« 2021年3月 | トップページ | 2021年5月 »

2021年4月

2021.04.30

恵広史『カンギバンカ』第2巻 オリジナル展開!? 本山寺編

 昨年を代表する歴史・時代小説の一つである今村翔吾の『じんかん』の漫画化である『カンギバンカ』の第2巻であります。戦国の世にあってようやく得たと思われた仲間と居場所を失ってしまった九兵衛たちが身を寄せた山寺。しかしそこはどうやら曰く付きの場所で……

 あの梟雄・松永久秀の若き日を描く本作、その第1巻では、両親を殺され、弟の甚助と二人で生きてきた少年・九兵衛が、多聞丸率いる子供たちばかりの野盗団と出会い、多聞丸と「奪い奪われることのない場所(くに)をつくる」という夢を共有する姿が描かれました。
 しかしその矢先、情報が事前に漏れ、襲撃した相手に返り討ちに遭ってほとんどのメンバーが命を落とすことになった野盗団。そして多聞丸もまた……

 と、読者の誰もが驚いたであろう多聞丸の死を受けて始まるこの第2巻。辛うじて逃げ延びたのは九兵衛と甚助、梟と紅一点の日夏の四人――いや、多聞丸たちを売った張本人であり、九兵衛に斬られた梟を除く三人のみであります。
 心身ともに深く傷ついた三人がたどり着いたのは、京近くの山寺・本山寺。そこで孤児たちを育てる宗慶和尚に迎えられた三人は、二ヶ月を過ごすのですが――しかし九兵衛の心には一つの疑いが芽生えることになります。自分たちを含めた孤児たちを食べさせ、時に高価な筆や紙までも与えてくれる宗慶和尚。そこには何かの裏があるのではないか――と。

 思えば九兵衛と甚助は、多聞丸たちと出会う直前までは、やはり孤児たちを育てながらその裏で食い物にし、人買いに売り飛ばしていた寺に居りました。そこまで極端でなくとも、この弱肉強食の戦国時代、善意だけで孤児を育てる者が、育てられる者がどれだけいるものかどうか?
 はたして怪しげな動きを見せる宗慶和尚の後をつけ、寺の思わぬ秘密を知る九兵衛。しかしそこから事態は思わぬ方向に転がることに……


 と、第1巻の時点で、物語の流れはほぼ原作通りながら、随所にアレンジがほどこされていた本作。この第2巻ではさらに原作から飛躍した物語が描かれることになります。

 この巻の後半で描かれるのは「敵」の手の者に傷を負わされた宗慶和尚の命を救うために奔走する九兵衛と甚助の姿。
 京に名医がいると聞いた二人は、応仁の乱以来廃墟のようになった京を訪れ、医聖・田代の弟子を名乗る風変わりな青年・曲直瀬一渓を本山寺まで連れていくことになるのですが――その後も次々と彼らの前に障害が立ちふさがることとなります。

 実はこの辺りの展開は全て本作のオリジナル、原作では本山寺のシーンはかなり短く、すぐ次の舞台に移った印象がありますが、ここまで引っ張るとは少々、いやかなり驚かされました。
 正直なところ、ここまでトラブル続きにしなくとも、という印象はありますし、その一方で原作のタイトルである「じんかん」という語が語られるエピソードが省略されたのも気になるのですが――原作での「静」の場面がほとんどであった本山寺のくだりを、漫画として「動」にアレンジするのは、わからないでもありません。

 そしてこのアレンジ展開の中で、多聞丸の想いを背負いつつも、彼との絆となるある品物を、他者の命を救うために躊躇いもなく差し出すことができる九兵衛の姿を描くのは、これはこれで大いに納得できるところであります。
 また、原作ではかなり後に登場し、しかもほぼチョイ役だった曲直瀬(いうまでもなくあの有名人の前身であります)をここまでフィーチャーしているのはなかなか面白く、原作では九兵衛視点でさらりと描かれていた日夏との別れに彼の視点からしっかりとツッコミが入っていたのも、何とも愉快です。


 さて、すぐ上で触れたように、この巻のラストでは、本山寺に残る日夏と別れ、堺に旅立つ九兵衛と甚助の姿が描かれることとなります。
 九兵衛の、そして多聞丸たちの夢を叶える力になるかもしれない阿波の御方との繋ぎとなるある男と出会うため、堺を訪れた二人を待つものは――次巻も一波乱も二波乱もありそうです。


『カンギバンカ』第2巻(恵広史&今村翔吾 週刊少年マガジンコミックス) Amazon

関連記事
恵広史『カンギバンカ』第1巻 漫画として生まれ変わった『じんかん』刊行開始!

今村翔吾『じんかん』 「大悪人」松永久秀の戦う理由は

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.29

『セスタス The Roman Fighter』 第3話「拳闘の犬たち」

 ポンペイの有力者・サビーナに命じられ、酒場の破落戸と戦うセスタスだが、己の決定力不足を思い知らされる。そんなセスタスに対し、サビーナは買い上げて自分の下に置いてやると提案するが、セスタスは拒否。侮辱されたと立腹したサビーナは、エムデンに命じ、試合で制裁を加えようとするのだった。

 サビーナに命じられて、酒場を荒らす破落戸の一団と戦う羽目になったセスタスたち――という場面から始まる今回。この場面要る? と先週は思いましたが、ここで一番の巨漢を相手にする羽目になり、手数では圧倒するも仕留めきれず逃走を許してしまったセスタスは、拳闘における自分の決定力不足を痛感することとなります。そしてその嘆きに対し、ザファルが一撃必殺の決め技を伝授――という流れになるため、実はこの場面は場面で結構大事なのでした(しかしその流れに関係ないゾラの狂乱ファイトはバッサリカット。数少ない活躍シーンが……)。

 それはさておき、逃げた破落戸は、エムデンがあっさり半殺しにすることでセスタスとはパワーが違うことをアピール。しかし自分がいるのにセスタスたちを頼るとは、と嘆くエムデンに対して、滅茶苦茶冷たく接するサビーナの声音の変化が凄まじく印象的で、もしかして今回のアニメ化で最も得したのはこの人なのでは、と思わなくもありません。
 しかしそんなサビーナに対し、エムデンはなおも自分の忠臣ぶりと強さをアッピール。実は以前、サビーナの誕生日に前人未到の50連勝をプレゼントすると誓って(誓わされて)いたエムデンですが、それもあと残り2勝――と、セスタスがその執念にドン引きしている一方で、ラドックは、俺とセスタスでお前をブッ潰すと宣言、こうして着々と試合への道が築かれていくことに……

 その時はラドックが先に戦うということで、むしろセスタスの悩みは決定力不足――ということで先に触れた必殺技伝授(をしてやるとザファルが告げる)場面に繋がるわけですが、その後に本当の受難がセスタスを待ち受けています。
 拳奴の身には珍しい焼き肉というご馳走(何故このくだりに大塚明夫のナレーションが入らないのか――というか第1話以降、ナレーションの記憶がない)を食べようとしていた時、突然サビーナに呼び出されたセスタス。一体何事かと思えば、彼女は、自分がセスタスを買い上げて、侍従として手元に置いてやると言い出すではありませんか。

 なるほど、気品もあるし、アニメではカットされたけど宴席に侍ればセクハラを受けるくらいの容貌。そしてもちろん腕っぷしの方も――と、言われてみればサビーナ様お目が高いという気がしないでもありません。しかしセスタスにとっては青天の霹靂、腕っぷしならエムデンがいるのでは――と言えば、サビーナは再び塩どころではない氷点下対応。この人、ツンデレなんじゃなくて、本ッ当にエムデンのことが鬱陶しいんだなと思わせる遠藤綾の名演であります。
 それはともかく、この破格の申し出を、しかしセスタスは断ることになります。自分には師匠も仲間もいる、そしてそれ以上に、もう自分の身を売り買いされたくない――「その子の裸をみせてちょうだい?」おばさんのような連中の前で前で辱めを受けたトラウマもさることながら、彼の頭の中にあったのはネロのことであります。

 かつてネロによって買い取られたものの、対等の友人が欲しいのに互いの意を交わすことができず、首輪全裸監禁でしか自分の想いを示せなかった孤独なネロから逃げるしかなかった自分を思い出し、自分の身は自分で買い戻して自由になりたいと、熱く語るセスタスですが――いきなりそんな話を涙ながらに聞かされたサビーナの方はもちろん困惑。
 そしてこの困惑は、セスタスが語った内容が丸々カットされていたアニメ視聴者も同様でしょう。本当に、ポンペイ編をやるのであれば、何故こんなに大事な場面をカットしたのか?(いや、他をカットしてここを残されても妙にインパクトがありすぎるか……)

 とにかく、セスタスの(わけのわからない)拒絶は、これまで自分の意が通らなかったことのないサビーナにとっては屈辱以外の何ものでもありません。さっそくエムデンを呼び寄せた彼女は、次の試合の相手にセスタスを指定、試合の形で公開処刑を命じます。もちろんセスタスに対して嫉妬の炎をメラメラと燃やすエムデンに異存はなく、かくて必殺技の特訓も不十分なまま、セスタスは強敵との試合に臨む羽目に……


 格闘シーンは冒頭に少ししかなかった上に、上で述べたように大省略が思い切り影響を与えた今回。しかし単独で見れば声優陣の熱演もあって、なかなか楽しめる回でした。
 しかしセスタスもまだ登場して日が浅い段階で、もしかしてドラマを背負ったエムデンの方が人気が出てしまうのでは――と一瞬思いましたが、やっぱり普通に彼はアレすぎてこれは無理だろうなあ……


関連記事
『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」
『セスタス The Roman Fighter』 第2話「異種格闘」

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第4巻・第5巻 三人の少年のすれ違いと別れ そして新たな旅立ち

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.28

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第4巻 集結、人斬りゴールデンチーム!?

 幕末に生きる万次が坂本龍馬と出会い、京の混沌で剣をふるう公式スピンオフも第4巻。池田屋事件をくぐり抜けた万次ですが、いよいよ彼を敵と定めた新選組の暗躍が加速します。その一方、万次の前に新たな仲間(?)が……

 龍馬の依頼で桂小五郎のボディーガードを務めていた関係で、池田屋事件に巻き込まれた万次。藤堂を下し、沖田との死闘に奇手を用いて勝利を収めた万次ですが、いよいよ新選組は万次討伐の意を固めることになります。
 一方、武市を人質に取られ、心ならずも逸番隊の剣士として鉄蔵の名を与えられたと岡田以蔵は、自分の名を騙る御用盗一味を壊滅させ、両親を殺された少女・町を救うことに……

 という前巻の展開を受け、第4巻は、この二人を中心に物語が展開していくこととなります。
 龍馬と合流するため、神戸の海軍操練所を訪れた万次。しかし操練所は閉鎖が決定し、万次と龍馬は京に戻ることになるのですが――ここで登場する勝海舟(目に瞳がないデザインがちょっと怖い)のキャラクターも面白いのですが、強烈なのは、ここで新たに登場する剣士であります。

 女性と見紛う細身細面の、しかし狂的な目つきの剣士――その名は河上彦斎!
 もちろん本作での彦斎はござるなどとは言わず、ある種の合理性を持った、しかし行きすぎたその合理性が傍から見れば狂気の域に達している人物として描かれることになります。……が、佐久間象山殺しの動機があまりにもあまりにもで、やっぱり合理性抜きの狂人かもしれません。

 何はともあれ、成り行きから彦斎と行動を共にすることになった万次は、象山殺しの下手人の一人に間違えられたり、いきなり新撰組に襲いかかった彦斎に巻き込まれたりする羽目にと、相変わらずの受難ぶりであります。

 一方、以蔵の鉄蔵の方は、助け出した町に懐かれ(というか惚れられ)一時の平穏を味わうのですが――しかし逸番隊が「岡田以蔵」を餌に万次と龍馬を誘き出す策を取ったことで、思わぬ展開を迎えることになります。
 二人の前に現れた、山南の腹心として暗躍する怪隊士・大久能。「以蔵」が偽者であることを知る町の口を封じようとする大久能から彼女を守った鉄蔵は、逸番隊から脱退し、万次たちを止めるべく、天王山に向かうことになります。

 一方、まんまと誘き出された万次と龍馬、そして成り行きからついてきた彦斎は、「以蔵」を護送していた京都所司代の兵を蹴散らし、鉄蔵と町に合流するのですが――その時、所司代の兵たちを信じられないような力で惨殺しながら現れた奇怪な影が!
 それこそは、廃人と化して生きていた芹沢鴨を大久野が改造した凶獣・鴨壱號! この規格外の怪物を迎え撃つ万次・龍馬・鉄蔵・彦斎のチームですが……


 と、池田屋事件の後、禁門の変に至る前の短い期間で起きた戦いが描かれるこの巻。正直なところ、正伝以上に万次が傍観者であり、また戦う理由も降りかかる火の粉を払う以上のものはないため、物語が向かう先はまだまだ見えないのですが――彼の目から見た幕末の人物たちの時に等身大の、時にエキセントリックな姿はなかなかに楽しく感じられます。
(立場的に悪役である新選組も、逸番隊と土方以外は「普通の」新選組感が強く、好感が持てます)

 そしてアクションの方は、やはり万次の出番はほとんどないのですが――上で触れた彦斎の新選組襲撃の際に描かれた彦斎vs斎藤一の攻防や、土方と山南が、会話しながら木刀で繰り広げる異様な真剣勝負など、顔合わせの意外性もあって期待以上に楽しめました。(厳しいことをいえば、切れ味はやはり本家並みとはいかないのですが……)


 さて、万次に江戸城地下で対決した鵺一号を思い起こさせた(ファンサービスなのか、はたまた繋がりがあるのか)鴨壱號との決戦はまだこれから。人斬りゴールデンチーム(+龍馬)というべきこの顔ぶれであれば、いかに怪物相手とはいえ、そうそう引けを取ることはないとは思いますが……

 不幸にもこの場に居合わせることになった町の存在が、(名前的に考えて)キーになるようにも思えますが、仮にそうだとしても吉と出るか凶と出るか――気になるところです。


『無限の住人 幕末ノ章』第4巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

関連記事
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第1巻 万次vs新選組!? 不死身の剣士ふたたび
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第2巻 勢揃い新選組! そして池田屋へ
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第3巻 万次vs総司、そして……

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.27

さいとうちほ『輝夜伝』第7巻 最後の謎!? 天女が地上に残るためには

 謎が謎呼ぶかぐや姫と天女も、巻を重ねて第7巻。ようやく月詠の過去は明らかになったものの、新たなる謎がその前に立ち塞がることになります。そして再び命を落とした竹速の運命は――比叡山を舞台に、新たな展開が繰り広げられることになります。

 死んだはずの兄・竹速であった梟と共に内裏から出奔し、葛城の里で、天女であった母が遺した安産祈願の数珠を手に入れた月詠。その数珠が作られたとおぼしき比叡山に向かう二人ですが、その途中、竹速は治天の君の配下となった大神の毒矢を受けることになります。
 月詠は、愛する兄と引き離された悲しみに暮れながらも、かぐやの随身となることに……

 と、物語当初からの謎であった血の十五夜の真相と、月詠自身の出自、そして梟の正体が既に明らかになった本作。しかしその先にあるのは、月から来た天女の血を引く月詠が、そしてかぐやが、どうすれば月に帰らずに済むのか――すなわち、この地上で愛する人と添い遂げることができるのかという、大きな難題であります。
 そして形見の数珠を残して消えた母=天女の行方がその答えになるのではないかと考え、その数珠が作られた比叡山に再び向かおうとする月詠ですが、その機会は、意外な形で訪れることになります。

 いつ月に帰るかわからないかぐやの似姿を仏像に残そうという帝の使者として、比叡山に住む磐座の大仏師なる名人のもとに向かうことになった月詠と凄王。そこで二人を待っていたのは、月里なる地に住み、土地の者から月兎と呼ばれる美形の双子・伯龍と琵琶でありました。
 そして月詠と彼女を追いかけてきたかぐやの前に現れた磐座の大仏師の正体は、二人が曾祖母さまと呼ぶ女性・月輪であり――初めは美女の姿で現れた彼女は、しかしかぐやの姿を見るや驚きで一瞬のうちに老女に姿を変えてしまったではありませんか。

 月輪が天女であると一目で見抜くかぐやですが――しかし老女の天女というものが、いや何よりも月に帰らぬ天女というものがありえるのか。もしそうだとすれば、月詠もかぐやも、月に帰らないですむかもしれません。そう考える二人に月輪が語った、彼女が月に帰れなかった理由とは?
 そして、ついに二人は天女の昇天を目の当たりにすることに……


