« 2021年5月 | トップページ | 2021年7月 »

2021年6月

2021.06.30

ジョセフィン ・テイ『時の娘』 歴史研究にしてミステリが告発するもの

 一口に歴史ミステリといっても様々なタイプがありますが、本作は、歴史上の事件や人物にまつわる真実を解明するタイプの作品の草分け――シェークスピアの戯曲などにより極悪人として知られるリチャード3世の犯したとされる罪を、入院中の現代の警察官が推理するユニークな作品であります。

 犯人追跡中にマンホールに落ち、足を骨折して入院する羽目になったスコットランドヤードのグラント警部。退屈を持て余していた彼は、暇つぶしにと友人の女優・マータが持ち込んだたくさんの歴史上の人物の肖像画の一枚に目を留めます。
 職業柄、人間の顔から相手の人物を見抜くことには自信のあったグラント警部ですが、彼の眼から見て良心的で責任感があると思われたその人物こそは、悪名高いリチャード3世だったのであります。

 15世紀後半、薔薇戦争の最中にイングランド王となったリチャード3世。せむしで醜い容貌、そして様々な権謀術数で王位を奪い、兄である先王の子二人をロンドン塔に幽閉、殺害した稀代の悪王――そんな評判とはかけ離れた肖像画に興味を持ち、グラント警部は独自にリチャード3世のことを調べ始めることになります。

 といっても彼はベッドから動くことのできない身。はじめは看護婦から歴史の教科書を借りたり、マータの持ってきた専門書に当たっていたグラント警部ですが、やがてマータに引き合わされたアメリカ出身の若き歴史学者・キャラダインの協力で、調査を進めていくことになります。
 そしてグラント警部が辿り着いたリチャード3世の真実とは、「塔の王子たち」殺人事件の真犯人とは……


 冒頭に述べたように、歴史ミステリには幾つかタイプがあり、歴史上の人物が探偵役を務める(その中でも、自身に関わる史実の謎に挑むか、架空の事件に挑むか分かれますが)ものもあれば、歴史上の事件・人物にまつわる謎そのものを解くものもあります。
 本作はその後者のタイプ、それもベッドから動けない人物が探偵役となる作品。日本の作品でいえば、高木彬光の『成吉思汗の秘密』のスタイル――というより、あちらに影響を与えたのが本作なのであります。

 さて、本作のようなタイプの歴史ミステリでは、なんといってもその扱う謎そのものが、作品の魅力を左右するわけですが――本作においては、イギリス史上屈指の悪人として知られるリチャード3世が本当に悪人であったかという、ある意味歴史上の常識に挑戦する内容であるのが、ユニークな点であります。

 もちろん、歴史の素人が歴史上の定説に挑むというスタイルは、いささか身構えてしまうものではあります(作中でもグラント警部が、自嘲気味にその辺りには触れています)。しかし本作の場合、一つにはミステリとしての枠に落とし込むことによって、違和感をうまく中和していると感じられます。
 リチャード3世による有名な「殺人」――ロンドン塔に幽閉した二人の甥を殺したという最も有名な悪行――をフックとし、些細な違和感や矛盾点を足がかりに証拠を集め、謎(この場合は定説)を突き崩していくというスタイル。それは本作をして、歴史研究であると同時にミステリとして成立させているのであります。

 そしてもう一つ、グラント警部と彼を巡る人々の、何ともいえぬコミカルなムードも、本作のイメージを軽くする要素であることは言うまでもありません。


 もちろん、本作はミステリの枠にとどまらず、ある種の告発、異議申し立ての書でもあります。それはもちろん、甥殺しをはじめとするリチャード3世の悪評に対するものではありますが――それだけでなく、先入観によって、あるいは誰かの手によって固定化された歴史の見方全体に対するものであるともいえるでしょう。

 作中でグラント警部とキャラダイン青年が用いる「トニイパンディ」という語。20世紀初頭のウェールズはトニイパンディで軍隊が民衆に発砲したという――実はそんなことは起きていなかったにもかかわらず、あったものと固定観念化された――トニイパンディ暴動から取られたそれは、本作によって批判され、吟味されるこうした歴史の見方の象徴なのであります。

 本作のタイトルに用いられた「時の娘」は、「真理は時の娘」という格言から来ています。真理を語るのは、移ろいやすく当てにならない人ではなく、厳然たる時の流れである――本作はこの言葉を、ミステリの形で描いてみせたと言うべきでしょうか。


『時の娘』(ジョセフィン ・テイ ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.29

赤名修『賊軍 土方歳三』第4巻 激突、沖田総司vs薬丸自顕流!

 旧幕府軍の一翼を担い、東北各地で連戦する新選組。賊軍の汚名を着せられていた彼らに、ついに逆転の機会が回ってきます。寛永寺の輪王寺宮を東武皇帝として担ぎ、第二の官軍となろうとする旧幕府軍。本作もタイトル変更か、と思いきや、薩摩の陰湿な動きが迫り……

 東北各地で善戦を続けながらも、土方曰く「シャッポ」がないために、圧倒的に不利な立場にあった旧幕府軍。しかしそんな中、上野寛永寺から原田左之助の犠牲もあって輪王寺宮が脱出、「東武皇帝」を名乗るのを決意したことから、にわかに情勢は動き始めることになります。
 日本に二つの王朝が立つという状況に、官軍のみならず勝海舟も焦りを見せる中、西郷のみは冷静にこの構想の急所を指摘し……

 ということで、東武皇帝を戴く東北王朝構想を巡る暗闘がメインとなるこの巻。西郷が指摘する弱点というのは、奥羽鎮撫総督として仙台にいながら、旧幕府軍に同情し、東北王朝で太政大臣の役についた九条道孝――彼を仙台から、親旧幕府と親新政府が拮抗する秋田に移したことにより、一気に情勢は旧幕府軍に不利に傾くことになるのでした。

 これに対し、九条道孝引き渡しを求めて秋田に向かう仙台藩使節の護衛となった市村鉄之助=沖田総司。緊張感のない使節団の中でただ一人臨戦態勢の総司ですが、はたしてその前に現れたのは、薩摩最強の剣客にして薬丸自顕流の達人・大山格之助だった――というわけで、総司は本作始まって以来の難敵を迎えることとなります。

 大山格之助(大山綱良)は、同じ薩摩の大山巌と混同されたりと、正直なところ知名度は高くないものの、精忠組の一員として西郷・大久保隆盛と行動を共にした人物。正直なところ、軍人としての功績は(本作ではもう少し先の話となりますが)あまり芳しくないものがありますが――むしろ剣客として歴史に名を残している感もあります。
 何しろ、かの寺田屋騒動の際に上意討ち前提の鎮撫使の一人として選ばれている格之助。その流派は上記の通り薬丸自顕流――古流の剣術にして超実戦派の剣術、作中でも言及されるように、近藤勇をして「薩摩の初太刀は避けろ」と言われたほど、受けのできない攻撃特化の剣術であります。

 このある意味因縁の流派を向こうに回し、総司の剣も冴えに冴えるのですが、しかし多勢に無勢、窮地に陥ったところに差し伸べられた救いの手は――と、ここで東北での戊辰戦争ものではお馴染みのあの人物が登場! というのも盛り上がるところです。

 しかし、やはり史実の壁の前には苦い結末が待っているわけで、何ともすっきりしない展開となるのがやるせない。
 登場した時はあまりの大ネタに興奮させられた東武皇帝の登場も、おそらくはこのまま有耶無耶になりそうで、タイトルどおりといえばそのとおりであるものの、やはり口惜しい。大山鳴動して鼠一匹、というと駄洒落のようですが……


 そしてこの巻の後半では、会津藩主・松平喜徳暗殺計画が描かれることになります。
 この巻の時点ではまだ計画は実行に移される前の段階ですが、喜徳や白虎隊士に慕われる土方の微笑ましい姿(年齢詐称で白虎隊に入った飯沼貞吉も登場)から一転――捕らえた間者に「あの拷問」を食らわせる鬼っぷりが印象に残るところです。

 この巻では大きく追い込まれてしまった感のある旧幕軍ですが、まだまだ苦境は続きそうです。


 ちなもにこの第4巻には、作者が約18年前に発表した新選組漫画『ダンダラ』を収録。しかしそれが第1話全編と第2話の冒頭というちょっと変わった形式の上、この第4巻全体の四割程度を占めているのが、これまたすっきりしないところです。
 いずれにせよ、『ダンダラ』については別に取り上げたいと思います。


『賊軍 土方歳三』第4巻(赤名修 講談社イブニングKC) Amazon


関連記事
赤名修『賊軍 土方歳三』第1巻 奇想天外で「らしい」最後の新選組物語
赤名修『賊軍 土方歳三』第2巻 土方の前に立つ二人の仇敵!?
赤名修『賊軍 土方歳三』第3巻 天海の「秘中の秘」 日本南北戦争勃発!?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.28

『長安二十四時』 第2話「午の初刻 小敬、始動」

 協力すれば放免にするという李必の言葉が偽りだったと知り、憤る小敬。しかし李必にも狼衞を捕らえなければならない理由があった。やむなく町中に向かった小敬は、地図の入手経路を追うが、売り手を狼衞の一人・トゥガルに殺されてしまう。逃走するトゥガルを追い、小敬は町中を疾走する……

 前回に引き続き冒頭で描かれるのは、変装のため、床屋でひげを剃る曹破延の姿。何も知らず話しかける店主が、いつ曹破延の地雷を踏んで殺されるか(前回、助けてくれた親切な老人をあっさり殺しているだけに)ハラハラします、店主に幼い娘がいることを知った曹破延は、殺害を諦めるだけでなく、店主父娘に表に出ないよう忠告するのでした。
 この辺り、決して曹破延が単なる凶漢でないことを見せる描写が実に巧みであります。

 一方、李必から特命を受けたものの周囲の人間からは侮られまくる張小敬。放免されるはずがない、というのはさすがに嫌がらせだろうと思ったら――李必もそれを認めた!? 怒る小敬と一人対峙した李必は、自分は右相・林九郎を追い落とし宰相になるために、狼衛捕縛を成功させなければならないと熱弁するのですが、もちろん小敬は納得しません。
 しかし長安の治安のためと語る李必の言葉に感じるものがあったか、はたまた武器を向けたり、容赦なく腹パン二発喰らわせても屈しなかった李必の覚悟が本物と感じたのか、「後でカタはつける」と吐き捨てて、小敬は出動するのでした。

 ちなみにこのくだりでは、小敬がかつて第八団なる部隊にいたことや、従軍した際に出撃を拒否して不名誉の証として与えられた定寸より短い刀を今でも使い続けていることなど、いかにも意味ありげな設定も語られます。隴右兵を十年、不良帥を九年勤めあげ、冷酷非情で渾名は「五尊閻魔」、34人を殺し上司の県尉まで殺した咎で斬首刑を待つという小敬――気になることだらけであります。

 その後、玄宗皇帝が政務を林九郎に委ねる詔を出し、自分は華清池に引っ込もうとしていることを知る李必。彼が属する太子とその派閥の失脚を防ぐためには、詔が出される前に狼衛を捕らえなければならない――と、李必も、小敬とある意味一蓮托生であります。

 さて、都尉の身分と軍人の衣装を与えられ、町に踏み出した小敬ですが、彼についてきたのは、冒頭からずっと小敬をdisってきた太子の側近・姚汝能。身分は高いけれども胆はあまり据わっていないらしく、小敬に凄まれて腰が引けてしまうような男であります。
 小敬は汝能を適当にあしらいながら屋台で腹ごしらえ――と思いきや、その近くの白粉屋が商売の割りには一等地にある上に、男しか出入りしていないのはおかしい、裏稼業で地図を扱っているのではと指摘。汝能を挑発して調べさせるのですが、実はそこは小敬の子分が店番をしている店。小敬は知っていて汝能を動かしたようですが――これには、役所が捜査していると主人に伝えさせ、そこから他の店に地図を隠すよう指示が行くのを、押さえる狙いがあったのでした。

 汝能が追跡の伝令を出す間に、自分は別の店に踏み込んだ小敬ですが、主人は知らぬ存ぜぬを繰り返すばかり。一度は引き下がったものの、違和感を感じて踏み込んだ小敬が見たものは――斬られた主人と子分、そして下手人の狼衛・トゥガルの姿。逃げ出したトゥガルを追う小敬は、長安は自分の庭とばかりに巧みに回り込み、一度は取り押さえたかに見えたのですが――トゥガルは通りかかった男の馬を奪って逃走。小敬は辛うじて馬の荷袋に狼煙を投げ込んで追うのですが、ここからが今回のクライマックスであります。
 狼煙の煙を上げる馬を目がけて、次々と煙矢を発射する各所の望楼――小敬はそれを目印に、街中を、屋根の上を、走る走る! 一方で靖安司本部では砂盤(街並みを再現したディオラマ)の上で、両者の人形をリアルタイムで動かし――と、映像の外連味もあり、緊迫感がグイグイ高まる名場面です。

 さて、トゥガルの逃走が続く中、視点は再び曹破延に戻り、彼は修政坊なる区域のとある屋敷を訪れるのですが――そこに潜むのは、はたしてどこから集まったのか、狼衛の群れまた群れ。しかし彼らは、首領の曹破延に対するにしては、どうもよそよそしい態度のように見えます。
 どうやら曹破延の上には、右刹なる存在がいる様子。計画の指示もそこから出ているようですが――命は捨てることが前提らしいこの計画、不穏な空気しかありません。


 と、今回も1時間も満たない中に情報がみっちりと詰め込まれ、追いかけるのがやっとでしたが、ふてぶてしくも頼もしい張小敬をはじめとする登場人物たちのキャラに引っ張られて、一気に見せられてしまいました。
 それにしても、主人公の属する組織も信用できない&政治の動きに左右されるというのは定番ですが、本作の場合、それがより物語に絡んできそうで、必ずしもイコールではないにせよ、史実との関係も気になります。


『長安二十四時』Blu-ray BOX1(TCエンタテインメント Blu-rayソフト) Amazon

関連記事
『長安二十四時』第1話 「巳の正刻 戦いの始まり」

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.27

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第13話「照君臨」

 魔界の軍勢と人間たちが激突する中、魔剣目録を手に単身照君臨に挑む萬軍破。しかし彼では神誨魔械を使いこなせず、追い詰められてしまう。そこに駆けつけた殤不患の力で形勢逆転するものの、照君臨には最後の切り札があった。勝ち誇る照君臨だが、その前に現れた凜雪鴉が手にしていたのは……

 OPなしで始まることで否応なしに最終回を意識させる今回、相変わらず逢魔漏壊しに精を出す西幽皇軍・神蝗盟連合軍の皆さんですが、そこに襲いかかるのは、前回阿爾貝盧法が送り込んだ魔界の軍勢。人間離れした魔族パワーの前に、今期意外となかった血しぶきが撒き散らされることになりますが、萬軍破に気合いをブッ込まれた彼らも一歩も引かずに立ち向かいます。
 そしてその萬軍破は、圧倒的なパワーを放つ照君臨に単身挑むことになりますが、さすがに魔剣目録を彼が持っていたのは、照君臨も少々意外だった様子。そして魔剣目録の中から神誨魔械を呼び出し、照君臨に挑む萬軍破ですが――これがびっくりするくらい通用しない。というより神誨魔械を使いこなせない。これは殤不患に比べて萬軍破が劣っているといよりも、むしろ聖性の極みのような神誨魔械が、外法の徒である神蝗盟の幹部・萬軍破を拒否しているのでしょう。

 それでもなお、遣い手の身をも灼く神誨魔械・灼晶劍(前期の最終回で仙鎮城から押しつけられたうちの一本)で挑む萬軍破ですが、照君臨はそんな彼に身の程知らず、愚の骨頂、桂馬の高跳び(それじゃ自分が歩になってしまう)などと貶める言葉を次々と放ちながら追い詰めます。そして「もっと相応しい言葉はあるか?」と嘲笑いながらとどめの一撃を放った時――「あるぜ! 英雄ってのがな!」と最高のタイミングに最高の台詞とともに、現れたのは殤不患!
 凜雪鴉の手によるものでしょうか、いつの間にかねんどろいどとすり替わって棺から脱出していた殤不患、念白付きで大見得切っての登場であります。

 萬軍破を拒否した神誨魔械も殤不患の手に渡ればその真価を発揮、受け止めた照君臨の刃を粉砕し(同じく仙鎮城にあった相手を粉砕する蒼黎劍か?)、遠距離からの攻撃も次々と打ち破ってみせます。そこで魅了の魔力を放つ照君臨ですが、それは既に灼晶劍にその身を焦がされ、魅了どころではない萬軍破がブロック。英雄・好漢揃い踏みで、さしもの妖姫もついに討たれる時が来たか――?
 と思いきや、照君臨の血肉にかけられた呪いは今なお有効――かつて七殺天凌が生み出された時と同様に、剣でとどめをさせば、そちらに乗り移ってしまう状態というではありませんか。さしもの殤不患もこれには打つ手なし、後は何とか粘って、物理的に封印するしかないかと思われましたが……

 そんな時に頼りになるのは、搦め手では世界一のこの男・凜雪鴉。いつの間にかスーパー逢魔漏の使い方を会得していた彼が時の彼方から呼び出したのは、照君臨の天敵――婁震戒! 手にした元・七殺天凌で遠慮なく照君臨に止めを刺した婁震戒、再び魂が宿った七殺天凌にうっとりであります。
 そして凜雪鴉から逢魔漏を渡された婁震戒は、七殺天凌を手に誰にも邪魔されない(一方的に決めた)二人の約束の地――そう、静寂の宇宙空間へ消えるのでした。婁震戒が恍惚と息絶える中、七殺天凌はこれまでの威厳はどこへやら、みっともなく助けを求める声を上げるのですが、宇宙では彼女の悲鳴は誰にも聞こえない……

 さて戦いは終わり、立場の違いを超えて魔族を掃討した連合軍は丹翡たちの要請で護印師の軍に加わり、萬軍破は一人願って、西幽宮城に転移することになります。そして御簾の向こうの皇帝・幽皇に直訴する萬軍破ですが――御簾の向こうから聞こえてきた幽皇の声は、やがて速水奨のそれに! そう、幽皇=禍世螟蝗――驚く萬軍破を両断した幽皇は、駆けつけた嘲風にはその正体をおくびにも出さず、素知らぬ顔で接するのでした。

 そんな悲劇があったとは知らず、まさにその幽皇の下にあった幽冥・萬世神伏の力で無界閣を封印する殤不患。しかし崩れゆく無界閣から脱出する途中、浪巫謠は一人踵を返し、中に戻っていきます。阿爾貝盧法への復讐のため、魔界の扉をくぐる決意を固めた浪巫謠と、それを知りながら刑亥を道案内役に、息子を自分の下に誘う阿爾貝盧法と――さて、彼らの運命やいかに。


 というわけで大団円を迎えた第3期。逢魔漏の行き先同様、はたしてどこに向かうのか全くわからない物語でしたが、凜雪鴉の痛快な(しかし結構洒落にならない)悪巧みなど、本作ならではのものを見せていただき、大満足であります。
 今回は恒例の「4期制作決定」の文字が出なかったのがちょっと気になるところですが、ここまで盛り上げたからには、まだまだこの先の物語も描いて続くれることでしょう。今は余韻を楽しみつつ、再会の時を待つのみであります。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
 公式サイト

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第2話「魔境漂流」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第3話「愛執の皇女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第4話「魔剣の行方」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第5話「妖姫伝説」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第6話「禍世螟蝗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第7話「魔界伯爵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第8話「陰謀詭計」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第9話「時の辻神」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第10話「聖剣の秘密」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第11話「遠い歌声」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第12話「烈士再起」

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽ゲン歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第26巻 ほとんどトーナメントバトルの札幌決戦!

