金子ユミ『千手學園少年探偵團』 少年「探偵」が挑む謎と壁
大正時代、東京は神田に設立された良家の子弟ばかりが集まる全寮制の名門私立学校・千手學園を舞台に、突然そこに放り込まれることとなった少年が、仲間たちと繰り広げる探偵活劇であります。様々な謎が蔓延る學園で、少年が辿りつく真実とは……?
浅草で母一人・子一人で暮らしていた少年・永人。しかしある日彼は急に実の父であり大蔵大臣である檜垣一郎太の命により、神田の一角に聳える私立千手學園に放り込まれることになります。
それまで千手學園に通っていた檜垣家の嫡男・蒼太郎――その彼が學園から謎の失踪を遂げたため、それまで放り出されていた妾の子であった永人が、その代わりに學園に通うことになったのでした。
周囲の勝手により、母から、周囲の世界から引き離されて全くの異世界である千手學園に放り込まれた永人。そこに登校早々、彼はなぜか自分の名を知る見知らぬ少年から、この学園にはたくさんの呪いの噂があると聞かされることになります。
そして生徒会長の最上級生・東堂から、永人は学園の学生寮、通称「バベルの塔」に最近、生霊が出ると告げられるのですが――はたしてそこで出会った少年・来碕慧は、一度永人が部屋から出た後に煙のように姿を消し、そしていつの間にか寮の外にその姿が……
そんな第一話「生霊少年」を皮切りに千手學園で始まる永人の冒険。鮮やかに生霊少年の謎を解いた永人を「探偵」のようだと目を輝かせる慧と、その弟の昊、そして学園に存在しない謎の少年らとともに、(不承不承)永人は学園を騒がす様々な謎に挑むことになります。
横暴な上級生との賭けでピアノを演奏することとなった永人が、夜中にひとりでに鳴り、更に鍵盤に血が滴るという「呪いのピアノ」の噂に挑む第二話「血を吐くピアノ」
学生寮の寮長が歌留多勝負で決められることになった中、その背後に蠢く様々な思惑に永人が巻き込まれる第三話「千手歌留多」
学生寮で相次ぐ盗難騒ぎを追う最中、かつてそこで自害した生徒が閉じ込められた生徒を連れ去るという噂の懲罰小屋から、蒼太郎が消えたという事実を知ることになる第四話「恋の呪い 懲罰小屋」
本作を構成するのはこの全四話――いずれもミステリとしての楽しさもさることながら、というよりそれ以上に、舞台設定とキャラクターの顔ぶれの面白さで、楽しく最後まで読むことができる作品であります。
そしてその中でも特にユニークなのは、言うまでもなく主人公の永人の存在でしょう。学園ものにおいて――特に本作のようなある種の閉鎖空間となっている場において――異物とも言える主人公が転入し、それが学園に大きな波乱を起こすというのは定番ですが、永人はまさにそんな存在なのですから。
いわゆるエスタブリッシュメント層が通う学園において、この時代の浅草に生まれ育った永人はその対極とも言うべき人間。意識的にせよ無意識にせよ、身分を笠に着て尊大に振る舞う連中に対して、知恵と機転と威勢では誰にも負けない永人が真っ正面からぶつかっていく痛快さは、本作ならではのものでしょう。
しかしそんな永人にももちろん大きな屈託があります。彼が(表面上は)迎え入れられた檜垣家、そして彼が新しい生活を送る千手學園で、事ある毎に彼にぶつかり、彼にのしかかる身分の違い、そしてそれを振りかざして他者を見下す者たちの存在――上に述べたように、そんなものには負けまいと闘志を燃やす永人ですが、だからこそその壁の存在は、そしてそれとぶつかった痛みは、彼を悩ませるのであります。
本作は大正という時代を舞台とすることにより、ストーリーにある種の飛躍を許すと同時に、今よりも身分の違いが露骨であった社会の中で必死に戦う少年の姿を描き出す物語であります。
そしてその少年が壁を乗り越えるための武器とも支えとなるのは、「探偵」としての知恵であり、そして「探偵團」の仲間たちであることもまた、本作は描き出します。ある意味それが本作の物語がミステリである必然性である――そう呼べるかもしれません。
キャラクターの面白さとミステリとしての楽しさで魅せつつも、同時に大正という舞台ならではの物語を描いてみせる――果たしてそれが何処に行き着くのか、その先を見届けたくなるシリーズの開幕編であります。
ちなみに本作、第一次世界大戦や東京博覧会から数年後、山縣有朋が存命という描写があることを考えれば、1910年代後半が舞台ということになるでしょうか。少々安心(?)しました。
『千手學園少年探偵團』(金子ユミ 光文社キャラクター文庫) Amazon

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