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2021年10月

2021.10.31

『半妖の夜叉姫』 第29話「りおんという名の少女」

 結界を抜けた三人に、父を倒して欲しいと語るりおん。実は彼女は600年前に命を落とし、魂が産霊山に封じ込められていたのだ。しかしせつなが父との悪縁を斬ったことから、自分の力で歩くことを誓うりおん。そこに山を守る妖霊獣が出現、りおんはとわに吸妖魂の根が変化した星斬りの笛を託すが……

 前回ラストでとわ・せつな・もろはの前に姿を現し、自分が麒麟丸の娘だと語ったりおん。しかし彼女は吸妖魂の根を差し出し、父を倒して欲しいと語ります。何だかいきなりのちょっと都合の良い展開に、これは何かの罠なのか、もしくは彼女は第三勢力にでもなるつもりか――と一瞬深読みしてしまいましたが、すぐにその理由がわかります。

 実は600年前に命を落としていたというりおん。しかし麒麟丸は彼女の魂をこの産霊山に封じて成仏(?)させず、夢の胡蝶を使っては彼女に会いに来ていたというのです。さらにりおんの繭から、彼女の魂が封じられているという遺灰と土で拵えた人形が出てきたりして、麒麟丸のちょっと洒落にならない毒親ムーブに三人もドン引きの三人です。
 父の身勝手にはずっと我慢がならなかった――ともっともだけれども身も蓋もないことを語るりおんは、さらに重要なことを告げます。強敵を求めて世界中を巡った(その末に犬の大将にボロ負けしたわけですが)麒麟丸は、まだ行ったことのない時空の彼方へ行くことを望み、そのために阿久留という精霊を殺生丸に捕まえさせ、時の風車を動かそうとしているというではありませんか。しかしそうすればこの現世は消失する――それが麒麟丸がもたらすという、この世を末法末世に変え、全てを打ち消そうとしているということだと、りおんは語ったのであります。

 と、そこで所縁の断ち切りの力で、りおんと麒麟丸を結ぶ悪縁の糸を目にすることとなったせつな。りおんの願いでせつながその糸を断ったことでりおんは解放され、ようやく成仏――と思いきや、彼女は自分を封じていた人形から自分の仮初めの体を作り出し、自分も三人に行くと宣言。ついさっき、あの世に送ってほしいと言っていたような気もしますが、もちろん三人にそれを拒むつもりはありません。
 が――りおんが麒麟丸の呪縛を断ち切り、結界がなくなったことで、麒麟丸がりおんをこの山に封じておくために施した最後の仕掛けである妖霊獣が出現。四本首の骨の龍というべき怪物のとんでもないパワーに手を焼く三人ですが、そこでりおんが吸妖魂の根から作られた横笛「星斬りの笛」を渡し、吹くように促します。

 その言葉を信じて笛を吹けば、そこから現れたのは新たな武器――斬星剣であります。それこそはかつて天津甕星が天から下した二振りの剣の一つ(ん? 吸妖魂の根との関係は――根は柄になっているということかしら)、妖力を無尽蔵に吸い込み、吐き出せるというその力はすさまじく、あっさりと妖霊獣を粉砕するのでした。
 そして山から下りてきた四人の前に現れたのは、何と殺生丸(と邪見)。彼はせつなに覚悟を問うと、自らせつなの夢の胡蝶を斬り、りんの呪いの進行と引き換えに、せつなに夢を返すのでした。

 何はともあれ、色々とすっきりした四人の前に次に現れたのは理玖――実は三人が産霊山の中に入っている間、山に寄ってくる雑魚妖怪を始末していたという縁の下の力持ちぶりの彼も、さすがにりおんとの再会(しかも何故か肉体まで持っている)にはびっくり。しかも、彼が見聞きしたものは麒麟丸に繋がっていると知ったとわには麒麟丸への宣戦布告の挑戦状代わりに使われ、なかなか不憫であります。
 が、彼は彼で思うところがあるのか、りおんは一旦預かりますと、彼女をお姫様抱っこして爽やかに退場するのでした。


 というわけで、前2回に続き謎の解明回だった今回ですが、それ以上に強烈に印象に残ってしまったのは、これまでの堂々とした強敵ぶりがガラガラと音を立てて崩れるような麒麟丸のキモチワルイ毒親ぶり。殺生丸の放置っぷりとはある意味対極ですが、やはり600年間の束縛はどうかと思います(しかし、前回は元気に父と犬の大将との対決を見ていた彼女の身に一体何があったのか……)。
 夜叉姫三人が親からの宿命を背負いながらも、それなりに自分自身の意思で生きてきたのに対し、りおんは自分の意思を奪われていたわけで、その意味でも対照的というべきでしょうか。

 そしてすっかり忘れかけていましたが、麒麟丸が末法末世をもたらすというその真実は、思った以上にマズげなもの。まだ何か裏がありそうな気がしますが、確か最初にそれを言い出したのは時代樹の精霊であったことを思えば、それなりに信憑性はあるというべきでしょうか。あるいはそれが前回ラストに描かれた微妙な歴史改変なのか――まだまだ全ての謎が解けるには間がありそうです。


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公式サイト

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2021.10.30

手代木史織&手代木正太郎『不死斬り夢一』前編 姉弟タッグ、時代伝奇に挑む!

 『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』の手代木史織と、『鋼鉄城アイアン・キャッスル』の手代木正太郎が姉弟であるのはよく知られた話ですが、その二人が初めてタッグを組んで挑んだ伝奇時代劇の前編であります。舞台は明治初頭、人の良さげな西洋絵師に隠された真の顔とは……

 時は明治5年、まだ西洋画が珍しい中で、ワーグマンに弟子入りして写実画を描く絵師・玉橋夢一。一見お人好しで世間知らずで西洋文化好きの青瓢箪――弟子の少女・琴音にそのように評されてしまう若者(?)であります。

 そんな二人の前に現れ、彼らの知人を襲った男――牙を生やし、人の血を啜る怪人を、夢一は不死者もしくは吸血鬼と呼び、不思議な術でもって一撃で焼き尽くすのでした。
 そう、夢一こそはかつて洋術同心・不死斬り玉橋と呼ばれた男――柳生剣術と西洋退魔術を習得した妖剣士だったのであります!

 一方、その不死者を生み出した者たち――新政府に不満を持ち、攘夷を行わんとする志士たちは、斬首された河上彦斎を西洋黒魔術で復活させ、不死斬り玉橋にぶつけようとするのですが……


 というわけで「週刊少年チャンピオン」第48号に前編が掲載された本作は、いきなり飛び出してくる伝奇度の高すぎるワードと展開に驚かされる物語であります。

 しかし考えてみれば、神話の時代から続くギリシャ神話の神々の戦いを描いた『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』は――その他の世界の神話の戦士たちとの戦いを描いたその外伝は特に――まごうことなき伝奇もの。
 そして手代木正太郎の作品も『王子降臨』『柳生浪句剣』といった直球ど真ん中だけでなく、一種のファンタジーものであっても伝奇もの(というより山風や荒山徹)的な空気を漂わせています。

 その二人が組めば、むしろ伝奇成分濃厚なものにならないはずがない――というよりまだまだおとなしい印象すらある――わけで、手代木正太郎のインパクト抜群のアイデアが、手代木史織の流麗な画で描かれることによって、本作は独自の伝奇世界を生み出しているといえます。

 ちなみにワーグマンの弟子の西洋画家、そしてその名前から、玉橋夢一のモデルは、おそらく実在の西洋画家・高橋由一でしょう。
 ちなみにこの高橋由一、実家が代々柳生新陰流の免許皆伝、佐野藩の剣術指南役だったとのことで(ただし由一本人は剣はからっきしの模様)、題材選びの巧みさにも感心させられます。


 さて、死から甦った河上彦斎(ちなみに彦斎が斬首されたのは、本作の前年の12月)の、ある意味非常に真っ当なリアクションによって、たちまちその場に現出することになった地獄絵図。
 この人外の凶剣士に対して、剣と魔を極めた妖剣士が如何に挑むのか――死闘の本番が描かれるであろう次号掲載の後編が、今から楽しみでなりません。


『不死斬り夢一』前編(手代木史織&手代木正太郎 「週刊少年チャンピオン」2021年48号掲載) Amazon

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2021.10.29

『弁慶外伝 沙の章』 日本から大陸へ! 時空を超えた元寇伝奇

 先日紹介した『弁慶外伝』の続編に当たる作品――ハードをスーパーファミコンに移して1992年に発売された本作は、元寇を背景に、その背後で繰り広げられた語られざる戦いを描く物語。日本に始まり、舞台は中国大陸にまで時空を超えて広がる、稀有壮大な物語であります。

 文永11年、大軍で襲来し九州を蹂躙したものの、突然吹き荒れた暴風によって壊滅的な打撃を受けて撤退を余儀なくされた蒙古軍。その背後に日本側の強力な呪術の存在を察したフビライ・カンは、配下の四界将の一人・呪魂を派遣――北条時宗も全国の法力者でこれを迎え撃つも、多くの犠牲を出すのでした。
 そして文永の役から2年後、四国の修門砦で修行を積んでいた主人公・不動(デフォルトネーム)は、帝の命により戦いに加わるべく都に向かおうとするも、その矢先に砦は襲撃を受けて壊滅。不動も窮地に陥ったところを、長門の練武館からやって来た戦士・巳陰(みかげ)と常世(とこよ)に救われることになります。

 呪魂の追撃から辛うじて逃れた三人は、呪魂を倒して元の再襲来を阻むべく、日本中を奔走。数々の冒険の末、かつて源義経の手によって眠りについた不死身の戦鬼・弁慶を復活させ、ついに呪魂に挑むのですが……


 と、文永の役と弘安の役の間の時期を舞台とする本作。そもそも鎌倉時代を舞台としたゲーム自体(前作のような義経・弁慶を題材としたものを除けば)珍しいのですが、元寇を題材にしたものは、それこそ本作のほかは昨年の『Ghost of Tushima』くらい――というのは大げさかもしれませんが、それくらい希少であることは間違いありません。

 さて、冒頭に述べたとおり本作は『弁慶外伝』の続編ですが、物語自体は直接の繋がりはなく、前作で何処かへ旅立った義経と弁慶のその後が語られる程度であります。
 とはいえ、前作で伊勢三郎が率いていたかすみの一味が、ほとんど忍者集団のかすみ一族になっていたり、前作の主人公・鬼若が法眼に育てられた林省寺が廃墟となっていたりと、前作を知っていればニヤリとできる場面がいくつかあることは間違いありません。

 そして物語的には前作以上に奔放に、如何にも伝奇的な陰の歴史が語られていくわけですが――しかし本作は中盤で思いもよらぬ展開を見せることになります。

 弁慶とともに呪魂を倒し、日本を救ったかに見えた不動たち。しかしこの戦いの根源が、単なる元による日本侵略というものではなく想像を絶するほど根深いことを知った不動たちは、中国大陸に渡り、伝説の地・崑崙を求めて旅をすることになります。
 その前に立ちふさがるのは残る三人の四界将たち。そしてやがて物語は時空を超え、邪馬台国まで遡る奇怪な因縁が語られることになります。一度は義経が身を以て封印した魔を滅ぼすため、不動と弁慶たちは死闘を繰り広げることになって……

 と、鎌倉時代の日本を舞台とするだけでも珍しいのに、本作はこの時代の中国大陸を舞台にするというさらに珍しい展開をすることになります。フビライだけでなく、バヤンや古源邵元といった実在の人物まで登場する一方で、ほとんど既存の神話伝説を用いないオリジナルの伝奇世界が展開されるのに驚かされます。
 ――が、個人的にはオリジナルになりすぎて(そして中国に渡ってからは舞台に馴染みがなさすぎて)もう伝奇ものというよりファンタジーじゃないかな、という印象があるのも正直なところではあります。

 また、冷静に考えると物語の処々に矛盾というか不明点があったり(結局、メインキャラの一人・鳴沙にまつわる設定が今ひとつ未消化だったり等)、ちょっとすっきりしない部分もあって、ゲームとしては前作よりもはるかに完成度が高いにもかかわらず、賛否が分かれているのも、理解できるところです。

 ちなみにゲーム性でいえば、前作の高すぎるエンカウント率やバフデバフがほとんど役に立たない点などは解消されているのですが、敵味方ともポンポン連続攻撃やクリティカルヒットを出すので、戦闘が安定しないのがストレスが溜まる点。
 いや、一番ストレスが溜まるのは、タイトルロールであり物語的にも重要な位置づけのはずなのに、戦闘ではNPC扱い、しかもランダムにしか攻撃しない(攻撃しない時の方が多い)弁慶の存在なのですが……


 と、最後に一点言及すべきは、本作のイメージビジュアルでしょう。前作は本宮ひろ志が担当していましたが、本作では何と山形厚史が担当。
 説明書や攻略本で見ることができるイラストは実に見事で、これだけでも何とかしてご覧いただきたい逸品であります。


『弁慶外伝 沙の章』(サンソフト スーパーファミコン用ソフト) Amazon


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2021.10.28

武内涼『源平妖乱 鬼夜行』 最終決戦! 義経・静vs黒滝の尼!

 平安時代末期、歴史の陰で暗躍する邪悪な血吸い鬼・不死鬼と殺生鬼に命がけで挑む、源義経ら影御先の死闘を描くシリーズ第3弾であります。多大な打撃を受けながらも邪鬼たちの陰謀を阻んできた影御先が、邪鬼の首領・黒滝の尼と京を舞台に繰り広げる最後の死闘の行方は……

 歴史の陰で生き続けてきた血吸い鬼の中でも、邪鬼と呼ばれる殺生鬼(人を吸い殺し仲間を増やさんとする血吸い鬼)と不死鬼(一度死んだ殺生鬼が復活し邪悪な力を得たもの)を相手に、命がけの戦いを繰り広げてきた戦士たち「影御先」。
 師と恋人を殺生鬼に殺されて影御先に加わった源義経は、これまで京と信州で二度に渡って邪鬼たちの邪悪な企てを阻んできました。しかしその代償は大きく、畿内と濃尾、そして赤城の影御先は数人を残して壊滅。義経も邪鬼たちの首領にして不死鬼・黒滝の尼に大打撃を与えたものの、新たな恋人・氷月は殺生鬼に変えられることになります。

 満身創痍で影御先の神宝を守り抜いたものの、黒滝の尼が報復で母・常盤御前を襲うと知り、京に向かう義経。その頃京では、かつて畿内の影御先として義経とともに戦った磯禅師と静が邪鬼たちと戦い、偶然常磐を救うことになります。
 そして伊吹山で、邪鬼を祓う秘宝の一つ・神変鬼毒酒を作る条件となる龍気が吹き出していることを知った磯禅師。しかし伊吹山では、黒滝の尼がこの龍気によって傷を癒やすために潜伏、戦力を集めていたのです。

 京で静たちと再会し、再び邪鬼たちとの戦いを続ける義経。しかし義経の前には氷月が、そして静の前にはかつて友人だった少女・庭梅が殺生鬼となって現れ、二人を悩ませることとなります。
 さらに邪鬼たちのみならず、力に憧れる人々をも戦力に加え、猛攻を仕掛ける黒滝の尼。一方、京より西を守る山海の影御先のお頭(その意外な正体に仰天!)は決戦を決意、かつて義経と共に戦った木曾義仲と巴、さらに義経といえば――のあの人物も参戦、総力を結集して伊吹山に向かうのですが……


 と、これまでの二作で描かれてきた物語の総決算として、最大最後の決戦が繰り広げられることとなる本作。とにかく冒頭から結末まで、ほとんど全編に渡ってバトルバトルバトル――人間vs不死鬼、人間vs殺生鬼、人間vs餓鬼(ゾンビ)、さらには人間vs人間と、それぞれに趣向を凝らした死闘が描かれることになります。
 シリーズ第1巻『不死鬼』の解説にあるように、吸血鬼時代劇は結構な数があるのですが、ここまで戦いそのものをクローズアップした作品はこれまでなかったと言えます。

 しかし本作での影御先と邪鬼の戦いが、これまで描かれてきたものと大きく異なるのは、邪鬼の側に味方する人間たちの姿があることでしょう。もちろん、これまでも不死鬼の術に操られ、影御先に敵対する者たちはいました。ところが本作に登場するのは、ある意味自主的に邪鬼に味方し、その眷属になることを望む者たちなのです。

