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2020年8月

2020.08.31

「怪奇時代劇傑作選 妖の乱」「続・妖の乱」 再録ながら油断できない怪奇・伝奇時代漫画アンソロジー

 コンビニコミックは再録中心といえど、そのチョイスの面白さや、単行本未収録作品の収録など、要チェックのものも少なくありません。この夏二月連続刊行された本書もその一つ――「民話ファンタジー、伝奇ホラー、退魔アクション…豪華作家陣による「妖」の競演」と銘打たれた怪奇時代劇傑作選です。

 リイド社が刊行している(刊行していた)時代コミック誌「コミック乱」「コミック乱ツインズ」「戦国武将列伝」の三誌から、上記のとおり怪奇・伝奇性の強い作品を採録した本書。正続の収録作品は以下のとおりであります。

「妖の乱」
 『ゲゲゲの鬼太郎』(水木プロダクション)
 『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)5話
 『江戸奇談』(幻影堂)3話
 『鬼切丸伝』(楠桂)2話
 『寝小魔夜伽草子』(的場健)3話

「続・妖の乱』
 『寝小魔夜伽草子』(的場健)3話
 『江戸奇談』(幻影堂)4話
 『鬼切丸伝』(楠桂)3話
 『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)6話

 収録作品のうち、『怨ノ介 Fの佩刀人』は単行本全2巻分をそれぞれ収録、『寝小魔夜伽草子』は単行本1巻分を分割、『鬼切丸伝』(今回収録はいずれも「戦国武将列伝」掲載分)も単行本収録済み――というわけで、本書のみに収録(再録)ということであれば、『ゲゲゲの鬼太郎』と『江戸奇談』が本書の目玉ということになるでしょうか。

 うち、江戸時代を舞台に鬼太郎たちお馴染みの面々が活躍する『ゲゲゲの鬼太郎』は以前ご紹介したのでそちらをご覧いただくとして、恥ずかしながら私も初見だったのが『江戸奇談』。
 「コミック乱」に2013年から不定期掲載された本作は、1話8ページのショートコミックで、タイトル通りに江戸時代を舞台にした奇談――というより実話風怪談ものであります。

 登場人物はいずれも2.5頭身と漫画としてデフォルメされた絵柄ながら、その人々が繰り広げるのは、理不尽かつ壮絶な怪異譚。
 その絵柄と短いページ数を効果的に使い、緩やかに始まった物語が急激に奈落の底に向かい、ギョッとさせるような画を提示して終わる――必ずしも全てがこのパターンではありませんが――物語は実に強烈で、後を引くインパクトがあります。
(こういう表現は滅多に使わないのですが、平山夢明の『大江戸怪談どたんばたん(土壇場譚)』に極めて近い手触りの作品であります)


 その他、『鬼切丸伝』は言うに及ばず、作者ならではの黒と白のコントラストと気っ風のいいヒロインの活躍が魅力の『寝小魔夜伽草子』、全てを失った男が仇敵を求めて刀剣女子とともに魔剣狩りに挑む『怨ノ介 Fの佩刀人』など名品揃い。
(『寝小魔夜伽草子』第二部を収録して欲しかった――というのは厭なマニアの戯言だとしても)

 残念ながら現在「妖の乱」の方は手に入れにくくなっていますが、未読の方で機会があれば、ぜひ手に取っていただきたい一冊、いや二冊であります。


「怪奇時代劇傑作選 妖の乱」(リイド社) Amazon


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2020.08.30

畠中恵『猫君』 登場、猫又時代伝奇学園小説!?

 齢二十年で猫又になる直前に飼い主と死別し、妖だと人々に追われる茶虎猫のみかん。先輩猫又に助けられた彼は、猫又の新米として、江戸城の中にある「猫宿」で修行することになる。猫又たちの間で伝説の英雄「猫君」再来が噂され、きな臭い空気が漂う中、みかんは仲間たちと数々の試練に挑む……

 妖怪変化も色々な種類がいますが、生まれつきの妖怪ではなく、しかも妖怪になるまで人間の身近で長く暮らす(と言われる)妖怪というのは、猫又くらいかもしれません。
 しかし考えてみれば、それまで猫として暮らしていたものが、猫又になった途端にいわゆる妖力を得ることができるものでしょうか――そんな疑問に答えるのが本作です。

 そう、本作においては、猫又の世界には猫又の学び舎「猫宿」があり、そこを卒業したものが、一人前の猫又として江戸の町に出て行くことができるのです。
 この猫宿を舞台として、そこに集う新米猫又たちの奮闘を描く――いわば猫又時代伝奇学園小説とでもいうべき、前代未聞の物語が本作であります。


 猫又たちが六つの陣地――武陣・姫陣・黄金陣・学陣・花陣・祭陣――に分かれ、陣取り合戦を繰り広げている江戸。そんな江戸で唯一中立を守り、六陣の新米たちが学ぶ場となるのが、この猫宿――驚くべきことに江戸城内に設けられた学び舎であります。
 六陣を御するほどの力を持ち、かつては徳川家康と面識のあったともいう猫宿の長によって設置されたこの猫宿に今年入学することになったのは、猫又になったばかりのみかん。猫又になる直前、吉原で謎の相手に襲われた彼は、「猫君」なる存在を、猫又たちが探していることを知ります。

 猫君こそは伝説の猫又たちの王――かつて百万の術を使い、全ての猫又たちを統べた存在が、この徳川家斉の治世の江戸に再臨するというではありませんか。
 その猫君を巡り、六陣が、そして家斉までもが色めき立つのですが――みかんたち新米にとっては、少しでも早く様々な術を覚えて一人前の猫又になるほうが大事であります。

 しかし周囲の状況はそれを許さず、みかんたちも否応なしに(気まぐれな猫宿の長が火に油を注いだりするおかげもあって)、様々な騒動に巻き込まれて――というのが本作の基本設定となります。
 かくて全6話構成の本作では、猫宿入学の証となる鍵の玉探し、人に化けて新米たちを襲う謎の猫又との対決、幕府が計画する新たな生類あわれみの令潰し、そして六陣との大勝負等々、次から次へと押し寄せる事件・難題にみかんたちは挑むことになります。

 といっても彼らはまだ人に化けられない、それどころか二又の尻尾を一本に見せるがようやくで、猫宿の外の世界を歩くのもやっとという有様。
 そんな状態でありながら、様々な思惑が入り乱れる江戸城内や六陣に対して、みかんたちが機転と友情で渡り合う姿が、基本ユーモラスに、時々ヒヤリとするほどシビアに描かれるのが、本作の魅力であります。

 特に本作の掉尾を飾る「合戦」では、とある事件から六陣に不信感を抱いたみかんたちが、一月の間に六陣全てからそれぞれ(少しずつ)陣地を奪い取ることを宣言。
 しかし人に化けることもできなければ軍資金もない状況で、果たしてどうやってその目的を成し遂げるのか――というわけで、一種の不可能ミッションものとなっているのが、何とも興味をそそるエピソードであります。


 なお、作者の作品では珍しく――と言うべきか、歴史上の人物と絡めた設定、物語展開となっているのも本作ユニークなところでしょう。
 特に家斉は本作のレギュラーと言ってもよいほどの存在なのですが、しかしそれ以上の存在なのが、猫宿の長と、その片腕ともいうべき猫宿の教授陣の一人・和楽であります。

 実は彼らはそれぞれ戦国時代に○○○○と△△△△と名乗り、時に主従として、最期には命を奪い合った間柄なのですが――なるほど、○○であれば家康に睨みが効くはずだわいと思いつつ、ちょっと物語のトーンからは浮いていた、というより必然性としてどうかなあという印象があったのも正直なところではあります(これは発表時期の関係もありそうですが……)。

 もう一点、「猫君」の行方がちょっと拍子抜けだったのも残念だったところですが、この点はおそらくはあるであろう続編に期待するといたしましょう。
 みかんの、猫宿の仲間たちの猫又猫生は、まだまだ始まったばかりなのですから……


『猫君』(畠中恵 集英社) Amazon

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2020.08.29

『啄木鳥探偵處』 第四首「高塔奇譚」

 浅草十二階に出ると評判の幽霊の調査を依頼された啄木と京助は、啄木の友人で、幽霊の記事を書いていた元新聞記者・山岡と出会う。浅草の顔役・六郎から、幻灯師の松吉を紹介された啄木たちだが、六郎は殺され、山岡がその容疑者として疑われる。松吉はある殺人事件の第一発見者だったというが……

 アニメ『啄木鳥探偵處』第4話は、原作の第1話であり、原作者が第3回創元推理短編賞を受賞したデビュー作である「高塔奇譚」がベース。アニメ版では実質探偵處の始動第1回となる今回は、高塔――浅草十二階こと凌雲閣に出ると評判の幽霊の正体を啄木と京助が追うことになりますが、そこに数ヶ月前のある殺人が絡み、もの悲しく、切ない物語が展開することとなります。

 毎夜決まった時間に凌雲閣に現れるという幻の女性。その幽霊目当てに集まった人々が、皆一様に宙を仰ぐ中で、啄木はかつての友人(当然のように金蔓)の山岡と出会うのですが、この山岡氏、折角得た新聞記者の職を辞めて浅草で働いていたり、辞める直前までまさにその幽霊のことを新聞記事にしていたり、アバンタイトルで殺された女性が遺した「ノドノツキ」という言葉を呟いていたりとあからさまに怪しい人物であります。

 そんな中、啄木が幽霊の調査をしていると知って協力を申し出てきた地回り(であろう)エンコの六郎なる男が、幻灯機を扱えるという松吉という男を紹介してくるのですが――松吉との待ち合わせの場に向かう啄木と京助を謎の男が尾行し(後にそれが松吉ではないかということに)、しかも辿り着いてみれば当の松吉は死体となって発見。ご丁寧にその場から逃げ去る山岡の姿を二人は目撃することになります。

 と、どう見ても山岡が容疑者である一方で、果たして彼が幽霊を出現させた動機は何故か(どうやって、というのはまあすぐに予想がつく通りなので)、そして何故彼が松吉を殺さなければいけないのか、という謎が残るわけですが――今回はまさに「ホワイダニット」の物語であると言えます。
 正直なところ、後者の謎解きは個人的にはあまり好きではないパターンなのですが(本作に限らず、○○がわざわざ探偵に接近してくるというのがどうにも不自然に感じられて……)、前者は、解き明かされてみればこれが実にお見事。なるほど、だからこその十二階の幽霊なのか――というのは、これは原作初読の時同様、今回も改めて感心させられました。

 ただ、その一方で気になってしまったのは、山岡が新聞記者として記事を書いていた間は、実は幽霊は実際には目撃されていなかったという(比較的早い段階で)明らかになる事実。いくら新聞というメディアの力で煽ったとしても、さすがに実体(幽霊にこの表現を使うのもおかしな話ですが)がないのでは、最初から幽霊騒動は話題にならないのでは――と首を傾げつつ原作を読み返してみれば、実は非常に大きな要素がオミットされていたことを思い出しました。
 この辺りは未読の方のためにあまりはっきりと書けないのですが、この要素は上の疑問に応えるものであると同時に、何故その後も幽霊が出現することとなったかの理由であり、そして何よりも「犯人」のあまりに切ない心情を示すものであって――ここを省くのはちょっとどうだったのかなあ、と別の意味で首を傾げることになった次第です。

 その他にも、細かい描写が省略されていたために見えにくくなっていた部分がいくつかあり、原作の面白さを十全に表現したものではなかったなあ――というのが、正直な印象ではあります。


 ちなみに啄木と京助さんは、前回あれだけのことがあったにもかかわらず通常営業。冒頭から自分の本を買うための金を貸してしまう京助さんと、平然とそれを受け取って山岡と特上うなぎを食う啄木という、何だか共依存気味の関係は健在でありました(ラストに京助さんが啄木を「天才で子供」と評するのはさすがだと思いますが)。

 しかしそれ以上に気になるのは、平然と京助さんの(おそらく)ズボンのポケットから懐中時計を引っ張り出す啄木ですが――それも二度も。


『啄木鳥探偵處』二(Happinet Blu-rayソフト) Amazon

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 『啄木鳥探偵處』 第一首「こころよい仕事」
 『啄木鳥探偵處』 第二首「魔窟の女」
 『啄木鳥探偵處』 第三首「さりげない言葉」

 「啄木鳥探偵處」 探偵啄木、浅草を往く

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2020.08.28

杉山小弥花『大正電氣バスターズ』第2巻 物語は一気に核心へ そして二人はあわいを抜け出す

 大正時代末――震災後の東京を舞台にスリの不良少女・おりょうと学生陰陽師・烏丸晴哉(チカ)が、人の心を蝕む悪霊と対峙する物語の第2巻、完結巻であります。チカの中に潜む闇の陰陽師の正体は、チカとの対決の結末は、そして二人の想いの行方は……

 関東大震災で家と両親を失い、一匹狼のスリとして暮らすアーメンおりょう。銀座で連続する通り魔騒動に巻き込まれた彼女は、その元凶である悪霊たちを封じているという陰陽師の少年・チカと出会うことになります。
 自分が巫女体質であることを知らされたおりょうは、意気投合したチカと「鷹の目団」を結成、東京を騒がす悪霊の跳梁に挑むことになります。

 そんなある日、鷹の目団の周囲を嗅ぎ回る新聞記者・関に憑いた悪霊と対峙した二人ですが、その最中にアクシデントでチカが喪心。そして次の瞬間目覚めたのは、チカにしてチカにあらざる何者か――それは、チカの中に封じられていた闇の陰陽師、一連の悪霊騒動の陰で糸を引く存在だったのであります。
 その場は何とかチカを元に戻したおりょうですが、しかし続く事件で、彼女はチカの家庭の事情を、彼の人格を形成してきた環境を知ることになります。さらに謎の「片足の国」を作り出そうとする闇の陰陽師の正体をも知るおりょうですが、それこそはチカの……


 冒頭に述べたとおり、残念ながらこの巻で完結となる本作。そのためもあってか、この巻では冒頭から一気に物語の核心に迫る展開が続くことになります。
 第1巻の時点ではあまりはっきりとはしていなかったチカの側の事情。一高に通いながら陰陽師として活動する彼の素性や行動理由には今ひとつ謎が多かったのですが――それがこの巻の前半で、一気に明らかになるのであります。

 地方の名家に生まれ、陰陽師としての血と力を継ぎながらもどこか斜に構え、(おりょう以外の)他人の前では仮面を被って自分の素顔を明らかにしようとしなかったチカ。
 そして彼の物語を通じて語られるのは、チカが仮面を被るその理由と仮面の正体、そして彼もまた、あの震災で近しい者を喪っていたという事実。そしてそれこそが全ての事件の源となるのですが――しかし物語はここから全く予想しなかったような展開を見せることになるのです。

 前作でも顕著だったように、ミステリ的趣向を得意とする作者だけに、その詳細を語れないのが心苦しいところではあります。
 しかしこの巻の後半に入った辺り、何故か意識を失っていたおりょうが病院で目覚めてみれば時は「昭和二年」、そして彼女は我々が知る名とは異なる名で呼ばれて――この展開には、正直なところ度肝を抜かれました。

 そしてそこから彼女が過去を思い出す形で描かれていく、間の物語とは――いやはや、これがまたこうくるか! という展開の連続。窮地に陥ったチカを救うためのおりょうの一策が思わぬ(本当に思わぬ!)結果を生み、そしてそこから物語は思わぬ形で史実と重なって……
 語れないなどと言いつつだいぶ書いてしまいましたが、しかしこの先は本当にシビれる展開の連続であることは間違いありません。

 本作の舞台は、関東大震災後の「大正」という、かなり短い上に、史実の上での(本作に影響しそうな)目立った出来事も少ない時期。それが正直なところ足かせになっていたのでは、という印象もあったのですが――いやいや、大事な大事な出来事がありました。
 そしてそれがタイトルに重なりつつ、最終決戦に雪崩れ込んでいく展開には、ただ鳥肌が立ちました。

 そしてもちろん戦いだけでなく、その中で並行して描かれるのは、おりょうとチカという、孤独で意地っ張りで、めんどくさい二人の想いの行方であります。
 己が己であるために他者を拒絶し、自分自身の足で立つことを選びながらも、それでも生きていくために誰かを必要とする――そんな相当にこじれた(しかし誰でも多かれ少なかれ重なる部分がある)二人が、どのような結末を迎えるのか。いや、その結末までにどのような過程を経るのか?

