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2020年4月

2020.04.30

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の4『鐵次』 第16章の5『白木村のなみ』 第16章の6『首くくり村』

 美少女修法師と怪異の対決を描く『百夜・百鬼夜行帖』第16章は、百夜の語られざる事件を描く過去編。その後半では、奥州での百夜の冒険が描かれることになります。生と死にまつわる数々の事件の中で、百夜は……

『鐵次』
 左吉にせがまれゴミソの鐵次との出会いを語る百夜。師匠の峻岳坊高星のもとで修業中であった百夜は、抜き身の刀のような異様な気配を放つ鐵次と出会い、師の命でともにある仕事を果たすよう命じられたのであります。
 死んだ者がそこを通って恐山の宇曾利山に向かうと言われる山に亡魂が溜まっているという師の言葉に、反目しながら向かった二人。そこで二人は、山の頂上に向かおうとする無数の亡魂を目の当たりにすることになります。そして頂上で二人が見た亡魂の核の正体とは……

 タイトルの時点でファンには大いに気になるのがこのエピソード。何しろ、作者のシリーズキャラクターの一人にして、百夜の兄弟子である鐵次の過去編であり、百夜と鐵次との出会いを描くというのですから。
 「今」では、亡魂を祓うたびに縫い込んだ無数の端布付きの長羽織がトレードマークの鐵次ですが、この当時はまだ長羽織は真っさら。そして「今」以上にぶっきらぼうな彼と、鼻っ柱の強さでは似た者の百夜の一歩も引かないやりとりが楽しいのですが――事件を引き起こしていた存在が二人の前に現れたとき、物語の色調は大きく変わることとなります。

 大飢饉で家族はおろか、村そのものが全滅した中でただ一人生き残ったという過去を持つ鐵次。そんな彼の存在は、百夜とはまた異なる形で、陸奥というものを背負っていると感じさせられます。
 鐵次のあれはここからだったのか!? という結末も、もちろん強く印象に残るエピソードです。


『白木村のなみ』
 陸奥湾沿岸の漁村で、数年にわたり続く、三十名もの屈強な漁師たちが行方知れずになる事件。村の肝入りに依頼を受けた峻岳坊の話を聞いた百夜は、行方知れずが始まった年に亡くなった者のうち、水死した白木村のなみという子供に注意を引かれるのでした。
 なみの亡魂に導かれ、小舟に乗って海に出た百夜。しかしそこで彼女は無数の水死した亡魂と、それを操る謎の存在と遭遇することに……

 「祟りがないくらいの怖い話」という左吉のリクエストに応えて百夜が語るのは(結構サービス精神旺盛)、前話に続き、彼女が無数の死者と対峙することとなる、確かに恐ろしい話であります。
 特に前半の山場である、百夜が乗った小舟が無数の水死人に囲まれる場面、そしてクライマックスの、水死人を操るモノと水中で百夜が対峙する場面の迫力、緊迫感はかなりのものがあります。

 タイトルロールのなみの存在感が薄いのが残念ですが、まだ未熟な百夜の迷いが描かれるのも新鮮に感じられる物語です。
(そしてその迷いは、次のエピソードと重なる部分があるのですが)


『首くくり村』
 珍しく不安げな峻岳坊の言葉に送られ、原因不明の首吊りが続くという破寺に向かった百夜。そこで同じように首吊りの噂を聞きつけてきた雲水・禅定と出会った百夜は、ともに寺に重苦しく漂う何者かの想念の正体を探ることになります。
 その最中、禅定と言葉を交わすうちに、大きな戸惑いを覚える百夜。やがて彼女は思わぬ窮地に陥ることに……

 修業時代で一番危なかった話というリクエストを受けて語られるこのエピソード――既に師が認めるほどの強大な力と、それを用いるだけの分別を持つようになった百夜ですが、ここでは思わぬ生命の危機に遭遇することになります。

 そんなこのエピソードで描かれるのは、人は、生き物は何故生きるのか、という問いを巡る禅定との問答。ある意味最も根源的なその問いに対する百夜の答えが、今回の物語の核心であり、テーマと言うべきでしょう。
 無数の亡魂たちが荒れ狂うエピソードが多かったこの章の結びとしては一見地味に見えるかもしれません。しかしここで提示される百夜の答えは、生と死を描いてきた物語の結末に、まことに相応しいものと感じられます。

 そしてそれは、今この時代を生きる我々に対する作者からの心からのエールとして感じられるのであります。

『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『鐵次』 Amazon / 『白木村のなみ』 Amazon / 『首くくり村』 Amazon

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2020.04.29

『柳生一族の陰謀』 伝説の名作時代劇、ここにリファイン

 徳川秀忠の急死により、将軍後継を巡って緊張が高まる幕府内。家光派についた柳生宗矩は、三人の子に加え、放浪中の十兵衛と根来一族を呼び寄せ、忠長派と暗闘を開始する。さらに朝廷では烏丸少将が漁夫の利を狙って暗躍、三つ巴の仁義なき戦いは犠牲者を増やしながらエスカレートしていくが……

 放送から間が空いてしまい恐縮ですが、BSプレミアムで放送されたスペシャルドラマであります。もちろんベースとなっているのは深作欣二監督の名作映画ですが、ストーリー等は映画版を踏まえつつも、また少々異なる味わいとなっております。

 これまでも様々なフィクションで扱われてきた家光と忠長の相剋を題材とした本作。秀忠の死が松平伊豆守と春日局による毒殺だった、という巨大なフィクションから始まり、家光派と忠長派、そして朝廷の間の権力闘争(というよりタマの取り合い)という切り口で家光の三代将軍就任を描く――という内容に変わりはありません。
 しかし映画が二時間強であったのに比べれば、ドラマは一時間半ということで、登場人物が一部整理・統合され、だいぶスピーディーな展開となった印象があります。

 特に大きいのは名護屋山三郎がオミットされ、出雲の阿国が小笠原玄信斎の養女という設定で大奥に潜入して家光を狙う――という辺りで、おかげで忠長派側のドラマが弱くなったという印象はあります。
(榎木孝明の小笠原玄信斎もさすがの貫目だったものが出番が少なくてもったいない)

 またキャスト的にも、非常に濃かった映画版に比べると、良くも悪くもかなりスマート――という印象はあるのですが、若者組はそれぞれに一種の悲壮感があってなかなか良かったのではないかと思います。
 個人的にはちょっとどうなのかな、と思っていた溝端淳平の柳生十兵衛も、クライマックスに宗矩と対峙した際の「笑いながら怒る」顔など、印象に残りました。
(しかし舞台の『魔界転生』では十兵衛と戦う方だったのに――というのは蛇足)

 しかし印象に残るといえば、何と言っても波岡一喜の烏丸少将で――代々(?)成田三樹夫、佐野史郎と錚々たる顔ぶれが演じたキャラクターを、期待通りに怪演。
 やはり出番自体はそれほど多くないものの、主膳(そういえば何故左門ではなく主膳だったのか――終盤の展開をキャラ的に左門にさせるためだったとは思いますが)と根来左源太を実質一人で倒し哄笑する姿は、上記のとおりスマートなキャラクターの多かったこのドラマ版でも屈指のインパクトであったかと思います。


 そしてキャラクターといえば、やはり柳生宗矩ですが――本作で宗矩を演じた吉田鋼太郎は、さすがにアクションの点ではさまで印象に残りませんでしたが、一見常識人風の立ち振る舞いと、決め所での舞台調の演技が印象に残ったところ。
 特にラストの「夢でござーる!」のくだりは、狂乱の果てに己の血糊に滑って倒れ伏す姿も強烈な熱演で、この辺りの静と動の使い分けはさすがはシェイクスピア役者――と言うべきでしょうか。

 個人的にはこの方が演じるのであれば、ひたすらフラットな演技で、終盤に一気に本性を現す偽君子キャラにした方が面白かったのでは――と思いましたが、これはさすがに物語そのものが変わってしまいますね。


 その他にも、上で触れた血糊のように、結構容赦なく血が流れたり、そもそも冒頭から胃袋、そしてラストにはアレが出たりと、BSとはいえ最近のTV時代劇にしてはかなり思い切った描写があったりと、かなり力が入っていた印象のある本作。
 この調子で、往年の名作時代劇をもっともっとリファインしてほしい――と、感じます。


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2020.04.28

「週刊現代」誌で赤神諒『立花三将伝』の書評を担当しました

 久々にお仕事のお知らせです。「週刊現代」の5月2・9日号に、4月30日末発売の『立花三将伝』(赤神諒 講談社)の書評が掲載されました。作者の「大友サーガ」第6弾に当たる、三人の青年武士の青春群像劇であります。

 天下分け目の関ヶ原前夜、立花道雪・宗茂の二代に仕えた名将・薦野弥十郎と米多比三左衛門は、明日をも知れない戦いを前に、かつて自分たちの手で死に追いやった男を思い出すことになります。
 自分たちの親友であり、立花最高の将であった好漢・藤木和泉のことを……

 そんな何とも気になる序章から始まる本作は、そこから四十年前に遡り、和泉・弥十郎・三左衛門の出会いと別れを描く物語。
 明朗快活な武人の和泉、偏屈者の軍師である弥十郎、生真面目な一徹者の三左衛門という個性豊かな三人が、恋に友情に戦いにと、痛快な青春を送る姿が本作の前半では描かれることとなります。

 しかし大友サーガは悲劇が基調――彼らの友情は、やがて歴史のうねりの中で引き裂かれ、三人は敵味方として対峙することに……


 という立花鑑載の乱を背景とした物語を紹介した書評なのですが、何しろ一頁ものなので分量的にはこのブログの平均的な記事の約半分。普通に紹介していると書評を全部紹介しかねないので、ここではこれ以上は触れません。

 ぜひ「週刊現代」、そして『立花三将伝』を手に取っていただければと思いますが――実のところ雑誌の書評というのは初めての経験。
 これだけの分量に、書籍の紹介として書くべきこと、自分自身として書きたいことを収める――それも雑誌の読者層を考えながら――というのは、非常に良い経験となりました。

 なろうことなら、またこのような機会をいただけたら――などと、調子に乗って考えているところです。


「週刊現代」5月2・9日号(講談社) Amazon

『立花三将伝』(赤神諒 講談社) Amazon

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2020.04.27

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第2巻 勢揃い新選組! そして池田屋へ

 アニメも無事完結した『無限の住人』ですが、こちらの公式スピンオフはここからが本格始動という印象。幕末の京を舞台に、万次が新選組と激突する『幕末ノ章』第2巻であります。万次を巡る様々な思惑が交錯する中、舞台は池田屋に……

 逸刀流との戦いから数十年――アメリカに漂流して帰ってきてから土佐に隠棲していた万次。そこにやってきた坂本龍馬に連れられ、京に向かった彼はそこで出会った新選組と早速事を構えたり、武市半平太と龍馬の軋轢に巻き込まれたりと早速騒々しい日々を送ることになります。
 しかしその新選組が、死んだはずの山南敬助を中心に異形の使い手を集めた「逸番隊」を結成。半平太を捕らえただけでなく、万次の不死身の肉体を狙って動き出すことになります。

 そしてその一番手、犬を操る奇怪な犬面の剣士・喜多見が万次の前に立ち塞がることに……


 と、万次の肉体を狙う逸番隊との戦いと、維新浪士たちと新選組の戦いが平行して描かれるこの巻。
 もっとも、実は逸番隊との戦いは喜多見戦くらいで、正直なところまだまだ戦力不足の印象は否めません(もっとも、思わぬ大型新人が参加することになるのですが……)。

 とはいえ、逸番隊の背後にいる人物――あの綾目歩蘭人の曾孫である綾目歩蘭なる少女が、この巻では本格始動。というかいきなり暴走。歩蘭人とはまた異なる(歩蘭人にこれやられても困りますが)手段で血仙蟲を求める手段を熱く語る姿には、強烈なインパクトがあります。


 が、この巻でそれ以上にインパクトを与えてくれるのは、ついに勢揃いした新選組オールスターの顔ぶれでしょう。
 これまで登場した近藤・土方・沖田だけでなく、原田・永倉・斎藤・藤堂・源さんが見開きで一堂に会する姿は、いかにも何かの組織の幹部めいた(組織の幹部です)姿で、これが実に格好良いのです。

 その姿やキャラクターも、お馴染みのイメージを踏襲しつつも、いかにも「むげにん」的なアレンジとなっているのが嬉しいところで、新選組好きとしては彼らの活躍を早くみたい――と一瞬何の漫画か忘れて思ってしまったところで、池田屋事件に雪崩れ込むのが実に盛り上がります。
(ちなみに本作では御所焼き打ちは半平太が白状しているのに、歴史と辻褄を合わせるために拷問される古高俊太郎が可哀想すぎる)

 一方、万次の方はといえば、一旦江戸に行くことになった龍馬に頼まれて桂小五郎のボディーガードになった――ちなみに実は吉田松陰とも知人だった万次――ことがきっかけで、「その時」に居合わせることになります。

 これは本作の特徴というか、この時代の万次は随分分別くさい――というより政治的なものに距離を置く性格のためか、維新浪士たちには比較的冷淡。ここでも積極的に戦うことなく、桂を逃がすことを優先する万次ですが――しかしそう簡単に脱出できるはずがありません。

 この巻は、新選組最強のあの剣士が万次の前に出現、いよいよ色々な意味で万次の本領発揮か――? という展開で引きということになりますが、ほとんど逸刀流剣士のような存在感の宮部鼎蔵も気になるところで、次巻ではさらに派手な剣戟を見ることができそうです。


『無限の住人 幕末ノ章』第2巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

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2020.04.26

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第6巻 新たな一歩を踏み出した若者たちの真実と嘘

 「食事」を題材にして新選組を描く異色の青春模様『だんだらごはん』の最新巻であります。これまで芹沢鴨の横暴と攘夷派の暗躍に苦しめられてきた斎藤一と試衛館組ですが、この巻においてついに新たな一歩を踏み出すことになります。「新選組」の誕生、そして芹沢との別れという形で……

 京で浪士組に参加した試衛館の面々と再会し、再び仲間に加わった斎藤一。しかし芹沢一派の暴走は続き、その一方で会津候追い落としを狙う長州や公家たちの暗躍もまた続くことになります。
 そんな中でも会津候を支えるために懸命に奮闘してきた斎藤たちですが、ここで大きく運命が動き出すことになります。尊攘派の公家と長州勢力を御所から排除すべく幕府が兵を動かした、いわゆる八月十八日の政変――ここに壬生浪士組も参加することになったのであります。

