京極夏彦『西巷説百物語』(その三) さらば林蔵、さらば巷説?
『巷説百物語』第5弾、『西巷説百物語』の紹介のラストであります。これまで奇怪な巷説にかこつけて様々な過去の因縁を解決してきた林蔵。その彼が最後に仕掛ける相手は、そしてそこで明らかになる過去の真実とは……
『豆狸』
最近急成長を遂げてきた酒蔵・新竹。その店先に小さな男の子が酒を買いに来るようになってから、売り上げの勘定が合わないという奇妙な出来事が起きるようになります。
どうやらその子供が出す小銭が、後で見れば葉っぱに変わっているようなのですが――蔵の泡番らが店の蔵に祀られている豆狸の仕業だという一方で、主人の与兵衛にはある疑念がありました。
実は先代の主に見込まれて娘の入り婿となった与兵衛。しかし本来店を継ぐのは先代の息子だったはずが、ある悲しい出来事がきっかけで……
毎回述べてきたように、ある程度物語の構成が共通しているこの『西巷説百物語』。当然本作の過去に待つものは――となりますが、本作の見所はむしろ、(これもこれまでのエピソードと同様に)物語の中心となる与兵衛の想いというべきでしょう。
本来であれば継ぐはずでなかった店を継いでしまった与兵衛。しかし彼を苦しめるのはそれだけではなく、その原因となった事件での、彼の選択そのものにあります。
義理を取るか情を取るか、そして自分はどちらを取ろうとしたのか――残酷な選択を強いられた末に、そこでの自分自身の真意を疑うことになるという魂の地獄に落ち込んだ与兵衛。そんな彼に下されるものとは……
どちらかといえば又市の仕掛けに近いという内容、そして何よりもその読後感という点で、本書でも異色作というべきでしょうか。
『野狐』
かつての顔見知りである又市と出会った野干のお栄。その出会いと、巷で囁かれる怪しげな噂話から、お栄はかつて仕掛けをしくじり、妹が死ぬ原因を作った男・林蔵が、大坂に舞い戻っているのではないかという疑いを抱くことになります。
その真実を確かめるため、一文字屋仁蔵を訪れたお栄は、「林蔵」があの林蔵なのか確かめることと、妹を直接手にかけた裏社会の顔役・放亀の辰造殺しを依頼するのでした。
そんな彼女の前に、狐火の噂を聞きつけて現れた酔狂な青年・山岡百介は、少し前まで「林蔵」と一緒にいたと語ります。しかし彼の会った「林蔵」は老人だったというのですが……
シリーズ恒例、描き下ろしで描かれるのは、又市や百介というシリーズファンには嬉しい顔ぶれも登場しての、オールスターキャストの最終話。そしてその内容はといえば、前作『前巷説百物語』で仄めかされていた、又市と林蔵が江戸に流れるきっかけとなった事件とその決着なのですからたまりません。
本作から15年前、仁蔵の下にいた又市と林蔵が下手を打ち、上方にいられなくなったという事件。そこで林蔵は愛する女性を失ったというのですが――このエピソード、重要そうな割りには前作では掘り下げられることなく(というより林蔵自身今ひとつ影が薄い)非常にファンとしてはやきもきさせられていたところであります。
本作はその女性の姉が登場し、いわば林蔵に対して過去の清算を迫ることとなるのですが――これまでは仕掛ける相手の現在の出来事を通じて、過去の真実をえぐり出し、それと直面させてきた林蔵が、ここではある意味その立場を逆転させられることになるのが面白い。
しかしもちろん、それだけで終わるはずがないのが本作なのですが……
(しかしこの過去の事件の顛末を見ると、『前巷説百物語』の終盤、又市はもう少し怒ってもよかったかもしれないと思います)
何はともあれ、この事件を最後に、文字通り「これで終いの金比羅さんや」と姿を消すこととなった林蔵。
いや、林蔵だけでなく、久々に登場した又市と百介(時期的には『巷説百物語』の『帷子辻』の少し後に当たるのですが)も、いや『巷説百物語』というシリーズ自体が、この後12年間姿を消すことになるのですが――それが今年になって『遠巷説百物語』として帰ってきたのは本当に嬉しい話であります。
『遠巷説百物語』が単行本化されるのはまだ当分先だとは思いますが、それまで本作をはじめとするシリーズの諸作を反芻しつつ、楽しみに待ちたいと思うのです。
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