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2020年2月

2020.02.29

おおぎやなぎちか『オオカミのお札 一 カヨが聞いた声』 少女の願いと、人と神の在り方


 カヨの村で疱瘡が流行し、器量良しで知られた妹のナツまでも倒れた。妹のために裏山の祠に祀られる大神様に詣で、お札を持ち帰ったその晩、大神様が疱瘡神と戦う姿を目撃するカヨ。その翌日、回復したナツだが、カヨにはもう一つ、大神様に願ったことがあった……

 正面から見たオオカミの顔と、オオカミの横顔を描いたお札をあしらった表紙のデザインが強く印象に残る、第42回児童文芸家協会賞受賞の三部作――江戸時代・戦時下・現代と時代を移しながら描かれる『オオカミのお札』の第一部であります。
 その本作の舞台となる江戸時代は、その中でもかなり時代の下った幕末とはいえ、まだまだ暮らしの中に神仏の存在が根を下ろし、そして人々がそれに縋りながら生きてきた時代。そんな中で、人と神の在り方の物語が描かれていくことになります。

 本作の主人公であるカヨは、村の人々が次々と疱瘡に倒れていく中、妹のナツのために裏山の大神、すなわちオオカミ様に祈るのですが――家の中でただ一人、大神様の声としか思えぬ声を聞き、そして大神様が何者かと戦う姿を目撃したカヨ。
 そして彼女が願ったとおり、妹を襲った疱瘡は追い払われたのですが、しかし病魔は置き土産を残していったのです。カヨの密かな、誰にも言えぬ願いの通り……

 幼い頃から器量良しで評判だったナツ。それとは対照的にあか抜けないカヨは、いつも妹の陰で割を食わされ、屈託を抱えてきた――とすれば、カヨのもう一つの願いは想像がつきます。
 しかしいざそれが現実のものとなったとすれば、自分の眼前に突きつけられたとすれば――まだ子供であるカヨの身にどれだけの衝撃を与えるかもまた、想像に難くないでしょう。

 大神様と疱瘡神が戦うところまでは一種の民話めいた物語として感じられた本作。しかしその先、カヨのもう一つの願いが明かされた時、物語はその超自然的な衣を脱ぎ捨て、その下の生々しい人の感情――まぎれもない我々のそれと地続きの現実を突きつけてくるのであります。


 神や超越者に祈ることで願いを叶えるも、そのために大きな代償を支払うことになる。そんなファンタジーは、それこそ枚挙の暇がありません。そして本作もやはりカヨが大神様の神通力の前にその代償を支払うことになるのか、というこちらの予想は、しかし外れることになります。
 あるいはカヨに大神様の天罰が下るのであれば、ある意味すっきりするのかもしれません。それは疱瘡神同様、人知を超えた存在が下す、人間ではどうにもならない審判なのですから。

 しかしカヨに罰を下すのは神ではありません。自責の念という形その罰を下すのは彼女自身であり――だからこそ逃げ場はないのであります。そしてそんな事態を招いたカヨの想いは、それこそ子供じみたつまらないものであって――誰もが似たような経験があるからこそ、より一層恐ろしく、そして身近なものとして感じられるのではないでしょうか。

 そんな恐ろしさを描きながらも、本作はその先を――人の心が生み出した罪と罰に対して、同時に人の心が生み出す赦しと救いを描いてみせます。
 それはあるいは、人を救うのは神ではないという意味に見えてしまうかもしれません。しかし本作は、そこに人の存在に対する神の意味を同時に示してみせるのです。人に力を与えあるいは罰する超越者とは異なる神、人といつまでも共にあり、その支えとなる存在として……

 そしてそんな神の在り方は、やはり人に対して大いなる救いであるのだと――その後のカヨの姿からは感じさせられるのであります。


 もちろん、時代が変われば、本作で描かれたような人と神の在り方、そしてそこから生まれる、人の望ましき生き方の姿もまた変わっていくのでしょう。
 だとすれば――続く2作で語られるものも確かめなければと、そう感じさせられます。


『オオカミのお札 一 カヨが聞いた声』(おおぎやなぎちか くもん出版) Amazon
カヨが聞いた声 (オオカミのお札)

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2020.02.28

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第3巻 「こちら側」と「それ以外」の呪縛が生む悲劇


 古代中国の怪談集『捜神記』を題材に、妖狐・廣天を巡り展開するちょっと――いやだいぶおかしな物語もこれで第3巻。この巻の前半では、第2巻から引き続き、千年前の廣天誕生秘話が描かれることとなりますが、事態は思いもよらぬ方向へ……

 時の皇帝による妖怪狩りから逃れ、炭片となってしまった神木をお供に旅に出た廣天。その目的は、自分の母代わりでありながら、皇帝を陰から動かしていた妖狐・阿紫の真意を探ることだったのですが――その阿紫と自分の母の過去を知るというネズミ・俔と出会い、彼から千年前の物語を聞くことになります。

 春秋戦国時代、とある小国の宮廷で陽という変わり者の娘と出会った阿紫と俔。その面白キャラぶりに陽を気に入る阿紫ですが、実は陽はその国の公(君主)に見初められ、その子――すなわち廣天を生んでいたのであります。
 しかし様々な思惑を秘めて廷臣たちが陽と生まれた子を殺すために兵を派遣し、二人の命は風前の灯と思われたのですが――実は陽の正体は公を守るために招請された伝説の戦士・宋無忌。襲い来る兵を壊滅させた彼女は廣天とともに、首都に向かうことに……

 というわけで、この巻の半分近くを費やして描かれるのは過去編の後半戦。面白呑気な陽と阿紫の宮廷ライフが描かれていたものが、思わぬところで事態は悪化し、凄惨な死闘が繰り広げられたかと思えば、さらに恐るべき魔物が目覚めて――と、ここでは本作には珍しいほどの人死にが描かれることになります。

 前の巻で大量に登場したキャラクターたちがそれぞれの因縁に囚われ退場していく様にはただただ圧倒されるばかりですが、しかしその中でも印象に残るのは、「こちらの世」と「それ以外」の関係性に縛られた者の姿であります。
 この構図は、これまで物語の中で描かれてきた「人」と「それ以外」の関係性と同じに見えるかもしれませんが――しかしここで描かれるのは、同じ人の世界でも「こちら」とそれ以外に切り分け、異物を排除しようとする人の姿なのであります。

 そんな人間のある種の業とすら呼べるものによって生み出されたこの悲劇・惨劇。その有様は、普段が普段だけに、ひどく苦く、やるせなく感じられるのです。


 そして千年前の物語を通じて、廣天は阿紫の真意を知ることになったわけですが――その直後に、廣天(というか炭片)を襲う思わぬ惨劇(描写が描写だけに全くそんな感じがしないのがまたヒドい)。
 炭片を救うべく彷徨う廣天は、以前に出会った鬼を見る力を持つ少年・伯と出会い――と、第2巻で登場した単発ゲストと思われた伯の存在が、ここで思わぬ形でクローズアップされることになります。

 さらに伯が思わぬ人物の関係者であったり、伯自身も相当重いものを――やはりこちら側と向こう側にまつわる――背負っていたりと、一見無関係に思われた人物・エピソード・要素が意外な形で繋がっていくという本作ならではの用意周到な展開がここでも展開するのには驚かされるのですが……

 その一方で、人の寿命にまつわる碁打ちの老人二人や、弟子たちの前から消えた老博士の末路(?)など、『捜神記』で比較的知られたエピソードが散りばめられているのも楽しい。
 特に後者は、誰もがKOされたアイツが、さらにヤバい形で再登場、そりゃあ博士も――と大いに納得の展開(それでいて原典とは正反対の解釈と受け取れるのが心憎い)で、よく知られた怪異譚にたっぷりとギャグを絡めた上で、新しい物語を、新しい解釈を描いてみせる本作の魅力は健在なのです。


 さて、物語は佳境に入ったということか、廣天もいよいよ阿紫と対面することを決めた様子。
 果たして廣天が語る、阿紫の勘違いとは何なのか――本作のことですからおそらく実にしょうもないことだとは思うのですが、それだけにホッとさせてくれる結末が待っていてほしいと、そう期待しているところであります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第3巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon
千年狐 三 ~干宝「捜神記」より~ (MFコミックス フラッパーシリーズ)


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2020.02.27

細川雅巳『逃亡者エリオ』第2巻 新たな逃亡劇、そして史実という大敵登場!?


 中世カスティージャを舞台とした冒険活劇待望の第2巻であります。無実の罪を着せられた少女・ララと地獄の監獄帰りの好漢・エリオの逃避行は思わぬ形で史実と繋がり、もはや戦いは二人だけのものではなく、さらに大きな歴史の一部に……

 騎士の家に生まれ育ちながら殺人の汚名を着せられ、一転犯罪者として処刑を待つばかりとなった少女・ララ。成り行きからそんな彼女を救ったのは、ヘル・ドラード監獄で千人抜きの偉業を達成して自由の身となった青年エリオでありました。
 そしてララの父の友人である騎士・ゴルディの元に向かう途中、彼女が知った真実――それはララが先の国王・アルフォンソ11世と愛妾レオノールの間に生まれた娘であり、彼女の命を狙うのは正妻の子である正義王・ペドロ1世だったことでした。

 そしてゴルディのもとにはララを追ってきた警吏長バルド、暗殺者デボラだけでなく、ペドロ1世の近衛兵が乱入。大混戦の中でエリオとララ、ゴルディだけでなく、バルドとデボラも一緒に逃亡することになります。
 そしてゴルディたちが庇護を求めた先は、ペドロ1世と対立する先王とレオノールの子・トラスタマラ伯エンリケ――すなわちララの兄だったのですが……


 というわけで、「逃亡者」に相応しく(?)一箇所に留まることなく突っ走りまくる物語が展開する本作。この巻に入り新キャラクターが幾人も登場しますが、注目すべきはそのほとんどが歴史上の人物であることでしょう。そしてその最たるものが、このエンリケであります。
 これはある意味ネタバレになってしまいますが、エンリケこそは後にペドロ1世と王位を巡ってフランス・イングランドをも巻き込んだ戦争(第一次カスティージャ継承戦争)を繰り広げたライバルと言うべき人物。その意味ではペドロ1世に並び、本作における実在の人物としては最重要キャラと言えるかもしれません。

 もっとも本作のエンリケは、自分の身長よりも大きな大剣を振り回して敵を胴切りにしてしまう熱血漢という設定で、いかにも本作らしいアレンジがなされているというべきでしょう。
 ちなみに本作、毎週のようにモブキャラの生首が飛んでいたものが、彼が登場してから胴切りもレパートリー(?)に加わることになったのですが――そのエンリケの登場シーンは、本作でも相当のインパクト。必見であります。


 しかし問題は、このエンリケ、さらにはゴルディにバルド、デボラという仲間が加わり、エリオとララの逃避行が孤立無援という印象がなくなったことでしょう。
 特にララの兄であるエンリケは上述のとおり権力者の側に立つ人物であり、その意味ではもうララは逃げる必要がないのでは――とも思うのですが、この巻の後半ではその辺りをうまく解消して、別の意味でエリオたちは「逃亡」するのは巧みなところでしょう。

 もっともそこでもエリオの出番はちょっと少なめ――何しろこの巻のラストでは、エリオがモブ兵退治をしている間にゴルディとデボラが宿命の敵と対決することに――で、その辺りがちょっと不安にならないでもありません。

 もちろんエリオの飄々としたキャラクターは健在で、要所要所で頼もしさを発揮してくれるのですが――さてこの先、史実という大敵に呑み込まれることなく、エリオたちがいかに活躍してくれるのか、ここはお手並み拝見といったところでしょう。


『逃亡者エリオ』第2巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon
逃亡者エリオ(2) (少年チャンピオン・コミックス)


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2020.02.26

ヒューリック『沙蘭の迷路』 辺境の町で名判事を待つ三つの怪事件


 時は唐代、西方の辺境・蘭坊に知事として赴任した狄判事は、町が銭茂なる悪党に牛耳られ、政庁も有名無実化していたことを知る。早速銭茂を退治した狄判事だが、引退した老将軍の密室殺人、何処かへ消えた巡査長の娘の行方、亡くなった元都督の遺産争いと三つの事件に巻き込まれることに……

 ツイ・ハークの『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』の原案としてクレジットされているロバート・ファン・ヒューリックのミステリシリーズの記念すべき第一作であります。

 主人公の狄判事こと狄仁傑は中国唐代の実在の政治家ですが、あの武則天に諫言しても疎まれず、かえって重用されたというのですからその才のほどがうかがわれる人物。
 そしてこの狄仁傑はフィクションの世界では公案小説――日本でいえば大岡政談のような奉行所ものというべきでしょうか――の主人公として活躍しています。

 作者のヒューリックは本職はオランダの外交官(!)ですが、中国の文学や風俗に傾倒し、この狄仁傑を主人公とした公案小説を英訳、さらに自分でも彼を主人公としたミステリを執筆した――というのがこのシリーズの由来ですが、驚くのはその完成度の高さ。
 作中で描かれるキャラクター描写、ストーリー展開、そして描かれる文化風俗など、実に「らしく」違和感がない。あたかも当時の公案小説を現代語訳したかのような――というのは大げさかもしれませんが、外国人が、現代人が書いた違和感というのがないのは、素晴らしいことと感じます。

 さて、そんな本シリーズの基本設定は、各地の知事として派遣された狄判事が、そこで様々な事件――それも単独ではなく複数が絡み合った難事件を解決していくというもの。
 そして狄判事には四人の腹心――狄家に昔から仕える忠僕・洪亮、緑林の豪傑出身の喬泰と馬栄、裏街道に通じた口八丁の陶侃という個性的な面々が仕えており、彼らの協力を受けて狄判事は事件に挑むことになります。

 特にいかにも江湖の豪傑らしい気風の良さで腕っ節自慢、酒と女に目がない馬栄と、冴えない風采ながら。賭博やら詐欺やらの裏稼業に詳しいのを活かす陶侃など、武侠もの好きには実に親しみの持てるキャラクターなのが楽しいところです。


 さて、前置きが長くなりましたが、本作は各地を転任してきた狄判事の四番目の任地での出来事を描く物語であります。

 任地である西方の辺境・蘭坊(架空の都市)にやってきてみれば、いきなり山賊に襲撃されるわ、役所には誰もいないわ――と、そこは絵に描いたような荒んだ町。実は町は数年前から悪党・銭茂に支配されて歴代の知事は見て見ぬふり、中には不審な死を遂げた者もいる有様で、山賊たちも銭茂に苦しめられて町にいられなくなった者たちだったのです。
 もちろん狄判事が銭茂に屈するはずもなく対決を決意するのですが、しかしこちらは判事と四人の腹心、捕らえた山賊たちのみ。襲いかかる銭茂一味をどう迎え撃つのか……

 と、いきなり緊迫の展開ですが、ここで胸のすくような水際立った手腕で狄判事は銭茂一味を退治、たちまちのうちに町の治安を復活させて――とここからが本編。次々と持ち込まれる事件に判事は挑むことになります。
 亡くなった先の都督の長男と、後添いと彼女が生んだ次男の間で持ち上がった遺産相続争いの鍵を握る山水画の謎。
 引退した老将軍が何者かに毒殺され、町を訪れていた彼の政敵の息子が犯人として告発された密室殺人。
 銭茂に目をつけられた後に姿を消した巡査長(冒頭で狄判事を襲った後に改心した元山賊)の長女の行方。

