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2020年3月

2020.03.31

高橋由太・山田彩人・松尾由美『御城の事件 〈東日本篇〉』(その一)

 二階堂黎人編による光文社文庫の書き下ろし時代ミステリアンソロジー――以前全2巻で刊行された『忍者大戦』に続き、こちらも全2巻で登場の『御城の事件』の1巻目であります。タイトルの通り「城」を舞台にした個性的な全5話から成る本書の収録作品を、一作品ごとに紹介していきましょう。

『大奥の幽霊』(高橋由太):江戸城
 育ての親である伊賀者の組頭から、大奥詰めを命じられた弥助。将軍直々に受けたという「大奥で泣いている赤子の幽霊を成仏させる」という命に戸惑いを隠せない弥助ですが、綱吉の側室であったお梅の局の下で探索に当たることに……

 巻頭を飾るのは、城の中の城というべき江戸城を舞台にした、本書で唯一の時代小説プロパーと言うべき作者の作品。作者がデビュー前、別ペンネームで本格ミステリを発表していたというのは恥ずかしながら存じ上げませんでしたが、本作を読んで納得できました。

 いかにも作者らしいと言うべきか、本作は基本的にはちょっとライトな味つけで展開。
 そもそもの依頼から大奥に入ってからの展開(特に中盤の突然のお梅の局の提案を受けてのくだり)まで、ちょっと無理があるようにも思えたのですが――しかしラストに至り、ガラリと全ての構図が入れ替わり、全く異なる物語が浮かび上がるのには驚かされました。

 特にライバル局の言葉に込められた意味など唸らされるところで、登場人物が皆ものわかりが良すぎる感がなきにしもあらずですが、非情の城の中心に描かれる人情の姿が心地よい作品です。


『安土の幻』(山田彩人):忍城
 焼亡した安土城の正確な姿を記したという襖絵を模写するため、大志城を訪れた絵師の芳長。しかし城は秀吉軍に水攻めを受け、芳長は城の中に閉じこめられてしまうのでした。
 そこで自由奔放な盲目の美姫・澪姫から、城の抜け道の存在を聞かされる芳永。しかし抜け道も水に没しているはずなのですが……

 秀吉の北条攻めの際に水攻めを受け、それでも落ちなかったことで知られる忍城をモデルにした舞台で描かれる本作は、ヒロイン・澪姫の存在感が強烈に印象に残ります。
 何しろ、盲目ながらそれを補うように一度聞いたものは決して忘れぬ記憶力を持ち、そして美しい容姿に似合わぬひねくれ者ぶりで、ちょっとツンデレ気味――盛りも盛ったりというキャラですが、しかしそれだけに非常に魅力的で、彼女に振り回される芳永に同情したり、羨ましくなったりであります。

 しかし本作はもちろん城を題材にしたミステリであり、その謎の一つは、如何にして水攻めされている城から脱出するか――すなわち水没している抜け道から、如何にして水を抜くか、というもの。これだけでも十分に面白いのですが、それだけでは終わりません。
 そう、本作で描かれるのは、タイトルに冠されたもう一つの城の謎。果たしてその謎の答えは――いやはや、思わぬ伝奇テイストに仰天であります。

 ……と思いきや結末に落とされるもう一つの爆弾。いやたまりません。


『紙の舟が運ぶもの』(松尾由美):川越城
 主君の奥方の命で、城内の庭のの鳥の姿を記録することになった茶坊主の隆信。彼は鳥を追う中、遙か昔から城にいる、人ならざる女の子と出会うことになります。
 そんなある日、城の堀に浮かぶようになった紙の舟。それは町娘が城侍にたちの悪い悪戯を仕掛けられたのと同時期に始まったというのですが……

 実は本書で一番驚かされたのが本作――時代小説のイメージのない作者(というより本作が初時代小説)だけに、どのような作品を、これがと思えば、意外な展開と心温まる物語が見事に融合した時代小説でありました。

 まず主人公が城の茶坊主という時点でユニークなのですが(作中で何度か触れられる、目立つ故に目立たないという特性が生きてくる展開が見事)、その彼が遙か昔から城に棲む精霊と出会い――という導入の時点で引き込まれる本作。
 しかしそこから物語にはタイトルの「紙の舟」が絡み、予想もしなかった意外な方向に展開していくことになります。

 そこで描かれるのは、「城」に象徴される権威に挑もうとする弱者の意気地であり――なるほどこのような物語だからこその主人公の設定であったか、と納得させられるのです。
 一見日常の謎めいた紙の舟の謎も見事な切れ味であるところに、結末の後味もよく、名品と言うべき作品であります。


 残り二作品は次回紹介します。


『御城の事件 〈東日本篇〉』(二階堂黎人編 光文社文庫) Amazon

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2020.03.30

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻 バラエティに富んだ妖尽くしの楽しい一冊

 久々に新刊登場の『猫絵十兵衛 御伽草紙』は、表紙の一つ目小僧と一つ目猫から察せられるように、妖が登場するエピソードばかりが収められた全9編。妖ばかりと言っても、もちろんバラエティに富んだ内容は変わらず、今回も楽しい一冊であります。

 鼠除けの猫絵を生業とし、人ならぬモノの存在を見聞きする力を持つ青年・十兵衛と、強力な妖力を持つ元・ニタ峠の猫仙人にして、今は酔狂にも十兵衛の相棒として江戸で暮らすニタ。この一人と一匹を、時に主人公に、時に狂言回しとして、人と猫と妖の物語を描いてきた本作も、もう第21巻となりました。
 冒頭に述べたように、この巻は妖尽くしというべき内容が収録されています。以下のように……


 茶太郎・ブチ・ハチのお馴染み猫又三匹が、おいてけ堀よろしく水中から呼びかける怪と出会う「おいてけ堀猫」
 昼寝している最中に異界に迷い込んだ上、片耳がなくなってしまった濃野初風の愛猫・小春の冒険「小春猫」
 いなり寿司売りとともに、大店のお嬢様に惚れてしまった絵師志望の猫又・ムクの奮闘を描く「恋の仇猫」
 病弱で祭見物に行けない子供のために、猫丁長屋の子猫・タケと十兵衛が一肌脱ぐ「祭猫」
 年経りて通力を得た破れ寺の住職の猫が、住職を助けるために思わぬ策を授ける「火車猫」
 大晦日の晩、謎の相手から逃げようとする猫又三匹衆と百代に十兵衛が巻き込まれる「掛け取り猫」
 前話に続き、借金のカタに大森の化け物茶屋で働くことになった四匹の姿を描く「化物茶屋猫」
 タイトルのとおりニタの賑やかな日常を描いた8ページの掌編「ニタの、たまの日常」
 ニタ峠の雛祭りに招かれた十兵衛が、川の化生とそれに顔と大切なモノを奪われた女性と出会う「ひいな猫」


 ご覧のとおり、奇怪な化け物との対決あり、可愛らしく不思議な奇譚あり、泣かせる猫と人のドラマあり――一口に妖といっても様々ですが、それでいて、どれも本作「らしい」物語に仕上がっているのに感心させられます。

 例えば「小春猫」――小春の夢物語のようなファンタスティックなお話ですが、小春が迷い込んだ様々な妖が人間同様の暮らしを送る世界の姿は、ユーモラスでしかし妙に生々しく、我々の世界とは似て非なる空気を感じさせる異界感が素晴らしい。
 この辺りの異界描写は実は作者の得意とするところですが、実在した大森の化け物茶屋に、実は人用の表と化け物用の裏があったという設定の「化物茶屋猫」も、作者ならではの世界観を感じさせるものがあります。

 また、一見ユーモラスで温かい絵柄でありつつも、本気で恐ろしい化け物を描けば、ドキリとするほど恐ろしいのも作者の筆の力。
 本書でいえば、「火車猫」のクライマックス、死人を地獄へ攫っていく火車の大暴れの場面などは、江戸の絵草紙的な味わいを持ちながらも、荒々しく迫力ある絵柄に驚かされるのです。

 ちなみにこの「火車猫」、物語的には有名な昔話「猫檀家」にほとんど忠実な内容なのですが――この妖怪描写の凄まじさと、それとは裏腹の人と猫の細やかな交流の描写(和尚が唱える大悲心陀羅尼の一節が別の意味を持つラストが巧い!)に泣かされる、本書でも屈指の名編と感じます。
 また名編といえば「祭猫」も、互いをいたわり合う両親と子の情(冒頭で描かれる母の表情が何とも見事)に、普通の子猫であるタケの可愛らしさと、十兵衛の猫絵が生み出す優しい奇跡が絶妙のバランスで混ざり合って、不思議人情系の実にグッとくるエピソードとして必見であります。


 と、妖好き、不思議好き、そしてもちろん猫好きには、語り出したら止まらなくなってしまうような充実した内容の本書。

 連続ものではない連作もので、これだけの巻数を重ねながらも、このバラエティとクオリティとは――といつもながら驚かされるのですが、しかしこの点についてはこの先も変わることはないだろうと、無条件に信頼してしまうのであります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon


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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね

 『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

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2020.03.29

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第2巻 決戦開始!? あの男が戦場に立つ

 奮戦空しく蒙古軍に追い詰められ、蹂躙された対馬。その地獄を生き延び、なおも戦いを続けようという朽井迅三郎の戦いを描く『アンゴルモア 元寇合戦記』のシーズン2とでも言うべき『博多編』の続巻であります。ついに九州本土に蒙古軍が上陸した中、あの男が戦場に立つことに……

 多大な被害を与えた末に対馬を離れた蒙古軍。彼らにとっては対馬はあくまでも行きがけの駄賃、真の目標は九州本土にあります。しかし日本の武士たち、すなわち鎌倉幕府の御家人たちも博多を中心に集結、ここに全面対決の火蓋が切られ――ない。
 数だけはそれなりのものが集まったものの、。それぞれがそれぞれの士族を代表する彼ら御家人たちには、統一された指揮系統も、協力の意志もなかったのであります。

 太宰少弐の威光も及ばず、烏合の衆状態の日本軍を後目に、次々と橋頭堡を築いていく蒙古軍。しかし本隊が動かない中、赤坂山の守備していた菊池家の武士たちが立ち上がり……


 と、前の巻での嫌な予感(というよりわかりやすい前振り)は現実のものとなり、いざという時に動かない日本軍の無為無策が描かれるこの巻。この辺りは基本持ち出しで参加、活躍して報奨が得られなければ戦う理由がない――という、御恩奉公のネガティブサイドが出たのかもしれませんが、迅三郎の、いや対馬の人々の苦闘を思えば、腹立たしい限りであります。

 そんな中でも菊池家は、幸か不幸かそうした武家間の争いから半ば弾き出されたが故に、武功を上げたわけですが――ここにもう一人、己の武功を見せんとする男が現れます。
 その名は竹崎季長――日本史の教科書でおなじみの「蒙古襲来絵詞」を残した人物です。

 が――本作に登場する季長は、武士としては底辺の、かなりマズいキャラクターであります。
 貧乏御家人ながら妙にプライドが高くて人に頭が下げられず、食うや食わずの生活で実家に寄生中。同年代の周囲の武士たちがきちんとした仕事と家族を持っている姿を前に、思わず身を隠してしまうという――何でこんなに生々しいんですか(どちらかというと『なまずランプ』にいそうな……)。

 それはさておき、それでも武士としての最後の誇りは捨てられない季長にとって最後の賭け、一世一代の大勝負の場がこの戦。名だたる名門武家が動かないのであれば俺が行く、と言わんばかりに先駆けを仕掛け、それがついに人々を動かし……
 と、このくだりは、どん底のキャラクターの逆転劇としてなかなか良い話にも思えるのですが、やはり彼も鎌倉武士。蒙古軍の首級を掲げて帰ってきた菊池家の姿に「なんとすずやかな姿か…」と感涙する姿には、どうリアクションすればよいのか、現代人の自分としては少々戸惑ってしまうのであります。


 さて、そんな新たなヒーロー(?)が誕生した一方で、高麗軍の軍船に密航して九州本土を目指す迅三郎は、思わぬことから発見されて船上で大立ち回りすることになります。
 普段はインテリ然としながら、切れると剛力で刀を無茶苦茶に振り回すという高麗軍の偏執狂的指揮官――本作はこういう形で敵方のキャラを立ててくるのが正直馴染めないのですが――相手に死闘を繰り広げる羽目となった迅三郎。

 そんな彼の思わぬ救い主となったのは、命知らずにも奇襲を仕掛けてきた地元の海賊、いや御家人衆だったのですが――その頭領というのが、別の作品からやってきたような勝ち気な美少女というのにはさすがに驚かされます。
 そして一難去ってまた一難、島抜けした流人扱いで彼女に捕らえられた形で、九州に連行されることとなった迅三郎ですが、彼にとってはまさに渡りに船であります。

 このまま九州での戦いに参戦することができるのか、そしてようやく立ち上がった御家人衆たちの戦いの行方は――ここからがようやく本当の戦い、と言うべきでしょうか。


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第2巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

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 銅大『アンゴルモア 異本元寇合戦記』 良質で良心的な小説版、もう一つのアンゴルモア

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2020.03.28

『無限の住人-IMMORTAL-』 二十四幕「無限の住人」

 突如襲った銃弾の嵐に倒れる槇絵と燎。それぞれ残された天津と吐鉤群は最後の死闘を繰り広げる。そして残った天津と万次が激突し、最後に残ったのは万次だった。右腕を失いながら生き延び、海の向こうに旅立とうとする天津。そこに現れた凜は……

 最終回らしく、オープニング映像抜きでいきなり本編からスタートする今回。前回ラストに、生き残った者たちを襲った銃弾を放った「懸巣」のメンバーたちと尾羽打ち枯れた態の英の会話より後は、10分近く台詞なしで物語は展開していくことになります。
 そこで繰り広げられるのは、天津と吐――愛する槇絵を失った(といっても槇絵はもの凄いパワーで「懸巣」と幕府の侍たちを皆殺しにしているのですが)天津と、己の血を残す最後の便だった燎を失った吐の激突。もはや勝っても何も得られるものもなく、いや失うものすらない二人の激突は、紙一重の差で天津が勝利し、ついに吐は盛大に血を噴いて倒れるのでした。

 しかしまだそれでも戦いは終わりません。天津の前に現れたのは、前回から引き続き、荒篠の左腕を右腕に装着し、吐の羽織を素肌にまとったという、最終決戦モードにしては異形すぎる万次。どちらも満身創痍ながら、その状態ではやはり万次の方が有利であったか――万次が天津の右腕を奪い、ここに全ての戦いは終わりを告げることになります。
 と、ここまでが無音。唐突な演出という気がしないでもありませんが、これはこれで引き込まれるものがあったのは、確かであります。

 それはさておき、何とか命を拾いながら、ただ一人海の向こうに渡って子孫を増やし、再び脅威となって帰ってくると何処まで本気なのか語る天津。万次はそれを見逃すのですが――そこに駆け寄ったのは凜の手に握られた刃は天津の身を深々と抉り、ついに天津は息絶えることになります。
 これまで様々な戦いを経ながらも、万次や他の者に助けられ、自分自身の手を他人の血で汚すことはなかった凜(自分自身の血ではけっこう汚しましたが)。その彼女が最後の最後に、ついに人を殺めたことになりますが――しかしそれは単なる仇討ちのためでなかったことを、凜は後に語ります。

 その理由とは恨みの連鎖を子孫にまで残さないため――すなわち、自分たちの代で終わらせるため。
 思えばこの争いの根源は、天津の祖父が凜の曾祖父に対して抱いた逆恨みに近い怨念であり、それが孫の影久に受け継がれて逸刀流の浅野道場襲撃に繋り、そしてそれに対して万次が凜の用心棒となって――と、復讐の連鎖となったことを思えば、凜の想いは理解できるものがあります。


 しかし、それでは一度血に塗れた手同士は、繋ぎ合わされることはないのか――それは生き残った者たちのその後を描いたエピローグの、そのまた先で描かれることになります。

 時は流れに流れ、いきなり明治――汽車が走り、刀を持つことが禁じられた文明開化の時代、万次は八百比丘尼に呼び止められ、布由という少女を託されることになります。曾祖母から代々託されているという、見覚えのある短剣を手にした少女を……
 そしてその少女に差し出された万次の手は、小指を失った右手――そう、天津の右手。変則的な形ではありますが、ここに浅野家の血を引く者と、天津家は、手を取り合ったのであります。

