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2020.12.30

田中啓文『臆病同心もののけ退治』 妖怪とユーモアとミステリと――油断できない物語

 今年、ユニークな時代小説を次々と発表してきた作者の、これまたユニークな妖怪時代小説であります。臆病すぎるのが災いして組替えされた北町奉行所の同心・逆勢華彦を待っていたのは、個性過ぎるメンバーと、魑魅魍魎退治の任務。状況に翻弄されまくる華彦の運命は……

 父の跡を継いで同心となりながら、実はとんでもない臆病者の逆勢華彦。ある日、捕物で蛍を人魂と間違えて大騒ぎした挙げ句、相手を取り逃してしまった彼は、定町廻りから与力の尾田仏馬の組――通称「オダブツ組」に配置換えされることになります。

 奉行の遠山金四郎景元が独自に設置したものの、表からは一体何をやっているか全くわからず、一生飼い殺しに等しい扱いとなることから、「与力・同心の吹き溜まり」と称されるオダブツ組。
 そこで華彦を待っていたのは、山賊のような外見の仏馬のほか、痩せ牢人のような改役の左門、相撲取りのような――というか元力士の吟味役・宗右衛門、人の心を読む同心見習いの少年・塵太郎、元くノ一の伊賀の夜視姫、おまけに噺家のグツ蔵という、およそ奉行所の人間とは思えぬ面々だったのです。

 しかもオダブツ組の任務とは、近頃江戸でにわかに増えてきた魑魅魍魎の発見、吟味、そして退治――尋常ではない臆病者の華彦にとっては悪夢のような職場ですが、しかしその臆病さで物の怪を誘き寄せようというのが奉行の思惑。しかも臆病なだけでなく実は「視えもん」だったことから、華彦は思わぬ活躍(?)を繰り広げることに……


 公的機関に実はゴーストハンティング専門の部署があって――というのは、これは時代ものに限らず、伝奇ものには定番中の定番の設定かもしれません。しかしそんな中でも本作がユニークなのは、一つには作者らしいユたっぷりのユーモア味が作品の随所に見られることでしょう。

 何しろ華彦はこの手の作品の主人公にあるまじき超ビビり。事あるごとに情けない悲鳴を上げるのが定番で、組の飼い猫(?)の魂(たま)に飛びつかれるたびに悲鳴を上げる様だけでも笑えてしまうのです。
 そして彼らとチームを組む面々も、奉行所というよりも梁山泊のならず者のような連中で――しかし一朝事あらば猛然と立ち上がり、悪の巣窟に「どすこーい!」と殴り込みをかける様は、盛り上がるべきか笑うべきか、思わず迷ってしまうほどであります。


 しかし本作の最大の魅力は、こうした妖怪ものというジャンルと、ユーモアの味付けにカモフラージュされたミステリ的趣向と感じます。

 本作は本編二話+グツ蔵の怪談落語(これがまた真っ当に怖い)という構成。
 オダブツ組に配属されたばかりの華彦が、河童が棲み着いているらしい池の近くの大店を覆う暗雲に挑む(首を突っ込む)第一話「河童の皿」、後継者争いの真っ只中の寺院に出没するという、経文を食う巨大な鼠の怪の謎を追う第二話「鼠の王」――どちらもいかにも妖怪ものらしいシチュエーションのエピソードですが、しかしそこに安住していないのが、本作の面白いところなのであります。

 詳しくは述べられませんが、本作で描かれるのは、いずれも単純な妖怪退治では決して終わらない物語。作中でオダブツ組に協力する祓い屋・ススキのおババが、華彦に「思い込みは禁物じゃ。心の目で見よ」と諭す言葉そのままに、思い込みをもって読んでいると、見事に足元を救われることになるのです。
 というより、なまじ視えてしまう華彦の体質が、彼を一種の「信頼できない語り手」にしているというのは、ジャンルの設定を逆手に取った、まさに本作ならではの趣向というべきでしょうか。

(ちなみに全くベクトルは違いますが、本作に登場する「遊び人の金さん」の存在も、ある意味お約束を逆手に取った設定で、なかなかユニークであります)


 もっとも、奉行所だけでなく逆勢家の人々も含め、作中に登場する多彩なキャラクターたちが、が現時点では必ずしも十全に活かされていない点はいささか気になるところでありますが――しかし物語がさらに展開していけば、この点は解消されることでしょう。
(むしろ編集がチェックしていれば気付けるミスがいくつかあった方が気になります)

 作中で語られる、魑魅魍魎の出没の思わぬ(しかし我々に取ってみればお馴染みの)黒幕が、物語にどう絡んでくるかも気になるところで、この先の展開を大いに楽しみに――しかし一筋縄ではいかない物語だけに油断せずに――待ちたいと思います。


『臆病同心もののけ退治』(田中啓文 ポプラ文庫) Amazon

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