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2020年12月

2020.12.31

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第23巻 大団円 そして少年は日常に還る

 まさに今年を代表する作品となった『鬼滅の刃』の最終巻が、今年を締めくくるようにこの12月に発売されました。総力を挙げて鬼舞辻無惨に挑む鬼殺隊の、そして炭治郎の戦いの行方は、そしてその果てに待つものは――長かった戦いも、まさに大団円であります。

 無限城の決戦でようやく追い詰めたかと思いきや、想像を絶する力で逆に鬼殺隊を圧倒する無惨。早々に炭治郎が倒れ、義勇が、悲鳴嶼が、不死川が、蜜璃が、伊黒が、善逸が、伊之助が、カナヲが――残る力を全て結集して挑むも、無惨の無限とも思える戦闘力と体力の前には、一矢を報いることすらできない状況であります。
 しかし全ての希望が失われたかに見えた時、縁壱の記憶を受け継ぎ、再び立ち上がった炭治郎。彼がついに辿り着いた日の呼吸・十三個目の型と、そして珠世が遺した最後の罠というべき薬――無惨にとっては猛毒の数々がその力を徐々に奪い、ついに無惨をあと一歩まで追い詰めるのですが……


 いよいよ長かった戦いも終盤になりながらも、それでもなお新たな能力を発揮し、炭治郎たちを苦しめる無惨。この巻では鬼殺隊vs無惨の死闘が、冒頭からトップギアの状態で、これでもかと言わんばかりに叩きつけられることになります。

 連載当時、この辺りは珠世の薬の効果(戦果)が日の呼吸以上に大きく感じられたことや、また(新たな能力を見せるとはいえ)無惨の攻撃が比較的パターンが少ないこともあって、正直なところあまりピンとこなかったのですが――しかし単行本でまとめて読んでみれば、そこまで追い込んでもまだ倒せない無惨の力と、全員が完全に限界を超えてもなお戦い続けようとする鬼殺隊の力のぶつかり合い、いやむしろ削り合いが強烈に印象に残ります。

 そして前々巻から続くこのマラソンバトルの中で改めて浮き彫りになるのは、絶大な力を持ちながらもあくまでもたった一人の存在でしかない無惨と、一人ひとりの力は小さくとも、全員が――既に命を落とした者たちまでもが力を合わせて戦う鬼殺隊との違いでしょう。
 総力を結集する主人公たちvsラスボスというのは、バトルものの最終決戦では当然のシチュエーションではありますが、そこにそれ以上の意味を感じさせるのは、ここに示されているのが、これまで物語で繰り返し描かれてきた、無惨と「人間」の違い――「生きることだけに固執している生命体」と、限りある生を受け入れ、その中で己の為すべきことを果たし、そして次の者に受け継いでいく人間の違いの、一つの集大成であるからにほかなりません。

 そんな我々人間にとっては当たり前の行動を取る鬼殺隊の姿に対し、異常性を感じてしまう無惨の姿は、その皮肉な象徴とも言うべきかと思いますし――戦力だけでみれば完全に作中で最強だった縁壱が無惨を滅ぼせなかったのは、彼もまた孤独な存在であった(超人という意味では、彼は無惨と対になる存在であります)だったからなのだろう、と今更ながら考えさせられます。


 そして、長きに渡る戦いが終わったその先に炭治郎に訪れた、あまりにも残酷で「無惨」な運命とその克服――それは、この「鬼」と「人間」の違いのダメ押しとも言えるのと同時に、彼の日常への帰還を意味するものと言えます。
 本作は炭治郎の戦いの物語ではありますが、決して彼は無敵のヒーローでも生まれついての超人でもなく、こんな運命に巻き込まれなければごく普通の生を生きたはずの少年でした。その彼が、ようやく鬼との戦いから解放され、日常に還る――その通過儀礼(というには本当にハラハラさせられましたが!)がこの結末なのだと、そう感じます。

 そして本作が本当に驚くほど広汎な支持を得た理由の一つは、炭治郎という等身大の少年が、理不尽な残酷な運命に翻弄されながらも、人間であることを全うして、平凡で、しかしそれだからこそ尊い日常に帰ってくる物語であったことではないか――というのはさすがに牽強付会かもしれませんが、振り返ってみての正直な印象でもあります。
 いま、想像もしていなかったような理不尽に晒され、日常というものを見失いつつある我々にとって、本作で描かれた炭治郎の――人間たちの姿は、一つの希望なのですから。


 何はともあれ、笑顔しかない――そして受け継がれ続けた「人間」の生の姿を描く――エピローグから美しいカーテンコールまで、最後の最後まで描くべきものを描いたと感じられる本作。
 連載開始から完結まで、いまこの時にリアルタイムで追うことができてよかった――心からそう思うのです。

『鬼滅の刃』第23巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2020.12.30

田中啓文『臆病同心もののけ退治』 妖怪とユーモアとミステリと――油断できない物語

 今年、ユニークな時代小説を次々と発表してきた作者の、これまたユニークな妖怪時代小説であります。臆病すぎるのが災いして組替えされた北町奉行所の同心・逆勢華彦を待っていたのは、個性過ぎるメンバーと、魑魅魍魎退治の任務。状況に翻弄されまくる華彦の運命は……

 父の跡を継いで同心となりながら、実はとんでもない臆病者の逆勢華彦。ある日、捕物で蛍を人魂と間違えて大騒ぎした挙げ句、相手を取り逃してしまった彼は、定町廻りから与力の尾田仏馬の組――通称「オダブツ組」に配置換えされることになります。

 奉行の遠山金四郎景元が独自に設置したものの、表からは一体何をやっているか全くわからず、一生飼い殺しに等しい扱いとなることから、「与力・同心の吹き溜まり」と称されるオダブツ組。
 そこで華彦を待っていたのは、山賊のような外見の仏馬のほか、痩せ牢人のような改役の左門、相撲取りのような――というか元力士の吟味役・宗右衛門、人の心を読む同心見習いの少年・塵太郎、元くノ一の伊賀の夜視姫、おまけに噺家のグツ蔵という、およそ奉行所の人間とは思えぬ面々だったのです。

 しかもオダブツ組の任務とは、近頃江戸でにわかに増えてきた魑魅魍魎の発見、吟味、そして退治――尋常ではない臆病者の華彦にとっては悪夢のような職場ですが、しかしその臆病さで物の怪を誘き寄せようというのが奉行の思惑。しかも臆病なだけでなく実は「視えもん」だったことから、華彦は思わぬ活躍(?)を繰り広げることに……


 公的機関に実はゴーストハンティング専門の部署があって――というのは、これは時代ものに限らず、伝奇ものには定番中の定番の設定かもしれません。しかしそんな中でも本作がユニークなのは、一つには作者らしいユたっぷりのユーモア味が作品の随所に見られることでしょう。

 何しろ華彦はこの手の作品の主人公にあるまじき超ビビり。事あるごとに情けない悲鳴を上げるのが定番で、組の飼い猫(?)の魂(たま)に飛びつかれるたびに悲鳴を上げる様だけでも笑えてしまうのです。
 そして彼らとチームを組む面々も、奉行所というよりも梁山泊のならず者のような連中で――しかし一朝事あらば猛然と立ち上がり、悪の巣窟に「どすこーい!」と殴り込みをかける様は、盛り上がるべきか笑うべきか、思わず迷ってしまうほどであります。


 しかし本作の最大の魅力は、こうした妖怪ものというジャンルと、ユーモアの味付けにカモフラージュされたミステリ的趣向と感じます。

 本作は本編二話+グツ蔵の怪談落語(これがまた真っ当に怖い)という構成。
 オダブツ組に配属されたばかりの華彦が、河童が棲み着いているらしい池の近くの大店を覆う暗雲に挑む(首を突っ込む)第一話「河童の皿」、後継者争いの真っ只中の寺院に出没するという、経文を食う巨大な鼠の怪の謎を追う第二話「鼠の王」――どちらもいかにも妖怪ものらしいシチュエーションのエピソードですが、しかしそこに安住していないのが、本作の面白いところなのであります。

 詳しくは述べられませんが、本作で描かれるのは、いずれも単純な妖怪退治では決して終わらない物語。作中でオダブツ組に協力する祓い屋・ススキのおババが、華彦に「思い込みは禁物じゃ。心の目で見よ」と諭す言葉そのままに、思い込みをもって読んでいると、見事に足元を救われることになるのです。
 というより、なまじ視えてしまう華彦の体質が、彼を一種の「信頼できない語り手」にしているというのは、ジャンルの設定を逆手に取った、まさに本作ならではの趣向というべきでしょうか。

(ちなみに全くベクトルは違いますが、本作に登場する「遊び人の金さん」の存在も、ある意味お約束を逆手に取った設定で、なかなかユニークであります)


 もっとも、奉行所だけでなく逆勢家の人々も含め、作中に登場する多彩なキャラクターたちが、が現時点では必ずしも十全に活かされていない点はいささか気になるところでありますが――しかし物語がさらに展開していけば、この点は解消されることでしょう。
(むしろ編集がチェックしていれば気付けるミスがいくつかあった方が気になります)

 作中で語られる、魑魅魍魎の出没の思わぬ(しかし我々に取ってみればお馴染みの)黒幕が、物語にどう絡んでくるかも気になるところで、この先の展開を大いに楽しみに――しかし一筋縄ではいかない物語だけに油断せずに――待ちたいと思います。


『臆病同心もののけ退治』(田中啓文 ポプラ文庫) Amazon

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2020.12.29

『新諸国物語 笛吹童子 完結篇 満月城の凱歌』

 玄蕃一味から逃れたものの、されこうべの面が災いして谷底に落ちた萩丸は、白鳥党を率いる白蓮尼と出会う。一方、霧の小次郎は胡蝶尼を執拗に付け狙い、されこうべの面と対になる白鳥の面を作る菊丸とも対立する。乱戦の果て、ついに菊丸や胡蝶尼も合流して決起した白鳥党は満月城に向かう……

 タイトル通り完結編となる本作は、前二部より体感で倍ぐらいの速度と密度ではないかと思われる展開が連続することになります(以下、容赦なく内容に触れます)。

 第二部の間ずっと満月城の囚われ人となっていたところを、ようやく逃れてきた萩丸。しかし呪いのされこうべの面を被せられていたのが災いして、家老の右門から妖怪扱いされて追い回された末に、崖から転落してしまう羽目になります。ところがその衝撃で面の一部が欠けたために顔から面が剥がれ――って、まさか物理で呪いが解けるとは! というのはともかく、そこで彼が出会ったのは、第二部ラストで同じく崖落ちした胡蝶尼でありました。
 萩丸はかなりのダメージなのにピンピンしている胡蝶尼は、彼のために薬を探しに行くのですが、そこで出会ったのは、萩丸を追って来た玄蕃一行。当然玄蕃たちが美女を見逃すはずはなく――というところで鉄砲をぶっ放した近所の狩人の少年・杢介に助けられ、胡蝶は彼の母・藤江に保護されることになります。しかし、実は彼女こそは赤子の頃の胡蝶尼の乳母だったという奇縁が!

 一方放置された萩丸は、運良く白蓮尼と名乗る美しい尼(こちらは本当に尼)に救われるのですが、彼女こそはかつて玄蕃に滅ぼされた石見判官の娘。彼女は遺臣たちとともに白鳥党を結成、ほとんどオーバーテクノロジーの鉄砲を武器に、復仇の時を窺っていたのであります。
 ――と、こんな感じで完結編に入っても新キャラクターたちが次々と登場、ここまで冒頭からほとんど一気呵成のテンポで来る上に、白黒で結構人の顔が見分けにくいので、以前からのキャラが入り混じると誰が誰やらになるのが困りものであります。

 さて、ここから物語は胡蝶尼と萩丸――というより白鳥党パートの二つに分かれて展開することになります。藤江の口から自分の素性(前作では将軍の弟の子だったのが、いつの間にか将軍の子に……)を知った胡蝶尼ですが、再三にわたり彼女を迎えにやってきた使いがいずれも偽物という不運に見舞われます。一方、萩丸は弟の菊丸と再会し、またも勘違いして襲いかかってきた右門(……)も仲間に入れて決起の時を待つのでした。

 そしてこの両者の間で暗躍するのが、霧の小次郎なのですが――萩丸の顔から外れ、白蓮尼が保管していたされこうべの面を奪い取り、その力でパワーアップ(つけている間は菊丸の笛も耐えられる)したようですが、しかし本作においては前作のダークヒーローぶりはどこへやら、という印象があります。
 将軍家の使者に化けて胡蝶尼を誘い出し、お兄ちゃんと一緒に暮らそう! とかきくどくももちろん拒絶され、杢介に鉄砲をぶっ放されて退散。老人に化けて菊丸のもとにされこうべの面を持ち込み、修復を依頼するも、菊丸にとってはこれは不吉の面、さてはと取り出した笛を吹かれてのたうち回る羽目に。そしてその笛から逃れるために面をかぶれば、ついにその面が外れなくなり――と、基本的に締まらない場面ばかりが続きます。

 そしてクライマックス直前、白鳥党と合流して満月城に向かう胡蝶尼を黒雲に乗って攫ったはいいものの、降りたところに待ち構えていた(というか居るところに降りてしまった)提婆が放った短刀から胡蝶尼を庇って致命傷を負った小次郎。そこに駆けつけた菊丸の白鳥の面の力で面の呪いから救われ、初めて胡蝶尼に兄と呼ばれる――というシチュエーションは、先に物理的に外れてずっこけたされこうべの面の呪いが、ここで解けるのか! という点には感心したものの、本当に提婆がいきなり登場したおかげで感動が吹っ飛んだのは勿体無い話です。
 実は原作ではここでの提婆の役回りは、もう一人の悪の妖術使い・三日月童子が担当していたもの。さすがにこのキャラまで出すと収拾がつかなくなるのはわかりますが……

 なにはともあれ、ついに満月城に乗り込んだ白鳥党は、ほとんど反則の鉄砲連射に勝手知ったる抜け道からの奇襲と、もはや相手をするのがかわいそうな勢いで玄蕃の軍を圧倒。玄蕃も萩丸たちに袋叩きに近い形で倒されて、そのまま「終」となるのでした。


 というわけでまずは大団円の『笛吹童子』、テンションの高さという点では特筆すべきものがありますが、前作であれほど輝いていた小次郎と胡蝶尼がどちらも大人しくなってしまい、完結編としてはいささか物足りなかったのが正直なところであります。
 次の『紅孔雀』が五部作になったり、小次郎のスピンオフが作られたのはこの辺りの影響――なのかもしれません。


『新諸国物語 笛吹童子』(東映ビデオ DVDソフト) Amazon

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『新諸国物語 笛吹童子 第二部 妖術の斗争』

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2020.12.28

トマトスープ『ダンピアのおいしい冒険』第2巻 ダンピアの過去と負のグルメ

 実在の人物である博物学者にして海賊、ウィリアム・ダンピアの『最新世界周航記』題材とした海洋冒険グルメ漫画、待望の第2巻であります。船長が亡くなり船内に不協和音が響く中、ダンピアの航海の行方は、そして彼の過去とは……

 イギリスとスペインが激しく火花を散らしていた17世紀、イギリスの尖兵として海を荒らし回った私掠船――すなわち海賊たち。その一つに航海士として乗り込む青年・ダンピアが本作の主人公であります。
 しかし海賊というイメージとは裏腹に、好奇心旺盛で博物学者気質の彼は、「知るってことは生きる力だから」と、各地で見かける様々な動植物や現地の風物、そして何よりも様々な食に興味を持つ人物。本作は、彼の残したその記録を「原作」とした作品というべきものであります。

 そんなダンピアは、クック船長の私掠船でガラパゴス諸島からメキシコに向かうのですが、壊血病で船長が命を落とし、一行は意気消沈。さらにスペインの勢力範囲の中で、次々と困難な状況に遭遇することになります。そしてそんな中、何かと周囲に馴染めなかった同じ船の一等航海士・カウリーの行動が、周囲の不信を募らせて……

 という、可愛らしい絵柄とは裏腹に、この第2巻は重い展開から始まることになります。知識や学問に深い興味を示すという共通点を持つものの、あくまでも船乗りのダンピアと異なり、インテリ肌のカウリー。その彼が、スペインとの内通を疑われることになるのですが――しかし、彼の抱えた複雑な事情、そしてそれ以上に複雑な想いが、やがて明らかになっていくことになります。
 しかし船の乗組員たちを思いやりながらも、やはり根本的な部分で彼らとは異なる世界の住人というべきカウリー。彼の態度は新船長デーヴィスとの軋轢を生み、はては船には不穏な空気な漂うことになります。

