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2020年7月

2020.07.31

『啄木鳥探偵處』 第一首「こころよい仕事」

 親友の金田一京助と浅草をひやかしていた中、待合から飛び出してきた男・小栗とぶつかったことをきっかけに、部屋で殺されていた男・星野を発見した石川啄木。逮捕された小栗の元から凶器と血塗れの告発状が発見されたと知る啄木は、それが偽物と見抜き、警察と森林太郎の前で真実を語るが……

 本放送終了後に取り上げ始めるのも恐縮ですが、ソフトは今月から発売、漫画版も始まったばかりということでしれっと取り上げますアニメ版『啄木鳥探偵處』。
 アニメ版というのはほかでもない、本作の原作は実に約20年前に発表された伊井圭のミステリだからですが――それが今何故、というのはやはり文豪ものの流行(?)によるものでしょうか。何はともあれ、有名人探偵ものがこうしてアニメ化されるのは嬉しいお話であります。

 さて、この第1話冒頭で描かれるのは、本編から十数年後の金田一京助の姿。既に故人である同郷の親友・石川啄木と青春時代を過ごした下宿・蓋平館を訪れた京助は、そこであるものを目にして過去を思い出し――というスタイルで本編が始まることとなります。

 金が入れば酒と女に使い果たしてしまう啄木に京助が振り回されていた頃――ひやかしに出かけた浅草の歓楽街で、待合から出てきた男と突き当たったことがきっかけで、そこで男が殺されていたのを発見した啄木と京助。
 その場に残された痕跡から、現場から何かの手紙が奪い去られたことを推理する啄木ですが――はたして犠牲者の星野は、犯人と目される突き当たった男・小栗が大番頭を務める荒川銅山の告発状を残しており、それが小栗の元から発見されたというではありませんか。

 しかしそれに疑念を抱いた啄木は、知人であった森林太郎を引っ張り出して警察とともに小栗邸に入り込み、本物の告発状が既に小栗によって焼かれていたことを解き明かしたことで、捜査は振り出しに戻ることに……


 というのが今回のあらまし。実はこの星野殺し自体は今回解決せず、啄木が小栗が犯人ではないことを証明するのみですが、ずいぶん粗い推理(というか捜査)だなあと思っていたら、きっちりトリックがあったのは、冷静に考えれば定番ではありますが、ちょっと愉快ではあります。

 そしてこの体験が一つの引き金となって、この回のラストで啄木が「啄木鳥探偵處」を設立することになるのですが――そしてそれが冒頭の十数年後に繋がる――その経緯がちょっと「らしい」のが面白い。
 遊蕩の末に家賃を溜め、ついに下宿を追い出されることになった啄木。そんな彼に対して、京助は自分の蔵書を全て売り払って金を啄木に渡し――と、いかにも啄木らしいヒューマンダストっぷりですが、さすがに気が咎めたのか、「歌人と探偵は似ている」などと探偵處を設立するに至るのであります。

 つまりはこの第1話は探偵處誕生編といったところで、推理物としてみるとさまで面白くはないのですが――何よりも殺人事件そのものは解決していないのが残念――二人の関係性を描くという上では、まず納得でありますし、本作においてはそれは何よりも重要な点であるというのは十分理解できます。
 個人的には、二人で駿河台の坂を歩きながら、当時の御茶ノ水駅を見て「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」は、自分ではなく自分と京助の友情が詠んだのだ――と言われて京助が感激して啄木に飯を奢るくだりが、風景の美しさと彼のチョロさが相俟って印象に残っているところですが……

 ちなみにこのアニメ版が原作と大きく異なる点は、二人以外の文豪たちが幾人も登場することですが、早くもこの回では、二人の行きつけのミルクホールの常連として野村胡堂たちが登場(が、誰が誰かわからず、エンドクレジットで声優と照らし合わせないとわからないのですが、それはそれで声優を知らないので詰まるという……)。
 また、上に述べたとおり、ゲストとして森林太郎が登場するのですが、これはそこまで必然性があるわけではなく、ちょっと苦しいというのが正直な印象でありました。


 と、あまりすっきりしない感想となってしまい恐縮ですが、個人的には原作の大胆なアレンジは大歓迎。どこまであの原作を盛ることができるのか――すなわち、どこまで
文豪たちを盛ることができるのか、そしてその中で啄木と京助の存在感を失わずに描けるか、楽しみにしたいところであります。


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2020.07.30

諸星大二郎『碁娘伝』 不滅の侠女、剣と碁で悪を討つ

 作者の得意のジャンルである中国ものの一つとして、長きにわたり描き継がれてきた連作――唐代を舞台に、碁と剣を武器に大の男たちを叩きのめす侠女・碁娘の痛快な活躍を描くシリーズであります。(作品の内容に踏み込んで触れた部分がありますのでご注意ください)

 城外の没落した名家の廃屋に出没するという奇怪な妖怪の噂。若く美しい女性の姿をしたその妖怪は、屋敷に一人で来た男に碁の勝負を挑み、自分が勝つと相手の耳を切り取るというのです。
 妖怪を退治してやろうと屋敷を訪れた腕自慢の豪傑があっさりと敗れて片耳を奪われ、いよいよ高まるその噂。次に屋敷を訪れた男の前にも、やはりその娘は現れたのですが……

 と、何か原作があるのではないかと思ってしまうほど、志怪小説めいた内容のシリーズ第1作『碁娘伝』。しかし碁娘の正体と目的が明らかになった時、物語はむしろ武侠もの的な性格を見せることになります。

 碁娘――彼女の正体は、この荒れ果てた屋敷の一人娘・高玉英。かつてある男が無理矢理挑んできた囲碁の賭け勝負で家宝の硯を奪われた末、父を殺された彼女は、囲碁と美女に目のない下手人を誘き寄せるために、噂を広めていたのであります。
 そして現れた父の仇を見事に討ち、家宝を取り戻した彼女は、忠僕の老人とともに姿を消すのですが――しかしその後も碁娘の活躍は続きます。第2話『碁娘後伝』では、何と妓女として登場した碁娘の活躍が描かれることになります。

 囲碁で自分を負かした相手でなければ肌身は許さず、力づくで来る相手には逆に叩きのめすことも辞さないことでかえって評判となった妓女・玉英。ところがそんな彼女の周囲で男たちが何者かに斬り殺される事件が連続し、犠牲者たちのある共通点から、劉知府は自分が次のターゲットであると悟るのでした。
 しかし大胆にも玉英を招き、囲碁の勝負を望む知府。しかしその場には護衛として軍司馬の呉壮令をはじめとする腕利きたちが集められ、玉英は彼らに周囲を囲まれながら知府との勝負を繰り広げることになります。

 果たして勝負の行方は、そして玉英=碁娘は知府を討ち、その場から逃れることができるのか……

 という第2話以降は、碁娘は恩人や苦しむ人々のために悪を斬る侠女として大活躍。その囲碁と剣の腕は相変わらず冴え渡りますが、しかし敵も強大かつ巧妙となり、碁娘がどのように難局に勝利を収めるかが、物語の主題となります。
 特に第2話ラストの、四方を敵に囲まれた絶体絶命の状態からの大逆転劇はシリーズ屈指の名場面。さらに第3話の『碁娘翅鳥剣』では、彼女を宿敵として追う呉壮令や悪人たちが張り巡らせた守りの陣を、いかに突破するかというシチュエーションからの見事な一撃が痛快であります。

 一方、第3話からは、偶然彼女の「仕事」を目撃した囲碁の名手の青年・李棗中も登場。第4話『棋盤山』では、この李棗中と碁娘の師が見守る中、碁娘と呉壮令の剣による勝負が繰り広げられることになります。
 剣の腕だけであれば碁娘をも上回る呉壮令。しかし碁娘の強さはそれだけでなく――と、本書の掉尾を飾るにふわさしい内容の物語であります。


 そんなわけで、作者の中国ものとしてはスケールは控えめではあるのですが、キャラクター造形やストーリー展開の面白さでは、おさおさ他の作品に劣るものではない本作。
 特に先に述べたように、中国の志怪小説や伝奇小説から飛び出してきたような碁娘/玉英のキャラクターは実に魅力的であり、初出の1985年から今に至るまで描き継がれているのもよくわかるというものであります。

 ちなみに本シリーズには、2016年に刊行された諸星大二郎スペシャルセレクション版に書き下ろし作品『ある夜の対局』が収録されております。
 恥ずかしながら今回底本としたのは希望コミックス版のため、今回は紹介を省略させていただきますが、2001年の作品である『棋盤山』から考えると実に15年ぶりの登場なのには驚かされますが――しかし碁娘であればそれくらいの不滅ぶりは当然、と納得してしまうのも事実なのであります。


『碁娘伝』(諸星大二郎 潮漫画文庫) Amazon

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2020.07.29

天野純希『信長、天が誅する』 「定番の」信長像が照らし出す人々の陰影

 木下昌輝の『信長、天を堕とす』と表裏一体を為す連作短編集――『信長、天を堕とす』が信長視点で描かれていたのに対して、信長と対峙した者たちの視点から描かれる全5話を収録した連作短編集であります。

 「小説幻冬」誌で約二年半にわたり展開された「信長プロジェクト」――これは二人の作家が、互いに補完し合うそれぞれの作品において織田信長を描くという、非常にユニークな試みでありました。
 冒頭に述べたとおり、木下昌輝の『信長、天を堕とす』が信長の視点からその生涯を描いた作品であるのに対し、本作は信長に抗し、信長によって運命を変えられた五人を主人公として描くのです。すなわち、以下のように――

 今川家の下でいいように使われる自分に諦めを感じていた井伊直盛が、桶狭間で信長と遭遇する「野望の狭間」
 兄の命じるままに浅井長政に嫁いだ市が、浅井家の最期を前に織田家の滅亡を我が子に託す「鬼の血統」
 弥陀の存在を疑わず、極楽往生を信じて長島で信長と戦った、本願寺の下間頼旦の心の揺らぎを描く「弥陀と魔王」
 信長にどこか親近感を抱きながらも孤独な戦いを続けた武田勝頼が、滅亡を前に自分の行くべき道を見出す「天の道、人の道」
 自分の才を試すために放浪を続けた末、信長の下で力を発揮しながらも、信長の意外な顔に限界を悟った明智光秀の選択「天道の旗」

 桶狭間、姉川、長島、設楽原・天王山、そして本能寺――本作においては、いずれも信長の生涯で大きな意味を持つ合戦を背景に、様々な視点から起伏に富んだ物語が描かれることになります。
(第1話がちょっと意外な人物ですが、発表時期を見てまあ納得)


 ただ、文字通り恐れを知らぬ「超人」信長の人知れぬ悩み描いた『信長、天を堕とす』に比べると、そうした彼の素顔の見えぬ本作の方は、従来の信長像――合理性を重んじ、伝統を破壊して顧みない峻厳苛烈な魔王――に忠実な印象で、意外性や新鮮味という点でいささか物足りないものがあるのも事実であります。

 その意味では、本作はむしろやはり信長と敵対し、敗れていった者たちを描いた、作者の『信長嫌い』と大きく重なるものを、どうしても感じてしまう点はあります。
(本作の方が、よりメジャーな人物を主役に据えているという違いはありますが)


 もちろんそうした中にも、作者らしい視点、魅力は様々に存在しています。

 例えばある意味信長と同じ悩みを抱えながらも、あくまでも「人間」として生き抜いてみせた武田勝頼の姿を描いた第4話は、彼を巷説にいうような単なる愚将などとして描かず、彼の最後の決断に至るまでを丹念に描く物語が強く印象に残ります。

 また、掉尾を飾る第5話は、本作の中で最も特に『信長、天を堕とす』とのリンクが濃厚な物語だけあって、勝頼とは全く別の意味でもう一人の信長ともいうべき光秀の内面を、信長が秘めた顔と照らし合わせ――そしてそれが光秀の最後の選択に繋がっていく姿に、何とも言えぬ説得力を与えていたと感じます。

 この辺りはやはりさすがこの作者ならではと言うほかないものであって、その他の主人公たちも、特にお市など、これまでありそうでなかった人物像を浮き彫りにしていることに注目すべきでしょう。
 あるいは、あえて定番の信長像を描くことにより、それに照らし出される人々の意外な陰影を描き出してみせた物語――そう本作は評するべきかもしれません。


『信長、天が誅する』(天野純希 幻冬舎) Amazon


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2020.07.28

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第4巻 妖狐、冥府に「魂」の在不在、滅不滅を問う

 千年の齢を経た妖狐・廣天を巡る物語もいよいよクライマックス。母の親友であり、そして今なぜか自分を狙う妖狐・阿紫と、廣天の対峙の時がいよいよ訪れます。阿紫の真意はどこにあるのか、そして阿紫に対する廣天の行動は――ここに一つの物語の終わりが描かれることになります。

 古代中国の怪談集『捜神記』を題材としたオムニバスとしてこれまで描かれてきた本作。いや、オムニバスに見えたものは、やがて千年狐・廣天を中心にして緩やかに――そして気がつけば強固に結びつき、一つの物語を織り成していました。

 そしてその中心に居るのが廣天と、阿紫――時の皇帝を惑わして妖怪狩りを行い、廣天を捕らえようとした彼女は、しかし幼い頃から廣天を育ててきた母代わり。そんな阿紫が何故――と、その真意を求めて旅に出た廣天と神木(の成れの果て)は、やがて阿紫と自分の母の過去を知るネズミの俔から、自分の誕生と母の死の様を聞くことになります。
 そして阿紫に会うことを決意した廣天は、見鬼の力を持つ小悪党の少年・宋定伯、そして神木(とあともう一人)とともに、冥府に向かうのですが……


 というわけでついに廣天と阿紫の対峙に集約されることとなった物語。その舞台となるのが冥府というのは、阿紫が潜むのが彼の地であることを考えれば当然ではありますが、その他にも阿紫の旧知の存在である冥府大帝、冥府の役人である渾沌と周式、そしてまた、そもそも冥府に在るはずの鬼(幽魂)を見てしまう定伯と――冥府に縁を持つ登場人物が多かったことに今更ながらに気付かされます。

 そしてこの巻で描かれるのは、その廣天あるいは定伯を通じての、死後の魂を集める冥府の仕組み――いや、そもそもの人の死と魂の概念への再度の問いかけであります。すなわち、これまで物語の中で、いやそれを読む我々にとって自明のものとして扱われてきたそれに如何なる意味があるのか、そして何よりもそれは本当に正しいのか――と。
 そしてその問いかけは冥府の役人たちだけでなく、大妖たる阿紫に対してすら行われるのです。死者に魂はあるのか。死後に魂はどこに行くのか、という形で……

 いや、それを冥府で問うのか、と逆に問いたくなるのも事実であります。むしろそれ以前に、本作ってそんなシリアスな作品だったっけ……? とも。
 しかしこの物語を――廣天と阿紫の物語を締めくくるのにそれは必要不可欠なものであることは、物語が進むにつれて明らかになっていくことになります。この巻で唯一、廣天の物語とは直接関わらない「武帝、李夫人の魂に会う事」のエピソードもまた。

 そう、ここで描かれるのは、「魂」の在非在、滅不滅を問いかけることを通じた、ある人物の「魂」の救済の物語なのですから。


 と、大いにシリアスかつ深遠な物語が展開されるこの巻ではありますが――しかしその語り口はあくまでも呑気でユーモラスであり、そしてここぞというところでとんでもないギャグを突っ込んでくることには変わりはありません。
 特に物語の最大のクライマックスにおいて、えっここであのキャラクターが!? と一瞬グッと来させておいて――次の瞬間に盛大に脱力させるという展開には、これはもうやられた! と天を仰ぐしかないのであります。
(しかし物語的にはそれで整合性があり、そしてそれはそれで泣かせるというのもまた心憎い!)