 何故、わざわざ人間であることを捨て、邪鬼になろうとするのか――それはこの時代の有様に原因があります。
 本作の舞台となるのは、まさに平家がその権勢の絶頂を極めていた頃――庶民の多くが餓えや病に苦しんでいる中で平家一門が権力を独占、さらに禿たちを町に放って不満を持つ者たちを弾圧していた時代であります。

 平家にあらずんば人にあらずという時代、まさに「人」にあらずとされた者たちが救いを求めて、人を超えた力を持ち、人の則を外れた存在になることを望む想いは、なるほど理解できないでもありません。
 しかし作中で義経が喝破するように、それはさらなる地獄の始まり――救われるために力に頼り、則を踏み外した者に待つのは、結局は救いなどではなく、永遠に力と欲望に溺れ続ける餓鬼道のみなのであります。

 それでも、他の人間を文字通り食い物にしてでも、人間であることを捨ててでも生きようとするものがいる――それはひどく苦い「現実」ではあります。しかしだからこそ、そんな世界を変えようと戦い続ける義経が、そして己の中に流れる血吸い鬼の血と対峙し続ける静が、本シリーズの主人公として輝くのでしょう。
 そしてそれは、あたかもこの「現実」と鏡合わせのように感じられる今という「現実」を生きる我々にとって、一つの希望として感じられるのです。


 さて、本作において一つの戦いは終わり、義経も新たな道へと歩みだすことになりますが――これで邪鬼との戦いが終わったわけではありません。いまだ妖しい動きを見せる敵、そしていまだ解決していない因縁――この先の物語にも期待してしまうのであります。


『源平妖乱 鬼夜行』(武内涼 祥伝社文庫) Amazon

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2021.10.27

白石純『魍魎少女』第7巻 最後の戦い 交錯する共感と最大の秘術と

 七つに裂かれた肉体を求める不死者と、その弟子の戦いもいよいよこの第7巻にて完結。不死者たる雪之丞と八房、その弟子である林檎丸とチカ――ついに余人を交えず激突する両者のその結末は、そして八房の秘められた想いとは……

 数百年前にともに不死者となりながらやがて道を違え、八房によってその肉体を七つに裂かれた雪之丞。彼が作り上げた魍魎少女・林檎丸の長きに渡る戦いの末、大正時代に至り五つまで体は集まり、そして女学校の地下に埋められていた首も、ついに雪之丞のもとに戻ることとなりました。
 そこに急襲した大陸からの第三勢力・饕餮との死闘も決着し、これまでの戦いを助けてきた協力者たちも遠ざけて、ついに当事者たちの最後の戦いが始まることになります。

 無数の魍魎を、すなわち異能力を自在に操る雪之丞と八房、そして不死身の肉体と凄まじい戦闘力を持つ林檎丸とチカ。師匠同士と弟子同士、それぞれ天敵というべき者たち――いよいよエスカレートしていく人知を超えた者たちの死闘ですが、しかしその戦いには、宿敵同士のそれとは言い難い色合いが交じることになります。

 それはある種の共感――友情とすら呼べるような感情。もちろん、かつては親友同士であった雪之丞と八房の間に、それがあるのは当たり前といえば当たり前ですが、林檎丸とチカは、今の師匠同士の仲を引きずって敵同士でしかないはず。
 しかし、そんな二人の関係性の変化は、これまでの物語の中で少しずつ描かれてきました。最初は純粋な敵として、次にはそれぞれ全力を発揮してやり合える好敵手として。そして今はこの世に二人とない存在として。

 それでも、林檎丸はチカを殺す(「倒す」ではなく)しかありません。何故ならば、チカを不死の存在たらしめている心臓こそは、雪之丞の最後のパーツなのですから……


 そんな複雑な想いを込めた弟子たちの戦いの一方で、師匠たちの戦いも、また別の複雑な様相を呈することになります。

 この戦いが始まる前に、チカが敵であるはずの雪之丞に対して託したもの――それは八房の最大の秘術ともいうべき、魍魎第二千番「落日」を使い続けることを止めてほしいという願い。
 「落日」自体は、以前に米津先生の能力で空高く浮いてしまった家が落下するのを止めるのに使われましたが――その際は時間停止系の能力と思われた、この「落日」の真の能力とは何なのか、そして何故チカはそれを止めるように願ったのか?

 それはここでは伏せますが、まさにそれは本作最後の最後の大ネタ(初登場時に伏線もきっちりと示されていたのに驚かされます)というべきもの。もっとも、それであってもいささか唐突という印象はなきにしもあらずですが――しかしこれは展開的にやむを得ないかもしれません。

 少なくとも、ここに来て、本作の舞台となるのがこの時代である意味を、はっきりと示してみせたのですから……
(逆に言うと、もっと早く明らかになっていたら結末が読めてしまったということでもあるのですが)


 そして物語は一つの終わりを迎えます。その先にあるもの、それは――本作の終わりにある意味相応しいものといえるでしょう。彼らは今でもどこかで賑やかに戦っている――そう思えるのは、なかなかよいものであります。


『魍魎少女』第7巻(白石純 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2021.10.26

赤名修『賊軍 土方歳三』第5巻 会津候暗殺作戦! 救い主は誰だ!?

 戊辰戦争における土方歳三と新選組の奮戦を通じ、歴史に残らぬ陰の戦いを(も)描く本作。会津を封じるために薩摩の大久保利通が打つ手に土方は対応することができるのか。そして劣勢が続く旧幕府軍に訪れた、意外な挽回の機会とは――この巻でも意外また意外な展開の連続であります。

 寛永寺の輪王寺宮を東武皇帝として戴く東北王朝の樹立により、新政府軍と対等の立場に立とうとする旧幕府軍の企て。薩摩の陰謀により、市村の奮戦虚しく東北王朝の太政大臣・九条道孝が奪還されたことにより、状況は大きく不利に傾きますが、さらに薩摩の攻勢は続きます。

 旧幕府軍、そして奥羽越列藩同盟の中核である会津藩を潰すため、現会津藩主である松平喜徳の暗殺を目論む大久保利通。この計画を察知した土方は、ある策を以てこれに対抗することになるのですが――その策自体はそこまで意外ではないものの、それに協力する人物には少々驚かされます。
 なるほど、既に顔見せは済ませているのですが、幕末ファン向けの目配せと思ったものがここで生きるか――と感心すると同時に、会津士魂の凄まじさを見せつけられた思いがあります(尤も、それがこの後の悲劇を招くのですが……)

 しかし大久保の策は、実はここからが本番。喜徳暗殺は実は陽動、土方が安心したその隙を突いて大久保が狙う真の標的とは、そうあの人物であります。土方も沖田も山口も動けず、完全に空白になった会津に迫る魔手に、如何に抗するのか――と、この辺りの展開は大いに気を持たせてくれます。
 が、そこで颯爽と登場する救い主とは――というのが、考えてみればそれしかないという答えなのですが、やはり豪快かつ大いに盛り上がる、実に本作らしい展開。さらにそこに添えられた土方の○○が――などと来たら、ここまでやるかと思わずニッコリしてしまうほかありません。

 そしてその助っ人もさることながら、やはり痺れるのは、その薩摩の陰謀に関わる情報を引っさげて登場したからす組・細谷十太夫の存在感であります。前巻でも颯爽と市村を救出しましたが、今回もほとんど仕事人のようなスタイルで傍若無人な官軍を片付けたと思えば、何と土方とは過去に意外な接点が――と、美味しいところを総取りのこの人。
 元々主役級に面白い人物ですが、ここでの勇姿には、まだまだその活躍を見てみたい、と思わされてしまうのです。


 しかし、裏の戦いが丁々発止と繰り広げられる一方で、表の戦いでは奥羽越列藩同盟はどうにも苦戦。しかしそんな土方の前に、意外な人物が登場することになります。その名は「平松武兵衛」――わかる人にはわかるその人物が持ってきたのは、何とあの鉄血宰相ビスマルク率いるプロシア軍という驚くべき援軍の報でありました。
 あまりにも意外すぎるものの、確かにこれほどの助太刀が加われば大逆転も夢ではありません。しかし大逆転にはそれなりの対価が必要。それは――というところで、後のあの出来事に繋がって来そうな展開も興味深いのですが、まず土方は目の前の苦境をどうにかしなけれればなりません。

 薩摩の伊地知と土佐の板垣(これがまたびっくりするほど美形)、新選組憎しで手を組んだ猛将二人の総攻撃の前に、新選組は潰走寸前。それでも状況を打開すべく奔走する土方ですが、これに対して松平容保はある決断を下すことに……


 と、個々の局面では土方たちが奮戦するものの、歴史の流れはもちろん変えるべくもなく、あの悲劇へと突き進んでいく物語。はたして土方はその悲劇とどう向き合うのか、そしてどう乗り越えるのか?
 本作らしい意外史に期待したいところですが、さて……


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2021.10.25

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第5巻 決戦、人斬りチーム+1 vs 逸番隊!

 幕末に血刀を振るう万次の戦いも、この巻で一つのクライマックスを迎えることになります。護送中の「岡田以蔵」奪還に向かった万次と龍馬の前に現れた奇怪な影。河上彦斎と本物の以蔵も加わっての逸番隊との総力戦の果てに待つものは……

 龍馬そしてなりゆきから河上彦斎と共に京に戻り、捕らえられた以蔵を救出するために天王山に向かった万次。しかしそれは龍馬をおびき出すための罠、彼らの前に現れたのは、不死の怪物に改造された芹沢鴨改め鴨壱號であります。
 さらに逸番隊側は隊長・山南と、凶人・大久能が出現、その一方で大久能に反発して逸番隊を抜けた本物の以蔵も駆けつけ、人斬りオールスターズ+龍馬vs逸番隊の決戦が始まることに……

 というわけで、以前描かれた池田屋事件がある意味表の剣士たちの戦いだとすれば、今回描かれるのは、人斬りたちと不死身の肉体を持った者たちという、二重の意味で裏の剣士たちの戦い。
 万次&以蔵vs鴨壱號、彦斎vs大久能、そして龍馬vs山南――いずれをとっても本作屈指のゴールデンカードが惜しげもなく投入され、本作ならではの壮絶な剣戟が繰り広げられることになります。

 その中で異彩を放つのは、やはり鴨壱號。自分以外は全て敵と言わんばかりに(所司代の兵すら)蹴散らす狂気の人間兵器である鴨壱號は――実際の繋がりは明確ではありませんが――本編の不死力解明編のラストで暴れまわった鵺一号の発展型を感じさせる存在であります。
 そしてその素体は芹沢鴨、ということで元々の肉体の能力も高い。鵺一号は四人がかりでやっと倒せた強敵でしたが、鴨壱號もこのオールスターズを向こうに回して大暴れすることになります。
(それでいて、妙なところで芹沢の記憶が残っているのがなんとも――なのですが)

 その一方で、ある意味意外な顔合わせとなるのは山南敬助と坂本龍馬。一見接点のなさげな二人ですが、山南は北辰一刀流の免許皆伝という説があり、それを踏まえて二人は旧知の間柄であったというのが本作のユニークな設定であります。
 同門で剣を学び、理想を胸に己の道を――本作の山南は仙台藩脱藩説を採用しているので、その意味でも龍馬と並ぶ立場であります――行った二人が、それぞれの立場で激突する。龍馬はそれをむしろ痛快と評しましたが、しかし今の山南の立場を考えれば、歴史の表と裏に分かたれた者同士の激突として、ある種の哀しさが漂うように感じられます。


 そしてこの戦いがどのように結末を迎えるのか――その詳細には述べませんが、ここに万次たちと逸番隊の戦いには終止符が打たれることとなります。

 そしてそれに続いて禁門の変が――奇しくもというべきか、先の決戦の地であった天王山も舞台の一つとして――勃発し、長州軍は敗退。そしてその煽りを受けて京は焼け野原となるのですが――斬り合いではなく「戦」というものを目の当たりにした万次の述懐は、本編にはなかった、本作ならではのものとして注目すべきでしょう。

 そしてそんな万次の想いに応えるように現れたのは、お懐かしやのあの人物。この人物と万次の会話の内容もまた、ある意味『無限の住人』という作品の根幹に関わるものであるといえます。
 そしてそれと同時に本編と異なり、ある意味歴史の表舞台に立つ(関わる)本作の万次の立ち位置を確認するものであるのも、また興味深いところであって――この巻の結末のまとまりの良さも考えると、ここで物語は一つの区切りを迎えたと言って良いように感じられます。
(極端な話、ここで完結してもある意味納得できるほどに)


 もちろん、本作の物語はまだまだ続くのでしょう。しかし戦うべき敵を倒した万次がこの先どこに向かうのか――その中で本作が何を描くのか。そして何よりも、本作が幕末のどの時点までを描くのかが、今は気になるところです。(上で触れたこの巻の結末も、ある意味その伏線といえないこともないように思えるのですが……)


『無限の住人 幕末ノ章』第4巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

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2021.10.24

『半妖の夜叉姫』 第28話「産霊山の結界」

 吸妖魂の根を求めて産霊山に踏み込んだとわたち三人。しかし妖力による結界にとわとせつなは閉じ込められ、霊力を持つもろはだけが妖霊樹の前にたどり着く。そこで眠りについていた麒麟丸の娘・りおんから結界の存在を聞くもろは。一方、とわとせつなは、結界の中である問いかけを受けていた……

 様々な秘密が明らかになった前回以上に、ある意味重要なシーンが目白押しの今回。冒頭で描かれるのは、OPに登場している謎の少女・りおんのおそらく夢の形で描かれる、かつての犬の大将と麒麟丸の対決であります。彼女の眼前で繰り広げられる一進一退の戦いは、犬の大将が麒麟丸の右腕を斬って決着するのですが――何故とどめを刺さぬと激昂する麒麟丸に対し、「童が見ている」と大塚明夫声で答える大将はあまりに格好良く、是露が粘着するのもわかります。(しかし片角で理玖が生まれるなら、片腕だったら――という疑問は最後に解明)
 今の夜叉姫たちに負わされた傷をむしろ喜ぶような、大物然とした姿からは想像できないほど粗っぽかったかつての麒麟丸は「もー何アイツ! 世界中巡ったけど初めて負けた!」と周囲に当たり散らし、今日の屈辱を忘れないためと称して理玖を作り出すのですが――是露の小言聞き係にされたり、麒麟丸の右腕を捨てに行かされたりと、いきなりロクな扱いを受けません。そして理玖が右腕を捨てた井戸、どこかで見たような……

 さて、そんな過去の話はさておき、産霊山にたどり着いた三人が見たのは、巨木を中心に木々に張られた注連縄という、射影機でも持ってきた方がよさそうな見るからにヤバげな結界。それでも例によって踏み込んだ三人は、これまた例によって三人バラバラになることになります。
 麒麟丸の声で護りたいもの、そして捨て去るものものはあるかと謎の質問を投げかけられた末、かつて自分が暮らしていた現代の精巧なコピーに投げ出されるとわと、時代樹に封印されたりんの前に現れるせつな。その一方、親譲りの霊力のおかげで何事もなく結界を抜けたもろはは、妖霊樹の前で眠るりおんと何となく眠り姫チックなシチュエーションで出会うことになります。そしてもろはは、りおんから結界の存在を聞かされ、二人を助けるために彼女が作り出した回廊に飛び込むことに……

 回廊の中で放った破魔矢に引っ張られる形で過去と未来、あの世のこの世の境を飛び抜けるもろは。その最中に彼女が垣間見たのは、黒真珠に吸い込まれてあの世とこの世の狭間をさまよう犬夜叉とかごめの姿――おそらく時間の流れが違うのか、昔とほとんど変わらぬ姿の二人の姿に涙を流すもろはと、大きくなった娘に目を細める二人の姿は、ある意味今回のハイライトでしょう。

 その頃、時代樹の精霊と出会い、ここに封印されていたのが自分の母であると聞かされるせつなは、かつて母から聞かされた曲をバイオリンで演奏(冷静に考えると妙なシーンなのに、妙に美しいシチュエーション)。もろはと彼女に拾われたとわもそこに合流したところで、せつなは時代樹の精霊から、母を救うには所縁の断ち切りでりんと是露の縁を斬れば良いと聞かされるのでした。
 そして結界から抜け出し、改めて対面したりおんから、自分が麒麟丸の娘であると聞かされる三人。彼女たちに、りおんは躊躇いもなく吸妖魂の根を差し出すのでした。