 その点も含めて、最後の最後まで(おまけページに至るまで)期待は裏切られることはなかった、と心から思います。


 大正という時代には、個人的には間(あわい)というイメージがあります。明治のように近世を引きずっていない、昭和のように現代に繋がっていくわけでもない――そんなどこか中途半端で、モラトリアムめいた時代と。
 本作は、ある意味そんな時代の申し子であった二人が、そのあわいを抜け出して、自分たち自身のあるべき姿を見出し、自分たち自身の意思で新たな道を歩き出すまでを描いた、そんな物語だった――そう感じます。


『大正電氣バスターズ』第2巻(杉山小弥花 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon

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  杉山小弥花『大正電氣バスターズ 不良少女と陰陽師』第1巻 「めんどうくささ」を抱えた二人の冒険始まる

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2020.08.27

田中啓文『文豪宮本武蔵』 武蔵、明治の日本文学に近代人の己を見出す

 文豪という言葉も、剣豪という言葉もあります。そして剣豪といえばやはり真っ先に浮かぶのは宮本武蔵の名ですが――フィクションでの武蔵像数あれど、武蔵を文豪にしてしまったのは本作が初めてではないでしょうか。作者の名前を見ればそれも納得の、極め付きにユニークな物語であります。

 ことの起こりはかの巌流島の決闘――紙一重の差で小次郎に勝利を収めたものの、成り行きから小次郎を殺めてしまった武蔵。しかしビジュアルには大いに差があれど、武蔵も小次郎も剣しかない、剣だけで身を立ててきた男――自分の同類の生命を奪ってしまった彼の心には何とも言えぬ苦いものが残ります。
 しかも小次郎には病身の妹・夏がいることを知った武蔵は、せめて夏を助けたいと密かに援助しようとするのですが――一向に仕官の口はかからず、最後の戦というべき大坂の陣でも大した働きは残せぬまま終わります。

 一発逆転を夢見て江戸の柳生但馬守に挑戦状を叩きつける武蔵ですが、もちろん相手にされるはずもありません。焦って路上で但馬守に挑戦した武蔵は、相手の怒りを買ってついに斬り殺され――ついに武蔵も地獄に落ちたかと思いきや、そこに現れたのは小次郎。
 夏を助けるために一度だけ武蔵を救うと語る小次郎は、何と武蔵を別の世界に飛ばすというではありませんか。

 次の瞬間、武蔵が現れたのは奇妙な服と髪型の人々が闊歩する世界。そこで不注意から女性に突き当たって転んだ武蔵ですが、その女性こそは夏と瓜二つ、そしてその名は樋口夏子――すなわち樋口一葉。
 彼女から今が明治時代と聞かされた武蔵は、成り行きから正岡子規や夏目漱石と知り合うことになります。

 剛力を活かして人力車の車夫として暮らしながらも、一葉から借りた彼女の作品に触れ、文学に憧れを抱く武蔵。一葉と交流を深めていく武蔵ですが、しかしその先に待ち受けていた悲しい出来事をきっかけに、自分も小説を書くことを決意した武蔵ですが……


 と、読みながら、様々な「何故」が頭に浮かんでしまう本作。そもそも何故文豪なのか――は剣豪からの連想だとしても、何故明治なのか、何故ヒロインは樋口一葉なのか、そんなに簡単にベストセラーを書いていいのか……。まあ最後はさておくとしても、必然性というものを考え出すと、本作は色々と悩ましく思えます。
 しかし武蔵が車夫として東京を駆け巡る走る姿、持ち前のアドリブとホラ吹きの才で小説家として頭角を現していく姿などはなかなかに魅力的に映りますし、そんな彼がどこか『坊っちゃん』的に世の中の不義を粉砕する姿もまた、痛快であります。

 さらに彼が一葉や子規、漱石や?外といった名だたる文豪たちと交流する姿も、一種の伝奇ものとして実に興味深いのですが――実はそんな本作における様々な武蔵の姿は、彼の人間的な成長(あるいは変化)と重なり合って描かれることになります。そしてそれこそが、本作の武蔵が明治時代に現れ、文豪となった所以ではないか――そう感じられます。


 元々は剣豪――すなわち剣に生きる武芸者であった武蔵。その生き様は、戦国時代の日本の武士たちのある種の縮図とも言うべき、血なまぐさい殺し合いの日々であります。
 しかし戦の終わった時代に入ることで武士は変質し、武芸者もその在り方を変えることを余儀なくされます。本作の冒頭における武蔵は、まさしくその時代の変遷から取り残された人物として描かれるのですが――そこからさらに彼は大きく時代を飛び越え、明治時代に姿を現すことになります。

 未だ前時代の遺風を色濃く残しつつも、近代という新たな時代へと大きく歩を進める明治。そんな時代に、近世の娯楽文化を継承しつつも西洋の文化を取り入れ、さらに変わりゆく社会の姿を反映した日本人の精神性を抽出したものこそが、明治の日本文学と言えるでしょう。
 そんな近代文学に触れた武蔵は、それによって肉体だけでなく、精神もまた、近世から近代と一気に時代を超えたともいえるのではないでしょうか(彼が講談に語られる自分の姿を聞いて怒り出すくだりは、実に象徴的です)。

 そしてそれは、武蔵が、他者を殺すのではなく、自立した個人として他者を尊重しつつ生きる――そんな近代人としての自分を見出す過程だったとも言えます。


 と、我ながらうまくまとまった! と思ったところに、とんでもないダジャレが飛び出して、結局それか! そのための彼女なのか! と盛大にひっくり返ったのですが……
 それはそれで実に作者らしいのですが、本作がそんな物語の姿を借りつつ武蔵の若年から晩年の人物像の変化を描いているのも事実ではないかな、と思うのです。


『文豪宮本武蔵』(田中啓文 実業之日本社文庫) Amazon

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2020.08.26

花月仁&奥浩哉『GANTZ:E』第1巻 まさかの登場、『GANTZ』時代劇バージョン!

 喧嘩の最中、川に落ちた子供を助けて共に溺れ死んだ百姓の半兵衛と政吉。気が付けば謎の古寺の中にいた二人が見たのは、同様に死んだはずがいつの間にかここにいたという人々と、得体の知れない黒い球だった。そして球は、半兵衛たちに「宮本武蔵を倒せ」という指令を与える……

 人気が出た漫画にはスピンオフ作品が出るのが当たり前の昨今ですが、時代ものはそれとは縁遠い――と思いきや、突如として登場した本作。言うまでもなく奥浩哉の大ヒット作『GANTZ』の時代劇バージョンであります。

 ある日、嫁にしたいと思っていた女の子が、隣村の政吉に惚れていると知った半兵衛。力自慢で相撲好き、上背があるのを自負していた半兵衛は、政吉が自分より上背があって腕っ節も強いと聞かされ、その翌日隣村に押しかけるのでした。
 そして出会った政吉は、百姓ながら太刀を腰に帯びた寡黙な美青年。そんな彼に対して、降り出した雨の中、強引に相撲を仕掛けた半兵衛ですが、その最中に村の子供が流れを増した川に転落――川に飛び込んだ二人は、子供は助けたものの、そのまま溺れ死んだのですが……

 次の瞬間、奇妙な堂宇の中で目覚めた二人。その前にいたのは、やくざ者めいた男たちと裃姿の中年の武士、若い侍たち、初老の町人、子供たち――そして一抱えはありそうな巨大な黒い珠……!


 という第一話の本作、雑誌掲載時は冒頭ではタイトルが伏せられ、ただ奥浩哉原作の時代劇スタートということで読んでみたら、最終ページで『GANTZ:E』というタイトルが掲げられてひっくり返った記憶があります。
 そう、本作で描かれるのは、『GANTZ』同様に死んだはずの人々が集められ、特殊装備を与えられて奇怪な怪物たちと命懸けの戦いを繰り広げる姿なのであります。

 その後、美しい姫君とただ一人状況を知るらしい少年(?)がその場に転送され、そして珠から現れた黒い着物と奇怪な武器の数々。ただただ困惑する中、さらに別の空間に転送された彼らの前には、カラスの頭を持った足軽とも言うべき怪物たちが現れるのでした。
 ある者は装備を付ける前に殺され、またある者はひたすら逃げようとして頭を吹きとばされ――そんな中で半兵衛と政吉、謎の少年は次々と怪物たちを倒していくことに……

 と、この第1巻の時点では、突然異常な状況に放り込まれてひたすら戦うだけで終わってしまい、ほとんどストーリーは進んでいないも同然なのですが、これはまあそういうものと言うべきでしょう。

 スーツなどの装備も基本的にあのデザインで、時代劇的にアレンジされた印象はあまりない(むしろ敵方の方がそれっぽいですが)のですが――装備なしの状態で、己の剣と技のみで怪物たちとある程度渡り合う武士が登場するのは、いかにも『GANTZ』+時代劇という感じで好印象であります。
(そういえば本作ではミッション開始前に球から「佐渡おけさ」が流れるのがちょっと愉快)


 さて、この巻では雑魚を倒して、いよいよ「大将」が登場したところまでが描かれましたが――しかしどう見てもこれが「宮本武蔵」とは思えず、まだまだ戦いは続くのでしょう。

 そして何よりも、本作における黒い球はやはりガンツということでよいのか、だとしたら誰が何のために……?
 『GANTZ』の設定であれば、江戸時代にあの球があるとは思えず、そもそもこれは江戸時代の話なのか、という疑いすら浮かんできますが――まずは最初のミッションの行方を見守るといたしましょう。


『GANTZ:E』第1巻(花月仁&奥浩哉 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2020.08.25

赤名修『賊軍 土方歳三』第1巻 奇想天外で「らしい」最後の新選組物語

 赤名修で新選組といえば、20年近く前に発表された、新選組の初期を描いた『ダンダラ』を思い出しますが、本作は新選組の終焉を描く作品――沖田総司の「死」に始まり、会津から箱館に至る土方の姿を描く物語であります。

 本作の冒頭に登場するのは、江戸千駄ヶ谷の植木屋平五郎方の離れ座敷――新選組ファンであれば言うまでもなく、こここそは沖田総司が労咳の療養に当たっていた場所であり、そして彼の最期の地であります。
 そしてそこに一人現れたのは土方歳三――という今度は新選組ファンであればこそ度肝を抜かれるような場面から、本作は始まることになります。

 史実であればこの時期土方は宇都宮城の戦いで足を負傷し、一時戦線離脱、そのまま会津に運ばれ、療養していたこととなっていますが――まさにその時期に、近藤勇が斬首され、そして沖田が世を去ったことになります。
 しかし本作においては、勝海舟からの密書により近藤斬首を知らされた土方は、足の負傷を装うと親戚の土方勇太郎を影武者に立てて戦線離脱。板橋で近藤の最期を見届け、その遺志を胸に、沖田のもとを訪れたというではありませんか。

 沖田を箱館、そしてパリに誘う土方は、沖田に甲府で戦死した(!)市村鉄之助の名を名乗るように命じて……


 と、冒頭から度肝を抜く展開が連続する本作。沖田生存という、(その最期がある意味劇的なだけに)新選組ものでも比較的珍しい展開だけでなく、会津以降で土方といえば切っても切れない市村鉄之助の名を沖田が名乗るというのも、これまた意表を突く展開としか言いようがありません。
 さらにこの土方・沖田改め市村コンビは、会津に戻る前に京は三条河原に向かい、晒された近藤の首を奪還することに――とくれば、もう何でもありのようにも感じられます。

 しかし意外に土方と沖田の――そしてその後の会津での彼新選組の――姿が地に足の着いたものとして感じられるのは、画力には定評のある作者ならではの筆によるところが大きいと言えるでしょう。
 特に土方や沖田、そして島田魁や山口二郎らのビジュアル――更に言えばその彼らの表情や、時にちょっと剣呑に過ぎる言動の一つ一つは、実に「らしい」。その姿は、我々のイメージ通りの、そして我々の見たかった彼らのものであるのが、実に嬉しいところであります。


 さて会津に至るまでの展開が長かったためか、この巻で描かれるのは会津天寧寺に近藤の墓が作られるまで。しかも次の巻の予告によれば池田屋事件が描かれるようですから、箱館まで、そして物語冒頭で土方が語った壮大な夢は、まだまだ先のことになりそうです。(あるいはそれこそ『ダンダラ』リベンジのような形になるのか……)

 そして果たしてその夢が叶うのかどうか――いまだ謎の多い土方歳三の賊軍での、最後の戦いは、まだまだ始まったばかりなのであります。


『賊軍 土方歳三』第1巻(赤名修 講談社イブニングKC) Amazon

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2020.08.24

嶋星光壱『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第2巻 いよいよ始まる怪奇の事件!

 島田荘司の名作パスティーシュの漫画版第2巻の登場であります。同じ事件――というよりシャーロック・ホームズという人物を漱石視点とワトスン視点、全く別々の形で描く本作は、この巻でいよいよタイトルの「倫敦ミイラ殺人事件」が描かれることとなります。

 ロンドン留学中、下宿の幽霊騒動でノイローゼ寸前となったところで、探偵として名高いシャーロック・ホームズのもとを訪れた夏目漱石。しかし彼の前に現れたのは、狂人一歩手前のエキセントリックな男でありました。
 這々の態でホームズのもとを辞した漱石ですが、さてそれは本物のホームズなのか、漱石の目によって歪められたホームズ像なのか……

 何はともあれ、ワトスンの視点から描かれるホームズは我々の良く知る、いやそれ以上にスタイリッシュでキメキメの人物。そしてそのホームズは、弟のキングスレイがミイラの呪いに苦しんでいるという女性・メアリーから相談を受けることになります。
 その時はメアリーを一旦帰したホームズですが、しかし数日後、レストレイド警部からメアリーの屋敷で怪事件が起こったとの知らせが入ったのですが、それこそが本当の事件の始まりだったのであります。


 というわけで冒頭に述べたとおり、いよいよタイトルに冠された事件が描かれることになるこの第2巻。
 中国人にミイラの呪いをかけられたと別人のようになって自室に閉じこもっていたキングスレイが自ら釘付けにした部屋から出火――火はその部屋を焼いただけであったものの、そこには一晩でミイラと化したキングスレイの亡骸が!

 という事件の様相を、この巻はほとんど一冊を費やして描いていくことになります。人間が一夜にしてミイラと化す――それも密室の中でという、実に本格チックなこの怪事件。どう考えてもあり得べからざる事件の姿を、本作は丹念に描くのです。

 部屋中に散らばったアジアの美術品、その中でも一際目を引く呪い除けの仏像と日本の鎧兜。内側から釘付けにされた部屋。キングスレイの面影を残したミイラ。そしてその口中から見つかった謎の紙片……
 原作読者としては、なるほどこれをこう描いたのか、とニヤニヤしたり感心したりなのですが――それはさておくとしても、そんな奇怪な材料だらけのところに、本作ならではの外連味たっぷりの姿でホームズがスタイリッシュに捜査に取りかかるのですから、心躍らないはずがないのであります。
(スタイリッシュといえば、本作のレストレイドは、これまでのレストレイド像とは全く異なる長髪イケメンなのも楽しい)


 そんなわけでこの巻の大半では、ワトスンの視点から見た格好良い方のホームズが描かれるのですが、もちろん漱石視点のホームズは、この巻でもきっちり描かれることになります。それも、第1巻とは別のベクトルでマズすぎる形で。
 その姿たるや、ホームズファンとしては直視しがたいものではあるのですが――しかしそれでも実のところ「これはこれでありそう」に思えてしまう妙な説得力があるのが、本作の恐ろしいところであり、魅力といえるでしょう。

 そして漱石もまた、ミイラの口中から見つかった紙片に描かれていた謎の文字が日本語に似ているという理由で、この事件に引っ張り込まれることになります。再びあの呪われた事件現場を訪れた漱石が何を見ることになるのか――いよいよここから物語は本格的に動き出すことになります。


 しかしこの巻、唯一の不満は第1巻と異なり、島田荘司先生が登場しないことであります。島田先生、格好良かったのに……


『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第2巻(嶋星光壱&島田荘司 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2020.08.23

高橋留美子『MAO』第5巻 謎が謎呼ぶ三人目と四人目の兄弟子?