 かつて天津が願ったように、無限の時を生き、そこで出会った人々の生を見つめる者によって……


 というわけで、ついに完結した本作。全30巻の原作を、全24話で完全アニメ化すると聞いた時にはさすがに驚きましたが、途中、加賀編や不死力解明編のかなりをはじめ、諸処で省略――個人的にはそのほとんどは納得がいくものでしたが――はあるものの、しかしまずは原作をそれなりのクオリティで一通りアニメ化してみせたのは大きな成果でしょう。
 もっとも、時々理由がわからないようなアレンジや、食い足りない部分はあります。今回も、万次と別れた後の凜の涙――文字通り、凜とした態度を見せていた彼女が、みっともないくらいに顔を歪め、身も世もないように泣き崩れる場面など、演じる佐倉綾音の気合いの入った演技をもっとしっかりと聴かせて欲しかったものですが……

 それにしても――これは失礼な言い方になりますが――全編を通してそれなりの形になるように物語の進行を整えられながらも、やはりどこか歪みを感じさせるような格好となっているのは、それはそれで『無限の住人』という作品らしいと思わなくもありません。
 何はともあれ、大団円であります。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 『無限の住人-IMMORTAL-』 十二幕「終血 しゅうけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十三幕「誰そ彼 たそかれ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十四幕「改起 かいき」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十五幕「臓承 ぞうしょう」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十六幕「肢転 してん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十七幕「儀結 ぎけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十八幕「鬼哭 きこく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十九幕「鏖 みなごろし」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十幕「霏々 ひひ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十一幕「陥穽 かんせい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十二幕「十掉尾 じゅっとうび」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十三幕「焉舞百景 えんぶひゃっけい」

 無限の住人

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2020.03.27

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第3巻 百鬼丸、己の半身との対決

 これまでも様々な形で語り直されてきた『どろろ』の物語を、また新たな形で再構築してみせる『どろろと百鬼丸伝』、第3巻で描かれるのは、ばんもんを背景とした百鬼丸と多宝丸の対決であります。そしてその先に百鬼丸が得るものは……

 ばんもんなる壁の名残を境に、朝倉と対峙する醍醐領にやってきたどろろと百鬼丸。そこではぐれてしまう二人ですが、どろろを拾ったのは醍醐家の当主・景光の子である多宝丸でありました。
 どろろを気に入り、我が物にせんとする多宝丸と、どろろを追いかけて多宝丸の館まで押し掛けた百鬼丸。百鬼丸がどろろを見つけられずに一旦退いた頃、どろろはそうとも知らずに、館で出会ったある男とともに脱出を試みるのですが……


 琵琶法師の意外すぎる正体や、妖刀似蛭の登場タイミングなど、随所にアレンジの見られる本作。そんな中でも現時点で最大のアレンジは、多宝丸の存在であることは間違いありません。
 ばんもん近くで軍を率いる景光の息子であり、百鬼丸の弟という設定は変わらぬものの、本作の多宝丸は、時に人間離れした奇怪な表情を見せ、そして何よりも、半身を絡繰り仕掛けに変えた青年――そしてその絡繰りを作った者こそ、百鬼丸とも縁の深いあの人物なのですから。

 原作では、百鬼丸の弟であり、醍醐景光の後継者というおいしい立ち位置でありながら、今一つ盛り上がらぬままに退場した多宝丸。
 しかし本作においては、その生まれのみならず、魔物との関わりや肉体に至るまで、百鬼丸とある意味対等の存在として描かれることになります。つまり多宝丸の対決は、百鬼丸にとってはまさに自分の半身との対決と変わらぬものであり――その点において、このエピソードは原作を超える重さを持つものと言えるでしょう。

 だからこそ、戦いの後、自分たちをあざ笑うばんもんの魔物・九尾の狐に対する百鬼丸のあまりに柄の悪い怒り爆発ぶりに一種のカタルシスがあるのであり――そして魔物との戦いの末に百鬼丸が取り戻した「もの」の重さに唸らされるのであります。
(こんなものまで奪われていたのか、という驚きとともに……)

 また、百鬼丸の柄の悪い熱血漢ぶりは原作でも彼の魅力であっただけに、その姿を本作では存分に見ることができるのも、個人的には嬉しいところであります。


 しかし一つの戦いが終わったとしても、百鬼丸には安らぎは待っていません。
 彼の実の親でありながら、ある意味これまでのさまざまな『どろろ』の中で最も人間離れして感じられる景光は得体の知れぬ存在感を発揮し、そして久方ぶりに再会した育ての親とは時ならぬ災害に引き裂かれ――百鬼丸に残されたのは、唯一どろろの存在のみであります。

 そしてそんな二人が出会った(見つけられた)のは何と! と言いたくなるようなキャラクターですし、さらに退場したと思われた人物まで、意外な人物に拾われて――と、この巻では、原作以上に個々のエピソードの繋がりを濃厚に描こうという、本作の方向性がうかがわれます。

 どろろと百鬼丸「伝」という本作のタイトル。それは『どろろ』という物語を踏まえ、その要素を生かした上でさらに新しい物語を生み出してみせるという「伝奇」の「伝」ではないか――というのはもちろんこちらの勝手な見方なのですが、原作を知っていればいるほど楽しめる本作を読んでいると、そんな印象も受けてしまうのであります。


『どろろと百鬼丸伝』第3巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2020.03.26

梶川卓郎『信長のシェフ』第26巻 ケンと村上父子の因縁、決着!?

 自分自身が生き延びるためから、信長を生かすために目的を変え、なおも続くケンの戦い。その目的のために、この2、3巻の間続いてきた村上水軍との対決(?)も、ついにこの第26巻で、一つの決着を見ることになります。

 歴史を変えて信長を生き延びさせるため、この世界においては異物である自分たち現代人の、最後の一人である望月を探し出そうとするケン。
 しかし望月は四国の三好家に身を寄せていたことしかわからず、ケンはその手がかりを知るため、瀬戸内海を拠点とする村上水軍に近づこうとするのですが――しかし彼らは織田家の大敵である毛利家と結んでいる状態であります。

 そんな中、木津川口の戦いに絡んでにケンは村上家の当主・武吉の息子・元吉と奇妙な縁を結ぶことになるのですが――しかしいまだに求める情報は得られぬ状態。そもそも相手は瀬戸内海、ケンは安土と行動エリアも全く重ならないわけであります。
 しかしそれが今回、病床の竹中半兵衛の配慮により、ケンは再び元吉に接近することに……


 と、この巻の大半を費やして描かれるのは、ケンと元吉、ケンと武吉、そして信長と村上水軍との因縁の決着編。木津川口の戦いを経て、織田家に大きく傾きつつある元吉と、慎重な武吉――この親子の間に、ケンは挟まれることとなります。
 だとすればケンにできることは、料理を通じて武吉を動かす以外ありませんが、しかし面白いのはここで前哨戦とでもいうべき展開があることです。そう、元吉に接近したところを見とがめられ、元吉によって咄嗟に門付け芸人であると庇われたケンですが、それでは芸を見せてみろ、ということになってしまったのであります。

 もちろんケンは料理人であって芸人ではありません。しかし芸を見せなければ間者として殺されかねない絶体絶命の窮地で、さてケンにできるのは――と、ここでのケンの行動は予想がつく方も多いのではないかと思いますが、しかし画として見てみるとやはり実に面白く、これはこれで期待通りと言うべきでしょう。

 そしてついに武吉と一対一で対峙することとなったケンが、武吉に出す料理は――これぞケン、と言いたくなるようなユニークかつ含意に富んだもの。それに対する武吉のリアクションも洒落ていて、まずは村上水軍編(?)も大団円、といったところであります。
(が――その後に語られる村上水軍の「未来」の描写が、どちらとも取れるものなのが心憎いところであります)


 しかし、このように本作らしい味わいはきっちり見せてくれたこの巻ではありますが、前の巻の後半で如何にも意味ありげに描かれたイエズス会回りの展開は今回はほとんどお休み、肝心の望月の行方の方も――と、物語としての進みはほとんどなかったのも、正直なところであります。
(竹中半兵衛の死が一つの山ではあるのですが、実はそこまでケンと半兵衛の接点は大きくなかったという印象もあり……)

 実は史実では、この辺りは信長にはあまり目立った出来事がない時期ではあります。それだけに、難しいところだとは思いますが――まだもう少し先であろうクライマックスに向けて、もう一山二山、あってほしいところではあります。


『信長のシェフ』第26巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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 梶川卓郎『信長のシェフ』第25巻 新たな敵に挑む料理探偵ケン!?

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2020.03.25

野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち

 樺太・ロシア編もいよいよエピローグといったところでしょうか、長い旅を追え、アシリパたちを連れて帰ってきた杉元一行。しかし北海道に帰ってきたところで、果たしてアシリパに平和な暮らしは待っているのでしょうか。鶴見と土方、それぞれの勢力の思惑も交錯する中、彼女の選択は……

 キロランケの死そして尾形の逃走と、波乱に次ぐ波乱の末、ようやくロシアを離れ樺太まで戻ってきた杉元たち。途中、尾形に狙撃対決で敗れたロシアの狙撃兵・ヴァシリが、彼との再戦を期して勝手に着いてきたりもしましたが、まずは帰りの旅は何ごともなく終わるように見えます。

 が、ロシアで一度は姿を消したソフィア(と岩息?)が新たな勢力として北海道を目指し、鯉登少尉は鶴見に対してある疑念を募らせ、そして北海道では前巻から登場した有古一等卒を挟んで鶴見と土方の暗闘が繰り広げられ――と、黄金争奪戦を巡る人間関係はいよいよ複雑になるばかりであります。
 何よりも、今の杉元は鶴見の監視下にある身分であり、アシリパを連れ帰るということは、鶴見に彼女を、彼女の持つ情報を引き渡すということに繋がります。果たしてそれでアシリパがこの争奪戦から解放されるのか? これまでの状況を考えれば、それは疑わしいところであります。


 と、そんな入り組んだ状況にありながらも、杉元たちの帰りの旅は、一見のどかで、楽しげなものに映ります。
 偶然活動写真の興行主と知り合ったことから、アシリパはアイヌの昔話を活動写真に残すと俄然エキサイト、杉元や白石、さらには鯉登や月島(何故か二人で女装)、谷垣まで巻き込んで、てんやわんやの撮影開始――と、この辺りの脇道への逸れ方は、これはこれで本作らしいなあ……

 と思っていれば、ここで谷垣とチカパシの別れの前奏曲が、そしてそれ以上に、アシリパと両親の思わぬ「再会」という大きな大きな出来事が描かれることになるのですから、全く以て油断ができません。
 そしてそこからアシリパが今後歩むべき道へ――そして、彼女に対する杉元の在り方まで繋がっていくに至っては、ただただ唸らされるのみであります。

 思えば成り行きで出会いながら意気投合し、冒険を始めることとなった杉元とアシリパ。それ以来、黄金争奪戦の中で、ほとんど考える間もなく駆け抜けてきた二人ですが――しかしアシリパの父の遺言を聞いた杉元、そしてキロランケとの旅の中でアイヌとしての自分のアイデンティティを見つめ直すことになったアシリパにとって、旅の意味はいつまでも同じではありません。
 何よりも、アイヌとして自分に何ができるのか考えるようになったアシリパと、彼女を戦いから遠ざけようとする杉元の間には、大きな方向性の違いが生まれてしまったのですから……

 もちろん、アシリパに対する杉元の態度は人間として、和人として、実に理想的であり――そこには、アシリパにまさに自分自身の理想を投影する側面もあるものの――好感の持てるものであります。
 しかし、作中では(半ば意図的に)これまで描かれてきませんでしたが、和人の支配下の北海道で暮らすアイヌの苦境は、歴史が示しています(その意味で、アイヌである有古の思わぬ真実と、彼を待ち受ける二重に過酷な運命は、その一つの象徴のように感じられます)。


 そんな二人が、何よりもアシリパが何を選ぶのか――それはこの巻のラストで描かれることになります。アシリパを――アシリパの瞳を前に、普段のメフィストフェレスぶりをかなぐり捨てた鶴見(彼にも人間らしい側面があったのか、とある意味感心させられますが)の態度をきっかけにして。

 そしてその選択の中身は――それはここで言うまでもないでしょう。それは実に二人らしい爽快で痛快な、「そうこなくっちゃ!」と言いたくなるようなものなのですから。
 そこに待つのは、もちろんこれまで以上に困難な闘いではあるのですが、しかし今はただただ、二人の再出発を心から応援したくなる――そんな結末をもって、この巻は幕を閉じます。そこからの道に何が待つのか、それはもちろんまだわかりませんが――しかし二人にとって、どんな道も自分自身が望む道。決して後悔などはないと、信じられるのであります

(そしてその前の場面で、わかっていて言っているのか単なる勢いなのか、杉元にぶつける白石の言葉も、白石という男の在り方を感じさせてくれて実に好きだなあ)


『ゴールデンカムイ』第21巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2020.03.24

誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖 2 親子の情』 女探偵、最後の事件……

 育ての親の万七亡き後、よろず稼業「ねずみ屋」を引き継ぎ、奮闘を続けてきたお市。そのお市の夢に最近現れるのは、幼い頃に殺された両親だった。そんなある日、お市の前に岡っ引き時代の万七の仲間だったという男・長兵衛が現れ、二人がかつて逃した盗賊の残党探しを持ちかけるのだが……

 数多くの文庫書き下ろし時代小説シリーズを発表し、そして操觚の会の渉外担当として八面六臂の活躍を見せてきた誉田龍一先生が、今月の9日に逝去されました。
 私もネットだけでなく、操觚の会のイベントなどでお会いし、色々とお世話になってきました。それだけに第一報以来、いまだに信じられないという思いがあります。

 そして悲しいことに、現在発表されているシリーズは未完ということになります。まことに残念ながら本作もその一つということになりますが――ハヤカワ時代ミステリ文庫の一つとして楽しませていただいていたこともあり、追悼の意を込めて、今回取り上げさせていただきます。


 幼い頃に両親を失い、岡っ引きの万七に引き取られて育てられたお市。その後、万七は仕事でしくじって十手を失い、以降はよろず稼業「ねずみ屋」として活躍していたのですが――しかしある日、水死体となって発見されることになります。
 万七の死に様に不審なものを感じたお市は、いつかその謎を解き明かすため、そしてねずみ屋の看板を下ろさぬため、生前に万七から教わった様々な探索の極意と、実の母の形見だったというジーファー(琉球簪)を武器に、よろずや稼業を引き継ぐことに……

 という基本設定の本シリーズですが、時代小説にはありそうでほとんどなかった私立探偵、それも女性の私立探偵――岡っ引きのような職業探偵ではなく、ディレッタントの素人探偵でもない――を主人公とした、なかなかにユニークな作品であります。
 そんな「女には向かない職業」にわざわざ挑もうというだけに、お市には知恵も度胸も腕っ節も人並み以上にあるのですが――しかしそれでもやはり、男の悪人が複数出てくれば抵抗するのがやっとの状態。かくて、時代小説の女性主人公(剣士や忍者以外)としては異例なほど、毎回ボコボコになりながらお市は事件に挑んでいくのであります。

 さて、この第2巻は前作同様の全4話構成です。
 15年前に残忍な盗賊に襲われて全てを失い、いま死を目前とした元大店の主が、その時に行方不明となった娘探しを依頼してくる「父娘無情」。
 身寄りのない姉弟を引き取ったものの、姉は家出を繰り返し、ついには弟を連れて出ていってしまったという若い父親からの依頼から始まる「姉弟孤独」。

 前半2話ではどちらも副題の「親子の情」に相応しい内容のようでいて、しかし――という、苦い味わいが何とも本作らしい物語が続くことになります。(特に第1話は、真相はすぐに察しがつくものの、それが明らかになる時の登場人物の心の動きが圧巻)
 そして後半2話も同様に「親子の情」にまつわるものではありますが――しかしそれがお市自身の物語であるのが目を引きます。

 お市が8歳の時に何者かに殺された両親。しかしそれがあまりにショックであったものか、彼女の記憶の中では、両親の顔は常に黒く塗りつぶされた状態にあります。
 そんな両親が毎日のように夢に現れるという辛い状況の中、お市は育ての親と生みの親――すなわち万七と両親と、それぞれに関わる事件に絡むことになります。そしてその中でお市は、「親」に絡むあるショッキングな事実を知ることになるのです。


 たった一人のよろず屋稼業ではあるものの、常に彼女の心(記憶)の中にあって、彼女の冒険を支えてきた万七。前作同様、本作においても、お市の心のなかでは、ほとんど自問自答のようなレベルで万七の教えが思い出され、彼女はそれに従って事件に挑むことになります。
 しかし、そんな一種の依存のようにも見えるお市と万七の関係は、本書の終盤において、ある理由から、大きく変化することになります。

 そんな状況で、お市はよろず屋を続けていくことができるのか。そして万七の死の真相を掴むことができるのか? (ラストの行動はもはや「探偵」という域を超えているのではないか、という点も含めて)何とも気になる引きとなったのですが――しかし本作の続編は、もう二度と読むことはできないのでしょう。それが今では口惜しくてなりません。
 それでも優れた物語は残り続ける、読まれ続ける――そうあって欲しいと、今は切に願うのみであります。


『よろず屋お市 深川事件帖 2 親子の情』(誉田龍一 ハヤカワ時代ミステリ文庫) Amazon

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2020.03.23

美奈川護『はしたかの鈴 法師陰陽師異聞』 登場、探偵道満と「式神」弟子!?

