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2019年11月

2019.11.30

『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」

 加賀に向かうという天津を討つため、無骸流を名乗る百琳・偽一・尸良らと手を組むこととなった万次と凜。天津は女装して江戸を発つという情報を得た彼らは手分けして警戒に当たるが、いずれも替え玉に騙される。激高した末に替え玉の遊女を無惨に痛めつける尸良に反発し、止めようとする凜だが……

 前回登場した無骸流と万次たちがついに手を組んだ――と思いきや、文字通り手切れとなるまでを描く今回。前回ラストで非常に胸糞悪い展開はあったものの、とりあえず無骸流の話は聞いてみよう――ということになった万次と凜は、既に内通者も潜り込ませ逸刀流内部の情報も様々に持っている彼らと手を組むことになったのであります。

 それにしても前回その腕前の一端は描かれたものの、相変わらず正体は不明の三人(とおまけの真理路)。他の面子はともかく、とりあえず百琳は(その珍妙な格好はともかく)話は通じそうですが――しかし持病(?)ということで、いきなり夜中に叫び出したりと、やっぱり色々と曰く付きの面々であります。
 一方、そんな彼らの中のある種の不自然さを冷静に指摘し、その背景事情を仄めかしてみせる万次は、百琳が言うように意外とクレバーで感心させられます。余裕持ってるようで短気だし、不意打ちには滅茶苦茶弱いけれども、これがむしろ万次の素なのでは――と思わなくもありません(それと、一応宮仕えしてましたしね)。


 何はともあれ、そんな中でも今回やはり最もインパクトが強いかったのは、尸良であることは間違いありません。

 前回の遊女惨殺(そしてそれが今回、その遊女の兄貴分であった凶の知るところになるわけですが……)や凜への犬喰わせなどは描かれましたが、よく考えてみれば刀を取っての戦いは描かれていなかった尸良。
 それが今回、女装した天津と見せかけて、替え玉になった遊女という陽動に引っかかって激昂、その実力――というより本性が描かれたわけですが、これがまあ想像以上のクズというより狂人っぷりであります。

 もはや変態剣士の定番となった感のある(というよりその元祖か?)ノコギリ歯の刀身付きの刀を振るって逸刀流の剣士二人を斬殺いや斬殺、そして陽動に使われただけの遊女を斬る、痛めつける、陵辱する――とやりたい放題。
 ある意味「そういう奴」の定番描写ではありますが、そうであってもやはり実に胸糞悪いもの。そしてそれを――母親を似たような目に遭わされている――眼前で見せられた凜の動揺はいかばかりか。

 そして凜の、あんたはあいつら(逸刀流)と同じだ! という実にもっともな叫びも聞き流し、刃を向けられてようやく(?)逆ギレした尸良の一撃が凜を襲うかと思われた時――実にタイミングよく現れた万次の一撃が尸良の右腕を落としたのは、(こういうことを言うのはいかがなものかとも思いますが)実にスッキリ。
 前回ラストから引きずってきたものが、これで少しは気が晴れたという感じですが――まあこの後ただで済むはずがないのも事実であります。
(狂ってない時の尸良と凜のコンビは、これはこれでちょっと面白くはあったのですが……)

 無骸流との同盟関係はどうなるかわかりませんし、絶対根に持つタイプである尸良はさっさと姿を眩まし――と、余計に面倒な状況となったのは間違いありません。
 いよいよ単純な復讐行では済まなくなってきた感もあるところですが、今回チクリと百琳が凜に打ち込んだ毒(比喩的表現)のこともあり、いよいよこれから本当の混沌が始まるのであります。


 ちなみに今回、時々作画が良かった、というよりどこかで見た感じになったのは、箕輪豊が作画修正に入っていたからかしら……


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon


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 無限の住人

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2019.11.29

木下昌輝『戦国十二刻 始まりのとき』 戦国時代の始まりと終わり、そして新たな時代の始まり


 戦国史に残る人々が最期を迎えるまでの24時間(十二刻)を描くというユニークなコンセプトの『戦国十二刻 終わりのとき』に続く本書は、それとは対になると言える「始まり」を描く物語。戦国時代が始まり、そして新たな時代が始まるまでの24時間を描く物語6編+αで構成された作品集であります。

 応仁の乱の序盤――相国寺に籠もる東軍と、これを包囲する西軍がにらみ合い、一触即発となった頃。自らが手掛けた美しい相国寺の庭を守り、そして足利義政にかつての理想を思い出させ、この大戦を止めさせるため、庭師の善阿弥は、義政に対して一世一代の賭けに出ることになります。
 自分が相国寺が焼けるのを防いでみせた時には、もう一度義政が政に向き合うこと――そしてその助けとして一休宗純の手を借りた善阿弥は、西軍と東軍、それぞれの陣を訪れ、両軍に相国寺から引くことを約束させるのですが……


 これが本書の冒頭に収められた「乱世の庭」の物語。なるほど、戦国時代の「始まり」として応仁の乱を持ってくるのは納得できるところですが――注目すべきは、そのオールスターキャストぶりでしょう。
 善阿弥や一休、義政といった面々のみならず、ここに登場するのは毛利豊元、陶五郎、朝倉孫右衛門、伊勢新九郎、あるいは織田良信といった、どこかで聞いたような姓の人々。さらに山崎の油売り、中村郷の六本指の男――と、この応仁の乱に、戦国時代に名を馳せる戦国武将たちの先祖が一堂に会していた、という趣向が実に楽しいのであります。

 そしてこのエピソードとそのエピローグというべき「はじまりの刻」を受けて始まるのは、以下の物語――

 斎藤道三が土岐家を滅ぼす最後の戦いの中で、ある才気溢れる土岐傍流の青年と出会う「因果の籤」
 毛利元就が厳島にて陶晴賢との決戦に臨む中、彼が抱いたかつての天下取りの大望の結末を描く「厳島残夢」
 朋輩から小便をかけられた恥辱を雪ぐため、稲葉山城に乗り込んだ竹中半兵衛を待つ皮肉な結末「小便の城」
 関ケ原で島津義弘と共に戦うために国元を抜けた血気盛んな若侍が、奇怪な体験を通じて二つの時代を繋ぐ「惟新の退き口」
 そして死に場所を求めて豊臣秀頼と大坂城に籠もった長曾我部盛親が、その決意を翻して燃える大坂城から脱出した理由を描く「国士無双」とエピローグ「はじまりの刻」

 これらの物語は、初めから結末は予告されている中で何が描かれるか――という点で前作と同様のスタイルではあるものの、それが「終わり」に向けてのものであった前作に対し、「始まり」に向けてというのが、実にユニークと言えるでしょう。
 つまり、その物語(短編)はその刻をもって「終わり」を迎えたとしても、それが更なる歴史の「始まり」となる――その一種のねじれを描くという難しさをクリアしつつも、いずれも作者らしい創意に富んだ物語を生み出しているのには感心させられるばかりです。

 そしてまた、本作のうち幾つかの物語は、冒頭で描かれた因縁を引き継いだものであるのも見逃せません。冒頭に冒頭で描かれた戦国時代の「始まり」が、奇妙な形で構成に受け継がれ、そして新たな「終わり」と「始まり」を生み出す――本作には、そんな連作的な構造も用意されているのであります。
 それだけではありません。そしてこうした戦国時代の歴史が尽きる果て、大坂の陣を描く巻末の「国士無双」においては、何と前作に描かれた物語に見事に照合するもう一つの結末と真実が――と、見事に円環構造を描いてみせる(それでいて新たな「始まり」をもきっちりと描く)のには、ただ脱帽するのみであります。


 もっとも、結末が見えている物語だからこその難しさも諸所に感じられはします。しかしそれでもなお、決して変えられない史実を踏まえつつも、その中で新たな物語を生み出すという前作のスタイルを踏まえつつ、上で述べたようなさらにアクロバティックな構図を描いてみせる――というのは、本作ならではの妙味と言うほかないでしょう。
 実に作者らしい、作者でなければ描けなかった作品集、戦国史であることは間違いありません。


『戦国十二刻 始まりのとき』(木下昌輝 光文社) Amazon
戦国十二刻 始まりのとき


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2019.11.28

「コミック乱ツインズ」2019年12月号(その二)

 号数の上では今年最後の「コミック乱ツインズ」の紹介の後編であります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 紀伊国屋文左衛門に指嗾された尾張浪人たちの紀州吉宗の参勤行列襲撃が迫る一方、謎の刺客に襲われる聡四郎。さらに新井白石に命じられた長崎奉行減員の背後にあるのは白石に対する陰謀で――と、幾つもの事態が同時進行していく今回。
 それでも内容的には、聡四郎と謎の敵(にしてもあまりに怪しげな本拠の描写にびっくり……)の対決を除けば、かなりおとなしめの回ではあります。

 そんな中でも、聡四郎が家に帰ると夕飯作って待ってる紅さんの「俺の嫁」というより「あたしが嫁」っぷりが実に微笑ましくも美しいのですが――しかし彼女が予感するように、この先、聡四郎が巻き込まれるのは大きな運命の変転であります(そしてそれは紅自身をも巻き込むのですが、さすがにそこまでは予感していないか)。
 まさに今回は嵐の前の静けさだったといえるのではないでしょうか。


『宗桂 飛翔の譜 』(星野泰視&渡辺明)
 七冊の初代宗桂の棋譜を巡る暗闘の背後で糸を引くのが、義父となる武田典膳であることを知ってしまい、典膳子飼いの刺客に斬られた勝助。瀕死の状態で辛くも源内に助けられた勝助(ここで治療に当たるのはなんと!)ですが、典膳たちの暗躍はなおも続きます。
 宗桂と宗英の将軍家治御前での御城将棋が迫る中、手を組んでいた大橋宗順までに牙を剥き、さらに――と、主人公の宗桂の出番は少な目で展開していく今回ですが、初代宗桂の棋譜、というよりそこに隠された毛利秀元宛の密書争奪戦はいよいよヒートアップしていくことになります。

 が、今回描かれたある事実によってますます謎めいてくる典膳一味の行動。そもそも密書の正体からして謎だらけですが、さて――舞台はいよいよ江戸城に移り、事態は風雲急を告げる中、ただ一つだけわかるのは、どんな時であっても宗桂は自分の将棋を打つことであります。

 ちなみに途中で描かれる、御城将棋が時間通りに終わるように行う事前リハーサルというべき「下指し」というイベント(?)の解説も面白かった今回。面白いけれども、いかにもお役所らしいやり方だなあ。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 秀吉への降伏が目前に迫る中、久しぶりに母・義姫と水入らずで対面する政宗。しかしそれこそは政宗暗殺の罠、義姫手ずからの料理には毒が――と、史上名高い悲劇に向かい突き進んでいく今回。
 そんな状況を描くのに、四コマで必ずオチがつくという、四コマ漫画の形式を生かして、少しずつ事態の進展を描いて緊迫感を高めていくスタイルには感心させられます。

 そしてついに毒を飼われる政宗ですが――その直前の彼の言葉で義姫が、というのは、ベタといえばベタではありますが、それでもやはり納得がいく、というよりこちらが期待してしまう展開ではあります。
 さて、その先に待つものは……


 次号は創刊17周年記念号。私もたぶん創刊直後から読んでいた読んでいたつもりですが、それにしてもこれほど長い時間が経っていたとは――まずはめでたい限りであります。


「コミック乱ツインズ」2019年12月号(リイド社) Amazon

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2019.11.27

「コミック乱ツインズ」2019年12月号(その一)

 号数の上では早くも今年最後となった「コミック乱ツインズ」12月号は、『仕掛人 藤枝梅安』が表紙&巻頭カラー。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 ほとんど逆恨みの旗本・松平伊織の追求を逃れ、僧形で暮らしていた小杉さんですが、バレてしまったので武士の姿に戻れば、それが幸いして逆に追ってから気づかれないという状況。しかし調子に乗って彦さんとともに梅安のもとに向かう途中、松平家の家臣・田島に見つかって――という今回の展開。
 毎回異常に顔面に気合いの入っている伊織の家臣にしては真っ当な感じのビジュアルがかえって手強さを感じさせる田島ですが――しかしそこに梅安を以前から狙っていた白子屋の刺客・関根重蔵が襲ってきたのが彼らにとっての運の尽きであります。

 三つ巴の状況をうまく利用して敵を全て片づけ、これで安心して三人で酒が飲める――と思いきや、包囲されていた梅安の家。一体何故と思う間もなく、梅安の家はちょっとびっくりするくらいの勢いで炎上し……と、やたらとインパクトのある絵で次回に続きます。


『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 「幕末痛快お色気骨董譚!」と言いつつ、今回はエロも骨董もなしというちょっと珍しい展開。というよりむしろ怪獣ものであります(本当)。

 土方に上方のスッポン料理を振る舞うため、食材を求め鴨川を訪れた半次郎と土方、小夜。しかし小夜が、密かに想いを寄せている漁師の少年とスッポンを捕っていたところに、突然、水中から大人よりも巨大な黒い影が! 哀れにも少年が犠牲になり、半次郎と土方は仇討ちに立つことになります。
 水中に潜む謎の怪物を誘き出すために、奇妙な餌をばらまく半次郎。そして再び現れた怪物に挑む二人ですが……

 と、お色気要素は水中の怪物に挑むために半次郎が見せるふんどし程度という実に健全な今回(いや、直接的ではないにせよ結構グロいシーンがあるので健全ではないか)。まさか本作で怪獣退治をするとは思いませんでしたが、さらに驚かされるのが、その相手が妖怪・UMAファンにはお馴染みのアレということでしょうか。
 思わぬところで思わぬものと出会えて、個人的には嬉しいエピソードでした(しかしラスト、別個体とはいえ小夜にアレを食わせるのはさすがにどうかと……)


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 「胴斬り」の刺客が、唐津藩水野家の御家騒動に絡むことを知った小野寺佐内。その刺客の正体を探るため、水野家の徒目付・相良曜三に、藩内の剣の遣い手について尋ねた佐内は、藩内の据え物斬りの流派に「二胴」なる技があることを知るのでした。しかしあくまでも相手は生きている人間。その他の家中の遣い手として、対象が三人いると聞かされる佐内ですが、相良は意外な提案を……

 というわけで、ついに原作タイトルに使われている「二胴」の語が登場した今回。作中でも紹介されているように、二胴とは、元々は据え物斬りで二人分の死体を重ねて斬ることですが、しかし斬られた体が真っ二つになるというのも、確かに二胴に相応しいでしょう。しかし、果たして刺客の剛剣がその二胴なのか、だとすれば動く相手を据え物のように斬れるのか――と謎は深まるばかりであります。

 が、そんな展開よりも今回妙なインパクトを残すのは、作者からも「BL侍」呼ばわりされる相良のキャラクター。前回の描写からなんか妙だと思っていましたが、打ち合わせしながら女顔で細身の佐内にもう興味津々で、部下相手にはとんでもないことを口走るのですから本物です。
 それはまあ置いておくとしても、やはり相良でなくとも奇妙に感じられるのは佐内のキャラクター。その容姿もさることながら、下戸で旨いもの好きという素顔と、金をもらって人を斬るというその稼業とのギャップは不思議に感じられます。

