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2020年10月

2020.10.31

楠桂『鬼切丸伝』第12巻 鬼と芸能者 そして信長鬼復活――?

 様々な時と場所を渡り歩き、鬼を唯一斬る力を持つ神器名剣・鬼切丸を振るう少年の姿を描く『鬼切丸伝』の最新巻であります。この巻は前巻での予告通りアーティスト特集を中心に、鬼と人間の物語が描かれます。

 というわけで本書の前半で描かれるのはアーティスト――現代に至るまでその名を残す芸能の達人と鬼の物語。冒頭の「秘すれば鬼」は、サブタイトルから察せられるように、能楽を大成した世阿弥を描く物語です。

 室町時代の京に次々と出現する鬼――いずれも能面をかぶったこの鬼たちは鬼切丸の少年に斬り伏せられるものの、犠牲者は恍惚とした表情を浮かべ、むしろ鬼の姿に魅せられていたような様子を見せるのでした。
 その魅せられた者の口から世阿弥の名を聞く少年ですが、はたして世阿弥が謡曲を綴れば、その中の情念が能面に宿り、鬼と化したではありませんか。しかし当の世阿弥自身はそんな自分の力には全く無自覚。驚きつつ鬼切丸を突きつける少年ですが、世阿弥はそんな少年のことを友と呼び……

 と、人とも鬼とも距離をおく少年に(一方的に)友人が生まれるという、全く予想外の展開を見せるこのエピソード。無自覚に周囲の人間を惹き付け、それが鬼を生む人物としては、以前西行が登場しましたが、この世阿弥はそれともまた異なる――というより、人間だけでなく神や妖までも惹き付けるという、稀有の存在として描かれることになります。
 なるほど、幽玄能の生みの親に相応しい力というべきかもしれませんが――しかしその世阿弥にむしろ気に入られてしまった少年こそいい面の皮であります(そして妙に嬉しそうな鈴鹿御前)。しかしやがて暴走を始める世阿弥。その彼に対して、少年の下した選択とは……

 史実に刻まれた、世阿弥の幸福とは言い難い後半生の果てに待つものが何であったか。やはり世阿弥は鬼をも魅了するほどの神懸りの才の持ち主であり、そして少年との間には特別なつながりがあったのだと――そう感じさせられる結末であります。

 また「出雲阿国鬼かぶき」は、かぶき踊りの創始者たる出雲阿国の物語。魔を祓う力を持つ、世阿弥とは別の形で神懸った力の持ち主である阿国は、巷説にあるとおり名古屋山三郎の出会いと別れを経て、男装の舞いで世間の目を独占するのですが――そこに思わぬ形で鬼の存在が絡むことになります。
 巫女として、芸能者として、一人の女性として、苛烈とすらいえる生を送り、少年から称賛の言葉を引き出した彼女の姿は、芸能の力の象徴というものであり――言い換えれば人が持つ鬼に抗する力、人の心の力という希望を見せてくれたのではないでしょうか。


 一方、この巻の後半は、がらりと趣向を変えたエピソード「信長鬼大火」が展開することになります。信長鬼とはいうまでもなくあの織田信長が鬼と化した最強最悪の敵――本能寺の変の最中、己を想うあまりに鬼と化した森蘭丸を眼前で失い、その無念から、自らも炎を操る鬼と化した怪物であります。

 以来、己を滅ぼした明智光秀とその一族につきまとったり、己の肉を与えて鬼と化さしめた武将たちを相争わせたりと、やりたい放題。その果てに、心身ともに追い詰めて鬼に変えた光秀の娘・ガラシャに食われて滅んだ、はずだったのですが――残されたその首は、一人のみすぼらしい少女に拾われて、何処かへ持ち去られる姿が描かれました。
 そこまでの暴れっぷりがあまりに印象的だったため、ずいぶん長く登場していたような印象がありますが、最後の登場は第6巻。それが実に久々に復活したことになります。

 上に述べたとおり、関ヶ原の戦の目前に、名もない浮浪の少女に拾われ、いずこかへ消えた信長の首。既に力を失い、滅びかけていたその首は、しかし少女に非道極まりない暴力を振るっていた男たちを喰らい、辛うじてこの世にとどまることになります。
 彼を神様と崇める少女に運ばれ、蘭丸の姿を求めて本能寺跡地に向かった信長ですが、既に蘭丸は成仏した後。哀しみと怒りに狂う信長は、天下を取った家康のお膝下を焼き払うべく、少女と江戸に向かって……

 と、ほとんど八つ当たり状態で、相変わらずはた迷惑極まりない信長の暴走が再び始まる――と思いきや、物語は全く思わぬ方向に展開。ある意味皮肉としかいいようのない結末を迎えるのですが――そこにさらなるサプライズが叩きつけられることになります。
 お前か、お前だったのか!(確かにビジュアル的に……)という展開には、ただ脱帽。本作独自の世界を展開しつつも、過去の(未来の?)物語への目配せも忘れないのは、実に嬉しいところであります。


 にしても、これまで実に多くの時代を渡り歩いてきた少年ですが――次の記事では、その全容を見てみたいと思います。


『鬼切丸伝』第12巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon


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2020.10.30

『まんが訳 酒呑童子絵巻』 絵巻から漫画への再生、漫画の技法の力

 古くからよく知られた伝奇物語を描いた『酒天童子絵巻』『道成寺縁起』「土蜘蛛草子」の三つの絵巻。その絵巻を「まんが」として作り替えるという、極めてユニークかつ意義深い試みに挑んだ一冊であります。

 絵巻、あるいは絵巻物――つまり絵とそれを説明する詞書を交互に並べ、横方向に繋ぐことで、一つの物語を描いた絵画については、ほとんどの方が教科書や、あるいは博物館で御覧になったことがあるのではないでしょうか。
 この絵巻は、連続した流れ・動きをつけられるという点で、印刷技術が発達して冊子本が普及するまで、物語を描く「メディア」として大きな意味を持つものであったと想像します。

 本書は、そんな物語を描いた三つの絵巻を題材としています。
 伊吹山千丈ヶ岳に潜み、都の姫君たちを次々と攫う鬼・酒呑童子とその眷属に対し、神仏の加護を受けた源頼光と四天王が血みどろの死闘を繰り広げる『酒天童子絵巻』
 美僧・安珍の戯れが清姫を蛇体の魔物に変え、道成寺に惨劇を起こす『道成寺縁起』
 宙を行く髑髏に導かれて怪しの館に踏み込んだ源頼光と渡辺綱が、次々現れる妖怪変化、そして巨大な蜘蛛の妖と対決する『土蜘蛛草子』

 いずれも現代に至るまで、謡曲や歌舞伎をはじめ、現代の小説や漫画、ゲームに至るまで、様々な形で描かれてきた(伝奇)物語の古典中の古典ですが、本作はその源流――とはいえないまでもそれに近い内容を描いており、それを辿るだけでも、大いに楽しめるものであります。


 しかしもちろん、本書の最大の特徴であり、かつ優れた点は、その絵巻を、漫画として再生していることにほかなりません。

 共に絵と言葉によって物語を描くメディアとして、一つの繋がりを持ったものとして――有り体に言えば絵巻が漫画の先祖であるとして――語られることが少なくない両者ですが、しかし単純に同列に扱って良いものかどうかは、実際に絵巻を見てみれば瞭然でしょう。

 例えば個々の絵の配置や大小の縮尺、あるいは絵と台詞の(一対一の)対応によって、一定の流れ、動きを能動的に作り出す――そんな技法は、漫画にあって、絵巻にはないものといえるでしょう。
 我々素人にとっては、絵巻を一連の物語として感じるのが難しいことがままありますが――もちろん、詞書が読めないという点はあるとしても――それは、あるいはこの点が理由ではないかとも感じます。

 しかし本書は、まさにこの漫画の技法を施すことによって、絵巻に描かれた内容を、誰にとってもわかりやすい形に、「翻訳」しているのであります。
 これによって、本書は三つの物語を、現代人の我々にとって味わいやすい形として提示することに成功しているのですが――同時に本書は、我々が普段何の気なしに読んでいる漫画が、様々な技法を駆使して成立していることを再確認させてくれるものでもあります。

 この辺り――全く失礼な言い方で恐縮なのですが――現代人の目からすれば、他の二作と比べても明らかにプリミティブな絵柄の『道成寺縁起』が、本書においてまんが訳されることで、息を呑むようなサスペンスとして再生している点に、はっきりと表れているように感じられます。
 個々の絵だけみればユーモラスですらあるものが、しかし漫画となってみれば――たとえば清姫が安珍を追いながら異形に変化していく姿や、あるいは蛇体の清姫が道成寺に乗り込んで僧侶たちを蹴散らす場面など――大きな迫力を生み出しているのは、これはまさに漫画の技法のなせる技でしょう。

 絵がそれほど緻密ではないのに動きを感じさせてくれる漫画や、逆に絵は上手いのに妙に読みにくい漫画があるのは、この技法の巧拙によるものなのか――などと、思わぬところで再確認させられた次第です。


 絵巻にまんが訳を施すことによって、絵巻が描く物語そのものの面白さを再生させるとともに、絵の中から動きを生み出す漫画の技法の存在を――さらに言えば、絵巻と漫画の関係性・距離感を――明らかにする本書。古典好き・伝奇物語好きはもちろんのこと、普段漫画に親しんでいる方こそ手にとってもらいたい一冊であります。


『まんが訳 酒呑童子絵巻』(大塚英志監修/山本忠宏編 ちくま新書) Amazon

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2020.10.29

『半妖の夜叉姫』 第4話「過去への扉」

 現代でそれぞれの時間を過ごすとわ・せつな・もろは。せつなの記憶を取り戻すために戦国時代に向かうことを決意したとわは、もろはが根の首と取引したことで開いた時代樹の穴に二人とともに飛び込むが、その前に桔梗の姿を借りた時代樹の精が現れる。時代樹は、三人にある頼みを持ちかけるが……

 時代樹の穴が閉まってしまったため、なし崩し的に日暮家でとわと共に暮らすことになったせつなともろは。コミュ力が異常に高いもろはは当然としても、せつなも萌さん(世界的バイオリニストらしいのですが――それでこの広いマンションなのかしら)に気に入られてドレス姿でバイオリンを演奏し、と、見事に現代に適応した姿が描かれます。
 むしろ、とわの方が現代に馴染んでいないのでは――という気もしますが、彼女は彼女で、せつなの記憶と夜の眠りを「夢の胡蝶」から取り戻す決意。しかしそれは戦国時代に行かないことにはいかんともしがたい状況であります。

 と、そこで時代樹と一体化していた根の首の末端ともろはが交渉(という名の脅迫)して、時代樹の扉が開くことになり、もろははどこかで見たようなデザインのリュックサックに現代のアイテムを詰め込んで(軍資金は草太のクレカから。どれだけ現代に適応してるのか!)、準備万端。日暮家の面々にひとまずの別れを告げて三人で穴をくぐることになります。
 しかしそこで三人ともうちの娘と宣言する日暮家、孫はともかく義理の息子の兄の娘たち(ややこしい)までカウントしてしまうとは、やがて妖怪の世界がこの一家に支配されてしまうのでは……

 というのはさておき、戦国時代への穴から飛び出した三人娘ですが、その前に広がるのは謎の異空間、そして現れたのは、何と桔梗! これまで二度死んで(周囲を散々引っ掻き回して)、またも復活!? と思いきや、封印の矢に残っていた思念をベースにして時代樹が姿を借りているだけのようですが、こういう役にはある意味ベストチョイスかもしれません。

 さて、その「桔梗」が三人の夜叉姫を留めて語るのは、かつて殺生丸と犬夜叉の父である犬の大将と並び称され、日本を二分して東国を支配していた大妖怪・麒麟丸退治の依頼。犬の大将(の後を継いだ殺生丸)という重石が取れ、時空を乱して末法の世をもたらそうという麒麟丸を、犬の大将の縁者であるお前たちが退治するのだ――という時代樹の言葉ですが、それにOKしたのはもろはのみ。
 せつななど、そんなことは同格だという殺生丸に頼むべきと正論を繰り出してくるのですが、それに対して時代樹が、殺生丸も道を誤ってるのでどちらも倒せなどと言い出すものですから、今度はとわが激昂。これまでの描写からすれば、アバウトなもろは、割り切りすぎるせつなに対し、生真面目なとわという立ち位置のようですが――顔も見たことないとはいえ、自分の父を討てと言われれば、彼女でなくとも断るでしょう。

 かくて交渉決裂、根の首をけしかけて三人を襲わせる時代樹(こういう時に桔梗の姿は違和感ない……)ですが、はるかな時を経て日暮家伝来の河童の手首のミイラの威力(?)がついに炸裂(『犬夜叉』ではかごめに思いっきり拒否されたじいちゃんからのプレゼントが、その娘の代になってついに役に立った――のか?)、ノリノリの三人娘のパワーによって、根の首はついに滅ぼされるのでした。
 かくて戦国時代に帰還した三人。しかし時代樹を制御していた根の首を退治してしまってこの先どうするの、というところで次回に続きます。

 ……と思いきや、ラストで時代樹に封印(?)されていたのはりん!? そして足元だけ殺生丸様が――と、実に心憎いヒキであります。


 そんなわけで気がつけばもう第4話まで来た本作ですが、今回、最終目的らしきものが提示され、いよいよ物語が動き出した感があります。前作との目配りも大小織り交ぜて(特に犬の大将をこう使ってくるか! と感心)、それでいてきっちり本作の主人公たちにも存在感があるのに感心します。

 ただ、日暮家にとっては何よりも気になるであろう、もろはの両親の行方が何となく濁されていたり、重要アイテムらしい虹色真珠の存在がきちんと説明されていなかったりと、悪い意味で気になる点もないわけではないのですが――しかし現時点では、トータルで見れば及第点を大きく超えているかと思います。
 もちろん次回以降も楽しみにしているところです。


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第1話「あれからの犬夜叉」
『半妖の夜叉姫』 第2話「三匹の姫」
『半妖の夜叉姫』 第3話「夢の胡蝶」

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2020.10.28

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第22巻 変わらぬ江戸の空気、新しい旅の空気

 約半年ぶりに登場の『猫絵十兵衛 御伽草紙』、早いもので巻を重ねてもう第22巻であります。我々の世界は相変わらず大変な毎日が続きますが、十兵衛とニタの方は変わらぬ楽しい江戸暮らしを――と思いきや、この巻からいささか変わった趣向が展開することになります。

 幼い頃から人ならざるもの(特に猫の)と交流し、長じてからは元猫仙人のニタを相棒に、不思議な力を持つ鼠除けの猫絵を描く絵師・十兵衛。この十兵衛とニタのコンビを狂言回しに描かれる、人と猫と妖の時に可笑しく、時に切なく、時々恐ろしい物語は、もちろんこの巻でも健在であります。

 花見の余興で座興をすることになった音痴の男が、奮闘の末に思いもよらぬ芸を見せる「やんちゃん猫と花見」
 藤見の帰りに奇怪な化物に攫われた十兵衛が、化物の行動の理由を知る「藤見猫」
 子猫を拾った葛籠屋の子が、厳格な父の下で猫の引取先を探す「つづら猫」
 十兵衛の弟弟子で遊び人の十善が、仕方なく帰った実家で妹から思わぬ反発を受ける「あにさま猫」
 友人の新盆に棚経をという依頼を引き受けた奎安和尚が、向かった先で奇妙なお布施を受ける「お布施猫」
 初風が作者の芝居の道具を手掛けることになった人形職人が、情念の籠もった化け猫を作るために奮闘する「牡丹猫」
 佐渡で息子夫婦に邪険にされる老女の前に現れた猫が思わぬ世界に彼女を誘う「さそい猫」
 旅の途中、新潟湊で狸の遊郭から足抜けした女郎を匿った十兵衛とニタが、団三郎狸と対決する「湊猫」

 今回は妖話が中心だった前巻に比べると人情話が多めの印象ですが、もちろんいずれのエピソードも、バラエティに富んだ、珠玉と評したくなるような名品揃いであります。

 特に、落語のような騒動の末に、何とも微笑ましくも美しい光景が展開する「やんちゃん猫と花見」、懸命な息子に対する不器用な父親の姿が微笑ましい「つづら猫」の二編は、それぞれ異なる形ながら子猫の可愛らしさがたまらないエピソード。
 一方、「お布施猫」は、妖話と人情話が美しく結びつくお盆を舞台とした綺譚で、人と猫と妖の狭間を飄々と生きる奎安和尚を主人公としたエピソードならではの、人と猫の絆が胸に残ります。


