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2021年7月

2021.07.31

トマトスープ『ダンピアのおいしい冒険』第3巻 一攫千金!? リアルでシビアな「海賊」たちの姿

 実在の海賊にして『最新世界周航記』を記した博物学者、ウィリアム・ダンピアの旅を描く、ちょっとユーモラスで、しかしだいぶシビアな歴史漫画の好評第3巻であります。流れ流れて私掠船に乗ったダンピアが出会った同好の士・リングローズとの別れと再会。そして一行は一攫千金を狙うのですが……

 学者を志しながらも環境が許さず、船乗りとなったダンピア。その後、水夫になったり海軍に加わったり、新大陸で働いたりと様々な職を転々とした末に、南海行きの私掠船に加わった彼は、そこでリングローズ青年と出会うことになります。
 博物学という共通の興味を持ち、そして海賊らしからぬ穏やかなリングローズと意気投合するダンピアですが、残忍なシャープ船長とは反りが合わず、他の面々と共に船を降りることに。しかし身体を壊していたリングローズは同行できず……

 という過去の物語から舞台は再び「現在」に戻り1684年。デーヴィス艦長に率いられ、南米周辺で活動するダンピア一行は、プラタ島で私掠船長スワンの船団と出会うのですが――そこには何とイギリスに帰ったはずのリングローズの姿があったのです。
 何故足を洗わなかったのか腹を立てるダンピアに対して、複雑な表情を見せるリングローズ。そんな中、新大陸での収益を積んで、ペルーからスペイン本国に送られるプラタ船が通ることを聞きつけた一行は、パナマ湾内で待ち伏せをすることになります。

 しかしプラタ船を待っている最中、リングローズがスペイン軍に捕らわれ、パナマに連行されるという事件が発生。なんとかリングローズを救い出すことはできたものの、それがきっかけで、ダンピアは自分と別れてからリングローズが辿った過酷な運命を知ることに……


 食というメインの題材と、デフォルメされた可愛らしい絵柄もあって、ユーモラスでどこか呑気なイメージもある本作。しかしそれはあくまでも第一印象であって、作中で描かれるのは、どこまでもリアルでシビアな私掠船――つまりは「海賊」たちの姿であります。

 この巻のメインとなるのは、ダンピアたちを始めとする海賊たちによるプラタ船襲撃計画です。スペイン国王の財宝、すなわち新大陸で一番のお宝を運ぶプラタ船襲撃は、海賊たちにとっても大仕事。
 そのために各地の海賊たちがゾロゾロと集まってくる姿はちょっとユーモラスで笑ってしまうのですが、しかしそこから先の展開はなかなかシビアであります。

 罠の仕掛け合いと真正面からの海戦、裏切りと助け合い――敵味方が見せる動きは、まさに我々が海賊に対して抱くイメージそのもの。
 もちろんその一方で、上で述べたようにゾロゾロ集まった海賊たちが食料のことで喧嘩したり、食料集めに奔走したり――というのも確かに海賊稼業の一面であり、そして本作らしいところでしょう。

 しかしそんな中で、リングローズの過去を巡る物語は、まさに海賊という存在の負の側面を描くもの。その内容には、人が負傷する様や生き死にがそれなりに描かれる本作においても、特に生々しく、胸が重く塞がれるものがあります。
 いや、それは単に海賊の暴力的側面を目の当たりにしたからというだけでなく、人の運命というものが、どれだけ移ろいやすく、脆いものなのか――それを、運命に翻弄され戸惑うリングローズの姿を通じて、不意に突きつけられたからなのでしょう。

 しかしそれでも、人間は前に進むことができる――一人ではなく誰かと手を携えて、今までよりも遥かに大きな、未知の世界へと。リングローズを受け止めるダンピアの姿からは、そんなことも同時に伝わってくるのです。


 そして前に進む旅の道は一つではなく、時に二つに分かれることもあります。プラタ船を巡る冒険の後、別の航路を往くこととなったデーヴィスとスワン。はたしてそのどちらと行動を共にするのか――ダンピアの決断の時が迫ります。

『ダンピアのおいしい冒険』第3巻(トマトスープ イースト・プレス) Amazon

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2021.07.30

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第5巻 交錯する人々の運命 対決、妖刀似蛭!

 原典を踏まえつつも、大きく異なる内容を描き出す新たなどろろと百鬼丸の物語、その第5巻で展開するのは、邪悪な長者と、妖刀の物語――思わぬ形でその両者と関わることとなったどろろと百鬼丸の運命は、そして再び彼の前に現れるあの男の真意とは――さらに新たな物語が紡がれることになります。

 ばんもんでの激突の末に多宝丸を倒したものの、鉄砲水に押し流され、育ての親である寿海と離れ離れとなってしまった百鬼丸。彼はどろろともに、ばんもんでの戦いで朝倉を破った醍醐の侵略に怯える、木曽路領に姿を現すことになります。
 兵ばかりを狙う辻斬りが出没するなど荒れる木曽路に往時の勢いはない中で、唯一昔と変わらぬ隆盛を誇る荘園主・サンセウ太夫。なりゆきから百鬼丸とどろろは、その賓客として遇されることとなります。

 しかし太夫が妖怪――百鬼丸の仇の死霊よりも下等な存在でありながら、文字通り人間を喰い物にしていると知り、退治せんとする百鬼丸。その一方で、辻斬り――妖刀似蛭を持ち、太夫に深い恨みを抱く男・田之介や、木曽路で人々の治療を続ける寿海と共に暮らす多宝丸も、太夫退治に乗り出すのですが……


 大幅にエピソードにアレンジを加えつつ、最終的には百鬼丸と妖刀似蛭の対決が描かれるこの巻。しかし原典では妖刀に憑かれた殺人鬼であった田之介を、意外にもサンセウ太夫に姉を奪われた復讐鬼として描くという、安寿と厨子王モチーフの物語が本作では描かれることになります。

 そして同時に強く印象に残るのは、木曽路領にこれまで登場した様々なキャラクターたちが集結し、その運命が交錯していくという、一種の群像劇的趣向であります。
 琵琶法師・寿海・多宝丸・助六・火袋そして田之介――いずれも原典に登場したキャラクターたちですが、基本的に一エピソードのみで(多くの場合その死によって)退場していった彼らを、本作は生かし続け、後のエピソードまで登場させる形で、一つの巨大な物語を作っているという印象があります。

 それは、原典で描かれた悲劇のほとんどを本作が回避しているということでもあり――そこには賛否があるとは思いますが――原典が連作もの的に独立したエピソードを重ねていったのに対し、本作にはそれまでのエピソードも受け継ぎつつ繋げていく連続ものとしての性質があると言うべきなのでしょう。
 そしてこれまでに登場したキャラクターたちが一堂に会するこの巻のエピソードは、その一つの集大成であると感じます。

 もっとも、それによって似蛭と田之介の怪物性が薄れた感もあり(彼の手を離れた後の似蛭と百鬼丸の戦いはなかなかおもしろかったのですが)、また百鬼丸自身のドラマ――特に徐々に感覚を取り戻していく彼の戸惑いが、いささか見えにくくなっている感は否めないのですが……


 しかしそれでも、百鬼丸と多宝丸、そして醍醐景光を中心に一つの大きな物語が――新アニメ版とはまた異なるアプローチで――描かれていくのを見るのは、大いに心惹かれるものがあります。
 この巻のラストでは、この地に巣食う死霊(であろう)あのキャラクターも蠢き始め、まだまだ油断のできないこの木曽路編。引き続き、新たなどろろと百鬼丸の伝説を追いかけていきたいと思います。


『どろろと百鬼丸伝』第5巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon


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2021.07.29

羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』(その二) 頼盛が解いた謎、求めたもの

 平家一門でありながらただ一人壇ノ浦以降も生き残った平頼盛を主人公とした時代ミステリの紹介、今回は後半の3話であります。

「屍実盛」 寿永2年(1183年)
 木曾義仲に押され西国に落ちた平家一門に見切りをつけ、京に残った頼盛。ある日、義仲に呼び出された頼盛は、義仲のかつての恩人であり、先日の戦いで討たれた斎藤実盛の屍を特定することを求められるのでした。
 しかし戦場から見つかったそれらしき屍は五体、しかも皆首がない――断れば自分の命がないという状況で、屍をなんとか特定すべく頼盛は必死に考えるのですが……

 七十数歳という老齢ながら、白髪頭を黒く染めて出陣した末、義仲配下の手塚光盛に討たれたという斎藤実盛。もののふの壮絶な最期には事欠かない平家物語でも、屈指というべきエピソードであります。
 首実検の際に髪を染めていたことが明らかになった実盛ですが、ではその首から下は――という発想にも驚かされますが、しかもその首から下の候補が五体も出てくるに至っては、唖然とするほかありません。

 そんな本書でも意外性では屈指の本作ですが、しかし依頼主は木曾義仲――その気になれば頼盛など一ひねりにできる相手です。
 もちろん頼盛には、第1話で触れたとおり検視の心得があるわけですが、それを活かしてこの八方塞がりの状況を如何に解決するかが、本作の見どころの一つでしょう。

 もっとも、比較的あっさりとその「謎」も解けるのですが、しかし本作の真骨頂はその先。ある意味、探偵自身が犯人とも言うべきトリックとその目的には驚かされると同時に、実盛と重ね合わされる、ある人物の存在に粛然とさせられるのです。個人的には本書でもベストの作品です。


「弔千手」 元暦元年(1184年)
 頼朝の招きで鎌倉に滞在することになった頼盛。孫娘のように可愛がっていた頼朝の娘・大姫との再会を楽しみにしていた頼盛は、義仲の子で婚約者の義高を父に殺されて以来、彼女が病みついたことを知ります。
 しかし頼朝が義高の話をする都度、聞こえているはずがないのに父の前に現れる大姫。怨霊か物の怪の仕業と怯える頼朝ですが……

 源平合戦期の数ある悲劇の中でも、一際痛ましい大姫の運命。政略結婚に翻弄されるのはこの時代の女性の常とはいえ、わずか7歳で婚約者の義高を父に殺されるというのは、どれほどの衝撃であったでしょうか。
 本作はその大姫を巡る怪談めいた内容の物語。その仕掛け自体はすぐに予想がつくところですが、頼盛が明らかにする、義高を殺そうとした者の、そして守ろうとした者、それぞれの思惑が圧巻でしょう。

 特に印象に残るのは後者ですが――そこに共感する頼盛は、かつての復官にあくせくする姿とは異なり、真に自分を苦しめる相手、自分が戦うべき相手を見つけたように感じられます。それは……


「六代秘話」 文治元年(1185年)
 平家が壇ノ浦に滅び、滅ぼした義経も頼朝、に追われる頃、京で仏道三昧の頼盛。そこに現れた北条時政を歓待する頼盛ですが、思わぬ疑いをかけられていることを知ります。
 平家嫡流でただ一人落ち延びた平維盛の子・六代。その六代を、頼盛が自分の子・為盛と偽って匿っているというその疑い。為盛が討死したという噂と、為盛が年の割に幼すぎることを理由に迫る時政。このままではあらぬ疑いで攻め滅ぼされかねない頼盛は……

 ようやく平和が訪れたかに見えた頼盛を襲う思わぬ騒動を描いた最終話。疑心暗鬼とも言いがかりともいうべき時政の疑いですが、権力の座にある人間による、あらぬ疑いほど恐ろしいものはありません。
 その窮地を乗り越えるために頼盛が用いたのは、有名なある作品を思わせる手段なのですが――例によって本作においてはさらなる仕掛けが用意されています。

 伝説と史実に整合性をつけるその豪腕は勿論のこと、何よりもその中に浮かび上がる、西国武士と東国武士の違い――いや、頼盛と他の武士の違いは、強い印象を残します。
 そしてそれはさらに、ラストで描かれる「蝶」と結びついて、何とも言えぬ感動を生むのです。数々の謎を解くことを通じて、諸行無常の世において己が生きた意味を求め、一個人としての意地を貫いた彼の象徴であり、到達点である「蝶」と……


 極めてユニークで意欲的な歴史ミステリであると同時に、激動の時代をしたたかに生き抜いた一人の人間を描いた歴史小説としても豊かな味わいを残す本作。作者の今後の活躍も楽しみになる佳品であります。


『蝶として死す 平家物語推理抄』(羽生飛鳥 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon

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2021.07.28

羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』(その一) 生き残った男・平頼盛、探偵となる

 平家の隆盛から源平の合戦、鎌倉幕府の成立と、激動の平安時代末期――平清盛の弟でありつつも一門で独自の位置を占め、壇ノ浦以降も生き残った平頼盛を探偵役とした非常にユニークな時代ミステリ連作であります。蝶となることを夢見た頼盛の波乱の一生と、彼が解き明かした数々の謎とは……

 平忠盛と池禅尼の間に生まれ、平清盛の異母弟でありつつも、出自という点では清盛よりも上の人物であった平頼盛。
 それが作用したか、あるいは後白河帝との距離の近さが災いしたか――頼盛は、清盛の子らとともに清盛の政権を支えつつも、幾度となく解官され、平家一門の都落ちの際には、ただ一人京に残ることとなりました。その後、母が頼朝を助命した縁で彼を頼って鎌倉に暮らし、そして再び京に戻り……

 と、激動の、そして一風変わった人生を送った頼盛ですが、後世に残る事績がほとんどないためか、知名度は高くなく、フィクションで扱われることも少ない人物であります(森谷明子の『葛野盛衰記』くらいではないでしょうか)。
 本作はその頼盛を主人公――それも探偵役に据えた、何とも独創的かつ意欲的な連作歴史ミステリ。全5編いずれもユニークな作品ですので、一作ずつ紹介しましょう。


「禿髪殺し」 嘉応元年(1169年)
 平清盛が市中に放ち、平家への批判を告げ口させたことで、人々の畏怖と嫌悪の大正だった禿髪。その一人が無惨な亡骸となって発見されたことを知った頼盛は、真相究明を手柄として復官すべく、調べを始めます。
 被害者といるのを目撃された老女の存在を知り、彼女の話を聞いた頼盛は、その内容に矛盾があることに気付くのですが……

 人々から大いに恨みは買いつつも、逆らえば後難が恐ろしい禿髪。そんな相手を、誰が、何故殺したのか? さらに隠す場所もあったのに、そして晒すには辺鄙な現場で、何故遺体が放置されていたのか? 本作ではこれらが大きな謎として提示されます。
 一方、本作が探偵役としてのデビューとなる頼盛ですが、幼い頃から鳥辺野で(六波羅は鳥辺野とほぼ同地域)、屍や骨を調べて遊んでいたため、今でいう検視の心得があるという設定。一見雅やかな彼にそんな顔があるのもユニークですが、探偵役を務める理由が、復官という非常に俗なものなのも印象に残ります。

 正直なところ、事件の謎解き自体はあっさりしており、その先のさらなる真相についても、すぐに内容は予想がつくのですが――圧巻はその先。まさか、○○が存在する本当の意味が、そんなところにあったとは――! 
 一つの真相の先にさらなる真実が、というのが本書の収録作品の基本スタイルなのですが、ここで描かれるある人物の企てには、頼盛でなくとも愕然とするほかありません。


「葵前哀れ」 治承三年(1179年)
 またも解官されてしまった頼盛を方違え先に招いた高倉天皇。突然の招きが、かつて帝が寵愛した葵前の死の真相を解き明かすためと知った頼盛は、己の知恵と知識を振り絞った推理を披露するのでした。
 しかしその度に、高倉天皇から理由を挙げられて推理を否定される頼盛。追い詰められた末に、頼盛が最後に辿り着いた真相とは……

 高倉天皇に深く寵愛されたという葵前。しかし周囲の目もあって帝から遠ざけられた末、実家に戻った数日後に儚くなってしまう――と平家物語に記された彼女の最期に疑問を抱いた帝の依頼を受けて、頼盛が真相を推理するという一種の安楽椅子探偵ものである本作。
 またも復官の足がかりにという下心から引き受ける頼盛ですが、ほとんど全てが帝からの伝聞のみという中で、さすがに苦闘を強いられることになります。

 何しろ帝からの情報は後出しの連続。その時までの情報では正しい推理であっても、後から追加される情報で次々と否定されるのですから、頼盛でなくとも内心ツッコミたくなるところです。しかし相手には絶対反論はできず、さらに気分を害するわけにもいかない――探偵にとっては手足を縛られたような状況の頼盛が印象に残ります。

 が、ついに真相を解き明かした頼盛を待っていたのは、清盛の深謀遠慮――清盛が直接登場するのは、時期的に冒頭二話のみなのですが、登場するたびにその底知れぬ存在感に圧倒されるのが本作の清盛。
 清盛の手の内の芋虫扱いされていた状態からようやく蛹になったと思っても、まだまだ蝶には遠い――そんな頼盛の苦衷が、さらにもう一転する結末も見事です。


