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2021年8月

2021.08.31

宮本昌孝『おねだり女房 影十手活殺帖』 男女の情の背後の謎、男女の情という謎

 鎌倉東慶寺を舞台に、哀しい運命に泣く女性たちを救うために奔走する東慶寺の影の守護者・和三郎の活躍を描く連作シリーズの第二弾であります。男女の情が入り組んだ数々の事件の闇を払うため、今日も和三郎の十手が唸ります。

 江戸時代に数少ない女人救済の場であった駆け込み寺・東慶寺。寺を訪れた女人たちを保護し、そこに至るまでの事情を吟味・調停を行った上で、必要とあらば離縁の手続きを取らせる――そんな東慶寺門前で御用宿を兼ねる餅平こと餅菓子屋平左衛門の息子・和三郎が本シリーズの主人公であります。

 実は餅平は千姫の娘・天秀尼以来、代々東慶寺に仕えてきた甲賀忍者の家系。ほとんど唯一幕府の法から自由な存在である東慶寺を守り、初代から伝わる平左十手(棒身の部分が刃となった十手)を振るってきた、影の守護者の末裔なのであります。
 その和三郎が扶けるのは、垢抜けない風貌と温かい人柄から「焼芋侍」の異名を取る東慶寺の寺役人・野村市助。その優しさと人の良さから、寺役人の任を越えて女人たちの身を案じる市助のため、和三郎は表に表れない裏の事情を探り、時に悪を仕置するのです。


 さて、短編「尼首二十万石」に始まり、『影十手活殺帖』、そして本作と続くこのシリーズでは、冒頭でまず別の場所・別の時に起きたある出来事を描き、そして舞台を鎌倉に移して、駆け込みにまつわる事情が語られていく中で、やがて冒頭の出来事との意外な繋がりが明らかになっていく――という、一種ミステリタッチの構成で物語が展開することとなります。

 そもそも東慶寺といえば、何となく駆け込めば即離縁が認められるという印象がありますが、実際にはそこに至るまでの事情を調べた上で、基本的は元の鞘に収まるように調停を行い、やむを得ない時に婚家や周囲に働きかけて初めて離縁状を出させる――というプロセス。
 その過程の中にある種の謎解きの要素を見出したのは、本作のユニークな点でしょう。

 歌舞伎の助六そのままの扮装で武家屋敷に忍び込む凶盗・助六小僧と、芝居狂いの夫に愛想を尽かした妻の駆け込みが意外な形で繋がる「助六小僧」
 生まれついてのお嬢様で、姑に小言を言われただけで東慶寺に駆け込んでしまうわがまま女房が何処かへ姿を消してしまった謎を描く「わがまま女房」
 不器量で大年増の料理茶屋の下女が、役者のような優男に見初められ、ついに結ばれた末に知った真実「長命水と桜餅」
 幕府御目付の妻が凶賊に拐かされた末に自害した悲劇と、東慶寺近くの離れ山での大量殺人、そして豪農に嫁入りした武家娘の駆け込みが思わぬ形で交錯する「雨の離れ山」

 いずれもこのスタイルで描かれた四編は、謎と人情と活劇がバランスよく盛り込まれたエピソード揃いであります。

 特に表題作の「おねだり女房」など、病身の妻どころか娘にも手を出す荒みきった浪人一家の地獄絵図から一転、これまで七度も東慶寺に駆け込んだ苦労知らずのタイトルロールの登場と、あまりにも両極端の世界が描かれて一体どうなることか――という物語が、きっちりと繋がっていくのに驚かされます。

 そしてボリューム的に本作のほぼ半分を占める「雨の離れ山」は、幕府御目付役夫妻を襲ったあまりに理不尽な惨劇に引き続き、その下手人の魔手が、今度は御庭番・村垣家の娘・紀乃――かつては故あって東慶寺で奉公し、それが縁で和三郎とは想い想われる仲のヒロイン――に迫るという、何とも気になる展開。
 これまでは、あくまでも駆け込んできた女性たちのために、ある種第三者的立場からその腕を振るってきた和三郎ですが――本作では紀乃が窮地に陥ることでいわば彼自身の事件になるのも面白く、さらにもう一つの駆け込みが重なることで、事態が一層ややこしくなるのも巧みといえるでしょう。
(また、そもそもの事件の発端が、この時代に起きた現実の事件というのも、作者ならではの目配りであります)

 しかしこのエピソードの真骨頂は、冒頭の惨劇の中で交わされたある言葉の中に込められたある想いといえます。
 冒頭から息もつかせぬ剣戟と悲劇に目を奪われる中で交わされた、あまりにも切なくも物悲しい男女の情のすれ違いが、結末に至り明らかになる構成はただ圧巻。物語の中に仕掛けられたもう一つの謎解きに唸らされた次第です。


 題材が題材だけに、時に生々しく、時にやりきれない物語が展開する本作。しかしそこに巧みに光をもたらす和三郎の飄々かつ颯爽とした宮本ヒーローぶりも気持ちよく、さっぱりとした後味の一冊であります。


『おねだり女房 影十手活殺帖』(宮本昌孝 講談社文庫) Amazon

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2021.08.30

鈴木ジュリエッタ『トリピタカ・トリニーク』第4巻 一つの旅の終わり、長い長い旅の始まり

 李世民と長安の運命を巡り、いよいよクライマックスの鈴木ジュリエッタ版「西遊記」。この最終巻では一つの旅の終わりと、そして新たな、長い長い旅の始まりが描かれることとなります。長安を贄に人間界と冥界を繋げようとする首羅の真意とは、そしてその正体とは……(全編のネタバレを含みます)

 師・玄奘の肉体を奪った三蔵を名乗る男、実は李世民とともに、彼本来の肉体を取り戻すために長安にやってきた花果。しかし長安では、人々が夜毎妖魔に殺されては魂を奪われ、そして翌日には再生されるという繰り返しで、膨大な魂を集めるという悪夢のような光景が繰り広げられていたのであります。

 あまりにも無惨なその所業を行っていたのは、李世民の肉体を奪った謎の男・首羅。人間の魂を10億個集めることにより、人間界と冥界の門を造らんとする首羅の野望を阻むために立ち上がった花果と三蔵、仲間たちですが――王仕亥は首羅によって子豚に変えられ、河伯は瀕死の重傷を負った兄を救うためにその身を投げ出し、三蔵は首羅に捕らえられ、もはや希望は花果のみという状態に……

 という形で始まるこの第4巻、その冒頭で語られるのは、首羅の正体と真意であります。
 ついに直接対峙した三蔵=李世民に自分が何者であるかを語る首羅。李世民以外知るはずのない少年時代の、兄との想い出を語るその正体は――なるほど、そうであったか! と納得&感心の内容であります。

 前巻で、帝位を巡ってかつて敬愛していた兄に殺されかけた末、兄を、父を退けて皇帝となり、そして皇帝として国を治める過程で人の心を喪っていったことが描かれた李世民。これまで描かれてきた長安を襲った災厄は、ある意味その喪った心の復讐といえるかもしれません。そしてだからこそ、首羅の所業は、李世民を激しく苦しめることになります。

 しかし、同時にいまや彼はかつての彼、孤独で人の心を捨てた皇帝ではありません。今の彼には、数々の仲間が、そして何よりも彼の傷ついた心を受け止め、支え補おうという花果が近くにいるのですから。
 ここで李世民が取った行動は、哀しいものではありますが、しかし心を取り戻さなければ決して取らなかったものでもあるでしょう。その意味で花果は確かに李世民を救ったのであります。


 しかし、実はここまでがこの最終巻のほぼ1/3。それではこの先何が描かれるのか? それは、あの物語の始まりなのであります。

 首羅が消え、地獄の繰り返しから解放された長安の人々。しかし傷跡は残り続けます。自ら命を絶った人々は還らず、河伯と王仕亥は人の姿を失い、何よりも李世民が――それでも少しずつ復活していく世界の中で、花果はいつかまた三蔵に再会する日のために、仙術修行を始めることになります。
 そこで出会った少年妖魔の牛魔王・獅駝王ら、六人の妖魔とともに七年間修行に励んだ花果は、兄弟子たちを追い抜いて一足先に七十二般変化の術と筋斗雲の術を身に着け……

 と、これは西遊記!?

 いや、冒頭でも触れているように確かに本作は「西遊記」モチーフの物語。しかしその大きくアレンジしたキャラクターたちの姿から、原典の再構成、一種のパロディと思い込んでいたのですが――いやはや、前日譚であったとは!
 そう、本作は三蔵と三人の僕が出会い、天竺に全ての衆生を救うありがたい仏典(トリピタカ)を取りに行く――その旅に出るまでの物語。西遊記のメインキャラたちの新たなオリジンを描く物語なのであります。
(牛魔王たちが三蔵を狙う、本作ならではの理由付けも実に楽しい)


 とはいうものの、本作はあくまでもオリジナルの物語。旅に出る四人は、あくまでも本作の冒険を経た四人であって、その人物像は、原典のそれとは大きく異なることとなります。
 そしてその相違点のうちで最たるものは、花果が少女、しかも七年のうちに美しく育った少女であり、三蔵に対して特別な想いを抱いていることに尽きます。さて、思い切り仏道の障りになりそうなそれが、この先どのように物語に影響するのか?

 それはもう想像するしかないのですが、むしろ本作においては、その扱いが正しいように思えます。
 『トリピタカ・トリニーク』の大団円、そして西に向かう物語のはじまりはじまりなのであります。


『トリピタカ・トリニーク』第4巻(鈴木ジュリエッタ 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2021.08.29

『長安二十四時』 第9話「未の正刻 誰がために」

 右相と靖安司双方が張小敬の過去に辿り着いていた頃、捕われの身の小敬は狼衛に長安の地図を書くと申し出て時間を稼いでいた。地図が書き終わったとほぼ同時に、小敬を狙う熊火幇が狼衛のアジトを襲撃、大乱戦が始まる。さらにようやく到着した崔器の部隊の突入で狼衛は追い詰められるが……

 今回アバンで描かれるのは右相の屋敷――小敬が烽燧堡の戦いの生き残りであることを知った右相は、当時兵部尚書の地位にあった自分が援軍を送らなかったために部隊は壊滅したことから、自分は小敬の仇であったかと冷や汗タラリであります。ちなみに右相側にこの情報をもたらしたのは、「三女」なる人物。靖安司側で名前に女がつく人物がいたかな……?(すっとぼけ)
 一方、靖安司に戻ってきた姚汝能は李必らに小敬の行動を語り、一体そこまでして小敬を突き動かすものは何かと問います。確かに第2話の時点で既に恩赦の目はなくなっている状況であるのは確かで、長安の市民のためかと思ったものの、しかし間者の小乙を犠牲にし、自分も指詰めまでするというのは、単なる義務感や正義感のみとは思えません。

 ここで前回と今回語られたことを整理すれば、小敬と聞染の父・聞無忌は、わずか九名しか生き残らなかった烽燧堡の戦いの戦友。そして帰還して聞無忌は店を開き、小敬は不良帥になるのですが――国の施設の建設を巡る争い(地上げ)で聞無忌は熊火幇に殺され、小敬は復讐のために熊火幇34人のみならず、上官の不良帥を撲殺、さらに一連の事件の背後にいた永王なる人物をボッコボコにした、ということになります。

 さてその小敬は、拷問の末に曹破延の手で処刑――と思いきや、いきなり後ろから曹破延をどつく狼衛の同僚・マガル。曹破延やっぱり人望ないのか? と思いきや、お前には娘がいるだろうとマガルは熱く語るのですが――狼衛は娘が少ないのでしょうか? 随分と曹破延も思い入れがあるようですが……
 何はともあれ曹破延は拘束され、どさくさに紛れて命拾いした小敬は、長安の地図を書いてやろうとマガルと交渉。どこを書いてやろうかと言われて、どこがいい? と聞き返す狼衛は、意外と抜けているのかそれとも本当は地図は必要ないのか? そして恩知らずの王ウン秀に売国奴呼ばわりされながら小敬が描いた地図には、右相の屋敷の周辺が――おそらくは嘘を描いているのだとは思いますが、あるいは狼衛に右相を襲撃させようというのでしょうか。

 しかし地図を描き終わればもう用無し――とばかりに狼衛が小敬に迫ったまさにそのタイミングで、聞染の挑発に乗った熊火幇がアジトを急襲! しかし小敬の隠れ家と思って威勢よく乗り込んでみれば、待ち構えていたのはフル装備の狼衛だったからびっくり仰天――とはいえ熊火幇も面子にかけて退くに退けず、ここにヤクザvsテロリストのドリームマッチが開幕であります。
 そしてその隙を逃さず、柱に縛り付けられていた曹破延がアタフタしている間に阿修羅のように暴れまくる小敬。また狼衛に捕らえられた聞染と王ウン秀を人質にされて一度は捕らえられたものの、そこに今度はようやく到着した崔器の部隊が突入して三つ巴の大乱戦――というより崔器の部隊が猛烈に矢を打ち込むものだから、狼衛も熊火幇も壊滅状態であります。

 そして屋敷に火をつけようとした狼衛を小敬が阻む一方で、王ウン秀とともに捕らえられた部屋から逃げ出そうとする聞染。突入した崔器は曹破延を見つけ、わざわざ飛び道具を手放して一騎打ちを仕掛けます。お、これはどちらかが死ななければ収まらないやつ――と思いきや、マガルが人質にとった聞染を王ウン秀と思い込んだ崔器は、曹破延とマガルを逃してしまい……


 というわけで、三つ巴の大乱戦と小敬の大暴れもさることながら、改めてクローズアップされた小敬が戦う理由(の予想)が印象に残る今回。小敬の34人の理由は今回描かれたとおりだと思いますが、果たしていま靖安司に協力する理由は、右相への復讐(だけ)のためなのか?
 確かに赦免の希望もない今、最高権力者である右相への復讐は、大きな行動の理由ではありますが……。間者殺しや狼衛への地図提供などの危ない橋を渡り続ける行動も、明日がない故のものとも思えますが、まだ何かあるようにも思えてなりません。

 その一方で早くも壊滅寸前の狼衛。また1/5もいかないうちにここまで追い込まれて、本当にこの先陰謀を遂行できるのか、何だか心配になってきました。


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2021.08.28

『MARS RED』 第5話「ペルソナ・ノン・グラータ」

 前田を欠いた状態で横浜に潜む英国のヴァンパイアを襲撃する零機関の四人。しかし突入した時には、ヴァンパイアたちは同士討ちで滅んでいた。そんな中、大量のランク外のヴァンパイアたちが解き放たれ、阿鼻叫喚となる街。そこに現れたのは装甲服のヴァンパイアの部隊・真の金剛鉄兵だった……

 冒頭で描かれるのは、横浜の赤レンガ倉庫に潜む英国のヴァンパイアたちの姿。リーダー格の無駄に扇情的な美女二人は、欲望の赴くままに気に入った美少年をとっかえひっかえ喰らっているようですが――そんな彼女たちに仕えるのは、前回登場した謎の男ルーファス。女性ヴァンパイアたちからは「酒樽から生まれた」と露骨に蔑まれ、使用人扱いの彼もヴァンパイア――そして彼があのアスクラを開発した様子であります。慇懃に彼女たちに仕えるルーファスですが、どうやら腹に一物あるらしく、高純度のアスクラを意味ありげに主たちに勧めるのですが……

 と、そのルーファスと前回何やら取引していた政府高官の沖村は、中島中将に対していきなり十六特務隊解散、金剛鉄兵計画の抹消を通告。それもほとんど即時にという急な扱いであります。前回の言葉は何だったのだ、というくらいのほとんど豹変ぶりに、中島中将も「ブレおって」と不快な顔を見せます。
 一方、中将の腹心の前田大佐は、前回倒れた後そのまま病院に運ばれたようですが、病室に葵が入り込むは枕元の書類を漁られるわと病院のセキュリティはガバガバ。それはともかく、なおも人体発火事件の真相を聞き出そうとする葵を追い払う前田ですが、葵が持ち出した岬の手紙を見たことで、病院を抜け出し、帝国劇場に一人向かうことになります。そしてそこに現れたデフロットから、彼が岬に血を与えたこと、岬の最後の言葉を聞いた前田はそのまま姿を消すことに……

 そんなわけで、組織解体目前ということも知らず、そして指揮官の前田を欠いた状態で、前回判明したアスクラの搬入先――赤レンガ倉庫に海上から小舟で潜入しようとする零機関のヴァンパイア四人組。敵側にはSクラスが予測されるにもかかわらず、いつもと違うのは重機関銃を用意していることと、クサヤと納豆の匂いを詰めたガス弾のみ――ガス弾で敵を怯ませて、そこに秀太郎とスワが突入、逃げた相手はタケウチと山上が銃撃という、敵の本拠を襲撃するには何とも心もとない作戦であります。
 しかし秀太郎とスワが突入してみれば、あの美女ヴァンパイアを始めとする面々は、同士討ちでもしたのか、中毒したか、既に無惨な姿で事切れた状態。以前、町に出回っていたアスクラを口にしたヴァンパイアはやたらと好戦的になっていたことを考えれば、やはり暴走して殺し合ったのでしょうか。

 拍子抜けの零機関ですが、しかしその時、英国のヴァンパイアたちが食料にした後に地下に閉じ込めていた無数のランク外のヴァンパイアが街に溢れ出ることに。このゾンビ映画のような惨状を前に、四人組がほとんど手をこまねいているの中、突如突入してきたのは装甲列車――そしてその中から数十人という部隊規模で出現したのは、装甲服に身を包んだ重武装の兵士たちであります。
 ほとんど蹂躙というのが相応しいような有様で、ヴァンパイアたちを叩き潰していく装甲兵たちを目の当たりにして、山上は彼らこそが金剛鉄兵だと告げるのでした。