 このように、基本的な設定は変わらなくとも、常に内容豊かな物語を描いてきた本作ですが、しかしこの巻の終盤から、物語はこれまでといささか異なる展開を見せることになります。それは旅――十兵衛とニタが、新潟から佐渡に向かう旅に出るのです。

 この巻の段階では、ある意味序章的な内容である「さそい猫」を経て、十兵衛とニタが日本三大狸の一であり、佐渡で絶大な力を持つ団三郎狸と対峙する「湊猫」までが収録されていますが、どちらもこの土地に伝わる伝承・伝説をベースとしているのが実に面白いところであります。
 ともに大妖怪というべきニタと団三郎が旧知の間柄――当然(?)仲は悪い――というのも愉快ですが、前者のエピソードなど、そういえば由縁に猫が絡んでいた! と感心させられました。

 そんなご当地ならではのエピソードとしての面白さはもちろんですが、しかし江戸を離れても十兵衛とニタの存在感、そして物語の手触りは、良い意味で全く変わらないのは当然のことであります。
 さらに言えば、各地を渡り歩いてきたであろうニタはもちろんのこと、十兵衛の飄々とした、ある意味(人の)浮世離れした存在感が――そしてある意味本作という物語のあり方が――「旅」の空気に実に良く似合うというのも、新しい発見でありました。

 この旅がいつまで続くかはわかりませんし、もちろん一人と一匹は江戸に帰ってくるのだとは思いますが――変わらぬ、しかし新しく気持ちの良い空気を、この先もしっかりと味あわせてくれるものと、楽しみにしているところです。

『猫絵十兵衛 御伽草紙』第22巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon

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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
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 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
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 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻 バラエティに富んだ妖尽くしの楽しい一冊

 『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

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2020.10.27

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第3巻 万次vs総司、そして……

 長き時を生き続けた末に、幕末の京で繰り広げられる新選組と志士の死闘に巻き込まれた万次を描く『無限の住人』公式スピンオフの第3巻であります。あの池田屋事件に居合わせることとなった万次の前に現れたのは、新選組最強の沖田総司――ある意味いきなり頂上対決が展開することになります。

 土佐に隠棲していたところを坂本龍馬に引っ張り出され、いきなり新選組と事を構える羽目になった万次。しかもその新選組の近くには、かつて不死力解明実験で暴走したあの綾目歩蘭人の子孫・綾目歩蘭がいた事から、万次は新選組の陰の戦力・逸番隊に目をつけられることになります。
 さらに江戸に向かった坂本に頼まれ、桂小五郎のボディーガード役になった万次は、新選組の池田屋襲撃の場に居合わせることに。ここで戦いに巻き込まれる義理はないと、さっさと桂を逃がそうとする万次(その過程で気絶させられる藤堂平助)ですが、その前に最強の敵、沖田が立ちふさがって……

 と、この第3巻の冒頭で描かれるのは黄金カードというべき万次vs沖田の激突。潰し合いの場ではめっぽう強いが、正統派の剣の使い手にはかなり分が悪い(というか弱い)万次だけに、この戦い、どうなることかと思いましたが――予想通りというべきか、沖田が万次を圧倒。
 しかも剣捌きの巧みさは吐鈎群、打ち込みの正確さは天津影久、トリッキーな動きは乙橘槇絵――と、万次がこれまで戦った最強の剣士たちのことを次々と思い起こすという、まず最上級の描写で以て、沖田は描かれることになります。

 この辺りの、いかにもスピンオフらしい本編への目配りを含んだ描写は、個人的にはちょっと苦手ではあるのですが――しかし、追い詰められて手も足も出なくなったかに見えた万次の奧の手が、別の形で万次を苦しめたあの男のものだった、という皮肉さは『無限の住人』らしいと感じます。
(そしておそらくはこの展開、今後の物語へのある種の予告ともなっているのでしょう)


 さて、思ったよりもあっさりと池田屋事件が終結し(近藤vs宮部の死闘を見たかった……)、むしろこの巻のメインはその後という印象もあります。

 死闘の末に倒れた沖田を救うために近藤が選んだ手段とは――それはこれまでの展開を見ていれば言うまでもありませんが、ここにおいて一番倫理観がなさそうに思われた人物が、しっかりとした理性を発揮するのは、なかなか意外な展開と言うべきでしょうか。
 そしてそれと表裏一体をなすように、一番怜悧に見えた人物が、とてつもない外道の行いを為すというのも……

 その一方で、囚われの武市半平太を救うために逸番隊に加わった岡田以蔵(コスチュームが異常に格好良い)の初任務が描かれ、万次以上に、万次を巡る者たち、万次を狙う者たちの物語が展開する印象が強いこの巻。

 万次が主人公というよりも狂言回し的立場となるのはむしろ毎度のことではありますし、幕末オールスターキャストというべき様相を呈する本作ではむしろ自然かもしれませんが――さてこの先物語がどのような着地点を迎えるのか、まだまだ先は見えません。


『無限の住人 幕末ノ章』第3巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

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2020.10.26

赤名修『賊軍 土方歳三』第2巻 土方の前に立つ二人の仇敵!?

 鳥羽・伏見の戦い以降の土方歳三の新選組の戦いを描く歴史漫画――ではあるものの、第1話からの意外すぎる展開で度肝を抜いた作品の第2巻であります。白河城を巡る戦いが激化する中、土方と生き残った新選組の面々は怨敵と激突。そしてさらに、土方は会津で意外な人物(?)と出会うことになります。

 鳥羽・伏見での敗戦の後、生き残りの新選組を率いて戦い続けてきた土方。斬首された近藤の遺志を受け止め、生き抜くことを誓った土方は、江戸千駄ヶ谷で療養中だった沖田を引っ張り出すと、先に命を落とした市村鉄之助を名乗らせることに……
 というとてつもない第1話から始まった本作、その後も沖田とただ二人京に向かった土方は、三条河原に晒されていた近藤の首を奪取、会津で松平容保公の許しを得て埋葬――と、暴れ放題であります。

 しかし新政府軍との戦いはこれからが本番、白河城を奪取した奥羽越列藩同盟の一員として、土方・沖田・斎藤・島田らいまだ意気軒昂な新選組の猛者たちは嬉々として戦いに加わるのですが――その前に二人の男が立ちふさがることになります。

 その一人は百村発蔵。史実の上では戊辰戦争の従軍日記を残したことで知られる長州藩士ですが――本作では池田屋事件の際に長州藩邸に戻ってきた吉田稔麿に同行、池田屋で沖田と土方に追い詰められながらも辛うじて生き延び(ある意味凄い)、二人に強い敵愾心を燃やす人物として描かれます。
 そしてもう一人は武川直枝――新選組隊士、いや御陵衛士であった時の名を清原清。油小路事件に居合わせなかったために命拾いし、そして何よりも大久保大和を名乗って出頭した近藤の正体を官軍に告げた男です。

 百村の方は、新選組にとってははっきり言ってワンオブゼムですが、清原は近藤の死の原因を作った、すなわち近藤の仇ともいうべき人物。一方の清原にとっても、新選組は伊藤甲子太郎をはじめとする御陵衛士を騙し討ちに等しい形で討った仇――というわけで二重の因縁が絡み合った関係であります。
 特に清原から見れば、土方の命で御陵衛士にスパイとして加わっていた斎藤一とは、特に因縁深い相手。仲間であった時には、土方には「砲術屋」と侮られた優れた砲術の腕を斎藤が認めてくれただけに、裏切られたという想いは強くあるわけです。

 かくて白河口の戦いで激突する仇敵同士――なのですが、まあ本作の悪賢くて容赦ない土方の敵となったのが運の尽き。「剣術屋」と侮っていた相手が見事に近代戦術に適応(その理由がまた土方っぽくてイイ)していた上に、本作においては土方・沖田並みに恐ろしい藤田と単身戦場で対峙することに……


 と、まだ奥羽越列藩同盟が元気だった頃のためか、今まで以上にイキイキと暴れまわっている印象のある土方ですが、この巻の終盤では、いささか意外にも感じられる出会いが描かれることになります。

 白河で土方を訪ねてきたのは竹中重固――元幕府陸軍奉行であり鳥羽・伏見で敗戦後に出家するも、彰義隊・純忠隊に参加して戦い続けた、そして竹中半兵衛の子孫という、今まであまり脚光があたったことのないものの、色々と面白い人物であります。
 スペンサー銃入手の都合をつけてきたという知らせとともに、その銃に詳しいという人物を紹介してきた重固ですが――それが会津で銃といったらこの人、というイメージのあの人なのであります。

 考えてみると土方は会津に居着かなかったこともあって、フィクションでのこの二人の絡みは、これまであまり描かれてこなかった印象。それだけに、本作がどのように描いてくれるのか楽しみなのですが――この人物、土方の顔を見るなり新選組は嫌いだと宣言。そこはこの人の兄が関わってくるようなのですが――というところで、この巻は終わることになります。

 正直なところ、かなりアクの強い土方に負けず劣らずのキャラクターが次々と敵味方に登場するため(その一方で沖田はちょっと影が薄い印象ですが、まあ史実では死んだ人なので仕方ないのでしょう)、ちょっとまだ物語の方向性は見えないところもあります。
 しかし、やはり画の力、人物描写の力はこの作者ならではと言うべきで、この先どこまで土方が暴れてくれるのか、幕末意外史を描いてくれるのかに期待したいと思います。


 しかし印象が薄いといいつつも、この巻の沖田は何故か土方と二人で温泉に入って裸体をアピール。さらに回想という形で試衛館組の姿(これまた裸体)が描かれたのは、さすがに予想外でしたが――ここで誰が誰と書かれてはいないものの、それでもしっかり想像できる辺りは、やはりさすがと言うべきでしょうか……

『賊軍 土方歳三』第2巻(赤名修 講談社イブニングKC) Amazon


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2020.10.25

山村東『猫奧』第1巻 猫あるあると、ちょっぴりリアルな大奥の姿と

 猫というのは犬以上に漫画の題材になりやすいのか、時代ものに限ったとしても猫漫画は相当数が存在します。そこに新たに加わったのが本作――天保期の江戸城大奥を舞台に、大奥に生きる女性たちの姿と、猫あるあるが見事に噛み合った快作です。

 数多くの女性たちが暮らす江戸城大奥――その大部分を占める大奥女中たちの実質トップであり、大奥における老中ともいうべき御年寄の一人が、本作の主人公・滝山。
 生真面目で普段から険しい表情を崩さず、お役目第一の彼女は、猫を我が子のように可愛がる女性の多い大奥で「猫が好きではない人」として知られているのですが――しかし本当は彼女も大の猫好きなのであります。

 ちょっとした巡り合わせから猫を飼う機会に恵まれずに、いつの間にか周囲からは猫嫌いと思われ、しかし今更その評判を否定することもできない滝山。そんな彼女がいま気になっているのは、上臈御年寄・姉小路の飼い猫・吉野ちゃん。
 大奥で絶大な権力を持つ姉小路に飼われているにもかかわらず(それだから?)、江戸城中のあちこちを歩き回る吉野ちゃんは、何故か滝山の部屋にしばしば出入りしては我が物顔に振るまい、滝山の心をかき乱すのであります。

 さらにライバルの御年寄・花町の飼い猫・こはるちゃんまでも遊びに来て、猫愛と周囲の目の間に板挟みになった滝山の悩みは深まるばかりで……


 というわけで、毎回1話4-6ページの短編で構成された本作。分量的に毎回サラッと読めるのですが、とにかく猫の生態が自然で、その一挙手一投足にもわかるわかる! と頷いてしまうのであります。
 それに加えて、根が真面目なだけに頑張れば頑張るほど空回ってしまう滝山のキャラクターが愉快で、彼女と対極にあるマイペースの塊の猫たちに振り回される姿が、何ともおかしかったり共感したり――なのであります。
(私もなかなか猫を飼いたくても飼えなかっただけに、悶々たる気持ちはよくわかる……)

 というわけで基本的に猫の愛らしさと儘ならなさを楽しむギャグ漫画なのですが、しかしそれも、その背景となる大奥の姿がきっちりと描かれてこそ。
 そもそも「大奥」と言われると、どうしても「女の戦い!」「女だらけの不自然な世界!」という印象を全面に出す作品が多い印象がありますが、本作は極端に走らず、ある意味、大奥の――そしてそこに暮らす人々の――素の姿を自然に描いているのに好感が持てます。(楊洲周延の浮世絵で知られる大奥の釈迦もうでも、本作のようにフィクションの題材となるのは珍しいのではないでしょうか)

 その一方で、人間よりもよほど良いものを食べている猫ちゃんたちの食費や、上役の歓心を得るために猫の子を譲り受けようとする女中たちの姿など、時折フッと生々しい題材が描かれるのも、また面白いところであります。

 実は本作の主人公である滝山(瀧山)や、上臈御年寄の姉小路、果ては花町や滝山の侍女の仲野・ませの二人(あと、ちらっと登場した滝山の弟も)実在の人物。もちろん作中の彼女たちは本作なりにアレンジされているはずですし、実際の彼女たちが猫に目尻を下げていただけではないことも言うまでもありません。
 しかし、そんな過去に確かに存在した彼女たちの世界と、現代の我々の世界が、猫を通じてつながり合うというのは、これは大いに楽しいことではないかと感じます。

 これからも、たっぷりの猫あるあると、ちょっぴりリアルでシビアな大奥の姿とを、期待したいと思います。
作者インタビューを拝見したところでは、時代もの的にも大いに信頼できそうな方なので……)


『猫奧』第1巻(山村東 講談社モーニングKC) Amazon

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2020.10.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻 「領主」新九郎、世の理不尽の前に立つ

 後の北条早雲、伊勢新九郎が室町の渾沌の中で奮闘する『新九郎、奔る!』の最新巻では、荏原編がいよいよ佳境。慣れぬ地で思わぬ窮地に陥った新九郎の姿が描かれることになります。一方、京では新九郎の父の周囲でも激震が走り、いよいよ新九郎の明日は渾沌とした状況に……

 応仁の乱が地方に飛び火していた頃、父の名代として領地の東荏原に向かった新九郎。しかしいざ到着してみれば、伯父の領地である西荏原との境界や経理が曖昧な上に、父が京の政治にかまけっきりだったために領民から領主と認識されていないという、何とも困った状況にあったのであります。
 それでも持ち前の真面目さと几帳面さで領地経営に取り組む新九郎ですが、そんな彼の行動を煙たがる、新九郎の従兄弟にして西荏原の名代・伊勢九郎盛頼と、伯父にして荏原政所長官の珠厳は、新九郎を「落馬」させるべく企みを進め……


 というわけで、いきなり苦闘続きの新九郎の領地経営。西荏原の面々だけでなく、領民からも軽く見られ、味方となるのは京から連れてきた同年代の腹心たちのみ――と、大人でも胃が痛くなる状況ですが、新九郎はわずか16歳であります。
 もちろんこの時代には元服を済ませた立派な大人の年齢ではありますが、しかしそれにしても――いかに応仁の乱のただ中で京の政治の複雑怪奇な様を目の当たりにしていたとはいえ、そしておそらくはこの時代の地方の一般的な状況とはいえ、やはり一足飛びに大変な状況に巻き込まれてしまったとしか言いようがありません。

 そしてこの巻の冒頭で描かれるのは、新九郎を「落馬」させようとする企み。「落馬」といってももちろん字義通りではなく一種の隠語――要するに彼を力づくで取り除く、つまりはコロコロしてしまおうという物騒な企てであります。
 もちろん新九郎もただ座しているわけではありませんが、しかしいきなりの命の危険にその場は大混乱。果たして新九郎の運命は――というところで、事態は全く意外な展開を迎えることになります。


 結局、最初から最後までほとんど蚊帳の外で、経験豊かかつ悪知恵の回る大人相手に振り回される形となった新九郎。それでも何とか窮地をくぐり抜け、恋の予感(?)などもあったりして、少しずつ成長していくのですが――しかしこの巻の後半では、そんな状況を一気に危うくしかねない事態が発生することになります。

