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2021年9月

2021.09.30

『長安二十四時』 第13話「申の初刻 隠された陰謀」

 ふとした言葉をきっかけにチェラホトの正体を悟った徐賓。その頃、元載は熊火幇が捕らえたのが王ウン秀であると気付き、利用してのし上がろうと企む。そしてついに龍破のアジトに辿り着いた張小敬は、ただ一人残った曹破延と死闘を繰り広げるが、そこに到着した旅賁軍の行動が大惨事の引き金を……

 オープニングで描かれるのは、前回のオープニングで捕らえられた徐賓が、(牢でずっと前に捕らえられたままこちらも忘れかかっていた書生の)程参と出会う場面。何だか悟り澄ますしてしまったようなことを口走る程参から、衣に以前李必にかけられた墨がついていることを指摘された徐賓は、チェラホトに関する重大な事実に気付くのでした。

 そして牢から出された徐賓が李必に語るチェラホトの正体、いや材料とは墨――西北で算出される石脂(おそらくタールでしょうか)は、徐賓が小敬に聞いたところでは、一壺の石脂で数十人を殺すことが可能で、軍では「猛火」と呼ばれていたと。そんなものを使えば、一晩で長安を焼き尽くすのも容易いと思われますが、しかし長安に持ち込むことができるのか? それを可能とするのが墨だと徐賓は語ります。石脂を燃やした時に出る煙の煤からは墨が作られるのですが、長安の法では、原料の扱いはその製品に準ずる――つまり墨の原料と言ってしまえば、税関を通るのも容易いのであり、そしてこれまでの捜査からもくぐり抜けていたのです。
 ――しかし、今まで小敬が石脂の話をする場面なんてあったかな? と思っていれば、やはりそこを徐賓に問い詰める李必。どうにも徐賓は怪しいと、彼が小敬を選んだ大案牘述で、今度は彼自身が調べられることに……

 そして浮浪者の賈十七に誘き出されたもののすぐに罠に気付いた張小敬は、わざとらしく姿を現した魚腸を追い、一対一の死闘を展開。人間兵器のような魚腸に一歩も譲らず、ほとんど圧倒してみせるのはさすがですが、その状況から(性的な意味も含めて)挑発してのける魚腸の精神性も恐ろしい。結局ここもフェイクであったことを悟った小敬は、再びアジトを探して一人走ることに……

 一方、前回初登場の大理寺評事・元載は、封大倫に招かれて彼の家でもてなしを受け、張小敬抹殺のための便宜を遠回しに依頼されるのですが――事実関係を聞いただけで、小敬と聞家の繋がりが鍵と見抜く辺り、靖安司の誰よりも鋭いかもしれません。しかしその聞染を捕らえたというので覗きに行ってみれば、どうみても商人の娘とは思えぬ高級すぎる簪から皇族か高官の娘と見抜き、事実を知った封大倫を震え上がらせます。
 しかし見捨てて逃げるどころか、これを奇貨として利用してしまおうというのが元載の恐ろしいところ。どうにかしてやると封大倫に恩を売り、王ウン秀のところに行っては助けてやるからと言って状況を聞き出し――その情報を元に、靖安司と右相のところに、同時に封大倫が小敬とともに狼衛から王ウン秀を救ったこと、そしてそれだけでなく、小敬が右相府の地図を描いたことを伝えるのでした。右相は襲撃については一笑に付すものの、小敬が関わっていることはさすがに見逃さず、利用するつもりのようですが――恐れていた展開になってきました。

 そしてついに龍波のアジトに到着した小敬。聞染は必ず助けると決意も新たに足を踏み入れた彼の前に現れたのは、曹破延――彼もまた、血化粧で顔を彩り、絶対抜けぬように剣を手に縛り、覚悟を決めた表情で臨みます。そして始まる激闘は、小敬が押すものの曹破延も引かず、塀から屋根の上まで繰り広げられる大激闘。そして小敬の剣が曹破延の首飾りを切り飛ばし――その場面に、故郷で娘と暮らしていた頃の曹破延の姿が被さるのが心憎すぎる演出!――揉み合ったまま二人が転落した末、曹破延は自らの剣で自らの胸を刺して深手を負うのでした。
 と、そこに駆けつけたのは、崔器と旅賁軍ですが、小敬が止めるのも構わず建屋に踏み込んだところで発動するブービートラップ。一瞬後に起きた凄まじい大爆発は旅賁軍を吹き飛ばし、その爆音は遠く離れた靖安司にまで届くことに……


 というわけで、ようやく正体を掴んだと思えば、ついに大爆発してしまったチェラホト。もちろんこれはほんの一部のはずで、全て使われれば一体どんなことになることでしょうか。。
 まあほんの少し距離をおいていた小敬と崔器、そして井戸に落とされた聞染は大丈夫だと思いますが、少しでも被害を出したら罰せられることになっていた李必の運命も含めて、これまで以上に小敬たちが追い詰められてきたのは間違いありません。

 そして初登場時は面白かったものの、いきなり洒落にならない行動を見せるのが元載。こちらは(史実的にも)李必のライバルになるのでしょうか。今のところはまだその策略の全てはわかりませんが……


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2021.09.29

三好昌子『群青の闇 薄明の絵師』 美しい闇に浮かぶ絵師という存在の業

 作中で様々な美の在り方を描いてきた作者の「絵師」三部作の一つ、江戸時代の京狩野家を舞台に描く奇譚――一人の絵師が辿る数奇な運命と、絵師という存在が抱く業を、その周囲の男女の姿を交えて描く物語です。

 狩野永徳から続く狩野本家が江戸に移った後も、弟子筋とはいえ京で狩野流の名を守り続けてきた京狩野家。町絵師の子として育った諒は、京狩野家五代目・永博に弟子入りし、その腕に惚れ込んだ師の娘・音衣の婿養子となり、六代目・永諒として京狩野家を継ぐことになります。

 しかし婚礼の晩、音衣から将来を誓った相手がいると告げられ、同衾を拒否される諒。やがてその相手が兄弟子の永華であると知った諒は彼を破門、音衣に触れぬまま、幼馴染で長崎問屋の女主人・夜湖と深い仲になるのでした。
 そんな中、彼の周囲はある人物の死がきっかけとなったように、俄に慌ただしくなります。

 豊臣家に伝わり、落城する大坂城から京狩野初代の手によって持ち出されたという幻の輝石「らぴす瑠璃」の消失、江戸狩野出身の弟弟子・冬信との競画、永華の起こしたトラブルをきっかけとした大店との対立、売出し中の町絵師・円山応挙との競画――そんな中で諒は己の出生の秘密と両親の死の真相を知ることに……


 冒頭に述べたとおり、絵師を題材とすることが少なくない作者の作品の中にあって、絵師本人を主人公とした本作。
 主人公の永諒は実在の人物ではなく、実在の京狩野家六代・永良をモチーフとした人物ですが、その生き様は、その物静かな性格とは裏腹に、強烈に印象に残ります。

 何しろ彼は五歳の時に両親が無理心中で命を落とし、その血を使って襖に芍薬の画を描いたという、生まれついて画に憑かれたような人物。
 その後も、妻との冷え切った関係や兄弟子の裏切り、江戸狩野との対立や彼に恨みを保つ商人の嫌がらせ、そして何処かへ消えたらぴす瑠璃と、画と狩野流にまつわる様々な事件・トラブルが、次々とのしかかることになります。

 その一つ一つの重みは、読んでいるこちらが思わず言葉を失うほど。そこで描かれる不幸や行き違いのほとんどが、相手に良かれという善意がきっかけなのがまた辛いものがあります。
 しかし物語そのものに決して不快感はなく、むしろ凛と一本筋が通って感じられるのは、絵師としての己を貫こうとする、つまり絵師である自分を全うしようとする諒の生き様に依るところが大きいでしょう。

 京狩野派を背負っているからでも、親をはじめとした亡き人々の想いに応えるためでもなく、あるいは自己実現のためですらなく――ただ自分が絵師だから描く。それはまさに業というしかないものであります。

 そして作中でそんな諒の、いや絵師という存在を象徴するものこそ、本作の冒頭に掲げられた言葉――狩野永徳が秀吉に「絵師の境地とは如何に」と問われた際の答えだという
「天無日月星 地無草木花 惟在群青闇 我見狂神舞」
という賛にほかなりません。
 描いて描いて、たとえ自分自身を、周囲の者たちを犠牲にしても描き抜く。そんな諒の姿は、まさに群青の闇の中に浮かぶ、恐ろしくも荘厳で美しい狂神のようにすら感じられるのであり――それが不思議な感動を呼ぶのであります。


 ちなみに本作は平成25年度の松本清張賞の最終候補になった作品がベースとなっているとのこと。作者の作品としては伝奇度が比較的低い(といっても後半、それらしい要素が現れるのですが……)のは、そのためなのかもしれない――というのは蛇足であります。


『群青の闇 薄明の絵師』(三好昌子 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon

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2021.09.28

叶輝『残月、影横たはる辺』第2巻 多士済済、公儀助太刀人!

 明治の世に至り、禁止となったはずの仇討ちを高額な報酬で請け負う警視庁の「公儀助太刀人」鬼塚千明を主人公とするユニークな明治ものの第2弾であります。仲間たちとともに公儀助太刀人として活躍する千明ですが、ある人物の死が激震を起こすことに……

 川路利良大警視の下、特命を以て仇討ちの助太刀を行うエリート集団・公儀助太刀人――その一人である千明が、同僚の天野一月とともに依頼を受けたのは、華族の令嬢・不二原八重からの仇討。
 彼女の知人の華族の青年が、父親とともに芳町の花魁・高尾に殺され、花魁は焼身自殺を遂げようとするも、辛うじて生き残った――そんな事件の真相を探ってほしいという依頼を、千明は不承不承引き受けることになります。

 敏腕書記官の柊憧子、警視庁の青年刑事・霧島駒之助の協力を得て調査を開始した千明と一月は、高尾が無実であると確信。しかし既に彼女の身柄は移され、弱った体には耐えられぬほどの刑が下されるというではありませんか。
 刑の執行を止めるため、千明たちは破天荒な手段に出ることに……


 ということで、前の巻ではほとんど一人で行動していた千明の仲間たちが登場、チーム助太刀人とでもいうべきメンバーが揃うこの第2巻。
 伊達男で遊び人の人斬りという千明のキャラもなかなか強烈ですが、元は大名家の姫君であるガンマンの(そして酒が入るととてもここでは書けないような状態になる)一月、実は腐女子の憧子、そしてこの巻の途中からの登場となるリーゼントで商魂逞しい薩摩隼人の嵐山龍之進と、何とも強烈なキャラクターたちがここに集うことになります。

 この巻の中盤、千明の「実家」である酒造を舞台にした宴会エピソードのように、この多士済済にさらに川路大警視まで加わっての大騒ぎなど、特にキャラクター面の楽しさは大きく、前巻の重くハードな印象とはまた違った本作の側面を見ることができます。

 もっとも、公儀助太刀人の存在自体は、描かれば描かれるほど首を傾げたくなるのも事実で、設立したばかりで財源不足の警視庁のために高額で仇討ちを請け負うのはアリなのだろうか。と悩まされます。
 必ずしも血腥い仇討だけでなく、後妻討ちの助太刀も務めるというのは、ちょっと愉快な設定ではありますが。(そもそも後妻討ちがそこまで多いのか、というのはさておき)

 またこれはこの巻の終盤の展開ですが、更生施設の受刑者が作った工芸品の卸売りの手伝いにまで、助太刀人が関わるというのも、うーんというところで――いや、確かにそれも一種の助太刀ではあるのですが、第1巻の印象からするとやはり大きくイメージが変わるところではあります。
(もっとも、このエピソード自体、その不審さが一つのキーになっているのですが……)


 何はともあれ、メンバーも揃い、向かう所敵なしという印象になってきた公儀助太刀人ですが、しかしここで彼らに大きな試練が訪れることになります。
 本作の舞台は明治12年――この年、川路大警視は、その任の途中で急死。千明たちは大きな後ろ盾を失うことになるのです。

 川路の後任である大山巌(史実)は、公儀助太刀人にこれまでどおりの活動を認めるものの、その動きに不信感を抱く千明。はたして大山は怪しげな華族と組み、非社会性人格者――つまりは潜在的に犯罪問題行動を起こす可能性のある人間の更生の一環として、彼らを警察組織に迎え入れるというではありませんか。

 色々な意味で仰天の展開ですが、この巻の終盤では、それ以上にさらに意外な展開が描かれることとなります。龍之進たちと共に行動することとなったその元・非社会性人格者・岡本喜一は、千明と出会うや、ある告白をするのですが、その内容というのが……

 内容的にはラスボスになってもおかしくないような相手ですが、しかしその態度を見ていると、単純に千明の敵とも判じ難い岡本。
 この巻では色々と不思議な設定に驚かされましたが、ちょっと先が読めないこの展開は歓迎したいと思います。


 ちなみにこの巻の裏表紙に書かれている「びぃえるノ波動ヲ感ジル」という強烈なセリフは、高尾の事件で憧子が発した言葉。こういう珍推理は外れるのが定番ですが、これが何と……(これもこの巻で驚かされた点の一つではあります)


『残月、影横たはる辺』第2巻(叶輝 KADOKAWAあすかコミックスDX) Amazon

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2021.09.27

岩崎陽子『浪漫狩り』第5巻 嵐の前の静けさ 絡み合う男たちの思惑

 昭和初期、世界各地の超古代文明の遺跡を巡る伝奇活劇もいよいよクライマックス目前。陸軍特務機関が不気味に暗躍する中、猿渡への敵愾心に燃える犬神が、特務としての顔を露わにした那珂川が、高倉財閥総帥の座に就いた羽佐間が、それぞれの動きを見せることになります。

 人間のものとは思えぬ超古代文明の遺跡を巡る暗闘に巻き込まれた考古学者にして埋蔵金盗掘指南の猿渡遼太郎。その遺跡にまつわる因縁は、猿渡の父である伝説のトレジャーハンター・結城晶造、そして師である楢崎教授にまで及ぶことが明らかになり、いよいよ複雑なものとなっていきます。

 そこに加えて、猿渡の親友で冒険家の羽佐間が、実家のお家騒動に巻き込まれた末、高倉財閥の総帥に就任。一見遺跡とは関係なさそうなこの一件は、しかし財閥の所有する鉱山に超古代遺跡の一つがあったこと、そして財閥が出資する企業が遺跡研究を行う特務のダミー企業であったことから、やはり一連の事件と密接に関わることに……


 と、思わぬ形で猿渡の周囲の人々の運命が超古代遺跡と繋がっていく中、この巻の冒頭で描かれるのは犬神の姿であります。
 結城晶造の一番弟子であったものの、犬神はあくまでも「元」トレジャーハンター。この一連の事件に首を突っ込むことになったのは、軍のスカウト候補となったこともあるものの、最大の理由は、師匠の息子である猿渡への対抗心にほかなりません。

 トレジャーハンターとしての経験はともかく、学問の知識やバックアップ体制は猿渡の方が上である中で、犬神のアドバンテージは――というところに出てくるのが、師匠から譲られた通称「結城ファイル」。
 犬神が結城の墓に隠していたこのファイル――特務の面々も顔色を変える、チベット語で綴られたその内容とは……

 そしてその犬神と思わぬ形で繋がることになるのが那珂川です。前巻では、彼の兄・隼人と、その親友であり今の上官である篠原少佐の過去が描かれましたが――篠原のみならず、彼もまた、兄の存在に囚われているといえます。
 篠原が、親友の弟だけは自分たちのような裏の世界からは遠ざけようとする一方で、はたして兄の過去に何があったのか知ろうとする那珂川。隼人は「正義」であり過ぎたために死んだという篠原の言葉に、那珂川は「真実」を求めるために「正義」を捨てる決意をするのでした。

 そして犬神と那珂川は、それぞれ後に退けない想いを抱いた者同士、互いを利用する形で手を組むことになります。
 その一方で、篠原の上官である箆岐宮大佐もまた、京で神器を持つ者のみが許される禁断の儀式に挑み、あのメダリオンを神器の代わりにして儀式を成功させるなど、また独自の動きを見せることに……


 さて、陸軍サイドが動き始めた一方で、少々おとなしめなのが主人公サイド。猿渡の手にもう一つのメダリオンが渡ったものの、大学の研究室でも高倉重工でも解析不能、下手にいじれば周囲に被害を及ぼしかねないオーパーツに、打つ手はなしと思われたのですが――そこに思わぬ形で状況が動くことになります。

 ついに覚悟を固め、これまでの新聞記者としてのカムフラージュを捨て、軍人として羽佐間の前に現れた那珂川。一度は羽佐間に打ち切られたダミー会社への資金援助復活を要求する那珂川に対して、羽佐間の回答は……
 なるほどその手があったかという、現代人の目から見ても絶妙な手段によって、特務に手綱をつけると共に、自分たちも同じ土俵に乗ることに成功した羽佐間。そして猿渡も高倉側の顧問としてそこに加わることになります。

 かくて、陸軍特務と高倉財閥、陸軍のアドバイザーとなった犬神と、高倉の顧問となった猿渡――これまでの暗闘から一転、呉越同舟超古代文明遺跡に挑むことになった各勢力。はたしてそこに眠るものの正体は、そして陸軍の真の目的は?
 冷静に考えるとこの巻は水面下の動きが大半で、嵐の前の静けさという印象なのですが――残すところあと2巻、疾風怒濤のクライマックスの始まりは、すぐそこであります。


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2021.09.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?

