« 賀来ゆうじ『地獄楽 解体新書』 最高のタイミングで発売されたファンブック | トップページ | 横島一『宇宙戦争』第2巻・第3巻 侵略SFの元祖、現代へのアップデート完了 »

2021.05.07

蝉谷めぐ実『化け者心中』 芸道に生きる人と鬼たちの境目にあるもの

 文政期の江戸の歌舞伎界を舞台とした奇妙な時代ミステリ――役者に成り代わった人食いの鬼の正体を暴くため、足を失った元名女形と生真面目な鳥屋の青年が奔走する、第11回小説野性時代新人賞作品であります。はたして誰が人に化けた鬼なのか、そして人と鬼との境目とは……

 ある日、元女形の魚之助に呼び出された鳥屋の藤九郎。かつては稀代の女形として絶大な人気を誇りながらも、舞台上で熱狂的な贔屓に切りつけられて足を失った魚之助と、ある出来事がきっかけで知り合った藤九郎は、以来事あるごとに呼びつけられ、こき使われていたのであります。

 そして藤九郎は、魚之助に連れられていった中村座の座元のもとで、とんでもない話を聞かされることになります。
 数日前の晩、座元と狂言作者の前で、曽根崎心中を題材とした新作台本の前読みを行っていた六人の役者。その最中、薄暗闇の中で車座の輪の真ん中に、誰かの首がごろぅりと落ち――しかし行灯をつけてみれば、そこには血溜まりと肉片のみが残され、六人は誰一人として欠けていなかったというのです。
 つまり、人食いの鬼が誰か一人を食い殺し、その姿になりかわっている――!

 その鬼探しを依頼された魚之助に強引に付き合わされることになった藤九郎は、芝居小屋に、その楽屋に通う中で、華やかな芝居の世界の裏側と、芸の世界に全てを捧げる役者たちの素顔を見ることになるのですが……


 そんな基本設定の時点で何とも魅力的な本作。探偵役が澤村田之助を思わせる足と役者生命を奪われた名女形、相棒が生真面目でお人好しの鳥屋(肉屋ではなくペット屋)の青年という組み合わせだけで何ともユニークなところに、その事件の奇妙さたるや――!
 人食いの鬼が食った相手に成り代わっているという、ある意味犯人=被害者というシチュエーションは、本作のような設定ならではのものでしょう。

 もっとも、二人には鬼を見顕す力などはありません。あるのは、長年芝居の世界の裏も表も見尽くしてきた魚之助の知識と経験、そして鳥の世話で培った、相手のどんな細かい変化も見逃さない藤九郎の観察眼のみです。
 鬼とは「人間とは思えない心を持っている」存在――魚之助と藤九郎は、容疑者である役者たちとやり合い、観察することで、その「心」の中を見抜こうというのであります。


 と、ここで明かしてしまえば、実は本作の伝奇ホラー的な部分は冒頭と結末に集中しています。それ以外の部分、本作の中心となる部分で描かれているのは、容疑者となる六人の役者たちの、そして探偵役である魚之助の姿であり――本作は、一種の芸道小説としての顔を強く持つ作品なのです。

 演じるすべてが当たり役になる伊達男。平生から女の姿で暮らす女形。上方から迎え入れられた人気役者。名門の三代目の女形。白髪交じりの名脇役。そして芝居を純粋に愛する旅役者。
 本作で主人公二人が出会う彼ら六人の役者は、それぞれが芝居の世界の象徴ともいうべき存在といえます。そしてそれと同時に、単なる象徴などという言葉では済ませられないような、極めて生々しい存在でもあります。

 そう、本作において魚之助と藤九郎が目の当たりにするのは、彼ら役者たちが芝居に抱く深い愛情であり、執念であり、業というべきもの――時に他人を蹴落とし、傷つけ、陥れてでも芸の道を求める姿なのであります。その時に醜く、時に悍ましく、そして時に哀しい姿こそが、本作の中核を成すといっても過言ではないでしょう。
 そしてこの役者たちの業が最後の鬼暴きに繋がり、そこにタイトルが鮮やかに二重写しで重なるのには、ただ唸るほかありません。


 しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。役者としての業は、役者生命を奪われた魚之助の中にも存在するのですから。
 自慢の足を失いながら、なおも艶やかな女性の姿で暮らす魚之助。藤九郎をはじめとする周囲に常に憎まれ口を叩き、過去の自分の名声を鼻にかけた奇矯な人物――そんな魚之助の内面をも、本作は同時に克明に描くのであります。

 決して満たされることのない業を抱えてしまった、もはや役者ではない役者。只人ではなく、役者でもない、そして男でも女でもない彼は一体何者なのか? 物語が進むに連れて、読者の中で膨らむその疑問は、しかし鮮やかに昇華されることになります。
 その答えは、役者たちにとっての、芸道を生きる「鬼」たちにとっての一つの救いであり――そして同時に「人」という矛盾に満ちた存在を肯定するものにほかなりません。人と鬼たちの境目を描く物語の、見事な結末であります。


『化け者心中』(蝉谷めぐ実 KADOKAWA) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 賀来ゆうじ『地獄楽 解体新書』 最高のタイミングで発売されたファンブック | トップページ | 横島一『宇宙戦争』第2巻・第3巻 侵略SFの元祖、現代へのアップデート完了 »