 刺青人皮争奪戦もいよいよ最終盤――札幌で娼婦殺しを繰り返すマイケル・オストログ、実は切り裂きジャック(!)を追い、杉元・土方連合軍と鶴見一派がついに全面衝突することとなります。もう一人の殺人鬼・上エ地圭二も不可解な動きを見せる中、ビール工場を舞台に大混戦が始まります。

 切り裂きジャックの次の出現地が札幌麦酒工場であると知り、駆けつけた杉元・土方チームと、鶴見一派の先遣隊。これにジャックを加え、大乱戦が始まることに――と、比較的静かだった前巻に比べ、全編ほとんどトーナメントバトルのこの巻、滅多にやらないのですが、箇条書きで紹介します。

・牛山vs宇佐美
 インファイター同士の激突は、第七師団の援軍の登場ですぐに水入りとなるものの、一瞬で互いの本質を見破る二人が印象的です。
・杉元vs鯉登・二階堂ら第七師団
 牛山が逃げ込んだ工場内で始まる因縁の対決。ここでビール樽の上から杉元に銃を向ける菊田を阻むため、牛山が豪快に樽を転がしたおかげで樽が大崩壊、戦士たちのシリアスな死闘が、一転酔っぱらい同士の低レベルなケンカに……

・尾形vsヴァシリ
 菊田が確保しかけたアシリパに狙撃の銃口を向ける尾形。しかしそこに現れた亡霊(?)に驚いていたおかげで、頭巾ちゃんの狙撃から難を逃れるのでした。

・アシリパvs菊田
 逃げようとするアシリパを菊田が説得する隙に、後ろから襲いかかる宇佐美。それを身を挺したタックルで阻む門倉ですが、おかげでただでさえ異常な関心を寄せられている宇佐美に追われることになります。
 ついに捕まり、隠し持った刺青人皮を奪うという名目で脱がされ、尻をスパンキングされる門倉(そして何故か自分も脱ぎかける宇佐美)。しかし次の瞬間、宇佐美は何かを見て怪訝な表情を浮かべることに……

・尾形vs宇佐美
 そこに現れた尾形にいきなり襲いかかる宇佐美。陣営の違いを超え、犬猿の中の二人は激しくやりあうのですが、格闘では尾形が圧倒的不利であります。しかしそこで言ってはならない挑発の言葉を吐いた宇佐美に対し、ほとんどホラーめいたドス黒い表情を浮かべた尾形が、思わぬ形で逆転の一撃を……

・アシリパvsジャック
 逃走中に見かけたアシリパに対し、処女受胎が絡んだ異常なアイヌへの関心を吐露するジャック。しかしアシリパはそんな妄言には取り合わず、痛快フルスイング一撃!
・杉元vsジャック
 そこに鬼より怖い相棒が現れて処刑開始。どちらが殺人鬼がわからない酷い目に遭わされた挙げ句、牛山がジャック(前巻で娼婦に約束したとおり)とどめを刺すのでした。

・尾形vs宇佐美
 人皮と、ある事実を伝えるべく、馬で鶴見の下に急ぐ宇佐美を冷徹な狙撃で仕留める尾形。あの亡霊は現れなかったということは、やはり良心が見せる幻影なのでしょうか。 
 一方、落馬した宇佐美を鶴見がキャッチ、最期の言葉を交わすのですが――ある意味この巻のハイライトであるこの場面、前巻でそんなことをされたら笑ってしまうと言っていた通りの鶴見劇場になったのは、宇佐美にとって幸いだったのでしょうか?

・上エ地圭二自爆
 追い詰められたジャックが火をつけていた大火事となった工場。梯子を奪って煙突に登った圭二は、自分が刺青で上書きしたことで地図が失われたことをアピールし、皆のがっかり顔を見ようとするのですが――実は自分の刺青は既に不要だったことがわかり、自分ががっかりした末に、まさに犬死……
 その一方でいきなり最後の刺青人皮が登場したり、正面から遭遇したにもかかわらず何故かスルーし合う菊田と尾形の姿が描かれたりと、気になる場面が続きます。

・海賊房太郎vs杉元
 工場の中で煙に巻かれた杉元とアシリパの救出に、自慢の肺活量を活かして救出に現れた房太郎――と思いきや杉元に一撃、アシリパを強奪。アシリパに菊田と違うベクトルで説得する房太郎と、窮地の杉元を救いに白石の姿が印象に残ります。
・海賊房太郎vs鯉登
 そこに現れた鯉登に斬られた房太郎ですが、ビールの川の中に鯉登を引きずり込んで逆襲。その場に残されたアシリパの確保と窮地の鯉登の救出と、月島が選んだのは……


 と、一人脱出したアシリパは、二階堂の秘密兵器(?)で捕らえられ、ついに鶴見の手に落ちることに。
 そして崩壊する工場に一人取り残された門倉は――と、ものすごいオチがついてこの巻は終わりますが、しかしまだまだ札幌決戦は続くのであります。


『ゴールデンカムイ』第26巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第24巻 海賊の理想 そして全ては札幌を目指す
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第25巻 殺人鬼の意外な正体!? そして全勢力激突寸前!

 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.25

『セスタス The Roman Fighter』 第11話「新たなる戦場」

 死闘を終え、フェリックスとの束の間の交流の後に決戦の地・シチリア島シラクサに向かうセスタス。そこでルスカと再会するセスタスだが、かつての友との溝は埋めようのないものとなっていた。そして再び現れたエムデンを含め、集った十六人の拳闘士。ネロの宣言の下、ついに本選が始まる……

 ついに最終回、さすがにアバンは最小限で本編に入ったものの、前回までの死闘ムード(そして最終回冒頭という感慨)はどこへやら、血のオシッコが出たと真っ青になっているセスタスから始まる今回。その後、やっぱり血尿が出たというフェリックスと再会することになりますが、そこには遺恨はなく、むしろすっきりカラッとしたムードで楽しげに会話しているのは、やはり拳と拳を交わした者同士の絆というやつなのでしょう。
 そして船でシチリアに向かう途中、セスタスたちにザファルが見せたのは、超握力によるリンゴ瞬間圧縮! そして予備動作も加速空間もなしに木材をへし折る零距離打撃「無間」! 寸勁の一種でしょうか、いずれにせよ普段はリアル系なのに、時々(ネーミングも含めて)スーパー系な感じになるのが、本作ならではの味であります。

 そんなこんなでシチリア島に到着したセスタスですが、そこで描かれるのは(最終回なのに)新キャララッシュ。いうまでもなく、この大会の本選出場者ですが――やたら健全そうないかにもギリシア美形、北欧の巨人、アフリカの狩人、やたら顔色の悪い細い人、エジプトっぽい人、ターバンを巻いた人と、面白濃厚キャラ大集合であります。
 そしてもう一人、なんかいきなり出てきたやたら自信満々な美形――このアドニスこそは、懐かしのルスカの同僚。そしてそのルスカもここシラクサに来ていたのですが、かつての線の細さはどこへやら、かっこいいマントを身に着けていかにも貴公子然とした姿は、セスタスとは好対照であります。

 そんなセスタスが道端で洗濯をしていたところに通りかかったのは、ルスカの先輩のロクサーネさん。アニメではネロのところで一緒に楽器演奏していた人、くらいの出番でしたが、原作ではもっと深く関わっている、まあ憧れのお姉さんみたいな感じのあの人であります。そしてさらにそこにルスカたちも現れるのですが、えらくツンケンして感じ悪い(そしていつの間にか巨大化)。
 それでも明日の朝会うことを約束して別れた二人ですが――次の日もやはりルスカは取り付く島もありません。とにかくセスタスに厳しい言葉ばかりぶつけるので、一体何があったのかと思いますが、まあゴリラ親父と真剣勝負して半殺しにされたり、ネロの奥さんに一方的に好かれて皇太后に毒杯勧められたり、他国との対抗戦の最中に皇太后に痺れ薬盛られたりと、セスタスとは別のベクトル(基本的に女性絡み)で、彼も大変な目に遭っているので……

 しかし二人が決定的に決別することになったルスカの婚約者の死と、ヴァレンス拳闘士養成所の崩壊はこのアニメでは完全にスルーされたので、二人の会話でもそれに関する部分は丸々カット。かなりキツい言葉もあっただけにホッとしないでもないですが、やはりカットの弊害は大きいと言うべきでしょう。

 何はともあれ、もはや前に進むしかなくなったセスタス。しかし自分以外の本戦出場者は、いずれも只者ではない顔ぶればかりであります。というか取組抽選会で大勢の前に立たされて値踏みされるのって、「身体を観たいわ! その子の裸をみせてちょうだい!!」おばさんを思い出してヤだな――と黄昏れているセスタスの後ろから、ヌッとシュールに現れたのはなんとエムデン。
 原作では5年かかりましたが、こちらではえらくスピーディーに復活したエムデンの言葉に、もはや後戻りはできないと再確認し、覚悟を決めたセスタス。ネロが高らかに大会開始を宣言する中、セスタスは次なる戦いに歩を進めることに……


 というところで終わったこのアニメ版。最終回は『拳奴死闘伝』第2巻(アドニスの予選試合以外)をほぼ1回でやりきったことになりますが、これはこれでテンポがよかったようにも思います。後半作画のタッチがいきなり変わったのはちょっと驚きましたが……

 しかしこのアニメ版全体を振り返って見ると、やはり単行本約9巻分(そしてその後も約3巻分)を一気に飛ばしたのは――全11話である程度まとめるには、確かに一つのやり方であったことは間違いありませんが――やはりやりすぎは否めず、特に歴史ものとしての側面が強かったローマ側のエピソードを(そして上でも触れたルスカとの決別を)ばっさりカットしてしまったのは、非常に残念ではあります。
 確かにセスタス視点から観た物語とすれば、この構成にも納得できなくはないのですが、やはりもう少し話数が欲しかった、というのが正直な気持ちです。拳闘シーンや、主人公の演技は良かっただけに……


関連記事
『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」
『セスタス The Roman Fighter』 第2話「異種格闘」
『セスタス The Roman Fighter』 第3話「拳闘の犬たち」
『セスタス The Roman Fighter』 第4話「明日への生還」/第5話「希望の在り処」
『セスタス The Roman Fighter』 第6話「女神との決別」
『セスタス The Roman Fighter』 第7話「檻のなかの叫び」
『セスタス The Roman Fighter』 第8話「開眼」
『セスタス The Roman Fighter』 第9話「幸運な男」
『セスタス The Roman Fighter』 第10話「静かなる布石」

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.24

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 1』 二重の怪物探偵が挑むクロスオーバーミステリ

 吸血鬼や人造人間といった怪物たち、そして怪人に名探偵が「実在」する十九世紀末のヨーロッパを舞台に、「怪物専門の探偵」コンビが事件に挑む、何ともユニークなミステリであります。怪物たちにまつわる事件の真相は、そして探偵たちの真の目的とは……

 人間により怪物たちの駆逐が進む1898年、フランス東部の地方都市の郊外にひっそりと住む「親和派」吸血鬼・ゴダール卿の城である晩突如起きた惨劇。城の自室で、卿の最愛の妻ハンナが胸を穿たれて惨殺されたのであります。
 卿がその数日前、銀の杭を手にしたハンターを返り討ちにしており、ハンナの亡骸には聖水を蒔かれていたことから、ハンターたちの復讐と思われたのですが――警察の対応に不満を抱いた卿は、怪物専門の探偵に事件捜査を依頼することになります。

 それに応えて城に訪れたのは探偵・輪堂鴉夜と助手の真打津軽――冷徹な黒髪の美女と、レースの覆いに隠された鳥籠を持つにやけた男の取り合わせに戸惑う城の人々ですが、真に人々を驚かせたのは「鴉夜」の姿だったのであります。
 そして警察や卿の見立てとは異なり、犯人は城の内部にいることを極めて論理的に指摘する鴉夜。それでも犯人と犯行手段に謎が残る中、捜査を進める鴉夜がたどり着いた真相とは。そして、津軽の真の力と、二人が旅を続ける理由とは……


 フィクションの世界の登場人物・怪物たちが皆「実在」の存在として一つの世界に登場する――そんなクロスオーバーはやはり誰にとっても魅力的なのか、『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』や『ドラキュラ紀元』など、様々な作品が存在します。
 本作もその系譜に連なるものですが――しかしそこに濃厚な本格ミステリ風味が施されているのが大きな特長でしょう。

 第1話は、上で紹介したように、吸血鬼が被害者の殺人(いや殺鬼?)事件という極めてユニークな題材。吸血鬼が自分の居城で、胸に杭を打たれて殺される――ある意味吸血鬼もの(のラスト)では定番の展開ですが、冷静に考えれば、これはなかなか困難な行為ではあります。
 作中でも語られるように、様々な弱点を持つものの、治癒力をはじめ、人間を遥かに超える肉体を持つ吸血鬼。それが自分の居城で殺されるという、冷静に考えれば不可能事件を、本作は論理的に――しかも吸血鬼という怪物の特徴を踏まえた上で――本格ミステリとして成立させてみせるのには痺れます。

 そういう意味で、本作は一種の特殊探偵ものと言えるかもしれませんが――むしろ別の意味で、本作は極めて特殊な探偵ものと呼ぶべき作品であります。何しろこうした怪物絡み事件専門の探偵である鴉夜と、助手である津軽――この二人もまた、それぞれに紛うかたなき怪物なのですから。
 未読の方のためにこの二人の「正体」については伏せますが、人知を超えた怪物たちが跳梁跋扈する世界においても、このコンビは最強の矛と盾であり、伝奇的にも実に魅力的な存在。ライトノベル的ケレン味も含めて、なるほど本作の主人公に相応しいというほかありません。


 そして第2話においては、ベルギーを舞台に、人造人間創造に取り憑かれた科学者が、数々の死体をつなぎ合わせた人造人間を見事に誕生させるも、その直後に密室で頭部のない死体となって発見された――という、これまた怪物絡みの不可能犯罪を描いたエピソードであります。
 ここでもまた、人造人間という存在の特徴を踏まえつつも、極めてロジカルな推理が行われるのですが、注目すべきは、ここにもう一人の探偵が登場することでしょう。

 この人物、ベルギー警察の敏腕警部であり、見事な口髭がトレードマークの、ちょっとチャーミングな小太りの中年男性。その口癖から周囲には「グリ(灰色)」と呼ばれている――と来れば、そう来たか! とニンマリするほかありません。
 このエピソードはある意味、二人の探偵の推理合戦の趣もあるのですが――その内容もまた本作に相応しく、クロスオーバーものとしてもミステリとしても、何とも贅沢な一編であります。


 そしてラストには、鴉夜と津軽、二人の本当の敵が登場するのですが、その敵の陣容がまた、垂涎としかいいようのない顔ぶれ。
 果たして二重の意味での怪物探偵が、如何にしてこの怪物たちに挑むのか――そしてそれまでにどのような事件が描かれることになるのか。

