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2020年6月

2020.06.30

久正人『ジャバウォッキー』第5-6巻 有翼の蛇と黄燐マッチと白鯨と

 進化した二足歩行の恐竜が人類の歴史の影で暗躍する19世紀末を舞台に、人間の女スパイと恐竜のガンマンが、人間と恐竜の未来のために奮闘する伝奇アクションのラスト3巻、3エピソードを一挙に紹介いたします。

 人間と恐竜の間で世界の平和を守る――「明日を救う」ために活動するイフの城のエージェントとして活躍するリリーとサバタ。
 すっかりコンビとして息の合った二人が第5巻以降で挑むのは、恐竜による人間支配を企む「有翼の蛇教団」――以前もアダムの肋骨を巡る事件で対決した彼らの陰謀を粉砕するため、二人は世界を股にかけた冒険を繰り広げることとなります


 第4巻末から第5巻にかけて収録される「MATCH/POMP」で描かれるのは、「たった一発の狙撃で地球上全ての恐竜を殺す」計画を画策する(マンダムな感じの)怪人サックスマンとの対決であります。
 黄燐マッチ事業に失敗し、財産を失ったのは恐竜のせいと信じ込む狂的な実業家・アングレームを抱き込んだサックスマン。アングレームを捕らえてその荒唐無稽な計画を聞きだしたリリーとサバタですが、計画の背後には、恐ろしい真の狙いがあったのです。

 計画を阻むために敵の本拠に急いだ二人の前に現れるサックスマンを倒したものの、彼は傀儡に過ぎず……

 バーナード彗星、パリ万博、黄燐マッチ――と、この時代ならではのガジェットを散りばめて描かれるこのエピソードは、ある意味これまでで最も規模の大きい陰謀が描かれていると言えるでしょうか。
 それに相応しく敵の正体も――なのですが、無茶苦茶な個性を発揮するアングレームが全てを持っていった印象もあります(さすがにあの身体能力はいかがなものか――というのは野暮でしょうか)。もちろん、ラストはサバタがきっちりと決めてくれるのですが……


 続いて第6巻にかけて展開する「BUCK&DICK」の題材は、あのモビーディック――言うまでもなくあの『白鯨』でエイハブ船長と死闘を繰り広げたモビーディックですが、しかしその正体が、実はリオプレウロドンだった、というのは、まさに本作ならではの仕掛けでしょう。

 沈没船を巡る詐欺の陰にモビーディックの存在があると知り、調査に乗り出すリリーとサバタ。二人とモビーディック専門家のスターバックは乗っていた潜水艦をモビーディックに撃沈され、孤島に漂着することになります。
 そして、捕らえられたリリーとスターバックは、有翼の蛇教団の守銭奴にして狂信者・キンスキが主催する恐竜闇賭博場の賭けのネタにされ、徒手空拳でモビーディックに挑むことに……

 闇賭博場で繰り広げられる恐竜たちの狂気のギャンブル、これまでにない巨獣・モビーディックとの死闘と見所の多いこのエピソードですが、何と言っても印象に残るにはゲストキャラのスターバック。
 このスターバックは『白鯨』に登場した一等航海士ですが、本作で描かれるその姿は何と女性――しかもエイハブ船長を(一方的に)愛していたという設定なのであります。そんな彼女は、モビーディックへの強い思い入れもあって、リリーと事ある毎に対立、それが物語の原動力ともなっていきます。

 もっとも、激しく対立していた二人が最後には強い女の友情で結ばれる――というのは定番ではありますが、格好つけまくっているようでいてどこか抜けているサバタとの対比で描かれるその姿はどこまでも痛快。そしてそれが、スターバックの「解放」に繋がっていくドラマも泣かせます。
 もちろんサバタの方も、キンスキとの最後の賭けを見事に決めて見せるのですが、今回ばかりは二人に大きく譲った感があります。

 そしてもう一つ、個人的に面白かったのは、イフの城の潜水艦の航海長がコンラッドの『闇の奥』のマーロウであったこと。
 『白鯨』もそうですが、他の物語の内容が「現実」の出来事として作中に取り入れられているのは、伝奇ファンとしては何とも嬉しい趣向であります。


 と、エピソード2つの紹介までで随分長くなってしまいました。中途半端で恐縮ですが、残る第6巻から第7巻にかけて収録のラストエピソード「ETERNAL FLAME」は、次回ご紹介いたします。


『ジャバウォッキー』(久正人 泰文堂アース・スターコミックス) 第5巻 Amazon / 第6巻 Amazon

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2020.06.29

田中ほさな『川島芳子は男になりたい』第1巻 なりたい自分になるための冒険の始まり

 時は1924年、17歳の川島芳子は、ある夢を抱いて一人上海に渡った。上海の顔役・イヴに対してその夢――「男になりたい」を語り、そのための施術を受けた芳子。そして紫禁城から皇帝溥儀を脱出させようとする軍人・田中隆吉と、冒険を求めて行動を共にする芳子だが、体は一向に男に変わらぬままで……

 川島芳子といえば、愛新覚羅の姓を持つ清朝皇族の出身にして、端正な容姿を男物の服に包んだ男装の麗人、そして「東洋のマタ・ハリ」の異名を取った日本軍工作員――と、冷静に考えてみればあまりにも盛り過ぎなキャラクター。そのためか、日中戦争を題材としたエンターテインメントにはしばしば登場する人物です。

 本作はその芳子の若き日を描いた物語ですが――お色気(エロに非ず)漫画を得意とする作者だけに、一筋縄ではいかない作品となっているのは、言うまでもないのであります。


 清の皇族である実の父と、日本の活動家である育ての父――二人の父の薫陶を受け、国家の大業を担うような冒険に憧れる芳子。しかし冒険ができるのは男のみ、それであれば男になりたい――と上海を訪れた彼女は、男性になるための施術を受けることになります。
 ただし、まずはお試し期間として一時的に。

 そしてその代金代わりに、軟禁状態にある溥儀を紫禁城から逃がす任務に当たる軍人・田中隆吉を助けることとなった芳子ですが――しかし肝心の隆吉は借金まみれのダメ男、そして何よりも芳子の体は男に変わらず、女のままだったのであります。
 施術の時芳子が聞かされた、「忘我の境地」に達した時、男になれるという言葉。果たしてそれは一体……

 まあ、大体の人は想像がつくと思いますが、そういうことであります。


 つまりは「エロい感じ」になると男になっちゃうという、特異体質(?)になってしまった芳子。
 なるほど、こういう設定であればお色気シーンが自然に入れられる――と感心してよいかどうかはともかく、男装ではなく性別そのものが変わってしまう変生、しかも自分自身の意志では変生できないという縛りは、なかなか面白い設定であると言えるでしょう。

 何しろ女性としての芳子は才色兼備の上に清朝皇族としての身分持ち、一方、男性としての芳子は超人的な身体能力を持つスーパーマン(というか設定的にはむしろハルク)。
 この二つの力を持ってさえすれば、大冒険も夢ではない――のですが、そこに「エロい感じ」というどデカい欠点が加わることによって、物語が何ともややこしいことになっているのであります。

 この辺りの設定は当然ながら評価が分かれるとは思いますし(個人的には最初の変生シーンが妙に生々しかったのがちょっと……)、そもそもの芳子が男になってまで冒険を求める動機というのが、今ひとつ伝わりにくいのは、いささか残念なところではあります。

 しかし、男になりたいと願っていた――言い替えれば自分が女であることにとらわれていた――芳子が、どちらの自分も自分であることを知り、真になりたい自分自身として冒険=人生に一歩踏み出す姿は、実に美しい。
 第一話ラストの「冒険は男だけのものじゃない」という台詞は、そんな意味が込められていると取ってよいかと思います。


 さて、この巻では無事に最初のミッションを終え、こらから本当に男でも女でもない「川島芳子」としての冒険が始まることになります。
 しかし紫禁城には奇怪な影が跳梁し、そしてまた彼女の力を利用せんとする者の存在も窺われ、この先の道も、決して平らかなものではないでしょう。

 もちろんそれこそ芳子の求めるものなのかもしれませんが……

(しかし史実では芳子と隆吉は――と言われていますが、本作ではその辺りどうなるのかなあ……)


『川島芳子は男になりたい』第1巻(田中ほさな 講談社シリウスKC) Amazon

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2020.06.28

木原敏江『王朝モザイク』 身分違いの恋に挑む男女のおとぎ話と現実

 大ベテラン・木原敏江の最新作は、平安時代を舞台とした、男女の身分違いの恋を描く短編集。古典をモチーフとした、内容豊かな三つの物語が収録されています。

 かつて身分の違いから仲を引き裂かれ、行方不明となっていた初恋の人・沙魚と再会した検非違使の然示郎。しかし彼女は自分を治部大輔の萌に仕える上臈・水無瀬と名乗り、然示郎など知らぬ素振りを見せるのでした。
 その晩、鮮やかな手口で京を騒がす夜盗団・梟党を追った然示郎は、首領と一騎打ちの末に手傷を追わせ、後を追うのですが――血の跡を辿っていけば、そこは萌の屋敷。屋敷を調べた然示郎がそこで見たものは……

 というあらすじの第一話。古今著聞集のある説話を題材としているこのエピソードは、物語展開的には途中まで(モチーフがある部分まで)はすぐ予想できるのですが、むしろそこからが物語の本題とすら感じられます。

 生死も不明だった初恋の女性と再会するも、その意外な姿を知った然示郎。しかし今度こそは彼女への愛を貫こうとある場所に向かった彼は、そこである意外な人物と出会い、選択を迫られるのです。
 そこで描かれるのは、青春との決別とでもいうべきシチュエーション。もちろんそれは、この物語ならではの特異なものではあるのですが――しかし同時に、誰でも多かれ少なかれ覚えのある痛みが胸に甦るのは、作者ならではの筆の冴えと言うべきでしょう。


 一方、第二話で描かれるのは、両親を亡くし、我が物顔に振る舞う後見人の叔父夫婦と共に暮らす姫君・揺良の物語であります。

 体が弱く夢見がちな彼女が、重陽の晩に出会った青年・定章。菊の香に誘われて屋敷に入り込んだ彼とたちまちのうちに恋に落ちる揺良ですが、叔父は地下の身分である定章を認めず、二人を引き裂こうとするのでした。
 折しも美濃介として赴任することとなった定章。悩む彼に、揺良は自分の家に結婚にまつわるある掟があると語るのですが……

 と、こちらはお伽草子の、菊の精が変じた公達との悲恋に泣いた姫君を題材とした物語。しかしここではあくまでも生身の男女の物語が描かれることになります(内容的には原典のその後とも取れる設定なのが面白い)。
 悲恋に泣くだけでなく、何とか自分たちの道を切り開こうとドラマチックに奮闘する二人の姿は、ある意味実に作者の作品らしいと感じさせられます。

 こちらもある程度予想できる展開であり、それがいかにも「おとぎ話」的な物語なのですが――しかしラスト数ページで、我々はその先の現実を突きつけられることとなります。
 それは哀しく切なく、しかしある意味避けようのない現実ですが――しかしそれを敢えて描くことにより、本作は「おとぎ話」の意味を、現実に対する一つの救いとして提示しているように感じられます。


 そして前後編構成の最終話は、今昔物語の女盗賊の説話と、鬼女・紅葉伝説を織り交ぜてモチーフとした物語にして、第一話のその後の物語でもあります。

 上役から信濃国までお忍びの旅をする大納言の姫君・皓の護衛を命じられた然示郎。しかし然示郎の前に現れた彼女は、男装の上に剣の達人という個性的な少女でありました。
 身分違いの恋の末に恋人と引き裂かれ、その後病に倒れて亡くなった義兄の形見を、信濃にいるという恋人・楓に届けるという皓。しかし信濃に辿り着いてみれば、楓の実家は国司に謀反人の罪を着せられ、滅ぼされてしまったというではありませんか。

 さらに近頃は鬼もみじ党なる野党が出没し、国司の蔵を荒らし回っていると聞かされた二人。それでも楓の手がかりを求めて山に分け入った二人の前に現れたのは……

 悲しい別れを経験した然示郎の前に現れた、型破りで明るい姫君――とくれば、当然新しい恋の予感ですが、しかし検非違使と大納言の姫君では、身分が違いすぎるのは言うまでもありません(以前は自分の方が身分が高かった彼が今度は逆になるというのも皮肉)。
 この物語はそんな二人の姿を縦糸に、そして野盗団を率いる鬼女・紅葉の復讐譚を横糸に展開するのですが――入り組んだ様々な要素を破綻なくまとめ、波乱万丈な物語を織りなしてみせたのは、やはり見事と言うほかありません。(さらにそこに、然示郎たちだけでなく、幾人もの身分違いの恋が織り交ぜられているのにも嘆息させられます)

 そしてそんな物語の先に待つ結末は――これは言うまでもありませんが、しかし同時に語られるのは一見無常な現実を感じさせる言葉。
 しかしそれは、第三話のみならず、本書に登場した男女たちのおとぎ話が、現実の歴史の中に確かに息づいていることを一種逆説的に語る見事な結びであると――そう私は感じます。


『王朝モザイク』(木原敏江 集英社マーガレットコミックス) Amazon

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2020.06.27

横山光輝『伊賀の影丸 土蜘蛛五人衆の巻』 影丸の「私闘」と彼の人間味と

 半蔵屋敷の門に打ち付けられた影丸の名の藁人形――それは秋月藩での事件で影丸らに壊滅させられた土蜘蛛党の残党、小頭五人衆の仕業だった。狙われているのは自分一人だと単身戦おうとした影丸は手傷を、彼を守るべく配置された精鋭たちも、度重なる攻撃に次々と倒されていく……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介も(長編は)残すところあと二回。今回は(も)異色のエピソード『土蜘蛛五人衆の巻』であります。

 一つ前のエピソード『邪鬼秘帳の巻』で、悪人・黒木弾正に雇われて暗躍した末、影丸に首領・幻斎坊を倒されて壊滅したかに思われた土蜘蛛党。しかし小頭五人――金目・猿彦・勘助・左京・竜三郎――が生き残り、影丸に復讐をせんと江戸に現れたのです。
 夜毎半蔵屋敷に呪いの藁人形を打ち付けていくという、陰湿極まりない嫌がらせを行う五人衆。もちろんそれを黙って見逃せるはずもなく、名指しされた影丸は真っ先に追うのですが――敵の秘術の前に、木の葉隠れの術で痛み分けに持ち込むのがやっとという有様であります。

 かくて半蔵は影丸警護のため、頑鉄・弓彦・善鬼・村雨源太郎の四人の精鋭を選び出し、ここに影丸を含めた五対五の戦いが始まるのですが……


 影丸たち公儀隠密と敵忍者のトーナメントバトルという点では、他のエピソードと大きく変わることはない――むしろかなりオーソドックスですらある今回のエピソード。

 しかし他と異なる特徴の一つは、他のエピソードからの連続性であります。
 本作では基本的に各エピソードは独立しており、共通する登場人物も影丸と半蔵のみ、あとごく僅かな例外が存在するだけですが――後はほとんど死んでしまうので――今回は上述の通り、明確に一つ前のエピソードの後日譚として設定されているのであります。
(しかし私が初めて読んだ秋田コミックスセレクト版では、『邪鬼秘帳』より先に収録されていたのが困ったもの)