 ここでの成果によって新たな名を――「新選組」の名を与えられた壬生浪士組。しかしそれと時を同じくして、会津藩から近藤たちにある命が下されることになります。それは大和屋の焼き打ちなど横暴を極めた芹沢一派の排除……


 というわけで大きな動きが描かれることとなったこの第6巻ですが、ここまで引っ張ったわりには、存外芹沢の退場はあっさりしていた――という印象があります。
 その代わりというべきか、本作においては、ある男の姿を通じて、一つの結末を描くことになります。芹沢とは旧知の間柄であり、そして彼の身を深く案じていた男・永倉新八を通じて。

 神道無念流の同門として芹沢と出会い、明日を考えぬような彼の暴走に心を痛めていた永倉。何とか芹沢を救えないか、一度は斎藤を頼ったこともある永倉ですが――しかしその想いは空しく、芹沢は土方らによって暗殺されることとなります。
 永倉はその企てを知ることなく、そして暗殺は新選組に潜入した長州の間者によるものとされたのですが――その「真実」を前に永倉が取った行動が何であったか……

 「真実」の陰にあるものを知りながら、それでも仲間の「嘘」を信じる道を選んだ永倉の姿には、芹沢という男への手向けとして、何とも言えぬ余韻が残るのです。


 ――と、史実をなぞりながらも、青春ものの色濃い展開が印象に残るこの巻ですが、その一方で本作の最大の特徴である「食事」の要素が薄めになっているのは残念なところではあります。
 もちろん、八月十八日の政変前の待機時に賑やかに焼きおにぎりを食べる場面や、年越しの煤払いが終わった後のくじら汁、そして永倉と芹沢の思い出の――と食事は「日常」の象徴として登場しているのですが……

 新選組が誕生したこの先、彼らに日常がどれほどあるというのか――いや、戦いが日常となっていく中で、食事がどれだけ描けるのか、それはわかりません。
 しかしそれでもなお、本作が戦いだけでない若者たちの姿を描くものであるとすれば、そこに日常の、食事の余地があると信じたいところであります。


『だんだらごはん』第6巻(殿ヶ谷美由記 講談社KCxARIA) Amazon

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2020.04.25

森谷明子・安萬純一・二階堂黎人『御城の事件 〈西日本篇〉』(その二)

 「城」を舞台とした時代ミステリアンソロジー『御城の事件』の第2弾のご紹介の後半戦であります。失われた城、今に残る城、幻の城――西日本の城を舞台にした作品の数々を、一作品毎に紹介いたします。

『ささやく水』(森谷明子):船上城
 三方を海や川に守られた船上城を、短期間で堅牢な城として作り上げた高山右近。その陰には、海賊によって故郷の島を奪われて右近に拾われた、石積みを得意とする斎の民の尽力がありました。
 そんな中、イエズス会の使者として城を訪れていた日本人武士が、城の中で溺れ死んだ姿で発見されることとなります。しかも周囲には全く水が存在しない場所で……

 デビュー作の『千年の黙 異本源氏物語』以来、幾つもの優れた歴史ミステリを発表している作者ですが、本作はかなり珍しく感じられる戦国もの。今では破却された明石の船上城を舞台に、その生みの親であり名築城家でもあった高山右近を探偵役に描かれます。

 水城であったと言われる船上城を、いわば巨大な密室として起きた不可解な殺人事件。犯人は何となく想像がつくものの、どのようにして、そして何故犯行が行われたのか――この時代ならではのその答えに加え、さらに遙かな歴史の流れを感じさせる真相が作者らしいと感じます。


『影に葵あり』(安萬純一):小浜城
 草の家の人間でありながらも、若くして小浜城の警護の長に任じられた韮山兼明。諸藩の間で使われる暗号を記した巻物の警護に当たる兼明ですが、その前に、江戸の隠密であった彼の実の父を知るという忍び・雷蔵が現れます。
 西国からの忍びが巻物を狙っているという雷蔵。果たして、城の堀に両腕を失った死体が浮かび、さらにその死体がいつの間にか消え失せるという怪事件が起きるのですが……

 『忍者大戦 黒ノ巻』に収録された『死に場所と見つけたり』の続編に当たる本作。内容的に難しそうな作品の続編がとこうして登場したのは少々驚きであります。
 前作で描かれた実の父との別れを経ながらもなおも草としての自分の生き方に悩む兼明が、以前自分が奪おうとした巻物を今度は守ることになるとは皮肉ですが――そんな彼が、腕のない死体、どころかその死体までもが消えるという怪事件、さらに敵忍者の操る忍法の謎解きと、相変わらずミステリと忍者ものとしての絡め方が巧みであります。

 キーとなる人物の正体がわかりやすいのと、兼明が結局あまり成長していないように見えるのが少々気になりますが……


『帰雲城の仙人 伊賀の忍び 風鬼雷神』(二階堂黎人):帰雲城
 かつて天正地震により城下町もろとも消え去ったという帰雲城に隠されているとう金鉱の在処の探索を命じられた凄腕忍びの風鬼と雷神。
 しかし帰雲城では、謎の忍び・暗黒斎率いる暗闇党が暗躍し、風鬼と雷神は暗闇党と死闘を繰り広げることとなります。邪馬台国の時代から生きていると言われる暗黒斎こと秦の方士の正体と目的とは……

 本書の編者によるこちらの作品も、『忍者大戦 黒ノ巻』に収録の『幻獣 伊賀の忍び 風鬼雷神』の続編――というか主人公を同じくする作品。公儀隠密にその人ありと知られる二人組・風鬼と雷神を主人公とするアクション篇です。
 題材となっている帰雲城は、地震の多い我が国でも珍しい、地震によって消滅した城。すなわち物語の時点ですでに存在しない城であります。このいささか変化球な舞台に隠された秘密を巡り、風鬼と雷神が、謎の忍者集団と激突する様が描かれることとなります。

 前作もそうでしたが、色々な意味で漫画チックな忍者バトルが描かれる本作。冒頭からクライマックスに至るまで、様々なシチュエーションで描かれるバトルは楽しいのですが――ミステリとしては、途中で描かれる暗黒斎が帰雲城を消してみせる術の謎解き程度とかなり弱めなのが苦しい。
 もう一つ、クライマックスで語られる邪馬台国の謎解きもあるのですが、これも唐突感が否めないところであります。


 というわけで、東日本篇同様、こちらも城をテーマとして自由に描かれた、バラエティ豊かな作品が収録された本書。東日本篇は、モデルはあるとはいえ架空の城を舞台とした作品も多かったのですが、西日本篇は全て実在の城というのは好感が持てます。

 また、『忍者大戦』収録作の続編が多いのも特徴ですが――あちらも読んでいる私は嬉しい仕掛けでしたが、未読の方には戸惑う部分があるような気がしますし、この辺りはなかなか難しいところかもしれません。


『御城の事件 〈西日本篇〉』(二階堂黎人編 光文社文庫) Amazon

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2020.04.24

黒田研二・岡田秀文『御城の事件 〈西日本篇〉』(その一)

 「城」を舞台とした時代ミステリアンソロジーという極めてユニークな『御城の事件』の第2弾であります。第1弾同様、全5作品が収録された本書を、今回も一作品毎に紹介いたします。

『幻術の一夜城』(黒田研二):墨俣城
 天正伊賀の乱で愛妻を殺されて以来、抜け殻のように生きてきた元忍びの音吉。行き倒れかけたところを伊木忠次に拾われ、墨俣城に招かれた彼は、天下を巡って対立する秀吉と家康が一触即発の状況にあると知るのですが――そこに供一人を連れて現れたのは当の家康。
 音吉、家康らを前に、主である秀吉の墨俣一夜城の偉業を得々として語る忠次。家康はその仕掛けを見破ったと語り、自分にも城を消すことはできると嘯くのですが……

 本書とは姉妹編ともいうべきアンソロジー『忍者大戦 赤ノ巻』に掲載された『怨讐の峠』の続編・後日譚とも言うべき本作。そちらでは伊賀の乱の直後に、伊賀越えで家康を救った音吉ですが、本作で再び家康と出会うことになります。
 さて、実質的な本作の主人公となる家康ですが、『怨讐の峠』同様、人を食ったような態度を見せる食えない親爺といったキャラクターで、本作では探偵役として秀吉の墨俣一夜城の謎を解き明かすと同時に、犯人役として、城を一つ消してみせる(!)ことになります。

 しかし前者はともかく、後者は――と思えば、明かされたのはあっと驚く史実とのリンク。いやはや、持っている人間は違う、というべきでしょうか。前作同様、家康の器の大きさに驚かされる一編です。


『小谷の火影』(岡田秀文):小谷城
 信長の猛攻で落城寸前の小谷城。そこから愛するお市の方と子供たちは逃がそうと腐心する浅井長政ですが、そこに奇怪な事件が起きることになります。
 城に潜入したものの捕らえられた間者が脱獄、その直後にあろうことか長政の父・久政とお市の方が何者かに捕らえられ、犯人は城内の小屋に閉じこもったのです。

 そこに脱獄したはずの間者の死体が発見され、混乱する城内。果たして立て籠もった曲者は何者なのか――という謎が深まる中、曲者は浅井家に仕えるある武士を連れてくるよう要求するのですが、しかしその男は……

 本アンソロジーの執筆陣はミステリ作家がほとんどで、歴史時代小説作家はかなり少ないのですが――ほとんど唯一の歴史時代小説プロパーが岡田秀文であります。
 しかしその一方で、『太閤暗殺』『伊藤博文邸の怪事件』など、歴史ミステリともいうべき作品を数多く発表しているのが作者であり、本作もさすがは――と言うべき作品です。

 浅井長政・お市夫妻の悲劇である小谷城落城の意外史ともいうべき本作で描かれるのは、落城直前に起きた怪事件の数々。一つ一つだけでも奇怪な事件が、それも次々と連続して起きていくスピード感にまず驚かされますが、そこに人質にされた久政とお市の方の視点からの物語が挿入されることで、更に緊迫感が高まります。
 そして犯人の一見不可解な要求と、そこに秘められた意外な真実とは――複雑怪奇なミステリと、史実が重なり合った末に明らかになる真相にはただただ圧倒されました。

 イヤミス的な味わいすらあるというべきラストも含め、見事な歴史ミステリである本作。個人的には東日本篇を含めた『御城の事件』でもベストと言いたい一作です。


 残る三作品は、次回ご紹介いたします。


『御城の事件 〈西日本篇〉』(二階堂黎人編 光文社文庫) Amazon

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2020.04.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第3巻 舞台は天草へ 新たなる敵剣士の名は!?

 その後の前田慶次を描く本作も3巻目に突入であります。肥後での騒動は解決したものの、そこで天草の不穏な動きを知ることになった慶次。もちろん黙っていられるはずもなく、早速天草に乗り込んだ慶次の前に現れたのは、なんと……

 関ヶ原の戦の後、飄然と九州に旅立った慶次。肥後で加藤清正と出会い、たちまち意気投合した慶次ですが、土地の盗人島で、地元の民数十人が南蛮海賊に殺されるという事件が発生することになります。
 一触即発の状況を収めるために慶次が提案したのは清正の前での御前試合。海賊側は事件の張本人である剣士・ガルシア、日本側は立花宗茂――この異次元対決はいくさ人の貫禄で宗茂の圧勝に終わったのですが、それが新たな事件の火種となります。

 御前試合の結果をもって双方遺恨は水に流す――はずが、納得がいかぬと海賊側に迫る島の人々。その場は清正自身の出馬で治まったものの、その背後には天草のキリシタン勢力の暗躍があったのであります。
 それと時を同じくして、土地の役人が天草の海中で発見した巨大な黄金の十字架。しかし役人一行は、そこに現れた異国人・ガルシア神父に連れられた剣士によって皆殺しにされるのでした。

 驚くべきほどの長さの刀を操るその剣士の名は、なんと……


 というわけで、新章突入という印象のこの巻。肥後編(?)と同様、異国人が敵という展開になりますが、しかし九州のキリシタンをエスパニアの隠れ戦力とも言うべき存在として描く視点はそれなりに面白いと感じます。

 しかしそれ以上に面白いのは、やはりなんと言っても、今回の「敵」であろう日本人剣士の存在。ほとんど長刀、というより長巻サイズの刀を自在に操るその剣士こそは、佐々木小次郎! それも後に宮本武蔵と戦う小次郎の先代、初代小次郎という設定であります。
 なるほど、本作に小次郎が登場すると聞いた時には、時代が合うような合わないような――と思いましたが、こういう設定にしてきたか、と感心いたしました。

 ちなみに本作には、前の巻から徳川の密偵という設定で、柳生兵庫助が登場。剣の腕はさすが――というべき若者ですが、しかし本作に登場するのは慶次をはじめとして清正、宗茂と化け物クラスのいくさ人なので、いささか分が悪く、まだまだ未熟な若者という描写であります。

 考えてみれば慶次は完全に成長の余地がないキャラクターであるだけに、これから成長する若者の視点というのを担うことになるのかな――という印象ですが、作中の描写的には、もしかするとコメディリリーフなのかもしれないのが本作の恐ろしいところで……


 さて、そんな強敵や若者たちが登場してくる中で、一人余裕――というよりほとんど狂言回し兼焚付役という印象があるのが、本作の慶次であります。

 上で述べたように、今から成長する要素がない――というより最初から完全なキャラクターとして描かれている慶次(なるほど、退屈するわけだ――と今頃になって感心)。
 この巻でも、天草の残党相手に相変わらず無茶苦茶な無双ぶりを発揮したほかは特にアクションもなく、ほとんど状況を面白がっていただけと言ってもいい状態です。

 だがそれがいい、それでこそ慶次であります。
 果たして初代佐々木小次郎がついに慶次を本気で動かすことになるのか――それはまだもちろんわかりませんが、慶次が現れた以上、この先ただではすまないことだけは確かでしょう。


『前田慶次かぶき旅』第3巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2020.04.22

横山光輝『伊賀の影丸 半蔵暗殺帳の巻』 「正義」なき忍者ヒーローの殲滅戦

 服部半蔵の屋敷に潜入した飛騨忍群が奪った巻物――それは公開されれば天下が覆されるほどの力を持つものだった。巻物の半分を奪回した公儀側だが、飛騨忍群の猛攻の前に壊滅状態となり、急遽影丸が呼び戻される。これに対して飛騨忍群も増援を招き、伊賀と飛騨の死闘はエスカレートしていくことに……

 『伊賀の影丸』紹介第5弾は、ある意味そのハードさの頂点とも言うべき内容の「半蔵暗殺帳の巻」であります。

 ある晩、服部半蔵の屋敷に潜入した曲者が奪い取った巻物。公儀隠密との死闘によって曲者は倒れ、巻物は奉行所の役人の手に渡るものの、それを知った半蔵は部下に命じて役人の、さらにはそれを手にした北町奉行の命を奪うことに……

