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2021年2月

2021.02.28

『半妖の夜叉姫』 第21話「虹色真珠の秘密」

 かつて犬の大将の死を悲しんだ是露の願いによって、その涙から生まれた七つの虹色真珠。理玖はその真珠を是露のために集めていたのだった。一方、朔の夜、夢の胡蝶を見かけて追いかけたとわは、時代樹の傍らで理玖と再会するが、そこに饕餮が唐突に襲いかかる。とわを饕餮から守ろうとする理玖だが……

 既に後番組のCMも流れ始め、いよいよ結末も近いと感じさせる本作。今回は作中で大きな位置を占めるガジェットである虹色真珠の正体が語られることになります。

 二百年前の鎌倉時代、竜骨精らとの戦いで深手を負った犬の大将。渾沌や窮奇がこれを期にとどめをというのを不興げに退けた麒麟丸は、敵に塩を送るどころか薬草を送ると言い出し、理玖を送り出します。が、時既に遅く犬の大将は命を落とし、かつて袖にされたらしい是露は悲しみに暮れることになります。その時、四魂の玉を手にしていた是露は、こんなに悲しいのなら苦しいのなら愛などいらぬ? とばかりに自分の心も涙も妖力も捨てると玉に願い、彼女の涙は四魂の玉の力も取り込んで、七つの虹色真珠となったのであります。
 その一部始終を目にしていた理玖ですが――二百年後の飄々とした態度とは大きく異なり、人情(妖情?)の機微などはわからず、自身も感情というものがないような態度を見せます。その時も、是露の涙が美しいと無神経なことを言って、「粋ではない」と彼女に叱責されるのですが――なるほど、この時のことが、彼をして「粋」にこだわらせているのでしょう。
(恥ずかしながら彼の耳飾りはずっと虹色真珠だと思いこんでましたが、真珠が生まれる前からあったので明らかに別物ですね)

 さて時は現在(戦国時代)に戻り、妖怪退治に向かうせつなたちにおいてけぼりにされたとわ。というのもその晩は半妖が力を失う朔だったのですが――夢の胡蝶を見かけてその後を追った彼女は、いつしか時代樹のもとに辿り着きます。
 そしてそこに現れた理玖と、二人で冬の夜空を彩る星を見上げながら紅茶を飲むなど、なんかいい雰囲気になったとわ。しかしそこで七色真珠を元の持ち主に返すために集めていると語る理玖に、あんまり鋭くないとわも流石に、あれ自分たち狙われている? と気付くのですが……

 そこに空気を読まず饕餮が唐突に(という駄洒落を自分で口走りながら)とわを襲撃。これに対し、朔で常人と変わらぬ状態のとわを守るために、理玖がついに刀を抜きます。元は同じ麒麟丸の配下といえども、四凶とは別格の存在であり、それ故快く思われていなかったらしい理玖。しかし理玖の方も、これまでの展開を見ていれば察せられるように四凶を仲間とも思っていない様子で、二人は本気の殺し合いを始めることになります。
 饕餮お得意の吸引に対して大量の瘴気虫を放ち、吸いこませてダメージを与えたものの、逆にそれを吹き出してきた饕餮に対し、とわを庇って深手を負う理玖。自分(の中の真珠)を狙ったり、自分を庇ったりと矛盾した行動を取る理玖に戸惑うとわですが、彼の行動は彼女の心を確実に動かした様子です。

 遅れてせつなともろはが駆けつけ、朔が開けてとわも力を取り戻したのに尻尾を巻いて逃げ出す饕餮ですが、あっさりとその首を落として見せる理玖。とわはその理玖に、自分の真珠を惜しげもなく与えます。自分の敵かもしれない相手に真珠を差し出したとわに驚き感心しつつ去っていく理玖と、後になって理玖は麒麟丸の配下だったと思いだして慌てるとわと――対象的な二人の姿を描いて今回は終わります。


 今までその正体や目的が今ひとつ掴めなかった理玖。今回は七色真珠だけでなく、彼自身のこともかなり判明したように思います。二百年前から変わらぬ姿でいること、周囲が、そして自身でも「紛い物」「木偶人形」と呼んでいること、饕餮が麒麟丸と同じ味がするのではと言っていること――これらのことから、おそらく理玖は、麒麟丸に命を吹き込まれた分身的な存在なのでしょう。
 そう考えると、やたらと粋に拘ったり、愛という感情に興味を持つのも、また違った風に見えてくるように思えます。そしてそんな彼は、必ずしも今の麒麟丸や是露とは同じ方向を向いているとは思えないのですが――この辺りが今後に影響するのでしょう。

 その理玖とは微妙な関係のとわですが、惚れた腫れたというようなナマっぽいものでなく、まだまだピュアな感じで理玖に対して「好き」という言葉をぶつけているのが、彼女らしくて実に可愛らしい。このあたりのとわの感情もまた、終盤に大きな意味を持つと思われますが、残すところはわずか3話であります。
 はたしてこれで全ての決着をつけることができるのか――気になるところです。


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『半妖の夜叉姫』 第16話「もろはの刃」
『半妖の夜叉姫』 第17話「二凶の罠」
『半妖の夜叉姫』 第18話「殺生丸と麒麟丸」
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2021.02.27

赤名修『賊軍 土方歳三』第3巻 天海の「秘中の秘」 日本南北戦争勃発!?

 近藤亡き後も不屈の闘志で戦いを続ける土方と仲間たちを描く本作もこれで第3巻。戦闘力では決して劣らぬものの、戴く者のない奥羽越列藩同盟の現状に歯噛みする土方ですが、そこに驚くべき打開策が。果たして天海僧正「秘中の秘」とは――そしてその実現のために一人の隊士が命を燃やすのです。(内容に踏み込んでいますのでご注意下さい)

 沖田総司を亡くなった小姓の市村鉄之助と名乗らせ、京で近藤の首級を奪還するなど、各地でやりたい放題の大暴れを繰り広げる土方と新選組生き残りの猛者たち。白河口の戦いでは近藤の「仇」を討ち、快勝した土方たちですが、しかし戦いはまだ始まったばかりであります。
 ここで新たな力である最新式のスペンサー銃を使いこなそうとする土方の前に現れたのは、何とあの山本八重。しかし彼女は土方を兄・覚馬の仇と呼んで……

 と、いきなり波乱含みで始まるこの巻ですが、一体どうなることかと思えば、そこから描かれるのは池田屋事件の直後から始まる土方と覚馬の物語。一触即発となるようにみせて、士は士を知る、という展開となるのが何とも気持ちいいのですが――しかし士を知るのは何も幕府方だけではありません。
 覚馬救出作戦を密かに遂行していた(本当に何でもやってる)新選組の前に現れた薩摩の男、その名は西郷隆盛――というわけで、ここで本作では初登場の西郷ですが、器の大きさを見せつつも、しかし同時に得体の知れなさを感じさせる描写に納得であります。

 そして会津での激闘が続く中(沖田の「死」についてちょっとドッキリな描写もあったりして)、奮戦を続ける土方ですが――彼にとっては痛恨としか言いようがないのが、奥羽越列藩同盟にはシャッポが――いただく頭が存在しないことであります。
 鳥羽・伏見の戦いの敗因をシャッポが真っ先に逃げたことと語る土方にとって(ここで逃げたシャッポ――慶喜のことをボロクソに言うのが実に痛快)、シャッポがいない今の状況は、何とも歯がゆい状況なのですが――しかし彼の想いに応えるように、とんでもない事態が動き出すことになるのです。


 その事態が動き出したのは江戸は上野・寛永寺。その寛永寺の門跡こそは、輪王寺宮――歴とした帝の血を引く、皇族であります。そしてこれこそが、実に250年前、天海僧正が幕府が窮地に陥った際に用意しておいた「秘中の秘」! そう、幕府に対する者たちが京の帝を奉じた際に、幕府もまた、東の帝を報じる――それこそが輪王寺宮の真の役割だったのであります。

 そして新政府軍がこの輪王寺宮奪還に動くのに立ち塞がったのが、前巻に登場した竹中重固が参加していた彰義隊。そして彰義隊といえば、新選組絡みで絶対忘れてはいけない男がいるではありませんか。
 言うまでもない、それこそは原田左之助――この時は近藤・土方と袂を分かち、独自行動を取っていた原田ですが、そんな時でも集う旗は一つ、土方のためにと立ち上がる新選組十番組隊長・左之助の死闘こそは、この巻のクライマックスであることは間違いありません。

 その戦いの結末は――ここで言うまでもないかと思いますが、左之助の戦いが、ある歴史の動きを生み出したと言っても過言でないことを思えば、彼は途方もない戦果を挙げたと言えるでしょう。
 そして寛永寺を脱出し、奥羽越列藩同盟に迎えられた輪王寺宮は東武皇帝を名乗り、日本はそれぞれの帝を報じる南北二つの国家が並ぶシビル・ウォー状態に……


 いやはや、まさかここまでフルスロットルで飛ばしてくるとは思いもよらなかった――と言うしかありません。それなりに知られてはいるものの、色々な意味であまりに過激すぎるともあってか、フィクションでも滅多にお目にかかれない東武天皇即位。その「異説」をここで堂々と投入してくるとは!
 ただでさえ暴れまくりの土方が、このとてつもないシャッポを得てしまった時どうなるのか――いやはや、想像するだけで震えます。

 しかしもちろんこの動きを、正史の側が黙ってみているはずがありません。この巻のラストで描かれるのは、勝海舟が、そして西郷隆盛が――旧幕府と新政府の実質トップが手を組んで、あってはならない歴史を阻まんとする姿。
 果たしてこの先、土方の戦いは、そして歴史はどこに向かうのか――この先に待つのは、想像を絶する物語であることは間違いありません。


『賊軍 土方歳三』第3巻(赤名修 講談社イブニングKC) Amazon

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2021.02.26

波津彬子『雨柳堂夢咄』其ノ十八 彼岸に消える蓮、幻になる雨柳堂!?

 骨董屋・雨柳堂を舞台とした骨董奇譚、2年数ヶ月ぶりの新巻であります。今日も主人の孫・蓮を狂言回しに、美しくも切ない物語の数々が描かれるのですが、ちょっと今回は印象が異なる作品も……?

 入口に大きな柳の木がある骨董屋・雨柳堂――そこに集まる様々な想いを持った品を巡る美しい物語が描かれ始めて、実に今年で30年となりました。その記念すべき年に刊行された本書に収録されたのは、いつもより少し多めの全10編であります。

 とある高等学校の庚申会の晩に奇怪な世界に捕らわれてしまった青年の彷徨「明けの刻」
 子供の頃に花双六に魅せられ、自分でそれを描こうとする青年の姿を描く「花双六」
 雨柳堂に居付いたもののけたちの謎の行動を描く掌編「もののけの秘め事」
 雨柳堂を訪れては贋作を売りつけようとする者たちと蓮の奇妙な攻防「まめだ」
 怪談マニアの作家の前に、昔の知人を名乗る女優が現れたことから始まる奇譚「二季鳥」
 幼い頃の従姉の死の記憶に苦しめられる青年を主人公にした、うるわしの英国シリーズとのクロスオーバー「夢の天使」
 山で平和に暮らす釉月が、奇妙な隣人と出会う「山の秋」
 狐の助けで財を成したという大店の気難しい大女将の世話をする娘が知った秘密「香木屋の鍵」
 時と場所を選ばず現れ、自分を「公子様」と呼びかけるあやかしたちによって蓮の現実が侵食されていく「彼方より来たれり」
 雨柳堂を訪れたいと望みながらも、何故か悉く機会を逃してしまう青年の物語「辿りつけない処」

 これらのエピソードの多くでは、京助さんやグラント先生、そして久々の登場となった釉月や篁、さらには作家で怪談マニアの花田先生など、懐かしい顔ぶれが登場。
 また「夢の天使」と「山の秋」は、作者の画業三十周年記念本『千波万波』が初出のためか、本作には珍しいイベント性が感じられる内容となっています。

 しかしやはりどこから読んでも、いつから読んでも不思議に「懐かしい」手触りは、相変わらずと言うべきでしょう。どのエピソードも良いのですが、この巻では、人情話としての完成度もさることながら、終盤の捻りが見事な「香木屋の鍵」が特に印象に残りました。


 しかし――本書のあとがきを読むと、愛読者としてはいささか複雑な気分になるのもまた事実。確かにこの数年、本作は不定期連載であり、本書に収録された最後のエピソードも一昨年のものですが――しかし、雨柳堂閉店の意図について作者の口から出ると、やはり衝撃的であります。
 それはありがたいことに今のところ避けられているようですが――しかし、それを踏まえて本書のラスト2編を読むと色々と考えさせられるものがあります。

 作者曰く「結界を張って」何時までも変わらぬ姿を見せてきた、そして様々なこの世のものならぬ者たちを前にしても、基本的に超然とした態度を見せていた蓮。そんな彼が、自分を異界から迷い込んだ公子と呼ぶ者たちの声に惑い、夢と現も曖昧なままに彼岸に消えそうになる「彼方より来たれり」。
 確かに存在することは間違いないのに、そして訪れたいと切望しているのに、しかし向こうから避けられているように、あるいは本当は幻のように、雨柳堂と縁を持てない青年の姿を描く「辿りつけない処」。

 冷静になればどちらもいかにも本作らしいエピソードではあるのですが、しかしこれがラストでもおかしくはない――疑ってみればそんな風にも見えてしまうのであります。

 もちろんそれはこちらの勝手な思い込みであり、何よりも、あとがきによれば、ラストエピソードはずっと前から構想されているとのこと。
 それを理解してもなお、やはり蓮君にはいつまでもこちら側にいて欲しいし、辿り着けぬ場所であっても、雨柳堂はいつまでも、いつでもどこかにあって欲しい――そう思ってしまうのが愛読者の性というものでしょう。

 だからこそ、もしかするとまたしばらく待つことになったとしても、再び雨柳堂を訪れることができると信じて待ちたい――そう心から思っているところなのです。


『雨柳堂夢咄』其ノ十八(波津彬子 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon

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 「雨柳堂夢咄」其ノ十二 また会う日まで…
 「雨柳堂夢咄」其ノ十三 時の流れぬ世界で時の重みを知る
 「雨柳堂夢咄」其ノ十四 流れる人と変わらぬ物の接点で
 『雨柳堂夢咄』其ノ十五 百話目の雨柳堂、百話目の蓮
 波津彬子『雨柳堂夢咄』其ノ十六 区切りを超えても変わらない暖かい世界
 波津彬子『雨柳堂夢咄』其ノ十七 変わることなく品揃え豊富な人と骨董品の物語

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2021.02.25

桐丸ゆい『仙猫トラキチ』 女子高生、猫の導きで仙女になる!?