 猫鬼との戦いから一転、摩緒を巡る五人の兄弟子たちとの因縁がクローズアップされることとなった本作。摩緒を狙う第三の兄弟子と目される「水」の術者の正体とは、そしてその傍らに立つ謎の女性とは…… さらに菜花の前にも再び猫鬼が現れ、物語は混迷の度合いをさらに深めることになります。

 大正時代から遡ること約900年前、平安時代からの因縁――御降家に伝わる呪禁道の秘伝を巡る残酷な儀式の生贄であった摩緒。
 彼を殺すよう命じられた五人の兄弟子のうち、これまで「火」の百火と「木」の華紋が登場しましたが――お人好しの百火とある意味自由人の華紋は早々に摩緒と戦う気はなくしたものの、西からやってきた謎の敵が摩緒を執拗に狙います。

 京都に潜み、魚や蛙、水を武器とするその敵に真っ先にぶつかることになったのは意外にも華紋。御降家の名を名乗り、金持ち相手に延命術をかけていた相手に興味を持って京都に乗り込んだ彼を待っていたのは、同じく「水」の術者・不知火だったのですが……
 痛み分けに終わった二人の対決の後、東京に現れたのは、不知火を兄と呼ぶ謎の女・幽羅子。政財界のお偉方のサロンに出没する彼女と不知火の関係を疑う華紋と摩緒ですが、二人が見た女の素顔は、あり得るはずのない人物のものだったのであります。

 さらに摩緒を襲う奇怪な金属製の式神。それを操るのは、日露戦争で重傷を負ったという鉄仮面の軍人・白州――しかしその正体は「金」の術者・白眉……?


 と、謎が謎呼ぶという表現が最も相応しいこの第5巻。物語当初の謎であった菜花と猫鬼の関係がかなり早い段階で解けたと思いきや、それはむしろ序章に過ぎず、摩緒の五人の兄弟子が――という、平安に由来する因縁にまつわる展開は、関係者が多いということもあって(?)一気に物語を複雑にした印象があります。

 五人の兄弟子は、うち四人が(おそらく)登場したわけですが、ヘタレ強気キャラというべき百火はともかく、マイペース冷酷キャラに見えた華紋が、そのマイペースさを発揮して、早くも摩緒たちと行動を共にし始めるのが何とも面白い。
 いつの間にかこの二人が摩緒の家でたむろってる姿は実に愉快で、ある意味作者らしい名(迷)シーンなのですが――しかし新たな兄弟子たちは剣呑で、謎の多い面々であります。

 そもそもこの五人、互いが互いの顔を知らないというのがミソで、実際に顔を合わせるまで、誰が師に選ばれたかわからないというのが実に面白い設定。
 もちろんそれぞれが五行の術の代表者であるわけで、顔を合わせなくともそれなりに誰が選ばれたか予想はつくはずなのですが――三人目はその裏をかいたようなキャラクターなのには、なるほど、と感心させられました。
(そして四人目も、仮面で素顔を隠しているため、本当に本人なのかあからさまに怪しいのですが……)

 正直なところこの巻は冒頭とラストにあるくらいで、アクションはかなり少なめで、ある意味静かな展開ではあるのですが、その静かな中に不穏なものが渦巻いているのが、何ともたまらなく魅力的に感じられます。


 と、摩緒の側の――大正と平安の側の物語にばかり光が当たっているように見えますが、しかし菜花の側も、負けじとばかりに(?)不穏な動きを見せます。

 そもそも、摩緒と同様に猫鬼に呪われた身であり、今は猫鬼の身が摩緒と融合しているためにある種の猶予があるものの、猫鬼の器として依然狙われている菜花。
 当然、摩緒の手によって様々な防御策が施されているわけですが、しかしそれを掻い潜って猫鬼は幾度も菜花の前に現れることになります(特に第5話中盤の展開は、思わず声が出るほど怖い)。

 しかしそこでむしろ菜花に助言ともとれる言葉をかける猫鬼。なるほど、五人の兄弟子の方に気を取られていましたが、そもそも摩緒と猫鬼との因縁、そして摩緒の許嫁であった紗那の運命には、まだまだ不明な点・不審な点があります。摩緒の記憶が不確かな以上、その真相を知るのはもはや猫鬼しかいないわけなのですが……

 この巻の終盤で判明するある事実(それとて不審な点が山盛りなのですが)によって交錯する五人の兄弟子の件と、摩緒と猫鬼の因縁。平安と大正、そして現代――三つの時代が交わる物語の真の姿が見えるまで、まだしばらくかかりそうであります。
 もちろんそれがたまらなく嬉しく感じられるのですが。


『MAO』第5巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2020.08.22

石川ローズ『あをによし、それもよし』第3巻 面白奈良ライフ漫画から面白奈良歴史漫画へ!? 

 現代のミニマリスト・山上が奈良時代にタイムスリップし、困惑するどころか当時の暮らしを満喫してしまう――そんな奇想天外な歴史コメディも3巻目。突然妻子ができて官職や屋敷をもらったりと、だんだんミニマルではなくなってきた山上の奈良ライフは、さらに思わぬ方向に……

 ある日突然奈良時代にタイムスリップし、下級役人の小野老のもとに転がり込んだ現代人のサラリーマン・山上。極度のミニマリストである彼は、馴れない奈良の暮らしに少しだけ戸惑いつつも、しかし物のない奈良時代の暮らしを大いにエンジョイしていたのですが――そこに意外な人物が立ち塞がります。
 それは藤原不比等――何と彼の正体は、山上と同じく現代人でミニマリストのフジワラさん。しかしミニマリストはどこへやら、この時代では権力者として贅沢三昧の日々を送っていたのであります。

 ミニマリストの風上にもおけぬと反発する山上ですが、彼も瓜二つで性格までそっくりだという山上憶良と間違えられた末、彼の官位と邸宅を与えられ、さらに妻子まで背負い込むことに……

 そんなわけで段々この時代の政治(?)に巻き込まれ、理想のミニマリスト生活から引き離されていく山上ですが、そんな彼に追い打ちをかけるのが藤原の陰湿な攻撃。
 ミニマリスト殺すにゃ刃物は要らぬとばかりに不比等が取った行動とは――その手があったか、と冒頭から爆笑してしまったのですが、ついに山上の怒りも爆発、不比等を敵と認識したものの、相手は当時の実質最高権力者であります。

 不比等を上回るには帝を味方につけるしかないとアバウトにもほどがある考えで宮中に乗り込んだ山上は、なりゆきで阿閉皇女――すなわち元明天皇と知り合い、長屋王らとともに反不比等に向けて動き出すことになります。
 しかしその前に不比等の子の藤原四子が立ち塞がり……


 と、面白奈良ライフ漫画から面白奈良歴史漫画に移行してきた感のあるこの巻。

 第2巻の紹介でも申し上げましたが、山上憶良といえば貧窮問答歌――というわけで本人もどん底生活の印象が勝手にあったわけですが、本人は歴とした貴族であり、この巻にも登場した首皇子(後の聖武天皇)の侍講も務めたという人物です。
 であれば、この展開もむしろ納得なのですが、でも何だか身近にいた人が遠くに行ってしまったようで寂しい――あっ、老ってこんな気分なのか!?――というのも正直な気持ちではあります。

 しかしそれでも、本作の基調を成すゆるい雰囲気はどこまでも健在です。この巻で初登場の阿閉皇女や、今までシルエットのみの登場だった藤原四子など、歴史上の素顔はともあれ、実に本作らしく、コミカルに描かれたキャラクターたちの姿が実に楽しいのであります。
(四子は本作の基本ラインから浮いているのが逆にイイ)

 そしてこの巻の(特別編を除いた)ラストのエピソードでは、どんな状況になっても山上は山上というのが窺えるのも嬉しい。
 考えてみれば山上って、ミニマリストであると同時に滅茶苦茶マイペースな人間だったよね――というわけで、彼が彼でいる限り、本作も本作のままなのでしょう。


 この先の歴史も、この先の登場人物たちも、まあ色々あるのですが、それを本作がどのように料理することになるのか――引き続き、楽しみにしたいと思います。


『あをによし、それもよし』第3巻(石川ローズ 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon


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2020.08.21

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第16巻 強面刺青男の中の「士」

 好事魔多しとはまさにこのことか、項羽不在の彭城を奪ったものの、劉邦以下のやらかしによって、文字通り歴史に残る大敗北を喫してしまった漢軍。張良の策によって辛うじて脱出を図ったものの、劉邦の受難は続きます。そんな中、張良の起死回生の策とは……

 韓信に続き陳平を得て、快進撃を続ける劉邦。張良の鬼謀によって楚の諸将の動きを封じ、項羽不在の彭城を見事奪取した劉邦ですが――張良が体調不良で床に伏した間に調子に乗りまくった劉邦と配下たちは、怒りに燃える項羽に散々に蹴散らされ、「五十六万が三万に蹴散らされる」「十万の死者で川の水がせき止められる」と、ある意味冗談のような敗北を喫するのでした。

 それでも張良の策と、窮奇の武が奇跡を起こしたか、時ならぬ嵐に紛れて劉邦は辛うじてその場を逃れることに成功したのですが、まだまだ追っ手は諦めません。
 ここで誰もが思い出すのは、逃げるために自分の子二人を馬車から(しかも三度)蹴り落としたという、歴史に残る劉邦の人非人ムーブ。それを本作がどう描くかと思えば――直球ながらも、劉邦と夏侯嬰のやりとりをすっとぼけたムードで描くことにより、陰惨さを中和したものとなっているのは、さすがと言うべきでしょうか。

 さすがと言えば、嵐によって劉邦を取り逃がした項羽が、
「天よ・・お前も己を怖れるか」「己の敵は劉邦ではない・・・・天だと云う事」
とご満悦になったのが劉邦を助けるという、一歩間違えればギャグになりかねない姿も、きっちり格好良く描かれているのも必見であります。


 さて、そんなこんなで九死に一生を得、さらに諸将も健在だった劉邦ですが、しかし五十六万で三万に! というあまりに恥ずかしい敗北は諸王の離反を招き、項羽包囲網と言うべき戦線は崩壊することになります。
 このままでは各個撃破されるのみ――という状況でまたもや発揮されるのは、張良の神算鬼謀であります。ここで彼が起死回生の策として挙げるのは、九江王黥布を味方につけること……

 というわけでこの巻のメインとなるのは、黥布説得のくだり。史実では、劉邦配下の随何なる儒者が決死の思いで黥布のもとを訪れ、迷う黥布の前で楚の使者相手に大芝居を打った――ということなのですが、ここでその陰で黄石と窮奇の活躍があった、というのが本作ならではのアレンジであります。

 黥布といえば顔に刺青を入れられた、いかにも暴力一筋の強面。それだけにむしろ力の差に敏感な彼が、項羽優勢な状況で儒者の言葉で劉邦に下るというのは、なるほどいささか信じがたいものがあります。
 そこを埋めるためにこの二人の登場となるわけですが――いかに黥布初登場時の因縁があるとはいえ、基本的に張良とトリオで行動してきたこの二人、特に黄石が張良と離れてどのように黥布を説得するのか?

 と思えば、これがまたこうきたか、という展開。いささか格好良すぎる展開かもしれませんが、周囲から「項羽の犬」「汚れ役」と見られている自分を痛いほど感じていた黥布を動かしたものが、知略でも暴力でもなかったこと――そしてそこで彼もまた一人の「士」であったことを(人の真価を見抜く力を持つ黄石を通じて)描いてみせた展開には脱帽であります。


 そして終盤では、静かに、しかし大きく動き出した状況を背景に、劉邦の再起戦が描かれることになります。
 張良の大計によって項羽の出陣を封じ、そして項羽なき楚軍を韓信が迎え撃つ――漢にとっては最高の勝ちパターンではありますが、それだけに絶対落とせないこの一戦の行方は、という実にイイところでこの巻は引きとなります。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第16巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第15巻 新たなる力と、史上に残る大敗北と

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2020.08.20

輪渡颯介『悪霊じいちゃん風雲録』 ユーモア悪霊時代小説! 二人の孫のゴーストハンティング

 薬種屋の跡取り息子・伊勢次と貧乏御家人の七男・文七郎には、幽霊になった祖父から無理難題を押しつけられているという共通点があった。今日も酒屋と菓子屋を悩ます幽霊騒動を解決するようにそれぞれ迫られた二人は、一度は解決できたように見えたものの、更なる幽霊騒動に巻き込まれることに……

 何とも強烈なタイトルと、帯の「ユーモア悪霊時代小説」という惹句に驚かされつつも、作者ファンであれば十分納得できることでしょう。
 何しろ作者の時代小説は洒落にならないような悪霊に遭遇して右往左往する人々の姿をユーモラスに描く物語が大半。そして本作はまさにそのとおりの内容なのですが――しかしこれまでの作者の作品には(もちろん他の作者の作品にも)ないような独自性を持った物語なのです。

 そしてその独自性の最たるものが、タイトルの「悪霊じいちゃん」たちであることは言うまでもありません。ヘタレだけれども人は良い伊勢次と、剣の腕は立つが荒くれ者の文七郎――対照的で、本来であれば接点のなさそうな二人の主人公ですが、彼らに共通するのは祖父が幽霊となって絡んでくること。
 伊勢次の祖父の左五平は、毎回毎回シチュエーションを凝らして孫を怖がらせ、文七郎の祖父の十右衛門は孫を物理的に叩きのめし(しかも避けようとすると食べ物の味がおかしくなるという嫌な特殊攻撃付き)と、とにかく困ったじいちゃんたちなのであります。

 さらに困った事にこのじいちゃんたちは生前から仲が悪く、その感情は死後の今も健在。そこで孫たちを使って互いの鼻を明かそうとするのですから、巻き込まれる孫たちこそ良い面の皮です。
 そんなこんなで、江戸を騒がす二つの幽霊騒動の解決が、じいちゃんたちによって伊勢次と文七郎に押しつけられた――というのが今回のお話であります。


 というわけで基本設定の時点で面白すぎる本作ですが、実は作者の他の作品とは少々異なる点がもう一つあります。それは、本作にゴーストハンターものとしての性格がより色濃いことであります。

 実は作者の作品では、主人公たちは基本的に受け身であることがほとんどであります。曰く付きの品のおかげで幽霊に出くわす、何故か幽霊の存在がわかるようになってしまった、幽霊の出没する場所を調べる羽目になった――そんな彼らにとって基本的に幽霊の存在はアクシデントというべきもの、できれば避けたい災難なのです。
 本作においても、もちろんそのきっかけ(すなわち悪霊じいちゃん)は災難以外の何ものでもありませんが、伊勢次と文七郎は、それでも自分から意識して幽霊騒動に向き合うことになります。

 特に作者の最初のシリーズ『浪人左門あやかし指南』以来久々(だと思います)の武士主人公である文七郎は、幽霊に対しても物理攻撃で対抗してしまう剛の者。
 しかし武骨なだけかと思えばそれだけでなく、意外にクレバーな彼が酒屋に現れる幽霊の正体を暴こうと策を巡らせるくだりは、これはもうゴーストハンターものとして実に見事な展開で――こう来たか! とすっかり嬉しくなってしまった次第です。


 そしてもちろん、作者の作品であれば忘れてはいけないミステリ要素ももちろん濃厚に存在しています。
 一見無関係に見えた幽霊たちが実は――というのは、これは正直なところ定番の(しかしこちらとしては大好物の)趣向ですが、本作のそれはなかなか意外なひねりが加わっていて、謎が解け始めた時には大いに唸らされました。

 そんなわけで、極めてユーモラスな設定といい、幽霊ものとしての格好といい、ミステリ味といい、これぞ作者の作品! という内容でありつつも、それらに大きな独創性をプラスして、これまでにない「ユーモア悪霊時代小説」を描いてみせた本作。
 この面白さが一作で終わるのはもったいなさ過ぎる、ぜひ続編を――と今から期待してしまうのであります。


『悪霊じいちゃん風雲録』(輪渡颯介 早川書房) Amazon

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2020.08.19

戸部けいこ『幕末魔法陣』 悪を滅ぼす黒魔術ヒーローを生み出した心の在処

 時は幕末、漂流した末にオランダに渡り、医学を修めて帰国した青年・三島清心。彼が江戸に現れるのと時を同じくして、黒魔術で悪魔を操り、人々の無念を晴らす紅毛碧眼の怪人「伴天連様」が現れる。伴天連様と清心の関係は何か――全ての鍵は清心の失われた記憶の中に……

 戸部けいこといえば、やはり『光とともに…』が代表作ということになるかと思いますが、しかしそれまでに発表していた作品には、濃厚な怪奇色を持ったものが数多くあります。本作『幕末魔法陣』もその一つですが――怪奇というだけでない、多種多様な側面を持った極めてユニークな作品であります。