 という(忍者)ヒーローものとは到底思えぬ展開から始まるこのエピソード。さらなる争闘の結果、曲者側と公儀側に半々が渡ったその巻物の内容を、半蔵は五代に渡る服部半蔵が代々果たしてきた、公儀の表沙汰に出来ぬ任務を記したものと語ります。
 そして曲者――かつて半蔵とは幾度も激突したという首領・寒月斎が率いる飛騨忍群(飛騨忍者や次のエピソードに登場する飛騨忍群との関係は不明)は、取り潰された主家の恨みを晴らすため、この巻物を手にせんとしていたのであります。

 異常に腕の立つ刑部・久米丸・霧丸・大三郎の四人の飛騨忍群の前に半蔵屋敷の守りは軽々と突破され、窮地に陥った半蔵は、大坂での任務に当たっていた影丸を急遽召還。
 相手の慢心もあり、影丸一人に倒される四人ですが、寒月斎は独眼房兵馬・不知火内膳・大文字冬心・黒夜叉・卍丸の五人の増援を呼び、これに対して半蔵も伊賀地ごく谷の腕利きである梟の甚内・霞の伊三次・天真・十六夜幻之丞・杢兵衛を招き、全面対決が始まることに……


 そんなわけでスタイルは最終的に六対六のトーナメントバトルとなるこのエピソードですが、忍法帖スタイルのバトルを極めた感のある前の「七つの影法師の巻」に比べると、従来の忍者アクションに回帰した感もあります。
 もちろんアクションの充実振りは言うまでもなく、味方側ゲスト忍者も、その操る術の派手さと特殊性もあってかファンに人気の高い梟の甚内をはじめとして、なかなか個性的なのですが――ラストに味方側の代表選手が影丸以外に三人も生き残る点などを見ると、トーナメントバトルはあまり重視していなかったのではないか、という印象もあります。

 それに代わって(?)強烈に印象に残るのは、戦いの無常さ、ハードさでしょう。もちろんこれまでも、トーナメントバトルのゲーム性の背後で、影丸以外の敵味方の忍者の命はあっさりと消費されていたのですが、今回はこれまで以上に、戦いに潰し合いの側面が強かった印象があります。
 敵の拠点に強襲をかけて一網打尽を狙う、敵の死体に化けて潜入する、倒した敵の死体を晒し者にして誘き寄せる――どれもこれまでのエピソードで登場したシチュエーションと記憶していますが、しかしそれがどこか容赦なく感じられるのです。
(特に遅れて登場した影丸が、飛騨忍群の先発隊四人を相手にした時の戦いぶりなど)

 そもそも、敵の死体を晒し者にするのが味方の側という時点で凄まじいのですが、なによりもこうした印象を持たせるのは間違いなく、この戦いが「正義」のためのものではないことが、結末で巻物の正体がわかる以前に――そもそも冒頭で奉行所の人間が口封じで殺される時点で――感じられるからでしょう。

 巻物に記されている、代々の半蔵が命じられてきた極秘任務の正体――それは、徳川幕府のために邪魔となる者を暗殺してきた記録。
 もちろんこれを利用して天下太平を乱そうというのは「悪」かもしれませんが、しかしそもそもの半蔵の行動自体が後ろ暗いものであって、このエピソードで繰り広げられるのが、それを糊塗するための戦いなのですから、印象が良いはずもないでしょう。
(しかしこの巻物の秘密、エピソードタイトルの時点で判明しているのは今更ながらにどうかと思いますが)

 もちろん忍者に「正義」も「悪」もあったものではないことは言うまでもありませんが、しかし――これまでのエピソードで徐々にそうした側面は見えていたとはいえ――忍者ヒーローものである本作でそれを描いてしまうとは。
 いやむしろ、これは忍者ヒーローものでやったからこその、このインパクトなのでしょう。「七つの影法師」とは別の意味で、本作の頂点と言うべきエピソードであります。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第5巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon

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2020.04.21

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の1『のざらし』 第16章の2『坊主に断られた回向』 第16章の3『百万遍』

 北から来た盲目の美少女修法師の退魔行を描く『百夜・百鬼夜行帖』、久々に紹介の第16章では、仕事がない間の徒然に左吉にねだられて、百夜の口から、左吉と出会う前の事件たちが語られることとなります。

『のざらし』
 調伏の仕事がない合間の退屈しのぎに、自分の知らない百夜の事件が聞きたいと言いだした左吉。自分も退屈していたのか、それに応えて百夜は、江戸にやって来たばかりの頃の出来事を語り始めます。

 千住での依頼を済ませた帰り、小塚原近くで野晒しを探しているという男・徳太郎と出会った百夜。野晒しを持って帰って愛で、その後で供養してもらうという徳太郎に付き添うことになった百夜ですが、いつしか二人は異界に入り込むことになります。
 そして二人の前に現れる、無数の首だけの亡魂。亡魂たちに追いかけられ、逃げ惑う徳太郎ですが……

 というわけで、何とも酔狂というか不気味というか――奇怪な道楽の持ち主が中心となる本作。
 事件の真相や物語の構成自体は、左吉のようにツッコミを入れたい気持ちがないでもありませんが、雪の中というシチュエーションで起きる怪異の凄絶さは白眉と言うべきでしょう。結末の百夜の選択も、左吉がいない物語ならではと感じられます。


『坊主に断られた回向』
 亡くなった主人のもとに枕経をあげに来た坊主が三人続けて逃げ出すという椿事が起きた大店。大店から依頼を受けた百夜は、結界が張られた座敷の中で、奇怪な出来事に遭遇するのですが……

 ある意味シリーズでも屈指のインパクトのあるタイトルですが、そのタイトル以上にユニーク(?)な、百夜に持ち込まれた事件の内容も印象に残る今回。
 葬儀についてはプロフェッショナルであるはずの坊主たちを逃げ出させたモノとは――それはここでは書きませんが、確かにこれは実物に遭遇したら腰を抜かしても無理はありません。

 もちろんそれに冷静に対処する百夜ですが、そこから彼女が掴んだ真相はさらに意外かつ、本作らしい細やかな人情を感じさせるもの。事件の黒幕に思えた人物の行動の理由と、その情を無碍にしない百夜と人々の行動が、温かな余韻を残します。


『百万遍』
 最初に調伏した霊と問われて百夜が語った事件。それは彼女が十歳になるかならないかの頃の出来事――師の峻岳坊高星に連れられて出かけた百万遍念仏供養の場で、百夜は師から「すぐに帰さなければならない子供がいる」と告げられたのでした。
 修行の一環として、その場にいた五人の子の中から、そうと知られずにその子供を見つけ出せと語る峻岳坊。その言葉を受けて、子供たちと何気ない会話を始める百夜ですが、彼女の心眼には、五人とも普通の子供としか映らず……

 百夜最初の事件という、何とも気になる内容でありつつも、そのイベント性に負けない内容の面白さを持つ今回。
 「何を」どころか「なぜ」もわからないまま、五人の子供の中から特定の一人を見つけ出すため、さりげない会話で情報を引き出す――というシチュエーションであり、本作の特徴の一つであるミステリとしての趣向が、最も色濃く表れていると言えるでしょう。

 そしてその謎解きも、ミステリとしてフェアなものでありつつ、辿り着いた真相は本作ならではの怪異なものというのがまた面白い。しかしそれ以上に、百夜がすぐにその真相に気付けなかった理由に唸らされました。
 なるほど、百夜(それもまだ修行途中の)であればこういうこともあり得るか――と、本作だからこそ、何よりもこの時系列だからこそ成立する謎解きの妙に満足いたしました。


 引き続き百夜の修行時代を描く後半の3話は、また別途ご紹介いたします。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『のざらし』 Amazon / 『坊主に断られた回向』 Amazon / 『百万遍』 Amazon

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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の4『桑畑の翁』 第11章の5『異形の群(上)』 第11章の6『異形の群(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の1『犬張子の夜』 第12章の2『梅一番』 第12章の3『還ってきた男(上)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』
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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の1『白い影(上)』 第15章の2『白い影(中)』 第15章の3『白い影(下)』
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2020.04.20

スエカネクミコ『ベルサイユオブザデッド』第4巻 大混乱、天使と悪魔の間に……

 不死者が徘徊するフランスで繰り広げられる異形のドラマもいきなりクライマックスであります。ついに復活を遂げたジャンヌ・ダルク。しかし彼女は復活を見守った人々の前で思わぬ変貌を遂げ、そして天からは天使の軍勢が。混沌を極める物語の向かう先は果たして……

 不死者の群れの襲撃の最中に命を落とした姉マリー・アントワネットの身代わりとなった弟・アルベール。しかし彼に憑いた謎の存在に、警護役であるバスティアンをはじめとする周囲は翻弄されることになります。
 そんな中、次代の王であるオーギュスト(後のルイ16世)は、この国の状況を救うため、謎の「宝石」の力で、ベルサイユ宮殿の地下に眠るジャンヌ・ダルクの復活を決意。目的のために見境のなくなった彼が、不死者を操るナポレオン一党を招き入れたことによって、宮殿は大混乱に陥るのでした。

 そんな状況の中、ついに復活したジャンヌ・ダルク。その姿に昏い喜びを見せるアルベールの中のモノですが……


 というクライマックス感溢れる展開から始まったこの巻ですが、しかしここからさらに物語はとんでもない展開を迎えることになります。

 ジャンヌ・ダルクの中から現れる、生前の彼女に憑いていた存在・ミカエル。その強大な力は、彼の宿敵を称するアルベールの中のモノ(ミカエルの宿敵といえばやはり……)もろとも彼を粉砕、周囲を圧倒します。
 さらに天から現れた天使の軍勢が、宮殿を徘徊する死者の群れを粉砕し、ミカエルの前に向かうのですが……

 いやはや、大体においてフィクションにおいては天から天使の軍勢が下りてくるとほとんど最終回ということが多いように思いますが、本作もここで!? と思いきや、そこから描かれるのは、さらに想像を絶する展開であります。
 もはやアルベールもオーギュストもナポレオンも、すなわち人間の出番はないような展開には、ただ呆気にとられるばかりなのですが――しかし物語はまだまだ終わりません。

 大混乱が去った後、あまりにも冒涜的な方法で、ついに「マリー・アントワネット」となり、享楽に明け暮れるアルベール。そしてそんな「彼女」に翻弄されるバスティアンの前には、ミカエルを探す天使が――と、物語は天使と悪魔の戦いに焦点が移っていくのであります。

 タイトルが指す存在かと思っていた不死者たちが、ごく僅かの例外を除いて姿を消した中、果たして物語がどこに向かうか、これまで以上にわからなくなってきた本作。しかし、一度は完全にレールを外れるかに見えた史実の流れに危ういところで踏みとどまり、(見かけの上では)元に戻ったのもまた事実であります。
 そして天使と悪魔の動きだけでなく、表面上は目的を達成できずに一旦地下に潜ったナポレオンたちの動きも含め、人間たちの動向も気になるところですが――もちろんその筆頭は、より史実の、というか我々のイメージ上の姿に近づいた「マリー・アントワネット」であることは言うまでもありません。

 とはいえ、史実でいえば現在は1774年、あの運命の時まではまだ20年近くあることを考えれば、この先の物語が、史実をなぞっていくかどうかはまだまだわからないのですが――いずれにせよ、作品世界はいよいよ混迷の度合いを増していきます。
 繰り返しになりますが、どこに向かうか全くわからなくなったこの物語。それだけに、物語の結末が気になってしまうことは、間違いありません。


『ベルサイユオブザデッド』第4巻(スエカネクミコ 小学館ビッグコミックス) Amazon


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2020.04.19

麻貴早人『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第3巻 酒呑と茨木と頼光、それぞれの始まりと、向かう先

 一度は討たれた酒呑童子と茨木童子の復讐絵巻『鬼哭の童女』の第3巻、最終巻であります。怨敵・頼光四天王の一人・卜部季武と再び激突することとなった茨木ですが、完全に異形と化した季武に大苦戦。そして、この戦いの先にあるものは……

 源頼光に討たれて体を喪い、渡辺綱の娘・葵の体に宿った酒呑童子と、彼女を守る隻腕の戦士・茨木童子。復讐のための戦いを始めた二人の前に立ち塞がったのは、酒呑童子の血を飲んで鳥人と化した占部季武であります。
 万物の動きを見切る異形の右目の力の前に圧倒された茨木童子ですが、前鬼・後鬼の支援、そして何よりもギリギリまで振り絞った酒呑童子の血を与えられて立ち上がり……

 という死闘の真っ只中から始まるこの第3巻。鬼と鳥人、異形と化して激突する茨木と季武の二人ですが、しかし激突するのは力と力だけではありません。そう、そこでぶつかるのは、二人の心と心、想いと想いなのであります。

 頑是ない幼子の身でありながら、酒呑に憑かれ、茨木の復讐に同行する葵。茨木はそんな彼女を利用しているだけだと嘯いてみせます。一方、身寄りをなくした鬼の子たちを引き取り、育てる季武は、その愛情を同僚の娘である葵にも向けるのであります。
 このように葵を挟んであまりに対照的な心の有り様を示す二人。しかしその真実は、さらに対照的なものであることが、ここで語られることになります。

 葵を復讐の道具として――そして酒呑童子の魂の器として扱うかに見えながら、しかしその実、己の守るべきものとして、家族として見ていた茨木。
 鬼の子を愛育しながらも、それはあくまでも喪った自分の子の代わりであり、そして子が成長すれば鬼として殺していた季武。

 それぞれに歪みながらも、その歪みがある意味正の方向に向かった茨木と、どうしようもなく歪みきった季武――「鬼」と「人間」の激突の中で浮かび上がるのは、復讐と血と絆を描いてきた本作にふさわしい、皮肉な人間ドラマであります。
 そしてそれだけでなく、そんな季武に対し単純な嫌悪ではなくある種の理解を示す茨木と、そしてその季武の悲惨な過去を今昔物語集の姑獲鳥とのエピソードに絡めて描いてみせる――そして季武自身が姑獲鳥となる皮肉!――は見事と言うべきでしょう。こんな物語が見たかった! と強く感じます。


 そして季武との戦いが終わった後に描かれるのは、そもそもの物語の始まりである酒呑・茨木と頼光の因縁、そして酒呑・茨木・葵の因縁――これまで断片的にしか描かれてこなかったものが描かれ、そしてその先に、ついに頼光自身の「望み」が描かれることになります。