 あるいは彼の場合、それは剣の修行の一環なのではないか、という印象もあるのですが――さて。いずれにせよ、いまだ謎の存在である二胴の刺客に、そして己の中の懼れに打ち勝つためには、この先も人を斬らねばならない宿命に彼はあります。
 唐津藩の忍びの存在もほのめかされる中、いよいよ次回から佐内の新たな戦いが――いや盛り上がります。


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2019年12月号(リイド社) Amazon

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2019.11.26

速水時貞『蝶撫の忍』第5巻 虫の力と人の心を持つ者が得たもの


 信長の首を巡り、昆虫の力を持つ伊賀と甲賀の忍者たちの激突を描いてきた本作も、ついにこの第5巻において完結を迎えることとなります。互いを滅ぼし尽くすまで続く忍者同士の死闘の行方は、そして鱗と半坐の運命は……

 本能寺の炎の中から、信長の首を守って落ち延びた甲賀の「胡蝶」鱗。その鱗から首の在処を聞き出すために近づいた伊賀の「斑猫」半坐。
 しかし鱗は首を守るために甲賀を捨て、そして半坐は手段を選ばぬやり方に嫌気が刺して伊賀に背を向け――それぞれ全てを敵に回して戦うこととなります。

 そしてその二人を――信長の首を追う中で全面戦争を開始した甲賀十忍衆と伊賀忍十座。それぞれに昆虫の能力を模した忍法を持つ彼らの戦いは熾烈を極め、もはや双方とも数名を残すのみ。
 甲賀の「鬼ヤンマ」鬼多川無法と伊賀の「螻蛄」服部半蔵――鱗と半坐、それぞれの師が死闘を繰り広げる一方、甲賀を束ねる「蛍」灯に囚われた半坐に(貞操の)危機が迫り、そして鱗は深手を負った身で恐るべき膂力を誇る「噛斬蟲」天牛と対峙することになります。

 そんな中、伊賀の「大蚊」百地丹波の思わぬ裏切りが発覚。そして首を求めて秀吉の軍勢が迫り……


 というわけで、もう冒頭から盛り上がりっぱなしのバトルまたバトルのこの最終巻。半坐を(性的な意味で)喰らわんとする灯の手から、鱗は彼を救い得るのか。無法と半蔵の頂上決戦の行方は。そして全ての戦いの陰で糸を引く、恐るべきもう一人の忍者の存在とは――と、一瞬も気の抜けない展開の連続であります。

 もちろんそんな中でも、本作最大の特徴であり魅力である、昆虫の能力を模した忍者たちの忍法合戦は健在なのは言うまでもありません。
 それぞれ得意の忍法を繰り出した時、数ページにわたり、その忍法と重なる実在の昆虫の驚くべき能力が語られる――このパターンは最後の最後まで変わらず、本作のケレン味とリアリティ(冷静に考えるとだからどうした、なのですが、しかしそれがいいのだ)を支えてくれたと言えます。

 しかしそれだけでなく、もう一つの忍者らしさ――目的のためには敵も味方もない虚々実々の騙し合い、そしてそこから生まれるどんでん返しも、物語の結末に向かって連発されるのがたまりません。
 特に本作最大のダークホースと言うべきキャラなど、○○○○と×××××同一人物説という懐かしい題材を使ってくれるのも嬉しく、最後の敵に相応しい存在感を発揮してくれたといえます。


 しかしそんな忍法合戦――人の命がそれこそ虫けらのように扱われる戦場の中で、互いのために打算抜きで命を賭ける鱗と半坐の姿は、明らかに異質であると同時に、一つの希望と言えます。

 特に敵に文字通り心を奪われた半坐を、鱗がその身を以て救い出す、というのはある意味定番の展開ですが、おっ、ついに――と思いきや、そう来たか! という辺りの展開は、バカバカしくも、周囲の醜い死闘の中でも汚れることない二人の絆を描く名シーンと言えるでしょう。
(そして冒頭から描かれてきた鱗の力を思えば納得いくものであるのもまた心憎い)

 そしてその先に待っていたものは――あれ、こうなる伏線はあったかな? とか、結局楽屋オチか! という印象もあるのですが、まずは非常によい結末であった、と心から思えます。
 そう、そこで描かれたのは、昆虫の力を振るいつつも、人の心を最後まで失わなかった者のみが得ることができるものだったのですから……

 ある意味近年最も忍者ものしていた本作、ここに大団円であります。


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2019.11.25

出口真人『前田慶次かぶき旅』第2巻 御前試合!? 新たなるいくさ人登場


 ご存じ天下御免のかぶき者・前田慶次の関ヶ原以降の姿を描く原哲夫原作の『前田慶次かぶき旅』の第2巻であります。加藤清正と意気投合した慶次ですが、そこに大事件勃発。それを収めるための慶次の提案とは、そしてそれに乗ったのは……

 関ヶ原の戦終結後、京で無聊をかこっていた慶次。彼は、人の心を読む力を持つ若者・権一を家来に、飄然と京を旅立つことになります。
 そして肥後に向かった慶次は、そこで加藤清正やその家臣たちとさっそく意気投合するのですが――しかしそこで思わぬ事件が発生したのであります。

 海の向こうからやってきた海賊たちが集まる盗人島――加藤家にとっては貴重な貿易相手である彼らの中で、南蛮の海賊が地元の民と悶着を起こし、凄腕の南蛮剣士・ガルシアによって何十人もが命を落としたのであります。
 もはやこのまま何ごともなく手打ちとはいかない状況を前に慶次が提案したのは、何と日本人と南蛮人、双方の代表選手による清正の前での御前試合。南蛮側は当然ガルシア、一方地元側は何と……


 (まずは)九州を舞台に展開するこの物語、最初に慶次の前に現れたのは加藤清正――相手にとって不足はなしと思いきや、あっさりと慶次と意気投合してしまったため、この先どうなるのだろうと思えば意外な展開となったこの第2巻。
 敵は南蛮剣士、というのはある意味定番の展開ですが(カルロス殿とか……(小声))、なるほどここで慶次の出番か! と思いきや、慶次は直接は戦わないというのが、まず第一の驚きであります。

 確かに若く描かれてはいるけれども、この当時の慶次は70歳近く――というのはさておき、自分が真っ先に飛び出すかと思いきや、むしろプロデューサー的立場になるのは、慶次の性格を考えれば意外に感じられます。
 が、そこで第二の驚きである日本側の選手の名を知れば、ある意味納得というものです。――立花宗茂という名を。

 大友家の重臣として活躍し、その武勇を秀吉にも激賞された宗茂。しかし関ヶ原の戦で西軍に属した彼は、国を失い、浪々の身だったのですが――この時まさに彼は清正の食客の身分だったのであります。
 なるほど、この人物がいたか! と驚くとともに、これほどの「いくさ人」であれば、こちらも文句があろうはずもありません。

 そして――宗茂が登場するのであれば、当然のごとく登場するのは彼の妻・ギン千代であります。
 立花家の家督を継ぐ身として宗茂を婿に迎えた彼女は、自身が腕自慢の武者として知られた女性。これはただではすむまいと思いきや、やはり慶次に挑みかかって――と、結果は言うまでもないのですが、しかしここで目を引くのは、慶次が女だてらに云々などとは言わず、あくまでも彼女を一人のいくさ人として遇する点であります。

 この辺り、慶次の物語もアップデートされているのだな、と感心したりもするのですが――何はともあれ、彼女のこの行動にも理由があってというのも、定番ながら美しい展開。
 史実では宗茂とギン千代はあまり仲はよくなかったようですが、本作においてはこれで正しいのだ、と感じてしまうのであります。


 そして始まる大一番。その結果は――ここでは伏せますが、やはりいくさ人信仰は健在、という印象。終盤に登場した新キャラクターもビッグネームではあるものの、いくさ人たちの前にはまだまだ荷が重いようです。

 それにしてもこの巻を見た限りでは、慶次を通したいくさ人列伝という感もある本作ですが、果たしてこの先、慶次の前に誰が現れ、何が起こるのか――もちろん慶次もまだまだ大人しくなるはずもなく、破天荒な物語が続きそうであります。

『前田慶次かぶき旅』第2巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
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2019.11.24

ほんまりう『宵待草事件簿』 文化人たちとお葉と――暗い時代を映し出した表裏一体の像


 ほんまりうと古山寛が、夏目漱石を狂言回しに実在の人物たちを散りばめて描いた『漱石事件簿』の続編というべき物語――大逆事件後、大正期に生きた文化人たちの姿を、謎めいた「うそつき小町」を追い求める「明智小五郎」の姿を通じて描き出した力作であります。

 明治期の文化人たちの屈託を描いた『漱石事件簿』。その最終話で描かれたのは、「大逆事件」(に象徴される国家主義)という魔物に破れ、自滅していく文化人たちの姿でありました。
 しかしそれでも、それ以降の大正デモクラシーと呼ばれる時代に、己の主張を掲げて生きた者たちがいます。大杉栄や荒畑寒村といった「主義者」たち、与謝野晶子や伊藤野枝といった「新しい女」たち――そして時代の寵児として盛名を誇った竹久夢二ら芸術家たちが。

 本作の横糸となるのは、こうした大正期の――エリートたち主体であった明治期とはまた異なる――文化人たちなのです。
 そして縦糸となるのは、その夢二のモデル兼愛人であり、そして同時に様々な文化人たちと関係を持ったといわれる「うそつき小町」ことお葉であり、そして姿を消した彼女と、その周囲で起こる連続殺人の謎を追う「明智小五郎」こと二山久の姿であります。

 『漱石事件簿』でも探偵役として登場した二山久は、不明な点が多いものの実在の人物であり、一時期江戸川乱歩と行動を共にした男。そしてかの名探偵明智小五郎のモデルとも言われた(と言われる)人物であります。
 本作の二山は、その明智の名をいわば探偵名として名乗るのですが――いずれにせよ、本作の探偵役として、ある意味これ以上相応しい人物はいないでしょう。


 そして明智にとってもファム・ファタールというべきお葉の彷徨を通じて本作で描かれるのは、明治44年の大逆事件の直後から(正確には明治41年の平塚明子と森田米松の心中騒動をプロローグに)、昭和6年に至るまでの、大正期を挟んだ長い時間。
 そして登場するのは、ほとんど全てが実在の人物――竹久夢二、大杉栄、江戸川乱歩、伊藤野枝といったメインどころだけでなく、わき役として顔を出すだけでも平塚らいてう、谷崎潤一郎、川端康成、東郷青児、伊藤晴雨――と、これでもごく一部。とにかく多士済々な面々であります。

 これだけの面々を随所に散りばめ、一つの物語を――連作だった前作に対し、本作は長編スタイルであります――きっちりと成立させてみせるのは、これは原作と作画、双方の力が十全に発揮されたためと言うべきでしょうか。
 本作を評するのに他の作品を以てするのは不適切かもしれませんが、山風の明治もの、谷口ジローの『坊ちゃんの時代』に匹敵する作品であることは間違いありません。


 しかし本作をして、一読すれば忘れられないような物語としているのは、そのオールスターキャストにも関わらず――いやだからこその、暗鬱な時代の姿を克明に描き出してみせる点であります。

 冒頭で述べたように、国家権力によって特定の思想が弾圧され、文字通り圧殺された大逆事件から始まる本作。
 それでも生き延び、声を上げることをやめなかった主義者たちの姿は、それとはまた異なる形で現実への異議申し立てに挑んだ新しき女たちの姿と並び、本作の柱の一つであると言えるでしょう。

 明智もまた、そんな人々の姿を間近で見つめることとなるのですが――しかし大正という時代の行く末が、彼らに何を用意していたのか、我々は知っています。その最大の象徴であり、本作のクライマックスである関東大震災直後の惨劇でもって。
 本作で描かれるのは、文明開化に沸いた(そしてその虚の部分を悟るに至る)明治と、国家によって文化活動が完全に統制された昭和の間の、短い祭りの時代とその結末であり――そしてその姿は、現代を生きる我々にとっては、決して縁遠いものと感じられないものであります。

 そんな中でただ一人、お葉のみはそんな世相とそこに喘ぐ人々の間を、ひらひらと自由に渡っていくように見えるのですが――さてそれが真実の姿であったか、そしてそれが彼女にとって幸であったか不幸であったか。
 明智にも解けぬその謎がまた、本作に何ともいえぬ余韻を残すのです。


 大正の世を生きた文化人たちと、彼らに弄ばれ弄んだお葉と――その姿は、暗い時代を映し出す表裏一体の像として感じられます。
 そして我々にできるのは、明智のように、ただそれを見届けるのみ。それがまた苦い味わいを残す――本作はそんな物語であります。


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宵待草事件簿 (新潮コミック)


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 ほんまりう『漱石事件簿』 漱石が見た近代日本の陰

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2019.11.23

山田正紀『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ』 一気呵成、一寸先は闇のピカレスク開幕


 山田正紀といえば、個人的にはSFの代名詞とでもいうべき存在なのですが、しかし同時に、SF以外のジャンルでも驚くほどの活躍をしている作家でもあります。本作はそんな中でも久々の文庫書き下ろし時代小説――江戸を二分する泥棒寄合の面々の活躍を描く、ユニークなアクションであります。

 町奉行所の同心の中でも最も下の牢屋見廻り同心を務めるかわせみこと川瀬若菜。周囲からはどうしようもないぼんくらと見なされている彼のもとに、ある日吉原一の花魁・姫雪太夫からの奇妙な依頼が舞い込むことになります。
 英国人の恋人からの贈り物である指輪――紐をつけて胸から下げていたそれが何者かに奪われたという姫雪に奇妙に惹かれるものを感じた若菜は指輪探しに乗り出すのでした。

 実は若菜の裏の顔は、盗賊――それも江戸を二分する泥棒寄合の一つ・川衆の棟梁。まずは姫雪を座敷に呼んだ武士が怪しいと睨み、仲間たちの力を借りて探索を始める若菜ですが、頼りにしていた仲間が何者かに殺され、さらに自分に疑いの目を向けていた切れ者同心までが襲撃を受け――と、窮地に追い込まれていくことになります。
 苦闘の末、一連の事件の背後に、川衆の宿敵であるもう一つの泥棒寄合・陸衆の存在があることを知った若菜。川衆でも鼻つまみの殺し屋・かまを仲間に加え、若菜は巨大な陰謀を目論む陸衆に対し乾坤一擲の大勝負を挑むことに……


 冒頭に述べたように、SFのみならず、ミステリ、冒険、そして時代ものと様々な分野で活躍してきた作者。しかしその中でも、文庫書き下ろし時代小説はかなり珍しい部類に入ります(丁度10年前に発表された『帰り舟』以来ではないでしょうか)。
 さてその本作はといえば、ジャンルでいえばピカレスク、あるいはノワールとでもいうべき、江戸の泥棒社会・裏社会を舞台とした物語。しかし本作で描かれるのは、こうした物語に付きものの暗さというより、むしろテンポのよさ――一癖も二癖もある連中が丁々発止とやり合う小気味よさであります。

