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2020年11月

2020.11.30

正子公也『水滸 一百零八将』 日本一の水滸伝画集、中国で刊行!

 このブログでは基本的に一般に手に入るもの、入れられたものを対象にしていますが、今回紹介するのは微妙にそこから外れるかもしれません。絵巻作家・正子公也の水滸伝画集『絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八』の中国版『水滸 一百零八将』の紹介であります。

 三國志や戦国もの(特に最近は後者が多いでしょうか)を中心に、美麗かつ迫力満点、そして何よりも対象のことを深く理解していて初めて成立する、物語性を深く感じさせるイラストを描く正子公也。
 しかし水滸伝ファンにとっては、言うまでもなく日本で描かれた水滸伝において、その原典の理解度と面白さで頂点にある(断言)『絵巻水滸伝』のビジュアル担当であり――言い替えれば日本一の水滸伝絵師であります。

 その正子公也が水滸伝のイラストが初めて(少なくとも一定数以上まとめて)掲載されたのは1997年の『水滸伝 天導一〇八星 好漢FILE』かと思いますが、私はその時からの大ファン。そしてその作者が梁山泊の好漢百八人全員を描いた画集が、1999年にグラフィック社から刊行された『絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八』であります。
 一部の好漢のみだった『好漢FILE』掲載作品だけでも素晴らしかったものが、百八人全て勢揃いした時のインパクトたるや――冗談や誇張抜きで呆然とさせられたほどだったのを今でも思い出します。

 その後、この画集は2006年に『絵巻水滸伝』の書籍化と合わせて魁星出版から(収録作品にはほとんど変更はないものの、好漢の渾名の英語名など修正を加えて)復刊されましたが、以来残念ながら絶版となっております。

 それが今年になって、水滸伝の母国である中国の人民文学出版社から、全4巻の正子公也画集『正子公也の宇宙』の第1巻として発売される――というニュースを知った時は、ある意味凱旋帰国という点は喜んだものの、正直なところ、日本版両方とも持っていることもあり、そこかで感心をそそられませんでした。
 しかしその内容が決定版とも言うべきもの――これまでの版では好漢の並びが作中の登場順であったものが席次順に変更され、さらに『絵巻水滸伝』の第一部の中で印象的な装画、さらに第二部の遼国篇と田虎王慶篇の表紙も収録されていると公式ブログで見れば、むむっとこないはずがありません。

 しかしさすがに中国国内のみでの発売のものだからこればかりは仕方ない――と思っていたところに、少数ながら国内でも通販されると知り、慌てて飛びついた次第であります(と言っても本当にギリギリのところだったのですが……)


Img_20201129_213946_1 さて、実際に届いた画集はといえば、これが写真で見れば判るように、縦横でいえば一回り、厚みでいえば倍近く違う外観。縦横はともかく厚みがここまで異なるのは、実は日本版は一ページに好漢一人、すなわち見開きで好漢二人だったものが、この中国版の百八星のパートは、見開きで好漢一人に変更になっているためであります。
 左側のページに好漢名が大きく迫力ある字体で記され、その他に日本版の巻末に収録された森下翠による好漢列伝の中国語訳や好漢の英語名等を掲載。そして右側に正子公也のイラストが掲載される形となっています。

 ちなみに本書は四章構成、「三十六天コウ星」「七十二地サツ星」は百八人のページですが、作中の名場面は「流星幻影」、第二部の表紙は「万里征途」――と、実にシビれる章題となっています。
(その他細かい仕様は、公式ブログの記事を参照)

 それにしてもこの中国版の百八星のページは、正子公也の画集としては言うまでもなく、水滸伝の百八星図鑑としても優れたものとなっている――としか言いようがなく、水滸伝ファンとしては、良いものを手に入れた! というほかありません。
 もっとも、日本版では、原典でペア扱いだった好漢たちは見開きで並ぶことを想定したような構図(例えば見開きで対峙する形の呂方と郭盛、阿吽の形で大見得を切っている杜遷と宋万など)になっていたものが、切り離されてみると――これはこれでもちろん成立しているものの――また違って見えるのは、ちょっと不思議な印象がありました。


 何はともあれ、少し早い自分へのクリスマスプレゼントとなったこの画集(作者のサイン入りの上、おまけで素敵なクリスマスカード(写真左)が!)。
 来年は『絵巻水滸伝』がついに完結することになりますが、最後の最後まで、いやその先まで応援していこう! と誓いを新たにした次第であります。


 しかし、見落としかもしれませんが、大事な人が一人抜けているような……(いや、作中の絵はあるのですが)


『水滸 一百零八将』(正子公也 人民文学出版社)


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2020.11.29

百舌鳥遼『鎌倉鬼譚 大江広元残夢抄』 異能の政所別当、鬼と魔に挑む

 先日来、再来年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のキャスティングが話題になっていますが、ある意味タイムリーな作品――鎌倉幕府の創生期に源氏三代、そして北条氏を支えた政所別当・大江広元を鎌倉を陰から守る陰陽術の達人として描いた、極めてユニークな設定の物語であります。

 源頼朝、頼家亡き後、三代将軍実朝を支え、政所別当として奔走する広元。その彼を夜毎悩ますのは、頼朝と頼家の亡霊が恨みを訴えてくる夢、そして世にも恐ろしい風貌をした巨大な黒鬼が空から降り立つ夢でありました。
 蛍惑星の人と呼ばれた異才・大江匡房の子孫であり、自らも鬼一法眼直伝の陰陽術の遣い手である広元は、これが何者かの術に因るものと断じ、密かに調べ始めることになります。

 その頃、鎌倉を騒がしていたのは御家人ばかりを狙った辻斬り。その魔手は広元にも迫るのですが、彼の前に姿を現した相手はまさしく「鬼」と言うべき奇怪な怪物だったのであります。
 さらに時同じくして、共に幕府を支えてきた執権・北条義時と侍所別当・和田義盛が、不可解なほどに感情をぶつけ合い、一触即発の状態に。この一連の事態の陰に、「鬼」と、さらに恐るべき存在を察知した広元ですが、時既に遅く、最悪の事態が勃発して……


 比較的フィクションの題材となることが少ない鎌倉時代。源氏三代(と元寇)はその数少ない例外ですが、しかしそんな中でも、大江広元を主人公とした物語はほとんどなかったのではないでしょうか。
 源頼朝に招かれて京から鎌倉に下向し、はじめ公文所別当、後に政所別当として、文と政によって鎌倉幕府を支えた広元。しかしあくまでも武士ではなく貴族出身の彼の存在は、いささかならず地味に感じられるのですから。

 しかし本作で語られているように、彼は異才を以て知られた大江匡房の子孫。この匡房は学者・歌人であると同時に兵法にも優れ、あの源義家の師であったという伝説が残る、不思議な人物であります。
 そしてその曾孫である広元には――あまり(伝奇的に)面白いエピソードはないのですが、武人だらけの鎌倉の中で、数少ない文人として幕府を支えた彼に、武に対する術の人というキャラクターを与えたのは、本作のユニークな着眼点であることは間違いありません。


 その一方で、彼の敵となる「鬼」、そしてその背後の魔の正体は、これはこの時代の伝奇ものの定番中の定番で、人によってはすぐにわかってしまうのがいささか残念なところではあります(そもそも、版元などの作品紹介では明示されてしまっているのですが……)。
 また、その魔に操られた人々によって、史実の上でのある事件が引き起こされたという展開も、いささかストレート過ぎるように感じられます。

 こうした点は正直なところ勿体なく感じられるのですが――しかし終盤の魔との決戦は、広元だけでなく、意外な人物の意外な活躍もあり、なかなか盛り上がるところではあります。
 また、出番はそこまで多くはないものの、義盛の子であり、豪勇を謳われた朝比奈義秀のキャラクターは魅力的で、特に終盤で描かれる「鬼」の正体との繋がりは泣かせどころ。そこから彼のある伝説に繋げていく結末も巧みであります。


 本作はそれ自身で物語は完結はしていますが――しかしまだまだ混沌と動乱の時代である鎌倉初期。何よりも本作で広元が支えた実朝にも、この後過酷な運命が待つわけですが――その中で陰陽師・大江広元がどのような役割を果たしたのか、この先の物語を見てみたい気持ちは、確かにあります。


『鎌倉鬼譚 大江広元残夢抄』(百舌鳥遼 青燈舎) Amazon


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2020.11.28

『新諸国物語 笛吹童子 第一部 どくろの旗』

 時は応仁の乱の後、丹波国満月城は赤柿玄蕃率いる野武士の群れに攻められ落城、明に渡っていた城主の子、萩丸と菊丸が帰国する。しかし都の惨状に嫌気が差した菊丸は武士を捨てて面作りとなり、萩丸は家老の上月右門と共に満月城に乗り込む。奮戦虚しく捕らえられた萩丸の運命は……

 このご時世で遠出も出来ずあまり楽しいこともないと思っていた今年ですが、京都ヒストリカ国際映画祭がオンライン上映(つまりはレンタル視聴)を行うというのでラインナップを見てみれば、「スーパーヒーロー前史 子ども時代劇エボリューション」と銘打って、東映の子供向け時代劇・ヒーローものが実に45本公開されていたではありませんか。
 さすがに全て観るのは不可能にしても、今まで観ていて当然だった作品はこの機会に観ておきたい――というわけでレンタルした一本が本作であります。(Prime Videoでも観れるとか言わない)

 『笛吹童子』といえば北村寿夫脚本のラジオドラマシリーズ『新諸国物語』の第二作、そしてそのラジオドラマの翌年に公開されたのが、この東映の映画版三部作であり――その人気から、その後もテレビドラマ、人形劇として幾度も映像化された作品であります。


 応仁の乱の後の天下が麻のごとく乱れた時代、髑髏を旗印とした悪漢・赤柿玄蕃(月形龍之介)率いる野武士の群れに攻められた満月城。家老の上月右門は落城前に姿を消し、城主の丹羽修理亮は自害し、丹羽家は完全に滅んだかと思いきや――実は城主の子である萩丸(東千代之介)と菊丸(中村錦之助)は明国に留学中でありました。

 萩丸は武芸に、菊丸は面作りに励んでいた中、菊丸の作った白鳥の面と師の作った髑髏の面が独りでに動き出して戦い、白鳥の面が割られるという怪事が発生。
 日本に戻る兄弟は、途中の無人島に灯る火を見つけ、立ち寄ってみれば、いたのは急を知らせに向かう途中に難破した右門――城主の証である白鳥の玉を託されてきた右門と共に、兄弟は満月城に向かうのでした。

 しかし、途中立ち寄った都の惨状に心を炒めた菊丸は、自分は文化で世を平和にしたいと武士を辞めて面作りとなると言い出し、萩丸は白鳥の玉を弟に託し、袂を分かつことになります。そして右門と二人、満月城に乗り込んだ萩丸は、落とし穴に落ちて囚われ、右門は追われた末に、彼に恩義のある武者・斑鳩隼人の機転によって救われるのでした。

 玄蕃に白鳥の玉の行方を問われるも頑として拒否した末に、菊丸の師の髑髏の面を被せられ、顔から取れなくなってしまった萩丸。そして隼人と、彼を庇った右門の娘・桔梗は捕らえられて磔刑に処されることになるのですが――その時、にわかに空がかき曇り、黒雲と稲妻の中から龍が現れ、二人を攫って天空に消えたではありませんか。これなん妖術師・霧の小次郎(大友柳太朗)の仕業で……


 と、三部構成の作品(公開当時は週替りで三本連続公開したというのですから驚き)の第一部ということで、原作のちょうど三分の一までを映像化した本作。しかし一年間のラジオドラマの三分の一をわずか45分で描いたものですから、展開が早い早い! 
 特に大きな場面転換がある時には、あまりの急転換に驚かされるのですが――そして実際その時には、かなり原作で描かれていたディテールが省略されているのですが――しかしこの一種のスピード感が、シンプルと言えばシンプルな物語展開と相まってなかなか気持ちいいのであります。

 そして主役は若き東千代之介と中村錦之助(萬屋錦之介)、脇を固めるのは月形龍之介と大友柳太朗――という、今になってみればびっくりするようなキャスト。特に東千代之介の颯爽とした若武者ぶりは実に格好良く、中盤のただ二人敵陣に殴り込んでの大立ち回りは、本作のクライマックスというべきでしょう。

 もっとも、その大立ち回りの直前、大将の玄蕃の前にいきなり萩丸が乗り込んできたり(絵に描いたような野武士の宴会中で油断していたとはいえ)、隼人を庇うつもりの桔梗の行動がどう見ても足を引っ張っているだけだったりと、どうかなあという部分も少なくないのですが――この辺りを今の目で云々するのはやはり野暮というものなのでしょう。

 大友柳太朗演じる霧の小次郎が絵に描いたような呵呵大笑を見せて続く、というクリフハンガーぶりもいっそ気持ちよく、残る二部も近日中に紹介したいと思います。


『新諸国物語 笛吹童子』(東映ビデオ DVDソフト) Amazon

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2020.11.27

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第1巻 熱血格闘漫画と歴史物語の高度な融合!

 来春からTVアニメが放送される古代ローマ格闘漫画『拳闘暗黒伝セスタス』『拳奴死闘伝セスタス』。連載開始以来、実に23年を経てもまだ終わりが見えないという途方もないこの作品について、良い機会ですので少しずつ取り上げていきましょう。まずは全ての始まりである『拳闘暗黒伝』第1巻から……

 紀元54年10月13日、若干17歳でローマ帝国の皇帝の座に就いたネロ。その同じ日に、冷酷な貴族・ヴァレンスの奴隷拳闘士養成所に暮らす少年・セスタスは、拳奴としての最終選考にかけられることになります。
 親友のロッコとの対戦に躊躇いつつも、圧倒的な実力で勝利するセスタス。しかし次の瞬間、ロッコの身を無数の矢が貫き、敗北者は死というあまりに無惨な宿命をセスタスは叩き込まれるのでした。

 百勝した暁には自由を与えるというヴァレンスの言葉のみを頼りに、師・ザファルの指導の下、ローマの闘技場で行われたデビュー戦を快勝で飾ったセスタスですが――しかし彼は、またも対戦相手の無惨な最期に直面することに……


 と、「拳闘暗黒伝」の名も伊達ではない、凄まじくヘビーな始まりの本作。なるほど舞台となるのは人と人が拳で、あるいは剣で文字通り真剣勝負を繰り広げるのが人々の娯楽だった時代――そして奴隷制が市民の「豊かな」社会を支えていた時代となれば、このような血腥い展開も不思議ではありません。

 しかし本作が残酷趣味の暴力劇で終わらないのは、一つには、本作がいわゆるスポ根ものの定石に則った物語構成となっていることによるでしょう。
 そう、体格の点でハンデを持つ主人公が、かつては名選手として知られたものの怪我で第一線を退いたコーチの独創的な特訓によって才能を芽吹かせ、優れたテクニックで並み居る強敵たちに挑む――そんなスポ根ものの定番シチュエーションを、本作はきっちりと踏まえているのであります。

 またこうした作品においては、主人公のライバルは正反対の境遇(すなわち金持ち)の天才児――というのもまた定番ですが、本作においては、帝国徒手格闘兵団衛帝隊のエリート(この巻の時点では主席訓練生)であるルスカがこれに該当します。
 父は衛帝隊の隊長であり、アッティカの金獅子と異名を取る剛勇の武人・デミトリアス(そしてかつてザファルと死闘を繰り広げ、彼を現役引退に追い込んだ男)。まさにサラブレットというべき生まれに、打極投全てを使いこなす総合格闘術パンクラティオンの使い手――と、ルスカはあらゆる点でセスタスと正反対の少年なのであります。

