トマトスープ『ダンピアのおいしい冒険』第1巻 食が描く自然と海賊の姿
歴史ものの魅力は様々にありますが、あまり知られていない史実を、フィクションという調味料で料理して、現代の我々に教えてくれるのもその一つでしょう。実在の探検家にして海賊のウィリアム・ダンピアを主人公とする海洋冒険グルメ漫画(!)である本作は、まさにそんな作品です。
時は17世紀、ヨーロッパ各地が新大陸に乗り出し、植民地を巡って相争っていた頃――スペインに遅れを取っていたイギリスが、私掠船すなわち海賊船を送り出し、カリブ海を荒らしまわっていた時代。そんな私掠船の一つに乗り込み、南海(太平洋)に向かったのが、本作の主人公であるウィリアム・ダンピアであります。
ジョン・クック船長の船で航海士を務める彼は、好奇心旺盛で、博物学者気質を持つ人物。その彼が、ヨーロッパから南米大陸をぐるりと周り、今でいうガラパゴス諸島を経てメキシコに至る旅が、この第1巻では描かれることになります。
このダンピアは、冒頭で触れたとおり実在の人物――世界で初めて三度の世界周航を成し遂げ、(日本では岩波文庫に収録されている)『最新世界周航記』に各地の詳細な記録を残した、ダーウィンらの先駆というべき人物であります。
そのほか、あの『ロビンソン・クルーソー』にも影響を与えたと言われるなど、日本での知名度は大きくないものの、後世に大きな足跡を残した人物というべきでしょう。
本作はそのダンピアの『最新世界周航記』の漫画化ともいうべき作品なのですが――しかしその何よりもユニークな点は、ダンピアの旅と冒険を、「食」という切り口で再構築していることであることは間違いありません。
この時代の航海で、何よりも恐ろしいことが、空腹――すなわち食料がなくなることであることは容易に想像がつきます。では航海中に食料が足りなくなったらどうするか? それはもちろん現地調達! というわけで、ダンピアたちが各地で様々な動植物を食べる姿が、本作では描かれます。
サメのシチュー、トド肉のソテー、ヤシの木のキャベツ、海イグアナのスープ――今の人間の目で見ると、それを食べるのは如何なモノか? と思ってしまうようなものもあります(作中でもそんなギャグがあったり)。
しかしそんな料理の数々をダンピアが仲間たちと食べる姿を見ていると、遠い過去の、遠い世界の彼らがどこか身近に感じられるのです。(そして何よりも、妙に美味しそうに見える……!)
しかし同時にダンピアは、食に、栄養補給に留まらない意味を見出します。それは自然を知り、自分の力に変える手段――第1話での彼の言葉「食べることは重要な自然観察です ただ怯えるよりも味とか栄養とか害はないかとか…よく観察すれば明日はきっと怯えない」「知るってことは生きる力だから」は、そんな彼の自然に対する姿勢、未知に対する姿勢を何よりも如実に表していると言えます。
そう、本作における食事要素・グルメ要素は、ダンピアを、海賊にして博物学者の彼を描くのに必須なのであります。
そして同時に、本作においてもう一つ描かれるものがあります。それはこの時代の海賊たちの姿であります。
冒頭に述べたように、ダンピアは一言でいえば海賊であります。本作はキャラクターたちがいずれも四頭身の可愛らしい絵柄で描かれているために、生々しさはほとんど感じませんが――しかし海賊としての彼らの行為には、やはり我々の感覚からすれば、ついていけないものがあるのも事実でしょう。
そんな海賊たちのナマの姿を、本作はダンピアと同じ船に乗る一等航海士のアンブロシア・カウリー――ケンブリッジ大学卒の、私掠船には場違いな線の細いインテリの目を通じて、描きます。
カウリーもまた実在の人物――作中で語られる通りガラパゴス諸島の詳細な報告を残した人物ですが、本作におけるカウリーは、海賊たちの言動(そして何よりも食)の一つ一つに馴染めず、冷めた目で見てしまう人物として描かれます。
しかしそんな浮いた存在である彼の目は、現代人としての我々の目と重なりあうものを――ダンピアたちが当然と感じていることの中の違和感、厳しくいえば異常さを浮かび上がらせる効果を――持ちます。
それはある意味海賊たちの負の部分を描き出し、さらに本作に一種の客観性を与える効果をもたらしていると言えるでしょう。
そしてこの巻の後半では、カウリーのある行動が、そしてそれを通じて彼が見つけたものが、物語に緊迫感を与えるという展開がまた巧みなのですが――そこからさらに意外な引きに繋がる結末も心憎い。この展開を見れば、ダンピアだけでなく、この先のカウリーの冒険もまた気になってしまうのです。
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