 考えてみれば、最近はちょっと迷ったり悩んだりする姿も見られたものの、基本的に廣天は人を悩ませ、化かし、振り回す存在。そんな廣天の真骨頂を――そしてその陰にある彼女の素顔を、この巻では存分に見せていただいたと感じます。


 そんなわけで物語は一つの結末を迎えたわけですが、この『千年狐』という物語自体はまだまだ続く模様であります。
 それではこの先の展開は――と思いきや、思わず目を疑うような予告が掲載されているのですが、さてそれが本当であるかも油断ならないのが本作。その真偽は、この先自分の目で確かめるとしましょう。

 しかしどんな展開であろうとも、そこで描かれるのは、たっぷりの笑いと、ちょっぴりの涙を交えた、世界を異にする者同士の関わりと繋りの物語であることは間違いない――そう信じてもよいのではないか、と私は思っている次第です。


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2020.07.27

黒狐尾花『姫陰陽師、安倍晴明 平安あやかし草子』 女晴明、大内裏に潜む怪異と謎に挑む

 人と狐の間の「娘」として生まれた晴明は、久しぶりに戻ってきた都で、鬼や天狗の跳梁など怪異が頻発していることを知る。さらに師・賀茂忠行が原因不明の体調不良を起こしたことから、男装してその原因があると思しき大内裏に潜入、調査を開始する晴明。しかし怪異は更に続き……

 平安ファンタジーの大スターである安倍晴明。その謎めいたキャラクターは、今に至るまで様々なバリエーションを生み出していますが、そんな新たな晴明の一人が本作の晴明であります。

 それは本作のタイトルにあるとおり、女晴明――人と信太狐の間に生まれ(と明言される晴明は実は比較的珍しいのですがそれはさておき)、法師陰陽師として市井で気儘に暮らしてきたという変わり種であります。
 もっとも(作中で晴明自身が語っているように)女性の身で陰陽寮に出仕するのはさすがに無理がありますが――しかし本作においては、晴明はその無理を余儀なくされることになります。

 というのも、大内裏で頻発する怪異に密かに対処してきた師・忠行が陰の気にやられ、久々に訪れた晴明の目の前で人事不省に陥るという椿事が発生したのであります。
 しかし忠行の子であり兄弟子である保憲は陰陽頭として激務に追われている以上、事態を解決できるのは自分のみ――と、晴明は保憲の手引きで大内裏に入り込むことになったのです。

 そこで晴明を待っていたのは、奇妙な幼児の霊に人に憑く鬼、後宮で囁かれる呪詛の噂、さらには冥府の獄卒の出没――と、いくつもの謎と怪異。その数々に晴明は挑むのですが……


 というわけで、決して本作が嚆矢というわけではない――というより作者のデビュー作である『平安鬼姫草子』に登場する晴明自身がそうなのですが――ものの、やはりユニークな晴明が活躍する本作。
 まず印象に残るのは、その晴明のモテっぷりというべきか、彼女を取り巻く男性キャラの豊富さでしょう。

 老練な陰陽師にして軽妙な忠行、冷静な優等生タイプの保憲、忠実な従僕の妖狐・雨暗、見鬼の力を持つ武人枠・源満季(実在の人物ですが、フィクションに登場するのはかなり珍しい)、そしてオレ様な天才少年の蘆屋道満……
 これだけ様々なタイプに囲まれ、アプローチされる晴明ですが、本人はいたって飄々として彼らをいなしている姿がまた、ある意味「晴明らしい」と見えるのも、なかなか面白い感覚であります。

 しかし本作はそうしたある意味ライトな趣向の一方で、かなり入り組んだミステリ味が強い物語が展開する物語でもあります。
 原因はおろか、範囲や内容すらもわからない怪異の連続。はたしてその正体は何なのか? ――物語の終盤まで、次から次へと発生する怪異の数々に対して、晴明は一歩一歩、怪異の真相に近づいていくことになります。

 その原因というのが実は決して単一ではなく、そしてそれがまたミスリードに繋がっていくのがまず面白いのですが――何よりも、単なる「力」だけでは祓えない怪異を解決するためにその根本を解き明かすというのは、ミステリ的であると同時に、陰陽師の手法として大いに頷けるものがあります。
(「あの歌」を知っていれば謎のかなりの部分が解けてしまうきらいはありますが……)

 ただ、その真相が真相だけに、本作ならではの晴明が女性という要素ともう少し絡め方があったのではないか、という印象も逆に生じるのも、正直なところではあります。
 もちろんそれはそれで、作中の男たちと同様に晴明を形にはめた見方になるかもしれませんが……


『姫陰陽師、安倍晴明 平安あやかし草子』(黒狐尾花 KADOKAWAメディアワークス文庫) Amazon

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2020.07.26

諸星大二郎『孔子暗黒伝』 世界と真理との対峙の果てに

 紀元前495年、岐山で周の遺跡に迷い込んだ孔子はそこで赤子を拾い、赤と名付ける。赤こそが天子と信じる孔子だが、赤はインドで奴隷の少年・アスラと出会い、仏陀の導きにより一人の少年ハリ・ハラに生まれ変わる。世界を遍歴するハリ・ハラを待つものは、そして孔子が知る周の真実とは……

 驚くほど多様なジャンルで、唯一無二の世界を描いてきた諸星大二郎の作品世界の中でも、大きな位置を占めるのが中国を舞台とした作品群であります。本作はその中でもごく初期の作品でありつつも、奇想天外かつ壮大で精緻な伝奇世界を描いた名作であります。(以下、内容の詳細にある程度踏み込みますのでご注意下さい)

 さて、本作はタイトルの通り、あの孔子を主人公の一人とする物語ではありますが、しかしそれだけではありません。
 本作は孔子が自らの理想とする古代周王朝の秘密を追う物語を縦軸に、そしてもう一人の主人公である少年・赤(が変じた存在であるハリ・ハラ)の、今でいう中国から東南アジア、さらには日本へと遍歴を続ける姿を横軸に描かれる物語なのであります。

 理想とする周の復活を夢見ながらも、世に受け入れられず、弟子たちとともに放浪する孔子。そして彼が迷い込んだ周の遺跡で発見した、食べても減らない「視肉」を食べて生きのび、天の赤気と共に現れた子供・赤。
 物語はこの二人の視点からの物語が交互に描かれることとなるのですが――時を遡る禁断の術法である反生・反剋の法を追い求めたり、あるいは泰山に眠る「黄帝の器」から驚くべき知識を得たりと、ある意味比較的ストレートな伝奇物語である孔子の物語に対して、赤の物語は、大きく観念的なものとして描かれることになります。

 何しろ、赤は老子に導かれて中国を旅立った末、インドでアスラの血脈に呪われた奴隷階級の少年であり自らの影である少年・アスラと出会い、そして入滅直前の仏陀に導かれ、ブラフマンと対になるアートマンとなるべく、二人で一体の存在であるハリ・ハラ(ヒンズー教でいうヴィシュヌとシヴァが合体した存在)と化して……

 と、文章にまとめると全くわからない(しかし本当にこのままの)展開を経て、二色人というべき姿となった赤改めハリ・ハラ。世界を遍歴し、「神」の顕現とその恵みを求める人々と出会う姿を描く彼の物語は、伝奇的というよりもむしろ神話的・宗教的な性格を色濃く感じさせるのです。

 そしてそんな二人の主人公、二つの性格の物語が諏訪において(直接的ではないにせよ)交錯し、さらにそこから現代にまで至ることによって、物語は世界各地の神話・宗教・思想、果ては現代の宇宙論までも取り入れ、やがて一つの巨大な真理の姿を浮かび上がらせるのですから――これを奇書と言わずして何と言うべきでしょうか。


 そんな本作では、実に作中で約2500年の時の流れが描かれることになるのですが、しかしそれはほんの序の口に過ぎません。何故ならその先には56億7千万年の時が待っているから――そう、本作はもう一つの奇書、あの『暗黒神話』と連関――いや連環を成すのですから!

 本作の前年に、同じ「週刊少年ジャンプ」で連載していた(それ自体が一種の驚異ですが……)いわば前作に当たる『暗黒神話』。
 現代の少年・武が、何者かに導かれるように西日本に点在する古代遺跡を訪れ、自らのアートマンとしての宿命と宇宙の恐るべき秘密を知るこの物語は、なるほど確か本作と重なる要素を持ちます。

 しかしそれ自身が極めて精緻かつ複雑な物語である『暗黒神話』ですが、物語のスケールのわりには物語が日本国内で終始すること、そして「人間」側の視点が希薄に感じられるきらいがなかったとはいえません。
 もちろんこの舞台設定は必然性があるものではあり、「人間」の視点も敵側のキャラクターが担っていたかもしれません。しかし本作はそれを、ハラ・ハリの世界遍歴、彼の後を追いながら果たせぬ孔子の姿を描くことで補ってみせた――そのようにも感じられます。

 少なくとも、全てを知った末に「泰山は崩れんか 梁柱は折れんか 哲人は死なんか!」と叫ぶしかなかった孔子の姿には、自分たちのちっぽけな存在を拒否するかのような世界そのもの――いや真理そのものに対峙してしまった人間の姿が、これ以上なく浮き彫りにされていると言えるでしょう。

 そしてそれこそが孔子の名が本作に冠されている理由の一つであり――そんな彼の姿は、この恐怖すら覚えるほど巨大な物語において、ある種の救いである、と感じてしまうのは、それはそれで人間としての限界なのかもしれませんが……


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2020.07.25

『大江戸もののけ物語』 第二話「狙われたおよう」

 寺子屋で働くおように字を教える一馬。しかし母の薬代のカタに身売りを迫られていたおようは、一馬への想いを胸に吉原に行ってしまう。後を追う一馬とお雛だが、実はこの一件はおようを狙う妖怪・呪々ガエルの企みだった。一馬の頼みで廓に潜入した猫又も捕らえられ、絶体絶命のおようの運命は……

 『大江戸もののけ物語』第二話は、本作のヒロインであるおようの主役回。前回からその存在が暗示されていた妖怪・呪々ガエルに狙われた彼女の受難が描かれます。

 この呪々ガエル、邪気(この描写がなかなかに気持ち悪くて良い)を好んで食らうというのですが、人間に化けて郭のオーナー――いや主に収まり、目をつけた娘を郭に引っ張り込んで邪気に染め、その邪気を喰らうという何とも悪趣味な妖怪。
 それも邪気のない人間を堕として邪鬼に染めた方がより得られる邪気が大きいと、邪気のなかったおように目をつけ、彼女の母を術で病気にして手なづけていた医者に高い薬を売りつけさせ、借金のカタに自分の廓に――という無駄に生々しい企みを巡らせるという、夏休みに良い子が観る番組にあるまじき奴であります。
(邪気を食われて廃人になった女郎たちが廓の地下に閉じ込められ、後で売り飛ばされるというのもまた実に厭な設定です)

 この呪々ガエルを演じたのは石丸謙二郎ですが、正体を現した後の膨れ上がった見ようによっては滑稽な姿以上に、むしろ人間体の時の厭らしさが印象的で、漫画チックなキャラクターに妙なリアリティを与えていたといえるでしょう。

 一方の一馬は、おようを助けようとお雛とともに廓に乗り込むもあっさり用心棒に叩きのめされ、天の邪鬼・猫又・河童のトリオに泣きつくのですが、ここで本作における妖怪のルールがシメされることになります。
 すなわち、
「人間には妖怪は見えない」
「勾玉を手にした一馬か、その一馬と手を繋いだ者は妖怪を見ることができる」
「人間に化けた妖怪は人間でも見ることができる」
というもので、言葉にしてみると何ということはありませんが、それを映像として、妖怪が出たり消えたりする光景を描くのは、プリミティブではありますが、なかなか楽しいものであります。

 そしてまたこのルールによって、呪々ガエルが廓の主に収まっていてもバレなかったり、トリオの中で唯一人間に化けられる猫又が吉原に潜入する(まあ猫又が紅一点ということもありますが)という必然性が生まれるのにはちょっと感心しました。
 何よりもクライマックスのバトルで、呪々ガエルと戦っている(というか一方的に舌で首を絞められている)一馬にしか相手の姿が見えないでいるところに、天の邪鬼が遠隔からおように力を貸して――というシチュエーションは、天の邪鬼ならではの面倒な特徴を活かしたギャグも含めて、なかなか面白かったと思います。

 正直なところ、おようが普段着で先輩女郎の身の回りの世話をしていたり(その割りに次の日から客を取らされることになってたり)、一馬が廓に刀を持って殴り込めたりと、考証のことはあまり気にしない私が見てもこれはどうなのかなあ――と思うところは少なくないのですが、しかしこのように一種の能力バトル的なお話としてみると結構楽しいところであります。

 また、字を識らないという結構珍しい設定のおようが、一馬に教わった自分の名前を自分で書いて「私はこんな形をしていたんですね」というくだりや、彼女に対する猫又の言葉が(ノベライゼーションを読んだ限りでは)この先の伏線になっていたりいる点も好印象です。(細かいところでは、猫を呼べるという猫又の能力も愉快)

 ただ、もう一人の主役かと思われた天の邪鬼は、お堂に封印されていて外に出られないという設定のためちょっと歯がゆいのですが――どうやら強大な力を持っているらしい彼が前面に出ると一馬の出番がなくなりそうなので、これはこれで良いのでしょう。

 ラストにはその天の邪鬼を狙う大ボス・百鬼がご丁寧にキャプション付きで登場。果たしてその思惑は――と、全五話のためか早めに動き出した感もありますが、どう考えても常人を相手にしそうにないクラスのキャラが、どのように一馬に絡むのか、その辺りも気になるところであります。


 ラストの荒俣宏の妖怪講座は、猫又のイメージの変遷の解説。山中にいると思われていたものが、猫が身近になるにつれ町に出るとされるようになった――という的確かつ興味深い解説だったのは流石だと思います。


関連サイト
 公式サイト

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2020.07.24

田中ほさな『川島芳子は男になりたい』第2巻 芳子、もう一人の自分を護衛する!?

 あの「東洋のマタ・ハリ」こと男装の麗人・川島芳子が、本当に男に変身――いや変生男子してしまうという、何とも奇想天外な歴史アクション漫画の第2巻であります。首尾良く溥儀脱出ミッションを成功させたことで軍に認められた彼女の次なる任務は、財閥の令嬢警護……?

