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2021年11月

2021.11.30

久保田香里『きつねの橋 巻の二 うたう鬼』 少年たちと平安の奇妙な「鬼」

 地方から出てきた少年武士・貞道と神通力を持つ白狐・葉月の不思議な交流を描く平安ファンタジー『きつねの橋』の待望の続編であります。貞道たちの仕える源頼光のもとに新入りの渡辺綱がやって来たことをきっかけに、親友の季武に憑いた奇妙な鬼を巡る騒動が始まります。

 化け狐の葉月や大盗賊・袴垂を巡る騒動も一段落し、平和な日々を送る貞道。しかしそこに新入りの郎党・渡辺綱が現れます。
 さっそく手柄を立てた上、季武が得意とする弓の勝負で彼を打ち負かした綱。落ち込む季武を紅葉狩りに連れ出す貞道と二人の親友の公友ですが、道に迷った末、鬼が出ると噂のお堂で一晩過ごすことになるのでした。

 その晩、奇妙な歌声に誘われて表に出た貞道に、京に連れていけと語る鬼。もちろんこれを撥ね退ける貞道ですが、代わって季武が鬼を受け容れてしまったのです。弓で綱に雪辱を果たし、その後も常人とは思えぬ力を発揮して活躍する季武。しかし彼は夜毎怪しげな行動を取るようになったのでした。

 ある晩、季武の姿を追ううちに、綱と出会い、共に後を追うことになった貞道。しかし綱が、奇怪な行動を取る季武の腕に刃を振り下ろした結果、思わぬことに……


 というわけで、貞道と葉月、季武と公友、さらに公友が仕える藤原兼家の五の君といった前作で活躍した面々に加え、新たな顔ぶれが登場する本作。貞道・季武そして公友といえば頼光四天王ですが、本作ではついに渡辺綱が登場することになります。
 しかし一般に綱といえば、四天王の中でも優等生というかヒーロー担当のイメージですが、本作では生意気な転校生的な造形なのが面白い。そしてそんな綱の存在を意識する貞道や季武の姿は、過去の世界が舞台であっても、少年少女の心をリアルな手触りで描いてきた作者ならではの描写といえるでしょう。

 しかし本作で最も印象的なキャラクターはといえば、それはタイトルに登場する「鬼」であることは間違いありません。
 血のように夜目にも赤い葉をつけたもみじの傍らに現れ(といっても人の目には姿が見えないのですが)、心地よく響く声でもみじの美しさを詠った歌を口ずさむ――そんな極めて印象的な形で登場するこの鬼は、その後も古木を求め、歌を詠じながら京のあちこちに出没することになります。

 この鬼の造形は、現代の我々がイメージする「鬼」像とは大きく異なるかもしれません。しかし平安時代の怪異・霊異に関心を持つ方であれば、むしろこれこそがこの時代「鬼」と呼ばれた――中国語の「鬼」に近い――存在にふさわしい描写だと感じることでしょう。人の目に見えず、この世のものならぬ恐ろしい力を持ちながらも、時にどこかひどく風雅で真摯な態度を取る鬼に……

 そして本作は、鬼から季武を救い出そうとする貞道、力を求めた末に鬼に操られる季武、鬼の腕を落としたことで付け狙われる綱――と、この鬼の存在を中心に物語が展開していくことになります。特に綱については、あの有名な伝説を下敷きにした展開が描かれるのですが、そのアレンジの巧みさには、あれをこう描くのか――と、ただ感心させられるばかりです。

 しかし、いかに貞道たちといえども、やはり人知を超えた鬼を前には分が悪い。鬼を倒せぬまでも、季武から引き離すにはどうすればよいのか? 人外という点では同じ葉月であれば――と思っても、格が違いすぎることは、冒頭で明確に描かれることになります。

 それでは――その答えはここでは明かせませんが、作中に登場するある存在(このアイディアだけで瞠目させられるほどユニーク!)を介することで展開する大団円の姿は、奇妙でありながらもただひたすらに美しく、本作の結末を飾るに相応しいものであるというほかありません。


 これまでも奈良時代や平安時代を舞台に、その時代の事物を描きつつも、それだけに留まらない巧みななひねりを加え、その中で少年少女の心の機微を描いてきた作者らしい、ユニークで、そして内容豊かな本作。

 葉月の出番が少ないのはちょっと残念でしたが(前作の感動的な結末のその先がちょっと可笑しい)綱だけでなく、源雅信の姫君といった新キャラの登場も楽しい物語であることは間違いありません。
 特に源雅信の姫君については、わかる方であればニヤリとさせられるチョイスですが、彼女がサラリとこの世のものならざる存在を受け入れる描写も実に良く、実に本シリーズらしいキャラクターと感じます。

 この先もこの少年少女たちの、奇妙で胸躍らせる冒険を見てみたい――そう感じさせられる良作であります。


『きつねの橋 巻の二 うたう鬼』(久保田香里 偕成社) Amazon

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2021.11.29

鮫島圓『狐の掟 中国幻想選』 帰ってきた人間と人間以外の愛の物語

 先日『中国幻想選 竜王の娘』が話題になった作者による、やはり中国の志怪小説や随筆、説話集を漫画化した短編集であります。過去に『蓬莱トリビュート』のタイトルで刊行されたものの収録作品の一部+未収録作&描き下ろしが収録されています。

 『太平広記』や『閲微草堂筆記』といった志怪小説をベースにしつつも、現代日本の読者にも受け入れやすい絵柄と絶妙なアレンジで支持を受けた作品集『竜王の娘』。
 作者の同様の作品としては、以前に『蓬莱トリビュート』が刊行されていましたが、現在では絶版になっています。その内容の一部と、続編の『蓬莱エクステンド』としてWeb連載されていたもの、さらに描き下ろしで、本書は構成されています。

 妻を喪った男が、亡魂を呼び出すことができるという術士・趙十四を頼り、妻と束の間の再会を遂げる「趙十四」(『太平広記』)
 山中で出会った一家の娘の美貌と教養に一目惚れし、妻として連れ帰った男が、年を経て妻の正体を知る「異類の娘【虎】」(『太平広記』)
 山中で侍女に傅かれて暮らす美女と出会った狩人が互いに惚れあって結ばれたものの、些細な行き違いが取り返しのつかない結末を招く「異類の娘【狼】」(『夜譚随録』)
 山中で遭難して人熊(ヒグマ)に助けられた男が辿る意外な運命「熊に助けられた男」(『子不語』)
 犬に襲われていた狐を助けた男のもとに、狐が変じたという美女が夜毎訪れるも、意外な結末が待ち受ける「狐の掟」(『閲微草堂筆記』)
 ある晩、墓地で目撃された、仲睦まじく語らう美少年と老婆の真実「月下の恋人」(『閲微草堂筆記』)
 盗賊に襲われながらも操を守り通して死んだ妻の亡魂が夫のもとを訪れる「冥府に行った嫁」(『閲微草堂筆記』)
 一族を根絶やしにされ、自身も腕と足を失いながら不思議な狼に救われた少年を通じて突厥の出自を描く「アシナ」(『隋書』)
 そして狩人が怪しげな行動を取る狐の帳簿を覗いてみれば――という初回限定特典「秘密の帳簿」(『捜神後記』)

 このうち、「異類の娘【虎】」「異類の娘【狼】」「狐の掟」「冥府に行った嫁」が『蓬莱トリビュート』収録作、「趙十四」「熊に助けられた男」「月下の恋人」が単行本初収録作、「アシナ」が描き下ろしという形となります。

 残念ながら『蓬莱トリビュート』に収録された作品が全て本書に収録されているわけではないのですが、一定の選定がなされた意図は明確でしょう。それは、本書に収録されているのが、いずれも人間とそれ以外――あるいは亡霊、あるいは獣との間の愛を描く物語であることです。
 夫が幽明境を異にすることとなった妻の姿を求める、男が動物が変じた美女と出会い愛を交わす――ある意味典型的なシチュエーションですが、むしろその典型の源流が、本書のベースとなっていると言ってもいいでしょう。しかし本書は、原典にプラスアルファの要素を加え、あるいは画の力でもって、そこから一歩踏み込んだ味わいを生み出しています。

 例えば表題作の「狐の掟」。美しい異類婚姻譚に見えたものが、終盤に至りガラッと趣を変え、皮肉で残酷な結末を迎えるという物語自体はほとんど原典そのままなのですが――本作においては(原典では明示されなかった)男のもとを訪れていた娘の意図が明確に描かれる点が異なります。
 それでありながら、結末における男の行動は変わらない――原典では男の行動を愚かなものとして描いているのですが、本作においてはそれが一周回って、不思議な純愛の姿を生み出しているとすら感じられます。

 一方、「月下の恋人」は、原典自体もごく短いこともあり、ほぼそのままの内容なのですが、ラストページの画は、二人の愛の無上の美しさを見事に描き出しているといえるでしょう。
 また「アシナ」は、原典が歴史書であり、内容も民族創生神話というべきものですが、時にドキッとするほど生々しい描写を交えて描くことで、美しい愛と祈りの物語として、原典を再生させていると感じます(またラスト2ページが泣けるのです……)

 そんな本書の中では、恐ろしいことにほとんど原典に忠実な「熊に助けられた男」はむしろ変わり種かもしれませんが……


 何はともあれ、原典の内容の豊かさはそのままに、漫画としての巧みなアレンジを加えることで、さらなる面白さを生み出している点では、これまでの作者の作品と同様の本書。中国の志怪小説やファンタジーを愛する方であれば必読です。
(そして今回収録されなかった『蓬莱トリビュート』の作品もどこかで読めることを祈っております)


『狐の掟 中国幻想選』(鮫島圓 双葉社webアクションコミックス) Amazon

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2021.11.28

『半妖の夜叉姫』 第33話「魔夜中の訪問者」

 鬼神・魔夜中が操る炎牛から五穀村を守るため奮闘する退治屋たち。しかし退治屋の一人・五郎の裏切りにより結界が破れ、魔夜中は村の中に入り込む。神宝「五穀の恵み」を求める魔夜中は、かつて自分が土地神・真昼間だった時の出来事をせつなに語る。それを聞いた所縁の断ち切りが反応し……

 前回のラスト、満月狸に景気よく紅の爆流破を放ったものの、狸穴将監の天地返しの術で返され、夜空に場外ホームランを食らったもろは。そのまま眠りについてしまったもろはは今回このままお休み――竹千代が毒づくのも、もっともとしか言いようがありません。そしてとわと理玖(あとりおん)も、二人でなんかいいムード(?)になっただけで特に進展はなし。完全にせつな主役回であります。

 というわけで、北の退治屋の依頼で助っ人に向かい、そこで神宝「五穀の恵み」に守られて繁栄する五穀村を襲う炎牛たちから村を守ることになった退治屋組。しかし炎牛を操っているのは土地神であった魔夜中なる鬼神、そして魔夜中はかつて自分のものであった「五穀の恵み」を差し出せと言っているのですから、これはどう考えても裏が大アリであります。

 それはそれとして、仕事は果たさねば――というわけで、竹で作った壁で無数の炎牛たちを誘導し、貯めておいた雪を人工雪崩的に落として炎牛たちを埋めてしまうという(冷静に考えると無茶苦茶大仕掛けな)罠で炎牛を一網打尽にせんとする退治屋たち。その策はうまくいったかに見えたのですが、前回せつなが倒し、北の退治屋の一人・五郎が村の中に墓を作って弔っていた炎牛が復活――中から暴れまわったことで村を守っていた結界が破れ、魔夜中が村の中に入り込むことになります。そしてせつなも、五郎の不意打ちで意識を失うことに……

 そしてせつなが意識を取り戻した時、そこは五穀の恵みが安置された村の広場――その力で村長をはじめとする人々を泥(?)で固めて封じてしまった魔夜中は、せつなに対して自分の過去を――かつては村の土地神であった真昼間が、鬼神・魔夜中に変じた理由を語ることになります。

 かつては真昼間と五穀の恵みに守られ、幸せに暮らしていた五穀村。しかしそこに外からやって来た役人が村長に収まると、自分の娘のお華を使って真昼間を騙し、まんまと五穀の恵みを奪ってしまったのでした。人の姿を借りてお華の前に現れ、五穀の恵みを取り返すように命じた真昼間ですが、なかなかうまくいかず、そうしている間に二人は恋仲となったのであります。
 そして村を捨てようというお華の言葉を信じたものの、約束の日にお華は現れず、傷心のままこの地を去った真昼間。そして諸国をさすらった末に五穀村に帰ってきた真昼間は、村が神宝の力で空前の繁栄を遂げたことを知ると怒りと虚しさのあまりに、鬼神・魔夜中へと変貌したのであります。そして今、自分とお華の間の子である五郎を使ってついに五穀の恵みを眼前にした魔夜中ですが、その心中は虚しいばかり……

 と、魔夜中の過去を聞き終えた時、所縁の断ち切りが何かに反応したことを察知したせつな。それは魔夜中と五穀の恵みの――いや何かの間を結ぶ縁でありました。そして己の精神を研ぎ澄ましたせつなが見たものは、真昼間とお華の間の愛の姿――そしてその末に魔夜中を縛る縁をせつなが断ち切った時、五穀の恵みの社から現れたのは、お華の姿だったのです。
 五郎を産んで数年後に亡くなったお華。五穀の恵みは、その彼女を依代としていたのであります。時を経てようやく巡り合った魔夜中――いや真昼間とお華は天に召され、五穀の恵みは光となって消え去るのでした。


 冒頭に述べたとおり、せつなが主役となった今回。物語的には脇筋といえるかもしれませんが、今回、ついに彼女が所縁の断ち切りの力を自覚的に用いたのは大きな意味があります。

 そしてそうしたイベント的な要素以上に、炎牛を罠に誘き寄せる際のせつなのアクションや、所縁の断ち切りとともに真昼間とお華の過去をせつなが垣間見る際の美しくも物悲しい演出など、映像的にも見るべきものが多くあった今回。ちょっと説明不足の部分もありましたが、なかなか印象に残るエピソードであったかと思います。


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第27話「銀鱗の呪い」
『半妖の夜叉姫』 第28話「産霊山の結界」
『半妖の夜叉姫』 第29話「りおんという名の少女」
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2021.11.27

松井優征『逃げ上手の若君』第3巻 炸裂、ひどく残酷で慈悲深い秘太刀!?