 一方現代、日暮神社を訪れる希林先生。骨喰いの井戸を通り抜けてきたという彼の正体はやはり……


 というわけで、間違いなく重要キャラであるりおんの登場もさることながら、夜叉姫たちがそれぞれの親と再会するという泣かせるシーンが描かれた今回。りんを呪いから救うのに最大の障害であったりんと是露の縁を断ち切る手段も語られましたが、こちらも見事な答えで思わず膝を打ちました(本筋に関係なさそうだった前々回での描写が一つの伏線となっていたとは、やられました)。

 しかし、周囲に止められても、本人に嫌がられても戦いの場に麒麟丸が連れ歩いていたはずのりおんが、何故産霊山で眠りについていたのか。そしてようやく正体が判明した希林先生の方でも、何やら歴史改変の存在が匂わされ(単純に四魂の玉の存在が後世から消え去っただけ?)、まだまだ謎は尽きない様子であります。
 まあ希林先生の場合、一体どうやって先生になったのか、という方が謎かも……


関連サイト
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2021.10.23

高橋留美子『MAO』第10巻 幽羅子の罠、白眉の目的

 ついに単行本巻数二桁に突入しつつも、まだまだ謎は深まるばかりの大正伝奇ホラー『MAO』。この巻では謎の妖女・幽羅子と摩緒との因縁が、そして新たな敵との死闘が描かれることになります。次々と現れる新たな術者の陰にいるのは誰か、そしてその目的とははたして……

 金の術者・白眉の配下である呪具・傀儡の針使いの少女・かがりに捕らわれた菜花。彼女はかがりの背後に潜んでいた謎の女・幽羅子と対面し、その過去を聞かされることになります。
 幼い頃から地下に幽閉され、御降家を狙う呪いを引き受ける器として生かされてきた幽羅子。そんなある日、偶然封印から逃れて外に出た彼女は摩緒と出会い、いたわりの言葉をかけられていたのであります。

 前巻で語られた部分も含め、あまりの無残さに粛然とならざるを得ない幽羅子の壮絶な過去。そしてそんな彼女にとって、摩緒が示した優しさが――たとえ彼がそのことを完全に忘れていたとしても――唯一の支えであったことを知った菜花は、その想いの深さに圧倒されることになります。

 そんな幽羅子に対して、読者であるこちらも思わず同情の念を掻き立てられてしまうのですから、菜花のこのリアクションも当然というべきかもしれません。しかしそこで、華紋が意外な言葉をかけることになります。
 そしてその言葉が明らかにする罠(?)の存在には、自分もまた見事にそれに囚われただけにアッと驚かされますし、そしてそれを飄々と解き明かしてみせる華紋のキャラクターも面白い。本作の一筋縄では行かない内容を、ここでも再確認させられました。


 そして摩緒への菜花のモヤモヤは変わらぬまま、帝都で起きる新たな怪事件――それは、全く火の気のないところで、人間一人があっという間に焼死体と化してしまうという奇怪な人体発火事件であります。
 その背後に新たな呪詛の存在を感じ取り、犯人が残した手がかりからその正体に迫る摩緒と百火。しかしそれは新たな戦いの幕開けに過ぎなかったのです。

 ――これまで作中に登場してきた術者は、大きく二つに分かれます。一つは平安時代から生き続けてきた、摩緒と五人の兄弟子たち、御降家直系の人間(そこにはもちろん、前巻で奇怪な過去が明らかになった夏野も含まれます)。
 もう一つは「いま」すなわち大正時代の人間でありつつも、御降家の呪具の力を得たかがりや双馬、そして今回登場した新たな術者のような人々であります。

 この後者に属する者たちが、いずれも摩緒や菜花たちと敵対していることを考えれば、その背後にいるのが、白眉(と不知火)であることは明白でしょう。しかし白眉がこのように配下を増やすだけでなく、摩緒に眠る猫鬼の力をも手に入れんとしてきた、その真の目的は何なのか――それがここで明らかにされることになります。
 その真実には疑問(何故今なのか、という点など)もあるものの、なるほどと納得させられるものであることは事実。しかし同時にそれは、断じて許してはならない目的でもあります。

 そしてそんな白眉という人物の何たるかが明らかになっていくと同時に、彼のライバルというべき百火というキャラクター像も深堀りされていくのも、また面白いところであります。
 これまでの出番においては、喧嘩っ早くてお調子者で、親しみやすいけれどもちょっと頼りにならないという、いかにも高橋留美子作品の定番キャラという印象の百火。しかしここで描かれる彼の姿とその過去は、そんな印象を少しだけ変えてくれたようにも感じられます。


 この巻でもまた少し謎が解け、そして同時にさらに物語世界に厚みが増してきた本作。しかしまだまだ謎は多く、そして敵の数も尽きません。
 この巻の終盤で描かれる「血の流れない」殺人事件、その犯人もまた、摩緒たちに敵対するものなのか――力を増すばかりの白眉陣営に、この先はたして摩緒たちが抗し得るのかも含め、気になることだらけの本作であります。


『MAO』第10巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2021.10.22

『MARS RED』 第13話「弱きもの、汝の名は」

 幸せな、しかしあり得ないもう一つの人生の夢を見ていた前田。しかし現実では、前田は東京駅前で秀太郎と死闘を繰り広げていた。葵の見守る中、人知を超えた戦いを続ける二人。タケウチたちの東京脱出計画が進み、金剛鉄兵たちが暴走していく中、二人の戦いの行方は……

 中島中将から岬を嫁にもらって欲しいと頼まれ、山上に心からの祝福を受ける前田。中島邸を訪れればそこには岬の笑顔が待ち、部下の森山も顔を見せる――冒頭で描かれる、かつてあったような、しかし決してあり得ない前田の幸せな日常。前田は生前の岬に会っておらず、この後に描かれるように、前田が岬のサロメの舞台を目にすることもなかったのですから……
 そう、これは朦朧としたまま、前田が見ている夢。現実の彼は、人気のない夜の東京駅前広場で、秀太郎と戦っているのです(ちなみに本作のヴァンパイアは冬に吐く息が白くなるのですね……)

 己の意識を失ったまま、ただヴァンパイアたちに対して刃を振るい続ける前田――その前田を放置しておけば、列車で東京を脱出しようとしているタケウチやヴァンパイアの子供たちら、天満屋に身を寄せていた人々にまで害が及ぶ。それを防ぐため、秀太郎はかつての上官に刃を向けているのであります。
 そして秀太郎を追って駆けつけた葵と、東京駅のドームの上に立つデフロットの見守る前で――いや葵の目には留まらぬ高速で、激しくぶつかり合う二人のヴァンパイア。もちろん秀太郎はA級のヴァンパイア、しかし前田もS級のデフロットに血を吸われたことからおそらくA級、そして人間の頃から異常な強さを誇る人物でありました。そんな前田に全力を尽くしながらも圧倒される秀太郎ですが、刀を弾き飛ばされてもスワの二丁ナイフで受け止め、拳銃を連射し(しかしそれを全弾斬る前田)、タケウチ製の閃光弾で目を眩まし――持てる手段は全て使い、秀太郎は前田に抗います。

 その死闘の中で徐々に己を取り戻していく前田。かつて自分を甘いと一蹴した前田に対し、甘いからこそ人間なんだと言い切り、最後の一撃を放つ秀太郎。前田の刃に首筋を断たれつつも秀太郎の刃は前田を貫き――そして前田は完全に己を取り戻します。
 そして秀太郎に後を託し、「これにて任務を終了します」の言葉を遺して朝日の中に消える前田。その場所は、奇しくも岬が燃え尽きた場所と重なっていて……

 しかし、戦いはこれで終わりではありません。前田の存在に惹かれてきたか、暴走しながらも集まってきた金剛鉄兵たちとヴァンパイアたち――彼らを前に深手を負った状態の秀太郎は、葵に対して意外な願いを口にします。君の血が欲しいと。
 ヴァンパイアになってから今に至るまで、血を口にしていなかった秀太郎。前回、冗談めいて血を口にすることを勧めた葵ですが、しかし今や彼にとってそれがいかなる意味を持つか――それは葵にも痛いほどわかります。それでも、葵は己の手を秀太郎の刃に滑らせ、その血を秀太郎に与えます。そしてそれを口にした時――遠く離れたタケウチやスワたちにすらわかるほどの気を迸らせる秀太郎。しかしそれでも彼は己を失うことなく、零機関の戦士としてヴァンパイアたちに向かうのでした。そして……

 その翌夏か、浴衣で東京駅前に花を供える葵。おそらくはもう少し先の時代、異国の雑踏を歩くスワと彩芽。ほとんど現代、ファミコンに興じる子供のヴァンパイアたちを見守るタケウチ。そして現代――夜景を前にしたデフロットの言葉で物語は終わることになります。「弱きもの、汝の名はヴァンパイアなり」と……


 というわけで、大団円を迎えたこのアニメ版。私は恥ずかしながらまだ朗読劇版を観ておらず、それをベースとしたという漫画版を読んだのみですが、そちらの結末を中間地点として、その先に全く異なる物語を描いてみせたのには大いに驚かされました。

 しかし正直なところ、後半部分が長すぎる(というより前半部分が短すぎる)という印象は否めません。
 その一方で、秀太郎たちが関東大震災という天災に流される形で終わりを迎えた漫画版に対し、その後の人の愚かさが引き起こした人災に立ち向かい、その中で秀太郎が人間でありヴァンパイアである自分自身を見出す姿を描いてみせた点で、このアニメ版の物語にも、大いに納得できたところではあります。

 今ひとつ存在感の薄かった葵が、最後の最後で大きな大きな意味を持つのも巧みで、新たなヴァンパイアヒーローの誕生を描くかのようなこのアニメ版の結末は、これはこれで良いものであったと、終わってみれば感じた次第です。


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2021.10.21

皆川亮二『海王ダンテ』第13巻 さよならダンテ そして物語から歴史へ

 ついにダンテの冒険も、この第13巻にて結末を迎えます。人を超えた力を求めた末にに、己の肉体をモーセに譲り渡して海王と化したダンテ。ついに完全復活を遂げた地球意志の代行者・モーセの力の前に、人間は滅びるしかないのか? そしてダンテの運命は? 最後の戦いが始まります。

 地球意志の代行者にして裁定者たるドゥランテ――その一人であるモーセの魂の器として、育ての父であるコロンバスの悪魔の実験の末に、自分が生み出されたことを知ったダンテ。
 しかしそんな残酷な真実にももはや彼の心は揺れない――はずが、祖国イギリスの清での非道な行いを知り、それに対する行動がきっかけで捕らえられ、残酷な拷問の果てに親友・パトリックの命が奪われたことから、ダンテは己の無力さに絶望することになります。その果てに彼は力を求め、己の中に眠るモーセに肉体の主導権を譲り渡すことに……


 という最悪の展開で終わった前巻。いよいよ完全復活を遂げた海王ダンテ、いや魔人モーセは、その超絶の力を振るい、周囲一帯を瓦礫の山に変えるのですが――もちろんこれは単なるウォーミングアップに過ぎません。
 彼の真の目的は、三千年前に滅ぼし損ねたアトランティスの壊滅であり――それだけでなく、自らの産みの親である地球意思の元に帰還し、この地球上の文明そのものをリセットすること。つまり、ここでモーセを止めることができなければ、今の人間の文明そのものが滅びる――その絶対の危機を阻む者が果たしているのでしょうか?

 いや、まだ人間は絶望していません。そこに駆けつけたのは、地球脱出を目前としていたアトランティスの民たちに、ナポリオと「構成」の書、そしてオルカとティーチ、アルビダら不死者たち。さらにダミアンやジョゼと「生命」の書が、自分たちにできることを為すべく動き出します。
 そしてダンテにとっては常に冒険の相棒であった「要素」の書が、さらには人類に復讐するための道具としてダンテを生み出したはずのコロンバスまでもが、モーセを阻み、ダンテを助けるために立ち上がったではありませんか!

 というわけで、ここに至り展開するのは、これまで登場したメインキャラ総登場での大決戦。それぞれに新兵器やパワーアップ(絶対アレ、再登場すると思った……)を引っさげて駆けつけた、個性的極まりない、そして何よりも頼もしい面々の呉越同舟の戦いには、胸が熱くならないはずがありません。
 特にコロンバス――人間に絶望した末にこの事態を招いた、諸悪の根源ともいうべき人物が、その夢が叶ったまさにこの時、「親」としての顔を見せて立ち上がる姿は、強く印象に残ります。矛盾といえばこれ以上矛盾したものはありませんが、それこそが人間であると、彼の姿は示しているのですから。

 しかしもちろん、この戦いの主役はダンテ本人であります。最後の敵がダンテの肉体を使っている以上、その復活は、そして肉体の奪還は容易なことではありませんが、しかし彼自身が、彼自身の魂が復活し、そしてモーセの魂を打ち破らなければ、この戦いは終わらないのですから。
 はたして、この戦いの行方は如何に、そして最後に待つものは……


 と、世界を股にかけた大冒険活劇の結末に相応しいド派手な大決戦が描かれたこの最終巻。もちろんそれだけでなく、最後に勝つものは人間の魂――人間の善き部分を信じる魂というのも、定番ではありますが、やはり気持ちの良いものがあります。
(とはいえ、ダンテの意識を蘇らせるシチュエーションは、その結末も含めて既視感があるような……)

 そしてその果てに待ち受けている結末は、正直なところ少々意外、かつ大いにほろ苦いもの――というかモーセはもうちょっとサービスしてくれても――ではあります。
 しかしこれらは全て、ダンテの物語からの決別を示すためのものなのでしょう。そう、本作の結末は、ダンテという少年の冒険が終わり、ホレイショ・ネルソンという人物の歴史の始まりを告げるものなのですから……


 ネルソンやナポリオといった実在の人物を中心に据えつつも、自由奔放に大伝奇活劇を展開してみせた本作。歴史と伝奇の間を巧みに縫ってみせた快作でした。


『海王ダンテ』第13巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon

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2021.10.20

速水螺旋人『靴ずれ戦線 ペレストロイカ』 魔女と共産主義者、大祖国戦争をいく

 そのミリタリーを中心とした知識の該博さ、そして可愛らしい絵柄とコミカルで時にシニカルな作風が強く印象に残る作者が、第二次世界大戦中のソ連とドイツの戦い――大祖国戦争を題材に、見習い魔女とソ連軍の女性将校の奇妙な戦争を描く、ロシア伝奇とでもいうべき極めてユニークな連作です。

(この先、物語の詳細に触れる部分があるのでご注意下さい)
 大祖国戦争開戦直後の1941年、魔女バーバ・ヤガーの鶏の足の上に立つ小屋を訪れたソ連内務人民委員部 (NKVD)のナージャ。従軍指令を携えてきたナージャに様々な試練を課すバーバ・ヤガーですが、ナージャは外の世界に憧れる見習い魔女・ワーシェンカに助けられるのでした。
 結局手助けが露見したのをきっかけに、ナージャとともに従軍することとなったワーシェンカ。それから1945年のベルリン陥落に至るまで、二人の奇妙な戦争は続くことに……

 というわけで、東部戦線を転戦する二人の珍道中が連作形式で(冒頭と結末以外の時系列はバラバラに)描かれる本作。
 共産主義者という合理性バリバリのナージャと、非合理の塊のようなワーシェンカ、水と油の二人の掛け合いによって、冒頭に触れたような作風の作者らしいミリタリーコメディが展開するわけですが――当然ながら見習い魔女がいる以上、それで終わるはずもないのであります。

 実は彼女たちの前に現れるのは、ドイツ軍だけではありません。各回のゲストとして登場するのは、妖怪や魔物、神霊や伝説の英雄たちといった存在の数々。時に戦争に巻き込まれ、時に戦争に首を突っ込み、あるいは戦争とは無関係に平常運転で暴れ――と、それぞれにその個性的な性格と能力を活かして、二人を悩ませたり助けたりとするのです。

 そして感心させられるのはその顔ぶれの多彩さであります。ドモヴォーイやルサールカ、キキーモラなどの比較的メジャーな妖怪や、イリヤ・ムーロメツや聖ゲオルギイといった英雄の辺りはこちらも何とか知っていたのですが――聖カシヤーンや不死身のコシチェイといった魔物(?)たちには、「そんなのもいるのか!?」と驚かされるばかり。
 あるいは一番メジャーかもしれない「ニコライ・ワシーリエヴィチの怪物」が、実は架空の存在だったというのが一番驚かされましたが……(だから本作の中では番外編扱い)

