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2021年5月

2021.05.31

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 三章 伏姫の過去』 伏姫の想い、ヽ大の想い

 朝日小学生新聞で不定期連載中、そして現在Amazonで電子書籍刊行中の児童向けフルカラー漫画版八犬伝の第3章であります。全40ページで描かれるこの章は、サブタイトルのとおり、ついに過去に伏姫の身に起きた事が語られることになります。そしてそれが現在の信乃たちに与える影響とは……

 古河公方に献上しようとした村雨がいつの間にか偽物にすりかえられていたため、あらぬ疑いをかけられ、追っ手の犬飼現八と芳流閣で対決することとなった信乃。激闘の末、現八ともども川に飛び込むことで当座の難を逃れた信乃は、そこに現れた小文吾、そしてヽ大法師(ともう一人)に助けられ……

 という前章を受けて描かれるこの第3章。二人は小文吾の実家の宿屋に匿われることになって――と、原典でいえば行徳古那屋のくだりに当たる部分ですが、本作でメインとなるのは、丶大法師が語る伏姫の過去の物語であります。

 今を去ること二十年ほど前、執拗に里見家を狙う玉梓から身を守るために男装し、八徳の文字が浮かんだ玉のついた数珠を身につけて日々を送っていた伏姫。
 しかし彼女は里見家を襲う巨大な化け犬と単身対峙し、相手を教化したものの自らは力尽き、八つの玉を残して、神々の元に召されたというのであります。

 そして伏姫と想い合いながらも、彼女が召される場に居合わせることしかできなかった金碗大輔は、出家してヽ大と名乗り、里見家に生まれるはずだった子供たち――伏姫と自分の間の子供たちの生まれ変わりである犬士たちを求めて旅を続けて……


 この丶大法師の語る内容は、言うまでもなく、「南総里見八犬伝」という物語のプロローグに当たる伏姫伝奇のリライトであります。
 本作は信乃の物語から始まったために、冒頭からは省略されたこの過去の因縁ですが――原典でも信乃たちが自分たち自身の宿命を知るこの場面において、読者にもそれが明かされるというのは、違和感のないアレンジといえるでしょう。

 そしてその内容は、さすがに原典の(精神的・霊的なものであるとはいえ)人獣婚の部分はオミットされているのですが――その代わりと言うべきか、伏姫と大輔の間の想いを描いているのが印象に残ります。
 特に、原典ではひたすら神女的・仙女的側面の強い伏姫が、最期に自分自身の想いを吐露する場面もいいのですが――個人的に強く印象に残ったのは大輔=ヽ大の存在です。
 彼が何を想って犬士たちを探し求めているのか――決して作中で明示されているわけではないのですが、この辺りの感覚は、大人の方がグッとくるのではないでしょうか。

 そしてもう一つ目を引くのは、犬士たち自身にも玉梓の畜生道の呪いがかけられているという点ですが――この辺りは、まだ語られていない小文吾の過去に繋がっていくことになるのでしょう。

 一方、大塚村に戻る途中の荘助は、何者かに斬られたある人物の骸(出番ここで終わりか……)を発見、不吉な予感に帰還を急ぎ――という場面で終わるこの第3章。シリアスな場面が多かったこの章以上に、次の章は嵐の予感であります。


 といいつつ本作、随所に挿入されているコミカルなシーンもまた楽しく、特にヽ大の蜑崎照文への容赦ないツッコミと、終盤に描かれる浜路の○○には爆笑させていただきました。
 シリアスとギャグと――この辺りの緩急のつけ具合もまた、本作の欠かせない魅力であることは間違いありません。


『異界譚里見八犬伝 三章 伏姫の過去』(うちはら香乃 Kindle版) Amazon

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「八犬伝」リスト

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2021.05.30

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第9話「時の辻神」

 時空を超える最初の逢魔漏を完成させた刑亥だが、そこに乱入した殤不患らによって逢魔漏は両断され、一方を奪われてしまう。その手引きを疑う刑亥の罠によって七殺天凌の魔力の虜になってしまう凜雪鴉。そして逢魔漏で歴史を変えようとする浪巫謠と、止めようとする殤不患の前に、謎の男が現れる……

 早いものでそろそろ終盤に差し掛かる第9話――過去のシリーズでは、殺無生が斃れたり、ヤンデレ元坊主が爆誕したりと、意外かつ大きな動きがあった第9話ですが、ここでも思わぬ展開が描かれることになります。

 前回、禍世螟蝗に照君臨討伐を最優先にするよう訴えたものの一蹴されてしまった萬軍破。それを聞いた異飄渺は、とりあえず殤不患に魔剣目録を使わせて、殤不患を倒させればと提案するのですが――萬軍破は、その後殤不患が目録を持ってまた逃げるであろうことを考えれば、禍世螟蝗への不忠に当たるとそれを拒否するのでした。その答えに、実は萬軍破の忠誠心を試したんですよハハハ、殤不患だったら素手でも照君臨どうにかするんじゃないですかネとか適当なことを言う異飄渺ですが、お前絶対本気だったろ……

 そんな神蝗盟内の不協和音を自分達が招いているとは知らぬまま、阿爾貝盧法の協力によって魔界の霊脈の力を得て、ついに時を超える最初の逢魔漏の完成にご満悦の刑亥。しかしそこに戻ってきた殤不患と浪巫謠が、いきなりピンポイントでその逢魔漏を奪取されてしまいます。何となく逢魔漏を手に不穏な空気を醸し出す浪巫謠が先に行く間に、殤不患は刑亥とやり合うのですが――浪巫謠が捲殘雲と合流したと思ったら、そこで萬軍破と異飄渺と鉢合わせしたではありませんか。
 かくて久々にその武技を見せる異飄渺と、それに少し遅れて剣を抜く萬軍破の攻撃を一人で受け止める凜雪鴉(捲殘雲は?)。そこに刑亥と戦いながら殤不患が乱入し、肝心の時をかける逢魔漏は真っ二つに……

 残った片割れを刑亥が拾い、異飄渺があたふたしている間に逃げおおせた殤不患・浪巫謠・捲殘雲。さすがに頭に来た刑亥は凜雪鴉を呼び出すと、お前の手引きだろうと指弾するのですが――もちろんそんなことを認める相手ではありません。のらりくらりと誤魔化す凜雪鴉ですが、しかし自分の優位を過信するあまり、刑亥が隠していた七殺天凌といきなり顔を突き合わせてしまうという痛恨のミスを犯してしまうのでした。
 もちろんすぐに目を閉じたものの、至近距離から桃色光線をくらって凜雪鴉は絶体絶命。ついに目を開けてしまった彼は、七殺天凌に魅了され、うっとりしながら魔剣を手にしてしまったではありませんか!

 そんな非常事態とは露知らず、逢魔漏を使って睦天命を救おうとする浪巫謠と、それは絶対いかんと止める殤不患。珍しく二人が揉めている場に現れたのは、ミキシン声で喋る謎のフード男――逢魔漏の発動に巻き込まれた殤不患と浪巫謠は、謎の男の操るままに、(捲殘雲を置き去りに)それぞれ別の時空に放り出されることになります。浪巫謠は、睦天命が目を奪われたあの禍世螟蝗との決闘の場に――そして殤不患は、天刑劍をはじめとする神誨魔械が鍛造されるその場に……


 というわけで、凜雪鴉が七殺天凌に魅了されてしまうというまさかの展開となった今回。これまでも何だかんだで詰めが甘かった凜雪鴉だけに、本当にやらかした可能性もなきにしもあらずですが、まあ刑亥のもとに七殺天凌があったのを知りながら、全く対策をしていないという方が不自然でしょう。
 そもそも魔剣としては下位である喪月ノ夜の効果で無効化できるなど、無敵なようで魅了には穴はあるわけで、作中最強の遣い手が魔剣の下僕になったにもかかわらず、あまり危機感は感じておりません。むしろ相変わらず驚き役しかしていない上に、今度こそ敵陣にただ一人になってしまった捲殘雲の方がよほど……

 一方、先が読めないのは、阿爾貝盧法のおかげで強引にタイムスリップしてしまった二人の運命であります。おそらくは阿爾貝盧法のお目当てであろう浪巫謠の方は、まあ予想(というか希望)通りの行き先でしたが、殤不患の方が、神誨魔械の誕生の場に遭遇することになったのは、さすがに想像していませんでした。確かに、彼の魔剣目録に少なからぬ神誨魔械が含まれているであろうことを考えれば、しっかり因縁はありますが、さてそこで彼は何を見て、何を為すことになるのか?
 そしておそらくは神誨魔械鍛造に導いた神仙であり、子安武人声の白蓮というキャラは一体――果たしてスターシステムなのか、それとも御本家とリンクしてしまうのか? 終盤に突入しながらも、相変わらず全く先が見えない物語であります。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
 公式サイト

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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽ゲン歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

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2021.05.29

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第7巻 室町のパンデミックと状況を変えようとする意思

 何とも言えない形で初恋を終えることとなった新九郎。しかし彼を待ち受けていたのは、そんな痛手が小さなものとしか思えないような悲劇でありました。再び京に戻った新九郎が目の当たりにしたパンデミック下の都の姿とは、そして膠着状態の乱の行方とは……

 初恋のつる姫とついに一夜を過ごしたと思えば、その翌朝には彼女はライバル(?)の九郎のもとに輿入れが決定という、とんでもない形で失恋することとなった新九郎。それでも領主としての忙しい日々は続くのですが――しかしそこに京から届いた文が、彼の人生に大きな影響を変えることになります。

 折しも都では疱瘡の流行によって犠牲者が続出、さらには麻疹までもが流行するという地獄のような状況下で、新九郎の弟・弥次郎が高熱に倒れ、その看病に当たっていた母・須磨が……
 突然の凶事に腑抜け同然となった父に代わり京の伊勢家の方も取り仕切ることとなった新九郎は、本家の貞宗の片腕として、慌ただしい日々を送ることになります。

 そんな中、勝元の後継者問題で細川家が揺れていることを知った新九郎。実母・浅茅の嫁ぎ先であり、西軍に属する伊勢貞藤を訪ねた新九郎は、碁の勝負にかこつけて山名宗全と対面するのですが……


 というわけで、この数巻続いてきた荏原編は思わぬ形で終わりを告げ(といっても荏原の領主であることは変わらず、京と荏原を往復する通いの領主状態なのですが……)、再び京で忙しい日々を送ることとなった新九郎。
 もちろんこれまでも(父の失脚の時など)京には戻ってきていた新九郎ですが、今回はこれまで以上に、否応なしに大人(社会の一員)の階段を上らされたという印象があります。

 しかしそれ以上に印象的なのは、疫病下の京の姿であることは間違いありません。疱瘡に麻疹、さらには赤痢まで――最も安全な場所にいるはずの帝や将軍一家までもが倒れ、当然ながら庶民たちにはさらに甚大な被害が出たこの状況を、今この時と重ね合わせるなというのが無理でしょう。
 そしてそこで描かれるのは、病の流行に無関心・無責任な義政の姿であり、愛する者を突然喪ったとはいえ悲嘆に暮れるばかりで無力な父であり、そしてこの状況下においても戦いを止められぬ勝元や宗全の姿。言い換えれば、状況についていけぬ大人たちの姿であります。

 そしてそんな大人たちの姿を目の当たりにした新九郎は、否応なしに、自分自身の頭で考え、行動することを求められることになるのです。
 この巻の後半で描かれた新九郎の行動――ほとんど単身で宗全と対面し、その意向を探ろうとしたその試みは、やはり無謀としか言いようがないことは確かであります。しかしそこには自分自身の力で状況を変えようという、確かな意志が存在するのであり――彼のみならず、そうした次の世代の意志が、良かれ悪しかれ、新たな時代を招くのでしょう。

 そして、こうした新九郎の主体的な行動を通じてその成長を描きつつ、同時にそんな漫画として面白いフィクション(なのでしょう、さすがに)を通じて、さらりと膠着した応仁の乱の戦況と、その後の有力武士たちの動向を浮き彫りにしてみせるのには、ただただ「巧い!」と唸るほかありません。
(それにしてもこの時の宗全の姿には絶句……)


 さらに、こうした激しい動きの中でも、今川家に嫁いだ姉・伊都の姿(と立ち位置)が久々に描かれたり、頼もしい文字通りの助っ人として多米元成が登場(飄々とした外見とは裏腹の歴戦の強者ぶりを感じさせる、荒事になった時の準備の良さが格好良い!)したりと、新旧登場人物たちの登場も楽しいこの第7巻。

 そして新九郎も18歳となり、少年らしさから逞しさを感じさせる相貌に変わったところで新たな動きが――という場面でこの巻は終わりますが、次の巻では、さらに新九郎の前に、大きな動きが待ち受けている様子であります。
 その中で新九郎が如何に奔走するのか、そして動く時代が如何に描かれるのか――次の巻が待ちきれません。


『新九郎、奔る!』第7巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon

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2021.05.28

『黒緋の薬師』第1巻 妖しき薬師の「毒見」が浮かび上がらせるものは

 ベテラン東城和実が明治から大正にかけての時代を舞台に描く、耽美で、暗く危険なムード漂う奇譚であります。毒物に精通しているという噂の怪しげな薬師、彼の隠された過去とは……

 明治から大正に時代がうつる頃――和漢生薬だけでなく洋薬もひろまり始めた中で、何やら怪しげな薬を扱う若き薬師・小西川香円。日常の雑事は弟子(?)の鶴彦に任せ、のんべんだらりと暮らす彼は、ある日、水路から上がったという内臓を喰われた死体の見物に出かけます。
 そこで彼が見たのは、内臓はおろか目玉まできれいに取り除かれた死体。しかも顔なじみの巡査によれば、同じような死体が最近しばしば見つかるというのですが――その直後、香円はその場から拉致同然に、とある屋敷に連れて行かれることになります。

 そこで彼を待っていたのは、屋敷の主人と、獣のような姿に変わり果てたその娘。毒物の広い知識を見込んで、ある依頼をしてきた主人に対し、娘が飲んだ薬が原因であると知った香円は、自らその薬を口にして……


 そんなエピソードから始まるこの物語。いかにも曰くありげな薬師・香円は、毒物も効かない体質、そして毒物については裏では広く知られた人物なのですが――彼が毒物を調べる手段は、まさしく「毒見」なのであります。
 毒物を自ら口にすれば、その身が透き通り、毒物の作用する箇所が明らかになるという、彼以外にはこの世に誰一人いないであろう体質を活かして、文字通り体当たりで毒の分析に当たるのであります。
(体が透き通るのは漫画的な表現かと思いきや、本当に透き通っているのにはちょっと驚かされましたが……)

 本作は、香円がその能力を活かして、毒物にまつわる事件を解決していく物語――かと思えば、そうした要素はもちろんあるものの、物語は早々に、彼自身にまつわるものに変貌していくことになります。
 冒頭の事件の背後に、旧知の相手の存在を感じ取った香円。はたして香円自身の周囲では、彼を、鶴彦や周囲の人間を狙ったかのような奇怪な毒物を使った事件が相次ぐことになります。

 そして相手の魔手は、香円の親友であり、長患いを続けている青年・柚月のもとにまで伸びるのですが……


 と、この第1巻の時点では、実のところ、本作はいささか向かうところがわかりにくい物語ではあります。

 しかし洒脱に見えて得体のしれないものを感じさせる香円、そんな香円に振り回される生真面目な鶴彦(探索のために女装して繰り広げる騒動が実に楽しい)といったキャラクターのやりとりは、なかなかに楽しいものがあります。
 そして冒頭の人食い事件だけでなく、一週間経っても腐らず近付いた者次々と倒れる永久死体、持つものは呪われるう黄金の熊の胆など、描かれる事件や登場するガジェットも、本作ならではのユニークなものであります。

 そして物語は、この第1巻の終盤から、香円の過去へと移っていくことになります。かつて、自分の身だけを頼りに毒物を見つけていた後に香円と名乗る少年と、彼を見出した謎の薬師・六陽――その下で学び始め、七尾と名付けられた彼は、ある病院の入院患者だった柚月と出会い、そして……
 と、その全容は現時点では語られてはいませんが、六陽の怪しげな存在感と、七尾(香円)との妖しいムードなど、なかなか気を持たせるものがあります。

 現在の状況を見れば、過去の結末は何となく想像がつくものの、それではそれが現在に如何に作用し、そして未来に繋がっていくのか。そしてこの先に彼の「毒見」が浮かび上がらせるものは何か――まだまだわからないことは多いですが、それだけに気になる作品ではあります。


『黒緋の薬師』第1巻(東城和実 講談社シリウスコミックス) Amazon

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2021.05.27

『セスタス The Roman Fighter』 第7話「檻のなかの叫び」

 ザファルに課せられた鍛錬で、ひたすら道路工事でツルハシを振るうセスタス。いつ終わるかわからない鍛錬が続く中、皇帝からの使者がセスタスの前に現れ、勅命により皇帝主催の闘技大会に参加するよう告げるのだった。否応なしに予選に参加したセスタスは、檻のような木造闘技場で初戦に挑むが……