 最後の北条家得宗・高時の子・時行が、鎌倉幕府滅亡後に繰り広げる奮闘を描くユニークな歴史漫画の第3巻であります。諏訪の北の国境を偵察に向かい、意外な強敵と遭遇した時行と配下の逃若党。はたしてこの窮地を如何に乗り越えるか――時行の秘剣(?)が唸ります。

 小笠原貞宗との度重なる対決を何とか乗り越え、逃若党ともども、少しずつ成長していく時行。そんな中、小笠原領との国境を偵察に向かおうとする時行ですが――彼の後見人たる諏訪頼重は、実はこの時「未来見えない期」の真っ最中。
 普段から頼りになるのかならないのかわからない頼重の予知ではありますが、頼重にとっては一大事、不安を抱えたまま、時行を送り出すのですが――はたしてその不安は的中することになります。

 時行たちが訪れた村に残っていたのは幼い子供たちのみ――その子供たちを束ねていた青年・吹雪と出会った時行は、村が小笠原配下の(元)悪党集団・征蟻党の襲撃を受けたことを知ります。
 国境の村を侵し、略奪を恣にしてきた征蟻党。人々を苦しめ、放っておけば諏訪に多大な被害を与えかねない彼らをここで阻むべく、時行たちは吹雪の策に従って迎え撃つのですが……


 かくてこの巻で展開するのは、時行&逃若党と征蟻党の全面対決。時行はともかく逃若党はそれぞれ一芸に秀でた面々、そして新たに登場した吹雪は、軍略に秀でるだけでなく二刀の使い手と、文武に優れた青年ですが――対する征蟻党は掛け値なしの暴力のプロ。というより、簡単に言えば「ヒャッハー」であります。

 ただでさえアレな側面の大きい当時の武士の中でもさらにアレな「悪党」。その中でも特に抜きん出た凶暴さと残酷さを持つ首領・瘴奸に率いられる征蟻党は、見るからに世紀末な感じの連中であります。
 普通であれば(?)ヒーローのより強大な力によって蹴散らされる手合いですが、しかし本作の主人公は、基本的に逃げ上手なだけの非力な子供――逃若党の力も限られる中で、この暴力集団を、そして瘴奸を如何に倒すかが、この巻のハイライトであることは言うまでもありません。

 そしてここで新登場の吹雪が大活躍するのですが――彼の才能は、軍略と二刀だけではありません。それ以上に優れた彼の才は、人の才を見抜きそれを伝え伸ばすこと。
 そんな彼が伝授した秘太刀「鬼心仏刀」を以て、時行は無謀にも瘴奸に単身挑むことになるのですが――いやはや、この鬼心仏刀の正体が、まさに時行に相応しいものであるのには、思わず膝を打ちました。

 それも単に時行向きである――というより彼にしか使えないような技であると同時に、ひどく残酷かつ慈悲深いという、矛盾した側面を併せ持つ技であるのが実に面白い。使えるシチュエーションが限られた、ほとんどイベント技とはいえ、まさに本作ならではのものとして、感心いたしました。


 ただ、もの凄いカリカチュアライズされていたとはいえ実在の人物である小笠原貞宗に比べると――おそらくは将監入道・平野重吉がモデルだとは思われるものの――瘴奸と征蟻党との戦いは一段落ちて感じられなくもありません。
 また、初登場の吹雪が活躍するのは当然としても、完全に初期メンバーの弧次郎と亜也子の上位互換になっているのも気になるところではあります。

 これは以前も書いたかもしれませんが、時行と頼重はともかく、それ以外の時行方の、逃若党の面々が今ひとつ魅力に乏しいというのは、やはり否めません。
 ただでさえ実在だけでも個性的な(キャラとして描かれるであろう)人物が多い舞台だけに、架空のキャラの扱いは、どうしても気になってしまうところではあります。


『逃げ上手の若君』第3巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2021.11.26

上田秀人『辻番奮闘記 三 鎖国』 辻番、長崎に誕生す!?

 平戸藩松浦家の「辻番」に選ばれたことをきっかけに、外様大名と幕府の間の暗闘に巻き込まれることとなった斎弦ノ丞の物語の第3弾であります。前作ラストで任を解かれ、国元に配置換えとなった弦ノ丞。ということはもう辻番とは無関係なのか――と思いきや、まったく思わぬ展開が描かれることに……

 島原の乱の戦後処理に関連し、時に幕府へのポイント稼ぎのため、時に隣の元松倉家の牢人を防ぐため、二度に渡って辻番を務めることとなった弦ノ丞。
 そのたびに、他家が責任転嫁のために引き起こした騒動に巻き込まれつつも何とか潜り抜けた弦ノ丞ですが――前作の結末で事件解決を優先したことから配下の反発を買い、役目を外れることになります。

 もちろん、藩から見れば弦ノ丞の行動は正当なものでありますが、最初の事件を解決した後に江戸家老の姪を妻に迎えて出世したこともあり、風当たりも小さくありません。
 そこで江戸家老の裁定で国元に還されることになった弦ノ丞ですが――少しでも有能とみなされた人間がこき使われるのは、上田作品では常識であります。

 折しも、これまでの物語で松平伊豆守に睨まれたこともあって、平戸から和蘭陀商館は長崎出島に移転――それだけでも大きな痛手であるところに、さらに長崎警固の助役を松浦家は求められることになります。その下調べのために、弦ノ丞は長崎に派遣されることとなったのです。
 共に向かうのは、最初に江戸で共に辻番を務めた田中と志賀の二人。当時は教えを請うていた二人が部下になるという何ともやり難い立場ですが、上からの命令には逆らえず、平戸について日も浅いにもかかわらず、弦ノ丞は出立することに……

 しかし長崎に到着した弦ノ丞たちを、さっそく厄介事が襲うことになります。松浦家の周囲で怪しげな動きを見せる商人・大久保屋の差金で地元の無頼たちが弦ノ丞たちを襲撃してきたのであります。
 もちろんこれを軽々と撃退した弦ノ丞たちですが、それに目をつけたのが、長崎奉行・馬場三郎左衛門。江戸での辻番としての活躍を知る奉行から、何と弦ノ丞は、長崎の辻番を命じられてしまったのであります!!


 ――いやはや、弦ノ丞が国元に異動ということで、シリーズタイトルである『辻番奮闘記』はどうなってしまうのだろうと思いましたが、まさか長崎で辻番とは!
 辻番といえば江戸の町のものと勝手に思い込んでおりましたが、確かに大名や旗本が分担する制度は江戸のみとしても、町の治安維持に当たる辻番自体は、どこに置かれてもおかしくはありません。

 特に今回、長崎奉行から弦ノ丞が命じられたのは、奉行所の手伝い(を自ら申し出た)という名目。この辺りのロジックが実に役人らしいのですが――この先松浦家が長崎警固を担当するという設定と相まって、厭でも長崎奉行の命に従うしかない、という構図が、実に巧みというほかありません。

 そしてさらに面白いのは、弦ノ丞たちが任されたのが、長崎の内町と外町の境目であるという点です。実はこの当時、長崎は内町を長崎奉行が、外町を長崎代官が治めるという体制。そして長崎代官の名は、末次平蔵……

 この平蔵、本作の時点では二代目ですが、実は先代はある一点において松浦家と繋がりが、という史実を踏まえての物語展開には、これはもう痺れるしかありません。
 この巻の時点では、その概要が示されるのみですが、この先の本シリーズの展開を左右するに違いない謎の提示には期待が膨らみます。


 かくて、アクロバティックな手法ではあるものの、今度は長崎で辻番を務めることとなった弦ノ丞。それだけでなく、辻番という一見末端の役職でありながら、外様大名家と幕閣の思惑の間に立たされ、お家の立場を代表して奮闘する、という本シリーズなではの構図は、本作においても健在であります。

 この巻のラストでいよいよ本格始動することとなった長崎辻番。そして物語の方も、これからが本格始動することとなるのでしょう。それがどこに向かうのか、楽しみにしているところであります。


『辻番奮闘記 三 鎖国』(上田秀人 集英社文庫) Amazon

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2021.11.25

出口真人『前田慶次かぶき旅』第8巻 薩摩上陸 馬糞と二人の猛将の再会と!?

 肥後での騒動を解決し、次なる目的地・薩摩に向かうこととなった前田慶次一行。関ヶ原で敗れながらも徳川に屈することなく、独自の気風を持ち続ける薩摩で慶次を待ち受けるものとは?

 加藤清正を狙う天草衆を退治し、お供の権一をはじめ、兵庫・左近・宗茂とともに、海賊エンリケを子分にして薩摩に乗り込んだ慶次。しかし早速金髪の女剣士・夕月やその師・東郷重位、さらに薩摩の名物男・中馬大蔵と騒動を起こし……

 と、どこに行っても相変わらずの慶次ですが、今度の舞台である薩摩といえば、武士道の魔境・佐賀と並ぶほどの修羅の国。ただでさえいくさ人たちがゴロゴロしていたこの時代でも、特に面倒くさ――いや剣呑な連中揃いという印象があります。
 そこに敢えて踏み込んだ慶次の目的は、かつて関が原の戦で敗れながらも敵中突撃を敢行して生還した猛将・島津義弘と会うこと。今は帖佐に暮らす義弘のもとに向かうため、強引についてきた夕月を加え、慶次たちは再び船出することになります。
(ここで追いかけてきた夕月があまりに必死の形相のため、宗茂や左近が有事かと勘違いするのが妙におかしい)

 ここでいい人ぶりをアピールしたエンリコが、ママの味のパンフォルテを作ったはいいけれども、見かけがどう見ても馬糞で――というベタなギャグが入ったかと思えば、帖佐で夕月に絡んできたタイ捨流の剣士たちに、いくさ場では馬糞を食うと慶次が言い出してパンフォルテを食い、相手には本物を食わせるというとんでもない展開になるのには、ある意味感心。

 冷静に考えるとパンフォルテって丸く作るか? と思いますが(この時代はどうだったのか、信長のとこのシェフならわかるかもしれませんが)、何とも人を食ったというか人が悪い慶次のいたずらは、いかにも「らしい」と感じないでもありません。
(それにしてもここでの左近のコメントが妙に生々しいのもおかしい)

 実はこの巻、このくだりが一つのクライマックスであったりして、それはそれでどうかと思わないでもありませんが――しかしこの騒ぎを受けて、「鉄砲で撃ち殺しましょうか!」とか「殿の指先ひとつの合図で討ち取ります!」などと薩摩の武士たちが言い出すのは、これまた実に「らしい」というべきでしょう。


 さて、そんな騒動を挟みつつも、この巻の後半ではもう一つの(そしてこちらが本当の)クライマックスが描かれることとなります。それは、義久と左近の「再会」――共に関ヶ原で西軍に属し、敗れながらも後世にその名を残した猛将同士が、歴史に残らぬ形で再び出会うことになるのです。

 史実ではこの二人の接点は、関ヶ原前夜に共に夜襲を進言するも三成に撥ねられたくらいではないかとも思いますが、しかしもしこの二人ががっちりと手を握っていれば――と、歴史のifを思わせる二人であることは間違いありません。
 そして「左近だから……」と何となく納得していましたが、考えてみればここで初めて描かれた左近生還の事情も、印象に残ります。

 それにしても義久と左近に加えて、宗茂と慶次という、関ヶ原西軍きってのいくさ人たちが一堂に会している光景は、家康が見たとしたら、確実に顔色をなからしめる壮観としか言いようがありません。


 そしてこの巻のラストでは、突然のろけだした義久に触発されたように夕月が慶次ラブをアピール。慶次の周囲にいる女性は何となく不幸なことになるような印象がありますが、さてどうなることでしょうか。

 個人的には、今の読者の目でも納得のいく恋愛となって欲しいとは思いますが――この巻の冒頭で、慶次が夕月に対して「大人の男」ぶりをアピール(ここで慶次が語る大人概念自体は、結構納得のいくものなのですが)し始めた時点で、少々不安ではあります。


『前田慶次かぶき旅』第8巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2021.11.24

『まんが訳 稲生物怪録』 生々しくシュールな怪異を通じて示す漫画の力

 絵巻物をまんがの手法を用いて再構築するという極めてユニークな試み「まんが訳」――その第一弾である『酒天童子絵巻』に続き、『稲生物怪録』が登場しました。妖怪ファンであればよくご存知のあの物語が、新たな形で甦ります。

 時は寛延2年(1749年)、備後国三好の武家の子・稲生平太郎は、肝試しのために魔所・比熊山を訪れたのをきっかけに、一ヶ月にわたり屋敷で様々な怪異に見舞われることに――というあらすじの『稲生物怪録』。
 稲垣足穂の『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』など、様々な形で文学作品等の題材となっているこの物語は、妖怪好き、江戸怪談好きであれば、ほぼ常識といえるでしょう。

 本書はその『稲生物怪録』について、いわゆる「柏本」――成年した平太郎(稲生武太夫)の知人である柏生甫による聞き書きに連なる「稲生家妖怪傳巻物」(国際日本文化研究センター所蔵)をベースとしたものであります。
 この「稲生家妖怪傳巻物」は、文章がなく絵のみで構成された絵巻物ですが、例えて言えばイラストレーターの宇野信哉氏の絵を思わせるタッチで記された平太郎と妖怪たちの攻防戦が印象的な内容となっています。

 本書はその「稲生家妖怪傳巻物」を、「まんが訳」した――元絵に対して一種のコラージュ的に拡大縮小やコマ割りを行うことで絵解きした――もの。元の絵巻を全11話の連作漫画として再構築しているのですが、これが内容はもちろんのこと、その再構築の仕方も含めて、実に面白いのです。

 元々『稲生物怪録』は、毎日のように平太郎の屋敷で起きる怪事・現れる妖怪と、それに対する平太郎や周囲の人々のリアクションを、どこか淡々としたタッチで記したものであります。
 描かれている内容は実に独創的で、登場する妖怪変化の類も、他所ではお目にかかれないような連中ばかり。それに対して平太郎の知人たちが右往左往する一方で、平太郎本人は平気の平左で日々を送る姿には、シュールな味わいすらあります。

 そしてこのまんが訳は、その『稲生物怪録』の楽しさと独特の味わいを、見事に漫画化しているといえます。
 時に生々しく時にシュールな怪異の数々に対し、腰を抜かしたり逃げ惑う知人の姿と、驚きつつも平然とこれに対処する平太郎――元々は一話につき一から四枚程度の絵で構成された原典。それをまんが訳することによって、静止した絵に大きな動きや流れが生まれ、物語が、大きな躍動感を持って伝わって来るのです。

 例えば「大盥のこと」の巻は、一種のポルターガイスト譚というべきか――風呂に置いていた大盥が独りでにゴロゴロ転がってきたり、客人の刀が姿を消したと思えば上からぶらさがってきたりという内容。しかし前者は、一枚の絵で見ても、そのインパクトがあまり伝わってこないものではあります。
 しかしまんが訳版では、徐々に平太郎たちのいる部屋に迫ってくるモノと、その発する音を聞いて顔を見合わせている人々、そしていざモノを目の当たりにした時の呆れ顔が、絶妙の呼吸で描かれているのです。
(後者の、刀を見てへたりこんだ知人の「動き」も実にいい)

 言うまでもなく絵巻物は、ある場面を描いた絵の連なりであって、それ自体は静的なものであります。それを切り開き、再配置することによって、これだけ動的なものに変え、そして内容がよりビビッドに伝わるものにができるのか――本書には、そんな新鮮な驚きがあります。
 また、本書のベースとなった絵巻物は、先に述べたとおり文章がなく絵のみのもの。それだけに伝わりにくい部分があるのが、このまんが訳によって、単純に文章を付け加える以上にわかりやすくなるのも、見逃せない点でしょう。

 もちろん、さすがに一枚の絵を一話分にするのは、無理が感じられる部分もなきにしもあらずではあります(登場した時からダウンしている知人の姿など……)。
 その点は差し引いたとしても、それでも元の絵巻物が持っている物語性をよりクローズアップさせ、一種のダイナミズムを生み出すこの「まんが訳」という手法に、前作に続き、今回も感心させられた次第です。

 それは同時に、「漫画」というメディアの文法が、物語を語る/描く上で持つ力を示しているといえるでしょう。そしてその事実を示す本書は、ある意味、漫画の表現技法に関する教科書的存在としても感じられます。
 その点においても、本書は前作同様に、興味深い一冊であります。。

 ぜひ、「まんが訳」第三弾も期待したいところです。


『まんが訳 稲生物怪録』(大塚英志監修/山本忠宏編 ちくま新書) Amazon

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2021.11.23

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第21巻 見よ、狂生最後の笑みを!