 そして横浜での大混乱――何よりも英国からのSクラスのヴァンパイアが全滅したことに怒り心頭の沖村。どうやら英国からヴァンパイアを金剛鉄兵計画の代わりに呼んだのは彼(ら)のようなのでその心中もわからなくもありませんが――中島中将は金剛鉄兵計画の完成を告げると、冷徹に沖村を射殺。さて、中島中将の向かう先は……


 まだ5話の時点にして、何となく敵地での決戦、組織解体というクライマックスに突入したと思いきや、それ以上に大変なことになってしまった今回。そもそも組織解体は、もう少しキャラや背景設定に馴染みが出てからするものでは(四人組は登場してからまだ4話ですし)という印象は否めませんが……

 しかしそれ以上に謎なのは、真の金剛鉄兵計画――ヴァンパイアによる不死の部隊を作るというのであれば、今まで隠していたのは何故か。四人組はカムフラージュだったのか。そもそも金剛鉄兵たちは本当にヴァンパイアなのか(出陣の際に赤い液体を呷っていましたが)、だとすれば四人組と何が違うのか(そして存在を知っていたなら教えろ山上)。
 まだ登場したばかりなので謎だらけなのはしかたありませんが――少なくともわかるのは、これだけのものを作っていれば、そりゃ予算は食うよなあ、ということであります。


『MARS RED』Blu-ray BOX I(バップ Blu-rayソフト) Amazon

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唐々煙『MARS RED』第1巻 人間の中のヴァンパイア、ヴァンパイアの中の人間
唐々煙『MARS RED』第2巻 人間と「人間的な」ヴァンパイアの狭間で
唐々煙『MARS RED』第3巻 決戦、そしてヴァンパイアたちの最後の任務

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2021.08.27

瀬川貴次『怪談男爵 籠手川晴行』 青年貴族、義侠心と好奇心で本物の怪異に挑む

 平安時代を中心に、虚実織り交ぜた様々な怪異の世界を描く瀬川貴次。本作はその作者のおそらくは初の大正ものであります。怪事件に好んで首を突っ込む青年男爵・籠手川晴行と、親友の大学生・室静栄が、様々な怪異を前に繰り広げる騒動を描く連作集です。

 定職に就かず、裕福な姉の嫁ぎ先からの援助で悠々自適の生活を送る美貌の青年貴族・籠手川晴行。ある日、人気女優の森口理子と二枚目歌舞伎役者・市川翔燕の婚約披露パーティーに出席した晴行は、そこで偶然、理子と言葉を交わすことになります。
 翔燕と付き合い始めた頃から、シュッシュッという足袋を履いた足音やキシキシと何かが軋むような音を聞くようになったと、彼女から聞かされた晴行は、好奇心と義侠心から怪音の正体探しを引き受けるのでした。

 幼馴染で貧乏子爵家の跡取り・室静栄を巻き込んで、理子の身辺警護を始める晴行。しかし怪音が翔燕の周囲でも起きていること、そしてそれが四国巡業から帰ってから起き始めたことを知った二人は、翔燕が訪れていた羽根山という町を訪れることになります。
 そしてその町の名物である劇場を訪れた二人は、そこでも怪音が聞こえることを知り……


 そんな第一話「幽世の音」に始まる本書は、全五話の連作短編集であります。
 吉原の遊郭に入り浸る老舗商家の嫡男の青年を連れ戻すことになった二人が、異界の吉原で青年の敵娼・真ほろしと対峙する第二話「まぼろし花魁」
 金銭的理由から蔵の中の小野小町の屏風を手放そうとしたことをきっかけに、室家の中で次々と怪事が起こる第三話「屏風小町」
 怪奇譚を探し求める三流新聞の記者・諏訪虎之助の頼みで、三人で幽霊の泣き声がするという家に泊まることになった晴行たちがその正体を知る第四話「泣く家」
 あの羽根山町のはずれ、数年前に火事で燃えた産院の跡地で発見された死体の謎を取材する虎之助に同行した二人が、奇怪な因縁と真実を暴く第五話「廃病院の看護婦霊」

 さて、作者の作品といえば、エキセントリックな登場人物のユニークな個性と、描かれる怪異のインパクトとの絶妙なブレンド具合が印象に残りますが、その魅力は本作においても健在であります。

 主人公の晴行は、一度士官学校に行ったものの肌が合わずに止めて以来、ぶらぶらしながら好奇心の赴くままに様々な事件に首を突っ込むという、好奇心と美貌は無駄にある暇人。一方の静栄は生真面目で堅物の学生ながら、甘い物にだけは滅法弱く、甘味に釣られて晴行に付き合ってしまうという、こちらもなかなか愉快な人物です。
 幼馴染でシズちゃんハルちゃんと呼び合う二人の、息が合っているようないないような凸凹コンビぶりが、本作の魅力の一つなのは間違いないでしょう。


 しかし――身も蓋もないことをいえば、青年貴族が怪異な事件に首をつっこんでといえば、どうしても頭に浮かんでしまうのは作者の別のシリーズ。しかし本作は当然のことながら、時代背景以外にも、大きな差別化が図られています。

 そもそも、晴行は成り行き上、怪異と遭遇してしまうものの、特に怪異愛好家というわけではありません。タイトルの「怪談男爵」も、第四話から登場の虎之助のいい加減なキャッチコピーを面白がって使い始めた、というくらいの意味合いなのですから。
(そして作中で晴行が「遊び半分で肝試しに行くような無神経な輩」と言い切っているのもちょっと愉快)
 しかしそれ以上に異なるのは、本作に登場するのが本物の怪異であることでしょう。それも非常に個性的であって、しかもかなり真剣に怖いという……

 上で触れたように、作者の作品のキャラクターは、どれもどこかユニークさ、コミカルさがある一方で、怪異の方は(本物の怪異が出る場合には)かなり直球の、洒落にならないものも少なからず登場します。
 そして本作に登場する怪異もまた、いずれもそんな恐ろしいものであると同時に、そしてどこか魅力的な存在揃い。この辺りはキャラクターの誰よりも怪異を愛しているであろう作者ならではでしょう。

 晴行が怪異に首を突っ込んでいてもそんなに嫌そうでなかったり、怪談男爵という仇名を結構気に入っていそうなのは、単に茶目っ気やノリだけではないのではないか――そんなことも感じさせられる怪異たちなのです。


 そんなわけで、ちょっと愉快な二人が洒落にならない怪異に立ち向かうという、好きな人間にはたまらない本作。これはもう是非ともシリーズ化していただかなくては、と強く願う次第なのであります。


『怪談男爵 籠手川晴行』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

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2021.08.26

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第8巻 悩める若獅子と皇帝の抱えた闇

 久々の『拳闘暗黒伝セスタス』紹介、主人公がドサ回りに出た一方で、第8巻は視点を変えてローマに残るルスカを主人公に物語が展開されます。愛する人を喪った心の傷を抱えたまま、衛士としてネロたちに仕えるルスカ。しかしある事件をきっかけに、これまで抱えてきた父への鬱屈が爆発し……

 拳奴たちの暴動により婚約者のヴァレリアを喪うとともに、セスタスと決別したルスカ。セスタスがネロの手を逃れてローマを離れた後も、衛帝隊の衛士としてのルスカの日々は変わらず続くことになります。

 そんなある日、ネロと妃のオクタヴィアのお忍びの外出の警護を務める衛帝隊。その途中、一行は何者かの襲撃を受け、オクタヴィア警護を任されていたルスカは、乱闘の中で彼女の身を危険に晒してしまうのでした。
 そしてネロが主犯の尋問を行うのに付き添った際に、ネロの出自にまつわる思わぬ噂を知ってしまうルスカ。皇室にまつわる様々な闇に触れ、自分の衛士としての任に対して抱えてきたルスカの鬱屈は、ふとしたことから父・デミトリアスに対して爆発し、父子対決が始まることに……


 アニメ版ではほぼ完璧にカットされましたが、原作(拳闘暗黒伝の方)ではセスタスと並び、もう一人の主役といってよい存在だったルスカ。ヴァレリアの父・ヴァレンスの拳奴養成所が崩壊したことをきっかけにそれぞれの道を往くことになった二人ですが――セスタスが本作の格闘ものとしての側面を主に受け持つ一方で、ルスカは歴史ものとしての側面を受け持つといえます。

 ルスカの所属するのは衛帝隊――皇帝直属の格闘士団。その真の任務はこの先明らかになりますが、ネロとその母、妃の近くに仕えるだけに、必然的に皇室にまつわるドロドロを間近で見つめることになるわけで――この巻の冒頭では笑っても完全に目が死んでいる状態であるほどの精神的ダメージを引きずっているルスカにとって、良い環境であるはずがありません。

 しかもこの巻でついに明らかになる彼の胸の傷の理由――幼い頃に母から力づくで引き離されてネロの影武者とされ、その際に暗殺者に襲われて深手を負った――がネロに深く関わっており、さらにその衝撃で母は心を病んで童女の頃に戻ってしまったのですから、ルスカにとってはある種の責苦を負わされ続けている状態といってもいいでしょう。(それにしてもここで描かれるルスカと妹、母の関係性の痛ましさには胸が塞がる思いです)

 それがこの巻のクライマックスの一つである父子対決で爆発するわけですが――ここで拳で会話してノーサイド、とまではまだまだいかず、結局は父との圧倒的な実力差を見せつけられる始末。
 むしろ格闘ものとしては、デミトリアスと仲裁に入った副隊長ドライゼンの激突が大きく盛り上がるところで、完全に観客と化した隊員たちの「うおおぉッ 超ォマジ強えぇッ!」「カッコ良過ぎだぜ兄貴ィ!」という声援に共感してしまうのですが……


 さて、本作においてセスタスとルスカと並んでもう一人の重要人物である(そしてこちらもアニメ版でほぼスルーされた)少年がネロであります。
 物語が進むに連れ、少しずつ皇帝として振る舞い始めるネロですが、まだまだ母・アグリッピーナには頭が上がらない状況。しかしこの巻において彼は、自身の血に対する恐るべき疑いに直面することになります。

 それは暴君として悪名高い狂帝カリグラ――アグリッピーナの実兄すなわち自分の叔父である人物が、自分の実の父ではないか、という疑い。これが実際にどの程度語られている説なのか、そしてフィクションの中で採り上げられているのかは寡聞にして不明ですが、本作のアグリッピーナのキャラクターを考えれば、あり得る話といえます。
 そしてそれを身を持って知るネロであればなおさら……

 しかしそれ以上に哀れなのが、年端のいかぬ身で政略結婚させられ、さらに余裕のなくなった夫・ネロに打ち捨てられるオクタヴィアなのですが――そんな彼女が、自分を命がけで守ったルスカに惹かれるようになってしまったのは、これは運命の悪戯というにはあまりにも危険で、残酷なものでしょう。

 この巻のラストで、自分の未熟を思い知り、そして親という枷を持たずある意味自由な身であるセスタスに自分を自分が羨んでいたということに気付いたルスカ。
 ようやく自然な笑顔を見せ、オクタヴィアを守る理由が「任務」から「使命」となったと語ることができるようになったルスカですが――やっと深い泥沼から一歩抜けて、新たな沼にはまった彼の向かう先は、ある意味セスタス以上に前途多難なのです。


『拳闘暗黒伝セスタス』第8巻(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) Amazon

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『セスタス The Roman Fighter』 第1話「拳奴セスタス」
『セスタス The Roman Fighter』 第2話「異種格闘」
『セスタス The Roman Fighter』 第3話「拳闘の犬たち」
『セスタス The Roman Fighter』 第4話「明日への生還」/第5話「希望の在り処」
『セスタス The Roman Fighter』 第6話「女神との決別」
『セスタス The Roman Fighter』 第7話「檻のなかの叫び」
『セスタス The Roman Fighter』 第8話「開眼」
『セスタス The Roman Fighter』 第9話「幸運な男」
『セスタス The Roman Fighter』 第10話「静かなる布石」
『セスタス The Roman Fighter』 第11話「新たなる戦場」

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2021.08.25

宮本昌孝『夏雲あがれ』上巻 青年三人の変わらぬ友情と冒険

 宮本昌孝が江戸時代後期を舞台に少年たちの瑞々しい青春を描いた『藩校早春賦』の続編――前作から六年後を舞台に、少しだけ大人になった新吾・太郎左・仙之助たちの新たな冒険が始まります。友たちが江戸に向かう中、一人残された新吾。しかし藩を覆う暗雲の存在を察知することになった新吾は……

 かつて、藩主の叔父・蟠竜公によるお家乗っ取りの陰謀に巻き込まれ、藩の隠密集団・白十組とともにこの陰謀を阻んだ筧新吾。それから六年後、既に家督を継いでいた仙之助は藩主に伴って江戸に出府、太郎左も将軍家御前試合への藩代表選手に選ばれて江戸に向かうことになります。
 友の晴れ姿を喜びながらも、一人取り残されたような寂しさを感じる新吾。太郎左たちを見送った帰り、風邪を引いた藩の名物老人・鉢屋十太夫の見舞いに向かう新吾ですが――それが彼を大事件に巻き込むことになります。

 十太夫の屋敷に着いてみれば、そこで繰り広げられていたのは、十太夫と浪人たちの切り合い。助太刀に割って入った新吾は浪人たちを撃退するのですが――その一人が、かつて藩命で十太夫が斬った親友の遺児・芳太郎であることを知ることになります。
 十太夫を守るべく芳太郎を追う新吾ですが、その矢先に芳太郎は何者かに斬られ絶命。そして新吾は、斬ったのが蟠竜公の腹心・神妙斎であると気付くのでした。

 さらに白十組も動き出し、にわかに騒がしくなる新吾の周辺。しかしさらに意外な運命が新吾を待ち構えます。何と江戸に出た太郎左が吉原で旗本と喧嘩をして謹慎処分となったため、彼の代理として御前試合に出場することになったのです。かくて一路江戸に向かうことになった新吾ですが、その道中でも、そして江戸でも次から次へと事件が起きて……


 藩校に通う十代の少年であった新吾・太郎左・仙之助の等身大の青春群像が魅力だった前作。それから六年経った本作では、三人の周囲も大きく変わることになります。

 頼りなかった仙之助はようやく家督を継ぎ、太郎左は直心影流の免許皆伝。新吾の長兄は組頭の家に婿入りし、ちゃらんぽらんだった次兄が当主となり――という中で、一人新吾のみは役目につくでもなく養子の口があるでもなく、実家に厄介の身であります。
 しかも美しく成長した幼馴染の志保も他所に嫁入りの話が出て――と、一歩間違えれば何とも重く切ない話になりそうですが、しかしそんな新吾と読者の屈託も、物語が始まればたちまち雲散霧消。次から次へと描かれる事件と謎の数々を追いかけるうちに、前作に感じた胸の高鳴りが甦るのです。

 もっとも、この上巻の前半(すなわち全体の1/4)は、太郎左と仙之助が旅立った後の藩が舞台であるため、新吾一人の活躍となるのが少々寂しいところですが――後半からは江戸が舞台となり、三人が再会して物語はさらに盛り上がることになります。
 そして実に泣かせるのが、この三人の再会シーン。どれだけ時が経っても、立場が変わっても、三人の関係だけは何があっても絶対に変わらない――少年時代のモラトリアムが終わり、青年になっても、全く変わらない「こいつら」の姿は、この上巻の見せ場の一つと言えるでしょう。

 とはいえ、実のところ本作は、前作の続編でありつつも、だいぶ物語の趣向は異なる作品ではあります。というのも、連作ものであった前作が、基本的には三人の日常と冒険を描く等身大の物語であったのに対し、長編である本作は、藩のお家騒動というある意味非日常の世界が描かれるのですから。
 その中では、新吾たち三人は、手の届かない「時代劇ヒーロー」になってしまうのではないか――最初はそんな心配をしていたのですが、しかし上で述べたように、三人はあくまでも三人。どんな世界にあっても変わらないその姿は、前作とは趣向は変わりつつも、変わらぬ爽快感を与えてくれるのです。

 そしてそれは、もちろん彼らが成長しないということではありません。特にこの巻の終盤、江戸の直心影流道場で彼が悟る「次善の剣」の在り方は、彼自身の欠点を教え、大きく彼の心の在り方を変えるもの――この先の物語の行方を大きく左右するのですから……


 そして物語は大きく核心に迫っていきます。吉原で花魁・関谷に無法を働こうとしたところを太郎左が叩きのめした旗本の息子・天野重蔵。その後、重蔵に攫われた関谷の禿を救い出さんと奔走する新吾は、天野家と蟠竜公の意外な?がりを知ることになります。
 はたして両者の企みとは何なのか。誰が蟠竜公派か、はたまた白十組かわからぬ江戸で、新吾と太郎左、仙之助の戦いは、いよいよ激しさを増すのですが――以下、下巻の紹介は時を改めて。


『夏雲あがれ』上巻(宮本昌孝 集英社文庫) Amazon

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2021.08.24

岩崎陽子『浪漫狩り』第1巻・第2巻 昭和トレジャーハンター伝奇開幕!