 国家の大業を担うような冒険をするために「男になりたい」という夢のため、どんな夢でも叶うという上海を訪れた芳子。
 その顔役、EV・サスーンの下で男になる施術を受けた彼女ですが――しかしその術は、「エロい感じ」になると男になり、涙を流すと女に戻るという、何とも奇妙なものだったのであります。

 それでも男女二つの顔を使い分け、日本軍人・田中隆吉の下で紫禁城からの皇帝溥儀救出ミッションを見事成功させた芳子は、軍にその実力(と体質(?))を認めさせたのですが――その彼女に対して、軍の司令部のトップ(あの有名人)が直々に下した新たな任務とは、誘拐犯に付け狙われているという新興財閥の一人娘・鮎川美禰子の護衛だったのです。

 ところが当の美禰子は才色兼備で銃も格闘もお手の物、そして極めて我儘で気まぐれと護衛泣かせ。それでも彼女の身を護るために奔走する芳子は、美禰子が自分と同様に冒険を求めていることを知り、彼女を囮に犯人たちを引きずり出そうとするのですが……


 というわけで、今回の芳子の任務は、アクションものの定番の一つというべきボディガード。それも警護対象が驕慢な美女とくれば、意地悪な言い方をすれば、展開はある程度予測できるようにも思えます。
 すなわち、人を人とも思わぬような護衛対象が、主人公の奮闘に心を改め、やがて惹かれるように――というあれですが、しかし本作は、そんな単純で、しかも男に都合の良い「じゃじゃ馬馴らし」の物語などでは決して終わりません。

 何故ならば、その護衛対象たる美禰子は、いうなればもう一人の芳子。彼女もまた、男社会の中で自分の自由――本当にやりたいことをやる機会を得るという意味での――を奪われ、女という枠の中に押し込められているのですから。

 もちろん美禰子は、芳子と全く同じではありません。彼女の方が芳子よりも、女性である自分を利用し、そして女性である自分を諦めている――すなわち、良くも悪くも女性という立場に自覚的といえるでしょう。
 それでも、美禰子が真に求めているものが何であるかは、芳子にとってはまさに自明のもの――言うまでもなくそれは、彼女自身が求めるものでもあるのですから。

 だからこそ、物語のクライマックス、ついに牙を剥いた誘拐犯たちと対峙した芳子が、美禰子にかけた言葉は、美禰子が、そして芳子が求めるものを何よりも的確に示した言葉として何よりも痛快で、そして感動的に響くのであります。
 そしてそれこそは本作が実在の人物を面白おかしく扱っただけの作品などではなく、一種象徴としての川島芳子を通じて、自分らしさを、自分が自分であることを求める女性たちへのエンパワメントを描く作品であることを示すものだと、私は信じます。
(もっとも、そのために変生男子しないといけないという矛盾が、本作をさらにややこしくしているのですが……)


 しかし、本作で芳子に比されるのは美禰子だけではありません。物語の背後で暗躍し、清朝復辟を企図する怪人物――死んだはずの西太后もまた、いうなれば自分を貫くために、自分自身の望むところを為すために、「男」であろうとした人物であります。
 芳子にとっては血縁者であり、そしてもう一人の自分――そんな相手を向こうに回して、芳子が如何に「男を見せる」のか。西太后のそれとは異なるであろうその答えを期待したいと思います。
(そして上で述べた矛盾の答えもまた……)


『川島芳子は男になりたい』第2巻(田中ほさな 講談社シリウスKC) Amazon

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2020.07.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第4巻 開幕直前 いくさ人・武芸者オールスター戦!

 関ヶ原の戦後の前田慶次が九州に渡って大暴れの『前田慶次かぶき旅』、第4巻では天草での騒動に本格的に慶次が首を突っ込むことになります。さらにあの男をはじめ敵味方とんでもない面々が次々と加わり、事態はオールスター戦の様相を呈することに……(内容の詳細に踏み込みますのでご注意下さい)

 肥後の加藤清正の下での南蛮海賊と地元民の争いを、御前試合という思わぬ手段を提案して解決に導いた慶次。しかし争いの背後に九州で乱を起こさんとするキリシタン勢力の暗躍があることを知った慶次は、当然のようにその本拠・天草に乗り込むことになります。
 天草のキリシタンを操るのは、御前試合で弟を立花宗茂に斬られたガルシア神父。そして彼に忠実に付き従うのは、巨大な長巻を自在に操る佐々木小次郎(初代)! そしてその小次郎が慶次の前に姿を現して……

 という一触即発の状況から始まるこの巻ですが、悠揚迫らぬ態度の慶次に対して、真っ先に小次郎に突っかかっていったのは――そして燕返しで斬られたのは柳生兵庫助。本作の兵庫助はそういう役回りですが、そこで立ち上がったのは、兵庫助の付き人を務めていた謎の巨漢・左兵衛であります。

 まさしく獅子吼というべき凄まじい気合いとともに小次郎の前に立ち塞がった左兵衛。覆面に隠されていたその正体とは――死んだはずの島左近!
 ……兵庫助の近くにいて名前に左の字がつくという時点でまず間違いなくそうだろうと思っていましたが、やはり慶次とSAKONの競演はテンションがあがります(いや、あちらの左近とは一応無関係なんですが)。

 そして慶次方に思わぬ強敵がいることを知ったガルシア神父と、小次郎に命を下す謎の老人――その正体は丸目蔵人佐(!)が、さらに戦力を増強するために招いたのは、新免無二斎、そしてその息子・弁之助。
 一方の慶次側は、慶次・兵庫助・左近に加え、ガルシアに弟の仇討ちという名目で引っ張り出された立花宗茂と、こちらももの凄い顔ぶれ。もはやこの時代の名のあるいくさ人(牢人)・武芸者オールスター戦状態なのであります。


 と、実際にはこの巻では敵味方が揃って次巻に続く、まさに顔見世というところなのですが、しかしやはりこれだけの面子が揃えば、それだけでテンションが上がることは間違いありません。
 本作では慶次はほとんど鬼札状態であって、自分ではほとんど動かない状態ですが、それに代わって、彼の廻りに数々のキャラクターを設定するのは、これはこれで大ありと言うべきでしょう。

 しかしこの巻で一番のクライマックスは、実は上で触れた左近と、清正・宗茂の対面のくだりと感じます。
 言うまでもなく左近は関ヶ原の戦で西軍を指揮した石田三成の軍師。一方、清正は関ヶ原では東軍に属した、三成のある意味宿敵ともいうべき存在であり――そして宗茂は西軍で戦い、戦の後も清正と矛を交えた男と、実にややこしい間柄の面子であります。
(さらにいえばその時、西軍と連動して出羽で暴れていた慶次)

 そんな面子が一堂に会した時、何が起こるか? ……言うまでもありません、いくさ人はいくさ人を知るのであります。そんな豪傑たちが肝胆相照らす姿は、兵庫助でなくとも泣けるものがあるのです。


 史実との整合性などは一旦置いておいて、この時代にこの面子でこういう物語が見たい、というのにきっちり応えてくれる本作。それはそれで、大いにアリと言うべきでしょう。
 いわば現代の講談として――この先の展開も大いに期待しているところであります。


『前田慶次かぶき旅』第4巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2020.07.22

冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第4巻 新章突入、迅鉄長崎へ

 第1巻から長きに渡り続いてきた「底根國の天探女」編もこの巻の冒頭で完結し、鉄仮面の渡世人・迅鉄と喋る刀・鋼丸も新たな地に向かいます――が、そこで待ち受けるのは、彼の「生みの親」にまつわる不穏な噂と、一度は振り払ったはずの因縁。長崎にて、迅鉄たちの新たな戦いが始まります。

 紅雀の丹が託された謎の図面、そして迅鉄自身を狙って暗躍した三度笠の一団・灰土隊。彼らの手先となって働いていた旅芸人姉妹や旅の学者・狩野久作、公儀隠密まで巻き込んでの乱戦の末に灰土隊は全滅、姉妹とも別れてようやく迅鉄と丹は股旅稼業に――と思いきや、久作の言葉から、新たな厄介事に二人は巻き込まれることとなります。

 久作の言葉――それは、迅鉄をかつて鋼の体に改造し、死から蘇らせた蘭学者・平賀源吉が、生きている噂があるというもの。江戸で死んだはずの源吉が、長崎で目撃された――その真偽を確かめたいという久作に引っ張られて、迅鉄は(そして巻き添えで丹も)一路長崎に向かうことになるのですが……


 というわけで始まる新章「屍者の讌」。本作もそれに属するであろう股旅もので長崎が舞台というのは珍しい印象がありますが、なるほど迅鉄の「生みの親」が長崎出身ということであれば――そして灰土隊の背後にいる謎の組織・扇会が長崎商人を母体にしているのであれば――この展開も納得です。

 それにしても今回驚かされたのは久作の素性です。なにしろこの久作、突然物語に顔を出して以来、良いタイミングで丹を助けたり、迅鉄の腕を持ち去ったりと――そして何よりも絡繰りに詳しい旅の学者という時点で実に怪しい人物なのですから。
 迅鉄と丹以外の登場人物に何かしらの裏や秘密がある本作において、これだけ怪しい久作に何もないはずはない! ……と思っていたのですが、(廻船問屋の道楽息子で、海の上では意外とワイルドなことを除けば)本当に語った通りの人物であったとは、逆に驚かされました。

 しかし彼がトラブルを持ってきたのは間違い話でもあります。上で述べたとおり、先のエピソードでの争いの背後にいた扇会の本拠は長崎――結果として、敵地に迅鉄は飛び込こんだことになります。
 はたして迅鉄に(思わぬところから)迫る魔手。その一方で、灰土隊と共に戦った公儀隠密・伊奈信治、阿蘭陀人との混血であり、丹とは友情ともつかぬ不思議な情で繋がった灰土隊の女剣士・瑠璃も長崎に現れ、再び物語は賑やかになってきました。

 その分、迅鉄の出番が――という印象もありますが、それはそれで彼らしいというべきでしょう。入り組んだ物語はこれからが本番のようであります。


『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第4巻(冬目景 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon


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2020.07.21

梶川卓郎『信長のシェフ』第27巻 本願寺への道? ケン、料理人から××へ!?

 ここしばらくは、歴史を変えて信長を救うため、タイムスリップした現代人最後の一人である望月を探すために行動していたケン。しかしその行動が、とんでもない波乱を引き起こすことに……(内容の詳細に触れますのでご注意を)

 この時代で生きていくことを決意し、信長を生き延びさせようと図るケン。そのためには、この時代にとっては異物である自分たち現代人を集めて歴史を変えるしかない――と最近考えている彼ですが、しかし、もはや協力を受けられそうなのは、所在がわからない望月のみであります。
 彼を探すために何とか記憶喪失を治そうとも考えたケンですが、代わりに今の――夏の記憶をなくしかねないとのことで断念。となれば後はようこに聞くしかない(間接的に今の恋人のために昔の恋人を頼るというのもなんですが)と考えるものの、今彼女は信長の宿敵である本願寺顕如の下におります。

 何とか潜り込みたいと考えている間に、信康を切腹させて食欲をなくした家康の下に派遣されるケン。なるほど、この巻でも、大きな戦いの合間の単発のエピソードが淡々と描かれるのかな――などというこちらの予想は、思い切り覆されることになります。
 本願寺と、朝廷を介して和睦しようと言い出す信長。しかし信長がそれだけで済ますはずはなく、何と京に同行させたケンに、とんでもない命を下すのであります。本願寺との和睦交渉のため、公家の猶子となれ、と……


 ??? と、信長の無茶振りにも馴れたケンも一瞬思考が止まってしまうほどの急展開に、もちろん読者の方も思考停止。猶子といえば、つまりは養子――要するにケンを信長の家臣から公家にしてしまおうというのですから、これまでにない無茶ぶりであります。

 なるほど、公家の一員として勅使となってしまえば、本願寺にも安全に(?)入り込める道理ですが、いくら信長であってもさすがに横紙破りが過ぎる。
 何百年も文化と伝統を積み重ねてきた公家の歴史を甘く見てもらってはこまると反発した公家の一人・勧修寺晴豊は、ある試練をケンに課すことに――と、ようやくいつものノリになってきましたが、しかしその試練というのが料理ではなく、思わぬ変化球なのが楽しいところであります。

 果たして全く勝手が違うジャンルで、いかに試練を乗り越えるか――といいつつ、こんな手があるのか!? という仰天の技でケンがクリアしてしまうのも実に愉快なこの巻の後半の展開ですが、いつかは登場するだろうと予想していたあの人物が、想像以上の豪快ぶりを発揮して登場するのもまた楽しい。
 やはり本作はまだまだこちらの予想を良い意味で裏切ってくれます。


 それにしても、何故信長はそこまでしてケンを本願寺に送り込もうというのか。もちろんようこに会いたいというケンの望みを叶えるため――などというはずはありません。いや、何よりも何故わざわざここで本願寺と和睦しようというのか?

 ここで気になるのは、前々巻以来の登場となったイエズス会の動き。どうやら本作ではイエズス会にまつわる一種の陰謀論を採用しているようですが、そのイエズス会の暗躍に対する牽制に、本願寺を使うつもりではないか――という予想も立てられます。
 しかしそんな予想は我々でなくとも、顕如にも当然できるはず。そんなミエミエの話で、顕如が信長のために動くはずもなく――いやはや、ますますわからなくなってきました。

 その一方で、武田勝頼を巡る物語も並行して描かれ、またイエズス会の方でもヤスケが意味有りげに顔を出すなど、この先を見据えて着実に布石が打たれている感もあります。
 果たしてこの先物語がどのような結末を迎えるのか――というのはまだ気が早すぎるにせよ、そこに至るまでの経緯の一つ一つが、布石として既に積み上げられていることは間違いありません。

 まずはこの和睦交渉がいかなる展開を見せるのか――そこから楽しみにしたいと思います。


『信長のシェフ』第27巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon


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2020.07.20

「コミック乱ツインズ」2020年8月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」8月号の紹介の後半であります。今回は読切にシリーズ連載、最終回と、なかなか賑やかな内容であります。

『不便ですてきな江戸時代』(はしもとみつお&永井義男)
 『築地魚河岸三代目』の大ベテランが、『いちげき』の原作も務める永井義男の同名小説を漫画化した本作(原作では主人公は二人でしたが、こちらでは片方のみ登場)。突然叔母の家から江戸時代に行ってしまった(「これってもしかして世にいうあの有名な……タイムスリップか!?」というモノローグが可笑しい)島辺青年の江戸生活を描きます。

 服装も文化も地理も何もかもが異なる江戸で途方に暮れる島辺が、偶々出会った古着売りの男とその娘のもとに身を寄せて、江戸のナマの姿を目の当たりにする――という本作、原作は綺麗事ではない江戸の光と影を描く作品でしたが、この漫画版は「すてき」の側がかなり強く、「不便」はほとんど描かれなかったのが残念(刃物持った破落戸に絡まれたくらい?)。もし続編があればそこは解消してほしいところです。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 いよいよ最終回、大坂夏の陣であります。政宗も徳川方として参陣したものの、傍らには景綱の姿はなく、代わって息子の重綱が――という、時代の移り変わりを感じさせるのが何とも切ないところですが(大坂夏の陣が、そもそも戦国最後の戦いというべきですが)、それでも最後までギャグを交えつつ、政宗たちの姿を活写。個人的には政宗との因縁まで描いて欲しかったところですが、そこは『真田魂』最終回の方でしょうか(気が早い)。
 ちなみに今回はオマケページに作者への50の質問が掲載されており、なかなか興味深いところであります。


『かきすて!』(艶々)
 シリーズ連載三回目、女子三人のちょっとアブない東海道旅は小田原宿まで到着。ここで宿に泊まった三人ですが、主人公のナツはは宿にマモノが出るから早く寝ろと言われ――と、本当に何も知らないおぼこいナツが色々と心配になりますが、今回の江戸旅の風俗は飯盛であります。
 宿の優しそうなお姉さんがあんなことに――という展開はちょっとドキドキですが、さすがにマモノの正体はどうかしら。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 お互いもはや全てを失い、相手を殺さなければ一歩も前に進めなくなってしまった丑五郎と伊牟田。手傷を負い、ソノを人質に女郎屋に立て籠もった伊牟田に対し、口八丁手八丁で挑む丑五郎ですが、まだまだ伊牟田のパワーは健在、店の中――というより店そのものを破壊しながら繰り広げられる一軒家チャンバラの果てに、丑五郎は予想だにしなかった形で追い詰められることになります。

