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2021年1月

2021.01.31

講談名作文庫『幡随院長兵衛』 町奴vs旗本奴の背景にあったもの

 最近ではあまりメインの題材になることはありませんが、つい最近になって池波正太郎の『侠客』が漫画化されるなど、やはり江戸時代からの積み重ねは伊達ではないものを感じさせる幡随院長兵衛。その原型的な物語を読んでみたくなり、手に取ったのが今回取り上げる講談名作文庫の一冊であります。

 肥前寺沢浪人の父を早くに失い、やがて桜井庄右衛門の中間となった塚本伊太郎。庄右衛門の子・庄之助について石川軍刀斎の道場に行く内にその才を認められ、免許皆伝を得た伊太郎ですが――ある時、庄之助を庇って隣家の槍術師範・彦坂伝八と果たし合いになり、これを討つことになります。
 裁きの結果、幡随意院の上人に預けられた伊太郎は、そこで長兵衛と名を改め、門前の人入れ稼業・伊勢屋清兵衛に気に入られ、跡取りとして迎えられるのでした。

 人入れ稼業の元締となったからには江戸随一を目指すという長兵衛。そんなを煙たく思って絡んできた放駒四郎兵衛と唐犬権兵衛を心服させて子分にするなど、長兵衛は町奴としてめきめきと頭角を現していくことになります。
 悪町奴で同じ名の法華長兵衛を懲らしめたりと活躍を続ける長兵衛は、老剣客・難波七右衛門の娘・おきんに惚れ込まれて嫁に迎え、順風満帆の生活を送るのですが――そこでぶつかることになったのは、水野十郎左衛門ら旗本奴・白柄組であります。

 泰平の世に、旗本衆ではなく大名たちが重用されるのを不満に思って暴れる旗本奴たちに、町の人々は迷惑を受けるばかり。そんな中、芝居小屋で四郎兵衛と権兵衛が水野四天王と大喧嘩を繰り広げたことから、長兵衛一家と白柄組の対立が始まることになります。
 そして長兵衛贔屓の関取・桜川五郎蔵が、十郎左衛門贔屓の力士を大一番を下したために闇討ちされるという事件が発生。両者の対立は留まるところを知らず……


 というわけで、長兵衛の少年時代から町奴として身を立て、子分たちとともに繰り広げた様々な活躍振り、そしてその壮絶な最期と子分たちの仇討ちまでを描くこの講談。
 いかにも講談らしく善玉はどこまでも善玉、悪玉はどこまでいっても悪玉とくっきりと色分けされているのは題材が題材だけにすっきりしないところもありますが――しかしその点に目を瞑れば、長兵衛の過ぎるほどに潔い生き様など、なかなか読ませるものがあります。

 また、男を売る町奴が女房を持つわけにはいかないと、面子を振りかざして縁談を一度は断った長兵衛のおかげで、清兵衛をはじめほかの町奴たちの女房も数十人離縁されかける――という騒動など、シリアスな中にもコミカルな(というよりどこか呑気な)味わいも、また講談らしいと言うべきでしょうか。

 正直なところ、今の目で見ると町奴と旗本奴、どっちもどっちでは――そもそも芝居小屋での喧嘩など、長兵衛の子分がタダ見を居直って暴れたのがきっかけな上に、この子分はお咎めなし――などと感じてしまうところではあります。

 しかし武士という身分を笠に着て暴れる旗本奴を、町人代表が懲らしめるというのは、これはやはりいつの時代にも変わらぬ一種の理想であって、聴衆の溜飲が下がるものであったであろうことは容易に想像がつきます。
(冒頭で少年時代の長兵衛が解く判じ物「上は盲で下が痛い」などは、まさに本作の姿勢の表明と言うべきでしょう)
 また個人的には、旗本奴と町奴の対立の背後に、旗本と大名の対立――その背景事情として河井又五郎の一件(言うまでもなく鍵屋ノ辻の仇討ち)に言及しているのに注目――を重ね合わせている視点もまた、興味深いところです。

 さらに終盤、長兵衛の死後、彼の活躍が歌舞伎で広く知られるようになった一方で、長兵衛夫妻の墓の存在は長年忘れ去られ、土中に埋もれていたという展開――ここから一種の縁起物になってめでたく終わるのは言うまでもありませんが――も、見ようによっては大いに皮肉が効いているといえるでしょう。


 プリミティブな豪傑譚であると同時に、やはり時代背景を映し出した物語である本作。思っていた以上に楽しむことができた作品でした。
(そういえば白井権八については全く言及がないのは、あれはさすがに史実と違いすぎるからか、歌舞伎オリジナルの展開ということか……)

『幡随院長兵衛』(講談社講談名作文庫) Amazon

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2021.01.30

久賀理世『奇譚蒐集家小泉八雲 白衣の女』 舞台と趣向を変え、少年八雲久々の登場

 少年ラフカディオ・ハーンとその親友が出会う様々な怪異を描く『奇譚蒐集家小泉八雲』が帰ってきました。講談社タイガから講談社文庫へとレーベルを変えても二人の姿は変わらず――しかし本作はアイルランドを舞台に、これまでとはいささか異なる趣向で描かれることになります。

 さる貴族とオペラ歌手との間に生まれ、母の死により厄介払いで辺境の寄宿学校に押し込められてしまったオーランド。そこで怪異を愛する少年パトリック・ハーン――後の小泉八雲と出会った彼は、二人で怪異を蒐集するうち、様々な事件に遭遇することに……
 という本シリーズは、これまで講談社タイガで2作発表されましたが、今回、講談社文庫から少しだけタイトルを変えて刊行されることになりました。

 しかしレーベルが変わったとはいえ、本作は内容的には完全に前二作の続編――ちょっと皮肉屋で、しかし内面に寂しさを抱えたパトリックも、彼の良き理解者であり、時に彼以上に危なっかしいオーランドも、変わらぬ姿を見せてくれるのは嬉しい限りです。

 しかし、今回いささか前二作とは趣向が異なるのは、まずはその舞台であります。
 これまでの物語では、二人が籍を置く北イングランドの神学校を舞台にしていたのに対して、本作は、クリスマス休暇に久々にパトリックが帰郷することになった(そしてオーランドがそれにつきあうこととなった)アイルランドを舞台に描かれるのです。

 そしてもう一つ違うのは、これまでが連作短編スタイルだったのに対して、本作は長編であること――それ自体独立したエピソード(そしてこれがまた実に素晴らしいジェントル・ゴースト・ストーリーなのですが)である序章に続く物語は、ある旧家にまつわる怪異を描く、入り組んだ物語なのです。


 かつてパトリックが世話になった乳母から、去年まで雇われていたオブライエン家にバン・シーが現れると聞かされた二人。その家に死人が出るときに現れすすり泣くという妖精の出現に、屋敷の一人息子の安否を気遣う彼女に頼まれて、様子を見に出かけた二人ですが――そこで早速オーランドは、事故に遭いかけたその少年、奇しくも友人と同じ名前であるパトリック(パティ)を助けることになります。

 それが縁となってオブライエン家に迎え入れられ、早速バン・シーの噂を調べる二人。噂通り屋敷の人々は外の森に白い衣に赤い瞳の女の姿を目撃しており、二人も屋敷に響く泣き声を耳にすることになります。
 さらに、かつて妖精の棲み処に迷い込み、取り替え子とも噂されているパティ、戦争で顔に傷を負い別人の様に狷介となった屋敷の主人、若くして亡くなったその妹、曰くありげな家庭教師――と、二人は屋敷の複雑な人間関係を目の当たりにするのでした。

 そしてバン・シーを待つべく、夜の森に潜んだ二人の前に、ついに白衣の女が……


 元々これまでの作品においても、怪異を描くのみならず、その怪異が生まれた、あるいは導かれた理由を、それに関わる人々の姿とともにミステリタッチで描いてきた本シリーズ。その性格は、長編である本作においてこれまで以上に色濃く、そして丹念に描かれることになります。
 因縁のある旧家で起きる怪事件というのはいかにもミステリ的ですが、そこに「本物の」怪異を交えつつ描かれる、事件に関わる人々の姿――特に、やむにやまれず哀しみを背負いながら生きなければならない人々の姿は、19世紀のアイルランドという舞台も相まって、深く印象に残ります。

 そしてそんな屈託は、オブライエン家の人々だけが胸に抱くものではありません。本作は同時に、久しぶりに帰郷することによって、そしてこの事件によって、忘れていた――忘れようとしていた過去を蘇らせることになった、パトリックの抱えたものもまた、描き出します。
 そう、本作は若き小泉八雲が怪異を蒐集する物語であるだけでなく、若き小泉八雲自身の物語でもあるのです。


 本作の終盤で明かされる真実――それはどこまでもやりきれず、重いものであります。しかしそこにあるのが哀しみだけではなく、一片の救いと愛が残されていることもまた、本作は描きます。
 どれほど人がが過去を背負い、それを悔やもうとも、しかし決して一人ではないのです。パトリックの傍らに、そう、ふりむけばそこにオーランドがいるように。

 だからこそ本シリーズは、恐ろしくも哀しい物語を描きつつも、同時にどこまでも優しさを感じさせる――本作を手にして、そう再確認した次第です。

『奇譚蒐集家小泉八雲 白衣の女』(久賀理世 講談社文庫) Amazon

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2021.01.29

『半妖の夜叉姫』 第16話「もろはの刃」

 三年前、師である妖狼族の凱風に課せられた試練を突破しながらも、15両で屍屋に売り飛ばされたもろは。いま再び自分の前に現れ、対決を迫る凱風とただ一人戦うもろはだが、師の力の前に圧倒されるばかり。最後の手段で紅夜叉になろうとするもろはだが、それが二人の秘められた過去を蘇らせて……

 前回、両親の手を離れて妖狼族に預けられたことが判明したもろはですが、その師匠となったのは、妖狼族の凱風――頬に刻まれた三本の傷も勇ましい女傑であります。しかし今回はアバンタイトルで対峙する師弟二人。どうやらこの二人の間には色々とあったようであります。

 というわけで、本編は三年前から始まり、凱風の下で修行を積んできたもろはが、師に命じられて蠱毒の坩堝なる地に向かうことになります。そこで繰り広げられているのは、一人の生贄を巡る五人の兄弟子の争い――ではなく、妖怪(というかほとんど怪獣)たちが最強を目指して殺し合う地獄のような戦い。そこで見事勝ち残ってみせよという師の無茶振りを、何とか機転で突破したもろはですが、出てきてみれば師は待ってはおらず、屍屋で賭け双六に興じていたではありませんか(しかも負けてる)。

 そして師から倶利伽羅丸を譲られた一方で、屍屋に15両で売り飛ばされてしまったもろは。実は師は呪われた鉄鼠の鎧なるアイテムを身に着けており、やがて自分の命を奪うその鎧を外すための金が必要だったのであります(あと、双六の負けた分)。そんな事情があるとも知らず、いきなり売り飛ばされるというハードな目に遭わされたもろはは、凱風とは師弟の縁を切り、それ以来賞金稼ぎとして借金返済の毎日だったのです。

 そしていま、自分の前に再び現れ、戦いを挑んできた(元)師匠に対し、これまでの借りを返す好機とばかりに、とわとせつなの助太刀も断って立ち向かうもろはですが――しかしやはり凱風は強い。実に強い。紅龍波も天空の矢衾も全く通用せず、それどころか懐に飛び込まれて浮かされ、為すすべもなく空中コンボを叩き込まれる始末であります。
 ならば最後の手段とばかりに紅を塗り、国崩しの紅夜叉になろうとするもろはですが、しかし凱風はそれを制止します。実は紅夜叉の状態は、もろはの父である犬夜叉の妖怪化と同じ状態――身体に流れる妖怪の血の顕現であり、使いすぎれば自我を失ってただ暴走を繰り広げるだけになってしまう、いわば怒りのスーパーモードだったのであります。

 まだもろはが子供の頃、妖狼族の宿敵・極楽鳥(そういえばいましたね……)の群れに襲われた際、紅夜叉となったものの見境がなくなり、凱風の頬を傷つけていたもろは――そう、凱風の頬の傷は、実はもろはによるものだったのであります。そしてそれだけでなく鉄鼠の鎧も、極楽鳥たちを前に窮地に陥った凱風が、やむなく(あっさり口車に乗ったとも言う)纏ったもの――そしてその鉄鼠の鎧を外す鍵を四凶・渾沌に奪われ、彼女はもろはとの戦いを強いられていたのです。
 そして最後の試練として、自らの最大の拳である奥義・凱風快晴を放つ凱風。それをもろははそれを紅龍波で相殺、見事に新必殺技・紅の爆流破を完成させるのですが――凱風は師弟の殺し合いを見物に現れた渾沌もろともこれを受けようとするも逃げられ、ただ一人、技の直撃を食らって命を落とすのでした。

 かくて師を失い、再び天涯孤独の身となったもろは。いや、そんな彼女にも、いまは仲間たちが――かたや厳しく、かたや優しくそれぞれの言葉で彼女を励ますとわとせつなが確かにそ傍らにいることを描き、今回は幕となります。


 謎といえば謎だったもろはの借金生活の真実が、定番中の定番ともいえる師弟対決と絡めて描かれた今回。その師である凱風は、前回チラッと登場した以外、ほとんど唐突に現れたキャラクターでしたが、なかなかの強キャラである上に、決して完全な存在ではない――というよりかなりダメ妖怪的な描写でもあったのが、かえって味のある展開になっていたと感じます。

 ただ、頬の傷の因縁など、もう少し溜めて描いた方がもりあがったことは間違いない話で、やはり今回登場して今回退場というのは勿体なさすぎた――という印象は否めません。退場の仕方が、なんだかあまり格好良くない上に後味が悪いのも……


『半妖の夜叉姫』Blu-ray Disc BOX 2(アニプレックス) Amazon

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『半妖の夜叉姫』 第13話「戦国おいしい法師」
『半妖の夜叉姫』 第14話「森を焼いた黒幕」
『半妖の夜叉姫』 第15話「月蝕、運命の惜別」

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2021.01.28

「八犬伝」リスト

 根が「八犬伝」好きということもあり、これまでこのブログで書いてきた「八犬伝」関連の記事もずいぶん多くなりました。以前は「八犬伝特集」というタイトルでまとめていたのですが、色々な意味でいまいちだったので、改めて記事リストを作り直しました。小説の分類など非常にアバウトですが、何かのご参考になれば幸いです。

小説
原典

リライト
 原典の編訳・抄訳

アレンジ
 原典をベースに、新たな物語を作り出したもの

モチーフ
 原典をモチーフに、全く新たな物語を作り出したもの

研究書・副読本

漫画

映像作品

ゲーム

その他

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2021.01.27

桐丸ゆい『江戸の蔦屋さん』 蔦屋重三郎、「ツキモノ」持ちを売り出す

 江戸の出版文化人といえば、やはり真っ先に挙げられるのは、蔦屋重三郎ではないでしょうか。これまで様々な物語で取り上げられてきたこの重三郎と周囲の人々を、江戸の文化風物を愛し、江戸ものを得意とする作者がコミカルに描いた四コマ漫画であります。

