« 戸部けいこ『幕末魔法陣』 悪を滅ぼす黒魔術ヒーローを生み出した心の在処 | トップページ | 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第16巻 強面刺青男の中の「士」 »

2020.08.20

輪渡颯介『悪霊じいちゃん風雲録』 ユーモア悪霊時代小説! 二人の孫のゴーストハンティング

 薬種屋の跡取り息子・伊勢次と貧乏御家人の七男・文七郎には、幽霊になった祖父から無理難題を押しつけられているという共通点があった。今日も酒屋と菓子屋を悩ます幽霊騒動を解決するようにそれぞれ迫られた二人は、一度は解決できたように見えたものの、更なる幽霊騒動に巻き込まれることに……

 何とも強烈なタイトルと、帯の「ユーモア悪霊時代小説」という惹句に驚かされつつも、作者ファンであれば十分納得できることでしょう。
 何しろ作者の時代小説は洒落にならないような悪霊に遭遇して右往左往する人々の姿をユーモラスに描く物語が大半。そして本作はまさにそのとおりの内容なのですが――しかしこれまでの作者の作品には(もちろん他の作者の作品にも)ないような独自性を持った物語なのです。

 そしてその独自性の最たるものが、タイトルの「悪霊じいちゃん」たちであることは言うまでもありません。ヘタレだけれども人は良い伊勢次と、剣の腕は立つが荒くれ者の文七郎――対照的で、本来であれば接点のなさそうな二人の主人公ですが、彼らに共通するのは祖父が幽霊となって絡んでくること。
 伊勢次の祖父の左五平は、毎回毎回シチュエーションを凝らして孫を怖がらせ、文七郎の祖父の十右衛門は孫を物理的に叩きのめし(しかも避けようとすると食べ物の味がおかしくなるという嫌な特殊攻撃付き)と、とにかく困ったじいちゃんたちなのであります。

 さらに困った事にこのじいちゃんたちは生前から仲が悪く、その感情は死後の今も健在。そこで孫たちを使って互いの鼻を明かそうとするのですから、巻き込まれる孫たちこそ良い面の皮です。
 そんなこんなで、江戸を騒がす二つの幽霊騒動の解決が、じいちゃんたちによって伊勢次と文七郎に押しつけられた――というのが今回のお話であります。


 というわけで基本設定の時点で面白すぎる本作ですが、実は作者の他の作品とは少々異なる点がもう一つあります。それは、本作にゴーストハンターものとしての性格がより色濃いことであります。

 実は作者の作品では、主人公たちは基本的に受け身であることがほとんどであります。曰く付きの品のおかげで幽霊に出くわす、何故か幽霊の存在がわかるようになってしまった、幽霊の出没する場所を調べる羽目になった――そんな彼らにとって基本的に幽霊の存在はアクシデントというべきもの、できれば避けたい災難なのです。
 本作においても、もちろんそのきっかけ(すなわち悪霊じいちゃん)は災難以外の何ものでもありませんが、伊勢次と文七郎は、それでも自分から意識して幽霊騒動に向き合うことになります。

 特に作者の最初のシリーズ『浪人左門あやかし指南』以来久々(だと思います)の武士主人公である文七郎は、幽霊に対しても物理攻撃で対抗してしまう剛の者。
 しかし武骨なだけかと思えばそれだけでなく、意外にクレバーな彼が酒屋に現れる幽霊の正体を暴こうと策を巡らせるくだりは、これはもうゴーストハンターものとして実に見事な展開で――こう来たか! とすっかり嬉しくなってしまった次第です。


 そしてもちろん、作者の作品であれば忘れてはいけないミステリ要素ももちろん濃厚に存在しています。
 一見無関係に見えた幽霊たちが実は――というのは、これは正直なところ定番の(しかしこちらとしては大好物の)趣向ですが、本作のそれはなかなか意外なひねりが加わっていて、謎が解け始めた時には大いに唸らされました。

 そんなわけで、極めてユーモラスな設定といい、幽霊ものとしての格好といい、ミステリ味といい、これぞ作者の作品! という内容でありつつも、それらに大きな独創性をプラスして、これまでにない「ユーモア悪霊時代小説」を描いてみせた本作。
 この面白さが一作で終わるのはもったいなさ過ぎる、ぜひ続編を――と今から期待してしまうのであります。


『悪霊じいちゃん風雲録』(輪渡颯介 早川書房) Amazon

|

« 戸部けいこ『幕末魔法陣』 悪を滅ぼす黒魔術ヒーローを生み出した心の在処 | トップページ | 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第16巻 強面刺青男の中の「士」 »