 そしてそんな彼らが作中で繰り広げる拳闘・格闘描写が実にリアルで、時にケレンが効いているのがいい。ルスカの漫画映えする派手な技はもちろんのこと、セスタスのスピードを活かした拳技、そしてそれを支えるザファルのロジックが、格闘ものとしての本作をしっかりと支えているのであります。
 また、この時代の拳闘が、基本的に頑強な体に支えられた正面からの殴り合いに近いものであったのに、セスタスのそれがフットワークを存分に使った近代ボクシングに極めて近いものなのも面白い。それがセスタスの戦いに、同じ拳闘でありながら異種格闘技戦に近い味わいを生み出しているのです。


 しかし――本作を面白い格闘技漫画に留まらず、稀有の存在としているのは、本作の物語が当時の歴史と、当時の実在の人物と密接に結びついているからにほかなりません。

 本作において、セスタスとルスカに並ぶ三人目の主人公ともいえる存在――それがかの皇帝ネロであります。
 後世には「暴君」の代名詞とも言うべき人物として知られるネロ。しかし本作の開始時点におけるネロは、まだ戴冠したばかりであり、女傑とも女怪ともいうべき母・アグリッピーナの言いなりとなっている気弱な少年として描かれます。

 妃も含めて周囲に心を許せる存在がいない彼が、同年代であり、闘技場で徒手で懸命に、あるいは華麗に戦うセスタスとルスカに心を惹かれ、身近に招く。
 それがきっかけで、セスタスとルスカは思わぬ形で最初の戦いを繰り広げることになるのですが――その二人の戦いと並行して、ネロの孤独な等身大の少年としての魂の叫びが描かれるくだりこそが、この第1巻のクライマックスとなのであります。


 優れた格闘漫画であるだけでなく、それを通じて古代ローマという時代を、ネロという人物を描く――格闘漫画と歴史漫画の高度な融合が(特に第1シリーズである『拳闘暗黒伝』の)最大の魅力である『セスタス』。
 今後も少しずつ、本作について取り上げていきたいと思います。


『拳闘暗黒伝セスタス』第1巻(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) Amazon

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2020.11.26

『半妖の夜叉姫』 第8話「夢ひらきの罠」

 貸し与えられた虹色真珠の力で、夜叉姫たちを夢開きの術にかける夜爪。夢を通じて暴かれたそれぞれの過去を覗くとわ・もろは・竹千代だが、夢を見ないせつなには術が通じず、夜爪を倒す。しかし続いて現れた窮奇にとわともろはの妖力が封じられ、単身戦うせつなは窮地に立たされることに……

 物語は前回から続き――と言いたいところですが、冒頭に登場するのは屍屋の十兵衛と前回顔を見せた理玖。実は十兵衛に四凶退治を依頼(というか命令)していたのはこの理玖、しかも彼の妖術めいた技は虹色真珠によるものだったようですが――麒麟の配下の四凶を倒しているのだから彼は味方かと思えば、夜叉姫たちは自分の手で倒すなどと言っている辺り、その立ち位置はまだまだ不明であります。

 さて、とわたちに追われる夜爪は、まんまと窮奇の下に三人+竹千代を案内してしまうのですが――窮奇の虹色真珠を貸し与えられて第五の目に変えた夜爪はパワーアップ、「夢開きの術」なる術を披露することになります。
 相手の夢を覗き見てその弱味を探ろうという術に嵌まってしまったとわたちですが、しかし夢を見ない――というより眠らないせつなにはそもそも通じません。ここで彼女が術を妨害すべく旋風陣で風を起こして夢を攪拌(ってそんなのアリか)したことで、もろはが竹千代の夢を、竹千代がもろはの夢を、そしてとわは(何故か)夢の胡蝶の夢を見ることに……

 というわけでこれこそが今回のメインとも言うべきそれぞれの過去、それぞれの秘密。今回描かれたそれらは――
・竹千代の正体はたぬきの世界の若君。家老だったという阿波の八衛門狸の縁か、弥勒から十兵衛に預けられた模様。
・もろはに犬夜叉の母の紅を与えたのはやはりかごめ。そのかごめは、八衛門狸に赤ん坊のもろはを託して逃がしたのですが――そこに迫ってくるシルエットはどうみても殺生丸と麒麟丸!?
・夢の胡蝶が向かう先は、時代樹とともに眠るりん。時代樹の精が語るところによれば、胡蝶は彼女にせつなの夢を与えているようですが……

 というわけで、竹千代はさておき(弥勒が顔見せ――いや笠見せをしましたが)、もろはとせつなに関しては、かなり意味深なシーンが描かれた今回。
 とくにかごめともろはの別れのシーンはかなりのインパクトで、前作の熱心なファンにはかなりのショックだったのではないでしょうか。元々もろはが両親のことを直接知らないというのは設定の時点で示されており、過去に何らかの別れがあったのは明らかだったわけですが――それの原因が麒麟丸と殺生丸だったというのはやはり衝撃的です。麒麟丸はともかく、既に犬夜叉に蟠りがないはずの殺生丸が何故――いや、当の犬夜叉がどこに行ったのか。そしてこの場面の後のかごめは……

 当然ながらかなりフェイクというか引っかけが入っているものとは思われますが、その後の眠り続けるりんの姿も含めて考えると不穏な予感しかしない――そして(物語構成上仕方がないといえば仕方ないのですが)親世代がほとんど消息不明というのは、やはり胸中穏やかならざるものがあります。


 さて、その後は窮奇との戦いがあるのですが、その前の夢の内容が衝撃的過ぎて、とわが相手の攻撃(の中の妖力)を吸収して自分の力に変えるという能力を見せた他はあまり印象に残らず――むしろ戦いの後にちゃっかり現れて挨拶していったついでに窮奇の虹色真珠をちゃっかり奪っていった理玖の方が印象に残ります(しかしそれにとわたちが気付かないのは如何なものか)。
 化け猫回のように、人間の体に潜って妖力を隠す妖怪もいるわけですが、しかし理玖の力に、とわはともかく、せつなももろはも気付かないのは何故か――いずれにせよ、今後は理玖が台風の目になることは間違いないでしょう。

 それにしても虹色真珠、やはり名前からすると七個あるのでしょうか。というのは今更かもしれませんが……

関連サイト
公式サイト

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2020.11.25

『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

 アニメ第3期の放送も始まり、連載の方もいよいよ佳境の『ゴールデンカムイ』、初の公式ファンブックであります。既に単行本全巻を持っている方にも楽しめる、いやそんな方だからこそ楽しい解説や初出の情報満載の、間違いなくファン必携の一冊であります。

 2014年から連載を開始し、この11月までで単行本第23巻までが刊行された『ゴールデンカムイ』。本書はそのうち第21巻(北海道編の再スタート)まで(一部最新巻までの登場人物も掲載)を中心に構成されています。
 本書の主な内容を挙げれば――
・黄金神威人物総覧(キャラクターガイド)
・実録!! ゴールデンカムイ(年表、アイヌ語・ロシア語ガイド、登場動物紹介等の企画記事)
・黄金資料館(描き下ろし漫画、作者への質問箱・インタビュー、エッセイ等)

 このとおり、まずファンブックとしては定番の内容であります。ありますが、その密度と情報量が(ページによっては)尋常ではないのであります。

 特に本書のかなりの割合を占める人物総覧は、一キャラクター多くて4ページ、大半は1、2ページなのですが、そのスペースに誕生日、身体情報などの基礎データや作中の活躍などを詰め込んでいるので密度がえらく濃い。
 私は電書版で購入したのですが、8インチ弱の画面では拡大しないと読みきれない密度のため、これは書籍で購入したほうが良かったか――と思いきや、書籍を購入された方からは拡大できる電書がよかったという声もあり……まあ要するにそれだけの密度なのであります。

 もちろん、基本的に作品を読んでいればほとんど把握できる情報ではあるのですが、そこにこれまで明らかになっていなかったフルネームなど、ちょこちょこと新情報が含まれているので油断できません。
 そして何よりも、各キャラクターに付されている作者からのひとこと(これも定番といえば定番ですが)が、キャラクターの誕生秘話や作中の位置づけ、作者の想いなどが散りばめられていて必見なのであります。特にただ一人、全くひとことでは済んでいないあのキャラクターへの熱い想いなど特に……

 一方、「実録!! ゴールデンカムイ」は、まあいわゆる企画記事コーナーで、正直なところ評価に困る部分も多いのですが――ただ一つ、「増補改訂版 ゴールデンカムイBACKGROUND」は、公式サイトの年表の完全版というべきかなり丁寧な内容で大満足。
 何よりもこれまで明記されていなかった(はず)の、物語の始まりの時期が1907年2月と示されたのは、年表マニアとしては何よりの収穫と感じます。

 そして「黄金資料館」は、まさに宝の山というべき内容で――描き下ろし漫画4本のうち3本は、まあ単行本のおまけページの延長的な内容だとしても、残るエッセイ的な1本は、大げさに言えば、今の社会におけるアイヌ文化の需要の在り方と、本作の姿勢を描いた内容なのが印象深い。

 また、インタビューと質問箱は貴重な作者のコメントばかり。また、そして何よりも二つ収録されている作者の雑記(エッセイ)、「スギモトサイチのこと」「なぜ鶴見中尉の名前を篤四郎にしたのか」は、タイトルに表れる本作の重要人物二人のモデルを語った文章なのですが――特に後者が凄まじい。
 一通の書状の記述から、一人の人物の隠された過去を辿っていく様はほとんど歴史ミステリというべき内容で、これがあの作中の衝撃のエピソードに繋がったのか! という驚きがあるのです(そしてラスト一行に凝縮されたものの凄みたるや……)。


 その他にも、作中でのキャラクターたちの移動経路を記したピンナップが結構便利だったり、「誰? このひと」の謎の人物の正体が判明(?)したりと、とにかく濃い本書。記述の所々からは、物語が既に終盤に入っていることが伺われるのですが、その時点でこうして作品を一度振り返るのも面白い――そう思います。


『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2020.11.24

畠中恵『あしたの華姫』 人形(と)探偵、跡目争いの渦中を駆ける

 両国の見世物小屋で評判の人形芸人・月草とその人形・華姫が探偵役という、ユニークでミステリ味の効いた連作シリーズの第2弾であります。今回描かれるのは、両国の顔役・山越の親分の跡目を巡る様々な騒動――親分の一人娘・お夏のため、月草とお華は奔走することになります。

 様々な娯楽が集まる両国で評判の芸人である月草と、姫様人形の華姫。かつて両国にあった真実を映すという井戸から見つかった水の玉を瞳にしているというお華は、「真実」を見抜き、語るという噂で人気を集めていたのであります。
 もちろんあくまでもお華は月草が操り、腹話術で喋らせている人形。真実を見抜くというのも、もちろん宣伝文句に過ぎないのですが――しかし何故か面倒事に巻き込まれやすい月草は、華姫と二人で解決に奔走することに……

 という基本設定のこのシリーズ、言うまでもなく、探偵役が人間と人形のコンビというのが、最もユニークな点であります。
 いや、お華は別に生きているわけでも妖でもなく、あくまでも月草が動かし、喋っているだけなので、正確には一人二役というか、二人で一人と言うべきなのかもしれませんが――なにはともあれ、頭は切れるけれどもちょっとヘタれの月草と、誰が相手でも物怖じせず切り込んでいくお華は、唯一無二のコンビであることは間違いありません。


 さて、そのコンビの活躍を描く本作は全5話――そこに共通するのは、山越の親分の跡目争いにまつわる騒動であるということであります。

 親分とお夏が麻疹でダウンして跡継ぎ問題に周囲が騒然としている中、親分の隠し子が現れさらに騒動が大きくなる「お華の看病」
 真っ赤な偽物であることがはっきりしていながらも現れた、親分の二人目の息子を名乗る男を巡る騒動「二人目の息子」
 跡継ぎの一番手と目されていたにもかかわらず行方不明となった、お夏の亡き姉の許婚を月草が追う「お夏危うし」
 お夏も親分も知らぬ間に囁かれる、かぐや姫めいたお夏の婿取り話の裏を月草が探る「かぐや姫の物語」
 親分を捕らえると正面から挑戦してきた岡っ引きがお華を味方と吹聴したことから、月草が周囲から追われることとなる「悪人月草」

 江戸で有数の歓楽街であった両国――その両国を仕切る親分ともなれば、その実入りも相当なものがあることは言うまでもありません。しかし山越の親分はまだ跡目を決めておらず、お夏もまだ十三歳とくれば、なるほどこれまで騒動にならなかったのが不思議なくらいです。

 もっともそんな跡目争いは、本来であれば月草には無関係な話であります。確かに山越の親分の仕切る両国は居やすい場所ではありますが、あくまでも月草は一介の芸人。跡目争いなどというおっかない話に、本来であれば首を突っ込むはずはないのですが――それでも月草が事件の数々に挑むのは、めぐり合わせの悪さや親分の命令に逆らえないからということはもちろんですが、もう一つは、お夏のためでもあるのでしょう。

 親分の一人娘――正確には前作描かれた亡き姉の存在があり、そして本作では二人の兄が登場するのですが、少なくとも形の上では――であるお夏は、お華の大ファンであり、お華を「友達」として接する少女。
 そんなまだまだ娘っ気の抜けない彼女が、ただ親分の娘に生まれたというだけで、その座を狙う連中に振り回されるのが許せない――というようなカッコいいことは月草は言いませんが、しかし少女の「あした」が原動力の一つである探偵というのは、大いに好感が持てるではありませんか。


 しかし本作の月草は、相変わらずヘタれではあるのですが、親分やら岡っ引きやら、面倒な人々の間をするりとかいくぐり、そしてお華の追っかけの「お華追い」たちを動かして事件解決の手助けにして――と実は有能な点が所々に見られます。
 何よりも真実を見抜くお華の言葉自体、実際は月草の言葉であるわけで――もしかして本作で一番食えないのは月草なのでは、と思えるのも面白いところであります。

 もちろんさすがにそれは買いかぶりすぎだとは思いますが、そんな月草自身も含めて、まだまだ「あした」が気になるシリーズであることは間違いないのです。


『あしたの華姫』(畠中恵 KADOKAWA) Amazon

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2020.11.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第5巻 夢の大決戦、いくさ人vs剣士軍団……?