 吉原遊郭の案内書・吉原細見を大ヒットさせ、吉原から日本橋に打って出た蔦屋重三郎。目下のところは幼馴染みの絵師・喜多川歌麿を売り出すべく奮闘中であります。
 しかし歌麿は居候のくせに絵も描かずにに日がな一日ごろごろしてばかり。そんな状況でも重三郎が諦めないのは、彼の「眼力」に秘密があったのです。

 実は大成する人間に憑いている、特別な才能を視る力を持つ重三郎の目。彼は、普通の人間には視えないその「ツキモノ」を持った人間たちを、江戸の世に出すことが自分の使命と心得た男なのです。
 かくて重三郎は、歌麿や山東京伝、葛飾北斎ら、いずれも特異な「ツキモノ」を持った面々とともに、新たな作品を生み出すべく日々奔走することに……


 史実においても、版元――いわば出版社兼本屋だけでなく、歌麿や東洲斎写楽といった新たな才能のプロデュースを行い、江戸の文化人たちの中心にいた蔦屋重三郎。
 そのため、彼を描く物語は、彼だけでなく、いわば当時の江戸文化人サロンに集う人々の姿を描くものとなることがほとんどであります。本作も、重三郎とそんな仲間たちの姿を、3.5頭身のキャラクターで描いた漫画であります。

 歴史上の人物の特徴をデフォルメしてキャラクター化し、ギャグ混じりに描くというのは、これは歴史ものの四コマ漫画の定番ではありますが、本作のユニークなのは、やはり上で触れた「ツキモノ」の存在でしょう。
 この「ツキモノ」、漠然としたものではなく、その人間の才能を象徴する幻像として、背後に浮かび上がって見える――という形で描かれるのが楽しいところです。

 歌麿の場合は無数の美女、山東京伝は『心学早染艸』の善玉悪玉、葛飾北斎は蛸、鳥山石燕は百鬼夜行、滝沢馬琴は大犬……ある意味直球ではありますが、しかし彼らの代表作(を象徴するもの)がビジュアライズして描かれるというのは、これはキャラクター付けとしてもキャラクター化としても、実にわかりやすくうまい仕掛けと言うべきではないでしょうか。

 そしてまた、江戸文化に造形の深い作者らしく、デフォルメされた世界の中でも、丹念に江戸文化の特徴が、誰にとってもわかりやすく描かれているのもまた、本作の魅力として忘れるわけにはいきません。
 版元や浮世絵、あるいは吉原や湯屋といったものだけでなく、例えば当時の相撲は千秋楽のみ女性の観戦が許されていたけれども、その日は幕下以下の取組しかなかった――という、現代ではあまり知られていないようなことまで物語に取り込んで見せるのは、これはもう作者のセンスの賜物でしょう。


 その一方で、松平定信の寛政の改革によって重三郎は身上半減、京伝は手鎖という大事件や、写楽売出しも(ある意味、そこに至るまで長い伏線があったのですが)1話で終了したり――重三郎の晩年の大きなエピソードが、駆け足で描かれている点は、いささか残念ではあります。

 しかし、写楽誕生に絡めて描かれた前半の伏線が思わぬ形で解消され、史実から先の世界に繋がっていく結末はなかなかに痛快で(知らない人は信じ込んでしまいそうなのが楽しい)、江戸文化の陽の面を中心に描かれた本作としては、まずとてもよい終わり方であったことは間違いありません。
 最後まで明るく楽しく、サラリと読める作品であります。


『江戸の蔦屋さん』(桐丸ゆい 芳文社まんがタイムコミックス全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon

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2021.01.26

グリヒル&ジーン・ルエン・ヤン『スーパーマン スマッシュ・ザ・クラン』(その二)

 スーパーマンと人種差別との戦いを描く『スーパーマン スマッシュ・ザ・クラン』の紹介の後編であります。ロベルタという一人の中国系アメリカ人少女を通じて、人種差別というものの存在を浮き彫りにし、同時に少女の成長物語を描いて見せる本作。しかしさらに見事なのは……

 本作のさらに見事なのは、「異邦人」に対する「人種差別」との戦いという物語に重ね合わせる形で、スーパーマン自身の物語も描き出す点にあります。
 そう、クリプトン系アメリカ人ともいうべき、(ロベルタ同様)二つの名前を持つスーパーマンことクラーク・ケントもまた、この地球では「異邦人」なのですから。

 あるヴィランとの戦いで謎の緑色の結晶(言うまでもなくアレ)に触れて以来、奇妙な幻覚を見るようになったクラーク。鏡の中の自分の姿が、緑色の肌と二本の触覚を持つ(古式ゆかしい)宇宙人に見えたり、あるいは同様の姿を持つ男女の幻影が、昼日中も呼びかけてきたり……
 やがて自分の両親と名乗るようになったその男女の存在は、クラークに少年時代の記憶を蘇らせることになるのです。他人と異なる力を持ち、それを知られることを怖れていた日々を。


 スーパーヒーロー数多ある中でも、完全無欠の存在であり、正義と希望の象徴であるスーパーマン。もちろんそれはごくアバウトなイメージであり、実際には決してそのように単純なものではないことは言うまでもありません。
 彼もまた、後に続くヒーローたちと同様、ヒーローとしての自分と、(シークレット)アイデンティティの間のギャップに悩まされてきたのですから。

 そして本作はそんなスーパーマンのある側面――地球生まれではなく、赤子の頃に地球にやって来た異邦人であるという基本中の基本の設定を、先に述べたロベルタの境遇に巧みに重ね合わせます。
 そこに生まれるのは、スーパーマン自身の成長の物語――クラーク・ケントが、スーパーマンというアイデンティティを確立するまでの物語なのです。


 本作を手にした時、冒頭で描かれるある台詞と描写に、違和感を感じた方は少なくないと思います。
 ロイス曰く「なら彼の限界も知っているわね。跳び越えたのはビルの20階まで。飛べはしないの」。そしてその言葉通り、スーパーマンは空飛ぶヴィランと空中戦を演じることなく、何よりも事件解決後は、高速で走って去って行くのです。

 さらにいえば、ヒートビジョンもスーパーブレスもない――本作に登場した時のスーパーマンは、言ってみれば、非常に頑健な肉体を持った、ただの怪力男なのであります。
 この辺りは、件のラジオドラマ時期の設定に基づいているとのことですが、それを一種メタフィクション的に踏まえつつも、それにこのアイデンティティ確立のドラマを絡め、我々が良く知るあのスーパーマン誕生に結びつけているのには、ただただ拍手喝采するしかありません。(本作における「○○の○○」のアレンジの見事さにも感心いたします)


 「差別」との戦いという、普遍的なテーマを描きつつ、中国系アメリカ人少女の成長、そしてスーパーマン誕生(のリトールド)を描くことによって、極めて爽やかで後味のよいヒーローコミックにして、同時に優れた児童文学として成立している本作。
 物語展開の巧みさは言うまでもなく、それを描くグリヒルのアートも、この物語にこれ以外はないというハマりようというほかありません。(特に、本作において様々な「顔」を見せるクラーク・ケント/スーパーマンの描写の見事さ!)

 残念ながら、物語の時点から70年以上を経た今になっても「差別」はなくなりません(それどころか、つい最近になってもスーパーマンの「祖国」において信じられない事件が起きるほどであります)。
 それでも――それでも、誰にでも同じ明日がある。それを信じさせてくれる本作は、今の我々がまさに読むべき物語であり、それがこれほどタイムリーに邦訳されたのには感謝しかありません。


 もう一つ――本作で僕の心に強く残ったのは、ラストで描かれるロイスのある行動です。本作において、一貫して地球人の――人間の善性の象徴として描かれる彼女ならではの心の籠もった行動は、なるほどクラークがぞっこんになるのも納得なのです。


『スーパーマン スマッシュ・ザ・クラン』(グリヒル&ジーン・ルエン・ヤン 小学館集英社プロダクション) Amazon

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2021.01.25

グリヒル&ジーン・ルエン・ヤン『スーパーマン スマッシュ・ザ・クラン』(その一)

 かつてスーパーマンが「クー・クラックス・クラン」と戦ったという「実話」を踏まえて描かれた、2020年ハーベイ賞を児童・若年向け作品部門受賞作――1940年代のアメリカを舞台に、スーパーマンと人種差別との戦いを描くとともに、さらにそこから踏み込んでみせた名品であります。

 1946年、メトロポリス保健局に職を得た父に連れられ、チャイナタウンから越してきた中国系アメリカ人・リー家のトミーとロベルタ。トミーがすぐに周囲の人々と打ち解ける一方で、ロベルタはなかなか馴染めず、疎外感に悩むのでした。
 そんな中、白人の優越を唱える排外的結社「燃える十字架のクラン」が火炎瓶でリー家を襲撃し、さらにトミーがクランに誘拐される事件が発生。トミーは駆けつけたスーパーマンに救出されたものの、クランの活動はいよいよ過激さを増していくことになります。

 そしてついには活動を糾弾するロイス・レーンらデイリー・プラネットの人々にも危害を加えんとするクラン。敢然とクランに立ち向かうスーパーマンですが、そんな彼の身にはある異変が……


 第二次世界大戦を挟み、再び復権しようとしていたKKK――その動きに脅威を感じた人々は、当時大人気だったスーパーマンのラジオドラマの中で、スーパーマンが中国系アメリカ人の一家を守り、KKKを思わせる悪党たちを退治するストーリーを製作、好評を博しました。
 そのドラマにより、現実のKKKのパブリックイメージがダウンした――とまでくると一種の伝説かもしれませんが、物語の中のスーパーヒーローが現実の中で果たす役割について考えさせられる、興味深い実話であることは間違いありません。


 本作は、言うまでもなくその時のエピソードをベースとした作品ですが――そこに様々なアップデートを加え、今の時代の我々の胸に迫る物語として再生させた作品であります。

 そしてそのアップデートの一つが、本作の主人公というべきロベルタの存在にあることは間違いないでしょう。
 チャイナタウンからメトロポリスという異郷に放り込まれた、神経過敏で引っ込み思案な少女のロベルタ。本作は、彼女がクランと対峙し、スーパーマンとともに冒険を繰り広げる中で、自分自身と向き合い、アイデンティティを確立していく物語でもあるのですから。
 このロベルタに当たるキャラクターは、先に挙げたラジオドラマの中では名前もなかった――すなわち脚光を浴びることがなかった登場人物。そんな彼女に注目することにより、本作は少女の成長物語としても出色の作品として成立しているのです。

 そしてさらに、彼女の視点から世界を描くことにより、本作はクランのような極端なものではなく、生活の中に存在している「差別」の存在を浮き彫りにすることになります。
 例えば、自分もクランに攻撃されながら、黒人たちを、あるいはスーパーマンを「異邦人」として拒絶するロベルタの父。あるいは、メトロポリスに引っ越していったロベルタを避けるチャイナタウンでの友人たち(そして無意識のうちに自分も彼女たちと壁を作っていたかも知れないと感じるロベルタ)といった、ごく普通の人々の姿を通じて……


 しかし本作のさらに見事なのは、この点だけにとどまりません。それは――長くなってしまいましたので、次回に続きます。


『スーパーマン スマッシュ・ザ・クラン』(グリヒル&ジーン・ルエン・ヤン 小学館集英社プロダクション) Amazon

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2021.01.24

『明治開化 新十郎探偵帖』 第6回「稲妻は見たり」

 ある激しい雷の晩、母里家の庭の井戸で何かが落ちる音がした後、姿を消した女中の三枝。家宝の皿を割った咎を恐れた三枝が身を投げたのではと疑われたものの、井戸からは何も見つからない。調査を依頼された新十郎だが、さらに母里家の子息・由也付きの使用人・時田までが姿を消し……

 いよいよ終盤に近くなってきた第6話は、同題の『安吾捕物帖』の第11話を原作とするエピソード。しかしシチュエーションとトリックをほぼ同じくしつつ、その内実は全く異なる展開となっております。

 ある激しい雷の晩、政府要人の母里家に子息・由也が帰宅した直後に、庭の井戸の方からした大きな水音。翌朝、女中の三枝が姿を消しており、家宝の皿が割れていたことから、番町皿屋敷よろしく皿を割ってしまった三枝が身を投げたのでは――と疑われ、井戸を浚ってみたものの、そこからは何も見つからないという結果に終わります。
 その時間帯、主人夫妻は家を留守にし、由也は帰宅したばかり。由也付きの使用人・時田は友人と酒を飲んでいて、その他の使用人たちは大の雷嫌いのために部屋に籠もっていた――と、全員のアリバイがある状況の中、三枝の幼馴染だった勝家の女中・お兼の願いで、新十郎が出馬することになります。

 しかしそうしている間に、今度は時田が忽然と失踪。由也が母里家本家の子ではなく、全国で多発している新政府に対する一揆で両親を喪った分家の子であり、時田と共に地方から出てきたと知った新十郎は、手がかりを求めて彼らの故郷に向かうのですが――そこで手荒い歓迎を受けることになります。
 謎が深まる中、新十郎の脳裏に浮かんだ言葉はdistrust――不信。果たして事件に隠された不信とは、誰と誰の間のものなのか……


 と、冒頭に述べたように、激しい雷の晩に失踪した女中と割れた皿、いずれもアリバイのある家人――というシチュエーションと、そこに秘められた意図とトリックという点では原作をほぼなぞりながらも、物語の中心となる由也、そして時田の設定は、全く異なるものとなっている今回。
 原作では由也は地方から出てきた分家の子という設定は全くなく、時田に至っては、彼の同級生の学生(事件の時間酒を飲んでいた、という点は原作とドラマで共通なのが面白い)という設定なのですが――言ってみれば東京の母里家周辺だけで終わっていた原作を、当時頻発していた一揆(おそらくは徴兵令反対一揆や地租改正反対一揆)に絡めてきたのは、これは文明開化の時代の裏面を描いてきた、全く本作らしいアレンジというべきでしょう。

 そこで絡められたものとは――これは物語の中核に踏み込んでしまうので書けないのですが、相当に豪腕でありつつも、なるほどこのシチュエーションは新十郎の心を動かすに違いない、という内容で、終盤のドラマの盛り上がりも納得ではあります。
 これまで(本作の大久保利通的に言えば)文明開化による自由の副作用が事件の引き金となることの多かった本作ですが、今回描かれたものは、これまでとはまた異なるベクトルでそれを描いたものと言ってもよいでしょうか。

 今回のキーワードとなる「不信」とは対照的に、いつしか固い絆で結ばれていた新十郎たちの姿(そしてそれがラストシーンに結実するわけですが)も印象的です。


 しかし、すぐ上で述べたとおり、相当豪腕な内容であったことは間違いなく、今回の結末のような裁きとするには、相当無理が生じるわけで、結果の大きさからも、ちょっとすんなりとは頷けないところではあります。(おそらくはドラマの舞台である明治6年当時、○○法は既に制定されていたわけで、根幹となるトリックもどこまで成立したか……)
 そして新十郎はともかく、速水もこの結末を受け入れた点も、ちょっと引っかかるところで――公権力と(いかに特命とはいえ)私立探偵が同じ結論を良しとするのは、本作の設定的にはどうなのかな、と感じます。

 もっとも本作の場合、ミステリとしても登場人物の描写としても、原作の時点でかなりすっきりしない内容であって、冷静に考えると非常に無理があるトリック(成立できるのはほとんど奇跡のような確立では)はさておき、人物描写については、本作の方が整理されているのは間違いありませんが……
(もう一つ、原作には文明開化の裏面として、今なお残る身分差別やそれに対する解放運動の要素もあったのですが、それはさすがに陽には描きにくい題材でしょう)