 この巻でついにはっきりと描かれることとなった天女の昇天。それは、これまで作中で断片的に語られてきたものを裏付けるかのような、不気味で恐ろしく、かつ荘厳で美しいものであります。
 本来であれば天女の物語の結末に描かれるべきこの昇天ですが、しかし本作における二人の天女にとっては、それは避けられるべきもの。そしてそのための術は、本作において残された最後の謎といえるかもしれません。

 そしてその謎の答えは、第三の、しかも老女の天女の登場により、ついに明かされることになります。そしてその答えとは――言われてみればなるほど、というしかないものであり、そして、ここでもう一つの天女伝説が絡むとは! と大いに感心させられます。
 しかしその答えが明らかになったとしても、それはそれで、月詠とかぐやにとってははそうそう簡単には実行し難い――実行するための覚悟が必要なものであります。いや、かぐやはともかく、月詠の場合はなおさら……

 そしてこの展開に関わってくる(かもしれない)竹速は、大神の毒矢を受けて再び死に、そして月詠の力で再び復活したものの、文字通り半死半生の状態。
 そしてその一方で、そんな血の繋がらぬ兄に想いを寄せる月詠と、彼女を愛するあまり道を違え、今では竹速と入れ替わるように治天の君の僕となった大神の気持ちも、互いにすれ違ったままの状態であります。
(そんな大神に対し、時に敵に対するように、時に友に対するように振る舞う凄王の姿は一服の清涼剤といえるでしょうか)

 誰かが笑顔になれば誰かが泣かなければならないこの状態を抜け出す答えはあるのか。天女と聞いては黙ってはいられない治天の君がまた暗躍を始める中、はたして物語はどこに向かうのか――まだ光の差さない暗闇は続きそうです。


『輝夜伝』第7巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

関連記事
 さいとうちほ『輝夜伝』第1巻 ケレン味と意外性に満ちた竹取物語異聞
 さいとうちほ『輝夜伝』第2巻 月詠とかぐや、二人の少女の意思のゆくえ
 さいとうちほ『輝夜伝』第3巻 自分の未来は自分から掴みに行く天女「たち」
 さいとうちほ『輝夜伝』第4巻 二人天女、二人かぐや姫の冒険!?
 さいとうちほ『輝夜伝』第5巻 月詠の婚儀と血の十五夜の真実
 さいとうちほ『輝夜伝』第6巻 運命に翻弄される天女たちと想いに翻弄される男たち

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.26

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第4話「魔剣の行方」

 萬軍破と殤不患が激突する中に乱入した婁震戒。その余波で幻術が破れ、殤不患たちは辛うじてその場を脱出する。凜雪鴉は味方を装って萬軍破に近づき、殤不患が婁震戒を引きつける中、捲殘雲は聆牙とともにかつての殤不患の仲間のもとへ向かう。一方無界閣では、刑亥が七殺天凌を見つけ出していた……

 深手を負った浪巫謠を抱えたまま、いつの間にか敵の本拠らしき地に迷い込み、味方であったと思い込んでいた萬軍破に剣を向けられるという絶体絶命の窮地に陥った殤不患一行。この神蝗盟空間では信徒の力は三倍になるのだ、的なことを言う禍世螟蝗の声は無視して萬軍破に挑む殤不患ですが、本気を出した彼であっても萬軍破の力はほぼ互角、一進一退の攻防を繰り広げることになります。
 そんな場面を無界閣から逢魔漏越しに戦いの様子を見た婁震戒は、二人が魔剣目録を巡って争っているのを聞き、姫が見つからない→おのれ殤不患、お前が魔剣目録の中に姫を――と脳内妄想を膨らませると、逢魔漏の中に飛び込み、はた迷惑にも二人の戦いに乱入であります。

 その婁震戒、例のロボ腕を取り外したと思いきやドリル剣に変形させるという面白ギミックを披露。そしてそこから外法の魔術パワーで強化された必殺技を放ってみれば、そのあおりを食って禍世螟蝗の幻術は解けてしまったではありませんか。敵の本拠と思われたそこがまだ西幽の宮殿の敷地内であったと知った殤不患たちは、そもそもの目的であった(観てた方は忘れてました)七殺天凌が婁震戒の手元にないと知り、相手にせずに退却するのですが――何故か凜雪鴉だけがその場に残ることになります。
 一旦、外の洞窟に身を隠し、内功治療でひとまずの治療を浪巫謠に施した殤不患ですが、容態が安定しただけで回復にはほど遠い状態。さらにまだ婁震戒がその辺をうろついており、まだ窮地を脱したわけではありません。そこで殤不患は自分が婁震戒を引きつけている間に、聆牙を道案内にして、殤不患の昔の仲間が居るという鋳異坊に捲殘雲を向かわせるのでした。

 さて、残った凜雪鴉ですが、変なコスプレをしているので西幽の兵に見つかるとまずい萬軍破(と異飄渺)を得意の幻術で助けると、それをきっかけに彼に言葉巧みに話しかけます。殤不患というやつ、考えなしに東離で魔剣を使って暴れるのでみんな大迷惑、仕方なく私が面倒を見ていたのですヨ、そんな奴よりも禍世冥蝗殿に手を貸せたら――てな調子の(殤不患が聞いたら激怒必至の)凜雪鴉の言葉に、萬軍破は大感激。殤不患がそちらで迷惑をかけて申し訳ないと頭を下げる始末……チョロい、チョロいよ将軍! もはや神蝗盟崩壊待ったなし、であります。

 と、西幽で色々とややこしい状態になっているとは知らず、婁震戒がいきなり乱入してきたのが気になった刑亥が無界閣を見回りに出かけてみれば、婁震戒が見つけられなかった七殺天凌をあっけなく見つけてしまったではありませんか。しかし魔族である彼女の目からみると、この魔剣には魔族の魂がそのまま封じ込められているとのこと。しかもその魂、どうも刑亥の知り合いのようです。
 一方、ようやく鋳異坊にたどり着いた捲殘雲は、そこで世にも美しい琴の音を耳にすることになります。そして捲殘雲の前に現れた琴の音の主・睦天命は、目の周りを布で覆っていて……


 ついに婁震戒まで乱入し、ますます先行きがわからなくなってきた西幽での戦い。とはいえ婁震戒は面白再生怪人扱いになってきた感があり、そして萬軍破は凜雪鴉の舌にコロリとやられ、敵側の方の先行きが不安になります。考えてみれば刑亥も既に凜雪鴉にはやられているわけで、まさか残った異飄渺に期待がかかる状況になるとは……
 しかし婁震戒の前に立った凜雪鴉、ドリル魔剣を煙管一丁でいなすという強キャラムーブを見せてくれるのがたまらない。口でも腕でも、その実力の一端を見せてもらいました。

 しかし何とも気になるのは、やはりラストに登場した睦天命でしょう。あたかも盲人のごとくに目の周りを覆っている点はもちろんですが、殤不患や聆牙が彼女について言葉を濁している点が実に不穏であります。浪巫謠が東離までやってきた一方で、彼女は一体何をやっていたのか――というよりも(たぶん)殤不患が彼女に何をやらかしたのか、という点があまりにも気になります。
 この先展開されるであろう修羅場の予感に震えるばかりであります。


関連サイト
 公式サイト

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第2話「魔境漂流」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第3話「愛執の皇女」

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 








このエントリーをはてなブックマークに追加







 




|

2021.04.25

さいとうちほ『VSルパン』第5巻 謎めいた二人の美女 「緑の目の令嬢」編開幕!

 モーリス・ルブランのルパンシリーズの中でも、ロマンスの香り高い作品を中心に漫画化してきた『VSルパン』の最新巻では『緑の目の令嬢』編がスタート。二人の美女との出会いから事件の渦中に飛び込んだルパンが、タイトル通りの緑の目の令嬢・オーレリーを救うために活躍します。

 冒険家のラウール・ド・リメジィ男爵に身をやつしてパリを闊歩する最中、空色の目の美女・コンスタンスに惹かれたルパン。コンスタンスの後を追ってカフェに入ったルパンは、そこでもう一人の美女、緑色の目のオーレリーと出会うことになります。
 二人の美女を気障なポマード男がつけているのを知り、持ち前の騎士道精神と茶目っ気から間に割って入ったルパン。さらにコンスタンスの後を追って同じ夜行列車のコンパートメントに乗り込んだルパンですが――新聞記者だというコンスタンスは、ひと目で彼がルパンだと見抜くのでした。

 しかしその晩、二人のコンパートメントに賊が押し入り、ルパンは縛り上げられ、深手を追ったコンスタンスは、ルパンの腕の中で息絶えることになります。すぐに賊の一人を追い、その装束を引き剥がしたルパンですが――その下から現れたのはオーレリーだったではありませんか。
 列車に乗り込んでいたポマード男――内務省の国際捜査部警視・マレスカルが捜査を始める中、その向こうを張って動き出すルパン。はたしてコンスタンスは何者なのか、そしてオーレリーは殺人者なのか――様々な顔を見せるオーレリーに翻弄され続けながらも、ルパンは彼女の後を追い続けることに……


 冒頭に述べたように、数多いルパン譚の中でも、ロマンス色の強い――すなわち、ルパンと彼が関わり合う美女たちの姿を描く作品がしばしば取り上げられてきた本シリーズ。その中でも今回の『緑の目の令嬢』は、今まで描かれてこなかったのが不思議なほどの物語であります。
 何しろ開幕早々、青い目と緑の目の二人の美女がルパンの前に現れ、その謎めいた姿で彼を翻弄。ルパンはその謎を追いかけて、彼女たちを――特にタイトルロールのオーレリーを助けるため、神出鬼没の活躍を繰り広げるのですから。

 正直なところ、原作はスケールの大きさやミステリとしての複雑さ、あるいは伝奇性という点では、シリーズの他の作品に比べると小粒な印象があります。しかしある種のルパンらしさ――すなわち美女に対する騎士道精神(とプレイボーイぶり)という点では、これほどその特徴がよく出ている作品もないのでは、という印象があります。

 しかしそれももちろん、ヒロインたちの魅力あってこそであります。
 青い目のコンスタンスは、驚くほどの健啖家で馬車を怒鳴りつけるのも辞さないタフさ、ルパンと知りながら平然と渡り合う度胸――そして何よりもそのあまりに意外な素顔と、出番こそ少ないものの、冒頭で強烈な印象を残す(本当に勿体ないほど!)キャラクター。彼女が物語の中心となっても違和感ないとすら感じられます。

 しかし緑の目のコンスタンスは、それ以上に謎めいて、そして魅力的なキャラクターであります。
 ある時は列車強盗の殺人犯(?)、ある時は地方廻りのオペレッタ歌手、そしてある時は修道院の寄宿生――どれが彼女の真の顔なのかルパンですら悩むほどである一方で、時にひどく優しく、そして儚げな素顔を見せる……。なるほど、何度も逃げられ、もう知るか、と思いながらも、ルパンがついつい彼女を追ってしまう気持ちも、わかろうというものです。

 そして本作はそんなオーレリーの、そして彼女に振り回されるルパンの――二人の表情を、二人の関係性が変わる度に生まれるちょっとした変化まで含めて、丹念にそしていきいきと描き出します。
 そう、本作は物語そのものの面白さはもちろんのこと、この画の力によって、二人の冒険とロマンスを、より魅力的に描き出すことに成功しているのであります。


 さて、そんなオーレリーを守るとルパンが誓った矢先、彼女に迫るマレスカル。果たして彼女の運命は、そして彼女が秘める秘密とは何か――物語は次巻に続きます。


『VSルパン』第5巻(さいとうちほ&モーリス・ルブラン 小学館フラワーコミックス) Amazon

関連記事
さいとうちほ『VSルパン』第1巻-第3巻 ロマンスで切り取ったアルセーヌ・ルパン伝
さいとうちほ『VSルパン』第4巻 水晶の栓と赤い絹のスカーフ 長短二編の名作

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.24

鶴淵けんじ『峠鬼』第4巻 神と人の距離、一言主と小角のズレ

 人と神が、それぞれの領域を守りつつも同じ世界に暮らしていた時代を舞台に、役小角伝説を背景として描くSFファンタジーの最新巻であります。ついに葛城山に帰ってきた役小角と妙、善。はたして姿を隠した一言主に何があったのか? そしてついに語られるその行方とは……

 葛城山に身を隠した一言主に会うため、各地の神々と神器の力を借りるべく旅を続けてきた小角一行。その旅も、ついに終着点である葛城山に到着することになります。しかし葛城山は様々な形で登る者を激しく拒み、それどころか山頂は山を離れ天空に浮き上がっているではありませんか。
 全ては人間たちを拒む一言主の力なのか? 山麓で宿を営む小角の母のもとに泊まった妙は、小角から一言主にまつわる物語を聞くことに……

 という形で、前巻のラストから引き続き、この巻の前半で描かれるのは、小角の回想――かつての一言主の、葛城山の姿であり、そして何故一言主が人間たちの前から姿を消したのかという物語であります。

 その名の通り、自らのもとを訪れた者の願いを、ただ一言で叶えてしまう一言主。その神威を頼り、かつての葛城山は参拝客が引きも切らず訪れる状態でありました。
 なるほど、これまで物語に現れた神々が、いずれも超常の力を持ちながらも、しかしあくまでも気まぐれで、人間には滅多に力を貸さない――それどころか害になるものも少なくなかった中で、この一言主の行いは、大盤振る舞いとすらいえるでしょう。

 しかし、彼女もまた、あくまでも人ならぬ神であることが、やがて明らかになっていきます。何故ならば、彼女は理非善悪を判断せず、そしてあくまでも寄せられた願いしか叶えない――それが人の常識や情に反するものであっても、他によりよい道があっても、決してそれを云々することなく、ただその願いのみに応える。それが一言主の在り方なのです。

 そんな神の在り方が納得できない幼い頃の小角は、大胆にも神に直言すらするのですが――しかしなおも神と人の距離、一言主と小角のズレは埋まりません。
 そしていつからか病み衰え、人前に出ることを――すなわち人の願いを叶えることを拒否し始めた一言主に対し、愚かな人間たちが暴走したことから、決定的な悲劇が起こるのであります。

 そして彼女を癒やすべく仙人とならんとした小角が、その最終試練で善と出会い、己の道を放棄したことは前巻で描かれましたが、この巻において、さらに残酷過ぎる真実が語られることになります。
 神と同様に、人の生の価値を一顧だにせずに力を振るうのが仙人なのか? その問いかけと答えを、ついに葛城山に登った小角は、山頂で待つ者にぶつけるのですが……


 これまで時に残酷で、時に苦い物語を描きつつも、しかし多くの場合、どこかあっけらかんとした、コミカルな味付けが加えられてきた本作。しかしこの葛城山編ともいうべきエピソードにおいては、ググッとシリアスに、そしてやりきれない物語が続くことになります。
 そこで描かれるものは、これまで作中で描かれてきた神と人の関係の負の部分とでもいうべきものであり――それは人という存在の傲慢さ、愚かさに多くを依るものではあるのですが――そしてそれは、これまでの物語があったからこそ、一層響くものであることはもちろん言うまでもありません。

 しかし同時に、これまでの物語は――特に妙の姿を通じて――神と人の関係に、さらに言い換えれば人と他者との関係に、小さな希望の光を見出すものでもあったといえます。
 人は神とも、そして鬼とすら心を通じ、通わせることができる――その希望の存在は、この葛城山編においても、小さくとも確実に存在していると感じられるのです。


 そしてついに明らかになった、一言主のおわす地。あまりに漠然としたその地の真実を知るため、この巻のラストのエピソードでは、一行は出雲を訪れることになります。
 こちらのエピソードは、これまでと大きく異なりコミカルな上に、これまで登場した神々(本当に神だったんだ……という存在まで)が意外な姿で次々と登場し、賑やかで和ませてくれるのですが――しかしラストに明かされる真実を知れば、再びとてつもない爆弾を落とされたという印象があります。

 その魅力の一つであるSF味が抑え気味と思えば、最後の最後にこう来るか! と驚かされたこの巻。さて、小角たちはどうやって一言主のもとに向かうというのか――引き続き目が離せない物語であります。


『峠鬼』第4巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

関連記事
鶴淵けんじ『峠鬼』第1・2巻 入り組んだ時間と空間の中に浮かび上がる神と人の関係
鶴淵けんじ『峠鬼』第3巻 神々のセンス・オブ・ワンダーと、人が人と共に生きる理由と

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.23

楠桂『鬼切丸伝』第13巻 炎と燃える鬼と人の想い

 神器名剣・鬼切丸を手に、様々な時代で鬼を斬る少年の物語『鬼切丸伝』の最新巻は、江戸の大火特集。江戸で繰り返された大火を背景に、前巻ラストで鬼から神霊に変化した信長と、鬼切丸の少年の最後の戦いが繰り広げられます。