 正義の具現として、悪を裁く仕組みとして存在してきた頼光。その彼が望む世界は、そしてその手段は――藤原道長のあのあまりに有名な史実と重ね合わせて描かれるそれは、こう来たか!? と大いに驚かせ、戦慄させてくれました。

 が――残念ながら、本作はそこで終幕を迎えることとなります。
 正直なところ、私もこの巻に至るまで、本作で描かれる「正義」と「悪」の概念、何よりも頼光のそれに乗れなかったのですが――それでもここで描かれたものを見れば、勿体ない、という気持ちは浮かびます。

 酒呑と茨木と頼光、それぞれの始まりと、向かう先が見えただけに一層……


『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第3巻(麻貴早人 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon

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2020.04.18

輪渡颯介『怪談飯屋古狸』 恐怖かタダ飯か!? 新たなコミカル怪談ミステリの開幕

 無鉄砲さから修行先を飛び出し、食うや食わずやの日々を送る虎太。ある日見つけた飯屋「古狸」の看板娘・お悌に惹かれた虎太だが、そこは怪談を聞かせると無代になるという奇妙な店だった。無類の怖がりにもかかわらずお悌と飯代に釣られた虎太は、幽霊が出るという怪談の現場に行く羽目になって……

 デビュー以来、発表する作品のほとんどが、「幽霊」を題材とした「コミカル」で「ミステリ」風味の「怪談」という作者の新シリーズ第一弾は、やはりその路線を踏まえた、極めてユニークな物語であります。

 何しろ物語の中心となる飯屋・古狸(正確には飯屋と蕎麦屋と菓子屋の三つが並んでいるのですが)は、怪談を聞かせれば飯代がタダになるという不思議な店。
 それも作り話ではなく、実話で、しかも場所や関係者がはっきりとわかっている怪談でなければダメという、奇妙な条件がつく店なのです。

 そんな古狸に足を踏み入れたのは、生来の無鉄砲とアホさで損ばかりしている職人見習いの虎太。その性格が元で職を失い、今は日傭取りで食い繋いでいた彼は、友人の家に借金に行く途中、店の看板娘のお悌に惹かれて店に入ってしまったのであります。
 そこで古狸のルールを聞いた虎太は、お悌に良いところを見せたいのとタダ飯を食いたいのと、二つの気持ちから、古狸に集まる怪談の現場調査をすることになってしまうのでした。

 しかしその現場というのが最初の住人である女性が殺されて以来、女の幽霊が現れ、住人の怪死が相次ぐ「死神の棲む家」、三人の女性が行方不明となり、その一人の幽霊が出るという「神隠しの長屋」――とまた洒落にならないものばかり。

 どちらも妙に生々しい物件で、そこに泊まりがけで調査することとなった虎太こそいい迷惑であります。
 何しろ彼は、人間相手の喧嘩であればそこらの相手には引けを取らないものの、無類の怖がり。しかもよりによって「見る人」だったことから、しなくてもいいような怖い目(に留まらない命の危険)に次々と遭う羽目に……


 というわけで、作者のファンにはお馴染みの、どこか抜けた生身の連中が、冗談抜きで恐ろしい幽霊と遭遇して大変な目に遭うという趣向の本作。
 作者の作品の魅力の一つは、そこに至るまでの設定・構成の面白さにあると言えますが、本作の場合の場合は、もちろん古狸のルールがそれに当たります。

 実はこの奇妙なルールの理由は、物語のかなり早い段階で明らかになるのですが、しかしその内容は一見無茶のようで、なるほど、と納得させられるものがあります。
 もちろん、設定が面白くとも、肝心の怪談の内容がつまらなければ興醒めなのですが、その点は心配なし。幽霊という、人間の姿をしておりながら、人間のロジックとは全く異なるルールで動くギャップから来る不気味さ、理不尽さを描く作者の筆は健在であります。
(特に本当に洒落にならない「死神の棲む家」の幽霊……)

 そしてそれと同時に、生身の人間の恐ろしさというのも見せつけられるのですが――それは本作の「ミステリ」としての部分に関わるので多くは語りますまい。一本の物語として本作を〆るこの辺りの趣向も、実に好みであります。


 もっとも、この趣向がちょっと定番で既視感があったり、メインの怪談の数が少ないのでちょっとシンプルに見えてしまったり――という点はあるのですが、シリーズの開幕篇としては上々の滑り出しでしょう。
 第2弾『祟り神』も近いうちに紹介したいと思います。


『怪談飯屋古狸』(輪渡颯介 講談社) Amazon

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2020.04.17

東村アキコ『雪花の虎』第9巻 燃え上がった恋の先に待つ景虎の女性性

 女景虎伝もいよいよ佳境というべきでしょうか、京に上洛した景虎が出会った運命の人。彼と身も心も結びついた景虎ですが、しかし戦国時代という状況が、彼女を女性のままでいることを許しません。悲劇と戦いが続く中、宿敵との対決の行方は、そして景虎の選択とは……

 京都に上洛し、そこで足利義藤(義輝)とその近臣、さらに三好長慶と松永久秀、千宗易といった、国を動かす男たちと出会った景虎。その中で、義藤の供御方である一人の物静かな青年と出会った景虎は、彼に京を案内される中、強く惹かれるようになっていくのでした。

 そして久秀と山本勘助が送り込んだ刺客による大混乱の中、二人で落ち延びることとなった景虎は、逃避行の最中、ついに彼と結ばれることになります。
 彼――進士藤延、またの名を明智十兵衛と。

 と、景虎の初恋の相手が、よりによって今話題の人物だった! という仰天展開となった本作ですが、しかしこの巻においてさらに驚くべき展開を迎えることとなります。

 辛うじて難を逃れ、無事に越後に帰還した景虎。しかし彼女の身に異変が――そう、彼女には新たな命が宿っていたのであります。
 いつかは来るのではないか――と、思っていたこの展開ですが、しかしよりによって相手があの人物。というのはまあ良いとして(良いか?)、景虎はあくまでも戦国大名であります。

 しかも今の彼女は、国の東と西から請われて、関東出兵を目前とした状況。「儂が父親もやればよいだけのことじゃ!」とは彼女らしい言葉ではありますが、もちろんそれで済むはずはないのであります。
(そしてそんな彼女にとっての、日本にとっての関東出兵の意味、出兵するのが景虎でなければならなかった理由の解説が面白い)

 ただ、そんな無茶が祟って――というのは、これは彼女の一大事を都合良くイベントに使われたようで、正直あまり好きになれない展開ではあります。
 しかしそれに彼女の――彼女自身の視界に入っていなかった――女性性をクローズアップさせるという意味は確かにあったのもまた事実。特に、これまで男(晴信)に縋って生きる姿が景虎と対照的であった諏訪姫が、ほぼ同時期に、景虎と同様の運命を辿った姿を見れば……


 それでも歴史の流れは止まらず、川中島に、善光寺に武田の軍は迫り、かくて第二次川中島の戦が勃発。二百日にも渡る合戦は、その大半がにらみ合いだったとはいえ、確実に景虎の心身をすり減らしていくことになります。

 そしてその翌年、景虎史上に残る大事件というか怪事件というか珍事件というか――あの出家遁世事件が起きるわけですが、その理由を、本作は景虎の女性性を理由に描くことになります。
 男性読者としてはその理由に納得してよいものか正直なところ戸惑ってしまうところではありますが、しかしこの物語においてそうだと断じられれば――少なくともこの巻のエピソードを読めば――そうかと頷かざるを得ません。

 もちろんだからといって、あの男のもとに走っていいとは思わないのですが――そこに彼女を迎えにいくのが宗謙というのは、これはなるほど、という展開。
 泥沼の三角関係になりそうな展開が果たしてどう転ぶのか、次巻も(これまでと異なるベクトルで)気になるところではあります。


『雪花の虎』第9巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2020.04.16

「コミック乱ツインズ」2020年5月号

 「コミック乱ツインズ」5月号は、青をベースとしたタッチが印象的な『暁の犬』が表紙。巻頭カラーは『鬼役』、シリーズ連載は『軍鶏侍』が掲載されています。今回もまた、印象に残った作品を取り上げましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 次代どころか次々代将軍の座をめぐる争いが激化する中、毒殺された尾張徳川家の当主・吉通。それをきっかけに尾張藩内の後継争いも激化し、流血沙汰に――という実に混沌とした状況となってきた本作。

 そんな中で聡四郎は、全面衝突寸前の尾張藩士数十人の中に一人割って入って――と、これまでの戦いの中で積んだ経験値の高さをはっきりと見せつけることになります。
 が、冷静に考えると、(ヒーローだからという理由以外で)何故聡四郎はこんな行動を――という気がしないでもないのも正直なところで、これまで切っ掛けだけでも上司の命令によって動いていただけに、ちょっと混乱してきました。もっとも、一番困っているのは聡四郎自身なのは間違いないのですが……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 本誌と同時に単行本第1巻発売(本誌の表紙画は単行本のもの)となり、絶好調の本作ですが、今回はほとんど一話を使って二つの壮絶な決闘が描かれることとなります。

 根岸大隅に真のターゲットである鳥居を討たせるため、邪魔となる同役の小堀の相手を買って出た佐内。しかも、まともに戦えば全く敵ではない小堀を、「二胴」に対する恐怖を克服するための練習台として使おうという舐めプぶりであります。
 一方根岸の方は、これまでの置物のタヌキ然とした姿からついに気迫に満ちた剣士としての顔を見せ、鳥居と互角の勝負を展開。カウンター狙いの下段を使う鳥居の剣を冷静に捌く姿は、やはり人斬りで喰ってきた者の迫力というものを感じさせます。

 かくて、登場人物たちがほとんど瞬きしていないようにすら感じられる、読んでいるこちらが疲れるほどの気迫で繰り広げられた二組の死闘。その結果は言うまでもありませんが、その後の二人の言動に、それぞれのキャラクターが出ているのが実に面白いところ。
 ますます豪快で馴れ馴れしい根岸もさることながら、意外と潔癖症で、そして恐怖を乗り越えたことに満足げな佐内のキャラクターはやはり実に独特で、そこがまた彼の魅力であると再確認させられました。


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトを強襲した敵の幹部クラス「コヤネ」と「イシコリドメ」とそれぞれ激突するモンコとヤマトタケル。強力な音波を武器とするコヤネに対し、モンコは土を操って防音壁を造り出し、埴輪作りらしい特殊能力で反撃を開始するのですが――ここで轆轤を回すポーズ(いや本職なんですが)を取りながら、早口で聞かれていないことをしゃべり出すモンコは確かにキモいと思います。
 一方、イシコリドメの光線攻撃に生身で挑むのはさすがに辛かったヤマトタケルですが、盾サーフィンで格好良く出撃したオトタチバナが駆けつけてお姫様抱っこ(もちろん抱かれるのはタケルの方)。オトタチバナ・メタルが強烈な一撃を叩き込むのでした。

 が――もちろん幹部クラスがこれで沈むはずもなく、致命的なダメージを食らってしまった二人のヒーロー。果たしてこの先、打つ手があるのか。そして戦いを目の当たりにしたオシロワケ大王の記憶をよぎる巨大な影とは――毎回実に気になるヒキであります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 色々あった末に、ようやく秀吉の待つ小田原に向かうこととなった政宗・景綱主従。詰問の使者として訪れた浅野長吉・前田利家を前に、政宗の抗弁が始まって……
 と書くと実に真っ当な展開なのですが、政宗・秀吉双方が時々ものすごいボケをかますのが本当に可笑しい本作。しかし、だからこそラストに見せる政宗の巧みな切り返しが映えることは言うまでもないでしょう。


 そのほか、『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)は最初のエピソードでの敵であり、かつての親友の娘が軍鶏侍の前に現れ――という展開。その娘の凄まじいまでの美しさが強烈に印象に残るのですが――この作品の場合、顔である程度先の運命が読める気がします。
 『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)は、いよいよ白子屋との抗争がスタート。白子屋を討とうとする小杉さんと止めようとする梅安、小杉さんを狙う男色剣客コンビ、さらには白子屋自身までも動き出し――と盛り上がりますが、一番怖いのは、さりげなく一番えげつない手を使う音羽の元締めであることは衆目の一致するところではないでしょうか。


「コミック乱ツインズ」2020年5月号(リイド社) Amazon

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2020.04.15

白石純『魍魎少女』第3巻 乱入する第三勢力、その正体は――

 奪われた師匠の体を求めて数百年の旅を続ける「魍魎屋」の少女・林檎丸が、大正時代を舞台に大暴れを繰り広げる『魍魎少女』の第3巻であります。ついに師匠の心臓の在処を知った林檎丸ですが、その前に思いもよらぬ第三勢力が……

 この世に巣くう魍魎を「種」に変えて人に売る魍魎屋を営む林檎丸――見た目は十代前半の少女である彼女の正体は、師匠の雪之丞に作られた魍魎の自動人形・魍魎少女であります。
 親友であった男・八房によって戦国時代に七つに引き裂かれた雪之丞の体を探す彼女は、大正時代にまで至り、ようやく三つまで取り戻したのですが――残るうちの一つの心臓が、八房に仕える少年・チカの中に埋め込まれていることを知るのでした。

 自分とある意味対になる存在であるチカとの死闘を心待ちにしつつ、八房の根城に乗り込む林檎丸。かくて、大鋸を振り回す剣呑な美少女と、日本刀を自在に操る鉄面皮の美少年の激突再び――と思いきや、林檎丸は屋敷魍魎とも言うべき奇怪な相手の内部に捕らえられてしまうのでした。
 しかし事態はそれに留まらず、謎の西洋人たちが屋敷を襲撃。彼らこそは、八房の不死身の肉体を狙うアメリカのマフィア・ウルバーニ一家で……


 というわけで、存外早く雪之丞・林檎丸師弟の宿敵が登場し、過去の因縁も判明と、かなり展開が早い――と思いきや、思いもよらぬ新たな敵が飛び出してきたこの第3巻。
 それも魍魎絡みではない普通の(?)マフィアというのは少々どころではなく意外ですが、これがなかなか手強い――というより、街中で警官は殺す、ダイナマイトやショットガンを振り回すと、ある意味林檎丸並みに無茶苦茶な連中であります。

 もちろんそれで林檎丸が手加減するはずもなく、生身の人間相手でもお構いなしに大鉈ならぬ大鋸を振るうのは、ある意味痛快かもしれませんが――しかしやはり敵としては物足りないというのが正直なところであります。
 いや、あまりに自信満々に出てきたので、てっきり異能の持ち主とか実は同類とかそういう展開を期待したのですが――(今のところ)戦闘能力の高いただの人間というのは、意外性はあるし、バトルのバリエーションにはなるけれどもやはりどうなのかなあ、と感じたところです。