 連載の方ではいよいよ最終章に突入、先日まで全話一挙ネット公開が話題となった『ゴールデンカムイ』。その最新巻ではいよいよ札幌決戦も終わり、物語最大の謎――アイヌの黄金を巡る過去の出来事が描かれることになります。そこで語られる鶴見中尉の真意とは――?

 残る刺青人皮を巡り、札幌ビール工場で三つ巴四つ巴で展開された大乱戦。その結果、切り裂きジャックことマイケル・オストログは杉元らに斃され、上エ地圭二は自滅、そして最後の人皮の持ち主が門倉と判明という、意外な結末を迎えることになります。

 しかし刺青人皮を巡る戦いはひとまず終わったとはいえ、その暗号を解く鍵を握るアシリパが鶴見一派に拉致されたことでまだまだ戦いは終わらず――というところから始まるこの巻。
 前巻で杉元たちを裏切り、一人で鯉登と月島を向こうに回して死闘を繰り広げた海賊房太郎が、あっさり杉元に降参したのは意外なようでいてちょっとらしい気もしますが――房太郎・杉元・白石の三人組が、札幌麦酒の宣伝車に乗って、消防隊に化けて逃走する鶴見一派とデッドヒートを繰り広げるのは、これはまさに本作ならではのシュールな味わいであります。

 そしてその追跡行の果てに、ついにあの男が斃れるのですが――飄々とした、どこか物悲しさを感じさせる態度はそのまま最期の時まで変わらず、妙に仲の良かった白石に後事を託す姿は、実に印象的でした。
(ここで雑誌掲載時は白石のヒドいギャグが入っていたのですが、単行本ではカット……)

 一方、鶴見の車に飛び乗った杉元は、そこで菊田と激突するのですが――菊田のある言葉をきっかけに、「菊田さん?」「「ノラ坊」だったのか?」と呼び合うという意外な関係性がここに来て示されるのにも、驚かされるばかりなのです。


 しかしこの巻のメインとなるのはこの後の展開です。杉元の追跡を振り切り、さらに追ってきたソフィアを捕らえて、郊外の教会に身を潜めた鶴見――その鶴見が、アシリパとソフィアを前に語るその内容こそが圧巻なのであります。

 そもそもかつてウラジオストクに潜伏したウイルク・キロランケ・ソフィアと接触した過去があった鶴見。その接触は、当時長谷川と名乗っていた鶴見の妻子の死という悲しむべき結果となったのですが――その因縁も踏まえて鶴見が語るのは何か。
 それは、アイヌの金塊がどこからやってきたのか、誰が金塊を集めたアイヌたちを殺したのか、ウイルクは何故網走監獄ののっぺら坊となったのか、そして何故キロランケはウイルクを殺したのか――これまで謎となってきた物語の根源、過去にまつわる真実なのです。

 その一つ一つについてはここでは触れませんが、もはや物語の背景設定として所与のものという感があった金塊の出自とその金塊を見つけたアイヌたちの運命、のっぺら坊の誕生は、改めて聞かされてみればあまりもドラマチック、あまりにも重い内容。
 そしてそれだけでなく、それがウイルクの子であるアシリパという存在に密接に関わり、さらにかつて志を共にしたウイルクとキロランケの決別に繋がっていくのには、言葉を失います。

 派手な展開や仕掛けが次々と描かれながらも、その根底には、必ず登場人物の複雑で、しかし十分に理解できる心理が存在し――そしてそれこそがこちらの心を揺さぶってきた本作。
 ここで描かれるものは、その真骨頂というべきと感じます。


 とはいえ、その中でただ一人、その心理状態がこちらの理解を遥かに超えている――一旦理解できたかと思えば、それを遥かに超えていく――のが鶴見中尉。
 この感の終盤で見せたある行動のおぞましさには言葉を失いますが、しかし真に恐るべきは、過去の出来事を客観的に語るようでいて、いつの間にかアシリパに責任と罪悪感を背負わせる悪魔的話法でしょう。

 そしてアシリパとソフィア、さらに密かに鍵穴から伺う鯉登と月島を観客に演じられる鶴見劇場は、劇的な本作のタイトル回収においてその頂点を迎えますが――さてその行き着く先はどこなのか。そして鶴見の前に屈したアシリパを救う者は……
 まだまだクライマックスは続きます。


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 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

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2021.09.25

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第8巻 去りゆく人々、そして舞台は東へ

 乱を始めた者たちが去ってもなおも続く応仁の乱。そんな中で相変わらず忙しい日々を送る新九郎ですが、思わぬことから駿河そして伊豆に向かうこととなります。将来深い縁を結ぶ土地で、新九郎は何を見るのか。新たな物語の始まりであります。

 母を失い気落ちした父に代わり、本家の片腕として京と荏原を往復する忙しい暮らしを送るようになった新九郎。そんな彼が18歳となった文明5年(1473年)早々――これまで一時代を築いてきた男たちが、次々とこの世を去ることになります。
 元政所執事・伊勢貞親、西軍総帥・山名宗全、管領・細川勝元――いずれも新九郎とは様々な形で縁のあった人々であり、そして何よりも幕府の政治を(結果として)混乱させ、応仁の乱を引き起こした面々であります。

 奇しくもこれらの人々が一時にこの世を去ったのを見れば、一つの時代の終わりが感じられる――と言いたいところですが、実際には一度火がつけば、始めた人間たちがいなくなっても続くのが戦争というもの。
 応仁の乱はこれで終結、ということにはならず、むしろ周辺諸国に飛び火して、なおも延焼していくことになります。

 その一方で、関東においては関東管領・山内上杉家と古河公方・足利成氏の戦いがいよいよ激化し、いつ終わるともわからない有様。そしてその京と関東の中間ともいうべき駿河でも、独自の野望に燃える者が……


 と、この時点ではまだまだ若僧に過ぎない新九郎の預かり知らぬところで次々と広がっていく戦。しかし思わぬ形で、新九郎はその一端に触れていくことになります。

 そのきっかけとなるのは、駿河の今川義忠に嫁いた姉・伊都が義忠の子・龍王丸を産んだことであります。
 本来であれば新九郎が祝いに行かなければならないところですが、例によって伊勢家には先立つものがない――と悩んでいたところに、現当主・伊勢守貞宗の命を受けて、今川の動向をを探るため、新九郎は駿河へ向かうことになるのです。

 かねてより今川の旧領であった遠江奪還に燃えてきた義忠。それが昨今の混乱に乗じて、いよいよ遠江出兵を目論んでいるようなのですが――しかし意味あけすけで豪快な義忠から探れることは逆に少ない状況。そんなところに義忠の従弟・小鹿新五郎範満の誘いを受けた新九郎は、伊豆を訪れることになるのですが……

 これまで幾度か描かれてきたものの、新九郎の物語においてはまだ遠景に過ぎなかった関東。正直にいって馴染みのない読者が多いと思われるこの時代の関東の情勢ですが(堀越御所の鎌倉公方・足利政知と言われても、誰? と思う方は少なくないはず)、応仁の乱にようやく慣れたと思ったら今度はまたややこしい話が――というこちらの感覚は、おそらく新九郎もあまり違わないのではないかと思われます。

 しかしこの巻で描かれた数々の出会いは、この先の新九郎に大きな影響を及ぼすものばかり。もちろん新九郎もその人々もそんなことを知るわけもなく、ただ仮初の出会いと思っているわけですが――それがどのように変化していくのか、ほんのわずかばかりこの先のことを知る身としては、楽しみになるばかりであります。


 それにしても毎回感心させられるのは、本作の人物描写の巧みさ。漫画のキャラクターとしてのデフォルメがはっきりとほどこされているにもかかわらず、時折フッと絵やセリフの中に、それに留まらない一個の人間としての陰影や幅が感じられるのには驚くばかりであります。
 特に今回は山内上杉家周辺の人々にそれを強く感じたところですが――その他にも、冒頭に登場した細川聡明丸など、ほんのわずかな表情に、明確に後年の人物が透けて見えるのにも感心させられるのです。


 さて、この巻のラストでは、いかにも危うげだったあの人物が、ほとんど暴走を繰り返した末にあっけなく落命。その影響がどうなるかは次巻ですが、新九郎にとって小さいはずがありません。
 いよいよ新九郎の名が歴史に残る第一歩まであとわずか――やはり動いていないようでいて、時代ははっきりと動いているようです。


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2021.09.24

『MARS RED』 第9話「疑念」

 零機関の仲間を求めて帝都を彷徨う秀太郎は、月島近辺に子供のヴァンパイアを殺しているマスクの男がいるという噂を聞く。向かった先の地下基地で、前田からスワたちへの自分を討てという司令レコードを聞いた秀太郎。そこに現れたスワと激しくぶつかり合う秀太郎だが……

 前回に引き続き、荒廃した帝都を仲間を求めて彷徨う秀太郎。昼は人々が少しずつ町の復興に勤しみ、夜は徘徊するヴァンパイアたちを紅い――じゃなく赤眼鏡の金剛鉄兵たちが狩る、そんな自分には身の置きどころのない世界を、秀太郎は目の当たりにするのでした。
 しかし収穫もなく千本鳥居の天満屋に帰った秀太郎は、前回保護した少女のヴァンパイア・彩芽から、月島近辺で子供のヴァンパイアたちを狩る者がいると聞かされます。マスク姿でナイフを得物に使うというその姿はどう考えてもスワですが、そういえば第6話でスワたちは月島に潜入して以来行方不明……

 かくて月島地下の、かつての第十六特務隊基地に向かった秀太郎が耳にしたのは、地下から響いてくる何者かの声。急いでそこに向かった秀太郎は、前田の声で吹き込まれたレコードが回っているを目の当たりにすることになます。そしてその声は、ヴァンパイアの抹殺を――幼生(つまり子供)だけでなく秀太郎までも対象に命じていたのであります。
 あまりに理不尽なその命に愕然としながらなおも進む秀太郎が見たものは、事切れた子供のヴァンパイアと、その傍らに立つスワの姿――やはり噂は、そして先程の命令は真実だったかと愕然とする秀太郎に刃を向けるスワ。激しくぶつかり合う二人のヴァンパイアを分けたのは、転がってきたクサヤ爆弾――そう、タケウチであります。

 これが用済みの自分たちを同士討ちさせようとする罠だと見抜いたタケウチの言葉で和解する秀太郎とスワ。震災以来、タケウチの私的な隠れ家に潜んでいたという二人を、秀太郎は千本鳥居の天満屋に誘います。
 そこで改めて情報交換する三人と天満屋。ヴァンパイアワクチンの正体は、自分が研究していたものにアスクラを赤羽辺り――戦前の赤羽は軍都と言われるほど陸軍の施設が多く、そこに造兵廠などもあったわけで――とタケウチが語る(ここで「中島のガキが!」と忌々しげにいうスワ300歳がちょっと可笑しい)一方、若旦那は増えてきたヴァンパイアたちを北関東の某所にあるらしいヴァンパイアの隠れ里に連れていくことを考えていると語ります。しかしそれまでの食料(血液)が保つかどうかという若旦那に、タケウチは悪い笑顔で当てはあると語るのですが……

 そしてスワ曰く中島のガキはといえば、金剛鉄兵によるヴァンパイア狩りの実績をいつぞやの陸軍上層部にアピールするも、例によって軍縮が求められる昨今ではすぐに採用は難しい、東京が復興してから――と躱されるばかり。さすがに沖村のように暗殺はしないようですが、しかし中島は極めて不快な表情を見せます。
 一方、おそらく日比谷の帝国ホテルでは、すっかり生きる気力を失ったかのようなデフロットが、葵に対して「自分は舞台を降りた」と語り、そしてさらに何処かかでは、赤い瞳をした前田が……


 と、実をいえばラストの姿も前田なのか今ひとつ自信を持てないほど作画的には結構苦しい印象の強かった今回。メインとなる秀太郎とスワの激突も、ルーファスの声真似で吹き込んだレコードによるものだった、というのはちょっと気が抜けます。

 もっともそのルーファスは相変わらず何を考えているのかわからない態度(子供のヴァンパイアの血で汚れた床に自分でモップがけする等)。以前から金剛鉄兵をダニーボーイと呼んでいるのも、奇妙な印象を残します。(元々が子供を戦地に送る親の歌と言われているので、自分と金剛鉄兵の関係を皮肉っているのだとは思いますが)

 一方、スワの方も、子供のヴァンパイアばかり殺すというのはフェイクだったにせよ、子供でも容赦はしないのは間違いないと感じさせるのが彼らしいところ。。
 そして子供のヴァンパイアが飢えに耐えかねて日向のネズミを捕まえようとして焼け死ぬ姿を見て言葉を失う秀太郎に対して、子供のヴァンパイアの「生き辛さ」を冷徹に告げるのは、自分が決して大人という年ではない頃にヴァンパイアにされて生き続けてきた彼ならではの言葉として重みがあります。

 それにしても、いまだ各勢力の思惑が絡み合わない状態ですが、今回天満屋が語った企てが、クライマックスに繋がっていくということでしょうか……


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2021.09.23

『長安二十四時』 第12話「未の刻 裏切りの予兆」

 聞染の香を頼りに彼女の跡を追う張小敬と崔器。その頃、新たに二人の狼衛を仲間に引き入れた龍波たちは、いよいよアジトを発とうとしていた。曹破延らが時間稼ぎのために残ったアジトに近づく小敬だが、その頃嫉妬に燃える魚腸は聞染を殺そうとしていた……

 冒頭で描かれるのは記録坊の史書で狼衛のことを調べていた李必が、探していた部分が破られていたことから徐賓の仕業と疑い、彼を拘束、記録坊の鍵を没収する一幕。さすがに過剰反応では? という気もしますが……

 一方、犬を利用して聞染(の香)を追っていた張小敬と崔器は、犬の鼻が回復するのを待ちながら、しばしダベることになります(「ミントよこせよ」「しょうがねえなあ」的な男臭いやりとりが実にいい)。そこで明らかになるのは、崔器の人となり――長安を初めて訪れた時、兄に三日三晩、街を案内されて様々な人間と出会った。俺は王族や貴族ではなく、そんな市井の人々を守りたい……
 そのために出世しなくては、という目標はともかく、地方軍に参加していたという経歴を含めて、この男、実は小敬とあまり変わらない志を持っているのでは!? と驚かされたこのくだり。これまでニヤニヤクチャクチャしてばかりの男と思っていましたが、わずかな時間でキャラの印象をガラリと変えてくる巧みな演出に感心です。

 そしてその頃、昌明坊の龍波のアジトにやってきたのは、右刹の使者だという二人の狼衛――マガル曰く戦神と恐れられるルーダーとルイゴ。つまり右刹の側近、最強の戦士ということか!? という期待は、しかし次の瞬間二人が魚腸に叩きのめされて土下座というギャグのような展開で、マガルたちの尊敬の念もろとも粉砕されます。さっそく殺しにかかる魚腸を止めて、二人を説得して仲間に加えた龍波は、いよいよ真・チェラホトに向けてアジトを出発しますが――足がつかないようにアジトを破壊するために後に残ったのは曹破延たち。当然というべきか、生還確率は極めて低いミッションですが……