 それだけでなく、今回は影丸側のキャラクターとして、『闇一族の巻』で生き残った村雨兄弟の二人、源太郎と十郎太が再登場。
 それもチョイ役ではなく、源太郎は代表選手として、その毒に強い体質を活かして敵の罠を破り、終盤に登場した十郎太も、最後の敵と一騎打ちする影丸を助ける役回りと、実に嬉しい活躍を見せてくれるのであります。

 この辺りは長きに渡るシリーズものならではと言えるかもしれませんが、この村雨兄弟の再登場は、次に述べるもう一つの特徴と繋がる点もあるのではないか――そう考えます。


 そのもう一つの特徴とは、今回のエピソードが、影丸の任務によるものではない――ある意味私闘である点であります。

 もちろん、影丸が五人衆に狙われるきっかけとなったのは、公儀隠密の任務の中で土蜘蛛党を壊滅させたためですが、しかしその後に復讐されることになったのは、これは相手の逆恨み。
 いちいち任務の結果で恨まれても――と作中で半蔵たちが困惑するのは、これは滅ぼした側の道理かもしれませんが(元々土蜘蛛党は、任務の際に儀式を行ったりと結社的な結びつきが強そうなのも理由のようにも思えます)、忍者としては当然の立場でしょう。

 何はともあれ、もちろん襲われたからには反撃しないわけにはいかないのですが、影丸にとってはそれは個人の事情で、すなわち私闘であり――だからこそ、今回の戦いで周囲に犠牲が出た際に、影丸はこれまでのエピソード以上に強い悲しみを見せ、そして強い闘志と憤りを見せていると感じられるのです。
(それは裏返せば、彼が任務の際にはひたすらドライに徹していることの現れでもあるのですが)

 しかし影丸はそんな戦いにおいて、決して孤独ではない。任務ではなく彼のために命を投げ出せるような仲間もいる――その現れが、村雨兄弟の存在であると感じられます。
 作中では珍しく自分の屋敷での描写があり、そして影丸が親しげに軽口まで叩く。そんな村雨兄弟の存在は、影丸の人間味を、そして彼に対する周囲の人間の情を示すものであり、そしてそれは復讐心や集団の掟で動いているであろう土蜘蛛五人衆と影丸の違いを示している――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。

 もちろん、影丸というキャラクターのこうした側面が、殺伐とした潰し合いの中で初めて描かれるというのは、ある意味実に本作らしいと感じますが……


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第8巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon

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2020.06.26

M・R・ジェイムズ『消えた心臓/マグヌス伯爵』 新訳で甦る好古家の怪談集

 私の最も愛する怪奇小説作家の一人、M・R・ジェイムズの作品集が光文社古典新訳文庫から刊行されました。作者の第一作品集である『好古家の怪談集』を、英国怪奇小説の翻訳等で活躍する南條竹則が翻訳した待望の一冊――八編の短編に付録のエッセイ一編が収録された短編集です。

 イートン校、ケンブリッジ大学を卒業の後、写本研究、聖書研究で活躍し、ケンブリッジ大学の博物館長、同大学副長、イートン校校長を務めた堂々たる経歴の学徒であったジェイムズ。しかし彼はその一方で、クリスマスのイベントなどで自らが書き留めた怪談を朗読して評判を取った、いわばアマチュア作家でもありました。
 本書に収められているのは、まさにその評判を取ったものを中心とした作品であります。

 もちろん例外はあるものの、本書の収録作のほとんどは、まさに好古家――自分の職業として、あるいは趣味として古々しいものに興味を抱き、愛する学徒が主人公あるいは語り手となる物語。
 それゆえと言うべきでしょうか、その語り口はあくまでも理性的かつ慎重、落ち着いて柔らかいものであり――その成立過程もあって、ジェイムズその人の語りを聞いているような気分にさせられます。

 しかし「アマチュア」の作品だからといって、落ち着いた作風だからといって、決して怪奇小説として大人しい、あるいは歯ごたえがないというわけでは、決してありません。
 平凡な日常が、平和な旅行記が、徐々に怪しい空気に侵食され、そしてクライマックスに至り不意に語り手の――つまりは我々の前に現れる異界の妖怪の恐怖を描くジェイムズの怪談は、現代にも通用する作品として見事成立しているのであります。
(そして嬉しいことに、題材的に伝奇性が強い作品も実は少なくない――というのはいささか牽強付会かもしれませんが)


 さて、それでは本書の収録作品を簡単に紹介いたしましょう。

 調査に訪れた教会の堂守から中世の貴重な貼込帳を手に入れた主人公が、堂守の不審な態度の理由を思い知らされる『聖堂参事会員アルベリックの貼込帳』
 身寄りを亡くし、遠縁の親戚の屋敷に引き取られた少年が、やがてそこで過去に起きたある出来事の真相を知る『消えた心臓』
 美術商から送られてきた、とある屋敷を描いた何の変哲もない銅版画が示す不気味な変化と、その陰のある史実を描く『銅版画』
 魔女裁判に功を遺しながら奇怪な死を遂げた名士の屋敷で、再び起きた惨事――そのショッキングな真相が印象的な『秦皮の木』
 研究に訪れた先で滞在した宿屋で夜ごと起きる奇妙な出来事と、それとともに出没する幻の部屋の怪『十三号室』
 「黒の巡礼」から戻ったという悪名高き領主の霊廟を訪れた好古家のふとした一言が、恐ろしい運命に彼を誘う『マグヌス伯爵』
 休暇に訪れた海岸地方の遺跡で拾った笛を吹いたことから引き起こされる悪夢のような出来事『「若者よ、口笛吹かばわれ行かん」』
 大量の黄金を隠したという修道院長が遺した暗号を解き明かした男が、その指し示す先で遭遇した恐怖『トマス修道院長の宝』

 これらの作品に、題名どおり作者の構想段階のアイディアの数々を記した付録のエッセイ『私が書こうと思った話』が加わり、実にバラエティに富んだ一冊であります。


 正直なところ、私はジェイムズの作品は、これまで創元推理文庫から二度刊行された作品集、あるいは様々なアンソロジーに収録されたものを何度も読んでおります。
 しかしそれでも何度読んでも面白いのは、やはりそれだけ物語の持つポテンシャルが高く、何よりも愉しさと怖さのバランスが素晴らしいことによるのでしょう。

 それはまさに作者自身が序文で述べているように、「夕暮れに寂しい道を歩む時や、夜中に消えかけた暖炉の火の前に座っている時、愉快にして且つ不安な気持ち」になるような作品群なのであります。

 さて、南條竹則の新訳についてですが、堅苦しい言葉遣いは少なめに、柔らかな言葉と文章を中心に訳されている印象があります。
 この辺りは、かなり堅めに感じられる訳文と合わせて好みが分かれるところかもしれませんが、先に述べたような作者の語り口と重なるような文体は、作品の魅力を引き出すために一役買っていることに間違いありません。

 何よりも作者の名品の多くをこうして手軽に読めるようになったことは、何よりも素晴らしいことだというほかないでしょう。
 既読の方も、これまで作者の作品に触れたことのなかった方も、一度手に取っていただきたい一冊です。


『消えた心臓/マグヌス伯爵』(M・R・ジェイムズ 光文社古典新訳文庫) Amazon

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2020.06.25

山口貴由『衛府の七忍』第9巻 激突、十大忍法vs時淀み 望みを巡る対決

 まつろわぬ者たちの代表者たち・怨身忍者が覇府=徳川幕府と対決する『衛府の七忍』の最新巻では、表紙の七忍勢揃いが示すように、この巻で最後の怨身忍者・雷鬼が登場することになります。その正体は雷小僧こと黒須京馬――真田十勇士の力を背負った彼は、魔剣豪・上泉信綱と激突することに……

 大坂夏の陣で真田幸村に従い、六人までが討ち死にを遂げた真田十勇士。信州上田城のに現れたその生き残り、猿飛佐助・霧隠才蔵・筧十蔵・穴山小助の四人の前に立ち塞がったのは、十勇士の弟分であった少年忍者・黒須京馬であります。
 主命によって佐助たちに挑む京馬は、大忍法「淤能碁呂」を用いると宣言。しかし次の瞬間、彼の肉体はバラバラになって……

 そんな意表を突いた場面から始まるこの巻。佐助たちはその場から消え失せ、残されたのは無惨に京馬の体からもがれた肉片のみ――と、誰が見ても京馬が佐助たちに敗れ去ったと思われた時、その場に現れたのは謎の老剣士であります。
 周囲を取り囲む侍たちに一斉に槍で突かれながらも、一瞬にして侍たちを蹴散らしたその剣士の名は鬼哭隊・上泉信綱――史実であれば数十年前に亡くなっているはずの大剣豪ではありませんか。

 そして信綱がその眼力でもって見抜いたのは、意外な場所に隠れていた京馬の存在。実は京馬は、大忍法「淤能碁呂」によって十勇士の体の各部分を移植されることにより、彼らの忍法を体得しようとしていたのであります。
 いまだ忍法が完成せぬまま捕らえられ、鬼哭隊の前線基地・鬼哭塔に捕らえられた京馬。しかしやがてその身に、十勇士たちの忍法が宿り……

 と、この巻で描かれるのは、十勇士の忍法を意外な形で受け継ぐこととなった(「淤能碁呂」の意味に感心!)京馬と信綱の激突。
 信綱といえば言うまでもなく日本剣法の祖の一人というビッグネームですが、本作では間合いの内の時間の流れを遅らせる「時淀み」を操る魔剣豪として描かれることになります。

 いや、時を淀ませるのは信綱の方ではなくて――とツッコミたくなりますがそれはさておき、これに抗する京馬の方も、一度は捕らわれの身になりつつも、次々と時満ちて宿る十勇士の力を借りて大反撃!
 と、ほとんど十勇士の忍法紹介でこの巻は終始した印象すらありますが、しかし京馬と信綱は、意外な形で対比されることになるのであります。


 この巻の中で「魔剣豪鬼譚」として描かれる信綱の過去。それは史実の信綱の姿をなぞりつつも、大きく途中で姿を変えることになります。
 信玄との絶望的な戦いの最中、陰流の奥義と言うべき時淀みの境地に至った信綱。しかしその無敵の力は、武士の望みの一切を、「命よりやんごとなきもの」を捧げることで授かった霊力であり――それは信綱を他者と隔て、ただ鬼との戦いに駆り立てるものでありました。

 望み――言い替えれば人として生きる理由。本作の信綱は、己の生の上での一切の望みを失った者であり――それに対して京馬は、ただこの一瞬に自分の生を燃やし尽くすことのみを望む者と言えるでしょう。
 共に明日のない身――といってもその意味は大きく違うのですが――でありつつも、その望みは、生の在り方は全く異なる二人。ここで描かれるのは、そんなある意味対極にある二人の激突なのであります。

 そして信綱の時淀みと、京馬の鬼噛みと――ある意味ネタ的な組み合わせではありますが――二人を象徴する技は、そのままそんな二人の生をも象徴しているとすら感じられるのであります。


 しかし京馬には、十勇士から与えられた新たな生が、託された望みがあります。彼はある意味十勇士の「子」であり――もはや子を抱くこともできなくなった信綱とここでも対極にある――そして最後の怨身忍者・雷鬼として生まれ変わったのですから。
 そしてその京馬=雷鬼の前に現れるのは、六人の鬼たちの幻。何とも胸躍る場面ですが、現実に彼らが出会うことも、おそらく遠い先のことではないと感じられます。

 いよいよ本作も折り返し地点と言うべきでしょうか。


『衛府の七忍』第9巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2020.06.24

野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開

 樺太で再び相棒としての互いの想いを確かめあい、新たな一歩を踏み出した杉元とアシリパ。しかし鶴見中尉がこれを許すはずもなく、北海道への逃避行が始まることになります。そして辿り着いた北海道では路銀のために砂金掘りに挑む杉元一行ですが、そこに迫る影が……

 樺太・ロシアでの冒険を終え、ようやく北海道も目前のところまで来た杉元とアシリパ。しかしアシリパを取り戻すためとはいえ鶴見一派の力を借りたことは、二人のこの先に暗い影を落とします。
 はたして、親切ごかしながらもアシリパを監禁し、利用せんとする鶴見。その意図を感じ取ったアシリパ、そして杉元は、再び相棒として、ただ二人で黄金争奪戦に乗り出すことを誓うのでした。

 もちろん目の前でそんな宣言をされて鶴見が看過するはずもなく、たちまち大泊の町で繰り広げられる一大追跡劇。銃器の使用も辞さない相手に、ついに「不死身の杉元」モードになる杉元に対して、アシリパの選択は……

 と、再開された黄金争奪戦のプロローグとも言うべき戦いが描かれる本書の前半部分。ちょっとした市街戦状態から、連絡船と駆逐艦のチェイスとスケールアップしていくのはまさに本作の面目躍如ともいうべき展開ですが――その中で谷垣や月島といった面々が彼ららしい顔を見せたと思えば、なし崩し的に仲間になった頭巾ちゃんことヴァシリが思わぬ活躍を見せたりと、主人公二人以外のキャラがきっちり存在感をアピールしているのも嬉しいところであります。

 そして何よりも、アシリパを護るためには、戦いから遠ざけるためには狂戦士になることも辞さない杉元と、そんな彼を護るために自分が盾になることも辞さないアシリパと――互いを尊重しつつも、それぞれに覚悟を決める二人の姿が印象に残ります。
 もちろんそれは、一歩間違えれば二人が共に不幸になりかねない道ではあるのですが……


 そんなわけで杉元とアシリパ、そして白石とお馴染みのトリオ(に頭巾ちゃんも加わって……)の珍道中となり、初期のノリに戻った感もある物語。本書の後半に収録されたエピソードもまた、原点回帰感のある内容です。

 路銀を稼ぐため、ウェンカムイ(人を殺した熊)が出没するという雨竜川で砂金採りをすることになった杉元一行。そこで彼らが出会ったのは、一日で50円稼いだという砂金獲りの名人・松田であります。
 崖から落ちかけたところを杉元に救われた恩から、砂金採りのコツを教えてくれる松田。しかし松田は、ウェンカムイに追われていると語り、ことあるごとに怯えた表情を見せるのでした。