 本作の発表は六年前と、今頃のご紹介で大変恐縮ですが、今年第三弾が発表されたこともあり、急ぎ追いかけたいと思います。


『アンデッドガール・マーダーファルス 1』(青崎有吾 講談社タイガ) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.23

深谷陽『童の神』第1巻・第2巻 漫画が再現する人の多様性と生命力の姿

 次々と快作・話題作を送り出している今村翔吾の代表作『童の神』漫画版の単行本第1巻・第2巻が同時刊行されました。漫画化を担当するのは、東南アジアを題材としたエキゾチックな作品を得意とし、『艶捕物噺』『大関ヶ原』等の歴史時代ものも発表している深谷陽であります。

 平安中期、ふとしたことから盗賊団・滝夜叉の頭領・皐月と出会い、密かに愛し合うようになった安倍晴明。その繋がりで、京人から差別される先住民「童」たちとの共存を図ろうとする源高明の企てに加わった晴明ですが、蜂起の計画は源満仲の裏切りにより瓦解することになります。
 辛うじて童たちとの関係を知られずに済んだ晴明は、数年後に起きた皆既日食を利用して童たちの恩赦を得るのですが――その日に生まれた越後の郡司の息子・桜暁丸は、亡き異国人の母から受け継いだ相貌もあって、周囲からは禍の子と呼ばれて疎まれることになります。

 それでも父とかつて高明の蜂起に参加した師・蓮茂の愛を受けて逞しく成長した桜暁丸ですが、父が満仲によって謀反人の汚名を着せられたことから運命は一変。一人、京に逃げ延びた桜暁丸は、役人ばかりを狙う強盗になるのでした。
 しかしある晩、渡辺綱と坂田金時に追い詰められる桜暁丸。その窮地を貴族盗賊の袴垂に救われた彼は、貧しい人々のために貴族から財を盗む袴垂に共感し、行動を共にするようになるのですが……


 この第2巻までで、原作の四割程度までを漫画化した本作。すでにここまでで、晴明、滝夜叉・鬼・土蜘蛛ら各童の頭領、源満仲・頼光父子、いわゆる頼光四天王、桜暁丸父子と蓮茂、そして袴垂とその兄・藤原保昌と、虚実交えたオールスターキャストが、入り乱れて活劇を展開することになります。
 その個性豊かなキャラクターたちは、作者ならではの描線の太く濃い絵柄で描かれていますが、なるほどこのキャラクターは確かにこういう顔であった、と原作読者でも納得であります。
(ちなみに第1巻の表紙は晴明と皐月、第2巻は金時と綱と、それぞれコンビで描かれています)

 この漫画版は、ストーリー展開的には原作に極めて忠実であって、その点では意外性はないのですが、これはまずやむを得ない点でしょう。物語の導入部ということもあり、この第2巻までの部分では、かなり重く悲しい展開が連続するのも、原作通りということで……


 さて、私はこの漫画化の第一報を目にした時、作画者の名前を見て喜ぶと同時に、いささか意外に思ったのもまた事実でした。
 確かに冒頭で述べたように、作者は歴史時代ものの著作も少なくない(私が初めて読んだ作品も『艶捕物噺』でした)のですが――最近の作品で言えば、バリ島を舞台とした妖怪コメディ『ティガチャンティック』のように、東南アジアを舞台あるいは題材とした、エキゾチックな作品がメインという印象があったからであります。

 しかし本作を実際に読んでみて、そして作者の他の作品を改めて読み返してみて、自分なりに納得するものがありました。
 本作の中心となる「童」という存在、そして異国の血を引き、童たちとも縁浅からぬ桜暁丸という主人公――それが象徴するものは、この国が、かつて(そしてもちろん今に至るまで)決して唯一つの文化や民族のみで構成されていたわけでなく、そしてそんな切り分け方自体への眼差し(あるいはさらに強い感情)なのでしょう。

 そしてそれを支える、人間という存在の多様性の肯定、さらに言えば人間それ自身の生・生命力の肯定――それは、作者の東南アジアものの基調を成す、猥雑でしかしどこまでもパワフルな、人々の多様性と生命力に繋がるものであると、僕は感じます。

 作者のタイ料理屋を舞台とした人情コメディ『スパイスビーム』で、出自も年齢も性別も皆異なる人々が、美味しい料理を口にした時にそれぞれに浮かべる喜びの表情を見開きで描いた、私の大好きなシーンがあります。
 もしこのシーンを桜暁丸や童たちが見れば、「これこそが自分たちが求めてきたもの」と頷いてくれるのではないか――というのはさすがに妄想が過ぎますが。


 何はともあれ、その画においても精神においても原作を再現している、そしてこの先も再現するであろう本作。物語はこれからが本番、桜暁丸と童たちの生命の軌跡を見届けたいと思います。


『童の神』(深谷陽&今村翔吾 双葉社アクションコミックス(月刊アクション)) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon

関連記事
今村翔吾『童の神』(その一) 平安を舞台に描く日本版水滸伝
今村翔吾『童の神』(その二) 反逆と希望の物語の果てに

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.22

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第3巻 金と宋の関係、宋の中の事情

 北宋の徽宗皇帝の時代を舞台に、宋を訪れた金の皇女アイラの恋と冒険を描く歴史漫画の第3巻であります。宋の軍事機密である火薬を巡る陰謀に巻き込まれたアイラの(一方的な)想い人・白凜之。彼の冒険はアイラたちの運命とも関わり、思わぬところで大事件に発展して……

 親善大使として宋の都を訪れたアイラ。旅の途中で、そして宋に着いてからも幾度も窮地に陥った彼女たちを助けてきた宋の花火の工匠・白凛之に、アイラはベタ惚れであります(――が、凛之には全くその気なし)。
 そんな中、凛之の上司が金目当てで火薬を横流ししていたことが判明。初めはどこかの闇商人かと思われたその相手は、実は遼人であり、仲間に化けて潜入した凛之は窮地に陥ることになります。が、刺客を送ってきた遼人を追って、アイラと兄たちが駆けつけ……

 という場面から始まるこの第3巻。ああよかった、これで助かったと思いきや――元々アイラの兄・オリブから疑われていたところに、遼人の装束でその場に居合わせたことから、凛之はまた別の窮地に陥ることになります。
 それでも火薬の存在はいわば軍事機密、事態の全てを語るわけにはいかない――苦しい立場に立たされる凛之。何とかその場は切り抜けたものの、しかしアイラと凛之たちを襲う本当の危機は、これからだったのであります。

 というわけで、前巻の食中毒&刺客騒動から一変、物語は凛之の側にと思いきや、さらにアイラの側と合流し、意外な展開を見せることになります。その結末はここでは伏せますが――印象に残るのはオリブの存在でしょう。
 金の二太子にして名将として歴史に残るオリブ。それが本作においては、もちろんその側面は持ちつつもアイラにデレデレのシスコンお兄さんなのが愉快な一方で、彼は一貫して凛之には厳しい目を向けてきました。

 それは単純に妹をたぶらかす奴(事実誤認)だから、という理由だけではなく、金と宋という二つの国に横たわる本質的な、そして歴史的・政治的な理由にもよるものなのですが――それだけに、凛之の存在、というより行動を認めるこのエピソードの結末は、人と人との心が通じ合った瞬間を目の当たりにできたようで、嬉しい気持ちになれるのです。(ところが……)


 そしてこの巻の後半からは新展開――オリブとウジュが北方の戦線に参加するために帰還する一方で、アイラは引き続き金と宋の友好のため、宋に残ることになります。
 皇宮に滞在することとなった彼女は、そこで絵画マニアの皇帝(史実)と親しく話すようになり、そして最も彼に可愛がられている第三皇子・ウン王の存在を知ることになります。

 その一方で、アイラと縁談が持ち上がっている康王(この巻の表紙)は相変わらず裏表のある猫かぶりっぷりで、アイラとの相性は最悪。
 そしてその康王に懐いていた妹の円珠は、最近冷たくなった兄に悩んでいて――というところで、紆余曲折を経てすっかり円珠と仲良くなった(微笑ましい!)アイラが一肌脱ごうとしたことで、また思わぬ騒動が起きることになります。

 寡婦であるため、人前で美しく着飾ることができない円珠。夜の庭園で密かに着飾っていた彼女をそれぞれの形で支えるアイラと康王ですが、そこを何者かに目撃され――ってこのシルエットはどう見ても?
 それをきっかけに思わぬ形で前進(?)するアイラと康王の関係。しかし目撃者探しは、まったく意外な方向に展開していくことに……

 本作を読んでいるとどうしても金と宋の関係に目が行きますが、しかしこの時代の宋の国内も色々と大変なことになっていたのは、たとえば水滸伝ファンであればよく知るところでしょう。
 この新展開で描かれるものは、あるいは、いやおそらく、その宋の国内事情に関わるものなのでしょう。だとすれば、この展開の背後にいる人物も想像できるのですが、それはそれでこの先かなりややこしいことになりそうな……


 天真爛漫で前向きなアイラの活躍に胸踊る本作ですが、やはりその背後に――そしてこの先に待っているのは厳然たる史実。
 果たして本作がそこにどのように至るのか、そしてそれをどのように描くのか――優れた歴史ものならではの楽しみが、本作には確かにあるのです。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第3巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon


関連記事
青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第1巻 幾つものねじれの中の歴史ラブロマンス
青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第2巻 皇女の危機と帝姫の悲哀

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.21

鮫島圓『竜王の娘 中国幻想選』 唐代から現代に繋がるボーイミーツガール

 中国怪異譚を巧みにアレンジして人気を博した短編集『蓬莱トリビュート』(鮫島円人名義)の実質的続編というべき作品集であります。唐代の伝奇小説『柳毅伝』を題材とした表題作をはじめとして、全五編+αの奇妙でユーモラスな、そしてどこか心温まる物語で構成されています。

 科挙に落ちて故郷に帰る途中、貧しい身なりながら美しい女性・靈珠と出会った青年・柳毅。柳毅は、洞庭湖の竜王の娘であり、涇水の竜王の王子に嫁いだものの、邪険に扱われた末に囚われの身であると語る彼女の言葉に、大いに同情するのでした。
 両親を思って泣く靈珠の姿に勇気を奮い起こし、彼女の手紙を洞庭湖の竜王の元に届けると誓った柳毅。紆余曲折の末に竜王のもとにたどり着いた柳毅ですが、事態が竜王の弟で封印されていた竜・銭塘に伝わったことで、思いもよらぬ大騒動に繋がることに……

 唐の時代、隴西出身の李朝威なる人物が著したという『柳毅伝』。今は田中貢太郎の翻案を手軽に読むことができますが、本作『竜王の娘』は、この原典に巧みにアレンジを加えて、中編漫画化しています。

 その最たるものが、原典では豪放磊落な男であった柳毅を、平凡ながら心の中に勇気と正義感と持った若者として描き、そんな彼と靈珠のボーイミーツガールの物語として原典を再構成した点でしょう。
 印象的な部分(竜王と銭塘のやり取りなど)は、驚くほど原典を踏まえつつも、しかしそこに少しずつアレンジを加えていくことにより、本作は、原典とはまた印象の異なる物語として成立させているのです。

 原典では、手紙を届けたほかは、実はほとんど傍観者の役割に留まっている柳毅。しかし本作においては――決して人としての域は超えないものの――彼が靈珠への想いから、自分自身の決断としてある行動を取り、それが靈珠の彼への想いと、そして何よりも読者の彼への共感を強めることになります。
 特にある意味物語のクライマックスである銭塘と柳毅のやり取りは、結論としては原典通りではあるものの、柳毅の言葉のその理由、そしてその内容は全く異なる――そして「人」として実に正しいものであり、大きな感動を呼ぶのです。

 もちろん、『蓬莱トリビュート』でも大いに評価が高かったその絵柄と描写力はここでも健在です。
 その美しさに目を吸い寄せられる表紙の靈珠の存在感や、作中での銭塘の暴れっぷりの凄まじさ、はたまたキャラクターたちのコミカルなやりとりなど――緩急自在の絵柄は、上で述べた柳毅の描写と相まって、見事に「今の」物語として、千二百年以上前に記された物語を生まれ変わらせているといえるでしょう。

 もちろん単品でも優れた作品ですが、ぜひ原典と比べていただいて、その素晴らしさを知っていただきたいと思います。


 一方、残る四つの短編は、いずれも唐の段成式の随筆であり、『蓬莱トリビュート』でも題材となっていた『酉陽雑俎』からの作品であります。
 山で手にした可愛らしい葉が思わぬ変化を遂げる「龍を拾った話」
 旅人と象狩りの会話で綴られる「象捕り」
 獺を飼う百姓の物語(ラストの周囲のリアクションに共感)「獺を飼う男」
 鷹を慣らす新米鷹使いと鷹の交流を描く「鷹使い」
 これらの作品の方が、むしろ『蓬莱トリビュート』に近い内容なのですが、短編の分、さらにアレンジの巧みさが光るように感じられます。

 実のところ「龍を拾った話」と「獺を飼う男」はほぼ原話通りである一方で、驚かされるのは残り二話であります。
 「象捕り」は、象捕りの男が語る象の生態の数々がメインなのですが、実はその内容が原典に記された内容。しかしそれが現代の我々から見ると実に荒唐無稽で、山海経の幻獣たちとほとんど同列の存在に見えるのですが――それを逆手に取って、新たなファンタジーを生み出しているのに圧倒されます。

 一方「鷹使い」は、原典に記された熬鷹なる訓練過程を中心に物語として再構成しているのですが、ここで描かれる鷹のビジュアルに、こう来たか、と驚かされます。
 もちろんこれは現実のものではないのですが、しかし若き鷹使いの目にはこう映っているのであり――そしてそれによって本作は、人と鳥との美しい交感の物語として、見事に成立しているのであります。


 以上五編に加えて、電子版では特典として「紀聞」のエピソードを原典とする冬山の怪異譚「土地神」を収録した本書。まだまだ題材はほとんど無尽蔵にあるだけに、是非ともさらなる中国幻想譚を読みたいものです。


『竜王の娘 中国幻想選』(鮫島圓 双葉社アクションコミックス) Amazon


関連記事
鮫島円人『蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選』 人間と人間以外が織りなす「人間」ドラマ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.20

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第12話「烈士再起」

 過去に飛び、骸を回収した刑亥と婁震戒により、ついに復活した照君臨。一方、無界閣では皇軍・神蝗盟双方の前で萬軍破が照君臨復活の企てを明かし、団結を呼びかける。そして刑亥からの手紙を受け取って無界閣にやってきた丹翡の前に、牢から解放された凜雪鴉が現れるが……

 まさに風雲急を告げるというべきか、善の側が圧倒的に不利な状態となってしまった本作。冒頭で刑亥からの手紙で誘き寄せられた丹翡が無界閣に現れ、浪巫謠と合流したものの、刑亥の企てを考えれば、むしろ悲劇の序章にしか思えません。
 そしてその刑亥はといえば、七殺天凌を手にした婁震戒をお供にあっさりと時を超え、照君臨が死亡したその時その場所に出現。全く状況が掴めていない婁震戒をこき使い、刺されて崖落ちして間もない照君臨の亡骸を確保します。そしてすぐに死霊術で七殺天凌の魂を照君臨の亡骸に移そうとするのですが――驚いたのは婁震戒。良く知らん女の死体を拾ったと思ったら怪しげな術が始まり、姫の輝きが鈍く!? と思ったら女が復活、自分が七殺天凌だと言い出して艶然とすり寄り――と、ここで普通の人だったら喜ぶかもしれませんが、全く期待を裏切らないのが婁震戒という男であります。解釈違いを起こしてお前なぞ知らん、姫を返せ! と暴れるのですが――しかし照君臨にあっさり返り討ちにされ、そのまま彼を置き去りに、妖女二人は無界閣に帰還するのでした。

 と、その頃無界閣では、皇軍兵士と神蝗盟兵士双方を集めて、当の照君臨復活の企ての存在を萬軍破が暴露。暴露したのはそれだけでなく、自分が神蝗盟の一員であること、禍世螟蝗は照君臨を放置する方針であることまで明かしてしまうのですが――西幽への郷土愛を核バズーカを発射するくらいの勢いでブチかますものですから、両軍とも一気に心を動かされ、過去の恩讐は一時捨てて、萬軍破の名の下に一致団結するのでした。それにしても凜雪鴉に手玉に取られていた頃はあんなにチョロかったのに、軍破殿はすっかり成長して――というか、これはある意味禍世螟蝗の期待通りのようにも思います。

 しかしいくら数を集めてもと思いきや、照君臨を無界閣に閉じ込めるため、萬軍破は片っ端から逢魔漏を破壊するよう、兵士たちに命令。そして無界閣が賑やかになった中で牢を訪れた萬軍破は、薬中状態の凜雪鴉は適当に逃したものの、殤不患のことは、たとえ一時的に手を取ったとしても魔剣目録を挟んで王道と覇道、二人の道は決して交わることを理解し、そのまま立ち去るのでした(今回も漬物樽の中のままで終わる主人公)。
 さて、人海戦術は意外と効いて、ちょっとイライラの照君臨と刑亥。しかしそこに通信をよこした阿爾貝盧法は、自分の手勢を無界閣に送り込んできたではありませんか。これで戦力的には互角と喜ぶ刑亥たちですが、しかし阿爾貝盧法が単なる善意で他者を助けるとは思えないのですが……