 さて、物語の背景の方ではついに西郷が下野、いよいよきな臭くなってきたところですが――次回予告もその臭いは漂います。ラスト2話で何が描かれるか、最後まで注目したいと思います。


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2021.01.23

栗原ちひろ『有閑貴族エリオットの幽雅な事件簿 2』 幽霊男爵の奇怪にして奇想に溢れた物語再び

 大の心霊マニアの伊達男・人呼んで「幽霊男爵」・エリオットが、幽霊にまつわる怪事件の数々に挑むホラーミステリー、待望の第2弾であります。今回も忠僕コニーをお供に、あり得べからざる事件の数々に首を突っ込むエリオットが見るものとは……

 ヴィクトリア朝時代の英国で、美しい女性たちと浮名を流しつつ、悠々自適の生活を送る隻眼の男爵エリオット。しかし周囲の人々は、彼をこう呼ぶのです。「幽霊男爵」と……
 そう、実は彼は無類の心霊マニア。ロンドン中の心霊がらみの会合、そして心霊にまつわる噂が流れるところには顔を出さずにはいられない変わり者――であるのと同時に、彼は幽霊を隠れ蓑に悪事を働くものを決して許さない男でもあります。

 実は幼い頃からこの世ならざる者たちを見る目を持ち、そして少年時代に幽霊たちに助けられてある事故から生還、同時に人間の世の残酷さを味わうことになったエリオット。
 このように幽霊と人間、死と生の合間に立ってきた彼が、果たして真怪か偽怪か定かではないような奇怪な出来事に挑み、その陰に隠されたものを明らかにする――本作はそんなミステリ味も強い英国ホラーであります。


 しかし、本作がユニークなのは、そのエリオットのキャラクターや基本設定だけでは決してありません。何よりも、本作に収録された個々のエピソードは、他所では決して読めないような、奇怪にして奇想に溢れた物語揃い――一読三嘆間違いなしの傑作揃いなのですから。

 生前の埋葬を防止する「安全な棺」のベルを夜毎鳴らす幽霊が、エリオットがかつて出会った初恋の人(幽霊)と瓜二つだった――という不可解極まりない事件を描く「初恋の君は棺桶のベルを鳴らす」
 列車でエリオットが出会った精神科医の兄と患者の弟――実は法の網を逃れた罪人を魔法で殺す「魔法殺人」の犯人だというその弟が予告する完全犯罪に挑む「最新式魔法による殺人」
 生物学者の屋敷を訪れたまま消息を絶った従姉妹のアレクサンドラを追ってきたエリオットたちが、学者がアフリカから持ち帰ったという、この世にいるはずのない奇怪な生き物たちの存在を知る「方舟の切符は売り切れ」
 エリオットへのクリスマスプレゼントとして曰く付きのドールハウスを手に入れて以来、周囲で頻発する怪事件に悩まされるコニーを描く「魔女の家にもクリスマスは来る」

 ここで描かれるのは、いずれも、どうすればこのようなストーリーが思いつけるのだろう、と驚くしかない物語の数々。意外でインパクトのある発端から、意表をついて二転三転する展開の数々、そしてとどめとばかりにひねりを効かせた結末――いささか大袈裟にいえば、ホラーの、いや物語というものの楽しさと可能性というものが、ここには満ち満ちていると感じられます。

 そしてまた素晴らしいのは、たっぷりと幽霊と怪異に満ちた物語を描きつつも、それとともに人間の――それも多くの場合、どこかもの悲しく、切ない――姿が描かれる点であります。
 ここにあるのは、幽霊だけでなく、エリオットという特異なキャラクターの物語を通じて初めて描くことできる人間の姿であり――それもまた、本作という物語の持つ魅力、可能性の一つといえるでしょう。

 そしてまた、エリオットがある種完成したキャラクターである一方で、それとは全く似て非なる存在としてコニーが描かれ、そして彼は彼なりに、ほんのわずかずつながら、人間として成長していく――自分を「人形」と呼ぶ彼が、少しずつから人間に近づいていく――姿もまた、印象に残るところです。


 キャラクターよし、設定よし、物語よしと、手放しで絶賛したくなってしまう本作。エリオットと対になるような、すなわち彼のライバル足りうるキャラクターも登場したことでもあり――彼の奇妙で奇怪で、そして途方もなく魅力的な冒険を、この先もまだまだ読みたいと、そう強く感じる次第です。


『有閑貴族エリオットの幽雅な事件簿 2』(栗原ちひろ 集英社オレンジ文庫) Amazon


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2021.01.22

高橋留美子『MAO』第7巻 最後の弟子 そして運命を狂わされた者たちの戦い

 平安と大正を結び、謎が謎呼ぶ伝奇ホラー『MAO』も、はや7巻目。摩緒を生贄とする残酷な後継者争いの代表として選ばれた五人の弟子の最後の一人が、ついに登場することになります。そして明らかになる木の華紋と水の真砂の因縁、そして――と、物語はさらに複雑怪奇な様相を呈することになります。

 かつて呪禁道・御降家の宗家争いの生贄として選ばれ、五人の兄弟子たちによって命を狙われる運命にあった摩緒。しかし猫鬼の呪いを受けた上、師匠の娘・紗那殺害の疑いをかけられた彼は、大正の世まで生き続け、謎を追うことになります。
 そして猫鬼の復活と時を合わせるように、彼の周囲に現れた兄弟子たち。火の百火、木の華紋、水の不知火、金の白眉――百火と華紋は後継者争いに興味を持たず、摩緒とひとまず和解した一方で、不知火と白眉は手を組み、摩緒の身を執拗に狙うことになります。

 さらに不知火の側で暗躍する謎の女・幽羅子が、何故か死んだはずの紗那の顔を持つことから、千々に乱れる摩緒の心。さらに人が土と化す奇怪な事件の連続に、土の陰陽術の陰を見た摩緒は……


 というわけで、次々と提示される謎が全ては解かれぬまま、因果因縁は深まるばかりの本作。この巻では、予想どおり最後の術者、土系の術の遣い手が現れるのですが――これまで同様、そこにも一ひねりも二ひねりもある展開が用意されているのであります。

 そしてそれと合わせて描かれるのは、これまで語られてこなかった摩緒の過去。平安時代、捨童子(孤児)として怪しげな術者にこき使われた末、同じ境遇の兄貴分・大五に迎えられ、御降家に入った摩緒――そしてそこで紗那と出会うことになった摩緒ですが、大五と紗那は慕い合う仲だったのです。
 紗那に惹かれつつも、大五と彼女の仲を祝福していた摩緒。しかしあの呪われた後継者選びの儀式が全てを狂わせ――と、土の術者がが現れるまで、新たな情報と謎の数々の提示に、こちらも振り回されっぱなし(もちろん褒め言葉であります)なのであります。


 しかし、あの儀式に運命を狂わされた者たちは、それだけではありません。善悪の境なく、己の術を利用して飄々と生きるやに見えた華紋――彼もまた、この後継者争いの最中、愛する者と引き離されていたのですから。
 そして、その愛する者とは――と、その秘められた過去を受けてこの巻の後半で展開するのは、新たに築かれた不知火の社を舞台としての、華紋・摩緒と不知火の激突。

 なるほど、万事拘らぬように見えた華紋の行動の陰にはこんな真実が――と、菜花ならずともその見かけによらぬ内面に驚かされますが、彼が初めてその激情を露わにするシーンは、この巻のクライマックスといってよいでしょう。
 そしてさらにそこで奇怪な黒い邪気をまとい幽羅子が出現、そしてその黒い邪気こそは――と、物語は一息ついたかに見えて、またもや新たな謎が語られ、この巻は終わることになります。


 いやはや、本当にまだ解かれぬ謎を列挙するだけで相当な数に上りそうな本作ですが、もちろんそれこそが最大の魅力。そしてそこに、湿度の高い人々の情念が絡み合い、物語が動いていく様は、まさしく作者ならではの妙味といえます。
 唯一、この巻の菜花はほとんど横恋慕要員のようになっているのが気になるところではありますが――もちろん、まだまだ彼女が果たすべき役割はあるのでしょう。

 全ての謎が解かれ、全ての因縁が解かれるその時まで――本作の向かう先を楽しみにしているところであります。

『MAO』第7巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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高橋留美子『MAO』第5巻 謎が謎呼ぶ三人目と四人目の兄弟子?
高橋留美子『MAO』第6巻 深まりゆくなぞ そして五人目……?

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2021.01.21

『半妖の夜叉姫』 第15話「月蝕、運命の惜別」

 とわとせつなが生まれた晩、かごめの前に現れた理玖。彼はかつて犬の大将と麒麟丸が破壊した妖霊星が再び地球に迫っていると告げる。一方、麒麟丸の姉・是露は、かつて四魂の玉が麒麟丸を倒すのは人間でも妖怪でもない者と予言したことから、とわたちを狙っていた果たして犬夜叉の、殺生丸の行動は……

 前回、とわとせつなが生まれ育った森を焼いた犯人が判明しましたが、今回判明するのはそれどころではなく、夜叉姫たちの生まれた前後に何が起きたのか、その真実が一気に語られるという超重要回であります。

 とわとせつなが生まれるという晩(ここで、今まで伏せられていたのは何だったのか、というくらいあっさりと、二人の母がやはりりんであったという事実が判明)――お産の場に向かおうとするかごめを呼び止めた理玖。
 彼が語るのは、五百年前に地球に迫った妖霊星の再来――その時、地球に落ちてきた破片は、犬の大将と麒麟丸によって破壊されたというのですが、今は二人はおらず、代わりに殺生丸と犬夜叉に破片を破壊して欲しいとかごめに頼むのでした。

 一方、同じことを麒麟丸の姉であり、かつて犬の大将に袖にされたという因縁のある是露から聞かされた殺生丸。そこから何かを感じ取ったものか、殺生丸は子を産んだばかりのりんに理由も告げず、以前語られたように「剛臆の試し」だと双子を連れ去ってしまうのでした。
 もっともりんの方は、殺生丸と邪見のことを疑うことなく、信じ切っているようですが――さすがに彼女の目は正しく、真実は双子を狙う者から守るため、邪見が作った結界の森の中で二人を育てようとしていたのであります。(まあ、確かに邪見は子供をあやすのが得意そうな声をしている)

 双子を狙う者――それは麒麟丸と是露。眠りについていたはずがいつの間にか起こされた麒麟丸は、かつて四魂の玉から、人間でも妖怪でもなく、時空を超える存在から滅ぼされると予言されていたのであります(消滅した後まで迷惑だな!)。
 そう、妖怪の殺生丸と人間のりんの子であるとわとせつな、そして半妖である犬夜叉と時を超えてきたかごめの子であるもろは――彼女たちと麒麟丸の宿縁は、この時から存在していたのであります。

 その後、犬夜叉と協力して妖霊星の破片を破壊したかと思えば、犬夜叉を襲撃するという麒麟丸に同行する殺生丸。そして殺生丸は犬夜叉から奪った黒真珠――この世とあの世の境に繋がるというの中に犬夜叉とかごめを封じ込るのですが、その直前にかごめは八右衛門にもろはを託して逃がしたのです。
 しかしもろははどこへと思いきや、これが何と妖狼族――鋼牙の元へ! なるほど、『犬夜叉』では戦力外になってフェードアウトしたとはいえやはり実力者、そして何よりもかつてかごめに惚れた彼であれば、娘の育ての親にはうってつけでしょう。もろはの裏表のない性格も、納得であります(そして何よりも、彼の存在が忘れ去られてなかったのが嬉しい)。

 もっともその後、とわとせつなはご存じのとおり(殺生丸黙認の下?)離ればなれになり、もろはは借金まみれになっていたりするわけですが――何はともあれ、物語はここから現在に繋がっていくことになります。


 というわけで、過去の出来事の大半が一気に語られた今回。何よりもこれまでファンを散々やきもきさせてきた犬夜叉とかごめの行方が、ついに語られたわけであります。
 以前、二人に麒麟丸と殺生丸が迫る場面が描かれましたが、真実を見てみれば、まあ殺生丸が結果として二人を守った感はアリアリで、自分の娘たちも何だかんだ言ってちゃんと保護していたことも考えれば、やっぱり殺生丸様は頼りになるなあ、という印象であります。
(そのわりには、森に火をつけるのを黙認していたのはやはり謎ですが――もしかすると麒麟丸を倒すために、あえて娘に時空を超えさせようとしたのではないかしらん)

 もちろん、りんが時代樹の中にいる理由や、その後様子がおかしい麒麟丸、殺生丸が虹色真珠を「是露の涙」と語った理由、そして何よりも理玖の正体など、まだ謎は数々あるのですが――後半戦に向けて、だいぶすっきりしてきたと言えるでしょう。
 が、その一方であまりすっきりしないのは、これらが明かされたのが、理玖から視聴者(?)に対してのみということで――何だか総集編のような形でいきなり語られるのではなく、物語の中でとわやせつなたちが知るような展開にはできなかったのかな、とちょっと不思議に感じます。

 まさか、語り手がいかにも怪しい理玖だけに、フェイクが混ぜられているとまではいかないとは思いますが……


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『半妖の夜叉姫』 第7話「林檎の出会い」
『半妖の夜叉姫』 第8話「夢ひらきの罠」
『半妖の夜叉姫』 第9話「冥王獣の冥福」
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『半妖の夜叉姫』 第11話「人喰い沼の呪い」
『半妖の夜叉姫』 第12話「朔の夜、黒髪のとわ」
『半妖の夜叉姫』 第13話「戦国おいしい法師」
『半妖の夜叉姫』 第14話「森を焼いた黒幕」

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2021.01.20

さとみ桜『帝都モノノ怪ガタリ』 人間とモノノ怪の友情と闘争の間で

 『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』のさとみ桜が、今度は大正時代を舞台に描く、なかなかユニークな妖怪ものであります。故あって人間嫌いの学生・幸四郎と、モノノ怪を憎む軍人・忍――水と油の二人が、帝都で起こる怪奇事件に挑む、その先に待つものは?