 そして松田の周囲で起きる奇怪な出来事の数々。そして杉元たちの前にもウェンカムイが現れ……

 と、ヒグマの脅威と、曰く有りげな(変態っぽい)人物との出会いと――本作のファンには既にお馴染みとなった要素が中心となるこのエピソード。その意味では新味はないのですが、物語が進むにつれて徐々に大きくなっていく違和感と、その果てに明らかになる真実という構成は、定番ながらなかなかに読ませます。
 実はこの真実も似たようなものが以前もあったのですが、しかし全ての真実が明らかになる瞬間のインパクトは、ある意味実に本作らしい絵面と相まって、強烈なものがありました。

 そしてまた、今回描かれた、黄金に目が眩み、アイヌの伝統に敬意を払わぬ(誤って理解した)者の姿は、ある意味杉元たちのネガの姿であると同時に――この先、杉元とアシリパが戦うべき存在を象徴するものなのかもしれません。


 何はともあれ、原点回帰して再び始まった黄金争奪戦。といっても状況は三つ巴、あるいは四つ巴といよいよ混沌とした様相を呈し、残る刺青人皮もあと僅かです。
 その中で杉元とアシリパに逆転の目があるのか――一つだけ言えるのは、これからこの先、いよいよ戦いが激化する、ということのみであります。


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2020.06.23

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 10 千弥の秋、弥助の冬』 大団円 そして「子」は成長して――

 謳い文句のついに大団円! と不穏極まりない言葉にドキッとさせられますが、その言葉に偽りはなく、『妖怪の子預かります』シリーズ第10巻目にして、区切りとなる作品であります。徐々におかしくなっていく千弥と、そんな彼に苛立ちを隠せない弥助。ついに決別した二人の運命は……

 今日も変わらず、妖怪の子預かり屋として奮闘する弥助。しかし彼と共に暮らす千弥は、異常なまでに過保護な態度が目立つようになります。いや、以前から過保護だったのは間違いありませんが、いまの千弥はまるで弥助が幼く体が弱かった頃のように扱うなど、度が過ぎるのです。
 その上、物忘れが激しかったり、ぼうっとしていたりと、明らかに不審な様子の千弥。当然心配する弥助に対して、何でもないと言うだけの千弥ですが――そんな千弥の行動が、妖怪の子に危害を加えかねないものとなったことから、ついに弥助の怒りが爆発することになります。

 それでも何とか和解した二人ですが、その後も続く千弥の異常な行動。そしてついに決定的な瞬間が訪れ、千弥は弥助の前から姿を消すことに……


 これまで弥助のことになると過保護ではあるものの、それ以外では普段は冷徹とすらいえるほど落ち着いた態度を見せていた千弥。そんな彼の弥助に対する態度が徐々におかしくなっていき、それどころか日常生活までも――と、不穏極まりない展開から始まる本作。
 作中でもさらりと触れられているように、この辺り、年配の親を持つ読者であればグサリとくるような描写なのですが――しかしその理由がなんであるか、これまでシリーズを読んできた読者であればよく知っています。

 前々作において、月夜公に執着するあまりに千弥を逆恨みした狂気の女妖・紅珠――彼女の毒に倒れた弥助を救うため、千弥はかつて捨て去った自分の目玉を取り戻し、その力を振るったことがありました。しかしそれは妖怪にとっては致命的な、誓いを破る行為――その報いが、現れたのであります。

 過去のある出来事から一度は全てを失って抜け殻のようになった千弥に救われ、そして救った弥助。一時は共依存のような状態だった二人ですが、しかし弥助が妖怪の子預かり屋として奮闘するうち、その関係は徐々に落ち着いたものとなっていきました。
 それがここに来て、千弥の中から弥助の存在が、最も残酷な形で奪われていくとは――これまでユーモラスで楽しげな妖怪たちを描くと同時に、辛く重く残酷なこの世の有様を描いてきた本シリーズですが、ここに来てその最たるものが描かれたというべきでしょうか。

 もちろん、そんな二人を、周囲の人々と妖々が放っておくはずもありません。
 特に弥助にとっては天敵であった――しかしある意味作中で最も男を上げた――久蔵、そして千弥とは倶に天を戴かざる間柄であった(しかしその実、誰よりも心の奥底で結びついている)月夜公、この二人が弥助と千弥のために誰よりも心を砕く様は、大いに胸に響く名シーンであります。
(にしても、いつもながら千弥と月夜公の間の感情は重すぎる……)

 いや、この二人だけでなく、これまで弥助に関わった者たち、弥助に助けられた者たちが総登場で力を貸す姿は、まさに大団円に相応しいものであるといえるでしょう。
 その果てに何が待つ結末――それは実のところ、予想できなくもなかったのですが――あ、この物語であればこれ以外ない、というもので、一抹の物悲しさを遺しつつも、それ以上に力強い希望を与えてくれるのです。

 これまでどこか歪んだ、擬似的な親子関係にあった千弥と弥助。しかし「子」であった弥助が、妖怪の子預かり屋となることによって「親」となり、大きく成長する姿を、本シリーズは描いてきました。
 その物語のひとまずの締めくくりとして、この結末はいささか皮肉ではあるかもしれませんが、大いに頷けるものであるといえるでしょう。


 さて、ひとまずの締めくくり、と書いたのは、『妖怪の子預かります』は本作までを第一シーズンとし、次作から第二シーズンを開始する意向とのこと。そうであるならば、千弥と弥助の――いや、弥助と千弥の新たな物語に、心より期待したいと思います。

(にしてもラストの申し出は――月夜公、本当に感情が重い男よ)

『妖怪の子預かります 10 千弥の秋、弥助の冬』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon


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2020.06.22

『五右衛門vs轟天』 二大ヒーロー夢の対決、そして大混戦のオールスター戦

 悪の組織ブラックゴーモン壊滅のため、彼らの先祖である五右衛門を倒さんとするインターポールによって400年前に送り込まれた剣轟天。その頃、五右衛門は絵図に示された風魔忍軍の秘術を探し出そうとしていた。五右衛門と轟天、二人の対決は秘術の力によって思わぬ展開を見せることに……

 『偽義経冥界歌』が東京公演途中で中止、40周年記念の『神州無頼街』も中止と、劇団☆新感線ファンにとっては、辛いことが続く昨今。そんな中、ニコニコ動画で「SSP動画祭り」と銘打って、未ソフト化の公演が動画配信されることとなりました。
 その第4弾が、劇団☆新感線35周年オールスターチャンピオン祭りと題して五年前に公開された『五右衛門vs轟天』であります。

 五右衛門とは言うまでもなくあの石川五右衛門――『五右衛門ロック』シリーズで大活躍する、近年の古田新太の当たり役。釜茹でにされたはずの彼が海の向こうに脱出、世界を股にかけて大暴れ――という大活劇シリーズの主役を務める好漢であります。
 一方の轟天は、新感線の一方の柱であるネタものの雄『直撃! ドラゴンロック』の主人公である、異常にワイルドな風貌の武術達人にして、異常なまでの女性(の下着)好きという変態。橋本じゅんといえばこれ、と言うべきあまりにも濃すぎるキャラクターです。

 奇しくもこれまでに新感線での主役作品が三本ずつのこの両雄が、ダイナミックな感じでvsする本作、何故か(?)ソフト化もされていなかったのですが、今回このような形で配信されたのは望外の喜びです。


 さて本作は、悪の組織の手に落ちかかっている現在を救うため、五右衛門の○○を叩き潰す指名を帯びた轟天がタイムスリップ、五右衛門と対決するのが縦糸。そして五右衛門と女盗賊・真砂のお竜、からくり戯衛門(その実は……)と、風魔忍群、五右衛門の宿敵・マローネ侯爵夫人一味が繰り広げる三つ巴の争いが横糸の物語であります。
 設定的には、『五右衛門ロック』シリーズ三部作の後の時系列に轟天が乱入した形になるのですが――さらにそこにその他の新感線作品のキャラクターたちがスターシステムで次々と顔を出すという、実に豪華かつ混沌とした内容の作品です。

 そんな俺が俺がの状態の本作で、主役二人以外に強烈な印象を残すのは、何といってもある意味この混戦の元凶である、謎のビジュアル系忍者・ばってん不知火。
 『レッツゴー! 忍法帖』で池田成志が演じて大暴れした怪キャラクターですが、本作でも自分自身で何をやっているのかわからない、というノリで場を引っかき回し、こちらを大いに抱腹絶倒させてくれました。

 また同じ『レッツゴー! 忍法帖』からは、中谷さとみ演じる風谷のウマシカが登場。マローネに支配されたぬらくら森に住む青き衣をまといし少女で、実は本作のヒロイン枠の一人なのですが――名前からわかる通り、実にマズいキャラ。
 初登場作品の頃からマズかったのですが、今回はそれにさらに拍車がかかり、ラストバトルに森の仲間たちと参戦した時の姿は完全にアウト。本作がソフト化されないのはもしかして――という疑惑も浮かびます。


 その他、陰険メガネと長髪美形と一粒で二度美味しい粟根まことの熱演や「ふんどしと呼ばれる男」の客演など、実に賑やかな本作なのですが、しかし一番感心させられたのは、マローネ役の高田聖子でした。

 マローネ自身は、これまでシリーズ二作品に登場したお馴染みのキャラクターなのですが、本作では中盤にとんでもない大異変が起こり、大きくその立ち位置が変わることに。
 そしてそこからの展開はほとんど古田新太との演技合戦――長年新感線を引っ張ってきた二人ならではの応酬には、ただ感心させられるばかりであります(この辺り、この展開を用意した脚本も流石です)。

 もっとも、そのおかげでというべきか、中盤は轟天の影がちょっと薄い印象もあるのですが――まあ存在しているだけで濃いの轟天というキャラで、もちろんクライマックスではお馴染みの(?)最低過ぎる格好で大暴れ。
 これまでのシリーズであれば五右衛門が務めていた役割を見事果たして、両雄の大暴れに繋がっていく展開には、ただ笑顔で拍手するしかありません(しかしこうして見ると、五右衛門は新感線作品の主人公の中ではかなり常識人だったのだな――と再確認)。


 そしてラストには、五右衛門といえばこれ! という展開からの最高の見得切りで幕――と、大満足の本作。五右衛門シリーズとしてもきちんと(?)成立しているだけに、やはりソフト化されていないのは残念ですが、ここしばらくの鬱憤を吹き飛ばすことが出来た快作であることは間違いありません。


関連サイト
 新感線・シンパシー・プロジェクト

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2020.06.21

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その二)

 白熱の激闘が続く「コミック乱ツインズ」7月号の紹介後編であります。今回紹介する作品も、激闘死闘の連続であります。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 文字通りの死闘の末に、ターゲットの一人を倒した佐内と根岸のコンビ。報酬を受け取りに益子屋を訪れた二人ですが、佐内は益子屋に、依頼人である水野家江戸家老・拝郷との関係を問うことになります。そして同じ頃、BL侍こと水野家徒目付・相良も、拝郷に益子屋との関係を問うのですが……

 言われてみればなるほど不思議ではある、益子屋と拝郷の出会いが語られる今回。大藩の家老と口入れ屋――それも裏稼業まで持っている男(怖いなあ人材派遣会社)が、直接の繋がりを持っているのは、尋常ではありませんが、そこに更に、佐内の父・小野寺友右衛門が関わるのですから見逃せません。
 これまでは凄惨な骸となった姿ばかり印象に残る友右衛門ですが、在りし日の姿は、佐内から甘さを抜いた渋みを足したような壮漢。そしてその腕前は――まさしく剛剣と呼ぶべき凄まじさであります。

 そして自分と水野家の関わりが、ある種因縁めいたものと知った佐内ですが……


『カムヤライド』(久正人)
 アマツ・ミラール、アマツ・ノリットの急襲に、甚大な被害を受けたヤマト。我等がカムヤライドは深手を負い、オトタチバナ・メタルも倒れた窮地で、黒盾隊を率いてミラーるに挑むヤマトタケルは、出雲に現れた国津神の一部である剣で反撃に転じるのですが――しかしその剣は、かつてイズモタケルを怪物に変えかけた代物。人間が手にすれば、国津神の一部として吸収されてしまう――はずが、逆に剣を吸収したかのような異形の姿に……

 光の巨人――ではないものの、そんな感じになりそうなヤマトタケルにミラールが畏れを感じる一方、カムヤライドは、己の体を全く顧みない、最終回のようなバトルでノリットに肉薄。その執念すら感じさせる凄まじさがノリットを捉えたかに見えたとき――それぞれの前に思わぬ存在が現れることになります。

 と、大波乱の末にひとまず水入りとなったヤマトでの戦い。思わぬ絆が生まれた一方で、さらに深まった謎もあり――そしてヒーローたちは深手を負ったままという状態で、この先物語はどこに向かうのか。特にモンコを巡る物語が気になるところであります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに秀吉との面会を乗り切った政宗。しかし天下は既に秀吉の手に収まり、そしてその後も天運は政宗に味方せず、ついに大坂の陣に――と、いきなりこの回だけで25年の時が流れることとなりました。
 そして景綱も病に倒れ、戦国最後の戦というべき大坂の陣に政宗と共に臨むのはその息子・重綱――というわけで次回最終回であります。
(しかしこの展開だと、次回は同時に『真田魂』の最終回になるのでは……)


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 ようやく小杉さんを捕まえ、一安心して温泉でのんびりしていた梅安ですが、そこに白子屋の配下・山城屋の刺客5人が襲いかかり、露天風呂はたちまち野郎大乱闘の場に――と色々な意味で危険極まりない展開から始まった今回。
 結局、小杉さんが右脇腹というかなりマズい位置を刺されながらも、敵の大半を仕留めるという大活躍を見せますが、もちろんその場に留まるわけにもいかず、また小杉さんの治療も必要であります。

 そんな中、梅安への刺客カップルの片割れ、田島一之助は、自分を置いて女に走った北山への怒りと、やけ食いのおかげで胃痙攣か何かを起こして勝手に窮地に――と、そこに偶然通りかかったのは、小杉さんとともに宿を変えた梅安。
 素性が判れば殺し合うしかない関係でありながら、相手の素性を知らぬまま、医者と患者という関係になった梅安と一之助。そこに北山が現れ、またもや修羅場の予感で次回に続きます。


 次号は久々に『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)が登場。『勘定吟味役異聞』は次回休載ですが、壮絶な殺陣を描いた今号の次では人情ものとは――凄い描き分けだと感心いたします。


「コミック乱ツインズ」2020年7月号(リイド社) Amazon


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2020.06.20

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」誌も、号数の上では早くも後半戦の7月号。表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『勘定吟味役異聞』ですが――内容の方は、夏の激闘号とでも呼びたくなるような激しい戦いを描いた作品が多く並んでおります。今回も印象に残った作品を一作品ずつご紹介いたしましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに余人を交えず決着の時を迎えた入江無手斎と浅山鬼伝斎。破れ寺を舞台に激しく切り結ぶ二人の勝負の行方は……
 と、物語的には二人がひたすら戦うのみというシンプルな今回。(無手斎の追想を除けば)登場人物もほとんど完全にこの二人のみという、ある意味異色の回なのですが――これが実に見事なのであります。