 己への想いから鬼と化した森蘭丸を眼前で失った末に、本能寺の炎の中で鬼と変じ、以降様々な形で鬼切丸の少年と死闘を繰り広げてきた鬼信長。首だけとなった鬼信長は、誕生したばかりの幕府のお膝下の江戸に次々と炎を放った末、彼を神と信じて一心に崇める少女の祈りによって神霊と変じて姿を消すことになって……
 と、鬼と化して悪行の限りを尽くした信長が、限りなく祟り神に近いとはいえ、神霊と化すという皮肉な展開を受けて始まるこの巻では、江戸を炎に包んだ三つの大火が描かれることとなります。

 冒頭の「明暦鬼大火」は、いわゆる振袖火事の伝説をベースとしたエピソードであります。
 本郷の本妙寺の帰りに美しい寺小姓と出会い、恋い焦がれた末に亡くなった娘・梅乃の形見の振袖。その後その振袖を手にした二人の娘はいずれも命を落とし、そのたびに本妙寺に振袖が形見となって持ち込まれ――ついに三度目には焼いて供養されようとした振袖は、宙に舞い上がって寺を焼き、そこから明暦の大火が始まった……

 そんな怪談めいた伝説を、紛う方なき怪談として描く本作。振袖の祟りにあったかのように奇怪な死を遂げる三人の娘は、いずれの死に方も強烈で、作者が元々ホラーの名手であった(いや本作も本作の前身たる『鬼切丸』も元よりホラーなのですが)ことを再確認させられます。
 また、全てのきっかけとなった寺小姓が、実は鬼切丸の少年だったという皮肉さも面白いのですが、そこに鬼信長を絡めなくとも十分面白かったのではないかな、と感じなくもありません。もっとも、このエピソードのラストから、次に繋がっていくのですが……


 その次の「天和鬼大火」は、明暦の大火の中で、何かに守られたかのように無傷で生まれ落ちた青年・成利を主人公とした物語であります。
 長じて臥煙となった後も、あたかも火の神の加護を受けたかのように火傷一つ負わず、火事場で活躍する成利。一躍江戸のヒーローとなった彼は、炎の中で信長と名乗る一本角の鬼と出会い、不思議な懐かしさを感じるのですが――そんな彼の前に現れた鬼切丸の少年は、信長の加護は災厄にしかならぬと告げ、ある真実を語ることに……

 「成利」が誰の名であったか、そして信長が鬼となった経緯をしれば、自ずと趣向は知れるこのエピソード。鬼信長の物語の最終章が、天和の大火というのははたして相応しいのか、という印象は正直なところあるのですが、しかし、人は憎しみや恨みだけでなく、愛情や執着によっても鬼と化す――本作の中でこれまで幾度となく描かれてきたそのテーゼを踏まえた展開は悪くありません。

 何よりも、もはや少年では斬れぬ存在となった信長が――というラストの展開、そしてその信長に対する成利の想いとそれに対する信長の答えは印象的で、炎の中から始まった鬼信長の物語の結末としては、やはりこれで正しいのかもしれません。


 もう一話、ラストの「八百屋お七鬼奇譚」は、タイトル通りの八百屋お七伝説を題材とした物語であります。

 天和の大火で焼け出された少女・お七が、駒込円乗寺で寺小姓の吉三郎と出会い――というお馴染みの物語は、お七と吉三郎が絵に描いたような美男美女であるだけに、一層哀れを誘います。
 しかしその先、吉三郎の前に現れたお七の姿はあまりに強烈(ちなみにここで、明暦の大火同様、鬼切丸の少年の行動が却って鬼出現の呼び水となっているのがまた皮肉)の一言。しかしそれだからこそ、結末の展開が胸を打つことになります。

 その後の成利の姿も描かれ、この巻の締めくくりに相応しい内容となったこのエピソード。時系列的には現時点で最も後のエピソードとなりますが、人間嫌いの鬼切丸の少年の心をわずかなりとも動かした結末は、あるいは後の彼の姿に影響を与えるのかもしれません。


『鬼切丸伝』第13巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon

関連記事
 楠桂『鬼切丸伝』第8巻 意外なコラボ!? そして少年の中に育つ情と想い
 楠桂『鬼切丸伝』第9巻 人でいられず、鬼に成れなかった梟雄が見た地獄
 楠桂『鬼切丸伝』第10巻 人と鬼を結ぶ想い――異形の愛の物語
 楠桂『鬼切丸伝』第11巻 人と鬼と歴史と、そしてロマンスと
 楠桂『鬼切丸伝』第12巻 鬼と芸能者 そして信長鬼復活――?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.22

『セスタス The Roman Fighter』 第2話「異種格闘」

 ルスカとともに招かれ、ネロに拝謁したセスタス。しかしそこでアグリッピーナに命じられ、ルスカと戦ったセスタスは、完璧に技を封じられ敗れ去るのだった。それから時は流れ、ドリスコ拳闘団の一員としてポンペイを訪れたセスタスは、狷介な拳奴エムデンと、その主人の美女・サビーナと出会うが……

 前回、苦い初勝利を飾った後、ネロに招かれて宮殿を訪れたセスタス(そこで生まれて初めて音楽を聴いて涙を流す姿が何とも切ない)。一介の拳奴に過ぎない彼が、こともあろうに皇帝への拝謁を許されたのは、同年代の少年ながら命がけで戦っている理由にネロが興味を持ったためだったのですが――セスタスの答えに対して、己の境遇を嘆くかのようなネロの言葉は、本作のキーワードの一つというべき「自由」の在り方を浮き彫りにするものでしょうか。

 しかし、そんなところに現れたアグリッピーナの命で、急遽御前試合を行うことになったセスタスとルスカですが――拳闘しか知らぬセスタスと、パンクラティオンの達人である天才・ルスカではあまりに分が悪い。拳を完封された末に蹴り・投げ・絞め技と未知の技のフルコースを受けたセスタスは、周囲の人間たちが試合そっちのけで異常に高いテンションで自分たちの主張をぶつけ合う中、ひっそりと締め落とされるのでした。
(このくだり、ネロの妃のオクタヴィアがいないことを除けばほぼ原作通りなのですが、声が付くと異常に狂騒的に感じられる……)
 惨敗とも言うべき結果に一度は落ち込むセスタスですが、しかし師・ザファルの励ましを受けて再起を誓うことに……


 ――と、冒頭10分程度で単行本第1巻の内容は終わり、なるほど、いわばここまでがプロローグという扱いかと思いきや、それはその通りながら、まったく予想だにしなかった、驚愕の展開を迎えることになります。
 そう、なんと以降9巻分の内容をすっ飛ばして、物語は第11巻に直結。その間のヴァレンス拳闘士養成所崩壊のくだりはナレーションで飛ばされ、セスタスが一度ネロに買われてそこを飛び出したこともスルーされ、ザファルとともにドリスコ拳闘団の一員として、ポンペイを訪れる場面が描かれることになるのであります。

 いやはや、第1話冒頭でエムデン戦の途中から、いきなり10巻分時間が戻ったのにも驚きましたが、この後にその間のエピソードを描いていくのかと思いきや、まさか全て飛ばして、いきなりエムデン戦に繋がるポンペイ編スタートとは!

 確かにアニメでエピソードを圧縮するとすれば、ドリスコ拳闘団に加わってからポンペイに至るまでのセスタスの戦いは省略しても話は繋がるかな、という気はするのですが、しかしセスタスのみならず、いやそれ以上にルスカにとって超重要エピソードであるヴァレンス拳闘士養成所崩壊を飛ばすとは、さすがに思いもしませんでした。
 それだけに、今回冒頭のエピソードを受けた形となるセスタスとルスカの再戦、そしてルスカの過去とデミトリアスとの対決も飛ばされ、ほとんどルスカ周りのエピソードが省略されてしまった(もしかするとこの先また回想の形で描かれるのかもしれませんが)のには、さすがにアレンジ大歓迎の私も愕然とさせられました。そりゃあOPにルスカがいないわけだ……

 何はともあれ、ポンペイ編はそつなく冒頭のエピソードをこなし、個人的には好きなキャラである鼻曲がりのナシカもしっかり登場(しかしナシカに命じられたセスタスのお給仕エピソードは省略――いや仕方ないですが)。それぞれの個性が伝わるエムデンの、そしてサビーナの登場シーンは描かれましたし、自分が仮に自由を得たとして、その先に悩むセスタスという大事な場面は描かれましたが――全てこの大省略に喰われた印象があります。
 そしてラストは、サビーナに命じられて、セスタスたちドリスコ拳闘団のメンバーが酒場の破落戸たちと喧嘩することに――という場面で次回に続きます。しかしほかのエピソードを削っておいてこのくだりが描かれるというのは――このエピソード要るのかなあ。確かにエムデンとセスタスの遺恨に繋がっていく話ではありますが。
(いやアニメでは突然登場した扱いのラドックとゾラの、ほとんど唯一の活躍シーンではあるのですが)

 エムデン戦はきちんと描かれるとして、果たしてその先をどのように、そしてどこまで描くのか――色々な意味で先が気になる作品になってきました。


関連記事
『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第1巻 熱血格闘漫画と歴史物語の高度な融合!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.21

伊吹亜門『雨と短銃』 幕末史の陰に生きた人々を描く「時代ミステリ」

 第19回本格ミステリ大賞受賞作『刀と傘 明治京洛推理帖』の前日譚――禁門の変後の京を舞台に、薩長同盟の行方を左右する奇怪な殺人事件を描く作者の初長編であります。主人公は『刀と傘』でも主人公を務めた尾張藩士・鹿野師光――龍馬の依頼を受けて謎を追う彼が見た真実とは?

 八月十八日の政変と禁門の変によって大きなダメージを負った長州の起死回生の一手として、桂小五郎と西郷隆盛に働きかけ、薩長の間に協約を結ばせようと奔走する坂本龍馬。しかしようやくそれが現実のものになろうとした時、桂の名代である長州藩士・小此木鶴羽が、薩摩藩の渉外役・菊水簾吾郎に斬られるという事件が発生します。
 しかもそれを発見したのは当の龍馬だったのですが――現場となった稲荷神社で、地に伏した小此木の傍らに立っていた血まみれの菊水は、龍馬に追われるや、逃げ場のないはずの鳥居道から忽然と姿を消してしまったのであります。

 長州藩士が薩摩藩士に斬られたとあらば、交渉決裂は必至。この窮地に、龍馬は知人の尾張藩公用人・鹿野師光に菊水探しを依頼するのでした。
 非協力的な態度を示す西郷、龍馬を狙って近づく新撰組の土方らに翻弄されつつも、菊水の行方を追う鹿野。捜査の末、彼は小此木と菊水、それぞれが謎めいた行動を取っていたことを知るのですが……


 江藤新平とその部下の鹿野を主人公に、幕末から明治にかけての特異な時代背景を踏まえたホワイダニットを描いて好評を博した連作短編集『刀と傘』。本作はその前日譚として、鹿野が出会った奇怪な事件が描かれることになります。

 尾張藩の公用人(留守居役の補佐役)である鹿野は、短躯ながら剣の達人、そして優れた推理力を持った男。当然公用人であるからには顔も広く、本作の探偵役として龍馬に選ばれたのも、この点によるところが大といえます。
 そして彼が探偵役を務める舞台となるのは幕末の京。前年長州が大敗を喫してなりを潜めたとはいえ、維新志士の活動は続き、それに対して新撰組が容赦ない取締りを行うという、まことに血なまぐさい世界であります。

 そして本作で描かれる事件もまた、長州藩の交渉役が血溜まりに沈んだ姿で発見されるという、まことに血なまぐさいものではありますが――本作はその一方で、暗く沈んだ、ある意味静かな物語という印象があります。
 その理由の一つは、登場人物の多くが――特に被害者と容疑者が、いずれも(後世から見れば)無名の人物であることでしょう。

 後世に名を残すような綺羅星のような英傑――龍馬・桂・西郷あるいは土方のような人々とは異なり、歴史の表舞台に出ることはなく、しかし彼らと共に、あるいは彼らと相対して懸命に生きてきた者たち。
 本作は(当人もその一人である)鹿野の目を通じて、そうした人々の姿を描くことにより、同時に幕末史の陰の部分を浮かび上がらせているのです。

 もちろんこうした視点は前作でも貫かれていたところではあります。しかし本作は長編としてより丹念に時代背景を描くと同時に、そこに生きる人々の姿を先に述べた英傑たちと対比してみせることにより、この視点がより先鋭化したものとして感じられます。

 そして忘れてはならないのは、ミステリとしての側面ですが――正直なところ、一種の閉鎖空間から忽然と容疑者が消えるというトリック自体は、実はそこまで凝ったものではないように感じます。(トリッキーさという点では、前作の収録作品の方が、インパクトはあるかもしれません)
 しかしそのトリック以上に、犯人が犯行に至ったホワイダニットの部分こそが、本作を優れたミステリとして――いや、「時代ミステリ」として成立させていると感じます。

 そう、この事件は、まさにこの時代、この場所でなければ起き得なかった、起こされ得なかったものなのであります。そしてその結末もまた……


 個人的には○○○が犯人という趣向はどうしても好きになれないという点はあります。しかし時代ミステリとして、そしてあの時代に生きた人々を描く物語として、本作がやはり魅力的な作品であることは、間違いありません。
 果たしてこのシリーズの新たな作品がこの先描かれるのかはわかりませんが――いずれにせよ作者の次なる作品が、今から楽しみなのです。


『雨と短銃』(伊吹亜門 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon

関連記事
伊吹亜門『監獄舎の殺人』 新進気鋭が描く時代ミステリの名品
伊吹亜門『刀と傘 明治京洛推理帖』(その一) 司法卿と懐刀が見た「ホワイ」の姿
伊吹亜門『刀と傘 明治京洛推理帖』(その二) 取り残された武士たちを描く時代ミステリ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.20

梶川卓郎『信長のシェフ』第29巻 今明かされるヴァリニャーノ真の目的!?

 いよいよ物語は結末に近づき、ついに本能寺の変の前年に。この巻では、以前から不穏な動きを見せ続けていたキリスト教勢力との対峙が、一巻まるごと描かれることとなります。日本に迫る危機とは、そしてヴァリニャーノの策謀とは……

 以前から西国で、そして畿内でも怪しげな動きを見せていたイエズス会宣教師たち。その日本におけるトップというべきヴァリニャーノが、ついに京に上洛することとなりました。目的はもちろん信長との対面ですが――彼が連れてきた黒人従者目当てに騒動が起きたと知り、興味を持った信長が、従者の方とまず会いたがったことで、思わぬ騒動が起きることとなります。

 従者の口から、イエズス会のこれまでの活動が漏れることを嫌い、彼の存在を隠そうとするヴァリニャーノと、その動きに不審を抱き、何とか捕らえようとする光秀。両者の攻防は、偶然ヴァリニャーノの工作の場に居合わせたケンの機転により、信長側が制することとなりますが――しかし従者は長たちに心を許そうしません。
 従者を預けられたケンは、料理の力で相手の口を開かせようとするのですが……

 はたしてケンの試みはうまくいくのか、そしてヴァリニャーノの真の目的と、それに対する信長の答えは――?