 ちなみにドイツはさすがオカルト帝国らしく、ヒムラー直属の魔女が登場、物語を通じてワーシェンカのライバルとして彼女を付け狙うのも楽しいところであります。


 そんな伝奇もの、民俗ものとして非常に楽しい本作なのですが――しかし同時に、戦争ものとして、その負の側面をも克明に描いていくことになります。

 例えばウクライナで妖怪たちの群れから逃げ出した二人が出会ったのは、ドイツ兵に連れられて何処かへ行く、胸にダビデの星を付けた人々(ちなみにナージャはユダヤ人という設定)の行列だった――というエピソード「旅路」。
 あるいは、ワーシェンカが一目惚れして苦労して救い出した青年が、その次の回であっさり戦死し、ワーシェンカが「死」と競争をして彼を助け出そうとするも――という「死の勝利」(ここで「死」が用いる乗り物に絶句)。

 人間が戦争の中で繰り広げる数々の暴虐や愚行、そして戦争の中であっけなく失われていく命――本作がファンタジックで、コミカルであるからこそ、時にフッと描かれるそれらは、より一層鋭くこちらの胸に刺さるのであります。
 もっとも、それだからこそ最終話の展開が、何とも痛快かつ(一種の人間性の勝利として)感動的なのですが……


 全2巻と分量は多くはありませんが、内容は実に濃い本作。この『靴ずれ戦線 ペレストロイカ』は完全版というべき内容ですが、電子書籍化されており、入手しやすくなっているのもありがたいところです。


『靴ずれ戦線 ペレストロイカ』(速水螺旋人 徳間書店リュウコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon

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2021.10.19

「コミック乱ツインズ」2021年11月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2021年11月号の紹介の後編であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『カムヤライド』(久正人)
 父王の命で、伊勢のヤマトヒメのもとに向かったオウス(ヤマトタケル)とオオウス。彼に対してヤマトヒメが語るのは、ヤマト族の真の歴史、いわば真古事記(!)だったのであります。

 200年前の天孫降臨――宇宙からの「もの」の落下時の爆発によって大打撃を受けたヤマト族。しかしそれは始まりに過ぎず、その落下によって汚染された土から生まれた国津神と、彼らによって土蜘蛛に作り変えられた人々によって、ヤマト族は滅亡の淵に追い込まれるのでした。最後の手段として、落下で生まれた穴の探索を行ったヤマト族は、その地下で落ちてきた「もの」の残骸を――骨と肉を発見することになります。
 重すぎる骨は残し、肉を回収したヤマト族が、木の柱を用いてその骨格を再構築して肉をまとわせ――作り出された巨人。そして後に初代大王となるイワレビコがそこに乗り込み、起動したヤマトオオクニタマは国津神たちを蹴散らし、一路東へ……

 と、光の巨人かと思ったらどちらかというと汎用ナントカ人型兵器だったヤマトオオクニタマ。しかし大変なのはそれから――ヤマトオオクニタマの中から現れたイワレビコは既に「人」ではなく、その後の大王たちにもその影響は遺伝したというのであります(こんなところで記紀での神代の天皇の長命ぶりをフォロー……)。ようやくその影響は収まったものの、国津神復活の兆しにヤマトオオクニタマの力を欲する大王たちは、様々な形で力を取り出すべく、実験を繰り返していたのというではありませんか。
 その一つが「彼」による「あれ」の試作試験、そしてもう一つは……

 と、ここに至り、オウスにまつわる黒い真実がほのめかされるのですが――最後の最後に真の爆弾が炸裂することになります。まさか!? と思いつつも、これまでの単行本を振り返ってみれば、確かに第5巻の冒頭辺りはどう見てもそれ。しかしだとしたら一体――次回は地獄が待ち受けていそうであります。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 前回、初陣で彼ならではの冷徹なロジカルさを発揮して見事に兜首を挙げた八郎。評定参加を許されて野望へまず一歩、その翌年には元服してついに直家誕生! ではありますが、まだまだ下っ端に過ぎません。
 そんな中に飛び込んできたのは、一足飛びに城主になるという絶好のチャンス、と言いたいところですが、逆に絶体絶命のピンチに。考えてみれば舞台は瀬戸内だったのだなあ――というところで次回に続きます。

 しかし本作の直家、いまのところまだそこまで黒いことを実行していないせいか、うっかり系策士というちょっと愉快なキャラになっているのが面白いところです。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 いよいよラスト2回となった本作。音羽の半右衛門を狙った切畑の駒吉と羽沢の嘉兵衛は、仲間割れと半右衛門の襲撃、そして梅安の仕掛けによって壊滅。一方、小杉さんは(名前とかちょっと気になるところもあるものの)念願の仕官を――と、万事丸く収まったように見えたものの、剣鬼・北山要之助が梅安を付け狙い……

 という、おそらくはこれが最後の戦いとなるであろう今回。正面きっての戦いではおそらく作中最強の要之助ですが、その彼がさらに不意打ちを仕掛けようというのですから、さしもの梅安の命も今度ばかりは――という場面からのこの展開は、さすがにこちらも完全に予想外であります。
 要之助にとってはもはや交通事故にあったような展開としかいいようがありませんが、彼が仕掛人である以前に剣士であったことぉ考えれば、この結末は、所詮外道は正道には勝てないということの象徴なのかもしれません。

 そしてそれを誰よりよく知るのは、やはり梅安なのでしょう。全てが終わった時、彼が選ぶ道は――次回最終回であります。


 というわけで次号では最終回の『仕掛人 藤枝梅安』が巻中カラー。また、久々にやまさき拓味『雑兵物語 明日はどっちへ』が掲載されます。


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2021.10.18

「コミック乱ツインズ」2021年11月号(その一)

 いよいよ今年もあと数ヶ月。「コミック乱ツインズ」2021年11月号は表紙が『侠客』、巻頭カラーが『鬼役』、特別読切で『戦国夢屋』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、将軍後継争いのもう一人の候補として、綱吉の遺児・柳沢吉里の名を吉宗から聞かされた聡四郎。今回は主人公サイドは一回お休みして、この柳沢と紀伊国屋サイドが描かれることになります。

 病床にありながらもなお気迫は衰えず、禁を破って聡四郎と私闘を繰り広げた永渕を叱責する柳沢吉保。永渕を退けた吉保が紀伊国屋に命じたのは、南蛮渡りの新式鉄砲――火縄式ではなく火打ち石式、すなわち標的に察知されにくいその鉄砲を使って狙う相手は……
 と、そんな「父」の狂った野望を探っていたのは吉里。実の父からつけられた甲州忍・一衛――面頬をつけて妙にキャラ立ちした彼の探ってきた計画に対し、吉里は紀伊国屋たちの排除を命じるのでした。
 一方、そんなこととは知らずに、木場で妙にゴツい配下・甚助と待ち合わせ、鉄砲名人の手配を命じる紀伊国屋。この甚助、そう言われるなり「的は止まっておりやすか それとも動いておりやしょうか」と訊ねる辺り、あからさまにカタギではありません。しかしそんな二人の会話を気付かれずに立ち聞きしている一衛も只者ではありませんが……

 というわけで、いよいよ最後の、そして愚かな手段に走ろうとする吉保の野望と、思わぬところから登場した新たな勢力が描かれる今回。しかしそれ以上に印象的なのは、紀伊国屋の姿でしょう。吉保の命に応じて陰謀を繰り広げる一方で、長年連れ添った妻と食卓を囲み、老後の暮らしを語る。店の者に店の運営を指示する――ある意味日常の姿なのですが、こういうところに(その後の甚助との会話を含めて)これまで彼の人生というものが窺われて、なかなかに味わいがあるのです。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 蒙古軍驚異の面白装備と人海戦術で、ついに城壁を乗り越えられてしまったビジャ。一度乗り越えられてしまえば次々と犠牲が出るわけですが、これはきっとインド墨家の新たな策があるに違いない! と思いきや、ブブ(とバッタ)がその巨躯を活かして普通に敵をぶちのめすのにはちょっと驚きました。

 結局戦いは水入りというか砂入りによって蒙古軍が撤退、ビジャは辛くも救われたのですが――むしろここからがブブの真骨頂が感じられることになります。
 蒙古軍の猛攻に意気消沈する人々を集めて、インド墨家のライブラリにある、過去のある戦のことを語るブブ。それはローマ軍に攻められたユダヤ人が山上の城に立て籠もったマサダの戦い――物量に物を言わせたローマ軍に対して、思わぬ形で対抗した人々の在り方を語ることで、ブブはビジャの人々に人としての誇りを持ち続けることの大切さを教えたのであります。(いささか不吉すぎる例ではありますが……)

 さらにオッド姫に人心鼓舞のため、自分の巨体を活かしてみせるブブ。彼の下でまだまだ戦い抜けそうなビジャですが、その陰では思わぬ陰謀が――というところで続きます。


『戦国夢屋』(三代目仙之助)
 タイトルどおり舞台は戦国時代、運に見放されてうだつの上がらぬ日々を送る鉄砲足軽の青年・宗十郎が、ある日出会ったのは「夢屋」を名乗る奇妙な商人とその従者(?)。彼らから、狙えば必ず命中するという鉄砲・命中筒を出世払いで買う宗十郎ですが、問題はその弾がわずか三発しかないことであります。
 最初の一発で重臣に目をかけられ、二発目でその評判を確実なものとした宗十郎。彼は次の戦で鉄砲名人と称される敵軍の遣い手と対決することを命じられるのですが、しかし残る弾は一発のみで……

 と、奇妙な商人ものというべき本作。鉄砲名人との対決を前にした宗十郎の行動とその結末はある意味定番ではあるのですが、最後の弾の行方は、これは漫画ならではのビジュアルで印象に残りました。


 次回に続きます。
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2021.10.17

『半妖の夜叉姫』 第27話「銀鱗の呪い」

 十四年前、りんの前に現れた是露がかけた銀鱗の呪い。全身に広がっていく銀の鱗の進行を止めるため、りんは時代樹に封印され、さらに夢の胡蝶によってせつなの夢と眠りを与えられていたのだった。一方、とわたちは朴仙翁のもとに向かい、吸妖魂の根の在り処を尋ねるが……

 吸妖魂の根を探す夜叉姫三人の姿が描かれる今回、しかしそれ以上に印象に残るのは、やはり現在のりんの姿にまつわる真実(そしてそれに伴う様々な謎の解明)であります。

 十四年前、犬夜叉と殺生丸が妖霊星の破片を破壊していた頃――地上で無事を祈るりんの前に現れた是露。麒麟丸を滅ぼすと予言された半妖の子、そして妖怪と結ばれた人間を憎む是露によって、りんは銀鱗の呪いなるものをかけられてしまったのであります。
 首筋についた一片の鱗がやがて全身に広がっていき、見るも無惨な姿に変わって死に至る――この呪いから解放されたければ半妖の娘たちの居場所を教えろという是露に対して、平然と自らの命を捨てようとするりん。あわやというところに殺生丸が帰ってきたことで最悪の事態は免れたものの、是露がりんと「縁」を繋がれたことで、是露を殺して呪いを解くこともできない――是露が立ち去るのを見ていることしかできない殺生丸ですが、邪見の提案で、呪いの進行を止めるため、時代樹にりんを封印するのでした。

 ところがそれだけで終わらず、その中でも進行していく呪い。夢の胡蝶によって近親者から夢と眠りを与えればよい――という時代樹の精霊の助言により、邪見はせつなに夢の胡蝶のさなぎをつけ(とわは現代に飛んでしまったので)、そのおかげでせつなは眠らなければ夢も見なくなってしまったのであります。
 さらに、麒麟丸側についたと見せかけて、是露を倒しかねない犬夜叉(とかごめ)を黒真珠の中に封印した殺生丸――というわけで、ここに第一期で謎となっていた部分の多くが明かされたことになります。

 その一方で夜叉姫たちは、相変わらずせつな以外は騙されたり鈍感だったりと、どうにも不安な状況。そのせつなも、まだまだ所縁の断ち切りを使いこなすことができず、見るからに雑魚妖怪にも手間取る始末――と思いきや、その妖怪は虹色真珠の一つを宿していたのですが、それを横から現れた理玖は一撃で倒し、真珠を回収していきます。
 結局、理玖に教えられたとおりに朴仙翁に会えた三人は、もろはの最強技であるところの話術でまんまと朴仙翁から吸妖魂の根の在処が、産霊山であることを聞き出すのですが――そこは奇しくも夢の胡蝶が生息しているという山。以前からとわが探しながらも、何となく有耶無耶になっていましたが、ここでついに三人は山に向かうことになります。しかし山は見るからに異様な気配を漂わせて……

 そして理玖の働きもあって、あっさり虹色真珠を全て回収した是露ですが、既に真珠にはこれまでの持ち主の記憶が蓄積されている状態。しかももろはが紅差しに入れていたことで、天敵に等しい犬の大将の妻・十六夜の記憶まで入っていたのは皮肉というほかありません。
 一方、是露に相変わらず献身的に仕える理玖ですが、今回是露が語ったその正体は、かつて犬の大将に折られた角から作られた麒麟丸の分身。それゆえ理玖が見たものは麒麟丸に筒抜けになると、理玖は是露から追い払われてしまうのでした。姐さんから捨てられ、もはや理玖にはとわにつきまとうしか途はないのか?(まあ、今までとあまり変わってない気もしますが)


 というわけで、ほとんど謎の在庫一掃状態だった今回。しかし第一期同様、主人公たちはその真実を知らず、視聴者のみ知らされるという構成はいかがなものか……
 それはともかく、殺りん勢にとっては絶許対象となった是露。彼女がどうにかなれば、本作の大抵の問題は解決する気がしますが――何となく虹色真珠の中の十六夜の記憶が事態打開の鍵になる気もいたします。
(そして邪見も、真実が明らかになったらとわに殴られても文句は言えないと思う)


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第2話「三匹の姫」
『半妖の夜叉姫』 第3話「夢の胡蝶」
『半妖の夜叉姫』 第4話「過去への扉」
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『半妖の夜叉姫』 第12話「朔の夜、黒髪のとわ」
『半妖の夜叉姫』 第13話「戦国おいしい法師」
『半妖の夜叉姫』 第14話「森を焼いた黒幕」
『半妖の夜叉姫』 第15話「月蝕、運命の惜別」
『半妖の夜叉姫』 第16話「もろはの刃」
『半妖の夜叉姫』 第17話「二凶の罠」
『半妖の夜叉姫』 第18話「殺生丸と麒麟丸」
『半妖の夜叉姫』 第19話「愛矢姫の紅夜叉退治」
『半妖の夜叉姫』 第20話「半妖の隠れ里」
『半妖の夜叉姫』 第21話「虹色真珠の秘密」
『半妖の夜叉姫』 第22話「奪われた封印」
『半妖の夜叉姫』 第23話「三姫の逆襲」
『半妖の夜叉姫』 第24話「殺生丸の娘であるということ」
『半妖の夜叉姫』 第25話「天生牙を持つということ」
『半妖の夜叉姫』 第26話「海の妖霊」

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2021.10.16

三好昌子『むじな屋語蔵 世迷い蝶次』 秘密の記憶 預けるか、背負うか?