 ここしばらく、追う項羽・逃げる劉邦という展開が続いていた感のある本作ですが、この巻に至り、ようやく劉邦のターンが回ってきました。文字通り這這の体で成皋から脱出した劉邦の向かう先は、そしてそこからの逆襲の策とは……

 怒りに燃える項羽の大逆襲によって、ケイ陽、宛、成皋と転々とすることとなった劉邦軍。しかしなおも迫る項羽の軍に、張良は最後の手段に出ます。劉邦と夏侯嬰をたった二人で脱出させ、残りの面々は善戦空しく壊走――のふりをして脱出するという策により、劉邦の軍は最小限の、しかし決して小さいとはいえない犠牲で、成皋からの撤退戦を成功させたのです。

 そしてこの巻の冒頭で語られるのは、ただ二人逃走した後の劉邦の動きであります。彼が向かったのは、斉を攻める韓信が陣を敷く修武。そこに漢王(つまり自分自身)の急使を装って明け方に「急襲」。寝ていた韓信を叩き起こすと、印綬を取り上げて斉攻めの遅れを叱責! さすがの韓信も、早朝君主ムーブに呆然であります。

 もちろんこれは己を敗残の将と周囲に見せずに韓信の懐に飛び込む、劉邦なりの策であります。とはいえ、おかげで韓信の咎を被る形で李左車が軍を逐われる形になりましたし、韓信自身も相国に任じられたものの、軍を取り上げられる形で斉攻めに向かうことになりましたが……

 なにはともあれ、劉邦は再び兵を得て、そして成皋を脱出した諸将も集結。殿軍を務めた張良も合流であります(張良の生存を疑っていた時に丁度彼が帰ってきたのを見た時の劉邦と陳平の顔、スタンプにしてほしい)。
 そしていよいよ、張良が漢王の逆襲開始を宣言することに……


 再び彭越が項羽の後方を撹乱、そして劉邦が命じた通り韓信は斉を攻め――と、いう形で戦いを始める劉邦軍。しかし誰かを忘れているような?

 そう、前巻で張良の頼みもあり、斉に対して劉邦に付くよう、酈食其が説きに行っていたではありませんか。そしてその酈食其、ようやく斉の都に到着し、斉王らと交渉を始めるのですが――ここで酈食其の弁舌が唸る唸る! 事が決するまでは何時でもその責と罰を受ける覚悟で斉に留まる、と彼がダメ押しをした結果、ついに斉は漢に味方をすることに……

 と、冷静に考えればまだ逆襲は始まったばかり(しかも酈食其はそのことを知らない)の時期であるのに、漢に逆転の目があるように語り、納得させたというのは、確かに一大殊勲というべきでしょう。
 しかしこの酈食其、折りに触れて素直な顔が見えてしまうというか、妙に俗物っぽいところがあるのが不安というかカワイイ(?)ところ。これで本当にこの先大丈夫なのか、と心配にもなります。いや何よりも、ここで味方になったはずの斉を攻めるべく、韓信の軍が向かっているのですから……

 そしてその不安は当たったというべきか、酈食其がいるにもかかわらず、斉を攻める韓信。しかし、そもそも酈食其は張良が送り込んだはず。そして韓信の斉攻めも、元を辿れば張良の策であります。
 はたしてその意味するところは――それが描かれる場面こそは、この巻の最大の見せ場と言ってよいでしょう。

 そこで見せる酈食其の最後の笑み――それこそは、俗物どころか、「狂生」のあだ名通りの、ふてぶてしくも人を食った笑い。黄石はそう告げはしませんでしたが、私の心の中では、彼もまた大丈夫――そう感じさせるものでありました。


 そして張良の策により、見事成皋を奪還した劉邦軍。張良が己の大計のその半ば、一つの山を越えたと語り、そして作者あとがきによれば物語も終盤(ちょっと意外)とのことですが――はたしてこの先、戦いがどこに向かい、いかなる結末を迎えるのか。
 史実を知っていてもなお、この先が気になる物語であります。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第21巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2021.11.22

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第4巻 三人の皇子 泰平の陰の争い

 北宋の徽宗皇帝の時代、親善大使として宋を訪れた金の皇女アイラを主人公とした歴史漫画も第4巻。相変わらず騒動に巻き込まれるアイラですが、その中で彼女は、宋の皇子たちを巡る複雑な事情の数々を知ることになります。そして描かれる、あの人物の意外な内面とは……

 遼による金国使節暗殺計画に巻き込まれながらも、白凛之の活躍もあって事なきを得たアイラ。その後も宋との親善のため、金に帰る兄たちに別れを告げ、彼女は宋に残ることになります。
 宋の宮中で暮らすことになったアイラは、徽宗皇帝やその第三皇子・鄆王と交流し、宋の文化の華やかさに触れることになりますが、彼女の(一応)婚約者の康王との仲は相変わらず。

 それでも、円珠のために協力する二人ですが――その最中に謎の人物に遭遇、揉み合いとなった際に相手が落とした謎の冊子を手に入れることになります。しかしその翌日、相手を誘き出すために逢引を装っていた二人の前に再び現れたのは、何と白凛之。しかも、冊子を突きつけられた彼は、何と煙玉を投げ、冊子を奪ってその場から逃走して……

 と、いきなり思いも寄らぬ行動に走った白凛之。確かにその直前、身分ありげな人物を前にして意味ありげな会話を交わしていましたし、そもそものきっかけを作った謎の人物自体、彼を思わせるシルエットだったのですが――にしても行動が豪快すぎる。
 そんな状況にアイラと康王が戸惑っているところに現れたのは第三皇子の鄆王。実は皇帝の命で火薬を用いた新兵器の開発をしていたという彼は、その秘密が記された冊子――火焔日録を、白凛之に奪われたというではありませんか。そして白凛之自身、意外な正体があるというのですが……

 と、突然思いも寄らぬ展開となったこの第4巻ですが、まあこれまでの物語を読んできた読者であれば真実は一目瞭然でしょう(と言いつつ、私は思い切り引っかかりましたが……)。
 とはいえそこには部分的に真実があります。真に新兵器の開発を命じられていた者――それは皇太子であり、今回の件は、全て彼を陥れるための妨害工作だったのであります。

 思わぬことから、宋王室の跡目争いに巻き込まれることとなったアイラですが、もちろん自分たちを騙し、白凛之らを危ない目に遭わせた相手を許すはずがありません。真実を明るみに出すため、アイラは皇帝に直訴すると息巻くのですが、しかしそこに思わぬ妨害が入ることに……


 このように、この巻でも相変わらず元気なアイラですが、しかし物語の中心となるのは、上に述べたように、宋王室内の跡目争いであります。遼との戦争はともかく、表向きは天下泰平の極みにあるこの時代の宋。その真実がどうであったかは、この時代に興味がある方であればよくご存知かと思いますが、その一端が、ここで描かれることになります。

 そしてその中で、思わぬタイミングでキャラクターの掘り下げが為されるのが康王です。
 物語の冒頭から登場しながらも、これまで裏表のある、猫かぶりな人物としての側面が強調されてきた康王。もちろん不幸な境遇の妹・円珠を愛おしむ姿に、それだけの人物ではないことは表れていますが、しかし前巻で描かれた代筆疑惑なども相まって、アイラの、そして読者の印象は芳しいものではありません。

 しかし――ここで描かれるのは、何故康王がそのような行動を取っているかという、その理由。そしてそれを知った時、彼を見る目は、全く変わることになります。
 そしてそれを知ったアイラが、この先何を思うのか、二人の関係性がどのように変化していくのか――跡目争いの行方以上に、気になってしまうのであります。


 それにしても――皇太子、鄆王、康王の三人が並ぶと、その後の歴史を知る者にとっては、何とも言えぬ感慨が浮かびます。ある意味、史実を知っているといま最も胸が痛む歴史漫画かもしれません……


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第4巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2021.11.21

『半妖の夜叉姫』 第32話「七星の小銀河」

 せつなを見送り、一人残ったとわの前に現れたりおんと理玖。二人と行動を共にすることになったとわの前に、麒麟丸が現れる。一方、雪乃国に向かったせつなたち退治屋一行は、五穀村を襲う妖怪・炎牛退治を請け負う。また、狸穴島で家老一派に捕らえられてしまったもろはも、独自に動き始め……

 前回のラストを受けて、三人それぞれの行動を取ることとなった夜叉姫たちを描く今回。完全に三人が別行動というのは、これまでありそうでなかった展開ですが、特にとわがメインとなっている印象があります。

 前回、りおんの口からとわたちの現在の状況を聞いた是露が正体を隠して訪れたのは、公家妖怪・七星の館――秘蔵の「小銀河」なる香木で人の涙から取り出した悲しみを香りに変えるという悪趣味な七星は、是露からも悲しみを取り出そうとします。が、何と彼女からは悲しみが取れない――そういえば是露は己の悲しみの涙を虹色真珠に変えて切り離しておりました。そして驚く七星を前に正体を現した彼女は、七星の庭園を使って何やらとわに罠をかけようという真意を現すのでした。

 そのとわは、前回琥珀から弱点を指摘された末に退治屋の任務から外されたのですが――一人残された彼女の前にりおんと理玖が現れます。是露が狙っていると警告し、とわを守るため行動を共にするという二人。視覚が麒麟丸と繋がっているために、理玖が少し離れて移動する一方で、とわはりおんを自転車の後ろに乗せてなかなか楽しそうですが、そこに早速麒麟丸が現れるのでした。
 前回あれだけ言われたにもかかわらず、逃げずに斬星剣を手に迎え撃とうとするとわ。しかしその前を、風車を手にした幼子・阿久留が横切ります。しかしその姿が見えているのは、とわのみ――阿久留を探し求める麒麟丸が言うには、阿久留の姿を見ることができるのは、殺生丸の血族のみ(事実、今回阿久留はせつなの前にも現れました)。気が削がれたか麒麟丸は引き上げますが、行きがけに放った攻撃で、理玖は目をやられることに――なったのですが、こ麒麟丸に視界を盗み見られることがなくなったのは、これはまさに怪我の功名というほかありません。

 さて、雪之国に向かったせつなと琥珀、翡翠ら退治屋一行は、そこで北の退治屋たちと合流。この北の退治屋、何だかこの世界らしくないキャラデザの面々――というのはさておき、彼らの任務は、「五穀の恵み」なる秘宝の恩恵で豊かな暮らしを送る五穀村を襲う妖怪・炎牛の群れの退治であります。本来であれば土地神によって制されているはずの炎牛ですが、しかしその土地神・魔夜中が、炎牛をけしかけている様子。これはどう考えても色々と裏がありそうですが……
 何はともあれ、祈祷によって吹雪が起こされて炎牛の動きが封じられている間に、退治屋たちは村を守るべく配置につくのでした。

 そして狸穴島に向かったもろはは、いきなり突っ込んで罠にはまり、絶体絶命――というところまでが前回描かれましたが、あっさり捕まったらしく、牢屋に放り込まれる羽目に。しかし現代から持ち込んだ十徳ナイフで脱獄した彼女は、竹千代そっくりの弟・菊之助と、大家老の狸穴将監の姿を天井裏から目撃――名前からしていかにも悪そうな将監が、気の弱そうな菊之助を擁立、裏からお家を壟断するという、お決まりの構図の模様です。
 そして脱獄がバレたもろはは、久々に国崩しの紅夜叉となって狸たちを粉砕、現れた巨大な満月狸に挑むことになります。これまでの自分とは違うと、紅夜叉の弱点は克服したと言わんばかりの姿が、逆にフラグにしか見えず実に心配なのですが……


 というわけで、三つのエピソードが同時進行する分、一つ一つの時間は短めで、まだどのエピソードも途中という状態の今回。とはいえ、これまで三人で行動するのが当たり前だっただけに、単独行動、それも趣が全く異なる展開が並行して描かれるのは新鮮で、むしろ大歓迎であります。

 しかし、タイトルになっている七星が、ほとんど冒頭に顔見せのみに近い状態なのはさすがにいかがなものかと感じます(前回もそういうところはありますが)。もっとも、七星と小銀河の設定自体はかなり面白いので、今後の出番に期待したいところです。


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第26話「海の妖霊」
『半妖の夜叉姫』 第27話「銀鱗の呪い」
『半妖の夜叉姫』 第28話「産霊山の結界」
『半妖の夜叉姫』 第29話「りおんという名の少女」
『半妖の夜叉姫』 第30話「退治屋翡翠」
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2021.11.20

辻真先『二十面相 暁に死す』 少年探偵vs少女怪盗? 名作パスティーシュふたたび

 大大大ベテランによる『怪人二十面相』パスティーシュの第2弾であります。明智小五郎も復員してきた昭和21年、再び活動を開始した二十面相に挑む明智探偵と小林少年。しかし二人の偽物が出現して捜査を撹乱、そして小林少年は思わぬ出会いを経験することに……

 終戦直後、明智小五郎がまだ復員していない時期を舞台に、焼け跡となった東京で小林少年と怪人二十面相が巨悪に挑む様を描いた『焼跡の二十面相』。その続編である本作では、小林少年がいよいよ明智探偵とともに、怪事件に挑むことになります。

 少年探偵団のメンバーであり、『怪人二十面相』で家の財宝が二十面相に狙われた羽柴君。その羽柴家に、何と明智探偵と小林少年の偽物が現れ、まんまと財宝を奪っていった――そんな事件から本作は幕を開けます。
 明智探偵の偽物は二十面相だとして、小林少年の偽物の方は? そんな疑問も解けぬまま、二十面相は今度は銀座で衆人環視の下で宝物を強奪、続いて名古屋でも警察を出し抜き――まさに神出鬼没の二十面相に翻弄される小林少年ですが、ある日、前作で対決した四谷財閥が運営する学園で夜ごと奇怪な出来事が起きていることを知ります。

 そしてその調査に出かけた先で、彼はミツルと名乗る少女に出会うのでした。実はミツルこそは二十面相の手下であり、そして偽小林少年の正体――しかし二人は思わぬ成り行きから呉越同舟、東京の地下で命がけの冒険を繰り広げることになります。
 その中で不思議な絆が生まれる二人。しかしそれがさらなる冒険に繋がることに……


 と、物語的には、二十面相の神出鬼没ぶりが描かれる前半(作者のホームグラウンドというべき名古屋が舞台となったり、小林少年の鉄ちゃんぶりも楽しい)、小林少年とミツルの冒険が展開する中盤、そして登場人物たちが一堂に会して繰り広げられる後半と、大きく物語的には三部構成の本作。
 しかし前作が孤軍奮闘だったのに対し、本作は明智探偵が傍らにいるために、小林少年の出番が減ってしまうのでは――と読む前はちょっと気になったのですが(そして前半はそういう部分もないでもないのですが)、そこはもちろんぬかりはありません。

 中盤以降、小林少年は小林少年として、明智探偵とは別の形で大活躍を見せてくれるのが嬉しいのですが――何よりもそれが大きな意味を持つのが、ミツルの交流であります。
 怪人二十面相の配下であるミツルは、小林少年とはまさに対象的な存在であって、いわば少年探偵vs少女怪盗という構図であります。しかし本作において二人の間にある空気は、敵同士のそれではなく、間違いなくボーイ・ミーツ・ガールのそれなのです。

 原典においては(もちろん対象読者層のこともあって)浮いた話は皆無、そもそも物語での女っ気もほとんどなかった小林少年と少年探偵団。
 そこに小林少年のボーイ・ミーツ・ガールという要素を加えてみせるというのは、怪人二十面相と少年探偵団の物語における空白を埋めてみせるという本シリーズのコンセプトに、ある意味よくマッチした趣向と言うべきでしょう。

 もっとも、そのさじ加減を誤れば、ファンにとっては解釈違いで大変なことになってしまいます。しかしその点ももちろん問題はありません。十分に節度の効いた、それでいて実に魅力的なミツルのヒロイン像もあって、二人のドラマは、大いに納得できる、そして切なくも心温まる物語として成立しているのです。(二人の存在を象徴するような、二人が共に見る景色の描写が、また実に美しくて印象的!)