 そしてそんな状況とは露知らず、ただ二人無界閣の奥に足を進める丹翡と浪巫謠ですが――その前にヨレヨレになって現れたのは解放された凜雪鴉。その彼に刀を突きつけ、捲殘雲の件を問いただそうとした丹翡ですが――何故かその口調はそれまでと異なり、出来の悪い生徒に教えを叩き込むようなものに変わったではありませんか。彼女の目に映った凜雪鴉の構え――それは自分の夫・捲殘雲のもの。そう、七殺天凌に魅了されていた凜雪鴉は、実は捲殘雲だったのです!
 この姿なら安心とか何とか凜雪鴉の口車に乗り、懐かしの凜雪鴉変装袋を被っていた捲殘雲。それがこんな目に遭わされるとはどこまで凜雪鴉が見越していたかはわかりませんが――では今まさに刑亥がゾンビ化させようとしている捲殘雲は? と思いきや、それは異飄渺! 捲殘雲に化ければ殤不患から魔剣目録を奪うのは簡単ですヨ(事実、一度は成功したわけで)とこれまた凜雪鴉の口車に乗ってみれば、ご覧の通りであります。

 では今いる異飄渺は? 自分自身の義を貫く萬軍破を見限り、ポンコ――いや凡骨と吐き捨てた彼は、口元に煙管を運び……


 というわけで、最終回一話前に相応しく、大大大逆転の連続だった今回。さすがに凜雪鴉が大人しく操られるはずもないと思っていましたが、いやはや想像以上に痛快で、そして悪辣な仕掛けには脱帽であります(にしても久々に主人公っぽいムーブしたなこの人)。あとはいつもの、やり過ぎてギャフン、ということにならなければいいのですが……
 そしてこちらは想像通りだった婁震戒ですが、その結果一人過去の世界に置いてけぼりに。しかし、以前パワーアップ版の逢魔漏を懐に入れていた気がしますし、過去の世界で生まれたばかりの七殺天凌を強奪しそうな気もするし、まあ照君臨については、この人が〆る気がいたします。

 というわけで次回ついに大団円! ただただ楽しみであります。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
 公式サイト

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第2話「魔境漂流」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第3話「愛執の皇女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第4話「魔剣の行方」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第5話「妖姫伝説」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第6話「禍世螟蝗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第7話「魔界伯爵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第8話「陰謀詭計」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第9話「時の辻神」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第10話「聖剣の秘密」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第11話「遠い歌声」

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽ゲン歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.19

馳月基矢『帝都の用心棒 血刀数珠丸』 梁山泊屋敷の腕利き、妖刀を追う!?

 デビュー作『姉上は麗しの名医』で、日本歴史時代作家協会の文庫書き下ろし新人賞を受賞した作者による伝奇アクション――大正時代の帝都を舞台に、妖刀にまつわる連続殺人に訳あり用心棒コンビが挑む、虚実入り乱れた活劇であります。

 巷で囁かれる、人々を血祭りにした後に血染めの数珠を残す妖刀の噂。梁山泊屋敷の腕利きコンビ・加能碧一と行成光雄は、東京帝国大理学部の山川健次郎教授から、この血染めの刀を目撃した刀剣マニアの帝大生・中村泉助の身辺警護と真相究明の依頼を受けることになります。
 妖刀の影を追って奔走し、次の犠牲者と目される人物を知った二人は、ついに人斬り刀を振るう巨漢と対峙するのですが――相手は二人がかりで辛うじて撃退するのがやっとの遣い手だったのであります。

 犠牲者たちの共通項を追う中、近頃一部の富裕層から絶大な支持を受ける謎の女性・多摩峰トワ子が主催する「蜘蛛の会」なる団体が、近頃刀剣を集めているのを知った二人。
 常にヴェールで素顔を隠したトワ子とは何者なのか。凶行を繰り返す巨漢の正体と目的とは。そして妖刀の正体は、天下五剣の一つにして今なお所在不明な数珠丸なのか?

 藤田五郎翁や梁山泊屋敷のお嬢様・千鶴子も巻き込んだ乱戦の末に明かされる真実とは……


 というわけで、大正刀剣伝奇アクションとでもいうべき本作ですが――まず印象に残るのは、多彩かつ魅力的なキャラクターでしょう。

 そしてその中でも中心となるのは、もちろん主人公二人――美形ながら人嫌いで酒浸り、剣の達人にもかかわらず刃を嫌う碧一、如才なく明るい男ながら得体が知れず、飛び道具や潜入術を得意とする光雄であります。
 全く正反対のキャラクターを持つ二人がコンビを組み、時に衝突しながらも互いの得意分野を活かして活躍――というのはバディものの定番ですが、本作はまさにその魅力が横溢しているといえます。

 さらに感心させられるのは、二人が属する「梁山泊屋敷」の設定であります。
 よろず請負業である水城よろづ商会の本拠である屋敷、人呼んで梁山泊屋敷。そこには、日頃から各分野の腕利きが腕を撫してたむろっている――なるほど梁山泊とはよく言ったものですが、どんな腕利きが、そしてどんな過去を持った者が居てもおかしくないとこの設定は、宝の山というべきでしょう。(実は物語の結末も、この設定ならではというべきなのもまた巧みです)

 そしてこの屋敷の令嬢である千鶴子も、好奇心旺盛なじゃじゃ馬という、ある意味定番キャラかと思えば、その度合いと能力(特に戦闘力)の高さが段違い――と、登場人物一人ひとりについて語っているだけで終わらなくなってしまうような個性的な面子揃いなのであります。
 そしてその一方で史実のキャラクターも、明治・大正ものでは常連(?)の藤田五郎だけでなく、山川健次郎がメインキャラクターの一人という変化球。それも本作ならではの人物像で描かれているのも楽しいところなのです。(ちょい役で山本忠次郎が登場するのにもニヤリ)


 そして本作のもう一つの主役が、刀剣――その中でもタイトルロールともいうべき数珠丸であります。
 いわゆる天下五剣――童子切・鬼丸・三日月・大典太そして数珠丸。その中で日蓮上人の護刀であった数珠丸は、唯一武張った逸話を持たぬ刀であり、かつこの物語の舞台となる大正2年の時点では行方不明となっていたという特殊な刀であります。

 そんな数珠丸が連続殺人に使われた!? という謎で物語を動かしてしていくのは実に面白い趣向であると同時に、人を斬らない数珠丸を、既に戦で使われることがなくなった刀たちの象徴としている――さらにそこに碧一ら時代の流れから外れた者たちを重ね合わせている――のも印象に残ります。
 さらにこうした数珠丸の、この時代の刀剣の存在が、犯人の動機と犯行内容に結びついていくのもまた見事で、この辺りは一種のミステリとしても納得いくものがあります。


 そんな盛りだくさんの要素を巧みに配置した上で、スピィーディーかつドライに展開していく、ハードボイルドタッチも魅力の本作。
 まだまだ解き明かされていないキャラクターたちの過去や因縁も多く、そして上に述べたようにいくらでも応用の効きそうな梁山泊屋敷の設定もあり、ぜひとも続編を期待したい快作であります。


『帝都の用心棒 血刀数珠丸』(馳月基矢 小学館文庫) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.18

『セスタス The Roman Fighter』 第10話「静かなる布石」

 予選決勝戦、フェリックスの左右の連打によって壁際に追い詰められた上、足を挫いてしまったセスタス。得意の速攻も使えぬまま苦戦を強いられるセスタスだが、不屈の闘志で耐え抜き、わずかながら反撃を繰り返していく。そして地道な布石が実り、最後の最後に生まれたチャンスにセスタスが放つのは……

 今回も妙に長い前回の振り返り(だけかと思ったらその後のシーンも含まれているのですが)に不安になるアバンタイトルですが、改めてフェリックスの「赤い暴風」こと両腕ぶんまわしパンチをセスタス視点ではなく闘技場の上から見ると、こういう動きなのか――となかなか新鮮。どう見ても大振りなので、結構隙が大きいんじゃないかな、と思いつつ、いや体重乗せて(しかも見せかけ以上のリーチで)ブンブン来たら、確かにこれは怖い――というところに、それでも飛び込むのがやはりセスタス流であります。
 どれほど勢いがあろうと、やはり両手をぶん回しているだけに正面の防御はがら空き。そこに思い切りよく踏み込んでのストレートの一撃は、見事にフェリックスの顔面を捕らえダウンを取ることに成功! が、前回挫いた足の影響は大きく、踏み込みの浅さから、一発逆転まではいたらず、フェリックスを本気にさせることになります。

 むしろフェリックスの腕ぶんまわしは舐めプの状態、本来の彼は着実なインファイター――ガードを固めつつ猛打で相手のガードを突き崩しにかかるという、今のセスタスとはまことに相性の悪い相手。しかも職業拳闘士としてあちこちの闘技場を知っているフェリックスは、今回の狭い闘技場を利用した戦い方も知悉し、つねにセスタスを壁際へ壁際へと押し付けるようなファイトを展開――数話前にザファルが危惧した通りの、狭い場でどう戦うかを熟知した難敵であります。
 しかしここからがセスタスは強い。ある意味彼の最大の武器は、悪戦苦闘慣れしていること――この窮地にあっても踏みとどまり、果敢にフェリックスのある一点に攻撃を重ねていくのであります。そしてここでザファルの――『拳奴死闘伝』予告編で使われたことで妙に印象に残る――「…困難なればこそ成し遂げる価値があるッ 何故そう考えん!!?」に始まる熱いお言葉が小山力也の声で炸裂するのですから、盛り上がらないわけがありません。

 フェリックスの猛打の前に何度も崩れ落ちかけながらも踏みとどまり、果敢に反撃を続けるセスタス。そしてついに地道に重ねてきた勝利への布石が活きる時がやってきます。これまで一点に――そう、腹に集中的に打ち込んできたセスタスの拳が、「ボディーブローのように効く」という喩えのとおり、いや「ように」ではなくまさにそのままに体力を奪い生まれた一瞬の隙に、ほとんど背中側に踏み込んでから炸裂したのは、圧縮打法によるキドニーブロー!
 かつてザファルがセスタスに授けた(ん?)魔拳――現代のボクシングでは危険すぎるために反則となっているキドニーブローを、直撃すれば大の大人もワンパンKOの圧縮打法で打ち込むのですから(そしてその説得力を増す大塚明夫のナレーション)、いかにフェリックスが頑丈であっても堪えられるはずがありません。

 さしものフェリックスも立ち上がることはできず、ここにセスタス決勝進出決定――!


 というわけで、ほぼ原作に忠実に、そして丁寧にフェリックス戦の後半戦を描いた今回。上に挙げたザファルやナレーションだけでなく、セスタスの力の入った声の縁起もあり、このアニメ版のクライマックスに相応しく盛り上がる一戦でした。
 ただ一つ残念なのは、セスタスがザファルにこの魔拳を伝授されたくだり――ヴァレンス拳闘士養成所の崩壊前後――が、このアニメ版で丸々カットされていることで、あそこで荒削りながらセスタスが繰り出した技が、新たに会得した圧縮打法と組み合わさって(原作ではほぼ10年ぶりに)炸裂というのが、大いに盛り上がる展開だったのですが……
(その前にザファルとの訓練シーンで、急所として喉と鳩尾が――という指導を受ける場面が入るのも意図不明)

 まあ何はともあれ、いい具合に盛り上がったところで大会本選に突入、予告を聴いたところでは懐かしい顔ぶれが登場するようですが――えっ、次回で最終回!?


関連記事
『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」
『セスタス The Roman Fighter』 第2話「異種格闘」
『セスタス The Roman Fighter』 第3話「拳闘の犬たち」
『セスタス The Roman Fighter』 第4話「明日への生還」/第5話「希望の在り処」
『セスタス The Roman Fighter』 第6話「女神との決別」
『セスタス The Roman Fighter』 第7話「檻のなかの叫び」
『セスタス The Roman Fighter』 第8話「開眼」
『セスタス The Roman Fighter』 第9話「幸運な男」

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.17

清水朔『奇譚蒐集録 弔い少女の鎮魂歌』 驚愕の民俗伝奇ミステリ!? 葬送儀礼の陰の人と鬼

 民俗学+ミステリ(そして伝奇)の新星として話題を集める『奇譚蒐集録』シリーズの第一弾であります。大正初期、黄泉がえり伝承と奇怪な葬送儀礼が伝わる南洋の孤島を訪れた帝大講師と書生が挑むのは、過酷な葬礼を担う御骨子の少女たちにまつわる謎。そしてその背後にある残酷な真実とは……

 大正二年、琉球本島からさらに船で二日半の孤島・恵島を訪れた帝大講師・南辺田廣章と書生の山内真汐。薩摩の伯爵家の四男坊である廣章は、自分の道楽である奇譚蒐集――それも鬼にまつわる伝承を集めるため、真汐をお供にはるばるこの孤島を訪れたのであります。

 かつて島で死から黄泉がえり、幾多の人々を虐殺したという鬼、「青の化け物」。以来この島では、黄泉がえりを防ぐためにある特殊な葬送儀礼が行われ、その過酷な作業を御骨子(ミクチヌグヮ)と呼ばれる少女たちが担っていたのでした。
 その一人であるアザカと知り合った真汐は、彼女を除く御骨子たちにはみな手足に青い痣が現れ、そして十八歳になると忽然と姿を消してしまうことを知ることになります。

 果たして御骨子たちを襲う呪いの正体は何なのか。そしてかって島を襲った青の化け物は実在するのか。その謎を追う廣章と真汐は、やがてある真実を突き止めるのですが、しかし……


 様々な伝承や儀礼を題材として、あるいは背景として扱った、「民俗的」「民俗学的」要素を持つフィクションというのは、エンターテイメントのサブジャンルとして、根強い人気を持ち続けています。本作はその最新の成果の一つ――日本ファンタジーノベル大賞2017の最終候補作『御骨奇譚』(淤可見明名義)を改題・改稿した作品であります。
 舞台となるのは沖縄本島からさらに離れた孤島、そして題材となるのは葬送儀礼という、私を含めほとんどの読者にとっては二重に縁遠い題材ですが、しかしそれが本作においてはむしろプラスに働き、非常に独特の世界観を生み出すことに成功していると感じます。

 まず何よりも圧倒されるのは、葬送儀礼の内容とその描写であります。冒頭の後御骨(アトミクチ)、すなわち洗骨の場面からして涙目なのですが、儀礼のメインというべき抜き御骨(ヌジミクチ)たるや、もう……
 しかしそれが鬼面人を驚かす体の扱いで終わらないのが本作の本作たるゆえんであります。そう、この凄惨ともいうべき儀式には、それが生まれ、行われ続けるだけの理由が、ここにはあるのです。

 風習というものは、決して何の理由もなく生まれるものではなく、そして生まれた時から不変のものではありません。本作で描かれる葬送儀礼はおそらくフィクションのものですが、この風習のあり方をきっちりと踏まえて描くからこそのリアリティが、ここにはあります。
 そしてその民俗学的アプローチから儀礼の誕生過程を追うことが、そのままミステリとしての本作の物語展開と重なっていく点は、実に巧みというほかありません。

 こうした物語の姿勢は、この時代の人間としては異例なほど「異文化」に対してフェアであり、理性的な廣章のキャラクターとも重ね合わされるものであります。
 そしてそんな理解者の存在があるからこそ、本作のヒロインであるアザカと御骨子たちの哀しみが、いや増して感じられるのも、また間違いないのであります。


 しかし本作は、終盤において驚くべき真の顔を見せることになります。ここではその詳細は伏せますが、本作はそういう物語だったのか!? という初読時の衝撃は忘れられません(その「顔」がまた、実に好みのものであるだけに……)。
 もちろん、ほとんどジャンルそのものが変わりかねないどんでん返し故に、評価が分かれるかもしれません。しかしそこに至るまでの上記の姿勢があるからこそ、このどんでん返しのインパクトは絶大なのであります。

 何よりもそこからクライマックスの怒涛のの盛り上がりが絶品である上に、その中で描かれる人と鬼の境目――言い換えれば人間性の在り処を巡る物語も印象的で、見たいものを見せていただいた、と感じ入った次第です。

 先に触れたように、人によっては描写的にキツい部分はあります。結末も、受け入れがたい方はあるかもしれません。それでも、唯一無二の大正民俗伝奇ミステリとしての本作の魅力が大きいことは、紛れもない事実であります。
 シリーズ第二弾『北の大地のイコンヌプ』も、近日中にご紹介いたします。


『奇譚蒐集録 弔い少女の鎮魂歌』(清水朔 新潮文庫nex) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.16

『長安二十四時』第1話 「巳の正刻 戦いの始まり」

 上元節の祝いで長安城内が賑わう中、靖安司の司丞・李必に呼び出された元役人の死刑囚・張小敬。李必は張小敬に対し、自由と引き換えに、長安に潜入した突厥のテロ集団・狼衛の首領を24時間以内に捕えるよう命じる。惨殺された前任者の足取りを追う張小敬は、大きな陰謀の存在を察知する……