 『王都妖奇譚』『無頼』『ルパンエチュード』と、熱い男の友情と冒険・伝奇の世界を描いてきた作者による、昭和初期を舞台とした伝奇冒険活劇であります。大学講師にして「埋蔵金盗掘指南」の顔を持つ男・猿渡遼太郎が挑む、遺跡発掘と宝探しの世界とは……

 普段は帝大で考古学講師を務める猿渡遼太郎。彼のもう一つの顔は、埋もれた遺跡や財宝の発掘を狙う者たちに様々な助言を行う「埋蔵金盗掘指南」であります。
 「盗掘」とは聞こえが悪いですが、猿渡からすれば、元々の建造者や埋蔵者の意図と無関係な発掘はすべて「盗掘」。彼にとって指南とは、そんな「盗掘」に血道を上げるトレジャーハンターたちの行為が大事にならないように、そしてその妄想を断ち切るための行動なのです。

 そもそも彼の父は伝説のトレジャーハンターとして世に知られた結城晶造。しかし猿渡は家庭を――母と自分を全く顧みることなく、宝探しの最中に消息を絶った父を憎み、トレジャーハンター自体に否定的な目を向けているのであります。
 その一方で、学生時代からの親友で世界的冒険家の羽佐間雄大とは今でも親交を結び、トレジャーハンター志願の少年・篁伊織を弟子としている、ちょっと矛盾した(本人に言わせればつじつまが合っている)、そして一癖ある(しかし結構熱くなりやすい)人物なのです。


 さて第1巻では、猿渡と羽佐間がとある名家の遺産探しに挑む序章、この先様々な形で猿渡に絡む新聞記者の青年・那珂川慶輔の依頼で呪われた埋蔵金事件を解決するエピソード、そしてトレジャーハンターだった伊織の父が果たせなかった武田金山衆の隠し金に挑むエピソードと、シリーズ全体のプロローグ的内容が続きます。

 そしてこの巻のラストに収められているのは、中央アジア・カジェスタンから出土したメダリオンを巡る争奪戦であります。
 展示のため日本に持ち込まれたこのメダリオンが何者かに奪われ、思わぬ形でセレス王女と関わることとなった猿渡と那珂川。二人はメダリオンを奪った詐欺師・犬神隆を追うのですが――他の回同様の単独エピソードに思われたこの回は、しかし、様々な形で物語全体に関わっていくこととなります。

 特に、このエピソードに登場する犬神は、実はかつて猿渡の父の一番弟子だったという因縁を持つ男。さらに彼にメダリオン強奪を依頼した軍の特務部隊の篠原少佐は、物語全編を通じて暗躍する人物であり――読み返してみると、この第1巻の時点で主要な登場人物はほぼ出揃い、今後の物語展開に向けた準備が整っているのに感心させられます。


 そして第2巻では、かつて富士高天原王朝論を唱えて学会から追放された考古学者が、とある財団のバックアップで富士の遺跡を発掘。そこでカディスのものとは似て非なるメダリオンを見つけるも、軍内部の抗争に巻き込まれ――と、物語は一気にギアチェンジ。
 富士高天原王朝、宮下文書、神代文字と好きな人には懐かしいキーワードが並ぶのも堪りませんが、このメダリオンが、水晶部分と金属部分が完全に癒着して融けあっている――すなわち途中から全く別の物質に変化している代物という辺り、何ともゾクゾクさせられるではありませんか。

 そして財団の背後には、第1巻ラストに登場した篠原少佐の影があるのですが――さらに彼の上官として、超古代の叡智を狙う皇族軍人・箆岐宮大佐が登場。
 この箆岐宮大佐、張作霖爆殺の陰で糸を引いていたという噂もある怪人物なのですが――実は第1巻の時点では戦前が舞台という印象は少なめだった本作も、ここに来て一気にらしさが増してくることになります。
(また、この第2巻冒頭では、猿渡の幼馴染でヒロインの藤沢実澄が登場。しかし男同士の友情が熱い本作では出番は今ひとつ……)

 そして後半では、那珂川の案内で富士の人喰い穴の調査に向かった猿渡が軍の襲撃を受け、先に潜っていた犬神と遭遇。人食い穴に閉じ込められた一行は、呉越同舟で奥に進むことに――という展開となります。
 その先にあったのは、植物の仕組みを模した自律性と自己修復能力を持つ、古代には、いやこの時代にもありえない超科学力で作られた遺跡――とこれまた胸躍る題材が登場し、物語はさらにスケールアップしていくのであります。そしてその一方で、あまりに有能すぎてちょっと怪しかった人物に、思わぬ裏の顔があることが明かされ……


 というわけで、昭和初期を舞台とした電気冒険活劇として、この先いよいよ盛り上がっていく本作。今後、全7巻の第3巻以降は、もう少しじっくりと紹介させていただく予定です。


『浪漫狩り』(岩崎陽子 秋田書店プリンセスコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon

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2021.08.23

『長安二十四時』 第8話「未の初刻 小敬の過去」

 単身修政坊の狼衛のアジトに接近する張小敬を射殺しようとする曹破延だが、小敬のことを知る聞染はこれを止め、小敬と接触する。聞染の登場に驚きながらも彼女を逃し、単身突入する小敬だが、王ウン秀を盾にされ、狼衛に捕らえられる。その頃、李必は小敬と聞染の父の関係を調べていた……

 今回冒頭で描かれるのは、王ウン秀を騙して捕らえ、曹破延ら狼衛と対面する聞染の姿。何故長安の人間が自分たちに協力をと疑う曹破延に対し、聞染は父を殺した長安を憎んでいると答えるのでした。
 一方、右相の不正の証人殺しに絡んでいると思しき聞染を追う李必は、彼女の経歴を調べる中で、彼女の父が消息不明となった年に朝廷が辺境を守る兵を募集していたことから、その線での調査を命じます。が、同時に張小敬もその年に軍に入隊していることに気付くのでした。

 その小敬は、姚汝能に頼んだ援軍の派遣を待たずに灯籠売りに化けて修政坊の狼衛のアジトに接近しますが、狼衛側には一発で怪しまれ(というより接近する者は全て殺す方針の模様)、曹破延は彼を遠間から射殺すように命じますが――しかしやってきたのが小敬と見た聞染は、突然彼は自分を迎えに来た夫だと言い張り、小敬のもとに向かうのでした。
 そして聞染と対面する小敬。互いに顔なじみの間柄らしい二人ですが、小敬にとってこれは予想外の対面であったのか、彼女がここにいることを問い詰めます。が、彼女が言を左右するのを追求する間もないと考えたか、彼女に後で落ち合おうと告げると単身アジトに突入。一方、小敬の言葉に従ってその場から離れる聞染ですが、小敬の後を追ってきた熊火幇のヤカラどもに見つかり、小敬の居場所に案内するように強いられることに……

 その頃、聞染の父のことを調べていた李必は、そのものズバリの名ではないものの、聞無忌なる人物が、小敬と同じ部隊にいたことを突き止めます。最前線の烽燧堡で味方の援軍もないまま孤軍奮闘し、200名を超える部隊のうち、9名しか生き残らなかったというその部隊――小敬と聞無忌は、その生き残りに含まれていたのであります。そしてそこからさらに李必は、小敬の34名殺しの背後に深い事情があることを察するのでした。

 その頃単身アジトに殴り込み、たった一人で狼衛の集団を向こうに回して獅子奮迅の大暴れを繰り広げる小敬。外での射撃戦を制し、屋敷の中に飛び込んでは地形を活かして多勢を翻弄し――と桁外れの強さを見せる小敬ですが、王ウン秀を殺すと脅されては戦いようもなく、武器を捨てて捕らえられるのでした。
 そして吊り下げられた末、銅銭ほどの肉を削いでいく銭削ぎなる拷問を仕掛けられる小敬。狼衛がどこからこの場所を知ったのか吐けと迫る中、小敬の心の中に浮かぶのはあの地獄の戦場――そう、烽燧堡の戦いの様子であります。戦友たちと肩を並べる若き日の小敬ですが、そこには確かに聞無忌の姿が――どうやら小敬より少し年かさに見える、なかなか食えない人物の印象です。

 時に沈黙を、時にこちらを翻弄するような小敬をさっさと殺して計画を早めようとする曹破延と、右刹を待つべきだという他の狼衛と、意見対立に救われている感もある小敬。しかし小敬を救援すべき崔器の部隊は、崔器自身が間者を殺した小敬に対して激しい敵意を抱いている(むしろ捕らえようと李必に進言するほど)のに加え、街の喧騒に阻まれて修政坊までまだまだ辿り着けない状況。ついには花車の芸比べにぶつかり、完全に足止めされる羽目に……


 ほとんど物語始まって以来最大の大立ち回りを小敬が見せる(建物のセットをフルに使っての立体的なアクションが圧巻)一方で、彼の過去にまつわる様々な情報が提示された今回。聞染が父を熊火幇に殺されたと以前語っていたのが真実であり、小敬の戦友である聞無忌が聞染の父であれば、小敬が熊火幇のメンバーを大量殺戮した事情も想像できるような気がしますが――まださらなる事情があるのでしょうか。
 そしてその熊火幇に捕まってしまった聞染ですが、狼衛相手の態度を見るに、かなり機転が効く様子。そんな彼女であれば、これを利用して今の小敬の窮地を救えるのでは、という期待もありますが――相変わらず態度はデカい崔器が全く頼りにならないだけに。

 それにしてもその崔器が足止めを食うこととなったパレードの場面の華やかさは圧巻で、本作の物量の凄まじさにはまたも感心させられます。ラストにチラッと登場した女性が、見物の観客たちがコールを送っていた許鶴子でしょうか……(しかし相変わらず中国ドラマらしく妙なところで終わる今回)


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『長安二十四時』 第1話「巳の正刻 戦いの始まり」
『長安二十四時』 第2話「午の初刻 小敬、始動」
『長安二十四時』 第3話「午の正刻 遺された暗号」
『長安二十四時』 第4話「午の刻 窮地の靖安司」
『長安二十四時』 第5話「午の刻 人脈を持つ男」
『長安二十四時』 第6話「午の刻 地下都市の住人」
『長安二十四時』 第7話「未の初刻 信望の結末」

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2021.08.22

『MARS RED』 第4話「歌知らずの歌」

 相手を斬ることに躊躇う秀太郎に、その甘さは仲間を滅ぼすと告げる前田。その頃、吉原では変死体が次々発見され、スワが探索中に出会った遊女・明里も犠牲となる。そしてヴァンパイアの根城を発見するも多勢に無勢の山上の危機を前に、ついに秀太郎の能力が覚醒する……

 冒頭、互いに真剣を手に練兵場で対峙する前田と秀太郎。秀太郎に対して本気で来い! と無茶を言う前田ですが、ようやく意を決して打ちかかった秀太郎を、前田はカウンターで迎撃――秀太郎が未熟なのはともかくとして、A級のヴァンパイアの攻撃に合わせる前田の方がよほど怪物であります。
 その怪物は秀太郎に対して、その甘さは仲間を滅ぼすと手厳しい一言――ですが、これはまあ今までの秀太郎の緊張感のなさを見れば仕方がないところでもあります。

 そんな中でも、前回、闇の人工血液・アスクラが運び込まれていることが判明した吉原で続く、ヴァンパイアによる殺人。既に巷では吉原の毒殺事件として伝わっているようですが(首を突っ込んできて前田と再会する葵)、問題は、発見される遺体に残された歯型の大きさが異なること――すなわち、ヴァンパイアが複数存在することであります。
 そこで遊女が怪死した長夜楼に調査に向かう零機関。ここでの頼みは山上の存在――ヴァンパイアは自分より上位のヴァンパイアを本能的に恐れるため、ランク外、
すなわち最下位の彼は自分以外のヴァンパイアを察知できるのであります。が、山上に国内最高位の秀太郎が同行してしまったため、周囲に潜むヴァンパイアたちは逃げ去ってしまったという――いや、これは道理でした。

 他の三人がそんなコントみたいなことをしている間、スワは一人で楼に上がり、明里という遊女を相手に時間を共にします。もちろん、一緒に寝るということはせず、噛み合っているような噛み合っていないようなやりとり(自分は300歳だとか、昔大勢のヴァンパイアに襲われたとか)をするだけなのですが、普段無愛想なスワにしてはどこか安らいだものを感じさせるのは、明里の素朴さが彼の琴線に触れたためでしょうか。そして眠りに落ちた――このシーン、薬でも盛られたのかというくらい唐突でちょっと驚いた――明里を置いて、スワは去るのですが……

 結局この日の捜査はうまく行かなかった一方で、さらに増えていく犠牲者の数。再度捜査を、今度は山上一人を先行させ、彼の(ヴァンパイアならではの超音波通信での)急報で秀太郎らが駆けつけるという作戦だったのですが――山上が足を踏み入れた吉原では、既に捜査というレベルではないほど、あちこちにヴァンパイアが徘徊している状態(何やってるの十六特務隊)。そしてヴァンパイアたちの後を追い、彼らの根城が投げ込み寺であることを知る山上ですが――実は彼は超音波がうまく出せなかった! 多勢に無勢、山上は寺の中に引きずり込まれ……

 そこでようやく山上の声を察知して駆けつけた秀太郎が見たものは、モブヴァンパイアに蹂躙されている(元)妻子持ちの小太りおじさんヴァンパイアという衝撃的な光景。あまりの惨状に秀太郎の中で何かが切れ――ほとんど瞬間移動状態で剣を振るう彼は、群がるヴァンパイアを一人で殲滅するのでした。
 一方、長夜楼から行方不明になった明里が、ヴァンパイアたちによって無惨な姿とされたのを目の当たりにしたスワ。明里の願いである、何か歌ってほしいという言葉に答えられなかった彼は、タケウチに歌を教えてほしいと告げるのでした。

 そしてそんな吉原の状況を眺めていたのは、デフロットと以前帝国ホテルに取材に行った葵の前に現れた謎の青年ルーファス。東京を狩り場にしない約束だったと不快げな表情を見せるデフロットに対し、ルーファスは主人たちに伝えると慇懃に応じるのですが――さて、葵にアスクラを香水と称して渡したルーファスは、ヴァンパイアではないにせよ彼らと繋がりがあるのは明白でしょう。
 そしてそのアスクラが投げ込み寺でスコッチの樽に入れられていたのを発見した零機関は、それを手がかりに調査に向かおうとするのですが、その矢先に前田が倒れ……


 漫画版ではかなり印象的なエピソードであった吉原編ですが、このアニメ版では、秀太郎覚醒と、スワと明里の交流という二本の線が並行したままで繋がらず、そしてどちらも演出が淡白だったこともあり、淡々と終わった印象です。(漫画版では、秀太郎がが逃したヴァンパイアが明里を襲った(かもしれない)という繋がりがあった)

 それはさておき、ようやく零機関がアスクラの製造元に辿り着きそうな一方で、政府は零機関の予算削減と将来の解散を決定するなど、周囲の状況は悪くなるばかり。問題は、中島中将の盟友であり、予算削減の知らせをもたらした高官・沖村と、ルーファスの間に何らかの?がりがあるらしいことですが……


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『MARS RED』 第1話「陽のあたる場所」
『MARS RED』 第2話「死が二人を分かつまで」
『MARS RED』 第3話「夢枕」


唐々煙『MARS RED』第1巻 人間の中のヴァンパイア、ヴァンパイアの中の人間
唐々煙『MARS RED』第2巻 人間と「人間的な」ヴァンパイアの狭間で
唐々煙『MARS RED』第3巻 決戦、そしてヴァンパイアたちの最後の任務

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2021.08.21

宮本昌孝『藩校早春賦』 「普通の」少年三人の胸躍る日常と冒険

 歴史・時代小説で「青春」というと個人的には宮本昌孝の名が真っ先にあがるのですが、戦国ものを中心とする作者の作品で青春ものといえばこれ! なのが本作。東海のとある小藩を舞台に、個性豊かな三人の少年武士の青春絵巻が描かれます。

 負けん気の強さと素早さが持ち味の筧新吾、豪傑肌(脳筋)の花山太郎左、柔弱ながら心優しい曽根仙之助――新吾と太郎左は徒組三十石の軽輩、仙之助は百二十石の上士の家柄と、本来であれば親しく交わるはずのないものの、子供の頃のある出来事がきっかけで、堅い友情で結ばれた十代の少年三人であります。

 そんな三人のところにある日飛び込んできたのは、藩主お声がかりで藩校が作られるという話。時は江戸時代後期、各地で藩校が作られた流れに乗り、上士下士を問わず文武に励むことが出来る場が作られることとなった――のですが、問題はそこで剣を教授するのが誰になるかという点であります。
 当時城下には、同じ直心影流ながら上士中心と下士中心の二つの道場があり、門弟同士が何かといがみ合っている状態。三人は後者で学んでいたのですが、どちらが教授するかを決める五対五の対抗戦の選手に選ばれてしまったのです。

 道場一の腕自慢の太郎左や、道場はサボり気味でも腕は確かな新吾はさておき、竹刀を振るのもやっとの仙之助。しかも相手は、かつて三人が友情を結ぶきっかけとなった、横暴な上士の子弟たちで……


 そんなエピソードから始まる本作は、タイトルの通り、この藩校を舞台として三人が繰り広げる青春の姿を描く連作であります。

 藩校の普請中に多発する事故の背後に秘められた企みを暴いたり、新吾の幼馴染・志保の姉とかつての恋人を巡る事件に巻き込まれたり、罰として強面な教授の屋敷で一晩過ごすことになった新吾が意外な人間模様を目の当たりにしたり、いい加減極まりない新吾の次兄・助次郎が急に真人間になった事情に首巻き込まれたり、太郎左と新吾の晴れ舞台である御前踏水(水泳)が突如延期となった背後の陰謀に巻き込まれたり……

 全七話の本作の中で三人が巻き込まれる事件は、身の回りの椿事というレベルから、刃を持ってケリがつくような物騒な話、果ては藩政の行方を左右するような事件まで実に様々。
 そして物語に登場する三人の周囲の人々も、新吾の幼馴染の志保、新吾の兄で実に対象的な精一郎と助次郎、藩でも格別の家柄の出身の仙之助の母・綾、うるさ方で藩の名物老人・十太夫、嫌味で依怙贔屓な藩校の教師・安右衛門等々、多士済済であります。


 そんなバラエティに富んだエピソード満載の本作ですが、その中で印象に残る点、そして本作ならではの魅力となっている点は、基本的に新吾たち三人があくまでも普通の少年にすぎないことでしょう。

 彼らは別に、親が陰謀に巻き込まれて腹を斬ったり、秘剣を伝授されたりといったドラマチックな運命にあるわけではありません。それどころか、罰として校庭を走らされたり書き取りをさせられたり、枕絵鑑賞に夢中になったりと、あまり格好良くない――しかし実に身近で微笑ましい、等身大の青春を送る少年たちにすぎないのです。

 もちろん、確かに三人は(特に新吾は)作中で様々な事件に巻き込まれ、その結果は時として藩政に影響を与えることになります。
 それでも、それはあくまでも結果として、であります。彼ら自身の行動の理由は、若者らしい好奇心であったり、時には偶然巻き込まれただけであったり――それが思わぬ形で騒動になっていった、その結果が本作で描かれる冒険の数々といえるでしょう。

 それは例えるならば、等身大の悪ガキでありながら、その日常が読む者の心を躍らせる(そして時に本当の大冒険に巻き込まれる)『トム・ソーヤーの冒険』のような物語であるといえるかもしれません。
 それだけ本作で描かれる三人の日常と、時に訪れる本当の冒険の機会は、彼ら自身の姿が実に微笑ましく、そしてリアルに描かれているからこそ、かつての(あるいは今の)自分たちの姿と重ね合わせることで、より一層魅力的に感じられるのであります。もちろん、そこには日常と冒険の絶妙なさじ加減があるのは当然なのですが……


 もちろん、青春というのはあくまでも一過性の季節であります(そしてだからこそ美しく感じられるのですが)。いつか彼らも大人になっていくのですが――その姿は続編である『夏雲あがれ』で描かれることになります。
 そこで彼らがどのように変わり、変わらないのか――それはまた別の機会にご紹介いたしましょう。


『藩校早春賦』(宮本昌孝 集英社文庫) Amazon

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2021.08.20

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第1巻 超常現象の源は異能力者 戦前日本のX-MEN!?

