『まんが訳 稲生物怪録』 生々しくシュールな怪異を通じて示す漫画の力
絵巻物をまんがの手法を用いて再構築するという極めてユニークな試み「まんが訳」――その第一弾である『酒天童子絵巻』に続き、『稲生物怪録』が登場しました。妖怪ファンであればよくご存知のあの物語が、新たな形で甦ります。
時は寛延2年(1749年)、備後国三好の武家の子・稲生平太郎は、肝試しのために魔所・比熊山を訪れたのをきっかけに、一ヶ月にわたり屋敷で様々な怪異に見舞われることに――というあらすじの『稲生物怪録』。
稲垣足穂の『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』など、様々な形で文学作品等の題材となっているこの物語は、妖怪好き、江戸怪談好きであれば、ほぼ常識といえるでしょう。
本書はその『稲生物怪録』について、いわゆる「柏本」――成年した平太郎(稲生武太夫)の知人である柏生甫による聞き書きに連なる「稲生家妖怪傳巻物」(国際日本文化研究センター所蔵)をベースとしたものであります。
この「稲生家妖怪傳巻物」は、文章がなく絵のみで構成された絵巻物ですが、例えて言えばイラストレーターの宇野信哉氏の絵を思わせるタッチで記された平太郎と妖怪たちの攻防戦が印象的な内容となっています。
本書はその「稲生家妖怪傳巻物」を、「まんが訳」した――元絵に対して一種のコラージュ的に拡大縮小やコマ割りを行うことで絵解きした――もの。元の絵巻を全11話の連作漫画として再構築しているのですが、これが内容はもちろんのこと、その再構築の仕方も含めて、実に面白いのです。
元々『稲生物怪録』は、毎日のように平太郎の屋敷で起きる怪事・現れる妖怪と、それに対する平太郎や周囲の人々のリアクションを、どこか淡々としたタッチで記したものであります。
描かれている内容は実に独創的で、登場する妖怪変化の類も、他所ではお目にかかれないような連中ばかり。それに対して平太郎の知人たちが右往左往する一方で、平太郎本人は平気の平左で日々を送る姿には、シュールな味わいすらあります。
そしてこのまんが訳は、その『稲生物怪録』の楽しさと独特の味わいを、見事に漫画化しているといえます。
時に生々しく時にシュールな怪異の数々に対し、腰を抜かしたり逃げ惑う知人の姿と、驚きつつも平然とこれに対処する平太郎――元々は一話につき一から四枚程度の絵で構成された原典。それをまんが訳することによって、静止した絵に大きな動きや流れが生まれ、物語が、大きな躍動感を持って伝わって来るのです。
例えば「大盥のこと」の巻は、一種のポルターガイスト譚というべきか――風呂に置いていた大盥が独りでにゴロゴロ転がってきたり、客人の刀が姿を消したと思えば上からぶらさがってきたりという内容。しかし前者は、一枚の絵で見ても、そのインパクトがあまり伝わってこないものではあります。
しかしまんが訳版では、徐々に平太郎たちのいる部屋に迫ってくるモノと、その発する音を聞いて顔を見合わせている人々、そしていざモノを目の当たりにした時の呆れ顔が、絶妙の呼吸で描かれているのです。
(後者の、刀を見てへたりこんだ知人の「動き」も実にいい)
言うまでもなく絵巻物は、ある場面を描いた絵の連なりであって、それ自体は静的なものであります。それを切り開き、再配置することによって、これだけ動的なものに変え、そして内容がよりビビッドに伝わるものにができるのか――本書には、そんな新鮮な驚きがあります。
また、本書のベースとなった絵巻物は、先に述べたとおり文章がなく絵のみのもの。それだけに伝わりにくい部分があるのが、このまんが訳によって、単純に文章を付け加える以上にわかりやすくなるのも、見逃せない点でしょう。
もちろん、さすがに一枚の絵を一話分にするのは、無理が感じられる部分もなきにしもあらずではあります(登場した時からダウンしている知人の姿など……)。
その点は差し引いたとしても、それでも元の絵巻物が持っている物語性をよりクローズアップさせ、一種のダイナミズムを生み出すこの「まんが訳」という手法に、前作に続き、今回も感心させられた次第です。
それは同時に、「漫画」というメディアの文法が、物語を語る/描く上で持つ力を示しているといえるでしょう。そしてその事実を示す本書は、ある意味、漫画の表現技法に関する教科書的存在としても感じられます。
その点においても、本書は前作同様に、興味深い一冊であります。。
ぜひ、「まんが訳」第三弾も期待したいところです。
『まんが訳 稲生物怪録』(大塚英志監修/山本忠宏編 ちくま新書) Amazon
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