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2019年10月

2019.10.31

わらいなく『ZINGNIZE』第1巻 激突する豪快な怪物たち、高坂甚内vs風魔小太郎!


 徳川幕府開闢直後の江戸を騒がせたという三甚内――高坂甚内・庄司甚内・鳶沢甚内。本作は(たぶん)その三甚内たちと風魔小太郎の死闘を、『ニンジャスレイヤー』のわらいなくが描く忍者アクション――バイオレンスありギャグありお色気あり、とにかくパワフルな大活劇であります。

 時は慶長8年(1603年)、まさに徳川家康が江戸に幕府を開こうとしていた頃――江戸では凶悪な忍び・風魔小太郎率いる風魔一族が跳梁し、治安は悪化の一途の状況にありました。
 その状況を打開すべく、家康の懐刀・大久保長安が案じた計は、悪党には悪党をぶつけること――そしてそのために選ばれたのが、筑波山に籠もる大盗賊・高坂甚内であります。

 かくて高坂甚内のもとを訪れた長安の使者・皿屋菊五郎。しかし菊五郎、いや実はくノ一・お菊に一目惚れした甚内は、彼女と婚礼を上げることを条件に、小太郎退治を引き受けるのでした。
 その条件に反発するお菊ですが、甚内の強さは本物。恐るべき力を持つ風魔の異形の忍びをあっさり叩きのめした甚内は、その余勢を駆って小太郎を誘き出し、一騎打ちを挑むのですが……


 戦国時代に北条家に仕え、北条家が滅んだ後は、盗賊となって散々に開府直後の江戸を悩ませたという風魔小太郎。身の丈七尺二寸、筋骨隆々で四本の牙を生やしていたという異様な姿で知られる小太郎の名は、忍者の代表格として広く知られています。
 しかしその小太郎も最後は幕府に捕らえられて処刑されることとなったのですが、それに力を貸したのが、元忍びで今は同業の高坂甚内だったと言われています。

 言うまでもなく本作はこの巷説を踏まえたものですが、しかし逆に言えば、踏まえているのはこの部分のみ。何しろ本作の高坂甚内は、千切れたように見えて実は繋がっている自分の両腕を自在に宙に飛ばして操る、どうみてもロケットパンチな忍法・緋扇をはじめとする忍法を操る豪快な荒くれ者。
 筑波山の根城に黄金の山を積み上げ、この世に手に入らぬものは何もないという顔をしながら、お菊の美貌にコロっと参り、死地へと鼻歌交じりに踏み出していくという、快男児というか脳天気というか――とにかく一種の怪物であります。

 しかし甚内が怪物だとすれば、その敵となる風魔小太郎は真の怪物と言うべきでしょう。この巻の終盤、三連続見開きという無茶な演出で登場するのも凄まじいのですが、しかし真に恐るべきはそのアフロヘアー――ではなくて、文字通り殺しても死なないその生命力。
 竜巻を自在に操って宙を舞い、それ自体が凶器ともいうべき拳を振るう不死身の怪物――それこそが本作の小太郎なのです。

 この二人の怪物同士が激突すればただですむはずはない――と思いきや、ただですまなかったのは高坂甚内の方。どれほど攻めてもたちどころに回復する小太郎に打つ手をなくした甚内は、もう本当にびっくりするくらいの大ピンチに……
 というあまりにスピーディーな展開には驚かされますが、物語的にはこれはまだ序章と言うべき部分なのでしょう。何しろ冒頭に述べたように、本作は江戸三甚内の物語。それがまだこの第1巻の時点では、高坂甚内一人しか登場していないのですから。

 物語の冒頭には残る二人のイメージも登場しているのですが、さてそれが実際に物語にどのような形で登場するかは、本作の豪快かつ奔放なアレンジからすれば、まったく予想も出来ないところであります。
 そしてもちろん、それはまだまだこの先も楽しみが待ち受けているということにほかなりません。


 そんな本作の欠点を一つ挙げるとすれば、アクションシーンが豪快すぎて(と言ってよいかどうか)、何をやってるかが非常にわかりにくいことでしょう。
 これはもちろんアクション漫画においては大きなマイナス。その他の部分は面白いだけに非常に残念な点と言うほかないのですが――しかしそれもまた、甚内や小太郎たち、豪快な怪物たちが勢い余ったがゆえ、という気もしてくるのが、本作のパワーというものであります。

 既に単行本は第2巻まで発売され、近日中に第3巻も――という本作。第2の甚内が登場する第2巻も、近々にご紹介する予定です。


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2019.10.30

とみ新蔵『卜伝と義輝 剣術抄』第2巻 剣士としての無念無想と、人間としての執着と


 剣豪漫画家・とみ新蔵の剣術時代劇画『剣術抄』シリーズ第4弾の第2巻、完結編であります。塚原卜伝と足利義輝――強い絆に結ばれた師弟の平穏かつ充実した日々は終わりを告げ、義輝は征夷大将軍に戻ることになります。そしてその先に待つものは……

 かつては戦場往来の武者ながらも、その空しさと兵法の奥深さを知り、ひたすら己の剣を極める道を歩む塚原卜伝。お飾りの将軍としての日々に飽き足らぬ中、その卜伝と出会い、兵法の素晴らしさに目覚めた足利義輝。
 身分こそ大きく違え、共に剣の道を行く者として強く惹かれあった師弟は、一度は鹿島と京に分かたれることになりますが、義輝が京を出奔、山霞幻太と名乗って鹿島の卜伝の門を叩いたことで、再会することになります。

 大いに驚きながらも、義輝――いや幻太を受入れ、その剣の蘊奥を共に極めんとする卜伝。師弟は時に身分を隠して放浪し、時には農家で農作業を手伝い、時には村祭りに参加して人々とともに歌い踊り――と、剣のみならず、人としてあるべき姿を共に求めていくことになります。
 そんな夢のような師弟の日々は、しかし(当然ながらと言うべきか)長くは続きません。影武者を置いてきたのも早々に露見し、細川藤孝の懇請によって義輝は鹿島を離れることになったのであります。

 そして将軍として諸大名の均衡を保ち、世の争いを収めることこそが自分の役割と、積極的に動く義輝。しかしそれは、将軍を傀儡として利用せんとする者たちにとっては、目障りな行動でしかありません。
 そして松永久秀と三好三人衆に不穏の動きありと知った卜伝は、痛めた体を押して、京に向かうことになります。しかし時既に遅く……


 足利義輝がどのような最期を遂げたか――およそこの時代の剣術剣豪に興味を持つ方であれば、知らないはずはないでしょう。そう、松永・三好の軍勢が二条御所に乱入した永禄の変により、義輝は壮絶な討ち死にを遂げたのであります。

 そして本書は、後半をほとんど丸々使って、この義輝最後の、最大の戦いを描くことになります。
 卜伝の下で剣を収め、当代屈指の剣士と言うべき義輝。当然ながらその剣は後世の剣道とは大きく異なり、超実戦派とも言うべきものであります。本作は、その義輝の剣を、長い長い死闘の中で、余すところなく描き出すのです。

 多勢に無勢どころではない、義輝一人対数十人の兵という戦い。巷説ではこの時義輝は名刀宝刀の数々を自分の周囲に突き刺して次々と取り替えながら戦ったとも、そのあまりの強さに恐れをなした兵たちに最後は畳で押し包まれて討たれたとも語ります。
 本作はこうした巷説を踏まえつつも、しかしむしろそれを乗り越え、剣術者としての一種の極みともいうべき無念無想の状態(本書の表紙の印象的な表情の義輝はまさにこの姿であります)となった義輝の姿を描いてみせます。その静かなる死闘の姿は、これはもう作者ならではのものと言う以外にありません。

 考えてみれば、およそ一流の達人とも言うべき者が、これほどの死地に置かれ、そしてその剣を振るった例はほかにはなかったかもしれません。その意味でもこの戦いは、この『剣術抄』で描かれるべきものであった――そう言ってもよいのではないでしょうか。


 しかし本作は同時に、卜伝の姿を通じて、全く異なるものを描き出すことになります。
 それは人間としての執着の姿――弟子の危機を案じて、馬で尻を痛め、元々痛めていた足をさらに痛め、まさに這々の体でひたすら京に向かう、そんな卜伝の姿は、義輝の無念無想とはおよそ対極にあると言うべきでしょう。

 それは剣聖としてはあり得べからざる姿なのかもしれません。しかし本作を読めば、そんな卜伝の姿に否定的な感情は浮かぶはずはありません。それはまぎれもなく弟子を思う師としての――人間としての情の発露なのですから。
 生きている限り人は何かに囚われてるものなのか。そしてそれは否定されるべきものなのか。本作は、優れたそして壮絶な剣豪物語であると同時に、その囚われから解放された義輝の姿と囚われた卜伝の姿を通じて、そんな人間の在り方についても、我々に問いかけるのであります。

 まず間違いなく、作者のみ描ける、作者だからこそ描けた物語であります。


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2019.10.29

陶延リュウ『百大兵器譜』 俊英が描く和製武侠大活劇

 昨日ご紹介した『無限の住人 幕末ノ章』で作画を担当している陶延リュウ。そのデビュー作である2018年夏の四季賞受賞作が、本作『百大兵器譜』であります。わかる方であればピンとくるかと思いますが、ジャンルは武侠もの――伝説の武器を求める兄妹が繰り広げる活劇です。

 舞台となるのはいずれの時代かの中国――そのとある町に、放浪の年若き龍鳳胎(双子)の兄妹・須歓と空月が現れたことから物語は始まります。

 到着早々、町の破落戸を妹の空月が色仕掛けで騙し、兄の須歓が叩きのめして金を奪うというとんでもない行動に出た兄妹。しかし彼らの本来の目的は、兵器――二人は強大な兵器を求めて町の商人を訪れることになります。
 しかしそこに襲いかかってきたのは、先ほどの破落戸たちの仲間――町を牛耳る腹兜幇の面々。そしてその老大(頭領)こそは、「百大兵器譜」の一人を名乗るのですが――それを耳にした二人の目つきが変わります。

 そもそも百大兵器譜とは、この世の「武」を仕切る最強の武術者集団――そのメンバーそれぞれが、世界最強の百本の兵器の一つを持ち、その順位が刻まれた兵器牌を所持していることから俗称「百器譜」。
 そのあまりに強大な力から朝廷からもある種独立した勢力として認められ、武力と権力を兼ね備えた「一器当千」の強者たちなのであります。

 しかしその百大兵器譜こそがまさしく兄妹の目的。老大が操る伸縮自在の鉄球、殺器「黒爆星」に挑む須歓が手にした古ぼけた槍。それこそは……


 武侠小説の大家の一人・古龍の代表作『多情剣客無情剣』をはじめとする作品には、「兵器譜」なるものが登場します。これはいうなれば武術界のランキング――武術界に名を轟かせる達人とその操る兵器を列挙した番付であります。
 冒頭でわかる方であればと書いたのは、この「兵器譜」の存在――その意味するところは違えども、最強の武術者と兵器を示すものであることは共通で、まず間違いなく「百器譜」の設定は、これを踏まえたものなのでしょう。

 しかし本作はもちろん独立した作品――そうした先行する作品に関係なく、一つのアクション活劇として成立している作品です。
 悪党相手とはいえカツアゲも辞さないエキセントリックな(しかし重い過去を背負った)主人公兄妹や、腹兜(中国時代劇を見ているとしばしば登場する、子供の腹当てのような形の女性の下着)を身につけた男たちという珍妙な敵集団のキャラの面白さ。彼らの手にする兵器と、それを用いたアクション。そしてもちろん、こうしたキャラやガジェットを支える「百器譜」というアイデア……

 登場人物や技の名前など、もう少し「らしい」とさらに良かったかな――というのはマニアの戯言、日本ではまだまだマイナーな武侠ものを、本作は換骨奪胎してみせたと言うべきでしょう。


 そして本作で見せた武器アクションが、作者が『無限の住人 幕末ノ章』に起用された理由の一つなのでは――というのはこれはもちろん全くの憶測ではありますが、しかし名門・四季賞(『無限の住人』もこの賞が初出であります)入賞は納得できるところです。

 そしてある意味気が早い話で恐縮ですが、いつか本作の物語の続きを読んでみたいと――武侠ファンとしては、そう思ってしまうのであります。


『百大兵器譜』(陶延リュウ webコミックサイト モアイ掲載)


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 陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第1巻 万次vs新選組!? 不死身の剣士ふたたび

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2019.10.28

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第1巻 万次vs新選組!? 不死身の剣士ふたたび


 webアニメもスタートした『無限の住人』――その続編第1巻が登場しました。タイトルのとおり舞台は幕末、坂本龍馬と出会った洋行帰りの万次が挑む相手は新選組――百人斬りの男と、幕末きっての戦闘集団の死闘の始まりであります。(『無限の住人』の結末に触れますのでご注意を)

 かつての逸刀流との死闘から数十年――その後も悪人を斬り続け、千人を斬ったものの相変わらず不死の運命から解放されぬ万次。海で流されてアメリカにたどり着き、そして帰ってきた彼は、今は土佐の中浜に隠棲の身であります。
 ある日、その中浜万次(!)を訪ねてきたのは、一癖もありげな青年・坂本龍馬。普通の人間であればホラと決めつけそうな万次の話を受け入れ、意気投合した彼は、万次を京に誘うのでした。

 そういえば京はまだ行ったことがなかったと龍馬についていく万次ですが、しかしその当時の京は修羅の巷。さっそく見回り中の新選組に目を付けられた万次は、その集団戦法の前に滅多斬りの憂き目に遭うのでした。
 しかしもちろん万次がそれで死ぬはずもありません。久々にその不死身ぶりを発揮して隊士たちを皆殺しにした万次は、龍馬とともに京に潜伏、武知半平太や岡田以蔵らと出会うことになります。

 一方、京に不死身の剣士が現れたことを知った新選組は、その捕縛を決定。そしてその命を与えられたのは死んだはずの山南敬助率いる「逸番隊」……


 他の何の続編があったとしても、この作品の続編はないだろうと思っていた『無限の住人』。沙村広明は「協力」のクレジットという扱いで、実質的にはスピンオフに近いものを感じますが、しかし何はともあれ、こうして思いもよらぬ再会ができたというのは嬉しい話ではあります。

 さてその本作は、『無限の住人』本伝の最終回の間に挟まる物語。逸刀流との戦いを終えた万次が、明治の御代にある人物と出会って――というのが最終回の物語でしたが、本作は江戸時代後期の逸刀流との戦いと、明治の間のストーリーということになります。
 なるほど、この最終回では、万次がアメリカに渡ったことも、幕末に新選組と戦ったことも語られていますが――それをこう膨らませてみせたか、と感心させられます。

 何しろ新選組といえば、己の武のみで成り上がって見せた武闘派集団。ある意味、逸刀流が理想としてきたものを体現したと言えなくもありません。もっとも、万次がその身を以て知ったとおり、その歩む道は相当異なるようですが――何はともあれ、万次にとっては相手に不足なしでしょう。

 この第1巻では、万次と対決するのは平隊士で、雑魚には異常に強い万次の敵ではありません(冒頭のアメリカでの対ガンマン戦を含め、万次がかつての強敵たちの武器をガンガン使ってくれるのが楽しい)。
 しかし敵の真打ちとして、「逸番隊」なる、いかにも「らしい」連中が控えているのが嬉しいところ。新選組の裏の実働部隊と言うべき彼らには、もう一つ、これは万次の存在自体に関わる目的もあって――と、万次の戦いに必然性を与えているのにも納得です。


 ただ、本伝ではほとんど全く――逸刀流出現の背後に武士の堕落という流れはあったものの――史実や、(ごくわずかの例外を除いて)歴史上の人物と絡まなかったのに対して、本作はそれとはほぼ正反対の路線というのには、ある種の違和感を感じないでもありません。
 もちろん、幕末を舞台にしておいて史実と絡めないというのはちょっとあり得ない話、そして万次が歴史上の有名人と絡むのも、夢の対決ではありますが……

 そんなこともあって、繰り返しになりますが、本作は続編というよりスピンオフの印象が強いのですが――しかし、だからこそ描けるものもあるのでしょう。
 今はまず、幕末の歴史にどのように万次がその足跡を残すのか、素直に楽しみたいと思います。


『無限の住人 幕末ノ章』第1巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon
無限の住人~幕末ノ章~(1) (アフタヌーンコミックス)

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2019.10.27

誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖』 駆け出し女探偵、江戸の町をゆく


 いま最も気になるレーベルであるハヤカワ時代ミステリ文庫の創刊第一弾の一つである本作は、今までありそうでなかった「江戸版女私立探偵小説」。元岡っ引きの育ての親の跡を継ぎ、たった一人でよろず請負い稼業を始めた娘の姿を描く連作であります。