 その中で何よりもユニークなのは、やはり川衆と陸衆の設定でしょう。江戸中の泥棒を束ねる一種の盗賊ギルドとも言うべきこの両者、一匹狼の集まりとでもいうべき川衆と、集団の力で迫る陸衆と――同じ泥棒寄合でも対照的な存在ながら、実は成立の陰には伝奇的な経緯が、というのも実に面白いのであります。

 そして主人公たる若菜の味方となる面々も、変装の達人の七化けのおこう、怪力自慢のいざよい丑、天才少年からくり師のもんもん(くりからならぬからくり――というネーミングも愉快)、そしてほとんど殺人鬼のわりに妙に人懐っこいかまと、個性的な連中ばかり。
 若菜自身も、表の顔はぼんくら、裏では――という定番のキャラクターですが、いざ剣を抜けばべらぼうに強い裏社会のプロフェッショナルながら、どこか青臭さを残した男というのが、また作者らしさを感じさせてくれるのが嬉しいのであります。


 しかし本作の最大の魅力は、その先の読めなさではないかと感じます。何しろ本作、冒頭で提示された太夫の指輪探しという目的が、あれよあれよという間に複雑化し、スケールアップし、気が付いてみれば江戸の、幕府の命運を左右しかねない暗闘にまで展開していくのですから。

 もちろん最終的にはタイトル通りの展開になるのですが、そこに至るまでに曲者だらけの登場人物たちに揉まれ、刻一刻と変化していく状況に振り回され、一体どこに辿り着くのかわからない――という物語は、さじ加減を誤れば白けるものであります。
 しかし本作はその物語展開の巧みさで、最初から最後まで一気に物語に引き込まれて気を逸らされることなく、緩やかな流れもあれば激流もある、実にエキサイティングな川下りを楽しませていただいた気分であります。

 実は本作は二ヶ月連続刊行、本作のラストのヒキから、そのまま続編に雪崩れ込んでいくようですが――さて、ますます先の読めない物語はどこに向かっていくのか。もちろん続編にも期待しかないのであります。


『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ』(山田正紀 講談社文庫) Amazon
大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ (講談社文庫)

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2019.11.22

『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」

 幕府のお抱えとして講剣所の師範役に逸刀流を迎えたいという話が舞い込む。悲願が叶う形の天津影久に対して、武士を憎む凶は逸刀流脱退を申し出る。一方、時を同じくして次々と逸刀流の実力者たちが謎の一団に討たれる事件が発生。無骸流を名乗るその一人・尸良が万次と凜の前に現れるが……

 新展開突入といった趣の今回、冒頭の謎の駕籠かき二人組に襲撃される凶をはじめとして、万次と凜の全くあずかり知らぬところで、謎の面々に次々と逸刀流が討たれていくという展開は――復讐者と狙いを同じくする第三勢力が登場するという展開も、復讐ものにはしばしばあるものの――驚かされます。
 何しろ、逸刀流では統主の天津に次ぐ腕前の剣士は三十人ほどいるという中で、おそらくは――天津不在の間の副将を命じられるくらいですから――かなりの腕であろう八角と隅乃が、出た、死んだという勢いで、倒されるのですから凄まじい。原作での初読時には唖然とした記憶があります。

 という中で登場するのが、その第三勢力である無骸流。微妙に血滴子っぽい手錠型の首狩り鎌を使う偽一、腕の仕込みボウガンを操る金髪姉御の百琳、変態ゲス野郎の尸良と、逸刀流と負けず劣らずの面白剣士(?)集団ですが――狙いが逸刀流という以外、その真の目的は全くの謎の面々であります。
 今回さらりと語られたように、どうやらこれまで幕府に泳がされていたらしい逸刀流ですが、それが幕府に迎えられようという今になって狙うというのは――これまで本作とはほとんど無縁だった、より大きな世界の、政治の世界の匂いも感じられる展開と言えるでしょう。そしてこれはこの先の物語が、少しずつ趣を変えていくことも意味するのですが……


 が、今回最も強烈な印象を残すのは、やはり尸良の存在でしょう。凶を追うために、彼の妹分(こういうところも万次っぽい)の遊女・恋を拷問して嬲り殺しの目に遭わせる、初めは高圧的に接した凜に親切ごかしに猪の肉を食わせたと思ったら実は犬の肉だった、などなど心身にわたり女性をいたぶるクソ野郎ぶりを初回から遺憾なくアピールしてくれます。
(この辺りはシリーズ構成と今回の脚本が拷問好きな成果が出ているというほどではなかったかな)

 こんな奴には万次がガツンといってくれるに違いない! と思いきや、今回は顔面蒼白の凜を見下ろしながら尸良が高笑いという、非常に胸糞の悪い展開で終了。そもそも、尸良は一応手を組むことを提案しているわけで、万次とは今のところ戦う理由はないわけですが……
 こんなゲス野郎と手を組んでまで復讐を望むのか――今回ようやく「天津影久を殺そう!」と、万次ならずともツッコみたくなるような決意をようやくした凜ですが、まだまだその意思はグラグラと揺らされそうであります。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon


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 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」

 無限の住人

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2019.11.21

川原正敏『不破圓明流外伝 修羅の刻』第19巻 二人の男と一人の女 不破圓明流始まりの刻


 シリーズで唯一「不破圓明流外伝」と冠された本書は、前巻と対と言うべき物語。東国に対して西国、陸奥狛彦に対して陸奥虎彦――挑むは西国無双こと立花宗茂であります。宗茂と狛彦、そしてもう一人の出会いが、何を生み出すのか……(話の流れ上、物語の核心に触れますが、ご容赦下さい)

 戦国時代末期、まさに群雄割拠というべき九州で、大友家にその人ありと言われた戸次道雪のもとに婿入りした、彼と並び称される高橋紹運の子・左近(宗茂)。
 いわばサラブレッドと言うべき彼は、道雪の娘・ギン千代を妻に迎えることにより、立花城を継ぐことにとなったのですが――しかしギン千代は新婚早々、夫に木刀を手に挑み、これをあしらいかねた左近に肌を許していなかったのであります。

 そんな中、狩りに出かけたギン千代の前に飄然と現れた一人の青年。猪を素手の一撃で下した彼こそは、丸目蔵人との立ち会いを望んでやって来た不破虎彦でありました。
 虎彦に挑むも簡単にあしらわれた末、彼に不思議な感情を抱くギン千代。そして数年後、再び虎彦が自分の前に現れた時、彼女は左近に父の名刀・雷切を賭けて虎彦と戦えと迫ることに……


 時系列的に直前に当たる「織田信長の章」の結末において、双子の兄弟である狛彦に破れ、袂を分かった末に不破を名乗った虎彦。本作ではその後が描かれることとなります。
 そして彼と対峙することとなるのは、前巻の本多忠勝が東国無双と称されたのに対し、秀吉の九州征伐時に示した武勇により、西国無双と称された立花宗茂。忠勝に比べると豪傑度はいささかおとなしい印象もありますが――しかし本作の終盤で語られるように、まさに空前絶後というべき偉業を成し遂げた傑物であります。

 そして彼のことが語られる時に必ず並び称されるのは、その妻である立花ギン千代。戦国屈指の姫武者として有名な彼女ですが――本作ではある意味宗茂以上の役割を果たすことになります。
 そう、本作は一人の女と二人の男の物語――というより、一人の女の生き様の物語でもあるのです。

 戸次道雪の子に恥じぬ武勇を誇りながらも、しかし周囲から、いや父からも家を継ぐ者とみなされず、女として生きることを求められたギン千代。
 その夫となった宗茂が、彼女を対等の存在として、あるいは彼女を力で打ちひしぐような人間であればことは簡単だったのかもしれません。が――しかし本気で挑む彼女をあしらおうとした宗茂もまた、ギン千代を対等の相手として見ていなかったと言えます。

 そのように自分自身として生きることを許されなかったギン千代が、初めて自分自身として対峙した相手が虎彦だったというのは、これは大きな皮肉というべきでしょうか。
 かくて物語は、ギン千代を賭けた、二人の男の戦いになだれ込んでいくのですが――しかしそれは正直なところ、二人にとっては迷惑な話にも見えます。


 特に宗茂は、タイトルロールでありながらも完全に当て馬状態。そのドラマチックな生涯は最後まで描かれたものの、やはりどうにも割りを食った印象は拭えません。
 一方の虎彦もまた、全く望んでいない相手が勝手に自分を賞品にかけて挑んでくるという迷惑な状況。おかげで、不破と名乗りつつ、戦いの末にお相手を見つけるという陸奥と大して変わらぬ道を歩むことになって……

 が、虎彦の場合――いや不破圓明流として見た場合、この物語は大きな意味を持つと言えるでしょう。
 仰ぎ見る相手を失い、己の半身というべき者と袂を分かち、まさしく天涯孤独の身となった虎彦。狛彦と再戦するという望みは掲げつつも、しかしそれは彼にとっては残り物の人生を送る言い訳にも見えます。

 しかしそんな彼にとって、後に残すものが、跡を継ぐ者ができたとすれば――たとえ彼の代では果たせなくとも、いつかは彼の血を、技を継いだ者が陸奥を超えることができるかもしれない。その希望が彼の心に灯ったとすれば――それはギン千代がもたらしたものなのであります。


 ある意味前巻とは別の意味で食い足りない部分はあり(このような内容であっても、立花宗茂伝としてそれなりの格好が整っているのはむしろ凄い)、そしてどこかいびつな物語ですらあるのですが、しかし不破圓明流始まりの物語として、どこか頷けるものがある――本作は、そんな物語であります。


『不破圓明流外伝 修羅の刻』第19巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン) Amazon
修羅の刻(19) (講談社コミックス月刊マガジン)


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2019.11.20

藤田かくじ『徳川の猿』第1巻 テロルに挑む女性戦士たちのバイオレンスアクション


 強い女性は人の心を動かすもの――かどうかはわかりませんが、戦う女性の物語が、様々な時代を舞台に描かれているのもまた事実。本作は江戸時代を舞台に、謎の集団「天狗」によるテロに対抗する部隊「猿(ましら)」に集った戦う女性たちを描くアクション漫画であります。

 「生首の男」という言葉と天狗の面を遺し、何者かに殺された父の仇討ちのために江戸にやってきた少女剣士・鈴。しかし到着早々、宿泊した宿が「天狗」を名乗る武装集団に占拠され、彼女たちは老中切腹を迫る人質とされてしまうのでした。
 しかしそんな状況下で動き出していたのは、鈴と一緒に捕まっていた遊女・月――全身傷だらけの上、目・耳・口が不自由な彼女は、しかし皮膚感覚のみを頼りに凄まじい戦闘力を発揮し、天狗のテロリストたちを瞬く間に鏖殺してのけるのでした。

 実は月とその妹分の犬千代は、対「天狗」組織「猿」の一員。そしてその指揮官である吉村黄金こそが生首の男であると知った鈴ですが、実は父は猿のために働いており、天狗に殺されたという真実を聞かされることになります。
 かくて(?)月の飯炊きとなった鈴は、猿とともに天狗の陰謀に立ち向かうことに……


 というわけで始まるこの物語。ある意味時代劇版チャーリーズエンジェルの趣もありますが、基本的に敵には容赦しない猿の面々は、遙かに剣呑で、そしてユニークな顔ぶれであります。
 その代表が、言うまでもなく本作の中心人物である月。いかなる過去を歩んだものか、かつて拷問で目と耳と喉を潰され、全身に無数の傷を負った――しかも第1話でまた増える――という、設定もビジュアルも壮絶なキャラクターであります。

 しかしこの月、ひとたび戦いとなれば、犬千代が鳴らす太鼓の振動を感じて縦横無尽に動き回り、素手で銃を持った敵も制圧するほどの戦士。そして戦いの中でより周囲の動きを察知するため、強敵を相手にするほど服を脱いでいく――ってスゴいなこの設定!?
 それはさておき、力には力を、というのがバイオレンスものの構図であるとすれば、本作は女性戦士たちを主人公にしつつも、容赦ないバイオレンスものであるとも言えます。

 それに相応しくと言うべきか、「天狗」が繰り広げるテロルも凶悪そのもの。第1話のそれはちょっとアバウト過ぎて驚きましたが――どう考えても旗本の子弟を人質にしても老中は腹を切らないでしょう――それ以降様々な形で展開される「天狗」の悪行は、単に彼らのみならず、周囲の人々の負の感情をかき立てるものであるだけに始末が悪いのであります。

 しかしもちろん、それに立ち向かうのは月一人ではありません。服部半蔵の末裔を自認する小虎、銅銭を打ち出す銃を武器にする岡っ引きのゼニ、骨つぎ師を営む藤江梅蘭など、どこかで見たようなキャラクターも含めて、猿の面々も多士済々。
 個人的には、平山行蔵(!)の秘蔵っ子であり、戦闘時には獅子の仮面を被った正義の剣士に変身する獅子丸こと潮が、大いに気になるところであります。


 そんな中で、主人公であるはずの鈴が、キャラクター的にも戦力的にも弱い(この第1巻ではほとんど○○○○要員)のが気になりますが、それは計算の上の配置なのでしょう。

 何しろ物語はまだまだ始まったばかり。この巻のラストでは、まさかこの場所に、この時代に登場するとは思わなかったとんでもない人物が「天狗」の幹部として登場するなど、敵は想像以上に強大なのですから。
 これに抗する「猿」の側も、まだまだ謎が多いのですが、彼女たちを率いる黄金の正体が実は○○○○○――だから生首の男なのか! と大いに唸りました――であったりと、伝奇モノ的にもたまらない要素が作中の諸処に見られるのも嬉しいところです。

 ここまで来たら、ガンガン何でも投入して、とんでもないものを描いて欲しい――そう願ってしまうのです。


『徳川の猿』第1巻(藤田かくじ 双葉社アクションコミックス) Amazon
徳川の猿 (1) (アクションコミックス)

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2019.11.19

わらいなく『ZINGNIZE』第3巻 庄司甚内一世一代の大決闘! そして第三の甚内


 開府直後の江戸を舞台に、無頼の甚内たちと、凶賊・風魔小太郎の死闘を描く『ZINGNIZE』も、早くも第3巻。これまで高坂甚内、庄司甚内と登場してきましたが、ついに第三の、最後の甚内――鳶沢甚内が登場することとなります。果たしてそのキャラクターや如何に……

 大久保長安の依頼により(というよりその配下のくノ一・お菊に惚れ込んでしまい)江戸を騒がす風魔小太郎に挑んだものの、もうボロンボロンに叩きのめされた高坂甚内。心身のダメージを癒す彼に近づいたのは、女郎屋の主、その実、風魔の密偵の庄司甚内であります。
 しかし成り行きから風魔に刃を向けることになり、怪剣士・小妻岩人と対峙する羽目になった庄司甚内。一撃で無数の斬撃を繰り出す岩人の魔剣・篭釣瓶を前に、手も足も出ず叩きのめされる庄司甚内ですが……


 という前の巻の展開を受けて冒頭で展開するのは、庄司甚内一世一代の大決闘であります。

 槍の遣い手でありながらも、高坂甚内や風魔小太郎には一歩も二歩も劣る彼にとって、この奇怪な魔剣の遣い手は荷が重すぎる相手で――というところで(無駄にエロい)回想に登場したのは庄司甚内の兄貴分・名古屋山三郎(!)。
 なるほど確かに槍の遣い手である彼の言葉によって覚醒した庄司甚内の反撃が、ここから始まることになります。

