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2019年12月

2019.12.31

「歴史・時代小説ベスト10」に参加しました&今年もありがとうございました。

 今年の更新も今日で最後となります。一年間、ありがとうございました。今年も「週刊朝日」の「歴史・時代小説ベスト10」に参加させていただくことができ、無事に一年を締めくくることができました。

 先週発売の「週刊朝日」2020年1月3-10日合併号に掲載された「歴史・時代小説ベスト10」は、文芸評論家や書評家、新聞や雑誌の書評担当者、編集者、書店員など「本読みのプロ」たちに対するアンケートによって選ばれたランキング。おそらくは、今行われている歴史時代小説大賞のランキングでは一番広い層が回答している企画ではないかと思います。

 対象となるのは2018年11月から2019年10月まで刊行された歴史・時代小説、その中から三作品に投票するのですが――たった三作品とはいえ、毎年非常に悩ましいのがこの投票。しかし今年は特に悩みました。
 というのも、私は今年は小説は文庫書き下ろしを中心に読んでいたためで――こうしたランキングはどうしても単行本が中心になるため、さてどうしたものかと頭を抱えてしまったのであります。

 とはいえ、結果としては投票した三作品のうち一作品がランクインし、コメントも掲載していただけたという、私としてはベストに近い結果となったので、ほっと胸をなで下ろしているところです。


 と、私個人の事情はどうでもよいとして、結果として2019年の歴史・時代小説ベスト10は、多くの方にとって(もちろん私にとっても)非常に納得のいく内容になっているかと思います。
 順位についてはちょっと意外に感じた部分もありましたが、10作品としてみれば、なるほど今年はこれ! というべきラインナップですので、ぜひご確認いただき、そしてランクインした作品をご覧いただければと思います。

 何はともあれ、今年もブログは毎日更新を達成することができました。来年の目標については――それはまた明日。

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2019.12.30

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第4巻 決戦、天皇料理祭! そして動乱の時代に料理が持つ意味


 あのミスター味っ子・味吉陽一が幕末にタイムスリップし、料理で勝海舟を助ける――という奇想天外な『ミスター味っ子 幕末編』も、ついにこの第4巻で完結。陽一が挑む最後の相手、それはこともあろうに若き日の明治天皇――日本の運命を賭けた料理GPの幕が上がります。

 勝海舟が腹を減らすたび、苦境に陥るたびに幕末にタイムスリップし、料理の力で勝を助けてきた陽一(と一馬)。倒幕派の諸藩との対立が決定的となった中、徳川慶喜を料理で説得して大政奉還を為さしめた勝と陽一たちですが、その前に思わぬ人物が立ちはだかることになります。
 それは明治天皇――味皇様の先祖である御所内膳正・村田源壱郎をも上回る料理の腕と、何よりも幕府諸藩何するものぞという意気軒昂たる天皇は、自ら主催する天皇料理祭(すめらみことにたきのまつり)の開催を宣言。幕府や諸藩はおろか、諸外国も参加OKのこの場で、勝った者が日本の支配権を得る――そんなとんでもないことを言い出したのであります。

 支配権云々はともかく、ようやく国内が落ち着きかけた今、薩摩や長州、ましてや外国に日本を好きにさせるわけにはいかない――そのために参加を決意する陽一と一馬ですが、この大会のテーマは牛肉料理。しかし肉食が一般的ではなかったこの時代、食用の牛肉というものは存在しません。
 材料調達に悩む陽一に、ヒントを語ろうとする龍馬。しかしその直後、龍馬は何者かの手に掛かって……


 と、クライマックスに至り、風雲急を告げるにもほどがある展開を迎えることとなった本作。確かに料理漫画において、料理勝負が物事を決するのは常識ではありますが、まさかそこに日本の支配権がかけられることになるとは!
 それを提案する明治天皇も、言動・ビジュアルとも何とも強烈で、いやはやラストを飾るに相応しいキャラクターが登場したものであります(確かにに本作の孝明天皇も、使者に扮して江戸城に乗り込んでくるような破天荒な人物でしたが……)。

 しかし、スケールが大きければ大きいほど、そしてキャラクターが極端であればあるほど盛り上がるのが料理漫画。それは本作も例外ではありません。
 朝廷、幕府、薩摩、長州、英国(!)と、これまで本作に登場した、さらに味っ子本編で活躍したあのキャラの先祖やあのキャラ本人(いきなりタイムスリップ)まで加わって、ラストの料理GPは盛り上がりに盛り上がるのであります(ここでピンチの陽一を二度に渡って助けるのがあの人というのも最高!)。

 が――陽一たちは、幕府の代表として参加するのではありません。彼が、そして勝が代表するのは庶民たち。そして陽一と一馬の料理も、庶民たちが食べている料理なのです。
 そして、この点にこそ、本作の料理漫画としての、歴史漫画としての意味が込められていると感じます。


 これまで、勝の願いに応えて料理を作り、結果として歴史を動かしてきた陽一。しかし彼自身は、何も勝の命を受けたわけでも、歴史を動かそうとしたわけでもありません。
 彼は冒頭から一貫して、ただ料理人として、皆に美味しいものを食べてもらうため、そして安心して美味しいものを食べられる世の中のためにその腕を振るっていたのであります。

 その想いと行動は、これまで本作の随所で――時に陽一以外の料理人の姿も通じて――描かれてきました。その破天荒な物語展開に目を眩まされがちでありましたが、本作で描かれたものは、動乱の時代の中で料理に――人間の当たり前の営みに何ができるかという問いかけでもあったといえるでしょう。
 そしてその答えは、決して料理を権力や政治のための道具にするのではなく、陽一がもともとそうしてきたように、人間の、庶民の生きる力にすることにこそあると――そう本作は一貫して描いてみせたのであります。


 さらに結末に至り、『ミスター味っ子』と『Ⅱ』の間の陽一の行動の理由が描かれたり、さらに陽一自身のルーツまでもが――と、『ミスター味っ子』シリーズとして、そのミッシングリンクを埋める作品としても見事に機能してみせた本作。
 冒頭と結末を、味っ子といえばやはりこれ、という料理で締めくくってみせたのも嬉しいところでしょう。

 その意外すぎる取り合わせという点において「母さん全然わかんないわよ!!」級でありながら、いざ蓋を開けてみれば料理漫画として、歴史漫画として、『ミスター味っ子』として、それぞれの要素が極めて高いレベルで絡み合い、絶妙の味わいを生み出してみせる――味皇様も納得の一作であります。


『ミスター味っ子 幕末編』第4巻(寺沢大介 朝日コミックス) Amazon
ミスター味っ子幕末編 4 (朝日コミックス)

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2019.12.29

山口貴由『衛府の七忍』第8巻 総司が見た幕府の姿、武士の姿 そして十人の戦鬼登場!


 相変わらず絶好調が続く『衛府の七忍』、第8巻の前半で描かれるのは「魔剣豪鬼譚」沖田総司編の決着編。愛する人を鬼に奪われ、復讐のために鬼の前に立った総司の戦いの行方が描かれることになります。そしてこの巻のラストより、ついに七番目の怨身忍者・雷鬼が登場。その意外な正体とは!?

 突如、幕末から江戸初期にタイムスリップした沖田総司。あまりの状況に困惑しながらも、持ち前の明るさから周囲の人々を引きつけ、この時代で平穏な生活を手に入れたかに見えた総司ですが――しかし想い合っていた町道場の娘が鬼によって無惨な最期を遂げ、総司は鬼との戦いを決意することになります。

 強大な力を持つ鬼に対し、数を恃むはかえって被害を増やすだけ、強力な剣士による一騎打ちにしくはなし――というわけで、口から炎を吐く異形の鬼・虹鬼と対峙する柳生宗矩と、刀剣御試役・谷衛成が変じた旗本狩りの鬼・霓鬼に挑む総司。
 それぞれ超実戦派の技でもって鬼に挑む二人ですが、しかし鬼の超常の力の前には及ばず……

 かくてついに始まった剣豪と鬼の決戦。宗矩と総司――剣豪ファンにとってはたまらない名前ですが、本作の二人は、史実に伝わる彼らの姿を本作流にパワーアップさせた強烈な個性がさらにイイのであります。
 紳士然とした(?)髭にも関わらず、戦場往来の武者としての容赦ない戦いぶりを見せる宗矩、イマドキの好青年キャラでありつつ、戦いとなればヤクザ顔負けの超実戦剣法で挑む総司――こんな二人が見たかった、と快哉を上げるほかありません。

 しかし二人はあくまでも人間、肉体の上では鬼には及びません。虹鬼の放つ強烈な炎に、霓鬼の肉体の異常な回復力に追いつめられる二人ですが――ここで宗矩には思わぬ助けが現れます。
 それこそは吉備津彦命――すなわち元祖鬼退治・桃太郎! 本作において、徳川方に味方する最強の敵として幾度となく登場してきた桃太郎が、ついにその力を発揮することになります。

 一方、霓鬼が――衛成が何に憤り、何に哀しんできたかを戦いの中で知ることとなった総司。それでもなお戦うことをやめるわけにはいかない彼が見せる最後の最後の手段とは……


 タイムスリップという反則技を駆使して、ほとんど異邦人である総司の目を通じた幕府創生期の姿を描いてきた今回のエピソード。それは同時に、この時代の武士の姿を描いてきたともいえます。
 腕試しのために無辜の民を斬る、物よりも人の命を軽く扱い殺める、そして天下静謐のために制外の民を犠牲として顧みない――ここで描かれた武士たちの姿は、同じ名で呼ばれながら、総司とは大きく異なるそれであることは言うまでもありません。

 もちろん、総司とて決して罪なき身ではありません。新選組として、命じられるままに屍の山を築いてきたその手は、あまりに血塗られているとしかいいようがありません。
 それでもなお、彼が他の武士たちと――そしてあるいは総司と同じ側に立つかもしれなかった衛成と――異なる存在として描かれるのは何故なのか?

 その答えの一端は既に描かれていると感じられますが、このエピソードのラストを見れば、おそらくはこの先の物語――彼が怨身忍者たちと、あるいは他の魔剣豪たちと対峙した時に、改めて描かれるであろうと想像に難くないのであります。


 そして久々登場の波裸羅様の大暴れを描く単発エピソードに続いて描かれるのは、ついに登場する最後の怨身忍者・雷鬼――黒須京馬の物語なのですが、これがまたいきなり時代劇ファン、忍者ファンであればそそられないはずがない展開となります。
 何しろ京馬は真田信之に仕える少年忍者、そしてその兄貴分となるのは、信之の弟・幸村に仕えた十人の勇者――真田十勇士。そしてその勇士たちが、冒頭からその不敵な顔を見せるのですから、期待するなという方がむりでしょう。

 もっとも十勇士も大坂の陣で六人まで討たれ、残るは猿飛佐助・霧隠才蔵・穴山小助・筧十蔵の四人のみ。死んだ者も含めてほとんど顔見せにとどまっている状況ですが、勇士と言うより戦鬼と呼びたくなるような顔ぶれを見ただけでもうたまりません。
 そしてその十勇士が、何故信之の、いや京馬の前に現れたのかは、まだ第一話である現時点では謎ばかりではありますが――鉄面皮の京馬の内心を、超能力者である小助の表情の変化で描くという、抜群に見事な場面などを見てしまうと、この先の展開にはもう期待しかないのであります。


『衛府の七忍』第8巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍(8) (チャンピオンREDコミックス)


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2019.12.28

百地元『黒狼』第3巻 死闘、狼vs豹! そして左之助を待つ天命


 幕末に死んだはずが、40年後の中国大陸に忽然と現れた原田左之助。その左之助が、あの張作霖の下で馬賊に加わり大暴れする快作――『黒狼』第3巻であります。作霖の宿敵・金寿山を倒したものの、左之助に迫る強敵の魔手。そしていよいよ左之助がこの時代に現れた理由の一端が……

 作霖に拾われ、紆余曲折の末に作霖率いる馬賊に加わった左之助。しかし馬賊は(も)上下の別が厳しい世界、下っ端ではろくに戦いに出ることもできません。
 もっともそれで左之助が黙っているはずがありません。折しも始まった金寿山との決戦で決死隊――左之助曰く「死番」――に加わった彼は、金寿山の砦を破るのに大きな役割を果たしたのであります。

 そしてこの巻の前半で描かれるのは、その帰路で繰り広げられる戦い――敵の頭は叩き潰したものの、いまだ数多く残る金寿山一党の残党、そして何よりも、金寿山に先日まで雇われていた馬賊浪人・灰豹との激闘が、ここで繰り広げられることになります。

 馬賊浪人とは聞き慣れない響きですが、簡単に言えばフリーの馬賊、その時々の気分によって主を変える男ですが――そんなやり方が許されていることからわかるように、その腕前は凄まじいの一言。乗った馬で空を飛ぶと言われるほどの遣い手であります。
 そしてその灰豹の異名は「日本人狩り」――日清戦争で故郷の群を焼かれて以来、手にした巨大な鉈で日本人の首を狩ることに異常な執念を燃やすこの男にとって、左之助は自分の獲物。その獲物を狩るために、灰色の豹が動き出したのです。

 かくて激しい砂嵐の中で一騎打ちを繰り広げる左之助と灰豹。銃の腕前はいまいちであっても、接近戦であれば左之助は歴戦の勇士中の勇士、生半可な相手に引けを取るとは思えないのですが――視界を奪う砂嵐の中でも、的確に襲ってくる灰豹に、さしもの左之助も苦戦を強いられることになります。
 絶体絶命の状況の中、左之助が見出した「気付き」とは……


 登場した時から、いずれ必ず左之助と激突することは約束されていたというべき灰豹。そのビジュアルといい行動原理といい、何ともインパクトの強いキャラクターですが――しかしそれだけに、左之助もようやく全力を以て相手できる敵が登場したと言えます。
 もちろんこれまでも本作において数々の死地に踏み込んできた左之助ですが、しかし個人対個人の争闘において、彼がここまで追い込まれたのは初のはず。強敵を得て本領発揮した左之助の姿は、こちらもこれが見たかった! という輝きに満ちています。

 そして窮地からの逆転の鍵となったのが、「あいつ」との思い出というのがまた泣かされるのですが――しかしその後に明かされる灰豹の本名に、全てが持っていかれた感もあります。
 そう、灰豹とはあくまでも渾名、その本名は――えええええ、お前が!? とひっくり返るような人物。ある意味作凜以上の大物の登場はさすがに予想外で、完全にやられたと天を仰いだ次第です。


 そして戦い終わり、一時の平穏を得た左之助が作凜に誘われたのは、奉天の人々が崇める女神・娘々の寺院。そこではぐれた左之助の前に現れた謎めいた美女が見せたビジョン――それは彼の呑み込んだ龍の瞳の欠片に繋がるものであり、そしてその中で彼の姿は……

 と、本作の核心に迫る展開が描かれるのですが――ここまで来て、最終話を迎えるとは!
 本作の中心に位置する秘宝・龍の瞳と、本作最大の謎である左之助の転生(タイムスリップ?)の真実。その双方を結ぶものの一端が見えたここで物語が幕というのは、あまりに残念、いや無念としか言いようがありません。

 作凜の下でこの先左之助がいかなる活躍を見せるのか、龍の瞳の争奪戦の行方は(ラストに登場するライバルたちがまた個性的なだけに)、そしてビジョンが見せた天命は現実のものとなるのか――何よりも、左之助を描く作者の筆が、まだまだ左之助はこんなものではないと叫んでいるのが、その画から伝わってくるだけに、ここでの完結はあまりに口惜しいのであります。

 果たして我々が知る史実の陰で、左之助がいかなる活躍を見せていたのか――いつか、どのような形でも知りたいと、今はただ願うのみであります。


『黒狼』第3巻(百地元 講談社アフタヌーンKC) Amazon
黒狼(3) (アフタヌーンKC)


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2019.12.27

『無限の住人-IMMORTAL-』 十二幕「終血 しゅうけつ」

 行き倒れたところを、仇である天津に救われた凜。しかし天津は幕府の罠により、加賀の心形唐流の門弟たちに追われる身の上に破傷風に犯されていた。そんな天津と行動を共にする凜だが、心形唐流の門弟たちに捕らわれ、天津ともども刃を向けられる。が、そこに万次が、凶が、槇絵が現れ……

 まだしばらく続くかと思われたものが、急転直下、いきなり今回でほぼ完結することとなった加賀編。いや、実際には加賀の場面は描かれず、天津の口から顛末が語られただけなのですが……
 その顛末とは、そもそも加賀の剣術流派・心形唐流が一門を上げて逸刀流の傘下に入りたいと望んだことから始まります。それ自体は当主の純粋な望みであったようですが、しかしそれに目を付けた幕府は、逸刀流壊滅の罠として流派に圧力をかけ、その結果当主とその娘は命を落とすこととなったのでした。それ故に門弟たちは天津を二人の仇として、血眼で付け狙っていたのであります。

 と、このアニメ版では天津の口からサラッと数秒で語られたこの部分、原作ではかなり丹念に描かれていたため、この大胆な省略には不満を持たれる方も多いのではないかと思いますが――個人的には他のエピソードに比べれば比較的(あくまでも比較的ですよ)に重要度は低いわりに結構ボリュームがあったため、話数が限られている場ではオミットもやむなしかな、とは思います。

 個人的にはむしろ槇絵が白川郷にいる――それも全てに絶望してほとんど自傷行為の形で自分の手を封じ、春をひさいで暮らしていた――理由が描かれていなかったのこそ違和感があったのですが……(かつて母と自分を捨てた父を殺そうとして果たせず死なれてしまった絶望からという流れ)
 まあ、このアニメ版では天津は妻帯しなかったので、その点は槇絵にとっては良かったのかもしれない――か?