 もっとも、この巻の終盤ではマフィアらしい(?)厭らしい動きも出てきて、これから本領発揮というところかもしれませんが……


 そんなわけで物語的には脇道に逸れた感がなきにしもあらずですが、その一方で今回なかなか面白かったのは、単発エピソードである「有り余る私」であります。
 一旦旅に出た林檎丸たちがその先で出会った、彼女も大ファンの怪奇探偵小説作家・米津。引っ越してきたばかりの彼の家が幽霊屋敷だという訴えを聞いた林檎丸は、退治を引き受けるのですが……

 というこのエピソード、ここで登場する人型の襤褸切れのような「幽霊」の不気味さと、浮世離れした米津のキャラクター、さらには魍魎はいるけれども幽霊はいない(見たことがない)という世界観も面白いのですが――しかし印象的なのはクライマックスの展開。
 「幽霊」の正体が実は――というのはそこまで意外性はないのですが、それを描くビジュアルがなかなかに雰囲気が出ていて、実に味があります。

 派手なアクションが繰り広げられる一方で、、一種幻想的な描写が描かれるのも本作の魅力の一つであると、再確認させられた次第です。


『魍魎少女』第3巻(白石純 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2020.04.14

伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』連載開始 原作を踏まえた、そして作者自身の物語の始まり

 昨日ドラマ版をご紹介した『陰陽師 瀧夜叉姫』ですが、記事中でも言及したように、新たな漫画版がComicWalker" target="_blank">web連載でスタートしました。作画担当は『荒野に獣慟哭す』『闇狩り師 キマイラ天龍変』とこれまで二度、夢枕獏原作作品を担当してきた伊藤勢――文句なしの人選であります。

 首なしで五体バラバラの肉体を掲げ、夜の京を謡い囃しながら往く百鬼夜行。それに行き当たった賀茂忠行と息子の保憲、そして弟子の信太丸(後の安倍晴明)は、いち早く気付いた信太丸の知らせと、忠行の術によって、辛うじて難を逃れるのでした。
 そしてもう一人、謎の小汚らしい老人が、生きてるかのように動く右腕を拾って……

 という、原作の冒頭部分を忠実に、しかし作者一流の迫力溢れる絵柄で(そして大和弁で)描いてみせる連載第一回の冒頭部。
 そしてそれ以降も、物語は原作に忠実に、しかし強烈に本作独自のカラーで以て、描かれることになります。


 その中でも何と言っても印象的なのは、晴明のキャラクターと博雅との関係性でしょう。尖り耳でシャープな印象の晴明と、どこか茫洋とした人の良さを感じさせる博雅と――ビジュアル的にはイメージ通りの二人ですが、原作の過剰な仲の良さはどこへやら、博雅のボケに容赦なく毒舌でツッコミを入れる晴明の姿は、ある意味強烈なインパクトがあります。
(これはこれで仲が良い、と言えなくもありませんが……)

 そして二人がいつものように(?)呑んでいるところに現れたのは、金烏玉兎の紋も印象的な賀茂保憲なのですが、そのビジュアルは長髪無精髭に煙管――あなたが今回の胡散臭いおっちゃん枠か! と作者のファンであればツッコミを入れたくなってしまうこと間違いなしであります。

 まあこの保憲のキャラクターはさておき、晴明のキャラクターを見るに、本作は原作の単純な漫画化ではないことが想像できます。
 物語そのものは原作を踏まえていても、そこで描かれるものはあくまでも作(画)者自身の物語――そんな物語が、これから描かれようとしているのでしょう。

 だとすればそれはもちろん大歓迎。これは別の原作者ではありますが、作者の前作に当たる『天竺熱風録』を読んでいれば、そう感じずにはいられないのであります。


 ちなみに――作者には賀茂保憲を主人公としたオリジナル連作『陰陽頭 賀茂保憲』がありますが、こちらは美形の保憲と可哀想な晴明が活躍するスラップスティック伝奇と、本作とは全く異なる作品。
 それでもこちらを読んでいると、晴明も逞しくなって、などと感じてしまって――というのは完全に蛇足ですが……


『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』(伊藤勢&夢枕獏 ComicWalker連載)


関連サイト
 ComicWalker

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2020.04.13

ドラマスペシャル『陰陽師』 瀧夜叉姫、ドラマにて見参

 都を騒がす奇怪な事件の数々を調べることとなった安倍晴明と源博雅。蘆屋道満も顔を見せ、謎が謎呼ぶ中、晴明は一連の事件の関係者が二十年前の平将門の乱に関わっていたことに気付く。将門復活の呪法が行われていることを知った晴明たちは、将門を討った俵藤太とともに、企てを阻もうとするが……

 ご紹介が遅れて非常に恐縮ですが、3月末にドラマスペシャルとして放送された『陰陽師』――原作は言うまでもなく夢枕獏のあのシリーズ、その中でも最長編である『瀧夜叉姫』のドラマ化です。

 この『瀧夜叉姫』、スケールの大きさや史実とのリンクのためか、これまで七代目市川染五郎を晴明役とした歌舞伎版や睦月ムンクの漫画版、さらにはつい先日、伊藤勢の漫画版もスタートと、他メディア化の少なくない『陰陽師』の中でも人気の作品であります。
 これに対して今回のドラマ版は、晴明を佐々木蔵之介、博雅を市原隼人というキャスト、そして脚本は山本むつみ、監督が篠原哲雄という布陣。しかしTVドラマということで色々制約はあのでは、と思っていたのですが――しかしそんな中でも奮闘した作品でした。


 白い被衣の女に率いられた盗らずの盗賊の跳梁と、平貞盛を悩ます奇怪な瘡。そんな現在の都を騒がす怪事と、俵藤太や浄蔵が語る二十年前の坂東での出来事、そして晴明自身の記憶が絡み合い、やがて平将門復活という巨大な企てが明らかになる……

 という物語の流れは(終盤を除き)原作とほぼ同様。さすがに物語のディテールは省略された部分も少なくなく、グロテスクな場面は最小限となっていましたが(首を落とされた貞盛の姿が、不自然なまでに映されないのには苦笑)、想像以上の再現度でありました。
 再現度といえば、さすがに特殊効果の点ではチープに感じられる部分もありましたが、終盤の将門や滝子姫のビジュアルなどは、なかなかイメージを捉えていたと感じます。

 また、ドラマ版のスペシャルゲストとしては露子姫が登場。初登場エピソードである『むしめづる姫』の内容が描かれるのですが、それが『瀧夜叉姫』の中で大きな意味を持つ「蠱毒」の解説ともなっている構成には感心いたしました。
 その一方で、終盤の展開はかなりのオリジナルで、事件の黒幕関連のエピソードや私が大好きだった博雅の言葉(これは睦月ムンク版でもそうでしたが……)、道満の人間味などがバッサリカットされていた上、原作以上にもの悲しい結末になったのは、少々不満が残るところではあります。

 とはいえ、(記憶違いであれば恐縮ですが)原作の別のエピソードでの晴明の言葉を引いて結びとするアレンジはなかなか巧みで、一本のドラマとしてはそれなりに楽しめる内容であったと感じます。


 そして今回何よりも好印象だったのは、そのキャストであります。
 正直なところ、一番不安だったのは佐々木蔵之介演じる晴明だったのですが――確かに白塗りがキツい部分は大いにあったものの、感情を表に出さないようでいてどこか茶目っ気を感じさせる、少しだけ人間味多めの姿はなかなか良かったと思います。
(博雅と過剰にじゃれ合った後の嬉しさを噛み殺したような表情など……)

 またビジュアルの時点ではまりすぎていた竹中直人の蘆屋道満は、劇中での出番はさほどでもないものの、夢枕作品お馴染みの小汚らしくてやたら迫力のある爺を体現。
 体現といえば、これも夢枕作品ではお馴染みの、情念が高まりすぎて人外になってしまった男を、菅田俊の将門は陳腐になるギリギリのラインで描いていたと思います。

 その他、終盤の悪役演技/メイクがなかなか板についていた剛力彩芽の瀧子姫、ある意味『瀧夜叉姫』とは因縁のある市原隼人の博雅、バイタリティ溢れる本田望結の露子姫、歴戦の強者感溢れる国広富之の俵藤太――とそれぞれに印象的だったのですが、個人的には橋本じゅん演じる賀茂保憲が、キャラの俗っぽさをこういう形で描いてきたか、と感心しました。もっともこれは、私が役者さんのファンであるためかもしれませんが……


 と、後半の戦いの場面がいずれも妙に明るい屋外だったのが雰囲気的に合っていなかったことを除けば、個人的には楽しめた本作。

 ただ、(これは本作に限ったことではなく、映画版もそうだったのですが)あくまでも本作は長編としての『陰陽師』であって、これが普段の短編エピソードであれば、また全く作り方が必要だったのだろうな、と感じたのも正直なところではあります。
 考えてみれば連続もののドラマは約20年前、そろそろこちらもお願いしたい――と、蛇足ながら感じた次第です。


関連サイト
 公式サイト

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2020.04.12

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 本来であれば新生活の始まりやゴールデンウィークに向けて、期待で胸膨らませているこの時期ですが、世の中はいま大変な状況に……。それでも、どこにいても、書物の中で空想の翼を広げることはできるはず。そんな気持ちを込めて、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 さて、幸いというべきでしょう、5月は文庫小説・漫画ともにかなりの豊作。仮に表に出られないとしても、読む本がないと困ることはないでしょう。

 まず文庫小説で注目は、何と言ってもシリーズ第2弾の武内涼『信州吸血城 源平妖乱』。タイトルだけで伝奇者にはグッと来るではありませんか。
 その他、そろそろシリーズクライマックスか? の瀬川貴次『ばけもの好む中将 9 真夏の夜のゆめまぼろし(仮)』、シリーズ第2弾の真堂樹『帝都妖怪ロマンチカ 狐火の火遊び(仮)』が注目です。

 また、文庫化・復刊の方では、西條奈加『猫の傀儡』、上田秀人『決定版 勘定吟味役異聞 2 熾火』、矢野隆『乱』、宮本昌孝『武者始め』とかなりの充実ぶり。
 さらに映画『燃えよ剣』公開合わせでしょうか、葉室麟ほか『決戦! 新選組』と細谷正充『時代小説傑作選 土方歳三がゆく(仮)』と、新選組関連のアンソロジーが並ぶのも嬉しいところであります。


 そして新選組の勢いは漫画の方でもさらに盛んで、第1話の時点で度肝を抜かれる赤名修『賊軍 土方歳三』第1巻をはじめとして、黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第17巻、伊藤正臣『恋とマコトと浅葱色』第3巻(最終巻)と登場。

 さらにその他の単行本最新巻も、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第20巻をはじめとして、原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第14巻、石川優吾『BABEL』第6巻、楠桂『鬼切丸伝』第11巻、小山ゆう『颯汰の国』第4巻、高橋留美子『MAO』第4巻、吉川景都『鬼を飼う』第6巻とえらい勢いで並びます。

 さらに海外ものは川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第15巻、大西実生子『フェンリル』第2巻、細川雅巳『逃亡者エリオ』第3巻とこちらもかなりのラインナップであります。


 この補給物資で心の元気をつけて、この先も頑張りたいと強く思う次第です。


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2020.04.11

「女たちの江戸くらし 波乱万女之巻」 名品揃いの「江戸ぱんち」傑作集


 5年ほど前、「お江戸ねこぱんち」の姉妹誌的に3号刊行された「江戸ぱんち」誌。その掲載作品(一作品のみ「お江戸ねこぱんち」から収録)のうち、5人の作家の14作品を掲載した傑作集です。

 「江戸ぱんち」誌については、全3号を紹介しましたが、対象範囲が偏ったブログゆえ、人情ものなどについては、紹介できなかった作品、スルーしてしまった作品が大半でした。しかし本書に収録されたのはまさにそうした作品ばかりであり――そしてそれがまた実に面白いのであります。
 自分の不明を恥じつつ、基本、作家毎にご紹介したいと思います。

 さて、巻頭を飾る栗城祥子の『八朔の朝顔』は(以前も紹介していますが)、タイトルどおり朝顔を題材とした爽やかな作品。朝顔職人を目指していたはずの幼馴染みが、吉原の太夫を身請けするために朝顔で大金を稼いでいることを知った少女の葛藤を描く物語であります。

 きちんと時代背景に即した題材を用いた物語を描く作者らしく、本作もまた、変化朝顔の品評会というこの時代ならではの題材を通じ、揺れ動く少女の心を巧みに描いた本作。
 結末は予想通りではあるのですが、しかしタイトルの「八朔」を飾る白無垢が――という展開にはにっこりさせられます。


 『鳥影待ち人』、『お玉さんの味噌汁』、『辰次のお蕎麦』の3作品が掲載されている糸由はんみは、可愛らしい絵柄ながら、時折混じる苦い味と、それを乗り越える人の情が持ち味でしょうか。
 特に文鳥を飼いながら恋人を待つ女性に想いを寄せる大工の物語である『鳥影待ち人』にこの味わいが強いのですが、(男性目線としては)この主人公像は特に印象に残るものがありました。

 また須田翔子『髪結いのりよ』全3話は、守銭奴を自称しながら、ついお人好しの顔が出てしまう女髪結い・りよが主人公の連作。
 貧しい武士の母子、宿で駆け落ち相手を待つ娘、頑なに縁談を拒む商家の番頭――そんな人々を相手に、りよが一肌脱いで悩みを解決していく物語は、比較的珍しい題材なだけにどのエピソードも印象に残ります。

 特にシリーズのレギュラーになる少年武士の虎之介を描く第1話は、ラストのりよの「仕事ぶり」が何とも泣かせる展開で、実に「粋」であります。天保年間という時代を物語に織り込んだりよの背景設定も巧みと言うべきでしょう。


 一方、『あさがお日和』、『赤い珊瑚玉』、『おたなごころ』の3作品が収録されている柴秋尾は、細面の繊細さが感じられるキャラクター像が印象に残ります。
 特に田舎村から突然大店に引き取られた少女と村娘の友情を描く『赤い珊瑚玉』は、ヒロインが美人というより佳人という表現がぴったりくる姿なのですが、そんな彼女の背負った重い境遇が、少女たちの純粋な友情を際立たせる作品です。

 桐村海丸は、『桶と田楽』と『のら赤』2話の『のら赤』シリーズ3作を収録。
 こちらはいずれも以前紹介させていただきましたが、飲んだくれでどうしようもない遊び人の赤助が主人公というか狂言回しというか――何とも言えない立ち位置で物語を引っかき回すこの連作は、作者のラフなようで巧みな画力に裏打ちされた作品揃いであります。