 航海もの、探検もので、クルー間の不和と不信(そして和解あるいは決裂)というのは定番ですが、しかし本作で描かれるのは、決してヒロイックでもドラマチックでもない、あくまでも等身大の人々の姿であります。
 そしてそれが当時の、いわば公認海賊であり、しかし同時に不安定な存在である私掠船と結びついた時――そしてもう一つダンピアという海賊らしからぬ青年の目を通した時、そこに描かれる物語は、どこまでも人間臭いナマの海賊の姿であり、我々が海賊という存在に対して持つ印象を、大きく変えてくれるのです。


 そしてこの巻の後半では、時間を遡って、ダンピアの過去が描かれることになります。

 貧しい小作人の家に生まれ、親の死によって大好きな学問の道を断念することとなったダンピア。成り行きから船に乗り、そして流されるままに各地を転々とした彼は、その中で未知なるものへの憧れを強めていくのですが――しかし第三次英蘭戦争で志願兵として軍艦に乗った彼は、そこで食べることすらままならない極限状況に晒されることになります。

 そしてそこで九死に一生を得た末に、再び各地を転々とした彼はついに私掠船に乗り込むことになって――という、流れ流れて、という表現が相応しく感じるダンピアの半生。これが当時の船乗りの典型である――などと言い切る知識は全くないのですが、しかし彼の経歴は、決して当時の船乗りにとって珍しいものではなかったのではないか、という印象を受けます。

 しかしそんな中でも驚かされるのは、彼の海軍生活でしょう。海軍といわれれば、当然ながら砲弾が飛び交う派手な海戦の姿が思い浮かびますが――もちろんそれもあるものの、本作で描かれるのは、戦闘以外の時間においてもなお凄惨な船員たちの生活なのですから。

 ここまでの紹介で何となく察せられるかと思いますが、この巻では前巻ほどグルメ要素は少ない(あまり前面に出てこない)のですが――この海軍のくだりで描かれるものは、ある意味、負のグルメとでも呼びたくなるような凄絶極まりないものであります。
 食べることが生きることであるとすれば、この軍艦での暮らしは、その最低限の生すら奪われたものというべきでしょうか。絶対食べたくはありませんが、しかし本作でも屈指のインパクトを持つ「食」であります。


 さて、終盤では第1巻の時点で名前のみ登場し、ダンピアとの浅からぬ関係を窺わせた青年バジル・リングローズが登場。博物学に強い興味を持つ、ダンピアとは似たもの同士として意気投合するその姿は、そこまでの物語が重かっただけに実に微笑ましいのですが――しかし「現在」に彼が登場しないのはどういうことなのでしょうか。
 この先の展開も、やはり大いに気になってしまうのであります。


『ダンピアのおいしい冒険』第2巻(トマトスープ イースト・プレス) Amazon

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2020.12.27

『明治開化 新十郎探偵帖』 第3回「万引き一家」

 大店の浅井家で、夫が何者かに惨殺されてから店を取り仕切る女主人・スギが、万引きの常習犯だと町の噂になっていた。さらに店の下男が死体となって町で発見され、新十郎は娘のキクから調査を依頼される。浅井家の主治医・花田は、一連の殺人の犯人はキクに言い寄っていた庭師の梶谷と主張するが……

 考えてみればまだ第3話なのですが、ずいぶん長く観ているような気がする――それだけお馴染みになった――印象のある本作。今回は『明治開化 安吾捕物帖』の第5話「万引家族」をベースとしたエピソードです。

 今回の舞台となるのは、主人の権六が何者かに顔を潰されて惨殺される、後を継いで店を取り仕切るその妻・スギが出かけるたびに万引きをする、そして下男が頭を殴られたような死体となって発見される――と、おかしな事件ばかりが続く老舗問屋・浅井家。
 家の主治医の花田は、スギの奇行は店を背負うことになったストレスから、そしてその原因である権六の惨死と、今回の下男の死は、権六の死とともに行方をくらました庭師の梶谷が犯人に違いないと主張――梶谷は店の娘のキクに言い寄り、それを撥ね付けられた恨みで犯行に及んだと言うのであります。

 そのキクが梨江の友人であった縁で調査を引き受けることとなった新十郎ですが、当の花田医師が、下男の死体が発見された現場から走り去る姿が目撃され、警察に捕らえられることに。しかしその間に、浅井家に植木バサミが投げ込まれる事件が発生し、いよいよ事件は混迷を深めることに……


 原作とは大きく内容を変えてきた前回に比べれば、かなり原作に近い印象を受けた今回。といっても舞台となる一家の設定は大きく異なり、原作ではキクのほかに男子が三人おり、物語の中心となるのは次男の下に嫁入りした女性なのですが――この辺りはドラマではバッサリカットされています(そもそも家の名前自体異なる)。
 実は原作では、権六が癩病患者と言われていたことが物語の大きなフックとして存在しており、権六の死も殺人ではなく自殺という扱いなのですが――その辺りの陰惨な設定をある意味裏返しつつ、根本となるトリックは活かして物語を設定した点が、今回のアレンジの面白さでしょう。

 そのために、細部は相当異なる物語が、事件という点だけでみれば原作と重なって見えるという、ちょっと不思議な印象に繋がっていると感じます。
 もっとも、スギだけではなくキクも万引きをしていた(そしてそれにきちんと理由がある)原作に比べ、スギのみが万引きを行っている本作に「万引き一家」というサブタイトルは合っていないようにも思いますが……


 さて、これまでのエピソードでは、事件の背景に明治という新時代への異議申し立てが存在していましたが、今回は事件そのものではなく、並行して語られる新十郎の過去の中でそれは描かれることになります。
 これまで洋行帰りという設定のみが語られてきた新十郎ですが、彼は実は幕臣の子。そして彼がただ一人アメリカに送り出されている間に、戊辰戦争で家族は全て命を落としていたのであります。

 第1話で勝海舟と出会った時に微妙な表情を見せていたものが、今回たまたま勝家を訪れていた西郷隆盛を前にした際には、はっきり敵意とすら言える態度を見せる新十郎。新時代の申し子とも言うべき彼においても、その内側では、新時代に対して深い屈託があることがここで示されたというべきでしょう。

 あるいはその屈託が、今後何らかの形で噴出することもあるのかもしれません。しかしその一方で、ラストの何とも微笑ましい新十郎と梨江の姿を見ていると、明治という新たな時代には、また新たな希望がある――そう感じさせてくれるのも、また事実なのであります。


関連サイト
公式サイト

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2020.12.26

週刊朝日「2020年歴史・時代小説ベスト3」に参加しました

 今年もこの季節がやって来ました。「週刊朝日」の歴史・時代小説ベスト3――昨年までのベスト10から模様替えとなりましたが、ありがたいことに今回も投票に参加&コメントを掲載していただきました。

 今年で12回めとなるこの企画は、文芸評論家や書評家、新聞・雑誌の書評担当者、編集者、書店員ら「本読みのプロ」の方々を対象にアンケートを実施したもの――と書いてみると何だか面映ゆいものがありますが、何はともあれ私もその末席に加えていただいて、今年で4年目となります。

 冒頭に述べたとおり、今までベスト10だったものが、今年から上位3冊まで――そして選外の作品から編集部が注目した4作品を選ぶ形となったこの企画。
 正直なことを申し上げれば、やはり取り上げる作品が少し減ったのはいささか寂しい気もしますが――しかしやはり回答する側にとっては、そして何より一読者としても、一年を締めくくるものとして、大いに楽しみな企画であることは言うまでもありません。


 さてその結果については――これは是非実際にお手にとって見ていただきたいのですが、なるほどと感心したり意外に思ったり、実に興味深く、かつ参考になる結果であることは確かであります。
 そして個人的には――これはちょっと内緒の話ではありますが――普段好き放題に作品を紹介している身にとって、その感覚がどれだけ世間に通じるかを確認する場にもなっているのですが、今年もまずまずだったかな、と少々安心しております。


 さて、ここで終えるのも寂しいので、最後に私のベスト3を記しておきたいと思います。

第3位『紅蓮浄土 石山合戦記』(天野純希 KADOKAWA)
 石山合戦を背景に、本願寺の尖兵である忍びの少女らの姿を通じて、人間の信仰とは、あるべき生とは、を描いた佳品。歴史小説としての物語の厚みはもちろんのこと、エンターテイメントとしても優れた作品となっているのは作者ならではというべきでしょう。
 宗教集団の矛盾や欺瞞を描きつつも、それと同時に、宗教の持つ意味を肯定的に描いてみせるのにも感心させられました。
 このブログでの紹介記事はこちらこちらです。

第2位『まむし三代記』(木下昌輝 朝日新聞出版)
 戦国一の梟雄・斎藤道三がその父から受け継いだ恐るべき武器「国滅ぼし」。その謎が物語を強烈に引っ張る縦糸として機能しつつ、国を医すことと人として生きることの相剋に苦しむ一族として斎藤家の人々の姿を横糸として描く構造の巧みさで、最後の最後まで目が離せない作品でした。
 今年は「国」と「民」「人間」のあるべき姿を描く作品が多く見られましたが、本作もその一つと言うべきでしょう。
 紹介は――いずれ改めて。

第1位『震雷の人』(千葉ともこ 文藝春秋)
 中国は唐代の安史の乱を背景に、大切な人間を奪われた兄妹の波乱に富んだ生き様を描く本作は、「国」の、「民」の、あるいは「人間」のあるべき姿を問いかける作品の中でも大きな収穫の一つと感じます。
 暴と武が荒れ狂う無法の世に苦しむ人々を描きつつも、その中でもなおも人の世を支える「文」の姿には、大きな希望を感じることができました。
 このブログでの紹介記事はこちらこちらです。


 なお、このベストの対象期間は昨年11月から今年の10月までなのですが――締切を過ぎた、即ち来年の対象作品にも、既に大いに気になる作品が登場しており、本当に気の早いお話ですが、今から次回を楽しみにしているところであります。


「週刊朝日」2021年1/1-1/8合併号(朝日新聞出版) Amazon

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「歴史・時代小説ベスト10」に参加しました&今年もありがとうございました。

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2020.12.25

野田サトル『ゴールデンカムイ』第24巻 海賊の理想 そして全ては札幌を目指す

 アニメ第三期も完結し、そして原作の方もクライマックスに突入した感のある『ゴールデンカムイ』。刺青人皮も残すところあと4枚――脱獄囚の中でも屈指の大物・海賊房太郎、そして謎の連続猟奇殺人鬼を巡り、各勢力の思惑が入り乱れるのですが……

 前巻のラストの圧巻のドラマに続く、一つの別れから始まるこの第24巻。この巻の物語は、石狩川を下る蒸気船と、連続殺人鬼が跳梁する札幌を中心に、それぞれ展開していくことになります。

 雨竜川で対決した平太師匠が残した砂金を手がかりに、刺青脱獄囚の一人・海賊房太郎を追う杉元一行。外輪式蒸気船で移動中に、偶然船の金品を狙ってきた房太郎一味と遭遇した杉元は、成り行きから派手な立ち回りを繰り広げることになります。
 房太郎と顔見知りの白石の縁もあり、一時は丸く収まったかに見えた両者ですが、杉元が自分を追っていたことを某太郎が悟ったことで乱戦再開。その中で房太郎のホームグラウンドに引きずり込まれた杉元は、苦戦を強いられることに……(ここで救援に現れた白石が――というシーンには爆笑)。

 しかしこの海賊房太郎、これまでのひたすら逃げ隠れしていたり、あるいは欲望のままに暴走していた脱獄囚たちとは異なり、「自分の国を作る」という大きな理想を持っている――と語る男。その言葉がどこまで真実かはまだわかりませんが、むしろ土方に近い立場の人物といえるでしょう。

 そしてその根幹にあるのが、かつて疱瘡で家族と故郷を失った過去にあるという点では、家族を結核で失った杉元と極めて親しい存在であります。
 繰り返しになりますが、彼の言葉がどこまで真実かは別として、金塊争奪戦に加わる確たる理由を持つ房太郎は、争奪戦に加わる理由が揺らいでいるようにも感じられる杉元の在り方を、もう一度問い直す役割もあるのではないか――そうも感じます。


 そしてこの巻の終盤では、鶴見から先遣隊の命を受けた菊田と宇佐美の異色コンビが連続娼婦殺人事件の調査に当たることになります。が、そこで宇佐美が繰り広げる捜査方法が、こう、とんでもなさすぎるというか――一種のプロファイリングといえばその通りなのですが、まさに菊田の言葉通り、とんだ○○探偵というしかありません。

 それにしても、前巻で我々をドン引きさせた宇佐美の台詞――彼の異常性を表すものとのみ思ったそれが、まさか本当に役立つとは。
 そしてその直後に出現した殺人鬼とのバトルもそれに輪をかけたナニっぷりで、久々にもうやだこの漫画という感じというか、またアニメになった時に地上波で放送できないエピソードができたというか……

 などと思っていれば、その直後に炸裂するのは、異常に個性派揃いの鶴見一派の中では地味だった、菊田のとんでもない秘密。正直なところ、物語もこの時点で何故登場することになったのか、という印象もあったのですが――いやはや、ここまでやるとは。
 そんな中で再会した有古との「絆」もグッとくるところですが、何はともあれ、またまた物語の先が読めなくなってきました。

 そしてもう一人、子供たちの行方不明事件の犯人と目される謎の飴売りの存在も見え隠れし、ほとんど全ての勢力が札幌に向かうこととなった本作。札幌で待つものは何か――各勢力が入り乱れた決戦待ったなしであります


 しかし尾形、変装が凄すぎて最後の最後まで誰だかわからなかった……(そしてその内容が異常に皮肉が効いているのがまた)


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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに

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2020.12.24

『半妖の夜叉姫』 第12話「朔の夜、黒髪のとわ」

 四凶・混沌の命により、夜叉姫たちを狙う二枯仙。二枯仙退治を引き受けたとわとせつな、そしてもろはだが、二枯仙の放つ仙気の毒に苦戦を強いられてしまう。しかも半妖が妖気を失う「朔」に当たってしまったとわは肉体も人間並みとなり、髪も黒くなってしまった。とわを守って戦うもろはだが……

 この一ヶ月ほど続く「よく考えたら『犬夜叉』にも登場していたけどマイナー過ぎてすっかり忘れていた妖怪」シリーズ(自分の記憶力のなさを棚に上げる)、今回は真っ赤に血走った巨大な目がいかにも高橋留美子の妖怪っぽくてコワい二枯仙であります。
 元は仙人だったものが、邪心を抱いたことから妖怪になってしまったというちょっとドラマチックな設定を持つ二枯仙ですが、今回は渾沌の配下として登場。前回負けたことを根に持つ渾沌に命じられ、夜叉姫たちを狙います。

 その彼女たちは、せつなととわは妖怪退治屋の任務として、もろはは村人から話を聞いて賞金を稼ぐ気まんまんで、という流れでいつものことながら現地で遭遇、二枯仙が潜む険しい禿山を登っていくのですが――ここでとわのみ、妖気が感じられなくなっていたり、体力が落ちていたりと小さな異常が発生し、これが後で大きな問題に繋がることになります。
 そして現れた二枯仙との対決でも、妖気の刃を出せなくなったとわは毒気をもろに吸ってしまいダウン。斬られて飛び去った二枯仙の首をせつなが追う間、もろはがとわを連れて下山することになりますが、しかし二枯仙の本体は胴体の方。胴体があれば、首がいくらでも生えてくるということを知って、もろははいくらでも賞金首が稼げると、尸良みたいな猟奇的喜びを見せるのですが――今度はとわの髪の色がどんどん黒くなっていくではありませんか。

 しかも何故か髪もちょっと長くなって、母親(たぶん)似の容貌になった――のはいいとして、完全に力を失ってしまったとわ。これこそはもろはの父・犬夜叉もかつて苦しめられた「朔」――周期的に訪れる、半妖がその力を失ってしまう時期だったのであります。しかしそれだったらもろはは、といえば彼女は四分の一妖のためにそういう現象はないらしく、そしてせつなは夢の胡蝶に夢を奪われた影響か、やはり無縁のようですが――何はともあれ、大ピンチなのは言うまでもありません。
 ここで横穴を見つけて結界の符(符を文字通りゴロゴロしながら書いてしまう冥加有能)で姿を隠すもろはととわですが、しかし琥珀ら妖怪退治連と合流して戻ってきたせつなにも居場所がわからなくなってしまう罠。しかも毒気を散らすために山を焼き払ってしまうんだ! と理に適っているような無茶なようなことを言い出した琥珀たちが、カタパルトで火炎弾をガンガン打ち込み始めたものだから符が焼けてしまって、二枯仙に二人の居場所がばれてしまう始末であります。

 二枯仙の毒気を浴びて、石化マニアが歓喜しそうな凝固状態になってしまった二人ですが、そこにせつなが合流。そして「朔」の期間が明けたとわも復活し、ワンパンKOを決めるのでした。


