桐丸ゆい『江戸の蔦屋さん』 蔦屋重三郎、「ツキモノ」持ちを売り出す
江戸の出版文化人といえば、やはり真っ先に挙げられるのは、蔦屋重三郎ではないでしょうか。これまで様々な物語で取り上げられてきたこの重三郎と周囲の人々を、江戸の文化風物を愛し、江戸ものを得意とする作者がコミカルに描いた四コマ漫画であります。
吉原遊郭の案内書・吉原細見を大ヒットさせ、吉原から日本橋に打って出た蔦屋重三郎。目下のところは幼馴染みの絵師・喜多川歌麿を売り出すべく奮闘中であります。
しかし歌麿は居候のくせに絵も描かずにに日がな一日ごろごろしてばかり。そんな状況でも重三郎が諦めないのは、彼の「眼力」に秘密があったのです。
実は大成する人間に憑いている、特別な才能を視る力を持つ重三郎の目。彼は、普通の人間には視えないその「ツキモノ」を持った人間たちを、江戸の世に出すことが自分の使命と心得た男なのです。
かくて重三郎は、歌麿や山東京伝、葛飾北斎ら、いずれも特異な「ツキモノ」を持った面々とともに、新たな作品を生み出すべく日々奔走することに……
史実においても、版元――いわば出版社兼本屋だけでなく、歌麿や東洲斎写楽といった新たな才能のプロデュースを行い、江戸の文化人たちの中心にいた蔦屋重三郎。
そのため、彼を描く物語は、彼だけでなく、いわば当時の江戸文化人サロンに集う人々の姿を描くものとなることがほとんどであります。本作も、重三郎とそんな仲間たちの姿を、3.5頭身のキャラクターで描いた漫画であります。
歴史上の人物の特徴をデフォルメしてキャラクター化し、ギャグ混じりに描くというのは、これは歴史ものの四コマ漫画の定番ではありますが、本作のユニークなのは、やはり上で触れた「ツキモノ」の存在でしょう。
この「ツキモノ」、漠然としたものではなく、その人間の才能を象徴する幻像として、背後に浮かび上がって見える――という形で描かれるのが楽しいところです。
歌麿の場合は無数の美女、山東京伝は『心学早染艸』の善玉悪玉、葛飾北斎は蛸、鳥山石燕は百鬼夜行、滝沢馬琴は大犬……ある意味直球ではありますが、しかし彼らの代表作(を象徴するもの)がビジュアライズして描かれるというのは、これはキャラクター付けとしてもキャラクター化としても、実にわかりやすくうまい仕掛けと言うべきではないでしょうか。
そしてまた、江戸文化に造形の深い作者らしく、デフォルメされた世界の中でも、丹念に江戸文化の特徴が、誰にとってもわかりやすく描かれているのもまた、本作の魅力として忘れるわけにはいきません。
版元や浮世絵、あるいは吉原や湯屋といったものだけでなく、例えば当時の相撲は千秋楽のみ女性の観戦が許されていたけれども、その日は幕下以下の取組しかなかった――という、現代ではあまり知られていないようなことまで物語に取り込んで見せるのは、これはもう作者のセンスの賜物でしょう。
その一方で、松平定信の寛政の改革によって重三郎は身上半減、京伝は手鎖という大事件や、写楽売出しも(ある意味、そこに至るまで長い伏線があったのですが)1話で終了したり――重三郎の晩年の大きなエピソードが、駆け足で描かれている点は、いささか残念ではあります。
しかし、写楽誕生に絡めて描かれた前半の伏線が思わぬ形で解消され、史実から先の世界に繋がっていく結末はなかなかに痛快で(知らない人は信じ込んでしまいそうなのが楽しい)、江戸文化の陽の面を中心に描かれた本作としては、まずとてもよい終わり方であったことは間違いありません。
最後まで明るく楽しく、サラリと読める作品であります。
『江戸の蔦屋さん』(桐丸ゆい 芳文社まんがタイムコミックス全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
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