« 2019年12月 | トップページ | 2020年2月 »

2020年1月

2020.01.31

南原幹雄『北の黙示録』上巻 伊達vs幕府、マクロスケールの伝奇開幕


 徳川幕府の秘密諜報機関・中町奉行所の猛者たちが、幕府を揺るがす巨大な陰謀に挑む南原幹雄の中町奉行所もの最大の雄編であります。伊達政宗が150年前に抱いた野望を実現に移すべく、寛政の世に動き出した伊達家をはじめとする奥州諸藩。その陰謀の正体とは……

 江戸で天地一心流の道場を構える赤石百次郎――彼には中町奉行所与力というもう一つの、真の顔がありました。かつて北町南町と並び、江戸に存在していた中町奉行所。既に廃止されて久しいものと思われていた中町奉行所は、しかし幕府の極秘の捜査諜報機関として、地下で活動していたのです。
 やはり中町奉行所与力であった兄が十年前に奥州での任務中に消息を絶って以来、百次郎はその跡を継ぎ、表向きは道場主として暮らしていたのであります。

 そんなある日、小普請組の旗本――実は中町奉行の浦上から呼び出された百次郎は、伊達家に不穏の動きありと聞かされることとなります。その詳細や、そもそもどこから出たものかは不明な情報ながら――しかしそれに備えるため、今をときめく老中・松平定信が老中を辞任したという状況に、百次郎は勇躍立ち上がるのでした。

 しかし部下たちと探索に当たったものの、伊達家の江戸屋敷はいずれも密かに要塞とも言うべきものに仕立て上げられ、容易に内部を窺うことはできない状況。さらに伊達家の秘密戦力である蔵王山伏の集団・伊達山岳党の襲撃により、奉行所側に犠牲者が出ることになります。
 それでもどうやら伊達・南部・津軽・上杉・佐竹・二本松の六藩が何事かを企んでいることが判明し、その中心である伊達家の藩主・斉村の帰国を禁じるとともに、さらに江戸城の修築工事を課そうとする幕府。これに対し、伊達家は仙台から江戸に大量に流入する米の供給をストップし、幕府に揺さぶりをかけることに……


 冒頭に述べたように、江戸の諜報機関として活躍する、作者のシリーズ組織とも言うべき中町奉行所を中心とした本作。これまで様々な時代で、単なる犯罪ではなく幕府の存立に関わる大事件に挑んできた中町奉行所ですが――今回はその中でも最大の戦いというべきでしょう。
 根室へのロシア軍艦エカテリーナ号の来航と、奥州の名門・最上家の末裔が伊達家に関わる大秘事を記した巻物を発見するという二つのプロローグから始まる本作では、その伊達家と幕府――中町奉行所の、打々発止の戦いが描かれることになります。

 果たして伊達家を中心とする奥州六藩が何を企んでいるのか? その詳細はまだこの上巻の時点では見えてこないのですが、しかし垣間見えてくるものだけでも、そのスケールの大きさは歴然。巨大な組織と組織が歴史の陰で暗闘を繰り広げる、いわばマクロスケールの伝奇を得意とする作者ならではの興趣がここにはあります。
 さらにこの上巻の後半で伊達家が仕掛けるいわば経済戦争の姿も実に面白く、これも作者が描いてきた経済(伝奇)小説の趣向を活かしたものと言えるでしょう。

 そしてその陰謀に挑む中町奉行所はといえば、諜報組織ゆえに表立って活動することはできず、そしてまた謎の薄皮を一枚一枚剥がしていくのがやっとなのですが――しかし忍者ものではない、一種のスパイものとしてのサスペンス描写が、その遅々として進まぬ状況を、逆に盛り上げていくのはさすがであります。
 超人的なヒーローではないからこそ、一歩一歩着実に証拠を固め、謎を解き明かしていくしかない――そんな百次郎たちの苦闘の様が、伊達家の巨大な陰謀と並んで本作の魅力であると感じます。
(もっとも、その百次郎のキャラクター造形自体は比較的単純で、ヒロイン格の居酒屋の女将・お蝶が彼にベタ惚れするのが今一つピンとこないのはちと残念)


 さて、伊達家をはじめとする奥州諸藩と徳川幕府の戦いはまだ始まったばかり。この先、いよいよ激化する戦いはどこに向かうのか――下巻も近日中にご紹介いたします。


『北の黙示録』上巻(南原幹雄 講談社文庫) Amazon
北の黙示録(上) (講談社文庫)


関連記事
 アツいシチュエーションの冒険行 「灼熱の要塞」
 「抜け荷百万石」 雄藩を結ぶ黒い糸

|

2020.01.30

金子ユミ『千手學園少年探偵團』 少年「探偵」が挑む謎と壁


 大正時代、東京は神田に設立された良家の子弟ばかりが集まる全寮制の名門私立学校・千手學園を舞台に、突然そこに放り込まれることとなった少年が、仲間たちと繰り広げる探偵活劇であります。様々な謎が蔓延る學園で、少年が辿りつく真実とは……?

 浅草で母一人・子一人で暮らしていた少年・永人。しかしある日彼は急に実の父であり大蔵大臣である檜垣一郎太の命により、神田の一角に聳える私立千手學園に放り込まれることになります。
 それまで千手學園に通っていた檜垣家の嫡男・蒼太郎――その彼が學園から謎の失踪を遂げたため、それまで放り出されていた妾の子であった永人が、その代わりに學園に通うことになったのでした。

 周囲の勝手により、母から、周囲の世界から引き離されて全くの異世界である千手學園に放り込まれた永人。そこに登校早々、彼はなぜか自分の名を知る見知らぬ少年から、この学園にはたくさんの呪いの噂があると聞かされることになります。
 そして生徒会長の最上級生・東堂から、永人は学園の学生寮、通称「バベルの塔」に最近、生霊が出ると告げられるのですが――はたしてそこで出会った少年・来碕慧は、一度永人が部屋から出た後に煙のように姿を消し、そしていつの間にか寮の外にその姿が……


 そんな第一話「生霊少年」を皮切りに千手學園で始まる永人の冒険。鮮やかに生霊少年の謎を解いた永人を「探偵」のようだと目を輝かせる慧と、その弟の昊、そして学園に存在しない謎の少年らとともに、(不承不承)永人は学園を騒がす様々な謎に挑むことになります。

 横暴な上級生との賭けでピアノを演奏することとなった永人が、夜中にひとりでに鳴り、更に鍵盤に血が滴るという「呪いのピアノ」の噂に挑む第二話「血を吐くピアノ」
 学生寮の寮長が歌留多勝負で決められることになった中、その背後に蠢く様々な思惑に永人が巻き込まれる第三話「千手歌留多」
 学生寮で相次ぐ盗難騒ぎを追う最中、かつてそこで自害した生徒が閉じ込められた生徒を連れ去るという噂の懲罰小屋から、蒼太郎が消えたという事実を知ることになる第四話「恋の呪い 懲罰小屋」

 本作を構成するのはこの全四話――いずれもミステリとしての楽しさもさることながら、というよりそれ以上に、舞台設定とキャラクターの顔ぶれの面白さで、楽しく最後まで読むことができる作品であります。
 そしてその中でも特にユニークなのは、言うまでもなく主人公の永人の存在でしょう。学園ものにおいて――特に本作のようなある種の閉鎖空間となっている場において――異物とも言える主人公が転入し、それが学園に大きな波乱を起こすというのは定番ですが、永人はまさにそんな存在なのですから。

 いわゆるエスタブリッシュメント層が通う学園において、この時代の浅草に生まれ育った永人はその対極とも言うべき人間。意識的にせよ無意識にせよ、身分を笠に着て尊大に振る舞う連中に対して、知恵と機転と威勢では誰にも負けない永人が真っ正面からぶつかっていく痛快さは、本作ならではのものでしょう。

 しかしそんな永人にももちろん大きな屈託があります。彼が(表面上は)迎え入れられた檜垣家、そして彼が新しい生活を送る千手學園で、事ある毎に彼にぶつかり、彼にのしかかる身分の違い、そしてそれを振りかざして他者を見下す者たちの存在――上に述べたように、そんなものには負けまいと闘志を燃やす永人ですが、だからこそその壁の存在は、そしてそれとぶつかった痛みは、彼を悩ませるのであります。

 本作は大正という時代を舞台とすることにより、ストーリーにある種の飛躍を許すと同時に、今よりも身分の違いが露骨であった社会の中で必死に戦う少年の姿を描き出す物語であります。
 そしてその少年が壁を乗り越えるための武器とも支えとなるのは、「探偵」としての知恵であり、そして「探偵團」の仲間たちであることもまた、本作は描き出します。ある意味それが本作の物語がミステリである必然性である――そう呼べるかもしれません。

 キャラクターの面白さとミステリとしての楽しさで魅せつつも、同時に大正という舞台ならではの物語を描いてみせる――果たしてそれが何処に行き着くのか、その先を見届けたくなるシリーズの開幕編であります。


 ちなみに本作、第一次世界大戦や東京博覧会から数年後、山縣有朋が存命という描写があることを考えれば、1910年代後半が舞台ということになるでしょうか。少々安心(?)しました。


『千手學園少年探偵團』(金子ユミ 光文社キャラクター文庫) Amazon
千手學園少年探偵團 (光文社キャラクター文庫)

|

2020.01.29

忠見周『竜侍』第2巻 竜侍、時間と空間を飛び越えて人の悩みを吹っ飛ばす!?


 どこから来てどこへ行くのか誰も知らない謎の怪人(?)竜侍の活躍を描く連作シリーズの第2巻であります。今日も今日とて悪の前に泣く人を――いや、団子を求めて彷徨う竜侍の姿は、何と江戸時代だけではなく、様々な時代に現れて……

 各地で噂が流れる謎の剣士・紅蓮の竜。長い一本差しと真紅の襟巻を目印に、破落戸や剣士、忍者が束になっても敵わないほどの途方もない強さを持つ彼の正体は――

 竜。二本足で歩く竜。着物を着て刀を差して、尻尾の長い竜。もう本当に見たまんまの竜侍だったのです。
 口から出すのは獣めいた吼え声のみ、果たして周囲と意思疎通が出来ているのか怪しすぎるところですが――好物の団子のため、今日も今日とて竜侍は、困っている人々を偶然助けては、何処かへ去っていくのであります。

 そんな基本設定の本作は、これまでは江戸時代を舞台に描かれてきた作品でありました。しかしこの巻では冒頭から平安時代――平安時代!?
 さる姫君を巡り、貴族たちの間で繰り広げられることとなった競べ馬で、代理の乗尻(騎手)となった東国出身の武人を主人公にしたこのエピソード、悪辣な貴族の企みで乗る馬を亡くした武人が――という内容で、ある意味インパクト勝負の本作の中でも、屈指の衝撃映像が序盤に待ち構えている物語であります。

 その後も江戸時代を舞台としたエピソードもあるものの、明治初期を舞台としたもの、平成を舞台としたものと時代が一気に近づいたと思いきや、その次はいきなり本作でも最古の時代である古代に飛んで――ともう時間と空間を飛び越えた大暴れであります。
(それでいて、ラストに収録された書き下ろしでは、原点(?)とも言うべき江戸時代を舞台とした一種の人情ものになっているのも心憎い)

 身も蓋もないことを言ってしまえば、インパクト勝負を比較的似たような舞台で続けるのは難しいのは道理で、ある意味必然の展開であるかもしれませんが――しかし「侍」という先入観があったところにこの展開には、やられた! というしかありません。


 とはいえ、基本的に善男善女が苦しめられる展開のため、読んでいてストレスが溜まる部分があるのは否めないのですが――これはまあ、物語のスタイル上仕方ないことと言うほかないのでしょう。
 ひたすらシリアスな人間の悩みを、あっさりと吹き飛ばしていくのが竜侍の魅力なのですから……
(ただ、あまりシリアスに見えない上に必然性があまりないセクハラも加わる平成編はちょっとどうかとは思うのですが)


『竜侍』第2巻(忠見周 朝日新聞出版ソノラマ+コミックス) Amazon
竜侍 2 (ソノラマ+コミックス)


関連記事
 忠見周『竜侍』第1巻 正真正銘!? 紅蓮の竜、時代劇世界を往く

|

2020.01.28

大塚已愛『ネガレアリテの悪魔 黎明の夜想曲』 ファンタジーから伝奇へ――新たなる、本当の物語の幕開け


 19世紀末のロンドンを舞台に繰り広げられる――そして新人の作品とは到底思えぬ完成度の高さに度肝を抜かれた異形のファンタジー待望の続編であります。少女と青年人形による異界「ネガ・レアリテ」を巡る戦いは実は序章に過ぎず――いよいよ本当の敵、そして巨大な秘密の数々がここに明かされるのです。

 偶然訪れた画廊で異界に呑み込まれ、ルーベンスの贋作から生まれた奇怪な魔に襲われたことをきっかけに、美青年サミュエルと出会った男爵家の少女・エディス。
 日本の刀と呪法を用い、人間離れした力で贋作から生まれた異形の魔と対決するサミュエルに救われたエディスは、サミュエルと彼を付け狙う妖人ブラウンとの間の戦いに巻き込まれていくことになります。

 その過程で明らかになるサミュエルの秘密――実は彼が人間ではなく、何者かによって造り出された精巧な人造人間だったことを知りながらも、恐れることなく彼の傍らで戦い抜いたエディス。そして女王の私生児であり、母に殺されたという怨念を抱えて暴走するブラウンは、サミュエルに敗れてネガレアリテの中に消えて……


 という前作を受け、やはり贋作から生まれた魔――今度は絵画ではなく楽器――との戦いから始まる本作。が、それはあくまでも導入部、前作の展開を踏まえたこちらの予想は、完全に――当然ながら良き意味で――裏切られることになります。

 自分の存在が危険をもたらすと、エディスに別れを告げたサミュエル。それを受け入れた彼女は、侯爵家の三男・ヘイズから結婚を申し込まれることになります。
 父を知らぬ私生児である自分を今まで育ててくれた男爵家の人々のため、エディスはその申し出を受けるのですが――しかしヘイズには彼女と、さらにサミュエルと意外な繋がりがあったのであります。

 そして思わぬ自分の秘密に驚く間もなく、彼女に襲いかかる新たなる敵。かつてブラウンが変じた魔の中でも、さらに力を持つ古き血を持つ存在に襲われたエディスを救うべく、強大な敵に挑むサミュエルですが……


 贋作から生まれる魔との戦いを描いた前作において、自分たちもまた一種の「贋作」として――エディスは男爵家の実子ではない私生児、そしてサミュエルは人間ですらない――受け止める姿が描かれた二人。
 本作では、その二人の真実が描かれることとなります。エディスの父は何者なのか、そしてサミュエルは何のために造り出された存在なのか――ある意味物語の根幹に繋がるほどの真実が。

 その大秘密を(物語の比較的早い段階で判明するのですが)ここで語るのは控えましょう。しかし一つだけそれを評するとすれば、前作がファンタジー――我々の世界と隣り合わせの世界に潜む魔との対決であったとすれば、本作は伝奇――この世界で我々が重ねた歴史と平行して、陰の歴史を生き長らえてきた者との戦いである、と表すのが適切と感じます。
 そう、まさかこの物語でこれを持ってくるとは! と好きな人間にはたまらない、そしてどこか懐かしい題材の数々で組み立てられた物語は、紛うことなき一級の伝奇ものならではの興奮を与えてくれるのであります。

 そして驚くべきは、これだけ血沸き肉躍る(ある意味本作に相応しい表現であります)物語であるのと同時に、本作は、極めて美しくそしてプラトニックな、ボーイミーツガールの物語として成立していることでしょう。
 贋作であるという二人を結ぶある種の共通項から解き放たれながらも、なおも強く結びついた二人の絆の目映さ。それはサミュエルに昏い執着を見せる敵の存在とは好一対のものであり――そして人が人以外に抗し、そして人以外と生きるに当たっての、一つの希望の姿としても感じられるのです。