 怪異を信じぬと嘯きつつ、平安京で法師陰陽師として口八丁手八丁で活躍する芦屋道満。驚異的な記憶力を持つ「式神」の少女・鷂とともに次々と奇怪な事件を解決し、名を上げていく道満だが、彼には内裏に入り込もうとするある理由があった……

 今なお毎月のように新作が発表されている陰陽師ものですが、その中でも本作は極めてユニークな作品であります。何しろ本作の主人公は芦屋道満――安倍晴明のライバルとして知られ、それこそ陰陽師ものに(悪役として)数多く登場する有名人なのですから。

 しかし本作の道満は、市井で活動する法師陰陽師といういささか変わった立場とはいえ、怪異を信じないと語る変わり者。そしてそれ以上に、目にしたあらゆるものを記憶し、さらに凄まじい演算能力をもつしょう少女・鷂――かつて鬼の子呼ばわりされて親に塗籠に閉じこめられていたところを拾った彼女を「式神」として常に連れている点が、本作の最大の特徴といえます。
 自分は怪異を信じていないくせに、当時の人々の鬼や怪異を恐れる心につけこみ、周囲には「式神」で通している鷂とともに、道満は様々な事件に挑むのです。

 そう、本作は陰陽師ものでありつつも、超自然的怪異との戦いを描くのではなく、何者かが超自然を装ったその背後にあるものを暴く、いわば道満を探偵役とした一種のミステリなのであります。
 羅城門に現れて屍を漁る女、時を狂わせるという謎の鬼などといった、いかにも陰陽師ものらしい怪異に対し、道満は持ち前の人間観察眼と話術、そして鷂の超記憶能力を武器に、合理的に謎を解いてみせる――そんな趣向は、実に新鮮で面白いのです。

 そして本作が見事なのは、こうしたユニークな物語を、「史実」――すなわち芦屋道満そして安倍晴明について伝える伝説や巷説を巧みに取り込みつつ、それを換骨奪胎して新たな物語を作りだしている点であります。
 藤原顕光の命で道満が行ったという藤原道長への呪詛、晴明と道満の当て物対決をはじめとする数々の因縁、さらには晴明と智徳法師なる陰陽師との対決まで――それぞれいかにも本作らしい解釈がほどこされているものの、描かれるのは、これら陰陽師ファンであれば常識のような数々の「史実」の再解釈であり――これもまた一種の謎解きでしょう。


 そんなミステリ的趣向が楽しい本作ですが、しかしそれ以上に魅力的なのが、道満と鷂のキャラクターであります。

 怪異を恐れる人々の心を利用して金を稼ぎ、あるいは相手の弱みを握ってのし上がろうとする道満。そんな彼はいかにも悪党と呼ぶに相応しい傲岸不遜な人物ではありますが――物語が進むにつれて明らかになっていくのは、そんな彼の背負う過去の傷であり、そこまでしてものし上がらなければならない理由であります。
 詳細は伏せますが、その過去こそは、彼が怪異を否定する――いや、過去を否定しなければならない理由。そしてそれが明らかになった時、こちらが彼を見る目もまた、大きく変わらざるを得ません。

 その一方、鷂はある意味道満以上にユニークな存在であります。
 持って生まれた超人的な能力故か、はたまた今で言うレグレクトされてきた幼少期のためか、ほとんど人間らしい感情を持たない鷂。ただ道満の言うままに忠実に従い「式神」として振る舞う――ある意味超俗的な彼女と、世俗の固まりのような道満の噛み合わないやりとりは、本作のどこかコミカルなムードの源と言ってよいでしょう。

 しかし、そんな二人の関係性は、物語の中盤から変化を見せることになります。
 ひょんなことから顕光の娘・元子に気に入られ、その側に仕えることになった鷂。初めて道満のもとから離れ、他者と共に過ごす中で、彼女の中に変化が――人間性が生まれていくことになるのです。

 その鷂の姿が何とも微笑ましい一方で、鷂の変化に気を揉み、気を使う道満の「親心」も実におかしいのですが――しかしそしてそんな中で、道満は気付くのであります。怪異を嫌い、否定してきたはずの自分自身が、鷂を「式神」という怪異にしてきたことに。
 それに気付いた時、道満の行動は、そして鷂の選択は――冒頭と見事に照応した結末は、心憎いほどであります。


 陰陽師ものという趣向を用いた謎解きを横糸に、個性豊かな道満と鷂の関係性の変化――成長を縦糸にした本作。その両者を見守る安倍晴明の飄々とした、そして得体の知れないキャラも楽しく、陰陽師ファンほど、より楽しめる作品といっていいでしょう。
 是非ともこの先の二人の冒険を読んでみたいと思わされる――そんな快作であります。


『はしたかの鈴 法師陰陽師異聞』(美奈川護 集英社文庫) Amazon

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2020.03.22

『無限の住人-IMMORTAL-』 二十三幕「焉舞百景 えんぶひゃっけい」

 ついに始まった逸刀流と六鬼団、そして万次たちの最後の戦い。万次が荒篠獅子也と、槇絵が残りの六鬼団と激突する中、天津と吐鉤群は壮絶な剣戟を繰り広げる。そして死闘の末に六鬼団は全て倒れ、吐も天津によってついに追い詰められたかに見えた、その時……

 いよいよ本作も残すところ今回を入れて二話――つまりラスト一話前ということで、各陣営でトーナメントバトルに生き残った、最強レベルの剣士たちの激突が描かれることになります。すなわち
 万次vs荒篠獅子也
 乙橘槇絵vs弩馬心兵・八宗足江進・御岳
 乙橘槇絵vs偽一
 天津影久vs吐鉤群
という、出し惜しみなしの激突であります。

 その中で一人、対戦カードを見ただけで無茶な人数と戦っているのが槇絵ですが、しかしそれが実は決して無茶ではない、いやむしろこれくらいのハンデがあって丁度よい――というのはファンであればよく知っていることですが、しかしそれでも全然足りなかったのにはさすがに驚かされます。
 場面が変わったと思ったらいきなり六鬼団蛇組の皆さんに押し倒されていた、と思ったらいきなり彼らを皆殺しにして弩馬と足江進に襲いかかり、そしてまた場面が変わったと思ったら相手二人は無惨なグロ死体となって横たわり――と、あまりにスピーディーで(というより中抜きが過ぎていて)一瞬何が起きたのかわけがわからない状態。特に足江進は、荒篠と過去のドラマがあったのにもかかわらず、その辺りをバッサリとカットされてしまったのは無惨に過ぎるとしか……

 その荒篠はといえば、過去描写がカットされたおかげで、時々思い出したようにオランダ語を喋る大きい人、というキャラクターになってしまったのですが、しかしこれがポッと出なのに猛烈に強い。いやその強さは前回逸刀流門下生相手に描かれていましたが、万次までもほとんど子供扱いの実力差であります(万次が門下生並み、とか言わない)。
 考えてみればあの巨体が生み出す膂力で、漫画に出てくる(漫画です)大剣みたいな得物を、しかも二本も振り回し、ほとんど全身を鉄板や鎖の鎧で覆っているという、タンクのくせに攻撃力も異常に高い荒篠。あの時代の日本の戦力であれに勝てというのは、無茶と言うべきでしょう。

 しかし、そういう無茶をしないと勝てない相手になると異常に強いのが万次(と凜)であるのは間違いないところであります。荒篠でなくとも「悪魔」と呼んでドン引きしそうなスタイルで襲いかかる万次――凜の文字通り命懸けの芝居で助けられた上に、装甲が厚い相手には相性抜群の天津の斧が偶然手に入ったおかげではありますが――は、非常に輝いていたと感じます。
(しかし、五体満足だった時の方が少ないと自覚しているとは自虐的にもほどがある万次)

 そんなある意味本作らしい異形のバトルが繰り広げられていた一方で、正当派の剣戟を繰り広げたのは、天津と吐という両勢力のトップ二人。吐は言うに及ばず、面白武器を使うのが逸刀流ではないと(もしかしたらちょっと気にしていたのかもしれない)天津も持てる技術をフルに発揮しての激突は、余人の邪魔の入らない高台を舞台としたこともあって、延々と繰り広げられることになるります。
 しかし片目を失っていたことが紙一重の勝負を分けたのか、天津有利の状態で転落した両者。そこに割って入ったのは、困っている人を見捨てていけないことでは定評のある凶に拾われた杣燎であります。

 理屈にならない理屈で吐を庇おうとする彼女に構わず勝負を続行しようとする二人ですが、しかし既に勝負はついたも同然、さらにそこに槇絵まで現れては――と、逸刀流完全勝利か、いうところでまさかの事態が発生し、物語は最終回に雪崩れ込むことになります。


 というわけで最後の最後まで混沌とした状況が続く本作ですが、しかし今回繰り広げられた三つの戦い、いずれも終盤に女性が乱入する――上で触れられなかった槇絵vs偽一には百琳が乱入――という共通点があるのは、興味深いところであります。
 それが成功したか否か、そして乱入された側がどのような反応を見せたか――それによって、それぞれの結び付きの違いが垣間見えるように思われるのは(牽強付会かもしれませんが)、なかなか面白く感じられた次第です。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 『無限の住人-IMMORTAL-』 十六幕「肢転 してん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十七幕「儀結 ぎけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十八幕「鬼哭 きこく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十九幕「鏖 みなごろし」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十幕「霏々 ひひ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十一幕「陥穽 かんせい」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十二幕「十掉尾 じゅっとうび」

 無限の住人

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2020.03.21

築山桂『眠れる名刀 左近 浪華の事件帖』 左近、刀剣を狙う邪悪に挑む

 南河内の庄屋で、名刀「小竜景光」が見つかった。四天王寺に預けられる刀の護衛のために向かった左近だが、既に庄屋は惨殺され刀は奪われていた。名刀を奪うために残忍な犯行を繰り返す猿一味を、おかしな宝探し屋とともに追う左近だが、さらに伊達家ゆかりの「鶴丸国永」までもが事件に絡み……

 古代から大坂の町を守る闇の守護者・在天別流の男装の麗人・東儀左近の冒険を描くシリーズ第4弾であります。
 難波宮の時代から、四天王寺の楽人を表の顔に大坂を守ってきた在天別流。都が移った後も、時の権力者から距離を置き、大坂の庶民のために密かに戦いを繰り広げてきた彼らの当代の主・弓月王の妹である左近が今回巻き込まれるのは、名刀にまつわる騒動であります。

 名刀を次々と奪う盗賊団・猿一味の跳梁が世を騒がせる中、楠木正成の佩刀であった小竜景光を受け取るために南河内に赴くことになった左近。
 その途中に絡んできた自称質屋にして宝探し屋という若者・甚八をいなしながら目的地に向かう左近ですが、時既に遅く、刀は奪われた後――しかも庄屋と孫娘が惨殺され、さらに全く無関係の人間にまで更なる犠牲が出ることになります。

 手掛かりとなるのは、左近を襲ってきた侍たちの体から漂う奇妙な香りと、彼らが匂わせた伊達家との繋がりのみ。無惨に殺された人々のためにも、何としても非道な一味を壊滅させんと闘志を燃やす左近ですが、思わぬ真実を知ることになるのです。


 基本的に左近自身や、後見的立場の若狭、あるいは弓月といった彼女の周囲の人々自身にまつわる物語が描かれてきた本シリーズ。しかし今回は少々趣を変え、左近たちはある意味第三者として――そちらの方が在天別流としては本筋かもしれませんが――事件に挑むことになります。
 しかし左近が弓月や若狭(特に前者)に振り回されるのは相変わらずで、今回も中盤で明らかになる真実には、それが平仄にあっているだけに苦笑させられます。

 もちろんそんな状況でも自分のベストを尽くし、苦しむ人々を救うため奔走するのが左近。特に今回は、シリーズでも屈指の凶悪な敵が相手であり、しかもその正体の大きさたるや相手にとっては不足はありません。
 特に最後の対決は、刀を中心とした物語に相応しく、名刀に込められた意味にまで踏み込んだ展開で、なかなかの盛り上がりでありました。


 その一方で、敵の正体や、その敵が○○絡みの存在である点など、シリーズで描かれてきた大坂の町を巡る物語から、かなり離れた展開を見せるのは――さらに言ってしまえば、いかにも「時代劇」的展開となるのは、ちょっと物足りない印象があったのも事実ではあります。
 これまでのシリーズで描かれてきた史実とのリンクも、少々薄目で――もっとも、その代わりに刀剣たちの存在があり、こちらはなかなか面白い絡み方なのですが――その点も少々気になった次第です。

 もちろん、上に述べたように左近は、未熟な部分も含めて相変わらず魅力的ですし、今回相棒的に登場した甚八のキャラクターも特に楽しいところであります(もっとも、甚八の抱いていた恨みの件があまりうまく機能しなかったのは気になりますが)。
 残された謎はあるようですし、まだまだこのシリーズには楽しませていただけるものと期待したいと思います。。


『眠れる名刀 左近 浪華の事件帖』(築山桂 双葉文庫) Amazon

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2020.03.20

森山茂里・加門七海・宮部みゆき『もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選』(その二)


 女性作家による時代小説傑作選「もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選」の作品紹介後半戦であります。本書もラストに近づくにつれ、物語の恐ろしさも高まっていくことに……

『椿』(森山茂里)
 いつか自分の前にも来てくれると信じていた、童子姿の犬神の弟子・白児とついに出会ったお香。かつてお香の祖母の前に現れたという白児を連れて町を行くお香ですが、実家の書物問屋をしばしば訪れる好青年・椿の実家が、あくどい高利貸しに苦しめられていることを知って……

 廣済堂モノノケ文庫で刊行された『あやかし絵師』の続編――といっても舞台は数十年後になるのですが――であり、白泉社招き猫文庫から刊行された『犬神の弟子』の第1話に当たるエピソードであります。
 見かけは5、6歳にしか見えないものの、遙かに長い年月を生きる犬神の弟子・白児。しかし彼の精神年齢は見かけ通りで、その無邪気な言動と神通力が騒動を引き起こすことになります。

 本作のタイトルは、お香の実家にある椿の精が宿る古木と、お香の憧れの人の名を絡めたダブルミーニング(ちなみに渡辺崋山の弟子であるこの椿青年は実在の人物であります)。この辺りの趣向や、白児の明るいキャラクターも楽しいものですが――正直なところ、内容的にはかなりあっさりした印象なのは否めません(この点は『あやかし絵師』から変わらず……)。

 ある意味、本作が関わった二つのレーベルを中心に展開した、妖怪時代小説ブームの一つの典型と言うべき作品かもしれません。


『虫すだく』(加門七海)
 異様に鈴虫を恐れる棒手振り商人の男。彼は若い頃に巡礼に出かけ、迷い込んだ寺で無数の鈴虫を育てる奇妙な老僧と出会っていたのであります。男の発心のきっかけが鈴ヶ森の刑場であったことを知った老僧は、自分もまた鈴ヶ森に縁があったことを語るのですが、その内容は……

 ここから先は恐怖のワンツーフィニッシュとも言うべき作品が並びますが、まず本作はあの異形コレクション『屍者の行進』に収録された慄然たる物語。
 夏の盛りに秩父の山寺を訪れた男を迎える、無数の鈴虫の音は、泉鏡花めいた作品のムードも相まって、何ともいえぬ美しさを感じさせるのですが――そこから展開していくのは、やはり美しくも、しかしどこまでも悍ましい異形の愛の世界です。

 どんどん破滅へとエスカレートしていく老僧の懺悔の結末はある程度予想がつくものの、しかしそこまでの美しさをかなぐり捨てるように直球で描かれるラストの恐ろしさたるや――まさに蠱惑的と呼ぶほかない物語であります。