 もちろん、大人たちも負けてはいません。要所要所できっちりと二十面相のトリックを暴いてみせる明智探偵と、思いもよらぬ姿で「活躍」していたことが明かされる二十面相――特に今回描かれる二十面相のある姿は、太平洋戦争中の空白期に彼が何をしていたかの一つの解釈であると同時に、あるキャラクターのオマージュも感じられるのが実に楽しいところです。

 そして詳しくは書けませんが、この二人が共通の敵に対してそれぞれのスタイルで挑むというクライマックスの展開は、これは大乱歩でも描けなかった、本作ならではのものというべきでしょう。
 そして名探偵と怪人それぞれが、自分の庇護下にある(あった)少年少女に向ける眼差しの優しさもまた、本作の後味の良さに繋がっていることは間違いありません。


 「正史」では、戦後に再び怪盗二十面相の跳梁が始まるのはこの三年後、『青銅の魔人』から。そこに至るまでの空白の物語として、前作同様、まことに愛すべき名品です。


『二十面相 暁に死す』(辻真先 光文社) Amazon

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2021.11.19

三好昌子『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』の解説を担当しました

 本日発売の『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』(三好昌子 集英社文庫)の解説を担当しました。江戸時代の実在の易学者・新井白蛾を主人公に、伝説の占術書を巡る恋と戦いを描く、作者ならではの愛と伝奇の物語であります。

 江戸を離れ、京で石田梅岩のもとに寄宿する若き儒学者・新井白蛾。彼はふと立ち寄った神社の廃墟で、朱色の衣をまとったこの世のものならぬ美女・朱姫と出会い、「秘易」と呼ばれる奇妙な算木を手に入れることになります。
 以来、易学に熱中して優れた易者として知られるようになった白蛾の耳に、奇妙な噂が入ります。それは遺恨のある家に不動明王の札が投げ込まれ、金を払わなければ火をつけられるという明王札騒動――折しも白蛾は、札を投げ込まれたという大店の娘から、占いの依頼を受けるのでした。

 占いのために明王札について調べ始めた白蛾の前に現れる、奇妙な因縁の数々。この事件が、自分が秘易を手に入れた廃神社でかつて起きた火事と繋がっていると知った白蛾の前に、謎めいた人物が次々と現れます。
 そして秘易を狙って襲い来る謎の一団。数々の謎を追う中、白蛾は自分自身と秘易にまつわる因縁の存在を知ることに……


 という本作は、本書の帯にあるように、これまで「美」と「奇」と「謎」の糸で「心」を織りなす物語を描いてきた作者ならではの物語であります。
 物語に散りばめられたこれらの要素がつなぎ合わさる中で、巨大な因縁の姿が浮かび上がり、その中で主人公が己の成すべきことを知る――という展開は、作者の作品に共通するシチュエーションですが、本作は特にその性格が強く現れているように感じられます。

 実は本作は、恋愛もの的なタイトルではありますが――そして実際に、恋愛の要素が大きい物語ではありますが――それと同時に、極めて伝奇度が強い物語でもあります。それでいて、主人公は白蛾という学者――それも易学者という点が非常にユニークな点なのですが、この解説では、史実での白蛾の姿に触れるとともに、そんな白蛾を中心に据えた本作が目指すものについて紹介してみました。

 冒頭に述べたとおり、愛(ロマンス)と伝奇(ロマンス)の二重のロマンスを描いた本作。実は伝奇ものとしてもちょっと驚くほどスケールの大きな物語であり、その点からも大いにおすすめできる作品です。


 ちなみに、先に述べた「美」と「奇」と「謎」の糸で「心」を織りなす物語という言葉は、私が解説の中で使った表現。それを帯に採り上げていただき、「三田主水さん激賞」とまで書いていただいたのですが――いざ自分の名前がこうして帯に出てみるとアレですね、やっぱり嬉しいですね。
(多くの人にとっては、「誰これ?」と言われるかと思うと、身が縮む想いでもありますが……)


『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』(三好昌子 集英社文庫) Amazon

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2021.11.18

「コミック乱ツインズ」2021年12月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」誌2021年12月号の紹介、第三回(ラスト)です。

『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 久々登場の本作、捨丸と春は前回の天目山の戦の後に職を失い、いまや京で寺に忍び込んで仏像を「一時拝借」する有様――なのですが、その寺というのが本能寺だったおかげで、思わぬ形で歴史に関与することになります。

 そう、二人が本能寺に忍び込んだのは、まさに明智光秀が謀叛を起こしたその日。二人はその騒動の中で、寝間着姿の見るからに只者ではない、威圧感溢れる(でもあまり美男ではない)男と出会うことになります。大乱戦が始まった中、あの寝間着の男こそが信長と見て取った二人は、どさくさに紛れて信長の首を狙うことを決意します。
 そしてわざわざ炎に包まれた本能寺に潜入し、凄まじい炎の中(いつもの事ながら作画が素晴らしい!)、手負いの男と対峙した捨丸。そして8ページにもわたる激闘の果てに、ついに相手の首を落とすのですが……

 そして意気揚々と首実検に臨むことになった二人。その場にいる者の中で唯一信長の顔を知るというルイス・フロイスがその首を見て、発した名は――この展開であればある程度先は読める、と思いながら読んでいましたが、この結末には流石に仰天。フロイスの言葉が真にせよ偽にせよ、本シリーズらしい皮肉な結末というべきでしょう。


『カムヤライド』(久正人)
 単行本第6巻も本誌と同時に発売された本作ですが、前回仄めかされた地獄のような真実が、いよいよ今回明かされることになります。

 伊勢の地下に眠っていた巨大な骸骨・ヤマトオオクニタマ――それは二百年前の天孫降臨によって大打撃を受けたヤマト族が最後の手段として、天から落下したモノの肉を用いて作り出した最終決戦兵器。絶大な力を発揮しつつも、搭乗する者、いやその子孫幾代にも影響を及ぼすその力を安全に用いるため、オシロワケ大王たちが作り出そうとしたものの一つが、ノミの宿禰が作ったカムヤライドの原型であったのです。

 しかしその他にもオシロワケとその妹・ヤマトヒメが着手した手段がもう一つ――それは王族の血を引く者たちに、ヤマトオオクニタマの肉を食べさせること。しかし近寄っただけでおそらく遺伝子を狂わせる「それ」を食べて、普通の人間がただで済むはずがありません。自分の子供たちを利用しての悪魔の実験の末、ただ二人生き残った者は――その名を書く必要はないでしょう。
 しかし真の地獄はこの先にあります。生き残った二人を襲う恐ろしい変異。その果てに二人の間に起きたのは……

 いやはや、ここまでやるか、としか言いようのない地獄絵図。前回、ヤマトヒメは天孫降臨とヤマトオオクニタマにまつわる真実を指して「新古事記」と呼びましたが、ここで描かれたものは「古事記」の描写にある意味忠実というべきでしょうか。ありそうだけれども、まさかやるまいと思っていたその描写に……
 この真実から、はたして彼は立ち直ることができるのか――まだまだ地獄は続きそうです。


 次号は創刊19周年特別記念号。レギュラー陣に加え、『軍鶏侍』『はんなり半次郎』『かきすて』と、えらく豪華な顔ぶれであります。


「コミック乱ツインズ」2021年12月号(リイド社) Amazon

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2021.11.17

「コミック乱ツインズ」2021年12月号(その二)

 暦の上では今年最後の「コミック乱ツインズ」誌、2021年12月号の紹介の続きであります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 いよいよ最終エピソードである「梅安冬時雨」も最終回、すなわち全編の最終回であります。前回、思わぬ形で北山要之助が剣士生命を絶たれ、最大の危機を逃れた梅安。もはや敵はなくなったかにも思われますが、しかし白子屋の残党が生き残っている限り、安閑と暮らすわけにはいきません。
 かくて、これからは日の当たるところでの人生が待つ小杉さんを江戸に残して、梅安と彦さんは、最後の旅を楽しみつつ大坂へ向かうことになります。

 そして二人が狙うのは、一応白子屋の残党をまとめている切畑の駒吉。すっかり江戸での抗争の時に死んだような気になっていましたが、何とか逃げ帰っていた駒吉にとどめを刺さんと、梅安と彦さんは最後の仕掛けに臨みます。しかし相手もそれは当然予想のうち、鉄桶の構えで待ち受ける中に、敢えて乗り込んだ二人を待つ運命は……

 かくて最後の戦いを迎えることとなった梅安。その結末についてはここでは触れませんが――そこに至るまでの過程も含めて、ある意味、実に仕掛人の最終回らしい内容と言えるかもしれません。
 確かに別れは悲しいですが、しかし物語がはっきりと終わりを告げることにも意味があるでしょう。最後まで迫力あるアクションを描きつつも、漂う物悲しさはまさに「冬時雨」――そんな最終回でありました。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 蒙古の司令官・ラジンの面白強引戦術によって街の外壁を突破されつつも、砂嵐によって救われたビジャの街。しかしその際に潜入した蒙古兵の一人に、宰相ジファルが接近し――という場面から今回は始まります。
 ジファルといえば、己の才覚に絶対の自信を持ち、蒙古侵略のこの危機すら自分がのし上がる手段としようとする男。その彼が何を言うかと思えば、蒙古兵を巧みにおだてながら、機が来ればラジンにブブを引き渡すと渡りを付けようとするではありませんか。

 ラジンはこの言葉に半信半疑といった様子ですが、しかしそれ以上に問題なのは、ビジャに墨者が入ったことが、蒙古側に伝わってしまったことかもしれません。
 そんな身内の裏切りに気付くことなく、オッド姫はブブの知略にご満悦、ドヤ顔でじいに自慢していますが――はたしてそんな余裕はあるのか。そして姫の父王もいるというバグダードに向かった残りの墨者たちの動向も気になるところです。
(そして墨蝗、ある意味ブブよりも脅威では……)


 次回に続きます。


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2021.11.16

「コミック乱ツインズ」2021年12月号(その一)

 いよいよ暦の上では今年最後となる「コミック乱ツインズ」誌、表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『勘定吟味役異聞』、巻中カラーは今号で最終回の『仕掛人藤枝梅安』であります。久々に『雑兵物語 明日はどっちへ』の掲載もありの今号、いつも通り印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、死の床にある柳沢吉保が紀伊国屋に命じた、吉宗狙撃計画。一方、吉保の「子」である吉里はそれを阻もうとしているというややこしい状況ですが、今回は吉里サイドはお休み。前回出番のなかった聡四郎たちの姿が描かれることになります。

 大奥の後押しがなくなった上に将軍家継が病に倒れ、江戸城での立場が危うくなった間部詮房に使嗾された新井白石(既にこの人も「聡四郎の上司」というだけの立場になりつつある……)から急かされ、黒鍬者を探ることになった聡四郎。
 と、その帰路早速襲いかかるのはその黒鍬者――と、ここで、えっというような(それこそ忍者並みの)敏捷さを見せる玄馬に驚かされますが、しかしそれ以上にインパクト絶大なのは、ついに鞘から放たれた聡四郎に新たなる刀の威力であります。まさに一刀両断、破邪顕正――決戦に向けて、頼もしい力が手に入ったというべきでしょうか。
(しかし御広敷伊賀者組頭、今はこの人だったのか――と時系列の関係でちょっと混乱)

 そして帰宅した聡四郎は、既に俺の嫁(というか、あたしが嫁)状態の紅さんの給仕で夕飯。玄馬のほかに袖吉もいて、パッと見は楽しい団らんですが、しかしその内容はといえば、新たな敵の出現という剣呑なものであります。
 しかもそこに吉原の西田屋が久々の登場、偶然聞きつけた紀伊国屋の言葉から、吉宗狙撃計画を知ってしまう聡四郎たちですが――はたしてあの紀伊国屋がそんなに不用意に計画を漏らすのかな、と思いつつ、緊迫感を高めて次回に続きます。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 水野家二本松派の逆襲が始まり、徐々に追い詰められることとなった佐内たち。そんな中、一度は二本松派に罠にはめられた益子屋の密偵・亀吉は独自に動いた末、ついに剣士たちが二胴の特訓に励む屋敷を発見――という場面から始まる今回。
 どう見ても敵側の拠点、いわば二胴養成所のこの屋敷の存在を佐内に伝えれば亀吉も大殊勲であります。――伝えられれば。

 忍んでいたところを見つかり、モブ侍たちに取り囲まれてしまった亀吉。まさに一寸刻み五分だめしの目に遭わされた彼の運命は……
 これまで精神的にキツい場面・展開は少なくなかった本作ですが、今回は(アクの強すぎる顔の面々がやたら登場することもあって)特にキツい印象があります。さらにセリフだけで処理されてしまった人の存在とか……

 そして「仲間」を失い、静かに怒りを燃やす佐内は、相良を相手にしている場合ではないとすげなく振り払いますが――もはや一蓮托生、死がふたりを分かつまでだ(言ってない)と、相良もさりげなく自分も「仲間」アピールをしたところで、次回に続きます。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 ついに浦上家の評定に加わる立場になり、さらには城一つを任せられる身になったと思ったら、それは城とは名ばかりの貧弱な構え――しかも周囲には海賊たちがうじゃうじゃと! と、謀略どころではない立場になってしまった直家。
 しかし何故か余裕の表情を崩さない直家のその理由は、そこに馳せ参じた宇喜多の旧臣たち。今こそ宇喜多家復興の時! と喜び勇んで駆けつけた面々の中には、後に宇喜多三家老と呼ばれる者たちも――って、何だかナレーションでめちゃくちゃ不穏なことを言われている!?