 信じていた学友に全財産を持ち去られ、無一文となった(元)医学生・幸四郎。住む場所も失って当て所なく街を彷徨っていた彼は、少女の首が夜の空を飛んでいるのを目撃することになります。
 それを追いかけてきたのは、モノノ怪退治を任務とする「大和文化収集課」所属の軍人・忍と、彼をフォローする毒舌メイドの凜。幸四郎が実はモノノ怪を見る力を持ち、モノノ怪を怖れないと知った忍は、半ば強引に自分の任務を手伝うように命じるのでした。

 そんな忍に反感を感じながらも、他にすることもなく、やむなく彼を手伝うことになった幸四郎。しかし、忍と凜と三人で、次々と事件を解決していく幸四郎は、忍があるモノノ怪を探していることを知ることになります。
 それはかつて忍の先祖が封印し、そして祖父がそれを解いて逃がしてしまった妖狐。実は赤子の時から狐と縁を持っていた幸四郎は、やがて思わぬ真相を知ることに……


 妖怪変化が過去のものとされた明治大正を舞台に、それでも生き残ってきた妖怪たちと人間の関わり合いを描く物語は、枚挙に暇がありません。
 妖怪と人間の間に生じるものが友情であれ、あるいは闘争であれ、その種族を超えた関係性は、古今東西を問わず人の関心を惹くものであり――そして近世と現代の合間の時代は、そんな両者を描くのに相応しいものなのでしょう。

 しかしそんな中でも本作がユニークな点は、主人公の幸四郎の立ち位置にあるといえます。
 赤子の頃に、狐たちから養父に託され、排他的な周囲の人間たちよりもモノノ怪たちに親しむ――そんな少年時代を過ごしてきた幸四郎。そんな過去を持ちながらも、思わぬ運命の悪戯で忍のモノノ怪退治を手伝う羽目となった――つまりは、友情と闘争の狭間に立たされることとなった彼の葛藤が、本作ではほぼ全編を通じて描かれるのです。

 その一方で、幸四郎とは対になる存在として、一歩間違えれば敵役になりかねない――事実、初登場の場面ではかなり憎々しい――忍ですが、しかし彼も、単純に威丈高で頭が固い軍人ではないことが、やがて示されることになります。

 代々術師の家系に生まれながらも、モノノ怪がほとんど姿を消した時代にあっては腕を振るう場もなく、その状況を変えんとして力を求めた祖父が妖狐を解き放ってしまい、父の代から閑職に回されてしまった忍。
 先祖が打った妖狐を斬るための刀を帯び、因縁の相手を追う――一種のヒーロー的な運命を背負った彼もまた、しかしそんなある意味単純な色分けには収まらない葛藤を持つことを、やがて幸四郎は知るのです。

 こうして色々と複雑な幸四郎と忍(さらに凜)が挑む事件が普通の経過を辿るはずもなく――特に二章や三章は比較的ストレートなゴーストハンターものではあるのですが――このコンビのひねった設定により、なかなかにユニークな物語として成立してると感じます。

 そしてそんな二人の物語は、ラストの四章において意外な形で交わることになるのですが――その先に待つものが一つの大団円であることは、言うまでもないのであります。


 人間とモノノ怪、そして人間と人間の間の関係性を、時にシビアに、しかし多くの場合温かく描いてみせる本作。終盤で明かされる(?)忍のある因縁など、小技の利かせ方も楽しく、是非続編を期待したい作品であります。


『帝都モノノ怪ガタリ』(さとみ桜 マイナビ出版ファン文庫) Amazon

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2021.01.19

坂ノ睦『明治ココノコ』第1巻 明治の物の怪と対峙するもの、その名は……

 明治初期の日本を舞台に、この世に取り残された物の怪の成れの果てと対決する特別警察隊を描く、ユニークな妖怪漫画の第1巻であります。何がユニークかといえばこの特別警察隊、主要メンバーとなるのが、誰もが名を知るあの大妖怪なのですから……

 平安時代にこの世を荒らし回った末、天狐に敗れて妖力と八本の尾を奪われ、地獄の奥深くに封印されていた(元)九尾狐。それから900年後、天狐から封印を解かれ、地上に送り出された彼が見たのは、文明開化の帝都・東京――鉄道が走り、瓦斯灯が夜を照らす、彼の知るのとは全く異なる世界でした。
 しかし最大の違いは、この都には物の怪の姿が影も形もないこと。既にその存在を信じる人間がほとんどいなくなったことにより、物の怪たちが消え去り、九尾狐自身普通の人間たちに触ることも、存在を感じられることもなくなってしまったのです。

 そんな中、自分のことを視ることができるという風変わりな男から、このところ瓦斯灯を相次いで破壊され、ついには瓦斯灯を点検する点消方まで焼き殺されるという事件が起きていると告げられる九尾狐。
 そんな二人の前に現れたのは、その犯人にして、物の怪の成れの果てだという不気味な怪物「ニゴリモノ」。その無様な姿に怒った九尾狐はニゴリモノを粉砕するのですが――そこに現れた天狐から、意外なことを告げられることになります。

 実は謎の男こそは、警視庁の川路大警視(!)。そして川路と協力関係にある天狐は、九尾狐を警視庁ニゴリモノ対策課の邏卒隊に任命するというのですが……


 というエピソードから始まる本作。文明開化により妖怪たちが既に過去のものとなってしまった世界を舞台にした物語というのは、これは決して珍しくはありませんが――そこで物の怪の成れの果てを狩る役目を、あの九尾狐が担うというのは、これは空前絶後と言うべきでしょう。

 しかしユニークなのはそれだけではありません。邏卒「隊」というからには、(元)九尾狐――今は尻尾を取り戻すまで白(ビャク)と名乗ることとした彼の他にも、メンバーがいるのです。それもどこか白に似た、そしてかつて彼の持っていた力を操る妖狐たちが。
 それが何を意味するのか――それはここで述べるまでもないかと思いますが、なるほど、そのためのこの主人公、この設定か、と感心させられた次第です。

 ただ、この隊のメンバーたち、それぞれにキャラクターも、そして何よりも得意とする能力も異なるのですが、やはり設定上どうしても似通った存在に見えてしまうのは、いささか勿体ないところではあります。


 しかし――それ以上に気になるのは、ニゴリモノたちの存在です。

 本作のニゴリモノは、上で述べたように、忘れ去られ、零落したかつての物の怪たち。白たちがこのニゴリモノの能力を暴き、倒すためには、その正体を知ることが必要であり――そしてそれが忘れ去られた彼らの救済に繋がる、という設定自体は、本作ならではのもので面白いと思います。
 が、そのニゴリモノたちの所業が結構洒落にならない(普通に死人の山を気付いたりする)ため、彼らにはあまり感情移入できないというのが正直なところであります。

 もちろん、物の怪に人間が感情移入できないのは当然かもしれません。しかし犠牲になる人間側としては、彼らの境遇に同情も、そこからの解放を祝福も、どちらも難しい――というのが、素直な気持ちなのです。
 この辺りのギャップをどのように埋めるのか(あるいは埋めないで貫き通すのか)、気になるところではあります。


『明治ココノコ』第1巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon

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2021.01.18

『明治開化 新十郎探偵帖』 第5回「ロッテナム美人術」

 美顔術で女性たちに人気を博すロッテナム美人館の信奉者として知られる元大名・大伴家の夫人・シノブ。彼女から新十郎は、夫の宗久が、シノブと二人の侍女が三人で一人などと言い出し、刀を振り回して暴れるという相談を受ける。調査を始めた新十郎だが、さらに美人館が関わる殺人事件まで起こり……

 原作『明治開化 安吾捕物帖』でも特に印象的なものの一つである「ロッテナム美人術」と同じタイトルの今回は、それだけでなく内容の方も、このドラマ版において、これまでで一二を争うほど原作に近い内容のエピソードであります。

 インド・アラビアに古来より伝わる美顔術を施すロッテナム夫人が開いた美人館。上流階級の夫人たちに人気のその美人館を訪れた梨江は、その美貌と才知で知られる大伴家夫人・シノブから声をかけられ、新十郎に彼女を紹介することになります。
 実は彼女を悩ませているのは、夫の宗久のこと――普段は物静かで学問を好む宗久なのですが、最近突然に日本刀を振り回して暴れるようになったというのであります。それもシノブたちの顔を見ては、彼女と侍女のカヨとキミの二人が、実は三人で一人の人間などと、とても正気とは思えないようなことを口走るというではありませんか。

 その奇怪なあらまし、さらには英語を操り豊かな学識を持つシノブに興味を持ったか、彼女からの依頼を引き受けた新十郎。しかし大伴家を訪れた彼は、初めは穏やかだった宗久が、シノブが語った通りに突如態度を変え、暴れ出す姿を目の当たりにすることになります。
 一方その頃、川から発見された男の射殺された死体が、実は美人館の下男のものであったことが判明。この奇妙な暗合に美人館を調べに向かった新十郎は、美人館が突然店仕舞いし、ロッテナム夫人が姿を消してしまったことを知らされます。勝は、美人館は外国の間諜のアジトであり、下男の死は間諜であった夫人の仕業などと推理するのですが……


 原作を大きくアレンジした内容であった前回に比べると――登場人物数が大きく減っていたり、後述の部分など、変更点はないわけではないものの――冒頭に述べたとおり、原作にほぼ忠実な内容であった今回。久々に勝の頓珍漢な安楽椅子探偵ぶりも披露され(もっともこれは原作にはないくだりなのですが)、フォーマットの上でも、原作に近い内容と言えます。

 もっとも、大きくアレンジされているのは、「犯人」の動機であります。その直接の目的は原作と同じ――ある意味非常に世俗的なものなのですが、しかし本作においては、実に本作らしいというべき、「その先」の狙いが語られることになります。
 そしてその狙いを支えるものは、ある意味新十郎の抱くものと重なるものであり、しかしそしてその手段において大きく異なるものでもあることが、クライマックスにおいて、描かれるのです。
(一方原作で描かれた、犯人の背後に存在する黒々とした闇の存在と、その前にさしもの新十郎も屈するしかなかった、という苦い結末も実に良かったのですが……)

 しかし残念なのは、このようにアレンジがうまく機能した部分がある一方で、あまりに便利な××が犯行に使われたり、犯人にとっては致命傷になりかねない証拠がそのまま残されていたり、何よりも犯人が墓穴を掘るとしか思えない行動(それ自体はミステリでまま見かけるものなのですが)を取っていたり――と、首を傾げるようなアレンジも多かったのも事実。
 おかげでミステリとして見ると、かなり残念な内容となってしまった、という印象は否めないところであります。


 ちなみに今回、事件とは関係ない部分で、西郷と大久保がこの国の在り方について議論を戦わせる場面が描かれることとなります。内容的にはほぼ征韓論争と重なるものなのですが、今回わざわざこれが描かれたのは、今後の本作の――まず間違いなく、クライマックスの展開に繋がるものなのでしょう。
 歴史に示される西郷と大久保の結末が本作で描かれるとすれば、新十郎がそこでどのように関わっていくことになるのか、ドラマの結末に関わる可能性が高いだけに、気になるところであります。

関連サイト
公式サイト

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『明治開化 新十郎探偵帖』 第2回「死神人力車」
『明治開化 新十郎探偵帖』 第3回「万引き一家」
『明治開化 新十郎探偵帖』 第4回「リンカーンの影」

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2021.01.17

「コミック乱ツインズ」2021年2月号(その二)

 新年最初の刊行となった「コミック乱ツインズ」2月号の紹介の後編であります。今回はそれぞれある意味一線を越えたというべき二つの作品を紹介いたします。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 唐津藩のお家騒動の走狗として人斬りを続ける中、ついに父を斬った秘剣「二胴」の遣い手と思しき相手と遭遇した佐内。いまだにその剛剣に対する恐怖心を拭えぬまま、彼が根岸とともに狙うことになった、二胴の遣い手候補の一人・稲垣との対決が今回描かれることになります。

 稲垣と馴染みの女・おまつとが逢瀬を終えた後を狙い、襲撃を仕掛ける二人。しかし闇討ちを仕掛けようにも、稲垣の傍らにはまだおまつが――というところで、いきなり根岸がトンチみたいなアドリブを仕掛けたおかげで、惨劇の幕が上がることになります。
 根岸が単身稲垣に勝負を挑む一方で、(稲垣が二胴の遣い手ではなかったことを確かめた上で)逃げたおまつを追う佐内。自分たちの顔を見たおまつを追い詰めた佐内は、そこで……

 殺し屋ものではある意味定番ともいえる、殺しの場を第三者に目撃されてしまうという展開。それに対してどのように振る舞うかによって、その殺し屋のプロフェッショナリズムと人間性が問われることになるわけですが――だとすれば、ここで佐内が取った行動を何と評すべきか。

 詳細は伏せますが、ここで描かれたのは、完全に一線を越えた――それも結果ではなく動機において――というべき行動。それは彼が単なる殺し屋ではなく剣士、いや剣鬼であることの証明というべきでしょうか。
 本作ではこれまで幾度か、佐内の精神性の奇妙さに驚かされることがありましたが――しかし今回はこれまでとは比較にならないほどのインパクトがあったと感じます。

 しかし凶行は凶行を呼びます。度重なる犠牲者に業を煮やした相手方が見せる不穏な動き――それは佐内の、読者の予測もつかぬ展開に繋がることになるのでしょう。とりあえず、立ち位置に根岸さんが立ち位置的に危ないと思います(身も蓋もない予想)。


『カムヤライド』(久正人)
 一線を越えたといえば、こちらも前回からまさに時代ものとしての一線を越えた感のある本作。高速で飛翔する国津神に対して、未だ傷の癒えぬカムヤライドが得た新たな力、それは――言って良いのかな、いや言っても未見の人には絶対信じてもらえないような、そんなスーパーマシンであります。
 その底知れぬパワーで一瞬のうちに人質(?)となっていたノツチ師匠を奪還し、あとは国津神との決戦あるのみ。果たして勝負の行方は……

 というわけで、本当に想像を絶するパワーアップ編の後編ともいうべき今回。見開き連続8ページという豪快なビジュアルでスタートした国津神との超高速バトルは、その先も我が目を疑うというか、古代ものというジャンルへの挑戦というか、とにかく本作以外では絶対に絶対に見られないような異次元展開の連発であります。

 しかしシビれるのは、これだけ無茶苦茶をやりながらも、前回同様、パワーアップ編であると同時に、カムヤライド誕生編とも言うべき内容となっていることでしょう。
 カムヤライドが国津神を封印する、あの必殺ムーブ。そのロジックと、誕生の瞬間とは――過去のエピソードと現在のエピソードが交錯する(そしてなんかさらにとんでもない技が飛び出す)クライマックスには、ただただ快哉をあげるしかありません。

 しかし残念なのは、ここまで盛り上がっておいて、次号は休載の模様であることですが……


 というわけでその次号3月号は、『軍鶏侍』と『はんなり半次郎』が掲載。そのほか、これまで何度か作品が掲載されてきた鶴岡孝雄の特別読切『隠居武者』が掲載とのことです。


「コミック乱ツインズ」2021年2月号(リイド社) Amazon

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「コミック乱ツインズ」2021年1月号

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2021.01.16

「コミック乱ツインズ」2021年2月号(その一)

 まだ年を越して間もない気もしますが、号数の上ではもう2月号の「コミック乱ツインズ」。巻頭カラーは『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)です。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきます。

『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 というわけでシリーズ連載の第2回。元盗人の捨丸(15歳)と元百姓の春(13歳)――大胆にも天下取りを夢見た二人の「凄春」を描く物語であります。

 今回の舞台となるのは、徳川軍が武田軍の高天神城を攻めた戦い。その武田方に加わっていた二人は、落城寸前の城から逃げ出すのですが――その途中、二人は徳川の兵に襲われて傷を負った、武田勝頼からの伝令・山科実直正義と出会うことになります。
 主への恩義のため、命を賭けて城に向かおうとする山科のまさに実直さに感動する春。その一方で、捨丸は密かに……

 というわけで、今回も吹けば飛ぶよな若き雑兵二人の、何とも世知辛い戦国渡世が描かれる今回(そもそも、春が自分の属していた側の大名の名を知らないという時点で、もう何と言ったらよいのか……)。
 前回の舞台となった長篠城の戦で名高い(けれども本作には登場していない)鳥居強右衛門を思わせる山科と出会った二人の、対照的な行動が今回の見所となります。

 しかしそれ以上に印象に残るのは、それを受けての山科が選んだ道と、その結果。高天神城の戦いの結末については、歴史が示すところですが――その背後にあったかもしれない名も知れない者たちの物語は、何とも切なく苦い味を残すのであります。
(しかしこの二人、長篠の戦いの時と今回で年齢が変わっていないのですが、そういう設定でこの先も展開するのでしょうか)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 いよいよ今回から新章『暁光の断』開幕となった本作。作中でも正月を迎え、和やかなムードの水城家ですが――艶やかな晴れ着姿の紅さんを置いて、職場の年始回りに行かないといけない聡四郎には勤め人の悲哀が漂います。

 それも尋ねる先が、正月から仏頂面の白石のもとだったりして、しかもいやいや屋敷に上がってみれば、白石は疑心暗鬼バリバリだったりするものだからもうこれは災難としかいうほかありません。おまけに最後に紀州家に寄ってみれば、こちらでも上がっていけと言われるではありませんか。
 そして何と吉宗とサシで呑むことになった聡四郎。呑みながら酒に絡めて吉宗の政談を聞かされたり(一番胃に悪い酒の飲み方)、かと思えばいきなり杯を取り替えてサシもサシ、目の前で呑もうと言われたりと完全に吉宗に「呑まれる」羽目になります。

 挙げ句、余にのために、いや御上のために手を貸せ、と殺し文句をぶつけられることになってしまった聡四郎。今の上司に比べるとぐっと頼りがいはありそうですが、仕えたら仕えたらで大変そうな相手のヘッドハンティングに揺れる――剣戟こそありませんでしたが、この先の激動の一年を予感させるような今回のエピソードであります。

 そしてその一方で山村座に現れた紀伊国屋文左衛門は、看板役者の生島新五郎にあるお女中の接待を命じて――と、これまた不穏な動き。どう考えてもあの事件の前フリとしか思えませんが、こちらが聡四郎にどう絡むのかも気になるところであります。


 思った以上に長くなってしまいましたので、残りの作品は次回に紹介いたします。


「コミック乱ツインズ」2021年2月号(リイド社) Amazon

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「コミック乱ツインズ」2021年1月号

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2021.01.15

ふくしま政実『格闘士ローマの星』 死闘と信仰と――古代格闘士の愛と誠!