 本作の作者は文庫時代小説で活躍著しい誉田龍一。しかし個人的な話で恐縮ですが、作者のデビュー作であり、第28回小説推理新人賞を受賞した『消えずの行灯 本所七不思議捕物帖』が、若き日の榎本釜次郎を主人公とした、様々な趣向が凝らされたな時代ミステリであったことなどから、私の中では作者とミステリは切っても切れない印象があります。
 本作はそんな作者がミステリレーベルで発表した作品となりますが――これが想像以上にユニークな作品であります。


 幼い頃、実の両親を何者かに殺されて浮浪していたところを、腕利きの岡っ引き・万七に引き取られたお市。
 その後、ある事件をしくじって岡っ引きを辞めることを余儀なくさせられた万七は、「よろず頼みごと ねずみ屋」の看板を掲げ、町の人々が持ち込む様々な事件を解決していたのですが――その万七がある日突然、不審な水死体となって発見されたのであります。

 思いもよらぬ万七の死で、再び天涯孤独の身の上となってしまったお市。しかし彼女には、これまで万七が教えてくれた様々な探索の極意と、体術があります。
 その二つを武器に、万七が掲げた看板を下ろさぬため、そしていつか万七の死の真相を解き明かすため、お市はただ一人、ねずみ屋を引き継いで奮闘することに……

 という基本設定で展開される本作は、全4話構成。
 ねずみ屋を引き継いだお市が、娘が駆け落ちしたという父親の依頼で跡を追う「初陣号泣」。密通している妻に師宣の幻の絵を持ち出されたという商人の依頼で密通相手を探る「師宣恋慕」。かつて万七が手札を得ていた同心・仁杉からの依頼で、記憶喪失の娘を預かることになったお市が意外な真相を知る「花嫁乱舞」。万七の死体が見つかったのと同じ場所で、不自然な水死を遂げた男の死因調べを依頼されたお市が、万七の死との繋がりを求めて奮闘する「水死宿命」。

 (ある意味)人捜しがメインではありますが、しかし展開される事件・物語はいずれもバラエティに富んだもの。一見あっさりと真相がわかったように見えてもその背後に――という一ひねりの効いたエピソード揃いです。
(もっとも後半2話は、ミステリとしてかなり乱暴な部分もあるのですが……)

 そして何よりも印象に残るのは、いずれのエピソードにおいても、その中で描き出されるのは(お市を含め)江戸の社会の陰でなく女性たちの人々であることであります。
 もちろん、それをを描く作品は少なくありませんが、しかし本作の最大の独自性は、それを暴きだすのが同じ女性――というだけでなく、私立探偵という点であることは、間違いありません。


 古今東西、ミステリの主人公としては定番中の定番である私立探偵。しかしそれが日本の江戸時代を舞台とした場合には、話は変わってきます。

 なるほど、捕物帳の主人公である岡っ引きは、その嚆矢である半七が「江戸時代に於ける隠れたシャアロック・ホームズ」と言われているように職業「探偵」ではありますが、それが「私立」であるとは言い難いでしょう。そしてそもそも女性はまずあり得ない。
 素人探偵――他の仕事の傍ら探偵役を果たすキャラクターには女性はおりますが、それを職業にしているわけではありません。つまりは、公的身分ではなく、しかしそれを方便として暮らす「私立探偵」は、現代の欧米どころではなく、江戸時代の日本では全く「女には向かない職業」なのであります。

 しかし本作は、それに敢えて真っ向から挑んだ作品であります。今述べたような点を如何にクリアして物語として成立させてみせるか――今上げた言葉をタイトルに冠する作品にオマージュを捧げつつ――その難しさに挑みつつ、いかにそれを成立させてみせるか。それが最大の眼目であり、そして本作はそれに成功していると感じます。
 それだけでなく、探偵という職業を通じて、本作はまだまだ未熟な19歳の女性が、たった一人で世間に挑み、そして少しずつ成長していく姿を描き出してみせるのです。

 もちろんその道は途上であります。本作全体を貫く謎も、未だ解き明かされてはいない状態です。だとすれば――本作にはまだこの先の物語があるのでしょう。
 江戸の女私立探偵が、たった一人で如何にして己の道を切り開いて見せるのか。探偵として、一人の人間として――この先のお市の成長を見届けたいものです。


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よろず屋お市: 深川事件帖 (ハヤカワ時代ミステリ文庫)


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2019.10.26

長谷川卓『嶽神伝 風花』上巻 山の者と戦国武将、同じ世界に生きる人間として


 武田・今川・徳川・北条・上杉――様々な戦国武将たちと縁を持ちながら、山の者としての生き方を貫いてきた無坂の物語も、第4作の本作にていよいよ完結であります。既に齢70に近くなり、孫たちも活躍する中、いまだ第一線で活躍する無坂は、この上巻では武田と徳川の戦に巻き込まれることに……

 若き日に武田勝頼の祖母に当たる小見の方を救い、以来武田家をはじめとする様々な戦国武将と縁を持つようになった木暮衆の無坂。
 月草、真木備、二ツといった名うての山の者たちとともに、戦国武将配下の忍びたち――武田のかまきり、北条の風魔、上杉の軒猿と、時に戦い、時に助けてきた無坂は、しかし里での名利には見向きもせず、ただ山の者として義を貫いて生きてきました。

 そして本作の物語は1570年(元亀元年)、無坂66歳の時点から始まることとなります。
 今川義元が信長に討たれ、そして川中島で武田と上杉が死闘を繰り広げ――いまだ平穏にはほど遠い関東甲信越と駿河。しかし信長が周囲の諸勢力により包囲され、身動きが取れなくなりつつある中、武田信玄が上洛を窺い始めた頃であります。

 もちろんそんな動きも、無坂にとっては無縁の世界の話にすぎません。小見の方に薬草を届け、旧知の北条幻庵の元で上杉景虎と出会い――と、緊迫する状況と平行して本書の前半で静かに描かれるのは、相変わらずノーサイドに生きる無坂たちの姿なのであります。
 本シリーズは、これまでも山の者と戦国武将と――本来であれば全く交わるはずのない、それぞれ別の世界に生きる人々両方の側から、物語を描いてきましたが、それは本作でも変わりません。

 そのスタイルは、一歩間違えれば、年表の合間に物語が展開していく作品に――表の歴史、実在の有名人たちの間に、無坂たちのように歴史の陰に生きた、無名の人々の存在が埋没してしまうことになりかねません。
 しかし本作が決してそうはならないのは、あくまでもこの両者を対等の存在として――別々の生を送りながらも時に交わる、同じ世界に生きる住人として、つまりは同じ人間として描いているからにほかなりません。

 老いてなお飄々と生きる無坂。その無坂の孫として、懸命に大人たちの世界に足を踏み入れる青地。旅の最中に出会った犬と一時生活を共にする二ツ。かつて亡き妻のために危険な旅路に向かい、今その妻の元に向かおうとするあの男……
 自分自身の人生を淡々と生きる彼らの存在が、並みいる戦国武将たちに負けず劣らず、いやむしろ勝るほどの存在感と魅力でもって感じられるからこその、この『嶽神伝』という物語なのだと、改めて確認させられます。


 しかし本書の後半では、二つの世界が大きく交わることになります。その舞台となるのは二俣城と三方ヶ原――武田と徳川の合戦の場であります。

 先に述べたように上洛を目指す信玄の矢面に立つ形となった家康。信長の援軍も期待できぬ中、家康が窮余の策として選んだのは信玄暗殺――家康はの命を受けた服部半蔵正成の兄・牙牢坊正時と伊賀七人衆は、戦場で信玄を討つべく動き出すことになります。
 一方、それを察知した信玄配下の忍び衆・かまきりは、危険過ぎるために封じられていた「かまりの里」の忍びたちをも招集して鉄桶の陣で臨むことに。そして両者の激突の場となったのが、最前線の二俣城なのです。

 しかしそのまさに二俣城に戦働き(戦場への出稼ぎ)として入っていたのが、二ツや無坂の息子・龍五、そして多十をはじめとする山の者たち。彼らは武田軍に包囲されたこの城に、徳川の兵たちとやむなく籠城する羽目となってしまったのであります。
 それを知り、何とか彼らを救い出そうとする無坂たち。しかしそれは彼らが忍び同士の暗闘に巻き込まれることを意味して……


 山の者の物語であり、戦国武将の物語であると同時に、忍びたちの物語でもある本シリーズ。これまでも様々な忍びたちが、互いに、あるいは無坂たち山の者たちと戦いを繰り広げてきましたが――この後半で繰り広げられる武田vs徳川の忍者バトルは、繰り出される双方の秘術(これがまた丁度よい塩梅の派手さ)も面白く、忍者ファンも満足の激しさと密度であります。

 そしてその中に割って入り、時に伊賀の、時にかまきりの側に立って戦い、それが全く違和感がないのが無坂という男の不思議さなのですが――本作の終盤で描かれる、長きに渡る戦いの一つの結末は、無坂の純粋な生き方の帰結として感動的ですらあります。

 果たして無坂がこの純粋な生き方を貫き通すことができるのか。そしてその生き方が彼をどこに導くのか――それが描かれる下巻も近日中にご紹介いたします。


『嶽神伝 風花』上巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 風花 (上) (講談社文庫)


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2019.10.25

『無限の住人-IMMORTAL-』 二幕「開闢 かいびゃく」

 更なる助太刀を求め、父の友人だった絵師にして公儀隠密の宗理に助力を求める凜。そこに逸刀流の剣士たちが乱入して混戦になった末、宗理は力ではなく金で助力すると告げる。その後、研ぎ師のもとでで父の刀を見つける凜だが、持ち主は逸刀流の剣士・凶だった。刀を取り戻すため、単身凶に挑む万次だが……

 第二話の今回からOPEDがついて通常営業(?)となった本作。今回は前半と後半でそれぞれ原作の宗理のエピソードと凶戴斗のエピソードを映像化した形となっています。

 まず前半に登場の宗理は、芸術に偏執的な情熱を燃やす絵師であり、凜の父・浅野虎厳の幼馴染みにして腕利きの剣士であり、そして幕府隠密(忍目付)という、冷静に見れば結構盛り過ぎな人物。
 本作初期らしいリアリティレベルのキャラクター――という意地悪なことも言いたくなりますが、実はこの人がいなかったら後々万次と凜は結構詰んでいたのでは、という気もする重要人物であります。
(隠密という設定は、宗理をはじめとしてメインどころの登場人物たちの名前のモチーフである葛飾北斎が隠密だった、という奇説から来ているのかもしれませんが……)

 しかしこの宗理で注目すべきは、何と言ってもキャストでしょう。今回宗理は関智一が、良い具合に肩の力を抜いた(一瞬氏とは気付かないような)飄々とした声で演じているのですが――実は以前のアニメ版では(そして舞台版では)氏は万次役。
 そちらではいかにも「らしい」荒々しい演技で、全く今回とは異なりますが、何はともあれ新旧万次がここで対峙している――しかも一方は助太刀を断り、一種の傍観者として彼らを見送る役回りという――形になっているのは、なかなか面白いと感じます。


 一方、後半の凶戴斗のエピソードは、良くも悪くも水準の内容という印象。
 もっとも、妹の死が一種のトラウマとなっている、そして武士という存在に嫌悪感を持っている(それが今回の凶はさらに強調されていた感がありますが)という意味で万次と凶が表裏一体の関係にあることを再確認させてもらえたのは良かったと思います。

 バトルの方も、暗器的な得物を使ったり環境を用いた罠を用意していたりと、凶の戦い方は間違えても正当派ではないものの、しかしそれだけに万次とはかなり噛み合っていた印象。
 何だかもう色々とスゴい奴だった(割りには結構あっさり死んだ)黒衣鯖人、言動といい数を恃むやり方と言い見るからに脇役モブ的だった今回前半の敵・土持仁三郎(凶が口にするまで名前を完璧に忘れておりました)と、剣戟という点ではそこまで面白いわけではなかったのに対し、見るべきものは見せていただいた――という感があります。


 とはいったものの、一話で原作二話分をほぼ忠実に映像化というのは、本作にしてはちょっと手堅すぎるという印象が否めないのが正直なところ。
 もちろんそれはこちらのわがままなのですが、おそらく話数的にそこまで余裕がないのではと思われる中で、この先どのように結末まで物語を描いていくのか、気になるところではあります。


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 無限の住人

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2019.10.24

梶川卓郎『信長のシェフ』第25巻 新たな敵に挑む料理探偵ケン!?


 歴史は少しずつ、しかし確実に進み、今や天正6年(1578年)――本能寺の4年前。歴史を変えるためのケンの孤独な戦いはまだまだ続きます。将来信長を討つ光秀の動向も気になる中、思わぬ脅威が登場し、果たしてその存在は未来にどのような影響を与えるのか?

 西の大敵・毛利との戦いを長きにわたり繰り広げてきた織田家。毛利輝元と彼を支える小早川隆景が、密かに家中の離反策に動いていると知った信長は、ケンに内通者を炙り出すよう命じるのでした。
 そして明らかになった内通者の存在を逆に利用して、織田家は水軍での決戦に挑むことに……

 というわけで、この巻の冒頭で繰り広げられるのは、織田方の九鬼と毛利方の村上、両水軍による木津川口の戦い。
 この戦いでは信長の秘密兵器が登場したことで知られますが、さて本作ではそれをどのように料理しているのか――と思えば、それがあまりにもそのまんまだったのには正直なところ拍子抜けですが、何はともあれここでの勝利は織田家にとっては大きな勝利であります。

 しかし本作的にはむしろ本番はその先。戦勝の宴席で、何故今回の謀反が失敗したのか、その理由を説明するため、信長は光秀に問うのであります。おぬしならわしをどう倒す、と……
 上様、よりによってその相手に何を聞いてるんですか、とケンならずとも言いたくなる展開ですが、ここで光秀が答えた、織田家を滅ぼすための5つの条件というのが、見事というべきか、さすがというべきか――思わず納得の内容であります。

 そして信長が口にした、その条件を実現するための方法というのも、これまた大いに納得させられるのですが――自分からガンガンフラグを立てていくスタイルには、さすがのケンも真っ青であります。

 そもそも本作の信長・光秀主従の間柄は今のところ良好。信長が過剰に光秀に圧をかけることも、光秀が恨みやコンプレックスを抱く様子もなく、後世に言われる光秀謀反の原因は潰しに来ているという印象があります。――もちろん今のところは。
 それだからこその、このやりとりなのだとは思いますが――しかし裏を返せば、やはり信長を討つだけの能力を持つのは光秀のみ、ということなのでしょう。

 そしてそんな信長と光秀の未来に絡むかもしれない存在が、この巻の後半に登場することになります。


 それはフロイスに代わりイエズス会の畿内布教担当となったオルガンティーノ――日本文化に積極的に溶け込み、わずか三年間で畿内の信者を十倍に増やしたという男であります。

 ここで信長は、初対面のオルガンティーノの人物を、ケンの料理を使って見極めようとするのですが――おお、そういえばケンが最初に信長の前で腕を振るったのはフロイス相手の料理では――ここであまりにも意外な展開が繰り広げられることになります。
 信長がケンに料理を作らせる意味までも熟知していたオルガンティーノが、ケンの料理を封じるために取った策。ある意味先手必勝と言うべきか、料理を振る舞われる前に――と、この手があったか! と驚かされることは請け合いです。

 しかしケンの方もただ者ではありません。料理が相手の人となりを映し出すということは、食べる者以上に、むしろ作る者の方に当てはまるということであります。
 ここでオルガンティーノのチョイスや、途中のふとした振る舞いから、彼が隠したある真実を解き明かしてみせるケン。その頭の冴えは、ほとんど料理探偵といってもよいかもしれません。
(現代人の我々から見ればごく当たり前のあるアイテムの存在まで見抜いてみせるとは――相変わらず料理に関しては時代を超えた男であります)

 しかし、オルガンティーノが何かを隠していることまではわかっても、その真意まではさすがにわかりません。もっとも、その一端は読者である我々の側には明かされているのですが――さて、それが何を意味するのか。
 何だか陰謀論的な方向に行きそうな予感もするのがちょっと不安ではありますが、我々の想像以上に海の向こうに開かれたこの時代、何が起こるのか、ますますわからなくなってきました。

 そしてその印象をさらに強めるように、この巻のラストではこの時代のある日本の危機の存在がほのめかされるのですが――いやはや、何とも気を持たされる引きではありませんか。


『信長のシェフ』第25巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 25 (芳文社コミックス)


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2019.10.23

冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第3巻 この世に寄る辺なき者たちの交感


 鉄仮面の渡世人・迅鉄と喋る刀・鋼丸の新たな旅も早くも3巻目、第1巻から続いてきたエピソード「底根國の天探女」もクライマックスであります。謎の一団に付け狙われることとなった迅鉄と、彼らに捕らわれた丹――思わぬ厄介事を背負い込むこととなった二人の運命は、そして敵の正体は?