 というわけで、半妖、というよりとわの弱点が描かれた今回。犬夜叉も同じ目に遭っているとはいえ、本作においては朔が何かのメタファーのような気もしますが――何はともあれ、今後タイミング良く(悪く)、思い出したようにとわたちの足を引っ張ることになるのでしょう。

 しかし二枯仙、原作では犬夜叉に倒されているのにしれっと登場しているのは、アニメ版では出番を飛ばされたから――という理屈かと思いましたが、前々回の金禍銀禍はアニメ版にも登場しているわけでややこしい。明らかにパーソナリティ的に別の金禍銀禍は同名同種族の別人、ほかの妖怪たちは、時間が経ったので復活した――と考えておくべきでしょうか。トウコツのように儀式であっさり再生しかけた奴もいるので……(しかしややこしい)


 と、気が付けばもう1クール終了目前ですが、次回はついに弥勒が登場。どこに行っていたのかと思いきや修行に入っていたようで(風穴なくなると戦力的に苦しいからなあ)、さて夜叉姫たちとどう絡むのか――これは楽しみであります。


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2020.12.23

さいとうちほ『輝夜伝』第6巻 運命に翻弄される天女たちと想いに翻弄される男たち

 新たなかぐや姫の物語もいよいよ佳境――自分自身の出自と梟の正体、そして血の十五夜の真実を知り、梟と共に内裏から出奔した月詠。天女の運命から逃れる手段を求め、再び葛城の里を訪れた月詠と梟を待つものは何か、そして梟に斬られ、月詠に去られた大神の選択は……

 男装して北面の武士となり、兄が死を遂げることとなった血の十五夜事件の真実を追い求めてきた月詠。その最中、かぐや姫と出会った月詠は、自分たちが天女と呼ばれる存在であることを知ることになります。
 そして不老不死の霊薬を舐めて子供になってしまったかぐや姫の代役として、帝との婚礼に臨むこととなった月詠。しかしその難役をこなした直後、彼女はその前に現れた仮面の西面の武士・梟から、数々の真実を告げられることになります。

 自分の母が天女であったこと、梟の正体が血の繋がらない兄・竹速であったこと、そして血の十五夜で竹速は一度死んでいること――衝撃の告白の数々により、そしてある意味自分の目的であった兄との再会により、滝口の武士としての任を捨てることを選んだ月詠。彼女は竹速に連れられ、故郷である葛城の里を再訪するのですが……


 と、前巻の終盤から衝撃の告白ラッシュが続く本作。それはこの巻においても続き、以前、竹速=梟が殺したと思われた月詠の育ての親である葛城の翁の死の真相が語られ、梟を巡る疑念の数々は、ほぼ完全に解き明かされることになります。
 それでもなお謎として残るのは、月詠が月の使いから逃れる方法――半分とはいえ天女の血を継ぐ彼女が、地上で生き続ける方法であります。月詠の母が、すなわち天女が残したものを探す旅の中、月詠は血の繋がりのない兄への思慕をはっきりと意識するのですが――それがさらに事態をややこしいものへと変えていきます。

 これまで月詠を仲間として助けながらも、強く想いを寄せてきた大神。しかし彼は梟の毒の太刀に斬られた上に目の前で月詠を連れ去られるという、心身ともに深手を負うことになります。そんな彼に手を差し伸べたのは、なんとこれまで幾度となく対立してきた宿敵ともいえる治天の君。そしてその手を取った大神は、今度は西面の武士として二人に立ちふさがるのであります。

 考えてみれば、治天の君もかつては天女を愛し、そして去られた身。その意味では彼も大神も、近しい立場にあるといえなくもありません。しかしその後の行動を考えれば、明らかに道を外れているとしかいいようがない治天の君と手を組むということは、そのまま大神も道を外れていくということでは――と、心配にならないはずがありません。
 前巻でいきなりゲスい奴になった凄王も、親友の意外な行動を前にしてまともに戻った感もあるほどで(というかこの状況で脇からちょっかいをかけ続けたらそれはそれで凄い)――これまで比較的正統派の相手役だった大神が、それだけその印象を大きく変えてきた、ということでしょう。

 なるほど、これまで天女という運命に翻弄される月詠とかぐや姫にばかり目が行っていましたが――そしてそれが「竹取物語」をいまこの時代に描く意味の一つであることは間違いないとは思いますが――しかし、その彼女たちへの想いに翻弄される男たちも、また運命の犠牲者というべきなのだと、ここで気付かされます。
 その一方で、ただ一人、天女への想いから自由であるように見える竹速もまた、月詠を救いたいという執着に縛られている――というより、その執着が彼という存在をこの世に残しているかのように感じられます。

 そして物語の中で唯一、互いの想いが通じ合っているかぐや姫と帝もまた、愛が成就したその時に引き裂かれる身であるとすれば――誰もが運命に翻弄されているこの物語に、果たして救いはあるのでしょうか。
 それがあるとすれば、月詠の母が遺した品にヒントが隠されているはずですが――しかしまだまだそこに秘められたものの正体は、そして物語の向かう先は見えないのであります。


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2020.12.22

小川英子『王の祭り』 「王」と「王」、「王」と「民」が交錯する場で

 16世紀後半、洋の東西に存在した偉大な「王」を中心に、やはり洋の東西の少年少女の運命が時空を超えて交錯する、極めてユニークかつ稀有壮大な物語であります。森で妖精と出会ったことをきっかけに、エリザベス女王暗殺計画に巻き込まれた少年ウィル。冒険の末、彼は天正の日本を訪れることに……

 1575年、レスター伯爵のケニルワース城へのエリザベス女王の訪問に沸くエイヴォンの町。しかし歓迎式典を観に行くことを許されなかった革手袋職人の子・ウィルは、祖母から教わった儀式によって、森でいたずら者の妖精・パックを呼び出します。
 パックの力によって、女王の手袋を作る依頼を受けたウィルの父に付き添い、城を訪れたウィル。そこで思わぬ成り行きから劇団で代役を務めることになったウィルは、なんとローマからの刺客による女王暗殺計画に巻き込まれてしまうのでした。

 パックたちの力を借りて、窮地の女王のもとに駆けつけたウィル。魔法の馬車に乗り込んでその場を逃れたウィルと女王、そして暗殺者の仲間で劇団に潜り込んでいた青年・ハムネットは、暴走した馬車に乗ったまま時空を超えることに……


 そんな本作の前半部分で描かれるのは、ちょっとぼんやり者の少年・ウィルの、初めはささやかな、しかしやがてとんでもない大ごとになっていく冒険であります。
 少年の平凡で味気ない日常が、超自然的な存在と出会ったことにより変わっていく――というのはファンタジーのある意味定番ですが、本作はそこに16世紀後半の英国という、我々にはあまり馴染みのない時代と場所の描写を丹念に加えることにより、新鮮で、しかし親しみやすい物語を描くことに成功しています。

 そしてそれを彩るのは、エリザベス女王やその恋人として知られたレスター伯爵といった実在の人物、そしてパックやフォールスタッフ、ハムネットといった、どこかで聞いたことのあるような名前のキャラクターたちなのですが――物語はそこから、全く思わぬ方向に飛翔することになります。
 何しろ魔法の馬車がウィルたちを導いた先はこの日本の京――それも織田信長の安土城だったのですから!

 そこで信長と出会ったエリザベス女王は、東西の「王」として意気投合、信長はエリザベスを祖国に送り届けることを約束することになります。しかしウィルたちがたどり着いたのは、7年後の1682年――この年に何が起きたかは、言うまでもないでしょう。
 ようやく得た一時の安息を奪われ、四条河原の芸人一座に匿われたウィルたち。そこで彼は、舞好きな少女・お国と出会い、心を通わせるのですが……


 まさしく時空を超えて展開される本作は、同時代に存在した(しかし滅多にそのことを認識されない)二人の「王」の姿を対比すると同時に、その「王」と「民」の姿を対比する物語でもあります。
 「王」であることの責任や重圧、苦しみ――絶大な権力を持ちながらも、それに縛られ、行きたい場所に行けず、なりたい者にもなれない。本作においては、そんな「王」の姿が、特にレスター伯爵への愛と自分の立場の間で揺れるエリザベスの姿を通じて、描かれることになります(その一方で、やはり同様に板挟みになった末に思わぬ行動を取る伯爵の描写も素晴らしい)。

 しかし、「王」には「王」の苦しみがあったとしても、より切実な苦しみを抱えるのは「民」の側であることは間違いありません。特に戦国まっただ中の日本では、「民」は己の命を守るだけでも大変な困難があったのですから。
 その一方で、人はただ命があれば生きている、というわけでもありません。ウィルもお国も、自分が自分らしく生きるために何ができるかを悩める存在なのであります。そんな二人が本作で描かれる冒険の中で、れぞれの歩むべき道を見出していくというのもまた定番ではありますが、しかし二人の「その後」を考えれば、大いに胸が熱くなります。

 そして、時空を隔てた「王」と「王」、「王」と「民」――そんな全く異なる世界の住人(パックや日本で登場する狐たちも含めて)が、一つの場で平等な存在として交錯するのが「祭り」であるとすれば、本作のクライマックスがその「祭り」を舞台とするのは、ある意味当然なのでしょう。
 そしてその「祭り」は、混沌として、そしていささか唐突にも感じられる結末に繋がっていくのですが――しかしそんな物語のダイナミズムは、時空を超えて普遍的な人間の姿を描く物語にふさわしいとも感じられます。

 なお、本作は8年前に刊行された『けむり馬に乗って』をベースとした作品。近日中にこちらも読んでみたいと思います。


『王の祭り』(小川英子 ゴブリン書房) Amazon

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2020.12.21

田中啓文『信長島の惨劇』 秀吉・勝家・右近・家康――戦国武将、孤島に死す!?

 本能寺の炎の中に織田信長が消え、そして小栗栖で明智光秀が討たれてから十数日後、三河湾に浮かぶ孤島、通称「信長島」に集った武将たち――羽柴秀吉、柴田勝家、高山右近、徳川家康。信長からの書状により呼び出された彼らは、やがて謎めいた童歌のとおり、一人、また一人殺害されていくことに……

 タイトルを、そしてストーリーを知った時に(そしてほとんど飛び道具の書籍の帯に)あまりのことに目を剥くことになった作品――堂々と巻頭に「アガサ・クリスティーに」と捧げられた、『そして誰もいなくなった』オマージュの怪作であります。

 織田信長にいじめ抜かれた末、ついに兵を起こした明智光秀が本能寺に信長を討ち、そしてその光秀が羽柴秀吉との山﨑の戦に敗れた末、小栗栖で農民に討たれてから十数日。三河湾に浮かぶ孤島――無人のはずが、いつの間にか「信長」の額がかけられた巨大な寺院が出来ていたことから、「信長島」とも呼ばれるその島に、四人の男たちが足を踏み入れたことから、この惨劇は幕を開けることとなります。

 その四人とは、羽柴秀吉・柴田勝家・高山右近・徳川家康――いずれも信長と深い縁を持つ戦国武将である彼らは、死んだはずの信長の花押が印された手紙によって、島に招かれたのであります。
 曰く「余は本能寺から生き延びた、向後のことを相談するため、のけもの島に必ず供を連れずに一人で来い」。そして「貴様は、余が知らぬと思うておるかもしれぬが、余は知っておるぞ」という手紙によって……

 信長の生存に半信半疑ながらも、いずれも末尾の言葉に思い当たるものがあることもあって、指示通りに島を訪れた四人。
 そこで武将たちの前に現れたのは、本能寺で命を落としたかと思われた森蘭丸と弥助、そして光秀の娘・玉と千宗易――いずれも信長の命で武将たちの世話をすることとなったという彼らに迎えられて、四人は寺院に腰を落ち着けることになります。

 しかし四人が揃った晩の夕食の席で、ある人物が謎めいた形で死に、さらにその後も、次々と無惨な――そして当時京で流行っていた奇妙な童歌をなぞる形で――最期を遂げていく男たち。
 孤島に建てられた建築物という幾重にも重なった密室で起きる殺人、それと共に起きる現実のものとは思えない奇怪な出来事は、誰が、何故起こしているのか。到着が遅れているという五人目の武将とは何者か。そして何よりも、信長は本当に生存しているのか……?


 という、本当に戦国武将、戦国時代の有名人たちを使って、『そして誰もいなくなった』(的な孤島もの)をやってしまった本作。時代もので『そして誰もいなくなった』は、実は先行する作品があるのですが――しかし島に集い、殺されていく被害者が実在の戦国武将というのには驚き、そして何よりも心配になります。
 何しろ本作で描かれる事件が起きるのは、山崎の戦と清洲会議の間の期間。そこで実在の人物が――既に死んだとされている人物はともかく――死んでしまったら、どう考えても歴史が変わってしまうではありませんか。

 にもかかわらず、次々と殺されていく戦国武将たち。こ、これは何かのトリックなのか、はたまたオカルト的なネタなのか。実はパラレルワールドの話なのでは――と、次々起きる事件の怪奇味溢れるディテールもあって、それこそ島に集った人々のように疑心暗鬼になってしまうのであります。
(その一方で、一箇所だけ唐突に挟まれたダジャレに噴く)

 はたしてその真実は――もちろんここで述べるわけにはいきませんが、本作が「ハヤカワ時代ミステリ文庫」というレーベルに相応しい作品だった、ということだけは間違いありません。それも、全く豪腕にもほどがある――と言いたくなってしまうものの、しかしそのあっけらかんとした豪快さがむしろ痛快であるほどの。


 ……しかし、ただ一つ言わせていただければ、(わかる人には冒頭ですぐにわかってしまうであろう)本作の根幹となるアイディアはさておき、いくら時代ものであったとしても、現代にすら存在しないような○○を出すのは明らかにフェアでないのでは、という気持ちは、強くあります。

 その点に目くじらを立てるようでは、本作は向いていないと言われればそれまでですが――作品としては実に面白いだけに、アンフェア、もっと厳しく言ってしまえば安直に感じられる部分は非常に勿体ない――と言うことくらいは、許されるのではないかと思うのです。


『信長島の惨劇』(田中啓文 ハヤカワ時代ミステリ文庫) Amazon

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2020.12.20

『明治開化 新十郎探偵帖』 第2回「死神人力車」

 豪商・神田の屋敷に人力車で届けられた大きな行李。その中には神田の妻・ヒサの死体が入っていた。その日ヒサが浅草の芝居小屋・飛龍座を訪れていたことから、飛龍座の座付作家が逮捕されたものの、今度は人力車に乗ったまま行方不明となった神田の死体が見つかり、死神人力車の噂が流れることに……

 第2話の今回は、原作『明治開化 安吾捕物帖』の第4話『ああ無情』をベースとした物語であります。

 前回、加納邸の仮装舞踏会にも参加していた豪商の神田――その屋敷に、人力車によって大きな行李が届けられたのがことの起こり。開けてみればその中に入っていたのは何と絞殺された神田の妻のヒサ!
 ヒサは昼間に浅草の芝居小屋・飛龍座で女奇術師・夢の助の舞台を見ていたのが目撃された後、女中のヤスの目をくらまして消えたことから、ヒサの情夫であった飛龍座の座付作家が逮捕されるのですが――彼が犯行を否認する中、今度は警察からと称する人力車に乗ったまま行方不明になった神田が、やはり絞殺体となって発見されたのであります。

 どちらの事件も人力車が犯行に使われたことから町中に流れる「死神人力車」の噂。人力車を使う者が減っていく中、神田を乗せた謎の車夫に人力車を奪われた男から、ある証言を引き出した新十郎は……


 豪商の妻の死体が詰められた行李が人力車で屋敷に届けられ、そしてその後行方不明となった豪商本人も死体となって発見されるという事件の内容、事件に浅草の芝居小屋が深く関わるという点は原作そのままながら、細部は前回以上にアレンジが加えられた今回。
 そもそも被害者自体、原作では別の人間だったのが、こちらでは前回登場した神田となっているのがまず面白い点であります(その関係で、梨江から神田とヒサの情報が語られるというのも巧い)。

 何よりも大きな違いの一つは、人力車が大きくクローズアップされている点でしょう。原作では最初の犯行に使われたに過ぎなかった人力車――それがこちらでは次の犯行にも登場し、そのために人力車そのものが人々の恐怖の象徴となるほどの影響を与えるのですから。
 いささか大げさに思えるほどのその騒動が、実は――というのはこのドラマ版ならではの要素で、なるほどこれはこれで、前回同様にこのドラマの方向性を示すものとして、大いに面白いアレンジだと思います。
(が、今回の犯人が何故そこまでのことをするに至ったかという点は説得力が薄かった、というのも正直な印象であります)