 前回ポンペイで一躍ヒーローになっと思えば、今回の冒頭で一転して仲間たちと共に道路工事に励む羽目になっていたセスタス。妙に説得力あるナレーションによって、ローマの道路技術の高さと、ツルハシを振るう動きが拳闘士に必須であることが語られるのですが、セスタスたちには聞こえないので、単に手に血豆を作るばかりで本当に役に立っているのか、彼らにとっては疑問符だらけであります。
(ちなみに原作では直前まで、ルスカが恋に格闘に、歴史を揺るがしかねない活躍を色々していたので、読者もいきなり道路工事をしているセスタスのちょっと落差にビックリしたものでした)

 そんな中、ドリスコ拳闘団のもとに現れたのは、ネロ主催の闘技大会の開催を告げる使者――世界中の強者が(拳闘に限らず)集結する大会の、拳闘部門(の地域予選)出場の勅命を、セスタスに告げに来たのであります。
 やった、格闘漫画の王道のトーナメント編だ! と視聴者は嬉しいのですが、しかしようやく逃げてきたのに、ネロがなんか悪い表情で自分に手を伸ばしているようで、セスタスにとっては何とも厭な気分に――とはいえ、拳奴であるセスタスにとっては、結局戦う以外の選択肢はありません。自由と賞金も手に入る、かもしれないし……
(しかし、やっぱりその逃げたくだりが描かれないので、セスタスの葛藤が今ひとつ伝わりにくいのが惜しい。アニメだけ観ていると、裸首輪で折檻されたのが嫌だったのかな、という感じになってしまうのが……)

 かくて予選会場を訪れたセスタスですが、これがびっくりするほどの木造の老朽家屋のような闘技場。しかも下手をすると普段の1/4くらいに感じられるくらい狭い。観客は身内だけ、ファイトマネーもなし(むしろ参加料を取られる)という、否が応でも殺気立つような状況に放り込まれたセスタスですが――そんな状況でもとにかく戦わないわけにはいきません。
 というわけで遊びなしで初戦の相手を秒殺KOしたセスタス。しかし快勝を讃える仲間たちの声にも、全然だよ 全然ッ殴り足りないよ!? と壁をゴンゴン殴り始める始末であります。昔は一戦するだけで死にそうな顔をしていたセスタスきゅんが、ガラの悪い連中(ラドックとかゾラとか)と付き合っているうちにすっかり荒んで……

 と、いう冗談はさておき、目に見えない檻の中で苦しむセスタスの苛立ちこそが、今回のサブタイトル「檻のなかの叫び」なのでしょう。一方、ザファルは現実の檻、すなわちこの木造闘技場の狭さを活用した戦法を用いる相手の出現を懸念するのですが――その懸念は当たるのか、闘技場の近所でサイコロ賭博に興じる男たちの中に、見るからに只者ではない出場者・フェリックスの姿が……


 今回から原作第二シリーズ『拳奴死闘伝セスタス』分に突入したこのアニメ版。正確には今回冒頭のツルハシ特訓とネロからのトーナメント参加の勅命のくだりは、第一シリーズ『拳闘暗黒伝』ラストでしたが、いずれにせよ、アニメ版も折り返し地点に入り、物語にも大きな節目を迎えたというべきでしょうか。
(本当にしつこく言い続けて恐縮ですが、ルスカとネロサイドの物語をバッサリカットした上での節目というのは複雑なものがありますが……)。

 そしてOPに登場している中で唯一未登場だったフェリックスがついに今回ラストに登場。このまま彼との試合でアニメが終わり、ということはないと思いたいですが、さて……


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2021.05.26

輪渡颯介『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』 帰ってきた皆塵堂、帰ってきたコワ面白い物語!?

 あの古道具屋が帰ってきました。恐ろしい曰く因縁のあるものばかりが集まる――しかし店主をはじめ、どこかのんきでおかしな連中揃いの古道具屋・皆塵堂を舞台としたコワ面白い物語の第8弾が、三年ぶりに登場であります。妙に不運続きの末に、皆塵堂にたどり着いた元料理人の青年の運命は……

 深川に店を開く古道具屋・皆塵堂。店の裏の蔵に母屋がめり込んでいるような――というより母屋を建て増したて繋げたという奇妙な構造の建物の中に、所狭しと古道具が積まれ、足の踏み場もないような状態の店であります。
 主人の伊平次は釣り好きで店を抜け出しては釣りばかり、小僧の峰吉は客あしらいが上手、というより客以外に対した時とはほとんど普段とは二重人格――そんな個性的すぎる連中が営む皆塵堂に毎回やってくるのは、色々あって行き場を失った訳ありの若者たちで……

 そんな「古道具屋 皆塵堂」シリーズは、3年前の第7作『夢の猫』で完結――したはずでしたが、まあ細かいことは抜きにして、このたび復活したというのは、ファンとしては欣快の至りというべきでしょう。


 さて、そんな久々の皆塵堂を今回訪れるのは、元料理人の麻四郎であります。
 一人前の料理人になるべく修行してきたものの、店の経営が悪化してリストラされた麻四郎。居酒屋をやっている親戚を頼ろうと思ったら、その条件に振り売りをすることになり――以来数ヶ月、塩売りをして暮らしていた彼は、以前世話になった他所の料理屋の先代と町で出会い、皆塵堂を紹介されたのであります。

 住み込みという条件に惹かれて皆塵堂を訪れた麻四郎は、伊平次からまずは数日働いてみるといいと言われ、さっそくその日から店に泊まり込むのですが、その晩、ただでもいいからと言われ引き取った綺麗な壺の中から……

 という、シリーズファンにとっては、来た来たと思わずニンマリしてしまう導入部の本作。当然ながらこの後、麻四郎は店で、出先で、次から次へと恐ろしい幽霊に出会い、肝を潰すことになるのであります。

 そんなシリーズのお約束というべき展開は健在ながら、久々の作品らしく、本作ではこれまでの歴代主人公の多くが顔を見せてくれるのも、嬉しいサービスであります。
 強すぎる霊能持ちで猫嫌いの太一郎(『古道具屋皆塵堂』)。太一郎の親友で脳筋の猫バカ猫魚屋・巳之助(『迎え猫』)。怪異を絶対「見ない」(最近婿入りした)連助(『祟り婿』)。お調子者で勘当された末に皆塵堂の隣の米屋でこき使われている円九郎(『影憑き』『夢の猫』)……

 残念ながら異常に不幸体質の庄三郎(『猫除け』)と、元盗人の引き込み役だった益治郎(『蔵盗み』)は台詞で言及されるのみですが、それでもこれだけの面子が入れ代わり立ち代わり顔を出してくれるのは、シリーズならではの楽しさでしょう。
 特に過去実質二作品で主役を務めた円九郎は、今回もそのしょうもないキャラクターで物語を掻き回し、周囲から容赦なくツッコまれまくるというおいしい役を独り占めしている感があります。


 このように、シリーズファンには安心して読める本作なのですが――その一方で、色々な意味でマイルドになった、という印象は正直なところあります。

 本作の主人公である麻四郎の個性は、妙な不運続き――それが「恐ろしいほど」とか「とびっきり」ではなく「小さな」不運が続くという、これはこれで微妙に厭な状態なのですが、やはりインパクトという点では薄れます。
 また、キャラのコミカルさとは対照的に、時に致死レベルという洒落にならない怪異がこれまで幾度も登場したのに比べれば、そちらも大人しい印象があります(ただし一つ、本当にものすごいインパクトのシーンがあるのですが……)

 さらにオチもちょっと――と、厳しい見方ばかりになってしまいましたが、久々の再会に、ついつい細かいところが気になってしまったというところではあります。

 もちろん、上で述べたようにひっくり返るような場面あり、思わず吹き出す場面ありと、本作ならではの面白さがきっちりあるのももちろんのことであります。
 まだまだこの先も続くシリーズの復活編として、気楽に楽しめる作品であることは、これは間違いないところであります。


『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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2021.05.25

宮本昌孝『天離り果つる国』下巻 天離る地を守る戦いと人の美しい生き方

 戦国時代末期、「天離る地」飛騨白川郷を舞台に繰り広げられる伝奇ロマンの完結編であります。帰雲城と白川郷に暮らす人を守るための津田七龍太と紗雪姫の戦いはいよいよ激化、そして二人の出生を巡る数奇な因縁の行方は――驚愕の結末が待ち受けます。

 信長と本願寺の争いが激化する中、その間に挟まれた白川郷に信長の使者として現れた竹中半兵衛の愛弟子・津田七龍太。白川郷の領主・内ケ嶋氏理や土地の人々の人柄に打たれた彼は、氏理の娘であり美しい荒くれ者の紗雪姫たちとともに、時に信長に背いてまで白川郷を守るため奔走することになります。

 その甲斐あって、信長の下で所領を安堵することができた氏理。その中で氏理や白川郷の人々に信頼され、また紗雪に深い愛情を寄せられることになった七龍太ですが、半兵衛の死に際し、自らの思わぬ出生の秘密を知ることになります。
 折しも信長から下された、紗雪と佐々成政の婚姻の命。当然これに逆らうものと思われた七龍太は、何故かこれを座視し、紗雪は成政の下に輿入れすることに……

 という上巻の展開を受け、いよいよ風雲急を告げるこの下巻。紗雪の輿入れを巡る騒動と前後して、本能寺の変により信長が落命したことによる影響が、登場人物たちの運命を大きく変えていくことになります。

 半兵衛の死後、秀吉の帷幄に参じていた七龍太。彼はお市の方を北庄城から救うよう命じられたものの、勝家と運命を共にするのを見逃したことから、秀吉の恨みを買い、処刑の命が下されるのでした。
 一方、心ならずも成政のもとに輿入れしたものの、早々に彼の愛妾・早百合の嫉妬から事実無根の密通の疑いをかけられ、牢に閉じ込められた紗雪。彼女はやがて七龍太処刑の報を耳にして脱出を決意し……


 信長亡き後の各地で発生した混乱と合戦――特に北陸は、秀吉と対立した柴田勝家の領地があっただけに、秀吉(と彼の同盟者)に敵対する者たちの争いが激しく繰り広げられることになりました。
 佐々成政も、秀吉に抗した者の一人ですが――内ケ嶋氏理も、紗雪の縁から成政の援軍として、この争いに心ならずも巻き込まれることになります。しかし成政が組した勝家は賤ヶ岳で敗れ、孤立した成政は家康を頼ろうとするというのがこの後の史実です。

 そしてこの史実の陰で繰り広げられるのが、成政の領地である富山からの紗雪救出作戦であります。しかし、如何に大混乱の最中とはいえ、富山城の牢からの脱出というのは当然ながら難事というほかありません。
 いや、仮に城から脱出したとして、そこから白川郷まで如何に帰還するのか? と、ここで紗雪姫一行が辿るのは、真冬の立山連峰を越えるというルートであり――そして物語は、かの成政の「さらさら越え」に繋がっていくことになるのです。

 しかし、この脱出行が成ったとしても、まだ帰雲城と白川郷の危難は去ったわけではありません。いまや天下人目前の秀吉と如何に対するのか――頼みの綱の七龍太が秀吉の憎しみの対象となった中で。そして何よりも、深く惹かれ合いながらも、決して結ばれない七龍太と紗雪の運命は?
 物語はこの難局の連続を、時に緊迫感や悲壮感たっぷりに、そして時にユーモラスかつ痛快に描いていくことになります。

 そこで描かれるのは、いかなる時も希望と明るさを忘れない七龍太であり、如何なる苦境にも全身で立ち向かう紗雪であり、そして二人を取り巻く善意に満ちた人々であり――人間の善き部分であります。
 作者の作品の多くでは、巨大な力にも屈せず、心の自由を貫こうとする独立独歩の人々の姿が描かれてきましたが、本作においても、それは健在であります。そしてそれは、半兵衛が末期に語った、人の美しい生き方を体現するものでもあるのです。


 しかし――それでも避け得ぬ運命というものがあります。そう、本作の結末においては、帰雲城を伝説の城としたある史実が、待ち受けているのであります。
 それではその史実が、本作において如何に描かれるのか――ということはここで申しあげることはできないのですが、人間の様々な想いや営為など意にも介さない巨大な力の存在には、ただ言葉を失うしかありません。

 しかしそれでも、人は生き続けることが――前を向いて、自由に、そして美しく生きていくことができる。己の中に自由な心を抱えてさえいれば。本作の結末に示されるものは、そんな真実でもあります。
 そしてそれは、黄金にも勝る価値あるものが存在する、真に「天離り果つる国」の在り処を示すものであると――そう感じられるのです。


『天離り果つる国』下巻(宮本昌孝 PHP研究所) Amazon


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2021.05.24

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第8話「陰謀詭計」

 嘲風より西幽皇軍を預けられて無界閣に現れた婁震戒らに対し、七殺天凌が既に手元にあることを伏せる刑亥。一方、凜雪鴉から照君臨復活の企てを聞かされた萬軍破は、禍世冥蝗に刑亥との決別を訴えるが、魔剣目録が優先と一蹴される。そして全てを知らされた殤不患は、危険を承知で無界閣へ向かう……

 物語も後半に入り、全ての勢力の代表者が無界閣に集まることとなる今回。まず無界閣に乗り込んできたのは、前回嘲風から西幽皇軍を預けられた婁震戒ですが――そこで彼を出迎えた中にシレッと混じっていたのが凜雪鴉ですからさあ大変。自分と姫の仲を裂いた張本人の一人と激昂し、完全に殺す勢いで襲いかかる婁震戒ですが――それを文字通り涼しい顔して風のように躱してみせる凜雪鴉はやはり最強クラスの遣い手なのでしょう。
 結局萬軍破が割って入り、何とか収まった婁震戒は、殤不患の手に七殺天凌があると思い込んだまま、無界閣探索の命を皇軍に下します。……が、もちろん収まらないのは皇軍の皆さん。なんか目つきと言動の胡乱な奴に指揮されるだけでなく、その場には宿敵である神蝗盟の連中がいて、共同作戦に当たれというのですから。まさか当の本人が神蝗盟の幹部とも知らず、萬軍破に不平を漏らす兵たちですが、それをどこかで聞いたような声の兵が説得、その場を収めます。

 もちろんこれは凜雪鴉、まだまだ利用価値のある萬軍破のフォローに入ったということなのでしょうが、ここでシレッと刑亥が七殺天凌を持っていること、そして七殺天凌から照君臨を復活させようとしていることを語り、離間の計に持っていくのはさすがというべきか、萬軍破のチョロさというべきか。
 一方、先程は場の空気から、というか婁震戒の剣幕から自分が七殺天凌を持っていることを伏せた刑亥は、戻って七殺天凌に婁震戒のことを語るのですが――それまでいかにも姐御然にふんぞり返っていた(ようにしか見えない)七殺天凌が、婁震戒の名を聞いた途端にギクリとして目をそらした(ようにしか見えない)のが今回のハイライトでしょう。色々と取り繕っているようですが、ストーカー元彼に見つかってしまった感が溢れる彼女の姿には同情いたします。

 しかし言われてみれば刑亥に拾われた時の七殺天凌はフラフラ、一方死にかけだった婁震戒はフラフラながら一命を取り留めていたのは不思議な話で、刑亥の言ったように、口では何だかんだいいつつも七殺天凌ったら婁震戒のことを――と思わなくもありませんが、それを口に出した刑亥は七殺天凌に滅茶苦茶睨まれた(ようにしか見えない)ので今は置いておきましょう。何はともあれ、色々面倒なので七殺天凌の存在は婁震戒には伏せておくことなりましたが、たぶんこれは後々災いの種になるのでしょう。前回ラストに何事かに気づいたらしい阿爾貝盧法の協力で、無界閣パワーアップの目処は立ったようではありますが……

 その一方で、まさにその企てを凜雪鴉から聞いた萬軍破は、かつて照君臨が西幽に齎した災厄を考えれば真っ先に討つべし、と禍世冥蝗に言上したものの、あっさりと却下されることになります。むしろ照君臨を倒しに殤不患が現れたところを、後ろから襲って魔剣目録を奪い取れ、照君臨は無視せよと強く命じられ、中間管理職としての悲哀をいやというほど感じさせることになります。
 そして前回魔界に飛ばされた殤不患と浪巫謠のもとにねんどろいど通信で現在の状況を報告する凜雪鴉。いまや殤不患にとっては虎口と化した無界閣ですが、それでも照君臨が復活し、この世に災いを齎すとあらば、座視しているわけにはいきません。まさに禍世冥蝗の思う壺であろうとも、敢えて行く――それこそが好漢の心意気なのですから。


 今回は凜雪鴉と婁震戒の小競り合いを除けばアクションなしという回ですが、冒頭に触れたように、殤不患たち・婁震戒・神蝗盟・西幽皇軍・魔界と全ての勢力が無界閣に集結し、いよいよ物語がクライマックスに向かって突き進み始めたという感があります。