 さらにそれに加えて銭茂の背後にいて彼を操っていた謎の人物の存在、さらに町に迫るウイグルの軍勢と盛りだくさん。それぞれの謎自体も面白い(特にミスリーディングを含む様々な要素が絡み合った密室殺人)のですが、個々の事件にとどまらず、それぞれが有機的に結びつき、さらに事件を複雑怪奇なものとしているのに感心させられます。
 そして原題(と旧訳題)の「中国迷路」――都督の別荘に作られた迷路庭園にまつわる謎も、その謎解きとヒントになるアイテムの存在、そして待ち受けるショッキングな展開と、タイトルとなるだけに本作の様々な要素が凝縮されたような存在として強く印象に残ります。


 さらに、狄判事も推理力・判断力には長けながらも、陰惨な事件の連続と、それに刑を下すことの重みに悩むなど、実に人間臭いキャラクターなのもいい。
 実に全16巻に及ぶシリーズの開幕編として申し分ない作品であることは間違いなく――当然ながら他も読みたくなる作品であります。


『沙蘭の迷路』(ロバート・ファン・ヒューリック ハヤカワ・ポケット・ミステリ) Amazon
沙蘭の迷路 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1823)


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2020.02.25

斉藤洋『天保の虹 白狐魔記』 太平の世に起きた「戦争」と「武士」の姿


 突然現れた雅姫に誘われ、約130年ぶりに江戸を訪れた白狐魔丸。そこで彼が引き合わされたのは陽気な盗人の鼠小僧だった。それから数年後、大坂を訪れた白狐魔丸はそこで意外な人物に再会、さらに雅姫の想い人が生まれ変わって現れたことを知るが、彼は大塩平八郎の門下生だった……

 赤穂浪士の討ち入りを描いた前作『元禄の雪』から実に7年ぶり――その間にクロスオーバーした世界観の『くのいち小桜忍法帖』もありましたが――の新刊になった本作。
 白駒岳に住む白狐――仙人の下で神通力を身につけ、人間にも自由自在に化けられる白狐魔丸の目を通じて、「武士」「戦争」を軸に人間たちの歴史を描いてきたシリーズも、天保時代まで到達しました。

 毎回、様々な歴史上の有名人と知り合い、あるいはその姿を目の当たりにしてきた白狐魔丸ですが、今回彼の前に現れるのは鼠小僧、葛飾北斎、大塩平八郎の三人。
 特に鼠小僧は、毎回自由奔放に物語をひっかき回す雅姫が面白い奴というだけあって、なかなかにユニークな人物として描かれることになります。

 芝居小屋――雅姫は元禄以来(代を替えたふりをしながら)歌舞伎役者になっていたという設定が生きる――の木戸番の息子として生まれながらぐれて道を踏み外し、盗人の世界に踏み込んだ鼠小僧。
 恵まれない人に金をばらまく――などということは全くなく、盗んだ金は飲む打つ買うで使ってしまう色男ですが、しかしそこに暗さはなく、むしろ気持ちのいい人物として描かれているのがユニークなところでしょう。

 しかし本作の面白いのは、ニセ鼠小僧が存在することであります。巷説のように金をばらまいていたのはこちらという設定なのですが、しかしそれを偽善――何しろこのニセ者は女子供に暴力を振るい、金も半分は自分のものにするのですから――として強烈に否定してみせるのが、また本作らしい。
 この二人の鼠小僧が、意外な形で交錯することになるのですが――その伝奇的な仕掛けも実に面白いところであります。

 そしてもう一人、白狐魔丸が江戸で出会うのが北斎なのですが、こちらは出番は少ないものの、やはり強烈な印象を残す人物。ふとしたことで知り合った白狐魔丸を気に入り、絵に描くのですが――それが何と、と実に本作らしい形で北斎という人物の凄みを見せてくれるのも嬉しいところです。


 さて、実は本作は内容的に前半後半に分かれるのですが、前半が江戸を舞台とするのに対して、後半は大坂が舞台となります。

 数年白駒岳で暮らした後、ある出来事をきっかけに飢饉が起きていることを知り、外界の様子を見に旅立った白狐魔丸。大坂を訪れた彼は、思わぬなりゆきから大塩平八郎のことを知るのですが――と、ここでようやく登場するのが、本作における「武士」である大塩。言うまでもなく、町奉行所の辣腕与力であり、陽明学者であり――そして乱を起こして大坂の町を焼いた、あの大塩です。

 このように様々な顔を持つ大塩ですが、本作では狷介であったという側面をクローズアップして、パワハラ気質の偽善者的に描いているのがユニークな点でしょう。
 雅姫はおろか、白狐魔丸の師匠の仙人にも嫌われ、後に白狐魔丸にも容赦ないツッコミを受けるのにはちょっと手厳しすぎるかな、という印象はあるものの、これはこれで実に本作らしい見方であると感じます。

 先に述べたように、本シリーズのテーマは、「武士」と「戦争」であります。大塩の乱は、この点からすると少々違和感を感じないでもなかったのですが――しかし島原の乱以来、ほぼ二百年ぶりに幕府の正規軍とも言うべき旗本が出陣したことを考えれば、やはり「戦争」なのでしょう。
 しかしその「戦争」はわずか半日で終わり、そして首謀者はそこから逃亡し、(言われてみれば)「武士」らしからざる最期を遂げた――やはりそのあり方は異なるとはいえ、これまでの物語とは大きく趣を異にすると感じますが、しかしそれこそが本作の舞台となった天保という時代を映したものと感じます。

 ある意味、これまでの物語以上にその核を掴みにくい本作ですが――やはり『白狐魔記』に相応しい形で人間の歴史を描いた物語と言えるでしょう。


 しかし、本作の随所で示されていたように、新しい時代は目前まで来ています。再び「武士」が激しく長い「戦争」を繰り広げる時代が。
 白狐魔丸の目にはそれがどのように映るのか――本作の結末からすると、彼はそれどころではなくなるかもしれませんが、それを含めて、次の物語も楽しみにしています。


『天保の虹 白狐魔記』(斉藤洋 偕成社) Amazon
天保の虹


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 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 4 春待つ夜の雪舞台』 理不尽との対峙 自分の世界との対峙の先に

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2020.02.24

伊藤悠『面影丸』新装版 甦る名手の初期作品


 様々な姿で諸国に散る帝の忍び・高辻衆。その頂点である九曜の一人でありながら人に使われることを嫌う面影丸は、同じく九曜の埋火に当主が討たれたことから、当主の証である「目録」争奪戦に巻き込まれる。九曜の長・大慈、当主の子・大悲とともに行動する面影丸に追っ手が迫るが……

 『シュトヘル』の伊藤悠の(実質)初連載作品が新装版で復活しました。旧版は2001年の刊行ですから、ほぼ20年ぶりの復活――当然ながら作者の作品でも最初期の作品となります。

 舞台となるのは中世の日本(それも平安末期辺りか)を思わせる世界。遊芸者や山伏といった姿で諸国に散り活動する忍び・高辻衆の覇権を巡る戦いが、本作では描かれます。 本来は高辻衆は帝に仕える忍び。全国の高辻衆の名と指紋、連絡方法が記された「目録」を手にした当主がこれを治めていたのですが、上皇と結んだ高辻衆九曜の一人・埋火が造反したことから、九曜同士の死闘が始まったのであります。

 目録の手掛かりとなるという菩薩面を手に逃れた当主の子・大悲を庇護するのは、九曜の長・大慈であり、その一方、埋火側に付いたのは九曜のうち五人。残る二人のうちの一人、面影丸が本作の主人公なのですが――人に縛られることを嫌う彼にとっては、高辻衆の覇権などは無縁のものであります。
 しかし自由を求めるからこそ、目録からの自分の記録の抹消を条件に大悲側についた面影丸は、菩薩面と大悲の命を狙う刺客たちを迎え撃つことに――というのが本作の基本設定であります。

 先に述べたように本作は忍び同士の戦いの物語――ではあるのですが、しかし忍びという言葉の一般的なイメージ(黒装束とか手裏剣とか)とは異なり、いわゆる道々の輩を主体とする高辻衆のビジュアルはそれぞれに個性的であります。
 特に主人公の面影丸は、片肌脱いだ衣装の上に、鎖で束ねたいくつもの仮面を斜め掛けしているという、なかなかインパクトのあるビジュアル。また大慈も、僧衣の大男ながら白い長髪、そして何よりも猛禽類の足を持つ男として強烈な印象を残します。

 もちろん敵方もそれぞれに秘術を持った者揃い、そんな面々がいわばトーナメントバトルを繰り広げることになりますが――線の多い衣装をまとったもの同士の激突を、端正な、それでいてスピーディーで迫力あるバトルとして描くのは、これはやはりこの時点から作者の筆力は確立されていたということでしょう。


 もっとも、ストーリー展開の方は比較的シンプル――というより一本道で、そのためか、キャラクターたちもそれぞれに背負ったものがありつつも、それがあまり有機的に機能していないように感じられるのは惜しいところであります。
 特にクライマックス、面影丸と埋火が一騎打ちの中で交わす言葉が、ほとんど一方通行に感じられてしまうのですが……(それはそれでらしい、という気がしないでもありませんが)

 しかし物語が進んでいくにつれて、面影丸が身に帯びた面が少しずつ欠けていき、ラストにはそれを全てなくした素の姿で描かれるのは、彼がこの戦いの中で求めていたもの、得られたものを考えれば、何とも象徴的と言えるのではないでしょうか。


 ちなみにこの新装版には、これまで単行本未収録だった読切版前後編を収録。こちらでも面影丸・大慈・大悲のトリオが中心となるものの、三人は旅芸人一座に身をやつし、舞台は室町時代を思わせる風俗と、かなり異なる印象で、パイロット版といったところでしょうか。

 面影丸にも師がいたり、彼なりの執着が描かれたりとなかなか興味深いのですが、何と行っても牛までも巻き込んでの立体的なバトルが見事で、ファンであれば読んでみても損はない作品かと思います。


『面影丸』新装版(伊藤悠 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
面影丸 新装版 (ヤングジャンプコミックス)

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2020.02.23

霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』 甦った町を守る甦った男


 箱館戦争で倒れ、函館山の宇佐伎神社の境内で目覚めた青年・兎月。その前に現れた月読之命と名乗る少年は、彼が十年前に戦死し、神使として甦ったと告げる。かくて神社の用心棒となり、氏子の願いを叶えるため奔走する兎月だが、過去の記憶が甦るにつれ、ある疑念が浮かび上がって……

 毎月かなりの数が刊行されているライト文芸/キャラクターノベルですが、その中にも時代ものはいくつも含まれています。本作もその一つですが、登場するキャラクターといい設定といい、そして何よりもストーリーといい、なかなかに魅力的な作品であります。

 本作の主人公は「兎月」――実はこれは号であり、海藤一条之介という歴とした名前があるのですが、しかし彼の心に心に残っていた名前であります――と名乗る青年武士。
 面白いのは(といってよいかはわかりませんが)この兎月、十年前に行われた箱館戦争の最中に戦死していることで――死ぬ前に兎を助け、うっかり「生まれ変わったら兎になりたい」と思ってしまったために、それを聞き届けた月読之命の力によって、再びこの世に戻ってきたのです。

 この月読之命、言うまでもなくあの三貴子の一柱のツクヨミなのですが――しかしここ函館にいるのは本土から勧請されてきた分霊・ツクヨミ。そのためまだ力は弱く、子供の姿でしか行動できないため、兎月は彼を助けて神社を切り盛りすることになる――というのが本作の基本設定であります。
 何しろ生まれたての神様に、甦ったばかりで大部分の記憶を失っている男と危なっかしいことこの上ないのですが、そんな凸凹コンビが、氏子たちを、函館に住む人々を助けるために奔走することになります。

 そんな本作は全四話構成。やくざ者に嫌がらせを受ける菓子屋の未亡人を助けたり、質の悪い男に騙された女性の金を取り返したり、捨てられていた赤ん坊の親代わりを探して奔走したり――一つ一つの事件自体のスケールはご覧の通り大きくないように見えますが、しかしどれも見た目のままに終わらず、一ひねり加えられているのが楽しいところであります。

 そしてそこに関わってくるキャラクターたちも、最初は悪役だったけれども気の良いやくざの親分、ドルイドの血を引く異国の商会の頭取、ツクヨミとは神同士顔見知りの豊川稲荷と、こちらもなかなか楽しい面々です。
 特に豊川稲荷は、社の数が多いために分霊も数多く存在している――その姿がまた、稲荷ごとに(変化の度合いに応じて)異なっているのも、実にらしくて良い――という設定が面白く、後半のエピソードで思わぬ形で兎月たちを助けるのにも感心させられます。


 このように神様や妖の絡んだ人情ものとして楽しめる本作ですが――しかし最終話において、また異なる顔をみせることになります。

 月のない晩にばかり、函館の人々を無差別に襲う辻斬り。その辻斬りが兼定の刀を手にしていたことから、兎月の顔つきが変わることになります。実は兼定は彼にとっては因縁浅からぬ刀。少しずつ蘇ってきた彼の生前の記憶の中で、兼定は彼にとって忘れられないある男が手にしていた刀だったのですから。
 そんな兼定が悪事に使われているのを見過ごすわけにはいかないと、周囲の助けも借りつつ辻斬りを追いつめた兎月なのですが……

 というわけで、箱館戦争といえば、どうしても連想してしまうあの超有名人の存在がついにクローズアップされるこのエピソード。果たして兎月との関係は、あるいは兼定を振るっているのは本人なのでは、と大いに気になるばかりなのですが、終盤には、こちらの予想を超えるような展開が待ち受けています。
 詳しくは言えないのがもどかしいのですが、なるほどここでこう来るか――と、そのドラマチックな捻りに感心させられたのはもちろんのこと(あの人がズルいくらいに格好良いのも泣かせる)、ここで本作が函館を舞台とする必然性が見えてくるのが心憎いのです。

 その揺籃期から、戦争のみならず幾度もの大火によって傷ついてきた函館の町。しかしそれでも人々はその度に立ち上がっては町を再建し、その生を繋いできました。いわば時代を越えて甦ってきた町であり――そしてその姿は、やはり戦争で命を落とし、そして平和な時代に甦った兎月の姿に重なりあいます。
 そう考えれば、兎月が今この時に甦り、そして函館のいわば守護者となったことにも合点がいくというものではないでしょうか。


 あやかし人情もののスタイルを取りつつ、一つの町の姿を通じて、同様に一人の男の再生――単に死から甦っただけでなく、人間として新たな生に一歩踏み出す姿――を描く。そんな本作の構図に感心させられました。
 本作の時点で綺麗に完結しているのですが――続編があればもちろん読みたい物語であります。


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2020.02.22

三好昌子『狂花一輪 京に消えた絵師』 黒白の濃淡が描く色鮮やかな人と世界


 生まれつき色の認識ができない青年武士・木島龍吾は、ある日先代藩主から、赤子の自分を置いて出奔した父が自分同様の目を持っていたこと、京で絵師となっていたことを聞かされる。贋作事件を起こして行方不明となったという父を探すように命じられた龍吾は、京に向かい、父の弟子たちと会うが……

 デビュー以来、京を舞台としたミステリアスな物語、特に絵画にまつわる物語を多く描いてきた作者が描く本作は、やはり京と絵師(特に後者)を中心に据えた作品です。
 作者の作品においてはもう一つ、人の情の絡み合う様が色濃く描かれているのですが、本作は父と子の情が中心に、人と人と間に生まれる様々な情が描かれる点が特徴と言えるでしょう。

 そんな本作の主人公・龍吾は、福知山藩で右筆を務める青年武士であります。周囲からは寡黙で付き合い難い人間と思われている彼も、想い合って結ばれた妻と仲睦まじく暮らしていたのですが――しかしその妻はいまや気鬱となり、離縁も目前の状況。そしてそんな彼の性格も妻のことも、彼が抱えた秘密に因るものだったのです。
 実は生まれつき色が識別できない――濃淡のみがある白黒の世界で暮らしてきた龍吾。自分を生んだ時に母が身罷り、父・兵庫も姿を消したため叔父夫婦に育てられてきた彼は、その目のことを隠して生きるように教えられてきたのであります。

