松尾清貴『南総里見八犬伝 4 南総騒乱』 集結する犬士たちと下剋上の化身と
「八犬伝」物語数ある中でも、原典『南総里見八犬伝』との忠実さと、現代人にも通じる文章の巧みさ――その両立という点で有数の完成度を持つ松尾清貴版の第4巻であります。流浪の果てに一堂に会することとなった七人の犬士たちの活躍は、そして新たなる敵の出現に危機に瀕した里見家の運命は……
数奇な運命に導かれ、一度は集結しながらも散り散りとなり、各地を流浪することになった五人の犬士たち。その中で犬坂毛野、犬村大角という新たな勇士の姿が、そして里見の浜路姫と信乃の奇しき因縁が描かれてきましたが――この第4巻で描かれるのは、そんな彼らがついに集結する姿であります。
越後を舞台に、山賊の頭の妻となった毒婦・船虫と対決することになった小文吾。荘助の力もあって山賊たちを退治した小文吾ですが、しかし土地を収める長尾家から思わぬ形で苦しめられることになります。
この窮地から逃れた小文吾は、その末についに毛野と再会。互いに因縁のある名刀・落葉を巡る誤解から毛野と荘助が争ったものの和解し、毛野は自分が天涯孤独の存在ではなかったことを知るのでした。
しかしなおも仇討ちが終わらぬ彼は一人去り、思わぬきっかけから、扇谷家に入り込み家中を壟断していた仇を討つことを請け負うことになります。一方、結城合戦の生き残りたちが暮らす里を訪れた六犬士は、毛野が単身多数の敵に挑むことを知り、助太刀を決意。さらに道節はこの機に乗じて仇敵・扇谷定正を討たんとするのですが……
かくて、犬士一人一人の冒険譚から(彼らとは悪因縁であった船虫の凄惨な最期を経て)、規模はさまで大きくないとはいえ、ほとんど初めて彼らが兵を率いて合戦を繰り広げる展開となり、物語はいよいよ佳境に入る――のですが、このくだりは、「八犬伝」の中では比較的知名度は低いと思われます。
実はこの辺りは、様々な「八犬伝」リライト/リトールドでは省略されることが多いエピソード。
(親兵衛を除く)八犬士の銘々伝が一周した直後、全員集結してから決戦に至るまでの谷間と見られているのではないか、と想像しますが――おかげで物乞いや抜刀術の芸人に扮して活躍する毛野の七変化ぶりが知られていないのは、実に勿体無いと感じます。
もちろん本作はその辺りをきっちりと描き出すとともに、これまで個人個人の、いわばミクロな冒険を繰り広げてきた犬士たちが、合戦というマクロな戦いに参じていく姿を、丹念に描いていくことになります。
そしてそれ以上に注目すべきは、その中に浮かび上がる犬士たちの人間像であります。
特に、己の素性を(性別すら)隠し、ただ復讐のためだけに生きてきた毛野が、小文吾・荘助と出会い、魂の兄弟というべき犬士たちの存在を知る――その時の彼の複雑な想いを抱えた姿を描いたくだりの詩情は、本作でも特に屈指の名場面といえます。
また、同じ仇持ちでありながら、冷静沈着な毛野とは対照的に、短慮で熱くなりやすい道節の描写も面白く、犬士たちの個性というものが、こういう形で浮き彫りとされている点に、やはり注目すべきでしょう。
しかし、この巻の後半で、物語はこれまでと全く異なる様相を呈することになります。ここで描かれるのは、蟇田素藤という男の半生――鬼畜にも等しい大盗賊の子に生まれ、自らも悪行を繰り返しながら、上総館山城主にまで上りつめた男の姿であります。
もちろん、ここに至るまでに本作では様々な悪人・悪役が登場しました。しかしほとんど皆、八犬士との関わりの中で描かれるのに対し、素藤は彼自身の銘々伝というべき物語が長きにわたり描かれることになります。
この素藤の経歴は、作中においては、似たような過程で城主となった里見義実のそれの邪悪なパロディとみるべきでしょう。それと同時に、メタ的な視点でみれば、作中の時代よりももう少し後に現れる、下剋上の戦国武将の存在を象徴しているとも感じられます。(特に怪しげな術者から美女の幻を見せられるくだりなど、松永久秀の面影が……)
戦国時代の端緒を作った結城合戦に始まる物語の、その冒頭で再興が描かれた里見家が、下剋上の化身ともいうべき素藤に苦しめられる様は、「八犬伝」という物語の構造を考える上で、実に興味深いものがあります。
何はともあれ、思わぬところから窮地に陥ることとなった里見家。頼みの綱である犬士たちはまだそれを知らず――と思いきや! というところで、物語は次巻に続きます。
実はこの第5巻は既に発売されているところに、今頃第4巻のご紹介というのも忸怩たるものがありますが――こちらももちろん、近日中にご紹介させていただきます。
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