 デビュー以来、京を舞台に伝奇色・ファンタジー色の濃いユニークな作品を発表してきた作者が描く、人の秘密を預かる不思議な質屋「むじな屋」を巡る物語であります。ふとした出来事からむじな屋に関わることになった青年・蝶次が知った店の真実とは……

 大店の妾腹の子として生まれ、父親に引き取られながらも道を誤って勘当――その後庭師「駒屋」に弟子入りするもうまくいかず、今は奉行所同心の手先を務める青年・蝶次。そんなある日、久々に駒屋の親方に呼び出された彼は、思わぬ頼みごとをされることになります。
 かつて駒屋が手入れをしていたものの、様々な行き違いから縁が切れてしまったさる大店の寮。そこに暮らしていた先代の主の妻が亡くなったために寮を売りに出そうとしたところ、母と住んでいた主の妹・千寿が、家から離れたくないと言っているというのです。

 事情を探るために寮を訪れた蝶次が千寿から聞いたのは、実は母の秘密と引き換えに、この寮の庭が質屋「夢尽無(むじな)屋」の抵当になっているという奇妙な事実でした。
 訪れた家には死人が出る「閻魔の使い女」と評判の主人・お理久が、化野で営む夢尽無屋。あまりに理不尽に思われる取り引きの内容に、義憤に駆られて夢尽無屋を訪れた蝶次が見たものは……

 そんなあらすじだけを見ると、いかにも(ちょっとだけ変わった)人情もののようにも思われる本作。しかし物語はここからさらに奇妙な姿を見せていくこととなります。

 化野念仏寺からさらに奧の山中にある夢尽無屋で蝶次が出会ったのは、常人の目には映らない奇妙な老婆と美しい公家の若君。そして若君が守るという倉の中に並ぶ壺の一つに触れ、割ってしまった蝶次ですが――そこには夢尽無屋が集めた人の記憶が入れられていたというのです。

 実は預かり賃と引き換えに、他人の秘密の記憶を預かり、壺にしまっているという夢尽無屋。そして預かり賃が反故にされるか、壺が割られると、その秘密は預け主の最も身近な人物に届けられるというのです。
 割ってしまった壺と引き換えに、お理久に使われることとなった蝶次は、そこで様々な怪異と秘密を目にすることに……


 そんなわけで、本作は「奇妙な商人もの」とでも言いましょうか、奇妙な対価やルールで、通常ではありえないような効果を持つモノを売る――そんな商人を題材とした物語
 そこで扱われるモノは秘密――さらにいえば記憶であり、その忘却であります。そしてその秘密とはなんなのか、何故それを忘れようとしたのか(さらに何故その質草なのか)、それを、蝶次は追っていくことになります。

 この辺りの謎解きの面白さはまさに作者にとって自家薬籠中のもの。デビュー作以来、物語を構成する大きな要素として、必ずといってよいほど「秘密」や「謎」が存在するのが作者の作品ですが――一見理不尽に見えた事柄の数々が、本作ならではのロジックで結びつき、一つの「理」として立ち上がる様は、快感ですらあります。

 しかし本作のさらにユニークで、そして魅力的な点は、夢尽無屋に頼る人々、頼らざるを得ない人々の存在を描くのと同時に、あえて背を向け、自らの記憶を背負って生きる人々を描くことであります。

 確かに、夢尽無屋に辛い記憶を預けることで救われる人々はいる。しかしそれだけが答えなのか。それだけが正しいのか――? たとえ辛く愚かにすら見える途であったとしても、それを選ぶ人々の存在は、本作のような設定の物語だからこそ、ある種の輝きを持って感じられるのです。


 ――そしてそんな人々の生き方は、やがて蝶次自身の物語にも繋がっていくことになります。
 夢尽無屋で働くうちに、この店と自分に様々な繋がりがあったことに気づく蝶次。そしてその繋がりの陰の意外な真実を知ることによって、これまで自分自身の居場所を、生き方を見つけることができなかった――この世に迷いながら生きてきた彼にも、一つの変化が生まれることになります。

 それが純粋に彼自身の幸せ――安心・安逸と言い換えてもよいかも知れませんが――に繋がるのか、それはわかりません。しかし、あえて自分の記憶を背負い、言い換えれば自分が自分であることを受け止めて生きることは、それだけで価値あることであると――本作は教えてくれるのです。

 作者ならではの趣向で描いた人間模様、人間賛歌というべき物語であります。


『むじな屋語蔵 世迷い蝶次』(三好昌子 祥伝社文庫) Amazon

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2021.10.15

『MARS RED』 第12話「道化の王」

 数を増すヴァンパイアに対抗できる唯一の戦力である金剛鉄兵の指揮官として増長するルーファス。次はアメリカに向かおうとするルーファスだが、その前にデフロットが現れ、一転恐怖に震えるのだった。そしてタケウチたちが東京を脱出しようとする中、秀太郎はただ一人、前田を迎え撃つ……

 帝都に雪が降る中も活動を続けるヴァンパイアの群れと対峙する陸軍。しかし軍でもヴァンパイアの前には及ばず、ただこれを制する力を持つのは金剛鉄兵のみであります(しかし、ヴァンパイアとはいえ自国民に普通に銃を向ける軍隊……)。東京の中心部以上の意味を持つ丸の内防衛まで任され、隊長であるルーファスは得意絶頂。月島の地下に幽閉した中島元中将の前に現れ、老害呼ばわりして自決用の拳銃を置いていくくらいの調子に乗りっぷりであります。
 そして各地のヴァンパイアを始末したルーファスは、仕上げとばかりに千本鳥居の天満屋を襲撃。火炎放射器で豪快に焼き尽くすのですが――その手引きをしたのは、前回意味ありげな行動を取っていた彩芽であります。どうやら最初からルーファスの下にいたらしく、綺麗な衣装で彼に付き従っていますが、そのルーファスは、成り上がった後はさっさと日本を捨て、今度は新大陸で一旗揚げようと船の手配までしていたのでした。

 が、ルーファスの行動など、天満屋や零機関残党にとっては完全に予想の範囲内。千本鳥居は囮だったのさ! と言わんばかりに既に避難民は浅草に移動済み。スワによれば彩芽がスパイであることは完全にバレていたようですので、その辺りも織り込んでの作戦だったのは間違いありません。今回冒頭から、東京の地図上で、ヴァンパイアや金剛鉄兵が行動する地点にみかんが置かれる場面が描かれていたのですが――これは実は天満屋に避難してきた子供のヴァンパイアたちの行動。ちょっとわかりにくかったのですが、おそらくヴァンパイアとしては最低ランクに近い彼らならではの感覚で、ヴァンパイアを察知した地点をチェックしていたのでしょう。
 何はともあれ、いよいよ東京を離れて地方に避難しようというタケウチたちですが、スワはこれまで彩芽を泳がせておいた責任を取ると、ここで別れを告げることになります。さして名残惜しげな顔もせず、サバサバと見送るタケウチですが、これはこれで彼ららしい別れ方というべきでしょうか。

 そして前回ラスト、どうなることかと思いきや無事に助かっていた葵は、天満屋での手伝いに充実感を感じている様子。やはり助かっていた秀太郎と、ようやく幼馴染らしい――しかし内容は血を飲む飲まないだったり、吸血鬼らしいところを見せてほしいだったりなのですが――会話を見せます。しかしそんな微笑ましい会話もつかの間、彼女の前からフッと消える秀太郎。若旦那から、秀太郎たちが去ってしまうことを聞いた葵は、必死に秀太郎を追いかけることに……

 そしておそらくは米国大使主催のパーティーに参加して、そこでも調子に乗っていたルーファスですが、その会場でサロメを演じる影が。演じる声は岬のものながら、その姿は――デフロット。前回完全に殺したと思い込んでいたルーファスは、ビビりまくった挙げ句、相手の影に怯えてほとんど浮浪者のような状態で町中を転がりまくるはめに……
 もはやあまりの醜態に笑うしかないのですが、東京駅前に逃げてきた彼の前に現れたのは秀太郎。「やっと見つけましたよ」の言葉に、ついに年貢の納め時かと思いきや、続く秀太郎の言葉は「そこの民間人の方、逃げてください」――そう、秀太郎が戦おうとしていたのはルーファスなどではなく、そこに現れた前田だったのであります。

 もはや誰にも相手にされずプライドもズタボロなルーファスは、何とかアメリカに向かう船に乗り込みますが、そこで彼を応対した客室係はデフロットの変身。かくて彼が案内されたのは客室ではなく船の乗船口――そのまま海に転落したルーファスは、そのまま浮かび上がってくることはなかったのでした。
 一方、船室の彩芽の前に現れたのはスワ。投げやりに殺せという言葉を放ちつつも、自らの手を日光に当ててみせるスワに驚いて止める彩芽ですが――スワはそんな彼女にまだ生きたいという気持ちがあることを指摘するのでした。ルーファスに作られた自分には汚れた血が流れているという彩芽に対して、スワは自分も同様だが、オレたちは血で生きてるんじゃねえ、心で生きてるんだと殺し文句。彩芽が一人で生きられないのであれば自分がついていてやると語るのでした。


 ラスト前ということで、作画も演出もかなり向上していた今回。ルーファスのあまりの調子に乗りっぷりから転落は容易に予想できたものの、まさかデフロットをあれで葬った気になっていたとは――天満屋放火の時ともども、確認しようという気が待ったくないのに驚かされます。ある意味、中島とは似たもの同士だったというべきでしょうか。
 そしてスワまさかの女の子と旅立ちエンドにも仰天でありました。


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2021.10.14

『弁慶外伝』 鎌倉伝奇RPG! しかし色々な意味で古典……

 実に今から32年前、PCエンジン用ソフトとして発売された時代伝奇RPGであります。鎌倉時代を舞台に、奇しき因縁を背負った少年・鬼若が、かの弁慶らと共に繰り広げる戦いを描いた本作を、今に至りようやくクリアいたしましたので、今回ご紹介いたします。

 おそらくは鎌倉時代の初期、房総のとある寺で都の僧・法眼に育てられていた少年・鬼若(きじゃく)。何者かに拐われた幼馴染の少女・おコトを救出した彼は、それをきっかけに、自らの出生に秘められているという謎を解くための旅に出ることになります。
 やがて金屋吉次郎こと金売吉次の縁で、衣川の戦を密かに生き延びた伊勢三郎(実はおコトの父)を仲間に加えた鬼若。魔界の侵略が始まったことを知った鬼若は、出羽の法術師・沙夜香、結界の中で眠りについていた弁慶をも仲間に加え、諸国に向かうのでした。

 そして旅の中で、自分の両親の正体を知る鬼若。その後も都から奪われた三種の神器の行方を追って東奔西走、さらには義経の姿が現れたという蝦夷の地に渡り――ついに決戦の地・裏鎌倉に乗り込んだ鬼若たちの前に現れた真の敵とは……


 冒頭に述べたように、今から32年前の1989年(平成元年!)に発売された本作。当時は和風ファンタジーというべき作品はそれなりにありましたが、正史を(一応)背景とした作品はまだ珍しかった印象があります(ちなみに和風ファンタジーの雄・『天外魔境』第1作は同年の発売)。

 ゲームシステム的には当時から見ても非常にオーソドックスな4人パーティー形式のRPGである本作――今の目で見ると当然ながら古さは否めないのですが、それはもちろん言うだけ野暮というものでしょう。当時としては珍しい漢字を用いた画面はなかなか見やすく印象的です。

 さて、ストーリーの方は、上に述べたのがある意味全てというか、かなりシンプルで、ほぼ一本道の、お使いの連続で展開していく内容――というのはこれまた時代を考えれば仕方がないとして、ある意味お約束の物語を日本の舞台設定に当てはめたものといえます。
 主人公の両親があの二人であるとか、ラスボスが――正確にはその裏に真のラスボスがいるのですが――あの人物というのは、これはもう設定的には定番中の定番ですぐ予想がつくのはちょっと残念なところではありますが……(この数年後に発売されたスーパーファミコンの『鬼神降臨伝ONI』とかなり被る)。

 もっともその一方で、常陸坊海尊の扱いや、蝦夷地を異国から来た魔法使いたちが治めているなどユニークな部分があるのは評価できます。


 そんなわけでストーリー的にはそれなりに楽しめたのですが――ゲームとして大きな減点ポイントなのは、その異常なまでのエンカウント率。もちろん運はあるものの、ひどい時は数歩歩いただけで敵が出現。
 さらに、フィールドではエンカウントを封じる術があるものの、ダンジョンでは使えず、ストレスは溜まるばかり(またこのダンジョンの階段が実質ワープポイント並みの滅茶苦茶な繋がり方なので迷いまくる)。

 本作を今頃になってプレイした理由の一つが、最近の色々とリッチなゲームは疲れるので、イベントは少しで、ひたすら戦うゲームがしたいと思ってのことだったのですが――まさかこういう形で叶うとは。

 さらに睡眠と毒以外のデバフ・バフ系の術はそのターンしか効果がないという、ちょっとどうかしているとしか思えない仕様もあったりして――この頃よくあった、プレイアビリティの低さが難易度の高さになっているゲームとなってしまっているのは、やはり残念というほかありません。

 私は今回このゲームを、PlayStation VitaのPCエンジンアーカイブスでプレイしたのですが、携帯機のどこでもセーブ機能がなければとてもクリアできなかったのは間違いないかと思います。
 そんなわけで、物語的にはそれなりに面白いものの、やはり今プレイするにはよほどのことがないと――というのが、今回最後までプレイして確認できたことでありました。

 ちなみに本作、スーパーファミコンで元寇の頃を舞台とした続編『弁慶外伝 沙の章』が発売されており、こちらはなかなかよくできているようなので、いずれプレイしたいと思います。


 ちなみに本作、作中で三年前に義経が蝦夷に現れたという言及があるので、その辺りの年代の物語なのでしょう。
 鬼若の年齢がちょっとややこしいのですが、鬼若は常人より成長速度が早いという設定があるので……


『弁慶外伝』(サンソフト PCエンジンアーカイブス)

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2021.10.13

「本の雑誌」11月号で「宮本昌孝の十冊」を担当しました

 「本の雑誌」2021年11月号で、読み物作家ガイド「宮本昌孝の十冊」を担当しました。宮本昌孝の作品から十冊、おすすめの作品を解説付きで紹介させていただいています。

 この読み物作家ガイド「作家の十冊」は「本の雑誌」に毎月掲載されているコーナー。「この作家が気になるけど、たくさん作品があって何から読めばいいのかわからない」という声にこたえる作家ガイドとして、様々な執筆者が毎月一人の国内作家を取り上げ、その作家の代表作・おすすめの作品十冊を紹介するという趣向であります。
 2011年にスタートしたこのコーナーで紹介された作家はこれまで122名、そのうち100名分は、これまで「この作家この10冊」「この作家この10冊2」のタイトルで2冊(それぞれ50名ずつ収録)出版されております。

 さて、今回ありがたいことにこのコーナーで執筆してみないかというお声掛けをいただいたわけですが――宮本昌孝といえば、もちろん希有壮大かつ綿密な歴史描写と、濃厚な物語性、というか伝奇性を兼ね備えた大作(分厚い単行本で全2巻(文庫版は全3巻)!)を次々と発表してきた作家。そして颯爽とした好漢たちを描いてきた作家であります。

 身も蓋もないことを言ってしまえば全作品面白いのですが、その中からどのように十冊を絞るか――そしてその紹介をどうやって規定量に収めるか。ファンとしては実にやりがいがあると同時に、非常に悩ましい経験をさせていただきました。
(特に後者、書きたいことが多すぎて気付けば大量に枚数オーバー……)

 その結果、はたしてどの十冊を選んだのか? それはもちろん本誌を読んでいただくとして、作者の経歴を俯瞰しつつ、可能な限りバラエティを持たせて、そしてもちろんどれも面白く――と、我ながら充実のチョイスとなりました。
 宮本昌孝ファンの方はもちろんのこと、これまで何冊か読んだことのある方、そしてもちろんこれから宮本作品に触れる方まで、参考にしていただければ、これに勝る喜びはありません。


「本の雑誌」2021年11月号(本の雑誌社) Amazon

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2021.10.12

『鬼滅の刃 無限列車編』 第1話「炎柱・煉獄杏寿郎」

 無限列車の周辺で続発する行方不明者の調査に向かった炎柱・煉獄杏寿郎。無限列車が整備中の工場を訪れた煉獄は、そこで整備士を襲う鬼と遭遇、これを撃退するが、次に鬼は先に煉獄が会っていた弁当売りの老婆と孫娘を狙うのだった。超高速で移動する鬼に対し、煉獄は……

 昨年超ヒットした『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』が、全7話のTVアニメに再編集される――それも第1話はアニメオリジナルの煉獄主役編と聞いた時、本当に正直なことを言ってしまえば、今更という印象がありました。
 しかしいざ放送された第1話を見てみれば、これがなかなか出来が良い補完エピソードだったのに驚かされました。それも補完しているのは物語の内容だけでなく……


 開幕早々、蕎麦屋でおろしそばを手繰り、「うまい!」を炸裂させる煉獄。近頃40人以上もの人々が行方不明になっている無限列車の調査に来た煉獄ですが、沿線では切り裂き魔の被害も出て、前夜も彼らは出動したばかりの様子です。
 そんな物騒な状況に加えて無限列車の運行も止まり、客も減って景気が悪いという店の親爺。しかし煉獄の豪快な食べっぷりには気を良くしてお代わりの時にかきあげをサービス――そばともども妙に作画が良い、飯テロ展開であります。

 さて、そこにやってきた隊士から最新の状況を聞き、まずは調査のため駅に向かった煉獄。そこでも事件の余波で周囲が店を閉めている中、煉獄は唯一開けていた弁当屋の老婆・トミと、手伝う孫娘のふくと出会うのでした。
 そこでド直球に鬼について尋ねる煉獄にふくはドン引きですが(一方トミは意味ありげな態度を……)、この騒動で弁当が売れなくなっていると聞いた煉獄は全部お買い上げ。隊士たちのおみやげに持たせると同時に、自分は無限列車が整備されている工場に、役所からの差し入れと称して潜入するクレバーなところをみせることになります。

