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2020.03.20

森山茂里・加門七海・宮部みゆき『もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選』(その二)


 女性作家による時代小説傑作選「もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選」の作品紹介後半戦であります。本書もラストに近づくにつれ、物語の恐ろしさも高まっていくことに……

『椿』(森山茂里)
 いつか自分の前にも来てくれると信じていた、童子姿の犬神の弟子・白児とついに出会ったお香。かつてお香の祖母の前に現れたという白児を連れて町を行くお香ですが、実家の書物問屋をしばしば訪れる好青年・椿の実家が、あくどい高利貸しに苦しめられていることを知って……

 廣済堂モノノケ文庫で刊行された『あやかし絵師』の続編――といっても舞台は数十年後になるのですが――であり、白泉社招き猫文庫から刊行された『犬神の弟子』の第1話に当たるエピソードであります。
 見かけは5、6歳にしか見えないものの、遙かに長い年月を生きる犬神の弟子・白児。しかし彼の精神年齢は見かけ通りで、その無邪気な言動と神通力が騒動を引き起こすことになります。

 本作のタイトルは、お香の実家にある椿の精が宿る古木と、お香の憧れの人の名を絡めたダブルミーニング(ちなみに渡辺崋山の弟子であるこの椿青年は実在の人物であります)。この辺りの趣向や、白児の明るいキャラクターも楽しいものですが――正直なところ、内容的にはかなりあっさりした印象なのは否めません(この点は『あやかし絵師』から変わらず……)。

 ある意味、本作が関わった二つのレーベルを中心に展開した、妖怪時代小説ブームの一つの典型と言うべき作品かもしれません。


『虫すだく』(加門七海)
 異様に鈴虫を恐れる棒手振り商人の男。彼は若い頃に巡礼に出かけ、迷い込んだ寺で無数の鈴虫を育てる奇妙な老僧と出会っていたのであります。男の発心のきっかけが鈴ヶ森の刑場であったことを知った老僧は、自分もまた鈴ヶ森に縁があったことを語るのですが、その内容は……

 ここから先は恐怖のワンツーフィニッシュとも言うべき作品が並びますが、まず本作はあの異形コレクション『屍者の行進』に収録された慄然たる物語。
 夏の盛りに秩父の山寺を訪れた男を迎える、無数の鈴虫の音は、泉鏡花めいた作品のムードも相まって、何ともいえぬ美しさを感じさせるのですが――そこから展開していくのは、やはり美しくも、しかしどこまでも悍ましい異形の愛の世界です。

 どんどん破滅へとエスカレートしていく老僧の懺悔の結末はある程度予想がつくものの、しかしそこまでの美しさをかなぐり捨てるように直球で描かれるラストの恐ろしさたるや――まさに蠱惑的と呼ぶほかない物語であります。


『蜆塚』(宮部みゆき)
 亡き父の跡を継いで桂庵となった米介。彼は父の碁敵の老人を見舞いに訪れた時、老人が、そして米介の父がかつて出会った、ある者たちの存在を聞くことになります。
 同じ顔をした同じ人間が、十年くらいの間をおいて、まったく違う名前と経歴でやってくる――人々の間に紛れ込んだ、違う人々。それを老人の妄想と相手にしなかった米介ですが……

 ラストを飾るのは、前書『ねこだまり』同様に宮部みゆきの作品――そして同様に極めて独創的で、恐ろしい物語であります。
 すでに死期が近い老人との何気ない会話の中で、ぽろりと語られるある人々の存在。あまりに何気ない口調ながら、しかしその内容がほのめかすものは――ありふれた日常の中に、ひっそりと紛れ込んだ非日常の存在にもゾクゾクさせられますが、真に恐ろしいのはそこからであります。

 自分には無関係の時代、無関係の場所の物語の中で語られていたもの。それが実は――と、恐怖の遠近法とも言うべき形で、日常の中に侵食してくる非日常の恐ろしさたるや。結末で明かされるタイトルの由来がほのめかすものも恐ろしく、本書の掉尾を飾るに相応しい、見事な切れ味の一編です。


 以上六作品、付喪神あり、幽霊あり、妖怪あり、さらには――と、一口に怪異と言っても描かれるそれは実に様々であり、その切り口もまた様々であります。
 しかしそれこそが実に怪異らしいというべきでしょう。怪異はありふれた、当たり前の日常から踏み出した世界に在るもの、ある意味多様性に満ちた存在なのですから。

 アンソロジーという形でそんな様々な怪異の姿を捉えてみせた本書。さすがは、というべき確かなチョイスの一冊です。


『もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選』(細谷正充編 PHP文芸文庫) Amazon
もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選 (PHP文芸文庫)

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