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2021年3月

2021.03.31

畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定

 2021年は『しゃばけ』発表から20年――すなわちシリーズ開始から20周年の記念すべき年であります。その前年に刊行された本作は、これまでと大きく趣向を変えた一冊――というのも、一年もの間、若だんなの両親が江戸を離れ、その間、若だんなと妖たちが、店を預かることになるのですから……

 ある日、長崎屋に届いた九州からの便り。それは若だんな・一太郎の祖母の遠縁(実は妖であり長命の祖母・おぎん本人)から、若だんなの両親である藤兵衛とおたえに別府温泉に来てはどうかという誘いでありました。話はトントン拍子に進み、二人は、行き帰りを含め、何と一年間店を留守にすることとなったのであります。
 当然その留守を守るのは若だんなですが――しかし若だんなといえば言うまでもなく病弱。そのためにこれまで店のことにはあまり関わってこれなかった彼が、いかに兄やたちや大番頭が居るとしても、一年間店を切り盛りしていくことができるのか……

 というわけで、本作を通しての趣向は、若だんなが長崎屋の主人を務める一年間の物語というわけで、これまでにない展開に、描かれる物語も一風変わって感じられます。ここは全五話を一話ずつ紹介するとしましょう。


「いちねんかん」
 思わぬ成り行きから、長崎屋の主人(代行)となった若だんな。当然不安はあるものの、しかしそれだけでなく、少しでも店にプラスになりたいと、と意気込んだ若だんなは、新製品の開発を企画するのでした。
 それに飛びついたのは、薬種問屋の大番頭だったのですが――しかし彼のやる気が、店のためよりも、自分の暖簾分けの資金作りのためでないかと睨んだ周囲との間に、険悪なムードが漂うことになります。そしてその懸念は思わぬところで現実のものとなり……

 若だんなが主人として奮闘するという趣向ゆえか、若だんなと妖が巻き込まれる(引き起こす)騒動を描くという基本は変わらないものの、その騒動の大半が、妖ではなく人が引き起こした、人にまつわるものである本書の収録作品。本書の巻頭に収められた本作も、まさにそうした内容となっています。

 これまで若だんなは、(兄やをはじめとする妖の助けがあったとはいえ)基本的には自分の裁量で動き、そしてその結果は自分が受け止めてきました。
 しかし今の若だんなは、行動の一つ一つが周囲に影響を与えてしまうのです。上に立つ者として当然な、しかしこれまで本シリーズではほとんど描かれてこなかったことが、本作ではっきりと示されるのであります。

 物語的には地味な内容ではあるのですが、しかし重要なものを描いている本作。そして結末の若だんなの判断からは、物語を通じた彼の大きな成長ぶりも伝わってくるのです。


「ほうこうにん」
 藤兵衛不在の中で兄やたちの仕事が増え、その一方で若だんなが店に出ることが増えたことから、奉公人として若だんなの世話をすることになった屏風のぞきと金次。
 その矢先、京の取引先の番頭を名乗る男・熊助が現れ、紅餅を代金後払いで引き取っていこうとするのですが――金次は相手から金の匂いがしないことから偽者と見破り、被害は未然に防がれるのでした。

 と思いきや、再び巧妙な手段で長崎屋から紅餅をだまし取ることに成功した熊助。何とか江戸からの運び出しを防ごうと奔走する妖たちですが……

 主人がいれば奉公人がいる、というわけで、一年間限定で若だんなが長崎屋の新たな主人となったのに合わせ、新たな奉公人が――というところで、それが何と屏風のぞきと貧乏神というのが実におかしい本作。
 確かにどちらも人間姿の妖ですが、屏風のぞきはともかく、貧乏神を奉公人にして大丈夫なの? と思えば、思わぬ能力を早速発揮してくれるのも楽しいところであります。

 しかしある意味それ以上に印象に残るのは、本作の悪役となる熊助のキャラクターでしょう。金儲けをたくらんで長崎屋を騙そうとする悪人はこれまでも(前話にも)登場してきましたが、熊助の行動理念は、彼らとはまた異なるものなのですから。
 いわば○○の人とも言うべき、彼の一種尋常ではない精神は、貧乏神ですら出し抜くほどのものであり――本シリーズがこれまで積み重ねてきたシビアな人間描写は、ここでも生きていると感じます。

 しかしそんな苦い物語の中でも(いやそれだからこそ)、意外な友情を見せる屏風のぞきと金次の姿が、爽やかな味わいを残す――そんなエピソードであります。


 続く三話は次回ご紹介いたします。


『いちねんかん』(畠中恵 新潮社) Amazon


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2021.03.30

大西実生子『フェンリル』第3巻 テムジンの勝利 そしてもう一人の男・源義経、大陸に立つ!

 宇宙からやって来た美女・フェンリルの力を借り、中原そして世界統一に乗り出した青年テムジンの活躍を描く第3巻であります。ついに宿敵タイチュウト族長・タルグタイとの一騎打ちに臨むテムジンの運命は。そしてもう一人、宿命の男が海を渡ることに……

 湖底に眠る美しい異星の美女・フェンリルと出会い、彼女を故郷に帰すべく、世界の王へと足を踏み出したテムジン。その第一歩として、タイチュウト族に挑むことを決意したテムジンは、父の盟友であったケレイト族の長老トオリル・カンの力を借りることになります。
 トオリル・カンに与えられた三人の剽悍な蛮戸兵を受け容れ、彼らを加えたわずか六名でタイチュウトの砦を攻めることになったテムジン。捕虜となったタイチュウトの男の案内で砦に潜入したテムジンたちは、蛮戸兵の活躍もあって、ついにタルグタイのもとにたどり着くのですが……


 かくてこの巻の前半で描かれるのは、テムジンとタルグタイとの決戦。かつてはテムジンの父の配下でありながらも、その死後に独立し頭角を現したタルグタイは、本作においては、自分の配下のみを優遇し、被征服部族を人間扱いしない――テムジンとはまさに対象的な、典型的な暴君として描かれます。
 そのキャラクターに加えて、その憎々しい表情と大兵肥満のビジュアルは、見るからに「敵役」に相応しい存在ですが、三人で六十騎分の力と言われた蛮戸兵をたやすく退けるその実力は本物であります。
(蛮戸兵が単なるかませになってしまったのは非常に残念ですが……)

 はたしてこの怪物にテムジンは勝つことができるのか? その戦いの行方は、ここでは述べませんが、しかしその結末は、これまで描かれてきた彼の向かわんとする理想と――時に青臭いと笑われたそれがあったからこそのものであった、ということは間違いありません。


 かくて大きな一歩を踏み出したテムジン。しかしここで物語は一旦その視点を変え、この先彼の前に立ち塞がるであろうもう一人の男の姿を描くことになります。その男とはほかでもない、源義経――以前、第1巻のラストに姿を見せたあの男が、ついに海を越えたのであります。

 平家との合戦に圧勝した末、弁慶や那須与一らわずかな手勢を率いて海を越え、高麗の海岸に上陸した義経。一路首都・開京に向かった彼は、大胆にも高麗王・明宗との対面を望み、王宮に乗り込むことになります。(ここで宮廷の臣たちが、実質日本の覇者である源家の人間の出現に、対応に苦慮する姿が妙にリアルでおかしい)
 けしかけられた猛虎をも従え、平然と明宗の前に立つ義経が、王に要求したものとは……

 というわけで、ついに大陸に第一歩を記した源義経(高麗読み(?)でゲンギスカン!)。「征服すれど統治せず」というはた迷惑な信念を持ったバトルマニア――ただひたすらに戦いと勝利のみを求めるという、ある意味当時の武士の権化として、本作の義経は描かれることになります。

 しかし恐ろしいのは、彼にもまた、異星の美女が付き従っていることであります。その名は静――いうまでもあの静ですが、しかし本作の彼女は、同族であろうフェンリルが理知的なのに対してあくまで享楽的であり、かつ人の命を何とも思わぬ一種の怪物なのであります。
 もっとも、義経も彼女に操られているわけではなく、当時の高麗の状況を分析して巧みに利用したり、わずかな知識からこの地球の円周を計算したりと、彼独自のクレバーさも併せ持っているのがまたユニークなのですが……

 なにはともあれ、そんな静が、この義経と組み合わさった時、何が起こるのか――それはテムジンの求めるそれとは似て全く非なるものであることは間違いないでしょう。
 はたしてテムジンと義経、どちらが後にチンギスハンと呼ばれることになるのか――いよいよ物語も佳境に入ったというべきでしょうか。


『フェンリル』第3巻(大西実生子&赤松中学 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス) Amazon

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2021.03.29

平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第1巻 黒い天使、江戸に現る!

 かつて昭和・平成と二つの時代にわたり、外道たちを地獄に叩き落としてきた黒い天使が、今度は寛政の江戸に現れることとなりました。タイトルの通り、江戸を舞台としたブラック・エンジェルズ――表の顔は冴えない絵師、裏の顔は外道たちを葬る凄腕の青年・雪士の戦いが始まります。

 時は寛政の改革が庶民を苦しめていた頃――今日も今日とて売れない絵を描く浮世絵師の雪士と同じ長屋で、器量良しで評判の少女・お糸は、江戸でも知られた菓子屋・桃福に奉公に出ることになります。
 しかし実は桃福の主人は奉公人の美少女を見初めては、次々と毒牙にかけてきた外道。その主人から無残な暴力を振るわれたお糸は川に身を投げ、店に殴り込んだ彼女の父も、自殺に見せかけて殺されるのでした。

 桃福の所業を知った雪士は、許せぬ外道を地獄に堕とすために動き出し……


 1981年から1985年まで「週刊少年ジャンプ」に連載された、現代版「必殺」(ただし金は一切受け取らない)ともいうべき『ブラック・エンジェルズ』。法で裁けぬ悪人たちを闇に紛れて殺すという物語自体はシンプルながらも、その容赦ないバイオレンス描写は、当時の読者に強烈な印象を残しました。
 その後、1998年に『マーダーライセンス牙&ブラックエンジェルズ』として復活、以後も断続的にスピンオフが描かれ、作者の代名詞といってよい作品となっています。

 私は最初の作品の直撃世代ということもあって非常に印象深いシリーズではあるのですが――しかしそれだけに、この黒い天使が、時代劇として登場というのは、さすがに直球過ぎないか、と心配になってしまったのも事実。しかし蓋を開けてみれば、期待を上回る作品になっていたと感じます。

 もちろん本作の主人公は、元祖ブラックエンジェルである雪藤洋士を思わせる雪士というキャラクター。普段は眼鏡をかけた気弱な青年ながら、悪人を裁く時は別人のような鋭い眼光で冷徹に処刑を執行する、という点ももちろん同様なのですが――しかし雪藤といえば代名詞の殺し武器は自転車のスポークであります。
 さすがに時代劇でそれは無理なわけで、果たして――と思えば、ここで雪士の武器となるのが、唐傘の鋭い骨。なるほど、この手があったか! と思わず感心させられましたが、第一話のクライマックスなどは、この傘を活かした印象的な殺陣となっています。

 もっとも自転車と違い、傘は雨の日以外に持ち歩くのはちょっと違和感がありますが(作中でもその辺りは明確に突っ込まれていたり)、第三話以降は傘に拘らない姿を見せることになり、新たなバリエーションが生まれることになります。
 何よりも、クライマックスのえらい気合の入った描き文字で描かれる決め台詞は、やり過ぎ感はあるものの、本作に限ってはそれはそれでOKでしょう。

 バリエーションといえば、上に述べた第一話に続き、第二話では桃福の悪事に加担していた外道同心の始末とある意味定番の展開を描きつつ、第三話では、不幸な事件がきっかけで殺人淫楽症となった美女を殺すことで救済するという変化球なのが実にいい。
 細かい描写でも、煙管の持ち方でキャラの出自を窺わせたり、松平定信(本作では「松平定健」)の「よしの冊子」を使ったりと、小技の使い方も好感が持てます。


 さて本家『ブラック・エンジェルズ』は、主人公の孤独な悪党退治からやがて仲間たちの登場、そして関東壊滅を目論む秘密結社の暗殺者とのバトルものと変貌していくことになりますが(関東壊滅後のことは置いておくとして)、本作においても、第四話から、元祖のキャラを思わせる仲間たちが登場することになります。

 鷹屋重三郎やハシム、亜里沙――容貌はもちろんのこと、殺し技も昔(?)を思わせるものがあったりとなかなか面白いのですが、特に印象に残るのは鷹屋の存在です。
 ネーミングからわかるようにこのキャラクターのモチーフは蔦屋重三郎(ちなみに雪士の筆名は写楽苦!)、彼が登場してからの物語は、寛政の改革による表現規制との対決色が強まっていくのですが、こういう切り口で来たか、と感心させられました。

 ちなみに掲載誌の最新号では、『ブラック・エンジェルズ』といえば最近では雪藤よりも目立ちまくっていたあの男(をモチーフにしたキャラ)が登場、これがまたとんでもないネーミングなのですが、果たして如何に物語に絡むのか――懐かしさからだけでなく、興味津々な作品となりました。


 しかし直撃世代としては鷹沢神父は絶許なので、鷹屋も今ひとつ信用できないのですが……


『大江戸ブラック・エンジェルズ』第1巻(平松伸二 リイド社SPコミックス) Amazon

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2021.03.28

川原正敏『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第1巻 史上最強決戦 陸奥vs武蔵!

 『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』の記念すべき第1作――当然リアルタイムで読んでいたものの、当時は記事にしていなかった本作を、最近になって久々に読み返したのでご紹介します。陸奥が勝つか、武蔵が勝つか――ある意味黄金カードの行方や如何に!?

 徳川幕府が誕生してまだ間もない頃――とある小藩の若君が刺客に襲われていたところに居合わせた若者と武芸者。刺客は武芸者――宮本武蔵に一刀両断されたものの、彼は若君の警護をという依頼に背を向け、眼前の殺戮にも全く動じなかった若者――陸奥八雲を推薦して去っていくのでした。
 団子代わずか五文で警護役を引き受けた八雲ですが、しかし腕の立つ様子は全くなく、呑気に過ごすばかり。そんな八雲を軽蔑しながらも、若君――実は幼い頃から男装させられた姫君は、いつしか八雲に惹かれていくのでした。

 そんなある日、国を簒奪するのに邪魔となる「若君」を亡きものにせんと襲いかかる刺客の群れ。これに対し、飄然と歩み出た八雲は――


 千年不敗を誇る陸奥圓明流の伝承者・陸奥九十九が、現代において様々な格闘技との戦いを繰り広げる姿を描いた『修羅の門』。しかし千年不敗というのであれば、その間に、歴史上の様々な強者と対決しているのでは? そんな読者の疑問が、形となった作品が『修羅の刻』であります。
 『修羅の門』はあくまでも現代の格闘技、すなわち競技の世界が舞台であるだけに、陸奥は人を殺せる技は使えても使わないというのが、物語上の暗黙の了解だったわけですが――それでは人を殺す戦いが当たり前だった時代の陸奥は、というのは、興味をそそる題材でしょう。

 そしてその最初の物語の敵として選ばれたのが、個人の戦闘力――それも力のみでなく、技の体系に裏打ちされたものとして――において史上最強を考えた時、まず真っ先に名が挙がるであろう武蔵なのは、ある意味当然かもしれません。
 活人剣というわかったようなわからないようなものではなく、(半ば伝説とはいえ)実際に剣を振るって六十数回真剣勝負を繰り広げ、一度も負けなかったという武蔵こそ、陸奥と戦うのに相応しい実在の人物であるのは間違いありません。

 そんなわけで、上で述べた第1話の後、今度は安芸五十万石福島家を舞台に、兵法指南役の一門に狙われた八雲の活躍を描く第2話において、ついに八雲と武蔵は再び相まみえ、真剣勝負を繰り広げることとなります。
 しかし徒手で武器を持った相手を制するというのはロマンであることは間違いありませんが、しかし実際にはとてつもない難事であることは――ましてや相手が武蔵であればなおさら――言うまでもありません。

 それを描くに、本作は既に『修羅の門』において読者を熱狂させていた格闘描写を剣と素手の戦いにも適用し――それは相手が一撃必殺であるだけに、より一層の緊迫感と迫力を以て迫ることになります。
 そしてその中で繰り出される陸奥の技は、剣に負けず劣らずの、いやそれ以上の凶器として大暴れ。ある意味水を得た魚のように――という表現は不適切かもしれませんが、本領発揮というべき活躍ぶりであることは間違いありません。