 さて、それはさておき、やはり今回のキモとなるのは、思わぬ成り行きでともに旅することになった凜と天津の姿でしょう。

 前回ラスト、自分に救いの手を差し伸べたのが、自分が追いかけていた天津本人だったのに滅茶苦茶驚いていた凜ですが、しかし天津は自分を仇と狙う凜のことを大して気にも止めていない様子であります。
 元々、以前出会った際にも凜のことを殺そうとせず、むしろ彼女が精神的に自分たちに近いことを感心して(喜んで)いた天津。今回もそれはあるかもしれませんが、しかしそれ以上にいきなり気弱なことを言い出したのは、信じていた、いやようやく認められたと思った幕府に裏切られたためか、はたまた本来であれば無関係であった心形唐流の娘を巻き込んでしまった悔恨からか……

 いずれにせよ、凜にとってみれば全くもって勝手な話で、反撃してこない天津をボコるのも無理はない話であります。しかしそんな凜であっても、天津が病で弱り、そしてかつての自分の両親のように、多勢によって嬲り殺しにされようとしているのを見過ごすことはできなかったのであります。
 それどころか、折りよく現れた万次に助けるよう(結果的に)依頼してしまうのは、もちろん彼女の甘さであることは間違いありません。しかしそこには、同時にある種の希望の姿があると感じられます。

 剣のために周囲の犠牲を省みない剣士でも、己の楽しみのために殺す獣でもなく、人を殺し殺されることに躊躇い悩む人間であろうとする――これまでの復讐行を辿りながらも、なおその生き方を選んだ凜の姿は、堂々巡りのようでいて、しかし確かに一つの到達点であり、本作の(おそらくは)折り返し地点で描かれるに、まことに相応しいものであったと感じます。
 そしてそれこそは、万次が――凜の選択を聞いたときの嬉しそうな姿が印象的であります――凜の用心棒であり続ける一つの理由なのでしょう。


 が、その感動的な選択のために、ほとんど当て馬状態となってしまった心形唐流の門弟たちこそいい面の皮。
 天津を襲った場所が悪かったか、万次に続いて凶が、さらに槇絵が――と、本作でも最強に近い面子が次々と現れるのにはちょっと笑いがこみ上げていくほどであります。さらに彼ら自身のドラマが省かれたために、そのあっけない散り様に単なる斬られ役以上のものが感じられず、ある意味逆説的に無惨さを感じさせる結果となっているのを何と表すべきでしょうか。


 そして、今回のラストが何だか非常に良い感じにまとまったので忘れそうになりましたが、そういえば幕府の役人に招かれて宴会に興じていた逸刀流剣士たちはどうなったのか――まだまだ悲劇は続くようであります。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十一幕「秋霜 しゅうそう」

 無限の住人

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2019.12.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?


 記念すべき第20巻、そして物語的にも一つの折り返しを迎えつつも、色々な意味で通常営業の『ゴールデンカムイ』。遂にアシリパと再会を果たした杉元の決意、新たな第七師団の強者の出現、そして鯉登と鶴見の馴れ初めと、様々な角度から物語が紡がれていくことになります。

 アシリパの父の同志だった女傑・ソフィアの脱獄と期を一にして、ついに樺太の氷原で遭遇することになったキロランケ・尾形組と、杉元・第七師団組。激しい戦いの中でアシリパの毒矢を受けた尾形は瀕死となり、そして第七師団の三人を相手に獅子奮迅の立ち回りを見せたキロランケも、ついに力尽きることになります。

 そして再び出会うことができた杉元とアシリパは、再びアイヌの黄金を追う相棒としての契約を結ぶことになります。
 父は何故黄金を隠し、自分に託したのか――その謎を追いかけようとするアシリパと、一刻も早く黄金を見つけてアシリパをその運命から解放しようとする杉元と、想いは異なるものの、ここに再び二人+αの旅が始まることになったのであります。


 そしてそこから本作お馴染みの場面転換で描かれるのは登別の温泉地――第七師団の療養地であるかの地で傷を癒していたのは、菊田と有古という屈強な男二人。
 鶴見への手土産にと、有古が聞きつけてきた奇妙な格好の男の噂に興味を抱く菊田ですが、彼らに近づくのはその噂の男である刺青脱獄囚の一人・都丹庵士で……

 と、正直なところ、いきなり新たな敵が補充されたな、という印象のある今回の展開。さらに彼らと戦うのが、既に一度杉元に敗れている都丹というのもピンとこない点なのですが――しかし、戦闘中のちょっとした動きから、特務曹長の肩書きは伊達ではないと感じさせる菊田と、かつて八甲田山の遭難者捜索に駆り出されたアイヌである有古と、やはりキャラクター造形の面白さはさすがであります。
 同じく登別にやってきた二階堂と宇佐美の面白変態組とは大きく異なるものを感じさせる、どちらかと言えば月島や谷垣に近いものを感じさせるキャラクターであって――この先どのような活躍を見せてくれるのか、気になる面々であります。


 さて、舞台は再び樺太に移って、杉元とアシリパの心を曇らせるのは、尾形の容態。杉元にとっては己を殺しかけた憎い敵ではありますが、アシリパの手を汚させないためには、尾形には生きていてもらわなくてはなりません。
 そんな複雑な心境の中で、尾形の脱走を聞いて追いかける杉元の微妙な表情の描写が見事なのですが――しかしここで物語は思わぬ方向に移っていくことになります。鯉登の過去へと……

 海軍の名軍人を父に持ちながらも、日清戦争で壮烈な戦死を遂げた兄にコンプレックスを感じ、荒れていた少年時代の鯉登。そんな彼と初めて正面から向き合ってくれたのは、北海道から来た軍人・鶴見篤四郎だった――と、傍から見れば完全に「優しいおじさん」ぶりを発揮する鶴見の姿が恐ろしいこの過去編は、さらに意外な方向に進んでいくことになります。

 鶴見の出会いから数年後、ロシアのスパイと思しき一団に誘拐された鯉登。敵の狙いが父にあると知った彼は、ある決意を固めることになります。
 そしてそれを知った父の意外な行動、そして彼らを救おうとする鶴見――と、緊迫する展開の中で無茶苦茶なアクションとギャグシーンを投入してくるのがいかにも本作らしいところですが、しかしここで描かれるのは、鯉登父子の感動的な和解の姿(そして鯉登のハートを完全に射抜くキメキメの鶴見)。

 色々と煙に巻かれた末に、なんだかイイ話になった!? というのがこれまた本作らしいのですが、鶴見が絡んでいてイイ話で終わるはずがない。その証拠に――と、この巻ではまだ明示されぬものの、再び時間軸が現在に戻った時に、ある疑念を抱かせる構成は見事というべきでしょう。


 様々な人々が鶴見の思惑に絡め取られていく中、やはり今はまだ第七師団の監視下にある杉元とアシリパ(と白石)。しかし彼らばかりは、そんな軛など気にせずに、すぐに飛び出してみせることは間違いありません。
 しばらく敵味方がシャッフルされていましたが、再び三つ巴の(あるいは四つ巴?)の大乱戦が――黄金争奪戦が再び始まる日も遠くありません。


『ゴールデンカムイ』第20巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎

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2019.12.25

唐々煙『煉獄に笑う』第11巻 本能寺の変に動き出す表と裏の歴史


 石田佐吉と曇の双子が、呪大蛇復活を巡る戦いに挑む『曇天に笑う』前史もいよいよクライマックス。この巻で描かれるのは本能寺の変――いよいよ表と裏の歴史が一気呵成に動き出すことになります。

 天正伊賀の乱も集結し、様々な遺恨は残ったものの、ひとまずは平静さを取り戻した佐吉と曇の双子――「石田三成」の周囲。中国攻めを命じられた秀吉に従うことになった三人ですが、しかしその最中に大事件が発生することになります。
 それは言うまでもなく本能寺の変――大蛇候補者の一人である明智光秀が、織田信長に対して叛旗を翻したのであります。

 その過程と結果は表の歴史通り。しかし本作がそれと大きく異なるのは、本能寺にいたのが信長の影武者である比良裏であったことであります。
 そしてそれが何を意味するか、言うまでもないでしょう。そう、彼もまた大蛇候補者である真の信長は、本能寺で命を落とすことはなかったのであります。

 その一方で、中国大返しで畿内に戻る佐吉と芭恋をそれぞれ襲ったのは、やはり大蛇候補者である安倍晴鳴と国友勇真。
 事態を引っかき回すことに昏い喜びを覚える晴鳴と、芭恋を最愛の藤兵衛の仇として付け狙う勇真と――それぞれ目的と想いは全く異なるものの、今相手にするには面倒な連中であります。

 果たして佐吉と芭恋はこの難敵を乗り越えて先に進むことができるのか、そしてそんな中、いよいよ呪大蛇の力は天地に異変を招いて……


 というわけでまさしく風雲急を告げる展開となったこの第11巻。天正伊賀の乱にかけたボリュームを思えば、本能寺の変がかなりあっさりと終わってしまったのは(実際にタイムスパン的には大きく異なるとはいえ)かなり意外ではありますが、本作においてはこの大事件は通過点に過ぎないのでしょう。

 上で述べたとおり、本作の本能寺で炎に消えたのは影武者の比良裏であって、真の信長は何処へ姿を隠している状況。イメージ的には一番呪大蛇の依代に相応しい魔王は、いまだ健在なのであります。
 だとすれば、この次の舞台はあの地以外ないでしょう。表の歴史において本能寺の変の直後に消失し、そして裏の歴史においては、大蛇を巡る三本の巻物の一つがあるというあの地以外は……


 と、大いに盛り上がる展開なのですが、ただ一点、ちょっと引っかかるのは、本作における信長像というものが、今ひとつはっきりしない点であります。

 なるほど本作の信長は、実はこれまでその多くが影武者である比良裏だったこともあり、それは仕方がないことではありますが――その比良裏ほどの男が信長に心酔する理由というのが、どうにも見えないと感じられます。
 この巻の巻末に収録された番外編では、その比良裏と信長の出会い、そして比良裏の想いが描かれるのですが、しかしこれを読んでも、信長の魅力というものが伝わってこないのはいかがなものでしょうか。

 もっとも佐吉が秀吉に心酔する理由も同様に見えない――言葉で説明はされているのだけれども今ひとつ納得しにくい――こともあり、あくまでもこの辺りは背景として理解すれば良いのかもしれませんが……


 と、余計なことを申し上げましたが、それでもこの先の物語が大いに気になることはいうまでもありません、

 本作最大の謎である、本当の大蛇の依代は誰なのか、という謎。大蛇候補者の大半はいまだ生き延びている状況であり、候補者同士の直接対決が始まった今でも、その答えはまだまだ見えてこない――この巻のラストで描かれたものも、どこまでが真実なのか――状況にあります。
 また、故郷を奪われながらも姿を隠した百地丹波と烏たちもまた、このまま黙って消えるはずもありません。

 そしてこの先、どのように『曇天に笑う』に繋げるのか――等々、この先も一山二山ありそうな本作。何だかんだと言いつつも、この先の展開を大いに楽しみにしている次第です。


『煉獄に笑う』第11巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 11 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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 唐々煙『煉獄に笑う』第9巻 彼らの刃の下の心 天正伊賀の乱終結
 唐々煙『煉獄に笑う』第10巻 嵐の前の静けさ!? 復活の三兄弟

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2019.12.24

スエカネクミコ『ベルサイユオブザデッド』第3巻 ベルサイユ宮殿を死者が徘徊する日


 不死者の群れによって不慮の死を遂げたマリー・アントワネットの身代わりとなった弟・アルベールを中心に、怪人妖人神魔入り乱れる奇怪な物語、待望の続刊であります。謎の「宝石」を巡って、登場人物たちの間で繰り広げられる暗闘。その展開は、ついにベルサイユ宮殿を惨劇の場に変えることに……

 オーストラリアからベルサイユ宮殿に向かう途中、フランスで蔓延する蘇り病によって復活した不死者(モルビバン)の群れの襲撃を受け、思わぬ最期を遂げたマリー・アントワネット。そこで彼女と瓜二つの弟・アルベールは、フランス側の外交的配慮から、姉の替え玉として、オーギュストの妃となることになります。
 その立場を利用して自らの権力を固め、何ごとかを画策するアルベール。一方、不死人が出現した現場で、「宝石」が奪われているという事実を知った近衛兵は捜査を始めるのですが――その犯人はあろうことかオーギュストその人だったのであります。

 ベルサイユ宮殿の地下に秘匿されたジャンヌ・ダルクを復活させてこの国を救うという野望(?)に取り憑かれたオーギュスト。さらにその宝石を、ナポレオン(!)率いる不死人たちを操る一団を狙っていて……


 18世紀後半のフランスにアンデッド、そしてマリー・アントワネットの替え玉(しかも男)という題材だけでお腹いっぱいのところに、さらにジャンヌ・ダルクの復活というとんでもないものが投入されてきた本作。

 果たしてオーギュストが固く信じるように、彼女の復活が全てを好転させるのかという大きな疑問はありますが――しかし不死者が跋扈する本作では忘れがちになるものの、死からの復活というのはそもそも主の奇蹟であります。
 なるほど、かの聖女が死から蘇ったとすれば、そのインパクトたるや絶大なものがあることは間違いないでしょう。

 しかしそのための犠牲はいささか大きすぎたかもしれません。オーギュストが自分たちと同じく「宝石」を集める者として、不死者を操るカリオストロを、そしてその仲間であるナポレオンをベルサイユ宮殿に招き入れた結果、不死者たちまでもがベルサイユに入り込んでしまったのですから。
 そう、実にこの巻において、本作はタイトルどおりの状況を迎えることになります。生ける死人たちの徘徊するベルサイユ宮殿に……


 その大混乱の中、主要人物がついに一堂に会して――という展開は本来であれば大いに盛り上がるのですが、しかし個人的にはすっきりしないのは、全ての(ネガティブな)状況がオーギュストの愚かさによって引き起こされている点であります。

 確かに、ゾンビものでは頭の固いお偉いさんや、やたらと足をひっぱる無能なキャラが、バリケードの中にゾンビを引き入れてしまう――などと事態を悪化させるのは定番ではあります。
 しかし本作にその役割をオーギュストが一手に引き受けている――しかも立場故にほとんどのキャラクターは逆らえない――というのはどうにもフラストレーションが溜まるところであります。
(しかも彼の場合、ジャンヌ・ダルクの復活という物語の大きな要素を引っ張るキャラクターでもあるだけに……)

 物語的には一つのクライマックスを迎えたところではありますが、この点がひっかかってしまったことで、存分には楽しめなかったというのが正直なところであります。
 しかしこの巻のラストにおいては、本作の主人公が意外な行動に出て、それがさらなる奇怪な事態を引き起こすことに――と、先の読めない展開となってきた本作。