 残る三話は次回紹介いたします。


『蝶として死す 平家物語推理抄』(羽生飛鳥 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon

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2021.07.27

『MARS RED』 第1話「陽のあたる場所」

 大正12年、第十六特務隊に配属となった前田少佐が月島の秘密施設で見たもの――それは、ヴァンパイアと化して「サロメ」の台詞を諳んじ続ける帝劇女優・岬だった。舞台上の事故で瀕死の状況だった岬をヴァンパイアにした者を追う前田だが、その最中、岬が月島から脱走したとの報が入る……

 完全に周回遅れで恐縮ですが、漫画版の紹介も先日終えた『MARS RED』、アニメ版を紹介していきたいと思います。その第1話は漫画版にはなかったエピソード――零機関の鬼指揮官・前田大佐の零機関赴任時の出来事を描いた物語であります。

 アバンタイトルで描かれるのは「サロメ」の台詞を、どこか虚ろな瞳で暗唱する女性と、それをたどたどしい筆致で書き留める手。果たしてこれは――物語が進むにつれて明らかになっていきます。

 初夏の東京駅に降り立った前田少佐。彼を迎えに来た第十六特務隊の森山の案内で、彼は司令部ではなく、月島に構築された秘密施設に案内されることになります。水で周囲から隔絶され、はるか地下深くまで掘られた分厚いコンクリートで守られた施設――そこに収監されているのは「マルキュー(マル吸?)」なる存在。数日前に舞台上の事故で瀕死の重傷を負い、しかし数時間後治癒したために特務案件と判断され、この施設に収監された舞台女優――ヴァンパイアと疑われる女性だったのです。

 おそらくは分厚いガラス越しに、その舞台女優・岬を観察する前田ですが、舞台上で重傷を負い、ヴァンパイア化された時の記憶が強烈に焼き付いてしまったのか、彼女はその時に演じていた「サロメ」を繰り返し演じているようであります。
 自分たちの部隊で使えればよし、使えなければ――と、上官である中島中将から彼女の扱いを一任され、観察を続ける前田。左手でたどたどしく調書を綴る彼をガラス越しに見つめ、その署名に目を留めた岬は、部屋から出ていく前田に対して、「いってらっしゃい」という言葉をかけるのでした。

 そして岬の流した血の跡も生々しく残る帝国劇場で、劇場の雇われ役者だと名乗る少年・デフロット(と、劇場の外で絡んできた女性記者・葵)と束の間言葉を交わす前田。しかしそこに、岬が施設から脱走したとの急報が――施設外で待ち受ける警備の兵の機関銃もものとはせず、しかし兵士には傷を負わせたのみで市街に消えた彼女は、既に夜が明けた東京駅の前で、前田と対面するのでした。
 サロメの言葉を引用しながら、前田に愛を語る岬。そう、彼女は前田の、まだ互いに出会ってもいなかった婚約者――そして会いたかったという言葉を残し、彼女は引き留めようとする前田の目の前で、自ら陽のあたる場所に踏み出し、燃え尽きて……


 と、一見全く無関係に見えた前田と岬の関係性が徐々に浮かび上がり、ラストで美しくも物悲しく交錯、昇華するこのエピソード。冒頭で新婚三ヶ月の森山と言葉を交わす中で(てっきり森山の死亡フラグかと思いきや……)前田が許嫁の存在を語り、それを伏線に細かい描写を積み上げていく構造は、説明台詞を最小限に抑えていたことによって一層インパクトを持って感じられます。
 また、舞台女優であった岬が牢獄同然の施設でひたすらに「サロメ」を演じ続けるくだりの不思議な空気感は、舞台劇という題材と、演出が綺麗に噛み合ったことによって生まれたものであることは間違いありませんが――原作者自らが音響監督を務めている点も寄与していると考えるのは、決して牽強付会ではないでしょう。

 ただし、背景設定をほとんど全く説明せずに物語を展開させていくのは結構な冒険という印象はあり(こちらはもちろん漫画版で予習済みだったわけですが)、その点でとっつきにくさを感じた方もいるかもしれません。
 もう一つ、キャラクターのビジュアル(特に目の辺り)には違和感を覚えたのですが――これはあくまでも個人的な印象であります。

 何はともあれ、次回から零部隊のヴァンパイアたちも登場する模様で、どこまでが同じで、どこからが異なる物語となるのか――この先も期待できそうです。


 ん? ラストのクレジットで「中島岬」とありましたが、前田の婚約者で中島ということは――これは今回のエピソード、後々まで尾を引くことになりそうです。


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2021.07.26

『長安二十四時』 第6話「午の刻 地下都市の住人」

 龍波の居所の手がかりを知るため、平康坊の地下街に向かった小敬たち。そこを牛耳る「葛の旦那」と対面した小敬だが、葛の旦那はあっさりと龍波の馴染みの妓女と引き合わせる。しかし葛の旦那は、それ以上の情報の対価として、小敬が平康坊に潜入させた間者の名を要求してくるのだった……

 刻一刻と迫るタイムリミットの中、龍波が残した思恩客の持ち主である妓女を追って、平康坊の更に暗部に、案内役の小乙と共に足を踏み入れる張小敬と姚汝能。肝っ玉の塊のような小敬ですら足を踏み込むのを躊躇うように(というか嫌そうに)見えるこの地下街は、いわば最暗黒の長安――物理的な意味(だけ)ではなく、光の差し込まない世界、法や正義が意味を持たない弱肉強食の世界であります。何だかんだいいつつも上流階級の出である姚汝能には、全く理解できない世界のようですが……
 そしてその地下街に潜み、平康坊を支配する者こそが「葛の旦那」――元は葛という家に買われた崑崙奴(黒人奴隷)だったものが、わずかのうちに成り上がり、そして平康坊の顔役に収まったという怪人物であります。そして小敬たちの前に現れたその顔は――ジャイモン・フンスー! まさかの登場にさすがに吃驚です。

 それはともかく、小敬があれだけ警戒していたにもかかわらず、件の妓女――瞳児のもとにあっさりと案内する葛の旦那。瞳児は恋人の書生と足抜けしようとして捕らわれた彼女に早速龍波の行方を聞こうとする小敬ですが、ここからは有料と、葛の旦那はどこかで見たようなことを言い出します。
 そして葛の旦那が小敬に対価として要求してきたのは、小敬が平康坊に潜り込ませている間者の名。この回の冒頭にもその一人が登場しましたが、小敬はかなりの人数を潜入させているようです。しかし危険過ぎるアンダーカバーを支えるのは、何があっても守ってくれるという、指揮官への強固な信頼感にほかなりません(この後の姚汝能の台詞を聞く限りでは、間者を売ることは法でも禁止されているようですが)。

 当然ながら口を噤む小敬に対し、その場にいた葛の旦那の配下の一人が自ら間者であると名乗りを挙げ、すぐに殺されるのですが――しかし葛の旦那によればこれは小敬が教えたのではないのでノーカンと言う上、具体的に知りたい間者のことを後出しで提示してきたではありませんか。それはかつて葛の旦那が狙っていた、郭利仕将軍が隠し持っていた禁制の金器を横から掻っ攫い、自分の配下たちまで殺したという間者。もちろん、小敬にとっては絶対に明かせぬ名であります。
 しかしその名を明かさねば、瞳児はこのまま殺すと告げる葛の旦那。一度は要求を拒み、立ち去ろうとしつつも、しかし任務のために足を留める小敬。二人の激しいにらみ合いの末、ついに小敬が「あの世で武勇伝を聞き飲み交わそう。来世は俺が間者になる!」と告げた名は――小乙でした。そして少乙をこれ以上苦しめぬため、弩で撃ち殺す小敬……

 しかし小敬に対し、葛の旦那はさらなる後出しの条件をつけます――小乙の目玉をくり抜いてみせろと。「長安の民に大切なものを守るか、善人になるかを選ばせたら面白い結果になる」と語る葛の旦那に対し、再び激しく睨み合った末、静かに小刀を抜く小敬ですが――彼の答えは、自らの小指を切り落とすことでした。そんな彼に失望したと語りつつも、さすがにその覚悟に打たれたか「一日だけの命でもかつてのように自由に生きろ」「言え。どんな要求でも聞いてやる」「長安から逃してやってもいい」とまで言う葛の旦那。しかし小敬の覚悟が変わるはずもありません。そんな小敬に、瞳児は龍波が歌っていたという歌を教えるのですが……


 とにかく、葛の旦那の出す条件を巡る小敬の煩悶とそれを乗り越えた覚悟、そんな小敬と葛の旦那、そしてそれを見つめる姚汝能も含め登場人物たちの思いの籠もりまくった表情が圧倒的な印象を残す今回。登場人物だけでなく、観ているこちらまでもが、もはや退けない場所に踏み込んでしまったような印象を受ける、凄まじいエピソードでした。一応、龍波と魚腸が「チェラホトの魂」と呼ぶ品を商人たちを皆殺しにして奪ったり、李必が右相の屋敷で待ちぼうけを食わされたりといったシーンもあるのですが、その全てを完全に小敬と葛の旦那が食った感があります。
 明らかに邪悪でありつつも、ラストの小敬への態度に一本筋の通ったものを感じさせる葛の旦那を演じたジャイモン・フンスーの存在感にも、さすがはと感心させられます。(ただ、小乙が前回登場したばかりで妓楼の小間使かと思っていたところに、葛の旦那が裏切られて涙を流すほどの腹心と言われて面食らったのも事実ですが)

 それにしてもラストで描かれる、かつての不良人時代の小敬と配下たちの姿と、そこで葛の旦那の下に潜入するために小乙が自ら小指を切り落としたのに対し小敬が怒る場面――それで小指か、と納得しつつ、彼らの絆の深さが否応なしにグッとくるのです。


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2021.07.25

高橋留美子『MAO』第9巻 夏野の過去、幽羅子の過去、菜花のいま

 まだまだ謎が深まる大正伝奇ホラーアクション、第9巻で描かれるのは、摩緒の姉弟子・夏野にまつわる、ある奇怪な真実。そして後半では、白眉側の術者・かがりと菜花の対決、そして謎の女性・幽羅子の正体の一端が描かれることに……

 奇怪な通り魔事件の犯人を巡り、再び金の術者・白眉と彼の配下と対峙することとなった摩緒と菜花。辛うじて危機をくぐり抜けた二人が次に巻き込まれたのは、とある病院の入院患者を巡る事件――夜な夜な病院を抜け出しては、土を喰らってはそれを空に吐くという、患者の奇怪な行動を摩緒は追うことになります。

 しかし「土」といえばやはり思い浮かぶのは、「土」の術者である夏野の存在。摩緒からあらましを聞き、はたして何事か思い当たるところがあったような夏野ですが、しかし不自然な沈黙を守ることになります。
 そこで摩緒たちが頼ったのは華紋――あの御降家の崩壊以降、大正以前に夏野と出会っていたという彼の口から語られるのは、なんとも不気味かつ不可解な因縁の物語。そして三人は、夏野を追ってとある田舎村に向かうことに……

 登場して日が浅い点はあるものの、他の弟子たちとはまたスタンスの違う印象のあった夏野。その彼女の背負う因縁は、こちらの予想だにしなかったような奇怪で――そしてまた、物語の枠がまた大きく変わりかねないものでした。
 その真相については今回は明らかにはなりませんが、その影響の大きさもまた、まだまだ見えないのであります。
(ちなみに今回小ネタ的に描かれた華紋の「趣味」がなかなか面白い……)


 そしてこの巻の後半では新たなエピソードに突入、菜花を中心として物語が展開することになります。

 とある女学生にかけられた呪詛を祓った摩緒。彼女に呪いをかけたのが学校の後輩であると知った摩緒は、菜花にいわば潜入捜査を依頼することになります。
 そこで摩緒の前に現れたのは、前巻で呪具・傀儡の針によって摩緒を操った白眉の配下(?)の少女・かがり。針を用いた呪術を得意とするかがりと単身対決することとなった菜花ですが、事態は意外な方向に展開して……

 猫鬼に絡むエピソードが一段落(?)し、平安側の物語が盛り上がるにつれ、相対的に物語でのウェイトが下がってきた印象もあった菜花。
 もちろん前巻では、もう一人の猫鬼の力を継ぐものとして、操られる摩緒の代わりに奮闘するという見せ場があったのですが、この巻では、女子高生という立場を活かして活躍することになります。(ちなみに中学生からスタートした彼女はこの巻で高校に進級、いきなりコロナや緊急事態宣言が登場するのには驚かされました)

 一方、対決するかがりはといえば、少女らしい無邪気さを持ちつつ邪悪な術を操るという、なかなか厭なキャラクター。猫鬼の力を眠らせているものの術は使えない菜花と、様々な呪術を操りながらも肉体的には普通の少女のかがりというのは、なかなか面白い対決の構図といえるでしょう。

 しかし――ここから、物語は急展開、菜花はこれまで数々の戦いの背後に潜んでいた謎の女性・幽羅子と単身対面することになるのです。
 夏野がかつて目撃したという、紗那を殺した邪鬼。それと同じ邪鬼をまとい、そして紗那と同じ顔をした幽羅子の存在は、本作に数多く散りばめられた謎の中でも、相当に大きなものであると言えます。

 そして菜花に対して幽羅子が語る自身の過去とは――作者の人魚シリーズを彷彿とさせるような、人間の黒々とした我欲と邪悪さに満ちた、悍ましいものであり、そして同時に幽羅子にとっては残酷極まりない物語であります。
 特にこの巻のラストで描かれた彼女の運命の変転の場面など、その不思議な美しさもあって、このキャラクターにこのような感情を抱かされるとは――と言いたくなるほど、これまでのイメージが一転するような内容なのですが、しかしそれがどのように「いま」に繋がるのでしょうか。

 それはこの巻の時点ではまだわからないのですが――次巻で語られるであろう続く物語の内容はいかなるものであるのか、そしてそれを耳にした時、菜花は何を思い、どのように行動するのか――相変わらず先が読めない、そしてそれだけに魅力的な物語であります。


『MAO』第9巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2021.07.24

唐々煙『MARS RED』第3巻 決戦、そしてヴァンパイアたちの最後の任務

 アニメも先日完結した大正ヴァンパイア伝奇、この漫画版も第3巻で完結であります。秀太郎ら零機関の4人のヴァンパイアたちの前に現れる真の敵とは。そして帝都を大震災を襲う中、ヴァンパイアたちの成すべきこととは――哀しき生き物たちの物語が終わりを告げます。

 帝国陸軍が開発したヴァンパイア兵士・金剛鉄兵――その実働部隊である十六特務隊・通称「零機関」所属の秀太郎・山上・スワ・タケウチの4人のヴァンパイア。彼らは、帝都で無差別に人を襲うヴァンパイアたちを追って、戦いを続けてきました。
 その果てに、ついに横浜赤レンガ倉庫が敵の本拠と思しいと突き止め、未知の敵である異国のヴァンパイアたちが犇めく敵地に挑む零機関。しかしその間に上層部は金剛鉄兵計画の中止を決定。事態は風雲急を告げる中、秀太郎たちの戦いの行方は……

 という決戦ムードから始まるこの最終巻。しかしその異国のヴァンパイアとの「決戦」は、あまりにも意外かつ滑稽で残酷な形で決着することになります。
 そして異国のヴァンパイアたちがほぼ滅んだ時に現れた、S級ヴァンパイア・デフロット。帝国劇場で主演俳優を務める美少年にしてその実、600年もの永き時を生きてきたデフロット――敵の首魁と思われた彼は、ここで意外な真実を語ることになります。そう、零機関の面々は、金剛鉄兵ではないと。

 その言葉に応えるかのようにその場に現れ、残敵を残忍に掃討していく装甲兵の群れ――それこそが真の金剛鉄兵=心を持たないヴァンパイアだったのであります。
 自分たちの信じていたもの、依って立つ場所を奪われ、黒幕と対峙する秀太郎たち四人。しかし黒幕の操るS級の金剛鉄兵の正体に、四人は大きな衝撃を受けることになります。

 そして絶望的な戦いが始まった大正十二年九月朔日午前十一時五十八分、その時こそは……


 かくて決戦からもう一つの決戦へ、大きな変転を迎える4人のヴァンパイアの運命。組織に所属して任務を遂行する主人公が、その組織から裏切られ、敵対することになる――というのは意外でありつつも、ある意味定番のパターンかもしれませんが、本作はそこから、さらに意外な展開を迎えることになります。

 本作の冒頭で描かれた関東大震災のシーン。崩れ行く帝国劇場に取り残されたデフロットと、秀太郎の幼馴染の葵のもとに、秀太郎が駆けつけるというその場面に、物語は収斂していくことになります。
 とはいえ、その場面だけ見れば何が起きているかは一目瞭然ながら、果たしていかなるシチュエーションで起きることになったかは、当然冒頭の時点では謎。そしてここで語られるその内容について、ここで詳しくは述べません。

 しかし、望まぬ形でヴァンパイアとなり、軍の命で戦い続けてきた――戦う相手が「同族」であったことは、これは人間でも同様ですが――秀太郎にとって、いや彼の仲間たちにとって、このラストの「任務」は、大いなる救いであったと言うべきでしょう。


 ヴァンパイアとして生きることとなった者たちを描いた本作。その生の在り方は、当然ながら、彼らがかつてそうであった人間とは大きく異なるものではあります。
 しかしその心の在り方は、人間のそれと変わるものではない――いや、変わらぬように努めることができる。そう、この世に生きる者として――本作はそのことを描いて結末を迎えます。

 ヴァンパイアと人間の間にあるもの――古来から様々な物語で描かれてきたそれを、本作は本作ならではの形で描ききりました。
 聞くところによれば、アニメ版はこの漫画版とまた異なる結末を迎えたとのことですが――遅ればせながら、こちらも見届けなくては、と考えているところです。


『MARS RED』第3巻(唐々煙&藤沢文翁 マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon

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2021.07.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第7巻 いくさ人ども、薩摩へ渡る!