 数はさほど多くはないものの、それなりのサブジャンルとなっている感がある、戦前の軍を舞台とした特殊部隊/特殊能力者もの。題名だけではわかりにくいですが、『ぬらりひょんの孫』の椎橋寛による本作もその一つであります。軍の命により各地の超常現象を調査する少年・岩元胡堂の目的とは……

 1910年代、陸軍のエリート養成校である栖鳳中学校で学園長の寵愛を受け、3年生でありながら(この時代の旧制中学の修業期間は5年)書記長を務める少年・岩元胡堂。
 ある日、学園長の命を受けて黒い雪が降るという村を訪れた岩元は、黒い雪の噂を追ううちにある屋敷の敷地に迷い込み、その地下に幽閉された美少年と出会うことになります。

 そここそは、村の有力者であり、心身の痛みを消す妙薬を作り出す製薬会社の経営者の屋敷。そこで黒い雪と少年の関係、黒い雪と妙薬の関係を知った岩元の選択は……


 前線で戦う優秀な兵士や先端技術の研究者の育成だけでなく、軍事利用可能な超常現象を収集・研究する秘密機関でもある栖鳳中学校。本作のタイトルロールである「岩元先輩」こと岩元胡堂がそこで務める役目は、その超常現象の調査――そしてそれを生み出す者のスカウトであります。
 実はタイトルにある「推薦」とは、超常現象を生み出す異能者の、栖鳳中学校入学への推薦。そしてその岩元自身も、炎を放つ彼岸花を周囲に咲かせる(あるいは彼岸花の形の炎を放つ)能力「花葬の彼岸花」を持つ異能者なのです。

 本作は、そんな岩元胡堂が各地で起きる超常現象と対峙、解決していく連作スタイルで(いまのところ)展開していきます。
 上で紹介した黒い雪に始まり、鎌を刺せば望んだ相手との縁が切れる樹、栖鳳中学校の寮に突如現れた巨大な繭、そして徘徊する死者の伝説……(作中で言及される汗でなく海月をかく人間は、この巻には未収録の読切版のエピソード)

 そして感心させられるのはその内容の独創性であります。登場する超常現象やそのロジック、能力者の能力などは、いずれも既存の伝説や「史実」を(ベースにしたものはあるかもしれないにせよ)使用せずに、本作オリジナルのものばかり。この独創性・意外性は、怪奇ミステリファンとしても大いに感心します。

 特に、他の事件と異なり、学園長から調査を禁じられている屍人伝説の調査に、岩元が独断で向かった先で、おびただしい数の人肉が付着した白骨と、近隣の厳重に警備された瓦斯工場の存在を知り――という第4話は、奇怪な伝説の真相と、それに対する「現代」の人間の対処の真実が圧巻のエピソード。
 しかしその怪奇性に留まらず、その現象の根底に能力者の存在を描くことにより岩元が積極的に行動する理由が生まれるのが、本作ならではの独自性として機能しているのに感心させられます。

 そう、岩元自身の行動理由は単に命令されたからではありません。彼の真の動機は、自分と同様の異能者を受け入れ、守り、「人間」として生きる道を与えること――いわば本作における異能者たちへの「推薦」は、彼らが常人と異なる孤独な存在ではなく、共に生きる仲間たちがいる「人間」であることを呼びかける言葉でもあるのです。

 こうして考えてみると、実は本作は主人公が属する組織が「学校」ということもあり、むしろX-MENの世界を、戦前の日本で再現する試みなのではないか、とすら思ってしまうのですが……
(書記長選挙で岩元が演説したという「選ばれし優秀な同志達がこの国の未来を救う」という言葉も、この辺りの設定を踏まえると意味深に感じられます)


 このように怪奇ものとして、昭和伝奇ものとして、能力者ものとしてなかなかに魅力的な本作ですが、登場するキャラクターの大半が美少年――なのはともかく、当時の軍隊にいたとは思えないビジュアルなのは、正直なところ違和感は強く感じます。
 もっともこの点は、能力者のみ(普通の軍人である「前線部隊」所属の生徒はそうではない)であって、意図的な描き分けと思われますし、何よりもこれがファンの期待する作風というのも事実でしょう。

 何はともあれ、この魅力的な設定の中で、いかなる超常現象が描かれ、そしていかなる能力者が登場し、岩元と共に生きていくことになるのか――今後も見届けたいと思います。


『岩元先輩ノ推薦』(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2021.08.19

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第20巻 一冊丸々撤退戦! 敗北が約束された戦場のゆくえ

 記念すべき第20巻――なのですが、そのことも目に入らないほど緊迫した情勢の項羽の追撃が続く『龍帥の翼』。范増の死をパワー源として迫る項羽に、成皋に篭もる劉邦たちも、もはや打つ手なし――勝算が既になくなった今も、しかし張良の戦いは続きます。

 これまで滎陽に篭って項羽の軍を迎え撃ってきた劉邦軍。しかし圧倒的な戦力の違いの前についに滎陽を脱出した劉邦軍は、幾多の犠牲を払い、宛、成皋と点々としながら、なおも項羽の追撃を受け続けることになります。
 彭越の後方撹乱で体制を立て直す機会を得たものの、しかし張良と陳平の策によって仲を割かれた范増の死を知った項羽は悲憤慷慨――怒りと悲しみをパワーに変え、一気に劉邦を追い詰めにかかって……

 という、本気で怒った項羽が大軍を率いて突撃してくるという絶望的な状況から始まるこの第20巻。もはや最後の希望は張良の詭計のみですが――そこで張良がまず訪れたのは、酈食其のもとであります。
 酈食其といえば、史記ではあまりよい印象のない儒者。本作でも(当然)触れられているように、劉邦に一度は認められた献策を張良に箇条書きでダメ出しされ、食事中の劉邦が食べ物吐き出しながら取り消したという、ちょっと可哀想な人物であります。

 その、自分から見ればある意味仇敵である張良の策を――それも自分の死が確実である策を――聞かされながらも、これを諒として劉邦のもとに向い、平然と「死を賭して行く」と斉を説得に向かう酈食其。
 「行くぞ孺子(こぞう)」と張良を引き連れて飄然と劉邦の前に現れる姿が、実に格好良いのですが――彼の真骨頂はこの巻ではなく、次巻以降であります。


 そう、この巻のメインとなるのは、劉邦軍の成皋からの脱出。古来、撤退戦は一番難しいといいますが、しかも相手が怒り狂った項羽と、その狂気にヤられた軍勢とくれば、ほとんど不可能ミッションとすらいえるでしょう。

 この不可能事を成し遂げるに、まずは劉邦と夏侯嬰をただ二人で脱出させるという奇計をとった張良。当然その他の武将たちは取り残されるわけですが、これはある意味体を張った囮であります。
 しかし彼らとて生きて落ち延び、再び劉邦の下に参じなければいけません。ここで張良が取った策は籠城ではなく野戦。確かに籠城しても持ちこたえられる時間はたかが知れている上に、逃げても逃げても項羽は追ってくる。だとすれば、少しでも有利な地形を利用して戦うに如くはなしかもしれません。

 しかしだからといって今の項羽の軍と戦って勝てると思う者は誰一人ありません。そしてそのあらかじめ敗北が約束された戦場において、善戦むなしく漢軍は敗れ、潰走することになったのですが……

 と、ここで語られる張良の策の真実が、圧巻なのであります。軍略だけでなく、人間心理の裏の裏まで読んだ上での策――その策によって張良は「完勝」を収めるのですが、その代償は決して小さいものではありません。
 兵士たちの犠牲もさることながら、張良自身も囮となってのこの策。もちろん張良の傍らには黄石と窮奇がいるとはいえ、しかし彼ら自身も無事に撤退することはできるのか……


 と、ほぼ一冊丸々撤退戦というわけで、一歩間違えると何とも悲惨な展開になりかねないこの巻でしたが、策だけでなく自分の身体も張った張良たちによって、敗戦よりも奮戦というイメージが強い内容となりました。
(そしてまさにそれは、張良の策がまさに的中したというべきでしょう)

 もちろん、酈食其の件も含めて、全てが張良の策とされるのも、それはそれでどうかと思いますが、本作の場合はやむを得ないというべきでしょうか。
 何はともあれ、この先で気になるのは張良たちと別れて修武に陣を構える韓信のもとに駆け込んだ劉邦の行動。予告では何やらとんでもないことをしでかすようですが、さて……


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第20巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2021.08.18

「コミック乱ツインズ」2021年9月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」誌9月号の紹介、後編であります。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 『勘定吟味役異聞』はお休みの代わりに、一年ぶりに掲載の本作。旧友で南町奉行の常磐の、愛娘・世乃が何やら落ち着きがなく外出が多いという悩みに、玄太郎が一肌脱いで――とはならず、世乃と常磐家に奉公している娘・りょうの姿をそっと見守る(りょう曰く「うぜぇおやじ…ッ」なのですが……)のが、本作らしい展開といえるかもしれません。

 実は世乃はいま評判の茶屋娘が気になっている真っ最中。りょうとともにようやく茶屋に足を運び、憧れの人に声をかけられて有頂天になるのですが――そこでりょうが冷静に支えるのは、かつて色々とやってきた彼女ならではというべきでしょうか。
 シスターフッドというと大げさかもしれませんが、女の子同士の心の結びつき、信頼関係が気持ちの良い今回、締めの蕎麦も相変わらず美味しそうであります。


『懊悩寺おつとめ日鑑』(芳家圭三)
 特別読切の本作は、江戸時代の寺院を舞台としたちょっとエロティックな人情話です。
 江戸のとある寺に修行にやって来た青年僧・道慎。彼は寺領の畑にある民家に身を潜めていた子連れの女性と寺に出入り巫女を偶然見つけ、文字通りの口封じをされて気持ちは乱れるばかり。しかもその晩、寺の老師とこの二人のけしからぬ光景を目撃してしまい……

 と、艶っぽい話かと思えば、実は二人の女性の行動には重い理由があって――と意外な方向に転がっていく本作。女性が辛い現実の中で生きていくためには、腐った寺でも利用するしかないという苦さが印象に残ります。
 主人公が結局傍観者に留まるのはスッキリしないところもありますが、むしろそれ故に意味がある物語というべきでしょうか。(やはりどっちつかずの物語となっている感は否めませんが……)


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 山あり谷ありを乗り越えて、ついに浦上宗景に仕官することとなった八郎(直家)。しかし宗景を評するに、母はとにかく圧倒されると、そして阿部善定は八郎とは真逆と語るのでした。もちろん、二人の話に疑問符だらけの宗景と読者ですが――一ページめくってみたら一発で宗景のキャラクターがわかってしまうのが面白いというかさすがというか……

 陰キャの極みというべき八郎とは確かに対極ながら、しかし油断はできない人物の宗景。さらにそこに祖父の仇であり、自分たちが辛酸を舐める原因を作った島村盛実が現れ――ってそうくるか! という展開にはさすがに吹き出しました。
 本人はどう見てもツッコミ役の八郎ですが、周囲にボケ役は事欠かない様子――彼の色々な意味で苦難の道はこれからが本番でしょう。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 梅安という一人の仕掛人の物語を超え、完全に江戸の暗黒街の覇権を巡る組織と組織との抗争が展開する「梅安冬時雨」編。
 ついに直接襲撃を仕掛けてきた切畑の駒吉と羽沢の嘉兵衛の東西連合に対し、これを完全に予期していた音羽の半右衛門側は優位に戦いを展開。しかしそこに鬼札というべき北山要之助が乱入し――という場面で前回は終わりましたが、一度は梅安以外には興味がないと襲撃を断ったはずの要之助が何故この場に、という謎解きが冒頭で描かれることになります。

 そのきっかけとなったのがおしまというのはこれは予想通りではありますが、半右衛門の間者として白子屋方に潜入、そこで情を通じた相手を自分の手引きで討たせ、その後も引き続き間者を務めていた彼女の想いが、この非常事態をきっかけに決壊して――というのはそれなりに納得できる展開でしょう。
 しかし予想できなかったのは、ここで要之助や刺客たちを迎え撃った人物で――と、これは作者(作画者)らしい豪快な展開なのですが、しかしおしまとの対比としても、面白いところであります。

 そして己の快楽のためであれば味方をも嬉々として斬る剣鬼、いや剣狂というべき要之助が見せる人間味もまた面白い。やはりこの男を止めるのは(今回ラストにようやく登場した)梅安なのだと思いますが――クライマックスに向け盛り上がって来ました。


 次号は『カムヤライド』が待望の連載再開。今回お休みの『勘定吟味役異聞』も登場であります。


「コミック乱ツインズ」2021年9月号(リイド社) Amazon

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2021.08.17

「コミック乱ツインズ」2021年9月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は、表紙が『鬼役』、巻頭カラーが『侠客』。『そば屋幻庵』が久々の登場のほか、特別読み切り『懊悩寺おつとめ日鑑』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『暁の犬』(高瀬理恵/原作:鳥羽亮)
 佐内と満枝の関係が進展(?)したり、新たな刺客・立木野さんの登場によりついに最後の標的が倒されたりと様々な展開がありつつも、ラストに登場した二胴の遣い手が全てを持っていった感のある前回。

 事態がいよいよ最終局面に入ったことを悟った佐内と根岸はそれぞれに覚悟を決めますが、そこでもう一人気合を入れたのは、蔓鳶の亀吉――益子屋の使う密偵の若者です。
 以前の佐内と根岸による襲撃の際、敵に偽情報を掴まされた亀吉。その屈辱を胸に、水野家を探った彼は、ついに二胴の剣士要請場を発見することに成功したのであります。……実は襲撃失敗の際、敵と繋がっているのではと疑っていたのですが、悪いことをしました。(しかしこの時代、あの土地は田舎の代名詞ですね……)

 一方、三日ぶりに家に帰ってきた佐内ですが、帰ってみれば満枝さんが食事の支度をして――という、ある意味ちょっとヒッとくる展開。ちょっと流連しちゃってさぁと悪ぶってみたものの速攻で見破られた上に、襟足にクラクラきている佐内、もはや陥落間近であります。
 そしてラストには、二胴の剣士を目撃して安否が気遣われていた立木野さんが佐内の道場に登場。どうやら佐内の父のことを知っているようですが……


『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 久々登場の講釈師・川良堂の依頼で、人偏師(偽物作り)の原濃能胤と組んで新たな怪談噺の仕込みにかかる半次郎。ヒバゴンの腕やらカッパの腕、天狗の爪といった胡散臭くも楽しい品物を出してきた上で、半次郎が用意したものは……

 と、妖怪好きにはお馴染みのアレが登場する今回。それを中村半次郎に売りつけるべく薩摩藩邸に向かうところに襲いかかってしまった連中こそいい面の皮ですが、川良堂の新作も無事に成功して――というお話であります。
 例によって今回も脱ぐ半次郎ですが、題材が題材だけに(そして演出が演出だけに)それなりの必然性があったのが面白いところであります。しかし中村半次郎の登場は、ちょっと疑問符なのですが……


『ビジャの女王』(森秀樹)
 蒙古の猛攻によって風前の灯火のビジャに、ようやく駆けつけたインド墨家。墨家の使者にして常人の倍はありそうな巨漢ダルマダ・ブブの指揮の下、ついに反撃が始まるのですが、ブブが示した策は、兵士たちを困惑させるような意外なもので……

 と、墨家定番の(?)展開となった今回ですが、一見無意味な策でもって、ブブは蒙古軍に対し地味に精神的ダメージを与えることに成功。蒙古軍はこの策の背後にあるものを探るために間者を送り込むも、これもまた――というわけで、ついに入った反撃のターンは、まだ結果自体は地味ながら、連載開始以来ビジャが追い込まれる一方だっただけに、なかなかに気分の良いものがあります。
 策だけでなく、その巨体を活かして戦闘もイケるブブも、よく見ると結構イケメンで、前作(だから前作とは)とは好対照なのも、面白いところです。