 江戸ものを得意とする作者が「お江戸ねこぱんち」誌に連載した、ちょっとユニークな猫漫画であります。謎の猫によって江戸時代にタイムスリップしてしまった女子高生・美々。そこで彼女が経験した出会いとは……

 思い切って告白した先輩に振られ、落ち込んでいた女子高生の美々。どこか遠く誰も知らないところへ行ってしまいたいなどと野良猫相手に話しかけた美々ですが、何と猫はそれを聞いて巨大化――人語でトラキチと名乗ると、彼女を一呑みにしてしまうのでした。

 と、次の瞬間、元の大きさに戻ったトラキチとともに、時代劇のセットのような場所に落ちてしまった美々。しかしそれはセットなどではなく正真正銘の江戸時代――長屋に暮らす青年・辰平の部屋の屋根をぶち抜いて文字通り転がり込んでしまった美々は、仙界からやってきた仙女だと誤解され、そのまま長屋に暮らすことになります。

 しかし元の時代に帰りたいと思っても、トラキチはどこかに逃げ出してしまい、行方不明。辰平の手を借りて、江戸中を探し歩く美々ですが……


 というわけで、女子高生タイムスリップもの(?)の一つである本作ですが、江戸文化に詳しい作者らしく、美々の目に映る様々な江戸の風物・文化が描かれていくのが本作の特徴の一つであります。
 江戸時代の屋台の寿司の大きさなど細かい描写や、迷子探しの石標といった江戸時代ならではの道具立てなど、デフォルメされた絵柄の中で丁寧に描かれる江戸ものの数々は、いかにも作者らしいといつもながら感心させられます。

 しかし本作で最大のサプライズは、第3話から登場するトラキチの飼い主の正体です。その飼い主の名は平田篤胤――そう、国学者であり、そして神隠しから帰ってきた少年・寅吉に取材した奇書「仙境異聞」を著したあの篤胤であります。
 ……アッ、だからトラキチで仙界だったんだ!? と雑誌連載時に読んだ時にひっくり返った記憶がありますが、いやはや、これはやはり非常にユニークなアイディアであり、個人的には本作最大の魅力と感じます。

 もっとも、この設定だと「仙境異聞」がかなりの部分でフィクションということになってしまったり、またもう一つ本作のオリジナル設定である篤胤が実は○○という部分が、物語の中であまり機能していなかったりという点はあるのですが……

 もっとも後者については、本作が全4話と、比較的短い――本作全体で見たとしても分量的には中編クラス――ことも作用しているかも知れません。
 もう少し長期連載であれば、美々と辰平と篤胤(書きそびれましたが、本作の篤胤は美々たちとほぼ同年代に見える若者という設定)という三人の友情が、もっと描かれていたかもしれませんが――これはもちろん勝手な想像ではあります。

 そんなわけでいささかあっさりめの味付けではありますが、少女が過去で暮らしたことで自分の現在を考え、未来を目指す姿を描いた本作、後味のよいファンタジーとして楽しめる作品であることは間違いありません。
 そして電子書籍オンリーとはいえ、本作が単行本として一冊にまとまったのも、ありがたい話であります。

(もっとも、電子書籍オンリーの場合のねこぱんちコミックスらしく、本書も省エネな作りなのが残念なのですが――もちろんそれは作品のせいではないことは言うまでもありません)


『仙猫トラキチ』(桐丸ゆい 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon


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2021.02.24

末吉暁子『水のしろたえ』 もう一つの「天の羽衣」と少女の選んだ世界

 「羽衣伝説」を下敷きに、平安時代初期を舞台として描く時代ファンタジーであります。水底の国からやって来たという母が遺した「水のしろたえ」を求める少女・真玉。様々な出会いの末に、彼女の選ぶ道とは……

 元・駿河国守であり、武人としてエミシ討伐にも参加した菅原伊加富の娘として生まれた真玉。彼女は幼い頃から水の中に潜む不思議な生き物・ギョイと言葉を交わす力を持っていました
 そしてある日、ギョイは真玉を産んで亡くなった母・玉藻のことを語ります。彼女は実は「水底の国」の住人――かつて地上に遊びに来た際に、「水のしろたえ」を伊加富に奪われ、故郷に帰れなくなったというのであります。

 その事を真玉が問おうとした矢先に、坂上田村麻呂の副官として二度目のエミシ討伐に向かうこととなった伊加富。京に帰り次第、母の真実を語ると約束した父の帰還を都で待っていた真玉ですが――やがて、父が命を落とした上、敵前逃亡の疑いをかけられているという信じられない知らせが届くのでした。

 心無い人々の言葉をぶつけられた上、盗賊に火を付けられて屋敷を失い、乳母の小松とともに石山寺に身を隠した真玉。そこで父に恩を受けたという少年・片耳の世話になって暮らす真玉は、平城帝の想い人である薬子、そして帝の皇子・高丘親王と偶然知り合うことになります。
 そんな中、都に凱旋の途上に石山寺を訪れた田村麻呂。その一行の中にいたエミシの指導者・アテルイとモレを密かに訪ねた真玉は、アテルイから、陸奥に帰ったら伊加富のことを探すという言葉を得るのでした。

 しかしその直後、講和に来たはずのアテルイたちが処刑されたことを知った真玉。田村麻呂を問いただすため、彼が参詣するという竹生島に片耳とともに忍び込んだ真玉は、そこで偶然、海中に落ちた高丘親王を救うことになります。
 それが縁で薬子に召し出された真玉は、高丘親王が物の怪に祟られていることを知るのですが……


 地上の男と天上の女が結ばれるという、極めてファンタスティックな物語であると同時に、ひどく残酷な物語でもある「天の羽衣」伝説。それは一種の美しい異類婚姻譚である一方で、二人の関係が羽衣の略奪に始まり、そしてその奪還で終わるという点で、拭い難い暗い陰を感じさせます。
 そのバリエーションである本作もまた、随所に重さ、暗さを感じさせる物語であります。そもそも、物語の本筋である真玉の物語からして、父がエミシとの戦いで汚名を着せられた末に行方不明となるという重い設定なのですが、さらに彼女の生まれが生まれであるだけに、宿命的な陰を背負うのです。

 そしてまた、物語の中で彼女が出会い、関わり合う人々の多くが、いわゆる敗者の側に属する者であることもまた、物語に重みを加えることになります。エミシの指導者として戦い、処刑されたアテルイ。後に上皇を唆し乱を起こした悪女と呼ばれる薬子。その乱によって廃皇子とされた高丘親王。
 いずれも、いってみれば朝廷との戦いに敗れ、歴史の陰に沈まざるを得なかった人々であります。

 そんな本作は地上と水底の国、すなわちこの世界とここではないどこかとの間で揺れる少女を描いた物語であり――そしてこの世界(を支配するロジック)の一つの象徴として描かれる朝廷との軋轢に苦しむ人々(伊加富や田村麻呂もその一人と言ってよいでしょう)と関わり合う中で、自分が何者であるかを知り、そして自分の居るべき場所を知る、アイデンティティ構築の物語であると言ってもよいのではないでしょうか。
(その意味で、水底の国の姿が明確に描かれないことには理由があると感じられます)


 そして真玉が選ぶのがどちらの世界であるのか――それはここで述べる必要はないでしょう。
 しかし、彼女の母の想いの一端を示すことにより、彼女の選択に説得力を与え、そして同時に「天の羽衣」伝説に一つの救いを与える結末は、甘いといえば甘いのかもしれませんが、やはりホッとさせられるものがあります。

 子供にとって、いや人間にとって、自分が父と母の愛の結晶ではないのではないかという想いは、自分自身の存在にも関わる恐るべき疑いでしょう。
 本作の結末で描かれるのはその想いからの解放であり、そして自分自身がここに居る――居る意味があるという想いを抱えた上での、(逃避などではない)新たな愛の始まりなのですから……


『水のしろたえ』(末吉暁子 理論社) Amazon

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2021.02.23

山口貴由『衛府の七忍』第10巻(その二) 戦うべきもう一つの敵と鬼たちの選択

 『衛府の七忍』第10巻・最終巻の紹介の続きであります。ついに集結した鬼たちが向かう先とは、物語の結末で描かれるものとは――物語は意外な形で大団円を迎えます。

 各地から集結し、悪徳の海底娼館・竜宮城を支配する浦島太郎と乙姫との対決を繰り広げた鬼たち。その対決を終えた後、鬼たちの次なる戦いは――というところで、しかし本作は、全く意外な結末を迎えることとなります。
 ここでその内容には全ては触れませんが、最終話で描かれる鬼たちの姿――覇府の支配した地を捨て、自由を求めて旅立つ姿は、これはこれで納得できるものではあります。しかし、おそらくは読者のほとんどが、いよいよ魔剣豪・鬼哭隊とのド派手な決戦が始まることを期待していたであろうことを思えば、拍子抜けであったことは否めません。


 しかしこの結末は、ある意味必然であったのかもしれません。前回の冒頭で述べたとおり、絶対権力者である徳川家康が、徳川幕府が実質的に戦いから降りてしまった以上、鬼たちが明確に打倒すべき相手はいなくなってしまったのですから。

 いや、実は戦うべき相手はいます。この物語の冒頭から随所で語られていたように、まつろわぬ者たちを迫害するのは、権力者たちだけではなく――たとえ彼らに使嗾されることはあるにしても――民草たちもまた同様であり、そんな彼らの所業もまた鬼たちを生み出すのですから。
 思えば、本作最大の敵として登場する桃太郎を始めとする御伽話の主人公たちは、その民草たちによって長らく親しまれていた、まつろわぬ者たちを滅ぼす物語の主人公であり――それはこの、もう一つの敵の象徴でもあったのでしょう(もちろん、鬼の敵で桃太郎、というのは当然あるにしても)。

 そしてこの巻で描かれる竜宮城が、少なくともまつろわぬ者との不可侵を定めた幕府の法から外れた性と暴力の場であり、その客が――その嗜好は別にしても――普通の民草であろうこともまた、この先の鬼たちの戦う相手の存在を窺わせるのです。


 それでは、鬼たちは今度は民草と戦わなければならないのでしょうか?
しかし、迫害を、差別を逃れるためには、その相手を滅ぼすしかないという考え方は、これはもちろんあまりに短絡的であり、そして新たな鬼を生み出すものでしかないことは言うまでもありません。(それこそ『蛮勇引力』のように、全てを巻き添えにしても敵を滅ぼすという結末もあるのかもしれませんが……)

 だとすれば、海の上に楽園を――まさしくトコヨノクニやニライカナイの如く――作り出そうとする鬼たちの姿には、大いに頷けるものがあるといえるでしょう。それはある意味、史実――いいかえれば時の権力が作り出した正史からの逃避かもしれませんが、しかしそれはそれで伝奇・稗史というものの在り方といえるのですから。
(もっとも、こうした行為で救い出せる者はあまりに少ないのですが、しかしそれでもゼロではない――と考えるべきでしょうか)

 もちろんこれは私の勝手な想像に過ぎないのですが……


 なお、この第10巻と同時に発売された「チャンピオンRED」4月号では、別冊で全34ページのオールカラー冊子「衛府の七忍の世界」が付録となっています。
 この冊子、これまでの全エピソードのカラーイラストと、描き下ろしの『魔剣豪鬼譚』として、鬼哭隊への「入隊祝い」として宮本武蔵と沖田総司が真剣勝負を繰り広げる3ページを収録。さらに第10巻には収録されていなかった作者あとがきも掲載されており、ここまで読んで初めて『衛府の七忍』完結といえる内容であります。

 本作の締めくくりとして、振り返りとして、ファン必読の内容ではありますが――やっぱり鬼たちと鬼哭隊の決戦が読みたくなってしまうのが、唯一難点というべきでしょうか。

 何はともあれ、『衛府の七忍』これにて大団円であります。


『衛府の七忍』(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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 山口貴由『衛府の七忍』第9巻 激突、十大忍法vs時淀み 望みを巡る対決

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2021.02.22

山口貴由『衛府の七忍』第10巻(その一) 集結 衛府の鬼、対決 浦島太郎!

 まつろわぬ者たちを代表する七人の怨身忍者たちの戦いを描いてきた『衛府の七忍』もついにこの第10巻で完結。徳川家康亡き後、ついに集結した鬼たちが戦う相手は何者なのか。そしてその先にあるものは……

 支配者たちの圧政に抗する、化外の民・まつろわぬ者たちを象徴する鬼=怨身忍者。これまでそれぞれの立場から、支配者たちと彼らが生み出す理不尽と戦い続けてきた彼ら七人の怨身忍者ですが――この巻の冒頭で、最大の敵ともいうべき覇府=徳川幕府の頂点である家康は、あっさりとこの世を去ることになります。
 それも、化外の民の棲む領域を侵すこと、そして乱捕りによる人身売買の二つの禁止という、事実上の鬼との停戦宣言を遺言として。天下大君たる家康も、鬼たちが家光を襲うことを怖れていたのであります。

 そして最大の敵をあっさりと失ってしまった末に、大昔から言い伝えに残された化外の民の安らぎの地・トコヨノクニを求めて与謝半島を訪れたカクゴと伊織。そこで二人を待っていたのは、まるで西部劇の無法の町のような悴者の町でありました。
 そこで同じく海の向こうの楽園・ニライカナイを求めてやってきたタケルと出会い、拳を交えるカクゴ。しかし二人が意気投合したのも束の間、その直後に伊織は漁師姿の男に捕らわれてしまったのであります。漁師姿の男、すなわち瑞江浦嶋子――神州三大太郎の一人・浦島太郎に。

 伊織の行方を求めて殴り込んだ悴者の町で、用心棒として現れたレンと出会い、浦島太郎の海底娼館・竜宮城の存在を知るカクゴとタケル。
 一方、浦島太郎によってその竜宮城に連れ去られた伊織は、同様にここに囚われていた髑髏を手にした蝦夷の少女――リッカ、そしてある目的で潜入していた顔見知りの雷忍・京馬に助けられることになります。

 浦島太郎と乙姫を瑞江浦に誘き出し、浦島太郎に戦いを挑むカクゴ・タケル・レン。さらにそこに加わったリッカが乙姫を襲い、戦いがさらに激化した時、テヤンを伴って瑞江浦を訪れたツムグの舞六剣が割って入り……


 零鬼カクゴ
 震鬼レン
 雪鬼リッカ
 霹鬼タケル
 霧鬼ツムグ
 雷鬼キョウマ
 そして霞鬼ハララ――
 これまで銘々伝的にそれぞれの物語が描かれてきた七人の鬼たちのうち、散以外の六人がついに対面することとなるこの竜宮編(ちなみに散は冒頭、江戸城に現れた姿が描かれます)。
 はたして個性の塊のような面々がどのように出会い、そして共に手を携えて戦うことになるのか――というのが、ここまで読んできた我々読者の最大の興味であり、楽しみであったことは言うまでもないでしょう。そしてこれはもう期待通りというべき姿と行動を描いてくれた、というほかありません。

 カクゴを除けば全員初お目見え以来の登場となるわけで、ずいぶん久しぶりの再会となる面子もいるわけですが――しかしいずれもそんなブランクを感じさせない存在感で、実に「らしい」暴れっぷりを見せてくれるのがたまりません。
 そして鬼たちだけでなく、彼らと旅を共にしてきた者たちもきちんと顔を出してくれるのも、また嬉しいところであります。
(特に、もうこのままフェードアウトするのではないかと思われた銀狐に再会できたのは感動!)