 腕の強弱以上に、人を人とも思わぬ連中だらけの本作において、明らかに一歩引いた――はっきり言ってしまえばヘタレの庄司甚内。それでも町の人々のために一歩も引かぬ、骨っぽいところを見せる庄司甚内の姿はまさにヒーローであり――彼もまた、本作における「甚内」に相応しい男であることを、存分に示してくれたと言えるでしょう。
(しかしおまけページでの、彼の槍の奥義の解説には爆笑)


 さて、風魔の刺客は撃退したものの、風魔小太郎本人はいまだ健在。そして真っ正面からの戦いでは及ばないことを素直に認めた高坂甚内ですが――そこで大久保長安が会うことを勧めたのは、日本橋のあたりで古着屋を開いているという富沢仁斎という男であります。
 どこかで聞いたような名前、というのは高坂甚内ならずとも思いますが――そう、富沢仁斎、またの名を鳶沢甚内。彼こそが第三の「甚内」なのでありました。

 ごっつい巨躯にスキンヘッド、体中に走る疵(刺青?)と、見るからに豪傑な鳶沢甚内は、高坂甚内とは深い因縁を持つ男――なのですが、実は超安定志向。美しい妻と決して小さくない店を構えた彼にとって、高坂甚内の来訪は、迷惑以外のものではなかったのであります。
 かくて始まる、甚内対甚内の大決闘。鳶沢甚内の恐るべき能力と気迫に圧倒されまくる高坂甚内ですが……

 というわけで、やはり色々な意味でただ者ではなかった鳶沢甚内。史実では、鳶沢町に古着屋街を作り、それが日本橋富沢町の由来となった――と言われる鳶沢甚内ですが、やはり風魔と高坂甚内と縁があったという巷説のある人物であります。
 その鳶沢甚内をどう描くかと思えば、こう来たか――という印象。まだ登場したばかりではありますが、その巨体に似合わぬ性格と、高坂甚内との因縁は、この先の展開が楽しみになる存在です。

 そしてこの先の展開といえば、読めないのは大久保長安の動き。そもそもこの物語は、長安が高坂甚内に風魔小太郎討伐を依頼したことから始まったものですが――しかし毒を以て毒を制す、というにはあまりに闇が深く感じられるのが、長安の行動であります。

 この巻では本多正信・正純という家康の懐刀たる謀臣と、そして油断のならぬことでは定評がある(どこかで見たようなビジュアルの)伊達政宗に近づくなど、どう見てもあやしい。
 史実ではとかくの風聞が残る長安ですが、果たして本作においてはどうなるのか。そして長安が隠している(かもしれない)真の顔を見せた時、お菊はどのような選択をするのか……

 この巻でその一端が垣間見えた高坂甚内の過去も合わせて、甚内たちのキャラクター同様、一筋縄ではいかない物語であります。


『ZINGNIZE』第3巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon
ZINGNIZE ③ (リュウコミックス)


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2019.11.18

岩崎陽子『ルパン・エチュード』第4巻 大団円 重なり合いそして分かたれるルパンとジョジーヌの道


 ラウールとアルセーヌ、二つの魂を持つルパンの冒険を描く『ルパン・エチュード』は、いよいよ「カリオストロ伯爵夫人」完結編。激しい愛を交わした末に、今は敵意と憎しみをぶつけ合うルパンとジョジーヌ。二人の対決の決着は、そしてクラリスの運命は……

 天真爛漫な青年ラウール・ダントレジーの中に眠っていたもう一つの魂アルセーヌ・ルパン。周囲の悪意を感じた時に表に出ることができるルパンは、己を現実に繋ぎとめることができるカリオストロ伯爵夫人を名乗る美女・ジョジーヌと出会い、激しい恋に落ちることになります。
 彼女とともに、七本枝の燭台に秘められた莫大な財宝の秘密を追うルパン。しかし「ルパン」の存在を信じようとせず、そして何よりも目的達成のためには手段を選ばないジョジーヌから次第に心が離れていくのでした。

 そしてついにジョジーヌと袂を分かち、もう一つの財宝を狙う勢力であるボーマニャン一味と三つ巴の戦いを繰り広げるルパン。その中に、ラウールが愛する善意の固まりのような美少女クラリスも巻き込まれて……


 と、ルパンとジョジーヌ、クラリスが一堂に会するという、修羅場というほかない場面から、この第4巻は始まることになります。
 ルパンとラウールの関係を理解しないジョジーヌにとっては、クラリスは自分の恋人を奪う不倶戴天の敵。そんな魔女の手に落ちたクラリスを救うため、ルパンは財宝の謎を解くことになります。
 原作ではこの謎解きは、面白いものでありつつも、少々古めかしさを感じさせるものだったのですが、本作ではここにルパンとラウールの関係を二重写しにするという離れ業を見せてくれるのが心憎いところであります。

 そして二重写しといえば、本作においてはルパンとジョジーヌの姿もまた、そのような形で描かれているのに感心させられます。
 ラウールの体の中に眠り、限られた時にしか表に出られないルパン。親友であるヴァトー、そしてクラリス以外、誰もそのことを理解できない――すなわち、ルパン自身としてこの世に存在できないルパンの背負う孤独は、あまりに大きいと言うほかありません。

 そしてジョジーヌもまた、不老不死の美女・カリオストロ伯爵夫人という仮面の下でしか生きられない人間。「父」であるカリオストロ伯爵の名と、そして母の姿と名前――この二つを背負わされた彼女もまた、自分自身としてこの世に存在できないのであります。
 ここで描かれるのは、いわば犯罪と恋愛以外の、彼女のもう一つの顔――原作ではほとんど描かれなかったと感じられるこの顔を描き出したことは、本作の大きな収穫の一つと言うべきでしょう。

 そしてもう一つ、これほど似通った存在であり、一度は身も心も一つになりながらも、しかし決定的に道を違えた彼女と対比する形で、ルパンという人間の核にあるものを描いてみせたこともまた。


 さて、そんな相手であっても、いやそんな相手だからこそ、ルパンは負けるわけにはいきません。ここから先の戦いは一進一退、いや経験と組織力が上回るジョジーヌの勝利かと思いきや――しかし、最後にはルパンが高らかに笑うという痛快な展開で、物語は大団円を迎えるのことになります。
 が、ここで本作は、原作とは近しくも、大きく異なる結末を迎えることになります。その違いの詳細はここでは伏せませんが――おそらくそれはラウールの存在によるのでしょう――この改変がこれからのルパンの物語を大きく変えることは間違いないでしょう。

 しかし、本当に残念ながら、本作はここでひとまずの結末を迎えることになります。巻末の作者の言によれば、本当の本作の結末は、原作の第1話である『ルパンの逮捕』とのこと。今回の結末からそこに至るまでに何が起き、何が描かれるのか――それがすぐには読めないことは、無念と言うほかありません。

 しかし、アルセーヌ・ルパンという存在は、ラウール・ダントレジーという殻を破って表に出たのであります。今はまだ、本書の表紙のように鏡に映るかりそめの像でしかなくとも。
 だから私は信じるのです。「「アルセーヌ・ルパン」が陰から姿を現し世界を従える様子」を、「常識も理不尽もひっくり返して笑い飛ばす」痛快なその姿を、いつかまた必ず見ることができると……

 その日を待ち続けようと、本書を閉じながら誓った次第です。


 もう一つ心残りなのは、できればジョジーヌにはラウールときちんと会って欲しかった、という点であります。ラウールと会えるということは、それは――なのですから。


『ルパン・エチュード』第4巻(岩崎陽子 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
ルパン・エチュード(4) (プリンセス・コミックス)


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 モーリス・ルブラン『カリオストロ伯爵夫人』 最初の冒険で描かれたルパンのルパンたる部分

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2019.11.17

『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」

 縁日で生意気な少年・練造と出会った凜。一方、万次もその練造の父・川上新夜と遭遇していた。実は逸刀流の剣士であり、母を陵辱した新夜に怒りを燃やす凜だが、練造のことを想い、単身新夜の家に乗り込んで母に詫びるよう迫る。しかし凜は隙を突かれて新夜に追い詰められ、駆けつけた万次も……

 原作では第4巻丸々一冊+1話という長さで描かれたエピソードを、一話でまとめた今回。初読時には長い+話が辛気くさい+新夜がゲスいわりに戦い方が地味というのが苦手だったのですが――こうして一話にまとめられてみると、なかなか味のある話であったと今更ながらに思わされます。
(というより初期の面白剣士との対決から、このエピソードを期に人間群像絵巻的な展開に推移していったのに、当時は面食らっただけだったのだと今ならわかります)

 復讐対象の過去の悪行を知らない肉親の存在を通じて、主人公の復讐の正当性を問いかける――復讐ものではかなりの頻度で描かれるパターンですが、今回のエピソードはまさにそれだと言えるでしょう。
 しかしこのパターン、うまく描かないと何だか煮え切らない話になるだけになりかねないのですが、本作は凜が親の仇を討たんとする物語であるだけに、練造に自分の姿を重ね合わせて復讐を迷うという展開には、それなりに説得力があると言えるでしょう。

 もっとも、だからといって単身新夜のもとに乗り込んでいって謝れ、というのは甘いにもほどがあると言えるかもしれません(しかし作劇上仕方ないとはいえ、凜と万次は、お互い単独行動を取ってピンチになるというパターンが本当に多い)。
 やはり新夜が言うとおりに、自分の手を汚す覚悟がないといえばそれまでですが、しかし本作では実際に戦うのは凜の用心棒である万次であることを考えれば、凜の心境にもある意味納得できるものがあります。

 さて、冒頭に述べたように戦い方が地味な――というより逸刀流として何がウリだったのかよくわからない――新夜ですが、原作ではわざわざ箪笥や燭台を動かして部屋の中で自分の有利な戦場を作るという面白キャラだったのが、こちらでは真っ正面から戦うというさらに地味な展開に。
 おかげで万次がさらに弱く感じられるような気がしますが、この話では戦いは短めでよかったようにも感じます。

 ただ一つ残念だったのは、人の恨みは誰かが死なないと消えないのかという凜の問いに対する、万次のある意味身も蓋もない、しかしどうしようもない真実の答えが省略されていた点ですが――このアニメ版、こういう省略が意外と多いのは、やはり意図してやっているのでしょうか。


 にしても練造、ここで本当に退場できていればよかったのに……


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 無限の住人

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2019.11.16

『お江戸ねこぱんち 猫遊びの巻』


 猫を題材とした時代コミック誌という無二の個性を持つ「お江戸ねこぱんち」誌。私も創刊時から全号読み、ほぼ全号紹介してきましたが、今回大幅なリニューアルが行われました。さて、その結果は……

 このリニューアル、web上の紹介文を引用すれば「長期に渡り続いてきたお江戸ねこぱんちを大幅にリニューアル! 判型、表紙、執筆陣のラインナップを大きく変えて若い女性読者をターゲットに再始動!」とのこと。

 ここで個人的にまず驚かされたのは、若い女性読者をターゲットに――という点で、読者コーナーを見れば、同誌は実はかなり読者の年齢層が高いことが窺われるからであります(実際、リニューアル前の葉書を掲載した本号の読書コーナーも結構年齢層が高い)。
 それを若い女性読者を――というのは思い切ったものだと思わされますが、もちろんこれはこちらがあくまでも読者コーナーのみを見ているからであって、ターゲットを切り替える根拠というのがそれなりにあるということなのでしょう(そもそも私は前からターゲット外の読者ですが)。

 しかし一番ショックだったのは、執筆陣のかなりが入れ替わり、作品においては総入れ替えとなった点であります。もちろん毎号読み切りが売りの同誌ではありますが、しかし続きものもそれなりにあった中で、問答無用で総入れ替えというのは、かなり残念に感じます(かなり長期に渡って連載していた作品もあったのに……)。

 それではどれくらい変わったのか、とこちらも少々意地になって、かなり雑ながら、掲載15作品の傾向を調べてみると――
新妻もの 3
お仕事もの(奉公もの含む) 2
ファンタジー要素ありの恋愛もの 2
ファンタジー要素ありの人情もの 2
男性職人もの 2(どちらもファンタジー要素少しあり)
タイムスリップもの 1(ある意味お仕事もの)
隠密もの 1
猫主人公のギャグ 1
絵コラム 1

 と、リニューアル前とそれほど変わったかなあ――という気もするラインナップ。強いていえば、新妻ものが3作品あったり、他の分類に入れたものも含めればお仕事ものが6作品と一番多かったりと、何となく頷けるところもあるのですが……
 その意味では、謳い文句を見て覚悟していたほどではないかな――というのが、正直な感想であります。もちろん、上で述べた連載(連作)作品がほぼ全てなくなったのはショックなのですが。
(特に、史実とのリンクありの作品がほぼ完全になくなったのは個人的に残念)


 さて、繰り言が多くなってしまいましたが、印象に残った作品が少なからずありますので、挙げていきましょう。

 『縁結びの猫』(ひるのつき子)は、縁を呼ぶという猫がいる茶屋の娘を主人公にした物語です。
 猫が持ってきたかんざしをきっかけに、その持ち主である美しいけれどもちょっと浮き世離れした娘と知り合った茶屋娘。好いたヒトがいたが縁談が来てしまったという娘の正体は――と、よくある恋愛ものかと思えば、思わぬ方向に転がっていくのがなかなか楽しい作品であります。(さりげない言葉遣いが伏線になっているのが嬉しい)

 また、今回唯一の伝奇的(?)な作品である『又七股旅忍び旅』(ひのや)は、さる藩に潜入した隠密――山猫ならぬ化け猫廻しの又七郎と猫の紅虎が、何事かを企んでいるという家老に迫る物語。
 と思いきや、半ば強引に協力者となった、家老に襖絵の依頼を受けた絵師のキャラクターがエキセントリックで、かなりそちらに持っていかれた印象。シリアスかと思えば間の抜けた展開もあって、ちょっとどっちつかずな気もしますが、楽しめる作品であります。

 その他、木戸番をしている(ちゃんと焼き芋を売っている)しゃべる猫を狂言回しとした『木戸ニャン太郎』(月みとう)は、亡き夫/父との再会を願う一家を描く人情ものですが、死者との再会という題材のためか、夜の闇の深さの描写が印象に残ります。
 また、『猫間師匠の江戸噺』(桐丸ゆい)と『風来坊の忠治』(きっか)は、それぞれ絵コラムとギャグ漫画という全く異なる内容ながら、古参の安定感が素晴らしい作品であります。


 と、色々言いつつも、今回もきっちり読んでしまった「お江戸ねこぱんち」。この先どのような展開があるのかわかりませんが、こうなったらとことん付き合いたいと思います。


『お江戸ねこぱんち 猫遊びの巻』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち 猫遊びの巻 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2019.11.15

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北からの黒船』 江戸に消えたロシア人を追え!