 九州に渡って大暴れしているうちに、何だかとんでもない面子が周りに続々と集まってきてしまうという、ある意味実に「らしい」展開となってきた本作。キリシタン勢力を先導するガルシア神父一派との果たし合いは、この巻ではとんでもないオールスターの大いくさに発展することになります。

 慶次の発案で加藤清正の前で行われた御前試合で弟を立花宗茂に討たれたことを恨みに思い、果し状を叩きつけてきたガルシア。
 しかし彼の正体は、海底に眠る巨万の黄金を軍資金に、キリシタン勢力の蜂起を目論む男――そして彼に協力するのは、初代佐々木小次郎と丸目蔵人、そして新免無二斎と武蔵というおそるべき剣士軍団であります。

 一方、慶次の側に立つのは、清正と宗茂に加え、柳生兵庫と彼に従っていた謎の男・左兵衛――その正体は島左近! 慶次とSAKONの夢の顔合わせをはじめ、こちらも稀代のいくさ人ばかりが集まったドリームチームというほかありません。

 かくて孤島を舞台に、いくさ人vs剣士の真っ向勝負が描かれる! と思いきや、物語は思わぬ方向に向かうことになります。
 正々堂々の決闘など愚か者のすることと言わんばかりに、自分の側は数百の兵を集めていたガルシア。そこまでで止めておけばよかったものを、剣士軍団に対して、お前たちはもう用済みなどと嘲ってしまったのですから、どちらが愚かかわかりません。

 面子を潰すことが一番のタブーなのは、いくさ人も剣士も同じ。其処に触れたら後はもう生命のやり取りしか残らんというわけで、いくさ人vs剣士、ドリームチーム同士の戦いのはずが、さらにとんでもないドリームが……


 外国人キャラが日本武士を舐めて痛い目に遭うというのは、これはまあ時代劇では(武士をほかの職業に入れ替えれば様々なジャンルで)ままあるシチュエーションではあります。しかし、今回ほど知らないということは恐ろしい――と思わされる展開はありません。
 ましてや数を恃んで相手を呑んでかかるというのも、これまた盛大なフラグで、もはやキリシタンでなくとも天を仰ぐしかないではありませんか。

 しかしガルシアには申し訳ないですが、この展開は読者にとってはもちろん大歓迎。あのいくさ人が! あの剣士が! フィクションの舞台設定だから(禁句)やりたい放題大暴れできるのですから、これはもうたまりません。
 特にこの巻では、しばらくご無沙汰だった感のある慶次と松風が戦場で大暴れ。槍の一振りが、蹄の一撃が、有象無象を景気よく吹き飛ばし、踏みつける様は、まさに千両役者というべきでしょうか。

 もちろん彼以外の面子もそれぞれに見せ場を披露、特に無数の敵を相手に、二人一組となって互いの背中を守る(はずが攻撃力高すぎてそれぞれガンガン攻めに行く)様は、戦国ファン、剣豪ファン垂涎の展開というほかありません。


 というわけで、この巻は豪快なアクション中心ゆえ、物語内容の紹介はあまり書けないのですが――とにかく本作が目指しているであろう、一種の講談めいた面白さ、豪傑たちが寄り集まって理屈抜きの大暴れを繰り広げる愉しさは、この巻で一つの頂点を迎えた感があります。

 終盤にはとんでもない(でも予想できた)伏兵まで登場し、いよいよ追い詰められたガルシアですが、しかし彼も西洋のいくさ人。果たして一矢報いることができるのか――この先描かれる戦いの結末に注目であります。

『前田慶次かぶき旅』第5巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2020.11.22

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第15巻 マイナーな戦に集まる新たな力

 ついにうつけの仮面を取り去り、今川家に一撃浴びせた信長。古くからの仲間との別れ、そして新たな仲間との出会いを経験した信長の次なる敵は、清洲に巣くう守護代一派であります。さらに頼もしい仲間も加わり、信長の快進撃は止まりません。

 喉元に突きつけられた刃であった今川方の砦を落としたものの、初期から信長の傍らに在った猿若をはじめ、多くの配下、いや仲間を失った信長。しかし去る猿あれば来る猿あり、信長の前に現れた猿顔の男・木下藤吉郎の才覚によって、信長は獅子身中の虫であった清洲勢一掃の機会を得ることに……

 というわけで、この巻の前半で描かれるのは、これまで幾度となく信長の前に立ち塞がってきた、いや陰で悪だくみを巡らせてきた宿敵・坂井大膳一派との戦い――安食の戦い。いつものことながらマイナーな合戦を題材とする本作ですが、しかしこれもいつものことながら、その合戦が、なかなかに熱い戦いとして描かれることになります。

 これまで傀儡として操ってきた守護・斯波義統を、ついに切腹に追い込んだ大膳と、仲間の河尻左馬丞・織田三位。実はこの挙は、藤吉郎の策による仲間割れの結果だったのですが(なにげにヒドい)――義統の子が信長を頼ってきたことで、信長には大膳攻めの大義名分ができることになります。

 かくて、清州城攻めに向かった信長と母羅衆ですが――その友軍となったのは、何とこれも信長の宿敵である弟・信行方であるはずの柴田勝家であります。
 以前、萱野の戦いで信長のいくさぶりを目撃して以来、いくさ人としての信長の存在に惹かれていた勝家。それが今回は大義名分を得て堂々と信長と轡を並べる――いや、互いの背を預けるのですから、これが盛り上がらないはずがありません。

 さらにそこに新たに登場するのは、かつて義統の家臣であった太田牛一。言うまでもなく後の「信長公記」の作者ですが、この時代は弓使いの若き荒武者として登場することになります。
(そしてもう一人、やけに軽装で妙にインパクトのあるビジュアルの男・由宇喜一が登場するのですが――これはその「信長公記」に湯帷子で戦ったと記録があるからなのでしょう)
 そんなわけで藤吉郎も含めて次々と新たな力が集まる中、信長ご自慢の長槍隊の恐るべき真価も発揮され、終わってみればこの安食の戦いは信長の横綱相撲で終わることになります。

 その後(いきなり戦いの後に「翌年」となったので誤記かと思いましたが、これは史実)、逆転を狙って信長の叔父・信光を籠絡せんとした大膳ですが、信光はかねてより信長に賭けてきた男。策にはめたつもりが逆にはめられ、ついに失脚することになるのでした。

 ちなみにここで新キャラとして登場するのが滝川一益。信光を守って二丁火縄銃で大暴れするというなかなかおいしいデビューを飾った一益ですが、左目が照星のようになったビジュアルと、「ガッ!! ○○○ズム!」という本作の(非美形)キャラにはお馴染みの面白口癖のおかげで、何とも得体の知れぬ人物になっているのを何と言うべきか。一応彼は前田慶次の縁者なわけですが……


 何はともあれ、これで信長の尾張統一がまた一歩近づいた――と思いきや、ここで思わぬ出来事の余波が尾張を、いや諸国を襲うことになります。それは軍師として今川義元をこれまで支えてきた太原雪斎の突然の(本当に、前巻まではピンピンしていたのに……)死。それによって一気に崩れた周辺諸国のパワーバランスが、回り回って信長に影響することになります。

 野望を露わにした息子・義龍と対峙することとなった斎藤道三。どうにも正室である帰蝶の影が薄い本作ではありますが、しかしそれでも道三は彼女の父であり、今の信長にとっては大事な後ろ盾であります。
 そしてこの道三の窮地に、信行がまたぞろ調子に乗り出した中、今度はマイナーではないいくさで信長がどう動くのか、そしてその先のドラマをいかに描くのか――次巻に続きます。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第15巻 (原哲夫&熊谷雄太&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2020.11.21

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第17巻 逆襲開始!? 韓信の攻と張良の防

 文字通り歴史に残る大敗北を喫した末、命だけはとりとめたものの、その威信は地に落ちてしまった劉邦。そんな絶望的な状況の中、張良と韓信による大逆襲が始まる『龍帥の翼』第17巻であります。

 彭城を奪取したものの、怒りに燃えて戻ってきた項羽の前に、五十六万vs三万という戦力差にもかかわらず大敗北を喫した劉邦。
 自分の子供を馬車から蹴り落としながら逃げるというヒューマンダストっぷりを発揮しつつも何とか命永らえた劉邦ですが、しかし恥ずかしすぎる負けっぷりに人心は離れまくり、ここで項羽に追撃されたら今度こそオシマイ、という状態であります。

 ここで黥布を寝返らせるという乾坤一擲の策を成功させた張良は、劉邦の復帰第一戦をプロデュースすることになります。単なる勝利ではなく、完勝が義務付けられた戦い――三人の敵将に対し、負けることはもちろん、逃がすことも許されない韓信の戦いや如何に!?


 というわけで冒頭から韓信の国士無双ぶりが遺憾なく発揮され、久々の快勝の感もある劉邦軍ですが、もちろんこれはマイナスからゼロに向けての一歩目にしかすぎません。ここから力を取り戻し、楚と並び、楚に勝たなければならないのですが――こうして書いているだけで、ほとんど無理な気がしてくるのですから、当事者たちのプレッシャーたるや、いかほどのものか。
 それでも戦おうとするのですから、やはり劉邦は愚の龍に違いない――と変なところで感心させられます。

 それはさておき、この無謀な挑戦のために、さらに無茶な策を立てる張良。劉邦の主力がケイ陽城に一年間籠城する間に、韓信が河北の魏・趙・代・燕・斉を全て平らげる――いやはや、これを策と言ってよいのかもうわかりませんが、それをあえて肯うのが国士無双たるゆえんかもしれません。
 緒戦の魏を奇策を以て下した韓信の快進撃は、ここから始まることになります。

 一方、ケイ陽は城と敖倉(外部の食料庫)を繋ぎ、韓信が戻るまでの籠城体制を整えたものの、ここに迫るのは項羽その人。徹底して守りを固めた要塞と化したとはいえ、ケイ陽が果たして項羽の猛攻を阻むことができるかどうか――いきなりクライマックスであります。
 初戦は張良の策で大勝したものの、当の張良自身が、防御に穴があると認識しているこの戦い、果たして最後まで能く堪えることができるのか――この戦いの結末を知っていても(いやそれだからこそ)この先が気になるというものです。


 というわけで韓信の攻と張良の防が並行して描かれる、ある意味バランスの良い内容となった今回。
 もっともこの二人、あまりにも能力が高すぎて、物語としては盛り上がりに欠けるというか、パターン的に見えてしまう(特に張良の策の穴を突かれたかに見せて、実はそれこそが本当の策であったという展開)のが、ちょっと困りものという気がしないでもありません。

 しかし、ここで面白い役割を果たすのが陳平であります。本作においてはお調子者の面白髭ダンディという印象もある陳平ですが、もちろんその才は張良に勝るとも劣らない本物。その陳平が、張良の奇想天外な策に現実的な指摘を加えることで、その策の何たるかが吟味され、解説される――というのは、なかなかに巧みな構造と感心いたします。
(ここで張良と陳平、二人の才の性質の違いが浮き彫りになるのもまた巧い)

 というより、基本的に本作はこれまでツッコミ役がいなかったのだな、と今頃になって気づいたのですが……

 何はともあれ、まだまだ劉邦軍の攻と防はまだ始まったばかり。いよいよ次巻では韓信の史上に残るあの戦いも描かれるとのことで、大いに楽しみなのです。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第17巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2020.11.20

梶川卓郎『信長のシェフ』第28巻 石山合戦終結 そして数多くの謎と伏線

 いよいよ長きに渡った本願寺との戦いもクライマックス。信長と本願寺との和睦のため(本人はようこに会うため)に、とんでもない飛び道具扱いとなったケンですが、事態はさらにとんでもないことに……。そしてついに掴んだ最後の現代人の手がかりとは!?

 信長のために歴史を変えることを決意し、そのためにこの時代にとって異分子である自分たち現代人最後の一人である望月の行方を追うケン。
 しかし「四国にいるらしい」「見た事のない鼻が目印」といまいち頼りにならない情報ばかりで弱っていた彼は、最後の手段として、ようこから望月のことを聞き出そうとするのですが――しかしそのようこは、石山合戦で籠城まっただ中の本願寺顕如の側に居る状態であります。

 どう考えても絶望的な状態ながら、何とか本願寺に潜入しようとするケンに対して、信長は近衛前久の養子となり、和睦の使者として本願寺に乗り込むよう命じて……


 と、信長の無茶振りはいつものことながら、その中でも歴代屈指の無茶を何とか実現して、ようこと再会したケン。そこで語られるタイムスリップ直前の現代での光景は、何とも意味深なシーンの連発なのですが――その真実が明かされるのは、おそらくまだまだ先のことなのでしょう。

 それでも何とか自分の目的は果たしたケンですが、信長の真の目的は、全く思わぬところに……って、いやいやいや! 確かに信長と敵将が直接対面することは以前もありましたが、それにしても今回は豪快というか豪腕というか――仕掛ける方も仕掛ける方ながら、乗る方も乗る方というとんでもない対面は、一つの史実として結実することになります。
(にしても誰にも渡さないために最後は派手に飾るというのは、理屈はわかるものの思い切りが良すぎるとしか……)

 そしてそこでようやく、以前から描かれてきたイエズス会の蠢動と物語が結びつくことになるのですが――しかしこの展開が、今後どのように動いていくのもまた、全く謎としかいいようがありません。
 わかるのは、信長の対キリスト教戦線の指揮官ともいうべき光秀の運命が、この先大きく変転していくであろうことですが――今のところ信長に心酔している光秀が、そうそう簡単に変節するとは思えません。変節せずに光秀が信長を討とうとすることがあるのかどうか、そのヒントはこの巻にもあるように思えるのですが……

 望月は果たしてどこにいるのか。彼の手に渡ったらしい、ケンの父親の持ち物とは何か。そしてケンの父親が現代でホテルの地下から発見したものとは何なのか。
 さらに以前から顔だけは出ているヤスケと信長の出会いは。意味有りげに語られる日本の経度に込められたものとは。何よりも、本能寺の変はいかにして起き、ケンはそれを止めることができるのか。そしてその結果がいずれであれ、ケンの運命は……

 あまりに謎と伏線が多すぎて、あるいはこの巻の佐久間信盛(信盛史上かなりのレベルでいい人扱い)のように、ついていけなくなる人もいるのではないか――と心配にならないでもありませんが、巻末のエピソードでは井上さんが脱力もののケンへのいやがらせを連発してくれるのも、いい箸休めであります。


 そしてこの巻のラストで、時は天正九年へ。ということは、おそらく本作に残された作中時間は約一年半。思った以上に時間が短いのに驚かされましたが、しかしその分、おそろしく濃厚で刺激的な一年半となることは、間違いないでしょう。
 それを味わうのが、今から楽しみであります。

『信長のシェフ』第28巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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2020.11.19

『半妖の夜叉姫』 第7話「林檎の出会い」

 一人、夢の胡蝶を探しに出かけた先で、海賊を名乗る青年・理玖と出会ったとわ。とわが振舞った未来の林檎の礼だと、理玖から本物の菊十文字を与えられたとわだが、それが原因で管領・扇谷弾正に捕らえられてしまう。一方、とわを探しに出たせつなは、四凶の一人・窮奇を狙うもろはと出会うが……

 モンハンのようなノリの妖怪退治生活に慣れてきたものの、せつなと二人でこたつねこっぽいぬいぐるみを抱きしめて寝る――という夢のような夢を見ているうちに、せつなたちに置いていかれたとわ。それならばと一人で夢の胡蝶を探しに出かけるも、豪快に道に迷ったところで出会ったのが、陸に上がった海賊を名乗る快活な青年・理玖であります。

 水を球のように丸めて浮かび上がらせる術を使ったりと、明らかに怪しい理玖ですが、呑気にそれに感心して、ピクニックのノリで一緒におやつを食べ始めたとわ。とわからもらった未来の品種のりんご――歴史が変わるといけないので種は持ち帰るというとわですが、思い切り未来のお菓子を並べているのでそれ以前の問題では――を食べた理玖は、礼だと言って刀をひと振り置いていくのですが、これが予想通り厄介のもととなります。

 実はこの刀は、とわが偽物を掴まされていた菊十文字の本物(と言われる刀)。しかしこの刀、管領・扇谷柊弾正のもとから盗まれたもので、とわは下手人扱いされた末に弾正の前に引き出され、彼の腹心の宗久によって糾問されることに――と、ここでようやく第1話と繋がるのか! と納得であります。

