森川楓子・西條奈加・宮部みゆき『ねこだまり 〈猫〉時代小説傑作選』(その二)
細谷正充編の女性時代小説家アンソロジーの紹介の後編であります。後半もバラエティに富んだ名品が続きます。
『おとき殺し』(森川楓子)
師匠の国芳が新たに引き受けた猫。その飼主だった老婆・おときが何者かに殺されたことを知った国芳の弟子のおひなは、持ち前の猫と話せる能力で、国芳の飼い猫のおこまとともに事件解決に乗り出すことになります。
ほどなくしてあっさり捕らえられた下手人。証拠もあれば自分でも犯行を認めている下手人に、おひなとおこまは違和感を抱くのですが……
毎回用意されている隠し玉が楽しみの一つである本アンソロジーシリーズですが、今回のそれは本作――作者の長編『国芳猫草紙 おひなとおこま』の続編にして、何と同人誌から収録された作品です。
『おひなとおこま』は、国芳に弟子入りした少女・おひなが、謎の薬の力で猫と会話できるようになり、おこまや猫たちの力を借りて、怪事件に挑む物語でしたが、今回はそのおひなが新たな事件に挑むことになります。
といってもその事件、比較的早い段階で解決した上に、下手人の過去の余罪まで明らかになるのですが――しかし本当の物語はここから。この事件に裏があることを感じ取り、探索を続けるおひなが知った真実は――その複雑で切ない人の情には唸らされました。
かつて下手人に飼われていた猫の存在も見事にはまり、個人的には本書のベストとも感じる作品です。
『猫神さま』(西條奈加)
雨の中で泣いている少女・おのぶと出会ったいなり寿司売りの三治。繭玉問屋に奉公していたおのぶが、店の縁起物の猫神さまを盗んだと疑いをかけられ、店を飛び出してきたと知った三治は、彼女を他人とは思えず、仲間たちと共に助けることを誓います。
顔なじみの侍・柾の助けで店に潜り込んだ三治たちは、事の真相に気づくのですが……
江戸で寄り添って生きる孤児たち十五人を主人公とした連作『はむ・はたる』の一編である本作は、失せもの探しを題材とした、ミステリ味もある物語であり――そして同時に、辛い境遇にありながらも、何とか前向きに生きようとする少年少女の姿を描く物語であります。
かつて父が盗みをして捕らえられたことから、周囲から色眼鏡で見られ、疑いをかけられたおのぶ。一方の三治は、父が人を殺したことで周囲から迫害され、故郷を飛び出してた少年です。
いつの時代も変わらない人間の偏見の目と、それによって苦しむ子供たち。あまりに理不尽な世のあり方に、しかし本作は痛快な形で一矢報いることになります。
事件の中で描かれる、もう一人の子供の姿もまた痛ましいのですが――それもこれも一切合切、鼠取りの守り神である猫神さまにかこつけて解決してみせる、子供たちの心意気が嬉しい本作。その解決に微笑み、そして三治が望んだ報酬に泣かされる一編です。
『だるま猫』(宮部みゆき)
悲惨な子供時代を過ごし、そこから火消しになって抜け出すことを夢見てきた文次。しかしいざ火事場に出てみれば身が竦み、何もできなかった彼は、親方の口利きで料理屋の住み込みで働くことになります。
ある晩、文次の前で重い口を開く店の主人・角蔵。実は彼もかつては火消し――それも文次と同様、臆病で何もできなかった火消しだったというのです。しかしある時、按摩から手に入れた不思議な猫頭巾の力で、角蔵は生まれ変わったというのですが……
ラストに収録されるのは、時代怪談の名手でもある作者の、世にも恐ろしい一編。作者の怪談では、怪異を通じて、地道に生きることの大切さを語る一種教訓めいた構図の作品が少なくないのですが――本作もそれを踏まえつつ、凄まじい一撃を叩き込んできます。
情けない自分を抱えていきる文次にとっては、自分を変えられる魔法の道具である猫頭巾。その力を得て有頂天になる文次ですが、その直後に知った代償とは……
猫要素が少ないと思っていたら――ギャッと悲鳴を上げたくなるような結末が待つ本作。分量的にはあまり多くはないのですが、恐ろしいまでの切れ味を持つ名編です。
というわけで一口に猫といっても可愛らしかったり憎たらしかったり、はたまた恐ろしかったりと様々な姿を、様々な切り口で描いてみせる本書。猫好き、時代小説好きには堪らない作品揃いの一冊であります。
『ねこだまり 〈猫〉時代小説傑作選』(細谷正充編 PHP文芸文庫) Amazon

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