 その中でも特に印象に残るのは、やはり萬軍破でしょう。凜雪鴉に手玉に取られ、嘲風の命で婁震戒を背負い込まされ、禍世冥蝗には頭ごなしに命じられ――とにかく不幸を一身に背負ったような扱いですが、その大部分は、彼が組織に、言い換えれば権力に属していることに由来するように感じられます。
 江湖の豪傑を主人公とする武侠ものにおいて、軍や警察という公権力に属するキャラクターは主人公の敵方で、好漢の風上にも置けない奴という扱いをされることが多いのですが、むしろ心の中の義侠心を組織の力学の前では殺さなければならない故に、好漢としての素質を持つ人間は、組織に属してはならないのだな、と得心いたしました。

 そしてそれは裏を返せば、武侠ものを武侠もの足らしめているものが何であるか、ということを示すものでもあります。本作が、武侠ものに深い理解を持つ原作者ならではの作品と再確認した次第です。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

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 公式サイト

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2021.05.23

逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第2巻 ホームズパロディ+αの新たな物語へ

 獣医者を営むかたわら、岡っ引きとして活躍する男・正宗。彼が挑む難事件は、何やらどこかで見たようなもので――というわけで、江戸時代を舞台としたシャーロック・ホームズパロディ、待望の第2巻の刊行であります。今回もあの事件この事件が、思わぬ形で江戸に甦ることに……

 その観察眼と推理力を買われ、獣医者兼岡っ引きとして活躍する正宗。下っ引きの佐助とともに事件に挑む正宗は、これまでも奉行所では解決できないような難事件・怪事件を次々と解決してきましたが、それはいずれもタイトルそしてその内容が、シャーロック・ホームズ譚のパロディなのです。
 そんな正宗が今回挑むのは以下の全3話であります。

 牢屋敷の火事で解き放たれたまま帰らなかった大工・茂吉を巡り、正宗が茂吉の行方と、彼にかけられた盗みの嫌疑に挑む「濃雨堂の大工」
 平氏の末裔ながら異人めいた顔立ちの質屋・枡暮家の主人が、赤鼻連盟なる団体の赤鼻の人間の絵を描きたいという依頼を受け、娘絵師に絵を描かせるも――という「赤鼻連盟」
 火消し美丈夫合戦の優勝候補たちが、「真鱈の干物」という言葉を残して次々と意識を失って倒れた事件で、残る候補の一人を犯人と見抜いた正宗が、その手段の謎を追う「真鱈の干物」

 これはもうタイトルで一目瞭然であり、作者も単行本のおまけマンガで明かしているので挙げさせていただきますが、各作品はそれぞれ「ノーウッドの建築業者」「赤毛同盟」「まだらの紐」をベースとしています。
 さらに、同じホームズ譚でも、似たようなトリックの作品を組み合わせたり、さらに全く別の作品(枡暮家……)を取り入れたりと様々な趣向を凝らし、ホームズファンであれば抱腹絶倒のパロディとなっているのは第1巻同様であります。


 しかし、それでは本作は元ネタに則っただけの物語なのか? 原典ファン以外は楽しめない作品なのか? ――その答えは、いずれも否、であります。
 本作は、決して原典をそのまま江戸時代に移し替えただけのものでも、面白おかしくパロディしただけのものでもありません。あくまでも原典を踏まえつつ、時にトリックの点で、時に動機の点で、一ひねりも二ひねりも加え、新たな物語を作り出しているのであります。

 たとえば「赤鼻連盟」は、原典でも非常に有名な作品を――さらに上で触れたように、タイトル元とはもう一つ別の作品も――ベースにしているエピソードであります。
 しかしここで原典の要素に加えてさらに描かれるのは、他人と異なる風貌を苦にし、孤独な人生を送ってきた男と、もう一つの孤独な魂とが触れあう様子。そしてそれが、事件そのものの展開にも大きな影響を与えていくのであります。

 そしてその先に描かれるもの――原典とは全く異なる結末の先にある、一つの希望の姿には、思わず笑顔になさせられるのです。
(その一方で、「宝」のとんでもない正体に吃驚させられるのですが……)

 また、本書の掉尾を飾る「真鱈の干物」は、いくら何でも直球過ぎる駄洒落のようなタイトル(これはこれでミスリーディングではあるのですが)に戸惑いつつ読んで見れば、容疑者は早々に明かされ、ホワイダニットが中心として展開されていく物語なのに驚かされます。
 そしてそれと同時にかなりの割合を割いて描かれるのは、真犯人の人物像――正宗がある意味感心するほど狡猾かつ奸智に富んだその真犯人の言動(そしてそれが一種のハウダニットに繋がるのも見事)であります。

 そして正宗でも罰することのできない相手に下される、ある裁き(詳しくは書けませんが、きっちりと伏線がある上に、それを下す相手が実に皮肉が効いているのが素晴らしい)には唸らされるばかり。
 著名な作品のパロディでありつつも、そそれを超えて新たな要素を加え、全く新たな物語を生み出してみせる――そんな本作のスタイルが最もよく表れたエピソードというべきでしょう。


 ただ一つ残念なのは、本作の発表ペースがかなり緩やかである――ほとんど年一作の割合――である点ですが、こればかりは腰を据えて待つしかないのでしょう。それだけの価値があることは間違いない作品なのですから……


『獣医者正宗捕物帳』第2巻(逢坂みえこ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

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逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第1巻 二重のパロディが描く人の情

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2021.05.22

『セスタス The Roman Fighter』 第6話「女神との決別」

 絶体絶命の状況の中から、一瞬の好機を掴んで放った必殺の拳「断頭」をエムデンに決め、奇跡の逆転勝利を収めたセスタス。サビーナに別れを宣告され、ポンペイを去るエムデンに対し、ザファルは二人の決め技の類似性を挙げ、ある人物の存在を尋ねる。はたしてその答えは……

 エムデンの必殺技「断頭」を延髄に喰らい、記憶を失うほどのダメージを受けながらも、辛うじて立ち上がり、ほぼ互角の状況にまで持ち込んだセスタス。しかし激しい拳の応酬の末に左目の上を切り、出血で視界を失うという窮地に陥ってしまいます。最後の手段として、セスタスはザファルに教えられた殺し技に全てを賭ける――という引きを受けて始まる今回。

 そして冒頭、最大の長所であるスピードにものを言わせ、ほとんど飛び違いざまにエムデンの裏側に回ったセスタスは、全体重を乗せた一撃をエムデンの延髄に――これぞセスタス流の「断頭」!
 まだ余力を残していたはずのエムデンが、サビーナの叱咤というある意味最高の声援(ここでのサビーナの言葉が「悔しくはないのッ!? おまえの意地も誇りもその程度と認めるつもり!?」と、ある意味素直に応援しているような内容なのが印象的)を受ながら、結局ダウンするしかなかったのですから、その威力は推して図るべしでしょう。
(これは同じ延髄打ちでも、拳の振り下ろしだったエムデンのそれに比べ、ストレートを撃ち抜いているセスタスの方が威力に勝るということでしょうか)

 激闘が完全決着し、セスタスとエムデンの間に、一瞬の交感が生まれたものの――ここで水を差すのは、観客の「殺せ」コール。大番狂わせに怒った(という名目の「金返せ」)観客たちに対して、セスタスの答えは親指を突き上げてみせるというもの――そう、本来であれば敗者が行う「殺すな」のサインであります。
 これは思い返せば第1話、デビュー戦に勝利したセスタスが同じことを行い、アグリッピーナの怒りを買っていきなり人生終了しかけた(そしてザファルに滅茶苦茶怒られた)行為。しかしかつてのそれが、自分の立場を理解せぬ故の、そして自らの甘さ故のものであったのに対し、今回のそれは――「たとえ皇帝でも」という実際に皇帝を知る彼ならではの強い強い覚悟の上で――エムデンの強さを、自分達の勝負の価値を誇りに思うが故の行動であり、だからこそ重く、そして価値あるものということができるでしょう

 このエムデン戦は、原作第1シリーズである『拳闘暗黒伝』において、セスタスのラストマッチであります。そしてその試合は、内容はもちろんのこと、最初の試合と見事に対照的なその結末において、セスタスの成長を示したものといえるでしょう。
 試合を終え、次の目的地に向かう途中、セスタスを惜しみなく讃え、その名を呼ぶポンペイ市民――ほとんど第一部完、と言いたくなる盛り上がりでありました。

 が、盛り上がったのは勝者たるセスタスの方。敗者たるエムデンは、試合後にサビーナから「お疲れ様 お別れね」という「優しい言葉」をかけられることに……。フラられた相手に優しくされるというのは、実にキツいものですが、エムデンはさらに他所に売られることになったのですから、なんと言うべきでしょうか。
 そしてここで、一つの事実が明かされることになります。エムデンとセスタスが、形こそ違え、奇しくも同じ断頭という名の延髄打ちを必殺技としていた理由――それはザファルとエムデンが同じ人物に師事していた、いわば兄弟弟子であったためだったのです。その人物の名は、カディスのデモクリトス――素質ある、そして悩める拳闘士のもとに現れ、弁舌巧みに相手を指導し、そして自らの望む成果が出れば去っていく人物。一度は師と仰いだザファルが「怪物」と呼び、嫌悪感を見せる人物であります。

 はたしてこの先、デモクリトスがセスタスの前に現れることはあるのか、そしてエムデンの再起があるのか……


 というわけで、上で述べたとおり、ここまでで『拳闘暗黒伝』の内容は終わり、次回からは第2シリーズ『拳奴死闘伝』に突入するこのアニメ版。やはりルスカとネロ側のエピソードは全カットのようですが、1クールで「セスタス」を描くのに、これはこれで一つの選択かもしれません(決して両手を挙げて賛同はいたしませんが……)。

 しかし今回デモクリトスのことが語られたということは、このアニメ版のラストはトーナメント第1試合になるのかも――という予想は、これはまだ色々な意味で早計かもしれませんが。


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2021.05.21

唐々煙『煉獄に笑う』第13巻 クライマックスまったなし かぶき者還る!

 ついにオロチが復活し、最終決戦が始まった『煉獄に笑う』。これまで生き残ってきた者たち全てが安土に終結し、それぞれの立場から戦いに参加する中、安土城に突入する佐吉・阿国・弦月。果たしてかつてない強さで復活したオロチを封印することはできるのか――クライマックス待ったなしであります。

 山崎の地に激突寸前の秀吉・光秀の軍勢を収めるため、オロチを装った末の双子対決の末に阿国の銃弾の前に斃れた芭恋。しかしそれと時をほぼ同じくして、安土城ではついに真の織田信長がオロチの正体を現すことになります。
 安土城の周囲を奇怪なヘドロ状の物質で浸食し、そしてその口からは地形を変えるほどの光弾を放つオロチ。かつてない規模で復活したオロチを封印するためには、人間たち全ての力を結集する必要がある――かくて、秀吉・光秀・さらに家康の軍勢までもが手を組み、オロチの動きを封じるべく戦端を開くことになります。

 その間に、安土城に隠された最後の巻物を奪取すべく、たった二騎で急ぐ佐吉・阿国・弦月ですが――彼らを阻むべくその前に現れるのは、森長可に百地海臣。しかし佐吉たちを行かすべく、大谷紀之介が、百地丹波と生き残りの八咫烏たちが駆けつける……


 と、クライマックスに相応しい、オールスターキャストの大決戦に突入した本作。その盛り上がりはもちろんこの巻でも変わらず、安土城に突入した佐吉は信長を守るべく立ちはだかる森蘭丸と、そして弦月は一度倒して術を封じたはずの安倍晴鳴と対決することになります。
 特に、事あるごとに陰湿な策で佐吉たちを苦しめてきた晴鳴は――前回倒されたときのセリフからして再登場するとは思っていましたが――もはや人間の身を捨ててまでの大暴走を見せることになります。

 そしてこの弦月と晴鳴の戦いの中で描かれるのは、本作においてこれまで様々な形で繰り返し描かれてきたもの――生まれや宿命といった自分の力ではどうにもならないものに翻弄された末に、それに溺れ暴走する者と、それを乗り越えてより善き生を歩もうとする者の対峙というべきでしょう。
 そして彼らに代表される戦いの中心に存在するオロチは、まさにこうした「どうにもならないもの」の象徴である――そう感じます。


 とはいえ、オロチはこれまでのようにその影だけで人々を狂わせ、走らせるだけでなく、現実に化肉して動き出しました。それも、これまで見たことのないような形で。

 それを阻める者がいるとすれば、これまでオロチの影に怯えることなく、自分自身の想いを貫き、そしてそれ以上に他者のために生きてきた者しかいません。
 そしてそれは天正曇天三兄弟、すなわち「石田三成」をおいていないはずですが――しかしその一人である芭恋は前巻で退場した状況にあります。

 が――もちろん、あれだけのかぶき者が、このオールスター揃い踏みの場を黙ってみているはずがありません。そしてこの巻の終盤において、まさに満を持してという形で、ついに芭恋も戦線に復帰することになります。
 それがどのような形であるかは読んでのお楽しみですが、まあ実に彼らしい、そして佐吉さしいやりとりには、こちらも笑顔になるしかありません。そう、まさに「煉獄に笑う」しか……

 おそらくこの物語も残すところあとわずか。はたして如何なる結末を迎えることになるのか――しかしいずれにせよ、笑顔に終わることは間違いないと、そう信じる次第です。


 しかしこの巻の展開を見て、「えっ、前巻のあの場面は――どっち?」と一瞬焦りました。いや、何となくタッチが変わったなあとは思っていたのですが……


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2021.05.20

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第19巻 人でなしの策 帰ってきた男二人

 まだまだ続くケイ陽での攻防戦。宿敵というべき范増をついに除くことに成功したものの、それでもなお強大過ぎる項羽に勝つすべはあるのか? 劉邦の、すなわち張良の綱渡りが続きます。

 劉邦がケイ陽城に籠城する間に、韓信が河北を平定し、楚を囲むという、乾坤一擲の策に出た張良。大将自らが囮となって項羽を引きつけるという意表をついたこの策を成功させるため、張良はあらゆる手を尽くすことになります。

 韓信が背水の陣で歴史的な大勝利を収めた一方、陳平との連携により、項羽とその軍師たる范増との離間に成功した張良。ここである意味最大の強敵を除いたといえますが、項羽の勢いはまだまだ衰え知らずであります。
 既に成皋の敖倉(食料集積地)との連携は断たれ、籠城も困難な状況となったケイ陽。ここで張良はついに残酷な策を献ずることになります。ケイ陽から劉邦を脱出させる――そのために人的犠牲を問わない人でなしの策を。

 というわけで、この巻の前半で描かれるのは、いわゆる金蝉脱殻の計――蝉が抜け殻を残して飛び去るように、敵に気づかれずに主力を撤退させるという策ですが、しかし実際の策はなかなかに酷いものであります。
 まずケイ陽の東門を開いて二千近くの兵が出撃――と思えば、これが全て侍女等の女性。迎撃に出た楚兵が、それを知って(別の意味で)襲いかかろうとしたところに、劉邦の車が現れ、降伏を申し出る――というので兵がバンザイして喜んだと思えば、これが替え玉なのであります。

 この騒ぎで東門に注意を引きつけた間に、劉邦は西門から脱出に成功するのですが――しかし替え玉が無事で済むはずもありません(たぶん娘子軍も……)。はたしてこの替え玉は壮絶な最期を遂げることに……


 これまで、良くも悪くも、劉邦の(そして張良の)極端な言動を、可能な限りマイルドに描いてきた感のある本作。そんな本作においても、さすがにこのくだりは、史実(史記)ほぼそのままに描かれることになります。しかしここで本作は、一つの新たなドラマを描くことになります。
 ここで替え玉として残り、処刑されたのは紀信。史記ではほとんどここで初登場したに近い(正確には鴻門の会の時に劉邦を護衛しているのですが、「漢書」では名前が違っていたりまあ記憶に薄い)、死ぬために出てきたような人物ですが――実は本作においては、紀信は以前にも登場しているのです。

 それは秦の滅亡直前――劉邦の軍が、秦の軍と漢中での最後の戦いを繰り広げた時のこと。張良の策により秦軍を一網打尽にできるところが、秦軍の勢いに押されて攻撃できず、相手を逃してしまった部隊の指揮を執っていたのがこの紀信だったのです。
 ここで責任を負わされて処刑されようとしたのを留めたのが張良と黄石。そして黄石は「大丈夫」と紀信に太鼓判を押したのです。