 それはさておき、ここで彼らを「宝」を呼べるところに、彼の意外な(?)人間味がありますが、しかし人だけいてもやるべきことは山積み。まずは土地を耕して――ってこれシミュレーションゲームの冒頭のパターンだ! などと思っていれば、それどころではないとんでもない策を直家が繰り出して――と、やっぱり直家は直家感のあるオチで次回に続きます。


 次回に続きます(全三回予定)


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2021.11.15

『半妖の夜叉姫』 第31話「竹千代の依頼」

 せつなと二人で妖怪退治の任に当たるも、思わぬ苦戦を強いられるとわ。そこに新たな任務を伝えるために現れた琥珀は、逃げることを恐れるとわへの懸念を告げる。一方、もろははお家騒動解決のため、竹千代に雇われて狸穴島に向かうが、向こう見ずな性分が災いして早速窮地に陥ることに……

 アバンタイトルでいきなりロケットパンチをかます妖怪・岩石魔人相手に戦いを繰り広げるとわとせつな。攻撃力という点では全く問題はありませんが、降参したふりをした敵の攻撃を食らいそうになるなど、どうにもとわはムラっ気がある印象です。

 一方、借金完済まであと一両というところまで来たにもかかわらず、妙に妖怪たちに避けられるようになってしまったもろはは、自分に関する過大評価な(?)噂が広まってしまったのに頭を抱えている状態。と、そんな彼女に仕事を依頼してきたのは竹千代――実は狸穴島の狸平家(……)の跡取りでありながら、お家騒動の末に島を出る羽目になった彼は、ようやく島に帰還を目指すことになったのです。
 そんな二人が出会ったのは阿波の八右衛門――実は狸平家の家老職の家柄だった八右衛門ですが、もろはとは、生まれたばかりの彼女をかごめたちから託され、妖狼族に届けたという因縁があります。因縁といえば、狸穴島で邪悪な満月狸を封印したのはかごめということなのですが、もろはは八右衛門から、かごめと犬夜叉が既にこの世の者ではないのではと聞かされて、さすがにショックを受けることに……

 さて、再びとわとせつなの方に戻れば、二人のところに琥珀と翡翠が現れます。前回何となく語られていましたが、北の退治屋の頭から雪乃国での仕事を依頼され、戦力を求めてとわとせつなのところにやってきた二人。しかし琥珀は、せつなのみを連れて行くと告げます。
 とわが相手の攻撃を躱す――言い換えると逃げることを極度に恐れていると指摘する琥珀。琥珀は、自分がこれまで見てきた中で、どんな相手でも退かなかったのは殺生丸と桔梗のみだった――つまりその二人でないとわは逃げてもよいのだ、と語ります。かつて二人と一緒に旅した琥珀ならではの言葉ではありますが、しかし作中最強クラスの怪物二人と比べても、説得力は微妙のような気もします。

 ところでその頃、狸穴島に潜入したもろはは、厳重な警戒がされていると八右衛門狸に警告されたにもかかわらず、何にも考えずに正面から突入。速攻で見事に罠にはまり、窮地に陥る始末――この子こそ、逃げることを覚えるべきでは……

 そして翌朝にはせつなが雪乃国に旅立つという晩、岩石魔人の親玉と対峙し、これを真っ向から粉砕してのけるとわ。しかし彼女は琥珀の指摘が正しいことを痛感するのでした。自分は、自分の弱さをせつな(を守らなければならないこと)を理由にしていたと……
 そんなとわを離れた場所で見つめながら、彼女は守る人間ではなく守られる人間なんだと、冷静に考えるとストーカーチックなことを呟く理玖ですが――彼がりおんならば心を和らげられると考えて、彼女を是露のところに送り込んだばかりに、是露にせつなが所縁の断ち切りを手に入れたと伝わってしまったのは大失敗のように思えます。


 タイトルからもろはと竹千代主役回かと思えば、どちらかといえばとわがメインだった今回。むしろもろはたちの出番は少なめで、雪乃国での依頼もこれからということを思えば、前後編の前編という印象もあります。

 それはさておき、やはり今回のメインとなるのは、琥珀に指摘されたとわの弱点でしょう。
 これまでもせつなから散々甘ちゃんだと指摘されてきたとわですが、やたらとハードな境遇のせつなと比べたら、現代人のとわはそりゃどうしてもなあ――と、そこまで深刻には思えなかったのも事実。しかし今回、琥珀の口から、せつなに絡めて指摘されたことで、なるほど、と腑に落ちました。

 武器という点では最強の斬星剣を手に入れた一方で、それを使いこなせるかはまだまだわからないとわ。それはせつなも同様ですが――この先の物語は、二人の心の成長が主眼になるのでしょう。
 その前に、武器も心も未熟なもろはに救いの手を……


関連サイト
公式サイト

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2021.11.14

戸南浩平『サムライ・シェリフ』 激突、刀vs拳銃 そして親と子の物語

 『木足の猿』『菩薩天翅』と、明治初期を舞台に、江戸を引きずった元武士を主人公とした、明治ハードボイルドというべき作品を発表してきた作者。本作はやはり明治初期を舞台に、元武士の刑事が米国から逃亡してきた凶悪なガンマンを追うサスペンスフルな物語であります。

 明治11年、元同心にして今は警視庁の刑事・三崎蓮十郎は、英語が喋れるという理由で、ある事件の担当を命じられることになります。それはアメリカ人ガンマン、ジャック・モーガンの追跡――強盗殺人を繰り返してきた極悪人であるモーガンは、カリフォルニアで上院議員の息子を殺害、ほとぼりを覚ますために、海を渡ってきたというのです。

 しかし殺害された夫の仇討のため、その妻・エレナと6歳の息子・チャーリーも来日。エレナはモーガンの首に一万ドルの賞金をかけた上、外交ルートを通じて、日本国に圧力をかけてきたのであります。
 日本の警察にとっては迷惑この上ないこの一件ですが、三崎にとっては、決しておろそかにはできない側面がありました。モーガンの日本入国を手引きした者――それは三崎の養父・源兵衛が生涯追いかけていた殺人鬼・羅刹鬼だというのです。

 江戸時代末期、次から次へと裕福な家の子供たちを拐って身代金を要求し、従わない場合は子供を残忍な方法で殺害してきた羅刹鬼。かつて源兵衛は、商家の子供を誘拐した羅刹鬼を独断で追跡、しかし逃げられた末に報復として、その子供を惨殺された過去があったのです。
 幕末以降、姿を消した羅刹鬼。その羅刹鬼とモーガンに繋がりがあるとすれば――今は亡き父の無念を晴らすため、三崎はモーガン追跡に燃えるのでした。

 しかし一度はモーガンと相まみえた三崎ですが、やはり刀と銃では相性が悪く、取り逃がす結果に。さらにモーガンはチャーリーにその魔手を伸ばして……


 冒頭で述べたように、これまで江戸から明治へと移り変わる中、過去を背負って生きる元武士の姿を描いてきた作者。本作の主人公・三崎は、これまでの主人公に比べればかなり陽性の人物であり、その意味では、本作はこれまでのものに比べて、少し軽めの印象を受けるかもしれません。
(もっとも、子供好きには胸が痛む/悪くなるような場面も幾つかあるのですが)

 しかしその一方で、三崎は、養父・源兵衛が取り逃した羅刹鬼の存在に縛られている人物でもあります。彼自身は羅刹鬼の事件に直接遭遇したことはないものの、羅刹鬼に子を殺された――しかも源兵衛の失策が原因で――親は、今も彼の身近で生き続けているのであります。
 そんな三崎がモーガン追跡において見せる様々な顔と想いは、本作の見どころの一つと言えるでしょう。

 そしてまた本作は、「親と子」の物語でもあります。赤子の頃に源兵衛に拾われて養育されたものの、実の親子以上に濃い絆で結ばれた三崎。東洋人と西洋人の間に生まれ、自分の父親の顔も知らなかったモーガン。父の仇を追う形で来日したチャーリー。そして親から最も残酷な形で子を奪う羅刹鬼……

 本作で描かれる様々な親子の姿――良いものであれ悪しきものであれ、そして血の繋がりがあろうとなかろうと、親と子の間で繋がり、受け継がれるもの。それは、江戸と明治、あるいは東洋と西洋といった異なる世界の繋がりと、重なり合わさる形で描かれていると感じます。


 こうしたドラマ面の面白さに加えて、本作でやはり気になるのは、刀と銃の激突の行方でしょう。
 もちろん三崎も人並み以上の剣の使い手ではありますが、モーガンもまた凄腕のガンマン。まともにぶつかっては絶対に勝てない相手に如何に挑むか――戦いの性質が性質だけに勝負は一瞬ですが、大いに胸踊りました。

 そしてもう一つ見逃せないのは、ミステリとしての側面です。本作で最大の謎となる羅刹鬼の存在――その正体は何者か、そして何故モーガンを庇うのかという点も含めて、三崎がその謎に迫っていくくだりは、ある意味刀と銃の決闘以上に盛り上がります。
 特に羅刹鬼の○○に秘められた意味は、そうであったか! と思わず膝を叩いた次第。ちょっと突飛に見えるようでいて、ある意味伏線も描かれているのに納得です。


 先に触れたとおり、これまでの作品に比べれば軽めの印象があり、その点で評価が別れるかもしれません。しかしラストで描かれる情景のしみじみした味わいなども実に良く、ユニークなタイトルではあるものの、その内容はなかなかに真っ当な佳品であります。


『サムライ・シェリフ』(戸南浩平 ハヤカワ時代ミステリ文庫) Amazon

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2021.11.13

春秋梅菊『詩剣女侠』 少女は剣を筆に未来を刻む

 岩紙に剣で詩を刻む芸「剣筆」の世界を舞台に、仕えていた家を乗っ取られ尊敬する主を喪った侍女の戦いと成長を描く、痛快武侠活劇であります。か弱い少女は剣筆の奥義を修め、見事仇を討つことができるか? 見たこともない世界の物語が始まります。

 時は明代、剣筆の名門である裴家は、悪漢・段玉鴻によって乗っ取りにあった末に当主は亡くなり、娘の天芯も耐えかねて侍女の春燕とともに、家を出るのでした。
 かつて父の友人であったという剣筆家・七天光筆に会うため、杭州に向かう主従。しかし病弱な天芯は裴家再興を託して逝き、春燕はただ一人残されることになります。

 何とか杭州に辿り着いてみれば、七天光筆は既に亡く、それどころか町の人々に嘲りを受けている様子。そこで途方に暮れた春燕を助けたのは、陸興破と名乗る好漢でした。
 実は七天光筆の弟子だった陸興破ですが、もう一人の弟子であり、犬猿の仲である韓九秋と、七天光筆の名を巡って毎日のようにいがみ合っている状況。そんなところに現れた春燕は、なりゆきから天芯の名を名乗り、彼らとともに修行を始めることになります。

 動の陸興破と静の韓九秋、同門ながら全く対象的な二人の指導を受ける中で、メキメキと剣筆の腕を挙げていく春燕ですが――しかし自分の卑しい素性を隠し、主の名を名乗っていることに、彼女は罪悪感を感じ、そのためにある勝負で大敗を喫してしまうのでした。
 さらに彼女の素性を知る者の登場により、陸興破と韓九秋に真実を知られてしまう春燕。剣筆の最高峰を決する金陵大会が迫る中、はたして彼女は再起することができるのか、そして仇討ちの行方は……


 よくしなる剣でもって、地面や樹、岩に字を彫る――そんな場面は、特定の作品名は挙げられなくとも、武侠ファンであれば、小説や映画などで幾度も見た記憶があるのではないでしょうか。本作はそれに「剣筆」と名付け、一つの競技として成立した世界を描く物語であります。
 そう、何も知らずに読んでいれば絶対に気付かないのではないかと思いますが、「剣筆」は架空の存在。しかしそれに全く違和感を感じないどころか、むしろ今まで何故これが描かれなかったのだろうとすら思わされる、見事なアイディアというほかありません。

 そもそも剣筆とは単に剣で字を彫るだけでなく、古今の名詩を吟じながら、そして舞いながらその詩を彫ることで、その腕前を競う競技。速さや正確さ、美しさだけでなく、その詩情に合った字体であるか、剣舞を通して詩人の心を再現できているかまで、求められる競技なのであります。
 ――本当にフィクションなの? と何度も疑ってしまうほどのこの剣筆の存在だけでも、本作を読む価値はあると言えます。

 しかし本作の魅力はそれに留まりません。それはあくまでも物語世界を形作る要素の一つ――本作は、春燕という少女の成長と自立を描く物語なのですから。


 孤児として悲惨な幼少期を過ごし、奴隷として裴家に買われた春燕。幸い、彼女は心優しい当主父娘に出会ったことで救われ、自分の中の剣筆の才に目覚めることになるのですが――その主人たちが非業の最期を遂げ、自分一人が生き残った彼女は、時に卑屈なほどの自己肯定感の低さを抱えることになります。
 ただでさえ、彼女の歩む道のりは決して平坦なものではありません。それどころか、彼女の前に立ちふさがるのは、外道という他ない性根の腐った卑劣かつ邪悪な者たちばかり。そんな連中の悪辣な手段に幾度も泣かされ、自己肯定感の低さに苦しみ――そんな春燕の姿には幾度もやきもきさせられるのです。

 しかしそんな彼女を温かく見守り、導くのは、全くタイプの違う、しかしどちらも魅力的な陸興破と韓九秋の二人。二人に出会ったことで――そして剣筆を通じて自分自身を、周囲の人々の想いを知ることで、彼女が自分の足で立ち上がる姿は大いに感動的であります。(特に天芯の真の想いを知るくだりの盛り上がりたるや!)

 さらにこの二人の好漢、そしてその師の背負った過去にまつわる屈託と、その昇華の物語もまた見事。二人が同門でありながら全く対象的な技を使うその理由の、武侠もの的に見事な整合性にもまたニッコリなのです。


 試合・仇討ち・秘伝書争奪と、実に武侠ものらしい要素を散りばめつつも、剣筆というその性質上、血腥い要素は最小限――しかしそれでいて、血湧き肉躍る物語を見事に描いてみせた本作。
 オリジナリティといい、人物描写の巧みさといい、武侠ファンであれば、いや面白い物語を愛する方であれば必読の快作です。


『詩剣女侠』(春秋梅菊 集英社オレンジ文庫) Amazon

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2021.11.12

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で』 時空探偵、コロナ禍に悩む!?