 江戸の林塾にやってきた青年・三島清心――幕府の海防掛・山路家を後見にする彼は、実は幼い頃に遭難して苦難の末にオランダで医学を修めて帰国、特例で許されて旗本三島家の養子となったという経歴の持ち主。
 その女性のような美貌と天才的な医術、そして誰にも分け隔てなく接する優しい心から人々に慕われる清心。しかし彼には遭難してからオランダに至るまでの記憶がなく、それが彼の心に影を落としていたのでした。

 そんな中、父親の怪我を清心に治療してもらった少女が、悪辣な漢方医たちの手に寄って死に至らしめられるという事件が発生。悲嘆に暮れる父親が、松葉で星型を作った中心で線香を燃やせば願いを叶えてくれるという巷の噂を縋るように試してみれば――その前に「伴天連」と名乗る紅毛碧眼の美青年が現れたではありませんか。
 娘の仇討ちを願う父親の願いに応えた伴天連は、呼び出した悪魔マモンに漢方医たちを喰らわせると、何処かへ姿を消して……


 というエピソードから始まる本作は、全5巻の前半の第2巻辺りまでは、清心が悲劇に出会う→犠牲者の遺族が伴天連召喚→伴天連が悪魔の力で仇討ち という基本パターンで展開していくこととなります。
(ここで一見超自然的存な伴天連の手下として、伴天連によって恨みを晴らした遺族たちが、情報収集や被害者の保護等の面で物理的なサポートを行うのが面白い)

 この辺りは、言うなれば黒魔術人情復讐ものとでもいうべき内容ですが――そこから物語がエスカレートし、一種のバトルものとなっていくのは、ある意味定番の展開でしょう。
 そんなわけで第3巻以降は、幕閣に食い込み、海外の事物を目の敵とする怪人・御前が出現。古神道系の邪術を操り、不気味な忍びを配下とする御前に対し、伴天連様は仲間たちと死闘を繰り広げることとなります。

 そしてこれらの物語展開を横糸とするならば、縦糸となるのは、伴天連様の正体であり――主人公たる清心との関係であります。
 これはもう、ほとんど冒頭から明らかではあるので(作者もそれを企図していることを明言していることもあり)書いてしまいますが、清心こそは伴天連様の正体、二人は同一人物。しかし、清心自身はそれを認識していないのであります。

 何故清心は自分が伴天連であることを知らないのか。同一人物でありながら、何故別人のような姿と性格に変貌を遂げるのか? そもそも、悪魔たちを自在に呼び出し、操る術をどこでどうやって彼は身につけたのか?
 その答えの一端(あるいはさらなる謎)として登場する「影」を名乗る男。姿形は清心のままながら、剣を振るって容赦なく悪人を斬る彼は、まるで清心と伴天連様の中間に位置するように思えるのですが……


 心優しい(あるいは気弱な)人物が、許せぬ悪に対して別人のように苛烈な態度で力を振るう――本作の(前半の)ような物語には定番のスタイルではあります。しかし本作はそれを定番というだけで片付けず、伴天連様誕生の理由とメカニズムを丹念に浮き彫りにすることになります。
 それを描く第4巻以降の展開はまさに怒涛の一言――次々と登場する新たなキャラクター、明らかになる真実にはただ圧倒されるばかり、ある意味使い古されたあの概念をここでこのように物語に繋げ、活かしてくるか! と、大いに感心させられました。

 もっとも、この部分のインパクトが大きすぎて、最後の「敵」との対決はいささか性急に感じられる点は確かにあるのですが――しかし、それも含めて、このような物語で、清心と伴天連様の関係性の変化を、そして清心の成長を丹念に描いてみせたのには、感嘆するほかありません。
 そしてそれが「母と子」の物語に収斂される様は、この後に連載されることになる『光とともに…』に繋がるものが――というのは、もちろん牽強付会にもほどがあるのですが。

 何はともあれ、復讐ものとして、伝奇ものとして、そして一人の青年の魂の遍歴を描いた物語として、多様な魅力を持つ作品であります。

『幕末魔法陣』(戸部けいこ 秋田書店プリンセスコミックス全5巻) Amazon

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2020.08.18

トマトスープ『ダンピアのおいしい冒険』第1巻 食が描く自然と海賊の姿

 歴史ものの魅力は様々にありますが、あまり知られていない史実を、フィクションという調味料で料理して、現代の我々に教えてくれるのもその一つでしょう。実在の探検家にして海賊のウィリアム・ダンピアを主人公とする海洋冒険グルメ漫画(!)である本作は、まさにそんな作品です。

 時は17世紀、ヨーロッパ各地が新大陸に乗り出し、植民地を巡って相争っていた頃――スペインに遅れを取っていたイギリスが、私掠船すなわち海賊船を送り出し、カリブ海を荒らしまわっていた時代。そんな私掠船の一つに乗り込み、南海(太平洋)に向かったのが、本作の主人公であるウィリアム・ダンピアであります。
 ジョン・クック船長の船で航海士を務める彼は、好奇心旺盛で、博物学者気質を持つ人物。その彼が、ヨーロッパから南米大陸をぐるりと周り、今でいうガラパゴス諸島を経てメキシコに至る旅が、この第1巻では描かれることになります。

 このダンピアは、冒頭で触れたとおり実在の人物――世界で初めて三度の世界周航を成し遂げ、(日本では岩波文庫に収録されている)『最新世界周航記』に各地の詳細な記録を残した、ダーウィンらの先駆というべき人物であります。
 そのほか、あの『ロビンソン・クルーソー』にも影響を与えたと言われるなど、日本での知名度は大きくないものの、後世に大きな足跡を残した人物というべきでしょう。

 本作はそのダンピアの『最新世界周航記』の漫画化ともいうべき作品なのですが――しかしその何よりもユニークな点は、ダンピアの旅と冒険を、「食」という切り口で再構築していることであることは間違いありません。
 この時代の航海で、何よりも恐ろしいことが、空腹――すなわち食料がなくなることであることは容易に想像がつきます。では航海中に食料が足りなくなったらどうするか? それはもちろん現地調達! というわけで、ダンピアたちが各地で様々な動植物を食べる姿が、本作では描かれます。

 サメのシチュー、トド肉のソテー、ヤシの木のキャベツ、海イグアナのスープ――今の人間の目で見ると、それを食べるのは如何なモノか? と思ってしまうようなものもあります(作中でもそんなギャグがあったり)。
 しかしそんな料理の数々をダンピアが仲間たちと食べる姿を見ていると、遠い過去の、遠い世界の彼らがどこか身近に感じられるのです。(そして何よりも、妙に美味しそうに見える……!)

 しかし同時にダンピアは、食に、栄養補給に留まらない意味を見出します。それは自然を知り、自分の力に変える手段――第1話での彼の言葉「食べることは重要な自然観察です ただ怯えるよりも味とか栄養とか害はないかとか…よく観察すれば明日はきっと怯えない」「知るってことは生きる力だから」は、そんな彼の自然に対する姿勢、未知に対する姿勢を何よりも如実に表していると言えます。

 そう、本作における食事要素・グルメ要素は、ダンピアを、海賊にして博物学者の彼を描くのに必須なのであります。


 そして同時に、本作においてもう一つ描かれるものがあります。それはこの時代の海賊たちの姿であります。
 冒頭に述べたように、ダンピアは一言でいえば海賊であります。本作はキャラクターたちがいずれも四頭身の可愛らしい絵柄で描かれているために、生々しさはほとんど感じませんが――しかし海賊としての彼らの行為には、やはり我々の感覚からすれば、ついていけないものがあるのも事実でしょう。

 そんな海賊たちのナマの姿を、本作はダンピアと同じ船に乗る一等航海士のアンブロシア・カウリー――ケンブリッジ大学卒の、私掠船には場違いな線の細いインテリの目を通じて、描きます。
 カウリーもまた実在の人物――作中で語られる通りガラパゴス諸島の詳細な報告を残した人物ですが、本作におけるカウリーは、海賊たちの言動(そして何よりも食)の一つ一つに馴染めず、冷めた目で見てしまう人物として描かれます。

 しかしそんな浮いた存在である彼の目は、現代人としての我々の目と重なりあうものを――ダンピアたちが当然と感じていることの中の違和感、厳しくいえば異常さを浮かび上がらせる効果を――持ちます。
 それはある意味海賊たちの負の部分を描き出し、さらに本作に一種の客観性を与える効果をもたらしていると言えるでしょう。

 そしてこの巻の後半では、カウリーのある行動が、そしてそれを通じて彼が見つけたものが、物語に緊迫感を与えるという展開がまた巧みなのですが――そこからさらに意外な引きに繋がる結末も心憎い。この展開を見れば、ダンピアだけでなく、この先のカウリーの冒険もまた気になってしまうのです。


『ダンピアのおいしい冒険』第1巻(トマトスープ イースト・プレス) Amazon

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2020.08.17

鶴淵けんじ『峠鬼』第3巻 神々のセンス・オブ・ワンダーと、人が人と共に生きる理由と

 山に神、峠に鬼がいるとされた時代――神代ほどではないにせよ、人がまだ神と接点を持っていた頃を舞台に、役小角と弟子たちが繰り広げる奇妙な旅の模様を描くシリーズの最新巻であります。葛城山の一言主のもとに向かう小角たちの旅は、いよいよ目的地目前にまで至るのですが……

 村を司る神の生贄に選ばれた少女・妙の前に現れた風変わりな一行。役小角と弟子の善(ともう一人)に出会った彼女は、思わぬ成り行きから神と対峙した末に役小角に弟子入りし、共に旅立つことになります。
 葛城山の一言主のもとに向かうという小角との旅の最中、各地で祀られてきた異形の神々と、彼らが持つ不可思議な力を持つ神器にまつわる騒動に次々と巻き込まれる妙。それは同時に、人と神の関わりを確認する旅でもあって……


 と、役小角伝説を題材にしつつも融通無碍にアレンジを加え、コミカルでユニーク、それでいてどこかしみじみとした味わいの人と神の物語を描いてきた本作ですが、その構図はもちろんこの巻でも変わりません。

 無人と見えた村で氏子たちを神器で縮小して集めていた能美火神、かつて天から落ちてきた夜空を手で受け止めたとい穂生倶主――この巻で登場するいずれの神も神器も一筋縄ではいかない存在ばかり。
 そんな神々とのやりとり、神器の神威に対して人の知恵で挑む展開の面白さは言うまでもありませんが、それだけでなく本作の場合、随所にSF的センスが濃厚に漂っているのが、大きな魅力となっています。

 能美火神のエピソードの後半の舞台となる世界にも驚かされましたが、それ以上にとんでもないのは、穂生倶主が受け止めたモノの正体。古代日本ファンタジーにこれを持ってきた時点で凄まじいのですが、これを素手で(?)受け止めてみせるとは、いやはやこれぞセンス・オブ・ワンダーというほかありません。
 神話に描かれたものをSF的に解釈する作品は少なくありませんが、本作のように、SF的な事象を神話のセンスで料理するという物語は珍しく、その点もまた大いに魅力的に感じられる次第であります。


 しかし、本作は野放図な神々の世界との対峙を描くだけの物語ではありません。本作は同時に、人の世界に存在する様々な情の存在を、そしてそれを失って鬼と化した者たちの存在を描く物語でもあります。
 この巻に収録された小角の修行時代の――そして小角と善の出会いのエピソードは、まさにそんなひどく重いものを描いた物語であります。

 役小角伝説における前鬼に当たる善――その彼は、普段は少年の姿ながら、ひとたび小角に課せられた封印を解けば、二本の巨大な角を持つ姿に変わる「鬼」であります。
 本作において人が鬼と変わる理由――それはここでは伏せますが、まさにこの世に現れた地獄と言うべき場で生まれた、善たち鬼の存在を描くこのエピソードは、とてつもなく重く苦いものを、我々の胸に残すのです。

 が、本作はそれだけで終わるものでは決してありません。ここで同時に描かれるのは、この世において人と人が関わり合うことで生まれるもの、そして人が人に与えられるものの存在――あるいは、人が人と共に生きる理由であります。
 そしてそれは、まさしく人知を超えた神威を持つ本作の神々のほとんどが、孤独な存在であること――そして妙たちとの出会いを経て、人との在り方を思い出していくこと――と対比を為すものではないかと、そう感じられます。


 そう、神もこの世に存在するものであれば、人と寄り添うことはできるはず。葛城山への小角の旅は、まさにそれを目指すものであることが、これまでの物語の随所で描かれてきたのですが――しかし、そうであれば何故小角は葛城山の一言主のもとを離れたのか、離れざるを得なかったのか。
 次の巻で語られる、本作の核心を成すであろうその物語には、今から大いに興味をそそられるのです。


『峠鬼』第3巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

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2020.08.16

「ねこぱんち もののけ 鬼の怪」から時代ものをメインに

 毎年夏恒例のホラー版ねこぱんち、今年は「鬼の怪」と銘打って、猫+鬼の怪談を中心とした新作と、過去の再録から構成された一冊となっています。発売から少々遅れましたが、電子書籍版がようやく発売されたこともあり、今回印象に残った(時代ものの)作品を中心に紹介させていただきます。

『猫に消された村』(胡原おみ)
 昔々、鬼と人間がいがみ合う村で、互いの融和を願い、人間を知るために猫に化けて村に入り込んだ鬼の子。そこで一人の娘に拾われ、平和な一時を過ごす鬼の子ですが……

 本誌のテーマどおり、猫+鬼を中心とした本作。「猫」の飼い主となった娘の猫好きぶりが微笑ましい一方、彼女に対する村人たちの態度に嫌な予感がしてみれば――結末に待っていたのは、想像以上の地獄でありました。

 題名通りの結末が何とも重い一編です。


『閻魔様の猫』(ほおずき)
 幼い頃から側にいた二匹の猫を庇い、戦場で死んだ朝比奈三郎義影。目覚めてみれば地獄にいた三郎が、そこで見たものは……

 豪勇で知られ、(狂言では)地獄で閻魔をも手玉にとった朝比奈といえば三郎義秀ですが、本作の主人公は三郎義影。まあ似たような名前の別人なのでしょう。
 それはさておき、狂言とは違い、本作の三郎が地獄で目の当たりにするのは、あまりに皮肉で、そして無惨な「真実」であります。

 それを踏まえての結末は、期待したようには甘くはないものの、しかし実に朝比奈らしいもの。絵の巧さも相まって、個人的には本誌でベストの作品と感じました。


『山姥と猫の里』(須田翔子)
 「長い角を生やした山姥が小鬼たちを従えて年寄りを攫い、ばりばりと骨まで喰らう」というある村の伝説の真実を描く本作。
 玉の輿を目前に控え、姑と喧嘩した拍子に角が生えてしまった主人公の娘がその山姥なのですが、しかし年寄りを攫うとは――と不思議に思えば、徐々に明らかになっていく真相が苦くもユーモラスな一編であります。

 冷静に考えればかなり辛い話なのですが、絵柄の明るさと、突き抜けた結末(伝説の真実を描く画が実に楽しい)が、不思議な爽快感を感じさせてくれます。


『猫又と上手に暮らす法。』(永尾まる)
 今回の記事で唯一取り上げる現代ものの本作は、『猫絵十兵衛 御伽草紙』に並ぶ作者の隠れた長寿シリーズ。猫又の一夜と、彼の飼い主(?)の咲耶が様々な怪事件に巻き込まれる連作ですが――今回は「夏は疲れや毒素が溜まりやすいから小まめに水分や休みをとりましょうの段」というサブタイトルとは裏腹に、巫蠱を扱ったかなりヘビーなお話。

 一夜が遭遇した不気味なモノが落とした五百円玉を拾った咲耶が突然倒れて――という本作、なにげにホラー度が高い本シリーズの中でも、意外なほどにキツめのゴアシーン(直接は描かれないまでも主人公まで被害者に)があったりと、ちょっと驚かされます。
 時事ネタもあったりと、ちょっと浮世離れして飄々とした作風が持ち味の作者には珍しく生臭い印象ですが、それでいて伝奇的な趣向や後味の呑気さは、やはり「らしい」ところでしょうか。


『当世鬼談偐黒塚』(ひのや)
 『お江戸ねこぱんち 猫遊びの巻』に収録された公儀隠密・化け猫廻しの又七郎と化猫の紅虎が活躍する『又七股旅忍び旅』の主人公コンビが活躍する本作。今回又七郎たちが潜入するのは、鬼が出るという黒塚の城であります。

 城主は乱心し、跡取りは病弱というこの城で又七郎が見たものは――鬼かと思えば、不意打ちのように登場する不気味なモノに驚かされ、さらにその先の無惨な真実に息を呑みと、なかなかユニークな伝奇ホラーでした。