 そして今、その紀信は項羽を前にしても一歩も引かず、胸を張って、まさに大丈夫として死を遂げる――ドラマチック過ぎるといえばそうかもしれません。しかしあまりに無情な策の陰に人の想いを見出したくなるのも人情であります。
 実は上に述べた紀信の出番は単行本第11巻。私も正直なところ言われるまで忘れていましたが――作者の仕掛けた「策(ドラマ)」はここに実ったというべきでしょう。
(ちなみに、ケイ陽に残されて寝返ろうとした魏豹を殺した周苛と樅公が、紀信の友人であったけれども、それまで彼を軽く見ていたのを後悔するという設定も実に上手い)

 ちなみにこの巻にはもう一人、実に久々に登場した人物である彭越が活躍します。こちらは今後も活躍するであろうかなりの重要人物ですが、以前の出番が第8巻。
 その時、いかにも意味有りげに登場したので、とっくに活躍していたものと思い込んでいたのですが――実をいうと、似たような髭の周勃と完全に混同していました――ここで満を持しての登場であります。

 ケイ陽を脱出した劉邦たちが南方の宛に籠城し、またもや項羽に苦しめられている隙に楚に侵攻して項羽の従弟を討ち、激怒した項羽が迫れば戦わずに軍を散らせて逃げる――元盗賊とも言われる経歴に相応しい戦いっぷりが、実にいい味を出しています。


 さて、そんな男たちの活躍に助けられて、ケイ陽から宛、そして成皋と転戦する劉邦軍。いま三度項羽の軍が迫らんとする中、張良は――かつて上述の紀信の処刑を防いだ際に「敵も人なら味方も人 軍師の鬼謀のまま道具の様に死んではくれません」と語った彼は、今また新たな味方の死を代償に、次なる策を繰り出さんとしています。
 はたしてその内容は――次巻に続きます。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第19巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon


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 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第14巻 龍の両翼の戦い始まる
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第15巻 新たなる力と、史上に残る大敗北と
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第16巻 強面刺青男の中の「士」
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第17巻 逆襲開始!? 韓信の攻と張良の防
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第18巻 続く二つの戦いと三人の笑顔

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2021.05.19

「コミック乱ツインズ」2021年6月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」6月号の紹介の後半であります。

『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 困窮に喘ぐ宇喜多家の人々に声をかけてきたいかにも腹に一物ありげな(キャラデザの)男・阿部善定。備前の豪商であり、亡き祖父・能家と懇意にしていたという彼は、援助を申し出るのですが――意外にも父・興家が嫌がったものの、背に腹は変えられず、一家三人善定の屋敷に世話になることになります。
 しかし、興家が嫌がったのは、善定の娘を通い側女にしていて子供までいたから、という展開が本当にヒドい話であります。(てっきり善定に世話になった後にその娘に手を付けたという順番かと思っていました)

 何はともあれ、ひとまず暮らしの心配はなくなった宇喜多家ですが、しかし直家は、善定が宇喜多家の当主に自分の孫を据えることを狙っているのではと考え――と、ここで頭のキレを見せる直家。栴檀は双葉より芳しというべきかもしれませんが、今回はそれ以上を考えていた善定の狙いが面白いところであります。(しかしさすがに「勝者・勝者」の関係という表現は無理があるのでは)
 そんなこんなで三話目にしてようやく浮上の目が見えてきたような気がする直家ですが――さて。

『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から、原作者の絶筆であり、未完に終わった最終章「梅安冬時雨」編がスタート。白子屋、そして山城屋と鵜の森の伊三蔵といった強敵を全て倒した梅安は仕掛人としてのしがらみを精算、さらにおもんとの仲も精算し、江戸を離れる準備を着々と進めることになりますが――白子屋亡き後、荒れる大阪の状況が、暗い影を落とします。
 白子屋の後釜に座りながらも配下を統率しきれない切畑の駒吉が、梅安、さらに音羽の半右衛門への刺客として白羽の矢を立てたのは、あの好色剣客・北山彦七の弟・要之介であります。

 強い強いと言われながら嫉妬心に囚われた挙げ句、出会い頭の事故的に殺された兄よりも強いと言われる剣客ですが――この要之助、原作では平尾要之助に当たるであろうキャラ。そして半オリジナルというべきこのキャラが江戸に出てきて組む相手が羽沢の嘉兵衛――『鬼平犯科帳』と『剣客商売』、『闇の狩人』など池波正太郎の暗黒街ものの常連脇キャラというのも面白いところです。
 なによりも嘉兵衛は梅安が妹を殺すこととなった仕掛けの蔓でもあり(この武村版でどうだったかは失念しましたが)、因縁の間柄として、納得のキャスティング。今後の展開がきになります。


『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 幕末マニアの(本当に)ひよっ子勤王の志士・ピヨもっこすを主人公としたシリーズ連載第3話に登場するのは、その志士たちの宿敵である新選組! 龍馬や以蔵が猫なのに対して、新選組は全員犬というのが、何というかシャレがキツいのですが、しかし土方、沖田、そして近藤が、犬なのにそれっぽいデザイン(特にブルドッグ近藤の説得力)なのが楽しいところであります。

 さて、今回は町で土方と沖田と出会ってしまったピヨもっこすが、持ち前のマニア根性からサインをねだったことがきっかけで、とんでもない事態になるという展開。新選組は新選組でそれでいいのか、という感じですが――この先が確かに大変なことになるのは間違いないわけで、気が抜けないというか気が抜けるというか、愉快な作品です。


『凛九郎』(玉彦)
 特別描き下ろしの本作は、とある宿場町を舞台に、数ヶ月前に妻を病で失い静かに暮らす男・空閑凛九郎を描く物語。妻が残した舶来の愛馬・黒鹿毛を友に、静かに――というより気が抜けたように暮らす凛九郎が、ある日宿場を支配する代官のバカ息子に黒鹿毛を奪われた上に殺され、怒りに燃えて立ち上がることに……

 と、「舐めていたおっさんが殺人マシンだった」系の物語――というより、どう見てもあの映画がモチーフになっているとしか思えない内容の本作。それであればもっともっと派手に、そして説得力ある殺陣を見せて欲しかったところですが、その辺りは未だしと感じます。
 しかし最後の最後、ある人物が見せた表情(の変化)は強烈で、何とも言えない後味が残るのが印象的でありました。


 次号は『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)、『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)が掲載とのこと。『暁の犬』と『カムヤライド』は休載のようで残念であります。


「コミック乱ツインズ」2021年6月号(リイド社) Amazon


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2021.05.18

「コミック乱ツインズ」2021年6月号(その一)

 号数の上ではもう今年も折り返し地点に来た「コミック乱ツインズ」、6月号の表紙は最終章突入の『仕掛人藤枝梅安』がメイン。巻頭カラーは『鬼役』、特別読み切りで玉彦『凛九郎』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 蒙古軍に攻められるペルシャ高原の小都市・ビジャを巡る攻防を描く連載第二回――もはや風前の灯となったビジャを救うため、ビジャ王の娘・オッドはある策に賭けることになります。が、その策というのが、インドにいるという墨家の子孫、すなわち「インド墨家」に頼る! というものだったために、色々な意味で不穏な空気が漂います。

 前回、ビジャの人間から募った決死隊はあっさり全員死亡、それを受けて姫が提案した次なる手段は、蒙古人の捕虜を解放し、使者になってもらおうというもの。馬の乗り手という点では右に出る者がないで蒙古兵にインドまで走ってもらう、というのは確かに一番可能性が高い手段かもしれませんが――姫の誠意もあって、蒙古兵のノグスを始めとする五人の捕虜が決死隊二番手となるものの、しかし……

 と、異端「時代劇」というだけあって(?)まだまだ先が見えない本作。辛うじて希望は繋がったものの、本当にインド墨家は存在するのか、いたとして手を貸してくれるのか? 何よりも二万の蒙古軍を相手に持ちこたえることができるのか――先はまだ長そうであります。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 佐内と根岸による暗殺の連続に敵方の報復の動きも見え始め、いよいよ不穏さが増す本作。それでも三人の標的の最後の一人・高島を標的として、佐内たちは動き始めることになります。
 密偵の亀吉の手引きで、高島が道場に通う帰りを狙う佐内と根岸。雨が降りしきる中、雨具に身を包んで(蓑笠姿の根岸と対照的に、合羽を着込んだ佐内のファッションが素敵)不意打ちを仕掛けた二人ですが……

 と、ここで思いもよらぬ大殺陣が展開することになる今回。ここのところすっきりしない戦いが続いていたような気もする佐内ですが、その飢えを癒やしてくれるように、凄絶な戦いが繰り広げられることとなります。
 この派手な、しかしその一方で地に足の着いた剣戟描写は、まさに本作の魅力の一つですが――その中で佐内が見せる決してヒーローではない等身大としての剣士としての姿もまた、本作ならではのものといえるでしょう。そしてそんな等身大の剣士だからこそ、時には鬼のような行動に出てまで、己の腕を磨く必要がある――そう感じます。剣豪ものにして、アンチ剣豪ものともいうべき本作。佐内の複雑なキャラクターは、そんな本作の構造によるものなのかもしれません。

 などと思っていたところに、ラストではそれまでとは全く違うベクトルで佐内が思わぬ窮地に……。絵面だけ見ていると、何だかこう、ちょっと別の文脈に見えないこともない場面ですが、とにかく佐内のこの後の動きが気になりすぎる引きであります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 売り言葉に買い言葉で、新井白石から絵島事件の裏を探るように命じられた聡四郎。事件の直接の仕掛人が紀伊国屋であることまでは確かめた聡四郎ですが、しかしその背後にいる黒幕・柳沢吉保はあまりにも巨大で――と、悩む聡四郎の前に現れたのは、当の柳沢の配下である黒覆面こと永渕啓輔。その永渕の師は浅山鬼伝斎――聡四郎の師である入江無手斎と壮絶な死闘の果てに破れた剣鬼であります。
 お役目と剣流と、いわば二重の因縁を持つ聡四郎と永渕、ついに今回、この二人が正面から激突することに……

 と、「暁光の断」編に入ってからまだ剣を抜いていない印象があった聡四郎が、ここで最強の敵と対決。一放流と一伝流、ともに静の中から動に移る中に秘奥がある剣同士の戦いは、師匠同士のそれとはまた異なる形の死闘として、描かれることになります。
 まさに息詰まる対峙からの爆発的な威力を見せる剣のぶつかり合いの結末は――いやはや、凄まじいものを見せていただきました。

 しかしそんな死闘の陰では、新たなる強敵が――という不穏極まりない形で次回に続きます。(しかし本作の敵、基本的に皆偉そうですね)


 残りの作品は次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2021年6月号(リイド社) Amazon


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2021.05.17

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第7話「魔界伯爵」

 無界閣に魔界から魔力を呼び込むことにより時間を遡り、照君臨を復活させんとしていた刑亥。そんな彼女に七殺天凌は時間と空間を操る魔術を得意とする伯爵・阿爾貝盧法の名を挙げるが、阿爾貝盧法は地上への干渉を拒絶する。一方、再び逢魔漏を使った殤不患と浪巫謠が飛び込んだ先は、魔界だった……

 前回、ド正論をかましたにもかかわらずあっさり凜雪鴉に籠絡された神蝗盟に失望し、七殺天凌=照君臨のみで謀を巡らせる刑亥。彼女の企みは無界閣を拡張してパワーアップし、魔界と繋げてそこから魔力を汲み上げ、時間と空間を捻じ曲げる――すなわち、時間を遡る力を得て、照君臨を復活させんというものだったのであります。七殺天凌もその企てに同意し、それに最適の相手――時間と空間を操る魔術を得意とし、自在に魔界と地上を行き来できる、魔宮第八位の伯爵・阿爾貝盧法の名を挙げるのでした。これで事は成ったと同然とドヤ顔の刑亥ですが、すぐそばで盗み聞きしていた凜雪鴉に気づかない辺り、相変わらずの抜けっぷりであります。

 そして西幽から無界閣に辛くも戻ってきた殤不患・浪巫謠・捲殘雲の前に現れ、事の次第を伝える凜雪鴉。無界閣で時を超えるという企てを、一人冷静に聞いていた殤不患は、どうやら過去に無界閣を訪れ、その力も知悉していたようですが――それを知って珍しく激昂したのは浪巫謠であります。
 時間を遡ることによって、睦天命の悲劇を回避することができるのではないかという浪巫謠に対して、何故かそれだけはやってはならないと頑なに拒む殤不患。珍しくもこの二人が一触即発となりかけたとき、凜雪鴉が絶妙なタイミングで止めるのですが――それは異飄渺が現れたからであります。

 凜雪鴉が作動させた逢魔漏によって問答無用でどこかに飛ばされる殤不患と浪巫謠。一方、辛くも隠れた捲殘雲は、凜雪鴉から灯台下暗し、刑亥の根城に隠れていろと言われるのですが――今シリーズ、驚き役ばかりの捲殘雲の行く末が心配であります(しかしどの世界であろうと殤不患の傍らほど安全な場所はないとか言っちゃう凜雪鴉――何だかんだで認めているところがもう)
 さて、その刑亥と七殺天凌は、魔界の阿爾貝盧法(CVは三木眞一郎!)に早速声をかけるのですが――200年前の大戦以来、魔王が地上への干渉を禁じてしまったからとか何とか言って、全く乗り気薄な様子。とは言うものの、彼自身は魔王の命や封印などものとはせず、地上にちょくちょく顔を出してはやりたい放題だったようですが――さて、それでは何故、今の彼はやる気を失っているのか?

 そして場面は目まぐるしく変わり、殤不患と浪巫謠が放り出された先ですが――そこは見るからにおどろおどろしい世界。そしてその場に現れた三つの人影もまた、どう見ても人外の魔物――そう、この地こそは、本シリーズで何かと話題になっていた魔界だったのであります。さっそく襲いかかってきた魔物たちと否応なしに戦う羽目になる殤不患と浪巫謠ですが、どう見ても雑魚っぽい相手ながら、魔界のエネルギーを味方につけた攻撃には大苦戦を強いられます。
 それでも浪巫謠の演奏によって相手の心気を狂わせ、殤不患が拙剣無式の新技で魔物の一人をKO! やはりこの二人の強さは規格外であります(というより、浪巫謠が曲を奏でる前に一瞬とはいえ、相手を完全にパワーで圧倒している殤不患はやはり異常としか)。

 と、その浪巫謠の演奏は阿爾貝盧法のもとにまで届いたのですが――その調べが、気怠げな態度を一変させ、驚愕の表情を浮かべさせることになります。はたして阿爾貝盧法の驚きの理由とは――どう考えても浪巫謠との間に何らかの因縁があるとしか思えない様子ですが、さて。


 何だか菊地秀行の作品のようなサブタイトル(菊地秀行は男爵で、伯爵は井上雅彦とか言わない)に、一体何事かと思えば、伯爵に相応しい衣装に身を包んだ、いかにも重要そうな新キャラ登場となった今回。すぐ上に述べたように、どう見ても浪巫謠と関係があるとしか思えないのですが――そういえば髪の毛の色が同じですね。
 しかし阿爾貝盧法以外にも、刑亥の計画や殤不患の過去の謎など、新しい要素山盛りで、折り返し地点になってもガンガン攻めてくる第三期のスタイルは大いに好感が持てます。

 しかし仮に照君臨が復活したとして(まあ、身も蓋もないことを言えば、OPを見るに復活するのだと思いますが)、どう考えても婁震戒に「姫を返せぇ!」と理不尽に斬り殺される姿しか浮かばないのですが……


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
 公式サイト

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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第6話「禍世螟蝗」

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽ゲン歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

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2021.05.16

川原正敏『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第2-3巻 風雲幕末編! シリーズのスタイルここに完成

 『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』の第2巻・第3巻は、風雲幕末編――そのサブタイトルの通り、当代の陸奥圓明流継承者・陸奥出海の視点から、幕末に生きた男たちの姿が描かれることになります。実に30年前に発表されたものの、今なお面白さは色褪せない本作をご紹介いたします。

 土佐藩邸で行われた剣術試合の決勝、北辰一刀流代表の坂本龍馬と、神道無念流流代表の桂小五郎の試合の勝敗を一目で見抜いた若者――陸奥出海と名乗る彼は、一人飄然と龍馬が塾頭を務める千葉道場に乗り込み、龍馬との立合いを望むのでした。
 ところが初対面の出海と年来の友のように意気投合し、日々を遊び暮らす龍馬。しかしある出来事をきっかけに、龍馬の剣士の魂が目覚め、二人の真剣勝負が始まることに……

 そんな「龍馬と出海という名の男」から始まるこの「風雲幕末編」は全2巻全4話構成のエピソードであります。
 いわば坂本龍馬編ともいうべき第2巻収録の2話では、こうして出海と出会った龍馬が、幕末の風雲児として起ち、斃れるまでの物語。第2巻の後半では、この真剣勝負の果てに剣で生きる道を捨てた龍馬が、海の向こうに行くという夢に邁進し、ついに維新目前まで辿り着くも――という悲劇が、龍馬の親友というべき出海の目から描かれることになります。