『蜆塚』(宮部みゆき)
 亡き父の跡を継いで桂庵となった米介。彼は父の碁敵の老人を見舞いに訪れた時、老人が、そして米介の父がかつて出会った、ある者たちの存在を聞くことになります。
 同じ顔をした同じ人間が、十年くらいの間をおいて、まったく違う名前と経歴でやってくる――人々の間に紛れ込んだ、違う人々。それを老人の妄想と相手にしなかった米介ですが……

 ラストを飾るのは、前書『ねこだまり』同様に宮部みゆきの作品――そして同様に極めて独創的で、恐ろしい物語であります。
 すでに死期が近い老人との何気ない会話の中で、ぽろりと語られるある人々の存在。あまりに何気ない口調ながら、しかしその内容がほのめかすものは――ありふれた日常の中に、ひっそりと紛れ込んだ非日常の存在にもゾクゾクさせられますが、真に恐ろしいのはそこからであります。

 自分には無関係の時代、無関係の場所の物語の中で語られていたもの。それが実は――と、恐怖の遠近法とも言うべき形で、日常の中に侵食してくる非日常の恐ろしさたるや。結末で明かされるタイトルの由来がほのめかすものも恐ろしく、本書の掉尾を飾るに相応しい、見事な切れ味の一編です。


 以上六作品、付喪神あり、幽霊あり、妖怪あり、さらには――と、一口に怪異と言っても描かれるそれは実に様々であり、その切り口もまた様々であります。
 しかしそれこそが実に怪異らしいというべきでしょう。怪異はありふれた、当たり前の日常から踏み出した世界に在るもの、ある意味多様性に満ちた存在なのですから。

 アンソロジーという形でそんな様々な怪異の姿を捉えてみせた本書。さすがは、というべき確かなチョイスの一冊です。


『もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選』(細谷正充編 PHP文芸文庫) Amazon
もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選 (PHP文芸文庫)

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2020.03.19

朝井まかて・小松エメル・三好昌子『もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選』(その一)


 細谷正充による女性作家による時代小説傑作選、絶好調の第6弾は、個人的には真打ち登場の「〈怪異〉時代小説傑作選」。6人の作家による6つの個性的な作品が収録された好きな人間にはたまらないアンソロジーであります。今回も一作ずつ、収録作品を紹介していきましょう。

『ぞっこん』朝井まかて
 周囲の者たちにせがまれて「わら栄の御前」が語る過去――それは藁店に住む栄次郎という職人の物語でした。
 名画師に強く願って筆を譲られ、精進に精進を重ねた末に、自分の字をものにした栄次郎。ひょんなことから寄席の看板文字で評判となった栄次郎ですが、しかし天保の改革で寄席は次々と潰されてしまうのでした。そんな中、ある依頼を受けた栄次郎は……

 巻頭を飾るのは朝井まかての短編――正直なところあまり「怪異」という印象がない作家ですが、どうしてこれが実に楽しい「怪異」譚。何しろ語り手は筆――主人公の栄次郎の相棒であった筆なのですから。

 江戸職人らしい気質で生真面目に修行を重ね、見事な腕前となった栄次郎。彼が描くのが美術品ではなく、終われば削られて消えてしまう看板文字というのがまたいいのですが――物語は終盤に思わぬ展開を見せます。
 これまで栄次郎に迷惑ばかりかけてきた義兄の見せる男気――庶民の暮らしを損なっても顧みない武士たちに一矢報いるかのような展開が泣かせるのですが、そこに思わぬフォローを入れたのがあの人物という展開にはニッコリであります。

 爽快な結末も嬉しく、実に口当たりのよく気持ちのよい怪異譚です。


『風来屋の猫』小松エメル
 半年前に夫を亡くしながらも、その店「風来屋」を継いで口入れ屋を続ける磐。彼女を悩ませるのは、しきりと言い寄ってくる亡夫のそして自分の幼馴染の久次郎と、白猫の姿となって自分の前に現れ、店を畳めと繰り返す夫でした。果たして夫の、久次郎の真意は、そして磐の選択は……

 もののけ時代小説といえばこの方は外せない作者の作品は、猫時代小説アンソロジー『宵越し猫語り』の掲載作。夫を亡くしても気丈に店を続ける女性の前に、猫になった夫が現れる――というのは一見コミカルにも思える設定ですが、しかし妻を支えるどころか、店を辞めろと夫(猫)が言うことで、物語には不気味な空気が漂うことになります。

 さらに彼女に言い寄ってくる幼馴染の存在と、彼と夫の間で起きた過去の諍いが絡み、さらに不穏な雰囲気となっていくのですが――しかし結末に向かい浮き彫りになっていくのは、互いを想うがゆえにすれ違ってしまう、人と人のどうにもならない心のあり方。実に作者らしい趣向の作品であります。


『韓藍の庭』(三好昌子)
 暴風雨の後、庭師の棟梁である父が、大店・丁字屋の寮の庭普請の依頼を受けたお紗代。職人たちの手伝いで寮に赴いた彼女は、そこで柴垣に囲まれ、周囲から切り離された離れ屋の存在を知ります。
 子供の幽霊がいるという噂の離れ屋に、引き寄せられるように入り込んだ彼女は、韓藍が咲き乱れる庭で、丁字屋の若旦那を名乗る青年と出会うのですが……

 毎回、何かしらの隠し玉を用意してくれるのが心憎いこのアンソロジーシリーズですが、今回の隠し玉は本作――デビュー以来立て続けに伝奇・ミステリ色の強い作品を発表している作者の書き下ろしであります。

 ほぼ一貫して、京を舞台に、絵画などの芸術と、自然の美を背景とした物語を描いてきた作者。本作も庭師と、彼らが扱う庭園の花木の世界が題材となります。
 特に物語の中心となっているのは、タイトルの韓藍――鶏頭の花。美しくもその力強さがどこか生々しく、時に不吉な印象もある花ですが――その中でヒロインが出会う存在は、ある程度予想がつく相手ではあるのですが、そこに一ひねりも二ひねりも加わるキレの良さが素晴らしい。

 すれ違い続ける人の心。しかしそれでもいつかはわかりあい、結びつくことがある――泣きながら笑顔になってしまう、そんな物語であります。


 後半3作品は次回ご紹介いたします。


『もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選』(細谷正充編 PHP文芸文庫) Amazon
もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選 (PHP文芸文庫)

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2020.03.18

小松エメル『綺羅星 銀座ともしび探偵社』 不思議の形、人の想いの形


 大正11年の銀座を舞台に、様々な形で残る「不思議」を拾い集める探偵社の人々を主人公に描く連作シリーズの第2弾であります。それぞれに過去を背負い、不思議に対して様々な想いを抱く所員たちですが、今回思わぬ事態に遭遇することに……

 謎めいた初老の紳士・三咲正之助を所長に、銀座に事務所を構える「ともしび探偵社」。三咲にスカウトされたメンバーたち――町川秋人、木下研吾、能瀬亜子、小山田道郎は、いずれも程度の差こそあれ、不思議の存在を感じ取る力を持つ人々であります。
 そんな彼らは、依頼を受けて出会った、あるいは街で遭遇した不思議を、腰につけた回収用のランプにともしびに変えて収め、そして事務所に安置されたランプにそれを移す――そんな形で、不思議を集めて回っているのです。

 そんな彼ら自身が不思議な存在のような探偵社ですが、その中でも物語の中心人物となるのは小山田――まだ20代ながら、死んだ魚のような目を持ち、何ごとに対しても不遜とすらいえる無関心ぶりを示しながら、不思議には妙にある青年であります。
 本書の第1話「蓑介の仇討ち」は、その小山田が、ある晩築地川のほとりで呼び止められ、妙に古くさい格好の水夫の舟に乗ったことから始まる奇妙な物語です。

 舟を下り、霧に包まれた街を抜けて辿り着いた無人の活動写真館。そこに入り込んだ小山田は、上映されていた「蓑介の仇討ち」なる時代劇を見せられることになります。
 先ほどの水夫によく似た男が母を盗人に殺され、その盗人たちだけでなく、犯行を看過していた長屋の人々までも次々と惨殺していく――そんな異常な内容に驚く小山田ですが、しかし作品はそれで終わらず、スクリーンの中からその殺人鬼が抜け出して……

 夜の無人の映画館という、殺人鬼に追いかけられたくない場所の一つで展開される、なかなかに恐ろしい本作。しかし物語は、後半にさらに意外な展開を見せることになります。
 映画の題材となった、過去の事件の真実とは。殺人鬼と水夫の関係とは。そしてこの物語における不思議の正体は――そこにあるのは、作者の作品に通底する構図である、人が人に向ける想いの、哀しいすれ違いの姿であります。

 そしてこれ以降のエピソードにおいても、その想いのすれ違いの姿は描かれることになります。
 絶世の美青年でありながら、異常に女性を恐れる木下が、女学生の依頼で学校の開かずの間を調査に向かった先で、自分の最も恐れていたものと出会う「開かずの間」
 浅草十二階下の私娼窟の恋人に会いに行った小山田が、ふとしたきっかけから知り合い、親しくなった少年の思わぬ真実を知ることとなる「十二階下の少年」

 特に「開かずの間」は、これまで他の所員に比べあまり掘り下げがなされていなかった木下の主役回というのも嬉しいのですが、それに留まらないこれまた恐ろしい内容。
 彼の出会う不思議、そして彼の抱えたトラウマから浮かび上がる、ある意味究極の、そして最も身近な想いのすれ違いは、何とも言えぬ苦味を残す物語であります(特に最後の最後に至って明らかになる真相――不思議の正体の後味の悪さたるや!)


 そんな形で、不思議を描く物語であると同時に、人の想いの形を描く物語である本作ですが、ラストの表題作「綺羅星」は、また一風異なる物語が展開することになります。

 不思議を集めて回っていた所員たちを最近徐々に蝕む違和感。それは、最近不思議が減っているのではないか――という疑念でした。あるいは同業者が現れたのではないか、という所員たちの疑問を三咲は一言のもとに否定するのですが、それもかえって所員たちに不審を抱かせる理由にしかなりません。
 そして不思議を求めて奔走する四人の所員は、ついに不思議の影で糸を引く者の存在を知ることになるのですが……

 不思議を集める本シリーズにおいて最大の不思議ともいうべき、探偵社の――三咲の目的。実は三咲自身が不思議に極めて近い存在であることは、前作で描かれているのですが、その先にあるものの一端が、ここでは描かれることになります。
 といってもまだその全貌にはほど遠く、物語もまだ続くのですが――しかし時代設定を考えれば、この先に待つものは、そしてそれまであまり時間がないことも容易に想像がつきます。

 それまでに何が起こるのか、そこで不思議がどのような役割を果たすことになるのか。そして何よりも、そこで所員たちは何を見て、何ができるのか。物語はいよいよ佳境に入った――そう感じます。


『綺羅星 銀座ともしび探偵社』(小松エメル 新潮文庫nex) Amazon
綺羅星 :銀座ともしび探偵社 (新潮文庫nex)


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2020.03.17

森川楓子・西條奈加・宮部みゆき『ねこだまり 〈猫〉時代小説傑作選』(その二)


 細谷正充編の女性時代小説家アンソロジーの紹介の後編であります。後半もバラエティに富んだ名品が続きます。

『おとき殺し』(森川楓子)
 師匠の国芳が新たに引き受けた猫。その飼主だった老婆・おときが何者かに殺されたことを知った国芳の弟子のおひなは、持ち前の猫と話せる能力で、国芳の飼い猫のおこまとともに事件解決に乗り出すことになります。
 ほどなくしてあっさり捕らえられた下手人。証拠もあれば自分でも犯行を認めている下手人に、おひなとおこまは違和感を抱くのですが……

 毎回用意されている隠し玉が楽しみの一つである本アンソロジーシリーズですが、今回のそれは本作――作者の長編『国芳猫草紙 おひなとおこま』の続編にして、何と同人誌から収録された作品です。
 『おひなとおこま』は、国芳に弟子入りした少女・おひなが、謎の薬の力で猫と会話できるようになり、おこまや猫たちの力を借りて、怪事件に挑む物語でしたが、今回はそのおひなが新たな事件に挑むことになります。

 といってもその事件、比較的早い段階で解決した上に、下手人の過去の余罪まで明らかになるのですが――しかし本当の物語はここから。この事件に裏があることを感じ取り、探索を続けるおひなが知った真実は――その複雑で切ない人の情には唸らされました。
 かつて下手人に飼われていた猫の存在も見事にはまり、個人的には本書のベストとも感じる作品です。


『猫神さま』(西條奈加)
 雨の中で泣いている少女・おのぶと出会ったいなり寿司売りの三治。繭玉問屋に奉公していたおのぶが、店の縁起物の猫神さまを盗んだと疑いをかけられ、店を飛び出してきたと知った三治は、彼女を他人とは思えず、仲間たちと共に助けることを誓います。
 顔なじみの侍・柾の助けで店に潜り込んだ三治たちは、事の真相に気づくのですが……

 江戸で寄り添って生きる孤児たち十五人を主人公とした連作『はむ・はたる』の一編である本作は、失せもの探しを題材とした、ミステリ味もある物語であり――そして同時に、辛い境遇にありながらも、何とか前向きに生きようとする少年少女の姿を描く物語であります。

 かつて父が盗みをして捕らえられたことから、周囲から色眼鏡で見られ、疑いをかけられたおのぶ。一方の三治は、父が人を殺したことで周囲から迫害され、故郷を飛び出してた少年です。
 いつの時代も変わらない人間の偏見の目と、それによって苦しむ子供たち。あまりに理不尽な世のあり方に、しかし本作は痛快な形で一矢報いることになります。

 事件の中で描かれる、もう一人の子供の姿もまた痛ましいのですが――それもこれも一切合切、鼠取りの守り神である猫神さまにかこつけて解決してみせる、子供たちの心意気が嬉しい本作。その解決に微笑み、そして三治が望んだ報酬に泣かされる一編です。


『だるま猫』(宮部みゆき)
 悲惨な子供時代を過ごし、そこから火消しになって抜け出すことを夢見てきた文次。しかしいざ火事場に出てみれば身が竦み、何もできなかった彼は、親方の口利きで料理屋の住み込みで働くことになります。
 ある晩、文次の前で重い口を開く店の主人・角蔵。実は彼もかつては火消し――それも文次と同様、臆病で何もできなかった火消しだったというのです。しかしある時、按摩から手に入れた不思議な猫頭巾の力で、角蔵は生まれ変わったというのですが……

 ラストに収録されるのは、時代怪談の名手でもある作者の、世にも恐ろしい一編。作者の怪談では、怪異を通じて、地道に生きることの大切さを語る一種教訓めいた構図の作品が少なくないのですが――本作もそれを踏まえつつ、凄まじい一撃を叩き込んできます。

 情けない自分を抱えていきる文次にとっては、自分を変えられる魔法の道具である猫頭巾。その力を得て有頂天になる文次ですが、その直後に知った代償とは……

 猫要素が少ないと思っていたら――ギャッと悲鳴を上げたくなるような結末が待つ本作。分量的にはあまり多くはないのですが、恐ろしいまでの切れ味を持つ名編です。


 というわけで一口に猫といっても可愛らしかったり憎たらしかったり、はたまた恐ろしかったりと様々な姿を、様々な切り口で描いてみせる本書。猫好き、時代小説好きには堪らない作品揃いの一冊であります。


『ねこだまり 〈猫〉時代小説傑作選』(細谷正充編 PHP文芸文庫) Amazon
ねこだまり 〈猫〉時代小説傑作選 (PHP文芸文庫)

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2020.03.16

諸田玲子・田牧大和・折口真喜子『ねこだまり 〈猫〉時代小説傑作選』(その一)

 絶好調で巻と版を重ねる細谷正充の女性作家による時代小説傑作選ーシリーズ、第5弾は『ねこだまり』。そのタイトルから察せられるように、猫を題材とした6つの作品が収録されています。人情ものからミステリ、ホラーまでバラエティに富んだ作品を、一作品ずつ紹介していきましょう。

『お婆さまの猫』(諸田玲子)
 互いに惹かれ合った相手に想いを残しながらも、別の相手に嫁ぐことになった結寿。そこで離れに一人暮らす夫の祖母の相手をすることになった彼女ですが、ある日お婆さまの可愛がっていた猫が行方不明となってしまったのでした。
 悲しみから寝付いてしまったお婆さまのため、実家の伝手も使って懸命に猫を探す結寿ですが、ようやく見つけた猫は、厄介な相手の元にいて……

 元火盗改めの祖父と暮らしていた娘・結寿を主人公とした『狸穴あいあい坂』シリーズの第2作『恋かたみ』に収録された本作は、タイトルの通り、結寿の(義理の)祖母の猫を巡る物語であります。