 そんなある日、先代藩主に呼び出された龍吾は、その目のことを先代が知っていることを知ることになります。そして何よりも父が藩を出奔した後のことも。
 藩を出た後、絵師「浮島狂花」として一時は京で評判になったという兵庫。しかし贋作事件を引き起こし、京を追放された彼の名は人々から忘れられ、その消息も不明だと言うのです。

 絵を通じて兵庫と強く結びついていた先代は、自分の隠居所の襖に極楽浄土の絵を描くと約束していた彼を探し出すように、龍吾に命じるのでした。
 かくて京に向かうことになった龍吾ですが、父は自分にとっては顔も知らない――そればかり赤子の頃に捨てられたも同然の存在。屈託を抱えながら父の跡を辿る彼は、浮島狂花に五人の弟子と、一人の養女がいたことを知ることになります。彼らを訪ねる龍吾ですが、当然ながら皆その口は重く……


 ファンタジー的な要素の多い作者の作品には珍しく、ある要素を除いては、地に足のついた物語が淡々と描かれる本作。しかしそれはもちろん、本作が地味とか退屈ということを意味するものでは全くありません。

 京で龍吾が出会う人々――父の元弟子たちと養女をはじめとする人々は、龍吾同様、それぞれに屈託を抱えた人々であり、そしてそれでもなお、それを胸に抱えて己の人生を生きる人々であります。

 自らの秘密がきっかけで妻との絆を失いかけていた龍吾にとって、彼らとの出会いが、交流がもたらすもの――それはもちろん、姿を消した父の人となりであり、生き様であることは間違いありません。
 龍吾にとっては、そしてもちろん読者にとっても謎の存在である「浮島狂花」。その姿がやがてはっきりと浮かび上がっていく様は、静かではありながら、非常にエキサイティングに感じられます。

 贋作事件の真実も含め、この辺りの展開は一種ミステリめいた面白さがあり、それだこれけでも十分に魅力的なのですが、しかし本作はそれだけに留まりません。
 龍吾の、そして弟子たちの前から突然、何も告げずに姿を消した浮島狂花が、木島兵庫が真に何を考えていたのかが明らかになる時――そこに現れるのは、彼の人となりであると同時に、彼が周囲の人々に向けた眼差しであります。そしてそれが龍吾の、残された人々を変えていくのが、実に胸に迫るのであります。

 さらにそんな兵庫の眼差しが、彼らだけに向けられていただけではないことが分かるとき――そしてそこで龍吾と父の見てきたものが思わぬ形で重なることが明らかになるとき、物語は一気に豊かな色彩を帯びて我々に迫ることになります。
 人間とは、世界とは何なのか――いささか大げさに聞こえるかもしれませんが、それまでも包み込み、描いてみせる本作の深みと広がりには脱帽するほかありません。


 黒白の濃淡だけで表される水墨画が、決して極彩色の絵に劣ることなく、克明に世界を描くように、静かな中に深く、そして暖かさを感じさせる物語を描いてみせた本作。
 人の情と絵画を以て豊かな世界を作り上げる――作者でなければ描けない佳品であります。


『狂花一輪 京に消えた絵師』(三好昌子 宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ) Amazon
狂花一輪 京に消えた絵師 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

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2020.02.21

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第14巻 龍の両翼の戦い始まる


 項羽と劉邦の争い――楚漢戦争も開戦前夜となった『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』。遂に仕えるべき相手を見つけた韓信と、仕えるべき相手を失った張良――龍の両翼が、いよいよその力を見せることになります。

 鴻門の会の窮地を辛うじて逃れ、漢中に引きこもることで項羽の疑いの目を避けることとなった劉邦。その彼に韓信という特大の贈り物を残して去っていった張良ですが――彼をを危険視する范增の策が元で、主君たる韓王成が、項羽の手によって命を落とすという悲劇に見舞われることになります。

 かくて今初めて項羽の敵に回ることとなった張良ですが(と、ここで楚の将・龍且が窮奇に互するほどの戦闘力を持つ強敵として登場するのが楽しい)その一方、漢中では張良が大将軍に任じられることになります。
 といっても、いくら本作では蕭何だけでなく、張良の取りなしがあったとはいえ、やはり今まで一兵卒だった人間をいきなり大将軍に任じてしまうというのは、いかに器の大きい劉邦といっても、さすがに無茶に感じるのですが……

 しかし本作では、その一兵卒だったという!点を踏まえ、張良を兵の心がわかる将――いや、兵の心として彼らを手足の如く操ってみせる将として描くのが、実に見事なアレンジといえるでしょう。今まで全く活躍がなく、さすがに過大評価では――と思っていたのが、終わってみれば、こちらも劉邦軍の他の将のような眼差しになってしまう、そんな見事な初陣の描写に脱帽であります。

 そしてここに范增の心理の裏の裏をかいた奇策を見せる張良が加われば、向かうところ敵なし。かつて項羽相手に善戦した章邯も手玉に取られた末、全く良いところなしに敗れるのは、もはや気の毒としか言いようがありません。
 これまで何となく冴えない風貌だった韓信が、いきなり格好良く見えてしまう(いやまあそのように描いているのですが)のも、我ながら調子の良い話ですが、しかしこの活躍を見れば無理もないことでしょう。張良と並び、まさに龍の両翼というべき英雄の誕生であります。


 さて、史実ではこの辺りは韓信がその国士無双ぶりを発揮した、まさに韓信無双というべき活躍を見せていたわけですが――しかしその隙間を巧みに埋めてみせるのが、本作の本作たる所以であります。そして隙間を埋めるのが誰か、というのは言うまでもないことでしょう。
 韓信を戦闘に劉邦が快進撃を続ける一方で、一端本隊を離れる張良たち。姫信らわずか千名を率いて彼が向かう先は、韓――そう、韓王成から奪い取られ、彼亡き後には項羽配下の将が治めるこの地を再び奪還すべく、張良は動いたのであります。

 如何に奇策をよくする彼であっても、寡兵でもって一国を、それも短期間に奪取するのは難しいのでは――とは、本作の読者であれば決して思わないでしょう。何故ならこの戦いは、韓王成への手向けの戦なのですから。
 冒頭に触れたとおり、張良を羽ばたかせるために、その身を擲った韓王成。その姿は、幾多の勇将豪傑が登場する本作の中でも屈指の散り際であったというほかありませんが――ちなみにこの巻の冒頭、張良の前で号泣する劉邦の姿に思わずもらい涙――それを受けた張良が、生半可な覚悟で動くはずはないのであります。

 そしてその通りに見事な勝利を収める張良ですが――泣かせるのはその勝利をもたらしたのが張良の力だけではないことが示されることでしょう。もちろんそれをまとめた張良の手腕であったとしても、その根底にあるのは故地への想い――どんな平凡な人間の中にもあるその思いであったことが、胸を熱くさせるのです。
 そしてそれをかき立てるきっかけとなったのが、成の存在であったことも。


 この巻のあとがきでも語られているように、ここで韓を再奪還したのが張良なのか姫信(後の韓王信)なのか、史実では若干わかりにくいのですが――その隙間を巧みに埋める、いやその隙間を巧みに活かして胸を熱くさせるドラマを描いてみせる様は、これまで同様、本作の魅力と言うべきでしょう。
 我々が歴史(史実)だけでなく歴史ドラマを愛する理由がここにある――というのは少々大げさに聞こえるかもしれませんが、偽らざる心境であります。

 そしてその両翼と愚の龍が、この先何を見せてくれるのか――史実を知っていても、いやそれだからこそ楽しめる歴史ドラマです。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第14巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(14) (講談社コミックス月刊マガジン)


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2020.02.20

久保田香里『きつねの橋』 少年武士が渡った向こう側


 元服して都で源頼光の郎党となった平貞通。橋で女性に化けて人をからかう狐・葉月を、一度は捕らえたものの放してやった貞通は、葉月とお互いに何事かあった時は助けると約束することになる。やがて都を荒らし回る盗賊・袴垂に、仲間たちとともに挑むことになった貞通だが……

 これまで古代・奈良・平安といった時代を舞台とした児童文学を発表してきた作者の作品は、いずれも個性的で内容豊かなものが並びますが、少年武士と、白狐の不思議な交流理由を描く本作も例外ではありません。

 本作の主人公・貞通は、その名と源頼光の郎党という設定、相模国碓氷出身という出自を見れば、頼光四天王として知られる碓井貞光の前身なのでしょう。
 とはいえ、他の四天王に比べると、比較的逸話の少ない貞通。しかしそれだけに歴史の空白が多い人物であり――こうした人物を主人公に据える時点で、本作の着眼点の巧みさがうかがえます(ちなみに貞通と親友になる季武は卜部季武、そしてもう一人の親友・公友は坂田金時(のモデルの父)でしょうか)。

 さて、そんな貞道ですが、本作での姿は、元服してすぐに都に出て、源頼光の郎党となったという設定。父や兄たちに立派な姿を見せるためにも、何かと血気に逸りがちな、そしてちょっとお堅い性格の少年です。
 そんな彼が出会ったのが、狐の葉月ですが――女性に化けて道行く人を化かすといういかにも化け狐らしい行動の一方で、母と離れて暮らす幼い斎宮を妹のように慈しみ、女官として仕えるというユニークな存在であります。

 そんな生まれも育ちも種族も全く異なりつつも、忠誠心と義理堅さ、そして細やかな情という点では似た者同士の二人が、お互いの欠けた部分――貞通は腕っ節はともかく経験と思慮が足りず、葉月は神通力は持つもののやはり何かと不自由な狐の身――を補いあう姿が、何とも愉快に感じられます。
(愉快といえば、相手が留守の所に勝手に上がり込んで勝手に煮炊きする貞通と季武と公友の三人の姿が、いかにもこれくらいの年齢の若い衆らしくて良いのです)

 そしてそんな二人と仲間たちが、幼い日の藤原道長とともに妖が出るというえんの松原を探検したり、大盗賊・袴垂と丁々発止の対決を繰り広げたりと、様々な冒険が展開されるのも楽しい。作者らしい史実の使い方、ディテールの巧みさもあって、胸躍る活劇として大いにワクワクさせていただきました。


 しかし本作において真に印象に残るのは、終盤で貞通が見せる姿、彼の選択ではないでしょうか。

 物語の終盤、葵祭で賑わう京で、大胆にも斎宮を狙う袴垂を捕らえるべく、腕を撫す頼光の郎党たち。その一方で斎宮は、祭りどころではない切実な事情を抱えることとなります。(さらに葉月自身の身にも危機が……)
 物語を通じて何度も煮え湯を飲まされてきた袴垂は、貞通にとっては憎き宿敵。そして斎宮はすでに述べたように、葉月にとっては主以上の存在であります。お互いを助け合うと約束した二人ではあるものの、ここで二人の望みがすれ違う形になるのですが……

 先に述べたとおり、貞通は相模国から都に上ってきた少年。一族の期待を背負い、武士として立身出世するために、都にやってきたのであり――そもそも彼が葉月と出会うきっかけになったのも、武士としての意気地のためでもありました。
 そんな彼が、武士として振る舞うことを何よりも重んじていた彼が終盤に見せた行動は、彼が武士としてだけではなく人間として生きる道を見いだした――新たな世界へと橋を渡ってみせたということでしょう。

 人間ならざる身ながら、誰よりも人間らしい白い狐と触れ合うことによって。


 もちろんそれは、あくまでも貞通がまだまだ少年であるからこその選択なのでしょう(さらに言ってしまえば、彼がもっと年齢を重ねていれば、葉月との関係性にもまた別の色彩が混じったかもしれません)。
 しかし――少年だからこそ選べる道があります。少年だからこそたどり着ける真実があります。

 本作は個性的なキャラクターと、この時代ならではのユニークな物語を描きつつ、その陰でそんな少年の姿を、成長を描いていると――そう感じます。
 少なくとも本作ラスト――もの悲しさから一転、何とも爽快な行動を見せてくれる貞通の姿が、そんな本作の掉尾を飾るに相応しいものであるのは、これは間違いないことなのですから……


『きつねの橋』(久保田香里 偕成社) Amazon
きつねの橋


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2020.02.19

サックス・ローマー『怪人フー・マンチュー』 その時代が生み出した「敵」の姿


 ビルマから帰国した親友・スミスに促され、突然の冒険に巻き込まれた開業医ピートリー。邪悪な企みを巡らす怪人フー・マンチューの野望を阻むべく奔走する二人だが、敵の奸智の前に次々と苦境に陥る。二人の行く先々に現れる謎の美少女・カラマニは敵か味方か!? そして怪人との対決の行方は……

 1913年に刊行され一世を風靡した(そして現在少なくとも我が国ではほぼ忘れ去られた感もある)冒険サスペンス――欧米で黄禍論が唱えられた時代に、そのある意味具現化とも言うべき怪人を描いた物語であります。

 本作のタイトルロールであるフー・マンチューは、中国からある政治的目的――主人公であるネイランド・スミス曰く白人文明の壊滅――を持ってイギリスに潜入してきた人物。
 長身痩躯でいかり肩、猫を思わせる緑色の瞳と切れ長の目が印象的な(後世にフー・マンチュー髭と呼ばれるどじょう髭は原作には登場しないのが面白い)姿を持ち、その頭脳はまさしく悪魔的――古今の科学知識に通じ、無数の配下と莫大な財力を持つ怪人であります。

 本作はそんなフー・マンチューの野望を阻むため、ビルマ帰りの英国政府高等弁務官(まあ諜報機関員と考えてよいのでしょう)スミスと、その親友で語り手のピートリーが、中国の真意を知る人々――政治家や宗教家、中国通の学者等々――を抹殺せんとする怪人と攻防戦を繰り広げるというスタイルで展開していくこととなります。
 しかしこれが冒頭から終盤まで
スミスがフー・マンチューの狙いを察知するorカラマニに教えられる→ギリギリで犯行を阻むor失敗する→自分たちも危機に陥る→カラマニの助けで難を逃れる
の繰り返しなのには驚かされますが、それでもフー・マンチューの繰り出す様々な暗殺手段の面白さやスピーディーな展開で、それなりに読ませる作品ではあります。

 ちなみにカラマニとは、スミスとピートリー(特に後者)の行く先々に現れる謎の美少女。はっきり言ってしまえばフー・マンチューの配下(本人曰く奴隷)なのですが、何故か冒頭からピートリーにベタ惚れで、ことあるごとに助けてくれる――というより彼女がいなかったら二人は何回死んでいるかわからない状態であります。
 そして彼女もまた東洋人(の血を引いているキャラ)であるのですが、髪はブロンドで肌は白というのが、まあ何というか……


 何はともあれ、色々な意味で通俗的なエンターテインメントである本作ですが、それが一世を風靡したのは、フー・マンチューの存在によるものであることは間違いありません。
 直接的な暴力を用いず、奇怪な科学技術(特に生物・化学兵器に類するものを使うのが彼の特徴であります)を用いて「スマート」に悪事を行う神出鬼没の怪人――という造形の面白さはもちろんですが、しかしやはり彼が東洋、それも中国からやって来たというその点が、そのキャラクター性を決定づけているのですから。

 冒頭に軽く触れましたが、本作の発表当時は、黄禍論が欧米で叫ばれた――言い換えれば、それが社会に受け容れられる土壌があった時代。そんな中で現れたフー・マンチューは、空想上の存在ではない、現実に存在する(と一部の人々が信じてしまうような)「新たな敵」の姿を提示してみせた、いや提示してしまった点にこそあるのでしょう。