 ということはこの後にせつなともろはが助けに来るわけですが、しかしこちらも単純にとわを助けに来たわけではなく――いや、せつなはそんな感じなんですが、もろはは屍屋の依頼で四凶の一人・窮奇を狙ってきたという状況です。
 しかしとわのそばに窮奇もいるらしい、ということで、何だかんだでウマが合っている感じのこの二人がやって来た次第なのですが、とわのところに到着する前に立ち塞がったのは、窮奇の配下の妖怪・フブキであります。

 雪で体が構成され、切っても切っても復活してしまうフブキ。何となくモンスターボールを持ってきた方がよさそうな外見ですが、実は本体(これがまた進化前っぽい)はとわの近くでモコモコ歩いていたりして――それに気付いたとわともろはの連携攻撃の前にフブキは倒され、無事三人が合流して、第1話ラストのシチュエーションとなるのでした。


 というわけで、時系列的には一回りした感のある今回、お話的にはあまり進んでいないようにも感じられるのですが、しかし明らかにワケありの理玖の初登場――だけでなく、今回ついに、四凶たちを束ね、殺生丸と対峙する大妖怪・麒麟丸が登場することになります。
 しかしその素顔は仮面に隠され、檮コツのことは忘れ去っていたりと言動も怪しいのですが――どこかで見たことのある髪の色に加えて、声優を隠す気もないおかげで、その正体(?)はバレバレの気がいたします。(というかその名前の時点で……)

 それにしても幽霊船めいた船を本拠とする麒麟と理玖は、何やら関係があるように感じられますが、さらに窮奇が持つ第四の虹色真珠が登場。虹色真珠は元々四凶の手にあったようですが、だとすれば、とわとせつなのそれはどこから来たのでしょうか。そして次回予告ではついに犬夜叉とかごめが登場、殺生丸やりんらしき姿も現れ――と、一気に物語は動き出しそうな予感であります。


 しかしこうしてみると(どこか歩き回っているらしい弥勒も含め)、親世代ほとんど行方不明のような――いや、二世ものでは定番の展開ではあるのですが。


関連サイト
公式サイト

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2020.11.18

『魔界探偵ゴーゴリ 暗黒の騎士と生け贄の美女たち』 超能力文豪、怪奇の謎に挑む!?

 魔界で探偵でゴーゴリと、(人によっては)異常にキャッチーなタイトルの本作――ゴーゴリとはほかでもない、ロシアの文豪ニコライ・ゴーゴリその人であります。そのゴーゴリが一種の超能力探偵として、奇怪な黒騎士の謎に挑む伝奇ミステリー三部作の第一弾であります。

 1829年、前年に処女作を発表したものの全く評判は芳しくなく、秘密警察の書記官として口を糊する若きゴーゴリ。(自分の意思では操れないものの)触れた物の記憶を視るという特殊な能力を持つ彼は、それに目を付けた腕利きの捜査官・グローに引き抜かれ、彼の故郷に近いウクライナの小さな村、ディカーニカに向かうことになります。

 かねてから若い美女たちが狙われる連続猟奇殺人事件が起きているというディカーニカ。目撃者によれば、それは奇怪な角を生やした怪人・黒騎士によるものだというのですが――頑迷固陋な村人たちと非協力的な土地の警察に手を焼きつつ、グローの推理力とゴーゴリの霊感で、二人はある人物の犯行を暴くことになります。

 これで一件落着と思いきや、意外な事態が発生し、一人事件解決に挑む羽目になるゴーゴリ。黒騎士が殺したと目される、土地の性悪女殺しの謎に挑む彼が見たものは……


 これまでに何度も何度もこのブログで取り上げてきた有名人探偵もの。歴史上の有名人が探偵役となって謎に挑む――特に作家の場合にはその時の経験が後の代表作に繋がって――というのは、有名人探偵ものの典型的なパターンですが、本作はまさにそれであります。
 が、本作のゴーゴリは、上で述べたように、異能――いわゆるサイコメトリー能力の持ち主。一種の幻視者というべき彼の冒険が、『ディカーニカ近郷夜話』や『ヴィー』に繋がったと――いうのは、なかなか豪快な設定ではありますが、私のような人間には心ときめく趣向であります。

 もっとも、本作のゴーゴリの場合、その能力を使った後はほとんど必ず人事不省、というよりその場にブッ倒れるという副作用があり、登場するたびに必ずダウンしている――というのはさすがに大袈裟かもしれませんが、当たらずとも遠からずの状態。
 しかもそれに加えてコミュ障気味と、およそ探偵には向いていないゴーゴリですが――実は本作における彼は(少なくとも前半においては)相棒役なのであります。

 そう、本作の探偵役は、ゴーゴリではなくグローなる人物。このグロー氏、サンクトペテルブルクにその人ありと知られた凄腕ながら、慇懃無礼で傲岸不遜な男であります。
 しかもディカーニカに向かう揺れまくる馬車の中で悠然と食事したり(トランクから食事セットが飛び出してくるのが愉快)、埋葬された遺体を掘り起こして解剖した後にステーキを平らげたりと、一種の奇人なのであります。

 ――とくれば(食事云々はともかく)あの名探偵を思い起こさせますが、今回観た吹き替え版ではグローを三上哲、ゴーゴリを森川智之が吹き替えるという、直球にもほどがあるキャスティング。あまりにも狙いどころがはっきりしていて鼻白むのですが、しかしこれはこれでぴったりとはまっているというのも事実であります。


 さて、肝心の物語の方ですが、冒頭に述べたとおり本作は三部作の最初の作品。先に述べてしまいますが結末も完全にクリフハンガーで、ちょうど真ん中あたりで物語に一区切りあることも相まって、映画というよりもドラマを二本観たような印象があります。

 そして映像の方も、特殊効果などそこまで豪華というわけではないのですが――しかし雰囲気という点では、なかなか、いやかなり良いかと思います。
 こういう表現は失礼ではありますが、ロシア、東欧と聞いた時に思い浮かべてしまう、灰色の空を背景に陰鬱な伝承や伝説が囁かされる世界を、そこに生きる人々込みで再現してみせた――そんな手触りなのであります。
(まあ、ゴーゴリの描くディカーニカは、もっとあっけらかんとした民話的長閑さがあるように思うのですが)

 また、肝心の黒騎士の方は、物語の核心を握る存在だけあって、まだ出番は多くないのですが、これもちょっと面白い造形のキャラクター。(身も蓋もないことを言ってしまえば、『スリーピー・ホロウ』の首なし騎士的存在なのですが……)
 果たしてこの先、ゴーゴリと黒騎士の対決がどのように描かれることになるのか――本作でちらりと描かれたゴーゴリ自身の出生もこの先関わってくる様子も気になるところで、残り二作も早めに観たいと思います。


『魔界探偵ゴーゴリ 暗黒の騎士と生け贄の美女たち』(TCエンタテインメント DVDソフト) Amazon

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2020.11.17

「コミック乱ツインズ」2020年12月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」誌、号数の上では今年最後の2020年12月号の紹介の後編であります。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 ようやく登場したヒロイン(?)満枝さんの家に行った帰り、凄まじい胴斬りの剣を操る謎の剣客の襲撃を受けた佐内。水野家の忍び「狗」の助けで九死に一生を得たものの、自分が監視されていたことに苛立つ佐内は、水野家の徒目付・相良を呼び出し、川に浮かぶ舟の上で詰問するのですが……

 というあらすじに、ある種の危険な香りを感じ取ってしまう読者もいることでしょう。その予感は当たり、今回はとんでもない展開を迎えることとなります。
 そもそも、その剣客/刺客らしからぬ線の細い美貌から、対面/対峙する相手のほとんどから「女のような」「衆道」「若衆」などという言葉をぶつけられるという、時代劇画にあるまじきセクハラをこれまで受けてきた佐内。その急先鋒が、その道にかけてはガチである相良だったわけですが――その相良と水上の密室で二人きり(相良の小者も乗ってますが、まあ)で何も起きないわけもなく……

 というインパクトにくち……目を奪われがちですが、今回目を向けるべきは、佐内に比べれば完全に役者が上の、相良の食えないキャラクターでしょう。強敵の登場に苛立つばかりの佐内に対して、あくまでも冷徹に敵味方の事実関係を把握し、佐内の精神状態をも冷静に分析し、助言してみせる――この辺り、さすがは表も裏も通じていなくては務まらぬ大藩の徒目付というべきでしょう。
 さらにいえば、佐内を掴まえて抱え込み、諄々とこれらを説いて聞かせる姿など、どこかやんちゃな弟に対する兄のようにすら見えるのではありませんか(なおその直後)。

 何はともあれ、今回のラストには二番目ののターゲットも登場。これがまたひと目で只者でなさを感じさせる男で、佐内の苦悩と苦闘はまだまだ続きそうであります。


『カムヤライド』(久正人)
 前回から引き続き、モンコの「師匠」である謎の薬師・ノツチから、トレホがモンコの謎に包まれた過去の一端を聞かされる場面から始まる今回。
 もっとも、彼女と出会った時から、モンコが過去の記憶を失っていたこと、人間離れした肉体を持っていたこと、そして何よりも(今の姿とは異なるとはいえ)変身能力を持っていたこと以外はほとんどわからないままなのですが――しかしヤマトタケルとの旅では飄々とした、どこか落ち着いた大人の顔を見せていたモンコが、師匠の前では途端に受k――いや普通の若者めいた表情を見せるのは、なかなか新鮮であります。

 いや、今回はもう一つモンコの表情が描かれることになります。それは憎しみ――ノツチが語るのは、モンコが「神」という存在に対して文字通り我を忘れるほどの憎しみを抱き、それに突き動かされて戦っているという事実であります。
 しかし、ちゃんモコそこまで神に憎しみ持っている描写があったかなあ――という印象は正直あるのですが、しかし記憶を失っている彼が、何故カムヤライドとして国津神と戦っているか、という理由として、なるほど頷けるところではあります。

 何はともあれ、モンコの中の憎しみを容赦なく指摘するノツチですが――そこに以前ノツチが動きを封じた国津神が新たな姿で出現、彼女に狙いを定めることになります。
 この音速を超える動きを持つ国津神にモンコはいかに挑むのか――その点が、おそらく、いや間違いなく、以前苦しめられたアマツノリットの高速射撃攻略のヒントになるはずですが、これはヒーローものとしては定番展開。次回も楽しみであります。


 次号は創刊18周年特別記念号とのこと。今のところ特別な作品の掲載は予告されていませんが、『はんなり半次郎』を含め、レギュラー陣は皆掲載されているようで何よりであります。


「コミック乱ツインズ」2020年12月号(リイド社) Amazon

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2020.11.16

「コミック乱ツインズ」2020年12月号(その一)

 号数の上では今年最後となる「コミック乱ツインズ」。12月号の表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『仕掛人 藤枝梅安』。そして今号で最終回の『いちげき』は、表紙で「最終回!!!!!!!」と、!マークを七つもつけて紹介されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 前回で白子屋菊右衛門との決着がつき、江戸を売ってほとぼりが冷めるまで熱海で温泉に入っていた梅安(本作の定番の時間潰しですな)。そんなところに追いかけてきたのは彦さん――音羽の元締めから白子屋の仕事料を預かってきただけでなく、梅安が京で鍼修行をしていた頃からの友人が病で明日をも知れない身となり、家族が梅安に診てもらいたがっているとの知らせを持ってきたのであります。
 さらにもう一つ厄介事がと言い出す彦さんですが――と、今回は新章「梅安影法師」のプロローグというべき内容となっています。

 白子屋を倒したとしても、彼がいわば一つの組織を作っていた以上、それを継いだ者がいるわけで、その残党が梅安を狙う――という展開なのですが、ここで送り込まれるのは石墨の半五郎と三浦十蔵という二人の仕掛人。この見るからにただものではない二人に加えてもう一人、白子屋との決戦直前に梅安を狙って失敗した(そして梅安の怒りに火を付けてしまった)鵜ノ森の伊三蔵も雪辱に燃えることになります。
 もっとも、この三人は三人で色々と問題がありそうですが、なにはともあれいきなりの強敵三人の登場に、果たして梅安はいかに抗するのか――物語はこれからであります。


『いちげき』(松本次郎 永井義男)
 前回、ついに因縁の宿敵であった伊牟田との決着をつけ、一人生き残った丑五郎。やはり精も根も尽き果てていたらしい益満のおかげで、トヨとともに無事生還し、そして故郷に帰る彼女とともに丑五郎は旅立って――とはなりません。まだ決着がついていないとトヨに告げ、一人江戸に残る丑五郎ですが――しかし既に戦う理由も何もかも失ったはずの彼に、何が残っているのか?
 憑かれたように枯れ野原で刀を振り回す彼の姿と重ね合わされるように、慶応三年末から明治二年までの史実の流れが描かれ、物語は終わりを告げることとなります。

 その激動の時代の中で、一つの大きな役割を果たした一撃必殺隊。しかしその事実を知る者は、いや一撃必殺隊の存在そのものを知る者もなく、時代は変わっていく――ある意味実にらしい結末を迎えることとなった本作。
 果たして丑五郎は「決着」をつけることができたのか(私はできたのだと思いますが……)そしてその後彼は如何なる運命を辿ったのか――物語冒頭に登場したあるものを描き、余韻を残して『いちげき』完結であります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 ようやく京に到着したものの、探索はまったくはかどらない状態の聡四郎一行。そんなところに紀伊国屋文左衛門は、島原遊郭で妓から話を聞いてみては、と言い出し、聡四郎もそれに乗ることに――と、言ってももちろん紅さんに鉄拳制裁されるようなことはせず、紀文の金で豪華宴会という楽しいことに相成ります(またここで描かれる料理が滅茶苦茶旨そうで――もぐもぐ食べている玄馬がかわいい)。
 そこで何となく自然な流れ(?)で出てきたのは、貨幣改鋳にかかわる京の後藤家のお話。後藤家の貨幣改鋳といえば、そもそもの聡四郎と紀文の因縁の始まりだったわけですが――その帰りに、聡四郎ストーカーとなった永渕さんが登場、わざわざ後藤家のことについてヒントを出してくれたりするのも親切(?)であります。

 ここで何となく情報を得た気分で江戸に帰ることになる聡四郎ですが(何だか来た目的と違う内容のような)、よせばいいのにまだ陰謀を巡らす奴らが――という引きで次回に続きます。
 しかし後藤家の秘密については既に以前、吉宗と江戸の後藤家の密談で大枠は語られていたような気がしますが、さて……


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年12月号(リイド社) Amazon

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2020.11.15

恵広史『カンギバンカ』連載開始 巧みなアレンジの漫画版『じんかん』登場

 前回取り上げた、今村翔吾の『じんかん』漫画版の連載が、11日発売の週刊少年マガジン50号よりスタートしました。『BLOODY MONDAY』などで知られる恵広史の作画によるこの漫画版のタイトルは『カンギバンカ』――第1話は一挙84ページ掲載となった本作、想像以上によく出来た作品であります。

 戦国史上最大の悪人――将軍足利義輝殺し・主君三好長慶殺し・東大寺大仏殿焼討ちという三大悪を為した人物として知られる松永久秀。その久秀が一度ならず二度までも叛いたという報に対し、信長が怒るどころか愉しげに、久秀を「義を捨てきれぬ男」と評する――そんな場面から始まる本作。