 中国版『24』は唐代を舞台とした時代劇と聞き、その手があったか!? と大いに驚かされた『長安二十四時』。ソフト化や配信によってアクセスしやすくなり、遅ればせながらようやく見始めました。24時間を全48話で描くという本作、第1話の今回はキャラクターや状況説明の部分が大きく情報量の多さだけで圧倒されるのですが、それだけに引き込まれるものがあります。

 舞台は天保3年、陰暦1月15日の上元節の祝いで街が解放され、夜間外出禁止令も解かれたという、いかにも何か起きそうな状況の長安。その喧騒とは、しかし無縁の状況に置かれていた囚人・張小敬が、本作の主人公の一人であります。
 不良帥(日本でいえば岡っ引き的な存在)という役人の身でありながら、上官殺しという大罪を犯して処刑を待つ身の張小敬。しかし突然彼が呼び出された先は、朝廷の高官の屋敷らしき場所――その地理的状況から相手の身分をたちどころに割り出してみせるところでさっそく彼の腕利きぶりが描かれるのがいい――の主人とは、隋の皇族の血筋を引き、高官はおろか太子とも交流があるという超エリートの青年・李必でありました。

 実はわずか4ヶ月前に設置されたばかりの秘密機関・靖安司の司丞だという李必。各官庁からトップクラスの人員が集められ、各種機密文書はおろか、当時でいえば最高機密に属する長安の地図まで存在する、いわゆるインテリジェンス機関であります。
 そのデータ分析担当官・徐賓が白羽の矢を立てたのが張小敬ともう一人、闇商人の崔六郎。その崔六郎が物言わぬ死体となって帰ったことから、張小敬が呼び出されたのでした。

 崔六郎が追っていたのは、突厥のテロ集団・狼衛の首領・曹破延以下十六名。密かに長安に潜入した曹破延に首尾よく接触した崔六郎でしたが、その本拠としていた倉庫への弟の崔器率いる軍の突入が失敗し、狼衛のうち十五名は討ったものの、崔六郎と軍人一名が殺害され、曹破延は無届けの地下水路を通じて脱出したのでした。
 曹破延を逃がすわけにはいかず、さりとて上元節で昼夜を問わず人が溢れる長安で大規模に軍を動かすわけにはいかない――かくて都の裏表を知り尽くし、そして処刑を目前とした張小敬に、赦免と引き換えに、曹破延捕縛の命が下ったのであります。

 もちろん靖安司も独自に調査を進めて倉庫の持ち主を特定したものの、既に何者かに――曹破延が長安に入る前に一家皆殺しにされていたことが判明。
 一方張小敬は、崔六郎の経歴から、彼がなにか手がかりを飲み込んでいると推測し、彼の亡骸を解剖するのですが――そこから現れたのは、詳細な長安の地図の一部だったのであります。ここから考えられることは一つ――長安で、何か巨大な陰謀が進行している……


 というわけで、冒頭に述べたとおり固有名詞と登場人物の多さに、筋を追っていくのがやっとの状態(しかも年号の天宝が天保になっていたり、李泌が李必になっていたりと、史実にもじりが加えられているので余計にややこしい)の今回。
 しかしセールスポイントの一つだという長安のセットは確かに見事で、その猥雑な空気やそこに集った群衆の姿など、舞台となる長安が魅力的に、そしてリアルに描かれている時点で、作品への気合の入りようがうかがえます。

 その一方で靖安司の設定や描写、軍の突入シーンなどは現代のドラマの影響をかなり受けている印象はあるのですが、その辺りはなかなか巧みに換骨奪胎できているのではないかと感じます。
 そして何よりもキャラクターの多彩さが魅力で、やさぐれ切れ者オヤジというみんな大好きキャラの張小敬、彼からは「神童」と呼ばれる超エリートの李必という主人公二人をはじめとするメインどころ(であろう)キャラが皆、一癖も二癖もありげなのは楽しいところであります。

 物語はまだ序章も序章ですが、この先も期待通りの物語になりそうだ――と楽しみにしているところです。


『長安二十四時』Blu-ray BOX1(TCエンタテインメント Blu-rayソフト) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.15

「コミック乱ツインズ」2021年7月号

 号数の上ではもう今年も後半戦に突入の「コミック乱ツインズ」、7月号は『侠客』が表紙&巻頭カラー、『はんなり半次郎』『雑兵物語 明日はどっちへ』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 差料をへし折られるほどの永渕啓輔との激闘から生還した聡四郎。しかし我が家に待っていたのは完璧におかんむり状態の紅さんではありませんか。完全にツン状態の紅さんに対して、こういう時に絶対言ってはならないワード「御用」だから、を言ってしまう聡四郎。憤然と水城家を飛び出してきた紅ですが、そこに袖吉のナイスフォロがー……

 というわけで、不器用な二人が、ついにお互いの気持ちに向き合う今回。物語当初から長い時間を過ごしてきただけに、かえって当たり前のようになっていた二人の関係が、ようやく一歩前進することになります。
 この辺りのしっとりした空気は、前回激しい剣戟を繰り広げた作品と同じとは思えないほどなのですが、その幅の広さこそが本作の、作者(作画者)の魅力でしょう。幅が広いといえば、泣いたり笑ったり怒ったり、喜怒哀楽百面相状態の紅さんもですが……

 そして後半は一変して色々な意味で相変わらず濃い吉宗の一人舞台。しかし駕籠から部下に色々と指示を出す中で、聡四郎をこの政治劇の登場人物の一人として扱ったものだから、部下が要らぬ嫉妬の炎を燃やすことに――というわけで、本人の知らないところで敵を増やすことには定評のある聡四郎が、また敵を、というところで次回に続きます。

 ちなみに今月から原作続編の『御広敷用人 大奥記録』の漫画版が、光文社のサイトで連載開始とのこと。ある意味今回の延長線上の物語だけに、こちらも必見です。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 蒙古軍の重囲の前にもはや風前の灯火のビジャ――その最後の希望として、インド墨家への使者として送り出された蒙古人捕虜・ノグス。しかし今回冒頭からいきなりノグスはヨレヨレ状態、ついに乗馬も倒れ、さらにそこには武装した男たちが迫る……
 しかしその間もオッド姫には過酷な運命が襲いかかります。獣欲剥き出しの指揮官・ラジンとの一対一の交渉だけでもキツいところに、城内では黒死病騒動で暴動が勃発、宰相のジファルがその場を収めたものの、この騒動も彼の自作自演だったのであります。

 内憂外患などという言葉も生ぬるい絶体絶命の状況に、さすがにオッド姫も心折れかけるのですが――ラスト三コマで大展開。いよいよ登場する「彼ら」に期待が高まります。


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 雑兵の身分から天下取りを夢見る二人の若者・捨丸と春を主人公とする連作もこれで三話目であります。
 前話で家康の足軽になったものの、そうそう出世できるはずもなく、今は信長軍の下っ端の二人。織田と武田の最後の合戦に参加した二人ですが、そこで知り合った徳川の足軽・正道の主の槍から銀の逆輪が盗まれてしまいます。春が彼を何とか助けようとする一方で、捨丸は非情な態度を見せるのですが……

 と、今回も戦国の世知辛さと、それに対する理想・正論を体現する捨丸と春の二人。その果てに春と決別した捨丸は、手柄を狙い、単身片手千人斬りのあの武将に挑むことになって――と、今回も二人の運命は転々と転がっていくことになります。
 捨丸の才知も春の純真も、結局は戦国の現実に全く無力――という展開はあまりにも辛いのですが、しかしそれでも歩みを止めない二人の(というより捨丸の)姿には、何故かしらホッとさせられるのです。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 豪商・阿部善定の庇護を受け、静かに日々を送る宇喜多八郎(直家)。後の知将(あと暗殺好き)の片鱗を見せる八郎ですが、その一方で父・興家は――と、公式サイトの「宇喜多家の男たちが、新たな才能に目覚める!?」というアオリに??? となってみれば、いつもながら見事にオチがつくことになります。
 しかし物語はそこで終わらず、本当に急すぎる展開を迎えることに。史実とはいえまたもや厳しい展開が続くことになりそうです。(それにしても「頼りない太陽」、慣れてみれば良いキャラでした……)


 次号は表紙&巻頭カラーで『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)が登場。『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)も掲載されます。


「コミック乱ツインズ」2021年7月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2021年1月号
「コミック乱ツインズ」2021年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2021年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2021年3月号
「コミック乱ツインズ」2021年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2021年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2021年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2021年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2021年6月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2021年6月号(その二)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.14

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第11話「遠い歌声」

 七殺天凌に魅了され、捲殘雲をその手にかけた凜雪鴉。その隙に殤不患までも刑亥に捕らえられ、魔剣目録は神蝗盟側に渡ってしまう。一方、浪巫謠は、謎の男に誘われた先で、自分の母が魔族にたぶらかされ、自分を宿したことを知る。そして謎の男こそがその魔族・阿爾貝盧法だった……

 まさかの策士策におぼれる状態で凜雪鴉が七殺天凌に魅了され、捲殘雲を手にかけた――!? というヒキで終わった前回。いやこれは操られたふりをしているに違いない、捲殘雲が刺されたように見えたけれども実は別人に違いない、というこちらの淡い期待を思い切り叩き潰して、捲殘雲は開幕早々、地に伏すことになります。そしてそれを見て驚く殤不患も刑亥の不意打ちを受けて符で動きを封じられてこれまた地に伏すことに……
 おまけに魔剣目録まで奪われて万事休す、という状態のところで、その目録を手にしたのは異飄渺。元々魔剣目録は我らがもらうはずと言いつつ、妙な理屈をつけて刑亥が殤不患に止めを刺すのを止めたのは、いかなる存念か――と思っていたら、さらに刑亥たちが去った後に萬軍破に魔剣目録を渡し、これは禍世螟蝗に渡すのは少し待とうなどと、意味深なことを言うではありませんか。しかし、とりあえず禍世螟蝗様には私が言い訳しとくので――などと言いつつ、「萬軍破の野郎裏切りましたぜ」とチクりに行くところを見ると、萬軍破を追い落とすことしか考えていなかったのかもしれません。

 しかし禍世螟蝗はやはり一枚上手、萬軍破がそんなことをするとは思えんし、するのであればお前に気付かれるはずがない、と非常に高く買っているところをアピール。さらに、ぐぬぬとなっている異飄渺に、正義(魔剣目録の模型)と悪(七殺天凌の模型)が乗っている天秤を見せ、神蝗盟はどちらにつくべきか問いかけます。いきなりの問いに戸惑う異飄渺に、我々自身が天秤になるべきなのだ、とトンチの効いた答えを示した禍世螟蝗ですが、もし本当に萬軍破がアレしたら魔剣目録を奪え、お前ならできる――と異飄渺も持ち上げる辺り、やはり人の上に立つ人物は違うと思わされます。

 さて、その正義と悪の方に場面が移れば――やっぱり凜雪鴉が何とかしているのではないか、という淡い期待はこれまた砕かれ、漬物樽(座棺です)の中に封印されて声を上げるしか出来ない殤不患と、七殺天凌を取り上げられて鎖に繋がれ、完全に薬中状態でわめくしかない凜雪鴉という、もう目も当てられない状況です。しかも刑亥は丹翡のところに捲殘雲が斬られたメッセージを送っておびき寄せたところでゾンビ捲殘雲に襲わせ、とどめは七殺天凌で仕留めようという、考えただけでムカムカするようなことを企てているではありませんか。
 ――が、そこに「姫の声が?」と病人みたいなことを言って婁震戒が乗り込んできたものだから、それまでの居丈高ぶりがうそのように慌てる七殺天凌。とりあえず凜雪鴉が殤不患から奪い取り、そこを魅了したと言い繕う七殺天凌をあっさり信じた婁震戒は、刑亥が七殺天凌の妹分と知るや、これまたあっさりと頭を下げるのは、少々拍子抜けに感じます。しかし自分たちの過去に戻るという企てを明かす際、七殺天凌が「本当の姿を取り戻す」ではなく、「本当の力を取り戻す」と言ってしまったのは、これはどう考えても禍根を残したしか思えないのですが……

 さて、衝撃映像の連続に完璧に忘れていましたが、浪巫謠は謎の男とともに時空の旅の最中。そして彼らが次に現れたのは、西幽の宮殿――ですがそれは過去の世界であります。そしてそこに現れたのは、以前登場した時の落魄した姿が嘘のような、浪巫謠が言わなければわからなかったような、彼の母だったのであります。
 実は西幽の公主でありながら、いずこかの貴公子と禁断の恋に落ちた彼女。しかしその貴公子の声は三木眞一郎(柔弱)なのですから穏やかではない。案の定、二人の間に子が出来たと告げる彼女に、魔族の本性を現す三木眞一郎(邪悪)――いや阿爾貝盧法は、アイアムユアファザーと浪巫謠の弱った精神に大打撃を与えると、その場は去るのでした。この時点では一体何がしたかったのかわからない阿爾貝盧法ですが、無界閣に戻された浪巫謠は、ただ慟哭するばかりで……


 と、各方面で心臓に悪い展開が続く今回。浪巫謠と阿爾貝盧法の関係は、まあ予想通りではありましたが、殤不患があっさりと捕らえられて魔剣目録を奪われたのもさることながら、あの凜雪鴉があそこまでの醜態を晒すとは大いに予想外で、唖然とするばかりであります。
 はたしてこのまま刑亥と七殺天凌いや照君臨の計画は成就してしまうのか? そして捲殘雲は殺されるために出てきたのか? 唯一の希望は、やはり悪党の悔しがる顔を見るためだったら薬中にでも何でもなりそうな凜雪鴉の変質者ぶりなのですが――主人公の変態ぶりが頼みの綱とは、何という作品なのでしょう。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
 公式サイト

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第2話「魔境漂流」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第3話「愛執の皇女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第4話「魔剣の行方」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第5話「妖姫伝説」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第6話「禍世螟蝗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第7話「魔界伯爵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第8話「陰謀詭計」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第9話「時の辻神」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第10話「聖剣の秘密」

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽ゲン歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.13

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 何だかんだで季節は過ぎて、何となく暑くなったり雨が降ったりでもう6月。このままナニはアレするんでしょうかね、と気になりますが、そんなことよりも気になるのは新刊情報であります。というわけで7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 そんな7月の文庫新刊ですが、まずなんと言っても気になるのは瀬川貴次の大正もの『怪談男爵 籠手川晴行』(集英社オレンジ文庫)。瀬川作品は、『暗夜鬼譚 空蝉挽歌(中)』(集英社文庫)も刊行されます。また人気シリーズの第4弾『千手學園少年探偵團 真夏の恋のから騒ぎ(仮)』(金子ユミ 光文社文庫キャラクター文庫)も注目です。
 そのほかシリーズものの最新巻では『惣目付臨検仕る 2 術策(仮)』(上田秀人 光文社文庫)があります。

 また、文庫化・復刊では『奇説無惨絵条々』の文庫化である『雲州下屋敷の幽霊』(谷津矢車 文春文庫)をはじめ、どの辺りが増補されているのか気になる『修禅寺物語』新装増補版(岡本綺堂 光文社文庫)、ヴィクトリア朝三部作のラスト『水晶宮の死神』(田中芳樹 創元推理文庫)が並びます。

 なお、時代ものではないのですが、15日発売の『奇譚蒐集録』の清水朔のデビュー作の復刊、『神遊び(仮)』(集英社文庫)は、伝奇要素もあったりして、色々な点でおすすめです。


 一方、漫画の方では、何といっても主人公が北条時行という意外性で話題を集めた『逃げ上手の若君』第1巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)が一番の注目作。
 また、映画も好評の『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第6巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス)も楽しみです。(が……)

 その他、シリーズものの最新巻では『どろろと百鬼丸伝』第5巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス)、『カンギバンカ』第3巻(恵広史&今村翔吾 講談社コミックス)、『前田慶次 かぶき旅』第7巻(出口真人&原哲夫ほか コアミックスゼノンコミックス)、『しゃばけ』第3巻(みもり&畠中恵 新潮社バンチコミックス)、『暁の犬』第3巻(高瀬理恵&鳥羽亮 リイド社SPコミックス)、『明治ココノコ』第2巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス)、『MAO』第9巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)、『ダンピアのおいしい冒険』第3巻(トマトスープ イースト・プレス)とかなりの点数。
 なお、『徳川の猿』第4巻(藤田かくじ 双葉社アクションコミックス/(月刊アクション))と『MARS RED』第3巻(唐々煙&藤沢文翁 マッグガーデンコミック Beat’sシリーズ)は残念ながら最終巻です。

 また、7月は『信長の忍び』第18巻、『軍師 黒田官兵衛伝』第5巻、『真田魂』第3巻と重野なおきの戦国四コマが一気に3作刊行となります。


 以上、点数があるようなないような印象の、7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールでした。


このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.12

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 四章 犬士の絆』 荘助の激情、荘助の戦う理由

 朝日小学生新聞連載中のフルカラー漫画、『異界譚里見八犬伝』の第4章全3話であります。物語の視点は信乃から荘助へ、古河から大塚村へ移り、思わぬ惨劇が描かれることとなります。これまで常にクールな顔を崩さなかった荘助が見せる激情とは……