 ついにドラマ化も実現した『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』の最新作、シリーズ第6弾であります。江戸を現代を行き来するおゆうが今回挑むのは、護送中に脱走したロシア人船員にまつわる数々の謎。江戸時代後期の外交事情も踏まえつつ、おゆうの活躍が始まります。

 1822年のある日、常陸国鉾田に上陸し、代官所に捕らえられたロシア人船員ステパノフ。しかし長崎に移送されるはずだったステパノフは護送中に何者かの手助けで脱走、江戸市中に潜伏した可能性があることが判明します。
 伝三郎やおゆうたちをはじめとする、ごく一部の与力同心、岡っ引きに探索の命が下るのですが――しかし何分極秘の捜査のため、ステパノフの行方は杳として知れません。

 そんな中、自分たち同様に、鉾田代官所の手代がステパノフを追っていることを知ったおゆう。しかしその矢先に手代は何者かに殺害された姿で発見されることになります。
 それでも苦心の捜査の末、ある事件をきっかけに、ついにステパノフの潜伏場所を突き止め、捕らえた伝三郎とおゆう。しかしステパノフは駒込のとある武家屋敷に留めおかれ、おゆうはその世話に通うことになるのでした。

 そんな中で起きる第二の殺人。果たして一連の殺人とステパノフの関係は、怪しげな動きを見せる幕府の真意は。そして何よりも、ステパノフは何のために日本を訪れたのか――おゆうは、宇田川の助けで思わぬ真実の一端を知ることになるのですが……


 第4弾で歴史上の実在の人物と対面し、第5弾ではおゆうの現代でのブレーンである宇田川が江戸に登場と、この数巻、趣向を凝らした大きな動きが見られる本シリーズ。本作でのそれは、史実との――江戸時代の外交史とのリンクと言えるでしょうか。

 本シリーズの舞台となっている19世紀前半(正確な年代が明示されたのは今回が初めてかもしれません)は、日本近海に異国船が現れ、通商や外交を求め始めた時代。本作ではちょっと面白い形で登場した大黒屋光太夫のように、実際に海外の空気を吸った人間も現れた頃であります。
 そんな中、日本にロシア人が密入国を企て、江戸に潜入しようとすればどうなるか――作中でも言及されるように、ゴローニン事件はわずか十年前のこの頃、いつ日本とロシアの間に火がついてもおかしくない空気が、本作の背景にはあります。

 実は本作は、これまでの作品に比べると、ミステリ味や科学捜査要素は比較的抑え目なのですが――もっとも、今回も科学捜査のおかげで大きなどんでん返しが明らかになるのですが――この、大げさに言ってしまえば一種のポリティカルサスペンス風味が、本作の特徴といえるでしょうか。
 特に後半から終盤にかけて明らかになっていくステパノフの正体はなかなかに面白く、ある意味時間旅行者のおゆう以上に意外な秘密を背負った存在として印象に残ります。

 しかしそんなステパノフの中の唯一の真実が実は――と、泣かせる展開になっているのも心憎いところであります。
(作品自体のオチは途中で読めるのがちょっと残念ですが……)


 ちなみに前作でちょっとおゆうとの関係性の変化を見せた宇田川は、前作に比べれば出番は控え目なものの、相変わらず要所要所でおゆう以上の活躍を見せるのも楽しいところ。
 一方伝三郎の方も、今まで今一つ生きていなかったある設定が意味を持つ描写があったのが印象に残るところですが、さてこの設定が今後シリーズでどのような意味を持つのか。何だか宇田川がおゆうよりも先に気づいてしまいそうな気もしますが……

 何はともあれ、そんな三人の気になる関係も含めて相変わらず楽しく、肩の凝らないエンターテイメントである本作。この先もどのような趣向で攻めてきてくれるのか、楽しみにしたいと思います。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北からの黒船』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
大江戸科学捜査 八丁掘のおゆう 北からの黒船 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2019.11.14

芦辺拓ほか『ヤオと七つの時空の謎』(その二) 少女が辿り着いた時の先


 狂った世界を修復するために様々な時代を巡る少女・ヤオの冒険を描く連作集も後半に突入。いよいよ現代に近づいてくるのヤオの冒険、その先に待つのは……

「天狗火起請」(高井忍)
 海の向こうから来た金色姫の伝説が残る小田原に現れた、絡んできた侍たちをあっさりと叩きのめし、大山天狗の姫君と呼ばれるようになった奇妙な服装の少女。
 彼女が見せた剣技に惹かれ、つきまとうようになった北条家の侍・斎藤主馬助と、その弟子の手紙を読み、小田原に現れた剣豪・塚原卜伝。しかしその矢先に城下で十一人もの侍が斬られ、ヤオは無実を証明するため、火起請にかけられることに……

 剣豪ミステリ、そして歴史ミステリを得意とする作者による本作は、やはり剣豪を題材とする物語。
 内容的には『柳生十兵衛秘剣考』のような秘剣そのものを題材としたものではなく、謎解きも小粒なのがちょっと残念ではありますが――しかし結末で描かれる剣術者の業と、時を超えて旅する少女の姿の交錯は、何とも言えぬ余韻が感じられます。


「色里探偵控」(安萬純一)
 吉原で廻船問屋の次男が障子の向こうから吹き矢で殺されたという事件を持ち込まれた岡っ引き・染井岩徳(ガントク)。両腕を縛った奇妙な格好と奇妙な喋りの少女・ヤオとともに謎解きにとりかかったガントクですが、どう見ても密室での殺人に頭を悩ませるばかり。しかも今度は、同じ部屋で次男のお守り役だった大番頭の死体が発見されて……

 驚愕の忍者ミステリ『滅びの掟 密室忍法帖』で読者の度肝を抜いた作者が描くのは、江戸時代を舞台とした、やはり(?)密室もの。障子が閉められた外から、正確に吹き矢を打ち込まれた男――しかも犯人と疑われる相手は目の前にいた――という不可能犯罪に、ヤオを用心棒につけた岡っ引きが挑みます。
 何だかこれまでと全くキャラ付けが違うヤオの言動に目を奪われがちになりますが、人間くさいガントクのキャラクターと、結構豪腕なトリックもなかなか楽しい、よくできた一編であります。


「天地の魔鏡」(柄刀一)
 明治時代、人里離れた警視庁の訓練施設・奥川駐留練学所に、国学者・山本を訪ねてきた奇妙な少女。しかしその前の晩から山本は行方をくらませており、連学所の人々は捜索に駆り出されることになるのでした。
 遅々として進まぬ捜索に苛立ちを募らせ、朝礼の場で激高する指揮官の兵藤中警部。そんな中、ヤオが見抜いた真実とは……

 単なる行方不明事件に思えたものが、やがて意外かつ恐ろしい真実を明らかにする本作。その展開自体が謎と密接に関わるために詳細は述べられませんが、前代未聞の犯行方法にはさすがに驚かされました。
 そして「魔鏡」――光を当てることでその下の凹凸を浮かび上がらせる仕組みの鏡――になぞらえて殺人の構図を、人の世の姿を描く本作は、ある意味本書の中で最も「鏡」という存在に自覚的と言えるでしょう。

 しかしここで恥を忍んで申し上げれば、本作で仄めかされている作中の(あるいは史実の上での)真実が何を指しているのか、私にはどうしても理解できませんでした。本当に悔しいのですが、敢えて白状する次第です。


「ヤオ最後の冒険またはエピローグ」(芦辺拓)
 そしてついに最後の時代にたどり着いたヤオの姿を描くのは、冒頭を担当した芦辺拓ですが――やはりただでは終わりません。

 いずことも知れぬ時代に現れ、遠くに見える町らしきものに向かうヤオ。途中、向こうから必死に駆けてくる美しい女性とすれ違ったヤオは、やがて無数の追っ手に取り巻かれ、その国の首長殺しの犯人として捕らえられてしまうのでした。処刑寸前のヤオがたどり着いた犯人の正体とは、そしてこの時代は……

 最後の最後に待っていた絶体絶命の窮地。ここから逃れるための手がかりはあまりに少なく――と大いにハラハラさせられるのですが、明かされた真相には、なるほどこれは歴史ミステリだわい、と思わず納得。
 そしてそこから本書に仕掛けられたある真実(それによって味わいが増すエピソードも!)が語られ、さらにそこには連作をまとめる上の苦労も忍ばれて――と、やはりこの作者らしい大団円と言うほかありません。


 連作として見てみるとちょっと納得がいかない部分があったり、やはりヤオが通りすがりで終わっているエピソードがあるのは勿体なく感じるのですが――しかし豪華執筆陣による連作、それも歴史ミステリという本書の趣向は唯一無二のもの。存分に楽しませていただきました。


『ヤオと七つの時空の謎』(芦辺拓・獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一 南雲堂) Amazon
ヤオと七つの時空の謎

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2019.11.13

芦辺拓ほか『ヤオと七つの時空の謎』(その一) 少女が巡る歴史と謎の旅


 この数年、本格ミステリプロパーによる時代ミステリ・歴史ミステリが、少なからず見られるようになってきました。本書はその極めつけ――芦辺拓・獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一という豪華メンバーが、七つの時代を巡る少女ヤオの活躍を描く連作であります。

 おそらくは現代に近い時代――ある一点を除けば平凡な女子高生・ヤオは、街を襲う奇怪な事態に遭遇することになります。ある者は電子機器から溢れた無数の文字に襲われ、またある者は陳腐なファンタジーの一員になり――そんな中で唯一難を逃れた彼女は、偽りの歴史の蔓延により歴史を映す鏡が崩壊したことが、この事態の原因であることを知るのでした
 かくてヤオが向かった先は……

 という芦辺拓「プロローグまたはヤオは旅立つ」 から始まる本書。以降、割れた鏡の欠片を追って様々な時代に現れ、そしてそこで様々な謎と対峙する(時々通り過ぎるだけだったりもしますが……)ヤオの姿が描かれていきます。


「聖徳太子の探偵」(獅子宮敏彦)
 飛鳥時代で、刺客に襲われている少年を助けたヤオ。少年は聖徳太子に仕える<探リ部>ノ穂牟豆――太子の命で様々な謎を調査する彼と行動を共にすることになったヤオは、宝鏡を用いて儀式を行っていた蘇我ノ善徳(蘇我ノ馬子の長男)が、密室で奇怪な死を遂げた事件を調査することになります。
 何故か箸が落ちていた密室の両隣の部屋にいたのは、それぞれ蘇我ノ蝦夷と小野ノ妹子。怪死の原因を突き止めた穂牟豆ですが、真犯人とは……

 一番手を務めるのは、歴史ミステリ『砂楼に登りし者たち』でデビューした作者。言ってみれば歴史ミステリは原点でありますが――本作はゲストキャラとして穂牟豆(ほむず)なる少年探偵が登場するのが実に楽しいところであります。
 謎の方も、密室トリックでありつつも、ハウとフーだけでなくホワイの部分でも一ひねりがあるのが面白い。エッとなるような結末の後に、もう一段、歴史ものとしての仕掛けがあるのも嬉しい物語です。


「妖笛」(山田彩人)
 笛に耽溺した末に京に笛の修行に向かう途中の武士の子・妹尾九郎。ある晩、宿を借りた堂で貴族から注文を受けた笛を届ける途中だという笛師と出会った九郎は、惚れ込んだ笛を思わず吹いてしまうのでした。
 しかし朝になってみれば笛師の姿はなく、手元にはあの笛が残るのみ。笛師に注文した貴族の館を訪れるも、誰も心当たりがなく途方にくれた九郎は、偶然、そこで幽閉された娘を見つけ、助け出すのですが……

 奇妙な笛に魅せられ、それを吹き鳴らした男が体験する奇怪な事態を描く本作は、ある意味本書の中で最も異色作かもしれません。それはヤオが通りすがり状態でしか登場しないこともそうですが、何よりも、真実がほとんどホラーとも言うべき点によります。
 しかしその怪異を描くのは、○○トリックとも言うべき手法――なるほど、こういう料理の仕方もあるのか、と感心いたしました。


「鞍馬異聞 もろこし外伝」(秋梨惟喬)
 実は個人的に本書で最も楽しみにしていたのが本作であります。何しろ、作者の代表作である武侠ミステリ「もろこし」シリーズ、その外伝だというのですから。しかし中華世界のバランスを守る銀牌侠の活躍を、日本を舞台に如何に描くかと思えば……

 鞍馬寺に預けられていた牛若丸のもとに飛び込んできた事件の報――鞍馬周辺に暮らす子供が、またも殺害されたというのです。
 またもというのは他でもない、同様の事件はこれで十一人目――いずれも首を斬られて持ち去られるという無惨な事件の連続に、牛若丸と行者の少年・童鬼、そして唐土の商人に連れられてきた異国の少年・鉄丸は、謎解きに乗り出すのでした。

 彼らを見守るのは、鉄丸と行動を共にする仙人のような老人・雲游。はたして彼らが知った事件の真相とは……

 なるほどこういう手できたか、と思わずニンマリの趣向の本作は、謎自体はさほど意外ではないものの、しかしこの時代背景と登場人物と結びつけば納得の内容と言えるでしょう。
 そして何よりも、結末で明かされるある「真実」の楽しさたるや――本作もヤオは通りすがり状態ですが、それもほとんど気にならない快作です(そしてもう一人、水滸伝ファンであればニッコリの、あるキャラの存在も嬉しいのです)。


 後半の作品は次回ご紹介いたします。


『ヤオと七つの時空の謎』(芦辺拓・獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一 南雲堂) Amazon
ヤオと七つの時空の謎

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2019.11.12

武内涼『不死鬼 源平妖乱』(その二) 「人」の「血」を啜る者に抗する――義経と静が歩む第三の道


 武内涼渾身の時代伝奇活劇の紹介の後編であります。義経と静と熊坂長範、本作の中心となるこの三人は、波瀾万丈の超伝奇物語のキャラクターに相応しい個性の持ち主であると同時に、実に作者らしい「人」の姿を浮き彫りにする存在でもあるのです。

 本作の主人公の一人である源義経。その姿は、様々な物語や伝説に残されたものから、大きく外れるものではありません。
 しかし本作の義経は、伝説に表れるある種の貴種流離譚的なキャラクターとは、ある意味遠いところに立つ者でもあります。何故なら、本作の義経は、平氏への復讐に燃える源氏の貴公子であると同時に、「人」が「人」として生きることができる世を作ることを理想とする者なのですから。

 それは一歩間違えれば、非常に陳腐なヒーロー像になりかねません。しかし本作は義経のその理想が、師である鬼一法眼、そして恋人である浄瑠璃――貴族でもなく、武士でもない、しかし確かにこの世に生きる「人」たちを通じて培われる様を丹念に描きます。それによって、本作の義経は、真にこの世に在って欲しい英雄(を目指す者)として、見事に成立しているのであります。

 そしてまた、もう一人の主人公である静もまた、義経同様にある種の理想を追う者として描かれることになります。
 その名は知られつつも、ほとんど伝説上の存在である彼女らしく、本作の静は、磯禅師の下で歌舞の修行をしたという点を除けば、非常に自由に描かれた存在であります(そもそも、本作ではその磯禅師からして、影御先のリーダーなのですから)。