 一方、第3巻収録の2話は、新選組編というべき物語――その前半では、龍馬の死により抜け殻のようになった出海が、かつて沖田総司と交わした立合いの約束を思い出し、末期の床にあった沖田と決闘を繰り広げる姿が描かれます。
 一方後半では、沖田の最後の願いを聞いた陸奥が、土方と対面するために北へ北へ向かい、五稜郭陥落直前、単身官軍に斬り込みをかけた土方と対決、そしてその死を看取ることとなります。


 さて、以前ご紹介した第1巻・宮本武蔵編は、あくまでも「時代劇」的な内容――史実とはほとんどリンクせず、あくまでも陸奥と武蔵の決闘を中心に描かれた物語でした。
 それに対しこの風雲幕末編においては、物語における「歴史」の割合が圧倒的に高い――言い換えれば、陸奥の戦いが、歴史を描くための手段として描かれる(ことが多い)点において大きく性質が異なります。

 『修羅の刻』という作品は、こうした「時代劇」的性質の強いものと「歴史物語」的性質の強いもの、双方が存在するのですが、どちらかといえば主流に近い(巻数が多い)後者のスタイルは、この風雲幕末編が初出といってよいでしょう。
 『修羅の刻』のあとがき定番の「この物語は史実である。あなたにとっても史実であったなら、嬉しいなぁ。」というフレーズがここで初出なのも、象徴的と感じます。

 もちろん、『修羅の刻』の基本コンセプトというべき、歴史上の実在の強者と陸奥が激突するという点は本作においても変わらず、第2巻では陸奥vs龍馬、中村半次郎、伊東甲子太郎が、第3巻では陸奥vs沖田、土方という対決が描かれることになります。
 この辺りの決闘描写は、これはもう自家薬籠中の物というべきで、それぞれにスタイルの異なる剣士と徒手の陸奥との戦いは、まさに本作ならではの醍醐味でしょう。

 特に今回読み返してみて気づきましたが、沖田と土方のスタイルの違いを、陸奥圓明流の代表的な蹴り技である「孤月」を巡る攻防を通じて描き出してみせるくだりなど、見事というほかありません。
 一方、伊東甲子太郎との戦い(本作では龍馬暗殺犯は伊東という設定)は、全編通じてかなり珍しい、感情のままに相手を殺すために拳を振るう陸奥の姿が描かれ、これはこれで外伝らしいというべきでしょうか。

 その一方で、歴史ものとして見ると(特に第2巻は)まだ生硬な部分が目立つのですが――しかし、陸奥との戦いを通じて歴史上の人物の人となりを浮き彫りにするという本作のスタイルは、この時点で完成されたという印象があります。


 何はともあれ、初読から30年経った今でも、沖田の最期は雪が降る中での喀血(単行本のカラーページというのは何度読んでもやり過ぎ感はあるものの、しかしこれはこれでいい!)ですし、土方は最後に新選組の装束で官軍の陣地に突撃した――という印象が鮮烈に残っていて、まさに「自分にとっての史実」になりかけている本作。
(まあ、伊東への悪印象も植え付けられましたが……)

 個人的に『修羅の刻』でベストは寛永御前試合編なのですが、風雲幕末編(特に後半)はそれに次ぐかもしれない――と再確認した次第です。


『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』(川原正敏 月刊少年マガジンコミックス) 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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2021.05.15

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 もう今年の1/3が終わったと思えばGWまで終わり、今年の折り返し地点も目前――一年でイベントが一番少ない6月だけに、せめて本だけは楽しく読んで過ごしたい――というわけで、6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 6月はちょっと珍しいことに漫画よりも文庫小説の方が豊作の状態であります。
 まず何と言っても気になるのは、『妖怪大戦争ガーディアンズ外伝 平安百鬼譚』(峰守ひろかず KADOKAWAメディアワークス文庫)――3度目の『妖怪大戦争』の過去の物語を平安を舞台に描くということで大いに期待です。
 もう一つ、映画関連でいえば『映画ノベライズ るろうに剣心 最終章 The Beginning』(田中創&和月伸宏ほか 集英社オレンジ文庫)も刊行されます。

 そして、ハヤカワ時代ミステリ文庫からは『サムライ・シェリフ』(戸南浩平 ハヤカワ文庫JA)が登場。デビュー以来明治ハードボイルドを連続して刊行した作者だけに期待が持てます。
 また、個人的に気になるのは『詩剣女侠』(春秋梅菊 集英社オレンジ文庫)。集英社オレンジ文庫の2020ノベル大賞の最終候補作ですが、タイトルだけでなく内容の方もかなり武侠味を感じさせる作品です。

 その他、新作では『損料屋見鬼控え』第2巻(三國青葉 講談社文庫)『帝都上野のトリックスタア』(徳永圭 講談社タイガ)が登場。『炎が奔る』(吉来駿作 幻冬舎時代小説文庫)は、もしかして『火男』の文庫化でしょうか?
 一方、復刊・文庫化では『絵金、闇を塗る』(木下昌輝 集英社文庫)、『てんげんつう』(畠中恵 新潮文庫)、『忍者月影抄 山田風太郎傑作選 忍法篇』(山田風太郎 河出文庫)、『眠狂四郎無情控』上下巻(柴田錬三郎 集英社文庫)と、かなり楽しみなラインナップです。

 さらに、『時代小説 ザ・ベスト2021』(日本文藝家協会 集英社文庫)、そして『異形コレクション 51 秘密(仮)』(井上雅彦ほか 光文社文庫)と、これまた注目であります。


 一方漫画の方は、何と言っても漫画版『童の神』(深谷陽&今村翔吾 双葉社アクションコミックス(月刊アクション))の単行本が第1巻・第2巻同時発売。
 また、『ゴールデンカムイ』第26巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス)
『賊軍 土方歳三』第4巻(赤名修 講談社イブニングKC)も楽しみです。

 そのほか、『平安あかしあやかし陰陽師』第1巻(こはく&遠藤遼ほか 白泉社花とゆめコミックス)、『本阿弥名刀秘録』(小田桐道明&大越弘道 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)が気になるところ。
 また、中国ものでは、『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第3巻(青木朋 秋田書店ボニータ・コミックス)、『蓬莱トリビュート』の作者による『竜王の娘 中国幻想選』(鮫島圓 双葉社)に期待です。


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2021.05.14

『セスタス The Roman Fighter』 第4話「明日への生還」/第5話「希望の在り処」

 ついに始まったエムデンとの一戦。速攻を仕掛けて圧倒したかに見えたセスタスだが、変則的なエムデンの攻撃に苦戦を強いられる。さらにエムデンの殺し技「断頭」を受け、記憶が飛んでしまうセスタス。しかしセスタスの一撃でエムデンもダメージを負い、まだ戦いは互角に展開すると思われたが……

 エムデン戦の終盤までが描かれた第4話と第5話は、原作にかなり忠実、そして試合シーンが中心のため、2話まとめて紹介します。

 思わぬことでサビーナの怒りを買い、いきなりエムデンと試合を組まれてしまったセスタス。特訓もまだ終わらぬまま試合に臨んだセスタスはエムデンの誇る鉄壁の防御に手を焼きつつも、持ち前のスピードと打撃の正確さを武器に速攻を仕掛け、エムデンに一撃を加えてみせるのですが――それがエムデンの魂に火をつけることになります。
 腰を落とした独特の姿勢から繰り出される裏拳・掌底・鉄槌という変則的なコンビネーションにダウンを取られるセスタス。ところがエムデンはそんなセスタスの回復を待つかのように攻め手を収めるのですが――これこそがエムデンの罠だったのであります。

 決着を焦ったセスタスが、がら空きに見えた腹を狙って下に潜ったとき、上から延髄目がけて落とされた強烈な鉄槌――名付けて「断頭」。このエムデンのフィニッシュブローを喰らったセスタスは辛うじて立ち上がったものの記憶が飛び、圧倒的な不利に……
 と、ここまでが第4話、そしてこのアニメ版第1話の冒頭に繋がる展開であります。

 続く第5話では、もはや打つ手無しと思われたセスタスが、持ち前の柔軟性と強靭な心肺機能で辛うじて復帰、しかもエムデンも「断頭」直前のセスタスの脇腹への一撃でアバラをやっていた――と、実は互角に近い状況であったことが判明します(しかしここでゾラが「あいつはすぐ立ち上がってくる」と言っても、アニメでは実質2試合目なので実感に乏しいのが残念)。
 諦めることなく奮闘するセスタスに、鼻曲がりのナシカも感動、自分とエムデン、そしてサビーナの過去を思い出すことになります。この辺り、エムデンとナシカの因縁と友情の始まり、サビーナの女王様気質の目覚めと、このポンペイ編の重要キャラクター三人を描くエピソードとして不可欠なのですが――いきなりナシカさん長いモノローグを始めたなあ、という印象になってしまうのは、これは回によって視点や語り口が変わってもそこまで違和感のない連載漫画と、漫画の連載数回分をまとめて描くアニメ版のある意味相性の悪さというものでしょうか。

 なにはともあれ、事務畑で暮らしてきた自分にはない「勇気」と「忍耐」を見せるセスタスに発憤したナシカ――まるでエムデンにはこの二つがないみたいだ、という感じですが、確かにエムデンは後者がないなあ(サビーナに対しては異常にありますが)――の声援に触発され、観客たちも次々にセスタスの応援を始めるというのはかなり盛り上がるシーンであります。が、哀しいかなCG主体のメインキャラに比べ、モブの絵柄が貧弱すぎて、観客席が映る度にテンションが下がるのはさすがにいかがなものか……

 さて、セスタスの連打とエムデンの変則打撃の応酬は続き、ついにセスタスがエムデンの打撃を見切ったかに思われたのですが――エムデンの一撃が額を切ったことによって、流れる血でセスタスの左目が塞がれてしまい、セスタスは一気に窮地に陥ります。そこで「お前は女神を敵に回したのだからな」と気の利いたことを言うエムデンに対し、肚を決めたセスタスは遂に「殺し技」を放つことを決意して――というところで場面で次回に続きます。


 原作の第12巻で描かれたセスタスvsエムデン戦を、かなり忠実に描いたこの2話。しかし、セスタスの連打やエムデンの変則的な打撃といった、漫画ではどうしても細かい動きがわかりにくい部分を、アニメとしてしっかり補って見せてくれたのはありがたいところであります。
 特にエムデンの独特の構えから繰り出される打撃は、セスタスのように我々が知る近代ボクシングのそれとは全く異なる――言い替えれば見覚えのない動きだけに、なるほどこう動くのね、と感心いたしました。

 そして試合の方も一進一退の攻防をじっくりと見せた末、ここまで引っ張ってきたセスタスの殺し技がいよいよ炸裂か!? というところで引くのも、原作通りとはいえ、非常に盛り上がる展開であります。次回描かれる、「その場面」に期待したいと思います。


 しかしエムデンの「肉を斬らせて骨を断つ 捨て身の手も打てる」という台詞、今になってみると重みがありすぎる……


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2021.05.13

鳴神響一『おんな与力 花房英之介 二』 男性と女性、公と私――二つの軸から生まれる幾重もの変化

 亡き兄に代わり、北町奉行所の与力として生きる「花房英之介」の活躍を描くシリーズ第2弾であります。築地上柳原町で連続する事件を追うものの、苦闘を強いられる英之介。さらに無二の親友が同輩殺しの罪で捕らえられ、彼の無実を晴らすために奔走することになるのですが……

 五年前に事故死した双子の兄・英之介に代わり、お家存続のために女を捨て、兄に成り代わった志乃。苦心の末に男になりきり、父の後を継いで北町奉行所の番方与力となった英之介は、曰くありげな浪人たちによる町娘の拐かし事件の背後を探ることになります。

 そんな中、上柳原町の長屋に火付けした廉で捕らえられた男の存在を知った英之介は、その近くの大店で残忍な押込みがあったことを知ります。
 亡き父に恩義を受け「英之介」を助けるよう頼まれたという幇間の茶ら平と船宿の女将・ユキの助けを得て密かに一連の事件を探るも、なかなか決定的な証拠を掴めない英之介。さらに幼馴染であり、今は火付盗賊改を務める熱田雄之進が、同役を斬って捕らえられたという知らせが入り……

 と、事件と謎の連続のまま、クリフハンガーで終わった第1作に続く本作。
 浪人にしては秩序だった動きを見せる下手人たちによる娘の拐かし、容疑者に当日アリバイがあったにもかかわらず犯人に仕立て上げられた火付け、子供に至るまで一家皆殺しにするという残忍な押込み、そして雄之進の同輩殺し――一つでも厄介な謎の数々に、英之介は挑むことになります。

 その助けになるのは、何やら訳ありの幇間・茶ら平と女将のユキ。町方では聞き出せない情報でも、見目麗しい女性としてなら――と、二人の助けで英之介は辰巳芸者の花吉に扮して、情報収集に当たることになります。
 その一方では、火盗改の腐敗の証拠を追い、男として吉原の浮雲花魁を訪ねた末に、思わぬ事態となって――と、本作では英之介は、男と女、二つの顔を使い分けて事件に挑むのであります。


 思えば、昔懐かしい女性主人公の時代活劇においては、場面毎にそれぞれ異なる姿に扮して活躍する七変化シーンは定番の趣向でした。一見本作もそれと同様の趣向に思えますが、しかし本作は、そもそも主人公が女性であることを捨てることによって始まる物語であります。

 自身が女性を捨て、男性に変化することによって悪と戦う力を手に入れた(もっとも、実際に女性を捨てたのはお家存続のためなのですが)英之介が、捜査上の行き詰まりを、女性に変化することで打開していく――そんないささかややこしい構造は本作には存在します。
 さらに実は本作のクライマックスにおいては、英之介は第三の姿と名前を手に入れて活躍することになります。そしてこの変化によって英之介は、町奉行所の役人という公の立場では行使できない力――一種自警団的な力を手にすることになるのです。

 すなわち、男性と女性、公と私――二つの軸から生まれる幾重もの変化が、そしてそこから生まれるダイナミズムこそが、本シリーズのユニークな点であり、魅力というべきものと感じます。
 そしてそこにあるのは、昔ながらの七変化とは似て非なる、一種現代的な変化の在り方というべきものなのでしょう。


 ただし、本作のみを見た限りでは、英之介の男の部分、公の部分の出番が(特に後者について)かなり少ないというのも事実であります。
 確かにこの変化は英之介にしかない、英之介しか出来ない力の使い方ではあるのですが――あまり女性の部分、私的な部分が力を持ってくると、そもそも男装しているという必要性が揺らいで来るのではないか、という印象は否めません。

 もっとも、先に述べたように、英之介が女性を捨てたのはお家存続のためである、という設定上のエクスキューズはあるために、英之介は英之介で在り続ける必要は確かにあります。しかしこの先、二つの軸の間で英之介が決断を迫られるようなことがあれば、面白いかもしれません。

 ――と、何だか評価を先走ってしまいましたが、この第2巻までは紹介篇という印象もある本シリーズ。この先で何が描かれるのか、どこに向かうのか、見届けたいと思います。


『おんな与力 花房英之介 二』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon

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2021.05.12

鈴木ジュリエッタ『トリピタカ・トリニーク』第2巻 「長安最後の夜」の地獄絵図

 あの「西遊記」を大胆に翻案(?)した少女漫画、全4巻の第2巻であります。敬愛する師匠の体を取り戻すため、都の異変の謎を探るため、長安に向かう花果・三蔵・河伯・冰夷の一行。ついに都に辿り着いた一行が見た意外な光景とは、そしてあまりに残酷な真実とは……

 敬愛する玄奘法師との平和な暮らしをある日突然壊された少女・花果。村は妖魔に襲われ、玄奘は「三蔵法師」を名乗る男に体を乗っ取られ――事態を解決するため、花果は三蔵にやむなく従い、長安に向かうことになります。
 実は「三蔵」の正体こそは、何者かによって体から魂を引き抜かれてしまった唐の二代皇帝・李世民(!)。自分の体と玉座を奪い、民を苦しめる偽の皇帝を倒すため、三蔵は都に向かおうとしていたのであります。

 途中、突厥出身の高冰夷・河伯の兄弟を仲間に加え、長安に向かう一行。無惨に荒れ果てたとも、向かって帰ってきた者はいないとも言われる長安ですが、しかし城門をくぐった一行が目撃した都は――なんと、何事もなかったかのような平穏な、そして活気に満ちあふれた姿であります。
 都の無事を喜ぶ三蔵と花果ですが、しかしその晩……


 というわけで、物語の目的地である長安に(途中妖魔に襲われたりもしつつ)ついにたどり着いた一行。しかし外の世界はこのように妖魔が徘徊しているにもかかわらず、都の城壁の中で待っていたのは平和そのものの光景という、いささか意外な展開だったのですが――しかしそこから先に、あまりに無残な光景が展開することになります。