 さて工場に入ってほとんどを情報を集める間もなく早速起きる騒動。何と若い整備士が、鬼に捕まっているではありませんか。スピード自慢を自称する鬼は、整備士を人質にとって得意顔ですが、もちろん煉獄はそれをものともせず、あっさりその腕を切って人質を救出。しかし逆恨みした鬼は、煉獄と出会った弁当屋を殺すと宣言、猛スピードで駅に向かうのでした。
 そうとも知らず、早朝に弁当を運んでやってきたトミとふくに襲いかかり、ふくを捕らえる鬼。しかしそこに駆けつけた煉獄がふくを救出! 一体どうやってと驚く鬼ですが、柱に不可能はありません。もちろん鬼の悪あがきなど及ぶはずもなく、煉獄の炎の呼吸 壱ノ型 不知火が鬼の頸を断つのでした。

 そんな煉獄の姿に、再び助けてくれたと歓喜の涙を流すトミ。そう、彼女は20年前にも、燃える炎のような髪の剣士によって、鬼から救われていたのです。そして煉獄は、それは自分の父であると語るのでした。
 そして煉獄のもとに入る無限列車運行再開の知らせ――倒した切り裂き魔の鬼がとても40人以上の人を食ったとは思えないと考える煉獄は、無限列車に乗ることを決意します。そんな彼を見送るトメとふくの「近くに来たらまた寄ってください」という言葉に、「あなたがたのことは父に必ず伝えます。喜ぶことでしょう』「ではお元気で! また会いましょう」と返して無限列車に乗り込む煉獄。二人から買った大量の牛鍋弁当を手に……


 というわけで、原作の頃から気になっていた、あれだけ行方不明者が出れば普通は運行停止になるのでは? という疑問や、(これは言われてみれば――というレベルですが)うまいうまい食べていたあの弁当はどこから、という点に答え、快男児・煉獄杏寿郎の活躍をたっぷり見せた上に、彼の父のありし日の姿まで語ってみせた今回。
 ラストに交わされる何気ない会話が、グッと胸に刺さる構成も見事であります。

 それにしても今回、冒頭に述べたとおり補完エピソードとして実によくできていたと感心しましたが、それと同時に驚かされたのは、作中の幾つかの描写でした。
 鬼が引き起こした騒動のあおりで店に客が入らなくなった人々や、鬼に襲われて心身に後々まで残る深い傷を追った人々、そして鬼に襲われた人々の下に駆けつけ、これを救おうとする鬼殺隊士――これらの姿が、何を指すかは明らかでしょう。

 昨年、劇場版を観た際にも、ある意味理不尽な物語と、そんな中でも全力を尽くして人を救う煉獄(そしてそんな彼のことを涙ながらに肯定する炭治郎の)姿に、これは「今(求められているもの)」を描いた物語であると感じました。
 その想いは、このTV版第1話で描かれたものを観て、より一層強くなった次第です。


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2021.10.11

『半妖の夜叉姫』 第26話「海の妖霊」

 吸妖魂の根を探しに出たせつなを追って訪れた海岸の村で、長く美しい髪の女性を襲う海蛇女の噂を聞いたとわ。一方、もろはと合流したせつなは、尼寺の尼を助けるが、彼女こそが件の妖怪だった。目を見た者を石に変えてしまう海蛇女に苦戦する二人を助けにかけつけるとわと退治屋たちだが……

 アバンタイトルのナレーションは今までずっととわが担当してきましたが、おそらく今回は初めてせつなが担当。しかしやっぱり「前途多難な運命に突き進んでいく」ってちょっと不思議な言い回しを使うんだ……

 というのはさておき、冒頭に登場するのは理玖。麒麟丸を裏切ったものの特に何が変わったという印象もなく、相変わらず飄々とした態度ですが、飛び散った七つの虹色真珠の情報を求めて、妖怪・耳千里(いましたね……)のもとを訪れております。
 一方、とわはといえば、前回助けたせつながいきなり一人で飛び出してしまって、お姉ちゃんモード全開で追跡中ですが――その途中で出会ったのは、自分たちの髪が露出するのを極端に恐れる海岸の村の女性たち。話を聞いてみれば、元々この辺りの海は「わたつみのたまひ」なる妖霊が守っていたらしいのですが、それがいつの間にか長く美しい髪の女の人ばかりを狙う恐ろしい妖怪・海蛇女になったというのであります。

 そしてそのせつなはといえば、前回刀々斎から聞かされた麒麟丸にも抗せるという武器・吸妖魂の根を探していたのですが――そこに竹千代に乗って現れたのは、その根の在り処を知るという朴仙翁の情報を持つらしいという妖怪(長い)の噂を聞いて追いかけてきたもろは。もちろんこの妖怪=海蛇女なわけですが――そんなこんなで旅する二人は、重い荷物を持って難儀している美しい尼僧と出会うことになります。尼僧を助けた二人は、誘われるまま彼女が暮らす海辺の尼寺に立ち寄るのですが――そこでせつなの黒髪を見た尼僧の目が野獣の眼光を放ちます。

 そして何だかんだでもてなした後、スキを見て海蛇女の本性を見せて襲いかかる尼僧ですが、もちろん二人が油断するはずもありません。が、相手の石化睨み対する有効策もなく――って、巨大化して海に入った海蛇女に近付くため、これまた巨大化した竹千代をゴロゴロ転がし、その背後から近付くという二人もスゴい――苦戦を強いられるのでした。
 それにしても海を守る妖霊が何故凶悪な妖怪となったのか? それは聞くも涙語るも涙の物語。かつて海で溺れた一人の漁師を助けた妖霊は彼のことが忘れられず、密かに浜を訪れた妖霊。しかしここで海蛇に化けたのが大失敗――海蛇は嵐を招くという迷信に囚われた漁師たちは彼女を散々に打ち据え、その挙げ句、あの想い人本人が止めの一撃で海蛇の首を! あまりに無残な成り行きに妖怪と化した彼女は、以来次々と漁師たちを石に変え、それはかつての想い人も例外ではなかったのです。長く美しい髪の女性? それは昔の自分を思い出させてムカつくから……

 さすがに重すぎる過去にちょっと粛然とした面持ちの二人ですが、いずれにせよ石化睨みには打つ手なし。と、そこで海蛇女目掛けて放たれる火炎弾! 見れば何か妙なアイマスクをつけた退治屋さんたちが、いつぞやのカタパルトでガンガン火炎弾をブチ込んでいるではありませんか。実は彼らを呼んだのは、長く美しい髪の女性を狙う妖怪=せつなが危ない! という思考回路になったとわ。そして彼女もいつの間に持ち込んでいたのか、ミラーグラス装備で海蛇女に立ち向かいます。
 ――が、石化睨みだけでなく、竜巻攻撃を放つ海蛇女に、とわも退治屋も立ち往生。とわはさりげなく(?)海を凍らせた理玖に助けられましたが、打つ手なしのは変わりません。と、この窮地に所縁の断ち切りの力に目覚めたせつなが目にしたのは、海の底から海蛇女に伸びる赤い糸――その後を追って海に飛び込んだせつなは、海底で石になったあの漁師を見つけるのでした。

 そしてせつなが連れてきた(?)漁師の石像から、実は彼も自分を慕っていたことを知り、積年の業から解き放たれた妖怪、いや妖霊は、かつての姿に戻ると何処かに消え去るのでした。――朴仙翁の情報は?


 能力とビジュアルは丸々メデューサでありながら、えらくやりきれない過去のゲスト妖怪登場の今回。これに対して、近現代兵器・装備で対抗という『仮面の忍者赤影』イズム溢れる展開にはシビレましたが、それは一瞬なのが本当にもったいない……

 結局、この妖怪退治に加えて人情話・アイテム探索・所縁の断ち切りの能力発揮(名前と違い断ち切らなかったのは面白い)・理玖の顔見せ――といったそれぞれの要素が中途半端に投入された感があるのが残念なところ。安易にハッピーエンドにしなかったのは好感が持てますが……


関連サイト
公式サイト

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2021.10.10

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いよいよ今年も終盤戦。書いていてお腹が痛くなってきましたが、今月を除いて残すところわずか二ヶ月であります。ここまで来てみるとあっという間の一年だった――というのはまだ気が早い話。何はともあれ11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 文庫小説も漫画もそれなりの点数が発売される11月ですが、文庫小説で注目は、何といっても『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚 (仮)』(三好昌子 集英社文庫)。これまで発表した作品のほとんどが時代伝奇ものの作者ということはもちろんですが、実在の人物である新井白蛾が題材というのが気になるではありませんか。

 そのほか新作では、実に今年らしいタイトルの(この状況で江戸に行っていいのかという気もしますが)『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で』(山本巧次 宝島社文庫)、『えどさがし』に続く『しゃばけスピンオフ』第2巻(畠中恵 新潮文庫)が気になります(同時に『しゃばけごはん』(畠中恵&川津幸子 新潮文庫)も……)
 また中国ものでは、五胡十六国時代が舞台だという『霊獣記 獲麟の書』上巻(篠原悠希 講談社文庫)が気になるところです。

 一方、復刊・文庫化では、『鬼憑き十兵衛』(大塚已愛 新潮文庫)、『雨上がり月霞む夜』(西條奈加 中公文庫)が必見。
 また、山風生誕百周年記念で『銀河忍法帖』(山田風太郎 角川文庫)が登場です。その他、『若さま同心 徳川竜之助 7 卑怯三刀流』〈新装版〉(風野真知雄 双葉文庫)と『二天一流の猿 望月竜之進 十番勝負』(風野真知男 光文社文庫)の風野作品二作も、未読の方はぜひ。

 もう一点、『異形コレクション 52 狩人』(井上雅彦 光文社文庫)も、何が収められているかわからないだけに期待です。


 さて漫画の新登場では、なんといっても『あおのたつき』第1巻(安達智 コアミックスゼノンコミックスBD)がイチオシ。
 ――ん? と思われるかもしれませんが、これまで電子書籍オンリーだったあの名作が書籍になるのですから、これはめでたいというほかありません。

 そのほか第1巻といえば、永井豪の柳生十兵衛と言われた時のイメージどおりのようなそうでないような――な『柳生裸真剣』第1巻(永井豪とダイナミックプロ 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)が登場。
 また、ストレートな時代ものというと違和感がありますが、『大蛇に嫁いだ娘』第1巻(シアシクモ KADOKAWAビームコミックス)もおすすめです。

 その他シリーズものの続巻では、『カムヤライド』第6巻(久正人 リイド社乱コミックス)、『応天の門』第15巻(灰原薬 新潮社バンチコミックス)、『逃げ上手の若君』第3巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)、『前田慶次 かぶき旅』第8巻(出口真人&原哲夫、堀江信彦ほか コアミックスゼノンコミックス)、『颯汰の国』第9巻(小山ゆう 小学館ビッグ コミックス)、『Cocoon』第2巻(見延案山子&夏原エヰジほか 講談社シリウスKC)、『MUJIN 無尽』第9巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社YKコミックス)、『岩元先輩ノ推薦』第2巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス)――と、古代から大正に至るまで実に様々。

 また来月は中国ものも豊作で、おそらく『蓬莱トリビュート』の復刊の『狐の掟 中国幻想選』(鮫島圓 双葉社)のほか、『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第21巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)、『西遊妖猿伝 西域篇 火焔山の章』第3巻(諸星大二郎 講談社モーニングKC)、『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第4巻(青木朋 秋田書店ボニータ・コミックス)と期待の作品が並びます。

 もう一点、「幽」「怪と幽」で連載されてきた『幻妖能楽集』(波津彬子 KADOKAWA単行本コミックス)も楽しみなところです。


 こうして挙げてみると思った以上に新刊の多い来月。この勢いで年末まで頑張りたいところです。


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2021.10.09

音中さわき『明治浪漫綺話』第3巻・第4巻 交錯する二つの物語 そしてヴァンパイアの王の力

 明治の女学生もの+ヴァンパイアものというユニークなロマンスもいよいよ佳境。紆余曲折を経てようやく鹿鳴館の夜会に出席することになった十和。しかしそこでルイスの存在を巡り、思わぬ惨劇が引き起こされることになります。絶体絶命の危機に、ルイスは、十和は……

 東京の華族・日与守家に迎えられ、思わぬことから美しい異国のヴァンパイア・ルイス先生に指導を受けることになった十和。しかしルイスを王と崇めるヴァンパイアの襲撃によって、十和は傷を追うことになります。
 しかしその傷も癒え、険悪だった華族女学院の麗子と女高師のちよも、十和の見舞いをきっかけとして関係は改善。三人は人気作家・戀加波トメの作品の話題で盛り上がるようになるのでした。(ちなみに絶対この作者の正体は、作中に既に登場していると思う……)

 そして一致団結して鹿鳴館での舞踏会に臨むことになった女学院と女高師の生徒たちですが――何とそこに十和の婚約者(候補)も姿を見せるというではありませんか。
 実は事業に失敗し、埋め合わせに諸外国からの資金を入れようとしているほど追い詰められていた、日与守の本家。その状態から家を救うためには、十和が商家に嫁入りするしかない、という状況だったのです

 ルイスに対する離れ難さを感じつつも、家のために覚悟を決めた十和。そして当日、色々な出来事はあったものの、舞踏会は無事に終わるかと思われたのですが――一瞬の耜を突いて、国粋派が仕掛けたと思しい爆弾が爆発することになります(というかこれ、東の文字通り自爆では……)。
 そしてその混乱の最中、ヴァンパイアに恨みを抱く者の銀の銃弾がルイスの心臓を貫き……


 と、第3巻では鹿鳴館に至るまでの比較的静かな――ヴァンパイアものの要素はあまり全面に出てこない――展開であった本作ですが、第4巻では1/3まで来て、一気にヴァンパイアものとして盛り上がることになります。

 ヴァンパイアの王として生み出されながらも人間に親しみ、人間と共に生きてきたルイス――普段は女学院の教師としてにこやかな顔を崩さないで来た彼は、ある意味破格の存在といえます。
 しかしそんな彼のヴァンパイアとしての真の力と、そのある意味業というべき姿が、ここに至り、ついに描かれることになるのであります。

 第2巻でも触れたように、クラシックなヴァンパイアもののようでいて、かなり本作オリジナルの設定が展開するのがユニークな本作。そしてここで描かれるルイス――そしてその眷属たる東の設定も、なかなかに意外なものといえるでしょう(そしてその設定自体、以前にサラリと東自身が語っていたのも面白い)。

 そして以前から疑問に感じていた、ヴァンパイアの王であるルイスが、人間社会の中である意味自由に暮らしているという事実ですが――その理由についても、第4巻において明かされることになります。
 第2巻の回想シーンでは幼いヴィクトリア女王に仕える姿も描かれたルイスですが、彼と人間の関わりはそれだけ古く、深いもの。そして同時に、決して友好的なだけのものではなかったことが、ここにおいて判明することになるのであります。

 そして同時に、その関わりが新たな争いの火種になることもまた……

 ヴァンパイアを、人間と敵対する単なる吸血の怪物として描くのではなく、そして同時に人間を超えた一種の超越者として描くのでもない――そんな関係性を、一人の少女の目を通じて描いてみせる本作。
 第2巻でルイスを(ある意味)狙うヴァンパイアが倒され、この先どうなるのだろう――と思いましたが、なるほどこう来たか、と感心いたしました。


 そして第4巻まで至り、十和の側の物語とルイスの側の物語も大きく交わることとなって、物語も一つのクライマックスを迎えたように思えますが……

 十和の婚約者が(裏があるのではと心配になるほど)ストレートに好人物すぎて、人間として(?)ごく普通に幸せになってほしいと思いつつ、なかなかそう簡単には収まらないだろうな――などと、この先の展開が素直に気になってしまうのであります。


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2021.10.08

『MARS RED』 第11話「黒翼」

 月島の施設で、ヴァンパイアの力を発揮して激しく激突するデフロットと前田。しかし葵はデフロットを庇って前田の刃を受け、重傷を負ってしまう。葵を救うために自分を呼ぶデフロットの超音波を捉えた秀太郎は、出来たばかりの飛行器具で月島に向かう。一方その頃、陸軍では大きく事態が動いていた……