 一方、檀棋が告げた小敬の言葉に対し、そのとおり聞染(実は王ウン秀)の解放を命じる永王。母の位牌の前で小敬の縁者には手を出さないと誓ったと、たぶん中国では最高レベルの約束をしたとのことですが(どれだけ小敬が怖かったの永王……)、それに不満顔の封大倫に対して、小敬本人については、大理寺の評事に命じて囚人の引き渡しを求める公文書を書かせろ永王は命じます。そして王ウン秀も、大理寺に引き渡されることに……

 大理寺といえばかのディー判事もいたところですが、ここで白羽の矢を立てられた男・元載は――何というか、とてもふくよかな女性たちを集めておしくらまんじゅう状態にして、その中で暖を取るというインパクト満面のビジュアルで登場。何かそういう特殊な趣味がある方なのかと思いきや、単純にボロ屋で寒いので暖房代わりの様子です。
 しかしその支払いをケチるというセコさ――というより貧乏ぶりのようですが、本人はその才能を自負しているらしく、いい屋敷に住みたいとか、お偉いさんの娘と結婚したいとかブツブツ言っております。この辺り、史実を知っていると大いに笑えるのですが――召使らしいこれまたコロコロした少女とのやりとりも愉快な元載。しかし立ち位置的には敵に回りそうなのが不安です。

 そんな動きも知らず、ようやく昌明坊に近づいた小敬と崔器ですが、この辺りに軍の望楼はなく、空き屋敷が多いと、如何にも潜伏には適した地域なのを知った小敬は、崔器に援軍を連れてくるように命じます。その報は李必にも伝わりますが、その時彼は姚汝能と靖安司に潜むらしい内通者の存在について話している最中。冒頭の徐賓への処置は、内通者のあぶり出しのためだそうですが、どう考えても目の前の人が怪しい……
 そして犬を連れてただ一人先に進む小敬の前に立ち塞がったのは、賈十七なる浮浪者をリーダーとした三人組――ですが言うまでもなく小敬はこれを瞬殺。曹破延に雇われたこいつらはどう考えても時間稼ぎにしか思えませんが、その頃大事件が発生します。

 龍波と距離が近い(ように見た)聞染に対して魚腸の殺意が爆発、辛うじてマガルがこれを止めたものの、今度はマガルに殺させようする魚腸。女子供は殺さないというマガルは、聞染に井戸に飛び込めと命じ、彼女はやむなく従うのですが――水落ちは生存フラグとはいえ、魚腸の暴走ぶりをどうすべきか。
 いずれ彼女についても、そのキャラが深掘りされると思いますが――最初は龍波に利用される哀れな女性かと思われたのが、今ではむしろ龍波のストーカー状態で、全く感情移入できないのが正直なところです。


 というわけで、全体の1/4に達したものの、まだまだ先は見えない状況の今回。冷静に考えると今回は大きな動きはなかったものの、様々な場所で並行して事態が進行するため、全く停滞している感はありません。しかし、そろそろ色々な意味で大爆発しそうですが……


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2021.09.22

さいとうちほ『輝夜伝』第8巻 地上に残る天女!? 天女を巡る男たちの奮闘

 比叡山での月に帰らなかった天女との出会い、そして天女の昇天と、前巻において物語の核心に迫る展開が描かれた本作。ついに月に帰らないで済む方法を知った天女たちの選択は、そして彼女たちを前にした男たちの選択は――意外な展開が続きます。

 葛城の里で自らの過去を知ったものの、治天の君の配下となった大神に最愛の兄・竹速(梟)を殺された月詠。辛うじて竹速は復活したものの人事不省の状態の中、月詠は帝の使者として向かった比叡山で、地上に残った天女と出会うことになります。
 地上で子を成した天女は天に帰らないですむ――すまわち昇天しないですむ。その事実を知ったかぐやと月詠ですが……

 と、思わぬ形で、ある意味少女漫画的な展開となってきた本作。なるほど、いわゆる天女伝説においては、地上の男と子を成した天女は天に帰れなくなるというのが定番ですが――と納得する一方で、しかしそれをおいそれと実行に移せるわけでもないのも、また事実であります。
もっとも、かぐやと帝の間には少なくとも障害はないように思えますが、やはり、こう気持ちというか覚悟というものが……

 しかしさらにややこしいのは、言うまでもなく月詠の方であります。彼女が恋うる竹速は今なお半死半生の状態。そして二人に複雑極まりない想いを抱く大神は、今なお形の上は治天の君の配下、そしてかつての親友である凄王は彼と敵対する月詠サイドにあるのですから。

 そして天女と聞いたら黙ってはいられないのが治天の君。天女の像を作らせようと、仏師である比叡山の双子の天女の子孫を召し出した治天の君は、像のモデルに月詠を使い、かつて自分が愛した天女の残した服や装飾品を身に着けさせて……


 月詠とかぐや、二人の天女が中心となる物語だけに、どうしても彼女たちに振り回される形となってしまう本作の男性陣。しかしこの巻ではむしろ、後述のように月詠が身動きが取れない状況ということもあり、彼らの奮闘ぶりが印象に残ります。

 その中でも特に目立つのは、やはり大神でしょうか。月詠を恋するあまり敵対する立場となり、竹速の仇という立場となった大神ですが――しかし今回、竹速が凄王のもとで匿れた後も彼に迫る治天の手の者に対し、成り行きとはいえ思わぬ行動を取ってしまうのですから。

 思えば月詠の前に竹速が現れる前は、真っ直ぐな態度で月詠に接していた大神。それが彼の元々の姿だとすれば、恋に迷った今の姿を何と評すべきでしょうか。その点、物慣れた凄王の態度が、ある意味救いと言えるのかもしれませんが……
(月詠から「口止め料」を払われてかえってダメージを受けるのが、もう何というか……)

 そしてもう一人印象に残るのは(意外にもというべきか)治天の君であります。本作における最大の悪役として、ひたすら天女たちに執着する姿が描かれてきた治天ですが――その様々な欲望に塗れた姿は、ある意味、男性というものの悪しき側面の象徴のようにすら思えます。
 しかし先に述べたように、彼がかつて愛した天女の衣をまとった月詠に対して向ける眼差しは、普段の彼の傲岸な態度から予想もつかぬような、真摯で、優しさとどこか哀しみに満ちたものだったのですから……

 考えてみれば天女に去られた帝である治天の君は、ある意味「竹取物語」の帝のその後の姿――すなわち本作における帝のあり得るかもしれない未来の姿といえるのかもしれません。
 そんな彼の姿から、天女に惹かれた者の哀しみが感じられるのは、むしろ当然というべきでしょうか。
(ここで胸に刺さる、凄王の「天女に…のめり込むもんじゃあないな」という言葉……)

 そしてまたここで明らかになった、月詠の母が手にしていた数珠の持ち主との思わぬ因縁も、大いに気になるところですが……


 といいつつ、月詠にかつての天女の姿を見た末、我が物としようとして拒まれれば監禁、ひたすらしつこく迫るのが、やはり治天という男。
 そんな月詠の危機に対して、これまでそれぞれの形で彼女を守ってきた三人の男たちが、呉越同舟立ち上がる! という実に盛り上がる形で、この巻は終わることとなります。

 どうやら次の巻でも、天女たちを巡る地上の男たちの方のドラマも、大いに盛り上がりそうです。


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2021.09.21

劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』 安倍晴明vs九尾の妖狐! フルスペックのいのうえ歌舞伎復活!

 久々の劇団☆新感線であります。平安のヒーロー・安倍晴明と平安の大妖怪・九尾の妖狐の激突を、中村倫也と向井理という豪華キャストで描く、知恵比べあり大立ち回りありの大活劇――中島かずき脚本・いのうえひでのり演出のいのうえ歌舞伎、堂々の新作『狐晴明九尾狩』を観劇して参りました。

 平安の夜の闇を切り裂く流星――それをこの世に災いをもたらす凶兆と見て、帝に奏上せんとする安倍晴明(中村倫也)。ところが宮中で疎まれている晴明の言は容れられず、代わって重きを為すようになったのは、大陸留学から帰ったばかりの陰陽道宗家・賀茂利風(向井理)でありました。

 しかし自分にとっては親友だった利風こそが、大陸でその身を乗っ取り、日本にやって来た九尾の妖狐の化身であることを見破った晴明。その事実を伝えに来日した狐霊のタオフーリン(吉岡里帆)らと共に、その正体を暴き、京を救おうと奔走する晴明ですが、逆に利風の策にはまり、窮地に陥ることになります。

 その間にも宮中に取り入り、新たな貨幣鋳造を進める利風。果たしてそこに秘められた利風=九尾の妖狐の恐るべき思惑とは何か。そして晴明は九尾の妖狐を倒し、親友の仇を討つことができるのか――丁々発止の知恵比べが始まります。


 個人的なお話で恐縮ですが、昨年の『偽義経冥界歌』は(観劇しようと思っていた回が)中止となり、『神州無頼街』は延期となり――本当に久々の新感線観劇となった今回。

 このご時世ゆえでしょう、いつもの新感線の舞台よりも明らかに短い二幕で三時間弱という構成ですが、その分、かなりテンポ良く進んでいく印象があります。
 出演陣のメインは外部の俳優中心、脇をベテラン劇団員が固めるというパターンですが、メインどころは吉岡里帆以外、全員新感線経験者ということもあり、まったく違和感ない内容でした。

 物語に目を向ければ、晴明と蘆屋道満以外は全て架空の登場人物となっており、ファンタジー要素が強い内容の本作。その分、史実に縛られずに、自由に人と妖の物語が展開されていた印象があります。
 細かいことをいえば、九尾狐が日本に現れるのは晴明の時代から約二百年後ですが(といってもこういうお話もあるのですが)、作中で語られる設定は全くのオリジナル、性別も男ということで……

 ちなみにいのうえ歌舞伎で晴明というと『野獣郎見参』を思い出して、思わず身構えそうになりてしまますが、本作の晴明は比較的シンプルな、色々な意味で心正しき陰陽師。
 飄々として物柔らかな、しかしどこか油断ならないキャラクターは、演じる中村倫也という役者のイメージ通りですが――その一方で、時に驚くほど喜怒哀楽の激しい側面を見せてくれるのが印象的で、それが物語の諸所で効果的に描かれています。

 それにしてもいのうえ歌舞伎というか新感線の主人公は「好漢」と言いたくなるキャラが多いのですが、今回の晴明は「イケメン」それも「やだ、イケメン……」と言いたくなるような反則的な造形。
 一方、彼とは人間時代には肝胆相照らす親友、妖狐に乗っ取られてからは不倶戴天の敵となる行風役の向井理は、絵に書いたようlなクールな美形悪役ぶりに感心であります。

 物語のメインとなるのは、この二人が騙し騙されの知恵比べなのですが――内容的にアタック&カウンター・アタックの連続という印象ではあるのですが、しかし終盤の畳み掛けるようなどんでん返しの連続(ここからまだ来るか!? と本当に何度も思わされるほど)が実に強烈。
 何よりもクライマックスに至り、その知恵比べの構図の意味が、晴明と行風の二人の想いのぶつかり合いと共に浮かび上がる様は、ただただ圧巻というほかありません。

 そしてその先に、一種のパブリックイメージとしての超人晴明像をフォローしていくのも、心憎いところであります。


 正直なところ、時間が短いわりには(特に味方側の)キャラクターがバラエティに富みすぎていて、個々の出番が少なめに感じる部分はあります。
 しかし得体の知れない強キャラ感と変態ぶりを兼ね備えた千葉哲也演じる道満や、普段のイメージとは全く異なる武人キャラだった浅利陽介演じる検非違使など、いつもながらに個性的なキャラの乱舞に惹きつけられたのもまた事実であります。
(しかし、私もたいがい色々な道満を見てきましたが、こんな性癖のは初めて見た……)

 キャラ・物語・演出――フルスペックで復活した劇団☆新感線、復活したいのうえ歌舞伎を堪能させていただきました。


関連サイト
公式サイト

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『野獣郎見参』 晴明と室町と石川賢と

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2021.09.20

三好昌子『幽玄の絵師 百鬼遊行絵巻』 人と妖と自然の美を通じて見つめた足利義政の姿

 京を舞台に、妖と美と情を題材とした物語を中心に発表してきた作者が、足利義政の時代を舞台に描く連作集であります。主人公は絵師・土佐光信――この世ならざるものを感じ取る力を持つ彼の前に次々と現れる妖、人と自然の不思議な物語が描かれます。

 時の将軍・足利義政から、絵の題材として「花の如く匂い、鳥の如く舞う 鬼の如く嗤い、人の世の如く乱れる 我は何ぞや」という判じ物を与えられた土佐光信。その答えに頭を悩ます光信は、密かに考え事をする際に忍び込んでいた御所の梨花殿で、謎めいた老人・唐朱瓶と艶やかな美女・緋扇にその謎を語るのでした。
 その答えは義政の心の中にあると、緋扇の導きで義政の過去を覗く光信。それは幼い頃の義政と先代将軍だった兄・義勝、そして奇妙な言い伝えを持つ瓶にまつわるもので……


 そんな「風の段」に始まる本作は、光信が義政の下で関わることとなった様々な妖異・怪異を描く全七話で構成されています。

 建設中の御所を彷徨う半面血染めの女の怪を探るよう命じられた光信が、呪詛屏風なる怪異の存在を知る「花の段」
 孤独だった少年時代の光信と、捕らえた大鯉を逃すことと引き換えに得た二人の友人の出会いを描く「雨の段」
 義政から四条河原で評判の鳥を操るという鳥舞の見聞を命じられた光信が、舞い手の悲痛な過去を知る「鳥の段」
 出会った者の影を喰らうという妖・影喰らいと出会い、病に倒れた日野富子のため、光信が真相究明を命じられる「影の段」
 筆で紙に打った筆の一点で運勢を占うという男を連れてくるように義政に命じられた光信が、意外な過去の因縁に巻き込まれる「嵐の段」
 血塗られた因縁から音が鳴らなくなり、鳴った時は良からぬことが起きるという小鼓が予感させる京の、日本の未来を描く「終の段」

 そんな本作の主人公とも狂言回しともいうべき立場となる土佐光信は、言うまでもなく実在の人物――大和絵に水墨画の画法を取り入れて様々な作品を残し、土佐派の地位を確立したと言われる人物であります。
 本作はその光信を、人ならざる妖を感じ取り、交流する力を持つ人物として描きます。妖に「心に壁がない」と言われる彼の目は、人の世と妖の世、此岸と彼岸を同時に見つめ、その複雑な世界で描かれる物語をつぶさに見届けることになるのです。

 そしてそんな物語を飾るのは、様々な美の姿。霏霏として降る雪や闇夜に降り注ぐ一筋の月光のような自然の美もあれば、人の手になる絵画や器物といった人造の美、さらには人の外面のあるいは内面の美といった美と――様々な美が、作者一流の筆で描かれることになります。
 そしてその美は、妖の中にも存在し得る、あるいは妖として存在するものでもあります。本作においては、美を通じて、人と妖と自然と――それらが全て同一の世界にあることを描いていると感じられます。


 さて、その光信が表の主人公とすれば、裏の主人公というべき存在は、義政であります。
 室町幕府第8代将軍として疫病や飢饉、そして政治的・武力的紛争が相次ぐ中で、それらに背を向けて美と遊興に耽り、その果てにあの大乱を招いた人物――本作の義政はそのイメージそのままに美に耽溺し、それ故に光信と結び付き、そして彼に(主に妖絡みの)無理難題を押しつける人物として描かれることになります。

 しかし彼が決して単なる暗君ではなく、複雑な――だからこそ絶望的な――内面を持つ人物であることは、冒頭の「風の段」をはじめとして、物語の随所で描かれていくことになります。
 その人物的造形の深さにおいては、正直なところ光信よりも上――というより、義政という極めて複雑な人物の内面を、光信が先に述べたように美を通じて辿っていく物語こそが、本作の本質といえるかもしれません。

 光信という文化芸術の世界に生きた人物を主人公にしていることもあり、本作は歴史上の事件を真っ正面から取り扱う物語ではありません。
 しかしそれでいて本作に極めて濃厚な歴史小説としての味わいがあるのは、この義政を中核とした構造による故なのでしょう。
(もちろん義政抜きでも、「雨の段」のように時代の当事者としての光信を通じて「歴史」を感じられるのですが――「二人の少年」の名を知ったときの衝撃たるや!)