 都の中で迷子になって、王宮に紛れ込んでしまった花果が見たもの――それは、宮中を我が物顔にうろつきまわる妖魔たち。それこそは、偽皇帝によって妖魔に変えられた元・人間たちだったのです。
 もはや宮中に残るまともな人間はごくわずか、妖魔に変えられなかった人々は、いつ自分が妖魔の餌食になるかを怯えながら暮らしていたのですが――しかしそれでもなお、彼らはまだ幸いだったといえます。

 偶然偽皇帝と出会ってしまい、彼に気に入られた末に、半ば強引に「長安最後の夜」を見せられることになった花果。そこで始まるのは、あれだけ平和だった長安の都に突如として無数の妖魔が現れ、美しかった街が瞬く間に破壊され、そこで暮らす人々の命が次々と奪われていく地獄絵図だったのです。


 それまで――妖魔の襲撃などシリアスな場面はもちろんあったものの――基本的にはコミカルで、そしてほのぼのとしたムードすら漂っていた本作。しかし中盤のクライマックスというべき、この「長安最後の夜」のくだりにおいて突如として描かれたのは、あまりに残酷な光景でありました。

 しかし本当に残酷かつ戦慄すべきはその先――そこで何が行われるのか、何が起きるのかはここでは伏せますが、しかし無惨や邪悪といった言葉が色を失うほどのその真実には、ただただ唖然とするほかありません。
 そしてそれが行われる目的がまた、他所ではちょっとお目にかかったことがないような独創的なものであるだけに、より一層その衝撃は大きいのです。


 さて、そんな惨劇が繰り広げられる一方で、新たな人物がこの物語に登場することになります。彼の名は王仕亥――李世民の妹・玉英公主に仕える校尉であり、公主ともども、宮中ではもはや数少なくなってしまったまともな人間の一人であります。
 偽皇帝の非道極まりない所業に苦しむ人々を、何よりも公主を救うため、偽皇帝を討つことを決意した彼を待ち受ける運命もまた、あまりにも残酷なものなのですが――彼が「最後の一人」であろうことは、本作のモチーフを考えれば察しがつきます。

 そして悲劇の連鎖を断つために立ち上がる三蔵と花果たち。その一方で高冰夷が抱えた深い屈託も描かれ、彼らの物語はどこに向かうのか大いに気になる中、物語は折り返し地点を迎えることになります。


『トリピタカ・トリニーク』第2巻(鈴木ジュリエッタ 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2021.05.11

藤本ケンシ『何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが!?』第2巻 最悪の状況!? 各地の武将見参

 信長が本能寺で死ぬ(当たり前)わけでも、信長が実は本能寺で死ななかった、というわけでもなく、信長が本能寺で死にたくないけど何度も死んでしまう――という個性的過ぎる歴史コメディの続巻であります。幾度かの選択の果て、ついに一歩進んだかに見えた信長ですが、しかしそれは最悪の結果に……

 明智光秀の謀反により、本能寺の炎の中に消えた織田信長。しかし次の瞬間、彼の前に現れた謎のクマの着ぐるみ男は、この運命を変えるために、過去をやり直させてやると告げるのでした。
 かくて本能寺の変を回避するために過去に戻った信長ですが、持ち前の短気さと高飛車さはなかなか変えられず、光秀を斬っても別の人間に謀反されたりと結局本能寺は炎に包まれる始末。しかしついに四国侵攻を躊躇う光秀の心を汲むことに成功した信長は、ついに燃えてない本能寺に到達したかに思われたのですが……

 と思いきや、まだ燃えていないだけで、本能寺には明智光秀率いる日の本最大連合軍が迫っていた! という目も当てられない展開から始まるこの第2巻。
 もはや物理的に炎上待ったなしというこの状況、さらに切腹勧告は出されるわ、首の受け取りに(というか自分で首取る気まんまんで)よりによって島津義弘がくるわと、もう最悪であります。

 これはまたループ待ったなしか――と思えば、しかしここで謎の鎧武者が出現、鬼島津にも劣らぬムチャクチャな強さでもって救出され、ついに「本能寺から出ようとすれば強制的に死ぬ」というルールも突破した信長。
 しかし、バタフライエフェクトというにはあまりに豪快にこの改変されてしまった時間線。はたして鎧武者の正体は何者か、そして「今」の光秀は、そして日本の姿はどうなっているのか――と、山積みの謎を解くために死中に活ありとばかりに光秀のもとに向かう信長ですが、まあもちろんただで済むはずもなく、またもや最悪の状況に突っ込むことに……


 というわけで、これまでであればすぐに(?)信長が失敗→過去に戻るというパターンでしたが、光秀最強の時間線が続くこの第2巻。当然ながら(?)その中でも信長は薄氷を踏むどころではない危機一髪の連続で、それを時にマジに、時にギャグ交じりでテンションも高く乗り越えていくのが、本作ならではの楽しさといえるでしょう。
 そしてこれまでは設定の性質上、登場するのが織田家の武将ばかり(というか体感で9割方光秀)だったのが、一気に各地の武将たちが、本作らしいエキセントリックな姿で登場というのもユニークなところであります。

 ……が、その一方で、上に述べたパターンから外れた(正確にはそこにたどり着くまでの過程が長くなった、だと思いますが)ことで、本作ならではの部分が薄れたという印象は否めません。そしてそのために普通の(?)戦国ギャグというか、戦国IFものになったなあ――というのが、正直な感想であります。
 もちろん、第1巻は設定紹介、この巻は溜めの段階ということだとは思いますし、同じような展開を重ねていくわけには当然いかないのですが――本作ならではの要素をいかに活かしつつ、物語を前進させていくかというバランス取りは、なかなかに難しいのは間違いないでしょう。

 この巻のラストからすると、まだこの展開は続くようですが、この先が色々な意味で正念場ではないか――と感じた次第です。


『何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが!?』第2巻(藤本ケンシ&井出圭亮 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon

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2021.05.10

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第6話「禍世螟蝗」

 かつて仲間たちと禍世螟蝗に挑んだものの、全く力及ばなかった殤不患。その苦い経験から、殤不患は一人東離に去ったのだった。一方、凜雪鴉が加わったことにより、刑亥と溝を深める結果となった萬軍破。さらに西幽に戻った彼の前に、殤不患を追うために皇室の力を利用せんとする婁震戒が現れる……

 いきなり殤不患・浪巫謠・睦天命vs禍世螟蝗というボスバトルが始まった今回の冒頭。もちろん過去の回想シーンでありますが、ここで描かれる禍世螟蝗が強いのなんのって、殤不患たちの攻撃が全く通じません。至近距離ではほとんどバリアというか不可視の壁で守られている上に、衣装の領巾様のパーツに剣を持たせて中・遠距離から襲いかかるというあまりにも攻防に隙のない強キャラであります(あまりに強すぎるので、それ自体が何らかの術の可能性も……)。
 終始圧倒しながら、殤不患に魔剣目録を開けと挑発する禍世螟蝗ですが、殤不患はこれに乗らず――いや乗れず、結局、三人は終始圧倒された末に、睦天命は無惨にも目を斬られて失明、怒ゲージが振り切れた浪巫謠が超必殺技みたいなのを放っている間に、殤不患は彼女とともにその場を脱するしかなかったのであります。

 そして自分が魔剣目録を持っていることで二人を危険に晒すことを怖れ、ただ一人西幽を離れ、東離にまで逃れることを選んだ殤不患。この魔剣目録の始末をつけるまでは、睦天命に合わせる顔がないというのは、これはこれで一個の好漢の考え方ではありますが、同時に単なる男の独りよがりとも言えるでしょう。そんな彼の考えとと、前回の睦天命の態度を見れば、二人の間の考え方の違いはあまりにも大きいと言うべきでしょうか……

 と、いきなり深刻な展開でしたが、ここで場面はガラリと変わり、無界閣に戻ってきた萬軍破と異飄渺が、刑亥のもとに顔を出すのですが――さらにそこに顔を出したのは凜雪鴉。わざわざ自分の過去を知っている刑亥の前に顔を出すのも大概ですが、ぬけぬけと刑亥の過去の悪行を挙げて自分の正当性をアピール、返す刀で萬軍破を持ち上げる凜雪鴉の舌先三寸は今日も絶好調であります。
 しかし刑亥が凜雪鴉を評して「他人の謀を邪魔して悦に入ることしか考えていない」「ただ悪党の悔しがる顔を見たいというだけの加虐趣味」というのはあまりに正論で、さすが被害者代表と感心してしまったのですが――それを受けて「邪知暴虐の徒を陥れ、辱めることにのみ執着するような気の触れた輩がいたとしましょう。そのような変質者の標的になり得ると思いますか?」とシレッと萬軍破に問いかける気が触れた変質者、あいや凜雪鴉は一枚も二枚も上手としかいいようがありません。

 それに丸め込まれたかに見えた萬軍破ですが、しかし「あの殤不患に背を向けるような輩だ。さぞや卑劣な外道であろう」と当たっているような当たっていないような理屈で、心を許していないのはさすがというべきかもしれません。尤も、刑亥と凜雪鴉がちゃんと語っていたにもかかわらず、その目的を完璧に誤解しているのが、今後とんでもない悲劇を招くことは間違いありませんが……

 さて、そんな動きとは全く関係なく、殤不患を探してうろついていた婁震戒は、西幽の兵士に職務質問されるもののこれを一蹴――と、そこで閃いた婁震戒は、彼らに案内させて王宮に向かいます。そこで嘲風を前に、自分には殤不患に遺恨があること、彼を追うために兵を貸して欲しいことを簡潔かつ明瞭に語るのですが――あまりに図々しいといえば図々しい。しかしヤンデレはヤンデレを知るというべきか、嘲風は快諾し、萬軍破に介添え役を命じるのでした。
 ここで困ったのは萬軍破であります。前々回、婁震戒の乱入で殤不患を取り逃がしたのもさることながら、彼が禍世冥蝗の配下であることを婁震戒は知っているのですから。といっても婁震戒の関心は七殺天凌を取り戻すことのみで、何はともあれ、共通の敵である殤不患を倒すため、萬軍破と婁震戒は手を組むことに……


 と、あまりに桁違いの実力を見せた禍世冥蝗の印象が、周囲に変質者と狂人しかいない萬軍破への同情で上塗りされてしまう今回。普通、強敵同士が手を結べば、これは主人公たちのピンチだ! という気持ちになるものですが、本作の場合はあまりに敵側がガタガタ過ぎて、むしろ安心感が湧いてくるのが面白いところであります。もっとも、安心感の原因は、獅子身中の虫となった凜雪鴉の存在によるところも大きいのですが……

 とはいえ、殤不患側があまりにも劣勢であるのもまた事実で、何よりも刑亥の手にはあの七殺天凌があることを考えれば、この先予断を許しません(単に婁震戒を怒らせるだけという気もしますが……)。
 何はともあれ、あっという間に折り返し地点の本作。この先も予想の及ばぬような展開が続きそうであります。


関連サイト
 公式サイト

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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第5話「妖姫伝説」

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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
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 『Thunderbolt Fantasy 西幽ゲン歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

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2021.05.09

宮本昌孝『天離り果つる国』上巻 快男児、天空の城を守れるか!?

 戦国時代末期、飛騨白川郷に存在した伝説の城・帰雲城――天空の城と、そこに暮らす人々を守るため、竹中半兵衛の愛弟子である快男児・津田七龍太が活躍する伝奇ロマンの上巻であります。本願寺と信長の間に挟まれた「天離る地」を救う七龍太の策とは、そして彼を待つ数奇な運命とは……

 戦国時代の奇譚好きの方であれば一度は耳にしたことがあるであろう帰雲城――何やらネーミングの時点で伝奇めいた帰雲城は、ある理由(物語の興趣を削がないため、ここでは伏せます)から幻の城として知られ、埋蔵金伝説なども残る地であります。
 当然というべきか、フィクションの題材にも幾度かなっている帰雲城ですが――その幻の城を、戦国伝奇ロマンの名手である作者が描くというのですから、期待しないわけにはいきません。はたして本作は、実に作者らしい、史実と虚構の間を巧みに縫った時代エンターテイメントの快作であります。


 物語は、廻国修行中の竹中半兵衛と従者の喜多村十助が、白川郷を訪れる場面から始まります。道に迷った主従が山中でたどり着いた屋敷で見たものは、何者かに殺された女たちと、ただ一人隠し間に隠されて難を逃れた赤子の姿。赤子を連れ帰った主従は、その子を七龍太と名付け、十助の子として育てるのでした。
 長じて後、半兵衛の弟子となり、知勇優れた美丈夫として成長した七龍太。小谷城の戦いでのある功績で、織田一門の津田姓と永楽通宝の意匠の鍔を許された七龍太は、信長の使者として、帰雲城の内ケ嶋氏理のもとに現れることになります。

 北国の一向宗の名刹から正室・茶之を迎え、かねてから一向宗と縁の深い内ケ嶋家と白川郷の人々。これまで戦国乱世とはほとんど無縁の白川郷でしたが、しかし本願寺と勢力伸長著しい信長の間で合戦が起こり、極めて難しい立場に立たされることになります。
 そんな状況にある白川郷に訪れた七龍太は、氏理の人物と白川郷の素朴な人々、そして美しい山河に魅せられ、この地を守るために知恵を絞ることになります。

 事あるごとに一向宗に加担する茶之、飛騨守護を簒奪した奸佞な三木自綱、本願寺の邪剣使い・下間頼蛇、比叡山を焼き討ちされ信長に復讐を誓う血裹頭衆、さらに北から白川郷を狙う上杉家――様々な勢力を向こうに回し、時には織田家中の目を盗んで、帰雲城の白川郷を守るために奔走する七龍太。
 そんな彼の明るく飄々とした人柄に、氏理をはじめ白川郷の人々は強く惹かれていくことになります。そして氏理の娘でとてつもないじゃじゃ馬の紗雪もまた、初めは反発していた七龍太にやがて恋心を抱くようになるのでした。

 紗雪が、そして氏理ら白川郷の人々は、二人が結ばれることを願うのですが――しかしそんな二人に、そして白川郷に、思わぬ波乱の運命が襲いかかることに……


 内ケ嶋家と白川郷を次々と襲う難事――侵略や陰謀、あるいは困難な外交交渉といった、戦国時代の小国故の危難に立ち向かい、鮮やかに解決していく七龍太の姿が描かれるこの上巻。
 飛騨山中深くに位置しながらも、ある二つの理由から、戦国時代において重要な位置を占める「天離る地」という白川郷の舞台設定と、そこから生まれるドラマがまず実に面白いのですが――同時に極めて魅力的なのは七龍太のキャラクターです。

 作者の小説の主人公は、ほとんどの場合、「颯爽」という語が極めて似つかわしいヒーローなのですが、七龍太もその宮本ヒーローの系譜に確かに位置する快男児であります。
 剣の腕は言うまでもなく、知略は竹中半兵衛譲り、それでいて徒に戦いを好まず、むしろ平穏な暮らしを愛する七龍太。土地の人々に積極的に交わって暮らし、その一方で武人としても折り目正しい姿を見せる――ほとんど非の打ち所のないスーパーマンですが、決して嫌味を感じさせない飄々としたキャラクター描写は、これはもう作者ならではの業の冴えというものでしょう。
(その一方で紗雪の無茶苦茶なヒロイン像も、これはこれで実に作者らしいと感じます)

 そんな誰もが応援したくなるヒーロー、それが七龍太なのですが――しかしこの上巻のラストで七龍太は、彼でもどうにもできないような苦境に追い込まれることになります。
 はたしてこの先、彼が、さらに紗雪や氏理、白川郷の人々がいかなる運命を辿るのか。そして冒頭に述べたある史実に如何に繋がっていくのか――さらなる波乱が待ち受ける下巻も、近日中にご紹介いたします。


『天離り果つる国』上巻(宮本昌孝 PHP研究所) Amazon

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2021.05.08

横島一『宇宙戦争』第2巻・第3巻 侵略SFの元祖、現代へのアップデート完了

 侵略SFの元祖であるH・G・ウェルズの古典の漫画版、全3巻の第2巻・第3巻であります。火星人の侵略が始まる場に居合わせることとなった写真家の「私」が目撃した地獄の数々とは、彼の、そして人類の運命は――誰もが知るあの物語が、新しい形で描かれることになります。

 二十世紀初頭のある日、突如火星から飛来した巨大な金属の円筒から発せられた光線が周囲を薙ぎ払う様を目撃した写真家の「私」。驚異的な威力と射程を持つ光線から逃れるためにロンドンへの疎開を決意した彼は、妻のみを行かせ、自らは落としたカメラを取りに戻ることになります。
 この混乱の中生き残った牧師、砲兵と出会った主人公は、三人で行動を共にして……

 という第1巻に続くこの第2巻以降では、妻を追ってロンドンに向かう主人公たちが目撃する、火星人のさらなる脅威の数々が描かれることになります。
 第1巻の後半に登場した巨大な三本足の怪物・トライポッドはその数を増し、光線のみならず黒い毒ガスを放って次々と人々を殺戮。そのガスが放たれた跡には、不気味な赤い植物が繁茂し、地を覆っていくことになります。さらにトライポッドたちは、触手で人間たちを拐ってはその生き血を吸い取り、食料にしていくではありませんか。