 そして武蔵との決闘――さしもの八雲、さしもの陸奥圓明流でも苦戦は免れない相手との死闘の結末のシーケンスは、思わず膝を打ちたくなるような、どちらの格も下げない見事なもので、いま改めて読んでもテンションが上がるのです。


 正直なところ、『修羅の門』連載の初期に発表されたこともあり、今の絵柄に比べると、かなり違和感がある――八雲が妙にかわいく見えますし、何よりも武蔵の描写は今であれば大きく描写が変わるでしょう――部分はあります。そして何よりも、物語があまりに「時代劇」しすぎている点は否めません。
 その辺りを考えると、続く他のエピソードの方が物語の完成度としては軍配が挙がるのでしょう。しかし、歴史の中の陸奥ではなく、歴史上の強者と戦う陸奥を描いた物語としては、シリーズでも有数の作品であることは間違いありません。

 少なくとも、『修羅の刻』というもう一つの陸奥圓明流伝の始まりに相応しい物語であることは間違いないでしょう。


『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第1巻(川原正敏 月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2021.03.27

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第4巻 ついに主人公参陣! そして二人の新顔

 蒙古軍の緒戦は何とか終わり、何とか一息ついた日本武士団。その前に、ついに博多に上陸した朽井迅三郎が現れました。第4巻にしてようやく参陣した主人公の活躍は如何に――一癖も二癖もある新キャラも登場し、戦いは新たな段階に移ることになります。

 足並みの乱れに苦しみつつも、鳥飼干潟での緒戦を何とか乗り切った日本武士団。異邦の敵との戦いに疲れ果てた彼らの眼前に、海から褌一丁で現れたのは、誰であろう朽井迅三郎――対馬から蒙古軍の船に潜り込んで脱出し、一時期行動を共にした天草の大蔵太子と別れた彼が、単身博多に上陸したのであります。

 やはり鎌倉ではかなりの有名人だったのか、はたまた歴戦の風格によるものか、周囲の武士たちの目を惹きつけつつ、しかあしそれを意に介さず一人進む迅三郎の向かう先にいるのは――そう、この地の軍を(一応率いる)少弐景資。対馬に流された迅三郎に、かつて援軍の派遣を約束した人物であります。
 それが結局どうなったか――今のこの博多での状況を考えれば、この約束に元々無理があったこと理解できますが、しかし、やはり迅三郎ならずとも裏切られた感は当然残ります。

 その景資に対し、迅三郎が何を望んだか――そういえば元々そのために島を抜け出した、いや飛び出したのではありましたが、その一本筋の通った態度は、やはりこの地に集った他の武士たちとは違う、と頷かされるのです。


 そしてその迅三郎の前に、二人の男が現れることになります。

 その一人は、あの対馬の宗家の郎党・船手の小太郎。蒙古が現れた直後、博多に急報する役目を授けられて対馬を去った、去らざるを得なかった彼は、そのことに忸怩たる想いを抱いてきたのですが――そこに、本来であれば全く無縁の身でありながら対馬のために戦った迅三郎が現れたのですから、黙っていられるはずがありません。

 この巻の前半では博多での迅三郎の案内役を買って出た小太郎ですが、日に焼けた禿頭の巨漢で得物は手斧というキャラの立ちぶり。後で述べる戦いでも迅三郎に従い、対馬の仇討とばかりに奮戦する姿が印象に残ります。(ちなみに彼の主人である宗右馬太郎は、兄らしく輝日姫とよく似た美丈夫ながら、対馬が捨て石にされたことに深い屈託を抱いているらしく、こちらも気になるところです)

 そしてもう一人、より気になる存在なのが、ウカガミ藤太なる男であります。荒んだ風貌ながらなかなかの優男の彼は、しかし名うての悪徒・荒蜘蛛衆の頭目。
 悪徒とは武士の下で戦場で暴れまわる破落戸まがいの連中――いわば室町時代に現れる足軽たちの先祖のような連中ですが、それを束ねているのだから只者であるはずがありません。

 この藤太、どうやら迅三郎を見知っているようですが――と思えば、何と彼の一ノ郎党を自称する男。かつて迅三郎が罪を得て捕らえられた際に難を逃れて諸国を流浪、荒蜘蛛衆の頭目に収まったというのであります。
(よく見ると前作の第4巻に、それらしい風貌の男がいるのでした)
 いかにも食えない風貌のこの藤太、しかし迅三郎への心酔ぶりは本物で、荒蜘蛛衆の面々が初対面の迅三郎を舐めてかかっているのとは対照的に、なかなかの郎党っぷりを見せるのも、いい味を出しているのっです。


 そして迅三郎とこの新顔二人、そして荒蜘蛛衆が初陣を飾るのは、息浜の合戦。博多・筥崎に同時に攻撃を仕掛けてきた蒙古軍ですが、二手に別れたといえ博多の日本軍とはまず互角の陣容。中には対馬で迅三郎と戦ったウリヤンエデイ、そして先の戦いで猛威を振るったウール三兄弟も加わっているではありませんか。
 これに対して迅三郎が真っ先に狙うは、ウール三兄弟の首。大軍で以て突出した敵を包み込む得意の雲の陣で迎え撃つ三兄弟ですが、これに対して迅三郎はといえば……

 冷静に考えれば、対馬ではゲリラ戦に徹するほかなかった迅三郎。ここでほとんど初めて、そんな彼のまっとうな(?)合戦を見た気がいたしますが――これが色々な意味でこれぞ鎌倉武士、と言いたくなるような暴れっぷり。これまでの溜飲が一気に下がったと言いたくなるような、そんな戦いであります。


 かくして、ようやく参陣した迅三郎一人の存在で、一気に潮目が変わったやに見えるこの戦。しかしもちろん、蒙古との戦いはこれからが本番です。それでも、迅三郎であれば何かをやってくれる――そんな小さな希望の光が見えてきた、そんな印象があります。


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第4巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

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2021.03.26

久正人『カムヤライド』第4巻・第5巻 猛襲天津神! そしてヒーローの原点と新たなる力

 神話と歴史の境目の時代を舞台に繰り広げられる日本最古の変身ヒーローアクション漫画の第4巻・第5巻のご紹介であります。ついに姿を現した真の敵・天津神をヤマトで迎え撃つモンコ・ヤマトタケル・オトタチバナの戦いの行方は。カムヤライド誕生の刻とは、そしてカムヤライドの新たな力とは……

 各地で国津神との戦いを繰り広げた末、ヤマトを訪れることとなったモンコとヤマトタケル。しかしモンコがかつて王命で処刑されたノミの宿禰と瓜二つであったことから、彼はヤマトの兵に追われることになります。
 さらにその混乱の中、モンコたちを探してやってきた天津神――国津神を生み出してきたウズメの仲間であるイシコリドメとコヤネがヤマトに現れ、無差別殺戮を開始して……

 と、第4巻で描かれるのは、この波乱含みどころではない大乱戦となったヤマトでの戦いの顛末。前巻ではカムヤライドとオトタチバナ・メタルの再戦が描かれましたが、やはりヒーローはヒーローとではなく、怪人とこそ戦って欲しいもの、ここでようやくそれが実現することになります。
 が、ここで登場する天津神(実は単行本を読むまで、ウズメたちを何と呼ぶべきか悩んでいたのですが、考えてみればこれ以外の名前はないですね)は、いわば幹部クラス。それが二人も登場するのですから、ただですむはずがありません。

 かくて繰り広げられる、カムヤライドvsコヤネ=アマツ・ノリットと、オトタチバナ・メタル&ヤマトタケルvsイシコリドメ=アマツ・ミラールの二元バトル。誰もがそれぞれの得意技を引っさげて激闘を繰り広げるのですが――その中で最も活躍したのは、ヤマトタケルでしょう。
 物語当初の非力な姿はどこへやら、凶暴なアマツ・ミラールを相手に一歩も引かぬ射撃戦を繰り広げたと思えば、オトタチバナがダウンした後、黒盾隊を率いて一転攻勢。そしてその果てに見せた姿は――と、見どころだらけのこの巻でも、一際輝く(そして意外性に富んだ)戦いを見せることになります。

 そしてその一方で、これまで快勝を続けてきたカムヤライドは大苦戦、守るべきものたちを前にしながら――と苦い思いを味わうことになります。この辺りはヒーローとしてあまりに辛い展開ですが、救いは守るための戦いを繰り広げる者同士、黒盾隊と心が通じ合ったことでしょうか……


 そして続く最新第5巻では、トレホの親方の助けで、辛くもヤマトの追手かられたモンコが、意外な人物と再会することになります。その名はノツチ――調合する薬で国津神すら撃退してみせる凄腕の薬師にして、モンコが師匠と呼ぶ人物であります。

 このノツチ、眼帯にグラマラスな肢体の初老の美女という、作者ならではの尖ったビジュアルがまず印象に残りますが、しかし何よりも強烈なのはそのキャラクター。
 敵はもちろん患者にも容赦なく、自分の求めるもののためであれば手段など選ばない――人を食った態度では右に出る者がいなかったモンコが、彼女の前では借りてきた猫のようになってしまうというのもむべなるかな、という危険人物なのであります。

 そして彼女の口から語られるモンコとの出会いは、そのまま、彼のミッシングリンクの一つに繋がることになります。
 かつてヤマトでハジの長として暮らしながらも、異形の鎧の力に魅せられた末、処刑されたノミの宿禰。彼がモンコと同一人物であるならば、彼は何故生きていて、そしてカムヤライドとして戦っているのか? その一端が、彼女とモンコの出会いを通じて語られるのです。

 そしてこの出会いは、そのまま次なる戦いとモンコの新たなる力に――そして彼の戦いの原点に繋がっていくこととなります。
 超音速で自在に宙を舞う国津神に、ノツチを攫われたモンコ。自分よりも遥かに早く動く相手に、それもいまだヤマトでの傷が癒えぬ状態で如何に戦うか? 苦しみの中でモンコが得た新たなる力とは……

 と、ここから先の展開は、これはもう是非とも実際の作品を見ていただくしかないインパクト。ここまでやるか、やっていいのか!? と、もう唖然とするしかない、しかしムチャクチャに格好良い超展開であります。
 しかしその中で同時に、モンコがカムヤライドとして――人を守るヒーローとして生まれ変わった、その理由が語られるのには、もう熱く拳を握りしめるしかないのであります。(そしてデレる師匠)


 かくして自分の原点を見つめ直し、新たな力を手にしたモンコ。彼の次なる戦いは、そして天津神の次なる手は――まだまだ謎は多く、全く展開が読めませんが、だからこそ先が楽しみでたまらなくなる、そんな物語であります。

『カムヤライド』(久正人 リイド社乱コミックス) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon


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2021.03.25

山村東『猫奧』第2巻 彼女たちの、猫という日常

 時は天保、江戸城大奥に務める御年寄・滝山様を主人公に、彼女をはじめとする女性たちと猫たちの姿が描かれる時代猫漫画、待望の第2巻であります。本当は猫が大好きなのに、普段の生真面目さが災いして素直になれない滝山、ついに猫好きをカミングアウトできるのでしょうか……?

 女の園・江戸城大奥の御年寄の一人である滝山(実在)。生真面目な堅物でお役目第一、厳格でいつも厳しい表情を崩さない彼女は、大の猫嫌い。同僚をはじめとして大奥の人々が猫を文字通り猫可愛がりしているのを、普段から苦々しく見ている……
 と思いきや、本当の彼女は大の猫好き。過去のちょっとした行き違いから猫を飼う機会を失い、そしていつの間にか猫嫌いという扱いになってしまった彼女は、いまさらそれを打ち明けるわけにもいかず、一人密かに猫を可愛がろうと悶々とする毎日なのです。

 しかし猫は彼女にとっては謎だらけ――可愛がろうとすれば逃げていき、無視していれば寄ってくる猫ムーブに滝山の心は千々に乱れて……


 というわけで、ある意味大奥日常系猫漫画とでも言うべき本作。その巧みな大奥描写と、猫好きならあるあるとニッコリしてしまう猫描写は、この巻でももちろん健在であります。
 第1巻は吉野ちゃんに似た猫、それも飼い主がいない猫が部屋に迷い込み、ついに滝山も猫好きをカミングアウトして猫飼いに!? という展開で終わり、さて――というところからこの巻は始まりますが、まあその結果はお察し。滝山の受難(?)の日々は、まだまだ続くことになります。

 しかしこの巻ではなんと――というその内容はここでは伏せますが、何とも嬉しくも微笑ましい展開が、待っているのであります。


 と、そんな動きはあるものの、基本的に本作は、先に述べたとおり日常系。派手にストーリーが動くわけではなく、淡々と滝山をはじめとする大奥の人々の姿が描かれることになります。(そしてまた、そういう作品は非常に紹介しづらいのですが、それはさておき……)
 しかし、その日常の姿がまた素晴らしいのであります。


 この巻のあとがきで作者が触れているように、どうしても大奥には「こわい」というイメージがあります。非日常的な女の城、女性たちが陰湿な争いを繰り広げる場――というイメージすら浮かぶでしょう。
 しかしそうした側面はあったにせよ、大奥の人々の圧倒的多数は、ごくごく平凡な日常を――日々の暮らしを送っていたことは間違いありません。

 この巻で描かれる重陽の節句や煤払い、そして正月といった年中行事を、あるいは大奥の女性による御狂言(歌舞伎)といった息抜きを、彼女たちは行ってきたのであり――そこにあるのは、ごく平凡な女性たちの、ごく平凡な日常の営みなのであります。
 そしてその傍らで、至極マイペースに暮らす猫たちは、そんな日常の象徴なのではないか――というのは深読みが過ぎるかもしれませんが、猫たちのおかげで、大奥という場と、そこに暮らす人々がずいぶん身近に感じられるようになったことは間違いないでしょう。

 もちろんその一方で、姉小路と水戸藩主・徳川斉昭の関わりという非日常的な史実を描くのも――そしてそこに猫という日常の救いを絡めてみせるのも――見事というべきでしょう。


 猫と組み合わせることで、ここでしか見ることができない大奥の姿を描き出してみせる本作。猫ファンはもちろんのこと、歴史ファンも必見の快作なのであります。


『猫奧』第2巻(山村東 講談社モーニングKC) Amazon


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2021.03.24

松尾清貴『南総里見八犬伝 4 南総騒乱』 集結する犬士たちと下剋上の化身と

 「八犬伝」物語数ある中でも、原典『南総里見八犬伝』との忠実さと、現代人にも通じる文章の巧みさ――その両立という点で有数の完成度を持つ松尾清貴版の第4巻であります。流浪の果てに一堂に会することとなった七人の犬士たちの活躍は、そして新たなる敵の出現に危機に瀕した里見家の運命は……

 数奇な運命に導かれ、一度は集結しながらも散り散りとなり、各地を流浪することになった五人の犬士たち。その中で犬坂毛野、犬村大角という新たな勇士の姿が、そして里見の浜路姫と信乃の奇しき因縁が描かれてきましたが――この第4巻で描かれるのは、そんな彼らがついに集結する姿であります。

 越後を舞台に、山賊の頭の妻となった毒婦・船虫と対決することになった小文吾。荘助の力もあって山賊たちを退治した小文吾ですが、しかし土地を収める長尾家から思わぬ形で苦しめられることになります。
 この窮地から逃れた小文吾は、その末についに毛野と再会。互いに因縁のある名刀・落葉を巡る誤解から毛野と荘助が争ったものの和解し、毛野は自分が天涯孤独の存在ではなかったことを知るのでした。

 しかしなおも仇討ちが終わらぬ彼は一人去り、思わぬきっかけから、扇谷家に入り込み家中を壟断していた仇を討つことを請け負うことになります。一方、結城合戦の生き残りたちが暮らす里を訪れた六犬士は、毛野が単身多数の敵に挑むことを知り、助太刀を決意。さらに道節はこの機に乗じて仇敵・扇谷定正を討たんとするのですが……


 かくて、犬士一人一人の冒険譚から(彼らとは悪因縁であった船虫の凄惨な最期を経て)、規模はさまで大きくないとはいえ、ほとんど初めて彼らが兵を率いて合戦を繰り広げる展開となり、物語はいよいよ佳境に入る――のですが、このくだりは、「八犬伝」の中では比較的知名度は低いと思われます。

 実はこの辺りは、様々な「八犬伝」リライト/リトールドでは省略されることが多いエピソード。
 (親兵衛を除く)八犬士の銘々伝が一周した直後、全員集結してから決戦に至るまでの谷間と見られているのではないか、と想像しますが――おかげで物乞いや抜刀術の芸人に扮して活躍する毛野の七変化ぶりが知られていないのは、実に勿体無いと感じます。