 というのも、新九郎の伯父にあたる伊勢伊勢守貞親が、義政を隠居させてその子・春王(後の足利義尚)を将軍位に就けようとした企てが露見し、政所の職を解かれた末に京より遁走。そしてその懐刀として裏工作に従事していた新九郎の父・盛定も無役にになってしまったのですから……
 冷静に考えるとこの二人、本作の物語当初も似たような形で都落ちしたような気がしますが――しかしその時は次代の将軍候補を巡る政争に敗れた末の都落ちであったものが、今回は当代の将軍を引きずり降ろそうとしていたのですから、今回は流石に復権は難しいでしょう。

 しかも貞親は義政の育ての親とも言うべき存在であるのに対し、盛定は言うなれば貞親の単なる部下。この修羅場において全く思わぬ形で描かれた義政と貞親の結びつきには思わずホロリとくるのですが、しかし盛定に対しては全く容赦ないところが、やはり義政の義政たる所以と、天を仰ぎたくもなります。
 読者ですらそうなのですから、そんな親世代の勝手な陰謀合戦の、そして相変わらず気まぐれで気分屋な義政の割りを食う羽目になった新九郎こそいい面の皮でしょう。

 しかしそんな前半とは別の意味での大きな窮地の中でも、新九郎が領地経営をより良くするための新たな仕組み作りに臨む姿は、後の彼――北条早雲が領地経営に長けていたと伝えられることを考えれば、ニヤリとさせられるものがあります。
 もっとも、あくまでもそれは、彼が大人の世界に対してほんの一矢報いたのみに過ぎません。それも「虎」に対しては到底及ぶべくもない一矢を……

 果たして新九郎が世界の理不尽に対して真に対抗し得る時はいつ来るのか。この巻のラストではまたもや大変な事態が勃発し、まだまだ新九郎の向かう先は闇深いようです。


『新九郎、奔る!』第5巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2020.10.23

『啄木鳥探偵處』 第十二首「蒼空」

 探偵處設立のきっかけとなった星野達吉殺しに始まる殺人事件と告発状を巡る事件の連続。その陰に潜む告発者Xを追う啄木は、教会から出てきた成瀬という男に目を付け、一計を案じて誘き寄せる。そして翌朝、ただ一人、告発者Xと対峙する啄木。果たしてその正体とは、そして啄木の選択は……

 第1話で描かれた星野達吉殺しのように、殺人事件の被害者が巨悪を告発する告発状を残しており、それによって悪事の存在が明るみに出るという事件――冒頭で啄木が語るところによれば、これまで実に13件もの同様のケースがあったこれらは、単純な殺人事件ではなく、殺人を装った自殺、あるいは実質的な自殺(結果的に殺人に繋がることを覚悟しての行動)であり、告発を行うこと自体が目的であった――そしてその背後に存在する、告発を教唆したいわば告発者Xとの対決が、今回描かれることになります。
 ミステリアニメの最終回で、物語全編を貫いてきた縦糸である事件の謎が明かされるというのはある意味王道ですが、このように犯罪とはいえない犯罪、犯罪者とはいえないない犯罪者というのは実に面白い設定で、警察権力ではない私立探偵が挑むに、まことに相応しい相手とも言えるでしょう。

 そして啄木は、この告発者Xを暴くため、怪しいと目を付けた――アバンタイトルでこれまでの告発者たちが登場する中、いかにも怪しく振る舞っていた、そしてビジュアルもちょっと怪しい――成瀬なる男を、牛鍋屋で開いた京助の誕生会に招き寄せることになります(普通に考えるとかなり無茶なやり方なのですが、まあこの時代の文士、というか啄木だしなあ――で済むのがちょっと面白い)。そして皆が酔い潰れた中抜け出した啄木は、告発者Xと対峙するのですが……

 この告発者Xの正体、いわば真犯人の正体はここでは明記しませんが、意外と言えば意外であり、すぐ予想がつくといえばすぐ予想がつくという人物。要するに、消去法で考えるとまあこの人物しかいない(今回用意されたミスリーディングは、正直ミスリーディングにもなっていない)のですが、さてミステリとしてそれを示す伏線があったかと言えば、ほとんどゼロに近い――という存在であります。
(実際、啄木もほとんど偶然に近い発見から告発者Xに辿り着いているわけで……)

 もちろん、告発者Xがそれぞれの告発者をどのように見つけていたか、そしてどのように教唆していたかのシステム自体はなかなか面白いのですが――正直なところ、その過去も含めて、いきなりそういうことを言われてもなあ、という想いは否めません。
 年齢についてもちょっと若過ぎではという印象で、その年齢で(直接犯行を行ったわけではないにせよ)これだけのことができるか――という違和感が先立ち、また自身が仄めかすこれまでの辛い半生も、説得力が薄いというほかありません。

 もっとも、「自分の命に意味を持たせるため」「社会に役立つ存在になるため」に、死と隣り合わせの告発に走った/人を走らせた者たちと対峙するのが、こうした「世のため人のための」想いとは対極にあるような、そして「何の役に立つかわからない」文学者であるという構図自体は実に良かったと思います。
 啄木も、一度はまさにその告発者の一人であった環と接することで、そうした想いを抱いたのであり、そして結局はそれに挫折しただけに……

 この点は、原作で希薄だった(意外性という点以外で)啄木が私立探偵となる意味・必然性に対する一つの答えとして、大いに評価できると感じます。
 それだけに、物語全編を通じて、もう少しこの構図がはっきり見えてくるような構成にして欲しかった、という印象は強くあります。さすがに全編告発者ネタで通すのは不可能にしても……


 というわけで、最終回というのに少々厳しい反応で恐縮なのですが、内容に対して途中で感じた幾度か違和感や不満点は最後まで拭われなかった――というのが、本作の全編を通じての正直な印象であります。
 特に、原作自体わずか五話しかなく、オリジナルで埋める必要があった――といっても、私は今どき珍しいオリジナル大歓迎派ではあるのですが――とはいえ、やはり江戸川乱歩オマージュを何度もやっている場合ではなかったのではないか、という点は強く感じます。

 同じオリジナルであっても――原作の啄木と京助の関係性を延長した先にあるような――若き文学者たちのわちゃわちゃする姿はなかなか楽しく、また啄木の結構容赦ないヒューマンダストぶりも、ある意味痛快ですらあったのですが、しかしミステリアニメ、それも原作付きの作品としてはどうだったか? そんな気持ちが後に残ってしまう作品でありました。

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2020.10.22

『半妖の夜叉姫』 第3話「夢の胡蝶」

 時代樹を通じて現代に現れた三つ目上臈とせつな、もろは。生き別れのせつなとの再会を喜ぶとわは、協力する形で三つ目上臈を倒すが、しかしせつなには姉の記憶はなかった。そこに飛頭根に取り憑かれ、せつなに襲いかかるとわ。さらに飛頭根はとわから妹の芽衣に乗り換えるが、とわは芽衣を庇い……

 前回ラストでついに巡り会うこととなったとわ・せつな・もろはの三人。さらに日暮家の面々も登場して、この第3話では色々な意味で賑やかかつ懐かしさが漂う展開が繰り広げられることとなります。

 今回冒頭から描かれるのは、三人娘――というよりとわ&せつなと三つ目上臈との戦い。不良との悶着が終わったかと思えば、ご神木から団子状態の妖怪とせつな&もろはが飛び出してくるというとんでもない状況ですが――現代での妹である芽衣がピンチとなり、さらに生き別れだった戦国での妹であるせつなまで現れて俄然テンションの上がった(?)とはは、折られた菊十文字の刃を妖気で補い、せつなとともにあっさりと三つ目上臈を倒すこととなります。

 が、肝心のせつなは自分のことを全く覚えておらず、しかも父親譲りの剣呑な態度でとわに接してくる始末。部外者のもろはですら、妖気の匂いで二人が姉妹、しかも殺生丸の娘と見抜かれているのですが……(そのもろはも、自分の祖母である大ママから、かごめの子ではないかと見抜かれたわけですが)。
 さて当のせつなは、自分は剛臆の試し、つまりは獅子は我が子を千尋の谷に云々――というやつで、親から捨てられたと思っているようですが、殺生丸の場合本当にやりかねないので困ります。ちなみにとわとせつなは赤子の頃に楓の村(ということは母親はやはり――?)から殺生丸の手で連れ出されたということのようですが、前回のとわの回想には殺生丸がいなかったのは、はたして……

 このせつなの素性、どうやら楓も琥珀も気付いていなかった模様ですが、赤子の頃にいなくなったとはいえ、一度は身近にいた子のことを忘れていたというのは、これは戦国時代人が人の生き死にに淡白なのか、それとも何か別の理由があるのか……
 何はともあれ、感動の再会となるはずがあわや刃傷沙汰になりかけていたとわとせつなは、戦国時代からその場に紛れ込んでいた妖怪・飛頭根(完璧に忘れていましたが、これも『犬夜叉』に登場組)にとわが取り憑かれたことでガチの戦いに発展。巻き添えになることを恐れたか、とわの体から抜け出した飛頭根が今度は芽衣に憑いたことで、事態は最悪の方向に転ぶかと思いきや――せつなの術によって皆眠らされ、その間に薬によって飛頭根も除去、ということで、まずは一見落着するのでした。

 そして何だかんだでとりあえず日暮家に転がり込むこととなったせつな&もろはですが、どちらも全く別の意味で周囲のことを気にしないためか、見知らぬ時代だろうが場所だろうがお構いなし。一方の日暮家も、かごめのあれこれがあっただけにこちらも全く動じず、ごく自然に受け入れているのが愉快なところであります。特に草太の奥さんで芽衣の実母である萌さんなど、日暮家の血を引いていないのに、全く平然と受け入れているのに驚かされますが……
(しかしえらく広いタワーマンションに住んでいる上に、国宝の刀まで家にある草太は何をやって暮らしているのか――まあ、実家が太いといえば太いのですが)

 さて、今回とわとせつなの姉妹が大暴れしている一方で、立ち回りはほとんど見せなかったもろはですが――全く別の形で強烈に存在感をアピールすることになります。というのも彼女はこの渾沌とした状況の中で的確な状況分析力や推理力、観察眼などを発揮――上に述べたとわたちの素性を見抜いただけでなく、せつなのちょっとした言葉から、彼女が夢と眠りを奪われた状態であること、さらに昔の記憶がないことも含め、「夢の胡蝶」によるものだと判じてみせるのですから驚かされます。(冒頭で、簡単に折れた菊十文字の刀身を一瞥してそれが偽物と断じたのにもびっくり)
 言動自体はかなり豪快で野生児めいたもろはですが、その一方でこのようにクレバーなところを見せるのは、両親の良いところばかり継いだような気がいたします。もっとも、その両親の姿が全く見当たらないのが心配なのですが、その辺りは次回辺りに見えてくるのでしょうか……


 なにはともあれ、妹の異常なよそよそしさの原因らしきものを知ったとわ。果たして彼女は妹のために如何なる行動を取るのか、そして再び戦国時代への扉は開くのか――というところで次回に続くことになります。が、次回予告で時代樹のもとに現れた幻影めいた姿は――桔梗!? ある意味、一番ややこしい人が出てきた気もしますが、さて……
 今のところ、『犬夜叉』の要素を十二分に活かしつつも新しい物語を展開しているだけに、次回も楽しみであります。


関連サイト
公式サイト

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2020.10.21

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第6巻 仁兵衛とねこまたの過去・現在・そして未来

 江戸時代の京を舞台に、岡っ引きの好漢・ささめの仁兵衛親分と、彼にしか見えない不思議な存在「ねこまた」たちの日常を描いてきた四コマ漫画シリーズも、ついにこの巻で完結となります。仁兵衛の過去と今、これから――ねこまたと共に在る彼の物語も、一つの終わりを迎えることに……

 一軒に一匹憑いている、頭巾を被った何だか猫っぽい生き物(?)ねこまた。仁兵衛は、幼い頃の経験が元で、常人には見えないこのねこまたたちが見えるようになり、しかも自分に憑いた一匹、さらに家に居る四匹と暮らす岡っ引きであります。

 彼らと話している姿が独り言を言っているようにしか見えないことから「ささめ(つぶやき)」という渾名を頂戴している他は、偉ぶることも役目を笠に着ることなく、町を守ってくる存在として慕われている仁兵衛。
 そんな彼は、言うなれば「良い岡っ引き」というイメージそのままの存在という印象ですが、そんな彼も――作中でも言われているように、何となくこちらもそんな気分で見ていたのですが――もちろん最初から岡っ引きだったわけではありません


 そしてこの巻で登場するのは、仁兵衛を岡っ引きの世界に招いた、彼にとっては師匠とも「父」とも言うべき存在である蛟の親分。恐ろしげな名前に相応しい、ちょっと強面の親分ですが、しかし仁兵衛の師匠だけあって、やはり人情味溢れる男であります。

 本作では各巻にいくつか、四コマではなく短編で描かれるストーリー性の高いエピソードが収録されていますが、この巻での一つが、その蛟の親分と仁兵衛の出会い。
 今でこそ(ささめ以外は)ねこまたを見る力と折り合いを付けている仁兵衛ですが、若い頃は――というわけで、ある意味仁兵衛親分誕生秘話とも言うべきこのエピソードは、やはり本作らしく、時に仄暗くも温かい物語となっているのが印象に残ります。

 そしてもちろんこの巻では、ほかにも人情味に溢れた、そして微笑ましくも温かい仁兵衛と彼の周囲の町の人々、町のねこまたたちの日常が描かれるのですが――しかし、この巻の終盤では、そんな町とねこまたたちが、思わぬ、そしてあまりにも大きな危機を迎えることになります。

 その危機とは――ここでその詳しい内容は書きませんが、描かれてみれば、確かにこういう事もあり得るのだった! と、驚かされつつも、ある意味納得させられる展開。そしてこのために京という舞台だったのか!? というのは、ちょっと深読みしすぎかもしれませんが……
 いずれにせよ、これまでになかった規模の危機の中で描かれる仁兵衛とねこまた、人間たちのドラマは、これまで人と家と町に寄り添って描かれてきた物語の一つの総決算として――というにはあまりにも辛く、重い内容ではあるのですが――大いに胸打たれました。

 その一つの象徴ともいうべき、仁兵衛と蛟の親分の物語を見ればなおさらに……


 正直なところ、同じ作者の『アタリ』で描かれた仁兵衛とねこまたの姿が少々衝撃的であっただけに、こちらでも少々身構えてしまっていたのですが――あちらはあちらで一つの結末として、しかしここで描かれた、この『ねこまた。』という物語に相応しい、温かさと力強さと希望に溢れた、未来に開かれた結末には、大いに安心いたしました。

 そして、本書のあとがきで作者が語る、物語の外側から――物語の中におけるねこまたたちの正体は、『アタリ』で明かされてはいるのですが――彼らに込められた想いもまた実に心打たれるものであって、最後の最後までこの物語を読んできて良かった、と心から思った次第です。

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2020.10.20

高橋留美子『MAO』第6巻 深まりゆくなぞ そして五人目……?

 平安・大正・現代を結んで展開する怪奇/伝奇アクション漫画『MAO』の最新巻であります。失われた摩緒の過去と兄弟子たちとの因縁、そして摩緒の婚約者である紗那の存在。平安時代から900年の時を経て大正の世に繰り広げられる物語は、いよいよ謎を深めていくこととなります。

 呪禁道の家系として知られた御降家の宗家、すなわち師匠の娘・紗那の婿として選ばれながら、その実、残酷な後継者争いの贄として、木火土金水それぞれの術を操る五人の兄弟子の標的となる運命にあった摩緒。
 その直後に起きた猫鬼の一件によって師匠と紗那は命を落とし、摩緒も不死の呪いを受けたわけですが――どうしたことか、五人の兄弟子たちも、一種の不死者と化して、大正時代に摩緒と菜花の前に次々と姿を見せることになります。

 そのうち、百火と華紋は成り行きで摩緒と行動を共にするようになったものの、第三の兄弟子・水の術者である不知火は京から幾度となく摩緒たちを狙い、ついに東京に乗り込んでくることに。そしてその傍らには、紗那と瓜二つ(?)の女性・幽羅子の姿があるのでした。
 そして不知火に協力する金の術者の術によって、摩緒は捕らえられ……


 と、物語が進むにつれて、謎が謎呼ぶという表現が相応しい内容となってきた本作。この第6巻の中心となるのは、金の術者――すなわち第四の兄弟子・白眉の存在であります。

 日露戦争で重傷を負ったという触れ込みで素顔を奇怪な鉄面に隠した怪軍人・白州――奇怪な術で大量の人間を平然と殺める、軍部の始末屋というべき彼の正体こそは、やはりというべきか白眉その人。
 御降家の中でも特に師匠の信任厚く、数多くの呪詛を行っていたという白眉(ちなみに文字通りの外見なのがちょっと面白い)。やはり平安時代から不死者として生き続けている彼ですが、その因縁の相手が、何と百火というのが意外で面白いところであります。

 というのも、一番最初の兄弟子として登場しながらも、威勢の良さと喧嘩っ早さとは裏腹の、妙に抜けたところのあるキャラクターとして描かれてきた百火。作者の作品には大抵彼のようなキャラがいるような気がしますが――どうしてもコメディリリーフ的な役回りで、明らかに菜花にも舐められていたその彼が、意外な活躍を!