 もちろんそこには作者の達者な筆(数少ない邦訳作品である『骨董屋探偵の事件簿』『魔女王の血脈』は、いずれもオリエンタリズムを巧みに取り込みつつ、素直に楽しめる作品でありました)があるのですが、やはり本作の10年ほど前に起きた義和団事件が大きいと言えます。
 中国の、それも一種の民間信仰が欧米諸国に対して牙を剥いたこの事件が、当時与えた衝撃は想像に難くありませんが――それが本作の遠景になっていることは間違いないのですから(その証拠にと言うべきか、作中でフー・マンチューに狙われる人物の一人として、北京籠城の生き残りも登場します)。その意味からすれば、その時代ならではの視点を踏まえた、その視点に縛られた本作も、一種の「時代もの」であった――そう感じます。

 その設定のみならず、今読んでみれば眉をひそめざるを得ないような差別的な表現(これも今の目で見れば、ちょっと気をつければ容易に避けられるようなものなのですが)もも多く、好事家以外には敢えて薦め難い作品ではありますが……


 ちなみにフー・マンチュー、現在では本人が表に出てくることはありませんが、今でもアメコミで活躍している大物東洋人ヴィランの多くに影響を与えていることは間違いところで、やはりその存在の大きさが窺われるところです――というのは蛇足であります。


『怪人フー・マンチュー』(サックス・ローマー ハヤカワ・ポケット・ミステリ) Amazon
怪人フー・マンチュー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)


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2020.02.18

『無限の住人-IMMORTAL-』 十九幕「鏖 みなごろし」

 常陸に向かい江戸を離れた逸刀流一門。天津からそれを聞かされた凜は彼らを追って万次とともに江戸を離れ、さらに六鬼団、偽一と百琳も続く。しかしその隙に天津と凶たちはわずか四人で江戸城大手門に現れ、正面から城内に突入、警備の侍たちを斬って斬って斬りまくる。果たしてその目的とは……

 最終章も2話目に入り、いよいよ本来の物語が動き始めたというべきか――前半に各勢力の道中双六のスタートが、そして後半に天津たちの江戸城突入が描かれ、一気に盛り上がる今回
 冒頭、町で偶然天津と出会った凜が、あの風体でその辺を歩き回ってる六鬼団(鬼面の雑兵はもちろんのこと、中国感溢れる弩馬心兵のビジュアルも相当のもの)から彼を匿う――という、物語的にも作画的にも相当雑な展開から始まるのには不安になりましたが、しかし各勢力がそれぞれの思惑を秘めて動き出す姿には、やはり胸躍るものがあります。

 まず、以前一緒に加賀に行ってから「逸刀流のことが一番わかっているのは私」と言わんばかりのノリの凜は、天津から逸刀流のこの先を見届けてほしいと言われてすっかりその気になり、万次とともに出発するわけですが――今のところ戦う相手もおらず、万次はダラケまくり。
 一方その逸刀流はといえば、阿葉山と果心居士の老人コンビが、それと正反対の逸刀流新規参入組の若いのたちを引率して一足先に常陸へ。見るからにすぐ死にそうなイキった発言の若侍たちに憤りを隠せない阿葉山ですが、しかしそれも逸刀流のため、それを受け継ぐ若い芽のため――という隠しきれないツンデレぶりに、若い衆も感涙であります。

 そして六鬼団の方は、本隊ではなくまずは忍びの目黒とたんぽぽが、潜入先の宗理先生に泣く泣く別れを告げて先行――と、ここでの目黒の思いこみの強さといい、隠密では先輩である宗理に完璧に正体バレていたことといい、最終章では数少ないコミカルな展開が楽しい。(初代万次とは思えぬ)宗理役の関智一の力を抜いた演技も愉快であります。
 さらにあんなの(吐鉤群)でも恩人と考える義理堅い偽一は、ただ一人助っ人として後を追おうとして、百琳には生活費を置いて残していこうとするという相変わらずの思いこみの強さを発揮。当然百琳にはハゲ呼ばわりで怒られ、彼女も同行することになります。

 そんなわけで揃い踏みの各勢力ですが、今回はそれぞれの旅立ちがメインで、目黒とたんぽぽが英の配下の女忍衆「懸巣」に襲われて傷を負ったところを、これまた偶然通りかかった凜と万次が助けるという展開はあるものの、本格的なバトルはなし。むしろここでは、前非を悔いて旅立った歩蘭人が二話ぶりに(早いな!)登場してたんぽぽの治療に当たるのが、最終章らしいオールスター感を感じさせます。
 しかし歩蘭人、万次の不死には意思が感じられる! と説得力があるようなないようなことを言っていますが、人間がカワウソに見えるような奴の言うことだからなあ……


 しかし後半ではうって変わって剣戟の連続――逸刀流は全て江戸から離れたと見せかけて、こともあろうに江戸城に突入した天津・凶・馬絽祐実・怖畔がたった四人で大暴れ。太平の世に腑抜けた侍たちをバッサバッサと斬りまくり、まさしく屍山血河というしかない状態を作り出すことになります。
 冷静に考えると人斬りシーンが少なかった天津も楽しそうにその鈍器みたいな刀で相手をぶっ倒し、凶と馬絽も特異な得物で大暴れ。弓矢には怖畔が射手のところに飛び込んできた目にも留まらぬ早業(ずるい)で叩き斬って――大番組頭と小姓組頭も出オチ状態で一刀両断(にしても大番組頭の雲霧仁左衛門、やっぱりそのままの名前で出てくるのだなあ……)、新番組頭の英を捕らえて、衆目の前で辱めを与えるのですが……

 しかしこの大暴れの理由というのが、幕府のための牙となるつもりが、裏切られたので幕府にとっての毒になります。一度毒に犯されたら次はきっと強くなるよ――という勝手かつはた迷惑な理屈だったのは、それはそれで天津らしいと言うべきでしょうか。もちろん先に手を出してきたのは幕府の方ですが、何はともあれここまでやってのければ、それはそれで痛快と言うべきかもしれません。

 とはいえ、英を人質にして城外まで逃れたものの、幕府がこれをただで済ませるはずはありませんが――いよいよ次回から各勢力の激突が開始されるのでしょう。素直に楽しみであります。


 しかし怖畔のアクション、これで終わりか――ロイハーロイハーは見れなかった。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 無限の住人

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2020.02.17

「コミック乱ツインズ」2020年3月号


 雑誌では当たり前とはいえ、一足早く3月号というのを見るとちょっとドキリとさせられる「コミック乱ツインズ」3月号。表紙も一足早い桜色を背景に『鬼役』が飾っています。巻頭カラーの『勘定吟味役異聞』ともども、春ののどかさとは無縁――というのはさておき、今回も印象に残った作品を紹介します。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで巻頭を飾った本作は、今回から後半戦の第5章「地の業火」に突入。といってもまだ冒頭のためか、いきなり聡四郎が資格に手裏剣を投げつけられた以外はほぼアクションなし。紅さんの出番もなし。
 その一方で、御三家筆頭の尾張家では、前章で散々バカ殿ぶりを見せた藩主・吉通がいきなり毒殺され、お家の内部も血で血を洗う状態に――と、凄惨な状況が描かれます。

 聡四郎はその話を新井白石から聞かされるのですが、吉通を八代将軍に考えていたことを仄めかし、将軍本人の命よりも、将軍の権威こそを重視すべきと語る白石。この辺り、上田作品ではお馴染みの、というよりいつの世も変わらぬ役人の思考という感じですが、前章辺りから見えてきた白石の限界がついに露わになったと言えなくもありません。
 だとすれば聡四郎の方も色々と困ったことになるわけですが、さて……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 父を斃した謎の刺客の剣の正体もわからず、今のままでは勝てないという怯えと焦燥感を抱えたまま朝からずっと刀を振っていた佐内。道場の床には無数の巻き藁が転がりますが、巻き藁もタダではないだろうに、幾らくらいするのかなあ――と思いきや、きっちりツッコんでくれるおしまさんが素敵です。

 さて、そんなところにやって来た剣客狸おじさん・根岸によって連れ出される佐内。根岸によれば、同業で獰猛な犬を使う男がいるとのことで、その犬をけしかけてターゲットの太刀筋を見ようというのであります。そして登場した新キャラ・瓢三は、裏稼業の人間に相応しい昏く荒んだ目つきの男。そして瓢三を連れ三人で、最初のターゲット・鳥居を待ち受ける佐内たちですが――ここで血気に逸る犬を見て、自分たち剣客も犬と同じだ、と自嘲するのが今回のハイライトであり、そしてタイトルの意味を語ったものなのでしょう。
 たとえ敵わない相手でも、相手に怯えを抱いていても、目の前に立ちふさがる相手には牙を剥き出さずにはいられない――そんな猛々しくも虚しい存在である自分たちのことを語る佐内の瞳もまたどこまでも昏く、おしまと話している時の明るい瞳とは(さらに言えば相変わらず長い睫毛とも)裏腹の、この彼の目には大いに惹きつけられるものがあります。セクハラ的な意味ではなく。

 そしてラスト、犬をけしかけられてついに鳥居が刀を抜くのですが――この迫力も素晴らしい場面でもって次回に続きます。


『はんなり半次郎』(漫画:叶精作/原作:篁千夏)
 貸元の依頼で、寺で開かれた賭場の壷振りを務めた半次郎(しかし何でもやるな……)。ところがこの貸元が何者かに殺され、溜め込んでいたはずの銭も行方不明に――という事件が発生。かくて半次郎は空の千両箱三つに残された数枚の花札を頼りに、銭の隠し場所と下手人を推理することに……

 というわけで一種の暗号ミステリ的な展開を見せる今回。それぞれの千両箱に、こいこいの役を作って入っていた花札から京の名所を推理していく様は、現代の花札の知識ではわからないような謎掛けもあったりして、なかなかに楽しめるところであります。もっとも謎解きには(特に下手人探しには)ちょっと首を傾げるところもありましたが。
 ラストは半次郎の大立ち回りもあり、思わぬオチも合わせて、なかなか楽しいエピソードでした(何より余計なエロがないのが――というより、刃物を妙なところに隠して大丈夫なのか心配に)


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 全ての決着をつけるために、白刃を手に対決することとなった政宗と小次郎。景綱ら重臣たちは決闘の場に立ち入らず、外で待つのみ――と、この緊迫した状況下で、待っている面々を使って遊んでみせるのはさすがとしか言いようがありませんが、しかし決着がついた後の展開は、本作がギャグのみの作品ではないことをきっちりと示してみせます。
 特に、先に出てきた小次郎に背を向けた肩を掴まれながらの景綱の台詞は、その画も相まって本作屈指の名シーン。そしてさすがに政宗共々重い重い気持ちになったところで、ラストの一コマで泣かせてくるのも心憎いところであります。


「コミック乱ツインズ」2020年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2020年3月号[雑誌]


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2020.02.16

皆川亮二『海王ダンテ』第9巻 驚異の乱入者!? エジプト編完結!


 若き日のネルソン(=ダンテ)が、超古代文明の遺産を巡ってナポレオン(ナポリオ)と世界を股にかけた冒険を繰り広げる――という枠では括れなくなってきた本作、長きに渡って展開してきたエジプト編もいよいよ完結。各人各勢力入り乱れたバトルには、意外すぎる乱入者も登場して――!?

 ナポリオを追ってエジプトに向かった末、共に地底世界「冥界」に引きずり込まれることとなったダンテたち。そこで管理者の人造人間・セトに歓待される一行ですが――しかしセトの狙いはダンテの魔導器でありました。
 ナポリオの持つ「構成」の書によって超古代に造り出されたものの、既に限界が近づき、マグマ溜まりに沈もうとしていた冥界。魔導器の無尽蔵のパワーを用いてこの都市を救おうとするセトですが――そこにナポリオが、そしてダンテたちの運命を密かに操っていた不死人コロンバスらが乱入したことにより、混乱はいよいよ大きくなります。

 乱戦の末、冥界を埋め尽くす怪物の群れから逃れるために宝物庫に逃げ込んだ人々を待つのは、セトによって配置された迷宮と罠の数々。魔導器を取り返すため、冥界から脱出するため、そして魔剣フラガラッハに倒れたパトリックを救うため、ナポリオと手を組んで先を急ぐダンテですが……


 というわけで、バトルまたバトルだったここ数巻の展開を引き継ぎ、この巻もまた超絶バトルの連続である本作。メインだけで10人近いキャラクターたちが、三つ巴・四つ巴になって大混戦を繰り広げてきましたが、宝物庫の迷宮もゴールに近づき一時休戦した末に、目の前の障害を乗り越えるべく最後の戦いを繰り広げる様は、個性の塊のようなキャラクター揃いなだけに、まさに圧巻であります。

 ダンテとナポリオのほかに、超武闘派少女考古学者のカーター、相変わらずアクションの派手なオルカと彼とは因縁浅からぬ中だった黒ひげティーチ、地底世界でもその動物使いは健在のアルビダ、皆川作品名物の実は滅茶苦茶重い過去を背負った美形のジョゼ、そして名前が同じだけかと思えば本当に新大陸を発見したあの人物だったコロンバス……
 これまで積み上げてきた物語を彩ってきたキャラクターたちが、その持てる力を振り絞って戦う様は、ある意味本作の総決算と言えるでしょう。

 そしてそこに、ビジュアルといい戦闘能力といい、もはやオーバーテクノロジーどころではない存在となったセトが襲いかかる――と思いきや、その前に立ち塞がった影一つ。
 彼を生み出した存在が、ここに来てまさかの参戦を遂げるのですが、その姿は――いやいやいや、これはズルい、反則としかいいようがない。

 これはこの巻最大のサプライズのため、その姿については伏せさせていただきますが(こちらの作者のツイートを見れば瞭然ではありますが)、そのビジュアルインパクトもさることながら、そこから繰り出すアクションは、さすがは作者ならではとしか言い様のない凄まじいキレなのがたまらない。
 正直なところ、あからさまにウケを狙ってきたようでちょっと複雑ではありますが、ギャグにしか見えないものを超画力で成立させてしまうのは、これも作者の作品ならではの魅力であることは間違いありません。『D-LIVE!!』での武装したベンに並ぶ、新たな伝説の誕生を目撃させていただきました。


 と、そんな面白展開に目を奪われる一方で展開するのはダンテの――いやドゥランテのドラマ。ドゥランテとは魔導器を操る力を持つ種族という事実が以前語られましたが、その遙かな祖先(?)として、あのモーゼが回想シーンで登場。
 なるほど、エジプトといえば――ですが、この風呂敷の広げぶりもまた痛快ですらあります(しかしエジプト産なのにフラガラッハというのだけはいただけない)。

 そして最後の最後まで勢いの衰えぬまま、いくつかの謎を残してエジプト編は完結することになりますが――ラストに予告される次にダンテが向かうべき場所、おそらくは次の舞台には驚かされます。
 言われてみれば超古代文明の本場(?)でありながら、しかし本作でお目にかかれるとは思ってもみなかったかの地。そこで何が待っているのか――この巻の興奮も冷めやらぬところではありますが、早くも新展開が楽しみになるのであります。


『海王ダンテ』第9巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
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2020.02.15

鬼頭えん『地獄の釜の蓋を開けろ マビノギオン偽典』


 処刑された娼婦イーニッドを埋葬したためにリンチを受けた墓掘り人の少年・グウィン。しかし彼の血が流された時、そこから「再生の大釜」を自称する少女・アイラが現れる。アイラの力でイーニッドを復活させるグウィンだが、その力を求める者、力に溺れる者たちの思惑により、事態は思わぬ方向へ……

 12世紀末のイングランドを舞台に、伝説の再生の大釜を巡る人々の様々な思惑が入り乱れる奇譚――悍ましく、苦く、もの悲しく、しかしそれだけで終わらない漫画であります。
 副題となっている「マビノギオン」とは、ウェールズの神話・伝説を集めた物語集。そして再生の大釜は、いわゆるマビノギ四枝と言われる説話の一つに登場する、死者を甦らせるマジックアイテムであり――本作はこれを中心として展開していくことになります。