 そしてもう一つ唸らされるのは、大量の情報や怒濤の展開を、くどさや退屈さなしにさらりと読ませる作者の構成力と文章力であります。この点は前作から強く印象に残っていたものですが――本作のそれはそれをさらに上回るものとしか言いようがありません。
 特に物語中盤、本作の――本シリーズの背景となる真実と秘密に関する説明描写の数々を、違和感なくテンポ良く描いてみせる水際だった手腕には感嘆させられるばかりなのであります。


 あえて難を言えば、前作で前面に出ていたネガ・レアリテの存在が、本作では遠景に留まっている点ですが――それは新しい物語の前では、小さいことと思うべきなのでしょう。
 二人の絆の、そして何よりも新たな伝奇世界の誕生を垣間見せてくれた本作。今はその先の姿を見たい、つまりは続編希望! と強く願うばかりなのであります。


『ネガレアリテの悪魔 黎明の夜想曲』(大塚已愛 角川文庫) Amazon
ネガレアリテの悪魔 黎明の夜想曲 (角川文庫)


関連記事
 大塚已愛『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』 少女と青年と贋作の戦いと救済の物語

|

2020.01.27

安達智『あおのたつき』第1巻 浮世と冥土の狭間に浮かぶ人の欲と情


 正式なジャンル名はわかりませんが、「迷える魂の案内人」ものとも言うべき作品群があります。本作もそんな作品の一つというべきでしょうか――江戸は吉原の浮世と冥土の狭間で、そこに迷い込んだ遊女たちの魂を救うべく奮闘する遊女・あおを主人公とした物語であります。

 吉原は羅生門河岸の角、九郎助稲荷のその奧にあるという、強く霊験のご利益を求める者だけが迷い込む浮世と冥土の境に近いところ……
 そこに迷い込んできたのは花魁姿の童女、いや童女姿の花魁・濃紫。その前に現れた宮司・楽丸は、ここが生前の想いに囚われた姿で人々が暮らす、冥土の吉原遊郭を管轄とする鎮守の社と語るのでした。

 はたして何に囚われているのか童女の姿となり、それでも金を稼がなければと強い執着を見せる濃紫。突然放り込まれた世界に混乱する彼女ですが、その前に、新たに社を訪れた遊女の霊が現れます。
 時代遅れな勝山髷――はいいとして、白粉を塗りたくった巨大な顔だけの遊女・富岡の生前の物語を聞くことになる楽丸と濃紫。果たしてそこに込められた「わだかまり」とは……


 という第1話の物語をきっかけに、鎮守の社に奉公することとなった濃紫――楽丸には童女の頃の「あお」と呼ばれることになります――が、迷える魂と向き合い、その秘めた「わだかまり」を知り、導いていく本作。
 吉原に行ってそこで暮らしたいという三つ子の童女たち、身請けが決まった相手の旦那の変貌に心を痛める花魁――様々に悩みを抱えた魂を、あおは時に受け止め、時に叱咤し、時に共に涙を流しながら、その悲しみを解きほぐしていくことになります。

 そんな本作は、冒頭に述べたとおりまさに「迷える魂の案内人」ものなのですが――しかしその舞台選びの妙にまず感心すべきでしょう。何しろ吉原といえば江戸中の人間の欲望と情念が集まる地。そしてそこでどれだけの人間の魂が迷い、わだかまりを抱くかは、言うまでもありません。
 しかし同時に見事なのは、ここでその物語を描くのに、冥土というフィルターを一度通していることであります。そのフィルターを通すことによって、本作は真実を一種俯瞰した立場から描くことを可能にすると同時に、一歩間違えれば途方もなく生臭く凄惨で、やりきれない物語になりかねないところを救っているのですから。
(そもそもあおのキャラクターも、童女でなければかなりどぎついものではあります)

 そしてまた、そんな物語を描き出すアートもまた実に魅力的で――現実に存在したもの、冥土に存在するかもしれないものをミックスし、まさにその狭間の世界にしかないものを、巧みに浮かび上がらせている様には感心させられます。
 作者のTwitterアカウントを拝見すれば、元々は日本画を専攻されていた方とのこと。さてこそは――と納得であります。
(そしてTwitterといえば、作者の別名義での活動にびっくり仰天)


 さて、個々のエピソードもさることながら、背骨となる物語――すなわち、あお自身のそれも気になる本作。
 何故童女の姿となったのか、何故金にあれほど執着するのか、そして何故命を落とすこととなったのか――それとは別に、わずかに触れられた楽丸の過去も含めて、この先の展開が気になる作品であります。

 そして最後になってしまいましたが、本作に登場する鎮守の社の御祭神は命婦薄神、すなわちお稲荷様――ですが、現時点ではほとんどマスコット扱い。しかしこの神様の仕草がまた実に可愛らしく、動物好きには悶絶ものである点も見逃せない(?)点であります。


『あおのたつき』第1巻(安達智 DeNA) Amazon
あおのたつき (1)

|

2020.01.26

『無限の住人-IMMORTAL-』 十六幕「肢転 してん」

 狂気に陥った末、無数の被験者を犠牲にして実験を続ける歩蘭人。一方、捕らえられた夷作を救い出そうと奔走する凜と瞳阿は、同様に捕らえられた人々が不死力の実験に使われていると知り、地下道から江戸城に乗り込む。群がる役人たちを蹴散らしながら進む二人だが、ついに見つけた夷作の姿は……

 「相変わらず狂ってる歩蘭人の実験」「瞳阿と夷作の過去」「百琳と偽一の想い」「凜と瞳阿の救出作戦」と、一話で結構盛りだくさんであった今回。原作では単行本2巻分とあまり進んでいない気もしますが、前話があの調子だったので、非常に大きく話が動いたという印象であります。

 まず歩蘭人は――相変わらず無駄に気合いの入った演出でその狂人ぶりをアッピール。もうそれはええっちゅうんじゃ、と言いたくなるような心象風景ですが、今回はそれほど時間は長くなかったのが救いではあります。
 しかしその被害は甚大で、とんでもない分量の死体が遺棄されたり、江戸城地下がバイオハザード状態になっていたりとやりたい放題。一応裏があるとはいえ、鉤群もやりすぎなのでは……

 一方、これまでの気の強さはどこへやら、ほとんど共依存状態だった夷作がいなくなって瞳阿のメンタルはどん底。今回は幾度かに分かれて二人の出会いから旅立ちまでの姿が描かれますが、片やアイヌの村出身、片や外国人宣教師の息子と、二人ともこの時代のこの国においては異邦人であるだけに、肩を寄せ合って生きてきたことはよく理解できます。
(しかしこの二人を仲間に迎え入れた天津は度量が大きい――と思いきや、怖畔というさらにとんでもない奴がいるので、彼らはまだまだ目立たないだけかもしれませんが)

 そして百琳と偽一ですが――以前にちらりと仄めかされていましたが、逸刀流残党に捕らえられた際の暴行が元で、妊娠していた百琳。もう鬼畜(原作が)としか言いようがない展開ですが――生まれてくれば最悪の記憶を思い出させるであろう子供を堕ろそうとする百琳を偽一は静止するのでした。
 もちろんこれは百琳の気持ちを思えばあまりに無神経な行動であるかもしれません。しかし百琳がこの世界に入ることとなった理由が我が子を殺された怒りからであったことを思えば、そして偽一もまた病の息子のために――そしてその息子も世を去ったことを思えば、子殺しを止めようというのは、それなりに理解できるところではあります。

 そしてその百琳を頼るのは凜――ほとんど断片的な(描写しかない)情報で万次の、夷作の行き先を突き止めた彼女は、百琳に陽動を依頼。役人に捕らえられて連行された人々の家族たちを百琳が煽動して周囲を騒がしている間、ついに凜と瞳阿は江戸城地下に広がる迷宮に潜入することに――嗚呼、ここまでが本当に長かった。
 しかし無駄に露出の多い衣装で潜入したり、いきなりポッと出のキャラに捕まって凜が拷問受けたりブチ切れた瞳阿が皆殺しにしたり(怖畔の出番が……)、そこら中うろついているゾンビをダッシュ回避で先に進んだり、(たぶん果心居士のところからギってきた)火薬に黄金蟲で格好良く火をつけたら自分も巻き添え食ってダメージ受けたりと、これまでの鬱憤を晴らすような凜の大冒険活劇ぶりに、前回自分が見たものは何だったのだろう――と再び思わないでもありません。

 しかし今回の凜、非常に覚悟が決まっているようでいて、殺人は瞳阿に任せるという形になっているのがどうにもスッキリしないところで、その直後に瞳阿を庇って百叩きを受けたとはいえ、万次を用心棒に雇っていた時以上に、都合のよいスタンスが気にならないでもありません。
 とはいえ、その瞳阿も故あって途中で脱落し、ただ一人で先に進むことになった凜。やたらと暗い画面の中、先に進む凜という、何となく中途半端な場面で次回に続きます。


 ……今回万次の出番あったかしら?


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

関連記事
 『無限の住人-IMMORTAL-』 一幕「遭逢 そうほう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二幕「開闢 かいびゃく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十一幕「秋霜 しゅうそう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十二幕「終血 しゅうけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十三幕「誰そ彼 たそかれ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十四幕「改起 かいき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十五幕「臓承 ぞうしょう」

 無限の住人

|

2020.01.25

仁木英之『魔王の子、鬼の娘』  鬼と人の狭間の旅路で織田信忠が見たもの


 以前「読楽」誌に読み切りとして掲載され、アンソロジー『妙ちきりん』にも収録された物語が、長篇として帰ってきました。父とほぼ時同じくしてこの世を去ったはずの織田信忠を主人公に、人と人以外――鬼たちの姿を描く異形の戦国活劇であります。

 明智光秀の謀反により父・信長が本能寺で炎に消え、自分もまた、二条城の炎の中で死を目前とした織田信忠。しかし次に目覚めた時に彼がいたのは信州――かつて彼が妻に迎えようとした人の故郷であり、そして彼が滅ぼした武田家が治めていた地でありました。
 そこで彼の前に現れたのは、武田勝頼と、信忠の義姉の間に生まれたという少女・霧――昼の間の穏やかな人格と、夜の間の皮肉で苛烈な人格の二つを持つ彼女は、ある者の手により、信忠は鬼の王の面をつけて生き延びたことを告げるのでした。

 大きすぎる運命の変転に戸惑う信忠。さらにその前に現れた死んだはずの信長は、自分が魃鬼(おに)たちを従えた魔王となったと宣言するではありませんか。
 この国の安寧のために戦っていたと信じる父の変貌を嘆きつつも、魃鬼の力を用いて天下を狙う父に挑むことを決意した信忠は、霧とともに旅立つことに……

 という短篇版を物語の冒頭部分、第一章として始まる本作。この後、甲府を旅立った信忠と霧は、三日天下で光秀が敗れた末に信長の後継者を巡る駆け引きが始まったことを知り、京に向かうことになります。
 人に似て人ならぬ者、古の民の系譜を継ぐ者たちの道「山の道」を急ぐ二人。しかしその前に現れた童顔に巨躯の異形の存在・鞍馬の月輪が、信忠の前に立ちふさがります。

 織田の旗印を掲げた軍勢により故郷を焼かれたという月輪と激突し、何とかこれを下した信忠は彼を一行に加えますが――同様に何者かによって古の民の末裔たちが襲撃を受けていることを知るのでした。
 その背後に蠢く、人を鬼に変える鬼成りの蟲を操る者の存在。光秀の生存も囁かれる中、旅を続ける信忠たちが最後に出会う者とは……


 信長の天下布武の結末というべき本能寺の変から始まる本作。そこで信長が生存/復活したり、信長が魔性の者となる/であった作品は枚挙に暇がありませんが――しかしそこに信忠が絡む作品は、本作ぐらいではないでしょうか。

 織田信忠――信長の嫡男であり、そして(あるいは名目上のものであっても)信長から織田家の当主を譲られた男。父があまりに有名であるために、そしてその父とほぼ同時にこの世を去ったためにあまり目立たない存在ではありますが、決して無能などではない、実に「面白い」人物であります。
 その信忠が生存して鬼面のヒーロー(?)となり、彼とは因縁深い武田家の娘と行動を共にするという設定の時点で、本作の面白さは半ば約束されたと言えるかもしれません。

 しかし本作のユニークな点は、それに留まりません。本作で描かれる旅の中で、戦いの中で信忠が知るのは、これまで彼とは無縁だった――いや、存在することも知らなかった民たちの存在であり、本作の物語は、そんな人々の姿を描くものでもあるのですから。


 この国に生きるのが歴史に名を残した者たちだけではなく、またこの国の歴史を紡いだのが表舞台に現れた者たちだけではない――それはもちろん武士や貴族といった支配階級に対する庶民のことを指すものではありますが、しかし同時にそれは制外の民、道々の者、まつろわざる者などと呼ばれた者を指すものでもあります。
 本作に登場する、鬼と呼ばれる存在はまさに後者でありますが――ある意味時代伝奇ものにはお馴染みの彼らの存在を、本作は作者らしい筆致で描きます。その暮らしや社会が我々のそれと同じものではなくとも、共にこの世界に生きる、同じ世界の住人として。

 本作で描かれる信忠の冒険は、魔王信長との戦いの旅であると同時に、支配者信長の子として世界を見ていた彼が、そんなこの世界に生きる鬼と人間のことを――この世界の多様性を知る旅でもあるのです。
 そしてそれは、これまで作者が描いてきた様々なファンタジー――特に『まほろばの王たち』『くるすの残光』――の主人公たちの旅路に重なるものでもあります。


 しあしその信忠の物語はまだ始まったばかりであり――その戦いに一つの決着は見られたものの、まだ無数の謎が残った状態であります。
 信忠がこの先何を見て、何を選ぶのか――鬼と人の間に立つ彼の旅の先が描かれることに期待します。


『魔王の子、鬼の娘』(仁木英之 徳間文庫) Amazon
魔王の子、鬼の娘 (徳間文庫)

|

2020.01.24

ロバート・ウェストール『ブラッカムの爆撃機』(その二) 戦争のもたらす死とそれに抗する生の希望と


 ロバート・ウェストールが描く奇怪な戦争物語『ブラッカムの爆撃機』の紹介の続きであります。本作で我々を震え上がらせてくれる怪異。それが示すものとは――

 爆撃機の中で仲間たちと軽口を叩きながら、ドイツ本土に爆弾を落としてきたゲアリーたち。彼らにとって最も身近な死は、それまで」敵ではなく自分たちの方のものでした。
 しかし、それが一度「敵」の死を――不幸なゲーレンの最期を目の当たりにした時、彼らはほとんど初めて、自分たちの行為の意味を知ることになるのです。敵もまた人間なのであり――さらにいえば、自分たちが無数に降らせる爆弾の下にも人間はいるのだと。

 もちろん、本作はその行為に単純に善悪の判断を下すものではありません。しかしその事実を知った直後のゲアリーたちが、ほとんど「死」に取り憑かれたような状態となったことを思えば――ウェストールが戦争に対して向ける眼差しが含むものの意味は明らかでしょう。
(そしてそんな彼らに対する親父のケアがまた実に見事なのですが――実にそれは、本作を覆う戦争が生み出す「死」に対する最大の反撃であったことが後にわかります)


 しかし本作のユニークな(人によっては困った)点は、本作が単純に反戦を声高に謳っているだけではないことでしょう。それは上に述べたある種フラットな視点にも表れていますが、より明確な表れがあります。

 と、突然ながら、ここで私が本作を読んだ版を紹介すれば、それは岩波書店から2006年に刊行され、今なお版を重ねている版であります。本作の他に短編『チャス・マッギルの幽霊』『ぼくを作ったもの』が併録され、背表紙には「ロバート・ウェストール作 宮崎駿編 金原瑞人訳」とクレジットされていて――宮崎駿!?
 そう、本書にはウェストールの作品、なかんずく本作に惚れ込んだ宮崎駿のエッセイ漫画『タインマスへの旅』が併録されているのであります。