 今年は『拳闘暗黒伝セスタス』のアニメ化もあり、古代ローマ格闘の波が来る! と思ったわけではありませんが、今回紹介するのは、やはり皇帝ネロの時代に生きた格闘士の愛と戦いを描いたバイオレンスアクション――ふくしま政美と梶原一騎というある意味ゴールデンコンビの異色作であります。

 西暦63年、暴君ネロに支配されたローマ――連日コロセウムで格闘士たちが命がけの戦いを繰り広げる中で、「ローマの星」と呼ばれ、実力・人気ともに頂点にある青年格闘士・アリオン。
 それを快く思わないネロは、双剣術の使い手であり、ローマに敗れて囚われの身となったカリビアの王女・ライザとアリオンの試合を組むのでした。

 やむなくライザと戦い、公衆の面前で殺めたかに見えたアリオンですが、秘術を用いて彼女を仮死状態にし、埋葬されるところを救出。互いの気高い心を知り、強く惹かれ合う二人ですが――それも束の間、アリオンと父のゴリアスが自分のことで争うのを見たライザは、自らの命を絶つことになります。

 かくて真相を知らぬ市民たちからは女性をその手で殺した悪魔と罵られ、そして自らも最愛の人を失って自棄になったアリオンは、残虐ファイトを繰り広げる悪役格闘士に転向。なおも送り込まれるネロの刺客たちと血みどろの死闘を繰り広げることになります。
 しかしそんなある日、闘技場でライザと瓜二つの女性――実はライザの妹のロザリアと出会ったアリオン。熱心なキリスト教徒であった彼女を通じてキリストの教えを知った彼は、大きく心を揺さぶられるのですが――しかし非道なネロの魔手は、なおも執拗にアリオンたちを苦しめるのであります。


 直前まで『女犯坊』、そしてほとんど同時期に『聖マッスル』という二つの代表作を連載し、脂の乗り切っていたふくしま政実。そして既に一連のスポ根もので向かうところ敵なしとなっていた梶原一騎。
 この希有の才能二つが出会った本作は、予想通りと言うべきか、誌面から熱気――というより血と汗の匂いが漂ってくるかのような強烈な作品であります。

 史上名高い暴君ネロの治世を背景に――物語の終盤にはローマ大火とネロのキリスト教徒迫害が大きな要素に――展開する物語は、血も涙もない、いや血も涙もありすぎる人々が繰り広げる一大スペクタクル。作中でロザリアを導く使徒ペトロも思わず「クォ・ヴァディス」と言ってしまうような(言いません)熱く濃い物語が展開いたします。

 もちろん梶原一騎の格闘漫画らしく、ボクシング(の源流)を得意とする黒人格闘士や、タイ式キックボクシング(の源流)の遣い手のインド人格闘士なども登場、プロレス技を操るアリオンと激闘を展開。
 その一方でアリオンとライザ、そしてロザリアとの純愛も、この殺伐とした物語に花を添える――いや物語を動かす巨大な力として展開し、最後の最後まで運命に苦しめられるアリオンたちの姿から目が離せません。


 しかし――個人的に本作で強く印象に残ったのが、アリオンの父・ゴリアスの存在です。

 眼帯に片足の禿頭の中年(ちょっと女犯坊似)という強烈なビジュアルのゴリアスは、かつて名うての格闘士として知られながらも、身を持ち崩して全てを失い、唯一残されたアリオンに虐待同然の修行を課してきた男。
 暴行で牢にぶち込まれた過去があったり、自分たちの身を危うくするとアリオンが連れ帰ったライザを放り出そうとしたりと、かなりのヒューマンダストなのですが――しかしそんな彼の存在が、物語が進むにつれて大きく輝くようになるのであります。

 己の欲に動かされる、ある意味極めて等身大の存在であるゴリアス。しかしそんな彼が、アリオンとともに数々の苦難に遭う中で、やがて息子を想い、そのために自らの命も擲とうとするほどに変わっていく――その姿は、善と悪の間を結構容易に移ろうアリオン以上に、人間というものの在り方、そしてその成長を強く描き出すのです。

 そしてそんなゴリアスの、ヒーロー然としたアリオンとはまた異なる人間臭さが、やがて同じ人間であるローマ市民を動かし、大きな歴史のうねりに繋がっていく――というクライマックス(これがまた幾重にも及ぶ危機また危機!)は実に素晴らしく、単行本3巻と決して長い物語ではないものの、素晴らしい読了感を与えてくれるのです。


 しかし本作のローマ市民、基本的に残酷ショー好きな上に容易に暴徒と化すし、アリオンへの評価もコロコロ変えるという、これまたある意味非常に人間的な存在で――ここだけ見るとまさに「人間の性悪なり」なのがまた何とも、であります。


『格闘士ローマの星』(ふくしま政実&梶原一騎 グループ・ゼロ) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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2021.01.14

『半妖の夜叉姫』 第14話「森を焼いた黒幕」

 山の邪神・焔に連れ去られ、共に暮らしていた玉乃。しかし焔の異常な嫉妬深さに苦しみ逃げ出した彼女を助けた理玖から、夜叉姫たちは焔退治を依頼される。早速、雪山の中の焔の屋敷に向かった三人だが、とわとせつなを見た焔は驚きの表情を浮かべる。実は二人が離れ離れになった火事の犯人こそは……

 新年1回めで第2クール1回め、そして新OPED1回めの今回。親世代キャラが登場しまくりのOP映像にテンションが上がりますが、物語の方は、何となく核心に踏み込んでいくことになります。

 育ての親の元から攫われ、その名の通り火焔を操る妖怪・焔の屋敷で暮らしていた美少女・玉乃。しかし彼女と目を合わせた植木職人を瞬殺するなど細川忠興のような(直喩)ヤンデレ気質の焔に愛想を尽かし、閉じ込められていた座敷牢から逃げ出してきた彼女は、雪山で行き倒れかけていたところを、何故かその辺にいた理玖に拾われるのでした。
 理玖が絡んだとなれば、当然のように話は屍屋経由でもろは、そしてとわとせつなに入り、賞金に目の眩んだもろは先導で、三人は焔の屋敷に向かうことになります。
(その前に、今頃になってスマホを見て挙動不審になるせつなや、焔の執着を自分のスマホ依存症になぞらえるなど、今ひとつ伝わらないネタが……)

 ということは、夜叉姫たちの境遇に重ね合わせて、妖怪と人間の報われない恋の話が描かれるのかな、と思いきや――実際、理玖はそういう視線で見ていたようですが――とわとせつなを見た焔がいきなり挙動不審となり、いきなり旧悪を自分から語りだしたことで、物語は思わぬ(ただしタイトル通りの)方向に向かうことになります。
 かつてとわとせつなが引き離されるきっかけとなった森の火事――実はそれこそは、OPにも顔を出している謎の女妖怪・是露に命じられ、二人を抹殺するために焔が火を付けたもの。それはともかく、是露と焔の傍らには殺生丸がおり、この暴挙も彼が認めたものとして描かれているのは、一体何故なのか……

 それはともかく、とわにとってはこの真実はまさに彼女の怒りの炎に油を注いだようなもの。これまで見たことのないような怒りの表情で焔に挑むとわ、そしてせつなともろはなのですが――しかしそんなクライマックスの場に、ここでやっぱり自分で言いたいことは言わないと、と戻ってきた玉乃に真正面から別れの言葉をぶつけられた焔は、驚愕と悲嘆に暮れた末に、自らの炎で自らを焼き尽くしてしまうのでした。


 ……と、大事な真実がいきなり判明したわりには、ビジュアル的にもキャラクター的にも何だか微妙な焔(と玉乃)のおかげで、すっきりしない展開となった今回。結局とわのスマホ依存ネタもあまりうまく機能しておらず、中途半端な印象は否めません。大きな物語的には(そして前作ファンにとっては)焔の回想シーンでの殺生丸の行動が、今回のメインと言うべきかもしれません。
 以前、麒麟丸とともにかごめを追い詰めていた場面もそうでしたが、どうにも行動が怪しい殺生丸。この彼の真意が、物語の鍵を握ることは間違いないでしょう。そしてもう一人、第三勢力的な位置に立ち、半妖に隠れた敵意を向ける理玖の存在もまた……

 と思っていたら、次回予告では衝撃の展開のオンパレード。ついに親世代に何があったのか、何が起きたのかが描かれるようですが――第2クールに入っていきなりクライマックスの連続には驚かされるばかり。どうかこの怒涛の展開にとわ・せつな・もろはの存在感が飲み込まれることがないことを祈ります。


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『半妖の夜叉姫』 第1話「あれからの犬夜叉」
『半妖の夜叉姫』 第2話「三匹の姫」
『半妖の夜叉姫』 第3話「夢の胡蝶」
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『半妖の夜叉姫』 第6話「古寺の猫寿庵」
『半妖の夜叉姫』 第7話「林檎の出会い」
『半妖の夜叉姫』 第8話「夢ひらきの罠」
『半妖の夜叉姫』 第9話「冥王獣の冥福」
『半妖の夜叉姫』 第10話「金と銀の虹色真珠」
『半妖の夜叉姫』 第11話「人喰い沼の呪い」
『半妖の夜叉姫』 第12話「朔の夜、黒髪のとわ」
『半妖の夜叉姫』 第13話「戦国おいしい法師」

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2021.01.13

士貴智志『爆宴』第1巻・第2巻 異世界の梁山泊! 少女は「宋江」になる!?

 『どろろと百鬼丸伝』も好調の士貴智志が、かつて『XBLADE』で組んだイダタツヒコを原作に迎えて描く、異世界活劇にして「水滸伝」――侵略者たちに全てを奪われた少女と、梁山泊のあの英傑たちが、喪ったすべてを取り戻すため、いま立ち上がります。

 ある日突然、謎の侵略者によって、平凡な女子高生・津村晶ひとり残して滅び去った地球。しかし、もはや絶望の中で死を待つばかりとなった晶の前に、他の世界で敵と戦い続けてきたという青年・九紋竜の史進が出現した時、晶の心に生きようとする想いが蘇るのでした。

 そして彼女を「宋江」と呼ぶ謎の人物「公孫勝」からの声に従い、そこに現れた異世界への門をくぐり抜ける二人。その先に広がっていたのは、古代から未来に至るまで、様々な時間と空間が入り混じったような奇妙な都市だったのであります。
 それこそは、晶の世界をはじめ、様々な世界を食い荒らす侵略者・神蟲を操り、数多の世界を滅ぼしてきた徽宗皇帝と高キュウが支配する都市。晶は「宋江」として人々を救い、全てを取り戻すために立ち上がることを決意するのですが……


 というわけで、いきなり地球滅亡→史進登場→異世界転移と、冒頭からフルスロットルで展開する本作。もちろんその物語展開は本作オリジナルのものではありますが、しかし、主人公となる少女が「宋江」と呼ばれ、そして「梁山泊」の英傑(たちの名を持つ者たち)を率いて戦うとなれば、水キチとしては見逃すわけにはいきません。

 もちろん、ここで描かれるのは、「水滸伝」そのままの物語でも、梁山泊での百八星でもありません。むしろ作中における「水滸伝」の扱いは、晶の世界におけるフィクションが、他の世界においては「現実の」救世主の物語として語られているという構造なのですが――しかし、百八星の名を冠する者たちが、貪官汚吏どころではない邪悪に対して立ち上がるというシチュエーションに、燃えないわけにはいきません。

 いわば本作における「水滸伝」「梁山泊」「百八星」は、自由と反逆、そして希望の象徴として語られるのですから……


 しかし本作のグッとくるところは、こうしたシチュエーションだけでなく、登場する百八星たちの造形にもあります。

 原典同様、最初に登場する百八星である九紋竜史進、そしてこちらは順番を大きくすっ飛ばして二番目に登場する黒旋風李逵は、アレンジは加えられてはいるものの、「らしい」デザインとキャラクターで納得の一言。
 如何にも情に厚い無頼の青年といった風情の史進もさることながら、関西弁の脳天気な兄ちゃんの李逵も、コロンブスの卵的似合い方で実に良いのであります(晶にぞっこん惚れ込んで勝手についてくる、というのもまた「らしい」)。

 一方、第2巻――晶たちが都の人々を解放するために乗り込んだ地下迷宮に登場するのは魯智深と林冲。魯智深は、こちらはかなりストレートな造形ではありますが、その分(?)林冲の方は本当に○○○の上に、登場時に既に○○というアレンジで、こちらはちょっと予想を超えた展開(林冲が本当に――というのは本作が初めてではありませんが)。
 その林冲vs三英傑というある意味夢の対決が第2巻のクライマックスというのも、意外なようでいて、原典における林冲の立ち位置を考えると結構しっくりと来ていたりして――これはこれで、大いに盛り上がるところであります。

 そしてそんな英傑たちに対し、「宋江」と呼ばれる晶自身は、あくまでも「水滸伝」を知っている――李逵のことを「鉄牛」と呼ぶのですから、それなり以上の読者だと思いますが――普通の女子高生に過ぎません。
 しかしそんな彼女だからこそ、一種の観察者兼司令塔として機能するという展開もまた、(原典の宋江の立ち位置を考えると)合点がいくところでありますし――何よりも彼女自身、「宋江」の名にふさわしい人間になるべく行動するという動機付けになっているのも、また見事と感じます。