 信乃が芳流閣で大立ち回りを繰り広げた末に現八、小文吾と出会い、ヽ大から自分たちの宿命を聞かされた頃――途中で別れた信乃がそんな状況になっているとは知らず、大塚村への帰路を行く荘助。
 しかしその途中、何者かに左母二郎が斬られたことを知った彼は大塚へ急ぐのですが――時既に遅し、左母二郎から村雨を奪った代官・ひがみ宮六と配下たちが村人たちを次々と襲い、蟇六は斬られ、亀篠や番作夫婦も窮地に陥っていたのでした。

 一人逃れたものの、宮六に追い詰められた浜路。その場に駆けつけた荘助は、宮六を斬って浜路を助けたかに見えたのですが……


 原典でも描かれた村長屋敷での惨劇と、荘助による仇討ち。本作においてはそれがさらなる規模で以て描かれ、そこから荘助自身のドラマに繋がっていくことになります。

 冒頭で配下たちが烏に啄まれながら平然としているという異様な描写(道節配下の深淵衆が、心音の数が少ないと忍びの耳で察知する描写もいい)があるように、原典とは異なり、明確に人外の存在と化している代官一行。
 彼らによって蟇六だけでなく、糠助や亀篠、番作・手束夫妻、そして浜路までが、ある者は命を奪われ、ある者は傷つけられることになります。

 原典と比べると、大塚村の人々の生死に異同があった本作ですが、それはこの展開のためであったか!? と思わされる、ギリギリの惨劇描写ですが――そんな中、蟇六があっさり退場する一方で、亀篠に思わぬドラマがあるのも感心――しかし何よりもそこから、荘助の内面描写に繋がっていくのに驚かされます。
 本作においては、信乃と心は通わせつつも、自分も同じ牡丹の痣を持つことは語らずにいた荘助。その点も含めて、本作クールな執事的キャラは、漫画的なキャラクター付けかと思っていましたが――しかし大塚村崩壊に至り、そんな彼の心の鎧の理由と意味が明かされるのです。

 この仇討のくだりは、原典ではある意味荘助の見せ場の一つではあるものの、あまり派手ではないのと、いかに主とはいえ正直なところ悪人・小人物であった蟇六夫婦の仇討ちにカタルシスが感じられないのが正直なところでした。
 このように原典での荘助は、今ひとつ地味な印象があるのですが、ここで彼の内面をこのような形で描くことによって、キャラクターを掘り下げると同時に物語のテンションを一気に跳ね上げてみせるのには、感嘆するほかありません。

 そして、荘助の奮闘でも惨劇は回避できず、今度こそ倒れかけた荘助の前に現れるのが道節というのも漫画的に熱い展開といえるでしょう。しかもこの展開、本作では回避された円塚山のくだりのある意味アレンジになっている(荘助が一時的に忠の珠を持つくだりをこう描くか、という点も含めて)のにも、また唸らされます。
 特にこの二人が、どちらも自分たちが犬士であると知らないにもかかわらず、自然に力を合わせる展開に、本章のタイトルを重ね合わせると、グッとくるものがあるではありませんか。(この場面が描かれる下巻で初めて表紙が変わるというのもまた意義深い――というのは贔屓の引き倒しかもしれませんが)

 この先のボス戦は実に少年漫画的アレンジではあるのですが、その根底に原典を踏まえたこの精神、この設定に据えることで、本作はやはりどこまでも「八犬伝」であると、そう納得させられるのです。


 そしてラストではあの人物が思わぬ運命を辿るのですが、なるほどこうなるのであれば、原典のあの展開はこう変わっていくのだろうな、と想像させてくれるのも心憎いところであります。(伏せてばかりで恐縮ですが、このアレンジはぜひ実際にご覧いただきたいところです)

 さて、この4章の冒頭には、まだ登場していない三人の犬士の姿もちらりと描かれており、それがまた実に「らしい」のがまた嬉しい本作。
 犬士二人でこれだけ盛り上がるのであれば、この先の犬士たちが集結してのあの場面、あのくだりはどうなってしまうのだろう――と、胸は今から高鳴ってしまうのであります。


『異界譚里見八犬伝 四章 犬士の絆』(うちはら香乃 Kindle版) Amazon

関連記事
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 序章』 確かに知っている、初めて目にする八犬伝
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 一章 信乃の旅立ち』『二章 芳流閣のたたかい』 信乃、宿命の兄弟たちに出会う!?
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 三章 伏姫の過去』 伏姫の想い、ヽ大の想い
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 五章 たたかいのあと』 オリジナルの、しかし延長線上の荘助と道節
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 六章 それぞれの想い』 この世の無情と無常を前にした犬士たち
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 七章 情熱の四犬士』 犬士たち、それぞれの戦う理由!
うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 番外編 刹那の奇跡』 信乃、戦場帰りの父に出会う

「八犬伝」リスト

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.11

『セスタス The Roman Fighter』 第9話「幸運な男」

 互いの予感どおり予選決勝戦に出場したセスタスとフェリックス。フェリックスに速攻をかけるセスタスだが、いなしたフェリックスは独特の構えから左右の大振りを放ち、セスタスは一撃を食らってしまう。「赤き暴風」の異名通りの猛攻を仕掛けるフェリックスに、手傷を追ったセスタスは圧倒される……

 いよいよ予選決勝戦が始まった今回。試合が始まって以降は原作に忠実ですが、そこまでの随所に、前回同様にオリジナルの描写が挿入されています。

 妙に長くてだんだん不安になってくるアバンの前回のあらすじの後、描かれるのはセスタスの準決勝の戦いの模様と、それを偵察するフェリックスの姿。原作ではフェリックスが自身の口から偵察したことを語るのみで、実際に偵察する場面は省略されていたのですが――ここで重要なのは、フェリックスがセスタスのコーチがザファルであることを知るくだりでしょう。
 今のザファルの姿を見て、かつて「ヌミディアの拳狼」と呼ばれた男だと思い出し、その弟子を倒せば自分がザファルを超えたことになると闘志を燃やすフェリックス。今のようにメディアが発達していない時代にこれだけ知られているザファルの凄さを感じる――というか、アニメ版では好敵手であったデミトリアスがほとんど登場しないため、この辺りでザファルの凄さを描いているのかも、という気がしないでもありません。
(この先原作通りだったら、フェリックスは特にザファルのことを警戒せずに戦ってますし……)

 さて、決勝前夜になり、寝床に横たわって自分の過去――親友であったロッコの死から非情なヴァレンスの振る舞いといった拳闘士養成所のことを思い出すセスタス。ここもオリジナルですが、自分の自由がかかった――最初は100勝、今は10万セルティウスの借金を返さないといけないという状況で、大会に優勝すれば自由になれるというのは早道でしょう――戦いを目前にして、自分の拳奴としての原点を思い返すのは、理解できるところであります。
 さて、決勝戦当日ですが――あれ、何か観客の声多すぎませんか? 小屋みたいな闘技場なのに――音声流用したのかな、と失礼なことを考えていたら、きっちりと説明が。何とこれまでの予選で敗れて、出場費や掛け金やらをふいにした連中が、せめて決勝戦の賭けで損失を取り戻そうと押しかけてきたというではありませんか。これもオリジナルですが、これはこれでいかにもありそうで、かつ本作らしい殺伐としたシチュエーションであります。

 そして試合開始――冒頭に述べたように内容そのものは原作に忠実なのですが、やはり動きがつくと、また見え方が変わってきます。特に序盤の攻防、セスタスの速攻をフェリックスが完全に防御してみせる辺りは、同様の速攻で一発食らってストンといったしまったエムデンより強いのでは? と感じさせるのが巧みです。
 そしてフェリックスのターン、正対の前傾姿勢の腕ブラブラからの大振りパンチ連打の迫力もまた、動きがついてみるとまた違って見えるものがあります。(パンチを生み出す柔軟な肩関節の説明のところで、試合前の柔軟体操の画が挿入されるのも親切でイイ)

 そんなフェリックスの「赤い暴風」そのままのラッシュに追い詰められたセスタスが、反撃に出るかと思えば、不運にも足を挫いていて――という場面で、次回に続きます。しかしここでフェリックスは俺って恐ろしいほどの強運と勝ち誇ってますが、エムデン戦の時もセスタスが不運にも目の上を切ったことを思えば、単にセスタスが不運なだけの気も……


 というわけでスタートしたフェリックス戦。こうして見ると色々と丁寧に作られているのですが、それだけにこのクオリティでローマサイドをやって欲しかった――と感じてしまうのはファンの正直な気分ではあります。何度も何度も書いて申し訳ありませんが、これはたぶん最終回まで同じ感想を抱くことになるかと……


関連記事
『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」
『セスタス The Roman Fighter』 第2話「異種格闘」
『セスタス The Roman Fighter』 第3話「拳闘の犬たち」
『セスタス The Roman Fighter』 第4話「明日への生還」/第5話「希望の在り処」
『セスタス The Roman Fighter』 第6話「女神との決別」
『セスタス The Roman Fighter』 第7話「檻のなかの叫び」
『セスタス The Roman Fighter』 第8話「開眼」

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.10

霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは梅香に酔う』 兎月とツクヨミの函館の冬

 箱館戦争で命を落とした武士・兎月が函館山の神社の神様・ツクヨミの用心棒として甦り、函館の人々のために奮闘する『神様の用心棒』第三弾であります。厳しい函館の冬、街で暮らす兎月とツクヨミ。しかしそんな中でも、彼らの周囲では次々と事件が起きて……

 土方歳三の下で箱館戦争を戦い、そして命を落とした青年武士・海藤一条之介。死の間際に来世は兎になりたいと願った彼は、函館に勧請された宇佐伎神社の祭神・ツクヨミの力で十年後に復活し、兎月と名乗って神社の用心棒として働くことになります。
 まだ力弱いツクヨミに代わり、函館山から降りてくる悪しき魂・怪ノモノと戦う兎月。そんな中、ドルイドの巫の力を持つ貿易商パーシバル、菓子屋の未亡人・お葉、地廻りの親分・大五郎らをはじめとする街の人々と知り合った兎月は、彼らのためにも様々な事件に挑むことに……

 そんな短編連作シリーズの第三弾である本書では、厳しい冬の間、バーシバルの屋敷に居候することになった兎月とツクヨミが出会う事件四編が描かれることになります。

 冒頭の「五稜郭の夢」は、ある日、五稜郭の戦いの最中に眼前で命を落とした仲間たちの夢を見た兎月が、これまで蓋をしていた想いを断ち切るため、一人五稜郭へ向かったことから始まる物語です。
 既に往事の面影はなく、いまは庶民が堀から氷を切り出して売っているという五稜郭。しかしそこで兎月は、かつての仲間たちと再会することに……

 冒頭に述べたように、箱館戦争で命を落としながらも奇縁で復活し、第二の生を送ることとなった兎月。本作では、そんな特異な設定を持つ兎月――というより海藤一条之介ならではの内面を描くことになります。
 しかしその先に待つものは――苦い物語ではありますが、しかし現在の兎月としての生の意味を感じさせる物語です。(そしてあの人の出番も、今回は控えめなのが却って効果的と感じます)


 一方、ある意味本書の中で最も強烈なインパクトを残すのが二話目の「白魔の牙」であります。節分の日、用事があって大五郎のところの若い衆とともに函館郊外の村を訪れた兎月とツクヨミ。しかし帰りに吹雪に遭った兎月たちは、途中で見つけた屋敷に駆け込むのでした。
 そこで彼らが見つけたのは、筵にくるまれた男の斬殺死体。ここが共同体の遺体を安置する場所だったと悟ったのも束の間、外から屋敷に、死んだ男の妻を名乗る女が訪れます。ところがいつの間にか消えている男の死体。女は夫の遺体が「カジリ」になったと怯えるのですが……

 という、固有名詞を見ただけでも怖くなる本作ですが、この先展開するのはまさかの閉鎖空間モンスターホラー。孤立した空間に怪物と閉じ込められるというのは、ホラーでは定番のパターンではありますが、しかしそれを本作で描くというのは、思わぬ不意打ちであります。
 この先も二転三転、思わぬ展開が連続する本作。設定的にほのぼのしたものを想像させながら、意外にシビアな物語も少なくない本シリーズならではの、ホラー好きにはたまらないエピソードです。


 その他本書には、大五郎の恋の顛末とパーシバルが手に入れた曰く付きの面にまつわる怪事が並行して描かれる「恋、ふたつ」、パーシバル同様の力を持つ彼女の姪が、函館を訪れた曲馬団で起こす騒動を描く「ヨコハマから来た、小さなレディ」と、バラエティに富んだ物語が収録されています。
(特に後者は、レギュラー化して欲しいキャラが何人も登場するのが楽しい)

 既にシリーズとしての安定感は確かなものとなっている上に、今後の火種になりそうな展開もあり、早くもこの先が楽しみになってしまう一冊です。

『神様の用心棒 うさぎは梅香に酔う』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon


関連記事
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』 甦った町を守る甦った男
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』 兎月が挑む想い、支える想い

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.09

ファー「冬の蝶」/中村茉莉子「花桐」 バラエティに富んだ漫画版『百夜・百鬼夜行帖』

 電子書籍として刊行され、既に百話を突破した平谷美樹の『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの漫画版が、「いわてマガジン」の第6号と第7号に掲載されました。ファーによる「冬の蝶」、中村茉莉子による「花桐」――描き手が異なれば味わいも異なる、そして原作ファンも納得の二編であります。

 岩手在住であり、岩手や東北を題材とした作品が少なくない平谷美樹。津軽の修法師・百夜を主人公としたこの『百夜・百鬼夜行帖』シリーズもその一つです。
 そのシリーズを、「岩手マンガ家を応援する」をキャッチフレーズとする「いわてマガジン」で漫画化したのがこの二編であります。

 まず「冬の蝶」(ファー)は、記念すべきシリーズ第一作の漫画化。薬種屋・倉田屋の裏庭に現れた季節外れの白い蝶――主人の徳兵衛からその正体調べを依頼された百夜が、手代の左吉を助手代わりに謎解きに挑む物語であります。
 主人公である百夜、そしてシリーズレギュラーである左吉と徳兵衛の紹介が描かれるということもあってか物語的には比較的シンプルですが、しかし白い蝶に見えたものが実は――という謎解きは、漫画化に適したものといえるでしょう。

 そしてもちろん、百夜のビジュアルも良くできています。
 盲目で侍言葉を操る美少女修法師(本作ではちらりとしか見せませんが仕込み杖の達人でもある)という、ある意味実に濃いキャラクターである百夜。原作の方では挿絵のベリーショートの印象もあってかなり凜々しい彼女を、本作は適度に娘らしく描いているのは、これは違和感ないアレンジといえるでしょう。(この世ならぬものを見る時に彼女の目が開く、という描写も良いのです)

 また、左吉も元々がコメディリリーフだけあって、漫画的なデフォルメが主体なのも楽しく、ストーリーだけ見れば重く湿った物語になりかねないところに、うまく緩急をつけていると感じます。


 一方、奇しくも岩手の県花を題名に冠した原作第37話「花桐」(中村茉莉子)は、吉原を舞台とした物語であります。
 吉原で客や金棒引きが、己の顔をした花魁という奇怪極まりない存在に出くわすという事件が続発。「影の病」(ドッペルゲンガー)ではないかと怖れる客の依頼で吉原常磐楼を訪れた百夜は、俎(前帯)に桐の花の刺繍がされていたというその花魁の姿から、景迹を巡らせることになります。

 原作では吉原という舞台、そして何よりも怪異のビジュアルが印象的なエピソードですが、本作はそれをグッと頭身の上がった、落ち着いたビジュアルで漫画化。決して華やかなだけではない、かといって暗いだけでもない吉原の空気を、巧みに描いていると感じます。

 さらに、今回初登場であり、シリーズのサブレギュラーとなる花魁の七瀧と、老女の亀女のビジュアルも秀逸。特に、若い頃はさぞや――と思わせる亀女のちょっとした表情などは、原作だけではなかなかイメージできなかったものだけに、感心いたしました。
 また、これは原作にもあったシーンですが、七瀧の前で娘らしい顔を見せる百夜の姿も印象に残ります。

 そしてクライマックス、花魁衣装に身を包んだ百夜が怪異と対峙する場面の見開きは、こうくるか! というビジュアルで、こちらも大いに納得であります。
(ちなみに作者の作品としては同誌の第6号にオリジナルの「運命の道成寺」が掲載されています)


 というわけで、どちらの作品もファンの目から見ても納得のいくものであった今回の漫画化。
 今後の予定はわかりませんが、原作もバラエティに富んだ内容だけに、なろうことなら、この先もバラエティに富んだ執筆陣による漫画化を見てみたいものであります。


「冬の蝶」(ファー&平谷美樹 「いわてマガジン」第6号掲載)
「花桐」(中村茉莉子&平谷美樹 「いわてマガジン」第7号掲載)

関連記事
 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の4『瓢箪お化け』 第10章の5『駒ヶ岳の山賊』 第10章の6『首無し鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の1『紅い花弁』 第11章の2『桜色の勾玉』 第11章の3『駆ける童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の4『桑畑の翁』 第11章の5『異形の群(上)』 第11章の6『異形の群(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の1『犬張子の夜』 第12章の2『梅一番』 第12章の3『還ってきた男(上)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の4『四十七羽の鴉』 第13章の5『錆』 第13章の6『あきらめ聖』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の1『あぐろおう』 第14章の2『妖刀』 第14章の3『幽霊屋敷』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の1『白い影(上)』 第15章の2『白い影(中)』 第15章の3『白い影(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の4『水琴』 第15章の5『千鬼夜行』 第15章の6『三つ巴の戦い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の1『のざらし』 第16章の2『坊主に断られた回向』 第16章の3『百万遍』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の4『鐵次』 第16章の5『白木村のなみ』 第16章の6『首くくり村』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 通算第100話記念特別長編『邪教の呪法』