 その後の前田慶次の大暴れ諸国漫遊、肥後編はこの巻で終わり、薩摩編に突入することになります。関ヶ原で敗北しようとも独自の気風を持ち続ける修羅の国・薩摩に乗り込んだ慶次が引き起こす次なる騒動は……

 海底の黄金百万石を用い、キリシタン勢力を糾合せんとするガルシア神父らと、いくさ人&兵法者連合軍の決戦は言うまでもなく後者の勝利に終わり、残った黄金も風流に始末をつけた慶次。騒動が一段落したかと思いきや、まだ残っていたのは清正を仇と狙う天草衆であります。
 かつて清正に父親を討たれた大力無双の巨人・横手五郎を清正主催の相撲大会に送り込み、それに乗じて清正暗殺をしてのけようという天草衆。そして圧倒的な強さで勝ち進む五郎の前に敵がいなくなった時、やおら立ち上がったのは、もちろん慶次で……

 という展開から始まるこの巻。既に作中では神様のような扱いとなっている慶次だけに、相撲勝負の行方は言うまでもありませんが、大事なのはその後――五郎が、清正への恨みを捨てられるか、であります。
 五郎が清正の命を狙ったことは、実際に伝説となって残っています。しかしここではその伝説の結末を踏まえつつも、いかにも本作らしい男泣きの展開に昇華することによって、肥後編のエピローグに相応しい結末となっているのが何とも爽やかな後味を残すのです。


 そして肥後を離れることになった慶次は、後を慕ってきた兵庫・左近・宗茂とともに(と、死んだことになっている左近はともかく、宗茂が出歩くのはさすがにマズいのでは……)薩摩に渡ることになります。
 前巻にも登場した面白外国人枠のエンリケがここでも可哀想なことになりつつも、薩摩に到着早々に慶次一行が出会ったのは、無法の島で一人肩で風切って歩く女性剣士・夕月。使う剣は、大の男も一刀両断の天真正自顕流流――いや示現流、早速起こした揉め事をきっかけに、彼女の師・東郷重位と対面した慶次は、ある試しを求められることに……

 と、いきなり期待通りの展開が来たと思えば、予想外のとんでもない結果を引き起こす慶次。もちろん豪傑は豪傑を知る、という結果となるのですが、しかし豪傑ときたらまだまだ底が知れないのが薩摩であります。
 お次に登場したのは、最近一部で有名になった中馬大蔵。これまた豪傑を絵に描いたような大蔵に対し、慶次も胸を貸して……


 というわけで、肥後でも薩摩でも変わらぬ大暴れを見せる慶次。これまでも要所要所は締めていたものの、先に述べたようにあまりに強くなりすぎて、ちょっと出番は控えめとなっていた印象があった慶次ですが、この巻ではほとんど自分が前に出て、気持ち良さそうにいくさ人っぷりを見せております。
 この辺りは以前にも申し上げましたが、本作は言ってみれば現代の講談、いかに慶次が豪快な大暴れを見せるかが眼目といったところ。この巻はまさにそれで、そんなまさかというツッコミも野暮な展開は、実に痛快・爽快であります。

 もちろんそんな暴れっぷりは慶次一人でなく、他のいくさ人たちも同様。この巻では遠く江戸の家康(なるほど、今描くとこういう姿になるか、というビジュアルも興味深い)と本多正信がチラリと登場するのですが――そんな連中の存在に薩摩に頭を悩ます姿には、本作においては「敵方」ながら、思わず同情するほかありません。
 何しろこれだけ豪傑たちが集まった上に、薩摩の鬼島津・島津義弘がこれから登場しようというのですから……

 はたして薩摩で慶次と豪傑たちが何を引き起こすのか、この先も理屈抜きの物語を楽しみにしているところです。


 一方、本作では珍しい女性キャラである夕月のこの先の扱いが気になるところですが――肥後編での立花誾千代の描写はなかなか良かっただけに、こちらも期待したいところです。(が、いきなり妙な描写があってちょっと不安に……)


『前田慶次かぶき旅』第7巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2021.07.22

恵広史『カンギバンカ』第3巻 初陣! 九兵衛と元就と経久と

 今村翔吾の『じんかん』を大きくアレンジして描く漫画版『カンギバンカ』、いよいよ佳境の第3巻であります。ようやく出会った仲間たちのほとんど失い、それでも残った夢を叶えるため、弟の甚助らとともに堺に向かった九兵衛。そこでの出会いが、ついに九兵衛たちを戦場に立たせることに……

 厳しく辛い流浪の果てに、ようやく見つけた仲間たちを思わぬ裏切りから失い、甚助と日夏とともに山寺に流れ着いた九兵衛。その住職・宗慶和尚がある人物と結びついていることを知った九兵衛は、今は亡き多聞丸が遺した「奪い奪われることのない場所(くに)をつくる」という夢を叶えるため、甚助、そして曲直瀬一渓とともに、その人物――三好元長と会うために、堺を訪れることになります。

 ところが堺で手荒い歓迎を受け、元長の橋渡しである武野新五郎からも一度は拒絶されてしまった九兵衛。しかし彼の情熱が元長その人を動かし、九兵衛と甚助、一渓は、元長の命で安芸に向かうことになります。
 そこでこれから始まろうとしていたのは、三好の協力者である尼子経久と、大内氏配下の蔵田房信と直信が守る鏡山城を巡る戦い。そこで多治比元就の隊に加えられた九兵衛と甚助は、初めて合戦というものを経験することに……


 というわけで、この巻の後半から展開するのは、鏡山城の戦い。正直にいって、知っている方はそれほど多くはない合戦だと思いますが――まだ多治比の姓を名乗っていた(そしてこの直後に毛利の家督を継ぐ)元就がその才を見せた戦いであり、また後に因縁の間柄となる尼子経久の下について戦ったという点でも興味深い戦いではあります。

 そして彼らと戦ったのが蔵田房信と直信――史実では甥と叔父だったようですが、本作では兄弟という設定。傲岸ながら知恵の巡る房信と、猛将ながら兄にコンプレックスを持つ直信は、九兵衛と甚助のネガともいうべき存在として、描かれているといってよいでしょう。
 そしてその直信と九兵衛・甚助が戦場で相対した時、まさにその点が大きく作用し、戦況を大きく動かすことになるのですが――そこにある人物の深謀遠慮があったというのもまた、なかなか面白い趣向でしょう。


 ただ――実をいえばこの鏡山城の戦いのくだりは、原作には全く登場しないエピソード。前巻で描かれた、九兵衛と甚助が和尚を治療できる一渓を呼びに行くエピソードもオリジナルでしたが、あちらが一挿話であったのに対して、こちらは九兵衛たちの初陣を描くという点で、大きくウェイトが異なることになります。
 正直なところ、上で述べたようにあまり有名ではない、そして後に九兵衛と歴史上で大きく関わるわけでもない元就と経久がメインとなる合戦をここに持ってくる意図は、いかにも不思議に感じられます。これも上で述べた、九兵衛・甚助と房信・直信、二つの兄弟の対比もありますが、それも史実をわざわざアレンジしているわけで……

 考えられるのは、共に謀将であり、下剋上を成し遂げた元就と経久が轡を並べたこの合戦に九兵衛が参加したことが、後世の彼に影響を与えたという展開ですが――その予想が当たっているか否かは、この巻のラストで描かれる、経久の非情の策に対して九兵衛が献じた策の内容と結果を見れば、わかるような気がいたします。


 というわけで次巻は鏡山城の合戦のクライマックスですが、これは同時に本作そのもののクライマックスでもあるようです。
 実は本作はこの第3巻の発売とほぼ同時に連載終了。この想像以上に早い完結には、さすがに驚き、落胆したところではありますが――しかし本作がいかなる結末を迎えるのか、まずは見届けたいと思います。


『カンギバンカ』第3巻(恵広史&今村翔吾 週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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今村翔吾『じんかん』 「大悪人」松永久秀の戦う理由は

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2021.07.21

「コミック乱ツインズ」2021年8月号(その二)

 「乱ツインズ」8月号の紹介、その二であります。

『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 阿部善定の下で、捲土重来を期して精進していた直家。しかし、その矢先、別のベクトルで精進していた興家が急逝、全く頼りにならないとはいえ一応当主だった興家を欠いたことで、宇喜多家の復興は水の泡、直家はちょっと頭がアレしてしまい……

 と、古今東西、こういう展開で本当にアレするわけはないわけで、これはもちろん周囲の眼を欺くための直家の芝居であります。その間、母は敵地ともいえる浦上家で奉公し、ついに直家が仕官する道が開けるのでした。
 そしてこれまで自分を馬鹿にしてきた連中にきっちりお返しした(でもヌッコロしたりしない辺りまだ優しい……)直家。冒頭から臥薪嘗胆の連続だった本作ですが、いよいよ次回から逆襲に転じる――のか?


『侠客』(落合裕介&池波正太郎)
 三年ぶりに再会した水野十郎左衛門から伊太郎が見せられたもの――それは酒漬け(腐敗防止)にされた男の死体だった、というある意味ショッキングな滑り出しの今回。伊太郎にとっては見知らぬこの男は、しかし彼の運命を大きく変える原因を作った一人――寺沢兵庫頭の家来であり、父をはじめとする人々の殺害を差配し、そして伊太郎自身を配下の剣客・笹又高之助に襲わせた辻十郎だったのです。

 その辻が、何故か笹又に襲われ、瀕死の状態で十郎左衛門に拾われた次第は前回描かれましたが、今回語られるのは、死の間際に辻が十郎左衛門に語った、討手を差し向けられるに至った理由であります。異常に好色かつ嗜虐癖のある兵庫頭の乱行の後始末役として重用されていた辻――しかし彼がお役目で遠出した間に、兵庫頭は辻の妻にまで魔の手を伸ばし、それをきっかけに刺客を送られたのです。
 残念ながら、本題である伊太郎とその父が狙われる理由を語る直前に息絶えた辻。しかし辻が最後の最後に近江の国の茂平次という男の名を残したことから、伊太郎は、そして十郎左衛門はそこに向かうことを決意して……

 と、異常に頼もしい男二人ががっちり手を組むことになって次回に続く本作(後のことを考えると、二人の揃い踏みには複雑な印象を受けますが……)。しかし、辻を斬った笹又の複雑な心中も前回描かれ、これで今のところ完全な悪人は兵庫頭だけですが――ド外道としか言いようのない存在だけに、おそらくそのままなのでしょう。


『小平太の刃』(山口正人)
 信頼していた親分に愛娘を殺され、その仇を討って旅に出た凄腕の侠客・小平太。それから一年、元盗賊の三次を供に旅を続けて――と、毎度おなじみのシリーズ連載の本作。各地を巡る小平太と三次のコンビが、その土地で無辜の人々を苦しめる悪党と出会い叩きのめす――というのが毎回のスタイルですが、今回はいささか異なる展開となります。

 運悪く腹の具合を悪くして弱った状態のところに薬を盛られ、何者かに捕らえられてしまった小平太(と今回全く役に立たない三次)。彼を捕らえたのは、賞金首の兇状持ちばかりを狙う万蔵親分――賞金首を捕らえて山中の処刑場に連行し、彼らに恨みのある人間に殺させて、自分は賞金をいただくという、一石二鳥というかえげつないというか、いずれにせよ外道の所業を嬉々として行う手合であります。
 そしてかつて叩きのめした相手であり、その恨みから自分に百両の賞金をかけてきた上州の蛇狩一家の前に引きずり出された小平太。後ろ手に縄をかけられた圧倒的に不利な状態で、三人を相手にすることになった彼の運命は……

 と、兇状持ちと外道しか登場しないという珍しいパターンの今回。といっても他の兇状持ちもそこまで悪人に見えないし、そもそもこれだけ捕える腕と才覚があれば、万蔵ももっと別の稼ぎようがあったのではないかと思いますが……(まあ、そこまで腕利きは捕らえられないのでこの顔ぶれだったのかもしれませんが)
 なにはともあれ、小平太はきっちり自分の因縁にケリをつけたものの、他の人間たちはこれでよかったのかどうかわからない――という結末は、ちょっと往年のバイオレンス時代劇を思わせるものがあって印象に残りました。


 次号は久々に『そば屋 幻庵』が登場。代わりに『勘定吟味役異聞』はお休みとなります。


「コミック乱ツインズ」2021年8月号(リイド社) Amazon

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2021.07.20

「コミック乱ツインズ」2021年8月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は、単行本第3巻発売の『暁の犬』が表紙&巻頭カラー。シリーズ連載の『軍鶏侍』『小平太の刃』も登場であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げたいと思います。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 久々登場の気がする本作、前回は三人目のターゲットを待ち伏せしたはずが、自分たちが待ち伏せされて命からがら逃げ延びた佐内が、家でこっそり傷の手当をしていたところに満枝が入ってきてしまい――というドッキリシーンで終わりました。当然、いきなり母親にドアを開けられた思春期の男の子のように逆ギレした佐内は、さらに「俺は人の皮を被った鬼だ!!」と、さらに思春期っぽいことを言い出しますが、満枝さんは見ちゃいられず手当を始めるのでした。
 殺されかけた上に秘密を知られ(勝手に白状っぽいことをして)頭に血が上った佐内、満枝さんが手当でで密着してきたものだからまた色々上がってしまい、ここでついに犬ならぬケダモノに……。もちろん、普段は草食系っぽい佐内の豹変に最初は驚いた満枝ですが、しかしすぐに覚悟が決まったか決然とした瞳の色に変わり、一方、それを見た佐内の方が狼狽えたような表情にもみえるのが、おかしいというか、らしいというか――この辺りの描写はさすがと言うべきでしょう。

 さて、そんなこんなで満枝さんが帰った後、敵に居場所も知られているかもしれないと、根岸ともども益子屋に呼ばれた佐内(そしてここでも平然とメシを食う)。ターゲットを片付けるまでは船宿に避難――ということですが、さて佐内と根岸がここにいるのに誰が? と思えば新たな刺客・立木野伝蔵が登場! これまでとグッと異なるタイプのイケオジの登場に相良のリアクションが気になる――というのはともかく、犬使いの瓢三のフォローを受けてその秘技が炸裂したと思いきや、そこに現れたのは……

 と、前半と後半でそれぞれ急展開の今回。佐内と満枝の今後、そしてまだまだ得体の知れぬ敵の正体もさることながら、立木野さんの安否も気になるところです。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 連載が始まって三回に渡り追い詰められまくり、内憂外患のストレスに、主人公たるオッド姫も、見ているこちらも辛くなってきた本作。しかしつい救い主が現れました。そう、インド墨者たちが……!
 覆面姿でいまだその実力は未知数ながら、凧を上げて何事かを計測し、それを見てやって来たモンゴルの十人隊を、マキビシやインド古武術カラリパヤットで倒すという満点のスタート。そして城にやって来たその一人・ダルマダが、常人離れした長身というのも、前作(前作?)の墨者が短躯だったのと好対照で面白いところです。……というか最初イメージ画かと思うほど巨大なバッタを連れていて、「墨蝗ですな」とか言い出すあたり、やっぱり作者の作品という印象です。
(しかも何故インドに墨家が? と問われた時の答えのすっとぼけっぷりがスゴい)

 しかし墨者の定番(?)とはいえビジャにやってきたのはダルマダ一人。残る十人はといえば――さて、何やらとんでもないことを考えているようですが、それが果たして実るのか。それでもまずは、次回から大反撃が期待できそうです。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 原作続編の『御広敷用人 大奥記録』の漫画版もスタートした本作、前回は聡四郎と紅が互いの気持ちを確かめあったと思えば、聡四郎のことを主たる吉宗が重要人物としてチェックしていることに、紀州玉込め役の川村仁右衛門が嫉妬の炎をメラメラ。かくて、吉宗から聡四郎の警護を命じられたにもかかわらず、川村は正反対に聡四郎に真剣勝負を挑むことに……

 と、理不尽に敵視されることには慣れてしまった聡四郎、川村のよくわからん理由による挑戦を受けるのですが――いざ戦ってみれば、川村は尋常でない速さに加えて重さまでもある、とんでもない難剣。しかも言葉による煽りまで加えてくる相手に、直情径行の聡四郎はいかにも不利であります。
 が、彼は一人ではありません。玄馬の助言で己を取り戻した聡四郎は、新たな剣を披露! さらに玄馬をうまく使って真の技を見せた川村のそれ以上の攻撃を封じるなど、なかなかどうして曲者ぶりを見せるのでした。

 というわけで、前回以上に迫力満点の剣戟が存分に描かれた今回。細かな描写を重ねつつ、大ゴマで大迫力の剣閃を描く、本作一流の描写を今回も大いに堪能させていただきました。そしてラストには、傷ついた愛刀の代わりに、意外な人物が新たな力を――とこれまた燃える展開で、次回に続きます。


 長くなりましたので、残りは次回に。


「コミック乱ツインズ」2021年8月号(リイド社) Amazon

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2021.07.19

『しゃばけ』20周年記念スペシャルアニメ化!?