 そしてもう一つ大きな違いは犯人の背景であります。原作の方は、実は犯人と被害者、さらには関係者たちには、悪因縁とも言いたくなるような、意外で、まさに「ああ無情」というべき繋りがあったのですが――本作はそこが随分こじんまりとした、ドメスティックなものとなってしまったなあ、という印象があります。
 原作では、彼らがある意味新十郎の裏返しの存在となっている点が興味深かったのですが……(まあそこは原作でも突っ込んではいないのですが)

 この辺り、嫌らしい言い方をすれば、前回同様普通の時代劇的な方向に舵を切ったという印象は否めないのですが――それで今回面白くなかったかといえばそういうわけではもちろんなく、出演者の好演(ヒサ役の青木さやかはやりすぎ感があるものの、夢の助役の真飛聖は凛とした存在感が素晴らしい)や背景となるこの時代の風物の丁寧な描写もあって、十二分に楽しめるエピソードになっていたと感じます。


 ただ一つ、原作では下手の横好き的な安楽椅子探偵だった勝海舟が、今回は早々にそうした要素は控えめになり、むしろ「美しい真実」のために裏で手を回す立場となったのは、こう、なんというか……

 そんなこともあって(?)同じエピソードを原作としている『UN-GO』の「無情のうた」(これがまた驚くほどの名作)も是非ご覧いただきたい――と思ってしまうのです。


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『明治開化 新十郎探偵帖』 第1回「仮装会殺人事件」

「UN-GO」 第02話「無情のうた」

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2020.12.19

2021年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 何とか2020年も越せそうでホッとしている今日この頃、何だかんだ言っても新年は気持ちが浮き立ちます。そんな気分も含めて、来年最初に何が発売になるのか、大いに楽しみにしていたのですが……。何はともあれ、2021年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 というわけで、恐れていたものがついに来てしまったという印象の1月の発売アイテム。一言で表すれば、文庫も漫画も、かなり少ない!
 毎月、新刊予定表を見るたびに恐れていた事態が、よりによって新年早々に来たとは……(もちろん、12月が豊作過ぎたということはあるのですが)

 と、気を取り直して小説の方では、期待の新星が描く大正伝奇『帝都の用心棒 血刀数珠丸』(馳月基矢 小学館文庫)が何といっても一番の注目作品。
 また、内容ぼ詳細は不明ですが、水城聡四郎ものの第4シリーズにして最後のシリーズと銘打たれた『惣目付臨検仕る 抵抗(仮)』(上田秀人 光文社文庫)も、やはり気になります。

 また、復刊であった前2巻に続き新作が登場の『猫の神さま 3 神さま不在の大熊あばれの巻』(仲野ワタリ 角川春樹事務所時代小説文庫)、こちらも内容的には第3弾、講談社タイガから講談社文庫に移籍となった『奇譚蒐集家 小泉八雲 白衣の女』(久賀理世 講談社文庫)も、実に嬉しいところであります。

 ……新刊は以上。

 その他、復刊、文庫化としては、スカイエマの表紙が実に良い『若さま同心 徳川竜之助 2 風鳴の剣』〈新装版〉(風野真知雄 双葉文庫)、シリーズ最終巻の『別れの霊祠 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社文庫)が――と、こちらも寂しい状況です。


 一方、漫画の方では、あの妖怪が、あの人物によって明治の警察にスカウトされるというユニークな妖怪もの『明治ココノコ』第1巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス)に注目。
 また、水滸伝ファンとしては、発売延期になっていた『爆宴』(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスKC)第1巻が、第2巻と同時発売なのも嬉しいところであります。

 その他、『MAO』第7巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)、『颯汰の国』第6巻(小山ゆう 小学館ビッグコミックス)が発売されますが――新刊は以上となります。


 いや、確かに今年など、あまり点数があっても読み切れていないのが正直なところですが、しかし新年早々のこの状況には、やっぱり少々凹んでしまうのであります。

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2020.12.18

「コミック乱ツインズ」2021年1月号

 号数の上では1月号、一足早く年を越した「コミック乱ツインズ」最新号は、創刊18周年記念号――連載作品の主役たちがコラージュされた賑やかな表紙であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 原作の方は水城聡四郎ものの新シリーズ開始目前ですが、この漫画版は今回で「地の業火」編がラスト。尾張藩主暗殺犯を追って京に上った聡四郎一行も、収穫があったようななかったような状態で帰路につきますが――草津川でまたも尾張藩の刺客が待ち受けます。

 以前戦った相手は今ひとつだったせいか、今回も大したことはないかと思いきや、これが(見かけはモブっぽいものの)章ラストの敵に相応しい、かなりの強敵揃い。手裏剣、鉄砲といった飛び道具使いもさることながら、素手で暴れる巨漢が強い強い――奇襲であったとはいえ、刀を帯びている聡四郎を押して素手で押して押しまくる姿は、様々な刺客が登場する本作においても異彩を放っております。
 もっとも相手は主人公(身もふたもない)である上に、最近ツンデレが板についた徒目付さんまで現れては、結果は推して測るべしですが……

 そんなことはあったものの、何とか江戸に帰って新井白石に事の次第を報告する聡四郎。聡四郎同様、金座後藤家の意外な顔に驚く白石ですが、しかし全ての事件はこれを自分と間部詮房に知らせるためだった――と言い出すのはさすがに考えすぎでは? と思いつつ、次回より新章突入であります。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 佐内が衝撃的なアタックを受けまくった前回から一転、至極真っ当なヒロインすぎる満枝の姿から始まることに、ホッとさせられる今回。基本的に食い物に弱い佐内のリアクションに満更でもない感じの満枝さんですが、道場で真剣を振るう彼の、別人のような迫力に圧倒されてしまうのでした。しかし佐内、「飯は」旨かったですと余計なことを言わなくて本当に良かった……(穿ちすぎ)

 何はともあれ、根岸とともに二番目のターゲットである稲垣兵衛を狙う佐内。待合にシケ込んだ稲垣を待ちながら、根岸と亀吉と三人でダラダラ喋る姿は、傍から見る分には結構楽しげに見えるのですが――しかし佐内が話しているのは、二人でかかることで相手の隙を誘う人斬り刀法の相談という、剣呑極まりないものであります。
 そしてそれを剣法の一つと断じ、人を斬ることで二胴破りを体得しようとする彼の中には、やはりカタギの娘さんの入り込む場所はなさそうです。

 ちなみにカタギでない男・相良は、同僚と立ち話の中で水野家を巡る動きを解説してくれるのですが――モブい外見ながらこの同僚、なかなかできる感じで、忍者もいれば謎の流派もある、水野家の人材豊富さがこんなところにも現れているような気がしないでもありません。


『カムヤライド』(久正人)
 神を目の前にすると暴力への衝動が抑えられないという精神的な弱点、そして超高速の敵にスピードでは及ばないという肉体的な弱点――心身の弱点を抱えた状態で、突如出現した飛行国津神にさらわれてしまった師匠・ノツチを救わんとするモンコ。しかし飛行はおろか、相手に追いつくことすら不可能に近い――しかもまだ先の戦いの傷が癒えていない――状況で、果たしてモンコに何ができるのか?
 その逆境の中、土の中から新たに何かを生み出すモンコ。カムヤライドの鍵によって動き出したその姿は……

 ついに伝説の誕生を目にしてしまった――というほかない今回の展開。舞台は古墳時代ということを頭から完全に吹き飛ばすような見開きのビジュアルは、ぜひ実物を見ていただきたい、というほかありません。
 それにしても、「やりやがった」というほかない、驚愕の展開なのですが――しかし、そんな展開の一方で、モンコの中にある、憎しみだけではない強い力=想いの存在を語り、そしてそこからヒーロー=カムヤライド誕生の瞬間を描く展開には、ただただ痺れるほかありません。
(そしてモンコの言葉にデレる師匠)

 久々に出た「ここより人の世 神様立入り禁止だ」の言葉とともに、最高に格好良く境界線を引いてシメとなる今回、まさしく神回と言うべきでしょう。


 次号はやまさき拓味『雑兵物語 明日はどっちだ』の第二話が掲載、連載陣もほぼ全て揃う模様です。


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2020.12.17

『半妖の夜叉姫』 第11話「人喰い沼の呪い」

 周囲の人も獣も鳥も犠牲になっているという人喰い沼。そこに潜む何者かを退治に向かったとわとせつなは、両親が沼の犠牲になっている兄妹と知り合う。沼に毒蛟という妖怪が棲み着いていると聞かされ、退治に向かう二人だが、その前に現れたのは毒蛟だけではなかった……

 冒頭、野外にバイオリンやカセットコンロを持ち込んでピクニックとしゃれ込む三人娘ですが、ホットケーキを喉に詰めそうになったもろはが水を求めて向かった先は、見るからにヤバそうな濁った水の沼。沼に向かうところを辛うじてとわに止められたもろはですが、しかし沼の水が盛り上がり、上空を飛ぶ鳥を呑み込む姿を目の当たりにすることに……

 と、久々に登場した琥珀(普通の着物なのが新鮮)と翡翠から、あの沼が人喰い沼と聞かされたとわとせつな。ピクニックに行けるような近さにそんな魔所があるとは、さすが戦国時代恐ろしい――というのはともかく、さっそく退治に向かった二人は、そこで沼に向かおうとする幼い兄と、止めようとする妹を目撃することになります。
 前回から何となく肉親の愛に敏感になっているせつなは兄を止めるのですが――話を聞けば、この近くに住んでいる二人は、沼に親を奪われているとのこと。琵琶が好きだった父は、沼の近くで奏でている時に呑まれたようですが――それは絶対父親が悪い、などとはもちろん言わずに、とわとせつなは、沼に潜むという妖怪・毒蛟退治に向かうことになります。

 しかしその名の通り毒を吐く毒蛟の毒を喰らい、二人ともダウン――とはならず、何故かとわは平気。それではとわが攻撃を、と思えば、次の瞬間、竜巻のように盛り上がった沼の水が毒蛟を覆ったではありませんか。これこそは真の沼の主・沼渡――そして沼渡の放つ水の毒気に、今度はとわがダウンしてせつなは平気という状況になります。
 要するに、姉妹でそれぞれ別々の毒の耐性を持っているようなのですが――それならばとわが毒蛟を、せつなが沼渡を攻撃すれば良いと思いますが、水の体の沼渡にはせつなも苦戦を強いられます。

 と、そこで彼女が見つけたのは、先に兄妹から聞いていた、かつて沼の妖怪を封じるために植えられたという草の群生。どちらの毒の耐性もないために早々にそこでダウンしていたもろはもお構いなしに草に攻撃をぶち込んだせつなは、そのまま草を巻き込んだ竜巻で沼渡を消滅させ、残った毒蛟もとわの敵ではないのでした。


 と、ほとんど全く本筋に絡まない今回のエピソード。強いて言えば、ほんの少し記憶が残ったっぽいせつなが、兄妹を前にそれっぽく振る舞う辺りが前回までの流れを感じさせるくらいで、ストーリー的にも絵的にもローカロリーの印象でした。

 ただ、ラストで妖怪を倒して「イエーイ」ととわともろはが脳天気にハイタッチした後に、とわから同様に振られたせつなが思わず途中まで返しかけたシーンは非常に楽しく、まあこの三人は何だかんだでバランスがいいし、わちゃわちゃ楽しそうにしていて良いなあと再確認いたしました。
(今回はほとんど活躍しなかったもろはも、ギャグ&やられ役(と冥加の解説の聞き手)担当という貴重な役回りがあるわけで……)


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2020.12.16

田中啓文『竹林の七探偵』 賢人たちが見た謎と夢

 中国の魏から晋に至る頃、世俗を離れ、竹林で酒と音楽を楽しみながら清談を行ったという竹林の七賢。その七賢が、清談ではなく「疑案」――つまり謎解きを行っていた、というユニークな設定で描かれる連作ミステリであります。しかしそこには本当の名探偵が……

 中国は「疑」の国、皇帝を傀儡とした司馬氏が絶対的な権力で国を支配し、正論が疎まれ、密告により人が失脚し、殺される時代――そんな世の有様に嫌気が差した生まれも育ちも職業も異なる七人の男がいました。
 詩人で文章家の阮嗣宗、思想家で音楽家のケイ叔夜、疑国の人事担当の役人である山巨源、大酒飲みの市井人・劉伯倫、高官で吝嗇な資産家の王濬沖、大学者の向子期、嗣宗の甥で雅楽を統括する阮仲容――彼らは事ある毎にケイ叔夜の家の近くの竹林に集まり、酒を飲んでは外の世界では話せない本音を語る、気のおけない仲間たちであります。

 そんな竹林での清談の最中、ケイ叔夜が語りだしたのは、友人の葬儀の時に経験した奇妙な出来事。神仙の道に傾倒した挙げ句に家のことも顧みず、多額の借金をこしらえた挙げ句に頓死したというその友人のなきがらが、棺の中から靴だけを残して消え失せたのであります。
 あたかも尸解仙となって消えたかのようなこの出来事に、合理的な解釈をすべく頭を悩ませる賢人たちですが、誰も答えを出せず仕舞い。そこで思わぬ答えを語ったのは、竹の中に潜む謎の女性・華虞姫で……

 そんな第一話「尸解仙」に始まる本作は、七賢の一人が持ち出した奇妙な疑案に一堂が頭を悩ました末に、華虞姫が鮮やかに謎を解くというのが基本的なスタイルであります。

 劉伯倫が旅先で意気投合した商人たちと高楼で酒を飲んでいた最中、男の一人が死体となって発見される「酒徳頌」
 七賢とは対極の、俗物で驕慢な男・鐘子季の過去に起きたという、竹夫人(抱き枕)にまつわる酸鼻な奇譚が語られる「竹夫人」
 かつて人々を次々と食い殺した白虎を退治したという、阮嗣宗の祖父にまつわる逸話の真実が明かされる「竹に虎」
 採用試験に訪れた二人の若者に山巨源が下した判断が意外な結末を迎えた理由と、晩年一人旅立って姿を消した老子の行方を解き明かされる「老子はどこへ行った?」
 宮中にしかないはずが市中に出回っている月琴の謎解きと、華虞姫の正体が語られる「最後の清談」

 ほぼ純然なホラーである「竹夫人」を除けば、いずれもトラ――あ、いやトリッキーな謎や人間の心理の綾を描いた、本格ミステリがここでは描かれているのです。


 そんな本作の基本スタイルに、あの有名な作品を連想する方は少なくないでしょう。それはアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』――ニューヨークのレストランに集った様々な職業の六人の男たちが、ゲストが持ち込んだ様々な謎に頭を悩ました末に、話を聞いていた給仕が解決してみせるというスタイルの連作ミステリシリーズであります。
 これはもう作者自身が明言していることですが、本作はあの名作のオマージュであります。ある意味直球ではありますが、しかし元作品の要素を竹林の七賢の伝説を踏まえてアレンジし、登場するガジェットも、七人の事績や中国の伝説等を踏まえているのは、これは作者の巧みさというほかありません。
(ちなみに作者の黒後家蜘蛛オマージュには、『シャーロック・ホームズたちの新冒険』収録の『2001年問題』があり、必見です)

 もちろん、中には脱力もののオチ(しかし実に作者らしい――といえばわかる方にはどういう方向性かわかるでしょう)の作品もありますが、例えば「酒徳頌」は、劉伯倫が痛快なまでに飲んで飲んで飲みまくる姿を描いた末に、高楼を舞台とした一種の密室殺人に彼が巻き込まれるユニークな一編。
 前後不覚に酔っ払った伯倫のある意味信頼できない語り手ぶりから、一種の豪腕トリックに繋がっていくのもさることながら、それが荘子が語る酒の効用に結び付けて展開していく様など実に気持ちよく、個人的には集中一番の作品と感じます。


(ここから先は結末に触れますのでお気をつけ下さい)
 さて、その一方で、本作で一際異彩を放つ華虞姫の正体自身は、ちょっと直球過ぎるきらいがあるのですが――しかしおとぎ話の国の住人の彼女が去った後、魔法が解けたかのように史実の世界に戻っていく七人の姿は、何とも言えぬ切ない後味を残します。
 そもそも竹林の七賢は一種の伝説――実際には七人は集まっていない、竹林もその地域にないなどともいわれますが、してみると「疑」の国に集まった七賢の物語自体が、一種の夢を描いたものだったのかもしれません。索漠たる現実の中で、酒を飲んだ末にみる、一時の謎めいて楽しい夢を……

『竹林の七探偵』(田中啓文 光文社) Amazon

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2020.12.15

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第6巻 続く厄介事と地方武士の「リアル」

 京の伊勢家が大変なこととなっても領地の経営はしなくてはならぬ――と、まだまだ続く荏原編、後の伊勢新九郎は、領地を巡る紛争の解決に奔走することとなります。そちらが一息ついたと思えば別の問題が――まだまだ新九郎の苦闘は続きます。