 正直なところ、本書を手に取った時には宮崎駿がかなり前面に押し出された作りに――そもそも表紙だけ見ると、本書は誰が書いたものなのかすらわかりにくい――鼻白んだものでした。
 しかし宮崎駿が空想の中でウェストールと対面し、その作品の方向性を語り合う『タインマスへの旅』は見事な本作の見事な解題であり、そしてより即物的にいえば、見開きで描かれた爆撃機の図解は、本作の理解に非常に役立つものであり、この組み合わせには大いに納得したものであります。

 ――さて、話がずれましたが、ここで宮崎駿がほとんどファン目線で語っているように、本作は純粋に戦争文学として見ても、非常にリアルに感じられるものであり――これが真実のものであるかはもちろんわかりませんが、少なくとも本作の爆撃機描写の緻密さは凄まじい――そしてそこで描かれるものは、実に魅力的に感じられるのです。
 これはもう作者の愛ゆえ、作者は純粋にこういうものが好きだとしか思えない――好きという言葉が適切でなければ、並々ならぬ関心があったとしか思えないところであります。

 なるほど、この辺りの戦争(あるいは兵器)に対する複雑な視線は、まさに宮崎駿のそれと重なる――と感心したのですが、いずれにせよ、そんな作者だからこそ描けるものが、本作にはあります。戦争文学と、児童文学と、ホラー――その三つを自分自身のものとして描ける作者ならではのものが。
 だからこそ本作は――戦争がもたらす死と、それに唯一抗することができる生の希望を描く本作は、複雑で、そして豊饒な味わいを持つのでしょう。


 ちなみに先に述べた併録作『チャス・マッギルの幽霊』『ぼくを作ったもの』についても簡単に紹介しておきましょう。

 『チャス・マッギルの幽霊』は、主人が疎開した屋敷に一家で住むことになった少年チャス・マッギルが、屋敷にあるはずのない部屋に蠢く者の存在を知り、ついにそれと出くわして――という短編。「幽霊」と言いつつ実は――というひねりも面白く、またチャスの機転がもたらす非常に心温まる結末が印象的なのですが、しかし人間何度も戦争という愚行を繰り返しているのだな、という苦味も見逃してはならないでしょう。

 また、『ぼくを作ったもの』は、作者と、第一次世界大戦に従軍した祖父の物語。気難しい祖父がふとした時に見せる人間性と、やがて二人が辿る和解の姿、そして作者に遺したもの――それらを通じて、戦争に対して人間ができること、ある種の希望を描いてみせる、掌編ながら印象的で象徴的な一編であります。


『ブラッカムの爆撃機 チャス・マッギルの幽霊 ぼくを作ったもの』(ロバート・ウェストール 岩波書店) Amazon
ブラッカムの爆撃機―チャス・マッギルの幽霊/ぼくを作ったもの

|

2020.01.23

ロバート・ウェストール『ブラッカムの爆撃機』(その一) 戦争文学として、児童文学として、ホラーとして


 第二次世界大戦中、イギリス軍が行ったドイツへの夜間爆撃を背景に、搭乗した者を死に至らしめるという爆撃機にまつわる奇譚――一級の戦争文学であり、児童文学であり、そして何よりもホラー小説でもある名品であります。

 「親父」と呼ばれるベテランパイロットと、同年代の若者たちとともに南オードビーの基地からドイツ本土への夜間爆撃を繰り返す新米航空兵のゲアリー。彼らが乗るウィンピー――ウェリントン爆撃機は、アルミ管の骨組みの上に、布を張って作られた代物であります。

 そんなウィンピーでのある爆撃の帰路、彼らは同じ部隊ながら、粗野で下品で鼻つまみ者のブラッカム軍曹の機体と遭遇するのですが――そこにドイツ空軍のユンカースが襲来。ゲアリーの警告で難を逃れたブラッカムの爆撃機はユンカースを攻撃し、敵の機体は炎に包まれるのでした。
 ドイツ軍の周波数に合わせていた無線機から聞こえてくるドイツのパイロット・ゲーレンの断末魔の叫びと、それを嘲笑うブラッカムたちの声――それを耳にしたゲーレンたちは、自分たちが今している行為に、強く心を痛めることになります。

 しかしその後の出撃において、ブラッカム機で奇怪な事態が発生します。出撃から帰還した機体の中ではクルーの一人が拳銃で撃たれて死に、後のクルーはパラシュートで脱出に失敗して死亡、唯一の生存者であるブラッカムは正気を失っていたのです。
 結局原因は不明のまま、別のチームに回されることとなったブラッカム機。しかしそのチームも、その次のチームも、出撃から帰還した後におかしな様子を見せ、その次の出撃で命を落としたではありませんか。

 司令官の要請で元ブラッカム機に乗ることになった親父と、志願して彼に同行することになったゲアリーたち。無事に爆撃を終えて帰還する一行ですが、その時、通信機からドイツ語の声が……


 自分の第二次大戦中の経験等を題材として、数々の児童文学を残したロバート・ウェストール。それと平行して、作者は超自然的な題材を扱った作品も描いてきたとのことですが――本作はその両者が、非常に密接に絡みあった作品であります。

 作中でブラッカムの爆撃機を巡る怪異の正体――その詳細は伏せますが、ホラーは比較的良く読む人間にとっても、その様は非常に恐ろしく、そして不気味かつ悍ましいものであります。まず間違いなく飛行機――特に無数の爆弾を腹に抱えた爆撃機の中では最も遭遇したくないものの一つであると、本作を読みながら震え上がりました。
 とはいえ、それは冷静に考えれば直接的な脅威ではないと言えるかもしれません。しかしそれはある意味「死」を具現化した存在であり――そしてそれに遭遇したパイロットたちの生きる意思を奪っていくという点で、非常に恐ろしい存在であります。

 本作はそんな怪異の存在を、語り手であるゲアリーの目と口を通じて、臨場感たっぷりに浮かびあがらせてみせます。
 あり得べからざるもの――それも形を持たぬものと、それが生み出す恐怖を描くのがホラーの醍醐味であるとすれば、本作は第一級のホラー小説であることは間違いありません(特にクライマックスで描かれる怪異の凄まじさたるや!)


 そして本作は同時に、戦争を舞台として初めて成立する作品でもあると言えます。
 それは本作の主な舞台が(そして怪異が猛威を振るう場が)爆撃機の中という、戦争でなければ登場したいような場であることはもちろんですが――それだけでなく、本作の背景に広がるもの、そして怪異の源ともいうべきものが、まさしく「戦争」に由来するものであるからにほかなりません。

 ゲアリーと(親父を除く)チームの仲間たちは、皆つい先頃まで学生であり――それがほとんど促成栽培のような形で最前線に投入されてきたことが、ゲアリーの語りの中から浮かび上がります。
 彼らにとってそれまで全く無縁だった、どこか遠くの話であった戦争が、突然身近なものになる――というほど、しかし状況は単純なものではないでしょう。空の上から爆弾を落とす彼らにとって最も身近な死は、敵ではなく自分たちの方のものであり、それに対する恐怖は、は戦争とはまた微妙に異なるものとも言えるのですから。

 しかし――と、中途半端なところで恐縮ですが、長くなりましたので明日に続きます。


『ブラッカムの爆撃機 チャス・マッギルの幽霊 ぼくを作ったもの』(ロバート・ウェストール 岩波書店) Amazon
ブラッカムの爆撃機―チャス・マッギルの幽霊/ぼくを作ったもの

|

2020.01.22

高橋留美子『MAO』第3巻 解けゆく菜花の謎と、深まる摩緒の謎


 大正時代に迷い込んだ現代の女子中学生・菜花が、平安時代から妖魔と戦い続ける青年(?)陰陽師・摩緒とともに、謎に満ちた冒険を繰り広げる伝奇ホラーの第3巻であります。ついに発生した大正大震災の混乱の中、ついに明かされる菜花の秘密。その一方で摩緒にも思わぬ因縁の存在が……

 8年前に謎の事故で一度は呼吸を停止しながら復活した少女・菜花。その事故現場に近いシャッター通りから突然大正時代に迷い込んでしまった彼女は、そこで平安時代から妖魔・猫鬼を追い続ける摩緒と出会うのでした。
 秘法を盗み、不老不死の力を得たという猫鬼と、その呪いで不老不死となったという摩緒。しかし何故かその呪いが自分にも影響を及ぼしていることを知った菜花は、現代と大正を行き来して謎を追うことになります。

 そして大正大震災で、妖魔を封じたと言われる要石が崩壊したことを知り、大正時代の摩緒のもとに急ぐ菜花ですが――まさにその時、大震災が発生。周囲が炎に包まれる中、巨大な猫の姿が……


 というわけで、冒頭から物語を引っ張ってきた菜花にまつわる謎の多くが明かされるこの第3巻。
 両親を失った事故で彼女だけ生き残った――いや蘇生したのは何故か。そもそもあの事故は何が引き起こしたのか。事故の瞬間、彼女が見た怪物は何者なのか。その時危篤だった筈が、今は自分を見守っている祖父は何者なのか。そして何故彼女は妖の力と体質を持つのか……

 この巻の前半では、これだけの謎の大半が、震災の炎の中で激突する摩緒と猫鬼の姿と並行して、明かされることになります。
 そのテンポのよさ、そして何よりも謎解きの鮮やかさには、さすがはと感心しつつも、しかしまだ第3巻の時点で(全てが解けたわけではないとはいえ)ここまで明らかになってしまってよいのかしら、と心配にならなくもないのですが――そこはもちろん心配御無用であります。

 ここで明かされるのは、あくまでも主人公の一人である菜花の謎のみ。もう一人の、そしてタイトルロールである摩緒のそれは、これから深まっていくことになるのですから。


 震災の後、荒れ果てた浅草凌雲閣で囁かれる怪異の噂。それに何を感じ取ったか凌雲閣に向かった摩緒たちの前に現れたのは、彼を裏切り者と呼ぶ青年――それこそは、摩緒の兄弟子の一人・百火だったのであります。
 ――しかし、摩緒が陰陽師の修行をしていたのは平安時代ですから、約900年前のこと。猫鬼の呪いで不死となった摩緒は格別、何故百火はこの時代まで生きているのか? しかも彼の場合、摩緒の不死とはまた性質の異なるもののようなのであります。

 これまでも断片的に描かれてきた摩緒の過去。しかしそれはあくまでも断片であり、実は摩緒にとっても欠落の多いものでありました。炎の中で対峙した猫鬼が、自分たちの因縁の裏の事情を示唆する言葉を残したように、考えてみれば不審なことばかりなのですが――その疑いがここで一気に吹き出すことになります。
 果たして摩緒の過去に何が起こったのか、そして彼が戦うべき本当の敵は誰なのか? 菜花の謎が解けたと思えばこんどは摩緒の謎が――いやはや、全く楽しませてくれます。

 そして楽しませてくれるといえば、百火のキャラクターであります。
 作中で菜花にツッコまれるほどの自信過剰ぶりと、それとは裏腹の間が抜けた行動、たぶん本気になれば強いと思うけれどもムラのありそうな実力――こうしてみればこの百火は、作者の作品にはお馴染みのライバル(?)兼コメディリリーフキャラと感じられます。

 考えてみればそれなりにコミカルな場面は多かったものの、結構フラットなキャラではあった摩緒と菜花(特に前者)。それだけにシリアスなトーンであった物語を、百火が引っ掻き回し、さらに混沌とした物語として。
くれるのではないか――そう感じます


 どうやら序章を終えて本当の物語が始まった印象もある本作。この先の物語の拡がりが今から楽しみになるところであります。


『MAO』第3巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
MAO (3) (少年サンデーコミックス)


関連記事
 高橋留美子『MAO』第1-2巻 少女が追う現代と大正と結ぶ怪異

|

2020.01.21

栗城祥子『平賀源内の猫』第1-2巻 少女と源内と猫を通じて描く史実の姿、人の姿


 様々な時代猫漫画が掲載されてきた「お江戸ねこぱんち」誌の中でも、数少ない史実との繋がりを巧みに物語に織り込んだ本作が電子書籍でまとまりました。タイトルどおり平賀源内とその猫、そしてお手伝いの少女の二人と一匹を中心に展開する、実にユニークな連作であります。

 生まれついての赤い髪が幼い頃からコンプレックスとなっていた少女・文緒。父を亡くし、江戸に出て人の紹介で住み込みで手伝いをすることとなった相手は平賀源内でありました。
 そして源内邸に彼よりも前から住みついていたという猫・エレキテル――その名が示すように自分の帯電体質を自在に操る猫――とともに、文緒は二人と一匹で暮らすことになります。

 派手好きな粋人で、何が本業かもわからない――しかし文緒の姿を全く気にせず受け容れてくれる源内、ちょっと性悪でマイペースのエレキテルに振り回されながら、文緒は様々な事件に巻き込まれていくことに…… 


 そんな文緒の視点から描かれていく本作は、個の第2巻までで8話が収録されています。
 初めて源内のもとを訪れた文緒が、戸惑いながら源内の人となりに触れ、自分自身を見つめ直す第1話「其の名エレキテル」
 今でいうストーカーに悩まされる笠森お仙を源内が匿ったことで起きる騒動「笠森お仙 雪花こころ模様」
 農民出身の用人・三浦を軽んじる田沼意知に、源内が人の価値を教える「日本橋通りの怪」
 ぎやまん製の鏡を大奥に献上したことがきっかけで、源内が大奥の勢力争いに巻き込まれる「うぬぼれ鏡」
 江戸参府してきたカピタンに会おうと奔走する中川淳庵を源内が見守る「中川淳庵、走る」
 望まぬ縁談に悩む工藤平助の娘・あや子のために源内が一肌脱ぐ「あや子の縁談」
 行方不明になった鈴木春信の猫探しと、旅に出た父を待つ少年の物語が交錯する「八百八町ねこ探し」
 大名同士の菓子作り競争に巻き込まれた源内が、かつての主である松平頼恭と再会する「殿さまとお砂糖」

 ――と、各話のあらすじを見ればわかるように(そして冒頭に述べたとおり)、本作はほとんどのエピソードで史実を題材とし、それをアレンジして物語を紡いでいくことになります。
 一見それは当たり前のことに感じられますが、しかし「お江戸ねこぱんち」誌に掲載されている漫画は市井ものが――言い換えれば特定の史実と絡まない作品がほとんど9割以上を占める中で、本作は異彩を放っているのであります。

 しかし本作の魅力は、単に史実を題材としている点だけでなく、その題材選びの巧みさにあります。
 源内が主人公だけに蘭学絡みのものや、彼自身の事績によるものも少なくありませんが、しかし本作で描かれるのはそれに留まりません。さらに有名な史実だけでなく、あまり知られていないような史実や、知っている人であればニヤリとできるような史実など――時にその意味を作中では伏せて――実に様々なのです。

 例えば田沼意次の用人・三浦庄司を題材とした作品はほとんど見たことがありませんし、工藤平助の娘のその後の人生は――こちらは様々な作品で描かれていますが――知っていれば大いに納得できるところであります。
 さらに「笠森お仙 雪花こころ模様」など、お仙の家の中にまで「忍んで」くるストーカーと聞いて、あっこれはと思いきや――と、知っていると逆に引っ掛けられる仕掛けが用意されているのも心憎い。

 そしてもちろん、この史実とのリンクが、文緒という一人の少女の目を通じて、血の通った人々の物語として――言い換えれば一種の人情ものとして――語り直される様も巧みであります。
 掲載誌でほとんど読んでいたものの、今回まとめて読んでみて、改めて本作の面白さを再確認させられた次第です。


 ただ一つ、蛇足を承知で申し上げれば――そしてこれは作者の責任ではないと思いますが――2巻構成の本作、第1巻と第2巻で表紙絵が同じだったり、目次ページが存在しないのに、いささか寂しい気分になったのもまた事実。
 紙の書籍で単行本化されていないものが電子書籍の形でまとめられたのは本当にありがたいお話ではありますが……