 今年20周年を迎えた畠中恵の『しゃばけ』シリーズがアニメ化され、本日から配信開始されました。といっても3分強のスペシャルアニメという形ですが、これがシリーズファンにとってはたまらない、必見の内容となっております。

 妖の存在を見聞きし、言葉を交わすことができる薬種問屋兼廻船問屋・長崎屋の若だんな・一太郎と、実はそれぞれ妖の手代・仁吉と佐助をはじめとする妖たちが、様々な謎や騒動に挑む妖怪時代小説『しゃばけ』シリーズ。
 このサイトでもこれまでほぼ全作品を紹介してきましたが、その第一作『しゃばけ』が2001年に第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、シリーズがスタートしてから、今年で20周年となります。

 今年はそのメモリアルイヤーとして様々な企画が用意されているようですが(歌舞伎役者の朗読によるオーディオブックなども!)、その最大の目玉は、この20周年記念スペシャルアニメなのではないかと思います。

 このアニメ、監督は伊藤秀樹、キャストは若だんなを榎木淳弥、仁吉を内山昂輝、佐助は阿座上洋平という顔ぶれ。これだけでもなかなか期待できそうな布陣ですが――しかしわずか3分とはどのような内容なのだろうと思いきや、これがファンにとっては実に楽しい名場面集なのです。

 このアニメ、ちょうど前半部分はシリーズ第一作『しゃばけ』からシーンが選ばれていますが、後半は第二作から第六作――初期の作品集からの名場面で構成されています。
 以下、野暮を承知で採り上げられた作品タイトルを挙げれば――
 第二作『ぬしさまへ』から、「ぬしさまへ」と「空のビードロ」
 第三作『ねこのばば』から、「産土」と「たまやたまや」
 第四作『おまけのこ』から、「おまけのこ」
 第五作『うそうそ』(長編)
 第六作『ちんぷんかん』から、「鬼と小鬼」と「はるがいくよ」
といったところがチョイスされています。

 もちろんさすがに作品名を見ただけではすぐに内容が浮かばないかもしれませんが、例えば松之助の切なく辛い心情を描いた「空のビードロ」、佐吉が追い詰められていく様を描くシリーズ一のトラウマ作「産土」、そして若だんなと桜の精・小紅の儚い交流を描く「はるがいくよ」――と説明すれば、あれか! と思う方も多い初期の名作揃い。
 特に実質ラストを、セリフだけで泣かされる「はるがいくよ」で締めるというのは、これは心憎いチョイスと言うほかありません。

 そしてキャストの方もさすがに違和感なし(ただ、個人的には屏風のぞきはもう少しお調子者な感じでよかったようにも思いますが)。特に若だんな役の榎木淳弥氏は、実は先にアニメ化された『つくもがみ貸します』の清次に続く二度目の畠山作品の主役ですが、穏やかで若々しい声がはまり役といえるでしょう。
 また、ドラマ版や漫画版では妙に可愛らしくなってしまった鳴家が、この映像ではギリギリおっさん顔なのにきちんと可愛いという、デザインアレンジの妙も、印象に残るところであります。


 ……もちろん、どれほどのクオリティ、どれほどのチョイスの妙であってもあくまでも3分強の名場面集であります。
 これだけ見ても未読の方には何が何やらかもしれませんが――しかし、どれか一つの場面でも、心そそられるものがあればこれは成功でしょう。そしてファンにとっては、何より嬉しいプレゼントであることは、先に述べた通りであります。

 それこそ、もう二クールのアニメをそのまま作っていただいてもいい、いや是非作ってほしい――そんな気持ちになる映像であります。


関連サイト
 畠中恵「しゃばけ」新潮社公式サイト

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 「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
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 「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
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 「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
 「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
 畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長
 畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
 畠中恵『いちねんかん』(その二) あっという間に過ぎ去る一年間の果てに

 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
 「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊








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2021.07.18

『長安二十四時』 第5話「午の刻 人脈を持つ男」

 龍波の馴染みの妓女を探し、平康坊に向かう小敬。その途中、自分に恨みを持つ熊火幇の襲撃を受けた彼は、辛くも躱し、姚汝能とともに知り合いの妓女・李香香に会う。彼女から葛の旦那に遭うように促され、二人は平康坊の地下に向かう。一方、王宋汜将軍の娘・韞秀は罠にはまり、狼衛の手中に……

 毎回お馴染み(?)のアバンでの悪役サイド、今回は龍波の登場であります。彼の潜伏場所に、前回登場したのとは別人のように艶やかな衣装で現れ、親しげにしなだれかかる魚腸。トゥガルから地図を回収したと告げる魚腸ですが、龍波は余計なことをしたと言わんばかりにすげなく振り払います(あっ、これ女性の内面を読めずに滅びるタイプだ)。それはともかく、右刹と組んでいるらしい二人ですが、「延州の物の受け取り」が最重要任務と言っているのを見ると、まだ別の企てがあるのでしょうか。

 さて、前回ラストで龍波の家から「思恩客」「平康坊」と裏表に書かれた札を手に入れた靖安司ですが、これは妓楼で妓女が馴染み客に渡す常連の証のようなもの。えっ、そんな足が付きそうなところに通って、しかもそれをわざわざ残してきたの? と思ってみれば、無数にいる妓女の誰が渡したかは、簡単にはわからないとのこと(そして後者については、どうもそんなところに通っている龍波への嫌がらせに魚腸が残した様子――ほら、早速破綻が)。
 いずれにせよ、そんなところに役人が行き、法に則って捜査しても相手が口を割るはずがない。それならばここは小敬の出番――「無法が俺の法だ」と格好良いことを言い、馬で平康坊に向かう小敬ですが、しかしその彼を窺う男たちがおります。彼らこそは熊火幇――小敬の罪状を語る際に言及される三十四人殺しの相手であります。小敬が出獄したと知り、その時のお返しをすべく、小敬を追いかけ始めたのを見ると、やはり幇を相手にするのは怖いと思います。

 一方、狼衛の件とは別に右相の汚職の証人殺しの行方を追う檀棋は、被害者が使っていた香を作っているのが聞染という娘であることを突き止めます。この聞染、今は上客である王宋汜将軍の娘(!)王韞秀と行動を共にしていたのですが――じゃじゃ馬らしい王韞秀は、聞染の父の仇である熊火幇を捕えるため、わずかな手勢を率いてお忍びで行動中。これは猛烈に悪い予感が……

 そしてわりと芸もなく、街中で徒党を組んで小敬に襲いかかる熊火幇ですが、今は捜査が最優先の小敬は戦いを避けて逃げるばかり。そんな彼の元に兵を差し向けて助けたのは姚汝能――登場時は高慢なヘタレかと思いきや、その後の行動は今回も含めてなかなか有能に感じられます。この姚汝能、平康坊に向かう道すがら、小敬の過去のことを聞き出そうとしますが、それも自作の小説の題材にするため――といけしゃあしゃあと語る辺り、何とも憎めない人物であります。

 さて、その一方で聞染とともに、熊火幇のアジトに乗り込んだ王韞秀ですが、予想通りというべきか、不意を突かれて配下は皆殺し、そこに現れたのは、曹破延であります。やはりここは狼衛のアジト、そして曹破延が聞染にニヤリと笑ってみせたところを見れば、やはりこれが前回右刹が語ってた手はずだったのでしょう。しかし聞染が狼衛と組んでいるとすれば、右相の証人殺しの件も狼衛は繋がっているのか――?

 そんなことが起きているとは露知らず、平康坊で妓女の李香香の部屋に上がり込んだ小敬と姚汝能。何やらワケアリらしい小敬と李香香ですが、小敬は相手にせず、単刀直入に用件を切り出します(一方、李香香にいいようにこき使われている姚汝能が可笑しい)。しかし相手も海千山千の妓女、小敬の問いをはぐらかしたりそらしたり、まともに答えないのですが――これはどうやら、平康坊に屋敷がある右相の間者があちこちにいるためもある模様であります。
 何はともあれ、葛の旦那なる人物に会えばと李香香に言われた小敬と姚汝能は、平康坊の地下に広がる街に向かうことになります。見るからに曰くありげな、もう一つの街へ……

 そしてその頃、ただ一人で右相のもとを訪れる李必。何執正が隠居させられたことで太子や側近に責められた李必は、何執正を灯籠の宴に出席させてみせると、心中期するところがあるようですが――しかし右相の側は、彼を靖安司の代表として審問するつもりだった様子。こちらはこちらで面倒な事態になりそうで――というところで次回に続きます。


 今回は比較的アクション少なめ(小敬と熊火幇の追いかけっこと、王韞秀の配下たちが殺されたシーンくらい?)でしたが、靖安司の権限剥奪は相変わらずカウントダウン中という緊迫した状況。その一方で敵の側もそれぞれに計画を進めていて、まだまだ先が読めない展開が続きます。


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2021.07.17

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝』完結!

 ビジュアル・ノベル『絵巻水滸伝』が今月15日掲載分を以って完結しました。1998年5月より連載がスタートし、2007年10月で第1部が完結、2008年6月より始まった第2部もついに――方臘との戦いが終結し、そしてエピローグも終わり、水のほとりの物語はついに大団円を迎えたのであります。

 文・森下翠、画・正子公也のコンビで、実に23年に渡り描かれてきた『絵巻水滸伝』。我が国では少ないようでいてそれなりの点数が刊行されてきた水滸伝リライトですが、その中でも、質・量ともに最高の水滸伝といえます。

 原典にあった、現在の(日本の)読者から見れば違和感がある部分や、個性に乏しかったあるいは出番が少なかった好漢の描写を巧みにアレンジし、時に武侠小説のテイストや他の中国古典の要素も散りばめる――そんな手法により、本作は水滸伝という物語の骨格と魅力はそのままに、しかしその面白さは幾層倍にして描いてきました。
 そしてその姿勢は冒頭から最後の最後に至るまで、変わることなく貫かれたのです。

 特にその姿勢が強く出ているのは、第二部――原典の七十一回から百二十回まで、すなわち百八星が集結してから、梁山泊が滅ぶまでの物語であります。
 梁山泊が招安を受けて官軍となり、遼国・田虎・王慶・方臘を平らげる――原典のこのくだりは、そもそも梁山泊がお上の走狗となって戦うのはいかがなものかという点もさることながら、基本的に全編戦いの連続で、個性豊かな好漢たちがそこに埋没してしまっている、という印象が否めません。

 そして何よりも方臘戦では、それまで親しんできた好漢たちが、それこそ数行の描写で死体となったりと、ファンにとっては大いに辛い内容のですが――絵巻水滸伝は、そんな後半部分に丹念に(時に驚くほど大胆に)手を加え、好漢たちの個性と活躍はそのままに、波乱万丈の戦絵巻を描いてみせました。
 そしてそれが顕著なのはやはり方臘戦であります。梁山泊に匹敵する力を持つ敵の面々を個性的に描いて強敵感を煽るとともに、その強敵を前に一人ひとり散っていく好漢たちの姿を丹念に丹念に描いたこの方臘篇は、この長大な物語の掉尾を飾るに、相応しい内容というほかありません。

 もっとも、この本作ならではの掘り下げでもって思い入れ十分に描かれた好漢たちの最期は、これはこれで読者にとっては(そしておそらくは書き手にとっても)身の細る思いでもあったのですが……
(方臘篇のスタートは2013年7月、ちょうど8年間、その間本当に長かった!)

 何はともあれ、多くの水滸伝リライトでは(それこそ七十回本のように)省略されたり、大幅にアレンジされることの多かった後半部分を、最後まで描いたというだけでも希少なところ、梁山泊の最期を、物悲しくもどこか希望を感じさせる、そして(これが結構重要ですが)納得できる形で描いたのは、本作の最大の功績であり、魅力というべきでしょう。
 原典ではただただ物悲しく、納得のいかなかった宋江と李逵、呉用と花栄の最期が、これほど美しく描かれるとは……(そして李逵に泣かされるとは)


 私が絵巻水滸伝、いや正子公也の水滸伝に触れたのは(以前にも書いたかもしれませんが)、光栄のゲームの関連書籍である『水滸伝 天導一〇八星 好漢FILE』に掲載された、好漢たちのイラストによってでした。
 心の中で漠然とイメージを抱いていた好漢たちが、まさにそのままの姿で色鮮やかに飛び出してきたそのイラストの数々から受けた衝撃は、今でも忘れることはできません。

 この書籍の発売が1997年ですから、その衝撃を引きずって実に24年、四半世紀近く絵巻水滸伝を追いかけてきたわけですが、絵巻水滸伝ファンとして、水滸伝ファンとして全く悔いなし、と断言できます。
 第一部が新装版で20巻、第二部が招安篇5巻、遼国篇3巻、田虎王慶篇6巻、そしてこれから刊行される方臘篇が18巻予定と――実に全52巻となる本作。繰り返しになりますが、質・量ともに最高の水滸伝リライトとして、その名は残り続けると信じている次第です。

 そして、こればかりは原典に忠実な好漢たちのその後の描写を見れば難しいとはわかるものの、やはり生き残った好漢たち(特に二世世代)のその後の物語を見たい、という気持ちも強く強くあるのですが――まずは絵巻水滸伝、ここに大団円であります。


関連サイト
 公式サイト
 公式ブログ

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 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇1 帰ってきた最も面白い水滸伝!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇2 強敵襲来、宋国十節度使!
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 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4 立て好漢!! 明日なき総力戦!!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5 集え! 「梁山泊」の下に!