 結末は遠くないような印象もありますが、この先の展開を見守りたいと思います。


『ベルサイユオブザデッド』第3巻(スエカネクミコ 小学館ビッグコミックス) Amazon
ベルサイユオブザデッド (3) (ビッグコミックス)


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2019.12.23

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 9 妖たちの祝いの品は』 シリーズファン待望の短編集


 思わぬ運命から妖怪の子預かり屋になってしまった少年・弥助と、彼の養い親の元大妖怪・千弥を描く本シリーズも、あっという間に二桁目前。この巻は普段とはちょっと趣を変えた番外編――わき役たちを中心とした短編集スタイルとなっています。

 月夜公に横恋慕した末に周囲の者たちを手に掛けた末、脱獄して千弥と弥助を狙った最凶のヤンデレ妖怪・紅珠。本書では前の巻で描かれた、その紅珠との戦いの前後の物語が描かれることになります。

 今日も往診に飛び回る妖医者の宗鉄と、その娘の半妖・みお。そんな忙しい一日の最後に飛び込んできたのは、弥助をかばって紅珠の爪を受けた兎の妖・玉雪が、傷が癒えたはずなのにもがき苦しんでいるという知らせで――という『宗鉄の二つ名』に始まり、本書は全6話で構成されています。

 弥助のために、夏でも残る雪を求めて鈴白山に向かった玉雪が、冬のあやかし・細雪丸の「温もりが欲しい」という難題に挑む『玉雪の子守歌』
 千弥と弥助が江戸に来る前、鈴白山に迷い込んだところに現れた細雪丸が、凍えた弥助を助ける中で千弥と不思議な友情を結ぶ『鈴白山の冬の客』
 あらゆる子供を慈しむ妖怪・うぶめの視点から、彼女が鈴白山で救った二つの幼い魂の思わぬ向かう先を描く『うぶめの夜』
 久蔵の知人の古道具屋の若旦那が、店に持ち込まれた曰く付きの櫛の由来を探ったことから、悍ましい呪いに巻き込まれる『へちまの受難』
 そしていよいよ生まれる久蔵と初音の子供への祝いの品を求めてレギュラー陣が奔走する『祝いの品』

 いずれの作品も、前話と大なり小なりリンクした形で展開していくことになりますが、その内容は実にバラエティに富んだものであります。
 そもそもこれまでの8巻までの間で登場したレギュラー・サブレギュラーだけでかなりの人数に渡りますが(それにさらに新キャラが加わって)、そんな妖怪と人間たちが織りなす物語は、これまで以上にユニークなもの揃いなのです。

 その中でも特に印象に残るのは、『鈴白山の冬の客』でしょうか。
 前話の『玉雪の子守歌』で初登場の妖・細雪丸。本作では、温もりを求めつつもその素性故に他者と触れあえない細雪丸が、それでも人を助けるために奔走する姿が描かれるのですが――それだけでもグッと来るところに、そこにかつての千弥が絡むのが、シリーズファンには嬉しいところであります。

 江戸に来てすぐの千弥は――シリーズ第1作でも触れられましたが――人間にほとんど馴染みがなく、弥助を慈しもうとしても非人間的な行動をとってしまい、彼を苦しめるというアンビバレンスな状態。
 本作で描かれるのはまさにその千弥の姿なのですが、それでも細雪丸と触れ合う中で(これがまたブラックなコメディ風味でちょっと楽しい)少しずつ千弥が変わっていく姿が印象に残ります。

 そう、そもそも本シリーズの基調となっているのは、他者との触れ合いを通じて人や妖怪が成長していく姿であり――それは千弥においても例外ではない、いや彼こそが一番大きく変わった存在なのだと、今更ながらに感じさせられた次第です。
(冷静に考えてみれば、人のことを知らなかった割りに千弥は――というシリーズの謎の一つがここで解決するのも楽しいのです)

 そしてまた、本書でほとんど唯一、純粋な人間の視点からの物語という点で異色の――まさにシリーズの番外編と言うべき――『へちまの受難』では、ある状態にある女性にのみ作用する、不気味な呪いが登場。
 ここでこれでもかと描かれる妖怪よりも恐ろしい人間の負の情念の姿は、ある意味実に作者の作品らしく、時代ホラーとして実に魅力的な短編であります。


 その一方で、あまりに意外かつ、そういうことだったのか! と驚き感動すること必至の『うぶめの子守歌』があったりと、こちらの感情も存分に振り回された末に、幸せを絵に描いたような結末を迎える本書。
 千弥と弥助は脇に下がることとなりましたがその分他のキャラクターが魅力的に描かれ、さらにこの先の不穏な展開がさらりと予告されたりするのも心憎いところで――シリーズファンには必読の一冊であることは間違いありません。


 それにしても、千弥が坊主頭の理由は今回が初出だと思いますが――また何という爆弾を放り込んでくれるのか。あの二人の間の感情、いちいち重すぎます。


『妖怪の子預かります 9 妖たちの祝いの品は』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
妖たちの祝いの品は (創元推理文庫)


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 森野きこり『妖怪の子預かります』第1巻 違和感皆無の漫画版
 森野きこり『妖怪の子預かります』第2巻 まだまだ読みたい漫画版完結

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2019.12.22

「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その二)


 2020年最初の、そして創刊十七周年記念の「コミック乱ツインズ」誌の紹介の続きであります。まずは今号で完結となる『宗桂 飛翔の譜』から……

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 将棋家最大の晴れ舞台である御城将棋――将軍家治の御前で対決することとなった宗桂と宗英。しかし宗英とその父・宗順の背後には、策謀を続ける武田典膳の姿があります。宗順の弟子として城内に入り込んだ典膳は、ついに将軍家の叛意を露わにして……

 と、時代や場所は違えど、二作品続いて将軍襲撃という景気のいい(?)展開となった本作。大胆にも江戸城内で将軍を狙うという派手な展開は、あまり本作らしくないように思えるかもしれませんが――そこを、理屈屋でリアリストで、そして時に虚無的ですらある宗桂の言葉
が締めるという展開は面白い。

 しかし、さりげなく(?)とんでもない爆弾が投下される密書の内容ももちろん面白いのですが、やはりいささか終盤の展開が駆け足に感じられるのは、もったいないところではあります(最終巻である第3巻が大増ページというのもなんとも)。
 しかしある史実に絡めながら、全てが元の形に収まった――いや、勝助やお香がこの先どうするのか、という点はありますが――結末にはホッとさせられます。最後の最後で宗桂の意外な表情が見られるのもまた愉快であります。


『カムヤライド』(久正人)
 知らずとはいえ、自分(と瓜二つのノミの宿禰?)の処刑を命じたという最悪の相手であるオシロワケ大王の前に、ノコノコと出ていってしまったモンコ。当然ながらというべきか処刑命令が出されたモンコの前に立ちふさがるのはオトタチバナ――というわけで、ついに二大ヒーローが激突することになります。

 以前難波でも小競り合いがあった二人ですが、この時のモンコは脚に傷を負った万全ではない状態。それでは今はといえば、黒盾隊の知恵袋・ワカタケによって変身手段を封じられ――と、単純にヒーロー対決に持っていかない展開もまた心憎いところであります。
 そしてそのピンチを自分の知恵で切り抜けるモンコもまた痛快(というか副長以外黒盾隊は雑過ぎる)。さて、いよいよ本当のヒーロー同士の対決が……

 と思いきや、ラストで投げ込まれる爆弾二つ。果たしてそれがモンコにとって吉と出るか凶と出るか――いや、ヤマトの人々にとっては間違いなく凶なのですが。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに実の母である義姫から毒を盛られるに至った政宗。一命は取り留めたものの、その後に待っているのは、身を切られるように辛い肉親への処罰で――と、非常に重い内容の今回。
 得意の料理ネタのギャグも飛び出すものの、四コマギャグというより四コマストーリー漫画といった方がしっくりくる展開が続きます。そしてラストでは、政宗最後の悲劇というべきあの展開に繋がることに――いよいよ本作もクライマックスでしょうか。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 彦さんの家で楽しく宅飲みしていたら、小杉さんに恨みを持つ松平斧太郎たちの手勢に囲まれ大ピンチ――と思いきや、家からもの凄い勢いで炎が噴き出して斧太郎たちも読者も吃驚という展開から続く今回。もちろんこれは彦さんの仕掛けなのですが――隠し部屋でもあるのかと思ったら、普通に家の後ろから逃げたところを見つかってしまうのはちょっと迂闊であります。

 それでも彦さんの用意した逃走経路と、ここは俺に任せて――と阿修羅のように暴れる小杉さん(と仕方なくフォローに回る2人)のおかげで、小杉さんの因縁もひとまず決着となるのでした。
 ……と思いきや、非常に後味の悪い形でもう一撃来るのがいかにも梅安らしいところですが、まずは男三人で熱海の温泉に入りながら除夜の鐘を聞くという、年の瀬に相応しい場面で幕となります。


 というわけで、巻頭の『はんなり半次郎』と巻末の『仕掛人 藤枝梅安』と、奇しくも両方のラストが入浴シーンだった今号(だからどうした、というわけではないですが……)。
 次号は表紙&巻中カラーは『暁の犬』、そしてこれまでも何度か本誌に短編が掲載されている鶴岡孝雄の読み切りが掲載予定であります。


「コミック乱ツインズ」2020年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2020年1月号 [雑誌]


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2019.12.21

「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その一)


 号数の上では2020年最初の号となる「コミック乱ツインズ」1月号は、同時に創刊十七周年記念号でもあります。そんなわけで連載作品の主人公がコラージュされた賑やかな表紙(ちゃっかり『鬼役』の串部がいるのがおかしい)の今号ですが、いつも通り印象に残った作品を紹介していきましょう。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 野原で土方の二刀流の稽古につき合っていた半次郎をはじめとする求善賈堂の面々。と、そこに乱入してきたのは、怪しげな覆面の一団に追われたうら若い美女であります。
 もちろん美女を助ける土方たちですが、彼女が持っていたのは、ある曰く付きの武器。甲賀の抜け忍という彼女が語る、武器の来歴と追われる理由とは……

 サブタイトルが「水口の秘宝」ということで、わかる人には一発でわかる題材の今回。あれが話題になったのは一ヶ月ほど前だったような記憶がありますが、この辺りのスピード感は機を見て敏と言うべきでしょうか。
 今回、何故か二天一流まで会得していることを披露する半次郎ですが、女性の腕での二刀流の不利を補うため、あの武器を用いるというクライマックスのチャンバラの展開もうまいところであります。

 ちなみに今回の半次郎のお色気要素は、何故か褌姿で刺客団と戦ったほかは、ラストページの入浴シーンのみ。個人的に少ない分には全く構わないのですが、何だかとってつけたような入浴シーンに噴き出しそうになりました。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 前回、唐津藩水野家の徒目付・相良から、「二胴」の刺客の候補者三名を教えられた上、彼らの暗殺を依頼された小野寺佐内。相良の配下の吉兵衛の案内で、その一人である馬廻役の鳥居新二郎の力量を確かめるため、水野家下屋敷へ向かった佐内が見たものは……

 というわけで、いずれも腕の立つ三人の候補者を順に相手にしていくこととなった佐内。今回はその一番手の下見のみと、内容的にはある意味地味な回なのですが――しかし物陰から相手の腰の動きを見て一瞬でその剣の腕前を見抜く佐内と、その佐内の視線を感じとって構える鳥居と、静かな前哨戦とも言える内容が実に熱い。
 そしてそれを成立させる、その腰の隙のなさを、たった一、二コマの絵で示してしまう作者の画力にも感心するほかありません。

 画力といえば、吉兵衛といい鳥居といい、いや脇役の一人一人まで、全くもって美形とかハンサムとは無縁のビジュアルながら、実に味のある顔立ちなのもいい。そんな中でただ一人、睫毛もバッチリ長い佐内はやはり浮いているのですが、そんな顔で冷静に殺しの下見をする姿に、何とも言えぬ恐ろしさが感じられるのも、本作の面白さでしょうか。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 相良総三を狙った一撃必殺隊の奇襲は大失敗に終わったものの、決して薩摩側の被害も軽くなく、薩摩の豪剣士・伊牟田も深手を負って町屋に隠れる状況。そこに声のみ現れ、共闘を持ちかけたのは謎の忍びで――と、おそらくは前回、丑五郎らに島田の「真意」を語り、叛意を煽った謎の人物と同一人であろう怪人がまたも跳梁することになります。

 そして勝海舟から実質お払い箱とされた一撃必殺隊隊長・島田の前に、怪人に焚きつけられた丑五郎が現れ――と、最大の殺し合いが終わったと思いきや、まだまだ続く修羅場。
 このまま丑五郎、島田、伊牟田の三人が手玉に取られて殺し合うことになるのか――何とも気持ちの悪い状況のまま、物語は続きます。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 何を思ったか、尾張浪人による紀州の参勤行列襲撃を相模屋に知らせた紀伊国屋文左衛門。相模屋からその報を聞いた聡四郎は、どう考えても裏がある話ながら、しかし傍観しているわけにもいかない――と、玄馬をお供に六郷の渡しに駆けつけた聡四郎が見たものは、見るからに尾羽打ち枯らした浪人たちが今にも吉宗の行列に襲いかかるところだったのですが……

 思えば聡四郎たちの周囲で事件が次々と起こるものの、決してその先の真実にたどり着けることなく振り回されてきたこの「相剋の渦」編。その最たるものがこの吉宗襲撃であるわけですが――さて最後まで聡四郎は振り回されたままとなるのか。
 次回でこの章も完結とのことですが、さて……


 作品紹介は次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2020年1月号 [雑誌]


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2019.12.20

『無限の住人-IMMORTAL-』 十一幕「秋霜 しゅうそう」

 尸良を追って甲州街道を行く万次と凶。しかし尸良は雇った破落戸三人組を使って攪乱を仕掛け、万次に不意打ちをかける。不死身の体でこれを凌いだ万次に尸良の相手を譲られ、尸良に殺された恋の仇討ちを挑む凶。だが落とされた腕を武器に変えるほど尸良の狂った執念に苦戦を強いられることに……

 ここしばらく(凜の関所抜け回以外)、胸糞悪い事態を引き起こしまくっていた尸良――その尸良との(ひとまずの)決着回であります。挑むのはもちろん、彼とは因縁の間柄となった万次と凶なのですが――かつては殺し合ったこともある二人のコンビぶりがまず楽しいところであります。
 凜の用心棒と、逸刀流の刺客と――かつては宿敵同士だったものが(宗理先生が結んだ縁もあって)呉越同舟、旅の道連れとなった二人。どちらも妹恨――あ、いや、世の正道を外れた無頼を気取りつつも、どこか人の良さがあることもあってか、ブツクサ言いながらの旅姿は妙に楽しそうで、時間にしてみればわずかながら、印象に残ります。

 そしてそんな中で、万次が自分を付け狙ってくる尸良の相手を凶に譲るのは、何も自分が楽しようというのではなく、人のよさが感じられる――さらに言えば、わずかの立ち合いの中で尸良のコンディションを見抜き、自分たちに有利な状況に持っていくクレバーさにも注目――ところであります。
 そんな「女の仇討ちに血眼になる男」「戦う間も惜しんで小娘の後を追う男」――格好悪い男同士の意地の張り合いは、何とはなしに微笑ましいものすら感じられます。

 ただそれが作用してか、折角の因縁の決着戦も、何となく緩いムードになった気がしないでもなく――これは無駄に口がよく動く尸良のせいでもありますが――手負いの相手に場の有利を占めたはずが、結局追いつめられて一軒家プロレスみたいな状況になってしまうのは、ちょっと残念。
 さらに凶も尸良も、やたらと相手の攻撃を受けて深手を負うので、最後まで締まらない戦いになった――という印象は否めないところであります(にしても以前万次と戦った時といい、腹を刺されてもかなり平然としている凶は、下手をすると万次以上の不死身ぶりなのでは)。

 そして一方の万次の方は、尸良に雇われた通称「禿頭三兄弟」相手に、これまた緩いバトルを展開。これはまあ狙っての演出ではありますが、凶には格好いいことを言っておいて、いきなり脳天に矢を受けてダウン→残る二人に滅多刺しというのは完全にギャグの呼吸で――三兄弟が登場するたびに無駄にアップになる演出も含めて――雑魚には強い万次とは思えぬ弱さには、原作の時同様に泣かされました。

 さて、そんな二人を相手にした、ある意味今回の影の主役である尸良の方は、ついにその秘密兵器を披露。万次に斬られた自分の腕の骨身を文字通り削り、槍のような形にして襲いかかるのですが――レンジが短すぎて奇襲用にしか使えそうになかったり、自分が白髪になるくらい削るのが痛かったり、いや使っても痛かったりと、本人も言っているとおり何でこんなことをという代物ですが、しかし最近すっかり地味になっていた(この後も結構地味な奴が続く)本作の剣士連の中で、一人気を吐いてみせたのは立派だったというべきでしょうか。

 そんな尸良も、凶の渾身タックル(万次の真似)で崖から放り出され、辛うじて残る左腕で掴まったものの、その腕を落とされて滝壺に転落。これにて本作の対象年齢を一人で上げてきた奴も退場であります。
 しかし、崖落ちといえば……


 何はともあれ万次は凜の後を追い、凶も天津の後を追うことになりましたが――当の凜は帝王切開のふりをした時の勢いはどこへやら、行き倒れて助けられた相手は何と――と、ホラーみたいな悲鳴を上げたところで続きます。
(しかし尸良はいつのまに加賀での罠を知ったものか――偽一は既に知っていたようですが)


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」

 無限の住人

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2019.12.19

細川雅巳『逃亡者エリオ』第1巻 アップデートされた西洋伝奇物語開幕!