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.08

こはく『平安あかしあやかし陰陽師』第1巻 超美人・賀茂光栄、怪異に挑む

 「LaLaDX」誌に連載中の『平安あかしあやかし陰陽師』が単行本化されました。遠藤遼の陰陽師ものの第1作『怪鳥放たれしは京の都』の漫画化であります。安倍晴明の師・賀茂光栄と、幼馴染みの歌人・藤原為頼が、京を騒ぐ怪異に挑むことになります。

 太宰府から京に戻って早々、光栄のもとを訪れた為頼。知り合いの貴族から、陰陽師に内密に相談したいと頼まれた彼は、幼馴染みである光栄を頼ってきたのであります。
 為頼、そして弟子の安倍晴明を伴って件の貴族のもとを訪れた光栄。その結果、たわいもない出来事のように思われたこの一件ですが、光栄はその裏に別の企みがあることを感じ取るのでした。

 はたして、実は件の貴族の父親であった右大臣・藤原師輔から呼び出された光栄と為頼。ある晩、内裏からの帰りに人面に蝙蝠のような羽を持つ怪鳥に襲われたという師輔の依頼を受け、物の怪の正体を探る二人ですが……


 現在の知名度という点では残念ながら安倍晴明に譲りますが、賀茂忠行の孫、賀茂保憲の長子という陰陽師界のサラブレッドである光栄(本作では晴明の師となっていますが、史実では晴明の師は忠行または保憲だったかと思います)。

 その光栄を、女性とも見紛う美貌の持ち主として描いた『平安あかしあやかし陰陽師』シリーズですが、その点をこの漫画版が非常に巧みに描き出しているということは、光栄がちょっとびっくりするほど美人に描かれている表紙を見ればよくわかるでしょう。

 もちろん(?)為頼も光栄とはベクトルが違うもののなかなかの美形、そのほかにも、彼らとは二回りほど年上ながらクール系の美形の晴明、そして狐耳&尻尾持ち(普段は隠していますが)の子供姿の式神・小狐と、画面が非常に華やかなのは、実に良いと思います。
(もっとも、それ以外のキャラが、こう――なのはどうかと思いますが)

 もちろんそれだけではなく、怪異の描写や、何よりも漫画としての画面作りなども巧みで、時折差し挟まれるディフォルメキャラによるコミカルなシーンなど緩急付けたところもよく、漫画化としてよくできた作品といえるでしょう。

 この第1巻は原作のちょうど半分辺りまでが収録されていますが、この先、物語はクライマックスに向けて盛り上がっていくことになります。果たしてそれをどのように描いてみせるのか、楽しみにしたいと思います。


 それにしても、小狐の「なんだあの空気」には爆笑しました……


『平安あかしあやかし陰陽師』第1巻(こはく&遠藤遼 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

関連記事
遠藤遼『平安あかしあやかし陰陽師 怪鳥放たれしは京の都』 二人の好人物が挑む怪異

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.07

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第5巻 新展開!? 道術バトル編開幕……?

 千年の齢を経た狐・廣天を狂言回しに、古代中国の怪談集『捜神記』の世界をコミカルに描く連作シリーズも、この巻から新展開。なんと廣天と仲間たち(?)がデス裏切り騙し合い死の借金バトル賭博ゲームに挑む――というとちょっと言い過ぎですが、とにかく驚きの道術バトル編に突入です。

 母の親友であり、何故か自分を付け狙っていた妖狐・阿紫との対決を終え、過去の因縁から解放された廣天。以前から住んでいた燕昭王の墓陵に戻り、親友の神木(鉢植え状態)と平和に暮らしていた廣天ですが、ある日突然再開発で墓陵を追われることになります。
 そこで謎の医者の元に押しかけた廣天と神木ですが――すったもんだの挙げ句、医者や宋定伯とともに崖落ちした廣天は、川を流された末に、豪商の商荘なる人物が顔役を務める里に辿り着くことになります。

 ところがその里では、商荘が道士? を集めて賞金を出すという大会が開かれるとのこと。しかも副賞で山が贈呈されると聞いた三人は参加を即決するのですが、そこに集ったのは、いずれも一癖も二癖もありげな面々ばかりだったのです。
 年少ながら易断の名人の典風、隠形の術を得意とし異常に長い覆面と爪を持つ黄極君、妙な術を使うという美女・娟玉、不吉な予言を告げる黒ずくめの周南、なんかよくわからない謎の人――かくてここに「神異道術場外乱闘編」がスタートすることに……!


 前巻で廣天自身の物語がいい感じに終わり、さてこの後どうするのだろう? と思っていたところに、ラストで予告されたこの「神異道術場外乱闘編」。いや、これは絶対(おまけページの現パロ的な)ギャグ予告だろうと思っていたら、本当にトーナメントバトルが始まったのは、さすがに驚かされます。

 ちなみにこの大会、ルール自体は
・別々の屋敷に泊まっている道士たちを商荘が個別に訪問して術を見る
・一ヶ月後、商荘の屋敷の指定の部屋に最初に入った者が賞金と山を得ることができる

という二点なのですが、まあ大金と山がかかっている大会で、一ヶ月間出場者たちが黙っているはずもありません。
 というかまず廣天と宋定伯が黙っていないわけで、一ヶ月の間にほかの出場者を潰しにいく――というバトルが展開されることになります。

 そんなわけでこの巻では、廣天vs典風、宋定伯vs黄極君のバトルが描かれるのですが、しかしそれにしたって本作でどうやって――と思いきや、これがなかなかきっちりとバトルを、それもこれまで同様「捜神記」を題材にしつつ描くのですから、さすがに驚かされるほかありません。
 また、過去のエピソードが思わぬところで絡んできたり、以前の登場人物が意外なところで再登場したり――という本作の仕掛けはここでも健在。例えば今回は典風の大伯父という設定で占いの名人・管ロ(以前第三巻で冥府の皆さんにトラウマを植え付けるきっかけになった人)が登場するのですが、この辺りはやはり楽しい趣向です。


 もちろん、本作特有のユルいギャグセンスもまた健在で、トーナメントバトルの方も、まあいつものノリで展開していくのですが――しかし、油断していると、思わぬところでシリアスな、重い展開が描かれるのも本作であります。
 この巻でも、新婚である主催者の商荘が全く妻を表に出さず、その一方で夜になると異様に大きい人(としか言いようのない謎の人物)とともに山に向かっていたり――と何やら非常に不気味な裏がありそうなのであります。
(と思ったら実は本当に大柄な奥さんなだけだったりするかもしれないので、油断できないのですが……)

 何はともあれ、まだまだトーナメントバトルは始まったばかり。意外に見えて、しかし違和感なく面白いこの新展開、この先も楽しみにして良さそうであります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第5巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon

関連記事
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻 怪異とギャグと絆が甦らせる新しい古典の姿
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第2巻 妖狐、おかしな旅の末に己のルーツを知る……?
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第3巻 「こちら側」と「それ以外」の呪縛が生む悲劇
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第4巻 妖狐、冥府に「魂」の在不在、滅不滅を問う

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.06

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第10話「聖剣の秘密」

 謎の男によって飛ばされた過去で、神誨魔械の生みの親・白蓮と対面し、言葉を交わす殤不患。その頃、浪巫謠は謎の男から自分が過去に介入した時の未来を見せられ、歴史の重みを痛感する。一方、刑亥は歴史を変えずに過去を改変する策を披露、その邪魔になる相手を凜雪鴉を使って排除しようとする……

 いよいよ終盤戦に突入した本作、前回はメインキャラ3人の運命が大いに気になるヒキで終わりましたが、今回まず描かれるのは、神誨魔械誕生の場に飛ばされてしまった殤不患。そこで人々に神誨魔械鍛造を指導していた男・白蓮と対面する殤不患ですが――後世に神仙として知られる白蓮の言葉は意外なものでした。
 どこかの世界から屋敷ごとこの世界に飛ばされてきたという白蓮。折しも魔界の軍勢に襲われている人々を助けるために剣を振るってみれば、これが何故か対魔族特攻バリバリ、手持ちの武器や試しにこちらで作ってみた武器まで同様の効果を発揮したというではありませんか。つまり白蓮は神仙でも何でもなく(本当……?)、神誨魔械もほぼ偶然の産物だったというのです。

 そんな白蓮に対して、魔剣目録を見せる殤不患。それをひと目見て、自分の行動が後世に(というか殤不患に)対して及ぼした影響の大きさを察して詫びる白蓮ですが、殤不患はむしろ自分たちが全てを見通した神様に運命を操られているのでなくてよかった、これくらいの苦労は、自分たちの世界を救ってくれた白蓮への恩返しと思えば安いものだ、と笑顔で答えるのでした。おお、まさにこれぞ大?……(親指を立てる)

 そしてタイムリミットが来て元の時間に帰っていく殤不患。その一方で、どう見ても阿爾貝盧法としか思えないフード男とともに、自分たちが禍世螟蝗と戦っている場に現れた浪巫謠の方は複雑な心境であります。ここで自分が助太刀すれば、形勢逆転して睦天命も傷を負わなくても済むかもしれない。しかし本当に歴史を変えてよいものか――というところに追い打ちをかけるように、ここで歴史を変えた時の未来を特別サービスで見せてくれるフード男さん。そこに現れたのは――魔神・妖荼黎!? 何でこいつがと思えば、禍世螟蝗をここで倒す→殤不患が東離に行かない→天刑劍を巡る冒険に参加しない→復活した妖荼黎を封印できない ということなのでしょう。
 そんなバタフライエフェクトを見せられてはさすがに歴史を変える気は起きない――と涙を呑んだ浪巫謠に対し、フード男はこれからが本題とばかりに、彼らの運命が交錯するという別の時間軸に転移するのでした。

 さて、歴史改変の危険さが語られた後で、照君臨を復活させようという刑亥の企みは本当に大丈夫なのかというのは当然の疑問。しかし、後世の歴史に残っていないところをいじる分には大丈夫と――すなわち、照君臨が聖剣に斬られて命を落とし、七殺天凌になるという歴史自体は変えず、海に没したまま行方不明となった照君臨の肉体を回収し、その中に現在で照君臨の魂を戻せばOKと、刑亥はドヤ顔であります。
 これには七殺天凌も思わずニッコリですが、これはこれで何だかガバガバ理論のような気がいたしますし、何よりもそれを語る刑亥が、無駄にしどけない格好で、魅了状態の凜雪鴉に足を揉ませながらという微妙な悪役(俗物)ムーブなので、悪い予感しかしません。それでもご満悦な七殺天凌は、この計画の不安要素を除こうと、凜雪鴉に命を下すのでした。

 そして無界閣に戻ってきた殤不患は捲殘雲と再会、刑亥の計画を阻むため、単身特攻を決意、魔剣目録を捲殘雲に託します。それを軽い調子で引き受けた捲殘雲ですが、その時彼の後ろに一人の影が――あっ、これはいかんと思った次の瞬間、鮮血が迸り……


 と、今期の捲殘雲は何のために生まれてきたの――? と誰もが恐れていた展開となってしまった今回のヒキ。そちらがあまりにインパクトがありましたが、本題は、今回様々な形で描かれた、歴史の重みでしょう。どれだけ痛みや傷跡があってもそれは自分の足跡、それこそが歴史になる――そしてそんな過去を否定しようとすれば、さらに大きな傷が広がり、そして自分自身にしっぺ返しがあるのでしょう。
 そんな重みを笑って受け入れる殤不患と、悩み苦しみながら認めた浪巫謠、自分だけは出し抜けると増長する刑亥――彼らの選択の意味は、この先の物語の中で描かれるのでしょう。とはいえ、浪巫謠は次回、自分の預かり知らぬ過去に直面することになりそうですが……

 残すところあと三回、本当に三回で終わるのか? とハラハラさせられますが、それだけ楽しみも多いのです。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
 公式サイト

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第2話「魔境漂流」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第3話「愛執の皇女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第4話「魔剣の行方」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第5話「妖姫伝説」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第6話「禍世螟蝗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第7話「魔界伯爵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第8話「陰謀詭計」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第9話「時の辻神」

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 『Thunderbolt Fantasy 西幽ゲン歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.05

雪乃のりたま『おかげさま』第1巻 非常識人と犬の東海道中のはじまり

 江戸時代のベストセラーであり、現代に至るまで様々な形で親しまれてきた『東海道中膝栗毛』。その世界を何ともユニークな形でアレンジした時代漫画であります。病の喜多さんのためにお伊勢参りに出かけた弥次さん。喜多さんの飼い犬・ハチを道連れに旅する彼の前に現れるのは……

 日本橋の芝居小屋で評判を集める役者・春見屋の喜多次郎に惚れ込んで通い詰めの栃面屋弥次郎兵衛。ところが喜多次郎が体調を崩し、舞台に立てなくなったと知った弥次郎兵衛は、喜多次郎が伊勢について話しているのを耳にして、彼に代わって伊勢参りを決意するのでした。

 そうと決めたら長屋を飛び出して一路東海道を伊勢に向かおうとする弥次郎兵衛ですが、その前に現れたのは、喜多次郎が飼っていた犬のハチ。
 行く先々に現れるハチを、伊勢参りの犬だと有り難がる周囲の人々によって、ハチがお供ではなく、ハチのお供扱いになってしまい、弥次郎兵衛は不満たらたらであります。

 と、そんな彼の前に現れた、喜多次郎そっくりな男。その正体はなんと……


 のらくら者のおっさん・弥次郎兵衛と、陰間上がりの喜多八が、厄落としにお伊勢参りの旅に出た先で繰り広げる珍騒動を描いた『東海道中膝栗毛』。
 十返舎一九によるこの滑稽本は絶大な人気を博し、続編・パロディの出版や歌舞伎・映画など、江戸時代から今に至るまで、様々な形で親しまれている物語であります。

 言うまでもなく本作はその最新のアレンジの一つですが、何といってもユニークなのは、東海道を旅するのが、弥次郎兵衛と喜多八――ではなく、弥次郎兵衛と喜多次郎の飼い犬・ハチであることでしょう。
 犬がお伊勢参りに出かけ、道中の人々がこれを珍重して無事に江戸に帰り着いたという「おかげ犬」は、そのユニークさから幾度もフィクションの題材となっていますが――しかしそれを東海道中膝栗毛に組み合わせるとは驚かされました。

 しかもそれだけではなく、実はこのハチ、なんと――と、ひと粒で二度美味しい(?)設定で、一種の変則的なバディものになっているのも、面白いところであります。


 しかし本作は、そんな弥次喜多(弥次ハチ?)が行く先々で引き起こす騒動のみを描く物語ではありません。
 というのも、彼らの行く先に出没するのが、何とも怪しげな、黒い笠に合羽の五人の男たち。どうやら喜多次郎を追っているらしいこの男たち、仲間内では菊之助や力丸、十三郎と呼び合って――!?