 耄碌して昔話を繰り返すお婆さまが大切にしている猫が行方不明となった――とあれば、誰だって必死に探したくなりますが、その騒動が、ミステリ仕立てで料理されているのがまず巧みな点でしょう。
 猫はどこに消えたのか、どうやって猫はそこに行ったのか。そしてどうやって猫を取り戻すのか? 特に最後の点は、実に痛快極まりない展開が待っているのですが――しかし作品を彩るのは、どこかもの悲しく、湿った空気であります。

 それもそのはず、結寿は恋い慕った相手と引き離されて、顔も知らなかった相手に嫁いだばかり。その相手も、婚家も良い人ばかりなのですが、それでもなお埋められない悲しみと、そしてそれを隠すことの後ろめたさの描写は、何とも心に迫ります(特に後者の巧みなこと!)
 そんな彼女と、もはやほとんどの過去を失ってしまったお婆さまを重ね合わせつつ、小さな明かりを灯すような結末には心を温められるのです。


『包丁騒動』(田牧大和)
 猫のサバとその子分(?)の絵師・拾楽が暮らす鯖猫長屋で起きた騒動。仲むつまじいことで知られた利吉とおきねの夫婦が、包丁を持ち出すほどの大喧嘩を始めたのです。
 やむなく仲裁する羽目になった拾楽ですが、利吉がようやく語ったその理由は、何とも面倒なもの。意固地になってしまった利吉を助けるため、一肌脱ぐ拾楽ですが、思わぬ強敵に出会うことに……

 猫時代小説というテーマに、ある意味最も相応しい――というよりむしろ、本作あってこその本書という印象すらある作者の人気シリーズ『鯖猫長屋ふしぎ草紙』の第4巻の巻頭を飾ったのが本作。不思議な力を持つ(らしい)鯖猫のサバと、実は元盗賊という過去を持つ拾楽を中心に、長屋で起きる様々な騒動を描くシリーズの一編です。

 夫婦喧嘩という、ある意味定番のイベントを題材としつつも、その喧嘩の真相と、そこに存在する入り組んだ感情を何とかほぐそうとする拾楽をはじめとする長屋の人々の奮闘が描かれるのですが――そこにさらにユニークな味わいを与える付けのはサバの姿。
 人間の悪戦苦闘などどこ吹く風、のマイペースぶりは実に猫らしいのですが、拾楽のピンチを救ってみせる姿は貫禄十分。やはり真の主役、と言いたくなるのであります。


『踊る猫』(折口真喜子)
 京で悠々自適の生活を送る与謝蕪村のもとを訪ねてきた絵師・主水。幼い頃に蕪村に見いだされたお陰で絵の道に進み、以来、時に先輩後輩として、時に切磋琢磨する友人として過ごしてきた二人の交流を描く物語――蕪村を主人公に据えた作者の初短編集の表題作であります。

 蕪村を狂言回しに、様々な不思議な出来事を描いた同書ですが、しかし本作は蕪村と主水の長きに渡る交流の姿を淡々と綴るのみ。ですが、これが実に素晴らしい。
 蕪村の恬淡として、しかし洒脱な人柄と、彼の周囲に広がる天然自然の美の世界――それがこちらの心にもしみじみと伝わり、心を解きほぐしてくれたような気持ちになるのです。あるいは本作は、本書のような様々な作品が収められた場で、さらに輝くような物語であるかもしれません。

 ちなみにタイトルの「踊る猫」は、蕪村と主水――結末に明かされるその絵師としての名には驚く方も多いでしょう――の競作の名。その実物をご覧いただくと、本作の味わいはさらに増すこと請け合いです。


 後半3作は次回ご紹介いたします。

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2020.03.15

『無限の住人-IMMORTAL-』 二十二幕「十掉尾 じゅっとうび」

 常陸に向かう途中の阿葉山と逸刀流門下生十人の前に現れる六鬼団と偽一・百琳。阿葉山と偽一の、門下生と六鬼団の壮絶な死闘の末、逸刀流は全て討たれる。一方、常陸の港で天津たちを討つため、非常手段を取る吐鉤群と六鬼団。その前に槇絵が、そして万次が立ちふさがる……

 前回から本格的に始まった逸刀流と六鬼団、そして万次のトーナメントバトルもいよいよ佳境。今回は実に以下の戦いが繰り広げられることになります。

 偽一vs阿葉山宗介
 荒篠獅子也・八宗足江進vs逸刀流門下生
 叢咲正造vs亜門國光
 乙橘槇絵vs弩馬心兵・八宗足江進
 万次vs吐鉤群

 今回は手合わせ状態で一瞬のうちに終わってしまった対決もありますが、常陸に向かう途中で繰り広げられた阿葉山・逸刀流門下生と六鬼団花組の戦いは、まさに死闘というにふさわしい激突でありました。

 特に壮絶であったのは、言うまでもなく偽一と阿葉山という無骸流と逸刀流のナンバー2、実質頂上決戦であります。阿葉山にとって、あの酒宴の騙し討ちで自分たちの仲間を屠った主犯の一人である偽一は不倶戴天の敵。しかし実力的に、彼を阻めるのは自分しかいない――その判断から一騎打ちを買って出た阿葉山ですが、冷静に考えれば彼がまともに戦うのは今回が初めてであります。その彼の技は――と思いきや、これが亡くした片腕に何本もの鎖を仕込んだ異形の得物を用いた遠近自在の戦闘術。
 遠近自在といえば、空飛ぶギロチンを操る偽一の戦闘スタイルでもありますが、偽一は以前万次との戦いでギロチンを壊されて、いまは律儀に(?)万次に譲られた鎖鎌を使っている状態。慣れない武器で戦う偽一では老獪な阿葉山に苦戦必至で――と、特殊な得物で極限の戦いという、これぞむげにんと言いたくなるようなバトル(しかし一箇所、「目にも留まらぬ鎖の動き」で誤魔化していたシーンがあったのはいただけない)には満足であります。

 ただ一点、阿葉山の「最期」が原作とは異なるのが残念なところで――原作で天津三郎という闇に呑まれる末路は、修羅と化していた阿葉山に相応しいものであっただけに、疑問の残るアレンジであります。


 一方、六鬼団花組の三人と逸刀流門下生の戦いは、ポッと出の「門下生」だけに感情移入のしようもなく(一人、狂った方向でキャラを立ててきた奴がいましたが――もちろん感情移入できず)、これまで今ひとつ出番の少なかった六鬼団の技の披露の場となってしまった印象は否めません。
 そんな中、拷問を得意とする酸の使い手という、誰がどう見てもクズの叢咲相手に、壮絶にも程がある相討ちを仕掛けたおすもうさんは立派だったと思いますが……

 いずれにせよ、逸刀流にとっては「未来」だった門下生十人がまさに掉尾となってしまったのは、彼ら自身が「逸刀流」であるために望んだ道とはいえ、何ともやりきれないものを感じさせます。
(しかしこの展開、門下生たちを残して偽一を一人で追いかけた阿葉山にも責任があるという気がしないでもない)


 しかし、少々失礼なことを言ってしまえば、これまでの戦いは本戦の前の前哨戦のようなもの。真の戦いは、ここから始まることになります。天津たちの脱出を阻むため、港の人間たちを皆殺しにするという相変わらず狂った吐の策に対して、ついに登場した槇絵。その最終兵器ぶりは相変わらずですが、実に良いタイミングで(何しろ吐が「天佑」とまで言うほどの)喀血――と思いきや、そこに登場した万次が思わぬ、しかしなるほど、と言いたくなるようなアイテムで彼女を助け、何だか主人公とヒロインのようなシチュエーションで反撃を開始することになります。

 そんな中で自分も戦いに加わろうと無茶をする凜(すっかり保護者の百琳と偽一もおかしい)と、どこに行ったかいまだ姿の見えぬ天津。そして吐と残る六鬼団花組の三人の戦いの行方は――残すところあと二話というところでしょうか?


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 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十幕「霏々 ひひ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十一幕「陥穽 かんせい」

 無限の住人

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2020.03.14

「コミック乱ツインズ」2020年4月号


 「コミック乱ツインズ」4月号」は、『勘定吟味役異聞』の水城聡四郎の、猛烈に気迫に満ちた上段構えがインパクト十分の表紙が目印であります。今回もいつも通り、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 単行本7巻も刊行され、新章も快調な本作ですが――今回は冒頭から屋敷で剣の稽古で汗を流した聡四郎を甲斐甲斐しく迎える素敵な紅さんという場面からスタート。何なの、お嫁さんなの!? その後もいつもながら相模屋の前で悩みを吐露する聡四郎と、発破をかける紅さんの姿が描かれるのですが――しかし事は御三家の当主が毒殺されるまでに至っているのですから、結局は一介のお役人である聡四郎に何ができるのか……
 と、その当の御三家の一人である吉宗が、当主が毒殺されたばかりの尾張家に乗り込んで恫喝三昧。こんな人を上司や岳父にする人は大変だなァ。

 何はともあれ、前章では決着がつかず水入りとなった無手斎と鬼伝斎の再登場も予感され、いよいよここからが本番でしょうか。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 仲間を失い、上司を失い、ついに一撃必殺隊唯一の生き残りとなってしまった丑五郎。もはや彼に残されているのは、想いを寄せた女郎のソノのみ――というわけで彼女のもとに向かう丑五郎ですが、もはや激烈に悪い予感しか浮かびません。その予感は当たり、ソノのいる女郎屋に行ってみれば、そこを包囲しているのは益満ら薩摩の侍。しかも店の中には宿敵である伊牟田が立てこもっているというではありませんか……

 と、もう何も残されていない丑五郎からさらに全てを奪うような残酷すぎる展開が描かれる今回。さらに混乱に乗じて屑のような破落戸たちまで現れ――しかしこいつらはある意味一撃必殺隊とは鏡合わせの存在なのですが――もはや読んでいるこちらもひたすら辛いとしか言いようがありません(一ページぶち抜きで描かれる丑五郎の姿がもう……)。
 そんな中でも意地か自棄か、何とか立ち上がった丑五郎ですが――さて、最後の一撃必殺隊士を待つものは何なのでしょうか。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 犬をけしかけることで、暗殺依頼を受けた三人のターゲットの一人、鳥居新二郎の太刀筋をついに見た佐内。その結果、鳥居の相手は根岸に譲ることとなった佐内ですが、立ち会いの邪魔となる鳥居の朋輩の相手を自ら望んで買って出ることに……

 気迫十分な鳥居の凄まじい一撃で始まった今回。予想通り鳥居は――だったわけで、彼の相手を根岸に譲る佐内ですが、しかし己の中の怯えを消すために、剣士ならざる我々からすればちょっと驚くような手段に出ることになります。
 いやはや、ここまで来ると確かに犬、というより確かに獣じみてきますが、しかし佐内の睫毛はそれにもかかわらず相変わらず長い――というわけで、死合いの相手から、またもやもはやお約束の扱いを受けることになるのでした。

 そんな相手の内心はさておき、迫る死を前に佐内は――盛り上がってきました!


『カムヤライド』(久正人)
 大王の命を受けたオトタチバナを翻弄し、見事に逃げおおせたモンコ。しかしヤマトには最悪のタイミングで真の「敵」であるイシコリドメ――アマツ・ミラールと、コヤネ――アマツ・ノリットが出現、人々を無差別に殺戮する彼女たちに、モンコ、そしてヤマトタケルが立ち向かうのですが……

 本誌と同時に単行本第3巻が発売、そして今回は大増40ページと勢いに乗る本作。内容の方もそれに相応しく盛り上がります。
 国津神の背後で暗躍してきた、二百年前にこの星にやってきた「敵」。いわば幹部クラスの相手との、本格的な戦いがここでいよいよ描かれるわけですが――以前モンコとヤマトタケルが二人がかりでも大苦戦したウズメと同格の相手が、しかも二人も登場したとあれば、激闘必至であります。

 その名の通り(?)音を操るアマツ・ノリットの超音波攻撃にダメージを受けるモンコと、無数の光弾を放つアマツ・ミラールと射撃戦を繰り広げるヤマトタケル。一進一退、いやこちらが押され気味の戦いの行方は――こんな能力まであったのか!? とモンコが意外な対抗手段を見せて、攻守逆転か、という実にイイ場面で次回に続きます。
 しかし、ヒーローはもう一人いるはずですが……

(ちなみにヤマトタケルの側では、相変わらず(?)トレホがシブい働きを見せてくれて、これもまた嬉しいところであります)


「コミック乱ツインズ」2020年4月号(リイド社) 「コミック乱ツインズ」2020年3月号" target="_blank">Amazon
コミック乱ツインズ 2020年4月号 [雑誌]


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2020.03.13

サックス・ローマー『悪魔博士フー・マンチュー』 怪人再来! ロンドンの「裏側」での戦い


 フー・マンチューとの死闘から2年、再びピートリー医師の周囲で起こる怪事件。帰ってきたネイランド・スミスは、再び怪人がイギリスに襲来したことを告げる。忍び寄る敵の魔手に敢然と挑む二人だが、消息を絶っていた愛しのカラマニはピートリーのことを忘れ、再び怪人の奴隷と化していた……

 『怪人フー・マンチュー』の続編――黄色人種の帝国樹立のため暗躍する悪の天才科学者フー・マンチュー博士に対し、英国政府の弁務官ネイランド・スミスとその親友ピートリー医師が死闘を繰り広げるシリーズ第2弾であります。
 前作ではスミスたちと丁々発止の死闘を繰り広げた末、彼の腹心だった奴隷娘・カラマニの助けもあり、追い詰められた末に大爆発に消えたフー・マンチュー。弟を人質に心ならずも従わされていたカラマニも救われ、ピートリーと(たぶん)結ばれてめでたしめでたし――という結末を迎えたのでした。

 しかしそれから2年後、深夜の往診の呼び出しに出かけたピートリーは、それが偽の呼び出しであったこと、自分とスミス共通の知人であり、かつてフー・マンチューに狙われた牧師が攫われたのを知ることになって……

 というわけで、再びスミスとともに冒険に乗り出すことになったピートリーを語り手に展開する本作は、良くも悪くも前作の忠実な続編という印象であります。

 要するに
(1)中国の真実を知る者がフー・マンチューに狙われる→それを阻むためにスミスたちが急ぐ
(2)スミスたちがフー・マンチューに命を狙われる→奇怪な手段に何とか反撃しようとする
(3)フー・マンチューのロンドンでの拠点を発見した→壊滅のために乗り込む
という3つのパターンの繰り返しなのですが――しかしヒロインであるカラマニの存在が、前作とは異なるアクセントを加えています。

 前作ではピートリーとほとんど初対面の時点でいきなりデレた末に、ひたすら内助の功(?)を発揮して、主人公コンビが窮地に陥るたびに救い主として現れたカラマニ。
 正直なところ、彼女がいなければ何度主人公が死んでいたかわからない状態なのですが、本作では、彼女は前作のラストからの間に行方不明となり、そして再登場してみれば再び敵側の人間に、という展開となります。

 この辺りの真相は、まあすぐに予想がつくところではありますが、いずれにせよ前作に比べて比較的緊張感がある展開となったのは事実と言えるでしょう。
 まあ、後半またデレた末に、ついに終盤では――という展開で、相変わらず上から目線の割りには失敗が多いスミス(作中ではフー・マンチューはピートリーを気に入って何度か仲間入りを進めてくるのですが、ある意味納得)に比べると、遙かに役に立っていたのもまた事実なのですが……


 もっとも、前作のネガティブな部分、すなわち当時の中国人――というよりアジア人全般に対する偏見に満ちた描写は相変わらずで、この辺りはいかに当時の事情とはいえ、呑気にいま楽しんでよいものか、引っかかるところではあります。
 しかしそれでもなお本作が(上に述べたとおりのパターンの連続とはいえ)冒険活劇として楽しめてしまうのは、やはり作者のエンターテナーとしての腕によるものと感じます。

 特に舞台となる深夜のロンドン郊外や人種のるつぼとして描かれるホワイトチャペル、人気の絶えた夜のミュージアム街。あるいは北部の荒涼とした湿地帯に立つ呪われた塔、幾人もの怪死者を出した幽霊屋敷など――当時の読者が親しんできたであろう「表側」のロンドン/英国に対する「裏側」の世界を物語の舞台としてみせたのは、これは本作ならではの魅力といってもよいかと思います。
 特にブラバツキー夫人の名前がサラリと出てきたりと、作者のオカルト趣味が随所にうかがえるのも、なかなか楽しいところでしょう。

 色々な意味で、多くの人に積極的にお薦めするとは言い難い作品ではありますが、今回も何だかんだ言いつつも、ラストまで読んでしまう作品でありました。


 ちなみに本作、電子書籍の表紙がある意味非常に印象に残るのですが――黒猫であればまだ作中の描写に合っていたのに、と思わないでもありません。まあこれは蛇足であります。
(もう一点、これはこちらの勘違いかもしれませんが、フー・マンチューが義和団で家族を失ったというのは、映画版の設定ではないかしらん)


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2020.03.12

松尾清貴『南総里見八犬伝 3 美女と悪女』(その二) 美女にまつわる「理不尽」と「転生」


 松尾清貴版『南総里見八犬伝』第3巻「美女と悪女」の紹介の後編であります。美女・雛衣を襲う理不尽な運命――その根底にあるものを本作は容赦なく描き出すことになります。

 絶縁状態にあった赤岩一角が、いわば復縁の条件として角太郎に求めたもの――それは怪我をした自分の片目の治療のために必要となるという、胎児の生き肝とその母の心臓の血でありました。
 何という理不尽、何という残酷趣味――第2巻で描かれた男女の血で破傷風を治療するというくだり以上に、現代の目で見れば迷信にもほどがある、そして胸の悪くなるような「薬」であります。

 もちろん読者には、この一角が実は現八に片目を射られた怪猫であることは周知のことであり、この要求は、如何にも妖怪らしい言い様だと納得できないでもありません。しかし――納得できないのはこの先であります。如何に親とはいえ、自分の妻に対するこのあまりに理不尽な要求を、角太郎は呑んでしまう――少なくとも雛衣がその言葉に従うのを黙認してしまうのですから。
 そして角太郎が、いや雛衣も、ここで命を捨てることを悲しみこそすれ、その運命そのものには納得しているのであります。これこそが真の理不尽ではないでしょうか?