 もちろん本作はその辺りをきっちりと描き出すとともに、これまで個人個人の、いわばミクロな冒険を繰り広げてきた犬士たちが、合戦というマクロな戦いに参じていく姿を、丹念に描いていくことになります。
 そしてそれ以上に注目すべきは、その中に浮かび上がる犬士たちの人間像であります。

 特に、己の素性を(性別すら)隠し、ただ復讐のためだけに生きてきた毛野が、小文吾・荘助と出会い、魂の兄弟というべき犬士たちの存在を知る――その時の彼の複雑な想いを抱えた姿を描いたくだりの詩情は、本作でも特に屈指の名場面といえます。
 また、同じ仇持ちでありながら、冷静沈着な毛野とは対照的に、短慮で熱くなりやすい道節の描写も面白く、犬士たちの個性というものが、こういう形で浮き彫りとされている点に、やはり注目すべきでしょう。


 しかし、この巻の後半で、物語はこれまでと全く異なる様相を呈することになります。ここで描かれるのは、蟇田素藤という男の半生――鬼畜にも等しい大盗賊の子に生まれ、自らも悪行を繰り返しながら、上総館山城主にまで上りつめた男の姿であります。
 もちろん、ここに至るまでに本作では様々な悪人・悪役が登場しました。しかしほとんど皆、八犬士との関わりの中で描かれるのに対し、素藤は彼自身の銘々伝というべき物語が長きにわたり描かれることになります。

 この素藤の経歴は、作中においては、似たような過程で城主となった里見義実のそれの邪悪なパロディとみるべきでしょう。それと同時に、メタ的な視点でみれば、作中の時代よりももう少し後に現れる、下剋上の戦国武将の存在を象徴しているとも感じられます。(特に怪しげな術者から美女の幻を見せられるくだりなど、松永久秀の面影が……)

 戦国時代の端緒を作った結城合戦に始まる物語の、その冒頭で再興が描かれた里見家が、下剋上の化身ともいうべき素藤に苦しめられる様は、「八犬伝」という物語の構造を考える上で、実に興味深いものがあります。


 何はともあれ、思わぬところから窮地に陥ることとなった里見家。頼みの綱である犬士たちはまだそれを知らず――と思いきや! というところで、物語は次巻に続きます。
 実はこの第5巻は既に発売されているところに、今頃第4巻のご紹介というのも忸怩たるものがありますが――こちらももちろん、近日中にご紹介させていただきます。


『南総里見八犬伝 4 南総騒乱』(松尾清貴 静山社) Amazon

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 松尾清貴『南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士』(その一) 八犬伝という理不尽な物語の中で
 松尾清貴『南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士』(その二) 理不尽を乗り越える人間性の不滅
 松尾清貴『南総里見八犬伝 3 美女と悪女』(その一) スマートな「美女」と無骨な犬士と
 松尾清貴『南総里見八犬伝 3 美女と悪女』(その二) 美女にまつわる「理不尽」と「転生」

 「八犬伝」リスト

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2021.03.23

鈴木ジュリエッタ『トリピタカ・トリニーク』第1巻 少女西遊記!? 三蔵の向かう先は

 ある意味中華ファンタジーの原点の一つともいうべき「西遊記」をベースにしつつ、見事に独自の世界観を生み出した少女漫画である本作――まずは全4巻のうち、第1巻のご紹介です。バイタリティ溢れる少女・花果と訳ありの法師・三蔵、長安に向かう二人を待つものとは……

 とある田舎の村の寺で、敬愛する玄奘法師と暮らしている少女・花果。とにかく虚弱体質の玄奘を、彼にかつて命を救われた花果はお師匠様と慕い、二人は平和に暮らしていたのですが――ある日、黒く染まった川が、花果の運命を変えることになります。
 川を黒く染める毒――都から垂れ流される汚水を止めるため、皇帝に嘆願に向かうこととなった玄奘。村に残された花果ですが、その晩、村を奇怪な妖魔が襲い、村人たちは皆猿に変えられてしまうことになります。

 一人難を逃れ、玄奘に急を知らせるべく後を追う花果。しかしその玄奘のもとに、天から一筋の光が落ちたと思いきや、玄奘の体は「三蔵法師」を名乗る何者かに乗っ取られてしまったのであります。
 やはり都に向かうという三蔵の、師匠を取り戻したければ俺を都に連れていけという言葉にやむなく従うこととなった花果。強力な法力を持ちながらもオレ様な三蔵と、純粋で人間離れした力を持つ花果の奇妙な旅が、ここに始まるのですが……


 と、「西遊記」をモチーフ――というよりもパロディにしたような人物配置で展開していく本作。
 この先、花果と三蔵の前には北斉出身の剣士・高河伯とその兄の高冰夷が現れ、行動を共にすることになるのですが、河伯が水の妖魔の名であることを思えば、彼が誰に当たるかは明白でしょう(ちなみに冰夷は、神話に現れる河伯の人間時代の名)。

 とはいえ、先にパロディと評したとおり、花果たちのキャラクターは「西遊記」とは大きく異なります。三蔵――の肉体である玄奘を一心に慕う怪力幼女の花果、傍若無人で正体不明の三蔵、傲岸不遜な腕自慢ながら極度のブラコンの河伯と、いずれも一癖も二癖もある面子。
 そんな賑やかなキャラクターたちが繰り広げる賑やかでコミカルな珍道中が描かれるのですが――しかし第1巻の後半で、恐るべき真実が語られることになります。

 玄奘の体を強引に乗っ取った謎の男・三蔵。一行に襲いかかってきた妖魔の口から語られた、三蔵の正体とは――まさか! としか言いようのない人物だったのであります。
 今回はその人物の名は伏せておきますが、なるほど、「彼」自身「西遊記」の登場人物であり、そちらでも玄奘三蔵とは深い因縁を持つ人物――三蔵の冒険行のきっかけとなった人物ではあります。

 なるほど彼が都に向かうのは、ある意味当然ではありますし、そのオレ様っぷりも納得するしかないのですが――しかし、まさか彼が玄奘の体の中に入り込んでしまうとは、これを予想できた読者はいないのでは、とすら感じさせられるほどであります。
 しかしそうなれば当然疑問になるのは、何故「彼」が魂だけの存在となってしまったのか、そしていま「彼」を名乗っているのは何者か、なのですが――この第1巻の時点ではまだそれが全く見えないのが、何とも気を持たせてくれるのです。


 そんなわけで、一見コミカルで脳天気なパロディに見えつつも、その実、骨太のストーリーを窺わせる本作。さらに花果と、彼女の慕う玄奘とはほとんど正反対の性格であるはずの三蔵の間に生まれる心の交流など、グッとくるような人物描写の巧みさにも、感心させられます。

 そしてこの先、長安に到着した一行が見るものは――その伝奇としてのスケールの大きさ、そして喩えようのない重さと残酷さについては、続く第2巻の紹介でお話したいと思います。


『トリピタカ・トリニーク』第1巻(鈴木ジュリエッタ 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2021.03.22

野田サトル『ゴールデンカムイ』第25巻 殺人鬼の意外な正体!? そして全勢力激突寸前!

 アイヌの黄金の在り処を示す刺青人皮も残すところあとわずか――それを背負った三人の刺青囚人が札幌に現れ、後を追う全勢力が結集することになります。誰が敵で、誰が味方なのか渾沌とした状況の中、娼婦殺しの囚人の意外過ぎる正体が……?

 独自に囚人たちを追う中、アイヌの黄金で自分の王国を作るという夢を持つ海賊房太郎と激突した末、互いの利を認めて手を組むこととなった杉元一行。殺人鬼マイケル・オストログが札幌で娼婦殺しを繰り返し、そして飴売り姿で子供を誘拐・殺害する上エ地圭二も札幌に向かっていることを知った杉元+房太郎チームは、札幌に向かうことになります。

 しかし札幌では既に娼婦殺しを追う宇佐美と菊田がオストログと激突、そして土方一味も札幌に潜入と、三つの勢力全てが札幌に揃うことになります。そんな中、アシリパは杉元への想いを秘めつつ、父から託された想いを自分なりに受け継ぐことを決意し……


 と、風雲急を告げるこの巻の冒頭では少しずつ変化しながらも決して途切れることのない杉元とアシリパ(あと白石)の絆が再確認されることとなり、むしろこの旅の結末が遠くないことを感じさせます。
(それにしても二人でどこかに閉じ込められて――というのは王道ですが、その結果は少し切ない)

 一方、既に札幌入りした牛山は、今まさに子供を毒牙にかけんとした上エ地を発見、追跡するのですが――いつもの(?)ドリフのような大乱闘の末にたまたま杉元たちが食事していた店に突入、さらにそこに駆けつけた土方も加わり、さらに乱戦はエスカレート。
 波乱万丈な展開が連続しすぎてすっかり忘れていましたが、網走では土方に裏切られていた杉元は怒り心頭、殺し合いを繰り広げるのですが――そこで決然と割って入り、その場を収めるアシリパには、既に指導者としての片鱗が感じられます。

 かくて再び呉越同舟、手を組んだ杉元・土方両チームですが、ここでオストログが次に凶行を繰り広げる場所を、あまりにも意外な人物が突き止めることになります。
 一応土方に協力していたものの、史実通りのヒューマンダストっぷりに、ネタキャラ扱いかと思っていたあの人物。しかしその探偵事務所を開いてもいいんじゃないかという名探偵ぶり(すっとぼけ)には、流石に驚かされると共に、本作の人物配置の巧みさに、改めて感心した次第です。

 しかしそこでさらに驚かされるのが、次の犯行現場と同時に明らかになったオストログの正体(?)。コピーキャットかと思いきや、まさか――と、あまりの伝奇っぷりというか本作の何でもありぶりに、これまた感心いたしました。
 もっともそれでキャラが霞んでしまった感があるのが、同じく実在の殺人鬼がモチーフの上エ地。殺人鬼の大先輩が相手では分が悪い(同じモチーフ元のキャラの有名ネタは、前の巻で白石に使われているし……)としか言いようがありませんが、彼もまた、大きな役割が用意されているのでしょう。

 何はともあれ、最後の犯行現場を舞台に杉元・土方一味が網を張るところに鶴見一派の先遣隊が衝突、そしてそこに鶴見本人も到着と、大嵐の予感で終わるこの巻。
 さらに土方一味から離れ一人アシリパを付け狙う尾形、札幌にまで追ってきたソフィアも加わり、全ての勢力、ほとんど全てのキャラクターが集結して何が繰り広げられることになるのか――いつものことながら、いやこれまで以上に次の巻が楽しみで仕方がない、最高のヒキであります。

『ゴールデンカムイ』第25巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第24巻 海賊の理想 そして全ては札幌を目指す

 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

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2021.03.21

『半妖の夜叉姫』 第24話「殺生丸の娘であるということ」

 是露と殺生丸が一触即発のところに降臨した麒麟丸は、姉が負った天生牙への無礼を詫び、虹色真珠を何処かへ飛ばしてしまう。そんな麒麟丸に怒った是露は何処かへ姿を消し、理玖も隙を突いて麒麟丸の腹を刃で貫き、彼女の後を追うのだった。そして残った麒麟丸に、夜叉姫三人は最後の戦いを挑むが……

 初めに書いてしまえば、無事第2期も決定した本作。ということは、今回全てを終わらせる必要はないわけですが、さて――と思いきや、ある意味、ザ・第1期の最終回的なラストでありました。

 前回のラストに降臨し、一触即発の夜叉姫・殺生丸・是露・理玖の間に割って入った麒麟丸。果たしてその行動はと思えば、まず怒りに任せて自分を甦らせた天生牙をへし折った是露の行動を詫び、なおも敵意を隠さない彼女を一喝、虹色真珠を何処かへ吹き飛ばしてしまうのでした(四魂の玉が絡んでいるからにはそう簡単には破壊できないのか、あるいは姉への情けか……)
 これに怒った是露は姉弟の縁切りを宣言して天空に消え、そして理玖は――と思えば、いきなり後ろから麒麟丸の腹を剣でブッスリ! 姐さんに付くことを宣言してやはりその場から消えるのでした。

 その混乱の間に雲母に乗って空に避難した夜叉姫三人ですが、わざわざ戻ってきて麒麟丸に挑むことに(そしてそれを剛臆の試しと見過ごす親父)――しかしいくらなんでも油断というか増上慢が過ぎるのでは、と思ってみていれば、案の定、ほとんど相手になりません。そもそも、とわたちは前回対決した時に麒麟丸が手を抜いていたと知って激昂していましたが、その時ですら殺生丸がいなければ全滅だったというのに……
 そして紅の爆流破もあっさり跳ね返された(凱風の立場……)もろはは、リングアウトKOのような雑な扱いで退場、その場は殺生丸の娘二人に託されたのですが――しかし二人の渾身の力でも互するのがやっと。それでもせつなは腕の血刀で、麒麟丸の頬に以前とわが刻んだのと丁度交差する形で傷を与えたものの、却って激高した麒麟丸の刃が真っ向上段から彼女を襲い――地に伏すことに。

 あの斬られ方ではどう考えても顔が割られる――と思いきや綺麗なままだったので、傷をつけないで斬るタイプの刃なのかしら、と楽観的に思っていたら、その次の瞬間、無残な腹の傷が……
 必死に呼びかけるとわの声にうっすら目を挙げるせつなですが、彼女の口から出てきたのは「眠くなってきた」という言葉。あれだけ「眠らない」というのが描かれてきたせつなに、今ここでこれを言わせるとは――と唸りつつ、「とわ姉ちゃん」と素直な顔で呼びかけるせつなに、これが最期の時ということを感じさせられ、胸が締め付けられる思いであります。(そして前回いきなり折られた天生牙がここで意味を持つとは!)

 もちろんそれはとわが、そしてもろはが誰よりも感じている思い。戦線復帰したもろはは、穏やかな心と激しい怒りが云々なスーパー紅夜叉人となり、そしてとわもついに己の中の妖の血を発現させ、額に浮き出るのは父の三日月紋様であります。さらにこの地で命を落とした祖父・犬の大将の妖力も加わり、背後に蒼と紅、巨大なオーラを浮かび上がらせた二人は麒麟丸と正面から激突! 次の瞬間、戦いの舞台は宇宙空間に……
 いや、冥道斬月破かと思ったらそういうわけでもなく、とわともろはの闘気が空間を歪めたとかそういう感じのようですが、とにかくパワーアップした二人は麒麟丸に勝るも劣らぬ力を発揮、新技・双頭の蒼龍破を発現させたとわ、紅龍破をパワーアップさせたもろはは麒麟丸を追い詰めるのですが――その力を受け止めきった麒麟丸は、二人の、いや三人の健闘を讃え、その場は去るのでした。

 そして降りしきる雨の中、自分の無力さに打ちひしがれるとわ。その前に現れた殺生丸が彼女に差し出したのは、あの刃が折れた天生牙……


 という、何とも気になる場面で終幕となった本作。これまで積み重なった謎や伏線は全て第2期に回して、とにかく今回は決戦と敗北のみを描くという、ある意味実に潔い最終回でありました。
 しかし残されたものは数多くあります。
・りんと是露の縁とは。解く方法は
・虹色真珠の行方は
・麒麟丸、是露、そして理玖との決着は
・結局決戦に間に合わなかった刀々斎の言う天下の名刀「ゆかりのたちきり」とは
・現代に現れた妖霊星の行方は
・時の風車と阿久留とは何なのか
・犬夜叉とかごめの運命は(あと弥勒の修行は完成するのか)
・そして、せつなは本当に死んだのか

 ざっと思いつくだけでこれだけあるものを、果たして如何に解決するのか――第2期の少しでも早い放映を期待しております。


『半妖の夜叉姫』Blu-ray Disc BOX 2(アニプレックス) Amazon

関連サイト
公式サイト

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2021.03.20

出口真人『前田慶次かぶき旅』第6巻 仰天!? 黄金百万石のゆくえ

 肥後・島原での慶次たちの大暴れもいよいよクライマックス。ガルシア神父といくさ人・兵法者連合軍の決戦の行方は、そして海底の黄金の行方は……

 孤島を舞台に繰り広げられるガルシア神父との決戦。弟の仇討と称しつつ、その実は海底に眠る黄金百万石を軍資金に、キリシタン勢力による武装蜂起を目論むガルシアの挑戦を、慶次・清正・宗茂・左近は受けて立つことになります。
 あの柳生兵庫助がおまけ扱いのこのいくさ人軍団に対して、ガルシアが用意したのは初代佐々木小次郎・丸目蔵人・新免無二斎・弁之助(武蔵)という、これまた超人兵法者軍団。