 殺生鬼と化した父により、(その父を血吸鬼に変えた)不殺生鬼の母を惨殺されたという、悲惨な過去を持つ静。そして父から逃れる中で人買いに捕まり、貴族の雑仕女として生きることとなった彼女は、義経とは全く異なる形で世の辛酸を舐めた少女であります。
 そんな、平民を人と思わぬ都の貴族のやり方を目の当たりにした――いや、父が殺生鬼となったのも、父が貴族や武士によって理不尽な暴力を受けたことがきっかけである――静にとって、この世の理不尽に敵意を燃やすのはむしろ当然と言えるかもしれません。

 その意味において、静とその父である長範は、近しい存在にも見えます。しかし静と長範の歩む道は、そしてこの世の権力者に敵対するという点で共通する義経と長範の歩む道は、決して交わらない――大きく異なるものなのであります。


 幸若舞や謡曲、歌舞伎に登場する大盗賊であり、美濃の青墓で義経に討たれたという伝説を持つ熊坂長範。本作においてはも義経と静の共通の憎むべき敵であるこの長範ですが――しかし単純な悪役としてのみ描かれているわけではありません。

 上でも述べたとおり、貴族や武士の暴虐により、理不尽に死にかけ、血吸い鬼としての新たな生を得た長範。しかしその暴力の向かう先は貴族や武士のみであり――そして彼らと敵対する者であれば、長範は人も血吸い鬼もなく、等しく仲間に迎えるのであります。
 つまり長範もまた、社会の理不尽の犠牲者でもあり、そしてそれを打破せんとする一種の革命家であります。しかし本作は、そして義経と静は、そんな長範の行動を決して良しとはしません。

 敵であれば赤子も容赦せず、そして不死鬼になるためには平民である浄瑠璃を襲う長範。それは彼が結局は独善的な存在に過ぎないことを示すものであり――そしてそんな彼の存在は、暴を以て暴に易うことの不毛さをこれ以上なく体現していると言えるでしょう。
 確かに、力に理不尽は否定しなければなりません。理不尽に立ち向かう力を持っていなければなりません。しかし――力は容易に新たな理不尽を生み出します。長範が義経と静から、理不尽に愛する者たちを奪ったように。

 そして既存の権力の理不尽に怒りを燃やし、同時に長範の暴力をも否定する義経と静は、そのどちらにも属さない第三の道を探す者だと言えるでしょう。
 決して容易ではない、本当にあるかわからないその道――しかしそれは、「人」としてあるべき道、望ましい道であります。そしてそれは、比喩的なものであれ直接的なものであれ、人の「血」を啜って生きる者と対峙する道なのです。


 これまでほとんど全ての作品で、権力や社会の理不尽に対する怒りと、それを克服する人として望ましい道を求める者たちの姿を描いてきた作者。本作はそれを、平安末期の世に繰り広げられる人と殺生鬼の戦いを描く中で、象徴的に浮き彫りにしてみせたということができるでしょう。
 長範を倒しただけでは終わらないこの戦いの行方は、そしてその先に義経と静が何を見出すのか――続編を切望する次第であります。


『不死鬼 源平妖乱』(武内涼 祥伝社文庫) Amazon
不死鬼 源平妖乱 (祥伝社文庫)

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2019.11.11

武内涼『不死鬼 源平妖乱』(その一) 超伝奇! 平安に跳梁する吸血鬼


 いま最も直球で、最も内容の濃い時代伝奇小説を描く一人である武内涼久々の描き下ろし新作は、作者初の平安もの――そして吸血鬼ものであります。平安末期の京の闇に潜む血吸鬼「殺生鬼」と、彼らに大切な人々を奪われた静と源義経の二人が死闘を繰り広げる、直球ど真ん中の伝奇活劇であります。

 古代に遙かスキタイで生まれ、大陸を渡り日本に至った血を吸う者たち。人と同じような暮らしを送り、人は殺さない不殺生鬼と、人の血しか飲まず人を殺す殺生鬼――徒に仲間を増やさず、人と共存する道を選んだ不殺生鬼は、人と協力しつつ殺生鬼と対決、京では殺生鬼の跳梁は阻まれていたのであります――平安時代末期までは。

 そんな中、不殺生鬼の母と人間の父との間に生まれた娘・静は、故あってただ一人京の働いていた貴族の屋敷を飛び出し、顔なじみの不殺生鬼・鯊翁の導きで、血吸い鬼たちの互助組織「結」に参加することになります。
 しかし初めて参加した結は、有力貴族と結んだ殺生鬼、そして貴族や武士を敵視する人と殺生鬼を率いる怪人・熊坂長範一党の襲撃を受け、静の眼前で壊滅状態に陥るのでした。

 そして熊坂長範は、静にとって最も憎むべき敵であり、最も恐るべき相手、そして父親。かつては人間の狩人だった長範は、貴族の暴虐によって瀕死の傷を負わされたところを妻の――不殺生鬼の血を飲んで復活、しかし殺生鬼となって暴走した末に、静を逃がそうとした妻を殺したのであります。

 一方、父・義朝を平家に討たれ、自らは命は助けられたものの、幼くして母から引き離されて鞍馬寺に入れられた牛若丸。彼は、そこで天狗の面をつけた謎の人物・鬼一法眼から武術・兵法の教えを受けることになります。
 やがて法眼の親戚の娘・浄瑠璃と出会い恋に落ちた義経。しかしそのささやかな幸せもつかの間、二人の前に現れたのは熊坂長範――実は浄瑠璃こそは、殺生鬼を死した後に復活させ、不死の肉体と超常の力を持つ不死鬼に変える「王血」の持ち主だったのです。

 自分と配下を不死鬼に変えんとする長範に浄瑠璃を奪われ、さらに二人を救わんとした法眼に長範に倒され――師と恋人を奪った殺生鬼に復讐を誓う義経。
 そして鞍馬山を降りた義経は、密かに殺生鬼を狩る者たち「影御先」の存在を知り、その一員に加わることになります。そしてそこには、彼ら影御先に救われ、長範を討つために仲間となった静の姿が……


 巻末の細谷正充氏の、吸血鬼時代小説を俯瞰する解説に明らかなように、時代小説(そして漫画や映像を加えればさらに)と吸血鬼というのは、決して無縁の存在ではありません。人の姿を取りながら人ではなく、人の血を吸って仲間を増やす鬼は、西洋だけでなく、この島国の物語においても跳梁していたのです。
 が、そんな中でも、舞台となるのはほとんどが江戸時代もしくは戦国時代。そこから遡るとなると作品数は途端に少なくなります。そして本作は、そんな中でも非常に珍しい平安時代を舞台とする作品であることに、まず特徴があります。

 一口に吸血鬼といっても様々なバリエーションがありますが、本作に登場する吸血鬼像は、旧来のオーソドックスなものを踏まえつつ、独自の解釈とアレンジを加えた存在。
 人を殺さぬ不殺生鬼と、人を殺し自らの血を飲ませて仲間を増やす殺生鬼、さらに殺生鬼が一度死に、さらに恐ろしい力を持って復活した不死鬼と――一口に吸血鬼といっても三タイプ、そしてそのそれぞれに生態とルールが存在する本作の設定は、慣れるまでは少々ややこしいかもしれません。

 しかし時代小説ならではの広がり――彼らの存在が、古代から平安時代まで、いやその先まで、人の歴史とともに連綿と繋がっていくことを示すその設定は、本作に一作にとどまらない無限の時と空間の広がりを感じさせてくれます。
 特に本作の冒頭、「だがヨーロッパでバンパイアが猖獗を極めた十八世紀、日本で吸血鬼が蠢いた痕跡はほとんどない。――それは、人々の知らぬ処で、吸血鬼と戦った勇者たちがいたからである」という文章は、簡潔ながらも伝奇ものには不可欠なスケール感を強烈に感じさせてくれる、伝奇者にはたまらない名調子と言うべきでしょう。


 そして本作において敵役となる殺生鬼が熊坂長範であり、この怪物に挑むのが、若き源義経と静――明言はされていませんが、あの静御前でまず間違いないでしょう――なのですから、盛り上がるなというのが無理なお話であります。
 しかもこの義経と静、長範は――と、長くなりましたので、ここで一旦区切ることにしましょう。次回に続きます。


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不死鬼 源平妖乱 (祥伝社文庫)

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2019.11.10

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 気がつけばめっきり寒くなって、今年もあと二ヶ月弱というのを嫌でも感じさせられる時期となりました。この発売スケジュールも、今年は残すところあと一回。寂しいところですが、一年の締めくくりに相応しいアイテム数であります。というわけで、12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 と言いつつ、文庫小説についてはちょっと控えめな12月。まず目に付くのは、霜島けい『ぬりかべの涙 九十九字ふしぎ屋 商い中(仮)』(しかし前作の電子版はいつになるのか……)、廣嶋玲子『妖怪の子預かります 9 妖たちの祝いの品は』と、好調の妖怪時代小説シリーズの最新作であります。
(なお、『妖怪の子預かります』は、森野きこりによる漫画版第2巻も同時刊行)

 その他、シリーズ二ヶ月連続刊行となった山田正紀『大江戸ミッション・インポッシブル 幽霊船を奪え』や、仁木英之『鉄舟の剣 幕末三舟青春録』、太田満明『光秀夢幻』(大河ドラマ合わせの光秀ものも増えてきました)などが気になるところ。
 また、新鋭・大塚已愛の西洋伝奇活劇『ネガレアリテの悪魔』の第2弾は必読でしょう。


 ……と、小説はこのくらいなのですが、漫画の方がもの凄い分量。

 何しろ、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第18巻、賀来ゆうじ『地獄楽』第8巻、野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻、山口貴由『衛府の七忍』第8巻と、一作だけでも濃い作品の最新巻がズラリ。

 そのほかにも唐々煙『煉獄に笑う』第11巻、石川優吾『BABEL』第5巻、原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第13巻、楠桂『鬼切丸伝』第10巻と戦国もののつるべうちの上に、忠見周『竜侍』第2巻、寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第4巻、伊藤正臣『恋とマコトと浅葱色』第2巻と、異色作が並ぶのですからたまりません。

 海外もの(?)でも、響ワタル『琉球のユウナ』第4巻、百地元『黒狼』第3巻(最終巻というのが残念!)、細川雅巳『逃亡者エリオ』第1巻と注目の作品が並びます。

 その他、歴史ものではやはり大河ドラマに合わせて重野なおき『明智光秀放浪記』が登場。復刊では横山光輝『仮面の忍者赤影 《オリジナル完全版》』第1巻が――と、とにかく圧倒される量の新刊が刊行されることになります。


 何かと慌ただしい年末ですが、本を読む時間はきっちり確保しておかなくては――と覚悟を決めざるを得ない、12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。



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2019.11.09

スエカネクミコ『ベルサイユオブザデッド』第1-2巻 マリー・アントワネットvsゾンビvs……


 もはやありとあらゆる世界と時代を浸食している感もあるゾンビもの。「○○オブザデッド」というタイトルも既に定番ですが――本作はそこから察せられるように、18世紀後半のフランスを舞台とした物語。「マリー・アントワネット」を中心に、死人と悪人妖人たちが入り乱れる物語であります。

 オーストリアから次期王・オーギュストの妃として嫁いできたマリー・アントワネットと、その弟アルベール。しかし彼女たちの馬車の前に現れたのは不死者(モルビバン)の群れ――密かにフランスで蔓延していた「蘇り病」で復活した死者の群れでありました。
 不死者の襲撃からただ一人生き残り、ベルサイユ宮殿にたどり着いたアルベール。思わぬ惨事に揺れる宮殿ですが、当代の王・ルイ15世は、アントワネットの死がもたらす混乱、何よりも外交への影響を防ぐため、彼女と瓜二つのアルベールに身代わりとなるよう求めるのでした。

 かくて姉に成り代わってとして宮殿に入ったアルベール。その才知と人柄で周囲を惹きつけていくアルベールですが、アントワネットの死に疑惑を抱く近衛兵のバスティアンは、彼に疑いの目を向けることになります。
 さらに、ルイ15世の愛人・デュ・バリー夫人に取り入りアルベールを狙う謎の美青年たちや、不死人たちを生み出し操る謎の一団が暗躍。誰が敵で誰が味方かわからぬ状況の中、アルベールの真意は……


 というわけで、ゾンビの方にまず目が行きますが、今のところゾンビそのものの脅威よりも、その陰で蠢く――その多くが実在である――人間たちの謎めいた行動が物語の中心に据えられている本作。つまりは、本作は伝奇も伝奇、大伝奇であります。

 主人公が歴史上の有名人の身代わりとなったり、性別を偽って王宮に入るというのは、これは洋の東西を問わず定番の展開かもしれませんが、しかしその身代わりがあのマリー・アントワネットの、身代わりとなるのがその弟というのはインパクト十分と言えるでしょう。
 これで非命に倒れた姉の代わりに懸命に頑張って宮中でのし上がる――というわけではもちろんなく、アルベール自身が何を考えているのか、いや、人間なのかすらわからない人物なのだから恐ろしい。

 そしてそんなアルベールと敵対する者たちも、まともな人間ではない――というより、よりわかりやすく悪人(我々の倫理観に照らして)か、人間以外。そう、本作は主人公をはじめ、登場人物の多くが善人ではなければ、時として人間ですらない物語――何が善で、何が悪かもわからない世界なのです。
(数少ない常識人であり、少なくとも悪人ではないのはバスティアンですが、その彼もまた……)


 第1巻の時点ではこの物語の構図はまだ暖機運転(それでも普通の物語よりも遙かに高回転なのですが……)という印象ではあります。しかしそれが第2巻では、不死者の群れが現れた屋敷で、同時に「宝石」が奪われているという謎めいた事実が判明し、一気に事態は大きく動き出すことになります。
 果たして不死者が「宝石」を狙っているのか、はたまた――という展開の末に明らかになるのは、この人だけは、と思っていたある人物の意外な行動と、そして意外どころの騒ぎではないその目的であります。

 いやいやいや、それはさすがにどうだろう、と言いたるその目的ですが、しかし既に蘇った死者が徘徊する世界でそれを言うのも愚かというもの(というより、その不死者の存在がある意味証明であるのかもしれません)。
 しかし仮にその目的が果たされたとして、それが期待した通りの効果を上げるものか――それは本作のこれまでの物語を見る限り疑問であります。いやむしろ、それが新たな地獄の門を開くのではないか、という恐ろしさもあるのですが……


 本作において不死者に再び「死」を与えるためには、首を切り落とさなければなりません。首を切り落とす――それは「マリー・アントワネット」にとってどれだけ不吉な意味を持つか、現代の我々は知っています。
 果たして落とされるのは不死者の首か、「アントワネット」の首か――まだ見えぬその未来が大いに気になる物語であります。


 ちなみに本作のシナリオ協力は、『オブザデッド・マニアックス』などの著作がある大樹連司こと前島賢。色々な意味で納得の人選であります。


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2019.11.08

『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」

 逸刀流を追う万次と凜の前に一人現れた虚無僧姿の男・閑馬永空。天津を倒すために手を組みたいという閑馬の言葉を一蹴し、襲いかかってきた閑馬をあっさり倒す万次だが、閑馬もまた万次と同じく血仙蟲の持ち主だった。そして万次は閑馬の持つ毒・血仙殺によって不死身の肉体を封じられ、瀕死に……