 赤助のキャラのように、軽いようで味わい深く、そしてサラリとした物語が楽しめます。


 そして巻末を飾るのは、再び栗城祥子の『元禄元年おんな仇討ち』。父を切腹に追い込んだ奸臣を討つために江戸にやってきた男装の少女・お凜と、行き倒れになった彼女を救った女医者で身の丈五尺六寸のお不二を主人公とした物語です。

 実は剣の達人でありながら、孤児たちを引き取り、貧乏医者として暮らすお不二のキャラクターがもちろん面白いのですが――そんな彼女のある意味合わせ鏡であるお凜を通じてクライマックスに浮き彫りになる不二の過去と信念が、何とも圧巻かつ爽快。
 掉尾を飾るに相応しい、そしてできればシリーズで見たかった作品であります。


 と、繰り返しになりますが、これだけの作品群を取り上げてこなかったことを思わず恥じ入ってしまった本書。
 そんな自分を棚に上げて言うのもなんですが、このメンバーの作品が現在の「お江戸ねこぱんち」誌に掲載されていないことに、ちょっと複雑な気分になってしまった――というのも正直なところであります。

「女たちの江戸くらし 波乱万女之巻」(少年画報社COMIC江戸日和) Amazon

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2020.04.10

栗橋伸祐『Nocturne 夜想曲』 放浪者としての吸血鬼、戦国を行く

 戦国時代、魔を滅する大剣を背に、異国からやってきた吸血鬼の美女・メリッサを守護して旅する青年・迦具土。放浪の末、彼らが出会ったのは、周囲の諸国に侵攻する不死の軍だった。その背後に、一族の裏切り者であり仇である男がいることを知ったメリッサは、戦いを挑むことを決意するが……

 約20年ほど前に、『コミック電撃大王』誌に連載されていた戦国吸血鬼漫画であります。
 細谷正充氏による『不死鬼 源平妖乱』(武内涼 祥伝社文庫)の解説で挙げられていた吸血鬼時代劇の中で唯一読んでいなかった――という極私的理由で、恥ずかしながら今ごろ取り上げる次第です。

 物語の舞台となるのは天文年間――すなわち戦国時代真っ只中。主人公の青年・迦具土は、戦場往来を続ける中、とある峠で出会った異国の鎧武者の襲撃を受けた彼は、死闘の末に鎧武者からその剣と、銀髪の美女を託されるのでした。
 実はその美女・メリッサこそは、異国からこの国にやって来た吸血鬼――人間の迫害と同族間の争いから逃れてきた彼女の守りを、体に限界が来ていた鎧武者に代わって務めることとなった迦具土は、あてどない旅に出るのですが……

 という本作では、前半がメリッサの一族の仇であり、日本の戦国乱世に隠れて勢力を伸ばさんとする魔人ア・ゾールとの戦いが――そして中盤以降は、ある理由からメリッサの力を求める戦国大名・早川家に身を寄せた二人が、彼女を狙って西洋からやって来た教会の狩人たちと死闘を繰り広げることになります。
 剣士と吸血鬼という主人公カップルに加え、忍者・鬼・怪僧といった日本の怪人たち、あるいは西洋からやってきた妖人・魔人など――そんな面々が入り乱れた乱戦模様が、本作の魅力であり特徴と言えるでしょうか。


 と、ここで先に厳しいことを言ってしまえば、本作にはあまり時代ものとしての面白さは薄いというのが正直なところではあります。
 そもそもメリッサはともかく、迦具土の武器は西洋(?)の大剣であり、着ているのは西洋のシャツめいた衣装――とビジュアル的な点もさることながら、戦国という時代が背景としてしか機能していない印象があります。

 また、前半の敵は異国の吸血鬼、後半の敵は異国の吸血鬼狩人と、どちらもこの国の産ではないため、どうしても(メリッサの)内輪の戦いに見えてしまい、和と洋の激突という美味しいテーマが十分に生かせていないのは勿体無いところであります。
 さらに言えば、メリッサの一族が吸血鬼というより魔法使い(謎の光線や、治癒術を操ったりする)めいていて、西洋というよりファンタジー世界から来たようにすら見える――ア・ゾールという名前もそれっぽい――点もまた、時代ものとしてはどうかと感じます。

 いっそのこと、ファンタジー世界vs戦国日本に割り切ってもよかったかもしれませんが……


 などと厳しいことばかり申し上げてしまいましたが、実は本作には、吸血鬼時代劇としては比較的珍しい点があります。
 それは本作における吸血鬼が、人類の敵にして異邦からの侵略者である以上に、長い時を孤独に生きる放浪者としての側面を多く持って描かれることであります。

 そもそも吸血鬼時代劇においては、ほとんどの場合、吸血鬼たちが異国の者であるが故に、彼らは必然的に侵略者としての側面がクローズアップされることになります。(もちろん本作のア・ゾールはまさにそうした存在ではあります)
 それに対して本作のメリッサは、吸血鬼としての様々な宿命を背負いながらも、しかしその力を他者に対して振るうことなく、長きに渡る生を人間の間で送ろうとする人物として描かれます。

 もともと吸血鬼という存在が物語で描かれる時、この侵略者と放浪者それぞれの部分が、ある程度のバランスで描かれるものですが――先に述べたような性格を持つ吸血鬼時代劇において、本作のように後者の性格がより重んじて描かれるのは、大きくユニークな点であると感じます。

 そしてそれだからこそ、名のある者も名のない者も、日本の人々が総出でメリッサを守るために命を擲って戦うという本作の終盤の展開が、大きなに意味を持って感じられるのは間違いないでしょう。
 その点において、本作の吸血鬼時代劇としての大きな価値がある――そう評しては大袈裟に過ぎるでしょうか。


『Nocturne 夜想曲』(栗橋伸祐 メディアワークスDengeki comics EX 全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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2020.04.09

伊藤正臣『恋とマコトと浅葱色』第2巻 恋心と葛藤と 現代人が見た池田屋事件の真実!?

 現代の女子中学生・マコトがスマホ(と脇差)越しに新選組の原田左之助と恋に落ちてしまうという奇想天外な漫画の第2巻であります。芹沢鴨粛正の場を目撃した次は、池田屋事件に立ち会う(?)ことになったマコト。しかしそれが思わぬ事態に繋がって……

 修学旅行で行った京都で訪れた八木邸で、偶然落としたスマホに雷が落ちたことがきっかけで、スマホに幕末の情景が映るようになってしまったマコト。
 実はそれは同時に(?)雷が落ちた原田左之助の脇差を通じてのもの。そして芹沢一派襲撃に加わった左之助が窮地に陥ったとき、マコトの言葉で左之助は難を逃れ、二人は互いを強く意識するようになるのですが……

 という奇想天外なラブロマンスの本作ですが、主人公二人の間を阻むのは、時間の壁だけではありません。
 二人が会うことができるのは、それぞれのスマホと脇差を通じてのことですが、その両方の距離が離れたとき――それこそ携帯の電波が途切れるように――スマホに映る像も消えてしまうのであります。

 そのため、東京に帰ったマコトと京都にいる左之助の関係は、そのまま途切れてしまったかに見えましたが――しかし歴女の友達に引っ張られるように、マコトは翌年、6月初旬の京都を再び訪れることになります。
 そう、左之助の時間軸でいえば、芹沢が粛正された次の年の6月――池田屋事件の起きる京都を!


 というわけで、新選組最大のイベントである池田屋事件を、マコトと左之助の二つの視点から描くこの第2巻。

 左之助側の視点は、我々がよく知る池田屋事件の顛末にほぼ近しい内容が描かれるのですが――しかしあくまでも左之助(新選組)から見たものに留まります。
 そこに第三者としてのマコトの視点が加わることにより、さらに俯瞰的に見えてくるというのは、なかなかユニークで、本作ならではの構造であることは間違いありません。というより、読者も完全にマコト視点になって一喜一憂させられたり……

 もっともそうは言っても、(想定読者層の方々はそうではないのかとと思いますが)池田屋事件自体は良く知られている内容だけに、意外性には少々乏しい――という印象もあるのですが、それを補うのが現代側のアクションであります。
 唯一マコトの携帯の秘密を知る、旧前川邸の住人であるおじさん・田部さん(新選組マニア)が、マコトの携帯の映像を見たい、いや見てはいけないと葛藤しまくる場面が実に楽しいのであります。

 特に面白かったのは「階段落ち」のくだり。池田屋事件といえば「これ」だけれども最近はどうもフィクション説が有力であるところの「階段落ち」ですが、これを巡る田部さんのマニア根性と、そのオチには爆笑――させられるだけでなく、なるほどこう描いてくれたのか、と感心させられるのです。
(これは全く勝手な想像ですが、この辺りは歴史監修の山村竜也氏のセンスではないかしらん)


 さて、池田屋というとどうしても先発隊の近藤の活躍や沖田の喀血、後発の土方の格好良い参戦(本作でも……!)が印象に残り、左之助のことは意外と語られることは少ないのですが――その部分を本作は大いに膨らませて描いてみせることになります。
 マコトとの再会によって池田屋に駆けつけ、奮戦する彼の前に現れた吉田稔麿(!)。互角の戦いを繰り広げる二人ですが、それを見つめるマコトの行動が原因で、原田が窮地に……

 そういえば原田討ち死に説というのもあったなあ――などと冷静に考えている場合ではないのですが、いずれにせよ一歩間違えたらそっちの方向に歴史が変わりかねない展開をどう乗り越えるのか、というところで次の巻に続く本作。
 明らかに史実にいなかった新選組隊士が奮戦しているのも気になるところですが、さて……


『恋とマコトと浅葱色』第2巻(伊藤正臣 LINEコミックス) Amazon


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2020.04.08

廣嶋玲子『失せ物屋お百』 青い左目が導く物語の苦い味

 奇妙な住人だらけの化け物長屋に住むお百。生まれつき青い左目を持つ彼女は、この世のものならぬものを見るその目で、いわく付きの捜し物をする「失せ物屋」を営んでいた。そんなある日、彼女のもとに転がり込んできた化け狸の焦茶丸は、人界にばら撒かれた山神の鱗が彼女の目に宿っていると語るが……

 ホームグラウンドである児童文学で数々の人気シリーズを抱え、一般向けでもユニークな時代ファンタジー『妖怪の子預かります』が好調の作者による、新たな一般向け時代小説『失せ物屋お百』――本作もまた、実に作者らしい不思議で、毒に満ちた物語であります。

 齢二十八にして侘しい長屋で一人暮らし、きつい目つきと伝法な物言い、男物の半纏を羽織って昼間から酒をあおる――と、なかなか個性的な本作の主人公・お百。しかし彼女を真に個性的たらしめているのは、左目の黒い眼帯――の下の青い目です。
 生まれつき青いこの左目のおかげで親や周囲から疎まれ、辛酸を舐め尽くしたお百――――しかし今はその目に宿る不思議な力を活かした失せ物捜しで暮らしているのであります。

 そんなお百が主人公を務める物語が始まるきっかけとなったのは、彼女が気まぐれから死にかけていた狸を救い、焦茶丸と名前をつけたこと。
 ところが焦茶丸は実は化け狸、山から江戸に出てきて、馴れぬ暮らしにすっかり衰弱していた彼は、お百に助けられたおかげで回復したのですが――実は焦茶丸が山を降りた理由は、お百と密接な関係があったのです。

 三十年近く前、浮気がばれて女神に手ひどくとっちめられた際に引っ剥がされ、人界に数十枚ばら撒かれたという山神の鱗。その鱗を捜しに来た焦茶丸ですが、うち一枚が、お百の左目に宿っているというではありませんか。
 喜び勇んで彼女から鱗を受け取ろうとする焦茶丸ですが、そのおかげで悲惨な暮らしを強いられてきたお百は怒り心頭。この目の力で千両稼ぐまでは鱗は返さないと宣言、やむなく焦茶丸と彼女をともにする羽目に……


 そんなわけで思わぬ凸凹コンビを結成することとなったお百と焦茶丸の失せ物屋稼業を描く本作。しかし、もちろんお百の左目の力を考えれば、持ち込まれる依頼も普通のものではありません。
 死にかけた老人が隠した財産の在り処や、水死人の娘が持ち込んできた自分のかんざし捜し、前妻たちが次々と不審な最期を遂げる男の新しい嫁捜し、蔵の中で姿を消した子供の行方――と、どれも奇妙なものばかり。

 そして事件に絡む人々(?)も、悪人や死霊、狂人に物の怪と、まともな連中ばかりではありません。
 いや、まともでないのはお百の周囲も同じで、彼女の住む化け物長屋は、大家である異常に迫力のある老婆をはじめ、年齢も性別すらも不詳な役者崩れ、自作の人形に女の怨霊を取り憑かせて愛でる変態拝み屋と、強烈な連中ばかり。その中では唯一常識狸の焦茶丸が、おかしな連中に振り回される姿も、本作の魅力の一つと言えるでしょう。


 しかし何よりも本作で印象に残るのは、その作中に散りばめた「毒」ではないでしょうか。
 本作でお百に持ち込まれる依頼は奇妙なものばかり。それだけに、その依頼の背後の真相やその結末も、人情噺的な側面もあることはあるものの、決してイイ話では終わらない、苦いというか辛いというか――むしろそんな味わいが残るエピソードが続きます。

 もちろん、そうした容赦なさが作者の作品の魅力の一つ。その点はむしろ望むところなのですが――しかし個人的には、ラストのエピソードで描かれる、お百自身の抱えたものについては、ちょっと首を傾げざるを得なかった、というのが正直な気分であります。
 その内容はここでは詳しくは触れませんが、それまでのお百のキャラクターとはうって変わった姿に大きな衝撃を読者は受けることになります。

 それはいいのですが、しかしそこから彼女の逆襲に至る展開が弱い――というより、もっと彼女に主体的にそれを乗り越えて欲しかった、という気持ちが強くあります。
 もちろん、それは一人では成せるものではない、というのが本作の語りたいことではあるのだと思いますが、一歩間違えると単に悪趣味なだけに終わりかねない展開だったと思います。彼女が青い左目を持った理由が、どこか呑気な、民話的なものであるだけに――
(そのギャップもまあ、人と妖の世界の違いと言ってしまえばそれまでなのですが)


『失せ物屋お百』(廣嶋玲子 ポプラ文庫) Amazon

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2020.04.07

「サムライねこぱんち 花の陣」(その二)

 時代劇版「ねこぱんち」の新刊「サムライねこぱんち」の紹介その二であります。

『勤番侍、猫をかう。』(北見明子)
 成り行きで捨て猫を一両で買ってしまった勤番侍・忠次郎の奉公人・平次。生真面目過ぎる忠次郎を心配する平次ですが、ある日、「きんす」と名付けられた件の猫が何者かに盗まれて……

