朝松健『血と炎の京 私本・応仁の乱』 地獄の戦場に響き渡る人間性の叫び
この数年の室町ブームというべき流れを受けてか、室町時代、特に応仁の乱前後を描く作品の刊行が続いています。本作は、そのブームの遙か前から室町伝奇を描き続けてきた作者による物語――一人の足軽を通じて、応仁の乱という地獄に新たな光を当てた渾身の一作であります。
応仁の乱が始まって間もない頃、細川勝元に瀕死の状態で拾われた男。全身を膾斬りにされ、額には「犬」の字を刻まれた彼は、湖族こと堅田衆の生き残り――山名宗全の軍門に下ることを拒否したことから一族は皆殺しにされ、彼は見せしめとして襤褸切れのような姿で晒し者にされたのであります。
しかし宗全への復讐心から奇跡的に命を取り留めた男は、「骨皮道賢」と名乗り、当時戦場で本格的に使われ始めた足軽の一員として、勝元の軍に加わることになります。
細川家の足軽の中でも剽悍無比で知られる「豺狼組」の一員に加わり、宗全の館に忍び込んで兵糧を焼くなどの活躍を見せる道賢。しかしその矢先、豺狼組は西軍の新兵器・霹靂車によって大打撃を受けることになります。
これに対して東軍も巨大な塔から弓兵が無数の弓矢を放つ井楼を投入。両軍の新兵器の投入により、大量殺戮の場と化していく戦場の中、道賢は宗全を倒し、霹靂車を破壊するために、乾坤一擲の勝負に挑むことに……
そんな本作の主人公となる骨皮道賢――彼は実在の人物ではありますが、足軽ゆえにと言うべきか、ほとんど物語めいた記録しか残されていない、しかし裏返せば足軽にもかかわらず歴史に名を残した人物であります。
そしてその道賢をここまで強烈な人物として造形してみせたのは、これは作者の円熟の筆の冴えというほかありません。
しかしそんな道賢のキャラクター以上に強烈な印象を残すのは、物語の背景となる応仁の乱とその舞台となった京の描写でしょう。
何しろ本作で描かれる京は、勝元と宗全、それぞれの館を中心として巨大な土塁と塹壕――「御構」が構築され、その塹壕によって切り刻まれたような異形の姿。
そして戦ともなれば、上で述べた巨大な櫓ともいうべき井楼から矢の雨が放たれ、さらに巨大な岩までもが飛び交うという状況――その姿は、あたかも第一次世界大戦の最大の激戦・ソンムの戦いを思わせるほどであります。(そしてここで描かれるものは、決して作者の空想によるものだけではないことに、我々は戦慄するほかありません)
そう、本作は応仁の乱を「合戦」ではなく「戦争」として描いたといってよいでしょう。新兵器によってそれまでの戦いの姿は一変し、誇りも名誉も武勇も尊厳も――言い替えれば人間性のない、ただ殺し殺されていくだけの場となる。そんな地獄の誕生を、本作は克明に描くのであります。
だとすれば本作の主人公である道賢が、復讐という極めて人間的な感情を持ち、その「戦争」の象徴たる新兵器・霹靂車を破壊に向かうクライマックス――この展開がまた、実に軍事冒険小説的で盛り上がるのですが――は、「戦争」に対して、人間性が一矢報いようとする姿を描いたものと言えるのではないでしょうか。
もちろんそれは、あくまでも一矢に過ぎないかもしれません。それでも、それが一矢で絶えるものでないこともまた、本作の結末は示しているのであります。
しかし――本作が描くのはそれだけではありません。道賢の死闘が描かれる一方で、並行して語られるのは日野富子の物語――ある理由から魂の救いを求め、蓮如に会わんとする彼女の姿であります。
この道賢とはほとんど全く交錯しない彼女の物語は、一見本筋とは無関係に見えるかもしれません。しかし本作の結末において、彼女の存在は、この地獄を生み出したものの正体を浮かび上がらせることになるのです。
応仁の乱という史実に新たな光を当てるとともに、地獄の戦場に響き渡る人間性の叫びと、それと対極にあるモノの存在を描いてみせた本作。
異形にして、しかしそれだからこそ本質を突いた、室町伝奇の達人だからこそ描けた大作であります。
ちなみに本作は、『蠱惑の本 異形コレクションL』に収められた一休ものの短編『外法経』を読んでいるとまた全く異なる印象を受ける部分もあり、合わせて読んでみることをおすすめいたします。
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