 以前、意味有りげに語られた日本の経度に込められた意味と、日本に迫る危機の正体を中心に展開するこの巻。興を削がない程度に書いてしまえば、それは大航海時代におけるポルトガルとスペインの対立と、それに対するある解決策にまつわるものであります。

 一見日本の戦国時代とは無関係なそれが、信長の行動に――さらにこの巻の描写を見れば、おそらくこれから先のある人物の行動にも――関わる。いやそれどころかケンの運命、それもそのほとんど始まりの時点から関わっていたというのは、これは何ともスケールの大きな展開としかいうほかありません。

 もっとも、この展開の題材自体は、最近妙に見かけるようになったもの――そしてさらに言ってしまえば、陰謀論界隈ではある意味懐かしいもの――ではあり、あまりそこに重心を置かれてもなあ、という印象は正直なところあるのですが……
(と言いつつ、この巻のラストで語られる変化球には素直に驚かされたのも事実ではあります)

 しかしそれ以上に気になってしまったのは、信長に「これよりがおぬしの本当の戦いじゃ」とシビれることを言われながら、ケンの料理(による問題解決)の出番が、従者の足止めと、従者の心を開かせるくだり、二回しかなかったことであります。
 しかも、後者はかなりバラエティに富んで面白い(結論もまたうまい)のに対し、前者はかなり強引だったのが引っかかるところで――いや、何だか妙に美味しそうなのは確かなのですが。


 などとどうしても厳し目の印象となってしまうのですが、これまでかなり長い時間をかけてひっぱってきたあの人物が、歴史上かなりマイナーながら、確かにこの展開に関わるのに相応しい武将との絡みでついに顔を(?)見せるなど、やはり唸らされる部分も少なくない本作。

 おそらく結末の流れまではほとんどできあがっているのだと思いますが――この先そこに至るまで、作中時間で残すところ一年半の間に描かれるものに期待したいと思います。


『信長のシェフ』第29巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

関連記事
 「信長のシェフ」第1巻
 「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?
 「信長のシェフ」第3巻 戦国の食に人間を見る
 「信長のシェフ」第4巻 姉川の合戦を動かす料理
 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり
 梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と
 梶川卓郎『信長のシェフ』第23巻 思わぬ攻防戦、ケンvs三好!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第24巻 大坂湾決戦の前哨戦にケン動く
 梶川卓郎『信長のシェフ』第25巻 新たな敵に挑む料理探偵ケ
 
梶川卓郎『信長のシェフ』第26巻 ケンと村上父子の因縁、決着!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第27巻 本願寺への道? ケン、料理人から××へ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第28巻 石山合戦終結 そして数多くの謎と伏線

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.19

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第3話「愛執の皇女」

 迷い込んだ先の西幽の宮殿で嘲風と再会した浪巫謠は、彼女の情念に同情した末にその身に刃を受けてしまう。深手を負った浪巫謠を抱えて逃げる殤不患一行の前に、かつて交誼を結んだある将軍が現れる。その導きで地下道を逃れる一行だが、将軍――萬軍破が案内した先こそは、禍世冥蝗の根城だった……

 逢魔漏の力で異世界から逃れたものの、よりによって、としかいいようのない皮肉な運命により、かつて逃れた鳥籠である西幽の宮殿に戻ってきてしまった浪巫謠。そして彼が迷い込んだ先は、あの嘲風の部屋で――と、幾重にもどうしようもない運命が重なった末に、嘲風と再会してしまった浪巫謠ですが、当の嘲風はしおらしいことを言いながら、浪巫謠にしなだれかかってくるではありませんか。
 が、次の瞬間その場に滴り落ちるのは、真っ赤な血――浪巫謠がついにやったかと思いきや、やったのは嘲風のほう。手に入らぬのならこの手でグッサリと――という、ヤンデレの面目躍如たる彼女の行動を、浪巫謠は思わずほだされて受け止めてしまったのです。

 一瞬遅れて乱入してきた殤不患と捲殘雲、ついでに凜雪鴉によってその場は逃れたものの、浪巫謠はかなりの深手。しかも宮殿の守りは厳重で、もはや彼らは袋のネズミに――と思いきや、そこに現れたのは実に男らしくて良い声のナイスガイであります。
 殤不患とは国境で共に胸躍る冒険を繰り広げた仲らしいその西幽の将軍の導きで秘密の地下道に入り、一行は辛くもその場を逃れることになります。将軍――すなわち萬軍破の導きで……

 一方、鬼奪天工によってワイヤードフィスト付きの片腕ロボと化した婁震戒。自ら作り出した装置によって異空間の扉が開いたのを捉え、無界閣に乗り込んで空間制御の秘密を我が物にしようと企む鬼奪天工ですが――婁震戒が失った剣を「姫」呼ばわりしているとは夢にも思わず、剣を嘲ってしまったのが災いし、脱出を目前に叩きのめされた上に装置を破壊され、ただ一人異世界に置き去りにされてしまうのでした(公式サイトのキャラクター紹介にいないからおかしいと思ったんだ……)。

 そして舞台は再び西幽に戻り、殤不患を相手に悲憤慷慨語り続ける萬軍破。防人の要として夷狄から辺境を守り続けてきた彼は、しかし一人嘲風に呼び戻された上、殤不患を討ち、浪巫謠を連れ戻すように勅命を受けたというのであります。そうしている間にも指揮を受けられぬ部下たちは辺境で次々と命を落とし、そしてそれが彼一人ではなく、他の将軍たちも同様という国家存亡の事態に、ついに彼は皇帝を見限ったというのですが……
 そして到着した扉の前。凜雪鴉が目ざとく異様な空気に気づくも時既に遅く、扉が開いたその先にあったのは、背中に目を持つかのような異様な飛蝗――禍世冥蝗の紋章。そう、扉の先こそは神蝗盟のおそらくは本拠、視聴者はとっくに気づいていたことながら、皇帝を見限った萬軍破は神蝗盟に加わり、「百足」の紋章を授かっていたのであります。

 最後の誘いとして魔剣目録を渡すように促すも、殤不患がそれを肯うはずもなく、ついに巨大な青竜刀・虎嘯山河を抜き、久々の念白とともに襲いかかる萬軍破。さらに異飄渺まで現れた上に、浪巫謠は深手と圧倒的に不利な状況で、ついに殤不患も己の剣を抜いて本気を出すことに……


 一難去ってまた一難どころではない大波乱の連続となった今回。ヤンデレ姫の次は振り幅の極端過ぎる武人という、関わり合いになりたくない手合ばかりが次から次へと襲いかかります。まったく、「こじらせた大塚明夫は面倒くさい」とはよく言ったものではありませんか。(誰も言ってない

 はたしてこの苦境から逃れる手段はあるのか? あるとすれば、禍世冥蝗と対面(?)した時、歯ごたえのありそうな悪人見たりと嬉しそうだった凜雪鴉の存在が鍵になるのかもしれませんが――と、次回予告に映し出されたあの手は!?


関連サイト
 公式サイト

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第2話「魔境漂流」

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.18

「コミック乱ツインズ」2021年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」5月号の紹介の後編であります。

『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 島村盛実に祖父・能家を殺されて城を奪われ、連載第2回にして全てを失ってしまったところからスタートという、テンションの高いタイトルとは裏腹に、重野作品の主人公でも屈指のどん底っぷりの直家。
 今回は両親とともに備後国・鞆に流れ、直家というより宇喜多一家(除く親父)の苦心惨憺の日々が描かれることになりますが、その中でもチラリと直家の「殺っちゃえ!!」な顔を入れてくるのが、らしいといえばらしいといえるかもしれません。(にしても父親の興家、「宇喜多興家(暗愚)」と名前の後にキャプションされるキャラ初めてみました)

 ラストには阿部善定が登場、キャラデザイン的には見るからにうさんくさい冷酷キャラっぽく見えますが――宇喜多一家の今後に多大な影響を与えるこのキャラが、本作ではいかに描かれるのか、気になるところです。


『カムヤライド』(久正人)
 前回はモンコのところを離れて、彼の周囲の各キャラクターの状況が描かれましたが、今回はモンコのところを離れつつも、描かれるのはモンコ自身の物語というユニークな構成。以前もチラリと登場し、その魚めいた顔つきが妙に印象に残った大王の側近らしい男・タケゥチが、死んだはずのモンコ――いや、ノミの宿禰の跡を追って、各地を巡る姿が描かれることになります。

 宿禰の処刑前にその指を斬った剣士(タジマモリの非時香菓探索に同行していたという、何気に一エピソード作れそうな設定にシビれます)、宿禰を処刑した処刑場と、そこから何かを持ち出したらしい謎の三人組と出会った水木チックなタッチの盗賊団、そして「モンコ」とノツチ師匠が出会った伊那山中のあの村――ここで描かれるのは、恐るべき力を持つ謎の鎧を生み出した末に宿禰が処刑されてから、モンコとして、カムヤライドとして再誕するまでの足取りを追う旅であります。

 カムヤライド誕生秘話が鮮烈過ぎる形で描かれたために、すっかり謎は解けたような気分になっていましたが、しかし冷静に考えてみればこの部分は、物語の大きなミッシング・リンクというべき部分としていまだに残されています。それを一話じっくり使って再確認させられたわけですが――それにしても印象に残るのは、それがほとんどホラータッチで描かれることです。
 宿禰に直接関わった人々が、まるで見てはならない、触れてはならない存在と出会ったかのように狂気に陥っている様を見れば、宿禰=モンコの、カムヤライドの存在には、まだまだ暗い闇が隠されていることが痛いほど感じられます。

 にしてもタケゥチ、このような仕事をただ一人で任されていることから察せられるように、その死んだ魚のような目とは裏腹の恐るべき力の持ち主。そのタケゥチがついにモンコたちに迫ることになって――まだまだ波乱が待ち受けていそうであります。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安影法師」編も今回で完結、梅安を巡る一つの因縁が、ここに決着を迎えます。
 白子屋残党が送り込む刺客たちを返り討ちにし、江戸の白子屋の拠点を預かっていた伊八をも討った梅安たち。残るは、清助の仕掛けを依頼した奥右筆・駒井助右衛門退治ですが――それを危なげなく終わらせた梅安に、かつて撃退した鵜ノ森の伊三蔵が異常な執念でもって迫ることになります。

 白子屋との抗争の後始末であり、そして降りかかる火の粉を払うためとはいえ、今回はほとんど仕掛人の仕事抜きで戦うこととなった梅安と彦さん。ある意味私情でその技を振るう姿には、ある種の危うさが漂うように感じられますが――それは伊三蔵も同様といえるかもしれません。
 かつて白子屋から依頼された梅安殺しをしくじり、それでも命永らえた伊三蔵。白子屋亡き後、その依頼はキャンセルになったといえるはずですが――しかし己の姿を無残なまでに変えても梅安を付け狙う姿からは、仕掛人の矜持以上のものが感じられます。(しかしそんな彼にも、打算抜きで献身的に支えてくれる存在がいるという描写がまた……)

 そしてその二人の運命が再び交錯した時、生き残るのがどちらであるか――それは言うまでもありませんが、サブタイトルの意味が明かされる結末の索漠とした味わいは、何とも印象に残ります。

 そして次回からは、最終章と銘打って「梅安冬時雨」がスタート。原作者の病没により未完に終わった物語を完結させてみせるとのことですが、果たしていかなる結末が待つのか――期待したいと思います。


「コミック乱ツインズ」2021年5月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2021年1月号
「コミック乱ツインズ」2021年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2021年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2021年3月号
「コミック乱ツインズ」2021年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2021年4月号(その二)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.17

「コミック乱ツインズ」2021年5月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」5月号は、森秀樹の新連載『ビジャの女王』がスタート、わざわざ「異端時代劇」と銘打つその内容が気になる作品です。その他『暁の犬』が久々の登場です。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 というわけで新連載巻頭カラーの本作は、公式のあらすじによれば「13世紀のユーラシア大陸で、絶大な勢力を誇った蒙古帝国に立ち向かい消えていった、ペルシャの小都市・ビジャの抵抗の様子」を描く物語。消えていった――といきなり結末が語られてしまっていますが、もちろんそのままので終わる物語ではないのでしょう。
 さて第1話では、蒙古の小隊二万人に包囲された人口五千人のビジャの状況が描かれます。父王不在の中、ビジャを守るオッド姫(左右の瞳の色が違うからオッド?)を中心に、様々な人々(妙な仮面を被った人物が非常に気になる)が集まって会議を開くも、打開策は浮かばず――という中で、ある隊商の長が意外なことを語りだすのですが……
 と、ここで第1話のサブタイトルを見てみれば「墨者を見た」。エッ、もしかして本作は、作者がかつて作画を担当したあの作品の、実質続編ということなのでしょうか……?

 しかし、仮にその人々が13世紀も存在するとして、助けを求めに行くには、当然この重包囲を抜けなくてはなりません。さっそく最初の試みが無残な失敗に終わった中、王女の語る意外な手段とは――というところで、全く先が読めぬ中、次回に続きます。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 絵島生島事件の衝撃も冷めやらぬ中、その仕掛け人である紀伊国屋文左衛門を呼びつけた徳川吉宗。いきなり頂上対決の趣ですが、しかし食わせ物同士、なかなか腹の底を見せぬ探り合いが続きます。そして吉宗の「余に仕えよ」が炸裂するのですが――聡四郎には滅茶苦茶効いた殺し文句を吐いた吉宗も、紀文にとっては吝い小物扱いなのは、むしろ痛快ですらあります。(確かに緊縮政策の吉宗と紀文では、水と油ですが……)

 一方聡四郎の方はといえば、相変わらずエラそうに指図するばかりの新井白石に肚の据わりを疑われてついに爆発。あんたこそ何もしてないじゃないかと、勤め人であれば誰もが上司に言ってみたい、しかし言っちゃいけない禁句の連発であります。これはこれで大いに痛快ですが、しかしまあもちろん怒られた聡四郎は、絵島事件の裏を探る羽目に……
 もう勘定吟味役の仕事ではない気がしますが、探索に当たった聡四郎は、裏に居るのが紀文と知り、再び対峙することになります。もちろん良いようにあしらわれた聡四郎ですが、しかしラストには黒幕に対して宣戦布告と格好良いところを見せて――しかし実際問題この先どうするんでしょう、というところで次回に続きます。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 二番目の標的である稲垣を、根岸大隅とのコンビネーションで斬った佐内。しかしその過程で、稲垣の恋人であるまだ若い娘を、口封じ兼己の覚悟を高めるため斬り捨てるという、一線を越えた行動を取ることに……

 という展開を受けて久々掲載の今回、もう縁は切れたと思っていた満枝が何故か道場にまで現れたと思ったら、相良まで押しかけ、佐内を巡って矢印入り乱れる争いに――ということはありませんが、佐内的には鬱陶しいことこの上ない状況であります。
 しかし満枝さんは満枝さんで、佐内の複雑な内面を直感的に理解し、そして受け止める気持ちを持つとても良い娘さん(本当に良い人過ぎて何かの罠ではないかと疑うほど)。一方相良は相良で、妻子持ちの遊び人ですが理解力と抱擁――いや包容力は無駄にあるし、まあよいのではないでしょうか(無責任)。そしてそんなやりたい放題の一方で、(裏方の)武家としての覚悟をサラリと語る姿がまた痺れるのであります。

 それはさておき、二本松派の物頭の下に、国元では探索方だった先手組の若党が――という相良からの情報に、佐内は相手がかつて自分に襲いかかってきた刺客かどうか確認することに……
 という、いよいよ緊迫の度合いを増す展開ですが、今回印象に残るのは、若い娘を斬ったことで心の中に何がしかの屈託を抱えた佐内の姿であります。剣士としての、殺し屋としての佐内は、そんな苛烈な行動に納得しつつも、人間としての彼はそこに(特に満枝を前にした時に)複雑な想いを抱えざるを得ない――本当に様々な顔を持つ佐内という男ですが、しかしそんな複雑さも含めて彼であり、そして(相良がそうであるように)人間はそういうものなのだろうと、改めて感じさせられた次第です。


 その他の作品は次回にご紹介いたします。


「コミック乱ツインズ」2021年5月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2021年1月号
「コミック乱ツインズ」2021年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2021年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2021年3月号
「コミック乱ツインズ」2021年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2021年4月号(その二)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.16

『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」

 ネロがローマ皇帝に即位した年――少年奴隷セスタスは、拳奴養成所での最終選考で親友・ロッコと対戦することになる。師・ザファルの教えで快勝するセスタスだが、ロッコは無残にも処刑されてしまう。敗北すれば死の過酷な環境の下、セスタスはネロも観戦するデビュー戦に臨むが……

 ついにスタートしたアニメ版『拳闘暗黒伝/拳奴死闘伝セスタス』。原作は古代ローマを舞台に、負ければ死という文字通り死闘を繰り広げる少年拳奴・セスタスの姿を描く歴史格闘アクション漫画ですが――さて、それをどのようにアニメ化するのか、と思いきや、第一話冒頭から度肝を抜かれることになりました。

 というのも、このアニメ版の冒頭で描かれたのは、原作『拳闘暗黒伝』11巻冒頭のシーン――実質第1シリーズ最後の試合である、ポンペイ最強の拳奴・エムデン戦から。
 このエピソード、試合の中で強打を食らったセスタスは記憶を飛ばし、そこに至るまでの記憶を甦らせていく――という構成なのですが、原作ではポンペイに着いてからの記憶だったものが、どうやらこのアニメ版では、拳奴になるところからの記憶を甦らせることになるようです。(ずいぶん豪快に記憶を飛ばしたな……)

 さてアニメ化の報を聞いた時、真っ先に気になったのは、一体原作のどこまでをアニメ化するのだろう――ということでしたが、これで少なくともエムデン戦までは描かれることがわかりました。
 このアバンタイトルに続くオープニングでは、『拳奴死闘伝』冒頭で激突した強豪・フェリックスが顔を見せているので、そこまでいくのかもしれませんが……
(一方でルスカたちローマ組が全くOPに登場しないので、本編でどれだけ出番があるのか、些か心配ではあります)

 前置きが長くなりましたが、ここから先は基本的に原作冒頭からほぼ忠実に(細かい描写などはかなり省いているようですが)アニメ化されています。
 この第1話では、拳奴養成所での最終選考からロッコの無残な死、ローマでの養成所対抗戦におけるセスタスのデビュー戦と、奇妙な友情で結ばれるルスカそしてネロとの出会い、ルスカの鮮烈なファイトまで――原作第1巻のほぼ3/4が、一気に描かれています。

 物語の掴み――すなわち物語全体の方向性を描くこの冒頭部分は、全編を振り返ってみても特にハードな展開が印象に残る部分。最終選考に勝てば親友が殺され、デビュー戦に勝てば相手が殺されるというので止めようとしたら自分も殺されかけ(昔同じことした師匠に怒られ)、そしてもし負けたら自分が殺され――書いていて嫌になるほどツラい設定であります。

 もっとも本作の場合、この設定があるからこそ、セスタスが負けられない理由になり、そして肉体的には不利な彼が技を磨く理由にもなるという点が、最大の特徴であることは言うまでもありません。
 もう一つ、これだけ容赦ない史実を描きながらも、徒手格闘において究極の万能性を備えるに至った「総合格闘術 パンクラティオン!!!」などと、実に格闘漫画らしいケレンを効かせてくれるのも楽しいところであります。

 しかし触れるのが遅れましたが、冒頭のエムデン戦はCGで描かれていたため、フルCGもしくは試合シーンだけCGという趣向かと思いきや、本編は全て普通のアニメというのがすっきりしないところです。
 特にCGアニメが好きというわけではないのですが(冒頭のシーンも、審判のおじさんまでCGなのが違和感)、しかし作品の間違いなくメインの部分だけに、そこは気合を入れて欲しかった、というのが正直な印象です。

 特にセスタス以上にルスカの試合は……
(にしても初登場時のルスカのいい子っぷりたるや、「今」から見ると隔世の感が)


 などと、とりとめもなく書いてしまいましたが、ザファルやデミトリアス、それにナレーターはベテランの渋い声がしっかり固め、正直なところ初主演ということで不安だったセスタス役も違和感なく、その点は一安心いたしました。


関連記事
技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第1巻 熱血格闘漫画と歴史物語の高度な融合!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.15

皆川亮二『海王ダンテ』第12巻 力が欲しいか? 海王悪夢の目覚め!