 タイトル通りの内容なのですが、勤番侍という、現代人には親しみがあるようでないような題材を用いつつ、いつの世も変わらない若者たちの明るく賑やかな姿が楽しい本作。
 主を慮る平次と、しっかりしているようなしていないような忠次郎の関係性も楽しく、一両で買ったことから猫を「きんす(金子)」と名付けたことで騒動が更に大きくなる展開も愉快でした。

 そんなわけで個人的に完成度的には本誌で随一の印象なのですが、勤番侍が自分の奉公人をわざわざ連れてきていたのかな――という点は、ちょっと気になりました。
(あと、吉原行って門限破るのは明確に許されない行為かと……)


『自由を駆ける猫』(ひるのつき子)
 祝言を間近に控えたより姫から、自分を誘拐して欲しいとせがまれた警護役の伊太郎。請われるままに、森の中にやってきた伊太郎に、姫が告げた言葉とは……

 説明が遅れましたが、「刀剣 男の戦い」と「姫と武士」の二つの特集(括り)に分かれる本書の収録作品。
本作はその後者のトップバッターですが、自由に生きる猫に憧れを抱く姫君と、若侍の悲恋ものと思わせておいて――という展開には思わず言葉を失うことになります。

 まさか本誌でこのような物語になるとは! とそれまでの二人の言葉・態度が全く別の意味を持って見えてくる展開にはただ脱帽。これはよい時代ものであったと感じます。


『珠と鉄 猫姫活劇譚』(津月薫)
 戦国時代末期、城を落とされ、一人落ち延びることとなった武士・壱鉄。彼は今際の際の主から、姫と呼ばれる猫を託されるのですが、実はその猫は、本当に壱鉄の仕える珠姫が変じたもので……

 城から落ち延びた姫君を守る忠臣、というのは実に「姫と武士」らしい展開ですが、本作の場合、その姫が猫になってしまうのがユニークなところ。
 それを武士の方が気付かないために、終盤二人はピンチになって――というのが面白いのですが、猫の顔がデフォルメされすぎていて猫っぽく見えないのは本作の場合はマイナスと感じます。(あと、途中で登場する馬が有能すぎて……)

 なお、本作も「ねこぱんち」164号に続編が掲載されるとのことです。


『はるのゆめ 猫又と妖刀』(まめ)
 猫又のまだらを連れた「見える」武士・清十郎。咲き誇る桜の下で、少女の霊と出会った彼は……

 これも「姫と武士」の一作。主人公コンビはそれなりにユニーク、怪異の出現や清十郎のアクションの場面も巧みながら、ちょっと物語的にはシンプル過ぎて掌編に感じられるのが残念なところでした。
 もう少しページ数のある状態でこのコンビの作品を読みたい――そんな印象を受ける作品です。


 その他、『如月の雷猫』(稲垣まこと)は、剣術道場を舞台に、三人の若者の恋の鞘当てが描かれるお話ですが、剣術描写がどうにも――という点でちょっと……
 また、『勇将縁猫記』(三浜青梅)は、大坂の陣の後も戦いを求め続け、受け容れられず出奔した武将の物語。戦いだけが存在証明だった彼が、取るに足りない小さな猫に――という展開は良いと思いました。


 以上、駆け足で全作品を紹介いたしましたが、雑誌の方向性としては心から大歓迎するものの、必ずしも作家の方向性とあった作品ばかりではなかった――という印象が残ったのが、残念なところではありました。
 また、時代ものとしてもう少し気をつければ――という描写も散見され、この点はちょっと勿体ない、と感じます。「ねこぱんち」本誌の方と連動させる作品企画は大いによいと思うのですが……

 読者コーナーを見るに、本誌も「お江戸ねこぱんち」誌の一つということになるようですが、さて次はどうなるのか――まずは関連作品の掲載されている「ねこぱんち」163号・164号を読むことといたします。


「サムライねこぱんち 花の陣」(少年画報社にゃんCOMI) Amazon


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2020.04.06

「サムライねこぱんち 花の陣」(その一)

 「ねこぱんち」誌の時代漫画増刊シリーズの最新刊「サムライねこぱんち」が刊行されました。これまで人情ものがほとんどだった「お江戸ねこぱんち」から、タイトル通りサムライが主人公の漫画ほぼオンリーの内容であります。ここでは掲載作品を可能な限り紹介していきましょう。

『猫目見花行路』(ひのや)
 無実の罪を着せられて逃走したところを追っ手に斬られた父の仇を討つため、討手の家に女中に化けて潜り込んだ少年・花寿馬。しかしその討手は父の親友だったという豪放磊落な男で……

 巻頭に収められた本作は、ある意味非常にわかりやすい侍ものというべき仇討ちが題材。
 ユニークなのはわざわざ主人公が女装して仇のもとに潜り込むという点ですが、それに何故かくっついてきた家の猫が主人公ではなく仇の方に懐き、仇討ちを妨害して――というのが本作の猫時代漫画としての側面でしょうか。

 当然、父が斬られた真相は――となるのですが、意外性はないものの、整った絵柄と心理描写が好印象の作品でした(ただ、父の着せられた罪状はちょっと乱暴ではないかなあ――と思います)。
 何はともあれ、現在発売中の「ねこぱんち」163号にスピンオフが掲載されているとのことで、そちらも読んでみたいと思います。


『猫目侍』(ほおずき)
 辻斬りが町を騒がす中、拾った財布を持ち主の元に届けたことがきっかけで、思わぬ騒動に巻き込まれた浪人の半助。家を放逐された半助が抱える屈託とは……

 本誌の表紙を担当する作者による作品は、気弱な浪人の青年・半助を主人公とした物語。「心弱き者」として家から追い出された半助ですが、拾い猫を猫質に取られて、なけなしの勇気を振り絞って――と、悪役は非常に類型的な造形ですが、クライマックスで半助の過去と絡めた一ひねりがあるのに感心しました。

 絵柄的にもさすがに本誌で一、二を争う完成度で、「ねこぱんち」の次号(164号)に掲載される続編(?)も気になります。


『武士ねこ始末記』(市川おわ)
 若い頃からその剣の腕で「情け無用」と恐れられながら、奉行から拝領した太刀で猫を斬るよう上役から迫られ、拒んで左遷された奉行所同心の難波。半ば隠居したような姿の彼に、周囲の者たちは苛立ちを隠せないのですが……

 本誌では唯一の奉行所ものである本作。舐めていた老人が――ものの変奏ではありますが、彼の相棒となる猫(彼に斬られかけた猫)の貫禄十分の姿が印象に残ります。
 ただ、主人公は人を斬りまくってきたという設定なのですが、奉行所の同心がそんなに斬るかなあ――という素朴な疑問が浮かぶのと、悪役が愚かすぎるのがちょっと乗れなかったところです。本作も「ねこぱんち」次号に掲載予定とのこと。


『猫衛門もののふ手控帖』(桐丸ゆい)
 お江戸漫画という点では本誌一のベテラン作家による本作は、猫武士と町娘をナビゲーターにした絵コラム。二人のやりとりから当時の武士の風俗・文化がわかるという仕組みですが、あまり時代ものに接したことのない方でもわかりやすく紹介された内容はさすがであります。

 読んでいて一番時代もの(?)として安心できる内容だったのは確か――というのは当たり前といえば当たり前ですし、褒め言葉になっていないかもしれませんが……


 その他、『刀と髑髏猫』(月みとう)は、歴史の表に出ず、影から国を守る剣術集団・影岡流の当主決定の儀かつ魔封じの儀式を描く物語。
 設定的には大好きな部類ですし、魔の封じられた場所も非常に面白いのですが、しかしバトルものとしても熱血ものとしてもまだまだ――という印象が残りました(こちらも「ねこぱんち」次号にスピンオフが掲載されるようですが……)


 長くなりましたので次回に続きます。


「サムライねこぱんち 花の陣」(少年画報社にゃんCOMI) Amazon


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2020.04.05

横山光輝『伊賀の影丸 七つの影法師の巻』 純度を高めたトーナメントバトルの頂点

 次々と殺されていく公儀隠密たち――それは「影法師」を名乗る忍びたちの仕業だった。薩摩藩によって雇われた影法師たちから七対七の勝負を挑まれた服部半蔵は、公儀の威信を賭けて影丸ら七人の精鋭を召集する。そして始まった死闘の中で双方のメンバーは次々と斃れ、影丸までもが深手を負うことに……

 久々に取り上げる『伊賀の影丸』は、第四部「七つの影法師の巻」。今回影丸たちの敵となるのは、薩摩藩が隠密組織設立のために集めた影の一族(詳細は不明。赤影たちの影一族ともまた違うのでしょう)の精鋭・影法師たちであります。
 夜霧丸・野火・死神・紫右近・雪風・幽鬼・魔風と七人――すなわち今回のサブタイトルの「七つの影法師」です。
(それにしてもサブタイトルの格好良さとしては、今回は全編を通して屈指と言ってよいでしょう)

 この影法師たちから、自分たちと腕比べしなければ江戸城や徳川家関係者にいたずらをして回るという――すなわち公儀隠密の面目を潰すという一方的な挑戦を受けた五代目服部半蔵。
 もちろんこの挑戦から逃げるという選択肢はなく、影丸と伊賀者の精鋭六人――幻也斎、式部、片目、雷天、天鬼、夢麿の面々が、この戦いに臨むことになるのです。

 かくてひたすら繰り広げられるのは、七対七のトーナメントバトル。
 斃された者が出るたびに、巻物に記された双方の代表選手の名に線が引かれていくという(どこかで見たような気もするけれども)シビれるシチュエーションも強く印象に残り、公儀隠密が敗北寸前まで追い込まれるという展開、そして何とも苦い後味も相まって、ファンの間でも人気の高いエピソードではないかと思います。

 もっとも今回冷静に読んでみると、物語らしい物語がほとんどないことで、やはり少々盛り上がりに欠ける部分があるのも事実。
 また、バトルが始まった瞬間から、技も出さずに斃される奴がいたりと(80年代初頭にジャンプを読んでいた人間には何故か懐かしい展開)、シンプルなトーナメントバトルのわりには、忍法合戦という点では今ひとつ食い足りない点も否めません。

 それでももちろん、忍者ものとしての面白さは他作の追随を許さないところで、例えば斃されたと思われた男が実は――という展開は(これも冷静に考えれば阿魔野邪鬼の得意技ではありますが)、トーナメントバトルにおいては大いに燃える展開でしょう。
 さらに互いに豊富な術を持つ天鬼vs幽鬼の激闘(今回のベストマッチでは)や、あるいは作中最大のピンチともいえる状態からの影丸の命懸けの逆転劇など名場面も多く、やはり読み始めたら止まらなくなるのは、これはさすが――と言うほかありません。


 さて、この『伊賀の影丸』のエピソード紹介では連載順に振り返っているわけですが、これまでの「若葉城の巻」「由比正雪の巻」「闇一族の巻」と、いずれも忍者同士のトーナメントバトルが描かれてきたものの、その性質が少しずつ変化してきたことが見て取れます。

 まず「若葉城の巻」は、はっきりと『甲賀忍法帖』の影響を受けながらも、しかし物語の骨格は、ある藩で進められる陰謀を探索する忍者の戦いという、ある意味従来の時代もの・忍者もののそれであると言えます。
 そこでは味方側も影丸とそれ以外という印象ですが、それはさらに従来路線が強い「由比正雪の巻」でも変わらず、「闇一族の巻」に至ってようやく影丸と同格の(同じくらい活躍する)味方が登場となったわけです。

 それがこの「七つの影法師の巻」に至り、ストーリーに探索や追跡要素のない、純粋なトーナメントバトルになった――というわけで、『伊賀の影丸』という作品が、徐々にバトルの純度を高め、今回ついにその頂点に達したというのは、なかなか興味深いことであります。
 もっともここで頂点と述べたように、この先のエピソードは、また従来の忍者もの+α――というより従来路線の味わいが強くなるわけで、この辺りのさじ加減はやはりなかなか難しいもなのだな、と今回改めて感じた次第です。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第4巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon


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2020.04.04

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第13巻 信長晴れ姿 一つの別れと一つの出会い

 若き日の信長の破天荒な青春を描く本作も気付いてみればもう13巻。前巻では萱津の戦でついにその仮面を脱いだ信長ですが、この巻では戦以上に大きな出来事が、彼を待ち受けることになります。一つの別れと一つの出会い、それが信長の運命をどのように変えるのか……

 今川義元の脅威が迫る中、内紛が続く尾張――その中で起きた萱津の戦で、うつけ者の仮面を脱ぎ、鮮やかな勝利を収めた信長。
 しかしそれが同時に、思わぬ脅威を尾張に招くことになります。それは美濃の斎藤道三――信長のいくさ人としての本性を知った道三が、信長を危険視し始めたのであります。

 しかしいかに信長が麒麟児とはいえ、いま美濃に迫られてはひとたまりもありません。この危機を好機に変えるため、平手政秀は己の命を賭けて……
 という場面から始まるこの第13巻。(フィクションで見た場合の)若き日の信長にとっての三大イベント――と私が勝手に呼んでいる信秀の死(というかその葬儀)・平手政秀の切腹・斎藤道三との対面のうち、信秀の死は既に描かれましたが、残る二つがここで描かれることになります。


 信長の傅役・後見役として彼を支えてきた政秀。その彼が突如として切腹したのはまぎれもない史実ですが――しかしその理由は様々に推測されています。

 その最も有名なものは、信長のうつけ者ぶりを憂い、彼を諫めるためというものですが――少なくとも本作においては、政秀にとって信長のうつけ者ぶりが偽りのものであることは百も承知。それが理由にはなり得ません。
 それでは一体――と思えば、それは史実では彼の死のわずか3ヶ月後に行われた、斎藤道三との対面の機会を作るため。その捨て石となって彼は自らの命を擲ったのであります!