 もはやフィクションの世界でも避けては通れない新型コロナウィルス。しかしさすがに時代小説は大丈夫――と思ったらこの作品があった! 感染拡大を避けて江戸時代に避難したおゆうが挑むのは大店の跡取りを巡る騒動と、奇妙な幼子の拐かし――いつもと変わらぬ(?)江戸でおゆうの活躍が始まります。

 新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、緊急事態宣言の発出目前の東京。ステイホームを余儀なくされたおゆう(関口優佳)は、新型コロナも外出自粛もないところに行こうとばかりに、江戸時代に避難することになります。

 江戸では腕利きの岡っ引きであるおゆうを待っていたのは、一代で身代を築きあげたという材木商・信濃屋の主人が明日をも知れぬ身となり、親戚たちが跡取りの座を巡って争っているという噂。
 さらに江戸では最近、三歳(現代の二歳)の子供が何者かに拐かされ、しかし数日後には帰ってくるという奇妙な事件が起きているというではありませんか。

 しかも今度拐かしの被害にあったのは、同じ鵜飼伝三郎の下で働く○○の親分の末っ子。そして信濃屋の方では、主人の後妻の姉が何者かに殺害されるという事件まで発生し、一気に騒動は大きくなるのでした。

 この二つの事件を前にして、いつものようには現代の宇田川の手を借りることができないおゆう。しかも肝心の伝三郎は何故か信濃屋の関係者の武家を前に不審な態度を見せることになります。
 はたして一連の事件の背後には何があるのか、おゆうが解き明かす意外な真実とは……


 というわけで、冒頭に述べたとおり、フィクションまで侵食する新型コロナウィルスも江戸時代には関係ないだろうと思ったら、タイムスリップするおゆうには関係ありありだった――という本作。
 作中時間では昨年の春先くらいでしょうか、まだ日本では感染爆発していない頃ではありますが、うかつに江戸時代に行ったりして、江戸に新型コロナを広げたら、これはもうタイムパトロール案件なのでは――と心配にもなります。(一応自主隔離してから行くのですが、それが八日間と中途半端なので……)

 それはさておき、事件の方は通常営業といいますか、拐かしに殺しに跡取り騒動という、ある意味実に江戸らしい事件の数々で、むしろホッとさせられます。
 事件の構造自体は比較的早い段階でわかる上に、作中でも何度か言及されるように、過去のシリーズでも――というところなのですが、そこに絡むのが幼子の拐かしという、誰がどう見ても許せぬ犯罪で、いつも以上におゆうや周囲の面々も気合が入るのが印象に残ります。
(特にいつもマイペースな宇田川がチラッと感情を見せるくだりなど)

 その一方で肝心の伝三郎が何やらしゃっきりせず――と、これはもうシリーズ読者であれば真相はすぐに思い当たるのですが、これももちろん本シリーズならではの仕掛けというべきでしょう。

 いつも以上に苦労した科学捜査の結果を踏まえつつ、いかにその結果を表に出さずに真相を暴くか、というシリーズ定番の要素もきっちりとあり――そしてその謎解きの楽しさもさることながら、それ以上に、事件の「真犯人」の動機が何とも胸を打つもので、相変わらず水準以上に楽しめる作品であることは間違いありません。


 が――本作の真骨頂は、最後の最後に待ち受けているといってもいいでしょう。結末で明かされるある「真実」。それは……

 って、こんなオチありか!? と愕然とさせられること請け合いの本作。いやはや、ある意味伝奇的というかSF的というか、この豪快な展開には、ただ脱帽するしかないのであります。
(だからこの時期なのか!? と妙なところで整合性を取ってくるのも、また心憎いというか何というか……)


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon

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2021.11.11

石川優吾『BABEL』第10巻 八犬士の正体、そして…… ネオ八犬伝完結

 原典から大きく飛び出し、意外また意外な物語を描いてみせたネオ八犬伝も、この第10巻でついに完結。安土に出現したバベルの塔に籠もる最強の魔王・織田信長に対して、諸国の大名連合軍が挑む中、塔に突入せんとする八犬士。その最中に明らかになる、犬士たちの秘密とは……いよいよ決戦です。

 生ける屍を操り、桶狭間で勝利した信長――その強大な魔の力に抗するため、諏訪で時を超えてきた少年・孫兵衛と対馬のコンビと出会った信乃たち。お市こと玉梓操る生ける屍の群れと死闘を繰り広げつつ、辛うじて玉梓を倒した信乃たちは、比叡山に孫兵衛たちを迎えます。

 しかしそこで孫兵衛と対馬が見たものは、比叡山に迫る――二人にとってはあまりに馴染み深い――黒い水と、これまでの歴史の繰り返しに存在したことのない、安土にそそり立つ巨大な塔の姿。
 塔――バベルの塔に籠もる信長を倒すため、犬士たちと孫兵衛・対馬は決戦を決意するのですが……


 というわけで、これまで色々と驚かされてきた中でも最大級の驚きが待ち受けていた本作。その締めくくりにふさわしく、信長を討つべく結集したのは、武田、上杉、浅井、朝倉――という戦国武将連合軍。これだけの面々が集結する名目が、今川義元の弔い合戦というのがなかなか面白いところですが、しかし、これはある意味壮大な陽動に過ぎません。

 何故ならば、魔を真に討つことができるのは、この国の神仏の力を背負った八犬士のみ。しかしその八犬士は、信乃・現八・小文吾、そして孫兵衛改め○○○――と、まだ四人しかいないではありませんか!
 ここに冒頭以来信乃の前から姿を消していたあの男が帰ってきたのを加えても五人。残る三人は――これが意外な形で登場し、ついに八犬士が集結することになります。

 とはいえ、八犬士が揃ったとしても、それでもなお信長の軍勢は強力無比。何しろその主力はあの生ける屍、倒しても倒しても甦るどころか、その犠牲になった者もまた、その一員に加わってしまうのですから。
 その行いの邪悪さを非難した孫兵衛ですが、しかし信長はそれに思わぬ言葉を返します。それは自分だけの行いではないと。

 その言葉の意味とはつまり……


 かくて最終決戦において明かされる、思いもよらぬ真実。それはあまりにも――「八犬伝」という物語の枠組みを考えれば特に――意外に感じられます。

 しかし本作において西洋の魔が、それぞれ戦国武将らの肉体を奪って利用していることを思えば――それに対する存在である八犬士もまた尋常の存在ではないということも、理解できる話ではあります。
 そしてこれまでの物語を見れば、少なくとも信乃・現八・小文吾については、それも納得できる展開といえるでしょう。

 が――これはあまり書きたくはなかったのですが、最後に加わった三人(と言っていいものか?)のうち、一人はまあいいとして、それ以外の二名はそもそも違和感がある顔ぶれであるのは否めないところではあります。
(この辺りは色々と想像できるところですが、しかし描かれたものが全てでしょう)
 このどうしても駆け込み感のあるメンバーだけに、クライマックスの展開も、インパクトが薄れがちだった――というのは残念ながら正直な印象ではあります。

 孫兵衛に関する意外などんでん返しや対馬の辿る運命など、いずれもひねりが加わっていて実によかったのですが……


 他のどこにもない、ここでしか読めない物語を見せ続けてくれた本作。それだけに、もう少し先まで読んでみたかったという想いは強くありますが――まずは大団円というべきでしょう。


『BABEL』第10巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2021.11.10

上田秀人『辻番奮闘記 二 御成』 辻番に交錯する外様大名の姿

 平戸藩松浦家が江戸の町に設けた辻番が、大名家と幕閣の間で必死の戦いを繰り広げるユニークな設定の物語の第2弾であります。一度は辻番から離れたはずの斎弦ノ丞が再び呼び戻された理由とは、そして彼が直面する新たな難事とは――将軍家御成を背景に、新たな戦いが描かれます。

 島原の乱の最中、松平伊豆守から藩に向けられた疑惑の目を逸し、ポイントを稼ぐために松浦家で強化された辻番――その一員に任じられた斎弦ノ丞は、隣の島原藩松倉家の前で起きた刃傷沙汰に始まる騒動解決に奔走、無事解決することに成功。
 その甲斐あって馬廻り役に抜擢され、家老の姪を妻に迎えてめでたしめでたしとなった弦ノ丞ですが――乱から二年後、本作の冒頭において、弦ノ丞は再び辻番に戻ることになります。

 島原の乱鎮圧後、その責任を問われて藩主が斬首、取り潰しとなった松倉家――その結果牢人となった元藩士たちが松浦家に押しかけてくるのを防ぐため、辻番頭に任じられた弦ノ丞ーしかし頭とはいえ、馬廻り役に比べれば降格なのは明らかであります。

 折しも、江戸城内では将軍家光が松平伊豆守の屋敷への「御成」を決定。要するに将軍が臣下の屋敷を訪れるということで、臣下にとっては大変な名誉ですが、周囲の者たちにとっては、警護やら準備やらで負担が大きいばかりであります。
 当然、辻番の負担も大きくなるのですが――そんな矢先、弦ノ丞に反抗的だった部下の一人が、夜の見回り中に行方不明になったではありませんか。

 実はこれは空き屋敷となったはずの隣の元松倉家上屋敷に巣食った旧松倉藩士たちの仕業。彼らはお取り潰しとなった恨みを晴らすため、御成を襲撃する準備を進めていたのであります。
 前作でも関わった南町与力・相生の手を借りてその事実を知った弦ノ丞ですが、しかし自家の立場を考えれば、放置するわけにも簡単に明るみに出すわけぬもいきません。

 その一方で、やはり島原の乱の責めで謹慎処分となった寺沢家も、松平伊豆守と対立する土井大炊守に知恵をつけられて、思わぬ挙に出ることに……


 というわけで、再び辻番として奮戦する羽目になった弦ノ丞の姿を描きつつ、前作同様、幕府と外様大名家、外様大名家と外様大名家、そして幕閣と幕閣の軋轢を描く、政治ドラマの要素も強い本作。
 この辺りの政治ドラマは、言うまでもなく作者の最も得意とするところですが、そこに外様大名家の立場を――弦ノ丞が務める辻番を象徴としつつ――描く点が、本作の最大の特長と言って良いでしょう。

 島原の乱があったとはいえ、時は既に太平の世。特に外様大名家には、これ以上の領地の拡大は望めない時代です。ということは、大名家に仕える武士たちの禄高が増えることはなく、それどころか一度その禄を失えば、再チャレンジは不可能に近い状態です。
 そして本作で描かれるのは、そんな外様大名家の姿。既に取り潰された松倉家、取り潰されないまでも秒読み状態の寺沢家、そして老中首座に目を付けられ、一歩でも打つ手を誤れば取り潰される松浦家――そんなお家の状態の煽りを受けた末端の武士たちの姿が、本作では、辻番において交錯するのです。

 そして特に面白いのは、弦ノ丞たちが松倉浪士たちの企みを把握していたとしても、それを恐れながら――と訴え出ることができない点でしょう。
 上に述べたとおり、松浦家も目を付けられていて、少しでも瑕疵があれば即お取り潰しされかねない状況。かといって放置しておいて、松倉浪士が事を成就――しないまでも外で騒ぎを起こせば、それもまた座視していたということで咎を負わされてしまいます。そしてそれを止めるために、あまり派手に斬り合うわけにもいかず……

 そんな状況を如何にして切り抜けてみせるかというのは、これは本シリーズならではの面白さというべきでしょう。


 そして辛うじてこの苦境を切り抜けたものの、弦ノ丞の運命には新たな展開が待ち受けることになります。
 しかしこの展開はシリーズ的には大丈夫なのか、と思ってしまうのですが――大いに意外な展開が待ち受ける第3弾も、近日中にご紹介いたします。


『辻番奮闘記 二 御成』(上田秀人 集英社文庫) Amazon

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2021.11.09

手代木史織&手代木正太郎『不死斬り夢一』後編 超伝奇活劇、そして新たな時代を生きる武士の物語

 手代木史織と手代木正太郎による初の姉弟タッグの伝奇時代活劇漫画、その後編であります。人の良さげな西洋絵師、実はその過去は不死斬りと異名を取った洋術同心・玉橋夢一――その前に不死者と化して現れた河上彦斎との対決の行方は、そして夢一の抱えた想いとは……

 明治5年、弟子の琴音とともに西洋画に勤しむ絵師・夢一。しかしある日突然、二人を人間とは思えぬ怪物めいた男が襲い、そして夢一は相手を一撃で焼き尽くすのでした。
 その頃、不死者を使って明治政府転覆を目論む不平士族は、黒魔術によって河上彦斎を復活させて……

 という前編を受けてのこの後編は、琴音が夢一の家で目覚める場面から始まります。悪夢から目覚めてみれば、隣の部屋から聞こえてくるのは夢一と見るからに曰くありげな警官(制帽のデザインが何だかスゴいんですが……)の会話。
 ついその内容を耳にしてしまった琴音は、夢一が元幕府お抱えの洋術同心・不死斬り玉橋であったことを知ってしまうのですが――呆然とする彼女に襲いかかる怪しの影!