 そんなブブの存在を、ベルゼブブに重ねて見るのは、腹に一物ある宰相のジファル。ブブ自身が語る、その名の由来はある意味正反対のものであるだけに、皮肉が効いているといえるでしょうか。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2021年9月号(リイド社) Amazon

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2021.08.16

『MARS RED』 第3話「夢枕」

 Vウィルスの入った人工血液・アスクラの流れを追う中、吉原に運ばれていることを掴んだ零機関。しかし軍上層部の零機関への風当たりは強いものだった。その頃、山上から妻・富子の思い出を聞かされた秀太郎は、山上と富子を会わせるために夢枕作戦を立案。幽霊を装って富子の前に現れる山上だが……

 前回登場した闇流通の人工血液(アスクラと呼ばれている模様)を引き続き追う中、一人の男を取り押さえた零機関。しかしその男はヴァンパイアではなく人間、すなわち運び屋でありました。
 そんな地味な捜査を続ける中、中島中将とともに陸軍上層部の会議に出席することとなった前田ですが、上層部は20年かけて成果はようやくヴァンパイア4人という零機関に対して、否定的というより冷笑的な態度を見せるのでした。戦場を知らぬ彼らにとっては、軍務もまた政治の場。その一方で、もう若者を死なせたくないと語る中島中将に賛同する前田ですが――約20年前からということは、日露戦争での経験が中将の考え方を規定したということでしょうか。軍人としては一見立派に見えるものの、この手の話でこういう人物は暴走しやすい気も……

 しかし自分たちがそんなハードな状況に置かれているとも知らずに、どこか呑気というかマイペースなのは、零機関のヴァンパイアたち。西洋の棺桶風ベッドに寝かされたのはいいけれども寝られないとこぼす秀太郎、永遠に若い頭脳のままで研究できることを喜ぶタケウチ(Vウィルス入りの血液を研究中、血液が眼球に触れたためにヴァンパイアになったという過去を、石田声で嬉々として語る)。そして山上は、自分の死亡届が既に出されていることを知り、これが初盆かと感慨深げであります。
 仲間たちがそんな調子の中、スワのみは、浅草の雑踏の中で葵(しかしこの子は異常にヴァンパイアに関わりやすいな……)とともに行動しているデフロットを見かけたりと一人でシリアスですが……

 そんな中、任務で浅草を訪れた山上は、四万六千日の喧騒を目の当たりにして、自分も妻の富子とよく鬼灯市に来たものだと語るのですが――そこで秀太郎が閃きました。Aクラスのヴァンパイアである彼の運動能力は、常人にとっては急に現れそして消えたも同然に見えるもの(冒頭で運び屋相手にさらりとそれを見せるのが巧い)。その能力を活かせば、相手に幽霊と思わせることができる――本当に大丈夫か? というアイディアですが、山上も半信半疑ながら、妻会いたさに秀太郎の提案に乗るのでした。
 そして自分の灯籠を流しに来た富子の前に現れ、語りかける山上。お前の幸せを願っていると切々と語り、再婚してくれてもいいとまで伝える山上に対し、富子は良寛と恋人のやりとりの歌(原作者のブログ参照)を擬えて変わらぬ愛を告げ、そちらに行く前にまた会いに来てくださいと答えるのでした。

 一方、アスクラの運び先が吉原だと知り、出動する前田ですが、しかしその途中で身体(心臓?)の不調を見せることに。そして先行したスワは、ヴァンパイアの犠牲者を発見し……


 帝都で跳梁する謎のヴァンパイアの追跡という物語の大きな流れからすれば、敵の棲家らしい場所がわかっただけで、ほとんど動きはなかった今回。しかし吸血鬼ものとしては非常に興味深い、そして内容濃いエピソードであったと感じます。

 ヴァンパイアの初盆という題材を扱った作品はこれまで寡聞にして知りませんでしたし、幽霊のふりをして人の前に現れる吸血鬼というのも、これもちょっと見たことのないユニークなアイディアですが――その根底にあるのが、残してきた愛する人に再会したいという、極めて根源的で切ない心であることで、一見コミカルな展開は、ググッとドラマチックなものとなります(そしてそれがヴァンパイアという西洋的存在と、お盆という日本の風習を結びつけるのも納得)
 そして今回の主役というべき山上も、このために山寺宏一か! という演技で、物語を盛り上げていました。

 それにしても前田の言う「人間の世界」が、国を守るという目的を掲げつつも、様々な欲にまみれたものとして描かれた一方で、生き血をすすって生きるヴァンパイアの純愛が描かれるのも、皮肉ではあるものの、実にいいと思います。(と、考えてみれば本作はここまで毎回、ヴァンパイアの純愛を描いてきたのですが……)
 どこか晴れ晴れと美しい、夜の浅草の美術も印象に残る回でした。


 しかし秀太郎、山上のためには一肌脱ぐけれども、自分のことはまったく噫にも出さないあたり、彼が葵のことをどう考えていたかが伺われるような……


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2021.08.15

わらいなく『ZINGNIZE』第6巻 乱入者たち出現!? 混迷の決戦のゆくえ

 愛する人を救い出すため、風魔小太郎との死闘を繰り広げる高坂甚内。太田道灌率いる死人軍団と鳶沢甚内の助勢を得て、小太郎についに痛打を与えたかに見えた高坂甚内ですが、しかし小太郎の怪物ぶりはそれを上回るではありませんか。さらに乱入者たちの出現により、事態は混迷の度合いを増し……

 小太郎の手に落ちたくノ一・菊を救い出すため、庄司甚内とともに圧倒的多数の敵を前に絶望的な戦いに挑む高坂甚内。しかし再生太田道灌を味方につけたことによって形勢逆転、さらに圧倒的武力、いや火力を持つ鳶沢甚内も駆けつけ、一気に小太郎との決戦になだれ込むことになります。
 もちろん小太郎は言葉通りの意味で不死身の怪物、その身が真っ二つになってもそれぞれが両甚内に襲いかかる化物ぶりですが――そこに一瞬の隙を突き、高坂甚内は切り札・忍法馬酔木を小太郎の身に打ち込むことに成功したのでした。

 かつて高坂甚内が小太郎と最初の戦いを繰り広げた際、自身はボコボコになりながらも一矢報いた馬酔木。不死身の肉体――つまりは異常な再生能力を持つ小太郎の唯一の弱点である猛毒を操るこの忍法が、ここに再び、決定的な形で小太郎を捉え、死闘決着と思われたのですが……

 しかし高坂甚内が体内でこの猛毒を作り出すメカニズムを模倣(?)し、小太郎はまさに完全燃焼。超人決戦は第二ラウンドに突入し、さらにそこに降り注ぐ無数の爆裂弾――と、これは鳶沢甚内の援護射撃かと思いきやさにあらず。
 そこに現れたのはエイリアンハンターの親玉――ではなくて奥州の覇王・伊達政宗と伊達成実、そして片倉重長。鳶沢甚内を遥かに上回る火力でもって戦場を蹂躙する伊達軍の思惑とは?


 というわけで、甚内ズ(あ、庄司甚内もようやく合流――馬酔木の巻き添えでいきなり死にかけましたが……)と風魔小太郎の戦いも最終局面と思いきや、とんでもない乱戦となったこの第6巻。
 以前から怪しい動きを見せていた伊達政宗がここで本格参戦し、何が起きているのかついていくのがやっとの超バトルが、さらに大変な方向に向かったのには流石に驚かされました。

 もちろん、菊の主であり、甚内ズに小太郎討伐を依頼した大久保長安と伊達政宗の間に何やら怪しい繋がりがあった――というのは巷説に伝わるところでもあり、ここでの参戦はなるほど、と思わされるところではあります。
 とはいえ、ビジュアル的に絶対誰かの下につきそうもない、むしろ獅子身中の虫になりそうなこの政宗(さらにいえば片倉重長も)、この先も絶対何事か企んでいるとしか思えないのですが……

 そしてもう一人驚かされたのは、道牛――小太郎に「先生」呼びで遇されていた、狐めいたビジュアルの男の正体です。
 それは江戸と大坂の対立の間で暗躍したあの人物――なるほど、小太郎が大坂の豊臣家と繋がりを持っていたことからすれば、わからないでもない組み合わせですが、まさかこの人物だったとは! と仰天であります。
(というより道牛という号の時点で気付いていなければいけなかったのですが……)

 そしてこの道牛、実は小太郎よりも甚内の追っかけであったことが判明。その口から語られる「七つの五右衛門忍法」なる何とも胸躍るワードとは――いやはや、物語もクライマックスのまっただ中に、新たな爆弾が投下されたものです。


 そして今度こそ三人揃った甚内と小太郎の決戦の行方は、長安や政宗の陰謀の行方は――まだまだ先が読めない物語であります。


『ZINGNIZE』第6巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon

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2021.08.14

京極夏彦『遠巷説百物語』(その二) どんどはれ 今語られるあの戦いの真実!?

 11年ぶりに帰ってきた巷説百物語、『遠巷説百物語』の紹介の後編であります。祥五郎が追う事件は次第にスケールアップ、思わぬ形でシリーズファンの誰もが気になっていたあの件に繋がることに……

「鬼熊」
 小正月に、乙蔵から遠野にある隠し女郎屋と、通常の三倍の巨体の熊が里をうろついているという噂を聞いた祥五郎。一方、医者の洪庵の元には、前の晩に雪女たちに出会ったという男が担ぎ込まれてくるのでした。
 そしてその翌日、土淵で巨大な熊の死骸が見つかり、巨体に押し潰された屋敷から、熊に殺されたと思しき三人の男の遺体が……

 前話に引き続き、よくない意味で豪快な今回。物語を構成する要素から真相は容易に想像できるのですが、それを強引にまとめてみせた仲蔵の技にはさすがに驚かされました。
 しかしそうした点を圧倒するのは、事の真相の圧倒的な陰惨さでしょう。あまりにも無惨な外道の所業に、地方の閉鎖性が結びついて生まれたこの事件、妖怪による救いの必然性という点では屈指と感じます。


「恙虫」
 遠野中が春の祭りの準備で盛り上がる中、疫病の発生を理由に戸締めとされた勘定方の組屋敷。かつて歯黒べったりに関わった大久保は、この疫病で亡くなった恩人の娘・志津から話を聞く中で、藩の対応に強い疑念を抱くことになります。
 そしてそこに駆けつけた祥五郎は、彼らに迫る危機を伝えるのですが……

 これまで遠野の市井に起きる事件を描いてきた本作ですが、ラスト一話前まできて一気にスケールアップ。これまでのサブレギュラー総登場で描く今回は、実にタイムリーなパンデミックもの――しかもクライマックスではこのジャンルでは定番の(?)あのサスペンスまでと盛り上がります。

 詳細は書けませんが、この事件の背後にはある思惑が――という往年のサスペンスもの的な構図も面白いのですが、それをきっちりと時代ものとしてアレンジしているのも見事であります。(相変わらず仲蔵の仕掛けは直球なのですが……)


「出世螺」
 主である南部義晋から、恙虫騒動の背景にあった不正が先の老中首座に繋がっていたことを聞かされる祥五郎。一方、山から宝螺が抜けて昇天するという噂が流れる中、山で金を掘っていた乙蔵は、ついに金塊を見つけたものの、八咫の鴉を名乗る男から怪しげな侍たちに気をつけろと警告を受けるのでした。
 はたして乙蔵の小屋を訪れた祥五郎と志津を取り囲む謎の侍たち。しかしその時……

 前話で描かれた事件の犠牲者のために、盛岡藩上層部の怪しげな動きの真相を暴くことを決意した祥五郎。御譚調掛としての彼の最後の奮闘が、今回描かれることになります。
 そして祥五郎とともにレギュラーを務めてきた乙蔵も、職を転々としてきたその心中と、祥五郎との絆が描かれ、ドラマも最終回に相応しい盛り上がりを見せます。

 しかし、やはり何といってもシリーズファンとして強烈に印象を残すのは、「八咫の鴉」の登場と、彼が語るあの戦いの真相――『続巷説百物語』の「老人火」でわずかに触れられ、こちらを大いにやきもきさせてきた「千代田のお城のでけェ鼠」退治のあらましを語ることでしょう。
 そう、これまではシリーズ全体から見れば遠くの物語に思えた本作は、ここに来て一気に他の物語との?がりを示すのです。

 もちろんここで語られるのはあくまでもあらましであり、結末(の一部)の振り返りなのですが――名前は変わったものの意外と中身は変わっていなさそうなあの人(さらに大技を身に着けていましたが……)の登場には、やはり胸が熱くなります。


 もちろん、あくまでも本作は遠野を舞台とした独立した物語。上で述べたとおり、祥五郎の物語も、乙蔵の物語も大団円を迎え、本作は「どんどはれ」となります。

 冒頭に語られる「譚」が、市井の「咄」をから祥五郎が見聞きした「噺」、そして仲蔵の語る「話」を経て成立していくという凝った構成が、時に物語の流れを窮屈にした印象もないわけではありません。
 しかし11年ぶりの復活篇として、そして『了』へと繋がる物語として、存分に楽しめる、そして重要な作品であったことは間違いありません。


 しかし千代田のお城のでけェ鼠の正体、自分なりに推理していたのが完璧に外れていたのが恥ずかしい……


『遠巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA) Amazon

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2021.08.13

京極夏彦『遠巷説百物語』(その一) 11年ぶりの復活! 遠野で語られる新たな巷説

 ついにシリーズ最終章の『了巷説百物語』も連載が始まった巷説百物語シリーズ、実に11年ぶりの復活であります。本作の舞台となるのは遠野――あの数々の昔話を伝える遠野を舞台に、新たな仕掛けの物語が描かれることになります。今回もまた、一話ずつ紹介していくとしましょう。

「歯黒べったり」
 筆頭家老にして遠野南部家当主・南部義晋の命により、巷に流れる話を聞き・調べ・見届ける御譚調掛を務める宇夫方祥五郎。いつものように幼馴染の乙蔵から話を聞いていた祥五郎は、餅屋の山田屋から座敷童衆が出ていったこと、夜な夜な愛宕山に鉄漿をつけた口のみで目鼻のない花嫁衣装の女が出没していることを知ることになります。
 山田屋を訪れた祥五郎は、そこで鉄漿女の正体が店の女房だと聞かされ、鉄漿女を退治せんとする役人・大久保を訪ねるのですが……

 本編に繋がる昔話が語られる「譚」、祥五郎が乙蔵から噂を聞かされる「咄」、その関係者と祥五郎が怪事を追う「噺」、一連の種明かしが語られる「話」の四部構成で描かれる本作の基本スタイルが示される第一話。
 お人好しで真面目な若侍・祥五郎と、職を転々とする噂好きの男・乙蔵、そして本作における仕掛けの親玉である長耳の仲蔵という、物語のレギュラーたちもここで紹介されることになります。

 それだけ盛り込まれると、一歩間違えれば慌ただしい内容になりかねませんが、座敷童衆と歯黒べったりという二つの怪異を結びつけ、仲蔵、そして彼を助ける亡者踊りの柳次の巧みな仕掛けに繋がっていく様は、久々ながら見事に「巷説百物語」していると、嬉しくなります(ある意味、仕掛けとしては一番凝っているかもしれません)。

 『前巷説百物語』以来久々に登場の仲蔵も、相変わらずのなんでも屋ぶりに加え、異相と人情味のギャップがなかなか魅力的。ちらりと語られるあの人物の名も胸踊るシリーズ再開篇であります。


「磯撫」
 藩から米の取扱いを一手に任された半兵衛なる商人が、これまでの税に上乗せして手間賃を取るようになったため大混乱が生じ、押し寄せ(一揆)が起きかねない状況だと、乙蔵から聞かされた祥五郎。
 その陰に不正の影を感じ取り、町奉行の是川とともに逃げた半兵衛らを追う祥五郎ですが、その前に巷で噂となっていた、川を遡る巨大な怪魚が現れ……

 「遠野物語」の影響もあり、鄙びた農村という印象の強い遠野。しかし本作で描かれる江戸時代末期の遠野は、国境ということもあって奥州でも交易の要所――様々な人々が集う(そして様々な話が語られる)地として、賑やかな姿が描かれることになります。
 このエピソードは、まさにそんな交易の要所ならではの、米の取引に関わる騒動なのですが――そこに磯撫という海の怪異が如何に関わるのかと思えば、その豪快な暴れっぷりとそれがもたらす結末、そしてさらに裏にある意外な事情に驚かされます。

 しかし何といっても印象に残るのは、事件の発端となった手間賃の上乗せでしょう。庶民の負担を増やして悪評紛紛、大混乱を引き起こしたこの事件は、発表タイミング的に現代のあの出来事がモチーフだと思われますが――本シリーズには少々珍しく感じる趣向であります。


「波山」
 行方不明となった娘が無残な焼死体として発見される事件が続発。祥五郎は乙蔵から、最初の犠牲者が出た油屋の鳳凰屋の出身である、伊予の火を吹く鳥・波山が犯人だと聞かされることになります。
 一連の事件が鳳凰屋の周辺で起こっていることに気付いた祥五郎は、友人で町方同心の
高柳と共に調査を始めるのですが……

 行方不明となった娘が、上半身が焼けただれた焼死体と化し、しかも家に死体が戻されるという、無残極まりない事件が描かれる本エピソード。正直なところ、真相自体はシリーズでもお馴染みの構図ですが、むしろこれを解決するための仲蔵の豪快な仕掛けが、良い意味ではなく印象に残ります。