 父の名代として向かった東荏原で、領地経営に奮闘する新九郎。西荏原を治める伯父やその息子(つまり新九郎の従兄弟)の九郎との軋轢の末、あわや「落馬」させられそうになったりと、大変な毎日であります。
 それでも何とか乗り切ってきたと思えば、今度は父が失脚、出家した父の代わりにあれよあれよという間に家督を継ぐ(ただし将軍に睨まれて官位は継げない)ことに……

 などと、まだティーンエイジャーだというのに、当時の中流(?)武家の悲哀を早くも味わいまくっている新九郎。何はともあれ家督を継いだわけですが、しかし戻ってきた荏原では思わぬ争いが勃発し、今度はその調停に追われることになります。
 その争いというのが、西荏原の九郎と、西荏原に古くから在る豪族・那須家の領域争い。土地の境界を明確にするためのシステム作りに新九郎が知恵を絞ったはずが、かえって些細なことから武力衝突寸前の状態となってしまったのであります。

 自分がどちらかに肩入れするわけにもいかない状況の中、新九郎は戦を――人死にを避けるために、知恵を振り絞ることに……


 そんなわけで、この巻のほぼ前半で描かれることになるのはこの領地争いの顛末。
 京で応仁の乱が、そしてこのエピソードのラストで描かれるように東国で享徳の乱が起きている状況で、地方も地方での争い未満のお話ではあるのですが――しかしこれはこれで、この当時の地方武士の「リアル」というものなのは間違いありません。

 この巻の冒頭、新九郎の理想論に苛立つ九郎の「小さな領地なればなおのこと! 我らも領民も猫の額ほどの田圃一枚おろそかにせず命がけで守っておるのだ!!」という言葉は、まさにそれを象徴するものでしょう。
 もちろん、その「現実」に屈するばかりでは主人公ではない――というわけで、新九郎が知恵(というか緻密さ)と人脈で難局を打開する姿も、これまで苦労のしっぱなしだっただけにまた嬉しく、そしてそこに後世の姿の片鱗を見ることができるのですが……

 しかし争いがようやく収まりかけたと思えば、またも彼を厄介事が襲うことになります。この争いの手打ちに、そして何よりも新九郎の家督相続の祝いに、宴を開くことになった東荏原。しかしそこに大変な問題が――先立つものがない、のであります。

 京で父が色々政治に頑張っていたおかげで領地の蓄えを食い潰し、借金生活一歩手前という状況で、武士だけでなく領民まで招いた宴を開くことができるのか? 何とも情けなくも哀しい状況ですが、これもまた地方武士の「現実」だろうなあ――と納得したり同情したりしてしまいます。

 そしてもちろんこの納得は、物語設定のうまさもさることながら、当事者――つまりは新九郎をはじめとするキャラクター描写の巧みさによるところも大きいことは言うまでもありません。
 漫画的にデフォルメされ、基本コミカルに描かれながらも、時にドキリとするくらい生々しく、人間臭い顔を覗かせる――作者ならではの人物描写は本作でも健在、いやこの混沌の時代を舞台に、いよいよ冴えていると感じられます(特に九郎の、ある種の頼もしさと喰えなさを感じさせる造形が実にいい)。


 と、大変な状況が続く一方で、混沌の時代でもティーンエイジャーはティーンエイジャー、女性のことでドキドキ、ボーッとしてしまう新九郎の姿が描かれるのですが――その相手が那須家のつる姫なのが、また悩ましい。
 恋は思案の外とはいえ、色々な意味で厄介な相手に悶々とする新九郎と、それをどうにかしようとする家来連中(冷静に考えるとえらい生々しいのに可笑しいのもすごい)と、傍で見ている分には楽しいのですが……

 それでも終盤でついに、と思いきや、ラスト一ページでとんでもない爆弾が落とされ、思わず読者まで新九郎と同じ表情となったところで、次巻に続くことになります。


 さて、忘れるところでしたが、この巻では新九郎の物語に幾度か挿入される形で、東国の状況が語られることになります。そこに登場するのは、長尾景春に太田資長――今はまだ、全く無関係としか思えない二人が、この先で新九郎の運命に絡んでいく姿をどう描くのか、そちらも楽しみであります。

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2020.12.14

富士原昌幸『スーパーロボット大戦OGサーガ 龍虎王伝奇』 伝説の超機人、「現実」世界に吼える

 2003年の雑誌連載開始から幾度かの中断を経て、実に14年後に描き下ろしを含めて完結した、中華伝奇ロボットアクション漫画――スーパーロボット大戦シリーズの主人公機の一つである龍虎王の過去の戦いを描くスピンオフ作品であります。

 日本と清国の緊張が高まる明治時代、発掘が進められているという超機人の調査を命じられ、大陸に渡った大日本帝国陸軍情報部の大尉・稲郷隆馬。古代中国で作られた機械人形という、ほとんどホラ話としか思えぬ超機人ですが――しかし確かに実在し、大英帝国のグリムズ男爵の手によって発掘が進められていたのでした。
 超機人が眠る蚩尤塚を代々守ってきた一族の末裔・文麗を男爵の手から救い出した隆馬ですが、男爵は発掘した二体の超機人・雀王機と武王機を起動。窮地に陥った二人の前に、地中から龍王機と虎王機が出現――これに乗り込んだ二人は、二身合体した龍虎王・虎龍王を駆り、伝説の四神同士の戦いを繰り広げることになります。

 辛くもこの戦いに勝利した隆馬と文麗ですが、その前に現れたのは、世界中の紛争の背後に暗躍する組織・バラルのエージェント・孫光龍。
 伝説の妖魔たちを象った妖機人たちを配下に持ち、さらに超機人の中でも最上位に位置する四霊の一体・応龍皇を操る光龍との対峙の末に、二人はかつて地上で繰り広げられた機人大戦の存在を知るのですが……

 という第一部に続き、時は流れて第二部の舞台となるのは第二次世界大戦前夜の昭和初期――バラルに一族を滅ぼされた隆馬と文麗の孫・飛麗は、バラルと戦うために結成され、グリムズ家や名門ブランシュタイン家も参加する超国家組織・オーダーと出会い、その一員として潜水母艦・魁龍に搭乗することになります。

 オーダーの擁する巨大ロボットたる鋼機人・轟龍のパイロットとなり、謎めいた艦長の下、仲間たちとともに、次々と襲い来るバラルの妖機人たちと戦い続ける飛麗。
 戦いの果てに明らかになるオーダーとバラルの目的――そしてバラル四仙の一人・泰北が操る四罪の超機人、さらに再び現れた孫光龍が潜む四霊の一体にしてバラルの拠点・霊亀皇との決戦に臨む飛麗と仲間たちの運命は……


 というわけで、数十年に及ぶ稲郷家と蚩尤塚の一族、さらにはグリムズ家やブランシュタイン家と、バラルとの戦いを描いた本作。内容的にはゲームの『スーパーロボット大戦α』シリーズ及び『スーパーロボット大戦OG』シリーズに登場した龍虎王の由来を語る物語であり、そしてゲームに登場したキャラクターの先祖たちの姿を描く物語であります。
 その意味ではまさしくゲームのスピンオフなのですが、しかしここで登場する超機人たち――古代中国神話に登場する神や妖魔、神獣の類をモチーフとした巨大ロボットたちの存在は実に魅力的で、背景となっている神話の「真実」たる機人大戦の内容も含め、ゲームとは独立した巨大ロボット伝奇として楽しむことも出来ます。

 また、第一部がかなりシンプルなストーリーだったのに対して、第二部はキャラクターの背負う因果因縁が複雑となり、よりユニークな物語が展開。。さらに人が造った超機人というべき鋼機人(四神をモチーフとして四体登場)が、能力的には及ばずながらも、懸命に妖機人たちに挑む姿は、圧倒的な力を誇る龍虎王のバトルとは違った魅力があります。


 その一方で、単行本全3巻というボリューム上の制約もあってか、キャラクター造形は些か掘り下げが少なく、特に飛麗の内面があまり描かれていないのは――終盤の展開を考えても――食い足りないところではあります。
 そして何よりも、本作の特徴の一つである、未来の物語ではなく(その未来に分岐していく)現実世界の過去を舞台にしているにもかかわらず、その点がほとんど設定上に留まり、あまり物語の中で有機的に活かされていなかったのは、個人的には何よりも残念に感じられます。

 もちろん本作はそういう物語ではないことは重々承知ですが、この辺りは大いに勿体ないという印象があります(特に第二部は冒頭以外ほとんど海上で物語が展開してしまうため、現実との距離感が大きく……)。
 結局のところ、面白い部分も大きいけれども勿体ない部分も大きい、古代伝奇としては面白いけれども近代伝奇としては――と個人的には感じることとなった本作。もちろんこういう視点で本作を見ている人間はまずいないわけですが……

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2020.12.13

『明治開化 新十郎探偵帖』 第1回「仮装会殺人事件」

 政商・加納五兵衛が主催した仮装舞踏会で、衆人環視の下、五兵衛が何者かに刺殺された。宰相や外国大使が列席する中の怪事件に、その場に居合わせた警視総監は、洋行帰りの名探偵・結城新十郎に事件解決を委ねる。自称相棒の泉山虎之介やその師・勝海舟の推理に対し、新十郎の出した答えは……

 年の瀬にBSプレミアムで放送開始となった注目作、坂口安吾の『明治開化 安吾捕物帖』を原作とする時代ミステリシリーズです。
 原作は1950年から約二年間に渡り連載されたシリーズ――角書どおり明治の文明開化の頃を舞台に、あの勝海舟と、洋行帰りの名探偵・結城新十郎が推理合戦を繰り広げるという、推理小説ファンでもあった安吾らしい、様々な趣向に富んだ作品であります。

 その原作をこのドラマ版では、新十郎役を福士蒼汰が、勝海舟役を高橋克典が担当、どちらも――そして他のキャラクターたちも――なかなかのハマりようで、まずはこの第1回は興味深く見ることができました。


 政府と結んで幅を利かせる大政商・加納五兵衛邸で行われた仮装舞踏会。その背後に、フランスの資金援助を受けての大製鉄所建設という思惑を秘めて開催されたこの舞踏会には、総理大臣、警視総監、フランス大使、五兵衛のライバルや彼と結ぶイギリス大使と、錚々たる顔ぶれが揃っていたのであります。

 しかしその真っ最中、駕籠かきに扮していた五兵衛が胸を掻き毟って倒れたと見れば、助け起こされたその胸には短刀が突き刺さっていたではありませんか。
 この怪事件に、速水はこれまで数々の難事件を解決してきた洋行帰りの美青年・結城新十郎に出馬を請うことになります。早速加納邸に現れた新十郎(と相棒気取りの剣術使い・泉山)は、実況見分に当たるのですが……

 というこの展開自体は、ほぼ原作の第1話『舞踏会殺人事件』に忠実な内容。この後、新十郎と共に情報を集めた泉山が、剣術の師である勝海舟に得々と報告し、それを踏まえて海舟が安楽椅子探偵ぶりを発揮するも――という辺りの展開は原作の定番パターンで、それはもちろんこのドラマでも再現されることになります。

 もちろん原作とこのドラマの細部は色々と異なります。原作でのもう一人の素人探偵である花廼屋因果はこのドラマではちょっと後ろに下がった傍観者的役割――というのはいいとして、原作では対面していない新十郎と海舟が顔を突き合わせたり、原作には登場しない西郷隆盛が登場したりと、幾つかのアレンジが施されております。

 そして何よりも大きく異なるのは、犯人の犯行動機なのですが――それをここで書いてしまうのは明らかにルール違反なので、はっきりとは書きませんが(それでもかなり匂わすのでここから先はご寛恕下さい)、原作では個人的な、敢えて言葉を変えれば「小さな」動機であったものが、このドラマ版においては、個人的であると同時に時代背景に根ざす「大きな」ものとなっているのは、これは注目すべき相違点でしょう。

 国家事業に関わる暗闘という「大きな」――しかしその背後では娘を人身御供に出そうというまことに卑しい動きがあるわけですが――背景に対して、実際の犯行動機は極めて卑近なものであった点が、いかにも安吾らしい皮肉さと感じられる原作。
 それに対して、背景と直接ではないものの結びついた、この明治という時代に対する疑問符が動機ともいえるこのドラマ版は、展開と犯人は同じでありながら、その描くものは大きく異なるようにも感じられます。(しかしこの動機が、原作では賑やかしに近かった梨江のキャラを立てているのには感心)

 元々、明治時代と、作品が発表された終戦直後という時代を二重写しで重ね合わせる趣向があった(と言われる)『安吾捕物帖』。その原作をどのように今回料理してみせるか、その点が実は最も気になっていたのですが――なるほど、ある意味直球の時代もの的アプローチなのかな、と感じました。
 そしてその点は、いかにも海舟に対して含むところがありげな新十郎の態度や、西郷の登場といった、先に述べたドラマオリジナルの要素と結びついていくのではないか――と第1回の時点で語るのは時期尚早ではありますが、考えてしまったところであります。


 しかし――ドラマ冒頭で「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」と安吾の『堕落論』の一説が引用されたり、作中で新十郎がそれっぽいことを呟いたりという演出は、幾らなんでも『UN-GO』――同じ原作を題材に、近未来を舞台に描いてみせた意欲的なアニメ――に被り過ぎではないでしょうか。
 ……というのはファンの僻目ですが、同じ原作をどう料理したのか、視聴者の皆様にはぜひこちらも合わせて観ていただきたいと、強く思う次第です。


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「明治開化 安吾捕物帖」と「UN-GO」を繋ぐもの
「UN-GO」 第01話「舞踏会の殺人」

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2020.12.12

スエカネクミコ『ベルサイユオブザデッド』第5巻 怒濤の完結 断頭台のマリーが遺したもの

 18世紀後半のフランスを舞台に繰り広げられる人間と不死者と悪魔と神の物語、怒濤の最終巻であります。神と悪魔の戦いがひとまず終わりを告げ、残されたマリー・アントワネットとバスティアン。しかし暴走するアントワネットは人々の怒りと狂気を煽り、ついに物語はカタストロフを迎えることに……

 不死者が徘徊する中、フランスを救うため、ベルサイユ宮殿の地下に眠るジャンヌ・ダルクを復活させたルイ16世。しかし復活したジャンヌの中から現れたのは、その身の中で眠っていた大天使ミカエルでありました。
 マリーことその弟・アルベールの中に潜む「悪魔」を、その身もろともあっさりと粉砕し、天国に帰還せんとしたミカエルは、その魂に欠落があったことから天使たちに拒まれて地に墜ち、大混乱の中、ひとまず戦いは終結したかに見えたのですが……

 その身から悪魔が去り、首から下を失いながらもなおも生き続けるアルベールは、姉の亡骸の首から下を繋いで全き女性として復活。一方、バスティアンはミカエルを探す天使の襲撃を受けたところを、その身から現れた悪魔の眷属に救われるのでした。
 果たして自分の身に何が起きているのかわからず、困惑するばかりのバスティアン。その一方でマリーは放蕩と暴走を続け、民衆の怒りは一身に彼女に向けられることになります。

 そして革命を求める民衆がバスティーユに詰めかける中、事もあろうにバスティーユを悠然と訪れるマリー。ついに暴発し、監獄を襲撃する民衆と、軍隊の間で戦闘が始まる中、その場に不死者たちまでもが出現、その混乱は頂点に達することになります。
 人間と人間、人間と不死者、さらに天使と悪魔の戦いが続く中、断頭台にかけられてもなおも生き続けるバスティアンは、恐るべき真実を知ることに……


 マリー・アントワネットといえば、言うまでもなく思い浮かぶのはフランス革命で断頭台の露と消えたその最期。当然ながら本作の結末もそこに辿り着くことは、それこそ物語が始まった時からわかっていたのですが――史実よりもおそらくは20年近く早く訪れたその結末は、いやそこに至るまでの過程は、こちらの想像を絶するものでありました。

 前巻で登場し、その因縁の一部が語られたミカエルと「悪魔」。その対決はバスティーユで再び繰り返され、そこで神と魔、生と死の境も曖昧となったかのような、まさに地獄絵図というべき戦いが繰り広げられることになります。
 そしてその最中でサーベルを片手に、全身朱に染まった姿で荒れ狂う者こそはマリー・アントワネット――おそらくはこれこそが本作が描きたかったものなのだろうな、という印象を強く受ける、凄まじいビジュアルであります。