『平賀源内の猫』(栗城祥子 少年画報社ねこぱんちコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
平賀源内の猫(1) (ねこぱんちコミックス)平賀源内の猫(2) (ねこぱんちコミックス)

|

2020.01.20

「コミック乱ツインズ」2020年2月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌、2020年2月号の紹介の続きであります。様々な個性が集う本誌らしく、今回もユニークな作品が並びます。

『カムヤライド』(久正人)
 埴輪をセールスしにきたら、他人の空似(?)で大王から抹殺命令を出されてしまったモンコ。その命を受け、配下の「黒盾隊」とともにモンコを襲うオトタチバナ。そんなこととは露知らず、トレホと話し込んでいるヤマトタケル。そして彼らを探してヤマトに現れたウズメの同族(?)であるコヤネとイシコリドメ――ヤマトを舞台に、入り組みまくった人間関係が、物語を動かしていくことになります。

 そんな中でも、やはり一番注目してしまうのは、遂にカムヤライドに変身したモンコとオトタチバナメタルの本格対決。ついに日本史上初のヒーローバトルが――と思いきや、ここでさらりとヒーローの心意気を語ってオトタチバナたちを受け流してみせるモンコが最高に格好良い。
 オトタチバナの方も、肉体に鎧を装着するのではなく、鎧に魂を宿らせるという独特の変身スタイルを利用した、意外に(失礼!)クレバーな戦闘スタイルからの必殺技を見せてくれたのですが――ここはモンコの方が役者が上だったと言うべきでしょう。

 何しろあれだけスマートに、小粋に逃走を決められたら、それは人外だって胸のときめきが――ん?
 何だかとんでもないものを見てしまった気がしますが、さらにとんでもないのはこの後。なかなか見つからないモンコたちに業を煮やしたイシコリドメは、懐から取り出したコンパクト(?)で変身! そのパターンといい、変身後のビジュアルといい、これまた時代を数千年先取りしたような代物で――この調子では、全ての変身ヒーローの原点は古墳時代にあったことになりそうです。(おそらくウ○○○○○も最後には登場するでしょうし……)

 それはさておき、ヒーローをおびき出すために怪人がやることといえば一つ。この先、どんな惨劇が描かれることになるのか、そしてそれにヒーローたちはいかに立ち向かうのか――注目です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 義姫による政宗毒殺未遂の前後から、特に重いムードが続く本作。母を誅するわけにはいかず、代わって、というのが適切かはわかりませんが、弟である小次郎を誅することを決意した政宗は――と、ついに事ここに至ってしまったか、という印象であります。
 もちろん今回もギャグは織り込まれるものの、しかし当然と言うべきか、どうにも辛い――と思いきや、いきなり政宗がずいぶんと男らしい選択を!?

 本当にこんなことをして大丈夫なのか、そしてどちらに転んでも絶対哀しいことになる状況で次回に続きます。


『鼓草の根』(鶴岡孝雄)
 これまでも何度か読み切りが掲載されている作者の新作は、とある藩を舞台とした、独特のムードを湛えた剣術ものであります。

 かつては道場で「鬼刃」と呼ばれたほどの腕を持ちながら、今は郷廻役として自然の中で静かに妻子と暮らす半田直次郎。しかし突然組頭に呼び出された彼は、近頃城下で次々と腕に覚えのある者を叩き潰す剣士・赤沼との立ち合いを命じられることになります。
 かつて奉納試合で自分の息子を破られた家老の意趣返しであることは明らかながら、辞退することも許されず、城内で赤沼と試合に臨む半田は……

 舞台といい物語といい、さらに(まことに失礼ながら)絵柄といい、何とも地味な本作。かなりのコマで半田が伏し目がちの表情をしていることもあって、ひたすら重いムードが続きます。
 しかし、それまでの剣士としての人生を捨て、ようやく地に足のついた暮らしを送ることにも慣れてきた半田の姿には、何となく身につまされるものがあるわけで――もちろんこれは個人の感想ですが――かつての自分が属していた世界に背を向けて、家族の元に帰っていくのも立派な生き方であるよな、と半ば自分に言い聞かせるように感じ入ってしまった次第です。


 次号は巻頭カラーで『勘定吟味役異聞』が新章突入のほかは、基本的にレギュラー陣が通常営業で掲載される模様です。


「コミック乱ツインズ」2020年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2020年2月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その二)

|

2020.01.19

「コミック乱ツインズ」2020年2月号(その一)


 実質今年初めての号となる「コミック乱ツインズ」2月号は、何かと話題が多い『暁の犬』が表紙&巻中カラー、そして『鬼役』が巻頭カラーであります。今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回は原作の『鬼役外伝』からの漫画化とのことですが、主人公は蔵人介の養母・志乃であります。
 質屋の帰り、絡んできた破落戸を叩きのめしたことがきっかけで、とある仏具屋の主人に声をかけられた志乃。なりゆきから相手の相談に乗ることになった志乃は、武家との縁談を嫌がっているという娘の相談に乗ることになるのですが……

 普段から鬼役のお勤めより悪人殺しに精を出している印象のある本作ですが、今回は町人の悩み相談まで!? と思いきや、その相談にしっかりと理由と必然性があるのが楽しい今回。しかもクライマックスでは、蔵人介(今回は義母にこき使われる一方なのも愉快)が鬼役としての姿を、しかし意外なところで見せてくれるのに感心いたしました。
 外伝ならではのエピソードかもしれませんが、このような物語をもっと読みたいところであります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回で『相剋の渦』編は最終回――といっても結局聡四郎は自分では謎を解けず、冷静に考えれば妙な形で尾張浪人たちの吉宗暗殺計画に割って入ることになります。
 野良犬よりも狼でありたいと妙にカッコいいことを言う(しかし言うだけ)の浪人たちに対して、生存者バイアスバリバリで言い返す――これはまあ、上田作品定番ですが――のも、あまりスッキリしないところであります。

 そんな中で一人気を吐いていたのは、言うまでもなくまだ紀州公の吉宗。気さくなようなふりをして実はブラックさの片鱗を見せつつ、聡四郎とのファーストコンタクトを飾ることになります。何だかあらゆる点で聡四郎を上回っている感が強いこの相手と、聡四郎はこの先どう関わっていくのか――何だか一部では不幸の手紙扱いされている聡四郎の明日はどちらでしょうか?


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 もはや一撃必殺隊は指揮官に至るまで任を解かれ、ほとんど実体を失った中で残された男たちを(敵を含めて)描く本作。自分たちが初めから生きては帰れない捨て駒だと知った丑五郎と市造は、復讐のために指揮官だった島田を襲撃しようとするのですが――同士討ちという迷走の極みというべき展開の中、彼らを巧みに操り、争いを生み出した者が、この戦いを利用すべく動き出します。

 島田にとって市造と丑五郎を捌くのは雑作もないこと、しかしそこにもう一人、さらにトリッキーな相手が加われば――絶体絶命の緊迫感とスピード感溢れる決闘シーンのアクション描写にはシビレます。
 しかしまだまだ油断はできない展開、果たして生き残るのは誰なのか――やるせない戦いはまだ続きます。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 胴斬りの暗殺者を仕留める依頼に加え、その暗殺者の可能性がある遣い手三人も斬ることとなった小野寺佐内。そこに現れたのは、同じ益子屋に周旋を受けたご同業の剣士で――と、孤独な暗殺者という風情だった左内に、味方が登場するのですが、これがまたこれまで本作にはいなかったタイプのキャラクターであります。
 見た目はタヌキのような中年で、酒好き女好き、さらにやたらと口数が多いという、いや本当に正反対のキャラなのですが、しかしいざ刀を構えれば一目で遣い手とわかる――これはもちろん、それをしっかりと描いてみせる作者の筆力によるものですが――実に味のあるおっさんキャラです。

 が、そのおっさんによってまた「芳町」「寺小姓」「衆道」などという語を正面からぶつけられる左内――もはや彼がセクハラを受けるのは本作の名物というべきなのでしょうか。しかし冷静に考えると、本当に女性っ気の少ないお話ではありますが……

 そんな賑やかな展開でニコニコさせつつ、後半で描かれるのは、父が富田流の必殺剣を出しながらも全く及ばなかった相手に怯える左内の姿。イメトレでも自分が惨死する姿しか見えないという重症ぶりですが、さて――この先の三番勝負が彼を変えてくれるのでしょうか?


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2020年2月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2020年1月号(その二)

|

2020.01.18

『無限の住人-IMMORTAL-』 十五幕「臓承 ぞうしょう」

 万次の四肢を移植することにより、その不死力を出羽介に移そうと試みる歩蘭人。しかし一度は成功したかに見えた実験は失敗し、出羽介は命を落とす。絶望に沈む歩蘭人だが、しかしその目は次第に狂気の光を帯びるのだった。一方、瞳阿と夷作とともに町を歩いていた凜は役人に絡まれるが……

 何故か年が明けてから放送が一週空いた今回、いよいよ不死力解明編の真骨頂ともいうべき展開――つまり頭のおかしい人による不毛な実験の姿が描かれることとなります。。
 といっても前半ではまだおかしくなかった歩蘭人は、ちょっとおかしい感じの山田浅右衛門(別の手段で不死の薬探しに行きそうな感じの弟子付き)の精妙な剣術を手術道具代わりに実験にチャレンジ。万次の手足を切っては出羽介にくっつけ、しばらくしてからまた別の部位と取り替え、それによって出羽介の体に血仙蟲を移そうという、それなりに理には叶っているけれどもやはり頭がおかしい手段で、かなりイイ線いったのですが――成功させたいのかさせたくないのか無駄にプレッシャーをかける鉤群(何故か声が変わった)の眼前で大失敗、出羽介は無残な最期を遂げることになります。

 今冷静に見てみれば、肉体の相性もさることながら、いくら肉体が不死に近づいても体を切り刻まれ、別人と繋げられるという精神的なストレスを全く考えに入れていなかったのもいけなかったような気もしますが――それはさておき、ここまで派手に失敗してしまえば御払い箱確定。それはすまわち、国禁を犯して海外渡航し、捕らえられた彼は罪人に逆戻りということを意味します。いやそれ以上にこの失敗は、彼がそこまでの犠牲を払い、人々の命を救うために会得した自分の医術が――敵視し、下に見ていた東洋医学と同様に――無力であったことを証明することにほかならないのであります。

 そして一度はどん底に落ちた歩蘭人の精神はわかりやすく壊れ――とサラッと書いてしまいましたが、今回はこの過程を嫌と言うほど丹念に描写――鉤群にもやる気を認められた(というか単に後任が見つからなかっただけだと思う……)彼は、死罪人をどんどんおかわりして、じゃんじゃんバラバラにしていくのでした。カワウソだから人間じゃないもん! とばかりに、犠牲者の顔に戯画的な獣の顔の絵を描いた袋を被せて……


 と、方法はちょっとどうかと思うけれども目的は真っ当だった人が、方法は全くダメだし目的は覚えてますか? という頭のおかしな人になっていく様を、微妙に前衛的な演出も交えてじっくりと見せられた今回。
 自分は一体何を見せられているんだろう、これは何の話だったんだろう――と、次第に自分の正気も怪しくなってくる(あるいは真面目に付き合っている自分に怒りが湧いてくる)内容は、不死力解明編ならではであります。

 そして、あまりといえばあまりの歩蘭人の所業につきあわされる助手の虎右ェ門に、何だかとても親近感を感じたり……


 しかし事ここに至って、もはや万次が画面にもほとんど登場しなくなった一方で、凜はようやく終盤に登場。なんとなく共同生活にも慣れた瞳阿・夷作と歩いていたところに役人に絡まれ、ついに戦闘モードに移行して逸刀流の本領を発揮した瞳阿と夷作の大暴れに巻き込まれることになります。
 しかし夷作の犠牲で何とか逃れたものの、彼が囚われてメンタルがポッキリ折れた瞳阿を、逸刀流のことは追っかけのアタシが一番知ってるんだからね! と言わんばかりに励ます凜の姿には、これまでの戦いで無駄にタフになったことが窺われて微笑ましいところではあります。

 しかし何でこんな無宿人狩りみたいなことが行われているのかな――と、わかりやすい伏線も張られ、ようやく万次と凜の間が繋がりそうな気もしてきたところで、次回に続きます。
 いやもう早く気づいて万次助けにいこうよ、というこちらの切なる願いが、早いところ叶ってほしいものです。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

関連記事
 『無限の住人-IMMORTAL-』 一幕「遭逢 そうほう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二幕「開闢 かいびゃく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十一幕「秋霜 しゅうそう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十二幕「終血 しゅうけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十三幕「誰そ彼 たそかれ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十四幕「改起 かいき」

 無限の住人

|

2020.01.17

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第2-3巻 応仁の乱の最中のホームドラマが生み出す「共感」


 伊勢新九郎こと後の北条早雲の姿を描く『新九郎、奔る!』――第1巻をご紹介した後、紹介しようしようと思っているうちに時間は流れ、第3巻まで発売されたため、今回は第2巻と第3巻を合わせてご紹介いたします。ついに始まった応仁の乱の渦中で翻弄される新九郎の、伊勢家の人々の運命は……

 室町幕府の政所(財政担当)執事・伊勢貞親の義弟である父に呼ばれ、京で腹違いの兄・八郎や姉の伊都と暮らすことになった少年・千代丸(新九郎)。早々に貞親や両親が政争の末に都落ちという波乱の中で始まった千代丸の京での生活ですが、更なる波乱が彼を巻き込むことになります。
 それは応仁の乱――細川勝元の近くに仕えることとなった千代丸ですが、勝元と山名宗全の対立を原因の一つとして、乱が勃発することになります。

 その騒乱の中で少しでも早く周囲の役に立つべく、千代丸は元服して新九郎と名乗るのですが――しかしもちろん、彼が元服したからといって何が変わるはずもありません。
 発石木(カタパルト)の投入や足軽を利用した狼藉など、勝元の形振り構わぬ反攻が続く中、乱はいよいよその規模を拡大し、被害を広めていくことになります。

 そんな中、帰還した父と共に現れたのは、駿河から来た守護職・今川義忠。その義忠が伊都を見初めて婚約するなど明るい(?)出来事もあったものの、なおも先が見えない状況は続きます。
 そんな中、京に帰ってきた八郎。今出川様(足利義視)の近くに仕え、彼に従って京を離れていた八郎のその顔は……


 第2巻冒頭で元服して新九郎と名乗り、いよいよタイトルロール登場となった本作。登場人物も増え続け、ちょっと気を抜くと伊勢家関係者の中でも誰が誰だかわからなくなるほどなのですが――そこにさらに、複雑なことでは定評のある応仁の乱の勢力分布が絡むのですからもう大変であります。
 しかしその大変さも違和感なく飲み込める――というより、大変さを大変なままで何となく理解させてくれるのは、本作が新九郎の、いや彼だけでなく伊勢家の人々の目から、そして彼らの立場から、当時の社会を描いている点にあるのでしょう。

 これは第1巻の時点からなのですが、本作を読んだ時にまず受けるのは、「面白い」はもちろんのことながら、むしろ「巧い!」という印象であります。
 応仁の乱という大きな歴史と新九郎の個人史を絡める手法の面白さや、キャラクター描写の巧みさ、そして適度に投入されるコミカルな描写等による緩急の付け方――そのそれぞれが絶妙な形で絡み合い、漫画ならではの、漫画でしか描けない世界を、ここに生み出しているのには、感心させられるばかりです。


 そしてそんな本作ならではの物語の骨格となっているのが、ホームドラマとしての視点であります。

 すぐ上で述べたように、大きな歴史と小さな歴史――社会全体の歴史と個人の人生を時に並行して、時に重ね合わせて描く本作。
 もちろん社会を構成するのが個人であり、そしてその個人の集団の最小単位が家族であることを考えれば、これは当然の手法ではあるのかもしれませんが――しかしそれによって生み出される物語において、わかりやすさ、親しみやすさというものがこれほど大きくなるとは、正直なところ驚きであります。

 たとえば教科書などで見れば到底正気の沙汰とは思えぬ応仁の乱の有様。しかし新九郎や伊勢家――いやその乱の真っ只中に生きていた伊勢一家の視点から見れば、それがある種自然なものとして(あるいは不自然であってもその理由が)腑に落ちるのであります。
 その上で、第2巻で伊都が語る(彼女自身が理解する)「女の戦」や、第3巻で八郎を襲う骨肉の悲劇(とその根本にある確執)など、この時代ならではの人間像と個人の生き方を直結させ、ドラマとして――後者の衝撃的なあの場面のように絵の力を用いつつ――再構築してみせるのですから……

 実は歴史ものをマニア以外の層にまで届かせるのに最良の手段は、ホームドラマの要素を加える――そしてそれによって現代の我々との間に「共感」を生み出す――ことだと以前から考えておりましたが、本作はその最良の証拠といえるのではないでしょうか。


 さて、悲劇を経て新九郎も逞しく成長し、いよいよ次巻からは舞台を変えて新章に突入することになります(その直前に挿入される、彼の父もまた、自分自身の主であろうとしていたことを描く番外編もまた楽しい)。
 新九郎と彼の家族たちが、この混迷の時代の中でどこに向かうことになるのか――いよいよもって先が楽しみな作品であります。


『新九郎、奔る!』(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon
新九郎、奔る!(2) (ビッグコミックス)新九郎、奔る!(3) (ビッグコミックス)

関連記事
 ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力

|

2020.01.16

さいとうちほ『輝夜伝』第4巻 二人天女、二人かぐや姫の冒険!?