 そしてついに集結し、浦島太郎というビッグネームに挑むこととなった鬼たちの戦いの行方は――というところで、しかし物語は、全く意外な結末を迎えることとなります。

 それは――少し長くなりましたので、次回に続きます。


『衛府の七忍』(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2021.02.21

『半妖の夜叉姫』 第20話「半妖の隠れ里」

 せつなとともにある谷に向かったとわ。そこは、火事で焼け出されたせつなが暮らしていた隠れ里だった。半妖の娘・紫織が張った強力な結界の中で半妖の子どもたちが匿われていた里。しかしある日、紫織の力が蝕で失われた際に妖怪・蛾ヶ御前が里を襲撃、せつなも里を守って戦うのだが……

 今回のエピソードはせつなの過去編。火事で森を焼け出された後にせつながどこで何をして暮らしていたのか、そして弥勒との因縁とは――数々の謎が明らかになります。

 ある日、雲母に乗ってどこかに向かうせつなにくっついていったとわ。その先はとある谷――彼女が時折訪れているというそこは、実は彼女が子供時代を過ごした地だったのであります。
 あの森を襲った火事の後、邪見(のバックには当然殺生丸がいるのでしょう)に連れられてこの谷にやって来たせつな。そこは、百鬼蝙蝠の父と人間の母の間に生まれ、かつて犬夜叉たちに力を貸したこともある半妖の娘・紫織が暮らす地だったのであります。持ち前の強力な結界を張る力で、引き取った半妖の子供たちと暮らしていた紫織にせつなも預けられ、そこで同じような境遇の子供たちと暮らしていたのです。

 そんな中でも何だかんだで気を配っている父親(たぶん)の配慮で、短刀を与えられたり、手紙ですごく大雑把に修行方法を指示されたりして暮らしてきたせつな。まさか今でも得意技の群れ発ちの燕が、この頃に自己流(たぶん)で会得したものとは思いませんでしたが、栴檀は双葉より芳しとはこのことでしょうか。その力で里を妖怪たちから守っていたせつなは一度は手紙の指示で楓の村で暮らしたりしたものの、結局馴染めずその後も隠れ里で暮らしていたのでした。
(しかしせつなはいつの間にかあのモコモコを巻いているのですが、これもプレゼントで届いたのだろうな……)

 しかし一見平穏に見える隠れ里にも、一つの弱点がありました。それは蝕の日にしおりがで妖としての力を失い、人間同様になってしまうという、半妖特有の体質によるものでした。そしてある蝕の日、強力な妖怪・蛾ヶ御前が、紫織の結界が失われた里に迫ってきたのであります。
 せつなたちの力も及ばず、そして御前を追ってきた弥勒(「不良法師」というキャプションはいかがなものか……)もあっさり一蹴してせつなに迫る御前。しかしこの絶体絶命の危機にせつなの中の大妖怪の血が目覚め、一瞬で蛾ヶ御前はサイコロステーキ御前と化したのですが――しかしそれでも止まらないせつなの血の暴走。あわや紫織までも手にかけそうになった時、弥勒が微妙に犯罪くさいビジュアルで後ろから流れるように痺れ薬を嗅がせ、事なきを得るのでした。

 そして御前が持っていた薙刀・兼光の巴を媒介に、弥勒はせつなに封印を施し――楓の村に戻った彼女は、妖怪退治屋に加わって今に至っていたというわけでした。そして今でも時々隠れ里を訪れては、里を襲う妖怪たちを伊達にして帰していた彼女の姿が描かれて今回のエピソードは終わることになります。


 シチュエーション的に、絶対村が焼かれてせつなの性格があんなことになったのだろう、可哀想な紫織さん――と思いきや、全くそんなことはなく、ホッと一安心の今回。
 それではあの性格はやはり不器用すぎる父親の遺伝なのか――いや、あれだけ長いこと寝てなかったら無愛想にもなるか――というのはさておき、『犬夜叉』の登場キャラクターをうまく活かしつつ、せつなの技や得物の由来、そして何よりもとわと別れてからの暮らしが明らかになったのはなかなか良かったと思います。

 これで三人とも過去編が描かれたわけで、後は未来に――クライマックスに向かうということでしょうか。次回も大きな秘密が明らかになるようで、期待したいと思います。


『半妖の夜叉姫』Blu-ray Disc BOX 2(アニプレックス) Amazon

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公式サイト

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2021.02.20

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第18巻 続く二つの戦いと三人の笑顔

 漢の劉邦と楚の項羽――第二ラウンドに入った両者の戦いはいよいよ佳境。劉邦がケイ陽城に籠って項羽の猛攻を凌ぐ間に、河北諸国を韓信が平らげる――そんな遠大な張良の策は果たして成功するのか。そして韓信があの歴史に残る戦いを繰り広げる一方、張良は宿敵との最後の戦いに挑むことに……

 歴史的な惨敗を喫しつつも、張良と韓信の奮闘によって再起した劉邦。復活した劉邦を今度こそ滅ぼさんとする項羽の攻撃が迫る中、張良は驚くべき二面作戦を献じます。
 劉邦が主力とともにケイ陽城に一年間籠城する間に、韓信が河北を平定し、楚を囲む――漢最強の将である韓信を欠きながら、果たして一年間籠城できるのか、そして一年間で河北の五国を平定することはできるのか? 張良と韓信の過酷な戦いが始まったのであります。

 というわけでこの巻では、前巻に引き続き、河北とケイ陽、二つの戦いが描かれることになります。まずこの巻の前半で描かれるのは、韓信の趙攻め――元々多くはない軍をケイ陽への援軍に送り、2万の軍でもって趙の20万の大軍を攻めるという、まず普通に考えれば、無謀すぎる戦いであります。
 しかしここで韓信が見せたものこそ、まさに国士無双の証であります。

 唯一怖れる相手であった李左車将軍の策が退けられたことを知って完爾と(本当に爽やかにニッコリと)笑った韓信が取った陣形――それは川を背にするという、兵法の常識からすればあり得ないものでありました。
 そんな韓信の浅慮を嘲笑って攻めかかる趙軍ですが、しかし――と、これこそ史上名高き背水の陣。敢えて兵たちを死地に置くことによってその力を振り絞らせるという、あのあまりに有名な布陣であります。

 そして爽やか快勝した後に李左車将軍を遇する姿も心憎いばかりで、やはり韓信は大将軍に相応しい人物というしかない――そう感じ入るばかりであります。


 さて、こうして韓信が大勝利を挙げた一方で、膠着――いや徐々に追い込まれているのがケイ陽城の戦いであります。
 文字通り生命線である敖倉(外部の食料庫)との繋がりを断たれ、当初の張良の宣言よりも籠城できる期間は遙かに短くなった上、必勝を期す范増の執拗な策によって、漢軍は大いに苦しめられるのです。

 張良も見ていて本当に不安になるくらいの窶れっぷりですが、ここで彼が頼ったのg陳平。これまで張良の陰に隠れてあまり活躍してこなかった陳平の謀略の才が、ここで描かれることになります。
 その陳平の策とは、項羽と范増の間を裂く離間の計――項羽の武を支えてきた范増の謀を除くことができれば、大きく戦況は変わり得ます。そこで陳平は、范増をターゲットに、意外な、しかしいつの世も変わらぬ人間心理を利用した策に打って出たのであります。

 ……が、最初の策はうまくいかず、張良のフォローで――という本作ならではのアレンジは賛否分かれるかもしれませんが、最終的には歴史が示す通りの展開になります。ここで策が発動した場面で張良と陳平が浮かべる笑みが最高に黒いのですが――何はともあれ、長きに渡り智と謀の世界で死闘を繰り返してきた范増も、ついに去ることになります。

 そして去りゆく范増が遺す言葉が最高に格好良い――ものの、しかしその数コマ後にいきなり、というのは、正直なところギャグっぽく見えてしまうのが残念ではありますが……


 何はともあれ、河北とケイ陽、二つの戦いで事態は大きく動きました。しかしいまだ河北の平定は終わらず、そしてケイ陽の籠城も続きます。果たしてこの先何が待つのか、そして本作がそれをどのように描くのか――まだまだ気が抜けない展開の連続であります。

『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第18巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2021.02.19

恵広史『カンギバンカ』第1巻 漫画として生まれ変わった『じんかん』刊行開始!

 第11回山田風太郎賞受賞、直木賞にもエントリーされた今村翔吾の『じんかん』――その漫画版の単行本第1巻が早くも刊行されました。歴史ものでは悪役として描かれることが多かった松永久秀を全く異なる角度から描いた物語の、その序章であります。

 『BLOODY MONDAY』など現代ものを描いてきた恵広史がおそらく初めて挑む歴史ものである本作。原作である『じんかん』は、将軍足利義輝殺し・主君三好長慶殺し・東大寺大仏殿焼討ちという三大悪を為した人物として知られる梟雄・松永久秀の「真の姿」を描く物語であります。

 人買いに捕まり、売られていく途中の九兵衛と甚助の兄弟。彼らは、その人買いどもの不意を突いて襲いかかった、子供ばかりの野盗団によって助けられることになります。
 頭領の多聞丸をはじめ、全員天涯孤独の身の上である野盗団に対して、自分たちも同様の身の上でありつつも、一度は彼らを信じられずに距離を置こうとする九兵衛。弱肉強食の戦国の世に絶望していた彼に対して、多聞丸は自分たちの「夢」を語ります。

 「奪い奪われることのない場所(くに)をつくる」。孤児が自分たちの国を持つという、まさしく夢物語に強く惹きつけられた九兵衛は、多聞丸――松永多聞丸とともに歩むことをを決意して……

 という第1話については以前もご紹介しましたが、やはり改めて読み直してみても、原作では多聞丸視点で始まった物語を九兵衛視点で描くことにより、多聞丸たちの行動のインパクトを強めるという語り起こしに唸らされます。
 そして何よりも、同じ大望を持つ仲間として歩みだす多聞丸と九兵衛の、動と静の描写も巧みで――特に多聞丸のキャラクターは、実にマガジンの漫画らしい造形で感心させられた次第です。


 そしてこの巻の後半では、いよいよ戦に参加してのし上がろうという多聞丸たちが、最後の一稼ぎに挑むも――という悲劇が描かれることになります。

 原作ではそこに、多聞丸の九兵衛への嫉妬めいた感情が描かれ、それが悲劇の遠因ともなっているのですが――本作ではそこをバッサリカット。それによって、後半の展開の原因がほとんど全て「外側」に求められることになり、ある意味より悲劇性が高まっていると感じます。

 ちなみに本作は、物語の流れ自体は原作に忠実ではあるものの、先に述べた視点の変更など、細かい点でかなりアレンジやエピソードの取捨選択(九兵衛と甚助の母の死の真相など)が加えられています。
 この辺りは、本作を一本の週刊連載漫画として描いた時の流れが自然になるよう――流れが途切れないよう――周到に考えられていると感心いたします。

 閑話休題、クライマックスに至り、松永久秀について知識がある人間であれば「アッ」となる展開――そしてこれまたこの場面の少年漫画的なテンションが実にいい――を経て、そしてさらなる悲劇の予感を描いてこの巻は終わることになります。


 冒頭で触れたように、この巻は物語のまだまだ序章(原作の第一章の終盤辺りまで)、ここから本当の幕が上がるのですが――いよいよ戦国ものとして、そして松永久秀伝として盛り上がっていく物語を、本作がどのように少年漫画として描いてくれるのか、楽しみでなりません。

 原作のストーリーに忠実でありながらも、そこに安住せず(と敢えて言ってしまいましょう)漫画として描くために物語を構成し直すという、小説の漫画化として理想的な形式の本作。原作の物語の面白さは折り紙付きなだけに、本作の向かう先には、大いに期待させられてしまうのであります。


『カンギバンカ』第1巻(恵広史&今村翔吾 週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2021.02.18

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第4巻・第5巻 三人の少年のすれ違いと別れ そして新たな旅立ち

 いよいよアニメ放送も近づいてきた『拳闘暗黒伝セスタス』紹介の続きであります。幾度かの戦いを通じ、身分違いのルスカと友情を深めていくセスタス。しかしあまりにも残酷な運命が、二人を引き裂くことになります。そして再び皇帝ネロの元に召し出されたセスタスの選択は……

 皇帝ネロの時代、生きるために拳奴として命がけの戦いを義務付けられた少年・セスタスの苦闘を描く『拳闘暗黒伝セスタス』。今回ご紹介する第4巻・第5巻は、セスタスの運命のあまりにも大きな変転を描く、いわば第1部完とでも表すべきエピソードであります。

 格闘兵団での練習試合において、拳闘ではルスカに勝利したものの、暴走して何でもありの状態となった彼には手も足も出ずに終わったセスタス。その時の精神的ダメージから抜け出せないセスタスに対して、師たるザファルは、荒くれ格闘士に対し、身を以て拳闘の強さを知らしめて……
 というエピソードから始まる第4巻。何でもありの格闘士相手に、拳闘士の側も、近代拳闘では禁じ手とされている技で挑む――というシチュエーションは大いに盛り上がりますが、しかしこの巻の格闘場面はここともう一箇所のみ。むしろこの巻の中心となるのは、セスタスとルスカ、そして彼ら二人と縁のある少女・ヴァレリアを襲う悲劇的な運命なのです。

 セスタスたち拳奴を力で支配し、その命を弄んできた貴族・ヴァレンス――セスタスにとっては親友を自分の眼前で殺した怨敵ですが、その一人娘・ヴァレリアは、父の所業に深く心を痛め、諌めようとする、極めて純粋で美しい心の持ち主。そして彼女こそは、ルスカの恋人、婚約者だったのであります。
 それを知り、似合いの二人を心から祝福するセスタス。しかし死と暴力に満ちた物語は、この純粋に美しく、善良な二人をも容赦はしません。ヴァレンスに対する拳奴たちの不満は既に臨界点を超え、この圧制者の唯一の弱点ともいうべきヴァレリアを人質に、ついに叛乱、脱走へと至ったのです。

 その顛末について敢えてここで述べませんが、ここで二人の少年の心に残ったのは深い傷跡であり、そして二人の間に残ったのは深い断絶であります。身分の違いを超え築かれてきた二人の友情は、しかしここで拳奴に対して拭い難い怒りと恨みを背負うことになったルスカによって、一方的に断ち切られることになったのですから……


 そして続く第5巻では、そんな悲劇の先の、セスタスの運命の変転が描かれることになります。
 拳奴たちの叛乱の責任を取らされたヴァレンスが没落し、売り飛ばされることとなったセスタス。ザファルとも引き離され、悍ましい奴隷市場に「商品」として立たされるという屈辱を味わったセスタスを買い取ったのは――皇帝ネロその人であります。

 かねてより同年代の少年として、セスタスに対等の友人であることを求めてきたネロ。しかしその想いに戸惑うセスタスに一度は拒絶された彼は、今度は主としてセスタスに相対することになります。
 もともと(この『拳闘暗黒伝』においては)セスタス、ルスカに並び、第三の主人公的存在であったネロ。セスタスとはあまりにも身分も立場も異なるネロですが、しかし本作においては、彼はまた違った意味で自由を渇望する少年として描かれるのです。

 母・アグレッピーナの陰謀の果てに傀儡の同然に皇帝となり、妃を含めて周囲の誰一人として心を許すことができず、強い孤独を背負うネロ。奴隷として鎖に繋がれたセスタスに対し、皇帝として全てを持ちながらもその立場に縛られたネロと――ほぼ正反対の立場でありながら、二人は奇妙な共通項を持つともいえるでしょう。
 しかし、少年ゆえの未熟さが二人をすれ違わせ、大きな溝を生んでしまう――その姿は、何とも切なく、口惜しく感じられます。

 暴君としての印象が強すぎるネロ――その彼をこのような角度から描くことができたのは、本作の収穫の一つでしょう。そしてこれまで典型的な悪女として、ネロに過剰な(この巻では異常な)愛を注ぐアグレッピーナすらも、その陰の悩める母としての姿を描いてみせるのにも、また驚かされるのです。
 拳奴という存在を通して、皇帝一家の抱えた孤独を浮き彫りにしてみせたこの巻のエピソードは、歴史ものとしての本作の魅力が、最も色濃く表れたものと感じるのです。


 そして再びネロのもとを離れ、敢えて安逸な立場を捨て、再び拳奴としての道を歩み始めるセスタス。ザファルには再会できたものの、ローマを離れることとなった彼の物語は、これより全く新たな展開を迎えることになりますが――それはまたいずれ、ご紹介しましょう。


『拳闘暗黒伝セスタス』(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon

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2021.02.17

わらいなく『ZINGNIZE』第5巻 再戦開始 二甚内vs風魔小太郎!

