戸部けいこ『幕末魔法陣』 悪を滅ぼす黒魔術ヒーローを生み出した心の在処
時は幕末、漂流した末にオランダに渡り、医学を修めて帰国した青年・三島清心。彼が江戸に現れるのと時を同じくして、黒魔術で悪魔を操り、人々の無念を晴らす紅毛碧眼の怪人「伴天連様」が現れる。伴天連様と清心の関係は何か――全ての鍵は清心の失われた記憶の中に……
戸部けいこといえば、やはり『光とともに…』が代表作ということになるかと思いますが、しかしそれまでに発表していた作品には、濃厚な怪奇色を持ったものが数多くあります。本作『幕末魔法陣』もその一つですが――怪奇というだけでない、多種多様な側面を持った極めてユニークな作品であります。
江戸の林塾にやってきた青年・三島清心――幕府の海防掛・山路家を後見にする彼は、実は幼い頃に遭難して苦難の末にオランダで医学を修めて帰国、特例で許されて旗本三島家の養子となったという経歴の持ち主。
その女性のような美貌と天才的な医術、そして誰にも分け隔てなく接する優しい心から人々に慕われる清心。しかし彼には遭難してからオランダに至るまでの記憶がなく、それが彼の心に影を落としていたのでした。
そんな中、父親の怪我を清心に治療してもらった少女が、悪辣な漢方医たちの手に寄って死に至らしめられるという事件が発生。悲嘆に暮れる父親が、松葉で星型を作った中心で線香を燃やせば願いを叶えてくれるという巷の噂を縋るように試してみれば――その前に「伴天連」と名乗る紅毛碧眼の美青年が現れたではありませんか。
娘の仇討ちを願う父親の願いに応えた伴天連は、呼び出した悪魔マモンに漢方医たちを喰らわせると、何処かへ姿を消して……
というエピソードから始まる本作は、全5巻の前半の第2巻辺りまでは、清心が悲劇に出会う→犠牲者の遺族が伴天連召喚→伴天連が悪魔の力で仇討ち という基本パターンで展開していくこととなります。
(ここで一見超自然的存な伴天連の手下として、伴天連によって恨みを晴らした遺族たちが、情報収集や被害者の保護等の面で物理的なサポートを行うのが面白い)
この辺りは、言うなれば黒魔術人情復讐ものとでもいうべき内容ですが――そこから物語がエスカレートし、一種のバトルものとなっていくのは、ある意味定番の展開でしょう。
そんなわけで第3巻以降は、幕閣に食い込み、海外の事物を目の敵とする怪人・御前が出現。古神道系の邪術を操り、不気味な忍びを配下とする御前に対し、伴天連様は仲間たちと死闘を繰り広げることとなります。
そしてこれらの物語展開を横糸とするならば、縦糸となるのは、伴天連様の正体であり――主人公たる清心との関係であります。
これはもう、ほとんど冒頭から明らかではあるので(作者もそれを企図していることを明言していることもあり)書いてしまいますが、清心こそは伴天連様の正体、二人は同一人物。しかし、清心自身はそれを認識していないのであります。
何故清心は自分が伴天連であることを知らないのか。同一人物でありながら、何故別人のような姿と性格に変貌を遂げるのか? そもそも、悪魔たちを自在に呼び出し、操る術をどこでどうやって彼は身につけたのか?
その答えの一端(あるいはさらなる謎)として登場する「影」を名乗る男。姿形は清心のままながら、剣を振るって容赦なく悪人を斬る彼は、まるで清心と伴天連様の中間に位置するように思えるのですが……
心優しい(あるいは気弱な)人物が、許せぬ悪に対して別人のように苛烈な態度で力を振るう――本作の(前半の)ような物語には定番のスタイルではあります。しかし本作はそれを定番というだけで片付けず、伴天連様誕生の理由とメカニズムを丹念に浮き彫りにすることになります。
それを描く第4巻以降の展開はまさに怒涛の一言――次々と登場する新たなキャラクター、明らかになる真実にはただ圧倒されるばかり、ある意味使い古されたあの概念をここでこのように物語に繋げ、活かしてくるか! と、大いに感心させられました。
もっとも、この部分のインパクトが大きすぎて、最後の「敵」との対決はいささか性急に感じられる点は確かにあるのですが――しかし、それも含めて、このような物語で、清心と伴天連様の関係性の変化を、そして清心の成長を丹念に描いてみせたのには、感嘆するほかありません。
そしてそれが「母と子」の物語に収斂される様は、この後に連載されることになる『光とともに…』に繋がるものが――というのは、もちろん牽強付会にもほどがあるのですが。
何はともあれ、復讐ものとして、伝奇ものとして、そして一人の青年の魂の遍歴を描いた物語として、多様な魅力を持つ作品であります。
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