 前回ラストからの続きで、ついに激突するデフロットと前田。前田の方はヴァンパイアとなって自我を失いつつも、ヴァンパイア殺すマンとしての念と岬への想いのみで動かされているようですが――しかし元々人間離れしていた彼がヴァンパイアになればやはり強い。子供ながら年季は重ねているであろうデフロットと互角以上の、文字通り超人的戦いを繰り広げます。
 しかしこの場面、ヴァンパイアならではの超スピードの激突と、それについていけず(途中)結果しか目に入らない葵の視点が並行して描かれるのですが――それによってヴァンパイアの戦いの凄まじさが浮き彫りになるはずが、視点変更の演出があまりうまくいっていないために伝わってこないのが何とも残念……(ちなみに、そんなに激しく動いて日光は平気なのかという気もしますが、たぶん超スピードなので平気なのでしょう)

 とはいえさすがに前田には敵わず、ついに追い詰められてしまったデフロット。しかし止めの太刀の前に葵が割って入り、その身に刃を受けることになります。デフロットが驚く一方で、その姿に岬を重ねた(葵と岬が似ているのにようやく意味が……)前田は撤退、デフロットは命拾いしたのですが――葵の傷は決して浅手ではありません。
 とりあえず止血はしたものの、脱出の手立てがないとはいえ、デフロットが呑気に身の上話をしている間に、葵はどんどん弱っていくではありませんか(時を経たヴァンパイアほど鬱病や廃人になるという話や、僕たちはおとぎ話の住人なんだよ、というデフロットの言葉自体はいいのですが、何というかヴァンパイアはやはり生死の感覚が違う)。事ここに及び、デフロットは秀太郎に葵の窮地を知らせ、助けを求めることになります。

 その頃秀太郎たちは、天満屋の隠れ家で皆と飛行器具を作っている最中。普段はヴァンパイアに向けているナイフで竹を削るスワに、どこか苛立たしげに何故そんなに楽しそうなのか尋ねる彩芽ですが――スワは長く生きていれば、色々なものが見られると語ります。そして人間とヴァンパイアの違いは、生きることに飽きているかどうかだと――人間はこれまで歌に踊りに芝居に活動写真と、色々なものを作ってきたと、そしてこの先何が見られるか楽しみだと続けるのでした。
 この辺りスワとデフロットが同じ立場なのか正反対の立場なのかちょっとわかりにくいのですが、共に人間の作り出す娯楽の価値を認め、長い長い生を生きる力としているのは間違いないでしょう。あるいはそれが「ヴァンパイア」の袋小路の運命から逃れる術なのかもしれません。

 と、そこでデフロットの助けを求める声を受け止め、月島に向かうと息巻く秀太郎。できたばかりの飛行器具を身にまとい――これがコウモリ型というか、折りたたむといかにもヴァンパイア然としたマント的な姿となるのが美しいのですが――一路月島へ! と、この場面、本来であれば大いに盛り上がるはずなのですが、離陸の際に一瞬のうちに秀太郎が舞い上がってしまうのでちょっと拍子抜け。とはいえ月島で天井のガラスをぶち破って葵のもとに現れる場面はなかなかドラマチックであります。
 それにしても行く前に散々途中で火が点くかもしれないと脅かされていましたが、帰りはどうするのだろう――と思いきや、また飛んでいくとは! しかしその無茶な行動力は、まるで彼の行動こそがおとぎ話みたいだとデフロットを苦笑させ、彼に少し気力を与えたようです。まずはルーファスへお返しする気力を……

 そしてそのルーファスはといえば、中島中将が知らぬ間に例の陸軍三馬鹿を抹殺、金剛鉄兵の全権を奪取し、軍を掌握しようという企みの真っ最中。中島は捕らえられて監禁されるようですが――そもそもどういう取引をしていたのかわかりませんが、ルーファスに対して全く対策をしていなかったとは、中島は単なる××なのでは……


 気がつけば今回を入れて残すところあと三回、盛り上がっているような盛り上がっていないような状況ですが、デフロットとスワそれぞれの立場から演劇を始めとする人間の想像力/創造力の肯定が語られ、そしてそこに重ねるように、まさに絵空事のような空を飛ぶという行為が重ねられるという構図はなかなか美しかったと思います。
(冷静に考えると飛行器具は考えたのも作ったのも使ったのもヴァンパイアですが、それはそれで新しい波が生まれたということで)

 それにしても前半が嘘のように存在感がなくなった前田――デフロットは彼に何を期待しているのか?


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『MARS RED』 第8話「煉獄」
『MARS RED』 第9話「疑念」
『MARS RED』 第10話「通り過ぎし、夏の夜の夢」

唐々煙『MARS RED』第1巻 人間の中のヴァンパイア、ヴァンパイアの中の人間
唐々煙『MARS RED』第2巻 人間と「人間的な」ヴァンパイアの狭間で
唐々煙『MARS RED』第3巻 決戦、そしてヴァンパイアたちの最後の任務

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2021.10.07

篠原知宏『壬生の狼、猫を飼う 新選組と京ことば猫』第1巻 斎藤一、猫のおとうに!?

 幕末の京において、「壬生の狼」と恐れられた剣客集団・新選組。その中でもある意味最も剣客らしい男・斎藤一が、ある日天涯孤独の子猫と出会ったことから始まる、時にシリアス、時にコミカルな時代漫画の第1巻であります。

 新選組三番隊隊長として恐れられ、敵はもちろん、隊規を乱した者にも冷徹に刃を振るう斎藤一。彼が目をかけていた青年・小林が隊を脱走した際も感情を見せずに粛清の刃を振り下ろした斎藤は、その直後、どこからか迷い込んだ黒い子猫に懐かれ、一時の安らぎを得るのでした。

 実はこの黒猫、まだ幼いにもかかわらず両親を失い、斎藤の鋭い目に彼を父だと思いこんで「おとう」と懐くことになったのですが――かくてマルと名付けられ、斎藤の世話で屯所に居着くことになった子猫。
 しかし個性的すぎる新選組の面々と関わる中で、マルは(というか隊士の側が)次々と騒動を引き起こして……

 漫画の題材としては鉄板のうえに、他の題材との組み合わせで様々なバリエーションが作り出せる猫。
 当然というべきか、時代ものと猫の組み合わせも、多々あるわけですが――本作の場合、超実戦派集団として知られる(そしてそのわりにキャラとして個性派揃いでどこか親しみを持たれやすい)新選組と組み合わせたのが、ユニークな点でしょう。
(新選組+猫というアイデア自体は本作が初めてというわけではありませんが……)

 そして本作の場合、その猫の飼い主、というか親代わりとなるのが斎藤一というのが、また面白いところであります。

 近藤・土方・沖田には知名度やキャラクター性で譲るものの、どこか他の隊士とも異なる個性を感じさせる(そして異なる足跡を歴史に残した)斎藤。
 フィクションの場合、大体において生真面目か悩みやすいタイプとして描かれることの多い斎藤ですが――そして本作もその系譜に連なるのですが――そんな彼が子猫相手に和んだり悩んだりするギャップは、なるほどなかなかインパクトがあります。(特に本作の斎藤の場合、鉄面皮で猫にデレるのが可笑しい)

 その他の隊士も、子猫でも容赦なく笑顔で刃にかけかねない沖田、猫好きながら可愛がり方が雑な永倉、(猫を)食うことしか考えてない原田、ゴッツい体に似合わず猫には超デレる島田と、隊士たちのある種共通的なイメージを踏まえつつ、猫と化学反応を起こしているのが楽しいところです。
 しかしおとんがいればおっかあもいるわけで、マルがおっかあと思い込んだのは――という相手は、正直なところ「え?」と戸惑う人物なのですが、この辺りはこの先の展開に関わるのでしょう。
(先のことを予想するのも野暮ですが、この人物といい、沖田との仲の悪さといい毛の色といい、もしかしてこの猫があの……)


 と、なかなか楽しい本作なのですが、個人的に(あくまでも個人的に、ですが)どうしても引っかかるのはマルのビジュアル。
 漫画としての表現であること、また物語の設定的にもこうなるのはわからないでもないですが、やはりこの姿はデフォルメ(擬人化)し過ぎではないかなあ――と強く感じます。

 猫は猫として自然のままで十分可愛いのですから、あまり人の手を加えなくても――と、だんだん自分でも何を言いたいのかわからなくなって来ましたが、ある程度のリアリティがあった方が、かえって人間側のドラマとギャップが感じられたのではないか、とは感じた次第です。


 何はともあれ、この第1巻ではマルが思わぬところで窮地に陥ったところで幕となった本作。
 ここで登場するのは、チラッと出てきた名前からしてあの人物ではないかと思いますが――だとするとここから(こんなきっかけで)あの大事件が露見したりするのかな、と予想するのもなかなか楽しいところではあります。


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2021.10.06

星野之宣『海帝』第9巻 鄭和 最後の、そして自分自身の航海へ

 その生涯で幾度となく大航海を成し遂げた伝説の海の冒険者・鄭和を描く本作も、ついに完結であります。第四次航海で西の果て、全ての始まりの地に辿り着いた鄭和が見るものとは。そして長き因縁を持つ永楽帝の死が彼にもたらす影響とは。鄭和と仲間たちの最後の航海が始まります。

 永楽帝が大明帝国を治める地上の帝であるとすれば、明の威信を世界に知らしめる海上の帝として、大航海を繰り返してきた鄭和。
 第四次航海の途上で蘇門答剌の王位を巡る争いに巻き込まれ、元王子・蘇幹剌一行を亡命者として迎え入れた鄭和は、さらに遠く西の果て、つまりアフリカ大陸を目指すことになります。

 それはかつて爪哇を訪れた際に幾度も鄭和を助けた「猿神」(オラン・ペンデク)の長老の願い――その命が尽きかけている今、かつて西の果てからやって来たという祖先の故郷を訪ねたいというその想いに応えるため、鄭和は全ての始まりの地を目指すことになります。
 そこで何が待ち受けているのか――その結末にはちょっと唖然とさせられるのですが、しかしその後に描かれる巨鳥の運命と併せて、移りゆく時代を象徴したものとして、印象に残るのです。


 そして時代の移り変わりは、当然人間の側にも訪れます。鄭和がその後も第五次、第六次と航海を重ねる中、それと軌を一にするように五次に渡り蒙古親征を続けた永楽帝。しかしついにその命が尽きんとする時、彼は鄭和の宿敵たる東廠長官・蔡全人に、驚くべき最後の命を下すことになります。
 役割が終わった鄭和を、自分が亡くなった後に殺せと――ただし、陸ではなく、海で、洋上にいる間に。

 確かに、これまで必ずしも永楽帝に忠実とは言いがたかった鄭和。いや、二人が初めて出会い、永楽帝が鄭和の命以外の全てを奪い、鄭和が永楽帝の命を救ってから、二人は複雑な愛憎関係に結ばれてきました。
 それが永楽帝の最期に当たり、ついに一方に振り切れたというべきかもしれませんが――しかし、それだけでなかったことを、鄭和は、そして我々は知ることになります。

 永楽帝亡き後、財政負担の大きさから宝船艦隊は封印され、実質的に全ての財を奪われ、閑職に回された鄭和。既に彼の人生は、ここで結末を迎えたかのようにすら思えます。
 しかしさらに代が代わり、第五代皇帝が鄭和に告げた、もう一つの命令。そこに込められた永楽帝の想いの大きさ、複雑さたるや――ただただ感無量と言うべきでしょうか。


 そして60歳の時、第七次の――そして最後の、自分自身の航海に旅立つ鄭和。そこには永楽帝の命を果たすべく蔡全人はじめ東廠の刺客らも乗っているのですが――しかしそれ以上に、黒市党や蘇幹剌ら、これまで彼を信じ、彼を支え、そして彼を愛してきた人々もまた、彼と行動を共にすることになります。

 そして歴史に残る航海を終えた後に始まる最後の戦いの行方は――この詳細をここで述べるのは野暮というものでしょう。
 しかしこれまでの集大成というべきその内容に加えて、確実に時代は移り変わっていることを示す展開も心憎く(まさか戦いを決したのがあの人物だったとは! 確かに言われてみればそのとおりなのですが……)、本作の掉尾を飾るに相応しいと言うほかありません。

 そして鄭和が向かう先は、そして辿り着いた先は――いやはや、その内容はこれまで本作において何度も描かれてきた、(鄭和伝奇考とも言うべき)壮大な○○話というべきかもしれませんが、しかしこれもまた、本作の結末には相応しいと感じる次第です。


 実在の人物の、史実にまつわる行動を題材としつつも、しかしそこに豊かな伝奇性(と遊び心)を散りばめ、稀有壮大な物語を描くと同時に、鄭和をはじめとする人々の想いの行方を描いてみせた本作。
 奇想に満ちた、そして極めてドラマチックな、実に作者らしい大作であったと改めて感じます。


『海帝』第9巻(星野之宣 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon

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2021.10.05

石川優吾『BABEL』第9巻 攻防死人戦線 そして決戦の地、その名は……

 戦国時代、海の向こうから襲来した「魔」と「八犬士」の戦いを描く物語もついにクライマックス。時空を超えて現れた「千里眼」と合流した信乃たちの前に現れるのは、生ける屍の群れ、群れ、群れ。絶望的な物量差に苦しむ信乃たちにはたして未来はあるのか……

 恐るべき魔の力で桶狭間を制した織田信長に抗するため、伏姫の託宣を受けて「千里眼」を求め、諏訪を訪れた信乃・左母二郎・浜路。そこで彼らが出会ったのは、現代人の格好をした「千里眼」の少年・孫兵衛と、対馬と名乗る男でした。
 時空を超えて現れた彼らの事情をほとんど聞く間もなく、襲いかかる生ける屍の大群。追い詰められて諏訪大社に立てこもることになった五人の運命は……

 というわけで、作者の前前作『スプライト』とまさかのクロスオーバーを遂げることとなった本作。『スプライト』以来――というべきか、黒い水に呑まれて時間を彷徨い続ける孫兵衛と対馬ですが、本作においては二人も八犬士(!)であることが語られ、信乃たちの同志であるというとんでもない事実が判明しました。

 しかしそれに驚く間もなく、玉梓いや今の名はお市(!)に率いられて絶え間なく襲撃を続けてくる生ける屍の群れ。完全に包囲され、ついに諏訪大社に追い込まれた一同ですが――そこで屍たちを諏訪大社の結界が守ることになります。
 と思えば、屍に混じって生身の織田兵(可哀想に……)が結界を超えで攻撃を仕掛け、死者と生者の波状攻撃に苦しめられる信乃たち。そこに現れた文字通り天の助けも玉梓(お市)の魔力に砕かれ……

 と、一進一退の聖魔の攻防。生ける屍軍団vs現代兵器&剣術&神力というのは、一歩間違えればあまりにも何でもアリすぎる戦いになりかねませんが――これまでも各エピソードのラストでは、驚くほどに豪快かつスケールの大きな死闘を、超絶の画力で描き切ってきた本作のパワーはここでも健在です。
 特に、屍の浪裏vs○○というビジュアルのインパクトは凄まじく、その後に描かれる、諏訪といえば――のアレによる超突撃と共に、この巻の白眉とも言うべきでしょう。

 現実を超え、有り得べからざる光景を確かなものとして生み出す画の力を、ここでも目の当たりにさせていただきました。


 そして奇跡的に死線を潜り抜け、比叡山に帰着した信乃たち。そこで孫兵衛と対馬は、日吉大社の宮司からあることを問われることになります。それは比叡山を取り巻く黒い水――そう、これまで幾度となく孫兵衛と対馬を呑み込んで時を超えた、いや時そのものである黒い水であります。

 どうやら『スプライト』の後も幾度となく時を超え、信長に挑んできたらしい二人。しかしそれでも歴史は変わることなく、そしてそのたびに比叡山も信長によって炎に包まれてきたというのですが――しかしこの世界は、この時間は、これまでの繰り返しと同じものなのでしょうか。
 少なくとも二人の反応を見れば、異国の魔もこの国の聖なる力も、そして八犬士も、初めて目の当たりにするのは間違いないようであります。

 そしてそれを裏付けるように、安土に出現する、これまでのいずれの時にも存在したことがなかった建造物。その姿は、まさかあの……


 ついにタイトルを回収して出現した最終決戦の地。そこで待つものは何か、そしてそこで何が描かれるのか――八犬士がまだ揃っていない気もしますが、次巻、最終巻を見届けたいと思います。


『BABEL』第9巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2021.10.04

奈々巻かなこ『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第2巻 悩める少年/神人たちの物語は何処へ

 平安時代末期、「神人」として平家を守る少年・千珠丸を通じて、平家の隆盛と落日を描く異形の平家物語、待望の続巻であります。平家と敵対する同じ神人・遮那王から神人誕生の秘密を聞かされ、動揺する千珠丸。徳子が帝の子を産み、さらなる栄華を極めるかと思われた平家にもついに翳りが……