 ダンテ=若き日のネルソン提督の冒険を描いてきた『海王ダンテ』もいよいよ最終章に突入であります。自分の誕生の秘密と、その身に秘められた力の存在を知りつつも、それを拒否し、人間として生きようとするダンテ。しかし悪意に満ちた運命が、彼を恐るべき存在に変えるべく動き出すことに……

 天空に浮かぶ超科学都市アトランティスで、自分が地球意志の代行者にして裁定者ともいうべきドゥランテ――魔人モーセ復活のための器であり、既にモーセの魂が自分の中で目覚めていたことを知ったダンテ。
 しかしその人間としての強きそして善き心でモーセを抑えた彼は、かつての惨劇を繰り返すことなく、アトランティスと友好関係を結び、帰還したのでした。

 そして人間として、イギリス海軍の軍人としての道を歩み始めたダンテ。ついにレイゾナブル号の艦長として船を任せられることになった彼の初任務は、東インド会社からの依頼で、インドから清に厳重に密封された品物を運ぶというものだったのですが――これはどう考えてもマズい予感しかしません。
 どう考えてもその中身はアレしか考えられないというこちらの予想は的中し、ダンテは愛すべき祖国の、文明国にあるまじき恥ずべき行為の存在を知ってしまうことになるのでした。

 そしてついに自分の前に姿を現した育ての親、実は不死人のコロンバスから、人間たちへの復讐のためにモーセ復活に手を貸し、数え切れない無残な所業の果てに自分を生み出したと聞かされるダンテ。
 その言葉にも耳を貸すことなく、人間としての道を歩まんとするダンテですが、その決意を無にするような人の悪意が、最悪の結果を招くことに……


 ついに核爆発すら抑え込むほどの力を得て、地上最強ともいうべき存在となったダンテ。その力は、もはやナポリオが事実上のお手上げ宣言をするほどのものですが――しかしその力がかつてのモーセのように人間の文明を崩壊させていないのは、ひとえにダンテが人間としての心を持ち続けているからにほかなりません。

 これまで、様々な苦境に陥り、そして様々な人間の蛮行を目にしながらも、決して自分に、人間に絶望することなく、自分の成すべきことを果たしてきたダンテですが――しかし彼が、心を捨て、力のみを求めることがあったとしたら? この最終章では、その問いかけが描かれることとなります。

 正直なところ、この巻での展開は、いささか性急な印象も否めません。しかしあのダンテの心に人間不信を芽吹かせるのが、今なお世界史上で「あれはない」と言われ続けるあのイギリスの行為というのは、それなりに説得力があるといえるでしょう。
 思えばこれまで、ナポリオがその一角を担うフランスの蛮行は幾度も描かれてきたものの、イギリスはほぼ一貫して「善い国」「文明国」として描かれてきた印象のある本作。それはいささか一面的に感じられるものでしたが――それがこのような形でひっくり返されるとは。

 そしてもちろん、ダンテを苦しめるのはそれだけではなく、あまりにショッキングな展開がこの巻のラストでは待っているわけですが……


 ついに「力が欲しいか?」という問いに対し、肯ってしまったダンテ。しかし本作における力は、決してダンテを救うものではありません。それどころかダンテを、いや全てを滅ぼす力であります。
 その力の前に、果たして人類の命運は、そしてダンテの未来は――現時点ではどうにもすっきりしない展開が続きますが、おそらく最終巻であろう次巻において、皆川作品らしい人間の強さと希望を見せていただきたいものです。


『海王ダンテ』第12巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon

関連記事
 皆川亮二『海王ダンテ』第1巻 二人の少年が織りなす海洋伝奇活劇
 皆川亮二『海王ダンテ』第2巻 いよいよ始まる異境の大冒険
 皆川亮二『海王ダンテ』第3巻 植民地の過酷な現実と、人々の融和の姿と
 皆川亮二『海王ダンテ』第4巻 新章突入、新大陸で始まる三つ巴の戦い
 皆川亮二『海王ダンテ』第5巻 今明かされる二人のルーツ、そしてこれからの戦い
 皆川亮二『海王ダンテ』第6巻 オーストラリア編完結 動物軍団大暴走!
 皆川亮二『海王ダンテ』第7巻 大乱戦、エジプト地底の超科学都市!
 皆川亮二『海王ダンテ』第8巻 秘宝争奪戦! 四つ巴のキャラが見せる存在感
 皆川亮二『海王ダンテ』第9巻 驚異の乱入者!? エジプト編完結!
 皆川亮二『海王ダンテ』第10巻 アトランティス編開幕 ダンテのルーツ、モーセの過去
 皆川亮二『海王ダンテ』第11巻 内なる敵との対峙 そして「人間」の条件

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.14

響ワタル『琉球のユウナ』第6巻 衝撃のルーツ! 引き裂かれたふたり

 15世紀の古琉球時代、後世にその名を残す尚真王・真加戸と、強い神力を持つ朱色の髪の少女・ユウナの物語もいよいよ佳境であります。第二尚氏に対して各地で不穏の動きが高まる中、何とか真加戸の力になろうとするユウナですが、あまりにも意外な真実が彼女を打ちのめすことに……

 王府の祝女として、世の安寧を祈願して作られたという「太陽の依り代の勾玉」を集めようとするユウナ。しかし七つの勾玉探しは思うように進まず、逆に第一尚氏の生き残りであり、真加戸とユウナを執拗に狙う男・ティダによってその一つを奪われてしまうのでした。
 そんな中、五穀豊穣を祈るために東方の聖地を訪れた真加戸が、何者かに襲撃される事件が発生し……

 と、この巻の前半で描かれるのは、いまだ不安定な琉球王国の国内情勢、それも群雄割拠の先島諸島の状況を踏まえた、真加戸暗殺計画の行方。
 よせばいいのに(いや公務がメインなのですが)ユウナと一緒だとほいほい外出してしまう真加戸がまたも危機に――と思いきや、伊達に子供の頃から陰謀に揉まれて育っていない彼の用心深さ、果断さが描かれているのは、ユウナの前での甘々な顔と(そしてユウナ自身の甘さと)好対照で印象に残ります。

 しかしそれ以上に印象に残るのは、第一尚氏一党に唆されて真加戸を狙った宮古島側の動きであります。
 このエピソードで陰の主役ともいうべき青年「玄雅」の一癖も二癖もあるキャラクターと思わぬ真加戸との因縁、そしてそれが物語を大きく動かしていく展開がなかなか面白いと思っていたら――彼の後の姿を知って感心。琉球史に詳しい方であれば一発でわかったのだと思いますが、こういう仕掛けはやはり史実を背景にした本作ならではでしょう。


 しかし、こうした真加戸の側のドラマが動く一方で、ユウナの側にも、それに負けぬ激しい動きが生まれることになります。
 暗殺騒動の最中、久々に再登場した赤犬子が真加戸に語った「あの小娘は手放せ。いずれお前に大きな禍をもたらすだろう」という予言めいた言葉。その言葉に誘発されたように、ユウナは前巻登場した幸地里之子――第一尚氏側に立つ謎めいた男に拐われてしまうのです。

 初登場時から、「真鍋樽」という名の朱い髪の娘を探しているという設定であったことから、あるいはユウナのルーツと関わりがあるのでは、と思われた幸地里之子。その予感は的中し、ここで彼女のルーツが描かれることになるのであります。

 幼い頃から山原で二頭のシーサーと孤独に暮らしてきたユウナ。これまでその境遇にほとんど疑問を抱かず読んできましたが、はたして彼女の両親は、何よりも彼女自身は何者なのか――それは確かに本作において、大きな謎であったと言えるでしょう。
 そしてこの巻の後半で描かれたそれは――さすがにここで明かすことは憚られるほどの特大級の爆弾。なるほど、これは確かに赤犬子の言葉も真実というほかない――そしてこれまで物語の中で描かれてきた数々の描写に頷ける、思わぬそして納得の展開であります。

 好き合っている男女が、本人たちの責任ではない過去からの因縁で引き裂かれる(あるいは身を引くことを余儀なくされる)というのは、歴史ラブロマンスの基本中の基本ではあります。
 しかし本作でそれが――今までもそうした要素はあったものの、それらとは比べ物にならないほど高い壁でもって――描かれると、これまでのユウナと真加戸の甘々な姿が目に残るだけに、思い切り胸に突き刺さるものがあります。

 はたして二人はこの最大最悪の障害を乗り越えることができるのか――クライマックスは遠くない日に訪れることでしょう。


『琉球のユウナ』第6巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

関連記事
 響ワタル『琉球のユウナ』第1巻 異能の少女と伝説の王が抱えた孤独感
 響ワタル『琉球のユウナ』第2巻 二人にとってのもっともやりにくい「敵」!?
 響ワタル『琉球のユウナ』第3巻 ややこしい琉球の、ややこしい人間関係
 響ワタル『琉球のユウナ』第4巻 もう一人の祝女、もう一人のユウナ
 響ワタル『琉球のユウナ』第5巻 二転三転、真加戸vs北山国

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.13

鳴神響一『おんな与力 花房英之介 一』 奇想天外、おんな与力颯爽の登場

 最近は警察小説等、現代を舞台とした作品での活躍が目立つ作者ですが、もちろん時代ものも健在です。「おいらん若君」の次は「おんな与力」――故あって亡き双子の兄に代わり北町奉行所の与力に身をやつした主人公「花房英之介」の活躍が始まります。

 亡き父の後を継ぎ、北町奉行所の番方与力として活躍する花房英之介は、頭脳明晰で剣の達人、そして町を歩けば女性たちから黄色い声援が飛ぶ美貌の青年。しかしそんな英之介には、とてつもない秘密がありました。
 それは「彼」が実は「彼女」――英之介の双子の妹・花房志乃であること。五年前に兄が事故死した際、志乃はお家存続のため自ら父に願い出て、死んだのは自分ということにすると、以来英之介として生きてきたのです。

 そんな中、初の出役で娘たちを拐かしている一味の根城に踏み込んだ英之介。しかしそこで待ち受けていたのは、凄まじい剣を操る四人の浪人――そして英之介らに捕らえられそうになった彼らは、全員自決して果ててしまったのであります。
 ただの浪人とは思えぬ彼らの行動に不審を抱いた英之介は、奉行からも引き続き事件を追うよう命を受けるのですが――その矢先、英之介は店の金を失った腹いせに長屋に火を付けたという男・鶴吉の存在を知ることになります。

 思わぬ味方の存在を得て、鶴吉の無実を晴らすため隠密に探索を始める英之介。しかし手掛かりを掴んだのも束の間、思わぬ制度の壁に阻まれ、苦闘を強いられることになります。さらに彼の周囲で、思いもよらぬ事件が発生して……


 『おいらん若君徳川竜之進』全5巻に続き、双葉文庫でスタートした本作。尾張徳川家の御落胤が吉原で太夫を張っているという前作にも驚かされましたが、本作は北町奉行所の与力が実は男装した女性という、ある意味それ以上に奇想天外な物語であります。
 何しろ町奉行所の与力といえば、いわば歴とした警察官僚。その与力が実は女性だったとなったら、お家断絶では済まない一大スキャンダルであります(作中でも与力ではないにせよ、実際に性別を偽って問題となった事例が紹介されています)。

 この不可能事に対して、本作は真正面から様々な描写を積み重ねることによって挑戦することになります。もちろんそれはエンターテイメントの枠内だからこそ許されるものであるでしょう。そして「英之介」の企てには色々と危なっかしさもあるのですが――しかし本作はむしろその点を面白さに変えていると感じられます。
 例えば同心は朝、女湯に入っていたという時代ものではお馴染みの史実が、英之介にとっては思わぬ窮地に繋がるという展開など、本作ならではのユニークなアイディアといえるでしょう
(しかもそれを言い出すのが同心株を買った元陰間の部下(ちょっと無茶かもしれませんが)というのもややこしくて面白い)


 そして本作をさらに面白くしているのが、一種の警察小説的な味付けであります。

 もちろん時代小説の奉行所ものというサブジャンル自体、警察小説・刑事小説の時代劇版という趣が強いのですが――本作では、主人公を同心ではなくいわばキャリア官僚である与力に設定することで、より組織内での縦横の関係性・軋轢に晒されやすい設定としているのが、英之介自身のややこしい立場と相まって、印象に残ります。
 さらに面白いのは、そこにさらに組織外、すなわち火付盗賊改との一種の所轄争いも絡んでくる点なのですが――そんなライバルである火盗改側に、英之介の幼馴染で今も親友である熱田雄之進がいるという人物配置もまた、実に巧みといえるでしょう。
(そして志乃が雄之進を内心気にしていたり、雄之進の妹が「英之介」を慕っていたりと、ある意味お約束の関係もまた楽しい)

 冒頭に述べたように、最近は警察小説での活躍が印象的な作者ですが、そのフィードバックが本作に生かされている感じられます。


 と、設定のインパクトだけではない魅力の本作ですが、一つ気になったのは、クリフハンガー的に物語の謎が全て第2巻に持ち越しになっている点でしょうか。
 そのため、本作だけ見ると、英之介がスッキリと活躍していない印象があるのですが――その辺りは二ヶ月連続刊行の第2巻に持ち越しなのでしょう。

 少なくともこの続きが大いに気になってしまうことは間違いない本作。続巻での英之介の大活躍に期待したいと思います。


『おんな与力 花房英之介 一』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon

関連記事
 鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター
 鳴神響一『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』 二重の籠の鳥、滝夜叉姫に挑む
 鳴神響一『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』 死神医者の跳梁と若君の危機!?
 鳴神響一『凶嵐 おいらん若君徳川竜之進』 クライマックス目前!? 立ち塞がる思わぬ「敵」
 鳴神響一『昇龍 おいらん若君徳川竜之進』 最後の激闘、そして竜之進が得たもの

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.12

森田崇『怪盗ルパン伝アバンチュリエ 813』上巻 質・量ともに最大の雄編、完全漫画化始まる

 原作に最も忠実な漫画版ルパン、『怪盗ルパン伝アバンチュリエ』が帰ってきました。『奇巌城』完結から奇しくも作中とほぼ同じ時を経て、原作でも質・量ともに最大、まさに雄編というべき『813』のスタートであります。幾多の謎と好敵手を前に、活動再開したルパンの活躍や如何に……?