 一件落着の後のドンデン返しも不気味で、なるほど確かにとんだ「安達ヶ原」であります。


 と、想像以上に時代ものが多く、猫好き的だけでなく、このブログ的にも嬉しい一冊でしたが、一つだけ不満は、電子書籍版は目次がないこと。
 確かねこぱんち系の電書は以前も目次がなかったように記憶していますが、特に本誌のようなアンソロジーには結構大事な部分なので、何とかしていただきたいところです。


「ねこぱんち もののけ 鬼の怪」(少年画報社にゃんCOMI) Amazon

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2020.08.15

『大江戸もののけ物語』 第五話「さらば天の邪鬼」

 おようから思いもよらぬ別れを告げられ、意気消沈する一馬を襲う突然の怪現象。それは度重なる敗北に業を煮やした百鬼の仕業だった。寺子屋を襲った百鬼の手下たちとの戦いで傷ついた一馬の前に現れた百鬼。百鬼に叩きのめされた一馬のもとに、自ら百鬼の封印を解いた天の邪鬼が駆けつけるが……

 これまで、人間に取り憑いて襲いかかる、手下の一つ目小僧に命じて殺そうとするなどと、執拗に一馬の命を狙ってきた百鬼。毎回炎に包まれた謎空間で大見得を切っていた、如何にも大物然とした(藤本隆宏のえらく張りの良い声がまたその印象に輪をかける)百鬼ですが、しかし妖怪の友達がいるほかは基本的にただの若者の一馬を躍起になって狙う必要があるのか――という疑問の答えは、この最終回に描かれることになります。

 実は百鬼こそは、妖怪たちの中でも反人間派の急先鋒たる存在。二百年前には江戸で大火を起こして人々を苦しめ、融和派の妖怪たちと激闘を繰り広げた末、ようやく追放されたという強豪だというではありませんか。
 と、いちばんくわしい一馬の妖怪図鑑にも載っていなかった(それでも百鬼のことは載っていたのはさすが)この大秘事を知っていたのは清庵和尚。如何にも只者ではなさげとはいえ、何故そこまで――といえば、実は寺に南光坊天海がその辺りのことを残していた、といういきなり伝奇的な話にびっくりであります。
(ちなみに百鬼が起こした大火とは、おそらく明暦の大火(1657年)なののでしょう。本作は第1話冒頭時点で天保5年(1835年)の設定ですが、まあ誤差ということで)

 やはりそんな大物に一馬が狙われるのは謎に思われますが、清庵によれば、人間と妖怪がかつてのように手を取り合うには、一馬のような清い心の人間が必要とのこと。これは裏返せば一馬がいなければ妖怪と人間は反目する――ということになりますが、本当に広い江戸に一馬しかいないのか、という気はいたします。

 確かに天の邪鬼は、一馬のような妖怪と分け隔てなく接してくれる人間はほかにいないと語ります。また、百鬼は人間たちによって妖怪たちが虐げられ、日陰に追いやられてきたことを以て、自分たちが人間たちを攻撃することの正当性を主張します。
 しかしこの辺り、本作における人間界での妖怪の扱い、簡単に言ってしまえば妖怪に対する一般人の態度がほとんど全く描かれていないので、あまりピンとこないというのが正直なところです。

 これがもし、作中で妖怪が実際に人間に虐げられている描写があったり、あるいは妖怪を信じている一馬が周囲から手ひどく嘲られる描写でもあれば納得できるのですが、それがないので、一馬の重要性もまた伝わってこないのです。(そもそも基本的に人間に妖怪は見えないわけで、虐げようがない……)

 この辺り、物語のスケールを引き上げようと大上段に構えて、かえって逆効果になってしまった印象なのですが――そのほかにも、最終回の物語のメインにおようのエピソードが絡んでこなかったり(ラストの一馬の決意も、冒頭で両親が既に結婚を認めてしまっているのであまりハードルが高く見えない)、天の邪鬼が百鬼に決定的に敵対しなかった理由が、説明されたほとんど次の瞬間に覆されてしまったりと、ちょっともやもやする展開が多かったと感じます。
 特に後者は、なるほど! と感心すると同時に、ここで一馬と新海家、天の邪鬼と百鬼の関係を対比させてくるのかと思いきや、いきなり――だったので脱力してしまった、というのが正直なところであります。


 と、ネガティブな面ばかり取り上げてしまい非常に恐縮なのですが、実は三人の妖怪は子供の頃から一馬の周囲にいたことがラストになって明らかになったり、もう妖怪たちを見ることができなくなった(角川の『妖怪大戦争』感!)一馬が別の形で人間と妖怪のかけ橋となったり、そこで作品タイトルの意味が回収されたりと、よい演出、好みの展開は色々とあったのも、紛れもない事実であります。

 何よりも、登場する妖怪たちのデザインや、出演陣の熱演(特にほとんど素顔の見えない河童役の青山美郷さんには頭が下がります)など、妖怪時代劇として楽しめる部分は多かったのは確かで、全5話という短い話数ではなく、もっと長めで観たかった(そうすれば上記の人間と妖怪の関係性の部分ももう少し補えたのでは……)というのは、偽らざる心境であります。
 妖怪時代劇好きとしては、やはりオリジナルの妖怪時代劇シリーズというだけで、もう本当に嬉しいのですから……


関連サイト
 公式サイト

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2020.08.14

『啄木鳥探偵處』 第三首「さりげない言葉」

 啄木の証言もあり、華の屋のお滝殺しの容疑で逮捕されてしまった京助。本当に京助が殺したのか、いつものミルクホールに集まった胡堂や朔太郎はそれぞれの推理を開陳するが、どれも決め手にはならない。と、そこに現れた平井太郎と名乗る少年が、自分が見たある事実と、それを踏まえた推理を語る……

 こともあろうに相棒役の京助が、探偵役の啄木の証言で警察に突き出されるという、実質探偵處最初のエピソードとは思えぬとんでもない展開を受けての解決編とも言うべき今回。その前半では、前回繰り広げられた京助と啄木の証言の食い違いが、今度は彼らの友人たちの視点から問い直されることになります。

 というわけで、前回ラストに登場した友人三人衆――野村胡堂・吉井勇・萩原朔太郎のトリオが、啄木を捕まえてミルクホールで推理を開陳することとなりますが、口火を切ったのは陰キャっぽい朔太郎。いきなり犯人は猫だ、と自説を展開するのですが――慕っていた京助に相手にされず、世を儚んで髪を落として尼になろうとしていたところに猫が飛び込んできたために手元が狂って自分を刺してしまった、と楽屋落ちチックに猫を投入してしまったために総ツッコミを受けて撃沈することになります(しかしここで無理やり猫さえ絡めなければ……)。

 一方胡堂は、お滝が教師の身分で女郎買いをしようとした京助を強請ろうとするも啄木の乱入で失敗、逆上して刃物を手に襲いかかって三人で揉み合ううちにお滝を殺してしまい、京助が啄木を庇って警察に――という、平次親分が嘆きそうなアバウトな説を繰り出すも、さすがにそこまで京助も啄木を庇わないだろうとダメ出しをくらうのでした。

 と、そんな騒ぎの横から声をかけてきたのは、夏目漱石先生(三木眞一郎の素晴らしいボイス付き)なのですが、漱石の出番は芥川龍之介を紹介したのみ、そして龍之介は面白ポーズから「藪の中」を連呼――と、確かに前回の感想でも『藪の中』のようだと書きましたが、まさかここで本人(?)からネタにされるとは!
 しかしこのお二人の出番はこれだけ(なのにずっと啄木たちのテーブルの横に突っ立っているのはいかがなものか。少なくとも漱石先生には席を勧めましょうよ)、真打ちはそこにさらに乱入してきた平井太郎少年――後の江戸川乱歩であります。

 ここで太郎が、実はお滝が前日に啄木と京助の下宿を訪れていたこと(そしてわかりやすい誤解をして退散したこと)、事件当日に華の屋に行く前に寄った飯屋に啄木が忘れた日記帳を自分が拾ったことを語るのですが――この日記帳に記されていたお滝と京助、お滝と啄木の関係、そしてお滝の利き腕を見ていたことから、彼が事件の真相を解き明かすことになります。


 ……いやいやいや、前回今回にわたって繰り広げられてきた推理合戦が、一番最後に登場した、そして他の登場人物が知らない事実ばかりを知っている新キャラによって解決されるというのは――いかに太郎が原作の同エピソードに登場していたとはいえ――ミステリとしていかがなものか。さらに太郎(と他のキャラクター)が活躍しすぎて、啄木鳥探偵處である必然性は早くもなくなってしまったのでは――と、この展開にはさすがに言いたくもなってしまいます。

 この辺り、やはりシリーズ構成としてちょっと無理があったのでは(今後も太郎を出すための紹介編の意味もあるのでしょうが)と思わざるを得ないのですが――しかし一見無理があるように思える啄木の行動も、今回明かされた事情や、ラストに語られる啄木のみが見たお滝の姿を知ると、どこか納得できるものとして感じられるのもまた事実。
 推理者によってコロコロと人物像が変わるお滝をきっちり演じてみせた田中晶子の好演もあり、終わってみると何となく良いエピソードに感じられるのは、これは我ながら単純かもしれませんが……

 しかしそれもこれも啄木のヒューマンダストぶりというか、その客観的にみればどうしようもないキャラクターがあってこそ成り立つわけで(理由はあるとはいえ相棒の言動を憎らしく思って警察に突き出す探偵というのは前代未聞)、やはり本作でなければ成り立たない話ではあるのだなあ――と、なかなか評価に困るエピソードではあります。


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2020.08.13

「コミック乱ツインズ」2020年9月号(その二)

 お盆まっただ中でも戦いは続く「コミック乱ツインズ」2020年9月号の紹介の後編であります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 連載再開となった今回の前半描かれるのは、京に向かう聡四郎と玄馬、袖吉の旅の模様。幕臣の公用旅の状況や、貧乏御家人の食生活などをさらりと描く冒頭部分も楽しいのですが、しかし旅といえば騒動――というわけで、後をつける紀伊國屋文左衛門が何も仕掛けないはずもありません。
 これは金を掴まされた破落戸に襲撃されるとかいうパターンかと思えば、クレバーな嫌がらせでは定評のある紀文らしく、箱根の関所で思わぬ、しかし公用旅の泣き所を突くようなトラブルが襲いかかります。

 といってもそこで自ら顔を出すのが紀文らしいところですが――その後に聡四郎に説教したりするのは、らしくないといえばらしくないかもしれません。

 と、そんなことをしている間に、吉宗は金座の後藤庄三郎に伝奇的秘密を突きつけて屈服させ、いよいよ主人公の預かり知らぬところで状況が進むことに……


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトタケルに艶っぽ過ぎるとツッコミを入れられるほど、ちょっといかがわしい感じの表紙で始まった今回、その艶っぽ過ぎる兄・オオウスの言葉に、モンコが危機に瀕していることを知るヤマトタケルとトレホ。
 はたして、アマツ・ノリットとの戦いで深手を負い、今はオシロワケの命で近衛兵たちに追われるモンコは窮地に……

 というところで頼りになるのがトレホ親方。見事なまでの土師としての腕前でもってモンコを救うものの、一難去ってまた一難、久々に登場した敵に追い詰められる一行。しかしその前に現れたのは――と、今回は戦闘シーン少なめの分、次から次へと目まぐるしく物語が展開することになります。
 そんな中で意識を失ったモンコの意味深な回想シーンも大いに気になりますが、しかし何といっても一番インパクトが大きいのは、やはり敵か味方か謎の人物の登場でしょう。

 この時点でわかるのは、モンコとの関係性と、どう見ても只者ではないこと。いよいよ謎めいたモンコの過去の一端が明かされるのか――まだまだ盛り上がりは途切れません。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 東海道での梅安・小杉さんと白子屋一派の戦いは、思わぬ形で始まり、そしてまた思わぬ形で終わりを告げ、舞台は彦さんが待つ江戸へ――となる前に、川崎宿で川の増水により足止めを食った梅安。しかしそこで、やはり江戸に向かう途中の白子屋菊右衛門本人と出会ってしまい――と、思わぬところで宿敵同士が対面することになります。

 ここで互いに己の想いを見せることなく、ましてや互いの命を狙ったりはせず、静かに盃を交わすのが、互いの器の大きさと覚悟を感じさせてしびれるのですが――その後江戸に到着した白子屋が、自分たちが放った手の者が、悉く東海道で消息を消息を絶ったのを知って「なにがどうなっとんのかさっぱりや」と驚くのは、我々読者はその(一部皮肉な)顛末を知っているだけに、何とも愉快な場面であります。

 もっとも、消息を絶ったうちの一人である田島一之助は、自分を助けてくれた恩人の医師を探して江戸を歩き回っていたわけですが――そこでようやくその恩人こそが梅安と知って愕然。一方、白子屋は梅安に対して如何にも只者ではなさそうな新たなる刺客を――というわけで、東海道での戦いはまだまだ序章でしかなかったことを感じさせる今回の展開であります。


 その他今号には『化け物絵師ジュゲム』の森川サンゴの『風雲ピヨもっこす』が掲載。登場キャラクターが全て動物で描かれる幕末世界で、勤王の志を立てて上洛したヒヨコ(?)のピヨもっこすが、猫(?)の岡田以蔵と坂本龍馬に出会い――という何ともすっとぼけた味わいの短編であります。
 目次には特別読み切りとありますが、タイトルページなどには第1話とあるということは、これからも機会があれば読むことができるのでしょう。相変わらずデフォルメされたキャラクターが可愛らしく、再会を期待したいところであります。


 ちなみに今号、「乱ツインズ納涼祭」と銘打って連載作家のサイン入りカラー色紙をはじめとするプレゼント企画があるのですが、『暁の犬』の色紙が非常に素晴らしく、思わず応募したくなりました……


「コミック乱ツインズ」2020年9月号(リイド社) Amazon

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2020.08.12

「コミック乱ツインズ」2020年9月号(その一)

 お盆のためか発売がいつもより少し早い「コミック乱ツインズ」9月号は、シリーズ連載開始のやまさき拓味『雑兵物語 明日はどっちへ』が表紙&巻頭カラー。レギュラー連載陣もほとんど揃った内容であります。今回も印象に残った作品をピックアップして(といっても結構多いのですが)ご紹介します。

『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 シリーズ連載開始となった本作は、タイトル通りに戦国時代の雑兵=足軽コンビを主人公とする物語。15歳の捨丸と13歳の春――どちらもまだ少年でありながら、戦乱の中で家族をはじめとする全てを失った二人が、足軽となって合戦の場で出会う姿が、この第1話では描かれることになります。
 しかし二人が足軽として参加したのが、長篠城――徳川方の最前線の城として、武田勝頼の猛攻を受けたあの城なのですから、二人の運命は推して知るべし。この長篠城での戦いでは、鳥居強右衛門の逸話が有名ですが、二人はそこに全く絡むことなく(というかそんな格好良い逸話は全く描かれず)、城外での乱戦であっという間に蹴散らされ、何とか生き延びるのですが……

 というわけで予想通りいきなり辛い目に遭うことになる二人ですが、そこで浮き彫りになるのは、百姓を幸せにするために天下を取りたいと青臭いことを語る春と、生き抜くためには裏切りも寝返りもアリと断じる捨丸の対象的な生き様。しかしそんな身も蓋もない捨丸の生き方を、ローリング・ストーンと言い切ってみせるのが素晴らしいところであります。
 といってもこの先ライク・ア・ローリングストーンなことにはならないでほしいのですが――本誌には百姓が侍を目指すとろくな事にならない実例もあり、さて二人の明日はどっちでしょう。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 自分が周囲の思惑に操られるように剣を振るっていること、さりとて自分にはそれ以外の生き様はないことを突きつけられた佐内。しかし自分の家に帰ってみれば、そこには清楚でうら若き美女が――というある意味衝撃の展開から続くことになった今回。
 そんな彼女の名は満枝、おしまさんと同じ長屋に住む手習い師匠の娘ということですが――(佐内的に)ヒロイン枠がいないことに業を煮やしたおしまさんのお節介おばさんムーブで送り込まれた模様であります。

 しかし、本作にそんな絵に描いたようなヒロインが登場するものでしょうか!? 実は何とかトラップというやつでは? 白子屋だったらそれくらいのことは……(白子屋って誰よ)
 というこちらの疑念はさておき、ここでラッキーなどと思えぬのが佐内の草食系剣客たる所以。人斬りとしての自分の宿業、そして一度は振り払ったかに見えて未だ振り払えぬ姿なき仇敵への恐怖と、今回も彼の悩みは続きます。

 そんなわけで今回は静かな回ではありましたが、しかしそんな彼の前に謎の影が現れ――と、波乱含みに続きます。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 まだまだ続く丑五郎と伊牟田のラストバトル――仲間も理想も目的も、恋人も失って(というか丑五郎の場合は最初からいなかったという現実が明らかになって)もう本当に自分の命しか残っていない二人のどん詰りバトルは、伊牟田についに限界が近づいたことと、その伊牟田の策で牛五郎が機動力を奪われたことで、小休止状態を迎えることになります。

 命懸けというも愚かな限界バトルの中で、妙にすっとぼけた描写が飛び出すのは本作の面白いところですが、今回はその中で、丑五郎と伊牟田の間に束の間の、そしておそらくは初めての、心の交流のようなものが生まれるのが印象に残ります。

 しかしその中で再確認させられるのは、二人が、いや死んでいった人々が巨大な流れに飲まれていただけに過ぎないということと、そしてやはり二人には戦い合うしかないという事実。
 それでも何となく未来への希望を手に入れたように見える丑五郎ですが――先月号を読んでいる我々にはそれが偽りでしかないことを知っているのです。嗚呼!