 ――冷静に考えれば相当無茶な気もいたしますが、しかしそれを原哲夫の画で見せられれば、これはもう納得するしかありません。
 少なくとも、政秀の真意を知って「平手よ……お主という……漢は……」と天を振り仰いだ道三の表情、悲しみと驚きと感動とが入り交じったようなその表情を見せられば。


 かくて道三と対面することとなった信長。史実では途中までいつものうつけ者姿で現れた信長が、対面の時には凜々しい正装姿となっていたことに道三は感嘆し、配下にいつかお前たちの主は信長になるだろう、と語ったという有名なくだりがありますが――本作がその美味しすぎるイベントを描かないはずがありません。

 しかしここまで盛り上げておいて、如何に「史実」を超えてみせるか? それは非常に難しい問題のように見えますが、本作は軽々とそれを乗り越えて見せます。
 信長を出迎えるために道三が用意した、7、800人もの古強者たち。いつでも刺客となり得る彼らの無言の圧力に信長は――と、これが実に本作の信長らしい、痛快極まりないやり方で、文字通り周囲を圧倒してみせるのだからたまらないのであります(そしてそれをお膳立てしたのが――というのもまた泣かせる)。

 しかしこれはほんの序の口、ついに相対した道三を前に、この対面が単なる儀式ではなく、正真正銘の戦であることを、これ以上ないやり方で――豪快かつ無茶ではあるものの、なるほど信長のイメージにきっちり叶った形で――突きつけてみせる信長の姿にはシビれるほかありません。
 この巻で彼を評して言う、信光の「つくづく泣かせる漢」という言葉がぴったりくる、そんな信長の晴れ舞台であります。


 そしてこの大勝負で道三を味方につけた信長は、圧力を強める今川とついに対決を決意、嵐の中、村木城に向けて出陣する――という場面で終わるこの巻。
 義元との正面対決まで作中時間であと6年、それまでに何が描かれるのか――やはり楽しみにせざるを得ない物語であります。

『いくさの子 織田三郎信長伝』第13巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2020.04.03

朝松健『真田妖戦記 2 「死生変幻」編』 三つ巴の争い再び! そして秘儀の陰の人の意思

 燦星秘伝吽之巻の謎を追う中、春日局が手にしていた張形に立川流との繋がりを発見した佐助。その内側に記されていた奇怪な暗号文を巡り、再び真田・柳生・羅山ら三派の争いが始まる。ついに明らかになる星辰影向の秘密とは、そして佐助と佐久夜が野干獣と謎の黄金鬼に導かれた地底の黄金地獄とは……

 朝松健畢生の大作『真田妖戦記』シリーズの第2弾であります。
 前作「燦星秘伝」編では、大久保長安が残した謎の書「燦星秘伝」の謎を巡り、佐助と才蔵ら真田の勇士たち、天海僧正と結ぶ柳生宗矩の娘・佐久夜を中心とする柳生・服部一党、本多佐渡と結んだ林羅山・大久保彦左衛門ら三つの勢力が激突する様が描かれました。

 魔草うとぱらの力により封印していた自分の本性と記憶を甦らせ、奇怪な野干獣と化した大久保長安に操られるように激化した末に、富士の樹海で決戦を迎えた三つ巴の争い。
 死闘の果てに、燦星秘伝のうち阿之巻は破却され、吽之巻は佐助と佐久夜が半分ずつ手にすることで、ひとまずの決着がついたのですが――驚くべし、前作で描かれたものは、物語のほんのとば口に過ぎなかったことが、本作を読めばわかることになります。

 勇士たちの働きで手に入った吽之巻の後半と、大坂城で密かに出回っていたうとぱらの花から、豊臣家と伝説の邪教・真言立川流に何らかの繋がりがあることを知った幸村。
 そして彼の命で探索に当たった佐助は、抱き合う男女の聖天が彫られた春日局の張形を奪取することになります。そしてその内側に梵字で彫られた真言と祝詞を読み上げた時――奇怪にも象牙であったはずの張形は溶解し、黄金と化したではありませんか。

 一方、林羅山そして天海僧正も、春日局の肉体に刻み込まれたこの梵字を解読、「カムナヒ・ノ・ナカテ・ノ・アリカ」と記されたこの暗号の謎を巡り、再び三つ巴の争いが展開することになります。
 そしてその陰で再び暗躍するのは野干獣――いやそれだけでなく、常人離れした凄まじい力を振るう神出鬼没の怪人にして全身黄金に輝く謎の黄金鬼が、佐助や佐久夜たちの前に立ち塞がるのです。

 やがて物語は、伊豆を舞台に繰り広げられる暗号解読競争と、野干獣と黄金鬼によって謎の黄金地獄に拉致された佐助と佐久夜の運命に収束していくことになります。そしてその果てに、ついに謎の秘儀「星辰影向」の正体が明らかに……


 というわけで前作同様、大久保長安が残した暗号を巡る三つ巴の争いが描かれる本作。
 しかし前作のターゲットであった燦星秘伝はあくまでも長安が残したものの一つに過ぎません。そもそもこの秘伝は、長安が知った「星辰影向」の秘密を記したものであり、それは前作の時点でもいまだ謎のままであったのですから。

 死を前にして泰然自若としていた石田三成を狂乱させた「星辰影向」。その内容が明かされれば豊臣も徳川もひっくり返り、天下が大混乱に陥るというその秘密が、ここで明かされることになるのですが――いやはや、その内容の凄まじさたるや!

 作者は、「実在の」魔教(最近の研究ではそれは誇張のようですが)立川流を、デビュー作以来、数多くの作品で描いてきました。
 その作者が描く秘儀の正体は、奇想も奇想ではありますが――しかし作者一流の伝奇センスと魔術的論理性とでも言うべきものに裏付けられたそれは、その複雑怪奇なメカニズムも相まって、異様なリアリティを持って感じられるのです。

 もちろん、そこに至るまでの伝奇活劇の面白さも健在であります。さらに前作に登場した豪華メンバーに加えて、本作では佐助の師匠・戸沢白雲斎、狒々退治の豪傑・岩見重太郎、獣めいた武芸者である宮本武蔵、地獄の扉の番人を名乗る謎の達人・夜叉翁、そして黄金鬼と多士済々で――再読ながら、巻を措く能わずという言葉の意味を教えられた気持ちであります。


 しかし本作で忘れてはならないのは、この伝奇的大秘事・大陰謀も、それを生み出したのは、人の意思、いや人の欲であったということでしょう。
 確かにそれは立川流の秘儀あらばこそではありますが、秘儀はあくまでも手段。その引き金となったもの、すなわちその目的は、人が人として持つ欲望であることを、この秘密の内容と、それを手にした者たちの醜い姿は教えてくれるのです。

 そして秘儀と人の意思の構図は、シリーズ最終巻である次作「治天砲」編でさらに意外な形で描かれることになるのですが――この大作については、またいずれご紹介いたしましょう。


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2020.04.02

星野之宣『海帝』第5巻 一つの物語の終わり そして陰の主人公・黒市党の過去

 大艦隊を率いて壮大な航海に旅立った実在の宦官・鄭和の冒険を描く物語も、内容的にこの第5巻であるの区切りを迎えることになります。主である永楽帝の目を盗んでまで、先帝である建文帝とその娘を救わんとする鄭和。その理由は、そしてその結末は――

 永楽帝の命を受け、宝船艦隊の司礼監として遙かな西の国々を目指す鄭和。しかし彼には、永楽帝によって滅ぼされたはずの建文帝とその娘を匿い、海の向こうに逃がすというもう一つの目的がありました。
 しかし永楽帝の腹心である鄭和にとって、建文帝は不倶戴天の敵であったはず。その彼が何故――というその理由を語る物語が、前巻から引き続き、この巻の冒頭で描かれることになります。

 燕王(永楽帝)の命により、南京城内に潜入し、宦官たちを煽動して内応させることとなった鄭和。その策は首尾良く進み、宦官たちの放った火により、南京城は炎に沈むこととなったのですが――その中でただ一人、建文帝を斬りに向かった鄭和は、そこで悲痛な光景を目の当たりにすることになります。
 いや、目の当たりにするのではなく、それは鄭和自身が生み出したもの。そしてそれが、かつて自分自身が燕王にされた仕打ちと同じものであると気付いた時――彼の心は決まったのであります。

 これまで一貫して、人を生かすためにその命を賭けてきた姿が描かれてきた鄭和。そしてその行動の理由は、彼の生い立ち――その燕王に受けた仕打ちに拠るものでした。
 だとすれば、鄭和が自分のような人間を新たに生み出さないために、自らの命を賭けることは何の不思議もありません。それがたとえ燕王の命に逆らい、敵に回すものであったとしても。

 かくて建文帝と娘を救うべく密かな戦いを続けてきた鄭和。その秘密を知る明王朝の秘密機関である西廠の襲撃を受けながらも、ついに錫蘭(セイロン)に到着した鄭和は、そこを建文帝と娘の安住の地としようとするのですが……

 その鄭和の試みがいかなる結末を迎えたか、ここでは述べません。しかし最後の最後に鄭和が望んだもの――それを描いた場面は、本作でも屈指の感動をもたらしてくれたことだけは間違いないと、強く感じます。


 ここで鄭和の航海の大きな目的が一つの結末を見たことになりますが――しかしその先に何が描かれるのかと思えば、艦隊が黒死病患者を乗せた船と遭遇したことをきっかけに、予想もしなかったものが描かれることとなります。射馬九郎率いる黒市党の過去が!

 元々は肥前松浦水軍の流れを汲む武士の一党でありながら、今は倭寇として近隣を荒らす黒市党。しかし彼らは、鄭和に請われたのをきっかけに、自分たちの島を捨て、宝船艦隊の一員に加わることとなります。
 その際、航海に同行できない者たちは皆自害するという壮絶な決意を示した黒市党。彼らにそこまでさせた物は何か。そしてかつて(第1巻で)島を訪れた鄭和が目にした焼け焦げた家々と、九郎が言葉を濁した過去の出来事とは……

 これまでも何度か触れましたが、射馬九郎(いるまくろう)や弖名(てな)、黒市といったネーミング、そして故郷を捨てて海を家とする姿――彼らは作者の初期の名作『ブルーシティ』のセルフオマージュとも言うべき存在であることは間違いないでしょう。
 そして今回、彼らの過去において、さらに最大級のオマージュが描かれることになるとは、嬉しいような驚いたような、何とも複雑な気分であります。

 そしてその内容が、今現在我々を襲っている状況と不気味に重なりつつあるのにもまた、驚くほかありません(執筆タイミング的にはほとんどリアルタイムではありますが……)。
 しかしだからこそ、故郷である青市島(!)を捨てた九郎たち黒市党の決意と心意気が、これまで以上に尊く、そして眩しく感じられるのもまた事実であります。

 その原因や理由は違いますが、全てを失いながらも、なおも自分に残ったものを抱きしめて海に出た黒市党と鄭和は、ある意味同等の存在であり、彼らは本作の陰の主人公と呼んでもよいのではないか――と思ってしまうのは、これは贔屓の引き倒しでしょうか。


 何はともあれ、いよいよこの航海の最後の目的地である古里(カリカット)に向かう鄭和。
 この巻で、本作のタイトルの意味を思わせる台詞があったこともあり、いよいよ物語は結末に向かっていることを予感させますが――一つの旅の終わりに鄭和が、黒市党が何を目にすることになるのか、楽しみにしたいと思います。


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2020.04.01

門前典之・霞流一『御城の事件 〈東日本篇〉』(その二)

 二階堂黎人編の「城」をテーマとしたユニークな時代ミステリアンソロジー第1弾の紹介、後編であります。残る2編は、これぞ本格ミステリ、と言いたくなるような、シチュエーションも謎解きも凝った物語であります。

『猿坂城の怪』(門前典之):松本城
 地震によって屋根瓦や石垣が崩落し、復旧作業が進められる猿坂城で起きた奇怪な事件――城の姿を記録していた絵師が、堀の上に途中までかけられた橋の上で殺害され、しかしその時橋には、被害者以外の人間は存在しなかったというのです。
 そして事件の調べの中、堀に子連れの河童が出没した、橋の上の椅子が落とされていた、放置されていた石垣の石が増減していたなど、奇怪な出来事ばかり耳にする目明かしの錠七。彼は瓦職人の伊蔵に目をつけるのですが……

 建築知識を利用したミステリを得意とするという作者らしく、地震で崩落した城(この辺りは熊本城をモデルにしているようですが)という特異な舞台で展開する本作。
 犯行現場の見取り図が掲載されているだけで訳もなく嬉しくなってしまうのですが、さらにそこに子連れの河童や増減する大岩という非論理的(?)存在が絡んでくるなど、ある種の本格ミステリらしさが横溢しているのがたまりません。

 しかし本作の真に凄まじい点は、終盤で明らかになる、ある真実の存在であることは間違いありません。
 そんなトリックありか!? と言いたくなってしまうのですが、しかし振り返って見るときちんと伏線は張られているのには、ただ唸るしかないのであります。

 ミステリ小説ならではの荒技を投入してみせた作品――そう言うべきでしょうか。


『富士に射す影』(霞流一):小田原城
 富士を模して作られたという冠原城で次々と起きる怪事を調べるため、藩の指南役頭の依頼を受けて訪れた旅の武芸者、その実は伊賀組同心の梵戸丸七。
 村の六地蔵が持ち去られた、逃亡した罪人の一人が穴に閉じ込められ餓死していた、小姓頭が天守の石垣にぶつかり死を遂げた、何者かの生首とイタチの胴体が一緒に置かれていた――さらに富士に揺れる鬼火、新たなる奇怪な死体の発見と続く中、梵戸は辿り着いた真相とは?

 本書の掉尾を飾るのは、『忍者大戦』に怪作『忍夜かける乱』を発表した作者の、これまた人を喰ったタイトルの本作。
 本作も、素背(すぱい)の梵戸丸七(ぼんどまるしち)という人を喰った探偵役が登場するユニークな作品となっています(というか、梵戸の正体も実は前作の登場人物であったり……)

 そしてその梵戸が挑む謎も、極めつけの奇怪なものばかり。何しろ物語のメインとなる謎からして、相撲好きの男が、あたかも石垣と相撲を取ったように、石垣に激突して死んでいたというものなのですから!
 その他にも奇怪な事件が相次ぐことになりますが――それが全てきっちりと論理的に解き明かされてしまうのは、本格ミステリの醍醐味と言うべきでしょう。

 その背後にあるのは、本作ならではの超論理ではあるのですが――しかし異様な余韻を残す結末を見れば、それにも思わず納得させられてしまうのであります。


 以上五編、「城」という共通のテーマはあるものの、各作品でその城に持たされる役割や意味づけは――江戸時代という舞台設定を踏まえつつも――よくもこれだけ多様性を持たせたものだと感心させられました。

 実は本書を読み始める前は、(もちろんモデルはあるものの)必ずしも実在の城ばかりではないことに不満があったのですが、しかしこの作品それぞれの城の扱い――すなわち時代小説としての城の描き方・扱い方を見て、考えを改めました。

 もちろんミステリとしての楽しさは言うまでもなく、時代ミステリアンソロジーとして大いに楽しむことができた本書。
 来月発売の〈西日本篇〉も楽しみにしております。


『御城の事件 〈東日本篇〉』(二階堂黎人編 光文社文庫) Amazon

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