 原作と順番が前後して槇絵との対決や影久と凜の出会いが描かれたため、今回のアニメでは出番を飛ばされたかと思ったものが、無事(?)登場することとなった閑馬永空。個性的な剣士が多かった初期の逸刀流剣士の中でも、万次と同じ肉体を持つという強敵であります。
 当然ながら斬られても死なない肉体を持ちながらもそれだけでなく、血仙蟲を殺す毒を使って万次の不死身ぶりを逆手に取る(かつての傷が一気に開くというのが何とも凄惨)、赤子を人質にとって偽八百比丘尼を仕立て上げて凜を攫う(その後、偽者は殺害)と、やることがいちいち周到でエグいのは、さすがは戦国生まれと言うべきでしょうか。


 さて、その閑馬を描く今回のスタッフは、絵コンテ・川尻義昭、総作画監督・箕輪豊という布陣。監督の浜崎博嗣も合わせて、往年の川尻作品を彷彿とさせる顔ぶれであります。
(閑馬永空の顔が、原作に比べて箕輪感というか川尻感あるビジュアルに見えたのは気のせいか)

 もっとも、アクションの方は期待しすぎたかな――という印象もありますが、終盤の万次が月を背景に現れる外連味あふれる復活シーンから、凄惨極まりない殺陣というか潰し合いに展開していく辺りの流れは、なかなかの見応えでありました。
(ただ、万次の名台詞「解体しろジジイ!」は、原作のように斬る前に言う方が、万次っぽくて良かったような気はします――というのはうるさい原作ファンの戯言)

 そしてその閑馬との血戦の最中、追い詰められた万次に逆転のきっかけを与えるのが凜の「殺陣・黄金蟲」というのは、己を蟲と自嘲していた閑馬には何とも皮肉かつ痛切な一撃となっているのは、やはり何度見ても面白いところでしょう。
 ちなみにこの時の凜の台詞は、原作では
「二百年も生きてきて一度も人の上に立てなかったというなら……」
というあまりにキツいものだったのですが、このアニメ版では
「二百年も生きてきて何も残らなかった、何も残せなかったというなら……」
と、ある種普遍的かつある意味よりキツいものとなっているのには、感心させられました。

 初期の定番パターンである、激闘が終わった後の〆の凜と万次の会話も印象的なエピソードであります。


 しかし物語も後半に行くと(国家権力をバックにしていたとはいえ)他人への血仙蟲の移植を成功させたり、万次がわりと雑に赤の他人の腕を移植したりしているのを見ると、やっぱり閑馬って……


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon


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 無限の住人

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2019.11.07

鮫島円人『蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選』 人間と人間以外が織りなす「人間」ドラマ


 同じ東洋の怪異譚というのが心を惹きつけるのか、短編という形式が良いのか、中国の志怪小説を中心とした怪異談の漫画化は、我が国で比較的よく見かけるところであります。そして本書はその中に新たに加わった名品――新人とは思えぬ筆力で、古典を巧みに現代に甦らせた作品集であります。

 河北省のとある農村のとある農家に、仲睦まじい若い夫婦がいた。しかしある日嫁は盗賊に襲われ、傷だらけになりながらも操を守り通して亡くなった。そしてある晩、夫の前に……
 という「冥府に行った嫁」に始まり、リイド社のwebコミックサイト「トーチweb」に掲載された8編に、描き下ろしの掌編2編を加えた全10編で構成された本書。

 その内容は多岐に渡りますが、その多くに共通するのは、人間と人間以外(人間の霊魂も含めて)の交流をテーマとしている点であります。
 犬に襲われた狐を助けた男のもとに美女が現れる「狐の掟」、一夜の宿を借りた男が家の娘を嫁に迎えるも、娘は山を恋しがり――という「異類の娘【虎】」、猟師の男が山中で出会った娘と結ばれるも、彼女を想う気持ちが悲劇を引き起こす「異類の娘【狼】」……

 日本でもお馴染みのあのテーマを題材にしたこれらの物語のように、人間と人間以外の存在――本来であれば生きる世界を異にする存在同士が出会い、想いを通わせるという趣向の物語を中心に、本書は怪異のみでは終わらない、豊かな「人間」ドラマを描き出すのであります。
 もちろんそれは必ずしも明るい結末とはならないのですが――特に「狐の掟」の皮肉かつ無情極まりない結末には絶句――しかしそれもまた、怪異の中の人間性と言うべきものを描いているゆえと言えるのではないでしょうか。


 その一方で本書が巧みなのは、こうした物語を、恐ろしく、あるいはシリアルに描くばかりではなく、かなりの部分でコミカルに、可愛らしく、そして何よりもイマっぽく描く点であります。

 特に登場する女性陣の可愛らしさ、愛らしさは特筆もので――上に挙げた3編のヒロインなど、単行本発売時に店舗特典のイラストカードになったほど――純粋にそういう方面に期待しても、それを裏切られないでしょう。
 その一方で、数はそれほど多くはないものの、アクションシーンや怪異描写も実に巧みで――作者はこれが初単行本のようですが、その筆力には驚くほかありません。

 そしてもう一つ驚かされたのは、その原典の豊富さと選定眼であります。
 本書は(他の中国志怪ものがそうであるように)中国の志怪小説等を題材としているのですが、その題材が通り一遍のものではないのであります。

 「述異記」「酉陽雑俎」「太平広記」「稽神録」「閲微草堂筆記」「子不語」「夜譚随録」「諧鐸」――「酉陽雑俎」はそれなりに見かけるものの、それ以外のものはあまり他所では見かけないものばかり。
 特に半数以上の作品が清代の原典を題材としているのですが、清代の志怪小説(的短編小説)といえば何と言っても「聊斎志異」が真っ先に浮かぶのに対して、それを外してくるのが、何とも心憎いところであります。
(本書で最も多く題材となっているのが「閲微草堂筆記」ですが、実のところ岡本綺堂の『中国怪奇小説集』でしか読んだことがありませんでした)


 テーマの料理の仕方の巧みさと、その描写の旨さ、そして題材選びの面白さで、現代の日本に生きる我々にとっても魅力的な怪異譚を描いてくれる本書。
 幸い、続編『蓬莱エクステンド』も現在連載中とのこと、まだまだこの先も十分に魅せていただけそうであります。

 なお、この作品を知ったきっかけは、武川佑先生によるレビュー記事によってでした。この場を借りて御礼申し上げます。


『蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選』(鮫島円人 リイド社torch comics) Amazon
蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選 (torch comics)

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2019.11.06

わらいなく『ZINGNIZE』第2巻 大敗北、そして第二の甚内登場!


 江戸時代初期の江戸を騒がせた三甚内と風魔小太郎の激闘を描くバイオレンスアクション時代劇『ZINGNIZE』の第2巻であります。この巻では、高坂甚内に続く第二の甚内・庄司甚内が登場。遊女屋の主を務めるヘタレの庄司甚内と、風魔小太郎にボロ負けした高坂甚内の出会いが生み出すものは……

 大久保長安の依頼により(実際には長安配下のくノ一・お菊に一目惚れして)凶賊・風魔小太郎との対決に乗り出した高坂甚内。
 しかし竜巻を操って宙を舞い、真っ二つにされても再生する異常な肉体を持つ小太郎には、さしもの甚内の力も全く及ばず――もうびっくりするくらいボッコボコにされた挙げ句、天空高くから放り出されるのでした。

 甚内の無茶苦茶な忍法と体力、そしてイタチの最後っ屁めいた技、さらにはお菊の援護でその場は逃れたものの、愛する女性の前でいいとこ見せようとして逆にボロ負けした末に凹みまくりの甚内。
 見るに見かねたお菊は、たまたま長安を訪ねてきた柳町の遊女屋・西田屋に頼んで、甚内を励まそうとするのですが――実はこの西田屋こと庄司甚内こそは、風魔小太郎に送り込まれたスパイで……


 『ZINGNIZE(ジンナイズ)』というタイトルにもかかわらず(?)第1巻では高坂甚内しか登場しなかった本作。それがこの巻ではようやくというべきか、第二の甚内――庄司甚内が登場することになります。

 三甚内の中でも、ある意味最も有名な人物と思われる庄司甚内(庄司甚右衛門)。家康に許されて小田原から江戸に乗り込み、遊女街を――後の吉原の基礎を作った彼は、その一方で風魔の一員だったという説もある人物であります。
 そんな虚実入り交じった逸話ゆえか、この時代を舞台にした伝奇ものではほとんど常連の庄司甚内。しかし高坂甚内や風魔小太郎をこれだけ豪快にアレンジした作品であれば、ただの(?)庄司甚内であるはずもないでしょう。

 そしてその本作の庄司甚内は――結構なヘタレ。風魔小太郎の配下でありながらも荒事は苦手、血を見ると吐き気を催すその性格から、小太郎には半ば放置されていたという男であります。
 しかし戦闘向きではないその性格と立場を小太郎に利用され、逃げおおせた高坂甚内の周囲を探るべく送り込まれた――というと何やら小狡い男のように思えますが、しかしやはり彼もまた、本作の「甚内」に相応しい男なのであります。

 突然自分の店に現れ、平然と店の遊女を惨殺した小太郎。その小太郎の圧倒的な暴力の前には、ただ平伏するほかない庄司甚内ですが――しかしさらにもう一人の遊女が小太郎の手にかかりかけたまさにその時、甚内が一瞬のうちに手にした十文字槍が唸りをあげる!
 ……と、小太郎に通じるはずもないのですがその意気やよし。どうやらこの庄司甚内、自分の身は可愛いが、自分の大事なものを守るためには牙を剥くことも辞さない男のようであります。

 もっとも、頭に血が上ると見境がなくなるだけの気もしますが、しかしヘタレなだけでなく、一種正義感めいたものを持つこの男、嫌いにはなれません。


 そして首尾良く高坂甚内の懐に潜り込んだ(と思ったら一瞬でスパイとバレた)庄司甚内ですが、なりゆきから高坂甚内と肩を並べて風魔の下忍と戦う羽目に。ここでも存外な人の良さを発揮する庄司甚内ですが――しかし彼の本領発揮はこれからであります。

 柳町に現れた風魔一党の怪剣士・小妻岩人。高坂甚内のもとへ案内しろという岩人の言葉を、庄司甚内は拒むことになります。
 しかし岩人が手にする籠釣瓶(!)は、常識を越えた斬撃を放つまさしく妖刀。その攻撃を躱すのがやっとの庄司甚内の周囲で無辜の人々が虐殺されていく中、甚内の脳裏によぎるのは、槍の使い方を語る兄貴分の姿……

 なるほど、槍で遊郭といえばこの人物がいたか! というチョイスにも唸らされますが、やはり盛り上がるのは、高坂甚内とお菊の姿にほだされて、己の命を的に立ち上がる庄司甚内の姿。
 ここまでで第2巻は幕なのですが、高坂甚内とは全く異なる強さを持つ者として、ここから繰り出されるであろう、庄司甚内の技を楽しみにしたいと思います。

(アクションの見づらさは相変わらずですが、しかしだいぶ慣れた……か?)


『ZINGNIZE』第2巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon
ZINGNIZE(2)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)


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2019.11.05

『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」

 万次に稽古をつけてもらったものの、全く及ばず思い悩む凜。そんな中、偶然天津影久が一人でいるところに遭遇した凜は影久に襲いかかるも、あっさりとねじ伏せられてしまう。しかし凜を殺そうともしない影久は、彼女ががむしろ自分たちに近いと語るのだった。そして影久が思い出す己の原点とは……

 凜と天津の遭遇――そして天津の口から、彼の行動原理と、それに基づいたとも言える凜の父を殺した理由が語られる今回。殺陣はほとんどない静かな回ですが、天津と逸刀流の――すなわち本作で描かれる剣士の一つの理が描かれる、重要なエピソードと言えるでしょう。

 影久の語る剣士の在り方――強くなる事に心を砕いた者のみが優れた剣士と呼ばれるべきというそれ――は、(その成果が人格破綻者も少なくない面白剣士集団となったことを思えば)歪なものかもしれませんが、しかし少なくとも一面真実であることも確か。
 そしてそれと対峙し、打ち破るべき者が、スタイル自体はほとんど逸刀流と同類である万次ではなく、その理によって全てを奪われた凜である――というのは一種美しい形ではありますが、その彼女もまたその同類に近づいているという皮肉さは、今見ても見事だと感じられます。

 この構図をこの先どのように膨らませていくのか、そして今回あまりにも弱く、甘かった凜がどのように変わっていくのか――本作の向かう先を示してみせたエピソードと言えるでしょう。
(ちなみにこのエピソード、以前のアニメ版では実質最終回となっていて、それはそれで納得できるものでした)


 が、そんな回のわりには作画がちょっと微妙――なのはさておき、物語としてそれだけに留まらず、過去編を色々と織り交ぜてきたと構成は、原作との比較の点でも、ちょっと面白いところであります。

 前回語られなかった影久と槇絵の過去と、彼女を挟んでの影久と祖父・天津三郎の対峙、半ば狂気の祖父に見切りを付ける影久と黒衣、そしてそんな影久への妬心から斬ろうとしていたところを逆に旧友の阿葉山宗介に斬られる三郎……
 というある意味過去編のパッチワークなのですが(特に阿葉山のシーンは原作では相当後だったように記憶)、まとめることで上述の影久の思想が成立するまでを一つの流れとして見せているのには納得であります。

 しかし黒衣、凶(たぶん)と、回想シーンに登場していた腹心とも言える初期メンバーが万次に次々と撃破された影久、それは確かに万年胃痛のような表情になるかもしれません。


 しかしAmazonのあらすじ、「逸刀流どころか万次にすら遠く及ばなかった」ってちょっとひどくないでしょうか。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon


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 無限の住人

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2019.11.04

横山光輝『伊賀の影丸 闇一族の巻』 兄弟忍者の死闘が生む強烈な無常感


 前回の紹介から大変に間が空いてしまいましたが、『伊賀の影丸』全エピソード紹介の第三回は、「闇一族」の巻。山城国で起こった一揆の背後に暗躍する怪忍者集団・闇一族に対して、影丸と村雨五兄弟が挑む、ある意味異色作であります。

 山城国で代官屋敷を襲撃した一揆。その対策に派遣された公儀隠密たちは、その背後に謎の忍者の存在を知ることになります。
 仲間たちが次々と討たれる中、ただ一人瀕死の状態で江戸に帰還した隠密によってそれを知った五代目服部半蔵。彼は自分にまで襲いかかってきた忍者たちを撃退(ここでの半蔵がいかにも古強者感があって格好良い!)し、影丸を呼び出すのでした。

 影丸に対し、謎の忍者たちの正体が、かつて北条氏に仕えた忍者・闇一族であることを語った半蔵の命により、影丸は村雨兄弟とともに山城国に向かうことになります。
 かくて、右門・十郎太・数馬・霧丸・源太郎の五人の村雨兄弟とともに山城国に潜入した影丸。しかしその前に、彼らの動きを察知した影一族の強者六人が立ち塞がることになります。激しい忍法合戦の末に次々と敵味方が散っていく中、影丸が知った敵の黒幕の正体とは……