 絵師として頂点を極める一方で、現代にまでその名を残す「百鬼夜行絵巻」を残した光信。本作の結末で地獄の釜の蓋が開いた世において、何を光信が見つめ、そして奇妙な絵巻を残すことになるのか――この先の物語を見てみたいと思わされる作品であります。


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2021.09.19

梶川卓郎『信長のシェフ』第30巻 ようやく繋がった道筋? そしてケン生涯の一大事

 ついに明らかになったヴァリニャーノの狙いを前に、あまりにも意外な決断を下す信長。それを耳にした光秀もある決意を固めます。その一方でケンの身の上にも重大な変化が――といよいよクライマックスが近いことを予感させる『信長のシェフ』第30巻です。

 これまで西国、そして畿内で怪しげな動きを見せていたイエズス会。その中心人物であるヴァリニャーノとついに対面した信長は、彼から、そして彼が連れてきた黒人従者――ヤスケから、得た情報から、ついにイエズス会の裏の目的を知ることとなります。
 それは世界領土分割体制下のポルトガルとスペインの領土争いにおいて、軍事大国たる日本のキリスト教徒をポルトガルの兵として利用し、日本を支配下とすること――しかしポルトガルのスペイン併合が、さらに事態を変えていくことになります。

 追い詰められ、自ら欧州の真の目的が「明国征服」であると明かしたヴァリニャーノ。そして彼は、信長に明への出兵を依頼するのですが――信長は光秀に対し、「わしは明に出兵しようと思う」と意外な言葉を……

 そんな前巻の衝撃の結末を受けて始まるこの巻。明のついでに日本を侵略しようという南蛮に対して、逆に南蛮に侵略するための第一歩として明を狙う――いわゆる「唐入り」を狙うと信長は宣言したのであります。
 しかしいかに日本を守るためとはいえ、これが無謀な企てであり、そして後世に悪名を残すことは間違いありません。それを知ってしまった光秀は何事か決意を固め……

 というわけで、長きに渡り描かれてきたイエズス会との対峙が、ここに至ってついに「あの事件」に繋がっていく道筋が見えてきた本作。しかし(日本人を)誰も悪人にしないためとはいえ、やはり陰謀論めいた展開――最近妙に喧伝されている説とはいえ――には大きく違和感が残ることは否めません。
 そして流石に信長の決断にも無理がありすぎるとしか思えないのですが――という点については、これこそが光秀の「動機」になっているのですから、この点は巧みと言うべきかもしれませんが……

 もっとも、これが「あの事件」の真相と考えるのは早計にすぎるかもしれません。以前意味有りげに描かれたケンの父が現代で見つけたもの――そしてその父についてケンが何かを思い出そうとしていることは、おそらくこの先に影響を与えるのでしょう。
 そしてそのケンも、信長の南蛮侵攻に際し、料理外交のための貢献を求められることに――という展開には流石に驚かされますが、冷静に考えれば、これは今までも散々やってきたことではあります。

 何はともあれ、ようやく安土を、日本を去ることになったヴァリニャーノ。正直なところここまで引っ張りすぎた感は否めないのですが――そのラストに待っていたのは、ケンの生涯にとっての一大イベントであります。作中でもツッコまれているように、まだだったのか!? という感じではありますが、何にしろ実にめでたい展開。信長の珍しいニヤニヤ笑い――はともかく、粋なはからいにこちらも嬉しくなります。
 そしてもちろんこれは単なる慶事にとどまらず、ケンが真にこの時代の人間になる決意を固めたという証明でもあるわけですが……(そこに重ねて、もう一人の異邦人であるヤスケの決意を描くのも巧みであります)


 しかし信長の天下一統に向けてはまだまだ数々の障害が残ります。その最大の一つ――武田との決戦に信長が動く中、信忠からある依頼を受けるケン。
 一方、日本を去る途中に伊予の一条家を訪れたヴァリニャーノは、そこでかつてのケンの同僚、望月と出会い――と、まだヴァリニャーノが出てくるのか! とツッコミつつ、次巻に続きます。


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 梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり
 梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と
 梶川卓郎『信長のシェフ』第23巻 思わぬ攻防戦、ケンvs三好!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第24巻 大坂湾決戦の前哨戦にケン動く
 梶川卓郎『信長のシェフ』第25巻 新たな敵に挑む料理探偵ケ
 
梶川卓郎『信長のシェフ』第26巻 ケンと村上父子の因縁、決着!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第27巻 本願寺への道? ケン、料理人から××へ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第28巻 石山合戦終結 そして数多くの謎と伏線
 梶川卓郎『信長のシェフ』第29巻 今明かされるヴァリニャーノ真の目的!?

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2021.09.18

恵広史『カンギバンカ』第4巻 夢の始まり、そして受け継がれる想い

 今村翔吾の『じんかん』漫画版たる『カンギバンカ』もこの第4巻で完結。三好元長の命で安芸に向かい、鏡山城を巡る戦いに加わった九兵衛が見たものとは。そしてその先、彼は如何なる道を選び、どこにたどり着くことになるのか……

 多聞丸らかつての仲間を失った末に、「奪い奪われることのない場所をつくる」という夢の第一歩として、三好元長に目通りするために堺に向かった九兵衛と弟の甚助。そこで九兵衛は、安芸に向かい、鏡山城攻めを見聞するよう元長に命じられるのでした。
 三好と結ぶ尼子経久と敵対する蔵田房信・直信兄弟が守る鏡山城。そこで多治比元就の隊に加えられた九兵衛と甚助は、初めての合戦で手痛い洗礼を受けることになります。

 そして戦いの末に、蔵田直信を捕らえた経久。経久に説かれ、兄に降伏を勧めることとなった直信ですが――実は経久の真意が、兄弟を同士討ちさせて鏡山城を奪うことにあると知った九兵衛は、それを止めるために決死の策にでることに……

 というわけでこの巻の前半に描かれるのは、原作にないオリジナル展開の鏡山城編のクライマックス。
 房信と直信の骨肉の同士討ちを避けるため、甚助とただ二人で鏡山城に潜入し、先に房信を討たんとする九兵衛ですが――いかにもこの強引な策は既に読まれていた上に、傲岸な一方で疑り深い房信の暴挙によって、事態は最悪の方向に向かうことになります。

 それでも辛うじて状況を収め、経久と直信の和睦の場に臨むこととなった九兵衛。しかし彼がそこで見たものは……


 先に述べたとおり完全オリジナル展開ということもあり、当初は(九兵衛・甚助と房信・直信の対比があったとはいえ)その意図が掴みにくかったこの鏡山城編。しかしこの結末における経久の行動と、それに対する九兵衛の想いを見ることによって、それが理解できたように感じます。
 たとえこの先の被害を抑え、自分の守るべきものを守るためとしても、一度言葉を尽くして迎え入れた相手を裏切ることが、滅ぼすことが許されるのか。そしてそれができる武士とは何者なのか――それは人ではなく修羅というべき存在ではないか?

 そのことを九兵衛に(そしてもちろん読者に)突きつけることによって、本作は彼の歩むべき道を示すと同時に、その道と重なり合う、この後に三好元長が語る大きすぎる夢に、ある種の説得力を与えていると感じられます。
 そしてここに至り、九兵衛が姓を名乗る展開には、否応なしにグッとくるものがあるのです。


 そしてこの巻の後半では、原作の展開に戻り、元長の参加で堺の傭兵・堺衆を束ねる立場となった九兵衛――松永久秀が、将軍・義晴を擁する細川高国・若狭武田軍と激突する桂川の合戦が描かれることになります。

 宇治の国人領主・海老名権六と四手井源八、柳生流の若き達人・瓦林総次郎――その後も行動を共にする頼もしい仲間たちとともに激闘に挑む九兵衛と甚助。
 その前に現れた凄腕の使い手・坊谷仁斎――それこそはかつて多聞丸をはじめとする仲間たちを皆殺しにした男、いわば九兵衛の運命を大きく狂わせた相手であります。

 その相手との激突の結末は、そのクライマックスの演出も含め、実に良い意味で漫画的で、はっきり言えば、原作を超えるインパクトが確かにあったと感じました。


 そしてこの桂川の合戦のエピソードをもって過去のエピソードは終わり、ラストで描かれるのは「現在」――物語の時間軸は冒頭に戻り、再び信長に叛いた久秀の姿が描かれることになります。
 はたして何ゆえ彼は叛いたのか、そこまでして彼が求めるものは何なのか――それを描くとともに、その想いを受け止め、受け継ごうとする者の姿を描いて、物語は終わりを告げることとなります。

 実は桂川の合戦辺りまでで原作は約半分。つまりは本作においては原作の後半部分は描かれなかったわけですが――こうして読んでみると、これはこれで一つの物語としてきちんと形になっていると感じられます。
 もちろん、元長の夢の結末、そしてそれを受け止めた久秀がなぜ大悪人と言われるようになったか――それらが描かれなかったのは勿体無くはあるのですが、それを描かないことによって、物語には原作以上に前向きな空気を漂わせる結末だと感じます。

 それは当初の狙いとは違うものかもしれませんが、それはそれで意味のあるものであったと、結末まで読んで感じた次第です。


『カンギバンカ』第4巻(恵広史&今村翔吾 週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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今村翔吾『じんかん』 「大悪人」松永久秀の戦う理由は

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2021.09.17

田中啓文『元禄八犬伝 三 歯嚙みする門左衛門』 小悪党ども、外道狂言に挑む!?

 さもしい浪人・網乾左母二郎と小悪党仲間たちが、「八犬士」たちとともに巨悪の企みを叩き潰す『元禄八犬伝』待望の続巻であります。タイトルの門左衛門とは、あの近松門左衛門――大作家を歯噛みさせる芝居の裏の極悪非道な企てに、小悪党たちが挑みます。

 怪盗・鴎尻の並四郎、妖婦・船虫とつるんで、金のためなら真面目に働くこと以外は何でもやる、さもしい浪人・網乾左母二郎。
 しかし犬公方・綱吉の行方不明となった娘・伏姫を探しているというヽ大法師と「八犬士」と知り合ったことから、左母二郎たちは心ならずも大坂を騒がす様々な事件に首を突っ込むことに……

 という基本設定の本シリーズ、この第三弾もこれまで同様の二話構成となっています。
 ある晩、博打で負けすぎて刀を取られそうになったり、他人を脅しつけてタダ酒にありついたりした末、知り合いの舟で帰る途中に心中者の遺体を見つけた左母二郎。よせばいいのに娘の方から印籠をかっぱらった挙げ句に死骸を置き去りにして帰ってきた左母二郎ですが、その晩、彼の夢枕に娘が現れて恨み言を言ってくる羽目になります。

 さすがに気が咎めて心中者のことを調べ始めた最中、この心中を芝居にしようとしていた近松門左衛門と知り合った左母二郎。
 しかしそのわずか数日後、近松の先を越して、この心中をなぞった世話狂言が道頓堀で上演されてしまうのですが――近松によれば、いくら何でも芝居にするのが早すぎるというではありませんか。まるで心中の前から準備していたようだ――と。

 一方、その芝居を上演した水無瀬座では、凄まじい軽業を披露するという旦開野太夫が大評判。その技に惚れ込んで通い詰める並四郎は、ある日太夫が小屋の人間たちと大乱闘を繰り広げているところに出くわして割って入るのですが、太夫の正体こそは……

 と、いう第一話「歯噛みする門左衛門」、芝居に旦開野といえば八犬伝ファンにはすぐわかるとおり、あのキャラクターが登場いたします。八犬伝でもその華麗さではお馴染みの人物だけに、こちらでも大活躍なのですが――それ以上に目を引くのはやはり近松の登場でしょう。
 作中の年代でいえば、あの『曽根崎心中』の数年前、歌舞伎の狂言を書いていた時期の近松ですが、なるほどここでこういう登場のさせ方があったかと思わず納得です。

 そしてこの時代のプライバシーもお構いなしの、生き馬の目を抜くような心中もの狂言を題材としつつ、そこにとんでもない(本当にとんでもない!)外道の存在を描いてみせたこのエピソード。
 クライマックスには大アクションもあり、悪党だが外道は許せぬ左母二郎一味の大暴れが存分に楽しめる一編であります。


 一方、第二話「眠り猫が消えた」は、大坂の根古間神社に奉納された猫の額を巡るエピソードであります。この額に伏姫の手掛かりがあると睨んだ八犬士の一人・犬村角太郎から、確かめるために額を盗み出してほしいと頼まれた並四郎。
 それくらい自分でやればいいようなものですが、実は角太郎はかつて父が化け猫に殺されて成り代わられていたという過去から、大の猫恐怖症になっていまったというのです。

 仕方なく額を盗み出した左母二郎たちですが、それが思わぬ事態に発展。この額を彫ったという大工父娘のもとを訪ねる左母二郎ですが、それがさらなる騒動の元になって……

 と、こちらでは八犬士の犬村角太郎(大角)が登場しますが、原典同様に、父が化け猫になっていたという暗い過去の持ち主。本作の八犬士は、実はこれまで物語の中心となることは少なかったのですが――今回は角太郎の過去が、物語の重要な要素として描かれることになります。

 その一方で、神社の額を巡る騒動が思わぬ方向に発展していくのも楽しく、さらに無念無想になって池の月を斬って見せたり、この騒動に関わるのにこれは俺の○○だと言い出す(この辺り、シリーズを通じての彼の成長といえるのかな?)左母二郎も実に格好良く、これまた痛快な物語となっています。


 というわけで、今回も大坂を舞台に、巨悪の邪悪な企てを、小悪党たちが行きがかり上粉砕していくという何とも痛快な物語が展開する本作。
 シリーズの背骨というべき、○○が怨霊を巡る物語はちょっとお休みのようですが、しかしその楽しさは、これまでと変わるものではありません。

 そして残る八犬士はあと二人、おそらく次巻で登場するであろう彼らのキャラクターも大いに楽しみなところであります。


『元禄八犬伝 三 歯嚙みする門左衛門』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

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2021.09.16

『MARS RED』 第8話「煉獄」

 烈震から数日後、ただ一人仲間を求めて崩壊した帝都を彷徨う秀太郎。しかし彼が見たものは、人々が突然ヴァンパイアとなり、金剛鉄兵がそれを斃していく地獄絵図だった。そんな中、ヴァンパイアたちに襲われていた子供のヴァンパイアを助けた秀太郎は、天満屋と出会い、身を寄せることになるが……

 前々回、地割れに呑まれて行方不明になったものの、何とか生還した秀太郎。しかし震災からは数日経ち、崩壊した特務隊本部には既に誰の姿もありません。仲間たちを求めて彷徨う秀太郎が見たのは、焼け出された人々の中で突如ヴァンパイアと化す人間が現れ、それを金剛鉄兵が冷徹に叩き潰していく姿でした。
 しかし秀太郎の呼びかけにも応えることなく、何処かへ消えていく金剛鉄兵。その後、炊き出しを手伝う葵の姿を見て安堵したり(一応心配してはいたんだな……)、山上の家を訪ねて、前田らしき男が既に訪れていたことを知った秀太郎ですが、相変わらず仲間たちの消息は掴めません。

 その間も、人々の間で発症し、犠牲者を増やすヴァンパイア病。軍はこれに対してワクチンを配布していたのですが――実はこれこそはルーファスと結んだ中島の手になるアスクラだったのであります。ワクチン(アスクラ)によってヴァンパイアを増やし、これを金剛鉄兵によって排除する――このマッチポンプによって、中島は金剛鉄兵の有効性を示そうとしているのでしょうか――?。

 そうとも知らず彷徨い続ける秀太郎の耳に届いた、助けを求める子供の声。駆けつけた彼が見たものは、理性を失ったヴァンパイアたちに取り巻かれた子供のヴァンパイアたちでした。子供たちを保護してとりあえずその場を離れた秀太郎に声をかけたのは、天満屋の慎之助。天満屋の浅草店は震災で廃業したものの、千本鳥居(山王稲荷?)の奧にある洋館で密かにヴァンパイアたちを匿っているというではありませんか。
 そこで金剛鉄兵の正体を語る秀太郎と、彼にワクチンこそがアスクラだと教える慎之助。取りあえず天満屋に身を寄せることとなった秀太郎は、慎之助の頼みで、番頭さんとともに開業前の地下鉄駅に隠された食用血液の確認に向かうのですが――実はそこは既に敵の知るところであり、ルーファスの操る金剛鉄兵に襲撃をされることになります。

 こちらの言葉は全く届かず、ただ襲ってくるばかりの金剛鉄兵に絶望する秀太郎。ヴァンパイアとしての顔を初めて見せ、刀を抜く番頭さんとともに抵抗する秀太郎ですが、多勢に無勢――というところで、一人だけ目の色が違うあからさまに怪しい金剛鉄兵がいるな、と思ったらこれが突然暴走、同士討ちを始めたところを辛うじて秀太郎たちは脱出するのでした。