 中世のカスティージャ(スペイン)を舞台とした少年漫画として気になっていた『逃亡者エリオ』の第1巻が発売されました。地獄の監獄から自由の身となった青年エリオが、無実の罪を着せられた騎士の娘・ララを守り、自由と真実を求めて戦う冒険活劇であります。

 時は1350年、監獄内で千人の囚人を倒せば恩赦が与えられるという奇怪な掟のある監獄「ヘル・ドラード」200年の歴史で初めて、千人を倒して自由の身となったエリオ・サンチェス。

 わずか3年で千人を、しかも素手で殺さずに倒した彼は、出獄早々に街で枷をはめられ、周囲の人々から罵声を浴びせられる少女と出会うことになります。
 彼女の名はララ・レズモンド――騎士の家に生まれ育ちながら、伯爵殺害の疑いをかけられ、市中引き回しとなった末に、今は処刑を待つ身の少女であります。

 たとえ濡れ衣であろうとも、疑いをかけられた時点で罪を犯したも同じという当時の掟の前に膝を屈しかけていたララ。しかしただ一人彼女に手をさしのべてくれたエリオの助けで、彼女は生きる気力と誇りを取り戻します。
 そんなララを助け、ともに逃亡することとなったエリオ。彼の前には、法にどこまでも忠実な警吏長バルド、黒猫を連れた無邪気で残酷な暗殺者デボラらの強敵が立ちふさがることに……


 近年は特に青年漫画で海外を舞台とした歴史ものが多く見られますが、本作は、そんな中でもかなりユニークな部類に入る、14世紀のスペインを舞台とした物語。
 果たして疑われるだけで有罪という、今の目で見れば乱暴というしかない奇怪な掟が、本当にあったのかは不勉強のためわかりませんが、中世という時代であれば――と信じさせられてしまうのは、これは舞台設定の妙でしょう。

 そしてその掟によって命と誇りを奪われる寸前であった少女を救うのが、殺人者として牢に入れられていた青年というのも面白いところであります。
 そのいかにも少年漫画チックな監獄の掟もユニークですが――そんな中にあっても飄々として、そして人間らしさを失わないエリオのキャラクターは、一歩間違えれば非常に重く、殺伐としたものになりかねない本作に、一種の活力と明るさを与えていると言えるでしょう。

 これは早々に明らかになることなので書いてしまいますが、実はララが無実の罪を着せられ、命を狙われる理由は、彼女の出生の秘密――それも史実にリンクした――にあります。
 この、秘密を持った少女を救う義侠の好漢というシチュエーションは、これは考えてみれば西洋伝奇物語に定番のシチュエーションと言えます。そう、本作は様々に現代風のデコレーションはされているものの、この西洋伝奇物語を見事に少年漫画として復活させてみせたのであります。。

 ちなみに上でも述べましたが、エリオの武器は己の拳。剣を持った相手であっても素手で戦う(牢獄からそのままつけてきた手枷を防具代わりに使うのも面白い)というのも、やはりアレンジの一つといえるかと思いますが――それがエリオの自由さの現れとも感じられるのが、また良いのであります。


 さて、物語が進むにつれ、事件の根源はカスティージャ王家の跡目争いにあることが明らかになっていきますが、この当時の王は、「正義王」ことペドロ1世――素晴らしくインパクトのある異名ですが、後世にはとかくの逸話が遺る人物であります。
 この巻のラストにはこの正義王ペドロが登場、ララとエリオの前に立ちふさがることが予告されるのですが――しかし無一物で己の誇りと自由を貫こうとするエリオとララにとって、この絶対君主は相手にとって不足なし、と言うべきでしょう。

 この先、どのような痛快な冒険活劇が繰り広げられることになるのか――アップデートされた西洋伝奇物語のこの先が楽しみでなりません。


『逃亡者エリオ』第1巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon
逃亡者エリオ(1) (少年チャンピオン・コミックス)

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2019.12.18

京極夏彦『西巷説百物語』(その三) さらば林蔵、さらば巷説?


 『巷説百物語』第5弾、『西巷説百物語』の紹介のラストであります。これまで奇怪な巷説にかこつけて様々な過去の因縁を解決してきた林蔵。その彼が最後に仕掛ける相手は、そしてそこで明らかになる過去の真実とは……

『豆狸』
 最近急成長を遂げてきた酒蔵・新竹。その店先に小さな男の子が酒を買いに来るようになってから、売り上げの勘定が合わないという奇妙な出来事が起きるようになります。
 どうやらその子供が出す小銭が、後で見れば葉っぱに変わっているようなのですが――蔵の泡番らが店の蔵に祀られている豆狸の仕業だという一方で、主人の与兵衛にはある疑念がありました。

 実は先代の主に見込まれて娘の入り婿となった与兵衛。しかし本来店を継ぐのは先代の息子だったはずが、ある悲しい出来事がきっかけで……


 毎回述べてきたように、ある程度物語の構成が共通しているこの『西巷説百物語』。当然本作の過去に待つものは――となりますが、本作の見所はむしろ、(これもこれまでのエピソードと同様に)物語の中心となる与兵衛の想いというべきでしょう。
 本来であれば継ぐはずでなかった店を継いでしまった与兵衛。しかし彼を苦しめるのはそれだけではなく、その原因となった事件での、彼の選択そのものにあります。

 義理を取るか情を取るか、そして自分はどちらを取ろうとしたのか――残酷な選択を強いられた末に、そこでの自分自身の真意を疑うことになるという魂の地獄に落ち込んだ与兵衛。そんな彼に下されるものとは……
 どちらかといえば又市の仕掛けに近いという内容、そして何よりもその読後感という点で、本書でも異色作というべきでしょうか。


『野狐』
 かつての顔見知りである又市と出会った野干のお栄。その出会いと、巷で囁かれる怪しげな噂話から、お栄はかつて仕掛けをしくじり、妹が死ぬ原因を作った男・林蔵が、大坂に舞い戻っているのではないかという疑いを抱くことになります。
 その真実を確かめるため、一文字屋仁蔵を訪れたお栄は、「林蔵」があの林蔵なのか確かめることと、妹を直接手にかけた裏社会の顔役・放亀の辰造殺しを依頼するのでした。

 そんな彼女の前に、狐火の噂を聞きつけて現れた酔狂な青年・山岡百介は、少し前まで「林蔵」と一緒にいたと語ります。しかし彼の会った「林蔵」は老人だったというのですが……


 シリーズ恒例、描き下ろしで描かれるのは、又市や百介というシリーズファンには嬉しい顔ぶれも登場しての、オールスターキャストの最終話。そしてその内容はといえば、前作『前巷説百物語』で仄めかされていた、又市と林蔵が江戸に流れるきっかけとなった事件とその決着なのですからたまりません。
 本作から15年前、仁蔵の下にいた又市と林蔵が下手を打ち、上方にいられなくなったという事件。そこで林蔵は愛する女性を失ったというのですが――このエピソード、重要そうな割りには前作では掘り下げられることなく(というより林蔵自身今ひとつ影が薄い)非常にファンとしてはやきもきさせられていたところであります。

 本作はその女性の姉が登場し、いわば林蔵に対して過去の清算を迫ることとなるのですが――これまでは仕掛ける相手の現在の出来事を通じて、過去の真実をえぐり出し、それと直面させてきた林蔵が、ここではある意味その立場を逆転させられることになるのが面白い。
 しかしもちろん、それだけで終わるはずがないのが本作なのですが……
(しかしこの過去の事件の顛末を見ると、『前巷説百物語』の終盤、又市はもう少し怒ってもよかったかもしれないと思います)


 何はともあれ、この事件を最後に、文字通り「これで終いの金比羅さんや」と姿を消すこととなった林蔵。
 いや、林蔵だけでなく、久々に登場した又市と百介(時期的には『巷説百物語』の『帷子辻』の少し後に当たるのですが)も、いや『巷説百物語』というシリーズ自体が、この後12年間姿を消すことになるのですが――それが今年になって『遠巷説百物語』として帰ってきたのは本当に嬉しい話であります。

 『遠巷説百物語』が単行本化されるのはまだ当分先だとは思いますが、それまで本作をはじめとするシリーズの諸作を反芻しつつ、楽しみに待ちたいと思うのです。


『西巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
西巷説百物語 (角川文庫)


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2019.12.17

京極夏彦『西巷説百物語』(その二) 過去の真実、人の想いの真実


 『巷説百物語』第5弾、『西巷説百物語』の紹介の第2回であります。シリーズの懐かしいキャラクターたちも顔を出し、物語は盛り上がっていきます。

『鍛冶が嬶』
 又市に紹介されて一文字屋を訪ねてきた土佐の刀鍛治・助四郎。孤独に刀を打ってきた助四郎は、妻の八重との出会いで変わり、今は幸せに満ちた暮らしを送っていたのですが――その八重が別人のように冷たくなったというのであります。
 自分の家に伝わる伝説のように、妻の中身が狼に変わってしまったのではないかと考えている助四郎。その背後を探った林蔵が知った真実とは……

 前2話を読めば、大体の構成というものがわかってくる本書。しかしそこで登場する本作は、思わぬ変化球を投じてきたと言えます。これまでであれば助四郎が――のはずが、本作においては彼が依頼人なのですから。
 果たしてこれは一体――と思えばその真相はかなりの豪腕なのですが、しかし林蔵と助四郎との対話の中で違和感が少しずつクローズアップされていき、そして真実が一気に明かされる展開は、ある種ホラー小説的な呼吸であり、強烈なインパクトがあります。

 また、本作において又市の存在が言及されることで、本書の時間軸が『巷説百物語』『続巷説百物語』とほぼ同時期であることが明らかになるのは、ファンとしては嬉しいところであります。


『夜楽屋』
 人形浄瑠璃一座の楽屋で夜な夜な塩谷判官と高師直の人形が争っている――その噂を裏付けるように起きた、二代目藤本豊二郎が使う塩谷判官の人形の首が割れるという怪事。
 楽屋に出入りしていた林蔵は、豊二郎にかつて江戸で評判を取った人形師・小右衛門を紹介、一目で人形の古い傷を見抜き、一日で直してみせるという小右衛門に、豊二郎は修復を依頼するのでした。

 実は8年前にも同様に人形争いが起こり、先代豊二郎が何者かに殺され、その下手人として疑われた先代・米倉巳之吉が自害していた一座。そして今、それぞれの二代目が主遣いを務める芝居の幕が開くことに……

 操り人形に魂が宿り、夜な夜な楽屋で合戦を繰り広げる――そんな奇怪な伝承を題材とした本作。私も人形浄瑠璃が好きなのですが、人形ごとに三人の黒子が後ろにつき、頭を操る者は素面というスタイルながら、物語が始まればそれが全く気にならず、人形しか目に入らなくなるという経験は何度もあるので、この怪談には頷けるものがあります。

 そしてもう一つ頷けるのは、本作のメインキャラである豊二郎の人形に懸ける想い。苦難に満ちた子供時代から自分の人生に対してある感情を抱くようになり、それと裏返しの形で人形遣いに情念を込めるというのは、特異ではあるものの、しかし上に述べたような人形浄瑠璃がある種の逆転を実際に感じさせることを思えば、納得できるのです。
 そんな中で林蔵(というか小右衛門)による仕掛けも面白く、もの悲しい結末も含めて、本書で個人的に一番印象に残った作品です。


『溝出』
 十年前に疫病が流行し、役人により封鎖された末、地獄と化した美曾我の村々。しかしそこに舞い戻った元侠客の寛三郎が、たった一人で村に転がる屍を運んで山で焼き、生き残った人間たちを世話したことで、辛うじて美曾我の人々は命を長らえたのでした。
 以来、鬼とも地獄の獄卒とも呼ばれながらも美曾我の顔役として暮らす寛三郎ですが、そこに聞こえてきたのは、死体が燃やされた野原で二人の幽霊が出没するという噂。無数の人間が死んだ中でただ二人、それも今になって何故幽霊が出るのか……

 前回も述べたように、現在に起きる怪事を通じて、過去の事件の真相が――という展開は共通している本書のエピソード。しかしその中でも本作で描かれるのは、無数の人が死んでいるものの、しかし事件性があるとは到底思えない過去の出来事であります。
 一体これをどのように決着してみせるのだろう――と思いきや、ある意味ミステリの基本中の基本を踏まえた展開になるほど! と膝を打つのですが、しかし残念なのはその先に描かれるもう一つの真実。

 さすがにこれは無理があるのでは――という部分の説明を丸々スルーされるのは悪い意味で驚きで、完成度という点ではシリーズワーストではないか、と残念ながらに感じた次第です。


 もう一回続きます(全三回)。


『西巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
西巷説百物語 (角川文庫)


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2019.12.16

京極夏彦『西巷説百物語』(その一) 妖怪が暴く過去の真実


 『巷説百物語』シリーズ全話紹介も、いよいよ第5弾。連載中の『遠巷説百物語』を除けば最新の作品である『西巷説百物語』であります。これまでと異なり、又市ではなくその悪友・靄船の林蔵を主人公とする本作、内容の方も、これまでの作品とはまた似て非なるものとなっています。

 大坂有数の版元であり、そして裏社会の顔役である一文字屋仁蔵。そこに持ち込まれる厄介事を解決して回るのが、主人公たる林蔵と仲間たち――六道屋の柳次、横川のお龍、祭文語りの文作の面々であります。
 うち、柳次以外は過去のシリーズにも顔を出していましたが、この一芸に率いた面子を操り、言葉巧みに相手の懐に潜り込む林蔵によって、標的を仕掛けていくいく――それがこの『西巷説百物語』の基本スタイルであります。

 しかしこれまでのシリーズでは、又市が妖怪にこの世の厄介事を背負わせて巧みに解決してみせた一方で、本作の林蔵は、むしろ妖怪を引き金として、過去の出来事の真実を暴き出し、その因縁を解決してみせる(その結果、標的に制裁を与える)と、大きくスタイルが異なるのがユニークな点であります。
 そして本作はさらにその視点が――ということで、以下に一話ずつ紹介していくことにしましょう。


『桂男』
 豪商・杵乃字屋剛右衛門の一人娘に持ち上がった縁談話。尾張の城島屋の次男坊が娘に一目惚れをしたという話の真偽を確かめるため、剛右衛門は商い指南役の林蔵に確認を依頼することになります。
 その結果、問題はなかったと語る林蔵ですが、それに対して、城島屋には店の乗っ取りに関する悪い噂があり、それを林蔵が知らぬはずはないと剛右衛門に告げる杵乃字屋の番頭。さらに、実際に城島屋の被害にあったという娘が現れて……