 新たな天女「たち」の物語を描く『輝夜伝』もいよいよ佳境。かぐや姫と月詠を巡る謎が深まる中、自分たちも知らぬその過去に挑もうと決意を固めた二人ですが、それぞれ直面するのは更なる謎と危険の数々であります。そしてついに「血の十五夜」の一端が明らかになることに……?

 かぐや姫を巡り、激しく対立する帝と治天の君(上皇)。その渦中に巻き込まれた月詠は、自分にもかぐや姫同様、常人にはない力を持つこと、そしてかつて治天の君が「天女」と結ばれ不老不死の薬を得ていたことを知るのでした。
 果たして自分たちは、「天女」とは何者なのか――月詠とかぐや姫は、その謎と密接に繋がるであろう自分たちの過去を探るべく、それぞれ葛城の里と、治天の君の冷泉院に向かうのですが……


 日本最古の物語である「竹取物語」のその裏に――そしてその以前に存在する、全く異なる物語を描き出す本作。
 天女とは何者なのか、不老不死の薬とは何なのか――存在するのが当たり前のように思えていて、よく考えてみればわからないことだらけのこれらに光を当てるとともに、本作は更なる謎を用意しています。

 それが物語の発端である「血の十五夜」事件――内裏で多数の滝口が奇怪な死を遂げたというこの惨劇こそが、月詠が男装して滝口の武者に潜り込んだ理由であります。
 実のところ、最近の展開ではかぐや姫自身の謎が物語の中心となっていたため、この事件のことはちょっと薄れがちではありました。しかしこの巻ではついにその謎の一端が明かされるのですが――やはりそれは一端に過ぎず、むしろ謎はより深まった印象すらあります。

 しかも作中ではぼやかされてはいるものの、どう考えてもこの描写では月詠が――というのは先読みのしすぎかもしれませんが、いよいよもって先が気になる展開になってきたとしか言いようがありません。


 そしてもう一方のかぐや姫の方ですが――文字通り体を張って治天の君が秘匿してきたモノを奪ったものの、それが元でとんでもない状態になってしまうこと。
 いやさすがにこれはは予想していなかった――というほかない展開なのですが、いやはや、そのおかげで月詠の方もまた大変な状況に陥ることになります。

 そして予想していなかったといえば、レギュラーの一人でありつつもほとんどモブ扱いになっていたあのキャラが、思わぬ素性(まさかここで高丘親王とは!)を露わにして大変身。
 何となく当て馬感も大きいのですが、また物語に妙な形で関わってきそうなのも、実にいい感じでこちらをやきもきさせてくれるところであります。

 果たして二人の天女、二人のかぐや姫を待つものは何か――ますますこちらを振り回してくれる作者の業に感心するばかりであります。


『輝夜伝』第4巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon
輝夜伝 (4) (フラワーコミックスアルファ)


関連記事
 さいとうちほ『輝夜伝』第1巻 ケレン味と意外性に満ちた竹取物語異聞
 さいとうちほ『輝夜伝』第2巻 月詠とかぐや、二人の少女の意思のゆくえ
 さいとうちほ『輝夜伝』第3巻 自分の未来は自分から掴みに行く天女「たち」
 さいとうちほ『輝夜伝』第5巻 月詠の婚儀と血の十五夜の真実

|

2020.01.15

『妖ファンタスティカ2』(その四) 永井紗耶子・日野草


 操觚の会の伝奇アンソロジー『妖ファンタスティカ2』の紹介の最終回であります。後半に至りいよいよ盛り上がる本書ですが、その勢いはまだ続きます。

『精進池』(永井紗耶子)
 霧深い街を彷徨う中、見知らぬ酒場に踏み込んだ池端。そこで不思議な雰囲気の黒い服の男と出会った池端は、目の療養に向かった箱根で無数の石仏に囲まれた精進池という、静かでしかし不気味な雰囲気の池に出会い、そこで奇妙な体験をしたことを語ります。
 その話を聞いた男は、池端に精進池の由来を語るのでした。遙かな昔、精進池の畔で美しい女と出会ったある男の物語を……

 箱根に実在する精進池――作中で語られるように、周囲を磨崖仏に囲まれ、近くには八百比丘尼の墓まであるという奇妙なこの池にまつわる因縁を描く本作。
 「現在」に主人公が経験した奇妙な出来事と、「過去」に起きたという哀しい因縁話――精進池を中心に、二つの怪異がやがて一つに交わっていく構成の巧みさもさることながら、その物語を描く描写の美しさ、もの悲しさが素晴らしい作品であります。

 本作で語られる過去の物語は、基本的に実際に精進池に伝わるそれを敷衍したものなのですが、しかし「その先」を描くに、この描写の見事さは必要不可欠であり、そして物語の余情を高めていると言えるでしょう。
 作者には伝奇ものという印象は全くありませんでしたが、これは嬉しい驚きでした。狂言回し役の黒い服の男の存在も気になるところで、是非またこのような作品を読みたいと感じる名品です。


『ナイトイーグル』(日野草)
 急ぎの旅で夜行列車に飛び乗った前園警部補の前に現れた、謎めいた青年・昴。どうやら前園の娘を人質にとったらしい昴の課すミッションを果たすため、いつの間にか乗客がいなくなった列車の中を、前園は奔走することになります。
 その末にようやく一人の男と出会った前園。不審な態度を見せる男の正体は、そして昴は……

 本書で二つ目の現代ものである本作は、正直に申し上げて伝奇ものという点からすると疑問符はつくものの(間違いなくホラーではありますが)、しかし誰もが心当たりがあるであろう夜行列車の独特の空気――一種の物寂しさと人恋しさ、異界めいた雰囲気――を背景とした、謎めいた物語展開に大いに惹きつけられます。
 結末に明かされる昴の真実も胸締め付けられるようなものであり、文字通りの苦い結末が心に残る一編であります。


 以上十一編――前回の『妖ファンタスティカ』より二編減ってはおりますが、読み応えのある作品が増えた印象で、決して不足は感じません。

 しかし何よりも驚かされるのは、その執筆陣であります。何と今回と前回で重なるのは四名のみ――ゲスト参加を除いても、単純に六割の作者が初参加ということになるのであります。
 操觚の会の参加者は三十名強、前回と今回合わせてその2/3が登場したことになりますが、改めてその層の厚さに驚かされます。

 ちなみに今回は芦辺拓・安萬純一・獅子宮敏彦・高井忍といったの本格ミステリ勢(これは『ヤオと七つの時空の謎』勢かもしれませんが)の活躍が特に目に付いたところで、このような新しい流れの一端が垣間見えるのも楽しいところであります。

 「伝奇」とは何か、という定義は難しいところではありますが、この先も「伝奇ルネサンス」」の名の通り、伝奇ものを復権し、その新たな地平を切り拓く自由な場として、続いていってほしい企画であります。


『妖ファンタスティカ2 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ2?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


関連記事
 『妖ファンタスティカ2』(その一) 秋山香乃・芦辺拓・安萬純一
 『妖ファンタスティカ2』(その二) 彩戸ゆめ・獅子宮敏彦・杉山大二郎

 『妖ファンタスティカ』(その一) 秋山香乃・神野オキナ
 『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊
 『妖ファンタスティカ』(その三) 日野草・誉田龍一・谷津矢車
 『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治

 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その一) 谷津矢車・神家正成
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健

|

2020.01.14

『妖ファンタスティカ2』(その三) 図子慧・高井忍・鷹樹烏介


 操觚の会の伝奇アンソロジー『妖ファンタスティカ2』の紹介のその3であります。いよいよ後半に入り、力作が続くことになります。

『ルート12』(図子慧)
 四国の地方都市で、自治会長の頼みで見張りに立ち、ゴミの不法投棄の模様を録画した淡野。しかしいざ証拠を押さえれてみれば、ことを荒立てたくないと言い出す自治会長に淡野は苛立つのでした。しかし自治会長はその日のうちに行方不明となり、淡野はやがて一連の事件の思わぬ事情を知ることに……

 あらすじから察せられるように、内容的にはサスペンスであって伝奇とは言い難く、またそもそも作者は操觚の会メンバーではない本作。首を捻ってたところ、本作はゲスト寄稿とのこと。(ただこの情報、web上には乗っているものの、本書には掲載されていなかった気がいたします)

 そんなわけでこのブログの趣旨からは外れる作品ではありますが、内容自体は、地方都市のどうしようもない閉塞感や、そこで絡み合う生々しい人間関係など、ジットリとした質感が実に「厭な」(褒め言葉であります)作品で、強く印象に残ります。
 主人公をはじめ善人が基本的にいないというやるせなさも含め、後に引くという点では、本書でも有数のものがありました。


『円明流宮本武蔵』(高井忍)
 熊本の地で夜毎現れては一人剣を振るう「武蔵」を名乗る剣士。しかし「武蔵」は、細川家中村上吉之丞の挑戦から逃げ、「武蔵敗れたり」の評判が流れることとなるのでした。
 その噂が「宮本武蔵」の剣名を貶めることを憂慮して、「武蔵」斬るために単身九州に向かう武蔵。途中、新免無二斎や円明流の人々を回顧しながら旅を続ける武蔵は、ついに「武蔵」と対峙するのですが……

 歴史を「語る」ということに強い(問題)意識を持つ歴史ミステリ作家であり、そしておそらく日本随一の剣豪ミステリ作家が描くのは、タイトルの通り日本一の剣豪である宮本武蔵。その武蔵が村上吉之丞の挑戦から逃げたという「撃剣叢談」の逸話を題材に、「武蔵」を追う武蔵の物語が描かれます。

 そもそも、宮本武蔵は誰もが知っているようでいて、史実とフィクションの境目が非常に曖昧な人物。その点で実に作者好みな人物かと思います。
 本作はそんな謎多き剣豪のそれからの姿を、一種の「武蔵伝」の形を取ることにより、その曖昧さに光を当てる物語を描いていくのですが――それが、ある意味一気にひっくり返される結末にはただ仰天させられます。途中、伏線はいくつもあったにもかかわらず、我々の頭の中の武蔵像が煙幕となり、見事にしてやられた感があります。

 クライマックスの決闘シーンなど、剣豪ものとしても読みごたえ十分な本作、個人的には本書で一番という印象であります。


『人穴妖異譚』(鷹樹烏介)
 源頼朝の股肱としてその旗揚げから付き従う仁田四郎忠常。不死――死んでも血縁者にそれを肩代わりさせるという異能を持つ彼は、頼朝亡き後も二代将軍・頼家に重用されるのですが――頼家は彼に奇怪な命を下します。
 富士に存在する人穴――人ならぬ者たちが棲むという魔境に向かい、幕府の威光を示せというその命に、いずれも只者ではない技を操る四人の家臣と、常に付き従う白皙の郎党・紫と共に挑む忠常。妖刀・淫丸を手に人穴に踏み込んだ一行を待つのは……

 その簡潔にして妖気漂う名と、そこである武士が体験した恐怖の存在が、好事家には強い印象を残す人穴。その武士・仁田忠常もまた、あの曾我兄弟の兄を討ったほどの剛の者であり、それでけで大いにそそられるのですが――その冒険行を、見事に伝奇ものとして再生してみせたのが本作であります。

 何しろ主人公の忠常をはじめ、登場するのは超人と妖魔ばかり。そんな面々が、富士の異界で魔戦妖戦を繰り広げるのだから堪えられません。使われる技、繰り出されるガジェットの一つ一つも含め、短篇とは思えぬほどの要素を投入してくるのもまた見事というほかありません。
 作者は菊地秀行の伝奇ものを愛好するとのことですが、まさしく本作は、あの超伝奇世界を、今流にアップデートしてみせた作品と言うべきでしょう。

 ただ、作中で使われる言葉、登場人物の言葉遣いなどに神経が行き届いていない印象があるのが残念なところで――普段ならあまり気にしないところですが、本作の根幹となる人穴探険の真の理由など、その時代性に根付いたものだけに、そこを薄めさせるような描写が残念に感じられたところです。


 次回、次回こそ紹介のラストであります。


『妖ファンタスティカ2 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ2?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


関連記事
 『妖ファンタスティカ2』(その一) 秋山香乃・芦辺拓・安萬純一
 『妖ファンタスティカ2』(その二) 彩戸ゆめ・獅子宮敏彦・杉山大二郎

 『妖ファンタスティカ』(その一) 秋山香乃・神野オキナ
 『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊
 『妖ファンタスティカ』(その三) 日野草・誉田龍一・谷津矢車
 『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治

 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その一) 谷津矢車・神家正成
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健

|

2020.01.13

『妖ファンタスティカ2』(その二) 彩戸ゆめ・獅子宮敏彦・杉山大二郎


 操觚の会の伝奇アンソロジー「妖ファンタスティカ」第2弾の紹介であります。今回もバラエティに富んだ作品が続きます。

『にっかり青江』(彩戸ゆめ)
 あの生真面目な唐変木であればと、信長から妖刀と名高いにっかり青江を与えられた柴田勝家。はたして勝家の前に赤子を抱いた女の幽霊が現れ、刀を打った刀鍛冶に殺されたその女房だと語るのでした。
 その身を憫れんだ勝家の真心が通じたか赤子は成仏し、後に残された女の幽霊。いつしか勝家の話し相手となった女は、ある時、勝家の慕う「あの女性」が秀吉に奪われてしまうと語るのでした。その運命を変えるための代償を告げられた勝家は……

 よく考えてみれば本書で初めての戦国ものである本作。それだけ本書がバラエティに富んでいるということですが、本作自身もなかなかユニークな作品であります。
 その奇妙なネーミングと由来から、妖刀の中でも知名度が高いと思われるにっかり青江。私は恥ずかしながらこの刀が柴田勝家のもとにあったとは知らなかったのですが――剛直というイメージの強い勝家と、妖女にまつわる怪談を持つこの刀という組み合わせの妙に感心させられます。

 そして不思議な共存関係となったものの、女が勝家の運命を変える選択肢を突きつけてきて――と、これはどう考えても勝家にとってロクなことにはならないと思いきや、そこから鮮やかに捻りを効かせ、爽やかさすら感じさせる結末に繋げていくのが心憎い。
 確かに剛直だけではなかった勝家の姿と、妖刀の由来を巧みに絡み合わせた結びには膝を打ちました。


『推古朝魔獣騒動記』(獅子宮敏彦)
 聖徳太子の命で、駿河に向かった探リ部の少年・穂牟豆(ほむず)と、志能備の少女・多由那。彼らは海の彼方から現れるという魔獣・牙璽威羅の伝説が残るこの地で、高い岸壁に掘られた洞窟の中で男が死んだ事件を探索しにきたのでした。
 人が容易に出入りできない洞窟で男を焼き殺せるのは、口から炎を吐くと言われる牙璽威羅のみ――と地元の人々。それに対す穂牟豆の推理は……