 駆けつけた夢一たちの前に遺されていたのは、「小伝馬町ニテ待ツ」とのメッセージ――そう、河上彦斎が夢一を誘き出すために琴音を攫ったのであります。夢一は剣など二度と握らないと言う琴音に、夢一が冷酷な殺人鬼だと告げる彦斎。そしてそこに現れたのは……


 というわけで、ヒロインの窮地に何だかもう日本代表の神の鎧をまとった戦士のような出で立ちで駆けつけた夢一と、彦斎のバトルが繰り広げられるこの後編。
 夢一が黒い西洋剣から放つ不死殺しの炎・地獄(いんへるの)の火を操れば、彦斎は瞬間移動のような勢いで地を走っての抜刀術(ちょっとドキドキ)を放ち――と、超人同士のバトルが繰り広げられることになります。

 が、少々意外だったのは、この先が、舐めていた絵師が殺人剣士だった件――という展開とは少し異なり、夢一の中にあるある種の揺れが描かれることでしょう。
 そう、彼は琴音を救うために昔のように剣を手にしたものの、心までもが昔に戻ったわけではなく、むしろそこには躊躇いと迷いが見られるのです。

 その意味では、夢一は中途半端な存在なのかもしれません。あるいは一度死んでもなお、己の道を曲げず貫こうとしている彦斎の方が、武士としては潔いのかもしれません。
 それでも――本作は琴音を通して、彦斎の「生き」方を肯定してみせます。たとえ過去がどうであれ、それを乗り越え、今を生きようとすることにこそ、意味もあれば価値もあると……


 明治という時代を舞台に、過去の自分の所業を背負いながらも、それでも新しい現在を生きようとする武士を描く時代劇は、これまで様々に描かれてきました。本作は、バリバリの伝奇ヒーローものであると同時に、こうした物語の一つでもあるといえるでしょう。

 そしてそこに、明治まで生き延びながらも結局処刑されることとなった――ある意味、明治の世に適応できなかった武士の象徴ともいえる彦斎が、本作の敵役である意味があったかと、感心させられた次第です。
(まあ、もう一つ意味があるような気もしますが、それはマニアの深読みということで)

 もっとも、不死斬りであった夢一が、何故その過去を捨て、今の道を選んだのか――その理由や葛藤は、十分には描ききれていないと感じます。とはいえそれは、この前後編という分量を考えれば仕方ないというべきでしょう。

 不死斬りの妖剣士が活躍する超伝奇活劇として、そして新たな時代を生きる武士を描く時代劇として――夢一の物語は、これだけで終わらせるのはあまりにも勿体無いというほかありません。
 このコンビによる続編を是非とも読みたいものです。


『不死斬り夢一』後編(手代木史織&手代木正太郎 「週刊少年チャンピオン」2021年49号掲載) Amazon

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2021.11.08

「妖異の世界史」公開

 以前からやるやると言っていた年表サイトをようやく復活させることができました。古今東西の史実の出来事と、フィクションで描かれた出来事、歴史上の人物の生没年を記載した、「妖異の世界史」です。

 いわゆる「自分用の年表」ですが(と言いつつ元々の影響元は横田順彌の『SF事典』の年表)、とにかくこういうものは載っているのが多いほど面白い! と、紀元前2620年から西暦1945年まで、約980の作品の内容を掲載しています。
 当然ながら(?)時代もの以外の作品からも(むしろ積極的に)拾っています。というかいきなり最初から……

 なお、個々の作品については、(紹介しているものについては)このブログの記事にリンクするとともに、Amazonで商品画像があるものには画像を掲載し、リンクを張っています。
 また、(実はまだ行っているページの方が少ないですが)人名や用語については、コトバンクにリンクしています。

 ちなみに以前の年表サイトは、PukiWikiで作成していましたが、バージョン管理など取り回しが今ひとつで困っていたところ、Dokuwikiを使うこととしました。設置が簡単なのとカスタマイズが色々とし易いのはよいですね。
 これでサイトの枠組み自体は固まったと思うので、後はちびちびとデータを増やしていきたいと思います。

 何かの役に立つかといえばもちろん立たないのですが、お暇な時にちょこちょこ見て面白がっていただければ何よりです。


関連サイト
「妖異の世界史」

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2021.11.07

『半妖の夜叉姫』 第30話「退治屋翡翠」

 眠りに落ちている間に、扇谷柊家の愛矢姫の差金で攫われてしまったせつな。せつなを替え玉に仕立てて姫が遊びに出かけた後、せつなの前に現れたのは、作法指南役として姉の金烏の替え玉に仕立てられた翡翠だった。せつなに自分の家族のことを語る翡翠だが、姫が妖怪に捕まったという報せが入り……

 久々に本筋にほとんど全く関係ないエピソードだった今回(しかしアバンでりんの事情をとわが語るのですが、本編中でここまでとわが知る機会はありましたっけ?)。というより翡翠回にして、あの何とも困ったキャラの再登場回です。

 前回ラストでブッ倒れてからそのまま寝続けているというせつな。まさか十数年分の睡眠時間を一気に取るのでは、と心配になりますが、とわが楓に言いつけられてその場を離れた間に、せつなに怪しの忍者たちが迫ります。そして彼女が目覚めてみれば、そこは管領・扇谷家の屋敷の中。いつの間にか美しく着飾らされた彼女の前に現れたのは、町娘ルックの愛矢姫――要は姫様としてのあれこれから抜け出すために、背格好の似たせつなを替え玉に仕立てようとしていたのです。
 姫に泣き落とされ、不承不承替え玉を務めることになったせつなですが、そこにやってきたのは、何だか妙な声の作法指南役。金烏と名乗っているようですが、それは――と思えば、そこに現れたのは何と姉の金烏の格好(有髪の尼)をした翡翠ではありませんか。聞けば金烏は弟に指南役を押し付けて、もう一人の姉の玉兎とどこかに行ってしまったとか。翡翠の方はこの手のことには慣れているようですが……(よりによって妖怪退治屋の同僚に女装姿を見られても全く動じない翡翠の根性もスゴい)

 成り行きとはいえ、「姫」と「指南役」になったことから、せつなに和歌やら何やらを指南する翡翠。その流れで彼は自分の家族のこと、過去のことを語ることになります。彼が子供の頃は弥勒が学問を教えるなど、かなりしっかり教育されていたようですが、法師の方は金烏が跡を継ぎ、退治屋の手伝いは玉兎が――ということで、いつの間にか家族の中で浮いた感じになってしまった翡翠。そんな中、妖怪退治屋として戦う琥珀に命を助けられ、その姿に憧れて自分も退治屋になった、ということだそうです。
 母親の珊瑚を除けば(翡翠によれば彼女もそれなりにナニのようですが)、性格に色々難ありの家族であるだけに、結構苦労はあったようですが、何だかんだで家族がずっと身近にいて――一時期父に反発していたとはいえ――家族仲も良好という、本作ではかなり珍しい部類に入る翡翠。そのせいか、屈託なく家族のことを語る翡翠に、せつなはちょっと微妙な表情を見せます。

 あー何かこの二人結構お似合いかもなあ、などと考えながら観ていたのですが、そこに飛び込んできたのは姫の家来。例によって調子に乗った姫は妖怪見物に行き、そこで捕まってしまったというのであります。放っておくわけにもいかず、替え玉のせつなを残して急行した翡翠が見たものは、タコ坊主なるストレートにもほどがあるタコ妖怪。しかし巨大な上に触手を斬ってもすぐ再生、さらに捕まった姫がおとなしくしていないという、どうにも鬱陶しい敵であります。
 というか一番鬱陶しいのはなのですが、さすがにぞんざいには扱えない翡翠は大苦戦――と、そこに駆けつけた金烏が御札攻撃の連打、さらに玉兎が煙玉連打と明らかに面白がりながら援護射撃。そして姫も面白がる――という状況の中でも生真面目な翡翠は、タコ坊主の真の顔を発見して一撃で粉砕、妖怪から離されて落下した姫も、翡翠にお姫様だっこで救出されるのでした。

 そして姫様はお約束で翡翠にメロメロになり、翡翠の方はそれに全く気付かない、という状況でお話は幕。あ、せつなの方はさっさとバレて先に帰り、過保護モード全開で不審者になったとわに抱きつかれていました。


 というわけで、この人が出てきたら今回はギャグ回ですよ、という合図のような愛矢姫が再登場した今回。本当に物語を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して何も残らないというある意味稀有なキャラで、分割とはいえ4クールは余裕があっていいな――と思います。

 まあ今回の収穫は、翡翠の数少ないまとも人間っぷりでしょうか。何となく草太パパと話が合いそうですね。


関連サイト
公式サイト

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2021.11.06

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いよいよ今年も残すところあとわずか。本当に大変なこと続きでしたが、それでも今年も様々な本に出会うことが、そして携わることができました。さて、今年最後の月の新刊は――というわけで12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 といいつつ、実はかなり寂しい12月の新刊。そんな中でも文庫小説は、気になる作品が色々と揃っています。

 まず何といっても注目は、第一部が衝撃の結末を迎えた『妖怪の子預かります』シリーズの第二部『妖怪の子、育てます』(廣嶋玲子 創元推理文庫)。タイトルからして、やっぱり第一部のラストから続くのでしょう。
 そしていよいよ八人が出揃いそうな『元禄八犬伝』第4巻(田中啓文 集英社文庫)、11月に復活したシリーズの(おそらくは新作の)第二弾、『淀様の猫 奇剣三社流 望月竜之進』(風野真知男 光文社文庫)に注目です。

 その他、今年も豊作だったハヤカワ時代ミステリ文庫からは『江戸留守居役 浦会 火盗対浦会』(伍代圭佑 ハヤカワ文庫JA)と『天下小僧壱之助 五宝争奪』(鷹井伶 ハヤカワ文庫JA)が、また『損料屋見鬼控え』(三國青葉 講談社文庫)は順調に巻を重ねて第3巻であります。

 また文庫化では何と言っても『虎の牙』(武川佑 講談社文庫)が要チェックでしょう。


 一方、漫画はといえば――いよいよ最終決戦に突入する『ゴールデンカムイ』第28巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス)、細けぇことはいい人がついに登場する『大江戸ブラック・エンジェルズ』第2巻(平松伸二 リイド社SPコミックス)のほか、『GANTZ:E』第3巻(花月仁&奥浩哉 集英社ヤングジャンプコミックス)、『千年狐 干宝「捜神記」より』第6巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ)などがあります。

 が、ちょっと残念なくらいに刊行点数が少ないのはいかんともしがたいところ。12月は小説を腰を据えて読むべき月なのかもしれません。


 と、ここに入ってきた大ニュース! あの「この時代小説がすごい!」(宝島社)が6年ぶりに復活するとのこと。今回は「この時代小説がすごい! 21世紀ランキング」として過去20年分の作品を対象としたランキングがあるとのことで、何だか色々と大変な一冊のようです。


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2021.11.05

岩崎陽子『浪漫狩り』第6巻 クライマックス突入! 超古代遺跡、その力!

 人知を超えた超古代文明の遺跡を巡る冒険活劇も残すところあと2巻、いよいよクライマックス突入であります。呉越同舟、富士近くに眠る遺跡を調査することとなった高倉財閥と陸軍。しかし篠原少佐と那珂川少尉の暴走が、予想だにしない事態を招くことに……

 人間が作ったものとは思えぬ超古代文明の遺跡を巡り、陸軍特務機関と幾度となくぶつかってきた考古学者にして埋蔵金盗掘指南の猿渡遼太郎と、その親友で高倉財閥の総帥・羽佐間。
 富士近くの財閥所有の鉱山から遺跡の一つが見つかったことをきっかけに一触即発となった財閥と軍ですが、相手の懐に飛び込むことを選んだ羽佐間により、一転両者は共同研究を行うことになります。

 そして猿渡は財閥の研究スタッフの顧問に、彼の父の弟子である犬神は陸軍に雇われ、高倉遺跡でこの因縁の相手同士が再び顔を合わせることになります。さらに那珂川の亡き兄・隼人に複雑な感情を抱く篠原少佐と、その兄の死の真相を探る那珂川少尉もそれぞれの動きを見せ……

 と、高倉遺跡を巡り、物語のメインキャラクターたちが集結することとなったこの第6巻――なのですが、冒頭2話は、横浜南京町の顔役の依頼を受けた猿渡の弟子・伊織の冒険と、帝室博物館分館の落成パーティーに仕掛けられた爆弾騒動という、一見この本筋にはあまり関係ないエピソードが描かれることになります。
 しかし、例えば後者では危機を前にした猿渡のがむしゃらな行動力の中に、篠原少佐が
亡き隼人の姿を見たり、ヒロインながらクライマックスには登場しない実澄の、この巻では唯一の出番があったりと――クライマックスに向けての布石が着実に打たれている感があります。

 そしていよいよ始まる高倉遺跡の調査。一種の永久機関というべき機能を持ち、その莫大なエネルギーを全世界に送る経絡(ネットワーク)の一部である遺跡を操ることで、世界の生殺与奪の権を握る――陸軍特務機関の長・箆岐宮大佐が、いきなりそんな秘密を語ったと思えば、篠原少佐は相変わらず胡乱な動きを見せ、そして那珂川少尉も己のなすべきことに迷う……
 そんな中で起きたメダリオンの暴走事故を身を以て止めた猿渡の姿に、篠原はある決意を固めることになります。

 そしてここで語られるのは、第4巻で語られた篠原と隼人の過去の続きであります。
 かつて世界的なトレジャーハンターである猿渡の父・結城晶造と出会い、陸軍が進めていた遺跡についてのプロジェクトの目的を聞かされた篠原と隼人。そしてプロジェクトを阻止するために動き出した二人は、その最中に罠にはまり、大きな大きな犠牲を払ったのであります。
 そのプロジェクトの目的の一つは、上で述べた地の経絡によって「国」をコントロールするというもの。そしてもう一つの目的――軍が掌中に収めんとし、結城晶造や隼人が阻もうとしたものとは……

 その禁忌の力を用い、世界の何処かにある中枢遺跡への道を開いた篠原と那珂川。陸軍の総意からも離れて暴走する篠原は、猿渡に対して自分を止めることができるか、賭けを持ちかけるのですが――しかし中枢遺跡の場所もわからない状況で打つ手があるはずもありません。
 羽佐間の方も軍の工作により足止めを喰らい、万策尽きた猿渡ですが、そこに意外な人物が現れることになります。

 陸軍も知らない極秘の情報を託してきたその人物から、埋蔵金盗掘指南の依頼を受ける猿渡。そしてその情報を遺していたのは、猿渡の父・結城晶造――ここに様々な因縁を巻き込み、最後の決戦の地、中枢遺跡に猿渡は向かうことに……


 と、大いに盛り上がるところで終わるこの第6巻。冷静に見てみると、高倉遺跡での物語はこの巻の約半分程度と、ボリュームとしては多くないにもかかわらず、その中に過去の因縁や遺跡の秘密、篠原や那珂川の葛藤を描き、一気にクライマックスに繋げてみせるのは、これは構成の妙というべきでしょうか。

 そんな中、暴走する篠原たちを止めるため、宿敵と手を組んだ猿渡の活躍は――残すところは後1巻であります。


『浪漫狩り』第6巻(岩崎陽子 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon

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2021.11.04

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第5巻 まさかの出現!? そして神風吹く……?