 そんな角太郎の、そして雛衣の姿を本作は見事に表現してみせます。この項の副題である「孝という呪縛」という言葉で以て。
 もちろん、八犬士が代表する徳目に「孝」があるように、「孝」そのものが否定されるわけではありません。しかし本作は、角太郎の「孝」の在り方を――現八がその言葉で剔抉する以上に――痛烈に、しかし静かに角太郎にその非を悟らせることになります。一角が偽物であった以上に、自分の中に真の偽物があったことを自覚させることによって。

 ここで本章の章題を振り返れば、それは「不孝物語」――読み終えて初めて理解できるこのダブルミーニングの妙には、ただ嘆ずるほかありません。


 さて、本書のラストに控えるのは甲斐物語――奇しくもその「孝」の珠を持つ信乃が、放浪の末に足を踏み入れた冬の甲斐で、思わぬ出会いを経験することになります。

 武田家家臣の泡雪奈四郎に鉄砲で誤射されたところに仲裁に入った土地の村長・四六城木工作のもとに逗留することとなった信乃。雪の深さと、木工作と意気投合したことから長逗留することとなった信乃ですが、奈四郎そして彼と密通していた木工作の妻・夏引によって思わぬ罪を着せられることに……
 と、ここでも登場する「悪女」ですが、一方「美女」はといえば、それは何と浜路。

 いやもちろん、信乃を恋い慕いながらも悲運に散ったあの浜路ではなく、偶然彼女と同じ名の木工作の娘なのですが――しかしこの浜路にあの浜路の魂が宿り、浜路くどきの再演ともいうべき行動を取るのですからややこしいというか何というか。
 実はこの甲斐物語、この部分に限らず、登場人物の配置や出来事を見れば、大塚村の物語の再話とも言うべき内容。もっとも、悲劇の連続であったあちらに比べ、こちらはグッドエンドルートに進んだという趣すらあるのですが――終盤に登場するあの人物の行動も含め、大塚村のくだりの救済となっていると考えるべきでしょうか。

 しかし――ここで個人的に納得がいかないのは、浜路の扱いであります。ここに登場する甲斐の浜路は、いかに八犬伝を支配する論理の一つである名詮自性を踏まえたとしても、あくまでも大塚の浜路とは別人。
 それがあたかも転生したかのような扱いで、信乃と結びつけられるのは、甲斐の浜路のパーソナリティを無視しているものではないか――というのは、これは個人的に生まれ変わりという概念が好きではないだけですが……

 しかし本作においては、この甲斐物語における「転生」という言葉にもう一つ別の意味を与えることによって、これまでとはまた異なる印象を与えることになります。
 そしてそれは、先に述べた大塚物語の再話という構造と重ね合わせる時、それでも取り戻せなかったものを描く、何とも切なくほろ苦い喪失の物語として描き直されていると――そう感じさせられます。

 これもまた、信乃にとっての真の旅立ちである、というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが……


 何はともあれ、放浪を経て再び重なり始めた八犬士たちの縁。おそらく次巻では七犬士の勢揃いまでが描かれるのではないかと思いますが、さてそれをどのように描いてみせるのか――原典に忠実で、そして同時に新しい物語であったこの第3巻までを見れば、この先もいよいよ楽しみになるばかりなのでであります。


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南総里見八犬伝 3 美女と悪女


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2020.03.11

松尾清貴『南総里見八犬伝 3 美女と悪女』(その一) スマートな「美女」と無骨な犬士と


 現実に忠実でありながら、同時に極めて革新的で内容豊かな新たな八犬伝――松尾清貴版の『南総里見八犬伝』、待望の第3巻であります。第3巻は副題の「美女と悪女」のとおり、様々な形で犬士たちの前に女性たちが登場、彼らの冒険に大きな影響を与えるのですが……

 犬川荘助の救出と犬山道節の仇討ちという二つの戦いの結果、管領軍に追われて荒芽山から落ち延びることとなった五人の犬士。それぞれが散り散りバラバラとなった彼らは、再び集結するまでに様々な冒険を繰り広げて――と、この巻で展開するのは、いわば放浪編とも言うべき内容。
 犬田小文吾が犬坂毛野が引き起こした騒動に巻き込まれる対牛楼の仇討ち、犬飼現八が犬山大角とともに死闘を繰り広げる庚申山の怪猫退治、そして犬塚信乃が甲斐で思わぬ人物と再会(?)する甲斐物語と――犬士たちの冒険と、新たな二人の犬士の登場が描かれることとなります。


 対牛楼の仇討ちは、悪党夫婦を退治したはずが、思わぬ成り行きから千葉家を牛耳る奸臣・馬加大記の下で囚われ人となってしまった小文吾の視点から描かれる物語。
 ここで登場する悪党の妻こそが八犬伝における「悪女」の代表格ともいうべき船虫ですが、その一方で「美女」に当たるのは、やはり彼を助ける美しき女田楽師の旦開野ということになるのでしょう。

 その旦開野にいきなり慕われてドギマギする小文吾も愉快ですが――言うまでもなく旦開野こそは、かつて大記によって一族を皆殺しにされた粟飯原胤度の遺児・犬坂毛野!
 仇討ちは八犬伝の華とも言うべき要素ですが、しかしたった一人でここまで鮮やかに仇を討ってみせたのは彼くらいではないか――というくらいの手際の良さで片をつけ、小文吾まで連れ出すスマートさは、八犬士(この時点では彼自身はその宿命を知らないのですが)の中でも異彩を放っていると感じます。

 このエピソード、毛野の鮮烈デビューが印象に残るのはもちろんですが――スマートな毛野と無骨さでは犬士一の小文吾の組み合わせが見事であります――しかしあくまでも小文吾視点で描かれる点が、今回印象に残ります。

 もちろんそれは、小文吾視点によって毛野のキャラクターと彼の背負った物語が引き立つという効果を上げていますが、それだけではありません。
 ここでの悪役である大記は、当時の関東における勢力の一つであった千葉家の家老。初登場エピソードがほぼ身内の物語であった小文吾は、ここで大記と関わりを持つことによって、初めてマクロな世界関わり合いを持ったのであり、ある意味これが小文吾にとっての本当の旅立ちだったのでは――とすら感じさせられるのです。

 そしてもう一つ、個人的に興味深かったのは、猛獣を退治したことがきっかけで悪女と出会い、そしてまたそれが遠因で奸物の罠にかかり、大虐殺が繰り広げられる――という展開が、水滸伝の武松のエピソードの翻案となっている点であります。
 しかも面白いのは、水滸伝の方では武松の大虐殺の巻き添えで美少女芸人が殺されるのが、八犬伝の方ではその美少女芸人(毛野)こそが大虐殺を引き起こすという点で――この辺りの捻り具合は、さすがに水滸伝マニアの馬琴先生と感じるのです。


 さて、対牛楼の仇討ちがマクロな世界との出会いであった一方で、庚申山と犬山家にまつわる物語は、再び身内を中心とした、ミクロなエピソードと言えるものであります。
 妖怪の噂を聞き流して庚申山に分け入った現八(ここも武松物語の翻案でしょう)が、配下を引き連れた妖怪と出会ってこれを退け、妖怪の犠牲者の亡魂と対話する――という冒頭部分は、八犬伝でもファンタジー度、というよりホラー度の高い部分ですが、その先に描かれる犬山大角(角太郎)の物語は、非常にドメスティックな内容なのですから。

 高名な武芸者である父・赤岩一角に理不尽にも疎まれ、養子と出た先で妻を得て平穏な暮らしを始められるかと思ったものが、その妻に不義を疑って離縁し、自分も庵で蟄居していた角太郎。
 しかしそんな彼をさらに苦しめるように、一角とその後妻・船虫(またもや悪女!)、さらに義理の弟は角太郎を責め苛み、そして恐るべき要求を突きつけることに……

 と、善男善女が苦しめられることでは枚挙に暇が無い八犬伝でも、個人的には第2巻で描かれた古那屋の段と並び、屈指の理不尽さを感じさせられるこのくだり。
 ここでの角太郎の妻・雛衣(ここでいう「美女」)を襲う運命を何と表すべきか、これまで様々な八犬伝でこの部分を目にする度に悩まされたものですが――さて本作はそれをどう描いたか?

 長くなりましたので次回に続きます。


『南総里見八犬伝 3 美女と悪女』(松尾清貴 静山社) Amazon
南総里見八犬伝 3 美女と悪女


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2020.03.10

『猫鬼の死にぞこない 晏芸嘉三 江戸猫奇譚』 猫の力を身につけた変身ヒーロー!?


 任務中に猫を助けて爆発に巻き込まれ、左手左足が不具となった元隠密・彪真。しかし彼には、爆発の直後に深手を負った自分を助けた猫鬼を名乗る美女・芙蓉の記憶があった。その後も彼の周囲で起きる奇怪な事件。人々を襲う妖魔に立ち向かう時、彪真の左手左足は思わぬ形に姿を変えて……

 『お江戸ねこぱんち』誌を中心に、怪奇・伝奇色の強い作品を発表してきた晏芸嘉三の作品のうち、表題作の『猫鬼の死にぞこない』全4話+『物見の文士』シリーズの外伝2話を収録した電子書籍限定の一冊であります。
 正直なところ同誌の作品は、十分な分量があっても単行本とならないことも少なくないのですが、本作のように電子書籍としてでも一冊にまとまって刊行されるというのは、実にありがたいお話であります。

 さて、そんな『猫鬼の死にぞこない』は、文字通り猫鬼に力を与えられて死に損なった(元)公儀隠密が主人公なのですが――面白いのはこの主人公が一種の変身ヒーロー的存在であること。
 普段は、事故で不具となった片手片足が、「敵」と戦う際には猫のそれとなって超人的な力を発揮する――というのは、なかなか珍しいギミック(例えば全身猫になるとかであればまだ他にもあるような気がしますが)と感じます。

 そして彼の挑む「敵」も、奇怪な妖魔――特に第2話で描かれる、どこからともなく猿の死体が現れ消え、そしてそれが妖魔となって襲い来るという、どこか中国怪談めいた展開なども、大いに異彩を放っていたと言えるでしょう。

 もっとも、その異彩を喜ぶ読者は多くなかったらしく、作者のあとがきの中で「誌風に合わない」とはっきり書かれているほど(喜んでいた私のような人間は大いに寂しい思いをいたしました)。
 画的にも、アクション主体の物語とするには少々厳しいところがあったのも事実ですが、しかしこのようにユニークな作品は、やはり少しでも多くの方の目に触れていただきたいところで、このように一冊にまとまったのは良い機会と思います。


 さて、表題作の他に収録されているのは、上で述べたように作者のシリーズ作品である『物見の文士』の番外編であります。
 このシリーズは、明治時代を舞台に、「見える」文士・夜都木周平を狂言回しにした連作ホラーですが、巻頭の『冥土に華の』は、以前シリーズに登場した此岸と彼岸の間の異界の吉原の顔役・八千代を主人公としたエピソード。心中に失敗した女郎の想いを果たすため、八千代と不思議な猫が奮闘することになります。

 実はそちらには周平は登場しないのですが、もう一編の『嘘吐き』は、周平の子供時代を舞台に、彼が「兄さん」と慕うある男との思い出が語られる物語であります。。
 お化け屋敷と噂されるある屋敷に幽閉されていた周平と、彼と偶然出会った、猫を連れた調子のイイ男・真平のエピソードなのですが、これが妖怪ものとしても人情ものとしてもなかなか良くできた作品。

 さらりと描かれる真平と猫の絆なども良く、個人的には本書のベスト作品かも――とも感じた次第です。


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2020.03.09

賀来ゆうじ『地獄楽』第9巻 天仙との死闘終結 そしてその先の更なる絶望


 死罪人・浅ェ門たちと天仙の死闘もクライマックス――強力な気を持つ人間たちを贄とせんとする天仙たちの辟餌服生の斎における死闘三番勝負も、いよいよ決着の時を迎えることとなります。しかしその戦いが終わっても、先に待つものは希望ではなく……

 島を支配する天仙たちの真意を知り、脱出のための最後の賭けにでた死罪人・浅ェ門たち。しかしそれは既に天仙たちの知るところであり、ここに画眉丸・杠組vs蘭、厳鉄斎・付知・弔兵衛・桐馬組vs菊花・桃花組、士遠・ヌルガイ組vs朱槿の三つの戦いが始まることになります。

 最初の画眉丸・杠vs蘭戦は、鬼尸解した蘭を相手に杠が命を、そして画眉丸が人間を捨てた末に辛くも勝利。
 続く戦いは、弔兵衛が敵側について三対三――いや予想通り弔兵衛が裏切って四対二となって始まり、ついに気に目覚めた厳鉄斎、人外の力を使いこなす弔兵衛が優位に戦いを進めることになります。

 しかし鬼尸解にまで追い込んだものの、天仙との戦いはここからが本番であることは言うまでもありません。
 意外な「人間」性を見せながらも、それを振り払うように「怪物」に――鬼尸解した桃花と菊花。常に一緒に行動していた二人らしく、二身合体した奇怪な姿の怪物と化した二人を相手に展開するのは、またもや時代ものの枠を遙かに乗り越えたような大バトルであります。

 これまでもその奇怪な姿と、人間時の力を遙かに上回る能力を見せてきたし鬼尸解時の天仙ですが、今回は自在に宙を舞い、ダメージを受けても二人の陰陽を循環させて回復という、実に厭らしい能力の持ち主。
 如何に四対一でも――と言いたいところですが、しかしここで戦うのは、人間たちの中でも特にしぶとい面々であります。

 死罪人の中でも規格外のパワーを誇る弔兵衛と厳鉄斎、そして技の桐馬と分析力の付知。四人の勢いはついに天仙を上回るのですが――しかしある意味激しい戦い以上に、戦いの末に示される、それぞれの側の情の在り方が印象に残ります。


 そしてラスト、三番目の戦いは、個人的には最も注目の一戦――士遠・ヌルガイと朱槿の対決であります。何故ならば、これまでの戦いが、脱出しようとすこれる者と防ごうとする者の対決であった一方で、この一戦は復讐・復仇のための戦いなのですから。

 そう、朱槿こそは士遠の弟子でありヌルガイのパートナーであった典坐の仇。二人を逃がすためにただ一人残り、命という名の盾となった典坐の仇が、奇しくも再び彼らの前に立ち塞がったのであります。
 これが盛り上がらないはずはない――のですが、しかしここで展開するのは予想と全く異なる戦いでもあります。

 ここで繰り広げられるのは、士遠らしからぬ戦い――人間たちの中でも指令塔として皆をまとめてきた「先生」であり、両目に傷を負った恐ろしげな外観にも似ず、温厚で冷静な彼とも思えぬ、泥臭く、残酷で、そして己の命を投げ捨てたかのような戦いなのです。
 そしてそれを支えているのは、そんな士遠がこれまで秘めてきた重い感情――穏やかで沈着な彼が密かに抱えてきたものが、弟子の仇を前に、いや弟子の死を機に一気に溢れ出る様は、鬼気迫るのと同時に、しかしひどくもの悲しく感じられます。