 と、丑五郎が深手を追った伊牟田を挑発しながら逃げ回り、弱らせようとするのに対し、思わぬクレバーな作戦により、丑五郎を一転窮地に追い込む伊牟田。あの忍びから与えられた薬まで口にして、いよいよ丑五郎び打つ手なしという印象ですが――それどころではなく強烈なインパクトを残すのは、ソノの本音でしょう。
 ものわかりのいいおじさんになってソノを見守る伊牟田に対して、ハァ? とばかりに丑五郎をこき下ろすソノという地獄展開にはこちらも思わず絶句。もう丑五郎がその場に居合わせたら心を折られて即死しかねない展開に、もう本格的に何もなくなった二人の明日はどっちなのか……


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
  白子屋が差し向けた人斬りカップルの片割れである田島一之助と、お互いそうとは知らぬままに患者と医者という関係になってしまった梅安。誠心誠意接する梅安に一之助はもうメロメロ、ファザコンぶりを発揮して懐いてしまうのですが――そこに遅れて北山彦七が到着したことで一転修羅場に突入です。
 自分が女に浮気しておきながら、一之助に近づく奴はコロス、と勝手な嫉妬心を発揮した北山は、実は本当に相手がターゲットとは知らず、梅安を殺しに向かうのですが……

 かつて大名家の家老一行二十数人を、たった二人で血祭りに挙げたというバトル漫画のような設定を持つ北山・田島カップル。本来であれば江戸で梅安を襲うはずが、全く別の、形で梅安と関わりを持ってしまうのが実に面白い展開ですが、自業自得としかいいようのない結末の皮肉な味わいは何ともいえないものがあります(原作と違う展開になりましたがまあこれはこれで)。


 次号はやまさき拓味のシリーズ連載『雑兵物語 明日はどっちへ』がスタートとなります。


「コミック乱ツインズ」2020年8月号(リイド社) Amazon

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2020.07.19

「コミック乱ツインズ」2020年8月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は、『はんなり半次郎』が表紙&巻頭カラー。『そば屋 幻庵』が久々に復活、『政宗さまと景綱くん』が最終回、その他『かきすて!』『不便ですてきな江戸の町』掲載と、ちょっといつもと変わった顔ぶれであります。今回も印象に残った作品を紹介します。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 陶器の継ぎの話をしているところに、求善賈堂に現れた絵師・川原登与助(慶賀)。彼は半次郎に細かく砕いた大皿の、それも二枚分が混じった破片を持ち込み、復元を依頼してきたのでした。一度は無理と思われながら、小夜の努力で見事復元された二枚の絵皿――と、その時乱入してきたのは芹沢鴨、田中伊織(と土方)。芹沢はその皿に、かつてシーボルトが入手した江戸城本丸の見取り図が記されていると決めつけるのですが……

 川原、芹沢、田中(何故このチョイス……)さらには終盤にあと二人と、実在の人物祭りの今回(土方は毎回登場していますが)。お話的には結構シンプルなのですが、半次郎のキャラとシーボルトにまつわる史実を絡めて、ある種の女性の生き方を浮き彫りにしてみせた展開には感心いたしました。
 しかしここに登場した実在の女性は、えらい苦労を背負ったわけではありますが……(そしてうち一人は、後世の漫画やアニメに思わぬ影響を与えた、というのは余談)


『そば屋 幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 そば職人の網五郎から、下総で見つけた「新しい豆」を手に入れた玄太郎。炒ってもゆでても旨いこの豆を使って、新しい蕎麦を作り出そうとする玄太郎ですが、なかなかうまくいかず……
 というわけで、千葉県民にとってはお馴染みすぎるあの豆に玄太郎が挑む今回。なかなか蕎麦を食べてくれない孫のためという下心もあって、あの手この手を試す玄太郎ですが――あ、これは絶対美味しそうという蕎麦が完成するのはいつもの通りなのですが、読んでいて夜中でも蕎麦が食べたくなるのは本当に困る。いや困らない。

 にしてもこちらの登場人物は、皆瞳が明るくてよいなあ――と、『勘定吟味役異聞』との違いに改めて驚かされますが、そちらは次号から新展開で連載再開であります。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 自分と益子屋、そして唐津藩の関わりが、かつて亡父が江戸家老・拝郷の依頼で家中の罪人の首を斬ってみせたことから始まったと知った佐内。今の自分が、言ってみれば親の代の関わりによって動かされていると知った佐内は、さらに根岸から「おぬしは一体何の為に人を斬る?」と尋ねられて……

 前半で描かれる父・友右衛門の峻厳苛烈な生き方(そして益子屋と拝郷の大人の器量)も印象に残りますが、やはり注目すべきは、後半での自分が何の為に人を斬るのか――言い替えれば、自分の生き方とは何かという問いかけに揺れる佐内の姿でしょう。
 これまで一貫して描かれてきたように、(おしまさんには年相応の顔も見せつつも、)普段はどこか老成した――虚無的とはまた微妙に異なる――雰囲気を漂わせる佐内。それでいて人斬りという血腥い仕事を淡々とこなす彼の姿は、ある種の違和感を生み出していたのですが――何故人を斬るのか、という問いかけは、根岸だけでなく我々の疑問でもあります。

 もちろんそれは金のためであることは間違いありませんが、しかしそれだけのために、恨みもない相手を、自らの身を危険に晒して斬ることができるのか。佐内にとってはそれが当たり前のこととして、彼なりに納得していたわけですが――しかしラストで、何だかそんな彼の心を揺るがせそうな新キャラクターが!
 いかにも○○○○面したキャラを前に、どうする佐内、どうする相良!?(お約束)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年8月号(リイド社) Amazon

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2020.07.18

『大江戸もののけ物語』 第一話「お雛の願い」

 寺子屋の師匠を務める一馬は、優しいが気は弱く、気の強い生徒のお雛に助けられてばかり。ある日、元気のないお雛の後を追った一馬は、廃寺で彼女が土器に祈っているのを目撃、そこにあった緑色の石を手にした時、土器が割れて一馬の前に天の邪鬼が現れた。天の邪鬼からお雛の願いを聞いた一馬だが……

 コンスタントに時代劇を放送しているBSプレミアムですが、この夏に放送されるのは『大江戸もののけ物語』――原作はありませんが、一時期ブームとなった妖怪時代小説を映像化したようなテイスト妖怪時代劇です。
 この妖怪時代劇は、妖怪の存在を見ることができる主人公が、彼らと力を合わせて様々な騒動を解決していく――というのが一つのパターンですが、本作はまさにそれを地で行く物語であります。

 主人公の一馬は武家の次男坊ながら、剣も苦手で気も弱い青年。普段は寺子屋の師匠を務めているものの、子供には舐められっぱなしという有様であります。
 そんな彼の密かな趣味は、妖怪研究――幼い頃に家の蔵で妖怪と出会ったことをきっかけに、妖怪のことを記した本を集め始め、今では厳格な父に隠れて屋根裏に妖怪研究室を作っているという、完全に(ちょっと困った類の)マニアであります。

 そんな彼がふとしたことから三人のもののけ――天の邪鬼、河童、猫又と出会ったことをきっかけに、教え子のお雛の願いを叶えるために奔走するというのが今回のお話。何だか共通点のない面子ですが幼馴染らしいこの三人、どうやら天の邪鬼だけ何者かに火焔土器の中に封じ込められていたようですが――その封印を破ったのが、一馬ということになるのでしょうか。

 それはさておき、火焔土器に祈っていたお雛の願いを聞いていた天の邪鬼が(その名前の通りの性格を逆手に取られて)一馬に教えたのは、死んだ母に会いたいというお雛の願いでした。
 普通であればさすがに無理だと思うところですが、ここで妖怪研究室の妖怪本を漁った一馬は、その中から一人の妖怪を見つけ出します。その名は「魂探し」――その名の通り、人の魂を集めている剣呑極まりない妖怪のようですが、一馬は天の邪鬼に頼んでこの魂探しを呼び出してもらおうとするではありませんか。

 そして一馬とお雛の前に現れた魂探しに、お雛の母を呼び出して欲しいと願う一馬。しかしその代償に、魂探しは一馬の魂を要求してきて……


 という、一種の人情ものの今回、母を亡くして悲しむ少女(普段のほとんど寺子屋の顔役みたいな強気ぶりとの演じ分けがお見事)を元気づける――というのは定番かもしれませんが、その解決のための手段が、母親の魂を呼び出すというのは、これは妖怪時代劇ならではの展開とというべきでしょうか。
 しかし魂探しという初めて聞く――のはともかく、何だかえらい剣呑で強力な妖怪の存在を調べ上げるとは、一馬のマニアっぷりは相当のもの。というよりあの妖怪本、火焔大魔王やコーンジョのことも載ってそうであります。

 ほかにも、そんな魂探しにあっさりと話をつける天の邪鬼や、○○○の○○○はそんなに大きくないよなあ――など、ツッコミどころは色々とあるのですが、感心させられたのは妖怪のデザインと造形の良さ。
 あまり妖怪っぽくないフォルムの猫又はともかく、やはり人間同様の姿ながら、上半身の各所に貼り付いた土器の欠片がデザインのアクセントとなっている天の邪鬼、逆に完全にクリーチャー状態の河童など、いい感じで親しみやすさと異形さが出ていたかと思います。

 本作の妖怪デザインは、2005年の『妖怪大戦争』でも妖怪デザインを担当した井上淳哉で、この辺りはなるほど――と納得させられたところであります(ちなみに本作のエグゼクティブ・プロデューサーは、『妖怪大戦争』の製作総指揮の角川歴彦で、この辺りちょっと興味深い)。


 今回はキャラクターや設定紹介を行う必要もあって、比較的シンプルなお話ではありましたが、まずは手堅い滑り出しという印象。それでもヒロインのおようの後をつける不気味な影や、何よりも記憶を失い廃寺に封印されて外に出られない天の邪鬼の存在など、この先の展開への引きもありました。
 全五回予定の本作、この先何を、どこまで描いてくれるのか――実はかなり珍しい妖怪もののTV時代劇ということもあり、楽しみにしたいと思います。


 と、ラストに妖怪に関する荒俣宏のミニコーナーがあるのですが、そこで「君たち子どもたち」という発言が。本作、子供向けだったのですね……


関連サイト
 公式サイト

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2020.07.17

川崎いづみ『大江戸もののけ物語』(小説版) 妖怪時代劇、まずは小説で登場

 本日からBSプレミアムで放送開始の『大江戸もののけ物語』を、脚本家自身がKADOKAWAの児童文庫レーベル「角川つばさ文庫」でノベライゼーションした一冊――寺子屋の先生と三人のもののけが様々な事件に挑む、にぎやかな物語であります。

 優しい心を持ちながら気が弱く、教えている寺子屋の子どもたちからもなめられている武家の次男坊・新海一馬。そんな彼の密かな楽しみは、もののけに関する書物を読むこと――実は彼には、幼い頃にもののけと出会った過去があり、それ以来、家族に隠れてもののけに関する書物を集めていたのであります。

 そんなある日、いつも自分を助けてくれる気の強い教え子のお雛が沈んでいるのが気にかかった一馬は、彼女がとあるお堂に祀られた古い器に祈っているのを目撃することになります。お雛が去った後にその器に載せられていた緑の石を手にした一馬ですが、その彼の前に、天の邪鬼、猫又、河童の三人のもののけが現れたではありませんか。
 どうやら緑の石を手にした時にもののけを見ることができる力が自分にあると知った一馬は、もののけたちの力を借りて、お雛の悩みを解決しようとするのですが……


 というTV第1話の内容とほぼ同じエピソードから始まる本作は、そのキャラクター配置や物語を見れば瞭然なとおり、いわゆる妖怪時代劇――江戸の町を舞台に、主人公が妖怪たちと協力して事件解決に奔走するスタイルの物語であります。
 この妖怪時代劇は、少し前までは文庫書き下ろし時代小説では結構な点数が刊行されていましたが、内容的には「人情もの」が基調といえます。

 本作でも、冒頭の、上で紹介したお雛のエピソードはまさにそうした「人情もの」のフォーマットですが、それ以降は、人の命を奪う帳面を持つ一つ目小僧との対決、そしてさらなる強大な敵との対決と、妖怪退治もの的な展開となっていく点は、なかなか興味深く感じられました。
 特に一つ目小僧のエピソードは(最初のエピソードも少しそうした性格がありますが)、一種の能力バトル的展開となっているのが、実に面白いところであります(この一つ目小僧の能力、突飛なようですが、人間の一年の落ち度を記録して疫病神に報告するという伝承から来ているのでしょう)。


 このようにユニークな点はあるのですが、このノベライゼーションは児童向けであることから、かなりシンプルな書き方になっている――のは仕方ないのですが、それでも正直なところ、個人的には首を傾げる部分、食い足りない部分が少なくありません。

 特に終盤の、何故一馬と天の邪鬼が重要なのか、物語の中心となるのかという部分は、もう少し描く必要があったのではないかと思いますが――この辺りは、ドラマの方でもう少し掘り下げられるのではないかと期待します。
(あと、ヒロインのはずのおようの主役エピソードがノベライズされていないので、お雛の方がヒロインっぽく見える――というのは仕方ないとは思いますが)

 もっともこれは大人の、マニアの目線ではあり、妖怪時代劇がTVで放映され、そしてそれが児童向け文庫でノベライゼーションされるというのは、何とも嬉しいことではあります。
 本作で予習が出来たことでもあり、次はTVの方で楽しませていただこうと思います。


『大江戸もののけ物語』(川崎いづみ 角川つばさ文庫) Amazon

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2020.07.16

わらいなく『ZINGNIZE』第4巻 小太郎の道理、小太郎の狂気!