 ようやく秀太郎を主人公に(?)展開することとなった今回ですが、描かれるのは、所属する部隊もなく――元々存在自体が秘匿されていたのか、軍の人間に聞いても特務隊の存在は知られていない様子――前田も三人の仲間もいない、そんな中でひたすら彼が震災直後の帝都を彷徨う姿と、その中で目の当たりにした地獄絵図であります。
 話自体はほとんど進んでいないようなものですが、この異様な舞台設定のインパクトはなかなかのもの。そして何といっても秀太郎を演じる畠中祐の気弱演技がハマりまくり、想定外の自体に揺れまくる彼の心が非常によく現れていたと思います。

 しかし、(原作舞台にあるエピソードかは恥ずかしながら存じ上げないのですが)このタイミングでワクチンが実は諸悪の根源だった的な話をやるとは、偶然とはいえちょっと……


『MARS RED』Blu-ray BOX II(バップ Blu-rayソフト) Amazon

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2021.09.15

「コミック乱ツインズ」2021年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2021年10月号の紹介の後編です。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げています。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 一回お休みをおいて再開の今回、冒頭で描かれるのは、折れた太刀の代わりに紀文から贈られた大太刀を摺り上げて太刀にする聡四郎の姿。敵から贈られたアイテムでパワーアップ(?)というのは問答無用で燃えるシチュエーションであります。

 その一方、相変わらず愛と欲でドロドロなのは間部詮房と月光院。さすがに間部の方は呆れ顔ですが、そこに現れたのは、御広敷伊賀者の組頭・柘植であります。
 絵島事件のおかげで大奥での力が衰える結果となった月光院ですが、それは江戸城外で大奥の女中を警護する御広敷伊賀者の失態でもあります。その汚名返上のために柘植が調べてきた「敵」とは黒鍬者――基本的には掃除や土木担当の小者ですが、実は忍び的存在というのは時代もの的には(?)常識。果たしてここから両者の暗闘が始まるのでしょうか? しかし伊賀者、黒鍬者、玉込め役と、影の皆さんも大変です。

 そしてその玉込め役・川村の逆恨みで前回襲われた聡四郎は、江戸城内に吉宗を訪ねます。後の(?)ブラック上司ぶりが嘘のように気さくな感じで(用を尋ねながら、さりげなく「用がなくても構わぬがの」と口説き文句まで!)現れた吉宗に聡四郎が尋ねたのは、次代の将軍位の行方であります。
 すっかり忘れておりましたが白石から絵島事件の裏を探るよう命じられていた聡四郎。吉宗の答えがそれに役立つと考えたのでしょうか――そして吉宗がさりげなく聡四郎をdisりながら語った、(聡四郎にとっては)意外な人物とは――というところで次回に続きます。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 宇喜多家の復興と祖父の仇・島村盛実への復讐のため、ついに浦上宗景に仕官した八郎。しかし宗景は陰キャの八郎とは正反対の陽キャでパリピだった! という衝撃の(?)前回を受けて、今回はいよいよ八郎が初陣を飾ることになります。

 新参者ゆえ評定には加われない八郎に対し、次の戦で兜首を取ったら参加させると鼻面に人参をぶら下げる宗景。しかし八郎は武芸の方はからっきし、何よりも、ただでさえ初陣というのは怖いものであります。
 が、ここで八郎が異常なまでの心の強さとロジカルさを戦場で発揮し――という展開には驚かされました。

 あともう一つ、八郎はギャグ顔(ボケ顔)をしていると妙に可愛いのにもびっくりです。


『カムヤライド』(久正人)
 待望の連載復活となった本作、最近はモンコだけでなく、天津神サイドやヤマト朝廷サイドまで様々な視点から物語が展開しますが、今回はヤマトタケルを中心とした物語――父・オシロワケ大王の言により、ヤマト族の秘密が眠るという伊勢に向かうこととなった彼と兄のオオウスの姿が描かれることになります。

 仲良しの兄との二人っきりの旅で色々な意味でドキドキのヤマトタケル。何かと色気過剰なオオウスですが、ドジっ子ぶりと呑気ぶりもかなりのもので、本作ではちょっと異色のキャラクターであります。この二人のやりとりは、殺伐とした展開が続く本作で、久々にホッと一息つける場面――と思いきや、次のシーンでいきなりとんでもない惨劇発生。国津神を相手に、ヤマトタケルの怒りが大爆発することになります。

 以前は国津神相手には牽制がやっとだったヤマトタケルですが、ヤマトの戦いで発動させた草薙剣による変身形態は既に完全に自分のものとした様子。明らかにカムヤライドとは違う意味で、いやそれ以上に人外の力を感じさせる姿には色々と不安になりますが――何はともあれ、伊勢に到着して叔母のヤマトヒメに対面した二人。
 そしてヤマトヒメが二人に見せるのは、初代大王イワレビコの遺物――200年前の天孫降臨で壊滅的な打撃を受けながらも、ヤマト族が今の繁栄を迎えることができたその理由とは……

 半ば予想していたとはいえ、実際に目にすればあまりにも衝撃的な秘密。その姿に驚かされつつ、物語は次回に続きますが――何かと言動が不思議なオオウスの動向も気になってしまうのです。(記紀神話での扱いを考えればなおさら……)


 次号は基本的にシリーズ連載を含むレギュラー陣のみの掲載となる模様です。


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2021.09.14

「コミック乱ツインズ」2021年10月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」誌2021年10月号は、表紙が一月おいて再開の『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーは『ビジャの女王』。また、『カムヤライド』が久々の掲載です。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 インド墨家の使者ダルマダ・ブブを迎えたことにより、ほんのわずか光が見えてきたビジャ。しかし追い詰められた中で商人は値を釣り上げ、怒った市民が暴れ――と爆発寸前であります。(ここでビジャの豊かさの理由としてビジャロマなる乳香の存在に触れられるのですが――何やら意味有りげな説明です)

 さて、そんなイヤな状況で、いきなり雨戸みたいなデカい板を持って、その下から足だけ出したというシュールな絵面で突っ込んでくる蒙古軍。射掛けてくる矢をすべてこれで受け止め、城壁に取り付いたと思ったらバッと板を捨て、その下から現れたのは――これはちょっと現物を見てほしいのですが、冷静に考えるとかなり微妙な姿(『血だるま剣法』を思い出した、と書くと怒られるかしら……)を画力で押し切るという名人芸には脱帽であります。

 そして真上から射てくる矢をこの珍装備で受け止め、城壁を登ってくる蒙古兵。その間、指揮官たるラジンは、ゲッスいエロ親爺感満載でここでは記せないような言葉を連呼――いやこれは士気下がるでしょう。味方の。
 ブブの妙技で一瞬ラジンを黙らせたものの、ついに敵兵は城壁を乗り越え――という絶体絶命のピンチで次回に続きますが、冷静に考えると、これまで思ったほどインド墨家が役に立っていない印象があります。次回、逆転の秘策はあるのか?


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 ついに二胴の刺客の前に益子屋側でも犬使いの瓢三が犠牲となり、いよいよ風雲急を告げる情勢となってきた物語。そんな中、道場で日常を過ごしていた佐内ですが、門弟の岡田は、佐内の裏稼業にはとっくに気づいている様子であります。しかし本作を読んでいると非常にに疑り深くなる(いまだに満枝さんのこと疑ってます)ので、この岡田の存在も怪しく見えて仕方がありません。

 それはさておき、そんな佐内を訪ねてきたのは、同じ益子屋子飼いの体術の達人、立木野伝蔵。以前佐内の父とは組んで仕事をしたことがあるという立木野は、瓢三が斬られた場を目撃したことを語り、佐内に助言しにきたというではありませんか。
 まずは手合わせを、しかも真剣で、といういきなりすぎる申し出に戸惑いつつ道場で対峙した佐内ですが、立木野の凄まじい技に一蹴されようやく本気に。が、それでも立木野の凄まじい寄り身の迅さに屈することになります。そして立木野は語ります。自分以上の寄り身の迅さこそが、二胴の刺客の恐ろしさだと……

 佐内の居合であれば勝てる、しかしそれには捨て身にならなければならない――そのためになるべきものとして立木野が挙げたものとは? ……いや立木野さん、変なところで生真面目な佐内を焚き付けないでください! 最近ようやくちょっと人間っぽくなってきたのに、なんだかさっそく据わった目になってしまって!
 という読者の悲鳴はさておき、いよいよ二胴の刺客の正体も明らかになりそうなところで、次回は再来月というのが残念です。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 江戸の暗黒街を巡る抗争もいよいよ終盤。白子屋の後釜を狙う切畑の駒吉と江戸の羽沢の嘉兵衛が結び、音羽の半右衛門邸を急襲、そこに北山要之助も参戦しての大乱戦――その末に襲撃は失敗、半右衛門は難を逃れましたが、この抗争がそれで終わるはずはありません。
 ここから半右衛門の逆襲、と思いきや、その前に悪党同士の醜い仲間割れが発生。そしてその機に乗じて梅安が……

 と、ここのところ完全に脇に退いていた感のある梅安がついに動いた今回。いよいよ決着は間近といったところですが、それ以上に印象に残ったのは要之助の言葉であります。きまぐれな殺人鬼ながら、実に池波感溢れるセリフで、なかなかに存在感のあるキャラクターとなってきたと感じます。

 そして職と新しい名を得られることとなり、ようやく裏稼業から抜け出す機会を手にした小杉さんですが、そ、その名はマズすぎる――!


 以下、次回に続きます。


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2021.09.13

『長安二十四時』 第11話「未の刻 忠誠を誓いし者」

 崔器に犬を借りてくるよう命じた張小敬は、犬に聞染の香の匂いを嗅がせて追いかける。その頃、靖安司には郭利仕将軍が李必を訪ね、状況が太子方に不利になっていることを告げる。一方、聞染は、曹破延らに助っ人を紹介すると申し出るが、連れて行った先に待っていたのは龍波一味だった……

 前回聞染の機転によって救われながらも、彼女のことを信用できず殺そうとするマガル。しかし聞染は彼らの主たる右刹は自分たちに従っており、支払われた前金で既に長安にいくつもの屋敷や妓女、下僕を用意して優雅に暮らそうとしていると告げ、真のチェラホトのための助っ人の所に連れて行ってやると誘います。そして曹破延はその提案に乗るのですが――彼らが連れて行かれた先は、龍波たちのアジトだったのであります。ということは聞染は龍波の仲間であり、龍波が右刹を動かしていたということで、つまり曹破延は知らないまま龍波のために働かされていた――ということになるのでしょうか。
 そんな事実が明らかになる一方で、その聞染を追う小敬は、崔器を顎で使って宮中から犬を借りてくるよう命じます。小敬のことを敵視していた崔器ですが、前々回・前回の大チョンボを庇われた形になって、今日だけは小敬の言うことを聞くと言っているのが、何とも愉快というか何というか……

 その頃、靖安司には狼衛全滅が偽りであった知らせが伝わり、お祝いムードが一変。そんな中で李必はチェラホト阻止のため、可燃物の捜索を最優先するのですが――それに異を唱えたのは、珍しやデータ分析担当の徐賓であります。ここはむしろ逃げた狼衛を追って捕らえてしまえば狼衛壊滅も嘘でなくなるし、結果としてチェラホトも阻める――と食い下がる徐賓に、こちらも珍しく苛ついた李必が墨をぶっかけるというギスギス状態です。

 と、そこにやってきたのは驃騎大将軍の郭利仕。以前、葛の旦那のところで金器を私した疑いがあったことが語られていましたが――その時頭に浮かべた「将軍」のイメージとはだいぶ異なる政治家然とした老人であります(まあ、この時代は名誉職だったようですが)。
 この郭利仕は太子派の大物らしく、李必も「郭おじさま」と呼びかけていますが、彼が李必に伝えたのは皇帝の言葉。李必ら靖安司をねぎらうように聞こえるその言葉に喜ぶ李必ですが、しかし郭利仕に言わせればこれこそが危険の前触れ。現に郭利仕は茶器を私した疑いをかけられ(この辺りは前回描かれた右相の企てによるものですね)、完全に皇帝から遠ざけられて諫言はもはや不可能になってしまったというのです。要するに自分には助けることはできないというのですが……(しかし、これがどこまで真実を言っているのか、疑おうと思えば疑えますが)

 さて、龍波と引き合わされた曹破延とマガルは、当然ながら右刹の上に立っているという龍波に疑いの眼差しを向けるのですが――ここで曹破延が娘を右刹の下人にしないために下僕の地位に甘んじていることなど、狼衛の内情を知る者以外知りえないことをズバリと語る龍波。その言葉にこれは本物と感じたものか、龍波の誘いに対し、二人は自分たちの命を使えと膝を屈するのでした。
 一方、魚腸は何かと龍波に気安げな(龍波も聞染のことを「お嬢」と呼んだり)聞染に露骨に剣呑な眼差しを向けます。龍波からあなたの香と同じ香りがしたことがあったけど?(ギロリ)という辺りなど殺る気マンマンですが、頭は回るけれども空気は読めない聞染は魚腸を挑発するようなことを言ったりして、この後のことが心配になります。
 そして崔器が連れてきた犬をカワイイカワイイして速攻で手懐けた小敬は、その聞染の香を犬に嗅がせて後を追いかけるのですが、街の雑踏の中を突っ走るもんだから流しの香売りと激突、匂いがグチャグチャな状態に。それでも手段はありげな顔の小敬ですが……

 一方、永王のもとを訪れた檀棋は、小敬の「張小敬の縁者を放せ」という言葉を伝えるのですが――それまで彼女のことを適当にあしらっていたのが、小敬の名を聞いた途端に表情を変える永王。そりゃ以前ボコボコにされればそうもなろうというものですが――さて。


 前回に続き、今後の展開に向けてのタメ的な印象もある今回ですが、何といってもインパクトがあったのは、聞染が龍波と繋がっていた事実でしょう。いつ繋がったのかというのも気になりますが(おそらく父の死後だとは思いますが)、龍波が立場的に狼衛の完全に上というのも意外なところ。そもそもかなりの財力を持つと思しい彼の正体は何なのか、そして長安を狙う理由は何か――まだ彼が真の敵なのかはわかりませんが、この先の展開の鍵を握る存在なのは間違いありません。
 そしてラストは、龍波が何やらピタゴラスイッチ的な仕掛けを用意している場面が映されますが――見た目はどう見てもタル爆弾的なその正体は何か? 真・チェラホトの一端が明かされるのも遠くなさそうであります。


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『長安二十四時』 第4話「午の刻 窮地の靖安司」
『長安二十四時』 第5話「午の刻 人脈を持つ男」
『長安二十四時』 第6話「午の刻 地下都市の住人」
『長安二十四時』 第7話「未の初刻 信望の結末」
『長安二十四時』 第8話「未の初刻 小敬の過去」
『長安二十四時』 第9話「未の正刻 誰がために」
『長安二十四時』 第10話「未の刻 重なる面影」

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2021.09.12

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 毎年毎年毎年書いていますが、気付けばもう(今月を除いて)今年もあと三ヶ月……本当に熱に浮かされていたような今年ですが、それでもここまで来れたことを御の字と言うべきでしょうか。というわけで、10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 しかしそれなりに点数はあるものの、新作という点ではちょっと寂しい10月の文庫新刊。
 もしかすると今最もフレッシュな時代小説を送り出しているかもしれない早川書房から、『芭蕉の娘』(佐藤恵秋 ハヤカワ文庫JA)と『初花 斬剣のさだめ』(平茂寛 ハヤカワ文庫JA)が登場。その他、『おんな与力 花房英之介』第3巻(鳴神響一 双葉文庫)、『無根の樹』(三好昌子 角川春樹事務所時代小説文庫)に注目――といったところです。

 一方、復刊・文庫化の方では、ドラマ化されることとなった『剣樹抄』(冲方丁 文春文庫)が登場。そのほか、『暗夜鬼譚 空蝉挽歌』<後>(瀬川貴次 集英社文庫)、『陰陽師 女蛇ノ巻』(夢枕獏 文春文庫)、『尼子姫十勇士 (仮)』(諸田玲子 集英社文庫)、『忍法剣士伝』(山田風太郎 角川文庫)、『流葉断の太刀』(上田秀人 徳間文庫)、『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社文庫)となかなか豪華なラインナップです。
(にしても『忍法剣士伝』は何故いま……)