 巻頭カラーページの、落日を背に無手斎の前に立ちはだかる鬼伝斎という、一種荘厳さすら感じさせる画から一転、凄まじい迫力で襲いかかる鬼伝斎――という強烈な掴みから、時間を遡って当日朝の無手斎の死闘を前にしながらも恬然と日常を送る見事な挙措、そして決闘の場に至っての緊迫感溢れるにらみ合い(ここから冒頭の場面へ)という前半部分の丹念な構成にまず感心させられますが、ここから一気呵成の死闘がまた凄まじい。

 その一撃必殺ぶりが伝わってくるような鬼伝斎の豪剣の連続と、一瞬の隙をついての無手斎の反撃、そしてその合間の二人の思想と想念のぶつかり合い――圧巻と言うべきか、息つく暇もないというか、とにかく最強の剣士二人の決着回に相応しい壮絶な剣戟が、ここにはあります。
 この原作を漫画化した意味がここにある――とすら言いたくなる、素晴らしい回でした。いや凄いものを見ました。


『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 狐狼狸(コレラ)の流行に対して、無病息災を祈る夜須礼祭に仮装で参加することとなった求善賈堂の面々と土方。歌舞伎役者の衣装を手がける職人に頼んだ装束を受け取りに向かった半次郎たちですが……

 冒頭、何故か全裸で眼病の手術を行う半次郎という謎のエピソードから始まった(と思ったら全裸に理屈付けがされていたのに吃驚)今回、どうなることやら――と思いきや、その後は半次郎や土方がちょっと目を疑うような凄い格好で暴れまわるというまさかのコスプレ回であります。
 シリアスな事態を前に、半次郎と土方がバラエティ番組なみの被りものをして、真剣な面持ちを見せる――という異次元空間にはもうどんな顔をすればよいのやら。ラストにはもう我々にはすっかりお馴染みのアレも登場して、時事ネタかつ何だかいい話に落とし込んでくるのもスゴいエピソードでした。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 馴染みの女郎・ソノを自由にするために訪れた女郎屋で、宿敵・伊牟田と対峙することとなった丑五郎。もはや自分たちとソノ以外生あるものはいない女郎屋で、二人の最後の対決が始まることに……

 と、もはや自分の命(とソノ)以外失うものなどなくなった丑五郎と伊牟田の激突という、本作の最終章に相応しい殺伐極まりないシチュエーションで繰り広げられる今回。しかしこの明日なき決闘の前に、丑五郎が初めて伊牟田に自分たちの名――「いちげきひっさつたい」の名乗りを上げるのに泣かされます。
 そしてそれに対して、丑五郎たちの戦いを認め、正面から受けて立つ伊牟田も見事なのですが――そこから始まるマラソンバトルが、格好良さや冷静さとは無縁の、ひたすら泥臭い叩き潰しあいとなるのが、これまた実に本作らしいというほかありません。

 もはやなりふりかまわず、女郎屋を破壊しながら繰り広げられる死闘。その行きつく先は――まだまだ見えません。


 残りの作品は次回紹介いたします。


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2020.06.19

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第4巻 地方から見る応仁の乱の空間的、時間的広がり

 若き日の北条早雲――伊勢新九郎の青春を描く『新九郎、奔る!』もこの第4巻で新章に突入。都を離れ、父の名代として所領である荏原に入った新九郎を待つのは、意外な事態――これまでとは異なる苦難に新九郎は挑むことになります。

 京で暮らすようになってほどなく勃発した応仁の乱に巻き込まれ、戦火の中で元服した新九郎。彼なりに乱と向き合おうとする新九郎ですが――今出川様に仕えていた兄・八郎が、主に従って京を離れようとした時、伯父の盛景に殺害されるという事件が、新九郎に大きな衝撃を与えることになります。
 そしてその悲劇から数年、少しだけ逞しくなった新九郎は、父の名代として、領地の東荏原に向かうことになったのであります。

 実はこの頃には(細川勝元の策の結果)応仁の乱は洛中から地方に飛び火し、各地の守護と土地の諸勢力の争いが激化。
 備中と備後の国境の荏原はその争いとは直接の関係はなかったものの、備後で勃発した乱の余波がいつこちらに来るかわからない――そんな状況で、京を離れられない父に代わり、新九郎は荏原での対応に当たることになったのです。

 しかしいざ荏原に着いてみれば、父の領地である東荏原と、伯父(あの盛景)の領地である西荏原の境界が曖昧な上、年貢の取り分も不明瞭。何よりも、父が――そして新九郎が東荏原の領主として民に認識されていないのであります。
 これは父が京での政争に明け暮れて、領地を顧みなかったためではあるのものの、当然そのままにはしておけません。何とか状況を打開しようとする新九郎ですが、空回りするばかりで……


 これまで、応仁の乱の最中の京洛という、歴史が音を立てて動くど真ん中で――もちろんその視点は、中心から少しずらした本作独特のものではあったのですが――描かれてきた本作。しかしこの巻は、そこから大きく外れた地方が舞台となります。
 正直なところ、いきなりミクロな展開となるのではないか、地味なお話になるのではないか――とも読む前は思ったのですが、もちろんそんな心配は無用のものでありました。

 もちろん、この巻の物語が、いきなり領主の名代という大役を背負わされた、そして京洛という、深いようで狭い世界しか知らなかった少年・新九郎の成長物語として面白いのは言うまでもありません。
 しかし何よりも感心させられるのは、一旦中央から離れた地方に舞台を移すことで、室町時代後期の世相・社会像の変化を――その引き金となった応仁の乱の広がりという点を含めて――物語と有機的に絡めて提示してみせた点であります。

 応仁の乱と言った場合、どうしても連想してしまうのは、その引き金となった複雑怪奇な室町政界の有様と、文字通り京洛が灰燼に帰することとなった激しい戦いの様相でしょう。
 しかし乱はそこだけで行われたものではなく、それだけに終わったものでもない――そんな乱の空間的、時間的広がりを、本作はこの荏原での物語と絡めて、巧みに描いてみせるのです。

 そしてその先にあるのが、新九郎が大活躍する戦国の世であることは言うまでもありませんが――その縮図を、荏原における伊勢家内部の争いという、一種過激なホームドラマとして描いてみせるのも、また本作らしいところであるといえるでしょう。


 おそらくは、この荏原での新九郎の経験が、後の北条早雲としての国造りに役立つことになるのだとは思いますが――さてそこに至るまでに何があるのか。ヒロイン的なキャラクターの登場もあり、新九郎のこの先が、今まで同様、いやそれ以上に気になってしまうのであります。


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2020.06.18

東郷隆『邪馬台戦記 Ⅲ 戦火の海』 決戦、幾多の人々の生が交錯した果てに

 東郷隆による古代史活劇『邪馬台戦記』三部作の完結編であります。ナカツクニ(邪馬台国)打倒の野望に燃えるクナ国王クコチヒコの大船団による総攻撃が迫る中、ワカヒコはこれを阻むことができるのか。タイトル通り戦火は海に拡大し、壮絶な決戦が繰り広げられることになります。

 貿易のため東に進出したナカツクニの船団に海霧の中から襲いかかり、次々と船を沈めるという謎の巨人の噂。その調査を命じられた勇者ススヒコ(第1巻の主人公)の子・ワカヒコは、謎の巨船に襲われた末、水先案内人の少女・サナメとともに辛くも生き延びるのでした。
 その巨船こそは、かつて九州を追われたクナ国の新王・ヒミココことクコチヒコが建造を進めていた秘密兵器。遙かローマ(!)からの渡来人「きうす」の技術により巨大な投石機を装備したその巨船により、彼はナカツクニ打倒を目指していたのであります。

 その巨船建造のために神木を狙い、クシロ村を襲撃したクナ国の兵を、ワカヒコとサナメは、それぞれその軍略と弓術を活かして見事に撃退したのですが――しかしこれは局地戦に過ぎません。
 クナ国の野望を知り、更なる攻撃に備えて守りを固める二人。しかしその間にもクコチヒコはその力を蓄え、投石機を装備した二隻目の巨船が動き出したのであります。

 奇しくもその船に乗っていたのは、ワカヒコとともにナカツクニを旅立ちながら、途中ではぐれた末にクナ国に拾われた渡来人・彭。彭はそこで「きうす」――ローマの解放奴隷ルキウス・ルグドネンシスと出会い、彼の数奇な運命を知ることになります。
 一方、ワカヒコらの奮闘と、クナ国の動きを知った卑弥呼と弟のオトウトカシは、クナ国に苦しめられる諸国を糾合し、決戦を決意。しかし、当時の日本ではオーバーテクノロジーである投石機を擁するクナ国との彼我の戦力差はあまりに大きく……


 と、これまでの2作が、ナカツクニとクナ国の争いを背景にしつつも、比較的主人公たち個人の冒険物語の色彩が強かったのに対して、いよいよ二つの国の本格的な戦さが描かれることとなる本作。
 クライマックスはもちろん両国の水軍による決戦が描かれることになりますが、そこに至るまでも、ワカヒコを中心に集結した各地の人々とクナ国軍の戦いが描かれ、全編にわたり戦闘の連続という印象があります。

 しかしそんな中でも、ワカヒコが存在感を失わないのが本作の巧みなところで、彼自身は一人の少年に過ぎないものの、大人も及ばないような軍略と知識を発揮。そして直接の戦闘は、彼のパートナーである体育会系ヒロインのサナメが担うという形で、それぞれの長所を活かした痛快な活躍が描かれることになります。
 それでいて、年相応にサナメの姿にドキドキしてしまうワカヒコや、あっけらかんと彼に迫るサナメなど、ちょっとドキドキする要素が織り込まれているのもまた良いのであります。

 そしてそれだけでなく、本作ではさらに大人たちの――それも敵味方それぞれの、様々な立場の人々の――視点も織り込まれることで、物語に一定の深みを与えているのもまた見事といえるでしょう。
 卑弥呼とオトウトカシ、クコチヒコと配下の将、きうすと彭、さらには彼らの戦いに巻き込まれる周囲の人々も含めて、それぞれの物語が、それぞれの人生が――完全な善も完全な悪もなく――描かれ、交錯することにより、そこには単なる敵と味方の戦いという図式を超えた、人間ドラマが浮かび上がるのです。


 そしてそれらの背景として機能するのが、この時代の日本――大陸や南方など、各地から文字通り流れ着いた人々により、人種と文化の坩堝のような姿の日本の姿であります。

 恥ずかしながら、ここで描かれているものにどれだけの裏付けがあるかは、私には判断できません(しかしこの作者であればしっかりと根拠があって描いているのだろうと信じてしまうのですが)。
 しかし登場する人々や事物の名称、登場する兵器や乗物、果ては言葉遣いや様々な風習に至るまで、その緻密なディテールにはただ圧倒されるばかり。それは極端な言い方をしてしまえば、現代の我々からみればファンタジー世界とあまり変わらないような――しかし間違いなく地続きの――世界に、強いリアリティを与えているのであります。


 物語運びの面白さとキャラクター描写の妙、そして綿密な考証に裏付けされた世界設定――いずれも作者ならではというべき本作。結末の、高揚感と寂寥感が入り交じったどこか不思議な味わいも、強く印象に残ります。
 古代も作者が描けばこうなる――そう評すべき佳品であります。


『邪馬台戦記 Ⅲ 戦火の海』(東郷隆 静山社) Amazon

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2020.06.17

さいとうちほ『輝夜伝』第5巻 月詠の婚儀と血の十五夜の真実

 天女の謎、そして自らにまつわる謎を求めて奮闘する月詠の冒険も、はや第5巻に到達しました。思わぬ展開から子供の身となってしまったかぐや姫の替え玉として婚礼することになった月詠。数々の危難の末、ついに彼女が知った驚くべき真実とは……

 天女であるかぐや姫を巡り、姫を深く愛する帝と、かぐや姫に執着する治天の君の間の争いに巻き込まれる形となった月詠。
 その最中に、治天の君の真の狙いが、天女が人を愛した時に遺す不老不死の霊薬であることが明らかになるのですが――かつて治天の君が天女から得た霊薬の残りをかぐや姫が奪い、舐めてみたところ、子供の姿に戻ってしまうという一大アクシデントが発生してしまうのでした。

 この緊急事態に、かぐや姫の替え玉となった月詠ですが――しかしこれまで彼女が女性であることは北面の同僚の大神しか知らなかったものが、凄王までもがその秘密を知ってしまい、いきなり彼に言い寄られる羽目に。
 さらに悪い時には悪いことが重なるというべきか、新たな霊薬を得んとする治天の君のゴリ押しで、帝と「かぐや姫」の婚儀が行われることになってしまい……


 と、色々な意味で月詠の身が危機に瀕するこの巻。言うまでもなく本作は、かぐや姫の伝説を新解釈する物語でありますが、そのスタイルは、いうなれば「男社会に男装して潜り込んだヒロインもの」(という表現でよいのかしら)といえるでしょう。
 とすれば、自分の正体が他の男にバレてしまう展開というのはある意味定番ではありますが、それをここでこういう形で、物語の展開や舞台背景と自然に結びつけて描いてみせるか、と感心させられました。

 感心といえば、平安時代の貴族の婚礼のややこしさ――三日連続で男が女性のもとに通い、三日目で三日夜餅を食べ、露顕の儀を行う――を、月詠が段階的にクリアしなければならない難関として描くと同時に、帝とかぐや姫の結びつきの強さを示す展開にも唸らされた次第です。


 と、そんな恋愛もの(?)展開が繰り広げられる一方で、独自の動きを見せるのが仮面の西面の武士・梟であります。
 治天の君の腹心でありながら、これまでも主のそれとは別の意図を持つことを匂わせ、そして明らかに月詠のことを過剰に気遣っている梟。その正体はどう考えても――なのですが、この巻において、ついにその正体が明かされることになります。

 さらに彼の口から語られる、月詠のルーツと、血の十五夜事件の真相。特に後者は、この物語の冒頭から、全編を貫く謎として存在してきたものであり、そもそも月詠が男装して都に現れた理由でもあります。
 そしてその真相は、なるほど、梟の正体も含めてこういうことであったか、と感心させられたのですが……


 しかしそれでもなお残るいくつかの謎。そしてその謎こそが、月詠のこの先の運命に繋がるものであることは間違いありません。

 この物語においては――いや、そのベースにある竹取物語においても――その「故郷」の人々(?)からは無視されているように感じられれる天女自身の意志。しかし本作における二人の天女、すなわちかぐや姫と月詠には、明確に彼女たち自身の意志があります。
 その意志を失うことなく、最後まで貫くことができるのか――おそらくはこの先は、そのための戦いの物語となるのではないでしょうか。

 だとすれば、彼女たちが挑むべき相手は、やはりその意志を無視して、己の目的のために利用せんとする者なのだと思いますが――さて、意外な人物にその魔手が伸ばされるという、気になる引きで終わったこの第5巻。
 天女たちだけでなく、その周囲の男たちのドラマも気になるところであります。


