高橋留美子『闘魚の里』 異色作? 海賊と人魚、そして流れ者と
気のいい海賊たち住む鳥羽島に流れ着いた湧太。かつて人魚の肉を食い不老不死となった彼は、凶暴な海賊・逆髪衆の頭領の女房・砂に人魚探しを依頼され、遭難したのだった。鳥羽島で一時平穏な暮らしを送る湧太だが、頭領が砂によって深手を負わされ、頭領の娘・鱗とともに人魚を探すことに……
高橋留美子の裏代表作とも言うべき人魚シリーズ――1984年から不定期に発表されてきた作品群のうち、本作は2番目に発表されたエピソードであります。
人魚の肉を食らったことで不老不死の――死ねず年をとれない体となり、500年を生き続けてきた青年・湧太と、ある理由から閉じこめられ人魚の肉を食べさせられてきた少女・真魚を主人公としたこの人魚シリーズ。不老不死に魅せられ、狂わされた人々の哀しみを描く伝奇ホラーの名品ですが――その中でも少々ユニークな位置にあるのが本作。
戦国時代を舞台とした本作は、湧太が現代で真魚と出会う遙か以前の物語であり、そして狂言回し的立ち位置が多い彼が物語の中心となる、意外に珍しいエピソードなのです。
人魚の肉を口にしたほとんど全ての人間が、死ぬか醜い「なりそこない」となって怪物化する中、ただ一人不老不死になってしまった自分が人間として死ぬ方法を知るため、人魚を探して放浪を続けてきた湧太。
そんな彼が本作で出会うのは、生活のために漁の他に海賊行為を働く鳥羽島の人々であり、体を悪くした頭領に代わり長を務める少女・鱗であります。
鳥羽島で平穏な暮らしを続ける中、湧太は鱗と想い想われるようになっていくのですが――しかしそこで鱗の父が、対立する凶悪な
逆髪衆によって瀕死の重傷を負わされ、その治療のためにようやく見つけた人魚を奪われてしまった湧太と鱗。(毎度のことながら湧太が「死んで」いる間に)囚われの身となった鱗を救うため、湧太は単身逆髪衆の根城に乗り込むのですが……
という本作、先に述べたように人間の業を感じさせる、残酷で重苦しいエピソードの多い本シリーズでは珍しく、エンターテイメント色の強い物語であります。
考えてみると本作のシチュエーションは、女性の身で気丈に生きるヒロインのもとに身を寄せた訳ありの流れ者が、彼女を悩ます敵を片付け、自分を慕うヒロインを置いてただ一人去っていく――という流れ者ヒーローもののそれであります。
まさかここでこのパターンが見れるとは、と驚かされるのですが、敵役も本シリーズでは陰影に富んだキャラクターの多い中で、非常に単純明快な悪人(もっとももう一人、より本シリーズらしい人物がいるわけですが)で、ある意味わかりやすい物語であると言えます。
しかしそれは決して、本作が底の浅い作品というわけではありません。人魚という本シリーズならではの設定を存分に活かしたサスペンスを盛り上げているのはもちろんのこと、流れ者である湧太が、何故流れなければならないのか――それを人魚と結びつけることによって、本作ならではの必然性を与え、そして大きな切なさ、やるせなさを生み出すことに成功しているのですから。
そしてそれはラストに湧太が告げる名台詞――本シリーズにおける湧太の、いや全ての人魚の肉を食った者を象徴する台詞に現れているといえるでしょう。
そのほか、本作の発表時点に漫画ではかなり珍しかったのではないかと思われる日本の海賊――それも凶暴である意味「海賊らしい」逆髪衆とは異なる、鳥羽島の人々のような存在――を題材としていることなど、時代ものとしても魅力の大きい本作。
シリーズ第2作という、設定自体があまり固まっていない段階(事実、本作にしか登場しない謎めいた存在もいるわけで)ならではの内容かもしれませんが、異色作という言葉には収まらない名品であります。
ちなみに本シリーズには『舎利姫』という、人魚の肉を食らったわけでもないのに不老不死の体を持つ謎の少女の姿を描く、本作とは全く異なる趣向の時代ものもあるのですが――こちらはまた機会があればご紹介いたしましょう。
『闘魚の里』(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックススペシャル『人魚の森』所収) Amazon

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