 この二つのドリームチームの決戦の行方は――と思いきや、自分たちを単なる囮として使った上、卑怯な手段で慶次たちを討とうとするガルシアに激怒した兵法者軍団は、いくさ人軍団と合流することになります。
 かくて絶対敵に回してはいけない最強軍団の無双っぷりに粉砕されたガルシアの配下たちですが、しかし西洋甲冑に身を包んだガルシアは、ただ一人絶対の自信を持って立ちふさがり……

 と、知らないというのは怖いことだなあ、というほかないガルシアの行動ですが、しかしそれだけの強さであるのもまた事実。防御は甲冑に任せ、その剛力で攻撃のみに専念する姿は、これはこれで超実戦流、一個のいくさ人と言うべきかもしれません。
 しかしいくさ人を相手にしたら絶対負けないいくさ人が本作の主人公なわけで――散々小悪党ムーブを重ねたことも考えれば、これはまあ、やはり当然の結果と言うほかないでしょう。


 かくて戦いは終わりましたが、しかしある意味それ以上の問題として残ったのは、黄金百万石であります。肥後の石高の倍はあるこの黄金に、如何に始末をつけるのか――さらにそこに割って入るのが、九州+キリシタン+関ヶ原といえばこの人がいた! のドン・シメオンこと黒田如水、すなわち黒田官兵衛。
 若い頃は美形の疾風の軍師だった官兵衛(それは別の作品)ですが、今は嫌味っぽく、さすがの清正も子供扱いの何だかエラそうな老人として描かれることになります。

 さて、官兵衛も加わって、この黄金の扱いがどうなるか――詳細は伏せますが、ここでひっくり返ったのは、本書の発売日と同日に新装版の最終巻が発売された、あの名作のラストを彷彿とさせるものとなっていることであります。
 本作とはちょっとややこしい関係にあるあの作品ですが、ここでまさか、そのラストのリプライズともいうべき展開をやってのけるとは――と驚いてしまったのですが、しかしこれはこれで最高に痛快であることは間違いありません。

 何だかんだでやっぱり豪傑だった官兵衛も加わって、いくさ人たちが実に楽しそうに傾く姿は、一つの物語の終わりに実に相応しく、まことに気持ちの良いフィナーレであることは間違いありません。


 しかし、もちろん慶次のかぶき旅はこれで終わりではありません。彼の次なる目的地は、九州のさらに奥――あの最強のいくさ人、いや最強のいくさ人集団が拠る地であります。なるほど、この組み合わせがあったか! と大いにテンションが上がりますが、しかしその前に慶次を狙う男が現れます。

 その名は横手五郎――常人を遥かに上回る、剛力という点では慶次をも上回るであろう巨漢にして清正とはある因縁を持ち、そして以前からその清正打倒を目論む天草衆に身を置く男であります。
 熊本の歴史――というより伝説に伝わるこの横手五郎ですが、その姿を本作でどのように描くのか。いや何よりも、慶次はこの男に如何に胸を貸すのか、楽しみにしたいと思います。

(しかし今回登場した南蛮人力士、最初からオチは読めているとはいえ、いくさ人連中の異常さも相まって、あまりに可哀想で笑ってしまいました)


『前田慶次かぶき旅』第6巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon


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2021.03.19

田中啓文『元禄八犬伝 二 天下の豪商と天下のワル』の解説を担当しました

 本日発売の『元禄八犬伝 二 天下の豪商と天下のワル』(田中啓文 集英社文庫)の解説を担当しました。さもしい浪人・網乾左母二郎と小悪党たちが、八犬士とともに巨悪に挑む痛快時代伝奇小説、私も大好きなシリーズの第2弾であります。

 時は元禄14年、所は大坂。強請集りをはじめ金のためなら何でもやる網乾左母二郎と悪党仲間の怪盗・鴎尻の並四郎、妖婦・船虫は、ひょんなことから、丶大法師と名乗る壮漢と出会うことになります。いずれも「犬」の字が姓についた八人の侍・八犬士を束ねる丶大。彼は、犬公方こと徳川綱吉の命を受け、行方不明となった綱吉の娘・伏姫を探していたのであります。
 もちろん本来であればそんなことは左母二郎には無関係なはずですが、ある事件に絡んだ大金に目が眩み、ヽ大たちに手を貸したのが運の尽き。その後も左母二郎たちは、八犬士絡みの事件に巻き込まれることになります。しかしその背後では、大坂を狙う奇怪な悪霊が蠢き始めていて……

 という第一弾『さもしい浪人が行く』は、八犬伝を江戸時代に舞台に移して描く一種のパロディ、それも原典では小悪党にすぎなかった(いや本シリーズでもそうなのですが)左母二郎たちが主人公ということで、八犬伝ファンとして大いに驚き、そして楽しませていただいたのですが――その続編の解説を書かせていただいたのは、実にありがたいお話です。
 そもそも昨年最もこのブログで取り上げた時代小説は、作者の作品――『文豪宮本武蔵』、『臆病同心もののけ退治』、『竹林の七探偵』、『信長島の惨劇』、そして『さもしい浪人が行く』だったので、ちょっと不思議な気分でもあります。…

 ちなみに今回、ちょっとだけ悩んだのは、本シリーズのモチーフや基本構造については、『さもしい浪人が行く』の末國善己氏の解説や、「青春と読書」二〇二〇年一〇月号の作者ご自身のエッセイでほぼ全て語られていることでした。
 そもそも私自身がモチーフとなっている作品とはニアミス(子供の頃過ぎてほとんど覚えていない)だけに、どのようにアプローチしたものか――色々と考えたのですが、この辺りは、私がこのブログでこれまで数多くの「八犬伝」という物語を紹介してきたことを踏まえて、本作の、本シリーズの位置づけを解説してみました。

 はたしていかなる内容になりましたか、ぜひお手にとってご覧いただければ幸いです。


 と、この『天下の豪商と天下のワル』についてもご紹介しなくてはなりませんね。

 本作は前作同様の二話構成ですが、第一話「三人淀屋」は、タイトルの「豪商」、淀屋辰五郎にまつわる物語――淀屋の身代を狙って暗躍する怪しげな坊主たちを向こうに回し、左母二郎が、そして並四郎が大暴れを繰り広げる痛快な活劇。天下の豪商を前にしても、一歩も引かない、左母二郎のワルの矜持に胸がすく一編であります。
 そして第二話「仇討ち前の仇討ち」ですが――元禄14年で仇討ちといえばこれ、のあの「物語」と「八犬伝」がクロスオーバー。実は作者にとってもお気に入りのこの題材ですが、本作ではこれまでとはまた異なるアプローチで、少年武士と、今回ちょっと大人な立ち位置の左母二郎たちの交流が描かれることになります。

 もちろんどちらのエピソードでも、八犬士が大活躍。どの八犬士もどこか原典の面影を残しつつも、本作ならではのアレンジを施されて、実におかしくも格好良く、小悪党たちと一緒に大暴れを見せてくれるのがたまりません。

 そしてもう一つ、本作、いや本シリーズには、時代伝奇ファンには見逃せない仕掛けが用意されています。それが物語の背後で暗躍する、ある怨霊の存在であります。
 前作のラストでその名を知った時には、一見意外な取り合わせに仰天したものの、よく考えてみると、なるほどこの物語に、そして左母二郎に絡むには大いに納得のこの怨霊――天下の○○○に天下のワルがいかに挑むか、シリーズの今後も楽しみになるというものです。


 というわけで『元禄八犬伝 二 天下の豪商と天下のワル』、解説者である以前に一読者として存分に楽しませていただいた作品です。どうぞよろしくお願いいたします!


『元禄八犬伝 二 天下の豪商と天下のワル』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

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2021.03.18

高橋留美子『MAO』第8巻 激突する獣たち 菜花大奮闘!

 平安と大正を結ぶ呪いと因縁のアクションホラーの第8巻であります。かつて摩緒の許嫁であった紗那の死を巡る謎がいまだ解けぬ中、新たに展開するのは、通り魔事件の背後に蠢く謎の獣の存在。その獣を掌中に収めるべく、この巻の表紙を飾る金の術者・白眉が暗躍することに……

 呪禁道・御降家の宗家選びの儀式をきっかけに、平安から大正に至るまで生き続けることになった摩緒と五人の兄姉弟子。その一人・木の術者である華紋が、過去の因縁から海底の社で水の術者・不知火と激突するのを、摩緒と菜花、そして土の術者・夏野は助けることになります。
 そしてそこに再び現れたのは、不知火側で暗躍する謎の女・幽羅子。紗那と瓜二つの容貌を持ち、そして奇怪な黒い邪気を操る彼女に対し、夏野は思うところがあるようで……

 という前巻の引きから続くこの巻の冒頭で描かれるのは、夏野が語る「あの夜」――摩緒が裏切り者として追われ、そして彼の師が、そして紗那が死んだ夜のこと。これまで一門の生き残りの間では、摩緒が殺したと語られていた紗那の死の真実を、夏野が語ることになるのです。

 しかしそれは、また新たな謎の始まりでもあります。紗那を殺したモノは何者なのか。そして幽羅子との関係は。物語が一歩進めば、真実は逆に一歩遠のくような――そんな本作ならではの、もどかしくもそそられる展開は、ここでも健在なのであります。


 そしてこの一件がもとで微妙な隙間風が吹くようになった菜花と摩緒の微笑ましい一幕を経て、この巻のメインとも言うべきエピソードが描かれることになります。

 町を騒がす、獣に引き裂かれたかのような犠牲者が相次ぐ通り魔事件。その犯人こそは、先祖代々、ある獣をその身に宿して使役してきた加神家の長男だったのです。
 そしてその弟である少年・双馬は、兄の体を乗っ取って暴れる獣と対峙するのですが――力及ばずに深手を負い、摩緒に助けられることになります。

 あの幽羅子と似た邪気を感じさせる獣を追う摩緒。そしてその一方で、双馬も獣の力に魅せられ、やはり後を追うことになります。そして双馬の前には、あの金の術を操る怪軍人・白眉が現れ……

 と、ここで登場する兄弟子の一人・白眉。奇怪な金属の式神を操り、大正の世では軍部に身を置いて暗躍、摩緒や百火の命を狙ってきた白眉ですが――この巻の冒頭での夏野の言葉もあり、これまで登場してきたキャラクターたちの中では、最も黒幕感が漂う人物であります。
 そしてこのエピソードでは、白眉の野望の一端が描かれ、それが「二体」の獣の、いやもう一人、獣の力を宿す菜花の激突を招くのです。

 正直に申し上げれば、今回のエピソードは、これまでのものに比べると、物語の本筋から(現時点では)少し離れたところにあるように感じられる内容ではあります。
 ここのところどうしても平安組に焦点があたってしまい、ちょっと影が薄く感じられた菜花がですが、その彼女がここに来て大奮闘を演じてくれたのは、嬉しいことではあります。(先に述べた微笑ましい一幕も含めて、少しずつ摩緒との絆が深まっているのも、また嬉しく感じられます)

 その一方で、力に惹かれ、溺れる双馬のような存在も、不死者・術者たちが入り乱れる本作においては、また独特の輝きを放って感じられるところです。


 そしてこの巻のラストでは、また新たな怪事件が発生。戦前の怪奇小説のような実に厭なシチュエーションから始まるこのエピソードの中心になるのは、姉弟子・夏野の様子であります。
 一番最後に登場したということもあり、まだまだ謎の多い夏野。彼女のいかなる顔が描かれるのか――またもや続きが楽しみな展開であります。


『MAO』第8巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2021.03.17

藤田かくじ『徳川の猿』第3巻 裸体の狂戦士、その過去!

 徳川家斉の時代、幕府転覆を狙う謎の集団・天狗が次々と引き起こすテロに立ち向かう女性ばかりの特殊部隊・猿の死闘を描くバイオレンスアクション第3巻です。大奥の女性たちを支配する怪僧・日啓暗殺の命を受け、江戸城に潜入したものの、正体が露見して危機に陥った猿の面々の運命は……

 海外の勢力とも手を結び、次々と凶悪なテロ事件を引き起こす「天狗」。父を天狗によって殺された少女剣士・鈴は、目・耳・口うちjが不自由ながら異常なまでに強力な格闘術を操る異形の娘・月に助けられ、「猿」に加わることになります。

 そして司令官である女装の美青年・吉村黄金(実は遠山金四郎)からの今回の指令は、大奥に潜み、将軍家斉の愛妾・お美代の方をはじめとする女性たちを虜にしているという怪僧・日啓の暗殺。
 かくて大奥に潜入した鈴と月たちですが、味方であったはずの中臈・お眠こそは日啓の手先であり、一転、捕らわれて彼の性の饗宴の生贄に供されることになってしまいます。他の猿のメンバーたちとも分断され、孤立無援となった鈴たちの運命は……


 と、物語が始まって以来の窮地に陥ることとなった猿。麻薬と性技で大奥を支配する怪人・日啓、催眠効果を持つ剣法を操る混血の美女・お眠(もちろんモチーフはあの人)という強敵だけでなく、潜入の際に、大奥の女たちに少しでも傷を追わせたら黄金の首が飛ぶ、という枷を嵌められた状態で、もはや打つ手なしとしか思えません。

 ――と言いたいところですが、ここで異常なまでにファイトを燃やすのが月。実は日啓こそは彼女の怨敵の、彼女を今の境遇に貶めた一人だったのであります。そんな裸体の狂戦士にとって枷に意味はなく、遠慮会釈もなしに女たちをぶっ飛ばして日啓に迫るのでした。
 いやはや、そんな打開策があるかい、と言いたいところですが、しかしこれはこれで(あまり大きな声では言い難いですが)ある意味爽快感のある展開ではあります。

 しかしその先に繰り広げられる月と日啓の対決は、月の怨念が籠もっているだけに凄惨な展開を迎えることとなります。
 相手を倒すのではなく殺すという執念の下、マウントを取って相手をボコボコに殴る、落とすのではなく殺す気で締める――そんなプリミティブな死闘は、両者がほとんど裸の状態でという妙なシチュエーションで繰り広げられるだけに、どのようなリアクションを取ったら良いのかわからなくなる、ある意味名勝負であります。


 そして大奥編も終結し、この巻の後半では、鈴、そして月の過去が語られることになります。曲者揃いの猿の中では、戦いの動機・技ともどもある意味真っ当過ぎるだけに、これまで今ひとつ役に立ってこれなかった鈴。そんな彼女の前に現れたのは、亡き父の弟子であり、姉弟同然に育った相手、そして許婚である青年・不動であります。
 温厚な好青年に成長した不動を前にした鈴ですが、しかし彼女は、すぐに残酷な真実を知ることになるのです。

 そしてその痛手から醒めやらぬま幕府から流出したある品を求め、黄金の供で盗品市を訪れた鈴は、その品を賭けて、あのお眠と再戦することに……
 と、何かと強烈すぎる月に比べると、主人公ながらも一歩も二歩も引いた立ち位置にあった鈴も、この巻の後半において、自分の過去を乗り越えることを求められることになります。そしてその過程で自らの真の力に目覚め――という王道展開が気持ちいいのですが、しかしインパクトの点で全てを持っていくのは、やはり月の過去なのです。

 盗品市での戦いの裏で発生した、月の妹分であり、彼女の目・耳・口代りである少女・犬千代襲撃事件。そしてその流れを受けて、犬千代の意外な出自、そして月との出会いと彼女の過去の姿が語られることになるのですが――それがまた凄惨というよりも陰惨の一言。
もちろん、あの月に、穏やかな過去があるはずもないのは承知の上であり、そしてバイオレンスものである本作にはある意味相応しいものであるかもしれませんが――個人的にはかなり引いてしまった、というのが正直なところであります。

 他の猿のメンバーが基本的に時代劇ヒーローのパロディキャラであり、どこか陽性のものがあるのに対して、ひたすら陰性の月のキャラはそろそろキツくなってきたなあ――という印象は否めません。
 盗品市の主や、競売に賭けられたアイテムの正体など、伝奇ものとして面白い要素も色々とあるだけに、ちょっとどう受け止めるべきか――考えさせられた次第です。


『徳川の猿』第3巻(藤田かくじ 双葉社アクションコミックス) Amazon


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2021.03.16

「コミック乱ツインズ」2021年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2021年4月号の紹介の続きであります。今回はシリーズ連載の新作も二つご紹介。