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2021.07.16

坂ノ睦『明治ココノコ』第2巻 尾をなくした九尾狐とニゴリモノの間にあるもの

 文明開化の明治を舞台に、物の怪の成れの果て・ニゴリモノと対決する特別警察隊に任命された(元)九尾狐のビャクを描く物語の続巻であります。所属は自分一人――いや正確には八本の尾の化身である狐たちもいるのですが――で、怪事件相手に孤軍奮闘しようとするビャクの運命は……

 既に物の怪が消え去った明治の帝都・東京。そこで引き起こされるこの世のものの仕業とも思えぬ事件に頭を悩ます川路大警視は、協力関係にある天狐から、一人の少年(?)を紹介されることになります。

 実は彼こそは、かつて天狐に封印された九尾狐。今は九本の尾のうち八本を失った彼は、尾を取り戻すためにやむなく警視庁ニゴリモノ対策課の邏卒隊に加わることになったのであります。
 そして元の姿に戻るまでは白(ビャク)と名乗ることを宣言した九尾狐ですが――何と失われた八本の尾は、それぞれ独立した妖狐として生まれ変わっていて……


 と、ニゴリモノ退治以外に、それぞれ自分の意思を持ってしまった尾の回収という難題まで背負うことになってしまったビャク。何しろ彼らはビャクに心服しない限りは元に戻ることはなく――そして彼ら一人ひとりが持っている能力は、力の多くを失ったビャクにとっては貴重な戦力なのですから、まことにややこしい状況であります。

 第1巻の時点では
・相手の動きをコピーする金(キン)
・眼を合わせた相手を幻術にかける銀(ギン)
・言葉も話せず何の能力があるかもわからない赤(シャク)
・草木を自在に操る緑(ロク)
・口にしたあらゆる物質の成り立ちや仕組みを知る事ができる黄(コウ)
と5人が登場し、さらにもう一人、ビャクに強い敵意を燃やす謎の妖狐・黒(コク)が登場したのですが――この第2巻においては、残る2人がついに登場することになります。


 日暮れ刻にある路地を通ると、あるはずのない屋敷が現れ、そこに魅入られて吸い込まれた人間は、二度と戻ってこない――偶然町で知り合った山出しの少女がこの屋敷に引きずり込まれたことを知ったビャク。
 しかしこの屋敷に入れるのは人間のみであり、妖は近づくことすらできなかったことから、ビャクはやむなくロクとコウが作った人化薬で人間となって向かうことになります。

 呪術を得意とするヤンデレ妖狐・青(セイ)から三枚の札を手に入れたビャクですが、しかし彼は、尾たちを連れていくのではなく、単身で踏み込むことを選びます。それも、尾たちは自分の同胞ではなく、天狐が自分の尾にかけた「呪い」と言い放った上で。


 本作において、ビャクが挑むこととなるニゴリモノ。それは人々に忘れ去られて、かつての名と姿を失った妖たちであります。
 そんなニゴリモノたちを、ビャクは妖の風上にも置けぬ存在と徹底的に嫌悪し、叩き潰そうとするのですが――さて、そのニゴリモノと、本来の力を失い名も変えたビャクと、どれほどの違いがあるのでしょうか?

 もし違いがあるとすれば、ビャクは己がかつて何者であったかという自覚は失っていないという点ですが――しかしかつての自分の一部であった尾たちに自ら背を向け、ただ一人のビャクとなった彼は、本当にかつての九尾狐と同一の存在、いやそれ以前に一人前の妖といえるのか? だとすれば彼もまた、ニゴリモノと大差ない存在なのではないか?
 このエピソードにおいては、そんな厳しい問いかけがビャクに対して行われることになります。そしてそれに対するビャクの答えは、ある意味意外とも、納得とも言えるのですが、それが正しいかといえば……


 というわけで、本作ならではの物語が展開されるこの巻ですが、しかしこの辺りは完全に妖の世界の話であって――今回もニゴリモノによってビジュアル的にも人数的にも洒落にならない被害が出ているだけに――事件解決しても単純に「どんどはれ」という気分にはなれませんし、ビャクはともかく、ニゴリモノにも相変わらず感情移入は難しいところであります。

 この巻のラストでは、コクが協力するニゴリモノを操る謎の怪人によって、浅草十二階を思わせる、しかし遥かに禍々しい楼閣が誕生するという新たな事件が描かれますが――さてそこでこれまでの印象を覆すような物語が描かれることになるのか、注視するしたいと思います。


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2021.07.15

『神遊び』(清水朔 集英社文庫)の解説を担当いたしました

 本日発売の『神遊び』(清水朔 集英社文庫)の解説を担当いたしました。『奇譚蒐集録』の作者のデビュー作――祭りの夜に禁断の遊び「神遊び」に手を出した者たちの運命を描く表題作(2001年度のノベル大賞・読者大賞受賞作)をはじめ、全四編を収録した怪異譚であります。

 同窓会に出席するため、七年ぶりに故郷の上山村を訪れた俊介。祭りの準備も忙しい村の分校で久々にかつての仲間たち三人と再会する俊介ですが、彼らと今はここにいない明を加えた五人は、七年前の祭りの夜、村に伝わる「神遊び」を行ったという過去があったのです。

 祭りの晩に、十二歳の五人組で神輿よりも先に旅所(神輿が休憩する社)にたどり着いて、自分の大切なものを備えて願い事をすれば叶う――そんなルールのある神遊び。しかしその遊びには、同時に怖いものに遭うという噂もあったのです。
 そんな神遊びをほんの好奇心から行った俊介たちですが、しかしある出来心から明は帰らぬ人となったのでした。

 その痛みを抱えながら、明を偲ぶ俊介たちですが、しかしそこに意外な知らせが知らせが入ります。そしてかつての悲劇を繰り返させないため、俊介たちは再び神遊びの道を辿ることに……


 そんな表題作をはじめとして、本作は神遊びを軸に繋がった四編の物語から構成されています。
 かつて神遊びを行った過去を持つ女子大生が、人生最悪の日の締めくくりに、悪夢めいた出来事に遭遇する「空蝉」
 時代は遡って太平洋戦争以前の上山村で、山人からルールを教わり、神遊びを復活させてしまった少女たちの姿を描く「カタシロ」
 そして現代を舞台に、その後の上山村の姿とある真実が語られる「神送り」

 本書の元版は、「神遊び」「空蝉」「カタシロ」の三編を収録して2003年に集英社コバルト文庫で刊行されましたが、今回はそれに「神送り」を書き下ろして実に18年ぶりに刊行された、いわば完全版というべき一冊となっています。


 さて、ここでお気づきの方も多いとは思いますが、本書はいわゆるホラーに分類される作品ではありますが、時代ものではありません(「カタシロ」は、私の定義では時代ものに入るのですが、まあ)。
 それでも私が解説を担当させていただくことになったのは、これはこれまでに私が書いたものを信頼いただけたということかと思いますが――同時に、好きな作家、大正民俗伝奇ミステリ『奇譚蒐集録』シリーズの作者のデビュー作の解説を書くというまたとない機会に、私が大喜びしたというのも確かなところであります。

 しかしそんな事情はともかく、本書が純粋に面白く、内容豊かな作品であることは間違いありません。
 本書で描かれているのは、誰の心にもあるノスタルジックな記憶をかき立てる怪異譚や、過去の後悔との対峙であると同時に、それを乗り越えようとする人の心の力であり――それは幅広い読者層に届くポテンシャルを持つ物語であると感じます。そしてそこにあるものは恐怖だけでなく、どこか暖かさや爽やかさを感じさせるものでもあるのです。

 そして『奇譚蒐集録』ファンには、風習というものを物語る際のアプローチや、意外なところで展開される伝奇的趣向、あるいは人物配置などの点で、本作との共通点を見つけられるのではないか――そう感じます。


 と、あまり色々と書いてしまうと解説をご覧いただく必要がなくなってしまいかねないので、この辺といたしましょう。
 ――いや解説はさておき、ぜひ作品そのものをご覧いただき、作者の原点と、その豊かな物語世界を確かめていただきたいと思います。

 どうぞよろしくお願いします。


『神遊び』(清水朔 集英社文庫) Amazon

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2021.07.14

藤田かくじ『徳川の猿』第4巻 総登場大天狗 猿、最後の戦い!

 将軍家斉の時代、徳川の世を揺るがさんとする太郎坊率いるテロ集団・天狗に挑む特殊部隊・猿の死闘を描くバイオレンス格闘アクションの完結巻であります。ついに明らかになった天狗の本拠とその真の目的。これを阻むために突入した猿の精鋭たちと、大天狗たちとの最後の戦いが繰り広げられます。

 江戸城大奥での死闘の末、自らの仇の一人にして大天狗の一人・相模坊こと日啓を討った月。一方、鈴の前には、かつて姉弟同然に育った許婚・不動が、次郎坊を名乗り現れることになります。
 その事実に大きな衝撃を受けながらも、月の助言で立ち上がり、自分の本当の実力を発揮した鈴。一方、天狗の後ろ盾となっていた大物の正体を知った黄金は、事の大きさから、猿のみにて対処することを命じられるのでした。

 数で勝る天狗たちに勝つには、少数精鋭しかないと覚悟を決めて集う猿のメンバーたと。折しも天狗たちは、法印坊ことモリアーティが開発した「飛ぶ船」による江戸襲撃目前、かくてここに江戸の命運を賭け、猿と天狗、最終決戦が繰り広げられることに……


 というわけで、ほとんど丸々一冊かけて、最終決戦が描かれるこの第4巻。天狗の後ろ盾であった豊前坊の正体は時代設定を考えれば予想がつきましたが、確かに大物中の大物であって、そうそう簡単に幕府が兵力を動かすわけにはいかないという設定も納得であります。

 そして始まる猿と大天狗の大決戦ですが――これまで半数ほどが未登場だった十二大天狗もなんと一気に総登場、それぞれが因縁の相手、あるいは似合いの相手と激突することになります。
(特に何故か「風雲・獅子丸」と改名した獅子丸は、隻眼の虎っぽい衣装の男・『霞返し』の僧正坊と激突することに……)

 因縁といえばもちろん鈴の相手は次郎坊こと不動――そして月の相手は、ラッフルズが送り込んだ最強の戦士「うつろ舟の女」。特にうつろ舟の女は、以前江戸城で三人の猿をあっさりと倒した実力の持ち主ですが、それ以前に、かつて月を完膚なきまでに叩き潰し、無惨な境遇に堕ちるきっかけとなった最強最大の敵であります。
 この強敵たちを向こうに回し、鈴は、月は勝利を収めることができるのか。そして天狗の頂点に座する太郎坊との対決の行方は――決戦に相応しい盛り上がりであります。


 もっとも、上で触れたとおり、大天狗の半数は初登場、その他の天狗も顔見せレベルの者が多く、ほぼ納得のいく顔合わせではあったものの、初対面同士の戦いも少なくなかったのは(獅子丸のような前世(?)からの因縁を除けば)残念ではあります。
 特に大天狗の大半が、本作の特徴の一つであった一種のクロスオーバーや、「実在」の(それも海の向こうからの)人物を思わせるものであっただけに、決戦に至るまでのシークエンスをじっくり見たかった、という気持ちは強くあります。

 とはいえ、月とうつろ舟の女との決戦は、ある意味実に本作らしい壮絶かつ――正直なところ、本作の女性同士の容赦ないバイオレンスが苦手だった自分のような人間にとっても――一種の痛快さすら感じさせるものであり、ページ数は多くないものの、納得の決着でありました。
 そしてまた、そのうつろ舟の女の正体、そして何よりもラストに明かされるある人物の正体は、一ひねりあるとともに、様々な理由で戦ってきた(戦いを選んだ、あるいは戦わされてきた)女性を描いてきた本作らしいものがあったと感じます。
(大天狗の登場確認のために最初から通しで読み返したのですが、早期から伏線が描かれていたのですね)


 もちろん、そうはいってもこの第4巻の展開・キャラクター描写が駆け足だったのは否めません(また、個人的には、描かれる技が基本的に現代の格闘技のそれに見えてしまうのも、最後まで気になったところでした)。
 その辺り、大いに惜しいところではありますが、最低限描くべきものは描いた結末であることは間違いないかと思います。


『徳川の猿』第4巻(藤田かくじ 双葉社アクションコミックス) Amazon

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2021.07.13

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第6巻・第7巻 セスタス、ドサ回りの巡業へ……

 アニメ放送は先月終了したセスタスですが、そちらの紹介で何度も述べたとおり、アニメでは原作のかなりのエピソードが省略されています。今回紹介するのはそのうち原作の第6巻・第7巻――ドリスコ拳闘団に加わったセスタスが、各地の拳闘興行において繰り広げる戦いが描かれることとなります。

 ヴァレンス拳闘士養成所の崩壊と、それに巻き込まれて婚約者を失ったルスカとの友情の終わり――そして自分を買ったネロの寄せる過剰な想いを受け止めかね、再び拳奴となることを選んだセスタス。

 その結果ドリスコ拳闘団に買われた彼は、ローマを離れ、各地で拳闘興行に出場することになります。
 というわけで、ここで描かれるのは、いわばセスタスのドサ回り。これまでローマの闘技場で戦っていたセスタスが、各地で思いもよらぬ相手と対峙することになります。

 まず6巻の舞台となるのは、かつて奴隷たちが蜂起して帝国を揺るがした奴隷戦争勃発の地・カプア。そしてそこでセスタスが対決するのは職業拳闘士のオルレンテス――セスタスとは対照的に強面で恵まれた体格の、そしてザファル曰く「古式ゆかしい典型的な拳闘士」です。
 要はその体格で強引に正面から殴り勝つタイプですが――こうした対象的な相手こそ、セスタスが乗り越えるべき壁であります。そして試合の方は、相手の攻撃をかいくぐって常に死角に位置を占め、三半規管を的確に狙った打撃で見事快勝!

 が――ここで待ち受けていたのは何と二連戦。闘技場に伝わる陰惨な伝説が形を成したような異形の存在・カプアの黒猿との対決が待ち受けていたのであります。
 同じザファルの弟子三人を前座代わりにけしかけ、その上で話題作りのためにセスタスを戦わせるというドリスコの悪辣な仕掛けに憤りつつも戦うしかないセスタス。しかし相手の卑怯かつラフファイトに大苦戦することになります。ここでパニックに陥ったセスタスが見せたのは――ブチ切れての大暴走。

 あの大人しいセスタスが、突如ヤンキーのような言動で大暴れ、黒猿をボッコボコにして逆転勝利を飾るのですが――しかし緒戦とは正反対の、単なる喧嘩のようなファイトにザファルは激怒、何とも苦いものを残して、カプアでの戦いは終わることになります。

 ちなみにここで試合以外に注目は、ザファルが過去の彼を知り、目的としてきたというラドックに対して、セスタスを「俺の負債」「自由へ導く責任がある」と語るくだり。今なお謎に包まれたセスタスの出自とザファルの過去として、貴重なシーンであります。


 一方、第7巻では帝国屈指の貿易港・ネアポリス(現ナポリ)が舞台となります。この街で開催される剣闘試合の前座に参加することになったセスタスは、それまで荷運びをすること(辛い奴隷の現実……)になり、埠頭の奴隷頭・クァルダンと知り合うのでした。
 ザファルと同郷のヌミディア出身であり、気さくな中年男性であるクァルダンに、親近感を抱くセスタス。クァルダンも故郷に残してきた息子と同年代のセスタスを何くれとなく面倒を見るのですが――実はそのクァルダンこそが次の対戦相手だったのであります。

 自分と変わらぬ小柄な体格ながら強烈なパンチを持ち、そして逆構えのクァルダンに、セスタスは苦戦を強いられるのですが……
 と、どこか谷口ジローチックな風貌のクァルダンをもう一人の主人公として描かれるネアポリス編。人間臭いクァルダンの存在が、しみじみと辛い物語を浮き彫りにするのですが――ここでは同時に、それと対極の存在が描かれることになります。

 それが剣闘試合に招かれた流浪の職業剣闘士集団・剣闘結社「ケルベロス」――殺戮を見世物とする不敗の怪物たちであります。
 それぞれが神話の神々や怪物を名乗り、殺人のプロとして強烈な存在感を放つ覆面の剣闘士四人。彼らはクァルダンとは同じ世界の存在とは到底思えないのですが――本作は時々こういう実に「漫画的」存在を投入してくるのが面白い――結末に至り、この両者が意外な形で交錯することで、なおさら物語の苦味が際立つのです。

 この巻以降、今に至るまで再登場はないケルベロスですが、読者人気が高いだけに、おそらくいつかまた登場するのでしょう。といっても展開的にいつ出られることか……


『拳闘暗黒伝セスタス』(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) 第6巻 Amazon/ 第7巻 Amazon

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『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」
『セスタス The Roman Fighter』 第2話「異種格闘」
『セスタス The Roman Fighter』 第3話「拳闘の犬たち」
『セスタス The Roman Fighter』 第4話「明日への生還」/第5話「希望の在り処」
『セスタス The Roman Fighter』 第6話「女神との決別」
『セスタス The Roman Fighter』 第7話「檻のなかの叫び」
『セスタス The Roman Fighter』 第8話「開眼」
『セスタス The Roman Fighter』 第9話「幸運な男」
『セスタス The Roman Fighter』 第10話「静かなる布石」
『セスタス The Roman Fighter』 第11話「新たなる戦場」

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2021.07.12

『長安二十四時』 第4話「午の刻 窮地の靖安司」

 トゥガルの遺した言葉から狼衛の目的が長安に火を放つことだと察し、牢から釈放されるや都中の油坊を調べるよう命じる小敬。皇室への調査で靖安司に累が及ぶことを恐れる何執正だが、そこに龍武軍と右驍衛の兵が押しかけ、靖安司の権限を奪おうとする。辛うじて一刻の猶予を得た李必と小敬だが……

 またもやアバンに登場する狼衛ですが、ここで以前名前だけ登場した右刹なる人物が登場。波斯僧の格好をしたこの人物は完全に曹破延より立場が上の存在で、靖安司に目をつけられた曹破延を、制裁として髪剃りの刑に処すのでした。どうやら元々の作戦は、王宋汜将軍の娘を誘拐して将軍を操り、狼衛の故郷を奪った大食を討たせるという、想像以上に壮大なもののようですが、ここに如何にチェラホトが絡むのか……
 しかし敵ボスかと思いきやいきなり小物に格下げされた曹破延も、色々と屈託を抱えているようで、この先が気になります。