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年9月号(リイド社) Amazon

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2020.08.11

天野純希『紅蓮浄土 石山合戦記』(その二) 生き抜いた果てに見る浄土の姿

 本願寺と織田信長の間に繰り広げられた石山合戦を、一人の忍びの少女・千世と、今は商人のいくさ人・大島新左衛門の視点を中心に描く『紅蓮浄土』の紹介の後編であります。二人の視点を通じて、本願寺の姿を客観的に、いやむしろ批判的に描く本作ですが、しかし……

 しかし、浄土真宗を信じる人々が拠り所とする本願寺が、欲と保身にまみれた存在(もちろん本作では、下間頼廉のように、それとはまた異なる立場の本願寺の人間の姿もまた描くのですが)であるとすれば、そこに寄せられた人々の想いは――すなわち信仰は、無意味な、あるいは有害なものに過ぎないのでしょうか。所詮は乱世において弱者が縋る幻、強者が用いる方便に過ぎないのでしょうか。

 本作はこうした疑問に対して明確に否を突きつけ――そして信仰の意味を示すのであります。戦国という乱世、いやいつの時代であっても、弱い立場に置かれ苦しみながら生きる者たち、自力では救いを得られず他者を頼らざるを得ない者たちにとって、信仰が持つ意味を。
 たとえが想いが歪められ、利用されることがあっても、その意味が失われ、否定されることはない――本作の終盤の展開は、それを強く高らかに謳い上げるのです。

 そしてもう一つ、人が他者に利用されることなく――すなわち信仰に耽溺することなく――自分自身として生きるために必要な生き方もまた。


 ……などと申し上げれば、本作は何やら抹香臭く、説教っぽい物語と感じられるかもしれませんが――しかしこの終盤の展開は、それとは正反対の、むしろ凄まじいまでのエンターテインメント性を持った盛り上がりで以て描かれることになります。

 巨大な力のぶつかり合いの中で膨れ上がっていく犠牲。その合戦が泥沼に向かう中、これ以上、戦で無用の人死にを出したくない――そんな想いを胸に、たとえ微力であっても生きることを諦めず、奔走する人々。
 しかしそんな人々の決死の努力が、恩讐を超えた想いがまさに実を結ぼうとした時に、それを水泡に帰すような動きが現れることになります。

 やはり結局は弱き者たちの努力は無駄なのか、人は歴史に――強者に流されて生きるしかないのか?
 否、断じて否! といわんばかりに、そこから展開される最終作戦。千世や新左衛門、その他の物語を彩る人々――それぞれのドラマが一点に集約され、歴史から半歩踏み出した形で繰り広げられる姿から生まれるカタルシスは必見の一言であります。
(出番はあまり多くないものの、ここぞというところで最高の行動を取ってくれるあのキャラクターがまた……)


 作者は元々、歴史小説としての史実の描写とエンターテイメント性のさじ加減が絶妙な作家であります。それはファンとして百も承知ではありましたが――しかし本作でこれほどエンターテイメント度の高い展開が用意されているとは、全く予想していなかっただけに、やられた! という嬉しい裏切りを味わった気分であります。

 題材的に決して軽いものではない――それどころか、悲惨な人の死が無数に描かれる物語ではあります。
 しかしそれだけに終わらない、石山合戦の中で生き抜いた人々を描く物語として、そんな人々にとって信仰の意味を描く物語として、自分が自分であるために戦う者たちを描く物語として――本作は、数多くの魅力を持つ物語であります。

 そして結末において千世が見るもの――それは、そんな物語を締めくくるに相応しい極楽浄土の姿として、強く心に残るのであります。


 それにしても――史実の大島新左衛門のその後を知れば、ただ天を仰ぐしかありません。これもまた、生きること、生き抜いたことの帰結の一つなのでしょうか。


『紅蓮浄土 石山合戦記』(天野純希 KADOKAWA) Amazon

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2020.08.10

天野純希『紅蓮浄土 石山合戦記』(その一) 少女忍びが見た戦場の地獄

 織田軍によって家族を皆殺しにされ、本願寺の忍び・護法衆に拾われた千世。信長への復讐と、極楽浄土に行ったと信じる家族との再会のため、護法衆として篤い信仰心と高い戦闘技術を身に着けた千世は、頭の命により派遣された長島で、元武将の商人・大島新左衛門と出会うが……

 織田信長と本願寺顕如が十年にわたり繰り広げた石山合戦。本作は副題の通り、この合戦の始まりから結末を描く物語ではありますが、それを一人の忍びの少女・千世をはじめとして様々な者たちの視点から描くことにより、複雑な味わいを醸し出してみせた作品であります。

 信長に反抗する勢力への見せしめのため、伊勢の国人であった父をはじめとする家族を皆殺しにされた少女・千世。本願寺の忍び・護法衆の頭・如雲に拾われた彼女は、仲間同士血で血を洗う修行の末に持って生まれた戦闘の才を開花させ、いつか極楽浄土に行った家族と再会するのを夢見て、苛烈な忍びとしての日々を送るようになります。
 しかし本願寺と信長の合戦は熾烈を極め、任務で派遣された比叡山や長島で信長が作り出した地獄を見た末に、さらに人間の感情を捨て、戦闘機械じみた存在と化していく千世。そんな中、越前での任務で思いもよらぬ人物と対峙することとなった彼女は……


 というあらすじを見れば、本作はいわゆる戦闘少女もの、すなわち時代と舞台が本作と一部重なる、同じ作者の『剣風の結衣』(旧題『風吹く谷の守人』)のような作品――苛烈な過去と、類まれた人殺しの才を持つ少女が、自らの過去と対峙し、それを乗り越えて人間性を獲得していくという物語のように感じられるかもしれません。

 その印象は決して間違いではありませんが、しかしそれはあくまでも本作の要素の一つである、というのが正しいでしょう。冒頭で述べたように、彼女は、石山合戦という戦いを見つめる視点の一つではあるものの、唯一というわけではないのですから。
 そして本作において千世と並んで大きな――時に彼女以上の位置を占めるのが、大島
新左衛門親崇という男であります。

 元々は阿波三好家の一門であり、武将として三好家の隆盛に貢献した新左衛門。しかし三好家の内訌の中で父と妻と子を無惨な形で失った彼は、放浪の末に長島に移り住み、商人として暮らす中で、本願寺と信長との戦いに巻き込まれることになります。
 「生きる」という妻との約束を果たすために日々を送ってきたところに始まったこの合戦。自分たちの欲と保身のため、信者たちを駒として使って顧みない本願寺の坊官たちに反発を覚えながらも、武将としての経験を活かし、彼は長島を守る軍の一端を担うのであります。

 このようにして、石山合戦の中でも激戦として知られる長島一向一揆の中で力を振るうこととなった新左衛門。この長島で、新左衛門と千世は出会うのですが――忍びといくさ人という立場の違い以上に、この二人は石山合戦に対して、そして本願寺に対して大きく異なる態度を見せます。
 すなわち千世が本願寺の教えを一心に守り、極楽浄土に行くために戦うのに対し、新左衛門は本願寺のやり方に違和感を抱きつつも、それでもただ生き延びるために戦う――そんな二人の姿は、この合戦に本願寺側から参加した者たちの、それぞれある種の典型と言えるかもしれません。

 確かに石山合戦には、信長の圧力に対して本願寺が信仰を守るために立ち上がった側面があります。しかしそれだからといって、信長が悪で本願寺が善と、単純に割り切れるわけではないことは言うまでもありません。
 いや本作は、石山合戦における坊官たちの振る舞いの方に、むしろ強く厳しい視点を向けている印象すらあるのです(それは先述の『剣風の結衣』や『信長、天が誅する』に描かれた本願寺像と共通する、作者の姿勢でもあるといえるでしょう)。

 そんな中で、本願寺に盲目的に従って人を殺す千世と、信仰と生活のためにやむなく戦う新左衛門の姿は、その石山合戦における本願寺側の、坊官――すなわち、史実の表面上に現れる本願寺の立場――以外の立場を代表するものであり、その複層的な視点が、本作を歴史小説として、魅力的なものとしていると感じられるのです。


 しかし――長くなりますので次回に続きます。


『紅蓮浄土 石山合戦記』(天野純希 KADOKAWA) Amazon

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2020.08.09

金子ユミ『千手學園少年探偵團 図書室の怪人』 永人の前の呪いと謎と問いかけと

 大正時代、良家の子弟が集まる名門私立・千手學園に突然放り込まれた少年・檜垣永人と仲間たちが繰り広げるユニークな探偵譚の第二弾であります。今日も奇怪な呪いの噂が飛び交う學園で、永人が見た真実とは、そして突然示された人生の岐路での永人の選択は……

 浅草で母と暮らしていたところを、突然千手學園に通わされることとなった永人。実は彼は大蔵大臣の庶子――実家とは無縁の扱いだったものの、學園に通っていた檜垣家の嫡男・蒼太郎が謎の失踪を遂げたことから、彼の代わりに引っ張り出されたのであります。
 學園の奇妙な噂や人間関係、自分に対する嘲りや好奇の目に反発する永人。しかし彼の型にはまらない破天荒な行動は、やがて周囲の人々を惹き付けていくこととなります。

 かくて、双子の兄で探偵小説好きの来碕慧、その弟で寡黙に兄を支える昊、用務員一家の一人娘で學園内では男装している乃絵――そんな面々と成り行きから(本人は非常に不本意ながら)少年探偵團として活動することとなった永人は、學園の奇怪な噂の裏側にあるものを次々と暴いていくことに……

 というわけで、本作においても、永人たちは次々と奇妙でユニークな事件に挑むことになります。

 図書室の書架の間で迷子となり衰弱死した生徒の魂が二つの目になってさまようという図書室の怪人の騒動に巻き込まれた永人が、思わぬ秘密の存在を知る「図書室の怪人」
 絵画展で特選を受賞し銀行のロビーに飾られることとなった生徒の絵画が、写生会の最中に忽然と消失する「美術室の想い人」
 薔薇の花が恋した生徒の恋人を食らったという噂が残る温室で見つかった、人型に盛り上げられた薔薇の花びらの怪と、奇妙な言動を見せる絶世の美少年の想いが意外な形で交錯する「温室の地図」

 どの事件においても、背景となる學園の噂の奇妙さ・奇怪さや、登場するゲストキャラクターたちの個性の強さ(特に「温室の地図」の美少年・比井野のキャラクターはあまりに強烈!)など、前作でも魅力的であった要素は、今回も健在。そしてそれとともに謎解き部分の面白さも、大仕掛けなトリックあり、人間の心理の綾ありと、よりパワーアップした感があります。

 そして何よりも、謎や難物たちにべらんめえ調にぶつかっていく永人の言動が実にいいのですが――しかし本作は、単純明快で、痛快一辺倒の物語で終わるわけでは決してありません。むしろそれとは反対に、重く苦い後味を感じさせる部分が少なくないのです。


 謎に挑み、解き明かすの過程で、そしそのて真相において永人が垣間見るもの――それこそは、ひどく生々しく、そして秘め隠された人の情であります。それは、当時の日本のエスタブリッシュメントを輩出する学び舎には不釣り合いな、毒々しい欲望と本音であり――その存在は、複雑な立場に在る永人の心を大きくかき乱すことになります。
 そう、事件の数々を通じて永人が対峙するのは、自分の生きたいように生きられない世の中のままならなさであり、そして自儘に振る舞い持たざる者を嘲り見下す人々の存在です。そしてそれらこそは、永人もまた苦しめられてきたものにほかなりません。そんな中において、どうすれば胸を張って、自分らしく自由に生きていくことができるのか――それは特に永人の年頃においては普遍的な問いかけであるかもしれませんが、しかし本作においては、その時代背景と謎の数々を通すことにより、より鋭く厳しいものとして浮き彫りになっているのです。


 しかし本作は、その問いかけを投げかけるだけで終わってしまうわけでは――今の現実が絶対であると語るだけでは終わりません。
 本作の掉尾を飾る「回廊の白蛇」――浅草の母のもとに帰れるという檜垣家の「姉」の言葉に揺れる永人の想いと、それを目撃したものは呪われるという、深夜に寄宿舎の廊下を這い回る巨大な白蛇の謎を巡る物語の中で描かれるのは、その答えの一端であり、そして永人が歩むべき道なのですから。

 もちろんその内容をここで述べることはできませんが、本作で数少ない本物の「大人」(散々永人を振り回す陰謀家の生徒会長・東堂を感じ入らせる場面は圧巻!)の口から語られるそれは、永人にとって、そして我々にとっても一つの希望であり――そしてそれこそが本作が学び舎を舞台として描かれる所以であると、述べることはできるでしょう。

 そして永人の學園生活は――すなわち探偵團の活動は、この先も続くことになります。
 しかしまだまだ學園には奇怪な謎が蠢き、東堂たちの腹の中もまだまだ底が知れません。そんな中で永人が何を見るのか――9月に発売予定の第三弾にも期待が高まります。


『千手學園少年探偵團 図書室の怪人』(金子ユミ 光文社キャラクター文庫) Amazon

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2020.08.08

『大江戸もののけ物語』 第四話「騙された清庵」

 ある日突然、原因不明の病に罹り、明日をも知れぬ状態になってしまった一馬。それは名前を書かれた者は命を落としてしまう死怨帳を持つ一つ目小僧の仕業だった。自分が一つ目小僧に操られ、一馬の名を書いてしまったことを知った清庵和尚は、命を賭けて一馬を救おうとするのだが……

 ノベライゼーションの時点でなかなか面白いエピソードだったので期待していた今回、期待通りにドラマ、アクション等、充実の内容でした。

 冒頭、阿漕な質屋が苦しみ抜いて死んだ場でほくそ笑む編笠の法師――それこそが今回の敵妖怪・一つ目小僧。名前を書かれた者は、三日三晩苦しみ抜いた末に命を落とすという死怨帳なる黒い帳面を持ち、犠牲者の断末魔の姿をその一つ目で眺めるのが何よりも楽しみという、剣呑過ぎる妖怪であります。
 いや、デスノ持ちの一つ目小僧なんて聞いたことがない! と言いたいところですが、伝承の中には師走に一つ目小僧が人々の落ち度を調べて帳面につけ、疫病神に報告して災難をもたらすというものがあるので、本作はそれをベースとしたものなのでしょう。完全オリジナルよりも好感の持てる設定であります。(しかし死怨帳のことまで載っている一馬の妖怪図鑑とは……)

 さて、例によって蝋燭を前に凄む百鬼様が、この一つ目小僧に一馬抹殺の命を下したことにより危機が迫るわけですが――実はこの死の帳面、一つ目小僧自身では相手の名前を書けないという制限があります(冒頭の質屋も、恨みを持つ者に名前を書かせた)。
 それ故、一馬の周囲で恨みを持つものを探す一つ目小僧ですが――おように対して無神経な一馬に憤るお雛に接近した時には、一方的に一馬のグチを聞かされて退散、次に出会った寺子屋の子供を饅頭で釣って、一馬に虐められたという証言を引き出すのでした。

 そしてそれをネタに清庵和尚に近づいた一つ目小僧は、和尚に一馬の名前を書かせることに成功し、一馬は人事不省の状態に陥ることになります。
 しかしあれだけ一馬を信頼し、一馬から敬愛されている和尚が、子供の嘘に釣られて一馬の名を書くかなあと思いますが、実際には一つ目小僧の妖力に操られて――というのがちょっと残念なところで、これがアリなら、結局一つ目小僧は自分で帳面に名前を書いているも同然では――と思いますが、これはまあ、子供の嘘とそれを庇って謝った一馬の行動から生じた心の隙を突かれたということなのでしょう。