 無頼の人生の末に命を落とし、ある蘭学者によって復活した少年渡世人・鋼の迅鉄。失った声を補う喋る妖刀・鋼丸と二人(?)、旅から旅の暮らしを続ける彼は、奇妙な刺青を入れた三度笠の一団・灰土隊に再三襲撃を受けることになります。
 その途中出会った旅芸人の姉妹とすったもんだあった末、迅鉄は故郷に旅する二人と同行することになるのでした。

 一方、迅鉄とは腐れ縁の少女渡世人・紅雀の丹も、同じ灰土隊の襲撃を受けることになります。怪しげな学者・狩野久作の助けを得た丹ですが、しかしこれまた色々とあった末に、灰土隊の女武芸者・瑠璃との対決の末に傷を負った彼女は、囚われの身に。
 瑠璃に世話を受けながら、脱出の機会を探ろうとする丹。そして迅鉄の前には、丹の行方を知るという渡世人が現れます。かつて灰土隊に潰された一家の仇討ちをしたいという渡世人と行動を共にする迅鉄たちですが……


 というわけで、灰土隊、旅芸人姉妹、久作とそれぞれの思惑を秘めた人々に振り回されてきた迅鉄と丹。その二人が巻き込まれた事件の全貌が、この巻でようやく見えることになります。

 丹が瀕死の役人から手に入れた謎の書状を狙い、襲撃してきた灰土隊。それだけでなく迅鉄のことまで狙う彼らの背後にいる存在が登場、この物語にしては珍しく(と言っては何ですが)大きな時代のうねりが背景に存在することが明らかになります。
 そしてそんな灰土隊にも、彼らなりの戦う理由が明らかになるのですが――これもまた、それまでそれらしき要素は伏せられてきただけに、なかなか意外な展開であります。

 そしてクライマックスには迅鉄の派手な立ち回り(そして暴走)も描かれ、エピソードのクライマックスの印象も強いこの巻。第2巻で気になった物語の展開も、一気と収束に向かった感があります。


 しかしこの第3巻の中で強く印象に残ったのは、実は物語の本筋以上に、丹と瑠璃の不思議な交感の姿であります。

 灰土隊の紅一点として登場した瑠璃。その武芸は丹はおろか、迅鉄と互角以上の腕前の彼女ですが、しかし彼女を最も特徴付けているのは、その異国人のような風貌でしょう。
 実は彼女は長崎の異国人と日本人の女性の間に生まれた娘。それ故に、同じ隊の仲間との間にもどこか溝のある存在であります。

 そんな彼女が、丹の世話役となったことで、図らずも互いのことを知るようになるのですが――仲間からも、そして何よりもこの国からも疎外されてきた彼女と、渡世人としてやはりこの世に定住の場所もない丹、ある種の共通点を持つ二人の間に、一種共感めいたものが生まれていく姿には、何とも言えぬ味わいがあります。

 一つの物語としての展開や、「時代劇」的な要素以上に、この二人の姿に本作らしさ、作者らしさを感じてしまうというのは、穿った見方かもしれませんが――しかし迅鉄も含め、生き辛さを抱えた者たちが、それでも必死に自分の道を歩いて行こうとする姿には、渡世人ものとしての本作の在り方と重なって、物寂しくもどこか不思議な温かみを感じさせるのです。


 と、何はともあれ一つの戦いは終わりましたが、旅芸人姉妹との旅はまだまだ途中、そして久作の意図もまだまだ謎だらけ――まだまだ迅鉄、そして丹の旅はこの先も続くのであります。


『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第3巻(冬目景 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
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2019.10.22

鳴神響一『昇龍 おいらん若君徳川竜之進』 最後の激闘、そして竜之進が得たもの


 吉原一の花魁に身をやつした尾張徳川家の若君・竜之進の冒険もいよいよ本作で完結であります。宿敵である怪人・広田左近の幻術に敗れ去り、囚われの身となった竜之進。彼を救うべく後を追う甲賀四鬼たちの死闘の行方は、そして竜之進の運命は……(内容の詳細に触れますのでご注意下さい)

 生まれ落ちてすぐに御家騒動に巻き込まれ、生母を殺された末に、自分も命を狙われてきた尾張宗春のご落胤・徳川竜之進宗光。
 くノ一・美咲と甲賀四鬼たちに守られて江戸に落ち延びた彼は、吉原で女郎屋を営むことになった美咲たちの下で、何と花魁に身をやつすことで生き延びてきたのでした。

 しかし彼の若い血潮が、そんな駕籠の中の鳥の生活に飽き足りるはずがありません。これまでもお忍びで町に出ては、江戸を騒がす怪奇の事件と対峙してきた竜之進ですが――激闘の末にその一つを挫いた直後に、思わぬ窮地に陥ることになります。
 突如天空から舞い降りた青龍――それを操る者こそ、かつて竜之進の母を殺し、美咲に片目を潰された尾張御土居下組の怪人・広田左近。その術の前には竜之進の剣術も通じず、美咲たちの前で彼は連れ去られてしまったのであります。

 かくて、主人公の絶体絶命の窮地から始まるこの最終巻。懸命の探索の末、竜之進が生きたまま尾張に連れ去られようとしていることを知った美咲と四鬼、そして竜之進を慕うくノ一の少女・百合は、その前に竜之助を奪還すべく、乾坤一擲の勝負に出ることになります。

 忍びらしくも痛快な策を用いて、竜之進が乗せられた弁才船を追う一行。しかし敵もさるもの、あの手この手の妨害の前に、竜之進を目前としてもなかなか救出できない状況が続きます。
 果たして無事に竜之進を奪還することができるのか、そして恐るべき幻術を操る広田左近を打ち破ることができるのか。さらにさらに、その先に竜之進を待つ運命とは……


 というわけで、これまでの物語とは大きく趣向を変えて、冒頭から終盤まで、ひたすら戦いまた戦いの本作。
 肝心の主人公が囚われの身というのは残念ですが、しかしこれまで竜之進の活躍に対して一歩引いた感のあった美咲や四鬼たちが、物語の締めくくりに相応しい活躍を見せてくれるのは、嬉しいところであります。

 また、物語の序盤から繰り広げられる船と船のデッドヒート、そして続く船上での激闘は、『鬼船の城塞』で海洋冒険時代活劇を描いてみせた作者ならではの迫力。そしてその舞台となるのが、作者にとってはホームグラウンドの、そして作者の作品にしばしば登場するあの地なのも嬉しいところであります。

 しかしこの戦いもまだまだ決戦の前奏曲、クライマックスに待ち受けているのは、物語の締めくくりに相応しい攻防戦で、最後まで大いに堪能させていただきました。


 そして竜之進の戦いの先に待っているものとは――それは、ある意味本作のような趣向の作品には定番の展開と言えるかもしれません。しかし嬉しいのは、そこで竜之助が選ぶ道が、彼のこれまでを否定するものではない――ということなのであります。

 いかに決して客とは同衾しない花魁であったとはいえ、血気盛んな青年、それも尾張徳川家のご落胤が、女として着飾り、男たちの好奇の視線を向けられることがどれだけの苦痛であったことか……
 それはこれまでの物語で幾度も描かれてきた――というより、その境遇への反発が、本シリーズの竜之進の冒険の原動力ですらあったと言っても構わないでしょう。

 そんな竜之進にとって、戦いが終わった後にこれまでの人生を屈辱として一切捨て去り、一顧だにせず新たな道を行くことは、ある意味当然の選択であるかもしれません。
 しかし――しかし結末に至り彼が選んだのは、決してそれまでの自分を否定するものではありません。これまでを受け止めた上で、その上で自分自身として生きる道――その選択ができたという事実こそが、竜之進の大きな成長を物語るものでしょう。それが何よりも嬉しいのであります。

(そしてまた、これまで散々割りを喰わされてきたあるキャラクターが、その竜之進の前で見事に男を見せる展開もまた嬉しい)


 こうして「おいらん若君」の冒険は大団円を迎えました。しかし、これで徳川竜之進の物語が終わったわけではないでしょう。
 予定調和に見せかけて、なるほどこう来たか、という一ひねりも加えた結末も嬉しい本作。その先の彼の姿を見てみたい――そんな気持ちになる、爽快な結末であります。


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おいらん若君 徳川竜之進(5)-昇龍 (双葉文庫)


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2019.10.21

伊藤正臣『恋とマコトと浅葱色』第1巻 前代未聞!? 原田左之助と女子中学生、スマホ越しの純愛


 女子学生がタイムスリップして、歴史上の人物と大恋愛――というのは、もはや珍しくはない趣向かもしれません。しかし本作は、あの新選組の原田左之助と、現代の女子中学生がスマホ越しに純愛を交わすという意表を突いた物語。歴史監修を山村竜也氏が務めるという点でも大いに気になる作品です。

 修学旅行で京都に行くこととなった東京の中学2年生・マコト。特に歴史に興味がなかった彼女が、歴女の親友に連れて行かれたのは八木邸――あの新選組の屯所があった地であります。
 が、マコトにとっては新選組も全く知らない過去の人々、特に感慨もなく中を見ていたのですが――庭に落としたスマホに雷が落ち、頭を打って気絶してしまう瞬間、彼女はスマホの画面に映ったイケメンの侍を目撃したのでした。

 幸い体には別状はなかったものの、スマホの画面を見てみれば、そこに映っているのは見知らぬ時代劇風の町並み。それが気になって病院を抜け出し、夜の八木邸に忍び込んだ彼女は、画面の中で斬り合いをしている男たちを目撃することになります。
 そしてそのうちの一人こそは、あのイケメン侍――仲間にサノスケと呼ばれる彼が、強面の侍と斬り合う中で窮地に陥ったのを目撃した時、思わず声を上げてしまったマコトですが、それがサノスケの命を救うのでした。

 思わぬ救いの声に驚くサノスケ。実はマコトのスマホのように、サノスケの脇差の刀身にも、彼女の姿が映っていて……


 というわけで、実際に心身が過去の時代にタイムスリップするのではなく、何故か繋がってしまったスマホと脇差を通じて、現代と幕末に生きる二人が出会うという本作。
 アイテムを通じて過去の時代と交信する――という趣向自体は他の作品にもあったかと思いますが、もちろんそれを現代の女子中学生と新選組とで描いてみせたのは、おそらく、いやまず間違いなく本作が初めてでしょう。

 というより、タイムスリップ時代劇には慣れたつもりのこの身でも、流石にこの展開は全くの予想外ですが――これがなかなか面白い。
 理屈としてどうなのか、という気持ちはもちろんあります(あと左之助、さすがに女子中学生はどうなのか、とも)。しかしスマホの画面に映るといっても、いつでも通信できるわけではなく、ある一定の条件下でしか相手が映らないという設定によって、会いたくても会えない――という恋愛ものにはある意味必須のシチュエーションを、自然に(?)生み出しているのには感心させられます。


 そして個人的に何よりも気になるのは、冒頭に書いたとおり、本書の歴史監修が山村竜也氏であることであります。
 『新選組!』『龍馬伝』『八重の桜』といった幕末ものの大河ドラマの時代考証を担当し、また時代漫画『新選組刃義抄 アサギ 』の原作者――要するに幕末ものの考証では第一人者である氏。同時に『天保異聞 妖奇士』や『活撃 刀剣乱舞』の時代考証を担当していることからも分かるように、フィクションに対する許容度を持ち、それに合わせた考証ができる人物であります。

 それが本作でどのような役割を果たしているのかは、もちろん(?)明確に見えることはありません(考証や監修とはそういうものでしょう)。
 しかし本作ではあの八木邸の鴨居の傷を左之助がつけていたり、本作の冒頭で予告されるラストシーン――台場で倒れる左之助――など、独自の設定を見ても、そこに一定の理由があるのだな、少なくとも全くの嘘ではないのだな、と思えるのは、物語が物語だけに、大きな効果を持つと感じるのです。


 さて、史実では原田左之助が没したと言われるのは1868年。八木邸で芹沢鴨が斬られた1863年から5年後であります。
 すぐ上で述べたように、本作の冒頭で描かれるのは、少し成長したマコトが台場での左之助との別れを回想する場面。本作ではマコトと左之助が別の時代にいながらも、経過する時間は同じという設定のようですが――だとすればこの先5年間何が描かれるのか。

 時間はもちろんのこと、東京と京都という空間的にも分かれた二人が、この先どのように再会し、そして恋を育むのか(あと左之助、妻子のことはどうするのよとか)、大いに気になるところであります。


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2019.10.20

幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第4-5巻 英兒自身の事件と、どんでん返しの先の悪意と


 本郷の喫茶店「十十虫」の常連の高校生・高月英兒――人の夢の中に現れ、不思議なお告げをする彼と、店のウェイトレス・美和子のコンビが、数々の事件に挑むシリーズも中盤。この第4巻・第5巻では、高月自身の物語が徐々に明らかになっていくことに……

 十十虫の常連客の壱高生・高月英兒。彼には悩める者の夢の中に現れ、その悩みを解決する謎めいたお告げをする力がありました。
 今日も彼に会うために十十虫を訪れる様々な人々。しかし実は現実の英兒は夢の中のことは全く預かり知らぬこと――わけのわからぬままに事件に巻き込まれる彼は、店のウェイトレスの怪力少女・叶美和子と共に、謎解きに奔走する羽目になって……

 という本作の基本設定はもちろん変わりませんが、第4巻の冒頭に収録された「月と箱庭と」では、謎めいた(?)彼の日常が明かされることとなります。
 十十虫から近い壱高――将来国家を背負ってたつエリートたちの学び舎に通う英兒。しかし彼を含めた周囲の普段の顔は、いたってバンカラというか雑というか、何ともいい加減な、現代と変わらない男子高校生の日常を送っているのであります。

 そんなある晩、寮内の点呼に出かけた英兒。しかしその帰りに彼が見たのは、庭に置かれたボールと、それを自分に向かって蹴ってきた誰かの足――割れた窓ガラスによる怪我は幸い軽かったものの、果たして誰の仕業なのか。ふとした手がかりをきっかけに英兒がたどり着いた真実とは……

 第3巻でごく軽く触れられた、彼が妾の子であるという事実。このエピソードでは、そのために周囲から疎外されて来た彼の過去が描かれることとなります。
 どれだけ努力しようとも、いやそれだからこそ冷たい周囲の目。今ではすっかり捨ててきた過去が、どのような形で現在の、奇妙な事件に絡むのか――それはもちろん読んでのお楽しみですが、ここで描かれるのは、他のエピソード同様、相手を思いやりながらもすれ違う、何ともやり切れない人の情の存在なのです。

 このエピソード、先に述べたとおり英兒はお告げをしている自分自身を知らない=自分にはお告げは与えられないため、純粋に自分の力で謎を解かなければいけないというミステリとしての側面も面白いところであります。
 もう一編、第5巻に収録の「記憶の一葉」では、英兒が厳しかった母と暮らした幼い頃の記憶の真相が描かれることとなりますが、こちらもお告げ抜きの、ある種の日常の謎を描くミステリとして成立している内容です。


 さて、もちろん英兒自身のそれだけではなく、他にもバラエティーに富んだ事件が描かれる本作。英兒とは何かと縁のある民間調査機関・八研の女性調査員の恋(?)が、関東大震災の深い爪痕と交錯する「愛しいあの子のお人形」、あの忠犬ハチ公と女流作家の初恋の結末が意外な形で繋がる「17になった日」、美和子と八研の無愛想な調査員という妙なコンビが人捜しに奔走する「思ひ出橋のたもとにて」……

 どれもミステリとしてユニークな上に、昭和初期という舞台ならではの物語が展開されるのがイイのですが、圧巻は第5巻の後半、初の3話構成の「夜の蝶と蜘蛛の糸」です。
 ある日、十十虫を訪れた美和子とうり二つの女性・喜和子。小学校の教師である一方で、家族を支えるために夜は銀座でカフェーの女給をしている彼女は、店に客としてやってきた遠縁の男につきまとわれ、学校にバラすと脅されているというのです。

 例によって夢に現れた英兒の謎めいたお告げに導かれた彼女は、美和子に替え玉になってもらい、男に他人のそら似だと信じ込ませてほしいと言うのですが――それを引き受けた美和子は、未知の世界に戸惑うばかり。
 ついにいやらしい客に体を触られ、大きなショックを受ける美和子。しかしそれ以上の衝撃が彼女を待ち受けていて……