『輝夜伝』第5巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

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2020.06.16

皆川亮二『海王ダンテ』第10巻 アトランティス編開幕 ダンテのルーツ、モーセの過去

 大乱戦の果てにメジェド様まで大暴れしたエジプト編も完結し、この巻から新章に突入の『海王ダンテ』。新章の舞台はアトランティス――言うまでもなく大西洋に沈んだと言われる伝説の島ですが、本作のそれは、何と天空に浮かぶ超科学の島であります。そこでついに明かされるダンテのルーツとは……

 「構成」の書が超古代に作り出したエジプト地下の科学都市・冥界での激闘は決着したものの、その最中に、自分の名の由来が、魔導器を操る力を持つ種族・ドゥランテであると知ったダンテ。そして「構成」は、ダンテのルーツに繋がる場として、アトランティスの存在を告げるのでした。

 かくて、やはりアトランティスに向かうというナポリオを追うという名目で、仲間たちともにアトランティスの門が存在するというシナイ山に登ることとなったダンテ。
 ナポリオの空中戦艦に同乗してシナイ山上空を行くダンテたちは、突如天空に開いたゲートに飲み込まれ、そしてその先で彼らを待っていたのは、天空に浮かぶアトランティスだったのですが……


 というわけで、「海王」といいつつ、地底の次は天空と、こちらの予想を遥かに超える冒険の場を用意してくる本作。しかもこの巻では、ダンテの物語と平行して、もう一人の物語が描かれることとなります。
 その名はモーセ――この物語の三千年前、アトランティスに現れ、そしてかの地を滅亡寸前まで追い込んだ男。そして魔導器を自在に操る先代のドゥランテであります。

 その強靭――というより異常なまでの能力を持つ肉体は、人間と同じ姿を取りながらも、常人とは明らかに次元の違う存在。何しろ、常人には猛毒などというも愚かな放射性廃棄物を注入して、ようやく動きを止めることができるというレベルなのですから……
 そんな彼が何故天空のアトランティスに現れ、そして滅ぼそうとしたのか――徐々に明らかになっていくその物語こそは、ダンテの存在はもちろんのこと、本作の様々な謎に繋がるものとして、大いに興味をそそられるものがあります。

 ドゥランテとは何者であり、何を目的としているのか。魔導器や書とはどのような関係なのか。三千年前に何が起き、そして何よりも、ダンテとの関係は何なのか……
 その答えの全てがここで明らかになるわけではありませんが、しかしその一部とはいえ、ここで描かれるものは新たな真実の連続であり――これまでの物語の在り方が、全く変わって見えてくると言っても過言ではありません。

 正直なところ、そのインパクトの前では、ダンテがこの巻で繰り広げる冒険が――いやそれどころか、ダンテとナポリオの戦い(もはや完全に口が悪いだけでダンテの友達に戻ってるナポリオ)や、不死人コロンバスの野望といった、これまで物語の本筋であったものまでもが色あせてしまうようにすら思えるのです。


 しかしもちろん、そうであっても本作の主人公はダンテ――ドゥランテとしての肉体を持ちながらも、心はあくまでも人間、それも友と冒険を愛し、弱きものを慈しむ、本作において最も好ましく、魅力的な人間であります。
 この巻の結末で、ある意味最大の衝撃的な秘密が語られたダンテが、この先もそんな人間として生きていくことができるのか。そしてこの強烈な存在感と設定の強さを持つモーセに食われることなく、己を貫くことができるのか……

 いよいよ佳境に突入した物語が一体どこに向かうのか――次の巻の内容がそれを決めるのでしょう。それを確かめるのが、今から楽しみでなりません。


『海王ダンテ』第10巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon

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2020.06.15

唐々煙『MARS RED』第1巻 人間の中のヴァンパイア、ヴァンパイアの中の人間

 時は大正、ヴァンパイアを戦力として目をつけた帝国陸軍は金剛鉄兵計画を開始、4人のヴァンパイアを実働部隊とする零機関を発足させた。一方、連続猟奇殺人を追う女性記者・葵は、ヴァンパイアと零機関が激突する場に遭遇し、死んだはずの幼馴染・秀太郎が零機関の一員となっていることを知る……

 2013年・2015年に上演された(そして来年アニメ化が予定されている)音楽朗読劇という、一風変わった題材を漫画化した作品であります。
 漫画を担当するのは、再演時にイラストを担当した唐々煙ですが――実はそれがきっかけで元作品に興味を持ったものの、なかなか接する機会がなかった身としては、今回の漫画化は、実にありがたいお話です。

 さて、本作は、大正時代を舞台とした吸血鬼もの。日本が舞台の吸血鬼ものは既にさまで珍しくはありませんが、本作のユニークなのは、吸血鬼(ヴァンパイア)である主人公・栗栖秀太郎が、軍属である――というより軍の秘密兵器扱いであるということでしょう。

 まだこの第1巻の段階では、作中の設定の全てが明かされたわけではありませんが、舞台となるのは、決して表向きにはされていないとはいえ、ヴァンパイアが人々の間に存在し、そして各国政府がそれを察知し、利用している世界。
 そしてその力を兵器利用せんとする中島中将を責任者とするのが金剛鉄兵計画であり、秀太郎たちが所属する憲兵隊内部の零機関なのであります。

 しかし上で述べたように、一般人はヴァンパイアが存在するなど夢にも思っておらず――秀太郎も、自分がそうなるまで同様の認識。
 そんな人間が吸血鬼となったとき、何を思い、どのように行動するのか――それが本作の趣向であると感じさせられました。(と、この辺りは原作者のあとがきに明示されているのですが、その試みは少なくともこの第1巻を読んだ限りでは成功していると感じます)

 もちろん自らがヴァンパイアになったことは絶対の秘密であり――それどころか公的には死亡したことになっている零機関の四人のヴァンパイア。しかしその中でも、少なくとも後からヴァンパイアとなった秀太郎と山上少佐の二人は、いまだ自らの運命の変化に馴染めず、「生前」を引きずった状態にあります。

 それと如何に向き合い、「生前」の自分と別れを告げるか――それがある意味この巻のクライマックスと言ってもよいかもしれません。
 特に、小太りの中年でヴァンパイアの能力的にも最低クラスと、およそパッとしない山上に、主人公である秀太郎よりもある意味ドラマチックな展開が用意されていたのは――単純にヴァンパイアをヒーローにも怪物にもしようとしない姿勢の現れのように感じられて、大いに好感が持てたところであります。


 金剛鉄兵計画と零機関のあらまし、帝都に跳梁する謎のヴァンパイアたちとの対決、秀太郎と葵のドラマが、それぞれ平行して描かれていることもあり、正直なところ、物語的にはまだまだ導入部といった印象のあるこの第1巻。
 しかし、上に述べたヴァンパイアに対する視点の面白さ(この他にも、ランクの低いヴァンパイアほど本能的に他のヴァンパイアを感知する能力が高いといった設定もいい)もあり――もちろんビジュアル面の魅力は言うまでもなく――この先が期待できそうな物語であります。

 冒頭に描かれた、数年後の関東大震災の場面にいかに繋がっていくのか、そしてタイトルの意味するところは何なのかも含めて、人間の中のヴァンパイアの物語、あるいはヴァンパイアの中の人間の物語の先行きを楽しみにしたいと思います。


『MARS RED』第1巻(唐々煙&藤沢文翁 マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon

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2020.06.14

木下昌輝『信長、天を堕とす』 恐怖を知らぬ精神が浮き彫りにする信長の中の人間性

 若き日より、本当の強さを求めてきた織田信長。腹心であった岩室長門守の、本当の強さは恐怖を受け止めることという言葉を胸に、信長は己を恐怖させるものを求めて強敵に挑み続ける。その果てに、天下を掴むまであとわずかとなった信長が、己の強さを量る存在として選んだ相手とは……

 今年の大河ドラマにおいても強烈なインパクトを放つ織田信長。本作は、その信長の生涯――というより信長のパーソナリティを、ユニークな視点から切り取った作品であります。
 本作で描かれるのは、桶狭間の戦いから本能寺の変に至るまでの信長の姿――といえばあまりにも定番中の定番と感じられるかもしれませんが、そこで描かれる信長像こそが、実に独特であり、本作の主題と言うべきものなのです。

 若き日から己の強さを恃み、今川をはじめとする諸大名を相手に己が強者であることを証明することを誓う信長。しかし今川との決戦直前、熱田神宮の信長のもとに駆けつけた馬廻衆はわずか五人――そして桶狭間で天候に助けられて義元を討ったものの、その後も逃走することなく挑んでくる今川の侍大将たちの姿に、信長は自分が強者ではないことを痛感することになります。

 そしてその翌年、腹心であった岩室長門守が討ち死にする直前に信長に遺した言葉――「恐怖を受けとめて、乗り切る。それなくして、本当の強さは得られませぬ」が、その後の信長を縛ることになります。
 何故ならば、信長はこの世に生を受けて以来、ただ一度しか恐怖を感じたことのない人間。今のままであれば、自分は強者になれないのか。それであれば、強者となるために、自分を恐怖させる者と戦うに如くはない――信長はそう考えるのでした。

 そして、己の妹を嫁がせた浅井長政、死を恐れぬように挑んでくる一向宗、最強の敵である武田家らと戦いを繰り広げ、勝利を収めていく信長。
 それでもなお、桶狭間の頃と比べ自分は強くなったのか、共にに戦い死んでくれる者がどれだけいるのか――彼はそんな疑念を抱き続けることになります。やがて彼は、自分と同様の異才と炯眼、そして非情さと苛烈さを持つある武将を、己の鏡と思い定めるのですが……


 信長という人物を語る時に、最も用いられるキーワード――それは、「合理性」ではないでしょうか。将軍家や宗教といった既存の権威を次々と否定し、鉄砲という新兵器を活用し、生まれに関わらず才ある者を抜擢する――そんな信長の行動を支えるものとして、合理性を挙げる作品は少なくありません。
 信長を一種名探偵的な合理性の化身として描いた作者の『炯眼に候』は、まさにその典型といえるかもしれません。

 本作の信長も、表面的にはそうした信長像と大きく変わるものではないように見えます。
 しかしその一見超人的な信長を支えるものが、むしろ「強さ」の渇望と、それと背中合わせの「恐怖」の追求であった――本作はそんな視点から、信長という人間を再解釈することになります。そしてその視点は、むしろそうした合理性とはかけ離れた、独特の人間性を浮き彫りにすることになるのであります。

 そんな信長の姿は、やはりどこまでも歪であり、我々読者の共感を呼ぶというものではないかもしれません。しかしその信長が自分が鏡と認める者の前で思わぬ人間味を見せる姿、そしてそのために滅びに向かいながらついに自分の求めていたものを手にする姿には、不思議な感動があります

 それは、信長もまた、自分自身に価値があることを求めて呻吟する、我々と変わらぬ人間であると――そう確認できたからなのかもしれません。


 信長の生涯を描くには比較的ページ数が少ないこと、また雑誌連載であったこと、そして何よりも天野純希の『信長、天が誅する』と連動した内容であるためか――一つの作品として見た場合、やや性急であったり、説明不足に感じられる部分がないわけではありません。
 しかしそれでもなお、信長の精神的な超人性を描くことによって、それと背中合わせの彼の人間性を浮き彫りにしてみせた本作は、希有の作品であることは間違いありません。

 もちろん、『信長、天が誅する』も近日中にご紹介したいと思います。


『信長、天を堕とす』(木下昌輝 幻冬舎) Amazon

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2020.06.13

輪渡颯介『祟り神 怪談飯屋古狸』 凶盗と首縊りの木と――魚屋と!?

 怪談を聞かせると無代になる飯屋・古狸。古狸に今日も通う虎太は、かつて盗賊・蝦蟇蛙の吉一味に住人が皆殺しにされた店で行方不明になった若旦那の謎を調べるため、その家に泊まることになる。さらに、神木が切り倒されて以来、奇怪な首縊りが相次ぐ社を調べることになった虎太だが……

 怪談+ミステリ+コメディ(+猫)を描かせれば右に出るものがいない――というより斯界唯一の作者の新シリーズ『怪談飯屋古狸』、待望の第2弾であります。

 行方不明になった怪談マニアの父を探す兄弟が営む飯屋・古狸――父の手掛かりを得るため、怪談を聞かせるか怖い話に出た場所を訪れると無代になるという奇妙なルールがあるこの店に通うのは、主人公で檜物職人修行中の虎太であります。
 無職だった以前とは違い飯代の心配はなくなったものの、店主兄弟の妹で看板娘のお悌目当てにせっせと通い続ける虎太。しかし正義感と腕っ節は強いものの、大の怖がりで強い霊感持ち、おまけに阿呆のおかげで、虎太は大騒動に巻き込まれて――というのが、本シリーズの基本設定であります。

 さて、本作のメインとなるのは、押し入った先の人間は皆殺しにするという凶行を繰り返しながら、未だに捕らえられていない、盗賊・蝦蟇蛙の吉一味にまつわる空き店の怪であります。
 住人が一味に皆殺しにされて以来、住む人もない店で肝試しをするといって行方不明になった若旦那。古狸の常連であり、実は定町廻りの同心・千村の口利き(というか命令)で、虎太はこの店に岡っ引きの権左と泊まり込む羽目になります。

 その晩見た不気味な夢がきっかけで、若旦那の行方はわかったものの、今度は権左が持ち込んだ「首縊りの木」を調べることになった虎太。
 神木の欅が切り倒されて以来、切り倒した男を皮切りに、次々と人々がその隣の松の木で首を吊るという社で、早速恐ろしい体験をしてしまった虎太ですが……


 というわけで、今回も非常に洒落にならない物件に次々と関わることにまってしまう虎太。本人にとってはたまったものではないのですが、彼が次々と恐ろしい体験をして悲鳴を上げる羽目になるのは、こちらにとっては期待通りであります。
 シチュエーション自体は陰惨極まりないものの、関わる人間の妙にすっとぼけた個性のおかげで、怖いけれども後味は悪くない――というのは作者の作品の特徴ですが、本作でもその個性は十分発揮され、怖いのだけれど楽しいという、ちょっと矛盾した気持ちで、最後までひっぱられていってしまうのです。

 特に今回楽しいのは、団子こと千村の存在でしょう。普段は着流し姿で団子ばかり食べているものの、店には隠したその正体は町奉行所の切れ者同心である(ご丁寧にわざわざ店の外でこっそり着替えてくる)千村。
 前作である事件に巻き込まれ、千村に助けられた虎太は、それ以来頭が上がらず、今回のようにこき使われたりもするのですが――本来であれば手下には困らないはずの千村が、わざわざ虎太に声をかけてくる理由というのが、ロジカルなようで本作ならではの無茶苦茶さで実に面白いのです。