 時は1604年、魔人・風魔小太郎に挑む高坂甚内ら三人の甚内の物語は新章に突入。この巻では、夜の闇に蠢く奇怪な死人の軍団と高坂甚内の戦い、そして小太郎の不死身の秘密と真の狙いが描かれることとなります。果たして小太郎の狂気の野望とは……

 大久保長安の依頼で(というより彼に仕える女忍び・菊の色香に迷って)、凶賊風魔一党を率いる小太郎討伐を引き受けた高坂甚内。しかし小太郎の不死身の肉体を前に惨敗を喫した高坂は、それでもめげることなく小太郎の首を狙い続けます。
 風魔の密偵だった庄司甚内を仲間に加え、かつての仲間だった鳶沢甚内も味方に――はできなかったものの、再戦に向けてやる気十分な高坂。しかしその裏では長安が不穏な動きを見せていたのでした。

 そして関東の古戦場で、夜毎謎の軍勢が蠢いていることを知った長安に派遣された菊は、下総国臼井でその軍勢を発見するのですが――その正体は巨大な鎧武者の老人に率いられる死人の群れであったのです。
 発見され、死人たちを蹴散らして脱出せんとするも、老武者に倒され人質にされた菊。そしてその前に現れた小太郎は、彼女に自分の過去と真の目的を語るのですが……


 と、菊が人前では読めないような姿で表紙(そして口絵や本文ではもっと大変なことに)を飾るこの巻の前半では、菊の視点から、小太郎の新たな策動が描かれます。

 小太郎の配下の一人・丹生童子の得意とする忍法・反魂香で復活した、古戦場に眠る無数の兵の亡骸。まだ戦国などほんの昨日のことであるこの時代、戦死者の亡骸など、無数に存在しているわけで、それを手勢として操ればどうなるか。
 本作ではほとんど冒頭から登場していた(そしてその後の小太郎との対決が凄すぎて私は存在を忘れていたのですが)丹生童子、こうしてみるとほとんど反則級の能力です。

 しかし反則といえば、真の反則は、そもそも死なない風魔小太郎の存在であります。

 死人の群れを相手に、片足ガンブレードガールとして戦いながらも奮戦虚しく捕らえられ、縛められた菊の前に(何故か全裸で)現れた小太郎。
 ああっ、本当にお菊さんが人前では読めないような目に遭ってしまう! と思いきや、そこで思わぬ小太郎の肉体の秘密が明かされることになります(この辺りの落差が本作は本当にうまい)。

 菊に自分が不死身となった理由を得々と語り始める小太郎――そしてそれは同時に、彼が天下を騒擾するその理由を語る物語でもあります。不死身の肉体を持った彼が、天下静謐を目前としたこの時代を乱さんとするその理由を……


 タイトルに表れているように、本作はもちろん高坂甚内を――三甚内を主人公とする物語であります。しかしそれ以上に、本作において強烈な存在感を発揮しているのは小太郎であることは間違いないでしょう。
 その強烈な髪型とお茶目な言動――はさておき、比喩ではなく文字通りの不死身の存在である小太郎は、死と暴力の化身として、本作に君臨しているのですから。

 しかしその彼が何のために暴れているのか――その点については、単に暴れたいからだろう、とこれまで全く疑いを持たずに読んでいたのですが、なるほど、こんなとんでもない理由であったか! と驚かされました。
 確かにそれは無茶も無茶ではありますが、しかしこの時代に、そしてこのような肉体を持った人間ならこうもなろうという道理と、それでもなおやはり彼らしい狂気を感じさせるものとして、納得させられた次第です。


 しかし、そんな過去も理由も、高坂甚内には関係のないこと。彼の行動原理は唯一つ、菊を救い出すこと――かくてこの巻の終盤では、単身、いや庄司を引き連れて死人の群れに突入した高坂の八方破れの大暴れが描かれることになります。
 しかし彼が超人であれば、その前に立ちふさがる老武者もまた怪物。そして単なる怪物とは思わぬ威厳を持ったその正体とは……

 ラストでは、安定を求めて戦いから背を向けていた鳶沢甚内も動き出す様子で、物語もいよいよ盛り上がるばかり。もうここはこの勢いと熱量に圧倒され、流されるのが正しいのでしょう。
 粗削りですが、それだけのポテンシャルを持つ作品であります。


 それにしても、小太郎の過去において菊が不審を抱いた点は、確かにあれは気になるわけですが、そういえば長安とあの家には、一つの接点が……


『ZINGNIZE』第4巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon


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2020.07.15

藤田かくじ『徳川の猿』第2巻 新たなる天狗、その名は相馬……

 太平の時代に次々とテロを引き起こす謎の集団「天狗」に立ち向かう、女性ばかりのカウンターテロ部隊「猿」の死闘を描くバイオレンスアクション漫画の第2巻であります。天狗たちの策謀が激化、巧妙化する中、猿たちの戦いの行方は……

 父の仇討ちのために訪れた江戸で「天狗」のテロに巻き込まれ、「猿」の一員であり、目・耳・口が不自由ながら皮膚感覚のみで異常な戦闘力を発揮する異形の娘・月に助けられた少女剣士・鈴。父が天狗に殺されたことを知った彼女は、自らも猿の一員に――という名目の、月の飯炊きに――加わるのでした。

 猿のメンバーは、月とその妹分であり、鳴らす太鼓の振動で月に情報を送る犬千代に加え、お家を取り潰され今は銭湯で働くくノ一の服部小虎、銭を撃つ銃を操る女岡っ引きのゼニ、表の顔は骨接ぎ師の暗殺者・梅蘭、そして自称・正義の味方の仮面の剣士・獅子丸と実に個性的。
 そして敵である天狗の側も、トーマス・ラッフルズをスポンサーに、モリアーティ少年や正体不明の金髪美女「うつろ舟の女」と妙にワールドワイドな顔ぶれで、この両者によるド派手な戦いが繰り広げられることになります。


 さて、第1巻(とこの巻の冒頭)では、天狗のテロ活動もかなり無計画に感じられるものが多かった――もちろん、そういうものの方が恐ろしかったりもするのですが――のですが、この巻ではより巧妙に、そして大規模になった感があります。

 上で述べたように、幹部クラスは国際色豊かな天狗。しかしこの巻の前半に収録されたエピソードでは、日本人を幹部――十二天狗の一人に取り込もうと策謀することになります。その人物の名は、相馬大作――そう、津軽公暗殺を狙った南部藩士・下斗米秀之進であります。
 そしてこの下斗米秀之進と縁のある人物が、実は猿の中に一人おります。それは獅子丸こと潮――何故なら秀之進と潮はともに、平山兵原(行蔵)の弟子なのですから!

 文政の三蔵と呼ばれた兵法家であり、その行住坐臥においてあまりに苛烈な修行を行ったことで知られる奇人・平山兵原。その彼が対ロシアのために育て上げた「兵器」である(という大いにそそられる設定の)獅子丸。
 そんな彼女であっても、秀之進は単なる同門以上の感情を抱く相手。果たしてその彼女が、天狗の一員となった秀之進と戦うことができるのか?

 と、大いに気になってしまう戦いは、ちょっと思わぬ方向に向かっていくのですが――ド派手なアクションに留まらない、なかなか読ませるエピソードであることは間違いありません。

 そしてこの巻の後半では物語はさらにスケールアップ。というのも、舞台となるのは何と江戸城――時の将軍・徳川家斉を主とするこの江戸城大奥での任務、それも鳥居耀蔵と水野忠邦の依頼によるものに、猿たちは挑むことになるのですから。

 最も寵愛を受けるお美代の方をはじめとする女たちを操る怪僧・日啓(真の名をロシアの怪僧・グレゴリオ抹殺!)。
 その日啓暗殺の任を引き受け、協力者である中臈・お眠の手引きで大奥に入り込んだ鈴・月・犬千代・梅蘭ですが、しかしそこで待ち受けていた思わぬ強敵の前に、あわや猿全滅の危機が……


 と、この巻に収録されているのはこの大奥編の途中まで。主人公格であり、あまりに強烈なキャラクターでありながら、これまでその素性が不明だった月の因縁の相手が登場し、これから戦いはいよいよ盛り上がるものと思われますが――一点だけ気になってしまう点もあります。

 それは、登場するキャラクターや題材に、あまり必然性がないように感じられるものが少なくないところであります。
 月が戦いのたびに脱ぐのは、皮膚感覚を高めるためという理屈で納得できるのですが、例えばこの巻でいえば獅子丸がなぜあんなに肌も露わな姿なのか(しかもそういうものに絶対五月蠅そうな平山門下だというのに)。

 その他にも、何故猿の指揮官は女装した遠山金四郎なのか、何故天狗にモリアーティ少年がいるのか等々――面白いは面白いのですが、では何故これが、と考えてみた時に、何か理屈は欲しいなあと思ってしまうのです。

 これはもちろん、五月蠅いマニアの言いがかりではあり、気にしないで楽しむのが正しいのかもしれませんが……


『徳川の猿』第2巻(藤田かくじ 双葉社アクションコミックス) Amazon


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2020.07.14

横田順彌『幻綺行 完全版』(その二) 世界を股にかけた秘境また秘境の冒険

 世界一周無銭旅行を成し遂げた実在の痛快男児・中村春吉を主人公とした秘境冒険SF『幻綺行』の紹介の後編であります。今回は残る4話について、紹介いたしましょう。

「流砂鬼」
 ペルシャの砂漠を自転車で横断途中、思わぬことから食料を失ってしまった春吉・志保・石峰。窮地を奇特な富豪・マファッド氏に助けられた春吉たちは、彼が悪魔の砂漠に宝探しに出かけた息子を探していると知り、手助けを申し出るのでした。
 しかし途中、マファッド氏は大砂嵐に吹き飛ばされ、春吉たちも流砂に飲み込まれることに。流砂によって巨大な地底の洞窟に運ばれた彼らを待つものは!?

 密林、岩山と来て今回は砂漠! 次々と大自然の脅威に晒される春吉たちですが、しかしその果てに現れたのは、超自然、いや超科学的とも言うべき存在。その強敵を相手に、シリーズでも屈指の死闘を繰り広げる春吉ですが、決め手が何とも――なのもまた、豪傑の春吉らしいというべきでしょうか。

 そして本作の結末は、作者の明治SFによっくあるパターンなのですが――途中で描かれたガジェットが我々の世代には何とも懐かしいものを連想させるだけに、一層の不条理感を感じさせるのが面白いところです。


「麗悲妖」
 欧州に向かい、ロンドンに入った春吉。しかしそこで春吉と志保は、新婚の旧友・松尾を訪ねて一人ペテルブルグに向かった石峰から至急の呼び出しを受けることになります。
 仲睦まじい様子ながら、最近妻のエヴグーニヤに不審の目を向けているという松尾氏。彼はある晩、風呂場で血の海に浮かぶ女性のバラバラ死体を目撃したというのですが……

 作中では最も秘境要素の薄い本作。内容的にも、舞台が舞台だけに冒険よりも謎解き色が色濃いものとなります(それでもラストは大乱闘になるのが春吉らしい)。
 その謎自体はなかなか豪快で奇想天外なのですが――作者の他の明治SFを連想させるものがあるのがちょっと気にかかるところです。もっとも、結末の物悲しさと微かな温もり(そしてそこで志保が果たす役割)は何とも味わい深いのですが……


「求魂神」
 ケープタウンに向かう船から、思わぬ成り行きで途中のマデイラ島に降ろされてしまった春吉一行。次の便までの時間に、島の火山に登る春吉たちですが、そこでは上空に奇怪な球体が目撃され、英国の探検家夫婦が行方不明になっていたのでした。
 山中をさまよう中、不思議な空間に飲み込まれた春吉と志保。そこで二人を待ち受けていた恐るべき秘密とは……

 ここから以前刊行された単行本未収録の作品ですが、本作では神を名乗るモノが春吉の前に登場。その「神」は、遠く日露戦争の戦場であるものを集めていたというのですが――と、何と本作は○○○○テーマというべき作品であります。

 しかし真に驚くべきは、本作が、作者の明治SFシリーズのある作品の裏面に位置すると(も感じられる)内容であることです。
 といっても、屈指の恐怖エピソードだったあちらに対して、こちらはまた随分と――という印象。そして志保の過去が、また思わぬ形で皆を救うことになるのも印象的です。
(しかし本作が本当にあの作品の裏面であれば、結局脅威は去っていなかったことに……)


「古沼秘」
 ついにアフリカ入りを果たした春吉一行。ザンジバルに向けて密林を行く途中、黒い砂の沼近くにテントを張った春吉ですが、そこは現地人たちが悪い神が居ると恐れる場所でありました。はたしてその晩、沼から巨大な影が現れ……

 掉尾を飾る本作では、秘境の本場・アフリカ大陸についに到達。途中の春吉の史実に基づく冒険は楽しいのですが、肝心の謎と怪奇の方はいささか薄味という印象です。
 しかし春吉たちの前に立ちはだかるのは、これまででも屈指の強敵、はたして打つ手はあるのかと思いきや――もはや完全にチームの知恵袋担当の志保が見事な閃きで勝利に貢献。いやこれは現代人でもなかなか気付かないのではないでしょうか。


 以上、いささか駆け足になってしまいましたが、単行本収録済みの4話に加えて2話を収録し、さらに単行本や雑誌掲載時のバロン吉元の挿絵も収めた、まさに「完全版」に相応しい本書で、久々に春吉の豪快な活躍を存分に楽しむことができました。
 本シリーズには長編の『大聖神』がありますが、こちらも是非復刊していただきたいものです。もちろん、本書のような装丁で!


『幻綺行 完全版』(横田順彌 竹書房文庫) Amazon

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2020.07.13

横田順彌『幻綺行 完全版』(その一) 帰ってきた自転車世界一周無銭旅行の豪傑!

 昨年逝去した横田順彌の第三の明治SFシリーズが帰ってきました。明治時代、自転車による世界一周無銭旅行を敢行した実在の人物・中村春吉。その春吉が、世界各地の秘境で謎と怪物に挑む短編連作シリーズが、単行本未収録の二編を加えてここに復活したのであります。

 押川春浪を中心に、明治時代のバンカラ人脈の人々が活躍する明治SFを数多く発表してきた作者。その作品の大半が日本を舞台とした作品であったのに対して、このシリーズは、その主人公の活動に合わせ世界各地を舞台としていることに大きな特徴があります。
 収録された6話はいずれも「SFアドベンチャー」誌に掲載されたものですが、単行本では4話のみの収録であったものを全話収録し、「完全版」と銘打ったのがこの文庫版であります。

 その装幀たるや、「新刊なのに古書」としかいいようのない凝りに凝ったもので、判っていても一瞬ギョッとさせられるほどの見事なものなのですが――現代に甦った明治の冒険譚に、これほど相応しいものはないといえるでしょう。

 さて、前置きはこれくらいにして、収録各話を一話ずつ紹介させていただきます。


「聖樹怪」
 探検に訪れたスマトラ島の町で、廓から飛び降りようとしていた日本人娼婦・雨宮志保を成り行きから助けた春吉。そのために人から預かった金を使ってしまった彼は、現地で働く青年・石峰省悟から、ボルネオの密林に眠るという山田長政の秘宝探しを持ちかけられるのでした。
 かくてボルネオ島に向かった春吉・志保・石峰は、現地の人々が恐れる密林に分け入っていくのですが……

 記念すべき第一話である本作では、シリーズのレギュラー三人の登場からその人物のキ紹介、初めての冒険が手際よく盛り込まれた物語であります。
 一身是胆の豪傑でありながらどこか抜けたところのある春吉、日本から拐かされて辛酸を嘗めながら勇気と知恵なら負けない志保、謹厳実直そうでいてお家再興のために宝探しに燃える石峰青年――全く異なる境遇ながら冒険心は共通する三人が挑むのは、冒険ものの王道というべき密林の奥地です。

 そこで彼らを待ち受けるものは――詳細は伏せますが、数十年前の少年誌の秘境探検もののグラビアなどで、読者を震え上がらせたあの怪物というのが嬉しい。
 もっとも、一般誌らしく(?)その力はより嫌らしいものとなっていますが、それを乗り越える志保の機転が、ある意味彼女の設定に即したものとなっているのも、何とも凄まじく感じられます。

 それにしてもその志保を、花和尚魯智深ばりの活躍で救出した春吉ですが――さすがにこの結末は悪党の方にちょっと同情してしまいます。


「奇窟魔」
 石峰青年と別れ、ビルマからカルカッタ、そしてネパール、チベットに向かった春吉と志保。そこで山中のラマ寺院が、近隣の娘たちを理不尽に召し上げていることを知った二人は、志保を身代わりに立てて、寺院に乗り込むことになります。
 そこで謎の地下通路に入り込んだ春吉の前に現れた奇怪な怪物たちの正体とは……

 毎回バラエティに富んだ舞台設定は本シリーズの特色ですが、今回は密林から一転、チベットの山中へ。しかしこの当時のチベットは鎖国状態、作中でも言及のある河口慧海が幾多の苦難を乗り越えて乗り込んだ、歴とした秘境といえるでしょう。
 さてそこで繰り広げられるのは――これまた色々な意味で何とも凄まじい悪事を働く一党との対決。まさに因果応報とも言うべき結末は痛快ですが、しかしさすがに春吉たちは楽観的過ぎるようにも感じます。

 ちなみに本シリーズの雑誌掲載時・単行本時のバロン吉元の見事な挿絵は、嬉しいことに本書にも収録されているのですが、本作の前半、インドの平原を一人行く春吉が狼に襲われるくだりの挿絵が、特に素晴らしい迫力で印象に残ります。