 第一話にして、『西巷説百物語』の基本的スタイルが描かれることになる本作。ここで描かれるのは、流れ者の身から一代で成り上がったという杵乃字屋の視点からの物語であります。
 身も蓋もないことを言ってしまえば、林蔵がその懐に潜り込んでいるということは、杵乃字屋に何かがあるということはすぐに予想がつきます。しかしそれは何なのか、あるいは何が起こるというのか。そもそも杵乃字屋は被害者なのか、それとも……

 一切が謎のままに展開した物語は、思わぬ形でカタストロフを迎えることになるのですが――林蔵が剛右衛門に語る「桂男」の皮肉な正体が印象に残る一編です。
(さすがに無理があるトリックでは、という声もありますが、まあ『姑獲鳥の夏』的な見え方だと思えば……)


『遺言幽霊 水乞幽霊』
 目覚めてみれば、見知らぬ者たちに囲まれていた小津屋の次男・貫蔵。聞けば自分は三月前に突然往来で倒れ、ようやく目を覚ましたというのです。
 しかもつい先日のことと思っていた、父親に勘当されたのが実は一年も前のことであり、その後父の侘びを受けた貫蔵は、小津屋を継いだとのこと。しかしその後に起きたある出来事により父と番頭が首を括り、店は左前になったというのであります。

 全ての発端は、一昨年に兄が押し込みに殺され、ある品物が奪われたことにあると聞かされた貫蔵ですが……

 これまで様々な仕掛けが描かれてきたシリーズの中でも、豪腕ぶりでは随一と思われる本作。物語が始まった途端に、どう考えてもこれは――と思ってしまうその通りの真相だったのには、ある意味驚かされます。
 そんな中でも本作の真の見所は、貫蔵の内面を描く語りの部分でしょうか。周囲から全く理解されない孤独な男の姿が、目の前で徐々に変貌していく様は、ある意味、本書の目指すところがよく表れていると感じます。


 次回に続きます(全三回予定)。


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西巷説百物語 (角川文庫)


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2019.12.15

森野きこり『妖怪の子預かります』第2巻 まだまだ読みたい漫画版完結


 第1巻と同様、ほぼ時を同じくして原作最新巻が刊行された廣島玲子の『妖怪の子預かります』、その第1作の漫画版である本作も、この第2巻で完結。思わぬことから妖怪の子預かり屋を勤めることになった弥助の過去の因縁が、ついに描かれることとなります。

 盲目の美青年・千弥と暮らす少年・弥助。過去の記憶を持たず、千弥以外の人間とはろくに口も利けないほど引っ込み思案の彼は、ふとしたことから妖怪・うぶめの棲み家である石を壊してしまうのでした。
 その罰として妖怪奉行所の奉行・月夜公から、うぶめに代わり、妖怪の子預かり屋となることを命じられた弥助。かくて夜な夜な現れる奇怪な妖怪たちの子供に悪戦苦闘することとなった彼は、何故か助っ人を買って出た女性妖怪・玉雪の助けもあって、妖怪の子預かり屋としての日々を送るのですが……


 というわけで、何とも奇怪な運命に巻き込まれてしまった弥助。子供が(知らぬこととはいえ)妖怪を怒らせたために恐ろしい罰を与えられる――というのは洋の東西を問わず存在する物語類型かと思いますが、しかしその中でもこれほど奇妙な罰もないでしょう。
 この漫画版では、その奇妙な罰の奇妙たる所以――預けられる妖怪の子供たちの姿を、時にユーモラスに、時に恐ろしく描いてきました。

 そしてそれはもちろん、この第2巻に入っても変わることはありません。酒に目がない酒鬼の子、あの月夜公の甥・津弓、そして伝説の妖鳥の子だという雛の君――どれも個性的なのですが(特に原作ではレギュラーとなる津弓は、期待通りの可愛らしさ)、その中でも雛の君との出会いが、弥助の運命を大きく動かすことになります。

 そもそも通常のルート(?)とは異なり、傷だらけの妖怪から卵を託されたことで弥助のもとにやってきた雛の君。妖怪を食らうという恐るべき妖怪・冥波巳に狙われている彼女が、成長して力をつけるまで守る羽目になった弥助ですが――それが彼の、そして彼の周囲のある人物に関わってくることに……


 ここから先は本作の核心に触れる展開なので詳細は伏せますが、弥助の秘められた過去と千弥との出会い、そしてついに姿を現した冥波巳との対峙――と物語的に大いに盛り上がるクライマックスを、この漫画版は巧みにビジュアル化しています。
 特に冥波巳のおぞましい姿は、このために森野きこりを起用したのではないか――と思ってしまうほどであります。
(ただ、弥助が初めて○○を上げるシーンは、原作と読み比べてみると、もっとテンションを上げて良かったのではないかな、という気も)

 一方、原作ではそこまで強い印象はなかったのですが、この場面の前、千弥と久蔵が酒を酌み交わすシーン――そしてそこで語られる久蔵と千弥、そして弥助が初めて出会うくだりは、ビジュアルがついてみるとなかなか印象的に感じられたところであります。
 特にちょっとホラーが入ったかつての千弥の行動など印象的で、これは嬉しい驚きだったのですが――この辺りはやはり、第1巻の紹介でも強調したとおり、森野きこりによる違和感ゼロのビジュアルによるところが大と言うほかありません。


 さて、これでこの漫画版は完結とのことですが、やはり漫画化が原作1巻までというのはあまりにもったいない。あの美しくも恐ろしい妖怪の姫君たちや、千弥とあいつの感情が重すぎる過去、そしておぞましく歪みを抱えた妖怪たちなど、まだまだ描いてほしいキャラクターや場面は数多くあるのですから……
 まだまだ漫画で(も)この微笑ましくも恐ろしい、暖かくもヒヤリとさせられる世界を見てみていたい――そんな気持ちにさせられた漫画版であります。


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2019.12.14

星野之宣『海帝』第4巻 鄭和の旅を左右するもう一つの過去


 明代、驚異的な規模の航海を成し遂げた鄭和の冒険を描く海洋ロマンの第4巻で描かれるのは、鄭和が宦官となった過去の物語と、そして現在に戻ってのスマトラを舞台とした海賊との一大攻防戦であります。そしてその中で起きた出来事から、鄭和のもう一つの過去の物語が語られることに……

 永楽帝の命により、海の向こうの国々を訪ねる巨大船団の長となった鄭和。爪哇(ジャワ)で中国と回教徒、すり寄ってきた双方の
商人をはねのけ、彼らの罠をくぐり抜けた鄭和ですが、その最中で語られたのは、彼が棄教者だという事実でありました。

 回教徒の村に生まれながらも、燕王――若き日の永楽帝に父を殺された上、男であることを奪われた鄭和――馬和。さらに北方の戦場に送り込まれた彼は、血で血を洗う戦場の中で、命を救うことの意味を知ることになります。そして馬和の身命を賭した行いは、ついに非情に見えた燕王の心をも動かし、馬和は燕王の腹心となって……

 本作においては冒頭からその暴君ぶりが描かれながらも、鄭和との間に不思議な絆の存在が窺われた永楽帝。この鄭和の――馬和の過去の物語は、同時に馬和と燕王の物語でもあります。
 馬和にとっては父を、己の未来を奪った不倶戴天の敵とも言うべき燕王。しかし、本作で一貫して描かれてきた馬和の、命を救うためであれば己の命を賭けるという姿は、ついに燕王の心すらも動かすことになるのです。

 思えば、王子でありながらも(本人からすれば理不尽な理由で)父から疎まれ、辺境に追いやられていわば使い捨ての駒とされた燕王。それが、同じく使い捨てとしか見ていなかった馬和の姿に心を、魂を救われる――その不思議な共感の姿には、いかにも猜疑心の強い暴君然とした姿の燕王だけに、強い感動があります。


 そして物語は「現在」に戻り、蘇門答剌にさしかかる鄭和の船団。しかし豊富な水に囲まれ、舟とともに生きる蘇門答剌の人々の中には、それを略奪の手段とする者たち――海賊も多く含まれていたのであります。

 そしてここで鄭和を待ち受けるのは、中国人の大海賊・陳祖義と、彼と結んで執念深く鄭和を狙うイスラム商人たち。
 地元の商人たちを脅して仕掛けてきた罠を見破った鄭和ですが、これに対して「威信は示すもの」と、あえて罠にはまったふりをして、真っ正面から海賊たちとの激突を選ぶことになります。

 かくて展開するのは、鄭和の巨大艦隊と、海から小舟で奇襲を仕掛ける海賊たちとの、本作始まって以来の規模で展開する大海戦。
 真っ正面からぶつかり合えば、どう考えても鄭和側有利と思えるこの戦いですが、しかし相手は剽悍な海賊たち。しかもこの地は彼らのホームグラウンドであります。こんな手段がありなのか、という意外な手段で襲いかかる敵に、鄭和の打つ手は……

 と、個対個の戦いに留まらない、集団戦の面白さが存分に描かれるこの海戦。しかしその最中に、思わぬ強敵が鄭和自身を襲うことになります。
 そして、辛うじてこの戦いに勝ったものの、新たな危機の火種を抱えることとなった鄭和。そしてついに、彼は己の近くに存在する、恐るべき敵の存在を知ることになるのですが――そこから、更なる鄭和の過去の物語が始まるのであります。

 本作で鄭和が抱える巨大な秘密であり、そして本作最大のフィクション――永楽帝に滅ぼされたはずの先帝・建文帝とその娘を、鄭和が密かに匿い、この艦隊で海の向こうに逃がそうとしているという「事実」。
 しかしそもそも永楽帝に仕えてきた鄭和にとって、建文帝はいわば敵であったはず。そして如何に人の命を救うことに命を賭ける鄭和であったとしても、先帝は背負うに大きすぎる存在と言えるでしょう。それなのに、何故鄭和は建文帝と娘を救おうとするのか……


 この巻が、過去と過去に現在が挟まれる形の構成となったのは――言い換えれば、過去の物語のために現在の旅があまり進んでいないのは――どうかなと思うところもありますが、しかし先に述べたとおり、この過去は、本作最大の仕掛けに繋がるものであり、そして現在にも大きな影響を及ぼしているのであります。
 果たしてその過去がどのように現在に繋がるのか――もう一つの過去の物語は、まだ始まったばかりであります。


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2019.12.13

『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」

 凜の後を追おうとする万次は、町で偶然出会った宗理から手形を与える条件に凶の人探しを手伝うよう求められるが、その相手こそは尸良だった。一方、尸良は百琳と真理路の居場所を逸刀流に売り、手形を手に入れていた。逸刀流に捕らえられ、凄惨な暴行を加えられる百琳。その行方を追う偽一だが……

 『無限の住人』でもトップ3に入る――というかダントツに見ていて気が重いエピソードである百琳受難。相変わらずヒューマンダスト界でも上位(下位?)に属する尸良によって逸刀流に売られ――尸良はそれによって手形を手に入れるというのがさらにクズ度が高い――凄惨な拷問と陵辱を受ける百琳の姿が、今回描かれることとなります。

 といってもこの辺り、原作に比べるとかなりマイルドになった――というかかなり描写が省略された――印象で、直接的な描写は唐辛子塗った釘だったのには救われた(?)気分であります(原作で一番厭な気分になった台詞もカットされていたようですし)。とはいえ、間接的には非常にイヤな気分になる描写はさりげなくあったわけですが……
 しかし比較的あっさり目の描写だっただけに、偽一が助けに来た時の安堵感というものが薄かったなあ――と思ってしまうのも正直なところで、これは本当に百琳に対して申し訳ないと思います。

 申し訳ないといえば、これまでリアリティレベルが低い低いと思っていた百琳の金髪の理由も今回描かれるのですが、こちらもあまりに凄惨なその内容に、今まで失礼なことを思って申し訳ありませんでした、という気持ちに。
 そして自分を捕らえていた逸刀流最後の一人に復仇の一太刀を浴びせ、その血しぶきが自分の過去に重なっていくというのは、無惨な描写ではありますが、しかしいかにも本作らしい外連味と言うべきでしょうか。

 しかし何度見ても霞江斎の狂人ぶりは異常ですが……(天津の祖父と話が合いそうであります)


 さて、今回凜の方は食べ物に困って妙に大きなザリガニを食べてたり、万次の方は町で出会った宗理から何だかんだで手形をもらえることになったりと、出番はかなり少なかったのですが――あれ、原作ではもっと苦労していたようなと思ったら、万次が手形を奪うために百琳たちとともに逸刀流の坊主・ジョンレノン・ターバンと戦うエピソードが省略されていたのでした。この辺りは結局徒労に終わる展開だったので省略しても別に良かったように思いますが、結果として万次の出番が減ったのは、これはこれで痛し痒しだったか、とは思います。(ただし、凜を煽ったことが引っかかって万次を助ける百琳、という展開がなくなったのは残念……)

 にしても、前々回にタイトルに掲げられておきながら、早くもまともに戦えるのが偽一一人になった無骸流よ……


 そして今回、ある意味一番衝撃だったのは、絵コンテが福田己津央だったことでしょうか。ずいぶん久しぶりに名前を拝見した印象で、個人的にはかなり意外な登板であります。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」

 無限の住人

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2019.12.12

響ワタル『琉球のユウナ』第4巻 もう一人の祝女、もう一人のユウナ

 古琉球時代を舞台に描かれる、霊力を持つ朱色の髪の少女・ユウナと若き日の尚真王・真加戸の物語も、順調に巻を重ねて第4巻。互いに惹かれ合いながらもなかなか縮まらないどころか様々な障害続きの二人ですが、それでもユウナは真加戸のため、失われた伝説の勾玉の求める冒険に出ることに……

 生まれついての不思議な力のために周囲に忌避されてきたユウナと、叔父から奪った形となった王位を孤独に守ってきた真加戸。互いの欠落を補い合う二人は、その絆をいよいよ強めていたのですが――そこに現れたのは、かつて真加戸の父によって滅ぼされた第一尚氏の生き残り・ティダでありました。

 復讐のため、ことあるごとに真加戸の前に立ちふさがるティダと何度も対峙することとなるユウナ。さらに(?)真加戸の従姉であり許嫁である居仁まで現れ、ユウナと真加戸の周囲はいよいよ波乱含みに……


 というわけで、前王家の末裔に許嫁にと、真加戸とユウナそれぞれに大変な相手が登場することとなった本作。
 もっとも居仁の方は許嫁の立場を迷惑がっている上に、ちょっと特殊な(ある意味お約束の)趣味だったこともあって、意外とあっさりと問題は解決するのですが――しかしティダの方は、そうそう簡単に解決するものではありません。

 折しも琉球の聖地・琉球開闢七御嶽で異変が起きる中、第一尚氏の秘宝であり、今は失われた七つの太陽の依り代の勾玉をティダが取り戻そうとしていると知ったユウナ。
 彼女は、真加戸のために勾玉を追いかけようとするのですが――しかし真加戸が、想う相手をみすみす危険な場所に向かわはずもないのであります。

 それでも懸命な想いでそれを乗り越え、ついにユウナは王家の祝女(ノロ)に任命されたユウナは、周囲の嫉妬と蔑視にもめげることなく、ついに七御嶽の一つ、安須森御嶽の調査を許されることになるのですが……


 さて、分量的にはここまででこの巻の三分の二(3話収録の2話分)となるのですが、しかし個人的にはこの先の物語は、内容的にはその分量以上にはるかに大きなウェイトを占めるものとして感じられます。
 何故なら、ここでユウナが出会うのはもう一人の彼女ともいうべき存在なのですから。

 そもそもユウナが向かった安須森御嶽があるのは、琉球の北部、かつて北山国と呼ばれた地域。琉球の中でも紛争・内乱が相次いだこの北山国を滅ぼした第一尚氏はこの地を治めるため北山看守という役職を配置――そしてティダの先祖こそが、その役目を務めていたのであります。
 そして到着早々マジムンに襲われたユウナが出会ったのは、この北山地域の祝女を束ねる阿応理屋恵である真鶴。強い霊力を持ちながら、それ故にこの地に縛られた存在であり、そしてそれ故に己の心を閉ざしていた――真鶴はそんな少女であります。

