幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第6-7巻 二人の関係、あいつらの絆
昭和初期、他人の夢の中に現れて「お告げ」をする力を持つ喫茶店「十十虫」の常連客・高月英兒と、怪力ウェイトレスの叶美和子のコンビが、様々な事件に挑む本作も、後半に入り物語はいよいよ充実。二人の関係に少しずつ変化が現れると同時に、周囲の人物のドラマも展開していくことになります。
今日も今日とて、英兒のお告げをきっかけに様々な事件に首を突っ込む(巻き込まれる)英兒と美和子の二人。しかしどちらかといえば相棒やケンカ友達のようだった二人の関係性に、変化の時が訪れます。
そのきっかけは、英兒の腹違いの兄・瑛一の登場。弟を溺愛する彼は、美和子は英兒に相応しくない! と痛烈なダメ出しをしたのであります。しかも実は瑛一は、以前の事件でカフェーに潜り込んだ美和子に怪しからぬ振る舞いに及ぼうとした人物。そんなところに兄に頭の上がらない英兒の煮え切らなさも手伝って、さらに状況は複雑に……
美和子と兄では、立場的に兄に味方せざるを得ないという、何とも頼りない英兒ですが、さすがに自分の非を悟り美和子を追いかけることに。しかし彼が目撃したのは、学生服姿の人物と連れ込みに入っていく美和子――という衝撃的すぎるエピソードが、第7巻では描かれることになります。
もちろん真相は愉快なものなのですが、しかしこういう時に一気に進むのが男女の仲。小さな、しかし自分の中に確実にある相手への気持ちに気付いてしまった二人は――と、定番ながらニヤニヤさせられる展開です。
そんな二人の姿が描かれる一方、第7巻から8巻にかけて描かれるのは、シリーズのサブレギュラーである民間調査機関・八研の調査員・津吹と、その同僚・モモ(百彌)。チャラい津吹と仏頂面のモモ――全く対照的なこの二人の過去編が、シリーズ初の全4話構成で描かれることになります。
震災から5ヶ月後の大正13年、震災で職をなくし、夜はバーテンダーとして暮らしていたモモと、その店の常連客の津吹。泥酔するたびに死にたがる津吹と、彼の世話に手を焼くモモ――そんな二人の若者は、東京を騒がす通り魔事件の噂を耳にすることになります。
鋭利な刃物で殺された二人の犠牲者が、津吹の知人と顔見知りであることを知った津吹は、通り魔を捕まえたら店秘蔵のアブサンを飲ませて欲しいと語るのですが……
昭和4年の「今」は、前述のとおりチャラい言動で英兒と美和子に何かとちょっかいを出す津吹。しかしここで登場するのは、表面上の明るさと裏腹に深い虚無を抱え、死にたがりという意外な姿であります。
一体彼に何が――というのが物語の縦糸とすれば、もちろん横糸は通り魔の謎。こちらは正直なところあっさり判明するのですが――しかしここでついにあの事件が描かれることになります。
これまで物語の遠景として、あるいは登場人物たちの運命を変え、今なお苦しめる傷跡として描かれてきた関東大震災。しかしその天災の中で、これだけは人災というべき悲劇、いや惨劇の存在を忘れるわけにはいきません。
いつかは描かれるか、いや難しいか――と思われたあの事件。それをここでは、いささか捻りつつもほとんど真っ正面から描いてみせたのには、驚き、感服させられます。
そして津吹を苦しめていたのも、震災の傷跡だったのですが――形こそ違え、自分と同様の傷跡に悩む者の犯罪をモモとともに暴いたことが、彼の未来に繋がっていくことになります。それは皮肉といえば皮肉かもしれませんが、しかし人間は変わっていくことができるという希望の表れでもあるのでしょう。
過去編ゆえに英兒の出番はなく、したがって夢のお告げも登場しないのですが――しかし「二人の若者は夢を見る」というサブタイトルが実に相応しい好編であります。
その他にもバラエティに富んだエピソードが収録されたこの2つの巻。藤田嗣治の存在が遠景となっている事件や、なんと江戸川乱歩本人が登場するエピソードなど、震災以外にも、「この時代」を象徴する人物や風俗が登場するのも大きな魅力であります(前者はミステリとしてもかなり面白い)。
また、高等女学校を舞台に二人の美少女を巡る謎を描いたエピソードは、予想通りの題材と思いきや、さらに一歩踏み込んだジェンダー的な視点を提示してくるのにも、強く印象に残ります。
正直なところ、冒頭に述べたエピソード以外は、主人公二人の存在感が比較的薄かったりもするのですが――しかしこれだけミステリとしても、時代ものとしても豊かな物語を見せられれば、これは世界観の広がりゆえと捉えるべきかもしれません。
もちろん、二人の関係性が物語の中心にあるのは間違いのないところであります。この先、それが大きく動き出していくことになるのですが――それについてはまた別途。
『十十虫は夢を見る』(幹本ヤエ 秋田書店ボニータコミックスα) 第6巻 Amazon/ 第7巻 Amazon


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