やまあき道屯『大江戸恐龍伝』下巻 恐怖の龍の大暴れの先に見えた一つの希望
やまあき道屯による夢枕獏の『大江戸恐龍伝』漫画版もいよいよ大詰めであります。幻の島・ニルヤカナヤでの冒険の末、そこで龍を発見、江戸に連れ帰ることを決意した平賀源内。しかしそこから新たな冒険と悲劇が始まることに……
ニルヤカナヤに消えた豪商・越五屋の跡取り・庄九郎を探して、巨船・ゑれき丸でニルヤカナヤに向かうこととなった源内。
数々の苦難を乗り越えてニルヤカナヤを発見した源内は、そこで王となっていた(!)庄九郎を見つけ、火山活動で沈みゆく人々、そして庄九郎に懐いた龍の饕餮を連れて、江戸に向かうのでした。
……が、どうしたことか源内とお吟は途中で死んだこととされ、饕餮は江戸で見世物にされることに。実はゑれき丸の一行に潜んでいた薩摩の密偵たちが牙を剥き、源内たちを島に置き去りにすると、島の人々を人質に庄九郎を従わせて饕餮を操ろうとしていたのであります。
彼らの目的は、大評判となった饕餮を見物に訪れる将軍を饕餮に喰わせること。一方、生きていた源内は薩摩を裏切った青年・伝七たちとともにこの陰謀を阻み、饕餮を助け出そうと密かに奔走するのでした。
しかし時既に遅く、ついに動き出した薩摩の陰謀――いや、既に人間たちの思惑を離れて暴走を始めた饕餮は、雪の江戸に破壊と混乱をもたらすことに……
上巻の紹介でも触れましたが、原作の単行本全5巻のうち、その最終第5巻全てを下巻に充てたこの漫画版。そのため、かなりアレンジされスピーディな展開だった上巻に比べ、下巻はかなりじっくりと物語が展開していく印象があります。(といっても、いきなり源内が死んだことになっている冒頭部には驚かされるのですが)
しかしこれは適切な配分と言えるでしょう。言うまでもなくこの『大江戸恐龍伝』のクライマックスは、タイトルの通り大江戸に出現した恐龍の大暴れなのであり―そしてこの漫画版は、そのクライマックスを、思う存分に、期待通りの、いやそれ以上の迫力で描き出すのであります。
サイズ的にはおそらく10メートル前後の饕餮。それは現代の大怪獣に比べればかなり小さく感じられますが、しかし彼が暴れるのは18世紀の江戸。
高層建築などない、ほとんどが平屋か二階建ての江戸の町に、恐龍が現れればどうなるか――そんな胸躍る、しかし禁断のシチュエーションを、本作は作者一流の丹念な絵柄でもって、時に漫画的な飛躍も交えつつも、臨場感たっぷりに描いてみせるのです。
もちろんこの大暴れは原作でも描かれたものであります。言うまでもなく、そちらでの描写も見事なものでしたが、それがひとたび画になった時のインパクトたるや……
江戸時代に怪獣が暴れるとはこういうことなのか! と、今になって、真にそのなんたるかを思い知らされた次第です。
と、興奮して「怪獣」という語を使ってしまいましたが、本作の饕餮は、単に倒されるべき怪物としてのみ描かれる存在ではありません。
確かに凶暴な肉食恐龍ではあるものの、しかしはじめはニルヤカナヤの王女・樊に、そしてその想いを継いだ庄九郎に懐き、ともに暮らしてきた饕餮。だからこそ源内も、その姿を人々に見せることによって世界の広さ・素晴らしさを教えるため、饕餮を江戸に連れ帰ろうとしたのであります。
あくまでも恐龍は恐龍、人間とは異質の生物であります。それでも、人間と意志の疎通があるのであれば、そこには「情」があるのではないか? この漫画版が描いてみせたのは、まさにその「情」なのです。
もちろん、口にするのは簡単ですが、それを現実のものとするのは容易ではありません。人ならざるものに、人と通じ合う「情」を――それも人のコピーではなく、あくまでもそれ自身のものとして描く。しかもその相手は、既に滅び去った恐龍なのですから。
これがどれほど至難の業であるか、言うまでもないでしょう。しかし本作は確かにそれを、見事に描いてみせたのであります。
人にとっては恐怖の対象である龍。しかしそれでも、両者の想いが、例え一瞬であっても通じ合うことはあるかもしれない。だとすれば、同じ種である人と人もまた……
胸躍る冒険活劇、手に汗握る怪獣絵巻を描きつつ、この漫画版が同時に描いてみせたのは、そんな一つの希望だったのだと私は信じます。
まことに見事な、もう一つの『大江戸恐龍伝』であります。
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