 そこから時代は一気に数十年遡り、九兵衛と甚助の兄弟が、人買いに捕まって売られていこうとする姿が描かれることになります。
 弟を庇って九兵衛が殴られている最中に現れた一人の少女と、その兄を名乗る少年。しかし少女に人買いどもが気を許した隙をついて、周囲から襲いかかったのは子供ばかりの野盗団でありました。

 またたく間に大の大人たちを片付けた一団の頭領・多聞丸に助けられた二人。自分たち同様、戦国の世で両親をはじめ様々なものを失ってきたという多聞丸たちに歓迎される二人ですが――しかし九兵衛は彼らを信じられず、甚助を連れて密かに抜け出すのでした。
 しかしそこを思わぬ相手に襲われ、窮地に陥る九兵衛たち。再び多聞丸に救われた九兵衛は、彼から思わぬ夢を打ち明けられ、仲間に誘われることに……


 というあらすじの第1話。何とも気になる冒頭の信長の姿から、九兵衛と多聞丸の出会いと彼らの過去、そして多聞丸の夢と「松永」の由来――と、冒頭に述べたように大増ページではあるものの、手際よくストーリーが展開し、キャラクター像が描かれていくのは、これは間違いなく、作(画)者の手腕によるものと感じます。

 しかし何よりも原作既読者として感心させられるのは、この第1話が、物語の流れやキャラクター配置は原作を踏まえつつも、細部はかなりアレンジを加え、それでいて原作のイメージを変えていないことでしょう。
 そもそも原作では物語は多聞丸視点で始まるところを、本作は九兵衛視点で始めているのが面白い。それによって多聞丸たちの「稼業」のインパクトがより強まるのはもちろんのこと、九兵衛が多聞丸に自分たちの過去を全て語る前にもう一エピソード挟むことで、より二人のキャラクターを掘り下げているのも巧みと感じます。

 そしてそこから国造りという多聞丸の大きすぎる夢に繋がっていく辺り、実に少年漫画らしい――さらに言ってしまえば少年マガジンの漫画らしい――味わいになっていて、描き方を少し変えることで、このように見せることが可能なのか、と驚かされました。

 ちなみに原作冒頭には、ほとんどの読者が引っかかったであろうある仕掛けがあるのですが――この語り起こしだとそれはちょっと難しいのではないかと思いきや、第1話終盤を見た限りでは問題なく繋がっているのもまた、なるほど、と感じさせられた次第です。


 この第1話の時点で消化したのは原作の5%程度と、まだまだ物語は序盤に過ぎません。そしてこの先、物語は予想もつかない激動に次ぐ激動の展開を迎えるのですが――この第1話で見せてくれた巧みなアレンジのセンスを見れば、この先の展開も大いに期待できると感じます。

 本作のいささか奇妙に感じられるタイトル『カンギバンカ』とは、漢字で書けば「奸義万華もしくは挽歌」とのこと。なるほど、世間からは大奸と誹られようとも、自分自身の義を背負って波乱万丈の人生を送り、それに準じた松永久秀を描く本作には、相応しいタイトルかもしれません。
 是非とも結末まで、この勢いで駆け抜けていただきたいものです。

『カンギバンカ』(恵広史 週刊少年マガジン連載)


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今村翔吾『じんかん』 「大悪人」松永久秀の戦う理由は

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2020.11.14

今村翔吾『じんかん』 「大悪人」松永久秀の戦う理由は

 戦国の悪人といえば、あの有名な三つの大悪を為した男として、真っ先にその名が上がるであろう松永弾正久秀。その久秀を、人間のあるべき姿を求め続けた男として、全く異なる角度から描いた物語――今週から週刊少年マガジンで『カンギバンカ』のタイトルで漫画版もスタートした作品であります。

 一度信長に叛いて奇跡的に許されながらも、あろうことか再び叛いた松永久秀。その報を、たまたま当番であったために信長に報じることとなった小姓・狩野又九郎は、激怒するかと思われた主君の意外な反応を――怒るどころか、むしろ上機嫌となった姿を目の当たりにすることになります。そのまま又九郎は、信長から久秀の知られざる過去の物語を聞かされることに……
 そんな趣向の本作は、久秀の少年時代から始まり、冒頭の二度目の謀叛まで、彼の生涯を追っていくこととなります。

 戦乱によって親兄弟を失い、追い剥ぎで暮らす子供たちの一員に加わった久秀。しかしなおも流転を重ねた久秀は、三好家に連なる寺に拾われたことをきっかけに、三好元長の知遇を得ることになります。
 武将らしからぬさばけた人柄の元長に惹かれる久秀ですが、しかし元長がそれどころではない大望を抱いていたことを、久秀は知ることになります。

 堺を町衆――すなわち武士ではない民が治める町に変えることを皮切りに、自分を含めた全ての武士たちを消し去り、この国を民が政を執る国に変えようとする元長。この国を武士という修羅ではなく、人間が治める国にするという元長の壮大な夢に強く共鳴した久秀は、堺で元長のために働くことになります。
 やがて元長と対立する細川高国との戦いに参じることとなった久秀。一進一退の戦いの末に高国を捕らえた久秀は、その口から、元長とは正反対ながら、どこか通底する人間観を聞かされ、衝撃を受けることになります。

 その高国の言葉を裏付けるように、思わぬ形で志半ばに斃れた元長。久秀はその遺児たちを支え、三好家を支えて奔走することに……


 と、ここまでで物語のちょうど六割。ここまでを見れば、久秀が大悪人と言われる理由が全くわからない――と、我々は又九郎と同様の印象を抱くことになります。

 実のところ、久秀を三好家に忠実に仕えた悲劇の人として描いた作品は、過去に例がないわけではありません。しかし本作のユニークな、そして見事な点は、久秀を三好家に仕えて戦国を生きた武将としてのみ描くのではなく、上に述べたように、それよりはるかに大きな視点と夢を持った人物として描いたことにあることは言うまでもないでしょう。

 作者が久秀(と信長の関係性)を描いた作品としては、本作に先行するものとして『戦国の教科書』所収の『消滅の流儀』があります。自分がこの世に生きた証を求めて戦う久秀を描くこの作品は、本作のある意味パイロット版的立ち位置にありますが――本作は一種の革命者としての久秀が描かれる点で、さらに先を行った物語というべきでしょうか。
(その意味では、本作はむしろ『童の神』に近いといえるでしょう)

 もっとも、正直に申し上げれば、本作の久秀像は、その能力から言動、そして何よりもその大望に至るまで、あまりに格好良すぎる、ほとんど欠点のない人間とすら感じられます(さらに言えば、彼のルーツともいえる元長の思想は、この時代の人間からすればあまりに飛躍しすぎているのは否めません)。
 そんな久秀の姿は、一歩間違えればこちらの感情移入を拒みかねないものではありますが、しかしそこに彼の後半生に次々と襲いかかる運命的な苦難――そしてそれが、件の三つの大悪に繋がっていくわけですが――を描くことで、否応なしにこちらも物語に引き込まれることになります。

 さらに巧みな点は、そんな久秀の姿と同時に、彼が(元長が)救おうとした民の愚かさ、ままならなさをも描く点でしょう。
 眼の前のことのみに囚われ、変革を拒否する点では、武士も民も同じ。そんな民を前に、何が出来るのか、何をすべきなのか。久秀の目的は、所詮は夢に過ぎないのか――それは(終盤は三好家の命運に焦点が当たり、いささか薄れる感はあるものの)、後半の物語に通底する問いかけとして描かれるのです。


本作のタイトルに冠されている「じんかん」とは、漢字で表せば「人間」――「にんげん」のことではなく、その人間と人間とが織りなす間、すなわちこの世のことを指します。
 その「人間」において、自分が、自分たちがこの世に生まれてきた意味と、その証を残すために――そして人が人らしく生きるために戦った久秀。その姿は、雄々しくも物悲しいからこそ、我々の心に響き、そして同時に我々の心は熱くなるのであります。彼の物語を知った又九郎のように……


『じんかん』(今村翔吾 講談社) Amazon

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2020.11.13

松浦だるま『太陽と月の鋼』第1巻 謎だらけの孤独な男女の向かう先は

 『累』の松浦だるまの新作は、奇妙な能力を持つうだつのあがらない武士と、彼を慕う謎の美女の物語――という言葉では到底くくれない、全く先の読めない作品であります。

 ボロ屋同然の家に住みその日の米にも事欠く有様で、月代も髭もロクに剃っていないという、見るからにうだつのあがらない武士・竜土鋼之助。四年前までは大番勤めながら、今は小普請組に彼が落とされたのは、刀を持てないため――それも心理的なものでなく、物理的な理由によるものであります。

 そう、彼は、刀に限らず、近づいた金属が全てその身を避けるように折れ曲がってしまうという、奇怪な体質(?)の持ち主。そのために、真剣を持てない彼は竹光を帯び、月代も髭もロクに剃らずに暮らしているのであります。
 刀を持てないのであれば武士とはいえない。もはや武士らしく生きられないのであれば武士らしく死にたい――と、侍に喧嘩を吹っかけて斬り殺されようとしてもやはり果たせぬ有様の鋼之助ですが、そんな彼の元に、突然縁談が舞い込んでくるのでした。

 高額の支度金とともに竜土家に嫁入りしてきた、異様なまでに美しい花嫁・月。鋼之助が刀を持てないことを知りながらも、わざわざ彼を選んでやって来たという月に、困惑を隠せない鋼之助ですが……


 という謎めいた、というより謎満載の形で始まる本作。鋼之助の体質だけであればまだ理解できるのですが(いや、それはこちらが普段妙なものばかり読んでいるためですが……)、そこに月という謎めいた美女が絡むことによって、物語の先行きは、一層不透明なものとなっているといえます。

 そもそも、謎めいているといっても、人間的な喜怒哀楽はしっかりと――尾羽打ち枯らして生きる気力をなくしたかのような鋼之助よりも――持っている月。その出自と目的が不明なだけで、普通に良いお嫁さんという印象すらあるのですが――物語の随所で描かれるのは、彼女が未来を、この先に起きることを知っているかのように振る舞う姿であります。
 そしてその彼女を追って、奇怪な力の持ち主が――となって、ある意味安心できる(?)展開となるのですが……


 このように謎だらけで、物語の向かう先もわからない――身も蓋もないことをいってしまえば、何を描く物語なのかもわからない状態というのは、普通であればちょっと読む気をなくしかねないものですが、しかしそれは、そこに謎しかない場合の話でしょう。

 本作の場合、あるのは謎だけでなく、己の奇怪な体質に――いや、それが招いた(と自分が信じ込んでいる)過去の傷に囚われ、苦しむ一人の男と、その男を一心に案じる一人の女が共に生きようとする姿。
 それぞれ理由は違えど、ひどく孤独さを感じさせるこの二人が、寄り添い、心を通わせる姿が、さらりと、しかし巧みに――そしてその中にも随所に謎が散りばめられているのですが――描かれている本作には、その奇妙さを抜きにしても、どこか心惹かれるものがあります。


 おそらくは物語はこの第1巻の時点ではまだ序章なのでしょう。この先、何が飛び出してくるのかまだなだわかりませんが――そこで描かれる、どこに向かうかわからない二人の男女の姿を、もう少し見つめたいと思います。


『太陽と月の鋼』第1巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2020.11.12

『半妖の夜叉姫』 第6話「古寺の猫寿庵」

 屍屋から仕事を請け負い、旅人が次々と行方不明になる山中に向かった三人は、途中で化け猫たちに憑かれた村に出くわす。追い払った化け猫たちを追ってとある古寺に辿り着いた三人は、寺に一人暮らす青年僧・寿庵から、かつて寺の床下に妖怪が封じられたと聞かされるが……

 相変わらず安く買い叩かれているもろはにつきあって妖怪を退治することになったとわとせつな(三人まとめて夜叉姫呼ばわりされているけれども、それでよいのかしら)。妖怪が出没しているらしい現地に向かう途中、三人乗りした自転車の上でもろはとじゃれ合っていたとわは、危うく子供を轢きそうになって昔の漫画みたいなノリで回避――と、その子供は、猫にかまけてばかりいる母に放り出されているというではありませんか。
(ここでネグレクトされていると子供に同情するとわですが、君たち三人の方が思い切りネグレクトされていたからね……)

 子供の村に行ってみれば、その母親だけでなく、村人が総出で無数の猫を猫かわいがりしている状態。おお、今回は猫時代劇回(?)なのか!? と思っていたら、目を真っ赤にした猫たちはもろはたちを襲撃してくるのですが――それ以外は普通の猫なので、思い切り蹴りをいれたりするもろはたちの方が悪役に見えて何だかスッキリしない状態。
 それでもやっぱり妖怪だったのか、正気に戻った村人たちを残して三人が山奥に分け入れば、そこにあったのは一人の美僧・寿庵が守る古寺。その僧の顔を見て、妹が好きだった現代のアイドルにそっくりとテンションを上げるとわですが――これはもろはたちでなくとも知らんがな、であります。

 妖怪などいない現代で暮らしていたとわと違い、妖怪を臭いで見分けることができるせつなともろはも、寿庵からは何も感じないとのですが――やはりどう考えても怪しい。案の定、彼の言葉で妖怪が封じられたという床下に潜ったもろはとせつなは骨から復活した大化け猫に襲撃され、寿庵と二人寺に残っていたとわは、本性を現した寿庵と対峙する羽目になるのでした。
 要するに妖怪は人間である寿庵に取り憑いたのでもろはたちも気付けなかったということなのですが、これは裏を返せば寿庵が人質同然ということであります。容赦なくブッ殺しそうな二人はさておき、やはり人間には手を出せないと悩むとわですが――これが深夜帯のアニメであればとわが手を汚す羽目になりそうなところも、やっぱり夕方に放送の本作は健全な作品。菊十文字で相手の妖力を吸い取ってみせたとわは、妖怪のみを退治して寿庵を救ってみせるのでした。

 自分の修行不足を悟り、還俗するという寿庵と別れ、寺を離れる三人なのでした。って、修行を続けるんとかじゃないんだ……


 というわけで、大きな物語とは無関係の妖怪退治回。一応、戦国時代らしい覚悟を求められたとわが、それを拒否して自分自身の道を貫くことを決意する展開から、とわ回とも言えそうですが――不良相手の喧嘩に日本刀持ち出した子が今更色々躊躇ってもなあ、という気もいたします。
 それよりも村の猫を見た時のリアクションや寿庵への反応など、一人でボケ役状態なのが気になるところで、視聴者のいらんヒートを買わないかなあ――と勝手に心配になってしまうところです。


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第4話「過去への扉」
『半妖の夜叉姫』 第5話「赤骨御殿の若骨丸」

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2020.11.11

金子ユミ『千手學園少年探偵團 浅草乙女歌劇』 外の世界、「大人の世界」に挑む「探偵」

 時は大正、エスタブリッシュメントの子弟たちが集まる私立千手學園を舞台としたユニークな青春ミステリの、快調第三弾であります。今回、檜垣永人と仲間たちが挑むのは、學園の外にまで舞台を広げる怪事件の数々。今までとは少々勝手が異なる事件に対して、永人たちの活躍やいかに?