 しかし、そんなある意味朱槿の存在すら置き去りのこの戦いの中で、取り残された形となったのがヌルガイであります。士遠自身の言葉もあり、一度はあまりに凄惨な戦いに背を向けた彼女ですが、その前に現れたのは……
 ズルい。ここでこれはズルいとしか言いようのないのですが、しかしだからこそ見たかった展開が、ここでは描かれることになります。そしてこの一戦ではお荷物かと思われたヌルガイが、ある種の希望に繋がる存在となる展開には、ただ唸るしかありません(そしてここでまた泣かせにかかるアイツ)。


 さて、こうして辟餌服生の斎は、人間たちにとっては、決して軽くはないものの意外に少ない犠牲で終わりを告げたのですが――本当の災厄はこの先にこそあります。
 佐切の前に現れた最後の天仙・桂花が語る人間たちを待つ恐怖の未来。そして今回も巻末に登場ながら、もはやそれでは済まされない追加組の進撃……

 おそらくは本当に最後の戦いの口火を切るのは、画眉丸ともう一人の「画眉丸」との対決となるものと思われますが――これまたただでは絶対済みそうにありません。
 もはやこの先には絶望しか見えない中、それでも戦う画眉丸に何が待つのか? これまで同様、いやこれまで以上に目が離せません。


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2020.03.08

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 折角春目前という時期なのに、何かと騒々しい今日この頃。あまり出歩けないというのであれば、せめて屋内で読書を――というわけで、4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 ……と言いたいところですが、日頃の恐れがついに現実になってしまったか、非常にアイテム数が少ない4月。まさか昨今の騒動の影響とは思いませんが、非常に厳しい状況です。

 まず文庫小説ですが――その新作は仁志耕一郎『按針【あんじん】』、遠藤遼『平安後宮の薄紅姫 物語愛でる女房と晴明の孫』といったところ。
 その他、アンソロジーでは二階堂黎人編『御城の事件〈西日本編〉』が気になります(なお、先月取り上げ損ねましたが、『御城の事件〈東日本編〉』は3月発売であります)。

 一方、文庫化・復刊では、何と言っても鳴神響一『エスパニアのサムライ 天の女王』。エスパニアを舞台に、元・支倉使節団の侍二人が痛快な活劇を繰り広げる、ぜひ今読んでいただきたい名品です。
 その他は上田秀人『決定版 勘定吟味役異聞 一 破斬』がありますが――やはり少ない。


 一方漫画の方では鳥羽亮の『必殺剣二胴』の漫画化である高瀬理恵『暁の犬』第1巻が何と言っても注目。
 その他、出口真人『前田慶次 かぶき旅』第3巻、陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第2巻、殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第6巻、硝音あや『憑き神とぼんぼん』第3巻があり、海外ものではスエカネクミコ『ベルサイユオブザデッド』第4巻、瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第12巻と発売されますが――やはり少ない。

 まさか読む本まで備蓄する必要があるとは、というのはさすがによろしくない表現かもしれませんが……



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2020.03.07

『無限の住人-IMMORTAL-』 二十一幕「陥穽 かんせい」

 尸良との死闘で力を使い果たした万次に刃を向ける練造。しかし彼の前に立つ凜の覚悟と、周囲の言葉に、練造は刀を手放す。一方、追っ手を足止めするためただ一人残った果心居士を追う杣燎と伴殷六ら六鬼団だが、数で勝りながらも山中に仕掛けられた罠によって次々と討たれていく……

 前回の尸良との壮絶な決着のエピローグとも言うべき練造の物語と、燎・伴殷六組vs果心居士の対決が描かれる今回。物語的にはある意味脇筋かもしれませんが、しかし「父と子」という点から見ると、なかなか興味深い展開ではあります。

 万次と凜、目黒とたんぽぽ、凶という三勢力が呉越同舟のところに、刀片手に殴り込んできた彼は、万次に対し、以前(死を偽装した)凜が持ってきた右手と、江戸城地下で練造が拾った左手、どちらも自分のものだから両腕を斬らせろと、無茶苦茶にもほどがあることを言い出す練造。
 しかし所詮はド素人の練造に対して、目黒も凶もほとんど放置状態なところで、ただ一人彼の言葉を受け止めてみせたのが凜であります。代わりに自分の腕をくれてやる、それでも万次なら自分のことを目的地まで連れて行ってくれる、という凜の啖呵の前に圧倒された練造は、ただ嗚咽するのみであります。

 前回描かれたように万次と尸良の二人が、人斬りという点においてはある意味似たもの同士であり、そして人の情の有無という点では全く対照的な存在であったことを思えば、凜と練造もまた、同様な関係性にあると言えるでしょう。しかしどちらも(自分たちにとっては)理不尽に親を奪われ、その末に人斬りと行動を共にすることとなったにもかかわらず、その歩んだ道のりはやはり全く対照的と言うほかありません。
 その二人を分かったものが、上で述べた万次と尸良の違いであることは間違いありませんが――しかし今回の描写を見ていれば、それ以上に理不尽な現実への覚悟の違い、受け止め方の違いであったと感じます。

 自分を襲った理不尽との戦いの末に引き起こされた流血の落とし前を(文字通り)自らの手でつけようとした凜と、自分を襲った理不尽な現実から目を背け、その真実を知ろうとしなかった練造。もちろん繰り返しますが、それぞれの辿った道のりには運としか言いようがないものが影響していたとはいえ、その先を切り開く覚悟の有無が、大きな違い――例えばそれは今回見られたような万次に対する凜の信頼であり、尸良に対する練造の依存であるわけですが――を生んでしまったのだと感じさせられます
 そして練蔵のその態度の根元にあったものが、過去の所行を隠してきた父・川上新夜の態度にあったとすれば、それもまた練造を想った行動でもあるだけに、何とも言えない皮肉を感じるのであります。


 さて、父との関係性という点で今回もう一人当てはまるのが燎でありますが――その姿は凜たちとは異なる、言ってみれば非常に拗れたなものとして描かれます。吐鉤群の庶子であった彼女にとって、吐は普通の子から見た父がそうである以上に、絶対的に仰ぎ見るべき存在であり――そしてその父のために自らの命を擲つことが、彼女にとっての喜びであり、自分が子である証なのですから。
 そんな彼女の心理が、(結構素顔は気のいいおっさんぽい)伴殷六には理解できないのはむしろ当然というべきかと想いますが――しかし果心居士との対決の中で、正気を維持するために自分の足を打ち抜いてみせるほどの伴の一種のプロフェッショナリズムでも及ばなかった居士の幻覚を打ち破ってみせたのが、その一種狂気めいた父への想いであったというのもまた事実であります。

 しかしこの戦いの後、戦いに身を投じることが自分の子としての務めと思い定めていた彼女は、戦いから離れ女として吐家の血を継がなければならないという運命を突きつけられることになります。それは、鉤群の子でありながら吐家の人間足り得なかった彼女にとってはあまりに皮肉な運命であり――そして彼女が自分に与えていた「父のために死ぬ子」という特別な立場を奪い去るものだったと言えるでしょう(更に言えば、ある意味彼女をそこに追い込んだのは、「父のために死んだ子」である嫡男なのです)。
 そう考えれば、満身創痍の彼女がそれでも戦場に戻ろうとした無謀の意味が、少しは納得できるというものであります。


 と、こういう切り口からは全く触れることができなかったのですが、今回やたらと前衛的な幻覚をまとって大活躍した果心居士というキャラ、山の民という出自はともかく、山中という特定すぎるフィールドでその力を最大限に発揮するその戦闘法で、どうやって逸刀流に加わったのか。そして加わろうと思ったのか。謎が多すぎる人物であります。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 『無限の住人-IMMORTAL-』 十六幕「肢転 してん」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十七幕「儀結 ぎけつ」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十八幕「鬼哭 きこく」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 十九幕「鏖 みなごろし」
 『無限の住人-IMMORTAL-』 二十幕「霏々 ひひ」

 無限の住人

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2020.03.06

霜島けい『おとろし屏風 九十九字ふしぎ屋 商い中』 「恐怖」を、そして此岸と彼岸を超える「情」


 るいの前に幾度となく現れては、「八枝様を助けて」と訴えかける少女・おコウの霊。実は冬吾には、かつてその声に応えようとしたが、八枝の怨霊に殺されかけ、代わりに母が命を落とした過去があった。今度こそ八枝を封印しようとする周音と冬吾の兄弟だが、その矢先にるいが思わぬ事態に……

 いわくつきの品物を扱う九十九字屋を舞台に、霊感熱血少女のるいと、その父であり今は「ぬりかべ」の作蔵、無愛想な店主の冬爆裂逃走吾が、おかしな事件の数々に挑むシリーズの第5弾――前作『あやかし行灯』で仄めかされた冬吾の過去の因縁が、本作では全面的に描かれることになります。

 好事家たちの怪談会で、辰巳神社の宮司にして実は冬吾の兄・周音が語った過去の悍ましい事件。とある郊外の屋敷を買った商家の主人が、隠されていた座敷牢の中で倒れていたのをきっかけに、店の関係者のほとんどが命を落とした――その惨劇の背後には、数年前に屋敷で座敷牢に入れられ、無惨な最期を遂げ末に怨霊と化した、ある商家の主人の妾・八枝の存在があったのです。

 そして八枝と縁のある少女・おコウの幽霊がるいの前に現れたこと、かつて冬吾がおコウと係わったことが原因で彼の母が死んだこと(そしてそのために冬吾と周音がいがみ合っていること)のみが前作では語られましたが、それを踏まえて本作は展開します。

 冬吾の厳命で自分の前に現れるおコウを避けていたものの、どうしても見過ごしにできないるいが、ついに冬吾の身に起きた出来事を知る『桜、ほろほろ』。おコウは救ったものの、ついに八枝本人と遭遇することとなったるいが、冬吾、そして思わぬ人々の助けとともに、かつての真実を追い、八枝を鎮めようと奔走する『おとろし屏風』。
 二話構成ではありますが、実質一つの長編というべき本作では、これまでの短編連作スタイルでは描かれなかった、濃密な怪異が描れることになります。


 そう、怪異――本シリーズでは、これまで数多くの怪異が描かれてきましたが、その多くは(作蔵のように)どこかコミカルであったり、不思議で奇妙なものでした。

 しかし本作で描かれるものは、真剣に怖い。前作の時点で既に十分恐ろしかったのですが、特に本書の後編冒頭の展開など、本当に勘弁して欲しいシチュエーションで描かれる恐怖は、ちょっと怖くてイイ話、というレベルを遙かに超える一級のホラーと言えます。
 この辺りはデビュー以来伝奇ホラーを中心に活躍してきた(さらにいえば伝説の実話怪談「三角屋敷」の当事者としての)作者の真骨頂――作者ならでは文法・理法による、超自然の存在がもたらす理不尽な怪異とその恐怖と言うべきでしょう。

 ……が、同時に本作は恐ろしいだけの物語ではありません。そして怪異を滅ぼしてそれで良し、という物語でもありません。何よりも本シリーズの主人公は、死んでぬりかべになってしまった父を持ち、そして死者も妖怪も、もちろん人間も、悩める者は見過ごしにできない少女・るいなのですから。
 そんなるいが主人公だからこそ、本作は八枝との対決で終わる物語ではないのです。

 なぜおコウが、八枝が怨霊となったのか。どうすれば八枝たちを怨念から解き放つことができるのか。るいが挑むそんな謎は、もちろん冬吾や周音といった、いわば「プロ」にとっても手に余る難題であります。
 しかし彼女には「情」があります。人だけでなく人ならざる者――いや物も持つ想い、そして時に彼岸と此岸すら超える想いが。

 もちろん、それを持つのはるいだけではありません。そして生者のみが持つものでもありません。例えば作蔵が、死んだ後もぬりかべとなって娘の側にいるように。
 そして作蔵とるいのような親と子の間の「情」の存在は、本作において様々な形で描かれるものであり――これこそが本作のテーマだといってよいでしょう。。

 そしてこうした「情」があるからこそ、本作は、本シリーズは、恐ろしいだけでなく、暖かく心地良い物語として成立していることは間違いありません。
 もちろん、「情」も「恐怖」も通り一遍のものでなく、高度なレベルで描かれ、融合しているのが本作の見事な点であることは言うまでもないことですが……


 そんな本作のタイトルである「おとろし屏風」――此岸と彼岸の境にある川とその周囲の風景を封じ込めた不思議な屏風は、そんなるいを中心とした本シリーズの在り方の、ある意味象徴と言えるかもしれません。

 思い切り怖がらせて、そしてその上で思い切り泣かせ、笑顔にしてくれる――本シリーズの一つの頂点とも言うべき物語であります。


『おとろし屏風 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon
おとろし屏風: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)


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2020.03.05

高橋留美子『闘魚の里』 異色作? 海賊と人魚、そして流れ者と


 気のいい海賊たち住む鳥羽島に流れ着いた湧太。かつて人魚の肉を食い不老不死となった彼は、凶暴な海賊・逆髪衆の頭領の女房・砂に人魚探しを依頼され、遭難したのだった。鳥羽島で一時平穏な暮らしを送る湧太だが、頭領が砂によって深手を負わされ、頭領の娘・鱗とともに人魚を探すことに……

 高橋留美子の裏代表作とも言うべき人魚シリーズ――1984年から不定期に発表されてきた作品群のうち、本作は2番目に発表されたエピソードであります。

 人魚の肉を食らったことで不老不死の――死ねず年をとれない体となり、500年を生き続けてきた青年・湧太と、ある理由から閉じこめられ人魚の肉を食べさせられてきた少女・真魚を主人公としたこの人魚シリーズ。不老不死に魅せられ、狂わされた人々の哀しみを描く伝奇ホラーの名品ですが――その中でも少々ユニークな位置にあるのが本作。
 戦国時代を舞台とした本作は、湧太が現代で真魚と出会う遙か以前の物語であり、そして狂言回し的立ち位置が多い彼が物語の中心となる、意外に珍しいエピソードなのです。

 人魚の肉を口にしたほとんど全ての人間が、死ぬか醜い「なりそこない」となって怪物化する中、ただ一人不老不死になってしまった自分が人間として死ぬ方法を知るため、人魚を探して放浪を続けてきた湧太。
 そんな彼が本作で出会うのは、生活のために漁の他に海賊行為を働く鳥羽島の人々であり、体を悪くした頭領に代わり長を務める少女・鱗であります。

 鳥羽島で平穏な暮らしを続ける中、湧太は鱗と想い想われるようになっていくのですが――しかしそこで鱗の父が、対立する凶悪な
逆髪衆によって瀕死の重傷を負わされ、その治療のためにようやく見つけた人魚を奪われてしまった湧太と鱗。(毎度のことながら湧太が「死んで」いる間に)囚われの身となった鱗を救うため、湧太は単身逆髪衆の根城に乗り込むのですが……


 という本作、先に述べたように人間の業を感じさせる、残酷で重苦しいエピソードの多い本シリーズでは珍しく、エンターテイメント色の強い物語であります。

 考えてみると本作のシチュエーションは、女性の身で気丈に生きるヒロインのもとに身を寄せた訳ありの流れ者が、彼女を悩ます敵を片付け、自分を慕うヒロインを置いてただ一人去っていく――という流れ者ヒーローもののそれであります。
 まさかここでこのパターンが見れるとは、と驚かされるのですが、敵役も本シリーズでは陰影に富んだキャラクターの多い中で、非常に単純明快な悪人(もっとももう一人、より本シリーズらしい人物がいるわけですが)で、ある意味わかりやすい物語であると言えます。

 しかしそれは決して、本作が底の浅い作品というわけではありません。人魚という本シリーズならではの設定を存分に活かしたサスペンスを盛り上げているのはもちろんのこと、流れ者である湧太が、何故流れなければならないのか――それを人魚と結びつけることによって、本作ならではの必然性を与え、そして大きな切なさ、やるせなさを生み出すことに成功しているのですから。

 そしてそれはラストに湧太が告げる名台詞――本シリーズにおける湧太の、いや全ての人魚の肉を食った者を象徴する台詞に現れているといえるでしょう。


 そのほか、本作の発表時点に漫画ではかなり珍しかったのではないかと思われる日本の海賊――それも凶暴である意味「海賊らしい」逆髪衆とは異なる、鳥羽島の人々のような存在――を題材としていることなど、時代ものとしても魅力の大きい本作。

 シリーズ第2作という、設定自体があまり固まっていない段階(事実、本作にしか登場しない謎めいた存在もいるわけで)ならではの内容かもしれませんが、異色作という言葉には収まらない名品であります。