 それにしても、「いまこそ、真の蛮勇をふるう時ですわ」はもの凄いキラーフレーズ……


 残る4話は次回ご紹介いたします。


『幻綺行 完全版』(横田順彌 竹書房文庫) Amazon

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2020.07.12

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 表向きは世の中の動きはだいぶ以前のそれに近づいてきましたが、しかし出版にかかる作業期間を考えればそろそろ大変なのでは、お盆休みもあるし――というこちらの心配は杞憂らしく、しっかりと色々と発売される8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 そんなわけで点数自体は結構多い8月ですが、ちょっと面白いのは前半に小説、後半に漫画の発売日が固まっていることであります。

 まず文庫の新作では、『臆病同心もののけ退治』(田中啓文 ポプラ文庫)、『吉原水上遊郭 まやかし婚姻譚』(一色美雨季 ポプラ文庫ピュアフル)、『平安・陰陽うた恋ひ小町 言霊の陰陽師』(遠藤遼 宝島社文庫)、『影がゆく 2 悪魔道人』(稲葉博一 ハヤカワ文庫JA)と、時代小説プロパーではないレーベルからの作品が目立ちます
 また、発売が一ヶ月延びたらしい霜島けい『もののけ騒ぎ 九十九字ふしぎ屋商い中(仮)』も楽しみなところです。

 そして復刊・文庫化は、何といっても河出文庫の「山田風太郎傑作選」の室町篇として登場『柳生十兵衛死す』上下巻に注目。また、青柳碧人『彩菊あやかし算法帖 からくり寺の怪』、夏原エヰジ『Cocoon 修羅の目覚め』も文庫化です。
 またこれはノンフィクションですが、加門七海『大江戸魔方陣 徳川三百年を護った風水の謎』の復刊も懐かしいところです。


 一方漫画の方では、以前春頃に発売予定であったものが延期されていた赤名修『賊軍 土方歳三』第1巻、そしてある意味飛び道具の組み合わせである花月仁&奥浩哉『GANTZ:E』第1巻の新登場がやはり注目でしょう。
 その他新登場としては、草川為『年年百暗殺恋歌』第1巻、叶輝『残月、影横たはる辺』第1巻と、少女漫画系の新作があります。

 そのほか、シリーズものの最新巻として鶴淵けんじ『峠鬼』第3巻、石川ローズ『あをによし、それもよし』第3巻、高橋留美子『MAO』第5巻、舞台化に合わせて久々登場の霜月かいり『BRAVE10 暁』はもちろん要チェック。
 また海外を舞台とした作品では、中国もので川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第16巻、星野之宣『海帝』第6巻、名作パスティーシュとして嶋星光壱&島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第2巻を楽しみにしているところです。


 と、点数的には満点というわけではないものの、期待以上のラインナップとなった印象の8月であります。



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2020.07.11

細川雅巳『逃亡者エリオ』第5巻 彼らの戦いの理由、彼らが戦いに見出したもの

 エリオと仲間たちの戦い、カスティージャ王位を巡るエンリケとペドロの戦いもいよいよ決戦であります。この最終巻をほとんど全て使って描かれるのはこの決戦の模様――その最中で描かれるエリオたちにとっての戦いの意味は、そしてペドロの向かう先は……

 カスティージャ王位を巡り、いよいよ激しさを増すエンリケとペドロの戦い。自らに指図する母マリアを追放し、ただ一人王としての道を征こうとするペドロと、彼に一度は大敗を喫しながらも、仲間たちと再起を図るエンリケ――対象的な二人の戦いは、ついに決戦の日を迎えることとなりました。
 以前ペドロと結び、エンリケ軍を苦しめた英国のエドワード黒太子がペドロと決別した今こそ好機と、エンリケとエリオ、バルド、デボラ、ゴルディ――固い絆で結ばれた仲間たちは、モンティエルの地でついに対峙することになります。

 と、ここまでくれば、もはやできることは激突あるのみ。エンリケとペドロの一騎打ちから始まった戦いは乱戦に発展し、その中で描かれるのは、戦いに臨む者たちの想い――一人ひとりがエリオと出会った時に比べて変わったもの、変わらぬものを描くエピソードが続くことになります。

 それはすなわち、何のために戦うのか、戦いの中に何を見出すのか? を問うことでもあります。
 厳格な法の守護者であったバルド、「先生」の命じるまま暗殺を繰り返していたデボラ、ひたすら戦いの生を送ってきたゴルディ、そして何よりも拳を弟の血で染めて以来運命に逆らってきたエリオ。この戦いは、彼らにとっての戦いの意味を問うものでもあるのです。

 そして戦いの末、ついに追い詰められたペドロ。これまでとは違った形でエンリケと対峙することを余儀なくされながらも、なおも王として戦おうとするペドロの前に立ったエリオの言葉とは……

 「逃亡者」という言葉をタイトルに冠しつつも、結果的には物語のかなりの部分で、それとは無縁に見えてしまったエリオの生き方(せめてエンリケ軍が大敗を喫した戦いのエピソードが、もう少し詳細に語られれば……)。
 やはり王位を巡る戦いという巨大な歴史の中では、個人の逃亡というものは目立たなくなってしまうものなのか――というこちらの想いは、ここに来て、意外な形で否を突きつけられることになります。

 エリオにとって、逃亡は負けではない。逃亡もまた、己に対して生き方を強いる運命を否定する手段、すなわち戦い方の一つである――そんなことを思わせる彼の言葉に、なるほどそうであったか! と大いに感心させられた次第であります。


 正直なところ、前巻同様、この巻でもかなり駆け足な印象は否めず、とにかく乱戦また乱戦で終わった感はあります。
 上でも触れたように重要な戦いの内容が回想シーンで終わったのも(レギュラーの一人がここで退場しているだけに)残念なところですし、何よりもせっかく新デザインとなったキャラクターたちの活躍をもっと見たかった、という気持ちは強くあります。

 特にデボラなど、新コスチューム自体が彼女の生き方の変化を大きく表すもの――ということ自体は、一話を使って明確に描かれているのですが――だけに、勿体無いと感じます。
(正直なところ馴染めなかったエリオのオールバックも、また印象が変わったかも――というのは考え過ぎかもしれませんが)

 しかしそれでも、ギリギリのところで本作は描くべきものを――各自の戦う意味とその変化を――きっちり描いて終わったことは間違いありません。
 特にデボラについては、彼女自身の内面を描いたものに加えてもう一話、彼女を近くから見つめてきた、しかし非常に意外なキャラクターの視点から描かれているのには――私自身が〇〇好きということもあって――大いに感心した次第です


 かくて終わりを告げた本作。毎回のように人死が――それも景気よく首や胴が飛んで――出た物語ではありますが、その結末はキャラクター一人ひとりが辿り着くべきところに辿り着いた、爽快なものであったと感じます。
 まずは大団円――そう言いたいと思います。


『逃亡者エリオ』第5巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon

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 細川雅巳『逃亡者エリオ』第4巻 弟殺しの真実 そして運命への抵抗へ

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2020.07.10

細川雅巳『逃亡者エリオ』第4巻 弟殺しの真実 そして運命への抵抗へ

 14世紀のカスティージャの王位争いを背景に、監獄帰りの青年エリオと仲間たちの戦いを描く本作も、同時発売されたこの第4巻・第5巻で以て完結となります。まずご紹介する第4巻で描かれるのは、エリオの過去編の続き――彼が監獄に送られることとなった弟殺しの真実であります。

 無実の罪を着せられたララを助けたのをきっかけに、彼女の兄であるエンリケとペドロの王位争いに巻き込まれることとなったエリオ。ペドロに追い詰められたエンリケを助けて窮地を脱した彼は、エンリケらの求めに応じて、自らの過去を語り始めることになります。

 5年前、武術の達人である厳格な父・ビクトルの下で、王衣――王族の護衛を務める武術使いとなるべく、修行していたエリオと弟のパブロ。王位選抜の闘技会に参加することとなった二人は、過酷な予選の末、自分たちを含めた8人によるトーナメントに参加することのなります。
 二人以外の参加選手は、戦場仕込みの技を操る傭兵に、代々王位を務める名門の達人、幼い姿で残酷な技を操る少年や得体の知れぬ美少女と多士済々。

 その第一回戦でそれぞれ勝利を収めたエリオとパブロですが、しかしその戦いぶりは大きく異なります。方や、相手の身に不必要なダメージを与えることなく倒そうとし、試合が終わればノーサイドのエリオ。方や、容赦なく相手を叩き潰し、勝負が着いた後にも相手の命を奪うパブロ。

 そしてこの二人の戦い方は、その生き方の象徴ともいえるもの。お人好しと言えるほど相手のことを慮るエリオと、ただひたすらに力を求め、孤高に生きるパブロと――対象的な兄弟ながら、エリオはそんなパブロを愛し、彼の身を案じるのでした。
 しかしそんな二人に対して、王位としての指名を果たせと厳しく接するビクトル。そしてそれがついにパブロを激昂させ、骨肉の悲劇が演じられることに……


 物語冒頭から触れられていたエリオの罪――弟殺し。それだけに結末は決まっているとはいえ、どのような経緯を経てそこに至るのかが、この過去編の眼目といえるでしょう。
 そして描かれたその悲劇の引き金は、表向きはパブロの暴走に見えますが――しかしそれは、使命や運命といったものに縛られ、己の未来を決められた少年の心の叫びというべきものと感じられます。

 あるいは彼が一人であれば、結果はまた違ったかもしれません。しかし同じものを背負っているはずのエリオはどこまでも明るく人々を助け、それでいて自分には手を差し伸べない――それはあくまでも弟の自由を重んじるがゆえだったのですが――ことが、パブロを凶行に走らせたといえるでしょう。
 だとすれば、その幕を引いたエリオが、運命に――すなわち、自分以外の者に自分の生き方を決められることに激しく反発するのは、むしろ当然とも感じられます。


 と、エリオの過去としては納得の内容だったのですが、一つの物語として見ると、かなり駆け足に感じられたのも正直なところであります。
 このトーナメントの陰に、ララの母の命を狙ったペドロの母・マリアの存在が在ったり、デボラの師である暗殺者の元締め「先生」の弟子がトーナメントに参加していたりと、盛り上がる要素があっただけに、せめてトーナメントがもう少し進んでも――という印象は否めません。

 この過去編の、トーナメントの参加キャラもなかなか個性的であっただけに、結果的にここでフェードアウトになってしまったのも、何とももったいなく感じられるところであります。
(特に、いかにも「先生」の弟子らしかったけれども実は、というあのキャラ)。


 何はともあれ、この巻の終盤で舞台は「現在」に戻り、さらに数年の月日が流れることとなります。
 ペドロに戦いを挑んだものの、敗残の身となったエンリケが、乾坤一擲の大勝負を見せようとする中、それぞれ成長し、新コスチュームとなったエリオと仲間たちは、いよいよ最後の戦いに臨むことに……

 と、残すところはあと1巻、最終第5巻も近々にご紹介いたします。


『逃亡者エリオ』第4巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon

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2020.07.09

矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 風の道しるべ』 風柱の過去、語られざる過去

 同日に原作単行本、ノベライゼーション(の電子版)、そして本書と、都合3点が発売された『鬼滅の刃』関連書籍。本書はこれまでもご紹介してきた矢島綾による小説版第3弾であります。これまで以上に踏み込んだエピソードの多い本書、キメツ学園を含めた全5話構成であります。

 これまで、(キメツ学園以外は)原作の語られざるエピソードを短編形式で収録してきたこの小説版ですが、今回もそのスタイルは健在。しかしその原作とのリンクの仕方は、より大きく、あるいは絶妙なところを突いていくようになった印象があります。

 その最たるものが、表題作であり、本書の4割を占めるボリュームの第1話「風の道しるべ」。風柱・不死川実弥の鬼殺隊入隊から、柱昇格までを中心に描く物語ですが――原作ファンであればよくご存じのとおり、そこにはもう一人の人物が大きく絡むこととなります。

 それは実弥にとって親しい人物であった粂野匡近――実弥を鬼殺隊に紹介し、そして二人で下弦の壱を倒したものの、自らはその戦いで命を落とした(そして結果的に実弥は柱に昇格することとなった)人物であります。
 この匡近、原作ではわずか2ページの出番(アップは一コマのみ!)ながら、実弥の人生に大きな影響を与えたことを窺わせるキャラだったのですが――このエピソードでは、彼の人となりや実弥との関係性が大きくクローズアップされることになります。

 原作にあるとおり、ただ一人力任せで鬼と戦っていた実弥と出会い、育手である自分の師を紹介した――すなわち実弥にとって兄弟子に当たる――匡近。自分とは正反対の、明るく軽薄にすら感じられる匡近に反発を抱きながらも、やがて名前で呼び合う仲になっていく実弥ですが、中堅にまで成長した二人は、ある日共同で任務に当たることになります。
 それは子供ばかりが行方不明になるという空き屋敷の調査――そこにはかつて、夫に虐待され、娘を病で失った末に姿を消した美しい女性が住んでいたというのであります。しかし屋敷に一歩足を踏み入れた実弥と匡近は、いつの間にか離ればなれとなって……

 先に述べた通り二人を待つ運命は明確なわけですが、そこに至るまでを丹念に描いていくこのエピソード。実弥と対照的に脳天気ですらある匡近の言動が漫画的ではあるのですが、しかしそれが実は――という展開は、予想はできたものの、グッとくるものがあります。
 そして本作オリジナルの下弦の壱も、シチュエーション的にちょっとだけ原作の別の鬼を思わせる部分はあるものの、実に厭なキャラクターと能力は印象的な造形。そして何よりもこの鬼が実弥を狙う理由が、彼の戦う理由に繋がる辺り、実弥の語られざる物語の敵として、納得できたところであります。


 と、第1話で大きく分量を取ってしまったので、簡単に他のエピソードを紹介すれば――
 鋼鐵塚蛍37歳のポンコツぶりを矯正するために周囲が仕組んだ見合いの顛末「鋼鐵塚蛍のお見合い」
 蝶屋敷で起きたある出来事をきっかけに生まれた伊之助とカナヲの交流「花と獣」
 移転間近の刀鍛治の里で、無一郎と小鉄が壊れた絡繰人形を直す姿を通じて無一郎の成長と夢を描く「明日の約束」
 学園で噂される怪談の内容を確かめに夜の校舎に向かった宇随・煉獄・カナエ・義勇が起こす騒動「中高一貫☆キメツ学園物語!! ミッドナイト・パレード」
 と、硬軟取り混ぜた内容であります

 これらのエピソードもさすがに手慣れた内容という印象なのですが、個人的にはちょっと驚いたのは第3話と第4話であります。
 第3話では、カナエが童磨戦直後に髪が乱れていたのが善逸と再会時には髪飾りをつけていた描写。そして第4話では、刀鍛治の里編で戦った面子と善逸・伊之助が賑やかに騒いでいるという、冷静に考えればこれ何時だ!? な第21巻冒頭の無一郎の回想の一コマ――このそれぞれにフォローが入っているのであります。

 細かいといえば非常に細かい点であり、(これまで同様)原作の小ネタを拾いすぎるのが鼻につく面もなきにしもあらずですが――しかし原作の語られざる物語を描くものとして、大いに納得できるスタンスではあります。


 というわけで今回も楽しめた小説版なのですが、唯一の問題は、原作完結の後に振り返ると(特に同時発売の原作第21巻の後だと)色々と曇らされる点でしょうか。
 いや、これは全く以て本作の責任ではないのですが……