 悲劇的な『奇巌城』の結末から4年――世間は、怪盗紳士の衝撃的な復活に震撼することになります。ダイヤモンド王ルドルフ・ケッセルバッハ――ルパンによって縛り上げられ、脅しつけられた末に、ひた隠しにしていたある品を奪われた彼の刺殺体が発見されたのであります。
 さらに、現場のホテルに駆けつけたフランス警察の切り札・ルノルマン国家警察部部長の懸命の捜査を嘲笑うように、さらに二件もの殺人事件が発生。その場には「L・M」のイニシャルが彫られた煙草入れと、「813」という謎のメッセージが残されていたのでした。

 殺人だけは決して行わないと思われていたルパン。果たして4年のブランクの間に、彼は冷酷な殺人鬼となってしまったのか?
 その答えは意外な人物が出したものの、さらなる怪人物が暗躍を開始し、事態はいよいよ混迷の度合いを深めることに……


 『奇巌城』と並び、ルパンといえばこれ! という印象の強い『813』。そのミステリとしての面白さ、波乱万丈の展開、スケールの大きさ――どれをとってみてもシリーズ最高傑作というべき作品が、この『アバンチュリエ』で描かれることを、本作がスタートした時から楽しみにしていたと申し上げても、ルパンファンにとっては意外ではないのではないでしょうか。

 そしてその待望の『アバンチュリエ』版『813』ですが――この上巻の冒頭から全体の約6割は、ケッセルバッハが宿泊していたホテル内を舞台とするという、空間的には非常に限定された内容であるものの、しかしその起伏に富んだ展開からは、一読目が離せなくなります。
 冒頭1/4に描かれるルパンとケッセルバッハの緊迫したやり取りから始まり、あのルパンが殺人を!? という意外な展開から、ルノルマンの登場、そしてほとんど彼の目と鼻の先で連続する殺人事件と――畳み掛けるような展開は実に素晴らしいとしかいいようがありません。

 もちろんこれは原作の功績であるのですが、しかし本作の場合、それを支えるビジュアルな力が確かに存在することは間違いありません。
 例えば伝説の男・ルノルマンのいかにも古豪然とした姿――ここで初登場したにもかかわらず、一目見ただけで以前から登場しているような存在感を感じさせる彼のビジュアルは、さすがというほかありません(後半での、まるで見てきたかのようにホテルでのルパンの行動を解き明かしてみせるくだりの描写も実にイイ)。

 しかしそれ以上に印象的なのは、何といってもルパンの姿でしょう。初登場時に茶目っ気に溢れた闊達な青年であったルパン。そんな彼も時間を重ね、本作の冒頭においては、我々の頭の中にある「アルセーヌ・ルパン」そのもののビジュアルの紳士に相応しい年齢を重ねた姿で登場することになります。
 しかしその瞳には時にぞっとするような昏い光が宿り、そしてケッセルバッハを前に、ひどく芝居がかった態度は見せつつも、時にもっと直接的な暴力性を感じさせる――そんなこれまでになかった姿には、なるほどもしかしたら本当に殺人を? と思わせる説得力があるのです。

 冷静に考えると、この上巻の時点ではルパンその人の登場する場面は驚くほど少ないのですが――もちろんその他の場面でも彼が話題となっていることが多いとはいえ――それでも違和感を感じさせないのは、この短い場面での描写のインパクトと説得力ゆえであることは間違いないでしょう。


 さて、物語的にはまだ全体の(『続813』も含めて)1/6程度ではありますが、それだけに矢継ぎ早に謎の提示と、主なキャラクターの登場が詰め込まれたこの上巻。最後の最後まで気が抜けない密度には圧倒されますが、同時にそれでこそ、というべきでもあります。
 実はその知名度にもかかわらず、驚くほど邦訳に恵まれていない『813』(私が子供の頃に読んだ偕成社版がいまだに最も完成度が高いのでは……?)。この『アバンチュリエ』版が、その飢えを癒やすものとなることを信じてやみません。


 しかしこの巻のラストに登場するセルニーヌ公爵の、どこからどう見てもあの人にしか見えない姿――これもまた、ビジュアルの力でしょうか。

『怪盗ルパン伝アバンチュリエ 813』上巻(森田崇&モーリス・ルブラン ぴあ) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.11

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第2話「魔境漂流」

 刑亥・異飄渺との乱戦の最中、輝き出した逢魔漏の光の中に消える殤不患一行。その先は、赤い空が広がる荒涼とした世界だった。現地の住民の襲撃を受け、苦戦する一行は、再び輝き出した逢魔漏の力で脱出するが、その先は思わぬ因縁の地だった。一方、婁震戒も、飛ばされた別の世界である出会いを……

 前回から引き続き、神蝗盟・刑亥連合チームとの乱戦から始まる今回。殤不患と浪巫謠はともかく、凜雪鴉の力を借りて分身状態でも捲殘雲は刑亥に苦戦続き――せめて得物が慣れた槍であったら、というのは今後へのフラグだと思いたいところですが、とにかく大苦戦の中、偶然触れた蔦の葉とも鏡ともつかぬ物体・逢魔漏が輝き出します。それを見た殤不患は後の二人を引っ張って慌てて捲殘雲に触れると、四人の姿は、その場から消え失せてしまうのでした。

 実はこの逢魔漏こそは、無数の時空に繋がっているというこの無界閣の門ともいうべきもの――その鏡面に映った世界に移動する力を持つというのですが、問題はいつ稼働し、どこに飛ぶのかほとんどランダムということ。しかも転移は同時でも、出た先ではバラバラになってしまうという嫌がらせのようなシステムであります。
 幸いというべきか、この稼働タイミングや行き先は刑亥にも管理できず、おかげで彼女はさんざん異飄渺と萬軍破から辛辣なツッコミを受けるのですが――無界閣の中枢であれば、逢魔漏が稼働した時にその行き先は分かるということで、三人で無数にある逢魔漏を見張る、という何ともローテクな対応を取ることになります。

 それはさておき、四人が飛び出した先は、エジプトっぽい石碑が転がる、赤い空の荒涼とした地――(捲殘雲が)おっかなびっくり歩を進める中、襲いかかってきたのは、髪も肌も衣装も赤い現地の皆さんであります。彼らの持つ杖から飛び出す毒ガスや火炎に苦戦しつつ、何とか第一波は撃退した一行ですが(空気の動きを操るため、こういう特殊攻撃を触れずに撃退できる浪巫謠超有能)、しかしどうやらこの地は高地なのか空気が薄い様子。さしもの達人たちでも、長期戦は不利としか言いようがない状況であります。

 と、場面は無界閣に移り、そこに迷い込んできたのは婁震戒。片腕を失うという深手を負い、不覚にも(いや本当に)転んだ拍子に大事な大事な「姫」こと七殺天凌を手放してしまった彼は、そのまま逢魔漏の力でどこかに転移してしまうのですが――飛び出した先は、これまた荒涼とした、しかし歯車が転がる謎の地であります。そしてそこで彼の前に現れたのは、片腕が機械だったり、片目の回りに機械的パーツがついていたりと、微妙にサイパンなナリの老人・鬼奪天工。
 西幽の人間であったという彼は、魔界への門を開こうとして(何気にとんでもない)失敗、この地に迷い込んで十年暮らしてきたというのですが――それでも研究に専念できたと喜んでいる様は、どう見てもマッドサイエンティストであります。そして彼は婁震戒に対して、失った腕の代わりの機械の義手を提供することと引き換えに、協力を要請するのですが……

 そして再び視点は戻り、やはり殺到してきた現地の皆さんを前に、行き先は不明ながら逢魔漏による転移を敢行する殤不患たちですが――飛び出した先は、かなり文化的な香りのする、そして妙に警備が厳重な建物。しかし、これの建物、どう考えても見覚えがある――と厭な予感がヒシヒシとする中、よりによって浪巫謠一人がはぐれて建物の奥に迷い込むことになります。
 そこで彼が見たものは、妙に壮大かつロマンチックに描かれた彼自身の絵姿で――そう、この地こそは、『西幽玹歌』の主たる舞台となった西幽の王宮。そして彼の前に現れたのは、あの邪悪な釘宮理恵……!


 というわけで、逢魔漏という今回のキーとなるであろう設定の説明をしつつ、いきなり出し惜しみなしという印象の今回。個人的には、スケール感の点で第2期はちょっと残念だったので、今回の舞台、キャラクター双方で何でもアリな展開は大歓迎であります。
 特に今回の終盤、見覚えのある場所が出てきたのには大いに興奮させられましたが――さて、ある意味最大の死地に陥った浪巫謠の運命が気になります。


 しかし今回もボスボロットみたいな役回りだった捲殘雲は、この先、護印師の剣と我流の槍を組み合わせた全く新しい武術で刑亥(脚を使った鞭アクションが素敵!)にリベンジする目が出てきた気もするのですが、むしろヤバイのは、前作ラスボスで今回(部分的に)メカ化という、かませ犬フラグが立ちまくった婁震戒ではないでしょうか……


関連サイト
 公式サイト

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.10

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 桜があっという間に咲いてあっという間に散ったと思ったら、もう今年も四分の一が過ぎてしまったという衝撃的な事実――ゴールデンウィークがなければ立ち直れないところでした。そのゴールデンウィークのおかげでさらに短く感じそうな、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 というわけで四分の一近くが休日となってしまう5月は、それだけ新刊も少ない印象ですが、もちろん楽しみな作品もいくつもあります。

 文庫小説では、何といっても『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫)――あの作者の代表的シリーズが復活、いきなり文庫で登場であります。そのほかにも『三楽の犬』(佐藤恵秋 徳間文庫)、『豊臣探偵奇譚』(獅子宮敏彦 ハヤカワ文庫JA)、『神様の用心棒(仮)』第3巻(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫)など、フレッシュな作品が続くのが嬉しいところです。

 また、文庫化・復刊では、『鬼人幻燈抄 1 葛野編 水泡の日々』(中西モトオ 双葉文庫)、『Cocoon 4 宿縁の大樹』(夏原エヰジ 講談社文庫)ときて、ベテランでは『火花散る おいち不思議がたり』(あさのあつこ PHP文芸文庫)、『若さま同心 徳川竜之助 4 陽炎の刃』〈新装版〉(風野真知雄 双葉文庫)が登場。
 作品チョイスだけでなくカバーイラストも楽しみな河出文庫の山田風太郎傑作選からは、『外道忍法帖(山田風太郎 河出文庫)が登場であります。


 一方、漫画の方は、ちょっと点数は少なめながら、楽しみな作品が並びます。

 舞台となっている時代順に並べれば――『新九郎、奔る!』第7巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)、『煉獄に笑う』第13巻(唐々煙 マッグガーデンコミック Beat’sシリーズ)、『何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが!?』第2巻(藤本ケンシ&井出圭亮 講談社ヤンマガKCスペシャル)、『颯汰の国』第7巻(小山ゆう 小学館ビッグ コミックス)、『獣医者正宗捕物帳』第2巻(逢坂みえこ 小学館フラワーCアルファ)、『だんだらごはん』第7巻(殿ヶ谷美由記 講談社KCx)と、なかなかバラエティに富んだラインナップであります。

 また、中国ものでは『千年狐 干宝「捜神記」より』第5巻(張六郎 KADOKAWAMFコミックス フラッパーシリーズ)、『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第19巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)、『海帝』第8巻(星野之宣 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)とこれまた楽しみな作品が並びます。


 しかしやっぱり少ないかな……


このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.09

長谷川裕一『忍闘炎伝』 変身くノ一と少年日吉丸、悪魔に挑む

 『機動戦士クロスボーン・ガンダムDUST』完結で、個人的に熱が高まった――というわけで、長谷川裕一の現時点で唯一の長編時代漫画『忍闘炎伝』の紹介であります。戦国時代、日本を狙う悪魔に対するくノ一集団・紅幻衆と、少年・日吉丸の冒険が始まります。

 長き戦乱の世が続く日本に、西洋より密かに潜入した悪魔たち。その一体が潜む尾張・清洲城に現れたのは、花火、千代美々、お紺の三人――彼女たちこそは、悪魔たちに唯一立ち向かう力を持つくノ一集団・紅幻衆の中でも最強の九人衆の面々であります。

 悪魔を滅ぼすべく城内に潜入した彼女たちが出会ったのは、悪魔に恨みを持ち、単身この城に忍び込んだ少年・日吉丸。成り行きから日吉丸を加え、城の奥に向かう一行ですが、強大な悪魔の襲撃に、窮地に陥ることになります。
 その時、忽然と現れた美しい新たなくノ一。ほむらと名乗り、圧倒的な戦闘力で悪魔を撃退した彼女の正体は……


 というエピソードから始まるこの物語。忍者vs人ならざる魔物――特に異国の悪魔というのはやはり魅力的な題材らしく、これまでも様々な作品が生み出されてきましたが、本作はこの悪魔に挑むのが、くノ一たちというのが独自性というべきでしょうか。

 そしてそのくノ一・紅幻衆の中でも最強の一人が、艶やかな美女であるほむらなのですが――彼女が一種の変身忍者という設定も面白い。実は彼女の正体は、まだ幼いと言ってもよいような花火――彼女の忍法はその生命力を集めることによって一時的に超人的にパワーアップし、その間、いわば未来の自分の姿を取っているのであります。
(実はこの忍法には大きな弱点があって――という一つの能力が万能ではなく弱点と隣り合わせというのが、また作者らしい)

 一方、花火と並び本作の主人公を務めるのが、日吉丸少年であります。戦国時代で日吉丸といえばどう考えてもあの日吉丸が浮かびますが――それはさておき、ある因縁から悪魔に命を狙われる彼は、いわば本作の熱血担当。彼は、忍者vs悪魔というある意味超常の存在同士の戦いを、より読者に近い立ち位置から見る存在といえます。
 そして花火が日吉丸を憎からず想う一方で、日吉丸はほむらの方にお熱というややこしい関係も、定番ではありますがやはり愉快であります。

 物語はこの後、紅幻の里に一度舞台を移し、そして堺を舞台に、海の向こうから悪魔たちの秘密を探って帰ってきた紅幻九人衆の一人・銀月を巡る戦いが展開。そしてそこから日本を変える――すなわち、戦国の世を終わらせる可能性を持つ六人の人物を狙う、六人の悪魔との戦いへと展開していくことになります。
 当然その中で、様々な能力を持つ新たな九人衆も次々登場。そして紅幻衆の頭領・伏姫とその愛犬・ヤツフサの秘密が、日吉丸が悪魔たちに狙われる理由が描かれ、そして日吉丸は日本を変える最初の一人のもとで、あの尾張のうつけ者に出会うことに……


 と、いかにも時代伝奇らしい大活劇が展開することになるのですが――しかし残念なことに連載は一年強で終了、物語も六人の人物の最初の一人のエピソードまでで終わることになります。

 作者の大ファンであり、かつ時代伝奇者としては、当時大いに歯噛みした記憶があるのですが――しかし当時から、そして今読み返してみても、その反面、やむなしと思ってしまったのもまた事実。
 そう感じてしまった理由としては、作者の独特の絵柄があまり時代劇に似合っていなかった――というのが一つで、特に敵が人外の悪魔ということもあって、時代ものとしてのめり込めなかったというのがまずあります。(後は、主人公たちを脱がせすぎというのも個人的には……)

 またその反面、いかに伝奇ものとはいえ、史実を背景としたことで、作者の野放図な空想を描きづらかったのでは――という印象があったり、花火と日吉丸の戦う理由(あるいは戦えない理由)に今ひとつ感情移入できなかった等々、いくつか理由は浮かびます。

 紅幻衆最強の九人衆が女性である理由や、伏姫とヤツフサの意外な正体など、作者らしい凝った仕掛けを感じられますし、おそらくは最終的に日吉丸の未来にも大きなひねりがあったのではないか、と想像するのですが……

 同じく忍者vs悪魔を描く時代もの『聖忍者伝』とのクロスオーバーも予定されていた本作、やはり色々と勿体無い内容であるだけに、できればもう一度――と感じもするのですが、やはり難しいでしょうか。


『忍闘炎伝』(長谷川裕一 Benjanet 上下巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon

関連記事
「聖忍者伝」 忍者と悪魔と正しい歴史

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.08

白石純『魍魎少女』第6巻 学校の幽霊殺し そして急転直下の決戦

 七つに裂かれた師匠の体を求める魍魎少女・林檎丸の戦いもいよいよ終盤。左目・左腕・背骨・足・右腕(は失われましたが……)と取り戻し、残すは首と心臓であります。しかし首が隠された女学校で起きた行方不明事件の調査に向かった林檎丸とチカの冒険は、意外な方向に向かって……

 数百年前にその道を違え、相争うこととなった二人の不死者・雪之丞と八房。その結果、七つに裂かれた雪之丞の体を求める林檎丸の旅は、大正にまで至ることになります。
 大陸からやってきた第三勢力・饕餮との戦いも休戦となった中、八房が敷地内に首を埋めた白菊女学園で起きる生徒の連続行方不明事件。それに雪之丞の首が関係している可能性が高いことから、林檎丸と八房に仕えるチカは、共に学生に身をやつして潜入するのですが……