 と、まさしく夜の蝶の世界を舞台にしたこのエピソードは、その発端もユニークながら、思わぬ大ドンデン返しが待ち受けている物語。これまで様々な事件が描かれてきたものの、、本当の悪人はほとんど登場しなかった本作ですが、ここで描かれる悪意の姿には、心が凍り付くような恐ろしさがあります。
 しかし本当に凍り付くのは、その悪意が生まれたきっかけであります。あまりに理不尽な運命に遭遇した時、人はどうなるのか、どうすればいいのか――イイ話が多い本作ですが、大いに苦いものが残るこのエピソードは強く印象に残ります。(もっともその先に、だからこその救いも存在するのですが……)

 そしてこのエピソード、英兒が事件の真相に気付くミステリ味も嬉しいのですが、結末ではさらに意外な方向に展開していくことになります。それが物語にどのように繋がっていくのか――つづきのご紹介はまた近日中に。


『十十虫は夢を見る』(幹本ヤエ 秋田書店ボニータコミックスα) 第4巻 Amazon / 第5巻 Amazon
十十虫は夢を見る(4)十十虫は夢を見る 5 (ボニータコミックスα)

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2019.10.19

畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長


 ご存じ『しゃばけ』シリーズ第18弾は、若だんなの許嫁である於りんを中心に、周囲の人々が巻き込まれた事件に若だんなが挑む全5編。いつもより少しだけ重さとダークさが増している気もしますが、若だんなの成長も窺える、そんな一冊であります。

 廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎は、生まれついての病弱ながら、実は大妖の血を引き、兄やの仁吉と佐助をはじめとする妖たちとともに賑やかに暮らす毎日。今日も兄やたちに小言を言われながらも、若だんなと妖たちは、奇怪な事件に巻き込まれ、その謎に挑むことに……

 という設定でお馴染みの本シリーズですが、開始当初から一番大きく変わったのは、若だんなに許嫁ができたことではないでしょうか。
 その許嫁――やはり妖を見る力を持つ深川の材木問屋の娘・於りんはまだまだ幼く、嫁入りも先だけに(かなり序盤から登場しているわりには)存在感はあまり強くありませんが、しかし将来を共にする人が出来たことは、若だんなにとっては一つの自覚を芽生えさせたと感じられます。


 さて、相変わらず病弱な若だんなのもとに妖たちから妙薬が届けられる中、長崎屋に現れた天狗の姫君・花風一行。仁吉に一目惚れした彼女は、若だんなの祖母であり仁吉の片思いの相手であるおぎんに(そうとは知らずに)、仁吉との縁談を望んだというのです。
 しかし話が進まないのに業を煮やした天狗たちは、おぎんにある勝負を持ちかけ、彼女もそれに乗ったというではありませんか。しかし仁吉の方はもちろん嫁を取る気などなく、おぎんに変わって勝負を受ける羽目になるのでした。

 そんな騒動の一方で、於りんの実家では、彼女や親を含めて店の者が誰もいなくなり、店のものも失われているという奇妙な事態が発生。妖たちの騒動の、人の側の騒動と、二つの騒動に巻き込まれた若だんなは――というのが、冒頭の一編「てんぐさらい」であります。

 そしてそれ以降も、本書では妖の世界と人の世界が複雑に絡み合った事件が次々と起こることになります。
 若だんなの薬探しを巡って大喧嘩し、共に閉じ込められてしまったおぎんと仙狐の大妖同士。それを逆恨みした仙狐の息子が嫌がらせのために一太郎に縁のある者に祟ったというのですが、それが何故か於りんの父の相談相手の僧の弟子で――という「たたりづき」
 於りんの父の見合い相手が山姥らしいという奇妙な噂をきっかけに、若だんなが幼なじみの栄吉と札差の娘との、そして犬猿の仲の札差同士の子供の縁談を巡る奇妙な騒動に巻き込まれる「恋の闇」
 かつて猫又から目玉をもらって以来、未来を見通す「天眼通」となった男が、その力と背中合わせの不幸から逃れるため、自分の眼に映った若だんなを頼って来たことをきっかけに、上野の寛朝をも巻き込んだ騒動に発展する「てんげんつう」
 深川に評判の桜に何故か毛虫が大量発生し、於りんだけでなく若だんなまでが被害に遭う羽目になったことから、毛虫たちを常世神と呼ぶ男たちの謎を解くために、若だんなが場久の悪夢に潜り込む「くりかえし」

 ごらんの通り、相変わらず賑やかな騒動が繰り広げられることとなりますが、冒頭3話などは、於りんの父とその妻にまつわる騒動を背景としていることもあってか、ちょっと暗めの印象もあります。
 本書全体を通じても、妖以上に周囲を振り回すほどの強いエゴを持った人が関わる事件が大半のためか、元々シリーズの隠し味であった、ままならぬ現実の苦みが、いつも以上に盛り込まれている感があります。


 そんなちょっと重めの内容の本書ですが、しかしその中で一種の希望として感じられるのが、若だんなの成長であります。
 もちろん(?)今回も若だんなが病弱なのは上に見たとおりですが――しかし於りんが関連する物語が多いためか、いつも以上に強い意志を以て事件に挑んでいるように感じられるのです。

 その最たるものは、「たたりづき」冒頭の、おぎんを閉じこめた狐たちに対し、騒動を収める見返りにおぎんの減刑を求めるくだりでしょう。
 条件を小出しにしながら相手の出方を見極め、ここぞという時に前に出るという呼吸は、完全に商売のそれであって、若だんなも商人としての顔をしっかり持っているのだな、と何だか嬉しくなるのです。(その一方で於りんの父にきっちり挨拶する場面もあり……)


 その「変わらなさ」がしばしば指摘される本シリーズではありますが、しかしそうではなく、着実に時は流れているのだということを、改めて確認させてくれる一冊であります。


『てんげんつう』(畠中恵 新潮社) Amazon
てんげんつう


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 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い

 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
 「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊

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2019.10.18

『無限の住人-IMMORTAL-』 一幕「遭逢 そうほう」

 剣客集団・逸刀流に父母を討たれた少女・浅野凛。あまりに強大な相手に挑む彼女に、謎の老婆・八百比丘尼は、用心棒を雇うことを勧める。その男――百人斬りの異名を持つ男・万次と出会った凛は、最初の相手として、父に直接手を下した男・黒衣鯖人に挑むが……

 あの『無限の住人』が、Amazonプライムビデオオリジナルで再アニメ化――それも原作ラストまでという報には驚かされましたが――その配信がいよいよスタートしました。
 実戦での強さを至上の価値とする剣客集団・逸刀流に対し、非力な少女・凛が、不死身の肉体を持つ無頼の剣士・万次とともに戦いを挑む――この長大な物語を、はたしてどのように描くのか、大いに気になるところであります。

 さて、この第1話では、アバンタイトル(というかOP部分)で、原作のプロローグ――万次の妹・町が司戸菱安に殺され、万次が不死身の肉体を見せる場面を消化。
 そして本編の方では、凛と万次の出会い、そして逸刀流との最初の対決――黒衣鯖人との対決までが描かれることになります。

 今回のアニメ版の監督は浜崎博嗣――これまでマッドハウスの作品、特に印象に残るものでは数々の川尻義昭作品で活躍し、アニメ版の『シグルイ』の監督も経験しているだけに、まず不足はない人物。
 第1話では血しぶきどころか肉片まで飛び散る残酷な場面を描きつつも、(最小限の動きで)凝った映像表現によって、原作とはまた少し違ったスタイリッシュさを描いていたと感じます。

 そしてキャストの方は、津田健次郎と佐倉綾音が万次と凛の主役コンビを担当。
 正直なところ、津田万次はかなり厭世的な色合いが強い語りに聞こえて、もう少し柄の悪い無頼漢ぶりを出してもよいのではないかな――と思いましたが、これは聴く方がいずれ馴れるのでしょう。佐倉綾音は、凛が感情を露わにした時の声が好印象でした。

 また今回のゲストキャラ・黒衣鯖人は花輪英司が担当しましたが、情があるようでそれが異常な方向に向かっている鯖人というキャラを、淡々と切々と語ることでうまく浮き彫りにしていたと感じます。


 が――これは原作の時点から全くこういうキャラクターではありますが、やはり何度見ても黒衣鯖人のリアリティレベルだけが、抜きん出た異常さを以て感じられるところではあります。

 この『無限の住人』は、原作冒頭から特に中盤あたりまでで大きくリアリティレベルが変わってくる――簡単にいえば、「時代劇」にかなり寄せてきた――作品であります。
 どうやら今回のアニメ版は、一本の作品としてその辺りをフラットにしているような印象もあり、原作冒頭に登場した切支丹の司祭まがいのキャラ・序仁魚仏をばっさりカット。また原作で印象的だった面白格好良い台詞(司戸の「な……何を不死鳥のごとくっ」とか凛の「この身を鬼に喰わせてでも殺す!!」とか)もカットされております。

 それはそれで個人的には面白いアレンジとして大いに歓迎したいところですが、そんなところで登場するのが、両肩に美女の剥製を生やした兜男(武器は手裏剣と真後ろまで回る肩骨)というのは何とすべきか。
 繰り返しになりますが、原作からこういうキャラクターではありますし、このような怪人だからこそ、これは原作通りの名台詞「死ねるテメェは幸せ者だっ!!」からの景気の良い解体アクションが映えるのですが……


 外連味横溢の怪剣士たちと死闘を繰り広げる『無限の住人』も、生死の極限で描かれる渋い群像劇の側面が強い『無限の住人』も、どちらも大好きなだけに、この先、この両輪をどのようにバランスを取っていくのか気になるところですが――何はともあれ、いよいよ完全アニメ化は始まりました。。

 原作ラストまでをどのように描くのか、どこを残しどこをアレンジするのか――ファンとして大いに楽しみであるのは間違いないところ、同時公開された第2話も近々にご紹介いたします。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon


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2019.10.17

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第6-8巻 海の向こうからの悪意、その正体


 しばらく取り上げておりませんでしたが、かの源義経が海を渡りテムジンとして大陸を駆ける『ハーン 草と鉄と羊』、第6巻から第8巻までを紹介いたします。愛する人を得た上、キャト氏の族長を継いだテムジン。しかし海の向こうから追ってきた思わぬ悪意が、彼を追いつめていくこととなります。

 海を渡り、過去と名前を捨て、草原に生きる道を選んだ源義経――いやテムジン。幾度もの窮地を潜り抜けつつ、キャト氏の英雄イェスゲイの一族と出会った彼は、亡きイェスゲイの子として族長を継ぎ、メルキトの族長にさらわれた娘・ボルテを救出して結ばれることとなります。
 それから数年、子供も産まれ、勢力を伸ばし順風満帆かに見えたテムジンですが、しかし金の完顔襄に仕える謎の老人――テムジンの義経としての顔を知るこの老人の企みによって、盟友ジャムカと決裂。二人は全面衝突を余儀なくされるのでした。

 かくて第6巻から第7巻にかけて描かれるのは、歴史にその名を残す十三翼の戦い。ジャムカに比べて寡兵のテムジンが、部隊(翼)を13に分けて臨んだことからこの名が残る戦いであります。
 しかしいかに戦上手のテムジンといえども、大陸に姿を現した時からの友であるジャムカ相手には勝手が違い、正面からの戦いには苦戦することに。しかしもちろん彼の得意とするのは奇策、狭い峡谷にジャムカ軍をおびき寄せ、鵯越の逆落し再びか、という策に出ようとするのですが……

 しかしその時、あたかも彼の策を知っていたかのように後ろから射かけられる矢の雨。その一本に傷を負わされたテムジンは、親衛隊の青年・ジェルメに救われ、辛くも落ち延びることになります。
(ここで幾つもの逃走ルートをあらかじめ用意してあるテムジンと、その動きすら完全に読み切っている敵の存在感が面白い)

 元は鍛冶屋の息子であったジェルメの故郷の村に匿われ、一息つけたかに見えたテムジン。しかしそこでもさらなる戦いと、新たなライバルとの遭遇が待ち受けていたのです。
 放浪の果て、ボルテの父であるコンギラトの族長のもとにたどり着いたテムジンたちですが、そこで彼が出会ったのは、遙か西域からやってきた商人の少年・イルハンで……


 以前からテムジンたちの物語とは全く別の場所――シルクロードの遙かな西の地で、商人を目指して奮闘する姿が描かれていたイルハン。その彼とテムジンが、ここでようやく出会うこととなります。
 もちろん初対面、そして生まれも育ちも職業も全く異なりますが、しかし片や東の果て、片や西の果てとそれぞれ異郷から、大望のみを胸に草原に流れてきたという点で二人は大きな共通点を持つということなのでしょう。そんな彼らがあっという間に胸襟を開き、共に遠い世界を夢見て語り合う姿には、何とも気持ちの良いものがあります。

 もちろんテムジンは今は再起のために流浪の身、そしてイルハンは旅から旅で利を得る商人というわけで、この邂逅はまずは一時のものですが――しかしこの出会いが大きな動きを呼ぶことは間違いありません。
 そんなテムジンが定めた新たなターゲットは金国。いまだに北方に覇を唱える大国とはいえ、その巨体が災いして様々な部族の反抗に手を焼く金を利用して、テムジンも復権を成し遂げようというのです。

 そしてさらにもう一人、同じような形で一足先に復権を遂げた者が。それはケレイトのオン・ハーン――弟にその座を追われ、一度は浮浪者のようななりで西域にまで姿を現した彼が、ここで金の力を借りたとはいえ、あっさり復権したのであります。
 この辺り、いつの間にか追放されたと思えばびっくりするくらい簡単に復権したのは、本作ならではのテンポの良さが妙な方向に出たという印象が強いのですが……


 それはさておき、完顔襄と対面したテムジンの前に現れたのはあの老人。その正体は何と、というところで第8巻は終わるのですが――この老人の正体には悪い意味で驚かされたというのが正直なところ。
 なるほど、ここに出せるようなレベルの実在性で、義経の手の内を知るとすれば、この人物もアリといえばアリですが――さすがに海を越えてまで義経に祟るには、スケールや迫力に欠ける、と言わざるを得ません。

 もちろんそれは私の勝手な印象と言ってしまえばそれまでですが――この先語られる二人の過去によってこの印象は覆されるのでしょうか。
 この先、テムジンを支える綺羅星のような面々も少しずつ顔を見せ始めたところでもあり、まずはこの先を追うことにしましょう。


『ハーン 草と鉄と羊』(瀬下猛 講談社モーニングコミックス) 第6巻 Amazon/ 第7巻 Amazon /第8巻 Amazon
ハーン ‐草と鉄と羊‐(6) (モーニングコミックス)ハーン ‐草と鉄と羊‐(7) (モーニング KC)ハーン ‐草と鉄と羊‐(8) (モーニングコミックス)


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2019.10.16

「コミック乱ツインズ」2019年11月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」2019年11月号の紹介の続きであります。


『かきすて!』(艶々)
 成年(青年)コミックを中心に活躍する作者の新連載は、一言で表せば艶笑もの――というべきでしょうか。富士川の渡しで、伊勢参り帰りの二人連れ・おゆきとおはるに出会った、焼津から江戸まで一人旅の娘・ナツ。二人に江戸まで同行することになったナツですが、そろそろ渡し舟が向こう岸に着こうという時、岸を見れば何やら男どもが集まっているではありませんか。
 流れが急なため、「こべり」(船縁)が高い富士川の渡し舟。実はそのため乗り降りする女性は足を高く上げざるを得ず、その時の様子を覗こうというクz――不届き者たちが集まっていたのであります。何とか無事に岸に下りようとする三人ですが……

 という、何というか実にしょーもない(悪口ではありません)お話。一歩間違えれば悪い意味で厭らしい話になりかねないところを、ディフォルメされた絵柄と、すっとぼけた明るさで描くのは、これはこれでアリなのかもしれません。
 ちなみにラストには柳水亭種清と恋川笑山が(実にしょーもないペンネームで)発表した「旅枕五十三次」を引用して、今回のようなことが実際にあったと語っているのも、面白いところです。


『カムヤライド』(久正人)
 色々あった末にヤマトに到着し、ヤマトタケルの口利きで彼の父・オシロワケ大王に埴輪の売り込みに出かけたモンコ。しかしモンコの顔を見た大王は、彼のことを意外な名前で呼ぶのでした――「ノミの宿禰」と!
 一方、ハジ一族の親方・トレホ(名前まんまの外見)から、そのノミ親方に起きた異変を聞くヤマトタケル。かつて天才的な工人であったノミは、ある日先代の大王に呼ばれて宮殿に上がり、別人のように変貌してしまったというのであります。そのトレホが目撃したノミと当麻のケハヤの対決の行方は、そしてそのノミの姿は……