『かきすて!』(艶々)
 ナツ、ゆき、はるの娘三人の江戸への旅を、当時の(性)風俗を交えてシリーズ連載で描いてきた艶笑譚も、ついに江戸に到着。しかしこれまで各地の風俗を描いてきた本作ですが、江戸で何を描くのだろう……と思えば、日本橋の晒し場での不貞者の晒しが描かれることになります。

 しかも今回描かれた晒し者の男の方は、三人娘の一人、おゆきのかつての恋人。かつて深い仲となったものの、しかしいつしか男の方から離れていった末に、男は夫のある女と関係して、このような有様となったわけですが――今回のクライマックスは、この晒し者を目の当たりにした時の、おゆきの表情でしょう。
 哀しみとも諦めとも憐憫とも、そして安堵とも取れる複雑な表情をわずか数コマで描いてみせたのは、この作者ならではと感じます。

 艶っぽいシーンはあれど、むしろシリアスな人情ものとして印象に残るエピソードであります。そしておゆきとおはるの二人が旅に出た理由も、ここで判明し、いよいよ旅の終わりも近い印象ですが……


『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 擬獣化(?)した幕末の世界を、勤王オタクのヒヨコ剣士を主人公に描くシリーズ連載の第2回。今回はピヨもっこすが勤王志士のサイン会に出かけていって――というシチュエーションだけでまずおかしい。

 ナンセンスといえばナンセンス極まりないのですが、勤王女子が集まるこのサイン会、なんか実際にありそう――と思ってしまうのは、本作のゆるいムードに当てられてしまったからでしょうか。
 結局このサイン会、実は――ということになって一波乱、柳生ピヨピヨ流が炸裂するのですが――まあ今回もゆるい結末で楽しいのです。(にしても本作の坂本龍馬、猫なのが妙に似合います)


『カムヤライド』(久正人)
 第5巻も発売された本作、前回までのモンコ中心のエピソードから一転して、今回は彼を取り巻く人々(?)の動きが描かれることになります。

 ヤマトを襲撃して「戦闘をちょっぴり激しく」した張本人の2人の怪人のうち、イシコリドメは熊(でいいのかな、あれは――やけに東宝っぽい造形でしたが)を相手に腕を磨き、コヤネは一目惚れしたモンコを探し――と、それぞれこの先も騒動の種となりそうな様子であります。
 一方、そのヤマトでは、重傷を負って倒れていたオトタチバナがようやく目覚め、その後の黒盾隊の、ヤマトの状況が描かれます。これまで誤解から、そして王命からモンコと激突することになったオトタチバナですが――しかしヒーローはヒーローを知るというべきか、どうやら誤解の方は解けた様子なのがホッとさせられます。

 そして宮殿では、モンコとのこれまでの冒険を語ったヤマトタケルが、父たる大君と対峙することになります。一見正論を語る大王に対し、一歩も引かずに自分の経験から疑問をぶつけるその姿からは、ヤマトタケルの大きな成長ぶりが窺えますが――それに対して全てを語らず、ただ「伊勢に行け」とのみ告げる大君。
 秘中の道行きに、兄の(相変わらず過剰に艶っぽい)オオウスと二人で旅立つヤマトタケル――という場面で次回に続きますが、神話でのオオウスの運命を考えれば、この旅がタダで済むとは思えず……


 次号からは、森秀樹が中世西アジアを舞台に描く『ビジャの女王』がスタート。「異端新連載」と自分で描いているところに、本誌らしさが感じられます。そして久々に『暁の犬』が掲載されるのも嬉しいところであります。


「コミック乱ツインズ」2021年4月号(リイド社) Amazon

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2021.03.15

「コミック乱ツインズ」2021年4月号(その一)

 号数の上ではもう新年度(怖)の「コミック乱ツインズ」4月号は、表紙は『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーは『侠客』です。また新連載に『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』、特別読切やシリーズ連載の新作も計3本と、フレッシュな内容となっています。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回のメインとなるのは、絵島生島事件――月光院付きの年寄である絵島が、代参の帰りに生島らと宴会に興じ、大奥の門限に遅れたことが大問題となったあの一件。ほんのわずかな気の緩みが、月光院と彼女と通じた間部詮房サイドにとって大ダメージを与えることになります。
 しかしこれを仕組んだのは、柳沢吉保の意を受けた紀伊国屋文左衛門。既に余命幾ばくもない状況で、次代の将軍位争いに干渉しようとする吉保ですが……

 というわけで、以前から紀文が仕掛けていたトラップが発動、あの大奥最大のスキャンダルが勃発するわけですが――今回前半を費やして丹念に描かれたそれは、巷説からすれば「えっ、このくらいで?」という内容。もっとドロドロな感じのアレかと思いきや、これのレベルの中身で、死者まで出る騒動に発展するとは――逆に幕府の法の苛烈さに驚かされます。

 しかしそれだからこそ、事件――いや事件をある意味引き起こした幕府の政に対する紅の嘆きと怒りが籠もった「馬鹿」が胸に響くことは間違いありません。そしてそれを耳にして、素直に紅のものの見方を称賛(ある意味一ヶ月遅れなのですが)できる聡四郎も良い感じで、やはりお似合いの二人だと、微笑ましく感じつつ納得してしまうのです。
 もっとも、ファン的には今回のハイライトは、その後の紅さんのリアクションなわけですが!

 そして後半ではこの事件を仕組んだ紀文と吉保の会話が描かれますが、印象に残るのは、吉保ですら一種のコマとしか思っていないような紀文のトリックスターぶり。そんな本作の鬼札に対して、もう一人の鬼札が接触してきて――という何とも気になるヒキで続きます。


『芝神明のヤバ女』(芳家圭三)
 タイトルを見て一瞬驚かされますが、ヤバとは「矢場」――浮世絵等にも残されている芝神明の矢場で働く女性たちを主人公としたお話であります。

 遊戯場兼風俗店(作中のあまりに身もふたもない例え話にひっくり返る)である矢場で、だらだら祭りの時に開催される男女一組で一張りの弓を射るコンテスト「交競射」を舞台とした人情譚(艶笑譚)と言うべきでしょうか――矢取女たちが、賞金目当てに繰り広げるパートナー探しと、そのパートナーを伴っての大会での勝負の模様が面白いのですが、さらにそこに、主人公格のお加重と、故あって屈託を抱えた勤番侍のドラマが絡むのがなかなか良かったと思います。(勝負の決め手となるのが――というのも上手い)

 と言いつつ、ラストのまたあまりに身もふたもない展開でまたひっくり返るのですが……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 冒頭で触れた通り新連載の本作は、今や歴史四コマの第一人者の作者による新たな戦国武将もの。そして題材についてはタイトルで察せられるとおり、あの暗殺・謀殺なんでもありの宇喜多直家を主人公とした作品であります。

 といっても「そんな感じ」の直家が描かれるのは、彼の「今」の姿をサラリと描いた冒頭のみで、この第一回の大半を費やして描かれるのは、彼の少年時代――祖父・能家が謀殺され、彼がいきなり戦国乱世に放り出されるところまで。
 この後彼がいかなる艱難辛苦を味わうことになるか、それは史実が示すとおりですが――「今」の人格形成に不可欠な部分とはいえ、その辺りの展開があまり長く続くと、直家のイメージが変わってしまうのでは!? と思わず余計な心配をしてしまうほど、真っ当でハードな戦国ものの幕開けという印象であります。
(それこそ「ゆる殺4コマ」という謳い文句が空々しく感じられるほど……)

 もちろん作者にとって、史実とギャグ、そしてそれを繋ぐ人間ドラマは自家薬籠中の物。この先の料理の仕方に期待です。


 4月号の紹介は次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2021年4月号(リイド社) Amazon

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2021.03.14

『半妖の夜叉姫』 第23話「三姫の逆襲」

 もろはを雇い、是露退治に乗り出したせつなととわは、犬の大将が死んだ地に潜んでいた是露に襲いかかる。乱戦の中、せつなの腕から顕在化した血刀によって瀕死の深手を負う是露だが、それは是露と縁を結んだりんの死をも意味していた。その場に現れた殺生丸は、天生牙で是露を蘇生するが……

 アバンタイトルは前回ラストの続き、現代の空港から。そこで草太たちと出会う希林先生ですが、どうやらこの出会いはまったく偶然で、含むところはなかった様子ですが――ここで先生は、自分が見ている妖霊星が、草太たち一般人の目には映らない存在であることを確認することになります。
 そしてそれを、あたかも戦国時代の麒麟丸に伝えているようなのですが――これは一体如何なることなのか。麒麟丸と希林先生の?がりはもはや明確ですが、過去と現代に存在する同一人物というわけではなく、一種の分身なのか。だとすればそもそも何故現代に存在するのか? 謎は深まります。

 そして夜叉姫たちの方は、前回同士討ちを強いられたお礼参りとばかりに、タイトル通りの逆襲に転じることになります。助太刀にもろはを雇い(協力を請うのではなく雇うのがガチっぽい)、そして前回是露が使った術の痕跡からその棲家を探って殴り込み! とわが是露の、せつなが理玖を抑え(ここでお前はとわの方に相手して欲しいだろうけど、とからかうせつなが珍しい)、そしてもろはが上空からガンガン攻撃を降らして棲家もろとも破壊という、もしかしたらこれまでで一番チームワークが取れているかもしれない攻撃を仕掛けるのですが……
 しかしもろは渾身の紅の爆流破を、その場の灰とも土ともつかぬものを放って止める理玖。実はこの地こそはかつて犬の大将が命を落とした地であり、その灰土には大将ゆかりの術を無効化する力がある――ということよりも、そこに潜んでいた是露の感情の重さや、知らないとはいえ自分たちの祖父ゆかりの地をガンガンぶっ壊すもろはたちの無茶苦茶ぶりが印象に残ります。

 しかしそれでもここは是露にとっては思い入れの籠もった地、そこに土足で踏み込まれた上に、腹心の理玖が、ある意味自分の黒歴史の結晶である虹色真珠をいつの間にか五つ――もろはとせつなの分も合わせれば七つ全部――集めていたのですから、普段は冷静だった是露も怒ります。激情のままにとわに襲いかかる是露ですが、そこにさらに襲いかかったのはせつな。前回、妖怪の血の封印が解けた際に腕に残った血からこの瞬間に生まれた血刀を一閃、是露は地に伏すことに……
 しかし前回是露が語っていたように、彼女と二人の母親のりんは、縁が繋がった状態。一体何故、そしてそもそもどういう状態なのかはわかりませんが、是露が命を落とせば、りんもまた命を落とすのであります。そして時代樹の中で眠り続けていたりんがこの瞬間目を覚ましたことで、殺生丸は是露が命を失いかけていることを知るのでした。

 そしてもはや冥界に向かう道を一人辿る是露に彼方から声をかけたのは、相変わらず本名不明の「殺生丸の母」。旧知の間柄であり、何よりも犬の大将を巡る恋敵でもあった是露と御母堂様は、夜叉姫たちについて、殺生丸について、そして犬の大将の妻となった十六夜について、語り合うのですが――互いに己の本心を隠しつつ相手の腹を探る、言葉を交わすというよりもその中に秘められた刃で切り結ぶような会話は、ただ圧巻です。
 特に御母堂様役の榊原良子はさすがとしか言いようのない名演で、完全に是露の上を行って相手を嘲弄しまくる御母堂様の貫目にはシビれるほかありません。

 そしてその母に言葉で心をズタズタにされた上に、そこに現れた殺生丸本人に天生牙――すなわち犬の大将の牙によって――蘇らされて、怒りと屈辱に震える是露(ここでの感情が現れた彼女の口調もまたいい)。ついに虹色真珠の力を振るう是露は、一撃で天生牙を粉砕、そして夜叉姫抹殺を宣言するのですが――そこにまさに降臨、としか言いようのない姿で麒麟丸が登場、という盛り上がりの中、最終回に続くことになります。


 いよいよ本作も残すところあと二話――ですが、ラスト前にして謎は増えるばかりであります。しかしその中でも最大の謎は、御母堂様の館にあった巨大な「時の風車(ふうしゃ)」と、阿久留なる人物が持つ風車(かざぐるま)なる存在であります。
 今回、御母堂様のもとを訪れた麒麟丸との会話の中で突然語られたこの二つ、ふうしゃの方はずっと動いておらず、そしてかざぐるまの方は殺生丸が探している(が、今回殺生丸の前に子供姿の阿久留が現れることに)というのですが――さて一体何なのか。

 時と付くからには、やはり時間にまつわるものなのだと思いますが――これどう考えてもラスト一回ではまとまらないよなあと思いつつ、そこでいかなる結末を描いてみせるのか、楽しみにしているところであります。


『半妖の夜叉姫』Blu-ray Disc BOX 2(アニプレックス) Amazon

関連サイト
公式サイト

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2021.03.13

河惣益巳『鬼哭』 土方と新選組にまつわる死と生の物語

 河惣益巳というと、まず頭に浮かぶのは現代を舞台とした作品なのですが、歴史物・ファンタジーものも少なからず手がけています。本作もその一つ――新選組の鬼の副長・土方歳三の姿を描いた物語であります。

 武士になるべく浪士組募集に応じ、試衛館の仲間たちとともに京に向かった土方。その途中、本庄宿での芹沢の近藤に対する無礼に憤る土方ですが、その一方で芹沢に花を愛でる風流の心があるのを知るのでした。
 その後、芹沢たちとともに壬生浪士組を立ち上げた土方たちですが、芹沢の乱行ぶりに悩まされるばかり。ついに芹沢暗殺を挙行する土方ですが、その時、彼が知った芹沢の想いとは……

 全二話で構成される本作の、第一話の前半では、この土方と芹沢のエピソードが描かれることになります。内容自体は浪士組から壬生浪士組、新選組に至る流れと芹沢粛清については極めてオーソドックスなのですが、その中で光るのは芹沢の人物像であります。

 土方や沖田が少女漫画的な美形なのに対して、肥満体で太い眉で鼻があぐらをかいた、いかにも憎々しい面構えの芹沢。しかし上で触れたように、本作の芹沢は土方とともに花を愛で、歌を詠もうとする心もある人物であり――そんな彼に、土方も一度は胸襟を開くのです。
 そんな芹沢が何故、あれほどの暴挙を――というその理由自体にはそこまで意外性があるわけではありませんが、しかし新選組にまつわる死と生を描いた物語というべき本作の幕開けに相応しいエピソードと感じます。

 そして第一話の後半で描かれるのは池田屋事件ですが――そこで死と生の境に置かれるのは、言うまでもなく沖田総司。新選組のために鬼となる覚悟を固めた土方を支え続けると決意しながらも、ついに労咳に倒れた総司は、ある意味芹沢のそれに近いものを選ぶことになります。
 こちらの展開は、これはまさしく本作のオリジナルで、心中一歩手前まで突き進む沖田と土方、二人の魂のぶつかり合いは、ある意味本作のクライマックスとも言えるかもしれません。


 一方、第二話は趣向を変え、ファンタジー的な要素が物語を彩ることになります。

 隊士たちを連れて島原に遊びに来たものの、故あって壬生に帰ることとなった土方と沖田。そこを待ち伏せしていた不逞浪士たちを(実にイキイキと)返り討ちにする二人ですが、沖田が吐血し、そこを通りかかった美女の手当を受けることになります。
 しかし土方を驚かせたのは彼女の顔――彼女は、以前島原で芹沢とともに桜を愛でた直後に土方の前に現れ、肌を交わした謎めいた妓と瓜二つだったのであります。

 その後、一人で再び女の家を訪れ、激しく愛し合う土方。女性にはモテるものの執着しない彼が、唯一手に入れたい、手放したくないと思いつめた彼女の正体とは……

 新選組のある意味絶頂期に起きた山南の脱走・切腹、屯所の西本願寺移転といった出来事を背景に描かれるこのエピソードは、エロスとファンタジーの色彩も濃厚に、第一話以上に土方の内面に触れた物語であります。
 第一話や、山南に関するエピソードに比べると、この土方と謎の女の物語が異彩を放っているように感じられる方もいるかもしれませんが、しかし新選組の「鬼の副長」の心に最も近づき、引き寄せた者が実は――という展開は、やはり死と生を描く本作に相応しい趣向と感じられます。


 残念ながら本作は全二話、全一巻で完結しているのですが、この先、鬼の副長がその人生を終えるまでに、いかなる死と生に出会ったのか。できることなら、それを描き切って欲しかった――そんなことを感じさせられる物語であります。