 そして散々危ない目に遭わせておいて、「俺が虎太に期待しているのは、こういうのじゃないんだよなあ」といけしゃあしゃあと言ってくるのも愉快なところで、なるほど作者の作品でお馴染みの、主人公を振り回すイイ性格のキャラ枠は、今回はこの人か――とニヤニヤしてしまった次第です。

 また、本シリーズの、いや作者の作品の面白さといえばミステリ的な仕掛けの部分ですが――あまり踏み込んでは書きませんが、冒頭で語られる夜毎出現する女幽霊のエピソードも含め、バラバラのピースがピタリピタリとはまり合って、一つの怪奇な因縁の姿が浮かび上がっていくのは、もちろん本作でも健在であります。


 そしてもう一つ――本作のゲストキャラについても触れておくべきでしょう。探索の途中、あるきっかけで虎太が知り合ったのは、鬼のように怖い面と巨体で、しかし猫大好きの通りすがりの魚屋。
 そう、作者のファンであればよくご存知のあの男が、本作で思わぬ――そして非常に「らしい」――形で登場してくれるのです。

 一歩間違えれば虎太とかぶるキャラだけにちょっと心配しましたが、十分節度ある登場で一安心。クロスオーバー好きとしては、何とも嬉しいファンサービスであります。


『祟り神 怪談飯屋古狸』(輪渡颯介 講談社) Amazon

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2020.06.12

年表掲載のテスト記事

 今日はいつもとちょっと違ってテスト記事です。以前からwikiサイトで掲載している時代伝奇年表を、別の形式で公開できないか――というお話。

 以前から、時代伝奇ものの作中の出来事と、日本と海外の史実の出来事を並べた年表をwikiサイトの方で公開しているのですが、せっかくのwebサイトで、静的な表形式で公開しているのもあまり芸がない――と、何か使えるwebサービスがないか、探していました。

 そこで見つけたのが、Timeline JSというサービス。
 Googleドライブ上のスプレッドシート形式のファイルに、所定の様式でデータを入力すると動的なタイムラインが出来上がるという結構な内容であります。

 具体的に、こちらの年表と同様の内容(ただし、煩雑になりそうなので生没年は除いています)をこのサービスで表示してみると、以下のようになります。

 少々わかりにくいですが、二重カッコの作品タイトルをクリックすると、その作品を紹介したブログ記事に、表紙画像をクリックすると、Amazonの商品ページに飛びます。また、史実の出来事については、Wikipediaの該当ページにリンクしています。


 また、こちらと仕組み上よく似たwebサービスがTHE TIMELINEで、Timeline JSが出来事ごとの表示に力を入れていたとすれば、こちらは一覧形式がメインの印象です。


 ……と、作ってみましたが、いざ動的にしてみても(あるいはグラフィカルにしてみても)そこまで効果はないかなあ、というのが正直な印象。これは試しに作ったのが出来事がばらけている古代のためかもしれませんが、見るのが手間な割りには――という気もいたします。(実はTimeline JSの推奨データ数は20件以下と明記されています)
 というより、記事単独で開けば問題がないのですが、このブログの記事一覧画面から、[続きを表示]をクリックして記事を見ると、Timeline JS版の方は表示がバグるという問題があるようですね。

 じゃあ今回の記事は何なんだ、という話ですが、まあこういうものもある――ということでご勘弁を。
(ちなみにこの年表の掲載、実は差別化のためにnoteの方でやりたかったのですが、noteではinframeが使えるサイトは限られており、表示できなかったのがまた残念)

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2020.06.11

たみ『幕末隠密伝 ブレイガール』第1巻 無礼上等、三人の美女が幕末の悪を斬る!

 これまで『さんばか』『クロボーズ』など、個性的な時代漫画を生み出してきた、たみと富沢義彦のコンビが送る新たな作品――幕末の京を舞台に、勝海舟に見込まれた青年剣士と、無礼なくのいち三人組が許せぬ悪を人知れず裁く、痛快アクション時代劇であります。

 尊皇攘夷の嵐が吹き荒れる文久三年の京で評判の南蛮菓子屋・朝陽屋――看板娘のマサナとコザサ、菓子作り担当のアンジュと小此木一真を中心に、今日もも忙しく南蛮菓子を売るこの店の正体は、京の町の情勢を探り、そして市井の名もなき人々を守る公儀隠密零番隊『八咫烏』の根城。かの勝海舟が設置した秘密機関であります。

 伊賀のマサナは忍びの本家 地駆け天飛び軽業無双
 根来のアンジュはからくり上手 わけて銃には覚えあり
 甲賀のコザサは惑いに誘う 古き忍びの元祖なり

 今日も乱暴狼藉を重ねる自称・志士の若侍たちと、彼らと裏で結んだ同心たちによって父を殺され、苦しむ一家の存在を知った一真たち。三人の無礼上等のくノ一は、得意の技を用いて悪党退治に向かうことに……

 時代が動く京都の闇で、悪の笑いがこだまする。声を殺して泣く人の、涙背負って悪事の始末。公儀隠密『八咫烏』。お呼びとあらば、即参上!


 と、一定の年齢以上の方には特徴的なジングルが聞こえてきそうなタイトルの本作。
 内容的にはむしろチャーリーズ・エンジェル+ブライガーといったところか――というのはさておき、三人の美女が法で裁けぬ悪を裏で葬る痛快活劇であります。

 しかし、一定のフォーマットに則った作品のように見えても、常に仕掛けを用意してくるのが本作の原作者。
 この第1巻の前半では、自称志士の武家のドラ息子や、芝居小屋を根城に娘たちを拐かす人買い一味といった、ある意味定番の悪役との対決が描かれますが、後半で彼女たちが対決するのは――なんと壬生浪士組なのですから驚かされます。

 この文久三年は、清河八郎と決別した浪士組が、壬生浪士組として――すなわち新選組の前身として活動していた時代。そしてその局長であった芹沢鴨とその一派が、町の商家で押し借りを行い、町を騒がせていたのは、よく知られた話であります。
 なるほど、芹沢一派であれば三人のくノ一が相手にするのに不足なし――と言いたいところですが、しかしここで描かれるのは彼女たちの意外な苦戦なのです。

 そもそも同じ忍びであっても流派は異なるくノ一三人。八咫烏での活躍で流派の再興を成し遂げようという望みは共通するものの、チームワークや信頼関係というものは、寄せ集めであり、ある意味ライバルである彼女たちには存在しません。
 そしてそれは一真も同様。チームの司令塔であり、上官の立場であっても彼はあくまでも武士――忍びである彼女たちとは立場も考え方も、自ずと異なるのですから。

 そんな三人、いや四人が、集団戦という点においては幕末屈指の相手に苦戦を強いられるのは、むしろ当然と言うべきでしょう。


 そしてまた、元々は武士ではない者たちも在籍し、そして武士であっても破落戸のような行動を見せる壬生浪士組と、武士であっても菓子屋に身をやつし、しかし真の武士たらんと志を抱く一真に率いられる八咫烏――この両者は、ある種の合わせ鏡のようにも感じられます。

 そしてそんな対照的な両者が激突する先に浮かびあがる――それは一真にとっての、八咫烏にとっての真に戦う理由であり、それまでの八咫烏に欠けていたものといえるでしょう。
 この第1巻のラストでようやくその一端が見えた八咫烏が、この先どのような活躍を見せるのか――ようやく勝海舟からの正式な指令を受け、いよいよ新たな任務に挑む彼女たちのこれからの活躍に期待であります。


『幕末隠密伝 ブレイガール』第1巻(たみ&富沢義彦 集英社ジャンプコミックスDIGITAL) Amazon

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2020.06.10

霜島けい『鬼灯ほろほろ 九十九字ふしぎ屋 商い中』 怪異譚と人情譚の巧みな融合の一冊

 いわくつきの品物や出来事ばかりが集まる九十九字屋に奉公する霊感少女・るいの奮闘を描くシリーズの好調第6弾であります。前2巻で描かれた冬吾の過去を巡る事件も解決し、この巻では九十九字屋も通常営業――バラエティに富んだあやかし奇譚が描かれることとなります。

 故あって九十九字屋に奉公することになったるいと、無愛想な九十九字屋の主人・冬吾、死んだ拍子に「ぬりかべ」になってしまったるいの父・作蔵、店に出入りする化け猫で美女に化けるナツ――このユニークな面々を中心として描かれてきた本シリーズですが、この巻には全3話が収録されています。

 冒頭の「五月雨長屋」は、とある長屋に現れた幽霊を巡る奇妙な物語であります。
 長屋に一人で暮らしていた弥吉がある晩急死して以来、彼の部屋で起こる怪異。部屋の戸が開かなくなる、弥吉らしい姿が長屋の周囲に現れる、そして部屋にカエルが降ってくる――相次ぐ怪異に音を上げた差配の頼みで、冬吾とるいは長屋に向かうことになります。

 そこで二人が見たのは、弥吉の部屋はおろか、長屋一帯を埋め尽くすカエルの群れ。さらに弥吉の部屋に佇んでいた幽霊の、その顔は……

 長屋に出没する幽霊というのは、怪談話の定番ではありますが、ここでユニークなのは、もちろん幽霊と共に現れるカエルたちの存在。しかも幽霊の姿までもが――と、何とも強烈なビジュアルに驚かされます。
 この辺りの捻り(この現象が生まれたロジックも含めて)は作者ならではと言うべきと感じますが、それ以上に見事なのは、やはり弥吉の幽霊が抱える事情でしょう。それが語られる時、ちょっとユニークで不気味だった怪異譚が、一転切ない人情譚に変わる――本作ならではの一編です。


 一方、表題作の「鬼灯ほろほろ」は、お盆の支度のため、浅草寺の縁日に出かけたるいとナツが出会った、一人の少年にまつわる物語であります。
 混雑の中、るいの財布を掏ってナツに取り押さえられた少年・寛太。幼い頃から片手が開かず、親を亡くしてからは住む家もなく暮らしているという寛太ですが――るいは彼の周囲に、女の亡者の気配を感じるのでした。

 はたして自分には「姉ちゃん」がいると語る寛太。掏摸も彼女の仕業のようですが、しかし亡者を生者のように見ることができるはずのるいの目に、彼女は映らず……

 という見えない守護者テーマの本作ですが、面白いのは、普段はそうした存在が「見える」はずのるいが見ることができないことでしょう。それによって相手の正体のミステリアスさがいや増しているわけですが――その理由と、寛太との結び付きには唸らされます。
 そしてそれが、救う側の存在が同時に救われていた、という人情ものとしての構図を、鬼灯というアイテムをキーに、美しく描いているのが泣かせるのですが――そこで九十九字屋ならではの何ともすっとぼけたオチがつくのも、愉快なところです。


 そしてラストの「辻地蔵」は、大店の一人娘を襲う恐るべき祟り(?)を描く物語。
 近くの辻に立っている地蔵・おしるべ様を倒してしまったという、東雲屋の一人娘・志乃。するとその晩、夢に男が現れ、志乃は「しのわざわい」を受けなければならないと語ったというではありませんか。

 その祟りをもたらしたと思しきおしるべ様を調べに向かったるいは、そこで出会った人物から、おしるべ様が何者であるかを聞かされるのですが……

 子供の他愛もない行動が、思わぬ結果をもたらす様を描いた本作。それ自体は決して珍しい内容ではないかもしれませんが、しかし子供を見守るはずのお地蔵様が子供に祟りを与えるか? という考えてみれば尤もな問いかけから、物語は思わぬ展開を見せることになります。
 そしてその末についに露わになった「しのわざわい」の正体とは――いやはや、何となく怪しいと思ってはいたのですが、こうきたか、と思わずにっこり。それでいて、子供の心としっかり向き合い、正すべき点は正そうと教え諭すおしるべ様(その正体も泣かされます)には、思わず手を合わせたくなってしまうのです。


 以上三話、いずれもスケールは控えめの、日常系の怪談(?)とでも言うべき内容ではありますが――しかしそこに一ひねりも二ひねりも加えて、本作でなければ読めない物語として成立させているのはいつもながらお見事というほかありません。
 怪奇と人情を巧みに融合させた、逸品揃いの一冊であります。


『鬼灯ほろほろ 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon

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2020.06.09

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第17巻 二つの出会いが呼ぶ明るい空気 の後はやはり……

 近藤の死と沖田の死という辛すぎる出来事が続いたものの、土方が復活し、少しだけ明るい空気が漂う新選組。しかしいまだ新政府軍との戦いが続く中、何とか周囲の役に立とうと奮闘する鉄之助の前に現れた意外な人物とは?

 近藤の死によって深い絶望の淵に沈み、廃人同様となった末、沖田の死によって自らも死を選ばんとした土方。しかしその沖田の最後の言葉、そして彼を深く案じる鉄之助や斎藤、島田らの想いに応えて土方は復活、久々に新選組にも笑顔は戻ることになったのですが――しかし新政府軍との戦いは未だ続き、白河小峰城を巡る戦いは膠着状態であります。

 そんな中、銃を主体とする戦闘の中で周囲の役に立つべく、兄の遺した銃を使いこなすために奮闘する鉄之助。しかしそれまでとはあまりに勝手の違う戦いに悩む鉄之助ですが――その前に現れたのは、会津の銃士を名乗る三郎なる青年でありました。
 そして彼に誘われて羽鳥村の野戦病院を訪れた鉄之助の前に現れたのは、京で別れた沙夜で……


 ? 一巻くらい読み飛ばしてしまったかな? と思ってしまったこの展開――というのもこの沙夜、あの名前を出すのも厭な鈴に囚われ、ここしばらくは延々といたぶられ続けていたはず。それが何故、いきなり会津で、しかも女医的な立場になっているのか……?

 というこちらの困惑も知らずに、奇跡的な再会を喜ぶ鉄之助。京ではあとわずかで彼女の手を取って共に行けるところだったのを引き裂かれた最愛の人が、自分の目の前に現れたのですから、喜ばないはずはないのですが――さてこれを素直に喜んでよいものか。
 先に述べた通り、鈴に囚われの身であったはずの沙夜。その彼女が、鉄之助が戦いを繰り広げる会津に現れたというのは、偶然であろうはずがありません。そもそも、本作において、明るく盛り上がる展開があった次は、必ずズドンと暗く落ち込む展開があるはずなのですから。


 と、そんなこちらの疑心暗鬼に満ちた失礼極まりない決めつけをぶっ飛ばすような新キャラクターが、この巻には登場します。
 それが上に述べた三郎――左頬に傷を持つ「ハンサム」な長身の青年の正体は、ハンサムはハンサムでも「ハンサムウーマン」。自称「会津の戦乙女」山本八重……!!