 風魔が復活させた死人の群れが江戸城に向けて動き出した中、愛する菊を救い出すため、再び風魔小太郎に挑む高坂甚内。そこに鳶沢甚内も加わり(あれ、庄司甚内は……?)戦いはヒートアップの一途を辿ります。不死身の肉体を持つ小太郎を倒すのは誰か――決戦の始まりであります。

 関東の古戦場で夜毎蠢く謎の軍勢――その正体は、謎の老武将に率いられて江戸城に進軍する、無数の死人たちでありました。探索に当たっていた菊が捕らえられたことを知った高坂甚内は、庄司甚内とともに、大久保長安の制止も振り切って彼女の救出に向かうことになります。
 そして死人の群れを蹴散らしながら突っ走る高坂甚内の前に現れた老武将は、太田道灌の名を名乗り……

 という場面から始まるこの巻。こう言っては何ですが、あまり大物武将が戦死するような合戦が起きていない関東で、死から甦らせるほどの武将がいたかしらん? と思ってみれば――合戦での死というのとは違いますが、なるほどこの人物がいたか! と完全に不意を突かれました。
 しかし風魔といえば北条氏の配下、そして後にその北条氏こそが彼の主家を滅ぼしたことを思えば、いかに自分を殺したのがその主家といえども、道灌の心中は穏やかではないのでは――と思いきや、こう来たか! ともう一度不意を突かれたのには驚かされました。

 しかし菊の身のほうは、まさに危機一髪の状況。それまでにこやかにギャグをやっていたかと思えば、突然その暴力性をむき出しにする小太郎によって、彼女があまりに無残な目に遭わされようとしたまさにその時――頼もしい援軍と共に絶妙のタイミングで駆けつけたのは、言うまでもなく高坂甚内であります。
 今までほとんど相手にされてこなかった菊ともちょっといい感じになったりして、気合い入りまくりの高坂甚内と、「オレとイチャイチャしろおおおおお!!!!」と、相変わらず面白い感じで彼に絡む風魔小太郎と――宿敵同士、実に第1、2巻以来久々の激突がここに始まることになります。

 しかしこの戦い、普通に考えれば高坂甚内の不利は否めません。何しろ小太郎は文字通り殺しても死なない不死身の体――初対決の際にはその肉体の前に、高坂甚内はボロっボロにされているのですから。
 その一方で、高坂甚内が得意とする毒は、数少ない小太郎にダメージを与える、いやダメージを残すことができる武器でもあります。どちらも一撃入れば死命を制する状態で、二人の超人忍者は凄まじい攻防を繰り広げるのですが……


 しかしこの戦い、とんでもない乱入者――鳶沢甚内が見参したことによって、まだまだ二転三転いたします。元々高坂甚内に勝るとも劣らないパワーを持つ上に、必殺の忍法雷震を持つ鳶沢甚内ですが――しかし彼の真の強さは、また異なるところにあったことが、この巻ではこれでもか、と描かれることになります。
 その活躍ぶりたるや、まさに本作ならではのダイナミックすぎる破壊力、素晴らしいやり過ぎっぷりなのですが――しかし彼はつい先だって高坂甚内の、いやそもそも大久保長安からの誘いも断っていたはず。その彼が何故、今になって参戦してきたのか――どうにもきな臭いものが漂います。

 しかしそれでも頼もしい助っ人であることに間違いはなく、二甚内と小太郎の戦いは、まさに最高潮。そしてそこに(先に行ったはずが豪快に遅れてきた)庄司甚内も加われば、無敵の三甚内となるはずですが――しかしさらに現れたのは、全く予想もしていなかったあの男。

 はたして彼こそが鳶沢甚内が恐れる男なのか? そして風魔小太郎との死闘にここでついに決着が付くのか? まだまだ謎は多く、ここで小太郎を倒して終幕とは正直思えないところであります。
 何が飛び出してくるかわからない超人バトルは、ここからが本番の様子――この先も、しっかりと食らいついていきたいと思います。

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2021.02.16

東村アキコ『雪花の虎』第10巻 虎が戦う理由 そして最初で最後の激突へ

 女人上杉謙信こと虎の戦いの物語もついにこの第10巻で終わりの時を迎えることとなりました。最終巻のメインとなるのは、第四次川中島の戦い――言うまでもなく、川中島の戦いにおいて最大の激戦であります。はたしてその戦で描かれるものは……

 実は女人であった長尾景虎、そしてこの巻の冒頭で上杉政虎/輝虎となる虎(ややこしいので虎で統一します)の生涯を描いてきた本作。前巻では、彼女にとって生涯最愛の人と言うべき進士源十郎、またの名を明智十兵衛の子を宿し、そして失った姿と、第二次川中島の戦いで消耗しきった末に、出家騒動というか出奔事件を起こすまでが描かれました。
 そして源十郎のもとに奔った虎ですが――そこに彼女を迎えに来たのが宗謙という、修羅場必至の状況から始まるこの巻。しかしさすが僧侶というべきか、ここで宗謙が虎に叩きつける厳しくも虎への信頼と愛情に溢れた言葉は、女人である彼女が戦う理由を語るものであり――ほとんどこの作品の本質を突くことになります。

 そしてこの本作のテーマを語り切ったかに見えるこの言葉とは、ある意味表裏一体のものとして描かれるのが第四次川中島の戦いであります。ほとんどお互い意地の張り合いのようにして激突する虎と信玄。いや、それは「ように」ではなく、まさに女と男、それぞれの立場からの意地の張り合いなのであります。
 そしてその女と男は、12年前と同じく、湯の中で再会することに――って、やるような気がしていたけれども本当にやるとは! というリプライズを経て、いよいよ両雄の最初で最後の激突が始まることになります。

 しかし本作のユニークな点は、「甲陽軍鑑」には依らず、虎が布陣したのが妻女山ではなく、茶臼山というかなり大胆なアレンジを加えている点でしょう。
 ほとんど通説とは正反対の布陣となりつつも、いかにそこからあの霧の遭遇、そして虎と信玄の一騎打ちに持っていくか? そんなアクロバット的展開が実に面白いのですが、それだけでなく、この戦のそもそもの特異性について、一から丹念に語ってみせるのもまた、本作ならではの見せ方と感じます。

 必ずしも戦国ファンとは限らない――というよりおそらく違う――作者の読者層を対象とした硬軟織り交ぜた解説は本作の特徴ですが、それは最後の最後までしっかりと機能していた感があります。


 それにしてもこの最終巻、冒頭の虎の出奔騒動が1556年、そこから虎が世を去る1578年(第四次川中島の戦いが1561年)までと、かなりの長期間を舞台としています。というより最終話の前半まで川中島の戦いで、一歩間違えればかなり駆け足になってしまいかねない構成なのですが――しかしそれが実際に読んでみると、実に綺麗にまとまっているのは、やはりこれは作者の力量というほかないでしょう。

 ただ一つ、源十郎改め明智光秀とのドラマは、もう少し引っ張って欲しかったという印象が個人的にはあるのですが、しかし二人の人生が交わったのはほんの一瞬、その先は虎には虎の、光秀には光秀の、それぞれの人生が続く――というのもまた、これはこれで一つの真実であることは間違いありません。


 そしてその果てに、虎が戦う理由、その強さの理由を描き切って終わった本作。謙信女性説という、ある意味お馴染みの、しかし今となっては扱いづらい題材を用いつつも、そこからブレることなく、最後の最後まで(きっちりと戦国ものとして盛り上げつつ)作者らしい視点を貫いてみせた物語であったと思います。

 あとがきによれば、またいつか歴史漫画を描きたいとのことで――その時を、今から楽しみにしている次第です。


『雪花の虎』第10巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2021.02.15

『半妖の夜叉姫』 第19話「愛矢姫の紅夜叉退治」

 関東管領の娘・愛矢姫から、賞金稼ぎとの合戦に勝利すれば退治屋を召し抱えにすると持ちかけられ、琥珀に無断で引き受けた翡翠。せつなは退治屋側、もろはは賞金稼ぎ側で合戦が始まるが、それに気付いたとわは二人の間に割って入る。しかしとわの訴え虚しく、三人の戦いが始まることに……

 前回が非常にシリアスかつ重要であったのに対し、今頃こういう話を――という印象が強い、かなり気が抜けたエピソードであります。

 ある日、妖怪退治屋に対して、賞金稼ぎとの合戦を持ちかけてきた関東管領・扇谷柊弾正の娘・愛矢姫。頭領の琥珀不在であったにもかかわらず、管領お抱えという言葉に目が眩んだ翡翠たちはこれを受けてしまうのですが――色物だらけの賞金稼ぎ側に(例によって師匠の借金をタテにされた)もろはが加わっていたことから、事態はややこしいことになります。
 当然せつなは退治屋側であるわけで、せつなともろはが戦うことをとわが知ったら黙っているはずがない――と、彼女を置いてこっそり合戦に向かう両者。そして始まる合戦ですが――ほとんど冗談のような面子の賞金稼ぎに対して、退治屋側は、容赦なくカタパルトで火炎弾(というか爆裂弾)をばらまくという鬼畜の所業に出るのでした。

 炎に取り巻かれ、ただ一人残されたもろはの前に駆けつけたのは、雲母に乗ったとわ。雲母から皆の行き先を知って合戦を止めに来たとわですが、そこ現れたせつなは聞く耳持たず、却って刃を向けられることになります。姉妹対決を止めようともろはが割って入ってみれば、今度はせつなはもろはと戦い始め――と、戦いがエスカレートする中、火炎弾の一つがもろはを襲い……


 と、どう考えてもうさん臭い提案に乗せられた挙げ句、夜叉姫たちが互いに戦うという今回。合戦を一体何だと思っているのかだとか、賞金稼ぎチームがほとんど悪ふざけのようなキャラばかりだとか、退治屋のテクノロジーレベルがおかしいというのはまあ置いておくとしても、いくら琥珀がいないというエクスキューズがあったとはいえ、妖怪退治屋が召し抱えを餌にされて飛びつくというのは、やはり違和感しか残りません。
 作中で「退治屋」と呼ばれているので、実は妖怪以外も退治するのかと思えばそういうわけではもちろんないわけですが――妖怪退治屋と(妖怪専門の)賞金稼ぎの違いとは? というそもそも論から気になってしまった次第。前者の方はより正義の味方に近い存在なのだろうな、とアバウトに理解していたのですが――今回を見ていると、その認識もだいぶ怪しいものだったのだな、という気がいたします。

 しかし何よりも残念、というより勿体無いのは、物語の設定的にいずれ描かれるであろうと思っていた夜叉姫同士――特にとわとせつなの戦いが、こんな形で消費されてしまった点であります。ドラマ的に大いに盛り上がるシチュエーションを、こんなところ雑に使ってしまうとは――と、これは悪い意味で驚かされました。
 今回の発端となった愛矢姫も、もっと序盤から出ていればそれなりに面白いキャラクターになっていたのかもしれませんが(というか柊弾正が再登場するとは思ってもみませんでしたが)、やはりそろそろ第2クールも大詰めという時期に、こういう話をこういうクオリティでやらなくても、というのが全てであります。


 次回はもう一人の半妖の少女、そして弥勒(過去シーンかもしれませんが)が登場しるエピソードとのこと。おそらくせつなの過去編だと思われますが、こちらは素直に楽しみにしているところです。


『半妖の夜叉姫』Blu-ray Disc BOX 2(アニプレックス) Amazon

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『半妖の夜叉姫』 第16話「もろはの刃」
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『半妖の夜叉姫』 第18話「殺生丸と麒麟丸」

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2021.02.14

「コミック乱ツインズ」2021年3月号

 雑誌の号数とはいえ、もう3月という文字を見るとドキッとしてしまう「コミック乱ツインズ」3月号であります。巻頭カラーは『はんなり半次郎』、巻中カラーは『鬼役』という組み合わせ、さらに『軍鶏侍』と特別読切『隠居武者』が掲載されています。今回もまた、印象に残った作品を紹介します。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 こちらは今回も正月回。寝坊していたところを紅さんに起こされるというラブコメみたいな導入ですが、聡四郎としては吉宗の新年早々の熱いヘッドハンティングに気持ちは乱れるばかり。無手斎の道場での玄馬との試合でも気持ちの乱れが出たか――いや、ここはやはり玄馬の研鑽の結果というべきでしょう、玄馬が勝利を収め、師から小太刀で流派を興すことを許されるのでした。
 この辺りの無手斎の見事な指導者としての姿を見れば、やはり鬼伝斎とは器が違うとしか言いようがないと感じますし、その無手斎を感じ入らせる紅の包容力(?)の大きさもまた見事と言うべきでしょう。

 そんな紅と聡四郎がまた初々しいという感じなのと対極なのが、大人の情欲ドロドロな間部詮房と月光院の関係。正月早々大胆にも、という感じですが、その月光院の腹心というべき絵島が、生島新五郎と出会うところで今回は終わることになります。
 言うまでもなく、歴史に残る事件の当事者となる二人ですが、この出会いを仕組んだのが紀伊国屋――彼が何を狙うのか、それが今後の焦点ともなるでしょうか。


『隠居武者』(鶴岡孝雄)
 とある藩で、今日も鎧兜に身を固め、領内をただ一人巡視して回る老武士・細田権兵衛。一朝事あらばと警戒を絶やさない権兵衛ですが、内職に励む周囲はそんな彼を敬遠し、そして息子も無役でありながらあくまでも武士として振る舞い続ける父を軽蔑し、指物師を目指している有様であります。
 そんなある日、顔見知りの藩士・海原が妻子を殺し、屋敷に立て籠もったことを知る権兵衛。藩政を憂い、意見書を上士に提出すると言っていた人物が何故と、単身権兵衛は海原の屋敷に足を踏み入れるのですが……