 腹違いの兄が失踪したことをきっかけに、母から引き離されて千手學園に入れられた檜垣永人。破天荒な言動で學園に波乱を起こしながらも、持ち前の好奇心と洞察力で数々の事件を解決した永人は、(本人は不本意ながらも)友人たちとともに、少年探偵団として様々な怪事件に挑むことに……

 そんな基本設定を踏まえて、本作では、三つの事件が描かれることになります。
 人気探偵小説の怪盗「夜光仮面」の名を騙る窃盗団に対し、真・夜行仮面を名乗る者が千手學園に宝を隠したと挑戦状を叩きつける第一話「夜光仮面現る!」
 浅草で頻発する少女の行方不明事件。そこに評判の少女歌劇「乙女座」が絡んでいるとの噂に、永人と(少女に戻った)乃絵が挑む第二話「浅草乙女歌劇」
 突然千手學園に転入し勢力を増していく海軍大臣の息子・安齋と、生徒会長・東堂との対峙に學園の奇怪な噂が絡む第三話「”秘密”ノ『サトル』」

 怪人の跳梁あり、淡い恋模様あり、学園もの定番の(?)権力争いありと、今回もバラエティ豊かなシチュエーションと謎が描かれますが、特に目を引くのは、冒頭二話が、學園の外を主たる舞台とすることでしょう。
 シリーズタイトルに示されているように、これまで永人たちの探偵活動は、基本的に千手學園内部に限定されてきました。しかし本作の二つの事件は、そこから離れて物語が展開していくことになります。

 第一話は、真・夜光仮面が秋山子爵の宝を千手學園に隠した――そして偽夜光仮面がそれを狙っている――ことが発端となる物語ですが、主な舞台は秋山子爵邸で展開。そして第二話は永人のホームタウンであった浅草で、少女たちのエンパワメントの場である少女歌劇団を舞台に邪悪な欲望が引き起こした事件に挑み――と、永人は學園から、一時的にとはいえ外の世界に踏み出し、そこで起きる事件と対峙するのです。

 もちろん、一時的に學園の外に出たとしても、永人は千手學園に帰っていくことになります。その意味では、ここに目新しさ以上の違いはないように見えるかもしれません。
 むしろここでこれまでと異なる点を挙げるとすれば、この二話においては彼が出会う外の世界の大人たちの存在が、大きなウェイトを占める――というより、大人たちが物語を引っ張っていくと言うべきかもしれません。

 実のところ、この二話においては永人はかなりの部分で傍観者的な役割に近く、時に利用される立場ですらあります。
 そう、ここで描かれる事件、そして物語は、千手學園という基本的に「子供の世界」ではなく、「大人の世界」に属するものであり――それだけに、永人が物語に占める立ち位置は、これまでと異なることになるのです。

 それはそれで理解しつつも、やはり外の世界の大人の理屈に振り回される永人の姿には、歯がゆさを感じるのは事実なのですが――その一方で、そんな状況の中でも、彼が自分自身で謎と向き合い、それを解こうと(理解しようと)する姿には、彼はあくまでも彼であると、そう感じさせられます。
 思えばこれまでも、彼は周囲の思惑に動かされることは少なくありませんでした。そもそも、彼が千手學園に現れたことが、大人の思惑の最たるものといえます。

 それでも彼は、自分が自分であるために、自分の頭で考え、行動することを――自分に取って何が本当に大事なことであるのか、真実を求めることを止めませんでした。
 そして真実を求めるために行動する者を探偵と呼ぶのであれば、彼はこれまでも、もちろん本作においても「探偵」なのであります。


 もちろん、永人の向かう先はまだまだ険しいというほかありません。本作で暗躍した大人たちの目指すのは、彼の思惑を遥かに超えたところに存在するものでしょう(そしてその大人たちの中には、ラストに描かれた「彼」もまた含まれるのでしょう)。
 そしてこの先描かれる大きな物語の中では、あるいは永人は本作以上に翻弄されるかもしれません。

 しかしそれでも永人が「探偵」である限り、彼は、いや彼ら探偵たちは、必ず自分自身の真実にたどり着いてくれると、そして外の世界をさらに踏み出し、あるいは変えてくれると――信じたいと思います。

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2020.11.10

『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その二) 理不尽な結末の先の希望と人間肯定

 大ヒット上映中の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の紹介(というか語り)の後編であります。原作から変わるはずもない煉獄vs猗窩座戦の結末。しかし……

 しかしこの劇場版、観ているうちに「もしかして煉獄さん勝てるんじゃないか?」と思えてしまったのであります。
 以前、ネット上で「今度は煉獄さん勝てるんじゃないかと思った」という感想を拝見していたのですが、さすがにそれは大袈裟では――と思ったのですが、豈図らんや、自分までも同じような感想を抱いてしまうとは。

 これはもちろん、あのTVシリーズ第19話に勝るとも劣らない異常にエモーショナルなまでの演出による点も大きいのですが――しかしそれ以上に、意外に細部を描いていなかった原作の戦い(冷静に読み返してみるといきなり煉獄さんがボロボロになっていたり、いきなり串刺しになっていたり)の、その隙間を丹念に埋めていたことで、より煉獄の奮闘ぶりが伝わったということがあるのでしょう。

 前回述べた通り、原作の描写を補うというのは、本作が随所で行っていることではありますが、この点については本当によくやってくれました、と言うほかありません。


 しかし――冷静に振り返ってみれば、本作は一本の作品としてみれば、実に奇妙な構成であるといえます。
 物語の本筋として描かれていた厭夢との戦いが決着したと思えば、ほとんど理不尽な形で登場した猗窩座によって煉獄が倒され、炭治郎たちが涙に暮れて終わる――本作がいわゆるバトルものであることを思えば、この展開は歪とすら言ってよいようにすら感じます。
(それこそ、前置きも何もなく、いきなりTVシリーズの続きから始まる点など些細なことと感じられるくらいに)

 確かに、ヒーローもので主人公たちがラストで大敗して終わり(続く)という作品は、『帝国の逆襲』や『インフィニティ・ウォー』などあります。しかしあちらがある意味当初から予定されていた大敵との戦いの末であったのに対し、こちらは本当にいきなり登場した(善逸の「なんで来んだよ上弦なんか…」という台詞が、これ以上なく共感できる)敵を相手にして、であります。

 もちろんこれは大きな物語の一部分、この先の展開への因縁づくりともいうべき流れなのですが――しかし本作のように、この部分だけ切り出されてみれば、やはり異様さは否めません。私は原作で何度も何度も読み返していたので覚悟はしていましたが、全くの初見の方は、唖然としたのではないでしょうか。


 しかし、さらに冷静になってみれば、この奇妙な構成こそが、今の自分、いや自分たちにはより深く刺さるものとして感じられます。
 これまで決して平坦ではない道のりを、努力と忍耐を重ねながら、それでも何とかここまでやってきた。それなのに、突然の理不尽すぎる状況に叩きのめされ、多くのものを失った――そんな残酷な世界の在り方に打ちのめされる炭治郎の姿に、いま現在の自分たちの姿を重ねることは難しくありません。

 その一方で、上で述べたことと矛盾しているようではありますが、本作は決して敗北だけで終わる物語ではありません。
 先に立つ者が、己の責務を全うし尽くし、その上で自分に続く者たちを信じ、後を託す――ラストで煉獄が見せる姿は、人間の弱さを笑う猗窩座に対して彼自身が毅然と反論した人間の強さと重なるものであり、そしてまた、本作の冒頭と結末でお館様が語る鬼殺隊の戦いの在り方に繋がるものであります。

 そしてそこには、人間という存在、人間の営みに対する大きな希望と肯定感が――いま現在自分たちがまさに求めているものが、存在しているのであります。
(そしてこの肯定感は、ここで涙ながらに煉獄の戦いを肯定する炭治郎の言葉によりはっきりと描かれているといえるでしょう)


 本作がなぜヒットしたかという分析は、これまで数多く為されて来ましたし、おそらくはそれは(それぞれの意味で)正しいのだと思います。
 それゆえ、そこに並ぼうなどという気持ちは毛頭ないのですが――しかし、物語そのものの面白さや映像作品としての完成度のみならず、今で述べたような点もまた、本作のヒットに繋がっているのではないか――そしてもしそうであれば、希望を語り、人間を肯定する物語が受け入れられたということは、それはそれで嬉しいことではないかと、感じた次第です。


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2020.11.09

『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その一) 真のクライマックスに燃える男!

 もはや社会現象というほかない『鬼滅の刃』。そしてそんな状況から、満を持して上映が始まり、瞬く間に記録的な大ヒットを達成した劇場版であります。今ごろ――と言われそうではありますが、遅ればせながらようやく鑑賞できましたので、今回取り上げる次第です。

 那田蜘蛛山での戦い、そして柱合裁判から蝶屋敷での修行を経た炭治郎たちに下された指令――それは既に四十人以上の人間が行方不明となり、鬼殺隊士たちも消息を絶ったという無限列車の調査。無限列車で炎柱・煉獄杏寿郎と合流した炭治郎たちですが、彼らは知らぬ間に無間列車を支配する下弦の壱・厭夢の術中に陥り、覚めない夢の中に囚われることに……

 というわけで、原作単行本の第7巻から第8巻前半にかけての約13話を約2時間で映画化した本作。TVシリーズでいえば約5話分、TVでは1話で原作2話を消化するペースだったことを思えば、いささか圧縮気味ではありますが――しかし列車という走り続ける空間を舞台とし、映画という止まらず(ビデオのように好きな時には止められず)上映される媒体で描くには、丁度良いテンポかもしれません。

 アニメとしてのオリジナルの部分は、基本的に冒頭に置かれた(結末と対になる形での)お館様のモノローグのみ、途中随所で原作を補う描写はあるものの、基本的に完全に原作そのままの展開――というのは、これはTVシリーズと同様であります。
 そしてTVシリーズと同様といえば――あまりこういうことは書きたくはないのですが――アクションシーンはよく動くものの、殺陣(動きの演出というべきでしょうか)が甘く、何よりも大音量のBGMが決め台詞に被ってしまったりという欠点は、相変わらずという印象もあります。

 しかし相当量のリソースを投入したであろう豪華さで圧倒してくる画面作りは、ある意味実に映画らしく、久々に劇場に足を運んだこともあって、素直に楽しませていただきました。


 ……いや、正直に申し上げれば、終盤に近づくにつれて、素直にどころではなく、前のめりになって観ることになってしまった本作。そう、終盤の展開――すなわち煉獄vs猗窩座戦の前には、さすがに冷静ではいられませんでした。
 宣伝等では公開前は伏せられていたものの、この両者の対決が本作の結末に用意されているであろうことは、原作読者であればとうに承知(覚悟)していたことですが――しかしいざ目の当たりにした時の気分を何と評すべきでしょうか。

 厭夢との死闘が炭治郎たちの勝利に終わり、存在感は異常にあったものの意外と活躍していなかった煉獄さんが、いい感じで締めてくれた――と思いきや、そこに上弦の参・猗窩座が突如乱入!
 既に深手を負った炭治郎たちに代わり、煉獄がこの強敵に立ち向かうという、実は本作は二段構えのクライマックスを持つ作品だったわけですが――このラストの一戦、期待通りというか、その上を行く凄まじい内容であった、と言うほかありません。

 上記のとおり、思ったほど出番は多くなかったものの、とてつもない強キャラ感を醸し出している燃える男・煉獄と、ほとんど伏線も何もない状態――一応、上弦の存在について直前に厭夢が触れてはいましたが――から突然現れたにもかかわず(?)異常に強い猗窩座。
 この時点の炭治郎と比べて桁外れのレベルの両者の対決はまさしく頂上決戦、互いのド派手な技が真正面からぶつかり合う様は、スクリーンの大画面に実に映える内容であって、これこそが真のクライマックスと言っても過言ではないでしょう。


 とはいえ、どれほど凄まじい戦いが繰り広げられようとも、もちろんその結末は皆が知るとおりであります。そう、原作から決して変わることはありません。

 しかし――と、もっとサラッと書くつもりだったのですが、思わず熱くなって長くなりましたので、次回に続きます。


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2020.11.08

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第13巻 ニタが嘉するもの、ニタが人の世で生きる理由

 先日の第22巻に至るまで、これまで新刊が発売されるたびに内容を紹介してきた『猫絵十兵衛 御伽草紙』。しかしどういうわけか、一冊だけ紹介しそびれていた巻がありました。今頃で本当に恐縮ですがどうにも気になって仕方がなかったその巻――第13巻をここに紹介させていただきます。

 普段のタヌキ猫ぶり(猫的にはこれがハンサムなのですが……)はどこへやら、長髪イケメンの人型バージョンのニタが表紙のこの巻。人型のニタは人気キャラだけにもっと表紙になっていた印象がありますが、実際にはこの巻のみ――そんな意味でも印象に残ります。
 そのニタと猫絵師の十兵衛のコンビを狂言回しとしたこのシリーズは、もちろんこの巻でもクオリティの高い人情話・猫情話が描かれることになります。

 母と兄弟たちを残して奉公に出た少年の、小正月の里帰りの様を描く「小僧猫」
 習い事の山に耐えかねて家を飛び出した少女が迷い込んだ先で一つ目入道に襲われたところに現れた、思わぬ救い主「お針猫」
 水虎に尻尾を奪われた仲間を救うため、ニタ峠の猫又たちが水虎たちと相撲の勝ち抜き勝負を繰り広げる「ニタ峠水虎の陣」
 子猫たちに慕われる老猫と、その飼い主の思い出をつなぐ雛人形の物語「雛会猫」
 日常生活すらままならないぐうたらの飼い主のために猫が奮闘する「だらだら猫 弐」
 運命のいたずらで四十年もの間引き離されてた武士と許嫁の再会の物語「高砂猫」
 辛い奉公に耐えてきた少女と思わぬ形で出会ったニタが彼女を助ける「はまり猫」

 以上全七編、どちらかというと妖要素少なめの人情話が多めの印象ですが、丹念な情景描写・人物描写と、そしてもちろん猫たちの(動きなど実に自然な)可愛らしさによって、大いに読ませるエピソード揃いであることは間違いありません。

 特に、旅の十兵衛とニタが出会った老武士を主人公とする「高砂猫」は、若い頃に結納寸前のところで江戸勤番を命じられ、以来国元に帰れず、許嫁とも引き離され続けた武士が、ようやく帰って許嫁と再会する姿を描く物語。
 江戸に呼ばれることもなく、正式に結婚することなくして国元で武士の両親に実質嫁として仕えて四十年というのは、冷静に考えれば相当無茶苦茶な話なのですが、しかしそこに猫の存在を絡めつつ、純粋に良い話として読ませてくれるのには素直に感心させられます。

 一方、妖もののエピソードとしては、シリーズ全編通しても屈指の賑やかさの「ニタ峠水虎の陣」が印象に残ります。
 ニタが以前猫仙人を務めていた(今はその座を捨てて十兵衛のところにいる)ニタ峠の猫又たちを描くこのエピソードでは、清白、福助、五鉄といった以前登場した面々が総登場。猫又と水虎の相撲という題材が――そしてそこでの十兵衛とニタの絡み方も――面白く、ある意味番外編的な内容でもありますが、必見のエピソードであります。

 そして先に述べた表紙の人型バージョンのニタが登場するのは、巻末の「はまり猫」。以前も登場した苦労人の少女・おゆうを描くエピソードの後編というべき内容ですが、横暴な店の主人に虐待に近い扱いをされながらも、懸命に生きる彼女を助けるという、その姿に相応しい(?)役どころであります。
 ……が、そもそも今回猫の姿のニタが彼女と縁を持った理由というのが、実に可笑しく(それがサブタイトルなのですが)、そのギャップがまたニタらしいというべきでしょう。