 本作の舞台となるのはイングランドの片田舎・アーチャーフィールドの町。そこで墓掘り人として暮らす少年グウィンは、死穢を背負うと忌み嫌われる墓掘り人である上、異教徒の子ということで町の人々からは激しい差別を受ける存在であります。
 しかし自らの稼業に高い矜持を持つ彼は、客を殺して処刑され、亡骸は晒し者となった娼婦のイーニッドを埋葬するのですが――それをきっかけに、再生の大釜を自称する少女・アイラが彼の前に現れることになります。

 自分を王子様と呼んでまとわりつく無邪気な、そして幼いアイラの言動に戸惑うグウィンですが、しかし自分の傷を治したアイラに本物の再生の力があることを知った彼は、イーニッドの再生をアイラに願うのでした。
 その願いは通じ、死が嘘であったかのように平然と生き返ったイーニッド。その「奇跡」によって、聖女と呼ばれるようになった彼女を支えるため、グウィンはアイラの力で密かに周囲の人々を癒していくのですが……

 しかしアイラの力の真実を知ってしまったイーニッドが暴走、さらにグウィンはじめ異教徒を敵視する町の破落戸ドブソンが、グウィンを何かと気にかける領主の一族出身の修道士ユージーン、そして何故か再生の大釜の存在を知る副院長ウィリアムが、それぞれの思惑を持って動き出すことになります。
 かつてグウィンだけが唯一生き残ったユダヤ人虐殺事件とは、その現場となった領主の屋敷に一人住む女は何を知るのか。そしてアイラは、再生の大釜とは何者なのか、そしてグウィンと大釜の関係とは……


 偏ったイメージを持つことは慎むべきですが、しかしどうしても暗黒時代という印象が強い中世ヨーロッパ。そして本作はその印象を裏付けるかのように、中世の、いや人間社会の暗部というものを、これでもかとばかりに剔抉してみせることになります。
 差別、暴力、姦淫、裏切り、殺人――弱者であっても容赦なく、いや弱者こそ激しくその闇に晒される様の連続には、胸が重く鬱がれるものがあります。

 そもそもグウィンからして上で述べたような激しい差別を受ける存在であり――それでも逞しく生きるバイタリティを持っているものの、ユダヤ人たちが町の人々によって焼き殺される時に自分も焼かれかけ、ただ一人生き残ったという大きすぎるトラウマまで描かれては、さすがに言葉を失います。
 しかしそんな人々がいるからこそ、再生の大釜の力が、大きな輝きを――ただし昏い光でもって――放つことになります。人が容易く傷つき、命を奪われる世界にあって、如何なる傷も――死すらも癒してしまう力があるとすれば。そしてそれを自分が手に出来たら。

 グウィンとならぶ被差別者であるイーニッドがこの力によって復活し、あまつさえ聖女と呼ばれてしまう――この途方もない皮肉を何と評すべきか。そしてその力を手にした者の暴走を、否定することはできるのか――闇が大きいからこそはそこから抜け出そうとする人々の姿は、一層強く印象に残るのです。
 そしてある意味最大の闇ともいうべき再生の大釜の正体もまた。

 しかし本作は圧倒的な負の世界を描きながらも、それだけで終わらない――終わろうとしない、小さな人々の営みをも同時に描き出します。それは本当にちっぽけなあがきかもしれない。それでも――大釜の真の姿を前にグウィンが取った行動、そしてそんな彼に触れた人々の姿を見れば、そんな小さな輝きを信じたくなるのであります。それが「次」であったとしても……


 正直なところ、元々特異な題材の上に、第1巻の時点では物語の方向性が全くわからないこともあり、人を選ぶ作品ではあります。しかしそれだからこそ、物語が進むにつれて、あたかも散らばった破片が集まり、穴を塞いでいくかのように物語の全体像が浮かび上がる様は、得難いものがあると感じます。

 全3巻、ぜひ一気に読んでいただきたい物語であります。


『地獄の釜の蓋を開けろ マビノギオン偽典』(鬼頭えん 角川コミックス・エース全3巻) 第1巻 / 第2巻 / 第3巻
地獄の釜の蓋を開けろ~マビノギオン偽典~(1) (角川コミックス・エース)地獄の釜の蓋を開けろ~マビノギオン偽典~(2) (角川コミックス・エース)地獄の釜の蓋を開けろ~マビノギオン偽典~(3) (角川コミックス・エース)

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2020.02.14

モーリス・ルブラン『綱渡りのドロテ』 痛快な冒険譚が描くヒロインの魂の輝き


 四人の子供たちと旅を続けるサーカスの座長・ドロテが訪れたロボレー城。そこに集う人々が、殺された彼女の父と共に莫大な財宝を探していたことを知ったドロテは、In robore fortunaなる言葉に秘められた宝の謎解きに挑むことになる。宝を狙う悪漢との死闘の末、ドロテが最後に手にしたものは……

 怪盗紳士ルパンシリーズの姉妹編とも言うべき作品であり、そしてルパンに負けないほど魅力的なヒロインが大活躍を繰り広げる、「痛快」という言葉が形となったような物語――それが本作であります。
 まず姉妹編ということの意味を申し上げれば、本作はルパン本人は登場しないものの、『カリオストロ伯爵夫人』で語られたカリオストロ四つの謎の一つが題材となって展開する物語であります(残り三つは、同作と『奇巌城』『三十棺桶島』)。

 言ってみれば本作はルパン・ユニバースに属する物語であり――それ故、日本のルパン全集には別巻という形で(あるいはルパンが登場する形で改変されて)収録されていたものであります。

 しかしそこでのタイトルは『女探偵』『女探偵ドロテ』と「探偵」が強調されていたのですが――確かに本作の探偵役はドロテであるにせよ、しかしやはりこの肩書きは一面的に過ぎるとしか言いようがありません。
 何しろこのドロテは、様々な顔を持つキャラクターなのであります。放浪のサーカスの女団長にして花形スター、四人の戦災孤児の母親、そしてもちろん上に述べたとおり秘宝探しとそれにまつわる怪事件の探偵、さらには貴族のプリンセス……

 こうして見ると、ある種女性の理想像を集めてきたようなキャラクターですが、それがお仕着せの、あるいは書き割りの優等生に決してとどまらないものとなっているのは、その根本にあるのが、たゆまぬ冒険心と自由闊達さであるためでしょう。
 何しろ彼女は、サーカスを率いる女座長兼花形だけあって、立て板に水とばかりに飛び出す言葉を支えるのは頭の回転の速さであり、もちろん身のこなしの方も超一流。悪漢を向こうに回しても一歩も引かぬ駆け引きを見せる度胸の持ち主でもあります。

 それでいて直接的な腕力(暴力)という点では屈強な男には敵わない、というアクセントも物語として巧みな点ですが――いずれにせよ「快男児」という言葉がある意味片手落ちであることは、彼女の存在が証明していると、そんな印象すら受けるのであります。
 ルブランだからして(?)ひどく生々しかったり、怪奇趣味だったりする物語が展開することになるのですが、それが決してどぎつくはなく、爽快感すら感じさせるのは、ひとえに彼女のキャラクターによるものでしょう。


 さて、そんな彼女が挑むのは、彼女の父、いや先祖の代から伝わるIn robore fortunaなる言葉に秘められた謎。彼女の父はその言葉が刻まれた黄金のメダルを持っていたものの、何者かに殺されてそれを奪われ――という因縁があるのですが、その因縁に導かれるように、彼女は様々な冒険を潜り抜け、そして様々な男性に巡り会うことになります。
(が、それがロマンスにまで発展しないのは、彼女の大活躍ぶり――というより本作の男性陣は基本的にだらしない――によります)

 その果てにたどり着くのが、遙か200年前、死からの再生の夢に取り憑かれ、秘薬を服用してこの世を去ったさる侯爵の存在というのがまたルブランらしい伝奇/怪奇風味でありますが、何とその侯爵までもが出現して――という外連味も実に楽しく、ミステリとしてはプリミティブな部分もあるものの、ドロテの波瀾万丈な冒険を最後まで楽しむことができました。


 しかし――本作の、ドロテの真の魅力は、その最後にあると言えます。その詳細はさすがに述べられませんが、全ての謎が解かれ、冒険を終えた後の彼女の選択――その見事さ、痛快さ、そして暖かさに心を動かさない読者はいないのではないでしょうか。
 そこにあるのは、ドロテをドロテたらしめているもの、In robore fortunaという言葉の意味――「宝は魂の堅固さにあり」にまさしく相応しい、魂の輝きなのですから。

 彼女の活躍が本作限りというのは実に残念ですが――と考えるのは誰もが同じらしく、瀬名秀明が『大空のドロテ』という大作を発表していますが――この結末もまた実に彼女らしいと、そう笑顔で感じることが出来る快作なのであります、


『綱渡りのドロテ』(モーリス・ルブラン 創元推理文庫) Amazon
綱渡りのドロテ (創元推理文庫)


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2020.02.13

朝松健『真田妖戦記 1 「燦星秘伝」編』 王道を行く、そして奇怪な秘巻争奪戦

 慶長18年、豊臣と徳川両家の命運を決する「燦星秘伝」を求めて大久保長安の館を訪れた猿飛佐助。しかしそこに現れた柳生の姫・佐久夜により、在処を示す茶入の片方が奪われてしまう。さらに林羅山一派も加わって始まる三つ巴の争奪戦。果たして秘伝に記された大秘事とは、そして長安の正体とは……

 時代(伝奇)ものでは一二を争う人気の猿飛佐助と真田十勇士。そもそも時代(伝奇)ものの源流の一つというべき立川文庫は彼らから始まったのですからそれは当然と言うべきかもしれませんが――その彼らを扱った作品数多ある中で、私がこよなく愛する作品の一つが、本作に始まる三部作です。
 本作は『真田三妖伝』のタイトルで刊行され、『忍・真田幻妖伝』『闘・真田神妖伝』と三部作を構成していたもの。それが電子書籍化に当たって『真田妖戦記』とシリーズタイトルが設定されたものであります(さらにその源流には、未完に終わった『妖戦十勇士』シリーズがあって――というのはさておき)

 さて、慶長18年(1613)から20年を舞台とする本作ですが、しかし物語の発端は関ヶ原の戦の直後から――戦に敗れて捕らえられた石田三成の姿が描かれることになります。敗れてなお泰然自若としてた三成ですが、しかしその前に現れた大久保長安から、「星辰影向」なる秘儀の存在を知ったこと、そしてそれを燦星秘伝に記したと聞かされた途端、狂ったように取り乱し――と何とも気になる場面を序章に、物語は始まるのです。
 そう、この物語の中心となるのはこの燦星秘伝――徳川・豊臣両家の存亡に関わる大秘を記し、莫大な黄金の在処を記し、この世のものならざる技術を記すという謎の秘巻。その秘巻を求めての争奪戦が、全編で繰り広げられることとなります。

 巻物争奪戦といえば、伝奇ものでは王道とも定番中の定番とも言うべきものです。
 さらにその争奪戦に加わるのが、猿飛佐助・霧隠才蔵をはじめとする真田十勇士、柳生宗矩の秘蔵っ子である柳生佐久夜を筆頭とする南光坊天海と柳生・服部連合軍、そして林羅山と大久保彦左衛門そして謎の美剣士・京極内匠を中心とした本多佐渡一派と、豊臣・徳川入り乱れての三つ巴の大乱戦となるのですから、面白くない訳がないではありませんか。


 しかし本作はそんな時代伝奇小説の王道を往きつつも、しかし決して一筋縄ではいかない、起伏に富んだ――というよりもむしろ奇怪な(そしてそれでいて作者らしい端正な)物語世界を展開してみせるのであります。

 その一端は、登場人物たちの人物造形にも見て取ることができます。例えば本作の主人公・猿飛佐助は、甲賀忍法の達人であり心優しい好青年、その相棒である霧隠才蔵は、不敵な伊賀忍法の達人――というのはある意味定番の造形であります。
 しかし本作の佐助は忍法のみならずプレ新陰流ともいうべき新陰流猿飛の法の使い手、そして才蔵は口の減らない超美形で自信過剰の女好きと、どちらも一ひねりも二ひねりも加わったキャラクターなのです。

 そして何とこの二人、物語冒頭で燦星秘伝の手がかりを求めて訪れた大久保長安館で、待ち受けていた幕府側の忍びたちと死闘を繰り広げた末に、壮絶な最期を遂げてしまうことに――! と、もちろんこれには種も仕掛けもあるのですが、このような我々にとってはお馴染みの、しかし余所では決して見ることができないキャラクターと物語が本作ではこれでもかと用意されているのです。

 そしてその最たるものが、大久保長安の存在でしょう。大久保長安といえば、能楽師という出自にもかかわらず、武田信玄、そして徳川家康に重用され、特に徳川家では金庫番とも言うべき立場にあった人物であります。
 その権勢は絶大なものがありながら、しかし死後に驚くべき謀反の証が次々と見つかり、一族断絶となったこともあり、時代伝奇ものでは怪人・妖人的扱いをされることのある人物ですが――しかし本作ほど奇怪な長安は他にはないでしょう。

 何しろ冒頭で登場した長安は、この怪人とはほど遠いごく普通の老人。しかし彼の手元にあったのは、大久保長安から大久保長安に宛てた手紙――この不可解な手紙は何を意味するのか? 仮にもう一人の長安がいるとすれば、それは何者でどこにいるのか? そして何よりも、彼は何を目論んでいるのか?
 その謎はあまりに意外な形で明かされ、そして物語を大きく動かしていくことになるのであります。


 怪人の遺した秘巻を巡る三つ巴の争い――それはひとまず本作で決着しますが、しかし物語はまだまだ序章に過ぎません。燦星秘伝に記された、正・反・合の三つの星が導く物語の向かう先は――またいずれご紹介しましょう。


『真田妖戦記 1 「燦星秘伝」編』(朝松健 アドレナライズ) Amazon
真田妖戦記(1) 「燦星秘伝」編

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2020.02.12

妖異の大年表 更新

 古代から太平洋戦争期までの、ある年に起きた史実上の日本・世界の出来事と、小説・漫画等の伝奇時代劇その他フィクションの中の出来事、人物の生没年をまとめた虚実織り交ぜ年表「妖異の大年表」(名称変更)を更新いたしました。

 今回の更新で追加した作品名は以下の通りです(登場順)。
『元年春之祭』『三国志博奕伝』『トランスフォーマー/最後の騎士王』『ヒョウ人』『少林寺』『天邪鬼な皇子と唐の黒猫』『童の神』『グレートウォール』『不死鬼 源平妖乱』『さよ 十二歳の刺客』『アサシンクリード』『地獄の釜の蓋を開けろ』『ゴジラ レイジ・アクロス・タイム』『逃亡者エリオ』『海帝』『戦国十二刻 始まりのとき』『アサシンクリードⅡ』『神遊の城』『炯眼に候』『しょったれ半蔵』『大友の聖将』『雑賀のいくさ姫』『天下一蹴』『嶽神伝 風花』『ドラキュラ伝説Ⅱ』『鬼憑き十兵衛』『滅びの掟 密室忍法帖』『伝説の不死者 鉄の王』『キャッスルヴァニア 白夜の協奏曲』『パイレーツオブカリビアン 生命の泉』『妖草師 謀叛花』『雨上がり月霞む夜』『ブラッドステインド:リチュアル・オブ・ザ・ナイト』『フランケンシュタイン(1994)』『北の黙示録』『仕掛人・藤枝梅安』『レ・ミゼラブル』『前巷説百物語』『百夜・百鬼夜行帖』『悪魔城ドラキュラ Circle of the Moon』『千霊一霊物語』『巷説百物語』『続巷説百物語』『西巷説百物語』『かげろう絵図』『大江戸ミッションインポッシブル 幽霊船を奪え』『悪魔城ドラキュラ黙示録』『絵金、闇を塗る』『刀と傘』『菩薩天翅』『オペラ座の怪人(ミュージカル)』『虚ろなる十月の夜に』『カリオストロ伯爵夫人』『ネガレアリテの悪魔』『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』『吾輩はシャーロック・ホームズである』『黒狼』『贋作『坊ちゃん』殺人事件』『ドラゴン怒りの鉄拳』『バンパイアキラー』『三十棺桶島』『宵待草事件簿』『綱渡りのドロテ』『銀座ともしび探偵社』『MAO』『ハムナプトラ/失わされた砂漠の都』『大正電氣バスターズ』『マラコット海淵』『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』『ヒト夜の永い夢』『十十虫は夢を見る』『人外魔境』『満洲コンフィデンシャル』『帝都探偵大戦』『悪魔城ドラキュラ ギャラリー オブ ラビリンス』

