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2020年9月

2020.09.30

戸部新十郎『秘剣龍牙』(その二)

 名手・戸部新十郎の短編剣豪小説集『秘剣龍牙』の紹介の後編であります。今回は表題作を含む後半三編をご紹介いたします。

『足譚』
 新将軍家光たっての希望で開催されることとなった兵法上覧を機に、兵法使いの牢人を見出し、不穏分子として抹殺せんと企む柳生宗矩。しかしその対象の一人・松林左馬之助は、足譚なる秘剣で柳生の刺客を返り討ちにすることに……

 『燕飛』『陽炎』に続き、柳生新陰流・小野一刀流と他流派の剣豪との対決を描く本作。ここで題材となっているのはいわゆる寛永御前試合ですが――その巷説の原型となる兵法試合を、宗矩が裏の目的を込めてプロデュース(しかも形だけ小野忠常も連名というのが実に「らしい」)していた、というのも、実に興味深い設定であります。

 そして本作で登場する剣豪が、松林左馬之助――本作には登場しませんが(というより本作後の名乗りですが)、またの名を蝙也斎として知られる人物。この左馬之助、松山主水ほどではないかもしれませんが、やはり通常の剣法の域を超えた技という点で共通する人物であります。
 その秘剣――足譚に挑むことになる小野次郎右衛門忠常は、これまでの作品同様、剛直過ぎて老獪な宗矩に文字通り煙に巻かれる役回りなのですが、しかし……

 本作の冒頭では、屋敷の廊下をツルツルに磨き、客がスッ転ぶのを見て喜ぶという宗矩の宗矩っぷりが描かれるのですが――それに対する忠常のリアクションが意外な形で生きるのに感心いたしました。


『龍牙』
 一刀流中西門の名剣士・白井亨の道場に通ってくる美少年・富樫栄。鋭い面打ちの技を持ちながら剣に対してどこか冷淡な栄に興味を持った亨は、栄の父が何者かに斬殺された過去があることを知ることになります。そしてその魔手は栄にも迫り……

 本書の表題作である本作は、ぐっと時代が下って江戸時代後期の物語。江戸の剣法道場の黄金時代とも言うべき時期の名剣士・白井亨の視点から物語は描かれます。
 体格に恵まれない中で人に数倍する練習と修行を積み、ついに江戸剣法界にその人ありと知られるようになった亨。しかしその前に現れた栄は、そんな亨の過去も知らぬ気に、むしろ武士というものを白眼視するような言動を見せるという、ある意味好対照の存在であります。

 そんな栄が体得していたのが、加賀の地方流派・義経神明流に伝わる秘剣龍牙。その技の概要自体は作中幾度か言及されるため、いざ披露された時に意外性はないようにも思えるのですが――しかし! 何故「龍牙」なのか、という理由が明かされた時の、感動さえ覚えるインパクトたるや……
 そしてある意味ミステリ的な秘剣の謎解きの興趣もさることながら、今回再読してみると、同時に上で述べたようなキャラクターの栄がこの技を――という点においても感動があります。表題作となっているのも宜なるかな、と言うべき作品です。


『芥子』
 同郷の大先輩である神道無念流斎藤弥九郎の練兵館道場の男衆となった弥助。天才的な剣才を持ち、練兵館の主のような存在となった弥助だが、幕末の動乱の中で己を見失い……

 時代はさらに下り、巻末の本作の舞台となるのは幕末。綺羅星のような剣士たちが活躍した中で、知る人ぞ知る存在である仏生寺弥助を描いた作品であります。
 同郷の出世頭である斎藤弥九郎に憧れ、江戸に出た弥助。男衆(雑用係)の身で、見様見真似から剣を会得し、頭角を現した弥助ですが――哀しいかな彼の存在は、時流から浮き上がったものとなっていくことになります。

 剣術と学問を共に重んじ、ある種インテリ育成の場であった練兵館において、ついに主流になることはなかった弥助。周囲の武士たちが国事に奔走し、剣はそのための手段でしかなかったのに対し、剣しかなかった弥助にどのような結末が待つか――幕末という時代を考えれば想像がつきます。
 シリーズに幾度か登場する、自らの不運と不徳で挫折し、転落していく物悲しい剣士譚の一つと言うべきでしょうか。
(しかし桂小五郎は、どの作品でもこんなキャラクター……)


 というわけで、光文社文庫収録を機に久々に読み返しましたが、剣戟描写、秘剣のアイディアだけでなく、簡明にして味わい深い人物描写の妙を改めて再確認できました。
 秘剣シリーズはあと三冊刊行されていますが、こちらも是非再刊していただきたいものです。


『秘剣龍牙』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon

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2020.09.29

戸部新十郎『秘剣龍牙』(その一)

 名手・戸部新十郎が、虚実様々な剣豪の操る秘剣を切れ味鋭く描いた『秘剣』シリーズの一冊であり、光文社文庫から『秘剣水鏡』に続き復刊された『秘剣龍牙』。全七編収録された作品を、一編ずつ紹介いたします。

『睡猫』
 山本勘助道鬼に育てられ、新当流の腕を買われて今川氏真に仕えることとなった甚九郎。そこで同じ道鬼の下で育ちながら松平家の陪臣となった源十郎と出会った甚九郎は、一方的に敵意を燃やす相手に勝負を挑まれ……

 冒頭に収められたのは、本作唯一の戦国時代が舞台の作品。勘介が孤児たちを引き取り、時にスパイのような形で世に送り出していた――という長編に出来そうな設定を背景に描かれる本作は、縦軸に新当流の奥義「すいびょう」を伝授された甚九郎と、同門の源十郎の対決を描くことになります。
 一方の横軸は、甚九郎が仕える氏真の存在なのですが――氏真が、父を信長に討たれながらも蹴鞠に現を抜かす人物として描かれると同時に、戦国大名としての一種の現実主義を体現した存在として捉えられているのが、実に興味深く感じられます。

 そしてこの縦軸と横軸が思わぬ形で交差するクライマックスに驚き、その後を描く結末にどこかホッとさせられるのであります。


『浮舟』
 富山神通川の舟橋で、禁止された馬での乗り打ちを行い、斬られた青年。彼がかつて前田家に仕え、奇矯な言動で知られた男・山田八右衛門の息子であることを知った富田重政は、それ以来、挑発的に舟橋に姿を見せる八右衛門に挑むことに……

 『秘剣』シリーズのほとんど常連である前田家と中条流(富田重政)が登場する本作は、しかし彼と対峙する武士の方が主人公というべき作品であります。
 戦国から江戸時代への移り変わりの時期、運の悪さと自分の性格から成功者になれず、転落した末に、かつて(勝手に)ライバル視していた重政に挑む――そんな八右衛門のキャラクターは、シリーズにもしばしば登場する、決して勝者になれなかった武芸者の一人であります。

 だからこそシリーズの主人公格である重政の対比が、何とも重いものを残すのであり――「一人で勝手に七転八倒し、喚き散らしていた」という作中の評が最も相応しい彼の生き様のもの悲しさが強く印象に残る作品です。


『燕飛』
 柳生新陰流直門の人間が二人、何者かに斬られた――いずれも右眼窩から首まで断ち割られた傷から、相手が単なる辻斬りではないと断じた宗矩は、村田与三と共に下手人と秘剣の正体を追うものの……

 中条流の富田一門と並び、シリーズの常連である柳生新陰流と柳生宗矩が中心となる本作。本シリーズでは悪役的位置づけが(特に後になるにつれ)多い柳生ですが、ここでは謎の敵に付け狙われることとなります。
 そこで思い当たる敵が多すぎるという宗矩がちょっと可笑しいのですが――小野次郎右衛門、柳生十兵衛まで登場して賑やかな作品であるものの、些か敵の正体は軽めであったかもしれません。『秘剣水鏡』の『水月』にも通じる十兵衛像は印象に残りますが……

(しかし、このパターンは幕屋大休の仕業に違いない! と思ったら、既に『秘剣水鏡』の『大休』があったのでした)


『陽炎』
 細川忠利の下で異様な技を見せると評判の松山主水。秘剣・心ノ一法で小野忠常までも破った松山主水の正体を追う忠常の家宰・典馬は主水の意外な過去を知ることに……

 秘剣を扱う作品において、かなりの率で登場する男・松山主水。いわゆる瞬間催眠術と解される心ノ一法など、妖しい逸話に事欠かない人物ですが、本作はその主水の正体を巡って物語が展開することになります。
 これはおそらく本作独自の設定かと思いますが、意外にも加賀の富田一門が絡み(加えて武蔵絡みで意外な人物まで)、さらに島原の乱まで――と、時代伝奇小説の名手でもある作者の一面が盛り込まれた物語であります。

 さて、この怪剣士に挑むのが、身分は低く、周囲にもその剣才を知られない老人というのがまた面白い(『燕飛』に登場した村田与三との交流も楽しい)のですが、結末はさすがに意外すぎたように思います。
 『水鏡』にもあるように、妖剣を操る者=魔性の者、という解釈なのかもしれませんが……


 残る三編は次回ご紹介いたします。


『秘剣龍牙』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon

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2020.09.28

安達智『あおのたつき』第4巻 意外な新展開!? 登場、廓番衆!

 冥土の吉原は鎮守の守で、迷える魂を導く「あお」の奮闘を描く時代ファンタジーも4巻目。この巻では、前の巻から続くおぞましくも哀しい女郎蜘蛛編から、一転思いもよらぬ展開に繋がっていくこととなります。

 浮世と冥土の間の鎮守の守で、宮司の楽丸に雇われた「あお」こと花魁・濃紫。何故か少女の姿で現れた彼女は、小さいなりながら、迷える遊女たちの魂を救うために奮戦することになります。

 そんな中、社に依頼に来た浮世の吉原の遣手婆・おかね。彼女は禁断の恋に落ちた遊女・八葉と若い衆の兵次を引き離すため、八葉に化けて兵次を振ろうというのであります。
 しかしその実、兵次への恋に身を焦がしていたおかね。その高まる想いは彼女の生霊を蜘蛛の姿に変えて兵次を絡め取り、制止しようとする楽丸の神具である鍵までもへし折ってしまい……

 という展開から続くこの巻。顔だけ八葉の女郎蜘蛛から、さらに悍ましい本当の怪物蜘蛛(ここだけ浮世絵調になるのが異界感があっていい)に変化し、暴走するおかねを止めるべく、あおと楽丸は言葉を重ねることになります。
 特に吉原の表も裏も知り尽くしたあおは、おかねを必死に止めようとするのですが――しかし完全に妄執に捕われたおかねに、神具を失った二人が敵うはずもありません。

 そんな絶体絶命の状態に現れたのは、かつてあおを悪霊として祓おうとして楽丸と対立した冷徹な宮司・恐丸。強大な力を持つ「狐の窓」でおかねを祓おうとする恐丸を、あおと楽丸は必死に止めようとするのですが……

 と、詳しくは書きませんが、このエピソードは、正直なところ、もっと別な結末はなかったのか、という気持ちが強い結末を迎えることになります。
 これ以外はなかった、というのも理解できますし、これはこれで大きな意味を持つ展開なのだと思いますが――しかし、やはり索漠たる印象が残ったのは否めません。


 さて、この女郎蜘蛛のエピソードは、しかし思わぬ形でこの先の物語に影響を与えることになります。
 先に述べたように、おかねに神具の鍵を折られ、霊験を喪った楽丸。新たな鍵は思わぬ形で手に入ったものの、しかしそれに神具としての力を与えるには、廓の五体神の承認が必要だというではありませんか。

 楽丸の仕える神たる薄神(いつもかわいい)は、もちろん彼を承認するのですが――しかし残る神々は? というところに登場したのが、四人の廓番衆。彼らと楽丸こそが、冥土の吉原を守る宮司たちなのであります。

 なるほど、浮世の――史実の新吉原には、廓を守る五つの稲荷社がありました。そのことから、以前恐丸が登場した際に、あと三人の存在を予想していたのですが、ここで登場するとは。
 恐丸以外の三人は初登場ですが、いずれもインパクトのあるビジュアルの、見るからに只者ではない面々。そしてその三人+恐丸が何故現れたかといえば――それは楽丸に対して、神々の承認を得るために、自分たちの社を訪れるように告げるためだったのです。

 そんなわけで自分の社以外の四つの社を訪れ、それぞれの神の承認を得ることとなった楽丸。しかし同時にそれは、あおが冥土の吉原に混乱をもたらす存在として祓おうとする宮司たちに、彼女のことを認めさせるため意味も持つことになるのでした。
 かくてここからはあおと楽丸の四大社巡りと宮司との対決という、あたかもバトル漫画のような展開になるわけですが――もちろん本作においてそのような直球バトルが描かれるはずはありません。

 この巻に収められた最初の社――朧神白狐社の宮司・怒丸は、童のような外見ながら、霊験による幻を自在に操る存在。そして彼が楽丸に化したのは、社の五体の朧神(やっぱりかわいい)に関するある修験であり――その一方であおに対しては、直々にある手段で彼女の人となりを試そうというのであります。
 そしてその中で浮かび上がるのは、楽丸とあお、それぞれの想いであり――そこには、やはり本作らしい、本作ならではの人の情の姿が、浮かび上がっているといえるでしょう。

 そしてらしさといえば、怒丸との対決であおが見せる「らしさ」も痛快なのですが――次に待つのはいきなり廓番衆の束ね役である大宮司・喜丸。はたしてどのような試練が、どのようなドラマが待ち受けるか、期待です。


 と、本書の巻末には、以前登場したきよ花と富岡のその後を描く短編を収録。これがまた本作らしく、切なくも一片の救いを感じさせる物語で、必見であります。


『あおのたつき』第4巻(安達智 DeNA) Amazon

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2020.09.27

『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

 日本と台湾の才能が結びついた武侠ファンタジー人形劇『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊記』の外伝――第二期に登場し、殤不患の相棒として活躍した吟遊詩人・浪巫謠の過去を描く物語であり、シリーズ全体の前日譚ともいうべき作品であります。

 本編の方がサブタイトルが示すとおり「東離」の地を舞台とした物語であるように、本作はそれと対になる「西幽」――殤不患と浪巫謠の故郷の地を舞台とした物語となります。

 少年時代、雪山で盲目の母に虐待同然の苛烈な修行を課せられていた浪巫謠。しかし不幸な事故で母は雪山から転落し、天涯孤独の身となった彼は、下山してとある酒場に身を寄せ、そこで自らの歌を披露して暮らすことになります。
 その才能を利用することしか興味のない者たちの間で日々を送る浪巫謠。そんな彼にとっての心の安らぎは、謎めいた旅の吟遊詩人の娘・睦天命との一時の語らいの間だけだったのでした。

 しかし違法の営業を行い後ろ暗い者たちばかりが集まっていた酒場に手入れが行われ、捕らえられた浪巫謠は、捕吏の嘯狂狷の口利きで、皇女・嘲風の前に送られることになります。
 彼女の前で演奏を披露することとなった浪巫謠ですが、そこで待っていたのは、演奏とは名ばかりの残忍な殺人ショー――嘲風は演奏する楽師たちに兵をけしかけ、その命が奪われる様を悦んでいたのであります。しかし歌声のみならず卓越した武術の才を発揮した浪巫謠はこれを難なく退け、嘲風の寵を受けることとなるのでした。