 それはさておき、ラストでおゆうの心の純粋さを嘉してニタが語る言葉は、一人おゆうだけでなく、ニタが十兵衛をはじめとする人間たちとの中で生きる理由とも感じられます。
 そんな人間の、いや猫や妖を含めてこの世界に生けるものたちへのポジティブな視線が、本作全体に漂う暖かな空気の源であると――今回読み返してみて、今更ながらに再確認した次第であります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第13巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon

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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻 バラエティに富んだ妖尽くしの楽しい一冊
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第22巻 変わらぬ江戸の空気、新しい旅の空気

 『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

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2020.11.07

伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第1巻 原作から思い切り傾いた伝奇的晴明伝

 以前連載開始時に取り上げた、伊藤勢による新たな『瀧夜叉姫』の単行本第1巻が刊行されました。原作は言うまでもなく『陰陽師 瀧夜叉姫』――これまで歌舞伎やドラマ、そして何よりも漫画化と様々なメディアの題材となった物語が、全く新たな、そして作者らしい形で描かれることになります。

 今日も今日とて安倍晴明の屋敷で酒を飲む源博雅。殿上人が一介の陰陽得業生のもとに入り浸って――と渋い顔を隠そうともしない晴明ですが、そこにさらに胡散臭い賀茂保憲(長髪無精髭に煙管)が現れて……
 と、冒頭からお馴染みのようでいて、どこか異なる景色が描かれる本作。この後も、奇妙な盗らずの盗人の跳梁や孕み女殺しの続発、そして平貞盛の奇怪な瘡と、原作通りに京を騒がす数々の事件が描かれ、やがて晴明もその一つに関わっていくことに――と、やはり原作と大きく違わずに、物語は展開していくことになります。

 が、それでも受ける印象が異なる――そして原作をはじめ、様々なメディアで幾度も『瀧夜叉姫』に、いや『陰陽師』という物語に触れてきた身にも新鮮に感じられる――のは、一つには、主人公たる晴明のキャラクターによるところが大きいことは間違いありません。

 人を食ったような部分はあるものの、基本的に行い澄ました顔で、博雅と静かに風流に時を過ごす原作の晴明。しかし本作の晴明は、上で触れたように博雅に対してもぞんざいな態度で(何しろ「そもそもなんであんたここにいるんですか」というある意味禁句が飛び出すのですからむしろ痛快)、容赦ない毒舌をぶつけるほどなのです。
 いや、それだけでなく、京の裏側で進行する奇怪な陰謀に対して「面白えじゃねえか…!!」と邪悪な笑顔を浮かべる姿は、我々の良く知る晴明とは全く異なる(むしろ美空とか龍王院弘的な)人物に見えるかもしれません。

 しかしそれでも違和感がない、とはいわないまでも、これもあの晴明の一つの顔と感じられてしまうのは、元々原作の晴明にもこのような顔が――普段は静かな表情の下に隠しているものの、世の中の身分や秩序といったものを白眼視し、嘲るような顔が――あることが、何となく察せられるからなのでしょう。
 一種デフォルメされてはいるものの、これも晴明であって――いや、もしかしたらあの晴明になる途中なのかもしれない、とも思わされる、毒がありながらも、なかなかに説得力のある晴明なのです。
(ただ、あの魔法使いの帽子のような烏帽子はどうかなあ)


 そして本作がユニークなのは、これだけ晴明のキャラをアレンジしながらも、むしろ史実を押さえた描写を随所に見せる点であります。例えばそれは上で述べた、この物語の時点での晴明の身分(この時点では一介の地下人に過ぎない)であり、例えば京言葉で喋る博雅や大和言葉で喋る保憲であり――原作とは異なるけれども考証的にはこちらが正しい描写というのはいささか意地悪な気もしますが、この辺りの一種の拘りは、いかにも作者らしいと感じます。

 そしてその一方で、この世ならざるものを真正面から、それもド派手なアクション混じりで描くのもまた作者流と言うべきでしょう。
 この巻のラスト、藤原秀郷/俵藤太の過去の勲を語るくだりにおける、異界のものどもの描写の凄まじさたるや――瀬多の大橋でとぐろを巻く大蛇、三上山を突き崩して出現する巨大な百足、そしてその百足に対して大蛇とともに真っ向勝負を挑む藤太の姿は、作者の凄まじいまでの画力に支えられて、先に述べたのとまた異なる形で、原作そのままで、しかし飛躍したものを見せてくれたと感じます。


 そ原作を踏まえながらも、時に踏み込み、時に補い、時に突き詰めることによって、原作をある意味超えた――極めて「伝奇的」な姿勢を持つ本作。

 あとがきなどで、作者は本作を表するに「歌舞伎」という言葉を使っているのですが、なるほど、歌舞伎が史実を踏まえながらも、そこから――その踏み台があるからこその――遥かに飛躍した物語を描くように、本作も『瀧夜叉姫』という物語に対する歌舞伎的な存在といってよいでしょう。
(そしてここでいう「歌舞伎的」が、「伝奇的」と同じ意味なのは言うまでもありません。

 果たして本作がこの先どこまで傾いてみせるのか、そしてそれが何を生み出すのか――考えるだけで思わず本作の晴明のような表情になってしまうのであります。


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2020.11.06

芦藻彬『バベルの設計士』上巻 偉大なる塔を巡る人々の屈託

 旧約聖書に登場するバベルの塔と、法典にその名を残すバビロンのハンムラビ王――2つの伝説を、王に仕えた設計士の視点から描く極めてユニークな歴史漫画であります。太陽に届く塔の建築を目指す王の命により、思わぬ冒険を繰り広げることとなった設計士の運命は……

 紀元前1754年、メソポタミアの地を統一したハンムラビ王のバビロン。しかし各地で異なる言語が使われていることに不満を抱く王は、世界の言語を統一し、バビロンを永遠のものとするため、「輝く太陽に届く塔」の建造を求めるのでした。
 その力を持つ設計士として、あのノアの末裔であるという男・ニムロデを10日以内に連れてくるよう命じられたバビロンの設計士・ガガ。自分以外の設計士を招くという命に不満を抱きつつも、ディルムンの町を訪ねた彼が出会ったニムロデは、設計以外のことには一切興味を持たない奇矯な人物だったのです。

 何とかニムロデと、彼に仕える少女・ルーを連れて帰還したガガですが、しかしバビロンは、ハムブラビ王の不在時を狙った隣国キシュのエシュタルムティ王の巨大戦車群に攻められている真っ最中。戦闘に巻き込まれ、己の命を守るのもやっとの状況の中で、ガガとニムロデの運命は……


 冒頭で触れたとおり、旧約聖書に登場する伝説上の存在であるバベルの塔。天に届く塔を作ろうとしたものの、神の怒りに触れて崩れ去った、あるいは神が人々の言葉を乱したことにより作業が途絶したと言われ、実現不可能な砂上の楼閣のような例えにも使われる存在であります。
 そして旧約聖書においてこのバベルの塔を作らんとしたのはニムロデ王ですが、一説にはこのニムロデはハンムラビ王にも比される人物。そしてバベルの塔のモデルと目されるのは、ハンムラビ王が治めたバビロンの地に建てられた巨大なジッグラト(聖塔)……

 というわけで、本作はこのバベルの塔伝説を、ハンムラビ王のバビロンを舞台に描くというユニークな試みの物語であります。
 しかし神話伝説上の存在といっても、本作のアプローチはあくまでも地に足のついたもの。登場するのは神ではなく人間であり――塔の建設を巡る人間たちの相克が、物語の中心として描かれることとなります。

 本作の主人公となるのは、バベルの塔を建てた人物の名を持つニムロデ――ではなく、バビロンの設計士・ガガ。バビロン一の設計士を自負する青年である彼は、実は軍人の家系の出身であり、父は将軍、兄たちも軍人として活躍しているのですが――彼自身は全く武の才能がなく、やむなく設計士に進んだという過去を持ちます。

 いまだに父や周囲に認められず、強いコンプレックスを背負ったガガにとって、自分以外の人間に仕事を任せるためのいわば使者という役目は屈辱以外の何ものでもありません。
 しかし何しろ舞台はハンムラビ法典の時代、ミスは死に直結しかねない社会にあっては、王命を果たす以外の選択肢はなく――という彼の屈託が、ほぼ全編に渡って描かれていくことになります。

 そしてそんな彼とはあらゆる意味で対象的なのがニムロデの存在であります。
 奴隷のルー以外とはほとんど意思疎通せず、彼女が運んでくるハチミツを口に運びながらひたすらに自分の仕事に打ち込むのみという、ある意味職人の極みというべきニムロデ。そんな彼は、周囲の社会にがんじがらめとなったガガとは大きく異なる、全くの自由人なのです。

 この上巻の時点では、ガガとニムロデは、バビロンに向かって旅路を共にするものの、まだ相互理解どころか意志の疎通も怪しい状況なのですが――おそらくは二人の関係性が、この先の物語を動かしていくのでしょう。


 といっても、二人はまだバベルの塔の建造どころか、バビロンにもたどり着けていない状態。それどころかバビロン陥落の危機すら迫る中、果たしてあと一巻でどのように物語が描かれるのか――12月刊行の下巻が大いに気になります。

 正直なところ、随所の演出は面白いものの、絵的には荒削りな印象は否めません。またガガだけでなく悪役的立ち位置の神官長や、物語の随所に描かれる奴隷たちに至るまで、登場人物のほとんどが屈託を抱える状況は、読んでいてかなり重く感じられるのですが――それでもなお、稀有の題材を扱った唯一無二の物語として、この先を期待したいところであります。


『バベルの設計士』上巻(芦藻彬 実業之日本社ジャルダンコミックス) Amazon

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2020.11.05

『半妖の夜叉姫』 第5話「赤骨御殿の若骨丸」

 妖術で次々と人の骨を抜き取る妖怪の出現に、退治に向かうせつなととわ。その正体は、かつてもろはに倒されたという妖怪・檮コツの息子・若骨丸だった。若骨丸を追う二人は、取り損ねた檮コツの首を狙うもろはと合流し、赤骨御殿に乗り込む。しかし檮コツは麒麟丸の配下の一人だった……

 前回、戦国時代に戻ってきた(やって来た)主人公たちですが、何となく日常――といってもあくまでも彼女なりの――に戻った今回。
 結局夢の胡蝶探しに燃えているのはせつなだけで、とわは妖怪退治屋に戻り、もろはは賞金稼ぎに――という殺伐とした日々に戻るわけですが、そこで早速妖怪退治屋に持ち込まれたのは、骨を抜かれてぶよぶよになった(冷静に考えるともの凄くグロい)死体の数々であります。

 どうやら橋の上で通りかかる人間(や獣)の前に現れては、口から骨を抜き取っている奴がいる――というわけで、何となく『犬夜叉』に似たようなシチュエーションがあったような気がしますが、まさにその時のこともあって、飛来骨を受け継いだ翡翠ではなく、せつながこの仕事を請け負うことになります。
 一方、さっそく三つ目上臈と根の首の残骸を屍屋――妖怪の賞金首や残骸などを商う、何となくモンハンっぽい商売――に持ち込むもろはですが、店の主には散々買い叩かれた末に、以前彼女が首なしで持ち込んだ大妖怪・檮コツの首を探してこいと借金絡みで言いつけられ、付け馬としてあまり可愛くない狸妖怪・竹千代を付けられる始末。この辺り、ある意味実に戦国時代っぽい世知辛さというか、もろはあんなに明るいのにえらく苦労して――とさらに好感度が上がります。

 そしてこの妖怪・若骨丸(七人隊とは無関係)こそは、もろはに倒された妖怪・檮コツの息子であり、父を復活させる材料として、骨を集めていた――というわけで話が繋がり、若骨丸を追いかけてきたとわとせつな、檮コツを探してきたもろはが若骨丸の根城の赤骨御殿で合流することになります。
 しかしここで、実は檮コツを倒したのはもろはではなく(というかもろはかどうかは不明)で、彼女が気が付いたら目の前に檮コツが倒されていて、しかも彼女の赤真珠はその時に奪ったものだという、何だか締まらない真実が判明。もろはを父の仇と狙う若骨丸こそいい面の皮ですが――ここでさらに意外な事実が判明します。

 もろはにくっついてきた冥加(っていたんかお前!?)によれば、檮コツは大陸から渡ってきた四凶の一人であり、彼らを束ねる者こそが、時代樹から聞かされた麒麟丸だというではありませんか。
 思わぬところで因縁が繋がり、ここで若骨丸と檮コツを倒してしまえば、そのままなし崩し的に麒麟丸との戦いに続いていきそうなところではありますが、そこで逡巡するようなもろは、そしてせつなではないわけで、容赦なく戦いはスタートすることになります。

 そしてここでついにもろはの覚醒技とでもいうべき「国崩しの紅夜叉」モードが発動。犬の大将が奥方に送った紅(って犬夜叉が桔梗に送ったやつかしら……?)を唇に塗ると一分間だけ超パワーアップ! というわけで、てっきりライバルになるかと思った若骨丸はあっさり粉砕。
 復活しかけた檮コツも、唐突に「謎の旅のお坊さん」の言葉を思い出したせつなと、色々と躊躇っていたけど吹っ切れたとわの前に倒されるのでした。(まあ、四凶の中では一番逸話が少ないからなあ……)


 というわけで、ある意味通常営業的な妖怪退治エピソードではあるものの、内容的にはもろはの主役回的な印象の今回。彼女の稼業の様子や紅色真珠を持っている理由、名前だけは以前から出ていた「国崩しの紅夜叉」姿の登場と、彼女のキャラクター・設定の掘り下げが行われた形であります。
 もっとも、もろはが冥加をお供にしているわりには両親のことをあまり覚えていないのは相変わらず不思議、というか説明を伏せすぎに思えますが……

 一方、何だかいまいちな印象だったのはとわ。若骨丸を見て美少年だから倒すのは可哀想とか、もろはが檮コツを倒したのは誤解なんだから話せばわかってもらえるだろうなどとズレた発言の連発で、戦国育ち組との対比なのだとは思いますが、視聴者の反発を買うようなキャラ付けにしかなっていないのは残念なところでした。
 せつなの方は、そんな姉よりももろはの方を認め始めた印象すらありますが――さてこの先三人の関係性はどうなるのでしょうか。


関連サイト
公式サイト

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2020.11.04

石川優吾『BABEL』第7巻 新たな魔将の登場 そして一つの別れと再会

 新・八犬伝というよりも超・八犬伝というべき内容となってきた『BABEL』。巨大な竜との頭に乗る按司加那志の姿も強烈に印象に残る表紙のこの巻では、ついに薩摩編が完結いたします。そして新章では、恐るべき魔と化したあの武将、さらに大きな謎をはらんだ新キャラクターたちが登場することに……

 屋久島での死闘の末、島津軍に敗れて虜囚となった小文吾と、伏姫の導きによって薩摩に向かったものの同様に囚われの身となった犬塚信乃と左母二郎。
 島津の恐るべきマンハント「ひえもんとり」の贄として、騎馬武者たちに追われる身となった彼らですが、そこに島津の暴政打倒のために立ち上がった大友勢と丶大が駆けつけ、大乱戦が始まることになります。