 さて、そのチェラホトの正体が放火であると看破した小敬は(何執正が懐遠坊の大司儀と交渉成功したこともあって)牢から出されるや否や李必らにそれを訴えかけます。これを一笑に付したりせず、ただちに分析にかかるのが靖安司の良いところですが、さて判明したのは長安が想像以上に火に弱いこと。しかも今日は灯籠というそもそも火を扱うものが所狭しと並ぶ上に、人手で大混雑――その被害はどこまで広がるかわからない、恐ろしいテロであります。そして完全にその場の主導権を握って油の流通を調べさせる小敬ですが――都の内外で不審な動きはありません。調べられなかった皇帝の油坊以外は。
 そちらも調べさせようとする小敬ですが、さすがにそれは難色を示す李必。もちろん小敬は怒りますが、何執正はいま靖安司を潰すわけにはいかないこと、李必が今の太子の味方になれる唯一の人物であることを語ります。が、さすがに何執正はぶん殴らないものの、お上の政治の話に振り回される小敬は不満顔であります。

 しかしここで本当に政治的な大アクシデントが発生。右相配下の右驍衛、そして皇帝の近衛である龍武軍が靖安司に兵を連れて乗り込んで来るや、狼衞を取り逃がしたことに難癖をつけ、捜査の権限をよこせと言い出したのであります。ここで一団を率いる龍武軍の陳玄礼将軍がまた見るからに無能っぽいビジュアルで、靖安司のデータ担当・徐賓が、地味な嫌がらせで次々と暗唱する、龍武軍の過去の失敗も納得です。
 とはいえ、これは単なる横やりではなく、右相が帝を動かしての命令であります。しかも、止めに入った何執正に対しても、以前出していた隠居願いを悪用して、今日この場で隠居を認めるという詔まで用意しているという周到さであります。これにはさすがの何執正も逆らえず、一刻の間に手がかりを得たら靖安司から手を引くというという譲歩を辛うじて相手から引き出して、寂しく靖安司から去るのでした。

 というわけで政治的な後ろ盾を失い、丸裸になってしまった靖安司。李必の方も、右相の不正告発のために押さえていた証人を殺された上に証拠を奪われ、大打撃なのですが坊しかしそれでも屈しません。こちらも腹が減っては戦はできぬと、屈せずに大飯を食らっている小敬に対し、飯代代わりに働けと気の利いたことを言うのですが――もし自分に何かあったら、お前が靖安司を率いろと告げる辺り、本気度と小敬へのある種の信頼感がうかがわれます。
 そんなところに飛び込んできたのは、懐遠坊の戸籍の調査に当たっていた姚汝能からの急報。姚汝能は小敬が捕らえられた時に言い残した言葉通り、祠に寄付した住人と戸籍を突き合わせ、不審者を調べていたのですが――油の調査の時も前面に立って動いていたし、何気に真面目で有能です。

 それはともかく、判明したのは、龍波なる人物が戸籍を偽っているらしいという疑惑。二ヶ月前から姿が見えないという龍波の家を捜索してみれば、薩珊(サーサーン朝)の金貨がざっくざく。さらに「思恩客」「平康坊」と裏表に書かれた札を発見したというのですが……


 というわけで、前回は小敬が政治のおかげでいきなり足を引っ張られたと思えば、今回はサブタイトル通り靖安司自体が大ピンチになるという展開。まだ第4話だというのにこんな状態で、この先大丈夫なのか……
 そして文字通りのリタイアとなった何執正ですが、疑おうと思えばこの人も色々疑わしいような気もします。慎重を期しているといいつつ、随所で捜査の足を引っ張ってませんか? 大丈夫?


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2021.07.11

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 もう7月に入り、何だかんだでもうすぐお祭り騒ぎが始まりますが、インドア派としてはこの暑い時期は屋内で読書に勤しみたい――というわけで気になるのは来月の新刊です。そこで8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 といっても来月はちょっと少なめの印象。文庫新刊では、まず必見は快調シリーズ"愛3弾の『元禄八犬伝 3 歯噛みする門左衛門』(田中啓文 集英社文庫)。そして今ではなんだかずいぶん懐かしい印象の妖怪時代小説『あやかし長屋 嫁は猫又』(神楽坂淳 講談社文庫)も気になります。

 妖怪時代小説といえば、最後の招き猫文庫というべき『にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帖』(あさのあつこ)が祥伝社文庫から復刊。
 その他文庫化・復刊では、漫画版第1巻も同月発売の『Cocoon 5 瑠璃の浄土』(夏原エヰジ 講談社文庫)、おそらく『見返り検校』改題の『仇討検校』(乾緑郎 新潮文庫)のほか、『若さま同心徳川竜之助 5 秘剣封印』〈新装版〉(風野真知雄 双葉文庫)、『信長、天が誅する』(天野純希 幻冬舎時代小説文庫)、『信長、天を堕とす』(木下昌輝 幻冬舎時代小説文庫)、『開化鉄道探偵 第一〇二列車の謎』(山本巧次 創元推理文庫)あたりが要チェックでしょうか。


 一方漫画の方では、まず気になるのは『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第2巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス)と『逃げ上手の若君』第2巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)の異色作の続刊二冊と、『猫奥』第3巻(山村東 講談社モーニングKC)。

 その他気になるのは、『何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが!?』第3巻(藤本ケンシ&井出圭亮 講談社ヤンマガKCスペシャル)、『ZINGNIZE』第6巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス)、『啄木鳥探偵處』第2巻(南晋也&伊井圭ほか 講談社ヤンマガKCスペシャル)でしょうか。
 また中国ものでは、『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第20巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)、水滸伝ファン必見の『爆宴』第4巻(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスKC)が登場です。


 ちょっと、というよりだいぶ少なかったかもしれないですね来月は……


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2021.07.10

みもり『しゃばけ』第3巻 連続殺人と若だんなの人生と 急加速する二つの「本筋」

 ついにシリーズ20周年を迎えた『しゃばけ』。その記念すべきシリーズ第1作の漫画版、第3巻であります。長崎屋にまで乗り込んできて若だんなを襲った人殺しの下手人は捕らえられたものの、なおも続く奇怪な殺人。さらに若だんなが抱える秘密の存在も明らかになり、物語は急展開を迎えます。

 ある晩、家を抜け出して外に出た帰りに、凄惨な人殺しを目撃してしまった長崎屋の若だんな・一太郎。その場は何とか逃れた若だんなですが、ある日長崎屋に不死の妙薬である木乃伊を売れと言って押しかけてきた男こそが、その下手人だったのであります。
 初めは互いに気付かずにいたところに、突然豹変して襲いかかる男。何とか男は取り押さえられ、騒動は収まったかに思われたのですが――しかしそれはまだ始まりに過ぎなかったのです。

 その時のショックから寝込んでいたはずの若だんなが店から姿を消し、それと時を同じくして、薬種屋の人間が犠牲となる殺人が発生。若だんなは無事だったものの、その後も次々と薬種屋の人間ばかりを狙う殺人が続くことになります。しかし奇怪なことに、一連の殺人は下手人がそれぞれ別――そのどれもが動機のない突発的な凶行であり、しかし下手人が皆、同じようなことを口走っていたのです。
 この奇怪な連続殺人の謎を解くべく考えを巡らせる若だんな。「犯人」の正体についてある考えに辿り着いた若だんなは、妖たちを集めて、協力を依頼するのですが……


 というわけで、前巻で下手人が捕らえられて解決したと思いきや、むしろ一気に加速した怪事件(いま第1巻を読んでみると、かなりのスローペースだったのでちょっとびっくり)。
 確かに、前巻で若だんなが考えをまとめるために挙げた疑問点が一つも解決していない状況ではありましたが――しかしこれ以上犯行は起きないと思われた状況から、さらなる殺人が、それも全く別々な人間が下手人となって起こされるというのは、なかなかに厭シチュエーションです。

 そしてその事件の真相自体は、妖怪時代小説ならではのものではあるのですが――しかしそれに対する若だんなの(上で挙げた疑問点のリストアップを踏まえた)推理手法は、まさにミステリとしてのものであります。
 『しゃばけ』というシリーズの魅力の一つは、間違いなく特殊ミステリとしての面白さにあるのですが、それはこの第一作の時点で明確であるといえるでしょう。


 しかし『しゃばけ』の魅力はそれだけではありません。賑やかな妖たち、巧みなミステリ味に加えてもう一つ、人間の心の機微を捉えた――それもどこか苦い味わいの人間ドラマもまた、シリーズに欠かせない要素であります。

 そしてこの巻においては、その部分も大きくクローズアップされることになります。若だんなが物語冒頭に見せた不審な行動――あれだけ病弱にもかかわらず、兄やたちの目を盗んでの夜の外出――の理由が、ここで明らかになるのです。
 そこで語られるのは、物語の「本筋」である殺人事件とは全く関係ない(ように見える)、しかし若だんなの人生の「本筋」においてはるかに重い意味を持つものであり、同時に長崎屋の暗部とも言うべきもの。そして程度の差こそあれ、この時代の商家であれば幾らでもありそうな、そんな現実なのであります。

 殺人事件の謎解きよりも遥かに厳しい現実の問題。この漫画版の作画は、繊細な、時に可愛らしさすら感じさせる絵柄ですが、それだからこそ、その問題に直面した若だんなの微妙な心の揺れが伝わってくるように感じられます。


 さて、二つの「本筋」が急加速し、一気に終幕に近付いてきた感のある本作。それぞれの謎と問題を解決する術はあるのか、そしてその両者が交わることはあるのか――次巻クライマックスであります。


『しゃばけ』第3巻(みもり&畠中恵 新潮社バンチコミックス) Amazon

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2021.07.09

松井優征『逃げ上手の若君』第1巻 変化球にして「らしさ」溢れる南北朝絵巻始まる

 北条時行が主人公という意表をついた設定で話題を集めた、週刊少年ジャンプ連載漫画の第1巻が刊行されました。鎌倉幕府最後の執権の子にして、長らく足利尊氏らに挑み続けた不屈の人を「逃げ上手」という切り口で描いた、極めてユニークな設定の物語であります。

 鎌倉幕府執権にして北条家得宗・高時の継子でありながら、武芸にも学問にも興味を示さず、そこから逃げることにのみ血道を上げてきた少年・時行。
 しかし1333年、足利高氏(尊氏)の挙兵によりわずか二十四日間で鎌倉幕府は滅亡、父・高時をはじめとする一族郎党も全て命を落とし、時行はただ一人残されることになります。

 あまりの運命の変転に呆然とする時行の前に現れたのは、未来が見えると称する信濃国の神官・諏訪頼重。高時から時行を逃がすよう託されたという頼重は、時行の逃げ足を生存本能の表れであると嘉し、高氏を討つために協力すると語るのでした。
 そして頼重によって信濃に誘われた時行は、鎌倉を取り戻すための戦いを始めることになるのですが……


 歴史ものの紹介をする時に悩むのは、まだ作中で明かされていない史実をどこまで書いてよいか――という点であります。それも、誰もがその生涯について知っているようなメジャーな人物であればともかく、歴史の教科書においては一行で済まされてしまうような人物についてであれば、なおさらです。
 そして本作の主人公・北条時行は、(作中でも言及されているように)まさにそんな人物。この時代に興味がある人間であれば知っているけれども、そうでなければ絶対知らない。しかし、それなりに歴史に影響を与えている(足跡を残している)――そんな絶妙にマイナーな人物をチョイスしたセンスには、やはり唸らされます。

 そしてそのチョイスの妙に留まらず、いわゆる「(鎌倉)武士」的キャラクターとして時行を造形するのではなく、むしろその逆――命を惜しみ、逃げて逃げて生き延びることにその能力が特化されているというのが面白い。
 そんな時行の設定は、歴史もの・戦記ものの主人公の、ある種アンチテーゼ的に感じられますが――しかし歴史を、特にこの頃の日本の歴史を眺めてみると、「逃げる」ことも立派に武士・戦士の能力の一つという感もあります。

 南北朝時代の武士や貴族を見ていると――もちろん潔い人物はいるものの――むしろ捲土重来を期してしぶとく生き延びるという人物が散見されるわけで、そのしぶとさ・しつこさは、ある意味この時代の特徴のように感じられます。(これはそのうち作中で触れる気もしますが、そんな時行の対極に位置付けられる尊氏も、史実で逃げる時は見事に逃げているので……)
 変化球のようでいて、そんな「らしさ」を表現しているのは、これは周到な計算の上ではないか――そんな印象すら受けるのです。


 ただ、少なくともこの第1巻の時点では五大院宗繁や小笠原貞宗といった敵キャラが、いかにも悪人然(あるいは変態然)といったデザインなのは、どうにも類型的に感じられて、いささかひっかかったところではあります。
 特に五大院のような普通に描くだけで悪役になってしまう人物はともかく、実在の人物が登場する物語で、主人公の敵方をあからさまに悪人や変態、品性下劣な人間として描くのは、ある意味定番とはいえ、やはり違和感がある――というのが正直なところです。
(この時代は扱いが難しい人物が多いだけになおさら……)

 また、敵方がそのような形であるにせよ個性的である一方で、味方側のキャラクターが、個性の塊のような頼重(諏訪という土地と諏訪家という家門の特異性が随所に描かれるのも面白い)を除けば、今ひとつ魅力に乏しいのもまた残念なところですが――こちらはこれから描かれていくのでしょう。

 本作は二ヶ月連続刊行とのこと、それだけ力を入れていることが感じられますが――続く第2巻で何が描かれるのか、注視したいと思います。


 それにしても単行本のおまけページのカードゲーム調のキャラクター紹介で、南北朝適性として「蛮性・忠義・混沌・革新・逃隠」というパラメータがあるのは、これはなるほどなあ、と感心した次第。
 いや確かに南北朝の人物ってこんな感じです。


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2021.07.08

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第6巻 見よ、金の亡者の覚悟と矜持!

 小樽での劍客兵器との対決もいよいよ佳境、この巻では阿爛と雅桐倫倶こと武田観柳の師弟コンビが死闘(?)に挑むことになります。金が全ての観柳の秘めたる矜持とは、そして戦いの行方は……。そして札幌では元新選組コンビの戦いも始まり、いよいよ戦いは熾烈を極めることとなるのであります。

 小樽での劍客兵器の実検戦闘――刀剣や拳銃を大量に流通させて治安を悪化させるという企てを阻むため奔走する剣心・左之助と明日郎・阿爛・旭。その最中、謎の武器商人・雅桐倫倶を捕らえた剣心たちは、その正体が、かつて東京で対決した武田観柳であることを知ることになります。
 しかし観柳も劍客兵器に利用された身。自分の新たなブランドである「雅桐紋」を利用されたことを怒る観柳は、金儲けに興味を示す阿爛を弟子扱いし、独自の動きを見せることになります。

 その最中に襲撃してきた斧號・於野冨鷹相手に激闘を繰り広げ、旭の援護を受けつつも成長の度合いを見せつけて快勝した左之助。しかし観柳と阿爛は、記號・本多雨読と対峙し、窮地に陥ることに……

 というわけで、観柳&阿爛vs雨読という異次元対決が繰り広げられるこの巻。鋭く研ぎ澄まされた本のページを飛ばす戦型・書・裏・剣に苦戦を強いられる二人――というより、本作においては戦闘力ゼロに等しいこの二人に戦いようはあるのか!?
 ……と思いきや、やっぱり大苦戦するのですが、ここで救援にかけつけた剣心を前に、観柳が最高に格好悪い、そして最高に格好良い姿を見せることになります。

 前巻でも触れられましたが、「力」と呼べるものを何一つ持たずに生まれて来た人間でありながら――いやそれだからこそ、這い上がるために金という力を求めた観柳。
 結局はその果てに道を踏み外した観柳ではありますが、しかしそんな金の亡者の彼であっても、そんな彼だからこそ、劍客兵器のような悪党にも、剣心のようなヒーローにも、決して譲れないものがある――ここで描かれるのは、そんな観柳の覚悟であり矜持なのであります。

 そしてそんな観柳の凄まじい姿に触発された阿爛も覚悟を見せ、そこから始まる二人の大攻勢(唖然としている剣心がやけに可笑しい)は、痛快としか言いようがありません。

 前作では、正直なところ単なる悪党に過ぎなかった観柳を、その行動原理の根底まで問い直して再生させる。そしてそこに三人組の中で今ひとつ目立てていなかった阿爛の成長譚を絡めてみせる……(さらにいえば、体力的には問題のある剣心を違和感なく休ませる)
 そんな作者の名人芸にはただただ唸らされるのです。