 楽師の頂点ともいうべき天籟吟者の称号を与えられ、図らずも彼の母が求めていた通りの栄達を手にした浪巫謠ですが、しかし相手の命を奪う残酷な演奏は止むことなく、その心はすり減っていくばかり。
 そんな中、各地で魔剣を強奪し、禍世螟蝗と並び称される大罪人「啖劍太歳」が、宮中に秘蔵されるという魔剣を狙っているという噂を聞く浪巫謠。そしてある日、彼の前に現れた挑戦者こそは、あの睦天命だったのですが……


 第二期で登場した際には、その魔琵琶からの音色を武器とする強力な技も印象的な強者として、主役級の大活躍を見せた浪巫謠。しかしその一方で、どこまでも寡黙な彼の過去は伺い知れず、あの殤不患が背中を預けるほどの仲であるほかは、ほとんど謎の人物でありました。
 もっとも、過去は不明ながらやたら強いキャラというのは武侠ものではさして珍しいことではないのですが――本作はその過去を丹念に描くことにより、新たな物語を生み出すことに成功したといえます。

 本作で描かれる浪巫謠は、己の大きすぎる才――ほとんど異能とすら呼べるそれに戸惑い、己の生きるべき道も見いだせぬまま、時に他人に利用され、時に他人に賞玩されるというただ流れに流されるままの人物として描かれます。
 その音楽と武術の才は変わらずとも、後の江湖に名を馳せる、孤高さすら感じさせる後の彼とは、全く異なるキャラクターがそこにはあるのです。

 果たしてその彼を変えたものは何なのか? それを細かく述べるのは野暮というものですが――彼に大きな影響を与えたある人物が、刀と柄の関係になぞらえて、人の才と心の在り方を語る言葉は、ある意味「魔剣」を巡る物語である『Thunderbolt Fantasy』という作品の中において、誠に示唆に富んだものと感じます。

 そしてまた、この物語において描かれるものからは、武侠ものにおける「無頼」という言葉の意味が――無法や放蕩といったものではなく、己の身以外に頼むもの無しという独立独歩の、武侠ものの大侠に相応しい生き方を指す意味が――強く感じ取れます。
 そう、本作は浪巫謠という青年が、この無頼の漢として江湖に起つ様を描いた物語ということができます。そしてそれは、単に舞台や物語、キャラクターやアクション造形が「らしい」という以上に、本作が武侠ものであることを、強く感じさせてくれるのであります。


 内容的には、完全にこれまでの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊記』という作品を観ていることが必要となる物語ではありますが――しかし前提の部分を徹底的に削ぎ落とすことにより、それを共有する人間にとっては、強烈に没入感を高めてくれる作品であることは間違いありません。

 残念ながらここ最近の状況により、第三期の製作はまだ少し先となってしまった模様ですが――少なくとも本作を観れば、安心して待っていることができると、そう感じさせられる作品であります。


『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』(アニプレックス BDソフト) Amazon


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2020.09.26

白石純『魍魎少女』第4-5巻 次々登場、新たなる敵! そして最後のパーツ

 大正時代を舞台に、奪われた師匠・雪之丞の体を求める「魍魎屋」の少女・林檎丸の大暴れを描く本作も気が付けばもう第5巻まで刊行されました。雪之丞の体も三つまで揃ったものの、次々と登場する新たな敵を向こうに回し、状況はいよいよ混沌としたものに……

 数百年前に共に不死となりながら、親友の八房によってその身を八つ裂き――いや七つに裂かれ、以来、己のパーツを求めてきた男・雪之丞と、彼を師匠と慕う魍魎少女・林檎丸。
 大正時代に至り、八房と彼に仕える少年・チカや、様々な魍魎との戦いを繰り広げた末、雪之丞の左目・左腕・背骨と手に入れた林檎丸ですが、そこに予期せぬ敵――不死の肉体を狙うマフィア・ウルバーニ一家が現れ……

 というわけで第3巻から第4巻にかけて描かれるのは、このウルバーニ一家との対決であります。
 街中でマシンガンをぶっぱなすことも辞さない凶暴な連中によって奪われた雪之丞の足を奪還すべく、同じくらい凶悪に暴れまわる林檎丸。如何にマフィアとはいえ、不死身の林檎丸を向こうに回しては分が悪いところですが――ここで搦手に出てくるのが暴力のプロの恐ろしいところであります。

 彼らによって捕らえられ、拷問を受ける羽目になった、林檎丸たちとは腐れ縁の私立探偵・鷹ノ助。彼の手元にあるのは、声の録音・再生しかできないちっぽけな魍魎一つに過ぎません。
 それでも同じ腐れ縁の僧侶・典妙の力を借りて鷹ノ助が脱出を試みる一方で、アジトに殴り込みをかけてきた林檎丸の大暴れが始まり――と、林檎丸とマフィアの決戦が繰り広げられることになります。

 正直なところ、第3巻の時に受けた印象は変わらず、結果としてみれば、やはりマフィアといっても普通の人間には分が悪すぎる戦いだったのですが――しかし戦いの終盤で、不死を求めるウルバーニの狂的な想いと、彼の娘のマリアとの繋がりを描き、そしてそこに上で触れた鷹ノ助の魍魎が意外な役割を果たすという結末は悪くありません。

 バトルのバリエーションという意味でも、なかなか面白いエピソードではありました。


 そして第4巻の後半から展開するのは、またもや第三勢力との戦い――しかも今度は常人ではなく、同じ魍魎屋、しかも中国からやって来た敵であります。
 新装開店した中華料理店・飛龍楼を営む青年・ルイ。強大な怪物・饕餮を身に宿し、日本の魍魎屋を掌中に収めんとする企みを持つ彼によって、八房のもとにあった雪之丞の右腕は奪われ、何と饕餮に喰らわれることに……

 と、今回も雪之丞のパーツを手にした第三勢力の戦いと思いきや、いきなりそのパーツが失われるという意外すぎる展開に驚く間もなく、強敵を前に手を組む雪之丞と八房。
 これまでもそれぞれの弟子と言うべき林檎丸とチカが、共通の敵を前に共闘することはありましたが、この二人が手を組むとは、これは盛り上がる展開であります。

 さらに彼らをサポートする――というより腐れ縁の人間の側も、鷹ノ助と典妙に加え、以前登場した異能の怪奇小説家・米津弦太郎が再登場。その魍魎を具現化する筆を活かして雪之丞たちを助けるのですが、それがまた思わぬ事態に繋がって――と、物語は全く予想もしなかった方向に転がっていくことになります。

 この辺り、ちょっと拍子抜けという印象もなきにしもあらずなのですが、しかし派手なバトルだけでなく、緊迫しながらもどこかすっとぼけた味わいの怪異が描かれるのも、またらしいといえば本作らしいという印象があります。
 そしてその中に、雪之丞と八房の「人間性」(の違い)というものがチラリチラリと窺えるのも、また面白いところなのですが……


 さて、右腕が失われるという思わぬ展開はあったものの、残る雪之丞のパーツは心臓と首のみ。うち心臓の所在は既に明らかになっているのですが――第5巻の後半で、ついに首の在り処が判明することになります。
 意外なその在り処に、林檎丸が、そしてチカが、これまた意外な形で迫るのですが――しかしさすがは雪之丞の首というべきか、一筋縄ではいきそうにありません。

 果たして首を手に入れることができるのか、そしてその先に何が待っているのか?
 振り返ってみれば、シンプルなようで意外な展開の連続であった本作。この先の展開も、やはり予想だにしないものとなるのでしょう。サブレギュラーも増え、賑やかになってきた本作の向かう先がいよいよ気になってきたところであります。


『魍魎少女』(白石純 徳間書店ゼノンコミックス) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon

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2020.09.25

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第3巻 日蒙激突! そして合流する二つの物語

 最近思わぬ形で注目を集めることとなった『アンゴルモア 元寇合戦記』ですが、戦いの舞台は既にツシマから博多に移っています。緒戦では足並みが揃わず苦戦した日本側ですがついに立ち上がり、この『博多編』第3巻では蒙古軍との全面衝突がいよいよ開始。一方、朽井迅三郎もついに戦場に……

 少弐景資の下に集まりながらも、全く士気が上がらず、指揮系統も確立されていないことから眼の前に橋頭堡を築かれてしまった日本武士団。そんな中で失うもののない菊池武房が、そして竹崎季長が奮戦を繰り広げたことからようやく武士たちに火が着き、本格的な合戦が始まることとなります。
 一方、大胆にも高麗軍の軍船に密航して対馬を離れた迅三郎は、発見されて大立ち回りを繰り広げた末、天草の御家人衆の軍船襲撃の混乱に紛れて脱出、天草の舟に拾われるのでした。

 天草衆を率いていたのは、天草の地頭・大蔵氏の惣領娘・大蔵太子。博多に向かう彼女は迅三郎を乗せていくことを肯うのですが、しかしあくまでも迅三郎を島抜けした流人として扱い……


 と、この巻の表紙を飾るのは、前巻の終盤に突如登場した大蔵太子。赤毛に肌も露わな胴鎧姿の野性的な美女、しかも蒙古船襲撃の際には一番銛を放ち、敵船に飛び込むのも一番乗りという、ほとんど別世界の住人レベルでキャラの立った新顔であります。
 しかしそんな彼女にとって気がかりは壱岐にいた弟・種資の存在。彼を博多に伴うべく、太子は壱岐に寄ったものの、そこは既に蒙古に占領され、そして種資も……

 流人の身でありながら、対馬の人々と共に戦い、彼らのために奮戦を繰り広げてきた迅三郎。ここで描かれる種資も、あくまでも天草の人間であり、壱岐の人間ではないにもかかわらず、この地を守って死闘を繰り広げたという点で重なるものがあります。

 しかし何故彼は、家の為でもなく自分の土地でもない――すなわち「一所」ではないもののために、命懸けで戦うことができたのか? それを問う太子への迅三郎の答えは、あるいは格好良すぎるかもしれませんが――しかし歴戦の強者である彼の、何よりも対馬での地獄を戦い抜いた彼の姿を知る者からすれば、大いに腑に落ちるものといえるでしょう。
 そしてその言葉は、確実に太子の心をも動かすことになるのです。


 さて、その一方、博多では日本軍と蒙古軍の戦いが激化。前巻で描かれた戦いはあくまでも先着順(!)の小競り合いに過ぎないというレベルで、鳥飼の干潟を舞台に、いよいよ全面衝突が始まることになります。

 いざ戦いとなれば、手柄を立てた者勝ちというわけで、名乗りを上げて突き進む鎌倉武士たち。弓と鉾を多用する蒙古軍の戦法にもたじろがず、手柄のために突き進むのですが――そこで炸裂するのが、教科書でもお馴染みのてっぽうであります。
 今の目から見れば原始的な榴弾というか手投げ弾のてっぽうですが、その直接的な殺傷力のみならず、その音とビジュアルのインパクトは、間接的にも多大な効果を上げ――というのもまたお馴染みの話ではありますが、大乱戦の中でそれが描かれれば、大きな説得力があります。

 とはいえてっぽうも乱戦の中では使用不可能な兵器、そしてその乱戦においては鎌倉武士一人ひとりの武勇は、決して蒙古軍に劣るものではありません。しかし、あくまでも戦いは数だよ、なのです。
 いま博多に上陸しているのは蒙古軍の先鋒である高麗軍であって、本隊の上陸はまだこれから。一方、筥崎に陣を構える日本側は、例によって自分たちの利と面子第一でにらみ合うばかり――と、戦力の差は歴然であります。

 鳥飼干潟での合戦でのダメージも決して軽くない中、果たしてこの先日本軍は戦い抜くことができるのか――というところで、ようやく二方面で描かれてきた物語が合流することになります。
 この巻のラストで描かれるのは、痛快とすらいえる人を食った姿でついに日本軍の前に立つ迅三郎の勇姿――そう、戦いは、物語はまだまだここから、なのであります。


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2020.09.24

『啄木鳥探偵處』 第八首「若きおとこ」

 蝙蝠人間こと軽業師・鑑の墜死で逮捕された興行師・園部の釈放が話題となる中、脅迫状が届いたと啄木のもとに依頼に来た青年。喀血した啄木は一度は断るが、街を彷徨う中再会した青年に促され、依頼を引き受ける。青年は実は男装した園部の妻・環であり、脅迫状は鑑の弟から届いていると語るが……

 前回ラストで喀血し、医師の診断を受けることとなった啄木。その結果は京助には伏せたままですが、その前後の言動を見れば、どの程度のものか察することができます。そんなところに新たな依頼人を連れてきたという下宿の娘・加世ですが(というかちゃんとした依頼自体、久々にあった感)、啄木はあっさり断り、それどころか雨の中傘も持たずに飛び出してしまうのでした。
 もちろん慌てて探す京助ですが、ミルクホールに屯するいつものトリオ+芥川龍之介にはこれっぽっちも心配されず、いつものことと軽くいなされてしまうのは、これはもう残念だが当然というほかありません。

 もっともその頃啄木は一度は断った依頼人の青年と再会、促されるまま彼の屋敷に向かってみれば、相手は「彼」ではなく男装した「彼女」――いま巷で話題の、蝙蝠人間と呼ばれた軽業師・鑑を故意に墜死させた疑いで逮捕されたものの、裏で手を回して釈放された興行師・園部の妻・環だったのであります。
 そして彼女の依頼とは、園部と自分を殺すという鑑の弟から脅迫状の調査。実は鑑と密通していた環は、その弟の暴走を止めようとはしたものの、相手の行動はさらにエスカレートし、彼女の行動を事細かに記した、あたかも家の中から見張っているとしか思えない脅迫状が届いて……


 というところで今回はおしまい今回は謎の提示編といったところで、物語は大きく動かないこともあり、印象に残るのは死に怯える啄木と、周囲の反応でしょうか。

 享楽的・刹那的かつ露悪的な言動をしばしばみせる啄木。それが毎回評しているところのヒューマンダストっぷりに繋がっているわけですが、それはどこか彼の弱さ、というよりその弱さを自覚していることの裏返しのように思えます。

 今回はその部分が隠すことなく露わになった印象がありますが、しかしそれが京助以外には全く伝わっていないのは笑いどころでしょう。いや、普段は弱音を吐いて京助の気を引いていたところをしっかりと見抜かれているところなど、胡堂たちはしっかりすぎるほどよく見ていたわけで、今回ばかりは自業自得というほかありません。
 とはいえ今回の依頼人・環が女性と知るや、何だかボーッとなっている辺り、やっぱり今回もきっちりヒューマンダストなわけですが……

