嶋星光壱『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第3巻・第4巻 交錯し融合する物語 そして感動の結末へ
ロンドン留学中の夏目漱石とシャーロック・ホームズを悩ませた怪事件を描く島田荘司のパロディにしてパスティーシュの名品の漫画版も、この第3・4巻でいよいよ完結。奇怪なミイラ殺人のトリックとは、真犯人とは。そして漱石のホームズに対する印象は変わるのか……感動の結末が待ち受けます。
ロンドン留学中の漱石に出会った、富豪の未亡人の生き別れの弟が、釘付けとなった密室の中で、一夜にしてミイラと化して死んだという怪事件。この事件に東洋の呪いが絡んでいると思われたことから、漱石はとある事件で出会ったホームズに、強引に捜査に巻き込まれることとなります。
しかしさしものホームズにとっても、この怪事件の謎解きは困難。いや、どうやら奇怪なミイラ殺人の謎の目星は彼の中ではついているようですが――しかしどのように犯人を捕らえるかは、さすがのホームズであってもお手上げの様子なのです。
事件の成り行きが気になってベーカー街に顔を出した漱石の彼の一言がきっかけで事態が動き出し、如何にもホームズらしい仕掛けでついに真犯人を捕らえるまでが描かれるのが第3巻。
そして最終第4巻ではホームズが犯人の企みを暴き、そして漱石のひらめきもあって物語は大団円を迎える――というのが、非常に大まかなあらすじではあります。
が、本作の場合、(少なくとも半分は)そのあらすじ通りになかなかいかない、大きな理由があります。
それが本作の最大の特徴である、一つの物語をワトソンサイドと漱石サイドから描いている点ですが――単純に視点の違いだけというわけではなく、ワトソンサイドがお馴染みのホームズなのに対し、初対面で悪印象を抱いた漱石サイドでは、ホームズが完全に狂人という、とんでもない両極端となります。
特にこの漫画版においては、前者ではホームズがキメキメのイケメンなのに対し、後者は別の意味で何かキメてしまったような怪人で、同じ絵でも、もはやジャンルは別物の趣すらあったのですが……
しかしその両者が――いわばパスティーシュとパロディが、この第3巻の途中辺りから徐々に交錯し、融合していくことになります。
それが何故か――おそらくその原因である場面は明示されているのですが、それはここではおいておきましょう。確かなのは、それまで極端に分かれていた、そしてそれだけでなく同じ場面が描写を変えて交互に描かれていたのが、第4巻に至り完全に同化し、ある意味通常の二視点の物語となったことであります。
考えてみれば本作は、ホームズによる犯罪捜査の物語であると同時に、漱石がホームズという人物と出会い、彼との心理的距離を縮めていく物語でもありました。その一つの結果が、この第4巻に結実したというべきでしょう。
そしてその果てに待つのは、数あるホームズパスティーシュ/パロディの中でも屈指の、感動的で、そして爽快な結末なのであります。
もちろんそれは(そこに至る過程も含めて)原作から大きく変わるものではありません。しかし上で述べたような、漫画ならではのビジュアルによって原作以上に強烈な隔たりが感じられた両者が、全てが昇華された末に美しく融合した姿を見せてくれるのは、これもまたビジュアルがあったからこそといえるでしょう。
本作のラスト2話のそれぞれのクライマックスシーンは、原作から感じた感動を鮮やかに甦らせてくれた――いや、さらに印象的に描いてくれたことは間違いありません。
原作小説を忠実に描く――言葉にすれば簡単なようで、しかし特に本作においては極めて難しいそれを正面から成し遂げてみせた本作。ラストに登場する島田荘司先生の表情がまたすばらしく、原作読者としてもホームズファンとしても、この漫画版が大いに満足できる作品であったことは間違いないと感じるのです。
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