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2020.03.19

朝井まかて・小松エメル・三好昌子『もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選』(その一)


 細谷正充による女性作家による時代小説傑作選、絶好調の第6弾は、個人的には真打ち登場の「〈怪異〉時代小説傑作選」。6人の作家による6つの個性的な作品が収録された好きな人間にはたまらないアンソロジーであります。今回も一作ずつ、収録作品を紹介していきましょう。

『ぞっこん』朝井まかて
 周囲の者たちにせがまれて「わら栄の御前」が語る過去――それは藁店に住む栄次郎という職人の物語でした。
 名画師に強く願って筆を譲られ、精進に精進を重ねた末に、自分の字をものにした栄次郎。ひょんなことから寄席の看板文字で評判となった栄次郎ですが、しかし天保の改革で寄席は次々と潰されてしまうのでした。そんな中、ある依頼を受けた栄次郎は……

 巻頭を飾るのは朝井まかての短編――正直なところあまり「怪異」という印象がない作家ですが、どうしてこれが実に楽しい「怪異」譚。何しろ語り手は筆――主人公の栄次郎の相棒であった筆なのですから。

 江戸職人らしい気質で生真面目に修行を重ね、見事な腕前となった栄次郎。彼が描くのが美術品ではなく、終われば削られて消えてしまう看板文字というのがまたいいのですが――物語は終盤に思わぬ展開を見せます。
 これまで栄次郎に迷惑ばかりかけてきた義兄の見せる男気――庶民の暮らしを損なっても顧みない武士たちに一矢報いるかのような展開が泣かせるのですが、そこに思わぬフォローを入れたのがあの人物という展開にはニッコリであります。

 爽快な結末も嬉しく、実に口当たりのよく気持ちのよい怪異譚です。


『風来屋の猫』小松エメル
 半年前に夫を亡くしながらも、その店「風来屋」を継いで口入れ屋を続ける磐。彼女を悩ませるのは、しきりと言い寄ってくる亡夫のそして自分の幼馴染の久次郎と、白猫の姿となって自分の前に現れ、店を畳めと繰り返す夫でした。果たして夫の、久次郎の真意は、そして磐の選択は……

 もののけ時代小説といえばこの方は外せない作者の作品は、猫時代小説アンソロジー『宵越し猫語り』の掲載作。夫を亡くしても気丈に店を続ける女性の前に、猫になった夫が現れる――というのは一見コミカルにも思える設定ですが、しかし妻を支えるどころか、店を辞めろと夫(猫)が言うことで、物語には不気味な空気が漂うことになります。

 さらに彼女に言い寄ってくる幼馴染の存在と、彼と夫の間で起きた過去の諍いが絡み、さらに不穏な雰囲気となっていくのですが――しかし結末に向かい浮き彫りになっていくのは、互いを想うがゆえにすれ違ってしまう、人と人のどうにもならない心のあり方。実に作者らしい趣向の作品であります。


『韓藍の庭』(三好昌子)
 暴風雨の後、庭師の棟梁である父が、大店・丁字屋の寮の庭普請の依頼を受けたお紗代。職人たちの手伝いで寮に赴いた彼女は、そこで柴垣に囲まれ、周囲から切り離された離れ屋の存在を知ります。
 子供の幽霊がいるという噂の離れ屋に、引き寄せられるように入り込んだ彼女は、韓藍が咲き乱れる庭で、丁字屋の若旦那を名乗る青年と出会うのですが……

 毎回、何かしらの隠し玉を用意してくれるのが心憎いこのアンソロジーシリーズですが、今回の隠し玉は本作――デビュー以来立て続けに伝奇・ミステリ色の強い作品を発表している作者の書き下ろしであります。

 ほぼ一貫して、京を舞台に、絵画などの芸術と、自然の美を背景とした物語を描いてきた作者。本作も庭師と、彼らが扱う庭園の花木の世界が題材となります。
 特に物語の中心となっているのは、タイトルの韓藍――鶏頭の花。美しくもその力強さがどこか生々しく、時に不吉な印象もある花ですが――その中でヒロインが出会う存在は、ある程度予想がつく相手ではあるのですが、そこに一ひねりも二ひねりも加わるキレの良さが素晴らしい。

 すれ違い続ける人の心。しかしそれでもいつかはわかりあい、結びつくことがある――泣きながら笑顔になってしまう、そんな物語であります。


 後半3作品は次回ご紹介いたします。


『もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選』(細谷正充編 PHP文芸文庫) Amazon
もののけ 〈怪異〉時代小説傑作選 (PHP文芸文庫)

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