 全部で75作品。前回の3倍! なのですが、ご覧いただければおわかりいただけるように、海外を舞台にした作品がかなり多い――というより、時代ものに分類されないであろうものが1/3ほどある時点で、かなり苦労していることが何となく透けて見えるかと思います。……って何の苦労!?
(ちなみに間違えていた『エンバーミング』の年代を修正しています)

 何はともあれ、作っている時は夢中なのですが、出来上がってみると何が何だか――というこの年表、調べ物などの役には全く立ちませんが、何となく眺めていて結構楽しいものにはなっていると思います。


 後は別のwikiサービスに移転したり、最近そこそこあるタイムラインサービスに移転することも考えてはいるのですが――それはまたいずれ。

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2020.02.11

ケネス・オッペル『フランケンシュタイン家の双子』 ヴィクターの知られざる冒険と愛


 正反対の性格ながら固い絆に結ばれたフランケンシュタイン家の双子コンラッドとヴィクター。しかしコンラッドが突然の病に倒れ、ヴィクターは幼なじみのエリザベスらとともに、治療法を知るという錬金術師ポリドリを訪ねる。そこで示された霊薬の三つの材料を求め、ヴィクターらは冒険に乗り出す……

 (おそらく本人は不本意にも)その作り出した存在と名前を混同されながらも、それでもなお史上最も名高いマッドサイエンティストであるフランケンシュタイン博士――ヴィクター・フランケンシュタイン。本作は彼の少年時代を舞台とした語られざる物語を描いたヤング・アダルト小説であります。
 元々ヴィクターの生い立ちや家族については、彼が登場したメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』に述べられており、本作にも後に婚約者となるエリザベス、親友のヘンリー、二人の弟などが登場するのですが――しかし本作では決定的に異なる点が一つあります。

 それは言うまでもなく、彼の双子の兄・コンラッドの存在――そう、本作において、ヴィクターは双子だったのであります。
 ヴィクターが情熱的で激情家なのに対し、コンラッドは思慮深く冷静――性格的には正反対ながら、妹同然に育ったエリザベスを含め、強い絆に結ばれた三人。当時でいえば非常にリベラルな両親に見守られ、幸せに暮らしてきた彼らの生活は、コンラッドの突然の発病により終わりを告げることになります。

 そしてこのコンラッドを救うためのヴィクターとエリザベス、ヘンリーの冒険行が本作の中心となります。かつて霊薬で人々を救ったという錬金術師がジュネーヴにいると知った三人は、フランケンシュタイン城に封印されていた書庫で見つけた古書を手に、その錬金術師――名はポリドリ(!)を訪ねることになります。
 そしてヴィクターたちは、ポリドリの告げる霊薬の材料(ポリドリ自身、古書の解読に時間が必要なため、材料が一つずつしかわからない、というのがうまい)を求めて、冒険を繰り広げることになるのであります。

 この冒険というのが(少なくとも最初の二つについては)、現実に立脚したものながら、しかし実にスリリングな冒険となっているのがまず楽しい。怪鳥が巣くう夜の森、洞窟の地底湖に潜む古代魚(これ本当にアリなりのかな、というのはともかく)――シチュエーションの面白さと作者の語り口の巧さが相まって、どこか暗くも胸躍る冒険が描かれていくことになります。
 が――中盤に至り、物語はもう一つ別の顔を見せることになります。ヴィクターが、コンラッドとエリザベスが愛し合っていることを知ってしまったことによって。そして自分の中にもエリザベスへの愛があることに気付いたことによって。


 先に述べたように、双子ながら全く正反対の性格であったコンラッドとヴィクター。それだけに兄弟仲は良好であり、だからこそ本作の冒険が繰り広げられるですが――しかしヴィクターの心の奥底には、コンラッドへの拭いがたい劣等感があったのです。
 同じ顔でありながら、何もかも自分より巧く出来、人々に愛されるコンラッド。そんな彼がエリザベスの愛までも得ていると知った時――ヴィクターの中に強い嫉妬と反発心が生まれます。そしてそれは、コンラッドを救う霊薬を自分が手に入れる、作り出すことにより、コンラッドを優越しようという気持ちにまで繋がっていくのであります。

 この辺りのヴィクターの心理描写は、本作が(申し上げるのを忘れていましたが)ヴィクターの一人称で語られるだけに、より生々しく、やりきれない――そして同時によく理解できるものとして感じられます。
 そしてそんなヴィクターの姿――すなわち、愛を求め、そして何よりも自分が自分自身として認められることを求める姿は、彼が後年生み出すことになるあの怪物の姿に重なるものがある、というのは牽強付会に過ぎるでしょうか?


 そんな彼の冒険(最後の最後までサービス精神に溢れたサスペンス!)と魂の遍歴の結末――それはある意味初めからわかっていたところではあります。
 しかしあのフランケンシュタイン博士の原点として、そして何よりも一つの少年期の終わりとして――本作の結末は、大いに頷けるものがあるのです。

 なお、本作は二部作とのこと。よりファンタジー色が強まるという続編で何が描かれるのか――そちらも読んでみなければならないでしょう。


『フランケンシュタイン家の双子』(ケネス・オッペル 創元推理文庫) Amazon
フランケンシュタイン家の双子 (創元推理文庫)

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2020.02.10

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第19巻 人と人の絆の勝利 そして地獄の始まり


 単行本も売り切れ続出となり、ほとんど社会現象化という状況の『鬼滅の刃』。その最新巻は、無限城決戦の真っ最中――前の巻に引き続き、上弦の弐・童磨、そしていよいよ出陣の上弦の壱・黒死牟との死闘が展開されることになります。

 壮絶な戦いの末、自らの失われた過去を思い出した猗窩座の自決により、辛くも勝利を収めた炭治郎。残るは上弦の壱・弐と無惨ですが――この三人が飛び抜けた実力を持つ存在であることは言うまでもありません。
 そして始まるのは童磨とカナヲ、伊之助の同期コンビの対決ですが、師に当たる蟲柱のしのぶを眼前で喰われたカナヲはともかく、ここで伊之助参戦とは少々意外――と思いきや、実は童磨は伊之助の母の仇(そして彼が孤児となる理由を作った相手)と、二重に絡みあった因縁が展開することになります。

 しかし、同期組の中でも屈指の実力者であるカナヲ、そして我流ゆえ読めない剣の使い手である伊之助をしても童磨はあまりに強大な相手。いやそれどころか、童磨の側は鬼殺隊の戦力の情報収集を行う余裕すらある状態ですが――しかしここで意外な事態が発生し、一気に戦いの行方は混沌とすることになります。

 この辺りの展開は、連載時に読んだ時には、童磨がいわゆる舐めプ状態であったことや、ここで起きる事態がある意味(読者にとっては)想定内の内容であったこともあって。ずいぶんあっさりと決着がついた――という印象だったのですが、しかし今回単行本でじっくり読んでみると実にいい。
 師ほどではないにせよ、諸刃の刃である奥義を発動する(その姿が普段の彼女に似合わず、むしろ恐ろしげなのが実に本作らしい)カナヲ、そして戦いの中で母の愛を知る(=人間性を取り戻していく)伊之助と、それぞれの姿が実にエモーショナルなのです。

 さらに、人と人の絆で結ばれた二人と、その絆の存在を理解できない童磨という対比が実によく――そしてその人の側の代表が、人としての感情の表し方を知らなかったカナヲと、人としての情愛の存在を知らなかった伊之助である点が、何とも心憎いではありませんか。

 さらにまた鬼滅名物の死の間際の追想も、童磨らしいどうしようもなさで――相変わらず様々な方向にこちらの感情を振り回してくれる、本作ならではの戦いであったと感じます。
 そしてその後、微妙に緊張感が薄れる恋柱&蛇柱と新上弦の肆・鳴女との戦いの様が軽く描かれますが――楽しいのはここまで。以降は地獄が続くことになります。


 事ここに至れば、無惨を除けば、残るは上弦の壱・黒死牟のみ。しかしこの黒死牟、これまで戦闘場面はほぼなかったものの、猗窩座や童磨を相手にせぬ風格と、何よりも鬼殺隊――その始まりの剣士たちとの繋がりを予感させるビジュアル(ビジュアルといえばこの黒死牟、人によっては正視できないほど怖い)と、強大かつ物語的にも重要な敵としての存在感を強く強く感じさせる怪物であります。

 そしてこちらのそんな予感は、早々に現実のものとなります。柱の中でも一対一の対決で上弦を倒した屈指の実力者であり、そして始まりの剣士の子孫である霞柱・無一郎との対決――いやほとんど小手調べによって。
 さらにかけつけた不死川玄弥も全く歯牙にもかけぬ黒死牟。それもそのはず、彼こそは始まりの剣士の一人であり――鬼でありながら月の呼吸を操る最強の剣士なのですから。

 そして「弟」の危機に、ここぞとばかりに駆けつけ、さらに思わぬ奥の手を(これによって、以前彼が行った禰豆子への試練の重みが今更ながらに理解できるのも心憎い)繰り出す不死川実弥、そして鬼殺隊最強の男である悲鳴嶼が駆けつけ、現時点の最大の戦力が揃うことになりますが――それでも全く安心できないのが恐ろしい。
 (作画しているだけで大いに心身を痛めつけそうな)月の刃を所狭しと放つ月の呼吸の前に、二人の柱もあっという間に傷つき、その一方で黒死牟はそれぞれの剣士の技を吟味する余裕すらあるとは――これほどまでにどうしたら倒せるのかわからない相手は、久しぶりであります。

 無惨の前の最強最大の壁に対し、二人の、いや四人の剣士は如何に立ち向かうのか――まだまだこの地獄はこれからが本番であります。


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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第8巻 柱の強さ、人間の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第10巻 有情の忍、鬼に挑む!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第11巻 遊郭編決着! その先の哀しみと優しさ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第12巻 新章突入、刀鍛冶の里での出会い
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻 物語を彩る二つのテクニック、そして明らかになる過去
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻 死闘の中に浮かぶ柱二人の過去と現在
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第15巻 二つの勝利の鍵、そして柱稽古開幕!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第16巻 哀しき巨人・岩柱の過去 そして最終決戦の幕上がる!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第17巻 決戦無限城、続く因縁の対決
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第18巻 鬼の過去と、人の因縁と

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2020.02.09

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年も1/12があっという間に過ぎ、そして(暖冬とはいえ)まだまだ寒さが続く中、少しずつ咲き始めた様々な花の姿に、春も遠くないことが感じられます。というわけで春も間近な3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 今年に入ってから今一つ少ないアイテム数ですが、残念ながらそれは3月も同様。しかし(特に文庫小説は)少しずつ復調してきたようにも感じられます。

 そこでまず注目すべきは、PHP文芸文庫のアンソロジー『もののけ〈怪異〉時代小説傑作選』。編者が編者だけに安定した――いや高いクオリティのPHP文芸文庫の時代小説アンソロジーですが、今回は怪異がテーマだけに、注目しないわけにはいきません。

 また新作の方では、宮本昌孝『武商諜人』と赤神諒『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』が気になるところ。特に後者は、これまで歴史小説を中心に活躍してきた新鋭による文庫書き下ろし時代小説ということで、何が飛び出してくるのか期待であります。
 また、最近とみに点数が増えてきたライト文芸、キャラクター小説では、金子ユミ『千手學園少年探偵團 図書室の怪人』、須垣りつ『吉原妖鬼談』、道草家守『帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女と押しかけ従者』が登場と、勢いが感じられます。

 そして復刊の方では、なんとなんとの柏田道夫『桃鬼城伝奇(仮)』が文庫化。また、岡田鯱彦の名作『薫大将と匂の宮』も、未読の方はぜひ。


 漫画の方は、新登場はないものの、賀来ゆうじ『地獄楽』第9巻、野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第2巻、久正人『カムヤライド』第3巻と、続巻を楽しみにしていた作品が並びます。
 さらに永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻、梶川卓郎『信長のシェフ』第26巻、星野之宣『海帝』第5巻、士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第3巻なども要チェックであります。

 そしてアンソロジーの方では、「サムライねこぱんち 花の陣」が登場。いうまでもなくあの「ねこぱんち」誌からの派生ですが、さて町人主体(?)の「お江戸ねこぱんち」とどのように差別化を図ってくるのか。楽しみなところです。


 ちなみに今回はGoogleカレンダーに入力するのにこちらで紹介されているGoogleスプレッドシートのスクリプトを使いました。これまで一件一件登録していたのが何だったんだ――と愕然とするほど便利でした……



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2020.02.08

『無限の住人-IMMORTAL-』 十八幕「鬼哭 きこく」

 江戸城での失態から新番頭を解任され、三十日後に切腹することとなった吐鉤群。後任の英により江戸追放止まりの処分となった逸刀流だが、吐は新たに六鬼団を率いて逸刀流を追う。しかし道場跡に仕掛けられた罠により六鬼団は痛撃を受け、英は妻子を人質に吐に武装解除を迫るが……

 いよいよ今回から最終章に突入――ですが、主人公コンビの出番はほとんどなく(というか何だか無駄にラブいオーラで一つ屋根の下で暮らしていたりして)、吐の庶子・燎の語りで、吐鉤群の姿を中心に描かれることとなります。

 不死力解明実験の大失敗の上に、女子二人に江戸城地下に突入され、爆発やら鉄砲水やら起こされた失態を問われ、新番頭の座を追われた吐鉤群。冷静に考えるとその場で打ち首にされても文句ないくらいのやらかしぶりですが、しかし切腹で――しかも三十日の猶予を与えられて――済まされたのは、これまでの功績(=色々と幕政の裏を知っている)からでしょうか。
 しかしそこで新たに団鬼――ではなくて六鬼団なる死罪人を集めた私兵団(しかも下っ端は鬼面のコスプレ)を作った鉤群。もうここまでくると、このオッサン本当に懲りてない――というより単にこういうのが好きな人なのだな、というしかありません。自分自身が六鬼団のリーダーの座に就いてますし……

 ちなみにこの六鬼団、名前の通りというべきか、トップは六人の遣い手で構成されているようですが――その一人・佩矢坊は、アバンタイトルの段階で、あれこいつも六人の一人だっけ? と言うくらいの勢いで逸刀流残党の一人・馬絽祐実(万次のそっくりさん)に斃される羽目に。その後釜に燎が加わったのですが、逸刀流の新入りを一人斬ったものの、相変わらず女性には甘い凶に手加減されてダウンするくらいの腕前なのがだいぶ不安ではあります。

 しかし吐が無駄にハッスルしている一方で、彼の後任の新番頭・英は、密かに天津と接触して逸刀流を江戸追放で事を収めようと謀ったり、吐の妻子を人質に押さえるなど暗躍。それなりに有能なのだとは思いますが、天津が連れている槇絵の実力を見抜けない時点で、大体どの程度の人物か想像がつきます。というより、声が二又一成の時点で推して測るべしでしょう。
 ラストでは、逸刀流の退去期限七日までに逸刀流を討てなかった吐に対し、この妻子を前面に出して身柄を拘束しようとするのですが――いかにも時代ものらしいこの先の展開を何と評すべきか。個人的には吐があまりにこれまでやりたい放題やってきたツケを家族が払わされているようで、あまり乗れなかったところではあります。