 というわけで、ある意味本作始まって以来の驚愕の前回ラストから引き継いでの今回。ノミの宿禰=野見宿禰といえば、確かに土師氏の祖であり、そして当麻蹶速と相撲してこれを蹴り殺したという逸話を持つ人物。そう考えれば、埴輪造りを得意としてキック主体の戦いを繰り広げるモンコと重なることに、不思議ではない――というより何故思いつかなかったかと臍を噛むばかりであります(ただし、「史実」であれば100年近く前の人物のはずですが、それはさておき)。

 しかし今回(トレホの口から)語られた過去の出来事は、また想像を絶する内容の物語。ノミを変貌させたもの――彼が宮殿で見たモノは、これまでの物語を見れば何となく想像できますが、さてそこからここまでどのように繋がってくるのか。そして現在、思わぬ窮地に陥ったモンコの運命は――気になり過ぎる展開はまだまだ続きます。
(それにしてもノミが着ていたもの、何となくウ○○○○ンスーツのように見えなくもない……)


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 秀吉の、いや天下の軍勢による小田原攻めが始まり、ついに秀吉への恭順を決めた政宗。実質的に彼の天下獲りの野望が潰えた瞬間ではありますが、彼を含め、周囲も結構サバサバした表情を見せるのがらしいところであります。政宗が秀吉との対面を楽しみにする理由もスゴいですし。

 しかし史実ではその前に大きな悲劇が彼を待ち受けているのはご存じのとおり。政宗の存在が伊達家を潰すと考えた母・義姫は、政宗の弟・小次郎とともに政宗暗殺を企み――と、作者が密かに得意としているような気もする病みキャラと化した義姫が怖いのですが、さて……
(しかしそんな妹の行動を一刀両断する最上義光はさすがだと思います)


 その他『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)は、逆恨みしてきた町道場主の兄との決着戦。やっぱり悪役面はやられ役でしたが、以前披露した「蹴殺し」はバリエーションの一つで、今回ついにその本来の姿が――という展開は、その描写も相まって大いに盛り上がりました。

 また『いちげき』(松本次郎&永井義男)は、襲撃を失敗して市中を逃げ回る一撃必殺隊の残党は思わず――と、予想通り厭な展開に。しかしそれ以上の闇がこの先に待ち受けている様子で、いよいよ重い展開になるばかりであります。


「コミック乱ツインズ」2019年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年11月号 [雑誌]


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2019.10.15

「コミック乱ツインズ」2019年11月号(その一)


 2号連続増ページと、なるほどずっしりくる『コミック乱ツインズ』2019年11月号は、表紙が橋本孤蔵『鬼役』、巻頭カラーが星野泰視『宗桂 飛翔の譜』という構成。また、艶々『かきすて!』が新連載となります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 大橋分家の天才児・宗英の昇段試験の相手となった宗桂。しかしあくまでも試験ということで宗桂は角落ち、互角の二人にとってこれは決定的な差になるかと思いきや、宗英も自ら角を封じて対等の勝負を望むのでした。
 しかし初めから角がない者と角を封じた者の違いが勝負に思わぬ影響を与え、勝負は見えたかに思えたのですが……

 宗桂が宗英に勝てば大橋分家が宗桂暗殺に動くという裏のあったこの一戦、もちろん二人はそんな事情は知らないのですが(知っていても宗桂は本気で打つと思いますが)、二人のそれぞれの個性が出て意外な好勝負に。
 しかし宗英の実はかなり悲惨な過去がカットバックされる中で宗桂が勝つのは――と思いきや(まあそれでも宗桂は本気で勝ちに行くと思いますが)、なかなか面白い形で決着が着くことになります。

 これでホッとしたのは、裏の事情を知っていた勝助ですが――しかしその陰謀の一端を担っていたのは、自分の婿入り先の義父。そしてその義父が、かつて初代宗桂の棋譜を巡って剣を交えた謎の男と接点があることを知ってしまい――と、思わぬ展開で続くことになります。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 連載第2回にして、いま一番気になる作品の一つである本作。殺しを裏の生業とする主人公・佐内が、かつて同じ生業だった父を殺した必殺剣「二胴」を使う謎の刺客の殺しを依頼され――というところで第1回は終わりましたが、今回はこの依頼の裏の事情が語られることになります。

 実はこの事情というのが時代小説ファンにはお馴染みの、唐津藩主時代の水野忠邦の猟官運動――老中首座を狙う忠邦が、その障害となる唐津藩からの国替えを画策したというアレ。簡単に言ってしまえば、この忠邦の行動を支持する江戸家老と、反対する城代家老の暗闘が背景にあったのであります。
 佐内とその父は江戸家老側の刺客として、そして「胴斬り」の剣客は城代側の刺客として動いていたということなのですが――さてそれでは敵は何者なのか、というのが大きな謎。それを探るべく、佐内は動き出すのですが……

 思ったよりもあっさりと明かされたこの暗殺合戦の裏側。ということはそれはあくまでも物語の背景で、本題はやはり謎の剣客の正体探しということなのかもしれません。
 そちらはまだまだこれからと言ったところですが、今回の見所は、やはり佐内の人物像でしょう。前回も、暗殺者とごく普通の若者としての顔が印象に残りましたが、今回見ることができるのはそんな彼の様々な表情――ゾッとするような昏い殺人者の目を見せることもあれば、母親代わりの女中に見せる飾り気のない顔、そして父の死を前に見せるある意外な感情と、彼の複雑なキャラクターが、やはり大いに気になるところであります。

 そしてラストに登場する水野家側の協力者の侍もなかなか気になるキャラクターで、相変わらず先が楽しみな作品であります。(しかし佐内、公式で女顔の美形なのですね)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 柳沢吉保の命で残忍な道場破りを繰り返す邪剣士・浅山鬼伝斎と、三十年来の決着をつけるべく急ぐ入江無手斎。かつては無手斎が勝利したこの対決ですが、復仇の念から腕を磨いた鬼伝斎の技は凄まじく――と、今回は冒頭から達人同士の息詰まる死闘がたっぷりと描かれることになります。
 無手斎も十分コワい顔をしていると常々思ってきましたが、彼のそれがが武芸者としての厳めしさであるのに対して、鬼伝斎は人殺しとしての凶悪さ。その描き分けも見事ですが、その二人の激突は迫力十分。スピーディーかつ緊迫感溢れる殺陣にシビれますが、個人的にはその直前の静の場面、特に二人の足運びをアップで描いた画の巧みさが印象に残ったところです。

 と、師匠が大変な一方で、聡四郎は紅さんのところにお呼ばれ。二人の仲睦まじい姿が描かれる一コマは、これがもう実に絵になります。にしても母の形見の小袖をプレゼントとは、もう完璧に俺の嫁状態ですが、しかしいざ紅さんがそれを着ていても――というところに聡四郎のキャラクターがすごく出ているのも、愉快なところであります。


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2019年11月号(リイド社) Amazon
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2019.10.14

小山ゆう『颯汰の国』第1-2巻 颯爽たる国造りの物語、始まる


 『おーい竜馬』『あずみ』など時代漫画も少なくない小山ゆうの新作は、江戸時代前期を舞台とした時代活劇であります。徳川幕府の理不尽な圧力により主家が改易となった青年・佐々木颯汰――彼の颯爽たる活躍を描く時代活劇です。(内容の詳細に触れているのでご留意下さい)

 伊豆地方のとある国で少年時代を過ごした佐々木颯汰。物心ついた頃にはすでに父母はなく、土地の和尚に育てられた彼は、和尚が病で亡くなった後に佐々木家の夫妻にもらわれ、のびのびとと育ってきた青年であります。
 多数を相手にしても一歩も引かない剣の腕で城下の近藤道場一の剣士となり、主家・高山家の琴姫の目に留まるほどとなった颯汰。しかしそんな彼の明るく賑やかな日常は、不意に終わりを告げることになります。

 ある日、高山家に突然下された改易の沙汰――時あたかも徳川家が外様大名を次々と取り潰していた頃、高山家も言いがかりのような理由で改易、藩主は切腹が命じられたのであります。
 そしてその開城の使者となったのは、功名心の強さと残忍さで知られた大名・横山宗長。琴姫の美貌に目を付けた宗長によって一度は奪い取られた姫ですが、これを機転を利かせて奪還してのけた颯汰は、重臣の古賀が姫と弟君を奉じてある計画を立てていることを知ることになります。

 その反抗の計画に、仲間や両親とともに勇んで加わる颯汰。彼らの向かう先は隣の幕府の直轄領――そこで颯汰たちが仕掛ける奇想天外な企てとは、そしてその行方は……


 『颯汰の国』というタイトルが示すとおり、主人公・颯汰が国造りに挑む物語である本作。しかし私はこのタイトルを初めて見たときは、てっきり戦国ものと思い込んでおりました。
 その理由は言うまでもなく、幕藩体制が確立した江戸時代に国造りの物語は不可能だろう、という思い込みなのですが――あに図らんや、真っ向から本作はそれに挑んできたとは!

 単行本第2巻のあらすじにはっきりと出ていることではあるので触れてしまいますが、颯汰たち高山家の遺臣の狙いは、隣の幕府領の乗っ取り。住民たちを抑圧し搾取する、典型的な悪代官とはいえさすがにこれは――と思いきや、それを真っ正面から堂々と、そしてユーモラスに爽快にやってのけるのは、これが本作のカラーということでしょうか。

 そう、本作はまさに爽快。普通であれば一つだけでも気が重くなりそうな事件の数々を切り抜けていく颯汰のやり方は一つ一つが心憎いほど痛快で、まさにその名の通り颯爽としたそのやり方というのは実に気持ちが良いのであります。
 題材的には、一歩間違えればいつ悲惨な方向に転がってもおかしくない物語ではありますが、おそらくはそうはならないであろう――という印象を受けるのは、この颯汰のキャラクターをはじめとするカラーによるところが大ではないでしょうか。

 少なくとも私は、大冒険に乗り出す直前、かつて親友たちとともに琴姫に自分たちの楽しかった思い出を語り、共に笑い合った時のことを思い出しながら、颯汰が姫にかけた言葉――
「ずっと……ずっと後になって、思い出話で……あの日みたいに大笑いできるようなことを、この先起こしていきましょうか!!」
という、胸が詰まるほど明るく、気持ちの良い言葉を信じていきたいと思うのです。


 正直なところ、善人は善人の顔を、悪人はものすごく悪人な顔をしているというわかりやすいキャラクターデザインはちょっとどうかな、と思うところはあります(おかげで第2巻の後半に登場した刺客たちの立ち位置がなんとなく予想できてしまうのがちょっと残念)。
 また、第2巻で早くも明かされる颯汰の出自も、本作のような物語においてはプラスに機能するかその逆になるか、悩ましいところではあります。

 しかしタイトルは『颯汰の国』であっても、彼以外の登場人物もまた、一人一人が重要な役どころであることは間違いありません。彼らがこの物語で、この国造りでどのような役割を果たすのかも含めて――物語の向かう先を楽しみにしたいと思います。


『颯汰の国』(小山ゆう 小学館ビッグコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
颯汰の国 (1) (ビッグコミックス)颯汰の国 (2) (ビッグコミックス)

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2019.10.13

佐々木匙『帝都つくもがたり』 面倒くさい二人が追う怪異の多様性


 面白い小説好きには要チェックの賞となった感のある角川文庫キャラクター小説大賞、その第4回に読者賞を受賞した連作怪異譚であります。昭和初期の帝都を舞台に、酒浸りで怖がりの文士と不人情な新聞記者のコンビが、怪談を求めて向かった先で出会う怪異の数々。その先にあるものとは……

 文士と言いつつもなかなか筆で食っていけず、酒浸りの日々を送る大久保の家に、ある日押しかけてきた、学生時代からの友人で腐れ縁の新聞記者・関。
 新聞の企画で怪談を集めているという関は、取材の手伝いに大久保を引っ張りだそうとするのですが、大久保は大の怖がり。しかしそのリアクションが良いのだと鬼のようなことを関は言うのであります。

 もちろん関を追い出そうとする大久保ですが、しかし相手が懐から取り出したのは三十円の借金の借用証。かくて借金をタテにされ、大久保は関とともに新聞企画「帝都つくもがたり」のネタのため、東京で囁かれる怪異を追って東奔西走する羽目に……


 という基本設定の本作は、全八話+プロローグとエピローグから構成される連作短編集。
 女学校の教師をしている大久保と関の元同級生のもとに不気味な赤子が現れるという壱話を皮切りに、川辺に現れる子供の霊や、希少本ばかりを売る幻の古書店、身代わり人形の怪や、街に無数に現れる烏etc. 二人は様々な怪異に出くわすことになります。

 これは全く個人の印象ではありますが、良い(短編)連作ホラーの条件は何かといえば、それは描かれる怪異のバリエーションが豊かであること、ではないかと常々考えています。
 怪異が単一の源から生まれるのでもなく、似たような形態を取って現れるのでもなく、それぞれに生まれ、それぞれに現れる――そのある種の「多様性」こそが、ホラーとしての内容の豊かさにある程度繋がってくるのではないでしょうか。

 その点からすれば、本作は実に理想的な作品であります。登場する怪異は、人の強い念が生んだものもあれば純粋な(?)幽霊あり、妖怪変化としか思えぬものがあれば付喪神的な存在もあり、そしてある種の不気味な「現象」としか思えぬものもあり……
 怪異が次々と発生するのが当たり前と言えば当たり前の連作ホラーにおいて、次に何が飛び出してくるのかわからないということが、どれだけ愉しく魅力的であるかということを、本作は改めて気付かせてくれるのです。


 しかし本作の魅力はそれだけに留まりません。本作で描かれるものは怪異のみならず、その怪異たちの探求者・目撃者・そして記録者である大久保と関、二人自身の姿でもあるのですから。

 本作の語り手である大久保と相棒の関。彼らは本来であれば、怪異を探し、目の辺りにし、それを書き留めるだけの存在であるのかもしれません。
 しかし彼らは単なる狂言回しには留まる存在ではありません。彼らはここに至るまで二十数年間の人生を経てきた人間なのであり――そして本作はそんな彼らの姿を、怪異たちの存在と同時に、徐々に浮き彫りにしていくのであります。

 それは彼らが怪異に触れたことで浮かび上がるものでもあります。逆にそんな彼らの内面が、怪異と密接に関わっている場合もあります。
 いずれにせよ、怪異を描くことで同時に人間を描きだす――一歩間違えればどこか陳腐なものとなりかねないことを、本作は、大久保と関というひどく素直でない連中の姿を通すことによって、ごく自然に、そしてどこか安らぎすら感じさせる空気でもって達成しているのであります。

 そしてそれは、本作で描かれる大久保と関の姿が、単なるのっぺらぼうの語り手などではなく、生きる時代こそ違え、あくまでも我々と同じ人間なのだと感じさせてくれるから――それにほかならないのでしょう。


 個性的で恐ろしい怪異の数々を描きながらも、同時にどこか微笑ましく親しみを感じさせる二人のキャラクターの物語として成立している本作。これが作者のデビュー作とは到底思えません。

 幸い11月には続編が発売されるとのことですが、果たしてそこで何が描かれるのか――いや、そこにあるのが、恐ろしくも個性的な怪異の数々と、二人の男たちの面倒くさい、しかし親しみ溢れる姿であることだけは、間違いのないことでしょう。


『帝都つくもがたり』(佐々木匙 角川文庫) Amazon
帝都つくもがたり (角川文庫)

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2019.10.12

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 これは毎年言っていることで恐縮ですが、もう今年も残すところ三ヶ月――まだ暑い日が続くためにそんな印象はありませんが、本当に早いものです。ということは新刊情報も今年はあと二回――名残惜しい11月の伝奇時代アイテム発売スケジュールです。

 毎月この発売スケジュールをチェックしている時は、ああ、今月は時代伝奇ものは全く発売されないのでは、と心配になるもので、今月もそんな感じだったのですが、まとめてみればかなりの点数となった11月。

 まず文庫小説としては、ドラマ版も無事終了したシリーズ最新作、山本巧次『大江戸科学捜査八丁堀のおゆう 北からの黒船』、なにげに通俗的な(?)作品を書かれる山田正紀『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ』がまず気になるところです。

 そして時代ものファンとしても要チェックのライト文芸としては、第1巻の完成度の高さに驚かされた佐々木匙『帝都つくもがたり 続(仮)』のほか、黒狐尾花『姫陰陽師、安倍晴明 平安あやかし草子』、玖神サエ『古着屋紅堂 よろづ相談承ります』第2巻が登場。

 また、文庫化・復刊では瀬川貴次『暗夜鬼譚 紫花玉響(仮)』、京極夏彦『書楼弔堂 炎昼(仮)』、畠中恵『とるとだす』が要チェックです。
 さらに新潮文庫nexからは岡本綺堂&宮部みゆき『半七捕物帳 江戸探偵怪異譚』が登場。おそらくは宮部みゆきによる名作選と思われます。


 そして漫画の方は、川原正敏『修羅の刻』、西国無双編の第19巻、そしてTAGRO『別式』第5巻、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第7巻、速水時貞『蝶撫の忍』第5巻と気になる作品の最新巻が並びます(ちなみに『蝶撫の忍』はこれにて完結)。
 そのほか、わらいなく『ZINGNIZE』第3巻、藤田かくじ『徳川の猿』第1巻、原哲夫『前田慶次 かぶき旅』第2巻も気になるところです。

 また、岩崎陽子『ルパン・エチュード』第4巻は残念ながらこれが最終巻。大好きな作品だっただけに残念ですが、最後まで見届けたいと思います。

 そしてこれまでほとんど取り上げずにいて恐縮ですが、尼子騒兵衛『落第忍者乱太郎』は第65巻で 惜しくも完結。今までお疲れ様でした!