 そして漫画の方は、全てシリーズものの新巻ですが、こちらも結構な点数。
 『鬼切丸伝』第14巻(楠桂 リイド社SPコミックス)、『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第5巻(たかぎ七彦 KADOKAWA角川コミックス・エース)、『いくさの子 織田三郎信長伝』第17巻(原哲夫&北原星望 コアミックスゼノンコミックス)、『無限の住人 幕末ノ章』第5巻(陶延リュウ&滝川廉治ほか 講談社アフタヌーンKC)、『賊軍 土方歳三』第5巻(赤名修 講談社イブニングKC)、『MAO』第10巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)と、あらゆる時代を舞台に(?)新刊が並びます。

 また、10月は偶然ながら最終巻が多いのも特徴です。
 『高丘親王航海記』第4巻(近藤ようこ&澁澤龍彦 KADOKAWAビームコミックス)、『BABEL』第10巻(石川優吾 小学館ビッグ コミックス)、『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第3巻・第4巻(嶋星光壱&島田荘司 秋田書店チャンピオンREDコミックス)、『魍魎少女』第7巻(白石純 コアミックスゼノンコミックス)、『八雲百怪』第5巻(森美夏&大塚英志 KADOKAWA単行本コミックス)、『海王ダンテ』第13巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス)――と、完結は少々さびしいのですが、ラストを見届けたいと思います。

 また、9月刊行予定だった『TVアニメ『半妖の夜叉姫』公式ガイドブック』(サンライズ、小学館ほか 小学館)は10月に延期となった模様です。


 というわけで、新刊が多いと安心できる人間にとっては、ちょっと嬉しい月ではあります。


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2021.09.11

深谷陽『童の神』第3巻 一つの理想との別れ、新たな理想のための第一歩

 今村翔吾の代表作である平安活劇、その深谷陽による漫画版の第3巻であります。盗賊・袴垂とともに、世を変える道を求め始めた少年・桜暁丸。しかし非情な運命が、またも彼の前に立ちふさがることになります。はたして彼の進むべき道とは……

 京人から差別される先住民「童」たちと結び、世の歪みを正そうとした源高明の蜂起の失敗から数年後、皆既日食の日に生まれた越後の郡司の息子・桜暁丸。
 母譲りの異貌とその出生により周囲から奇異な目で見られつつも、父の愛に包まれて育った彼は、しかし父が謀反人の汚名を着せられた末、天涯孤独の身となるのでした。

 怒りに燃えて京に出ると、役人ばかりを襲う盗賊として暴れ始めた桜暁丸。しかしある晩追い詰められた彼は、京を騒がす盗賊・袴垂に助けられることになります。
 藤原保輔という貴族としての顔を持ちながら、差別と貧富の差が横行する世を憂い、貴族から奪った財を貧しい人々に配る袴垂に共感し、兄のように慕うようになる桜暁丸ですが……

 という流れを受けて描かれるこの第3巻では、物語前半のクライマックスともいうべき内容が展開することになります。
 民に施しを続けてきたことがきっかけで正体が露見し、そしてその民にも裏切られて追い詰められる袴垂。袴垂を追い詰める源頼光らは、ついに彼の父を捕らえ、処刑すると布告するのでした。

 当然罠と知りつつも、父を救うためにあえて死地に乗り込む袴垂と、彼のために陽動を買って出る桜暁丸。
 四天王をはじめ、多勢を相手にして獅子奮迅の戦いを繰り広げるも、さらに卑劣・非情な策を用意していた敵を前に、袴垂が見せた行動は――と、天涯孤独だった桜暁丸がようやく得た安らぎを力一杯剥ぎ取っていくような展開には、大いに胸が痛みます。

 しかしそんな中で、一人の人間にできることの大きさ、凄まじさを身を持って示すのが袴垂。もともと「童」の一つ、夜雀から体得した軽功のような体術を得意とする袴垂ですが、ここに来てもう一つの童の技を発揮! という展開は、漫画的にも凄まじく盛り上がります。
 もちろん、この後に彼が見せた、凄まじくも哀しい行動はさらに衝撃的で、ただただ絶句するほかないのですが……
(しかしそれが意外な人物の人生を救っていた、というのが後にわかるのにまた涙)


 しかし、折角見つけることが出来た理想への道を失い、再び天涯孤独の身に――いや、袴垂捕縛に巻き込まれた幼い少女を背負ってさまようこととなる桜暁丸。そんな彼の前に現れたのは――い、今村先生!? という新キャラのビジュアル(これがまた本当に良い笑顔なんだ)に驚きつつ、その出会いをきっかけに、新たな、そして本編とでもいうべき内容に、物語は突入することになります。

 袴垂とは異なる形で世を変え、童を救うべく動き始めた桜暁丸。その理想の実現のために彼が示した策は――と、いよいよ盛り上がる展開となるのですが、しかしもちろんそれが簡単に許される世の中ではありません。
 そして彼の大きな理想の足元を掬うのが、「同族」であるはずの――という点を、単に人間というものの愚かさや邪悪さゆえではなく、それぞれが自らの生を全うするために懸命にもがいた末、として描くのもまた、本作の巧みな点でしょう。

 そしてこの漫画版でそれを支える、いやより印象深いものとしているのが、深谷陽の画であることは間違いありません。
 誰一人として同じ顔を持たない登場人物たちのヴィジュアルは、その外面だけでなく内面をもうかがわせ、本作で描かれる人間の多様性というものを、力強く描くことに成功しているとい感じます。

 ちなみにビジュアルの妙といえば、個人的に印象に残ったのは、今回本格的に登場する滝夜叉・皐月の孫娘・葉月です。顔立ちの美しさだけではなく、中からにじみ出るものを強烈に感じさせるその姿は、いかにも作者らしく、出番はわずかながら強烈に印象に残った次第です。
 もう一つ言えば、この巻の表紙を卜部季武とともに飾る碓井貞光は、言ってみれば本作最大の悪役なのですが――その言動を見ているうちにだんだん憎めなくなってくるのも、なんとも不思議なところであります。


 何はともあれ、望まぬこととはいえ始まってしまった戦いを前に、桜暁丸はその理想を貫くことができるのか。長い長い道のりのその第一歩を踏み出した――そんな場面でこの巻は終わることになります。
 これまで追われるばかりであった彼が、前を向いて歩み始めたその先を如何に描くのか、この先が楽しみです。


『童の神』第3巻(深谷陽&今村翔吾 双葉社アクションコミックス(月刊アクション)) Amazon

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2021.09.10

『MARS RED』 第7話「手紙」

 一年前――女優を目指す中島岬は、住み込むこととなった帝国劇場の屋根裏で、看板役者であるデフロットと出会う。デフロットの指導の甲斐あってか、サロメの主役の座を射止めた岬。しかしその矢先、岬は舞台上で事故に遭ってしまう。岬の前田への想いを知るデフロットは、彼女に血を分け与える……

 折り返し地点の今回描かれるのは、時を遡って一年前の大正11年冬から始まり、第1話へと続くエピソード。前回、山上の犠牲によって瓦礫の下から救い出されたものの、傷からか落胆からか、そのまま動かずへたりこんだままの前田の前に現れた、デフロットが語る物語として描かれます。

 帝国劇場に住み込みの女優として採用された中島中将の娘・岬。(その後中島に殺されることになる)沖村の口利きで採用されたとのことですが、自宅からは通わず住み込みでという辺りに、彼女のやる気と、実家の複雑な事情を感じさせます。何はともあれ、割当である屋根裏部屋に荷物を運び込んだ岬ですが――そこにいた先客がデフロット。
 初対面の岬は、痩せっぽちの彼を見て、忍び込んだ孤児か何かだと思ったようですが、実際には英国大使の推薦があったとのことで、その実力に彼女も感心することになります。それでも何かと子供扱いする岬にむくれながらも、デフロットは物怖じしない彼女との距離を縮めていくことに……

 一方その頃、シベリアに出征が決まった秀太郎を、東京駅に見送りに来た白瀬葵。彼女は何かと煮えきらない秀太郎にイラっとしつつも、必ず生きて帰ってきてと笑顔で送り出すのでした。それにしても、第1話の時点では髪型のせいでピンときませんでしたが、確かに髪が長いと岬と葵はどちらがどちらかわからなくなるくらい似ている……

 そしてまるで本物のお姫様を見てきたかのような(本人は見てきたと言っていますが)デフロットの演技指導の甲斐あってか、サロメの主役の座を射止めた岬。その合間にも、会ったこともない許婚である「前田のおじさま」と嬉しげに文通を続ける岬を、デフロットは興味深げに見つめます。
 そんな中、一度実家に帰り、久々に父と会った岬。ちょうどそこに訪ねてきたルーファスと父の会話から何を思ったか、岬はヴァンパイアの実在を感じ取ったようですが――まさかその直後、彼女自身がヴァンパイアと化すとは。

 舞台上で練習する岬の上に、事故(だよなああれは)でセットが倒れかかり、その下敷きとなった岬。瀕死の状態で、前田のおじさまにサロメを見てもらいたいのに、と彼女が呟くのを聞いたデフロットは、自らの血を彼女に与えて……

 そして「現在」、その物語を聞いてももはや動こうとしない前田に対し、自分たちがしていることは自分たちで終わらせろ、僕たちの晩節を汚させはしないと、業を煮やして詰め寄るデフロット。そして彼は自らの血を……


 というわけで、第1話で描かれたことの意味が、改めて明らかになる今回。物語的にはほとんど前進していないようなものですが、しかし以前描かれた物語が、今回を経て見ると、また違ったものとして見えてくる構成は実に好みです。
 少なくとも、光の刺さない月島の地下で、サロメを演じ続ける岬が何を思っていたのか、何に突き動かされていたのか――もちろん第1話の時点でそれは理解はできたのですが、しかし改めて突きつけられれば、胸塞がる思いがいたします。

 そしてラスト、明確には描かれてはいませんが、デフロットの血を与えられたであろう前田がいかなる道を歩むことになるのか――今の時点では全くわかりません。これまでの流れを考えれば、中島中将を止めるために動くのだろう、としか思えませんが……
(しかしデフロット、前田を「人間」呼ばわりしながら血を与えるのはいかがなものか)

 そしてその一方で、ようやく葵との会話が描かれるなど、圧倒的に前田に比べると描写が少ない秀太郎の運命や如何に。

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唐々煙『MARS RED』第1巻 人間の中のヴァンパイア、ヴァンパイアの中の人間
唐々煙『MARS RED』第2巻 人間と「人間的な」ヴァンパイアの狭間で
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2021.09.09

岩崎陽子『浪漫狩り』第4巻 もう一つの過去、そして親友の運命の変転

 超古代文明遺跡の謎を巡り、考古学者・トレジャーハンター・軍部が入り乱れる伝奇活劇もこの第4巻で折り返し地点。この巻では、もう一つの過去の物語が描かれる一方で、猿渡の親友・羽佐間の運命が思わぬ形で変転、事態に大きな影響を与えることになります。

 人間の作ったものとは思えない超古代文明の遺跡に関わり、軍部やトレジャーハンターたちとやりあう羽目となった、考古学者にして埋蔵金盗掘指南の猿渡遼太郎。この巻の冒頭では猿渡の物語から離れ、遺跡を巡って暗躍する陸軍特務の篠原少佐(とその部下・岩槻大尉)、そして新聞記者を装って猿渡に接近する那珂川少尉の兄の過去が描かれることとなります。

 いまだ物語の前面(≒猿渡の前)には登場しないものの、折りに触れて姿を現し、不気味な存在感を示す篠原少佐。隻眼隻腕の美形軍人という、いかにも何か有りげな怪人物ですが――ここで描かれるのは、まだ彼が現在の姿になる前、理想に燃える若き軍人であった頃の姿であります。
 市ヶ谷の陸軍士官学校で、そして軍人として派遣されたシベリアで、その才能を発揮していた篠原。しかし彼はあくまで副官、彼が支えていた相手こそは、その親友である「英雄」――那珂川隼人だったのです。

 一見物事に無頓着でいい加減に見えつつも、しかしそのがむしゃらな熱さで周囲を巻き込み、不可能を可能してきた隼人。「現在」でも篠原の上官であり、市ヶ谷時代から何かと因縁のあった箆岐宮教官が繰り出す難問を突破し、そして孤立した戦線から奇跡の脱出を成し遂げる――そんな隼人を支える篠原は、どこか幽鬼めいた「現在」の彼の姿とは全く異なる、クールだけれども、しかし血の通った人間として感じられます。

 彼が変わったきっかけだという、片目片腕とともに隼人を喪った時のことは、ここではまだ語られないのですが――しかしここで描かれる隼人の姿と、二人の友情の在り方を見れば、その喪失感と絶望は十分に理解できます。(兄の存在を振り仰ぎ、目標にする那珂川の想いもまた)
 そして、もはやこれまでのような不気味な敵としてのみとは、彼のことを見られなくなっていることに、我々は気付くのであります。


 さて、そんな熱くももの悲しい友情の姿が描かれる一方、この巻の後半で描かれるのは、こちらは今なお熱い友情で結ばれた猿渡と羽佐間の物語――というより羽佐間の物語。
 彼らが学生時代から変わらぬ友情を築いていることは前の巻で描かれましたが、その中でさらりと語られたのが、羽佐間が日本有数の財閥・高倉財閥当主の妾腹の子であるという事実。ここではその事実が大きくクローズアップされることとなります。

 一度は財閥継承者と目されながらも、そこから飛び出し、冒険家として世界中で活躍する羽佐間。しかしここに至り突然財閥に呼び戻され、連絡の取れなくなった羽佐間を追って、猿渡は財閥に乗り込むことになります。
 ところがそこで彼を待っていたのは意外な事実――羽佐間の姉夫婦が投資していたグループの鉱山から、新たな超古代文明の遺跡が発見されたというのであります。

 遺跡を守るためには、財閥のトップの座に就く必要がある。しかしそれは羽佐間がその地位に縛られるということでもあります。それを決断の前に、羽佐間は猿渡と二人、遺跡をその目で確かめるために現地に向かうのですが……

 物語の冒頭から、猿渡の親友(悪友)として登場し、強い存在感を放ってきた羽佐間。しかしすぐに猿渡の相棒的ポジションは那珂川に取って代わられた感があり――那珂川の正体の件や、猿渡と羽佐間の学生時代のエピソードがあったものの――少々残念に思っていたのですが、ここでこういう形で大活躍の場が与えられるとは!
 冒険家と財閥の長というのは意外な取り合わせですが、しかし敵が軍部ともなれば、これくらいのスケールの味方がいてようやく互角といったところ。事実、ここに至ってようやく、猿渡たちは軍に一矢報いることが(それも実に痛快な形で!)できたのですから……


 まったく思わぬ方向に物語は動き出しましたが、ここからが後半戦、ここからがクライマックス。はたしてその向かう先は――次巻に続きます。


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2021.09.08

宮本昌孝『夏雲あがれ』下巻 阻めるか御家騒動!? そして三人が戦う理由

 藩校から江戸に舞台を移して、三人の少年、いや青年たちの瑞々しい活躍が描かれる『夏雲あがれ』の下巻であります。意外な成り行きから、蟠竜公による藩乗っ取りの目論見を知ることとなった新吾たちですが、藩主暗殺計画の内容は依然掴めぬまま。果たして新吾たちは凶行を阻むことができるのか!?