 という表現はいささか失礼ではありますが、ここでの彼の活躍は火の術者としての面目躍如たるものがあり――そして何よりも、兄弟子同士の戦いにおける、重要なルールがここで示されることになります。果たしてそれがこの先如何なる意味を持つことになるか、それはまだわかりませんが……


 そして――その百火や菜花たちが、摩緒の代わりに妖怪医として奮闘するコミカルなエピソードを挟み、この巻のラストには、「土」を用いる謎の術者が登場。
 さらに不知火や白眉との対決の行方、そして死んだはずの紗那生存(?)の真実と彼女に課せられた役割、猫鬼誕生の秘密に至るまで、いまだ明かされぬ謎は数多い――というよりも、謎は解けるどころか、次々と増えていっている状況にあります。

 もちろんこれは伝奇ものとしては大いに理想的な状況というべきもの。この先の展開も、大いに気になることは言うまでもないのであります。


 それにしても、作中の「この家の存在を快く思わない表の陰陽師」という言葉を見るに、今後展開によっては、御降家以外の陰陽師も絡んでくることもあるのでは――と、こちらも少し期待してしまうところなのです。

『MAO』第6巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2020.10.19

『半妖の夜叉姫』 第2話「三匹の姫」

 十年前、双子の妹・せつなと生き別れとなり、現代にタイムスリップしたとわ。かごめの弟・草太の養女となったとわは、現在では不良との喧嘩に明け暮れていた。一方、戦国時代では、妖怪・三つ目上臈と対決していたもろはとせつなが、それぞれ虹色真珠を奪われた末、共に現代に現代に現れることに……

 前回が実質的に『犬夜叉』の後日談であったのに対して、ようやく本編が始まった、という印象のこの第2話。三人の主人公が現代と戦国時代に分かれて生きてきたことを反映して、物語は現代パートと戦国パートで並行して展開することになります。

 幼い頃、せつなと共に平和に(といっても両親の姿が映らないのは、たまたまなのか何か理由があるのか)暮らしていたところを、山火事の中で離れ離れになった末、自分は時代樹の力で現代にタイムスリップしてしまったとわ。そこで彼女が出会ったのは立派に成長したかごめの弟・草太で、さすがに姉があんな目に遭った経験から何かを察知したらしい彼に引き取られ、日暮家の子として育つことになるのですが――しかし十年後のとわは、(もちろん正義感からとはいえ)不良相手に喧嘩三昧、そのたびに転校を続けるという、まあ立派な問題児に……

 アフターコロニー時代まで残りそうな伝統ある聖ガブリエル学園に転校したものの、メガネ・パーマ・チビ・カクガリというどこかで見たような懐かしさを感じさせる不良相手に早速喧嘩を繰り広げて遅刻するとわ。それどころか、兄貴分を連れてきた不良どもに、妹の芽衣と大ママ(祖母、すなわちかごめのママ)とじいちゃん(曽祖父、つまりかごめのじいちゃん)を人質に取られて――と、時代伝奇ものかと思ったら、昔懐かしの伝奇バイオレンス学園もののような展開であります。
(しかし不良の一人がバタフライナイフをチャカチャカやって芽衣に突きつけたのには少々びっくり。考えてみればあの騒動から二十年以上経っていますが……)

 一方、戦国時代では、もろはが、彼女を村を荒らす妖怪と勘違いした翡翠・せつなと一触即発状態。言うまでもなくそれぞれ犬夜叉とかごめの娘・弥勒と珊瑚の息子・殺生丸と?の娘――というのは、もろはとせつなについては今回まだ明らかになっていないのですがそれはさておき――と、親の代では深い深い関わりがあった面々ですが、少なくとももろはの親のことは知られていないようであります。
 とはいえ喧嘩っ早さは父親ゆずり、封印の矢を操る霊力は母親ゆずりのもろはは、そこに現れた真の敵である三つ目上臈に早速突っかかるのですが――しかしダメージを与えたと油断したところに、何やら大事なものらしい赤色真珠を奪われる有様。そしてパワーアップした三つ目上臈に、せつなも自分の金色真珠を奪われ、一転大ピンチになるのでした。

 この二つの真珠、虹色真珠なる存在のようですが、もう一つの真珠は、そう、現代のとわのもとに――というわけで、再び時代樹のタイムトンネルが開き(ここで前回登場した根の首の力が作用した?)、団子状態で現代兄飛び出すもろはとせつな、さらに三つ目上臈。ちょうどそこには、我慢できずに半妖の力を発揮して不良を圧倒した(やっぱり伝奇バイオレンスチック)とわの姿が――と、三人の主人公が揃ったところで次回に続くことになります。


 冒頭に述べたとおり、実質第1話の今回ですが、『犬夜叉』を踏まえつつ、新キャラクターたちの紹介と新たな物語の幕開けを手際よく描いてみせた、という印象があります(主人公たちが対峙する最初の妖怪が、『犬夜叉』の最初の妖怪・百足上臈の孫というのも、何とも楽しい因縁)。
 まだとわ以外の二人のキャラクターはちらりと描かれたのみですが、もろはは上に述べたとおりどうみてもあの二人の娘以外の何者でもなく、そしてせつなも剣呑なまでの無愛想っぷりとモフモフ(?)はやっぱり父親譲りと、いかにもなのがまた楽しいところです。

 もちろん前作の影に囚われ過ぎるのは問題であって、本作には、前作ファンもニヤリとさせつつも、しかしあくまでも親は親であって、主人公たちが自分たち自身の冒険を繰り広げる――つまりは、自分たち自身の生を生きる――物語を期待したいと思います。
 何よりもそれは、今回悩める(というにはいささか物騒な)姿を見せたとわが、最も望むものでしょうから……


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2020.10.18

「コミック乱ツインズ」2020年11月号(その二)

 少々気が早いですが、今年も残すところあとわずかの「コミック乱ツインズ」11月号、後半の紹介であります。まずは巻中カラーの『暁の犬』から……

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 ある晩、家に帰ってみたら見知らぬ美少女――と家どころか作品を間違えたのでは、と不安になった前々回の引き。実はその美少女・満枝さんは、おせっかいな叔母さん状態のおしまさんが、女っ気のない佐内のために余計な気を回したと分かり、仕方なく彼女を家に送っていった佐内ですが、その帰り道、謎の武士が彼の前に立ち塞がって……

 という場面から始まった今回。これは元御家人という満枝の父が、娘に悪い虫が付いたと勘違いして現れたのでは!? というこちらの予想は見事に外れ、謎の武士は、佐内が圧倒されるほどの恐ろしい剣で襲いかかります。それも、抜く寸前までは殺気も威圧感もなく、しかし佐内が抜こうとした途端、恐るべき剣気とともに抜き合わせるという奇怪な剣で以て。
 思わぬ救い主によって、その場を文字通り――ある意味意外な、しかし実戦派らしい形で――脱出した佐内。九死に一生を得たものの、あの異常な剣こそは父を斬った二つ胴の男に違いないと、謎の強敵とその技への恐れが、甦るのでした。

 何はともあれ、暗殺者らしい心配りを見せつつ窮地を脱した佐内は、いつまでも怯えてばかりはいられないと、まだ裏があるらしいこの一件について問いただすべく、相良と会おうとするのですが――彼が登場すると、今回の震えがくるような壮絶な剣戟場面とは別の意味で恐ろしいことになりそうで、今からドキドキであります。


『文殊の秤量 長屋自身番』(芳家圭三)
 特別読切の本作は、いかにも人情ものっぽいタイトルとは裏腹の――いや確かに人情を描いているものの――意外な物語が展開する異色作であります。
 舞台はとある長屋――その住人の一人・平吉の妻・おるいと目明しの万八の不貞が露見したのが事の始まり。法に照らせばおるいと万八は死罪ではありますが、平吉は万八に傷を負わされながらも事をお上にアゲることを望まず、長屋の大家である文殊堂のご隠居・宍兵衛に対し、内々にサゲることを願い出て……

 と、お上にアゲて裁けば大事になるものを預かり、サゲることで表沙汰にせず丸く収める――そんなある種の裏稼業を描く本作。裏稼業といっても、本作のすぐ後に掲載されている『仕掛人 藤枝梅安』のように相手を殺して取り除くのではなく、被害者と加害者が納得の行くような形に裁定する、というのが面白いところであります。
 そしてそんな稼業を象徴するのが、両替商の宍兵衛が常に目の前においている天秤。左右が釣り合った秤こそがこの世で一番美しいと語る、ちょっとユニークなキャラクターの宍兵衛が、この件の罪と罰を挙げながら天秤の両側に重りを乗せ、裁きを決める場面が、ある意味見せ場といえるかもしれません。もちろん、時にはそれに大人しく従わないヤツもいるわけで、その時は宍兵衛の仲間というか配下の出番となるわけですが……

 絵柄的にはちょっと軽めな気もいたしますが、この不貞の原因となった裏の事情がなかなか重く、印象に残った作品でした。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 そしてついに「梅安乱れ雲」編も最終回となった梅安。白子屋の送り込んだ最強の刺客・鵜ノ森の伊三蔵が患者を装って自分に近づいたために、おせき婆さんが巻き込まれて傷を負い、怒り心頭に発した梅安は、もはや自分の命を捨て、刺し違える覚悟で白子屋の根城である山城屋の乗り込むのですが……

 というわけで、仕掛人には珍しく、しかしクライマックスには相応しく、真正面からの梅安の殴り込みが展開する今回。しかしそれは敵だけではなく味方にも波乱を起こし、別口で白子屋を仕掛けようとしていた彦さん&小杉さんは大慌て。そしてもう一人、以前思わぬ因縁で梅安に救われた田島一之助も、居ても立ってもいられず、梅安を追って乗り込むことになります。

 ここでの一之助の行動は、あまりにも短慮なものではありますが、しかし彼らしいといえば実に彼らしい。それだけに何とも言えぬ後味が残るのですが――原作とはいささか異なる展開となったことが、一つの救いと言うべきでしょうか。ある意味、怒れる梅安以上に、一之助の姿が印象に残る結末でした。


 次号は巻頭カラーで『仕掛人 藤枝梅安』が新章突入、『いちげき』は最終回を迎えることになります。今号お休みだった『カムヤライド』も掲載されるようで、こちらも楽しみであります。


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2020.10.17

「コミック乱ツインズ」2020年11月号(その一)

 早いもので号数の上では今年の「コミック乱ツインズ」誌もあと2号。その11月号は、表紙&巻頭カラーを新連載の『侠客』が飾り、単行本第2巻が発売されたばかりの『暁の犬』が巻中カラーとなっています。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介したいと思います。


『侠客』(落合裕介&池波正太郎)
 さてその『侠客』は、池波正太郎が、あの幡随院長兵衛を主人公とした小説の漫画化であります。幡随院長兵衛といえば、言うまでもなく江戸時代初期の町奴の頭領――旗本奴の頭領である水野十郎左衛門と男伊達を競い合い、歌舞伎や講談の題材となった人物。現代においても、主役になることは多くはないものの、時代小説などではお馴染みのキャラクターです。

 本作は、その長兵衛が本名である塚本伊太郎の名を捨てた場面から始まり、そこから十年前に遡るという形でスタートします。
 浪人である父の手一つで育てられ、足軽として奉公を初めた伊太郎ですが、主の使いに出た帰りに武士たちの切り合いを目撃――と思いきや、四人を相手に一人で立ち向かう浪人こそが、何と彼の父。もちろん伊太郎も助太刀に加わるものの、衆寡敵せず、伊太郎の父は彼の目の前で――という悲劇から物語は始まることになります。

 が、今回ある意味その悲劇と同じくらい印象に残るのは、その切り合いの場に現れ、曲者を追い払った若い武士――その名も水野百助、すなわち後の十郎左衛門であります。
 初登場シーンは物語の開幕直後、料亭で芸者を脱がして乱痴気騒ぎを繰り広げるという無頼ぶりで、伊太郎の前に現れた時も、もろ肌脱いで女性と馬に相乗りなのですが――しかしその後の伊太郎への対応など、武士の道を踏まえながらも人情に適った、水際立った姿を見せることになります。

 原作における長兵衛と十郎左衛門は、史実とは一味違う関係性を見せることになるのですが――それを予感させる十郎左衛門の姿が大いに気になる第一話でした。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 痛くもない(わけでもない)腹を探られるのを嫌った尾張藩の刺客十六人に、熱田から桑名へ向かう船上で襲撃を受けたものの、これをあっさりと撃退した聡四郎。しかしそこに熱田奉行所の船が現れ――と一難去ってまた一難を予感させる場面から始まる今回。

 聡四郎を公用中の勘定吟味役と知りつつも、難癖を付けて弓鉄砲を向けてくる奉行所の役人と対峙する聡四郎ですが、捨てる神あれば拾う神あり――通りかかった回船を利用して、巧みにこの窮地を切り抜けてみせる聡四郎(口火を切ったのは袖吉ですが)の姿に、成長したなあ、と感心させられます。
 もっとも、この文字通り助け舟を出したのは、やっぱりあの男だったのですが――臆面もなく桑名で姿を現したこの相手を、過去の遺恨は遺しつつも正面から受け入れる姿もまた、聡四郎の成長の証でしょう。

 そして思わぬ面子を加えてようやく京に着いた聡四郎ですが、しかしそうそう簡単に探索が進むはずもなく――というところでまたきな臭い匂いを漂わせて、次回に続くことになります。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 いよいよ本作も残すところあと二回、女郎屋に立てこもった伊牟田と丑五郎の対決が、ついに結末を迎えることになります。
 伊牟田同様、もはや何もなくなった者でありながらも、女郎屋に乗り込んだ目的の一つであるソノを助け出し、しかも当の伊牟田はこれまでの負傷から人事不省になっているのを目の当たりにした丑五郎。もちろんそのままソノを連れて逃げることはできたものの、彼女に対する伊牟田の行動を知った丑五郎は、敢えて決着をつけるために、一人戻り……

 という場面から始まる今回、意識は戻ったもののいまだダメージの大きな伊牟田を支えて、彼の愛刀まで手渡した上で決着の場を作る丑五郎の姿は、彼のこれまでの戦いを思えば奇異に思えるかもしれません。しかしここで描かれる丑五郎の、そして伊牟田の姿は、百姓も武士もない、「いちげき」に賭ける壮絶な決闘者のそれと言うしかありません。
 そして実に十ページを超える、息詰まるというもおろかな対峙の末に訪れた決着は――伊牟田の顔に浮かんだ表情に打たれた、と言うほかありません。

 いよいよ次回最終回、果たしてどのような結末を迎えるのか――心して見届けたいと思います。


 長くなりましたので、後半は次回ご紹介いたします。


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2020.10.16

皆川亮二『海王ダンテ』第11巻 内なる敵との対峙 そして「人間」の条件

 エジプトの地底から一転、舞台は天空に浮かぶアトランティスへ――『海王ダンテ』もいよいよ佳境、この巻で描かれるのはアトランティス編の後編であります。自らのルーツを求めてアトランティスを訪れたダンテは、非人々のあまりに激しい敵意に何を思い、如何に行動するのか……