 六波羅の平清盛の屋敷の奥に住まう少年・千珠丸。平治の乱の頃から変わらぬ姿で在り続け、大怪我を負ってもやがて治ってしまう彼は、「神人」と呼ばれ、平家の守り神として、その隆盛を支えてきたのであります。

 そんな中、彼と同じ神人を名乗る少年・遮那王と出会った千珠丸。以来、何かとちょっかいをかけてくる遮那王と、成り行きから彼は鞍馬山で一時の共同生活を送ることになります。そこで遮那王から、自分たち神人は生贄として一度は神に捧げられ、再びこの世に還された人間と聞かされ、衝撃を受ける千珠丸ですが……
 というわけで、平清盛に始まる平家の隆盛を陰ながら支えてきた千珠丸の視点から、平安時代末期の争乱を描く本作。この第2巻では、その威光が頂点に達した平家が、いよいよ下り坂に向かっていく姿が描かれることになります。

 千珠丸不在の中、彼と瓜二つの顔を持つ謎の少女によって、疫神を憑けられて倒れた徳子。悪夢の中で自分の子が浪の下へ沈む姿を目の当たりにして苦しむ徳子は、帰還した千珠丸によって助けられたものの、今度は遮那王の呼び出した雷獣に重盛がその身を焼かれ、瀕死の重傷を負うことになります。
 暗いムードとなりつつも、それでも徳子が帝の子を授かるという大逆転のチャンスを掴んだ平家。しかしその矢先に重盛が死に、千珠丸はその最期の言葉に神人の真実を感じ取るとともに、自分が遮那王の父の仇であると知ってしまうことになります。平家を守る理由がなくなったと沈む千珠丸ですが、しかし……


 後白河院との対立や、高倉帝への践祚の要求など、その隆盛の頂点で朝廷と衝突を繰り返し、やがて高転びに転ぶことになる平家。
 その姿はこれまでネガティブに描かれることがほとんどでしたが、本作はその平家の人々をどこまでも人間臭く――というよりごく普通の人間たちとして描くことによって、彼らもまた、混沌の時代に懸命に生きるうちに、運命に翻弄された者たちとして描きます。

 そしてその運命から彼らを守り、あるいはその運命の代理人のような形で彼らを襲う神人の存在ですが――前巻ラストで語られたその正体が真実であったと判明したことが、その神人たる千珠丸自身の運命を狂わせていくことになります。
 自分が家族と信じていた者たち、自分の居場所だったと信じていた場所が、全て偽りであったとしたら――その姿と同様、少年の心を持ち続ける千珠丸にとって、それはあまりに大きな衝撃であることは間違いなく、そこから更なる悲劇が生まれる展開にも納得です。


 そしてこの第2巻で、完全にもう一人の主人公として存在しているのが遮那王です。言うまでもなく彼こそは源義経――源義朝と常盤御前の間の子ですが、その母に文字通り捨てられ、彼はただ一人、強がりでその身を鎧って生きていくことになります。
 そんな中でようやく見つけた自分と同じ存在である千珠丸ですが、彼にはたくさんの家族と帰る家がある存在。そんな彼に憧れつつも拒否され、そしてついに千珠丸の家族を傷つけてしまう遮那王の屈折した想いは、やがて千珠丸の敵となることにとって対等の存在となれると考えるまでに……

 本作のサブタイトルは少年平家物語ですが、なるほど、千珠丸と遮那王のナイーブな心の揺れは子供でも大人でもない、「少年」ならではのもの。そしてその「少年」らしさで自らを傷つけ、周囲を傷つける遮那王の姿は、「少年義経記」と言いたくなるほど、印象的なのです。


 それにしても本作の登場人物たちは、大きくカリカチュアされているにもかかわらず、平家物語等に描かれれた姿から不思議なほどに違和感なく、そして人間としての陰影すら感じられるのが素晴らしい。
 本作において最も「漫画」的に感じられる後白河院も、その本作ならではの人物造形が、逆に極めてリアルな存在として感じられるのには感心させられました。
(そしてそんな彼の執着が、頑なな遮那王の心をある意味溶かすくだりは圧巻!)

 そんな人間たちと、悩める神人たちの物語はどこに行き着くのか――いよいよ次巻にて物語は結末を迎えることとなります。


『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第2巻(奈々巻かなこ 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2021.10.03

『半妖の夜叉姫』 第25話「天生牙を持つということ」

 麒麟丸との激闘の末に命を落としたせつな。無力感に打ちひしがれたとわの前に殺生丸が現れ、折れた天生牙を託す。せつなを蘇らせるため、妖気の刀身を作り出そうとするものの、苦戦するとわ。一方もろはは、刀々斎がせつなの薙刀の拵えを作る間、群がる魑魅魍魎を迎え撃つことに……

 善戦はしたものの、麒麟丸に完敗を期したとわ・せつな・もろは。その中でもせつなは、麒麟丸と打ち合った末に正面から唐竹割り状態に斬られ、命を落とすことになります。目の前で妹が討たれたにもかかわらず何もできなかった無力感に打ちひしがれるとわの前に殺生丸が現れて――という場面で終わった第一期。
 その直後から始まる今回は、殺生丸から天生牙を渡されたとわが、せつなを甦らせるべく力を尽くすことになります。言うまでもなく、一度だけその相手を死から甦らせる力を持つ天生牙。しかしその天生牙は以前是露を甦らせた際、逆恨みでへし折られてしまったわけですが――普段折れた菊十文字を妖気の刀身で補っているとわならば!? とは誰もが思うところであります。

 はたして父ともろはが見守る中、天生牙に己の妖気を注ぎ込むとわですが、さすがに天生牙の力は桁外れ、とわは朔の時のように妖気を失って髪の色が黒くなっていってしまいます。それでも気合いで天生牙に妖気の刃を与え、見えを切るとわですが――しかしとわは天生牙が、実際には相手に取り付いたあの世の使いを斬ることで甦らせていることを知らなかった!? まずそこからか、という感じですが、ここも気合いで何とかせつなに取り付くあの世の使いを見切ったとわ。しかしもう刀を振るう力もない状態……

 と、そこに現れたのは刀々斎(と邪見)。さすがは天生牙を鍛えた人物らしく、三日もあれば直せると平然と語る刀々斎ですが、しかしもちろんそんなに待ってはいられません。では何をしに来たんだという感じですが、刀々斎は折れたせつなの薙刀・兼光の巴を見て、これでは殺生丸から与えられた腕の血刀には相応しくないと、新たな拵えをその場で作り出そうとするのでした。
 いま死んでいるせつなの冥土の土産に、というのは冗談なのか本気なのかはわかりませんが、何はともあれこの作業、周囲の魑魅魍魎を呼び寄せるという迷惑なもの。そこでその間の守りを任されたのが、それまで驚き役に徹していたもろはであります。一匹や二匹どころではなく、群れというよりほとんど塊で襲ってくる魑魅魍魎たちを、初めは破魔矢で景気よく落としていたもろはですが、矢が尽きるとあとは肉弾戦。しかしあんまり役に立たず、魑魅魍魎の群れに呑み込まれるのでした(二期でもこんな役回りか……)。

 その混乱の中、ついにせつなの体から魂が離れかけたその時に、最後の力であの世の使いを斬ったとわ。全ての力を失って倒れる彼女を受け止めた殺生丸は、彼女をせつなの脇に横たえ、せつなの名を呼べば――ついに目覚めるせつな。そしてまさにその瞬間に完成した薙刀・所縁の断ち切りを手にしたせつなは、ものすごいフルスイングで魑魅魍魎の群れを一掃するのでした。

 そして天生牙を刀々斎に託し、娘たちを残して去って行く殺生丸。そして刀々斎もとわに対し、麒麟丸に戦うためには吸妖魂の根が必要で、その在り処はは朴仙翁が知っていると告げて去って行くのでした(自分にも武器をくれというもろはを無視して……)。


 第一期ラストの総集編から始まった今回。内容的にはせつなの復活のみとシンプルですが、とわの頑張りもあってなかなか見応えのある回でした。
 しかし全てを持っていった感があるのはやはり殺生丸で、相変わらずの鉄面皮ながら、上述のとおり倒れたとわを受け止めたり、せつなに呼びかけたりと、行動の端々で娘たちへの想いを見せるのが、これまでがこれまでだっただけに印象に残ります。特に横たわった娘二人の頬にそっと手を当てる様がもう……

 そしてラストに名前が挙がった朴仙翁は、鉄砕牙と天生牙にも縁のある大物であって知恵者であることから、何やら植物系っぽい吸妖魂の根なるアイテムの情報を得るには、確かにうってつけの存在。当分はアイテム探しが描かれるというところでしょうか。

 しかしもろはは二期でもこんな役回りか……(もう一回)


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第22話「奪われた封印」
『半妖の夜叉姫』 第23話「三姫の逆襲」
『半妖の夜叉姫』 第24話「殺生丸の娘であるということ」

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2021.10.02

相田裕『勇気あるものより散れ』第1巻 死ねなかった男と死なない娘の冒険譚開幕

 『GUNSLINGER GIRL』の作者が、今度は銃から刀に持ち替えて描く物語――明治初頭、幕末の騒乱を生き残り、しかしもはや武士としては生きられない者たちが数多くいた時代を舞台に、そんな死に損ねの武士と不死の力を持つ少女の戦いを描く伝奇活劇の開幕編であります。

 親兄弟を全て会津戦争で失い、自身は五稜郭まで流れた末に生き残った元会津藩士・鬼生田春安。死に場所を求める彼は、元旗本の娘・菖蒲の内務卿・大久保利通暗殺の企てに参加し、大久保の馬車を襲撃することになります。
 ところが馬車から現れたのはまだ若い娘――しかも刀を手に春安たちを襲う彼女と刃を交えた春安。剣戟の末に娘を確かに斬った春安ですが、娘の髪は銀色に変わり、しかもその傷はたちどころに塞がったではありませんか。
 そしてさらに鋭さを増す娘の刃に斬られて倒れる春安。しかし九皐シノと名乗った彼女にその血を与えられ春安もまた、致命傷だったはずの傷から回復したのでした。

 実は彼女こそは「半隠る化野民」――かつて異界に渡り、不死の存在となった「化野民」と人間の間の子。そして彼女の血を与えられ、一蓮托生の眷属と化した春安は、ある目的を持つシノを主と仰ぎ、行動を共にすることに……


 そんなミステリアスな展開に始まる本作。不死者の少女とその眷属となった男というシチュエーションは、実は伝奇ものではそこまで珍しいものではないように思いますが――しかし本作においては舞台が明治初頭、そして男が戊辰戦争の死に損ない、ヒロインが複雑かつ陰惨な過去を持つ不死の血族というのが目を引きます。
 不死者となって以来、その力を以て徳川幕府に――いまは明治政府に協力してきたという化野民と半隠る化野民。しかしその陰で無惨かつ悍ましい役割を背負わされた母を救うため、シノはある力を求める――というシチュエーションもユニークであります。

 そして実は菖蒲の家は、代々化野民を管理し、監督する家系だったという因縁も加わり、彼女を仲間に加えて春安とシノはある行動に出ることになるのですが――その前に立ち塞がるのがシノの兄、しかもその眷属がなんと! と、物語は上々の滑り出しといえます。


 もっとも、菖蒲の家が偶然化野民とかかわりがあったり、春安が戦った相手が、彼の言葉にあっさり――という展開は、少々うまく行き過ぎという印象はあります。
(後者については、まだ罠の可能性も捨てがたいですが……)

 しかしやはり化野民と半隠る化野民の民の設定はユニークですし、何よりも時代の境目で全てを失い、死ぬこともできなかった男が、時代の境目で自分の、自分たちの生き方を――それこそ死んででも――変えようとする少女のために戦うというシチュエーションは、大いに胸を熱くさせるものがあります。

 本作はまだまだ始まったばかり、示されているゴールもおそらくはたどり着くにはまだまだ遠く、そしてそれが真のゴールなのかもまだわかりません。
 それでもその先を――少なくともそこにどのような形で向かっていくのかを――見届けたいと思わされる、そんな物語の開幕であります。

 ちなみにこの第1巻の巻末には、幕末・明治の考証ならこの人、というべき山村竜也の記事を掲載。それだけでも本作の意気込みというべきものが伝わってくるように思えるところです。


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2021.10.01

『MARS RED』 第10話「通り過ぎし、夏の夜の夢」

 デフロットに対し、帝国ホテルのロビーを使って劇をやってほしいと持ちかける葵。その頃、秀太郎たちは濠の中からタケウチが隠した荷物を引き上げていた。劇は無事に上演されたものの、デフロットを誘い出すためにルーファスに攫われてしまった葵。月島の施設を訪れたルーファスを待つものは……

 今日も今日とてヴァンパイアが徘徊し、金剛鉄兵たちがそれを叩き潰していく帝都の夜。そんな地獄絵図を目の当たりにして、もはや「生きる」気力を失ったデフロットですが――そこに現れたのは葵。あの岬が残した衣装を手にして、デフロットに帝国ホテルのロビーを使って、「オルフェウス」を演じて欲しいともちかけるのでした。
 もしかして自分が岬の代わりを――? と一瞬思いましたが、さすがにそんなことはなく、あくまでもチャリティー公演をプロデュースするつもりの葵(そしてそれに巻き込まれる人の良い編集長)。そんな彼女を前にデフロットは、ヒロインのエウリディーチェとの結末を変えていいなら、と応諾するのでした。

 その頃、特務隊近くの濠の中から、大きな荷物を引き上げた秀太郎とスワ(潜らされたスワが一応文句は言っていたものの、本作のヴァンパイアは水はそこまで弱点ではない模様)。その中から出てきたのは――大量のスカンクボール、はともかく、タケウチがかつて研究していたヴァンパイアの血液や数々の発明品、そして空を飛ぶ機械の図面等々、タケウチ以外には役に立ちそうにないアイテムの数々であります。
 この血液を使ってヴァンパイアに太陽光線がもたらす影響を研究し、ヴァンパイアも年を取るようにできるかもしれないというタケウチ。子供のヴァンパイアたちは喜んでいますが、完成まであまり時間がかからないといいつつ、それが百年二百年というヴァンパイア時間でケロッと言う辺り、やはりタケウチは危険過ぎます。

 そして秀太郎とスワが今度は隠しておいた食用血液を確保していた間、無事上演されるオルフェウス。舞台上で死を疑似体験してスッキリとした表情のデフロットですが、楽屋に残されていたのは、ルーファスの手紙――中島から葵の情報を得ていたルーファスは、彼女を攫ってデフロットを月島に誘き出したのであります。
(といっても葵の情報は秀太郎の関係者としてだったはずですが、あくまでもデフロットを相手にしたかったらしいルーファス)

 初めて訪れた月島で、岬のサロメのレコードが流れていることに眉を顰めつつ、基地の奧に進むデフロット。ようやく葵を見つけて近寄ったものの、そこは屋根が開閉可能の格納庫のような空間――まんまとデフロットを誘き出したルーファスは、全ての屋根を開放して、デフロットをまさに白日の下に晒そうとしていたのでした。
 が、そこに現れた何者かの影。「岬――バヴァンパイアを排除する」と呟くその声は前田ですが、その目は赤く輝き……


 と、ヴァンパイア前田がようやく動き出し、前門の虎後門の狼という状況のデフロット――という展開ですが、その間秀太郎たちはといえば、皆でタケウチ発明の飛行装置の製作に夢中と、全くデフロット側の話に絡まないのもすごい。というより本作の場合、今の所、秀太郎サイドとデフロットサイドを結ぶ葵の立ち位置が後者に偏りすぎていて、両者の物語が全く繋がっていないという大きな欠点が、今回特にはっきりした印象があります。
(しかし両翼がそれぞれ20mというのは、ジェットスクランダーどころではない巨大さでは……)

 それはさておき、デフロットが舞台に拘るわけがはっきりと描かれた今回。おそらくデフロットが演じたのはグルックのオペラなのかなと思いますが、オリジナルではエウリディーチェが甦ってハッピーエンドなのに対し、デフロットはわざわざ結末を変えて心中エンド――と、舞台の上なら好きなだけ死ぬことができる! というのは、確かに屈折はしているものの、それなりに納得のいくものではありました。

 しかしデフロットも足を止める日光が降り注ぐ場に現れた前田、このシチュエーションで活躍できるのか、ちょっと心配ではあります。


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