清水朔『奇譚蒐集録 北の大地のイコンヌㇷ゚』 三つの視点から描く人と鬼への問いかけ
先日デビュー作『神遊び』が復刊された作者の代表作――奇妙な風習の陰に潜む謎を解き明かす民俗伝奇ミステリ『奇譚蒐集録』の続編です。北の大地を舞台に、鬼の襲撃を恐れる「流れ歩く村」に伝わる奇妙な婚礼儀式「変身婚」を求め、帝大講師・南辺田廣章と書生・山内真汐の新たな探索行が描かれます。
「北の方で人鬼にまつわる婚礼を行っていると聞いたことがある」という言葉を頼りに、廣章のライフワークである鬼の伝承蒐集のため、北海道に向かう廣章と真汐。
それは、大昔に鬼の襲撃を受け、男ばかりを攫う鬼から身を守るためにその場所を転々と変える「流れ歩く村」であり、そして婚礼の際に男女がその姿を入れ替えるという「変身婚」を行うアイヌの村を求めての旅でした。
ところが到着早々、室蘭での思わぬ事件がきっかけで、駆け落ちして追っ手から逃げてきた函館の廻船問屋の娘・比佐乃と、奉公人の暁男と知り合うことになった二人。
実はアイヌの村出身だという暁男の両親の元に向かう比佐乃と暁男に協力する二人ですが、その旅の中で、暁男に複雑な出生の秘密があることが――そしてそれが実は旅の目的とも密接に関わるものを知ることになります。
そして廣章が暁男の母と出会った時、封印された過去が解き放たれ、新たな悲劇の幕が上がることに……
前作『弔い少女の鎮魂歌』では、南方の孤島で行われる凄惨な葬送儀式と、それに携わる少女たちにまつわる奇怪な呪い、そして儀式の源となった人鬼の存在にまつわる真実を解き明かした廣章と真汐。
その続編である本作では、二人は人鬼にまつわる新たな謎に挑むことになりますが――本作においては、新たな趣向が用意されています。
前作の終盤において明らかにされた、廣章と真汐の正体と目的、物語全体を貫く伝奇的「真実」。それはある意味作品そのものをひっくり返す大どんでん返しでしたが、それが使えるのは一度きりであります。
少なくとも前作読者にとっては、この作品世界の根本にある秘密は明らかなのですが――しかし本作は、物語を描くもう一つの視点を設定することにより、本作からの読者はもちろん、秘密を知る読者ほど、物語に対する興味が高まっていくことになるのです。
そのもう一つの視点とは、「現在」とは異なる時、異なる場所からのもの――流れ歩く村の「神に聴く者(イコンヌㇷ゚)」であり、予知能力を持つ少女・チシからの視点です。
「神に聴く者」としての重圧、幼馴染と身体の弱い姉への複雑な想い――様々な屈託を抱えた彼女の視点で描かれる物語が、はたして「現在」の物語にどのように関わるのか。いや、それ以前に彼女と村の人々に何が起こったのか……
このチシの視点と、「現在」のヒロインである比佐乃の視点、そしてもう一人、真汐の視点から、物語は並行して、それぞれ異なる角度から語られることになります。
この中で、真汐の視点は、上で述べた理由で前作とは変わったものとならざるを得ないのですが――しかし、前作では第三者的立場であった彼が、本作においては彼自身の物語に向き合い、そこに前作で彼が背負ったものが加わることによって、さらに物語には深みが生まれることになります。
そしてその三つの視点が絡み合い、一つとなった先に浮かび上がるのは――あまりに意外な真実と巨大な物語世界の姿、前作とはまた異なる、そして前作以上に重く切ない、人と鬼の物語なのです。
本作における鬼/人鬼――廣章が追い求めるそれが、時に象徴的な存在でありながらも、しかし同時に具体的な「現実の」存在であることは、前作に語られるとおりです。
それを踏まえて読めば、本作における流れ歩く村の人々が恐れる「鬼」の正体もまた、ある程度想像できるかもしれません。
しかし――本作はそのクライマックスにおいて、真汐に対し、そして我々読者に対し、人と鬼に関する一つの問いかけを投げかけるのです。容易には答えの出せない(前作の読者であればなおさらに)問いかけを……
各地に伝わる奇妙な風習の陰に存在する民俗的謎と、人と鬼にまつわる巨大な伝奇的謎と――二つの謎によって物語が展開する『奇譚蒐集録』シリーズ。容易には答えの出ないこの二つ目の謎を解くために、なおも物語は続きます。
いずれ必ず登場する第三の物語で何が描かれるのか――それはやはり重く切なくも、同時に本作のように、どこか希望を感じさせるものであることは間違いない。そう感じさせてくれる物語であります。
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