 仕掛け自体がかなり直球なのもさることながら――この辺りは心理トリックを得意とするこれまでのシリーズと対照的に、仲蔵が物理トリック主体ということもありますが――さすがにこの素材がたまたまあったというのは都合よすぎるのではないか、と感じます。


 後半三話は次回紹介いたします。


『遠巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA) Amazon

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2021.08.12

松井優征『逃げ上手の若君』第2巻 犬追物勝負! 「この時代ならでは」を少年漫画に

 北条家最後の得宗の子・時行を主人公とした『逃げ上手の若君』、2ヶ月連続刊行の単行本第2巻であります。諏訪に保護された時行に迫る信濃守護・小笠原貞宗――異常な視力と卓抜した弓術の腕を持つ貞宗と、時行は思わぬ形で対決することになります。

 足利尊氏によって一月足らずのうちに鎌倉幕府が滅亡し、家族をはじめ全てを喪うこととなった時行。まだ幼い彼に手を差し伸べたのは、未来が見えると嘯く神官・諏訪頼重――彼によって諏訪大社に匿われることとなった時行は、同年代の少年少女を郎党に、捲土重来を期すことになります。
 その矢先に諏訪に現れたのは、足利方について信濃守護となり、異常な視力と天下一の弓の腕を持つ怪人・小笠原貞宗。しかし頼重はこともあろうに時行に対し、北条の残党狩りに燃える貞宗から逃げつつ、その弓の腕を盗めと言い出すのでした。

 というわけで、この巻の冒頭で展開するのは、貞宗と時行の一騎打ち。諏訪大社の犬追物に飛び入り参加してきた貞宗の挑発に対し、頼重は時行を(もちろんその素性は隠した上で)対戦相手として選び出したのであります。
 煽りスキルでは群を抜く頼重によって、犬だけでなく、相手の身体に当ててもポイントとなる特別ルールで始まったこの一対一の勝負。初めは頼重の授けた策と、時行の逃げ上手ぶりで先行したものの、相手ももさるもの、弓のみならず馬の扱いでも屈指の貞宗の前に、時行は一気に追い詰められることに……

 ここで題材となっている犬追物。中世において、武士に必須の武芸である騎射を磨くために行われた犬追物は、日本史の教科書などでしばしば見かけますが――しかしフィクションにおけるメインの題材として描かれたことは、これまでほとんどなかったのではないでしょうか。
 それだけでも驚かされるところに、本作は貞宗と時行のある意味ハンディキャップマッチを通じて、時行の成長を――しかも、実に少年漫画らしい必殺技まで描いた上で――彼の「逃げ上手」を活かしつつ描いてみせるのには唸るほかありません。


 そして次なるエピソードで描かれるのは、時行の新たな郎党探し――しかも腕利きの盗賊であります。

 時行との一騎打ちに敗れながらも、今度は帝の綸旨を盾に諏訪の郎党の領地を奪おうという貞宗。これに対し、その綸旨を奪って時間稼ぎしてしまおう――という、これまたヒドい策に必要なスキルを持つ人物として、頼重は周囲を荒らし回る盗賊・風間玄蕃の名を挙げるのでした。
 かくて彼を仲間に入れるべく、玄蕃の棲家があるという桔梗ヶ原に向かった時行。何とか玄蕃の心を動かしたものの、仕事を請け負う条件として、綸旨の盗み出しに、時行も同行することになって……

 と、少年漫画の定番である新たな仲間のスカウトというイベントを描くにあたり、後醍醐帝の綸旨というこの時代ならではのアイテム題材に、しかし本作らしい無茶な展開で描くこのエピソード。
 玄蕃の特殊能力を見せる一方で、異常な聴覚を持つ市河助房(実在ながら、五大院宗繁よりあるいはマイナーな人物ですが……)と組んだ貞宗の逆襲を描いたりと、これまた盛りだくさんなのですが、最後はきっちり時行の逃げ上手に絡めてみせる辺りにも感心いたしました。


 などと、各エピソードを読めば読むほど、この時代ならではの設定と登場人物をいかに少年漫画として面白く描くか腐心している様が伺える本作。

 個人的には漫画としてのアレンジのさじ加減が全て納得できるわけではないのですが(貞宗や助房の変態っぽさなど――尊氏も別の意味で変態っぽいですが)、しかしそんなことを言いつつも、この先の物語がどのように描かれるのか、素直に気になってしまう作品であります。


『逃げ上手の若君』第2巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon


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2021.08.11

9月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 色々な意味でアツい日々が続いている今日この頃ですが、たぶん9月も状況はあまり変わらないはず。アウトドアで本を読むのも実は楽しいのですが、とりあえず家の中でおとなしく読書に勤しむのがよさそうです。というわけで2021年9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 といっても文庫小説の方はかなり寂しい9月。新刊では『片恋 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)(タイトルが決まっているので延期はないと思いたい……)と、内容は不明ながらタイトルが気になる『帝都の夜を這う女神 マユズミ探偵研究所』(堀川アサコ 新潮文庫)、その他『うちのにゃんこは妖怪です つくもがみと江戸の医者』(高橋由太 ポプラ文庫)くらいでしょうか。

 文庫化・復刊の方も、『朝嵐』(矢野隆 中公文庫)、『若さま同心徳川竜之助 6  飛燕十手』〈新装版〉(風野真知雄 双葉文庫)、『鬼人幻燈抄 2 江戸編 幸福の庭』(中西モトオ 双葉文庫)(こちらは里見有による漫画版も第1巻が刊行)といったところです。

 なお、もはや定番となったPHP文芸文庫の女性作家アンソロジーは、『ふしぎ 〈霊験〉時代小説傑作選』(宮部みゆき、西條奈加ほか)が登場です。


 一方、漫画の方はかなり豊富なラインナップ。新登場は新選組+猫という、この手があったか! 的な『壬生の狼、猫を飼う 新選組と京ことば猫』第1巻(篠原知宏 スクウェア・エニックスガンガンコミックスONLINE)のみですが、連載の方は最終章突入の『ゴールデンカムイ』第27巻(野田サトル ヤングジャンプコミックス)、この先の展開がいよいよ気になる『新九郎、奔る!』第8巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)が発売です。

 そしてその他の注目作を舞台年代順に並べると――『童の神』第3巻(深谷陽&今村翔吾 双葉社アクションコミックス)、『輝夜伝』第8巻(さいとうちほ 小学館フラワーCアルファ)、『琉球のユウナ』第7巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス)、『カンギバンカ』第4巻(恵広史&今村翔吾 講談社コミックス)、『BABEL』第9巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス)、『信長のシェフ』第30巻(梶川卓郎 芳文社コミックス)、『颯汰の国』第8巻(小山ゆう 小学館ビッグコミックス)、『勘定吟味役異聞』第10巻(かどたひろし&上田秀人 リイド社SPコミックス)、『残月、影横たはる辺』第2巻(叶輝 KADOKAWAあすかコミックスDX)とかなりの数が並びます。

 また、中国ものではついにフィナーレの『海帝』第9巻(星野之宣 小学館ビッグコミックス〔スペシャル〕)が登場。
 その他、10月から第2期スタートの『TVアニメ『半妖の夜叉姫』公式ガイドブック』(サンライズ、小学館ほか 小学館)も発売されます。


 というわけで、色々頑張って新刊を読みましょう、皆さん。


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2021.08.10

宮本昌孝『影十手活殺帖』 駆け込み寺の影の守護者が挑む謎と男女の情

 宮本昌孝といえば、スケールの大きな戦国活劇が連想されますが、もちろんその作品はそれに留まるものではありません。本作は江戸時代中期の鎌倉東慶寺を舞台に、東慶寺に離縁のために駆け込む女人を助けるために奮闘する者たちを描く、人情もの+アクション(時々伝奇)の連作シリーズであります。

 横暴な夫と姑から逃れるため、東海道を急ぐ女人・れん。箱根越えのために二人の武士と同道することとなった彼女ですが、そこで夫と姑一味に追いつかれることとなります。
 しかしれんに邪欲を抱く武士の一人・三之介は、彼女の夫らを叩き斬り、れんにも狼藉を働こうとするのですが――そこに突如現れた男が、三之介を仇と呼び、斬り殺してしまうのでした。

 その後、東慶寺に駆け込んだれんの調べに当たり、箱根での騒動を知った東慶寺の寺役人・野村市助は、その真相を聞き、残った姑が逆恨みしてれんを狙うことを懸念するのですが――はたしてその心配はあたり、れんを襲わんとする一味。
 その前に立ちふさがったのは、東慶寺門前の餅菓子屋・餅平の息子・和三郎――千姫の娘・天秀尼以来、代々東慶寺の影の守護者を務める餅平に伝わる平左十手(刀身付きの十手)が、悪を斬る……


 江戸時代、女人の駆け込み寺として知られた東慶寺は、非常にユニークな存在ではあるものの(あるいはそれゆえに)、意外と時代小説のメインの題材にはなっていない印象があります。
 本作はその一つである短編「尼首二十万石」をシリーズ化した作品。市助と和三郎、そして寺入り奉公中の御庭番の娘・紀乃らが、駆込み女にまつわる謎を解き、悪党たちを討つ連作シリーズであります。

 「尼首二十万石」は紀乃が東慶寺に入るきっかけとなった事件に和三郎が挑む物語でしたが、本作はそこに新たに市助がレギュラーとして加わるのが大きな変化となります。
 「焼芋侍」の仇名を持つ市助は、東慶寺に駆け込んだ女人たちの幸せを第一に考える温かい人柄であると同時に、垢抜けない風貌とは裏腹の切れ者。そんな市助と和三郎が、女人たちの背負った裏の事情を察知し、時に非合法な手段を用いてでも救い出すというのが、本作の基本設定です。

 そんな本作に収録されているのは、上にあらすじを記した「血煙因縁坂」を含め、全五編であります。
 富山の反魂丹売りの夫が突然暴力を振るうようになり、女房と子供が東慶寺に駆け込んだ背後に意外な悪の姿が存在する「白浪反魂丹」
 人別帳外の無宿人でありつつも、養父母をはじめ周囲から愛される夫婦に持ち上がった離縁話――その裏を調べる和三郎が知った壮絶な真実「冬霞妻敵討」
 夫の浮気を止めさせるために百姓の女房が駆け込んできたのをきっかけに、密通相手の恐るべき妖婦の存在と、彼女にまつわる意外極まりない真実が語られる「忠臣徒名草」
 入聟の菊之丞が閨事をしないと、妻が離縁を求めてきた一件の背景を探る和三郎が、思わぬ過去の事件との繋がりを知る「入聟菊之丞」


 これらはどのエピソードも(「尼首二十万石」同様)、鎌倉とは別の場所、そして別の時に起きたある出来事を描いた上で、その出来事がどのようにその駆け込みと繋がっていくのかが語られるスタイル。そのミステリタッチの構成が物語の興趣を大いにそそります。
 特に「忠臣徒名草」は、タイトルと冒頭の一幕の登場人物名に「?」となりながら読み進めてみれば、あまりに意外な事件との繋がりに愕然となる、伝奇性も満点のエピソードで、個人的には集中で最も印象に残った作品でした。

 もちろん題材が題材だけに、本作の収録作品は、ミステリ味や伝奇性以上に、男女の情愛の世界が濃厚に描かれ、それがしばしば重く苦い、そして切ない味わいを生み出します。
 しかしそれを巧みに和らげてくれるのが、市助と和三郎の陽性のキャラクターであります。特に和三郎の、時に凄みを感じさせつつも、基本的に飄々とした、そして屈託のない人物造形は、いかにも作者らしい爽やかさで、実に好感の持てる主人公なのです。


 時代設定や題材等、作者の作品としては異色作に見えつつも、そこに描かれるものはまさしく作者ならではと納得させてくれる快作であります。


『影十手活殺帖』(宮本昌孝 講談社文庫) Amazon

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2021.08.09

士貴智志『爆宴』第4巻 梁山泊への道! 「水滸伝」の自分を超えていけ!

 全ての世界を取り戻すべく、水滸伝の英傑たちが戦いを繰り広げる異世界ファンタジー水滸伝『爆宴』は、この巻から新展開に突入であります。梁山泊に向かう晶たちの前に現れた新たな仲間たちと、強大な敵。梁山泊奪還のための戦いの行方は……

 徽宗皇帝と高キュウに支配された都市の地下迷宮で、伏魔殿に封じられていた洪大尉と対面した晶と仲間たち。その封印を解き、百八人の英傑の再転生を可能とした晶は、解放した都市を後に次の目的地に向かうことになります。
 その目的地とは――そう、梁山泊。全てを取り戻すための戦い、晶=宋江を中心とする百八人の戦いの起点にするに相応しいというより、そうしなければならない地であります。

 が、新たに仲間に加わった公孫勝の術によって梁山泊に転移したはずが、結界に弾かれてしまった一行。そのおかげで外側の転移ゲートを辿って行くことになったのですが――その一つに向かった一行が目にしたのは、半面が痣のようになった獣人と、襤褸を着た少年の対峙でありました。
 その場に割って入った史進は、ゲートを守る獣人に打ち掛かるのですが――しかし力及ばずに完敗を喫することになります。

 それを観ていた謎の少年は、史進の刀を持ち出すと、同じ技を使いながらも獣人を圧倒! そしてそれを観ていた魯智深の口から出た言葉は――「義兄貴」!
 何とこの少年こそは、以前獣人姿――しかも死後に傀儡とされた姿で登場した林冲。伏魔殿を解放したことによって転生し、新たな姿で現れたのであります。

 そしてなおもやる気の獣人――青面獣楊志を止めたのは、新たに現れた長髪黒衣の美女。彼女が名乗ったその名こそは、托塔天王晁蓋……


 というわけで梁山泊到着前に、次々と大物新登場のこの第4巻。上に述べたとおり林冲は再登場ですが(まあ改めて登場扱いということで)、驚かされるのは晁蓋の登場であります。

 言うまでもなく晁蓋は「水滸伝」では宋江の先代の首領。晶が言うように、自身が英傑としての風貌を持つ、正直なところ宋江よりも梁山泊の首領に相応しいようにも感じられる人物です。
 そして晶が(もうどう考えても原典マニアじゃないかというくらいに)「水滸伝」をよく知るからこそ、その実感は強いといえるかもしれません。本作の晁蓋が屈強な男性ではなく、自分と同じ女性、しかもより大人の女性だからからこそ一層……

 そして、自分より優れた相手の出現に不安や焦りに似た想いを抱くのは、晶だけではありません。もう一人、史進もまた同様の想いを、林冲に対して感じることになるのです。
 上で述べたように、楊志に一騎打ちで完敗し、その直後にその楊志を林冲が圧倒するのを目の当たりにした史進。それは、直接戦ったわけではないからこそ、より一層強く、重く感じられる実力差でしょう。

 原典同様、最初に登場した英傑である史進。これまでずっと晶の傍らで、彼女を守って戦ってきた史進ですが、ここで初めて壁にぶち当たったといえます。
 そしてその壁となったのが林冲というのはこれは原典同様。原典の史進は、正直なところ冒頭以外の活躍はいまいちのキャラクターなのですが――はたして彼は「水滸伝」での運命を脱することができるのか? 晶と晁蓋の関係以上に気になるところであります。


 そしてこの巻の後半で展開されるのは、晁蓋と晶たちによる梁山泊奪還のための戦いであります。いま梁山泊を占領しているのはこれまた原典通りに王倫。だとすればそれほど恐るに足らぬ相手と思えますが――しかし彼とは比べものにならぬ意外な強敵が、この段階で登場することになります。
 そしてこの強敵の代名詞というべきあの攻撃により、追い詰められる晶たち。この窮地からの逆転の一手を担うのは、晶と史進――というところでこの巻は幕となります。

 はたして悩める若者二人がここで何を見せてくれるのか、「水滸伝」の自分たちを超えていくことができるか――次の巻も期待であります。


『爆宴』第4巻(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスコミックス) Amazon

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2021.08.08

伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第2巻 動と静の対決 そして人が悪い晴明とお人好し博雅の関係性

 我々のよく知る、そして見たこともない『陰陽師 瀧夜叉姫』、伊藤勢による漫画版の第2巻であります。京の夜を騒がす怪事件の数々にいよいよ関わっていく晴明と博雅。蘆屋道満も絡み、物語はどこへ向かうのか……

 盗らずの盗人、妊婦ばかりの連続殺人、平貞盛の瘡の噂――都を騒がす様々な怪事。晴明の周囲でもなにやら不穏な動きが現れ始めたところに、博雅が今度は藤原秀郷のところに盗らずの盗人が現れたと告げるのでした。
 秀郷といえば、20年前に勢多の大橋で出会った大蛇――実は琵琶湖の姫神の依頼で三上山の大百足退治に向かった過去が……

 と、前巻ラストに引き続き、秀郷vs大百足が描かれるこの第2巻ですが、このくだりはもう完全に秀郷が主人公状態。蛇体となった姫神に乗り、大百足に真っ向から強弓を、そして豪剣を叩き込むそのアクションの凄まじさ、ド派手さは、まさにこの作者ならではであります。(特にとどめの一撃の描写たるや!)