 特別読切の本作は、おそらく江戸時代前期、武士が戦士から官僚になってしまった時代を描く物語。とっくに時代遅れになってしまい、家族をはじめ周囲に理解されない古武士が活躍して――というのは、ある意味定番のパターンですが、本作の場合それを踏まえているようでいて、権兵衛と相似形のもう一人の武士が起こした悲劇を描くことで、彼が自身を顧みる形となるのが、独自性と言うべきでしょうか。

 権兵衛と海原の同じ点、異なる点、そして二人を分かったのは何なのか――そんなことを考えさせる物語はどこまでも苦いものではありますが、それだからこそたどり着ける結末には、一筋の光が感じられるのです。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 白子屋の残党との戦いと、梅安の友人・清助を襲う危機が並行して描かれる「梅安影法師」の第四回。今回は前半で、何者かに命を狙われ、別人のように憔悴してしまった清助がこのような状態に至った理由が描かれ、そして後半では、大坂から送り込まれた二人の刺客のうち残る一人・三浦十蔵と梅安の対決が描かれることとなります。

 もう一人の刺客である石墨の半五郎が、患者に化けるという策を用いた(その末にほとんど自爆した)のに対し、相手と呼吸を合わせ、一瞬の隙を突くというシンプルな、しかしプロとしての説得力十分な手段を用いる三浦(趣味が釣りというのもまたこの技の説得力を補強しています)。
 それに対する梅安の対応は――これはもう、踏んできた場数の差としか言いようがないでしょう。プロとプロの戦いはこういうところで決するのだろうな、と感心しつつも、家がバレていて何度も襲撃を受けている状況で、まだ住み続ける梅安も大概だなあと思わなくもありません。

 さて、実はこの辺りで物語は原作を離れているのですが――さて、この先どのような展開を迎えることになるのか。オリジナルキャラ(おそらく原作のあのキャラのアレンジだとは思うのですが)も登場する模様で、いよいよ先が読めない物語であります。
(まあ、それを言ったらさいとう・たかを版の方は……)


 次号は新連載で重野なおきの『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(なんというタイトル……)がスタート。『暁の犬』と『カムヤライド』の復帰のほか、『かきすて!』や『風雲ピヨもっこす』も掲載される模様です。


「コミック乱ツインズ」2021年3月号(リイド社) Amazon

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2021.02.13

田中ほさな『川島芳子は男になりたい』第3巻 対決、青幇&蒋介石! 芳子最後の戦い!?

 あの男装の麗人・川島芳子が本当に男に変身して冒険に身を投じるアクション活劇の第3巻であります。ついに石原莞爾の下、スパイとして活動することとなった芳子。その最初の任務は、青幇からの阿片の奪取という危険極まりないものでありました。しかもそこに現れた男の名こそは……

 男となって国家の大業を担うような冒険をするため、魔都・上海で男となるための術を施された芳子。その結果、「エロい感じ」になると男になり、涙を流すと女に戻るという妙な体質(?)になってしまった芳子ですが――しかしそれを活かして数々のミッションを達成、ついに石原機関の一員として迎えられることになります。

 そしてこの巻で描かれるのは、彼女の石原機関での初任務――上海に流通する阿片の行方の追跡ですが――しかし阿片を仕切るのは上海を影から支配する秘密結社・青幇。阿片を追うということは、即ちこの青幇と事を構えるということであり、初仕事というには、少しどころでなくハードな内容であります。

 それでも新たな仲間である海上麗瑠(上海リル!)の房中術によって、青幇三大頭目の一人・張嘯林の口からラオスから特級物の阿片が荷揚げされることを掴んだ芳子たちですが、今度はその強奪という無茶振りを石原から受ける羽目に(そしてそれをあっさり受ける芳子)。
 それでも文字通り体当たりで一度は成功したかに見えた強奪作戦ですが、そこに現れたのは同じく阿片横取りを狙う男、その名も蒋介石……!


 清・中華民国期に政治・経済両面で隠然たる力を振るった秘密結社・青幇と、国民党の軍事指導者として歴史に名を残す蒋介石。これまで様々な歴史上の人物・組織が登場してきた本作(というか川島芳子自身が歴史上の人物なのですが)ですが、今回もまた相当の大物の登場です。

 特に蒋介石は、芳子同様、上海の顔役・EV・サスーンに選ばれた者。余命僅かな「総統」(言うまでもなく、日本とも縁の深いあの人物でしょう)の夢を救うために、世界最強の軍隊を創り天下を平定すると嘯く、単なる敵役とは言い難い、むしろ一世の快男児と評すべき人物であります。
 いうなれば蒋介石は、芳子がそうなりたい「男」を体現したような人物。蒋介石が溥儀の政治的なライバルである以上に、芳子にとっては最大の壁と言うべき存在なのです。

 そして蒋介石が「男」として芳子と対置されるべきキャラクターであるとすれば、「女」として対置されるのは、麗瑠でしょう。
 石原機関の同僚として、そしてスパイとしては先輩として描かれる彼女は、女であることを自らの最大の武器として使うことを躊躇わない――言い換えれば、自分が「女」であることに、極めて自覚的な存在。そんな彼女が、事ある毎に男たらんとして暴走する芳子に、冷静にツッコミを入れるのも、むしろ当然と言うべきでしょう。

 この巻で描かれるのは、石原機関vs青幇vs蒋介石一派の三つ巴のジェットコースターバトル――本当に留まるところを知らないというか、事態がページを繰るごとに変わっていく疾走感はお見事――であることはもちろんであります。しかし同時に、いやそれ以上に、「男」と「女」その双方で自分と対極の相手と対峙させることによって、芳子という人間の在り方が問い直されたのではないか――そう感じます。

 そしてそれは、肉体的に「男」になったとして、はたして芳子の心は「男」なのか「女」なのか。芳子が目指す「男」とは、肉体的なもののみを指すのか――いやそれよりも何よりも、「男」がそこまで優れたものなのか? という、より根源的な問いかけに繋がっていくことになります。
 正直なところ、この巻の時点では、この問いかけに完全な答えが出たとは言い難い印象もありますが――しかしラストで蒋介石が芳子にかけた言葉は、その答えの一つと感じられます。


 しかし、残念なことに――本当に残念なことに、本作はこの第3巻で終幕ということになります。面白そうな題材は幾つもあるのに、何よりも西太后一派との戦いはこれからだというのに――と口惜しい気持ちはあります。この先、日本と中国、諸外国との関係が混迷を深めていく中を、颯爽と駆け抜けていく芳子の物語をまだまだ読みたかった、と心から思います。
 しかし、派手な活劇や絶妙な呼吸のギャグ、そして伝奇的な仕掛けと同時に、巧みにジェンダー的な視点を盛り込みつつ芳子の成長を描いてみせた本作に出会えてよかった――それもまた、偽らざる思いなのであります。


『川島芳子は男になりたい』第3巻(田中ほさな 講談社シリウスKC) Amazon

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2021.02.12

『半妖の夜叉姫』 第18話「殺生丸と麒麟丸」

 とわとせつなに反撃を試みるも、ついに敗れ去った渾沌。八陣が消え、逃げ出した饕餮を追う三人の前に、ついに麒麟が現れる。せつなの夢を取り戻すため、麒麟と戦うとわたちだが、圧倒的な実力差の前に次々と地に伏すこととなる。しかし麒麟丸がとどめを刺さんとした時、殺生丸が現れ……

 ついに夜叉姫たちが麒麟丸と対峙、さらに殺生丸も――という重要な回なのに、かなり脱力ものの作画の今回。アバンタイトルも丸々前回のクライマックスで、ちょっと色々心配になります。

 それはさておき、とわとせつなに八陣を抜けられ、直接対峙することになりながらも、なおも余裕を見せる渾沌。七色真珠は一箇所に集まってはならないとかかんとか意味有りげなことを言いながら、次々と式神を呼び出し、二人に攻撃を仕掛けます。
 そしてせつなが巨大な式神・青鬼と戦っている間に、姿を消しながらとわに襲いかかる渾沌でしたが、今回も妖気の動きを嗅ぎ分けられて術を破られる始末。しかもとわを狙って突っ込んできた青鬼に、勢い余って頭を食われて死ぬという、締まらない最期を迎えるのでした。

 一方、もろはと一騎打ちとなった饕餮は、七色真珠を飲み込んで何となくパワーアップし、もろはを圧倒するのですが――渾沌を倒してきた二人が合流して形勢逆転。尻尾を巻いて逃げ出したのはいいものの、むしろ三人を麒麟の船に案内する形になるかと思いきや――その前に現れたのは、麒麟その人であります。
 不甲斐ない部下を追い払い、自分一人で余裕たっぷりに三人と対峙する麒麟。最初は戦いを避けようとしたとわですが、倒せば夢の胡蝶に奪われたせつなの夢が返ってくると言われては黙っていられません。が――麒麟丸は強い。実に強い。三人を衝撃波や謎光線で吹き飛ばし、紅夜叉になったもろはも一蹴(というより最近むしろ出した方がピンチになる紅夜叉モード)、せつなもとわも追い詰められ、二人の命は風前の灯火に……

 と、そこで満を持して空から降臨する殺生丸様! 麒麟丸と娘二人の間に割って入ったのは嬉しいのですが、二人の娘からは「誰?」状態。それでも娘たちのため――とは口が裂けても言わないものの、殺生丸は麒麟丸に刃を向けることになります。そして始まる大妖怪同士の戦いは、文字通り大地が裂け、稲妻が天を切り裂く、先程までとはスケールが全く異なるド派手な対決――いやはや、役者が違います。
 しかしそんな中でも麒麟丸は余裕綽々、殺生丸にはまだやってもらうことがあるとかなんとか言いながら姿を消し、殺生丸(と成長した二人の姿に感涙しながらもやっぱり「誰?」扱いの邪見)もまた、三人を残して去るのでした……


 と、いよいよラスボス候補の(しかしたぶん違う)麒麟が出陣してきた今回。これまでの寝ぼけたような態度はどこへやら、完全に次元の違うパワーで三人を圧倒する姿は流石と言うべきでしょうか。まあそうなるだろうな、と思ってはいましたが、もう完全に敗北イベント状態だったわけですが――そこで殺生丸が割って入るのも含めて実にそれっぽい感じであります。
 しかし、ここで敗北が描かれたということは、次回からパワーアップ編か――と思いきや、何だか予告を見た限りでは本筋に関係なさそうなエピソードなのは、残り話数的に大丈夫なのか、不安になります。

 そして今回チラッと秘密らしきものが語られたものの、相変わらず謎といえば謎の虹色真珠。その正体と真の力は、理玖が虹色真珠を集めていることと当然関係があるはずですが――やはり最後は虹色真珠を七つ集めた理玖がラスボスになるのでしょうか。
 四凶も実質壊滅した今、クライマックスが近いようなまだ遠いような――ちょっともどかしい感覚であります。


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『半妖の夜叉姫』 第12話「朔の夜、黒髪のとわ」
『半妖の夜叉姫』 第13話「戦国おいしい法師」
『半妖の夜叉姫』 第14話「森を焼いた黒幕」
『半妖の夜叉姫』 第15話「月蝕、運命の惜別」
『半妖の夜叉姫』 第16話「もろはの刃」
『半妖の夜叉姫』 第17話「二凶の罠」

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2021.02.11

操觚の会『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(その3) 秋山香乃・谷津矢車

 操觚の会と栃木県さくら市とのコラボレーションから生まれた、古河公方を通じて戦国史を描くユニークなアンソロジーの紹介、その最終回であります。室町幕府が倒れ、そして戦国時代も終わる中、古河の足利家の向かう道は……

『大禍時――織田信長謀殺』(秋山香乃) 1582年 足利義氏
 室町公方を京から追放し、天下人となった織田信長。義氏に仕えるさくら忍びの一人・犬吉は、突然その信長を害したいと願い出ます。信長こそは足利義教の生まれ変わりという犬吉の言葉を一笑に付す義氏ですが、やがてこのまま北条に捨てられることへの恐れが勝り、暗殺を命じることになります。
 しかし暗殺は大失敗、信長の報復に恐怖する義氏ですが、そこに思わぬ知らせが……

 既に宿敵であったはずの室町公方も消滅した時代を舞台とした本作は、ある意味第三話と対になる物語。サブタイトルこそ信長の最期に触れていますが(義教と信長の関係をこのように描いた作品はこれまでなかったと思いますが、妙な説得力に感心)、第三話でその誕生が描かれた義氏の複雑な心中こそが、物語の主題となります。

 足利晴氏と北条家の娘の間に生まれ、父や兄と争い続けて来た義氏。利用されるために北条に作られ、死なないために古河公方となったと自嘲する義氏は、なおも生き続けるためにさくら忍びの無謀な(とも言い切れないか、第五話を見れば……)提案に乗るのですが――失敗の恐怖が、皮肉にもこれまで戦い続けてきた相手への情を甦らせることになるのです。

 もちろんそれは「足利の血脈」を残すための虚しいこだわりなのかもしれませんが――滅びを前にして、骨肉の争いがようやく終わりを迎えるというのも、愚かで、しかし実に人間らしい姿といえるのではないでしょうか。


『凪の世――喜連川藩誕生』(谷津矢車) 1600 喜連川頼氏
 関ヶ原の戦の終了後、参陣しなかった喜連川家から家康に送られた戦勝祝いの遣い。高坂甚内と名乗るその男の風体に不審を抱く家康ですが、甚内は家康の頭痛の種を散ずると嘯き、奇妙な話を始めるのでした。
 仕えていた武田家滅亡以来、山賊まがいの日々を送っていた甚内の前に現れ、圧倒的な力を見せた不二丸。いざという時、自分からの仕事を請けろという彼の言葉を受け容れ、古河公方のために働いてきた甚内は、豊臣の北条征伐において思わぬ役目を果たすことに……

 かつて古河公方・晴氏に敗れた小弓公方の末裔(第三話の展開がここで繋がるとは!)ながら、古河公方嫡流の氏姫と婚姻した頼氏。フィクションの世界では――操觚の会とさくら市のコラボ第一弾である神家正成の『さくらと扇』のように――氏姫の方に脚光が当たる中、喜連川家を興したとはいえ、彼が中心となるのはユニークなチョイスと感じます。
 しかし本作がさらにユニークなのは、この頼氏と氏姫、そして不二丸に、高坂甚内を絡めてみせたことでしょう。風魔小太郎を裏切り、風魔を滅ぼした盗賊として知られる甚内ですが、本作では思わぬ形で古河公方家と繋がり、この巷説の「真実」を描き出すことになります。

 戦闘力では不二丸にも及ばない甚内が、いかにして剽悍極まりない小太郎と風魔一族に挑むのか、そしてそれが如何にして喜連川家から家康への戦勝祝いに繋がるのか?
 その興味はもちろんのこと、甚内のキャラクター造形(小道具の使い方が実に巧い)、本書を通じて因縁が描かれてきたさくら忍びと風魔との決着、そして何よりも頼氏の深謀遠慮とさくら忍びの去就、戦国の終わり――実に様々な要素を含みながらも、それがすべて破綻なくまとまった本作。本書の掉尾を飾るにまことに相応しい一編であります。