 本書にも執筆陣が数多く参加している時代ミステリ競作『ヤオと七つの時空の謎』に掲載された『聖徳太子の探偵』のいわば前日譚に当たる本作。そちらで実質的に主人公を務めた穂牟豆が、こちらでも名推理を見せることになりますが――言うまでもなく穂牟豆はあの世界的に有名な名探偵のもじりであります。
 この探偵で「魔獣」とくればあれしかないと思いきや、その「魔獣」がゴ――という、二重三重のパロディぶりにはひっくり返りました。

 さらにトリックも相当の剛腕ぶりで驚かされるのですが――これまた伝奇っぷりが見事な真犯人といい、穂牟豆と多由那(意外な武器を使ったアクションがまた見事)の関係の甘酸っぱさといい、破天荒ながら楽しい作品で、これはこれで是非独立したシリーズとして見てみたいと感じさせられます。


『不死将光秀』(杉山大二郎)
 斎藤義龍に攻められ、炎に取り巻かれた若き日の明智光秀。天下に静謐をもたらすという理想も遠いまま命尽きる無念を抱いた彼の前に現れたのは「魔王」――は、四度光秀の体を使わせることを条件に、彼を不死の身に変えてやろうと申し出るのでした。
 その取り引きに乗り、魔王に体を貸した光秀。比叡山焼討ち、本願寺との戦いでも光秀の体を借りた魔王が、最後に彼の体を借りたのは……

 本書とほぼ同時期に刊行された『嵐を呼ぶ男!』で歴史小説デビューした作者が、その信長を討った光秀を主人公とした本作。信長ほどではないにせよ、様々な形で――その中には超自然的存在も含まれるのですが――描かれてきた光秀ですが、本作の姿はなかなかに凄まじい。
 もはやデビルマン状態で暴れまわる、光秀無双ともいうべき姿は、かなり珍しいものではないでしょうか。

 その一方で、何故光秀がこれほど信長に固執したのか、魔王が何故四度――それもこのタイミングで――光秀の体を使ったのか等が語られていなかったり、史実の上で信長が同じ魔王と名乗った(当然本作の「魔王」のイメージソースとしか思えない)点がスルーされていたりと、色々と惜しい点もある作品ではあります。


 思ったよりも長くなりました。次回に続きます。


『妖ファンタスティカ2 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ2?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


関連記事
 『妖ファンタスティカ2』(その一) 秋山香乃・芦辺拓・安萬純一

 『妖ファンタスティカ』(その一) 秋山香乃・神野オキナ
 『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊
 『妖ファンタスティカ』(その三) 日野草・誉田龍一・谷津矢車
 『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治

 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その一) 谷津矢車・神家正成
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健

|

2020.01.12

『妖ファンタスティカ2』(その一) 秋山香乃・芦辺拓・安萬純一


 昨年は実に操觚の会から三冊もの(時代)伝奇アンソロジーが刊行されました。年末に発売された本書はその三冊目――ゲストを含めて十一人の作家の作品が収録された豪華な一冊であります。以下、一作品ごとに紹介していくことといたしましょう。

『草薙剣秘匿伝 有間皇子の章』(秋山香乃)
 中大兄皇子から謀反の疑いをかけられ、絶望のうちに処刑された有間皇子。しかしいかなる理由か、次の瞬間、彼は処刑の一年前に戻っていたのであります。死の運命を避けるための道を探す皇子でしたが、その前に現れた者が語る再生の秘密を聞いた時……

 巻頭を飾るのは、一連のアンソロジーにおいては、新境地というべき古代ものを発表している作者の作品――『妖ファンタスティカ』所収の『草薙剣秘匿伝  葛城皇子の章』の続編と言うべき作品であります。

 大化の改新によって実権を握った中大兄皇子の傀儡となった先帝の子として生まれ、謀反の疑いありとして、ほとんど騙し討ちのような形で捕らえられ、二十歳にも満たぬ若さで処刑された有間皇子。
 その悲劇的な最期は、様々な古代史ものの題材となっていますが――しかし本作はそこから一種のループもの的な展開をみせるのがユニークなところであります。

 確実に待ち受ける最期からいかに逃れるか悩む皇子の前に現れたのは、前作でも多くの人間の運命を狂わせた人に「権力をもたらすもの」。あたかもメフィストフェレスのように囁きかけるそれに対する皇子の選択は――歴史を知る者であれば明らかでしょう。前作の後、中大兄皇子=葛城皇子に何が起きたかを含めて、伏せられた部分が大いにそそる物語であります。


『喜火姫が刺客に襲われた次第 江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 こちらも一連のアンソロジーに掲載されてきた「江戸少女奇譚」の一つ。様々な危難を乗り越えてきた個性豊かな少女たちに、また新たな仲間が加わることになります。

 醜い御家騒動に巻き込まれた末に、彼女に敵対する一派から四人の刺客を送り込まれた青鴫藩の喜火姫。ある武器の扱いに秀でているとはいえ、味方は乳人子の別式・野風のみの姫は多勢に無勢――迫る刺客団を前に彼女の運命は!?

 姫の得意技自体は言及された途端に予想がついてしまうのですが、ミステリでいう○○トリックを用いて緊迫感を煽り、その先の大逆転を盛り上げるのはさすがと言うべきでしょう。
 本シリーズに共通する、愚かで身勝手な男どもを尻目に軽やかに自分の道を歩み始めるヒロインの姿も爽快で、早く彼女たちが集結した物語を――と期待してしまうのも当然であります。


『妖人蹴球譚』(安萬純一)
 明治期にサッカーが紹介されながらも、なかなか日本に根付かない。1920年代、そのサッカー人気を盛り上げるために企画されたのは、日本代表チームと外国人チームによる対抗戦でありました。しかし双方のメンバーは……

 というわけで「妖人」の語で何となく予想がつく通り、本作で描かれるのは妖人・怪人・魔人のオールスター戦――というか、伝奇ホラー版『少林サッカー』あるいはサッカー版『妖怪大戦争』。様々な作品が掲載されている本書においても、まず間違いなく一番の怪作であります。

 もうここまで来たらツッコミを入れるほうが野暮というもの、ただただ目の前で繰り広げられる魔戦――と呼んでよいものやら――を楽しむべきでしょう。そういえば本作の舞台である1920年台の少し後にはユニバーサルモンスターが銀幕で暴れまわるんだったな――と、何となく微笑ましい気分になったりならなかったり。
(いや、何故か○の穴の出身者とかもいるのですが……)


 次回に続きます。


『妖ファンタスティカ2 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ2?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


関連記事
 『妖ファンタスティカ』(その一) 秋山香乃・神野オキナ
 『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊
 『妖ファンタスティカ』(その三) 日野草・誉田龍一・谷津矢車
 『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治

 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その一) 谷津矢車・神家正成
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健

|

2020.01.11

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 本当に、本当に毎年言っている気がしますが、楽しかった正月休みもあっという間に終わってしまい――今年は特に長かったのに!――絶望的な気分の今日この頃。もう楽しみはこれだけですよ――というわけで、2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 と言ったものの、特に文庫小説はかなり点数の少ない2月。
 児童文学を中心に八面六臂の活躍を見せる廣嶋玲子の江戸時代もの『失せ物屋お百』、昨年以来の快進撃が今年も続きそうな三好昌子『虚神(仮)』、基本設定だけで驚かされる白鷺あおい『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』、そして同じく大正もの待望の続編である小松エメル『銀座ともしび探偵社』第2巻――新作はこれくらいであります。

 その他、文庫化では木下昌輝の名品『敵の名は、宮本武蔵』、このタイミングでの文庫化にちょっと驚いた篠原悠希『天涯の楽土』、文庫化も残すところ2巻の仁木英之『神仙の告白 旅路の果てに 僕僕先生』がありますが、こちらも少々寂しいところです。


 一方、漫画の方は、もうとんでもないヒットとなった吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第19巻をはじめとして、音中さわき『明治浪漫綺話』第1巻、灰原薬『応天の門』第12巻、碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第4巻と発売されますが――こちらもちょっと少なめ。

 むしろ海外を舞台とした作品の方が元気よく、中国ものでは川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第14巻、張六郎『千年狐』第3巻が、そして欧州ものでは細川雅巳『逃亡者エリオ』第2巻、鬼頭えん『地獄の釜の蓋を開けろ マビノギオン偽典』第3巻、皆川亮二『海王ダンテ』第9巻が楽しみなところであります。

 また復刊では横山光輝『仮面の忍者 赤影《オリジナル完全版》』第2巻のほか――なんと伊藤悠『面影丸』新装版が登場。これは嬉しい驚きです。


 なお、2月には『MARVEL×少年ジャンプ+ SUPER COLLABORATION』も発売されるのですが――このブログとは無縁ではない時代を舞台としたあの問題作も収録されるのでしょう。あのものすごい破壊力のオチのあれが……



|

2020.01.10

『無限の住人-IMMORTAL-』 十四幕「改起 かいき」

 吐鉤群に捕らえられ、不死力解明のため、西洋医術を学んだ綾目歩蘭人によって人体実験の材料とされる万次。同室の囚人・出羽介とともに脱出しようとする万次だが、鉤群に片腕を落とされ、出羽介との肉体の交換実験に使われてしまう。その頃、浅野道場で暮らす凜の前に、おかしな二人組が現れるが……

 というわけで本格的に始まった不死力解明編。おどろおどろしい地下牢に鎖で繋がれることとなった万次は、西洋で医学を学んできたという(カワウソの内臓は人間に似ているという喩えが不気味――なのですがそれが洒落になっていないことはいずれ)綾目歩蘭人によって生きながらにして人体実験に供されることになります。
 万次の不死力を確かめた鉤群の次なる狙いは、その不死力を他人に移植すること。そのための実験台に選ばれたのが、ケチな盗人の出羽介――故郷に残してきたという妻のために、死罪と引き換えに実験を受けることになったということですが、本人はその重大さがあまりわかっていないようなのが哀れであります。

 一方、外に残された、というより万次がどこにいるかもわからない状態の凜は、ご丁寧に門札がある吐邸で門前払いを食らい、いきなり無骸流からお払い箱になった、というより無骸流自体がいきなり解体されてしまった百琳を頼るのですが――しかし凜の場合、大変なのはむしろ「家」に帰った後。
 久々に「家」、すなわち浅野道場に帰ってみれば、前回Cパートで描かれたようにおかしな二人組――吉乃瞳阿と八苑狼夷作――が家に乗り込んできてさあ大変であります。もちろん二人の方も、曰く付きの空き家と思って潜伏場所に選んでみれば、いきなり寝起きで無駄に露出の多い女の子がいて驚いていたわけですが……


 何はともあれ、今回は万次が生きながらにして腑分けされたりひたすら酷い目に遭い続ける血なまぐさい万次サイドと、本人は必死なんだけれども逸刀流(ということは凜は知らないのですが)コンビ――というより瞳阿一人――のやりとりがコミカルな凜サイドと、万次と凜それぞれの姿が平行して描かれることになります。
 実は今回のエピソードもかなりアレンジ&圧縮されている(歩蘭人の先任である孟膳先生の出番がばっさりカットされたり、百琳がポンコツになった偽一をシメるシーンがなかったり)のですが、延々と万次が一寸刻み五分試しにされる場面を続けられても本当に困るので、いや当時本当に単行本買う気がなくなったので、このアレンジは大正解だと思います。

 それでも今回、終盤の万次脱走未遂シーンにわずかにあった意外はほとんどアクションがなく、血がやたら流れるわりには比較的地味な回ではあったのですが――さりげなく山田浅右衛門の名が登場したり、何よりもCパートでやはり生きていたあの凶獣がちらりと姿を見せたりと、今後の爆発への伏線がきちんと張られているのも好印象であります。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

関連記事
 『無限の住人-IMMORTAL-』 一幕「遭逢 そうほう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二幕「開闢 かいびゃく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十一幕「秋霜 しゅうそう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十二幕「終血 しゅうけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十三幕「誰そ彼 たそかれ」

 無限の住人

|

2020.01.09

山田正紀『大江戸ミッション・インポッシブル 幽霊船を奪え』 江戸というシステムに挑む若者たちのロマンチシズム


 江戸開闢以来相争う盗賊集団・川衆と陸衆の戦いを背景に、川衆頭領・川瀬若菜と仲間たちの活躍を描く奇想天外な時代アクションの第2弾であります。陸衆の頭領のうち三人を倒した若菜ですが、残る二人も強敵揃い。さらに怪人・どくろ大名までも登場、若菜の戦いは、思わぬ方向に向かうことに……

 普段は牢屋見廻りのぼんくら同心、その実は川衆頭領の凄腕である若菜。彼は吉原一の花魁・姫雪太夫――実は同じ川衆であり、幼なじみであった花蘭陀のゆき――からの依頼がきっかけで陸衆と対決することとなります。
 その結果、若菜と仲間たちは、陸衆を支配する五人組のうち、薩摩と組んで江戸支配を狙う三人の「灰かぐらの茂平」を、何とか討つことに成功したのでした。

 が――本作はその直後から始まることになります。残る二人のうちの一人であり、江戸中の殺し屋が集まる「殺しの賭場」を取り仕切る妖泉院に招かれ、賭場の秩序を乱す凄腕殺し屋・死神娘殺しを依頼された若菜。しかしそれはほんの発端でありました。
 そこから若菜は、もう一人の陸衆頭領であり、薩摩剣士団を抱き込んで南町奉行の座を狙う目付・鈴木八郎左衛門と、妖泉院の主導権争いに巻き込まれることになったのです。

 さらにその争いに加わるのは、三味線を抱いたどくろが描かれた駕籠に乗り、「ふたりめ武蔵」こと凄腕の剣客・宮本鬼十郎を引き連れた怪人・どくろ大名こと土黯長門守正勝。
 その一方で、若菜は自分とゆきの過去を巡る恐ろしい疑惑に悩まされるのですが――江戸に接近する、首なし死体が歩き回るエゲレスの幽霊船が繰り広げられる暗闘に思わぬ形で結びつく中、若菜の選択は……


 と、ジェットコースターのような勢いで展開した前作以上に息もつかせぬ、そして予想のできぬ内容の連続である本作。
 上のあらすじはこれでもだいぶ整理した方で、そのほかにも若菜の仲間(?)の殺し屋・かまと殺しの賭場の凄腕たちの対決あり、南町の凄腕同心・椹木采女の意外な真実ありと、まったく油断のできない――何しろ前作のさりげない描写が伏線になったりするのですから――物語が続くことになります。

 それだけでたまらなく楽しいのですが、しかしそれに加えて作者のファンにはさらに嬉しいのは、本作の処々に見られる作者らしさに溢れたアイディアとキャラクター、そして物語の数々です。

 その一つが、本シリーズの骨格である陸衆と川衆の存在に秘められた真実です。
 前作では、江戸を二分する盗賊寄合として描かれた陸衆と川衆。その由来は、徳川家康が、それぞれの祖に安堵状を与えたことによる――と語られたのですが、本作で語られるその奥の真実がまた伝奇性横溢なのです(この先、作品内容の詳細に踏み込みます)。

 そもそも陸(くが)衆=苦餓衆とは、渋谷=死谷に潜んだ異形の一族たちを利用して、毒を以て毒を制しようとして作り出された存在。そしてその死谷を流れれる堀川によって、彼らの毒を浄化するべく生まれたのが川衆=渇衆――すなわちこの両者は、家康入城前のプレ江戸を浄化し、秩序を裏から支えるシステムの構成要素だったのであります。
 独特の世界観を支える奇想に満ちたシステムと、そこに用いられるユニークなネーミング――実に作者的な要素ではありませんか。


 しかし本作の真に作者らしい点は、その先にあります。こうしたシステムを継ぐべき者として育てられ、やがて相争う定めにあった幼い日の若菜とゆき。その定めから逃れるべく、共に死を選ぼうとした二人の行動の結末にまつわる恐ろしい疑念が、若菜を苦しめ、物語を大きく動かしていくことになります。
 そしてその記憶から――その過去の行いから始まる若菜の行動は、やがてシステムからの離反・反逆という、さらには(陸衆のもたらす)秩序の破壊という形で、物語の上で現れることになります。

 この世を支配し、秩序付けるシステム――時に絶対者とも、世界そのものとも言うべき存在に、端から見ればちっぽけな、しかし人間としてやむにやまれぬ想いから挑む。そんな人々の姿を、作者はその作品の多くで描いてきました。
 若菜もまた、そんな負け戦に一片のロマンチシズムを抱いて挑む青臭い若者の一人なのであり――それがたまらなく魅力的なのです。


 文庫書き下ろし時代小説として破格のスピーディーな活劇を展開しつつも、実に作者らしい形で、江戸という世界を支えたシステムの存在と、それに挑んだ人間の姿を描いてみせた本作。
 難解すぎる世界に踏み込む寸前で留まるバランス感覚も楽しく、これでシリーズ完結というのはあまりに惜しい――まだまだこの先の世界と人間の姿を見せてほしい物語です。


『大江戸ミッション・インポッシブル 幽霊船を奪え』(山田正紀 講談社文庫) Amazon
大江戸ミッション・インポッシブル 幽霊船を奪え かわせみ若菜盗物帳 (講談社文庫)


関連記事
 山田正紀『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ』 一気呵成、一寸先は闇のピカレスク開幕

|

2020.01.08

大西実生子『フェンリル』第1巻 テムジン、宇宙からの美女に道を示される!?