 ……しかし物語的にはいささか結末を急いだ感があり、大方の描くべきものは描かれたようでいて、細かい点は曖昧のまま残されたのは(ヒントはあるかと思いますが)、やはり違和感は否めないところであります。
 特に、第4巻で「マリー」の体から去った悪魔がクライマックスで再び、という辺りは、どうにも遠回りに感じられたところで――はたしてマリーの乱行を引き起こしたものが何だったのか、誰だったのかという点は考えさせられるものの、まさしくアルベールのように「一体なんだったんだ」と思わなくもありません。

 それでも文字通りバスティアンの中のとんでもない秘密が明かされ、そして断頭台のマリーがこの世に遺したものから、何とも人を喰った結末に繋がっていく展開はそれなりに楽しめましたが――やはり神と悪魔の間に立たされた人の子としては、何とも居心地の悪さを感じてしまったことは否めません。

 もちろん、その後味もまた、本作の目指したところなのだとも感じますが……


『ベルサイユオブザデッド』第5巻(スエカネクミコ 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2020.12.11

平野稜二&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 外伝』 水と炎の語られざる物語

 ついに単行本でも完結することとなった『鬼滅の刃』、その最終巻と同時に発売されたスピンオフ外伝漫画であります。主役を務めるのは、水柱・冨岡義勇と、炎柱――になる前の煉獄杏寿郎、水と炎の語られざる物語が、ここに描かれることとなります。

 『鬼滅の刃』本編で、主人公である炭治郎に勝るとも劣らぬほどの強い印象を残し、強い人気を誇る「柱」たち。一人ひとりが、それぞれ物語の主人公を張れるほどの強烈なキャラクターの持ち主である彼らですが――本書は、その柱のうちでもさらに屈指の人気キャラである二人を描く中編二編(+四コマ漫画)で構成されています。

 そのうち、前半の冨岡義勇外伝で描かれるのは、おそらくは本編冒頭で義勇が炭治郎たちと出会ってから、那田蜘蛛山で炭治郎と再会する間の時系列の物語であります。

 猟師たちを何人も食らった鬼を討つため、北の雪山に向かった義勇と胡蝶しのぶが出会ったのは、人食い熊にマタギの父と仲間を殺されたという少女・八重。犬のみを供に、たった一人で仇を討とうとする彼女が隠す真実を察した義勇は……
 という本作、正直なところ物語の構造がかなりシンプルで、八重の真実もすぐに察しがつくものではあるのですが――山で暮らし、家族を奪われた子供という点で、八重の境遇に炭治郎が重ね合わされているのは明らかで、あり得たかもしれない『鬼滅の刃』となっているのが、興味深いところでしょう。

 興味深いといえば、しのぶ初登場の那田蜘蛛山でのやり取りのインパクトから、よく一緒にいるようにな気がするけれども実際にはそうでもなかった義勇としのぶのコンビが主役を務めていることですが――例によって異常なまでのマイペースの義勇のフォローに回る羽目になるしのぶというのは、実にありそうなシチュエーションで、本編よりギャグ多め(ただし本人は全く自覚なし)の義勇ともども、印象に残るところです。

 ちなみに本作、自分たちは「柱」だと義勇が口にするのが、本編の描写と矛盾すると雑誌掲載時にちょっと話題になった(私も大いに気になっていた)のですが――おまけページにその理由が記されています。
 それがまた、知れば納得だけれども不器用にもほどがありすぎて全然伝わらないという、実に義勇らしい理由だったのが楽しいところで、ナイスフォローだと思います。


 一方、煉獄杏寿郎外伝は、彼が柱になる前――というより、彼が柱になった時の物語が描かれることとなります。

 まだ炎柱が彼の父・槇寿郎であった頃――既にやる気を失い、名目のみであった父の代わりに柱合会議に臨席した杏寿郎。自分が炎柱になると宣言した彼は、その場で東京に出現した十二鬼月の討伐を命じられることになります。
 継子であり、最終選抜を通過したばかりの甘露寺蜜璃らとともに東京に向かった杏寿郎。そこで街に仕掛けた無数の爆弾を爆破させんとする下弦の弐・佩狼と対峙する杏寿郎ですが、実は佩狼と炎柱にはある因縁が……

 原作に――つまりあの劇場版のくだりに――登場した際、あまりに強烈な個性と既に完成された人格で、実質「柱」一番手としての存在感を遺憾なく発揮した杏寿郎。それ故、何だか柱古参のように思っていたのですが――実は柱としては中堅どころ(原作で不死川が柱になってお館様に絡んだ時いなかった)であります。
 本作はそんな彼が柱になるために、下弦の弐と繰り広げた死闘が描かれるのですが――上に述べたとおり「すごく強い柱」という頭があるため、十二鬼月とはいえ苦戦する姿には、ちょっと不思議な印象があります。(しかし柱でもないのに継子がいるのは、やはりらしいというか何というか)

 むしろ本作では、敵方の佩狼が印象に残るようにも感じられます。鬼には珍しく銃火器を操り、人を食うのではなく街を破壊することを目的とする佩狼――影の中から現れる狼を操り、体や影の中から無数の銃火器を出現させる鬼というのは、どこかで見たような気がしないのでもないのですが、劇中で仄めかされるその正体は実に伝奇的なのが嬉しい。
(気づいてからデザインを見ればまた……)

 頭に血が昇ると自分自身の頭を撃ち抜く奇行、そこから一転してクライマックスでは杏寿郎と刀で正々堂々の一騎打ちを演じる様は、下弦ながら十二鬼月に相応しい猛者であったと感じます。


 正直なところ、原作が無二の画風だけに、絵だけを見れば違和感がないとはいえないところではありますが、物語としては十分楽しめたこの外伝。もし残る七人が描かれるのであれば、やはり見てみたい――そう感じるところであります。


『鬼滅の刃 外伝』(平野稜二&吾峠呼世晴) 集英社ジャンプコミックス Amazon

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2020.12.10

『半妖の夜叉姫』 第10話「金と銀の虹色真珠」

 近隣を騒がす妖怪退治を引き受けた夜叉姫たちの前に現れた妖怪、それは生まれた時に二人が一体で生まれ、どちらかが相手を殺す定めを持つ禍一族の金禍と銀禍だった。二人にそれぞれの虹色真珠を奪われ、後を追うとわとせつなだが、たどり着いた先では、兄弟と一族の頭領・女禍が激しく争っていて……

 前回同様、三人娘の妖怪退治物語という趣向の今回。相手になるのも四凶ではないため、本筋とはあまり関わらないように見える内容ですが――少しだけ、せつなに変化の兆しが現れることとなります。

 今回も屍屋の依頼を受けて、妖怪退治に向かった三人。その先で彼女たちが目撃したのは、空からやって来て、炎と雷で激しく争い、周囲に多大な被害を出すはた迷惑な二体の妖怪――なのですが、蛇に似たその体は尾に近づくにつれてしっかりと絡み合い、一体となっていたのであります。
 これこそは、生まれた時から二頭で生まれ、どちらかがどちらかを殺し、食らって成長するという凄惨な定めを持つ禍一族の金禍と銀禍――互いに相手を殺しきれぬまま成長した二人は、こうして今も激しい死闘を繰り広げていたのであります。

 しかし、いきなりの兄弟喧嘩に驚くとわとせつなが、かつて一族の宝だったという(!)金色真珠と銀色真珠を持っていることを知った二人は一時撤退、とわとせつなが油断している隙に彼女たちに取り憑き、その体で戦い始めたのであります。
 最悪の事態は、せつなが仕込んでおいた妖怪避けの薬で避けられたものの、結局真珠は奪われてしまった二人。一方、奪った方は意気揚々として一族の長・女禍(?ではなく禍)に真珠を献上しようとするのですが、女禍は真珠だけでなく、二人の生命力ごと奪おうとするではありませんか。囚われの身となり、女王様の触手責めの餌食となる弟を前に、金禍は……


 というわけで、金禍は弟のために女禍に反抗、しかし歯が立たず追い詰められたところにとわとせつなが到着し(もろはは雑に置き去り)、二人は金禍と思わぬ同盟を組んで、女禍に立ち向かうことに――と、定番通りの展開となるのですが、ここで引き離されながらも互いを求めて手を伸ばす兄と弟に、とわとせつなが自分たちそれぞれの姿を重ね合わせるのが、今回のハイライトであります。

 幼い頃は二人で身を寄せ合って暮らしながらも、山火事がきっかけで引き離されたとわとせつな。その時に妹の手を話してしまったことを今に至るまでのトラウマとして抱えているとわは当然としても、過去の記憶を失っているせつなが――? と思いきや、ここでようやく彼女がかつての別れの模様を朧げにでも思い出したというのは、大きな前進と言えるかもしれません。
(とはいえ、その時の模様は再会後にとわが散々語っているのではないかという気がするので、いまさらその時別れた相手がとわだった、とハッと気付くのも違和感がありますが――とわが罪悪感で語っていなかったか、せつなが聞き流していたか?)

 何はともあれ、思うところあって自分一人で女禍の相手を買って出たせつなは、金禍の火炎バフの力を借りて圧勝。しかしその間に既に深手を負っていた銀禍と、弟を庇ってやはり深手を負った金禍は、真珠を残して息を引き取り――という結末を迎えることとなります。金禍と銀禍、それなりに面白い設定のキャラだけに、二人それぞれに生き残ってほしいところでしたが――ちょっともったいないようにも思います。

 ちなみに上記のとおりかつて女禍が手にしていたという金色真珠と銀色真珠ですが、女禍の台詞によれば、おそらく殺生丸に奪われたのでしょう。何かしら理由があるのかもしれませんが、殺生丸の場合、あまり考えていないこともあり得るのが……
 また、明言はされていないものの、そのネーミングや四凶同様虹色真珠を持っていたことから、大陸から日本に渡ってきたものと思われる女禍。ただ(これは四凶もそうですが)、ほとんど創世神である元ネタに比べるとあまりにもその力は小さく――『犬夜叉』が既存の神話伝説をほとんど用いず、作品自身の物語世界を作り出していたことも考えると、ちょっとひっかかるところがないでもありません。


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第4話「過去への扉」
『半妖の夜叉姫』 第5話「赤骨御殿の若骨丸」
『半妖の夜叉姫』 第6話「古寺の猫寿庵」
『半妖の夜叉姫』 第7話「林檎の出会い」
『半妖の夜叉姫』 第8話「夢ひらきの罠」
『半妖の夜叉姫』 第9話「冥王獣の冥福」

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2020.12.09

瀬川貴次『ばけもの好む中将 十 因果はめぐる』 平安○○っ娘の誕生と宗孝の危機!?

 怪異をこよなく愛する左近衛中将・宣能と、彼に引っ張り回される中流貴族・宗孝の冒険(?)も、巻を重ねてついに二桁に突入。前巻からわずか半年で登場となった本作では、いつも通り怪異を求める二人の姿が描かれる――と思いきや、物語は思わぬ因果因縁の存在を描き出すことになります。

 今日も今日とて怪異を求めて京の闇を彷徨う二人(というか宣能に引っ張られる宗孝)。今日は宗孝の友人である宰相の中将・雅平の恋人の家で夜な夜な起きる怪異の調べに出かけることになります。
 これは付喪神の仕業と断言する宣能ですが、結果はまあお察し――と、その帰りに宣能の実家・右大臣邸に寄り、今日の首尾を語るために宣能の妹・初草に会いに行った宗孝がそこで見たものは!?

 というちょっぴり波乱含みに始まる本作。そこでまずクローズアップされるのは、この初草の存在です。
 文字に書き手の感情を読み取ってしまう「共感覚」の持ち主であるがために、読み書きができない初草。宣能はそんな妹を溺愛し、そして宗孝もまた、彼女に対して妹のように接してきたのですが――ここに来て、彼女が普通に読み書きできる可能性が出てきたのであります。

 その契機となったのは、何と宗孝の五の姉。夫婦揃っての発明狂である彼女は、水晶のような光を通す石を初草の目の前に置くことにより、「共感覚」を一種中和する可能性に気付いたのです。
 目の前に置いた透き通った何かを通じてものを見る――これはつまり、平安の(すなわちたぶん日本初の)○○っ娘爆誕かっ!? と思ってみれば、まあ、本作らしくとんでもないことになるのですが……

 しかしその展開が、思わぬところで思わぬ波紋を生み、さらに状況をややこしく、そして面白くしてしまうのも、これはやはり本シリーズならではの楽しさであることは言うまでもないのであります。


 が――本作ではもう一人、意外な人物の存在が、台風の目となります。それは多情丸――平安京の暗黒街を牛耳り、そして宣能の父・右大臣の下で、後ろ暗い仕事を一手に引き受けている男であります。
 基本的に善人が多い本シリーズにあって、数少ない、というよりほとんど唯一の悪人である多情丸。そして実は彼こそは幼い頃に宣能を襲い、彼を庇った乳母の命を奪った憎むべき仇であり――その過去の傷を抱える宣能の復讐のターゲットでもあります。

 ところがその多情丸の過去の悪行の証拠を、思わぬ成り行きで手にしてしまったのが何と宗孝。まったく、巻き込まれ体質もここに極まれり、と言いたくなりますが――右大臣と多情丸との関係、そして多情丸が仇であることをとっくに宣能が承知であることを知らない宗孝は、一人で秘密を抱えこんで大いに悩み、そして危機に瀕することになります。

 最も頼りになる宣能が頼れない状況で、宗孝に他に頼れる相手が――一人いるわけですが、しかしそこからさらに物語は意外な方向に向かうことになります。
 そしてそこで描かれるものは、まさしくめぐる因果、結びつく因縁。前巻の段階でほのめかされていたように記憶しておりますが、しかしまさかこんなところで宣能と宗孝が結びつくことになるとは――と、ただただ驚くばかりなのであります。


 そして波乱含みの展開の背後で進んでいくのは、最近闇落ちしかかっているようにも見える宣能の企み。その詳細はまだまだ謎ではあるものの、その目指すところは、我々読者にとっても望ましいものと思われますが――しかし果たしてそれだけで済むのかどうか?
 何やらひどく危うげに感じられる宣能が、この先どこに向かおうとしているのか。おそらく、いや間違いなく、彼を救えるのは宗孝しかいないはずなのですが……

 物語の流れ的にクライマックスは近いと感じられるのですが――誰もが(多情丸以外)笑顔で迎える大団円を心から期待している次第です。


『ばけもの好む中将 十 因果はめぐる』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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2020.12.08

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第2巻・第3巻 セスタスの怒り ルスカの屈託 ネロの孤独

 古代ローマは皇帝ネロの時代、自由を求めて死闘を続ける少年拳奴・セスタスの戦いを描く『拳闘暗黒伝セスタス』の紹介、今回は第2・3巻――今となっては貴重な、初々しいセスタスとルスカの姿が描かれますが、内容の方はやはりなかなかにヘビーであります。

 敗北=死である拳奴の世界で、自由の身となるべく、今日も訓練に励むセスタス――ですが、ある日彼に下ったのは、皇帝ネロからの宮廷への招き。何事かと思えば、そこで待っていたのは彫像のモデル役であり、そこでセスタスはルスカと再会するのでした。

 平和だが退屈な時間が流れる中、時同じくして招かれていた旅芸人一座の軽業師・アシュレイと知り合うセスタス。何かとセスタスをからかうアシュレイですが、ある日彼が知ってしまったその正体は男装の少女。しかし彼女には、さらなる秘密があったのです。ネロを狙う暗殺者という顔が!
 ネロ暗殺に向かうも、影武者を務めていたルスカに阻まれ、逃走する途中、セスタスに取り押さえられるアシュレイ。しかしセスタスは思わぬ方法で、ネロやその母・アグリッピーナにアシュレイの助命を願うことに……

 という第2巻(第Ⅱ章)。周囲に非常に女っ気の少ないセスタスには珍しいヒロイン(?)アシュレイが登場するエピソードですが、男装の少女の入浴シーンに出くわして――などというドキドキシーンはあるものの、ローマに故郷を滅ぼされたアシュレイの復讐心と、ネロを除かんとする先帝派の残党の思惑が絡み合っての陰謀劇は、やはり本作に相応しい重たさがあります。

 そしてその陰謀が露見した後、自分が生命を狙われる理由がわからず狼狽するネロ、命懸けの一芝居を打ってアシュレイを救おうとするセスタス、思わぬ形でセスタスのフォローを務めるルスカと、三人の少年がそれぞれ彼ららしい姿を見せるのが面白い。
 特にルスカはある意味一番思い切った行動を取るのですが、そこに彼が抱える父・デミトリアスに対する屈託の存在が垣間見られるだけでなく、後に語られる彼とネロの「因縁」を知れば、この場面がより深く感じられるのも見事であります。