 その一の冒頭で述べたとおり、知名度という点では――そしてフィクションへの登場度合いにおいても――マイナーというべき位置づけの古河公方/喜連川家。
 その古河公方を中心とするアンソロジというのは、かなりチャレンジングな企画なのでは、と本書を手に取る前は思いましたが、さすがはというべきでしょうか、いずれも「らしさ」の出た七作品を堪能させていただきました。
(一見、古河公方を絡めるのに苦しい印象の作品もありましたが、その点を伝奇性やキャラクター描写の妙で超えてみせるのも流石というべきでしょう)

 久々にアンソロジーの楽しさを満喫させていただいた一冊であります。


『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(秋山香乃ほか PHP研究所) Amazon

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2021.02.10

操觚の会『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(その2) 鈴木英治・荒山徹・木下昌輝

 歴史・時代小説家集団・操觚の会と栃木県さくら市のコラボレーションにより生まれた「古河公方から見た関東戦国史」を描くアンソロジーの紹介の第2弾であります。

『天の定め――国府台合戦』(鈴木英治) 1538年 足利晴氏
 小弓公方・足利義明との決戦に臨み、北条氏綱の娘・薫姫を正室に迎える条件で彼の加勢を得た晴氏。国府台城の義明に打ち勝った晴氏ですが、北条家に家督を簒奪されることを恐れ、薫姫を疎んじるのでした。
 それでも一度は薫姫を慈しんだものの、彼女の懐妊に恐怖に駆られた晴氏は、さくら忍びに彼女を堕胎させるよう命じるのですが……

 古河公方の分家でありつつも一代で勢力を伸ばし、下総小弓を本拠とした小弓公方。本作の前半で描かれるのは、今の千葉県市川市で繰り広げられた小弓公方との国府台合戦の様であります。舞台に相応しくマイナーな合戦ではありますが、しかしこの合戦で勢力を新調した氏綱が、その後実質的に古河公方を取り込んだことを考えれば、本書においては重要な意味を持つと言えるでしょう。

 その一方で、後半に描かれるのは、その北条氏による簒奪を恐れ、もがいた末に子殺しを決意する晴氏の姿なのですが――その複雑な人物造形が面白い。元々嫡男の幸千代王丸(後の藤氏)を愛するだけでなく、義明の子・国王丸にも情けをかけるような晴氏が、家のために鬼となる道を選ぶ――という展開の果ての皮肉な結末は、人間という存在の持つややこしさをよく表していると感じます。
 そしてさらに、そこから更に晴氏が想到する古河公方家のある「伝統」と、それに対する晴氏の決意もまた壮絶であります。

 戦国ものでデビューし、人情要素の強い江戸もので活躍する作者ならではの一編です。


『宿縁――河越夜合戦』(荒山徹) 1545年 足利晴氏
 山内・扇谷の両上杉家と結び、北条氏康に反旗を翻した晴氏。劣勢を覆すべく夜襲を計画する氏康配下の風魔小太郎は、城下にさくら一族の不二丸が潜入したとの報を受け、配下の七忍衆とともに追うことになります。
 しかし彼らを一蹴した上で、小太郎に驚くべき提案をする不二丸。実は晴氏の反北条の姿勢に反対する不二丸は、晴氏を隠居させるために、小太郎を通じて氏康に接近しようとしていたというのですが……

 氏康の鮮やかな奇襲攻撃で知られる河越夜戦の裏面史とでもいうべき本作は、しかし冒頭から初代不二丸と源義家の会話という意外な場面からスタート。その後もオドロ怪奇な名前の風魔七忍衆の登場(しかも弱い)など、作者らしい意表を突く展開が続きます。
 しかし真に意表を突かれるのはこれから――何しろ、これまで一貫して古河公方への忠節ぶりが描かれてきた不二丸が、主を売るに等しい行動を見せるのですから。

 しかしそれは、当代の不二丸にとって晴氏ではなく「足利の血脈」こそが仕える相手と考えるゆえ。確かにその後の歴史を見れば、ここでの不二丸の選択は正しかったのかも知れませんが――やはり結果論に見えてしまうのも否めません。
 何より風魔小太郎への不二丸の提案が無茶すぎて、そのおかげで第五話以降にさくら一族が大変な目に遭うこともあり、何ともすっきりしないものが残る物語ではあります。


『螺旋の龍――足利義輝弑逆』(木下昌輝) 1565年 (足利藤氏)
 主家が後北条家に取り込まれたのに伴い、風魔一族の支配下に置かれたさくら一族。風魔小太郎から幸千代王丸の身を楯に室町公方暗殺を命じられた不二丸は、一族の技の失伝の危機に陥った時に用意された、陰桜の一派の存在を知ることになります。
 足利学校に潜む陰桜中の麒麟児の手を借り、不可能事に挑む不二丸が見たものは……

 というわけで悲惨な境遇に甘んじることとなったさくら一族。第五話では、足利は足利でも、京の義輝暗殺という難事に挑むことを強いられるのですが、しかし既に独自の術すら奪われた一族に打つ手は――というところで、陰の流れが登場する展開が実に熱い。
 しかも陰桜の助っ人の正体が意外な人物なのが面白いのですが――彼もまた、作者の作品にしばしば登場する「怪物に作り変えられた人間」である点が、苦いものを残します。

 しかしそんな苦さがあるからこそ、陰桜の者たちが見る龍の夢の驚くべき正体と、古河公方が辿る未来の姿が重なり合う結末からは、不思議な感動が生まれます。そしてその先にある、陰桜の者たちへの救いもまた……
(しかし本作、作者の『まむし三代記』を読んでいるとまた違った印象が生まれるのですが――彼も苦労したのだなあ)


 もう一回続きます。


『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(秋山香乃ほか PHP研究所) Amazon

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2021.02.09

操觚の会『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(その1) 早見俊・川越宗一

 これまでもオリジナルのアンソロジーを次々と送り出してきた操觚の会の新たなアンソロジーのテーマは、足利氏。それも、足利は足利でも、古河公方=後の喜連川足利氏――栃木県さくら市とコラボレーションして「古河公方から見た関東戦国史」を描く、実にユニークなアンソロジーです。

 室町に幕府を開いた足利氏が江戸時代には大名家として残らなかった一方で、石高こそ五千石とはいえ、大名の格式を持ち続けた喜連川足利氏。古河公方の流れを汲み、室町時代後期からの激動をしぶとく生き抜いた一門ですが、しかし知名度はあまり高くない――というのが正直なところでしょう。

 本書はそんな喜連川足利氏を題材に、所領であった喜連川――現・栃木県さくら市とのコラボレーションから生まれたアンソロジー。嘉吉の乱から徳川幕府成立という大きな歴史の流れの中での古河公方/喜連川足利氏の姿を、古河公方に仕えてきた忍び・さくら一族と、その代々の頭領・千古の不二丸を通して描いた全七編から構成されています。
 以下、収録作品を一編ずつ紹介いたしましょう。


『嘉吉の狐――古河公方誕生』(早見俊):1441年 足利成氏
 鎌倉公方・足利持氏が六代将軍・足利義教の命を受けた軍勢に敗れてから一年後、その遺児・春王丸と安王丸が決起したことで始まった結城合戦。しかし持氏の遺児にはもう一人、不二丸に守られ、喜連川のさくらの里に保護された万寿王丸がいました。
 しかし結城合戦での鎌倉方の敗北と時を同じくして、さくらの里は幕府方の兵に襲撃され、辛うじて落ち延びた万寿王丸。父と兄たちを奪った義教を討つことを決意した彼は、不二丸とともに京に上り、赤松満祐の懐に飛び込むのですが……

 幕府の関東支配の足がかりとして置かれた鎌倉公方。やがて京と対立し、永享の乱で断絶した鎌倉公方は、その後、成氏の代で復活したものの、古河を本拠としたことで古河公方と呼ばれることとなった――本作は副題のとおり、その古河公方の誕生前夜を描く物語であります。
 そしてその中心となるのは、万寿王丸――すなわち後の成氏の復仇譚。義教によってすべてを奪われた彼が、ほとんど徒手空拳でこの万人恐怖と謳われた絶対権力にいかに挑んだか――本書を通じての陰の主役である不二丸の活躍も印象に残る一編です。


『清き流れの源へ――堀越公方滅亡』(川越宗一):1491年 足利茶々丸
 新たな鎌倉公方として幕府に任じられ、伊豆堀越を拠点として古河公方と対立した堀越公方・足利政知。その長子である茶々丸は、父と継母に疎んじられた末に廃嫡され、彼の身を案じるのは、侍女の皐月のみという状況にありました。
 実はその皐月こそは、実は堀越公方と対立する古河公方方のさくら一族の忍び――彼女は堀越方の混乱の火種となる茶々丸を守るよう命じられていたのであります。

 しかし、運命に翻弄される茶々丸に上からの命に動かされる人形でしかない自分の身を重ねるようになった皐月は、命に逆らい、茶々丸を救うために一人動き出すのですが……

 京と敵対する古河公方に対し、新たに設置された堀越公方――第二話は、本書においては「敵方」である堀越公方側を描く物語。第一話の主人公・成氏が長期に渡って幕府と戦い続けてきたのと対照的に、短命に終わった堀越公方ですが、本作はその二代目にして最後となった茶々丸が物語の中心となります。

 長子でありながらも廃嫡された茶々丸と、彼を密かに守る――しかし決して善意などではなく、利用するために――命を受けた女忍び。いかにもロマンスが生じそうなシチュエーションですが、本作はそこから一捻りも二捻りも加えたドラマを展開させるのです。
 そう、皐月が戦うのは愛のためなどではなく、自分が誰かの道具でなく、自分自身として生きるため――そう決意して立ち上がる彼女の姿には、多くの読者が共感できるのではないでしょうか。

 しかし、その先に待っているのは、さらに非情な現実であります。彼女の想いと、彼女が救いたかった者の想い。そこに生じたあまりに残酷で皮肉なすれ違いには、言葉を失います。そしてそこにもう一人の想いを重ねることにより、堀越公方の滅亡という史実の陰に在った名もない者たちの姿を、本作は鮮烈に浮かび上がらせるのです。

 歴史の奔流に翻弄された人々の姿とその想いを描き、短編ながら非常に濃厚な読後感を残す本作。個人的には、本書の中でも屈指の一編と感じます。


 第三話以降の紹介は、次回に続きます。


『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(秋山香乃ほか PHP研究所) Amazon

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2021.02.08

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 1月は大変なうちにあっという間に駆け抜けて、もう2月。2月はもともと短いこともあってすぐに終わりそう……。と、そろそろ春の訪れも気になる時期になってきました。まだまだ普通の春は遠そうですが、せめて本は楽しみたいところです。というわけで3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 先月同様、文庫小説の新刊はちょっと少なめの3月。そんな中でもやはり一番の注目は、『元禄八犬伝』第2巻(仮)(田中啓文 集英社文庫)。八犬伝ファンとして、伝奇ファンとして見逃せないこの作品、果たして今度は何が飛び出すのか、色々な点で楽しみです。本当に。
 また、新登場では『おんな与力 花房英之介』第1巻(鳴神響一 双葉文庫)も楽しみなところ。同じ作者の『おいらん若君 徳川竜之進』ほどではないものの、吹っ切れた設定がユニークです。

 その他、これはさすがにパラレルワールドものだと思いますが、戦国巨大ロボットもの『鋼鉄城』(手代木正太郎 小学館ガガガ文庫)は、設定はそこまで新味はないものの、作者が作者だけに気になるところなのです。

 そして復刊・文庫化は、『信玄忍法帖 山田風太郎傑作選 忍法篇』(山田風太郎 河出文庫)、『若さま同心徳川竜之助 3 空飛ぶ岩』〈新装版〉(風野真知雄 双葉文庫)、『暗夜鬼譚 空蝉挽歌』前編(仮)瀬川貴次 集英社文庫)、『神を統べる者 覚醒ニルヴァーナ篇』(荒山徹 中公文庫)となかなか豊富。
 また、海外を舞台にした作品では、『髑髏城の花嫁』(田中芳樹 創元推理文庫)、『新・水滸後伝』上下(田中芳樹 講談社文庫)と奇しくも同じ作者の作品が並びます。ちなみに後者は、こうなったらいいのにナァと思っていた展開がそのまま出てきてひっくり返った、水滸伝ファン必読の作品です。


 さて、漫画の方で、新登場の作品といえば、やはり『大江戸ブラック・エンジェルズ』第1巻(平松伸二 リイド社SPコミックス)。何というかもう禁じ手のような気もしますが、リアルタイム世代としてはやはり見逃せないのです。
 また、タイトルそのままの内容のループもの『何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが!?』第1巻(藤本ケンシ&井出圭亮 講談社ヤンマガKCスペシャル)も、突き抜けまくった内容で必見です。

 また、シリーズものの新巻では『ゴールデンカムイ』第25巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス)、『カムヤライド』第5巻(久正人 リイド社乱コミックス)、『BABEL』第8巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス)などのほか、『猫奥』第2巻(山村東 講談社モーニングKC)も特に楽しみなところ。

 そのほか、『応天の門』第14巻(灰原薬 新潮社バンチコミックス)、『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第4巻(たかぎ七彦 KADOKAWA角川コミックス・エース)、『戦国グリッドマン』第2巻(田村ゆうき&SSSS.GRIDMAN 秋田書店少年チャンピオン・コミックス)、『前田慶次 かぶき旅』第6巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦ほか コアミックスゼノンコミックス)(『花の慶次 雲のかなたに 新装版』も3月で完結)、『徳川の猿』第3巻(藤田かくじ 双葉社アクションコミックス)、『太陽と月の鋼』第2巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス)、『MAO』第8巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)等々、かなりの点数の要チェック作品が並びます。

 また海外ものでは『フェンリル』第3巻(大西実生子&赤松中学 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス)登場。そしてアニメ化を記念して『拳闘暗黒伝セスタス』の1-3巻SPECIALパックが、そして『拳奴死闘伝セスタス』第10巻(技来静也 白泉社ヤングアニマルコミックス)も登場です。

 そしてもう一点、異世界水滸伝漫画『爆宴』第3巻(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスKC)も、早くも続巻が登場でこちらも必見なのです。


 というわけで3月もお楽しみに!

