『黒緋の薬師』第1巻 妖しき薬師の「毒見」が浮かび上がらせるものは
ベテラン東城和実が明治から大正にかけての時代を舞台に描く、耽美で、暗く危険なムード漂う奇譚であります。毒物に精通しているという噂の怪しげな薬師、彼の隠された過去とは……
明治から大正に時代がうつる頃――和漢生薬だけでなく洋薬もひろまり始めた中で、何やら怪しげな薬を扱う若き薬師・小西川香円。日常の雑事は弟子(?)の鶴彦に任せ、のんべんだらりと暮らす彼は、ある日、水路から上がったという内臓を喰われた死体の見物に出かけます。
そこで彼が見たのは、内臓はおろか目玉まできれいに取り除かれた死体。しかも顔なじみの巡査によれば、同じような死体が最近しばしば見つかるというのですが――その直後、香円はその場から拉致同然に、とある屋敷に連れて行かれることになります。
そこで彼を待っていたのは、屋敷の主人と、獣のような姿に変わり果てたその娘。毒物の広い知識を見込んで、ある依頼をしてきた主人に対し、娘が飲んだ薬が原因であると知った香円は、自らその薬を口にして……
そんなエピソードから始まるこの物語。いかにも曰くありげな薬師・香円は、毒物も効かない体質、そして毒物については裏では広く知られた人物なのですが――彼が毒物を調べる手段は、まさしく「毒見」なのであります。
毒物を自ら口にすれば、その身が透き通り、毒物の作用する箇所が明らかになるという、彼以外にはこの世に誰一人いないであろう体質を活かして、文字通り体当たりで毒の分析に当たるのであります。
(体が透き通るのは漫画的な表現かと思いきや、本当に透き通っているのにはちょっと驚かされましたが……)
本作は、香円がその能力を活かして、毒物にまつわる事件を解決していく物語――かと思えば、そうした要素はもちろんあるものの、物語は早々に、彼自身にまつわるものに変貌していくことになります。
冒頭の事件の背後に、旧知の相手の存在を感じ取った香円。はたして香円自身の周囲では、彼を、鶴彦や周囲の人間を狙ったかのような奇怪な毒物を使った事件が相次ぐことになります。
そして相手の魔手は、香円の親友であり、長患いを続けている青年・柚月のもとにまで伸びるのですが……
と、この第1巻の時点では、実のところ、本作はいささか向かうところがわかりにくい物語ではあります。
しかし洒脱に見えて得体のしれないものを感じさせる香円、そんな香円に振り回される生真面目な鶴彦(探索のために女装して繰り広げる騒動が実に楽しい)といったキャラクターのやりとりは、なかなかに楽しいものがあります。
そして冒頭の人食い事件だけでなく、一週間経っても腐らず近付いた者次々と倒れる永久死体、持つものは呪われるう黄金の熊の胆など、描かれる事件や登場するガジェットも、本作ならではのユニークなものであります。
そして物語は、この第1巻の終盤から、香円の過去へと移っていくことになります。かつて、自分の身だけを頼りに毒物を見つけていた後に香円と名乗る少年と、彼を見出した謎の薬師・六陽――その下で学び始め、七尾と名付けられた彼は、ある病院の入院患者だった柚月と出会い、そして……
と、その全容は現時点では語られてはいませんが、六陽の怪しげな存在感と、七尾(香円)との妖しいムードなど、なかなか気を持たせるものがあります。
現在の状況を見れば、過去の結末は何となく想像がつくものの、それではそれが現在に如何に作用し、そして未来に繋がっていくのか。そしてこの先に彼の「毒見」が浮かび上がらせるものは何か――まだまだわからないことは多いですが、それだけに気になる作品ではあります。
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