 そしてその一方で、今回の経験で学んだセスタスが拳奴として一皮むけるという展開も、格闘ものとして面白い捻りであります。
 また、これまで以上に深い孤独感に苛まされるネロは、セスタスに自分の傍らにいてくれと懇願するのですが――格闘家としての生真面目さからこれを断ってしまうセスタスという構図のままならなさにも唸らされます。


 一方、第3巻(第Ⅲ章)では、貴族のドラ息子たちに対して5人抜き勝負を挑むセスタスという、スポ根漫画的シチュエーションが描かれることになります。
 ある日、徒手格闘兵団の訓練生の練習試合相手に駆り出されるセスタスら拳奴たち。しかし試合というのは名ばかり、そこで待っていたのは、身分を嵩に来た貴族の子弟たちのサンドバック役だったのであります。

 師までが辱めを受ける姿に怒りを燃やすセスタス(彼の順番の時、殴られた瞬間に衝撃を流す防御で凌ぐのが、また格闘漫画的でイイ)。しかしそこに兵団の長であるデミトリアスが現れ、訓練生と拳奴たちに5vs5マッチを命じたことで、状況は大きく変わります。
 これまでの鬱憤を晴らすべく、5人抜きに挑むセスタス。しかし追い込まれた訓練生側が用意した最後の相手は、謹慎処分を受けてこれまでその場にいなかったルスカで……

 と、体躯と数で勝るだけの雑魚相手にセスタスがそのテクニックを存分に活かして戦う(途中相手の反則技に苦しむのも定番)という展開から一転して繰り出される、宿命のライバルの二度目の対決という黄金カード。 前回、第1巻で対決した際は、ルスカの総合格闘術相手に文字通り手も足も出なかったセスタスですが、今回は拳闘ルールで互角以上の戦いを――という設定の妙が光ります。

 もちろんルスカも随所に天才ぶりを見せるのですが、一つのルールに適応したテクニックのみを磨いたセスタスが上回るという展開も説得力十分。しかしその後思わぬ事態となって、「やはり拳闘では総合に勝てないのか?」という、実に格闘もの的命題が提示されるのも面白いところであります。

 その他、デミトリアスのバトルマニアぶりが存分に示されたり、いずれも一癖有りげな彼の配下が結集したりと、ケレン味溢れる部分もいいのですが、やはり印象に残るのは、ルスカの抱える屈託の姿でしょう。
 そんな彼にとって唯一の救いである婚約者の美少女・ヴァレリアがここで登場、セスタスら拳奴にも優しい天使のような彼女が、よりによって拳奴たちを支配する悪魔のような男・ヴァレンスの娘だった――という因縁を描いて終わるのも、また見事であります。

『拳闘暗黒伝セスタス』(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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2020.12.07

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第5巻 雅桐倫倶驚愕の正体! そして物語を貫く「理」の存在

 劍客兵器の実検戦闘を阻むべく、小樽と札幌にチームを分けた剣心たち。しかし剣心たちが向かった小樽では、「雅桐刀」なる刀が大量に流入し、老若男女全てが刀を持つという異常な状況となっていたのでした。この事態の裏で糸を引く謎の人物・雅桐の驚きの正体とは、そして劍客兵器との関わりは……

 捕縛された劍客兵器の一人・凍座白也から、次の実検戦闘が小樽と札幌で行われることを知った剣心。札幌は斎藤と永倉に任せ、剣心・左之助・明日郎・阿爛・旭は小樽に向かうのですが――そこで彼らが見たのは、ニシン漁で沸く陰で雅桐刀なる刀が大量に流入し、治安が崩壊寸前となった町の姿でした。
 劍客兵器との関係は不明ながら、この事態を放ってはおけないと、雅桐刀の背後を探る剣心と左之助。ところがニシン漁で一稼ぎをもくろんでいた三馬鹿は、思わぬところで雅桐と繋がりを作ってきたのです。

 謎の男・雅桐倫倶、その正体とは……


 いやいやいや、わかるわけがないでしょう、このヒントで! というか、フルネームを見てもさすがに本当だと思わないでしょう! と思わず言いたくなるほどの展開に、連載時思わずひっくり返ったこの雅桐の正体。
 いや確かに歌が話題になったけれども――と今でも複雑な気分になるのですが、しかしそれの衝撃から冷めて冷静に読めば、このキャラクターの描写には唸らされるのです。。

 前作で登場した際には、典型的な金持ち系悪役といった立ち位置――つまりは自分自身の力は持たず、金で人を操ってやりたい放題というタイプであった「彼」。それは本作においても変わらないように見えるのですが――しかし、本作で描かれるのは、そんな彼の行動を裏打ちする理屈・理論であります。
 武力、暴力といった力を持たない人間が、自分自身の意を世間に向けて通す――すなわち自分自身として生きるためにどうすればよいか。その答え(と少なくとも彼が信じるもの)は金なのであり――まさしく金こそは彼の武器なのです。

 だとすれば、弱者に属する者がそれを求めて何が悪いのか――と、剣心チームの中で彼に最も近い立ち位置であり、そして他のキャラクターにはない大きなコンプレックスを抱えた阿爛に語る彼。
 この対比がまた巧いと感心させられるのですが――このように、思わぬ形で再登場したキャラクターが、ネタ的な消費で終わらず、新たに掘り下げられるのには舌を巻きます。

 そしてさらにいえば、作者の作品を貫いてきたある種のロジック重視の姿勢――正義感や怨念といった「情」の存在を描きつつも、それと同じくらいキャラクターを動かす「理」の存在を重んじ、ストーリー展開と密接に絡める作者の作劇スタイルを、ここで再確認させられた気分です。


 さて、ロジックといえば、それはこの巻のメインともいえる激闘――雅桐たちを抹殺に現れた小樽担当の劍客兵器の一人・斧號 於野冨鷹と喧嘩屋・左之助との激突を通じても描かれることとなります。
 雅桐を逃し、剣心たちを行かせるために残った左之助に対し、その二重の極みの威力を知りながらも、正面から戦いを挑む冨鷹。その二つ名に相応しく、「破断戦斧」なる戦型を操る彼の猛撃の前に、さしもの左之助も大苦戦を強いられることになります。

 しかし、ここで左之助の実力を認め、劍客兵器へとスカウトする冨鷹。そして彼は戦いの中で語ります。残忍で非情な世界においてこの国を守るためには、劍客兵器の力が必要であると。そして言うまでもなく、この言葉は、来るべき対世界戦争における護国の切り札を自称する、劍客兵器の思想と表裏一体のものであります。
 数百年に渡りこの思想を背負い、自らの技を磨いてきた劍客兵器。彼らを真に倒すことができるとすれば、それは単に力で圧倒するだけでなく、このロジックを乗り越える必要があるでしょう。しかし左之助といえば、ほとんど肉体言語一辺倒の男。その彼が、冨鷹の言葉に如何に応えたか――?

 詳細は書きませんが、ここにいるのはかつての彼ではなく、海外放浪を経て様々な経験を積んだ男であり、そしてその彼が語る言葉は、冨鷹の、つまり劍客兵器のロジックを、軽々と上回ってみせるのであります。
 そしてそれは同時に、あくまでも喧嘩屋、つまり喧嘩をする人間である左之助と、自らを兵器と自称する者の差でもあるのでしょう。


 キャラの設定を踏まえ、掘り下げつつ、物語を動かしてみせるこの辺りの描写は、まさにベテランの技と惚れ惚れするばかりなのですが――この先も、力と力だけでなく、このような次元での対決が描かれるのであれば、本作は途方もない傑作になるのではないかと、ほとんど確信に近い形で感じている次第です。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第5巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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 「るろうに剣心」完全版最終巻 そして新たなる一歩

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2020.12.06

『新諸国物語 笛吹童子 第二部 妖術の斗争』

 桔梗を刑場から連れ去り、大江山に連れてきた霧の小次郎。苦手とする笛吹童子の笛を桔梗に盗ませようとする小次郎だが、桔梗はそれを拒絶、怒った小次郎に追われた彼女は、今度は黒髪山の堤婆に囚われる。そこで堤婆の養女・胡蝶尼と出会う桔梗だが、彼女こそは小次郎が探す生き別れの妹だった……

 満月城を奪った赤柿玄蕃に捕らえられた末、刑場に引き出された家老の娘・桔梗と斑鳩隼人。しかしまさに処刑される瞬間、一天にわかにかき曇り、天空から現れた龍によって二人は奪い去られ――という場面から始まるこの第二部。満月城の残党と赤柿玄蕃の対決という、前作のある意味俗界の戦いから一変、妖術師たちが跳梁する魔界の物語が描かれることになります。

 ここで二人を攫ったのは、大江山に潜む妖術師・霧の小次郎(大友柳太朗)。娘を攫っては生き肝を奪うと悪名高き小次郎ですが、彼に言わせればそれは単なる噂、彼は幼い頃に生き別れになった妹を探していたのです。
 しかし彼は、(当然ながら)妹ではなかった桔梗を帰そうとせず、逆らえば白骨が転がる間を縮尺のおかしな百足が這い回る谷間に突き落とすと脅し、自分の召使いのように使おうとするではありませんか。

 そして偶然山を訪れた笛吹童子、実は侍を捨てた菊丸(今回登場はこの場面だけ)の笛を苦手とする小次郎は、桔梗にその笛を奪わせようとするのですが――当然それに従わず菊丸を逃がした桔梗は、小次郎によって件の谷に放り込まれてしまうのでした。
 しかしそこから大鷲に攫われ、麓の刀鍛治・雪山に保護された桔梗ですが、すぐに今度は怪しの黒雲に攫われ、黒髪山で妖術師・堤婆の下で働かされることに。そこには小次郎に放り出された末にこの山に囚われた隼人、そして堤婆の養女であり、天真爛漫な胡蝶尼(高千穂ひづる)がいたのですが……


 と、薄幸の桔梗の身を中心に本作ですが、しかしその彼女を完全に喰っているのが、小次郎、そして胡蝶尼の存在感です。
 上で述べたとおり、妖術を操り、常人とは異なる価値観で動く小次郎。幼い頃に生き別れた妹を探すことを目的とする彼は、何と(本人は全く知らなかったのですが)実は応仁の乱の混乱の中で行方不明となっていた足利将軍の甥という貴種であります。

 それ故か普段はむしろ紳士的に見える小次郎ですが――しかし幼い頃から先代の小次郎に攫われ、山中で妖術の修行を続けてきた彼は、やはり常人ではありません。自分の思い通りにならなければ、相手を傷つけることに全く躊躇しない――今風にいえばサイコパスとでもいうべき人物なのです。
 しかし演じる大友柳太朗の存在感もあって、その異様な人物造形がむしろダークヒーロー的と言いたくなる、そんなキャラの立った小次郎。後に彼が主人公のスピンオフが製作されたというのもよくわかります。

 そして胡蝶尼の方はさらに強烈であります。幼い頃に黒髪山の堤婆に攫われ、養女とされた彼女は、自らも妖術を操り、のっぺらぼうや唐傘お化けといった妖怪たちと森で戯れる、魔界の姫とも言うべき存在。

 その彼女は、小次郎に放り出された末に黒髪山に囚われ、井戸の底に幽閉された隼人と出会うのが初登場シーンなのですが――「出てこい出てこいあがってこい、魔法の糸をたぐってこい」などと可愛らしく歌い(演じる高千穂ひずるは元タカラジェンヌ)、長い黒髪をひょいひょいと引っ張る仕草をすると、井戸の底から隼人が浮かび上がってくるのは、今見ても実に楽しく美しい名場面です。

 そしてその彼女が隼人に惹かれてしまい、その隼人が憎からず想う桔梗に嫉妬して――というのは定番の展開ではありますが、しかし彼女の場合、あまりに浮世離れした生活を送りすぎて、こうした人間の感情の何たるかがわからないというのがミソ。
 それが隼人と桔梗に接する間に人間性を取り戻した末、堤婆に逆らって二人を逃がす
――というのもこれまた定番ではありますが、しかし自らこの役を演じたいと直訴したという高千穂ひずるの好演のおかげで、実に初々しく、魅力的に映るのであります。


 さて、予想通り――というか劇中では小次郎が妹の名を連呼しているのですぐわかるのですが――胡蝶尼は小次郎の妹(つまり本物のお姫様!)。そして本作のラストでは、黒髪山に忍び込んだ小次郎が、胡蝶尼を連れ出し、兄妹の名乗りを上げるのですが……

 しかし悪名高き小次郎が血相変えて「お兄ちゃんだよ」と迫ってくるのだから胡蝶尼としては堪らない。一緒に暮らそうと迫るのを拒み、谷の上の橋を渡って逃げる胡蝶尼を見た小次郎は、いつもの癇癪を爆発させて橋を切り落とし、彼女はは谷底へ――(そしてさすがに我に返り、身もだえして後悔する小次郎)というところで、第三部に続きます。


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2020.12.05

賀来ゆうじ『地獄楽』第12巻 最後の戦いに「人」を駆り立てる「想い」

 地獄と極楽の渾沌と化した島での死闘もいよいよクライマックス、暴走した神獣・盤古と、死罪人&山田浅ェ門混成チームの死闘がついに決着となります。しかしそこで明らかになるのは恐るべき真実――自分たちの生還どころではなく、本土を、この世界を救うための最後の戦いが始まります。

 瀕死の天仙・朱槿が一体化したことで暴走し、周囲を花に変えながら動き出した神獣・盤古。盤古を倒す唯一の手段――五つの丹田の同時破壊のため、先発上陸組の死罪人と浅ェ門、追加上陸組の浅ェ門は呉越同舟手を組んで五組のチームを編成し、戦いを開始することになります。

 それぞれの丹田を守るクローン天仙たちと戦いつつ、丹田に肉薄する猛者たち。しかし画眉丸と佐切の前には、彼に異常な執着を示す次代の画眉丸・シジャが出現、体内の花が活性化して本領を発揮できない画眉丸を圧倒することに……


 と、画眉丸との殺しあいに拘るヤンデレ・シジャとの死闘も、この巻の冒頭で決着。前巻ラスト、妻が実在すること、そして彼女とのある約束を思い出した画眉丸に既に敵はなく、一時はあれだけ押されたシジャを逆に圧倒することになります。
 正直なところ、自分たちの命はおろか人類の存亡までかかったこの局面で暴走するシジャには辟易していたところに、彼の秘めた(読者にはほとんど秘めていませんでしたが)想いが、意外な形で示される結末には、言葉を失いました。

 ここで、さらにこの先でも示されるのは、画眉丸たちを突き動かしてきた様々な「想い」の形であります。
 利己主義の塊のような死罪人たちの、あるいは武士の掟を体現するような浅ェ門たちの――それぞれの中に微かに、しかし確かに存在してきた「想い」。その名前を明言するのは野暮というものでしょうが――しかし、それこそが獣や化物と人間を分かつもの、というのは間違いないでしょう。

 この島で生き残ってきた中で、あるいは最もそうした存在に近く感じられた男が最期に見せた行動もまた、その「想い」を体現するものであったのですから。


 しかし同時にその「想い」は――シジャがそうであったように――時に「人」を暴走させ、他者を顧みない狂気とも呼べるような行動に走らせることもあります。

 盤古との戦いが決着し、全てが終わったかに見えたとき、生き残りの天仙・桂花が語る真実――それは最初の天仙の一人であり、天仙のリーダーであった蓮の恐るべき真意であります。
 この島を魔境に変え、人間たちを実験台にしてまで仙丹を生み出そうとしてきた蓮の真の目的とは、そしてその正体とは……。いやはや○○が既に○○○いるというのは予想していましたが、まさか蓮が、とは考えもしませんでした。

 とはいえ、「人」として蓮が抱くこの「想い」は、世界を滅ぼしかねないものであります。そしてそれを阻もうにも、真の力を発揮した蓮の前には、浅ェ門最強というべき殊現の力(蓮すら一時はたじろがせたほどのある意味究極のマイペースぶりは凄まじかったのですが)すら上回るのであります。
 不吉な予言まで飛び出して、全てが滅びに向かうとしか思えぬ世界に未来はあるのか?