 と、学園定番の七不思議の各所に現れる雪之丞の「首の無い」亡霊。学園の異変は雪之丞の首が原因とすれば、その首が生み出したと思しきこの亡霊を「殺して」いけば――と、チカはともかく林檎丸までこの奇妙な競争に乗り出し、この巻の前半では思わぬ戦いが学園各所で繰り広げられることになります。

 ここで描かれる、七不思議に即して登場する雪之丞との戦い(二人とも表面上は学生なので、登下校を挟んで何日間かに渡ったりする)も楽しいのですが、しかし何と言っても、面白いのは林檎丸の姿。
 チカに殺されるくらいならばと、亡霊とはいえ最愛の師匠を嬉々として手にかける彼女は、実に彼女らしい、そして本作らしい存在で、微笑ましさすら感じさせられる――というのは本作の毒にやられたかもしれませんが、正直な印象であります。


 しかしこの競争の決着した直後、思いもよらぬ展開に突入することになります。突如天空に現れた布の球ともつかぬ物体から無数に落ちてきたもの――それは、休戦したはずの饕餮の落とし子たちだったのです。
 そして饕餮を奉じる「飛龍楼」の当主であり、饕餮の「口」を持つルイによって呼び出されるあまりに巨大な饕餮の本体。かくて底無しの食欲を満たすため、不死者たちを狙う饕餮との決戦が、この巻の後半で繰り広げられることになるのであります。

 ここから展開するボスバトルは、雪之丞と林檎丸、八房とチカ、四人の規格外の存在がその能力をフルに発揮してなかなかに面白いのですが――しかし如何せん、いきなり始まったという印象が強すぎるのが残念なところではあります。
 ほとんど前フリなしに始まったため(以前の饕餮とのファーストコンタクト自体が前フリといえないこともないですが……)、これから始まる真の戦いの前に第三者を片付けておきたかった――という印象を受けてしまうのは、こちらがひねくれているからでしょうか。

 決着をつけるのが思わぬキャラクターであったのも、意外性と違和感が半々であったというか……


 何はともあれ、残る雪之丞の体は、チカの体に収められた心臓のみ。そして残るは雪之丞と八房――そして彼らに仕える林檎丸とチカのみ。
 次巻、第7巻で物語がいかなる結末を迎えるのか――ここまで来たからには見届けたいと思います。


『魍魎少女』第6巻(白石純 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

関連記事
白石純『魍魎少女』第1-2巻 魍魎以上の化物師弟の戦う理由
白石純『魍魎少女』第3巻 乱入する第三勢力、その正体は――
白石純『魍魎少女』第4-5巻 次々登場、新たなる敵! そして最後のパーツ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.07

二階堂黎人『カーの復讐』 怪盗紳士、怪奇ミイラ男に挑む

 本格推理の旗手の一人である二階堂黎人が、あの怪盗紳士アルセーヌ・ルパンを真正面から描いた名作パスティーシュ――古代エジプトの呪いか、奇怪なミイラ男が跳梁する城館を舞台に繰り広げられる連続殺人事件に、ルパンが挑みます。

 考古学者ボーバン博士が、古代エジプトはハトシェプスト女王の遺跡から発掘し、フランスに持ち帰った秘宝の数々。その一つ・「ホルスの眼」という名のメダリオンを狙い動き出したルパンですが――博士の城館・エイグル城に潜り込ませていた手下が、謎めいた暗号文を残し、何者かに殺害されてしまうのでした。
 パリ郊外の白霧の森に位置し、かつて城主が錬金術師に大量の黄金を作らせたという伝説が残るエイグル城。しかし最近は城内で、完全な密室にもかかわらず、謎の砂とともに脅迫状が残される事件が相次ぎ、そして不気味な包帯姿の男が跳梁、博士の次女・クララが襲われたというではありませんか。

 さらに古代エジプト展の公開記念パーティーに、古代エジプトの生霊「カー」の復讐を口にする謎のエジプト人が現れ、クララを人質にとるという事件が発生。新聞編集長に化けてその場に居合わせたルパンの活躍により事なきを得たことから、ルパンは博士に招待され、エイグル城を訪れることになります。
 しかしその晩、完全な密室の中で博士の長女とその婿が殺害され、クララも何者かに襲撃を受けることになります。姿なき殺人鬼の後を追うルパンは、城に隠された地下道を発見するのですが……


 ライバルと見られることの多いあの名探偵に比べると、(我が国では)パスティーシュは少ない印象のある怪盗紳士ルパン。しかしもちろん優れた作品は存在します。
 それの一つが本作――「かつて子どもだったあなたと少年少女のための」という素晴らしいコンセプトで、講談社が2003年から2016年にかけて発行していたシリーズ「ミステリランド」の一冊として刊行された作品です。

 フランスの古本屋で見つかった原書を翻訳したという、いかにもな趣向の本作は、タイトルにあるとおり、エジプト神話に登場する「カー」――人間の体から抜け出した生霊の復讐としか思えない怪事件に、ルパン(盗んだ財宝を奇巌城に飾るという言葉があるので、その時期のエピソードなのでしょう)が挑むことになります。
 ちなみに作者のジョン・ディクスン・カーへの傾倒は本格ミステリファンであればよく知られた話で、そのため本作の「カー」も、そちらのカーだとばかり思った人が多かった――というのはこれは余談。

 それはさておき、古城と怪人、暗号と不可能殺人というのは、いかにも作者らしいと同時にルパンらしく、本作はまさに両者の最良の組み合わせといえるでしょう。
 どう考えてもあのミイラ男としか思えない怪人の跳梁に加え、ルパンですら一度はシャッポを脱いだ完全な密室、古の奇怪な伝説の残る城館と隠された地下道――と、実にケレン味溢れる要素で構成された物語は、まさに、かつて読んだルパンものの面白さを甦らせてくれます。
(ルパンが紳士的なばかりでなく、かなり傲慢でお行儀が悪い、人間くさいキャラクターであるのも、また嬉しいところであります)

 それでいて、本格ミステリとしての完成度が高いのも、本作の魅力であります。特に物語の中心となる、密室に忽然と現れた脅迫状、そして密室で行われた連続殺人のトリックには、感心させられること請け合いであります。一見、怪奇ムードを高める演出のように見えたものが、実は、という小技の効かせ方も心憎いばかりなのです。

 その一方で、真犯人が誰か、そしてその犯行動機な何かという点は、ミステリ慣れしている方であればすぐわかってしまうように思えますが――しかし何よりもかなり血生臭く残酷な真相は、実にルパン的と感じられますし、なるほど、ある意味確かに「カー」の復讐であった、と感じられる内容は、これはこれで悪くないといえるでしょう。

 私が読んだのはミステリーランド版ですが、表紙・口絵・挿絵がミステリマニアで知られる喜国雅彦なのも嬉しく、最初から最後まで、作品世界に浸って、楽しく読むことができた作品であります。


『カーの復讐』(二階堂黎人 講談社文庫) Amazon" target="_blank">Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.06

三好昌子『うつろがみ 平安幻妖秘抄』 彼岸と此岸、双方に蠢く魑魅魍魎たちの間に

 江戸時代を舞台とした幻想色の強い人情ものを中心に発表してきた作者による、初の平安ものです。虚神に憑かれた姫を救うため、魂が彷徨うという魔道山に分け入った元皇族の武人が見たものは――「平安幻妖秘抄」のサブタイトルに相応しい、不可思議で、そして物悲しく温かい物語が描かれます。

 文徳帝の第四皇子・惟忠親王として生まれながらも、幼くして父と母を失い、臣籍に下って東北の鎮守府副将軍として戦ってきた源譲。今は検非違使少尉を命じられ、天変地異と争乱が繰り返される都の警備に奔走していた彼は、ある日突然、時の権力者・藤原基経から呼び出されることになります。
 そこで基経から、神霊に取り憑かれた姫を元に戻せと命じられた譲。何者かに拐かされ、逃げた末に魔所・魔道山に迷い込んだ姫は、そこで謎の神霊に憑かれたというのですが――その神霊・虚神は、「これただしんのう」の名を告げたというのです。

 譲には全く記憶のないことながら、幼い頃に彼が交わしたという、ある約束を果たすことを条件に、姫の魂を探すという虚神。しかし譲の周囲には刺客や陰謀の陰が迫り、混乱の中で、今度は譲が蝦夷から連れ帰った神女・為斗の中に、虚神が入り込んでしまうのでした。
 姫の、為斗の魂を救うために、虚神とともに魔道山に向かう譲。迷える魂がさまようという魔道山で、彼は彼岸と此岸の狭間に生きる境界人たちをはじめとする、奇怪な存在と出会うことになります。そして明らかになる、封印されていた記憶。そこには彼と虚神たちとの意外な因縁が眠っていたのでした。

 自らの記憶と宿命に向き合った譲は、破滅の危機に瀕した都を救うため、瘴霊と対峙することに……


 冒頭に述べたように、江戸時代を舞台に、時に神や霊といった超自然的な存在を交えつつ、人の情を描く作品を中心に発表してきた作者。その中で、架空の元皇族(文徳天皇の第四皇子は史実では惟仁親王(清和天皇))を主人公に据え、平安時代を舞台とした本作は、異彩を放つように感じられます。

 しかしその第一印象はまず置いておくとしても、本作はよくできた平安ものという印象があります。
 本作の縦糸と横糸になっているのは、平安ものといった時に連想される二つの要素――奇怪な妖たちの跳梁と、宮中を舞台とする権謀術数の世界。本作はそのどちらが欠けても成立しない物語であり――主人公たる譲は、そのどちらからも距離を取ろうとしつつも、まさにその交錯する中央に迷い込む姿が描かれることになります。
(特に物語後半、魔所と妖人だらけの魔道山巡りのくだりの幻想性が素晴らしい)

 そこで彼が目にするものは、いわば彼岸と此岸、双方に蠢く魑魅魍魎たち。己の権威権力のためであれば、それこそ譲や彼の母といった他者を蹴落として恥じぬ藤原氏と、命の重さも知らず己の気の赴くまま、嬉々として人の命を奪ってみせる虚神と――その双方に、譲は一種の局外者として対することになります。
 そんな一見巻き込まれ型の彼は、人物関係が複雑に入り組んだ本作において、一見、俯瞰的役割を果たしているように見えるのですが――しかしそれで終わらないのが、本作の巧みな点でしょう。

 物語が展開していくにつれ、譲の過去――藤原氏との因縁、虚神との関わり――が彼の心に蘇った時に明らかになる、実は彼こそが物語の中心人物であったという事実。それは、これまで彼の目に映っていた物語の像を鮮やかに変化させていくと同時に、彼が決して孤独な存在ではなかったことを示すことになります。
 そしてその先にあるものは、美しい一つの赦しと救いなのであります。


 これまで、深い孤独と屈託を抱えた男女が、怪異や謎を通じてその想いを露わにし、救われていく姿を描いてきた作者。その点から考えれば、本作もまた、まさしく作者の作品であると感じられます。
(もっとも本作の場合、主人公が架空の人物であるからこその結末とも感じられるのですが……)


『うつろがみ 平安幻妖秘抄』(三好昌子 角川文庫) Amazon

関連記事
三好昌子『京の縁結び 縁見屋の娘』 巨大な因果因縁を描く時代奇譚
三好昌子『京の縁結び 縁見屋と運命の子』 再び始まる因果因縁の物語
三好昌子『京の絵草紙屋満天堂 空?の夢』 絡み合う人情と伝奇サスペンス
三好昌子『狂花一輪 京に消えた絵師』 黒白の濃淡が描く色鮮やかな人と世界

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.05

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」

 魔剣・七殺天凌を手に魔脊山の谷底に落ちた婁震戒を探しに向かった殤不患、凜雪鴉、浪巫謠、捲殘雲。そこで横穴に入り込んだ一行は、異様な空間――禍世冥蝗一派と結んだ刑亥が作り出した異空間の狭間・無界閣に迷い込んでしまう。そうとは知らぬ一行に、刑亥と異飄渺が襲いかかる……

 第二期から二年数ヶ月を経て放送開始となった『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、待望の第三期であります。
 冒頭、凜雪鴉が殺無生の墓参りをしているのに驚かされますが(墓前で最近は骨のある悪人がいないとぬけぬけと嘯くのがまたコヤツらしい)、物語の時点は、第二期の直後といったところでしょうか。殤不患・凜雪鴉・浪巫謠の三人との激闘の末、自らの片腕を身代わりに残し、七殺天凌を胸に谷底に消えた凶人・婁震戒の行方を追い、三人+捲殘雲は、七殺天凌回収に向かおうとしていたのであります。

 しかし一向に婁震戒も七殺天凌も見つからず、そのうちに一行が入り込んだのは、いかにも怪しげな横穴。霧が立ち込めている上、浪巫謠の鋭敏な聴覚をもってしても広さや形が掴めないという、いかにも怪しすぎる空間ですが――やがて彼らがたどり着いたのは、植物とも結晶ともつかぬ異様なモノが絡みついた、建物のような場所でありました。
 怪しげ、異様――いずれもそのはずで、こここそは魔界の女怪・刑亥が、かつての七罪塔への関門であった闇の迷宮を作り変え、東離や西遊、はては魔界をはじめ何処ともしれぬ時空に繋がるという魔宮・無界閣だったのであります。

 そして刑亥とともにここに潜むのは、彼女と手を組んだ西遊の秘密結社、禍世冥蝗率いる神蝗盟の幹部、萬軍破と異飄渺の二人――ともに啖劍太歳こと殤不患とその仲間たちを敵とし、東離を狙う者同士手を組んだ彼らは、何と当の殤不患たちがこの無界閣に入り込んできたことを知り、後ろの備えとして萬軍破を残し、襲撃に向かうことになります。
 かくて無界閣で始まる大乱戦。殤不患に異飄渺が襲いかかり、浪巫謠が神蝗盟の雑兵たちを相手取り、捲殘雲がかつての兄貴分の仇である刑亥に挑む(そして煙管を吹かして基本傍観する奴)中、無界閣の異空間に繋がる門の一つが怪しげな輝きを放ち……


 すでに第三期ともなると、ほぼ承前という感じで、これまでのあらすじや登場人物紹介が差し挟まれることもなく物語はスタートし、テンポよく展開していくこの第1話。まだキャラクターたち全員がらしさを発揮したというほどではありませんが、いつ見てもうさん臭い凜雪鴉やいきなり兄貴分同様に殺されかける捲殘雲など、実にらしい(捲殘雲の場合はそう言っていいかわかりませんが……)姿を見せてくれるのは嬉しいところであります。

 一方、今回から登場の神蝗盟の幹部、萬軍破と異飄渺の二人も、もちろん登場したばかりではありますが、しかしいかにも一癖も二癖もありげなビジュアルと、垣間見えるキャラクターが、実に「らしい」感じでイイ。
 声的にネガ炭治郎という印象の異飄渺もさることながら、やはり気になるのは、設定的に、そして声的にも歴戦の武人としての風格を感じさせる萬軍破でしょうか。異飄渺の方は殤不患とは初対面のようですが、萬軍破の方は――この二人に因縁があったりすると、渋キャラ好きとしては本当に嬉しいのですが、さて……

 しかしこの第三期、全く先が読めないのは、今回のサブタイトルでもある無界閣の存在故であることは言うまでもありません。空間はおろか、時間までも飛び越えそうなこの場から、一体何が飛び出してくるのか、そしてどこに繋がることになるのか。そもそも武侠もので谷落ちは生存フラグということもありますが、その他にもこの先何が、そして誰が登場しても驚かない心の準備をしておく必要がありそうです。


 ちなみにTV放送にはないものの、配信版には次回予告がついている模様。あのクールな名調子の予告が第二期ではなくなってしまったのが本当に残念だったのですが、ここでの復活は嬉しい限りです。


関連サイト
 公式サイト

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第1話「雨傘の義理」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第2話「襲来! 玄鬼宗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第3話「夜魔の森の女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第4話「迴靈笛のゆくえ」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第5話「剣鬼、殺無生」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第6話「七人同舟」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第7話「魔脊山」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第8話「掠風竊塵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その一)
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて

 『Thunderbolt Fantasy 生死一劍』 剣鬼と好漢を描く前日譚と後日譚

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.04

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 序章』 確かに知っている、初めて目にする八犬伝

 「八犬伝」という物語の面白さの一つは、はるか昔に完結している、既に完成された物語である一方で、現在進行形で新たなバリエーションが生み出されていることではないでしょうか。その一つ、朝日小学生新聞で連載中のオールカラー漫画の序章部分が、このたびKindle化されたのでご紹介します。