 本作の基本パターンの一つである、忍者が暗躍している藩に潜入し、敵忍者と対決しながら秘密を探るというスタイルの、この「闇一族」の巻。
 首領の蓮台寺のほか、岩風・かげろう・人影・海老・火炎・左門ら六人を中心とした闇一族は、毒物の扱いに長けるという設定ですが――それに対する存在が今回のゲスト公儀隠密である村雨兄弟であります。

 その名のとおり実の兄弟である彼らは、子供の頃から少しずつ毒物を採取することで毒に対する耐性を身に着けた忍者たち。そしてそれに加え、一人一人がそれぞれ得意の忍法を持っているのは言うまでもなく、影丸+村雨兄弟vs闇一族のトーナメントバトルが展開することになるのはもちろんであります。
 特に最年少の源太郎の縄術と、同じく縄術を得意とする左門の対決は、異形の武器によるスピーディーなバトルもさることながら、源太郎は毒付きのかぎ縄を用い、左門は相手の周囲によって蜘蛛の巣のような陣を仕掛け――と、微妙に異なる技使いである点も相まって、今回のベストバトルの一つでしょう。


 そんなわけで忍者アクションとしての面白さは言うまでもないことながら、この「闇一族」の巻は、物語としては(後述の点を除けば)比較的シンプルな内容であるといえます。

 そんな中でこのエピソードが他と大きく異なる点は、村雨兄弟の存在であることは言うまでもありません。
 他のエピソードでも、強敵と戦う影丸の仲間として登場する公儀隠密のゲスト忍者たち。しかし彼らは独特の忍法とビジュアルを持ちながらも、そのほとんど全てが、背景となる人物像はわかぬまま、敵と戦い、死んでいくという点では、一種没個性な存在と言えます。

 それに対して村雨兄弟は、ごくわずかとはいえ彼らの普段の生活(これがユルそうなのがまたいい)が描かれ、そして何よりも、兄弟という人間的な繋がりがある。そしてそれが、彼らの人物像として――言い換えれば人間性として――作中で大きく機能しているのであります。
 正直なところ、相変わらず敵には全く容赦しない(ある意味実に横山主人公らしい)影丸よりも、肉親を失って悲しみ憤る彼らの姿は人間的と感じられるのであり――それは忍者同士のひたすらドライな潰し合いが続く本作においては、特異ですら感じられるのです。


 そしてそれがこのエピソードの結末――闇一族が幕府に対する尾張の(影丸の言葉を借りれば)「たんなるいやがらせ」のために動いていたという真実に繋がる時、ただそれだけのために敵味方の忍者たちが――特に村雨兄弟という「人間的な」存在が――次々と命を落としていったという構図が、強烈な無常感を生み出すことになります。

 実のところ、本作は一種のヒーロー漫画でありつつも、結末の達成感や爽快感というものには縁遠いエピソードが多い物語であります。その中でもこの「闇一族」の巻は、村雨兄弟という本作においては特異な存在を配置することによって、屈指の空しさを感じさせるエピソードであると、そう確認させられた次第であります。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第3巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon
原作愛蔵版 伊賀の影丸 第3巻 闇一族 (3) (KCデラックス)


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2019.11.03

長谷川卓『嶽神伝 風花』下巻 武田家滅亡、そして無坂のたどり着いた場所


 作中時間で約50年と、長きに渡り描かれてきた山の者・無坂の物語も、いよいよ本書において完結となります。武田家の命運も尽きかける中、若き日に救った諏訪御寮人の母・小見の方を救うため、無坂は人生最後の戦いに挑むことに……

 上洛をうかがう武田家と、その途上の徳川家の間で繰り広げられる激しい戦い。その中で劣勢の家康が逆転の一手として信玄暗殺のために伊賀者を放ったことから、忍び同士の暗闘も繰り広げられることとなります。
 徳川方の籠城に身内が巻き込まれたことから、この戦いに関わることとなった無坂は、武田方、徳川方を問わず、追いつめられた命を救うために奮闘するのですが――もちろん歴史の大きな動きを止めることはできません。

 三方ヶ原の戦いで惨敗を喫した家康を救った無坂。ここで武田の追撃が行われれば家康の命運も尽きたはずですが――しかし病に冒されていた信玄が逝ったことから武田は退却ことになります。
 実質的に信玄の後を継いだのは信玄と諏訪御寮人の子・勝頼。はじめは周囲を快調に討ち平らげていた勝頼ですが、しかし失策と運命の悪戯から長篠の戦いで惨敗。同盟を結んでいた上杉も、謙信が急逝した後の御館の乱で力を失い、櫛の歯が抜けるように勢力を減じていった武田家に、ついに最後の日が訪れることに……


 と、戦国史に少しでも興味がある方であれば常識であろう、信玄亡き後の武田家没落の歴史。この下巻では、その姿が、無坂たちの眼を通じて描かれることとなります。

 これまで様々な戦国武将と浅からぬ縁を持ってきた無坂ですが、そもそもその始まりは、彼が小見の方を救ったことに――すなわち、武田家と縁を持ったことにあります。以来、今川・北条・上杉と縁を持ってきた無坂ですが、しかし様々な意味で、武田は別格であったと言えるでしょう。
 元々、山の者として里の戦には関わらず、ただ求められた時、巻き込まれた時のみ戦ってきた無坂。しかし、「一度助けた命は最後まで見守らなくてはならない」という山の者の掟が、彼と武田を――小見の方を強く結びつけていたのであります。

 それゆえに、もはや70を越してもなお、武田家の行く末を気にかけ続ける無坂。小見の方にとっては孫に当たる勝頼のことを気にかけて向かった長篠では武田家の惨敗を目撃、敗走する勝頼を追ってから助けたものの、無坂はなおも武田家と関わろうとするのであります。(といいつつ、その後、北条幻庵の依頼で、彼の子である上杉景虎を救い出すべく越後に向かうというのもまた彼らしい)

 しかしもはや戦いの趨勢は明らかな中、武田家と関わるということは、命を賭ける、いや捨てるとほぼ同義と言えます。それでもなお、小見の方を守るため、無坂はただ一人高遠城に足を運ぶのであります。


 これまで『嶽神伝』という物語の両軸として存在していた、山の者の物語と戦国武将の物語。無坂の存在によって時に結びついてきたこの両者ですが、しかしそれはあくまでも一時のこと。時が来れば無坂は山に帰り、両者は再び別の世界に分かれてきました。
 しかし本作の結末において、その両者は――無坂にとっては――決して分かたれないものとして結びつくこととなります。

 それが何を意味するか、それをここで述べる必要はないでしょう。しかしここに至り、これまで幾度となく敵として対峙し、命のやり取りをしてきた武田の忍び・かまきりたちと無坂が肩を並べて戦ったことは、無坂が歩いてきた道のりがどこにたどり着いたかを示すものであると――そう述べることは許されるでしょう。
 そしてそれもまた、「嶽神」の現れの一つであると。

 それにしても、本作、特にこの下巻においては、様々な命の終わりが描かれてきました。信玄、信虎、謙信、景虎――こうした戦国武将たちのみならず、平穏に生きてきた山の者まで。
 そのいずれが良き終わりで、いずれが空しき終わりと感じるのは傲慢に過ぎるかと思いますが――しかし叶うならば山の者たちのような結末を迎えたいと、そう感じさせられてしまうのが、本作の力というものでしょう。(個人的にはコメディリリーフ的存在だったあのキャラクターの最後に強く強く胸を打たれました)


 しかし、もちろん命はこの先も繋がっていきます。二ツが、多十が、龍五が、青地が――山の者たちの生は、物語は、まだまだ続いていくのであります。そしてその中で、新たな嶽神も生まれることでしょう。
 その時を目撃できることを楽しみとして、今は本を閉じることとしましょう。


『嶽神伝 風花』下巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 風花 (下) (講談社文庫)


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2019.11.02

幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第6-7巻 二人の関係、あいつらの絆


 昭和初期、他人の夢の中に現れて「お告げ」をする力を持つ喫茶店「十十虫」の常連客・高月英兒と、怪力ウェイトレスの叶美和子のコンビが、様々な事件に挑む本作も、後半に入り物語はいよいよ充実。二人の関係に少しずつ変化が現れると同時に、周囲の人物のドラマも展開していくことになります。

 今日も今日とて、英兒のお告げをきっかけに様々な事件に首を突っ込む(巻き込まれる)英兒と美和子の二人。しかしどちらかといえば相棒やケンカ友達のようだった二人の関係性に、変化の時が訪れます。
 そのきっかけは、英兒の腹違いの兄・瑛一の登場。弟を溺愛する彼は、美和子は英兒に相応しくない! と痛烈なダメ出しをしたのであります。しかも実は瑛一は、以前の事件でカフェーに潜り込んだ美和子に怪しからぬ振る舞いに及ぼうとした人物。そんなところに兄に頭の上がらない英兒の煮え切らなさも手伝って、さらに状況は複雑に……

 美和子と兄では、立場的に兄に味方せざるを得ないという、何とも頼りない英兒ですが、さすがに自分の非を悟り美和子を追いかけることに。しかし彼が目撃したのは、学生服姿の人物と連れ込みに入っていく美和子――という衝撃的すぎるエピソードが、第7巻では描かれることになります。
 もちろん真相は愉快なものなのですが、しかしこういう時に一気に進むのが男女の仲。小さな、しかし自分の中に確実にある相手への気持ちに気付いてしまった二人は――と、定番ながらニヤニヤさせられる展開です。


 そんな二人の姿が描かれる一方、第7巻から8巻にかけて描かれるのは、シリーズのサブレギュラーである民間調査機関・八研の調査員・津吹と、その同僚・モモ(百彌)。チャラい津吹と仏頂面のモモ――全く対照的なこの二人の過去編が、シリーズ初の全4話構成で描かれることになります。

 震災から5ヶ月後の大正13年、震災で職をなくし、夜はバーテンダーとして暮らしていたモモと、その店の常連客の津吹。泥酔するたびに死にたがる津吹と、彼の世話に手を焼くモモ――そんな二人の若者は、東京を騒がす通り魔事件の噂を耳にすることになります。
 鋭利な刃物で殺された二人の犠牲者が、津吹の知人と顔見知りであることを知った津吹は、通り魔を捕まえたら店秘蔵のアブサンを飲ませて欲しいと語るのですが……

 昭和4年の「今」は、前述のとおりチャラい言動で英兒と美和子に何かとちょっかいを出す津吹。しかしここで登場するのは、表面上の明るさと裏腹に深い虚無を抱え、死にたがりという意外な姿であります。
 一体彼に何が――というのが物語の縦糸とすれば、もちろん横糸は通り魔の謎。こちらは正直なところあっさり判明するのですが――しかしここでついにあの事件が描かれることになります。

 これまで物語の遠景として、あるいは登場人物たちの運命を変え、今なお苦しめる傷跡として描かれてきた関東大震災。しかしその天災の中で、これだけは人災というべき悲劇、いや惨劇の存在を忘れるわけにはいきません。
 いつかは描かれるか、いや難しいか――と思われたあの事件。それをここでは、いささか捻りつつもほとんど真っ正面から描いてみせたのには、驚き、感服させられます。

 そして津吹を苦しめていたのも、震災の傷跡だったのですが――形こそ違え、自分と同様の傷跡に悩む者の犯罪をモモとともに暴いたことが、彼の未来に繋がっていくことになります。それは皮肉といえば皮肉かもしれませんが、しかし人間は変わっていくことができるという希望の表れでもあるのでしょう。
 過去編ゆえに英兒の出番はなく、したがって夢のお告げも登場しないのですが――しかし「二人の若者は夢を見る」というサブタイトルが実に相応しい好編であります。


 その他にもバラエティに富んだエピソードが収録されたこの2つの巻。藤田嗣治の存在が遠景となっている事件や、なんと江戸川乱歩本人が登場するエピソードなど、震災以外にも、「この時代」を象徴する人物や風俗が登場するのも大きな魅力であります(前者はミステリとしてもかなり面白い)。
 また、高等女学校を舞台に二人の美少女を巡る謎を描いたエピソードは、予想通りの題材と思いきや、さらに一歩踏み込んだジェンダー的な視点を提示してくるのにも、強く印象に残ります。

 正直なところ、冒頭に述べたエピソード以外は、主人公二人の存在感が比較的薄かったりもするのですが――しかしこれだけミステリとしても、時代ものとしても豊かな物語を見せられれば、これは世界観の広がりゆえと捉えるべきかもしれません。
 もちろん、二人の関係性が物語の中心にあるのは間違いのないところであります。この先、それが大きく動き出していくことになるのですが――それについてはまた別途。


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2019.11.01

『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」

 万次の前に現れた一人の夜鷹。その誘いに乗った万次は、彼女――逸刀流の新たな刺客・乙橘槇絵の罠を見抜き、これを一蹴するも、生かして逃がすのだった。しかし剣士と女の間で悩む自分に決着をつけるべく、覚悟を決めて再度現れた槇絵は段違いの強さを発揮。大苦戦の万次は捨て身の勝負を挑むが……

 どうやら閑馬永空は飛ばされることとなったのか(まあ、後の展開を考えると色々とややこしいキャラではあります)、今回のゲストキャラは乙橘槇絵――数少ない逸刀流の女性剣士であります。

 三味線の中に隠した薙刀とも見紛う三節槍を用いてアクロバティックな殺陣を見せる槇絵は、作中ではまず間違いなく最強の剣士の一人。
 その一方で、元遊女であり今は芸妓と、その腕とは裏腹の暮らしを送り、そして何やらワケありの逸刀流統主・天津影久との関係にも悩む――こういう表現が適切かはわかりませんが、「女性」としての部分を濃厚に持つキャラクターであります。

 スタートしたごく初期は面白剣士との派手な剣戟バトルの側面が強かった原作は、この辺りから逸刀流の剣士の内面にも深く立ち入った展開となっていくのですが、今回のアニメ版ではその一人である槇絵を桑島法子が好演。
 クライマックスの町家の間で繰り広げられる大殺陣も、スピードが速すぎて剣戟の間というものが薄れるきらいはあるものの(これは以前から薄々感じていたところではありますが……)、槇絵のトリッキーな武器と体術の面白さは描けていたかと思います。


 が――見ていて何だかどうにも据わりが悪い、と思わされてしまったのは、その槇絵の、槇絵と天津の過去が全く描かれず、ぼやかされたままであったことであります。

 もちろんそういう描き方もアリではありますし、あるいは今後にまとめて描かれるのかもしれません。
 しかし何故槇絵があれだけの強さを持ちながら迷い続けるのか(震え続けていた原作とは異なり、三人を斬っても何も感じないと明確に語っているのに)、そして天津との意味ありげな会話の意味は――実は原作では描かれていたその辺りが、このアニメ版では丸々カットされております。

 そのために、原作以上に――そもそも、剣士と遊女という二項対立自体が極論過ぎて――槇絵に感情移入しにくくなってしまった、という印象は否めません。


 この辺り、原作では5話かけたエピソードを1話でまとめたためかなとも思いますが、まとめるためには仕方ないようでいて、やはり槇絵が単純に甘い人に見えてしまうのは、ちょっと残念だなあ――と思った次第です。
(その辺りのわかりにくい天津・槇絵カップルと、わかりやすい万次・凜コンビという対比なのかもしれませんが、しかし……)


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