 しかし今回の事件、浅草で評判を取った飛行ショーの芸人の死が発端となっているということで、原作のエピソード「鳥人」がベースとなっているのかと思いましたが、登場人物の名前も含めて全然違うなあ――と思っていたら、環の登場で何だか雲行きが怪しく感じられてきました。
 あり得ないほど詳細な脅迫状、姿なき脅迫者、体に傷を負った妖しげな美女――どうもこの流れ、どこかで見たことがあるような気がいたします(特に脅迫状の中の、「コルクの小片がグラスに」云々の部分)。これはまたあのパターンでは、とイヤな予感がしますが、その辺りは次回明らかになることでしょう。正直なところ、外れていることを祈ります。


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 「啄木鳥探偵處」 探偵啄木、浅草を往く

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2020.09.23

久正人『ジャバウォッキー1914』第3巻 宿敵出現! 地底の激闘

 新たな人間と恐竜人の物語『ジャバウォッキー1914』もいよいよ後半戦。この第3巻では、アルプス山脈を巡る殻の中の騎士団との激闘が描かれることとなります。その中でいよいよ姿を現す積年の宿敵、そしていよいよ物語は核心に近づいていくことに……

 ベルギー・ドイツ・オランダの三国の国境が複雑に入り組んだヤンデホーフェンの街での仕事に当たるリリー、サモエド、シェルティ。そこでリリーの前に現れたのは、かつてイフの城でサバタと3人で任務に当たっていたブースロイド――今は道を違え、英国情報部のトップに収まっている彼は、@こと殻の中の騎士団を追ってこの地にやって来たのであります。
 そんな彼らの眼前で起動した@の巨大メカ・ダート竜は、ヤンデホーフェンの街を消滅させながらシェルティもろとも地中に消え去り……

 という展開から始まったこの第3巻には、一冊丸ごとアルプス編を収録。古式ゆかしいドリルメカであるダート竜の中に囚われたシェルティの運命は、果たして残されたサモエドとリリーは彼女を救い出すことができるのか。そして何よりもダート竜を操る地底恐竜オリクトドロメウスのダッケルの目的とは?
 ――と、サスペンスフルな展開が続きますが、しかし『ジャバウォッキー』読者としてやはり見逃せないのは、あのジャンゴの登場あることは間違いありません。

 @の前身である「有翼の蛇」教団の幹部であり、何よりもサバタの右手と妹を奪った宿敵であるアロサウルスのガンマン・ジャンゴ。前作ではサバタとの死闘の末に両眼を失いながらも、最終的な決着を見ることなく終わったジャンゴが、ここでついに登場するのであります。
 どうやら@においても高位にありながら、その言動により忌み嫌われているらしいジャンゴ。ダート竜と行動を共にしながらも、その目的は異なるらしい彼の真意こそが、この先の物語を大きく動かすことになるのです。

 この『ジャバウォッキー1914』という物語の冒頭で描かれた南極という地――ここで描かれるのは、その地でかつてサバタとジャンゴが対決したこと、そしてそこにもう一人のオヴィラプトルが――そう、サモエドの存在が関わっていたという事実。
 さらにはジャンゴの(さらにはもう一人の)目的が、そのサモエドであった、ということも明らかになるのですが……


 しかしこの巻のメインは、あくまでもアプリコット商会とダート竜の対決であります。ほとんど巨大ロボット状態のダート竜に、狭い地底トンネルの中で、拳銃一丁のみで如何に挑むのか――さらにジャンゴという強敵までもが立ち塞がる状態で。
 しかし、それでリリーが、サモエドが、シェルティがたじろぐはずもありません。この三人の力が合わさって繰り広げられる、いかにも本作らしい頭脳プレーがもたらす逆転劇は痛快の一言であります。

 さらにそこにブースロイドの部下であり、サモエドたちに味方する英国情報部のエージェント、ジョン・クレイトン(またの名をターザン!)とジャンゴとのバトルまで描かれるのですからいうことなし。
 さすがはビッグネームだけあってあのジャンゴを向こうに回して互角の大暴れ――前作に比べると実在の(?)人物の登場は少なめの本作ですが、そんな中でもこの戦いは、クレイトンのファイトが実に「らしさ」溢れるもので、本作でも指折りの名勝負の一つと言えるでしょう。

 もっともこれらのバトルの末の、ラストの展開はさすがにどうかなあ、と思わなくもありませんが……(一応後で理屈づけはされるのですが)


 何はともあれ、残すところはあと1巻。驚くべき大団円まであとわずかであります。


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2020.09.22

野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに

 アニメ第三期も開始目前に迫った『ゴールデンカムイ』、原作の方は北海道に戻り、黄金と刺青人皮を巡る三つ巴の争いも再開されることになります。黄金を目指しそれぞれの活動を続ける三派ですが、この巻では殺伐とした争いの一つが、意外な結末を迎えることに……

 樺太から帰還し、鶴見一派に絶縁状を叩きつけた杉元・アシリパ・白石の面々。しかし刺青人皮の謎を解くためにはアシリパの存在が不可能と知った鶴見が彼女を諦めるはずはなく、そして樺太から帰還して合流した尾形からアシリパのことを聞いた土方たちも動きだすことになります。

 そんな中、杉元たちは、圧倒的に不利な状況ながら、両派を食い合わせて最後の勝利を掴むべく動き出し――と、ある意味、争奪戦初期の段階に戻ったような状態となったわけですが、しかし残る刺青人皮はわずか4枚。
 当然ながら刺青人皮を巡る争いはいよいよ激化することが予想されるわけですが――この巻はその序奏というべきものが描かれることになります。

 札幌の貧民窟で次々と娼婦を惨殺する謎の殺人鬼(ここで久々に登場し、ヒューマンダストっぷりを遺憾なく発揮する石川啄木)。そして前巻で倒した砂金獲り名人・松田の遺した砂金から存在が明らかになった強敵・海賊房太郎。ここでこの先の物語に大きく影響する二人の登場が描かれたわけですが、彼らとの激突はまだまだ先――この巻ではそこに至るまでの各派の動き等が描かれることになります。


 しかしそこで描かれるものが、鶴見を異常なまでに敬愛する宇佐美上等兵の悍ましい過去であったり、意外と可愛いもの好きの杉元とシマエナガの物語であったり――と、読んだ後に「……」という感じになってしまうエピソードが続くのが何ともツラい……
 と思っていたところに、ラストに大きな感動が待ち受けていました。

 鶴見の部下として杉元たちと共に樺太に同行し、帰還しながらも、黄金争奪戦からの決別を宣言した谷垣。しかし鶴見がそれを許すはずもなく、なおも彼を縛ろうとするのであります。何を以て? 彼の子を宿していたインカラマッの身柄を以て。
 これに抗する術はなく一度は鶴見の杉元抹殺の命を受けた谷垣ですが、しかし好漢の谷垣がそれを成せるはずもありません。彼は残された手掛かりを追ってインカラマッのもとに向かうことになります。

 果たしてインカラマッの入院する病院を守る鯉登と月島の目をかいくぐることができるのか、インカラマッと出会えたとしても、臨月の彼女とどこに逃げるのか。八方塞がりの状態となった二人の物語は、思わぬ形で一つの結末を迎えることになります。
 その詳細を書くことができないのが何とも歯がゆいのですが――ここで展開する谷垣とインカラマッのドラマだけでなく、同時に他の人々のドラマでもあるということはできます。

 偏執的な殺人鬼であったり、冷徹な軍人であったり――そんな極端なキャラクターが描かれてきた者たちがふと見せる、人間的な素顔の数々。
 特にここで描かれる、これまでメディリリーフ的な存在であったある人物の姿は、彼の大いなる成長を描いたものであって――ほとんど不意打ち気味に描かれたそれには、大いに涙腺を刺激された次第です。(それを受けたある人物の言葉もまた……)

 そしてその先に待ち受けるもの――それはこの暴力と死に満ちた物語における、大いなる救いと言うべきでしょう。


 これまで繰り返し触れてきたことではありますが、本作は時に変態的なほど濃すぎるキャラクターたちによるアクションとギャグを描きながらも、それに終わらず、丹念に丹念に、そのキャラクターたちの心情を――突き詰めれば人間としての姿を描いてきたと言えます。
 今回描かれたものは、その一つの到達点であると言っても、決して大袈裟ではないのではないか――そう心から感じるのであります。


『ゴールデンカムイ』第23巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2020.09.21

唐々煙『煉獄に笑う』第12巻 最終決戦開始! 大団円への前奏曲

 実に『曇天に笑う』本編の倍の巻数を費やして描かれてきた本作も、いよいよこの巻より最終決戦に突入であります。本能寺の変で「織田信長」が炎に消えた今、果たして大蛇は誰なのか。あまりにも残酷な真実が明らかになったかに見えたまさにその後から、本当の戦いが始まることになります。

 明智光秀が本能寺に織田信長を襲撃、弑した本能寺の変。しかし本作において本能寺の炎に消えたのは、信長の影武者である比良裏でありました。
 そしてこの変を受けてのいわゆる中国大返しの最中に、それぞれ安倍晴鳴と国友勇真の襲撃を受けた佐吉と芭恋。救援に現れた弦月により晴鳴は倒されたものの、佐吉は一時的に失明、そして執念の勇真に追い詰められた芭恋に対し、勇真は「お前が大蛇や」と冷たく告げて……


 という引きで終わった前の巻。正直なところ大蛇の正体についてはこれまでもフェイクがありましたし、『曇天に笑う』でも大きなドンデン返しがあったことを考えれば、素直に芭恋が大蛇とは考えにくい――と思われたものの、その芭恋の周囲には、不気味なヘドロの如き物質が蠢き、何よりも芭恋のトレードマークである眼帯の下には、蛇の鱗の痣が潜んでいたではありませんか。

 まあ確かにここで芭恋が大蛇になると、佐吉との関係でも阿国との関係でもドラマチックだし――などとメタいことも頭をよぎりますが、しかしそんなことを考えた罰が当たったか、山﨑の戦いにおいて、物語は最悪の事態を迎えることになります。芭恋と阿国の対決という形で……
 互いの想いの丈をぶつけ合った末、佐吉が到着する寸前に悲しい結末を迎える双子の戦い。しかし、これこそが本当の戦いの始まりだったのであります。

 ある意味予想通りと言うべきか――あの城に潜む男の身を依り代に、ついに降臨した大蛇。しかしその力はまさしく空前絶後、他の時代に復活した大蛇とは桁違いの力(秀吉への攻撃にはさすがにびっくり)を以て天地を蹂躙することになります。
 この怪物を阻むには、一人の将だけでは足りない――と、三人の将がまさかの集結。さらにこのまま消えるとは思えなかったあの男と配下たちも参戦! そして佐吉もまた、逆転に向けた最後の希望を求めて、仲間たちと動き出すことに……


 と、何だかぼやかした表現ばかりで恐縮ですが、善魔まさに役者は揃ったという状況で決戦に雪崩れ込むという、この最高の盛り上がりばかりは、実際にその目で確かめていただきたい、というのが正直なところであります。
 これまで長きに渡って描かれてきた物語に登場してきたほとんど全ての生き残りのキャラクターたち(正直なところ、忘れていた奴も……)が一堂に会し、結末に向けて動き始める姿は、まさしく伝奇ものの興趣横溢というほかありません。

 もちろん、まだ大蛇との決着に向けては一波乱も二波乱もあるでしょう。そして何よりも、この決戦の場に真っ先に加わるべき男がもう一人、まだ姿を見せていないのであります。
 そんなわけでまだまだ先は見えませんが、しかしこの巻の盛り上がりを見れば、最高の結末を期待してよいのではないか――そんな大団円への前奏曲ともいうべき第12巻であります。


『煉獄に笑う』第12巻(唐々煙 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon


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2020.09.20

叶輝『残月、影横たはる辺』第1巻 公儀助太刀人、明治の世に仇討ちを助ける

 明治の世になり、禁止令が出された仇討ち。しかし東京警視庁内には高額な報酬と引き換えに仇討ちを請け負う「公儀助太刀人」がいた。その一人、鬼塚千明のもとに、母親を無惨に殺された少女から仇討ちの依頼が舞い込むが……

 時代劇の大きな要素として存在し、そして江戸から明治へと時代が移り変わる中で失われたものの一つとして、仇討ちという行為が挙げられるのではないでしょうか。普遍的な現実であったかは別として、復讐のため、武士の面目のため、あるいは刑事制度の補完のため存在する仇討は、フィクションの世界において様々なドラマを生み出してきました。
 そんな仇討も明治6年には公的に禁止されるに至ったわけですが――その後も警視庁に密かに仇討ちを代行する者が存在していたという、ある意味奇想天外な設定の物語が本作であります。

 明治12年、新橋の高級妓楼で浮名を流す、官服に帯刀の伊達男・鬼塚千明。その彼に持ち込まれたのは、年端もいかぬ少女・小春からの仇討の依頼でありました。
 浅草で生人形を作っていた人形師の母が何者かに殺され、大通りで見世物人形のように晒されるという悲劇を経験した小春。彼女は千明に――一等巡査にして「公儀助太刀人」である千明に、仇討ちの助太刀を依頼してきたのであります。

 ある理由から小春の母の死に様に心を動かされながらも、殊更に冷たく当たり、一度は依頼を断る千明。しかし警察として独自に動き、下手人を捕らえた千明は、小春の前に現れ……


 このあらすじを見た限りでは、本作は仇討ちというより、いわゆる仕事人もの的な要素が強いようにも思えるかもしれません。
 しかし金をもらって復讐を行う――すなわち依頼人は金を払うだけ――のとは異なり、本作で千明が行うのは、少なくとも表向きは助太刀であり手を下すのは依頼人本人、というのが「公儀助太刀人」の名のゆえんなのでしょう。

 この第1巻のメインとなる小春のエピソードはまさにその点を中心に据えたものといえるでしょう。ここで中心になるのは復讐の是非――というよりも、人が自らの手で人を殺めることの重みなのですから。
 母の仇討ちを依頼した際に千明から人殺しの覚悟を問われ、「下手人が自分で招いた結果でしょ」と、ある意味えらく「現代的な」態度で応える小春。しかし実際に千明が下手人を追い詰め、後は止めを刺すだけとなった時、彼女の選択は……

 という展開はまず定番という印象ですが、しかしそれは、仇討ちが法で禁じられた時代に、それでもあえて仇討ちをしようとする者がいるという物語だからこそ、より映えるものなのかもしれません。


 この第1巻の時点では「公儀助太刀人」なる奇妙な役目が、東京警視庁内に半ば公然と存在する――しかもその後楯はかの川路大警視!――理由が明確となっていないため、(主に時代ものとして)どのように評価すればよいか、まだ悩ましいというのが正直なところではあります。

 しかし物語の中で断片的に描かれていく千明の過去――会津生まれでかつては日新館に通う少年武士であり(飯盛山には行っていないようですが)、そして戦後に養父から剣を学び、そしてその養父を惨殺されたという過去――が、この公儀助太刀人という存在とどのように結びついていくのか、これは大いに気になるところです。
(おそらくはその時の名残であろう、千明の義眼の由来もまた)