 いや、観柳、偏愛が過ぎるだろうというツッコミはあるにしても……


 さて、大波乱の小樽編は終結し、函館に再び不穏な動きが見える中、この巻のラストでは、札幌で、齋藤一&永倉新八&三島栄次の新選組生き残り+1が、新たな実検戦闘に挑むことになります。
 「斬奸」を掲げて明治政府の役人たちを次々と暗殺していく敵。ある意味、幕末の維新志士的な行動を取る彼らに――そしてその元維新志士たちである役人の下で――元新選組の二人が戦うというのは皮肉ですが、それを大して気にしていないのもまた、実にこの二人らしいと感じます。

 そしてこのエピソードでは、どうやら新選組に強い憧れを抱く栄次の視点から新選組という存在が捉え直されるのではないかと予想できますが――「札幌新選組哀歌」とサブタイトルが付けられているところを見ると、あるいはこの二人以外にも新選組関係者が登場するのかもしれません。

 エピソードの冒頭で二人と対峙している二刀流の部隊将・雹辺双との対決の行方も含め、まだまだこの先も気になる物語なのであります。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第6巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon


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2021.07.07

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 2』 名探偵対怪盗対超人対怪物団対怪物探偵

 怪物たちや怪人・名探偵が「実在」する世界を舞台に、鳥籠使い一行――怪物専門の探偵と半人半鬼の青年、クールなメイドが怪事件に挑むシリーズの第2弾であります。ドワーフの秘宝を狙うルパンに、ホームズと共に挑むことになった鳥籠使い一行。さらに奇怪な敵たちが加わり、五つ巴の大乱戦に……

 19世紀末、首から下の肉体を奪われ、鳥籠に収めた首だけとなった「不死」の美少女(齢約千歳)輪堂鴉夜と、何者かに「鬼」の血を注入され、半人半鬼と化したお調子者の青年・真打津軽。
 自分の首から下を奪った謎の老人を追い、お抱えのクールなメイド・馳井静句と三人で欧州に渡り、怪物専門の探偵「鳥籠使い」として活動していた鴉夜は、ロンドンで新たな依頼を受けることになります。

 かつて「八十日間世界一周」を成し遂げた大富豪フィリアス・フォッグ。彼の元にある人工ダイヤ「最後から二番目の夜」――14世紀に人狼に滅ぼされたドワーフ族が造り出し、同じく造り出した純銀製の金庫に収められたその秘宝を盗み出すと、あの怪盗紳士ルパンが予告状を送りつけたのであります。
 これに対してフォッグ氏が対応を依頼したのが鳥籠使い一行と――かの名探偵シャーロック・ホームズ! 早速火花を散らす二人の名探偵(とその助手たち)。さらにそこにロイズ保険機構から諮問警備部の超人エージェント二名が派遣されることになります。

 一方ルパンの側は、パリのオペラ座から「盗み出した」オペラ座の怪人を配下に活動を開始。それぞれのチームが前哨戦で小競り合いを繰り広げた後、レストレードとガニマールも警備に加わり、秘宝争奪戦の幕が上がることに……


 というわけで、一冊丸々「最後から二番目の夜」争奪戦が描かれることとなる本作。そしてなんと言ってもその最大の魅力は、前作はプロローグと言わんばかりのオールスターキャスト、クロスオーバー全開の大混戦でしょう。
 何しろ、ドイルが、ルブランが、ヴェルヌが、ルルーが(名前だけ登場するルールタビーユもそうでしょう)、さらにはレ・ファニュが生み出したキャラクターたちが結集、それぞれ実にらしい形で活躍してくれるのですから、もうたまりません。

 もちろん、前作でも濃厚だったミステリ味は、本作でも健在であります。今回は謎解き(暗号解読もありますが)というよりも、一種のコンゲーム――秘宝とそれが収められた金庫の争奪戦という趣向なのですが、そこでの各陣営の頭脳戦が実に楽しいのです。
 そもそも金庫があるのは、フォッグ邸の地下室――三つの鍵で守られた巨大な鉄の扉の奥、小さな通気口以外は外に通じる道はないという密室。そこからダイヤル式の金庫に守られた秘宝を盗み出すという、ほとんど不可能としかいいようのない難事を、如何にルパンが成し遂げるのか、そしてホームズが、鴉夜が如何に阻むのか――その丁々発止のやり取りが、本作中盤の最大の見せ場なのです。

 楽しいのは、そのどれもが実にそのキャラクター「らしい」やり方であることで――ああ、ルパンならこうする、ホームズならやりかねないと思わされたところに鴉夜がまた「やられた!」としかいいようのない行動を見せてくれて、もうニヤニヤが止まりません。


 しかし、本作の魅力はそれだけにとどまりません。争奪戦がひとまず落ち着いたかに見えた頃――そこから始まるのは、頭脳戦ではなく肉弾戦。ルパン・ホームズ・鳥籠使い・ロイズに加えてもう一派、五つ巴になっての大バトルが展開するのであります。

 この戦いはほとんど能力バトルというべきものなのですが――これまた各キャラクターが「らしさ」を披露してくれるのが嬉しい。しかし能力バトルといってもルパンやホームズが? と思われるかもしれませんが、彼らもそれぞれの能力を――本作らしいアレンジで発揮、怪物たちの中でも一歩も引けを取らない活躍を見せてくれるのです。
 個人的に嬉しい驚きだったのはオペラ座の怪人で――ちょっとこの面子の中では(戦闘能力的に)一枚落ちるかなと思いきや、そう来たか! と納得の能力で活躍してくれるのには拍手喝采なのであります。

 そして素晴らしいのは、これだけのキャラクターを活躍させつつも、ほぼ誰一人として格を落としていないことで――その分、ロイズ勢が体のいいやられ役になっている感は否めませんが――この辺りも、クロスオーバーものとして、大きな愛を感じるところです。


 しかしフォッグ邸での対決は終わったものの、それは新たな戦いの始まりに過ぎません。次なる戦いは――第3巻に続きます。


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2021.07.06

鈴木ジュリエッタ『トリピタカ・トリニーク』第3巻 彼らが対峙する過去と屈託

 パワフルで真っ直ぐな少女・花果を主人公とする「西遊記」異伝もいよいよ佳境であります。師の肉体に宿った三蔵=李世民の身体を取り戻すため長安に辿り着いた花果たちが見た地獄。そこから人々を救い、長安を取り戻すため、花果と仲間たちは行動を開始するのですが……
(第2巻の重大なネタバレを含みます)

 ある日、花果が敬愛する師・玄奘の肉体を乗っ取った三蔵を名乗る男――実は李世民。自身も何者かに肉体を乗っ取られた三蔵を元に戻すため、花果は旅の途中に出会った冰夷・河伯の兄弟とともに長安に向かいます。
 意外にも一見平穏そのものの長安ですが、しかし宮殿は李世民の肉体を奪った謎の男・首羅が支配する妖魔たちが蠢く魔殿に。そして夜毎長安の人々は妖魔たちに虐殺され、朝になると時間を巻き戻されて復活していたのであります。

 長安最後の夜を幾度となく繰り返すことにより、毎日長安の民百万の魂を集め、それを生贄として人間界と冥界を繋ぐ門を造るという悪魔の所業――これを止め、長安を救うためには、長安に結界を張っている四隅の封印を破壊する必要があります。
 手分けして封印を破壊した四人は
、次いで首羅の秘密が隠されていると思しき宮廷の中心に建てられた鐘楼に向かうのですが――しかしその途中、自分が花果を利用し、切り捨ててしまうことを恐れて、三蔵は花果を置き去りにすることを決断します。そして首羅の不意打ちにより三蔵は他の二人と切り離され、冰夷は深手を負うことに……


 かくて、決戦を前にして切り離されてしまった四人。それぞれに首羅による妨害に直面する四人ですが、しかし直面するのはそれだけではありません。彼らは、己が抱えた劣等感や屈託、過去とも対峙することになるのです。

 たとえば河伯――花果に対しては傲岸に振る舞うものの、普段は才知に優れた兄・冰夷に依存しっぱなしで、挙げ句の果てに妖魔に兄から与えられた化血刀を奪われるなど、彼はこれまであまり良いところがないキャラクターとして描かれてきました。
 突厥出身であり、父が討たれた際に兄の機転で命を救われて以来、兄の判断に頼り切ってきたという過去を持つ河伯。しかしこの戦いの中で兄が深手を負い、彼は初めて兄を守り、自分の判断で戦うことを求められることになるのです。

 一方、三蔵=李世民は、ある意味河伯とは表裏の関係にあります。かつては皇太子である兄(李建成)を敬愛し、互いに志を一つとしながらも、隋末唐初の戦いの中で戦功を上げたために兄に敵視された李世民。その果てに兄に殺されかけた彼は逆に兄を討ち、父をも退けて、皇帝の座に就くことになります。
 そして唐の皇帝として最も効率的な道を突き進むうちに、人としての想いや感情を失っていった李世民。その果てに彼は首羅に身体を奪われることとなったのであります。

 そんな彼らが、この戦いの中で、己と他者の関係性――言い換えれば人としての自分のあり方を見つめ直していく姿は、コミカルな場面の多い本作においても、ハッとさせられるほど重くシリアスで、そして同時に大きく心に残るものであります。

 特に、印象に残るのは、その李世民に人間性を蘇らせるきっかけとなった花果が、それが故に彼女を利用し、傷つけることを恐れる李世民に対して答えた言葉でしょう。
 それは花果が年端もいかぬ少女――幼い彼女のみは、過去や屈託と関係なく、一直線に自分の目的に向かうことができる存在であります――だからこそかえって胸に迫る、ある意味本作のクライマックスというべきものなのであります。
(その一方で、冰夷を救うための河伯の選択は、あまりにも皮肉で、残酷なものというほかないのですが……)


 そしてもう一人――前巻で首羅を討つためにその懐に潜り込んだものの失敗した武官の青年・王仕亥は、首羅の妖術によって子豚の姿に変えられてしまったものの、なおも人の心を持って、自分なりの方法で、花果を助けることになります。

 かくて、三蔵・花果・河伯・王仕亥――何となく見覚えのある顔ぶれなったこの四人。彼らが如何にして首羅と決着をつけるのか、「西遊記」と如何に繋がることとなるのか――物語の結末は次の巻にて。


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2021.07.05

石川賢『海皇伝』 大海人、二つの動乱を股にかける

 鬼才・石川賢の作品には時代ものが数多く含まれていることは言うまでもありませんが、(日本の)古代ものは本作くらいではないでしょうか。7世紀を舞台に、倭国・高句麗・唐を股にかけて、若き漢王子=大海人皇子が冒険を繰り広げる伝奇アクションであります。

 厩戸皇子が崩じた後、王位を巡って田村皇子と山背大兄王をそれぞれ奉じ、激しい政争が繰り広げられる朝廷。そんな中、倭国に騒乱をもたらすべく渡来した唐の太宗の密偵・燗煬大は、中臣鎌足を殺してすり替わり、争いの種を撒くべく暗躍するのでした。

 そしてその燗煬大が目をつけたのは、強大な霊力を持つ宝皇女――漢王朝の血を引く高向王との間に一子・漢王子を儲けながらも、田村皇子に強引に奪われた彼女を女帝の座につけるべく、燗煬大はその障害となる漢王子を抹殺せんと企むのでした。
 蘇我馬子らを操り、高向王の一族を攻め滅ぼさんとする燗煬大。父と家臣たちの犠牲に救われ、宝皇女の霊力に守られた漢王子は、安住の地を求めて海を渡ることに……

 と、漢王子の少年時代を描くここまでがちょうど物語の前半部分。後半は、海を渡った彼が、高句麗で戦う姿が描かれます。
 父の一族を求めて流れ流れた末に、高句麗に辿り着いた漢王子。大海を渡ってやって来たことから大海人と呼ばれるようになった彼は、高句麗の淵蓋蘇文将軍の下に身を置き、迫る唐の太宗の軍と戦い続けていたのであります。

 しかし高句麗の王宮にまで間者を忍ばせてきた太宗は、ついに高句麗を滅ぼさんと百万の大軍を派遣。絶望的な状況に高句麗の人々の心も折れかける中、一人大海人のみは闘志を燃やし……


 宝皇女(のちの皇極・斉明天皇)の子でありながらも、日本書紀に一箇所名前が登場するのみの、幻の皇子である漢王子(漢皇子)。本作は、その幻の皇子=大海人皇子、すなわち後の天武天皇という設定で描かれる作品であります。
(ちなみにこの同一人物説自体は以前から存在するものですが、珍しい説であることは間違いありません)

 そして物語の背景となっているのは、7世紀の大和朝廷における王位継承を巡る争い――厩戸皇子や推古天皇の崩御から、大化の改新に至るまでの、ある意味最も朝廷が血生臭かった時代と、同時期の海の向こう、朝鮮半島における国々の興亡という、二つの動乱。
 この二つを、後に大化の改新を起こす大海人皇子と、大唐帝国を実質的に成立させた太宗(李世民)という同時代人を軸にして描いたのが、本作ならではのダイナミズムというべきでしょう。

 この辺りの史実との距離感・絡み方――言ってみれば歴史ものとしての細やかさ――は、まず間違いなく、本作には原作者が別にいるためと思われます。
 それによって、本作は作者の時代ものの中では異彩を放つものとなっているのですが、惜しむらくは物語にエンジンがかかるのが――主人公が主人公として暴れ始めるのが物語の後半である点でしょうか。

 上で述べたように本作の前半は主人公の少年時代が舞台ですが、この部分は史実をベースにした陰謀劇的な色彩が強く、随所で暗躍する燗煬大の存在が「らしさ」を示してはいるものの、物語のテンションという点では物足りないものがあります。
 その分、後半で歴史に残る高句麗と唐の激戦の中で大海人が暴れまわってくれるのですが、やはり少々食い足りなさは残るのです。

 そんな中であっても、日本に帰ってきた大海人の「私が…この国をつくる!!」という台詞がラストを〆るのは、これはある意味非常に作者の作品らしいところではあるのですが……


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2021.07.04

『長安二十四時』 第3話「午の正刻 遺された暗号」

 狼衛のトゥガルを追跡する張小敬だが、トゥガルは民を人質に取った末、逆上した民衆に殺されてしまう。そのまま靖安司の秘書監・何執正の突然の命で身分を剥奪され、牢に収監された小敬。そこで先の騒動に関わった書生・程参と出会った小敬は、二人でトゥガルが遺した言葉の謎解きにかかるが……

 前回ラストに意味ありげに登場した温室の花に水をやる老人――いかにも大物ムーブを見せる彼こそは、李必や太子たちの政敵である右相・林九郎でありました。アバンで側近たちを前に語る林九郎は、どう見ても本作の黒幕候補ですが……(何しろモデルが李林甫であるだけに)

 さて、地図商人を殺して逃げたトゥガルを追いかけた小敬ですが、相手が逃げ込んだのは異教徒(おそらくゾロアスター教徒)が住む懐遠坊。そこで懐遠坊の住人を人質にとったトゥガルですが、前回彼に馬を奪われた上に乗り潰された書生・程参が逆上して襲いかかった末に大混乱となり、トゥガルと人質にされた里正が死亡――さらにトゥガルの懐にあった地図は、そのどさくさで何者かに持ち去られることになります。
 それでもトゥガルから何か情報を聞き出そうとする小敬ですが、「黒い骨で転生の道を敷き、チェラホトが長安に降臨する」という譫言めいた言葉を聞き出せたのみ。そしてさらにそこで小敬に思わぬ横やりが入ることになります。

 それは突然の官職剥奪――すなわち、罪人の身分に彼を戻すという命令。小敬嫌いの軍人・崔器が嬉しそうに小敬を捕らえ、牢に連行するのですが――しかしここで崔器に味方せず、反抗的な目を向ける姚汝能は、前回行動を共にして、少しは小敬のことを認めたのかもしれません。
 そして李必の頭越しにその命を下したのは、靖安司の秘書監・何執正であります。「己の上司を殺し、熊火幇(流れ者集団と字幕には出ましたが、まあならず者集団なのでしょう)34人を殺した」という何執正、小敬が有名人なのか何執正が下々の事情に通じているのか、いずれにせよ死刑囚が狼衛捜索に加わっていることが、太子の不利になることを怖れたようですが――もう一つ、激昂した群衆から小敬を守るためにも見えるのが面白いところです。

 何はともあれ牢にブチ込まれた小敬が出会ったのは、先ほどの程参。口から先に生まれたようによく喋る程参に、食いつきそうな視線を向ける小敬ですが――程参が色々と知識を持っていそうなのを知り、先ほどのドゥガルの末期の言葉、特に「チェラホト」の謎解きを持ちかけます。
 前回も曹破延らが口にしていた「チェラホト」。小敬が知る異民族の言葉には出てこない言葉だというのですが――何ととんでもない博識だった程参は、「カリユガ」(末世)+「パハダラ」(火の難)=末世の火の難ではないかという推測を語るではありませんか。正直なところ、どうすればこの二つの言葉が出てくるのかわからないのですが、火の難というのは、何とも厭な予感がします。

 一方、靖安司では何執正と李必が何やら禅問答のような会話を悠長に続けていたのですが――そこに入ってきたのは、焦遂なる人物が狼衛に殺害されたという報。焦遂? あ、第1話で親切に曹破延を助けたお年寄りかぁと思えば、これが何と何執正の親友――どうやら第1話で何執正がベロベロに酔っていたのは、前夜彼と一緒に呑んでいたためのようですが、思わぬ悲劇に、何執正もガックリであります。
 しかし悪いことは重なるもので、その時靖安司に乗り込んできたのは懐遠坊の大司儀。懐遠坊で人死にが出たのは張小敬のせいだから引き渡せ、自分たちが裁くとねじ込んできた大司儀に応対する李必ですが、交渉は決裂――出るところに出てもいいんだぞと凄む大司儀に対し、靖安司は兵を出して身柄拘束とあわや一触即発のところに、威儀を正して現れたのは何執正であります。

 そもそもは長安に潜入した狼衛を追っての捜査であったこと、そして証拠品の地図が失われたのは懐遠坊の民が狼衛と結託したと言われても仕方ないこと――その事実を冷静に突きつけ、大司儀を黙らせる何執正。さすがの貫目ですが、その間も小敬は牢に入ったまま。彼の発見ははたして外に伝わるのか……


 というわけで、始動したと思ったら(それなりに理由はあるとはいえ)いきなり身内から足を引っ張られることとなった小敬。その分、靖安司と林九郎サイドの政治ドラマが描かれることとなりましたが、前回に比べると、溜めの回という印象は否めません。

 にしても単なる犠牲者かと思いきや、思わぬ素性があった焦遂。この辺りの繋がりの意外さには感心させられますが、焦遂とは、やはり飲中八仙の焦遂でしょうか。何執正のモデルらしい賀知章が飲中八仙の筆頭であることを考えれば、まず間違いないと思いますが――まさかこういう役割で使われるとは!