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2021.02.07

『明治開化 新十郎探偵帖』 第8回「維新の遺言」

 行方不明となった速水星玄を探すため、薩摩に向かう新十郎一行。そこで私学校に若者たちを集める西郷隆盛と対面した新十郎は、西郷の戦を否定する言葉と裏腹に、大量の武器が集められていることを知る。そしてある晩、武器庫が荒らされ、その疑いが新十郎にかけられる。はたして新十郎の真意は……

(当初この記事では今回は「原作のエピソードをベースにしていない完全オリジナル」と記しましたが、ブログ読者の方から、『安吾捕物帖』の「幻の塔」ではないかと貴重なご指摘をいただきました。以下の記事を修正させていただくとともに、ご指摘に心から御礼申し上げます。)

 前回ラストに勝に啖呵を切ったとおり、海を越えて薩摩に向かう新十郎。その傍らには虎之介――はいいとして、梨江まで一緒なのには驚きましたが、加納の船を使う交換条件というのは、理に適ってはいますが思い切った行動ではあります。
 それはともかく、同行してきた薩摩出身の福原巡査の案内があるとはいえ、この当時の薩摩はほとんど火薬庫のような状態で、早速西郷の私学校の生徒たちに取り巻かれ、大立ち回りを演じることになります。

 そこに速水と西郷が現れたことからその場は収まり、私学校の客人扱いを受けることになった新十郎一行。西郷を心から慕う若者たちが集い、熱気溢れる私学校の様子ですが、新十郎の冷静な目は、そこに必要以上の武器が集められていることを見抜くのでした。
 さて、西郷と対面して、彼が士族たちのことを真に案じ、そして戦いを望んでいないことを聞かされる新十郎たちですが、その言葉に弟子入り志願までした感激屋の虎之介と対照的に、新十郎は普段通りの超然とした態度を崩しません。そのために周囲の生徒たちからは反感を買いまくる新十郎ですが――それがさらなる騒動の引き金となります。

 賑やかな宴会の晩、見張りたちが酔いつぶれている隙に何者かが武器庫に侵入し、その場に洋靴の跡が残されていたことから、真っ先に疑われる新十郎。そして新十郎の荷物を探った虎之介(この時万華鏡を見つけ、やけに良い発音でsomething strangeとやりだすのが愉快)は、その中から拳銃を発見してしまいます。そして虎之介に問い詰められた末に取り押さえられた新十郎は、密偵として生徒たちから刃を突きつけられるのですが……


 冒頭に触れた通り、原作の「幻の塔」がベースとなっていると思われる今回。原作は若者たちを集め武術道場を開く、元馬賊の頭目との噂もある謎の人物・島田幾之進を中心に、彼の周囲を嗅ぎ回る悪党たちや、彼らから道場に送り込まれたスパイたちが入り乱れて展開するユニークなエピソードであります。
 原作では島田の息子で異形の怪人物・三次郎の婚礼の晩、皆が酔い潰れた中で、思わぬ形で密室殺人が発生して――という展開で、共通点としては道場に送り込まれるスパイ、宴会の晩に事件が発生という点くらいではあるのですが、原作で新十郎が敬服する島田を西郷に当てはめるというのは実にうまいアレンジと感じます(しかし内容的には、三次郎に当たるのが新十郎で、その嫁は――ということになるのかしら)

 さて、今回の物語展開自体は、実際に新政府が計画し、西南戦争勃発の引き金になったともいわれる西郷暗殺計画がおそらくモチーフと思われます。福原巡査のモデルは、この時の実行者と目される警視庁の中原尚雄なのでは――と思ったら、福原役の田上晃吉は『西郷どん』では中原を演じております。鹿児島出身の方なので、ある意味常連役者なのですが……。

 面白いのは、その実行者が新十郎ではないか、という演出になっていることですが――まあ、いかに西郷に含むところがあることが描かれ、勝からは西郷を殺しかねないと評されながらも、新十郎がそんなことをするはずがないことは、視聴者は百も承知であります。では誰が真犯人か――というのも一目瞭然で、クライマックスの一ひねりはあるものの、ミステリとしては今一つの印象は否めません。
 その分、今回は本作が原作に比べて濃厚に持っていた、明治ものの歴史ドラマとしての性格が前面に押し出されていた印象で、それは序盤とラスト、二度の新十郎と西郷のやり取りに集約されていたと言えるでしょう。

 幕臣の子であり、明治維新によって家族すべてを失った者として、維新に対して――そしてその立役者である勝と西郷に対して、事件に対する時とは別の意味で鋭い目を向けてきた新十郎。本作のほとんどのエピソードで描かれてきたのは、その明治維新による社会の変化に遠因を持つ犯罪であり、それを暴いてきた新十郎も、立場・心情的には犯人たちに近いものがあったと言えるかもしれません。

 そんな彼が西郷に思いをぶつけるのはこれが初めてではありませんが(その原因となった「リンカーンの影」での林肯会の姿が、今回の私学校と重なるのは興味深い)、しかし維新を評するに最初は「堕落」という言葉を使っていた新十郎が、ラストにはまた異なる態度を見せていたのは、やはり今回の――本作の肝というべきものでしょう。そしてそこに冒頭に引用される『堕落論』の一節が重なることは言うまでもありません。

 正直なところ、明治維新と第二次大戦後を重ねた原作の視点が、本作では明治維新に対するもののみとなっていたことに、最初は不満がありました。しかし原作ではある意味、維新/戦後社会の人格化のような存在だった新十郎に、この時代を生きた一人の人間としての個性を与えることによって、本作はまた新たなドラマを作り上げたのであり――最終的には大いに楽しませていただきました。

 この先も題材とする事件には事欠かない明治時代、ぜひこの先の新十郎たちの活躍を観たい――そんな気持ちになりました。


関連サイト
公式サイト

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2021.02.06

輪渡颯介『攫い鬼 怪談飯屋古狸』 これでラスト!? 子供の拐かしと怪盗の謎

 怪談を聞かせるか、その怪談の舞台に行ってくると飯代がタダになる飯屋・古狸を舞台にした時代ホラーの第3弾にして完結編であります。毎度の如く古狸のおかげで酷い目に遭う虎太が今回巻き込まれるのは、子供の拐かしと謎の怪盗にまつわる事件の数々。果たしてその先にあるものは……

 看板娘のお悌と好物の茄子のために飯屋・古狸に通いつめている職人見習いの虎太。そこでは九ヶ月前に行方不明になった怪談好きの主・亀八を探すため、怪談を話すか、その現場を調べに行けば飯代がタダというルールがありました。
 お人好しで威勢の良さだけが取り柄の虎太は、お悌に惚れた弱みから、幾度も怪談の現場に足を運ぶのですが、実は大の怖がり。それなのに毎回洒落にならない凶悪な幽霊や祟りに遭遇して――というのが本シリーズの基本展開であります。

 そして今回、虎太が調べる羽目になった最初の怪談は、日暮里の小さな木立に現れては、子供を捜してほしいと頼んでくるという女の幽霊。その場所に泊まり込んだ虎太は、ものの見事に怪談で聞いたとおりの幽霊に遭遇、一晩中幽霊に追いかけられる羽目になるのでした。
 調べてみれば、その場所では子供が神隠しにあった上に離縁された女性が首を吊っていたとか。あまりにひどい話に憤った虎太は子供捜しを決意するものの、もちろんそうそう簡単に見つかるはずもありません。

 そしてそんなことをしている間にも虎太の前に現れる(というか古狸の面々から聞かされる)怪談・奇談の数々。二十年前に助けられた男の孫が拐かされかけたのを助けた犬、何故か外から見えないように隠された料亭の庭の松、見物に行った四人の男たちがみな変死した幽霊屋敷――いつものことながら不思議な目、恐ろしい目に遭わされる虎太ですが、しかし彼は行く先々で、何故か数十年前に姿を消した大盗賊・鎌鼬の七の噂を聞かされることに……


 というわけで、毎度のことながらの虎太の受難劇が描かれる本作ですが、彼は今回特に酷い目に遭っている印象があります。

 正直なところ、描かれる怪異は前2作に比べると小粒なのですが――といっても命の危険に晒されるのは今回も同様なのですが――何といっても辛いのは、お悌ちゃんの塩、というより激辛対応。自分の好物の唐茄子を虎太に思い切り貶された彼女は、それを根に持って、虎太の料理に唐茄子を出しまくるのであります。
 お悌に冷たくされるだけでなく、もともと古狸に通う理由の一つが好物の茄子を食べるためだったのに、それが食べられなくなった上、嫌いな唐茄子を延々と食わされるとは――これはもうほとんどイジメであります(というか、普通にお悌ちゃんは性格悪いと思う)。

 しかもそれに加えて、古狸の常連であり、実は定町廻り同心の千村の旦那まで騒動に絡んでくることになります。千村が古狸では隠している身分を自分だけが知っているために、彼からの頼み(というか無茶振り)を周囲に明かすわけにもいかず、自分だけ秘密を抱えて、いよいよ虎太は追い詰められることになるのです。

 そんなわけでちょっとスッキリしない展開も少なくない本作ですが、しかし一見バラバラに見えていた怪異/事件の数々がやがて一つに繋がって――という展開は、いつもながらお見事の一言であります。
 しかも本作は最終巻というわけで、虎太が怪談に振り回される原因である亀八の行方もついに――なのですが、この辺りの展開も、意外かつ納得の内容でありました。

 これでようやく虎太の受難の毎日も終わりに――なるかどうかは読んでのお楽しみですが、いかにも本作らしい結末を迎えることができたことだけは言えるでしょう。まだまだ読んでいたかった――という気持ちは実のところあるのですが、まずは大団円と言うべき結末であります。


(ちなみに、本シリーズに限らず猫の出番が多い作者の作品ですが、本作では犬が活躍。それがまたなかなかに可愛らしく何より有能で、犬派も納得(?)であります)


『攫い鬼 怪談飯屋古狸』(輪渡颯介 講談社) Amazon

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2021.02.05

『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録・弐』 本編全て、いや完結後までカバーした一冊

 昨年12月に全23巻で完結した『鬼滅の刃』の公式ファンブック第2弾が刊行されました。このタイミングに刊行されただけあって、作品全体を総括するような内容であると同時に、様々な描き下ろし漫画やキャラクター関連の新情報など、原作を読み尽くしたファン必見の内容となっています。

 一昨年刊行され、単行本第16巻までの内容が収録されていた第1弾。漫画のファンブックが、連載途中の段階で刊行される――つまりは作品のすべてを網羅しているわけではないというのは、残念ですがむしろ当たり前の状況にあります。
 そんな中で本書が完結後に刊行されたのは、さすがは人気作品――と言うべきかと思いますが、その結果、本編全体の内容はもちろんのこと、完結後の物語まで読むことができたのは、ファンとしてはまことにありがたいところです。

 さて、そんな本書の構成は、
・鬼滅奇譚百景:冒頭から結末までのダイジェスト
・鬼殺隊摘要・鬼殺隊共闘者覚書・惡鬼要項:キャラクターガイド
・柱相関言行録:柱たちの関係性を特集した企画記事
・特別描き下ろし漫画
・単行本未収録漫画
・鬼滅ノ問答ゲヱム:人狼ゲームの鬼滅版

といったところであります。その中で特に印象に残ったものを以下に挙げましょう。

・キャラクターガイド
 正直なところ、第1弾に比べると新情報は少ないのですが、やはり大正(戦国)コソコソ噂話はインパクト十分。特に今回は過去の設定だけでなく、本編が完結したその後の内容も含んでいるため、補完度は非常に高くなっています。
 内容も非常に重いものから切ないもの、はたまた脱力ものまで多数ですが――個人的には産屋敷家、しのぶ、宇髄、伊黒、愈史郎などは特に印象に残りました。しかし本編で描いて欲しかった内容も多いところで、戦国コソコソ噂話は、特に強くそう感じます……

・柱相関言行録
 柱から見た他の柱の印象等、どこまで公式かわからないのですが、悲鳴嶼視点の情報が全てをぶっ飛ばします。

・特別描き下ろし漫画「突撃!!  地獄の鬼取材 三途の川を越えて」
 地獄に落ちた鬼たちに、「各呼吸の斬られ心地」を取材するという、おまけ漫画的味わいの7ページ。斬られ心地というか各柱の印象語りになっているのが楽しいのですが、ある意味オチ要員になっているあのお方のコメントには爆笑しました。

・単行本未収録漫画「煉獄零話」
 まだ隊士時代の煉獄の姿を描く19ページの短編。ジャンプ本誌に掲載された後、映画の入場者特典小冊子に掲載されて即プレミア化した作品をこうして読めるのは実にありがたいお話です。
 煉獄の父や仲間たちへの想いと、鬼(これがなかなかの強敵)との戦いを、煉獄のモノローグとともに描くという、ある意味実に鬼滅らしいスタイルの過去エピソードですが、ラストの言葉が本編(そして劇場版)の内容に繋がるものであるのが胸を締め付けます。

・特別描き下ろし漫画「炭治郎の近況報告書」
 本編完結後(正確には第204話と第205話の間)の炭治郎・禰豆子・善逸・伊之助の生活を描く13ページ――とはとても思えない充実の内容の一本。四人だけでなく柱組やカナヲたちの平和な姿が描かれます。
 そしてそれ以上に印象に残るのは、ここでもやりたい放題の善逸で、後半はほとんど主役状態。しかしそれでもグッとくる結末に繋げてくるのは、やはりさすがと言うべきでしょう。時折、ウッと来るような重い言葉も……
(しかしあの人の笑顔は破壊力あります……)

・単行本未収録漫画「密着! “キメツ学園”に通う炭治郎の1日」
 本当に通常営業の内容なのですが、「電車に対して変態行為をする男」は本当にやばいと思います。

・特別描き下ろし漫画「鬼滅の土台」
 ワニ先生と作品の立ち上げ担当さんのやりとりから作品の成り立ちを描く9ページ+1ページ。この担当さんがあまりに有能で、ほとんど能力者クラスなのにまず驚かされますが――鬼滅の大きな魅力の一つであるキャラクター造形(背景設定)の巧みさはここから来ていたのか! と納得であります。


 というわけで、ほとんど収録漫画の紹介となってしまいましたが、いずれにせよファンなら必読の、まさにファンのための一冊である本書。本編完結後だからこそ描ける内容の数々には、ただ感謝あるのみでした。


『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録・弐』(集英社ジャンプコミックス) Amazon

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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第8巻 柱の強さ、人間の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第10巻 有情の忍、鬼に挑む!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第11巻 遊郭編決着! その先の哀しみと優しさ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第12巻 新章突入、刀鍛冶の里での出会い
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻 物語を彩る二つのテクニック、そして明らかになる過去
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻 死闘の中に浮かぶ柱二人の過去と現在
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第15巻 二つの勝利の鍵、そして柱稽古開幕!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第16巻 哀しき巨人・岩柱の過去 そして最終決戦の幕上がる!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第17巻 決戦無限城、続く因縁の対決
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第18巻 鬼の過去と、人の因縁と
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第19巻 人と人の絆の勝利 そして地獄の始まり
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第20巻 人間と鬼と――肉体と精神の二つの地獄絵図
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第21巻 無惨復活、そして二人の「超人」の間の相違
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第22巻 伊黒の想い そして終わりなき地獄絵図
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第23巻 大団円 そして少年は日常に還る

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2021.02.04

『半妖の夜叉姫』 第17話「二凶の罠」

 夜叉姫たちを葬る策を練る渾沌に対し、手助けを申し出る理玖。その理玖から、饕餮が再び現れたと聞き退治に向かうとわたちは、饕餮を追ううちに涸れ谷に誘き寄せられる。分断され、奇怪な空間から抜け出せなくなってしまったもろは、そしてとわとせつな。これこそは渾沌の八陣遁甲の陣だった……