 そしてさらに、今なお根深く残るらしいその事件の背後に潜むもの、大きく世間を動かしかねないその存在が何なのか――この先の展開が気になる作品であることは間違いありません。


 しかし妓楼通いを続ける息子が家に帰ってくるたびに、医師を呼んでおいて花柳病の診察を受けさせる義母というのは、どうなのかなあ……(それに対する千明の明治ならではの弁明もなかなか面白いのですが)


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2020.09.19

夢枕獏『大江戸火龍改』 久々登場、夢枕獏流時代伝奇活劇

 夢枕獏による新たなる時代伝奇小説――万妖異事相談(よろずあやかしごとそうだん)を謳い、江戸に起きる怪奇の事件に挑む、博覧強記にして白髪の異人・遊斎を主人公とした連作シリーズであります。

 人形町の鯰長屋に一人居を構える男・遊斎――年の頃は30代後半程度に見えるものの、髪は全て白く、瞳は赤いという異貌の男。
 その住まいには見たこともないような奇怪な品々がところ狭しと積み重ねられ、彼を慕う近所の子供たちが遊びに来たと思えば、かの平賀源内が話し込んでいくというような、何とも得体の知れない人物であります。

 そんな遊斎の生業(?)が、万妖異事相談――すなわち、この世のものとも思えぬ怪事に悩む人の相談に乗り、これを鎮めるという、世間広しといえども、彼以外にはできそうにない稼業であります。
 さらにこの遊斎、幕府の陰のお役目である火龍改――正式には化物龍類改、すなわち人間に害をなす人外のもの狩り、祓い鎮める役所に遊斎は助力しているという噂。

 かくて、今日も様々な者たちが持ち込んでくる怪事件に、遊斎は飄々と挑むことに……


 と、何とも魅力的な基本設定で展開する本作は、三つの短編と一つの長編で構成されています。

 怪事に対する遊斎の日常(?)を描く「遊斎の語」
 ある日突然、意識を失っては主人たちの秘密を語るようになった商家の小僧の謎を解く「手鬼眼童」
 釣り指南書を著した武士のもとに夜な夜な現れる、首のない男の幽霊の正体に挑む「首無し幽霊」
 これら「小説現代」誌に掲載された(うち「首無し幽霊」は以前にあるアンソロジーも収録)短編は、いずれも作者自身が本作を評するに「江戸版陰陽師」と述べたのに相応しく、軽妙な味わいの物語。派手さはありませんが、遊斎が手慣れた様で様々な怪異に対するのが何とも楽しいエピソードであります。

 一方、「web小説現代」に連載された長編の「桜怪談」は、満開の桜の下で茶会を催していた大店の女将が、何者かによって桜の中に引き上げられ、生きながら食い殺されるという、衆人環視の下での奇怪極まりない惨劇から始まる伝奇活劇の要素も大きい物語です。
 遊斎の手足として働く飴売りの土平、退屈を持て余した剣の達人・如月右近、火龍改与力の間宮林太郎、そしてあの平賀源内(本作と似た題名の『大江戸恐龍伝』の主人公ですが、あちらとは特に関係のない様子)といった遊斎を取り巻く仲間たちが登場、彼らの力を借りて、遊斎は相次ぐ奇怪な人死に挑んでいくことになります。

 このエピソードに登場するのは、実は夢枕作品ではお馴染みという印象もある怪異なのですが、それを指す業界用語(?)の「らしさ」といい、遊斎や土平の操る奇妙な術といい、そして事件の陰に見え隠れする怪老人・播磨法師の存在といい――いかにも作者らしい要素が横溢で、久々に夢枕獏流の伝奇活劇を楽しませていただきました。
 もっとも、事件のスケール自体は意外とこじんまりとしていたり、そもそもタイトルの『大江戸火龍改』はそれほど出てこなかったような――という印象もありはするのですが……


 何はともあれ、謎めいて魅力的なキャラクターが、江戸を騒がす怪奇の事件に挑むという、私にとっては好物の要素しかない本作。是非とも続編を――できればさらにスケールアップした長編を――期待したいところであります。

(しかし播磨法師、ビジュアルといい言動といい「播磨」といい、作中で図らずも評されるように「千年生き」てきたあの人物にしか見えないのがニヤリとさせられるところであります)


『大江戸火龍改』(夢枕獏 講談社) Amazon

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2020.09.18

『啄木鳥探偵處』 第七首「紳士盗賊」

 巷を騒がす紳士盗賊がとある会社から5千円の金を盗んだ。その後盗賊は逮捕されたものの、5千円は行方不明のままで、懸賞金までかかる始末だった。そんな中、京助は啄木の持っていた二銭銅貨の中に暗号文が仕込まれているのを発見。平井太郎の助けで暗号を解いた京助だが、そこに記されていたのは……

 ある意味本作で最大の問題作である今回、その理由はひとえに内容がほとんどそのまま江戸川乱歩『二銭銅貨』であることによります。

 原案(と書いてしまいますが)未読の方、本作を未見の方のために詳細は書きませんが、原案の中心人物である下宿人の貧乏青年コンビが、本作における啄木と京助になっている以外は、事件の発端である紳士盗賊の存在も二銭銅貨の中の暗号の存在も、オチにドンデン返しが存在することもほぼそのままであります。
 もちろん異なる点はあって、本作の方で京助が見つけた暗号の謎解きを担当するのは平井太郎(言うまでもなく後の江戸川乱歩)ですし、その太郎が作中で言っているように暗号のレベルも低い。また、ドンデン返しの内容とその後の展開は本作オリジナルのものです。とはいえ、びっくりするほど今回が『二銭銅貨』をなぞっていることは間違いありません。


 まあエンドクレジットでは「参考」という表示で『二銭銅貨』が掲げられていますし、既に著作権も消滅している作品であることを考えれば問題はないのかもしれませんが――一種のオマージュということを理解しつつもすっきりしないのは、本作があくまでも原作付き作品であることに尽きます。
(しかしあまりの完成度に海外の作品の翻案ではないかと疑われたという『二銭銅貨』が、逆に翻案として使われるというのは皮肉というかなんというか)

 原作が全5話ということもあってオリジナルエピソードの多い本作。それ自体は全く問題ない(そもそも本作の場合、はっきり言ってしまえば啄木と京助が探偵をするという概要以外はほとんどオリジナルに近いわけで)ですしむしろ大歓迎なわけですが、だからといって原作で全くない他の作者の他の作品のオマージュを行うのはいかがなものかなあ、(おそらく今回の内容を知らないであろう)作者としては不本意ではないのかなあ――とと感じてしまうのです。
 ちなみに原作でも作中に平井太郎と二銭銅貨が登場するのですが、その部分はアニメの第3話で既に使っているわけで――考えてみると二銭銅貨は二度目の登板ということになります。


 そんなわけでちょっと斜に構えて観てしまった今回なのですが、しかし本作オリジナルの結末部分――この二銭銅貨の真実を知った京助が、前々回からわだかまりを残して絶交中であった啄木と和解するという展開自体は、京助への甘えからか、彼に対しては無遠慮な啄木が、まだ減らず口を交えながらも真情を吐露するところなど、実に良かったとは思います。
 また、これだけのために色々仕組んだ軍資金が、実は啄木が先に懸賞金を手に入れていたのでは――と匂わすのも洒落ているのですが、色々考えるとちょっと無理があって、これは啄木が(仲違いの原因となった金を使って)自腹を切っているのでは、と想像させるのもまたグッとくるところであります(原作から盗まれた金額と懸賞金が一桁減となっているのもこの辺りを考慮したのでは、という気もいたします)。

 そしてさらに、そうまでして和解した次の瞬間に、別れを予感させる啄木の体の異変が描かれる点も……


 もう一点、第1話から描かれてきた、殺人事件とそれによって大企業の不祥事が明るみに出るという流れが続いていることが今回も描かれ、そこにいわば「告発者X」が匂わされるのもまた、後半戦に向けての仕掛けとして大いに気になるところであります。


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2020.09.17

「コミック乱ツインズ」2020年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2020年10月号の紹介その二であります。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 今日も今日とて求善賈堂に入り浸っている土方(と今回は沖田も)。半次郎・小夜・喜代といういつもの面子と呑気に京野菜談義をしていたところに、出入りの種屋が唐柿(トマト)を持ってきて――と、なるほどこの頃は既にトマトが日本に入っていたのか、と感心していたら、このトマトから、物語は思わぬ方向に転がっていくことになります。

 攘夷浪人たちから、神国日本で異国からの草木を育てるのは無礼千万と、非常に馬鹿馬鹿しい理由で脅されているという種屋。そんな話を聞かされれば、本業として土方も沖田も見過ごしにするわけにはいきません。そこに当然半次郎も合力して……
 と、予想通り合力というレベルではなく、一番ノリノリで大暴れする半次郎。どう考えてもこの場面でそうする必要ないですよね、と言いたくなるような必然性のないヌードよりも、槍を手に大立ち回りを演じる土方の方に目が引かれました。

 敵役も題材も小粒ではありましたが、ラストで意外な形で現代に繋がっていったり、トマトを食べた沖田が――というという目配せもなかなか面白く、盛り沢山なところは本作らしいかと思います。


『カムヤライド』(久正人)
 単行本第4巻が発売されたばかりの本作、ここしばらくは激動また激動の連続でしたが、今回もまた、とんでもない展開が次々と飛び出すことになります。

 敵幹部との死闘の末に深手を負った上、オシロワケ大王の追手に追われたところをトレホ親方に救われ、ヤマトを脱出したモンコ。しかし一難去ってまた一難、そこに襲撃してきた国津神を思いもよらぬ形で撃退したのは、モンコが師匠と呼ぶ薬師・ノツチだった――というところから始まる今回ですが、モンコが師匠と呼ぶだけあって、ノツチには見るからにただものとは思えぬ雰囲気が漂います。
 ちょっとこっちが引くくらいの勢いでモンコの傷口を「治療」したと思えば、到底カタギとは思えぬノリでお代を請求――と、トレホと弟子たちが可哀想になるような言動を見せるノツチ、ビジュアル的にはいかにも作者らしい初老の美女だけに、とてつもない曲者ぶりが伝わってきます。

 しかし色々とひどい目に遭いながらも、なんだかんだで人の良いトレホ親方にとって、気になるのはモンコ――というより、モンコとノミ親方の関係。そしてトレホの問いに応えてノツチが語りだすのは、モンコとの出会いであり、そしてそれはどうやらノミの宿禰との関係にも繋がっていく様子ですが――今回もまた、何とも気を持たせる場面で、次回に続くことになります。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 いよいよ「梅安乱れ雲」編もクライマックス、ついに江戸に乗り込んできた白子屋菊右衛門と音羽の半右衛門の全面対決の時は迫ります。

 白子屋本人が江戸に現れる前から入念に準備を重ねてきた音羽の元締めは、彦さんと小杉さんに白子屋への仕掛けを依頼。この戦いに先手を取ったようにみえますが――しかし白子屋ももちろん只者ではありません。
 何だかよくわからないうちに手駒の多くを失いながらも、なおも動じない白子屋。彼はおそらくは切り札であろう鵜ノ森の伊三蔵――仕掛けの引き出しが無尽蔵にあるという凄腕を、梅安の元に送り込むことになります。梅安の人となりを知り尽くした白子屋の策と伊三蔵の腕――この二つが結びつけば、さしもの梅安も苦戦は必至と言わざるを得ません。

 そしてそんな状況をさらにややしいものとするのが、田島一之助の存在であります。かつては梅安を狙う刺客でありながら、そうとは知らぬうちに梅安に命を救われ、梅安を殺せなくなってしまった一之助。一種の鬼札となってしまった彼の行動は、この先大きく周囲の運命を変えることになるのですが……

 覚悟を決めた彦次郎と小杉、怒れる梅安、迷える一之助――多くの人間の運命を巻き込んで、次回決着であります。


 次号からは、落合裕介による池波正太郎『侠客』の連載がスタート。ハードな絵柄と作風の作者ですが、おそらく時代ものは初めてではないでしょうか。本誌らしい新鮮な組み合わせに期待したいと思います。


「コミック乱ツインズ」2020年10月号(リイド社) Amazon

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2020.09.16

「コミック乱ツインズ」2020年10月号(その一)

 早いもので号数の上ではもう10月号の「コミック乱ツインズ」誌、今月号の表紙は単行本第8巻が刊行されたばかりの『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーは同じく第16巻が刊行された『鬼役』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきたいと思います。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 こちらもまた単行本新発売となりますが、数ヶ月ぶりの掲載となった本作は、なかなかの異色エピソードであります。

 自宅の道場に通う弟子の一人である九歳の少年・正造が、絵を習ったこともないのにあたかも生きているかのような絵を描くのを目の当たりにした源太夫。しかし正造の父が絵を描くことを絶対に許さないと知った源太夫は、正造の才を惜しみ、自らその父の元に出向くのでした。
 が、正造の父は、正造の絵を見た途端に豹変、源太夫もたじろぐほどの凄まじい剣幕で彼を追い出して……

 これまで、立ち合いはもちろんのこと、剣が絡むことであれば、向かうところ敵なしだった軍鶏侍・岩倉源太夫。しかしそんな彼も、人間心理の綾まではお手上げだった――というのが今回のお話。「こじらせるつもりはない」と自分の妻に格好良く言って出かけて見事にこじらせてしまったりと、これまでとは全く勝手の違う世界の出来事に手を焼くことになります。
 結局最後まで刀を抜く場面はなかった今回、事態を解決したのは――という展開はなかなかいいのですが、何となくスッキリしないものが残るのは、失敗しても余裕の感じられる源太夫の佇まいによるものでしょうか(というのはこれはもちろん単なる僻みですが)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 尾張前藩主・徳川吉通毒殺犯を追って京に向かう聡四郎一行の旅は続き、今回の舞台となるのは熱田からの海路。熱田から桑名に旅程をショートカットするつもりで船に乗ったものの、そこに待ち受けていたのは刺客の群れで――と、逃げ場のない狭い船上で、聡四郎・玄馬・袖吉の三人は、尾張藩からの刺客団と対決することとなります。
 なるほど熱田といえば尾張、そして聡四郎はまさに尾張藩の内訌がきっかけで旅をしているわけでまさに敵地――ただで済むはずもありません。もっとも尾張藩側はそこまで知っていたわけではなく、尾張藩の不始末を知っている聡四郎に領内を通られて、痛くもない腹を探られるのを嫌ったわけですが……

 しかし、落ち着いて姿勢を正していればいいものを、軽挙妄動に走って主人公を(さらには権力者を)怒らせる――というのは、上田作品の小人の定番。まずは刺客たちはその代償をその命で支払うことになります。
 迫力ある殺陣が次々と描かれる本作でも、ある意味珍しいくらい凄惨な剣戟で圧倒的な強さを見せる聡四郎ですが――しかし刺客を蹴散らしても、まだ不穏な空気は晴れないようであります。
(にしても、本作における権力の犬の皆さんの死んだ魚のような目は大いに印象に残るところで――こちらも気をつけたいものです)


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 完結まで、今回を入れて残り3話となった本作。まだ3話もあるか、もう3話しかないというべきか――いずれにせよ描かれるべきは、丑五郎と伊牟田の決着しかありません。もはや全てを失った二人には、戦う理由すら失われたようにすら思えるものの、それでも二人は互いのケジメのため、決着に向けて歩を進める――と思いきや、い、伊牟田!?