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2019.10.11

矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 片羽の蝶』 柱たちの素顔を掘り下げた短編集


 単行本第17巻、そして原点となる作品を収録した短編集の発売と、アニメが終了しても絶好調の『鬼滅の刃』――その小説版の第2弾であります。今回も第1弾と同じく外伝を収録した短編集ですが、中心となるのは柱のメンバー。キメツ学園を含めた全6話から構成されております。

 炭治郎たち同期組5人に柱9人と、主立ったキャラクターだけで二桁ともなる『鬼滅の刃』。これだけのキャラクターがいれば、そこには様々な語り尽くせぬエピソードが、あるいは語られざるエピソードが生まれることになります。
 本書で扱っているのはまさにそのような内容――作中で、あるいはおまけカットで触れられた内容をベースにして、物語が紡がれていくことになります。

 幼い頃に鬼に両親を殺され悲鳴嶼に命を救われた胡蝶姉妹が、ともに鬼殺隊士を目指し、そして運命に引き裂かれていく様を描く表題作「片羽の蝶」
 柱稽古で宇髄から温泉を掘るよう命じられた善逸が、スケベ心から伊之助を騙して一緒に温泉探しに邁進する「正しい温泉のススメ」
 しのぶに対するある想いから、他人にときめいたり腹一杯食べたりできなくなった蜜璃の胸の内が語られる「甘露寺蜜璃の隠し事」
 刀鍛冶の里での戦いの後、療養中の玄弥が、蝶屋敷の少女とのやりとりの中で兄・実弥との記憶を辿る「夢のあとさき」
 お館様たっての願い(?)のために、柱が総出で義勇を笑わせようと奮闘を繰り広げる「笑わない君へ」
 文化祭を目前に、炭治郎たちのバンドによる被害を未然に防ぐべく実行委員たちが悪戦苦闘を繰り広げる「中高一貫☆キメツ学園物語!! パラダイス・ロスト」


 以上全6話、最後の1話は別としても、ほとんど鬼との戦いが描かれることはなく、登場人物たちのやりとりあるいは心象描写で展開していくことになる点は前作同様ではあります。
 しかし異なるのは、冒頭で触れたとおり柱を描く物語主体であることでしょう。第2話と第4話は主人公こそ善逸と玄弥の同期組ですが、彼らの存在を通して描かれるのは音柱と風柱なのです。

 この辺り、善逸祭りだった前作と比べるとバランスがよい――というより、いずれも人気キャラでありながらもなかなか個々の人物のエピソードを描き切るまではいかなかった柱たちを掘り下げたのだと思いますが、納得のチョイスでしょう。
 もちろんここで描かれているものは、基本的に原作で描かれているものから大きく踏み出しているものではなく、上で述べたとおり原作の一場面を膨らませたものという印象ではありますが、嬉しい試みであることは間違いありません。

 そんなわけで読者によって琴線に触れる部分は異なるのではないかと思いますが、個人的におっと思わされたのは「正しい温泉のススメ」であります。
 相変わらず善逸が善逸らしい暴走を繰り広げるお話ではありますが、ラスト近くで、原作で印象に残っていた宇髄のある台詞が拾われているのが嬉しいところ。宇髄のことだから勢いで言っていそうな気もしたのですが、それをそのままで終わらせず、彼と善逸たちの一つの絆の形として描いてくれたのに納得です。

 その一方でかなりギリギリの線を行った感があるのが「笑わない君へ」なのですが――さすがにどうかと思いつつも、悲鳴嶼の空気を読めない真面目さや宇髄の適当さなどは如何にもという印象はありますし、ヒドいオチのようでいて、結末が何となく良い話で終わっているのも愉快で、嫌いになれないお話ではあります。
(ただ、実弥ってお館様を人質にされたら何でも言うこと聞くようなキャラかなあ――という印象はあり)


 本編の方の展開を考えると、何となく哀しくなる部分があるのは否めませんが――それはまあ仕方のないことでしょう。(その哀しくなる筆頭のしのぶの出番が結構多いのは、柱の中で数少ないツッコミ役だからなのでしょう)
 今回もファンアイテムではありますが、前作よりも楽しめることは間違いない一冊であります。


『鬼滅の刃 片羽の蝶』(矢島綾&吾峠呼世晴 集英社JUMP j BOOKS) Amazon
鬼滅の刃 片羽の蝶 (JUMP j BOOKS)


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2019.10.10

『吾峠呼世晴短編集』に見る作者の志向・嗜好


 『鬼滅の刃』が大ヒット中の吾峠呼世晴の初期短編集が、『鬼滅の刃』の最新巻(と小説版第2弾)と同時に刊行されました。デビュー前からの4作品が収録された本書、巻頭に収録されたのは『鬼滅の刃』の原型として知られてきた『過狩り狩り』であります。

 おそらくは明治か大正の頃、町の人々を恐れさせる残忍な連続殺人事件――それは異国からやってきた鬼による人狩りでありました。
 これに対してこの国の鬼である時川、珠世と愈史郎の三人は異国の鬼を狩るべく動き出すのですが、思わぬ相手の力に手こずることになります。

 そんな鬼同士の妖戦の最中、その場に現れた一人の若者――目元に大きな傷を負い、唯一残った左手に刀を手にした若者こそは……


 冒頭に述べたとおり、『鬼滅の刃』の原型である本作。人食いの鬼とそれを斬る者、鬼を相手にしたその選別、人に隠れて棲む鬼である珠世と愈史郎(使う術までも同じであります)――大きく異なるのは相手が異国の鬼であることと、主人公の造形くらいですが、しかし一読しての印象は大きく異なる物語であります。

 その理由の最たるものは、この物語の視点が、ほとんど全般に渡って鬼側にあることでしょう。そう、本作は異国の鬼に縄張りを荒らされた鬼・時川(服装だけはおそらく無惨の原型)、そして珠世と愈史郎の姿から始まり、全体の半ばまでは、鬼同士の戦いが描かれるのです。
 「狩猟者」の青年については、その過去が幾度かに渡って挿入されることでキャラクターを描写しているのですが、その描き方も相まって、本作の主人公は鬼の側という印象が残ります。

 ちなみに本作のタイトルは、物語終盤の珠世の印象的な台詞「狩り過ぎれば狩られる
」から来たもの。人を狩る鬼と、それを狩ろうとする鬼、そしてさらにそれを狩る人――奇妙な三つ巴の姿が描かれる本作ですが、ここでは人と鬼の間に、ある種の均衡関係が感じられます。
(これも原型である喋る烏の「天秤を狂わせてはいけません」という台詞からすると、狩猟者の側も、あくまでも鬼の過剰な狩りに対してのみ動いているのでは、という印象が……)

 そんな物語構造、そしてほぼギャグなしという点や、名前でなく番号で呼ばれる異形の主人公の造形も相まって、非常にドライな印象を受ける本作。
 本作の要素を色濃く残しながらも、『鬼滅の刃』があくまでも少年漫画として成立していることを思えば、その両者の間にあるものについて、大いに考えさせられるところであります。
(それにしてもファンブックに収録された『鬼滅の刃』のプロトタイプでは、ここからさらに主人公の異形化が進められていたのを何と評すべきか……)


 そして残る3つの収録作品も、作者らしさを色濃く感じさせる作品揃いであります。
 親を殺された少女の依頼を受け、それぞれ虫の力を持つ奇矯で異常に個性的なな殺し屋兄弟が悪人を討つ『文殊史郎兄弟』。
 人に取り憑く邪氣を祓う浄化師の青年・アバラと、髪に異常な執着を持つ女殺人鬼の死闘『肋骨さん』
 人を呪い殺すことを生業にする呪殺屋に対し、その呪いを解く傲岸な解術屋の青年の活躍を描く『蠅庭のジグザグ』

 いずれの作品も現代が舞台で、すっとぼけたギャグも散りばめられていることもあって、『過狩り狩り』とは一見大きく異なる印象を受けます。
 しかし、物語設定の伝奇性と登場するキャラクターたちの心身の異形ぶり、そしてそれと直結する主人公の非ヒーロー性(と一種の空虚さ)という点において、やはり相通じるものを濃厚に感じさせてくれます。
(唯一『肋骨さん』のアバラは無私の善意で活躍する明確なヒーローに見えますが、その背後にある空虚さを剔抉することこそが本作のテーマでもあり……)


 そんなわけで、実に作者の志向・嗜好を濃厚に感じさせる、紛うことなき作者のルーツというべき本書。
 ここから『鬼滅の刃』の間の近くて遠い距離を思えば、作者らしさを残しつつも、少年漫画として成立させた意味の大きさを考えさせられる――というのは先に述べたことの繰り返しになりますが、偽らざる感想であります。


『吾峠呼世晴短編集』(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon
吾峠呼世晴短編集 (ジャンプコミックス)


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2019.10.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第17巻 決戦無限城、続く因縁の対決


 アニメは好評のうちに終了しましたが、本編の方は最終決戦真っ只中の『鬼滅の刃』。その第17巻の表紙を飾るのは、風柱・不死川実弥――ですが本編では出番はなく、しのぶvs童磨の決着、善逸運命の決戦、そして炭治郎にとっては因縁の敵との死闘と、クライマックスに相応しい連戦が続きます。

 鬼殺隊総力を挙げての柱稽古の最中、鬼殺隊の頭を潰すべく、お館様・産屋敷輝哉のもとに現れた鬼舞辻無惨。しかしこれを予期していたお館様は妻子を道連れに自爆、さらに珠世と悲鳴嶼の連続攻撃により、さしもの無惨も大ダメージを受けるのでした。
 しかし無惨は自分もろとも鬼殺隊士たちを本拠地である無限城に転移、上弦をはじめ無数の鬼たちが犇めくこの地で、最終決戦の火蓋が切られたのであります。

 そして上弦と最初に交戦することとなったのは蟲柱・胡蝶しのぶ。そしてその相手は上弦の弐・童磨――奇しくもしのぶにとっては姉の仇であります。普段冷静なしのぶも怨敵を前にその仮面をかなぐり捨て、全力を以て挑むのですが……


 非常に残酷で容赦ない、そしてある意味本作らしい展開から始まるこの第17巻。しかし人々の怒りや悲しみを飲み込んで、物語は続きます。
 そして二番目の戦いとなったのは、やはり因縁の戦い。善逸と新たな上弦の陸・獪岳――かつての兄弟子との対決であります。

 柱稽古の最中に届いた手紙を読んで以来、別人のような思い詰めた顔を見せていた善逸。その手紙に書かれていたのは、自分の師・かつての鳴柱が、弟子である獪岳が鬼に走ったことで切腹して果てたという事実だったのです。
 かつては師の下で雷の呼吸を極めるべく修行していた善逸と獪岳。しかしことごとく善逸を下に見てきた獪岳は、その善逸と並べられることに不満を募らせ、上弦の壱と遭遇したことを機に鬼と化したのであります。

 というわけで、いつかはあると思った鬼殺隊の裏切り者との戦い(まあ、この後に上弦の壱という超大物が控えているわけですが)。
 この要素に加えて、善逸の回想に登場した感じ悪い先輩(通称桃先輩)、そして悲鳴嶼の運命を狂わせた鬼に通じた子供という二つの伏線を一気に解消するというのは、ちょっと急ぎすぎの感もありますが、しかしその因縁の相手が、これまでコメディリリーフの印象が強かった善逸というのが、設定の妙でしょう。

 雷の呼吸のうち、壱ノ型のみ修得した善逸と、壱ノ型のみ修得していない獪岳の対決という構図も見事な上に、その決着をつけるのが――というのも泣かせるこの一戦。善逸が獪岳に足りないものを語る時に「幸せの箱に空いた穴」という表現も実に本作らしく、分量的には短いながら、印象に残る戦いです。


 そしてこの巻の後半をほとんどすべて使って描かれるのは、炭治郎&義勇の水の呼吸の兄弟弟子と、上弦の参・猗窩座との戦いであります。
 言うまでもなく猗窩座はかつて炭治郎たちを庇った炎柱・煉獄を倒した因縁の敵。猗窩座にとっても炭治郎は弱いくせに自分に負けを宣告した小癪な(そしておかげで無惨にパワハラされた)相手――というわけで、両者の対決は予め約束されていたも同然と言えるでしょう。

 そしてこの戦いの見所は、あの時とは比べものにならぬほど腕を上げた炭治郎が、猗窩座とどのような戦いを繰り広げるか、に尽きますが――その答えは、あくまでも猗窩座は強かった、と言うべきでしょうか。
 炭治郎、そして彼を上回る達人である義勇の二人が束になってようやく互角の猗窩座。しかし鬼に対して人が互角ということは、無限の体力を持つ鬼が遙かに有利ということでもあります。

 触れただけで即死状態の攻撃を、隙に向かって正確無比に放つ猗窩座。一見パワーファイターのようでいてテクニカルな攻撃を放つ彼に勝ることはできるのか?
 弱肉強食・適者生存を嬉々として語る猗窩座の言葉を、実に見事なロジックで論破するなど、炭治郎もメンタルの上では全く負けてはいないのですが……
(という緊迫した状況の連続の中、たった一言(と擬音)で面白オーラを大真面目に放つ義勇さんはさすがだと思います)


 炭治郎がようやく猗窩座攻略の一端を掴みかけたところで終わる本書。
 まだまだ無限城での戦いは始まったばかり、この先も何が起こるかわからない、最終決戦に相応しい緊迫した状況は、この先まだまだ続くのであります。

『鬼滅の刃』第17巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 17 (ジャンプコミックス)


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2019.10.08

重野なおき『信長の忍び』第16巻 信長を見つめてきた二人の別れ道


 くノ一千鳥を通じて信長の一代記を描く『信長の忍び』、その第16巻では、前の巻の終盤で動き始めた二人の強敵――義の人と裏切りの男という全く対照的な二人が、信長の前に立ちふさがることとなります。

 越後の動向を探りに行った森蘭丸、そしてその付き添いの千鳥と助蔵の前に現れた上杉謙信当人。あろうことかそのまま謙信と酒盛りする羽目になった三人ですが、これこそが謙信の自身であり、策でありました。
 かくて始まるは上杉軍による七尾城攻め。これに対して派遣されたのは柴田勝家と秀吉ですが、何と秀吉は勝家との意見の対立の末に戦線離脱、帰還という前代未聞の挙に出ることになります。そして残った勝家を、軍神・上杉謙信の恐るべき策の数々が襲うことに……

 と、この巻の冒頭で描かれるのは、織田軍と上杉軍の数少ない正面衝突である手取川の戦い。
 この戦いについては信長公記に記録が残されていないこともあり(その辺りを本作ではえらく力業で処理しているのが可笑しい)、諸説あるようですが、本作では謙信の水際立った強さと、あと酒好きっぷりが印象に残ります。

 戦国武将の、どこか武将らしからぬ特徴を取り上げて強調することにより、キャラクターをディフォルメすることを得意とする本作。そして謙信の場合の特徴は、前の巻でも披露された酒好きっぷりであります。
 この辺り、あまりやり過ぎると興ざめになりかねませんが、むしろ戦場でも酒杯を手放さない謙信の豪傑ぶり(とそれとは裏腹なビジュアル)がむしろ一種の凄みとなっているのが面白いわけで、そのさじ加減は本作ならではでしょう。

 そして凄みといえば、この戦いではある理由から、珍しく千鳥が凄惨な戦いを展開するのも印象に残るところで、本作では織田軍の大敗という結末で描かれるこの戦いの激しさを(きっちりギャグを交えつつ)描いていると言えるでしょう。


 そしてその激闘から帰還早々に千鳥を待っていたのは、あの松永久秀の謀反の報せ。前の巻では出陣前に千鳥が虫の知らせとも言うべき形で久秀の行動を予見しており、それもあって帰還を急いでいたのですが――時すでに遅く、久秀はみたび信長に叛旗を翻したのであります。

 本作においては、他の武将からは一歩引いた形で信長の天下布武を眺めるというスタンスが、彼に一種「大人」(好色という点は抜きにして)としての独自の存在感を与えていた感がある松永久秀。
 そしてそんな彼の立ち位置が、千鳥をして久秀にどこか師あるいは祖父のような敬意と親しみを抱かせていたのだと感じられます。

 さらに言えば、信長に近く、しかし一歩引いた位置から彼を見ていたという点において、本作における千鳥と久秀は、信長の姿を照らし出す者という共通点を持っていたと言えるかもしれません。
 しかし初めから自らを信長の影とも刃とも思い定めている千鳥に対して、久秀はあまりにも戦国武将であった――あろうとした、ということなのでしょう。

 そしてそんなある意味似たもの同士の二人が、互いをどう見ていたか――その想いが迸る信貴山城天守閣での対峙は、ただただ圧巻なのであります。


 さて、こうした千鳥には辛い二つの戦いの後に待ち受けているのは謙信の再来。今度こそ信長と謙信の激突ととなるか、と思いきや何と――というのは史実通りではありますが、先に述べた本作の謙信のキャラからすると、妙な説得力があると言うべきでしょうか。
 その一方で、上杉を探るため再び越後に潜入した千鳥と助蔵があの戦いに巻き込まれるのは、さすがに兼続思い切りが良すぎだろう、という印象が強いのですが……

 何はともあれ、最大最強の敵の一人が消え、また一歩天下に近づいたかに見える信長。果たして次は誰が、何が描かれるのか――本作ならではの視点に、引き続き期待であります。


『信長の忍び』第16巻(重野なおき 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
信長の忍び 16 (ヤングアニマルコミックス)


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2019.10.07

稲葉一広『戯作屋伴内捕物ばなし』 おかしな名探偵、妖怪事件に挑む!?