(それにしても、大抵ギャグのネタにされる土方の俳句を、ここまで真っ当に扱っている作品は、ちょっと珍しいかもしれません)


『鬼哭』(河惣益巳 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2021.03.12

鈴木英治『信長誘拐』 落とし屋、魔王を攫う!? 空前絶後のその目的

 江戸ものをメインに活躍しつつ、デビュー以来戦国ものにおいても優れた作品を発表してきた作者による、極めてユニークな冒険活劇であります。タイトルそのままの不可能ミッションに挑む「落とし屋」は、この難事を如何に達成するのか、そしてその依頼主と目的とは――驚天動地の物語が始まります。

 織田軍によって武田家が滅亡目前の天正十年、美濃岩村城に入った織田信長の様子を窺う男・沢越宗一郎――ある人物から「信長誘拐」を依頼された宗一郎は、忠僕の護兵衛とともに、信長の隙を狙っていたのです。
 そんな中、織田の兵に追われる美女・善江を救った宗一郎。同じく信長を狙っていた善江は、しかし宗一郎とは正反対に、自慢の鉄砲で信長を狙撃せんとしていたのであります。

 結局、岩村城では隙は見出だせぬまま、安土城に入ってしまった信長を追うことになった宗一郎主従。しかし宗一郎は大胆にも厳重に警戒された安土城の中心から信長を誘拐することを決意、その準備にかかるのでした。
 その一方で、善江も執念深く信長を狙撃せんと試み、さらに主家を滅ぼした信長に対し、深い遺恨を抱く武田家の忍び・三ツ者の頭領・幻霧玄蕃も、信長を狙います。

 これらの襲撃者たちが信長を討つ前に、宗一郎は如何にして信長を誘拐し、そして脱出してみせるのか。そして宗一郎に誘拐を依頼した者の正体と、その目的とは――その依頼を見事に果たし、不可能時を成し遂げた宗一郎ですが、それはまだまだ道半ばに過ぎません。
 そこからも続く宗一郎の冒険と戦い。果たして宗一郎と信長を何が待つのか……


 戦国時代を駆け抜け、天下統一目前にまで迫った信長。「魔王」と恐れられ、その所業から敵も少なくなかったこの信長の命を狙った者は、少なくありません。
 史実では信長を狙撃したという杉谷善住坊が知られますが、本作のヒロイン・善江のように、フィクションの世界では信長の命を狙った者の数は、さらに多いと言ってもよいでしょう。

 もちろん、その一方で信長を守る者もそれと同じくらい存在するわけですが――しかしそのどちらでもない理由で信長を狙うのは、本作の主人公・沢越宗一郎くらいのものではないでしょうか。
 戦国時代に、落城する城などから依頼を受けた者を落ち延びさせる「落とし屋」という存在。それ自体は、これまでフィクションで描かれることがなかったわけではもちろんありません。しかし――その目的が「誘拐」というのは、ほとんど空前絶後のことではないでしょうか。


 そんなわけで非常にユニークな本作なのですが――ちょっと困ってしまうのが、これ以上の内容に触れるのが難しい点であります。宗一郎への依頼者とその理由は、そしてどのように信長を誘拐するのか――これらの点はそのまま物語の中核を成すアイディアであり、ここで触れてしまうと、物語の大きな楽しみを奪ってしまうことになるのですから。

 依頼者とその理由の説明は全体の1/3あたり、信長誘拐の実行は全体の1/2あたりと、それぞれ比較的早い時期に描かれるのですが――特に前者など、そのあまりに豪快な内容がインパクト絶大かつ、これまた空前絶後であるだけに、ちょっとここで述べるわけにはいかないのです。
(これを納得できるかどうかで、本作の評価が定まると言っても過言ではないので、語ってしまいたい気持ちは大きいのですが……)

 正直なところ、物語の構成自体が比較的シンプルであったり、宗一郎が尋常でない腕前過ぎて危機感があまり感じられなかったりという点はあるのですが――この本作の根幹を成すこの野放図極まりないアイディアだけでお釣りがくるほどであることは間違いありません。

 終盤に明かされるもう一つの意外な(かなり不意打ち的に飛び出してくる)真実が、あの有名な史実に繋がっていくという展開も面白い本作。
 そ苦いような虚しいような、それでいてどこか希望があるような――何とも不思議な味わいの結末も、このどこまでも広がっていく夢物語に相応しいものと感じます。

 まことに、愛すべき作品と言ってもよいでしょう。


『信長誘拐』(鈴木英治 PHP文芸文庫) Amazon

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2021.03.11

士貴智志『爆宴』第3巻 物語の真の始まり 復活! 梁山泊百八の魔星

 侵略者たちに奪われたすべてを奪還すべく立ち上がった少女・晶と、あの英傑たちの冒険を描く異世界水滸伝『爆宴』待望の第3巻であります。死闘の末、ついに迷宮の深奥に辿り着いた晶と仲間たち。今ここから、真の物語が幕を開けることになります。(かなり内容に踏み込みますのでご注意下さい)

 ある日突然、謎の怪物たちに滅ぼされた地球から、異世界からの越境者・九紋竜史進とともに、新たな世界へのゲートをくぐった女子高生・津村晶。自分を「宋江」と呼ぶ声に導かれて辿り着いたそこは、怪物たちを使役して幾多の世界を滅ぼしてきた徽宗皇帝と高キュウによって支配された都市でありました。
 「宋江」として人々を救うため、史進、李逵と皇城の地下に潜入した晶は、そこで地下迷宮に囚われた人々を救わんとする魯智深と対面したものの、その前に死した体を番人として利用された林冲が現れ……

 と、刺激的な展開の連続であった第2巻までの展開。しかしそれはまだまだ序の口であったことが、この巻で明らかになります。
 林冲の亡骸に別れを告げ、迷宮の奧に進む一行が辿り着いた先にあったのは、「伏魔殿」と記された巨大な碑。そこで晶の前に姿を現したのは、彼女を導いた声の持ち主――公孫勝だったのです(ここで体を再構成する物質が足りないという理由で、少女姿で現れるのが面白い)。

 そしてこの伏魔殿とともに封じられた人物こそは、洪信――「水滸伝」の冒頭で、百八星の封印を解いたあの人物だったのであります。
 最初に封印を解いた咎でもって、既に敗れた百八の魔星とともにこの迷宮深くに封印されていた洪信。その封を解けば、一度は敗れ、命を落とした百八人も再び蘇るという(そう、林冲も!)公孫勝の言葉に、意を決して封印を解かんとした晶ですが、その前になんと高キュウが現れ……


 既に史進・李逵・魯智深・林冲と四人が登場していただけに、既にこの世に解き放たれた後であるように思われた百八人。しかしある意味「水滸伝」とは逆に、本作においては、百八人のうちで敗れた者たちが伏魔殿に再封印されているという設定には、なるほど――と感心させられました。
 そして宋江の名乗りを上げた晶によって再び封印は解かれ、魔星が地上に放たれる――まさしく「水滸伝」という物語の始まりをなぞる形で、本作もまた、本当の始まりを迎えたといって良いでしょう。
(世界中に解放された魔星が飛び散る場面の美しさよ!)

 そして正体を隠していたもう一人の英傑(また能力のアレンジが格好良い)も現れ、ついに梁山泊に向かう一行。ここで描かれる「水のほとり」の解釈がまたシビれるのですが、しかし……


 という、これまた気になる場面で続くとなったこの巻。
 それにしても、描かれる内容は変格としか言いようがないものなのに、何故か「水滸伝」としてこちらの胸を熱くさせてくれるのですが――それは、巨悪を倒すために集結していく英傑たちという、最も「水滸伝」らしい部分を、本作が取り出して描こうとしているからではないかと感じます。
(上で触れたように、彼らの存在の不滅性が語られているのも、また泣かせてくれます)

 もちろんまだまだ物語の向かう先は見えず、謎も無数にあります。晶の前に幻像として現れた高キュウは、何故自ら封印を解こうとしたのか。梁山泊にあるという全てを取り戻す道とはなにか。そして何よりも、本作における「梁山泊」はいかなる場所なのか……
 「水滸伝」ファンとしては気になる要素満載の本作、これから登場するであろう新たな英傑たちの存在ともども、楽しみは尽きないのであります。


『爆宴』第3巻(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスコミックス) Amazon

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2021.03.10

白鷺あおい『月蝕の夜の子守歌 大正浪漫 横濱魔女学校2』 迷子と誘拐団と、美しい結末と

 大正時代の横浜を舞台に、魔女養成学校に通う三人の少女と一人の少年の冒険を描くユニークなファンタジーの第2弾であります。月蝕の晩、三人が出会った迷子の幼女。思わぬ秘密を秘めた彼女の存在と、町を騒がす子供の連続誘拐事件が意外な形で交錯し、騒動に発展していくことになります。

 横濱女子仏語塾――一見普通の女学校に見えるこの学校の真実は、魔女の養成学校。しかも生徒の半分は人ならざる妖魅――その三年生の仲良し三人組、小春は抜け首、宮子は女郎蜘蛛、透子は幽谷響なのです。
 前作で三人が巻き込まれた、横浜に出没した人語を喋る豹と、描かれた動物たちが蠢くという密林の絵にまつわる騒動――その時に出会った車椅子の少年、実はオンブレ・ティグレ(豹憑き)の若槻千秋は、それが縁で仏語塾の聴講生となり、今はすっかりと学校にも馴染んだ状態であります。

 さてそんなある日、月蝕のある晩に透子が町で出会ったのは、迷子の異国の幼い少女・アナ。やむなく仏語塾の寮で一晩預かることになったアナですが、その晩、彼女は寮から消えてしまったのです――首から上だけが!
 そう、彼女も抜け首――耳のあったところに鳥の翼を生やした異国の抜け首だったのです。

 月蝕を背景にアナと首だけで鬼ごっこを演じる羽目になった小春は、とある洋館で、不思議な鳥がアナの首を抱いて子守歌を歌うという不思議な光景を目撃することになります。その直後に駆けつけたティグレ状態の千秋とともにアナを連れ帰る小春ですが、あの鳥は何者だったのか、謎は残るのでした。

 そしてそれと時をほぼ同じくして、若槻邸に飾られ、前作で奇怪な冒険の舞台となったあの密林の絵からイグアナが抜け出すという事件が発生。さらに千秋がいま町を騒がす分限者の子ばかりを狙う誘拐団・横濱天狗団に攫われてしまうのでした。
 もちろん千秋はティグレに変身してその場は逃れたものの、その後も南米から叔父のホセがやってきたり、夢の中に姑獲鳥を思わせる女性が現れたりと、にわかに彼の周囲は騒々しいことになります。

 はたして姑獲鳥は何者なのか。横濱天狗団の正体とは。さらにホセが語るあの絵の由来や、アナにつきまとう烏天狗の少年、ドイツ屋敷で見つかった白骨死体など、様々な要素が幾重にも絡まり合い……


 というわけで、あらすじだけでもなかなか入り組んだ――すなわち起伏に富んだユニーク極まりない物語である本作。

 前作もユニーク度合いでは負けていませんが、前作は中盤での大胆な舞台転換で物語に動きをつけていたのに対し、本作は一環して魔女学校を中心とした横浜を舞台としつつ、多種多様な要素を投入することによって物語を動かしているのが、個人的にはより好もしく感じられました。
 物語構成的には、小春と千秋の一人称パートが交互に描かれる形となっていて、その分魔女学校側の印象が薄くなってしまった感は否めないのですが――後述するクライマックスを考えれば、これは些細なことと言ってもよいように思えます。

 何よりも、本当にこれだけ様々な要素が本当に全て繋がるのか、と思ってしまうほど一見バラバラな要素が、物語が進むにつれて嵌まるべきところにピタリと収まり、巨大で、美しくそして切ない絵を描き出す様は、むしろ痛快にすら感じられます。
 そしてそれを飾るクライマックスでの、魔女学校の人々のある行動が――と、これはぜひ実際の作品をご覧いただきたいのですが、あまりに美しいその光景には、ただただ胸打たれたというほかありません。
(冷静に考えれば相当に意表を突いた展開も含まれているのが気にならないほどに……)

 そしてその先の場面でももう一段、グッと涙腺に来る展開が待ち受けているのですが――そこからさらに次巻のヒキを用意しているときては、ただ心憎いとしか言いようがありません。


 そんなわけでいよいよ盛り上がる『大正浪漫 横濱魔女学校』シリーズ――完結編である第3巻『セーラー衿に瑠璃紺の風』も既に発売済み(というより私が本作を読むのがだいぶ遅くなってしまったのですが)で、これはすぐにでも読まねばと考えているところであります。

『月蝕の夜の子守歌 大正浪漫 横濱魔女学校2』(白鷺あおい 創元推理文庫) Amazon


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2021.03.09

藤本ケンシ『何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが!?』第1巻 信長、ループものの主人公に!?

 織田信長を題材とした物語といえば、クライマックスは本能寺――というのはまず当然の成り行きではありますが、本作は本能寺の変から始まる物語。それもタイトルの通り、信長が何度もタイムリープを繰り返すループものという、個性的にもほどがある作品であります。

 天正十年、本能寺滞在中に明智光秀の謀反にあった織田信長。信長は、光秀であれば是非もなし、と従容として死に向かう――わけもなく、散々荒れた挙げ句、絶対生き延びてやると誓うのですが、その直後にあっさりと命を落とすのでした。
 次の瞬間、どこともつかぬ空間で目覚めた信長の前に現れたのは、やたらと生意気な口を利くクマ――の着ぐるみをかぶっているらしい人物。天正10年に信長が本能寺で死ぬことは運命であり正史と語るクマは、しかし信長にやりなおしさせてやると言い出すのでした。

 そしてまた次の瞬間、信長が目覚めてみれば7年前、岐阜城での軍議の場。そこで光秀の顔を見た信長は、本能寺の記憶を甦らせると、いきなり光秀を手打ちにしてしまうのですが――また時は飛び、再び本能寺の炎の中に信長は立っていたのであります。
 確かに光秀は斬ったものの、代わって本能寺を攻めてきたのは柴田勝家。再び7年前に飛んだ信長は、今度は勝家と光秀を斬ったののの、三度目の本能寺には秀吉が攻めてきてまた死亡、の運命を辿るのでした。

 そう、謎のクマから、死ぬたびに時をやり直し、本能寺での死を回避するための機会を与えられた信長。裏を返せば、戻った時で選択を誤れば、待っているのはすなわち本能寺での死なのであります。
 そのルールを理解した信長は、今度こそはと7年前に戻るのですが、体に染み付いたブラック君主ぶりは全く治ることなく、まさにタイトルどおり「何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが」という目に遭う羽目に……


 信長が本能寺で死なず密かに生き残ったり、タイムスリップして別の時代に行ったり、はたまた転生したり――というのはしばしば(?)見かける話ですが、この通り本作は、何度も信長が過去を繰り返して未来に待ち受ける死を避けようというループものであります。
 未来を変えるために何度も過去に戻ってやり直す、というのは、これまたよく見かけるパターンですが、それを信長でやったのはおそらく本作が初めてではないかと思います。

 もちろん、そうそう簡単に正解を見つけられるはずもなく、なにかする度に碌でもない方向に転がっていくのはもはやお約束。
 クマからもらった「誰一人として人間を殺すな」とヒントのおかげ(?)で岐阜城軍議の場はクリアしたもののその直後――のシーンは、あまりに予想外かつ衝撃的で、ある意味この第1巻のクライマックスといえるかもしれません。
(その後の顛末もまたあまりにヒドすぎて笑うしかない)

 しかし無茶苦茶をやっているようで、どこに伏線が隠されているかわからないように見えるのがまた面白い。現に(この第1巻ではまだわからないのですが)過去での信長の行動が、全く思わぬ形で「現在」に作用するのには驚かされます。
 そしてまた、フッと思わぬ形で、物語の中で長宗我部の存在が言及されるのも面白く、ああ、オキザリスの旗だから――じゃなくて、いわゆる「四国説」をこういう形で盛り込んでくるか、と感心させられた次第です。


 もっとも、ループものだからといって、あまり同じ場面を繰り返すのも飽きが来るわけで、さじ加減が難しいのは言うまでもありません。そしてそのループから抜け出す理由に、如何に説得力を持たせるかも。
 この難題を、ギャグを交えつついかにクリアしてみせるのか――本作のその試みはまだ端緒に着いたばかりかと思います。