 この名前はもしやと思えばやはりそのとおり。東海道中膝栗毛が歌舞伎とも縁があったことは先に述べましたが、まさか歌舞伎のダークヒーローたちが膝栗毛の世界に登場とは、これはあまりに意外な展開に、こちらとしては大喜びするしかありません。

 はたして彼らが喜多次郎を追っている理由とは何か。喜多次郎と伊勢にはどのような因縁があるのか。伊勢から来て弥次ハチに同行することになったという烏を操る青年・与七の正体とは。そして何よりも、ハチは一体何者なのか……

 というシリアスな謎も満載の本作ですが、主人公の弥次郎兵衛自身は、これは原典ほとんどそのまんま――というよりむしろパワーアップしているのではという抜け具合で、彼の常人ぶり、いや非常識人ぶりが、また物語にアクセントを加えているというべきでしょう。


 唯一残念なのは、掲載ペースがかなりゆったりしている点ですが――伊勢まであまり急ぐのも勿体ないかもしれません。この先の波瀾万丈の珍道中を、腰を据えて待ちたいと思います。


『おかげさま』第1巻(雪乃のりたま マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.04

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第7巻 食事が繋ぐ若者たちの日常と幕末の激動

 斎藤一、沖田総司ら、新選組に集う若者たちの姿を「食事」を通じて浮き彫りにする新選組漫画――その最新巻では、いよいよ本格始動した新選組が、あの事件に突入することになります。日常と非日常の狭間で、彼らは何を見るのか……

 壬生浪士組からの改名、そして芹沢鴨一派の粛清を経て、ついに近藤勇ら試衛館組を中心に動き出した新選組。そこに集う若者たちも、風雲急を告げる京の情勢の中で、忙しい日々を送るのでした。

 しかしその動きの中で、人斬りに慣れていく自分に戸惑う総司、負傷して一線から退き土方との間の溝を深めていく山南と、少しずつ悩みを深めていく者も現れることになります。
 そんな中、長州藩を中心に不穏の動きを強める攘夷浪士たち。その一人・古高俊太郎を捕らえた新選組は浪士たちの恐るべき計画を知ることになります。祇園祭の喧騒の中、浪士たちの潜伏箇所を探す新選組ですが……

 というわけで、前巻で芹沢の最期が描かれ、そしてこの巻では池田屋事件に突入と、いよいよ新選組が本格的に動き出す本作。新選組ものとして、史実を踏まえた部分は実はオーソドックスな本作ですが、この辺りはやはり実に盛り上がります。

 そんな中で、本作の特色である「食事」ですが
・正月の祝い肴
・京の商家の宴席での食事
・そばがき
・祇園祭の粽
と、なかなかのバラエティ。しかもそれぞれが、その時の新選組の立場や経験した出来事とリンクしていくことになります。
 たとえば公武合体のための将軍上洛で新選組もお役御免と思い込んだ八木家主人の大盤振る舞い、犬猿の仲の土方と山南が列席する宴席(針のむしろのような席につきあわされつつ、豪華な食事に集中しようとする一が可笑しい)というのもなかなか面白いのですが、特に印象に残るのは後ろの二点でしょうか。

 古高を捕らえた蔵の見張り役を務める一と総司に藤堂が差し入れたそばがき――これだけ見ると何事もないようですが、しかし新選組ファンであれば、この時、蔵の中で何が行われていたかはよくご存知でしょう。
 若者たちの平和な食事風景と、それと裏腹のあまりに血腥い尋問(この作品で、土方のアレを正面から描くとは思いませんでした)と――日常と非日常の境目をこのような形で描くのは、本作では初めてではありませんが、しかし内容が内容だけに、その落差は強烈であります。

 一方、祇園祭の粽は、会津藩との合同出撃を待つ間、動きがないのに焦れた原田の提案で、総司、一、藤堂の四人が祭り見物に出かけて――という展開で描かれることになります。
 はたしてこの状況でこういうことがありえるのか、というのは私はわかりませんが――言い出しっぺが原田というのは、これは納得ではあります――池田屋事件という新選組史上の大事件を前に、若者たちの日常が描かれるというのは、やはり本作ならではの趣向でしょう。
(このような形で新選組と祇園祭を描いた作品は、実はあまりなかったようにも思われます)

 もちろん、これまでも本作における食事は、このような形で一たちの日常と歴史上の事件を結びつける役割を果たしてきました。そんな中で、特に今回この食事が有機的に物語の中で活きているように感じられたのは、これはあるいは、描かれる史実の大きな――両者の落差の大きさによるものかもしれません。


 さて、祇園祭での長閑な一時は終わり、ついに池田屋に乗り込む近藤たち――という場面で終わるこの巻。
 この先、新選組にはさらなる激動が待ち受けていることは言うまでもありませんが、この先も、若者たちの日常と幕末の激動を食事がどのように結びつけてくれるのか、期待するとしましょう。


『だんだらごはん』第7巻(殿ヶ谷美由記 講談社KCxARIA) Amazon

関連記事
 殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第1巻 若者たちを繋ぐ剣と食
 殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第2巻 悩みと迷いを癒やす「食」、史実の背後の「食」
 殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第3巻 再会、温め直す一と仲間たちの想い
 殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第4巻・第5巻 アンバランスさが浮かび上がらせる新撰組の姿
 殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第6巻 新たな一歩を踏み出した若者たちの真実と嘘

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.03

『セスタス The Roman Fighter』 第8話「開眼」

 予選を勝ち進んでも、鍛錬の成果がストレートに実感できず、苛立つセスタス。しかしザファルの言葉を胸に鍛錬を続け、準々決勝に臨んだセスタスは、試合の中でついに自分の求めていた答えを手にするのだった。喜ぶセスタスたちだが、その前に、不敵な職業拳闘士・フェリックスが現れる……

 原作の3話分の内容を、時折オリジナルの描写を交えながら丹念に描いた今回。派手さはありませんが、格闘技もの・スポーツものとして欠かせない、特訓とその成果を描くエピソードであります。

 開始早々、圧倒的な試合運びで文字通り大戦相手を叩き潰したセスタス。前回同様、これまでの繊細さとは打って変わった荒々しい態度を見せるセスタスは、試合後のザファルのコメントを声を荒げて遮り、周囲の拳奴トリオも困惑するほどの荒れ様であります。
 その後も、特訓の成果について、トリオの一人でひねくれ者のペドロと口論気味にやりあったりしてしまうセスタスですが、そんなセスタスの心境を、「期待外れ」「手応えが乏しい」「実感が湧かない」と、ザファルは心を読んだかのように当ててみせます。何かを掴みかけているはずなのに、形にできない――そんなもどかしい思いを抱えるセスタスに、ザファルはツルハシを地面に打ち込む時の筋肉の使い方を思い出せ、とのみ言葉をかけるのでした。

 そして予選準々決勝――雨が降り続く中で行われた試合で、相手の動きを冷静に読み、感覚を研ぎ澄ませたセスタスは、ヒットの瞬間に腕の全筋肉を締める打法に開眼! 拳に運動エネルギーを集中させる圧縮打法をクロスカウンターで叩き込み、対戦相手を一瞬で失神KOするのでした。そう、ツルハシ特訓は、この締めの感覚とタイミングを体に叩き込むためのものだったのです。

 師の教えが、自らの努力が無駄でなかったことに喜ぶセスタスは、素直に仲間たちに詫び、仲間たちも笑顔でそれを受け容れ――と、八方丸く収まったところにやってきたのが、前回から顔を出している「幸運な男」を自称する職業拳闘士・フェリックスであります。
 体格もセスタスと同程度ながら、同様にほとんど無傷で予選を勝ち進んできたフェリックスの底知れぬ実力を感じ取るセスタスと、セスタスから強力な運気を感じ取るフェリックス。互いを強烈に意識し合う二人ですが……


 というわけで、格闘技ものにはお馴染みの、何が役に立つのかよくわからない特訓が意外な成果を生み出すという展開の今回。その成果もさることながら――原作とは違い、KOシーンが結構あっさりめの描写なのは意外であると同時に、リアルとも感じます――これまで繊細なわりに外に爆発することが少なかった、セスタスのメンタル面が描かれたのが注目すべき点でしょうか。

 ちなみに冒頭に触れたように、今回原作にない描写がいくつかあり、セスタスが夜中までツルハシを振るっているのをエルナンドが目撃する場面、食事の最中にペドロとセスタスが特訓の件で口論になりかける場面などがそれで、今回どの辺りに力点を置いていたかが察せられると思います。(細かいところでは、試合開始前の待機時間に、落ちてくる雨だれをセスタスがジャブで打つシーンもオリジナルですが、これは動きのあるアニメならではの「心情描写」だったと思います)
 もう一つオリジナルといえば、街でサイコロ賭博に興じていたフェリックスがセスタスの噂を聞く(ついでにイカサマを見抜く)場面もそうで、今回のラストシーンに繋ぐと同時に、フェリックスの陽性で不敵なキャラを補強する描写として、なかなかよかったと思います。

 しかし――逆に原作にあってアニメになくなってしまったのは、セスタスの「モノマネ」シーンであります。このシーン、セスタスと仲間たちの和解の象徴である上に、何よりもあれこそ声がついた状態で見たかった(聞きたかった)のですが……楽しみにしていたのに!
 そしても一つ、「開眼」についてのナレーションも大塚明夫声で聞きたかったのですが、これもカットされてしまったのが残念であります。こちらはサブタイトルでもあったので、カットはちょっと不可解という気もいたします。


関連記事
『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」
『セスタス The Roman Fighter』 第2話「異種格闘」
『セスタス The Roman Fighter』 第3話「拳闘の犬たち」
『セスタス The Roman Fighter』 第4話「明日への生還」/第5話「希望の在り処」
『セスタス The Roman Fighter』 第6話「女神との決別」
『セスタス The Roman Fighter』 第7話「檻のなかの叫び」

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.02

逢坂みえこ『Ghostly Japan 小泉八雲怪談集』 「行間」の情緒を描く古くて新しい怪談

 あの誰もが知る小泉八雲の怪談のうち二編を、逢坂みえこが漫画化した作品集であります。用いられる台詞や文章はあくまでも原文に忠実に、そして描かれる画は作者によって大きくイメージを膨らませて描かれた、古くて新しい怪談です。

 小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、日本に伝わる怪談・奇談を記した作品の数々は、我々も子供の頃から広く親しんだと同時に、大人になってから読んでも、その内容の豊かさに驚かされるものであります。
 本書は、そのうちから「耳なし芳一」と「因果ばなし」の二編を漫画化したものです。

 壇ノ浦近くの赤間関の寺で暮らす琵琶の名人・芳一。ある晩、彼のもとに平家物語の壇ノ浦の段を所望する武士が現れ……
 おそらくは小泉八雲の『怪談』の中でも最も知名度が高い物語であろう「耳なし芳一」。本作は、この物語を丹念に、そして冒頭に述べたとおり、台詞や文章は原文に忠実に漫画化した作品であります。

 そのため、ごくオーソドックスな、我々のよく知る物語そのままの内容ではあるのですが――だからこそ、アートの素晴らしさが印象に残ります。
 特に、芳一の弾き語りの場面――芳一が弾き、語る時に、その背後に平家物語の場面がありありと浮かぶ描写は、まさに漫画ならではのものといえるでしょう(本書の表紙に用いられた、壇ノ浦の水中に矢や扇が沈んでいく中に浮かぶ芳一の画のセンスの見事さよ)。

 そしてそれだけでなく、小説でいえば行間に当たる部分、つまり直接は描かれぬものを画で以って描くことによって、物語を補っていくのも巧みというほかありません。
 たとえば冒頭、縁側の芳一の膝に抱かれていた猫が、「武士」の訪れを前に毛を逆立てて逃げていくくだりの呼吸の見事さは、その一例であります。

 しかし――本作で真に打たれるのは、そのラストであります。その後の芳一を語る結末――原作ではわずか数行にあたるその部分の背景として描かれる芳一の行動、特にその時の表情を見れば、この物語が怪奇と恐怖のみならず、鎮魂のそれでもあったことが、強く伝わってくるのです。


 一方、「因果ばなし」は、本書のタイトルのベースとなっていると思しき『霊の日本』(In Ghostly Japan)収録の物語。「耳なし芳一」に比べれば知名度は低いかもしれませんが、しかしこちらも強烈な怪談であります。

 老いて長く病んだ末に死の床にあった大名の正室が、己を気遣う夫に対して最期に望んだもの――それは夫の側室の一人、最も寵愛を集める19歳の雪子を枕頭に招くことでした。
 雪子に対し家中のことや夫のことを申し聞かせた末に、正室は己の愛した庭の八重桜を観たいと告げ、背中におぶって欲しいと願うのですが――雪子がそれに応えた時、豹変した正室が取った行動とは……

 原作は、女性の情念を描く作品が少なくない八雲の作品の中でも、その残酷さと理不尽さ、そして漂う官能性から印象に残る作品であります。
 本作は、「耳なし芳一」同様その原作の持ち味を、画の力で十二分に引き出してみせた作品であります。(特に大名の正室の見せる様々な表情とその変化の描写たるや……)

 しかしこちらもまた、原作の再現だけに留まるものではありません。雪子を襲う悍ましい怪異――それを語るくだりの背景に描かれたもの、それは怪異に襲われる者と怪異と化した者の、不思議な交感とも言うべきものを感じさせる光景であります。
 そしてこの描写があるからこそ、雪子がその後選んだ道が、単に自分自身の救いのみを求めたものではないことが窺われるのであり――それによって本作は、恐怖や悍ましさだけではない、物悲しさや儚さといった感覚を物語に与えているのであります。

 そしてこれも原作では語られていないラストシーンの背景は、本作で描かれた祟る者・祟られる者の不思議な光景を描き出すものとも感じられるのです。


 以上二編、原作を忠実に描きつつ、そこにプラスアルファの――というように見えて、実は原作の根底に元々存在しているであろう――情緒を、画の力で巧みに描いてみせた佳品であります。
 願わくば、この他の八雲の怪談もまた、ぜひこの形式で漫画化していただきたいものです。


『Ghostly Japan 小泉八雲怪談集』(逢坂みえこ ビーグリーまんが王国コミックス) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2021.06.01

星野之宣『海帝』第8巻 新たなる航海、新たなる戦い

 NHK『浦沢直樹の漫勉neo』で描かれたその製作風景がファンの間で大きな話題となった(私ももちろん観ました)『海帝』もいよいよ佳境。激動の第一次航海を終え、第二次航海も終えた鄭和は三度旅立つことになりますが、そこに待ち受けていたのは思いもよらぬ戦いの連続。そしてその果てに待つのは……

 第一次航海から帰還し、先帝・建文帝を海外に逃したという行動も、その無二の行動力と存在感と引き換えに、永楽帝から黙認された鄭和。
 永楽帝に代わり、明の威信を海外に示す海の帝――「海帝」というべき立場になった鄭和は、第一次航海で明に伴った諸国の使節たちを送り届けることが目的の第二次航海に出発することになります。

 そしてそこから無事に帰還した鄭和は、またも間を置かずに新たな航海への出発を決意することになります。その理由の一つは、錫蘭に残した永楽帝の余命が、残すところあと数年に過ぎないこと――かくて黒市党を錫蘭に先行させ、鄭和の第三次航海は、まず爪哇を再訪することになるのでした。

 第一次航海では、かの地で原住民と華僑、そして回教徒商人の間の複雑な力関係に巻き込まれ、刺客に襲われたところをある存在に助けられて難を逃れた鄭和ですが――ここに来て驚くべき真実が明らかになります。
 実は第一次航海で鄭和が対面した王は、王を僭称する通称「東の王」であり、正当な王は西の王宮に住まうウィクラマワルダナだったというのです。しかし鄭和が東の王のもとを訪れたことで東西の関係は悪化――今まさに紛争が勃発しようとしていたのでした。

 そしてついに始まった東西の戦いに巻き込まれた鄭和たちの前に、西王宮を守護するという伝説の守護兵「オラン・べサール」が現れるのですが……


 というわけで、新たな航海といっても二周目だし――と油断していたところに描かれる意外すぎる真実。しかし真に驚くべきはその先――オラン・べサールの存在であります。
 第一次航海では、この爪哇で人語を解する、いやテレパシーすら操る「猿神」(この巻において、彼らが「オラン・ペンデク」であることが判明!)と出会った鄭和。だとすれば新たに現れるのは、今でいまでいうオランウータンかな? というこちらの安易な予想は、全く意外な形でひっくり返されることになります。

 思えば「猿神」の存在にも大いに驚かされたものですが、今回はそれとはまたベクトルの異なる驚きというべきでしょうか――これまで考古学を題材にした作品、そして伝奇性の高い作品を描いてきた作者ならではの奇想をここでも堪能させられた次第です。


 そして錫蘭に到着した鄭和ですが、そこで待ち構えていたのは、かつて溜山国(モルディブ)で激烈な艦隊戦を繰り広げた女王ハディージャと結んだアラガクコナーラ王。明に激しい敵意を抱く彼は、王家の至宝「クビライの落日」を餌に、鄭和を待ち受けていたのであります。
 黒市党の急報でそれを知った鄭和は、永楽帝とその娘・沙姫、そして二人の世話のために残した潭太の安否を探るためにも、あえてその罠に乗ることに……

 と、ここで思わぬ仇敵の登場で始まる大激戦。陸上では敵の挟み撃ちが、そして海上からは恐るべき秘密兵器・マホメッタを擁するアラビア艦隊が――という状況で、鄭和が、黒市党が、そして久々に登場し、見違えるほどに成長した潭太も大暴れすることになります。
 この鄭和艦隊と錫蘭王の戦い自体は史実ではあるものの、それを大きく肉付けして、第三次航海の掉尾を飾る激闘として描くのは、これは本作ならではのものであることは間違いありません。

 しかし史実通りに戦いは勝利したものの、その代償は決して小さなものではなかったのですが……


 そしてこの巻のラストでは第四次航海がスタート。蘇門答剌王位を巡る争いに巻き込まれた鄭和は、賊として追われれる元王子・蘇幹剌(スカンダル)と出会い――と、エピソード的には小さいのですが、ここはその後に語られるある考察こそがここでの真骨頂でしょう。
 ほとんど鄭和伝奇考と言いたくなってしまうような融通無碍さには脱帽であります。

 そしてこの始まったばかりの第四次航海が、本作の掉尾を飾る旅になる様子。これまでよりもさらに遠く「西の地」に向かうこの旅で何が起きるのか、そして鄭和がそこで何を見るのか――最終巻である次巻を、しっかり見届けたいと思います。


『海帝』第8巻(星野之宣 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon

関連記事
 星野之宣『海帝』第1巻 伝説の海の男・鄭和を突き動かす想い
 星野之宣『海帝』第2巻 海に命を賭ける者「たち」の旅立ち
 星野之宣『海帝』第3巻 鄭和という不屈の「男」の素顔
 星野之宣『海帝』第4巻 鄭和の旅を左右するもう一つの過去
 星野之宣『海帝』第5巻 一つの物語の終わり そして陰の主人公・黒市党の過去
 星野之宣『海帝』第6巻 激突、秘密兵器入り乱れる大艦隊戦!
 星野之宣『海帝』第7巻 一つの航海の終わり そして海の皇帝の意味

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 2021年5月 | トップページ | 2021年7月 »