« 山口貴由『衛府の七忍』第10巻(その一) 集結 衛府の鬼、対決 浦島太郎! | トップページ | 末吉暁子『水のしろたえ』 もう一つの「天の羽衣」と少女の選んだ世界 »

2021.02.23

山口貴由『衛府の七忍』第10巻(その二) 戦うべきもう一つの敵と鬼たちの選択

 『衛府の七忍』第10巻・最終巻の紹介の続きであります。ついに集結した鬼たちが向かう先とは、物語の結末で描かれるものとは――物語は意外な形で大団円を迎えます。

 各地から集結し、悪徳の海底娼館・竜宮城を支配する浦島太郎と乙姫との対決を繰り広げた鬼たち。その対決を終えた後、鬼たちの次なる戦いは――というところで、しかし本作は、全く意外な結末を迎えることとなります。
 ここでその内容には全ては触れませんが、最終話で描かれる鬼たちの姿――覇府の支配した地を捨て、自由を求めて旅立つ姿は、これはこれで納得できるものではあります。しかし、おそらくは読者のほとんどが、いよいよ魔剣豪・鬼哭隊とのド派手な決戦が始まることを期待していたであろうことを思えば、拍子抜けであったことは否めません。


 しかしこの結末は、ある意味必然であったのかもしれません。前回の冒頭で述べたとおり、絶対権力者である徳川家康が、徳川幕府が実質的に戦いから降りてしまった以上、鬼たちが明確に打倒すべき相手はいなくなってしまったのですから。

 いや、実は戦うべき相手はいます。この物語の冒頭から随所で語られていたように、まつろわぬ者たちを迫害するのは、権力者たちだけではなく――たとえ彼らに使嗾されることはあるにしても――民草たちもまた同様であり、そんな彼らの所業もまた鬼たちを生み出すのですから。
 思えば、本作最大の敵として登場する桃太郎を始めとする御伽話の主人公たちは、その民草たちによって長らく親しまれていた、まつろわぬ者たちを滅ぼす物語の主人公であり――それはこの、もう一つの敵の象徴でもあったのでしょう(もちろん、鬼の敵で桃太郎、というのは当然あるにしても)。

 そしてこの巻で描かれる竜宮城が、少なくともまつろわぬ者との不可侵を定めた幕府の法から外れた性と暴力の場であり、その客が――その嗜好は別にしても――普通の民草であろうこともまた、この先の鬼たちの戦う相手の存在を窺わせるのです。


 それでは、鬼たちは今度は民草と戦わなければならないのでしょうか?
しかし、迫害を、差別を逃れるためには、その相手を滅ぼすしかないという考え方は、これはもちろんあまりに短絡的であり、そして新たな鬼を生み出すものでしかないことは言うまでもありません。(それこそ『蛮勇引力』のように、全てを巻き添えにしても敵を滅ぼすという結末もあるのかもしれませんが……)

 だとすれば、海の上に楽園を――まさしくトコヨノクニやニライカナイの如く――作り出そうとする鬼たちの姿には、大いに頷けるものがあるといえるでしょう。それはある意味、史実――いいかえれば時の権力が作り出した正史からの逃避かもしれませんが、しかしそれはそれで伝奇・稗史というものの在り方といえるのですから。
(もっとも、こうした行為で救い出せる者はあまりに少ないのですが、しかしそれでもゼロではない――と考えるべきでしょうか)

 もちろんこれは私の勝手な想像に過ぎないのですが……


 なお、この第10巻と同時に発売された「チャンピオンRED」4月号では、別冊で全34ページのオールカラー冊子「衛府の七忍の世界」が付録となっています。
 この冊子、これまでの全エピソードのカラーイラストと、描き下ろしの『魔剣豪鬼譚』として、鬼哭隊への「入隊祝い」として宮本武蔵と沖田総司が真剣勝負を繰り広げる3ページを収録。さらに第10巻には収録されていなかった作者あとがきも掲載されており、ここまで読んで初めて『衛府の七忍』完結といえる内容であります。

 本作の締めくくりとして、振り返りとして、ファン必読の内容ではありますが――やっぱり鬼たちと鬼哭隊の決戦が読みたくなってしまうのが、唯一難点というべきでしょうか。

 何はともあれ、『衛府の七忍』これにて大団円であります。


『衛府の七忍』(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

関連記事
 山口貴由『衛府の七忍』第1巻 新たなる残酷時代劇見参!
 山口貴由『衛府の七忍』第2巻 第四の怨身忍者、その名は……
 山口貴由『衛府の七忍』第3巻 新章突入、南海の守護者と隻腕の武士と
 山口貴由『衛府の七忍』第4巻 怨身忍者も魔剣豪も食らうもの
 山口貴由『衛府の七忍』第5巻 武蔵、二人の「父」との対峙の果てに
 山口貴由『衛府の七忍』第6巻 あの惨劇を描く作者の矜持
 山口貴由『衛府の七忍』第7巻 好青年・総司と、舌なき者らの声を聴く鬼と
 山口貴由『衛府の七忍』第8巻 総司が見た幕府の姿、武士の姿 そして十人の戦鬼登場!
 山口貴由『衛府の七忍』第9巻 激突、十大忍法vs時淀み 望みを巡る対決

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 山口貴由『衛府の七忍』第10巻(その一) 集結 衛府の鬼、対決 浦島太郎! | トップページ | 末吉暁子『水のしろたえ』 もう一つの「天の羽衣」と少女の選んだ世界 »