 生まれついての霊力故に、周囲からその力を利用され、普通の生き方を望んでも得ることが許されない――その点において、ユウナと真鶴はまさに近しい存在と言えます。
 そしてそんな互いのことを知った二人は(コミュ障気味同士)たちまち意気投合するのですが――しかしそれでも、二人の間には決定的な違いがあります。

 それは言うまでもなく、二人が拠って立つものの違い――第二尚氏の王である真加戸のために行動するユウナと、第一尚氏の流れを汲む巫女である真鶴と、その立場はあまりに大きく異なります。
 そして何よりも、ユウナには真加戸がいるのに対して、真鶴には自分に勇気という力を与えてくれる相手が(今は)いないことも。

 そんな二人の違いは、やはり聖地に勾玉を求めてやってきたティダの存在により、よりはっきりと示されることになるのですが……


 古琉球という、我々の多くにとっては馴染みの薄い、それだけに新鮮で魅力的な世界の歴史を描く物語(上で触れた北山国なども非常に興味深いところであります)であると同時に、等身大の少女の成長物語でもある点が、大きな魅力である本作。

 今回登場した真鶴は、そんな物語の主人公であるユウナと好一対――大変申し訳ない表現ですが――彼女のネガとも言うべき存在であります。
 そんなもう一人の自分を通して、ユウナは何を見るのか、感じるのか。そしてもう一人の自分を救うことができるのか……

 何だか明らかにマズい感じのことを言い出したティダとの関係も含めて、先の展開が気になるところであります。


『琉球のユウナ』第4巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2019.12.11

幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第8-10巻 二つの爆弾が見せてくれた素晴らしい「夢」

 喫茶店「十十虫」を舞台に、人の夢に現れては「お告げ」をする壱高生・高月英兒と、店の怪力ウェイトレス・叶美和子が繰り広げてきた物語もついに完結。ついに自分たちの気持ちに気づいた二人の選ぶ道は、そして高月の「お告げ」の正体とは。いま、驚愕の真実が描かれます。

 これまで悩める人に夢の中で「お告げ」をしてきた(しかし自分自身はそのことを全く知らない)英兒と、その「お告げ」が引き起こした騒動解決のため、彼とともに奔走してきた美和子と――はじめはケンカ友達のような関係だった二人も、様々な事件を経て、互いに抱く気持ちに気付くことになります。
 そしてそんな状況の二人が密かに向かう先は――浅草の支那そば屋。しかしそこに割って入るのは、英兒を溺愛し、美和子は彼に相応しくないと敵視する兄の瑛一に雇われた八研調査會の若手所員・葉室。果たして英兒と美和子は妨害を乗り越え、二人っきりで支那そばを食べることができるのか?


 ……などと、そんな何とも脱力かつ微笑ましい展開を迎える二人。しかし現代人の目から見れば普通の食べ物であっても、この昭和初期では不良の食べ物だったというラーメンを二人で食べるというのは、なるほど彼らにとっては大冒険でしょう。
 そしてこの試練(?)をクリアして、また一歩距離を縮める――というか思い切り縮めようとして英兒が超自爆するのがまた微笑ましい――二人ですが、しかしその先行きは前途多難であります。

 壱高祭にはかつて英兒のお告げに救われた――そして密かに彼を慕っている女優の志づ乃が現れ、そして十十虫の店長のかつての恋人の死の謎を追う英兒と美和子の前には瑛一が選んだ花嫁候補が現れと、美和子も心中穏やかではないのですが……
 というわけで、終盤に至り、一気にクローズアップされる二人の恋。そのためか、英兒のお告げの要素は――すなわちミステリとしての要素は、だいぶ控えめになった印象があります。

 そんな中でも、美和子と津吹が探偵役を務める「銀座三丁目小夜曲」――銀座の裏名物・松屋颪(松屋のビル風)によって女性の衣服がまくれあがってしまうスポットで、盗撮する男と盗撮されたがる女という、いささか乱歩的な変態心理の交錯などは実に面白いのですが、やはり少々寂しいところではあります。
(が、実はこのエピソードには本作最大の仕掛けが……)


 しかし、物語も最後の最後まで来て、このお告げにまつわるとんでもない爆弾が炸裂することになります。
 そもそも人の夢の中に英兒が現れ、「お告げ」をするのは何故なのか。何故その「お告げ」が当たるのか。そして英兒本人はそのことを知らないのは何故なのか? この辺りは、物語が進むにつれてこちらも慣れてしまい、「そういう設定」とこちらが受け入れてしまったものですが――その真実が、ここで明かされるのです。

 ……しかしこの真実、事前に予想できていた人間は絶対いない、と断言できるほど、とんでもないもの。その内容については断じてここで明かすわけにはいかないのですが、これは果たしてアリなのか!? とただただ驚くほかありません。
 しかしそんなとんでもない真実によって、作中であえて現実から変えていた(もじった)かと思われたものに、エクスキューズが与えられることになったのもスゴいところで――そしてここからさらに、最後のもう一つの爆弾に繋がっていくのであります。


 英兒と美和子の恋の、その先に立ちふさがる最大の障害。実はそれは二人の仲に反対する英兒の兄・瑛一――ではなく、美和子自身の側にあります。
 実は美和子は高名な柔道家の家系(嘉の……いや叶家)の一人娘。美和子はそんな自分の立場と、英兒への想いの間に挟まれることになります。そんな状況の中で美和子が出した答えとは……

 これがまた、ええええ、これもアリなのか!? といいたくなるようなとんでもなく、そして痛快なもの。いやいやいや、さすがにフィクションが過ぎると思っても、しかし第一の爆弾のことを考えれば、立派に成立してしまうのであります。
 個人的には苦手な部類の仕掛けではあるのですが、しかしこれはもう、ここまでの物語の積み重ねと、そしてそれがもたらす幸福感を考えれば、OKというしかないでしょう。

 果たしてこの先、英兒と美和子に、登場人物たちにどのような未来が待っているのかわかりませんが――いい夢見せてもらいました! と、ただただこの結末に感謝するばかりなのであります。


『十十虫は夢を見る』(幹本ヤエ 秋田書店ボニータコミックスα) 第8巻 Amazon/ 第9巻 Amazon/ 第10巻 Amazon

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2019.12.10

夏原エヰジ『Cocoon 修羅の目覚め』 花魁剣士、哀しき女の鬼を斬る

 第13回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞し、いきなり単行本シリーズとして登場した時代ファンタジーの開幕編であります。表の顔は吉原屈指の花魁、裏の顔は江戸に出没する鬼を狩る剣士・瑠璃の死闘が、ここから始まることとなります。

 時は天明、天災が相次ぎ、世情不安定な中で、そこだけはこの世の盛りと咲き誇る吉原の大見世・黒羽屋で花魁を務める瑠璃。絶世の美しさで男どもの目を一身に集めながらも、気ままに客を振り、身揚がりしてしまう彼女には裏の顔がありました。
 実は黒羽屋こそは、江戸を騒がす奇怪な鬼を対峙する集団・黒雲の本拠。そして瑠璃は、髪結いの錠吉、料理番の権三、若い衆見習いの豊二郎と栄二郎兄弟を率いる黒雲の頭領だったのであります。

 生まれながらに強大な力を持ち、妖刀・飛雷を振るう瑠璃。彼女は、強い恨みと悲しみを呑んで死んだ女性が変じる鬼たちを、夜毎狩っていたのであります。
 しかしその強大な力から周囲の人間たちに壁を作り、自分に寄ってくる妖たちと酒を飲むのが唯一の楽しみである瑠璃。そんな孤独な彼女が心を許せる数少ない人間の一人が、朋輩の津笠だったのですが……


 日本人には古くから馴染み深い存在であるためか、そして人間に近しい姿を持っているためか、今なお様々なメディアで、様々な時代を舞台に描かれ続けている鬼退治の物語。本作もその一つと言えますが、やはり最大の特徴は、鬼を狩るのが吉原の花魁であるという点でしょう。

 そもそも本作の鬼は、強い恨みを持って死んだ女性が変じ、自分の無念を晴らすために――そしてそれに留まらず、より多くの人々を自分と同じ目に遭わせるために――闇に蠢く存在。
 本作には古来からの妖怪や精霊、付喪神といった妖たちも登場しますが、それらとは全く別の――一種の怨霊とも言うべきモノが、本作の鬼なのであります。

 その鬼を狩るのが、男の極楽、女の地獄である吉原の頂点に立つ花魁というのは、ある意味納得であり、同時に極めて強い皮肉であるといえるでしょう。苦界で辛酸を舐めている遊女が、同じ女性として苦しみ抜いた末に変じた鬼を討つというのですから……


 もっとも、その主人公たる瑠璃自身は、比較的その葛藤が薄い人物として描かれます。
 何しろ彼女は持って生まれた美貌と才能で、吉原に売られて早々に花魁の座についた女性。黒雲としての任のためもあるとはいえ、そして花魁という高嶺の花であるとはいえ、好き勝手に振る舞うことを許されている――そしてその気になれば自由になれるだけの金を持っている――のですから。

 この辺りのスーパーウーマンぶりは、本作の面白さ――素顔は酒好きで不精者という残念美人ぶりもちょっと楽しい――であると同時に、弱点ともいえるでしょう。
 彼女にも、養い親が亡くなってすぐに義理の兄に売り飛ばされるというかなり悲惨な過去があり、そしてその力故の悩みもあるのですが――少なくとも、苦界に生きる者故の悲壮感は薄いと感じられます。

 もっとも、その役割は他のキャラクターたちに割り振られているところではあります。そして瑠璃の悲壮感の薄さ――それは彼女の人間としての生の実感の薄さに起因するものですが――こそは、ある意味本作の核心に迫る部分ともいえるかもしれません。
 とはいえ、登場した瞬間に「あ、最終的に敵になる人だ」とわかってしまうキャラがいるのはいかがなものかと思いますし、終盤に至って、それまで物語に全く関わって来なかった(ように見える)存在のことが語られるのは、少々違和感があるのですが……


 このようにひっかかる部分はあるものの、しかし文章の点ではとても新人とは思えぬ筆致で大いに読まされますし、また敵味方が用いる様々な術の面白さもなかなかに魅力的であります(特に瑠璃の最終兵器とも言うべき「楢紅」はその由来もさることながら、ビジュアルの強烈さが素晴らしい)。
 そして何より、ラストに描かれる瑠璃の花魁としての情と意気地は天晴れというほかありません。

 おそらくは、この先描かれるであろう瑠璃の過去を読めば、また大きく物語の印象も変わってくることでしょう。そしてまだまだ物語には秘密と謎が散りばめられていることを思えば――やはりこの先の物語も読まないわけにはいかないのです。


『Cocoon 修羅の目覚め』(夏原エヰジ 講談社) Amazon

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2019.12.09

2020年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 まだ実感は全く湧きませんが、いよいよ来月は一月。新しい年の始まりであります。来年も良い本をたくさん読みたいもの、その手始めに一月の新刊は――というわけで、2020年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 といっても、新年早々、いきなり少々寂しい状況の1月。
 そんな中でも文庫小説で最も注目は、仁木英之『魔王の子、鬼の娘』と築山桂『左近 浪華の事件帳』第4巻でしょう。前者はおそらくアンソロジー『妙ちきりん』に掲載された作品の長編版、後者はシリーズ復活第2弾と、どちらも楽しみな作品であります。

 その他の新作としては、堀川アサコの変格ファンタジー『仕掛け絵本の少女 鬼と光君』と、快調に巻を重ねる上田秀人『聡四郎巡検譚 5 急報(仮)』でしょうか。
 また伝奇ものではありませんが、注目のレーベル・ハヤカワ時代ミステリ文庫からは、誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖 2 親子の情』と新美健『六莫迦記 これが本所の穀潰し』が登場。さらに乾緑郎『機巧のイヴ 帝都浪漫篇』は、早くもシリーズ第3弾であります。

 そして文庫化では、待望の夢枕獏『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』が上下巻で登場。谷津矢車『信長様はもういない』、輪渡颯介『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』も要チェックです。


 一方、漫画の方では――ちょっと驚いたのが、嶋星光壱『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第1巻。島田荘司の作品がいま漫画化であります。

 その他、『竜侍』第2巻、『幕末イグニッション』第2巻と忠見周の時代ものが同時発売。ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第3巻、小山ゆう『颯汰の国』第3巻も大いに楽しみなところですが――12月の異常なラッシュぶりに比べると、注目の作品は少ないというのが正直なところであります。


 一月の間、このほかに何を読むか――いきなり悩まされることになりそうです。


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2019.12.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第18巻 鬼の過去と、人の因縁と

 この巻の初版が100万部と、ちょっとびっくりするくらい景気の良い状況の『鬼滅の刃』。栗花落カナヲが表紙のこの巻で描かれるのは、水の呼吸の兄弟弟子と上弦の参・猗窩座との決着戦、そしてカナヲと上弦の弐・童磨との対決であります。その戦いの中で描かれる過去と因縁とは……

 鬼舞辻無惨を巻き込んでのお館様の自爆を烽火代わりに始まった無限城での最終決戦。仇敵・童磨を前に蟲柱・胡蝶しのぶが最期を遂げ、かつての兄弟子であった上弦の陸・獪岳に善逸が快勝し――と激闘が続く中、ついに炭治郎は宿敵と対峙することになります。
 かつて炎柱・煉獄を倒した猗窩座に対し、兄弟子たる水柱・冨岡義勇とともに挑む炭治郎。頼もしい味方とともに、そしてかつての自分から大きく成長した剣で猗窩座と渡り合う炭治郎ですが――しかしそれでもなお、実力差は歴然として存在するのであります。

 絶体絶命の窮地の中、炭治郎の心をよぎるのは、かつて病で余命幾ばくもなかった父が、巨大な熊の首を断ってみせた姿。そして相手の闘気を頼りに超反応を見せる猗窩座に対し、一切の闘気を断った「透き通る世界」の境地に達した炭治郎の刃がついに……


 と、この巻の開始早々決着か、と思われたこの戦い。しかしドラマとしては、むしろここからが始まり――この先に描かれるのは、これまで失われていた、猗窩座が鬼になる前の、人間であった頃の記憶なのであります。

 かつて病気の父のために様々な罪を犯しながらも、そのために父を喪い、自分は江戸処払いとなった少年時代の猗窩座=狛治。流れ流れた先でとてつもなく強く、そして気のいい道場主・慶蔵と、病弱なその娘・恋雪と出会った狛治は、二人に迎えられ、道場で共に暮らすようになります。
 二人との暮らしの中で、ようやく父の遺言通りに真っ当な生き方を手にしたかにみえた狛治ですが――嗚呼!

 本作ではすっかりお馴染み、というよりも本作の大きな魅力の一つである、鬼たちの過去。炭治郎の宿敵たる猗窩座にも、当然描かれるべき過去が、それも相当にドラマチックなものがあるに違いないと誰もが考えていたはずですが――ここまでのものであったとは。

 異常なまでに強さを求め、弱者を憎む。至る所に入れ墨の入ったような体で無手の武術を振るう。氷の術を使うわけでもないのに技を放つときは雪の紋様が現れ、そして花火にちなんだ名を持つ奥義を放つ。
 そんな猗窩座という鬼を構成する要素の一つ一つに込められたものを思えば、彼のこれまでの言動がまた違ったものに見えてくるのであり――そしてそれはまさに本作ならではものと言うべきでしょう。
(にしてもこれだけ描いた上に、なおおまけページを使ってまで補完される過去とは!)


 さて、この死闘の次に描かれるのは、童磨と、炭治郎の同期であるカナヲの対決。冒頭に述べたとおり、自分を仇と狙うしのぶを斃した童磨ですが、しのぶの弟子であったカナヲにとってはこれは仇討ちに――ある意味二重の仇討ちに当たることになります。

 しかしカナヲが剣技にどれだけ天賦の才を持とうとも、レスバで異常なまでの煽り性能を発揮しようとも、そして仇敵に激しい怒りを燃やそうとも――それでもやはり埋められないのは、上弦の鬼との実力差であります。
 何しろ童磨は猗窩座を実力で負かして上弦の弐の座に就いた男。明るく親しげな見かけと態度に似合わぬ多種多様な血鬼術にカナヲが追いつめられた時――思わぬ乱入者が!