 しかし敵味方かまわずフランキ砲を乱射する島津貴久の前に大友勢も大苦戦。全ての元凶たるこの貴久を倒さんと挑む小文吾と信乃に現八も加わって決戦が始まったものの、奇怪な機械人形(!?)の正体を現した貴久の前には歯が立たず……

 と、大混戦の中始まったこの第7巻。もはや魔力、というよりもオーバーテクノロジーの前に、果たして人間に打つ手はあるのか、と信乃や丶大ならずとも呆然としてしまいそうなところですが――強大な異国の魔に抗するのは、巨大なこの国の神しかありません。
 そう、琉球王国の巫女・聞得大君たる按司加那志がその持てる力を尽くした時に現れたのは――もはやここまでやるか、というほかない、とてつもない存在。とてつもないのですが、しかしそれを本作ならではの超画力で見せられては、もうこちらも納得するほかありません。

 特に、神の猛威を遠景から、音や台詞抜きにただ絵のみで見せた見開きは、強烈なインパクトであって――いささか大げさにいえば、おそらく本当に人が神を見た時は、このような気分になるのだろうと感じさせてくれるのであります。

 この、さすがの魔人貴久も唖然の光景に、按司加那志を守ってきた小文吾も俄然奮起してからの逆転は、これまでが酷く辛い展開の連続であっただけに、大いに盛り上がるのですが――その先に現れた魔の姿は、あまりにも皮肉と言うべきでしょうか。
 どこか虚しさを残しつつ、この巻の前半で薩摩編は幕を降ろすことになります。


 そして後半からは新章突入、永禄3年を舞台に、ついにあの戦国武将が物語に姿を現すこととなります。そう、永禄3年5月19日、歴史に残る奇蹟の大逆転劇を成し遂げた、あの武将が。
 しかしここで描かれるその姿は――これまで本作を読んできた人間であれば、ひと目でこれは危険、とわかるもの。単行本第1巻発売時の対談を見るに、本作が永禄年間を舞台としていること自体、この武将を出すためであったのだろう思われるのですが――だとすればこれからが本当の戦いなのでしょう。

 この新たな魔将の登場に対し、伏姫と八房の霊告に基づいて諏訪に旅立つ信乃――と浜路、左母二郎のトリオ。
 このトリオ、原典とはずいぶん異なる喧嘩友達的な関係性が、殺伐とした物語の中で非常にホッとさせられる要素となっているのですが――珍しくシリアスなことを語る左母二郎の言葉に、信乃が己の少年時代を思い返すこととなります。

 ここで描かれる信乃の少年時代は、原典のそれをほぼ敷衍したものであり、そしてそこで原典通り一つの別れが描かれることになるのですが――その先で描かれるのは、原典になかった一つの再会。まさかここで、ここでこんな再会が待ち受けているとは! と、原典ファンであれば落涙必死の展開であります。
 南総里見八犬伝を踏まえつつも、そこからとてつもない高さに飛翔している本作。しかしあくまでもその根源にあるのはその原典なのだと再確認させられる、心憎いエピソードでありました。
(そしてこのくだりのトリオの姿がまたいいんだ……)


 そして一つの過去を清算し、己が何者であるか再確認して、新たな戦いに向かう信乃。……なのですが、彼らが会うべく旅している相手である二人の人物の姿というのが、どうみても――であり、驚きと困惑は深まるばかりなのであります。
 果たしてこの先物語はどこに向かおうとしているのか、ある意味いま最も先の展開が読めない作品というべきでしょうか。


『BABEL』第7巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon


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 石川優吾『BABEL』第6巻 地獄のひえもんとり そして黙示録の死闘!

 「八犬伝」リスト

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2020.11.03

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 本当に大変なこと続きだった今年もあとわずかで終わり。大変な状況下でも作品を書いてくれた方々、送り出してくれた方々には、本当に感謝の念しかありません。というわけで今年最後のアイテム紹介、12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 毎回書いているような気がしますが、毎月毎月「今月は何もアイテムがなかったらどうしよう……」と怯えていた今年(いや、毎年毎月こんな調子かも……)。
 しかしその締めくくりである12月は、本当に嬉しいことに、大変な数の作品が予定されています。

 まず文庫小説で何と言っても筆頭は『血と炎の京 私本・応仁の乱』(朝松健 文春文庫)。久々の作者の新作長編にして、おそらくは室町ものの総決算になるであろう作品です。
 また、ハヤカワ時代ミステリ文庫からは二点刊行されますが、何といってもタイトルの時点でインパクト満点のうえ、あらすじもとんでもない『信長島の惨劇』(田中啓文 ハヤカワ時代ミステリ文庫)が気になるところです。

 その他、『呪禁師は陰陽師が嫌い 平安の都・妖異呪詛事件考』(黒崎リク 宝島社文庫)、『有閑貴族エリオットの幽雅な事件簿』第2巻(仮)(栗原ちひろ 集英社オレンジ文庫)、『帝都モノノ怪ガタリ』(さとみ桜 マイナビ出版ファン文庫)と、ライト文芸系統の新作も楽しみです。

 復刊・文庫化では、『室町お伽草紙 青春!信長・謙信・信玄卍ともえ 山田風太郎傑作選 室町篇』(山田風太郎 河出文庫)、『幕末 暗殺!』(谷津矢車、早見俊ほか 中公文庫)のほか、『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮文庫)と『僕僕先生』シリーズラスト2巻が一気に文庫化です。

 そして復活早々二ヶ月連続刊行は『蠱惑の書(仮) 異形コレクション』(光文社文庫)。時代ものが収録されているかはわかりませんが、期待します。


 一方漫画の方では、もう何もいうことはないヒット作の完結巻、『鬼滅の刃』第23巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス)が刊行。あわせて『鬼滅の刃 外伝』(平野稜二&吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス)も登場です。

 また『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第5巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス)、『地獄楽』第12巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス)、『ゴールデンカムイ』第24巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス)と楽しみなシリーズ最新巻も要チェック。
 さらにさらに『輝夜伝』第6巻(さいとうちほ 小学館フラワーCアルファ)、『新九郎、奔る!』第6巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス〔スペシャル〕)、『どろろと百鬼丸伝』第4巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス)、『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第5巻(冬目景 集英社ヤングジャンプコミックス)、『星のとりで 箱館新戦記』第5巻(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス)と続きます。

 それだけでなく12月は海外を舞台にした作品も大豊作。『バベルの設計士』下巻(芦藻彬 実業之日本社ジャルダンコミックス)、『ベルサイユオブザデッド』第5巻(スエカネクミコ 小学館ビッグコミックス)、『ダンピアのおいしい冒険』第2巻(トマトスープ イースト・プレス)、『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第2巻(青木朋 秋田書店ボニータ・コミックス)、『海帝』第7巻(星野之宣 小学館ビッグコミックス〔スペシャル〕)と盛りだくさん。


 というわけで、どうやら年末は新刊に囲まれて暮らせそう。実にありがたいお話であります。


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2020.11.02

芦辺拓『鶴屋南北の殺人』 幻の台本が貫く現代と過去、虚構と現実

 本格デビューから30年という大ベテランでありつつも、今なお奇想に満ちた意欲的な作品を次々と発表し、そして伝奇時代劇にも強く傾倒する芦辺拓。その作者のシリーズ探偵である森江春策が、鶴屋南北の幻の作品の謎と、その発見にまつわる連続殺人に挑む伝奇ミステリの快作であります。

 ――といっても、森江春策は現代の弁護士であり、つまり彼が探偵役を務める本作も現代を舞台としたミステリであります。しかし本作が描いているものは、同時に優れた時代伝奇ともいうべき内容であり、ここで敢えて取り上げる次第であります。


 国劇会館の女性研究者から森江のもとに舞い込んだ依頼――ロンドンで発見された鶴屋南北の未発表台本「銘高忠臣現妖鏡」の内容を彼女に無断で上演しようとしている歌舞伎界の異端児・小佐川歌名十郎と交渉するため、森江は京都に向かうことになります。
 その上演の準備が進む洛陽創芸大学の劇場《虚実座》を訪れた森江は、奔放な小佐川の態度に戸惑いながら、劇中の屋体崩しのテストに立ち会うのですが――巨大な師直館が見事崩れ去った後、そこには小佐川の助手である学生の死体が残されていたのであります。

 それに留まらず、さらに続く奇怪な死――いや殺人。一連の殺人の謎に挑むことを決意した森江は、そもそものきっかけである「銘高忠臣現妖鏡」の奇妙な内容に注意を引かれることになります。
 南北が「東海道四谷怪談」を大成功させた同じ年に、同じく忠臣蔵を題材として執筆されたという「銘高忠臣現妖鏡」。しかしその内容はこれまで知られた忠臣蔵とは似て非なる改変の連続であり、そして何よりも、全く記録に残っていないにもかかわらず、南北の弟子・花笠文京の手記によれば、それは確かに上演されたというのであります。

 さらにこの芝居の一幕として南北の依頼で文京が書いたにもかかわらず、他の部分と全く繋がらない「六大洲遍路復仇」なる幕の存在は何を意味するのか。
 現在と過去、二つの謎に挑む森江が解き明かす、驚くべき真相とは……


 ある過去の大芸術家の幻の作品が発見され、それと前後して現代で事件が起きる――そんなシチュエーションは(時代抜きの)伝奇ミステリの一つの典型ではないでしょうか。
 本作はまさにその典型に沿った作品ではあるのですが――しかし本作が類作の中でも群を抜いているのは、もちろん一つにはその見立て殺人ともいうべき事件の数々のユニークさ、奇怪さによるところがあるでしょう。

 しかしそれ以上に本作に強烈なインパクトを与えているのは、物語の背骨ともいうべき「銘高忠臣現妖鏡」「六大洲遍路復仇」の存在であることは、言うまでもありません。
 常識では考えられない奇妙な内容を持つ幻の作品――そんな作品は、フィクションの中では珍しくないでしょう。しかし本作で描かれるのは、上に述べたように幻でありながらも、確かに上演されたとされている作品。この矛盾に満ちた謎は、伝奇ミステリとして、あまりに魅力的というほかないでしょう。

 正直なところ、この奇怪な忠臣蔵たる「銘高忠臣現妖鏡」が、何を、そして誰をモチーフとした物語なのかは、歴史好きの方であれば、気付くのは難しくないように思います。しかし問題はその先――それが何のために書かれたのか、そのあまりに奇想天外で、かつ巧みな仕掛けに思い当たる人間は、まずいないでしょう。

 しかし本作は、その極めて意外な真相にもかかわらず、同時に我々にとって極めて身近で、他人事ではないと感じられる物語でもあります。それが何を意味するのか、もちろんここでは触れませんが――作中で描かれるものが、残酷血みどろはお手の物の南北の物語よりも、遙かに無惨で悍ましく感じられるのは、その身近さ故とも感じられます。

 それでも、いや、だからこそ、ここで描かれた暴戻に屈せず、人間として、作家として一矢報いようとする南北の、いや作者の強い意志に、我々は胸を熱くせざるを得ないのであります。本作の発表時期と、その後の現実世界の流れを考えればなおさらに……


 正直なところ、この縦軸の仕掛けの凄まじさ故に――上で述べたとおり、それだけで見れば十分にユニークな――現代の事件のインパクトが薄れる点は否めないかもしれません。
 しかしもちろん、本作が過去の物語だけでは成立し得ないことは事実であり――結末で明らかになる、如何にも作者らしい仕掛けも含めて――本作が現代と過去を、虚構と現実を見事に貫いた、本格ミステリにして伝奇ミステリの名品であることは間違いありません。

 そして今を生きる我々に勇気を与えてくれる作品であることもまた……

『鶴屋南北の殺人』(芦辺拓 原書房ミステリー・リーグ) Amazon

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2020.11.01

『鬼切丸伝』の年表

 平安時代から江戸時代まで、長きに渡る時を舞台に、鬼切丸の少年と鬼の戦いを描いている『鬼切丸伝』。各エピソードが時系列に並んでいるわけではない本作ですが、そうなってくると一度並べてみたい――というわけで、年表を作ってみました(物語の内容に触れているのでご注意下さい)。

764年
 藤原仲麻呂の乱。藤原東子、千人の男に嬲られて鬼と化す
969年
 鬼女・紅葉、平維茂らに退治される
995年
 鬼切丸の少年、大江山の酒呑童子に食われた尼僧から生まれる
996年
 少年、安達ヶ原の鬼を斬る
1149年
 佐藤義清、周囲を鬼に変えぬため出家する
1177年
 鹿ヶ谷の陰謀。少年、後白河法皇の前に現れた「崇徳上皇」を斬る
1189年
 衣川の戦い。鬼の武蔵坊弁慶、義経を守って立ち往生する
1476年
 少年、日野富子に使役される茨木童子を斬る
1565年
 永禄の変。義輝、絶望から鬼と化す
1571年
 比叡山焼き討ち。信長、鬼に襲われる
1575年
 宇喜家の四姉妹、父・直家への怨念から鬼と化す
1581年
 第二次天正伊賀の乱。鬼切丸の少年、くノ一・蓮華と暮らし始める
1582年
 天目山の戦い。土屋昌恒、鬼と化して千人を斬る
 松姫の生き霊、鬼と化す
 本能寺の変。森蘭丸、信長の眼前で鬼と化す。
 山﨑の戦い。鬼と化した信長、光秀とその一族を襲う
 柴田勝豊、丸岡城の人柱としたお静が化した鬼に襲われる
1584年
 さらさら越え。佐々成政、愛妾・早百合を吊し斬りして以来、周囲に鬼が出没
1587年
 根白坂の戦い。島津家久、鬼と化した家臣とともに命尽きる
 肥後国人一揆。和仁親宗、真の鬼と化す
1588年
 長宗我部元親が誅戮した七人の武士の怨念が鬼と化す
1591年
 千利休自刃。娘のお吟、石田三成に蛇責めにされた末、鬼と化す
1595年
 豊臣秀次、高野山で自刃。鬼と化した秀次、少年に斬られる
 秀次の妻子の処刑以来、三条河原に泣き鬼が出没
1600年
 信長鬼の肉を与えられた戦国武将四人が相争う
 ガラシャ、鬼と化して信長鬼を食らう
 関ヶ原の戦。大谷吉継、無念のあまり鬼と化す
 「立花誾千代」、単身加藤清正の軍を阻む
1601年
 種崎事件。犬神使いのなつ、夫を山内一豊のだまし討ちで喪う
1607年
 加藤清正、愛する小姓を殺した河童を退治する
1620年
 和霊騒動。山家清兵衛一族の誅戮後、宇和島に牛鬼出没
1635年
 妊婦を次々と惨殺する蒲生忠知の前に少年が現れる
1637年
 島原の乱。少年、天草四郎に成り代わった鬼を斬る
1668年
 濃尾崩れ。尾張に切支丹の鬼出没


 詰め込みまくったために非常に見にくくて恐縮ですが、単行本11巻までの内容をまとめてみました。いやはや、これだけあちこちの時と場所で少年が姿を現していたのか、と感心させられます。
 これだけあちこちで鬼を産みだしていれば、少年も人間嫌いになるのも確かに判る気がいたします(特に1581年から1582年にかけて、大事件の連続に戦い続けた少年の鬼メンタルよ)。

 しかし改めて驚かされるのは、歴史上の大きな事件だけでなく、他の漫画、いやフィクションでは滅多に題材にならないような事件・巷説をしばしば扱っていることであります。この点は、本作の大きな特長と言って良いのではないか――と、この年表を作ってみて、今更ながらに感じた次第です。


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