 エジプトでの戦いの中で、自分がドゥランテなる種族の末裔であることを知ったダンテ。その真実を知るべく、仲間たちそしてナポリオとともにアトランティスへの門があるというシナイ山に向かったダンテは、そこで空間に開いた門から天空に浮かぶ超科学島・アトランティスを訪れることになります。
 しかしそこで一行はアトランティスの防衛機構に捕らえられ、さらにダンテはなんと核処理施設であわや「焼却処分」に処されかける羽目に……

 遙か三千年前、アトランティスを襲ったというドゥランテ・モーセ。超人的な肉体と能力を持つモーセにより、あわや滅亡の危機に瀕したアトランティスは、それ以来ドゥランテの再来に備えて来たのであります。
 それでも自分は「人間」だと訴えるダンテに対し、アトランティスの皇女・メイラは、それを証明するため、アトランティスの民を傷つけたり破壊活動を行うことなく、中央ドームにたどり着くよう促すのですが……


 というわけで、エジプト編の最中にフラッシュバック的にその姿を現したと思えば、にわかに渦中の人となったモーセ。もちろん旧約聖書の、あの海を割ったモーセその人ですが――本作における彼は、ノアの子孫を名乗り、世界の均衡を保つために進みすぎた文明の担い手であるアトランティスを潰すと宣言する、いわば文明の破壊者として登場することになります。
 そして危機に陥ったダンテの精神の中に現れ、彼の肉体が、自らの復活のための器であったという、とんでもない真実を告げるモーセ。なるほど、常人では体が破裂するほどのパワーを放つ魔導器を、既に副作用なく操れるようになったダンテは、確かに常人ではないのかもしれません。

 しかし、主人公が己の中に潜む内なる敵と対峙するというのは、皆川作品のいわば定番。そしてそれを理解し、支える周囲の皆さんもまた……
 というわけで、自分の肉体が既に人間のそれではなくとも、自分の魂の中に悪魔のような別人がいたとしても、それでも自分が「人間」であることを証明するべく奮闘するダンテの姿は、アトランティスの人々を、そして我々読者を大きく惹きつけるのであります。

 「文明人」「人間」――このアトランティス編において幾度も繰り返されるこの言葉。いや、考えてみればこれらの言葉は、これまでこの『海王ダンテ』という物語の随所で語られていたようにも思われます。
 魔導器といい、「書」といい、ドゥランテといい――強大すぎる力を持とうとも、彼が「人間」であることを決めるのはその心。そしてその心ある者こそが「人間」であり「文明人」である――そんなことを、ダンテと仲間たちの姿は、教えてくれるのであります。

 だからこそ、このアトランティス編の幕切れには、これまでのエピソードの中でも屈指の爽快さが感じられるのでしょう。


 ダンテだけでなく、相変わらずのアルビダさんの無双っぷりあり、本作においては正真正銘の人間であるパトリックの活躍ありと、仲間たちも要所要所で活躍し、短いながらも充実した内容であったアトランティス編。

 しかし物語は、ついに次巻から最終章に突入することになります。果たしてダンテの中のモーセの動きは、そしてある意味この物語の扉を開けた人物である、コロンバスの真意とは――いまだ幾つもの謎が残された本作、まだまだ楽しませてくれることは間違いありません。


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2020.10.15

『啄木鳥探偵處』 第十一首「逢魔が刻」

 病身の啄木に代わり、依頼人・成田屋から、一ヶ月前に拐かされた子を探して欲しいという依頼を受けた京助。彼の周囲で既に四件の子供の拐かしが起き、しかしすぐに返されていたという京助の話から、啄木はある推理を立てる。一方、成田屋に脅迫状が届き、京助は胡堂とともに受渡場所に向かうが……

 前回、京助との友情で、どん底状態からようやく這い上がることができた啄木。しかし相変わらず頬は痩け唇はカサカサという状態で、小説は諦めて歌人に戻ったものの、歌集の書き出しも覚束ない状況であります。そんな中でも、京助に頼らず生活しようと探偵處の依頼を受けたという啄木ですが――相変わらずチョロい京助さんは、まんまと丸め込まれ、代わりに依頼人のもとに行くことに……
 と、既に啄木の体調がかなりマズい状況なのを除けば、ラスト一話前にしてはかなりおとなしめの事件が描かれる今回。ベースとなっているのは原作の第四話――時系列的には最後の事件となる、同題のエピソードであります。

 同じ無尽講に属している五つの家で次々と子供の拐かしが起こり、しかも依頼人以前に拐かしがあった家では、すぐに子供が返されていた――という謎が、物語の中心となる今回。
 すぐに子供が返された先行の犯行と、一ヶ月経っても帰ってこない成田屋の件で何が異なるのか。それ以外に異なる点はないのか、あるとすればそれは何故か? という点から、安楽椅子探偵的に啄木が真実を突き止めることになります。もっとも、彼は彼で、またも起きた告発者X絡みの殺人事件の謎を追っていたのですが――その辺りは次回語られるのでしょう。

 何はともあれ、体調不良の彼に代わって京助が依頼人の下へ――というのは原作通りですが、そこに(そもそも原作に登場しない)朔太郎が同行するのは本作のオリジナル展開。もっとも朔太郎、前回の啄木の言動がよほど腹に据えかねているのか、同行は最初だけ、その後は彼にしてはかなりきつい口調で断るのが、ちょっと可笑しいところであります。
 さらにその後の脅迫状騒動の際には、京助に拝み倒されて胡堂が出馬、逃げる犯人に投げ銭一閃! というのは、これは言うまでもなく後に胡堂が発表することになる銭形平次オマージュで、ちょっとニヤリとできる展開でありました。

 さて、結末ではさすがに啄木が出馬して事件の真相を解き明かすのですが――原作を読んだ時はちょっと強引に思えたそれも、ビジュアルで見せられるとそれなりに納得させられます。もっとも、そこに絡む殺人事件の方は、ダイイングメッセージが直球過ぎて、これはカットしてもよかったのではないかなあ、と思わなくもありませんが……
(原作でちょっと強引に感じられた犯人からのメッセージが、本作では少し理にかなった印象に改変されているのは面白いところではあります)

 ちなみに原作ではこのエピソードは、被害者親子(そして○○親子)とある意味対比するような形で、啄木の家庭事情が重ね合わされ、何とも重く侘しい味わいが生まれていたのですが――それぞれに結婚し、家庭を背負っている原作の(そして史実の)啄木と京助に対し、本作はそもそも妻の影も形もないという状態。そこでこちらでは、啄木が京助との友情に絡めて自分が歌を詠む理由を再確認するという、どこか寂しくも明るさを感じさせるものになっているのですが、これはこれでアリでしょう。


 さて、これまでかなり原作の内容にアレンジ(多くの場合取捨選択)を加えていた本作ですが、今回は原作の事件そのものはかなり忠実に描いていた印象の今回でしたが――本作も残す所はあと一話。
 第一話から要所要所で語られる、告発状絡みの殺人事件に関わってきた告発者Xとの対決がラストに描かれるはずですが――啄木との接点が微妙なために今ひとつピントが合ってこなかったこの告発者Xの存在を、どこまで印象的に描くことができるのか。

 そして第一話から予告されてきた、避けられない運命である啄木と京助の永遠の別れをどう描くのか――全ては次回であります。

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 「啄木鳥探偵處」 探偵啄木、浅草を往く

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2020.10.14

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 妖刀は怪盗を招く』 鼠小僧は村正を盗むか?

 『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』シリーズの最新作、第7弾であります。長屋に投げ込まれた小判と大名家からの村正盗難、それはあの鼠小僧の仕業なのか!? 今回も「千住の先生」が参戦、幾重にも入り組んだ事件の謎に、おゆうたちが挑むことになります。

 ある日、貧乏長屋にどうやら盗品らしい小判が投げ込まれるという事件が発生。おゆうこと関口優佳は、その内容から、現代まで伝わる、かの鼠小僧の仕業かと色めき立つのですが――しかし調べてみれば史実に比べて一年早い出現に当惑するのでした。
 同じ頃、南町奉行所の内与力・戸山から、伝三郎とおゆうたちは、旗本の用人から内々に持ち込まれた千子村正盗難事件を捜査を依頼されるのですが――そこに優佳の現代での友人であり、科学分析分析のエキスパート・宇田川も首を突っ込んできて、「千手の先生」として捜査に加わることになります。

 かくて「鼠小僧」と村正の行方を同時に追うことになったおゆうたちですが、さらに件の長屋に住む浪人が、何者かに殺されるという事件までもが発生。事件が複雑化する中、優佳と宇田川は現代のテクノロジーの力で「鼠小僧」を捕らえるのですが、それは新たな事件の始まりに過ぎなかったのであります。


 というわけで、鼠小僧と村正という、キャッチーな二つのキーワードを軸に展開していく本作。ここしばらく、史実とのリンクが陰に日に描かれてきた本シリーズですが、今回は史実とのずれが――本来であれば翌年に出現するはずの鼠小僧が、何故一年早く犯行を行ったのかという謎が、物語を引っ張っていくことになります。
 なるほど、その歴史をリアルタイムで生きている人間にとっては、何が「正しい」歴史なのかわかるはずもありませんが、おゆうは現代と江戸の二重生活を送る人間。彼女にとってはそのずれが問題になる――というのは、本作ならではの要素であることは間違いありません。

 そしてまた、シリーズ冒頭からおゆうの科学捜査を助け(というか一手に引き受け)前々作からはついに自分も江戸時代に参戦するようになった宇田川が、今回も江戸にやってくるのがまた楽しい。
 もちろん、おゆうには扱えないような現代のアイテムを持ち込んでの大胆な捜査も面白いのですが、おゆうと伝三郎の間に微妙に割り込む感じとなっているのに、またニヤニヤとさせられてしまうのであります。

 しかし、いかに宇田川が科学捜査でデータを集めようとも、それを活かし、事件の謎を解き明かすのはおゆうの役目(この辺り、宇田川はマニア気質で自分の興味のあることしかやらない、という設定がうまい)。今回は思わぬピンチにあったりと災難もありますが、きっちりと最後は彼女が決めてくれます。

 そしてもちろん、ストーリーの方もかなり充実しているところで、特に後半の畳み掛けるような展開の連続はなかなかに読み応えがあります。
 何しろ、物語は「鼠小僧」が捕らえられてからが本番。犯人を捕らえて謎が解けるどころかより深まっていく謎の数々に、何段構えもの犯人の存在と、ミステリの部分で本作はシリーズでもかなり上位にあるのではないかと感じます。


 が――しかし、本作にはちょっと、いや大いにもったいない部分が存在します。それは、上で述べた物語のキーとなる、義賊としての鼠小僧の振る舞いは、現在ではほとんど虚構のものとして否定されていることであります。
 もちろんそのことをおゆうが知らなかった、という解釈もできますが、作中でおゆうが村正の妖刀伝説を否定していることに比べると、いささかバランスが悪く感じられるのは否めません。(おゆうの情報源であるネットから、鼠小僧も村正も、どちらの「定説」も拾えるのですから……)

 もちろん鼠小僧義賊説を否定してしまうと本作の根っこの部分が成り立たなくなってしまうのですが、そこは避けようがあったのではないかなあ――と、いささか歯がゆく感じられたところであります。

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2020.10.13

『半妖の夜叉姫』 第1話「あれからの犬夜叉」

 かごめが戦国時代に戻ってから半年、妖怪退治を続ける犬夜叉と弥勒に塚に封じられていた凶悪な妖怪・根の首退治の依頼が来る。かつて桔梗に封じられ、今なお四魂の玉を求める根の首は、かごめや珊瑚たちの暮らす村に襲いかかるが……

 あの『犬夜叉』のアニメオリジナルのスピンオフ(実質続編)、というかあの殺生丸様に娘が!? と話題の『半妖の夜叉姫』の放送が10月からスタートしました(出遅れたのは、まあいつものことでご寛恕を……)。
 殺生丸の双子の娘である「とわ」と「せつな」、そして犬夜叉とかごめの娘の「もろは」の三人を主人公とした物語とのことですが――その第1話は上のあらすじからわかるように、大部分が『犬夜叉』の最終回直後、彼女たちの親世代の元気な姿が描かれることとなります。

 冒頭、関東管領・扇谷柊弾正(史実ではこの頃は上杉謙信でしょうか――とこれは蛇足)に捕らえられた明らかに現代の、それも男装の少女・とわ。彼女は荷物の中にあった歴史の教科書からこの時代の人間ではないと見破られるのですが――彼に仕える宗久は、現代と繋がっている骨食いの井戸のことまで知っているではありませんか。
 そして宗久は、骨食いの井戸にまつわる昔語りを始めて――というわけで、その中で今回のメインである犬夜叉やかごめの物語が描かれる、という趣向であります。


 原作の最終話や後日談で描かれたように、高校卒業後に戦国時代に戻り、巫女の修行をしながら犬夜叉と暮らしているかごめ。珊瑚は弥勒との間に三人も子をもうけ、その弥勒と犬夜叉は妖怪退治という暮らしですが――近くの村で、骨だけにされた上、首がなくなった変死体が次々発見され、その犯人と犬夜叉たちは対決することになります。

 その犯人とは、かつて桔梗の矢で封印された妖怪・根の首――真っ赤な一つ目に無数の根から成る体のあちこちには生首をぶら下げた、見るからに剣呑な妖怪。一度倒されても根の一片があれば逃れ、さらには植物(?)妖怪らしく、あちこちに繁殖して襲いかかる難物であります。
 しかもこの根の首、あの四魂の玉を狙っており、しかも封印されていたためにもう玉もないことを知らない状態。しかし玉の気配からかかごめを襲うのですが――しかしこれはある意味飛んで火に入る夏の虫、であります。

 何しろ彼女の周囲には、三人の母になってもまだ飛来骨をブンブン振り回す珊瑚が、雲母と共に妖怪退治に勤しむ琥珀(しかし肝心なところで姉に雲母を取り返される)が、そして家の屋根の上には殺生丸が睨みを効かせている状態なのですから(まあ殺生丸の場合、りんのためだとは思いますが、安定のツンデレっぷり)。
 さらに邪見が、七宝が、楓が――と、懐かしい顔ぶれが続々登場。回想的扱いとはいえ鬼蜘蛛まで顔見せがあったのには驚きましたが、いずれにせよ、ファンには懐かしくも嬉しいエピソードであったことは言うまでもありません。

 その一方で、風穴がなくなったためか三児の父となったためか、すっかり落ち着いた感のある弥勒や、桔梗の話題になってもある程度余裕が感じられるかごめ――でもやっぱり「おすわり」はアリ――など、時は着実に流れているのだな、と感じさせてくれるのも、また感慨深いところであります。
(弥勒の声を保村真さんが当てているのも……)


 もっとも、本当に『半妖の夜叉姫』第1話というより『犬夜叉』最終回+1という内容ではあって、その点はどうなのかなあ、という気持ちはあります。
 しかしこの第1話のラストでは、せつなともろはが管領の城に乱入してとわを救出。ここでようやく三人娘が勢揃いして、いよいよ本当の物語がが始まる――ということなのでしょう。次回よりの物語にも期待したいと思います。


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2020.10.12

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 先日までの蒸し暑さが大きく和らいだと思ったら、今度はいきなりガクンと寒くなった!? というここ最近ですが、考えてみればもう10月。今年も残すところ、えっ、あと三ヶ月!? ということは新刊情報も今年はあとわずか二回。というわけで、11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 春先からこの方、いつ新刊が出なくなるかとドキドキしっぱなしだったのですが、数はちょっと少なめながらも、それでも着実に新刊は刊行されます。

 まず文庫小説でもっとも注目は、『鬼呼の庭 庭師の娘ふしぎ絵巻(仮)』(三好昌子 PHP文芸文庫)。タイトルとあらすじ、刊行元から考えるに、まず間違いなく、同じPHP文芸文庫から刊行されたアンソロジー『もののけ』に収録された書き下ろし短編がシリーズ化されたものでしょう。
 そのほか、新登場としては『平安春姫薬書 春告げる花と冬月の君』(伊月ともや KADOKAWAビーンズ文庫)と『乙女椿と横濱オペラ(仮)』(水守糸子 集英社オレンジ文庫)、そしてシリーズものの最新巻では、『ばけもの好む中将』第10巻(仮)(瀬川貴次 集英社文庫)が要チェックです。

 一方、文庫化・再刊でまず気になるのは、やはり『若さま同心 徳川竜之助 1 消えた十手』〈新装版〉(風野真知雄 双葉文庫)と『むすびつき』(畠中恵 新潮文庫)。その他、『Cocoon 2 蠱惑の焔夏』(原エヰジ 講談社文庫)と『猫の神さま 2 座敷わらし軍団見参の巻』(仲野ワタリ 角川春樹事務所時代小説文庫)でしょうか。
 また、海外を舞台とした冒険もの『月蝕島の魔物』(田中芳樹 創元推理文庫)も楽しみなところです(当然続編も?)