 本作で乱入といえばあの男しかいませんが、しかしカナヲとも童磨とも繋がりはなく、最終決戦でのこれまでの戦いに比べれば、因縁というものが欠けるのでは――と思いきや、明かされるのは意外な真実。
 あるいは伏線ではと思われた彼の過去が、ここでしっかりと使われたわけですが――皆が過去の因縁持ちすぎという印象は否めないものの――しかしやはり、天涯孤独と思われていた男が、己の大切な者の仇討ちのために立ち上がるという展開は、大いに燃えるものがあります。


 かくて意外な局面を迎えた上弦の弐戦、果たしてこの先如何なる展開を迎えるのか――という実に心憎いところで、次巻に続くことになります。


『鬼滅の刃』第18巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第17巻 決戦無限城、続く因縁の対決

 『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』 ファンであればあるほど納得の一冊!

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2019.12.07

賀来ゆうじ『地獄楽』第8巻 人間の心、天仙の心

 島から生きて戻るため、一丸となった死罪人と浅ェ門たちの戦いもいよいよクライマックスであります。島の中枢である蓬莱に突入した画眉丸たちの前に立ちふさがるのは、最強の天仙たち。自分たちを遙かに上回る力を持つ相手に、画眉丸たちの戦いは如何に……

 自分たちが送り込まれたこの島が、あの徐福が作った一種の実験場――真の不老不死を生み出すための場と知った死罪人と浅ェ門たち九人。この地から脱出し、そして自由を手にするため、彼らは仙薬、そして脱出口を求めて蓬莱に突入することになります。
 しかしその行動はすべて読まれ、三方に分かれた九人の前に立ちふさがるのは、彼らを自分たちの修行の贄に変えんとする天仙たち。

 画眉丸と杠の前には蘭が、厳鉄斎と付知、桐馬の前には菊花と桃花、そして弔兵衛が、士遠とヌルガイの前には朱槿が――分断され、強敵と対峙することになった彼らは、しかし敢然とこの強敵に挑むことを決意。
 そして一番手たる画眉丸と杠は、体術の達人であり、無機物を自在に操る蘭を追いつめるのですが……


 というわけでこの巻の始まりは、鬼尸解――怪物化した蘭と、画眉丸・杠の決戦から。どう考えても時代劇のキャラではないその巨大さと異形ぶり、それ以上に即死攻撃と異常な回復力を持つ鬼尸解は、天仙の中で最初に撃破された牡丹ですら6人がかりで、しかも1人犠牲を出したほどであります。
 その怪物に挑むのは画眉丸と杠――ともに忍びでありながらも、どこまでもストイックな画眉丸と、快楽主義者の杠と、水と油の二人。噛み合えば強い(かもしれない)が、本当に噛み合うのか疑わしいコンビであります。

 とはいえ九人の中でも最強クラスの能力の持ち主であり、何よりも真っ先に「氣」に目覚めた二人だけに、相手が氣の扱いに長けるのを利用した「一の手」でダメージを与え、鬼尸解に追い込むのまでは早かったののですが――しかしさすがにそこからは荷が重い。二人ともほとんど致命傷を食らった身で、画眉丸が繰り出した「二の手」とは……

 ここから先の展開は伏せますが、二の手の内容は、言われてみれば充分あり得たものの、普通であれば流石にそこまではするまい――と思うような、凄絶きわまりないもの。
 それであっても、生きて妻に会うために「命を懸けるつもりなど毛頭ない」「だから命以外は全て懸ける」と迷いなく告げ、その二の手を使ってみせる画眉丸の姿を何と評すべきか――しかしその選択は、ある種逆説的な意味ながら、極めて人間的だとも感じられるのであります。


 そして最初の戦いが大波乱のうちに決着した後に描かれるのは、厳鉄斎・付知・桐馬vs菊花・桃花・弔兵衛の一戦、なのですが――まあ、あの賊王が、弟もろとも世界を花に変えようという連中につくかどうか――いや、相手が誰であれ、人の下風につくか考えれば、展開は明らかでしょう。

 何はともあれ、この集団戦の中で最初に描かれるのは、厳鉄斎・付知組と桃花の対決。
 よく考えてみれば、この島に送り込まれた当初の死罪人と浅ェ門の組み合わせて、二人が生きて行動を共にしているのはこの組み合わせのみですが――しかしこの二人、バトルマニアと解剖マニアと、無茶苦茶な組み合わせであります。

 そんな二人と、天仙の中でも賑やかしとお色気担当であった桃花の異次元対決がここで繰り広げられるのですが――しかしこの戦いを通じて、少々意外とも思えるものが描かれることになります。
 それは味方側でも一番目に見えるものしか信じないように思われた付知の意外な心と、そしてそれ以上に尋常な心などないように思われた桃花、そして菊花の中の心なのです。

 確かに彼らも決して名乗っているほどの絶対的な存在でも、迷いない存在でもないことは、これまでもほのめかされていたものの、ここまで真っ正面から、天仙たちの想いが描かれるとは――と驚かされますが、敵の背負うものが明らかになったことで、戦いがより盛り上がることは間違いありません。

 そしてその一方で、厳鉄斎が実にこの男らしいやり方で「八洲無双の剣龍」ぶりを見せてくれるのも嬉しい。「氣」の概念が登場してから、誰もが「氣」を用いて戦うことで、バトルの興が削がれるのでは――と懸念しておりましたが、ここでの厳鉄斎のように、その中であくまでも自分らしさを発揮して戦う姿を見れば、杞憂とわかります。


 そしてついにこの戦いも第二段階に突入するのですが、そこに現れたものは――と、まだまだ盛り上がる本作。(またもや追加組が忘れ去られていたりもしますが)やはりいま一番先の展開が気になる作品であります。


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 菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語

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2019.12.06

『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」

 尸良に訴えられ、辻斬りとしてお尋ね者になった万次と凜。以前飯盛女から聞いたある話に賭けて、万次を置いて一人、小仏関の近くの村に向かった凜は、そこで関を抜ける手助けをするという宿を訪れる。主人の惣八・砂登夫婦の助けを得て関の奉行と対面したものの、厳しい尋問を受ける凜だが……

 今回は、個人的には原作でもかなり好きな、凜の関越えのくだりを丸々一回使って再現。アクションはほとんど全くない内容ですが、凜と奉行の息詰まる駆け引きが実に良いエピソードであります。
 何しろ原作の廉価版コミックでは「流離の関所越え編」のタイトルで刊行されている上に、「凜が「小仏の関」突破を図る顛末は、作中屈指のバトルだ!」と宣伝されているのですから、こう考えているのは私だけではないのでしょう。

 さて、前回尸良が惨殺した二人+瀕死の一人の濡れ衣を着せられて(自分の罪を他人に密告の形でなすりつける辺り、尸良のヒューマンダストっぷりが実によく出ている)、天津を追っての関所越えどころか往来を歩くことすら難しくなってしまった主人公二人。
 今まであれだけ往来で斬り合ったりしていた割りには、急にリアリティレベルが上がった気もしますが、以前言及されたように、今まで逸刀流絡みの事件は見逃されていたということなのでしょう。もっとも、この件がなくとも百人斬りの万次が真っ当に関を越えられるわけもないのですが……

 何はともあれ、自分だけなら抜けられるかも! とまたもや単身飛び出した凜は、小仏関の近くの村の宿屋を訪れ、主の惣八に養女にして欲しいと言い出すのですが――養女!? と思いきや、これは一種の隠語のようなもの。村人が関の下番役に就いている関係で、村人は関を越えるのに手形不要、その余得は一族縁者全てに及ぶ――ということで、要は金をもらって縁者と偽り、関を越えさせるのがこの宿屋の副業だったのです。
 しかし数年前に失敗して依頼者の娘が処刑されて以来、副業はやっていないという惣八と砂登を説き伏せて――というよりあることで以て砂登の側に覚悟を見せて――関に向かう凜ですが、さてお話はここからが本番であります。

 凜の顔が辻斬りの手配書に似ていると見て取り、砂登の妹を名乗る凜にあの手この手で尋問を行う関の奉行・島田。これに対し、凜は事前に覚えておいた妹の設定を諳んじて軽々とクリア。
 さらに両親は健在かと問われて、涙ながらに過去に起きた悲劇のことを語るのですが――このくだり、あまりにも芝居がかり的に凜の台詞に感情が過ぎて、さすがにちょっと浮いている感は否めませんが、しかしそれに合わせて、バックで凜の(実の)両親の悲惨な最期の映像を流すのは、うまい演出でしょう。なるほどこれならば感情も篭もるわい、と納得であります。

 さらに島田奉行の最後のいじわる質問に対し、文字通り体を張っての迫真のリアクション(ただ、この場面のBGMが――非常に合わない)で突破。ここで島田奉行の――たぶん察しがついているにもかかわらず、凜の胆力と体当たりぶりに免じての――名台詞「大した女だ」(ちなみに島田役はベテラン・てらそままさき)が、実に渋く物語をシメてくれるのもグッとくるのであります。


 冒頭に述べたとおり、アクションなしで関所越えの攻防を描いた今回、(考証的にどうなのかはわかりませんが)これまでとは大きくリアリティレベルが上がり、身も蓋もないことをいえば、良くも悪くも地味になっていく本作を象徴するエピソードとも感じますが――それでもなお、息詰まるバトルを描いた面白い時代劇であったことは間違いありません。
(脇役の惣八・砂登夫婦と島田奉行もまた実にイイキャラで……)

 正直なところ、全体の流れから言えば省略しても成立するエピソードではありますが、しかし今回こうしてきっちり映像化してくれたのは、やはり嬉しいことであります。

『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon


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 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」

 無限の住人

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2019.12.05

武川佑・澤田瞳子・今村翔吾『戦国の教科書』(その二)

 テーマごとの短編小説と解説・ブックガイドによる「授業」形式というユニークなスタイルのアンソロジー『戦国の教科書』の紹介の後編であります。残る3限も、個性的で内容豊かな作品が続きます。

4限目 戦国大名と家臣:『鈴籾の子ら』(武川佑)
 御館の乱で上杉景勝を支持したものの、領地を減らされた上に兄を謀殺され、怒りに燃える新発田重家。重家は、この地に豊かな実りをもたらすという兄の残した籾を守り育てるため、ついに起つことになります。
 蘆名家や織田家に接近し、新発田城に籠もる重家。しかし信長が滅び、秀吉が天下を取った末に、彼は秀吉と結んだ景勝に追いつめられて……

 基本的に強固な主君と家臣の絆に結ばれていたように思える戦国大名家。しかし本作で描かれるように、各地の国衆は、地域に根付き一種独立した存在として、決して大名も無視できぬ存在だったのであります。
 本作の主人公である新発田重家もその一人。上杉景勝に対して反旗を掲げ、実に7年にわたり戦った彼は、その最後も含めて、国衆の一つの典型といえるでしょう。

 しかし何よりも印象に残るのは、自身のためでなく、この土地に暮らす者のため、一握りの種籾に命を賭けた重家の姿でしょう。
 作者の作品の主人公は、時に愚かな、誤った――いや、世間一般から見れば賢くない、正しくない道を歩む者が多く登場します。しかしその道を貫いた、貫かずにはいられない彼らの姿は、強く我々の胸を打つのであります。本作の重家のように……


5限目 宗教・文化:『蠅』(澤田瞳子)
 秀吉の命の下、急ピッチで進む方広寺大仏殿の工事に東寺から派遣された曉旬。しかし彼が出会った工事の総指揮者・興山上人は、秀吉に阿り、揉み手をすることから「蠅」の渾名で呼ばれる人物でありました。
 戸惑いながら興山上人の下で働く曉旬ですが、大仏完成を目前としながら起きた大地震によって工事の行方は大きく変わることに……

 作者には珍しい(初の?)戦国ものである本作は、しかし宗教・文化というまさに作者の得意ジャンル。大仏建立といえば『与楽の飯』が思い浮かびますが、本作の主人公である興山上人(木食応其)は、奇しくも行基の再来と呼ばれた人物であります。
 しかし本作の木食応其は――木食という名に似合わず――端から見ればかなりの俗物。秀吉の権威を振りかざし、そして不良の孫を甘やかす、周囲の僧からも白眼視されがちな人物として描かれます。

 しかしその一方で、彼は客僧にもかかわらず、ただ一人秀吉から高野山全山の束ねを任され、そして戦乱で荒れ果てた寺院の復興に尽くしてきた人物でもあります。
 人間の弱さと強さ、戦乱の時代の宗教と文化の意味・在り方――「蠅」の生き様の中に、そんなものの存在を浮かび上がらせてみせる物語であります。


6限目 武将の死に様:『生滅の流儀』(今村翔吾)
 三度信長に背き、ついに信貴山城に追いつめられた松永久秀。貧しい身から成り上がった彼の原動力は、この世に己が生きた証を残すことでありました。
 それを共に誓った弟を失い、謂われのない悪名を背負わされ、信長に膝を屈した久秀。しかしそれでもなお、己の名を歴史に残すため走り続けた久秀が最後に見せたものは……

 本書の掉尾を飾るに相応しいテーマで描かれるのは、戦国時代に最も派手な最期を遂げたのではないかと思われる松永久秀。
 主君を殺し、将軍を弑し、大仏を焼き――戦国の三大悪人の一人として知られ、時代歴史小説でも悪役が多い久秀ですが、しかし本作は悪名もまた名と嘯き、最後の最後まで自分の生を支配してのけた、実に熱い久秀像を描くことになります。

 そんな本作のクライマックスの一つは、信長が、久秀を周囲に紹介するに、上の三つの悪事を以てしたという逸話の件でしょう。
 本作においてはそれはいずれも濡れ衣ながら、しかし昂然と顔を上げて自分の生きる理由を信長にぶつけ、信長もそれを受け止める――その姿は、新たな久秀像として、そして信長が久秀の謀反を幾度も許した理由の解釈としても、大いに頷けるのであります。


 以上6限――奇をてらったようでいて、極めて内容の濃い力作ぞろいの本書。それもそのはず、ここで作品を発表した6人は、今の、そしてこれからの歴史時代小説界を背負って立つ面々なのですからむしろ当然と言うべきでしょう。
 ユニークなスタイルに負けない、本物の作品で構成された本書――ぜひ第2弾を期待したいところであります。


『戦国の教科書』(講談社) Amazon

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2019.12.04

矢野隆・木下昌輝・天野純希『戦国の教科書』(その一)

 戦国アンソロジー『決戦!』シリーズを刊行してきた講談社から、新たに極めてユニークな一冊が登場しました。戦国時代を知る上で重要なテーマを、6人の作家の短編と解説・ブックガイドによって描く「授業」形式の本書。しかし形式のユニークさに負けないだけの内容を持った作品揃いの一冊であります。

 というわけで、全6章、いや全6限――各限ごとに短編と、末國善己氏による解説・ブックガイドから構成されている本書。この解説・ブックガイドも非常に面白い(特にブックガイドはさらなる読書体験を導く貴重な内容)のですが、ここでは各限の作品を紹介していきましょう。


1限目 下剋上・軍師:『一時の主』(矢野隆)
 祖父の代から、主君は自分が成り上がるために利用する「一時の主」に過ぎないと野心を持ち続けてきた黒田官兵衛。家康と三成の衝突を期に、長政に命じ、一気に天下を奪わんとする官兵衛ですが……

 少し前の大河ドラマではありませんが、秀吉の軍師としての印象が強い官兵衛。しかし本作の冒頭で描かれたように、軍師といういわば補佐役の仮面の下で、天下取りの野心に燃えていた人物であります。
 その野心の一端がついに表れたのが、関ヶ原の戦の際に、九州で見せた動きだったわけですが――本作はその背後に、さらにとてつもない官兵衛の謀略を描いてみせるのです。

 しかし本作で描かれるのは、同時にその下剋上の夢の空しさでもあります。逆転の策を授けたはずの長政の言葉、そして何よりも、関ヶ原の結果に対する彼の読みの在り方が、それを物語る――派手な物語が多い作者ですが、本作の余韻の残る結末には唸らされました。