『長安二十四時』Blu-ray BOX1(TCエンタテインメント Blu-rayソフト) Amazon

関連記事
『長安二十四時』第1話 「巳の正刻 戦いの始まり」
『長安二十四時』 第2話「午の初刻 小敬、始動」

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2021.07.03

かどたひろし『御広敷用人 大奥記録』漫画版連載スタート!

 水城聡四郎が帰ってきました――いや、少し先に行きました。現在「コミック乱ツインズ」誌で『勘定吟味役異聞』の漫画版が連載されていますが、6/25にオープンした光文社のwebマンガサイト・COMIC熱帯にて、その続編に当たる『御広敷用人大奥記録』の漫画版がスタートしたのです。
(以下、『勘定吟味役異聞』の終盤の展開に触れますのでご注意下さい)

 『勘定吟味役異聞』全8巻、『御広敷用人大奥記録』全12巻、『聡四郎巡検譚』全6巻、そして最新・最終シリーズの『惣目付臨検仕る』既刊1巻(今月第2巻が発売)と、上田秀人最大のシリーズキャラクターである水城聡四郎。
 水城聡四郎シリーズの漫画版としては、冒頭で触れたように、現在「コミック乱ツインズ」で『勘定吟味役異聞』が連載中ですが、現時点では原作の第6巻に当たる「暁光の断」の途中であります。

 いずれ必ず『御広敷用人大奥記録』も漫画化されると思っていましたが、しかし『勘定吟味役異聞』の完結はまだ先。それ故、続編の方もまだまだ――と思いましたが、まさかの同時並行連載開始とは驚かされました。
 とはいえ、作画は当然というべきか、『勘定吟味役異聞』と同じかどたひろし――つまり、クオリティの方は全く心配無用ということであります。


 勘定吟味役として幕政の闇に踏み込む中、将軍位継承を巡る争いに巻き込まれ、紀州の徳川吉宗と出会った聡四郎。暗闘の中で吉宗との繋がりを深めた彼は、吉宗が養女とした紅と結ばれ、いまは勘定吟味役を辞して無役の寄合席だったのですが――その聡四郎に、吉宗から新たな命が下されることになります。
 それは御広敷用人――大奥の玄関口である広敷を管轄する役職。簡単に言ってしまえば、大奥と「外」の取次役であります。

 しかし簡単でないのはそのお役目。何しろ大奥といえば、江戸城の中の女の城――幕閣はおろか将軍すらおいそれとは手を出せない聖域であります。もっとも、改革のために吉宗が手を入れたために、将軍と大奥との関係は悪化していたのですが、そこに聡四郎は配置されることに……

 今回、初回の更新では第2話まで全40ページが掲載されましたが、原作第1巻「女の陥穽」のそのまた冒頭部分のみ、上で触れた吉宗が大奥に手を入れ(ようとし)たところまで。
 正直なところ、物語は始まったばかりで、冒頭で聡四郎が吉宗の密命を受け東海道を京に向かう、と語られているものの、まだまだそこまでは辿り着いていない状況であります。

 しかしそれでも本作が安定感を持って読めるのは、上で触れたようにこの漫画版を担当するのが、現時点で第9巻までが刊行されている『勘定吟味役異聞』と同じ、かどたひろしであるから、というのは言うまでもありません。
 凛々しい主人公たちが繰り広げる激しい剣戟と、憎々しい悪役たちが巡らせる陰謀、そして美しいヒロインたち――その全てをきっちりと描いてきた作者の筆は、本作でも健在であります。

 もちろんキャラクターデザインは『勘定吟味役異聞』と共通、聡四郎も玄馬も吉宗も、「懐かしい」ビジュアルのまま。唯一紅だけは、娘らしかったあちらから、旗本の若奥様らしく変わっていますが、美しさは全く変わっていません。(眉毛と歯はそのままなのは眼をつぶるとして……)

 変わらないといえば吉宗のブラックぶりも相変わらずで、初回から「遣える者は酷使する!」「諦めて身分と禄に応じた仕事を致せ!」と無茶ぶりを連発。聡四郎の上司に恵まれなさは相変わらずですが――しかし本作では、吉宗がギャグ顔を見せるなど、まさにこれまでにない顔を見せてくれるのも楽しいところです。
 しかし、その吉宗が額に汗タラリしたり、ため息ついたりするのが大奥という世界。はたしてこの先、聡四郎がいかなる難題と直面することになるのか――今から思いやられます。


 何はともあれ、『勘定吟味役異聞』ともども、この先が大いに楽しみな本作。女の城と、そこでの聡四郎の戦いを作者(作画者)が如何に描くのか、原作読者としても大いに気になるところです。
 何しろ本作にはこの先、個人的に上田作品最高と考えているヒロインが登場するだけに……(そしてまだまだ相当先ですが、紅さんも相変わらず大暴れするだけに!)


『御広敷用人大奥記録』(かどたひろし&上田秀人 「COMIC熱帯」掲載)


関連サイト
 COMIC熱帯 掲載ページ

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「女の陥穽 御広敷用人 大奥記録」 帰ってきた水城聡四郎!

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2021.07.02

峰守ひろかず『妖怪大戦争ガーディアンズ外伝 平安百鬼譚』 平安伝奇ものにして見事に「妖怪大戦争」の大快作

 この夏公開される、三度目の妖怪大戦争、『妖怪大戦争ガーディアンズ』。前作同様、今回も現代が舞台とのことですが、その外伝たる本作は、何と平安時代を舞台とした物語であります。映画の主人公の先祖にあたる渡辺綱と山の民の娘・トキら四天王が、平安京を騒がす妖怪たちに挑みます。

 ある日突然集落を襲った妖怪・猿神によって、家族や仲間たちを全て失った山の民の少女・トキ。猿神を追って駆けつけた渡辺綱と、仲間の卜部季武、碓井貞光に助けられたトキは、妖怪の居場所や気配を遠くから探り当てる能力を買われ、綱の屋敷に引き取られることになります。
 表向きはさる貴族の娘・時子、綱たちを助けて妖怪たちと戦う時には、男装の斧使い、坂田金時として――!

 かくてトキを加えて四天王となった綱たちですが、四人を待っていたのは、日夜を問わず平安京とその周辺を騒がす怪事件の数々でありました。
 これまでには考えられなかったような頻度と激しさで暴れまわり、そして本来であれば京周辺には存在しないはず妖怪たちを退治するために奮闘するトキたち。これに対し、大陰陽師・安倍晴明は、この怪事の陰には、異国の大妖怪の存在があると語るのでした。

 しかし一向に敵の存在が掴めぬ中、今日も妖怪と対峙する四天王。その中でトキが知ってしまった、恐るべき真実とは……


 冒頭で述べたとおり、現代の日本を舞台に、渡辺綱の子孫である少年を主人公とする『妖怪大戦争ガーディアンズ』。映画にも渡辺綱は(おそらく過去のイメージで)登場するとのことですが、本作はその綱が活躍した平安時代を舞台とした、直球の平安伝奇活劇であります。

 言うまでもなく渡辺綱といえば、主の源頼光、そして自身を含めた頼光四天王とともに、大江山の酒呑童子をはじめとする数々の妖怪変化と対決した、平安のゴーストバスター。この時代を舞台とした伝奇ものの、ほぼ常連というべき人物であります。
 本作は、そんな綱を中心に据えつつも、奇しき因縁で彼らと共に戦うこととなった山の民の娘・トキを主人公とすることで、人間と妖怪の関わりを、より多様な視点で描くことになります。

 その妖怪ですが――いまや妖怪小説といえばこの人、という作者が描くだけあって、登場する妖怪たちの描写と、彼らにまつわる伝承・伝説の解説は、まさに自家薬籠中の物。
 妖怪たちの多くは、本作ならではのアレンジがほどこされているものも少なくない(それこそほとんど怪獣レベルの存在もいる)のですが、そこは基礎がしっかりあるからこその飛躍というべきでしょう。

 そして、その妖怪たちに挑む四天王の造形も、それぞれ個性的で好感が持てます。
 武士としての使命感に燃える豪の者ながら、心に優しさを持つ好漢・渡辺綱。見鬼の力を持つだけでなく、京人と異なるフラットな視点で物事を見ることができるトキ。さらに管弦と弓、大きく異なる道を共に得意とする季武と、荒っぽい性格ながら、関東出身ゆえの視点と想いを持つ貞光……

 そんな彼らは、平安京を守るために戦う、いわば人間側の戦士であり、妖怪たちの敵であります。しかし物語が進む中で、彼らの妖怪たちに対する姿勢は徐々に変わっていくことになります。更にトキ――なりゆきから四天王に加わったものの、本来であれば京とは無縁の彼女が、京のために戦う理由もまた。
 そしてその変化が、やがて人間と妖怪の関係性にも大きな変化をもたらすさまは、なかなかに感動的なのです。


 しかし本作は外伝とはいえ妖怪大戦争。やはり妖怪たちの大暴れも見てみたい――その願いは、クライマックスで叶えられることになります。終盤の展開に大きく関わるために詳しく述べることはできないのですが、絶望的な状況に集結し、雄々しく激しく、賑やかに能天気に大暴れする妖怪たちの姿は、まさに「妖怪大戦争」と言うほかないでしょう。

 しかもクライマックスではとんでもないゲスト(?)も登場。あちらにアレが登場することは聞いていましたが、こちらにはコレか! 確かにこの名前で呼ばれることもありましたが――とネタバレ防止のために代名詞ばかりで恐縮ですが、ぜひその眼で、台詞の一つ一つまで確認して、ひっくり返っていただきたいと思います。


 というわけで、ユニークな妖怪もの、平安伝奇ものであると同時に、見事に「妖怪大戦争」であった本作。独立した作品として楽しいことは言うまでもなく、本編である映画の方も楽しみになる――そんな理想的な外伝であります。


『妖怪大戦争ガーディアンズ外伝 平安百鬼譚』(峰守ひろかず KADOKAWAメディアワークス文庫) Amazon

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2021.07.01

安達智『あおのたつき』第6巻 ついに語られるあおの――濃紫の活計

 冥土の吉原で迷える魂を導く元花魁「あお」の奮闘を描く本作、鎮守の守の資格を取り戻すための廓番衆たちとの勝負もいよいよ終盤であります。そしてその中で、ついに描かれる、生前のあお=濃紫の姿。濃紫が抱えるわだかまりの正体とは、そして何故冥土にやってきたのか……

 冥土の吉原は薄神白狐社で、宮司の楽丸とともに遊女たちの魂を救ってきたあお。しかし、楽丸が神具の鍵を喪ってしまったことから、二人は廓番衆の四人の宮司たちによる修験を受けることになります。
 これまで怒丸、喜丸の修験はクリアしてきた二人ですが、次なる修験は儚神白狐社の哀ゐ丸によるもの。鈴に言霊を吹き込んで、良い言霊を作る、という修験に挑むあおですが、密かに(というかあからさまに)楽丸に思いを寄せる哀ゐ丸が暴走したことで、事態はあらぬ方向に……

 という哀ゐ丸の修験は比較的スムーズに(?)終わったものの、その次の最後の修験は難関中の難関。何しろ、その修験を課すのが、これまで幾度もあおと因縁を持ち、そして誰よりも楽丸に対して厳しい態度で臨んできた微神黒狐社の恐丸なのですから。

 そして恐丸によって捕らえられたあおは、悪霊となった者が怨恨を吐き出すための審判の深淵に放り込まれることになります。その中であおのわだかまりを解くこと――それが最後の修験。できなければ楽丸が宮司に復帰するどころか、あおもこの世界から消されることになるという、絶対失敗できない修験に楽丸は挑むことになります。
 そして自ら深淵の中に踏み込んだ楽丸は、あお――いや、生前の姿に戻った濃紫と対面、彼女の生前に起きた出来事を聞くことになります。

 美貌という点では他の花魁に譲るものの、手管でその座に登り詰めた濃紫。しかし他の花魁とは違い、金に執着し、出費を切り詰めようとする彼女には、彼女なりの事情がありました。
 足が悪い己の妹を養う――そのために、自分の稼ぎを生みの母に差し出していた濃紫。しかしあまりに残酷な真実を知ってしまった時、彼女の中で何かが壊れることになります。そして全てを捨て、吉原からの足抜けを試みる彼女を待つものは……


 というわけで、ついに描かれることとなったあおの過去=生前の物語。これまで断片的に描かれてきた彼女の過去は、楽丸のそれと並び、本作において最大の謎の一つでしたが、それがここで、このような形で描かれるのか――と、意外かつ納得の展開であります。

 そしてそこで描かれる彼女の過去は――ある意味本作において最も「リアルな」花魁の姿を描くものといえるでしょう。あおとなって冥土に来た後も、金に執着し、金を現世に送ろうとしていた彼女ですが、ここでは生前の彼女を――いや、彼女を含む全ての遊女を巡る金にまつわる現実が描かれるのです。
 太夫ともなれば華やかに着飾り、最高級の贅を尽くした暮らしを送る――しかしそれは実際には自前、自分の身を売った金を前借りの形で費やしたものだった。それは当時の吉原について何がしかの知識があれば自明の話ですが、しかしここでこうして丹念に描かれると、その重さと厳しさは、ズンと堪えるものがあります。

 しかもそんな自分たちを幾重にも搾取するシステムが存在し、そしてそれに耐えてもなお救おうとしていた者が――という幾重にも残酷な現実を突きつけられてみれば、彼女が遊女にとっては最終手段である足抜けに走ろうとするのも理解できようというもの。
 実はこの巻では彼女の過去のエピソードは終わらず、非常に気になるところで終わっているのですが――どう考えても悲劇で終わるしかないこのエピソードに、少しでも希望の光を与えてほしい、と心から願うのみであります。

 ちなみにこの巻では、濃紫の間夫が登場するのですが、その名前が歌舞伎などのファンにはニヤリとさせられるもの。なるほど、そもそも濃紫のモデルは――と納得であります。


 また、巻末には番外編として、濃紫が妹女郎や禿たちに、遊郭の中では日常茶飯事ともいうべき他者の悪意をいなす方法を伝授するエピソードを掲載。これがいかにも濃紫らしく本作らしく、納得の内容なのですが――本編と併せて読むと、やはりちょっと重い気分になってしまうのであります。


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