『鬼滅の刃 風の道しるべ 』(矢島綾&吾峠呼世晴 集英社JUMP j BOOKS) Amazon


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2020.07.08

松田朱夏『鬼滅の刃 ノベライズ 炭治郎と禰豆子、運命のはじまり編』 ダイジェストで振り返る物語の基点

 タイトルの通り、『鬼滅の刃』のノベライゼーション――先行して書籍として先月発売され、今月原作第21巻・小説版第3弾と同時に電子書籍化された作品であります。集英社の児童書レーベル「集英社みらい文庫」より刊行された本書は、第1弾として原作の第1巻から第4巻の途中までが収録されています。

 『鬼滅の刃』の小説版としては、上述の通り第3弾が発売された矢島綾のものが既にありますが、あちらがオリジナルストーリーだったのに対して、本作は完全に原作そのままのノベライゼーション。。
 竈門家を襲った悲劇から炭治郎の修行、藤襲山での最終選抜、沼の鬼との戦い、鬼舞辻無惨や珠世との出会いから二人組の鬼との対決、鼓屋敷での戦いから那田蜘蛛山への出発まで――冒頭に述べたとおり、原作の第1巻から第4巻(第28話の途中)、アニメでいえば第14話までを、原作の台詞などをほとんど全く変えることなく収録しています。
(挿絵も原作漫画をページそのまま使用)

 その点だけみると、極端なことをいえば原作読者であれば本作を読む必要はないようにも感じられるかもしれません。
 しかし小学校の読書の時間に読んでもらうことや、アニメや漫画は触れさせてもらえないけれども小説であれば買ってもらえるという読者層を考えれば、なるほどこうした児童文庫レーベルの漫画ノベライゼーションにもしっかりした需要があるのでしょう。


 しかし、それでは原作既読者が単独で読んでみてつまらないかといえば、それはそういうわけでもなく、原作ダイジェストとしてはかなり良くできた部類と感じさせられます。
 本作の場合、ダイジェストとは言いつつも、はっきりと削られたエピソードはなく、省かれた描写は最小限。それでいて原作には明示されていない――けれども描写の裏に存在することは理解できる――心理描写などが追加されており、なかなか好感が持てます。
(ちなみに手鬼の「いまは明治何年だ?」の問いに対し、地の文で「明治は終わった――つい数年前に。」と書いているのが個人的に嬉しかったところでありますが、これはまあごく少数派)

 もちろんこれは、ノベライゼーションであれば当然の内容というべきかもしれませんが、ダイジェストの形で原作が完結したばかりの時期に物語の基点を振り返ってみるのも、なかなか感慨深いものがあります。


 もっとも、原作そのままの、作者独特の台詞回しが必ずしも小説に合っているかと言えば必ずしもそうではなく、炭治郎と初対面の時の義勇さんの怒鳴りの唐突さや、同じく初対面の善逸の言動の異常さは、やっぱり違和感を感じる――と思いましたが、これはこれである意味原作どおりなのかなあ。

 また、本作に収録された部分が(これはこれでキリはいいものの)アニメ版とずれがあるのが気になったところですが、これは分量的に第2巻にアニメの『無限列車編』までが収録されるのかもしれません。
 そう、このノベライゼーション版はこの7月中に第2巻が発売されるとのこと――本作の完成度を考えればこちらも期待できそうなところ、いずれ取り上げたいと考えているところです。


『鬼滅の刃 ノベライズ 炭治郎と禰豆子、運命のはじまり編』(松田朱夏&吾峠呼世晴 集英社みらい文庫) Amazon


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2020.07.07

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第21巻 無惨復活、そして二人の「超人」の間の相違

 連載は先日完結しましたが、本書と同日に小説版(電子版では児童向けノベライズも)も刊行され、いまだ人気絶頂の本作。黒死牟との死闘もようやく終結し、残る鬼舞辻無惨とついに対峙した炭治郎ですが、果たして無惨の実力とは、そしてその果てに炭治郎が見た光景とは……

 かつては鬼殺隊の剣士・継国巌勝でありながら、天才剣士であった弟の縁壱へのコンプレックスの果てに鬼と化した黒死牟に挑んだ悲鳴嶼・不死川兄弟・時透の四人。死闘に継ぐ死闘の果てに彼らはついに黒死牟を滅ぼしたものの、年若い二人が命を落とすという衝撃的な結末を迎えることとなります。

 かくて上弦の鬼は(まだ新たな上弦の肆の鳴女はいるものの)打倒され、残るは鬼舞辻無惨のみ。その無惨も、先代のお屋形様の自爆、悲鳴嶼の渾身の一撃、珠世の人間化薬を喰らって深手を負ったはずですが――しかし傷を癒やし続けてきた無惨は、体中に大量の口を生じさせた異形の姿で、ついに復活。
 折悪しくその前に辿り着いていた鬼殺隊士たちを喰らい、完全復活を遂げた無惨の前に、あたかも導かれたかのように炭治郎と義勇は立つのですが……


 物語のほとんど冒頭から登場しながらも、これまで本格的な戦闘シーンがほとんど描かれることのなかった無惨。その前の黒死牟が能力的にも設定的にも強力すぎたために、無惨は実力では一歩譲るのでは? と頭に一瞬よぎった想いは、すぐに徹底的に否定されることになります。

 今のところ無惨の攻撃は、体中から伸びた触手による打撃という一種類のみ。しかしその早さが、間合いが、軌道の変幻自在ぶりが、全てが異常に高レベルの上に、一撃でも食らえば猛毒の血で死亡確定という反則クラスの性能であります。
 炭治郎と義勇、後から加わった甘露寺・伊黒・悲鳴嶼・不死川らが一斉攻撃を仕掛けてもこれを凌ぎ、反撃するその力は、やはりラスボスに相応しいものといえるでしょう。

 が、無惨の場合、彼を最後の敵たらしめているのは、その力だけでなく、精神性によるところも大であると言うほかありません。
 炭治郎と義勇を前にした時に放った言葉――自分の所業を当然のものとして語り、これに抗する鬼殺隊を異常と断じる、その尋常でない自己肯定感と他者への無関心こそは、これまで物語の中で描かれてきた鬼という存在の、ある意味極みと感じられます。

 少なくとも、これまで幾度かあったように怒りで目からハイライトが消えた炭治郎だけでなく、あの鉄面皮の義勇までもがはっきりと怒りの表情を浮かべるのですから、これは本物というほかありません。


 しかしこの巻の終盤では、その無惨とある意味対になる者――継国縁壱の姿が描かれることとなります。彼の少年時代と鬼殺隊時代、そして最期は、以前に兄である巌勝の目から描かれましたが、ここではこれまで描かれなかった時代の彼が、そして何よりもその内面が描かれるのであります。

 自らも相当の使い手であった巌勝をして強い劣等感を抱かせ、鬼に走らせたほどの天才であった縁壱。巌勝の目に映るその姿はまさしく「超人」――凡俗にとっては、その強さだけでなく、あまりに広い心の器も含めて、そう評したくなってしまうほどであることは間違いありません。
 そしてそんな彼の姿は、人間の域を遥かに超えたという点で無惨に通じるものがあると言えますが――しかし、炭治郎が先祖の記憶の中で見た姿は、どうであったでしょうか?

 ただ愛する人との静かな暮らしを望み、それを喪った時、悲しむ。鬼を生み出した無惨に静かに怒りを燃やす――そんな縁壱の姿は、炭治郎と、そして我々読者たちと――つまりは普通の人間と変わるものではありません。
 もちろん、その力は常人を遥かに超えたものであったにせよ(千八百のうち千五百余を斬るって……)、その精神性はあくまでも人間のそれであり――強大な力を手にして他者を下に見ることしかできなくなった無惨とは、明確に異なるものなのであります。

 何よりもこの巻のラストでの姿を目にすれば、縁壱という「超人」の内面が、痛いほどわかるのですから……


 そしてこの過去の物語において、これまで謎であった日の呼吸の型がヒノカミ神楽として竈門家に伝わった事情が描かれたわけですが――しかしそれを受け継ぎ、振るうべき炭治郎は今、絶体絶命の状態にあります。
 果たしてそこから立ち上がることができるのか、そして決戦の地に急ぐ禰豆子の行動の意味は。残すところあと二巻、まだ最終決戦は、そして真の地獄は始まったばかりであります。


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2020.07.06

白鷺あおい『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』 魔女の卵にして○○たちの冒険

 『大正浪漫 横濱魔女学校』という副題がそのまま示すとおり、大正時代に、横浜の魔女養成学校を舞台とした一風変わったファンタジー――と思いきや、実は○○ものでもあるという、実にユニークな作品の開幕編であります。横浜に出没する巨大な化け豹の正体を追う、三人の女学生の活躍や如何に!?

 大正の横浜にある横濱女子仏語塾。一見普通の女学校であるこの学校は、実は魔女が創立し、魔女を育成する魔女学校――フランス語の授業はもちろんですが、薬草学や占い、そして何よりダンスという名の箒による飛行術の授業まである、立派な学校なのです。
 その横濱仏語塾に通う丸顔に鼈甲縁の眼鏡の少女・花見堂小春が本作の主人公。故あってダンスはちょっと苦手ですが、夢二風の美女の藤村宮子、見かけは十歳そこそこの樹神透子といった親友たちと、元気に勉学に励む毎日であります。

 さて、本作の物語の始まりは、小春の年上の甥で新聞記者の周太郎が持ち込んできた怪事件の噂。何と横浜のあちこちで、人の言葉を喋る豹が目撃され、中には襲われた者までいるというのであります。
 周太郎の頼みで化け豹のことを調べることとなった小春たちですが、なかなか手がかりは見つからない中、彼女たちはとある富豪が屋敷に作った西洋絵画の展示室を見学に行くことになります。そこで見事な熱帯の密林を描いた絵を見学した小春たちですが、実はこの絵には、描かれた獣たちが動くという噂が……


 というわけで、横浜に出没する化け豹と曰くつきの絵画、この二つを軸に展開していくことになる本作。なるほど、これは小春たち魔女の卵が、その術を使ってこれらの事件解決に挑むお話なのだな――というこちらの予想は、半分当たり、半分外れることになります。
 何故なら――(以下、内容の詳細に触れることになりますのでお気をつけ下さい)


 何故なら、小春たち三人をはじめ、この横濱仏語塾に通う生徒の多くは「妖魅」――簡単にいえば妖怪変化の類。小春は抜け首、透子は幽谷響、宮子は――と、それぞれが特異な能力を持つ妖魅の眷属なのです。
 なるほど、いくら開明な土地柄であり、文明開化からも相当時が経っているとはいえ、さすがに魔女学校に子を通わせる親は少ないのでは――と最初に思いましたが、こうした出自であれば、ある意味納得であります。

 何はともあれ、こうした設定を背景とする本作は魔女もの(?)にして妖怪もの――というより、彼女たちの活躍は魔女として以上に妖魅としての力を発揮しての場合が多いため、実際には変格の妖怪ものという印象が強くあります。
(そしてまた、このジャンルでも賑やかなヒロインたちが中心というのはかなり珍しく、それだけでも十分に個性的と言えるでしょう)

 さらに物語は終盤、化け豹の正体を巡る物語から一転、まさかの××××ものとなるのですが――これはさすがに伏せておきましょう。ウィリアム・ハドソンのある作品を背景とするこの展開は、意外でありつつも、「魔女」という点で、小春たちの物語と重なる部分があるのも、また興味深いところであります。


 と、予想だにしなかった要素や展開が盛り込まれた、実にユニークな物語である本作。
 正直なところ、それらの要素が有機的に活かし合っているとは言い難い印象もあり(特に魔女学校ものと上記の××××ものの組み合わせなど……)、また物語的にも大きく次の巻以降に引いているのもちょっと気になるところではありますが――しかしそれでもなお、本作ならではの魅力があるのは間違いありません。

 予告では三部作とのことですが――それであれば残り二作でどのような物語が描かれることになるのか。本作のラストでまた意外な展開があっただけに、ますます先が読めない物語になることを期待したいと思います。


『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』(白鷺あおい 創元推理文庫) Amazon

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2020.07.05

岡村星『テンタクル』第1巻 謎また謎に挑む杖術 幕末アクション開幕

 時は幕末、福岡藩で側用人・黒田の元から宝刀を奪った賊を追う命を受けた津春と聡吾。二刀流を操る少女を得意の杖で撃退し、二人が取り返した刀には、想いもよらぬ秘密が隠されていた。その秘密を知ったことをきっかけに相次ぐ人死にと謎の数々。恐るべき事態に巻き込まれた津春の運命は……

 恥ずかしながら連載時にはチェックしていなかったのですが、単行本発売時の「本格幕末ミステリー×異色アクション」という謳い文句に、一も二もなく手に取った本作。なるほど、どこから何が飛び出してくるかわからない、驚きに満ちた物語でありました。

 冒頭から描かれるのは、藩の追っ手を次々と斬殺して逃亡する遣い手を追う二人の青年――一人は医学生の津春、もう一人は城下一の剣士・聡吾。二人は目の前に現れた二刀使いの美少女を得意の杖術で倒したものの、処遇を巡って二人が争う間に、少女には逃げられてしまうことになります。
 それでもそもそもの目的であった刀を取り返した二人ですが――その刀には思わぬ秘密が。その晩、刀の持ち主である側用人の黒田に呼び出された二人ですが、二人に自分の目論みが露見したことを悟った黒田はその場で切腹を遂げることに……


 と、第一話の時点で次から次へと想定外の事態が飛び出す本作。
 さらに第二話では城内に潜んだ真の「敵」の巨大すぎる野望が示され、第三話では更なる秘密の存在と恐るべき刺客の手腕と哀しい別れ、そして第四話では刺客との死闘と「敵」の行動の真意(?)が語られ――と、毎回毎回ラストに衝撃的すぎるヒキが用意されているのですから、息つく暇がありません。

 正直なところ、この巻の時点では、この衝撃的な「事実」の提示に終始している感が強く、「本格幕末ミステリー」というには未だしという印象は否めないのですが、しかしここまで大風呂敷を広げてくれれば、その謎解きが楽しみにならないはずがありません。

 一方、残る「異色アクション」の方ですが――こちらは現時点でなかなかのものであります。そもそも「異色」の理由は何かと言えば、それは主人公の用いるのが刀ではなく、杖である点にと言ってよいでしょう。
 そう、津春の武器は杖――彼は神道夢想流杖術の遣い手なのです。

 神道夢想流杖術といえば、宮本武蔵と死闘を繰り広げたという夢想権之助が生み出した流派。一度は敗れた権之助が、再度立ち会った際に武蔵を破ったという伝承もある武術であります。
 そもそも聡吾はともかく、性格的に向かぬ津春が追っ手に選ばれたのは、このように神道夢想流杖術が、二刀流の天敵とも言うべき流派だから、という設定の時点でシビれるのですが――その独特の動きは、時代ものでメインに扱われることが珍しい技だけに、大いに興味をそそるものがあります。
(基本的に人を殺さぬ技が、津春の性格にマッチしているのも良いと思います)


 さて、「謎」は配置され、それを飾るアクションも用意されました。後はそれを動かして、どのような物語が紡がれるのか――先が全く読めないだけに、楽しみも大きな作品であります。


『テンタクル』第1巻(岡村星 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2020.07.04

伊藤正臣『恋とマコトと浅葱色』第3巻 彼女と左之助の恋路の結末に待つもの

 スマホ越しに幕末を覗き込むことになった女子中学生改め高校生・マコトと新選組の原田左之助の恋を描く奇想天外な物語もこの第3巻でついに完結。池田屋事件に立ち会うこととなったマコトは左之助を救えるのか、そして二人は絶対的な時間の壁を超えることができるのか――驚きの結末が待っています。

