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2020.03.06

霜島けい『おとろし屏風 九十九字ふしぎ屋 商い中』 「恐怖」を、そして此岸と彼岸を超える「情」


 るいの前に幾度となく現れては、「八枝様を助けて」と訴えかける少女・おコウの霊。実は冬吾には、かつてその声に応えようとしたが、八枝の怨霊に殺されかけ、代わりに母が命を落とした過去があった。今度こそ八枝を封印しようとする周音と冬吾の兄弟だが、その矢先にるいが思わぬ事態に……

 いわくつきの品物を扱う九十九字屋を舞台に、霊感熱血少女のるいと、その父であり今は「ぬりかべ」の作蔵、無愛想な店主の冬爆裂逃走吾が、おかしな事件の数々に挑むシリーズの第5弾――前作『あやかし行灯』で仄めかされた冬吾の過去の因縁が、本作では全面的に描かれることになります。

 好事家たちの怪談会で、辰巳神社の宮司にして実は冬吾の兄・周音が語った過去の悍ましい事件。とある郊外の屋敷を買った商家の主人が、隠されていた座敷牢の中で倒れていたのをきっかけに、店の関係者のほとんどが命を落とした――その惨劇の背後には、数年前に屋敷で座敷牢に入れられ、無惨な最期を遂げ末に怨霊と化した、ある商家の主人の妾・八枝の存在があったのです。

 そして八枝と縁のある少女・おコウの幽霊がるいの前に現れたこと、かつて冬吾がおコウと係わったことが原因で彼の母が死んだこと(そしてそのために冬吾と周音がいがみ合っていること)のみが前作では語られましたが、それを踏まえて本作は展開します。

 冬吾の厳命で自分の前に現れるおコウを避けていたものの、どうしても見過ごしにできないるいが、ついに冬吾の身に起きた出来事を知る『桜、ほろほろ』。おコウは救ったものの、ついに八枝本人と遭遇することとなったるいが、冬吾、そして思わぬ人々の助けとともに、かつての真実を追い、八枝を鎮めようと奔走する『おとろし屏風』。
 二話構成ではありますが、実質一つの長編というべき本作では、これまでの短編連作スタイルでは描かれなかった、濃密な怪異が描れることになります。


 そう、怪異――本シリーズでは、これまで数多くの怪異が描かれてきましたが、その多くは(作蔵のように)どこかコミカルであったり、不思議で奇妙なものでした。

 しかし本作で描かれるものは、真剣に怖い。前作の時点で既に十分恐ろしかったのですが、特に本書の後編冒頭の展開など、本当に勘弁して欲しいシチュエーションで描かれる恐怖は、ちょっと怖くてイイ話、というレベルを遙かに超える一級のホラーと言えます。
 この辺りはデビュー以来伝奇ホラーを中心に活躍してきた(さらにいえば伝説の実話怪談「三角屋敷」の当事者としての)作者の真骨頂――作者ならでは文法・理法による、超自然の存在がもたらす理不尽な怪異とその恐怖と言うべきでしょう。

 ……が、同時に本作は恐ろしいだけの物語ではありません。そして怪異を滅ぼしてそれで良し、という物語でもありません。何よりも本シリーズの主人公は、死んでぬりかべになってしまった父を持ち、そして死者も妖怪も、もちろん人間も、悩める者は見過ごしにできない少女・るいなのですから。
 そんなるいが主人公だからこそ、本作は八枝との対決で終わる物語ではないのです。

 なぜおコウが、八枝が怨霊となったのか。どうすれば八枝たちを怨念から解き放つことができるのか。るいが挑むそんな謎は、もちろん冬吾や周音といった、いわば「プロ」にとっても手に余る難題であります。
 しかし彼女には「情」があります。人だけでなく人ならざる者――いや物も持つ想い、そして時に彼岸と此岸すら超える想いが。

 もちろん、それを持つのはるいだけではありません。そして生者のみが持つものでもありません。例えば作蔵が、死んだ後もぬりかべとなって娘の側にいるように。
 そして作蔵とるいのような親と子の間の「情」の存在は、本作において様々な形で描かれるものであり――これこそが本作のテーマだといってよいでしょう。。

 そしてこうした「情」があるからこそ、本作は、本シリーズは、恐ろしいだけでなく、暖かく心地良い物語として成立していることは間違いありません。
 もちろん、「情」も「恐怖」も通り一遍のものでなく、高度なレベルで描かれ、融合しているのが本作の見事な点であることは言うまでもないことですが……


 そんな本作のタイトルである「おとろし屏風」――此岸と彼岸の境にある川とその周囲の風景を封じ込めた不思議な屏風は、そんなるいを中心とした本シリーズの在り方の、ある意味象徴と言えるかもしれません。

 思い切り怖がらせて、そしてその上で思い切り泣かせ、笑顔にしてくれる――本シリーズの一つの頂点とも言うべき物語であります。


『おとろし屏風 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon
おとろし屏風: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)


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