 お、おう、この作品の八重はこうなるのか……と驚いたような納得したような、豪放極まりない男装の麗(?)人。彼女の正体を知る前の鉄之助が、銃を教わるために思わず「何でもします」と言ってしまったのに野獣の眼光をギラつかせる姿には、この世界の新島襄ってどんなキャラなんだろう――と思わず未来のことを考えてしまったほどであります。

 それはさておき、陰――というより病的なものを感じさせるキャラクターが多い本作において、珍しい陽性(というか獣性)の塊のような八重。
 これまで暗い展開が続いていただけに、彼女の存在は、上で述べた沙夜との再会も相まって、本作に一気に明るい雰囲気をもたらしたと言えるでしょう。
(鉄之助と沙夜のために骨を折る斎――山口さんや、鉄之助の彼女に驚く土方の姿などもあって……)


 が、やはり本作は本作、明るい展開の次は――であります。白河城の奪還どころか、新政府軍に押された末に、鶴ヶ城――会津若松城に籠城を余儀なくされる会津の人々。
 辛うじて沙夜や城下の人々が逃げ込むだけの時間を八重とともに稼いだ鉄之助(ここでも八重の暴れっぷりが痛快!)ですが、しかしここで鉄之助を待っていたのは、思いもよらぬ地獄絵図だったのであります。

 ここに至る前、城下の惨劇を前にして改めて指摘された鉄之助の致命的な弱点――敵に対する殺意のなさ。それはもちろん只人であれば(そして漫画の主人公であれば)美点であることは間違いありませんが、しかし戦場においては、それは自分を、いや周囲を害しかねない、まさに致命的な欠点となります。

 そしてそれを最も残酷な形で指摘し、そして「克服」させようとするこの展開。
 やはり明るい展開の次には地獄が待っていた――そんな自分の予感が当たってしまったことを恨むほかない、やはり次の巻を読むのが恐ろしくて仕方ない作品であります。


『PEACE MAKER鐵』第17巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon

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2020.06.08

賀来ゆうじ『地獄楽』第10巻 三つ巴の大乱戦の果ての更なる混沌と絶望

 狂気の島での天仙たちとの死闘もついに決着――と思いきや、待ち受けていたのは更なる混沌と地獄。先発上陸組の死罪人と浅ェ門、天仙、そして追加上陸組の浅ェ門と石隠れ衆――三つ巴の死闘が繰り広げられる中で生み出された更なる混沌を前に、果たして人間たちに打つ手はあるのか……

 四人の天仙との死闘――辟餌服生の斎での決戦を、誰一人欠けることなく(一人欠けたと思ったらちゃっかり戦線復帰して)勝利した先発上陸組。
 後は仙薬を奪取して脱出するのみ――と思いきや、天仙たちのリーダー・蓮の真の目的は、日本全土の人々を丹に変え、完璧な丹を作り出す神獣「盤古」を生み出すことにあったことを佐切は知ることになります。

 そしてそんな中、ついに追加上陸組――山田浅ェ門殊現・十禾・清丸・威鈴、そして石隠れ衆が蓬莱に乱入。悪を斬ることに狂的な情熱を燃やす殊現の指揮の下、圧倒的な数と力を持つ彼らは、天仙や怪物たち、さらには先発上陸組にまで襲いかかって……


 というわけで、第4巻ラストでの登場以来、先発上陸組の物語が進むのと並行して、各巻のラストに顔を出すのが定番(?)となっていた追加上陸組が、この巻でついに本格始動。
 普段の顔は好青年ながら、悪を前にすれば狂人としか言いようのない苛烈さを見せる殊現以下、実力のみで選ばれた四人の浅ェ門と、命令とあらば平然と死を選ぶ石隠れ衆――殺意の塊のような面々を前に、既に満身創痍の先発上陸組は不利というも愚かな状況であります。

 そしてついにその殊現の前に立つのは、既に片手片目を失った厳鉄斎。剣豪として、ある意味浅ェ門たちと最も近い存在である厳鉄斎ですが、それだけに殊現の贄(つまり噛ませ)に最も相応しい彼の前に、ついに殊現の真の力が示されることになります。
 絶対的な力の差に圧倒される厳鉄斎の運命は……


 という一方で、三つ巴の大混戦をさらに混沌としたものと変えていくのが、石隠れ衆のリーダー的存在である「画眉丸」――もちろんあの画眉丸ではなく、彼の次の代の画眉丸――の存在です。
 実は一人の名ではなく、いわば屋号であった「画眉丸」の名。石隠れの筆頭、そして象徴として、代々受け継がれてきたのが、その名だったのであります。

 そして抜け忍となった当代の画眉丸を殺し、正式に画眉丸の名を継ぐために次代の画眉丸は動いているのかと思いきや――彼の目的はただ、最愛の画眉丸を里に連れ戻すこと。
 そう、次代の画眉丸=シジャこそは、画眉丸に異常な執着と愛情を持ち、画眉丸を殺し画眉丸に殺されることを夢見る正真正銘のド変態。それ以外には使命も主命も人類の運命も関係ない、彼の重すぎる愛の暴走は、この戦いの大きな不確定要素として機能することになります。

 しかし、事態をさらに混沌とさせ、絶望的なものに変える存在が、この巻の終盤に出現することになります。

 先発上陸組も追加上陸組も、全ての人間の努力を無にするかのような――いや、天仙たちの思惑すら粉砕してしまうような――存在を、極楽浄土と地獄が同時に現出したかのような状況を前にして、はたして打つ手はあるのか?
 ここからが真のクライマックスであります。(と、断言できないところが本作の面白くも恐ろしいところではありますが……)


『地獄楽』第10巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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 菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語

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2020.06.07

安達智『あおのたつき』第3巻 魂の姿・想いの形と、魂の救い

 浮世と冥土の境に存在する「鎮守の社」の人間として、吉原で迷える魂を導く元遊女の「あお」の姿を描く時代ファンタジーの最新巻であります。死者と生者、人間と人外――様々な魂の姿が、この巻でも描かれることになります。

 生前は三浦屋を盛り上げた名花魁・濃紫と呼ばれながらも、如何なる故にか命を落とし、子供時代の姿となって鎮守の社を訪れたあお。そこで奉公人として雇われた彼女は、何だかんだと文句を言いつつも、迷える魂を導いていくことに……
 という基本設定の本作ですが、鬼の少年・鬼助とともにおつかいに出たあおが、冥土の吉原を見聞する中で、彼女自身の目的としてきたことを振り返る冒頭のエピソード「廓歩き」に続くのが「芥子坊主」であります。

 宮司の楽丸が二日酔いで寝込んでいるところに現れた芥子坊主の人形。亡くなったばかりで気持ちの整理がつかない子供の霊が姿を変えたこの人形を成仏させるため、あおは子供の母親がいるという現世の吉原の遊女屋に向かうことになります。
 しかし遊女屋で子を持つことを許されるのは、妓楼の主人か上級遊女のみ。しかしそのどちらの子でもない芥子坊主は一体何者なのか――何やら様子のおかしい芥子坊主を追いかけて遊女屋に入っていくあおが見たものは……

 あおが童女の姿となっているように、冥土では生前と異なる形となることが大半である魂の姿。それはその魂がかかえた「わだかまり」の現れでもあり、それを解き放つことが本作の主題といえます。
 言い替えればその魂が何故その姿をしているのか、そして本来は如何なる姿なのか――その謎を解くことが、魂を救うことに繋がるわけですが、このエピソードはその一種の謎解きが、最も見事に機能していると感じます。

 そもそも本来は子作りのための行為の場でありながら、子を生むことがほどんどタブーとされている吉原。その吉原で生まれた子とは何者なのか――という謎を追った末に、答えが明らかになった瞬間の驚きと感動は、直前の描写がホラーテイストであっただけに、非常に大きなものがあります。

 これは詳細は伏せさせていただきますが、○○好きの身としては、遊女と○○が想いを繋ぐというそれだけでもう鼻の奥がツンと来る状態。そこに本作ならではの見事にリアルな○○描写が加わって、これで泣かされないわけがありません。
 これはこれで見事な救いと言うべきラストのあおの粋な処し方も相まって、何とも後味の良いエピソードであります。


 一方、本書の後半に途中まで収録された「女郎蜘蛛」は、依頼人が生者――それも遣手婆という、何とも異色なエピソードであります。

 しかもその依頼人が持ち込んだのは、想いを寄せ合う花魁の新造と妓楼の若い衆を引き裂きたいという内容。
 なるほど、遊女屋内での恋愛は厳然たるタブーであり、それを破った者には凄惨な制裁が待ち受けているのが吉原の掟であります。現代の目から見れば当時の吉原の文化・しきたりは不可思議で、理不尽に感じられるものが多々ありますが、その最たるものかもしれません。

 それを何よりも良く知っているあおですが、しかしこの依頼にどこかやりきれないものを感じてしまう彼女の姿に、こちらも共感してしまうのですが――物語は途中から思わぬ方向に急展開。それがあまりに意外な方向かつ、正直に申し上げて何とも嫌悪感を催すものだけに、強烈なインパクトがあります。
(というか今回はどう考えても宮司が迂闊だったとしか)

 しかしここであおたちに突きつけられる一つの答えは、極めて身勝手なものでありつつも、同時にあおの感じたやりきれなさに応えるものでもあります。
 そしてまた、この事態を生んだ人物の想いを、単なる妄執として片付けてよいものなのか――その答えがこの先で描かれることでしょう。そこにやはりある種の「救い」があることを期待しつつ、次の巻を待ちたいと思います。


『あおのたつき』第3巻(安達智 DeNA) Amazon

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2020.06.06

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ようやく何とか宣言が解除になったと思ったらレインボーブリッジが赤くなったりと慌ただしい毎日ですが、書店や図書館が動き出したのは本当に嬉しいことです。そして何よりもこんな中でも本を送り出してくれる方々には感謝しかありません……というわけで7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 といってもさすがに新刊数は少ないのでは――と思いきや、新刊書籍全体の点数自体はあまり変わっていない印象を受ける7月。もっとも、時代伝奇ものは少ないのですが……

 そんな中の文庫新刊で楽しみなのは、最近ようやくシリーズ第5巻・第6巻が電書で発売された霜島けい『もののけ騒ぎ(仮) 九十九字ふしぎ屋 商い中』。また、上田秀人『聡四郎巡検譚 6 別れの剣(仮)』、白鷺あおい『大正浪漫 横濱魔女学校 2 月蝕の夜の子守歌』も気になるところです。
 復刊の方では、みんなのトラウマ小説、山田風太郎『笊ノ目万兵衛門外へ』が河出文庫から登場であります。

 その他、角川ソフィア文庫の今井秀和『世にもふしぎな化け猫騒動』は、様々な古典に登場する化け猫のエピソードを集めた一冊のようで、猫好きとしては大いに気になります。


 一方、漫画の方では、何といっても先日本当に完結して吃驚した吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第21巻。おそらくラスト3巻、ここからさらに地獄絵図です。
 その他シリーズものの新巻では、戦国ものの梶川卓郎『信長のシェフ』第27巻、出口真人『前田慶次 かぶき旅』第4巻、江戸バイオレンスもの(?)で藤田かくじ『徳川の猿 TOKUGAWA MONKEYS』第2巻、わらいなく『ZINGNIZE』第4巻が登場であります。

 また、これは偶然だと思いますが、諸星大二郎『西遊妖猿伝 西域篇 火焔山の章』第1巻、張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第4巻、青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第1巻、倉田三ノ路『アサシン クリード チャイナ』第2巻と、7月は中国ものが豊作。
 その他海外を舞台とした作品では、細川雅巳『逃亡者エリオ』第4巻・第5巻と同時刊行で惜しくも完結です。


 というわけで、点数は少なくとも、ちゃんと刊行されるだけでもありがたいお話。きちんと読んでいきたいと思います。



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2020.06.05

楠桂『鬼切丸伝』第11巻 人と鬼と歴史と、そしてロマンスと

 不死身の鬼を唯一斬る力を持つ神器名剣・鬼切丸――その刀を持つ少年が、悠久の時の中で様々な人と鬼と出会う連作シリーズの最新巻であります。この巻は「戦国プリンセス特集」(あとがきより)として、戦国史の陰で泣いた女性たちの姿が描かれることになります。

 さて、3つのエピソードで構成されたこの巻の冒頭を飾るのは、土屋惣蔵昌恒と武田勝頼の妻・北条夫人を主人公とした「鬼一本腕千人斬り」であります。

 土屋昌恒といえば、武田家が天目山で滅びるその時まで、武田勝頼に仕えた忠臣中の忠臣。勝頼一行を逃がすため途中の崖道に一人残るや、片手で藤蔓に捕まり、残る片手で追っ手千人を斬って落としたという、片手千人斬りの巷説で知られた猛将です。
 片や北条夫人は、勝頼のもとに北条家から嫁いだ女性。北条氏康の六女というほかは、その名も伝わっていない女性であります。

 史実では家臣と主君の妻、共に天目山で亡くなったという以上の共通項を持たない二人ですが、本作では何と互いに慕いあっていたという設定。
 といっても一人政略結婚で武田家に入り、御館の乱で兄・上杉景虎を、夫の優柔不断さもあって失った孤独な婦人――いや年齢的には少女である北条夫人と、彼女の境遇に同情し、護ることを誓った昌恒という、むしろ精神的な結びつきなのですが……

 しかし武田家の落日が(あと「信勝くんの家庭の事情」による横恋慕が)二人の運命を狂わせ、そしてそれが鬼を生み出すことになって――という展開のこのエピソード。
 本作では、果たして誰が鬼となるのかという点が趣向の一つとなりますが、さてここで鬼になったのは誰であったか――皮肉かつ無惨、そして意外な結末が待つ物語であります。


 続く「武田松姫鬼恋情」は、時系列的には前話と重なる部分――というより武田家滅亡を背景とする点で、大きく重なる物語です。
 織田信忠と武田松姫――織田ロミオと武田ジュリエットというべき二人の戦国一の悲恋を題材としたこのエピソードですが、ユニークなのは、松姫を幽体離脱体質と設定していることでしょう。

 幼い頃、自らの魂を自在に肉体から飛ばして生き霊とする力を持つ松姫。そんなある日、鬼に襲われたところを鬼切丸の少年に救われ、生き霊はいともたやすく鬼と成ると警告された彼女は、以来生き霊を飛ばすのを控えるようになります。
 信忠恋しさに幾度かその禁を破った彼女ですが、しかし結ばれる寸前に信忠は二条城の炎に消え、松姫は八王子で信松尼として武田家の遺児たちを護り育てることに。しかし、やがてその彼女の周囲に鬼の影が……

 本作では、人は一度鬼となれば人には戻れず、そして鬼はほとんどの場合、鬼切丸の少年に斬られて滅びることになります。言い替えれば、史実上の人物が鬼となれば、そこで歴史から消えるほかないのであります。
 しかしここで鬼になると思しき松姫は天寿を全うしたはず――と思いきや、ここで本作ならではの設定が生きてくるのが実に面白い。

 そしてそれだけでなく、クライマックスには些か、いや相当に意外な展開が待ち受けており、今回もまた、人の情の皮肉さと強さに、鬼切丸の少年同様に驚かされるのです。
(にしても少年、松姫を煽るだけ煽った後に彼女がとった行動に、呆然と「やっちゃった……」という表情になるのが可笑しい)