 『藩校早春賦』から六年後、太郎左と仙之助が江戸に向かう一方で、藩に残った新吾。しかし思わぬなりゆきから、かつてその陰謀を阻むことになった藩主の叔父・蟠竜公が再び暗躍を開始したのを知ることになります。
 そんな折、思わぬことから江戸に出ることとなった新吾。藩主が江戸在府のいま、その身を狙う陰謀の正体を探らんとする新吾ですが、誰が敵で誰が味方かわからぬ状況の中、苦闘を強いられることになるのでした。

 ところが、ふとしたことから以前に太郎左が吉原で喧嘩した相手の不良武士の父・天野能登守が、蟠竜公と繋がっていることを知った新吾。しかし思わぬところに潜んでいた刺客がその身に迫り……

 という上巻の展開を受けて始まる本書。御家騒動は幕閣から吉原まで巻き込んでいよいよ複雑に展開する中、孤軍奮闘を強いられていた新吾はついに陰謀の存在を太郎左と仙之助に告げ、三人一丸となって立ち向かうことになります。

 しかし三人それぞれの立場から陰謀を探るも、なかなか全貌が掴めない中、ついに江戸にやってくる蟠竜公。それと前後して三人には縁深い名物老人・鉢谷十太夫も出府し、いよいよ緊張は高まります。
 そんな中、意外な成り行きから天野能登守の息子の身柄を確保した新吾。覚悟を決めて能登守の屋敷に単身乗り込んだ新吾の選択は……


 というわけで、全編クライマックスといってよいような盛り上がりを見せる本作。藩主挿げ替え、藩主暗殺と一口にいっても、それが容易く行われるはずもありませんが、それではそれをいつ、どうやって実行するのか。そして蟠竜公派を江戸で束ねるのは何者なのか――大きな謎をはらみつつ、物語はクライマックスに向けて加速していくことになります。

 しかしそんな中でも物語の成り行き以上に気になってしまうのは、三人の青年の行く末であります。御家騒動という一種非日常的な事件の中で、苦闘を繰り広げることとなった彼らは、かつて持っていた輝きをそのまま持ち続けることができるのか――と。
 いや、御家騒動という極端な例でなくとも、かつて新吾が長兄から諭されたように、武家とは窮屈さを日常とする者。あの怖いものなしに見える十太夫とて、かつて藩命によって無二の親友を斬るという苦い経験の持ち主なのですから。

 ……しかしまあ、この三人にとっては、それは心配ご無用というもの。何故ならば。彼らが戦う理由は、これまでと変わらず「自分の愛する人々を守るため」。藩と友を秤にかければ友を選ぶ――青いと言わば言え、それが許されるのもまた、青春の特権なのですから。
 戦国時代が武士の青春期であるとすれば、既に晩年にさしかかりつつある江戸時代後期においても、変わらぬ青春を過ごす者たちがいる――本作は、そんなことを示しているともいえるでしょう。

 しかし、彼らが変わらぬ青春を過ごすということは、彼らが成長しないということではありません。特に江戸での剣術修行で、最善の剣・次善の剣の存在を学んだ新吾は、これまでの行動第一の無鉄砲さから一皮むけた姿を見せることになります。
 そしてその新吾の成長が、悪人と思われていた人々の心を思わぬ形で救うくだりは、本作において最も感動的な場面と言ってよいでしょう。

 人は変わることが――いや、互いを理解し、成長することができる。文章にしてしまうと気恥ずかしいものがありますが、本作はそのことを、三人の青年たちの青春と友情の姿を通じて教えてくれるのであります。
 その一方で、もはや引くに引けなくなった大人たちの、「悪人」たちの姿もまた、本作は丹念に描き出すのですが……


 かくて一夏の冒険を終えた三人。唯一残念なのは、彼らのその後を描く物語が描かれていない(正確には『武商諜人』収録のスピンオフ短編「金色の涙」にちらりと彼らは登場するのですが)ことですが――本作に限っては、それで良いようにも感じられます。
 彼らの変わらぬ青春の姿を、いつまでも心に残したい――本作を読めば、そんな気持ちになるのです。


『夏雲あがれ』下巻(宮本昌孝 集英社文庫) Amazon

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2021.09.07

『長安二十四時』 第10話「未の刻 重なる面影」

 王ウン秀(実は聞染)を人質にされて曹破延らを逃した事実を伏せて、狼衛を壊滅させたと報告する崔器。その報に沸き返る靖安司だが、確認のために李必に送り込まれた檀棋は、死体の中に曹破延がいないことを見破る。そこで意識を取り戻した張小敬は、自分のせいにしろと崔器に告げる……

 アバンタイトルは、狼衛壊滅の報が入る中、相変わらず何事か鍛冶仕事的な作業に勤しむ龍破と魚腸のやりとり。何故狼衛のアジトがバレたのか、自分が女を連れ込んだためと気付きつつも、魚腸が妓楼の札を隠れ家にわざと残したせいではと言う龍破は(確かにその通りなのですが)、いつか彼女に刺されると思います。
 それはさておき、狼衛が壊滅したと聞いてもあまり驚かず、龍破はチェラホトが降臨すると語るのですが、これは一体……

 さて、その(元)狼衛のアジトで、前回ラストに王ウン秀(のふりをした聞染)を人質にされて、曹破延とマガルを逃してしまった崔器。腹心の部下を派遣して周囲を探させましが、既に三人は仮面の芸人に化けて(聞染の巧みすぎる演技もあって)その場を脱出済みであります。追い詰められた末、とりあえず後で捕まえればいいだろ! という感じで靖安司本部には狼衛壊滅(そして小敬は失踪)と報告、靖安司は歓喜に沸き返るのですが――そこで油断せず、きっちりと確認のために檀棋を送るのが李必らしいところであります。
 そしてアジトにやってきた檀棋は、狼衛一人ひとりの死体の身長を、曹破延のそれと照合し始めるのですが、さすがにこれは崔器も予想外だった様子。そして狼衛たちと一緒に転がされていた小敬も檀棋に見つけられ、一瞬意識を取り戻して軽口を叩くのですが、やはり無理を重ねたのが祟ったか、再び意識を失います。

 そして小敬が思い出すのは、聞無忌と最後に会った日のこと――不良帥の仕事での長旅(このあと小敬に殺される上役に押し付けられたようですが)から帰って聞無忌の店を訪れてみれば、何だか隊長(と無忌のことを呼び続ける小敬が微笑ましい)の様子がおかしい。そこで彼が外出した間に聞染を半ば叱りつけて聞き出したのは、この店が熊火幇の地上げのために様々な嫌がらせを受けており、無忌はその交渉に出かけたという事実。しかしほどなくして帰ってきた無忌は深い傷を負っており、聞染のことを小敬に託してそのまま帰らぬ人に……
 と、この辺りの事情は正直なところ予想通りでしたが、印象に残ったのは、無忌に不良帥として奔走する理由を問われての小敬の言葉でしょう。長安に来るのは仲間たちの夢だった。仲間に変わり俺たちが夢の中にいるが、夢は美しくないとな――と。当然この仲間とは、あの戦場で死んでいった者たちのことでしょう。そしてそんな小敬の想いが、今でも彼を突き動かしているのか――?

 そんなこんなで時間は過ぎ、名もない靖安司の役人が「もう三日も帰ってないんですが、狼衛も滅んだし今日は早上がりして良いですか……」と勤め人には身につまされるようなことを言い出したり、靖安司を閉めて太子のところに行こうと姚汝能が呼びに来たりという状況の中、それでも状況確認は止めない李必。そしてその心配は当たり、檀棋は、死体の中に曹破延がいないことを確認するのでした。
 強がってもバツの悪い表情は隠せない崔器ですが、そこに割って入ったのは意識を取り戻した小敬。俺が手柄のためにやったと言えばいいと崔器に提案した小敬は、崔器の話を聞いて、彼が王ウン秀だと思いこんでいた女性は聞染だと気付くのでした。(一方、本物の王ウン秀の方は、聞染と間違えられて熊火幇に捕らえられることに……)

 何はともあれ、靖安司に急ぎ戻ろうとする檀棋に対し、小敬は「張小敬の縁者を離せ」と永王に伝えろというのですが――しかし永王の配下である熊火幇に捕らわれているのが、聞染ではなく王ウン秀なのは、崔器とのやり取りで既に気付いているはず。一方、檀棋は逆に小敬に対して、聞染に靖安司が一番安全と伝えてと告げて去るのでした。


 前話で起きた出来事のフォローとおさらいという印象もある今回ですが、やはり気になるのは聞無忌の死と、現在の小敬を動かす動機との関係でしょう。明らかに命を捨ててかかっている小敬には真の目的が別にあるのか? それはまだまだわかりません。

 一方、面白かったのは小敬と檀棋のやり取りで、以前から何かと艶っぽい方向に持っていこうとする小敬と全く取り合わない檀棋という関係性が、今回はほんのわずかばかり変わっていたようにも感じられます。小敬が本気で檀棋に粉をかけているのか、これまたわかりませんが、ある意味非常にストイックな小敬だけに、やはり真意が気になるのです。

 そしてもう一つ、聞染が語った、私たちが右刹の主、という言葉の意味も……


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2021.09.06

響ワタル『琉球のユウナ』第7巻 決戦目前 ユウナの覚悟、真加戸の記憶

 古琉球時代、朱色の髪の少女・ユウナと尚真王・真加戸の間のラブロマンスはいよいよ佳境であります。自分の出自が、決して真加戸と相容れないものと知ってしまったユウナ。真加戸と共にいることが絶望的となってしまった彼女の選ぶ道は……

 第二尚氏の王たる真加戸と、彼の父に滅ぼされた第一尚氏の嫡流たるティダ――両者の間で続く、七つの「太陽の依り代の勾玉」争奪戦の最中、第一尚氏側に攫われてしまったユウナ。
 そこで彼女は、自分でも思っても見なかったような己の出自を知ることになります。そう、彼女の母は第一尚氏の血を引く祝女だったのであります。

 ただでさえ国内の基盤が固まっていない真加戸の側に、第一尚氏の血を引く自分がいればどうなるか――それがわからないユウナではありません。かくて彼女は、半ば強引にとはいえ、真加戸から離れ、ティダと行動を共にすることに……


 大人びた表情で、真加戸とティダにそれぞれ前と後ろから抱きしめられているという、ずいぶん艶っぽいイメージのこの第7巻の表紙。物語の内容の方も、それぞれユウナを求める真加戸とティダの間に挟まれて悩み苦しむという、いわゆるラブ史劇的展開の真っ只中であります。

 もちろんユウナの想いはあくまでも真加戸と共にあります。しかしそれでも、自分の存在が真加戸のためにならないとすれば――自分自身の影武者に化けて、相変わらず大胆にも直接迎えに来た真加戸を守るため、彼女は自らティダのヲナリ神であることを宣言、真加戸に自らの髪を切って手渡すことになります。
 この物語が始まって以来初めて見るような、決然とした表情でもって……


 そしてそんな衝撃的な別れの後に描かれるのは、真加戸の封印された記憶――この争いのそもそもの始まりというべき、第二尚氏のクーデターに繋がる、第一尚氏最後の王、すなわちティダの父の最期の姿。
 その時に真加戸の前に現れ、今また呪われた菜切包丁の姿を借りて再び彼の前に現れた魔物・ムンの言葉に、真加戸はその記憶を蘇らせることになります。
(何故菜切包丁と思われるかもしれませんが、ここである伝説に繋がるというのが実に面白い)

 しかしここで気になるのは、王に手を下した者の姿。その姿は、どう見てもいまティダの近くに仕えるあの人物(?)なのですが――これは果たしていかなる意味を持つのか? この謎が、あるいは入り組んだ真加戸とティダの関係を解きほぐす鍵になるのかもしれません。
(身も蓋もないことを言えば、責任をおっかぶせても大丈夫な立ち位置だけに……)


 そして七つの勾玉争奪戦も、残すところはあとわずか。ユウナのフォローもあって、真加戸の側には勾玉が三つ、対するティダは一つ――残るは赤犬子が持つものと、あと二つであります。
 しかし赤犬子の勾玉は思わぬ人物(なるほどここでこのキャラか、とちょっと感心。最近影が薄かっただけに……)の手に渡り、残る勾玉のうち一つが眠る神の島・久高島に舞台は移ることになります。

 しかしそこは第一尚氏にとっては因縁の地、そこでユウナが見た過去のヴィジョンの意味するものは、そしてティダの「弟」の動きは……
 いよいよ物語は次巻で完結――それぞれの過去が如何に精算され、そして未来へ如何に歩んでいくのか、クライマックスに相応しい盛り上がりであります。

『琉球のユウナ』第7巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2021.09.05

『MARS RED』 第6話「さいごの青空」

 横浜に現れた金剛鉄兵の正体を中島中将に問うため、下水道経由で特務隊本部を目指す秀太郎と山上。一方タケウチとスワは、月島の基地で無数の棺桶を発見する。そして中将から金剛鉄兵の恐るべき正体を聞かされる山上たちと前田。その直後、巨大な揺れが帝都を襲う……

 前回、赤レンガ倉庫から解き放たれたヴァンパイアたちの前に突如現れ、これを次々と殲滅していった装甲服の一団――真の金剛鉄兵。既に夜が明け、ヴァンパイアたちが炎を上げて消えていく時間ですが、零機関の四人のヴァンパイアは、二手に分かれて金剛鉄兵の後を追うことになります。山上と秀太郎は金剛鉄兵に関わっているであろう中島中将に事の次第を問うため本部へ、そしてタケウチとスワは金剛鉄兵たちの後を追って――下水道を辿って向かうのでした。

 そしてようやく本部の前に辿り着いた秀太郎と山上の前に現れたのは、病院から抜け出した前田。ほとんど執念で動いているように動いているように見える前田ですが、その彼をしても、横浜に現れた金剛鉄兵の存在は知らされていなかった様子であります。
 一方、タケウチとスワが辿り着いた先は、あの月島地下の基地。そこで彼らが見たものは、数十個も並んだ棺桶に語りかける中島中将の姿であります。しかし彼らも、その中将がこの月島の地下――それも、かつて岬が閉じ込められていた部屋にルーファスを保護していたことには気づきません。しかし何故中将がルーファスと手を組んでいるのか?

 その理由は月島から本部にやってきた中将が、前田・秀太郎・山上に対して語ることになります。市井から吸血鬼を探し出してリクルートするのは限界がある。そこで効率的に吸血鬼を作り出すために、特務隊のメンバーを、アスクラを使ってヴァンパイアにしたと……
 なるほど、20年かけてたった4人、それもかなり偶然に左右されるようなメンバー確保であったり、様々な危険の伴う海外からのヴァンパイア招請に比べれば、遥かに効率的で、ある意味軍隊らしいやり方ではありますが――しかし、いかにこれ以上戦場で部下を失わないためといいつつ、彼らを人間としては死んだも同然の吸血鬼と変えるのは、矛盾もはなはだしい上に、文字通り人の道を外れたやり方であるのは間違いありません。(前回の出撃シーンで金剛鉄兵たちが赤い液体の入った盃を口に運んでいたのを見るに、あの時初めてアスクラを飲んで吸血鬼化したということでしょうか)

 そんな真実を語った上で、特務隊で最後に一人残った人間である前田に、アスクラを飲むように促す中将。前田は、中将の娘である岬が、吸血鬼になった身でありつつも父の身を案じ、止めるように手紙を遺していたと語るのですが――それに大きく心を動かされた様子もなく、そして前田が自分に従うのを確信しているように、中将は去っていきます。
 残された秀太郎と山上は、人の道に外れていると必死に前田を止めようとしますが、前田は「ヴァンパイアが人間を語るな」と失礼な言葉で一喝。やむなくその力を活かして秀太郎がアスクラを奪うのですが――時あたかも大正12年9月1日11時58分32秒、帝都を大地震が襲います。

 床に空いた穴に飲み込まれて何処かに消えた秀太郎。一方、山上と前田の上には崩落した天井が落ちかかります。自分が無傷であった一方で、崩れてきた天井の欠片に下半身を挟まれて動けない前田を救うため、山上はその力を活かして欠片を取り除いていきます。
 しかし天井が崩れたということは、ヴァンパイアの身を容赦なく焼く外の陽光が降りかかるということ。それを意に介さず、かつての前田との思い出を語りながら作業を続けた山上は、来栖を頼むと言い残して、炎の中に消えることに……


 アニメ版の前半ラストにして、大きな謎の解明、そしてレギュラーメンバーの一人の退場となった今回。ほとんど最終回直前のような展開であります(事実、漫画版では今回のエピソードに当たる部分が終盤のクライマックスの一つ)。
 ただ、アクションはほとんどなく、謎の解説的部分が中心となっていたため、印象としてはかなり静かなものがありますが――それだけに、中島中将の静かな狂気が印象に残ります。(特に、本部を出た後に、自分に敬礼する子供たちに対して「未来の将軍に敬礼!」と大真面目に敬礼を返す辺り……)

 しかし後半はどうなるのか――今は全く予想がつきません。


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2021.09.04

夢枕獏『JAGAE 織田信長伝奇行』 合理と非合理と――不思議な信長伝

 織田信長という人物を語る際にしばしば用いられる言葉の一つは「合理性」ではないでしょうか。本作はそんな合理性の塊というべき信長と、非合理の化身ともいうべき飛び加藤の長きに渡る関わりを通じて信長の生涯を描く、いささか不思議な作品です。