 はるか昔の日本、大塚村――そこに両親と暮らす犬塚信乃は、血気盛んな性格ながら、母の言いつけで女物の着物を着せられている少年。
 そんな自分の境遇に不満を抱く信乃は、ある日、父の秘蔵の刀を持ち出して村長・蟇六の屋敷を襲撃した山犬たちの群れと戦い、左腕に傷を負いながらも蟇六の娘・浜路を助けることになります。

 それがきっかけで、蟇六の召使でクールな少年・荘助と親しくなり、共に武術の稽古をするようになった信乃。父からも刀――村雨を託され、そして普通の格好をするようになった彼は、荘助とともに、蟇六が率いる山犬のすみかの討伐隊に加わることになります。
 そこで、山犬に襲われていた一人の美女を見つけた信乃たちですが……


 そんな本作は、50ページ弱の、長めの短編といった分量の作品。このあらすじでわかるように、内容的には信乃の子供時代を描いているのですが――面白いのは、「八犬伝」がリライトされる際には過去の物語として流されがちなこの部分を、原典の印象的な要素は押さえつつ、オリジナルの要素を交えて再構成していることであります。

 これによって本作は、「八犬伝」をよく知る読者にとっては、確かに知っているけれども、それでいて初めて目にする物語として成立しているといえるでしょう。(正直なところ、手束が普通に信乃の母親をしている物語は、初めて見たように思います)
 もちろん、八犬伝を知らない、本作で初めて触れる読者――本作の本来の想定読者層である子供たちにとっても、コミカルな味付け濃いめで描かれた本作は、ユニークなファンタジーとして楽しめるのではないでしょうか。

 もちろん、そのテイストや絵柄、あるいはファンタジーとして大きく原典をアレンジした部分について、真面目な向きは違和感を感じられるかもしれません。
 しかし、冒頭に述べたようで、完成されているようで、無数の変化を遂げてきた、そして変化を続けているのが「八犬伝」という物語であります。

 本作はその最新の一つとして楽しめる――何よりも原典の骨格をしっかりと把握した上で描かれているのがわかる――物語であると、私は感じました。
(もっとも、「八犬伝」に関してはかなり甘々な私の感覚ではありますが……)


 連載の方は不定期ながら既に5章――朝日小学生新聞のサイト等を見たところでは、五人の犬士が集結した辺りの様子――まで進んでおり、今後も順次、電子書籍化されるとのこと。
 「八犬伝」好きとしては、この先の展開も大いに楽しみなところなのです。


『異界譚里見八犬伝 序章』(うちはら香乃 Kindle版) Amazon

関連記事
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 一章 信乃の旅立ち』『二章 芳流閣のたたかい』 信乃、宿命の兄弟たちに出会う!?
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 三章 伏姫の過去』 伏姫の想い、ヽ大の想い
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 四章 犬士の絆』 荘助の激情、荘助の戦う理由
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 五章 たたかいのあと』 オリジナルの、しかし延長線上の荘助と道節
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 六章 それぞれの想い』 この世の無情と無常を前にした犬士たち
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 七章 情熱の四犬士』 犬士たち、それぞれの戦う理由!
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 番外編 刹那の奇跡』 信乃、戦場帰りの父に出会う

「八犬伝」リスト

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.03

松浦だるま『太陽と月の鋼』第2巻 敵と味方と本人の想いと

 いかなる故か、近づいた金属が全て曲がってしまうという奇怪な力を持つ武士・竜土鋼之助を主人公にした、謎めいた物語の続巻であります。自分を慕う謎の美女・月と出会い、ようやく彼女と想いを交わしながらも、謎の敵によって引き裂かれた鋼之助。はたして彼の運命の向かう先は……

 生まれつき周囲の全ての金属がねじ曲がってしまうという奇怪な力を持ち、帯刀はおろか、髭や月代を剃ることも覚束ない鋼之助。そんな彼のもとに、ある日突然、謎の美女・月が嫁入りしてくることになります。
 あまりに自分を慕う押しかけ女房の存在に反感しつつも、やがて彼女を受け容れ、愛し合うようになる鋼之助。しかし京からやって来たという奇怪な陰陽師によって、月は彼から引き離されてしまうことに……


 と、はたして如何なる物語なのか、第1巻の時点ではほとんど全く見えてこなかった本作。しかしこの第2巻では、鋼之助から月を奪った「敵」の正体の一端が、そして鋼之助を助ける者の登場と鋼之助の決意が描かれることにより、だいぶ物語の構造がはっきりしてきたように感じられます。

 奇怪な敵の術により、一時は月に関する記憶を奪われながらも、奇跡的に彼女の記憶を取り戻した鋼之助。既に自分にとってかけがえのない存在となっている月を探し出そうとする鋼之助ですが――しかし相手が何者で、そして何処に消えたのかを知る術もない彼は、ただ途方に暮れるしかないのでした。

 と、そこで一旦視点は変わり、描かれるのは、生き別れの母を探す旅の途中に江戸に出てきた盲目の巫女(イチコ)・明の物語であります。
 口寄の力はない代わりに、相手の手を握ることで人の未来を視るという力を持っている明。しかし未来を視ることはできても、それを変える力を持たず、それでも相手に寄り添おうというけなげな心を持つ明ですが――彼女は、鋼之助と意外な因縁を持っていたのであります。

 実は、かつて竜土の奥方に命を救われたという過去を持っていた明の母。竜土家の所在を知って訪ねた明は、そこで鋼之助と出会い、偶然彼の手を握ったことで、その未来を見てしまうのですが……


 自らも謎めいた異能を持ちつつも、むしろそれがマイナスとしかなっていない鋼之助。もちろん月を探すのにもその力は全く役立たないのですが――相手に直接触れなくとも、その一部であったものに触れれば、ある程度の未来を視ることもできる明の力は、まさに小さな光明と言えるでしょう。

 明もまた、母との因縁(読み返してみて、なるほど! と感心)だけでなく、自分が鋼之助の未来を見たこと、そして奇矯なようでいて心に大きな情を抱え込んだ彼を放っておけず、その力で鋼之助を助けることを決意するのでした。
 しかしその動きは、敵方にすぐに察知されることになります。そしてその命により、江戸のある人々が、刺客として動き出すことになるのであります。その刺客とは……

 かくて、攫われた月と、彼女を追う鋼之助と――物語は、周囲の人々を巻き込んで、大きく動き出すことになります。
 もちろん、まだまだ物語は謎だらけ、というより謎だけで構築されていることはこれまで通りではありますが、鋼之助が目的を持って動き出し、またそれに対する「敵」が明示されたことで、一つの方向性が示されたといえるでしょう。

 そして「敵」が月に語る、彼女の存在を必要とする理由(ただしどこまで本当かはわからない)や、鋼之助に襲いかかる刺客の「正体」など、時代もの、伝奇ものとしても実に面白い要素が描かれている本作。
 何よりも、物語の全てが明らかになった時に、素晴らしい驚きが待っているような気がして――この先の物語も、楽しみにできそうであります。


『太陽と月の鋼』第2巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス) Amazon

関連記事
松浦だるま『太陽と月の鋼』第1巻 謎だらけの孤独な男女の向かう先は

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.02

石川優吾『BABEL』第8巻 驚くべきクロスオーバー 時をさまよう二人!

 奇想天外という点では原典を遙かに超え、果たしてどこに向かうのか全くわからなくなってきた本作。諏訪を舞台に、魔王信長が放つ死者の群れに挑む信乃たちですが、その前に現れたのは――思いもよらぬクロスオーバーが展開されることになります。

 薩摩で島津貴久こと悪魔アモンを倒した三人の犬士。しかし新たなる悪魔の化身・織田信長は、その恐るべき魔の力を用いて、桶狭間の戦で圧勝を収めていたのでした。
 これに対抗する手段を求める伏姫と比叡山の僧たちが見出した、「千里眼」の存在。彼を迎えるため、信乃と左母二郎、浜路は、一路諏訪に向かうのですが……

 というわけで、舞台は諏訪に移るのですが、諏訪大社を訪れた信乃たちが見たのは、無人となった社と、異常な姿の死体のみ。途方に暮れる彼らの前に現れたのは――動く死体の群れだったのであります。
 首を斬っても死なない生ける死者たちに苦戦する信乃たち。この絶体絶命の窮地に現れ、的確な射撃で死者たちを打ち倒していったのは、信乃が探していた「千里眼」その人・孫兵衛――しかしその姿は年端も行かぬ子供であり、そしてその服装や手にした武器は、明らかに「現代」のそれなのです。

 そしてもう一人、孫兵衛と行動を共にする完全武装の男・対馬もまた、やはり現代人としか思えぬ存在で……


 八犬士が戦う相手が海を越えてきた西洋の悪魔という設定に慣れてきたところに、新たにもたらされた爆弾。表紙のとてつもなく精緻でおぞましい浪裏のインパクトも吹き飛ぶそれは、対信長の切り札となると目される二人が、現代人であったこと――というだけではありません。
 何故ならばこの孫兵衛と対馬の二人こそは、本作から見れば前々作として「ビッグコミックスペリオール」誌に連載されていた作者の作品『スプライト』の登場人物なのですから!

 謎の「黒い水」に飲み込まれ、様々な時代をさまようこととなった人々の姿を描いたSFアクションスリラー『スプライト』。その中でも、時代を越えて老いぬまま生き続けるロストチルドレンの一人である孫兵衛、ある理由で長きに渡り戦闘訓練を受けてきた武闘派ヤクザである対馬は、物語のメインキャラクターとして活躍してきました。
 この二人は、同作の戦国時代を舞台としたエピソードの中で、武田・真田・織田の三つ巴の戦に巻き込まれ、そして織田信長を討つために戦国時代に残ることを決意して、物語から退場したのですが――信長!?

 なるほど、信長を敵とする物語において、その信長を討つためにこの二人が登場するのは平仄が合っている――と言ってよいかはわかりませんが、しかしさすがにこのクロスオーバーを想像していた人はほとんどいなかったのではないでしょうか。
 もっともこの二人が信長と戦ったのはもう少し後の時代のはずで、その辺りからすると、同作の彼らではなく、彼らをモチーフとしたキャラクターなのかな、とも感じますしたが――作者自身がTwitterで「『スプライト』の続編」と語っているので確定なのでしょう。
(しかしゲスト出演かと思えば、伏姫がなにやら大変なことを……)


 何はともあれ、生ける死者の群れという想像を絶する敵と戦うこととなった信乃たちにとって、火力という点ではまさに破格の対馬と孫兵衛の存在は、願ってもない味方であるはずですが――しかし二人の側にとっては、敵が共通であるだけで、目的が同じというわけではありません。
 それどころか、彼ら(というか対馬)にとっても、伏姫の霊威を以て悪魔たちと戦う信乃たちの存在もまた、異質過ぎるものであるようなのですが……

 しかし如何に相手の存在が不可解であったとしても、無数の死人に包囲され、諏訪から脱出もままならない状況にあっては、互いに手を携えるしかありません。かくて諏訪大社本宮を舞台に籠城戦を演じることになった五人ですが、しかし状況に好転の兆しはありません。
 それどころか、明確に信長も信乃たちを敵と認識した状況で、はたして彼らはこの窮地を脱することができるのか。そして孫兵衛と対馬の旅に終わりは来るのか――これまで以上に予測もつかない物語が続きます。


『BABEL』第8巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon

関連記事
 石川優吾『BABEL』第1巻 我々が良く知る、そして初めて見る八犬伝
 石川優吾『BABEL』第2巻 第一の犬士誕生の時、そして新たなる舞台へ
 石川優吾『BABEL』第3巻 八つの徳目に対するもの、それは……
 石川優吾『BABEL』第4巻 巨大な魔との戦い、そして驚きの新章へ
 石川優吾『BABEL』第5巻 小文吾に、信乃に迫る薩摩の魔
 石川優吾『BABEL』第6巻 地獄のひえもんとり そして黙示録の死闘!
 石川優吾『BABEL』第7巻 新たな魔将の登場 そして一つの別れと再会

 「八犬伝」リスト

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.04.01

畠中恵『いちねんかん』(その二) あっという間に過ぎ去る一年間の果てに

 一年間の間、両親が旅行に出てしまった若だんなが長崎屋の主人(代行)として奮闘を繰り広げる異色作『いちねんかん』紹介の後編であります。次々と襲い来るトラブルとピンチの前に、若だんなは無事に一年を終えることができるのでしょうか……?

「おにきたる」
 西からやってくるという恐ろしい流行病。妖たちの知らせでそれを知った長崎屋は病に効く妙薬を売り出したものの、江戸を舞台にどちらが力を持っているか競い合っていた疫鬼と疫病神を引き寄せてしまうのでした。
 疫病から江戸を、何より若だんなを守るために知恵を絞った妖たちの選んだ手段とは……

 これまで風刺やパロディという要素はほとんどなかったように感じられる本シリーズですが、本作はその貴重な例外というべきでしょうか。本作で描かれる、疫鬼と疫病神がもたらす恐るべき疫病――それが何を象徴するか、言うまでもないでしょう。
 薬種問屋でもある長崎屋には、祖母の下からもたらされる神界の貴重な薬種があります。それをもとに、何とか江戸から疫病を一掃出来ないか――と若だんなたちが知恵を絞るくだりは、特に現実と重なり合い、何とも不思議な味わいがあります。

 もっともその結論は、いささか苦い、というより身もふたもないものではあるのですが――しかし本作で二度に渡って繰り広げられる人外のものたちの戦いは、これまで描かれたものとはまた異なる迫力、怖さを感じさせるのは、題材が題材だからでしょうか。
 ちなみに本作は昨年の「小説新潮」4月号に掲載された作品。物語の中では江戸の恐ろしき騒ぎは終結したものの、現実ではその一年後の今も……


「ともをえる」
 疫病騒ぎの時に売り出した妙薬がきっかけで、長崎屋と縁を結びたいという大坂の薬種屋・椿紀屋の江戸店の大元締に招かれた若だんな。大元締の別宅に滞在することになった若だんなですが、そこで待っていたのは、椿紀屋本店の娘婿の候補者三人でした。
 大元締から、娘婿選びの意見を求められた若だんなの選択は……

 前話の騒動が影響はしているものの、一転、極めて人間的な世界の物語である本作。主人として一つの店を預かるということは、当然ながらその店のみで世界がクローズするわけではなく、他者との付き合いというものついて回るということが、本作では描かれることになります。

 本作においては、椿紀屋の江戸の大元締から、娘婿選びへのコメントという形で、その人物を見極められることになった若だんな。
 もちろん、この手の問題解決は、ある意味若だんなの得意とするところではあります。また、正直なところ、選ばれる娘婿も、容易に予想がつくところではあります。しかし――妖だけではなく人との付き合いもまた、時に素晴らしいものをもたらすことを示す本作の幕切れは、どこか苦い結末が多い本書の中で、何とも爽やかな後味を残すのです。


「帰宅」
 両親の帰宅も間近になってきたある日、大店の集まりで不穏な噂を聞くこととなった若だんな。何者かが風呂屋で店の若い奉公人たちに近付き、悪事を働かせようとしているというのです。
 その背後に大掛かりな押し込みの存在を感じ取り用心する若だんなに対し、面白がって店や離れに様々な罠を仕掛ける妖たち。そしてそれが思わぬ形で役立つことに……

 あっという間に一年間は過ぎ、掉尾を飾る本作は、やはり店を――特に江戸時代の店を預かる上では忘れてはいけない、盗賊対策を描いた物語。盗賊たちの何とも陰湿かつよく出来た仕掛けも恐ろしいのですが、しかし物語のクライマックスで振るわれる物理的な暴力は、これまで本シリーズでは描かれにくかったものだけに、インパクトがあります。

 もっともそれ以上にインパクトが残るのは、妖たちが仕掛けた罠が効果を発揮するクライマックスの攻防戦。刻一刻と状況が変わっていく展開は実にサスペンスフルで、本書の掉尾を飾るに相応しいのですが、まさか本シリーズでタワーディフェンス的戦いが描かれるとは!? という驚きもありました。
(にしても、ラストの仁吉の躊躇いのない行動には、驚かされたり溜飲が下がったり)


 というわけで、あっという間に過ぎ去った若だんなの一年間。この一冊で終わってしまうには惜しい趣向ですが、いずれこの経験が生きる時は必ず来るでしょう。
 変わらないようでいて確実に移ろっていくのが人の世。その道理は、本シリーズにおいても間違いなく存在しているのですから……


『いちねんかん』(畠中恵 新潮社) Amazon


関連記事
 しゃばけ
 「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
 「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
 「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
 「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
 「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
 「ちんぷんかん」 生々流転、変化の兆し
 「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
 「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
 「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
 「やなりいなり」 時々苦い現実の味
 「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
 「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
 畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長

 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
 「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 2021年3月 | トップページ | 2021年5月 »