 そしてラストの「黒百合鬼伝説」は、本能寺の変後の混乱期に、佐々成政が冬の立山佐良峠を越えて家康の元に向かった決死の「さらさら越え」にまつわる因縁譚を題材としたエピソード。
 そして題名の元である「黒百合伝説」とは、この出来事の直後、成政が懐妊した最愛の側室・早百合が不義密通し、腹の子も自分の子ではないという噂を信じ、彼女をを吊るし切りにしたという陰惨な伝説のことであります。

 後の成政の不遇はこの時の祟りである、ということで、いかにも本作に相応しい(?)因縁譚と感じられますが――しかしそれで終わらないのが本作らしい一捻り。
 成政の周囲で起きる怪異を引き起こしていたのは何者か、そして鬼切丸の少年の前に現れたのは――少年の境遇を知っていればなるほど、と頷ける展開は、人の愛の強さを何よりもはっきりと浮き彫りにしているといえるでしょう。
(そして今回もそれに驚く少年の表情が……)


 以上、いずれも人の愛の儚さと強さ、皮肉さと哀しさを描いた物語が揃ったこの巻。人と鬼と歴史の物語には、やはり同時にロマンスがよく似合うと、再確認させられた次第です。


『鬼切丸伝』第11巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon


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2020.06.04

吉川景都『鬼を飼う』第6巻 結末目前、収束する奇獣を巡る運命

 奇怪な姿と奇妙な能力を持つ幻の獣・奇獣を巡る物語もいよいよクライマックス。2ヶ月連続刊行の第6巻と第7巻で、『鬼を飼う』も完結であります。奉天と東京で繰り広げられていた奇獣を巡る事件はついに一つに収束し、結末に向けて動き出すことに……

 本郷の奇獣商・四王天と、彼の店に入り浸る帝大生・鷹名の周囲で次々と起きる奇獣絡みの事件。彼らや、特高の対奇獣部隊「夜叉」を巻き込んでいく事件の背後には、奉天の怪軍人・宍戸の存在がありました。
 奉天の奇獣商・琳花と結び、奇獣の軍事利用のために暗躍する宍戸。奇獣「ナンバー04」――150年前に目撃されて以来、消息不明であり、恐るべき殺傷力を持つという奇獣の確保が真の狙いであった宍戸は、奇獣商の元締め・ザイードと手を組み、ナンバー04確保に向けて動き出すのでした。

 一方、ナンバー04と深い因縁を持つ四王天も、自分の残りの人生を賭けてこれを追い、実は父が四王天の親友だった夜叉の隊長・三条もまた、不承不承ながら彼と協力することになります。
 そして宍戸の放った奇獣の毒に倒れたアリスと、彼女を救わんとする鷹名と司。自分の運命を狂わせた奇獣を奉天で追う新聞記者・天久と彼を助けようとする中国人姉弟。日本で独自に奇獣を追う天久の親友・徳永と(元)女給の竜江。夜叉の後ろ盾であり、今はザイードの傀儡となりつつある日本政府の六人会議……

 奇獣を追い求め、翻弄されてきた人々の運命が、いよいよ一点に向かい動き始めたのであります。


 かくて、結末に向けて怒濤の如く動き出した感のある本作。事ここに至れば、当初のような奇獣を巡る人情味のある奇譚・怪異譚の要素はほとんどなくなり(この巻の巻末の番外編にそれは残ってはいるのですが)、鷹名と司のコンビの出番もかなり少なくなっているのは少々残念ではあります。

 しかし、これまで物語に登場してきた身分や職業、人種もバラバラな人々の運命が思わぬところで結び付き、物語を貫く秘密に真実の光を当てていく様こそは、伝奇ものの王道。そしてこの巻に横溢しているのは、まさにその伝奇ものの醍醐味であります。
(以前も述べましたが、正直なところ、本作が始まった当初はここまでストレートな、そしてオリジナリティ溢れる伝奇ものになるとは思いもよりませんでした)


 そしてそんなこの巻において、最も印象に残るのは、いまや物語の一つの極とも言うべき(より正確には極であることを隠さなくなった)四王天の過去でしょう。
 これまで断片的に描かれてきた彼の過去――数少ない親友との交流や三条との因縁、そして何よりも、彼が何故奇獣商となったかを描くこのエピソードは、まさしくこの物語の基点を成すものというべきでしょう。

 しかしその一方で、本作にはもう一つの極が――すなわちアリスと鷹名の存在があります。

 四王天にとっては、そしてナンバー04を巡る物語においては、ある意味イレギュラーな存在である二人。そして四王天の物語が過去に縛られているとすれば、二人にはこの先の未来があるという点で、対極的と言えるかもしれません。
 しかし同時に、アリスと鷹名の物語には、未来という言葉とは裏腹の常に暗い影が――血と死の影がつきまとってきたのもまた事実であります。

 果たして二人の迎える未来が如何なるものなのか、いやそもそも二人に未来はあるのか――いや、二人に限らず、全ての登場人物たちの物語がいかなる未来を、結末を迎えるのか。
 残すところあと一巻、少しでも笑顔のある結末を期待したいのですが……


『鬼を飼う』第6巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon

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2020.06.03

岡本千紘『鬼切の綱』 鬼退治の勇士と鬼の奇妙な幻想譚

 源頼光配下の四天王の一人として、大江山の酒呑童子退治でも活躍した渡辺綱。手にした名刀・鬼切によって数々の鬼を斬ってきた綱だが、その鬼切には妖艶な鬼・薔薇が憑いていた。薔薇とともに、綱は平安京に跳梁する怪異と対峙する。

 平安時代を舞台とした妖怪退治もの、それも武士が主人公といえば、かなりの確率で登場するのが源頼光と頼光四天王――渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・占部季武の面々であります。
 『古今著聞集』『今昔物語集』など題材には事欠かないだけに、彼らの活躍は今なお様々な形で描かれているのですが――本作はその一つでありつつも、一風変わったアプローチの作品であります。


 頼光の下で仲間たちとともに様々な怪異と戦い、その人ありと知られた渡辺綱。しかし彼や仲間たちももう四十路に入り、大江山の酒呑童子討伐を最後に、京で小悪党を取り締まる毎日――のはずが、羅生門で鬼が人を喰らった、江口で橋姫が男を取り殺した等々、怪異の噂があれば呼び出されることになります。

 そんな彼の相棒(?)は、奇縁によって頼光から託された名刀・鬼切に憑いた鬼神・薔薇――月白の髪、瑠璃の瞳、薔薇のような紅い唇の、妖しくも清らかな姿の鬼であります。
 綱の血を好むこの薔薇とともに、様々な怪異に挑む綱――本作は、そんなコンビの姿を描く短編連作集です。


 と書くと、あたかも派手な伝奇活劇のように思えるかもしれませんが、本作で綴られるのはむしろ静かで、時に淡々とした味わいの、そして時に鮮やかに美しい、そんな物語であります。

 本作における綱は、数々の武名を挙げてきた勇者でありつつも、どこか甘く、優しい人物。人を害するような鬼を前にしたとしても、必ずしもそれを滅ぼすのを良しとしない男であります。
 その最たるものが、薔薇との関係でしょう。本来であれば、鬼切で斬られるべき強大な鬼であり、そして本人もそれを望む薔薇。それに対して別の形の償いを与えようとする綱のお人好しとすら言える姿が、本作の独特の味わいを生み出しているとも言えるでしょう。
(そして綱と薔薇には実は一つの因縁があるのですが、それと密接に結びつく薔薇の「正体」は、本作最大の伝奇要素でもあります)

 もっとも、その綱と薔薇の関係性が突き進んで、妖しいムードが漂いまくっている――血を(時には指の傷から直接)呑ませて「旨いか」「旨い」というのが定番のやりとりになっていたり――のはやりすぎ感がなくもありません。
 また、全体のボリューム自体が少ないところに全8話という構成のため、個々のエピソードが食い足りない部分があるのも正直なところでしょう。

 もっとも、そのサラリとした部分が得難いところではあって、特にラストの綱と先祖の源融のエピソードなど、クライマックスの幻想的な場面転換の、何ともいえぬ味わいがあるのもまた事実であります。
 繰り返しになりますが、派手な伝奇活劇ではなく、ちょっと耽美で幻想的な物語が好きな人向けの作品と言えるでしょう。


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2020.06.02

石川優吾『BABEL』第6巻 地獄のひえもんとり そして黙示録の死闘!

 もはや八犬伝とは何か、という問いかけを凌駕する勢いで展開する『BABEL』――その薩摩編もいよいよクライマックスであります。激闘の末に薩摩に捕らえられた小文吾、同じく囚われの身の信乃(あと左母二郎)とともに駆り出された「ひえもんとり」。その恐るべき姿とは……

 奇しき因縁から屋久島に流され、そこで琉球の姫君・按司加那志と出会った犬田小文吾。しかし魔に憑かれた島津貴久の軍勢の前に島は蹂躙され、「悌」の宝珠の力に目覚めた小文吾も、奮戦空しく(フランキ砲の連打を喰らって)力尽き、貴久の内城に捕らえることになります。
 一方、伏姫のお告げにより南に向かった信乃(と左母二郎)は、犬の導きで薩摩に辿り着いたものの、早速虜囚の憂き目に。そして彼らは、小文吾と同じくひえもんとりの贄として引きずり出されることになったのです。

 かくてこの巻で展開するのは薩摩武士の恐るべき風習・ひえもんとり――死罪人の腹から肝を奪い合うという、文字通りの肝試しであります。
 が、本作のひえもんとりは、城下全てを狩り場として、そこに罪人たちを解き放ち、それを騎馬武者たちが追いかけるという完全な人間狩り。追跡を逃れて城下から脱出すれば無罪放免、捕らえられればその場で生き肝を食われるという、司馬遼太郎や平田弘史もびっくりのグレートハンティングです。

 実のところ、魔に憑かれた城主による殺人ゲームという点では佐倉編と重なる部分はあるのですが、しかしあちらが囚人同士の殺し合いであったのに対して、こちらは囚人側が完全に無力――別の意味で無力感と残酷さを感じさせるのが悍ましいところであります。


 しかし、この人間狩りから始まるのは驚異の一大バトル。死闘の最中に再び悌の珠の力に目覚めた小文吾、そしてそれと呼応して孝の珠の力を発揮する信乃――二人は、魔の化身たる島津貴久を倒すため、城下の家々の屋根の上を突っ走って大逆襲に転じるではありませんか。
 それに対して、島津側は種子島の銃弾の雨あられ、いやそれどころか城下の兵や民を巻き添えにしてのフランキ砲の連打連打! さらにキリスト教を騙る邪悪は許せんと大友勢が参陣(こんなに頼もしい大友義鎮(たぶん)は初めて見た!)、そこに桜島まで大噴火と、もう大変な状況です。

 この大混戦を普通の作家が描けば収拾がつかなくなりかねませんが、しかしそれを描くのは作者一流の超画力。地獄絵図――というよりもはや黙示録の世界と化した戦いの姿は、一種荘厳さすら感じさせる凄まじさなのであります。


 しかし、それでも戦いは続きます。ここまでやるか!? と言いたくなるような正体を露わにした貴久の怪物ぶりに対して、善の力も集結。いよいよエスカレートする善悪の決戦の行き着くところは――もはや誰にも予想できないとしか言いようがありません。


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2020.06.01

小山ゆう『颯汰の国』第4巻 卑劣なる敵の罠 そして明かされた出自

 主家を取り潰され、幕府に一矢報いるべく奮闘を繰り広げる高山藩の人々の姿を描く『颯汰の国』の最新巻であります。奇想天外な策で自分たちの居場所を得たものの、それを叩き潰し、そして琴姫を奪うべく攻撃を繰り返す敵の魔手は、陰湿な形で迫ることに……

 ある日突然に幕府によって取り潰され、藩主は切腹を命じられた高山藩。これに対し、佐々木颯汰をはじめとする藩の人々は、藩主の若君と琴姫を盛り立てて幕府に一矢報いるべく、隣り合った幕府の直轄領から横暴な代官を追放――土地の人々と協力して、新たな国を作るのでした。

 しかしもちろん、これがただで済むはずはありません。開城の使者となった好色な大名・横山宗長は、土地を奪還し、何よりも琴姫を奪うべく、執拗に攻撃を仕掛けてくることになります。
 周囲の人々の助けを借りて、その迎撃の中心人物となり、次々と奇策でもって宗長の攻撃を打ち破っていく颯汰。しかし戦闘の最中に、琴姫に忍びの魔手が迫ることに……


 時に自分たちの手を血に染めながらも、これまではほとんど犠牲を出すこともなく、自分たちの国を守ることに成功してきた颯汰たちですが、この巻では、ついに数々の犠牲が出ることになります。
 颯汰たちによって、これまで散々煮え湯を飲まされてきた宗長。しかし残忍さや執念深さ、奸悪さといった人間性の悪を煮詰めたようなこの男は、直接的な攻撃ではなく、搦め手で――すなわち兵ではなく忍びを使った攻撃を仕掛けてきたのであります。

 兵の攻撃の背後から忍びを放ち、琴姫誘拐を狙う。土地の人々の家に夜な夜な放火して回る――特に後者は地味といえば地味ですが、いつ自分たちが被害に遭うかわからないという点、そして何よりも颯汰たちと彼らに協力する土地の人々の間に亀裂を生じさせるという点で、実に厭らしく、そして効果的な策であります。

 なるほど、戦国時代の遺風をそのまま残したような宗長ならではの策ではありますが――しかし非戦闘員までも巻き込んだ策は卑劣というほかありません。
 そして非戦闘員は、何も土地の人々のみではありません。琴姫のおつきの者たち、そして何よりも颯汰の父もまた、戦闘においては戦う手段を持たぬ者なのですから。

 そしてその颯汰の父が、己の無力さに苦しむ姿は、この巻において最も精神的にキツい展開と言えるでしょう。
 戦闘員ではなく、いわば文官として仲間に加わり、普段は土地の人々に学問を教えている颯汰の父。そんな彼にとって、周囲の者が襲われてもロクに刀を振るうこともできず、そして教え子である土地の人々が襲われても防ぐことができず、そして敵意までも向けられる境遇がどれだけ辛いものであるか――察するに余りあるものがあります。

 そしてそんな中に、最愛の「息子」である颯汰までもが……


 と、この巻の後半では、ついに周囲の人々に――いや何よりも颯汰自身に、彼の出自が明らかになるという展開が描かれることになります。

 家康の落胤という彼の出自自体は既に作中で描かれ、読者である我々には周知の事実でありましたが――しかしそれが限られた人々とはいえ、明らかになった時に何が起きるか。
 切り札となるのか、それとも――少なくとも、この事実が今後の台風の目となることだけは確かでしょう。


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