 ――と思いきや、これが博雅の語りだったのにはズッコケましたが(というかこれは博雅がスゴい)、その後に語られる、現在の秀郷vs盗らずの盗人一党との激突もまた凄まじい内容です。
 冷静に考えるとこの巻のバトルシーンは冒頭に固まっているのですが、それでも文句のつけようがない内容であります。


 さて、そんな秀郷の活躍が語られた後、これまでは基本的に傍観者的役割だった晴明が、いよいよ動き出すことになります。
 第1巻では保憲の言いつけで(嫌々)様子見にいって拒絶された平貞盛に改めて招かれ、治療を行うこととなった晴明。この晴明、そして彼の前に担当した道満による貞盛の瘡への対処が、この巻のある意味メインと言ってもよいでしょう。

 この瘡のくだり、「今夜どのような夢をご覧になるかまではこの貞盛も責任を負いかねますがなあ」という作中の台詞のとおり、原作では実に夢枕獏らしい生理的に厭なシーンの連続だったのですが――本作においてもそれは同様。
 眼の前で起きたら卒倒しかねないこの奇怪極まりない瘡との「対決」は、冒頭の秀郷の戦いが動とすればこちらは静。大きな動きはないものの、ある意味陰陽師ものとしての真骨頂というべき場面でしょう。


 が――それと同じくらい、あるいはそれ以上にこちらの目を奪うのは、本作における晴明と博雅の関係性であります。
 原作の方では、それはもう仲良しの二人ですが、本作における二人は――というか晴明の方は、「ゆこう」「ゆこう」などという親密さはカケラもない、慇懃無礼というほかない容赦のない態度で博雅に臨みます。

 彼にとって博雅は、何かと自分の回りに寄ってくる酔狂なボンクラさん――おまけに身分は高いので完全に邪険にもできないという実に迷惑な相手。この巻でも、自分が貞盛のところに行くと博雅に告げたと知り、保憲相手に激怒する姿が描かれるあたり、よほどであります。
(そこでシリアス顔で「あのおかたのほんまの利用価値は…」と言ってしまう保憲も最高)

 しかしそんな晴明を、博雅は平然と友垣扱いするのですが――この巻で語られるその理由が博雅らしいというか何というか、原作とはまた異なるベクトルでインパクト十分なのがたまりません。

 それにしても本作の博雅は、原作のある意味カリカチュアというべきか、お人好しというより昼行灯というか、何ともすっとぼけたキャラクターなのですが――同時に彼のふとした言動に晴明が瞠目する場面があったりと、なかなか油断のできない人物であります。
 考えてみれば前の巻でも、博雅はしれっと冒頭に挙げた三つの出来事に繋がりがあるのではと言ってみたりと、優れた直感を見せているのですが……

 何はともあれ、本作の人が悪すぎる(というか原作ほど韜晦できていない)晴明と、お人好しすぎる博雅の関係性にこの先変化が生じるのか――これは大いに気になるところであります。


 というわけで、物語展開は原作とほぼ同じながら、そのケレン味あふれる描写と、一ひねりも二ひねりもある人物設定で、原作既読者にも楽しい、いや原作既読者をより楽しませてくれる本作。
 この巻で道満が語る「大河の流れの始まりの一滴が落ちる瞬間」――本書はまさにそんな一冊というべきでしょうか。その流れていく先がいよいよ楽しみになります。


『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第2巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス) Amazon

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2021.08.07

『長安二十四時』 第7話「未の初刻 信望の結末」

 ついに瞳児から龍波の手がかりを聞き出した張小敬。しかし結果として間者を売った小敬に、かつての配下たちは絶縁状を突きつける。一方、単身、右相・林九郎と対峙した李必は、靖安司から手を引かせることに成功するが、その代償は全ての責任を彼が被ることだった。それでも彼の決意は変わらず……

 息詰まる魂と魂のぶつかり合いだった前回、可愛がっていた配下の小乙を売る形で、龍波の情報を知る瞳児と対面した小敬ですが――彼女が前回ラストに唄った歌は別に手がかりではなかったらしく、改めて手がかりが欲しければ、自分と恋人を自由にしろと言い出します。しかし葛の旦那の返事は、どちらか一人だけという、またもやプチデスゲーム的な条件。これに対して、瞳児は恋人を助けてくれと言う一方で、恋人の方は自分を助けてくれ――とは言っていないものの、小敬が男を表に出してやれば、必ず助けてやると言いつつ、瞳児を残してそのまま去っていってしまったではありませんか。
 それを見た瞳児はさすがに眼が覚めて小敬に全面協力。龍波が刺客に興味を持っていたこと、そして一度、廃屋敷に連れ込まれたこと、そこには驚くようなものが隠され、60人の一月分の食料があったと語るのでした。

 ついに大きな手がかりを掴み、地上に出た小敬と姚汝能ですが、そこで待っていたのは不良人たち――すなわち、小敬のかつての配下たち。小乙が小敬の手によって売られたことを早くも聞きつけた彼らは、もはや不良人と間者は小敬に協力することはないと、絶縁状を叩きつけてきます。これに対してあれこれ言い訳をしない小敬は立派ですが、しかし彼の武器であったかつての伝手が使えなくなったのは、非常に手痛いものがあります。
 それでも歩みを止めることなく往く小敬は、修政坊にあるその廃屋敷について、望楼経由で靖安司に伝え、崔器の部隊を呼ぼうとするものの、システム的に望楼からの通信は機密が漏れる恐れがある(言われてみればごもっとも)ため、姚汝能は自分が早馬で伝えに行くと説明。小敬は、援軍が来るまで単身潜入することを決意するのでした。

 一方、前回丸々待ちぼうけを食わされた李必の方は、ようやく右相と対面。といっても、右相は自分の一派の面々に今日の警護の手はずを整えるよう、わざわざ見せつけるように指示している真っ最中。しかしようやく右相と話すことができた李必は、これだけ忙しい時に狼衛捜索に手を割くのはいかがなものか、面倒はこちらにやらせればいいとこれを逆利用。何執正の灯篭の宴への出席についても、老臣を宴席に招かないのは、皇帝が重んじる礼に背く行いであり、聞こえがよろしくないと、こちらも納得の理屈であります。
 が、李必の言葉を認めたように見えた右相も、これまで出した被害や、死刑囚である小敬を使っていることを詰問。これに対して李必は全ての責任は自分が負うと答え……

 その頃、理不尽にも時を計る線香を途中で押し消し、強引に靖安司の権限を奪うべく龍武軍の兵を動かす陳玄礼将軍。靖安司の文官たちが追い立てられ、崔器もふてぶてしい態度のわりには何もせず――というところに駆けつけたのは李必であります。これでどうだとばかりに右相からの命令書を提示し、靖安司から手を引かせる李必ですが、命令書に記されていたのは、狼衛追跡に失敗し長安に混乱を招けば、たとえそれが配下のしたことであっても李必を罪に問うというもの。死傷者が出れば懲役、皇帝に脅威が及べば斬首もあり得るという、実に過酷な内容であります。
 さしもの龍武軍も渋々引き上げた中で、ついてこれる者だけついてくれば良いと語る李必。もちろん配下の皆さんは、その覚悟の前にはただ涙であります。

 そして覚悟を決めたのは李必だけではありません。(どう見ても)彼を慕っている檀棋も、何かあった際に彼女を巻き添えにすることを恐れた李必が、奴婢の身分から解放する旨記した書類をビリビリに引き裂き、運命を共にすることを決然とアピール。そして右相の不正の商人が殺された一件と関係があると思しき聞染が、店を売って真夜中に長安を発とうとしていると檀棋は報告して……


 と、ラストは何だか中途半端ですが(しかしこれが実に中国ドラマっぽい)、前回と合わせて小敬と李必、二人の覚悟が大きく状況を動かし、靖安司閉鎖の危機は避けられることとなりました。しかしどちらもそのために支払った(支払うことになりかねない)代償はとてつもなく大きいのですが――李必はともかく、小敬が何故そこまでこの件に入れ込むのか、姚汝能ならずとも気になるところであります。

 しかし見るからに無能で横暴そうだった陳玄礼、右将の命令書を読んで、李必に年齢を問う――すなわち、その若さで将来を棒に振る気なのかと気にかけるあたり、もしかしたらそんなに悪い人間ではなかったのか、という気がしないでありません。(史実では後に結構重要な役割を果たす人物ですが……)


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2021.08.06

『Bloodstained: Ritual of the Night』 新たなメトロイドヴァニア、新たな伝奇世界

 既に発売から2年が過ぎた作品を今紹介するのも恐縮ですが、まだ追加コンテンツの開発が続いていること、そして何よりもつい先日ようやくクリアしたため、紹介させていただきます。18世紀末のイギリスに現れた悪魔の城を舞台に繰り広げられるゲーム、「メトロイドヴァニア」の名品であります。

 産業革命による科学の発展で、錬金術から人々の心が離れていくのに危機感を抱いた錬金術ギルド。彼らはその存在感を示すため、魔力を宿し成長する結晶「シャード」をその身に埋め込まれた少年少女たち「シャードリンカー」を生贄に悪魔を召喚、しかし大量の犠牲者を出した末に自滅したのでした。
 それから十年、儀式の直前に謎の昏睡状態に陥ったことから難を逃れたシャードリンカーの少女・ミリアムが覚醒。それと時を同じくして、無数の悪魔が潜む謎の城が地上に出現したのであります。

 かつて親しかったシャードリンカーの青年・ジーベルが悪魔を操っていることを知り、その身に宿るシャードを武器に、彼の暴走を止めるための戦いを決意したミリアム。
 人間たちへの復讐に燃え、ミリアムを誘うジーベル。ジーベルに仕える悪魔・グレモリーを追う東洋の剣士・斬月。悪魔召喚に用いられたロガエスの書を追う老錬金術師・アルフレッド。悪魔と戦うミリアムをサポートする美しきエクソシスト・ドミニク――悪魔の城を巡り、幾重にも絡み合うミリアムと彼らの運命の行方は……


 そんな本作は、いわゆる「メトロイドヴァニア」の王道を行く作品。メトロイドヴァニアとは、サイドビュー視点の探索型アクションゲーム。一定のエリアの中で探索や戦闘をを行い、使えるアクションや行けるエリアを増やしていくという、要するに『メトロイド』や『悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲』のようなゲームであり、それ故の名称(キャッスルヴァニアは悪魔城ドラキュラの英名)であります。
 そして本作のプロデューサー・五十嵐孝司は、この『悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲』以降、シリーズの大半を手掛けた人物であり、そして独立後に初めて発表した本作は、その味わいを(意図的に)色濃く残した作品となっています。


 それではシリーズの味わいとは何でしょうか? ゲーム的には、経験値制を導入することによる難易度の緩和、出来ることや行ける場所が広がっていくタイミング等のレベルデザインの巧みさが考えられますが――何よりも物語背景の設定とゲーム内容(音楽やグラフィックも含めて)のマッチング、設定が本編の内容に与える厚みにあったと感じます。

 悪魔城シリーズでいえば、あのヴラド・ツェペシュを百年に一度甦る魔王として設定し、その魔王の君臨する主人公に城に挑むという物語を――それが大半はプレイ開始前の背景に留まるとしても――設定することによって、ゲーム内の探索・設定の背後に、大きな広がりがあったと感じます。
 言い換えればドラキュラという「実在」の人物を題材とし、どこかの異世界でなく、現実と地続きの世界を舞台とすることで――つまり伝奇的な空気を持ち込むことで、シリーズは他との差別化に成功していたのです。


 さて本作は、あくまでも悪魔城シリーズではない別個の作品ではあるものの、敢えてそれに内容や雰囲気を大きく寄せた作品であります。そしてそれはゲーム性の部分だけでなく、伝奇性の部分でも同様です。

 上に述べた錬金術師ギルドの悪魔召喚は、実は1783年――アイスランドでラキ火山が噴火、数年間異常気象をもたらして多大な犠牲者を出した年に設定されています。
 この史実が、物語背景として一つの背骨を与えるとともに、物語のキーアイテムにロガエスの書――かのジョン・ディーが天使との交感実験をした際に使用したという「実在の」文書を配置することで、新たな物語世界に厚みを与えているのです。

 といっても現実とのリンクはそのくらいで、18世紀末に(魔界のテクノロジーという扱いとはいえ)鉄道が登場したり、アイテムとして日本料理が、敵キャラとしてくねくねが登場したりという点はあるのですが――それは、ゲームとしてのご愛嬌ということで。


 何はともあれ、悪魔城シリーズという先行作品を踏まえつつ(利用しつつ)も、あくまでもそれとは別個の、新たな伝奇世界の創造に挑んだ本作。それは決して容易な試みではなかったと思いますが、本作はそれを見事に成し遂げたと感じます。
 メトロイドヴァニアとして面白いのはもちろんのこと、一つの伝奇ものとして――懐かしくも新しい作品が生まれたことを、ジャンルそのものの、そして悪魔城シリーズのファンとしても歓迎したいと思います。


『Bloodstained: Ritual of the Night』(Game Source Entertainment Nintendo Switch用ソフトほか) Amazon

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2021.08.05

『MARS RED』 第2話「死が二人を分かつまで」

 帝都を騒がす人体発火事件にヴァンパイアが関与していると睨み、零機関を動かして捜査を開始する前田。吸血鬼専門の商人・天満屋から、ヤミで流通する血清を入手した零機関は、それを手がかりに茅場町に潜伏する夫婦者のヴァンパイアを特定するが……

 プロローグ的内容だった第1話に続き、物語が本格的に始まる今回。近頃巷で噂の人体発火事件――前回の岬の最期もその一つという扱いのようですが、それが彼女同様陽光に晒されたヴァンパイアが消滅したものと考えた前田は、ヴァンパイアを増やす原因、すなわち他者の血を吸うヴァンパイアがいると考えるのでした。

 そして被害者の多い茅場町一帯で、最近引っ越してきた者を中心に調査を行うよう、十六特務隊に命じるのですが――その十六特務隊の虎の子が、ヴァンパイアに血を吸われながらも、中毒死することなくヴァンパイアとなり、理性を保って軍に所属する四名。シベリアで噛まれた栗栖秀太郎と山上徳一、マッドサイエンティストのタケウチ、面にも似たマスクで顔を覆うスワであります。
 そんな秀太郎と山上、そして前田が向かったのは、吸血鬼専門の商店である天満屋。正真正銘の人間ながらその主人を務める慎之助から、商売敵の(つまりはモグリの)売血屋の存在を知らされた一行は、そこで手に入れた血清を手がかりに、十六特務隊の地道な捜査――要するにゴミ漁りなのですが、その際の前田の指令(必ず二人一組、安易に陰には踏み込まない等)がそれっぽくてイイ――によって、ついにターゲットを特定するのでした。

 そのターゲットとは、政吉とおなつのカップル。文字通り世を忍ぶ仲の二人ですが、政吉が横浜で裏で流れている血清を手に入れたことによって彼が暴走、おなつはそれを止めようとしていたようですが――時既に遅し。
 十六特務隊に踏み込まれ、包囲を脱出した二人は、前田の仕組んだとおり永代橋に誘導され、特務隊の待ち伏せを受けるのですが、ここで呑気に投降or死の呼びかけを行うのは、前回冒頭から登場している森山。その森山に襲いかかる政吉ですが、文字通り格が違うのか、秀太郎はあっさりとその攻撃をブロックしてしまうのですが――しかし秀太郎がそれ以上手を出しかねているところに、スワがあっさりと止めを刺します。

 そして残されたおなつの方は、と思えば、こちらも勧告など聞かず――と、実はこちらの方がランクが高い、というか年季の入った吸血鬼。作中の台詞からすれば政吉より百歳上の彼女の猛追に、今度こそ森山は首筋を噛まれて倒れ、そして彼女に前田に襲いかかり――が、前田はおそらくは義手の右手を彼女の口に叩き込んで動きを止め、そしてそのまま叩き斬ってみせるのでした。
 そして吸血鬼になるか、中毒死するか、いずれにせよ死を目前とした森山に、前田は自らとどめを刺して……


 零機関のヴァンパイア四人組が登場して、冒頭に述べたとおり物語が本格的に始まった感のある今回。しかし物語の中心はあくまでも前田で――イジり相手の山上が登場してそのSっぷりを見せるものの、前回岬を、そして今回森山を失った彼の屈託が感じられる内容となっています。
 そして四人組の方ですが、細かいキャラクター紹介はなく、物語の流れの中で、人となりが浮き彫りになっていく作りとなっています。能力的には最強ながら、まだ人間気分が抜けず、血清を摂取することもできない秀太郎(スワが殺した政吉の血が流れてきたのを思わず避ける描写が秀逸)、口うるさい中年ながらランク的には最低で、同期の前田が上官となって上で触れたとおりイジられる山上――タケウチとスワは描写が多くないものの、タケウチはあからさまに言動が怪しく、そしてスワは政吉に容赦なく止めを刺すなど、語らずともキャラクターを感じさせる描写は好感が持てます。

 そしてそれを支えるのが声優陣。見てみるとレギュラー陣がえらい豪華な顔ぶれで、その演技が――例えば、声を聞いただけでヤバい奴だとわかる石田彰のタケウチなど――キャラクターを支えていると感じます。接的に森山を殺した感のある秀太郎役の畠中祐のフツーの兄ちゃんぽさも良かったと思います(そして格好良くない中年オヤジという最近では珍しい役どころの山寺宏一)。

 その秀太郎といえば、今回前田とデフロットにそれぞれ出会いつつ、隙あらば秀太郎の話をねじ込む葵もある意味面白いキャラですが――シベリアで死んだと宣告された人間を日本で探し続けるというのは、さすがにどうなのかという気はいたします。
 もう一つ、出番はあまり多くなかったおなつと政吉ですが、自分たちをお軽勘平になぞらえていたのが面白い。前回のサロメとは大きく趣は変わりますが、これも悲恋の舞台――本作の趣向なのでしょう。


『MARS RED』Blu-ray BOX I(バップ Blu-rayソフト) Amazon

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2021.08.04

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 3』恐るべきは人か人狼か 連続殺人/殺人狼事件!? 