 というわけで最終章のプロローグといった趣であった今回。六鬼団に加えて幕府関係者、逸刀流新規加盟組、さらに宗理先生の新しい弟子二人と、新キャラだけでも一気に増えたところに、これまで登場したキャラクターたちも集結すると思われますが――そんな中で万次と凜は埋没しないで済むのか。この回を見ただけではいささか不安ではありますが……


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 『無限の住人-IMMORTAL-』 三幕「夢弾 ゆめびき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 四幕「斜凜 しゃりん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 五幕「蟲の唄 むしのうた」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 六幕「羽根 はね」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 七幕「凶影 きょうえい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 八幕「無骸流 むがいりゅう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 九幕「群 むら」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十幕「獣 けもの」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十一幕「秋霜 しゅうそう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十二幕「終血 しゅうけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十三幕「誰そ彼 たそかれ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十四幕「改起 かいき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十五幕「臓承 ぞうしょう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十六幕「肢転 してん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十七幕「儀結 ぎけつ」

 無限の住人

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2020.02.07

南原幹雄『北の黙示録』下巻 史実の枠を超える全面対決、そして凄絶な結末へ


 奥州六藩同盟と、幕府の秘密諜報機関・中町奉行所との死闘もいよいよ佳境。幕府との緒戦に実質勝利を収めた伊達藩に対し、潜入を試みる赤石百次郎と配下たちが見たものは、そしてついに始まった全面対決の行方は――驚愕の結末が待ち受けます。

 突如として老中の職を辞した松平定信の命により、伊達をはじめとする南部・津軽・上杉・佐竹・二本松の奥州六藩の探索に当たることとなった中町奉行所与力の百次郎。はたして伊達家は次々と不審な動きを見せ、百次郎たちは伊達家に仕える蔵王山伏・伊達山岳党と死闘を繰り広げることとなります。
 一連の六藩の動きの背後に存在していたもの――それははるか百五十年前の伊達政宗の代、当時の六藩藩主によって結ばれた六藩同盟の盟約。徳川幕府成立以来絶えず圧力をかけられてきた奥州の諸藩は、その怨念を胸に、一朝事あらば団結して立ち上がるべく、密かに牙を研いできたのであります。

 さらに幕府との全面対決に向け、江戸屋敷の藩主・斉村の正室と子を密かに脱出させるべく動き出した伊達藩。それを阻むべく行動する百次郎たち中町奉行所の面々ですが、何段構えともなっている伊達藩の策の前に苦戦を強いられることになります。
 さらに、逆に百次郎の近くにまで迫る伊達藩の暗躍。そして百次郎の前に、謎の敵の影が……


 というわけで、下巻(後半)に入り、いよいよ本格化する中町奉行所と奥州六藩同盟の激闘。上巻は相手の出方や真意を窺う探索や情報収集が中心ということもあって比較的地味な展開が続きましたが、六藩同盟の存在とその目的、さらには後ろ盾の存在が中盤で明かされ、それ以降は全面対決に向かい、物語は加速度的に盛り上がっていくことになります。

 この下巻の前半では、伊達家の展開する藩主正室脱出作戦と、それを追う百次郎たちの攻防戦がメインとなりますが、冒頭からここまでやるか!? と驚くような、伊達の暴挙としか言いようがない行動が描かれ、物語はいよいよのっぴきならない局面に突入したことを否応なしに感じさせてくれます。
 そして後半ではいよいよ幕府と六藩同盟の全面対決にエスカレート。もうここまで来ると時代小説というより架空戦記の部類に入ってしまうのでは――と心配になるほどの展開に加え、さらにここに来て、中町奉行所の手の内を知る謎の敵が出現――と、最後までだれることがありません。

 実はこの謎の敵については、勘の良い方であれば正体はすぐにわかる、というより極端なことを言えば、その存在が描かれる前から登場は予測できるものではあったのですが――しかしその行動原理は、この時代背景ならではの説得力が十分であり、単なる暴挙に終わらない六藩同盟の行動に一定の説得力を与えるものとして納得できます。
 それに比べると百次郎の行動原理は、「お役目」だから以上のものが感じられない――もっとも、伊達側も大義名分の下に大変な暴挙を行っているわけであり、このお役目の重要性も言うまでもないのですが――ところがあります。そこは体制側の視点にならざるを得ないスパイものの難しさというものが感じられないでもありませんが……


 しかし本作には、結末に最大の衝撃が待ち受けています。上で述べたとおり、既に史実の枠をはみ出しかねないほどにエスカレートした物語に、如何に決着をつけるのか――その方法は確かにそれ以外ないというものなのですが、まさかこうなるとは! と仰天必至の展開なのです。
 エスカレートにはエスカレートをぶつけるというか――まさしくタイトル通りの黙示録的風景にはただ圧倒されるばかり、その後の歴史を描くラスト数行の内容も相まって、その凄絶さと裏腹の、ある種の虚無感すら感じさせる結末であります。

 あるいはこれも、歴史の陰で命に基づいて動くスパイものとしては相応しい結末なのかもしれませんが……


『北の黙示録』下巻(南原幹雄 講談社文庫) Amazon
北の黙示録(下) (講談社文庫)


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2020.02.06

島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』 パロディとパスティーシュが生み出すハーモニー


 先日漫画版第1巻が発売された『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』。原作はなにぶん1984年の作品ということで相当記憶が薄れていたこともあり、今回再読してみました。あの夏目漱石があのシャーロック・ホームズと出会う趣向の本作、しかしそれだけでは収まらない名作です。

 20世紀初頭のロンドン――日本から留学してきた夏目漱石は、下宿で夜毎自「幽霊」の声に脅かされ、ノイローゼ寸前となった末に、シャーロック・ホームズのもとを訪れることになります。
 この漱石の相談をほとんど一笑に付して帰したホームズですが、その直後に現れたメアリー・リンキイと名乗る婦人は、彼に奇怪な出来事を語るのでした。

 早くに夫に先立たれ、未亡人となった末に、生き別れの弟・キングスレイを捜し出して一緒に住むことになったメアリー。しかしキングスレイは徐々に異常な行動を取るようになり、実は自分は中国人にミイラの呪いをかけられていると語ったというのです。
 その場はメアリーを帰らせたホームズ。しかしその翌々日、レストレイド警部から、キングスレイがミイラと化して死んだとの連絡が入ったではありませんか!

 内側から釘付けにされたキングスレイの部屋から出火し、しかも本人はミイラとなって発見されたというこの事件には、さすがのホームズも困惑気味。そして再びホームズのもとを訪れた漱石は、ミイラの喉から発見されたという日本語めいた文字が記された紙片を見せられるのですが……


 言うまでもなく誰もが知る名探偵シャーロック・ホームズと、日本を代表する作家である夏目漱石――この二人が競演する作品は、本作を含め少なくとも3作品ありますが、それだけ人気の取り合わせと言えるでしょう。
 もちろん漱石は探偵ではありませんが、鋭い人間観察が探偵の条件であるとすれば、漱石も探偵の資格は十分であって――これらの競演作品では、漱石はホームズと互角以上の推理の冴えを見せることになります。

 そして本作もそんな作品の一つ、のはずなのですが――しかし本作には強烈な一つの特徴があります。それは本作が漱石とワトスン、二人の語り手によって、一つの事件を二つの角度から描くことであり――そしてその角度が猛烈に離れていることであります。
 ワトスンの語るホームズは我々の良く知るホームズなのに対して、漱石の目から見たホームズは、ほとんどコカイン中毒の異常者。見当違いの推理を連発した挙げ句、間違いを指摘されると激昂して襲いかかってくるという、ほとんど狂人なのであります。

 もちろんそれには漱石が初対面でホームズにからかわれて悪印象を持っていたため、というエクスキューズがあるのですが、この振れ幅の大きさにはさすがに唖然とさせられるものがあります。


 しかし考えてみれば、自信満々で繰り出した推理が完全に明後日の方を向いているというのは、ホームズパロディでは定番中の定番(ホームズが薬中というのもパロディではアリ、でしょう)。
 そして本作のワトスン側が、よくできたパスティーシュであることを思えば――本作はパロディとパスティーシュという二つの要素を合わせ持った、ユニークかつ贅沢な作品であると言えるのではないでしょうか。

 さらにまた面白いのは、物語が進んでいくにつれて――漱石のホームズへの印象が変わっていくにつれて、漱石とワトスン、両者の描く物語が、段々と見分けがつかなくなっていくことであります。
 そしてその両者が重なり合うとき――物語の結末において、我々は世にも美しい友情の姿を見ることになります。私はそこまでホームズものを読んでいるわけではありませんが、少なくともこの結末は、ホームズものの中でも屈指の爽快なものである――そう言えるほどのものを。

 そしてこの味わいは、当初あまりにかけ離れていた二人の語り手による物語の距離があったからこそ生まれるものであることは間違いありません。
 その一種豪快なトリックの面白さはもちろんのこと、その構成のユニークさ、そしてそこから生み出される見事なハーモニーに驚かされる本作。さすがは――と言いたくなる名作であります。


 ちなみに私が今回読んだのは10年ほど前に刊行された完全改訂総ルビ版なのですが――作者の特別エッセイが素晴らしい。
 若い読者を想定した総ルビ版にふさわしく、作者自身のミステリとの出会いと、読者たちへのミステリ執筆への誘いが描かれたこのエッセイ、ミステリへの愛に満ちあふれた内容で、必読であります。


『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』(島田荘司 光文社文庫) Amazon
漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)


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2020.02.05

小山ゆう『颯汰の国』第3巻 彼らの日常が戦場に変わるとき


 江戸時代前期、幕府の横暴によって主家が改易となった青年・颯汰と仲間たちの痛快な活躍を描く時代活劇の続刊であります。奇想天外な策で落ち着く先を得た颯汰たちに次々と襲いかかる敵の攻撃――ついに颯汰は本当の戦いを経験することになります。

 自然に囲まれた高山藩で、育ての親や剣の師、仲間たちに囲まれて伸び伸びと育った青年・佐々木颯汰。しかしある日突然藩はお取り潰しとなり、藩主は切腹を命じられることとなります。
 その開城の使者となった好色かつ残忍な大名・横山宗長は、高山家の姫君・琴姫の美貌に目を付け、姫を略奪しようとするのですが――姫を奪い返した颯汰は、藩の重臣たちの思わぬ計画を知るのでした。

 それは隣合った幕府の直轄領を奪い、自分たちの国とすること――かの地の人々が横暴な代官によって苦しめられていることを知った高山藩の人々は、彼らの助けを借りて首尾良く代官一党を追い払うことに成功したのでした。
 しかしもちろん、そのままで済むはずがありません。琴姫を執念深く狙う宗長は、浪人たちを雇うと、彼らを颯汰たちの企てに参加を志望する態で潜入させることに……


 プロローグともいうべき第2巻までの段階では、奇策で勝利を続けてきた颯汰たち。その敵の隙を突いての策の数々は、寡兵でもって多勢を打ち破る痛快なものばかりでしたが――しかしその勢いがいつまでも続くとは限りません。
 そしてこれまで相手の返り血を浴びずに済んできた颯汰たちも、いつまでも無垢なままではいられないのであります。

 そしてこの巻の前半で描かれるのは、颯汰たちの前に現れた11人の浪人たちとの対峙――上で述べたようにこれは宗長の罠、同志と見せかけて内側から切り崩す算段なのですが、しかしこれはいささか複雑な様相を呈することになります。
 というのも、彼らもまた颯汰たちと同じく、幕府によって主家を取り潰され浪々の身となった人々――いわば明日の颯汰ともなりかねない人々なのであります。彼らが敵であろうと予想しつつも、何とか仲間に迎えられないかと颯汰たちが感じる一方で、浪人たちの側にも、颯汰たちの壮挙に共感する者がいるのです。

 そんな双方にとって複雑な心境のこの対面が何を生み出すのか――対決か、和解か、後者であればよいと感じるこちらの気持ちは、残念ながら裏切られることとなります。そしてその末に颯汰と仲間たちは、ついに自らの手を血に染めることに……


 お家取り潰しと幕府への反抗という、極めて緊迫した、そして悲壮な展開ながら、しかし受ける印象は極めて明るく、そして爽快な本作。
 その理由の一つが颯汰の明るく前向きなキャラクターに因るのは言うまでもありませんが、しかしそれだけでなく、彼とその友人たちの姿――彼らの青春の姿に因るところもまた非常に大きいと言えるでしょう。

 どんな苦境にあっても、それまでの藩での生活と変わらぬように笑いあい、ふざけあう颯汰と三人の仲間たち。やがてそこには琴姫とその弟も加わり、六人の仲間、六人の親友と言うべき関係になっていくのですが――いずれにせよそんな彼らの変わらぬ青春の「日常」があるからこそ、本作のトーンは明るく、そしてどこか安心できるものであったと感じます。

 しかしその日常が戦場に変わったら、いや日常に戦場が飛び込んできたら――その時、颯汰たちはそれまで通りの彼らでいることができるのか?
 この巻で描かれるその答えは、やはりどこまでも本作らしいものなのですが――生々しくも清々しく、そしてどこかもの悲しいその姿は、我々読者の胸に強い印象と、不思議な温もりを残すのであります。


 しかし颯汰たちの前には、なおも戦場が広がることになります。この巻の後半では、いよいよ高山家遺臣たちの蜂起が幕府の知ることとなり、更なる戦いが始まるのであります。
 そこでもまた、彼らしい活躍を見せる颯汰ですが――しかしその一方で忍び寄る暗い影。厭な予感は強まるばかりですが――その中でも彼らの日常は変わることなく続くことを祈りたいと思います。


 ちなみに颯汰には大きな出生の秘密があることが早々に明かされているのですが――この巻の時点では特にそれが活かされることがないのが、逆に本作らしいスタンスで好感が持てるところであります。


『颯汰の国』第3巻(小山ゆう 小学館ビッグコミックス) Amazon
颯汰の国 (3) (ビッグコミックス)


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2020.02.04

渡辺仙州『天邪鬼な皇子と唐の黒猫』 人間の歴史を見つめる黒猫の瞳


 歴史好き兼猫好きの間では、妙に有名人である宇多天皇。本作はその宇田天皇と彼の黒猫の物語という何とも興味深い物語ですが――この黒猫、人語を解する上に、とんでもない過去(?)を持つ猫なのです。本作はそんな一人と一匹が繰り広げる騒動を描いた、実にユニークな歴史物語であります。

 その知恵と技でもって、唐の蘇州の猫たちの上に君臨し、「覇王」の異名をとった黒猫。しかし一生ぐうたら生活をすることが目標だった彼は、油断から人間に捕らわれ、はるばる日本に売り飛ばされてしまうのでした。
 その果てに時の光孝天皇に献上された猫は、さらにその第七皇子・定省に下げ渡されて、「クロ」と直球な名前をつけられて飼われることになるのですが――しかし定省は「猫なんて好きじゃない。父に言われたから仕方なく飼っているだけ」などという始末であります。

 それでも毎日乳粥をもらい、念願のぐうたら生活を手に入れたかと思ったクロですが、しかし京を根城にする野良猫や権力者の飼い猫たちの勢力争いに巻き込まれることになります。
 一方定省の方も、一度は帝の奇策によって逃れたものの、宮中での権力闘争に巻き込まれて四苦八苦。帝を思うままに操る権力者である藤原基経と対立し、窮地に陥ることになるのでした。