 というあまりに衝撃的な展開(というか絵面)が序盤に用意されている今回。しかし丑五郎にとっては、この女郎屋に乗り込んだもう一つの理由としてソノの存在があります。なりゆきとはいえ、ソノの証文を手に入れた丑五郎ですが、先に描かれた彼女の真意を思えば、それも明るい材料には――と思いきや、なるほど、これはこちらが牛五郎を見誤っていたと思わされる展開が待ち受けます。そしてもう一人――伊牟田のこともまた。
 ソノの真意が描かれる直前、ものわかりの良いおじさんフェイスが描かれた伊牟田。今回描かれるのは、その後、ソノに対しての伊牟田の行動なのですが――そのあまりに衝撃的な姿、いや彼にそこまでさせる想いの存在には、言葉を失います。

 「人を斬るときはやっぱり顔を見るモンじゃねえんだな…」という丑五郎の言葉の重みが、痛いほど感じられるこの展開。ラスト2話で何が描かれることになるか、何が描かれても驚かないつもりではありますが――さて。


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年10月号(リイド社) Amazon

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2020.09.15

年表掲載のテスト記事2

 また未完成の状態で記事にするのも恐縮ですが――wikiサイトで掲載している時代伝奇年表を、別の形式で公開できないか――というテストの第2弾であります。
 以前はwebサービスを使用してみましたが、今回はWordPressのプラグインを使って、その一 と その二 のテスト記事を作ってみました。

 WordPressにはほとんど無数にプラグインが存在しますが、その中で探してみれば結構な数あるのが、タイムライン――要は年表形式で記事や投稿を表示するプラグインです。
 今回作ってみたうち、その一は多機能プラグインUltimate Addons for Gutenbergの中のタイムライン機能を使ってみたもの。その二の方は、タイムライン専用プラグインEvent Timeline ? Vertical Timelineを使ったものであります。

 言ってみれば前者はタイムライン型の枠の中に一つ一つ(一年一年)入力していく形式、後者は予め一年一年入力しておいた内容をタイムラインとして並べるという形式で、どちらも素人がいじる分には十分な機能があります。
 使ってみると後者の方が後から一年毎のデータを追加しやすいため、こちらを使ってみようかと思います。
(あと、サイト全体で記事を並べてみると、どういう理由か前者の表示がおかしなことに……)

 もっとも、こういうものは大量にデータを入力してみないとわからないことも多く、ひとまずの完成版をお見せするにはまだしばらく時間がかかりそう(かかる時間の大半は、入力を楽にするためのデータ形式の準備)ですが――自分が作っていて楽しいので、できるだけ早く完成させたいと思います。


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2020.09.14

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第1巻 幾つものねじれの中の歴史ラブロマンス

 北宋の徽宗の頃、親善大使として宋の都を訪れた金の皇女・アイラ。しかし彼女は衆人の前で式典で花火を上げた職人の青年・白凛之に抱きついてしまう。実は都までの道中で賊に襲われ、凜之に助けられて以来彼を慕っていたアイラ。しかし彼女には宋の皇子・康王との政略結婚が進められていた……

 『三国志ジョーカー』『ふしぎ道士伝八卦の空』『天空の玉座』と、中華(風)歴史漫画を中心に活躍してきた作者の最新作は、北宋末期を背景に、金の皇女と宋の花火職人の恋を描くラブロマンスであります。

 遼の脅威に対し、同盟を結んでいた宋と金――その親善大使として、宋に向かう途中、何者かの襲撃を受け、傷を受けた愛鳥エルとともに河に落ちたアイラ。そんな彼女とエルを救ったのは、花火の試し打ちのために山に入っていた都の火薬窯子作(朝廷の火薬工房)の青年職人・凜之でした。
 凜之に一目惚れしてしまったアイラは、都の式典で花火を打ち上げた凜之と再会、周囲の目も気にせず抱きついてしまうのですが――しかし彼女自身も知らぬうちに陰で進んでいたのは、彼女と宋の徽宗皇帝の第九皇子・康王との婚礼だったのであります。

 元々変わり者として周囲に知られていた凜之にとって、皇子の正妃になるかもしれないアイラに押しかけられるのは迷惑以外の何ものでもありません。すげない態度を取る凜之ですが、金の使節団の中で集団食中毒が発生。難を逃れたアイラは、皆を救うために医学の心得がある凜之を頼って……


 作者の前作『天空の玉座』も含めて、近年非常に多い中国(風も含めて)の宮廷を舞台としたラブロマンス。本作もおそらくその流れを汲む作品と言えるかと思いますが、なんと言っても本作の最大の特徴は、上で述べたように舞台が末期の北宋であり、そしてヒロインが金の皇女であるという点でしょう。

 当時のまさに「中華」であった宋に対して、北方の新興国に過ぎなかった――何しろ作中で述べられているように、アイラの父は数年前まで国王ならぬ族長であったわけで――金。対遼という点では対等であっても、(少なくとも宋側の人間にとっては)意識の上では決して対等ではない、複雑な関係にあります。

 「身分の低い」ヒロインが、宮廷に入って周囲との様々なギャップに苦しみながら成長していくのが、宮廷ものの一つの典型です。
 本作がそのパターンを辿るかはまだわかりませんが、アイラの場合は、上記のように表向きの身分は高くとも、周囲からはそう見られていない――物語の冒頭、土地の子供から「蛮族」と呼ばれたように――という点で、大きなねじれが生まれることになります。
(この巻において彼女の前に立ちふさがり、大騒動を引き起こす康王の妹・帝姫は、その象徴と言えるかもしれません。彼女自身が何やらややこしい事情を抱えていそうなことを含めて……)

 もちろんそんな中で、身分や周囲の目というものに左右されずに彼女を見つめ、理解する存在が凛之であるはずなのですが――その彼自身はあくまでも一介の花火職人に過ぎないというのが、またねじれを生んでいるのが面白いところでしょう。

 しかし何よりも本作における最大のねじれを生み出す要因が、この先の金と宋の関係であることは言うまでもありません。本作の物語の開始時点は宣和5年(1123年)。このわずか数年後に何が起きるのか――その大きな変化、いや激動を、我々は知っています。
 まず間違いなく本作でも描かれるであろうその激動の中で、アイラは何を想い、どう行動するのか。そして凛之との関係はどのように変化していくのか――史実を背景とするからこその物語の醍醐味を、今から期待している次第です。


 ここからはいささか蛇足めきますが――本作には、アイラに同行する一行の一員として、金の四太子・ウジュが登場します。後の歴史におけるイメージとは大きく異なり、本作のウジュは妹想いの好漢として描かれるのですが――それを見た私の第一印象は、「味方だとウジュは頼もしいなあ」というものでした。
 味方――確かにウジュは、フィクションで登場した時には敵役として登場することが多い人物ではあります。しかしそれはあくまでも宋視点の物語が多いからであって、そこでのイメージは、一方的なものに過ぎません。

 そしてその一方的な視点は、作中でアイラを「蛮族」と呼ぶ人々のそれと地続きと言えます。
 そんな視点を(いかに水滸伝マニアとはいえ)無意識に内面化していたことにショックを受けるとともに、それに気付かせてくれた本作の構図の妙に、改めて感じ入ったところなのです。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第1巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2020.09.13

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 信じがたいことに実は今年も残すところあと4ヶ月ですが、しかし今年の状況を考えれば良くここまできました。出版の方も新刊(の点数)は減ることなく毎月刊行されていて、頭が下がるばかりです。というわけで、来月もちゃんと刊行されることに感謝しつつ、10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 そんな10月は文庫新刊はちょっと少なめで、山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 妖刀は怪盗を招く』と、(延期に次ぐ延期で既に四度目の正直状態の)霜島けい『もののけ騒ぎ 九十九字ふしぎ屋商い中(仮)』、あとは実質『剣聖一心斎』の続編である(言いすぎ)高橋三千綱『和三郎江戸修業 愛憐(仮)』が目につくところでしょうか。

 しかし、伝奇ものという範疇から外れてしまうのですが、ここのところ印象に残る、最近まで時代小説を出してこなかったレーベルの新刊は豊作です。
 ハヤカワ時代ミステリ文庫からは葉室麟『オランダ宿の娘』(これは文庫化)、出水千春『吉原美味草紙 懐かしのだご汁』、志坂圭『姉さま河岸見世相談処』、ポプラ文庫からは鷹山悠『隠れ町飛脚 三十日屋』、神楽坂淳『捕り物に姉が口を出してきます』――と、そのほとんどが新しい書き手の作品というのが嬉しいところであります。

 また復刊・文庫化では、なんと言っても少女暗殺者ものの快作である武内涼『暗殺者、野風 川中島を駆ける』に注目。その他、未読の方は『婆沙羅/室町少年倶楽部 山田風太郎傑作選 室町篇』もぜひ。


 さて、漫画の方ですが、こちらはシリーズものの新刊を中心にかなりの数が刊行されます。
 筆頭は連載終了後も向かうところ敵なし、映画も公開となる吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第22巻ですが、同じ22巻として(?)永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第22巻も見逃せません。

 その他にも楠桂『鬼切丸伝』第12巻、ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻、石川優吾『BABEL』第7巻、琥狗ハヤテ『ねこまた。』第6巻(こちらは惜しくも完結)、山村東『猫奥』第1巻、忠見周『ヒトデナシ 大江戸畜生稼業』、陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第3巻、赤名修『賊軍 土方歳三』第2巻、音中さわき『明治浪漫綺話』第3巻、高橋留美子『MAO』第6巻と、ありとあらゆる時代の作品が並びます。
 海外を舞台とした作品では皆川亮二『海王ダンテ』第11巻も当然チェックですね。

 また、復刊・再刊ではつげ義春『つげ義春大全 8 忍者秘帳1/忍者秘帳2』に注目でしょう。


 というわけで、毎月毎月「来月はもう新刊でないんじゃ……」と怯えてきましたが(心配性)、来月も大丈夫で一安心であります。



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2020.09.12

田村ゆうき『戦国グリッドマン』第1巻 戦乱の世にハイパーエージェント登場!?

 戦乱の時代、妹の珠姫を養うために戦場荒らしを生業とする少年・鴉帽子。ある日、彼らが暮らす倉馬の国に、疫病「死痒」に冒され奇怪な怪物に変化した侍が襲いかかる。珠姫を守るため立ち向かったものの、瀕死の重傷を負い、泉に落ちた鴉帽子の前に現れたのは、グリッドマンだった……!

 というわけで、タイトルの時点で二度見してしまうようなインパクトの本作は、2018年のアニメ『SSSS.GRIDMAN』――1993年に放映された特撮ヒーローもの『電光超人グリッドマン』が奇跡の復活を遂げ、スマッシュヒットを飾った――のスピンオフ漫画であります。

 タイトルのとおり、戦国の時代(と作中で言われている時代)を舞台に、グリッドマンと合体した戦場荒しの少年・鴉帽子を主人公とする本作。
 この世界で流行している謎の疫病・死痒――感染すれば急速に痒みを伴う痣が全身に広がり、最終的には正気を失った末に化け物に変化するという病――の感染者によって命を奪われた鴉帽子が、妹の珠姫を守るために死の間際に現れたグリッドマンと合体、夢のヒーローとなって――というのが、第一話の展開であります。

 ここでももちろんハイパーエージェントを名乗っているグリッドマンですが、登場時はSSSS版のグリッドマンだったものが、鴉帽子の知識から生まれたものか、鎧武者めいた姿に変化することになります。(イラストを見るに全身赤系統の鎧なのがなかなか新鮮で格好良い!)
 本作においては死痒を消滅させ、化け物と化した人間を元に戻す能力を見せたグリッドマン。彼は、死痒を発生させる元凶を追ってこの世界に現れたようであります。

 この第1巻は鴉帽子とグリッドマンの初陣、そして世界観説明で終始することになりますが、後半で謎の鬼面の怪人(これが元凶?)によって今度は珠姫が死痒に感染、彼女を救うために、この世界に散ったグリッドマンの仲間たちを集める――というのが2巻以降の展開になりそうであります。
(この巻のラストには早速、猫背で刀を四本持った人物の姿が……)


 さて、この第1巻を見た限りでは、想像以上に戦国に馴染んでいる感のあるグリッドマンですが(変身アイテムの名が「ライジングアクセプター」とバリバリ横文字なのも、らしいといえばらしい)、やはり気になるのは本作の世界像でしょう。
 実は舞台となる倉馬の国は、絡繰り技術が異常なほどに進歩した土地。珠姫の義手をはじめ、土地の人々の多くは精巧な義手・義足を使用し、そして鴉帽子と珠姫にとっては姉貴分であるこの国の族長(?)・倉馬に至っては、初登場時に四足歩行のロボットに乗って現れるのですから。

 これはそういう技術がある世界の話――と言ってしまえばそれまでですが、しかし『SSSS.GRIDMAN』のスピンオフとくれば、「世界」というものの存在をどうしても深読みせざるを得ません。
 あるいは本作の世界も――とすれば、死痒の存在とグリッドマンがそれを消滅できること、そしてテクノロジーレベルのことも説明できるのですが、さて……

 おそらくは、いや間違いなくその辺りのことは、この先描かれることになるでしょう。この点を大いに楽しみにしているところであります。


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2020.09.11

響ワタル『琉球のユウナ』第5巻 二転三転、真加戸vs北山国

 古琉球時代、伝説の尚真王・真加戸と、朱色の髪を持つ少女・ユウナのラブロマンスも、気付けばもう5巻目。王家の祝女(ノロ)に任命されたユウナは、真加戸のために北山国に向かうのですが、そこでまたも第一尚氏の残党の陰謀に巻き込まれることに……

 真加戸の力になるため、祝女として王城に入ったユウナ。閉鎖的な祝女の世界で苦労しながらも、徐々にその力を示していったユウナは、失われた七つの勾玉を求め、琉球の北部、かつて北山国と呼ばれた地域に向かうことになります。
 しかしこの地域こそは、かつて北山国を滅ぼした第一尚氏が治めていた、真加戸の第二尚氏にとってはいわば敵地。そこでユウナは、北山地域の祝女を束ねる存在・阿応理屋恵である真鶴と出会います。

 意気投合する二人ですが、しかしユウナの身分を――自分たち北山祝女と敵対する立場を知った真鶴は、その力を暴走させ、魔物・ピキンキルにユウナを襲わせてしまうことに……


 という前巻の展開を受けてのこの巻ですが、相変わらずユウナと真加戸に粘着する第一尚氏の生き残り・ティダだけなく、北山祝女と結んだ今帰仁城の裏切り者の策謀が、ユウナと真加戸を窮地に追い込むのでした。
 いやむしろ、真加戸がユウナを探してホイホイ北山に行幸してきたおかげで、北山の残党たちが好機と見て動き出すことになるのですが――しかしここで状況は大きく動き出すことになります。