 怪物と名探偵・怪人たちが実在する世界で、怪物事件専門の探偵「鳥籠使い」一行の活躍を描くクロスオーバー伝奇本格ミステリの第3弾であります。人狼伝説が残るドイツの奥地で鳥籠使いを待っていたのは、奇怪な連続殺人の謎と、宿敵たちとのバトル。はたして恐るべきは人か人狼か、真実は……

 怪物事件専門の探偵を名乗る不死の首だけ美少女・輪堂鴉夜と、半人半鬼のお調子者・真打津軽、鴉夜の忠実なメイドの馳井静句――彼女たち三人は、鴉夜の首から下を奪い、津軽に鬼の血を注いだ謎の老人を追い、欧州を旅してきました。
 その最中、イギリスで秘宝「最後から二番目の夜」を巡る謎の老人――モリアーティ教授率いる怪物団「夜宴」らとの五つ巴の激闘の末、鴉夜たちは秘宝に隠されてた人狼の隠れ里の手がかりを知るのでした。

 夜宴も人狼を狙っていることを知り、人狼伝説の残るドイツの小村・ホイレンドルフに向かう鳥籠使い一行。ところが一行は、到着早々、村の足の不自由な少女・ルイーゼが、自室から人狼に連れ去られたという事件に巻き込まれることになります。

 四ヶ月に一度、村の少女が拐われ、無惨な死体となって発見される――彼女は連続する奇怪な殺人の、新たな犠牲者となったのか?
 調査を開始した鴉夜たちは、その最中に現れた人狼と激突、津軽すら手こずる強敵との死闘の最中、静句は鴉夜を守って川に落ち、行方不明となるのでした。

 さらにロイズの新たなエージェント、カーミラら夜宴の怪物たちも人狼を追って現れ、混迷を極める事態。一方、人狼の隠れ里・ヴォルフィンヘーレに流れ着き、人狼の少女たちに助けられた静句は、ここでも連続殺人狼事件が起きているのを知るのですが……


 それぞれ二話構成だったこれまでの巻と異なり、一冊丸ごと人狼を巡るエピソードが展開する本作。前作に比べるてクロスオーバー度はかなり抑えられているのですが、それだけにミステリ要素は、これまで以上に濃厚に、そして魅力的に感じられます。

 密室から足の不自由なルイーゼを攫った人狼の正体は。彼女をはじめ、四ヶ月毎に少女が攫われ殺害されるのは何故なのか。夜宴が探し求める人狼の棲家「牙の森」の所在地は何処なのか。ヴォルフィンヘーレで連続する不可解な殺人狼事件と、ホイレンドルフでの事件の関連は……

 そしてこれらの謎と事件の中心の存在するのが、人狼という怪物であります。この人狼、これまで登場した吸血鬼と並ぶメジャーな怪物ですが、しかしフィクションの題材としては比較的地味で、題材となる頻度も少なめに感じられます。
 もちろん、人狼のその脅威は、いわゆる「人狼ゲーム」で描かれるように、人間と狼、さらに鋭敏な感覚と強大な力を持つ狼人間の間を自在に行き来する点ですが――本作ではそんな人狼の特性を活かして様々な謎とトリックを描いてみせるのですから、怪物ファン、特殊ミステリファン的にはたまらないものがあります。

 そしてそれと同時に、怪物と怪物、怪物と超人が激突する能力バトルとしての魅力も、もちろん健在であります。前作同様の恐るべき能力を発揮する夜宴の怪物たち、人間の身でありながら怪物と互角にやりあうロイズの超人エージェント、鬼の力と人の技を振るう津軽――そしてそんな面々を迎え撃つ人狼。
 特に本作の人狼は、究極の人狼「終着個体」を目指し、世代を重ねるごとに能力を向上させ、既に銀や聖水すら克服した進化する怪物として描かれます。

 怪物に対しては最強の矛である鬼の力を持つ津軽。その力を以ってしても打ち破れぬ肉体を持つ人狼と、如何に戦うのか――本作のもう一つの魅力は、この対決に凝縮されているといってもよいでしょう。


 しかし、この二つの魅力の交わるところに、本作の真骨頂があります。本作で描かれる事件の犯人――その真の動機が明らかになった時、描かれてきた物語は、そしてそれを形作る数々の要素は、また別の意味合いを持って浮かび上がるのですから。

 残念ながらその詳細をここで述べることはできませんが、本作が「抑圧からの解放」の物語ということは許されるでしょう。
 そしてだからこそある種の希望が感じられる本作のラストシーンは――鴉夜や津軽がその存在にどこか懐疑的であるからこそ――ひどく眩しく、感動的であすらあるのです。

 そして物語は続きます。再び夜宴を追う旅に出る鳥籠使い一行。フー・マンチューを使い、何事かを企む夜宴。得体の知れぬ実力の一端を披露するロイズのトップエージェント。そして名探偵と怪盗も新たな動きを見せるその先には――期待は膨らむばかりです。


『アンデッドガール・マーダーファルス 3』(青崎有吾 講談社タイガ) Amazon

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2021.08.03

重野なおき『信長の忍び』第18巻 村重謀叛に揺れる人々と、千鳥自身の戦いの始まりと

 本願寺との合戦の帰趨もほぼ定まったものの、荒木村重の謀反によって大きく揺れる織田家。『信長の忍び』第18巻で描かれるのはその波及効果の数々と、千鳥と助蔵の運命に大きな影響を及ぼす戦いの始まりであります。

 九鬼水軍と村上水軍の決戦により、実質的にほぼ決着した本願寺との戦い。しかし織田家に大きな衝撃を与えたのは、要衝である摂津を治めていた荒木村重の謀反であります。
 支城は次々と陥としたものの、村重が篭もる有岡城はさすがに要害、村重はしぶとく抵抗を続けるのですが――その行動が、様々な人物に影響を及ぼすことになるのです。

 その第一は、反旗を翻された信長その人であります。天下統一に突き進む最中に重臣の村重に裏切られた衝撃は大きく、彼の心の中に育った疑心暗鬼は、ついに千鳥すら疑ってしまうほどになるのです。
 そしてある意味そのとばっちりを受けたのが、村重に囚われ有岡城の土牢に監禁状態の黒田官兵衛。信長に寝返りを疑われ、処刑の命が下された官兵衛の子・松寿丸を救うため、既に己の余命が幾ばくもないことを知る竹中半兵衛は、最後の計略に挑むことになります。

 そしてもう一人――対陣する村重の「信長は天下を取れるかもしれないが治めるべき男ではない」という言葉(前巻に引き続き、キャラ描写の割りに妙に核心を突いたことを言う村重)に露骨に揺れるのが、誰であろう光秀であります。
 もちろんそれは小さなトゲに過ぎませんが、信長の下での戦いの連続に疲れを感じ始めた光秀の心に去来するのは――もちろん具体的なものではないものの、未来の悲劇の伏線は、着実に(というか露骨というか……)張られ始めていると言うべきでしょうか。


 さて、そんな状況ではありますが、もちろん織田軍は本願寺や村重とばかり戦っているわけではありません。
 この巻においては、そのほかにも武田家の終わりの始まりである北条家との決裂、安土城の完成、半兵衛の最期(秀吉の涙にこちらも涙……)、家康による瀬名と信康の処断と、様々な出来事が描かれるのですが――後半において、特に千鳥と助蔵にとって大きな戦いが始まることになります。

 それはかの天正伊賀の乱――この戦は、信長の子の中でも屈指の(?)ボンクラである信雄が伊賀にちょっかいを出したことの報復として、伊賀忍びたちの放火で丸山城が焼失したことに始まります。
 そしてその事実を知った信長により、伊賀に服従か殲滅かを問う使者として、千鳥と助蔵が送られるのですが……

 既に幼い頃に離れたとはいえ、二人にとっては故郷であり修行の地である伊賀。それだけに伊賀の人々の気性は知悉しているのですが――それでも何とか丸く収まりかけた時にまたもや信雄のボンクラが炸裂することになります。交渉決裂すなわち死に等しい「敵地」で、千鳥と助蔵の運命や如何に!?

 というわけで、ある意味この物語が始まった時から、どのように描かれることとなるのか気になってきた天正伊賀の乱。
 この巻ではその勃発までが描かれ、本当の戦いはここからですが、これまで散々歴史を陰から動かしてきた千鳥並み――とはいかないまでも、伊賀には記録に名を残す達人たちがゾロゾロいるのですから、この先タダで済むはずがありません。

 もっとも、記録に名前が残っているとはいえ、かなりフィクション度の高い、そしてキャラの立ちまくった忍びたちの集結で、リアリティレベルが一気に変わった感もありますが――それはそれできっちりと忍者ものの味わいになっていて、個人的には嬉しい展開ではあります。


 もちろん、千鳥にとっては信長の敵は自分の敵、既に覚悟は決まりまくってはいるのですが――しかしある意味彼女にとって初めての自分自身に関わる戦いだけに、その向かう先が、大いに気になるところです。


『信長の忍び』第18巻(重野なおき 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2021.08.02

重野なおき『真田魂』第3巻 本領発揮、上田城の戦い! そして東国武士の厳しい現実

 約2年半ぶりの登場となった歴史四コマ『真田魂』第3巻で描かれるのは、武田家滅亡後も相変わらず続く真田家の綱渡り。そんな中で、真田家の晴れ舞台の一つともいうべき第一次上田城の戦いが勃発、そして時代は秀吉による天下統一に向かうのですが……

 武田家で頭角を現すも時勢には勝てず、武田家滅亡に巻き込まれて、生き延びるための苦闘を強いられる真田昌幸。信幸・信繁とともに辛うじて生き延び、織田家に従属した昌幸ですが、その直後に起きた本能寺の変により、天下はさらなる混沌に叩き込まれることになります。
 そんな中で、昨日は上杉、今日は北条、明日は徳川と、次から次へと頼る先を変える昌幸ですが、ついに徳川と決裂し、上田城で徳川軍を迎え撃つことに……

 というわけで、この巻の冒頭では、戦国史に真田家の名を残した第一次上田城の戦いが描かれることになります。寡兵で多勢を迎え撃ち、散々に打ち破るというのは軍記物の定番ですが、これはそれを地で行くような戦い――迫る大久保忠世&鳥居元忠の脳筋コンビを、昌幸の知略が、信幸の武勇が、気持ち良いほどに打ち破ることになります。
 さらに沼田城を守るチート叔父さんの矢沢頼綱も、この機に乗じて襲いかかる北条軍をこれまたコテンコテンに叩きのめし、本作始まって以来の大勝利を真田家が収めるのには、こちらも溜飲が下がる思いであります。

 もちろん、たった一度の攻城戦の結果で戦いの勝敗が決まるわけではなく、徳川との戦いは続くかに見えたのですが――石川数正の寝返りによって徳川軍は撤退、そしてその数正の寝返り先として登場するのが、いまや天下人となった秀吉であります。

 今度は秀吉に従属することになった昌幸ですが、そのためには人質が必要。そこで、上田城の戦いの間は上杉を味方につけるため人質となっていた信繁は、今度は秀吉の人質に――と思いきや、そこで信繁の才(バトルマニアぶり)が秀吉に気に入られ、馬廻りに抜擢されるのだから、人の運命はわかりません。

 一方、信幸の方は、半分は牽制のためとはいえ、激闘を繰り広げた徳川側に気に入られ、本多忠勝の娘・稲姫を正室に迎えることになり、両手に花という状態に……


 と、戦国時代が終焉に向い、天下が次のフェーズに移る中で、真田家の人々もまた、新たな状況に否応なしに放り込まれる姿が描かれるこの第3巻。

 そしてそれと同時に描かれるのは、徳川・北条といった東国武士の世界でもあります。
 作者の時代四コマは、本書と同時発売の『信長の忍び』も『軍師 黒田官兵衛伝』も、東海から西が中心という印象がありますが(『政宗さまと景綱くん』は東国というより北国なので……)、もちろんその間、東国でも武士たちが戦い続けてきたことは言うまでもありません。

 そしてこの時期、その中心となったのは徳川家であり、北条家であるわけですが――奇しくも(?)真田家とは幾度も干戈を交えた両家の姿も、本作では大きなウェイトを持って描かれることになります。
 特にこの巻の後半では、北条家の現当主・氏直が、ほとんど主役キャラ級の存在感で描かれることになるのですが――そこで描かれるのは、真田家とはまた異なる形ではあるものの、同様に家を残すために苦心する、武士の世界の厳しい現実なのであります。

 一方、そんな東国ににらみを効かせる秀吉の側も、決して戦いのみを望むのではなく、むしろ外交によって――真田の従属もまさにその一環ですが――天下統一を目指していたわけで、そんな秀吉政権の姿を中枢近くにいた信繁を通じて描くのも、また本作の面白いところだと感じます。


 しかし、残念ながら(そして信繁には幸いなことに)まだまだ戦国の気風が残るのがこの時代であります。
 そんな気風が暴発する形で始まることとなった豊臣家と北条家の戦いの行方は、そして思わぬ形で、その戦いのある意味中心となった真田家の運命は――おそらくはまたしばらく次の巻を待つことになるのが恨めしいほど、この先の展開も楽しみなのです。


『真田魂』第3巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon

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2021.08.01

清水朔『奇譚蒐集録 北の大地のイコンヌㇷ゚』 三つの視点から描く人と鬼への問いかけ

 先日デビュー作『神遊び』が復刊された作者の代表作――奇妙な風習の陰に潜む謎を解き明かす民俗伝奇ミステリ『奇譚蒐集録』の続編です。北の大地を舞台に、鬼の襲撃を恐れる「流れ歩く村」に伝わる奇妙な婚礼儀式「変身婚」を求め、帝大講師・南辺田廣章と書生・山内真汐の新たな探索行が描かれます。

 「北の方で人鬼にまつわる婚礼を行っていると聞いたことがある」という言葉を頼りに、廣章のライフワークである鬼の伝承蒐集のため、北海道に向かう廣章と真汐。
 それは、大昔に鬼の襲撃を受け、男ばかりを攫う鬼から身を守るためにその場所を転々と変える「流れ歩く村」であり、そして婚礼の際に男女がその姿を入れ替えるという「変身婚」を行うアイヌの村を求めての旅でした。

 ところが到着早々、室蘭での思わぬ事件がきっかけで、駆け落ちして追っ手から逃げてきた函館の廻船問屋の娘・比佐乃と、奉公人の暁男と知り合うことになった二人。
 実はアイヌの村出身だという暁男の両親の元に向かう比佐乃と暁男に協力する二人ですが、その旅の中で、暁男に複雑な出生の秘密があることが――そしてそれが実は旅の目的とも密接に関わるものを知ることになります。

 そして廣章が暁男の母と出会った時、封印された過去が解き放たれ、新たな悲劇の幕が上がることに……


 前作『弔い少女の鎮魂歌』では、南方の孤島で行われる凄惨な葬送儀式と、それに携わる少女たちにまつわる奇怪な呪い、そして儀式の源となった人鬼の存在にまつわる真実を解き明かした廣章と真汐。
 その続編である本作では、二人は人鬼にまつわる新たな謎に挑むことになりますが――本作においては、新たな趣向が用意されています。

 前作の終盤において明らかにされた、廣章と真汐の正体と目的、物語全体を貫く伝奇的「真実」。それはある意味作品そのものをひっくり返す大どんでん返しでしたが、それが使えるのは一度きりであります。
 少なくとも前作読者にとっては、この作品世界の根本にある秘密は明らかなのですが――しかし本作は、物語を描くもう一つの視点を設定することにより、本作からの読者はもちろん、秘密を知る読者ほど、物語に対する興味が高まっていくことになるのです。

 そのもう一つの視点とは、「現在」とは異なる時、異なる場所からのもの――流れ歩く村の「神に聴く者(イコンヌㇷ゚)」であり、予知能力を持つ少女・チシからの視点です。
 「神に聴く者」としての重圧、幼馴染と身体の弱い姉への複雑な想い――様々な屈託を抱えた彼女の視点で描かれる物語が、はたして「現在」の物語にどのように関わるのか。いや、それ以前に彼女と村の人々に何が起こったのか……

 このチシの視点と、「現在」のヒロインである比佐乃の視点、そしてもう一人、真汐の視点から、物語は並行して、それぞれ異なる角度から語られることになります。

 この中で、真汐の視点は、上で述べた理由で前作とは変わったものとならざるを得ないのですが――しかし、前作では第三者的立場であった彼が、本作においては彼自身の物語に向き合い、そこに前作で彼が背負ったものが加わることによって、さらに物語には深みが生まれることになります。
 そしてその三つの視点が絡み合い、一つとなった先に浮かび上がるのは――あまりに意外な真実と巨大な物語世界の姿、前作とはまた異なる、そして前作以上に重く切ない、人と鬼の物語なのです。


 本作における鬼/人鬼――廣章が追い求めるそれが、時に象徴的な存在でありながらも、しかし同時に具体的な「現実の」存在であることは、前作に語られるとおりです。

 それを踏まえて読めば、本作における流れ歩く村の人々が恐れる「鬼」の正体もまた、ある程度想像できるかもしれません。
 しかし――本作はそのクライマックスにおいて、真汐に対し、そして我々読者に対し、人と鬼に関する一つの問いかけを投げかけるのです。容易には答えの出せない(前作の読者であればなおさらに)問いかけを……


 各地に伝わる奇妙な風習の陰に存在する民俗的謎と、人と鬼にまつわる巨大な伝奇的謎と――二つの謎によって物語が展開する『奇譚蒐集録』シリーズ。容易には答えの出ないこの二つ目の謎を解くために、なおも物語は続きます。
 いずれ必ず登場する第三の物語で何が描かれるのか――それはやはり重く切なくも、同時に本作のように、どこか希望を感じさせるものであることは間違いない。そう感じさせてくれる物語であります。


『奇譚蒐集録 北の大地のイコンヌㇷ゚』(清水朔 新潮文庫nex) Amazon


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『神遊び』(清水朔 集英社文庫)の解説を担当いたしました

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