 9月からスタートした新レーベル・ハヤカワ時代ミステリ文庫。その第一弾の一つが本作であります。酒と女に目がないおかしな戯作屋が、江戸を騒がす妖怪の仕業とも見紛う怪事件の数々に仲間たちとともに挑むユニークな連作であります。

 江戸で、戯作者とは言い条、その実は瓦版に文章を売ってその日を暮らす男・広塚伴内。酒と女にだらしがなく、そして金にも縁がない男ですが、しかしその口八丁手八丁ぶりと、化け物に関する知識、何よりも謎解きになると発揮される頭の冴えには端倪すべからざるものがある人物であります。
 そんな伴内にとって、馴染みの瓦版屋・早耳の万吉が聞きつけてくる巷の怪事件は飯の種。事件を解決して瓦版の記事にするため、今日も伴内は事件解決に乗り出すのであります。

 そんな彼と行動を共にするのは、腕利きの岡っ引きで実は大の化け物嫌いの稲荷町の源七、美男子で飛礫投げを得意とする芝居小屋の木戸番・飛礫の仙太、伴内とは腐れ縁の毒舌美人女絵師のお駒といった面々。
 かくて今日も伴内は、妖怪の仕業としか思えないような奇怪な事件の陰に潜む謎と秘密に、仲間たちとともに挑むことに……


 そんな基本設定の本作は、全6話で構成された短編集であります。
 美貌で有名な大店の娘が、人っ子一人いない夜道で怪音とともに喉元を切られて死に、更に犠牲者が続き――という「鎌鼬の涙」
 伴内が参加した句会から姿を消した琴の師匠が離れた場所で死体となって見つかり、同時期に空飛ぶ幽霊の噂が流れる「猫又の邪眼」
 大店の娘を乗せた駕籠が夜道で産女に出くわし、駕籠かきが追って戻ってみれば娘が消えていた、という連続行方不明事件を追う「産女の落とし文」
 女房が次々となくなり、三人目は不可解な状況で首を括って亡くなった大店で、伴内がおぞましい人の心の闇と対峙する「縊れ鬼の館」
 町奉行所同心が後ろから首を絞められた上で胸を一突きされるという殺人事件の謎と、仙太の悲しい過去が交錯する「土蜘蛛の呪い」
 珍しく戯作の依頼が来た伴内が版元の接待に酔い潰れてみれば、版元が殺されて伴内の手に凶器が――という思わぬ事件の中で、ついに伴内の過去が明かされる「葛ノ葉狐の文箱」

 いずれもおどろおどろしいサブタイトルのエピソードが並び、そして起きる事件もなかなかに陰惨な内容が多いのですが――しかしそれでも不快感なく読めるのは、もちろん伴内のキャラクターによるところが大であります。
 作中ではたぬきとも地蔵とも例えられるようなビジュアル、おまけに助平で意地汚い伴内ですが、その言動には陰湿さはなく、陽気の固まりのような男。探偵役がこの調子なのですから、自然と物語のムードも和らぎます。

 そしてそれぞれにキャラが立った仲間たちとのやり取りも半ばお約束ながら楽しく、特に伴内とは正反対の女性にモテモテの美男子ながら、彼とはつき合いの長い仙太の飄々としたキャラクター(そしてその仰天の素顔)は特に印象に残るところであります。
 作者は元々はテレビドラマ等の脚本家の出身、小説はこれがデビュー作とのこと。手がけた作品の中には、私も楽しく観ていた要潤版の『人形佐七捕物帳』もあるとのことですが、何となく頷けるところであります。


 が――まことに申し訳ないのですが、ミステリとしては、本作はあまりにもプリミティブと言わざるを得ません。

 つまり本作の作品は、事件の内容に比して、そのトリックや犯人像が非常に分かりやすく、ミステリ慣れしている読者であれば、人目でわかってしまうようなものが大半なのであります。特に「産女の落とし文」の暗号のあまりの直球ぶりにはさすがにちょっと逆の意味で仰天させられました。

 先に述べたように時代ものとしては楽しいのですが、ことミステリと冠されたレーベルの作品としてはどうなのかなあ――と言わざるを得ないのです(その一方で、本作の最大の特徴である「妖怪」の存在も、物語に絡ませる必然性が少ないエピソードも多いのが、妖怪好きとしても残念なところで――何とも勿体なく感じた次第であります)。


『戯作屋伴内捕物ばなし』(稲葉一広 ハヤカワ時代ミステリ文庫) Amazon
戯作屋伴内捕物ばなし (ハヤカワ時代ミステリ文庫)

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2019.10.06

劇団ヘロヘロQカムパニー『冒険秘録 菊花大作戦』 驚きの原作再現率の大活劇

 というわけで、昨日ご紹介した『冒険秘録 菊花大作戦』の、劇団ヘロヘロQカムパニー(以下「ヘロQ」)による舞台版であります。何者かによって明治天皇が誘拐されるという大事件に押川春浪と天狗倶楽部が挑む物語を、ほぼ原作そのままに舞台で再現してみせた快作であります。

 明治45年、赤坂の料亭から何者かによって連れ去られた明治天皇。7日後に日本とロシアとの秘密条約調印を控えた中、事が公になれば、いまだに不安定なロシアとの関係がさらに悪化しかねない――いやそもそも、一国の元首が誘拐されるとは、国家の恥以外のなにものでもありません。
 軍も警察も表だって動かす事ができない中、東京市長・尾崎行雄は、最後の希望を押川春浪と天狗倶楽部に託すのでした。

 かくてこの密命を受けた春浪は、天狗倶楽部の精鋭7名を選出、そこに旧知の警視庁の黒岩刑事と妹の時子嬢、憲兵隊の織田少尉を加えた面々で、日本の命運を賭けた任務に挑むことになります。
 しかし犯人からの要求もない中、事態は五里霧中の状況。果たして犯人は何者なのか、そしてその狙いは何なのか。そして何よりも天皇陛下はどこにおわすのか――刻一刻迫るタイムリミットが迫る中、春浪と天狗倶楽部の活躍や如何に!? 


 と、昨日書いたのと同じあらすじ紹介で恐縮ですが、驚くほどの原作再現率であったこの舞台。
 二段組み300ページの単行本を2時間半程度で舞台化しているため、もちろん物語のディテールやチョイ役など、省略している部分は多々あるものの、それでもメインどころだけで20名近いキャラクターと、舞台となる7日間の出来事をほとんど全て拾い上げているのには、感心するほかありません。

 原作との大きな相違点も、『いだてん』効果か三島彌彦の出番が大きく増えていたこと(短距離選手にあまり長距離奔らせては――という気もしますが)、キャラクターの一人の性別が変わっていること、原作のエピローグの後にもう1シーン加わっていることくらい。
 逆にこれは再現が難しいのではないかな、と思った終盤のアクションシーンの数々は、冷静に考えるとギャグになりかねないような形でありつつも、出演者の熱演でカバー。さらにラストで重要な役割を果たすあるキャラクターもきっちり再現しているのには驚きました。(舞台挨拶の最後の最後、このキャラクターが一気に持っていくので、DVD化の暁にはぜひご覧を)


 私はヘロQの舞台はこれまで『魔界転生』と『犬神家の一族』しか観ていないのですが、どちらも映画など他のバージョンの要素も取り入れつつ、原作をきっちりと踏まえた舞台であったという印象があります。
 今回は他のバージョンというものがないわけで、それはそれで非常に難しかったのではないかと思うのですが――しかしそれでも今回も、ヘロQはしっかりとやり遂げてみせた、と感じます。

 何よりも本作は原作もさることながら(というのは非常に申し訳ないのですが)、登場人物の大半は実在ながらほとんどの観客にとっては馴染みの薄い人物。それだけに難しい部分は多々あったのではないかと思いますが――しかしその部分を自由に膨らませていたのも楽しめました。
 正直なところ、原作は登場人物のキャラクター描写の掘り下げをあまり行わない作風なのですが、役者が目の前で演じる舞台という形式は、その点はむしろキャラクターを血の通ったものにするという点で良かったのかもしれません。

 ちなみに押川春浪役は当然(?)座長の関智一が演じていましたが、今の目から見ると微妙に難しい部分もあるこの人物を、明るいバージョンの関智一として気持ち良く演じていたのは流石でした。

 しかしこの舞台のMVPは、開演前の前説から幕が下りた後までほとんど出ずっぱりで、小説でいえば地の文、映像作品でいえばナレーションにあたる役割を果たしていた講談師役の長沢美樹ではないでしょうか。
 もちろんオリジナルキャラクターですが、冷静に考えると異常にシーン数(場面転換)の多いこの舞台を一本のものとしてまとめたのは、この方の語りあってのことと、心から思います。


 というわけで今回も大変楽しませていただいたヘロQの舞台。これだけ楽しいのだから、ぜひ他の天狗倶楽部ものも――というのはもちろんファンの無茶ぶりではありますが、そう思いたくなるほどの舞台でありました。


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2019.10.05

横田順彌『冒険秘録 菊花大作戦』 明治天皇誘拐!? 天狗倶楽部最大の戦い

 このたび、関智一率いる劇団ヘロヘロQカムパニーによってまさかの舞台化が実現した、明治冒険小説の快作であります。描くは今年惜しまれつつ亡くなった横田順彌、主人公はもちろん押川春浪と鵜沢龍岳、そして天狗倶楽部の面々――痛快男児たちが、明治天皇誘拐という驚天動地の事態に立ち向かいます。

 明治45年、赤坂の料亭から何者かによって連れ去られた明治天皇。7日後に日本とロシアとの秘密条約調印を控えた中、事が公になれば、いまだに不安定なロシアとの関係がさらに悪化しかねない――いやそもそも、一国の元首が誘拐されるとは、国家の恥以外のなにものでもありません。
 軍も警察も表だって動かす事ができない中、東京市長・尾崎行雄は、最後の希望を押川春浪と天狗倶楽部に託すのでした。

 かくてこの密命を受けた春浪は、天狗倶楽部の精鋭7名を選出、そこに旧知の警視庁の黒岩刑事と妹の時子嬢、憲兵隊の織田少尉を加えた面々で、日本の命運を賭けた任務に挑むことになります。
 しかし犯人からの要求もない中、事態は五里霧中の状況。果たして犯人は何者なのか、そしてその狙いは何なのか。そして何よりも天皇陛下はどこにおわすのか――刻一刻迫るタイムリミットが迫る中、春浪と天狗倶楽部の活躍や如何に!? 


 というわけで、数ある横田順彌の明治小説の中でも、屈指のテンションの高さとエンターテイメント度を誇る本作。

 本作はいわゆる鵜沢龍岳もの――春浪の弟子である科学小説家・鵜沢龍岳を主人公としたシリーズの一作であり、時子や黒岩刑事といった登場人物、あるいは作中で言及される事件などは、そちらを敷衍したものとなっています。
 しかし基本的にそのシリーズが叙情的なSFミステリとでもいうべき内容であるのに対して、本作はSF味はなしの純粋な冒険小説――「SF的」な事件や現象が起きるではなく、あくまでも地に足のついた(?)物語が展開していくことになります。

 もちろん、物語の中心にあるのは、明治天皇誘拐と、その解決が天狗倶楽部に命じられるという超特大級のIFではあります。
 特に、いくら何でもこの事態に天狗倶楽部にお鉢が回ってくるのはいかがなものか、という印象はあるものの――もっとも、春浪と大隈重信の結びつき、そして作中でも活躍する尾崎行雄の息子が天狗倶楽部メンバーという史実はあるのですが――そんなものは冒頭から全速力で展開する物語の前に、雲散霧消してしまうことになります。

 物語にタイムリミットが設定され、それまでに事件を解決しなければ大変な事態に――というのはこの手の物語の定番も定番ではありますが、そこに至る7日間の一日を一章として展開していく物語は緊迫感十分。
 そしてそんな事態の中、春浪に選抜された天狗倶楽部の精鋭たち――春浪、龍岳、中沢臨川、小杉未醒、阿武天風、針重敬喜、河野安通志、吉岡信敬――が、それぞれの個性を生かして活躍するのですから、盛り上がらないはずがありません。

 また、明治という過去を現代を舞台とした物語のようなディテールで丹念に描くのは作者の明治ものの特長の一つですが、本作ではそれが、電話はまだまだ限定的、電報ですらまだまだ普及しきっていないという通信状況に現れているのが面白い。
 さらに、自動車も都内に百数十台きり、それもせいぜい最大時速30km程度――という移動手段の制約をも描くことにより、この時代の不便さ・制約を用いて、冒険ものとしての緊迫感をより高めているのも見事であります。(そしてそれが終盤の痛快な名場面に繋がっていくのもまた!)


 そんな痛快無比の明治冒険小説であるものの、残念ながら初刊以来埋もれた状態――先だっての鵜沢龍岳ものの復刊からも漏れる形となって――にあった本作。
 それが今般、こうした形で知られるようになったのは正直に申し上げれば意外ではありますが、もちろん欣快至極でもあります。

 願わくば、この小説自体もどこかで復活していただきたい、少しでも多くの方が手に取っていただきたいと、心から願う次第です。


『冒険秘録 菊花大作戦』(横田順彌 出版芸術社) Amazon


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2019.10.04

八房龍之助『宵闇眩燈草紙』五・六・七 激闘シホイガン! そして終わらない日常へ


 三人のアウトローを狂言回しとした連作伝奇ホラー漫画も後半戦。大乱戦となった寄群編も終わり、いつも通りの日常を取り戻したかに見えた三人ですが、(うち一名は)遠くアメリカで再び死闘を繰り広げることに――というわけで、一大スペクタクルのシホイガン編とその他の物語の紹介であります。

 魚人の里・寄群での人魔入り乱れての大混戦の末、京太郎が連れ帰った金髪の少女。
 怪道士・馬呑吐に一族を滅ぼされた末に紆余曲折を経てアタッシュケースに閉じこめられていたところを京太郎に救われた彼女は、成り行きから彼の家の居候2号となり「椎名さん」の名を与えられるのでした。

 かくて一人増えた暇人どもですが、京太郎がヘンな悟りを開いたり、虎蔵が謎の拳銃・サンダラーを巡って怪ガンマンと死闘を繰り広げたり、美津里の冒涜的な美貌の秘密が明かされたり、京太郎と虎蔵と椎名さんが幽霊屋敷でヒドい目にあったり――と、それなりに賑やかで楽しい(?)毎日を送ることに。
 しかし美津里からの貨物の護衛の依頼&サンダラーの調査のために渡米した虎蔵は、そこでとんでもない騒動に巻き込まれて……


 というわけで単行本第6巻から第7巻前半にかけて描かれるのは、長編エピソード、シホイガン編こと「まれびとのうた」です。

 美津里からの貨物が運び込まれたアメリカの地方都市、シーボイガンならぬシホイガンで、以前日本での事件で顔を合わせたからくり人形師の大澤操と出会った虎蔵。さらにこの街の腕利きのガンスミス・ピーターを訪ねた彼は、そこで昔なじみの黒人ガンマン、ムーチー・マーディガン(ムチュ)と再会するのでした。
 ギャングから嫌がらせを受けている密造酒場の母子を守っているムチュを、暇つぶしがてら手伝う虎蔵。しかしこの街を牛耳り、ギャングの背後にいるストダート社では、操が社の技術顧問・黄人戴と何やら怪しげな研究に勤しんでいるではありませんか。

 さらにストダート社は、街で古い歴史を持つサン・マルトレイク教会とも対立。迫り来る嵐の中、それでも表面上は平穏さを保つシホイガンですが――しかしギャングが、そして武装シスターたちが酒場を襲撃したことで一気に均衡が崩れることになります。
 さらわれた酒場の子・マイケルを救い出すため、教会に殴り込みをかけるムチュと虎蔵。しかしその時恐るべき儀式が街を揺るがして……!