 とりあえず、一歩踏み出すことができたかと思いきや、さらにとんでもない方向に進んでしまった信長。彼がこの巻のラストからの歴史をどうクリアするのか、はたまたしないのか――まずは次の巻を待ちたいと思います。


『何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが!?』第1巻(藤本ケンシ&井出圭亮 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon

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2021.03.08

『半妖の夜叉姫』 第22話「奪われた封印」

 千日行の最中の弥勒のもとに現れ、せつなの封印の法を奪った是露。次に夜叉姫たちの前に現れた是露は、とわを操り、せつなの封印を解いてしまう。妖怪の血を抑えきれず暴走するせつなを止めようとするも、苦戦を強いられるとわともろは。そこに弥勒の娘・金烏が駆けつけるが……

 アバンタイトルで描かれるのは、「現在」の麒麟丸と是露の姿、そしてかつて(前々回)妖霊星が地球に近づいた時の二人と犬の大将の姿。後世の敵対関係など微塵も感じられない――犬の大将の傍らで平然と居眠りをする麒麟丸――三人の姿には、ある種の感慨を抱かされます。
 そして美形ながら実にシブい格好良い声で、是露に声をかけて颯爽と去って行く犬の大将に、彼女は何を想ったのか……(しかし犬の大将、是露たちから「大将」「大将」呼ばわりされるのはさすがに、こう)

 さて、「現在」、その是露が現れたのは千日行の最中の弥勒の前。お露を名乗り、妖力を感じさせない(虹色真珠に分離してしまったので)是露を一目で只者でないと見抜き、意味ありげな彼女の物言いもさらりと流す弥勒からは、彼も年齢を重ねたことを感じさせますが――油断してあっさりと彼女の放つ蜘蛛糸(?)に動きを封じられ、せつなに施した封印の法を奪われるのはいかがなものか。
 この時気になるのは、弥勒が風穴に未練があると指摘する是露の言葉ですが――弥勒に投げかけた「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」という歎異抄の親鸞の言葉の意味を考えれば、なかなか不穏な印象です。

 一方、そんなことになっているとはつゆ知らず、その封印がほどこされた長刀を研ぎに出そうと獣兵衛の元を訪れたせつな(ととわ)ですが、獣兵衛が紹介しようとしていた研ぎ師とはなんともろは。自分で「器用貧乏」と自称する(あまりにしっくり来すぎて、それ以降何を見ても「ああ、器用貧乏だしな……」と思う羽目に)もろはは、長刀研ぎにもその腕を発揮した上で、切れ味に違和感が生じているのは、せつなの封印の力が弱まっていることが影響しているのでは、と告げるのですが――もろはを信じ切れないせつなは、研ぎ師を探して町に向かうのでした。
 と、そこでとわを呼び止めたのは、今度は林檎売りに扮したお露こと是露。前回、理玖に虹色真珠をプレゼントしてしまったおかげで魔防が低下していたとわは、あっさりと是露の催眠術にかかり、ハイライトの消えた目に。そしてとわが動きを封じた隙に、せつなの封印は解かれてしまったのであります。

 はじめは、是露が子供時代の自分ととわを引き裂いた張本人と直感して怒りに燃えていたせつなですが、やがてヨウカイノチニクルフセツナになってしまい大暴走。何と蝶のような羽根を背中から生やして町を文字通り飛び出してしまったではありませんか。そのせつなに対して、暴走には暴走をぶつけんだよ! ともろはも紅夜叉モードになって後を追うのですが、器用貧乏の悲しさ――じゃなくて動きを封じるのにも限界があり、結局伸されてしまうのでした。
 と、そこに現れたのは、(第13話で妹の玉兎しか登場しなかったので)ファンの間では死亡説も流れていた弥勒の娘・金烏。父の法力の才を継いだらしい彼女は、父から状況を聞いて弟とともに駆けつけたのであります。

 しかし封印の法をほどこすには、せつなの動きを止める必要があるものの、それが簡単にできるはずもなく――と、ここでとわが姉としての自分の想いをぶつけるべく、後ろからせつなを抱きしめます。暴走に傷つけられつつも貫いたとわの想いは確かに届き、己を取り戻して動きを止めたせつなは、再び封印を施されるのでした。しかしその腕には、以前にはなかった妖怪の血の名残が……

 そして場面が映り、画面に映し出されたのは旅客機――えっ!? と思いきや、舞台は「未来」、すなわち現代に。空港らしき場所で夜空を見上げているのは、とわの担任・希林先生であります。再び夜空に輝く赤い妖霊星のことを明らかに知っている口ぶりの彼の正体は……


 と、メインのエピソード自体もなかなか面白かったのですが、ラストの衝撃に全て持って行かれた感のある今回。名前と声からしてあからさまに怪しかった希林先生ですが、はたして麒麟丸本人なのか、あるいは分身のようなものなのか。大妖怪なので現代まで生き続けていても不思議はありませんが……

 そのほか、是露とりんに何らかの繋がりがあることが仄めかされたり、刀々斎も一瞬登場、意味ありげなことを言っていたりと、この先の展開が気になりまくる上に、次回予告にはどこかで見たような美女――「殺生丸の母」までもが登場。
 どう考えてもあと二話で完結する気はしませんが、さて……
(少なくとも弥勒が千日行終わる前に番組が終わってそうで心配です)


『半妖の夜叉姫』Blu-ray Disc BOX 2(アニプレックス) Amazon

関連サイト
公式サイト

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2021.03.07

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 色々大変な中でも時間は過ぎて、寒かったり暖かったりの繰り返しの中、桜の芽も膨らんできました(あと、花粉も飛んできた)。冬は厳しくとも、着実に春は近づいている――というわけで、もう4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 といっても文庫小説はかなり寂しい4月。シリーズ第3弾の吸血鬼バトル『源平妖乱 鬼夜行』(武内涼 祥伝社文庫)という特大の玉はあるものの――というより、新刊はほぼ本作のみ。
 そのほか伝奇以外で、『おんな与力 花房英之介』第2巻(鳴神響一 双葉文庫)と、ハヤカワ時代ミステリ文庫の新刊として『吉原美味草紙 人騒がせな蟹祭り』(出水千春)、『風待ちのふたり 薫と芽衣の事件帖』(倉本由布)があるくらいでしょうか。

 一方、復刊・文庫化の方では、何といっても最大のサプライズが『新・里見八犬伝』上下巻(鎌田敏夫 角川春樹事務所時代小説文庫)の刊行。何故今!? という気は非常にしますが、角川映画化で大いに話題になった作品だけに、復活は嬉しいところです。
 そのほか、中村春吉シリーズの長編『大聖神』(横田順彌 竹書房文庫)も登場。『幻綺行』装丁が仰天ものだっただけに、今回も期待です。

 もう一つ気になるのは、『映画ノベライズ るろうに剣心最終章 The Final(仮)』(田中創&和月伸宏ほか 集英社オレンジ文庫)。色々と公開まで大変だった作品だけに応援したくなります。


 一方、漫画の方では、何といっても先日大団円を迎え、アニメ化も決定した『地獄楽』の最終巻、第13巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス)が登場。同時に『地獄楽 解体新書』も刊行されます。

 その他にも漫画の方は大充実であります。新登場としては、明治初頭にあの絵師が活躍する『画鬼の爪』第1巻(ユウキケイ マッグガーデンコミックBeat’sシリーズ)があるほかに、シリーズものの新巻も大盤振る舞い。
 『峠鬼』第4巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス)、『カンギバンカ』第2巻(恵広史&今村翔吾 講談社コミックス)、『信長のシェフ』第29巻(梶川卓郎 芳文社コミックス)、『鬼切丸伝』第13巻(楠桂 リイド社SPコミックス)、『無限の住人 幕末ノ章』第4巻(陶延リュウ&滝川廉治ほか 講談社アフタヌーンKC)、『MARS RED』第2巻(唐々煙&藤沢文翁 マッグガーデンコミックBeat’sシリーズ)と並んだほかに、『高丘親王航海記』第3巻(近藤ようこ&澁澤龍彦 KADOKAWAビームコミックス)、『琉球のユウナ』第6巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス)――さらにさいとうちほの『輝夜伝』第7巻と『VSルパン』第5巻(いずれも小学館フラワーCアルファ)と新刊2点が並びます。

 そのほかにもクライマックス目前の『海王ダンテ』第12巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス)があり――小説はちょっと寂しいですが、漫画はかなりのラインナップの4月であります。


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2021.03.06

たみ『幕末隠密伝 ブレイガール』第2巻 最後の決戦 より派手に、よりブッ飛んで! 

 幕末の京を舞台に、青年武士と伊賀・甲賀・根来のくのいち三人――公儀隠密零番隊・八咫烏が、闇に蠢く悪党たちに挑む時代アクションの第2巻、完結編であります。芹沢鴨ら壬生浪士組、そして異国からやってきた怪人科学者との戦いが激化する中、四人の向かう先は?

 京で評判の南蛮菓子屋・朝陽屋を表の顔として、京の闇で人々を苦しめる悪党たちを退治する公儀隠密零番隊・八咫烏。勝海舟によって組織されたこの八咫烏を構成するのは軍艦操練所出身の俊英・小此木一真と、マサナ、アンジュ、コザサの三人のくノ一であります。

 「伊賀のマサナは忍びの本家 地駆け天飛び軽業無双」「根来のアンジュはからくり上手 わけて銃には覚えあり」「甲賀のコザサは惑いに誘う 古き忍びの元祖なり」――それぞれ得意の術を持つ腕利きながら、無礼上等の三人のくノ一。
 そんな彼女たちと公儀の武士としての心を捨てきれない一真の間にもようやく身分や流派を超えてチームワークも生まれてきましたが――そこで海舟から下された次のターゲットは、京の廃寺で夜な夜な怪しげな集まりを開く白塗りの異人ジョー・スミスであります。

 密かに阿片を持ち込んでスミスが繰り広げるハードロックな感じの乱痴気騒ぎに潜入したくノ一(ライブメイクのマサナがかわいい)たちですが、そこに現れたのは宿敵である新見、平山ら芹沢派の壬生浪士組。さらに沖田総司まで加わっての大乱戦の末、何とかスミスの身柄を確保した一真ですが――その前に現れた者こそ真の敵だったのであります。

 その名はスチーム・ジョーンズ――かの武器商人グラバーと結び、スミスだけでなく、これまで京を騒がしてきた悪党たちを陰から指嗾して来た狂気の科学者であります。登場するなり蒸気船で八咫烏を襲撃、前哨戦を繰り広げたジョーンズ。そしてその傍らには、土佐弁を使う青年・坂本の姿が……


 これまでは市井の悪党や芹沢一派ら、比較的地に足の着いた(?)敵と戦ってきた八咫烏。この巻では、よりブッ飛んだ敵の登場に、物語はある意味彼女たちにより相応しい、ハデな方向に展開していくことになります。
 しかしそれこそはむしろ作者の――原作者の真骨頂というべきでしょう。時代ものとしての枠を抑えつつも、そこを敢えて踏み越えて、派手で遊び心溢れる活劇を展開する――『危機之介御免』『CLOCKWORK』などで描かれてきた時代アクションの系譜に、本作はあるといえるでしょう。

 そしてエスカレートする敵(○○○○○を持った平山五郎なんて初めて見た!)に対して、八咫烏側も鞭使いの異国の美女・カトリーヌ、そして科学には科学とあの超有名人が装備開発に協力。三人くノ一もコスチュームチェンジしてテンションは高まります。
 その一方で、芹沢一派の暴走に対して試衛館組、さらには見廻組の佐々木只三郎も参戦し、狂気の大破壊を企むジョーンズとの最後の決戦が派手に展開することに……!


 というわけで第1巻以上に派手な活劇が展開するこの第2巻。冷静に考えたら彼女たちは隠密――というのはヤボな話で、上で述べたとおり、「らしい」活劇を楽しませていただきました。

 とはいえ、全2巻というのはやはりちょっと短くて、くノ一たちの活躍もちょっとあっさり目になった感はあります。
 さらに言ってしまえば、歴史ものとしての部分――この巻でいえば、芹沢の暴走を巡る会津藩や試衛館組、見廻組の政治的な思惑のくだりが、物語の爽快感を削いでいたのは否めません(この辺り、武士側の物語ということで、一真ばかり目立ってしまった印象も……)

 とはいえ、豪快なところを見せつつもきっちりと歴史の枠内に着地させ、くノ一たちにもそれぞれらしい未来(これまたマサナがかわいい)が描いて完結してみせたのは、大団円というべきでしょう。最後まで肩の力を抜いて楽しめる作品でありました。


『幕末隠密伝 ブレイガール』第2巻(たみ&富沢義彦 ジャンプコミックスDIGITAL) Amazon


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2021.03.05

菅野文『誠のくに』 斎藤一が最後に見つけた「その場所」

 おそらく近藤・土方・沖田に次いでフィクションの題材となりやすい新選組隊士といえば斎藤一ではないでしょうか。本作はその斎藤の戦いの人生を、『北走新選組』『凍鉄の花』の菅野文が描いた歴史漫画であります。

 少年時代、会津藩江戸屋敷の道場で剣を学んだ山口一。常に寡黙に、己の生きる場所を探してきた彼は、しかし些細な争いがきっかけで旗本を斬り、京に逃げることになります。
 そこで壬生浪士組に参加することとなった彼は、土方から斎藤の姓を与えられ(斎藤は清河八郎の旧姓から取ったという設定が面白い)、土方の懐刀として時に粛清を、時に伊東一派への潜入等の裏仕事を担うのでした。

 しかし鳥羽伏見の戦で幕府軍は大敗。新選組も甲府へ、そして会津へ転戦を重ねることになります。しかし会津の敗色も濃くなる中、斎藤は近藤の遺志を継ぎ、そしてかねてよりその士魂に共感を抱いていた会津を死に場所と心に決めるのでした。
 北へと戦いを続けるという土方とも決別し、会津藩とともに戦い続ける斎藤が辿り着いた先は……


 冒頭に述べたように、新選組のトップ3に次いでフィクションで扱われる(主役になる)回数が多いと思われる斎藤。それは彼の剣の強さもさることながら、その謎めいた前半生と、新選組で果たした(とされる)役割、そして会津戦争を経て明治まで生き抜いたという史実が大きいと感じられます。
 本作はそんな彼の少年時代から西南戦争従軍に至るまでの半生を、全一巻で描いた物語であります。

 特徴的なのは、全五話のうち第一話で少年時代から新選組誕生まで、第二話の前半で御陵衛士への参加、後半で鳥羽伏見から甲府へ、第三話・第四話で会津藩の敗北まで、そして第五話で斗南以降の姿が描かれる――という形で、京でのエピソードが相当圧縮されていることでしょう。
 冷静に考えれば京での斎藤はあまり表に出る仕事が少なかったわけで、納得と言えば納得かもしれませんが――その分力が入れられているのが、会津戦争なのであります。

 本作では少年時代から会津の人間と――佐川官兵衛や中野竹子と――縁があり、会津士魂に惹かれていたという設定の斎藤。
 冷静に考えてみると、史実でも土方をはじめとする新選組のメンバーが北に(それこそ北走して)戦場を求める中で、(彼のみではないとはいえ)会津に残り、そして戦後に斗南にまで行ったというのは、不思議といえば不思議であります。

 その疑問に対して本作は、会津こそが、自分の生きる場所を、そして死ぬ場所を求め続けてきた斎藤が見つけた「その場所」――人々が信念を持ち、そのために命を賭けることも辞さない「誠のくに」であったからと語るのです。
 彼にとって会津こそは新選組――斎藤にとってはそれとイコールであった土方の傍ら――と同様に、いやそれ以上に大切な、魂のふるさとであったのです。

 しかし、会津は敗れ、そして武士たちは斗南に移住することになります。それでは、会津という藩がなくなってしまった時、斎藤の「場所」もなくなってしまったのでしょうか。確かに「死に場所」はなくなったかもしれません。しかし……


 正直なところ、新選組ものというよりも会津ものという色彩が強く、会津の人々に感情移入できるかどうかによって、作品の評価が大きく分かれるのではないかと思われる本作。

 個人的にも、やはりほかに道はなかったのかと会津籠城戦の結末には考えさせられてしまうのですが――しかしその点は、会津戦争の結末における斎藤の選択が、一つの答えとなっていると考えるべきでしょうか。
 自分の場所を求めて剣を振るい、そして幾度も名前を変え、放浪と戦いを重ねてきた斎藤。その彼が最後に見つけた場所とは――数多くの血が流され、命が失われる物語だからこそ、その答えは尊く感じられます。