 というのも、以前からただものではない雰囲気を漂わせていた和尚はやはりその印象通りの人物。死の床の一馬の姿からただ一人妖気を察知し、お雛の訴えを受けて訪れた猫又の正体も受け入れた上に、一つ目小僧の居場所を見破り、体術や法力でたじろがせるという強キャラぶりを発揮するのであります。

 今回ダウンしっぱなしということもあって、もうこれ一馬いらないのでは――という気も一瞬しましたが、一馬の呪いを引き受けて今度は和尚がダウン、ここぞとばかりにオーバーアクトで苦しむ和尚を救うために一馬と妖怪たちが一つ目小僧に挑む、という流れになります(ここで驚くほど素晴らしいヒーロー立ちを見せる天の邪鬼)。
 しかし先程は油断しただけなのか、正面からの戦いでは天の邪鬼を圧倒する一つ目小僧。圧倒というより、ほとんど瞬間移動の神出鬼没ぶりに、天の邪鬼も手が出せないのですが――友のピンチに一馬が覚醒! 一つ目小僧の動きを悉く先読みして天の邪鬼に指示、勝利を収めるのでした。


 というわけで、ゲスト妖怪の設定(アレンジ)の面白さと、ちょっと能力バトル風味もあるラストの対決の盛り上がりという妖怪関連だけでなく、病に倒れた一馬に父が真情を吐露したり、寺子屋の生徒たちが見舞いに押しかけることで一馬と生徒たちの絆や慕われぶりを示したりといった、キャラクター面の描写を通じた人情ものとしての側面もあり、前回の微妙さが嘘のようだった今回。こういう話が観たかった、という気分であります。

 そして盛り上がったところで次回は最終回――早くも自ら出陣を決めた百鬼と、一馬・天の邪鬼の対決が描かれるようですが、今回も幾度か語られたように、一馬が人間と妖怪の架け橋であるという設定の意味や理由がきちんと語られるのか、その点のみが気にかかるところではあります。
(普通の人間には見えない妖怪たちが、人間たちに迫害されている、という設定もひっかかるところでもあり――まあこれは自然破壊で住処が、というアレだと思いますが)

 もちろんこれは大人のマニアのひねた目ではありますが、そんな人間も納得させてくれれば言うことなし――最終回も楽しみにしたいと思います。


関連サイト
 公式サイト

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2020.08.07

諸星大二郎『無面目・太公望伝』 神とは何か、人とは何かという問いかけへの二つの答え

 数多い作者の中国ものの中でも、特にファンの評価が高い二編――前漢の武帝の時代に一人の神の辿る運命を描く『無面目』、それより遡った殷周の時代に名軍師として知られる呂尚の姿を描く『太公望伝』、どちらも古代中国を舞台に、人と神の存在をそれぞれの視点から描いた物語であります。

 一作目の『無面目』とは、顔に目のない――いや口も鼻も耳もない存在、渾沌のこと。この物語は、天地開闢のことを論じていた南極老人と東方朔の二人の神仙が、その頃から瞑想に耽っている渾沌に、当時のことを尋ねてみようと訪ねたことから始まります。
 しかし渾沌に会ったはいいものの、口のない彼は話すことはできません。そこで東方朔は、自分の知るある男をモデルに渾沌に顔を描いてしまうのですが――何とその顔は実物となった上に、下界に興味を持った混沌は瞑想していた山から下りてしまったのです。

 人界のことに馴れぬため、ちょっとしたことから獄に繋がれてしまう混沌。ところが彼が武帝お気に入りの方士・欒大と瓜二つであったことから――そう、東方朔は彼をモデルにしたのです――彼と周囲の運命が大きく動き出すことになります。
 当時宮廷で勢力を二分していた皇太子・劉拠派と、武帝の寵姫・李夫人の兄である李兄弟派――そのうち皇太子派によって、李兄弟に近い欒大の替え玉に据えられてしまった渾沌。はじめは成り行きに流されるばかりであった彼は、やがて神の視点から、人間たちの権力闘争に興味を覚えていきます。

 やがて自分を利用しようとしていた者たちを逆に利用し、ゲーム感覚で人々を惑わせ、陥れて権力と財をほしいままとする渾沌。酷吏の江充と結び、両派が巫蠱による暗殺合戦を行っていたことから引き起こされた「巫蠱の獄」は、国中を疑心暗鬼に陥れ、やがて兵乱にまで繋がることとなります。
 そんな中、神の力を持つ者として、江充も帝をも恐れず振る舞う渾沌ですが、あることがきっかけで死を恐れるようになり……

 中国神話に様々な姿で現れる、まさに渾沌とした存在である混沌。しかし最もよく知られるのは、荘子の「渾沌七竅に死す」ではないでしょうか。
 目鼻口耳のない渾沌のためを思ってそれら七つの孔を開けたところ、逆に渾沌は死んでしまった――という一種の寓話ですが、本作はこの短い文章をベースとしつつ、前漢の武帝の時代の史実を絡めて縦横無尽に物語を展開していくことになります。

 何よりもユニークなのは、いうまでもなく渾沌――ある種の純粋な知性として瞑想に耽っていた彼が、七つの孔を得て人間たちの中で暮らすうちに、やがて人間以上に人間臭く、宮廷の権力闘争の中でのし上がっていくという皮肉でしょう。
 この辺りは、一種のピカレスクロマンの味わいすらありますが――しかし物語はそれだけに終わりません。

 人間の顔をした神としてこの世に恐れるものなどなかったはずの渾沌が唯一恐れたもの。そして彼を絶望させたものとは何であったか――宮廷での彼の姿とは正反対でありながら、しかし同様に極めて人間的な存在となった彼の辿る運命は、荘子に記されたそれとは大きく異なりつつも、しかし同じ皮肉さと虚しさ、そして物悲しさを感じさせるのです。

 神とは何か、人とは何か――その問いに、伝奇物語の形で見事な答えを示した一編です。


 もう一遍の『太公望伝』は、いうまでもなく周の文王の軍師として殷の紂王を討つのに多大な功績を挙げた太公望こと呂尚の物語ですが――しかし彼が文王に見出されるまでを描いているのがユニークな作品です。
 殷に捕らえられて生贄となる運命から九死に一生を得た呂尚が、放浪する中で出会った謎の「神」。「神」の導きで鈎も餌もない釣り針で龍を釣り上げた彼は、その不思議な体験が忘れられず、その後も「神」と出会うために放浪を続けるのですが……

 上に述べた偉業を成し遂げながら、しかしその前歴は極めて謎の多い太公望。本作はその彼を、老齢に至るまで悩み多く、どこか締まらない、そして実に人間臭い人物として描き出します。その姿には、既にいい年になってしまったこちらとしては身につまされるものが少なくないのですが――それだけに、魂の遍歴の末に彼が知った「神」の正体は、大いに感動的に感じられます。

 そしてそれはまた、『無面目』とはまた異なる角度から描かれた、神とは何か、人とは何かという問いかけへの答えとも感じられるのです。


 神と人の存在を描きながらも、全く異なる物語であり、しかし同時にその根底にどこか通じるものを感じさせる――そんな不思議な二つの物語であります。


『無面目・太公望伝』(諸星大二郎 潮出版希望コミックス) Amazon

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2020.08.06

9月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ようやく長すぎた梅雨も終わり暑さも本番、夏らしくなってきましたが、まだまだ日常は戻りそうにありません。それでも本はこれまでどおりに書店に並ぶとすれば、暑さも病気も怖くない――かどうかはともかく、前向きに楽しみたいと思います。ということで9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 それにしてもこの数ヶ月、新刊をチェックするたびに新刊がほとんど出ないのではないか、伝奇は出ないのではないかと怯えているのですが(心配性)、9月ほどそれが杞憂だと思い知らされた月はないかもしれません。
 文庫小説も漫画も、新刊・続巻・復刊合わせて相当の点数が発売されるのですから。

 そんなわけで文庫小説では、田中啓文『さもしい浪人が行く 元禄八犬伝1(仮)』、高橋由太『うちのにゃんこは妖怪です』、仲野ワタリ『猫の神さま 来栖家お家騒動の巻』と犬や猫や賑やかに新刊が並んだと思えば、廣嶋玲子『失せ物屋お百 首なしの怪』、金子ユミ『千手學園少年探偵團 浅草乙女歌劇』、霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』とシリーズの続巻、最新巻が並びます。(特に『神様の用心棒』の第2弾は嬉しい)。
 この他にも霜島けい『もののけ騒ぎ 九十九字ふしぎ屋 商い中(仮)』の名前がありますが、三度目の正直で発売されてほしいところです……

 さて、復刊・文庫化の方では、かどたひろしの漫画版『勘定吟味役異聞』第8巻も同月に発売される上田秀人『決定版 勘定吟味役異聞 5 地の業火』、京極夏彦『ヒトごろし』上下巻、武内涼『敗れども負けず』、瀬川貴次『暗夜鬼譚 五月雨幻燈』、畠中恵『つくもがみ笑います』、輪渡颯介『物の怪斬り 溝猫長屋 祠之怪』と、これまたバラエティに富んだ名品が並びます。

 もう一つ、創元推理文庫で刊行されている末國善己編の時代ミステリシリーズでは、ついに城昌幸『菖蒲狂い 若さま侍捕物手帖ミステリ傑作選』が登場。大好きなシリーズなので嬉しいところであります。


 そして漫画の方では、何といっても賀来ゆうじ『地獄楽』第11巻――とおおはし『じごくらく 最強の抜け忍 がまんの画眉丸』に注目(後者が連載中は、同時に読んで前者の辛さを癒やしたものです……)
 さらに唐々煙『煉獄に笑う』第12巻、久正人『カムヤライド』第4巻、野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻と、これだけでも凄い満腹感ですが、まだまだ続きます。

 新登場では、一瞬目を疑うタイトルの田村ゆうき『戦国グリッドマン』第1巻、澁澤龍彦原作の漫画版である近藤ようこ『高丘親王航海記』第1巻・第2巻があり、さらに続巻ではたかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第3巻、響ワタル『琉球のユウナ』第5巻、灰原薬『応天の門』第13巻、小山ゆう『颯汰の国』第5巻、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第8巻と、嬉しいラインナップであります。
 さらに同時発売の重野なおき『信長の忍び』第17巻と『政宗さまと景綱くん』第4巻(最終巻)ももちろん注目でしょう。

 というわけでほとんど途切れることなく新刊が続く9月。本に力をもらって頑張りたいと思います。



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2020.08.05

横山光輝『伊賀の影丸 影丸旅日記の巻』 影丸、戦闘者から隠密に帰る

 葉山藩に潜入した隠密・栗林伝蔵からの連絡が途絶えたことから、現地に向かった影丸。しかしその途中に幾度も影丸は謎の忍びの襲撃を受け、ようやく会った伝蔵も連絡は行っていると語る。何が起きているか調査する中、藩内で阿片の密売が行われていることを知った影丸だが、更に敵の魔手は迫る……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介も、長編はこれでラスト、第8部の『影丸旅日記』であります。ラストではあるものの、正直に申し上げればかなり地味なエピソードなのですが、しかし考えてみるとなかなかに味わい深い内容ではあります。

 物語の筋としては、葉山藩潜入中に消息を断った隠密の安否を探るよう服部半蔵から命じられた影丸が、何故か自分の行動や技を読んでいるような謎の忍びにてこずりながらも、藩内で出回っている阿片の謎に一歩一歩迫っていく――というもの。
 本作としては定番の潜入・探索ものではありますが、謎解き要素が強め(と言っても最大の謎である謎の忍びの正体はすぐにわかるわけですが……)のエピソードであります。

 残念ながら本作の最大の魅力である忍法合戦要素はかなり控え目で、名のある敵忍者は銀之丞と夢之丞のわずか2名(+1名)、味方の側も影丸以外はほとんど役に立たず、影丸単独で全て敵を倒したようなもの。
 もっとも、銀之丞の分身の術と、夢之丞の相手の夢の中に現れて操り味方を殺させる術はほとんど超能力レベル(特に後者)で、単独の戦力で見ればかなりの強者なのですが、それでもラストエピソードとしては寂しいのは否めません。


 そんな物語において印象に残るのは、影丸の隠密としてのある種の安定感、経験値の高さであります。
 例えば冒頭、葉山藩に向かう途中で謎の敵の襲撃を受け、「半蔵さまによびだされ命じられたときはそれほどむずかしい仕事とはおもわなかったが……」というモノローグなど、隠密としての貫禄すら感じさせますし、その後の幾度もの窮地も、淡々と対応していく姿に凄みを感じさせられます。
(特に前述の夢之丞の、ほとんど初見殺しの技を回避した上で、術中に陥った仲間を実験台に攻略法を探るくだりも凄まじい)

 何よりも、(冷静に考えれば本作では全編通じて唯一である)裏切り者との対決という、一番メンタルが揺れそうな場面においても、全く冷徹かつ用意周到に相手を殺しにかかるのには、敵に対しては影丸は容赦ない人間だと知っているこちらも驚かされるほどであります。

 こうして見ると、どうも忍法合戦というある意味イレギュラー(本作ではそれが常態ではありますが、どう考えても隠密の任務には本来はトーナメントバトルは入ってないわけで)がなければ、影丸というのはこんな隠密なのかもしれない――と、彼の普段の姿を垣間見させるのが、このエピソードであったとすら思えます。


 そして、こうした隠密としての影丸の姿がある意味はっきりと表れているのは物語のラスト――全ての陰謀が明るみに出て、中心人物が責任を取って腹を切った後の仲間との会話でしょう。
 「われわれとすればありのままを報告するだけだ」「しょせんわれわれにできることはしらべるというだけだからな」――これらの言葉の中にあるのは、これまでのエピソードの結末にあったような、命がけの戦いに感じる虚無感とはまた異なる感覚でしょう。

 この辺りを突き詰めていくと、あの『影丸と胡蝶』における影丸像になるのでは(発表順は逆ですが)と感じますし、この『伊賀の影丸』という作品のラストエピソードにおいて、影丸という存在が命がけのトーナメントバトルを繰り広げる戦闘者から、本来の姿である隠密に帰ったと言えるのではないか……
 というのはさすがに牽強付会に過ぎるかもしれませんが、最後の最後の台詞がこれというのは、やはり何とも象徴的に感じられるのであります。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第9巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon

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2020.08.04

『啄木鳥探偵處』 第二首「魔窟の女」

 堅物の京助をけしかけて浅草の私娼窟に繰り出した啄木。京助はそこでお滝という女郎をあてがわれるが――その晩、下宿に警察が現れ、お滝が刺し殺され、現場に京助がいたと啄木が証言したと告げる。互いに嘘の証言をしたと激しく言い争う京助と啄木だが、ついに京助は逮捕されることに……

 原作ではラストのエピソード(といっても時系列では初期なのですが)を実質最初に持ってくるというちょっとユニークな構成となった今回。しかし内容としては最初の事件どころか、探偵處が空中分解しかねない大変なお話であります。
 というのも浅草の魔窟、すなわち私娼窟で女郎が殺され、その犯人が京助と疑われる――のはまだしも、それを指摘したのが啄木だというのですから。今回はそのエピソードのいわば前編、事件のあらましから京助が逮捕されてしまうまでが描かれるのですが、その描き方がちょっとユニークであります。

 相変わらず酒と女に溺れる自分を非難する京助を、女を知らないとからかい、「どどど童貞ちゃうわい!」となったところを逆に私娼窟に引っ張り出した啄木。そこで自分はちゃっかりと馴染みの敵娼のところにしけこみ、お隣の部屋の京助とお滝なる女の様子に聞き耳を立てる啄木ですが――初めは何となくいいムードだったのが、やがてお滝の方が激昂、京助も憤然と店を出て下宿に帰ることになります。
 ところがその直後、短刀を突き立てられて血塗れになったお滝の死体が発見されて――というわけで京助は当然のように第一容疑者になったわけですが、その模様を、最初は啄木視点(聴点?)で、次に京助視点から別々に語り直すのが面白い。

 立場的には客観性のある啄木ですが、しかし彼はあくまでも隣の部屋から聞き耳を立てているに過ぎない状態、しかも途中でムラムラきた敵娼に押し倒されかかったりして、ところどころの情報が抜けている状況にあります。
 一方の京助の方は、当然ながら当事者であり、啄木が音だけで受け取っていたものが、客観的な情報のようでいて実は主観的な解釈に過ぎなかったことを明らかにするのですが――しかしその典型例が、エロいことをしているかと思ったら肩を揉んでもらっていただけだったという、今どきこれか!? という展開だったのを何と評すべきか――しかしそれもまた、京助の主観的な情報に過ぎない(かもしれない)のであります。

 ところでこの「藪の中」状態において、数少ない啄木が「見た」と証言しているのは、お滝が死体となった時間帯に京助が同じ部屋にいたというものなのですが――しかし作中の描写を見れば、この証言の真偽も怪しいものであります。現にお滝の部屋には、啄木のローマ字日記と二枚の銅貨が残されていたのですが――しかし仮に啄木の証言が嘘であったとしたら、何故そんなことをしたのか。啄木の方が犯人だとしたら、彼の動機は何なのか?