 真加戸が呑気に今帰仁城に入ったところで、彼と夜斗らお付きの者たちを城内に閉じ込め、襲いかかる謀叛の兵たち。しかし、謀略によって王座に就かされ、以来周囲の悪意に晒されてきた真加戸が、いかにユウナのためとはいえ、これほど容易く罠にかかるものかどうか……?
 ここからの戦いは二転三転、力押しのようでいて、幾重にも策を用意しての真加戸の行動はなかなか痛快なのですが――しかし最も痛快なのは、これだけのことをしておいて、やはり目的は(少なくとも彼の言葉によれば)ユウナただ一人、という点なのは間違いないでしょう。

 そしてそんな激しい戦いの中でも、ユウナの存在が埋没することなく、同時に真鶴の心をも救ってみせるのもまた嬉しい。
 北山巫女の束ねとしての、第一尚氏の残党としての自分と、自由に生きたいという心の間で苦しむ真鶴の象徴であるピキンキルが、ユウナのサポートで人を救う力となるクライマックスには、いかにも本作らしい爽やかさがありました。

 もっともその一方で、真加戸の側近の大良金と、北山方の山賊の長・幸地里之子という、結構大事そうなキャラクターがいきなり(と感じてしまったのですが)登場したのはちょっと戸惑ったところではあります。
 幸地里之子はこのエピソードの舞台となった地域に伝説が残る悪名高き山賊だけに、ここでの登用はなかなか面白いのですが……
(もしかすると幸地里之子は、今後ユウナのルーツに絡んでくるのでは、という気もいたします)


 さて、この巻のラストエピソードは、これまで続いた少々重い展開から一変、華やかな新春の宴が描かれることとなります。
 相変わらず、王としての真加戸の存在に気後れしまくりのユウナですが、そんな彼女を連れ出したのは――というのも実にイイのですが、ラストにはもう君たちなんで結婚してないの、という気分に……

 冷静に考えるとまだまだ問題は山積なのですが、こんな甘々な展開も、やはり本作らしいものであるのは間違いないところでしょう。


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2020.09.10

『啄木鳥探偵處』 第六首「忍冬」

 想いを寄せていた女給の季久から、人気役者の橘乙次郎殺害の疑いで逮捕された恋人の無実を証明してほしいと頼まれた吉井勇。巷では乙次郎は毎夜外を徘徊する活人形・金銀花に噛み殺されたと評判だが、勇はその噂の真相を暴き、季久の心を手に入れようと啄木に協力を持ちかけるが……

 原作小説の第2話がベースの今回は、夜歩く人食い人形という、何ともおどろおどろしい題材の事件。しかし原作と異なり、今回の啄木の相棒は、(京助さんに愛想を尽かされたので)吉井勇が務めることになります。

 この事件を持ち込んできたのは、前回登場して勇や朔太郎、牧水らが鞘当てを繰り広げたミルクホールの女給・季久。彼らの努力も虚しく、恋人がいることが判明した彼女ですが、その恋人が殺人事件の犯人として逮捕されたというのであります。そしてその事件こそは、新聞紙上で評判の猟奇事件――人気役者の橘乙次郎が活人形の「金銀花」に噛み殺されたというものなのでした。
 あまりの出来栄えに、夜毎街を徘徊しているという噂すら立っているこの金銀花が、乙次郎の死体の上に乗っていたためにこんな記事が書かれたようですが、警察はまあ当然ながらそんなことはスルーして後輩役者の結城泉若を逮捕。既に泉若は自白もしているようですが、季久は人形が犯人に違いない、と勇に頼ってきたのでした。

 希久に縋られて二つ返事で引き受けた勇と、京助さんに見捨てられて金がなくミルクホールで働いていた啄木がこの事件に挑むことになるのですが――しかし勇の真意は、人形が犯人なわけはなく、泉若が犯人に違いないのだからそれを明らかにして、傷心の季久に言い寄ろうというもの。それを看破した啄木も報酬上乗せで仲間に引き入れるのですから、啄木ともども、とんだヒューマンダストであります。
 何はともあれ、乙次郎宅を調べた勇と啄木は、そこで乙次郎が収集した異常な数の人形を目撃。さらに浅草の傀儡館に向かった二人は、そこで館主が夜毎一座の者を締め出してなにかしているという話を聞くのですが――勇は夜毎徘徊する人形の正体は、話題作りのために変装した館主に違いないと推理して、季久はもう自分のものと得意顔であります(あくまでも人形の無実(?)を明らかにしただけではないかと思いますが、勇的にはイコール泉若が犯人ということなのでまあいいのでしょう)。

 そして館主が戻ってきたところを捕らえようと傀儡館で待ち伏せする勇と啄木ですが、しかし啄木はまた違うことを考えている様子で……


 というわけで、原作でも最も怪奇色が強かったこのエピソードですが、このアニメ版ではかなり入り組んでいた原作の人間関係をばっさりカットすることにより、真犯人とその動機は同じものの、事件の内容としてはほとんど別物となっているのがユニークなところであります。この辺りは賛否あるかと思いますが、個人的には、泉若の事件への関わりに結構無理があるように感じられるのを除けば、これはこれはアリではないかな、と思います(また○○が探偵にわざわざ接触してくるパターンなので、個人的にはそもそもの点数が低いというのもありますが……)

 もちろん、このアレンジのおかげで、啄木による真犯人の推理、さらには泉若の真の役割の推理が、むしろ推論・推測レベルになってしまっているのは非常に苦しい(おかげで真犯人の自白をほとんど命懸けで引き出す羽目に)ところではあります。
 しかし正体を現した真犯人が、無表情であたかも人形のような動きで、不気味に二人に襲いかかる演出は悪くありませんし、またクライマックスの舞台となる午前三時の浅草というのも、非常にムードがあってよろしい――本作、この辺りの情景描写を含めた演出はなかなか良いと思います――と思います。

 むしろ、今回わざわざ原作を改変して、勇が登場する必然性があまり感じられなった点こそがいかがなものかと思いますが――もしかして勇はある意味主人公コンビの当て馬役だったということなのでしょうか。だとすればそれはそれで、勇は二重の当て馬扱いということになって、皮肉が効いていて面白くはあるのですが。
(あと、平井太郎の出番は結構無理やりだった気もしますが、あれはまあ「ひとでなしの恋」と言わせるためでしょうから……)


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 「啄木鳥探偵處」 探偵啄木、浅草を往く

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2020.09.09

おおはし『じごくらく 最強の抜け忍 がまんの画眉丸』 公認パロディ!? 強烈なキャラ変で辿る地獄楽

 最近は公式スピンオフばやりではありますが、『地獄楽』にもこのスピンオフが登場であります。それも、意外にも公認パロディとでも言うべき形で――あの地獄の島での死罪人と浅ェ門たち、そして天仙たちの死闘が、破壊的なギャグで料理される、とんでもない作品であります。

 様々な処刑手段を以てしてもその身に傷一つつけられない元・石隠れ衆の忍び・画眉丸。その彼の前に現れた、恐るべき剣技を持つ御試御用の打ち首執行人・山田浅ェ門佐切は、ある島に存在するという不老不死の薬を持ち帰れば無罪放免になると、画眉丸に告げて……

 という導入部だけ見れば『地獄楽』本編と変わりませんが、本作の画眉丸は、「がらんの画眉丸」ではなく、どれだけいたぶられても動じないがまん好きの超ドM「がまんの画眉丸」。そしてその彼を振り回しまくる佐切は、鉄面皮で冷徹な超ドS――と、とんでもないアレンジを加えて、物語は進んでいくことになります。

 その物語自体は、基本的には原作をなぞる形で展開――すなわち、はじめは死罪人同士の潰し合いが展開されていたものが、やがて島の奥に進むにつれてメイや木人と出会い、そして天仙と遭遇して、という物語のダイジェストが描かれます。しかしその展開が原作をほとんど再現したものであればあるほど、その中の登場人物たちのパロディ度合いが、より強烈に感じられるのであります。

 上に述べた画眉丸と佐切だけでなく、マイペースで超自己中の杠、彼女のトップオタで自称神絵師の仙汰、超ブラコンで中二病の弔兵衛、超ナルシストの桐馬、ウェイ系でパリピの典坐とダジャレマニアの士遠、その師弟へのツッコミに疲れ気味のヌルガイ、異常なまでの子供好きおじさんの厳鉄斎……
 強烈に個性的だった原作のキャラクターを、よくもまあさらに強烈な形にキャラ変した、というか変なキャラにした、とここまでくると感心するしかありません。

 そしてそんなキャラクターたちが、原作での印象的なアクションや大ゴマのパロディを大真面目に(?)演じるのも面白すぎるところで――特に、メイを捕らえようと蔦をダイナミックに操ってみせる画眉丸のアクションのオチには爆笑――この辺りはパロディ漫画としては当たり前ではありますが、原作が基本的にシリアスで殺伐とした展開が続く作品だけに、ある意味ホッとさせられる部分もあります。
(実際、web連載時はご丁寧に原作と同じタイミングでの更新だっただけに、原作のショッキングな展開の後に本作を読むのが一種の救いでありました)


 ただ残念なのは、本作は本書一冊で完結――原作でいえば牡丹戦のあと、佐切たちと画眉丸たちが合流し、生き残りのために死罪人たちと浅ェ門たちが手を組むことを決意した辺りまでで終了となることであります。
 天仙たちとの決戦に入る前、追加上陸組の本格登場前に終了、となってしまったわけですが、この辺り、やるのであれば原作と並行して最後まで突っ走ってほしかった、と心から思います。

 ……が、この単行本では、何と途中の、そして巻末のおまけページで、原作のその後(それこそ本作と同時発売の単行本第11巻収録分に至るまで)の部分もフォロー。天仙や追加上陸組のナニっぷりも存分に描かれているのは、これは大いに嬉しいプレゼントであります。
 さらに第二のおまけとして、巻末には原作者である賀来ゆうじ拵え(バージョン)の『じごくらく』という、どう考えても反則級の作品まで掲載。一瞬自分がどちらを読んでいたかわからなくなる上に、メタな描写まで用意されているのが楽しく、もう一つの『地獄楽』たる本作を締めくくるにも、相応しい内容であったと思います。


 が――もともと本作の登場人物のうち、七割くらいは原作でもそんなキャラのような気がしてきたところに、だんだん佐切って原作でもそうなんではとか、厳鉄斎はむしろこっちに寄ってきたのでは、などというさらに不穏当な感想が浮かんできてしまった……
 というのは、これはナイショにしておきます。


『じごくらく 最強の抜け忍 がまんの画眉丸』(おおはし&賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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 賀来ゆうじ『地獄楽』第11巻 呉越同舟 それぞれの戦い、それぞれの想い

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2020.09.08

賀来ゆうじ『地獄楽』第11巻 呉越同舟 それぞれの戦い、それぞれの想い

 地獄と極楽の間での死闘はなおも混迷を深め、いまだ光は見えない『地獄楽』。この最新巻では、これまでの全ての戦いを無意味とさせかねない恐るべき敵に対して、思わぬ形で一致団結した者たちの戦いが始まることになります。そして肉体に変調をきたす中、恐るべき敵と対峙した画眉丸の運命は……

 天仙たちとの死闘の傷も癒えぬまま、追加上陸組の四人の浅ェ門、そして石隠れ衆の群れと対峙することとなった先発上陸組の死罪人と浅ェ門たち。さらに生き残りの天仙率いる島の者たちも加えて三つ巴の戦いが始まり、山田浅ェ門殊現の刃に倒れた厳鉄斎を救うべく、付知が命を散らすこととなります。
 そんな中、士遠に瀕死の深手を負わされた天仙・朱槿が神獣・盤古と一体化、周囲を花に変えながら、その巨体を現すのでした。

 既に体の一部が植物化している画眉丸や弔兵衛に影響を与えるのみならず、体から放出する丹により、島の全ての者を花に変える力を持つ盤古=朱槿。もはやどうあがいても、絶望しかない状況と思われた時――思わぬ動きを見せたのは浅ェ門十禾であります。
 これまで全くやる気というものを見せず、口を開けば酒と色のことばかりであった十禾。しかし彼はまた、これまで誰も戻れなかった島から唯一生還した――それも海を守る巨大な怪物を斬った上で――という、得体の知れぬ人物でもあります。

 そしてそんな彼に呑まれたように、手を組むこととなった先発上陸組の死罪人と浅ェ門、追加上陸組の浅ェ門(除く殊現)。盤古が持つ火水木金土の五つの丹田を同時に破壊するため、彼らは呉越同舟、五組のチームを組んで城内各地に散ることになります。
 かくて威鈴&清丸、弔兵衛&桐馬、士遠&ヌルガイ、画眉丸&佐切、十禾&厳鉄斎という組み合わせで丹田に向かう面々ですが――その前に立ちふさがるのは、盤古が生み出す怪物たちの群れ。しかも丹田を守るのは、複製されたかつての天仙たち……!


 と、一時はどうなることかと思いましたが、ひとまずは浅ェ門同士の戦いは回避され、盤古を相手に、クライマックスに相応しいオールスターでの戦いが始まることになりました。
 正直なところ、劇中で佐切が言うように、ここまで来たのにまた振り出しに戻ったような印象は否めないのですが――しかしこの戦いの中で、それぞれの秘めた想い、そして何よりも、先発上陸組それぞれの成長が描かれるのには、何とも胸が熱くなります。

 しかしその一方で不気味なのは、この巻でついにその実力と真意の一端を見せた十禾であることは間違いありません。
 上に述べたとおり、これまで腑抜けたいい加減な顔がほとんどであった十禾ですが、この修羅場で示したのは、殊現や士遠らの氣ともまた異なるようにも見える恐るべき力。そしてさらに恐るべきは、様々な悪人を見てきたであろう弔兵衛をして「人の心を持たない奴」と言わしめるその精神であります。

 果たして十禾の真意は、この巻で描かれたもののみなのか――あるいは彼の存在が、この先の物語を左右するのかも知れません。


 しかし、それもこの盤古との戦いを征してから。その最大の不安定要因として登場するのがシジャ――次代の画眉丸にして、当代の画眉丸に異常な執着心を持つ怪忍者であります。そして本書の後半を費やして描かれるのは、丹田に向かう画眉丸と佐切の前に立ちふさがるこのシジャとの戦いです。
 およそ常人とは程遠い精神を持つ石隠れ衆の中でも、さらに異常というべき精神を持つシジャ。その行動原理は、簡単に言ってしまえばヤンデレの一言であります。

 自分の理想とする画眉丸を取り戻し、そしてその画眉丸と殺し合う――彼の行動目的の全てはそれであり、そのためであれば幕府の下命も石隠れの使命も知るものかは、というシジャを前にしては、さすがの佐切も困惑するしかありません。
 しかも肝心の画眉丸は、先に述べたとおり盤古の影響で体内の氣が暴走し、到底ベストコンディションには程遠い状態。そんな中で、全ての手の内を知り尽くした相手とどのように戦うのか?