 かくてここから始まるのは、修験者・道士・ガンマン・アンドロイド・忍者に巨大ロボットや怪獣までもが入り乱れる大混戦であり、平行して描かれるのが、これまた大仕掛けな伝奇ネタの数々。
 シホイガンに眠る、先住民たちが隠してきた禁断の秘密とは。一連の事件は誰が、何のために仕組んだのか。この混乱を鎮める術はあるのか――これでもかと詰め込まれたガジェットと謎の数々を、ド派手なアクションで流し込まれるのですから、楽しくないはずがありません。

 相変わらず虎蔵を含めた登場人物のほぼ全員が外道ということもあって、繰り広げられるのは惨劇としかいいようのない状況なのですが――しかし散りばめられた伝奇的センスが、アクション描写の巧みさが、それを良い具合に中和しているのも、これまで通りであります。(それでいて、教会に殴り込みをかける前野ムチュと虎蔵のやり取りが抜群に格好良いのも心憎い)

 そしてシホイガン地下で最初に虎蔵たちを襲う怪現象の描写や、サンダラーを狙う怪ガンマン・Mr.ビリー(その正体は何と!)と対決する虎蔵が語るガンマンの怖さ、そしてムチュが見せる破天荒なガンアクションなど――個々の素材の持ち味を殺さず、それでいて一つの世界としてきっちりと成り立たせる様を堪能させていただきました。。
 更に言えば、題材的に比較的展開が分かり易かった寄群編に対して、このシホイガン編は本当に後半になるまで何が起こるかわからない展開だったのには脱帽であります。


 そして舞台は再び日本に移り、これまで唯一謎だった椎名さんの秘密が明かされた末に結末を迎える本作。あっさりといえばあっさり、ひとまず落ち着いたものの根本は何も解決していない、問題先送りといえばそれまでの結末なのですが――それはそれで実に本作らしい、と言うほかありません。

 これまで同様、どんな騒動が起きようと、どんな怪異が起きようとも、この三人+一人はいつも通りに伝奇で怪奇で悪趣味なその日暮らしを送っていくのだろうな――と、ちょっと微笑ましく感じてしまうのは、もうこちらがすっかり染まってしまったということなのかもしれませんが……


『宵闇眩燈草紙』(八房龍之助 電撃コミックスEX) 五 Amazon/ 六 Amazon/ 七 Amazon
宵闇眩燈草紙 五 (電撃コミックスEX)宵闇眩燈草紙 六 (電撃コミックスEX)宵闇眩燈草紙 七 (電撃コミックスEX)


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2019.10.03

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の4『水琴』 第15章の5『千鬼夜行』 第15章の6『三つ巴の戦い』


 北からやって来た盲目の美少女修法師の退魔譚、第15章の後半戦は、原点回帰の一話完結の付喪神もの三話が描かれることとなります。

『水琴』
 あくどい商売で人の恨みを買ってきた骨董屋の主人・丹兵衛の耳に、ある日から聞こえ始めた原因不明の水音。恐ろしいだけでなく、強烈な羞恥心を呼び起こすその音にすっかり弱ってしまった彼は、渋々百夜に頭を下げるのでした。
 傲岸不遜な丹兵衛に腹を立てながらも、左吉やその主人の倉田屋徳兵衛とともに、水音を起こす品物を突き止めた百夜。その正体は何と……

 これまで幾人もの悪人や厭な奴が登場してきた本シリーズですが、本作の丹兵衛もかなり厭な奴。商売があくどい・せこい上に無反省、当然のように百夜を小娘と見下す――と定番のパターンではありますが、本作はその丹兵衛のキャラクターが、怪異の内容や正体と関わってくるような形で描かれているのがなかなか面白いところです。

 そしてそれ以上に面白いのは、やはり何と言ってもその怪異の、付喪神の正体なのですが――タイトルの水琴のようにポチャンと響く水滴の音と羞恥心が何を意味するのかが、ある「史実」と結びついて明かされた時には、こうくるか! と仰天させられました。

 そして今回の怪異を収めるのに解決した左吉の名前を見てもう一度「あっ」と……


『千鬼夜行』
 下谷小田村で、夕暮れから夜にかけて百姓たちの前に現れる怪異。それは無数の白く光るモノが追いかけてくる上に、白く光る矢や斧が放たれたり、足元には紐のようなものが絡みつくという恐しいものでありました。
 さらには白光を放つ桃や五色に光る蜘蛛、髑髏まで現れるという不可解な事態に乗り出した百夜と左吉ですが、早速その晩に千に近い気配に囲まれ、襲撃を受けることになります。百夜が見抜いたその正体とは……

 タイトルのインパクトがまず目を奪う本作――本シリーズのタイトルに冠されているのは「百鬼夜行」ですが、本作は「千鬼夜行」、つまりそれより十倍多い!
 それではさぞかし恐ろしいモノたちが、と思えば、登場する怪異は剣呑ながら比較的小粒にも思えるのですが――しかし本作の白眉は、やはりその怪異の正体でしょう。

 明かされた時には比較的意外性は薄い――と思われたのが、ある事実が明かされてみればなるほど! と唸らされるその正体。この驚きは、よく出来たミステリから受けるものに近いと感じるのです。


『三つ巴の戦い』
 唐物屋・和泉屋で夜ごと起きる、あたかも水の中にいるように周囲が揺らめいて見え、回りに泡が現れるという怪異。
 目の前の日本橋川の水死体の亡魂の仕業では、と震え上がった店の者の依頼を受けた百夜ですが、怪異の正体探し勝負を始めた百夜と左吉に和泉屋の大番頭の正三郎は不満顔。いつしか売り言葉に買い言葉で、三人で正体探し勝負を始めることに……

 前話同様、その剣呑な題名に驚かされるのですが、蓋を開けてみればなるほどそういうことね、とちょっと微笑ましい本作。
 しかし百夜と左吉の一対一の勝負では左吉に正直ハンデが大きすぎるところに、第三者が加わることで謎解きが盛り上がるというのは、なかなか面白い展開でしょう(三人がそれぞれ自分が勝った時の褒美を要求する場面も実に愉快)。

 さて、それで怪異の正体が今ひとつであればがっかりなのですが心配ご無用。三人が三人それぞれに知恵を巡らせて(ちょっと焦った百夜が大人げなく策を巡らせるのも楽しい)掴んだ怪異の正体には、今回も「なるほど!」と唸らされるのです。
 そして三人の勝負の行方は――という結末も爽やかで、章の締めくくりに相応しいエピソードと言えるでしょう。


 というわけで原点回帰と左吉の修行編という趣も強いこの章。これまで頼りなかった左吉が、何だか大きく成長したようにも思えますが、さてこの先その成果が出るのか――そちらも楽しみにしておきましょう。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『水琴』 Amazon/ 『千鬼夜行』 Amazon/ 『三つ巴の戦い』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖88 水琴(すいきん) 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖89 千鬼夜行 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖90 三つ巴の戦い 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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2019.10.02

とみ新蔵『卜伝と義輝 剣術抄』第1巻 美しき人間師弟の姿


 (二重の意味で)剣豪漫画家のとみ新蔵による、剣理を通じた人間ドラマ『剣術抄』も本作で四作目。これまでも様々な時代、様々な人々を題材としたシリーズでしたが、本作はタイトルを見ればなるほど! と納得の人選――剣聖・塚原卜伝と剣豪将軍・足利義輝の師弟の物語であります。

 足利将軍家が有名無実化する中、幼くして将軍位に奉り上げられた足利義輝。将軍という役割を儀礼的にこなすだけの毎日に鬱屈したものを抱えていた彼の前に、ある日現れたのは、剣士としても名高い塚原卜伝でありました。
 初めは剣客らしからぬその温厚な風貌を舐めてかかっていた義輝ですが、家臣たちが、そして自らも軽々とあしらわれたことから態度を改め、卜伝に対して師弟の礼を取ることになります。

 純粋な心と優れた素質を持つ義輝に己の剣技を伝えることに喜びを覚える卜伝と、将軍としての型にはめられた毎日には決してない充実感を覚える義輝。しかしそれを快く思わない義輝の母・慶寿院の横槍によって、卜伝は義輝のもとを離れることになります。
 それからしばらくして、鹿島の卜伝のもとを訪れた牢人の青年。山霞幻太と名乗る彼こそは何と……!


 いずれも歴史上の有名人、特に一方は室町幕府第十三代将軍ということで、確たる史実という縛りが存在する卜伝と義輝。しかし本作は時に史実に忠実に、そして時に思わぬ飛躍を見せて、その二人の師弟関係――これは言うまでもなく史実ですが――を自由に、そして味わい深く描くことになります。
 颯爽としつつも思慮深さをうかがわせる若者の義輝と、剣士という血生臭さとは無縁の滋味に溢れた壮者の卜伝――作者の理想とする剣士の姿を具現化したような二人ですが、しかし特に卜伝について、この境地に至るまでの紆余曲折を、本作は丹念に描き出します。

 かつては故郷で力自慢の無鉄砲な若者であった新右衛門(卜伝)。従者一人を連れて武者修行に出た彼は、各地で武芸者たちと命がけの戦いを繰り広げ、そして様々な大名に陣借りして合戦で名を上げるのですが――その果てに彼に何が残ったのか。
 とある合戦で長きにわたり旅を続けてきた従者を失い、血塗れで彷徨する自らの顔を目の当たりにした新右衛門。そこから己の行くべき道に気づいた新右衛門の目指す剣は、あるいは非常に説教じみて見えるかもしれません。

 しかしある種この時代の武芸者が歩む典型的な道と、そこから一度どん底まで落ちた彼の姿を、ここで作者一流のリアリズムで描くことによって、大きな説得力を持って感じられるのであります。


 さて、そんなある意味理想の師、師の理想ともいうべき卜伝の下で思う存分剣を学ぶために、影武者を使って飛び出してくるという義輝――という剣豪将軍な展開は思い切ったものではありますが(さすがに驚いた卜伝の顔がおかしい)、しかしそこで自らの身分を捨て、一人の人間として剣を磨く義輝の純粋さは印象に残ります。

 そして本作はそこに、もう一人のキャラクターを配置することで、義輝の人物像を更に際だたせていると感じます。
 それは塚原玄祐――卜伝の養子であり、義輝の兄弟子でありながら、剣の腕では遠く及ばない人物。南方の生まれのような己の風貌と養父に遠く及ばない腕にコンプレックスを持ち、その反動に義輝に事あるごとに辛く当たる人物であります。

 このように義輝とは対極にある玄祐ですが――しかし本作はそんな彼を単純に仇役として描くのでは決してなく、彼もまた一個の歴とした人間として描くのです。
 そして同時に、そんな愛すべき凡人の存在で照らし出すことにより、卜伝も義輝も、彼と、そして我々と何らかわらぬ人間であることを、本作は描き出すのであります。


 剣術描写の見事さは今更言うに及ばず、その人間描写の確かさでも感嘆させられる本作。このままこの美しい師弟が時流とは無縁にただ剣に打ち込んでいく姿を見守っていたい――思わずそう感じてしまう物語であります。

 が、もちろん史実はそうではないことは言うまでもありません。この先待ち受ける激動を、そして大いなる悲劇を本作がどのように描くのか――それはおそらく、単なる悲しみだけに止まらないその先を描いてくれるものと、いささか気が早いのですが期待してしまうのであります。


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2019.10.01

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第2巻 入り乱れる因縁 どろろと百鬼丸と多宝丸と


 士貴智志による新たなどろろと百鬼丸の物語――『どろろと百鬼丸伝』の第2巻であります。第1巻の時点では(少なくとも物語の骨格において)原作にかなりの部分忠実だった本作ですが、この巻では人間関係の点において大きく飛躍を開始。あの人物が、この人物が、意外な形で関わりあうことに……

 戦国の世を一人彷徨い、各地で死霊と戦いを繰り広げてきた剣士・百鬼丸と、そんな彼の刀を狙うと称してつきまとうバイタリティ溢れる泥棒のどろろ。
 怪物・万代が支配する村での死闘の末、万代を倒したものの村人からは石もて追われた二人ですが、突然百鬼丸の体に異変が起きて――という前巻ラストの展開を受けて、どろろは(「女装」したまま)百鬼丸の看病に追われることになります。

 そんなどろろと深い霧の中で出会ったのは、百鬼丸とあまり年の変わらぬ、しかし身なりの良い青年。どろろに興味を持ったらしい青年は、去り際に自らの名を告げていきます。多宝丸、と……
 そう、ここで登場したのは醍醐景光の息子であり、すなわち百鬼丸の弟である(というのはこの時点では作中ではわからないのですが)多宝丸。原作に比べるとずいぶんとシャープな(特に眉の辺りが)ビジュアルとなりましたが、それはさておき彼がまずどろろの方と出会うことになるとは――意表を突かれた展開です。

 しかし真に驚かされるのはこれからであります。どろろの求めで自らの過去を語ることとなった百鬼丸――いかなる理由によるものか、目も鼻も、手も足もない赤ん坊として生まれ、川を流されてきた彼は、火袋という男に拾われ、その妻・お自夜に乳を与えられたというのであります(!)。

 そして火袋とお自夜が赤ん坊を医師・寿海に診せたことをきっかけに、三人に育てられることとなった赤ん坊。
 ある出来事によって火袋たちが姿を消した後も、寿海は父親代わりとして子供に新たな体を与え、慈しんできたのですが――しかしその前に現れたのは奇怪な死霊。襲い来る死霊から必死に逃れる二人を助けた者は、そして百鬼丸に道を示した者は……

 他の部分がそうであったように、この過去の物語においても、本作は基本的には原作の内容を踏まえて展開していくことになります。しかし火袋とお自夜が、そしてあの謎めいた人物が百鬼丸の過去に関わっていたというのは、もちろん本作のオリジナル展開。
 もちろん、このアレンジがこの先何を生み出すことになるのか――いや、このアレンジにどれだけの意味があるのかはまだわかりません。少なくとも火袋たちについては単なるスターシステムの可能性が――ないですね、どう考えても。

 いずれにせよ、百鬼丸もどろろも思いもよらぬところで、深く結びついていた二人の過去。正直なところ、あの人物の正体を含めて、この辺りの絡め方については賛否があるのではないかとは思いますが――しかしそれが本作ならではの、新たなどろろと百鬼丸の物語の個性であることは間違いないでしょう。


 そしてそれはこの先の物語でも同様であります。旅の末、国境の巨大な壁「ばんもん」を越えようとした百姓たちを見せしめに殺す侍たちに、怒りを見せるどろろと百鬼丸。
 しかし思わぬ理由から苦戦を強いられることとなった百鬼丸はどろろと引き離され、そして侍に攫われたどろろは、そこで再び多宝丸と再会することとなります。どろろが見た多宝丸の思いもよらぬ姿とは。そして多宝丸が抱えたある秘密とは、それに関わるある人物とは……

 言うまでもなく、百鬼丸とはある意味最も深い因縁で結ばれた――その割に原作では比較的あっさり退場した――多宝丸。しかし本作においては、百鬼丸と多宝丸は、原作を遙かに上回る形で結びついている、いや対峙しているといえるでしょう。
 そしてその間に挟まれる形となったどろろは、あたかもヒロインのような立ち位置で――というのもあながち冗談ではないのかもしれませんが、何はともあれ、百鬼丸と多宝丸の、そしてどろろの原作以上に濃い関係性が、この先の物語を動かしていくのでしょう。


 と思いきや、思わぬところであの妖刀までもが登場。いよいよ原作とは大きく異なる方向に歩み始めた本作が何を描くのか――この先がこれまで以上に気になります。


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