 あるいは第三者が犯人だとしても、啄木が京助を犯人に仕立て上げる理由が不明なのは変わらず――いずれにせよ売り言葉に買い言葉でお互いが犯人だと罵り合うことになった二人は、早くもコンビ解消の危機であります。
 そこでラストにはミルクホール三人組(相変わらず胡堂以外は誰が誰かわかりにくい)野村胡堂・吉井勇・萩原朔太郎のトリオが立ち上がるのですが――主役コンビ以外が謎に挑んでいいのかしら? という展開で次回に続きます。


 と、さすがに第2話にして、しかも探偵處に持ち込まれた事件でないものでこの危機というのは、構成としていかがなものか――というのは強く感じてしまうのですが、逆に言えばお互いのキャラクターが(少なくとも視聴者には)まだよくわかっていない初期の段階だからこそ仕掛けられるエピソードなのかもしれません。
 少なくとも啄木のヒューマンダストっぷりは前回以上によく伝わってくる展開ではあることは間違いありません、というか本当にこの展開で二人の友情は大丈夫なのだろうか――と、ある意味次回が非常に気になるヒキであります。


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 「啄木鳥探偵處」 探偵啄木、浅草を往く

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2020.08.03

久正人『ジャバウォッキー1914』第1巻 相棒から家族へ 新たな恐竜と人間の物語

 歴史の陰で密かに活動してきた恐竜人たちと人間の繰り広げる伝奇冒険活劇『ジャバウォッキー』の続編にして後日譚であります。前作から約四半世紀の後、第一次世界大戦の裏側で蠢く恐竜人たちの陰謀に対し、新たな恐竜と人間のコンビの冒険が始まります。

 人類史上初の世界戦争が始まって2年――戦線が次第に膠着しつつある中、イギリス軍とドイツ軍がにらみ合うソンム。その戦場に投入されたイギリス軍の新兵器・戦車の強靭な装甲と強力な武装に、塹壕に篭もるドイツ兵たちは次々と命を落としていくのでした。
 そんな地獄に現れたのは、戦場には不似合いな少年と少女――鉄兜を被り、拳銃を片手にした少年・サモエドと、オートバイに乗った少女・シェルティ。戦場の何でも屋・アプリコット商会の主力である彼ら「鉄馬の竜騎兵(ハーレー・ドラグーン)」は、ドイツ兵を逃がすため、戦車に立ち向かうことになります。

 一方その頃、ドイツ軍の司令部に潜入した彼らの「母」、リリー・アプリコットは、ドイツ軍の内部に食い込んだ「殻の中の騎士団(ナイツ・イン・ザ・シェル)」――すなわち恐竜の復権を目論み、この戦争で暗躍する恐竜と対峙。騎士団は、戦車という強力な新兵器を投入することによって更に戦闘を激化させ、より多くの人間を殺し合わせようとしていたのであります。

 兄妹の活躍によって次々と撃破されていく戦車。しかし追い詰められた恐竜たちはさらに強大な兵器を起動させ、更なる人間の死をもたらそうと動き出します。人間たちを逃がすために、サモエドとシェルティ――オヴィラプトルの少年と人間の少女は、決死の戦いを挑むのですが……


 19世紀末を舞台に、人間と恐竜の共存を目指す「イフの城」に所属する恐竜のガンマン・サバタと、人間の元スパイ・リリーのコンビの活躍を描いた前作。それから時は流れ、本作は1914年に始まった第一次世界大戦を舞台とした物語であります。

 リリーも約四半世紀の年を重ね、アプリコット商会の主としてそれなりの貫禄を見せる身となり、そして何よりも恐竜と人間、二人の子持ちに――ってそれは!?
 いくらリリーとサバタがいい感じだったからといって、いくら何でもリリーがサモエドの卵を生むはずもありません。だとすればシェルティの父はいったい――いや、何よりもサバタは何処へ……

 というこちらの興味を絶妙にじらしつつ展開していく最初のエピソード「フランス共和国ソンム 1916年9月」は、元々前後編の読切として想定されていただけあって、全ての要素が小気味よいほどに見事に絡み合い、作り上げられた、ファーストエピソードのお手本のような物語であります。

 「@」という文字の読み方という、一見全く関係ないような、しかしそれだけに大いに心そそられる幕開けから、戦車の猛威とそれに立ち向かう主人公二人のいい意味で緊張感のないやりとり、そしてリリーと恐竜人の登場、そしてサモエドの素顔――と、前編の時点で、流れるように作品世界に引きずり込んでくれるのはさすがというほかありません。
 そして後半ではさらにバトルは激化するわけですが――それだけに終わらず、そこで描かれるのは、サモエドの素顔を見たドイツ兵たちの反応と、さらにそれに対するシェルティの反応。そしてそこから浮かび上がるのは、人間と恐竜の――いや、「家族」という言葉で象徴される、この世に生きる者同士の関係性とであります。

 そして「相棒」からより踏み込んだ「家族」という関係性こそは、本作が『ジャバウォッキー』の単に時系列的な先を描いただけでなく、その物語の中にあったものの更に先を描いてみせた象徴ではないか――と、いきなり結論めいたことを述べてしまいましたが、少なくとも本作が、前作とはまた異なる方向性の物語であることは間違いないでしょう。


 さて、続くエピソード「中華民国青島 1916年10月」では、あの嘉納治五郎が登場。どうやら彼はリリーの空白の過去にも関わりがあるようですが――しかし物語は日本軍の音響兵器を巡り急展開することになります。
 恐竜と人間の、サモエドとシェルティの絆を早くも試すような敵の魔手に、二人の、家族の絆は打ち勝つことができるのか。第2巻以降も近日中にご紹介いたします。


『ジャバウォッキー1914』第1巻(久正人 講談社シリウスKC) Amazon

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2020.08.02

海上剣痴『仙侠五花剣』 剣仙と弟子と宝剣と 幻の剣侠小説邦訳

 電子書籍オリジナルには時折思わぬ宝物があることはこれまで何度か申し上げましたが、本作もその一つであります。清朝末期、上海の新聞に連載された剣侠小説である『仙侠五花剣』――日本ではタイトルとあらまししか紹介されていなかった剣仙と宝剣の物語が、編訳の形で電子書籍化されたのです。

 時は宋の高宗の時代、(みんな大嫌いの)秦檜の親族であり、金国の侵略に備えると称して駐屯しながら庶民を苦しめる軍司令官・秦応龍に家族を惨殺された少女が、自らもあわや――というところで現れた女剣士・紅線に救われる場面から始まる本作。
 実は紅線は世の乱れを愁い、下界で弟子を取って剣を伝えて義侠の行いをしようと志す剣仙の一人。彼女は仙界で花のしずくから錬られた五色五本の宝剣の一つ・桃花剣を素雲に授けると、剣術を伝授し、素雲はそれを用いて秦応龍を付け狙うことになります。

 しかし敵は単なる悪人ではなく凄腕の達人、苦戦を強いられる素雲を助けたのは、同じく剣仙の黄衫客と、近くの雷家堡の村主である好漢・雷一鳴。彼らを巻き込んで激化した戦いの末に討たれる秦応龍ですが、今度は彼と繋がっていた県長官・甄衛の悪事が人々を苦しめることになります。
 彼に横恋慕された末に秦応龍殺しの罪を着せられた妓女・薛飛霞と、彼女を助けんとする義侠の君子・文雲龍もまた剣仙たちと出会い、その剣術と仙剣を継いで悪との戦いに身を投じることに……


 というのが本作のほぼ前半部分の物語。貪官汚吏に苦しめられる人々を、義侠の好漢たちが助ける――という展開自体は、これはもう中国の豪侠小説や侠義小説ではお馴染みのものではありますが、本作の特徴は言うまでもなく、仙界からやってきた剣仙とその弟子たちの物語であるという点でしょう。

 本作に登場する剣仙たち――?髯公、聶陰娘、空空児、黄衫客、紅線は、実はいずれもいわゆる「唐代伝奇」に登場する有名な剣侠たち(例えば聶陰娘の物語は近年でも映画『黒衣の刺客』の題材となっています)。
 その彼ら彼女らが、その後仙人になっていた――という設定だけでも実に面白い(というより物語の主人公たちが「史実」として取り入れられているのがたまらなく伝奇的です)のですが、そこに五本の仙剣と五人の弟子たちが絡むことで、物語がより起伏に富んだものとなっているのです。

 紅線ー白素雲と桃花剣のほかにも、黄衫客ー雷一鳴と葵花剣、?髯公ー文雲龍と薊花剣、聶陰娘ー薛飛霞と榴花剣と、剣仙と弟子と仙剣の組み合わせは、それぞれの剣が花と色を象徴することで、華やかに物語を――剣戟場面で剣の色の輝きが印象的に描かれることもあって文字通りに――彩ることになります。

 ここで感心させられるのは、仙人として様々な神通力を持つ――その最たるものが、一条の光となって剣に乗って飛ぶ剣遁の術ですが――剣仙たちと、人並み優れた剣術を操りながらもあくまでも人間並みである弟子たちとを配置することにより、アクションを複層的に描いていることでしょうか。
 特に前半の仇討ち物語は、剣仙たちが出れば簡単に決着するのですが、そこで弟子たちが苦闘することで、より物語が盛り上がるという構成が巧みであります。

 ちなみに本作の、武術とそれを用いる際の掟で繋がった師匠と弟子の構造は、『中国の英雄豪傑を読む』所収の岡崎由美「武侠小説の世界を読む」によれば、後の武?小説における「武林」の概念に繋がっていく――とのことで、武侠小説との繋りの点でも、見逃せない作品であります。


 さて、上に述べた四組の剣仙と弟子と剣の繋りですが、仙剣は五本――ということはもう一組存在することになります。それが空空児と弟子の燕子飛と芙蓉剣なのですが、何とこの燕子飛が実は大悪人。
 空空児を騙して剣術と仙剣を手にし、それを使って盗む・殺す・犯すと悪行の限りを尽くすとんでもない奴で、物語の後半は、この燕子飛との対決が描かれることとなります。

 ここで仙剣vs仙剣の戦いが描かれることとなり、上で触れたカラフルな剣戟も真骨頂、そして何より同じ能力を持った者同士の死闘という実に盛り上がる展開になるのですが――この戦いが長すぎるなあというのが正直な印象。また、物語的に弟子たちではなく剣仙たちがほとんど前面に出てきてしまうのもちょっと残念なところではあります。
(おまけに途中で触れられた目的が完全に忘れ去られて物語が終わってしまうのが……)

 そんなところもありますが、それはまあご愛嬌というべきでしょうか。伝奇ファンタジーと武侠小説の間を繋ぐ物語として、やはり本作は同好の士にとって実に魅力的であり――それをこうして手軽に読めるのは、まことにありがたい話なのですから……


『仙侠五花剣』(海上剣痴 八木原一恵編訳 翠琥出版) Amazon

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2020.08.01

『大江戸もののけ物語』 第三話「新海家の秘密」

 父・源之進から勘定奉行・池田の一人娘との縁談を持ち込まれた一馬。寺子屋の師匠をやめるよう厳命され、悩む一馬だが、突然一之進が、自分が代わりに養子に行くと言い出す。普段優しい兄の突然の行動を不思議に思う一馬は、兄と母の会話から思わぬ真実を知ってしまう。そして源之進の選択は……

 あらすじを見ると全く妖怪要素のない回に見えますが、実は前半はほとんどそのとおりの今回。全五回の中盤ですが、正直色々とすっきりしない回であります。

 前回以来、お雛の偽手紙(気付けよ……)による逢引もどきもあって距離が縮まる一馬とおよう。しかしそこに源之進がいきなり養子の口を持ち込んだことで、一馬の周囲は一気に複雑な状況となります。
 この養子、いつもながら封建家長主義の権化のような源之進の強引な行動――に見えますが、一応旗本であってもどう見ても金のない(使用人見たことない……)新海家に厄介叔父を養う余裕がないのは明らかで、しかもその養子先が三千石の勘定奉行・池田家とは、とてつもない幸運であることは間違いありません(源之進は勘定方らしいので、一気にトップの跡継ぎを輩出することに)。

 しかし源之進と一馬以外が見ればどう考えても裏があるとしか思えないこの話、勝手に武家の事情に首を突っ込むお雛と、妖怪本を捨てなければいけないために(いうだけではないですが)ブルーな一馬を見て探りに来た河童が見た結婚相手は、酒は飲むタバコは吸うと絵に描いたような不良娘。
 それでもそんな状況であろうとお家のために受け入れるのが武士と、話は粛々と進み――と思えばそこに待ったをかけたのは、兄の一之進であります。突然自分の方が三千石に相応しい、お前ではだめだと言い出す一之進ですが、これまで出来の悪い弟にも優しかった彼とは思えぬ言動に、これはもしや――と思えば、ここで明らかになるのがタイトルの「新海家の秘密」です。

 その秘密とはほかでもない、実は一之進は子供のなかった新海家に来た養子であり、一馬はその後に生まれた実子だったのであります(あ、それで二人とも名前に「一」の字が――と感心)。
 そしてその真実を知って自分が養子に行くと言い出した一馬の覚悟を、木刀を交わして確かめる一之進や、涙ながらに一之進も自分の子だと告げる母、そして息子たちの想いのぶつけ合いを黙って受け止める源之進と、出演者の熱演もあって、普通にいい時代劇していたのですが……


 しかし、ここで意を決して縁談を断った源之進に対して恨みを抱いた池田に、百鬼がちょっかいをかけたことで一気に雰囲気が怪しくなります。百鬼に妖気を植え付けられた(取り憑かれた?)池田は、家臣を率いて帰り道の源之進を襲撃。そこに悪い予感がして駆けつけた一之進・一馬兄弟も加わって、全く刀を抜くことに禁忌のない連中(一馬、前回もすぐ刀抜いてたからな……)の斬り合いがスタート。

 一之進を助けるために飛び出した猫又の奮闘(河童は速攻で逃げました)があるも、さらに何もそこまで――と言いたくなるくらいに火の玉をブッ込まれた池田様は落ち武者スタイルで一馬たちに襲いかかり……
 と、もちろんここで頼りは天の邪鬼なのですが、例によってお堂には結界が。何とか体当たりで抜けようとするも、結界は手強く――と、そこにどこからか七支刀が出現! 何だか雑なパワーアップを遂げた天の邪鬼は戦いの場に駆けつけると七支刀一閃! 池田様は火の玉を吐き出して倒れるのでした(死んでないよね?)

 というわけで、何となく一馬とおようの距離もまた縮まり、新海一家も絆が深まってめでたしめでたし――と言いたいところですが、結局源之進は勘定奉行に睨まれたままだし(悪くすれば刃傷沙汰で目付に絞られるし)、池田家の方も大勢で刃傷沙汰を起こして、跡継ぎ以前の問題でお家の存続が危ういのでは――と心配になります。
 しかしこの状況、別に百鬼が手を下さなくとも刃傷沙汰以外は変わらなかったわけで、言い替えれば今回妖怪ものである必然性がほとんどなかったのが大いに引っかかるところではあります(これが池田家の娘の素行が妖怪のため――とかであれば納得なのですが)

 さらに気になってしまうのは、友達友達言いつつ、結局一馬たちと天の邪鬼たちのどの辺りが友達なのか、説得力がない点で――特にお雛のジャイアン的な一方的友情の押し付け描写はかなり不快であります――猫又が新海家に肩入れする理由は見えてきましたが、あとは河童のように気まぐれに手伝うくらいは納得できるところで、なぜ天の邪鬼が一馬にあそこまで肩入れできるかの説得力は感じられません。

 どうやら次回、その辺りの関係性が語られるようではありますが――さて。


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