2限目 合戦の作法:『又左の首取り』(木下昌輝)
 信長とともに盛んに傾いていた又左――前田利家。しかし斎藤道三との対面以来、信長は変わってしまい、又左は家中で諍いを起こし出奔することになってしまうのでした。
 そして陣借りの際、斎藤家にその人ありと知られた首取り足立こと足立六兵衛と出会った又左は、自分の首を取って織田家に帰参してみろと言う足立の首を狙うのですが……

 名乗りを上げての一騎打ちなど、かつての合戦の作法など過去の遺物となったように感じられる戦国時代ですが、しかしその一方で様々な作法があったのもまた事実。そしてその中でも現代人の目から見ると最も奇妙なのが本作で描かれる首実検でしょう。

 自分が合戦で落とした首をアピールすることにこれだけの儀式が必要というのは、本作の又左ならずとも奇妙に思うものですが――しかし本作は、一足早くかぶき者から卒業した信長と又左の、そして又左と足立の対比を通じて、鮮やかにその意味を浮かび上がらせてみせるのであります。
 血なまぐさく一見非人間的な行為に見える中にある、人間のあるべき精神――本作は「作法」に込められたものを見事に描き出すのです。


3限目 海賊:『悪童たちの海』(天野純希)
 大内家の重臣の庶子でありながら、運命の悪戯から海賊の使い走りになった新五郎。明で出会った僧侶崩れの徐海と組んで海に出た新五郎ですが、徐海の暴走で大物海賊・王直を敵に回すことになるのでした。
 それでも自分たちの国を作るべく大暴れを続ける二人は、ついに王直に決戦を挑むのですが……

 戦国武将とは全く異なる形で生きた戦国時代の武士として、近年にわかに注目が集まっている海賊。本作の作者にも海賊を題材とした『雑賀のいくさ姫』という快作がありますが、本作はその一世代ほど前の物語。実在の倭寇の頭目である徐海と新五郎(辛五郎とも)を題材としつつ、当時の海賊――倭寇の独特の立ち位置が描かれています。
 しかし本作の魅力はそれだけではありません。主人公二人の無軌道で無鉄砲な姿は、まさに若さ故のもの。そこには作者は(密かに)得意とする、青春物語の輝きがあるのです。

 それにしても本作、タイトルに「悪童」とあるように、海賊ものというよりもむしろヤンキーもののような味わいがあって楽しいのですが――そういえばヤンキーものと海賊ものの双方で名作を描いている漫画家もいました。二つの世界は案外近いのかもしれません。


 後半の3限は次回ご紹介いたします。


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2019.12.03

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第7巻 ついに羽ばたくあの男たち!

 伊庭八郎の青春記も順調に巻を重ねてもう第7巻。今回の表紙は試衛館の近藤と土方ですが――ついに彼らに雄飛の時がやってきます。そして江戸に残った八郎の周囲も少しずつ動き始め……

 ある事件をきっかけに尊皇攘夷集団・虎尾の会と事を構えることになった八郎。その戦いはやがて、彼らの同志とも疑われる山岡鉄舟との試合に繋がっていくことになります。
 死と隣り合わせのこの試合をくぐり抜けた八郎ですが、今度は会の首魁ともいうべき清河八郎が家を訪ねてきて……

 と、いきなりの展開に驚かされた前巻から続くこの巻の冒頭ですが、大胆にも八郎の前に現れた清河の目的こそは、八郎を浪士組に勧誘することだったのであります。
 時に爽やかに、時に熱く、時流を弁じて止まない清河。そもそも八郎襲撃を画策した(と疑われている)男が大胆にもほどがありますが、しかしそれでも弁舌で以て人を軽々と動かすだけの力が、この男には備わっているのでしょう。

 しかし同じ八郎同士であってもこの二人は水と油。片や幕府の、いや将軍の剣とも楯ともなろうという八郎と、倒幕と尊皇攘夷のために暗躍する清河と――もちろん清河も八郎の前では倒幕の意はおくびにも出しませんが、しかし八郎の目を誤魔化せるものではありません。
 かくて失敗に終わる勧誘ですが――しかし、ここからある意味大きく歴史が動き出すことになります。

 幕府を味方につけ、八郎の練武館をはじめとする名門道場で参加者を募る浪士組。しかし各道場はいずれも相手にせず、弱った幕府は、その他の道場に声を掛けることとなります。そしてその中には、試衛館も……
 今こそこの腕を振るう時が来た、と勇躍浪士組に参加する近藤・土方・沖田・山南・永倉・藤堂・井上の面々。そして京に上ることとなった彼らを何が待ち受け、そしてその先で彼が何になるのか――それはここで言うまでもないでしょう。

 そう、冒頭のとおりこの巻の表紙は近藤と土方なのですが、八郎は少しだけ後ろに引いて、まさにこの巻の主役は二人が――試衛館の面々が持って行った感があります。
 これまで八郎の気が置けない友人たちとして、そして何よりも共に剣の道に励む同志として、幾度も登場し、魅力的に描かれてきた試衛館の面々。この巻で描かれるのは、その彼らが、幕末に名を刻んだあの集団へと生まれ変わろうとする姿なのであります。

 そんな中、特に熱く描かれているのは、京への出立を前に訪ねてきた近藤に対して、八郎が清河への疑念を語る場面であります。
 これまでの虎尾の会との因縁と清河の暗躍を告げ、引き留めようとする八郎。しかしそれを聞いた近藤の答えこそは――まさに近藤! と大きく頷かされるような姿。彼の颯爽とした武者ぶりがたまらないのです。

 第2巻での初登場以来、実にらしいビジュアルと言動で、新選組ファンの心を掴んできた本作の近藤と試衛館の面々(源さんはちょっと老けすぎ感もありますが……)。
 もちろん本作の主人公が八郎であることは間違いありませんが――しかし彼とは全く生まれも育ちも違う、それでいて彼とは同格の若者たちとして、彼らは本作で大きな位置を占めていたと言えます。

 その彼らが羽ばたこうとする時なのですから、その姿を格好良く描かずにはいられないという想いが伝わってくる――というのはこちらの勝手な妄想ですが、しかし近藤の言葉を受けての八郎たちのこれまた見事な言葉といい、実に爽やかかつ熱いものが伝わってくる名場面であることは間違いありません。


 そして若者たちが羽ばたいていったその裏で、そのきっかけを作った者が地に伏すのも史実が示すとおりなのですが――それにしてもちょっと衝撃的なまでのあっさりさに吃驚――その間も、八郎の人生は続きます。

 八郎の義父が将軍警護のために上洛し、その間、講武所での勤めも道場の運営も任され、これまでになく忙しい日々を送ることになった八郎。そんな中、幕府の命で講武所の同僚たちとともに横浜視察に出かけた八郎は、新鮮な西洋の事物に目を輝かせる一方で、そこで最新の西洋銃の威力を目の当たりにすることになります。
 あるいは自分たちの剣を無用の長物にするかもしれない存在に複雑な感慨を抱く八郎ですが――その危惧が現実のものとなるのは遠いことではないことを、我々は知っています。

 今は青春の盛りを生きる八郎ですが、一足早く修羅場に飛び込んでいった友人たちのように戦いに向かう日が描かれるのを、見たいような見たくないような――そんな複雑な気持ちにもなるところであります。


『MUJIN 無尽』第7巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon

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2019.12.02

佐々木匙『帝都つくもがたり 続』 怪異の中に輝く「愚者の金」を求めて

 第4回角川文庫キャラクター小説大賞読者賞を受賞したあの物語が、早くも帰ってきました。昭和初期、酒浸りの文士と不人情な記者、二人の不器用でめんどうくさい男たちが、様々な怪異に出くわす連作怪異譚の続編であります。

 酒瓶に囲まれて鬱々と暮らしていた大久保の前に現れた、新聞記者の関。学生時代からの腐れ縁である関は、担当している怪談企画「帝都つくもがたり」の手伝いに、彼を引っ張り出すのでした。
 しかし大久保は昔から大の恐がり、当然抵抗するものの、その恐がりっぷりがいいと、昔の借金をタテに関に押し切られ、おかげで様々な怪異に悲鳴を上げる羽目に――というのが、本シリーズの基本設定であります。

 前作では文字通り死ぬような目に遭った末に関の心の一端に触れた大久保が、この先も関とともに怪談収集に向かうことを決意して終わったのですが――本作はその後に二人が出会った怪異の数々を描くことになります。

 黄昏時に迷い込むと、死者の腕に後ろから引っ張られるという四谷の坂。
 目も口もない子供の幽霊が出没するという谷中の甘味屋。
 自分が死んだことも気づかぬような楽団員の幽霊が出るダンスホール。
 今度は少年に奇妙な力を持つ目玉を売りつけてきた奇怪な古書店主。
 持ち主が次々と奇怪な言動の果てに亡くなったという曰く付きの着物。

 正体不明の魔所にまつわる怪異談あれば、ジェントル・ゴースト・ストーリーあり、妖魔としかいいようのない怪人の跳梁あり――全8話の前作に比べると、全6話+αと話数自体は減っているものの、そのバラエティに富んだ怪異の姿は変わらず、むしろ個々のエピソードの厚みが増しているのが嬉しいところであります。
(特に着物のエピソードなど、小説でなければ絶対描けない、あまりにも恐ろしい怪異描写が盛り込まれているのが実にイイ!)

 そして厚みが増しているのはキャラクターの方も同じ。関をして怖いと言わしめる編集者の菱田、大久保の数少ない味方(?)である姪の翠など――サブレギュラーたちの存在感もいよいよ増し、思い切り恐ろしいけれども、どこか懐かしく、居心地のよい世界作りに一役買っていると言えるでしょう。


 しかし本作を動かす原動力であり、そして最大の魅力が、大久保と関の関係性であることは言うまでもありません。
 学生時代から、何かとネガティブな大久保と、彼を引っ張り回してきた関――その二人の関係性の根底にあるものの一端は、前作のラストに描かれました。そして本作においては、それがより深く、そして別の角度から描かれることになります。

 怪異譚を追いかけるうちにささいなことから仲違いしてしまった二人。その結果、関と距離を置いた大久保ですが、しかし関が思わぬ状況にあると知ることになります。
 果たして関の身に何が起きたのか、そしてどうすればよいのか。悩みながらも、ある決意を固めた大久保は行動を開始して……

 と、バディものではある意味定番の仲間割れ展開ではありますが、しかしその中で描かれるのは、これまで仄めかされる程度であった関の過去であります。
 怪異に積極的に飛び込んでいくようで距離を取るそのスタンスや、時に人非人クラスの不人情ぶりを発揮しながら、それでいて正反対の性格の大久保を構う関。そんな彼のキャラクターを、何が築き上げたのか――そしてそんな彼に、大久保は何ができるのか。

 本作のクライマックスに描かれるのは、前作とは表裏一体の、そしてさらに熱く胸打つ想いのぶつかり合いなのであります。


 本作で幾度も言及される「愚者の金」。それは小石の中に混じっている、一見金のように見える黄銅鉱のことであります。
 どれだけ輝いても、実際には価値は全くない――そんな「愚者の金」は、一見素晴らしく、特別なことのように見えても実際は錯覚でしかない、人間関係やこの世の出来事、さらには怪異の喩えであるかもしれません。

 しかしたとえ偽物であっても、しかしその輝きが何かしら豊かなものを生み出すことがあるかもしれないと――本作は、恐ろしく、そしてほの暗い怪異探訪を通じて、そう語るのであります。怪異の中に垣間見える、人の心の善き部分を通じて。
 そしてその輝きが、どこに最も強く宿っているか――それは言うまでもないでしょう。

 不器用でめんどくさい男たちが、怪異と、その中の輝きを――たとえそれが「愚者の金」であっても――求める姿を、この先も読んでいきたい。そう感じさせられる物語です。


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2019.12.01

TAGRO『別式』第5巻 彼女たちのエゴ、彼女たちの結末

 江戸に生きる剣術娘たちの姿を描いてきた『別式』も、ついにこの第5巻で完結であります。刀萌の、九十九の死によって壊れ始めた彼女たちの関係は二度と戻ることなく、悲劇が新たな悲劇を生むことに。そんな中で類が選んだ道は、そしてその結末は……

 天才肌で面食いの佐々木類、脳天気な早和、優等生の魁、女装男子の切鵺、占い師で二刀流の刀萌――自分たちを一本の串に刺さった団子に喩える仲の良さであった彼女たち別式(女性武芸者)。
 しかし暗殺者という裏の顔を持っていた刀萌が、切鵺の両親の仇である男・岩渕源内との決闘に敗れて命を落としたことにより、彼女たちの運命は大きく変転していくことになります。

 源内によって右目を奪われた類。想いを寄せていた大杉九十九が刀萌を愛していたことを知った魁。そして自分と源内の因縁が皆を巻き込んだと悔やむ切鵺。そして源内との決闘に向かう途中、あまりにもあっけなく九十九は命を落とし――そしてここから最終巻の物語が始まることになります。


 類たちが見守る中、諸悪の根元とも言うべき源内とついに対峙し、そして決着を着けた切鵺。しかし物語はこれでハッピーエンドとは既にいかない状況にあります。。
 誤解が誤解を、疑惑が疑惑を呼び、さらにヒビが入っていく彼女たちの仲。あるいは後悔を背負い、あるいは止むに止まれぬ想いを抱き、ついに刃を交える彼女たちの悲劇は終わることなく続いていくのであります。

 そして物語は第1巻冒頭の時点に――刃を抜いて対峙する類と切鵺の姿にたどり着くことになります。その先にあるものは……

 デフォルメされたキャラクターや脳天気な展開、現代の風物のパロディなど、見かけは時代劇コメディ的であった本作。しかしこの第1巻冒頭の時点で、悲劇は約束されていたのは間違いありません。
 仲間たちを全て失い、今また仲間だとかつては信じていた切鵺と立ち合う類――この衝撃的な場面がどのような理由で生まれ、そしてここからどのような結末を迎えるのか、気にならなかった読者はいないでしょう。

 そしてこの最終巻で描かれた真実は、こちらの祈りを次々と打ち砕いていくかのような、あまりに無惨で残酷なもの。何よりもそれをもたらしたのが誰かの悪意ではなく、止むに止まれぬ想い――言い換えれば愛――であることが、何よりもこちらをいたたまれない思いにさせるのであります。
 それは作中のある人物の言葉を借りれば「エゴ」(この言葉をさらっと出せるのが本作のスタイルの強み)なのでしょう。あまりにも不器用すぎた人々のエゴのすれ違いとぶつかり合い――ここで描かれたのは、まさにそれだったのですから。

 そしてその最大の被害者は、類だったかもしれません。何しろ彼女は、これまでこの物語の、この悲劇の本筋からはほとんど蚊帳の外、完全に(まったく驚くほどに完全に)巻き込まれていただけだったのですから。
 そしてそんな彼女が、自分よりも強い男に身を任せるという自身の数少ないポリシー――そしてそれは自分自身に対して極めて無責任な、同時にエゴイスティックな態度とも言えるのですが――故に最後の悲劇を迎えるのを、何と評するべきでしょうか。


 ……あるいは彼女たちが剣を持っていなかったならば、別式でなかったならば、この悲劇は起きなかったのかもしれない。その疑問は皆の脳裏をよぎることでしょう。
 確かに、如何にコミカルに、パロディを交えて描かれていたとはいえ、彼女たちの、登場人物たちの運命は、この時代ゆえのものではあるのですが――しかしこれ以上考えるのはナンセンスというものでしょう。

 きっかけはどうであれ、本作で描かれた彼女たちの心の動きは、現代に生きる我々の心に共鳴し、大きく動かすものであったことは間違いないのですから。そして優れた時代劇は、そういうものなのだと思うのです。


 正直なところ、終盤に向かうにつれて登場人物の情念のほとばしりが物語の整合性からはみ出した感もあり、そしてその一方で、この結末は一種の予定調和とも感じられないでもありません。
(あるいはそれは、本作の本来の構想どおりであれば異なるものであったのかもしれませんが――個人的にはこの展開でも違和感はありませんでした)

 それでもなお、本作で、この最終巻で、その結末で描かれたものは、心の奥底に長く残る――そんな作品であることは間違いありません。近年稀にみる時代劇漫画であったと言うべきでしょう。


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