 ちなみに本シリーズには『舎利姫』という、人魚の肉を食らったわけでもないのに不老不死の体を持つ謎の少女の姿を描く、本作とは全く異なる趣向の時代ものもあるのですが――こちらはまた機会があればご紹介いたしましょう。


『闘魚の里』(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックススペシャル『人魚の森』所収) Amazon
人魚の森: 高橋留美子 人魚シリーズ  1 (少年サンデーコミックススペシャル―高橋留美子人魚シリーズ)

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2020.03.04

安達智『あおのたつき』第2巻 絢爛妖異なアートが描く、吉原という世界と人々の姿


 浮世と冥土の境に存在する「鎮守の社」で迷える魂を導く遊女「あお」の姿を描く時代ファンタジー『あおのたつき』第2巻であります。この巻でもあおが出会うのは、強い想いから異形となった悲しい魂たち。その来し方行く末とは……

 生前は吉原は三浦屋の花魁として鳴らしながら、何故か命を落とし、少女姿で浮世と冥土の狭間にある鎮守の杜に迷い込んだあお(濃紫)。成り行きから社の奉公人として、宮司・楽丸の手伝いをすることになった彼女は、強い想いを抱えて社に、冥土の吉原に現れる魂を導くことになります。
 そんなある日、社に現れた打ち掛けを被った奇怪な悪霊。その悪霊を追ってきた謎の男・恐丸は、あおを悪霊と呼び、断罪しようとするのですが……


 そんな前巻ラストから続くエピソード「指人形」に始まるこの第2巻。実はこの恐丸、楽丸と同じく冥土の吉原の稲荷社の宮司なのですが――しかしながら悪霊となった者にも慈悲の心を見せる楽丸とは対照的に、悪霊と見るや断罪せんとする、その名の通りの(?)恐ろしい男であります。
 何とかこの恐丸の手から逃れたあおですが、しかし彼女の生業はむしろこれから――そう、冥土の吉原を騒がせた悪霊、豪奢な打ち掛けを羽織り、その下から獣めいた脚を晒した悪霊を導かなければならないのですから。

 見るからに恐ろしく、そして凶暴なこの悪霊。しかし、悪霊は誰一人として生まれながらにそうであったはずもなく、そうなった理由がある――悪霊たちとは吉原の女としていわば「同胞」であるあおが、彼女しかできないやり方で、憎しみや悲しみに凝り固まった心を溶かしていく姿は、このエピソードでも健在であります。


 そして続く「六角箱」に登場するのは、何と実在の人物である山田朝右衛門吉睦――の死後の姿。あの首斬り浅右衛門の五代目(にして初めて「朝右衛門」を名乗った人物)であります。
 それにしても罪人の首を斬り、刀剣の切れ味を試してきた彼が何故冥土の吉原へ――と思えば、彼が生前に斬首した遊女の小指が幾度も怪事を起こし、それを楽丸に預かっていてもらっていたというのですが……

 と、このエピソード、現代人の目から見ればドン引き間違いなしの「心中立て」――遊女が真の心を誓って小指を贈るという風習を題材とした、ある意味本作ならではの物語ですが、そこに山田朝右衛門を絡めるという趣向が実に面白い(という表現は不適切かもしれませんが)。
 そしてそこで描かれるもの、怪事を引き起こしていた遊女の無念の源が、前話同様男の不実・非道――だけではない、という捻りも巧みに感じます。
(さらにそこに、男の不実と表裏一体のある想いがあった、というのも巧い!)

 また嬉しいのはこの朝右衛門吉睦、次のエピソード「廓歩き」にも引き続き登場するのですが――さて始まったばかりのこのエピソードがどのように展開していくかは、次巻のお楽しみとなります。


 というわけで、絢爛かつ異妖なアートの見事さと、浮世と冥土を通して「吉原」という世界、そしてそこに生きそして死んだ人々の想いを描くストーリーの確かさは、この巻でもたっぷりと描かれる本作。
 よくよく目を凝らすと、背景にはTwitterでお馴染みのあのキャラクターが隠れていたりするのもまた愉快なところで、様々な魅力に溢れた作品であります。

 それにしても、楽丸と恐丸の社がそれぞれ浮世の稲荷社と対応するのであれば、あと三人の宮司が登場することになるのでしょうか。これはまあ、本筋には関係ない関心事ですが……


『あおのたつき』第2巻(安達智 DeNA) Amazon
あおのたつき (2)


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2020.03.03

白石純『魍魎少女』第1-2巻 魍魎以上の化物師弟の戦う理由


 この世に巣くう魍魎を種にして売る「魍魎屋」を営む少女・林檎丸。彼女はその傍ら、数百年前に同業者である八房の手で七つに分けられた師匠・雪之条の体を探す旅を続けていた。時は流れて大正時代、師匠の体を二つ目まで集めた魍魎丸の前に、八房と謎めいた少年・チカが立ちふさがる……

 大正時代というのは、明治と昭和という近代と現代の間に挟まれた境界の時代である点が魅力ということか、短い割に様々な物語の舞台となっていますが、この奇怪な物語もその一つと言えるでしょうか。
 もっとも事の起こりは戦国時代(実は更にその前から)、幕末を経て大正に至るという、時間的なスケールが大きい物語であります。

 本作のタイトルロール・魍魎少女とは、主人公である和装の少女・林檎丸のこと。オッドアイで毒舌家、そしてこの世に蠢く様々な化け物・魍魎を捕らえて丸め、「種」にしてその力を求める人々に売りさばく「魍魎屋」を営む少女という、実に個性的なキャラクターであります。

 そんな彼女の真の目的は、戦国時代にバラバラにされ、今は手元に欠片しか残らない師匠・雪之条の体を探しだし、復活させること。幕末に人々を悩ます無頼の侍たちの頭目が鬼の左目を持つという噂を聞いた彼女は、魍魎に取り憑かれた彼らを文字通り粉砕し、ようやく師匠の左目を取り戻して――というのが第1話ですが、これはまだプロローグに過ぎません。
 そこから時は流れて大正時代、様々な曰く付きの品を預かってきた寺に師匠の左腕を取り戻すために訪れた林檎丸は、寺の僧たちだけでなく、奇怪な魍魎を向こうに回して乱戦を繰り広げて――と、そこでも繰り広げられる大立ち回り。人間の倫理観などないように暴れ回る林檎丸の戦いは、彼女を上回る戦闘力を持つ少年・チカや、銀座に潜み無数に増殖していく魍魎などを相手に続くことになるのであります。


 というわけで、小さい姿で自分の体よりも大きなノコギリを振り回しては敵を解体していくという、剣呑なヒロインの大活劇が繰り広げられる本作。
 個人的にはあまりこうしたヒロインには興味がないのと、キャラクター的にもあまり大正時代に似合った絵と思えない(特に預かり寺の住職のビジュアル)のがピンとこないところでしたが、数多くの敵が入り乱れて――というより無双系のバトルを、破綻を感じさせずに描くのには感心いたします。

 そしてそれ以上に面白いのは、果たして何を考えているのかわからない師匠・雪之条の存在。林檎丸との情愛があるようなないような関係性もさることながら、バラバラにされて体の大半を失っても妙に明るいその個性が、魍魎以上に化け物じみていて印象に残ります。
 そしてその印象をさらに強めるのは、彼の宿敵であり、その身をバラバラにした張本人――すなわち今のところラスボス候補の八房が第2巻で語る、彼らの過去の物語であります。

 ともに室町時代から生き続け、不死とも言うべき異常な生命力を発揮するのは何故か。林檎丸とは何者でいつ生まれたのか。そして何よりも、二人の過去に何があって、何故殺し合うことになったのか……
 ある意味「信用できない語り手」ではあるのですが、八房の語る内容は、それまで本作で描かれてきたものが裏返るような――それでいて、上に述べた印象を踏まえれば妙に納得がいくもの。こんなところにどんでん返しが用意されていたとは、と大いに驚かされた次第です。

 果たしてそこからまたどんでん返しがあるのか、はたまたこのまま突き進んでいくのか――主人公側の方が常人には害のありそうな奇怪な師弟の戦いは、まだ序盤のようであります。


『魍魎少女』(白石純 徳間書店ゼノンコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
魍魎少女 1 (ゼノンコミックス)魍魎少女 2 (ゼノンコミックス)

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2020.03.02

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第4巻 「新選組」の名を背負う者たちの眼差し


 幾多の犠牲を払ってたどり着いた箱館に共和国を樹立した、土方歳三をはじめとする旧幕府軍の男たち。しかし彼らが新たな国で希望に胸膨らませる一方で、新たな戦いはすぐそこまで迫っています。この第4巻で描かれるのはその戦いの始まりと、今なお「新選組」の名を背負う男たちの姿であります。

 これまで土方の下、「新選組」に参加した少年たち――市村鉄之助と田村銀之助を中心とした彼らの視点から描かれてきた本作。しかしこの第4巻においては――もちろん彼らにも重要なドラマが用意されているのですが――また異なる視点から、物語が描かれることとなります。

 その視点の持ち主こそが、最後の「新選組」ともいうべき男たち――相馬主計、野村利三郎、安富才助という新選組ファンであれば、名前を見ただけで泣けてくる顔ぶれであります。
 彼らはいずれも新選組が京で最盛期を迎えた頃に入隊し、そしてその後の戊辰戦争の苦闘の中でも、紆余曲折を経て土方に従い、「新選組」を名乗ってきた男たち。それを思えば、本作の語り手たちとして、これほど相応しい存在もないように感じられます。

 近藤(大久保大和)の助命嘆願書を携えて板橋を訪れたものの、却って共に囚われ、近藤の嘆願で命を救われた相馬主計。近藤の出頭に同行し、共に捕らえられてやはり近藤に救われた野村利三郎。会計方そして馬術師範という一風変わった役割を務めてきた安富才助。
 いずれも新選組創設期のメンバーに比べれば、正直に申し上げて武勇伝には欠ける面々ではありますが、しかしいずれも会津戦争などの戊辰戦争の激戦をくぐり抜けてきた男たちであり――そしてなおも戦い続けている男たちなのであります。

 この巻ではそんな男たちの姿を、史実を踏まえつつ、そしてその隙間を物語として埋めつつ、丹念に描き出します。そしてそんな男たちの目にとって、土方はどう映るのか――鉄之助や銀之助たちのような子供たちの見上げる視線とはまた異なる眼差しは、この戦いに、土方という人物に、新たな光を当てるのです。
(さらにまた、彼らのドラマを通じて、既に故人である近藤らの姿が描かれるのがまた嬉しいところでしょう)


 そしてこの巻の終盤では、そんな「新選組」にとって、ある意味最後の激闘が描かれることとなります。それは宮古湾海戦――新政府軍の新たな戦力である軍艦・甲鉄を奪取するため、共和国の決死隊がアボルダージュ(接舷攻撃)を仕掛けた一戦であります。

 歴史に「たられば」は禁物ではありますが、しかしもしここで奪取が成功していれば――と強く思わされるのがこの戦い。本作ではその戦いに至るまでを、土方の姿をはじめとして高いテンションで描くのですが、そこに上に挙げた「新選組」たちの姿を重ね合わせることで、さらに「たられば」を欲する気持ちが高まるのであります。
(もっともその一方で、やっぱりこれは失敗するよなあ――と思わされるのですが)

 なるほど、ここでこれを描くために、この巻の前半の隊士たちの姿があったのか! と、今更ながらに構成の巧みさに感じ入った次第です。


 さて、共和国を樹立した旧幕府軍の一時の平和は――彼らの抱いた百年先の希望を打ち砕くように――終わりを告げました。この先に待つのは、彼らと新政府軍の決戦であります。
 正直なところ、この先を目にするのは辛いのですが、しかし彼らの戦いの中で――そしてその先で、本作が何を描くのか。そしてそこに何を残してくれるのか? それを最後まで見届けたいと、そしてそこに小さくてもいい、希望の姿があって欲しいと――今は願うのみなのであります。


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2020.03.01

『無限の住人-IMMORTAL-』 二十幕「霏々 ひひ」

 天津を追って急ぐ途中、尸良の襲撃を受け、凜を攫われた万次。万次の前に現れた尸良は、万次の左腕を移植し、不死の肉体を得ていた。尸良との対決よりも、真冬の沼に漬けられた凜を救うことを選ぶ万次だが、却って二人とも窮地に陥ってしまう。一方、万次を追う尸良は、凶と遭遇するが……

 逸刀流、六鬼団、万次と凜等々のトーナメントバトルの皮切りとなったのは、意外な伏兵――というべきか、尸良と万次の因縁の対決であります。

 まだ万次と逸刀流が手を組んでいた頃にやり過ぎて万次に右腕を落とされ、加賀に向かう天津を追っての旅の途中、万次と凶(主に後者)との激闘の末に左腕を落とされ――それでもしぶとく生き延びて、江戸城地下に幽閉されていたものが、万次が脱出する際に何を思ったか、切り落とされた万次の左腕を奪って去っていった、というのがこれまでの尸良の来歴。
 どうやら吐鉤群の腹心から知恵をつけられたようではありますが、ここで尸良が万次の前に現れたのは、ほとんど暴走――というか、完全に私怨、いや執念。凜を乗せていた駕籠舁きを惨殺し、さらに(画面ではわかりにくかったですが)懸巣の女たちを殺し――それも全てが万次をおびき出すためなのですから恐れ入ります。

 これがこれまでであれば、いかに尸良が野獣のような相手とはいえ、一対一の対決で万次が遅れをとるとは思えないのですが――しかしあろうことか、尸良は万次の左腕を自分に移植。そう、血仙蟲を自分のものとし、不死身となったのであります。
 前回、歩蘭人は万次の不死に意味というか意志を感じると語っていましたが、だとすれば最悪中の最悪というべき尸良の不死には、どのような意味があるというのか? 何はともあれ、本作二度目の不死者同士の戦いが始まることになるのですが……


 というわけで尸良との決着回となった今回。ここまで引っ張っておいて、たった一話で決着、しかも物語の本筋とは関係ないところで暴れ回った末に退場――というのは、ある意味障害物扱いされてしまっていると言えなくもありませんが、しかしかなりの作画リソースを割いて(一週間が空いた甲斐はあったか?)の死闘は迫力十分、万次と尸良だけでなく、凶や目黒(尸良に敗れてあわや落花狼藉――というところでの大騒ぎで、尸良を呆れさせるのはある意味偉業)、さらには馬まで加わっての派手な剣戟は、まさに本作の醍醐味があったと言うべきでしょう。

 しかし、今回印象に残るのは、こうした肉体同士のぶつかり合い以上に、万次と尸良の精神のぶつかり合い――というより尸良の精神の在り方であったと感じます。
 凜を攫って身を切るような水の中に縛り付け、万次を誘き出す尸良。それはもちろん万次と戦い、そして優位に立つためのものではありますが――しかし、そこには万次の精神性の在り方を確かめたいという想いもあるように感じられます。目の前の自分の敵よりも、命を危うくしている一人の女を選ぶことができるのか。自らの(不死の)体を、自分自身の目的のためでなく他者のために擲てるのか。それは尸良とは正反対の精神の在り方であり――言い換えればその一線を乗り越えて「こちら側」に来た時、万次は尸良と等しい存在になったと言えるでしょう。今回の尸良の行動は、それを望む気持ちが多分にあったのではないでしょうか。

 思えば皮肉混じりとはいえ、ここに至るまで基本的に万次「さん」と、他の者とは異なる呼び方をしてきた尸良。そこには百人斬りという「偉業」を成し遂げた万次に対する敬意と、ある種の共感があったのではないか――というのは穿ちすぎでしょうか。
 しかし今回のサブタイトルのとおり、霏々と降りしきる雪の中での死闘の背後には、万次を倒したい、万次を殺したいというだけでなく、万次を自分の側に引き入れたい、万次と同じ存在になりたい(万次の左腕を移植したのは、そのものズバリの行動と言うほかないでしょう)という尸良の想いが幾度も窺えたように思います。

 もちろんその想いは満たされることなく(というか気付かれることもなく)、またもや万次と凶のコンビネーションの末に尸良は敗れ、野獣のような男に相応しい、悲惨と言うも愚かな最期を遂げることになるのですが――しかしそれはそれで、尸良という男の生き様を貫いたといえるでしょう。
 練造に――今回尸良と万次の死闘の傍らで、人を殺すことも救うこともできず、何ら行動を起こさずに傍観することしかできなかった練造に対して、皮肉極まりない助言を残したことも含めて……


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon

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 無限の住人

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