 そろそろクライマックス突入ということか、これまで生き残ってきた四凶の残り二人との対決編となった今回――前回は陰湿な策を講じた末にほとんど勝ち逃げした渾沌ですが、今回は大陸渡来の術師らしく、新たに八陣遁甲を用意しているようであります。しかしそれはそれでなかなか設定が難しい、と悩んでいるところに現れたのは理玖。ここは饕餮を使ってはどうかと提案した上に、饕餮探しや夜叉姫たちの誘き出しまで全てお膳立てするという手回しの良さであります。
 そんな理玖の策にまんまとはまったのはもちろん(?)もろは――理玖からの饕餮出現の報にまんまとつられた彼女は、夢の胡蝶探しが徒労に終わったけれども外でなんか良い感じでバイオリンを弾いているせつなと、それを聴いているとわを引っ張り出して、饕餮が襲っている寺院に向かうことになります。

 しかしそこでまんまと饕餮に逃げられた末、後を追いかけるうちに、涸れ谷に迷い込むことになった三人。言うまでもなくこれこそが渾沌の罠――真っ先に饕餮を追って飛び込んだもろはは、周囲を囲む断崖絶壁から抜け出せなくなり、一方とわとせつなは、エリアの左右がループした平原に閉じ込められ――と、謎の空間に閉じ込められてしまったではありませんか。
 これは幻術か、と定番ムーブで自分の足を突き刺すも効果はなかったくせに、逆にとわに真剣味が足りないと説教するせつな。しかしこの時の傷が元で、一度はせつなを見失ったとわが、血の匂いで戻って来れたのですから何が幸いするかわかりません。そして妖気を嗅ぎ分ける力を発揮したせつなは渾沌の妖気を察知、その位置目がけて放った二人の一撃は八陣を破壊、ついに渾沌と対峙することに――というところで次回に続くことになります。


 というわけで、冷静に考えればずいぶん長いこと戦ってきた気もする四凶ともこれが決戦――といっても結局今回では決着がつかないのですが、そのためか、はたまた渾沌が自分で手を下さず八陣に引きずり込むという間接的な手段を取ったせいか、今回はあまり盛り上がらなかった印象があります。
 むしろ目が行ってしまうのは、相変わらず真意が読めない理玖の存在であります。麒麟丸からは腹心と呼ばれ、四凶にも協力的な態度を取りながらも、その実、夜叉姫たちをけしかけて虹色真珠を奪おうとしているのはいかなるわけか。そもそもその麒麟丸自身、相変わらず心ここにあらずという感じで、果たしてあれが本物なのか、という印象は強くあります。


 などと思っていたら、次回は麒麟丸が――いやそれどころか殺生丸が夜叉姫たちの前に現れる様子。さて、大物たちとの対面が何を生むのか、話が大きく動くことに期待したいところです。


『半妖の夜叉姫』Blu-ray Disc BOX 2(アニプレックス) Amazon

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2021.02.03

波津彬子『雨柳堂夢咄』其ノ十七 変わることなく品揃え豊富な人と骨董品の物語

 発売から2年以上ご紹介が遅れ大変恐縮ですが、ついに今月最新巻が刊行ということで、慌てて紹介いたします『雨柳堂夢咄』其ノ十七。雨柳堂に集まる骨董品と人間を描く物語の魅力は、巻を重ねても変わることはありません。

 大きな柳の木が目印の骨董屋・雨柳堂を舞台に、老店主の孫・蓮少年を狂言回しとして、1991年の連載開始から描き継がれてきた本作。この巻でもこれまで同様、連作スタイルで様々な物語が描かれることになります。

 掘り出し物が眠っているという老兄妹の家を訪れた蓮が、一枚の盤を前に意外な真実を告げる「斜陽の家」
 普通の人が感じないものを感じる力を持っている按摩が、蓮の言葉から幼い頃よりの真実を悟る「初午の日」
 骨董屋ばかり三軒続いた火事の前後に目撃される赤い振袖の幼女と、それらの店で奉公していた少女の謎「火伏せの姫」
 妻が物わかりがいいことに女道楽を重ねる主人が、花魁を描いた絵に魅入られる「画中佳人」
 既に亡くなった親友から、人生の節目節目に手紙が送られてくる青年が知った真実「手紙」
 人生に挫折しかけて夜道を彷徨う人々が、賑やかに宴会に興じる三匹の猫に出会う「冬の宴」
 雷が苦手な青年が、茶会に向かう途中に雨宿りした雨柳堂で、謎の美女から一本の扇を託される「雷の声」
 没落家族の名を利用した骨董品詐欺に巻き込まれた少女が、不思議な存在に導かれる「明け方の花」

 収録されたこれら全8話は、いつものことながら(という言葉を毎回使ってしまうのですが)ため息がでるほどバラエティに富んだ内容で、興趣に満ちた物語を存分に堪能させていただきました。
 そして個人的にその中でも特に印象に残った作品を挙げれば、「斜陽の家」と「手紙」になります。

 「斜陽の家」は、家の蔵の美術品を売り食いしてきた、人の良さげな老兄妹の語りを中心に展開する物語ですが――その語りに蓮が加わり、そしてかつてこの家にあったという盤を兄妹に見せたことから、物語が思わぬ方向に展開していくことになります。
 ある意味、『雨柳堂夢咄』の愛読者であるほど驚かされるようなこの物語、何とも言えぬえぐみが後に残る異色作ですが――意表を突いたクライマックスはもちろんのこと、そこに至るまでの語り(構成)の妙も含めて印象に残る作品です。

 また「手紙」は、かつて共に夢を語りながらも夭逝した親友から、自分や弟妹の人生の節目節目ごとに、それを祝う手紙が送られてくる――という、描きようによっては不気味な怪談にも、ジェントル・ゴースト・ストーリーにもなり得る物語。
 言うまでもなく本作は後者なのですが――それまで必ず送られてきた手紙が、何故か「途中」で止まってしまうという捻りが加わり、そこに蓮が登場することで真相が明らかになるという展開の巧さに痺れます。

 もちろんそれも、幽冥境を異にしてもなお結びつく友情と、それを手紙を道具立てに描くという、もの悲しくも美しい設定あってこそ。こちらはある意味、実に『雨柳堂夢咄』らしい物語と感じます。


 というわけで予習(?)も終わり、後は最新巻を待つのみ。余韻を楽しみつつ、今はさらなる人と骨董品を巡る物語を楽しみにしているところなのです。


『雨柳堂夢咄』其ノ十七(波津彬子 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon

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2021.02.02

霜島けい『月の鉢 九十九字ふしぎ屋 商い中』 奇怪で奇妙で奇想に富んだ三つのもののけ譚

 曰く付きの品物ばかりを扱う九十九字屋を舞台とする妖怪時代小説シリーズ『九十九字ふしぎ屋商い中』の第7弾であります。会いたい人に会えるという力を持つ鉢、仇を討ちされなかったのを未練に骸骨になった武士、商家に現れる謎の真っ黒な人型の影――いずれも奇妙な事件の数々が描かれます。

 九十九字屋のイケメン仏頂面店主・冬吾と、霊感持ちで情に厚い奉公人の少女・るい(そしてるいの父親で今は「ぬりかべ」の作蔵)が、店に持ち込まれる事件の解決に奔走する本シリーズ。本書もその基本設定に忠実な、いわば通常営業の内容ですが――しかし同時に収録された全三話は、いずれも奇怪で奇妙で奇想に富んだ物語揃いであります。

 十五夜の二日後、店先に現れた子連れの女の幽霊の言葉に促され、その亭主・清一のもとへ急いだ冬吾とるい。はたして二日前から死んだように眠り続けていた清一に対し、何故かこの事態を予想していた冬吾は、そこにあった水を張った平鉢に目を向けると……

 という表題作『月の鉢』。冬吾によって清一が無事目を覚ましたかと思えば、それは実はまだ序盤。そこからこの鉢の力と来歴が語られていくことになります。
 中秋の名月の晩に水を入れて覗き込めば、会いたい人に――もはやこの世にいない人であっても会えるという鉢。かつて妻子を喪い、生きる気力を失った清一は、冬吾から借りたこの鉢の力で一度は立ち直ったのです。

 しかしそこから冬吾が語る鉢の力の真実は、こちらが想像するものとわずかに異なるものであって――しかしその違いこそが、何とも不気味に感じられます。そして鉢にはそれ以外の力がないからこそ、逆に鉢に耽溺してしまう人の姿が恐ろしくも哀しいのです。
 本作の結末で描かれるものは、根本的な解決ではもちろんありません。しかし冒頭の展開と見事に繋がるそれは、切なくも暖かく本作らしい救いがあるものと感じられるのです。


 一方、第2話『仇討ち』は、タイトルの通り、市井を舞台とする本シリーズでは珍しい侍の世界にまつわる物語であります。

 油売りの伊佐吉の姿を窺う侍を目撃したるい。ところがその侍・原田新左衛門の姿は骸骨――しかも新左衛門に見込まれてしまったるいは、伊佐吉は仇討ち中の身であり、その仇こそが自分であると聞かされるのでした。
 仇持ちの身に疲れ、伊佐吉に討たれることを望んでいた新左衛門は、しかし討たれる前に食あたりで死に、その無念からこの世に留まっているというのですが……

 そんな本作でなければまずお目にかかれないような、奇っ怪な仇討ち譚の本作。この先も次々と新たな真実が明らかになり、事態は二転三転、当人たちは深刻にもかかわらず(新左衛門が本当に面白いことばかり喋ることもあり)、見ているこちらにとっては実に可笑しい展開が続くことになります。
 しかしそこから透けて見えるのは、ままならぬ世の中に振り回され、しかしそれでも自分自身を貫こうとする人々の懸命な姿であります。そしてそれを助けようと奮闘するるいと、相変わらずツンデレに彼女を助ける冬吾の姿も印象に残るところです。


 そしてラストの『一人法師』は、薬種問屋・日立屋に現れる「人のかたちをした影のようなもの」にまつわる物語。
 昼夜を問わず現れる奇怪な影に、店の人々が恐れ慄き、店を開けているのも難しいという状態になってしまった日立屋。自分の天敵であり、しかし優れた力を持つ兄・周音も手に負えないというこの一件を託された冬吾は、るいに日立屋に住み込みで監視に当たるよう命じるのですが……

 夜の闇の中でも存在がはっきりとわかる、ただゆらりゆらりと佇んでいる黒い影――そんな静かな、しかしそれだけに不気味で恐ろしいもののけが登場する本作。正直なところ、何が(誰が)もののけ出現のきっかけか、というのはすぐに予想はついてしまうのですが、しかし本番はそこからであります。

 力では祓うことはできない、祓ってはいけないもののけ。その陰に存在する人の想いを、残酷なまでに曝け出し、しかしそこにさらに大きな想いを意外な形でぶつけ、そしてそこから美しい救いを見出す――そんなクライマックスの展開は、実に本作らしい人情味に溢れたものと言うべきでしょう。
 そしてそこから、周音と冬吾という犬猿の仲の兄弟の在り方まで繋がっていくのも唸らされた次第です。


 というわけで、今回も怪奇と人情が高度な融合し、満足度の高かい内容だった本書。たしか発売予告から3ヶ月連続で延期された記憶がありますが、しかし待っただけの甲斐はあった作品であります。


『月の鉢 九十九字ふしぎ屋 商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon

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2021.02.01

『明治開化 新十郎探偵帖』 第7回「終局の一手」

 士族たちの叛乱が相次ぐ中、下野した西郷。同じ薩摩の千頭津右衛門と囲碁を打っていた速水大警視は、千頭が士族の現状を憂い、私財を手に西郷の下に向かうと語るのを聞くが、その直後、千頭は苦悶し死んでしまう。千頭が最後に指さした方角にいたことから、速水も一時は疑われるが……

 いよいよ物語も終盤に向かう本作、原作は『安吾捕物帖』の(奇しくも同じ)第7話、「石の下」ですが――登場人物名と物語の根幹となる部分以外は、ほとんどすべてアレンジを加えられた内容となっております。

 廃刀令によって刀を奪われ、困窮し物盗り同然にまで落ちぶれた者も現れ始めた士族。彼らの不満が高まり、各地で叛乱が起きるようになった昨今――前回描かれた西郷の下野により、状況はいよいよ不穏なものとなっていきます。
 そんな中、同じ薩摩の友人であり、碁敵の千頭津右衛門のもとを訪れ、烏鷺を戦わせていた速水大警視は、現状を憂える千頭が、商売を成功させて得た多くの富を手に、西郷の下に馳せ参じようとしていると聞かされることに。が、その直後、妻の千代が持ってきた好物の汁物を口にした途端、苦悶の表情を浮かべ、血を吐いて倒れた千頭。ところが彼が事切れる寸前、対面していた速水の方を指さしていたことから、速水は容疑者として捕らえられる羽目になります。

 もちろんこの状態に黙っているはずもなく職権を振るって飛び出し、自ら陣頭指揮に当たる速水。同じく調査に当たっていた新十郎は、千頭と仲違いし、その金を狙っていた大工の勘八、修験者の志呂足、元士族の天鬼という三人の容疑者の存在を知るのですが――折しも勘八が残る二人に殺されたことから、三人が千頭の財産を狙って彼を毒殺し、仲違いを起こしたことが判明します。
 こうして殺人事件の謎はあっさり解明されたものの、千頭の最期の仕草が、財産の在り処を示すものではないか――ということになって家探しを始める速水たち。その一方で、新十郎はこの時の棋譜に注目するのですが……


 というわけで、犯人捜しは早い段階で解決して、新十郎言うところのダイイングメッセージ解読が中心となる今回。非常に面白いのは、この辺りの構造が原作では正反対であることです。

 原作では本当に冒頭部分でこのダイイングメッセージが解読されてしまい、それ以降は千頭家を巡り集まってくる怪しげな面々の間の人間模様が展開。原作では天鬼は千代の兄で千頭家の財産を狙う悪党、志呂足は千頭家に入り込んでくる不気味な新興宗教教祖、そして甚八(何故か本作では勘八に変更)は、本作における速水の役回りなのですが――いつものことながら醜いエゴまみれの人々の描写自体は面白いものの、物語としてもちょっとすっきりしない内容で、そこは本作のアレンジが大正解であったと感じます。

 さらに、今回容疑者扱いで一種のコメディリリーフかと思われていた速水の存在が、ラストになって大きな意味を持ってくるのも巧みなところで――なるほど、だからこそ速水が千頭と碁を打っていたのか! と感じ入った次第。これまでのエピソードとはまた異なるベクトルで事件と歴史が結びつくのには感心させられた次第です。

 その一方で、これまで同様、大きな歴史の流れも並行して描かれるわけですが――西郷下野の先に何が待っているか、それは言うまでもないでしょう。勝も江戸城無血開城の折のことを買われ、西郷との交渉を大久保から依頼されますが、しかしそんな彼でも西郷を説き伏せることはほとんど不可能――というくだりは、事態が抜き差しならなくなったことを否応なしに感じさせてくれます。
 そして何だかんだ言いつつも、士族のことになると冷静ではいられない新十郎が、勝に対して激しい感情をぶつけるラストも見所。勝のある意味大人の反応を受けて、とんでもないことを言い出すのですが――果たして次回最終回で何が描かれるのか、これは猛烈に気になるところであります。

(しかしここで勝が、俺でも何でもお見通しではない、というようなことを言うのですが、原作のような勝の迷探偵ぶりが本作ではあまり描かれなかったのは、もしかしてこの時のためだったのか――というのは穿った見方でしょうか)


関連サイト
公式サイト

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