 最後にホラーでは、南條竹則訳の『狂気の山脈にて クトゥルー神話傑作選』(H・P・ラヴクラフト 新潮文庫)も気になるのですが――何と言っても注目すべきは、あの伝説のアンソロジーの復活でしょう。
 そう、『ダークロマンス 異形コレクション』(井上雅彦 光文社文庫)! 作家・作品はまだ不明ですが、きっと時代ものも収録されているはずと、楽しみにしております(いやもちろんその他の作品も!)


 そして漫画の方ですが――これが実はちょっと寂しい印象であります。

 新登場としては、やはり『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第1巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス)が最注目。二度目の漫画化ながら、原作も含めてこれまでと全く異なる世界を期待できそうであります。
 その他、シリーズものでは『信長のシェフ』第28巻(梶川卓郎 芳文社コミックス)と『いくさの子 織田三郎信長伝』第15巻(北原星望&原哲夫 コアミックスゼノンコミックス)信長ものが並びます。並ぶといえば、『前田慶次かぶき旅』第5巻(出口真人&原哲夫ほか コアミックスゼノンコミックス)と『花の慶次 雲のかなたに 新装版』第4-6巻(原哲夫&隆慶一郎ほか コアミックスゼノンコミックス DX)も同時発売なのですが、これはどうなのかなあ……

 また、海外ものでは『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第17巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)がやはり楽しみなところですが、異色の歴史漫画『魔女をまもる。』全3巻(槇えびし 朝日新聞出版Nemuki+コミックス)にも注目したいと思います。

 そしてもう一つ注目したいのが『爆宴』第1巻(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスKC)。タイトルを見ただけではわかりませんが、これが実は水滸伝漫画なのです。


 というわけで、点数的にはそこまで多くはありませんが、これを楽しみに生きていくことはできそうな11月の新刊であります。


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2020.10.11

久正人『ジャバウォッキー1914』第4巻 そして可能性の竜が掴んだ明日

 第一次世界大戦を背景に描かれてきた冒険活劇『ジャバウォッキー1914』もいよいよ最終巻。ついに動き出したジャンゴの狂気の野望、そして明らかになる17年前の真実。南極を舞台に繰り広げられる文字通り人間の運命を賭けた死闘に、人間と恐竜の絆は打ち克つことができるのか!?

 アルプスでの戦いで、サモエドに対する謎の執着を見せたジャンゴ。かつてリリーとサバタの前に立ち塞がり、いまは殻の中の騎士団に所属するこのアロサウルスの狂気の行動から、第4巻は始まります。

 飛行船で行われる騎士団最高幹部十人の会合――見るからに強そうな二つ名を持つ彼らがある行動を決定した直後、ついに本性をむき出しにしたジャンゴ。彼の凶弾によって、騎士団は思わぬ結末を迎えることになります。
 そこに現れたのは、騎士団幹部抹殺の命を受けた最強の傭兵エージェント・エイトことヤツフサ――強い相手と戦うことを条件に数々の戦場を渡り歩いてきた剽悍な戦士、そしてシェルティの父親(!)であります。

 その圧倒的な戦闘力でジャンゴをも追い詰めるヤツフサですが、しかしそこでジャンゴが発揮するのは、常識を超えた恐るべき能力――かつてサバタによって片目を奪われた際に得たその能力の正体とは……


 と、冒頭からあまりの情報量と展開の速さに圧倒される第4巻。その勢いとテンションは、ラストまで変わることなく続くことになります。

 辛うじて生き延びたヤツフサからジャンゴの行動を知ったブースロイドに促され、いまや世界で唯一リリーのみが知る、ジャンゴが潜む南極の秘密基地に向かうこととなったリリーと二人の子供たち。その地こそは、17年前、イフの城と袂を分かったリリーとサバタがジャンゴと対峙し、そしてリリーただ一人が、後にサモエドとなる卵を抱いて生還した場所なのであります。

 一人かの地に潜むジャンゴは、彼が、そしてブースロイドが「可能性の竜」と呼ぶサモエドを使って何をしようというのか。サモエドに秘められた真の能力と、その発動の鍵とは。それを阻むべく非情の決定を下したブースロイドと、依頼を受けたヤツフサの動きは。そしてリリーとサバタは……
 ここに『ジャバウォッキー』から続く人間と恐竜の物語は、完全な結末を迎えることになります。


 というわけで、ついに描かれることとなった、前作から持ち越しとなった因縁の決着――そして人間と恐竜の「明日」の行方。まさしく一気呵成に描かれるそれは、こちらの予想を遥かに超えるスケール、そして作者のSFマインドとビジュアルセンスの奔流で、ただ圧倒されるとしか言いようがありません。(前作に比べると伝奇味よりもSF味が強く感じられてきた本作ですが、ここではっきりとSFとしての姿を前面に出してきたと言えるでしょう)

 正直なところ、これまで敢えて匂わす程度の描写であったサバタ、そしてイフの城の運命が、ここではっきりと、悲しい形で明かされたのは、前作ファンとして確かにショックではあります。また、シェルティの父親、つまりはリリーの相手であるヤツフサも、なるほど満を持して登場するに相応しい強豪ではありますが、なぁ――と複雑な気分になってしまうのも確かでしょう。

 しかし――こちらのそんな気持ちはお見通しのように描かれる最終回は、ただお見事! というほかない展開の釣瓶打ち。
 特にここで描かれるサバタの言葉と行動は、まさにこちらのそんな気持ちにキッチリと応えるようなもので、「サバタ! ああサバタだなあ」という気持ちで胸が一杯になると、いうほかありません。

 そして人間と恐竜と――生ける者とそうでない者、全ての可能性を結集した末に、彼らが掴み取ったもの。それこそは前作から繰り返し語られてきたもの――全てのヒトの「明日」にほかなりません。
 それを示すラストのナレーションはまさに感無量。良い物語を読んだ! と笑顔でページを閉じることができるのです。

 『ジャバウォッキー』――人間と恐竜の物語、ここに見事大団円であります。


『ジャバウォッキー1914』第4巻(久正人 講談社シリウスKC) Amazon

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2020.10.10

宮部みゆき『きたきた捕物帖』 世の悪意に挑む二人の物語、開幕!

 満を持して、と言うべきでしょうか――宮部みゆきの新作時代小説は、深川を舞台にした捕物帖シリーズの第一弾。ちょっと頼りない文庫売りの北一と、謎だらけの風呂屋の釜焚き・喜多次、二人のきたさんをはじめ、様々な個性的なキャラクターたちが活躍する物語の開幕編であります。

 深川にその人ありと知られた岡っ引きの千吉親分。その彼が、ふぐに当たって死んでしまったことから、この物語は始まります。
 自分に何かあったら十手は返上する――そんな親分の遺言によって、子分たちが散り散りになる中、一番下っ端だった北一は、親分の表稼業の文庫屋を継いだ一番弟子の下で、文庫の振り売りを続けることになるのでした。

 そんな中、新しく住むことになった長屋の差配人、通称・富勘から、おかしな出来事を聞かされた北一。長屋の大家の遠縁に代々伝わる「呪いの福笑い」によって、家の人々に酷い災いが降りかかっているというのです。
 その呪いを収める方法はわかっているのですが、それは常人には難しいもの。ところがそれに名乗りを上げたのは、病で目が見えなくなった千吉親分のおかみさん・松葉で……


 そんな第一話「ふぐと福笑い」から始まる本作は、あらすじからもわかるように、なかなかユニークな物語です。何しろこの第一話では、主人公である北一は事件(?)解決のためにさして解決するわけでもなく、実際に活躍するのは松葉なのですから。

 そして以降の物語――
 不気味な文句の書かれた双六で遊んだ三人の子供たちが、そのマス目に書かれた通りの目に遭い、ついには神隠しまで起きてしまう第二話「双六神隠し」
 思わぬ出来事からならず者の恨みを買い、拐かされてしまった富勘を巡る騒動と、場末の風呂屋のおかしな釜焚きの謎を描く第三話「だんまり用心棒」
 大店の跡取りと後添いの祝言の場に、死んだ跡取りの先妻の生まれ変わりを名乗る娘が現れたことから、奇怪な事件が続発する第四話「冥土の花嫁」

 これらもまた、必ずしも北一が探偵役を務めるわけではない――というより、彼はむしろサポート役に回る場面が中心となります。しかしこれは別に不思議ではないかもしれません。そもそも彼は千吉親分の跡を継いだわけでも何でもなく、文庫屋のいわば下請けの身分に過ぎないのですから……


 しかし、それでは北一は全くの無力なのでしょうか。そして仮に無力だったとしても、目の前の事件を、悩み苦しむ人々を見過ごしにするのでしょうか? いえ、そうではありません。まだごく普通の、それもちょっと頼りない部類の若者であっても――彼の心には正義感や良心、誠実さといった、人間の善き心が確かに脈打っているのであります。

 もちろん、世の中は彼のような善人ばかりではありません。いやむしろ、様々な形の悪意が――己の欲のために人を殺めたり、人を苦しめることを楽しみとしたり、そこまでいかずとも人を平然と傷つけ、嘲ったりといった――この世には無数に存在しています。
 本作で描かれるのは、そんな世間の悪意に対して、まだ(そう、まだ!)微力ながらも抗おうとする北一が、彼を取り巻く人々――松葉や富勘、そして某家の用人・新兵衛といった個性的で心優しき人々の力を借りながら、一歩一歩前に踏み出していく姿なのです。

 そしておそらくはそんな北一を支える最も大きな存在が、もう一人の「きた」である喜多次なのでしょう。
 行き倒れていたところを風呂屋に拾われ、薄汚い身なりで黙々と働く彼は、しかし常人離れした身のこなしと技を持つ謎の男。むしろ不気味ですらある喜多次ですが、しかしある出来事がきっかけで(そしてそれも北一の誠実さによるものなのですが)北一に力を貸すようになるのです。

 実のところ、この喜多次の登場がかなり遅く、また北一と本格的にコンビを組んだわけでもありません。この辺りは、シリーズ化を前提としているからこそ初めてできる、大家だからこそ描ける作品というべきかもしれません。
 しかしそれは、裏を返せば、この先しっかりと腰を据えて物語が展開していくことの証なのでしょう。

 そしてそんな物語の先を、北一と喜多次がこの先活躍する姿を見てみたいと、強く感じさせられる――そんな作品であることは、間違いないのであります。


 ちなみに本作、『桜ほうさら』『初ものがたり』といった作者の他の作品とのリンクを、随所に見せてくれるのが楽しいところでもあります。その点も含めて、やはり大いに先が気になる物語なのです。


『きたきた捕物帖』(宮部みゆき PHP研究所) Amazon

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2020.10.09

霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』 兎月が挑む想い、支える想い

 神様の用心棒が帰ってきました。時は明治初頭、箱館戦争で一度は命を落とし、神使として甦った青年武士・兎月が、函館の人々を守るために奮闘する姿を描く第二弾であります。冬が近づく中、函館山から降りてくる悪しき魂・怪ノモノとの戦いを続ける兎月ですが、しかし敵はいよいよ強力に……

 箱館戦争から十年、函館山中腹の宇佐伎神社で目覚めた兎月こと海藤一条之介。彼は戦いの最中にウサギを庇って致命傷を負い、命を落としたはずが、神社の祭神であるツクヨミによって、甦ったのであります。
 現世の穢を祓うまでの修行として、勧請されたばかりでまだ力の弱いツクヨミが住まう神社の用心棒をすることとなった兎月。山から降りてくる怪ノモノ――死んだ人々の魂が恨みや憎しみで変化した存在――を斬る力を持つ名刀・是光を手に戦う彼は、やがて町の人々と打ち解け、絆を作っていくことに……

 という設定の本シリーズですが、本作の舞台となるのは冬。当然のことながら厳しい北海道の冬は、神とその用心棒にも容赦なく影響し、冬の間は神社を閉めて、町に降りることを余儀なくされます。
 しかしその間も山から降りてくる怪ノモノ。神社のウサギたちの警戒網をくぐり抜け、町に降りてきた怪ノモノは、人々に取り憑いて、様々な形で災いを振りまくことになります。兎月はツクヨミや、異国の巫の力を持つ青年パーシバル、町に祀られた稲荷神社の化身・豊川らの力を借りて立ち向かうのですが、しかし幾度なく苦戦を強いられることになるのです。


 ユニークな設定を持ちつつも、人情ものの要素が比較的強かった前作。それに対して本作は、もちろん人情ものとしての側面も残しつつも、怪ノモノとの対決がより前面に押し出され――それとともに、物語の方も、よりヘビーな展開を見せることになります。

 祝言を控えながらも、病で余命幾ばくもない母を持つ少女のもとに現れた怪ノモノによって、無惨な事件が引き起こされる第一話。
 パーシバル邸のクリスマスパーティーの晩、封印から解かれた異国の魔が思わぬ存在と結びついた時、連続猟奇殺人の幕が開く第二話。
 新しい時代のために戦いながら、廃刀令によって刀を奪われた元士族に取り憑いた怪ノモノが、函館を炎に包むべく暗躍する第三話。

 いずれのエピソードも、こういったレーベルの作品にしては珍しいほど(という表現は失礼ではあるのですが)血が流れるのですが――それ以上に重く感じられるのは、事件を引き起こし、あるいは大事にしていくのが、あくまでも人の情であり、想いである点であります。
 そう、怪ノモノの存在はあくまでもきっかけであり、是光で以てこれを斬っただけでは、その場限りの解決にしかなりません。本当に兎月が対峙すべきは、その先にある人の心なのです。

 だからこそ本作で描かれる事件は、時にどこまでもやるせなく、恐ろしく、苦いものを残すのであります。


 と書くと、本作が想いばかりの辛い物語と誤解されるかもしれませんが――もちろん本作は、そこで終わるようなものでは決してありません。何故ならば、人の想いは、決して昏いものだけではないから――そして、兎月は決して一人で生きているわけではないのですから。
 たとえ刀を取って戦うわけではなくとも、兎月の戦いの姿を知るわけではなくとも、兎月を取り巻く人々の存在は、彼を支え、そして戦う力を――この世の哀しさ辛さに挑む力を与えてくれるのです。

 だからこそ、本作に収められた物語には、最後には明るい笑顔が、そして未来への希望が必ず描かれています(第二話は、まあ、その後の幕間込みということで)。
 そして我々もまた――兎月を見守っているあの人もたぶん――安心して、兎月の活躍に声援を送ることができるのです。


『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon

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2020.10.08

『啄木鳥探偵處』 第十首「幾山河」

 環が死に、憔悴しきった啄木。環と自分をモデルにした小説を執筆した啄木だが、夏目漱石のもとに持ち込んだ原稿は評価されず、自棄になって遊蕩に耽るのだったあ。小説も書けず環の仇も討てず、自殺も京助に止められた啄木は、牧水の言葉をきっかけに、故郷の盛岡に帰るが……

 前回の事件の結末を受けて展開する今回は、事件性のない物語――ではありますが、啄木と京助の関係性を描く上で、非常に重要な内容となっています。

 前回、想いを寄せた環が、人身売買の悪事を働いていた夫・園部の殺害に失敗し、自分の目の前で返り討ちになってしまった啄木。運命の女を失い、さらには病状の進んだ彼は、ゾッとするほどに憔悴しきった姿で、京助らの前に現れることになります。
 しかもこれまでの溜まりに溜まった借金を返済(といっても一割)していくなど、どう考えてもヤバい行動を取るのですが――日頃の行動が行動なので、吉井勇たちにはまっっったく心配されないのは、残念ながら当然ではあって、むしろ可笑しさすら感じます。