 14歳の時、うつけ者のなりで外を歩き回っていた信長が出会った男――人々の前で牛を呑む芸を行ってみせたその男の名は加藤段蔵、またの名を飛び加藤。全く似たところのない相手ながら、信長と飛び加藤は互いに興味を抱くのでした。
 信長のどこが気に入ったのか、飛び加藤は自分の体重と同じ重さの金と引換えに誰でも殺してやると告げ、頼む時には清須の松井友閑を訪ねろという言葉を残すことになります。

 その後も、持ち前の合理精神で妖怪や妖刀あるいは神仏など、様々な非合理的なものの存在を実証し、解明しようとする信長。そんな信長と飛び加藤の関わりを知るのは、飛び加藤の勧めで信長に仕えた木下藤吉郎と、松井友閑のみであります。
 その周囲に飛び加藤の影をまとわせながらも、その力に頼ることなく、天下布武に邁進する信長。しかしついに飛び加藤に対して、ある男の首を求めることに……


 戦国時代に活躍した忍者とも幻術使いともいうべき怪人・飛び加藤。その怪しげな逸話の数々からフィクションにもしばしば登場する人物ですが、しかしその逸話は、主に上杉謙信や武田信玄との関係で語られるものがほとんどです(例えば本作冒頭で描かれた呑牛の術のくだりも、本来は謙信とのエピソード)。
 それをあえて信長と絡めてみせるのが、本作のユニークな点であることは間違いありません。そしてその理由が、数々の幻術・妖術を操る妖怪じみた彼と、新しい時代の合理精神の体現者である信長との対比にあるのは間違いないでしょう。

 信長の合理精神には枚挙に暇がありませんが、「信長公記」に記された中でも特にユニークなのは、あまが池の大蛇にまつわるものでしょう。
 清洲のあまが池という池に、怪物めいた大蛇が潜んでいると聞いた信長は、配下に命じて蛇替え――要するに池の水をぜんぶ抜くことにより蛇を捕らえようとしたのですが、水が減らないとみるや自らその中に飛び込み、蛇などいないと確かめたというのです。

 大蛇という存在を捕える/捉えるための手段を尽くし、さらには己の目で確認する――それはある意味、非合理的存在に対する合理主義者としての信長の姿勢を語る象徴的なエピソードであり、そしてそれこそが本作のタイトルが『JAGAE』である所以なのでしょう。


 そんなユニークな切り口の本作ですが、しかし実際に読んでみると、その内容は小説――連続する物語というよりは、逸話集のように感じられるものがあります。
 「信長公記」やフロイスの「日本史」に描かれる信長の逸話を採り上げ、時に引用しつつ、その内容を解説する――作者の時代もので実在の人物を描く時にしばしば見られる手法が、本作ではほぼ全編に渡って用いられているのです。

 それは信長の生涯を描いた作品としては、ある意味当然の手法かもしれませんが、一冊の大半が逸話で示されているというのは、さすがに驚いたというのが正直なところであって――冒頭で述べた「いささか不思議な」というのは、この点に因ります。

 もっとも、そんな逸話の中に混じって「辻合わせ」のようなとんでもないエピソードが織り交ぜられているのが、また非常に作者らしいともいえるのですが。


 そんな本作は、当然のことながらというべきか、本能寺において結末を迎えることとなります。光秀(本作における彼の造反の理由は、これはこれで一ひねりがあって面白い)の軍勢により本能寺が炎に包まれる中、信長の前に現れたものとは……

 その直前に明かされる驚愕の真実も相まって、そこで生まれる強烈な現実崩壊感――言い替えれば、合理性と非合理性の間の壁が崩れ去った瞬間には、奇妙な解放感すら感じられるのです。

 やはり不思議な信長伝というべきでしょうか。


『JAGAE 織田信長伝奇行』(夢枕獏 祥伝社) Amazon

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2021.09.03

音中さわき『明治浪漫綺話』第2巻 吸血鬼の王、その誕生のメカニズム

 第1巻の紹介からずいぶん間が開いてしまいましたが、文明開化の東京を舞台に、華族に引き取られた少女・十和と、お雇い外国人として日本に訪れた吸血鬼・ルイスを主人公に描く物語の第2巻であります。鹿鳴館の舞踏会目指して奮闘する十和の周囲で起きる奇怪な事件。それを引き起こす者が求める吸血鬼の王とは……

 子爵と芸妓の間に生まれ、その父が亡くなったために、岡山から東京の日与守家に引き取られた十和。突然華族として良家の子女が通う女学院に通うこととなった彼女は、ある日、何者かが女学生を襲う場に遭遇し、怪人の毒牙は彼女にも迫るのでした。
 そこに現れて怪人を撃退したのは、女学院の講師を勤める美貌の異国人・ルイスと、その従者・東――実は二人は、そして襲ってきた怪人もまた、人の血を糧に長い時を生きる吸血鬼だったのです。

 その事実を驚きながらも受け入れ、女学院での日々を過ごす十和。しかし時の首相からの要請で鹿鳴館の夜会に参加することになった女学院と女子高等師範学校の生徒の間が険悪なムードになって……


 というわけで、人間と吸血鬼の間のパラノーマルロマンスかと思いきや、一種の学園もの的ストーリーが展開することとなった本作。
 華族中心の女学院と、庶民中心の女子高等師範学校は元々犬猿の仲、さらにそこに欧化政策に反対する勢力の嫌がらせも重なって複雑な状況に――というところで、庶民出身で今は華族の十和の出番となるのですが、事態はそこからさらに二転三転していくことになります。

 そんな彼女の存在を快く思わない公家華族の少女・宮小路麗子から、ダンスの練習の最中に嫌がらせを受ける十和。しかし彼女の首筋には、何者かの咬み跡があったのであります。
 実は以前十和を襲ったあの怪人に襲われていた麗子。そして吸血鬼に血を与えられた彼女の力は、華族の娘として抱えていたその鬱屈に反応し、暴走しかけていたのであります。

 ――なるほど、こういう形で物語が繋がるのか! と思えば、さらに物語は急展開することになります。
 麗子を襲った吸血鬼・クライネスと、真の姿を以って対峙するルイス。その姿を目の当たりにしたクライネスは、歓喜の表情で頭を垂れるではありませんか。

 ルイスを王と、始祖と呼び、真の姿を取り戻したことを喜ぶ相手に、ルイスがかけた言葉とは……


 学園ものとしての顔と、吸血鬼ものとしての顔が目まぐるしく入れ替わる形で物語が展開していく本作。

 その両者を繋ぐのが十和の存在ですが、どうしても状況に流され気味(仕方ないといえば本当に仕方ないですが)の彼女に比べて、この巻で印象に残るのは、やはりルイス――というより吸血鬼の在り方でしょう。
 コウモリになったり人間を操ったりと、由緒正しい(?)能力を持つ本作の吸血鬼ですが、しかし実は、その生態はかなり本作ならではのオリジナルのものなのです。

 特にルイスに代表される「始祖」と呼ばれる吸血鬼を創り出す仕組みなどは、むしろメカニズムと呼ぶに相応しい内容に仰天させられること請け合い。
 そしてまたこの設定は、ルイスが、人間に対してより、むしろ同族に対して超然としているその原因として、なるほどと納得させられるのです。

 ――しかし、この設定を知ると、今度はそんなルイスが、大手を振って外の世界で、いやそれどころか海を超えたこの国で暮らしているのが不思議に思えるのも正直なところ。
 実際、回想シーンではイギリス王室に捕らえられている姿が描かれているのですが、少なくとも東の存在を考えれば、幕末の日本に来訪しているわけで、まだまだその謎は多いと言わざるを得ませんー


 敵と呼べる存在を倒してしまったこともあり、物語がどこに向かうのか、まだまだ見えない点も多い本作。ルイスとの距離を少しずつ縮めているように見える十和のこの先も含めて、気になるところであります。


『明治浪漫綺話』第2巻(音中さわき KADOKAWAあすかコミックスDX) Amazon

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2021.09.02

松浦だるま『太陽と月の鋼』第3巻 激突、「護る」ために通力を振るう者たち

 近づいた金属が全て曲がってしまうという力を持つ武士・竜土鋼之助と、彼女を愛する美女・月を巡る謎めいた物語――その第3巻で描かれるのは、無数の蟲を操る通力を持つ刺客との対決であります。鋼之助と未来を見る通力を持つイチコ・明が、この強敵と小塚原で死闘を繰り広げることになります。

 その生まれついての奇怪な力ゆえに、武士としての勤めがままならず、うだつの上がらない暮らしを送っていた鋼之助。しかし押しかけ女房の月の登場によって、徐々に彼の運命は上向いてきたかに見えたのですが――ある日彼らの前に現れた、物質の水分を操る奇怪な術者によって月は攫われ、鋼之助は絶望に沈むことになります。
 そんな彼の前に現れたのは、奥州からやってきたイチコ(巫女)の明。かつて鋼之助の母に自分の母を助けられたという明もまた、未来を見るという通力の持ち主――そして彼女は、その力で鋼之助の未来を見てしまうのでした。

 そして月を攫った術者が残した呪符から、月の向かう先が自分の故郷であると知った明。鋼之助は、明を道案内に月の後を追おうとするのですが、突然二人に奇怪な術者たちが襲いかかり……


 という場面から始まるこの巻では、ほぼ全編に渡っていわゆる能力バトルが繰り広げられることになります。

 思わぬなりゆきからバディとなった鋼之助と明ですが、彼らにとってはまだまだ未知の存在である敵は、陰陽道宗家・土御門家に連なる者たち。
 この当時の土御門家は、市井の占い師や修験者、門付けの芸人たちを支配する存在――そしてその配下に潜む様々な通力を持つ者たちが、土御門の命によって鋼之助たちに立ちはだかることになるのです。

 この安倍晴明にも繋がる土御門家は、陰陽道を扱った作品では定番中の定番ではありますが、それはやはり平安時代を舞台とした作品がほとんど。
 史実では土御門家は平安時代以降も連綿と存続し、そして江戸時代には上で述べたような役割を果たしてきたわけですが――小説はさておき、漫画でこの点に触れた作品は、ほとんどないように思います。

 しかも、その能力故に世間から爪弾きにされることが多い通力を持つ者たちが、それ故にいわゆる常民ではない職業者として、土御門家に束ねられている――この設定は、題材的になかなか扱いが難しいようにも思いますが、実にユニークで魅力的なものであることは間違いありません。


 しかし市井の芸人・宗教者が襲ってくるのはまだ序の口、この巻のメインとなるのは、襲撃を逃れて逃げるように屋敷を飛び出した鋼之助と明を小塚原刑場で待ち受ける刺客・斑との死闘。

 彼女の能力は蟲使い――ほとんどありとあらゆる昆虫を操り、その昆虫が持つ特殊能力を行使することができる通力の持ち主であります。
 蟲使いというのは、山田風太郎の昔から能力バトルではお馴染みの、由緒正しき(?)能力ですが、いささか地味で、非力な印象があったのも事実でしょう。しかし、全力で殺しに来た時、それがどれほど恐ろしいものであるか――そのビジュアルも含めて、斑との戦いでは、嫌というほど目の当たりにすることになります。

 しかしその通力の恐ろしさと同時に強く印象に残るのは、斑という人物が歩んできた道のり、背負ってきたものの重みであります。
 生まれつき蟲を異常に惹きつけ(彼女の誕生時のエピソードは実に強烈……)、そのために周囲の人々から忌避され、身を寄せた寺においても苛烈な差別に晒されてきた斑。自分を虫けらと思い定めてきた彼女を救い、人間扱いしてくれた土御門の当主・晴雄のために、彼女は戦うのであります。

 斑の口から土御門の目的が月の抹殺であると知り、月を護るためについに己の持てる通力を使う鋼之助と、晴雄とその理想を信じ、それを護るために通力を使う斑……
 「護る」という行動理由では等しい二人の激突は、それ故にどこか物悲しくも感じられるのです。(ただ、明の通力の使い方は身も蓋もなさすぎるような……)


 本作において月の存在が持つ意味(鋼之助にとってのそれと、土御門にとってのそれと双方)をはじめ、数々の謎が存在する本作。しかしそれでも物語は、一つの方向性を持って走り始めたと感じます。
 もっとも、鋼之助と明はようやく江戸を出たというところ。まだまだ二人の、そして物語の向かう先は見えないのであります。

(それにしても、この巻のラストで明が見たものの美しさときたら!)


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2021.09.01

岩崎陽子『浪漫狩り』第3巻 主人公の原点――考古学という学問の意味、浪漫を持つということ

 昭和初期を舞台に、考古学者にして埋蔵金盗掘指南の猿渡遼太郎が、超古代文明の謎に挑む伝奇冒険活劇の第3巻であります。危険な遺跡での冒険の末に傷を負った猿渡。そんな彼が、考古学に、浪漫に惹かれることとなったきっかけとは……

 超古代文明の遺跡から出土した謎のメダリオンを巡る暗闘に巻き込まれた猿渡。富士の「人食い穴」の遺跡の調査で、待ち受けていた軍と、猿渡の父の弟子を名乗る男・犬神との乱戦の最中、猿渡たちは超古代文明の遺跡に入り込むことになります。
 犬神の裏切りで閉じ込められた遺跡から脱出するため、あえて遺跡を崩壊させるという荒業を使った猿渡ですが、傷を負ってまたも実澄の病院に担ぎ込まれることに……

 という第2巻の展開を受けて始まるこの巻の前半では、猿渡の学生時代――彼が一生残る傷を負い、そして考古学を志すことになった時の出来事が描かれることになります。

 伝説のトレジャーハンターと呼ばれながらも全く家庭を顧みることなく、挙げ句の果てに行方不明となった父に反発してきた猿渡。そのために考古学も宝探しと同じと嫌い、史学を学んできた猿渡は、親友の羽佐間によって、著名な考古学者・楢崎教授の発掘隊に無理やり引っ張り込まれることになります。
 慣れぬ遺跡発掘と周囲のノリに苦労しつつも、教授に発掘の意味を教えられる猿渡。しかし台風の近付く中、周囲の見回りに出た彼は、崖に露出した地層の中に貴重な石器を発見、危険も顧みず飛びつくのですが――崩落に巻き込まれ、身体に大きな傷を負うこととなったのです。

 しかし、傷を負ったことや結局成果が得られなかったこと以上に、自分が貴重な発見を前に衝動的に行動してしまったこと――自分が憎んできた父と同じく、未知のものに焦がれ、「浪漫」を求めてしまう人間であったことに衝撃を受ける猿渡。
 やはり自分は考古学を学ぶことは出来ないと教授に答えようと研究室を訪れた猿渡は、そこで遺跡から出土した土器を見て、あることに気付き……


 本作の「本筋」ともいうべき宝探しや陰謀劇とは一旦距離を置いて描かれる猿渡の過去編。しかしここで描かれるものは、猿渡という人物が、何を思い、そして何を求めて考古学の道を選んだのか――それを描くことで、本作という物語において欠くべからざるエピソードとなっているのです。

 思えば、かつては(羽佐間のような)冒険家の役目だった宝探しは、インディ・ジョーンズ以降、考古学者の役目となった――というか考古学者が宝探しをしても違和感はなくなりました。しかし言うまでもなく考古学と宝探しは重なる領域はあれど異なるものがあるはず。
 だとすれば考古学は何のために、何を学ぶものなのか? 猿渡の悩みは、この問いかけに重なるものであり――そして彼が辿り着いたものは、私が知る中で最良の答えであると感じられます。そしてもう一つ、学問に「浪漫」を持つことは許されるのか、という問いかけへの答えにも……

 さらにこのいわば自分の原点を思い返したことがきっかけで、猿渡が人食い穴に感じていた違和感の正体を――それも実にゾクゾクするようなものを――悟るという展開もまた、素晴らしいというほかありません。
(そしてまた、悩める猿渡に向ける羽佐間の静かに熱い友情がまたイイ!)


 さて、その一方で初登場時から妙に有能過ぎる(猿渡曰く、隠し芸が多い)那珂川の正体――一連の超古代遺跡を巡る事件の背後で暗躍する謎の軍人・篠原少佐の部下であり、陸軍嘱託のトレジャーハンターを探す任に就いている――もいよいよ前面に出つつあるものの、しかし那珂川自身がその任に悩み、危うさを感じさせるのも注目すべき点でしょう。

 那珂川の亡き兄の親友であったという篠原少佐の真意は何なのか。そして彼らの過去に何があったのか――物語に大きな影響を与えるもう一つの過去の物語は、この次の巻にて語られることになります。


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