 ぐうたらな暮らしを愛しつつも、ある出来事がきっかけで一人くらいは人助けしようと誓っていたクロは、定省を救うために奮闘するのですが……


 冒頭に述べたように、その名を挙げれば、「ああ猫好きの」と言われることが多い宇多天皇=定省。

 何しろ、天皇自身の日記という、これ以上はないというくらいの記録に残されているのですから仕方のない話ですが――しかし同時に、一度臣籍降下して皇位の継承権を失っていたり、即位早々に藤原基経と対立して苦境に陥ったり、そしてその後、菅原道真を登用して寛平の治と呼ばれる改革を行うなど、決して猫好きだけの帝ではありません。
 本作はそんな宇多天皇の即位前後の時代を、コミカルかつドラマチックに、そしてどこか暢気に描いた物語であります。

 もちろんそこで描かれるのは本作なりにアレンジされたものではありますが――しかし描かれる様々な人物や出来事についてはもちろん史実をきっちり押さえたものであることは言うまでもありません。
 作者は元々中国歴史ものの児童文学で知られていますが、そちらでも見られるように物語自体の面白さはもちろんのこと、史実を知っていればいるほどニヤリとできる楽しさが、本作には横溢しているのです。
(例えば本作で言えば、定省の妻の一人で和歌好きの胤子が、自分の子に勅撰和歌集を作らせるのだと闘志を燃やすくだりなど)


 そんな本作ですが、しかし最大の特長が、もちろんクロの存在であることは言うまでもありません。何しろ本作はクロの視点から、クロの一人称で描かれているのですから。

 こうした動物視点の物語というのは――そして動物が人間同様の社会を築いている物語というのは、児童文学の世界では珍しくはありません。それは一つには、動物というフィルターを通すことによって、人間という存在を客観視し、そして人間社会をデフォルメできるという点によるのでしょう。
 その視点は、本作のような歴史物語において、さらに効果を持つように感じられます。一歩間違えれば無味乾燥な史実の羅列か、あるいは読者にとっては無縁の異世界の物語になりかねないものを、より魅力的に、身近なものとして感じさせるために。

 そして本作は、その効果を最大限に発揮しているといえるでしょう。複雑怪奇な政治模様を繰り広げる過去の人間たちの世界を、個性的な猫たちの目から描くことで、その馬鹿馬鹿しさを、そして懸命さを本作は浮かび上がらせるのですから。
 そしてそれと同時に、人間と猫の不思議で強い――そして言葉は通じなくとも、猫好きであれば誰もが知っている――絆の姿もまた。

 本作を読んだ後には、あの宇多天皇の日記の文章もまた違った意味合いを持って感じられる――そんな素敵な一冊です。


 ちなみに本作のクロには、ちょっと驚くような秘密があります。
 どうもクロは、何故か歌を聞かされるのが嫌だったり、股くぐりの話を聞くと腹が立つようなのですが――まさか、と思うようなこの秘密は一種のファンサービス(?)のようなものではありますが、しかしなかなかすっとぼけた味わいで何とも愉快であります。


『天邪鬼な皇子と唐の黒猫』(渡辺仙州 ポプラ社TEENS’ ENTERTAINMENT) Amazon
天邪鬼な皇子と唐の黒猫 (TEENS’ ENTERTAINMENT)

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2020.02.03

忠見周『幕末イグニッション』第2巻 そして只三郎の辿った道


 日本近海に沈んだ三百六十万両の金塊を巡り、後に京都見廻組与頭として竜馬を斬る男である、小太刀日本一・佐々木只三郎の活躍を描く物語もいよいよクライマックス。怪物クラスの剣客たちが次々登場する中、只三郎の選ぶ道は……

 竜馬が近江屋で斃れる13年前――その小太刀の腕を持ちながら、しかしそれだからこそ己のなすべきことが見えず暴れ回っていた只三郎。彼は、牢の中で出会った佐久間象山から三百六十万両の黄金の存在を聞かされ、唯一その在処を知る異国の少女・白菊を託されることになります。
 しかし早くもその莫大な黄金を巡り動き出す諸勢力。その一つ、豪剣士・榊原鍵吉とその師である男谷精一郎一派に襲撃を受けた只三郎は、大胆にも白菊とともに男谷道場に乗り込むことに……


 そんなわけで第1巻の時点でいきなり超大物と激突することになった只三郎ですが、その後の物語も怒濤の如く突き進んでいくことになります。

 かつてない強敵を前に死地に飛び込んだものの、白菊を守るために男谷との取引に応じ、黄金を狙う勢力の一つである水戸家の藤田東湖を斬ることとなった只三郎。
 しかしその東湖のもとには黄金の存在を嗅ぎつけて坂本竜馬がすり寄り、さらにその師の師に当たる千葉周作もまた、水戸側で動き出すことになるのでした。

 かくて激突する男谷精一郎と千葉周作、二人の大剣豪。そしてそれと平行して、只三郎は水戸の暗殺者・芹沢鴨と対峙することになります。
 怪物対怪物、無頼対無頼の対決の行方は……

 と、只三郎対榊原、只三郎対男谷という時点で堪らないマッチメイクのところに、さらにとんでもない怪物たちが加わり、否応なしに盛り上がる本作。

 特に本作の鴨は、実は女! という意外すぎる設定で、水戸藩で暗殺者とも忍びとも言うべき陰働きを担当するという設定に相応しく、何とも得たいのしれぬ存在感を持っているのがユニークであります。
 それでいてやっぱり(?)酒乱なのですが、そんな彼女に絡むのが、只三郎の悪友である八郎――ビジュアル的にも腕前的にも伊庭ではないよなあ、と思えば、もう一人の「八郎」だったのに仰天!――というのも、何とも面白い展開です。

 しかし何よりも圧倒的なのは男谷と千葉、二人の怪物の頂上決戦でしょう。江戸後期の剣豪ファンであれば誰もが夢見るであろうこの両雄の真剣勝負を、本作は真っ正面から描いてくれるのですが――いやはや、その迫力たるや、さすがに只三郎もこの二人の前には霞むとしか言いようがありません。


 そんなわけで盛り上がりに盛り上がった本作ですが――急転直下の展開で、結末を迎えることになります。
 これだけ火力強めで物語が盛り上がり、あの幕末の有名人も(いかにも本作らしいビジュアルで)登場して、これからというところで――というのは、まあ事情があるのだとは思いますが、その結果、只三郎の辿る道が、あまりに哀しいものとなってしまったのを何と評すべきでしょうか。

 確かに史実との整合性を考えれば、この道しかなかったとも言えるのですが、自分が何者かになるため、荒ぶる血のままに戦ってきた若者が選んだ道――それは恐ろしいほどに孤高で、ある意味気高い道ではあるのですが――の向かう先は、あまりに哀しかったとしか言いようがありません。
 正直に申し上げれば、もう少し別の描き方はなかったのか――とも。

(描き方といえば、只三郎を描く上で避けては通れないあの出来事でベタなパロディが唐突に飛び出すのもどうかと思うのですが――それがある切ない展開に繋がるのには複雑な心境に)

 只三郎が、彼の周囲の曲者たち怪物たちが、その持てる力を全開にして暴れ回る姿を最後まで見せて欲しかった――それが偽らざる気持ちであります。


『幕末イグニッション』第2巻(忠見周&大間九郎 講談社イブニングKC) Amazon
幕末イグニッション(2) (イブニングKC)


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2020.02.02

嶋星光壱『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第1巻 「二人の」ホームズを真っ正面から描く漫画版開幕


 あの日本を代表する作家である夏目漱石と、あの名探偵シャーロック・ホームズの出会いを、本格ミステリ界の巨星・島田荘司が描いた名作――の漫画版第1巻であります。描かれる事件のトリッキーさに負けないユニークな構成の物語を、この漫画版は如何に描くのでしょうか?

 20世紀初頭のイギリスはロンドンに夏目漱石が留学し、様々な苦労を重ねたことは有名な史実ですが、その同時期、それも地理的に極めて近い場所で、シャーロック・ホームズが活躍していたのもまた事実であります。
 それ故というべきか、私が知るだけでも3つの作品(間違いなくまだまだあるでしょう)で漱石とホームズは競演しているのですが――本作(の原作)は曲者揃いのそれらの物語の中でも一際輝く作品であります。

 というのも、本作は通常のホームズ物語のようにワトスンが語り手ではない――いや正確にいえばワトスンだけではありません。ワトスンと、漱石自身が――つまり両者が交互に、自分の目から見た物語を描くのであります。
 同じ物語を、同じ登場人物を、二人の作者が描いたとき――そこには、単なる主観の相違というレベルではない、とんでもない違いを生み出すのであります。


 ロンドン留学早々、下宿で奇妙な出来事に――夜毎、彼の部屋で不気味な音や声が聞こえ、彼を脅かす――見舞われることになった漱石。睡眠も取れず衰弱しきった彼は、学問の師であるクレイグ先生から、同じベーカー街に住むという探偵を紹介されることになります。

 しかしこの探偵、数年前に精神病院にたたき込まれ、ようやく出てきたという奇人。同居している医師がいなければ何をしでかすかわからない人物だというではありませんか。
 それでも怪事に耐えかねたのと、見料は無料らしいというのに惹かれてベーカー街221Bを訪れた漱石ですが、そこに待ち受けていたのは、見当違いな推理を得々と述べた挙げ句、間違いを指摘されると激昂して襲いかかってくる危険すぎる変人で……

 というわけで、漱石から見たホームズの第一印象は、どう見ても薬中の狂人。このような視点からホームズを描いた作品はないでもありませんが、しかし本作の場合、ワトスン側から描かれる姿はいつものホームズなのですから、そのギャップというか何というかには驚かされます。
 そしてこの漫画版は、その違いを――ホームズ像の大きすぎるギャップを、真っ正面から描くことになります。ビジュアルに微妙な違いはあるものの、しかし基本的に同様の姿のホームズが、片や狂ったように暴れ廻り、片や冷静沈着に(そしてちょっと耽美に)推理する、その二つの姿を。

 なるほど、原作ではこの二つのホームズ像は、作中の描写をもとに読者が脳裏に浮かべることとなりますが、この漫画版ではそれをきっちりとビジュアル化してみせてくれることで、よりそのギャップの大きさ、触れ幅の大きさを見せてくれるのであります。(なまじリアルな絵柄だけに、漱石から見たホームズの強烈なこと!)
 原作の大きな魅力は、この二つのホームズ像が――というより漱石の視点が――やがて変化していく様にあるのですが、その点をどうビジュアル化してみせるか、これは楽しみにしてよさそうです。


 しかし――この漫画版では、もう一つのビジュアル化が為されることになります。漱石、ワトスンと並ぶ偉大な作家、大いなる語り手である島田荘司先生その人を!
 ……要するにナレーション的に物語の要所要所に登場して語りを入れてくださるのですが、これまたリアルすぎるビジュアルに、こちらはもうドキドキであります。

 考えてみれば、上に述べたような本作独自の構成をわかりやすくするためのテクニックかと思いますが、その説得力たるや…… やってくれた! と脱帽するしかありません。


 さて、妙なところで感心してしまいましたが、本作の物語はまだまだこれから。美しき依頼人が語る奇怪な出来事――それを予兆として起きる惨劇を、そしてそれに挑む「二人の」ホームズを、本作はどのように描いてくれるのか?
 それを思うとき、何故今この作品を漫画化? という疑問などどこかへ消えてなくなってしまう――そんな先が楽しみな作品の開幕であります。


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2020.02.01

『無限の住人-IMMORTAL-』 十七幕「儀結 ぎけつ」

 ついに万次のもとに辿り着いた凜。二人の前に現れた吐鉤群を万次の機転で倒したものの、さらに幕府の番兵、そして山田浅右衛門師弟が立ち塞がる。そこに駆けつけた瞳阿、復活した夷作とともに敵を蹴散らす万次と凜だが、鉄砲水が襲いかかる。辛うじて逃れた二人の前に現れたのは……

 あと2回くらいかかるかと思いましたが、不死力解明編はこの回でまさに怒濤の完結。かなり圧縮した内容に、これまでの構成は――と思ったりもしましたが(特に前々回)、しかしアクションをほとんど今回に凝縮したおかげで、原作ほどではないとはいえ(あれは事前のストレスが異常)、一気呵成の解放感に繋がっていたと思います。

 そのアクションの方も、万次vs鉤群、瞳阿vs浅右衛門、夷作vs弁鬼、万次vs浅右衛門×2と実に盛りだくさん。どれも時間自体はそこまで長くはありませんが、しかし様々なシチュエーションで楽しませてくれます。特に山田浅右衛門はほとんど今回初めて動いたのに近いキャラですが、その飄々としたような惚けているような妙な台詞回しと、万次や逸刀流、無骸流の面々とはまた異なる剣術――冷静に考えれば、本作に登場する中で数少ない、面白武器を使わない「正当派」の剣士であります――は、実に面白い。
 その中でも、これまた本作では珍しい名前付きの技「斬鉄」は、振り上げ・振り下ろしなどの予備動作なしで、その名の通りに鉄を断つという、ある意味浅右衛門の設定に相応しい技で、瞳阿相手にこれを放った時の台詞のとぼけ振りも相まって、地に足が付きつつも、底知れぬ強キャラ感を見せてくれていたかと思います。

 そういえばバトルといえば、冒頭に凜vs歩蘭人というか、凜が歩蘭人を一方的にボッコボコにする場面があるのですが――これがまあ、これまでのストレスを一気に吹き飛ばしてくれる、まさに溜飲が下がる場面である一方で、妙にギャグめいた演出になっていたのが、ちょっと残念ではありました。シチュエーションの時点で既におかしいのだからそれだけでよいのに……
 またもう一つ、原作では四人がかりで戦うこととなった不死身の怪物・鵺一号との戦いが、このアニメでは丸々カットされているのですが――しかしこちらはまあ妥当なところではあるでしょう。いきなり登場したわりに妙に強敵だった上、リアリティレベル(今更ではありますが)をいきなりガクンと下げるキャラだったので……

 何はともあれ、地上では歩蘭人の実験をいやいや手伝っていた虎右衛門や軽小沢が妙に成し遂げた感を出しながら人々を助け、歩蘭人もあれだけやらかしたくせに(軽蔑していた)兄の医師としての信念ある言葉の前に一気に正気に返り、一件落着感あるのですが――しかしここですっかり忘れていたあの男が、さらに意外な人物とともに登場することになります。それは数回前のCパートに出たっきりだった尸良――その彼が、逸刀流は川上新夜の子・練造を引き連れて登場したのであります。
 鎖から逃れるために斬った万次の腕を拾った練造は、そのまま尸良のもとにそれを持って行き、尸良は馬鹿笑いして退場するのですが――原作ではここで
「春までに殺すッ 春までに殺すッ それまで愛し合ってろお前らァア!」
と、前半はまあわかるけれども後半お前何言ってんの? という台詞を放つのですが、それが丸々カットされてしまったのは残念であります。意味不明ながら、しかしやはり尸良っぽい名台詞だっただけに……
(まあ、その直後のようやく脱出して地面に横たわる万次と凜の姿が、無駄にラブく見えてしまうからかも――と深読みはできるのですが)


 さて、ラストにとんだ乱入者はあったものの、ひとまず万次は救出され、凜と瞳阿はいい感じで友情を結んで別れ、歩蘭人はあれだけやらかしておきながら何だかイイ感じのことを言って――しかしこいつが子孫をちゃんと教育しておかなかったおかげで後に万次がまた面倒な目に遭うわけですが――不死力解明編も大団円。
 途中ほとんど放送事故のような展開もありましたが、終盤(というか今回)のバトル釣瓶打ちもあり、何となく満足できる結末ではありました。

 さて、残すところは最終章ですが――果たして後何話残っているのか、その辺りが大いに気になるところであります。


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