 修学旅行で訪れた八木邸でスマホに雷が落ちたことがきっかけで、時を隔てた幕末で同時に(?)脇差に雷が落ちた原田左之助と、スマホと脇差越しに出会うこととなったマコト。
 芹沢鴨の粛正を目撃した後、一度は東京に帰ったマコトは、翌年の6月に再び京都を訪れ、左之助と再会するのですが――彼は池田屋に突入。そこで短筒を持つ相手に追い詰められた左之助を、新米隊士の大木とともに助けようと奮闘するマコトですが……


 と、しっかり参加していたにもかかわらず、フィクションの世界では取り上げられることの少ない左之助の池田屋事件の顛末を通じて、これまで以上に絆を深めたマコトと左之助。しかし二人の間には、時間に留まらず、空間の壁が変わらず立ち塞がります。
 つまり、スマホと脇差が通じ合うのは、空間的に近い――簡単に言えば同じ京都にいる間のみ。あくまでも東京の中学生であるマコトは、旅行が終われば京都を離れなければならないわけですが――ここでそう来るか! の力業でクリアしてみせたのにはむしろ感服いたしました。

 かくて始まる高校編、早速山口県出身の長門さんという、旧前川邸の住人である新選組マニアのおじさん・田部さん並みに面白い(というよりライバル)キャラが愉快な活躍を見せるのですが、しかしマコトにはそれどころでない悩みが重くのしかかることになります。
 それは左之助の結婚――史実では池田屋事件の翌年春、新選組屯所が西本願寺に移った後に「菅原まさ」なる女性と結婚している左之助。だとすれば、今まさに左之助はまさと結婚直前のはずなのです。

 これまで、恋する左之助の身に危険が迫ることはあっても、厳しい言い方をすれば傍観者であるマコトにはダメージはありませんでした。しかしまさに傍観者であるがゆえに、いま(精神的に)深刻なダメージを負おうとしているマコト。
 果たして物語始まって以来の危機をどう乗り越えるのか――といっても敵は史実というあまりに強大な相手。その証拠に彼女の手元のスマホには、左之助はまさと結婚したというネットの画面が冷たく表示されているのですから……


 と、ここから先の展開については詳しくは書けないのですが――正直に申し上げれば、これはさすがに豪快に過ぎるのではないか、という印象であります。こちらの一番見たかった部分を(冒頭に繋がる部分まで含めて)一気に突き抜けていったのには、さすがに驚かされました。

 この辺りは――特にどの時点で物語が終わるのかについては――対象とする読者層を考えると、この結末はやむなしなのかな、という気がしないでもありませんが、やはり少々寂しい気持ちになるのは否めません。

 ただ――それはそれとして、左之助の純情さ、一途さ、男っぷりの良さは、これはこれまでフィクションで描かれてきた左之助の中でも相当上位に入ることは間違いないのではないかと思います。
 だからこそ、この物語の中で、左之助の生の全てを見届けたかった、という気持ちはあるのですが……


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2020.07.03

吉川景都『鬼を飼う』第7巻 大団円 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描く物語

 神話や伝説に登場する様々な妖怪や魔物たちを思わせる幻の獣たち・奇獣との出会いと戦いの物語『鬼を飼う』も、ついにこの第7巻で完結であります。恐るべき力を持つ伝説の奇獣「ナンバー04」の行方は、奇獣商ザイードの目的とは。そして全ての謎と因縁が解き明かされた時、鷹名とアリスの運命は……

 恐るべき殺傷力を持ち、奇獣を食うと言われる「ナンバー04」。かつて日露の戦場でこの奇獣と遭遇し、友人であった三条を殺されて以来、それを追うことのみを目的として来て生きてきた四王天、この04の力を手に入れてクーデターを起こそうとする宍戸、04を求めて日本政府に接近し暗躍するザイード……
 彼ら04を巡る者たちの戦いは、鷹名と司、「夜叉」の面々、マルグリッド、天久と徳永、そして何よりもアリスを巻き込んで、いよいよ決戦に臨むことになります。

 そんな中、ついに異形の奇獣・スキュラと化したアリスと、それでも彼女を受入れ、共に在ろうとする鷹名。しかし何故か彼女を執拗に狙う宍戸にアリスを連れ去られ、四王天と夜叉、鷹名たちは予測される次の04出現場所――富士山麓に向かうのでした。
 そしてそこで待ち受けるザイードと宍戸と対峙した時、ついに出現する04。

 果たして04の正体とは。宍戸の、ザイードの真実とは。そして人間と奇獣の運命は。決戦の地で、全ての真実が明かされた時、アリスと鷹名の選ぶ道は……


 かくて本作は、まさに「大団円」と呼ぶべき結末を迎えることになりました。

 前巻の紹介でも述べたように、終盤に来て、一気に一点に収束していくこととなった作中の要素や登場人物。その収束点こそがナンバー04であり――そして出現の地であることは言うまでもありません。
 そこで次々と明かされていくのは、登場人物たちの、そして物語に散りばめられた秘密また秘密――それが明かされていくたびに、パズルのピースが一つ一つ嵌っていくように、巨大な絵が浮かびあがる様は、まさに伝奇物語の醍醐味というほかありません。

 しかし、それは同時にまったく紹介者泣かせであります。何しろ物語のほとんど全てが秘密でできているようなもので、読みどころを紹介することができないのですから……
(それでも、無力に見えたあの人物が、その背負わされた過酷な運命の力で一矢報いた場面、そして最終決戦の最後の最後で逆転の鍵となったのが、今となっては実に懐かしいものであった場面にはグッと来た――と言うのは許されるでしょう)

 そのため、あいまいな表現となってしまい恐縮ではありますが――しかし鷹名とアリスの物語の結末には触れないわけにはいかないでしょう。
 希少な鬼飼血統の末裔として生まれた鷹名と、奇獣スキュラの幼生であるアリス。二人の出会いから始まった物語は、同じ二人によって幕を閉じることとなります。それがどのような形となったのか――その詳細は述べられませんが、そこに一抹の寂しさが伴うものであったことは否定できません。

 しかしそれを「運命」と評するつもりはありません。ここで二人が選んだ道は、そんなものに――すなわち二人が持って生まれたものに流されたのではなく、これまでの出会いから二人が感じたもの、二人の中に生まれたものを受け止めた上で、自分たちで選んだものなのですから。
 その二人の選択とそこにある意志は、あるいは未来への希望ということができるでしょう。そしてその点において二人の物語は、本作のもう一方の軸でありながら、初めから過去に因われ続け、奇獣に挑み続けた四王天の物語と対象的なものであると感じます。

 そしてまた、その二人の選択に、我々読者の分身とも言うべき司――鷹名に振り回され、その後をついていくのがやっとであった愛すべき凡人の存在が、決して意味がないものではなかったと感じるのも、決して故なきことではないでしょう。


 かくて物語は終わりを告げました。しかしその結末の先には我々の世界が存在します。そしてそのどこかには――そう考える時、どこかホッとした気分になるのは私だけではないでしょう。

 「実在の」妖怪や魔物たちを題材にしつつも、そこに新たな命を与え、既存の神話や伝説とは異なる伝奇物語を生み出してみせる――それだけでなく、同じ世界で暮らすごく普通の人々の姿をも同時に描いてみせた本作。この結末は、そんな物語だからこそ辿り着けたものであると感じられます。
 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描いた物語として……


『鬼を飼う』第7巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon


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2020.07.02

ブラッドリー・ハーパー『探偵コナン・ドイル』 ジャックを生み出したもの、ドイルが生み出したもの

 『緋色の研究』を発表したばかりのコナン・ドイルに前首相から舞い込んできた依頼――それはホワイトチャペルを騒がす連続殺人事件の調査に関するものだった。ホームズのモデルである恩師ベル博士、現場に詳しい男装の女性作家マーガレットとともに、「切り裂きジャック」に挑むドイルだが……

 歴史上の実在の人物が探偵役となって事件に挑む、いわゆる有名人探偵ものは枚挙に暇がありませんが、史上最も有名な探偵の生みの親であるコナン・ドイルも、幾度かそうした物語の主人公として(あるいは登場人物として)顔を見せています。
 この非常にストレートな訳題の本作も、もちろんそんな作品の一つ。そして本作でドイルが挑むのは、ホームズ自身が幾度もパスティーシュの中で対決している史上最も有名な殺人鬼・切り裂きジャックなのですから、期待するなという方が無理でしょう。


 初のホームズ譚『緋色の研究』を発表したものの、この先も犯罪小説を書くことに躊躇いを感じていたドイル。そんな彼のもとに舞い込んだのは、前首相グラッドストーンからのロンドンへの招待状でありました。
 内容を示さぬ依頼に興味を抱いたドイルの前に現れたのは、グラッドストーンの個人秘書・ウィルキンズ。かねてよりホワイトチャペルでの慈善活動に力を入れてきた前首相は、近頃連続する残忍な売春婦殺しに心を痛め、科学的な推理によって事件を解決する小説を執筆したドイルに白羽の矢を立てたというのです。

 到底自分の手には負えないと思いつつ、断る口実に、自分の恩師でありホームズのモデルでもあるジョゼフ・ベル博士も一緒ならばと条件をつけたドイルですが、しかしベル博士はあっさりと受諾。
 そしてもう一人、案内人としてホワイトチャペルに住み、貧民の生活に詳しい男装の女性作家マーガレット・ハークネスを仲間に加えた三人は、後に「切り裂きジャック」と呼ばれる殺人鬼を追うことになるのですが……


 というわけで、ドイル自身は「探偵」というよりむしろその助手――すなわちワトスン役を務め、上に述べたとおりホームズのモデルであるベルが探偵役となる本作。そこに実在の作家(恥ずかしながら本作を読むまで存じ上げなかったのですが……)であるマーガレットが加わり、個性的な「三銃士」の冒険が繰り広げられることになります。

 しかし切り裂きジャックとその殺人については――何よりもその最大の謎が未解決ではあるものの――かなり詳細に記録が残され、研究が進んでいます。
 そのために、ジャックの二度目の犯行後から最後の犯行までと並行して展開していく本作においては、大きくフィクションとして膨らませるのは難しい部分があるのも事実であります。

 その点に対して本作は、事件そのものだけではなく、事件の舞台となった土地を、そしてそこに生きた人々と、事件が起こした波紋を、丹念に描くことによって応えていくことになります。
 それはややもすれば事件の背景事情や周辺部分として扱われがちなものといえるかもしれません。しかし本作を読み進めていくうちに、それを知ることが、切り裂きジャックの殺人を理解する上で不可欠であり――そして何が切り裂きジャックという存在を生み出したかの答えでもあるように感じられます。

 もちろん、ジャックは言ってみれば一人の快楽殺人者に過ぎないのでしょう。しかし、その彼に犠牲者を与え、育て上げ、そして跳梁を許してきた要因が確かに存在するのであり――本作でドイルが追うのはジャックだけでなく、その要因の存在なのです。
 そしてその存在を――「最暗黒のロンドン」の姿を最もよく知るマーガレットが、本作において単なる「ヒロイン」にとどまらない、大きな位置を占めるのも実に納得できるのであります。


 そしてまた驚かされるのは、性別・人種・職業に対する差別をはじめとして、ここに描かれたものたちが、まさに現代の、今我々の暮らすこの時代のニュースに連日姿を見せるものであることであります。
 これには大いに暗澹たる気持ちにさせられるというほかないのですが――しかしその中で、本作は一つの希望を描くのです。

 本作の舞台となるのは、ホームズ譚第一作目の『緋色の研究』と第二作目の『四つの署名』の間の時代であります。そこでドイルが見たものが、その後の彼にどのような影響を与えたのか――言い替えればそこから何が生み出され、そこに何が込められているのか?
 結末で描かれるそれを目にした時、本作を手に取るような方であれば、必ずや胸を熱くすることでしょう。人間悪が、社会の腐敗が存在したとしても、それを許さず、戦いを挑む者が確かに存在する――それを本作は高らかに謳い上げてみせるのですから。


『探偵コナン・ドイル』(ブラッドリー・ハーパー ハヤカワ・ポケット・ミステリ) Amazon

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2020.07.01

久正人『ジャバウォッキー』第6-7巻 エジソンと石油と来るべき「明日」と

 リリー・アプリコットとサバタ・ヴァンクリフの冒険も、いよいよ最後のエピソードを迎えることとなりました。第6巻から第7巻にかけて収録の「ETERNAL FLAME」――ラストに相応しく繰り広げられる壮絶な三つ巴の死闘とその先の巨大な陰謀の物語の紹介であります。

 アメリカとの休戦協定調印のためにニューヨークを訪れたイフの城のトップ、モンテ・クリスト三世を襲った何者かの銃弾。その犯人がルイジアナ州のモンコなる地に関係していると知ったリリーとサバタは、早速現地に飛ぶことになります。
 途中出会ったバッファロー・ビル(!)のワイルド・ウエスト・ショー一座に潜り込んだ二人は、「何か」を採掘して潤っているという新興の町外れにあった秘密工場に潜入。しかし潜入者は彼女たちだけでなく、バッファロー・ビルたちも既に潜入していたのであります。

 彼らの正体はアメリカのスパイ組織CIA――Crusaders In Americaのメンバー。このモンコで石油を使った「何か」を造り出そうとしている者がいること、そしてそれが宿敵・有翼の蛇教団であることを知った二人は、CIAと手を組み、探索を始めるのですが……
 果たして「役に立たない」石油を使って恐竜たちが何をしようとしているのか? その謎に辿り着く前にエジソンの放った産業スパイ・99部隊が工場を強襲、イフの城&CIA・有翼の蛇教団・99部隊の三つ巴の大乱戦が始まるのですが……


 西部劇(というよりイーストウッド)味漂うこのエピソードで展開するのは、エジソンをゲストに迎えての、石油とそれを用いる「ある発明」を巡る戦い。
 いかにも本作らしく、史実で伝わるネガティブ面をぐぐっと広げて造形されたエジソンの姿は、むしろ痛快ですらあるのですが――しかしそんな彼の行動が、物語の、いや歴史の行方を大きく変えることになるとは!

 「ある発明」の正体については中盤で判明するのですが、しかしそれはまだ物語の謎の半分。それでは何故有翼の蛇教団が(彼らにとっては不要である)それを発明していたのか――その真実はまさに圧巻というほかありません。
 このエピソードのタイトルであるETERNAL FLAME――永遠の火種とは何なのか、そしてそれが燃え移った先にあるものは――これまでも任務を成功させながらも苦い後味が残るエピソードはありましたが(やはり未来に繋がる物語であった「RED STAR」など)、しかしここで描かれたものは、かつてないスケールでもって、我々の(そう、我々自身の)「明日」にも重くのし掛かってくるのであります。


 とはいえリリーとサバタはひとまずは任務を終えて生き延び、途中ギクシャクした二人の関係も明るい「明日」を予想させて――本作はここに結末を迎えることとなります。

 正直なところ、有翼の蛇教団との、そして何よりもサバタの宿敵中の宿敵であるジャンゴとの決着はついておらず、その点には――掲載誌が途中で休刊、その後は配信にて連載という状況はあったものの――食い足りなさは残りますが、この結末は、これはこれで「らしい」と言うべきかもしれません。

 もっとも、ここで燃え移った火種の辿り着くところ、そしてジャンゴの「20世紀が楽しみだ」という言葉の意味は、続編・後日談である『ジャバウォッキー1914』で描かれることとなるわけですが――それはまた、時を改めてご紹介させていただきます。


『ジャバウォッキー』(久正人 泰文堂アース・スターコミックス) 第6巻 Amazon / 第7巻 Amazon

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