 シジャの異常な執着の前に苦戦を強いられる佐切、そして画眉丸。しかしその中で画眉丸復活の鍵となったのは、画眉丸の中の想いであります。人間としての全ての感情を失った石隠れ衆にはあり得ない、この想いの存在こそは、画眉丸の画眉丸たる所以であり、そしてまた彼の成長の証。その姿は、ある意味痛快ですらありました。
(その時の佐切のリアクションも、また実に「人間的」で印象的です)


 はたしてシジャを倒し、そして盤古を倒すことはできるのか――ほんのわずかの希望の光を掴むための戦いは続きます。


『地獄楽』第11巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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 菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語

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2020.09.07

森山まみち『銀のノスタルヂア イーハトーブ幻想童話集』 賢治童話の陰の語られざる美しい物語と世界

 大正11年、新人編集者の千恵島みのりは、『雪渡り』に感銘を受け、無名の作家・宮沢賢治に原稿を依頼すべく花巻に向かう。そこで出会った賢治は、常人には見えない人語を喋る巨大なフクロウ・又三郎を連れた奇妙な青年だった。賢治と共に、みのりは不思議な世界を覗き込むことに……

 宮沢賢治は、その唯一無二と呼ぶべき作品群はもちろんのこと、その根底にある独特の思想や多岐にわたる活動と興味の範囲、そしてそれにもかかわらず生前は作家として不遇と言うべき状態だったこと――様々な点から興味深い人物といえます。
 そのためかフィクションに脇役として登場したり、時に中心人物となることも少なくはないのですが――本作もその一つであります。

 本作の主人公(語り手)となるのは、ある想いを抱えて一人前の編集者となることを目指す少女・みのり。当時は全くの無名だった賢治の『雪渡り』を読んだ彼女は、賢治がどのような人物か会うべく花巻に向かうのですが――強い霊感を持つ彼女は、着いて早々に、バグパイプを持って二本足で歩き、人語を喋る狐に出くわすことになります。
 そしてその狐の言葉に従って向かった先で出会った賢治は、人間ほどもある巨大なフクロウと共に木の上に登り、フクロウの鳴き真似をする奇矯な人物。しかも彼は、女性は苦手とけんもほろろの態度を見せるのでした。

 ショックを受けながらも、賢治が落とした手帳を届けようとしたみのりは、あのフクロウに手帳を奪われ、追いかけるうちに、『雪渡り』に登場する狐の紺三郎の葬列に迷い込むことになって……

 そんな第1話から始まる本作は、このエピソードの『雪渡り』のように、『イギリス海岸』『注文の多い料理店』『鹿踊りのはじまり』と賢治の作品をベースとして展開する物語です。
 ある時はその作品の中に迷い込み、またある時は経験した不思議な出来事が後の作品の題材となり――と、地元を舞台あるいはモチーフとして作品を描いてきた賢治ならではの物語が、ここでは紡がれていくのであります。


 実在の作家を主人公あるいは中心人物とした物語で、その物語で彼が経験したことが、後に作品に影響を与える/結実する――そんな趣向自体は決して珍しくはありません。
 しかし本作の場合、ベースとなる賢治の作品そのもののユニークさはもちろんのこと、さらにその題材に絡める要素そのものやそのチョイスの面白さが、物語の興趣を大きく盛り上げます。

 例えば第2巻に収められた、『注文の多い料理店』をベースとしたエピソード、「山猫サヴァランの巻」では、賢治を語る上では欠かせない妹のトシがゲストとして登場。舞台が大正11年ということもあり、療養中の姿で登場するトシですが、彼女は幼い頃に「よく山に隠された」ことがあり、そしてその時に若き日の(?)山猫に魅入られていた――という、実にそそられる設定で物語が展開することになります。
 作中では、今度は賢治が山猫に捕らえられ、料理されかけたのをみのりが助けに行くことになるのですが、その向かう先が「なめとこ山」なのも楽しく、結末の民俗学的味付けも見事で、本作の中でも特に印象に残ったエピソードであります。

 そのほか、最も分量の多い「髪毛風ふけば」は、鹿踊りを題材に、山神に魅入られた少女を巡るサスペンスが、彼女と兄の心の結びつきや、東北の寒村の何とも物悲しい風習と結びつく佳品。クライマックスで示される救いの姿も見事で、大いに泣かされました。


 しかし本作の素晴らしい点は題材選びと物語展開への活かし方だけではなく、それを描きだす絵にも大いにあると感じます。
 おそらくは全て手描きではないかと思える、柔らかで、華やかさと暖かさを同時に備えた本作の画。それによって本作は、賢治の不思議で美しく、どこか超然とした世界を写し取り、そして同時に本作ならではの物語として再生することに成功しているのです。

 イギリス海岸の水中から飛び出す牛たち、可愛らしさと恐ろしさが漂う山猫たちの調理室――そして何よりも、鹿踊りを言葉で踊る賢治の詩を、さらに絵にして描いてみせるという離れ業。
 本作は、人も動物もそれ以外も、皆等しく想いを持って存在する賢治の美しい世界を巧みに再構成しているのであります。


 残念ながら本作は現在のところ3巻で完結の扱いのようですが、しかしそれはあまりにも勿体無い。賢治の人生はこの先もまだ続き、そして様々な作品が紡がれていくのですから――ぜひいつか、その作品の陰に存在した、語られざる美しい物語と世界を見たいと、心から思うのです。


『銀のノスタルヂア イーハトーブ幻想童話集』(森山まみち 秋田書店ボニータ・コミックス全3巻) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon

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2020.09.06

松田朱夏『鬼滅の刃 ノベライズ きょうだいの絆と鬼殺隊編』 心情の隙間を補うノベライズ

 いよいよ劇場版「無限列車編」の上映も迫り、書店には単行本が、そして巷にはグッズが溢れて――と、変わらぬ人気の『鬼滅の刃』、児童向けノベライゼーションの第2弾であります。今回はまさにその無限列車の直前までが収録されており、TVアニメ版と同じ部分までの小説化となっています。

 第1弾が原作単行本の第1巻から第4巻の前半――鼓屋敷のラストまでの収録であったのに対して、そこから第7巻の冒頭まで、アニメの第15話から第26話までが収録されている本作。内容でいえば那田蜘蛛山での戦い全編と、九人の柱の登場――柱合裁判、機能回復訓練までが描かれることとなります。

 これはもう原作(というアニメの)構成の時点でそうなので仕方ないのですが、鬼との戦いは前半に集中、後半は鬼殺隊内部のドラマとギャグシーン多めの訓練というくっきり色分けされた構成なのはバランス的にどうなのかな、という気はいたします。
 しかし原作同様、アクションシーンでは手に汗を握る展開が続き、ギャグシーンでは脱力&笑いという緩急はきっちりつけられているため、違和感はありません。

 もっとも、前作同様、台詞は原作のものをほとんどそのまま使用、挿絵も原作の頁をそのまま使っているので、違和感が出るはずはない、というのはそれは当たり前かも知れません。
 しかし本作の見事な点は、ノベライゼーションでは当然といえるかもしれませんが、文章のみで原作の空気をきっちりと再現している――いやむしろ心情描写の点では、原作のそれをさらに補って見せている点と感じます。

 その点が本書において最も顕著に現れているのは、蝶屋敷で訓練中のある晩、炭治郎と彼の前に現れたしのぶとの会話の場面であります。
 この場面は、その美貌には常に笑顔を絶やさぬまま、鬼に対しては冷酷非情となるしのぶの内面が、初めて描かれる重要な場面ですが――そのきっかけとなるのは、しのぶが常に怒っていることを、炭治郎がにおいから指摘したことでした。

 原作では、ここでのしのぶの告白のさなかの感情の揺れを、彼女の微妙な表情の変化を描く(あるいは見せない)ことで表しますが――本作においては、しのぶの言葉の合間に、彼女から炭治郎が怒り以外の様々なにおいを感じ取ることによって、浮き彫りにしてみせるのであります。
 もちろん文章によっても、言葉を費やせば原作の再現は可能でしょう。しかし児童向けというある程度の制限がある中で、それを描くのに炭治郎の鼻という設定を用いることにより、このような形で心情描写を補ってみせたのには、大いに感心させられた次第です。

 このように本作では、随所で心情描写を様々な形で補っており――もちろんその内容は原作通りではあるのですが――大袈裟にいえば原作の再構成ともいえる、これらの丹念な描写には好感が持てます。
 もっとも、その本作を持ってしても、義勇さんが何を考えているかまではよくわからないのですが……(もちろん、これも原作通りではあります)


 というわけで前作同様、いや前作よりも楽しめたこのノベライゼーションですが、第3弾は無限列車編として、映画公開と同時に発売されることになります。

 しかも今度は同じ作者によるこの集英社みらい文庫版と、これまで『鬼滅の刃』のスピンオフ小説を発表してきた矢島綾によるJUMP j BOOKS版の二点が発売されるとのこと。はたしてこの二冊がそれぞれ原作とアニメをどのように取り入れ、そして再構成してみせるのか――今から読み比べるのが楽しみなのであります。


『鬼滅の刃 ノベライズ きょうだいの絆と鬼殺隊編』(松田朱夏&吾峠呼世晴 集英社みらい文庫) Amazon

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2020.09.05

久正人『ジャバウォッキー1914』第2巻 激突、講道館柔道vs恐竜人!

 名作『ジャバウォッキー』の続編にして後日譚の第2巻であります。恐竜人たちの秘密結社「殻の中の騎士団」の暗躍により世界大戦が激化する中、人間と恐竜の絆と未来を守るべく、リリーと二人の「子供」は、上海で、欧州で奮闘を続けます。

 1914年に始まった第一次世界大戦――長期に続くその戦いが膠着しつつある中、戦場を駆けるのは、戦場の何でも屋・アプリコット商会の「鉄馬の竜騎兵(ハーレー・ドラグーン)」ことサモエドとシェルティの兄妹。オヴィラプトルと人間と、種族は異なりながらもリリーの子として育てられた二人は、それぞれ卓越した銃の腕と操縦技術で、今日も戦場を駆け抜けます。

 そんなある日、リリーに対して講道館柔道の祖であるあの嘉納治五郎が依頼してきたのは、上海で起きた不可解な事件の調査。そしてその背後に潜んでいたのは、恐竜人が開発した、人間の本能的な恐怖心を増幅し操る音響兵器でありました。
 そしてその攻撃により、恐慌に陥ったシェルティがサモエドを刺すという最悪の事態が発生してしまうことに……

 という展開を受け、この巻の大半を費やして描かれるのは、青島編のクライマックス。子供たちを、そして何よりも自分の中の恐竜との絆を傷つけられたリリーと、武術家としての誇りを傷つけられた治五郎、怒れる二人の大人は、敵の本拠に殴り込みをかけることになります。
 そこに待ち受けるのは、日本軍と結ぶ――いや日本軍を利用して青島に地獄を作り出そうというスティラコサウルスの氏族・クーン。リリーがクーンと一騎打ちに臨む一方、治五郎はチンタオサウルスの「岩壁卿」パグをはじめとする本拠を守る戦力に単身、それも無手で挑む!

 というわけで、ここから展開するのはこのエピソード最大の山場というべき嘉納治五郎vs恐竜人の、文字通り異種格闘技戦。いかに治五郎でも、体格・筋力・耐久力等、肉体的能力では完全に上である恐竜人を投げることが、倒すことができるのか!? というのが最大の関心事ですが――ここで我々は異次元の攻防を見ることになります。
 恐竜人の肉体的特徴から、実に科学的に相手の弱点を――柔道の有利を見抜き、的確な技で叩き潰していく治五郎。そしてそれに対し、自分の肉体を最大限に活かして(なるほど恐竜にはそれがあったか! と感心)迎撃するパグ。この二人の攻防は、一種伝奇的とすらいえる肉体と技の激突であり――まさに本作ならではの戦いというべきものを見せていただきました。

 もちろんリリーの方も、往年の動きを彷彿とさせるアクションで大立ち回りを見せるのですが――しかし活躍するのは大人たちだけではありません。
 小さなナイフ一つでは貫けない堅い絆を持ったサモエドとシェルティの兄妹。この二人が、大人たちの戦いの一方で迫り来るカタストロフィに対して、持てる知恵を総動員し全く思わぬ形で悪魔の兵器に立ち向かってみせる姿もまた、もう一つの戦いといえるでしょう。

 人間だけでなく恐竜だけでなく、大人だけでなく子供だけでなく、その全ての力と絆で勝利を掴む姿は、かつて「イフの城」が追い求めた理想の体現というべきものであり――大いに感慨深いものがあります。
 しかしその一方で、このエピソードのラストで仄めかされる、シェルティの父親の存在がまた大いに気になるわけですが……


 そしてこの巻のラストから始まる欧州編には、そのイフの城のもう一人の生き残り――懐かしい顔が登場することになります。そう、リリーとサバタとともにトリオで活躍してきた男・ブースロイドであります。
 いかなる経緯を辿ったものか、イフの城から(リリーの古巣たる)英国情報部に鞍替えし、そのトップとなっていたブースロイド。
 ベルギー・ドイツ・オランダの三国の国境が複雑に入り組んだヤンデホーフェンの街で彼と再会したリリーですが、果たして彼は何のためにこの街にやってきたのか。そしてその真実に気付いたシェルティを襲う危機とは……

 ブースロイドに付き従う見るからに只者ではない男の名が「ジョン・クレイトン」というのも大いに気になるところ、物語はここでいよいよ折り返し地点を迎え、さらに意外な展開が繰り広げられることになります。その内容は――次の巻でご紹介いたしましょう。

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2020.09.04

『啄木鳥探偵處』 第五首「にくいあん畜生」

 啄木が北原白秋の『邪宗門』を読み、その才能を羨んでいた頃、いつものミルクホールでは、女給の季久に熱を上げる吉井勇・萩原朔太郎・若山牧水が、彼女に贈る歌を競っていた。一方京助は、下宿に訪ねてきた啄木の馴染みの女郎・おえんと出会うが、彼女が啄木の口利きで他人に身請けされたと知り……

 「彼女」に対する啄木の不実を詰る京助怒りの絶交宣言に始まる今回は、事件が起きないいわゆる日常回――いや、本作らしく、登場人物たちが詠んだ幾つもの詩歌が紹介される詩歌回とも言うべき内容となっています。

 いつものミルクホールでダベるいつもの三人組ですが、彼らの視線の先にいるのは、美しい女給の横井季久。早々に戦線を離脱した胡堂は置いておいて、勇と朔太郎は、文学者らしく、彼女に贈る歌で勝負しようとその場で歌を作り始めます。さらにそこに同じく季久に想いを寄せる牧水も現れ、酒まで入って勝負はいよいよヒートアップするのでした。