 途中、生き残りの部隊に加わりトライポッドを迎撃することとなった砲兵と別れた主人公と牧師は、この火星人の人間狩りの現場から逃れ、地下室に隠れるも、数々の惨状を目撃したことから牧師の精神は異常を来し……


 冒頭に述べたように、侵略SFの元祖である原作を、可能な限りそのムードを活かしつつ、漫画として再生してみせた本作。
 二十世紀初頭という時代背景を踏まえた美術・風俗の中に、クリーチャー的なデザインにアレンジした火星人やトライポッドを配置することにより、本作は古典中の古典である原作を、強烈なリアリティと緊迫感を持って描き出していると感じます。

 特に第一次大戦以前のテクノロジーレベルしかないイギリス軍と火星人の、彼我の戦力差の容赦ない描写は絶望的というほかなく、一方的に人類側が蹂躙される様には、ある種の感動すら覚えるほどです。もっとも、それだからこそ人類の数少ない反撃場面である、サンダーチャイルド号の突撃が、一際インパクトがあるのですが……
(個人的な話ですが、子供の頃初めて読んだ『宇宙戦争』の口絵にこの場面が実に格好良く描かれていたのを見たときの興奮が思い出されました)

 さて、このように原作の描写と流れを丹念に踏まえている本作ですが、独自のアレンジももちろん存在します。そしてそれは特に、主人公と、彼と同行する二人の人物の描写に顕著に現れているのです。

 その一人――本来であれば最も理性的であるはずが、火星人の恐怖に惑乱し、暴走していく牧師は、原作でもあったこの要素をさらに強烈にした形で描かれることとなります。
 人間たちが無力に、無残に死んでいく姿を目の当たりにし、神の力に絶望した彼は、あろうことか火星人を崇め始め――というくだりは、パニックものではお馴染みの展開ではありますが、何とも厭な味わいを残します。

 一方、登場時は所属部隊が彼一人を残して全滅し、パニックに陥っていた砲兵は、歴戦の中で成長し、人類の反攻を構想するまでになる、ある種英雄的な人物として描かれることになります。
 原作では彼の構想――これがある意味実にウェルズ的な人間文明論として語られるのですが――は実は一種の空虚な妄想であり、彼自身もそれに酔うだけの人物として描かれています。それが本作においてはその役割を別の人間たちに与えることによって、真に――として描かれるのが、ユニークな点でしょう(この辺りは作品自体の結末の味わいにも繋がってくるのですが)

 そして第1巻の紹介でも触れたとおり、写真家という設定になった主人公は、引き続き積極的に、この未曾有の事態の只中に突き進み、一部始終を見届けることになります。
 この設定が彼を単なる傍観者ではなく、一つの意志を持った存在に変えているのであり――だからこそ彼が絶望的な事態に突き当たり、打ちひしがれる後半の展開は、一層重く感じられると言うべきでしょうか(もっとも、ギリギリのところで助かりすぎるのは、やりすぎの感もあるのですが)


 このように実はかなりのアレンジもありつつも、しかし全体としてのイメージは原作のそれを丹念に押さえることで、違和感を感じさせない本作。古典的名作を、巧みに現代にアップデートしてみせた作品であります。


『宇宙戦争』(横島一&猪原賽&H・G・ウェルズ KADOKAWAビームコミックス) 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon

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2021.05.07

蝉谷めぐ実『化け者心中』 芸道に生きる人と鬼たちの境目にあるもの

 文政期の江戸の歌舞伎界を舞台とした奇妙な時代ミステリ――役者に成り代わった人食いの鬼の正体を暴くため、足を失った元名女形と生真面目な鳥屋の青年が奔走する、第11回小説野性時代新人賞作品であります。はたして誰が人に化けた鬼なのか、そして人と鬼との境目とは……

 ある日、元女形の魚之助に呼び出された鳥屋の藤九郎。かつては稀代の女形として絶大な人気を誇りながらも、舞台上で熱狂的な贔屓に切りつけられて足を失った魚之助と、ある出来事がきっかけで知り合った藤九郎は、以来事あるごとに呼びつけられ、こき使われていたのであります。

 そして藤九郎は、魚之助に連れられていった中村座の座元のもとで、とんでもない話を聞かされることになります。
 数日前の晩、座元と狂言作者の前で、曽根崎心中を題材とした新作台本の前読みを行っていた六人の役者。その最中、薄暗闇の中で車座の輪の真ん中に、誰かの首がごろぅりと落ち――しかし行灯をつけてみれば、そこには血溜まりと肉片のみが残され、六人は誰一人として欠けていなかったというのです。
 つまり、人食いの鬼が誰か一人を食い殺し、その姿になりかわっている――!

 その鬼探しを依頼された魚之助に強引に付き合わされることになった藤九郎は、芝居小屋に、その楽屋に通う中で、華やかな芝居の世界の裏側と、芸の世界に全てを捧げる役者たちの素顔を見ることになるのですが……


 そんな基本設定の時点で何とも魅力的な本作。探偵役が澤村田之助を思わせる足と役者生命を奪われた名女形、相棒が生真面目でお人好しの鳥屋(肉屋ではなくペット屋)の青年という組み合わせだけで何ともユニークなところに、その事件の奇妙さたるや――!
 人食いの鬼が食った相手に成り代わっているという、ある意味犯人=被害者というシチュエーションは、本作のような設定ならではのものでしょう。

 もっとも、二人には鬼を見顕す力などはありません。あるのは、長年芝居の世界の裏も表も見尽くしてきた魚之助の知識と経験、そして鳥の世話で培った、相手のどんな細かい変化も見逃さない藤九郎の観察眼のみです。
 鬼とは「人間とは思えない心を持っている」存在――魚之助と藤九郎は、容疑者である役者たちとやり合い、観察することで、その「心」の中を見抜こうというのであります。


 と、ここで明かしてしまえば、実は本作の伝奇ホラー的な部分は冒頭と結末に集中しています。それ以外の部分、本作の中心となる部分で描かれているのは、容疑者となる六人の役者たちの、そして探偵役である魚之助の姿であり――本作は、一種の芸道小説としての顔を強く持つ作品なのです。

 演じるすべてが当たり役になる伊達男。平生から女の姿で暮らす女形。上方から迎え入れられた人気役者。名門の三代目の女形。白髪交じりの名脇役。そして芝居を純粋に愛する旅役者。
 本作で主人公二人が出会う彼ら六人の役者は、それぞれが芝居の世界の象徴ともいうべき存在といえます。そしてそれと同時に、単なる象徴などという言葉では済ませられないような、極めて生々しい存在でもあります。

 そう、本作において魚之助と藤九郎が目の当たりにするのは、彼ら役者たちが芝居に抱く深い愛情であり、執念であり、業というべきもの――時に他人を蹴落とし、傷つけ、陥れてでも芸の道を求める姿なのであります。その時に醜く、時に悍ましく、そして時に哀しい姿こそが、本作の中核を成すといっても過言ではないでしょう。
 そしてこの役者たちの業が最後の鬼暴きに繋がり、そこにタイトルが鮮やかに二重写しで重なるのには、ただ唸るほかありません。


 しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。役者としての業は、役者生命を奪われた魚之助の中にも存在するのですから。
 自慢の足を失いながら、なおも艶やかな女性の姿で暮らす魚之助。藤九郎をはじめとする周囲に常に憎まれ口を叩き、過去の自分の名声を鼻にかけた奇矯な人物――そんな魚之助の内面をも、本作は同時に克明に描くのであります。

 決して満たされることのない業を抱えてしまった、もはや役者ではない役者。只人ではなく、役者でもない、そして男でも女でもない彼は一体何者なのか? 物語が進むに連れて、読者の中で膨らむその疑問は、しかし鮮やかに昇華されることになります。
 その答えは、役者たちにとっての、芸道を生きる「鬼」たちにとっての一つの救いであり――そして同時に「人」という矛盾に満ちた存在を肯定するものにほかなりません。人と鬼たちの境目を描く物語の、見事な結末であります。


『化け者心中』(蝉谷めぐ実 KADOKAWA) Amazon

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2021.05.06

賀来ゆうじ『地獄楽 解体新書』 最高のタイミングで発売されたファンブック

 昨日ご紹介したとおり、第13巻を以って大団円を迎えた『地獄楽』。その最終巻と同時発売となったファンブックであります。当然ながら最終話までの全ての内容をカバーした本書は、特別描き下ろし漫画や単行本未収録のエピソード等、本編を補完する情報満載の一冊であります。

 そんな本書の主な収録内容は以下の通り――
・カラーピンナップ(描き下ろし2点)
・主要人別帳(キャラクターガイド:死罪人・浅ェ門・天仙・石隠れ・その他でそれぞれ掲載)
・キャラクター人気番付(二度の人気投票結果)
・二大作家特別対談集(三浦建太郎、藤本タツキ(?2)との対談。ただし、藤本タツキとの最新の対談以外は、以前行われたものの掲載ページをQRコードで掲載)
・戦闘記 技の極意(各キャラの忍術・剣術紹介)
・解体新書 附録(初期設定画集、Twitter投稿画集、おたずね目安箱(質問コーナー) 等)
・特別描き下ろし漫画5篇(死罪人編・浅ェ門編・天仙編編・石隠れ編・特別編)
・単行本未収録漫画2篇(出張版読切)

 ご覧いただければわかるように、基本的にはファンブックでは定番の内容ですが――しかし内容の充実度はかなりのものであります。

 その中でも特に必見は特別描き下ろし漫画と、単行本未収録漫画でしょう。前者は最後の一本を除けば一つ2ページと、単行本のおまけ漫画的存在(内容的にもコミカルなテイストなこともあり……)ではありますが、幻の存在だった山田浅ェ門第六位・第七位がついに登場するなど、見逃せない内容。
 そして巻末に収録された全5ページの最後の一本では、ついに画眉丸の本名が――と、ある意味掉尾を飾るに相応しい内容と言えるでしょう。

 また、単行本未収録漫画は、週刊少年ジャンプに掲載されたそれぞれ30ページ強のエピソードを再録しています。出張版というだけあって、特に「壱ノ巻」は作品そのもの紹介的側面が強い一編。死罪人と浅ェ門たちを乗せた船が島にたどり着く前の船上での出来事を題材に、キャラクターと基本設定が紹介されることになります。
 一方「弐ノ巻」の方は、本編開始前の時間軸を舞台に、画眉丸を中心とした石隠れ衆の姿を描く、外伝的内容の作品。石隠れ衆の通常任務(?)というある意味貴重なものを描きつつ、妻との出会いから人間的な感情を取り戻し始めた画眉丸の姿を浮き彫りにする一編であります。

 このように、収録された漫画だけでも読み応え十分なのですが、このほかにも「主要人別帖」と「おたずね目安箱」は、語られざる情報の宝庫。特に殊現と十禾のある因縁などは、思わず言葉を失うような内容で、これが本編で描かれていれば、また印象もだいぶ異なっていたのでは――と思わされるほどであります。
 そしてまた、佐切や画眉丸たちの「その後」に繋がる情報も断片的ではあるものの描かれているのですが、そのテイストがまた、実に本作らしい。特に佐切のそれは、設定的にアレとナニすることになるのでは――と気になっていただけにある意味納得であります。


 と、まさにファンにとっては垂涎の内容である本書。唯一難点をいえば、かなりサイズ的に細かい絵(特にTwitter掲載画)や文章も多いため、電子書籍で読む時には大きめの画面が望ましいことくらいでしょうか(拡大すれば良いといえばそれまでですが)。
 何はともあれ、最高のタイミングで発売された最高の内容の一冊であることは間違いありません。


『地獄楽 解体新書』(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2021.05.05

賀来ゆうじ『地獄楽』第13巻 大団円 地獄と極楽の島での戦いの先に

 連載完結と同時にアニメ化発表、本書と同時にファンブックも発売という破格の待遇となった『地獄楽』、堂々の最終巻であります。自らの目的のため、本土の民全てを丹に変えんとする蓮との最終決戦の行方は、そして最後に生き残る者は――ついに物語は大団円を迎えます。

 死闘に次ぐ死闘の果てに神獣・盤古を倒した死罪人と山田浅ェ門たち。しかし天仙たちのリーダー・蓮を乗せた船は既に本土に向けて出航してしまったのでした。
 実は元人間であり、徐福の妻であった蓮。はるか昔に亡くなった徐福を復活させるため、本土の人間全てを丹に変えんと暴走する蓮を止めるため、追加上陸組とも手を携えて画眉丸と佐切たちは後を追うことになります。

 かくてこの巻の大半を費やして描かれるのは、最強最後の敵である蓮との決戦であります。天仙たちのリーダー――というより天仙たちのまさに母体であり、天仙を遥かに上回る存在・真仙である蓮。これに挑むは画眉丸と佐切だけでなく、浅ェ門最強の殊現をはじめとする、生き残った面々であります。
 いかに死闘の果てに満身創痍とはいえ、人間という枠でいえば最強クラスが集まったこのメンバーですが――しかしそんな少年漫画的に燃えるシチュエーションも、真仙としての力を発揮した蓮の前にはあっけなく粉砕されるほかありません。

 かくて一人、また一人――いや、一気に打倒されていく人間たち。彼らと蓮のいわば第一ラウンドの結末と言うべき第百十九話における、十数ページに渡って一切無音のまま惨劇が繰り広げられるシーンなど、あまりの救いのなさに愕然とするほかありません。
(単行本派の私には珍しく、本作はほぼ毎週連載を追っていたのですが、この回を読んだときの絶望ぶりは昨日のことのように思い出せます)

 しかし、人間は――地獄と極楽の島で幾多の戦いをくぐり抜けてきた画眉丸と佐切は、それでもなお立ち上がります。
 己が剣を取り、人を斬ることに悩み続けてきた果てに、ついに一つの境地にたどり着いた佐切。完全に花化し、甘美な夢に浸ってもなお戦いの中に戻る(正確には引き戻された)画眉丸。そんな二人の姿は、まさにあの島の経験があったからのものであることは間違いありません。

 そして首斬り人と忍、それぞれの本分を活かしての活躍は、こう来たか! と膝を叩くほかなく――そして最後の最後の賭けの果てに画眉丸が見せた行動と、それがもたらした結末にもまた、ただただ嘆息するほかありません。
 これまで物語の中で積み重ねられてきたものが、一点に収束し、美しい結末を紡ぎ出す幸福に、存分に浸ることができました。


 しかし、決戦の先にも物語は続きます。天仙最後の生き残り・桂花が残した不気味な易――残るのは男二人と女一人という結果は、現実のものとなるのか?
 そもそも、死罪人たちの目的であった仙薬を持ち帰ることができるのはただ一人であります。だとすれば誰がそれを持ち帰るのか、そしてそれ以外の者の運命は……

 もちろんここでその結末を述べることは決していたしませんが、しかしこの物語がこのような終わりを迎えるとは、とこれまたただただ唸り、そして微笑むほかない結末であります。(ただ「○○が十日でやってくれました」な点だけは何度読んでも引っかかるところではありますが……)
 そしてさらにその先まで描かれて、もうこれ以上はないフィナーレを迎えた本作。一つの物語は終わり、そして幾つもの物語が始まる――理想的というほかない結末は、まさに大団円というべきでしょう。


 連載開始時は、不老不死の仙薬を巡り、死罪人たちと、彼らを監督する浅ェ門たちによる一種のデスゲーム的な物語かと思われた本作。
 そこからこの結末に至るまで物語は幾重も変転を重ね、終わってみれば、そこで描かれたものは、「人間」という存在の強さと儚さ、そして愛という感情の強さと美しさであった――というのは、いささか感傷的に過ぎるでしょうか。

 しかし、この物語を最初から最後まで読んで本当に良かった――その気持ちだけは間違いがないと、この最終巻を読み終えて、改めて感じた次第です。


『地獄楽』第13巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2021.05.04

唐々煙『MARS RED』第2巻 人間と「人間的な」ヴァンパイアの狭間で

 4月からアニメ版も開始された大正ヴァンパイア奇譚の漫画版、第2巻であります。帝国陸軍の金剛鉄兵として選ばれた4人のヴァンパイアたちの、いつ果てるともなく続く戦いの行方は、そしてその一人・秀太郎を追う女性記者・葵の運命は……

 陸軍内部で極秘理に進められるヴァンパイアの軍事利用計画・金剛鉄兵計画。その実働部隊である零機関所属の4人のヴァンパイア――凶暴なスワ、マッドサイエンティストのタケウチ、最下層ランクの山上、そして栗栖秀太郎の任務は、都内に潜伏し無差別に人間を襲うヴァンパイアの拘束・処理であります。
 その中でもヴァンパイアになりたての秀太郎は、メンバーの中でも最強のAランクながら、いまだ自分の運命を受け容れられず、戸惑うばかりの日々を送っていたのですが……