 しかし、人間は決して一人ではありません。たとえ一人一人では及ばなくても、その力を合わせれば、その力を受け継いでいけば――猛者たちが集い、ついに最後の最後の戦いが始まる、という最高に盛り上がる場面で、次巻に続くことになります。

(が、この後の展開は……)


『地獄楽』第12巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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 賀来ゆうじ『地獄楽』第8巻 人間の心、天仙の心
 賀来ゆうじ『地獄楽』第9巻 天仙との死闘終結 そしてその先の更なる絶望
 賀来ゆうじ『地獄楽』第10巻 三つ巴の大乱戦の果ての更なる混沌と絶望
 賀来ゆうじ『地獄楽』第11巻 呉越同舟 それぞれの戦い、それぞれの想い

 菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語
 おおはし『じごくらく 最強の抜け忍 がまんの画眉丸』 公認パロディ!? 強烈なキャラ変で辿る地獄楽

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2020.12.04

『半妖の夜叉姫』 第9話「冥王獣の冥福」

 さる武将の砦を落としたという妖怪退治の依頼を受けて砦に向かった夜叉姫たち。そこで待ち受けていたのは、四凶の一人・渾沌だった。かつて最強の硬度の甲羅を持つ冥王獣を殺し、その甲羅を鎧とする渾沌に苦戦する三人。一時撤退した三人の前に、渾沌を仇と狙う冥王獣の子・冥福が現れるが……

 ここ数回に続き、四凶たちの一人との戦いが描かれる今回。今回登場するのは渾沌――混沌という言葉の由来とも言われるだけにメジャーな怪物ですが、本作で描かれるのは(少なくとも今回の段階では)神話伝説に登場する得体の知れない怪物とは異なる、烏帽子に総髪、ドジョウ髭という、二本の角を除けば学者か占い師のような姿であります。

 この渾沌、単に生えている樹が気に入ったという理由だけで武将の砦を一瞬で文字通り潰し、そこに住みついてしまったというはた迷惑な妖怪。そのおかげで(正体は知られていないままで)賞金首となり、屍屋経由で夜叉姫たちに狙われることになるのですから、抜けているという気もしますが――しかしこれまで何度も差し向けられた兵を壊滅させているだけはある実力の持ち主です。
 式神である風の獅子と雷の獅子の力もさることながら、その身を守るのは、妖怪の中でも最も硬いと言われる冥王獣の甲羅――ん、どこかで聞いたことがあるようなと思えば、『犬夜叉』で魍魎丸や奈落の防具に使われて犬夜叉たちを苦しめたあの甲羅の持ち主ではありませんか。

 正直なところ、本体より防具としての印象の方が強い冥王獣ですが、しかしそれだけの相手を倒して甲羅の一部を奪い、鎧に加工して使っているのですから、渾沌の力もかなりのものと言うべきでしょう。しかもこの鎧、妖力による防御ではなく単純に物理的に硬いため、妖気相手に特攻を持つとわの能力も通用しないという、厄介な相手であります。
 おかげで最初の対決では攻撃が通じず、追い詰められた三人は、冥王獣の息子・冥福に助けられてようやくその場を逃れる始末。しかもその冥福も、いかにも長生きしそうな一族の中ではほんの子供――というわけで、あまり当てにならない状態なのですが……


 というわけで、三人娘+冥福vs渾沌のバトルが描かれたほかは、あまり本筋に絡むような展開はなかった今回。相手から妖力を吸い取るのではなく、逆に与えることで鎧にされた冥王獣の魂を復活させるというとわの策は面白かったのですが、やはり地味な印象のエピソードでした。

 むしろ今回印象に残ったのは、冒頭部分――屍屋からの依頼を受けたものの、とわとせつなは「グループの方向性の違い」(妖怪退治屋と賞金稼ぎの違い――と言われてもわかりにくいのですが)で参加せず、半ベソをかいているもろはの姿。
 半妖の子としてただ一人この戦国の世に放り出されて、様々な苦労をしてきたもろはにとって、二人は初めてできた仲間だったのに――というわけで、三人の中で一番世慣れていて、そして豪快に見える彼女の隠された一面が描かれ、ますます好印象であります。
(結局、夢の胡蝶探しのために金が必要になったとわとせつなが後から合流するわけですが、その時無理にツンぶろうとするのがまたかわいい)


 何はともあれ、また細かい所で絆を深めた三人ですが、結局渾沌自身は逃れてしまい、決着は先送りということに。おそらくはその時に、渾沌の真の姿が登場するのではないか――と思います。
(と、そういえば渾沌の虹色真珠は?)


関連サイト
公式サイト

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2020.12.03

千葉ともこ『震雷の人』(その2) 巨大な「敵」の姿と人が往くべき道

 第27回松本清張賞受賞作にして作者のデビュー作、安史の乱を背景に大事な者を奪われた兄妹の戦いを描く物語の紹介の後編であります。その作中で語られる、世を動かす志の向けられる先とは……

 本作の背景となる安史の乱における人的被害は、二次的なものも含めて一説によれば3600万人、世界有数の死者を出した乱とも言われます。その大半は、本書でも随所に描かれる長安や洛陽をはじめ、燕軍が攻め込んだ先での蛮行によるものであることは間違いありませんが――しかしそのそもそもの乱を生み出した理由の一つは、唐という国、唐の政の腐敗にあるのです。

 本作において、それは唐と戦況を追う張永、そして安禄山を追って旅する采春の視点から、様々な形で描かれることになります。安禄山を迎え撃つべく出陣した将軍を些細なことから更迭し、罰する。街に迫る安禄山の軍に立ち向かうこともなく、民を見捨てて逃げ出す――そんな唐という国の乱れこそが、安史の乱の背景にはあります。
 そしてまたそれは、上に述べたように、乱が起きようと起きまいと、季明が、そして張永が(直接的に)挑もうとしていたものでもあります。

 そう考えれば、本作における「敵」が、単に安禄山や安慶緒といった燕軍だけではないことは明らかでしょう。敢えて本作の「敵」を挙げるとすれば、その一つは、こうした乱を招き、人々を苦しめる国の政の乱れであるとも言えるでしょう。


 しかし、人を苦しめるのは、そうした国のみではありません。そうした巨大な人々の集団でなくとも、もっと小さな人々の集団――例えば街、例えば隣人、例えば家族すら、人を苦しめる源と成り得ます。

 物語の中で描かれる、軍人になる前の張永――下級役人として大雨への対策に当たり、誰よりも避難の必要性を訴えながらも無視された彼は、いざ実際に被害が出てみれば全ての責任を押し付けられ、周囲からも憎しみの目で見られたという過去がありました。
 そして采春もまた、武術を好み、自ら戦場に出ることを厭わないその生き方が、母から疎まれ、悩ませることになります(これはむしろ苦しむのは母や張永の方ですが……)

 本作における最大の「敵」は、こうした人が生きる上で出会う様々な苦しみを生み出すもの――人が自分の信念に基づいて生きることをことを妨げる世の在り方といえるかもしれません。しかもそれは、時に「忠」や「孝」という、生きる上で当然守るべきとされるものの姿で現れることすらあるのです。

 そしてその苦しみとそれを生み出すものの存在は、張永や采春だけでなく周囲の様々な人々――二人の母や、采春が潜り込む旅芸人の一座の長・福娘、そして物語後半で采春の運命に意外な影響を与える人物に至るまで、様々な視点から描かれることになります。
 この物語のテーマと結びついた丹念な人間描写が、本作を大活劇だけで終わらない、深みのある物語として成立させていることは間違いありません。(特に福娘の半生は、この安史の乱に大きく影響を与えた、しかし本作には直接登場しないある人物のそれを仮託しているようにも見えるのですが……)


 しかし、このような巨大な「敵」を相手に、人に為すすべはあるのでしょうか。相手が個人であれば、采春がそうしようとしたように、武によって除くことができるかもしれません。ところがこの敵には武は通じない――いや、そうしようとすれば、まさに安禄山や安慶緒と同様の存在になりかねないのです。

 そんな極めて難しい問いかけに対して、本作は、我々の前に一つの答えを提示してみせます。しかしそれは、極めて険しい道のりであります。仮に行く手に希望の光が見えたと思っても――本作でも描かれたように――すぐにかき消されてしまうかもしれません。非力な一庶民には、踏み出すことすら覚悟が必要でしょう。
 それでも、それでも人は、一人の人は、決して無力ではない。人は、その言葉で以て世を動かすことができる――いや、そうでなくてはならない。本作はそう静かに、そして力強く語りかけるのです。


 そしてその問いと答えは、決して過去の、異国の、架空の物語においてのみ存在するものではありません。それは現在の、この国の、我々が生きる現実においても通底するものであり――だからこそ、先に述べた季明の言葉は、いよいよますます、我々の心に強く響くのです。まさしく震雷の如く。

 波乱万丈の歴史活劇であると同時に、今ここで読まれるべき人の生きるべき道を描いた物語――私にとって今年ベストの作品と呼びたい、そんな作品であります。


『震雷の人』(千葉ともこ 文藝春秋) Amazon

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2020.12.02

千葉ともこ『震雷の人』(その1) 「武」の兄妹の戦いと「文」の人が遺した言葉

 中国は唐代の安史の乱を舞台に、安禄山とその息子・安慶緒によって許婚を失った娘とその兄が、それぞれの立場から動乱の時代に挑む一大歴史ロマン――混沌の時代の中で人の世の在り方を問う、松本清張賞受賞もむべなるかなの逸品であります。

 親友で平原郡太守・顔真卿の甥・顔季明と、妹の采春の婚礼を間近に控えていた張永。しかし張永・采春・季明の運命は、安禄山の蜂起により、大きく狂っていくことになります。
 顔真卿の命を受け、平原軍の第一大隊の隊長として叛乱軍を迎え撃つ張永と、兄と共に戦う武術自慢の采春、そして常山太守の父を支えて奔走する季明。しかし常山で籠城の末に敗れ、捕らえられた季明は、賊に下るのを潔しとせず凶刃に斃れるのでした。

 その悲報を受け、許婚の仇を討つために旅芸人の一座に潜り込み、洛陽で燕王を僭称する安禄山の下へ向かう采春。共に国を変えようと誓った親友の死を悲しみつつも、燕軍を滅ぼすために軍で戦いを続ける張永。
 全く異なる道を辿ることとなった兄妹は、やがてあまりにも意外な形で再会することに……


 実に九年間に及び、唐の中央集権体制を破綻させる契機となったと言われる安史の乱。「長恨歌」に描かれた楊貴妃の悲劇的な運命も含め、しばしばこの唐代を舞台とした作品の題材となるこの大乱ですが――本作は既存の作品とは大きく異なる形で、それを描き出すことになります。

 それは言うまでもなく、本作の主人公像にあります。庶民の出でありつつも、顔真卿に見出され軍人として力を尽くす張永と、旅の僧侠から武術を学び、兄を上回るほどの腕前を持つ采春――身も蓋もないことを言ってしまえば架空の人物である二人は、決して英雄豪傑でも貴族でもなく、言い換えれば歴史に埋もれた、庶民の立場の代表とも言うべきキャラクターなのです。
 もちろん顔真卿や安禄山といった歴史上の人物も様々に登場しますが、それこそ先に名を挙げた楊貴妃や玄宗皇帝などの「雲の上の人々」は、ほとんど全く登場しない――本作はそんな物語なのであります。

 もちろん、作中における二人の活躍は、主人公に相応しい、勇壮で痛快なものであります。特にいわゆる侠女ともいうべき采春の規格外のキャラクターは、自らの手で許婚の仇を討つという動機づけといい、そこに向かう破天荒で波乱万丈な冒険ぶりといい、まさに中華活劇の主人公に相応しいものなのですが――しかし彼らの、特に采春の物語は、ちょうど半ばを過ぎた辺りで、やがて全く思いも寄らぬ方向に向かっていくことになります。

 そして、その彼らの運命、運命の変転に大きく影響を及ぼす存在こそ、物語の途中で非命に倒れる顔季明であります。
 顔家という名門に生まれ、尊敬する叔父のように書に打ち込み、そして政に情熱を持っていた季明。その姿は張永や采春とはある意味対極にあるようにも見えますが――その理想に向かう情熱が、三人を堅く結びつけることになります。

 もちろん「武」の二人に対して、あくまでも季明は「文」の人。そのため、物語冒頭で、彼は平原を襲った安慶緒に、ただの書生と侮られることになるのですが――しかし彼はそこで一歩も引かず、言葉を返すのです。
「書の一字を侮るなかれ。一字、震雷の如しといいます。刀でも弓でもない。人の書いた一字、発した一言が、人を動かし、世を動かすのです」と。

 実にこの言葉こそは、本作のタイトルである「震雷の人」――「世を動かさんとする激しい志を持った人」の由来であり、物語の上で思わぬ大きな意味を持つ言葉、何よりも、本作の描かんとするものを象徴する言葉なのであります。


 そしてその言葉が向けられる先は――長くなりますので、次回に続きます。


『震雷の人』(千葉ともこ 文藝春秋) Amazon

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2020.12.01

阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

 昨年惜しまれつつも連載を終了した(アニメ版は今も放送中ですが)『落第忍者乱太郎』、その現時点で唯一の小説版であります。あの物語とキャラクターをどのように小説に……? と思えば、これが想像以上にハードなストーリー。土井先生と六年生がほとんど主役状態の大活劇であります。

 今日も今日とて挑戦状を叩きつけてきたタソガレドキ城の諸泉尊奈門を、文房具を使ってあしらっていた土井先生。しかし思わぬアクシデントから彼は崖から転落、それっきり消息を絶ってしまったのでした。
 部下の不始末を詫びに来た雑渡昆奈門を代理教師に据えて、その間、六年生たちが極秘理に先生の捜索をすることとなった忍術学園。一方、それと時をほぼ同じくして、ドクタケ城が周囲の城に対して不穏な動きを見せるようになります。

 どうやらその動きの背後には、ドクタケ忍者隊が最近迎えた軍師・天鬼なる人物の存在があるようなのですが……


 と、あらすじをまとめてみると忍たま三人組が登場しない本作。その冒頭から描かれるのは、土井先生と尊奈門の忍者同士の術を尽くした戦いであり、続いて六年生六人の警戒厳重な城への潜入任務であり――と、忍者らしい(?)忍者たちの活躍であります。

 そのうち、土井先生vs尊奈門の決闘は、忍具を駆使した(といっても土井先生はいつも通りチョークと出席簿が武器なのですが)忍者同士の迫力溢れる一対一の決闘が展開。
 一方、六年生組の方は、「いけいけどんどん!」な人がいるおかげで派手な展開もありますが、基本は入念な準備と下調べ、そして人間心理の裏を突いた行動によって任務を達成する姿が描かれることになります。

 この辺り、忍者の「戦い」というものを、様々な側面から、丹念に描いているのに感心させられます。特に忍具などは、微塵をはじめかなりマイナーなものもきっちり登場するのが嬉しく、さすがに『乱太郎』の名を冠する作品として、押さえるべきところは押さえている――と言うべきでしょう。

 その一方で、(忍術学園とは何かと縁があるとはいえ)よりによって作中屈指の魁偉な、いや怪異な風貌の昆奈門が忍術学園の教師になって、乱太郎たちをげんなりさせるという展開があったり、もちろん三人組や八方斎のコミカルかつベタなやりとりがあったり――と、こちらも十分「らしい」展開が用意されているのですが……


 しかし本作は、かなりの部分でシリアスなムードで展開していくことになります。そしてその象徴というべき存在が、本作のオリジナルキャラクターである、天鬼であります。

 白い忍び装束に白い頭巾と覆面、冷え冷えとした無感情な声と涼やかながら虚無的な視線――と、いかにもシリアスな描写で以て描かれる天鬼。彼は、「武」はともかく「智」の方はナニだったドクタケ忍者隊の作戦を一変させ、昆奈門に危機感を抱かせるほどの軍略の冴えを見せる人物であります。
 はたして謎に包まれたその正体は――まあ、大体の方は予想がつくと思うのですが、しかしそれだからこそ一層、物語のハードさが際立つのです。(特に天鬼を味方につけた今回の八方斎は、面白キャラの部分はあれ、明確に「邪悪」な行動を見せることに……)

 そんな物語の中で、三人組の存在感はどうしても薄れがちになってしまうのですが――それでもクライマックスにはきっちりとおいしいところを持っていってくれます。
 特に土井先生絡みのストーリーとくれば、当然ながらクローズアップされるのはきり丸。彼にとっては肉親ともいうべき先生を前に、普段のドケチキャラの陰の、彼の情の厚さが描かれるのには、やはりグッときます。


 そのほかにも、忍術学園の重鎮としてこの非常事態に存在感を見せる山田先生(ちらりと登場の利吉も実にいい)や、そしていつもながらに不気味だけどいい人で、しかし同時に一つの忍軍の頭領としての存在感を見せてくれる昆奈門など、キャラクター描写のらしさ・巧みさも楽しい本作。
 物語の内容的に、オールスターキャストとはいかなかっただけが残念ですが――これはまあ仕方ないところでしょう。

 残念ながら7年前に本作が刊行されて以来、小説版は後に続いていないのですが――しかしこういう作品であれば、ぜひまた読んでみたい、と思える一冊であります。


 しかし本作、小説ではあるものの、どう見ても天鬼のキャラは声優の当て書き状態で、ぜひアニメでも観てみたい――と思うのは、これはおそらく私だけではないでしょう。

『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(阪口和久&尼子騒兵衛 朝日新聞出版) Amazon

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