 いよいよ朽井迅三郎が参戦し、博多に襲来した蒙古軍を撃退した日本武士団。しかしただでさえ守るに難い地において、限られた戦力を博多と筥崎に分散させている状況では、不利は目に見えています。これに対して迅三郎が取ったとんでもない手段とは何か。そしてついに大風が蒙古船団を襲うことに……

(この巻の内容の詳細に触れますのでご注意ください)
 対馬から大胆にも蒙古船に潜り込み、ついに博多に辿り着いた迅三郎。そこで悪徒・荒蜘蛛衆の頭目を務めていたかつての郎党・ウカガミ藤太と再会した迅三郎は、荒蜘蛛衆を手勢に加えると、蒙古の猛将・ウール三兄弟の首目掛けて一直線に突撃を敢行――ついに三兄弟の一人の首を取ってみせる……

 と、朽井迅三郎ここにあり、といわんばかりの彼の活躍が描かれた前巻ですが、しかしもちろんこれは日本と蒙古の戦においては、小さな勝利に過ぎません。
 久々に本編に登場し、この巻の表紙となった対馬の照手姫の下で、迅三郎が幾度も局地的な勝利を収めたものの、結局は大軍の前に突き崩され――全滅こそ免れたものの――壊滅に近い打撃を受けたことを思えば、博多がその二の舞にならないとは言い難い状況であります。

 しかしそんな状況下でも、互いの勢力争いと牽制のために、博多と筥崎に陣を分け、戦力を分散させている日本武士団。少弐景資が対馬に約束した援軍が結局送られず、今なお苦しむ対馬の人々を救えぬ原因の一つが、そんな武家同士の「政治」にあると聞かされて、迅三郎が面白かろうはずがありません。
 いや、何よりも戦力の分散は、彼が最も求めてやまぬもの――勝利にとっては障害でしかありません。

 この状況を打破するために、迅三郎が打った手とは――筥崎宮を焼く。


 いやいやいや、筥崎宮といえば宇佐・岩清水と並んで三大八幡宮の一つ――八幡宮だけに武家の信仰も厚い神社であり、精神的支柱とも言うべき地。そしてそれ故に(それを口実に)少弐景資の兄・少弐経資と、大友頼康が守りを固める地であります。
 それを焼くというのがいかなる意味を持つか、迅三郎が理解していないはずはありませんが、それでも彼にとっての優先順位は明快であります。

 かくて、大胆にも筥崎宮に乗り込んだ迅三郎は、神職を追い出し、そしてついに筥崎宮に火を……

 が、ここでさらに想像を絶する展開が描かれることになります。筥崎の地で迅三郎の前に現れ、筥崎宮の中にまで付いてきた歩き巫女の女――気触れとも神憑りとも見えたその巫女を媒介としたかのように、迅三郎の前に、巨大な女性の姿が現れたではありませんか。
 それこそは、筥崎宮の祭神の一人・神功皇后(えっ)。かつて攻勢を強めた三韓に対して逆に攻め込み、これを平らげたという伝説の女性――いまの迅三郎にとってはむしろ頼りたい相手のようにすら思えます。

 ……が、そこで安易に神頼みしないのが鎌倉武士。自分は自分の道をいくと言わんばかりの迅三郎ですが、天がそれを嘉したのか、単なる上昇気流のいたずらか、瞬く間に天候は崩れ、そして吹き荒れる暴風!
 そう、ついに神風は吹いた、のですが――その結果を示す見開きのインパクトには、やられた! というほかありません。


 というわけで、筥崎宮を焼くところで驚いてみればそれは序の口、その後も神功皇后は出てくるわ、神風は吹くわと、いきなりとんでもない展開の連続だったこの第5巻。
 これで蒙古を撃退してしまったらさすがにマズいのでは、と心配してしまいましたが、さすがにそれはなかったものの、なるほど天罰覿面というべきか――などと呑気なことを行っている場合ではない危機が訪れることになります。

 はたして迅三郎と日本武士団の運命は、そして久々に登場した、元の義経流の使い手と迅三郎の対決の行方は――いよいよ博多編も佳境であります。


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2021.11.03

朝松健『血と炎の京 私本・応仁の乱』 地獄の戦場に響き渡る人間性の叫び

 この数年の室町ブームというべき流れを受けてか、室町時代、特に応仁の乱前後を描く作品の刊行が続いています。本作は、そのブームの遙か前から室町伝奇を描き続けてきた作者による物語――一人の足軽を通じて、応仁の乱という地獄に新たな光を当てた渾身の一作であります。

 応仁の乱が始まって間もない頃、細川勝元に瀕死の状態で拾われた男。全身を膾斬りにされ、額には「犬」の字を刻まれた彼は、湖族こと堅田衆の生き残り――山名宗全の軍門に下ることを拒否したことから一族は皆殺しにされ、彼は見せしめとして襤褸切れのような姿で晒し者にされたのであります。
 しかし宗全への復讐心から奇跡的に命を取り留めた男は、「骨皮道賢」と名乗り、当時戦場で本格的に使われ始めた足軽の一員として、勝元の軍に加わることになります。

 細川家の足軽の中でも剽悍無比で知られる「豺狼組」の一員に加わり、宗全の館に忍び込んで兵糧を焼くなどの活躍を見せる道賢。しかしその矢先、豺狼組は西軍の新兵器・霹靂車によって大打撃を受けることになります。
 これに対して東軍も巨大な塔から弓兵が無数の弓矢を放つ井楼を投入。両軍の新兵器の投入により、大量殺戮の場と化していく戦場の中、道賢は宗全を倒し、霹靂車を破壊するために、乾坤一擲の勝負に挑むことに……


 そんな本作の主人公となる骨皮道賢――彼は実在の人物ではありますが、足軽ゆえにと言うべきか、ほとんど物語めいた記録しか残されていない、しかし裏返せば足軽にもかかわらず歴史に名を残した人物であります。
 そしてその道賢をここまで強烈な人物として造形してみせたのは、これは作者の円熟の筆の冴えというほかありません。

 しかしそんな道賢のキャラクター以上に強烈な印象を残すのは、物語の背景となる応仁の乱とその舞台となった京の描写でしょう。

 何しろ本作で描かれる京は、勝元と宗全、それぞれの館を中心として巨大な土塁と塹壕――「御構」が構築され、その塹壕によって切り刻まれたような異形の姿。
 そして戦ともなれば、上で述べた巨大な櫓ともいうべき井楼から矢の雨が放たれ、さらに巨大な岩までもが飛び交うという状況――その姿は、あたかも第一次世界大戦の最大の激戦・ソンムの戦いを思わせるほどであります。(そしてここで描かれるものは、決して作者の空想によるものだけではないことに、我々は戦慄するほかありません)

 そう、本作は応仁の乱を「合戦」ではなく「戦争」として描いたといってよいでしょう。新兵器によってそれまでの戦いの姿は一変し、誇りも名誉も武勇も尊厳も――言い替えれば人間性のない、ただ殺し殺されていくだけの場となる。そんな地獄の誕生を、本作は克明に描くのであります。

 だとすれば本作の主人公である道賢が、復讐という極めて人間的な感情を持ち、その「戦争」の象徴たる新兵器・霹靂車を破壊に向かうクライマックス――この展開がまた、実に軍事冒険小説的で盛り上がるのですが――は、「戦争」に対して、人間性が一矢報いようとする姿を描いたものと言えるのではないでしょうか。

 もちろんそれは、あくまでも一矢に過ぎないかもしれません。それでも、それが一矢で絶えるものでないこともまた、本作の結末は示しているのであります。


 しかし――本作が描くのはそれだけではありません。道賢の死闘が描かれる一方で、並行して語られるのは日野富子の物語――ある理由から魂の救いを求め、蓮如に会わんとする彼女の姿であります。
 この道賢とはほとんど全く交錯しない彼女の物語は、一見本筋とは無関係に見えるかもしれません。しかし本作の結末において、彼女の存在は、この地獄を生み出したものの正体を浮かび上がらせることになるのです。

 応仁の乱という史実に新たな光を当てるとともに、地獄の戦場に響き渡る人間性の叫びと、それと対極にあるモノの存在を描いてみせた本作。
 異形にして、しかしそれだからこそ本質を突いた、室町伝奇の達人だからこそ描けた大作であります。


 ちなみに本作は、『蠱惑の本 異形コレクションL』に収められた一休ものの短編『外法経』を読んでいるとまた全く異なる印象を受ける部分もあり、合わせて読んでみることをおすすめいたします。


『血と炎の京 私本・応仁の乱』(朝松健 文春文庫) Amazon

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2021.11.02

嶋星光壱『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第3巻・第4巻 交錯し融合する物語 そして感動の結末へ

 ロンドン留学中の夏目漱石とシャーロック・ホームズを悩ませた怪事件を描く島田荘司のパロディにしてパスティーシュの名品の漫画版も、この第3・4巻でいよいよ完結。奇怪なミイラ殺人のトリックとは、真犯人とは。そして漱石のホームズに対する印象は変わるのか……感動の結末が待ち受けます。

 ロンドン留学中の漱石に出会った、富豪の未亡人の生き別れの弟が、釘付けとなった密室の中で、一夜にしてミイラと化して死んだという怪事件。この事件に東洋の呪いが絡んでいると思われたことから、漱石はとある事件で出会ったホームズに、強引に捜査に巻き込まれることとなります。
 しかしさしものホームズにとっても、この怪事件の謎解きは困難。いや、どうやら奇怪なミイラ殺人の謎の目星は彼の中ではついているようですが――しかしどのように犯人を捕らえるかは、さすがのホームズであってもお手上げの様子なのです。

 事件の成り行きが気になってベーカー街に顔を出した漱石の彼の一言がきっかけで事態が動き出し、如何にもホームズらしい仕掛けでついに真犯人を捕らえるまでが描かれるのが第3巻。
 そして最終第4巻ではホームズが犯人の企みを暴き、そして漱石のひらめきもあって物語は大団円を迎える――というのが、非常に大まかなあらすじではあります。

 が、本作の場合、(少なくとも半分は)そのあらすじ通りになかなかいかない、大きな理由があります。
 それが本作の最大の特徴である、一つの物語をワトソンサイドと漱石サイドから描いている点ですが――単純に視点の違いだけというわけではなく、ワトソンサイドがお馴染みのホームズなのに対し、初対面で悪印象を抱いた漱石サイドでは、ホームズが完全に狂人という、とんでもない両極端となります。

 特にこの漫画版においては、前者ではホームズがキメキメのイケメンなのに対し、後者は別の意味で何かキメてしまったような怪人で、同じ絵でも、もはやジャンルは別物の趣すらあったのですが……


 しかしその両者が――いわばパスティーシュとパロディが、この第3巻の途中辺りから徐々に交錯し、融合していくことになります。
 それが何故か――おそらくその原因である場面は明示されているのですが、それはここではおいておきましょう。確かなのは、それまで極端に分かれていた、そしてそれだけでなく同じ場面が描写を変えて交互に描かれていたのが、第4巻に至り完全に同化し、ある意味通常の二視点の物語となったことであります。

 考えてみれば本作は、ホームズによる犯罪捜査の物語であると同時に、漱石がホームズという人物と出会い、彼との心理的距離を縮めていく物語でもありました。その一つの結果が、この第4巻に結実したというべきでしょう。
 そしてその果てに待つのは、数あるホームズパスティーシュ/パロディの中でも屈指の、感動的で、そして爽快な結末なのであります。

 もちろんそれは(そこに至る過程も含めて)原作から大きく変わるものではありません。しかし上で述べたような、漫画ならではのビジュアルによって原作以上に強烈な隔たりが感じられた両者が、全てが昇華された末に美しく融合した姿を見せてくれるのは、これもまたビジュアルがあったからこそといえるでしょう。

 本作のラスト2話のそれぞれのクライマックスシーンは、原作から感じた感動を鮮やかに甦らせてくれた――いや、さらに印象的に描いてくれたことは間違いありません。


 原作小説を忠実に描く――言葉にすれば簡単なようで、しかし特に本作においては極めて難しいそれを正面から成し遂げてみせた本作。ラストに登場する島田荘司先生の表情がまたすばらしく、原作読者としてもホームズファンとしても、この漫画版が大いに満足できる作品であったことは間違いないと感じるのです。


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島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』 パロディとパスティーシュが生み出すハーモニー

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2021.11.01

楠桂『鬼切丸伝』第14巻 鬼切丸の少年に最悪の敵登場!?

 この世で唯一鬼を斬る力を持つ神器名剣・鬼切丸を持つ少年の戦いを描く『鬼切丸伝』最新巻は、「徳川けもの鬼異聞」前後編、「三木の干殺し鬼」、「鳥取の飢え殺し鬼」、「鍋島鬼猫騒動」の全4話5回を収録。この巻では思いもよらぬ新たな敵が現れることに……

 平安時代、鬼に食われた尼の身より生まれて以来、人を白眼視し、ただ鬼を斬ることのみを宿命として生きてきた鬼切丸の少年の物語である本作。最新巻の冒頭に収録されているのは、悲運の武将・結城秀康を描く前後編「徳川けもの鬼異聞」であります。

 家康の子に生まれ、秀吉の養子となりながらも、どちらの跡も継ぐことができず、一武将として生きてきた秀康。そんなある日、彼は獣のような顔をした鬼が、父・家康と弟・秀忠を食い殺す夢を見るようになります。
 そしてその鬼の口の中で自分の顔が笑っているのを見た秀康は、己の中に鬼が棲んでいると恐れるようになるのですが、その鬼の正体とは実は……

 これまで秀康を描いてきた様々な物語の中でも一際奇怪なものの一つであるこの物語は、なんと秀康○○説を題材としたエピソード。かなり珍しい巷説というべき題材を、このような形で使ってくるとは驚かされます。
(ちょっと扱いが難しいところもある題材を扱うことについて、あとがきの作者の言葉は説得力があるというか何というか……)

 出生に屈託を抱えてきたのは秀康だけでなく、別の誰かも秀康のことを――という人の業と業がぶつかり合う物語展開は、まさに本作ならではのもの。それだけでなく、秀康の複雑な内面を浮き彫りにするような二段構えのクライマックスにも唸らされます。
 ゲストとして、以前本作に登場した(鬼に関しては秀康の先輩格の)阿国が登場するのも嬉しいところです。


 一方、「三木の干殺し鬼」、「鳥取の飢え殺し鬼」は、秀吉が行った二つの城攻めを扱った、ある意味前後編的なエピソード。三木城と鳥取城の双方で、兵の犠牲を最小限にするためにと兵糧攻めを行った秀吉ですが、それによって地獄を見たのは、城に籠もった兵、そして城に避難してきた庶民であります。
 極限の飢餓の中で人間性を喪って殺し合い、そして死んだ者の肉を食らう地獄絵図の中に現れた少女・柊は、自らの持つ「ある力」でもって、か弱き者たちを救うと告げるのですが……

 と、本作であれば、柊の持つ力と、それがもたらす結果はある程度予想できるかと思います。しかしこれまで人の業や咎が生んだ鬼を描いてきた本作において、彼女の持つ力が破格のものであることは間違いありません。
 ある意味これは、鬼切丸の少年にとっては最悪の敵の登場編というべきでしょうか。

 しかし、こうした特異な内容以上に印象に残るのは、飢餓地獄に陥った人々を容赦なく描く作者の筆の冴えかもしれません。
 もとよりホラー漫画家として数十年に渡り我々読者を震え上がらせてきた作者ですが、ホラー味もさることながら伝奇味の方が強めの本作において、久々に人間の厭な部分を全開で見せるホラーを突きつけられた気分であります。


 そしてラストの「鍋島鬼猫騒動」は、これはタイトル通りの鍋島の化け猫騒動を題材とした物語であります。
 鍋島光茂の囲碁の相手を務めていた龍造寺家の末裔・又一郎が光茂に殺され、その母も恨みを呑んで自害。その血を舐めた愛猫のこまが化け猫に変じ、光茂の愛妾・お豊を食い殺して成り代わり――と、一見本作は、驚くほど鍋島の化け猫騒動そのままのエピソードに見えます。

 が、そこに何故鬼切丸の少年が絡むのか――すなわち何故鬼が登場するのか、というの一ひねりが面白い。そしてそこからさらに、巷説で知られる化け猫騒動の内容とは異なる裏の事情が――という展開の妙が味わえるエピソードであります。
(そしてこちらもあとがきの作者コメントが結構愉快)


 次巻では柊の再登場に加えて、楠木正成にまつわるエピソードが描かれるとのこと。まだまだ人の世に鬼の種は尽きず、現代まで至る少年の旅路も険しい様子です。


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 『鬼切丸伝』の年表

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