 そんな基本設定で展開する本作の第2巻では描かれるのは、彼らヴァンパイアの奇妙な生態であり、東京を離れた地方での任務であり、そして吉原を舞台とした奇怪な事件の捜査であり――ヴァンパイアにして帝都に生きる軍人である彼らの様々な姿であります。
 冒頭の、零機関の面々が棺桶で眠る理由やタケウチの珍発明が語られるエピソード、人間でありながらしかしある意味一番人間離れした零機関の前田隊長の「実力」が描かれるエピソードなど、いずれも本作ならではの内容で面白いのですが、やはりこの巻のメインは、吉原を舞台とした物語でしょう。

 吉原で次々と見つかった遊女の変死体――遺体が紫色に変色した毒殺体の捜査のため、吉原に潜入した零機関。
 マスクがなければ血の匂いで暴走しかねないスワ(その一方で芝居好きという趣味が面白い)が、はるか昔に離別した妹を思い出させる遊女との交流を通じて過去を思い出すくだりや、吉原に潜むヴァンパイアの根城の設定など、印象的なシーンはいくつもあるのですが――しかしやはり強烈なインパクトを残すのは、秀太郎の覚醒でしょう。

 もはや人間ではなく、しかし人間の血で生きるヴァンパイアにもなりきれない。そんな迷いから、任務中に失敗し、前田やスワから厳しい言葉をぶつけられる秀太郎。それでも「化け物」になりきれない彼の迷いは、あまりにも残酷な形で打ち砕かれることになります。
 そしてその果てに彼が見せた真の力とは……

 人間を食料とする、人間ならざる化け物でありながらも、その姿同様、その心は人間と変わらないヴァンパイア。それは軍人である零機関の4人であっても変わることなく、そんな彼らの姿が(作者独特のギャグシーンにおけるセンスもあって)、殺伐とした設定ながら、どこか親しみやすさを感じさせてくれます。
 しかしどれだけ「人間的」な姿を見せようとも、ヴァンパイアはヴァンパイア――決して人間ではなく、人間に戻ることはできない。そして「人間的」であるからこそ、その事実に苦しむ――そのことを、本作は秀太郎の姿を通じて、痛切に描き出すのであります。

 そしてまた、自身は人間であり、何よりも秀太郎がヴァンパイアであることをいまだ知らないものの、彼の現実を知れば同様に苦しむであろう人物がもう一人います。それは本作のヒロインである葵――秀太郎の幼馴染であり、彼の「死」を未だに信じきれず、その姿を追う女性であります。
 残念ながらこの巻ではあまり出番がなく――それどころか敵(?)に○○を受けている状態なのですが――しかし秀太郎の覚醒を知った時、彼女がいかなる想いを抱くか、想像するだに胸が痛むのです。


 そしてこの巻の終盤において、物語は急展開を迎えることになります。
 以前からヴァンパイア血清の行方を追ってきた零機関の前に現れる、物語の背後で暗躍してきた異国の――S級のヴァンパイア。零機関の存続すら危うい状況の中、秀太郎たちの、そして葵の運命は――いよいよクライマックス突入であります。


『MARS RED』第2巻(唐々煙&藤沢文翁 マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon

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2021.05.03

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第5話「妖姫伝説」

 殤不患の使いで睦天命と天工詭匠に会い、霊薬を受け取った捲殘雲。一方、刑亥は七殺天凌にその過去を尋ねる。七殺天凌の正体こそは、かつて西幽の王宮に入り込んで皇帝を誑かし、暴虐の限りを尽くした魔族の美姫・照君臨。正体が露見して誅滅された彼女の魂は剣に宿り、魔剣に化したのだという……

 前回、散り散りとなってしまった殤不患一行。そのうち、神蝗盟サイドに潜り込むこととなった凜雪鴉は、去り際になにやら袋を殤不患に手渡しておりましたが――ほとんどシザーマンみたいな扱いの婁震戒をようやく撒いた殤不患が袋のことを思い出して開けてみれば、中に入っていたのは――ねんどろいど!? いや、見かけは凜雪鴉のねんどろいどながら、本人の声で喋る呪いの人形――じゃなかった、離れた凜雪鴉と会話することができる通信機だったのであります。まあ便利は便利と思いつつ、やっぱり見ているとムカつくので袋にしまう殤不患でありました。

 一方、前回ラストで鋳異坊にたどり着いた捲殘雲と聆牙の前には、目の周りを布で覆った睦天命が現れたわけですが――やはり彼女は失明していたものの、しかし性格の方は変わらず明るく聡明な様子で、少しだけホッとさせられます。しかし盲目の彼女は誤魔化せても、天工詭匠には、傷を負った浪巫謠のために、捲殘雲が殤不患の使いで薬を貰いに来たというのは、バレバレだったわけですが……
 霊薬を受け取って捲殘雲が退散した後、天工詭匠の口から殤不患が西幽に戻ってきていると聞かされた睦天命。彼女も聆牙の気配でそれとなく察していたようですが――自分を心配させまいと黙っていた殤不患たちの身勝手な優しさに怒ってみせるその姿は、男たちの背中についていくのではなく、そして彼らの優しさに甘えるだけでない、睦天命という女性の凛とした部分が感じられて、何とも嬉しくなります。

 さて、主人公サイドが何とか盛り返しつつある一方で、前回七殺天凌を拾った刑亥ですが――彼女は魔剣を姉上と呼ぶではありませんか。実は七殺天凌の生前の(?)姿こそは、魔族の美姫・照君臨。かつて窮暮之戰が終結し、この世界に残った魔族たちが次々と狩られていく中、人間に化けた彼女は、その絶世の美貌で周囲の者たちを次々と誑かし、ついには西幽の皇帝の寵姫にまで登り詰めたのであります。
 そして皇帝を唆して宮中で、そして西幽で無数の死をばらまいたのですが――油断からその正体が露見して護印師たちに追い詰められ、ついに誅滅されてしまった照君臨。しかし用意周到な彼女は、自らの肉体を滅ぼした聖剣に自らの魂を憑依させ、魔剣として生まれ変わったのであります。かくて魔剣・七殺天凌として再び世に現れ、手にした者たちを操って、以前よりも多くの犠牲者を出したのですが――殤不患に封じられてしまったのは、第二期で描かれてしまったとおりです。

 そんな彼女の話を聞いて驚き怒ったのは刑亥であります。自分が復活させた魔神・妖荼黎をこの世界から放逐した殤不患が、七殺天凌までその手にかけていたとは――彼こそはまさに自分たち魔族にとって不倶戴天の敵と見定めた刑亥は、何やら策があるらしく、七殺天凌に対して「お任せ下さい」と胸を張るのですが――なんだかんだで抜けているこの人の場合、そうやって自信ありげにしている方がヤバいというか、殤不患にとっては安心なような気がします。そもそも、アナタの不倶戴天の敵は凜雪鴉でしょうに……

 と、知らぬところで仇敵たちが盛り上がっているとも知らず、ようやく浪巫謠のところに戻ってきた殤不患と捲殘雲。捲殘雲が持ち帰った霊薬を早速飲ませてみれば、人事不省だった浪巫謠もすぐに意識を取り戻したのですが――薬の出処を悟った浪巫謠は、死にかけとは思えない剣幕で、殤不患に食ってかかります。睦天命が会いたがっているであろうことを知りながら会おうとしない殤不患に怒る浪巫謠ですが――お、なんだか矢印が色々絡まってる感じだな、というところで、次回はこの三人の因縁が描かれる模様です。


 まるで妲己か玉藻前か、と言いたくなるような七殺天凌=照君臨の過去話。殺戮描写に遠慮のない本作らしく、かなり生々しいシーンも描かれ、重い気分になりましたが――上にも書いたとおり、その直後に自信満々な刑亥を見ていると、何だか気が楽になりました。今回散々偉そうにしていた七殺天凌も、前作では婁震戒に迫られてドン引きしていましたし、禍世冥蝗も凜雪鴉が懐に潜り込むことになって――と、悪役側の今後が気遣われる本作であります。
(そして男を操っているようで結局男の手に握られないと何も出来ない七殺天凌と、たとえ盲目になっても毅然として立つ睦天命は好対照と感じます)


関連サイト
 公式サイト

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 『Thunderbolt Fantasy 西幽ゲン歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

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2021.05.02

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 一章 信乃の旅立ち』『二章 芳流閣のたたかい』 信乃、宿命の兄弟たちに出会う!?

 朝日小学生新聞で不定期連載中のニュータイプ八犬伝、序章に引き続いてKindle化された第1章・第2章のご紹介であります。いよいよ旅立つこととなった信乃と荘助の前に現れるのは何者か――よく知ったキャラクターたちの、新たな冒険が始まります。

 両親と暮らす大塚村を襲撃してきた山犬の群れを撃退した少年・犬塚信乃。村長の召使いの荘助らと山犬のすみかの討伐隊に加わった信乃は、そこで山犬を操っていた美女・玉梓の妖術に苦しめられるも、伏姫神の加護で撃退するのでした。
 そして伏姫神から自分が里見家に八人兄弟として生まれるはずの存在だったと聞かされ、「孝」の珠を与えられた信乃ですが……

 という序章を受けての1章は「信乃の旅立ち」のサブタイトルのとおり、古河に旅立つ信乃の姿が描かれることとなります。
 まだ子供の信乃たちということもあって(?)浜路くどきの場面は愉快にアレンジされているものの、浜路の兄の存在や、糠助さんの子供の存在などもきっちり語られ、この先の展開を予感させてくれますが――ここから大きくアレンジされた展開が始まります。

 荘助を供に古河に向かう途中、旅芸人を名乗る網乾左母二郎と出会う信乃。あからさまに怪しい左母二郎を追ってきた、さらに怪しい忍者集団・深淵衆を撃退する信乃と荘助ですが、そこに現れた火遁の術を操る忍者の頭領に捕らえられてしまうのでした。
 どうやら盗人であったらしい左母二郎との関わり合いを疑われた二人は、頭領を相手に命がけのゲーム(神経衰弱)を繰り広げることに……

 と、ここでいきなり失敗してコケる頭領が愉快なのはさておき、この勝負の中で頭領は、大塚村でそれなりに平和に暮らしてきた信乃では想像もつかぬような、無法の世と化した「今」の世界の姿を語ることになります。
 さらに、自分の一族が扇谷家に皆殺しにされたことを語り、その仇討のために同じ身の上の深淵衆を組織したと語る頭領。そう、頭領の正体は、「あの人物」なのであります。

 原典では、信乃とは色々と因縁がある割にニアミス状態で、直接の対面はもう少し後になるあのキャラクターですが、なるほどここで信乃と対面させておくというのは面白いアイディア。
 ネーミング的にはどうかなと思う深淵衆ですが、ほとんど唯一、自分の郎党を連れていたあのキャラのことを考えると、これも面白いアレンジだと思います。

 他者を信じぬ冷徹な復讐鬼としての顔を見せるこのキャラと、あくまでも荘助との、他人との絆を信じようとする信乃との対比も描かれ、オリジナルながら納得の展開であります、


 一方、続く2章「芳流閣のたたかい」は、打って変わって原典にほぼ忠実な展開が描かれることとなります。
 大塚村に帰る荘助と別れ、一人古河で古河公方に村雨を献上しようとするも、いつの間にか刀は偽物にすり替えられていた信乃。あらぬ疑いをかけられ、城内で乱戦を繰り広げた果てに芳流閣に追い詰められた信乃の前に現れたのは――ということで犬飼現八の登場編であります。

 古河最強と言われながらもその心ばえの真っ直ぐさから主に疎まれていたという設定はそのままながら、バトルマニアという独自の、そして何となく納得の属性を与えられた本作の現八。
 そんな現八と信乃の決闘はやはり実に漫画向きで、この戦いがエピソードの大半を締めるのですが、それはもちろん納得の展開であります。

 そして文字通り水入りになった二人の前に小文吾が――豪快なキャラとして描かれることの多い小文吾ですが、本作ではちょっと意外なアレンジなのも面白い――登場。そしてそれだけでなく、丶大法師と蜑崎照文(でしょう)が顔を見せたところで2章は終わることになります。
 冒頭の伏姫縁起は語られず、信乃の物語から始まった本作ですが、ここで伏姫の物語がヽ大の口から語られるという趣向でしょうか。だとすれば納得のタイミングですが……


 何はともあれ、信乃を主人公とした子供向け漫画としてのアレンジはふんだんに加えられつつも、原典の流れに忠実であり、アレンジの内容も納得できるものであったこの1章・2章。八犬伝ファンとして、この先が楽しみな作品です。


『異界譚里見八犬伝』(うちはら香乃 Kindle版) 一章 Amazon / 二章 Amazon

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「八犬伝」リスト

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2021.05.01

ユウキケイ『画鬼の爪』第1巻 妖怪と対峙する者――画鬼と建築家と火盗改と!?

 時は明治時代初頭――江戸から東京と呼び名を変えたばかりの町に跳梁する妖怪たちと、その姿を絵に残す「画鬼」と呼ばれる絵師、そして妖怪たちに抗する警視庁の退魔集団の姿を描く伝奇活劇の第1巻であります。謎めいた画鬼の素顔とは、そして彼の目的とは……

 幼い頃のある事件がきっかけで「画鬼」と知り合い、それ以来、常人の目には見えない妖怪変化たちの姿が見えるようになってしまった少年・仁。そんな彼をある日東京の町中で呼び止めたのは、イギリスからやって来た建築家を名乗る青年でありました。
 請われるまま青年を画鬼の住まいまで案内する仁ですが、画鬼と対面するや銃を突きつける青年。実は彼は妖怪事件を取り扱う警視庁火付盗賊改に招請されたゴーストバスター――そしてこの世のものならぬ者を見抜くはずの彼の目に映った画鬼は、正体不明の存在だったのであります。

 一触即発の状況の中、仁を狙って現れた巨大な妖怪を前に、手を組んで立ち向かうこととなった画鬼と青年。その筆の力で妖怪を封印した画鬼に興味を持った青年は、弟子入りの名目で彼の近くに身を置くこととなります。かくて画鬼――河鍋狂斎と、英国の青年――ジョサイア・コンデルの奇妙な師弟関係が始まることに……


 幕末から明治にかけて活躍し、その奇矯かつ奔放な言動と卓抜した画力で知られる自称「画鬼」、河鍋暁斎(狂斎)。幼い頃に川から流れてきた生首を拾って写生したという伝説や、数々のユーモラスな妖怪画を残したことから、フィクションの世界では、実際に妖怪変化と縁を持つことも少ない人物であります。

 しかし、そんな狂斎自身が、実は人ならざる者(らしい)として描いたのは、本作が初めてではないでしょうか。町外れの屋敷に座敷童と二人で暮らし、そして人の世に迷い出た妖怪たちを絵に描くことで封じ込める――そんな奇妙な狂斎の姿は、まさに画を描く鬼、「画鬼」に相応しいといえるでしょう。
 そして彼が妖怪たちを絵に封じる理由がまた、妖怪を退治するためなどではなく、むしろその逆――というのも、また実に「らしい」ところで、納得がいく設定であります。

 しかしそんな狂斎がいる一方で、妖怪たちを滅ぼすために力を行使するもの者たちも存。在します。それが警視庁の対妖怪部門・火付盗賊改――あの長谷川平蔵の孫・荘平が指揮する、いずれも曰く有りげな猛者たちが集まったチームであります。
 実は本作においては、維新後に妖怪たちが凶悪化し、活動が活発化しているという設定。その状況下での両者の立場の違いが、本作の最もユニークな点かもしれません。

 そしてまた、その両者の間に立つのがコンデル――その手の事件では本場(?)である英国から火付盗賊改によって招かれつつも、狂斎の絵と行動に惹かれて「弟子」(言うまでもなく史実の上でも彼らは師弟であります)というのも面白い。
 コンデルがゴーストバスターというのもさすがに初めて見る設定ですが、全くその目的が異なる両者の間に立つ者として、この先物語で大きな役割を果たすのではないか――そう感じられます。

 もっともその一方で、物語が狂斎サイドと火盗改サイドに分かれることによって、狂斎の存在感が現時点ではちょっと薄いように感じられるのも正直なところであります。特にこの巻のラストで、物語が大きく伝奇活劇サイドに舵を切っているため、いささかこの先が気になるところです。

 もちろん、本作においてそれは承知の上の展開でしょう。はたして人間たちと真っ向から対峙する妖怪たち――そもそも、明治を舞台とする妖怪ものでは、妖怪たちは日陰者になっているのが大半なので、本作の設定ちょっと珍しい趣向ではあります――を前にして、妖怪と共にあろうとする狂斎はいかに動くのか。この先の展開が気になる作品であることは間違いありません。


 ただ、やっぱり火付盗賊改というネーミングだけは気になるわけで――おまけ四コマでもツッコミが入っているところではありますが。


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