 この数年の歴史漫画のトレンドとして、海外を題材とした作品の多さが挙げられますが、当然ながら海外の中にはアジアも含まれます。本作もその一つ――かのチンギス・カンの青年時代を描く作品ではありますが、そこにSF味を加えることで、希有壮大で奇想天外な物語が紡がれることになります。

 キヤト氏族の首長の長子でありながらも、第二夫人の子であるベクテルに試合で敗れ、新首長の座を譲ることとなったテムジン。その晩、水を汲みに湖に出かけたテムジンは誤って水中に落ち、その中で青く輝く狼と、美しい裸女に出会うことになります。
 自分がかつてこの星に墜ち、引力に縛られて自由に行動できない生ける金属――青き狼こと「地を揺らすもの(フェンリル)」の化身であると語る女。その内容はさっぱり理解できぬものの、溺れるところを救われた恩は返すと、テムジンはフェンリルの本体の欠片を水中から持ち出してほしいという、彼女の願いに応えると誓うのでした。

 何とか深い水中の欠片を引き上げようとするテムジン。その最中、今の氏族の――いや草原に暮らす人々の行く末への悩みを語る彼に、フェンリルは世界を一つの国にまとめることで、平和を創り出すことができると語り、テムジンにこの世界を統べろと唆すのでした。
 そんな中、突然襲来するタイチュウト族――タタール族との戦いのために必要な物資を調達しにきたという彼らにベクテルは殺され、たちまちのうちに集落は炎に包まれるのでした。

 皆を逃がすために湖に敵を引きつけたものの、奮戦空しく敗れて命絶たれたテムジン。再び湖底に沈んだテムジンに対して、フェンリルは……


 一代で草原の一族長から、世界に覇を唱えた大帝国の王に登り詰めたテムジン=チンギス・カン。そのあまりに劇的な業績のためか、テムジンを主人公とした作品は、オンゴーイング幾つも存在する状況であります。
 しかし本作はそのテムジンの物語に、宇宙から落下した生ける金属が、宇宙に帰還する手助けをさせるためにテムジンに力を与える――という一種SF的な味付けを施した点において、極めてユニークな作品であることは言うまでもありません。

 しかしこの設定、一歩間違えれば単なるチートになりかねないところですが、それをギリギリのところで回避しているのは、大西実生子の画の力によるところが大きいとしか言いようがありません。
 漫画版の『僕僕先生』で作画を担当した際に、ある意味原作以上に物語世界の広さを感じさせてくれたその端正かつ多様性に満ちたその画。その力は、異形とも言える設定の本作をして、無数の人々が住む広大な世界=地球に向かってその一歩を踏み出した青年の成長物語として成立させているのであります。


 と思いきや、この巻のラストでは突然舞台は大陸から日本――それも壇ノ浦に移り、そこで大暴れするあの英雄の姿を描くことになります。そして「彼」の傍らにもまた、宇宙からやってきた美女の姿が……

 ここまでで描かれるテムジンが、後世のチンギス・カンの事績から考えれば、あまりにも「綺麗すぎる」のに、実のところ違和感があったのですが――ここでチンギス・カンとある意味因縁浅からぬ、そして本作のテムジンよりも遙かにそれらしく感じられる「彼」の登場が、本作にどのような影響を与えることになるのか?

 ここに来て、一気に先の読めない要素を投入してきた本作。どうやらこの先も一筋縄ではいかない物語が展開しそうであります。


『フェンリル』第1巻(大西実生子&赤松中学 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス) Amazon
フェンリル(1) (ビッグガンガンコミックス)


関連記事
 『僕僕先生』第1巻 芳醇な世界像をさらに豊かで確かなものに
 大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ
 大西実生子『僕僕先生』第3巻 世界の有り様、世界の広大さを描いて
 大西実生子『僕僕先生』第4巻 旅の終わりにその意味を問う

|

2020.01.07

楠桂『鬼切丸伝』第10巻 人と鬼を結ぶ想い――異形の愛の物語


 歴史の陰にうごめく恐ろしく悲しい「鬼」を描いてついに第10巻――『鬼切丸伝』の最新巻であります。悠久の時をさまよう鬼切丸の少年が今回出会うのは、肥後の人鬼、怨念の美女の亡魂、そして剣豪将軍の妄執――鬼と人間の複雑怪奇な物語が続きます。

 激しい無念の想いを抱いた人間が変化する不死身の鬼と、その鬼を唯一滅することができる神器名剣「鬼切丸」を手にした少年の姿を、様々な時と場所を舞台に描いてきた連作シリーズである本作。その舞台同様、様々な物語が描かれてきた本作ですが、この巻でもユニークな物語が描かれることになります。

 冒頭の前後編「和仁人鬼親宗」で描かれるのは、戦国時代末期の肥後で「人鬼」の異名をとった和仁親宗の物語であります。
 大友氏に従属した和仁親続の三男である親宗――彼の母は宗麟から親続に下賜された異国の娘、「南蛮様」と呼ばれた女性でした。その血を継ぎ、日本人離れした相貌と巨躯を備えた親宗は、周囲から「人鬼」と呼ばれ忌避される少年時代を送るのでした。

 そんな中で只一人、彼を人間として遇したのが鬼切丸の少年というのは皮肉ですが――そんな彼の孤独は、長じて後、埋め合わされることになります。
 その日本人離れした巨体と膂力によって敵を蹴散らし、周囲から歓呼の声で以て迎えられる親宗。今また、国人一揆に加わった兄たちを助けて秀吉麾下の軍勢を蹴散らし、和仁家の人々の希望となった親宗ですが、衆寡敵せず、追いつめられた時……

 と、正直なところかなりマイナーな武将である和仁親宗を描くこのエピソード。意外なチョイスと言いたいところですが――しかし「鬼」と呼ばれた伝承を持つ彼ほど、本作に相応しい人物はないとも言えるでしょう。
 本作はそんな親宗の抱える孤独に加え、亡霊と化したその母の怨念の存在を描くことで、いかにも本作らしい悲しみと因縁の姿を描いてみせたエピソードであります(結末が少々あっけない印象もありますが……)。


 さて、続く単発エピソード「嬲り鬼」で描かれるのは、極めて変化球というべき不可思議な愛の物語であります。
 平安時代に彼が出会った奇妙な僧侶――二百年前のことを自分が見てきたことのように語る僧は、これまで999人の男を取り殺してきた女の怨霊の存在を語ります。

 その正体は、奈良時代の貴族・藤原仲麻呂の娘・東子――世にも稀なる美女であった東子は、かつて鑑真和上が予言したように、父が乱を起こして死んだ後、千人の男たちから陵辱され、無惨な最期を遂げたのです。
 その時の怨みから、千人の男を殺さんとする東子の怨霊。ここまでくれば鬼も同然と、東子を討つ決意を固めた少年ですが、東子の前に現れた僧侶が語る意外な真実とは……

 「水鏡」に記された、藤原東子を巡るあまりに無惨極まりない伝説。その後に彼女が怨霊と化したというのは本作オリジナルかと思いますが、それも納得と言えるでしょう。
 しかし本作はそれに終わらず、その先に思わぬどんでん返しを用意しています。東子の死の真相、そこにあるものは――目を覆わんばかりの無惨な伝説が、美しい異形の愛の物語に一瞬のうちに姿を変える様は見事としか言いようがありませんが、つきあってられんとばかりに荒れる少年の姿も、何とも言えぬ後味を残します。


 そして巻末を飾る前後編「剣豪鬼将軍奇譚」は、サブタイトルからわかるように、足利義輝を巡る物語であります。

 三好長慶によって都を追われ、無念の末に鬼と化した父に襲われた少年時代の義輝。鬼切丸の少年に救われた彼は、父の怨念を受け継ぐように長慶に執拗に戦いを挑むのですが――しかし長慶はそんな義輝を咎めず、むしろ寛大に受け入れるのでした。
 そんな状況を許せず、なおも長慶と敵対を続ける義輝。剣の師となった塚原卜伝(なりかけとはいえ鬼を斬ってのけるのは流石!)から鬼切丸の存在を聞いた彼は、長慶を超えるために鬼切丸を欲するのですが……

 その壮絶な最期もあって、悲運の名将軍として描かれることも少なくない義輝。しかし本作の義輝は、自分の父よりも遙かに大人物である長慶に勝つため、鬼切丸に妄執を抱く人物として描かれます。
 なるほど、彼が様々な名刀を手にし、最期の瞬間にそれを振るったというのは名高い逸話。そこに鬼切丸をこう絡めるか、と感心させられるのですが――しかしそれ以上に印象に残るのは、最後の最後で明かされる義輝の(彼自身も気づかぬ)真情でしょう。

 本作で描かれた、鬼となるほどの強い想い――これも一種の愛と呼ぶべきでしょうか。思えばこの巻に収められていたのは、いずれも異形の愛の物語と言うべきかもしれません。


『鬼切丸伝』第10巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon
鬼切丸伝 10 (SPコミックス)


関連記事
 楠桂『鬼切丸伝』第8巻 意外なコラボ!? そして少年の中に育つ情と想い
 楠桂『鬼切丸伝』第9巻 人でいられず、鬼に成れなかった梟雄が見た地獄

|

2020.01.06

石川優吾『BABEL』第5巻 小文吾に、信乃に迫る薩摩の魔


 予測不能の展開が続くネオ八犬伝『BABEL』、その第5巻で描かれるのは、前の巻から突入した薩摩編であります。運命の悪戯から全てを失い、流れ着いた屋久島で琉球の姫君・按司加那志と、キリスト教のパードレ・フェルナンと出会った犬田小文吾。しかし恐るべき魔の影はすぐそこに迫って……

 戦国時代の日本に漂着した異国船に乗っていた八体の魔――その一体、扇谷定正に憑いたベルゼブブを斃した犬塚信乃と犬飼現八。しかし既に魔は日本中に散らばり、その根を張り巡らせ始めていたのであります。

 そんなわけで新たな物語の舞台は薩摩――犬追物で追われていた犬の「我を助けよ」という語りかけに応えてしまった心優しき巨漢・小文吾は、そのために主人夫妻を殺され、自分も崖から転落した末に屋久島に漂着することになります。
 島民に救われた小文吾がそこで出会ったのは、島津に滅ぼされた琉球王国の王女・按司加那志とあの犬――そして島民たちから密かにパードレと敬われる異国人フェルナン。そしてフェルナンこそは、八体の魔が宣教師を装って日本に乗り込んできた時、その船に同乗し、辛くも逃れた生き残りだったのであります。

 そんな中、屋久島に殺到する島津の軍勢。かつて小文吾の主人を殺した男を指揮官とする一団は、フェルナンを捕らえるや、彼を人質に、島民たちに小文吾と王女を捕らえるように強いるのでした。
 そして遂に小文吾たちが遂に追い詰められた時、あの犬が現れて……


 あまりに突然の薩摩。もはや南総でも里見でもない舞台に、里見姫とは、犬の存在とは――と色々と考えさせられた新展開ですが、しかしこちらが悩んでいる間にも、小文吾はどんどんと追い詰められ、のっぴきならない状況に追い込まれていくことになります。
 考えてみれば本作の敵は海の向こうからやって来た悪魔たち、しかもそれがキリスト教の宣教師を装って来たと言えば、確かに薩摩が舞台となるのには一定の必然性がありますし、小文吾の追い詰められぶりも、ある意味非常に「らしい」と言えなくもありません。

 しかしそれよりも何よりも、やはり強く印象に残るのは、そのアートの美しさです。
 薩摩兵に指嗾された島民たちの掲げる松明が炎の道となって小文吾たちに迫る光景、按司加那志がその力の一端を放って呼ぶ水の龍の姿、そして何よりも満身創痍となった小文吾の前に、水面を歩きながら犬が現れる場面――これらの美しい画のインパクトの前には、少々のことは吹っ飛んでいくのであります。


 とはいえ、この巻も3/4を過ぎた辺りで信乃が登場するとやはり安心いたします。ここで信乃は、犬に導かれて、何と左母二郎とのある意味夢の(?)コンビで珍道中を続けてきたのですが――お約束というべきか、左母二郎のおかげで、またもや牢に繋がれる羽目になるのでありました。。
 そしてそこで狂気の領主・島津貴久の主催するひえもんとりに、小文吾らとともに参加する羽目になるわけですが――何だかこの展開、前にも見たことあるような気がする、というのはともかく、ただでさえ恐ろしいひえもんとりが、本作においてはなおさら大変なものになっているであろうことは、まず間違いがない話でしょう。

 果たしてそこで待ち受けるものは――いよいよ薩摩編も佳境であります。


『BABEL』第5巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon
BABEL (5) (ビッグコミックス)


関連記事
 石川優吾『BABEL』第1巻 我々が良く知る、そして初めて見る八犬伝
 石川優吾『BABEL』第2巻 第一の犬士誕生の時、そして新たなる舞台へ
 石川優吾『BABEL』第3巻 八つの徳目に対するもの、それは……
 石川優吾『BABEL』第4巻 巨大な魔との戦い、そして驚きの新章へ

 「八犬伝」リスト

|

2020.01.05

高橋留美子『MAO』第1-2巻 少女が追う現代と大正と結ぶ怪異


 デビュー40年を過ぎて今なお旺盛な執筆活動を続ける高橋留美子の最新作は、現代と大正時代を結ぶ伝奇ホラー――謎めいた事故に巻き込まれた少女が異界に足を踏み入れ、陰陽師の青年と出会った時、不老不死の妖を巡る奇怪な冒険が始まります。

 8年前、両親と車に乗っていたところで陥没事故に巻き込まれて両親を喪い、自分も一度は呼吸停止となった黄葉菜花。今は祖父に引き取られた彼女は、お手伝いさんの作るまずいスムージーを飲んでは、中学校に通うという平凡な毎日であります。
 そんなある日、幽霊がでると噂のシャッター街――そしてそこはあの陥没事故が起きた場所の目の前だったのですが――に同級生と出かけた菜花は、ただ一人、妖怪が徘徊する奇妙な町に紛れ込んでしまうのでした。

 そこで奇怪な妖怪に襲われ、大怪我を負った菜花。そこに現れた青年・摩緒と助手の子供・乙弥の治療を受けた菜花ですが、摩緒から、お前は妖だと告げられることになります。
 その言葉の意味は、そしてここがどこなのか、訳も分からぬまま摩緒たちと行動を共にすることになった菜花。様々な怪事件に巻き込まれた彼女は、やがて自分がいるのが、大正12年時点の自分が住む町だと知ることになります。