 異世界転生ものに近いシチュエーションを用いながらも、しかし「水滸伝」として熱い展開をこの冒頭2巻で見せてくれた本作。
 この先もまだまだ原典には個性的な英傑、印象的なイベントがあることを思えば、本作がそれを如何に料理してくれるか、気にならないはずがないのであります。

 しかし晶がどの「水滸伝」を読んでいるかによって、英傑像の把握がだいぶ変わってしまうのでは――などと考えてしまうのは、これはマニアの余計過ぎる心配であります。


『爆宴』(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon

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2021.01.12

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第5巻 終わりの始まり そして別れの時

 宮古湾海戦での手痛い敗北の衝撃も冷めやらぬ中、ついに箱館に迫る新政府軍を迎え撃つこととなった旧幕府軍。圧倒的兵力を誇る敵に土方はいかに立ち向かうのか、そして彼と最後の時まで共に在ろうとする鉄之助は……。最後の戦いはもはや目前であります。

 箱館に共和国を樹立し、百年先の世を夢見る旧幕府軍の男たち。しかし新政府軍の反撃が間近に迫る中、先手を打っての乾坤一擲の作戦――軍艦「甲鉄」奪取を巡る宮古湾海戦で旧幕府軍は完敗を喫し、相馬・野村・安富ら最後の新選組隊士たちが、あたらその命を散らす結果となったのでした。

 それでも彼らの死を悼む間もなく、箱館に迫る新政府軍に対して防備を進める大鳥と土方。伊庭八郎が、本山小太郎が、春日左衛門がその力を結集して松前を守る一方で、土方は一隊を率いて二股口を守ることとなります。
 当然、これまで同様に土方と行動を共にしようとする鉄之助ですが、しかし今度ばかりは連れてはいけぬとすげなく振り払う土方。それに対して鉄之助がとった行動とは……


 というわけで、ついに始まってしまった新政府軍の蝦夷地上陸。いよいよ箱館戦争もクライマックス(という言い方はあまりしたくないのですが……)であります。
 ここからの展開は、これまでこの地に集った少年たちの姿が明るく、男たちの姿が颯爽としていただけに――というのはあくまでも一面的な印象で、もちろんその背後には数々の悲しみがあったわけですが――より一層刺さるものがあります。

 そしてその中でも哀れを誘うのは、やはり鉄之助の姿でしょう。本作の主人公の一人として、物語冒頭から土方に付き従い、この戦争の行方をつぶさに目撃してきた鉄之助ですが――しかしそのまさに土方によって、戦闘の場から、つまりは自分から離れるように命じられるのですから。
 もちろんできるだけ年端のいかぬ者を戦場から遠ざけようとするのは、相手が鉄之助ならずとも当然のことでしょう。その後も何とか戦闘に加わろうとする鉄之助の姿も、危なっかしくて仕方ないのですが――しかし何が鉄之助を突き動かしているか、彼の旅路を見守ってきた我々は知っています。

 その一方で、この巻の前半でも描かれるように、近藤亡き後の新選組と隊士たちを背負い、そしてその隊士たちを死地に送り込んできた土方の屈託もまた痛いほどわかるわけで――果たしてどちらの側に立てば良いのか、これまで物語に深く感情移入していた者ほど厳しいこの展開を何と評すべきでしょうか。
 そしてこの両者の「対峙」――これまで見たこともないような表情で土方の前に立つ鉄之助の姿は、この巻の、いや本作の一つのクライマックスであると感じます。


 しかし、この巻で描かれたものは、まだ終わりの始まりに過ぎません。この先の歴史を知っている身としては、正直に申し上げてこの先を見るのが辛い、いや怖いのですが――しかしだからこそ、結末を見届けなければならないとも感じます。
 この「星のとりで」に集った者たちの人生が、想いが、決して無為に終わるものではないと信じるからこそ……


『星のとりで 箱館新戦記』第5巻(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス) Amazon

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2021.01.11

『明治開化 新十郎探偵帖』 第4回「リンカーンの影」

 行方不明になった因果を追って、林肯会なる政治団体を訪れた虎之介と梨江。そこで因果の姿を見つけたものの、違和感を感じた虎之介は一人潜入し、そのまま行方不明となってしまう。今度は新十郎が会を訪れるが、現れた代表の世良田は新十郎の洋行時代の親友だった。親友との再会を喜ぶ新十郎だが……

 二週間ぶりの放送となった今回は、『安吾捕物帖』の第3話「魔教の怪」を原作としたエピソード。といってもこれまで以上に原作からは要素を拾う程度で、新十郎の過去に繋がるオリジナルエピソードが描かれます。

 冒頭、他の洋行帰りの若者たちとともに、大久保利通に招かれた新十郎。大久保に対しても慇懃無礼な態度を崩さず、明治の世になってから人々は堕落したと言葉をぶつける新十郎ですが――しかし大久保は、それは人々が急に自由になりすぎたからであって、日本に必要なのは自由などではなく秩序だと返すのでした。

 一方、行方不明になった花迺屋因果を探しに、林肯会なる団体を訪れた虎之介と梨江。梨江は新十郎に捜査を頼んだものの大久保との件で断られ、二人で調べに来たのであります。会の所在地は、梨江の存じ寄りの資産家・山賀の屋敷だったのですが――現れたのは、会の筆頭参事を名乗る佐々木という男。
 佐々木から会がリンカーンの思想に賛同した者たちの修行の場であると説明を受け、その中に因果が加わっているのを見つけたにした二人ですが、虎之介はその説明に納得せず、梨江が止めるのにもムキになって振り切って単身会に潜入し――そして彼も消えてしまったのであります。

 もう一度会に乗り込むという梨江を放ってもおけず、今度は同行することになった新十郎の前に現れた会の主宰・世良田摩喜太郎。彼こそは、新十郎がアメリカ留学時代の親友・橋本慶太朗――かつて共に夢を語った親友が、日本で「人民の、人民による、人民のための政治」を実現するために活動していることを知って喜ぶ新十郎ですが、そこで見たあるものがきっかけで、彼の中に疑念が生まれ……


 天王会なる新興宗教団体で起きた連続猟奇殺人を描いた、怪奇色濃厚で、『安吾捕物帖』ではある意味一番派手な内容だったエピソード「魔教の怪」。その原作のどぎつさを、本作は自由民権運動の先駆というべき団体を題材とすることでなくし、別の色彩を与えたと言えるでしょう。

 そして原作で天王会を牛耳っていた世良田を、新十郎の旧友に設定したのは(後述の通り実は本作が最初ではないのですが)本作ならではの巧みなアレンジと言えるでしょう。
 確かに原作でも洋行帰りで、ある意味もう一人の新十郎とも言える存在であったにもかかわらず、作中ではほとんど接点のなかった世良田(原作では新十郎はイギリス、世良田はフランスに留学)を、このように結びつけてドラマを展開するというのは納得できる着眼点です。

 そして新十郎と世良田の再会が、哀しいドラマを生むのですが――ここでは新十郎演じる福士蒼汰と、世良田を演じた浅利陽介の演技合戦とも言うべき力演が大きな見所。特に世良田は、留学時代の、そして林肯会での明るく理想に燃える姿と、対照的にその後の展開で見せる表情が、強く印象に残るのです。
 そしてそれを受けて西郷のもとに乗り込み、ほとんど初めて激情を露わにする新十郎の姿もまた圧巻で、時代ミステリというより、明治を舞台とした時代劇として、良いものを見せていただいた、という気持ちです。

 ただ、個人的には、その時の西郷のリアクション、その後の勝の言葉は正直なところなくてよかった(無言で新十郎を受け止めて欲しかった……)という印象は否めません。
 もう一つ、今回描かれた犯罪があまりに雑だったのも残念なところですが――これは原作の時点でミステリとしては苦しい出来だったので仕方ない(?)ところかもしれません。

 しかし今回ついに登場し、新十郎とは(そして西郷や勝とも)対極の立場にあることが示された大久保。時代背景的にも彼がこの後大きな動きを見せるはずですが――それがこの物語に、新十郎の生き方にどのような影響を及ぼすことになるのか。物語はここが折り返し、この先の展開が楽しみです。


 さて、本作に十年先行して同じ原作(+同じ作者の『復員殺人事件』!)を題材にした作品といえば、『UN-GO 因果論』。本作同様に原作を大きくアレンジして、非常に尖った物語を展開しつつ、新十郎と世良田の関係性がキーとなる物語であります。
 アニメだけでなく小説版もまた名作であるこの『UN-GO 因果論』についても、これを機に触れてみてほしい――と、心から思う次第です。


関連サイト
公式サイト

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『明治開化 新十郎探偵帖』 第1回「仮装会殺人事件」
『明治開化 新十郎探偵帖』 第2回「死神人力車」
『明治開化 新十郎探偵帖』 第3回「万引き一家」

「UN-GO」 第0話「因果論」
「UN-GO 因果論」(その一) 「日本人街の殺人」
「UN-GO 因果論」(その二) 「因果論」

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2021.01.10

『蠱惑の本 異形コレクションL』から

 昨年のホラーシーンにおける大ニュースといえば、何といっても『異形コレクション』の復活でしょう。今回は『ダーク・ロマンス』『蠱惑の本』と二ヶ月連続で刊行されたうち、特に私好みの作品が収録されていた『蠱惑の本』から三つの短編を紹介します。

 1998年にスタートし、2011年に休止するまで実に48巻刊行されたホラーアンソロジー『異形コレクション』。その量と質、そして各巻のテーマのユニークさにおいて、まさしく伝説のアンソロジーであります。
 私はシリーズの(というよりホラーの)決して良いファンとはいえず、毎回自分の興味の対象(つまり時代もの)ばかり拾い読みするような人間だったのですが――それでも今回こうしてシリーズが再開したことは、大袈裟でなく涙が出るほど嬉しく感じます。

 さて、その復活第二弾となった『蠱惑の本』は、タイトルどおり「本」「書」をテーマとした一冊。今回はその中から、特に印象に残った作品三つを紹介したいと思います。


『オモイツヅラ』(井上雅彦)
 叔父の紹介である女性精神科医の書庫の司書に雇われた「僕」。ある日博士のもとにやって来た外科医の診察中、身体半分が破壊された少女の幽霊を目撃した僕は、それがきっかけで博士とともに往診に行くことに……

 本シリーズの編者でもある作者の作品において、特別な意味を持つ「本」といえば、そう、言うまでもなくシーボルトが日本で著した幻の三冊目「日本妖物誌」――作者の『ヤング・ヴァン・ヘルシング』シリーズに登場したこの本が、本作のキーとなります。

 ある女性の死体を検死して以来、手の震えが止まらなくなってしまった外科医、語り手が見た恐ろしい姿の少女の幽霊、そして「日本妖物誌」に記された謎の「オモイツヅラ」――この奇妙な三題噺は、やがて全く思わぬ、そして温かい物語を浮かび上がらせることになります。
 そしてラストに明かされる女医の正体にはニッコリするほかなく、これはもう是非シリーズ化していただきたい作品であります。
(ニッコリといえば、語り手の叔父の名がジャック・セワードなのにも……)


『外法経』(朝松健)
 京で続く怪事解明のため、一休の庵を訪れた侍所頭人・多賀高忠。一休不在のため、強い霊感を持つ一休の侍女の森とともに調査に出かけた多賀は、京の各地で何者かが邪悪な儀式を行っていることを知るも……

 かつて如何なるテーマでも室町伝奇に繋げてみせた(印象すらある)作者の新作――個人的にはこれあってこその本シリーズであります。
 一休シリーズにして一休が登場しない本作の主人公は、「鉞」の異名を取る侍所頭人と、一休の盲目の侍女。夜毎現れては異国の言葉で何ごとかを唱える漆黒の人影、そこには動物の死骸が残され、やがて犠牲は人間に――と、作者のファンであればそこで何が行われているかはすぐにピンと来るのですが、しかし何が現れたかを知った時の衝撃と恐怖たるや……(恐怖といえば、徐々に実体化していく「それ」の描写もまた実に怖い)。

 実は本作は、ほぼ同時期に刊行された大作『血と炎の京』の前日譚とも言える内容。こちらを読んでからあちらを読むと、ヒヤリとさせられる部分もあり、おすすめします。


『魁星』(北原尚彦)
 願えば欲しい本が手に入るという魁星神社の噂を、生前の横田順彌から聞かされていた作者。横田の死後に蔵書整理を行っていた最中、自分宛に託された本を見つけた作者ですが、それはこの世にあるはずのない押川春浪の未完の作品の単行本で……

 本書のラストに収められたのは、作者自身が主人公であり、その他の登場人物も全て実在という異色作。一昨年急逝した横田順彌と作者の風変わりな、そして心温まる交流を描く物語であります。
 その物語の中心となるのが、押川春浪の未完の長編であって、横田順彌が本シリーズに発表した春浪シリーズの『花菖蒲』のキーともなった作品。ある意味明治SFの外伝的な物語でもありますが――しかしここで描かれるものは、全ての本を愛する者にとっての一つの夢と言っても過言ではないでしょう。

 そして横田順彌ファンにとっては、最後に語られる作者の願いは、大いに頷けるものであることは間違いありません。本当に読みたかったなあ、あの作品!


