伊藤悠『面影丸』新装版 甦る名手の初期作品
様々な姿で諸国に散る帝の忍び・高辻衆。その頂点である九曜の一人でありながら人に使われることを嫌う面影丸は、同じく九曜の埋火に当主が討たれたことから、当主の証である「目録」争奪戦に巻き込まれる。九曜の長・大慈、当主の子・大悲とともに行動する面影丸に追っ手が迫るが……
『シュトヘル』の伊藤悠の(実質)初連載作品が新装版で復活しました。旧版は2001年の刊行ですから、ほぼ20年ぶりの復活――当然ながら作者の作品でも最初期の作品となります。
舞台となるのは中世の日本(それも平安末期辺りか)を思わせる世界。遊芸者や山伏といった姿で諸国に散り活動する忍び・高辻衆の覇権を巡る戦いが、本作では描かれます。 本来は高辻衆は帝に仕える忍び。全国の高辻衆の名と指紋、連絡方法が記された「目録」を手にした当主がこれを治めていたのですが、上皇と結んだ高辻衆九曜の一人・埋火が造反したことから、九曜同士の死闘が始まったのであります。
目録の手掛かりとなるという菩薩面を手に逃れた当主の子・大悲を庇護するのは、九曜の長・大慈であり、その一方、埋火側に付いたのは九曜のうち五人。残る二人のうちの一人、面影丸が本作の主人公なのですが――人に縛られることを嫌う彼にとっては、高辻衆の覇権などは無縁のものであります。
しかし自由を求めるからこそ、目録からの自分の記録の抹消を条件に大悲側についた面影丸は、菩薩面と大悲の命を狙う刺客たちを迎え撃つことに――というのが本作の基本設定であります。
先に述べたように本作は忍び同士の戦いの物語――ではあるのですが、しかし忍びという言葉の一般的なイメージ(黒装束とか手裏剣とか)とは異なり、いわゆる道々の輩を主体とする高辻衆のビジュアルはそれぞれに個性的であります。
特に主人公の面影丸は、片肌脱いだ衣装の上に、鎖で束ねたいくつもの仮面を斜め掛けしているという、なかなかインパクトのあるビジュアル。また大慈も、僧衣の大男ながら白い長髪、そして何よりも猛禽類の足を持つ男として強烈な印象を残します。
もちろん敵方もそれぞれに秘術を持った者揃い、そんな面々がいわばトーナメントバトルを繰り広げることになりますが――線の多い衣装をまとったもの同士の激突を、端正な、それでいてスピーディーで迫力あるバトルとして描くのは、これはやはりこの時点から作者の筆力は確立されていたということでしょう。
もっとも、ストーリー展開の方は比較的シンプル――というより一本道で、そのためか、キャラクターたちもそれぞれに背負ったものがありつつも、それがあまり有機的に機能していないように感じられるのは惜しいところであります。
特にクライマックス、面影丸と埋火が一騎打ちの中で交わす言葉が、ほとんど一方通行に感じられてしまうのですが……(それはそれでらしい、という気がしないでもありませんが)
しかし物語が進んでいくにつれて、面影丸が身に帯びた面が少しずつ欠けていき、ラストにはそれを全てなくした素の姿で描かれるのは、彼がこの戦いの中で求めていたもの、得られたものを考えれば、何とも象徴的と言えるのではないでしょうか。
ちなみにこの新装版には、これまで単行本未収録だった読切版前後編を収録。こちらでも面影丸・大慈・大悲のトリオが中心となるものの、三人は旅芸人一座に身をやつし、舞台は室町時代を思わせる風俗と、かなり異なる印象で、パイロット版といったところでしょうか。
面影丸にも師がいたり、彼なりの執着が描かれたりとなかなか興味深いのですが、何と行っても牛までも巻き込んでの立体的なバトルが見事で、ファンであれば読んでみても損はない作品かと思います。
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