 その頃啄木はといえば、北原白秋の『邪宗門』に圧倒され、徹夜して目の下に隈を作ってしまうほど。それでも何とか新聞社に出社して仕事しようとする啄木ですが、今度は上司の仕立てのよいスーツに複雑な心境になったりと、彼は彼なりに悩み多き時間を過ごしているようですが――その合間に怪しげな男と会っているのはいかなることか?
 と、その後、この時点ではまだフレンドリーな京助さんと待ち合わせて出かける啄木ですが、向かった先は第2話・第3話に登場した女郎屋・華ノ屋。いやいやいや、啄木には元々敵娼のおえんがいるけれども、京助さんには嫌な思い出しかない場所でしょうに、何たる無神経――と思ってみていたら、眼の前でいちゃつきだすという別の意味の無神経さに京助さんは退散する羽目となるのでした。

 さて、ミルクホールでの歌勝負では、そろそろ上がりとなる季久に対して、一気に迫った朔太郎が、勇からと言って自分ではなく勇の歌を捧げるという、いかにも朔太郎らしい行動に出るのですが――しかし季久には待ち合わせていた恋人がという、ある意味予想通りの結末を迎えることになるのでした(しかし……)。
 一方、啄木と京助の下宿には、別人のような姿のおえんが。彼女に啄木への金を預けられた京助さんですが――入れ違いのように帰ってきた啄木は、新しいスーツに身を包み、見るからに金回りが良い様子ではありませんか。彼の口から、おえんの身請けを周旋した謝礼を相手からもらったこと、そして今おえんが持ってきた金が餞別であることを聞かされた京助さんは、啄木のあまりのヒューマンダストぶりに激怒し、冒頭の絶交宣言となるのでした……


 というわけで、日常といえば日常ではありますが、(特に啄木は)生々しい展開となった今回。それを時に覆い、時に浮き彫りにするように、啄木・白秋・勇・朔太郎・牧水といった面々の歌が、ふんだんに引用されることになります。この辺りはやはり本作ならではの演出というべきで、特に情景描写とともに流された『猫』と『殺人事件』は映像とマッチして実に良いムードでありました(特に後者は、まるで本作のために誂えたかのようにすら感じられるハマりようであります)。

 その一方で、さすがの京助さんもブチ切れるほどのおえんに対する啄木の啄木っぷりでしたが――別れた後の相手の身の振り方まで考えるというのは、男の身勝手といえばそれまでですが、これはこれで彼なりに考えた態度と言うこともできるでしょう。特におえんが身を置いていた華ノ屋で、京助の煮えきらない優しさが一人の女性を「殺した」ことを考えれば……
 まあ、史実ではこの頃啄木は既婚者であるわけで、やっぱりあん畜生なのですが。


 さて、そんな展開の一方で、某汽船会社の御曹司が女中殺しで逮捕され、それがきっかけで告発状が明るみに出て、会社から金をもらっていた政治家が逮捕されるという疑獄事件に発展――と、劇中で啄木が語っているように、これが第1話で描かれた殺人事件と銅山への告発とそっくりの構図であるのは、やはり決して偶然ではないのでしょう。

 考えてみれば次回で早くも折り返し地点、この辺りが全編に通じる謎になるのだとは思いますが――その前に、ラストに意味有りげに登場した人形と「彼女」を巡る事件が、次回描かれることになります。


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2020.09.03

星野之宣『海帝』第6巻 激突、秘密兵器入り乱れる大艦隊戦!

 明の時代、大艦隊を率いて西方に向かった鄭和の冒険を描く本作もいよいよ佳境であります。最後の目的地である古里(カリカット)に向かう鄭和ですが、その前に思わぬ強敵が出現、壮絶な艦隊戦が繰り広げられることに……

 主である永楽帝に逆らい、先帝・建文帝とその娘を逃がすべく、密かに艦隊に匿ってきた鄭和。秘密機関・西廠との死闘をくぐり抜け、ついに錫蘭(セイロン)で二人と別れた鄭和ですが、彼自身の旅はまだ続きます。

 ある日艦隊の前に現れた、黒死病患者を満載した死霊船(幽霊船)。その存在にいち早く気付いた射馬九郎ら黒市党のおかげで惨事は逃れることはできたのですが、黒死病こそが、黒市党にとっては決して忘れられない敵であることが前巻では語られました。
 かつては青市島(!)で平和に暮らしていた彼らの生活を一変させ、差別と苦難の日々を送らせることとなった黒死病。その黒死病を、何らかの意図を――すなわち、一種の生物兵器として使っているものがいることが、この巻の冒頭では判明することになります。

 そんな非道は決して許せないと闘志を燃やす黒市党の偵察によって判明したのは、溜山国(モルディブ)を支配する女王・ハディージャ2世の存在。かつて蘇門答刺の戦いで鄭和に討たれたイスラムの武器商人・ターリクの恋人であった彼女は、復讐のために手ぐすね引いて鄭和の艦隊を待ち構えていたのであります。
 しかし鄭和の艦隊は、現代の目で見ても桁外れとしか言いようのない巨大艦隊。その艦隊を襲撃するとは、(いかに黒死病を武器にしたとしても)無謀以外の何物でもないように感じられますが――ここで物を言うのが溜山の地形であります。

 無数の小さな群島の集合であり、その内部に入るには、門のような狭い島と島の間の海域をくぐり抜けるしかない当時の溜山。つまり艦隊の規模が意味を持たぬ地の利を活かして、ハディージャは奇襲をかけようというのであります。
 かくて鄭和を射馬らを向こうに回して繰り広げられる溜山軍とアラビア勢力の総攻撃。さらに彼女は、当時のイスラム科学の粋というべき秘密の対艦兵器アル・ラマーを投入。これに対して鄭和もまた、秘密兵器・火龍出水の使用を決意して……


 と、海洋ものということで一度は見たいと思っていたものの、あまりに主人公側が強大であるため、本作では難しいかと思っていた正面からの艦隊戦が描かれることとなったこの巻。
 そもそも当時の火砲の命中率が相当悪いために、艦隊戦といってもあまり盛り上がらないのでは――と思いきや、敵味方双方に秘密兵器が登場し、予想外の派手な展開となるのが非常に嬉しいところであります。

 この両兵器、機能だけ見るとほとんどオーバーテクノロジーにも見えますが、しかし歴として記録のある実在の兵器。しかしそうであってもやはり数百年前のそれを、これだけインパクトのあるビジュアルで描くことが出来るのは、これはやはり作者ならではの筆の力でしょう。
 個人的には、敵兵器に対する鄭和艦の防御手段にも痺れた次第です。

 しかし、この壮絶な戦いは、全く思いもよらぬ形で終わりを迎えることとなります。いささか唐突な印象は否めませんが、人の「最新」テクノロジーによる戦いの後に、人知も及ばぬ巨大な力の存在を描く(そしてそれによって現代と整合を取る)のもまた、実に作者らしいと感じられました。
(ただ、女王のキャラクターが単なる敵役で終わってしまったのは少々残念ではあります)


 さて、思わぬ戦いを経て、この巻の終わり近くで鄭和はついにインドは古里に到着。しかしこの時代、既に複雑な宗教情勢にあったインドにおいて、鄭和はまたもアラビア勢の襲撃を受けることになります。
 そんな中で鄭和を救ったのは意外な地から来た、意外な姿の人物(そして後の世に彼に贈られた名前こそは……!)。彼の出会いは、悩める鄭和に一つの救いを与えたようですが、それがこれからの旅路をどのように変えるか。

 おそらくはそろそろ物語も終盤に入ったのではないかと思いますが――最後まで何が飛び出してくるかわからない物語であります。


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2020.09.02

奈々巻かなこ『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第1巻 「大人の男たちの世界」の外側から見た物語

 これまで様々な形で語り直されてきた平家の興亡の物語「平家物語」。本作は少年少女たちの目をを通じて、この広く人口に膾炙した物語を別の角度から語ろうという物語であります。平家が栄華を極める中、それを陰から支える「神人」たる少年・千珠丸とは一体何者なのか……

 平安時代末期、太政大臣として位人臣を極めた平清盛をはじめとして、平家一門が栄華を極めていた時代――まだ幼い清盛の娘・徳子は、六波羅の屋敷の奥に住まう、真っ白な髪に琥珀色の目を持つ少年・千珠丸と出会います。
 保元・平治の乱の頃から清盛の近くに居りながら、その見た目は少年のまま変わらず、生死に関わるような傷を受けてもやがて治ってしまう千珠丸。彼は清盛をはじめとする一門から「神人」と呼ばれ、神と人を繋ぐ者とも、厳島大神から下された平家の守り神とも呼ばれる存在だというではありませんか。

 やがて時は流れ、平家の世を盤石なものとするために、時の帝である高倉天皇に入内するよう父から命じられた徳子。これに反発し、千珠丸と「駆け落ち」を決意した彼女ですが、しかし屋敷の中しか知らない二人にとって、外の世界は危険なことばかり。
 そして戸惑う二人の前に現れたのは、千珠丸と同じような力を持つ黒髪の少年。やはり神人を名乗る少年・遮那王の正体は……


 清盛の娘・徳子といえば、高倉天皇との間に安徳天皇を生み、国母と呼ばれながらも源平の合戦で一門は滅び、その菩提を弔って余生を終えたという、波乱万丈の生涯を送った女性であります。
 何だかいきなりネタバレしてしまったようで申し訳ありませんが、本作の主人公の一人――平家の、そしておそらくは人間の側の視点を代表するであろう彼女が、神人たる千珠丸と出会ったことからこの物語は始まることになります。

 そのある種の異形とは裏腹に、いや、むしろその外見通りに、あどけなく繊細な少年のままのメンタリティを持つ千珠丸と、年頃の少女らしいバイタリティを持つ徳子、そして同じ神人として千珠丸に反発しながら不思議な共感を抱く遮那王――本作では、この三人の視点から「平家物語」の世界が、これまで我々が知るものからはいささか異なる形で描かれることになります。

 平家と従来の貴族たちの、そして平家と後白河法皇の間の、不安定な権力バランスで支えられていたこの時代。徳子たち三人は、そんな世の中を動かす「大人の男たちの世界」の外側の存在として「平家物語」を眺めることになります。
 時に子供として、時に女性として、時に神人という伝奇的な存在として――三人の視点は、複雑な「平家物語」の世界を、生き生きとした、そしてどこか身近なものとして(現代語もしれっと飛び出す自由さもあって)感じさせるのが、本作の魅力の一つと感じます。

 しかしそれだけでなく、時が流れるにつれて、三人の立場や視点が変わっていくことを同時に描く点もまた、見事といえるでしょう。そう、徳子は千珠丸たちとは異なり、人間として成長し、先に述べたように大人の世界の一員として生きていくことになるのですから。
 その一方で千珠丸たち神人はいつまでも少年であるのも切なく――この構図の巧みさもまた、強く印象に残るのです。


 そしてもう一つ忘れてはならないのは、「神人」という存在に秘められた謎です。
 神人としての自分しか知らない千珠丸に対して、神人になる前の自分の――そして神人になる時の自分の記憶を持つ遮那王。この巻の後半で彼が語るその記憶は、神と人の間に立つ者、あるいは一門の守り神といった言葉とは裏腹の――しかしある意味それに相応しい陰惨さを感じさせるものであり、神人という存在の背後の「闇」を強く感じさせます。

 それでは千珠丸とは何者なのか? 作中の要所要所に登場する、いまだ正体不明の、彼とよく似た少女の存在も含めて、それを追いかけることが、本作の一方の軸となるのでしょう。それはおそらく平家一門が、清盛という人物が秘めた「闇」を描くことにも通じるのでしょうから……


「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」――「平家物語」冒頭の有名な言葉であります。そしてこの言葉に繋がっていくように、この第1巻の間だけでも、徳子の身には、平家一門には様々なことが起きました。
 そしてこの先さらに大きく、激しくなっていくであろう世界の動きの中で、徳子は、少年たちは何を見ることになるのか――ぜひ「物語」の終わりまで見届けたいものです。


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2020.09.01

霜月かいり『BRAVE10 暁』 三年ぶりの新作! 相変わらずの奴らとの再会

 実に三年ぶりの『BRAVE10』であります。舞台第三弾『BRAVE10 昇焉』記念ということで短期連載された本作で描かれるのは、『BRAVE10』と『BRAVE10 S』の間の物語。久々に才蔵が、鎌之介が、佐助が、新たな敵を向こうに回して大暴れすることになります。

 恐るべき力を秘めた出雲の巫女・伊佐那海と、彼女を守ることとなった伊賀の忍び・霧隠才蔵をはじめ、超曲者大名・真田幸村の下に集った十勇士の活躍を描く真田十勇士物語であった『BRAVE10』と、その第二シーズンの『BRAVE10 S』。
 物語は既に『BRAVE10 S』で完結していますが、三年前に刊行された『BRAVE10 戯』同様、本作は物語の合間を描く外伝であります。

 伊賀異形五人衆との対決、そして伊佐那海の中の闇との対峙を経て十勇士が集結し、一時の平和を迎えた上田城。しかし先の戦いで愛刀を失った上に、隙さえあれば襲ってくるバカ鎌之介に辟易とした才蔵は、海野六郎が一時上田を離れるのに合わせて、伊賀に向かうことになります。
 久々の静かな環境(えらく現代的旅館)にのんびりと羽根を伸ばそうとした才蔵ですが、しかしそこに奇怪な仮面の敵が襲来、才蔵は一撃を食らった末に六郎は連れ去られてしまったのであります。

 意識を取り戻した才蔵は、追いかけてきた鎌之介と協力して六郎の跡を追いますが、その頃、謎の「狂師」に囚われた六郎は、相手の操る奇怪な毒薬の前に、窮地に陥って……


 というわけで、ほぼ単行本一冊分の中編ということもあってか他の十勇士は顔見せのみで、ほとんど才蔵と鎌之介と六郎のおそらく人気トップ3(あとは佐助とアナが少し活躍)が中心となる本作。
 無頼を気取りながらも結局苦労を背負い込む才蔵、そんな才蔵に全身全霊で殺し愛をぶつける鎌之介、一人マイペースで毒舌の(あと無駄にエロい感じの目に遭う)六郎と、みんな変わらないなあ――と何だか感慨深くなってしまいました。
(敵の術中に陥って襲ってくる鎌之介に対する才蔵のリアクションには「そりゃそーだ」と爆笑)

 今回登場の「狂師」も、そのネーミングや能力だけでなく、これまでの登場キャラクターたちとは一風異なる重たげな和装+仮面・覆面というデザインが面白く、ゲストキャラながら印象的。
 しかし何よりも驚かされたのは、彼の主の設定で――まさかの白川亨ネタ!? と大いに驚かされました。考えてみれば本編の方ではあまり出番がなかった印象のキャラだけに、こういう形での登場は大歓迎であります。


 というわけで、ファンにとっては嬉しいプレゼントであった(逆に言えばファン以外にはおすすめしにくいのですが)本作。まだまだいけるのではないかなあ、というのはさすがに欲張りすぎかもしれませんが……
(一つだけ、『殿といっしょ』の出張版がなかったのだけは残念――というのはこれはさすがに贅沢の言いすぎでしょう)


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