 そしてこれまでいずれも「死」をもって結末を迎えてきた作者の新選組ものの中で、はじめて「生」を描いて終えた本作に、何かしらホッとしたものを覚えるのであります。


『誠のくに』(菅野文 花とゆめコミックススペシャル) Amazon

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2021.03.04

川原泉『殿様は空のお城に住んでいる』 オーソドックスで個性的な時代活劇

 デフォルメを効かせた絵柄と強烈な情報量で独自の世界を作り出す作者が、江戸時代を舞台として描いたコミカルな活劇ものであります。とある外様藩に嫁いだ姫君が、藩政を牛耳る奴ばらを向こうに回して大活躍――というと当たっているようで当たっていない、何ともユニークな一編であります。

 時は江戸時代中期、老中首座・高坂伊豆守の娘・鈴は、屋敷を抜け出して一人歩きをしているうちに迷子になり、凧揚げを楽しんでいた若侍、実は秋吉田藩25万石鳴沢家の世継ぎ・信之介と出会うことになります。その時は故あって慌ただしく別れた二人ですが、それが縁となってか、十年後に鈴は信之介改め鳴沢景宗に嫁ぐことになったのでした。

 しかし幼い頃は英明に見えた景宗も、今はアヒルの亀千代の散歩が趣味の呑気な人物。しかも裕福に見えた藩も、いつの間にか借財が10万両に膨れ上がっているというではありませんか。不審を抱いた鈴は、参勤交代で国元に帰るという景宗から、十年前に廃嫡され、自害した兄の遺書――「ぽんぽこ山」とのみ記されたそれを見せられるのでした。

 ぽんぽこ山とは秋吉田城下で天下に知られた秋吉田マツタケの産地。食欲と好奇心に駆られた鈴は、なんと男装して参勤交代に加わり、秋吉田藩に同行することになります。
 そこで子供の頃に出会った景宗の腹心・帯刀、そして同じく腹心で三つ子の矢走兄弟と再会した鈴ですが、城代家老が実権を握る藩内では彼らは閑職に追いやられた状態。しかも景宗の周囲でも、鈴の心中を穏やかでなくするような事態が……


 というわけで、幼い頃からお転婆(何と柳生新陰流免許皆伝)の鈴と、ちょっとトボケて頼りない景宗のカップルを中心に展開する本作。印象に残るタイトルは、おつむが軽い人のことを「空のお城に住んでいる」という秋吉田地方に独特の言い回しで、要するに景宗に対する周囲の見方を指したものであります。

 先に言ってしまえば、本作の物語自体は実は非常にオーソドックスな御家騒動もの――とある藩で権勢を振るう者たちに、英明な若き主君とその腹心たちが立ち向かう、という趣向なのですが、しかしコミカルな部分が全面に押し出されていることによって、今読んでみてもなかなか新鮮に感じられる作品であることは間違いありません。

 何しろ主人公が天真爛漫というより破天荒な性格の上に行動力の塊(しかし後半はほとんど食欲だけで動いている感が)の上に、物語の6、7割(いやもっと?)は、作者ならではのデフォルメされた絵柄で展開されるのですから、楽しくならないはずがありません。
 お話的にはシビアな部分ももちろんあるのですが、そうした部分をうまく中和して、重さや悲壮感を感じさせない味付けになっているのは、この作者ならではでしょう。

 それでいて、世のしきたりや常識に縛られない鈴が武家社会とそこに生きる人々に向ける眼差しや、まだ実質的に夫婦らしいことをしていない鈴と景宗の微妙な心の触れ合いといった、時にドキリとさせられるような、時にしみじみとさせられるような――そんな心情描写の巧みさもまた、実にいいのです。

 そしてもう一つ、ページ一杯に詰め込まれた台詞や解説といった作者ならではの情報量も健在。特に江戸時代の殿様の一日について、実に10ページ以上にわたって解説を繰り広げるくだりには圧倒されるのですが――しかしそれがスルッと楽しく頭に入ってくるのもまた、やはりこの作者の巧みさと感心してしまうのです。


 全部で100ページ弱と分量自体はさまで多くはないものの、作者ならではの個性的な楽しさがギュッと詰め込まれた本作。もちろん結末はめでたしめでたしで(何しろ秋吉田家は現代まで残ったわけで……)、実に気持ちのいい時代活劇なのであります。

『殿様は空のお城に住んでいる』(川原泉 白泉社文庫『中国の壺』所収) Amazon

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2021.03.03

水守糸子『乙女椿と横濱オペラ』 凸凹コンビの賑やかでほろ苦い怪異譚

 明治から大正へと移り変わる頃の横濱を舞台に、純粋で明朗な女学生・紅と、ぐうたらでいい加減な青年絵師・草介のコンビが街を騒がす怪異の数々を追う連作集であります。数々の怪異の真相とは、その背後に存在するものとは――凸凹コンビの賑やかで、そしてほろ苦いドラマが始まります。

 華族などの上流階級の庭を手掛ける裕福な庭師の家に生まれた女学生・茶木紅。そんな彼女が今日も足を運ぶのは、父の長屋に暮らす売れない絵師・時川草介のもとであります。
 紅がまだ幼い頃に京都から横濱に流れ着き、家族同然の付き合いをしている草介。実は彼は幼い頃に大江山で神隠しに遭ったという経験の持ち主であり――神隠しから帰って以来、人には見えないものを見たり聞いたりする力を得ていたというのです。

 そんな草介に対して紅が頼んだのは、行方不明になった婚約者の青年・誠一郎探し。やはり庭師であった彼は、出入りしていた男爵の屋敷の古椿によって、神隠しにあったのではないかと囁かれていたのです。
 まだ会って日は浅いものの、「まことの恋」ができるかもしれない相手を助け出すため、以前からとかくの噂のあるその古椿を調べて欲しい――そんな紅に、ぼやきつつも付き合うこととなった草介は、その男爵屋敷の「化け椿」を検分するのですが……


 この第一話「椿の神隠し」に始まる本作は、全三話構成であります。
 紅の女学校に出没するリボンに洋装の少女の亡霊の謎と、紅の学友の美少女・桂花と草介の恋(?)を描く第二話「リボンの花幽霊」
 一夜の恋の代償に狗神の祟りに遭っているという幼馴染・つや子と祖母のミクズが草介の故郷からやって来たことから、草介と紅が思わぬ事件に巻き込まれる第三話「狗神の恋」

 主人公である紅と草介の立場はあくまでも一般人、そして物語も巻き込まれる形で展開するだけに、怪異ものとしては本作ははあまり派手な部類ではありません。また、謎解き要素についても、特に第一話と第二話は(分量的に第三話の半分くらいということもあってか)比較的シンプルで、真相の予想もつきやすいところであります。

 しかしそれを補ってあまりあるのが、登場人物の描写です。紅や各話のゲストキャラクターといった登場人物たちの描写は、さり気ない中にも細やかな心の動きが感じられ、怪異という極端な状況の中で、人の心情/真情というものを浮かび上がらせてくれます。
 そして彼女たち/彼らの背景事情が実は毎回かなり重い内容であるだけに、それが一層胸に迫るのであります。


 と、敢えて「紅や各話のゲストキャラクターといった登場人物たち」と書きましたが、そんな物語の中で、なかなかその心中が見えてこないのが草介です。

 普段、飄々というより茫洋として何を考えているかわからない草介。感情がストレートに出やすい紅に対して、草介は果たして何を考えているのか、わかりやすいようでいて実はほとんど見えない男であります。
 この世ならざるものを見ることができる彼がはっきりと真実を語っていれば、もっと早く事件が解決していたのに、と思わされることも度々なのですが――何よりも彼が紅のことをどう思っているのか、それがなかなかわからないところに、何ともやきもきさせられるのです。

 しかしそんな草介の想いは、第三話において、彼の秘められた過去とともに描かれることになります。
 冒頭で述べたように、幼い頃に神隠しに遭い、そして帰ってきた草介。しかしそれは、事実の全てではありません。異界で過ごしてきた彼が背負ったもの、そして帰ってきた時に見たもの、それは――ここでは述べませんが、それが語られた時、彼が周囲に見せる態度の理由も、そして紅へ抱く想いも、全てが明らかになるのです。

 そしてそれを知った時、草介という人物が大いに愛しく、魅力的に感じられるようになるでしょう。そして彼と共にある紅も、そしてその二人の日常と怪異との遭遇を描くこの物語そのものもまた。


 そんな紅と草介が、この先何を見て、何を想うのか――この賑やかでほろ苦くて、そして愛おしい物語のその先を、是非とも見たいと感じている次第です。


『乙女椿と横濱オペラ』(水守糸子 集英社オレンジ文庫) Amazon

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2021.03.02

岡村星『テンタクル』第2巻 危うし杖術 驚愕の問題児出現

 上意討ちをきっかけに不可解な陰謀の世界に踏み込んでしまった杖術使いの青年・津春を主人公とした時代アクションの続巻であります。親友を斬った恩師を倒したものの謎は深まる中、津春の前に現れた奇怪な男女。果たして津春の真の敵は誰なのか……

 側用人・黒田に命じられた上意討ちをきっかけに、福岡藩内で密かに進む陰謀に巻き込まれた心優しき医学生の津春。しかし藩の世継争いと思われた事件は不可解な方向に進展し、共に上意討ちに加わっていた幼馴染の聡吾は、恩師の児玉に斬られることになります。
 自分にも襲いかかる師の示現流に、神道夢想流杖術で辛くも勝利した津春。しかし陰謀の正体を語ることなく児玉は自害、津春は真相を知るために謎の敵に挑むことを決意するのでした。

 そしてこの巻の冒頭では、上意討ちの際、津春たちが謎の美少女・周子から奪取した摂家の家紋が入った刀を巡り、いかにも一癖有りげな男・寺内が津春の前に現れます。
 上意討ちの直後、世継暗殺の企てが露見して自害した黒田の隠密を名乗る寺内。周子を奉じる一派に加わっていたという彼は、身の庇護を求めて、実質大目付・曾我の下で動く津春に接触してきたのであります。

 全ての謎の鍵を握るという寺内との接触を決意した曾我の命で、寺内の妻・十和の保護に向かう津春。しかしその時既に、陰謀の一派の報復の魔手は十和に及び……

 というところで、何だか嫌な方向に物語が進むのかな、と思えばさにあらず、全く思いもよらぬ方向に物語は展開することになります。
 過去に起こしたある事件がきっかけで曰く付きの十和が、自分に迫る暴漢たちを前に起こした行動とは――いやはや、興を削がないように書くのは難しいのですが、予想していなかった、とは言わないまでも、ここまでやるか、と驚かされます。

 いや、真に驚かされたのは、その行動ではなくその精神性というべきでしょうか。この巻の冒頭でその愛妻家ぶりが描かれた寺内の、そのあまりに身もふたもない表現に、こいつ(寺内)はこういう奴なのかと思いきや――本当に彼が言ったままだったとは、良くも悪くも衝撃を受けた次第です。


 そんな大暴走のおかげで物語の本筋が頭から吹き飛びかけましたが、ここでようやく明らかになる陰謀の背景。その背景とはアメリカ艦隊の日本来航計画、いや、その計画を知らされつつも何ら動こうとしない幕府の存在であり――そしてそれに対する九州諸藩の動きであります。

 果たしてそれがどのようにこの陰謀につながるのか――という点については、津春の知っている情報と読者に知らされている情報がイーブンではない点が、気になるところではあります。(要するに、津春には謎となっている部分が、読者にはそうではない)
 また、現時点では津春が福岡藩とほぼ同じ立場で動いている――すなわちほとんど藩そのものが後ろ盾となっている――点は、巨大な陰謀に挑む物語としては、緊迫感を削ぐ形となっている点は否めません。

 しかし、物語がどこに向かっていくか、そしてどこに落着するかは、まだ全く闇の中であります。もちろんその中で、津春がどこに向かっていくのかも。
 今はまだ、聡吾の、そして聡吾を殺すよう命じられた児玉の仇討ちという、ある意味パーソナルな動機で動く津春の存在が、この巨大な陰謀、いや巨大な歴史のうねりの中でどのような意味を持つのか――今回登場した問題児二人組の動向も含めて、気になるところであります。

『テンタクル』第2巻(岡村星 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2021.03.01

安達智『あおのたつき』第5巻 二人の絆、二人のたつきのその理由

 冥土の吉原で鎮守の守の従者として迷える魂を導くべく奮闘する元花魁「あお」の姿を描く本作、第5巻では前巻に引き続き廓番衆たちによる試練の四番勝負(?)の続きが描かれることとなります。この巻で楽丸とあおが挑むのは、廓番総頭の喜丸。果たしてそこで待ち受ける修験とは?

 宮司の楽丸とともに、冥土の吉原の「鎮守の社」・薄神白狐社で、心にわだかまりを抱いた遊女たちの魂を救ってきたあお。しかし女郎蜘蛛と化した遣り手婆のおかねとの対峙で、楽丸は神具の鍵を失うことになります。再び神具を扱うために、楽丸とあおは廓番衆の四人の宮司たちによる修験を受けることになるのですが、もちろんそれが楽なものであるはずがありません。

 はたしてその内容は、というわけで、前巻でまず一番手の朧神白狐社の怒丸の修験を何とか突破した二人ですが、次に訪れた先は淡神白狐社の喜丸――廓番総頭、すなわち宮司たちのリーダー格の人物であります。
 そこでドレッドヘアの巨漢・喜丸と、関西弁でぶわぶわの狐神・淡神という個性的なコンビから与えられたのは、喜丸が肚の蟲として取り出したわだかまりを捕らえるという修験。しかし開始早々、あおは逆にその肚の蟲に取り憑かれてしまい……


 前巻の怒丸のように、いや初登場時の恐丸のように、あおのことを容易に怨霊に変わりかねない存在として危険視し、楽丸の傍らから排除しようとしてきた宮司たち。そしてここでの喜丸もまた、肚の蟲に取り憑かれ、わだかまりに取り込まれかけたあおを祓おうとするのです。

 だとすればここであおと楽丸が示すべきは、自分たちがわだかまりに、怨霊に負けないことだけでなく、自分たち二人でなければできないことがあると、そして自分たち二人の間に強い絆があると示すことでしょう。
 そして楽丸はわだかまりの闇に文字通り落ちかけたあおを救うべく手を尽くし、そして踏みとどまることができたあおは、そのわだかまりの主――吉原の大門に夜毎出没していたという生霊の主を、意外な、しかし彼女ならではの形で救い出そうと努めるのです。

 確かに、おかねを救うことはできなかったかもしれません。そのために受けた深手によって、今しなくてもいい苦労を背負い込んでいるのかもしれません。
 しかし、この修験があったからこそ、二人は自分の原点を再確認できたといえるでしょう。楽丸は何のために祓うのか。そしてあおは誰を救うのか――そんな「たつき」を再確認できたことに、大きな大きな意味があることは間違いありません。そしてもちろんそれは、本作がどのような物語であるか、ということの再確認でもあります。

 同じ立場の人間だからこそ、同じ立場の人間でしかわからないこともある。いや、同じ立場でなくとも、わかろうとすることができる――そんな人間の「心」を信じる物語である本作の魅力を、こちらも再確認した次第です。

 そして次に二人が向かう先は、哀ゐ丸の儚神白狐社。四宮司の中の紅一点、しかもどうやら楽丸に気があるらしく、勝手にあおを敵視している彼女は別の意味で難敵であります。
 言霊を鈴に封じ込める力を持つ哀ゐ丸の修験は、御神酒を酌み交わしながら、良い鈴を作ってみせるというものですが――早くも波乱含みの展開で、この先が早くも待ち遠しいところです。


 なお、この巻の巻末には、読切の特別編として、第1・2巻に収録のエピソードで悪霊と化していたところをあおに救われた、孔雀屋の七里の禿時代の物語が収録されています。
 七里がついていた、身請け前の遊女・八汐。しかし彼女はそれを目前として、瘡毒によって鼻が欠けてしまい――と、思わず言葉を失う場面から始まるこの物語。哀しみに暮れる八汐と七里ですが、八汐の旦那が送ってきた文に書かれていた内容は、そして一緒に贈られて来たものは……

 本作ならではの残酷な物語と、その中に差し込む一筋の光を、美しく幻想的な画で描いたこの短編。独立した物語としても非常に完成度の高い一編なのですが――ラストシーンには色々と考えさせられるものがあるのも、またらしいというべきでしょうか。


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