 それでも人のいい朔太郎は、啄木が変わろうとしている姿と、それを支え続ける京助の姿に素直に感銘を受けるのですが――その直後に啄木が花街で散財しまくっているのを目撃した(しかも財源は京助から取材に行くと言って借りた金)勇と朔太郎はさすがに呆れ状態。
 いや、その直前、朔太郎の思わぬ友情宣言に頬を赤らめていた勇は、京助の友情を馬鹿にする啄木の発言に激怒、ついに鉄拳制裁を喰らわせ、視聴者の喝采を浴びるのですが……

 しかし実はこれには裏(?)があります。その直前、ついに書き上げた小説を夏目漱石のもとに持ち込んだ啄木ですが、しかし漱石はその小説を「なかなかリアリティがある」「今度短歌を聴かせてくれ」と遠回しに(さすがに啄木の衰弱っぷりを慮って)批判していたのであります。
 この辺り、出番は少ないながら発言の一つ一つにえらく説得力のある漱石の演技(私が単にミキシンファンなだけか)もいいのですが――一見、漱石に評価されたと啄木が浮かれているように思わせておいて、勇に殴られた後に自嘲しながら原稿に火をつける姿を見せることで、全て承知で自棄になっての乱痴気騒ぎであったことを見せる演出は、実によかったと思います。

 環によって示された、小説によって社会を変えるという道を行くこともできず、かといって彼女の仇であり、正当防衛で無罪放免となった園部を殺すこともできず、果てに啄木がやろうとしたのは剃刀を使っての自殺――と言いたいところですが、剃刀で腹に傷を付けるだけでは、切腹にもならず、しかも京助にそれを目撃される羽目に。
 嫌がらせ的に京助が大事にしていた鉢植えを窓から落として割ったり(ついでに加世にぶつけそうになって殺人未遂)と、表面的に見れば色々な意味で最低過ぎる言動の数々なのですが――しかしこの啄木の、八方塞がりになり、自暴自棄になって、自分に手を差し伸べる人まで傷つける姿には、程度の差こそあれ、誰もが経験あるのではないでしょうか。

 これまで散々天才ぶりを鼻にかけて周囲(というか京助)を振り回し、ヒューマンダストっぷりを見せつけてきた啄木が、ここにきて我々にとって共感できる姿を見せてくれたのは、これはもちろん作り手の計算の上ではあると思いますが、やはりグッとくるものがあります。
 そしてそんな彼を理解し、どこまでつきあおうという京助の無償の想いに応え、友情を取り戻した啄木。この二人の物語はどこに向かうのか――残すところ、あと2話であります。


『啄木鳥探偵處』四(Happinet Blu-rayソフト) Amazon


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 『啄木鳥探偵處』 第三首「さりげない言葉」
 『啄木鳥探偵處』 第四首「高塔奇譚」
 『啄木鳥探偵處』 第五首「にくいあん畜生」
 『啄木鳥探偵處』 第六首「忍冬」
 『啄木鳥探偵處』 第七首「紳士盗賊」
 『啄木鳥探偵處』 第八首「若きおとこ」
 『啄木鳥探偵處』 第九首「仕遂げしこと」

 「啄木鳥探偵處」 探偵啄木、浅草を往く

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2020.10.07

伊田チヨ子『ベルと紫太郎』第1巻 生の大正時代に生きる若い二人の物語

 大正時代といえば、フィクションの世界では「大正浪漫」というワードが真っ先に浮かびますが――本作は華やかなようでいてそうでない、しかし明るく楽しい生活を送る大正時代のカップル、それも浅草の舞台女優と財閥の三男坊というユニークな二人を主人公とした四コマ漫画であります。

 浅草の小さな芝居小屋・田能久座で看板女優を務める大沢ベルこと鈴、そして彼女の一番の「ファン」である野原紫太郎は、上野黒門町の長屋で同棲する仲。
 貧乏は嗜みと(負け惜しみ的に)嘯くベルと、生まれてこのかた金の苦労をしたことがない紫太郎と、全く正反対の人生を送ってきた二人ですが、今は仲良く一緒に貧乏生活を満喫する関係であります。

 本作はそんな二人の平凡な(?)日常を、当時の文化風俗をふんだんに盛り込んで描いた四コマ漫画です。
 しかし、「シンデレラ」を演じることになったベルが役作りに取り組んだり、二人で初めて洋食のディナーに出かけたり、上野のお稲荷様が長屋に押しかけてきたり、大晦日の掛け取りから逃れるために四苦八苦したり――ここで描かれるのは、「大正」に対する一般のイメージに重なるようでいて、ちょっと異なる世界かもしれません。

 なかにはほとんど江戸時代の、それも落語のような(というより落語ファンの作者が巧みに換骨奪胎しているのですが)生活のエピソードもあったりして、最初はちょっと戸惑うかもしれませんが――しかしこれもまた、大正のリアルと言うべきでしょう。
 「文明開化」から約50年、大きく日本の文化や生活様式は変わったようでいて、しかし人々の、特に庶民の暮らしはそれまでの時代と地続きであって――言い替えれば、江戸時代の名残がまだまだ諸所に残っていたことは、当時の様々な記録から窺えるのですから。

 本作は、そんなある意味等身大の大正時代を、全く異なる二つの世界に生きてきた――それもベルの場合、舞台という「虚構」の世界にも身を置いているのがさらに面白い――二人の視点から、描くことになります。
 それは時に、現代の我々から見れば随分と奇妙で、あるいは不便に映るかもしれませんが――しかしそれもまた、現代の我々となんら異なることのない人間の営みであり、何より決して悪くはないものだということを、本作は教えてくれるように思えます。


 そしてもちろん本作はそれだけではなく、ベルと紫太郎のラブコメでもあるのですが――こちらはなかなか慎ましやかなのも、また面白く感じます。
 何しろ周囲の人間から見ても二人の関係は謎だらけ、「ベルと紫太郎は……なんだろ?」と首を傾げられてしまったりするくらいで、もしかしてこの二人、プラトニックなのでは――と思わされたりもするのですが、その辺りは美しいファンタジーと言うべきなのかもしれません。

 特に、ハレー彗星の接近を巡る騒動を描くエピソードでは、二人を中心とした人々のドタバタぶりを描きつつ、二人の関係が一歩前進する様を描くのが実に微笑ましく――考証については相当丹念な本作には珍しく、大きく史実から離れた(その点はもちろん断り書きがあるのですが)展開をあえて描いたのはこのためであったか、と感心した次第です。


 何はともあれ、一見珍しく見えつつも、しかし確かに存在した(と信じられる)生の大正時代を描いた物語として――そして何とも慎ましくも微笑ましい若い二人の暮らしを描いた物語として、まことに愛すべき作品である本作。
 読めば「あの二人なんか好きだぜ俺…」という作中の人物の気持ちになってしまうこと間違いなし、末永くこの素敵な世界が続いて欲しい作品であります。
(舞台が大正11年というのが、いささか気になるところではありますが……)


『ベルと紫太郎』第1巻(伊田チヨ子 KADOKAWA) Amazon

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2020.10.06

田中啓文『元禄八犬伝 一 さもしい浪人が行く』 八犬伝パロディ ヒーローは小悪党!?

 伝奇小説の源流の一つであり、今なお様々な形で描かれている『南総里見八犬伝』。私も八犬伝とつけばつい手に取ってしまうくらいのファンですが、そんな人間に見逃せないのが本作――元禄時代を舞台に、八犬伝の登場人物、それも悪役たちが巨悪を向こうに回して暴れまわる痛快な活劇であります。

 時は元禄、所は大坂――生まれてこの方定職についたことなく、ゆすりたかりをはじめ金のためなら何でもやるという、その名の通りさもしい小悪党の網乾左母二郎。
 同居する怪盗・鴎尻の並四郎や、腐れ縁の妖婦・船虫とその日暮しを送っていた左母二郎は、ある日、見かけた僧侶と美しい娘から金の匂いを嗅ぎつけ、二人を脅しにかかりるのですが――実はかなりの遣い手であった僧侶も娘相手に苦戦する羽目に。そして双方痛み分け状態のところで、丶大と名乗る僧は思わぬ提案をするのでした。

 実は娘――実は女装の美男子・犬塚信乃――は、犬公方・徳川綱吉の直属の配下「八犬士」の一人。彼らは失踪した綱吉の娘・伏姫を探して、大坂を訪れたというのであります。
 伏姫の手がかりとなるのは、彼女が持つという仁義礼智信忠孝悌の水晶の数珠のみ。そして彼らは、宝井其角が開催するという矢数俳諧と通し矢の一大勝負にそれらしき水晶玉が賭けられていると聞き、探索を行っていたというではありませんか。

 残念ながらその珠は別物であったものの、勝負の陰に何やら悪事の匂いを嗅ぎ取り、左母二郎に探索を持ちかけた丶大。人に使われるのはまっぴらごめんだが、そこに賭けられた六千両の大金は自由にしてよいという言葉に、左母二郎たちも協力することになります。
 しかし単なる悪党たちの悪巧みと思われた事件の裏には、得体の知れぬ悪意の影が……


 というあらすじを見ればわかるように、本作は江戸時代を舞台とした八犬伝のリライトというよりも、八犬伝のキャラクターを江戸時代に移し替え、自由に動かしてみせたパロディ的な色彩の強い作品であります。

 何しろ本作の八犬士は、犬大好きの犬公方・綱吉が、犬の付く者たちを全国から集めた直属の配下という設定。何故元禄なのか? というのはこれはやはり犬公方からの連想なのかなあ――と思いますが、思い切った設定にもかかわらず、八犬士たちのビジュアルやキャラクターは実に「らしく」、そのギャップが何とも楽しいのです。
 しかしやはり何と言っても本作の最大の特長にして魅力は、あくまでも彼ら八犬士は脇役であり、主役を張るのは八犬伝では悪役だった連中であることに尽きます。

 原典では色悪的な造形で、浜路に横恋慕して信乃を罠にかけた網乾左母二郎。典型的な毒婦として幾度となく八犬士と関わり、苦しめた船虫。その船虫の最初の夫として登場した盗賊の並四郎。
 いずれも原典では滅ぼされるべき悪人として描かれた面々が、本作では――こちらは八犬士と異なりかなりアレンジしたキャラクターですが――悪に強い悪として大活躍するのですから驚かされますが、しかしこれが面白い。

 このトリオは人助けや自己犠牲の精神など欠片もない、世の中に迷惑をかけて暮らしている小悪党。特に左母二郎などはちょっと感情移入しにくいキャラクターにはじめは見えるのですが――しかし物語が進んでみると、どこか抜けたところがあって、愛嬌が感じられるようになってきます。
 何よりも本作で彼らが対峙する悪党は、突き詰めれば暮らしのために悪事を働いている左母二郎たちとは違う、むしろ悪のための悪というべき邪悪な連中。そんな連中の鼻っ柱を、さもしい小悪党たちがへし折っていくのが実に痛快なのです。


 そしてまた、彼らが挑む事件もまた実にユニークかつ、ミステリ味が濃厚なのが嬉しいところであります。
 矢数俳諧――一昼夜に独吟できる句数を競うマラソンイベント――に挑む三流俳人が、かの西鶴に匹敵する数万もの句を詠むという不可能を可能とするカラクリに挑む第一話。そして犬山道節とともに不可解な神隠しに挑む第二話と、物語の中心に謎解きが据えられているのもまた、本作の大きな特長です。

 さらに物語全体を貫く巨大な謎として、大坂を狙う巨大な影――護持院隆光の祈祷の最中に姿を見せるというケレン味も実にいい――という伝奇味も注目すべきところでしょう。
 本作のラストではその正体の一端が明かされるのですが――これがまた無茶苦茶なようで、確かに綱吉とは犬に関して因縁のあるという伝奇味溢れる存在なのがたまりません。

 八犬伝パロディというだけでなく、ユニークな時代伝奇小説として――この先の展開が楽しみで仕方ない物語の開幕であります。


『元禄八犬伝 一 さもしい浪人が行く』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

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2020.10.05

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第22巻 伊黒の想い そして終わりなき地獄絵図

 累計発行部数1億部という、ちょっと目を疑うような数を達成、劇場版も公開目前と、原作が完結しても今なお勢いに乗る『鬼滅の刃』も、残すところ本書を入れてあと2巻。前巻から始まった鬼舞辻無惨との決戦は、いつ果てるとも知れぬまま続き、地獄絵図を現出させることとなります。

 無限城の決戦の末に、幾多の犠牲を払いながらも上弦の鬼を全て倒した鬼殺隊。しかし、決戦開始前に大打撃を受け回復の時を待っていた無惨がついに復活――長い白髪、体中に幾多の口と触手を持った異形の姿で、鬼殺隊の前に出現するのでした。
 その無惨と先陣を切って対峙した炭治郎と義勇ですが、無惨の次元の違う力の前に炭治郎は片目を奪われ、さらにそこから入った毒血により、見るも無残な姿で地に伏す結果に。

 かくて、主人公が真っ先に倒れた中で、舞台を無限城から外界に移して始まった最終決戦。無惨の天敵である太陽が昇るまであと一時間半という短いようで長い時間に、集結した残った柱たち――岩・水・風・蛇・恋は無惨に挑むのですが……


 だが、無惨は強い。実に強い。長く伸びる腕と触手の無限に続く連続攻撃の中で、最強の柱たちが圧倒され、最初に容赦なく(本当に容赦なく)深手を負わされて倒れたのは恋柱・甘露寺蜜璃。そしてその恋柱を平隊士たちに託して再び死闘に向かうのは蛇柱・伊黒小芭内――その彼の秘められた過去が、そして包帯の下の素顔が、ここで描かれることになります。

 これまで唯一、過去の物語が描かれていなかった伊黒。言い替えればそれは、これまで彼に主役として活躍の場がなかったということでもあります。さらに初登場以来、ネチネチと絡むような物言いばかりが(そして蜜璃への執着が)目立って、正直なところあまり印象は良くなかった伊黒ですが――ここで語られる彼の過去の壮絶さは、それらを吹き飛ばして余りあるものがあります。

 鬼殺隊の、特に柱のほとんどがそうであるように、鬼によって悲惨な過去を背負わされてきた伊黒。しかし彼のそれは、鬼によるものだけでないだけに――そして彼自身にも罪の意識があることにより――より一層痛切に響くものがあります。
 一読、許す! 許すからぜひとも恋柱と添い遂げてくれ! と一転彼を応援したくなってしまうこの展開。これはもう、本作で作者が幾度となく描いてきた、わずかの描写でその人物への評価を一転させる筆の冴えが、この終盤においてもなお、存分に発揮されたというほかありません。


 しかしその小黒を加えてなおも続く戦いは一進一退、いや退かないようにするのが精一杯の――あの鉄面皮の義勇が表情を露わにするほどの厳しい状況。
 そんな中で、思わぬ(本当に全く思わぬ!)助っ人の登場により柱たちも力を取り戻し、さらに炭治郎の同期組の参戦、柱たちの赫刀覚醒と畳み掛けるように続いって一気に逆転、これは確かにもしかしていけるんじゃないのか? ――と思ったところに、たった1ページで地獄に叩き落とされるのが、本作の本作たる所以であります。

 連載時に読んだ時には、そして今回単行本で読み返してみても本当に目を疑ったこの惨状。一瞬にして本当に取り返しのつかない状況に陥ったこの展開には、失礼ながら「鬼」という言葉が浮かんだというのが正直なところです。(考えてみれば、『過狩り狩り』といい本作のパイロット版といい、ある意味原点に返ったのかもしれませんが……)

 これ以上読むのが辛い――と真剣に思ったところに、満を持して主人公が復帰するというのは、これは考えてみれば定番中の定番なのですが、しかしその姿は、無惨の言葉に一瞬頷きかけてしまったほどの壮絶なもの。
 それでも、それでも炭治郎は戦い続けます。これまでがそうであったように、傷つきながらも、自分を鼓舞しながら。そしてその果てに彼は、ついに長らく失われてきた真実を掴むこととなります。

 時同じくして、無惨の身に現れた異変(少なくとも髪はもっと早く気付こうよ……)。そして過去からの助け、再び立ち上がったあの男の参戦、決戦の場に急ぐ禰豆子の変貌、最後の最後に仕掛けられた罠……
 どこまでも壮絶で、一瞬たりとも油断できない戦いが続く中、物語は着実に、決着の時に向かって進み続けます。果たしてそこに待つものは――いよいよ次巻完結であります。