 平安時代に不老不死の法を奪い、自分に呪いをかけた猫鬼を追う摩緒。あのシャッター街を通じて現代と大正を行き来し、町と自分にまつわる謎を追う菜花。やがて菜花は、徐々にあの事故の日に何が起きたのかを思い出していくことになります。
 その記憶は、猫鬼、そしてあの関東大震災と結びついて……


 女学生が過去の時代で不思議な力を持つ青年と出会い、現代と行き来しながら冒険を繰り広げる――というスタイルだけをみれば、どうしても作者の大ヒット作『犬夜叉』を連想させられる本作。
 しかし本作はあちらに比べて――そして他の長編に比べても――怪奇色と伝奇色が濃厚な点で、大きく異なると感じられます。

 一度命を落としながら、妖の力を得て甦った少女、平安の世から生き続ける陰陽師の青年、妖怪たちが住まう非在の町、大正の世を騒がす数々の怪事件と、本作を構成するのは、どこか不気味で、おどろおどろしいキャラクターと出来事ばかり。
 もちろん、菜花の純粋さや可愛らしさ、摩緒の天然さや、作中に織り交ぜられるコミカルな描写(お手伝いさんのスムージーのまずさを毎回様々に形容する菜花の姿など実に可笑しい)で巧みに薄められているのですが、作中に漂う不穏なムードは、なかなかゾクゾクさせられるものがあります。

 これは私が今更言うまでもないことではありますが、作者はコミカルなギャグやかわいらしくもパワフルなヒロインたちを描く一方で、おどろおどろしい怪異の世界を描くのを得意としてきました。
 本作が依って立つのはその怪異の世界――不気味な妖怪や妖人が闇の中に蠢き、人を襲う世界。そしてその世界の大部分を担うのが、大正時代というのも目を引きます。

 現代から約百年もの過去であって――しかしそれでいて、我々の時代にも繋がる文化風俗が存在していた大正時代。現代と近代の合間の時代というべきこの時代は、なるほど菜花のような現代っ子と、摩緒のような時間の流れから離れて生きる者が、共に怪異に挑むには相応しいと言えます。

 そして何よりも、大正時代と言ったとき、我々が真っ先に思い浮かべるであろうあの大災害――関東大震災が、本作では大きなウェイトを占めることになります。
 それが物語にどのような意味を持つのか――それはまだ第2巻までの時点でははっきりとなったわけではありませんが、しかしこの先の物語に大きな影響を与えることは間違いないのであります。(何よりも、本作で描かれる「炎の中から町を見下ろす巨大な猫の化物」というイメージの奇怪さ、不気味さが素晴らしい)


 第2巻の終盤では、菜花の日常に対する小さな、しかし不気味な違和感の存在が描かれるのも大いに気になる本作。
 現代と大正、そして平安を繋いだ先に何が浮かび上がるのか――まだまだ先は見えませんが、その闇に浮かぶものが大いに気になるのです。


『MAO』(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
MAO (1) (少年サンデーコミックス)MAO (2) (少年サンデーコミックス)

|

2020.01.04

『無限の住人-IMMORTAL-』 十三幕「誰そ彼 たそかれ」

 幕府と無骸流の罠から辛くも生き残り、蜂起の日まで地下に潜伏することを選んだ天津たち八人。一方、自分を無骸流の創設者である吐鉤群の元に連行しようとする偽一と立ち合い、不死身の肉体で圧倒した万次だが、鉤群に興味を持ち対面することになる。万次の不死の肉体に興味を持つと語る鉤群だが……

 前回意味有りげに引いたと思いきや、アバンでいきなり皆殺しになっていた逸刀流幹部の皆さん。毒を盛られた上に、吐鉤群と偽一という作中最強キャラに襲撃されたのですから、生き残る方が無茶というものですが――それでもしっかり生き延びた阿葉山は流石というべきでしょうか。
 いずれにせよ、天津、凶、阿葉山に新キャラ五人、槇絵も含めていきなり残り実質九人となった逸刀流は、地下に潜伏することになるのですが、さてそれでは凜と万次の戦いは――ここお話は妙な方向に向かい始めることになります。
(にしても一人で不穏な動きをしている怖畔が異常におかしい)

 というわけで今回から突入するのは、原作でも評判のよろしくない(と思われる)不死力解明編。後半は非常に盛り上がるのですが、前半はもう読んでいて辛かった記憶しかないという――もっとも、加賀編をかなり省略したこのアニメ版であれば、こちらもばっさりやってくれるのではないかと思いますが……

 と、いきなり失礼な文章を書いてしまいました、今回は加賀編では今ひとつ出番が少なかった万次がかなり全面に出てきた印象(もっとも、原作ではこの前後に逸刀流残党の把山繰重相手に苦戦しているのですが)。逸刀流にスカウトという名目で連行しに来た偽一に対しても一歩も引かずに戦う姿は、実に頼もしい――もっとも、見える方の目をいきなり潰されて一瞬行動不能になったのにはヒヤヒヤしましたが、トリッキーな武器の多さと不死身の肉体でゴリ押しするスタイルで、テクニック系の偽一の攻撃をほぼ凌いで見せたのには感心しました。
(正直なところ、力任せに偽一の首刈り鎌を外しにいったときは、本当に大丈夫か真剣に心配しましたが……)

 しかしここからがいけない。調子に乗って吐のところに無計画に乗り込んだ挙げ句、心臓は何度も刺されたと嘯いた直後に吐に心臓を刺されてなにすんだ痛えだろうがと激怒するのは、どう見てもやられ役の言動であります。さらに吐の話術に丸め込まれて相手のペースに乗せられた末に、大量の幕吏に取り囲まれた日には……
 思えば偽一相手に見せた戦法は、一対一の尋常な(相手との)勝負でこそ有効であって、集団相手にはダメージ前提の戦い方はあまり有効とは思えません。この辺り、なんだかんだで個人の集まりであった逸刀流と、あくまでも集団である幕府と、両者の違いが、万次を通じて象徴的に現れている――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。

 何はともあれ、何も考えずに敵の手中に落ちて、とても猟奇な感じに囚われてしまった万次。もはや頼みは、(何だか突然一方的にラブい感じになった)凜のみですが、さて彼女一人に何ができるのか――と、Cパートでとんでもない出会いがあったところで次回に続きます。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

関連記事
 『無限の住人-IMMORTAL-』 一幕「遭逢 そうほう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二幕「開闢 かいびゃく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十一幕「秋霜 しゅうそう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十二幕「終血 しゅうけつ」

 無限の住人

|

2020.01.03

重野なおき『明智光秀放浪記』 光秀の点と線を結ぶ行動原理


 昨日も明智光秀を主人公としたクラシックな作品を紹介しましたが、本日ご紹介するのは光秀ものの最新の作品の一つ。あの『信長の忍び』のスピンオフとして、本編でも色々な意味で活躍している光秀の若き日の苦闘を描く物語であります。

 叔父の光安とともに、美濃の守護・土岐頼芸に仕えていた光秀。そこで下克上を起こした斎藤道三に才能を見出された光秀は、道三の下で才能を発揮することになります。
 美しい妻・煕子とドラマチックに結ばれ、それなりに満ち足りていたかに見えた光秀ですが、しかし道三と息子・義龍の血で血を洗う対立が勃発、道三側についた光秀は敗れた末に、叔父の犠牲でかろうじて落ち延びるのでした。

 かくて煕子とわずかな股肱の臣とともに放浪することとなった光秀。各地で見聞を広げながらも、理不尽な(?)理由でなかなか仕える相手に巡り会えないでいた光秀は、ようやく越前の朝倉義景に仕えることになるのですが――そこでも軽んじられ、軽輩として扱われるのでした。

 そんな中、越前に落ち延びてきた後の将軍義昭の一行。その中に、かつて京で出会ったことのある細川藤孝がいたことから、光秀の運命は大きく動き出すことに……


 『信長の忍び』本編では、苦労人で人はいいのに間が悪く、空気を読まない発言でツッコミを受けるキャラという印象の光秀。
 本作で描かれるそんな光秀の若き日の姿は、やはりツッコミどころは多いものの、妻と家臣のためにも懸命に仕える先を探す青年として描かれることとなります。

 もちろん、作品の冒頭やカバー裏でも触れられているように、史実では不明な点も多い光秀の放浪時代。それだけに本作は、史実の上で明らかな「点」を繋ぎ合わせて、一つの物語という「線」を描き出しているのですが――それは想像以上に端正で、説得力のあるものとして感じられます。

 その理由の一つは、本編で確立した光秀のキャラクター像を踏まえた物語運び――それももはや作者の自家薬籠中のものというべき四コマ歴史ギャグの呼吸による点が大きいでしょう。
 しかしそれ以上に、第1話のラストに語られる光秀の行動原理――「一族と家臣を大事にする」「才能を活かしてもらえる場所で働きたい」を柱として据えることで、物語にしっかりとした基盤を与えてみせた点に因るのではないでしょうか。

 もちろんそれは、後世の史実からの一種の逆算ではありますが、しかしこの原理があるからこそ、あり得たかもしれない歴史の姿が、実際にあったことのように――言い換えれば光秀を生き生きとした一人の人間として描き出すことに成功していると感じるのです。

 もっとも、作者の作品にはつきものの、定番ネタ、天丼描写――本作の場合は将来の謀反ネタと眼力ネタ――が、「いじり」のように感じられて、ちょっとひっかからないでもありません。
 しかしこの辺りはやはり四コマギャグといてはお約束の範囲内と理解するべきなのでしょう。たとえば、光秀が朝倉家でのつまらぬ毎日に、自分でもその目を(物理的に)閉じながら生きていたくだりなど、ギャグ漫画ならではの巧みな表現方法なのですから。


 放浪や苦労というと、どうしても真っ先に浮かんでしまうのは秀吉の名ですが、その彼に敗れた光秀もまた、決してそれにひけをとるものではなかった――四コマギャグを通じて、それを浮き彫りにしてくれた本作。
 スピンオフとしてだけでなく、「裏切り者」ではなく、戦国の世を懸命に生きた「人間」光秀を描いてみせた独立した作品として、しっかり楽しめた作品であります。


『明智光秀放浪記』(重野なおき 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
明智光秀放浪記 (ヤングアニマルコミックス)


関連記事
 「信長の忍び」第1巻 忍びから見た信長記
 「信長の忍び」第3巻 千鳥と二人の戦国大名
 「信長の忍び」第4巻 まさかまさかのシリアス展開!?
 「信長の忍び」第5巻&「戦国雀王のぶながさん」 シリアス(?)とコメディの信長二本立て
 「信長の忍び」第6巻 長編四コマ漫画というスタイルと歴史を描くということ
 「信長の忍び」第7巻 くノ一、比叡山に地獄を生む
 『信長の忍び』第8巻 二つのクライマックス、二人の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第9巻 立ち上がった二人の戦国武将
 重野なおき『信長の忍び』第10巻 浅井家滅亡、小谷城に舞う千鳥
 重野なおき『信長の忍び』第11巻 泥沼の戦いと千鳥の覚悟、しかし……
 重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第13巻 決戦、長篠に戦う女たちと散る男たち
 重野なおき『信長の忍び』第14巻 受難続きの光秀を待つもの
 重野なおき『信長の忍び』第15巻 「負け」続きの信長に迫る者
 重野なおき『信長の忍び』第16巻 信長を見つめてきた二人の別れ道

|

2020.01.02

山田風太郎『忍者明智十兵衛』 奇怪で皮肉な二人一役の光秀


 今年の大河ドラマのテーマに合わせて何冊も刊行されている明智光秀関係作品。このブログでも紹介していきたいと思いますが、まずは過去の名品を紹介しましょう。山田風太郎の忍法帖短編『忍者明智十兵衛』――怪忍者の恐るべき忍法と、明智光秀の隠れたルーツを描く奇怪な作品であります。

 越前一乗谷の朝倉義景のもとに、亡き主人の娘・沙羅とともに身を寄せていた土岐弥平次の耳に入ってきた奇怪な男・明智十兵衛の噂。
 土岐家の正統ながら斎藤道三に家を滅ぼされ、以降甲賀卍谷で忍法修行をしていたという十兵衛は、朝倉家を訪れるや五百貫の知行を与えられたのですが――義景に忍法を所望されてその腕を切らせ、一月の後に腕を再生してみせたというのであります。

 その褒美に沙羅を所望したという十兵衛ですが、弥平次に夢中の沙羅はそれを撥ね付けたというのですが――やがてその十兵衛が、弥平次のもとを訪ねて来るのでした。
 貧相な外見ながら、話してみれば存外な好人物の上、自分とは兵法軍学という共通点を持つ十兵衛と意気投合する弥平次。しかし同じ土岐の末裔ながら傍流の自分に対して、正統として朝倉家に遇される十兵衛に複雑な感情を抱くのでした。

 そして十兵衛は弥平次に意外な告白をするのでした。彼は信長の妹のお市に恋い焦がれており、そして沙羅はお市と瓜二つだというのです。
 さらに弥平次に自分の五百貫を与える代わりに、自分に沙羅をくれと言い出す十兵衛。失われた部位を再生させる自分の忍法人蟹によって一度断たれた自分の首を美男子の弥平次と瓜二つのものと変え、二人の弥平次を生み出すことにより、それが叶うというのであります。

 その申し出に乗り、十兵衛の首を切り落とした弥平次。しかし弥平次と沙羅の見守る中、壺の中に収められた十兵衛の首は奇怪な再生を始め……


 明智光秀が若き頃に諸国を放浪しており、その途中に朝倉家に仕えていた(らしい)というのは良く知られた話ではありますが、逆にいえばそれ以外はあまりはっきりとした記録がないというのもまた事実であります。

 そこに光秀を題材としたフィクションを展開させる余地があるのですが――本作はその中でも最も奇怪なものであることは間違いないでしょう。
 蟹が鋏を再生させるように、失われた部位を再生してみせる忍法人蟹――それを応用することにより、自分の顔を別人のそれに変えてみせるという奇怪極まりない忍法により、本作ではいわば二人一役の光秀を描くのですから。

 そして明智十兵衛からその奇怪な企てを持ちかけられた土岐弥平次が何を想い、何を選ぶことになるのか――それはある程度予想がつくかと思いますが、忍法があってこそ成立しうるその奇怪な企てと、そしてそれがもたらす不可思議な、しかし因果応報というべき結末には圧倒されます。

 実は本作、昨年刊行された明智光秀テーマのアンソロジー二冊に収録されており、苦笑してしまったのですが、しかしこうして読み返してみれば、宜なるかな、と納得の一編であります。


 ちなみに山田風太郎の忍法帖短編としてみると、一種の人体実験趣味と、忍者の意外な純情とそれがもたらす残酷な結末、そして史実との絡み――と、本作は実に典型的な作品という感もあり、その点からもファンとしては興味深い作品であります。
(ただ、結末は正反対ながら、『忍者枯葉塔九郎』と重なる部分が多くて結構混乱したり――と、これは蛇足)


『忍者明智十兵衛』(山田風太郎 PHP文芸文庫『光秀 歴史小説傑作選』ほか所収) Amazon
光秀 歴史小説傑作選 (PHP文芸文庫)

|

2020.01.01

あけましておめでとうございます2020

 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 ブログの毎日連続更新も今年で15年を迎える予定です。これからも気を緩めず、毎日少しずつ新しいものを積み上げていきたいと思います。

 昨年は操觚の会の伝奇小説アンソロジーが3冊も刊行されたり、時代伝奇ものも少しずつ、しかし着実に動き出した感もある一年でした(『鬼滅の刃』の大ブレイクも現在進行形であります)。
 正直なところ、昨年は私自身はそれになかなか追いつくことができなかった感があるのですが、今年は少しでも新しい作品を追いかけていけるよう、初心に返って頑張りたいと思います。

|

« 2019年12月 | トップページ | 2020年2月 »