忠見周『幕末イグニッション』第1巻 黄金争奪戦、佐々木只三郎の心に火をつける
同日に『竜侍』第1巻も発売された、忠見周もう一つの時代活劇は、幕末を舞台とした黄金争奪戦であります。主人公となるのは佐々木只三郎――京都見廻組にその人ありと知られ、小太刀日本一と称された男、そして坂本竜馬を斬ったと言われる男、なのですが……
物語の始まりは慶応3年11月15日、京都近江屋――近江屋に潜伏していた坂本竜馬と中岡慎太郎の前に現れた見廻組与頭・佐々木只三郎。色めき立つ慎太郎ですが、竜馬は彼を殴りつけて昏倒させると、只三郎と親しげに言葉を交わし、二人揃って出て行くのでした。
そしてそれより遡ること13年前の江戸――喧嘩三昧に明け暮れ、今日も大立ち回りの末に牢屋敷の揚屋に放り込まれた只三郎は、そこで傲岸不遜とすらいえる一人の囚人と出会うことになります。
その名は佐久間象山――故あって腕の立つ者を探しているという象山の、金に興味があれば自分のもとを訪ねろという言葉に興味を持った只三郎は、先に牢を出た象山を訪ねるのでした。
そこで只三郎に対し、三百六十万両の金塊を積んだ船が海のどこかに沈んだことを語り、その船の唯一の生き残りであり、その位置を知るという少女・白菊と対面させる象山。
蟄居することとなった象山に代わり、売り言葉に買い言葉で白菊を預かり――いや守り、三百六十万両を探すこととなった只三郎。しかしその前には怪物・男谷精一郎と、その門下でも随一の剣客・榊原鍵吉らが立ち塞がることに……
戦国時代に並び、歴史時代ものにスターを輩出している幕末。もちろん漫画においても、幕末ものは人気ジャンルといえますが――しかし、そんな中で本作が独自色を見せるのは、やはり主人公が佐々木只三郎という点でしょう。
佐々木只三郎――小太刀日本一とも呼ばれた達人にして、新選組の母体となった浪士組の生みの親の一人であり、そして後にその新選組と並び称された京都見廻組のトップとなった人物であります。
しかし只三郎がその名を知られるのは、やはり「竜馬を斬った男」としてでしょう。さらに清河八郎まで斬っていることを思えば、その腕のみならず、立ち位置など、実に興味深い人物であります。
……が、そんな只三郎がこれまでフィクションの主役となることがほとんどなかったのは、個人的には人斬りとしての事績が前面に出すぎていること、そしてそれ以上に(ドラマ的に)魅力的な人物が周囲に多すぎたことではないかと思いますが――しかし本作は、そこに全く新たな物語を用意することで、これまでにない只三郎像を生み出そうとしているのが、大いに興味をそそります。
南下を狙う露西亜を牽制するため、仏蘭西に蝦夷地を割譲する(!)代金として仏蘭西から運ばれるはずだった三百六十万両争奪戦という設定の時点で驚かされますが、それを只三郎にもたらすのが佐久間象山――というのはまず納得ではあります。
しかし只三郎の前に立ちふさがるライバル勢力の一角が、男谷精一郎という、幕末の剣術史上に名高い通好みの実力者というのが、剣豪ものファンとしてはたまらないのです。
(さらに明治になってからの事績の方が有名な榊原鍵吉を、この時期に出してくるのもいい)
そしてそんなとんでもない理由、とんでもない面子に対して只三郎が突っ込んでいく理由が、若さ故の鬱屈と無鉄砲さ――自分が何をなすべきかわからず、ただ暴れるだけだった青年が、何者かになるために戦うというのは、これはこれで、実に「幕末」していると言えるのではないでしょうか。
この巻の終盤ではようやくこの時代の竜馬が登場、そしてそれ以上に、三百六十万両を狙う第二の勢力というべき水戸藩の刺客として、あの男が――といきなり盛り上がる本作。
只三郎に火をつけた、只三郎が火をつけた争奪戦はいきなり火力強めで突っ走り始めたというところでしょうか。この先もこの勢いでお願いしたいところであります。
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