『鬼滅の刃』第22巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon


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2020.10.04

小山ゆう『颯汰の国』第5巻 悲劇と死闘と いま一つのクライマックス

 自由と誇りを賭けた颯汰たち高山藩の人々の戦いも、この第5巻で一つのクライマックスを迎えることとなります。宿敵・横山宗長の陰湿な攻撃が続く中、起きてしまった大きな悲劇。しかしその中から立ち上がった颯汰は、ついに宗長と決戦の時を迎えることになるのです。

 理不尽に藩を取り潰されながらも、自分たちの生きる場所を求め、幕府の直轄領を奪取し、土地の人々と新たな国を作った颯汰たち。彼らは、琴姫を狙う残忍な大名・横山宗長が繰り出す攻撃を幾度となく退けてきました。
 しかし、なりふり構わぬ宗長は忍びを送り込んで高山藩の人々を支える人々の家に放火するという攻撃を繰り返し、皆の心を疲弊させていくという陰湿な戦法に出ます。そしてその中で颯汰も、毒矢によって深手を負わされるのでした。

 それでも屈することなく、人々は次なる攻撃に備えて立ち上がります。そしてその中で颯汰の父は、このような非常時においても自分たちを信じようとする土地の人々との絆を糧に、自らも戦いに向かうのですが……
 一方、宗長の側も、度重なる敗北に加えて、忍びを使った攻撃で領民に死傷者を出したことが幕府から問題視され、大軍を発して一気に勝負を決することを決意。

 敵味方とも多くのものを失い、もはや後がなくなった同士、いよいよ決戦であります。


 というわけで、悲劇から始まり、そして決戦に終わるこの巻。そしてこの大きく状況が動く中で、中心にいるのが颯汰であることは言うまでもありません。一度は大きな悲しみに沈み、全てを投げ出しかけた颯汰ですが――ギリギリのところで踏みとどまり、立ち上がる姿が、この巻で描かれることになります。

 そこで彼を支えたもの――彼が自分の中にあると気付いたもの。それは、運命の理不尽に負けず、厳しくとも己の道を自分自身で選び取ろうとする意思であり――言い替えれば、人間の尊厳とも言うべきものであります。
 そしてそれはもちろん、一人颯汰のみが持つものではなく、彼の父をはじめとして、彼とともに戦う仲間たち全てが持つものであることは言うまでもありません。

 それはまた、力で人をねじ伏せ、欲望のままに行動する宗長の存在と、真っ向から対立するものであることは間違いありません。言うなればこの決戦は、人間性を軸とした両者の戦いであったともいえるでしょう。
 そしてその両者の対決の結末は――これは言うまでもありません。


 というわけで、物語的には一区切りとなったこの巻ですが――正直なところ(颯汰と琴姫の成り行きも含めて)悲劇も決戦の行方も、予定調和の範囲内で展開し、終わったという印象は否めません。その意味では、痛快ではあったものの、物足りないものもあったというのが、正直なところではあります。

 もちろん、この先も物語はまだ続くことになります。そして颯汰たちが掲げるものを否定する――それも宗長とはまた異なる形で――者たちとの戦いは、これからが本番なのでしょう。それは、この巻のラストで描かれた江戸城中の光景でも明らかであります。
 その戦いの中で最もどう作用するか判らない要素――すなわち颯汰の出自がどのように働くことになるかを含めて、物語を見守りたいと思います。


『颯汰の国』第5巻(小山ゆう 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2020.10.03

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第8巻 モラトリアムの終わり 泰平の終わり

 これまででおそらくインパクトのある(書店で思わず眼を逸らしそうになったほどの)高杉晋作が表紙の第8巻ですが、もちろん主人公はあくまでも伊庭八郎。この巻ではついに八郎が江戸を離れ、京に向かうことになります。そしてそこで彼が見たもの、出会った者とは……

 いよいよ舞台は文久3年(1863年)、冒頭ではそれまでの日常には当然あったものが突然失われ、困惑と将来への不安に揺れる――という、何だか非常に我々にとって他人事には思えない江戸っ子たちの姿が描かれるこの巻。
 なるほど、確かに幕末史において文久3年から翌年(元治元年)にかけては激動に次ぐ激動の時期であります。馬関戦争、薩英戦争、八月十八日の政変、池田屋事件、禁門の変、四国艦隊下関砲撃、長州征伐……見ているだけでクラクラしてくるようなイベントラッシュ(そしてそのほとんどに絡んでいる長州)、その渦中の人間はたまったものではないでしょう。

 そしてそんな中で、ついに八郎にも出番が回ってくることになります。如何に剣の道では講武所にその人ありと知られた八郎とはいえ、これまでは無役の若者に過ぎません。それがついに奧詰衆――すなわち将軍親衛隊の、その候補に選ばれたのですから、八郎が喜ぶまいことか。
 そしてその奧詰衆に正式に任命されるためのテスト的な意味合いもあって、八郎は将軍上洛の警護に加わることになって……

 というわけで、この巻の約1/3ほどを使って描かれるのは、京とその往復の旅路での八郎たちの姿――そう、「伊庭八郎征西日記」に当たる部分であります。
 「伊庭八郎征西日記」は、将軍上洛の旅に加わった八郎が記した、約半年間の日記。その勇ましい題名にもかかわらず、基本的に当時の幕臣の日常的な勤務風景と、あとは非番にうまいものを食べたり観光地に行ったりという、八郎の平穏無事な日常が描かれた日記であります。

 しかし本作は、その内容を踏まえつつも、そのままなぞるわけではありません。いや、そこに記されていない、あったかもしれない――いやあって欲しい出来事が、描かれることになります。
 それは一足先に京に向かった試衛館の面々との――すなわち、新選組との再会であります。ありますが、それはこちらが期待していたような、和やかな、あるいは賑やかなものではありません。その一人である土方からは、むしろ殺伐とした、敵意が籠もっているとすらいえる視線で、八郎は遇されることになるのですから。

 ……考えてみれば、試衛館の面々が浪士組に加わってからこの時に至るまでは、上に述べたまさに激動の期間に当たります。そして彼ら自身、清河八郎の「裏切り」あり、新選組旗揚げあり、芹沢らの粛正あり――と、到底綺麗事では済まされない日々を送ってきたこともまた事実であります。
 そんな彼らが、後からのんびりやって来て、平穏な城勤めに明け暮れる者たちを見たとすれば、何を想うか? それも、自分たちが苦労して苦労して、ようやくその末端に辿り着いた武士という身分を、生まれながら持つ者たちを……

 もちろん、八郎が苦労知らずの坊ちゃんなどではないことは、これまで本作を読んできた身としては良く知っています。しかし、この巻の前半で描かれていたように、吉原の花魁と名残を惜しむ八郎の姿に、違和感を覚えたのもまた事実であります。
 例えてみれば八郎がいまだモラトリアムの時期を過ごしているとすれば、新選組の面々は一足早く世間に出て、その厳しさを知った身といえるでしょうか。そう考えれば、半ば八つ当たり的な土方の態度にも、頷けるものがあるように思うのです。

 しかし、八郎もまた、奧詰衆に正式に任じられることにより、モラトリアムを脱することになります。そしてそれと前後するように、徳川幕府の泰平の世も終わりを迎えることになるのであります。八郎を、幕府を(そして新選組を)この先何が待っているのか、我々は良く知るわけですが――そこで描かれるものが悲しみだけでないことを、心から祈りたい気分なのであります。


 ちなみに、この巻の巻末には、番外編として鎌さん主人公の「俺の鎌めし」を収録。道場での鎌さんの稽古風景と、礼子への料理指南を描いた短編で、本編がだいぶシリアスなだけに、貴重な息抜きであります。


『MUJIN 無尽』第8巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon

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 山村竜也『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』 泰平と動乱の境目に立っていた青年の姿

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2020.10.02

重野なおき『信長の忍び』第17巻 大海戦とと裏切りと――恋と?

 長きに渡った信長と本願寺の合戦もいよいよクライマックス――この第17巻では、捲土重来を期する九鬼水軍と、本願寺と結ぶ村上水軍の決戦が繰り広げられることになります。しかしその一方で、信長に思わぬ窮地が……

 前巻の終盤、何と御館の乱において、直江兼続の依頼を受けて上杉景勝方に加勢することとなった千鳥と助蔵。無事に帰還した二人ですが、今度は帰って早々に志摩の九鬼嘉隆のもとに向かうことになります。そこで建造されていたのは、織田軍の、九鬼水軍の秘密兵器である鉄甲船――全面を鉄板で覆った海の城塞であります。
 この鉄甲船、実際にはかなり謎が多く、そもそも本当に鉄板を張った船であったのか、という点も議論があるようですが――本作における鉄甲船は、ある意味極めてシンプルに巷説通りの存在として描かれることになります。(ここで鉄甲船の装甲を確認しようとした二人の行動が非常に可笑しい)

 海(水)は天敵のはずの千鳥すら思わず乗りたくなってしまうほどのこの大船、途中の淡輪沖では雑賀衆の水軍と衝突するもこれを鎧袖一触! いよいよ本願寺へと向かうのですが――ここで信長の周囲では大事件が発生することになります。
 それは荒木村重の謀叛――信長の下で活躍してきた重臣が、本願寺と結び、突如牙を剥いたのであります。


 ……と、謀叛、裏切りという点では信長の周囲に色々とインパクトのある人間がいたせいか、今ひとつ謀叛と言っても「そうですか」という印象の村重。しかし彼の領地が、古代から交通の要衝であった摂津国であったという一事を以てしても、彼の織田家における位置付けがわかろうというものでしょう。
 といっても、何かとっかかりになるものがあればグイグイそれで押していく本作らしく、ここでの村重は、茶器が大好きすぎるおじさんという印象が強いのですが……
(謀叛の理由に茶器がとんでもない形で出てくるのには爆笑)

 しかし、村重の謀叛を笑ってすませるわけにはいかないのは間違いのない話。今まさに正念場の本願寺戦、そして一度は信長自らが出馬することを考えたほどの毛利との決戦と、畿内・中国地方で重要な戦いが続く中、摂津を抑える村重が背けばどうなるか――一気に情勢が変わりかねません。
 本作はそんな状況を、本願寺側の思惑も絡めつつ(そして笑いもどんどん交えつつ)、描いていくのですが――一人、光秀にとっては、他人以上に恐るべき事態と言えます。

 というのも、彼の娘の一人は、村重の息子に嫁いだ身。そこで村重が背けばどうなるか――というわけで、秀吉ともども村重の糾問使となった光秀ですが、ここでの村重と彼らの会話は、大いに印象的なものとなっています。
 そもそも、今でも諸説ある村重の謀叛の理由。本作においては、それは本願寺の調略をきっかけとしつつ、ただそれだけが理由ではない、複合的なものとして描いているのですが――それを語る村重の言葉、ここに至って彼が悟った裏切り論は、ある意味常人であった、常人過ぎた彼が語るからこそ、大いに興味深く感じられるのです。

 そしてそれを光秀に対して語るのも(些かいじりすぎの気もしますが)また面白いのですが――しかしそこで千鳥の上から目線のダメ出しが入るのは、正直なところ興醒めではあります。
 元々、信長に敵対する武将、特に大局観のない相手には、非常に手厳しいキャラクター、いや作品ではありますが、しかしここで村重の言葉に当てはまらない人間がどれだけいるか……


 何はともあれ、村重の謀叛は一旦棚上げして、ついに到着した九鬼水軍の鉄甲船と毛利方の村上水軍の間で始まる決戦――いわゆる第二次木津川口の戦い。
 九鬼嘉隆と村上武吉――ともに水軍、いわば海賊であり、やり方は違いながらも、己の誇りを抱きつつ、今という時代を生き延びていこうとする者同士の激突は、単に織田と本願寺の戦を超えたものを感じさせます。

 そしてその中で、千鳥も普段の苦手を乗り越えて奮戦するのですが――そこから思わぬ形で、ドラマが展開することになります。
 それはここでは伏せますが、ある意味本作を初めから読んできた人間ほど意外で(ひどい)、そして嬉しいものであることは間違いありません。実はこの巻の冒頭でも描かれたそれが、巻末においてリフレインされるという構成も、心憎いところです。

 しかしこうなると、逆に何かのフラグではないか心配になったりもするのですが――というより条件の時点で――折しも、千鳥自身の戦いになるのではないかと予感させるあの戦の名前も語られ、微笑ましさと不穏さが入り混じったまま、次巻に続きます。


『信長の忍び』第17巻(重野なおき 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon


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2020.10.01

『啄木鳥探偵處』 第九首「仕遂げしこと」

 屋敷の天井裏で鑑の弟のシャツのボタンを見つけた啄木。その啄木に、環は夫の園部が教会の慈善事業に隠れて子供の人身売買をしていると語る。そんな中、平井太郎から鑑の家に幽霊が出ると聞いた啄木は、そこである物を発見し、園部邸に走る。しかし時既に遅く、園部は何者かに殺されたと環は語るが……

 前回、男装の麗人・環から、自分の家に届く脅迫状を調べて欲しいと依頼された啄木。興行主である環の夫の園部は、軽業師・鑑を事故に見せかけて殺したとして逮捕され、しかも人身売買に手を染めていると告発されたものの、結局は無罪放免されたというのですが――この脅迫状は、鑑の弟によるものに違いないと語る環に、啄木は徐々に惹かれていくことになります。
 しかし脅迫状はどんどんエスカレートし、ついには間近で監視しているとしか思えないレベルの内容になっていって……

 というところで解決編なのですが――前回感じた予感は当たり、今回も江戸川乱歩作品がベースになるという、ちょっと不思議な内容となっています。その作品とは、エンディングに「参考」とクレジットされた『陰獣』――乱歩作品の中でも人気の高い、中編推理小説であります。

 というわけで今回も、原典未読の方のためにも本作未見の方のためにも、内容について触れにくいのですが、ほとんどディテールまで原典を引いていた前々回の『二銭銅貨』に比べれば、今回はかなりアレンジが加わっていたと言えます。共通するのは、依頼人の妖しげな美女、姿なき脅迫者、依頼人の夫の死、犯人は○○○○――といった要素(あとはシャツのボタン)くらいで、正直なところ、言われなければかなりわかりにくいという印象があります。
 もちろんそこには本作の縦糸である「告発者X」による、殺人事件を通じた悪の告発という要素が絡んでいるという点も大きいのですが、最大の相違点は、やはりヒロインの造形であろうかと思います。

 原典のヒロインが多分に妖女めいた存在であったのに対して(そしてそこから来る濃厚なエロティシズムが原典の大きな特色であったわけで)、本作の環はむしろ逆――教会で奉仕活動を行っているという点がおそらくは象徴しているように、聖女的なイメージを与えられているやに感じられます。
 そして己の病がもたらす死への怯えから、虚無的な心境に陥っていた啄木に対し、人が生きる意味を語り、その指針として社会主義運動を示した環は、単に美女であるからというだけでなく、啄木に対しては運命の女性となったといえるのでしょう。
(それでのぼせ上がった啄木が、教会に寄付するために京助に借りた本を売ろうとするあたりは毎度ながらのダメ人間っぷりで、シリアス度が高い今回では逆に息抜きになりました)

 ただし、そうするとわざわざ『陰獣』を持ってくる必然性がどこまであるのかなあ――と感じてしまうのも正直なところで、同じような内容にしても、もう少しオリジナルで頑張ってみてもよかったのでは、という気はいたします。
 もう一つ、またまた依頼人が○○だった、というパターンなのも(毎回書いていますが)個人的には気に入らないところではありました。原典とは違い、完全に第三者の啄木を巻き込むことは危険性を高めるだけだったように感じられることもあり……

 結局のところ、前々回も申し上げたとおり、歴とした原作小説がある作品で、他の作家の作品を原案とするのはどう考えても必然性が薄いと感じるばかりで――環のキャラクター造形や啄木との関係性は悪くなかっただけに、なおさら首を傾げてしまうのであります。


 ちなみに今回も平井太郎少年は探偵顔負けの活躍振りで、彼が探偵の方がいいのでは、いやむしろここまで来ると彼が全ての筋書きを書いているのでは(いやまあ今回と前々回はメタな意味でそうなんですが)――などと、半ば本気で考えてしまったりするのであります。


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