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2019.09.28

平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 名月怪談』 二人の過去と現在のすれ違い 二人の想いの行方


 江戸の草紙屋薬楽堂を舞台としたミステリ連作である本シリーズも、本作で第5作目。推理名人の女性戯作者・鉢野金魚と同じく戯作者で残念イケメンの本能寺無念をはじめとする面々が、今回も賑やかに怪事件に挑むのは相変わらずですが、今回はこのコンビの関係性にある変化が……

 ある日、薬楽堂を訪れた金魚の耳に入ってきた奇妙な出来事。薬楽堂の主人の娘・おけいの友達・梅太郎の家である菓子舗で、幽霊騒動が起きているというのです。
 菓子舗の主の妻――つまり梅太郎の母が先日亡くなり、まだ幼い彼が寂しさに枕を濡らす中、縁側に現れたという母の亡魂。以来、幾度も奇妙な現象とともに現れるその亡魂の謎を解くため、おけいは毎日菓子舗に通っているというのであります。

 子供ながら金魚が時に舌を巻くほどの頭の回転を見せ、怪異に対しても、自分で見たことがないものは安易に判断しないおけい。その彼女が今回は亡魂の存在を信じかけているというのに興味を抱いた金魚は、菓子舗に出かけていくのですが……

 本書の冒頭を宇飾るのは、そんな「縁側の亡魂 菓子舗異聞」。正直なところ、亡魂の正体自体はすぐに見当がつくのですが、しかし謎を解くことによって傷つく者がないように如何に騒動を収めてみせるのか――それが金魚たちの腕の見せ所であります。
 そして本シリーズがミステリであると同時に人情ものとして成立している所以は、ここにあると再確認させられるのです。


 その他、本書に収録されているのは以下のエピソード。
 何故か薬楽堂の敷地に放り込まれるようになった上物の煙草が思わぬ事態を引き起こす「怪しの進物 谷川のみなもと」。
 大坂から曰く付きの品物を持ち込んだ世利子(フリーの本の商売人)が参加した百物語で次々と怪異が発生、三度目の百物語に参加することになった只野真葛と金魚が怪異の謎に挑む表題作「名月怪談 百物語の夜」。
 北斎の娘であり薬楽堂とも馴染みのお栄のもとに持ち込まれた、本人を見ずに似姿を描くという依頼の背後を探る金魚たちが思わぬ強敵と出会う「絵描き冥利 媼の似姿」

 いずれも奇妙な事件、怪奇な事件を巡り、快刀乱麻を断つが如き金魚の推理と、そんな彼女を助ける薬楽堂に集う人々の活躍が楽しい作品揃い――と言いたいところですが、実は今回は少々金魚の推当の才も空回り気味。果たしてその原因は――といえば、それが無念の存在なのであります。

 シリーズの冒頭から、薬楽堂に集う戯作者仲間として、そして推理と悪巧み(?)の仲間として、常にともにあった金魚と無念。
 その関係は単なる同業者というだけではもちろんなく、親友や相棒というのに近いものなのですが――互いに相手を意識するようになったのが、厄介の種なのであります。

 もちろん、これまでもそれらしいところは十分にあって、こちらもニヤニヤしながら眺めていたのですが――しかし本書のある事件をきっかけに、自分の中の想いを自覚することとなった二人(というより金魚)。
 どちらもいい大人ではあるのですが、しかし大人だからこそ、あれこれ考えてそれに縛られてしまうもの。金魚にとっては自分が元女郎だったという過去が、無念にとってはそんな彼女を支えられる甲斐性がないという現在が――二人を縛るのです。


 さて、そんな二人の想いの行方は――それをここで述べるのは野暮というものですが、一つだけ、大いに感心した、いや反省させられたのは、金魚に関するある描写であります。

 これまで無念をはじめとした男たちに対してもサバサバとした態度を崩さず、そんな女らしさを過剰に押し出さないのがキャラクターとしての魅力に感じられた金魚。
 しかしそんな彼女が、その過去ゆえに何を押し殺してきたのか、何を得て何を失ってきたのか――詳細は伏せますが「無念への思いは××」という言葉を前にした時、自分が如何に男目線でしか彼女を見ていなかったか、無念同様の鈍感男でしかなかったかと、痛感させられるのです。

 思えば金魚のみならず、真葛、おけい、お栄とそれぞれに個性と魅力を持った女性たちを描いてきた本シリーズ。それは、人物の精神的な――時に本人自身も気付いていない――骨格を踏まえた人物造形によるものであったかと、今更ながらに感心させられた次第です。


 しかしこの結末だと、この先は――と少々気になりもするのですが、それこそ野暮というものでしょう。今はただ、その余韻を噛みしめておくこととしたいと思います。


『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 名月怪談』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫) Amazon
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