 というわけで、今回は三作品のみでまことに恐縮ですが――この先もコンスタントに『異形コレクション』をこのブログで紹介していくことができれば幸いです。


『蠱惑の本 異形コレクションL』(井上雅彦編 光文社文庫) Amazon

関連記事
「押川春浪回想譚」 地に足の着いたすこしふしぎの世界

「異形コレクション 江戸迷宮」(その一) 江戸という異形の場で
「異形コレクション 江戸迷宮」(その二) 苦界の中の怪
「異形コレクション 江戸迷宮」(その三) 狂から笑までの奇譚
「異形コレクション 江戸迷宮」(その四) 異色の中の異色たち
「異形コレクション 江戸迷宮」(その五) 江戸を遠く離れて
「異形コレクション 江戸迷宮」(その六) 一八人一八様の迷宮

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2021.01.09

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 何だかスッキリしないうちに年を越したけれどもスッキリしない状況は続く新年。せめてフィクションの中だけでもスッキリしたいと思いつつ、先月みたいなことなったら――とドキドキが止まらない今日この頃、果たして結果は如何に!? というわけで2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 と、ちょっと悲しくなった先月の発売アイテム数ですが、ドキドキしてみれば、2月は(特に漫画については)1月よりもグッと点数が増えています。

 まず文庫小説では、大正伝奇三部作の完結編として『大正浪漫 横濱魔女学校 3 黄金郷の夢(仮)』(白鷺あおい 創元推理文庫)が登場。
 その他(伝奇というわけではないのですが)ハヤカワ時代ミステリ文庫からは、『早耳屋お花事件帳 見習い泥棒犬』(松本匡代 ハヤカワ文庫JA)と『六莫迦記 穀潰しの旅がらす』(新美健 ハヤカワ文庫JA)の2点が刊行になります。

 一方、文庫化・復刊としては、『神を統べる者 厩戸御子倭国追放篇』(荒山徹 中公文庫)、『八犬伝 山田風太郎傑作選 江戸篇』上下巻(山田風太郎 河出文庫)、『室町もののけ草紙(仮)』(岩井三四二 集英社文庫)が発売されます。
(岩井三四二の作品は、おそらく『天魔の所業、 もっての外なり』の文庫化でしょう)


 一方、漫画の方では、昨年の歴史・時代小説シーンで大いに話題となった今村翔吾『じんかん』の漫画化である『カンギバンカ』第1巻(恵広史&今村翔吾 講談社コミックス)が早くも登場。
 その他、アニメはだいぶ以前に終了しましたが、『啄木鳥探偵處』第1巻(南普也&伊井圭ほか 講談社ヤンマガKCスペシャル)も新登場です。

 また、続巻では何といっても『衛府の七忍』第10巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス)なのですが――全くもって残念なことですが、この巻で完結となります。
 そのほかの作品としては『ZINGNIZE』第5巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス)、『テンタクル』第2巻(岡村星 白泉社ヤングアニマルコミックス)、『賊軍 土方歳三』第3巻(赤名修 講談社イブニングKC)、『川島芳子は男になりたい』第3巻(田中ほさな 講談社シリウスKC)に注目。

 さらに中国もので『西遊妖猿伝 西域篇 火焔山の章』第2巻(諸星大二郎 講談社モーニングKC)、『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第18巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)が刊行されます。

 そして注目は、2年数ヶ月ぶりの刊行となる『雨柳堂夢咄』第18巻(波津彬子 朝日新聞出版Nemuki+コミックス)でしょう。これはもう、待ちに待ったという気分です。
 また、文庫化では宮部みゆきの『あやし』の漫画版『あやし お江戸ふしぎ噺』(皇なつき&宮部みゆき 角川ホラー文庫)も発売されます。

 最後に、本編の方は完結しましたが、『鬼滅の刃』関連書籍としては、『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録・弐』(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス)、『『鬼滅の刃』吾峠呼世晴画集 幾星霜』(吾峠呼世晴 集英社愛蔵版コミックス)が登場。特に前者は描き下ろし漫画や劇場版の入場者特典漫画も収録されるとのことで、特典を手に入れていない身としては大いに楽しみにしているところです。

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2021.01.08

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第4巻 彼女のもう一つの顔、もう一つの結末

 新たなるどろろと百鬼丸の物語、第4巻で描かれるのは、一人で孤児を育てる少女・みおの物語。百鬼丸にとっては運命の女性であった彼女を、本作は思わぬアレンジで以て描き出すことになります。そしてその結末は……(内容の核心に触れますのでご注意下さい)

 ばんもんでの多宝丸、そして九尾の狐との死闘の末、多宝丸が自分の弟であること、そして自分の体と弟の半身を死霊に捧げたのが実の父・醍醐景光であることを知った百鬼丸。しかし衝撃を受ける間もなく、鉄砲水によって彼はどろろ、そして育ての親であり病身の寿海と共に何処かへ流されることになります。
 そして気付いてみれば寿海とははぐれ、孤児を育てる少女・みおに拾われた百鬼丸とどろろ。そこでみおたちの元にしばらく滞在することとなった二人ですが……


 原作では序盤(そして時系列的にも過去の物語)に登場しながらも、そのあまりに辛い境遇と悲劇的な最期によって、読者に強烈な印象を残したみお。
 百鬼丸の精神性にも大きく影響を与えた少女ですが――こういう表現が許されるかはわかりませんが、初めから悲劇が約束された彼女を、本作は意外なアレンジで以て描くことになります。

 たった一人で数多くの孤児たちの食料を集め、育ててきたみお。しかし彼女には、周囲には決して見せないもう一つの「顔」がありました。
 近くの滝に潜む巨大な顔のない不動像の姿をした死霊。彼女はその死霊に憑かれ、周囲の村の男たちを誘惑して滝の洞窟に誘い込んでは、死霊に顔を与えていたのであります。そして彼女はどろろに目を付けた死霊に命じられ、滝に誘き寄せるのですが……

 と、これは「白面不動の巻」!
 まさかまさか、原作では名もない死霊の女の役回りを、ここでみおに割り当てるとは――さすがに予想だにしませんでした。

 なるほど、孤児たちの母親代わりをしているみおに、どろろが母性を感じるのは、納得のいくところではあります。そもそも、本作においてどろろの身体のことに(それも今までのバージョンにはなかった。ある意味非常に納得のいく形で)気付いたのは、みおなのですから。
 そもそも原作では出会ってすらいないこの二人に、このような関係性を設定したのは(以前のエピソードでのどろろと多宝丸同様)本作ならではのオリジナリティと言うべきでしょう。

 とはいえ、そのために今度は百鬼丸とみおの関係性がいささか薄れた印象は否めないところで、その辺りは評価が分かれるかもしれません(もっとも、この章のタイトルは「どろろとみおの伝」なのですが)。何よりも、彼女の物語の結末も含めて……
 しかし、人間の懸命な生き様を嘲笑う死霊に対するどろろの怒りは大いに共感できるところで、やはり本作のアレンジも悪くないと感じます。

(ちなみに、読者を重い気分にさせてきたみおの仕事については、原作とは異なるものの、また別のベクトルで厭な展開が――大人がいてくれて救われましたが)


 さて、この巻には、新章のプロローグまでが掲載されています。本作ではまだどろろと百鬼丸とはニアミス状態だったあの妖刀が、そして生きていたあの男が再登場する様子で、これはまた大変な展開になりそうですが――さて。
 過去のエピソードとの有機的な結び付きが他のバージョン以上に強い本作だけに、この先の展開も期待してしまうのであります。


『どろろと百鬼丸伝』第4巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2021.01.07

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第2巻 皇女の危機と帝姫の悲哀

 北宋の徽宗皇帝の時代を舞台に、金の皇女と宋の花火職人の恋(?)を描く歴史漫画待望の続巻であります。一時は険悪な関係だった宋の帝姫・円珠とアイラが仲直りしたかに見えたのも束の間、彼女から送られた鉢植えが原因で、集団食中毒を起こしてしまった金の使節団一行。果たして円珠の真意は……

 親善大使として(そして彼女の知らぬところでは宋の皇子・康王との政略結婚のために)宋の都を訪れる途中、花火職人の青年・白凜之に助けられた金の皇女・アイラ。
 凜之に一目惚れしたアイラの行動に振り回される周囲の人々ですが――そんな中で兄とアイラの結婚を快く思わない円珠は、彼女に対して様々な嫌がらせを仕掛けてくるのでした。

 しかし持ち前のバイタリティと明るさでその嫌がらせを軽々と凌いだアイラは円珠を許し、彼女と和解したかに見えたのですが――しかし円珠がアロエと言って贈った鉢植えは実は毒のある水仙。しかも誤ってそれを料理に使ってしまったことで、アイラを除く使節団は食中毒に倒れることに……


 と、思わぬ窮地に陥ってしまったアイラ一行。幸い、医術にも通じた凜之が駆けつけてくれたおかげで皆事なきを得た、と思いきや――この巻の冒頭で展開するのは、何と遼の刺客団との大乱戦であります。
 幸い(?)食中毒は遼の仕業ではなかったものの、しかし何故かこの機に乗じて襲撃してきた刺客の群れに、アイラと凜之たちは大ピンチ。何しろ最も頼りになるアイラの兄・ウジュ(そう、あのウジュ)も食中毒でフラフラなのですから。

 そんな状況でもそれぞれの特技で何とか凌ぐアイラと凜之の姿がちょっと楽しいのですが――しかしそれでも追い詰められて危うし、というところに、これまた歴史に名高いあの人物が! というのもまた盛り上がるところであります(しかもこの漫画ならではのアレンジされたキャラクターなのも愉快)。


 しかし、この事態の行方以上に気になってしまうのは、やはり円珠の真意でしょう。決してこの事態そのものは彼女の意図したところではなかったとはいえ、しかし彼女の仕出かしたことが引き金となったのは間違いのないところであり――しかも、彼女も一度は反省したかに見えたのですから……

 とアイラも読者も首を傾げていたところに、彼女の想いが、そしてその背後にあるものが描かれることになるのですが――これがもう、ただただ納得というか、これを読んだだけで彼女を見る目が変わってしまうという、そんな内容なのには唸らされます。
 そして、そんな彼女に対するアイラのリアクションがまた、グッとくるのであります。正直なところ、ちょっと良い子過ぎるかな、という印象は否めないのですが――それでも彼女の真っ直ぐな姿勢は、がんじがらめの現実を前にした人間にとっての、一つの希望といっては大袈裟でしょうか。


 しかし、そんなアイラにとっても思い通りにならないのが凜之との関係であります。何しろ金の側も宋の側も彼女の恋に大反対――そして何よりも、凜之自身が全く彼女に興味を示していないのですから。

 ところがこの巻の後半では、そんな彼もまた、宋と金、そして遼の三国の間を渦巻く思惑の中に、巻き込まれることとなります。
 周囲に何が起きようとも、相変わらずマイペースで職人としての仕事を続ける凜之。しかしその彼が何よりも愛する火薬の一部が、いつの間にか行方不明になっていることを、彼は気付いてしまったのであります。

 仲間たちとともに調査を始めた彼は、その行方を突き止めたのですが、しかしその背後に思いもよらぬ存在がいたことから、またも彼は危機に陥ることに……
 と、こちらも本人の思惑とは全く無関係に、思わぬ大きな動きの渦中に身を置くことになってしまった凜之。彼のようなタイプにとって、それはアイラに想いを寄せられるのと同じくらい迷惑な話だと思われるのですが――しかしその中でまたもやアイラと関わることになったのは、これはもう運命というものなのでしょう。

 はたしてこの彼の運命がどこに向かうのか(そしてこの巻の途中で描かれた彼への栄転の辞令の真実も含めて)、ある意味アイラの恋の行方以上に気になってしまうのであります。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第2巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2021.01.06

冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第5巻 物語の結末に関わる二つの「史実」

 いよいよ鋼の迅鉄の二度目の旅もこの巻で結末を迎えることとなりました。自分を今の体に変えた男であり、既に死んだはずの平賀源吉生存の報に長崎に向かったものの、罠に落ちて捕らえられた迅鉄。彼の行方を追う丹たちが知った真実とは、そして迅鉄を待つ運命は……

 謎の一団、灰土隊との戦いが終結したのも束の間、源吉が生きている噂があるという久作の言葉に、長崎に向かうこととなった迅鉄と(無理矢理付き合わされた)丹。
 そこで源吉の義妹だという豪商の跡取り娘・矢的と出会い、命を狙われているという彼女の護衛を務めることとなった迅鉄ですが――しかし彼女に一服盛られ、囚われの身となってしまうのでした。

 以前から灰土隊を追っていた公儀隠密・伊奈信治や元灰土隊の女剣士・瑠璃、そして出島の医師・ベルゲンも絡み、事態はいよいよ複雑化していくことに……


 と、迅鉄が囚われたまま、丹や久作、信治、さらには瑠璃が、灰土隊の正体、矢的の真意、何よりも源吉の真実に迫っていくこととなるこの最終巻。そしてその物語には、二つの「史実」が大きく関わっていくこととなります。
 その一つはペリーの浦賀来航。これまで史実とはほとんど関わることなく展開していった感のある迅鉄の物語ですが、ここにおいて明確に「今」が何時なのかが語られ、そこから灰土隊とその背後にいる者たちの行動の意味が語られることになります。

 しかしもう一つの「史実」は、それとは比べ物にならないほどのインパクトをもたらします。何しろそれは、ある歴史に残る文学作品とのリンク――さすがにその名をはっきりとここに記すことは避けますが、まさかここでその名を聞くとは! と仰天すること請け合いの繋りなのですから。
 実は源吉はあの人物の孫弟子に当たるのであり――だとすれば迅鉄は、時を経て甦ったあの○○の子孫ともいうべき存在とも言えてしまうのですから、これを驚かずにいられましょうか。

 ……しかし、迅鉄は、単純に機械的な作用によってのみ、この世に舞い戻り、そして「生き」続けている男ではありません。これまでの物語において描かれたように、そこにはある種の「魂」(というには剣呑過ぎるのですが)というべき存在が関わっているのですから。
 この辺りに、先に挙げた作品との共通点と相違点を見るのもまた楽しいと感じますし、そしてその相違点にこそ、作者の個性がある――というのは決して牽強付会ではないと感じます。
(そしてまた、この『黒鉄・改』からの鋼丸の設定変更も、ここに繋がってくるのか、と納得)


 何はともあれ、鋼の迅鉄の物語は、ここで一つの終わりを迎えることとなります。
 それはいささかあっけない(というよりあっさりしている)ようにも思えるかもしれませんが、登場人物たち一人一人の旅の終わりが描かれていることを思えば、納得できる結末と感じられます。

 何よりも、股旅ものの結末が、旅立ち(放浪の続き)か死しかないとすれば、本作の結末は死から甦った男には相応しいものであると同時に――その「死から甦った男」という属性からも解放されたように見える結末(あくまでも「見える」だけなのかもしれませんが……)は、どこかホッとさせられるものがあります。

 正直なところ、作者のあとがきには複雑な気持ちになるところもあるのですが、しかしそれでもここで描かれるべきは描かれた――そう感じたところです。


『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第5巻(冬目景 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2021.01.05

星野之宣『海帝』第7巻 一つの航海の終わり そして海の皇帝の意味

 空前絶後の大艦隊を率いて海を征く鄭和の航海も、この巻でいよいよ一つの終わりを迎えることになります。最後の目的地・古里(カリカット)から明に帰ってきた鄭和の艦隊ですが、しかし彼が先帝・建文帝を逃したことがついに永楽帝の耳に入ることに。果たして鄭和の運命は……

 幼い頃に永楽帝に父と己の男である証を奪われ、しかしその永楽帝と共に戦い続けてきた鄭和。しかし戦いに次ぐ戦いの中で己の奪った命の償いをするため、鄭和は永楽帝に攻め滅ぼされた建文帝とその娘を匿い、自らの艦隊に乗せて国外に逃がそうと決死の試みを繰り広げることになります。
 そして幾多の冒険と苦闘の末、ついに錫蘭(セイロン)で二人と別れたものの、しかし艦隊を襲った海賊・陳祖義に二人の存在を知られてしまった鄭和。口を封じることは難しくないものの、鄭和は敢えて法に従い、陳祖義を生かしたまま永楽帝の下に連行することを選ぶのですが……


 というわけで、この巻の中心となるのは、明に帰国する鄭和に下される永楽帝の審判の行方であります。
 先帝の地位を武力で奪い、そして逆らう者には容赦なく残酷な死を与えてきた永楽帝。鄭和が行ったことは、理由の如何こそあれ、永楽帝への謀反にほかならず、極刑を下されることは避けられないとしか思えないので思すが――しかし彼は敢えて真正面から帝と向き合う道を選びます。

 むしろそんな彼を案じ、助けようとするのは、潭太や入間九郎ら黒市党の面々に配下の宦官たち、さらには艦隊を支えてきた兵士や船で働く人々まで――すなわち、彼と航海を共にしてきた無数の人々の方であります。
 そんな彼らが、たとえ鄭和が拒んだとしても! と立ち上がる姿は――作中で鄭和自身が感じるように――これまでの彼の孤独で苛烈な人生を思えば、胸に迫るものがあります。

 しかしそれは同時に彼が苛烈だったのはあくまでも自分自身に対してであり、他人にはどこまでも優しかったからこそのものであるのですが……


 とはいえ、そんな鄭和の生き方に動かされない者がいるとすれば、それは永楽帝をおいて他にはいないでしょう。そして果たして永楽帝の前に引き出された陳祖義は何を語るのか、それを聞いた永楽帝の判断は――それこそが鄭和の航海の本当の結末というべきでしょう。

 そしてその結果は――あまりここで踏み込むわけにはいかないのですが、こう来たかという驚きと、これしかないかという納得と、二つながらに備えたものというべきでしょう。
 それは言うなればあくまでも(少なくとも表向きは)情ではなく理の結末――それはそれで本作らしい結末というべきでしょうか。

 そしてそこにあるのは、永楽帝と鄭和という二人の男が、全く対象的であるようでいて(いやそれだからこそ)表裏一体の関係にあるという事実であり――そしてそれが本作のタイトルの意味に収斂していく様には、ただただ唸らされるのであります。


 こうして鄭和の最初の航海は終わり、そして次なる航海が始まるのですが――この第2次航海は、第1次航海のある意味エピローグともいうべきもの。真の意味で新たな旅は、次なる第3次航海となります。
 果たしてそこに何が待つのか。鄭和はそこに何を求めるのか。その答えは、次巻で目にすることになるのであります。


『海帝』第7巻(星野之宣 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon

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2021.01.04

『半妖の夜叉姫』 第13話「戦国おいしい法師」

 徳の高い僧侶や神主を襲っては喰らう妖怪・饕餮の出現に、とわ・せつな・翡翠は、ある法師の護衛を琥珀から頼まれる。その法師とは翡翠の父・弥勒――自分の無力さを痛感して千日行に入っている父に対し、戦いから逃げていると苛立ちを隠せない翡翠だが、弥勒を狙って饕餮が現れ……

 1クール目ラストの回となった今回は、これまでなかなか正面切って登場してこなかった親世代の一番手として弥勒が登場するエピソードであります。風穴を武器に、犬夜叉やかごめ、そして珊瑚とともに戦い抜いた彼も、今や人の親ですが……

 各地に出没しては特の高い聖職者を襲い、食らう巨大な妖怪・饕餮。四凶の一人であり虹色真珠を持つ饕餮に対し、琥珀ら妖怪退治屋は、手分けして聖職者たちの護衛に当たることになります。そんな中で、翡翠が担当することになったのは、実の父である弥勒――そんな彼にくっついて、とわとせつなは、弥勒の修行地に向かうことになります。

 さて、その弥勒は二年ほど前から千日行に入っている状況――かつてある妖怪との戦いで自分の無力さを痛感した弥勒は、風穴なしでも戦えるように、千日行で神通力を得ようと修行していたというのであります。
 しかしそんな父の姿は、日々妖怪退治を続けている翡翠にとっては逃げに映るらしく――さらに昔っからのがめつさも恥ずかしいらしく――どうにも含むところがあるというか斜に構えているというか、まあ思春期の息子さん的な雰囲気が漂います。その辺りの感覚は、親子仲が非常に良さそうなとわや、そもそも親子仲というものが存在しなかったせつなにはピンとこないようですが……

 そしてそんなところに来襲したのが饕餮。三蔵法師並みの味(って食べたことあるんか)を求めて弥勒のもとに現れたというのは、やはり弥勒もそれなりの徳を積んでいるということなのかもしれませんが、しかしそれで食われてはたまったものではありません。弥勒を守るべく饕餮に挑む翡翠、そしてとわとせつなですが、しかしさすがは四凶の一人だけあって――そして大喰らいということもあって(?)、饕餮の吸い込みはかなりの吸引力。三人がかり+弥勒でも抗するのがやっとの有様です。

 弥勒の機転で、妖怪退治の毒を吸い込みに合わせてばらまくことで饕餮にダメージを与えることに成功しますが――って、これはどう考えても自分が風穴を使っているときに毒に散々てこずった経験からでしょう――饕餮に毒が効くと知ったせつなは、自分の封印を解いて欲しいと願い出ます。
 実は今の今までせつなのことを気付いていなかった弥勒ですが、何はともあれ今は非常時と、彼女の封印を解けば――姿はほとんど人間のままながら、顔には模様が入り、そして手には鋭い爪を生やすせつな。そしてその手から発する強力な毒を饕餮の口中に正面から貫手でぶち込み、せつなは饕餮を見事撃退するのでした。
(しかし黒雲に乗って退散する饕餮に「逃がすか!」と符を放っておいて、次の瞬間「逃したか」となる弥勒……)

 何はともあれ、戦いの中で父親のことを少し見直したらしい翡翠は実家の母のもとにも顔を出して、まずは丸く収まった感じであります。


 というわけで満を持して(?)の弥勒登場回である今回。これまで登場しなかった理由として、風穴に代わる力を得るために千日行に入っていた、というのは、まず納得できるものでしょう。
 しかし弥勒の昔の言動を知っている身からすれば、美人が二人も現れたら――とちょっとハラハラしましたが、妻子が出来て丸くなったか(そもそも子供の頃から知っている友人の子供だからか)、全くそういう面はなくなっていたのには、安心したというか月日の流れを感じたというかでした。

 ちなみに今回、ラストには珊瑚も登場。あまり変わっていなかった弥勒以上に、昔と全く変わらない美貌をみせていただきましたが、しかし彼女似の双子の娘は今回一人しか登場せず――単なる話の流れなのか何か理由があるのか、気になります。(珊瑚が手を合わせていた慰霊塔の存在も)

 そして珊瑚は変わらない一方で、変わってしまったのは、弥勒の声優。辻谷耕史氏の逝去に伴い、やむなく保村真氏に変更となったわけですが――これがほとんど違和感なく、年齢を重ねて落ち着いた弥勒と言われれば納得がいくものでありました。もちろん寂しくはありますが……


関連サイト
公式サイト

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2021.01.03

芦藻彬『バベルの設計士』下巻 人が天に挑むことの意味

 バビロンのハンムラビ王が目論む偉大なる塔の建築を、王に仕える設計士・ガガの視点から描く歴史漫画――その怒涛の完結編であります。王の厳命により、苦闘の果てに天才設計士・ニムロデを連れ帰った青年・ガガ。しかし彼の本当の戦いは、ここから始まることになるのです。

 紀元前1754年、メソポタミアの王として世界を己の意のもとに統一するため、「輝く太陽に届く塔」の建造を目指すハンムラビ王。その王に仕える設計士の青年・ガガは、ノアの末裔と言われる天才設計士・ニムロデをバビロンに連れてくるよう厳命されることになります。
 設計のこと以外、他人との意思疎通もままならないようなニムロデに手を焼きながら、何とか彼を連れて戻ってきたガガ。しかし辿り着いたバビロンは、隣国キシュの激しい攻撃に晒されている真っ最中だったのであります。巨大戦車という新兵器を擁するキシュの攻撃の中、果たしてガガはニムロデを連れ、王に復命できるのか……

 という展開を受けて始まるこの下巻。塔の建造はおろか、バビロンの存続すら危ういこの状況で、ガガの運命や如何に――と思いきや、ようやく帰国したガガは、ニムロデが描いた戦車の設計図からその攻略法を見出せ、という無茶な命令を王から受けることになります。
 戦車に殺されるか、王に殺されるか――答えを見出さなければどちらにせよ死ぬしかない状況で、見事一つの答えを見出したガガ。設計士として戦に貢献することによって、戦で戦えないというコンプレックスをようやく克服したかに見えた彼ですが――しかしさらに過酷な運命が待ち受けていたのです。

 この功績がガガではなく、ニムロデによるものであることを見抜いていたハムラビ王。彼は、塔の建設を担当する宮廷設計士にはニムロデを任命、ガガはその翻訳担当を命じたのであります。
 自分自身の力が認められなかった悔しさ――そしてそれ以上に、自分が及びもつかない天賦の才を持ち、一切のしがらみなく自図面を描くことに没頭するニムロデに、羨望と敗北感の入り混じった絶望的な想いを抱くガガ。そして王妃や神官長、さらにキシュ王もそれぞれの思惑を抱く中、ついに塔の建設は始まり……


 旧約聖書などに登場する伝説のバベルの塔。人間の傲慢と愚行の象徴として後世に伝わるその塔が、ついにその姿を現すこととなるこの下巻。建造開始までにかなりの紙幅が費やされていたために、果たして建造の様をどのように描くのか――と思っていたのですが、なるほどこう来たか、と納得であります。
 そしてその傲慢と愚行の中心に身を置くこととなったガガを待つものは――このような表現はいかがなものかと思いますが、これまでの苦難の総決算のような無情極まりないもの。ここまで心身をすり減らした末に、彼を待っていたものがこれとは――と嘆息したところに、物語は、さらに意外な結末を描くことになります。

 冷静に考えれば、クライマックスは、古代スペクタクルものにおいてはある意味定番の展開であるかもしれません。
 しかし本作の本作たる所以は、そこに働くものが、伝説のように神の意志などではなく――そのように見ることも可能かも知れませんが――あくまでも厳然たる大自然の力と、人間の行為の帰結に過ぎないことでしょう。(そこに関わるのが、ノアの末裔と呼ばれるニムロデという皮肉さよ)

 そしてその先にある結末――それは、もしかすると甘すぎるように感じられるかもしれません。
 しかしこのクライマックスの先にあるものとして、ついに「戦い」や権力の道具以外の道を見つけた彼の姿を描くものとして、そして何よりも、古代から時や場所、形を変えながらも今に至るまで受け継がれてきた人間たちの営為を描くものとして――この結末は、まことに相応しいものとして私には感じられます。

 そしてそれは、天に挑むことが、決して傲慢と愚行という言葉だけで片付けられるものはなく、同時に人の叡智と夢に支えられたものであることを教えてくれるのではないでしょうか。
 そしてその先に、我々がいるのだということもまた……


『バベルの設計士』下巻(芦藻彬 実業之日本社ジャルダンコミックス) Amazon

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2021.01.02

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 通算第100話記念特別長編『邪教の呪法』

 盲目の美少女修法師・百夜とあやかしたちとの戦いを描く『百夜・百鬼夜行帖』、通算百話記念の特別長編であります。吉原の禿たちを襲った謎の現象をきっかけに、百夜たちが挑む怪異――その背後にいるのははたして異国の妖術使いなのか? 恐るべき、そして哀しい敵との戦いが始まります。

 これまで付喪神たちをはじめとして、様々なあやかしたちと戦ってきた北の美少女修法師・百夜。作者のシリーズ作としてだけでなく、ゴーストハンターものとしても記録的な話数を数える本シリーズの、一つの節目となる長編が本作であります。
 長編と銘打つだけあってボリューム的にはこれまでの短編の数倍、そしてお祭り騒ぎでは終わらない内容を持つ作品であります。


 ある事件をきっかけに法力を失った鐵次が転がり込んでいた吉原・常磐楼で起きた奇妙な出来事――禿たちの何人かが次々と突然意識を失って倒れ、数日後に何事もなかったように目覚めるという怪事に、百夜は常磐楼を訪れることになります。
 そこで百夜が感じ取ったのは、何者かの朱色の気配と、禿たちの命(寿命)が少しずつ削られている痕跡。そして禿たちがいずれも10歳であり、何者かが吉原四方の稲荷社から現れたことを百夜は知ることになります。

 しかし文七や桔梗から、十歳の少女への被害が吉原に留まらず江戸中に広まっていること、いや師の峻岳坊高星から陸奥にまで広まっていることを知った百夜。そして謎の存在の気配を追い雑司が谷の鬼子母神に向かった百夜は、そこで侍たちに守られた異国の術者・ルードラに遭遇することになります。
 果たして一連の事件はルードラが引き起こしているのか? 宮口大学の手を借りて、ルードラが西国の某藩に仕えていることを突き止めた百夜は、藩邸を見張るものの、そこでは想像を絶する惨劇が……


 相棒(?)の左吉のほか、これまで怪異と対決する中で様々な人々と出会い、協力してきた百夜。本作はそんな(七瀧曰く)「百夜一味」メンバーが総結集するに相応しい規模の事件が展開することになります。

 何しろ、物語が進む中で判明した「敵」は、江戸に――いや日本中に張り巡らされたあるネットワークを利用して自在に出没し、かつほとんど無限の力を引き出す、神にも等しい存在。これまで数々の神とも対峙してきた百夜であっても、未知の強敵であります。
 しかも物語の途中で百夜はルードラともども、「敵」の手によって何処とも知れぬ異界に引きずり込まれ、常識の通じない世界で苦闘を強いられることになるのですから、これまでの物語においても最大の危機であることは間違いありません。

 最強の助っ人であるはずの鐵次も、おそらくは『丑寅の鬼』事件の直後で、一切の法力を失っている状態。そんな中で、果たしてこの「敵」に如何に挑むのか、いやそもそもその狙いは何で、何故今動き始めたのか――壮絶な神や魔との死闘を描きつつも、単純に力で対抗するのではなく、その正体と目的、そして撃退方法を探るために景迹が展開されるという、本作ならではの要素もしっかり活かされているのも、嬉しいところであります。
(作中に用意されたミスリーディングも、その趣向を高めているといえるでしょう)


 しかし――シリーズ最大の激闘と壮大な伝奇的仕掛けとを展開しつつも、その先に本作が描き出すのは、どこまでも等身大の人間の持つ情と業なのであります。

 理不尽な運命に苦しみ、悲しむ人間が、ほんの僅か道を踏み外してしまった――そしてそれが思わぬ運命の悪戯と結びついた時、そこに生まれるもの。理不尽に理不尽が重なった時に生まれる哀しみこそが、本作で真に百夜たちが対峙すべきものなのであります。
 そしてその哀しみの姿は、決して今を生きる者にとっても決して無縁でないことを、本作は静かに語りかけます。

 もちろんそれは、たとえ百夜であっても祓えるもの、この世からなくせるものではありません。しかしだからこそ、その存在を真正面から受け止め、受け容れようとする百夜の――そして鐵次の姿は、物悲しくも、人が人に対して示すことができる一つの救いとして感じられます。
 そしてそれは二人がこの世ならぬ者たちの声を聞く修法師、イタコであることと、もちろん無縁ではないのでしょう。

 特別編に相応しいスケールの活劇を展開しつつも、同時に本シリーズならではの独自性を、そして作者が本シリーズに込めた想いを示してみせる――『百夜・百鬼夜行帖』という物語の節目に相応しい、一つの極を見せていただいた思いです。

『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『邪教の呪法・前篇』 Amazon/ 『邪教の呪法・後篇』 Amazon

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2021.01.01

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 昨年は本当に大変な一年でした。テレワーク主体となり、生活リズムが一変したおかげで読書時間が激減。例年よりも読書量が減ったことから、このブログの更新も青息吐息――それでも一年間、何とか毎日更新を続けることができたのは、ある意味(?)自信がつきました。
 今年もまだまだ大変な状況は続きそうですが、それでも一歩一歩足元を確かめつつ、初心に還って着実に、様々な作品を紹介していきたいと思います。
 引き続き毎日何かしら記事を更新しておりますので、お付き合いいただければ、これに勝る喜びはありません。
(と言いつつ、昨年ほぼ一年にわたって準備を続けてきた年表サイトの方も、大々的に更新したいと思っているのですが……)

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